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1972/06/21 第71回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第071回国会 社会労働委員会 第30号
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1972/06/21 第71回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第071回国会 社会労働委員会 第30号

#1
第071回国会 社会労働委員会 第30号
昭和四十八年六月二十一日(木曜日)
   午前十時三十五分開議
 出席委員
   委員長 田川 誠一君
   理事 伊東 正義君 理事 塩谷 一夫君
   理事 竹内 黎一君 理事 橋本龍太郎君
   理事 山下 徳夫君 理事 川俣健二郎君
   理事 八木 一男君 理事 寺前  巖君
      大橋 武夫君    加藤 紘一君
      粕谷  茂君    瓦   力君
      小林 正巳君    斉藤滋与史君
      志賀  節君    住  栄作君
      田中  覚君    高橋 千寿君
      戸井田三郎君    登坂重次郎君
      中村 拓道君    羽生田 進君
      増岡 博之君    粟山 ひで君
      枝村 要作君    金子 みつ君
      島本 虎三君    田口 一男君
      田邊  誠君    多賀谷眞稔君
      村山 富市君    山本 政弘君
      石母田 達君    田中美智子君
      大橋 敏雄君    坂口  力君
      和田 耕作君
 出席国務大臣
        厚 生 大 臣 齋藤 邦吉君
        国 務 大 臣
       (内閣官房長官) 二階堂 進君
 出席政府委員
        大蔵省主計局次
        長       辻  敬一君
        厚生省社会局長 加藤 威二君
        厚生省児童家庭
        局長      穴山 徳夫君
        厚生省保険局長 北川 力夫君
        厚生省年金局長 横田 陽吉君
        社会保険庁年金
        保険部長    八木 哲夫君
        労働政務次官  葉梨 信行君
        労働省職業安定
        局長      道正 邦彦君
 委員外の出席者
        大蔵省理財局資
        金課長     福島 量一君
        労働省労働基準
        局補償課長   山口  全君
        社会労働委員会
        調査室長    濱中雄太郎君
    ―――――――――――――
委員の異動
六月二十日
 辞任         補欠選任
  玉置 一徳君     小宮 武喜君
同月二十一日
 辞任         補欠選任
  島本 虎三君     米田 東吾君
  小宮 武喜君     稻富 稜人君
同日
 辞任         補欠選任
  米田 東吾君     島本 虎三君
  稻富 稜人君     小宮 武喜君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 児童扶養手当法及び特別児童扶養手当法の一部を改正する法律案(内閣提出第五二号)
 厚生年金保険法等の一部を改正する法律案(内閣提出第五一号)
 国民年金法、厚生年金保険法等の一部を改正する法律案(八木一男君外十六名提出、衆法第一四号)
 国民年金等の積立金の運用に関する法律案(八木一男君外十六名提出、衆法第一五号)
 派遣委員からの報告聴取
     ――――◇―――――
#2
○田川委員長 これより会議を開きます。
 まず、去る十八日と十九日の両日にわたりまして、内閣提出の健康保険法等の一部を改正する法律案、厚生年金保険法等の一部を改正する法律案、八木一男君外十六名提出の国民年金法、厚生年金保険法等の一部を改正する法律案、及び国民年金等の積立金の運用に関する法律案、以上の各案の審査のため、大阪に委員を派遣いたしました。
 この際、派遣委員より報告を聴取いたします。伊東正義君。
#3
○伊東委員 私どもは、内閣提出の健康保険法等の一部を改正する法律案、厚生年金保険法等の一部を改正する法律案、八木一男君外十六名提出の国民年金法、厚生年金保険法等の一部を改正する法律案、及び国民年金等の積立金の運用に関する法律案の審査に資するため、大阪府へ行き、現地において各界の代表者から意見を聴取いたしてまいりましたので、この際、便宜私から御報告申し上げます。
 派遣委員は、団長をつとめました私のほか、戸井田三郎君、八木一男君、寺前巖君、大橋敏雄君、玉置一徳君の一行六名であります。
 現地における会議は、大阪厚生年金会館において開催し、まず、私から派遣委員及び意見陳述者の紹介並びに議事運営の順序等を含めて、あいさつを行なった後、意見陳述者より参考意見をそれぞれ聴取いたしました。
 まず、六月十八日に意見を聴取しました健康保険法等の一部を改正する法律案について申し上げますと、意見陳述者は、大阪府社会保険協会会長浅香亮君、同志社大学教授小倉襄治君、三洋電機連合健保組合理事長大隅正浩君、立命館大学教授真田是君、神戸大学教授中村正文君、大阪地方同盟副会長浅野総一郎君の六名でありますが、浅香君、大隅君、中村君から賛成、小倉君、真田君、浅野君から反対の意見が述べられました。
 改正案に対する賛成の三君よりは、高額療養費の創設は、高額な医療費を必要とする疾病等が増加する傾向にかんがみ、この制度を創設することは福音であり、一日も早く実施してもらいたい。家族療養給付率の引き上げは、制度創設以来の改正であるが、国庫補助の増額等により七割に引き上げてほしい。なお、家族の給付改善は精神的な安心を与える意味でも非常に大きい意味がある。分娩費等現金給付費の引き上げは望ましいことである。標準報酬の上限の改定は、昭和四十一年以来据え置かれているので、負担の公平から見てやむを得ない。保険料率の改定は、給付改善の見合いにおいてやむを得ない。保険料率の弾力的調整は、組合健保等でも行なわれており、保険システムをとる以上ある程度はやむを得ない。特別保険料の徴収は、手続的面からしてもなるべく避けてほしい。定率一〇パーセントの国庫補助は、国の責任を明確にしたもので一応評価できるが、今後さらに増額してほしい。自力で解消できない累積赤字をたな上げし、一般会計から繰り入れることは画期的なことである。改正案は、医療保障の理想に向かっており、また、できるものからやるという意味で賛成であるが、関係審議会の意見を取り入れ、今後抜本改正を進めてほしい旨の意見等がありました。
 このほか、健康管理体制の充実、医療供給体制の整備、高額療養費の実施に伴う国民健康保険財政調整交付金の増額等について要望がありました。
 改正案に対する反対の三君よりは、高額療養費の自己負担の三万円は、世帯単位で算定し、実施時期を本年四月に繰り上げるとともに、国民健康保険の高額療養費についても同時に発足させるべきである。また、療養費払いについては問題がある。家族の療養給付率は、本来十割にすべきものであるが、当面七割か八割に引き上げるべきである。保険料率の引き上げは、被保険者の負担増となるので、国庫負担の増額によって解決すべきであり、また、労使折半の原則を変え、被保険者の負担割合を少なくすべきである。保険料率の弾力的調整は、保険料率の改定を行政ベースで行なうことになるので不適当である。料率の改定は従前どおり国会において審議すべきである。保険財政の赤字の原因を明確にし、その原因を取り除くべきであり、当面の対策としても、場当たり的な措置は講ずべきではない。改正案は、受益者負担に重点を置き過ぎ、赤字対策を中心としたものである。
  〔発言する者あり〕
#4
○田川委員長 御静粛に願います。
#5
○伊東委員 このほか、差額ベッドの規制強化と付き添い看護対策、診療報酬の支払いに関する監査の強化と領収書の発行、五人未満事業所の適用、僻地医療と救急医療の整備、医薬分業及び乳幼児対策を行なうべきである旨の意見等がありました。
 以上のような意見が述べられた後、派遣委員から、改正案の取り扱い、医療供給体制の整備、家族療養給付率の引き上げ、国庫負担率の引き上げ、保険料率及び国庫補助の弾力的調整、総医療費に占める薬剤費の割合、高額療養費のあり方、橋本私案に対する考え、抜本改正ができない理由、改正案の性格、医療保障に対する国の責務、診療報酬のあり方等について熱心なる質疑が行なわれました。
 次に、六月十九日に意見を聴取しました内閣提出の厚生年金保険法等の一部を改正する法律案、議員提出の国民年金法、厚生年金保険法等の一部を改正する法律案、及び国民年金等の積立金の運用に関する法律案について申し上げますと、意見陳述者は、大阪府国民年金委員連合会会長駒井信義君、総評大阪地方評議会議長帖佐義行君、岡山県社会保険協会会長戸田和夫君、立命館大学教授坂寄俊雄君、社団法人日本アクチュアリー会副理事長山本正也君、同志社大学助教授杉江雅彦君の六名であります。
 意見陳述者の駒井君、戸田君、山本君の三君からは、内閣提出法案に賛成、帖佐君、坂寄君、杉江君からは、内閣提出法案に反対の意見が述べられました。
 内閣提出法案に対する賛成の三君よりは、年金額を五万円に引き上げることは、飛躍的なことであり、年金に対する政府の強い姿勢が見られる。老齢福祉年金の大幅な引き上げは適切であるが、今後とも財政の許す限り拠出制年金額に近づけてほしい。六十七歳から六十九歳までのいわゆる谷間にいる人々を救済してほしい。給付面の改善から見て保険料をある程度負担することは妥当なことであるが、保険料の急激な上昇は国民生活を圧迫するので段階的に引き上げてほしい。過去の標準報酬の再評価及び自動的物価スライド制を導入することは、わが国社会保険史上画期的なことである。年金保険の財政方式は、積み立て方式が数理的に見てごく自然である。今回の改正案が実現すれば、質的に新たな制度に飛躍し、年金保険として名実ともに信頼できるものとなるので、一日も早く成立させてほしい旨の意見がありました。
 内閣提出法案に対する反対の三君よりは、政府の五万円年金は、厚生年金においては、被保険者期間を二十七年で計算しているので、受給権の発生する二十年で計算すれば実際には三万七千円である。年金額は、最低生活できるものにすべきであり、その意味においても老齢福祉年金額を優先的に引き上げるとともに、あわせて支給開始年齢を引き下げるべきである。保険料の引き上げは、健康保険の料率の引き上げとともに、被保険者の収入を低下させ生活を圧迫するものであり、給付の改善は保険料の引き上げによって行なうべきでない。今回の保険料率の引き上げは、被保険者の老後の生活を保障するためのものでなく、新たな財源をつくり、財政投融資に使うことを目的としている疑いがある。また、積み立て金の大部分は大資本の設備投資等に使われている。その運営については民主的にすべきである。積み立て方式は、物価上昇の今日、積み立て金の価値を減少させ、被保険者に不利益をもたらすのみでなく、年金を低く押えるためではないかと思われるので、賦課方式に切りかえるべきである。消費者物価指数によるスライド制は、有効性を十分発揮できないので賃金スライド制にすべきである。各種年金制度間に不均衡があるので、これを是正する必要があり、さしあたり最低保障額だけでも均一にすべきである旨の意見等がありました。
 以上のような意見が述べられた後、派遣委員から、保険料の引き上げと財政投融資との関係、積み立て方式及び賦課方式、社会保険から社会保障への転換、いわゆる谷間の老人に対する年金支給についての支給開始年齢及び年金額、物価スライド制と賃金スライド制、積み立て金の運用、給付改善と積み立て金の利子との関係、橋本私案に対する考え、ILO百二十八号との関係、各種年金制度の最低保障等の問題について熱心なる質疑が行なわれた次第であります。
 以上をもって報告を終わりたいと思いますが、現地会議の開催につきましては、地元関係者多数の御協力によりきわめて円滑に行なうことができた次第であります。
 なお、会議の内容を速記により記録いたしましたので、詳細は会議録によって御承知願いたいと思いますので、速記録ができましたら、本委員会議録に参考として掲載されますようお取りはからいをお願いいたします。
    ―――――――――――――
#6
○田川委員長 おはかりいたします。
 大阪における会議の記録ができ上がり次第、その記録を本日の会議録に参照掲載することに御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#7
○田川委員長 御異議なしと認め、さよう決しました。
    ―――――――――――――
  〔派遣委員の会議の記録は本号(その二)に掲載〕
     ――――◇―――――
#8
○田川委員長 次に、内閣提出の児童扶養手当法及び特別児童扶養手当法の一部を改正する法律案、厚生年金保険法等の一部を改正する法律案、八木一男君外十六名提出の国民年金法、厚生年金保険法等の一部を改正する法律案、国民年金等の積立金の運用に関する法律案の各案を一括して議題とし、質疑を行ないます。
 申し出がありますので、順次これを許します。八木一男君。
#9
○八木(一)委員 年金関係法案について政府に御質問を申し上げたいと思います。
 まず第一に、官房長官と厚生大臣から、憲法第九十九条を順守する義務を一番多く持っておられるお二人から、この年金制度の問題について、憲法二十五条を完全に尊重する立場でものを考え、それを推進していかるべきであると思いますが、その点について端的にお答えをいただきたいと思います。
#10
○二階堂国務大臣 申し上げるまでもなく、憲法のたてまえを尊重することは当然だと思っております。
#11
○齋藤国務大臣 私も憲法第二十五条を尊重いたしまして、この法案を提案いたした次第でございます。
#12
○八木(一)委員 官房長官は重大な任務がおありになるそうですので、順序を変えまして、その問題に関連のある問題を申し上げます。しかし、それは厚生大臣に伺ってから官房長官に伺わなければならない性質のものであります。
 この年金関係については、四野党の年金関係法案二案、それから政府の提案の法案がいまここで審議をされておるわけであります。その中でいろいろと共通の点もあり相違点もありますけれども、一番大きな論点の一つになっているのは、賦課方式をとるか積み立て金方式をとるか、さらにまた重ねて言えば、修正積み立て金方式でいくか賦課方式でいくかという問題であります。いま報告のありました大阪の公聴会で、ある地方公述人から、端的に素朴に国民のこの点についての批判がある御意見がありました。政府が積み立て金方式をとるということは、そういうへ理屈といいますか――厚生大臣、こっちを聞いてください、官房長官にわかるように質問しますから。ある素朴な国民の声として、積み立て金方式に政府が固着するのは、そういう理屈をつけて給付をなるだけふやさないでおこう、そして保険料をたくさん取って、その保険料の余った積み立て分を大資本側に使おうということとしか思えない、これは素朴な国民の声であるということを言われたわけであります。それに対して、厚生大臣のその問題についての解明は、官房長官の時間がありますから、あとまた言っていただきたいと思いますが、修正積み立て金方式を固執をされる政府側の論点は大体わかっております。だけれども、それをひとつおっしゃっていただきたいと思います。
#13
○齋藤国務大臣 たびたびお答え申し上げてありますように、老齢人口が急激に増加しておる現在においては、賦課方式をいま直ちに採用することは困難であるということを申し上げてまいっておりまして、現段階においては修正積み立て方式が最も適当であると考えておるわけでありますが、老齢人口がある程度落ちついてまいりました段階においては賦課方式に移ることは必然である、かように考えておる次第でございます。
#14
○八木(一)委員 官房長官の時間がありますから、こちらから申し上げます。
 政府側あるいは政府案を支持しておる自民党側の理屈としては、賦課方式をとれば、いまその方向に強力に進めば、世代間の均衡を欠くことになる。世代間の不公平になる。いまの被保険者や支給を受ける人はいいけれども、将来、昭和八十五年をピークとするこの辺の国民なり労働者の負担が非常にふえるから、このように賦課方式に踏み切ることはできないということが、政府並びに自民党の論点であります。自民党を代表して野党案に質問した橋本龍太郎委員の質問にもその趣旨がございます。そこで、野党のほうはこれに対し、世代間の均衡は必要であるけれども、これは形式的均衡であってはならない、実質的均衡でなければならない。いまの国民は、いまの労働者は、低賃金と重労働、そうして非常にウナギ登りの物価高あるいは大衆重税、あるいはまたその他のことで非常に圧迫を受けているので、保険料の増大には非常に苦痛を感ずる。だから保険料の値上げをすべきではない。将来の国民、将来の労働者は、当然、低賃金、重労働というような資本の収奪体制はなくなるか、少なくなっているはずである。また、農業や商工業に従事をしておられる自営業者に対して、大資本の零細なそういう自営業に対する圧迫も少なくなるので、その方々の収入なり生活も非常に豊がになっていなければならないはずである。したがって、そのピーク時において、将来の世代の人は自分の先輩のための年金の通常負担については快くこれを負担する、その負担を実質的に痛痒を感じないだけの収入と生活が保障されているはずであるということで、私どもは実質的均衡論で賦課方式をとるべきであると主張をいたしております。それに対して政府なり――政府はほとんど言っておられませんけれども、自民党なりの意見では、野党の熱心な内容については敬意を表する、しかし、そのような、将来に労働者の生活が、国民の生活が非常に豊かになるということは、なかなか予想がつかぬ、したがって、野党案にその点で賛成することはできないということを言っておられるわけであります。
 ところで、これからも政府で、私ども野党が政権を担当すれば、完全に低賃金体制をなくし、重労働体制をなくし、物価高を押え、そして零細な自営業者の生活を向上するようにして、私どもの想定した状態にする決心であります。政府、自民党は野党と立場が違いますけれども、政府、自民党といえども、当然、労働者や農家やあるいは零細企業者その他国民の生活を向上したい、一部の独占資本が太るだけで、多くの国民がどうなってもいいという考え方には立っておられないと思うのです。そのことについて二階堂官房長官から、田中内閣を代表して、労働者や農家やあるいは中小零細企業者、多くの働く国民の生活を充実する政策を、自民党としても、現内閣としても、この内閣がいつまで続くかわからないけれども、その間においては熱心に推進するお気持ちがあろうと思うので、その点についての二階堂官房長官の御所見を端的にずばりと伺っておきたいと思います。
#15
○二階堂国務大臣 ただいま八木先生からうんちくを傾けた年金に関する政策的な考え方をお述べになりまして、私も傾聴いたしました。自民党といえども、政府といえども、いま働く勤労者の立場を無視して政治がやれるものではないということは、これはもう申し上げるまでもございません。ただ、その進め方や政策の具体化につきまして、多少いろいろな立場の違いもございまして御批判をいただいていることは当然でございますが、私どもも、勤労者の立場、働く人の立場を十分考えて今後も政策に取り組んでいかなければならぬ、これはもう当然のことだと考えております。そういう方向で今後も政治に全力をあげてまいりたいと考えております。
#16
○八木(一)委員 二階堂官房長官、要務のほうに行っていただいてけっこうであります。
 いま内閣を代表して二階堂官房長官からの御答弁がありました。野党は、働く国民大衆のためにほんとうのよりよい生活を確立する、大資本の収奪がない、零細企業も圧迫されない世の中をつくるために、あらゆる点で野党四党は推進をしていきたいと思っております。そして自民党のほうも、当然、働く国民大衆のためにこのような、よい収入を得てそして豊かな生活ができる、そのような政策を進めるということが、いま二階堂官房長官から決意を持って明確にされたわけであります。したがって、来年に野党連合政権が私どもはできると思いますけれども、その予測がはずれて自民党内閣が幾ぶん続いたとしても、政治の方向は、働く国民大衆の生活をよくする方向に向かうわけであります。したがって、野党が――将来の国民は大きな収入が保障される、先輩に対する年金、その負担にたえることに痛痒を感じない収入と生活が保障されているということになろうかと思います。そうした場合に、われわれの主張しておる――いま苦しんでおる多くの国民大衆のことを考えれば、いまの人たちから保障料を増徴しよう、いまの人たちの年金をあまり多くしないでおこうというようなことは、憲法第二十五条の精神からして、断じて行なってはいけないのです。そのような、いまの国民の負担を増大しない、しかも、いま年金を必要とするこのような多くの国民に、生活のできる年金をつくっていかなければならない、そのためには賦課方式に踏み切らなければならないということになるわけであります。どうか厚生大臣は、一部の形式的な学者が厚生省の態度におもねて世代間均衡論というような言語道断な見解を出しておるものを、これを押しのけて、ほんとうに国民の立場に立って賦課方式に踏み切り、保険料の値上げをしない、全国民に生活のできる年金をつくるという考え方になっていただかなければならない。野党四党のこの提案の考え方をかみしめて、政府案のいまの欠点を、国会に、各政党に要請されて大きく抜本的に変えるという運動を厚生大臣みずからやられなければ、憲法第二十五条を尊重する、憲法第九十九条で憲法を順守する重大な責務を持つ国務大臣としての責任が果たせないと思うのです。このことについて積極的な答弁がなければ、厚生大臣は憲法を軽視をし、国務大臣として、国会議員としても適格性がないということになろうと思う。私は社会保障に非常に熱心な齋藤邦吉さんに前から心から敬意を表しておりますけれども、この重大な責任を負っておられるときに、憲法を順守し、社会保障を推進されるという決意を、いまのいま、さらに強く固められて、賦課方式に大きく踏み切る、保険料の値上げをしないように考えていく、全国民に生活のできる給付をするようにやっていく、そのような考え方を明確にしていただきたいと思うわけであります。
#17
○齋藤国務大臣 非常に御熱心な御意見を含めての御質問でございます。私どもも、働く人の生活を守り、その生活の程度を向上させるということについては、八木先生に劣るものではありません。そして、お互いに国民の福祉のために努力をしていかなければならないと考えておるものでございます。
 そこで、具体的な年金を生み出すための財政方式については、私もたびたび申し上げておりますように、私どもは長期安定、確実な年金支給というものが確保できるような財政方式というものをとらざるを得ないのであります。そういうふうな観点から考えてみますと、老齢人口が急激に増加しつつある現段階において、将来のいろいろな、皆さま方御提案になっておりますような、労使負担の割合を改めるとか、あるいは国の負担を増大せしめるとか、そういうことを前提にしての賦課方式にいま直ちに切りかえるということは困難ではないか、かように考えております。しかしながら、長い年金の財政の方向としては、お述べになりましたような賦課方式に切りかえていかなければならない、その点については、八木先生の御意見と私は全く同感でございます。問題は、そうした切りかえを一日も早く行なうか、行なわないか、これが一つの私どもの政府の政策努力であると思います。いま直ちにはできませんが、八木先生のお述べになりましたような気持ちは私も十分に理解をいたしておりますから、一年も早くそうした方向に移行するようにこれは検討しなければならない、そしてまた政策的な努力もしていかなければならない、こういうふうに考えておる次第でございまして、いまの段階では無理だが、将来は八木先生と全く同意見になる、同じ財政方式に変わっていくのだ、こういうふうに私も信念を持っているわけでございます。
 そういうような過渡期においての保険料の増徴、これは現在の修正積み立て方式をとっている以上、やむを得ないことであると私は考えておるものでございます。
#18
○八木(一)委員 いんぎん丁寧なお話でありますが、実際がありません。実際のことに対してのお答がございません。
 将来というのは、どのくらいの近い将来かということをお答えをいただきたいと思います。
#19
○齋藤国務大臣 一言で、ざっと申しますと、二、三年程度の年金を支給するに足る積み立て金が確保される、これが非常に大きな目安としての条件だと思います。それから、老齢人口がほぼ落ちついてきておる、急激にふえたり減ったりしない、定常化してくる、これがやはり一つの条件だ、かように考えております。
#20
○八木(一)委員 いまの二、三年程度ということは、これは一年でも二年でも、また半年でも、とにかく年金支払いのものに対処できるというものがあればいいわけです。三年とは限りません。一年くらいでも当然いいわけであります。特に、いまの状態では、二、三年程度の年金支給分だけの積み立て金というものとてんで違いまして、この数年間保険料を一つも取らなくても年金を払えるだけの原資があるわけです。ですから、これはあまり問題ではありません。
 老齢の成熟度ということを言われました。そういうことでは、さっき申し上げたことをほんとうに聞いておられない。そして二階堂官房長官が言われたことは、あれはああ言うけれども、厚生大臣としてはそんなものは問題にしてないのだということになろうと思う。野党案に対する自民党や――政府は直接されませんけれども、批判というのは、もっともらしい理屈は、世代間の均衡ということだけであります。その世代間の均衡ということは、実質的均衡のほうがいいことは、政治のセの字を知っている者にとっては明らかだ。ただ、実質的均衡をほんとうにできるかどうか。それだけ労働者の生活がそのころに豊かになって年金保険料の負担にたえられるかどうか、零細業者がたえられるかどうかということだけである。それには、いま野党は、このような働く国民の生活をよくする政策を進めたい、近く連合政府をつくってそれを強力に進める。その見通しが不幸にして狂って自民党の内閣が続くとしても、自民党の内閣も、二階堂氏が言われたように、そのような働く国民の生活を向上させる政策をやるというわけであります。それを、いまの状態、低賃金、重労働、そして物価高で国民の生活が圧迫されている状態、それが続くと仮定して、将来の国民の負担がたえられないということをあなた方は言っているわけだ。
 そうなると、あなたは、自民党、田中内閣を代表して、働く方々のための生活を充実する政策をすると言っている方向に反して、国務大臣の一人として、労働者、働く零細事業者がまだまだ生活の圧迫を受けるような政策を続けるのだということをあなた自体持っているということになるわけだ。齋藤厚生大臣は、そのような働く国民大衆を圧迫する諸政策をこれから続けるべきであるという御意見をお持ちなのかどうか、明確にお伺いをしておきたいと思います。
#21
○齋藤国務大臣 わが自民党内閣は、労働者の生活を圧迫しようなんということは夢にも考えたことはございません。労働者の生活が年々向上されることを望み、それがための施策を行なっておることは御承知だと思います。
#22
○八木(一)委員 それでは、将来の人たちが、先輩に対する年金の負担、そして自分も老齢等になった場合にそれだけの生活のできる年金を保障されている状態で、その年金保険料の負担に痛痒を感じないというような人たちに、形式的ではあるけれども、いまの労働者、国民よりも多くの負担をしてもらって、いま生活難にあえいでいる人たちから保険料を増徴しない、そして保険料とのタイアップで給付をしぼめているような状態をつくらない、いまから給付をふやすという考え方にならなければいけないわけでございます。この問題があなたの答弁は矛盾があります。将来の国民の生活をよくするというのならば、よくできるのだ。野党は全部よくしようと思っているわけですよ。いまのところ、あなた方の政党が内閣をつくれば、あと野党がつくる以外にありません。ファッショ政党がぽんと出てきて議席をたくさんとるというような状況も、いまのところ、ないでしょう。そうなればそうなるわけだ。そうなれば賦課方式の考え方を、即時とれなくても、大きく取り入れても、保険料の値上げをやめる、そして年金給付を全国民に即時ふやす、そういう方向にならなければいけないわけです。
 政府案を出しておられるたてまえはありますけれども、国会の論議によってこの政府案の重大な欠陥を直してもらいたいというお気持ちがなければ、あなたは憲法二十五条の精神をわきまえていないということになろうと思う。政府案を出しておる手前がありますから、この政府の提案の法案が、野党四党案の精神に従って、国会のこの審議の中で国民のためによいものになることを期待をいたしますという御答弁をしていただきたいと思います。
#23
○齋藤国務大臣 わが党内閣は、たびたび申し上げておりますとおり、労働者の生活をよかれと思って努力をいたしておるわけでございまして、政府提案の年金法案などは、厚生年金の例をお考えいただいてもおわかりいただけますように、既裁定年金受給者については二・二倍に高めるとか、あるいは二十七年勤続の方々には五万円にしよう、平均標準報酬の六割を保障しようではないか、これは私は思い切った改革であると思います。これはやはり画期的なものだ。今日までの年金は二万円水準でございます。それを今回五万円水準にしよう、まさしくこれは労働者の生活の向上のためにいかに自民党政権が努力しているかということの証左であると私は考えております。
 ところで、賦課方式の問題でございますが、八木さんを中心にしてお出しになりました野党四党案というものを見ますと、現在のような労使折半の方式あるいは国の負担はそのままだという制度で続けるならば、将来、昭和八十五年でございますか、その当時になりますと、保険料の負担というものは、全体の約三割になるわけであります。三割では重い。そこで、八木さんのほうの案は、御承知のように、労使の負担割合を七、三にしなければならない、あるいは国庫負担を増率しなければならない、そういう前提と申しますか、現在の段階においては仮定的前提でございます。その前提の上に立って、保険料負担を全体の一〇%にとどめよう、こういう案でございます。なるほど、一〇%になれば世代間の負担均衡というものはとれているでしょう。しかし、それにはもろもろの前提条件がある。それは八木氏に対して橋本君が質問をし、あなた自身が御答弁になられましたとおりであります。
 そういうわけでございますので、私どもは長期安定した財政方式というものを責任をもって果たさなければならない、それがためには、いま直ちに賦課方式に切りかえるわけにはまいりません、こう申し上げておるわけであります。八木委員のお気持ちというものは私は十分理解しているのです。理解しておるからこそ、できるだけすみやかに賦課方式に切りかえるような政策努力はしなければならない。自然になるだろうというようなことを言うているのではないのです。なるべく一年も早く賦課方式に切りかえるような努力をしなければならない、ここまで私は思い切って言っているのですよ。ということであれば、あなたと私の意見の相違というものは、多少違うかもしれませんが、国民の福祉のために何を考え、何を願っておるかということについて私は共通なものがあると信じておるものでございます。
#24
○八木(一)委員 答弁の機会を利用してなかなか政府案のPRをされたようでございますが、実はこの前の総選挙に、いま国会の中で議席を持っている五つの政党がみんな、年金をよくするということを言ったわけであります。そういう事態があって、いままでとは違うことは御承知のとおりであります。年金の問題は、もっと前から国論がもっとこれを推進するようにされていなければならない問題でございましたけれども、非常に仕組みがむずかしいために、そのことで世論が大きく推進されてまいりませんでした。それをほんとうは為政者が、政府が、国民のために必要であるというものであれば、制度がむずかしいために国論が推進されなくても、みずからそれをやっていかなければならないわけであります。あなたは、いま国民年金法、厚生年金法のことを言っておられた。国民年金法をよくしたというようなことを言っておられますけれども、自民党は国民年金法を、長いこと政権を持って政治を推進する責任を持ちながら、てんで考えておらなかった。昭和三十三年に社会党が国民年金法案を考えて提出をしてから、おくればせにああいうものを出してきて、社会党のものをまねをして、十分の一ぐらいに年金の仕組みをひん曲げて、そうして論理では完全に社会党案のほうがよかったが、多数だということでお粗末なほうの国民年金法案を通した。そのときに、スタートだからこれでかんべんをしてくれということを、総理大臣も厚生大臣も陳弁これつとめられたわけです。それは発足をしたら急速に伸ばすということを誓うのだということを再三言われております。これは速記録を全部お調べになると何カ所も出ております。それを、ほんとうにそれからよくしようとしてこられなかった。幾分は改定をしたけれども、物価の値上がりに相当したぐらいのものしか、してこられなかった。実質的に国民年金などはほとんど、それから十数年間、政府の手によってはよくされてこなかった。長年なまけられたわけであります。改定をするときに、相当大幅なことをしなければ、前のあやまちがこれは埋まらないわけです。長いことなまけておいて、こうならなければならないところをこうやっておいて、ここでこうやったから、かなりたくさん出した、思い切った、こんなことは、継続して政権を担当しておる自民党の方としては言える道理はないわけです。その間に野党が政権を担当しておったら野党も責任の一端を負いましょう。その間ずっとあなた方が政権を担当してきた。こう伸ばさなければならない、約束をしておいて、こうやっておいて、そしていまこうやったから、熱心に取っ組んだ、こんなことが言えることではないのです。あなた方が一生懸命考えたといわれるこの年金は、少なくとも野党四党案のところまで政府がみずから提出をし直さなければ、社会保障の重大な柱である年金制度についてほんとうの対処をしたとは言えないのであります。今後重大な反省を込められて、政府はこのように上げようとしておるということは言われてもよろしい、画期的なものだとか、全力をあげてやったとか、そういうことを言われるべきではない。画期的だ、全力をあげたということを言われたとしたならば、社会保障をほんとうにやる気がないこと、反対なことまで言っておられることになる。政府は出しても、はなはだ不十分です、まことに申しわけありません、国民全部にあやまりながら、将来はぐっと上げるのだから、いまのところはこれでごしんぼう願いますというぐらいの内容であります、こういうことで腹をきめられて――から宣伝をされないで、しかも五万円年金というような、いいかげんな言い方で、厚生年金は三万六千八百円、国民年金は制度上、何年か先のことは私どもも知っておりますが、しかし、それも付加保険料というようなものの必然の部分を除いたら四万円だ、そんなもので国民をだまかして五万円年金というようなふまじめな態度は、これから捨てていかなければならない。いままでふまじめな宣伝をしたのですから、あらゆる政府の広報で、もしこの審議が終わったならば、前に言ったことは誤りであります、正確なことはこうであります、そういうことを広報なさる責任があると思う。
 そこで、賦課方式の問題である。賦課方式の問題であれば、いま言ったように同じ気持ちであるというならば、いまこの出されたときよりも、もっと前に賦課方式にする。少なくとも、いま修正積み立て金方式であるけれども、修正度をぐんとふやすということがなければ――いまおっしゃった賦課方式については基本的に賛成である、気持ちは同じであると厚生大臣はおっしゃいました。しかし、修正度をもっと強めるということを具体的に示されなければ、そのお考えは、口でおっしゃっても、ほんとうに心でおっしゃっていただいたことにならない。修正度をもっと強める、そのことは、保険料を引き上げないで済むということにつながります。そして給付をもっとふやすということにつながります。少なくとも急速に積み立て金方式の修正度を、いままで、提出するまで政府が考えておられたような修正度ではなしに、もっと強めるということをお約束をいただきたい。
#25
○齋藤国務大臣 私どもの提案いたしておりまする五万円年金法案というものは、たびたび申し上げておりますように、平均標準報酬の六割を保障しようという水準でございまして、あなたはそういうふうにおっしゃいますが、私どもにとりましては、これは国際的な水準から見て画期的なものであると私は信じておるものでございます。その点についてはあなたと全く意見は違うかもしれませんが、政府としてはさように考えております。国際的水準に一つも劣っていない、かように考えておるわけでございます。しかしながら、私どもはこれで満足するものではありません。経済社会の発展に即応して逐年改めるものは改めていく。したがって、今回においても、この年金額については、物価スライドをして貨幣価値の減価を防ぎましょう、そういう措置も講じておりますし、さらにまた、五年ごとには、いわゆる再計算期を早めるという問題もありますが、再計算をいたしまして、水準の引き上げも考えましょう、すなわち、私どもは今回の法律案ですべてもう能事終われりなどとは申しておりません。経済社会の進展に伴ってどんどん改めるものは改める、労働者の生活を守っていく、こういう考えであるわけでございます。そういうふうなことを考え、将来は賦課方式になるであろうし、また一日も早くそうなるようにしなければならないと申し上げておるわけであります。そういうふうな意味合いにおいて、私どもは保険料の増徴というものは、ある程度はやむを得ない。現在まさしく修正積み立て方式であります。私どもは平準の保険料率よりもずっと修正の度合いを強めております。しかも、先般出されました橋本私案が皆さん方の御協力により成立いたしますれば、政府はこれをどういたしますということを申し上げておるわけでありますが、それなども、一・五%アップ率を思い切って〇・三%も下げる、こういうことをしているじゃございませんか。それが修正の度合いを強めている証拠じゃございませんか。あなた方の意見のとおりにならなければだめだ、こういうことでは話にはなりません。私どもの誠意、努力を十分くんでいただいて、与野党とも国民のためだということでお互いに努力していくべきものである、私はさように考えております。
#26
○八木(一)委員 いろいろおっしゃいました。西欧水準だ、だから画期的だといえば、いままで十数年間はほかの水準に比較して問題にならない、社会保障に不熱心な、ずばり言えば悪政を続けてこられたということの裏返しです。それは十二分に反省をしていただかなければならない。しかも、その画期的といわれたものは、そうではないんです。欧米諸国欧米諸国といって、かってなところで欧米諸国を使ってはいけません。日本の経済成長率は世界一だというその中で、低賃金と重労働と物価高と大衆重税と公害でみんな苦しんでいる、あらゆる点で国民が圧迫を受けている、そのひずみを直さなければならない時期であります。したがって、経済成長が世界一番の早さで進んでいる、そのひずみを受けて、ひずみについては対処をされていないということを考えたら、欧米諸国との比較なんということを、画期的、かような考え方ではいけません。社会保障こそ世界で一番高度のものをつくる、そういう考え方がなければいけないわけであります。かってなときに欧米水準を使われることはおやめになっていただきたいと思う。
 それから次に、国庫負担の問題について御論議がありました。私どもは、特にそのように労働者を収奪をする、圧迫をする政策をやめよと言っております。しかし、いまの経済体制ですから、それをどんどん直していっても、その中で三菱や住友の人よりも一般の働く人は生活の格差がある、収入の格差があるという状態は、これは世の中画期的な社会改革が革命という形で行なわれない限り、そのことはなかなか縮まらない。縮まらないということになれば、やはりその間に格差が、縮小していくけれども、ある。現在は猛烈にある。そういうことを調整するるためには、直接税で取る、累進課税で取る、その財源をもって社会保障に金をつぎ込む、保険料負担を少なくする、そのことが絶対に必要であるわけです。それが必要であるという観点に立たなければ、あなたは社会保障を論ずる資格はありません。
 そこで、厚生年金の国庫負担が一割五分から二割になったのはだいぶ前であります。前にそのような努力をされているのに、このような年金を画期的にやるときに、国庫負担率の増率を考えないというのは、何と怠慢なことでありましょう。国庫負担の増率を考えなければならない。いまの政府案は未熟なもので、それを考えていない。急速に国庫負担を増率しなければならないことをかみしめていただきたい。そのことをどのようにして具体的に推進するか。
 厚生大臣、年金局長と相談しないで、答弁の前に相談しなさい。年金局長もいま言ったのは何だ。答弁をする前に知恵を合わせなければならないんだったら、相談してくだすってよろしい。途中でそんなよけいなおしゃべりはやめてもらいたい。
 その国庫負担をどのようにして増率するか、そのことの決意を持っていなければならないけれども、決意を披瀝してもらいたいし、決意がなければ、あなたは社会保障を論ずる資格はない。厚生大臣は直ちにやめる、そうあるべきだと思う。どっちか、はっきり返答してもらいたい。
#27
○齋藤国務大臣 厚生年金の国庫負担率は……
#28
○八木(一)委員 国民年金も含めて、国庫負担全部ですよ。
#29
○齋藤国務大臣 国民年金も同じでございますが、私は、こういうふうな年金というものについては、ほんとう言うと、いまの国庫負担率というものは調整がとれていると思っているのです。厚生年金の二〇%、これはやはり相当思い切った額でございますよ。しかも今度は既裁定年金受給者については、八木委員は、三万六千円きりならぬだろうとおっしゃるけれども、既裁定年金受給者八十万のうちの六割というのは二十年の老命年金ですね。その方々は、平約すると四万一千円から四万六千円になる。私何べんも言うのだが、その数字を覚えていただけないのです。八木先生はいま三万六千円とおっしゃるけれども、平均が四万一千円から四万六千円なんです。そういうふうに上げた場合の金額も現実的には国庫負担にかかっていくわけですから、率は同じであっても、国の財政負担ということからいえば相当大きくなっているということも、十分これは理解していただかなければならない。だから、そういうことを考えてみれば、厚生年金の例を引いて申しますれば、二〇%というのは相当思い切った額だ、かように考えておるわけでございまして、私はいま直ちにこれを増率するなどということは全然考えていないということをはっきり申し上げておきます。
#30
○八木(一)委員 全然考えていないというようなことはおっしゃるべきでありません。これは取り消していただきたいと思います。あとの答弁で取り消せばいいが、取り消さないなら取り消さないで私どもは覚悟があります。
  〔委員長退席、伊東委員長代理着席〕
 それから、この前の予算委員会の質問のときに、あなたは法律違反をしているということを私は申し上げました。社会保障制度審議会設置法第二条第二項ということを繰り返しあなたに――まあ年としては二つ先輩ですから、御指導を申し上げたと言っては先礼にあたるけれども、あなたは社会保障制度審議会を社会保障制度調査会と、何回教えても間違えるように、ほんとうにこの問題を無視しているんですね。それで、この社会保障制度審議会に、社会保障の問題については、企画、立法、運営の大綱については、あらかじめ政府がはからなければならないということになっている。ところが、あなた方は立法ということだけをかってに解釈して、法律案をかってにつくって出せぱそれでいい。企画のときからあらかじめはからなければいけないんですよ。法律違反をしているのです。いいです、その問題は。ほかの問題にいきますけれども、あとであなたの答弁いかんによっては、あなたは法律違反をしているので、法律違反をしている者は、少なくとも大臣とか国会議員の資格はないということになるわけですよ。これから覚悟して聞いてください。
 そういうことですが、社会保障制度審議会という、厚生大臣としては全部かみしめて、それを参考にしなければならない問題を忘れているわけです。昭和三十七年に社会保障に対する重大な勧告があったことを御承知でしょう。財政の部分だけ申し上げます。そのときに、昭和三十五年の水準は十年おくれで、日本が四十五年で追いつくためには――これは政府の各省の次官もみんな入っているのです。自民党の議員さんも入っているのです。いわゆる政府側の好きな学識経験者も入っているんですよ。そこで、どんなことがあってもという勧告が出ておるわけです。その勧告書の中に付属に試算表がつき、それから趣旨として、試算表は二七%になっていますが、昭和四十五年になったなら一般財政の――辻君もよく聞いておきなさい。一般財政の二五%はどうしても社会保障費に出さなければならないということになっている。ことしの予算は十四兆何がしです。割ればすぐわかります。三兆八千億くらいの支出に昭和四十五年度でなっていなければならないのですよ。四十八年度はもっと多いでしょう。四兆をこしていなければ最小限度の責任を果たしたことにならない。政府のほうはたった二兆。兆ということばでおどかして社会保障をよくしたようなことを言っているけれども、たった二兆。たったですよ。四兆と二兆の差は二兆。二兆円というものを社会保障費に使うとすれば、健康保険関係やあるいは児童扶養手当や、いろんなことに使うでしょう。少なくともこの年金の国庫負担を、厚生年金を二割を三割に上げる、国民年金の保険料に対する五割、給付に対する三分の一を、保険料に対して十割、給付に対して五割、そのくらいに当然しなければならない。不勉強だから、あなたはそういうことができないのです。そして大蔵省の、国民のための政治を考えないで独占のためを考えるようなやり方、そして各省の予算を値切ればいいというようなことをやっている主計局のやり方。主計局というのは、国民のための政策を実現するための予算の裏づけの原案をつくるところです。ところが、主計局というのは、なたをふるうことだけが仕事だと思っている。全くその任務を忘れている。そういうような連中の抵抗のもとに、要求してはねられたんじゃなくて、要求してもだめだろうという腰抜けの根性で要求もしない。そういう状態の中から国庫負担を上げられないということを言っている。政治をほんとうに推進をする、社会保障をほんとうに推進をする立場から恥ずかしくないのですか。国庫負担は一切考えません、よくもそんなことが言えたものだ。直ちにそれは取り消していただいて、国庫負担の増率のために政治生命をかけて前進をする、その誓いのことばがなければ、直ちに辞表を出してください。内閣総理大臣を呼んでください、このような社会保障に不熱心な厚生大臣の解任を要求しますから。
#31
○齋藤国務大臣 現段階においては考えていないということを申し上げましたら、だいぶ御不満のようでございましたが、別なことばで申しますれば、将来の日本の経済社会の発展の状況に応じてこれは十分考えらるべき問題である、こういうふうに申し上げたほうがわかりいいかと思います。現在においては考えておりませんが、将来においては日本の経済社会発展というものとにらみ合わせながら考える時期があるではないか、そういう意味で十分検討していかなければならぬ問題だ、こういうふうに私は考えております。
#32
○八木(一)委員 少なくとも近い将来ということばは出ると思ったが、がっかりしました。ぼくは齋藤さんを非常に尊敬していたのです。だけれども、十年間の尊敬をいまの一瞬で違うように認識を変えなければならぬ。それを裏切らないように、もう一回再答弁を願いたいと思うのです。ごく近い将来そのことを推進しなければいけない。経済の発展と何とかということを言われましたね。あなたは社会保障の考え方を全然忘れている。経済の発展ということではないのです。いま生存権を国民に保障しなければならない。いましなければならない。そのために国庫支出が、あるいは保険制度では国庫負担が必要であるというのは、現在のことなんです。経済が発展してからそうということじゃ、それじゃあたりまえの話です。現在ただいま支出としては、やる努力の時間がないでしょう。この半年、一年間くらいの期間の余裕は与えてあげますけれども、現在で国庫負担の増率あるいは全額国庫支出のものの増額、これが必要であるという認識に立たなければならない。きわめて近い将来に政治生命をかけてやります、あるいは、その決心がつかないから、責任を果たせないから、今日辞表を提出します、どちらかの答弁をひとついただきたいと思います。
#33
○齋藤国務大臣 だいぶ答弁を強制されるような言い方でございますが、私は経済だけとさっき申し上げておりません。経済社会と申し上げた。すなわち、文化の程度、社会福祉の進展、そういうものとにらみ合わせながら十分検討していかなければならぬ問題である、こう私は申し上げているのです。ですから、あなたとそう意見が違ってないはずなんです。あなたのほうは、いますぐと、こうおっしゃるから、いますぐはできません、こう言っているわけです。将来の方向として国民の福祉を考えるということは、わが党内閣のほんとうに大きな政治目標でございます。であるからこそ、御承知のように日本の経済は、世界全体で見ますと世界第二の経済になった、そうした政治の路線を、個人の生活を守りましょう、健康を守りましょう、福祉を守りましょう、こういう福祉優先の政治に切りかえていこうという考え方に基づいてこの年金法が出たのだ、これは十分御理解いただけると思うのです。私は腹の中では十分おわかりになっていただけると思っているのです。
#34
○八木(一)委員 ちょっと矛盾したことをおっしゃいました。経済のほかに経済社会というのをつけ足されて社会福祉と言っておられる。社会福祉ということばと社会保障ということば、これは学者はみんなまちまちです。しかし、その中でほんとうに考えれば共通部分がある。社会保障の進展を考えてと言っているのです。そうしたら、この年金制度の進展を考えてと、それが進展をしたら国庫負担を考える、そんなものでは何にもならぬ。国庫負担を考えなければ進展がしにくいわけです。社会福祉が進んだら国庫負担を考える、そんなばかな話がありますか。国庫負担をしなければ進展しないじゃないですか。そんな矛盾した答弁はやめてください。言い直してください。
#35
○齋藤国務大臣 それは、八木委員の仰せになった社会の進展、福祉の進展に伴って、あとくっついていくという意味ではないのです。進展に伴いということは、進展させる、促進させる、そういう意味もあることは私は当然だと思います。私は日本語というものはそういうふうに理解しております。
#36
○八木(一)委員 いまおっしゃったことで、さっき……
#37
○伊東委員長代理 八木委員、委員長に発言を求めてやってください。
#38
○八木(一)委員 すみません。
 確かにさっきの答弁は不十分です。齋藤さん、ある程度熱心なことはわかっていますから、そんなにおこらぬでください。あんな矛盾した答弁はなさらないでください。私ははっきりした答弁を強要すると言ったが、どっちか、はっきりなんです。はっきりと前向きのほうを答弁していただけば一ぺんに片づくのに、ごまかそうとするから、そういう矛盾した答弁が出てくる。そうじゃなくて、すっきり憲法二十五条に従ってこれから答えていただきたい。
 次に、国庫負担と労使の負担区分であります。労使の負担区分というものは――いまとにかく賦課方式の問題から国庫負担の問題になる。いまあなた方は賦課方式になかなかすぐは踏み切らない。まあできるだけ早くと言っておられる。国庫負担はそういう手ぬるいこととなれば、低賃金、重労働で苦しめられる労働者は、年金は先輩のためによくしたい、しかし、いまうんとこさ保険料を引かれると、いまの生活は困る、この問題を考えるときに、当然、負担能力のあるほうの負担区分を多くして労働者のほうを少なくするということは、なされてしかるべきだ。あなたは財政ばかり心配されているが、これは財政は心配ありません。国家財政は関係ありません。労使の負担区分を少なくとも七対三に変える、そのようなことを推進されなければならないと思う。それについて野党案のような考え方に立って、ぜひ推進をしていただきたい。いままで大きな声ばかりしましたから、今度は一回お願いしておきます。ぜひ推進をしていただきたい。
#39
○齋藤国務大臣 お願いということでございますから、答えるのもいかがかと思いますが、これもまた答弁が気に入らぬとおっしゃるかもしれませんが、七、三にいま直ちに切りかえるということは考えておりません。というのは、やはり日本には大企業もあり、中小企業もあり、いろいろさまざまあるわけでございます。そこで七、三ということにいたしますと、経営者の諸君にも、やはり、大企業は楽だろうとか、いろんな意見があるわけでございます。中小企業もさまざまあるわけでございまして、政治としてはそういうことも考えなければならない。しかも五、五ということは今日までほぼ定着した率だと私は思っているのですよ。八木委員はそうは定着していないとおっしゃいます。いつも国会においてそうおっしゃいますが、私は定着していると思っているのです。失業保険しかり、政管健保しかり、それからこの年金もしかりということなんです。労働基準法に裏打ちのありますところのいわゆる労災、これはもともと事業主の全責任ということですから、これは当然のことです。そのほかの社会保険というものは一応五、五ということで定着している、私はそういうふうに思っていますが、これはお互いの認識の相違であると思います。
 しかしながら、これこそ、また何か言うと御不満かもしれませんが、社会経済福祉の進展に即応してやはり考えなければならない政治課題だと私は思います。その点は私は率直に認めているのです。認めていますが、いま直ちにはそう直すことは困難である。また、それだけ言うと、よけいだとおこられるかもしれませんが、将来の政治課題としては考えられるべきものであるということだけは率直に認めておきます。
#40
○八木(一)委員 初めて三分の一ほど、満足でもないけれども、やや評価できる御答弁が出ました。だけれども、あとの三分の二は非常に不満です。定着したと言われる。りっぱな頭のいい方ですから当然おわかりでしょうけれども、労使負担区分は変えていかなければならぬ。それを定着したというのは、長年置き去りにしたということです。もっと前から、十年か二十年前から始めなければならないのに、置き去りにされたから、いまこそそれは踏み切らなければならぬという問題だと思うのです。
 御承知のとおり、同僚各委員の熱心な質問を、私は理事会がたくさんあったために全部聞けなかったことを非常に残念に思いますが、論戦を拝聴して、その中で実際上労使の負担区分が、労働者の団結力が強く、使用主も事態をわきまえているところでは、そういうふうに変わっています。使用主がふえて、そうして労働者の負担率が減っている。ところが、一番負担のしんどい労働者の場合に、零細企業者の場合に、使用主も、ものわかりが悪い人が多い。それから、事実少し資本家としてしんどいところもかすかにあるでしょう。しかし、労働者、国民の社会保障という立場から見れば、そのような零細な労働者のほうが、特に労使負担区分を、使用主の部分を多くし労働者の部分を少なくする要件がはるかに高いわけです。そこで、はるかに高いというそういうものをするためには、法的に推進をしないと、そういう労働者のほんとうに要件に合わない。強いところではかなりできているわけです。できているということは、それがもう必要だということになっているわけです。特にそのことが必要度の多い小さな企業の労働者にこれを均てんさせるためには、どうしても法的なそういう状態をしなければならない。法的な状態を持っていくのは、原案を提出される政府の責任でございます。そうしてそれを審議をするわれわれの責任であります。だけれども、出てこなければ、なかなか問題が進まない。政府みずからが提出をされる必要があろう。それで、他の保険のことを言われます。他の保険のことも同じ状態でしなければならないものを、長いことほったらかしにされたのだ。定着したというのは、悪いことで定着した。いいことに変えなければならない。この国会では、所得保障の大きな柱である年金、そうしてまた医療保障のほうのあれである健康保険法の改正、この問題はいろんなことで、ほかの医療保障の問題に関連があります。
 健康保険法というのはその中の根幹法律です。所得保障と医療保障の部分をやれば、あとは失業保障だけであります。失業保障の問題は、これは大きな所得、医療の問題をやれば、おのずからついてくる。この機会こそ労使負担区分を変える一番必要な時期であろうと思います。その点について、これは国会で審議をします。しかし、事務的に、義務的に、あなた方がそれに非常に推進をする準備を、協力をされる、そうして大きな所得保障、医療保障を担当しておられるものとして、それは国会で直していただきたいというような推進をされ、各党に要請をする、そのことが必要だろうと思うのであります。それについて、ひとつお考えを伺っておきたいと思うのです。
#41
○齋藤国務大臣 この問題は、先ほどもお答えいたしましたように、一応労使折半ということで定着している――同じことばばかり使って恐縮でございますが、定着していると私どもは考えておるわけでございます。しかしながら、将来の政治的な課題としては十分考えなければならぬ問題であろう、私はそういう認識は持っておるのです。ですが、いま直ちに法案を修正してどうのこうのということは、まだ考えておりません。
#42
○八木(一)委員 ひとつ七、三にすることを至急に踏み切るように御努力を願いたいと思います。この御努力についての決意のほどをひとつ伺っておきたいと思います。
#43
○齋藤国務大臣 私は、常に社会保障全般について熱意を持っておりまして、こういう問題も当然その中の一つの課題であろう、こういうふうに考えております。
#44
○八木(一)委員 そして七、三にすぐしていただけるように努力願うことを伺って、これは私、国会という国民を代表する立場で確認をしておきますが、すぐにできないと思いますが、たとえば使用主が○○以上、労働者が○○以下というようなことであれば、これはいま直ちにでもすぐにできると思うのです。しかし、これは国会できめることです。しかし、この問題は重要な関係があり、しかも国会議員の一員である齋藤さんが、大ぜいの人たちに、それくらいはいますぐやろうじゃないかという努力をしていただきたいと思います。ひとつ前向きの積極的な明快な御答弁をいただきたいと思います。
#45
○齋藤国務大臣 前向きとか積極的にと言われましても、いま直ちにそういうことを実行しようということはできません。私は先ほどから言うておるように、将来の日本の社会福祉の進展その他を十分にらみ合わせながら、たとえば年金の成熟の促進をするとか、いろいろな問題と関連させながら、政治課題として、将来の問題として考えていきたい、こういうように考えておるわけであります。
#46
○八木(一)委員 政府を背負っておられますから、なかなかそのとおりと言いたくても言えない御事情があることは、私も推察をいたします。しかし、それは政府なりの立場で、七、三のほうはもう急速ですよ、いま直ちにという問題についても御努力願うことを期待しておいて、次の問題に移ります。
 それから次に、スライドの問題であります。賃金自動スライド、物価自動スライドで大いに論戦がありました。物価スライドは踏み切って、画期的であると言われております。これはスライドがいままでなかったことが、ものすごい怠慢であったと思うのです。再計算期を少し調整したと言われますけれども、それは知っておりますから、おっしゃる必要はありません。だけれども四十万しかやっていない。年金制度に、これは国年や何かで任意加入にあまり人が入らないということも、高い金を払って名目的には合理的な年金をもらっても、そのときには実質的価値が減っているから損だ。非常にインフレ時代に、蓄積がインフレですっ飛んでしまった人たちのほんとうの生活体験から、そういうことがあって、それで年金制度が実際に国民的な期待のもとに推進ができ得なかった要件がある。
 その点で、スライドに踏み切るということはもっと前からしなければならないのに、いまごろになってというのは非常におそいと思いますが、踏み切らないよりも踏み切ったほうがいいということで、いまのことは十分の一ほど評価しておきますが、踏み切る場合に、当然賃金スライドになるべきだと思うのです。賃金スライドになるべきだというのは、当然、へ理屈をこねれば、いろいろな理屈があります。へ理屈をこねれば、あとでへ理屈が出てくれば、それはへ理屈だと言いますけれども、そこのところは時間の関係でやめておいて、ほんとうに実態に即して考えれば、賃金スライドであれば、いま働く世代にある人たちが努力をして経済を成長させ、労働分配率を高めるということが先輩に及ぶわけであります。
 物価スライドだけでは、いまの不十分な年金の水準、それが保障されるにすぎない。当然、われわれの社会を築くことに努力をした先輩、われわれをはぐくんでくれた先輩に対して、将来その基盤のもとに働いておるわれわれが、いろいろなことで生活が豊かになる、その状態が先輩に及ばなければいけないと思うのです。いまの貧しい年金水準が、ただ物価スライドして、こうやるんではなしに、そういうふうなことでなければ先輩に対する道ではないと思うのです。そういう点で賃金スライドにぜひ踏み切っていくべきだと思う。ぜひ厚生大臣の積極的な御答弁をいただきたい。
#47
○齋藤国務大臣 この問題もまた、画期的と言うと、あたりまえだと、こうおっしゃるかもしれませんが、実は私は画期的なものだと思う。八木委員だってびっくりされたんじゃないかと思っております。いまだかつて――こういう年金制度に自動式な物価スライドを採用した、これはたいした、やはり画期的です。だから、それはやはり率直に認めていただいたらいいと思うのです。すなわち、年金というものは生活保障なんです。すなわち、生活水準が保障されるということなんですね。したがって、消費者物価指数が上がれば、それだけ貨幣価値が下がる。したがって、その生活を守るという意味において、すなわち、標準報酬の六割程度の生活を保障する、こういうことで物価スライド制を採用した。それと同時に、私どもの提案いたしておりますのは、その物価スライドだけでなしに、すなわち、財政再計算期ということによって、賃金なり生活水準を頭に描いて四年ごとに改善をしていこう、この二つは非常に私は妙味のある制度だと思うのです。すなわち、五年以内は貨幣価値の原価を押えていきましょう、そして平均標準報酬の六割の五万円という価値を保存してあげましょう、しかしながら、生活水準が上がっていく、社会の進展がある。ですから、五年ごとに、働く労働者の生活水準というものも頭に描きながら、財政再計算期において水準を改定いたしましょう、私は実に妙味のある案だと思っているのです。一方だけやったならば非常に不均衡を来たすと思うのです。そういう意味で、両々相まって労働者の生活の向上をはかる、私は実に行き届いた案ではないかと考えております。
#48
○八木(一)委員 物価スライドでは、いま大ぜいの国民から見れば物価がめちゃくちゃに上がっていますから、さっきへ理屈と言ったのはそういうところです。あるいは、物価スライドのほうがその辺で得だというようなことを言う人があるかもしれません。ところが、政府の統計は、残念ながら、その国民の生活に密着したところの猛烈な物価の値上がりのほうは抜きにして、直接関係のないデータを一ぱい入れて平均値をやってやるから、ですから、ほんとうはいろいろなものが二割くらい上がったし、少なくとも五割くらい生活必需物資が上がっている。猛烈に上がっているものもありますけれども、材木とか、そういうようなものは別にして。ということで、政府の統計では今度はどう出るか。昨年では五・七という数字になる。ところが、賃金のほうは昨年の一三%ということで、このことはほんとうに具体的にそのような年金を、先輩の生活を維持する――維持するだけでなしに、経済の発展や労働分配率の増進を先輩に同じく均てんしてもらうというためには、賃金スライドがいいということは明らかなんです。
 しかし、そのことは齋藤さんも全然無理解ではなしに、再計算期において賃金の要素を非常に多くやって再計算をするというようなことを言っておられるようであります。委員会全部出席できなかったのは残念だけれども、そういうふうに聞いております。また、齋藤さんもりっぱな政治家だから、そのくらいのことは考えておられると推測しております。再計算期の問題を非常に誇って示される。誇って示されるならば、四年ということじゃなしに、少なくとも二年に再計算期を縮めてもらいたい。そうでなければ、あなた方はこんな妙味のある、こんな誇ったということを実際にやらないことになる。再計算期を二年に縮める、そうでなければいけないと思う。その御答弁をひとついただきたいと思います。
#49
○齋藤国務大臣 財政再計算は五年以内とたしか法律に書いておるわけでございます。それを二年に縮めるということについては、私ははっきり確答を申し上げることはできません。すなわち、賃金の上昇なり生活水準の上昇なり、そういうものとにらみ合わして考えていかなければならないのであります。私どもも、最近におけるそうした状況が急激に変化しておることがよく感得されるわけでございますから、五年と申しましても、五年になったらやるなんということは私も考えていません。少なくとも今度の改正法案は四年目にやっているのです。ですから、四年より早くしたいとは思っています。いま急激な変化ですから。しかし、二年にするというのはちょっと早過ぎる、こういうふうに考えて、適当なところに賃金なり生活水準の変化の動向を見きわめながら、四年以内できるだけ早い機会にやっていくという点については、私は十分理解を持っているつもりでございます。
#50
○八木(一)委員 最初と終わりとちょっとニュアンス違いましたね。最初は、まあ二年ということについてはいまのところ考えていない、最後のときには、二年というのは早過ぎる、そういうところで、齋藤さんの、われわれの言っていることは妥当だ、しかし、何かへんてこりんな抵抗があったり何かしてやりにくい、心の乱れがそこの中にある、そのような乱れを生ずるような外の圧迫、あるいは事務当局が不協力だったら、これは断じて許せないことですが、そういうものを吹き飛ばして、二年に再計算をするというふうに推進をしていただきたい。その推進のお気持ちでけっこうですが、推進のお気持ちをひとつ強く表明をしていただきたい。
#51
○齋藤国務大臣 私どもは、労働者の生活あるいは退職された方々の生活の安定を守る、こういう基本的な考え方でございますから、賃金なり生活水準が非常に急激に変われば、それは早めていくということは私は当然だと思います。しかし、それを二年で必ずやるか――二年たっておりません、まだ法律も通っておらないわけですから、やはり将来の動向を見定めながら、できるだけ早い機会に――皆さん方が賃金スライドということをお述べになっているお気持ちは、私は十分理解しているんです。理解しておりますからこそ、こういう答弁をしているんですから。
#52
○八木(一)委員 いまの点については、厚生大臣の誠意と積極性を大きく期待をしておきたいと思います。評価をしないので、少しいら立っておられるようですが、前向きになられた点については私どもは評価をいたします。しかし、停滞している点については、強く批判をしていかなければならない。評価ができるように、今後御答弁はひとつ前向きに積極的にお願いしたい。
 時間が少しかかっておりますので、具体的な問題に少し移りたいと思います。前後しますが、もとの基本的な問題にもあとで返るかもしれませんが、福祉年金のほうから触れていきたいと思います。
 野党四党は、福祉年金を一人二万円、夫婦四万円、そしてそれを七十歳以下の者はいまの一本ですけれども、六十五歳以上から適用するようにして、第一年度は一人一万円、夫婦二万円、第二年度一人一万五千円、夫婦三万円、第三年度からは六十五歳以上の人も、これは一人二万円、夫婦四万円にしている。野党の合意によってこういうことを出しているわけでございますが、これはもうほんとうに私ども提案者としても最低の最低で、少し国民の皆さま方に恥ずかしいような気持ちがしているくらいです。年金というものは、いま年金を必要としている人が生存できる、このような年金でなければならないと思います。
 時間の関係で、生活保障の水準を聞こうと思っておりましたけれども、聞くのはやめますけれども、そういうことから関連しても、もうどんなことがあっても二万円くらいはすぐしなければ、年金として対処をされたということにならないと思うわけでございますが、政府案は老齢福祉年金を五千円、もうほんとうに話にならない数字だと思います。この五千円ということについて、どうしてこんな少ないものを、画期的な年金制度をつくるというときに原案として出されたか、反省を込めてお答えをひとつ伺いたいと思います。
#53
○齋藤国務大臣 これはもう八木委員が老齢福祉年金というものの性格は十分御承知の上だと思うんです。いまから十二年前、制定いたしました当時、一千円という額でございましたね。その性格は何か、老後の生活をささえる年金か、そうではないのです、老後生活に多少のゆとりを与えるというふうなことで出発いたしましょう、こういうことで発足したことは、もうあの法律制定の当時御参加いただきました八木委員十分御承知のとおりなんです。そういう性格なんです。そういう性格から千円で発足いたしまして、今日三千三百円、それから五千円、こうなってきたわけです。従来は大体百円か二百円きり毎年上がりませんでしたね。これも十分御承知だと思うのです。すなわち、性格は、老後の生活に多少のゆとりを与える、こういうことで出発した、そして、あくまでも国民年金というものの発展のためには拠出制年金を本体としてお互い努力していこうではないか、こういうことで今日まで十何年来たわけです。その間、二回以上の法律改正をやってきたわけです。そういうようなわけで五千円。なるほど、これで生活はできるか、それはもともと老後の生活をささえるとかいうことでなかった、こういうことは十分御理解のとおりでありまして、しかも、三千三百円から、今度は百円とか二百円じゃなしに、千七百円上げたというところを私は評価していただきたいのです。これはわかっていただけると思うのです。いままで皆さん方の御協力をいただいて、百円、二百円上げて年金法の修正をしてきたわけです。これは八木委員御承知のとおりですよ。ところが、今度は一挙に千七百円上げた。そこから、政府が老齢福祉年金にいかに力を入れているかということを評価していただけると思うのです。そして、五千円になり、七千五百円になる。五十年度は一万円になるわけです。
 そこで、次にどうするかということになりまして、初めて老齢福祉年金の性格を再検討しようではないか、こういう時期に来るんだと私は思うのです。(「いますぐやれ」と呼ぶ者あり)いますぐという声もございますけれども、この性格はいますぐに払拭するわけにまいりませんので、たびたびお答えいたしておりますように、社会保障長期計画懇談会において、よその制度との関連でこの福祉年金の性格をどう位置づけるか、そういう根本的な検討を加え、五十一年度以降の額をどうするかということの計画をきめていこう、こういうふうにしたいと思うのでございます。
 そこで、今日まで百円、二百円であった、それが今度は千七百円上げた、そこにひとつ比重を置いてお考えいただきたい、こう私は思うのです。
#54
○八木(一)委員 ほんとうにあきれ返った話でありまして、とにかく千七百円しか上げるものを出せなくて――大臣、簡単にわかるでしょう。こっち見てください。よけいなデータ持ってくるな。こっち見て聞いてください。
 千七百円しか上げられなくて、まことにもう穴の中に入りたい気持ちですというような答弁がほんとうに至当だと思う。大蔵省みたいなわけのわからぬところがあって――しっかり聞いてください。上げようとすることに抵抗があるということで、ほんとうはしなければならないところをこれっぽちしかやれなかった、身の細る思いで、国民に申しわけない、そういう気持ちで御答弁があってしかるべきだ。それを、千七百円も上げたからとかなんとかいう、そんなお気持ちではいけません。齋藤大臣は、政府案を出したから、それがいいと言わなければ政府のメンツが保てない、大臣のメンツが保てないというような、そんなせせこましい政治家であってはならないと思う。国民のためにほんとうにいいものをつくるように努力をしたけれども、わからずやがおって、抵抗があってできなかった、残念だ、全国民の世論でそれを吹っ飛ばして、老齢福祉年金をよくしたい、そのくらいの気持ちを披瀝するのがあたりまえですよ。それでさっきから憲法二十五条を言っていた。憲法二十五条をかみしめてこれからの御答弁を願いたい。
 先ほど老人の生活のささやかな足しになるというようなことで発足をした、八木一男もそれを知っているはずだというふうに言われた。それはあなた方の言い分だったわけです。私ども社会党――そのときは政党編成が違っておりましたけれども、一緒にやり合った、いまほかの野党をつくられた方も、みんなそういう気持ちではない、生活をほんとうに保障するに足る年金をすぐに全老人に、障害者に、あるいは遺族に保障しなければならぬという立場で言ったのを、自民党が、政府が、こんなものはいままでやっていないから、ちょっと足しになればいいんだと言ったのです。それで、徹底的な追及が行なわれて、これではいけないので急速に直しますから、ごかんべんくださいと言ったけれども、われわれはそんなものは賛成できないということで反対をしているのです。それをあなた方はただ数だけの多数をもってその粗末な案を通された。自民党の方々の中にも、国民のためを思われる方がある。党議でそういうものを縛らなければ、完全にあのとき野党案が通った。それを党議で縛って、予算に関係があるから絶対に政府案に賛成しろというような、国民を無視したやり方であの粗末な案、怠慢な案が通ったわけです。そんなものは、ちょっとの足しで生きていけるというようなことは、国民の世論ではありません。国会の論議の中心ではありません。粗末な案だけれども、あと一生懸命直しますからごかんべんくださいと言ったが、それでもかんべんまかりならぬということで、あなた方は党内の統制力で数で縛って粗末な案を通した。これははっきり認識をしてもらいたい。ですから、ちょっとのお手伝いをする年金であっていいというものではない、国民の生活を保障する年金でなければならない、そういう認識に立っていただかなければならない。
 ところで、あなたが言ったように、あのような過程にしても、あのときに――質問すると時間をとりますから、ぼくのほうがよく知っていますから言います。年金局長に答弁されると時間がかかるからね。あのときは、二十五年払い込みのことでいろいろ金額を論議されていました。しかし、その二十五年払い込みの国民年金、拠出年金は二千円ということになった。そのときに老齢福祉年金は千円だった。そして、その老齢福祉年金が少ないのはけしからぬという論議があったが、あなた方はそれを押し切られた。その比率がいまどうですか。最低限の、あなた方の比率がどうですか。二十五年が二千円、老齢福祉年金が千円だった。いま二十五年は、あなた方の案では二万円でしょう。そうしたら、許しがたいその最低限の標準であっても、あなた方のベースであっても、ことしから一万円でなければあなた方の理屈も合わない。なぜそれで五千円にするのですか。一万円に直ちにしなければあなた方の理屈も合わない。その点についての重大な反省を込めて御答弁願いたい。
#55
○齋藤国務大臣 確かに出発当初においての金額の差というものはそういうものであったと私も理解をいたしております。しかし、これを一挙に高めるということにつきましては、やはり財政負担というものも考えなければなりません。これは拠出制じゃありませんで、全部国民からいただく税金でまかなうわけでございます。私もできるだけ早く一万円ということを考えておるわけでございますが、まあ年次別に、来年は七千五百円、五十年度に一万円にしよう、こういうことにいたしておるわけでございまして、私どももその改善のために努力しようという熱意には変わりはない、かように考えております。
#56
○八木(一)委員 一万円ということでないと、いままで政府が、自民党が言っていた最低限、われわれがそんなことではいけないと言っているそのベースにも合わないのですよ。それをことしから一万円にできないというのは、財政事情ということであなた方が押えられているわけですか。あなた方自体が、そんな五千円でいいというような考え方だったのですか。あなた方は一万円にする気があったが、大蔵省の連中が抵抗して、田中角榮君がそっちのほうに加担してできなかったのか、あなた方自体がことしから一万円にする案を出さなかったのか、どっちか明らかにしていただきたいと思います。
#57
○齋藤国務大臣 私どもは当初からことしは五千円と考えておるわけで、財政当局から押え込まれて五千円に押えた、そんなものではございません。と申しますのは、私どもは、国民年金というものについては拠出制年金を中核として発展さしていかなければならない、そこで、御承知のように、五年年金、十年年金という経過的な年金があるわけですから、そういうものとの比較等も考え合わせていかなければならない、そういうことも頭にあって、ことしは五千円が適切ではないか、来年は七千五百円、それから次の年は一万円、こういうふうにしておるわけでございます。
#58
○八木(一)委員 とにかく問題の順序がひっくり返っていますね。頭を整理してください。いい頭のはずなのに、この問題だけは頭がひっくり返っておる。福祉年金はりっぱなところにいって、それとバランスが合わないから、五年年金をそれ以上にする、十年年金をそれ以上にする、そういう考え方でいかなければいけない。
  〔伊東委員長代理退席、委員長着席〕
こっちから来てこれを押える、そんなものは政府側の狭っ苦しい量見のつじつまを合わせるだけで、国民の負託にこたえるものではない。年寄りはいま生活しているんですよ。政府が怠慢なために、年金が少なくて、いまほんとうにこの社会をささえてきて苦労に苦労を重ねてきた年寄りが生活に苦しんでいるのですよ。考え方を根底から変えてもらわなければならない。しかも、まだ年金制度がわからないで――そのときにはあなたは労働行政のエキスパートでしたけれども、昭和三十五年くらいはまだ年金のことはあまり御存じなかった。それから御勉強になったわけです。ここにいる政府の人たちもそのころは、いまは勉強しているけれども、年金局長以下一人もわからなかった、昭和三十六年ごろ。わからないときにつくった非常に程度の低いバランス、それを、世の中が進展しておるのにまた程度を低くする、こんなことが許されていいのですか。これは年金局長に聞きます。そんなことを考えていたのなら、あなたはほんとうにやめてもらわなきゃならない。いま過誤をおかしたならば、これからはもう年金局長としての、公務員としての全精力をあげて、そのあやまちを正すために、言うことを聞かなければ厚生大臣に辞表をたたきつける、厚生大臣も内閣総理大臣に辞表をたたきつけるというつもりで、この誤りを直ちに直してもらわなければならない。年金局長から、今度初めてだけれども、五千円なんというものを出してまことに申しわけない、あらゆる努力をしてこれを一万円に、少なくとも一万円に、そして翌年には野党の二万円にする努力を公務員としての行政責任をかけてやるという、そういう御答弁を願いたいと思う。
#59
○横田政府委員 私は一公務員でございますので、あるいは御満足いただけるようなお答えをできないかと思いますけれども、まず最初に、今回の五千円の要求をいたしましたそのいきさつを申し上げます。
#60
○八木(一)委員 時間がないから、ぼくの言ったことだけ、それができるかできないかだけ。ほかのことは、時間がないから……。
#61
○横田政府委員 それだけ簡単に申し上げます。
 一つは、前国会におきましてその関係の法律が御審議になりました際の附帯決議がございます。その附帯決議によりまして、できるだけ早く老齢福祉年金は五千円に引き上げるべきである、こういう一項目がございましたので、私はまずそれを極力尊重すべきであると考えました。
 第二点は、福祉年金制度が始まりました時点におきまする農家世帯の生計費水準というものと、現在の生計費水準というものとを比べました場合にどの程度の比率になるかということを考えました。そういたしますと、その比率は大体五倍程度でございます。したがいまして、附帯決議の線を守ることが、その意味から申しましても十分理屈のあることだと考えました。
 それから今後の問題につきましては、生活保護費の問題でございますとか、いろいろな問題とのからみ合いがございますので、そういった点について十分の解明をすることが、将来における福祉年金の充実の問題のために最も必要なことであると考えました。そういったことから、先ほど大臣の御答弁にもございましたように、社会保障長期計画懇談会、それから私どもの関係のほうの国民年金審議会におきまして御審議をいただいております。今後この充実につきましては、そういった路線に従いまして行政官といたしましての最大の努力をいたします。
#62
○八木(一)委員 質問したものに答えるようにしてもらいたい。大事な質問があとあるのですから。
 そこで、いま附帯決議を重視をしていた。かってなところだけ附帯決議を重視していたら、これは国会の軽視になりますよ。附帯決議を全部知っているのですが、いままでの大部分はあなた方は無視をしている。老齢福祉年金を上げなければならないときに――少なくするときにだけ附帯決議を援用する、とんでもないですよ。各政党が全部年金を飛躍的に増大をするといっているそのときと、その前の附帯決議とは実質的な違いがある。そんなことがわからないような人ではないでしょう。頭はいいはずだ。いい頭を年金の伸び率を少なくするように使ってもらっては困る。よくするように使わなければいけない。それが公務員の任務ですよ。
 次に、厚生大臣、その一万円にするというのは、これはすぐに一万円にするということが当然であると私は思います。あなたもほんとうにいままで私の言ったことをかみしめてください。当然であると思われると思う。政府案がこの点で非常に不十分であった。政府だって過誤はあります。あなた方、過誤がある。百点満点なんてどこにもない。この点で非常に不十分でありました、一万円のほうが妥当であります、野党のいう二万円のほうがより妥当であります、そこまで言えなくても、その五千円でなくて、少なくとも一万円にして出すべきでありました、その反省を込めた答弁を願いたいと思う。
#63
○齋藤国務大臣 だんだんのお尋ねでございまして、福祉年金の五千円について、いますぐ一万円、二万円、こういうふうな御趣旨の御質問でございますが、なお、私どもも福祉年金の額の引き上げについては非常に積極的に前向きに努力をしておるわけでございまして、いま直ちに五千円を一万円というわけにはまいりませんが、今後とも前向きに努力をしておる、こういうことだけは十分御理解いただきたいと思います。
#64
○八木(一)委員 老齢福祉年金あるいは福祉年金が非常に少ない、これを急速にさらに増大する努力をお誓いになっていただけますか。
#65
○齋藤国務大臣 できるだけ早く増額させたいということを考えて、ことしは五千円、来年は七千五百円、五十年度は一万円、こう言っておるわけでございまして、今後ともこういう点については最大の努力をいたす考えでございます。
#66
○八木(一)委員 質問をしたことだけ答えてください。でないと、大事なことができなくなりますから。
 とにかく福祉年金をよくするということについて最大の努力をするのですね。首を縦か横に振ってください。時間がないから、縦に振るか、横に振るか。
#67
○齋藤国務大臣 熱意があるからこそ、さような答弁をいたしておるわけであります。
#68
○八木(一)委員 ところで、この福祉年金には、あなたの自画自賛している自動スライド制がない。これはどうしたわけですか。――よけいな雑音しないで、こっちを聞いてください。
 そうでないと、年金による生活水準が保たれないでしょう。一番少ないところの福祉年金にスライド制がなかったら、保たれないでしょう。なぜないのですか。なぜ福祉年金にスライド制を入れなかった。スライド制を入れたことは画期的なことである、そういうようなことを宣伝される前に、スライド制ということを考えたら、スライド制はどこに一番大事だということを考えるのがあたりまえでしょう。なぜ入れなかったのか、その理由をおっしゃってください。
#69
○横田政府委員 福祉年金の額の改定につきまして物価による自動スライド制を入れなかった理由というお尋ねでございますが、この問題につきましては、その時点時点におきましてのいろいろな問題を総合的に勘案いたしまして政策的に額の引き上げをはかるほうがよりよろしい、こういう観点に立ちまして自動スライド制の規定は入れておらないわけでございます。
#70
○八木(一)委員 それならば、具体的にどうするかということを答えてください。抽象的なことでなくて、具体的にどうするのだ。
#71
○横田政府委員 法律の問題といたしましては、御提案申し上げておりますように、老齢福祉年金額を今年度十月から五千円、その後の問題につきましては、大臣から再々お答えのように、政治的な路線といたしましては、四十九年度七千五百円、五十年度一万円、そこまでおきめをいただいておるわけでございます。
#72
○八木(一)委員 同じことを聞かなくても、一回聞けばわかっていますよ。聞かなくたって、五千円とか七千五百円は知っていますよ。知っていることはあまり何回もおっしゃらず……。
 したがって、具体的にどうするのだということは、老齢福祉年金が、あるいはその他の福祉年金が非常に少ないから、さっき厚生大臣の御答弁で、当然それを生活できる年金になるように毎年改定をしなければならないということとともに、スライド制がないから、その分も制度的な改善とともにそれもやっていかなければならない。したがって、あなた方はスライド制をつくらなければいけない。つくらないでそういうことを考えるのだったら、これからわれわれの内閣ならもっと抜本的にやりますけれども、あなた方の社会保障については、怠慢な内閣が続く限りにおいては、齋藤さん、あなたが厚生大臣をやめられてもあとの人たちまで縛るのですが、どんなことがあってもこれからこの年金については毎年改定案を出す、一回も抜けてはいけない、毎年改定案を出すということをお誓いになっていただきたい。
#73
○齋藤国務大臣 福祉年金などの政策改定を必要とする額につきましては、おそらく毎年出すようになると思います。
#74
○八木(一)委員 老齢福祉年金だけではなしに、障害福祉年金あるいはまた母子福祉年金、準母子福祉年金、あらゆる福祉年金ですが、この福祉年金が改定されると、毎年、生活保護法の中の老齢加算、それから母子加算、そういうものがそれだけの分加算として行なわれております。これは非常に定着をしたよい制度です。当然今年度のこの年金改定に即して生活保護のほうの加算が行なわれなければならない。この点について端的に行なうという御答弁を要求します。
#75
○加藤(威)政府委員 先生御指摘のとおり、福祉年金が増額されますと、その額だけ生活保護に上のせになっております。今度の改正につきましても、従来どおりその額だけ上のせするということで、これは大蔵省との相談もございますが、そういう線で解決するように努力いたします。
#76
○八木(一)委員 大体方向はいいのですが、努力をいたしますではなくて、そのとおりやるということでなければいけない。厚生大臣に、やるという御答弁を願いたい。
#77
○齋藤国務大臣 毎年改定する考えでございます。
#78
○八木(一)委員 いまとにかく福祉年金がふえただけ加算をそれだけやる。これはきまっていることですから、必ず――社会局長は大蔵省というようなことを言うが、そんなことは言うことはない。厚生省がやればいい。大蔵省はそんなものに何も文句は言ってはならない。辻君、答弁は要らないから、よく聞いておきなさい。一言でも文句を言ったら、これはたいへんな問題になりますよ。田中内閣打倒、即時粉砕のもとになりますから、一言も文句は出さない、言わない。それをやるということですね。
 それから次に、谷間の問題について御質問をいたします。
 いま谷間の問題については同僚委員から熱心な質問がありましたけれども、たいへん不十分な答弁ばっかりです。期待をしますという点はいいですが、何とはなしに谷間を六十七歳以上に限定しよう限定しようとあなた方はしている。なぜ六十五や六十六の人にこれを対処しないのか。全くほんとうに冷たい心、氷のような冷たい御答弁。十年年金と関連させてへ理屈をこねているが、その冷たい心を改めて、ひとつこの問題について六十五歳から老齢福祉年金をやる、やらなければならないと思うという御答弁をいただきたい。
#79
○齋藤国務大臣 この問題は、たびたびお答えいたしておりますように、国民皆年金体制の中に入ってない方、制度上入れない方について、このまま投げておいたらいいであろうか、やはりこれは何とかしなければなるまい、私は冷たい心でなくて、あたたかい心で申し上げておるわけであります。しかも、予算も成立する以前からこの問題について法案提出をいたしますから、法案審議の段階では御審議に決着をつけていただきたいと、私はもう非常に前向きなあたたかい気持ちで出したつもりであります。これが冷たい心による提案などとは全然考えておりません。
#80
○八木(一)委員 冷たい理由を言わなくてもわかるような頭のいい人だと思ったのですが、その部分だけどうも頭がちょっとどうかしているのではないか。冷たいですよ。あなた、猛烈に冷たいです。たとえば十年年金があるから、そこに入ったら年金の対象者になっているのであるから、六十五歳以上の中で六十七と六十八と六十九だけが谷間だと、あなた方は谷間を小さく、みぞくらいに世の中が考えるようにやっていこうとしている。谷間というのは、みぞではなくて、たくさんあるのですよ。幾つもある。谷間というのは深く広いのです。みぞじゃないのですよ。六十五歳、六十六歳についてなぜ年金を支給することができない。支給しようという積極的な発言がないのは十年年金があるからということをあなた方は言うが、十年年金というのは任意適用でしょう。強制適用じゃないでしょう。十年年金を強制適用にしているなら話はわかります。任意適用だから、そこに多くのはずれている人があるということを深く認識してもらわなければならない。それについてもう一回お答えをいただきたい。
#81
○齋藤国務大臣 国民年金法制定の当初から、私どもは国民年金制度の健全なる発展をこいねがう、その中核はどうしても拠出制年金でなければならぬのです。そうした本体的な拠出制年金にどうしても加入できない人に対して、まずできるだけ入っていただくように努力する、これが第一段。それから第二段としては、制度上どうしても掛け金をちょうだいすることが期間が短くてどうにもなりませんという方については、七十歳になったときに福祉年金を出すようにしましょう、こういう制度の仕組みでできておるわけですね。これは私があなたに申し上げるまでもなく、あなた自身が一番御承知のはずなんです。そういうふうな考え方から、すべての国民が何かしら年金体制に入っており、また入り得る体制にあるわけである。そこで、どうしても入れないのが現在六十七、八、九の年齢の三階層なんです。たびたび申し上げておるように、その方々に七十歳までお待ちくださいというのは、こういう際にどうであろうか、非常にあたたかい気持ちでこの問題を積極的に解決しょうじゃないか。橋本私案が皆さま方の御協力によって成立いたしますれば、政府は同意いたしますと私は申し上げておりますが、これだけでも三百億以上こす金額でございます。平年度三百億こすのです。そういうことも十分お考えいただいて、いたずらに私どもはこういう人々に対して……(「三百億くらいに驚いてはだめだ」と呼ぶ者あり)私は驚いているわけではなくて、額の事実を申し上げているだけでありますが、私はむしろあたたかい気持ちで、よくもやったとおほめいただけるものとばかり思っておりました。
#82
○八木(一)委員 二月二十八日の予算委員会で私が質問をしたときに、あなたはこの谷間の問題について委員会の審議のあれでということを言われた。その前に厚生省がそれを原案の中に入れなければならない。そこで、大体あたたかくない、冷たいと言ったところ、それに対応されたことは、ややあたたかくなった。それから本会議や、また社労委員会で同僚議員が言われたときに、同じように御答弁になりました。少しゆるんだ。ところが、二月二十八日は私は六十五歳以上で言っているわけです。それを何らか奸策を弄して、谷間は六十七歳だけのようにいろいろやる。六十七歳以上が谷間のようにやってしまったわけです、そういう悪い空気を使って。六十五歳以上を谷間だと考えなければいけないわけです。いま支給年齢で一番おそいのが、拠出制年金では六十五歳です。国民皆年金といっているわけです。だから、皆年金がうまく浸透すれば、六十五歳以上はみんなもらえる。ところが、同じ中で、任意適用で入った人は、六十五歳から、所得制限のない、金額の比較的多いそのような老齢福祉年金、十年年金をもらえるわけです。ところが、同じ年の同じような老人がびた一文ももらえなかった。六十五歳、六十六歳、これらの人はもらえないわけですよ。もらえない理由は何か。年金制度についてあなた方の浸透が悪かった。年金制度はむずかしいです。私は年金にほんとうに命がけですから、かなりそれを知っている。親しい友人や、それから親戚や何かに行っても、その連中にわからせるのに三十分ぐらいかかります。よく知っているつもりで、よくわかりやすくしゃべるつもりでもそうなんです。ところが、あなた方はほとんど形式的なことしかやっていられない。だから、年金制度がいいということが官民にわかっていなかった。これは厚生省の行政的な責任です。あなた方がわからしていませんから、わかっていればこの十年年金の任意加入に入る人も、わからないので入らなかった。しかも、その中には、一つも説明を受けてないで、年金制度のあるということも知らない人が大部分で、わずかに何か役所から来て、見ても何のことかわからない、保険か何かかなというぐらいにしか思ってない人が大部分です。少しわかった人でも、いま高い値打ちの金を払って、将来そんな値打ちの下がった金をもらうのは損だという世の中の空気、これは生命保険や郵便貯金や信託でみんな損をしているわけでございますから、そういう世の中で、わかっていても、損だからやめておこう、強制適用じゃないから、任意適用だからやめておこう、こういう気持ちになるのはあたりまえでしょう。それから、わかっていても、そのときに幾分の保険料を自主的に払うということは生活が苦しいからできないという人も多分にあったでしょう。みんな不幸な人ですよ。政府の怠慢なために十分にわからせられなかった。そのときに不幸にして病気があったり、いろんなことがあって、ほかの医療保障や何かもだらしがないから、ですから十年年金に入れなかった人たちは、払えなかったそういう人たちですよ。その不幸な人たちを、形式的に、十年年金に入ればそこからもらえるのですから、六十五歳、六十六歳は谷間ではないんだ、そんな考え方をするのは、冷酷むざんな考え方です。なぜ六十五歳、六十六歳の谷間の人を救おうとしないのですか。六十七歳以上でいいということにはなりません。それをあたたかい気持ちというようなことを言われるのは、たいへんなことです。冷酷な、ほんとうに国民を無視した考え方です。六十五歳、六十六歳に老齢福祉年金が支給できるように、あなた方の考えをあらためて方々に説明をして、そういう空気ができるようにしてください。それに対しての御答弁を願いたいと思います。
#83
○齋藤国務大臣 これはほんとうにもうたびたび申しますが、ほんとうにたくさんお答えを申し上げておるわけでございますが、私どもは、国民皆年金体制下において、六十七歳、八歳、九歳の三年齢層だけが体制の中に入れない、こういう事実に目を注ぎまして、こういう方々に七十歳までお待ちいただくというのは酷ではないか、こういう気持ちから、今回御審議をいただきたい、与野党でお話し合いをしてください、こう私は申し上げておるわけでございます。
#84
○八木(一)委員 社会労働委員長として、私が申し上げたことは十分お聞きになったと思う。ただ、制度ができた、だからそれで六十五歳、六十六歳に対処してあるというようなことで、年金制度を知らなかった不幸な人、そのときに保険料が払えなかった不幸な人、その人たちを置き去りにして、それで谷間は埋まったということにはならぬと思う。委員長として、社会労働委員会を代表してその問題について対処していただきたいと思います。それについてひとつ委員長から積極的な御答弁を願いたいと思います。
#85
○田川委員長 八木君がかねがね私におっしゃっているように、私は国会の役員であり、委員会全体の議事をつかさどっておるものでございますので、与野党の、政府と野党の政策の違いに関する問題については、私からこの席でお答えすることはできません。しかし、社会労働委員会として委員の皆さんがよりよい政策を打ち立てることは、私どもも強く要望しておるところです。
#86
○八木(一)委員 いま一点だけ申し上げましたけれども、これから申し上げることが全部そうです。いままでも申し上げましたことが全部そうです。そのつもりでひとつ御推進を願いたいと思います。
 そこで今度は、いまの橋本委員の私案の問題で、金額が老齢福祉年金の金額よりも私案は少なくなっている。これを同じにすることがぜひとも必要だろうと思う。老齢福祉金自体を上げなければならぬが、とにかくそれは同額の金額に決着する、それと同額のものにしなければならない。これは厚生大臣にいま私が言ったことについて答弁を求めましょうか。それでは、この点、同額にしなければならないと思うかどうか。へ理屈のことはいいですよ。あまりへ理屈を言わぬでください。あなた方が大臣に何を言わせるか、年金局長が何を言わせるかわかっておりますから、とにかく簡単に答えてください。
#87
○齋藤国務大臣 自民党橋本私案が提出されておるわけでございまして、与野党の話し合いの中で成立いたしますれば私は同意いたします、こう申し上げておるわけでございます。
#88
○八木(一)委員 では申し上げます。
 金額が少ないことは間違いである。老齢福祉年金として扱って、七十歳以上と同額のものを支給しなければならぬということです。そこで、巷間伝わってくるへ理屈なるものは、その前に七十歳以上の人でもらえた人がもらっていないから、そこで同額にするとどうであろうかというような、まことに言語道断な、へ理屈のへ理屈を考えた連中がいて、厚生省にもいるのではないかと思うのですが、あの新聞に発表してある、厚生省の試案中の試案なるものが発表されて、減らしているところを見ると、そういう人がいるのではないかと思います。制度の発足がおくれたわけですから、その発足した前の時点とあとの時点で格差のあることは残念ですけれども、前には結局制度は一つもなかった、そのときには七十歳以上の老人は、昭和三十四年以前の老人が七十歳のときには老齢福祉年金はもらえなかった。それから支給になった。そのときにあなた方は、七十一歳の人に七十歳分まであげようということをなさらなかった。二年分あげようということをなさらなかった。これは非常に遺憾なことです。さかのぼって全部あげるべきだと思いますが、あなた方はそういうふうにされてきたわけです。発足のあとのことは対象になる。だから、ここでいま言った、谷間の年金が多くなっても、前の人がもらっていなかったから不均衡だというようなことは――いままでこの不均衡を皆さんが全部やってこられた。そうなれば、そういうようなほんとうに微々たる問題ではなしに、当然そのような対象者の人たちが少ない少ない政府の老齢福祉年金を同じようにもらえるようにしなければ、谷間の問題に対処したということにはならないと思う。厚生省はいま試案を出しておられるけれども、厚生省が初めから六十五歳以上の老齢福祉年金を七十歳以上の人と同じものを出せば一ぺんに片づいた。ところが、あなた方の怠慢でそういうものを出さなかったから、こういうことを論議しなければならないのであって、その点責任を痛感されて、同額となるように厚生大臣は努力なされなければならぬと思うが、厚生大臣の努力とともに、これは時間がかかりますから、委員長にも非常に前向きなあたたかい協力をお願いしておきます。答弁は、それについて命がけで努力をするという御答弁をいただきたいと思います。
 その次に、今度は障害の問題に移りたいと思います。
 その前に一つあります。十年年金の問題のときに、六十五歳からやらなければならないというのは、あなた方の知恵として、あなた方のへ理屈が残念ながら国会のほうで多数になって、六十五歳にならないときに――あなた方のあやまちを正すための一つの方法があると思う。たとえば、十年年金にいまからさかのぼってこの年齢の人が入れるようにするということをしたならば、十年年金が政府の宣伝や説明が足りないために、入りたい立場にある人が入れなかったことが埋められるわけです。そういうことも一つの方法として考えて厚生省自体が知恵を出していく必要があるということを申し上げておきたいと思います。
 次に、障害者の問題について入りたいと思います。
 障害者の問題ですが、これはまことに言語道断です。あなた方は障害者に対する年金というものをほんとうに考えておられるかどうかわからない。さっき附帯決議と言われましたけれども、附帯決議に全部入っております。これは齋藤さんも私と一緒につくった一人です。障害者の問題や免除者の問題なんかもここに入っておる。入っておるのに一つもやらない。五千円のときだけあれを運用する。ひきょう未練というか、実に言語道断です。そういう点で、障害者の問題についてまともに答えていただきたいと思います。
 いま国民年金のほうを中心に言いますけれども、いまの国民年金の障害年金というものは、被保険者になって一年間保険料を支払った後の障害に対してからしか支給されないことになっている。ところが、たとえば一番年の若い人は、二十歳で入って二十一歳からもらうことができる。十五歳で不幸にして交通事故にあって両足が切断をされた、また、生まれつきの視覚障害で視力が一つもない、そういう人たちのことは一体どう考えているのか、簡単にひとつお答えをいただきたいと思います。
#89
○横田政府委員 たいへん困った問題だと思いますが、拠出年金の体系の問題としては無理であるというふうな、現在のところの結論でございます。
#90
○八木(一)委員 いま拠出年金の体系においては無理であるということを言われました。これは厚生省や、そういう観念的な制度をいじくる連中がそういうことを言うから、大体国民年金制度を保険システムでつくっているからいけないのです。これは社会保障でなければならないのです。それをつくったときに生命保険会社の人たちを入れたが、入れるのに生命保険の連中ばかり入れるからこういうことになった。社会保障ですよ、これは。社会保障に保険原理を入れているから、被保険者になって保険料を、そうした観点からのものしか入れない、妙な理屈がそこに入っている。それを直していかなければならないわけでしょう。いま言ったところで、十五歳で両足が切断された人と、二十一歳で切断した人とどっちが気の毒か、一目りょう然でありましょう。二十五歳で全盲になった人、視力障害になった人と、生まれつき父親の顔も母親の顔も見れなかった――途中障害だったら、なつかしい両親の顔くらい覚えています。見えなくても、まぶたにくらい浮かびます。そういうこともできなかった人たち、どっちが気の毒か。そのような気の毒な人に障害の給付が行なわれない、こんな制度の欠陥がどこにありますか。それを、拠出制年金の何とかではできにくい、それを直すのがあなた方の役目じゃないですか。障害者は発生の時点のいかんを問わず障害の給付の対象にする、あなた方が、保険システムが始められたと思ったら、すぐそれは被保険者であったとみなす、幾らでも法律の書き方はあるわけです。この問題について対処を一つもしておらない。これはあなた方の冷たい点の最極点です。年金制度は老人の問題が大部分、質的に見れば、障害者の所得保障の問題が一番大切です。
 そこで、私どもの野党の案に政府が協力をしない、保険システムを変えることについては政府のほうもいろいろな考え方を出さない、急速にまとめるために、われわれの案もこれを拠出制障害年金と同額にできておりません。この点は野党案も何回もこれから練り直していいものをつくっていくことになっていますから、とりあえずそれに対処するものとして、障害福祉年金の金額を飛躍的に引き上げるとともに、障害年金の中に二級障害年金がある、そして福祉年金というものは二級はないという欠点を改めるために、二級障害年金を新設をした、そういう制度になっているわけであります。これは当然しなければならない制度と思いますが、この点について、政治的な答弁でなしに、年金局長から、その問題については対処しなければならないという気持ちを年金の専門家としてお持ちであろうと思いますので、そのような気持ちがあれば御披瀝をいただきたい。マイナスをかけるような、ブレーキをかけるような発言だったら、これはお断わりをして、その点で答弁をなさるなら、していただきたいと思います。
#91
○横田政府委員 障害福祉年金の改善の問題は、八木先生の御指摘のように、非常に緊急度の高い大事な問題だというふうに認識をいたしております。ただ、現在までのところ、そういった改善をいたしておりませんのは、それよりもさらに優先すると思われるような問題が幾つかあったわけでございます。まず第一は、年金額そのものの引き上げの問題、次には、支給制限の緩和の問題、そのような問題がございましたので、こういったものをできるだけ早急に解決をするということで今日に及んでおりますが、ただいま御指摘の問題につきましては、非常に重要な問題であり、かつ、これから先の改善の問題としては最優先に考えるべき問題だと思っておりますので、可能な限りの努力をいたします。
#92
○八木(一)委員 比較的まじめな答弁、厚生大臣ももちろんそれ以上にあたたかい気持ちを持って対処されると思いますが、ひとつこの点について御答弁を願いたいと思います。
#93
○齋藤国務大臣 第二級を設定する問題につきましては、これは前向きに検討しなければならぬ問題だと考えております。
#94
○八木(一)委員 年金局長でけっこうですが、今度の政府案の障害年金の最低保障、これの一級と二級の金額をおっしゃってください。
#95
○横田政府委員 一級は二割五分増しでございますので、最低保障はひっかかりませんが、二級につきましては、厚生年金の定額分九百二十円の二十年分に合わせて月額一万八千四百円でございます。
#96
○八木(一)委員 もう一回、今度改定しようという障害福祉年金の一級の金額。
#97
○横田政府委員 現在の障害福祉年金は一級だけでございますが、それは五千円の五割増しの七千五百円でございます。
#98
○八木(一)委員 そうすると、年金局長に聞きますが、拠出制の一級障害年金、それの平均は幾らですか。最低保障がわかればいいのですが、最低保障がないから……。
#99
○横田政府委員 あとで調べてお答えいたします。
#100
○八木(一)委員 そうすると、ぴしゃっと比較ができませんけれども、二級という、障害の程度が一級よりも軽い人に対する最低保障が月額一万八千四百円、それと同等の障害を受けている人が、片方はゼロです。これはぜひ委員長もよくお聞きいただきたい。同じ障害があって、前に障害を受けて不幸の度の強い人が、片方は二十一歳以上の、間に合った人は月額一万八千四百円、同じ障害でもっと不幸な人はゼロ、そんなむちゃくちゃなことが許されていいかどうか。厚生大臣、ちょっと伺っておきたいと思うのです。
#101
○齋藤国務大臣 この問題はたびたび八木委員から御指摘をいただいておる問題でございまして、私もできることなら何とかしたいなという気持ちでおったわけでございますが、現在でもおるわけでございますが、どうもこの拠出制というワクの中の問題としては非常にむずかしいなという感じを持っております。しかしながら、私も今後とも一そう検討は続けていきたいというように考えております。
#102
○八木(一)委員 検討をしている間に、その不幸な人が不幸な踏みにじられた生活を送らなければならない。ですから、検討ということで許されない。即刻実施しなければならぬ。これは辻君もよく聞いておいてもらいたいと思います。答弁してもらうひまはないけれども、こういう問題について厚生省から要求があったのかないのか確かめませんけれども、これを削減するというようなことを大蔵省がやられたら、これはほんとうに重大な責任です。この要求は当然強力に行なわなければならないし、それは大蔵省が直ちに受ける。厚生省がなまけていたら、大蔵省は値切るのが任務ではない、国民のための予算の原案をつくるのが任務であれば、なぜ厚生省がなまけておるのか、要求をなぜ出さぬのかということを大蔵省としては厚生省に交渉する、そういう態度でいかれなければならないと思う。
 そういう点で、この障害年金の一級にしても、いま平均額が出ておりませんですからあれですが、七千五百円にしようとなさる。片一方は、二級の最低が一万八千四百円なら、一級の最低は二万何千円にならなければならない、最低があるとすれば。最低がないから、平均すれば二万五千円から三万円になっているかもしれない。三万円と七千五百円。障害の度の多い人、不幸な度の多い人にこんな差があっていいものか。一級の障害年金の人に飛躍的にふやす、二級障害年金制度を直ちにつくる、これが現時点で行なわれなければならない。このことについてこのあと社会労働委員会でその努力がなされるでありましょう。与党の方もあたたかい気持ちをお持ちになっている方が多いと思う。これは断じてしなければ、国民の負託にこたえることになりはしません。この点について、委員長は、お答えはあとで最後に伺いますが、それができ上がるように最大の努力をお願いしたい。自民党の皆さん方にもお願いしたいと思います。
 次に、谷間のもう一つの問題、免除者の問題であります。これは拠出制国民年金の問題であります。
 拠出制国民年金が始まったときに、免除者に対しては一つも原資が用意をされない。ゼロでありました。あのとき、年金制度がわからないから、拠出制国民年金反対運動なるものがありました。ありました中で、政府もそれに対応して、私のつくった減免制度を半分だけまねをして免除制度というものをつくられた。私のつくった社会党案の中では、減免はしても、金額は保険料を納入したときと同じ金額を完全に保障する内容でありましたけれども、その大事な分は抜かして免除という制度だけつくられた。免除というと恩恵のように見えますけれども、保険料が払えないような人が老齢になり障害になり、あるいはなくなって遺族の場合、一番年金の必要度が多いその人たちを年金制度からほうり出すという制度だったわけです。実にその当時の政府の態度は言語道断であります。
 それに対して、昭和三十六年に、私どもが切実に追及した国民運動があった。そこでかすかに三分の一だけの原資を補完して、その年金を免除者に維持するというふうに変わったわけです。これは国民もわれわれも承知しているわけではありません。三分の一では足りないということを言ったのですが、三分の一しかしない。三分の一しかしないということは、逃げて逃げて逃げ回って、理屈の中ではどうにも逃げ回れないところだけ取り入れた。ほかの人たちは保険料を払う。保険料に対して五割の国庫負担がある。したがって原資は、自分の保険料が十割として国庫負担が五、十五の原資の中で、免除者についてはそれも出ない。比較的裕福な人には国の支出があって、貧しい人に出ないということでは、どうにも説明がつかないということだけをあなた方は受けて、その五割だけを、十はなくても五だけを維持している。したがって、十五の原資の中の五だから三分の一ということで、三分の一の年金を免除者については保障する、そういうことをいままでやってこられた。これは三十六年であります。
 いまは四十八年であります。そのような逃げ回ったことではなしに、なぜ免除者に対して、特に年金を必要とする人に対して、ほかの人並みの、それに近づけた年金を出そうという考え方が出てこないか。ほんとうに怠慢であろうと思う。全体の給付を上げることは大事です。そこも半分値切って、ちょっぴりかっこうのいいところだけを出して、一番年金を必要とする人のことは、障害の問題もそうですが、ほったらかす。こんなことは、年金制度を考える人のとるべき立場ではありません。この免除者に対する年金をさらに増大する――さらにじゃない。一つも増大していないのですから、大きく即時増大するということがとられなければならないと思いますが、それについての厚生大臣の、ほんとうに社会保障の立場に立った、国民の立場に立った御答弁をいただきたいと思います。
#103
○齋藤国務大臣 保険料を免除されるような方は、生活が苦しく、低所得の方々ばかりであるわけでございます。そういう方々に対する年金の問題につきましては、八木委員のお気持ち私は十分理解できるのです。これはもう八木委員が社労におられるとき私も一緒にほんとうに何十回と承っておるわけでございまして、何とか方法はないものか、私も実は悩み続けてきているわけでございます。しかし、いまだに名案が出てこないことは私もまことに遺憾であると存じますが、いますぐこれを解決するということはなかなか容易でない。八木先生の年金の御質問となると、私もいつもこれが頭に浮かぶのでございます。でございますが、いまの仕組みの中で何とかこれを解決する方法はないだろうか、私ども同僚の仲間でいろいろ相談するのですが、なかなか思い切った結論が出ない。今日まで結論の出ないことはまことに遺憾でございますが、私は先生のお気持ちは十分理解しておりますから、今後とも将来の問題として十分私も検討は続けてまいりたいと思います。しかし、早急に結論を出すことはなかなか困難ではないかというふうに感じておる次第でございます。
#104
○八木(一)委員 厚生大臣のお気持ちを披瀝された点については、お気持ちはわからないではありません。しかし、われわれの中の気持ちの理解ではないのです。ほんとうにその年金を必要としている方が世の中にいるわけです。ですから、気持ちのことでは問題は解決しません。
 特に年金局長も聞いてよく記憶してほしいのですが、附帯決議のことを全部さっき言われましたから、徹底的に追及することはやめますが、私は附帯決議を、ここにおられる齋藤さんや橋本さんや、そういう人たちと一緒にずっとつけてきた。附帯決議の大事なものは私が主張して入っている。いまの問題も入っています。たとえば老齢福祉年金の六十五歳開始の問題については、これは早晩、拠出制を受ける人ができたときに断層ができる。早く六十五歳にしなければたいへんな問題が起こると前から言っておる。政府は、できないならば、一年ずつ下げて、せめて七十を六十九、六十八と下げて、六十五歳の拠出制が開始される時点に合わせるべきであるという具体的な提案もしておった。そしてその問題については、前になくなった斎藤さんのときに、昭和四十四年にほとんど確約ができておった。それもなおざりにされているわけです。
 いまの免除者の問題については何回も附帯決議に出ております。附帯決議を持ってきておりますが、何回となく出ておる。国会の附帯決議、与野党が満場一致で賛同したものを尊重したとするならば、こういうことが原案で出てこないということはないはずであります。それをかってな五千円のところだけを取り上げて、世の中の情勢が変化しているのです、そこだけ採用するというような立場はもうやめていただきたいと思うのです。
 そこで、この問題については、齋藤さんは、検討とか善処とか言われましたが、検討とか善処ではなくて、直ちに実現するようにしていただきたい。いま政府案を出しておられます。われわれは直ちに実現をする努力をしなければならない。委員長は、このことを、政府のいまの怠慢を国会が直ちに埋められる、そのように強力に御推進をいただきたいと思います。
 次に今度は、そのほかの厚生年金に関係のある問題で、谷間というものに入る問題について御質問申し上げたいと思います。
 厚生年金保険法というものは大事な制度であります。老後、退職後、あるいは障害、あるいは遺族のために大切な制度でございますが、そういう場合に一番それの必要度の多い人は、労働者の中では、低賃金であり、資産を持ち得ない状態にある人たちであります。その点で、いま五人未満の事業所の人に厚生年金保険法の適用がございません。これは当然即時厚生年金保険法の適用をされるべきであると思うわけでありますが、これについて、厚生大臣、何か言っておられますが、年金局長、両方から御答弁願います。
#105
○横田政府委員 五人未満事業所の問題につきましては、御指摘のように現在強制適用をいたしておらないわけでございます。その理由は、くどくど申し上げるまでもなく、八木先生十分御承知のような事情でございます。ただ、この五人未満の事業所に対する適用の問題につきましては、健康保険の問題も含めまして前向きで検討すべきであるというふうな大臣の御指示もございますので、そういった点で十分検討を進めておる段階でございます。
#106
○八木(一)委員 それで、大臣が非常に熱意を持って御推進になっておられる仕事、われわれまた国会でこれを推進をしますけれども、たとえば、厚生省として国会でできないときには、日限を限って来年から必ず実施をするというのが、当然積極的に御答弁あっていいと思いますが、いつの時点でこれを実現するということを、ひとつ厚生大臣から御答弁願いたいと思います。
#107
○横田政府委員 こういう問題のさばきといたしましては、十分実態を把握いたしまして強制適用いたしませんと、いろいろ摩擦的な混乱が生じたりの問題もございますので、十分実態調査をいたしまして、可能な限り早くというふうなもくろみでおります。
#108
○八木(一)委員 そのための実態調査はいつから始めますか。
#109
○横田政府委員 従来ともいろいろなやり方でやっておるわけでございますが、特に本日のそういった御意見に基づきまして、別に法律制定後とかあるいは来年度とかいうことなしに、あらゆる方法を用いまして実態調査は進めてまいりたいと思います。
#110
○八木(一)委員 労働政務次官に御質問申し上げたいと思います。長くお待たせして恐縮でございます。労働省は労働者の権利や福祉を確立するという責任をお持ちである役所であります。その労働政務次官に、労働省を代表しての御意見を伺いたいと思います。
 いまの五人未満の事業所の適用の問題は、労働者にとって大切な問題であります。一日もゆるがせにすることができない問題であります。労働省がこれは厚生省とともに当然強力に進められなければならないのであります。その労働政務次官の御答弁をお願いします。
#111
○葉梨政府委員 いまの先生のお話の問題につきましては、厚生省に協力いたしまして、できるだけ早く実現するように努力をしたいと思います。一般に勤労者層について大規模な企業、中企業、小企業、零細企業とございますが、特に小企業、零細企業の勤労者について、その福祉が十分に守られていないというのが私ども労働省の認識でございまして、特にこれらについては、いま先生御指摘になりました点だけでなく、あらゆる問題につきましてこれからは重点的に施策を行なっていきたいと考えているところでございます。
#112
○八木(一)委員 労働省は非常に積極的で、非常に満足いたしました。労働省も積極的に協力をされる。厚生省は主体的にここの責任を持っておられるわけですから、もうできるだけ早く、至急にこれを実現されるという御決意のほどを齋藤厚生大臣から伺っておきたいと思います。
#113
○齋藤国務大臣 この問題につきましては、先ほど局長からもお答え申し上げましたように、いろいろな実態を調査して、その上に立ってできるだけ早い機会にこれを実現するように努力いたしたいと思います。
#114
○八木(一)委員 この問題については同僚委員からお詰めになると思います。私は少なくとも来年からこれは実現しなければならない、そういうつもりで申し上げておりますけれども、同僚のさらに熱意のある方からお詰めになっていただきたいと思います。
 次に、日雇い労働者の問題であります。日雇い労働者が、五人未満の事業所と同様に、あるいはそれ以上に、このような年金制度その他の対象者となる必要があることは、論を待たないところであります。日雇い労働者については、いろいろなことがむずかしいということをおっしゃると思いますが、やる気であればすぐできます。いろいろな問題についても、日雇い賃金を、稼働日数を幾日と設定して、それを月額のものと同じようにこれをやれば、厚生年金の適用はすぐできるはずであります。この日雇い労働者の厚生年金の適用について、当然、五人未満と同様に熱意をもって当たられなければならないと思うわけでございますが、厚生大臣の御答弁を願います。
#115
○横田政府委員 日雇い労働者に対する厚生年金の適用の問題につきましては、いろいろくどくど申し上げませんが、厚生年金保険自体が、常用労働者を対象とする、そういった制度の基本的な構造を持っておりますので、五人未満事業所とはまた異なった非常なむずかしさがございます。それで、いま先生の御指摘になりましたように、たとえば就労日数の問題も一つでございますし、それからまた、事業主が転々と変わるということによりまして、たとえば標準報酬自体もきめ方をどうするかとか、いろいろな問題がございますので、私どもいまの時点で、将来にわたってこれを厚生年金の適用対象下に置かないということは申し上げませんけれども、非常にむずかしい問題でございますので、十分実態を究明した上で方針をきめたいと存じております。
#116
○八木(一)委員 この御答弁はたいへん不満であります。そのようなものを解決をするために役所があるんです。そんなことができなかったら、役所みたいなものはあってもなくても同じです。日雇い賃金を稼働日数に合わして月額にする、転々としたら、転々としたことについてその原資をどういうふうに考える、そんなことは、私に厚生省をまかせていただければ、一時間でやり方を解決をしますよ。あなた方は専門家で、頭のいい人です。やる気があったら、そんなものはすぐ解決がつくんです。そういうことで、ほんとうに腰を据えて急速にやっていただかなければならない。この問題について、労働政務次官に――この厚生省の答弁は非常に不満でありますが、労働者の権利と福祉を確立をする立場から、労働省としては厚生省の御答弁に不満だと思う。不満を明らかにされて、それではならない、日雇い労働者の生活や福祉を確立するために、断じて厚生年金保険に入れなければならない、また、日雇い労働者が当然常用労働者にかわるように労働省はしているんだ、当然その大部分は厚生年金の適用者になるんだ、それが、前のものを続けなければ非常に不合理が起こる――お答えにならなくてけっこうです。ぼくが言っているのが正しいんですから。断じて労働省としては日雇い労働者の厚生年金適用を推進をする、厚生省と大げんかをする、押え切ってでもそれを推進する、そのような御決意を、ひとつ大臣や局長などに遠慮なさらずに、りっぱな政治家としての、労働省の責任を持っておられる葉梨さんに明快な御答弁を願いたいと思います。
#117
○葉梨政府委員 重要な問題でございますので、十分に検討いたしまして、厚生省側とも話し合っていきたいと思います。
#118
○八木(一)委員 話し合っていきたいんじゃない、それを実現するために話し合って、厚生省の怠慢をなじり、それを推進していく、そうでなければ、労働省のいろいろな重要な任務を担当している資格はありません。厚生省が何と言っても、労働者の生活や福祉を確立をする立場から推進をする、厚生省に対して要求をする、厚生省が怠慢だったら指導する。そしてまた、あなたは残念ながら、大臣になっていただきたいが、なっていない。労働大臣を通じて、厚生省が、なまけられないと思いますけれども、もし齋藤さんがなまけられたら、閣議でなぐり合いをするような気持ちでそれを推進をする、そういう御決意を御披瀝を願いたいと思います。
#119
○葉梨政府委員 十分に先生の御趣旨を体して、大臣にも報告をいたしまして、検討させていただきたいと思います。
#120
○八木(一)委員 検討でなくて、推進をすると言っていただきたいと思います。
#121
○葉梨政府委員 表現はいろいろあろうと思いますが、先生の御趣旨を体してやらせていただきます。
#122
○八木(一)委員 厚生大臣に伺います。
 厚生大臣にはいまたいへん失礼なことを申し上げました。労働省がどうあろうと、労働省が怠慢であろうと、厚生省は厚生省として断じてやるんだというお気持ちを齋藤さんはお持ちになっておられると思う。しかも、労働省の次官として労働者のその問題についても長らく御苦労になった齋藤さんですから、断じてやるんだとのお答えを厚生大臣からいただきたいと思います。ほかの閣僚がどんなにあっても、それは断じて押えつけて、総理大臣がどんなにぼんやりしてもそれをわからしてやるんだということを御答弁願いたいと思います。
#123
○齋藤国務大臣 この問題は非常にむずかしい問題がございますが、そういうむずかしいことがあるからといって、避けて通るわけにはいきますまい。したがって、私も、今後ともいろいろなむずかしい問題を解決しながらそうした方向で努力をいたします。
#124
○八木(一)委員 次に、大事な問題がまだたくさんありますが、厚生年金に一番関係のある問題で掛け捨ての問題があります。これは戦前から厚生年金保険が適用になりました。私もその被適用者の一人であります。これだけ年金については私なりに、ぼんやりした頭ですが、一生懸命取っ組んでいるものでございますけれども、前から私も保険論理などはよく知っておりましたけれども、その私ですら、払った保険料の行くえがどうなっておるかわからぬ。ですから、そうでない人は、つまらないなと思いながら、掛け捨てのままに泣き寝入りをしておられるわけだ。この問題を解決するのは、ほんとうに政府が対処をしなければなりません。もとの帳簿は全部あるわけです。厚生省の社会保険庁で保管をしておられるわけです。国民のほうは、どこへ行ったって、つとめた先はなくなっちゃっている。事務所は全部戦災でなくなってしまって、どこのだれが担当者かわからない。それは熱願をしているけれども、そういうことをしているだけの時間的な、金銭的な余裕がない。しぶしぶあきらめてしまっている。そういう人たちを、あなた方のほうにはあるんですから、これだけのものが保険料を納めたということがある。それから後に通算年金通則法ができておりますけれども、それがおくれたことも非常に怠慢だ。それをこの掛け捨ての人たちに年金が受給されるように――もちろん、掛け捨ては古いですから標準報酬が低いんです。これはここでやっているように、不十分ですから、読みかえをしなければなりませんよ。そういうことを全部入れて、その掛け捨ての人に年金が至急に受給できるように進めていただかなければならないと思います。ぜひこれは厚生大臣、また年金局長から御答弁いただきたいと思います。
#125
○横田政府委員 掛け捨ての問題は二つあると思います。一つは、脱退手当金をもらう年限に達しないでおやめになった場合、それから、脱退手当金をもらわれる年限を充足しながら、請求しないでそれが時効にかかったという場合。最初の、脱退手当金をもらう年限に達しなかった問題につきましては、いまさら脱退手当金云々という問題はできませんし、それから第二の問題につきましては、時効制度一般の問題ともからみますので、単純にこれから先請求していただいてどうという問題は、なかなかむずかしいと思います。ただ問題は、非常に本来的な制度論の問題といたしますと、そういった方を何か別の年金の権利に結びつける方法はないか、その問題につきまして、私ども今回御提案申し上げました制度をつくります際にもいろいろ検討したのでございますけれども、いろいろ制度的にむずかしい問題があって、その結論は現在のところ出ておりません。十分検討いたしたい問題でございます。
#126
○八木(一)委員 時効の問題などを言われましたが、これは法律ですから、変えたらいいのです。時効の特例法をつくるとか、やればやれるのです。やる気があるかないかという問題です。やる気を持ってもらわなければならない。ぼくは、決断と実行というのは、田中角榮君には当たらないけれども、齋藤厚生大臣は、たまにはそれに当たる人だと思う。そういうことで、この掛け捨てについて、それがほんとうの年金の受給ができるように対処していただきたいと思う。そういうふうに決断と実行を示していただきたいと思う。そこで齋藤さんの積極的な、熱意を込めた御答弁をお願いしたい。
#127
○齋藤国務大臣 なかなかむずかしい問題ばかり、八木委員はきょうはお尋ねになるわけでございます。これもたびたび承っているところでございまして、事務当局においても検討はしておるのですが、なかなか解決がむずかしい問題でございますが、八木委員の御熱心な御意見でございますから、今後とも一そう検討を続けさせるようにいたします。
#128
○八木(一)委員 さらに、脱退一時金ということばがありましたが、脱退一時金というものは、厚生年金保険は、前は一五%、いまは二〇%も国庫負担がありますが、政府の国庫負担分はこれは取り去られてしまう、使用主の保険料の分も取り去られてしまう、労働者の保険料の部分だけを数理計算をさせて、同じ仲間の中でだれが障害になったから、これだけ原資が減り、だれか遺族が先にもらったから、これだけ減るという数理計算のもとで脱退一時金が計算されている。したがって、脱退一時金というのは、平面的に概略で言えば、もらえるはずのものの六割が取り去られしまって、四割だけが残るということになる、いまの国庫負担二割とすれば。そういう性質のものだから、こういうものが大体おかしいのです。脱退一時金を受給された人も、ほんとうの意味では、この制度のからくりのために、わけがわからずに収奪され圧迫されているということになります。これは対処されていないということになる。脱退一時金を受給した人たちに対しても、先ほどの掛け捨て同様にほんとうの年金が支給されるように、もらった分の残りの六割だけでも支給されるようにこれはやっていかなければならない。この点について厚生省で御推進をいただきたいということについて、厚生大臣から御答弁を願いたい。
#129
○横田政府委員 設問といたしまして、脱退手当金をもらった方に対してさらに年金権に結びつけるということは、なかなかむずかしいだろうと思います。しかし、将来の問題といたしましては、先ほど申しましたように、たとえば非常に古い時代の脱退手当金をもらった、いまになっては何の意味もない、そういった方をどうするかという問題等も含めまして、十分前向きの制度的な検討はいたします。
#130
○八木(一)委員 いま、少し前向きですけれども、少し制限を受けたようなことを言われました。そうじゃなくて、制限つけないでこの問題を推進していただきたい。
 さらにその問題について、これはおもに労働者の問題であります。労働省が厚生省とともに強力に御推進いただきたいと思います。労働政務次官からお答えを願いたい。
#131
○葉梨政府委員 先生のおっしゃるようにやっていきたいと思います。
#132
○八木(一)委員 次に、制度にまたがっている谷間の問題があります。それは通算通則法の中に障害と遺族の通算が行なわれていない。通算通則法というのは、実はこの制度が分かれているために、加入期間を満たしてない人が脱退一時金で追っ払われる、そうでなくて、これももらえない人もある、まことに不合理だということでできたものでございますが、その中で老齢に関しては通算通則法があるけれども、遺族と障害にない。障害と遺族というのは一番不幸な――老齢はみんななります。老齢に対処しなければならないけれども、これは不幸な人も不幸でない人もありますけれども、一般的にみんななることで、量的に見て一番大事ですけれども、障害というのは非常に不幸なことです。遺族というのも不幸なことだ。その部分の通算がないというのは、こんなばかなことはないと思う。老齢の通算があって、遺族と障害の通算がない。こんな欠陥をどうしてほったらかしておいたのか。今度の改正の機会にどうして直そうとしなかったのか。重大な反省を込めて、この問題に即時対処をするという御決意をひとつ厚生大臣から伺っておきたい。
#133
○横田政府委員 通算制度の問題につきましては、御承知のように昭和三十六年からやっておるわけでございまして、この際なぜ遺族、障害の問題も一緒に片づけなかったかという点でございますが、おそらく、各制度を通じまして一年なり半年という非常に短期間でもって年金権に結びつく、そういうことがあって、そういう場合は非常に少ないだろう、したがって、長期間の被保険者期間を必要とするものについては通算する、こういうことだろうと思います。老齢年金は制度によって二十年、二十五年でございますから、そういう考え方だろうと思いますが、しかし、ケースによりましてはたとえば厚生年金に何年かおつとめになって、国年においでになって一年にちょっと足らないぐらいでけがをなさったとかあるいは配偶者を失われたというような場合もございますので、将来の問題といたしましては、この遺族、障害につきましても何らか同じような考え方を導入する必要があるのではないかというふうな議論も非常に多うございますし、それから、ただいま先生の御指摘でもございますので、十分前向きに検討さしていただきたい問題でございます。
 それならなぜ今回やらなかったかという問題でございますが、御承知のように、各公的年金制度すべて共通の問題でございますので、今回は厚生年金、国民年金につきましても、水準の問題でございますとか、スライドの問題でございますとか、非常に大きい問題がございましたので、各制度横並びのこういう問題についてまでは結論を得るのにいささか時間的その他に不十分であったということでございます。
#134
○八木(一)委員 われわれは、通算通則法のこの点の改正は年金法の改正のときに実現する努力をいたしたいと思いますが、不幸にしてその実を結ばない場合には、少なくとも来年に通算通則法の改正案を出されるべきだ。それをひとつ厚生大臣から明快に御約束をいただきたい。
#135
○齋藤国務大臣 遺族年金、障害との通算の問題は、先般も当委員会において御質問がございまして、私も、この問題はやはり何か決着をつける必要があるのじゃないか、こういうふうに考えております。できますれば本年度末までに結論を出したいと思いますが、もちろん、出ましたら、来年度において改正案を国会に提案する、こういうふうにしたいと思います。非常に大きな問題でございまして、真剣に取り組みたいと思います。
#136
○八木(一)委員 非常に積極的な御答弁でありました。いまの御答弁は評価をし、それを実現をしていただくことを御約束をいただいたものとして確認をしておきたいと思います。
 次に、併給の問題であります。私ども四党では併給の問題が入っておりません。入っておらないというのは、われわれ四党のものが実現をしましたならばそれぞれで生活ができるという年金を全部してありますから、併給の必要はあまり認めないで、併給を入れておりません。ところが政府案は、われわれから考えると、また国民から考えると、はなはだ低位であることは明らかであります。特に障害福祉年金等、いまの福祉年金等でははなはだ低位であります。この場合に、当然、併給という問題がそういう状態のもとで必要である。併給については、いろいろの具体的な併給が少し行なわれて、制限がある。この併給制限を大幅に緩和をされる必要がある。また、併給についていろいろ他の委員から御質問がございまして、具体的な問題がいろいろありますけれども、時間の関係上避けますが、あらゆる意味でこの併給の制限を解除する、いままで併給を国のほうでしていなかったものには併給をするということを御推進になる必要があると思う。それについての厚生省の積極的な御答弁を伺いたいと思います。
#137
○横田政府委員 同じ制度の中の年金の相互の併給の問題につきましては、実は、八木先生ただいまお述べになりましたように、私どもも基本的に同じ考え方、それぞれの種類の年金額を十分なものにして、そのことによって併給の必要性を消滅させる、こういう考え方でございます。
 それから福祉年金等の併給制限等の問題につきましては、今回も、たとえば普通の扶助料につきましてどうとか、あるいは公務扶助料についてどうとか、いろいろな手直しをいたしておりますが、拠出年金の体系にございます同じ制度の中の年金の併給の問題については、先生と同じような見地で、それぞれを高くする、そういった努力をしていく、こういう考え方でございます。
#138
○八木(一)委員 厚生大臣、その問題についてひとつ前向きな御答弁をお願いします。
#139
○齋藤国務大臣 年金局長が答弁いたしましたとおりでございまして、そうした方向で努力いたしたいと思います。
#140
○八木(一)委員 時間が迫ってまいりましたので、あと一、二点で終わることにいたします。
 次に、重要な積み立て金の運用の問題であります。
 積み立て金の運用の問題については、野党案の精神に従って、国民年金等の積立金の運用に関する法律案というものを出しております。そこで私どもの考え方は明快にされておりますが、私どもとしては最小限度この問題をぜひ実現をしなければならないと思うのですが、厚生大臣のその点についての御見解を伺っておきたい。
#141
○齋藤国務大臣 この問題もたびたび御質問をいただいた問題でございまして、積み立て金の運用につきましては、資金運用部という国家機関がありまする以上は、これによって一括して運用することが私は望ましいとは思います。思いますが、やはりこの金は、労働者やあるいは被保険者の零細な保険料の集積であり、将来の給付に充てられるべき性質のものでございますから、被保険者の意向がその運用に十分反映されるようにしていく必要があると私は考えております。
 そういう意味におきまして、今後厚生省に労使、公益、そういう方々にお集まりいただいた懇談会なり審議会なりをつくって、そしてそういう被保険者の意向が資金運用部において運用されるにあたって十分反映させるようにしてまいりたい、こういうふうに私は考えておるわけでございます。野党の案のように自主管理というところまではいきませんが、一歩一歩被保険者の意向を反映させるように努力しておるということで、ひとつ御理解をいただきたいと思います。
#142
○八木(一)委員 簡単に申し上げますが、この年金の積み立て金というものは、労働者、被保険者が老齢になったり退職をしたときに、あるいはまた障害を受けた、あるいはなくなったときに遺族に、そういうところに回るべきお金であります。したがって、それは労働者、被保険者自体のものと考えていかなければならない問題である。国が金を出したから国が関与する、使用主が金を出したから、それが関与するという性質のものではありません。それは大蔵省よく聞いておいてください。そういう性質のものではない。労働者、被保険者が、これは自分のものでありますから、自分の意思に基づいて自分たちのためにこれを運用するということは当然のことであって、膨大な金でありますから、それに政府機関が関与をすることを許容するべき性質の問題であります。資本家の代表によって支配をされる、国の代表が多くて支配をされる、いまの政府の意思を何とか生かそうとする学識経験者の数によって支配されるというものであってはならない。労働者、被保険者自体の意思によって、そのためにこれが運用されなければならない。この積み立て金の運用については、いろいろな答弁があります。積み立て金運用については、たとえば、住宅に回っている、あるいは地域開発に回っている、農林漁業に回っているというような答弁があった。しかし、原資というものは、ほんとうは一般財政で対処しなければならないものが大部分だ。財政投融資でやるとしても、財政投融資全般の、財政投融資資金で対処をされるべきものであります。年金の積み立て金をそこに使うということ自体が――年金のつくったものを、ほかのものを余裕を残すことによって、独占資本のための資金に使われるということになっているわけです。政府側は、その中でかなり生活基盤のために使われているからという弁解をしていますが、こんな弁解は野党の政治家には通じません。そしてまた国民にも通じません。そういうことを断じて変えていかなければならない。大蔵省は、資金運用部資金ということで、これは当然、被保険者の意思のもとに被保険者が運用する、その事務的な管理は厚生省に移さなければならないというところを、あなた方は抱きかかえて放さない。放さないだけではなしに、資金運用審議会は、政府の言うままになる、あるいは独占資本の利益を代表する、そういうほうに大部分のものを運用していく。言語道断のやり方である。この問題を解決するには、国民年金運用に関する法律案のとおりにやらなければならないけれども、いま厚生省のおっしゃった方針、これはないよりはましでありますけれども、審議会か懇談会をつくって、直接に資金運用部資金について関与するようなことになるというふうに伺われない説明であります。それではいけません。それもつくってもよろしい。それもつくってもよろしいけれども、資金運用審議会に、この年金資金については、当然第一義的にその意思を決定できる国民の代表がそこに入らなければならない。たくさん入らなければならない。そしてその年金資金の運用については、他の学識経験者とか政府代表とか資本家の代表などにはこの問題については発言権がない、そういう状態のもとで運用をされなければならないということになろうかと思うのです。それについて、厚生大臣と、それから大蔵省の、そうなければならないということを確認をした答弁を願いたい。違う答弁であれば、答弁の必要はない。そういうことでひとつ厚生大臣と大蔵省の答弁を願いたい。
#143
○齋藤国務大臣 先ほどもお答えいたしましたように、やはり財政投融資の金というのは一括して運用をいたしておりますし、現在においても使途別区分というものをはっきり分けておるのでございまして、これはもう八木委員御承知のとおりです。ですから私は支障はないと思うのです。思うのですが、さらに一そう被保険者の方々の御意見も十分反映させるように努力することは、厚生省としては当然のつとめだ、こういうことでいろいろな方式を考えておるわけでございます。先ほど一つの例として申し上げましたが、今後とも一そうそういう意向が運用に反映できるように努力をいたしたいと思います。
#144
○八木(一)委員 大蔵省、違う答弁なら、時間がないからいいですよ。言ったとおりの答弁をなさい。
#145
○福島説明員 資金運用部資金の運用に関しまして、資金運用審議会の中に年金被保険者の国民の代表を加えよ、こういう御趣旨だと思いますが、御案内のように、現在の資金運用審議会は、法律によりまして、七人の学識経験者をもって構成するということになっておりまして、広く国全体の立場から総合的に公正な判断を加えるということで委員をお願いしておるわけでございます。ただ、そうは申しましても、その中で、たとえば郵便貯金とかあるいは年金、そういった方面の分野に非常に詳しい方をお入り願って、その間の国民各層の意向が十分反映できるようにということで、われわれもそこで、現在の委員でも、たとえば国民年金審議会の委員の先生とか、そういう方にお入り願っておるわけでございます。
#146
○八木(一)委員 簡単にしてください。大事な質問があるのです。
#147
○福島説明員 従来、御存じでございましたように、いわば国民皆保険という時代でもございますし、そういった意味で、国民各層の利害あるいは立場、そういうものをよく御理解、御認識願える先生方にお入り願って、その間の意向も十分反映していただけるものと思っております。
 それからもう一つは、これはすでに先生御案内かと思いますが、本年度から資金運用部資金の運用のほとんど中心になります長期運用額というのは国会の議決対象になりまして、予算で国会の議決を得るようになっております。したがいまして、国会でさらにまたその審議をしていただくということでございまして、従来のように、いわば政府限りできめるという体制ではございません。国会の御審議を受けるということになっておりますから、そういった意味でも、国会の場におきましてまたそれぞれ御論議、御批判をいただける状態にすでになっておりますので、そういったことも勘案して審議会の問題も考えてまいりたい、そのように思います。
#148
○八木(一)委員 なおこの問題について承りたいのですが、時間がありませんからあれですが、委員といっても、それが大蔵省が選考し委嘱をされた委員というのは、大蔵省のいままでの、そういう国民のための年金、被保険者のためのものを何らかほかの財政投融資資金に使いたいということの意向を受けた者がその委員になっていることが多いと思うのです。いままでがそうです。いままでがそうで、年金の問題について、新しい原資の何分の一ということは断じてあってはならない。新しく入った保険料は全部当然被保険者のために使われなければならない、償還されたものは全部返ってこなければいけないということであります。それをさせないための運用が行なわれている。この問題については別の機会に徹底的に大蔵省を追及しますが、いまおっしゃったことは、幾ぶん、かすかに前向きな態度を示しておられますけれども、そのかすかなものを、ほんとうの対処をするように大蔵省としても御努力いただきたいと思います。
 そこで厚生大臣、さっき懇談会というものに労使と言われましたが、まだ問題がわかっていない。使用主なんて必要ないです。労働者だけでいいんです。そして、その運用の問題ですから、非常に大きな金の問題だから、それについて具体的ないろいろな知識を持っている人を幾ぶん加えてもよろしいが、使用主を加えることを考えること自体に間違いがある。労働者のものになる、被保険者のものになるのですから、その懇談会に使用主は入れないようにされなければならない。このことについてお答えをいただきたい。
#149
○齋藤国務大臣 保険料というのは、労働者ばかりではございませんで、使用主も出すわけでございますから、そう仰せになりましても、そう簡単にはまいらぬと思います。
#150
○八木(一)委員 そうしていただかなければならないということを強調しておきます。
 それから次に、融資の問題について、老人あるいは障害者あるいはまた遺族のものについて活用することが第一義的ですが、それはそんなに何兆という金額に当たりません。したがって、具体的には、国民の要望する住宅等の資金に当たるわけであります。その住宅等の資金に当たるときに、いままでのようなやり方では、たとえば使用主の社宅というような問題が多い。それでは労務管理に使われるわけです。家の問題があるために、労働条件は悪い、かわりたいけれども、社宅を出なければならないということになれば、そのために縛られてしまうということになる。そうではなしに、労働者に直接に、国民に直接に、そうしてまた、労働者なり国民のそのためにやっているいろいろなものに直接に融資がいくようにせられなければ、ほんとうの還元融資にはならない。その点について、厚生省は断じてそれを推進されなければならないし、大蔵省はそれに協力して推進をされなければならないし、特にその中の多くの部分を占める労働者の問題について、労働省はこれを推進されなければならないと思います。労働省と厚生省に、簡単な、前向きな御答弁をお願いいたします。
#151
○横田政府委員 住宅の融資の問題につきまして、先生お説のように、従来は社宅だけを還元融資の対象にいたしておりましたけれども、実は今年度から三百七十億円ほど個人の住宅に対する融資をするということをいたすことにいたしております。
#152
○葉梨政府委員 年金局長が答えたとおりでございます。
#153
○八木(一)委員 少し前進していますけれども、まだまだ前進のしかたが足らない。それを直接に被保険者、労働者に融資が簡単に、それから迅速に多量に融資をされるようにやっていただきたいと思います。
 そこで、実は最後ですが、いま申し上げた問題について委員長並びに各員の方お聞き取りいただきました。私はそれほどたいした政治家ではありませんけれども、一生懸命この問題には取っ組んでおります。ほんとうに私としては熱意を持って、きょう審議をさせていただいたわけです。その中で、各員もそれは当然だというお考えになっていただける部分があると思う。それが生きるように委員会の運営をしていただくように、ぜひ委員長はじめ各同僚委員の方々にお願いを申し上げます。政府のほうはそれに全面的に協力をするようにしていただきたいと思うわけです。
 そこで、次に財政問題について一つ申し上げ、また法律的な問題について申し上げておきたいと思います。
 財政については、さっき申し上げました社会保障制度審議会の最低のものであっても、四十五年に四分の一にならなければならない。いまもっと四分の一以上に社会保障に対する財政支出は比率はふえなければならない。いまその比率をとって見ても三兆八千億。社会保障費二兆円という、そんなとんでもないお粗末なものではなしに、その比率だけでも、三兆、四兆円をこえていなければならない。あと二兆円の原資があれば、野党案の年金法案をいれることはわけはない。そのとおり実施できる。また、健康保険の問題についても、あるいはその他失業保険の問題についても、あるいは労災保険の問題についても、あるいはまた児童手当の問題についても、あるいは福祉施設の問題についても、そしてまた医療の体制をつくる問題についても、全部できるわけなんです。できるところをできなくしているのが、この財政的なやり方なんです。大蔵省は重大な反省をされて、国民的な要望をあなた方が食いとめている、あなた方がブレーキをかけている、政府の方向にあなた方がブレーキをかけているということを重大な反省をされて、来年度は厚生省や労働省の要求が少なかったら、何でこんなに少ないか、われわれは社会保障費を来年度は五兆円出す予定である、要求が四兆九千億じゃ困る、そのような態度で対処されるということを強く要求をしておきたいと思います。厚生省、労働省も、そのような態度で要求をする、実現をするということをやってもらわなければならない。
 そこで、あなた方に憲法の条章についてひとつ講義をしたいと思う。憲法の条章を一つもあなた方は考えておられない。同僚委員は全部勉強しておられる。あなた方は考えておっても、それをわかっておっても、抜きにしておる。日本国憲法で具体的な政策がその憲法の中に入っているのは、主権在民とか、民主主義とか平和主義とか、基本的人権とか、大事な要項は基本的なものとして掲げておりますが、具体的な政策を掲げられたのは四点だ。憲法第二十五条第二項、社会福祉、社会保障、公衆衛生については、国は不断にこれを改善しなければならないという責務が課されている。そして憲法第二十六条には、義務教育無償が書かれている。それだけが具体的な政策だ。
 しからば、国の政策の中で、憲法で具体的にきめられているものが、明記をされているものが最優先でなければならない。その他の財政事情だとか、あるいは何か財政上のいろいろな理屈でこれにブレーキをかけることは許されない。ブレーキをかけることは憲法違反だ。皆さん全部第九十九条の責務を持っている。大臣も国会議員も公務員も責務を持っている。その責務を果たさないということになる。今後態度が変わらなければ、一切、憲法違反の人物としてそのような大臣とか国会議員とか公務員の立場から追放をされなければならないことになる。ましてや、憲法で、してはならないと規定をされている憲法第九条の規定を裏切って、憲法第九条に、してはならないと明記をされている防衛力の増強というようなものに金を回して、この四つの点について金を回さないということになったら、二重の憲法違反だ。第九条という問題は、日本語で解釈する限り、防衛力など維持することができない条文だ。日本語で書かれた憲法、日本人が日本語をもってこれを解釈をしなければならない。それをいまの政府は全部曲解をして、無理に曲解をして弁解にこれつとめているけれども、憲法違反もはなはだしい。少なくともここにおられる方々はそれをじっくりとかみしめられて、あなた方が近い将来に私どもから、憲法違反をやっている、直ちに追放さるべきであると言われないように対処をしていただきたいと思う。それを強く申し上げて、私の質問を一応終わります。
#154
○田川委員長 この際、午後二時十五分まで休憩をいたします。
   午後一時四十六分休憩
     ――――◇―――――
   午後二時二十七分開議
#155
○田川委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
 休憩前の質疑を続けます。山本政弘君。
#156
○山本(政)委員 いままでの質問でほとんど問題点は出尽くしたと思いますけれども、二、三点煮詰めてみたいと思うのです。
 厚生年金は昭和十七年にスタートしましたけれども、きわめて緩慢な成熟過程を示しておる、こういわれております。一方の国民年金は昭和三十六年、おくれてスタートしましたけれども、かなりすみやかなプロセスをたどっておる、こういわれております。もちろん私は両者とも不十分であると思うのです。たとえて言えば、国民年金がすみやかなプロセスをたどっておる、こういっているけれども、先のほうで一体どうなってくるんだろう。たとえば、昭和三十六年に五十歳の人が国民年金に加入しますと、昭和五十一年で受給者の資格を持つことになる。
  〔委員長退席、伊東委員長代理着席〕
そして昭和七十年になりますと、昭和三十六年当時の五十歳の階層は、そういう言い方は悪いかもしれませんけれども、ほとんどなくなってしまうような年齢になる、八十四歳ですから、ところが、この年に受給者の階層はピークになってくる。しかも受給者階層のうちで、四十年間拠出した最高の年金額を受ける人は一人もおらぬ。昭和三十六年に二十歳の人たちが、受給者として登場するのが実は昭和八十年でしかない。非常に先の長いことなんですけれども、そういうことから見れば、かなりすみやかなプロセスをたどっているとはいいながら、やはりそこにはまだまだ考えなければならぬ問題点を残していると思うのです。
 きょうは私は厚生年金の問題と国民年金の問題、この二つの問題点をそれぞれ一つずつ追ってみたいと思うのですけれども、現在の厚生年金というのは、定額部分と報酬比例部分からなっておる。しかも報酬比例部分というのは、平均標準報酬月額掛ける一%、千分の十ですが、それに掛ける加入月数ということになっている。加入期間中の報酬の総和の一%が、いま申し上げたように比例部分として支給されるわけでありますけれども、加入期間をかりに四十年としますと、たとえば高卒が十八、大学卒が二十二ということになれば、大体そういうところになるんじゃないかと思うのですけれども、そういうふうにしますと、四百八十カ月分の一%でありますから、四・八カ月分が報酬比例部分の年額になっている。そうですね。そうすると、四・八カ月というのは、十二カ月分の四〇%、定額部分と比例部分の比重を同じだというふうに見れば、合計八〇%、四〇%プラス四〇%、定額部分の比重を比例部分の半分とすると、これは六〇%になる、二〇%と四〇%ですから。そうすると、考え方としては、厚生年金では現役時代の報酬の六〇%ないし八〇%を年金水準としている、ある意味ではこうも実は言えるわけです。しかし、そうは言っておるけれども、現実には年金額が低いということになっている。一万五千円か一万六千円程度ですから、制度水準は形の上ではあるにしても、現実の支給というものは少ない。そうしますと、おそらく皆さん方は、現役労働者の給与の六〇%という、これは組合のほうも要求しているとおりの年金額でございますという、あるいは御答弁があるかもわかりませんが、一つ問題となるのは、何でそんなに低いのか、制度というものと実態というものが、どうしてそんなふうにかけ違っているのかといえば、一つ問題点として残るのは、加入期間が非常に長いということです。四十年という長さがある。もう一つは、標準報酬の点で問題がありはしないか。私は、いまの実額として受ける年金額が少ないという点には、この二つの点があるんではないだろうかという気がするわけです。
 そこで、そういう二つの要素が欠けておるこの厚生年金についてまずお尋ねしたいのは、加入期間の点で、経過措置として特例を設けるというお考えはないだろうか。たとえば、いま定額部分が少ない、その定額部分についてはすべて四十年以上にするとか、あるいは定額部分というものを増すとか、むしろ私は、定額部分についてはすべて四十年以上として計上していくという考えがありはしないか、そんな感じがするわけですが、その点についてまず第一点お伺いしたいと思います。
#157
○横田政府委員 厚生年金の具体的な年金額の計算についてのお尋ねでございますが、御指摘のように、定額部分と報酬比例部分との組み合わせにしておりまして、定額部分のほうにつきましては、これは月給の安い方も高い方もある程度は同じようなという、いわゆる所得再配分的な考え方をとっておるわけでございます。それで、お尋ねの定額部分を非常に長い期間にしたならばという点でございますけれども、この点は、定額部分を相当額織り込むようなことにいたしますと、その年金自体がフラット制に近いような年金になりますし、それから報酬比例部分の比率を高めますと、報酬比例的な要素が非常に強くなり過ぎるということで、この点につきまして、実は社会保険審議会で御審議をいただきました際も、この割合というものをどのくらいにするかということがずいぶん議論されたわけでございます。
 少し長くなりますが、当初、被保険者側の代表の一部の方は、報酬比例部分の比重をより高めるべきだという御議論をなさった方もおりますし、それからまた一部の方は、定額部分をより高くすべきだという御議論もございましたが、結論的には、どちらかといいますと定額部分をより手厚くすべきであるというふうな、大体そういった一本の御意見になったわけでございます。ところが、事業主側のほうは、報酬比例のほうにより重点を置くべきだということを終始御主張なさっておりまして、結論から申しますと、今回の改正にあたっては、従来の定額部分と報酬比例部分との割合というものはおおむね半々というふうなことになっておる、それを踏襲すべきである、こういうふうな結論になったわけでございます。
 そこで問題は、いろいろなケースにつきまして半々というものが必ずしも金額的に実現するわけではございませんが、この場合、半々というそういったたてまえは、標準的な被保険者期間を持っておられる方について計算をした場合そのようにするという、そういうことでございます。
 それで、今回の改正につきましては、いつも申し上げておりますが、今度の改正時点におきまして年金を受給される方の平均の被保険者期間というものがどれぐらいであるかということによって、定額部分なり報酬比例部分なりの具体的な数字の入れかえが行なわれるわけでございますが、今回は二十年以上の正常な被保険者期間を持って退職される方の平均が二十七年でございますので、すべてのことがその二十七年モデルというものを中心にそういった計算をいたしたわけでございます。そういたしますと、御提案申し上げましたように、報酬比例部分につきましては千分の十というその料率を変えないというふうな、そういった計算になります。
 そこで問題は、定額部分を現行の法律ではどうするかというのでございますが、現行は、御承知のように、定額部分につきましては、二十年未満の方については二十年を計算いたします。ただ、被保険者期間が非常に長期になりました場合に、その長期になった実期間に即応して定額部分を比例的に延ばすということはいたしておりませんで、定額部分については三十年をもって頭打ちにいたしておるわけでございます。
 そういうふうないろいろないきさつがございまして、御提案申し上げているようなことになったわけでございます。
 それからもう一つは、標準報酬のとり方でございますが、これは御指摘のように、全加入期間をとって標準報酬を計算をいたしまして、そこで年金額を計算しております。ただ、御指摘のように、相当長期にわたっての加入期間にわたっての加入期間の標準報酬というものは、古い時点のものは相当実質価値が下がっておりますし、そういった問題がございますので、したがって、可能な限り改正時点におけるものさしでもって標準報酬をはかり直す必要があるというので、今回は四十七年度の標準報酬でもって過去の全期間の標準報酬の読みかえをしておる。
 ちょっと長々となりましたが、そういうことでございます。
#158
○山本(政)委員 私は、いま局長のほうから、ある場合には二十七年、ある場合には二十五年、ある場合には二十年と、こういうのですが、そうすると、厚生年金というのは二十年で当然受ける資格があるのだとするならば、二十年というところで線を引くのがほんとうのあり方だろうと思うのですね。ときによって年限というのが長くなるというふうなことはおかしい。ですから、二十七年という計算というものをなぜ二十年というぐあいにできないのだろうか。要するに、受給資格を与えられたときに、その所定の金額というものが要するに収得できるようなことができないのだろうか、その点まず聞かしていただきたいと思います。
#159
○横田政府委員 お答えのしかたが、あるいは多少さかさまになるかもしれませんけれども、被保険者期間が大体どのくらいの延びで進んでいくかという問題でございますが、厚生年金の実際から申しますと、暦の上で一年進むにつれまして、新しく受給者になる方の平均の被保険者期間というものは大体七、八カ月延びてまいるわけでございます。したがいまして、前回改正の昭和四十四年でございますか、その際には、いわゆる二万円年金ということで、計算上の加入期間というものは、改正時点から一年たった時点での平均的な被保険者期間は二十四年三カ月、こういうことであったわけでございますが、それから四年、正確には、四十四年の改正で四十五年でございますから、それから三年で二十七年まで延びた、そういうことでございますので、厚生年金のモデル的な被保険者というものを対象にものを考えてまいりますと、これから先、相当平均的な被保険者期間というのは延びてまいります。
 それなら、そういった、延びるといっても、非常に長い期間のものを対象に厚生年金の給付レベルを設定するということはいかがなものかということでございますが、やはり年金制度が成熟してまいりますと、そこで年金を受けられる方の平均的な加入期間が幾ばくであるかということを前提にいたしまして年金の水準というものを設定するのが、妥当な年金制度の設計である、こういうふうな考え方をとっておるわけでございます。したがいまして、この次の改正時点におきましては、平均的な被保険者期間というものもさらに延びてまいるわけでございます。
 ただ、何と申しましても、無限にこれが延びるものかどうかという点については問題がございます。要するに、現役の労働者でおられる期間というものは相当延びるにいたしましても、限度がございます。ただ、たまたま現在までの間、厚生年金の具体的な受給者について被保険者期間が短かったということの一番大きい理由は、厚生年金制度は、御承知のように昭和十九年に現在の制度が出発いたしておりますが、よその国と比べますと制度自体が歴史が短いわけでございますので、したがいましてその被保険者期間の平均が短かった。特に四十歳以上につきましては十五年で年金がつくようないわゆる経過年金の制度もございますので、そういった方も入れて平均を出しますと、非常に被保険者期間が短い。最近は相当延びてまいって、二十七年。二十年以上の標準的な方については二十七年となった。しかし、そのあと年金制度の改正をやります際には、これがまた、さっき申し上げましたような、一年について数カ月平均が延びてまいりますから、相当に延びてまいりますが、これを無限に延ばすということはまた問題だ。そこで、大体外国あたりの例を見ますと、標準的な被保険者期間というものは大体三十年というようなことまで、年金制度自体が歴史が長くなっております関係上、そういったことまで大体外国の制度はなっております。そうなってまいりますと、おそらく将来においての厚生年金制度を設計いたします際には、三十年というぐらいのそういった期間をも想定いたしまして、そこで平均的な年金水準はどうであるかという計算をしてもいいような時期にあるいはなるかもしれません。
 そうなった場合に、四十年あるいは四十何年となったその長い期間の方は、その実際の実期間に即応して、それだけ年金額を計算する期間を延ばし、期間比例部分が実際の期間に即応した金額まで延びることがはたして必要かどうか、あるいはかえってこういう問題が出てくるのじゃないかというふうなことを考えております。
#160
○山本(政)委員 局長が一番最後に言われたことと関連するわけですけれども、厚生年金がわが国の年金制度としては比較的早くスタートしたにもかかわらず、要するになぜ成熟していないのか、ゆるやかな成熟過程しかたどっておらないのかというと、ぼくは何かあなたのおっしゃるところに原因があるような気がするのです。つまり、要するに二十年かければ資格をもらえるものを、あなたのおっしゃるように、二十七年あるいは三十年とかいうようなお考えでこう延ばしていっておる、しかし、実際に受給する金額というものは少ない。金額のほうを満たしながら、そうしてもしそういう経過があるならば、ぼくは計算のあれも二十年からかりに二十五年とか二十七年とかいうふうに延ばすことはでき得ると思うのですけれども、しかしながら、実際の金額というものは満たされないで、そうして年限だけ長くしたような計算のやり方というものは、成熟をおくらせることになりはしないだろうか、その辺にぼくは一番問題があると思うのですよ。その点どうなんです。
#161
○横田政府委員 年金の成熟の問題につきましては、どれぐらいの加入期間で年金の受給権が発生するかというその問題と、もう一つは、具体的に受ける年金額がどうであるか、額の上についての成熟と、二つの問題があろうと思います。
 前者の期間の問題につきましては、さっきもちょっと申し上げましたように、原則は二十年でございまして、ただ四十歳以上の部分につきましては十五年でもって年金受給権に結びつく、そういうことになっております。ただ問題は、二十年で年金がつくといいましても、現実に被保険者から受給者にかわるまでの期間が二十年ということではなくて、やはりその時点におきましての実際に受給権が発生する方の平均的な期間がどのぐらいであるかということを基礎にいたしまして年金水準を設定すべきだ、こういう考え方でございます。
 それから金額の点でございますが、その金額の点につきましては、さっき一番最初先生が御指摘のように、ボーナスは入っておりませんけれども、大体現役労働者の給与に近い、そういった水準の六割を年金水準として確保すべきであるという考え方をとっておりますが、その場合も、その六割というのがどういった方について六割かという点は、その時点におきましての年金制度の現実の受給者のモデル的な姿を前提といたしまして設定すべきだというようなことでございます。
#162
○山本(政)委員 そうしますと、四百六十円を九百二十円でしたかにしたわけですね。今後定額部分について上げる意思というものはないということですか。
#163
○横田政府委員 この点は実はいろいろな問題がからんでまいるわけでございます。ちょっと御質問の趣旨からは多少的がはずれるかもしれませんが、お許しをいただきまして申しますと、平均的な受給権者につきまして、その年金の水準が、その時点におきましての現役労働者の標準報酬の六割という水準は、これは今後とも維持すべき年金の水準である、これは大臣もたびたびお答えになっておりますとおり、そのような考え方をとっております。ただ問題は、そういった水準を維持いたしますために、どのような手法によってその水準を維持するか、こういう問題がございました。そこで、今回の改正は、いま御指摘の定額部分については四百六十円の二倍、ただこれは四百六十円と申しますのは、一回物価スライドをやっておりますので、比較といたしましては、四十四年の改正の四百円との比較が正しいかと思いますが、四百円と九百二十円、それから報酬比例部分については、さっき申しました標準報酬の再評価、こういう手法をとっております。この次の再計算期におきまして改定をいたします際にどのような手法をとるかということを明示してないのは問題だ、こういうふうな御指摘をよく受けるわけでございますが、それは、先ほど申し上げましたように、その時点において厚生年金の標準的な水準というものを、その時期における現役労働者の標準報酬の六割というふうにするためにはどのような手法をとるかということにつきまして、今回と同じような環境条件であるかどうか、そういった問題がございますので、この標準報酬の再評価というやり方を、次期以降についても同じやり方でやるというふうなことを実は想定いたさなかったわけです。ですから、その六割水準を維持いたしますために、その時点において最も適当な方法によって行なうわけでありますので、その際、定額部分につきましては九百二十円をどうするこうするということも当然考えられるわけでございます。
#164
○山本(政)委員 局長のほうから、いま平均標準報酬の六割、こういう話があったのですが、それではちょっとお伺いしますけれども、先ほど私は、二つの要素がある、一つは、加入期間の上で経過措置として特例を設けることができないか、もう一つは、標準報酬についての過去の低いものについて考えることができないか、こういうことをお話ししたのです。昭和三十年に全産業の平均は、月額一万八千三百四十三円ですね。製造業だけでいけば一万六千七百十七円という月額です。四十八年、今年の四月、これは全産業の平均は八万七千百六十二円、製造業でいけば七万九千九百八十三円、私は、そういう意味では、給与の額というものはたいへん上がっていると思うのですね。ある意味ではこれは七倍か八倍近く上がっているんじゃないかという感じがするのですけれども、そうしますと、過去の低い分と、それから、要するにいまの高くなった分、つまり、昭和三十年の一万八千円台から四十八年は八万七千円台になっておる、これを平均をするということは、私はたいへん不合理じゃないかという感じがするわけですね。ですから、過去の低い賃金のときのものをカットしていくというならばある程度わかるわけですよ。と申しますのは、年金というのは実は社会保障的な意味を持っている。本来の考え方からすれば、まさしく社会保障であるわけです。そういうことから言えば、そういう額に近づけなければならぬはずであると思うのですね。人間と生まれて、それから成人に達していく、それから老齢になるという、そういう一つのライフサイクルといいますか、そういうものがあるわけですよ。そういうことに対して、年金制度というものは、そういうサイクルの中で老齢の間の所得というものを保障していくんだ、そういう一つの任務というものが当然付与されているはずだと思うのです。そうすると、それに適応する金額というものが与えられなければならない。にもかかわらず、あなたのおっしゃっていることは、三十年の非常に低いときの賃金といまの賃金というものを平均して、その六〇%というものにしようとする、これは、いま申し上げたような所得を保障することにならぬだろう。とすると、少なくとも低い部分についてはカットする。もし、ある一定のところからするならば、これも経過的な措置になると思いますけれども、その上で平均的なものを出す、これがあたりまえなやり方だろうと思うのです。そうでないならば、定額部分というものをもっと引き上げる、このどちらかでしかないと思うのですよ。そのことについて、何といいますか、そういう標準報酬については過去の低いものについてカットをするというような考え方を将来お持ちになるのかならないか、あるいはきわめて近いうちに検討なさろうと思っているのか。これはむしろ大臣からお聞かせ願ったほうがいいと思うのです。腰が痛いという話ですから、なるべく立たせないつもりでしたが、これは私はたいへん重要な問題だと思いますから、この二つの要素についての考え方をはっきりとお聞かせ願いたい。
#165
○横田政府委員 御指摘の点は、年金のあり方というものについての基本的な問題にからむ問題だと思います。一つには、定額部分に重点を置くということは、先ほども申し上げましたように、年金生活者の水準というものは、現役の労働者時代の賃金水準でございますとかあるいは生活水準というものとはある程度かかわりなしに、画一的なものに近づけるべきであるという一つの御思想が背景だと思います。この点につきましては、先ほど申し上げましたように、大体報酬比例部分と定額部分は半分半分であるのが妥当であろうというふうな審議会の御意見に従っておるわけでございます。
 それから第二番目の、過去の相当長い被保険者期間についての過去の分の賃金をカットしたほうが妥当ではないかという御指摘でございますが、これは、年金それ自体を定額的なものに近づけるということのほかに、やはり過去のものは、どのような再評価をやったにしても、なかなか十分に再評価をすることはむずかしいだろうから、むしろ過去のものは切り捨てたほうがと、こういう御意見も含まれるだろうと思います。この点につきましては、御承知のように、前回の改正の際には、昭和三十二年十月以前の標準報酬というものを切り捨てまして、それ以降の標準報酬につきまして、再評価を加えることなしに、なまの数字を平均して、年金額の計算の基礎である標準報酬を出しております。ですから、この点につきましては、どちらかと申しますと、どのやり方が適当であるかというふうな問題であろうかと思いますが、ただここで問題なのは、過去の分の切り捨て方いかんによりましては、年金というものの性格それ自体が、定額部分にウエートをかけるウエートのかけ方を厚くすると同じような意味合いにおきまして、どちらかといえば定額的な年金に近づく、こういうふうな要素を持っております。この問題につきましては、今後どうするかという点についていろいろ基本的な問題はございますが、いまのところは、御提案申し上げておりますようなそういった内容の考え方をとっておる。遠い将来のことにつきましては、さっきも申しましたように、平均的な被保険者期間も相当長くなってまいりますので、現在は、報酬比例部分は、全期間に全く即応いたしまして、期間が長くなればそれだけ金額が自動的にふえるような方法をとっておりますが、それをある程度カットする云々の問題も当然出てくることはあり得ると思います。
#166
○山本(政)委員 大臣答弁の前に、ちょっと横田さん、三十二年にカットしたわけでしょう。私の統計じゃないですよ。これは労働省の統計なんです。三十二年にカットして三十三年からやったときに食い違いが出てきておる。三十二年は産業の合計の平均の給与額というのは二万一千三百二十四円。昭和三十三年は全産業の平均は下がっているのです。妙な、なぜ下がったかというふうに疑問をお持ちになるかもわかりませんけれども、官庁統計ですからね。二万一千百六十一円に下がっておるわけです。そして製造業についても同じことが言える。一万九千二百五十九円で、これが三十二年。三十三年は一万九千百八十円に下がっておるわけです。そうしますと、カットをすることについても、やはり十分に考えてカットしなければならぬと思うわけなんですけれどもね。ですから、カットのしようによってはもちろんたいへん労働者に不利益を招くということがあるわけですけれども、私の申し上げたいのは、つまり、三十二年とか三十三年とかいうことについては、たいへん低賃金じゃないか、いまに比べればそのころは給与として低過ぎるのではないか、それならば、なぜ三十七年、三十八年くらいのところまで持っていって、それ以下というものをなぜカットできないんだろうか、それは実質的に年金の所得というものを多くすることになりはしないか、そしてそれが実は年金の本来目的とするところではないのか、こういうことを聞いているわけです。そのことを申し上げた上で大臣のお答えをひとついただきたい。
#167
○横田政府委員 三十二年十月と申しましたのは、全期間の標準報酬を基礎にいたしまして年金額を計算することを不合理を是正する方法といたしまして、前回は、三十二年十月以前は切り捨てる、こういう手法をとったのでございます。今回は、そこで切り捨ててございますので、それ以前の標準報酬は引っぱり出せませんので、三十二年十月以降の標準報酬を期間によって切り捨てることをしないで、現在価格でもって再評価をするという手法をとっております。それで、今回御提案申し上げておりますその手法と申しますのは、実はあまり期間を切り捨てますと、年金自体が、私どもの考え方からいたしますと、現在の時点では多少変形的なものになり過ぎる、こういうふうな観点から、期間によっての標準報酬の切り捨てという手法をとらなかったわけでございます。
 ただ問題は、平均賃金によって再評価の指数をきめるかどうかという問題も、実は具体的な問題としてはございますが、保険料も、それから保険金額もともに、厚生年金の場合には標準報酬制度をとっておりますので、したがって、過去の分の再評価につきましては、いま御指摘の平均賃金ではなしに、標準報酬の平均の各年次間、ただ標準報酬の場合には暦年でございませんので、多少くくりがございますけれども、そういった標準報酬同士の比較でもって指数を出しております。
#168
○山本(政)委員 私が申し上げていることが間違っていたら指摘していただきたいと思うのですけれども、国民年金は要するにスライドする、こういうことになっていますね。厚生年金についてはそういうものはあるわけですか。自動的にスライドさせるのがありますか、厚生年金の場合。
#169
○横田政府委員 スライドの問題は、むしろ厚生年金のほうについてスライド制を設定いたしまして、これに国民年金のほうをリンクさせる、こういうことでございます。
#170
○山本(政)委員 そうすると、そのスライドは、要するに物価に応じてのスライドですね。そうすると、物価がある程度上がればスライドさせる、これは年率五%でしたか。しかしながら、標準報酬の額というものについては、平均標準報酬ですから、ここでは根っこでとどまっておるのですよ。物価だけについてはスライドさせる。このスライドする問題点がたくさんあるのは、いままで指摘されたと思うのですけれども、しかし、ここは基本的なところは結局同じだということになりますね。このカットをしないで不十分な物価スライドだけで適用できるのかどうか、つまり、保障として適用できるのかどうかという問題が出てくるはずだと思うのですね。そうしますと、平均標準報酬についても、たとえば五年とか何年でその下をカットするということは当然考えられていいんではないか。五年が短過ぎるならば、七年とかあるいは十年ということを当然考えていいのではないか、それだけです。そのことについての大臣の答弁を……
#171
○横田政府委員 非常に技術的な問題なものでございますから……。
#172
○山本(政)委員 いや、技術的な問題はいいです。あなたの答弁は少し長過ぎるから。
#173
○横田政府委員 では簡単にやりますから。
 スライドは、ただいま御指摘のように、自動的には物価スライドで給付額がスライドアップいたします。その場合に、基礎になる標準報酬というもののスライドはどうかということでございますが、この基礎になります標準報酬につきましては、御承知のように、年に一回標準報酬の改定をいたすわけでございます。したがいまして、いままでは五万円であった方が昇給いたしまして六万円になりますと、翌年はその六万円のところの属するランクに標準報酬が高まります。ですから、御指摘の問題は、標準報酬の特に上限の問題等につきまして、現実に上限等が相当上がっておるのに、その実勢に従っての標準報酬制度のワク組みを変えない場合はどうなるか、こういう問題にむしろすりかわるのではないかというふうな感じがいたしますが……。
#174
○齋藤国務大臣 先ほど来の山本委員のお尋ね、いま年金局長が説明いたしましたような手法でいまの法律はでき上がっている、これは私はそう言えると思うのです。ところで問題は、私もいつも実は厚年で疑問に思っていますのは、一つは、非常にわかりくにいということなんです。これはわかりにくいのです。御承知のように、定額部分と報酬比例部分。報酬比例部分は、二十年なり三十年なりの平均標準報酬を全部合わせて計算をする。ですから、自分の定額部分のほうは見当がつきますが、報酬比例部分のほうはほんとうに計算がややこしい、こういう問題でございます。その報酬比例部分も、何十年もたちましてインフレの激しいときには、以前はカットしたこともあるわけですが、そのあとは再評価というやり方でいく。ですから、その再評価というものが適正に行なわれるか行なわれないか、それが一つと、それからもう一つは、十年前の賃金と国民所得との比、それが最近は――以前でございますとそういう比が少ないですから、低賃金だ、こういわれるわけです。いまは多少なりとも賃金が上がる。それは額が上がるというだけではなしに、国民所得との比率において、低賃金ではない、多少高賃金のほうに向いている。こういうふうに賃金そのものの評価、国民所得に対する評価、二つあるわけでございまして、インフレ的な要因による再評価、それから国民所得との比較においての賃金の評価、この二つがあるわけでございまして、二十年、三十年という長い計算でやりますと、そういう二つの面においてすら、適正に評価されるであろうかという疑問がどうも感じられるのでございます。そこで、これはカットするというやり方がいいのか、あるいはよその共済年金のように三年なり五年なりというやり方でやったがいいか、こういう問題がまたそこに起こってくる。ところが、そうなってくると、じゃ三年なり五年なりに切ったらどうかという考えになってみますと、この厚生年金のような方々は、定年になると今度は賃金の安い職場で働かなければならない、そういうことになってくると低いところの賃金で計算をしなくちゃならぬか、こういうふうな問題も起こってくる。そこで、やむを得ず全期間というやり方にまた戻ってくる、こういうことになっておるのですが、どうも二十年、三十年という長い年金というときには、賃金そのものの物価変動に伴うスライド的な、インフレ的なものを頭に描いての再評価と、二十年、三十年先の国民所得と賃金との比率、こういうものをどうやって適正に評価することができるであろうか、この二つの面で実は私もいつも厚生年金で悩んでおる点でございます。私は、この点については、もう少し落ちつきまして、根本的にもう少しわかりやすい年金額を算定するやり方、そういうことを頭に描きながら、過去の賃金の再評価、インフレ的な面と国民所得の面、二つの面を考えながら適正な評価をどうやってやったがいいか、こういうことを根本的に考え直す必要があるのではないか、こういうふうに考えております。
 なお、定額部分については、これは最低保障的な性格を持っているものじゃないか、これは一番わかりやすい最低保障的なものがあるのではないか、こういうことで、今後とも賃金上昇の動向等ともにらみ合わせながら、こういう問題は適正に改定をしていく必要があるのじゃないか、私はこんなふうに考えております。
#175
○山本(政)委員 再評価ですが、平均標準報酬の再評価について、いま、たまたま大臣のほうから公務員のことについて触れられましたけれども、公務員の場合には、四十二年、四十三年、四十四年、四十五年、四十六年、四十七年と、たしか共済年金は改定されておりますね。そしてこの改定の率は、実は思給の改定率に応じて改定されておると思うのですよ。率からいえば、たいへん率がいいわけですよ。分がいいというのですか。そうすると、少なくとも厚生年金もそれに準じた取り扱いをすべきであるという感じをぼくは持つ。しかしながら、そうではない。ですから、その辺に要するに定木を当ててそして年金の支給額というものをやはり改善をしていくというような考えというものを私はぜひ持っていただきたいと思うのです。その点についてひとつ前向きに検討していただきたいと思いますが、それはいかがなものでしょうか。
#176
○齋藤国務大臣 先ほども申し述べましたように、過去の賃金に対するインフレ的な要因の再評価が適正に行なわれ、国民所得と賃金との関係においてその部分が適正に評価がされるということであれば、こういう方式も私は適当だと思うのです。しかしながら、実際問題として、この二つの要因を正確に再評価できるということは非常にむずかしい問題だ、そういうふうなことから、やはり今後の問題としては、もう少しわかりやすい賃金、わかりやすい年金ということをはじく意味からいっても、もう少し将来はこういう問題について考え直す時期があるのではないか、私はこういうふうに考えております。したがって、そういう方向で研究する余地は十分ある、私はこういうふうに考えております。
#177
○山本(政)委員 ありがとうございました。
 それでは国民年金のほうに移らしていただきますが、十年年金の月額というものは初めは八百円です。それが二千円になって、ちょうど二倍半ですね。二千円から今度は月額五千円になる。これも二倍半だと思います。二十五年の場合は、二千円から五千円になって、これが八千円。そして今度はアップ率が同じですね。
 私まずお伺いしたいのは、十年年金の月額二千円から五千円、二倍半の増になっている。二十五年年金の場合には五千円から八千円になっている。これは十年年金と、それから二十五年年金との格差をできるだけ縮めようというような考え方からおやりになったのだと思うのです。ところが、今回はアップ率が同じだということになれば、これは退歩ではないのかと思うのです。あなた方のお考えの後退ではないか、こう思うのですが、その点はどういうことになりますか。
#178
○横田政府委員 上げ幅の倍率でございますが、十年年金につきましては、御承知のように、拠出制の国民年金で現実に支給いたしております。十年年金だけのことでございますから、特にこの辺の具体的な金額のアップについては、厚生年金で申しますと、二倍半というのは一番高いほうの上げ幅でございますが、それと同じにいたしました。二十五年年金の問題につきましては、付加年金を加えておるという問題がございますが、厚生年金の二十七年と国民年金の二十五年の問題等もございますけれども、厚生年金の上げ幅と実質的にはリンクする金額ということではじいておるわけでございます。
#179
○山本(政)委員 たとえば、ある時点で年金制度をスタートさせますね。そうすると、そこには一つのライフサイクルというものがあって、それがあらゆる段階の人々が含まれておる、だから各階層ごとにいろいろな問題が出てくると思うのです。それが実は五年年金制度であり、十年年金制度であり、二十五年年金制度である、こう思うのですね。それが長期間運営していけばだんだんと解消される。つまり、五年年金とか十年年金とか二十五年年金とかというのは、いわゆる経過的な問題でしょう。経過的な措置として考えられておる。ですから、そういうことになれば、拠出の年数の短いものについて処遇を十分にだんだんと考えていくことによって、ある期間のうちにその格差が解消されていくというのが本来の考え方であろうと思うのですね。ところが、いま申し上げたように、十年年金の場合についてはせっかく二倍半にした。片方は六割増しにしておる。ところが、今度は平均して同じアップ率だということになれば、格差は広がってくるわけでしょう。そうすると、本来の年金の考え方からすれぱ、それはあやまちだと私は思うのですね。つまり、年金は成熟をしないで、未成熟のまま取り残されていく、特に拠出年数の短い人はそういうことになってくる、こう言ってもいいだろうと思うのです。ですから、私はその点が、なぜ同じ率でアップをしたのかということが、あなたの御説明にもかかわらず、理解できない。もう一ぺん御説明いただきたいと思います。
#180
○横田政府委員 水準の問題について申しますと、いま申しましたように、二倍半というのは、厚生年金につきましては一番大きい上げ幅の倍率でございますけれども、現実に支給されております十年年金についてはその倍率をとった、こういうわけでございます。そもそも十年年金の系統は、いわゆる十年年金といわれておりますけれども、十年から十一年、十二年、十三年ということで二十五年までつながっていくわけでございますが、この辺の保険料と給付との見合いというものを考えました場合に、本来的な二十五年年金と比べました場合には、給付額は保険料に対しまして相当優遇をいたしておるわけでございます。そういった点もございますので、特に今回の改正では、それにお気づきだと思いますけれども、いわゆる十年年金の系統のものについてはそういった優遇部分が相当含まれておる。その部分につきまして、特に国庫負担のかさ上げ等も考えておる、こういうことでございます。
#181
○山本(政)委員 先ほど国民年金と間違って、たいへん失礼しましたけれども、それではなぜ五年年金を二千五百円から八千円に三・二倍にしたのですか。
#182
○横田政府委員 五年年金は、御承知のように、十年年金に加入するチャンスを逸しられた方のためにつくった制度でございますが、改正前におきましては、二千五百円という非常に低い金額でございます。それで、改正前のことを申しますと、片や二千五百円で、しかも福祉年金のほうが三千三百円、こういうふうな、いわゆる逆転現象みたいなことも起こっておるわけでございますが、しかし、五年年金につきましても、昭和五十年から新たな受給者も出てまいります。ただ、十年年金と比べまして金額の上で相当格差があり過ぎますので、そろそろ発生しかけるということもございますし、それからもう一つは、福祉年金自体を今回御提案申し上げております案では五千円にする、そういうふうな問題との関連等もございまして、倍率の上では三倍をこえるような引き上げになりますが、特に福祉年金を五千円にするという、そういった問題とのからみなどもございまして倍率を高めておるわけでございます。
#183
○山本(政)委員 私は、五年年金を二千五百円から八千円にしたのはけしからぬというのではなくて、上げるべきなんですよ。だけれども、あなたは、厚生年金でいえば最高二・五倍、こうおっしゃっておるんだけれども、それじゃ五年年金を三・二倍に引き上げたのは、一体どういう理由からか、こう申し上げたのです。そうしたら、要するに二千五百円では低過ぎるから八千円にしたのだ、こうおっしゃったわけでしょう。そうしたら、十年年金のスタートのときは八百円でしょう。二十五年年金は二千円です。その差は千二百円。そしてそのあとに二倍半に引き上げて、たしか二千円にされた。これは二十五年年金のスタートのときと同じ金額にされた。二十五年年金の月額は五千円にされた。その後十年年金の月額が五千円になって、二十五年年金の月額は八千円になった。だんだん差が縮まってきたわけでしょう。ところが、今回の同じアップ率によってその差がうんと開いたということになるのですよ。それはあなたのおっしゃるように、五年年金を二千五百円から八千円、三・二倍に引き上げたということと、要するに考え方の上では矛盾しはしないだろうか。少なくとも十年と二十五年については、同じアップ率でなくて、アップ率に差があって当然ではないかということを私は申し上げておる。つまり、五年年金を三・二倍にしたのだったら、十年年金は二倍かそこいらにしていいはずじゃないか。そして二十五年年金というのを何十%か上げるというなら話がわかるというのですよ。けれども、非常にそういうものについて一貫性を欠いているではないか。しかも、あなた方がおっしゃるように格差を漸次なくしていくんだということになれば、格差はちっとも縮まっておらぬという現実があるじゃないか、むしろ差が開いておるじゃないか、そうなれば、先ほどから申し上げたように、年金制度というものがライフサイクルの中で所得保障ということの意味をなさないということになりはしないだろうか、あなた方のおやりになっていることは、逆行することを歩んでいるのではないか、その点、私ははっきり納得できる説明さえいただければいいのです。
#184
○横田政府委員 経過年金の水準の問題につきましては、いろいろ技術的にもむずかしい問題があるわけでございますが、この五年年金につきまして倍率が特に大きいというのは、端的に申しますと、福祉年金が五千円でございますので、五年間保険料をおかけになった方の年金水準は、それよりも高くある必要があるであろうというふうな、一般的なそういう観念に基づいたものでございます。
 それから、ある時期におきましての経過年金と本来的な年金との金額の対比を、比率でいくか、あるいはその格差、いわゆる間差額でいくか、いろいろ問題はあろうかと思いますけれども、今回改正の趣旨を申しますと、本来的な年金につきましては、厚生年金にリンクさせたい、それから十年年金につきましては、本来的な年金と同じようにすることによって、現実に受けられる拠出年金の絶対額としてはそれほどの水準ではないというようなこともございまして、こういうふうな金額、したがって、結果的にはこういうふうな倍率でよろしかろう、こういうふうになったわけでございます。
#185
○山本(政)委員 それじゃまた話は戻るのですが、年金というのは一体何でしょう、年金の定義というのは。私は、少なくとも年金制度というのは、要するに人生のライフサイクルの中で老齢の間の所得保障を担当するものだというふうに理解をするのだけれども、そうであるのかないのか。
#186
○横田政府委員 お説のとおり、老後におきましての生活の大きなよりどころにするというのが年金だと思います。特に公的年金についてはそうだと思います。ただ、国民年金の場合には、発足が新しいものでございますから、そういった本来的な役割りをするそういった水準の年金は、実はまだ支給されておらない。したがって、現在支給されておりますのは経過的な年金である。その場合、経過的な年金も、可能な限り本来的な年金水準に近づける、そういった努力はいたす必要があろうかと思いますけれども、やはり拠出制の年金ということでやっております限りにおきましては、その財政的な設計の問題もございますので、その点で、どうしてもそういった本来の趣旨からいきますと、低い水準でなければならない。しかし、それも、そうは言っても、できるだけ生活をささえるに足るような金額にするような努力はすべきであるということでございます。
#187
○山本(政)委員 どうも局長の御答弁を聞いておると、のれんに腕押しで、気が抜けちゃうのですが、五年年金が八千円、十年年金が一万二千五百円、二十五年年金が二万円、そうすると、十年年金というものについて二十五年年金との間に格差があり過ぎはしないだろうかというのが、私どもの言い分なんですよ。この点について将来お考えになる気持ちはおありにならないのか、その点いかがですか。
#188
○横田政府委員 この十年年金の金額、現在は、御指摘のように、一万二千五百円に対して二万円でございますが、この一万二千五百円ということ自体が、実は年金財政的な側面から言いますと、相当に、優遇ということばを使っていいかどうかは別といたしまして、財政的には相当の無理をして仕組んである金額であるということでございますので、お説のような方向で、現に支給されているものは十年年金系統の年金だけでございますから、可能な限り、機会を見てこれを引き上げる努力はいたしますが、現在、この一万二千五百円というのは、いま申しましたような趣旨からいけば、限度一ぱいの金額という考え方でございます。
#189
○山本(政)委員 拠出とか拠出しないとかという問題でこのことを考えてもらっては困るのですね。つまり、先ほど申し上げましたように、年金というものの持つそういう性格からひとつぜひ考えてもらいたいと思うのです。
 仮定の問題ですけれども、四十年間保険料を払うとすれば、いまの話の続きになりますけれども、これは月額三万二千円もらえることになるでしょう。そうじゃないでしょうか。
#190
○横田政府委員 拠出制の国民年金につきましてはそういうことになります。
#191
○山本(政)委員 そうすると、これも仮定の問題ですが、国民年金法の八十九条、九十条によれば、要するに四十年間保険料をかけることを免除されるという場合があると思うのですね。その場合には支給額というのはたしか三分の一だというように思うのですけれども、それは間違いございませんでしょうか。
#192
○横田政府委員 免除期間につきましては三分の一でございます。
#193
○山本(政)委員 そうすると、六十五歳になって、三分の一ですから、一万六百円見当ですね。その点いかがでしょう。
#194
○横田政府委員 そういう計算だと思います。
#195
○山本(政)委員 そうすると、老齢福祉年金は三千三百円から五千円になる。七十歳になって五千円もらえる。四十年間免除されて掛け金をかけないで済んだ人たちが一万六百円見当のお金を六十五歳にもらえる。そういうことになれば、要するに、若い人たちよりも年とった人たちのほうが支給額が低いという議論ができますね。これはたいへん不合理だと私は思うのですよ。そうでしょう。かりに仮定の問題としても、片一方は七十歳で五千円しかもらえない、片一方は全然保険料をかけなくとも六十五歳からもらえるということになったらたいへんです。しかも、その倍以上の一万六百六十六円のお金を六十五歳の人がもらえる。あなた方それを不合理だとお考えになりませんか。
#196
○横田政府委員 御指摘のように、現在の福祉年金の改正をお願いしているのは五千円で、それから、四十年で全期間免除される場合はどうか、こういうふうな比較をいたしますと、いろいろ御議論はあろうかと思います。ただ問題は、本来的な二十五年以上の年金についての水準の問題と、現時点におきまして五千円という福祉年金の問題を、いまの時点でその数字だけで比べるということではなしに、この五千円というものがそのころになった場合にはどうなるかとか、それから、四十年云々という点につきましても、期間比例で完全に延ばすようなこういった考え方が将来とも妥当なものであるかどうかとか、この辺に至りますまでの間の道行きにつきましてはいろいろな問題が出てまいりますので、必ずしもおっしゃられたようなことで不合理性を云々することは当たらないのではないかという感じがいたします。
#197
○山本(政)委員 国民年金法というものができて以来、たとえ仮定の問題としても、四十年間保険料を免除された人が三分の一支給されるという法律的な条文がある。そうしてそれに従えば、六十五歳で、三分の一ですから、一万六百六十六円に正確になると思うのですよ。そういうことが仮定されながら、老齢福祉年金は五千円しか支給しない、しかもそれは七十歳でしかもらえないというのは、やはり矛盾だと思うのですよ。少なくとも法的にいえば矛盾でしょう。現実はそういうことは起こりませんと言っているけれども、要するに、現実に起こったらもうこれははっきりとした矛盾になるのじゃありませんか。だれが見てもおかしいと思うのですよ。しかも、老齢福祉年金をもらうという人は、これは前から議論があったけれども、かけたくなくてかけなかったわけじゃないでしょう。かけるチャンスを与えられなかった。これは法的に与えられなかった。あなた方が立法のときにそういう人たちを適用除外したわけでしょう。これも法的な措置、片一方も法的な措置なんです。そして片や六十五歳で一万円、片一方は七十歳で五千円、こんなばかなことはないと私は思うのですね。法の不備だというんだったら法の不備でけっこうです。だけれども、片一方にそういうものがありながら、片一方でそういうことで除外しておることだって法の不備じゃありませんか。その点いかがでしょう。法の不備でないかどうか。
#198
○横田政府委員 おそらく福祉年金の性格論になってまいると思いますけれども、この福祉年金は、御承知のように、当時すでに高年齢に達した方は拠出では無理だというようなことでつくった制度でございまして、そういった点から考えますと、拠出年金の制度に入れたならばどうなったかということを前提にいたしますと、いろいろな議論が出てまいると思いますけれども、当時制度をつくりました際に、一定以上の高齢者については、拠出ではなしに、必要に応じて無拠出による年金を、こういうことでございますので、そもそも年金の性格については、拠出と無拠出については相当異なった性格のものだというふうな扱いに割り切っておるわけでございます。
#199
○山本(政)委員 それじゃ、国民年金法八十九条にこう書いてある。「被保険者が次の各号のいずれかに該当するに至つたときは、その該当するに至つた日の属する月前における直近の基準月からこれに該当しなくなる日の属する月までの期間に係る保険料は、すでに納付されたもの及び第九十三条第一項の規定により前納されたものを除き、納付することを要しない。」として、これこれこれの人たちはということがあるわけですね。そして二号に「生活保護法による生活扶助又は」云々というものがあって、この場合には、年金の保険料をかける必要がなくなるわけですね。あるいは所得がないときにもそうなる。そういうことによって、生活保護というのはそれじゃ一体どれだけなものかといったら、六万三千八百四十五円、これは平均の家族ですね。そうなっておる。そして一級地では、十九歳の人は三万三千七百七十円の生活保護を受けるわけです。年金というものが生活保障であるということになれば、私は、一万六百六十六円というそれすら実は少ないと思うのですよ。たとえば、いま十九歳の人を申し上げましたけれども、六十五歳以上の人は三万二千六百四十円受けられるわけですね。生活保護法によっては。生活保護というものは一体なぜ出すのかといえば、ここに書いておるように、生活ができないということなんですよ。年金も生活保障という意味があるならば、同じような性格――全く同じとは申しませんが、同じような性格じゃありませんか。そうすると、六十五歳以上の人に片一方で生活保護基準によって三万二千六百四十円を与えておって、そして国民年金法によっては、八十九条によって、生活保護を受ける人たちは年金の保険料を免除するということになる。別の解釈をすれば、要するに免除をされた人たちは一万六百六十六円しかもらわぬ。これまた私はおかしな話だと思うのですよ。しかも老齢福祉年金は、重ねて申し上げますけれども、五千円を七十歳からしかもらえない。若い人たちより年とった人たちのほうが現実には給付が低いわけなんですよ。しかもその人たちは保険料をかけたくないからかけなかったわけじゃないですから、この辺にたいへんな矛盾があると思うのですね。片一方のほうでは、七十歳といえば、やはり生活は自分の過去の――たくさん恩給がもらえる場合は別ですよ。十分な場合は別ですよ。しかし、それ以外だったら、自分の蓄積によって結局老齢を保障する以外にないというわけでしょう。そういうものがなければ、結局年金で保障される以外にないとすれば、この金額というのは私はたいへん少な過ぎると思うのですよ。しかも均衡を欠いたやり方ではないか。なぜ五千円というものを、端数は別としても、六百六十六円というものは別としても、一万円に上げることができないのか。そう言えば、局長はおそらく、拠出しないからとかいうことをまたおっしゃるかもしれません。しかし、私は法律的に、こういう法律の条章に従えばそういうふうになるじゃありませんかと言っているわけです。政策論で逃げられては困るわけです。片一方にきちんとした法律というものが存在しながら、そしてそれが不均衡の扱いを受けている人があったら、法律的にそれを直してやるということが必要じゃないのだろうか、この点お聞かせいただきたいと思います。
#200
○横田政府委員 この問題につきまして一番基本的な問題は、老齢福祉年金とそれから生活扶助というものをどういうふうにかみ合わせるか、こういう問題が基本にあると思うのです。現在の三千三百円は、御承知のように、老人がいる世帯につきましては、生活扶助費に老齢加算としてその相当分をオンして支給をする、こういう考え方になっておるわけでございます。したがって、将来の老人の所得保障のやり方としては、むしろ年金を中心に考えるというふうなことになってまいりますと、年金でもって生活保障をし、なおかつ足らない部分は生活保護というふうなことになることも考えられるわけでございますので、その辺は老齢福祉年金をどの辺まで上げた場合にそういうふうな地位の転換と申しますか、あるいはまた、従来やっておる加算のやり方ではなくて、収入に添加というやり方をするか、それも全部収入に添加するか、一部にするか、いろいろな問題が出てくる。ただ、そういった生活扶助との関係におきましてのいろいろなやり方の問題がからんでまいりますので、その辺は国民年金審議会等におきましても、金額の引き上げ、老齢年金の金額の引き上げにつれてどういうふうな割り切りをするのがよろしいかということを鋭意検討いたしておるわけでございます。
#201
○山本(政)委員 私がなぜ年金が所得保障ではないか、拠出、無拠出にかかわらず、レベルアップして平均化するということが必要じゃないかということを申し上げたかというのは、民法八百七十七条にこう書いてあるでしょう。民法八百七十七条というのは、公的扶養に優先する私的扶養の規定をつけているわけですよ。しかし、それは配偶者と未成熟の子供、その社会的地位にふさわしい程度の生活水準を保障する生活保持主義といいますか、生活保持義務といいますか、そういうものを規定づけているわけですよ。ですから、自分の親とかきょうだいに対する生活保障というのは、そういう生活保障である。その生活扶養の義務というものは自分の配偶者と子供、これが優先だ、こういっているわけですよ、扶養の義務としては。そうすると、民法の規定に従っても、親というものに対する生活保障というもの、親というものはあと回しになるわけですよ。個人が生活を保障する、あるいは親族、子が保障する場合だって、いま言ったように、親のほうは、配偶者、それから未成熟の子供の次になっているわけですよ。とするならば、それは当然国の責任で国が保障しなければならぬという大原則があるんじゃないだろうか。そういう原則があるにもかかわらず、現実には、いま申し上げたように、国民年金法の八十九条、九十条に従えば、もちろん条件はありますけれども、まるまるかけないで済む人が月額一万円をこす金額をもらって、しかもその人は六十五歳、片一方は七十歳で五千円しかもらえないというのは、きわめて均衡を失するのではないだろうか、そのことを私は申し上げておるのです。
 だから私は、ここで大臣の御意見を伺いたいわけですけれども、早急にこれは解決しなければならぬ問題だと思うのですよ。法律的から見ていろいろな関連を見てごらんなさい。五千円じゃ少な過ぎるわけです。たとえば、これは資料は古いのですけれども、六十五歳以上の人が四十六年で七百三十万人、一人当たり月一万円として、夫婦二人の場合、年間で九千億かかるんですよ。大蔵省の主計官の方もおられますけれども、年金の積み立て金の昭和四十六年度の増加分というのは一兆二千億円あるわけでしょう。そうしたら当然そんなこと回せるはずだと思うのですよ。拠出、無拠出というようなことではかるべきことではないだろうと思う。その辺どうなんでしょう。
#202
○横田政府委員 確かに、七百三十万人に対しまして、おっしゃるようなことですと、一兆円に近い、積み立て金はそれ以上あるということでございますが、積み立て金は、積み立てた者のエゴイズムという御批判があるかもしれませんけれども、やはり拠出年金の財政設計といたしまして、将来における給付財源としてそれを積み立てておるのでございますので、したがって、それでもって福祉年金の財源にすればよろしいという点につきましては、やはり相当問題があるのではないかと考えております。
#203
○山本(政)委員 やはり総理府の調査ですけれども、老後の生活、要するに、そういうお年寄りの人たちで生活に不安を感じるという人たちの五五%が実は経済的な不安を言っておるわけですよ。ですから、経済的な不安を言っておるということは、まさに生活そのものにかかわりがあるということではないだろうか。それから生活保護のことをいっても、全体では一・三%の保護率が、六十五歳以上になると三割をこえているわけです。そして総保護人員というのが、この十年間に百七十二万から百三十三万に減少している。減少しているにもかかわらず、六十歳以上のグループでは、二十六万から三十五万に逆に増加しているのです。その現実から見たら、生活保障がほんとに必要だ、つまり生活保障のための年金が必要だということを数字からも立証しておるではありませんか。そういう数字というものが、生活するに値する年金というものをはっきりと示していると思う。にもかかわらず、くどいようですけれども、片一方では一万円をこえる金額が、拠出をしないにもかかわらず、法律上の解釈からいえば支給されるのです。片一方は、法の適用除外を受けた人で、自分たちはそういうことを知っておったらおそらく保険料をかけたであろう人が五千円ということは、ぼくはどうも筋が違うだろうと思うのです、あなた方のお考えからいえば。拠出とか拠出でないとかいう問題ではないでしょう。重ねてぼくは言いますけれども、五千円で、これ以上びた一文も上げられぬという状態はほんとにおかしいと思うのです。あなた方が自分で数字を示しておって、自分たちが法律をおつくりになっておって、その法律にそういうそごがある。しかも官庁の数字で、いえばそういうきちんとした、生活問題に対する如実な不安感というものが存在しておるにもかかわらず、まだがんとして五千円、三千三百円から五千円に上げたということでいいのだろうか。どうですか、大臣。
#204
○横田政府委員 老齢福祉年金を逐次老後生活のささえをするに十分な高額に充実しなければならない、そういう政策方向は、私どもも正しい方向だと思っております。ただ問題は、御承知のように全額国庫負担の問題でございますし、それからまた生活保護との関連の問題もございますので、そういった関連を十分に解きほぐしながら、老齢福祉年金が老後の生活保障にふさわしい状態になるように努力すべきであると考えております。今回御提案申し上げております五千円は、老後の生活保障という面から見ますと必ずしも十分とは存じませんけれども、しかし、財政事情の問題でございますとか、生活保護との関係の問題でございますとか、いろいろや問題がございますので、そういった観点からいいました場合には、相当思い切った引き上げであると私どもは考えております。
#205
○山本(政)委員 どうものれんに腕押しで、ほんとうにいら立たしいような感じがするわけですけれども、時間もないようですからあれですけれども、大臣の御答弁の中で、いまの問題と関連して、来年は七千五百円にしたい、再来年は一万円にしたい、こういうお話があったのは私ども確認してよろしゅうございましょうか。
#206
○齋藤国務大臣 来年度は七千五百円、次の年度は一万円、そういうふうに申し上げております。
#207
○山本(政)委員 そうすると、谷間の老人はそれでかなり救われるわけですね。五十年になれば谷間の老人の人たちは三千五百円だという、せんだっての橋本私案が出ました。そうしますと、三千五百円もらっておって、六十九歳の人は来年七千五百円もらえる、再来年は一万円もらう、六十八歳の人は再来年に一万円もらえる、そうしますと、六十九歳の人も六十八歳の人も一万円もらえる段階で、そのときに六十九歳になった人は、つまり、いま六十七歳の人ですね、その人たちは三千五百円ということになりますと、その層だけがただひとり三千五百円ということになる。その人たちの救済措置はお考えになりますか。
#208
○齋藤国務大臣 実はまだ橋本私案が成立していないわけでございますが、かりに皆さん方の御協力によって成立したときはどうなるか、こういうことでお答えを申し上げますと、六十九歳の者はことし三千五百円、来年は七十歳になりますから七十歳と同じように七千五百円、五十年度は一万円、こうなります。それから、ことし六十八歳の人は来年六十九歳になるわけで、来年七十歳以上は七千五百円で、その人だけがまた三千五百円に置かれるかという問題がそこに一つある。それが一つと、ことし六十七歳の人は来年六十八歳になるわけでありますが、その方々が来年度どういうふうな年金になるか。私は、これは個人的な意見ですよ、私の個人的な意見としてお聞き取りいただけるならば、こういう人たちも、七十歳以上の方が五千円から七千五百円、一万円となるように、それに見合って改定をしていくべきである、こう私は考えております。すなわち、三千五百円から――いまの三千五百円というのは五千円の七割ですから、七千五百円の七割あるいは一万円の七割、私は個人的にはそういうふうに上げていく楽しみを与えるようにすべきだと思います。これは来年度以降の問題ですから政府としてはまだ決定はしていませんが、私個人としては、そういうふうに上げていき、そして七十歳になったら全部一本になってしまう、こういうふうにいくべきではなかろうかと考えております。
#209
○山本(政)委員 二年たったら、いまの六十八歳、六十九歳の人たちが全部一万円もらう。そのときに六十九歳になった人だけが、あなたのおっしゃるようにスライドされるにしても、ただ一つそこに格差があるということは、かわいそうだと思うのです。それは納得できるだろうか。あなたがもしそのお年になって、何だ、おれの層だけが、六十九歳だけが格差があって、あと全部一万円だということで満足できるだろうか。なぜ一つの年齢層だけを一挙に一万円にしないのか。そのお考えはありませんか。それくらいのことはあなたはおやりになってもいいでしょう。
#210
○齋藤国務大臣 でございますから、先ほども申し上げておりますように、この三千五百円というのは、成立したときに、六十七、八、九がいただけるわけですが、その人たちが来年度以降どういうふうに上昇していくかというのは、政府においては決定をしてないわけです。ですから、六十七歳が六十九歳になるのは二年後になります、その時点においてまたいろいろ考えなくちゃならぬいろいろな問題が起こってくると思うのです。ですから、私がさっき言ったのは、私の個人的な意見である。どこがどうなるか、その時点において、来年は来年、次の年は次の年、上昇改善の措置を講じていくようにしなくちゃならぬだろう、こういうふうに私は考えております。
#211
○山本(政)委員 少しばかり見当がついたときは、たいへん御答弁がはっきり勢いがいいのですが、先ほどお話しのように、なぜ五千円のものを一挙に一万円に上げられぬのだろうか、国民年金の関連から。そこまでの勇気はお持ちになりませんか。
#212
○齋藤国務大臣 ことしですか。――本年度はやはり五千円でごしんぼういただいて、来年度は七千五百円、次ぎ一万円、こういうふうにお願いをしたいというふうに考えております。
#213
○山本(政)委員 国民年金が五年年金というのは、再開をすると、六十二歳から六十六歳の高齢の任意加入者の対象者でなお未加入の人が九十四万人、それから強制加入の人でも、六十歳までに年金をもらうために必要な保険料を払う期間のない人が相当おるということで、五年年金というものが加入の再開というものが考えられたと思うのです。そうすると、この人たちは幾らもらうことになりますか。
#214
○横田政府委員 現在の時点で計算をいたしますと、五年年金で八千円です。
#215
○山本(政)委員 ぼくはよく知りませんけれども、外国ではいま年金の積み立て金という例はあるのかないのか。この点いかがですか。
#216
○横田政府委員 御必要がございましたら後刻資料を差し上げてもよろしいのでございますが、簡単に申し上げますと、たとえばスウェーデンの付加年金法につきましては、完全な積み立て方式でございまして、その積み立て金も、たとえば社会資本の充実に使うとか、そういったはっきりした政策目的があるようでございます。その他の国につきましては、積み立て金というのか、支払い準備金というのか、その辺の性格の問題についてはいろいろ議論もあるようでございますけれども、大体半年分でございますとか一年分でございますとか、その当該年度の支払い総額に対してそれくらいの準備金は保有しているのが通常のようでございます。
#217
○山本(政)委員 私の知っている限りでは、年金の積み立て金というのは、外国ではあまり例がないという話を聞いております。第二次大戦後の激しいインフレーション、そういうものがあって、積み立て金の機能というものがほとんど無力化をしてきた、したがって、賦課方式による年金財政というものをとらざるを得なくなっておる、こういうことが、私の知る限りでは、あるわけですけれども、年金の歴史が浅いという理由があるかもしれませんが、政府は積み立て方式というものを主張なさっておられる。厚生年金の積み立て金というのは、申し上げる必要はないと思いますけれども、財投計画の中に組み入れられておる。昭和四十六年で四兆三千億、一番大きな財源というのは、資金運用部資金の三兆一千億、あとが簡易保険あるいは公募債などというものがありますが、資金運用部資金の内訳は、四三%が郵便貯金の一兆三千億で、三六%が年金の資金、その当時これが一兆一千億ですね。
 先ほどの話へ戻りますけれども、千六百五十億円という財源があったら、三百万人の老齢福祉年金の受給者に月四千五百円ぐらいずつ上のせすることができるわけですよ。そうすると、大臣はそういうことについての御答弁はなかなか渋っておられるのですけれども、私はそんなに財源的に、局長がおっしゃるように、ないということは言えないだろうと思うのですね。その気があるならば、私はそんなにむずかしいことではないだろうと思うのです。ですから、このことについてひとつぜひ私はお考えを願いたい、こう思うわけです。
 最後にお伺いしたいのは、私はいろいろとそういうことで人と話をすることがありますけれども、よく脱退一時金とかいろいろなことを聞かされるわけです。たいへん損をしたと言ってこぼされることがよくあります。それから通算年金ということを知らないという人たちもおります。したがってそのことで、年金なんといったって、私たちはもらえる資格がないのでしょうという質問をよく受けることがあるわけですけれども、つまり、そういう人たちは、ある意味で権利の上に眠っていると思うのです。正確な数字を私は知りませんが、年金を何げなしに要するにかけたという人が、延べにして大体七千万人くらいおるという話を聞いた。いま年金をかけている人が二千三百万、厚生年金ですがね。そうすると、つまり、脱退一時金をもらって損をしたということについては、これはまたあらためて私は論議をさせていただく機会があると思いますけれども、しかし、少なくとも通算で、そういうことを知らないというような人がおったら、そういう人たちはやはり救済をする必要があるだろうし、そしてそういうことを予防する必要もあるだろうと思うのです。したがって、そういう意味で、そういう人たちは知らぬわけですから、それはPRも皆さん方やっているとおっしゃっているけれども、しかし、現実には国民の中にそれが浸透されてないということもある。そういう意味で、年金の手帳制度というものを考えていく必要があるのではないだろうか。そうすれば、皆さんが持っておって、それで通算なら通算ということでそういう認識をお持ちになる、そうすれば、年金をかけた人たちが知らないということによって損をこうむるとかいうことがなくなるだろうと、私はこう思うのです。そういう制度というものが私は必要ではないだろうか、こう思うのです。
  〔伊東委員長代理退席、委員長着席〕
 これはそうむずかしい問題ではないわけですから、大臣にひとつお答えをいただきたいと思うのですが、いかがなものでしょうか。
#218
○八木政府委員 年金手帳の必要性につきましては、先生御指摘のとおり、社会保険審議会その他各方面からいろいろ要望があったところでございまして、実は本年度はじめて予算化いたしまして、本年度から実施いたす予定でございます。
#219
○齋藤国務大臣 厚生年金については本年度そういうふうなことをするわけですが、これだけではやはり不十分なんでございまして、よその年金との問題がございますから、やはり次の課題として、よその年金保険についてのそういうふうな通算年金がわかるような手帳制度、これはひとつ次の機会にまた検討させていただきたいと思います。
#220
○山本(政)委員 それは国民年金とか共済というものを含めますね。
#221
○齋藤国務大臣 ええ。
#222
○山本(政)委員 それでは私の質問を終わらせていただきますけれども、ぜひ、いま申し上げた年金法の八十九条との関連における不備というものがあるわけですから、来年とか再来年とかというお話もありますけれど、できるだけ早くそういう不備を是正するように考慮を願いたい。
 私の質問を終わります。
#223
○田川委員長 寺前巖君。
#224
○寺前委員 私どもの党としては、もうすでに田中美智子さんから質問もしていますし、また、あとで石母田委員のほうからも質問することになりますので、私は、できるだけダブった問題提起は避けたいというふうに思って、できるだけ端的に、出されていないような問題について、ちょっと聞いてみたいというふうに思うわけです。
 今度の年金関係の法案でまだ――ちょいちょい私も部屋を出ておりますので、聞き漏らしている面もあるかと思いますが、一つは、併給の問題についてあまり論議になっていないように思うのです。
 これは私はかつて堀木さんの問題について佐藤総理に予算委員会で質問したことがありますので、私はこれについて非常に関心を持っています。ところで、全国の方々があの堀木さんの訴訟を契機としてこの問題に対してほんとうに考えるべきだという事態の中で、今度併給というのがなされるようになったということは、私は賛成です。また、そのことは国民の要求であったと思うのです。そこで私は、この問題についてあえて触れたいとは思いませんので、同じく子供をめぐっての問題ですから、子供をめぐっての他の角度からの質問をしてみたいというふうに思うのです。
 これは大臣のお手元にもう渡っていると思いますが、前に事務次官に私が兵庫県の方から託された手紙がございます。この手紙についての御見解を聞きたいと思いますが、御見解を聞く前に、最近いろいろな事象が起こっているので、私が感じた問題について最初に一、二述べてみたいと思うのです。
 それは四月二十二日の新聞に載ったことですが、未明に東大阪市で、別れた妻と復縁できず自暴自棄になった男が、小学一年生の長女を道連れに無理心中をはかり、殺人未遂で逮捕されたという記事が一斉に各新聞に載っています。よく読んでみると、この父親は、子供の首を締めようとして抵抗されると、今度はガスを出しっばなしにして逃げるというひどさだったが、ガスがふき出したために近所の人の中でもすぐに広がり、そこで警察官が飛んでくるという事態の中で、子供が死んだふりをしておって、警察官がやってきたときに、今度はその子供が逆に警察官に食ってかかって、おとうちゃんは何もしてへんと、必死になってこれをかばう姿、それが非常に痛々しいということが、最近の新聞の記事ですけれども、載っています。
 私は、昔は母子問題というのは、だんなさんがなくなった、あるいはだんなさんがおらぬようになったということをめぐっての母子世帯に対する社会的にめんどうを見なければならないという問題が大きな問題となって、母子福祉法という形で制定されていったと思うのです。ところが、今日、いまのこの子供のように、父親と子供のように、父親と子供が残って母親がなくなったという場合に生まれてくるところのいろいろの支障があるというふうに思うわけです。
 そこで、まずこれは児童家庭局長さんになるんでしょうか、母子福祉の対象になっている人々というのはどのくらいおられるんだろうか、おかあさんと子供さんという関係の世帯というのはどのくらいあるだろうか、それに対して、おとうさんと子供さんという関係の世帯というのは一体どのくらいあるんだろう、ほんの限られたものなんだろうか、それともかなりあるものなんだろうか、最初にこの数字について聞きたいと思います。
#225
○穴山政府委員 私どもの手元では、少し前の四十四年の資料があるわけでございますが、そのときに全国家庭児童調査というものをいたしまして、そのときの資料を申し上げたいと思いますが、そのときの児童のいる全世帯というのが約千六百万世帯ございます。その中で、父のみがいない世帯、すなわち母と子という世帯が約六十五万世帯、四・一%でございます。それから母のみがいない世帯、すなわち父と子でございますが、それが約一%の十五万三千世帯でございまして、その中で父と児童のみの世帯が〇・三%の四万七千世帯、それから父と児童と十八歳以上の子供がいる世帯、これが〇・七%で十万六千世帯、母のみがいない世帯約十五万世帯というのが、いま申しました父と児童のみの世帯と、父と児童と十八歳以上の世帯との合計でございますけれども、大体そういうような状況であるというように把握しております。
#226
○寺前委員 いまのお話を聞いていますと、父子世帯というのも、母子世帯の四分の一ですが、あるという、かなりの数があるということをお聞かせいただいたわけですが、その後も考えてみると、父子家庭というものが最近はかなりたくさんあって、いろいろ昔と違って困難な事態もずいぶん起こっているようです。大臣の手元に渡っている手紙のほかにも、私はいろいろな方から父子家庭についての手紙を受け取っております。ちょっと一例を読んでみますと、こう書いてあります。
  私は一流メーカーの自動車会社の従業員として妻子とともに幸福な生活を送っていましたが、去る四十六年六月妻が死去し、十一歳を頭に九歳、八歳、五歳の四人の子供をかかえ、天国から夢にも思いませんでした父子家庭という地獄の生活に転落して、とほうに暮れました。母にかわって父親が子供に何がしてやれるでしょうか。子供の世話のため残業、夜勤ができず、昇給は少なく、昇進もなく、やむなく現在退職し、失業保険をとりながら適当な職場を探しています。子供たちは、なき母をしのんで夕暮れに空を仰いで泣いています。
  一人の母は千人の父よりとうとしといわれますが、母親の存在というのは子供の人格形成に大きな役割りを果たします。このような不幸な子供が、児童福祉法が実施されて二十六年もたっているのに、切り捨てられているとはどうしたことでしょうか。母子寮がありながら、母がわりの保母のいる父子寮がなく、児童扶養手当法によって「父と生計を同じくしない児童について児童扶養手当を支給することにより、児童の福祉の増進を図ることを目的とする。」「児童扶養手当は、児童の心身の健やかな成長に寄与することを趣旨として支給されるもの」だとありますが、父子家庭児童に支給されないのは差別であり、児童福祉法「児童は、ひとしくその生活を保障され、」や、憲法という平等の権利、個人の尊重、生活権等にたいへん矛盾していると思います。見捨てられた父子家庭のために国民の権利として提訴しなければならないのは悲しいことです。
  何とぞ法律改正によって不幸な母のない父子家庭の児童に、児童扶養手当の設定とともに、父子寮その他母子家庭に準じた援護措置を幾重にもお願い申し上げておきます。
というような手紙が来ております。
 私は、ほんとうに最近の母子問題もさることながら、父子の問題における悲劇というものも違う角度から深刻さを持ってきている段階に、何らかの援護措置はすべきではないだろうかというふうに思うのですが、この件に対して、ひとつ大臣の御見解をお手紙の返事ということでお願いしたいと思います。
#227
○穴山政府委員 いま先生がお読みになりました実態も確かにあると思いますが、父子家庭というものが、一般的に申しまして、母子家庭のように、社会的な生活水準の問題と申しますか、あるいは生活水準の問題と申しますか、母子家庭とは違ったと申しますか、いわば母子家庭ほどの深刻な影響というものが少ないというようなことから、従来、母子家庭につきましてはいろいろと手だてを講じてきたわけでありますが、父子家庭についてはそういった同じような施策というものは講じられていなかったわけでありまして、また、一面いまお話しになりましたようなお考えがあるのと同時に、また反面、男としての観点というものから、やはり父子対策と申しますか、そういったようなものに対しての一種の反発ということではありませんけれども、微妙な感情もあるわけでありまして、そういったような国民的気持ちというものを十分に考えてまいりませんと、この問題はいろいろデリケートな問題を含んでいると思うわけでございます。したがって、現在私どもとしては、母子と同様に父子についてというようなことはまだ考えていないわけでございます。
#228
○寺前委員 せっかくの機会ですから大臣に見解をお聞きしたいのですが、さすがにやはり検討しなければならぬということで、名前は父子寮というものも若干自治体でつくり出しているところもあるわけですね。だから、今日の時代では、確かに昔と違って、検討しなければならない何らかの措置といえのが存在していることは、私は事実だろうと思うのです。そういう意味での大臣の御見解を、事務的ではなくして、お聞きしたいと思います。
#229
○齋藤国務大臣 実は私も寺前議員から、神戸の方の私あての書面ですか、これを事務次官を通じて拝見いたしました。いろいろ社会には、父と子で生活に努力し、非常に苦しい状況に置かれている家庭のあることは、私も十分承知をいたしております。したがいまして、私どもは今日まで、こういう家庭の児童を守るために、保育所にできるだけ入れて心配してあげるとか、あるいは児童相談員とか、そういった方々がいろいろな相談に乗るとかいうふうなことをいたしております。父子寮と申しますか、そういったふうな、父と子供の場合を対象とした保護施設を考えたらどうだというふうな意見を私も聞いておるわけでございまして、いま直ちに全面的にこれを取り上げるという段階ではないと思いますけれども、やはり社会にそういう苦しい環境に置かれておる人がおる限り、そうした問題について何かあたたかい措置を講ずる必要があるんではないかという問題意識は、十分私も持っておるわけでございます。将来何らかの方法において努力をいたしてまいりたい、こんなふうに考えておる次第でございます。
#230
○寺前委員 それでは、その問題はその程度にしておきます。
 次に、これはもうすでに何人もの人から出ている話なんですが、私もどうも納得ができないのでお聞きをしておきたいのです。この老齢福祉年金というのをなぜ七十歳から支給するんじゃろうかという問題です。
 ちょっと局長さんにお聞きしますが、この老齢福祉年金というのはどういう意図で出すのですか。わかっているようなことで、ちょっとお聞きしたいのです。
#231
○横田政府委員 お答えとして十分かどうか存じませんが、きわめて冷静にその制度の意味を御説明申し上げます。
 昭和三十四年に国民年金法が施行されまして、三十六年から拠出制の国民年金が始まることによって、国民皆年金体制になることになったわけでございますが、当時すでに高年齢に達している方につきましては、これから先の保険料の拠出期間を満たすことはなかなか困難であろうというようなことで、二つの考え方をとったわけでございます。五十歳をこえ、五十五歳未満の方につきましては、十年年金という経過的な年金の制度を設定いたしましたし、五十五歳をすでにこえておる方については、拠出制年金の網からはずしまして、その方が七十歳になった場合には、所得の状況によって、全額国費の年金を差し上げる、こういうふうな制度。しかけはそういうことでございます。
 この制度が発足いたしました際には、その金額が月額一千円でございまして、この月額一千円という金額がいかなる性質のものであるかということについては、その当時もいろいろな御議論があったようでございます。その制度のもとになりました当時の社会保障制度審議会の御意見によりますと、この一千円という金額は、農村においては相当生活をささえるのに役立つ金額である、しかし、都市部においてはそこまではいえないが、老人を大いに勇気づける金額である、こういうふうなことばがございます。したがって、制度発足当時の金額の定め方につきましては、現在御議論がなされておりますように、必ずしも生活保障の年金として十分な額のものではないが、とにかくそういった敬老的な年金を発足させる必要があるという制度審議会の意見もございまして発足いたしたようでございます。
 その後の老齢福祉年金につきましては、いろいろな社会情勢の変化等もございまして、拠出制の網からはずれたからといって敬老的なものにとどまることは、政策的にも当を得たものではないというようなことで、逐次生活保障的なものにその性格を切りかえるべきだ、そういうふうなことで、政策的にもそのような路線に従って進んでまいったわけでございます。したがって、今後の問題といたしましては、やはり生活保障的な年金として、可能な限りこれを充実するという路線をとるべきものであるというふうに考えております。
#232
○寺前委員 老齢の方の生活を保障する方向を目ざしているんだ、それは、わかりやすく言えば、社会的にお年寄りのめんどうを見ましょうということでしょう。そこで私は、七十歳という線を制度的につくろうということがわからないのですね。
 ちょっと聞きますけれども、日本の男子の寿命というのは何歳ですか。
#233
○横田政府委員 間違っておりましたら、あとで訂正させていただきますが、たしか一昨年の簡易生命表では七十・一七歳じゃなかったかと思います。
#234
○寺前委員 そうすると、日本では、男の人は七十歳になると大体寿命だ。ところが、お年寄りのめんどうは七十歳になったら見ましょうという。それは長生きしてもらうのはけっこうですよ。しかし、片っ方はめんどうを見る、片っ方はなくなる、これでは何ぼも見られぬじゃないか、局長さん。これはきわめて算術平均的に言っている話ですよ。いやそうじゃない、七十歳以上の人もめんどうを見ています、それはそうでしょう。制度としては七十歳以上見るんだけれども、平均的な話で言うと、なくなってからめんどうを見ましょうという数字になるじゃないか、これでは、お年寄りのめんどうを見ますという話にはならないじゃないかと私は思うのです。これは、おたくが平均寿命をおっしゃたんだから、私はそう解釈せざるを得ない。
  〔委員長退席、竹内(黎)委員長代理着席〕
だから、そういうふうに思うと、これはやはり常識的に言って、めんどうを見るという年齢である以上は、もっと下げなければならないということはだれの目にも明らかだろう。
 その次にもう一つ聞きたい。――そうばたばたするような質問じゃないんだ、ぼくの質問は。
 労働省がお年寄りのお仕事の世話をするのは何歳までですか。知っていますか。知らなければ知らないでいいますよ。
#235
○横田政府委員 不敏にして数字を存じません。
#236
○寺前委員 もう二年になりますでしょうか、中高年齢者等の雇用の促進に関する特別措置法という法律ができたんですよ。これは、いわゆる失対をもうやめましょうということが国会で問題になったときに、ただし、中高年齢の皆さんにはお仕事をお世話しましょうということでつくった法律なんです。そのときにずいぶん議論をしたのですが、いまお仕事をしておられる方々をほうり出すというわけにいきません、社会保障の体制ができないから、当分の間どうぞお残りくださいというので、当分の間という用語は何じゃと聞いたら、いや、法律用語では五年くらいをいうらしいけれども、社会保障の制度が満足できるものでない限り、どうぞおってくださいという話なんです。ただし、中高年齢の皆さんには積極的に仕事をしてもらうようにお世話をしたいと言ったので、それは何ぼまでやるのかと言ったら、年のいった方々のはむずかしゅうございまして、六十五歳まででございますと言うんです。そうすると、職業安定所を通じてお世話することができるというのが六十五歳までなんだよ。それでもむずかしい言うてますわ、その年になったらもう。しかも収入というのは、その段階になったら三万ぐらいになってしまいますと。この間も何か、行政何とか庁から労働省と厚生省に勧告をしたとか、するとかいうのが新聞に載っていました。その中にもちゃんとそういうふうに書いてあった。それほどお年寄りの皆さんの生活保障というのは、仕事の面からもむずかしい。六十五歳という線が、そこではそれなりに出ているのだ。それでも六十五歳まではめんどうを見ましょうと、こうきた。そうしたら、仕事のめんどうというのは、仕事が生活と直結するのですから、制度的にいったら、少なくともあと引き続いてそれじゃ年金生活で保障しましょうと、こういうのが常識じゃないかと思うのですが、局長さん、その辺はどんなものでしょう。
#237
○横田政府委員 ただいまの問題にお答え申し上げます前に、先ほどの平均余命でございますが、男のゼロ歳のものは七十・一七歳、これはゼロ歳でございますので、たとえば七十歳の方につきますと十・〇七歳、こういうふうに、各年齢区分によりまして平均余命が出るということでございますから、全体として七十・一七が全体の平均、こういう意味ではないということを、まずお断わりしておきます。
 それから老後生活を年金によってと、私どももそのような政策の姿を目ざしましていろいろ努力すべきだと思っております。ただ、現在は御承知のようにすべての老後生活を年金でもってカバーするということまではなかなか行ってないし、また、行ってないというのは、ただ単に年金制度自体があまりりっぱなものでないからというだけではございませんで、すでにいろいろな制度が併存をいたしておりまして、その制度がそれぞれ持ち分を発揮することによって老後生活をささえる、たとえば医療の問題につきましては、御承知のように老人医療の公費負担という問題がございますし、それから全般的に生活能力が低い方の場合には生活保護制度というものがございますし、そういったものといろいろかみ合わせまして、この老齢福祉年金というものが実際問題として老後生活のささえの一翼をになっておる、こういう形でございます。ただ問題は、いろいろな御議論はございますけれども、老後生活は、生活保護のように所得調査その他でいろいろむずかしいことがなされるのではなくて、当然年金によってその生活が保障されるような体制に向かうべきだ、それから先ほど申しましたように、福祉年金の問題も逐次そういった方向に充実すべきであるというようなことを考えますと、いずれはこの年金によりましてほかではカバーできないような老後生活をカバーし、足らない分はまた何らかの方法でと、こういうふうなことになろうと思いますので、そういった点から考えますと、まだ年金が老後生活をささえる制度としては成長過程にあるというふうな御認識をいただきたいと思います。
#238
○寺前委員 成長過程でも何でもいいのですけれども、要するにお年寄りめんどうを見ましょうというような施策である以上は、私は七十歳というのは、ふに落ちないという問題として、一つは寿命の問題、一つは仕事のお世話の問題からちょっと聞いてみただけです。
 それじゃもう一つ聞いてみますが、お年寄りのめんどうを見ましょうという一つに、老人福祉法で、これはおたくの所管じゃないけれども、御存じだろうと思うから聞いてみますが、健康診断はお年寄りのは何歳からやるのでしょう。
#239
○横田政府委員 所管でございませんので、間違ったらごかんべんいただきたいのですが、たしか六十五歳ではなかったかと思います。
#240
○寺前委員 そうすると、政府の皆さん方も、やはり大体見当をつけなければならないのは、六十五歳になったらめんどうは見なければちょっと筋は通らないんじゃないかというふうにお感じになっているんだろうと私は思うのですが、大臣、この問題については一体ほんとにどういうものなんでしょう。お年寄りの皆さん方のめんどうというのはせめて六十五から見るという体制に切りかえるべきだ。みんなが納得できないというのはそこにあると思うのです。大臣の御見解を聞きたいと思うのです。
#241
○齋藤国務大臣 老人対策として考えるときには何歳あたりが適当であろうかということになりますと、私も、大体六十五歳あたりが適当な年である、こういうふうに考えております。現在のところ、厚生年金にしても、それから年金で申しますれば国民年金の拠出制年金にしても一応六十五歳、それから社会局系統のいろいろな老人対策も大体六十五というふうなところが見当だと思います。ただ、そういうふうな対策の中で、国が直接金を支給するようなものは一応七十歳というふうにしておるのでございます。と申しますのは、いまお述べになりました福祉年金の問題、それから老人医療無料化の問題、こういうふうなことで、そういうふうに国が全額医療費を負担するとか生活のささえの金を出すとか、そういう問題は、もちろんそれは財政の都合ということもありましょうが、そういうものについては、普通の社会通念的にいえる六十五歳よりは上回った年、その辺を大体考えておる、こういうことであろうと思います。したがって、実は先ほども局長からお話がありましたように、昭和三十四年に成立いたしましたこの国民年金法をつくった当時も、先ほどもお話がありましたように、ある程度拠出期間の短い者は国民年金に入ることはできない、将来は拠出制年金によって国民全部がそれに入っていただきたい、しかしながら、あの当時五十五歳以上の方は、拠出する期間もないことでもあるから、一応制度からはずす、そのかわり、七十歳までしんほうしていただいて、七十歳から福祉年金を出すようにしましょう、こういうふうなことで、行政の対象としての老人、これは私は平均して六十五歳ぐらいが常識だと思いますが、国が何らかの形において全額めんどう見るという場合は、一般的に七十というのが標準になっているように考えております。
#242
○寺前委員 そこで、従来はそうだったけれども、老後のめんどうを見ましょうということが地方自治体でも問題になって、老人医療の無料という問題が国の制度自身にも取り上げられるようになってきた。それから今度はさらに地方自治体では六十五歳に下げておるということも、現実的な日程の問題として広がっている。これはほんとにさっきの平均寿命の話じゃないけれども、めんどうを見ようというんだったら、せめて六十五歳ぐらいからめんどうを見るという体制に入らなければだめなのではないか。私は、これはかなりの人のほんとに切実な要求であるし、また、それはいま政府がやらなければならない課題だと思うのですよ。だから私は、そういう意味で、ほんとにお年寄りを大切にしてめんどうを見ましょうというのにふさわしいのは、六十五歳から即刻に老人医療も年金もめんどうを見るという体制に切りかえてもらうという準備をすぐにやってもらう必要があると思うのですが、どうでしょう。
#243
○齋藤国務大臣 先ほど申し述べましたように、国が全額めんどうを見るようなやり方は、いまは七十歳、しかし、それであっても、もろもろの社会的要請が高まりますれば六十五歳まで下げようではないかという方向が出ていると私は思うのです。すなわち、それが、ことしの老人医療無料化について、寝たきり老人についてはまず六十五歳まで下げましょう、こういうふうにきているわけでございます。やはり私はそういうふうな一つの流れがあると思うのです。その流れの一つとして例の老人の年金というものを考えてみますと、六十六歳から六十五歳の方は一応国民皆年金体系の中に入っている。それからまた入ろうとしておる。そこで残ったのが六十七、八、九の年齢層のものである。そこで、何とかその人たちに対しても、国民皆年金体制の中でこの谷間の人たちをめんどう見る必要があるのではないか。そうなれば、寺前議員は六十五歳まで下げろとおっしゃるけれども、六十七までめんどう見れば、すぽっとみんな入っちゃうのですね。そういう考え方、すなわち、社会的要請によっては、ものによってはだんだん下げていこうではないかという一つの傾向のあらわれ、それが谷間問題解決ということになっているんだ、私はさように考えております。
#244
○寺前委員 即刻の体制としては、年金の体制を福祉年金は六十五歳に下げない限り、六十五歳、六十六歳の人は、年金制度として十年年金、五年年金の制度の中にあるといっても、片一方ではかけていなかった人もおれば、いろいろな形があって、直ちの支給年齢は六十五歳ということにはならないのでしょう、局長さん。福祉年金の対象として六十五歳、こうなればこれは直ちの支給の対象になっちゃうわけでしょう。だからそこは大臣のおっしゃったのはそうは簡単にはいかない。だからそういう意味では六十五歳に下げて、即刻六十五歳以上のお方はめんどう見ましょう、こういうようにやらなければだめなわけでしょう。制度として六十五歳、六十六歳の人があるといったって、それは即刻の支給ということにはならないのだ。私の見解、間違っていますか。どうです、局長さん。
#245
○横田政府委員 高齢者に対する経過年金は、先ほど申し上げましたように、昭和四十六年から十年年金はすでに支給が始まっております。それで、昭和四十五年に五年年金制度を創設しまして、この五年年金制度の支給が始まりますのは昭和五十年からでございます。したがいまして、十年年金はすでに始まっておりますし、お入りになった方は、それですでに受けておられるし、五年年金につきましてはあと二年で支給が始まる。それで、問題はそれにお入りにならなかった方が相当おりますので、いま御提案申し上げております法律の中に、昭和四十五年の五年年金に御加入になったと同じような扱いをするような意味合いでの五年年金再加入の道を開いております。
 それから、直接お尋ねはございませんが、福祉年金の年齢の引き下げの問題につきましては、多少補足いたしますと、実は私どもも、相当の財政需要を来たす問題でもございますので、当面はこの金額をできるだけ手厚くすることによって、ほんとうの高齢者に対する福祉年金の働きを厚くするということを最優先と考えておりまして、そういった点から、この年齢の問題につきましては、いずれの問題としてどのようになるかは、これはなかなか予測できない問題もあろうかと思います。しかし、大臣も先ほど言われましたように、拠出年金に入るチャンスのあった方々は、もう一回お入りになるチャンスを与えることによりまして、できるだけ拠出年金の再開でもってカバーをするというふうな考え方をとっております。
#246
○寺前委員 カバーをするとか、そういう形でおっしゃっていますけれども、要するに、六十五歳に下げなければ現実的にはもらえないという人は大量におるということは、間違いない事実だと私は思う。
 それはさておいて、ちょっと聞きたいのですが、局長さん、大臣は先ほどから谷間問題というのをそこで考えてどうのこうのということを盛んにおっしゃるのだけれども、今度の政府案には明らかに制度的に六十六、六十七、六十八、六十九の谷間といわれる問題はそのまま残ったまま提案をされているわけです。これは知らなんだのか、知っておってこのまま出したのか、一体これはどういうことであったのですか。
#247
○横田政府委員 御提案申し上げた内容にこれが入っておらない点でございますが、これは昭和三十四年に制度を発足させまして以来、この年齢層の方は七十歳におなりになれば福祉年金の対象というふうな体系をとっておりまして、この現行の体系を踏襲したから、そういう体制は盛り込んでいなかったわけでございます。
#248
○寺前委員 いや、私の言っているのは、そういう矛盾を持っていることは知っていたのか、知らなかったのか、どっちなのか。知っていたのだったら、何で直すという態度をとらなかったのか。知らなかったのだったら、知らないでいい、それはまたその次にするとして、どっちなんですか。
#249
○横田政府委員 要するに、昭和三十四年に制度をつくった際に議論済みの問題というふうに思っておりました。
#250
○寺前委員 議論済みというのは、もう頭からそういうのは相手にしないということで国会の審議は終了しておったのだ、こういうことですか。
#251
○横田政府委員 その後、附帯決議等でいろいろ御意見を承っておりますけれども、とにかく制度発足の際には、その年齢層の方は七十歳になれば福祉年金でいく、こういうふうな体制のものとして制度がつくられた、そういうふうな認識を持っております。
#252
○寺前委員 制度がつくられているから、矛盾が残っておる――附帯決議はつけられて国会の意思は表明された。昨年の国会では本会議でも問題になった。国権の最高機関でそこまで問題になっていながら、なぜ今回の国会の提案に際してその問題に対して制度的に矛盾を解決する必要があると考えなかったか。
#253
○横田政府委員 この制度改正の問題につきましては、いろいろ改正すべき問題がございます。その中で何を優先的にやるかという政策の判断の問題に属すると思いますが、今回の改正の問題につきましては、国民年金について申しますと、本来的な年金並びに現に支給をいたしております十年年金の系統、そういったものをできるだけ大幅に引き上げ、なおかつ将来にわたってはスライド制の導入によりまして実質価値の維持をはかる、それが最優先であると考えました。したがいまして、この問題は問題として意識しなかったかという点につきましては、附帯決議なり国会の御議論というものも私どもも十分に存じておりますから、問題の所在は意識しておりましたが、そういうふうな、何を優先するかという選択の問題といたしまして、これを改正案の中には盛り込まなかったわけであります。
  〔竹内(黎)委員長代理退席、委員長着席〕
#254
○寺前委員 あれだけ附帯決議でも本会議でも問題になって、制度的に国民皆年金、皆保険、こういうふうにいってきて、制度的には明らかにごそっとあいておる。それは百も承知だというんだ。百も承知で、そのところだけを残しておくのだ。もう時間がたったらこの人たちは死んでしまうんだ、そういう気持ちですか。老人なんだからね。老人というのは、なくなるというのは当然のことだよ。これはそのうちに解決するのだ、がまんさせておくのだ、ぎゃあぎゃあ言わぬ、できるだけ静かにさせておいて、時とともに済んでいくのだ、あと三年か四年すれば済んでいくのだ、こういう気持ちでおったのなら、さっき、お年寄りを大切にする、こう言っておきながら、実際にはお年寄りを踏みにじっていることになりますよ。知っておってやったなんと言ったら私は重大だと思うのです。国会も知らぬ顔をしておったのと違うんだから、私は、はっきりと、こういう提案をしたことはまことに申しわけなかったと、あっさりここで謝罪すべきだと思いますよ。この問題はどうです。
#255
○横田政府委員 私が申し上げましたのは、政府原案を提出するまでのいきさつといたしまして、どのような理解であったか、こういうことについて申し上げたわけでございます。その後、国会審議の過程におきまして、総理あるいは厚生大臣が、この問題については国会の御審議の結果によって善処いたしたいというふうな方針を命ぜられておりますので、私もいまではその御方針に従って、必要が生じた場合は必要な手直しについていろいろ事務的な手はずは準備いたしておるような次第でございます。
#256
○寺前委員 くだを巻こうという意味じゃありませんけれども、あなた、大臣が国会へ出てきてから気づいたみたいな取り扱いになっておる。国会に提案する前には、大臣とあなたたちの間に詰めが行なわれておったわけでしょう。そうすると、その段階では少なくとも大臣は気がつかなかったということなんでしょう。気づいておったのですか。国会へ出てきて初めて気づいたとしたら、事務当局の準備が怠慢ですよ。私はこれはえらいからんだような言い方になるからやめますけれども、わかり切った制度上のこのようなものを残したまま提案してきた態度というのは、けしからぬ態度だと思いますよ。反省する必要があると思いますよ。これはもう意見だけにしておきます。ほんとうのところ、からむようなことになる話だから、いやらしいからやめます。
 そこで、私は最近の新聞の投書欄を見ておったらこういう問題が出ておりましたので、こういう問題についてどういうふうにお考えになるのか、ちょっと聞かしてほしいと思うのです。これは七十一歳のお方ですね。「私は古希を過ぎた。いま受けている月額二万余円の恩給では、切りつめても老夫婦の生活費としては足りない。そこで孝齢福祉年金を受けたいのだが、いまの国民年金法では、月額五千円以上の収入があれば支給されない。それかといって、老齢福祉年金は月五千円であるから、それを受ける資格、つまりあと月五千円以下の公的年金を加えると、併給を受けたとして月一万円、これでは物価高の今日、たとえ老人一人であっても生活はできない。私ども老夫婦でも一カ月最低三万円の生活費は必要である。だから恩給に福祉年金を加えていただいて最低生活は維持したい。そのためには公的年金の制限を拡大」してくれぬか。たとえば三十万円に制限を拡大してくれたら、月額にすると二万五千円だから、月三万円になる。併給金額の引き上げをぜひ検討してもらえぬだろうかという投書なのです。
 私は福祉年金そのものをこんな額では問題だと思いますが、それはたくさんの人が論議されていますから、一応おいておきますけれども、いま出されている法案の状態から言うならば、今度は、恩給をもらっている人だったら、月に二万余りの恩給をもらっている人でもうだめになる。三万円は、年寄ってから夫婦生活をやるのにやはり最低要る額だ。私これを言うておるのは一つも無理ないと思うのですけれども、一体この問題についてどういう御見解に立っておられるのか、お聞きをしたいと思います。
#257
○横田政府委員 原則論から申しますと、恩給でございますとか、そのほかの公的年金を受けておられます場合には、それぞれの制度によって支給されます給付水準というものがしかるべき高さを保つような方向に政策は進むべきである、こう考えております。ただ、そうは申しましても、ことに恩給等の場合については、現在はすでに恩給に必要な費用を納付される方はいないわけでございますので、この引き上げ自体も全額国庫でなされるというような事情があって、必ずしも最初申しましたような原則論が当てはまらないわけでございます。それで、ただいま引用されましたその例は、現在では福祉年金の併給の限度額は六万円にしてございます関係上、そういうふうなことがおそらく起こっておると思いますが、今年度はこれを十万円に引き上げるというようなことにしておりますので、この引き上げによりまして多少そういった事例が解消すると思います。それならこの金額をどこまで引き上げるのがよろしいかという点でございますが、私どもは、金額だけの問題として片をつけますと、最初に申しました原則論が薄れるという問題もございますので、この金額、併給限度額をいきなり引き上げるということもいささか問題だというふうに考えておりますが、さらにこれは長い目で見て実際に合うような限度額まで引き上げる努力はいたしてまいりたいと思っております。
#258
○寺前委員 十万円にしたらあなた解決するみたいな話をしたけれども、私、そんな話したら、この人また同じ投書書くと思うわ。六万円で十二で割って五千円なんでしょう。十万円にしたら、十二で割って一万円にもならぬくらい。私は月二万数千円の恩給をもらっていますのや、もらえませんのや、この話は依然として同じ話なんだから、併給禁止は、十万円の恩給という問題にしたって、それはやはり現実離れをしているのです。だから私は、こういう年金の問題を考えるときには、お年寄りの問題だから、やはり基本的な問題の方向をはっきりさせると同時に、いまのワク内においてもきめこまかい措置をとるということをやらなければ、この人が新聞に投書しておられる回答にはならない。これは私もそれ以上もう言いません。これは警告的な発言になりますけれども、ほんとうにもっとこういう問題についてはきめこまかくやっていただきたいと私は思います。
 話をまた変えます。時間もあれですから、厚生年金にしぼってやりましょう。掛け金を値上げしないで給付の改善ができぬものじゃろうかということがみんなの要求です。何しろ物価が上がっているんだから、物価を上げることに拍車をかけないようにしてもらいたい。それは政府が直接責任を持っている分野においては特にそうだ。だから国鉄運賃の値上げに対してずいぶん批判が出たわけです。年金の問題について今度掛け金を千分の十五上げるというのが提案です。健康保険のほうは千分の三ですから、こっちは千分の十五上げるんだから、まさに五倍の料率アップという事態がここに提案がされているわけです。
 それは一応さておいて、厚生年金の老齢年金でいま平均してお渡ししている金額は何ぼですか、そうしてその支給の総額は幾らになっているでしょうか。
#259
○八木政府委員 四十七年十月現在の老齢年金について申し上げますと、一件当たりの金額は月額一万六千四百十五円でございます。
 それから、厚生年金の給付費について申し上げますと、昭和四十七年度の予算額は二千二百二十六億でございます。四十八年度の予算額は二千二百三十五億でございます。
#260
○寺前委員 昭和四十七年に一人当たり一万六千四百十五円出している、それに要している保険の給付は二千二百二十六億円だ、こういうお話でした。
 四十七年にお金は幾ら入ってくるのですか。
#261
○八木政府委員 厚生年金の場合でございますが、保険料収入は、昭和四十七年度の予算額は一兆八百六十三億でございます。それから昭和四十八年度の予算額は一兆三千四百四十八億でございます。
#262
○寺前委員 そのほかにいままでの積み立て金がありますね。その利子は幾ら入ってきますか。
#263
○八木政府委員 先生御指摘の運用収入は、昭和四十七年度におきましては三千八百十四億、それから昭和四十八年度におきましては四千五百九十三億を予定しております。
#264
○寺前委員 そうするとこういうことが言えますね。四十七年度では一人当たり一万六千四百数十円を支給して、全体で使ったお金は二千二百二十六億円だ。今度給付の改善をやったところで三千二百三十五億円だ。ところが、去年というか、四十七年度の運用収入だけでも三千八百十五億円だから、料率を上げなくたって、一兆円からのお金はまるまる積み立て。もう一回言いますよ。給付の改善を今度行なう。給付の改善を行なっても、支出は三千二百三十五億円だ。運用収入は去年でさえも三千八百十五億円だから、ことしはもっとよけい入るのですよ。四千五百何ぼ入ってくるのですよ。だから、掛け金というのはまるまる残っているんだ。保険収入というのはまるまる残っているんだ。そうすると、ことしはたとえば労働者から、お金がずいぶん残っているから、出してもらわなくたって、いまの給付の若干の改善をやっての支給はできますよという措置をとったところで、これはことしの話はできるという勘定になりますな。私の言っているのはことしの話だけですよ。そういう数字になりますな。
#265
○横田政府委員 制度の問題にそろそろ変わりつつあるようでございますから申し上げますと、この問題は、確かに単年度の短期保険でございましたら先生のおっしゃるとおりでございます。ただ、私のほうは言うなれば途中でやめることのない永久の保険でございますから、単年度ないしはここ何年間だけの見通しでもって財政の設計はできない、こういうことでございます。
#266
○寺前委員 そうあせらなくていいんですよ。私は一つずつ詰めている。ことしはともかく出してもらわなくたって、政府案では掛け金を上げることはもちろんのこと、上げなくたって、まるまる運用資金だけでいけるんだ。だから、もう一つ言うならば、たとえば一万六千四百十五円だから、これ三倍にしたら何ぼになるのですかね、五万円ほどになりますね。あなたたちが言われた五万円年金というのは、昭和四十七年の三倍の支出ということにすれば五万円年金。五万円としても三倍ですから六千六百何億円になる。ところが、収入は運用収入だけで四千五百九十三億円ことしは入ってくる勘定になるから、掛け金を上げなくても、一兆円からのうちから二千数百億円使ったならばいいのであって、いままでの積み立て金をくずすということにならないことはもちろん、ことし納める分の中の五分の一ぐらいのお金をちょっと使えば三倍の給付はことしはできる、こういうことは言えますな。この計算どういうことになりますか。
#267
○横田政府委員 単年度の保険でございましたら、どのような計算でもできると思います。
#268
○寺前委員 そうすると、ことしはそうだ。このやり方を五年間続けたらどういうことになりますか。
#269
○横田政府委員 そういうことを考えたこともございませんので計算はいたしておりませんが、ただ問題は、こういうこともひとつ御認識いただきたいと思います。
 現在四十七年末で積み立て金が六兆六千七百九十六億円でございますが、その積み立て金はどの時代の被保険者が保険料として積み立てたものであるか。ですから、その当時積み立てたその被保険者がいますぐ受給者であるわけでもございません。そういった方が将来の給付財源として積み立てたものということもございますので、どの時代に積み立てられた金がどの時代に使われるか、こういった点も、ただ単に将来受給者がふえた場合云々という、私どもの従来から一番力点を置いて申し上げていたことのほかに、そういった問題もあるということは御認識いただきたいと思うのです。
#270
○寺前委員 あとまたこれをやり出したらいやらしい話になりますから、やめますけれども、これについても同じことなんですよ。現実にたとえば子供を考えてごらんなさい。昔ぼくら小さいときには、むだづかいしなさんなやと言われて、郵便貯金しなさい、こう言われたものだ。いまごろ子供に郵便貯金の話をしてごらんなさい。おい、それ貯金しておけよと言ったら、そんなものおとうちゃん貯金するよりも、物を買うて残しておいたほうが、物の値打ちのほうが上がるんや。貯金したら損するで。金の値打ちが変わる。それはそうでしょう。貯金したって五分何厘の利子でしょう。物価の上がるのが十何%なんだから、それは金の値打ちが下がっていくんだから、二十年間もあなた金を残したら、その金の値打ちというのはどんなに落ちるんや。そんなものいまの子供のほうがもっと的確に知っているんだから。
  〔委員長退席、竹内(黎)委員長代理着席〕
金の値打ちが変化が起こるんだから、いまの金の値打ちのままに置いて右から左に使ったほうがいいということは、だれでもわかっているんだから、そんなことは、いまの金の値打ちのままでやりたい、それはあたりまえのことなんです。世界的にそうなっておるのです。しかもいまの金の値打ちのままでやるというやり方は、現実には、いまの三倍のあれにしたって、掛け金を上げることなく五年やそこらは簡単に食いつぶしなんかする必要はない、いまの掛け金のままで上げるということは数字の上からも出てくるんだから。私は、そういう意味では、これは基本的にこの金の集め方、これは制度論になりますから、これはもうたくさんの人がやっていますからこれ以上やりませんけれども、この問題は基本的な問題として当然検討し直すべきという意見を申し上げて、この問題は終わっておきます。
 それから、ちょっと話を変えます。あまり出ていない問題で障害年金がありますので、障害年金について幾つか聞いてみたいと思います。
 一つは、私の手元に来た話の内容なんです。
 ことし、四十八年三月九日に、大阪府の枚方市にお住まいの五丁森勝己さん、五十七歳の方から相談が持ち込まれたんですが、奥さんが京都大学の病院に入っておられて、五十一歳です。昨年の十月に発病、急性白血病と診断され、二月十三日から入院加療中である、こういう方なんです。その方が、お医者さんからこの病気はたいへんな病気だということを宣告されているわけですけれども、輸血用の新鮮血については、枚方市のほうにいろいろお世話になって見通しがつきました。ところで、私どもはふだんから国民年金に掛け金をかけている。国民年金の中に障害年金の制度がある。ところが、この障害の年金制度について、隣に入院している人は、両眼の失明や耳の聞こえない人というのが隣にいる。そういう方にはすぐに支給になっているけれども、私の妻の場合には、原因不明で白血病で非常に困った事態のままで障害年金のほうも受けられない事態にある。目の失明とかあるいは耳が聞こえなくなっている人、それはそれなりに固まって、それなりにずっと治療の体制に入っていて、むしろその人たちのほうが展望が明るい。ところが私どものほうは暗い気持ちでおる。昔の話だったら、命は二、三年だろうというふうに言われたものだ。しかし、最近は癌研の研究などによって展望も聞けてきている。ところで、障害年金というのは所得保障というような形でつくられている制度であるはずなのにもかかわらず、私たちのような暗い気持ちの人間にはその年金の支給の対象とならない。一体これはどうしたことなんでしょうかという、こういう質問が私に来ているのです。
 そこで、これは外傷の人の場合と内部疾患の人の場合といまの運用のやり方の違いがここに端的にあらわれた内容だと思うのです。そこで、この内部疾患の方々に対して、やはり障害年金というのは、ふだんから年金の掛け金をやっているときは、年とったときのことを考え、病気になったときのことを考えてお互いにかけていると思うのです。そのときに不幸な思い、暗い思いをしなくてもいいような、それこそ改善をしなければならない問題だと思うのですが、この問題についてどういうふうに考えておられるか、お聞かせをいただきたい。
#271
○横田政府委員 問題の所在は、先生のおっしゃるとおりでございます。外科的な疾患につきましては、三年の経過を待たずして症状が固定した場合には、そこから障害年金を支給いたしますが、内科的な疾患につきましては、そういったことになるわけでございます。この問題につきましては、実は医療保険において支給をいたしております傷病手当金の問題などともからんでくるわけでございまして、現行の制度では半年は傷病手当が出ますけれども、あと三年経過するまでの間の二年半は、先生御指摘のような事態になることがあるわけでございます。この点につきましては、障害年金については、そのほか、たとえば障害等級の統一問題でございますとか、あるいは実際認定いたします場合の認定基準の問題でございますとか、いろいろな問題がございますので、私どもも非常に重要な問題であって、できるだけ早い機会に改善をすべき問題であるという意識を持っておりますので、十分な検討をいたしたいと思います。
#272
○寺前委員 あなたたちは専門的に携わっておられるのだから詳しいと思うのですがね。いまおっしゃった健康保険が二年が三年になったときに、廃疾認定も二年から三年にしているわけでしょう。廃疾認定日を基準にして障害年金の支給問題というのがきまるわけでしょう。二年を三年にしたというのは保険との関係であるということは、だれの目にも明らかですね。そうなってくると、ほんとうに保険の使うほうは短期のほうですからね。短期の生活保障という問題は三年の中で六カ月ならば、あとの二年半はどうなるのじゃという問題を、短期の生活問題としてそれ自身持っているわけでしょう。片一方で長期の問題として障害年金というのがきたら、その三年目過ぎないことにはだめだということになってしまうと、この二年半の生活保障というのは一体何だという問題が出てくるわけでしょう。だから傷病手当と障害年金とが継続的にめんどう見られるような内容にしなければ、これは現実的でないということは、だれだってわかっている。だから私は、この問題はすみやかに解決してもらわなければならないということと同時に、障害年金ではもっと一ぱいこまかいことがあると思うのです。たとえばその廃疾認定日、たった廃疾認定日一日のために、この日のあらわれた姿によって長期年金がきまるということになったら、これも不合理なんです。国民年金の場合には、そこで若干日があとになっても、そのときの段階できめることができるようになっている。ところが、厚生年金にはそういう爾後重症という制度はない。これは国民年金のほうが進んでいる。たった一日のその日の事態においてこういう取り扱いをするのはおかしいということで、進んだ制度がそこに持ち込まれた。それではなぜ厚生年金にはその制度を持ち込まないのか、これを私はどうしたって聞かしてほしいと思う。この問題は一体どうなんだ。
 それからまた、一たん障害年金をもらっている人が今度はよくなるということが、内部疾患の場合にはある。そこで資格を失う。けれどもまた悪くなるということは、内部疾患の場合には起こり得る話でしょう。ところが、一たん資格を失った者はだめだ。ただし、国民年金のほうは三年間改善面をつくった。厚生年金の場合はなぜそれを考えないのか。同じ年金制度でありながら、ただ被用者年金という違いだけでもってこのような予盾を残しておくのか。これについてもこんなものはすみやかに改善したらどうなんだ。
 それからまた、二十歳になる前と二十歳後、先ほど八木先生も言っておられたのではないかと思う。ちらっと聞いた程度ですけれども、二十歳以後になったら対象になるけれども、二十歳前は福祉年金ということになってしまう。だから、障害が起こったときによって、ほんとに一年も違わないのに障害の扱い方が変わってしまう。これは同じことが、七十歳前とあとでやはり障害の発生期で違ってくるというような問題がある。非常に不合理で、だれが考えたって、同じ真横におる人同士の話なんだから、真横におる人同士が不合理な生活が行なわれている。この差別問題というのは、やはり完全に撤廃する条件を制度的に整備すべきだ。これは世の中に私は通用しない話だと思う。この問題どうでしょう。
#273
○横田政府委員 まず最初に、先に御質問いただきました三年の問題でございますが、実は内科疾患につきましてそういう問題があることは、さっき申したとおりでございます。それで、それなら、これを傷病手当の支給期限が切れるのに結びつけたらという問題がございますが、実は疾病によりまして医師のいろいろな説がございまして、たとえば半年の時点で認定をするということは非常にむずかしいとか、どちらかといいますと、傷病手当と障害年金の制度的なつながりの問題のほかに、そういった内科疾患に対する医師の診断なり認定の問題というものがございまして、離れたかっこうになっておるわけでございます。したがいまして、ただ単に傷病手当が切れた、すぐつなぐべきはずのもの、私どもは制度的にはそうあったほうが妥当であろうと思いますが、前提になります疾病の種類によっての医師の診断の問題についていろいろ知見が分かれておりますので、その辺から解きほぐしまして、できるだけおっしゃるような状態に直したいと思っております。
 それから爾後重症の問題につきまして国民年金と厚生年金とが違うという問題でございますが、この点の基本になりますのは、やはり制度によりまして障害の等級の問題が違うとか、そういったことが一番の基本になっておりますので、できるだけ障害の等級の問題を合わせるような方向で私どもも極力努力したいと思っております。
 それから、症状が軽くなった場合にその障害年金の受給権をどうするかという問題、これは現行法では先生御指摘のように失権させることになっておりますが、今回御提案申し上げておるこの法律では、失権ということではなしに、三年間は支給の停止をいたしまして、その間においてまた悪化したような場合には、停止状態を解除してまた支給をする、こういうふうな内容のことをお願いいたしております。
 それから二十歳前云々の問題については、先ほど八木先生から御質問がございましたが、拠出制年金の考え方といたしまして、こういうふうな被保険者になる以前の障害について支給をするということは制度的にむずかしい、こういうお答えをいたしましたが、そのように考えております。
#274
○寺前委員 二十歳でも七十歳でも、ほんとにちょっとの月日の違いで障害の取り扱いが変わってくるということは、社会生活の面ではだれが見たって不合理なんですね。それではあまりひどい話だ。だから、これはやはりお互いが社会を構成する以上は、そういうような気持ちにならないようにする取り扱いというのは、これは制度論なんだから、制度論として私は再検討してもらいたいというように思うのです。
 まだそのほかにだるま理論の矛盾もあります。指が一本ずつ切れていったときにはどうで、一ぺんに切れたときは対象になる、これも実におかしな話ですよ。同じように結果的には指がなくなってしまっているのに、片一方は障害年金の対象になっているわ、片一方はならないわ、これもおかしな話ですよ。だから、こういう社会的に見てあんまりひど過ぎるじゃないかという問題は、今度の法案ではそうなっていないから、ひとつ障害年金を全面的にもう一度見直して改善してもらう、私はそのことを要求したいと思うのですが、時間もあれですから、もう一つ聞いてみたいと思うのです。
 それは、ことしの三月二十日の新聞に載っていたのにこういうのがあります。「「母親が旧法によって障害年金を受けていたことを理由に、遺児年金を支給されないのはおかしい」と、結核で母親を失った少女が十九日、社会保険庁の遺児年金不支給決定を不服として弁護士を代理人に兵庫県へ審査請求を行なった。」こういう記事が載っております。
 それを見ますと、佐藤三郎さんの長女しのぶさん、十三歳。その人のおかあさんが、昭和二十七年、結核のため障害年金二級の認定を受け、その後病状が重くなったため、四十二年九月から伊丹市の近畿中央病院に入院、治療を受けていたが、昨年七月、四十七歳で死亡した。ところが、調べてみると、二十九年五月に法律が変わって、以前に障害認定されていたために、旧法による一級の障害ではないということで遺児年金がもらえなかった。ちょうど制度が変わったために支給対象にならないという問題が生まれてきている。これはやはり子供さんにとっては納得できない問題だろうと思います。ほんとうにあの制度切りかえのときに、全面的にいい内容になるように、何で肩をそろえるというやり方にしなかったものだろうか。これは国会も法律をきめていくのですから、国会も大いに責任がありますけれども、前の局長さんの話じゃないけれども、わかっておっても、こっちはこうだ、こう言われてしまったら、さっきの谷間論じゃないけれども、わかっておったということじゃ済まない。やっぱり現実の子供さんの年金受給の問題だと思うのです。私は旧法と新法の切りかえ問題のこの不幸を整備してもらうということが必要だと思うのですが、いかがなものでしょうか。
#275
○横田政府委員 原則論として申しますと、制度を改正いたしました際に、従来の制度によって認められた既得権というものは可能な限り尊重すべきものだと思います。ただ問題は、障害の等級の問題等につきましては、制度をさかのぼるといたしますと、相当昔の様子をどのような手段方法によって確認をするかという、その事実を認定するその問題の困難さがあるものでございますから、御指摘のこの案件につきましては、改正の効果を過去にさかのぼるということがむずかしいケースだ、こういうことでございます。
#276
○寺前委員 もう時間もあれですから私やめますが、大臣、最後に、障害年金の関係とか遺族年金の関係というのは、これは非常に微妙な社会生活の非常な矛盾を直接感ずる制度上の問題が幾多出てくるわけですね。現にこの十三歳の子供さんがその制度のちょっとしたことのためにもらえない。これは非常に矛盾を感じられただろうと思うのです、この子供さんに対して。私は、この種の問題というのは、制度がそのときはそうだったでは済ましていくわけにいかない。長期にわたる制度の結果の、そのよくない内容というものが出てくるわけだから、これは私は改善するために別途すみやかに検討してもらう必要があると思うのです。基本的に年金制度のあり方、生活保障としての問題を追及してもらうという基本問題はあるけれども、同時に、このように現行制度の中におけるところの矛盾、これはすみやかに検討すべきものは検討して処置しなければいかぬ。私はこの子供さんの訴えをもう一度ほんとうに真剣に考えてほしいと思うのですが、大臣、いかがなものでしょう。
#277
○齋藤国務大臣 先ほど来いろいろな御質問が各委員から述べられましたが、障害年金の問題あるいは遺族年金の問題等々、いろいろな問題をかかえておることは私も十分意識をいたしております。もちろん、こういうものの解決の中には、一つの保険制度――そういう保険制度でございますから、保険制度の中で解決できるものもあり、できないものもありましょうが、その制度との関連においてやはり周辺の問題として解決されなければならない社会的要請の問題も私はあると思うのです。そういう意味においても、年金制度の中で全部解決できるのかできないのか、できないとすれば、そのほかの周辺の問題として別途の体系の中で考えるか、私はやはりいろいろ問題があると思いますので、こういう問題についてはもう少し慎重に――いろいろな具体的な問題が社会にたくさんあると思うのです。そういう問題を拾い集めまして、慎重に今後総点検するような気持ちで検討をいたしてまいりたい、こんなふうに私も考えております。
#278
○寺前委員 すみやかに解決されることを要望しておきます。
  〔竹内(黎)委員長代理退席、委員長着席〕
#279
○田川委員長 坂口力君。
#280
○坂口委員 ラストスピーカーになりましたので、ひとつよろしくお願いいたします。
 先ほども一例報告がありましたので、私もまず一例報告からやらしていただきたいと思います。児童扶養手当法に関しまして私はまずお聞きをしたいと思います。
 これは私のほうの新聞に四月四日の日に出たものでございますが、山口県の新南陽市、ここのケースでございます。この市立の母子寮におります平田静江さんという三十八歳の方の事例でございます。昭和四十二年二月に夫と別離しまして、やむなく母子寮に入っております。当時三十二歳だった静江さんは、そのころ二人のお子さんがございましたが、特技のない中年の婦人でございますので、婦人のいわゆる港湾労働者として生計を立てておりました。日給月給制でやっと一カ月三万円余の収入になっている。国や市からの母子家庭への援助というのは、子供の給食費などの免除と、それから児童扶養手当月に四千三百円のみである。こういうふうな状態ではありましたが、その日その日を過ごしておりました。昨年の初め、その長女の香代子さん、この子がようやく中学校を出て高等学校に行きたいと言い出した。そこで、修学資金の貸し付け制度というものを聞いて、それをわらをもつかむ気持ちで説明書や申し込み書を市から取り寄せたけれども、貸し付け金が最高月三千円ではいかんともしがたかった。公立高等学校に行こうと思うと、月にどうしても五千円は必要とする、この点が一つでございます。
 それからもう一つは、この香代子さんはやむなく進学を断念いたしまして、看護学校に入って看護婦さんになることを思いついたわけでございますが、ところが、十八歳以上の子供は寮に住めないという寮の規定が香代子さんの耳に初めて入りました。すでに十五歳になっていました香代子さんは、三年後のことも考えて、そして病院の見習い看護婦として住み込むことを余儀なくされた。寮を出て親子水入らずの生活をというふうに、過去五年間このおかあさんの静江さんはいちずに働いてきたわけでございますが、この寮規定と低収入のために親子の居住を引きさかれざるを得なかった、こういう一例がございます。
 そこでまず、お聞きをしたいのは、現在全国の母子寮、この状態がどういうふうな状態になっているかというのを御説明をいただきたいと思います。
#281
○穴山政府委員 ただいまの資料は、これは四十七年六月の資料でございますが、四百八十九カ所ございまして、公立が三百七十一、それから私立が百十八でございまして、収容定員が九千三百七十八世帯でございます。現在処置されている数が六千七百四十世帯でございます。
#282
○坂口委員 その中でいわゆる空室になっているものはどのぐらいございますでしょうか。私どもが調べました資料では、その調べました日が違いますので数字が多少違っております。全国で五百一カ所、収容能力が九千五百四十八世帯というふうになっておりますが、いま言われたのは収容能力でございますか、それとも現在入っておみえになる数でございますか。
#283
○穴山政府委員 私がただいま申し上げましたのは、私どものほうで正式に数字をとっておりました四十七年六月の数字でございますので、少し古いわけでございます。したがって、その後の増加その他によって若干の数字の違いはあるかもしれません。したがって、私どものいま申し上げました時点では約四百九十カ所、これは収容能力が九千三百七十八世帯でございます。入っている世帯が、約六千七百世帯入っているということでございます。
#284
○坂口委員 そういたしますと、何割ぐらい残っていることになるのでしょうか。私どもが調べました時点では約三割、ときによれば四割ということを聞いたことがございますが、この聞いた時点では三割の空室があるということを聞いております。いまお話しいただいたその数字でも大体三割ぐらいな空室ではないか。これだけ空室があるということについてどういうふうな御見解をお持ちかということを伺いたいわけでございますが、最近のようにこれだけ住宅難がまだ続いているときでございますし、あいているということのほうがふしぎだという気もするわけです。母子寮のあります場所等にもよると思いますし、入りたくても遠くて行けないということもあると思いますが、その辺のところをひとつお聞かせいただきたいと思います。
#285
○穴山政府委員 確かにいま申し上げました数字でも約三割の空室があるわけでございます。この母子寮、いまのいわゆる利用率の問題と申しますのは、現在、母子寮というものをこれからどう考えるかということについて一つの大きな問題を投げかけている問題でございます。御承知のように、母子寮は終戦後非常にたくさん建ったわけでございます。これはおもに戦争未亡人の対策として非常に需要がございまして、したがって、建てても間に合わないという勢いで母子寮がふえていったわけでございます。戦後相当の日時がたちましたので、いわゆる戦争未亡人というような未亡人家庭はだんだん少なくなってまいりまして、現在は、そのほかの、たとえば離婚をしましたり、あるいは未婚の母子、こういったような人が入ってきたり、結局、いわゆる母子というものの原因と申しますか、質がだいぶ変わってきたわけでございます。それで、そういったようなことを反映いたしまして、母子寮の設置される場所によって、たとえば、現在一般的に言えますことは、都市部はわりに利用率が高いわけでございます。それから、都市部でないところが、わりにあき室が多いというようなことも一つあるわけでございます。したがって、設置されました場所によって非常にアンバランスがあるというようなことがあるわけでございます。それからもう一つは、現在母子住宅というのが毎年建設されておりまして、それで、母子寮ではなくて、その母子住宅のほうに入ることを好むという人もいるわけでございます。
 したがって、母子寮というものが現在三割くらいあいているということは事実でございまして、私どもとしても、これからの母子寮のあり方というものを考えるときに、母子寮に入る人たちのいわゆる質的変化と申しますか、そういったようなことも考えながら、これからどうこれを伸ばしていったらいいだろうかということについていろいろと考えているというような状態でございます。
#286
○坂口委員 そういたしますと、現在母子寮がこれだけたくさんあいているというのは、一つには、母子寮の大都市偏在、あるいは建物の老朽化、立地条件の不備、あるいは帰寮時間だとか訪問者の制限、一般市民から寮の人だという白眼視をされる、こういうふうなことが原因だというふうにわれわれは思っておりますが、いかがでございましょう。
#287
○穴山政府委員 確かに、特に先生がおあげになりました原因の最後のほうでございますけれども、やはり母子寮と申しますのは、御承知のように、母子世帯が住みまして、そこでいわゆる自立更生の足がかりとなるようなことのために設けられているわけでございます。ところが最近は、そうなりますと、やはり母子寮というのは、たとえば寮母なり指導員がおりまして、生活についての指導なり相談事務をやるとか、いろいろなことをやるわけでございますけれども、とかくそういうことを束縛というように感じまして、特に若い人たちは、なかなかそういったことをきらうというような問題もあるわけでございます。
 したがって、老朽の問題もございますし、あるいは立地条件の問題もございますけれども、やはり母子寮として機能を発揮するためにはどうしても必要だということが、かえって、入る人にとって気持ちの上で反発なり非常に重苦しいというような感じを起こさせて、むしろ母子住宅なり何なりのほうに移っていく、あるいはそちらのほうを選ぶというような問題もあるように私どもとしては聞いております。
#288
○坂口委員 先ほどおっしゃったように、これは終戦直後建ったという歴史的な経過もございます。しかしながら、もう四半世紀もたったわけでございますし、こういうふうな母子家庭の人たちが非常に老朽した中でみじめな思いをして入っているというのは、一日も早く何とかしてあげないといけないと思うのです。そういう意味で、悪いところはどうしても早く建てかえてあげなければいかぬ。立地条件のそう悪いところじゃなしに、やはりいいところを見つけてあげないといかぬ。初め申しました建物の老朽化とか、あるいは立地条件の不備というようなものがあき室の原因だというのは、私どもが言ったのではなしに、「厚生の指標」の中に出ておるのです。皆さん方がお出しになったものの中に書いてあるわけです。
 ひとつこの辺を解決してほしいと私は思うわけですが、先ほど初めに二点あげました問題、一つは、十八歳になりますともう寮を出なければならない、こういう寮の規則があるということを先がたあげました一例の人は言っております。たとえば十八歳を一応の切りとしましても、高等学校に行くとか他の学校に行くというようなときには、やはり正規にそこに入れるように認めてあげるべきではないかというのが一つ。
 それからもう一つは、この先がたあげました人なんかは、高等学校へ行くのに非常に金に困って、借りようと思ったけれども、月三千円の限度額の制度しかなかった。どうしても高等学校へ行くのには五千円を要するというようなことがあるわけでございますので、この生徒が高等学校に行くときには、その延長ということが考えられないか。
 この二点についてひとつお聞きをしたいと思います。
#289
○穴山政府委員 母子寮は児童福祉法上の施設になっておりますので、児童福祉法では、児童というのは十八歳未満というような規定がございまして、したがって、その規定からいいますと、いまおっしゃいましたように、やはり十八歳以上の子供を持った者は、いわゆる母子家庭というカテゴリーからはずれまして、厳密にいいますと、退寮しなければいけないというようになるわけでございます。
 ただ、しゃくし定木にそういったようなことを当てはめていいかどうかというような問題もあるわけでございまして、したがって一つは、先ほど申しましたように、十八歳以上になりました場合には、規則をま正面から見ますと、どうしても退寮せざるを得ないというようになりますので、たとえば母子住宅のようなものがあって、そこへ移れば、そちらへ移るようにあっせんをするというようなことも一つの方法だと思います。しかし収容余力その他を考えまして、私どもも、厳密なしゃくし定木的なことではなくて、やはり個々具体的な実情に応じて、ある程度弾力的な扱いをするようにということは、都道府県にも言っておるわけでございます。
 したがって、いまおあげになりましたケースについては、私どもよく把握しておりませんけれども、一般的な私どもの気持ちといたしましては、できるだけ実情に応じてその辺は弾力的に扱っていきたいというように考えておるわけでございます。
#290
○坂口委員 母子寮の問題でございますが、新しく建てかえるという場合に、また母子寮というような形で建てますと、いまのような年齢制限とか、あるいはまた訪問時間を制限しなければならぬとか、いろいろなことが出てきている。私は訪問時間の制限というのは、どういう意味かよくわからないのですが、またそういうようなものを建てると、一般の方からもいわゆる寮の人ということで白眼視される、何か差別をされるというようなことが起こるんだろう。そういうようなことをどうしても取り除いてあげるような施策というものがなされてしかるべきだと思うのです。
 そういう意味で、やはり寮というような形じゃなしに、一般の住宅地の中にそういうふうな母子福祉年金を受けてお見えになる人の低家賃の住宅というものを建てて、そこに入ってもらうようにしてあげるのが、一番血の通った方法ではないか。区切っておいて、ここはいわゆる母子寮だというような形ではなしに、もうこういう時代ですから、一般的な住宅の中にその人たちをできるだけ家賃等を安くして入れてあげるというようなことが望ましいのじゃないか。これは大臣、そういうふうに私考えますので、大臣からも御答弁をいただきたいと思います。
#291
○穴山政府委員 先にちょっと。失礼いたしました。
 先ほどの老朽建てかえの問題でございますけれども、老朽建てかえは母子寮だけではございませんで、ほかの社会福祉施設も合わせまして年々申請をとって建てかえをしているわけでございますけれども、母子寮についてもその中に入って、申請があればできるだけ老朽建てかえは、きれいなものにするようにということをやっておるわけでございます。
 それから訪問の制限と申しますのは、居住者自身が母子というような人たちでございまして、したがって夜の十一時になり十二時になって、訪問の人がいるというのは、まあ生活の自由かもしれませんけれども、やはり母子寮の運営としては、いろいろ問題を起こす可能性もございますこで、そういう意味で寮の規則で制限をするというようなことがございます。
 したがって、いま先生のおっしゃいましたように、私どもも母子寮の、いわゆる一時的に自立更生の足がかりとしてというようなことではなくて、やはり母子がある程度長期と申しますか、自分の居住の場所として住むところを欲するというような場合には、先生もおっしゃいますように、むしろ母子住宅というようなものの建設に力を注ぐべきだと思うわけでございまして、四十六年に約千三百戸、母子住宅は建っております。したがって私どもも、母子寮の整備なり充実をなかると同時に、やはり母子住宅というものの建設も大いに促進いたしまして、その両建てで母子の福祉をはからなければいけないというように考えておるわけでございます。
#292
○齋藤国務大臣 確かに母子寮の将来ということをいろいろ考えてみますと、戦後、戦争未亡人を子供さんと一緒に収容する、家のない方々を収容するということから始まったわけでございますが、あくまでも私どもの願いは自立していただけるように指導をするということが、やはり一番大事なことであります。しかも最近母子寮は老朽も目立ってまいっておりますから、もちろん建てかえとか何かそういう問題は必要でございましょうが、それと同時に、母子寮というので集団的にそこに老朽した建物の中に生活するということよりも、やっぱり一般の市民の中で自立して生活していただくように指導をすべきだと私も考えております。もちろん生活が困難な方々が多いでしょうから、すぐそうした住宅に入るということも容易じゃないと思いますけれども、そうした方面にできるだけの指導をし、同時にいま申し上げましたような母子住宅、しかも低廉な家賃で入れるような母子住宅、しかも低廉な家賃で入れるような母子住宅の建設、そういう方面に力をいたすようにしたい、かように考えております。
#293
○坂口委員 先ほどもう一つ申しましたのは、進学の問題ですね。これはこの法律だけの中で当てはめて考え得るものかどうかということも、私もちょっとよくわかりません。ほかの法律との間の連動で考えるべきものかもしれませんが、やはり現実問題としてはそういうことが起こっておりますので、それに対するひとつ……。
#294
○穴山政府委員 確かに高校に進学する場合には貸し付け金が三千円でございます。これはまあ毎年でもございませんけれども、金額については改善はいままではかってきたわけでございますが、いま高校進学につきましては、先生のおっしゃったように貸し付け金の限度が三千円になっています。現実とのギャップがあって進学を断念せざるを得なかったというようなことにつきましては、私どもも今後四十九年度予算その他におきまして、この内容の充実というものは、やはり考えていかなければいけないというように考えております。
#295
○坂口委員 では、その点をひとつお願いをしまして、時間があれでございますので、次に進ましていただきます。
 年金の問題に入らせていただきますが、いままで多くの方からいろいろの質問がございました。できるだけ重複を避けたいと思いますが、重なる点もあるかと思いますので、落ち穂拾いのように飛び飛びになることもありますので、ひとつお許しをいただきたいと思います。
 老齢者に対する救貧的と申しますか、あるいは防貧的と申しますか、いわゆる社会政策の問題として取り扱われてきたきらいが、いままでございますけれども、これは言うまでもなく、生存権を基盤としたものとして扱われるべきものである。これはけさから大臣が、いわゆる生活保障だということをはっきり言っておみえになります。これはそういうふうに私どもも理解しているわけでございます。
 それがゆえに、各年金のいわゆる給付額あるいはまた完全給付開始年齢と申しますか、この格差というものは、今後だんだんとなくしていかなければならないというふうに思うわけでございます。制度そのものが、これも一足飛びに一本にということは、いろいろの事情がございますから、できにくいだろうと思うのです。これは言いましても、厚生大臣は、諸般の事情があって、そうはいかないとお答えになるのはわかっておりますので、開きませんが、この完全給付の開始年齢、これを将来どの辺に、将来もいろいろでございますけれども、近い将来どの辺まで持っていこうというふうにお考えになっているか、まずその辺をひとつお聞かせ願いたい。
#296
○横田政府委員 年金の支給開始年齢の問題につきましては、端的にまず申しますと、日本の年金の支給開始年齢は諸外国と比べますと若いのでございます。厚生年金は六十歳でございますが、大体外国の被用者年金は六十五歳あるいは六十七歳というふうにおそうございます。そういった点から申しますと、将来の定年制の問題でございますとか、いろいろな問題のからみがございますけれども、どちらかといえば、被用者年金については受給開始年齢はおくらせるような方向というふうに考えてよろしいと思います。
#297
○坂口委員 それからもう一つ、各年金間の格差がある、その間についてはどうでございますか。
#298
○横田政府委員 各年金によりましての開始年齢の問題でございますが、たとえば国民年金の拠出制につきましては六十五歳、厚生年金につきましては六十歳、各種共済につきましては五十五歳、こういうふうに違っております。ただ、この違いがはたしてほんとうに合理的なものかどうかという点については十分検討に値する問題であると思いますけれども、ただ現在公務員の定年制がどうであるか、あるいは農業者、それから商業に従事をしておられる自営業者の方々が隠退生活にお入りになるのは何歳ぐらいか、それから厚生年金の場合には、民間のサラリーマンの定年制というものは現在どのような状態であり、近い将来どうなるかとか、そういったそれぞれの実情によりまして支給開始年齢が異なっておるという面もございますので、そういった点とのかみ合いも考えながら、不合理な格差は是正する方向でいくべきだと思います。
#299
○坂口委員 さっきちょっと聞き漏らしたのですが、年齢をだんだん下げていく、おくらしていく方向だとおっしゃったのは、それは定年制とのからみの話でございますか。
#300
○横田政府委員 今回の問題は、ほんとうに隠退をなさった方にできるだけ手厚い年金による生活保障をする、これはどのような年金制度を設計いたします場合でも、一番大事な問題だろうと思います。外国では定年は日本よりもおそうございますので、そんな関係もございますが、日本の場合もだんだん、と申しますか、高齢になるまで被用者であるということになっていくわけでございます。現在は大体七、八割の企業につきましては五十五歳の定年でございますけれども、いろいろ、政府の方針といたしましても、できるだけ早い機会に六十歳までこれを延ばすというようなこと等もございますので、これはおそらく将来の方向としては、ほんとうに引退をされて年金にたよられる方に手厚い給付をするためには、受給開始年齢をおくらせるということだろうと思います。
#301
○坂口委員 まあいろいろの面での格差がありますが、これもどなたかがお触れになった問題と思います。たとえば年金額の計算方法ですね。公務員の場合には退職時前三年間の平均賃金ということになっておりますし、厚生年金では被保険者期間の平均標準報酬、こういうことになっております。こういうふうな基本になります算定基礎、こういったものに対しては今後一律化していくおつもりなのか。これは私ども、一つ一つがこう違っては困る、同じような条件にしていくべきだというふうに考えます。その点はいかがでしょうか。
#302
○横田政府委員 この問題につきまして御意見の趣旨は私もよく理解できるのでございますが、厚生年金と公務員の共済年金と比べました場合に、給与体系の相違というものを無視して考えるわけにはまいらないと思います。公務員の場合には、何百万人の公務員がおりましても給与体系が全く一本でございまして、率直に申しますと年功序列型で、退職時に近くなればなるほど給与は高くなる、こういったかっこうになっております。
 それから厚生年金の場合は千差万別の企業でございますので、公務員のような年功序列型の給与体系をとっておるところもございますが、逆に、ある一定年齢ごろに給与が一番高くて、それからあとは七割とか八割とかいうふうなかっこうで給与がダウンするという場合もございます。したがって、どの時点の給与をとりまして年金額の計算をするかということによりまして、結果的には、つとめた会社が別であることによって年金の計算に非常な不公平が生ずる、こういうこともございます。
 そういった点から、厚生年金の場合には、もろもろの給与体系でもって実施されておるいろいろな企業について、一律の年金制度という考え方からいたしますと、やはり企業を異にし、あるいは職種を異にし、業種を異にすることによって不合理な年金額の差が生ずることのないようにという配慮から、やはり全加入期間を通じての報酬を基礎にするというたてまえをとらざるを得ないというふうな考え方でございます。
 ただ、そういたしますと、何人かの先生方からいろいろ御質問いただきましたように、何年か前の給与は現時点で見れば、非常に安いはずだというような問題もございますので、そういった時差による標準報酬額の評価がえをいたすというふうな、いわゆる再評価の仕組みを今回の改正においては仕組んだ、こういうことでございます。
#303
○坂口委員 先日の公聴会において公述人として出ていただきました小口さんのお話を聞かせていただきました。このときの小口さんの御意見として――私自身年金についてはしろうとでございますので、これがほんとうにいいかどうかということがよくわかりませんが、小口さんの御意見は、算定基礎のとり方を、全被保険者期間の平均標準報酬制を廃止して年金点数制にしてはどうかという御意見を言ってお見えになるわけです。その年金点数制については御存じのとおりだと思いますが、この御意見に対してどのようにお考えになるか。私は先日お聞かせいただきました限りにおいては、たいへん貴重な御意見であるというふうに承ったわけでございます。
#304
○横田政府委員 おそらく年金の点数制と申しますのは、西ドイツの被用者年金制度においてとっておる制度に類したような考え方をお述べになったんではないだろうかと思います。
 それで、わが国の場合は、今回のやり方がはたして絶対によろしいかどうかという点については、いろいろ御議論もあろうかと思いますけれども、いま直ちに西ドイツの被用者年金でやっておりますポイントシステムに移ることにつきましては、時間があればいろいろ詳しく御説明申し上げますが、いろいろ問題が多うございます。ただ、今回やりました再評価の手法というものは、実質的には西ドイツでやっておりますポイントシステムに非常に近い実態のものであるということは申せます。
#305
○坂口委員 念のために、こういうふうに書いておみえになります。「各人の被保険者期間中の名目貨幣賃金を算定基礎にすることは不合理で、ヨーロッパで採用している年金点数制の考え方を採用する必要がある。年金点数制は、各人の保険料納入の基礎となる標準報酬とその年度の全被保険者の平均標準報酬額との百分比に置換えることで、名目貨幣賃金を相体的な生活水準比に変更するシステムである。」こういうふうにお書きになっている。御理解いただいているのと同じでございますね。
 大臣はいかがでございましょう。現在保険に対する算定方法がいろいろございます。そういったことが、一つはいろいろと混乱を招いておりますし、そのつど計算方式が違ってくるというようなことで、受給者は自分が将来どれだけもらえるかというようなことも、なかなかわかりにくいというような現場からの声もございます。そういったものを何とかもう少しすっきりとした形で一元化できないかという、たいへんしろうとの考え方でございますが、意見を持つわけでございますけれども、今後そういう計算方式だけじゃなしに、何か年金の一元化――先ほど申しましたようにいろいろ事情もありますから、その制度そのものはなかなか一本になりにくいかとも思いますが、中身の一本化の方向というようなことについてどうお考えになっておりますか、ひとつ御意見を賜わりたいと思います。
#306
○齋藤国務大臣 この点については、ときどき御質問をいただいておるわけでございますが、厚生年金の算定方法が定額部分と報酬比例部分というふうに組み合わしてやる、こういうやり方は今日だいぶなれてきてはおりますけれども、どうもわかりにくい。これは私は一般国民みんなそう思っているだろうと思います。そこで、よその年金等につきましては、三年とか五年とか、やめる直前の給与の平均を出して、それの何割、こういうのが一番わかりいいことだと思うのです。
 しかし、そういう年金制度というのは、またある意味から考えてみますれば、一つの職場にずっと長いことおるということが、やはりそういう算定方式を生み出した基礎であると思いますが、厚生年金の被用者は大小さまざまの会社に転々として動くという場合が多いと考えなければなりません。そういうふうなことがあって今日のような全被保険者期間の平均給与を出して算定するという方式が、一番合理的であろうということになっておるわけなんですが、これが合理的な制度であるがためには、何十年の間の給与の評価が適正にされなければならないということが私は一番大事だと思うのです。
 その評価にあたっては、一つは、インフレ的な要因をどういうふうに正確に再評価していくかという問題があります。それから賃金というものは、国民所得の中で経済の発展に伴って向上しておるわけでございますから、その国民所得の中における賃金の比率というものがどういうふうに変わっているのかということも、やはり正確に評価されなければならない。合理的な、非常に正確な評価方法があるかないか、これは私は非常にむずかしいと思うのです。
 今度私どもの提案いたしておりまする再評価の方式、これが絶対正確なものであるということを、なかなか言いにくい。現在の資料においては最も合理的であるということは言えると思いますが、何人が見ても、この再評価率なんというものが絶対間違いのない正確なものかどうかということになると、いろいろ疑問をお持ちになる方もあると私は思うのです。現在の段階では一番適当だとは思いますが、そういう問題もある。そういうふうに二十年、三十年、四十年と長きにわたって過去の賃金がいまの時点に合わせて適正に評価されるということであれば、なるほどこのほうが一番合理的かもしれません。
 しかし、先ほど言うたように、そうした方式を編み出すということも、なかなか困難だというふうなこともありますし、それからまた計算が非常にわかりにくいというふうなこともありますので、もうちょっとわかりやすいような方式はないだろうかということは、将来の問題として検討していい問題ではないか、私はこういうふうに考えております。いますぐどういう方法がいいかという結論は、私も出しにくいわけでございますが、将来の問題としては、いろいろ考えていかなければならぬ問題がある、こういうふうに考えております。
#307
○坂口委員 それからもう一つ、最低年金給付額の問題がございます。これは聞くつもりではなかったのですが、先ほどちょっとお話が出たものですから、ついでにお聞きするのですが、たとえば生活保護の場合に扶助基準額というのがございますね。たとえば男六十五歳、女六十歳で二万九千何がしか、約三万円というのがございます。そういう生活保護その他の基準と比べて、最低年金給付額というものがいろいろ問題になるわけでございます。先ほどもあなたがおっしゃったとおり、年金というものは、一応職を終わられて職につけなくなったような方が十分に暮らせるようにするのが年金である。これはあなたのおっしゃったとおりだと思うのです。そういう意味からいって、この最低年金給付額というものが妥当だというふうにお考えになるのか、これをひとつお聞かせいただきたいと思います。
#308
○横田政府委員 たとえば厚生年金について申し上げますと、厚生年金の最も典型的な年金でございます退職老齢年金につきましては、御承知のとおり、定額部分と報酬比例部分とを足したものが年金給付額ということになっております。その場合に最低保障が幾らであるか、そういった考え方はございませんで、定額部分というものが、そういった最低保障的な要素を盛り込んだものだ、そういう性格のものだ、こういうようなことでございます。
 ただ問題は、障害年金でございますとか遺族年金につきましては、定額部分の二十年分、ですから改正法案によりますと一万八千四百円、それに満たないような金額の場合には、その金額までは支給する、そういった最低保障になっております。
 それから問題は、生活保護費との比較の問題でございますとか、それからもう一つは、いろいろな制度を通じましての年金の最低水準というものを、何かをものさしにしてきっちりすべきではないかという御議論がございまして、そういう場合には、厚生年金におきます定額部分の二十年分といったものを最低というふうにして、あらゆる制度にそれをリンクさせるべきではないか、よくこういう御議論等はございます。現実にそういったやり方で公務員の共済年金、それから恩給等については実施されておりますが、それも部分的に、そういうふうにこちらの定額部分の二十年分に何がしかを加えたものが最低保障に使われておるというだけでございまして、各制度を通じましての年金としての最低基準というものについては、現在はどちらかと申しますと、いろいろな制度を通じての検討課題であるということでございます。
#309
○坂口委員 たとえば、いまおっしゃった老齢福祉年金、障害福祉年金あるいは母子福祉年金といったいろいろの年金がございますが、これらの額を見ましても、かなり差があるわけですね。たとえば障害福祉年金をもらっている人と母子福祉年金をもらっている人が、いわゆる最低の生活保障として何ぼ要るかというようなことについては、これはそう大きな差はないと思うのです。これは当然一元化というか、同じ価あるいはそれに近い価でしかるべきではないか。それが非常に差があるということ自体に、私は非常にふしぎさを感ずるわけです。野党四党が出しましたものは月三万三千円、大体一律になっております。
 こういうふうな基礎の出し方というのは大体何を基準にしてやっておるのかということを一つお聞きしたいのと、それから、出しておみえになる金額は、どれほど押えていっても暮らせる額ではないと思うのですが、先ほどあなたがおっしゃったように、年金というのは生活保障できるものであり、そうすべきなんだということからいけば、えらい縁遠いもののように思えるわけです。その辺をどうお考えになっておるかということを、お聞かせいただきたいと思うのです。
#310
○横田政府委員 公的年金の本来のあり方といたしましては、私はやはり老後の生活は公的年金によって、できるだけ保障すべきものだと考えます。
 ただ問題は、先生ただいま引例されましたのは福祉年金の問題だろうと思いますが、この問題につきましては、たびたびお答え申し上げておりますように、発足当初から今日に至るまで、だんだん生活保障的なものに切りかえるべきだというふうな、そういった過程をたどっておるわけでございまして、現在時点の御審議いただいております金額水準というものが、ほんとうに老後生活を保障するに足る金額かどうかということにつきましては、必ずしもそうではない。
 それなら、一体そんな年金をなぜ考えるのだということでございますが、これもたびたび申し上げておりますように、生活保護との関係の問題でございますとか、それから老人医療の公費負担の問題でございますとか、いろいろな制度と相まって現在は、その老後生活というものをささえるようなしかけになっておりますので、特に福祉年金につきましては、これは生活保護との関係だけについて申しますと、生活扶助費を支給いたしまして、そこに老齢者がおりました場合には老齢加算として福祉年金相当額を上積みする、こういうふうなしかけをとっておりますので、もしそういうふうなやり方を今後とも続けるというならば、当然それは加算でございますので、老人の生活を福祉年金でもって全部見るというふうなことは制度的にも非常に困難だ、こういうような問題がございます。
 したがいまして、将来の考え方といたしましては、やはり当然の権利として支給を受けられるような年金によって老後生活がささえられるということが一番望ましい姿であろうというふうに考えておりますので、できるだけそういった性格に近づけるためには、どのような制度的な手当てをしなければならないか、また金額は逐次どのように引き上げていかなければならないかということについて、十分慎重な検討をいたさなければならないと思っております。
#311
○坂口委員 その中で障害福祉年金でありますが、先ほどの質問にも出ておりましたけれども、この野党案は一級の人は三万三千円、二級の人は二万四千七百五十円、差をつけて上げております。政府案では、二級の障害者には全くついていないわけですね。ところが、それじゃこの二級に当たる人たちが正常に働けるかというと、そうはいかないと思います。たとえ少しでもついていれば話はわかるのですが、全然二級の人になついていないというのは、どうしても納得しかねることなんです。先ほどからいろいろお話がありますように、いわゆる生活保障への過渡的な段階であるという御意見もわからないではないわけなんですが、それならばそれなりに、やはりついてもいいんじゃないかという気がするわけです。その辺はどうでございましょう。
#312
○横田政府委員 障害等級の問題でございますが、これはいろいろ考え方がございます。私どもも障害等級の問題は、制度を異にすることによって相違があるという状態は好ましくない、こう考えております。特に障害福祉年金の問題につきましては、御指摘のような問題は非常に重要な問題で、可能な限り前向きの解決をしなければならないと考えておりますが、ただ、この障害というものに対する年金の支給のしかたというものは、公的年金制度全般を通ずる問題でもございますので、なかなかこの解決というものは困難な面もございます。
 したがいまして、そういった困難な面もあることを御理解いただきまして、しかし私どもは特に障害福祉年金の二級を創設するという点につきましては、先ほど大臣からもお答えがございましたが、可能な限り前向きで取り組んでまいりたいと思っております。
#313
○坂口委員 実は先日もろうあの方々とお話し合いをする機会がございました。この人たちが言いますのに、仕事にもよりますが、男の人も女の人もおりましたが、多くの人は洋裁あるいは洋服仕立てですね、そういう仕事をしている人がかなりございました。こういうふうな人たちは仕事の内容からいけば、正常人と全く同等か、あるいは中にはそれ以上の仕事をしておる人もあるわけです。ところが、その人たちに対する賃金というのは、なかなか普通の人と同じだけくれないというのですね。なぜくれないかというと、障害年金があるじゃないかというようなことで、普通の人の半分ぐらいしかもらえないというようなことをたいへん嘆いております。
 私も非常にお気の毒だと思ってきたわけです。普通の人が、たとえば七万円なら七万円もらえるところが三万五千円しかもらえない。それじゃその半分を埋めてくれるだけの障害年金があるかというと、それもない。そういうふうな段階では、ほんとうにこの人たちもお気の毒だと思うわけです。以前にも大臣から前向きの御答弁がございましたが、これはどうしても早急に解決をしてもらわなければならない問題の一つだと思うわけです。全体の年金の中で一部を拾っていただきますと、他の部分にも波及をしてくることはわかりますが、しかしこの問題は、そう大きくほかに波及せずに、この部分だけで片のつく種類の問題じゃないかというふうにも思うわけであります。もう一度大臣のより前進的な御答弁をお願いしたいと思います。
#314
○齋藤国務大臣 この問題は、先ほどお答えいたしておりますように、緊急に解決を要する問題であると私も考えておる次第でございます。
#315
○坂口委員 ひとつ来年あたりから、これを入れるように検討するというぐらいなお返事はいただかないと、そうぶっきらぼうな御答弁ではどうも……。
#316
○齋藤国務大臣 私は丁寧にお答えしたつもりでございましたが、できるだけ結論を見出しまして、できることなら、来年度においても法律改正として提案をいたしたい、こういうふうに考えております。
#317
○坂口委員 お願いします。
 この障害者の問題で、いわゆる国民年金は一級、二級と分かれておりますし、それから厚生年金のほうは一級から三級に分かれておりますので、その分け方あるいはその分けることに対する基礎的な考え方、これには多少の違いはあると思います。この問題は私のほうの大橋委員が先般も質問をいたしておりますが、たとえば視力が〇・〇四というようなのは双方ともに出ているわけなんです。これが国民年金のほうならば一級に当たるし、厚生年金のほうならば二級になる、こういうふうな問題があるわけでございます。同じような年金で一方においては一、二、三というふうに分け方を三段階に分け、一方では一級、二級と二つに分けている。この分け方にも私は問題があると思う。これは分け方としては同じように、三級に分けるなら三級、二級に分けるのだったら二級というふうな分け方をしてしかるべきだと思う。この点については、どういうふうにお考えになっておりますか。労働省側としての御見解をひとつ。
#318
○山口説明員 ただいま先生御指摘のとおり、労災保険の場合には一級から十四級までというように区分しております。なお国民年金法の障害福祉年金は御指摘のとおり一級、二級と区分が異なっておりますが、労災保険の場合には、御承知のように労働能力の喪失の程度を評価するという立場に立っております。国民年金については生活能力の制限程度を評価する、それぞれ保険の性格から評価のしかたが異なっておるように承知しております。
 労災保険の場合にも、制度的あるいは歴史的な背景がございまして、ただいまのような十四等級に区分しておりますが、労災保険自体この区分でよいかどうかという問題がございまして、障害等級専門家会議を設けまして検討しておるような状況でございます。各保険の間に等級区分が統一してあるのがよいかどうかという問題も含めて私どものほうでは障害等級専門家会議に問題を託している現状でございます。
#319
○坂口委員 この問題は、年金のほうではどういうふうにお考えになっておりますか。
#320
○横田政府委員 大体同じような考え方でございます。
#321
○坂口委員 もう少し申しますと、たとえば耳の聞えにくさというようなものでも、一方は九十デシベルというような具体的な行き方をやっておりますし、片方では耳のはたで大声で呼んでも聞えないというような非常にあいまいもことした表現をとっております。こういったことが同じような年金の中であちらこちらであるということは、すっきりしないと思うのです。やはりこれを一つにしてもらわないと……。
 だから社会保険庁の審査会あたりへたくさんの不服の審査請求が出てくるのだろうと思うのです。たくさん出てくるということは、言ってみれば、こういうふうな分け方のあいまいさが原因していると思うのです。きちっとしてやりましても、それを見る医療の側の判断によって多少の差が出てくるものでございます。いまのようにあいまいであれば、よけいにこれは出てくるのが当然だと思うのです。これについては早急に一元化をはかっていただきたいと思うわけでございます。もう一度御答弁をお願いします。
#322
○横田政府委員 御指摘のとおりでございまして、可能な限り各年金につきましては障害等級の範囲の問題、それから認定基準の問題、こういったものの不合理な格差をなくすような努力をしなければならないと思っております。ただ問題は、労働省からもお話がございましたように、それぞれの制度がそれぞれの制度によって保障するものは一体何であるかというふうな差異がございますので、その辺まで含めて一本化ということは、なかなかむずかしいと思いますが、とにかく障害等級の範囲の問題、認定基準の問題につきましては、可能な限り一元化するような方向で検討いたしたいと思っております。
 多少話が長くなることをお許しいただきますと、この問題につきましては、実はいままでも相当長い期間にわたって放置しておったわけではなかったのでございます。ある時期におきまして、虎の門の共済病院の院長をしておられました沖中先生をキャップにいたしまして、障害等級の問題について相当大がかりな研究をいたしたことがございます。そこで一応の中間報告的な結論をいただいたのでございますが、それによって、各制度について一元化されたような内容の障害等級をつくろうかというふうなことになってまいりますと、それぞれの専門家によりまして、いろいろな医学的な知見と申しますか、そういった相違がございまして、その時期におきましての検討というものが、実は研究、制度の面には反映することができなかったといういきさつもございます。
 そういった問題もございまして、主として医学的な問題が基礎になるという点もございますので、そういった点も踏まえながら、極力解決するような方向に努力いたしたいと思います。
#323
○坂口委員 医学的な面で等級をきめるのに、これをどこに当てはめるかということについてはいろいろの議論があると思うのです。しかし、それをそれぞれの保険の中でどういうところに使うにしても、それをあちらとこちらで別々にしていくとか、あるいは同じものにしていくというようなことに対しては、医療従事者のほうはそんなことはわからぬわけですから、ただ、それが何級かということについては問題だろうと思うのです。
 それから、先ほど寺前委員からもお話が出ましたが、いわゆる内臓障害の問題ですね。これも手の指、足の指がとれていったら何級というふうになるけれども、内臓の障害の場合には一向にならない。これは労災の場合も同じことだろうと思いますが、たとえば最近では、医療の発達によって、いわゆるじん臓障害者なんかもたくさん出てきております。いわゆる人工透析をしながら生活ができ、そして仕事ができる人が出てきております。あるいはまた低肺者と申しますか、結核で手術をしたあと肺活量が非常に少なくなって、十分な仕事ができないけれども、仕事にはつけるという方もおみえになります。こういった方はやはり当然救っていくべきだと思いますし、この中に含まれてしかるべき筋合いだと思うわけです。
 これもいろいろな範囲で、たとえば急性の病気だとか慢性の胃かいようのようなものまで含めようといいますと、これは問題があるかと思いますが、しかし、いま申しました低肺者だとか、じん臓障害者というようなものにつきましては、はっきりしているわけですから、早急にこれも含めていただきたいと思うわけでございます。それをお願いをいたしまして、最後の問題に入っていきたいと思うのです。
 この谷間の問題は、いままでもたくさん出ましたし、けさからも何回となく繰り返されております。谷間の老人の年金問題で、昭和三十六年以前に厚生年金に加入していて、かつ五年未満ぐらい働かれた方々、年金制度に加入ができなかったために脱退手当金ももらえないし、年金ももらえない、それから通算老齢年金ももらえない、いわゆる一年から五年間にかけた掛け金は掛け捨てになっている人があるわけです。谷間の谷間と申しますか、そういう人があるわけです。このことについて何か救済措置はないものか、御見解をひとつ伺いたいと思います。
#324
○横田政府委員 御指摘のように、三十六年に通算の制度ができました以前の問題につきましては、五年間を勤務なさった方は脱退手当ということでございますが、五年未満でおやめになった方については何も出なかった、御指摘のとおりでございます。ですから、こういう方々を救済するのに、どのような方法をとったならばよろしいかという点につきましては、制度論的には、いろいろなやり方があり得るだろうと思いますが、現在のところは、こういった方々につきましては福祉年金制度の手当しかないということでございます。
#325
○坂口委員 そうなんですけれども、だからこの人たちを何とか救う方法がないものであろうかということを聞いているわけなんです。
#326
○横田政府委員 この方々を福祉年金以外の制度でもって救済するということになりますと、おそらく厚生年金の体系の中において何らかの年金権に結びつけるとか、そういう方法だろうと思います。この点につきましては、実は今回改正案をつくります際にもいろいろ検討いたしたのでございますが、いろいろな問題、それからいろいろなケースがございまして、今回改正の問題には結論を得るに至らなかったわけでございます。将来の問題といたしましては十分検討に値する問題だし、当然検討しなければならない問題だと思っております。
#327
○坂口委員 大臣、どうでございましょう。これも谷間の谷間の問題でございますが、近い将来のうちにどうしても救ってもらわなければならない問題だと思いますが、ひとつ御所見を賜わりたいと思います。
#328
○齋藤国務大臣 今回法律を提案いたします際に、実はこういうふうな方々がたくさんおることを知りまして、何とかいい方法はないだろうかということを考えたのです。考えたのですが、やはりなかなか名案がないのです。そこで一応、今回の法律の改正には提案をいたさなかったわけでございますが、こうした方々に類似した方々もまだ相当あると思いますので、そういう問題も含めまして、将来の問題として十分検討をいたしたいと思います。
#329
○坂口委員 谷間の老人の問題につきましては、先日橋本私案なるものが示されまして、月額三千五百円の支給案が出されました。しかも、それが四十九年一月から実施というような形で出されております。これは大臣に聞きましたら、皆さん方でお話し合いをいただいてということになって、大臣はお答えにならないと思いますが、先ほどもいろいろのお話し合いの中で出ておりましたら、七割という形で出ておりますね。これは大臣に聞くべき問題かどうかわかりませんが、なぜ七割として出たというふうにお考えになるのですか。なぜ十割の五千円じゃなしに七割なのか。
#330
○齋藤国務大臣 自民党橋本私案が提示されたわけでございまして、三千五百円という提示になっておるわけでございますが、その理由は、私も詳細承っておりませんが、こういう方々は、本来七十歳までお待ちいただかなければならない方々であります。しかも、こういう先輩の方々は実際七十歳までお待ちになって五千円の年金をいただいておるわけでございますから、ある意味から申しますと、いままで老齢福祉年金をいただいている方々よりも六十七歳の方は三年早目にいただけることになるわけでございます。そういうふうなことも考えて、同額というのはどうであろうかということから七割程度ということになったのではないかと推測をいたしております。
#331
○坂口委員 いま大臣は、本来ならばもらえない人だというふうにおっしゃいましたけれども、これは本来ならばもらえる人なんです。それが制度上の欠陥からもらえなくなった人なんです。その辺の見解がだいぶ違っておると思うのですが、そういう見解に立ってもらわないと、これはお気の毒だと思うのです。であればこそ、不十分とはいいながら、こういう橋本私案なるものができたんだろうと思うのです。
 そこで大臣、これはこの委員会において与野党の話し合いがさらに進んで、たとえば五千円なら五千円というような値が出れば、大臣としてはこの与野党の折衝の結果にお従いになりますか。
#332
○齋藤国務大臣 この問題については、当初から私は与野党の話し合いをお願いをいたしておるわけでございますが、その話し合いと申しましても、やはりほどほどのところで、おきめいただかなければならぬと私は考えております。そういうふうなことで私は先般もお答えいたしておりますが、三千五百円ということが与野党の御協力によって成立いたしますれば、その際には私は御同意を申し上げると申し上げておるのでありまして、そのほかの額については、いま私の意見を申し上げることは適当ではないと考えておりますので、そのお答えは差し控えさせていただきたいと思います。
#333
○坂口委員 ほどほどなる額については、これはいろいろのとり方があろうかと思います。私どもも五千円とかいうような額ではなしに、本来ならば、少なくとももっと上の額を言いたいわけでございますが、いろいろと今日までそれに対する回答等もございましたし、全体の流れを見ての発言として、まず五千円というのは、前後の人のこの年金の額からいきましても決して無理な額ではない、少なくとも無理な額ではない、こういう考えのもとに言っている額なんです。三千五百円については、与野党の話し合いによって、そしてそれがつけば私はけっこうです、こうおっしゃるわけです。だから少なくとも五千円ぐらいまでは、これは与野党の話し合いさえつけば私は認めます、こうおっしゃってしかるべきだと思うのです、厚生大臣なら。御答弁をひとつ……。
#334
○齋藤国務大臣 先ほどもお答えいたしましたように、三千五百円という額が出まして、この額についてはどう思うかというお話でございますので、それについては与野党の御協力によって成立いたしますれば、相当の金がかかることでございますが、政府といたしましては同意いたしますと申し上げておるわけでございます。そこで私としては、まあ大体その辺でおきめいただけるならば非常に望ましいということを申し上げたわけでございますが、私は国会の御審議を拘束する力などはありませんし、そんな考えは全然持っておりませんから、どうか国会において十分御審議を賜わりたいと思う次第でございます。(発言する者あり)
#335
○坂口委員 まあ周囲からも声が上がっておりますように、さらに前進した話し合いが与野党の間でなされれば、私は拘束する資格はないとおっしゃるのだから、ひとつそれをお認めいただきたいと思うわけであります。
 さらにもう一つ、三千五百円にしましても、四十九年の一月からというのはいささかおそ過ぎはしないか。この問題は大臣、金の額の問題ではない、日によってそれは多少の影響はしてきますけれども、これぐらいはもう少し考えるべきであるというくらいな発言があって、いわゆる福祉元年を預かる厚生大臣としては当然のことだと思うのです。ひとつ御答弁をいただきたいと思います。
#336
○齋藤国務大臣 こうした年齢層の方々は全国で百二十九万といわれております。実に膨大な数にのぼっておるわけでございまして、その方々を全部把握するということは、役所側においてはたいへんな仕事でございます。保険庁はほんとうにたいへんな激務が追加されることになるのでございまして、それを把握いたしますためには、かりに皆さま方の御協力によって法律が七月会期末に成立するとして八月施行となりますと、それは四カ月というものは、たいへんな月になるわけでございます。そういうふうな準備の事務が膨大なことは想像以上なのでございます。
 そういうふうなこともありまして、私も早く施行したいとは考えておりましても、やはりそういうふうな事務的な準備ということもあわせ考えなければなりませんので、しかもまた、そういうふうなこともありましたので、橋本私案というものは一月ということになったのではないかと私は推測をいたしておる次第でございます。
#337
○坂口委員 準備につきましては、これはかかるとかりにいたしましても、別にさかのぼってやれば済むことですから。それに対する準備期間というのは別にいいのですから。ですから準備にかかるから一月でなければならぬということは、大臣、通らないと思うのです。この問題についても、与野党間の話し合いいかんによっては、それに対して私は従います、という御答弁をひとついただきたいと思います。
#338
○齋藤国務大臣 政府側におきましては、最初に提案いたしました法律が現段階においては最も適当である、こういうふうに考えておる信念には変わりございません。しかしながら、先般、橋本私案が提示されまして、それが皆さん方の御同意を得られるならば、相当ばく大な財政負担を伴うのでございますけれども、政府としては同意いたしたいと考えておるわけでございまして、なお、そのほかの問題につきましても、そうした問題につきましても、私は与野党の委員会審議を拘束するなどという力もございませんし、関与する意思もございません。皆さま方の国会の御審議の結果、結論が出ますれば、その結論は私はあくまでも尊重しなければならない。それは国会の権威にかかわることでございますから、私どもは国会の権威のためにそれに従う、こういう考え方でございます。
#339
○坂口委員 事務的な段階で厚生大臣は来年の一月まではかかるということをおっしゃいましたが、事務的な段階ではたしてどうなのか。たとえば十月なら十月、八月なら八月にさかのぼって――事務的なことはそれは一月までかかったとしても、十月とか八月なら八月にさかのぼっていくということが不可能なのかどうか、ひとつお答えをいただきたいと思います。
#340
○齋藤国務大臣 これは与野党の御審議を待って、委員会の結論が出たときに政府側としては意見を申し上げるということになっておるわけでございまして、事務当局としてはまだ何の準備もしてないわけでございますから、事務当局に答弁を求めましても、事務当局としては答弁はできないのではないかと思いますので、私がかわって答弁をいたしておるわけでございます。
#341
○坂口委員 たいへん思いやりのある大臣のことばでございました。その思いやりを、ひとつ現在谷間にあります老人のほうにも向けていただきたいと思うわけでございます。
 これは、これ以上申しましても、大臣の口からは出ないと思いますが、しかしこの委員会において、さらにこの問題を詰めまして、その暁においてひとつ大臣のより前進的な御決裁をいただきたいと思うわけでございます。
 ちょうど時間が七時になりましたし、切りのいいところでございますので、終わらせていただきます。
#342
○田川委員長 次回は明日二十二日金曜日、午前十時理事会、十時三十分から委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。
   午後六時五十八分散会
     ――――◇―――――
  〔本号(その一)参照〕
    ―――――――――――――
   派遣委員の大阪における意見聴取に
   関する記録
一、期日
   昭和四十八年六月十八日(月)
二、場所
   大阪厚生年金会館
三、意見を聴取した問題
   健康保険法等の一部を改正する法律案(内
   閣提出)について
四、出席者
 (1) 派遣委員
   座長 伊東 正義君
      戸井田三郎君    八木 一男君
      寺前  巖君    大橋 敏雄君
      玉置 一徳君
 (2) 意見陳述者
        大阪府社会保険
        協会会長    浅香  亮君
        同志社大学教授 小倉 襄二君
        三洋電機連合健
        保組合理事長  大隅 正浩君
        立命館大学教授 真田  是君
        神戸大学教授  中村 正文君
        大阪地方同盟副
        会長      浅野総一郎君
     ――――◇―――――
   午前十時開会
#343
○伊東座長 それでは、これから地方公聴会を始めるわけでございますが、開会の前に大阪府知事の黒田さんがお見えになっていただきましたので、開会の前に一言ごあいさつをいただきたいと思いますので、御了承を願います。黒田知事さん、じゃ、お願いします。
#344
○黒田大阪府知事 ただいま御紹介いただきました大阪府知事の黒田でございます。
 本日、衆議院の社会労働委員会派遣委員団地方公聴会が大阪で開催されるに至りましたことは、地元の知事として、たいへん光栄に存じます。
 御承知のように民主主義の政治のもとにおきましては、国のいろいろの政策決定に対し、できるだけ広く国民の意思を聞き、また国民の意思が政策決定に反映することが望ましいのではございますけれども、何と申しましても、一億にのぼる国民の声を直ちに反映するということにつきましては技術的にいろいろの困難もございます。また国民の重大な関心を持つ重要法案でありましても、私たち一人一人が常にそれに積極的な関心を持つ以上に、さらに詳しくこれを検討し意見を述べるということは事実上できませんので、今日はそうした問題について専門的に検討し、政策決定をせられる衆参両議院の方々にお願いするという、いわば間接民主制ないし代表民主制がとられているわけであります。
 原則的には国権の最高機関であり、唯一の立法機関である国会の御審議におゆだねするのが道でありますが、しかし選挙に際して、われわれはすべての問題にわたって、そうして総合的にどの候補者が適当であるかという判断で選挙はいたしますけれども、個々の問題についての賛否まで確かめた上で投票しているわけでございませんので、ある問題が起こったときに、やはり直接国民の声を聞くという公聴会方式がとられるということは、まことにけっこうでございます。
 特に、今回の健康保険法の一部を改正する法律案というのは、幾多のむずかしい問題も含まれておりますので、一般の国民の中でも特に、こうした問題に重大な関心を持ち、また、それなりの深い見識を持っておられます公述人の方々が、本日それぞれ御意見を述べられ、それを国会の審議に反映させるというこうした試みは、きわめて意義深いものと存じますので、どうぞ皆さん方が忌憚のない御意見をお述べくださいまして、また本日御出席の六名の衆議院の議員の先生方も十分皆さん方の声に耳を傾けられ、その上でさらに慎重な判断を下されることを念願いたす次第でございます。
 本日は地元で開催されました関係上、ちょっと議員の先生方にお礼を兼ねてごあいさつにあがりました機会に、こうした発言の機会を提供されて、たいへん恐縮いたしております。多弁を弄してたいへん恐縮でございましたが、一言ごあいさつにかえさせていただきます。(拍手)
#345
○伊東座長 どうもありがとうございました。
 それではこれより会議を開催いたします。
 私は、衆議院社会労働委員会派遣委員団の団長の伊東正義でございます。
 まず、派遣委員を御紹介申し上げます。
 自由民主党の戸井田三郎君、日本社会党の八木一男君、日本共産党・革新共同の寺前巌君、公明党の大橋敏雄君、民社党の玉置一徳君、以上でございます。
 私が、この会議の座長をつとめますので、よろしくお願い申し上げます。
 次に、本日各界を代表して御意見を述べていただきます方々を御紹介申し上げます。
 大阪府社会保険協会会長の浅香亮君、同志社大学教授小倉襄二君、三洋電機連合健康保険組合理事長大隅正浩君、立命館大学教授真田是君、神戸大学教授中村正文君、大阪地方同盟副会長浅野総一郎君、以上の方々でございます。
 この際、私から派遣委員団を代表しまして、一言ごあいさつを申し上げます。
 皆さま御承知のとおり、ただいま衆議院社会労働委員会におきましては、健康保険法等の一部を改正する法律案について審査を行なっているところであります。
 御承知のとおり、本案は、わが国の医療保険制度にとって重要なる法案でございます。したがいまして、去る二月十七日、政府から提出されて以来、三月二十七日衆議院本会議において趣旨説明、質疑が行なわれ、その後委員会においては各党委員から種々なる問題について真剣な質疑がなされております。
 なお、本日は衆議院におきましては公聴会で開会されている次第でございますが、当委員会としましては、できる限り国民各層から御意見を聴取すべく、本日御当地におきましてこの会議を催し、各界の代表者から忌憚のない御意見をお伺いしようとするものであります。
 御意見をお述べいただく方々には、本日は御多忙中のところ、この会議に御出席いただきまして、まことにありがとうございました。厚く御礼申し上げます。
 それでは、この会議の運営につきまして申し上げます。
 会議の議事はすべて衆議院における委員会運営についての議事規則及び手続に準拠して行ないます。議事の整理、秩序の保持は座長であります私が行なうことといたします。
 発言をなさる方は、必ず座長の許可を得て発言をしていただきたいと存じます。
 なお、この会議におきましては、御意見をお述べいただく方々は、派遣委員に対しては質疑はできないことになっておりますので、あらかじめ御了承をお願いいたします。
 次に、会議の順序につきまして申し上げます。
 最初に意見陳述者各位から御意見をそれぞれ十五分程度順次お述べいただいた後休憩し、再開後に派遣委員から質疑を行なうことといたします。以上がきょうの日程でございます。
 それでは、まず浅香亮君から御意見をお述べいただきたいと存じます。浅香君。
#346
○浅香亮君 私、ただいま御紹介をいただきました大阪府社会保険協会の浅香でございます。
 近来わが国の政治が福祉優先を志向されておりますことは、まことに喜ばしい傾向でございます。このような時点で医療保険の中心でございます健康保険法の改正について、私の意見を述べさせていただく機会を与えられましたことは、私の喜びであり、また光栄でございます。
 最近の傾向といたしまして、人口の老齢化が進み、難病奇病が増加いたしますその反面、医療技術の進歩が著しく、医療のための国民の経済的負担のウエートは大きくなるばかりでございます。このようなときに、これら医療費負担を軽くするために、昭和十八年に家族療養費の制度が設けられまして以来、初めての改善として家族給付率を五割から六割へ引き上げるという給付改善をはかるこのたびの改正案は、国民医療の果たす役割りから申し上げましても、大きな意義を持つものでございますが、三十年ぶりの改善でございますから、五割から六割の引き上げでは本人の十割、国民健康保険では七割給付のものと対照いたしまして、まだ低きに失するという感じは免れないのでございます。財源的な問題もございましょうが、国庫負担の増額を考慮されまして、なお一そうの改善が望まれるところでございます。
 次に、家族高額療養費の新設でございますが、多額の療養費負担に悩む者にとりましては、まさに元来の福音でございます。私の身辺事情を申し上げて、まことに恐縮でございますが、私の知人の家族にじん臓を病む者がおりまして、その手当てについての相談を受けておるのでございますが、じん臓病の治療には人工透析が最善の方法と聞いておりますが、その経費は非常にばく大にかかるものでございまして、その負担にその知人が耐えられないことを知っております私といたしましては、この処置を知人に勧告することをちゅうちょいたしておるような次第でございます。このような事例から申し上げましても、今回の改正案に盛られました三万円をこえる部分を保険で償還されるということは救世の道に通ずるものでございます。一日も早い実現を望むものであります。
 さらに、私たち中小企業者の立場から申し上げますと、病気になってからの治療もさることながら、次善の策といたしまして従業員の健康管理の問題がございます。皆さまも十分御承知のとおり、ただいま優秀な従業員は大体大企業にとられまして、われわれ中小企業者は劣悪な従業員を受け入れておるのが現状でございます。私たち中小企業経営者は、従業員の福利厚生施設を整備いたしまして健康管理に努力をいたしておるのではございますが、力が足りませず満足な状態に至らないのが現状でございます。
 この現状から見ましても、今回の健康管理の充実を志向される改正案に、われわれは大きな期待を寄せるものでございます。願わくば一そうの充実を待望するものでございます。分べん費の大幅引き上げ、家族埋葬料の改善は時流に対応する当然の措置と申せましょうが、おくればせながらも、その実現を見ますことは、まことに喜ばしい次第でございます。
 以上、今回の改正案に盛られました給付改善面のメリットについて申し述べたのでございますが、その反面に健保財政の収入面の改正といたしまして標準報酬の合理化では資金格づけのワクの上限を十万四千円から二十万円に引き上げられることになったことでございますが、これは昭和四十一年以来七年間も据え置かれたものでございます。現在十万四千円以上の給料を受けておる者が被保険者の中に二〇%もある現状から考えましても、負担の公平を期するためにはやむを得ない措置かと存ずる次第でございます。
 なお、保険料率の引き上げにつきましては、現行制度下におきましても、われわれ中小企業者の事業主半額負担が精一ぱいである事情から申し上げまして、避けていただきたいのでございますが、現実といたしまして大幅な給付改善と健康管理の充実を期待いたしておりますわれわれといたしましては、この程度の負担増をやむを得ないものと存ずる次第でございます。ただし五月からの特別保険料の徴収でございますが、給付改善等のためにやむを得ないという理由づけがございますが、人手不足に悩むわれわれ中小企業者には手続面の繁雑さを考えましても避けてほしいと念ずるものでございます。
 以上申し述べましたとおり、制度の立て直しと給付の改善を志向されます改善案でございますが、何といたしましても政管健保は弱小企業者が主たる加入対象でございまして、国の援助を大きく期待するものでございますから、今回の改正で従来の定額補助を改めて、給付費の一〇%の定率国庫補助を新設されましたことは、一応の評価はいたしますものの、国民健保その他の制度の国庫補助と対比いたしまして、今後さらにこの面の増額が望ましいものでございまして、どうかその点の御検討をお願い申し上げる次第でございます。
 累積赤字の金額全額たな上げの問題でございますが、われわれ中小企業者の体質から考えてみましても、自力で多額の赤字を解消することは不可能の事実に属します。そういう意味からこの面の御配慮に対しましては敬意を表しますとともに、画期的な措置として受けとめておるものでございます。
 最後に、今回の改正案は、現段階においての最大の改善策と評価いたすものではございますが、わが国の医療保険制度がこの段階にとどまるものでなく、関係審議会等の意見を十分取り入れられ、一そう完ぺきな抜本改正を目ざして精進していただきまして、後顧の憂いを断つ国民福祉の柱を確立していただくことをこいねがって、私の公述を終わらしていただきます。ありがとうございました。
#347
○伊東座長 どうもありがとうございました。
 それでは次に、小倉襄二君。
#348
○小倉襄二君 私は、今回の健康保険法改正につきまして、審議全体の流れの中で、どれほど現在政府提案というものが、国民生活における医療の現実というものを検討した上で出されたものかというと、この点に関しまして疑問を感じるものであります。確かに政府提案につきましては給付改善あるいはまた料率につきましての提案がございますけれども、それ以上に現在の医療体制全体に対する検討が必要であって、その面からの問題提起というのがきわめて弱いように感じられるのであります。特に、われわれは当然この医療給付につきましては十割を目ざすということでありますけれども、その点につきまして橋本私案というのがございますが、七割給付という私案、あるいはまた政府原案である六割の家族療養費の給付というものにつきましては、やはり現在の段階では低きに失すると考えております。当然これは現段階におきましても、少なくとも八割を目ざすところの給付改善をすべきであると考えます。
 その観点といたしましては、現在の中小零細企業における、特に政府管掌の関係の被保険者の状態というものがきわめて劣悪な形にあり、しかも保険料率あるいはまたその受診率そのものにつきまして大きな格差を持っておる。しかもこの点における生活全体の流れの中における中小零細企業者あるいは労働者階級における生活の困窮がきわめてきびしい、疾病あるいは病気との悪循環というものがきわめてきびしい状態にあること、そういった点から現実の政府の出しております六割の家族治療費の給付につきましては、当然これはいま申しましたように八割まで引き上げることが望ましいと考えております。
 さらに大きな改正でありますところの保険料率の改善でありますけれども、この点につきましては、やはりこれは中小零細企業者に対する、あるいは労働者階級に対する負担増になって返ってくることでありますから、この点につきましても当然この現在の医療状況につきましては、政府のいわば高度経済成長政策なり、あるいはさまざまな国民生活破壊の段階における責任というものを国民に転嫁する、これは傾向を持っておる。これにつきましては当然国庫負担によって現在の国保の、あるいは健康保険の赤字というものを解消するような、そういった方向をとるべきであると考えます。
 特に、現段階におきましては国民の健康破壊に伴うところの医療の供給体制に関する検討が十分ではない、国民総医療費そのものにつきましても、大きな部分が製薬独占や、あるいは誤まったいわば乱診乱給ということに伴いますところの改正によって大きな赤字を生んでおること、こういった点もございます。そういった点で現在の三十年に初めてという給付改善でありますけれども、その給付改善の内容と、現段階における国民生活の、いわば医療状況と申しますか、それとの関係というのを見きわめた上での政策提起が必要であって、それが現在のような形で問題が出てまいりますと、むしろ新しい矛盾を生み出してくると。従来から医療費の抜本改正ということがいわれてきたのでありますけれども、この点に関する討議なり、総合的な観点が欠除しているままに、いわば現在のような部分的な形における改善策が提起されてきた。このことは確かに改善策そのものの内容については短期的視野におきましては評価できる面があるのでありますけれども、わが国の医療費全体の展望から申しますと、さらに新しい矛盾をこれは生み出すに違いない。
 特に弾力条項につきましては、いわば国民の目の届く、むしろ国会の公然たる議論の中で国庫の財政問題ないしは給付上の問題、あるいは財政改善の問題が論ぜられるべきであって、それを弾力条項によって、いわばきわめて独断的な行政ベースにおいて料率が改定されること、確かに国庫負担との関係がつながっておりまして、料率改定と国庫負担の自動的なアップといいますか、上昇といいますか、これとの関係が出ておりますことは、これは評価できる面があるのでありますけれども、しかしながらやはり討議、そういう国民の重大な健康に関し、あるいは負担に関して議論のある部分を弾力条項において行政ペースにおいてこれを決定していくということ。これについてはやはりこれは国会の審議を通して正当な手続によって、あるいはまた各審議会の意見を前提にするところの国会の討議によって問題が処理されるべきであって、現在のような弾力条項として行政ペースでこのことが処理されることには反対したいと思っております。
 それから、さらに先ほどから申しておりますように、総合保健、あるいは予防、リハビリテーションと申しますか、そういった問題あるいは公害であるとか、さまざまな高度成長による生活のひずみの中におけるところの疾病の発現、あるいはまたスモン病のごとき遺伝性疾患の発現、こういったものの中で、国民の置かれておる総合的な医療状況というものを踏まえた形における保険制度の抜本的な総合調整、こういったものが前提になって、初めて給付改善の方向というものが出てくるというように私は考えております。それらがなくして部分的な積み上げ、確かに先ほど申しておりますように、短期的な観点から申しますと、一つのこれは前進と考えられますけれども、現実の格差分断のきわめてきびしい医療保険の現実、さらにその中においても受診率の高さに示されておりますような健康破壊と、生活の困難を伴っておりますこの政府管掌保険、これに関する負担増を伴うような改善策につきまして、私はむしろ反対したいと思っております。
 特に、そういったさまざまな逐年の累積赤字あるいはまた健康保険制度の困難というものの責任は、これはやはり政府が基本的にみるべきであって、それを社会保険主義というものを前提にするところの受益者負担というものに責任を転嫁していくと、こういった一つの条件、特に、これが弾力条項に示されておると思うのでありますけれども、そういう発想のもとに社会保険主義というものを固持する中で、受益者負担原則をあまりにも固守する態度というものが、おそらく今後におけるより広範な公的観点からの医療制度の確立あるいは予防、リハビリテーションあるいはまた早期発見、早期治療、そういった包括的な医療への国民の展望というものを妨げるような要因にこれが転化するというおそれもある。こういった点におきまして、私は現在のこの政府の提案しております健康保険の改正案につきましては反対したいと思っております。
 そういった点で積年、特に戦後をとりましても、幾度か各審議会あるいは国民的な、市民運動の観点からも医療費に関する提言がされ、運動も展開されてまいりました。そういったものがいまだ国政のレベルにおきまして常にパッチアップと申しますか、部分修正に終わっておって、包括的な国民のあるべき姿に対する提言が未熟である、あるいはまた未発である。それが困難であるということが常にいわれておりましたけれども、困難ということが、実は国民の医療に対する基本的な医療権と申しますか、これを確保するための基本的要因であると思うのでありますが、その辺が常にパッチアップをいわば繰り返す中におきまして矛盾を累積してきた。この政府の責任、それからさらに現実の累積赤字をたしか一部たな上げという評価もありましたけれども、直ちに国民の負担増に転嫁するような、政府原案ではボーナスからも取ると、そういった形において受益者負担原則を社会保険によっていわば押しつけてくること、それに対する私は反対をしたいと思っております。
 この点におきまして、やはりこの際におきましては、少なくとも当面二割程度の特定率の国庫負担は望ましいし、給付改善につきましても八割を目ざすということが一つの私の主張であります。
 さらに料率の改善につきましても反対でありますし、さらに国民医療全体の観点からの総合調整あるいは予防措置に関する問題、それからひいては供給体制における公的セクターないしは社会化と申しますか、こういった点に関しましても一つの主張をしたいと思っております。
 さらに最近六十歳以上の無料化が行なわれましたけれども、この場合におきましても、実は医療供給サイドがきわめて不備であるために、老人がせっかくの医療関係におきまして需要サイドにおけるところの社会化にかかわらず、医療機関が老人の医療を自主的に果たし得ないという、そういう看護、リハビリテーション、アフターケアに関する体制が不備であるために老人医療の確立が、せっかくの需要サイドの社会化に伴うところの供給面の矛盾というものが新しい課題を生み出しておると、そう考えるのであります。
 社会保障の問題と申しますのは、一つの問題が前進した場合には、必ずそれに付随して新しい矛盾を累積してくるという側面を持っております。それが一応成熟度に達しました現実の社会保障の問題であると思いますけれども、そういった意味におきまして、今回の改正提案につきましても波及する全体的な仕組み、あるいは構造につきましては十分社会労働委員会でも御討議いただいて、今後におけるより包括的な格差分断を越えた新しい医療体制に対する展望を持っていただきたいということを私は願っておるわけであります。
 以上であります。
#349
○伊東座長 どうもありがとうございました。
 それでは次に、大隅正浩君にお願いします。
#350
○大隅正浩君 諸先生方の前で、本日意見を申し述べる機会を得ましたことを厚くお礼を申し上げます。
 結論から申し上げますと、今回の改正案につきましては原則的に賛成するものでございます。国民の真の医療という点から、私たち保険医療というものの取り上げ方につきましては、まだまだ問題がたくさん残っていると思います。保険財政の面からも、あるいは医療供給の体制からも改善しなければならないことが、はなはだ多いのではなかろうかと思うのでございます。今日は医療の荒廃ということがいわれております。また、いわゆる抜本改正の必要が叫ばれる中で、何一つこれという解決が見出されず、混迷の中にありまして、とにかく緊急を要するもの、できるものからということでできたのが、今度の改正法案かと存ずる次第でございます。
 そうした意味におきまして給付の改善を含む健康保険法の改正案ができましたことには一応私たちは歓迎もし、それなりの評価をしなければならないかと存じております。もちろん私たちはこれで一〇〇%けっこうということではございません。たとえば後ほども申しますが、家族の給付六割にいたしましても、それで十分とはとうてい考えられないのでございます。政府の財政的な考え方から、こうした線が出たのかとは思いますが、これはやはり財政運営の合理化によりましても、何としても七割にできることを望んでおる次第でございます。
 したがいまして、今回の改正案に対しまして、それを足場として、今後段階的に国民に前向きの医療、医療保険としての国民の納得のいく抜本的な改善に取り組んでいただくことを条件に賛成するものでございます。
 さて、今回改正案の各項目につきまして申し述べますと、今回の改正案では、かなり大幅な給付改善がはかられております。その中身について見まするに、家族給付の六割という改正は、制度始まって以来三十年ぶりの改善であり、被保険者にとりましては大きな喜びであろうかと存じます。健保組合では付加給付で実際にすでに実質七割の給付がなされている組合もございますが、この付加給付というやり方は償還方式でございまして、窓口で支払いの現金が軽減すると、安くなるということは確かに魅力じゃなかろうかと思う次第でございます。
 家族の給付につきまして、特に高く評価しなければならないのは、家族の高額医療費の制度でございまして、近時医学の進歩とともに医療の内容が非常に高くつくようになってきております。先ほどのお話にもございましたように、じん臓病の人工じん臓というようなものは非常に高額なものでございますが、この制度ができますことによって被保険者や、その家族にとって病気をしても安心して医療が受けられるという物質的な面だけではなくて、精神的な面のメリットが非常に大きいのではないかと、かように思う次第でございます。
 次に、今回の現金給付の改善についてみますと、分べん費の最低補償額及び配偶者の分べんの額を四万円に引き上げるということでございます。この給付は若い人たちに最も関心の深いものでございまして、家族の医療給付とはまた違った意味で、一つの意味を持つものであります。すなわち日本の現在の人口の老齢化というような点から見ましても、この制度はきわめて意義があるんではなかろうかと思うわけでございます。
 さらに家族の埋葬料でございますが、いままでは二千円、まことに名目だけでお粗末なものであったやつが二万円に引き上げられ、ともかくも役に立つ給付になったということが言えるんではなかろうか、こうした給付改善は被保険者にとりましては当然その実現を望むものでありますが、そこで若干の被保険者の負担がふえるということと、給付の改善が大きく改善されるということと、どちらを取ろうかということに問題があるかと思いますが、そこはやはり政治というものの中におきまして、あまり負担が国民の生活に重くかぶさってこない程度の負担増でなければならないかと思う次第でございます。
 次に、標準報酬の等級の改定でございますが、これはぜひともお願いして実現していただきたいと存じます。と申しますのは、この等級は七年間そのまま据え置かれていたのでございまして、社会経済というものから考えますと、その急激な変化の中におきまして、この七年間の激動というものは、昔であれば七十年にも相当するような変化が経済面において出ているんではなかろうか、事実現在の上限でありますところの十万四千円に頭打ちになっているものの割合は、これは年々の賃金のベースアップその他被保険者の収入面から考えましても、大体四十八年の十月ごろになれば約三六%の人がこの上限に達するということでございまして、実に被保険者の三人に一人がこの上限の線におるということになるわけでございまして、非常に異常な状態が起こってくるんではなかろうか。これはやはり財政面の問題だけではなくて、社会保険という立場から負担の公平という点を見ましたときに、やはりその制度に矛盾を来たすのじゃなかろうか、かように思う次第でございます。できるだけ今日の賃金水準に比例して公平なものにやっていただきたいと、こう考えるものでございます。
 次に、政府管掌の健康保険の財政健全化対策といたしまして、国庫補助の定率化がいわれております。この政府管掌の健康保険の赤字の原因につきましては、すでに議論もあるところでございまして、私たちもいろいろ意見を持っておりますが、今回の一〇%の定率の国庫補助と標準報酬の改定によりまして、政管健保の財政が基本的には健全化され、また今後医療費がふえた場合でも、それにつれて国庫補助がスライドして増加するということは、まことにけっこうなことではございますが、これはあくまでも安定した財政基盤の上に立って、今後前向きの国民医療というものに取り組んでいただくという前提でなければならないのじゃないかと、かように思う次第でございます。
 それから次に、政管健保の保険料率を現行の七%から七・三%に上げる、また賞与から一%の特別保険料を徴収するということになっておりますが、賞与からの一%につきましては特別保険料ということをいわれておりますが、これは傷病手当金その他の面から考えましても、将来むしろ総報酬制ということの考えに立った上でやられたほうがいいんじゃなかろうか、現在その一%を賞与から引くということはどうかという考えを持っております。
 いずれにいたしましても、これら保険料の負担増は給付改善になるということが前提でなければ、これは困ると思うのでございます。昨年出ました財政対策の法案は、政管健保の赤字を埋めるということで引き上げが出されまして、値上げ法案というあまりよくないそしりを受けたのでございますが、今回の改善を見てみますと、その中身が給付改善ということがかなり取り入れられているということを見まして、私たちといたしましても給付改善ということを中心にいたしまして賛成いたすというものでございます。
 最後に、いわゆる弾力条項でございますが、健保組合では組合会の議を経ましたならば八〇%、いわゆる八%までは自主的に変動することができるのでございまして、私たちは政府管掌が、この弾力条項をつくるということに何ら異議ははさむものではございません。ただ、その財源が赤字になったからといいまして、直ちにこれを発動して、その赤字の根源を見定めようとしないようなやり方は困る、こういう考え方を持っております。そういうことで、この弾力条項にいたしましても、安易に赤字の埋め合わせを引き上げればできるんだという考えじゃなくて、今日の医療制度全般の供給体制あるいはその保険体制という面から十分その根源を見きわめて、国民の納得のできるような医療制度というものが打ち立てられますことを私たちは望むものでございます。
 最後に、総括して申し上げますと、医療保険をめぐります諸問題はきわめて複雑多岐でございます。先生方のよく御承知のとおりでございます。関係審議会でもみなそのことをいっておりますが、医療保険で扱うべきものだけでなく、現在本質的に国がめんどうを見なければならないような社会保障としての公費負担までが、保険の中に流れ込んできているというのが現在の状況でございます。これはやはり政府の怠慢と申しますか、やはり国がめんどう見るべきものはめんどうを見ると、そうして社会保険としてあくまでも積極的に進んでいくものは積極的に医療保険としてだけじゃなくて、労働者の健康管理、あるいは疾病の予防ということにまで手が差し伸べられるような制度になってほしいということをつくづくと考えるわけでございます。
 そういう意味におきまして国民医療というものに立ち向かいました政府といたしまして、今後社会保障の進め方、それから社会保険というものの内容、また医療供給体制の整備、その他医療に関する諸制度の改革、たとえば診療報酬及びその支払い方式の改善、合理化、その他基本的な諸問題が国民の福祉に直結して改善されますように、私たちはそれを前提として今回の改正案というものに賛成するものでございます。
 どうか諸先生方におきましても、ただすべきものはただし、一日も早くこの改正法案が成立いたしますようお願い申し上げる次第でございます。
 以上でございます。
#351
○伊東座長 どうもありがとうございました。
 それでは次に、真田是君にお願いいたします。
#352
○真田是君 私は、今度の政府案には反対でありますが、以下限られた時間で、その反対の趣旨を申し上げてみたいと思います。
 今度の政府案は、一つは政管健保の財政の問題が軸になっております。それからもう一つは、政府の提案にもいわれておりますように、給付改善の福祉重点の政策としての面も含んでいると、こういう提案がございます。したがいまして、私も以下この二つの点に分けて意見を申し上げてみたいと思います。
 まず最初の給付改善の面でありますけれども、これは今度の法案の中に埋葬料の改善、それから分べん費の改善、こういう賛成できる面が確かにございます。しかし、以下私二つの点につきまして給付改善の面でも反対の意見を持っているわけでありまして、その一つは家族療養費の給付率の問題です。これは政府案では六割になっておりますが、実はもともと本人と、それから家族の療養費の給付率につきまして差があるということが、これは実は理論的に根拠がないのではないかと、こういうように思うわけです。これはまだ実際に私詰め切ったわけではありませんけれども、推察されますことは、一つはやはり労働力政策の面、つまり本人に休まれては困る、家族は多少病気で休んでも、これは職場へ出てくる労働力としての点ではあまり影響がない、こういう問題が一つ背景にあるかもしれませんし、それからさらにもう一つには療養費、家族のほうが低くなっていることにつきましては労働力の価値と申しますか、賃金についての考え方と共通の片寄った考えが日本に、なおあるんではないかと思うわけでありまして、御承知のように賃金、労働力の価値と申しました場合には家族全体の生活費の再生産、これを含めたものが個人の労働力の価値ということで計算されるのがあたりまえであります。
 したがって、この考え方でまいりますと、健康破壊、病気の問題にいたしましても同様の考え方に立っていいんではないかということを考えますと、これは家族の療養費についても本人と同じように十割、これを支給していくというのが、労働力の価値の中身である一家という単位で考えた場合には当然のことになっていくんではないだろうか、こう思うわけであります。
 そういう点から実はこの差のあること自身が私問題だと思いますけれども、しかし当面一挙にそこまで、十割給付ということが困難であるとすれば、少なくとも目安としては、これは国民健康保険の七割という点がございます。やはりこの七割のところに一致をさしていくというのが当然でありまして、福祉の政策としてなら五割から六割へという中途半端な改善というのは、これは今日の日本の制度全体から見ても意味もないし、根拠もないんではないだろうか。
 この点につきましては、御承知のように社会保障制度審議会の勧告もございまして、七割ということが早くからいわれております。それからさらに、この問題は家族につきまして、みずからの保険についての権利を今日まで五割給付ということでかなり放棄をしなくてはならない、こういう実態もあったと思うのです。そういうことから考えましても、やはり最初に申し上げた十割給付という方向で追求をしていく、これが原則的に正しいのではないかと思うわけでありまして、そういう点で、この家族療養費の給付率六割については、私は反対をいたします。
 それからもう一つの問題は、高額療養費の支給の問題でありまして、これはこれまでも御意見がありましたように、非常に大きな改善だとは思います。しかし、その中身を実際に見てまいりますと、実は今日高額医療という場合に、先ほど御意見のありました医療技術、これが非常に発達をいたしまして高価になっているという面もございますが、しかし実際には三万円という、これを軸に考えてみますと、三万円をこえるものの中には、入院によって三万円をこえるというような、こういう療養費が実態としては圧倒的であろうと考えます。
 そうしますと、今日の入院の実態は差額ベッドあるいは付添費、こういうようなもので、かなりのところを食われていると思うわけであります。ところが今日の提案では、政府の原案でありますというと、差額ベッドの費用とか、あるいは付添費というものは保険給付の対象からはずされると、こうなりますので、実は今日の高額医療、三万円をこえる高額医療の実態に、どれだけの効果をあらわすかという点ではかなりな疑問が出てくるように思います。
 それからさらに、毎月三万円と、こう申しましても、実は月をかけての医療費というものが出てまいると思うわけであります。たとえば六月には二万円かかって、そして七月には引き続き一万円かかると、こうなります。しかし毎月という今度の原案でまいりますというと、これは六月も七月も高額医療の給付の対象にはならないと、こういうことになってまいるかと思います。これなんかも実情から考えて、かなり問題があるんではないか。
 それからさらに、これはレアケースといわれておりますが、一つの家族の中で二種類の病気、こういう二人の家族員が同じ月に病気になったという場合に、それぞれが二万円ずつ要した場合でも、これは今度の原案の中では二万円ずつであって、三万円をこえたことにはならないと、こうなります。しかし家族全体といたしましては、当然これは四万円という形で出てまいるわけであります。そういうものも対象にはずされるということには、かなり実態からいって問題があるんではないかと思うわけです。
 それからさらに、この問題につきましては十月実施というところが一つ問題になりまして、今度の案では他の条項は四月から実施する。しかし、この高額医療につきましては十月実施ということがありますけれども、これも当然四月から一緒にやってよろしいのではないか。
 それからさらに、最後の問題といたしましては高額医療の支給について、国民健康保険では三年先と、こういう計画になっておりますが、しかし、これもやはり社会保障の中における差別をさらに取り入れるような、そういう結果になるんではないだろうか、当然これは国民健康保険でも同時発足を目ざし、努力をしていくべき性質のものではないだろうか。
 以上、幾つかの点にわたりまして、高額療養費の支給そのものについての考え方は、私賛成でありますが、今度の案そのものについては、いま申し上げました点で、どうしても修正をしなくてはならないのではないか、こう思うわけです。
 以上が給付改善にかかわる部分でありまして、次に健保財政の改善にかかわる部分でありますけれども、これは私この問題を詰めてまいります基本原則は、やはり健保財政を赤字に追い込んだ原因が何か、一番大きなものは何か、これに負担をさせる、あるいはこの原因を取り除いていくという方向で、財政についての方針を出す以外に原則としてはないんではないか、こう思うわけです。もちろん抜本改正のときに、こういうものをという御意見もあろうかと思いますが、しかし当面の措置にいたしましても、いま申し上げたような原則に迫るような方向でやらなくてはならぬわけでありまして、場当たりの財政の一定のびほう糊塗策と、こういうことになってはいけないのではないか、それが考えていく基本の線のように思います。
 その線から考えてまいりますと、今度の案の中では国庫負担を定額から一〇%定率にしたというこの部分を除きましては、私はやはり反対意見を持ちます。と申しますのは健保財政が赤字になってまいります根源は、これはごく簡単に申し上げますと、高度成長のもとでのインフレーションの進行と、それから勤労者の生活破壊と、この二つがやはり一番大きな原因であるように思います。
 一、二の材料を申し上げますというと、たとえば健保財政は御承知のように三十八年度から急激に赤字に転化してまいりますが、これは一九六三年でありまして、国民所得倍増計画、これが始まりました時期に当たります。ところで、この赤字に転化いたします中身を見ますと、もちろん件数がふえていくと同時に、一件当たりの医療費というものの増大が目立っておるわけでありまして、この中には薬価の問題、これが一つありましょうし、それからさらには全体のインフレーションの中での医療費そのものの値上がりというものがあろうかと思うのであります。こう見てまいりますと、やはり財政の赤字の一つの大きな事情はインフレーションの進行にある。これをどうやって断ち切っていくかが、この財政の問題に迫る基本的な方針であろうと思うわけです。
 それからもう一つは勤労者の健康破壊、これはあらためて申し上げるまでもないと思いますが、幾つかの資料が出ておりまして、たとえば一九六二年と七一年を比較してみますと、有病率がほぼ二倍になっております。九年でありますが、この間に二倍になる。それから事故による傷病が六〇年と七一年を比較いたしますと三倍になっております。労災関係のほうもこの間にぐっとふえてきている。
 こういうことでありまして、実は高度成長のもとでの勤労者のいろいろな形での健康破壊、特に公害の問題なんかも含めまして、これが進行して、そして医療費を圧迫するというのが、もう一つの基本的な大きな原因であったんであろう、こういうように思うわけです。
 そういたしますと、今度の政府原案にございます財政に対する対策は、これは保険料率の改定、それから標準報酬月額、これの改定、さらに特別保険料の徴収、こういうものが先ほど申し上げた国庫負担定率化以外に主要な対策になっているかと思います。
 ところが、この三つのものは、どれ一つとりましても、実は被保険者の負担を増加させるものでありまして、保険料率の改定については申し上げるまでもありません。それから特別保険料の徴収につきましても、これも申し上げるまでもない。さらに標準報酬の改定にいたしましても、公平の原則というのがもちろんございますが、結果としては、これは被保険者の負担増になることも確かでありまして、こういう意味で、ここにとられております措置は、すべて国民の被保険者の負担増という形になる。
 そういたしますと、実は健康保険の財政を赤字に追い込んできた当の原因が、国民生活あるいは被保険者の生活にも、すでにもろに被害を加えておるわけでありまして、そういう被害を受けておる被保険者が、さらに保険財政の点でまた負担をここで大きくしていかなければならない、いわばダブルパンチの形が被保険者、国民生活のところには出てくるんではないだろうか、しかも今日の状況で申し上げますと、これはたとえば今度の改定案で申しまして八万円の月収の労働者の場合、現行が年間約七万三千円、これが健康保険の保険料になるかと思いますが、これが改定をいたしますと八万三千三百四十円、こうなります。年間約一万円の増だということになります。しかし、これは今日のいろいろな公共料金とか物価の値上がりの中ではたいへん深刻な事態でありまして、こういう全体の中において実は勤労者の生活というものを見ていかなくてはならないのではないだろうか、こういう点から見てまいりますと、私はやはりこの国民の、あるいは被保険者の負担を増していく方向での方針というものは、どうしても賛成ができない、こう思います。
 それでは財政の問題はどうするか、これにつきましては、私は一つの方向といたしましては、今日の保険料率が労使間で折半になっておりますけれども、この折半の率を変えるということが一つ考えられるんではないだろうか。御承知のようにフランスの例で申し上げますというと、これはほぼ健康保険に関しましては労使間の負担率が三対一の率になります。さらにイタリアの例で申し上げますというと、六〇から七〇、これと一というような、こういう比率になっております。やはりこういう方向に近づけていくのが財政の問題を今日の段階で解決していく基本的な方針になるんではないだろうか。
 以下、弾力条項の問題もございますが、実はもう時間がなくなりました。弾力条項につきましては、これまで特に小倉先生のほうから中心的な指摘がございました。それに私としては基本的に賛成いたします。時間が超過いたしましたので、これはそちらにお譲りいたしまして、なお新聞紙上で橋本私案というのが出されておりまして、これについても一定の意見を述べたいと思ったわけでありますが、時間の配分がまことに悪くて、いただきました時間が終わってしまいました。これは午後のほうで、もし御質問いただきましたら、橋本私案についての意見を述べさせていただきたい、こう思います。
#353
○伊東座長 どうもありがとうございました。
 それでは次に、中村正文君にお願いいたします。
#354
○中村正文君 中村でございます。私は新聞によりますと、自民党の推薦ということでございますが、実は自民党とは何のかかわりもございません。私は純粋に一介の研究者、学者としての立場から意見を述べさせていただきたいのでございます。
 私はかねて医療保障の理想というものは、包括医療、いわゆるコンブレヘンシブ・メディシンでございますが、包括医療を行なう公共サービスでなければならないと考えております。医療効果を十分にあげるために、また医療の経済効率を高めるためには、医療保障は包括医療を行なう公共サービスでなければならないと考えております。と申しますのは、予防と治療がバラバラに行なわれておるようなやり方では、いたずらに金ばかり食って医療効果があがらないのであります。どうしても医療というものは包括医療としてとらえなければなりません。また保険では分割的な予防を行なうわけにもまいりません。保険活動、すなわち健康を保つ活動というものは保険の仕組みに本質的になじまないものだからであります。でありますから、予防を含む包括医療は費用と税金でまかなう公共サービスでなければやれないのではないかと考えております。
 このような医療保障の理想から見ますと、今回の健康保険法の一部改正案は決して医療保険の抜本改革とは認められないのでありますけれども、しかし包括医療を行なう公共サービスなどということは、言うはやすくございますが、行なうことはむずかしく、とうてい一挙にできるものではございません。ところで今回の改正案は、抜本改革案とはいいませんけれども、医療保障の理想に向かって重要な一歩を踏み出すものであり、画期的な前進であると評価できますので、私は改正案に対し賛成し、その成立を強く要望いたしたいのであります。
 それでは何が医療保障の理想への一歩前進であるかと申しますと、第一は被扶養家族の給付率の引き上げであります。健保組合や共済組合の被保険者の家族は、これは前から付加給付がありまして、実質八割あるいは九割の給付になっておりますから、あるいはあまり関係はないかもわかりませんけれども、政管健保の被保険者の家族にとりましては、その意義はきわめて大きいものがあると思います。これらの人々は賃金水準が労働者の中において最も低く、医療保険を最も必要としておる中小企業の労働者の家族でありまして、五割給付という最も低い給付水準に三十年間もほっておかれた人々であります。この不合理が改善されるということは、これは十分高く評価されてよいと考えるのであります。しかし、この際六割給付などと申されず、すべて国民健康保険の水準の七割給付まで引き上げていただきたいのであります。
 なお京都を除きます大都市におきましては、今日政管健保の家族給付率がなお低いために、本来政管健保の被保険者となるべき中小企業の労働者が、どうやら国保の中に流れ込んでいるんではないかと見られる節がある点を、この際指摘申し上げたいと思います。
 第二は、家族高額医療費の新設であります。今日生活保護に転落する世帯の八〇%近くは世帯主か、あるいは家族の傷病が原因であります。こうした事実からも高額医療は緊急な問題でありまして、したがって高額療養費給付は国民の要望にこたえる時宜を得た方策であると考えます。
 なお、これに関連いたしまして希望を申し述べるならば、一件の一部負担金三万円以上というようなレセプト単位ではなくて、生活は世帯単位で営まれるものでありますから、一世帯について月一部負担が三万円以上というような方法に、次の段階においてはぜひ改正していただきたいと考えるのであります。
 また、これは現金償還制をとっておられますので、相当の手持ち現金がないと、やはり入院ができないというような事態が発生いたします。この点につきましても御配慮を願いたいと思います。
 さらに償還手続等につきまして被保険者にも保険者にも、さらに療養担当者にも事務の繁雑にならないように十分御検討が望まれるのであります。
 第三は、定率国庫補助の新設であります。病気は低所得者ほど多いにかかわらず、低所得者には保険料の弾力が小そうございますから、医療給付を保険で行なうということには、もともと無理があるわけでございます。そのため民間保険では医療保険というものは行なえず、社会保険で行なうほかはないのでありますが、このことは医療保険には国庫補助が必要であるということを意味しておると思います。ところで、このたび定率国庫補助という形で医療保障に対する国家責任を明確にされた意義は大きいと考えます。なぜならば、これは医療保険の公共サービス化への道を開いたものと理解するからであります。
 第四に、健康管理の充実がうたわれておりますが、これは包括医療に結びつくものでありまして、たいへん意を強くするものでありますが、金額がいささか少ないのがもの足りない気がいたします。願わくば将来この金額は六十六億円という今回の金額を足がかりにして、ぜひ飛躍的に増額していただきたいと考えるのであります。
 以上は、今回の改正案のメリットについて申し上げたのでありますが、次に世間で一般にデメリットと考えられている若干の点に触れたいと思います。私は、これらをすべてデメリットとは思いませんが、明らかに不合理であると考えられるものにつきましては手直しをお願いしたいのであります。
 第一は、標準報酬の上限の引き上げであります。現在の十万四千円を二十万円に上げることは、賃金水準の上昇に見合って、当然上がるべきものが上がるだけのことで不当とは考えられません。被保険者の二〇%以上が健保組合の場合には三六%とかいう数字が出ておるそうですが、そういう多数の被保険者が標準報酬の上限に張りついてしまっている現状では所得再分配が行なわれません。国庫負担によるいわゆる垂直的な所得再分配と、保険料による水平的な所得再分配がなければ社会保障としての医療保険は存在意義を失ってしまいます。
 第二は、保険料の〇・三%の引き上げの問題であります。どこまで上がるかわからない医療費を追っかけて保険料を上げられるにつきましては、かなわないという気持ちはありますが、しかし健康保険が保険である限り、医療給付費がふえたり、保険財政が赤字になれば、ある程度はそれを保険料でまかなうのはあたりまえのことではないかと思われます。問題は上げ幅でありますけれども、共済組合の中には医療保険に対する掛け金が一〇%をこえておるものもあることを聞いております。七・三%という料率は過大でないと考えます。
 第三は、特別保険料でありますが、これは給付に対する見返りもなく、全く保険財政のための便宜的なもので理論性がないと考えます。健保組合におきましては、これは取られなくてもいいというようでありますので、いよいよもってそれをつくる根拠は薄弱であります。組合健保の被保険者と政管健保の被保険者の負担の格差を一そう拡大することにもなり、不公平な現状ではないかと考えます。
 第四は、弾力条項でありますが、短期保険の健康保険といたしまして臨機応変に事情の変化に対応できるためには料率のある程度の幅について弾力性を持つことは必要でありますし、ことに健保が政争の具、政治上の争いの道具になるおそれのある現状ではやむを得ないものがあると考えます。ただし、これは賃金水準の上昇のみをこえる医療費の増加を助長する可能性もありますので、厚生大臣の裁量の幅としましては、一・四%というのは、やや大きいのではないかと思います。
 第五番目は、これは健保の問題ではなくて、国民健康保険法の改正に関することでありますが、国保で高額医療費の給付を実施するにあたりましては、二分の一の国庫補助といったものでなく、一そうの配慮が必要であると考えます。財源の残りの二分の一を保険料でまかなうとなりますと、被保険者均等割りしか払わない被保険者の負担はあまりふやすことができませんので、所得割り保険料を納める少数の被保険者に負担が極端に片寄りまして、そのために保険料の徴収が困難になり、国民健康保険の運営を危険におとしいれるおそれがございます。願わくば現在の五%の財政調整交付金を一〇%ぐらいに引き上げる英断を期待いたしたいと思うのであります。
 私の意見は以上でございますが、国会の先生に特にお願いいたしたいことは、労働者の中で一番賃金水準が低く、医療に恵まれない政管健保の被保険者の家族は、今回の改正によって多少とも救われるという点であります。これまで三十年間も見捨てられてきた人々を、この改正案が廃案になることによって、ここで重ねて見殺しにすることがないように願ってやまないのでございます。御清聴ありがとうございました。
#355
○伊東座長 どうもありがとうございました。
 それでは最後に、浅野総一郎君にお願いいたします。
#356
○浅野総一郎君 それでは私の意見を申し述べたいと思います。国会の先生方が非常に努力をされておられることに対して敬意を表し、なおかつ意見の場を与えられたことを感謝いたしております。
 まず、福祉政策の拡充強化を望む国民の一人、いわゆる働く労働者としての立場から、今回の健康保険法等一部改正に関する政府案に対して、私の意見を述べるわけでございますが、終局的には現在出されております政府案に対して反対いたします。以下それらにつきまして二、三述べてみたいと思います。
 私たち働く者として大切な健康が不幸にして病気になった場合、安心をして治療が受けられ、一日も早く市民生活に復帰することが必要であります。それは最低限の費用で、どこにいても高い水準の医療が受けられることを切望いたします。
 このたびの政府案は昨年の六十八国会に提出された内容に比し、一部負担増を避けたことと、国庫補助が定額から定率一〇%に増大したほかは、従来とほとんど変わらないという見方をとっておるわけであります。したがいまして、本案は赤字対策中心案というふうな印象を受けるわけであります。
 具体的に私の意見として二、三の例で申し上げますと、まず給付の関係の問題でございます。法第五十九条で家族の療養給付を現行の五割から六割に水準をアップするということでございますが、本来ならば、先ほどの公述人からもございましたように、本人と家族の差のつくこと自身労働者としてはきわめて苦しい問題でございます。どちらがお金を取られようと、これは一緒でございます。したがいまして当然これは十割にしてもらいたいと、こういうのが本来の願いでありますが、現状におきまして少なくとも国民健保の七割水準、これを最低限度、これ以上維持するという考え方に立っていただきたいということでございます。
 それから法五十九条ノ二ノ二で、高額療養費給付の新設がございます。これにつきましては非常に斬新的な考え方であるというふうに考えております。しかしながら、この内容につきまして、まだ努力の足らない問題があるんではないかというふうに考えております。先ほどの方の御意見がございましたが、もう一つの別の面から見ると、一件一カ月三万円以上、こういう問題がございますが、最近の病気の内容を見ましたときに、一つは長期化しておる、それから高額医療である、こういうことに関しまして長期的に一家として、家族として、その費用に耐えられるのかどうか、たとえば年間にして三十六万円という費用が出るわけなんです。たとえばガンであるとか、あるいはそれ以外でも長期にわたる老人病の問題、そういうことに対して三十六万円を労働者が支出しなくちゃいけない、はたして現在の税金の問題から考えまして、税金のかからない所得の人間が三十六万円に耐えられるのかどうか、この問題につきましては、私は一考を要するのではなかろうか、たとえば数カ月後には本人負担から健保の負担に切りかえると、こういうことも一考ではないか、そういうことも一つの考え方としては出てこないだろうかというふうに考えられるわけであります。
 それ以外にいろんなことで給付の改善のされる点につきましては、何年間かやられておらなかったといいますけれども、これは福祉の面から考えるならば、私は当然である、今回出されている改善はおそきに失するという考え方がございます。この問題はなぜかといいますと、私たちの働く労働者というものは、今日非常にインフレとか、その中で給与の水準がなかなか上がっていかない、そうしてこの国を再建してきた、あるいは多くの利益を生んできた、これは経営者だけの努力ではない、少なくともほとんどの労働者が働いた結果、日本が生産性を高めて国を富ましてきた、そういう意味におきましては当然労働者に与えられている権利ではないか、そういう意味では大きく発想の転換をやるべき時期にきておる、そういうことをひとつ申し上げておきたいと思うのであります。
 次に、財政面からの問題でございますが、法七十九条において賞与からも一%の特別保険料を徴収する旨の提案になっております。これは今回は、さらにそれ以外に政府管掌の場合、保険料を千分の七十から七十三に引き上げる、さらに標準報酬月額を下限の三千円を二万円に、さらに上限の十万四千円を二十万円に引き上げる、それだけの、この二つのことをかりに実施したとして、どれだけの財源が出てくるか、加えて楽しみであるところの賞与から一%の保険料を取るということは、労働者としてもってのほかだというふうな考え方をしております。この一%の特別保険料を取られて給付の面でどれだけ総合的によくするのかということは政府案には何ら盛られておらない、総合的なものではない、取るだけ取って、そちらには給付がない、この考え方は労働者にとって耐えられない、そういう意味で、これには絶対的に反対をしたい。そういうふうに考えておるわけであります。
 それから法第七十条の三に示された国庫補助定額を定率に直して、さらにその定率を一〇%出そうと、この着想につきましては、先ほども申し上げました意見もございますが、私は、この着想につきましては賛成でありますが、一〇%そのものでは現状においてだめじゃないかというふうに考えております。これは少なくとも当面二〇%程度の額を国庫補助することによって財政面の問題は相当よろしくなるのではなかろうかというふうに考えております。それはやはり国民健保におきましては医療費の四〇%を国庫が負担するという実例がございます。それと直接比べるわけには参りませんが、少なくとも一〇%では低額である、こういうふうな判断をいたしておるわけであります。
 さらに法第七十一条ノ四、保険料率の弾力調整規定の新設、この問題につきましては、私は第一番に非常に国会の審議を重要視されておる諸先生方が国会審議をすることなく、その権限を厚生大臣に一任をするという考え方、まず考え方に問題があろうかと思います。それからこの率は下げるときも上げるときもと書いてございます。いわゆる千分の六十六から千分の八十の間、つまり今回改正しようとなされておりますのは千分の七十三でありますから、七十三をさらに八十と、千分の七を上げるということを、いわゆるより多く取るということを労働者あるいは経営者、被保険者から取るということを厚生大臣にゆだね切るということにつきましては非常に問題がございます。さらに審議会の意見を聞くというふうなことがございますが、意見を聞いたならば、はたしてその審議会を尊重していくのかどうか、この点は政府のこの二、三年の姿勢を見ておりますと、抜本的改正と言いながら、審議会からはいろいろな具体的な意見、答申をされておりますが、政府の姿勢としてはこれを私は守っておるとは考えられない。そういうふうに意見を聞いただけでは、実行に移す段階にはほとんどならないという今日までの実績から、これは徹底的に反対をすべきだ、一つは国会審議、一つは意見を聞くということではだめだ、この二点から、この問題については反対をいたしたいというふうに考えておるわけであります。
 それから、これら一連として私たちの考えておりますこの健保に関しましては、さらに医療保険制度に関連する諸制度の中で一部申し述べたいと思いますのでお聞き取り願いたいと思います。
 一つは差額ベッドの規定強化に対する問題であります。この差額ベッドをどのようにもっと規定をしていくか、この問題が非常にわれわれ労働者にとってはたいへんであります。入りたいけれども差額ベッドでなければないんだという、この問題をどういうふうに扱っていくのか、それから一番つらいのは付添看護婦でございます。非常に高額に金額がかかります。これについても適用についていろいろ問題がございます。それらに対する改善をひとつお願いしたいというふうに思います。
 それからもう一つは、乱診乱療を避ける意味におきましての診療報酬支払いその他医者に対する監査、そういうものを強化し、そうして領収書を医者から発行させる、この問題が非常に不確実でございます。
 さらに労働者は僻地にもおりますので、僻地医療と救急医療の整備対策、そういうものに対しても御留意を願いたい。
 さらに老人の医療の無料化とか、あるいは乳幼児対策、これについてもお願いをしたいと思います。
 さらにもう一つは、労働者の中には五人未満の事業所にたくさんの労働者がおります。この五人未満の事業所にこの健保の適用というものが、なかなかむずかしいということがございますので、私はぜひとも労働者の一人として計画的に、すみやかに、確実に、これらの適用方を諸先生方にぜひともお願い申し上げたいというように考えております。
 以上、私たちの申し述べたい一端を述べたわけでございますが、要は私も政争の具に使うということではなしに、ほんとうに働く労働者、つまり額に汗して働く労働者が健康で働ける条件、お金は少なくして高度の医療を受けられる、この精神、福祉国家、福祉政策の拡充強化というものを大多数の国民が望んでおる、その意味を十二分に御理解をしていただきたい。
 新聞紙上、私案が出ておりますが、これに対する見解もございますが、政府の正式の案ではございませんので、質問の機会がありまして、もしそういうことが見解を述べられる機会がありましたならば、そのときに譲りたいと思います。
 以上でございます。
#357
○伊東座長 どうもありがとうございました。
 以上で御意見をお述べいただく方々の御意見の開陳は終わったわけでございます。時間が短くて申しわけございませんでしたが、後ほど委員の方々から御質疑がありますから、意を尽くせなかったことは、そのときお述べを願いたいと思います。
 これから御意見の開陳がございましたので、皆さま方に派遣委員の方々から御質疑をいたす順序になるわけでございますが、途中で昼食の時間にもなりまして、こま切れになりますので、ちょっと早いのですけれども、これから休憩をいたします。約一時間、零時半から再開いたしたいと思いますので、御了承をお願いします。
 それでは、これで午前の部を終わります。どうもありがとうございました。
   午前十一時二十五分休憩
     ――――◇―――――
   午後零時三十分再開
#358
○伊東座長 それでは、これより午前の会議に引き続きまして再開をいたします。
 派遣委員の質疑を行ないますが、質疑の申し出がありますので順次これを許します。まず戸井田三郎君。
#359
○戸井田委員 午前中にはたいへん各先生が貴重な御意見をお述べくださいまして、ほんとうにありがとうございました。今回の関係改正案に対しまして各先生方の御意見を承りますと、改善されて是とする面と、その改善を補う上において負担――受益者に対する負担の問題、これがメリットとデメリットになってあらわれておるように思うのであります。
 そこで、小倉先生にちょっとお伺いしたいんですが、先生は反対の理由として、まあ全般的に医療の検討が十分に行なわれてないじゃないかというようにお考えをお述べくださいましたが、そこでいろいろ抜本改正の問題、こういうものとの関係で、そういうような検討がされてからでなければ現在のような改正点を、健保法を成立させるべきじゃない、そのほうが先だというふうにお考えのようにお伺いしましたが、御意見承りたい。
#360
○小倉襄二君 実はこの医療保険の改正問題は非常に戦後長い経過を持っておりまして、厚生省サイド、あるいはまた審議会におきましても、ずいぶん検討を加えられたこれは課題でございますけれども、その点におきまして私は、従来からの審議経過の中でやはりこの段階において、相当抜本的なまさに抜本的な、総合的観点に立った医療制度の展望を示す中で、現在の矛盾をやはり解決すべきであろう。それが常にそういうふうに言われながら、当面の短い射程内における財政調整に終わってしまうという、審議の全体の欠陥を持っておりますので、またもやそれを繰り返すのかということですね。
 そういったことが私が疑問になった点でありますので、やはりやむを得ないという点もありながら、しかし、戦後長い経過の中で、矛盾が深まる一方の中で、やはりこの段階において社労委員会、あるいは審議会の答申を含めて、政府側の責任においてもっと抜本的な方向なりワク組みを示す中で、当面の問題にいたしましても、そういう前提がなければ赤字調整に終わってしまうような脆弱性になりますので、それを避けたいということを申したわけでありますが……。
#361
○戸井田委員 それで、いまいろいろと改正点、そして各公述人の先生方がお述べになった保険料の給付を六割、あるいはそれでは足らんから七割――先生はまあ八割というようなお考えのようでございましたが、あるいは高額医療とか改善されてる面もたくさんあるわけでありまして、そういうような面が、受益者負担とのかね合いでどう判断するかと。
 こういうものを成立させるべきであるか、あるいは廃案にすべきであるかという判断になろうかと思うのでございますが、先生の場合はあくまでも、抜本改正をやってからでなければそういうものをしてはいけないというのか、あるいはそういう改正点、特に最近、橋本私案というものも自民党案として、自民党の修正意見として、橋本委員の個人の私見という形で出しておりますが、そういうような面を含めて改善されれば、内容に対しては不満であるけれども、やはりそういうようなものを待っておられる方々も大ぜいおられる、そういうような人のためにまず第一歩としてこれを実施してもよかろうというようなお考えをお持ちでしょうか。
#362
○小倉襄二君 その点でありますけれども、私はまことに原則論ばかり申しておるようでありますけれども、やはり、かりに政府案の橋本私案といわれております若干の、七割でありますとか、あるいは特別保険料徴収をやめるとか、あるいはまた弾力条項につきまして連動する国庫定率補助率を上げるとか、そういう一連の橋本私案における、現在の政府原案よりはやや前進した部分がある案が提起されておりますけれども、これにつきましても、やはり社労委員会なり政府の責任におきまして、それでは今後現実のこのような格差分断におちいり、しかも政府管掌が赤字なんでありますが、そういう点における非常に低い保険グループの中において悪循環が回っていっている。あるいはまた、おそらく私は弾力条項につきましても、今後非常に増加するであろう医療コスト、それをやはり厚生大臣の権限によって、比較的自由に保険料率を上げていけるという仕組みをつくるという前提にあるわけで、弾力条項はそういうものを持っておりますけれども、そういう全体の展望なしに、若干の上積みをしたから、直ちにこれを実現していいというふうには考えないわけです。
 確かにこれは早急に、おっしゃるように高額医療の是正に関する国庫公費負担に関する、非常に待ち望まれておりますようなそういう部分があるんでありますけれども、それにつきましても、やはりある一定の確約といいますか、将来総合的な、いわば矛盾を打開できるような、総合医療的な観点というものを前提にする諸条件をはっきり示す中で、当面の一つの改善策としてこれを容認するということは私あり得ると思います。
 けれども、そういうことなしに、弾力条項にいたしましても、たとえば診療報酬であるとか、現在の薬剤――つまり赤字の原因というものは、たとえば多くの現在の診療報酬体系なり、薬剤の使われ方であるとか、非常に巨大な製薬独占の利益であるとか、そういったものがからんでおりまして、そういう事柄に対する強い規制なり、あるいは供給サイドの社会化を含むところの体制が整備されるということなしに、ただ無条件に、少し中央原案が修正になったからいいだろうというだけでは済まないような段階と違うのではないだろうかと思うわけです。
 その点で、おそらく社労委員会のいろんな御決定があると思うんでありますけれども、その場合には強力な付帯決議として、積年の医療保障体系の矛盾と格差分断、これに対する基本的な抜本策を早急に講じるということをはっきり方向づけした中で、現在の政府原案よりは上積みになった部分、特に弾力条項を、むしろこれは廃止すべきと思いますが、そういう形において特に給付改善並びに高額医療、三万円以上の高額医療費の公費負担というもの、こういったものを認めていくような方向で私は考えたいと思っております。
#363
○戸井田委員 もう一つ別の角度からお聞きしたいんでございますが、この保険財政をまかなう上においては、租税、また保険と、こういうような形で補っていかなければならないわけでありますが、現在の日本は高度成長経済下にあって、国民の要求――求めるものは非常に多様化してきておると思います。
 またそれらの面で、あるいは減税とか、租税の面ではむしろ負担を軽くしていこうという一面に努力もしなければなりません。こういうような保険という性質からして、当然受益者負担というものも考えて改善していかなければならない、かように思うわけでありますが、そういうような国民の多様化した中で、この財政をどういうふうにまかなっていかなければならないかという調和点を、先生の御意見をひとつお聞きしたいと思いますが……。
#364
○小倉襄二君 たいへんこれはむつかしい問題でございますけれども、私は……、私論でもありますが、先ほど中村さんもおっしゃったように、わが国における医療というものはできるだけ公的な責任体制を強化すべきだと思っております。そうなりますと、どうしてもこれは、一般財源に依存する医療費負担のセクターというものをふやしていく必要があるということを考えているわけです。
 確かに社会保険体系でございますから、保険料における財政徴収の限度というものと、租税的部分で負担する部分の限度というものを、どういうサービスに即して考えるかということは、これはたいへん重要な課題なんでありますけれども、私はやはり現在の医療供給体制を見ますと、非常に需要サイドの社会化、国民皆保険という――結局フレームとしては国民皆保険でありますけれども、内容的には格差分断の非常にひどい状況を保守されておる。しかも私的医療機関を中心にした医療部分と、総医療費の消費の形態とか、そういったものにつきまして大きな矛盾がある。特に、私は医療というものは、そういういわゆる需要供給関係におけるところの資本制的な経済原則では律し切れない、いわば人間の絶対需要というように思っております。
 そういう点からやはり不採算医療というものもありましょうし、公害であるとか、あるいは難病ケースもありましょうし、そういう点に関しまして、あるいはまた先ほど御指摘のように、現実の入院なんかの場合におけるところの医療――国民皆保険といいながら、個人個人が負担すべき多くの私的にスペンドすべき負担というものがある。
 そういうものを含めまして、私は大体、イギリスのNHSがいつも念頭にあるんでありますけれども、イギリスの総合的な国民保険サービスと、国情が違いますから、こういうことを直ちに日本においてとは申しておりませんけれども、少なくともイギリスにおけるような、いわば包括的な観点から、健康管理、予防、あるいは早期発見、早期治療、あるいはアフターケア、リハビリテーション、地域医療体系の確立、あるいは健康管理体系の確立、そういったものに関しましての諸条件を整備する形において、より多く公的セクターをふやしていく必要がある。
 そうなればなるほど、財政依存につきましても、国家財政からやはりこういったものは相当大きく支出する必要があるということで、当面の目標といたしまして私は、大体政府の一〇%の定率じゃありませんで、二〇%の定率ということを申しておりますのは、そういう観点から私は主張しておるわけです。
#365
○戸井田委員 まあ国家財政という面から見ますと、日本の租税負担といいますか、国民所得に対する租税負担、あるいは社会保険の負担、こういうものを見てみますと、国際的には水準が非常に日本のほうは低いように思うわけでありますが、そういう意味から言えば、むしろ租税面でそういうものをまかなうべきだということからすれば、さらにそういう租税負担の面で考えろということか、あるいはそうでなく別の振りかえというような意味で考えてもらいたいということなんでしょうか。
#366
○小倉襄二君 その場合、担税力という問題があると思うんでありますが、その場合現実に日本の租税体系ですね、このことが私は大きな問題であると思います。先ほど真田さんが御指摘のように、保険料におきましても折半という国はほとんどありませんで、たいてい資本家が七、被保険者のほうが三という、そういう形の負担率になっておりますし、先進国はそうでありますが、そういった点もございます。
 あるいはまた現実の税制そのものが、いまおっしゃったように担税力というものにつきましても非常に不公平、あるいはまた法人税の問題もございましょうし、そういう形における国家財政のまかない方の問題がある。あるいはまた地方自治体におけるさまざまな保険サービスのことを考えましても、現実の三割自治、あるいはまた住民の要求に対して自治体がとうてい福祉医療に関して対応できないという側面もある。そういう税制配分の問題もあるだろうと思います。
 そういった点で、私が申しますように、かりに総合的な医療保障体系というものを構築する場合に、財政に関しましても国家財政の配分のあり方、あるいはまた地方自治体を含むところの財政配分の問題、そういったことを含めて検討する中で、一つの公費負担の限度というものを考えていくことが必要であると思います。
 特に税制の内容的な検討の中で、大衆課税であるとか、あるいはまた現実に医療ニードから申しますと、非常に力の弱い部分に制度が不十分であって、しかも収奪が激しいと、そういったところを是正するような、そういう方途も加味して公費負担の限度というものを見きわめていくべきであろうと、このように考えております。
#367
○戸井田委員 それから先生の御所見の中で、高額医療費の問題についてあまりお触れになっていなかったように思いますけれども、その点の評価について先生の御意見をひとつお伺いしたい。
#368
○小倉襄二君 私は高額医療の公費負担につきましては、これは確かに前進的施策であって、政府原案の中では最も評価すべき部分と思っております。しかし、これも償還方式でありますので、できればこれを現物給付にしたほうがいいという感じもありますし、それからさらに、先ほど真田さん御指摘のように、一件三万円という押え方が、現実の各疾病を持っている世帯、傷病世帯におけるところの特に長期入院であるとか、家族何人か病気をするとか、そういった場合に一件三万円という押え方が、はたしてこれだけでいいだろうかという、そういった疑問を若干持っております。
#369
○戸井田委員 それで、いま先生の御意見の中で評価されるべき点、そういようなものも含めて、国会では御承知のとおり提案されれば原案のまま成立をさせるか、あるいは修正して成立をさせるか、あるいは廃案にするか、こういうような三つの道しかないわけでありますが、そういった給付の面における、橋本私案によれば七割まで来年の十月からしようというような意見もありますし、そういう改善面をとらえて、先生の御意見としては最終的には、いろいろな意見のある点は附帯決議等にしてそういう修正可決でもせえというような御意見ですか、あるいはそれともこの際出直して廃案にすべきであるというようなお考えでしょうか。
#370
○小倉襄二君 これは追い詰められたようなことで、たいへんお答えしにくいことになったわけですけれども、確かに給付改善に対する国民の期待も大きいし、それから特に高額医療に対する公費負担への期待も大きいわけでありますから、そういったことを日を延ばしまして、次の機会にというだけでは、これは当面の国民の要求に対して答えとならないと思います。しかしながら、その点につきまして、おそらくほんとうに近い機会にこういう若干の給付改善、財政調整のことを含めて、抜本的な方向についての提言を、これは非常に強い付帯条件をつけて、ある程度当面の成立をはかることを私は絶対的に反対というわけではありません。
 若干条件付なら条件付反対というようなことになっておかしなようですが、そういう気持ちを持っております。少なくとも弾力条項については、私は撤回していただいて――その分を撤回していただくことは絶対必要じゃなかろうかと思っておりますし、それから橋本私案の、とりあえず七割という給付改善の確約は必要であろうということを考えております。
#371
○戸井田委員 ありがとうございました。
 中村先生にちょっとお伺いしたいんでございますが、中村先生の御意見の中で弾力条項、こういうものは事情の変化というものに対して即応できるような態勢という点からすれば、弾力条項というものは一応評価できると。特に現在のように、こういう国民の健康に関係するような重要な問題が、ややもすると政争の具に供されているようなきらいもあるというような御意見でございまして、その点についてもう少し先生の御見解を――最後にちょっと言われたもんですから、御意見をお伺いしたいと思います。
#372
○中村正文君 健康保険というものは短期保険でありまして、原則として、その年必要な費用は、その年の拠出でまかなうという原則があるんではないか、ただし、これは民間の保険ではなくて社会保険でございますので、民間保険の私保険的な原則というものがそのまま妥当するとは考えません。
 しかし保険である限り、しかもそれが短期保険である限り、ある程度やはりその年赤字になれば、あるいは給付費がふえれば、これは保険料によってある程度まかなわなきゃならないんじゃないかと。これは保険でない、保険を放棄するというなら話は別でございます。保険という原則を守る限りは、論理的に言ってそういう結論になるんではないかと思います。
 ただ私、多少不案内な点がありまして、その弾力条項というのは法定された料率を中心にしてある幅を持たせると、こういうことなのか、法定された料率というようなものは考えないで、弾力条項を発動した結果が、そのままそれが法定料率になるのかと、この辺のところが実はわからないんであります。
 もし、いわゆる厳密な意味での弾力条項であるといたしますならば、必要に応じまして、たとえば七・三%を七・五%に引き上げるといたしますと、次回の議会なり何なりで七・五%というものを承認を得ましたならば、そこに再び弾力の幅が伸びていくという性質のものでなかろうかと考えましたので、その幅というものは必要最小限にとどめたほうがいいんじゃないかと。
 大体保険料収入というものは賃金水準に比例しまして、一応自然的な増収というのがございます。これは何%かわかりませんが、今日であれば、おそらく一〇%以上の保険料の自然増収というのはあると思うんです。その上になおかつ、こういう弾力条項を発動されるというのでありますから、もしこれが自由に使われますと、医療費というものがその賃金水準の上昇を越えて伸びていくという可能性をそこに与えられるんじゃないかと、これを非常に私心配するわけでございます。
 やはり医療費というものには国民所得なり何なり、そういうものとの関連から、おのずから限界があると思うんですが、この弾力条項は自然的な保険料の増収の上に、さらにそういうものが相当な幅であるということは、側面的に言いますと医療費の増高に拍車をかける。これをまあ非常に私心配しておるわけであります。
 したがって、先ほども申し上げましたように、弾力条項を発動されまして、たとえばその料率が引き上げられたと、その料率について議会で承認を得れば、さらにそこからまた弾力条項の幅が出てくるんじゃないかと、こう思いますので、あまりに厚生大臣の裁量の幅を設けるということについては疑問を抱いておるわけでございます。
#373
○戸井田委員 この間やはり橋本私案というものが出ましたときに、その中にも弾力条項適用については給付の改善であるとか、あるいは診療報酬の改定とか、緊急な場合に限ってだけ適用するというような橋本私案として提出されたのも御存じと思いますが、さらにその場合でも〇・一%上がれば、本案では政府の定率が〇・四%、橋本私案では〇・六%というふうなことになっておるわけでありますが、私が先ほどお聞きしたのは、そういうような弾力条項が発動される場合に審議会の議決を経るというような、これは審議会の議を経て、という提案を橋本私案もされておりますが、いずれにしても、その辺のことはさらに煮詰められてどういう形になるか、審議のまだ過程でありますけれども、そういうふうな面でいろいろなワクをはめてあるわけでありますが、そういうような場合に、先ほど先生が申されたように、そういう状況の変化に対応するというために、そういう条項というものは、一応先生の御意見としては評価されるように先ほど聞いたわけでありますが、それでよろしいでしょうか。
#374
○中村正文君 そのとおりでございます。評価はいたしております。ただその七・三%から下、〇・七ですと六・六です。それから上が八でございます。そうしますと上下一・四%、こういう幅があります。この幅は少し大きくはないかと、それだけのことであります。
#375
○伊東座長 それでは次に、八木一男君。
#376
○八木(一)委員 各先生方から貴重な御意見をいただきましたことについて、最初にまず心から感謝を申し上げたいと思います。
 先生方に御質問を申し上げるまでにかいつまんで、私どもの所属をいたしております日本社会党の社会保障や医療保障に関する基本的な考え方を申し述べまして、それも御理解の上での御答弁をお願いをいたしたいと考えているところであります。
 私どもは、社会保障というものについては憲法第二十五条第二項で、国のそれを改善をし充実をする責務が課されているわけであります。したがって、その他の諸問題と違いまして、生存権の中の一番大切な項目として国の責務が課されていることについて、他の財政事情とか、他の政策とかいうものに籍口して、これをほんとうに完成させることにブレーキをかけることは許されないという考え方に立っているわけであります。
 ところで、そういう状態でございまするのに、いままでの政治ではそういう問題が進んでおりませんでした。特に池田内閣以来の高度経済成長政策の中で、多くの労働者が低賃金と重労働で圧迫をされてまいりましたし、また零細な自営業、商工業も農業も圧迫をされた中で高度経済成長政策が行なわれてまいりました。またその中で一般的に高物価や重税や、あるいはまた公害まき散らし等で国民が圧迫をされてきた中で、社会保障がその間に飛躍的に前進をしなければならないのに、停とんをし、一部後退をするというような状態になってまいったわけであります。
 このような問題について、国民的な貴重な重大な批判がある。政治が転換をしなければならない時代に際会をいたしておるわけであります。この前の総選挙で福祉国家とか、あるいは社会保障を推進をすることを各政党が国民に公約を申し上げたわけでございました。このようなことを考えますと、いままでから、ちょっと考えたという程度では問題にならない、この機会に飛躍的に社会保障を確立をしなければならない、そして飛躍的に医療保障を確立をしなければならない状態であろうかと思います。
 ですから長年、たとえば家族療養費の問題には触れられなかった、今度それがいささか触れられた、ということはいま申し上げた背景から考えると、このようなことは評価をすることに値しないぐらいたいへん少ないことであると、もっと飛躍的にこの問題が前進をされなければならないというふうに私ども社会党は考えておるわけであります。
 ことに、いま医療の問題について、医療保障じゃなければいけませんが、残念ながら現実は医療保険という状態で進められております。そうしてその医療保険が進められておりますが、保険あって医療なしという状態が国民の各層の非常な悩みの種であり、また有識者の心配の種でございます。この前、健康保険法が審議をされましたときには、抜本改正法案も出まして、医療の全体について、医療保険の問題も供給体制の問題も論議をされてきたわけであります。それを今度は切り離して、主として財政対策としか思われない案だけが出た、このような政府の姿勢に非常に問題があろうかと思います。
 保険あって医療なしでは、保険なしということを、極言すれば言えるわけであります。いくら保険があっても無医地区であればその保険医療を受けることができません。また、一〇〇%ないとは言えないにしても緊急医療体制が進んでいなければ、完成をしていなければ全然そのような意味がないということになるわけであります。
 また、そして入院をしようとしても差額ベッドがあって、生活の苦しい人はそこに入れない。また重病で看護を十分受けなければならないのに、付添看護料が自己負担になるというような状態では、全く国民の命と健康は無視をされていると考えなければならないと思うわけであります。
 したがって、今度の健康保険法の改正案の審議にあたりこの問題を切り離して考えることはできないと思います。私どもはこの問題をほんとうに政府の完全な確約、そして各党の完全な合意のもとに、国会の権威でこの問題が、ほんとうに医療供給体制の問題が完成する状態を、この国会でつくらなければならないと思うわけであります。
 そうした意味で、まず小倉先生、真田先生、中村先生にこの問題についてお伺いをいたしたいわけでございますが、医療の供給体制、先生方でございますからこまかいことは申しません。その医療の供給体制を完全にする、その問題について、この健康保険法案の審議を通じて、審議の際に内閣の一番の責任者が、国会を通じて国民に完全に確約をする、国民の満足をする状態を至急に即刻につくることを確約をする、各政党がこれを確認をするということが、この健康保険法の審議に非常に大切なことであると思うわけでございますが、その点について小倉先生、真田先生、中村先生からお考えを承りたいと思います。
#377
○小倉襄二君 私が申し上げますテーマもその点にかかるんでありますけれども……。私は大体社会福祉の勉強をやっているのでありますが、たとえば現在障害児であるとか精神障害者の場合をとりましても、確かに健康保険を使って治療をいたします。その点につきましては、それは確かに一つの皆保険体制におけるいい面でありますけれども、それは意味があるわけでありますが、実際面は御指摘のように、精神障害におきましても、まず患者の発見とか、それから地域のケア――保健所なら保健所における、地域におけるそういう精神障害者に対する差別偏見がありますが、差別偏見を越えるためのそういう人権を守るという観点からの地域のケア、あるいはその障害者を収容した後における精神病院の中の治療体制、あるいはまた一応緩解いたしまして退院以後における社会復帰であるとか、そういう系統的な医療の体制を見ておりますと、ほとんどこれが分断されておりまして、それが基本的な人間らしい正常な扱いになっていない、そういうことがあると思います。それは最近、ルポ精神病とか申しまして朝日新聞の記者の方から、内部からの病院へ告発があったわけであります。そういう点もございます。
 さらにまた治療につきましても、これはいろいろ診療報酬問題をめぐって中医協はもめておりますけれども、あのあたりにも問題が一つあると思います。どうしても現在の診療報酬体系というものが一点単価方式、出来高払いになっております。これをあながち私は批判する気はありません。現在の低医療費の中ではやむを得ないように思っております。けれども、それが実際患者の治療に関しましては、それが多くのマイナスをひどくしておる。スモンもそうでありましたし、それから精神病院の中におきましても、最近では化学的拘束具といわれておりまして患者に向精神薬を投与する、過剰投与する。それによって患者の一定の行動を鎮静させるというようなことをやっております。
 そうやることが病院の経営なり、あるいは医療経済にとってメリットになると。そういう形において医療の本質から離れたところにおける診療というものを現実にやっていると伺っておりますが、そういうことも含めて、やはり御指摘のように、医療供給サイドにおける課題というものを今度の健保改正問題とからめて、展望を出しながら当面の措置というものと、やはり方向性というものを明確にしなければ、新しい矛盾を持ち込むことになる。
 特に、これはだれか御指摘がございましたように、国民でありながら医療水準が二重三重になっているということがあるわけです。しかもそれが力の弱い、疾病率の高い、しかも病気になれば生活が破壊されていく、そういった人に対して非常に不十分な制度が対応しておって、しかも今度の改正という政府原案におきましては、そういった部分に対する負担増であるとか収奪が強化されてくる。若干給付改善とか私は評価しておりますけれども、それがさらに現実の医療全体のひずみに対して新しい矛盾として収奪を強化することになる。
 そういうことであっては、さらにまた過去の繰り返しになりますので、この際やはり若干給付改善という一つの方向を得たわけでありますから、それを一つの契機として一歩大きく画期的な医療構想に向かっての御審議を始めていただきたいということ、それを私は極力申しておるわけであります。
#378
○真田是君 御質問ございました趣旨に私は基本的には賛成でありまして、確かに今日の日本の医療の問題というのは、今度の健康保険法等一部改正案、これが取り込んでおります問題の範囲とか射程の範囲とか、こういうものにとどまっているという性質のものではないと思うわけでして、もっと表側に、あるいはもっともとに基本的な重要な問題というのをかかえているんだと思います。
 これはもう私から申し上げるまでもないわけでありますが、一、二思いつくままに申し上げましても、大体医療につきましての国がまず責任を持って解決しなくてはならない問題、たとえば予防衛生、公衆衛生の問題、さらには公費医療をもっともっと充実をしていかなくてはならないような問題、それから御指摘のありました救急医療の問題、さらには過疎地域における医療機関の問題、あるいは医師、看護婦の養成制度の問題、どれをとりましても、これは国が早急に責任を持って解決していかなくてはならない、まことに深刻な問題をかかえているかと思います。
 さらに点数単価の問題にいたしましても、今日の薬の値段の問題にからみまして、たいへん重要な深刻な問題を今日かかえているんであろうと思うわけでありまして、実は今度の法案で、いま申し上げたような諸問題というものにすべて手が届かないことは確かでありまして、そういう意味では日本の医療の問題は、これは抜本的な提案なり、抜本的な方策なり、こういうものがとられなくてはならないと思います。
 私も一つ自分で経験いたしましたことを例に申し上げたいと思うわけですが、重度心身障害児の父親が言っておりましたんですけれども、これは約十五年にわたりまして、その子供を父親が見てまいりました。その中でいろいろな問題にぶつかったわけでありますけれども、とりわけていま申し上げることに関係いたしますのは、日本の今日の医学というものが、あるいは世界のといってもいいかもしれませんが、世界の医学というものが実はそういう重度心身障害の問題に、その問題の重みに値するだけの十分なエネルギーなり、財政なりというものを研究の上で向けていないんだと、こういう事実を実はこの十何年の間に自分はつぶさに体験をさせられたと、こういうことを申しておりました。
 実はここに一例申し上げましたように、医学そのもののいわば跛行的な発展とも申すべきようなものもあるんだと思います。ところがこういうのが、それではお医者さん一人一人の責任に帰さるべきかと申しますと、私は決してそうではなくて、実はそこに国が中心になってとるべき医療政策の問題がやはりあるんだと思うんです。こういう医療政策のあり方いかんによりまして、いま申し上げたような分野にも医学の重点的な研究が向けられるかどうか、こういうものが今日の体制の中では大きく左右されてくるんであろうと、こういうように思うわけであります。
 そういう意味で、いま八木先生がおっしゃいましたような御指摘、これは私は具体的に議会の中で、今度の法案についてどういうようなやり方、どういうくっつけ方をすべきかということは、これはそれぞれの政党なり議員の皆さんなりにおまかせする以外にございません。私がそこでどうこうと提案申し上げるようなことは申し上げられませんが、御指摘の問題の重要さということは全く同感であることを、以上のわずかな例でございますが、申し上げて答弁にかえたいと思います。
#379
○中村正文君 確かにおっしゃられますとおり、今日の根本問題といたしまして、保険によりまして需要側の社会化は進んだけれども、供給側の社会化が進んでいないと。これはおっしゃられるとおりでございます。あらゆる問題の根源がそこにあるだろうということは推測できます。
 しかしながら、この場においてそういう医療制度の問題を論議していいのかどうか、実は私迷っておるわけでございます。健保の改正という問題に何か限定されてるような感じがいたしますので、医療制度の改革という問題は、これは別の機会に論じたほうがいいんじゃないかというような感じを持っております。
 確かに、保険あれども医療なしという実態はございます。ただそれは、救急医療の問題は別といたしまして、主として国民健康保険の分野における問題でないかということと、それから、そういう保険あって医療なしという問題を解決しようとするならば、医療機関の適正配置という問題に触れなければならないんですが、それが自由開業制度のもとにおいてどうすればいいのかと、こういう非常にむつかしい問題があります。
 しかし、まあ保険あれども医療なしとは申しますけれども、この昭和三十三、四年以来のわが国の皆保険、これはたいへんな成果を私はあげたと見ております。その証拠は、日本人の寿命が非常に延びたと、世界のファーストランクまで延びておると、これはその医療保険の成果として十分評価すべきことではないかと思います。
 なお、今日のように高度に文明の発達した、しかも安定した社会において改善していくのは、結局一歩一歩前進する以外にないんじゃないかと、そういうような気がいたしまして、実は午前中の公述の場合におきましても最初に理想像をあげたんですけれども、それは一朝にしてならないと、一歩譲りまして、あるいは十歩譲りまして、われわれが現在できることをまずやらなきゃいけないと、こういうたてまえから、その後の私の所見を申し上げた次第でございます。お答えにならないかもしれませんけれども……。
#380
○八木(一)委員 三先生からのお答えを感謝いたしたいと思います。いま先生の中の御意見に対して、私の考え方を申し述べながら申すことをお許しをいただきたいわけでございますが、一歩一歩、また段階的にということが、きょうおいでになった先生方に幾分そういうおことばがあったと思います。私どもはそのことではなしに、ほんとうに医療保障の完成に向かって、いまこそまっしぐらに、急速に前進すべき時期だと思うわけであります。
 昭和三十七年に社会保障制度審議会が社会保障の勧告をいたしました。昭和三十六年の欧米諸国の水準まで十年おくれで昭和四十五年に到達する勧告をやったわけでございますが、その中で具体的に国家予算に、この社会保障費の占めるものは、その四分の一を少なくともこえなければならないという部分があるわけであります。
 そのことは現在の予算で言えば三兆八千億ぐらいになるわけであります。それはだいぶ前の話であります。しかもそれは政府の公務員の人も、自民党の国会議員の方もみなおられた中で、少なくとも最低中の最低として十数年前に設定をされたもので、その到達目標の四十五年からは三年間経過をしているわけであります。それが完成をされても十年前のヨーロッパの水準にやっと追いつくという内容であります。
 そういうことを考えますと、そしてそのようなことをやってこなかったいままでの国民を圧迫する政治のひずみが、ほんとうに全国に伸展をしている状態であることを考えますと、医療保障を含んだ社会保障の問題について、いまこそほんとうに飛躍的に前進をしなければならない時期であろうかと思うわけであります。
 そういう点で、いま医療保険と医療保障の問題が論議になっておりますが、本来は医療保障であるべきだ。ところが現実的には医療保険で運営をされております。それが日本国憲法の精神に従ったり、あるいは社会保障の充実、確立という世界の流れ、日本の流れ、その流れで考えてみますと、医療保険が医療保障に近づくように最大限の努力がされなければならないと思うわけであります。その点についてはいろんな点がございますが、まず端的に言えば、国庫負担がその中にたくさん投入されるということが、この医療保険を医療保障にかえる一つの要点であろうかと思うわけであります。
 国庫負担率について今度一〇%のこの健康保険法の国庫負担が定率化いたしました。定率化したことを一般的に評価をしている方がございまするけれども、このような定率化は、すでに十年ぐらい前から行なわれておらなければならない状態のものであると私どもは考えます。少なくとも、段階的ということばを入れても、この際、国庫負担は二〇%ぐらいにしなければならないんではないかというふうに考えるわけでございまして、他の医療保険とのバランスというお話が出れば、当然他の医療保険の国庫負担もそれに準じて引き上げられなければならない、という性質のものであろうかと思うわけであります。
 その点で一〇%を評価するのではなしに、いままで定率の国庫負担をしてこなかった怠慢な態度について、国民の世論の力で、そしてそれをバックとした国会の討議の中で、そのようななまぬるい方針を改めて国庫負担を飛躍的に増率をする、そのことによってこの健康保険法案の、一部給付改善はありまするけれども、それに対して労働者の負担がふえるということの大きなこの反対意見、この反対意見の部分がなくなる、料率の引き上げや弾力条項や、あるいは特別保険料や、そういうものがなくなる、給付の改善が進んで国民がこの健康保険法の改正案をほんとうに喜んで受け入れる、そういう状態をつくる必要があると思うわけであります。
 次に、家族医療費を六割にしたということについて、ここにおいでになった先生方はなべて七割、あるいは八割ということをおっしゃったわけであります。私は当然、この医療保険というものがほんとうの意味になるためには、国民健康保険も含めて、全国民が十割給付にならなければ、ほんとうの医療保障というのを完成したことにならない、自己負担なしに、そういう負担がなしに、後顧の憂いなしに診療を受けることができる、さらに予防給付を受けることができる、さらにアフターケア、リハビリテーションを受けることができるという状態にならなければ、国民の健康がほんとうに保たれないと思うわけであります。
 段階的ということを私どもとして考えても、少なくともこの家族療養費は八割にならなければならない。それにつれて当然国民健康保険のその給付率はまた飛躍的に引き上げられなければならない。さらに現在提出をされておる日雇労働者健康保険法の、家族給付率の引き上げがその中に入っていないというような、こういう点は改められなければならないと考えるわけでございますが、この国庫負担の増率――先ほど戸井田先生が同じく国民の負担であるから、ということはおっしゃいませんでしたけれども、そういう意味を含めて保険料負担、あるいは国庫負担の問題について先生方と御質問御討議がございました。
 私は、すべて国民のふところから出ることは変わりはございませんけれども、累進課税で課税をされる直接税をもって財源とする国庫負担をやることが、最もこの社会保障の精神に適するということを考えるわけでございまして、その意味で国庫負担の飛躍的な増率と、そして家族給付率の引き上げについて国庫負担を八割にする、家族給付率を八割にする、このような家族給付率を八割にするそれを他の日雇労働者健康保険法等にも及ぼすということについて、小倉先生のひとつ御意見を伺っておきたいと思います。
#381
○小倉襄二君 直接のお答えになるかどうかわかりませんけれども、まあかりに十割給付という目標は私たちも考えておりますし、それをやはり当面の健保改正のこの段階においても私は強く主張すべきだと思っております。
 これはお断わりしましたように、直ちに日本にどうこうというのではありませんけれども、なくなりました労働党のアニューリン・ベヴァンが申しましたように、つまり公的な需要サイドの確立というものと、私的サイドとのきわめて無原則な結合というものが乱用を生むと――まあ乱用を生むと申しておりますけれども、まさにそのことが日本に現在起こっておると思うわけです。
 そういった点でほんとうに国民の医療、何か十割といいますと無料、無償ということばが使われがちでありますが、これは誤りでありまして、必ず払われておる。それはベヴァンの場合にはタックスとして払われているということでありますが、国が大体八〇%近くは医療費を持つという形において負担されておる。そういう形で払われているものについては、ただということはあり得ない。さらにそれを消費の形態におきましても、やはり供給体制においても公的セクターを強く導入していく、そういう形がやはり当面の新しい、現代における医療というものを考える場合の一つの原則ではないかと私は思っているわけです。
 私たちは制度の中に埋もれておりますから、なかなかそういう新しいアイデアとか展望が出てこない。一体医療とは何かということ、現在の資本制度の、われわれの生存の中で、特に公害や地球の滅亡まで考えられておる、こういう状況の中で一体医療とは何であるか、人間、命、人権、あるいは命への願いといいますか、そういうものがたくさんある。それが戦争で破壊されたり、あるいは日常的にもいろんな障害を持っているために差別を受けたり、適切な医療を受けられないで倒れていったりする、一家心中も起こる……。
 関西ではポックリさんというのがありまして、ポックリさんというのは、老人が病気になれば困るので、早く死にたいというんで下着を持っていって祈祷してもらう、そういう寺が奈良にあるわけでありますけれども、そういうような状態で国民が非常に病気をめぐるところの苦しみにあえいでいる。
 そういうところの中で、いまの健保改正の現実を考えますと、一体戦後どうしてきたか、これはわれわれ黙っていなかったし、審議会にしろ、国会関係においても議論があった、それがこの段階においてなおそういう――若干給付改善とかいうことがいわれておっても、すべて問題は技術的なペースで考えておって、八木さんがおっしゃったように、ほんとうに原則で基本的に、一体要点は何かという原点に立ち返って国が正面切った制度で問題を考えていない。そういうことに対してわれわれの憤りであるとか、不満というものが強くあるわけです。いまごろ何だという気が実際はわれわれもするわけです。
 われわれがイギリスの制度のことを申しますと、それはとんでもない、そんなことはもう荒唐無稽だということを言う。確かにそのとおり日本には直接入ってまいりません、そのままではいけません。けれどもイギリスの、たとえば公営医療の問題とか、あるいは予防体制であるとか、そういう公的セクターを拡大するという問題につきましては、実にわれわれが学ぶ点がある。
 特に自治体に対する福祉医療に関する財源把握、そういったものが非常に日本では弱い。現在の特別交付税あるいは地方財源に対する配分につきましても、この点が超過負担になっている。そういう保険医療の機関をやろうと思っても自治体は手も足も出ない。特に障害者をかかえた家族、家庭に対する、そういう訪問活動であるとか、そういう医療ニードを発掘しようとか、あるいは公営病院の現在の赤字の問題であるとか、あるいは医療関係者養成の問題、あらゆる点に関しまして非常に国家責任というものが閉ざされておって、私的ペースにゆだねられておる。
 私は日本医師会に対しても若干批判を持っておりますけれども、ああいう形において、もっと決定的に医療の方向に対するコンセンサスというものを形成するような、しかもそれを公的責任と包括的なネットワークによる国民医療体制を確立するための、そういうコンセンサスをつくり出す意欲というものが足りないということ、そういう点を前提にして初めてわれわれは、公費医療の問題をどういう形で財源配分に行なうかについてのめどがつけられると私は思っているわけです。このことを願っております。
 ぜひ社労委員会の討議におきましても、当面の射程における、私は若干の改善について政府原案のメリットを全部否定するつもりはありません。けれども、そういうことをやっておったのでは、これはもう百年河清を待つということがありますけれども、またもやこのチャンスをのがして問題を先に引き延ばすということになると思います。これだけの議論が煮詰まった段階でありますから、ぜひこの供給サイドを含むところの、いわば包括的な医療の方向に向かってのそのような矛盾を総点検をして、それをならしながら、あるいは展望を出しながら、国民医療の姿というものに対する提言をお願いしたいということを私は申しておきたいんです。
#382
○八木(一)委員 中村先生にお伺いいたします。
 弾力条項について御意見がございました。私どもはこの弾力条項はいまの状態だと直ちに発動をされて、保険料の値上げは実際にですね、保険料率の値上げが八%になってしまうという危惧があるわけであります。
 このような重大なことを厚生大臣が、たとえ社会保険審議会の意見を聞いてと、原案では――橋本私案では幾分変わっているようでございますが、そういうようなことでやられることは非常にいま労働者の負担が高いときに、これは非常に問題であろうかと思うわけであります。
 いままで赤字が出てまいりましたことは、これは借金でまかなってまいりました。それが今度はたな上げをされることになったわけであります。借金というと悪いことのように一般的に思われる国民が一部ございますけれども、私は、健康保険法のよりよい改正がその間行なわれなかった、国庫負担を増率をするとか、給付の改善を推進をするとか行なおれなかったということは非常に残念でございますが、特に国庫負担率の増率が行なわれなかったために、このような借金がたまったわけです。借金がたまったけれども、その間保険料の値上げはあまりされないで済んできました。実際上国民には保険料の値上げなしに、いままでの少ない給付でございますが、それを保証されてきたわけであります。
 ですから、この借金ということは悪いことではございません。短期保険だから弾力条項がやや必要であると。しかしこれは多過ぎるという御意見を承りました。私はやはり弾力条項というものは、それは国会という場、国民の意見の反映する場で、ほんとうに料率というものはきめられなきゃならない問題であって、それが厚生大臣の、ほかに意見を聞いても実際は官僚の恣意のまま、これが引き上げられるということは断じて許されないことだと思うわけであります。
 そのときに短期保険だから幾分の弾力条項が必要であるという御意見でございましたけれども、今度厚生保険特別会計法の改正がございまして、新規の借り入れを非常に限定する条項が入っております。で、これが新規の借り入れを猛烈に限定をして、そして借金ができないから、すぐに弾力条項を発動せなならんということの一つの仕組みになっているわけです。
 このような厚生保険特別会計法の、私どもで言えば改悪だと思われる点を省いてやれば、あとはほんとうにいま考えている、こういうふうにやれば財政は均衡をとれるということでやれば、一時的に、たとえば半年、一年、これは余ることもあるでありましょう。どんどんベースアップになっておりますから、余ることもあるはずです。かりにそこで足りないことが起こっても、いままで膨大な借金をしてまかなってきてるんですから、それだけの短期間の借金ぐらいは何でもないわけです。
 したがって、弾力条項というものは短期保険であっても、それをそうしないでいけば必要がないと私は思うわけでございますが、それについての中村先生の御意見を伺っておきたいと思います。
#383
○中村正文君 その赤字に対する考え方、これが一つ問題になるんじゃないかと思います。短期保険の場合には理想を申しますと赤字じゃなくて、むしろ特別な出費のために準備金というものすら持たなきゃならんと私は考えておるわけですが、それをそうじゃなくて、むしろマイナスの赤字、それのほうが正常であると。正常であるとはおっしゃいませんでしたが、そういうような印象を与えられるような考え方につきましては多少私、すんなりと理解できないんでございますが、本来ならばすでに上げられておって赤字が解消されておると、そういう状況を正常であると考えるならば、赤字があるということは異常であると、こういう評価にもなるんでありまして、その辺のところは価値判断の問題になるんじゃないかと思いますが、なお御質問ございますならば、お答えいたしたいと思います。
#384
○八木(一)委員 時間がちょっと迫っておりますので、たくさん先生方に御質問申し上げたいのでございますが、端的にひとつ、ごく簡単にほかの先生方にも伺っておきたいと思います。
 橋本私案なるものが出ました。これは私案であってどうなるかわかりません。しかしその中で、七割ということが私案で提起をされております。六割より七割がいい、われわれは八割がいいと思いますが、さらに十割に志向することも健康保険法の中で将来、近い将来十割になるということも書いたほうがいいと思いますけれども、少なくとも六割より七割がいいということが一つの考え方になっております。
 しかしこの橋本私案は、来年これをやろうという内容であります。当然この問題については、社会保障制度審議会なり社会保険審議会に七割の意見があり、当然七割に改正されるべき問題であります。即時に改正されるべき問題であります。それが一年おくれというようなことであっては、私はたいへん不十分な案だと思うわけであります。
 浅香先生、それから大隅先生、それから浅野先生にですね、このようなものでは全く給付改善の問題についても不十分だ、即時やるべきだというふうに私どもは考えているわけでございますが、それについて、時間の関係上恐縮でございまするけれども、端的にひとつお答えいただきたい。
#385
○浅香亮君 ただいまの八木先生のお尋ねでございますが、給付の改善は高いほどよろしいし、その時期は早いほうがいいことはわれわれとしても異議はないわけでございます。
 ただし、国家財政という大きなワクの中でのコントロールでございますから、その間の事情はわれわれのごときものにはわからないわけでございます。その間の事情にまで立ち至って私の意見を申し述べることは差し控えたいと思います。
#386
○大隅正浩君 先ほどから八木先生の御意見を承っておりまして、先生のおっしゃるとおり、そのとおりだと私は思っておりますが、ただし、そこで私が考えますのは、もうこの問題につきましてはかなり前から議論を何べんも繰り返して、議論は尽くされていると思うのでございます。すなわち、今日の段階におきまして何をやるかということが問題であって、もう議論の場ではないように私は考えております。
 したがいまして、今回の改正案というものは国家財政というものを中心にいたしまして、まずできるものからやっていくんだという行動に移るということが大切なことであって、将来の目標に対しまして、八木先生がおっしゃったような方向、私も大賛成で、実はこんなことを申し上げることは恐縮でございますが、私のほうの組合では扶養家族は十割給付をいたしております。それから事業主は五五、被保険者は二五という料率を持っております。
 それは私なりの理想の道を歩んでるわけでございまして、先生のおっしゃることは当然だと思うんでございますが、しかし何と申しましても、これは国会の場において討議されて、実行に早く移していただくということが念願でございまして、私らは国会の中の内容にまで立ち入ることは差し控えて御遠慮申し上げなきゃいけないと思いますが、何とか先生方の中におきまして、この問題を議論の場としてでなく、実行の場としてお進めいただきたいということを申し添えたいと存じます。
#387
○浅野総一郎君 当初の私の意見のとおりでありますから、各党の論議をいただきまして、ぜひとも調整をしていただいて、七〇%の実現をいまからやっていただきたいということを希望いたします。
#388
○八木(一)委員 高額医療費の問題で小倉先生にお伺いいたしたいと思います。一部出ましたが、高額医療費の問題について三万円以上というものはたいへん実効が伴わない。私どもはどんなに少なくともまあ一万円以上ぐらいに、もっと五千円以上ぐらいにしなければならないと思います。御意見出ましたように、これも家族単位で考えていかなきゃならないし、そういうようなことをしなければならないと思います。
 そのほかに、これはぜひ現物払いにしなければ実効がないと思うわけであります。沖繩県が完全に復帰をされる前に行なわれておりましたあそこの健康保険では、現物払いでないために、こちらのほうの保険が赤字でありますのに沖繩県は黒字であったということは、保険があっても実際のところ最初の、自分の負担があるために保険を使えない。また療養費払いであるために、それを受け取りに行くときに時間なり経費がかかって、受け取らないという問題があった事実は皆さんの御承知のとおりであります。
 このような制度を発足するにあたりまして、現物払いにしなければ、仏つくって魂入れずということになります。それだけではなしに、こういうことからほかの問題に現物払いがかえられて、療養費払いにされる糸口になったならば、これは医療保障について重大な問題だと思うわけであります。
 その点についての小倉先生の御意見と、そして五人未満の事業所に対して健康保険を直ちに強制適用すべきである。そして労使の負担区分は五、五ではなしに七、三に転換をすべきである。事業主七、労働者三に転換すべきであるという問題について浅野先生の御意見と、お二人の先生の御意見を承っておきたい。
#389
○小倉襄二君 私は医療コストの形成の場合に、それがどういう経路をもってやられるかということが非常に重要だと思っております。その点で最近例があるんでありますが、兵庫県におきまして、自治体側におきましていろいろ老人医療無料化七十歳を六十歳に下げると、それ以外に重度身体障害者に対する公費医療、あるいは難病対策、これに関しまして自治体が一応自治体側における積み上げを行なったのでありますけれども、それが医師会側から拒否を受けたということがあるわけです。
 その理由と申しますのは、たいへん繁雑な支払い方式をとると。特に償還問題を含めまして非常に複雑な、いまの健保事務自身が複雑でありますけれども、それ以上に複雑なことを考えておる。そのために医師会側がせっかくの自治体の積み上げの積極的な先導的施策に対して反対をしたと、こういう事実があるわけですね。
 ですから今度の高額医療の三万円の公費負担につきましても、非常にこれは、私はそれだけ聞いておりますといいし、またその期待も高いと思うんでありますけれども、やっぱりそのような支払いなり償還におけるところの、非常に複雑で回りくどいレッドテープ的な方式が入ってまいりますと結局あきらめてしまう、放棄をする、実効を得ない、そういうことが起こると思います。
 特にこの三万円という点、私ももっとこれは引き下げるべきだと思っておりますが、そのことはやはり現在は情報化社会の中にいますけれども、底辺における医療を受けている人々の苦しさ、あるいはまた暮らしの構造、そういう人々の生活様式なり生活意識、こういったものが医療に関して十分研究されていない。
 ですから、ただ技術的に三万円であれば、それだけ助かるからいいだろうと、そういう言い方をもってやられてる面がありますので、もう少し実態をよく見ていただいて、こういう償還方式がいかに医療費の支払いに困っている国民に対して繁雑で、あるいは回りくどいことになるか、そういったやり方は一体だれの利益になるかと、ほんとうに病人の人々の治療にとって利益になることなのか、もっと別の意図をもってやられておるのか、その点をもっと見きわめてですね……。
 私どもは実は原則的には現物方式のほうがいいと思います。これだって問題はありますけれども、とにかく当面の施策にのせましてできるわけで、償還方式はわが国においては初めて導入される、特に政管なんかの場合に導入される方式でありますから、さらにややこしいものを継ぎ足しをいたしまして、これが次のいわゆる療養費払い方式へのあやまった道を開くことになりかねません。
 そういう点につきまして、私は償還方式については検討いただいて、できればこれは現物給付方式のほうがいい。そしてさらに高額医療の問題につきましても、原則的には家族療養費を八割に上げていくという形において、まず一義的にこれは解決すべきであって、それと高額医療の公費負担ということをかみ合わせていくという方式がいいだろうと思っております。
#390
○浅野総一郎君 高額負担の問題につきましては、詳細な検討をまだやっておりませんので、現物払いがいいというような感じは受けますが、その辺のあやちについてまだ不足する点があると思います。
 それから、五人未満の適用につきましては、やはりいま多くの労働者がおりますが、それらの方々が一番恵まれておらないんじゃないかということを考えております。ぜひこの問題につきましては実現をしていただきたいということを先ほど申し上げましたが、料率の負担の問題につきましては十分やれる範囲内から……。これは一番極言するならば、先ほどの全部を国がやってもらうことが好ましいわけですが、これは保険と性質が異なりますから、ある程度の労働者の負担、やむを得ないというふうに判断をいたしております。
#391
○伊東座長 寺前巖君。
#392
○寺前委員 先ほどから出ていない問題で二、三点聞いてみたいと思います。
 一つは、何といっても実際問題保険ですから、保険財政そのものを検討しないわけにはいかないわけです。ところで保険財政を見た場合に、総医療費の中に占めている薬剤費の位置というものは非常に大きな変化を遂げていると思う。いまから十二、三年前には薬剤費の位置は二一・何%だったと思う。ところが昭和四十六年になると、それが四三・七%という地位まで上がっている。総医療費の中における半分近くが薬剤費という位置を占めてきたことは、これは私は保険財政にメスを入れる場合には非常にウエートの大きな問題といわなければならないと思う。
 それには私はいろいろの理由があると思う。メスを入れなければならない問題は何か、ということを端的にひとつ御指摘をいただいたらありがたいと思います。小倉先生、大隅先生、真田先生――まん中におられる方々、目につきますもんですから、どうぞ順番に御説明をいただいたら、ありがたいと思います。
#393
○小倉襄二君 私も現在の国民総医療費なり健保の赤字につきましては、少し薬剤の問題を無視するわけにはいかないと思っております。従来からこの健保改正案にからみまして、なぜ赤字かというその原因の追及がたいへん私は弱いと思います。それは受診率の高さがありますけれども、消費の形態における赤字の原因に対するメスが十分に入っていない。このことに対する追及が必要であろうと思っております。
 これにつきましては若干材料があるんでありますけれども、たとえばいま寺前さんおっしゃいましたように、日本の医療薬品生産につきましては、一九五五年、昭和三十年の段階では生産額わずか八百九十五億円のトータルナンバーであります。これが一九七〇年、四十五年になりますと、驚くなかれ、まあ一兆円台にのぼっております。一兆円にふえておる。これが一九七二年には一九五五年の十二倍であるところの一兆八百六十八億に達しておる。これはアメリカについで世界第二位であるといわれております。
 こういう、年々医療費の医薬品生産がふえてきておる。医薬品生産がこれはもちろん国民総医療に使われておるということであります。それが購入され、消費されておるということであります。
 特に、製薬独占と申しますか、巨大な製薬独占における利益率が非常に高いということを含めまして、これが医療費に占める――特に健保の財政調整とか赤字問題を論ずる場合には薬品の問題を無視してはいけないということを、一つはこのウエートが示しておると思っております。
 これはあやまった保健習慣が私はあると思います。日本人は薬好きだといわれるんでありますけれども、薬を使わせられるような仕組みになっておる。これは厚生省の薬務行政におきましても、もう少し注意していただかないと、コマーシャルソングで薬を飲むというようなことが何でもないように思われておる。そういう保健習慣の誤りというものに対する、むしろ医療教育とか、国民教育からする新しい薬へのチェックといいますか、こういったものをいわば強化する必要が私はあると思っております。
 先ほど申しましたスモンにいたしましても、やっぱりこれはキノホルムの過剰投与であるとか、遺伝性疾患とか、こういったことが言われておりますし、それからもう一つの問題は、これは一部の悪徳医師でありますけれども、やはり乱診乱給がある。これが一つの理由としては確かに低コスト――政府の低医療政策に対する若干抵抗といえば抵抗でありますけれども、それは医療の本質とはかかわりがない。
 つまり、顔を見て黙っている医者――病人というものはいろいろ心理的に不安も持ち相談もしたいんだけれども、黙ってすわってどんどん注射をし投薬をすると。あるところへ行けば馬に食わすほど薬をくれると。その薬はフィルになっておりますから、とにかくどっさりあって、だから病人は、最近ではからだのぐあいが悪ければ薬飲まぬと、からだのぐあいがいいときには飲むという、家に帰ればごろごろとフィルがころがっていると。こういう薬剤のウエストというものがある。
 こういった問題が現在の診療体系なり、いわば支払い報酬を生むところの医療体制の中にセットされている。そこへどんどんといま申しましたようなばく大な製薬独占を経過するところの医薬品が流入してきておる。私は医薬品というものは近代科学の勝利であって、薬効というもののすばらしさは何も疑いません。けれども、その使い方に関する乱用というものがおそろしい薬害を生む。それが国のあやまった保健習慣に結びついてそういうことになっている。あるいはまた医療機関がない、過疎地にまいりますと医療機関がありません、足りません、ないために売薬でがまんをする、買い置きでがまんをする、そういったところからも国民の健康が破壊されていっておる。それがしかも医療経済全体に大きなひずみになって返ってきておる。
 こういった点をよほど重大視して考えまして、やはりこの医薬品の供給体制、医薬分業という問題も実は形骸化しておりますけれども――日本だけであります、ある意味では。医薬分業のあいまいな状態というものも日本が非常にこれはあやまった状態に置かれておりますけれども、これを含めてそういう薬剤に関してメスを入れていって、赤字の原因につきましても、その部分を結び合わして抜本的な改革の方向というものを、国民教育も含めてやることが私は必要ではなかろうかということを痛感をいたしております。寺前さんの御意見に賛成であります。
#394
○大隅正浩君 いま寺前先生がおっしゃいましたことは、そのとおりでございまして、私がここで申し上げますのは、はなはだ失礼でございますが、各党派別の先生方を考えてものを申し上げるんでなくて、国民医療についてお考えをいただいていることに対しての意見を申し上げるということでお聞き取りをいただきたいと思うんでございますが、そういう意味におきまして薬剤ということは今日たいへん大きな問題であろうかと思います。
 この問題はどこからきているかということを申しますと、一つにはやはり安易な薬の使い方、といいますのは、現物給付方式ということが非常に安易に薬を使いやすいという姿になってあらわれてきております。先ほど八木先生が、高額医療の場にも現物給付がいいとおっしゃいました。これは理想ではございます。しかし現物給付という姿になりますと、非常に医療費が高騰するということも事実じゃないかと思います。もし今日、この現物給付ということと、それから償還方式と両方とるということでまいりますならば、薬の使用量というものはきわめて減っていくんじゃなかろうか。
 今日、現物給付という姿が薬を使いやすいという姿になってきているので、こういうところにメスを入れるということが一番必要じゃなかろうか。それにはやはり中央医療協議会あたりの問題が出てまいりますので、中央医療協議会の姿勢の問題、これはやはり先生方なり、国政に参与されておられる先生方がよく中医協の姿を見ていただきますことによって、中医協の姿勢というものを正していただくことが一番手っとり早い解決の方法じゃなかろうかと思う次第でございます。
#395
○真田是君 御質問の趣旨ですが、一つは今日のお医者さんの場合の収入は御承知のとおり、大体医療保険というものが非常に大きなウエートを占めるかと思うんです。その医療保険が、点数単価のあり方がやはり数でこなさなくてはというような形に一つはなっている。
 それからもう一つは、これもよく指摘されますように、いまのことを結びついてはおると思いますが、薬を使いましての治療ということに傾かざるを得ないような、こういうシステムになっているということが一つ言えるんではないかと思います。
 しかし事はそれだけではありませんで、おそらくこれに呼応するかのような形で、幾つかの大きな製薬会社のところがこれにかなり呼応しているようなかっこうも指摘できるんではないかという気がいたします。と申しますのは、いま正確な数字は持ち合わせておりませんけれども、たしか産業別に見ましても、製薬会社のところの利益率というのが、かなり高いところにランクされておったように記憶するわけであります。
 実はこういうようなこと、つまり薬を使わなくてはならないような医療の行政があるだけではなくて、なおその値段自身がかなり高い点があるんではないか、これは寺前先生がたしか社労委員会の中で指摘をされておりましたロシュの問題なんかもありますし、こういうものにもかかわって、薬の値段の問題というのがもう一つ大きく総医療費を高くしていっている原因としてあるんではないだろうか、大体私としては、この二点くらいのことを考えておるわけです。
#396
○寺前委員 いろいろまだここで論争やったら切りがありませんので、ちょっと御意見をお伺いする程度にその点はとどめておきたいと思いますが、先ほど中村先生のほうから弾力条項の問題について、おそらくこういう意味なんだろうというふうに私なりに理解をしたんですが、この条項問題というのは上げ幅、あるいは下げる幅両方入れて一・四%ですか、これが非常に大きいということが政争の具になると、こういう意味だろうと思うんですね。保険という操作の範囲だったら、もっと縮めるべきじゃないかというのが御意見じゃなかったかと思うんですがね、弾力条項の――私の理解が間違っておったら、ひとつ先生からもう一度御訂正をいただいたらありがたいと思うんですが……。この弾力条項の問題というのは、実は前国会でも大きな問題になった点なんです。
 それはどういうことかというと、普通の健康保険組合だったらやはり、いかに料率をやっていくかということについて論議をする場があります。共済組合もまた代議員の諸君たち、組合代表というんですか、論議をする場がございます。そして料率をきめるのは、保険のあり方全体の面から考えて、それは料率で解決すべき問題でなくして、こちらで解決すべき問題とか、いろいろ論議をする場を持っていると思うんです。
 ところが、この政管健保とか、あるいは国民健康保険でそういう論議をする場ということになったら、これは政管というのは政府が直接財政力の弱い労働者の、被用者保険を政府が責任を持ってやる、運営をしておるんだというところから、この論議の場として国会があると思う。国民健康保険の場合だったら、それは地方議会があると思うんですね。そういう場を奪ってしまうということは問題ではないかということを論議してきたと思うんです。
 そういう点から私は弾力条項というものが、今日国庫補助を一割にしなければならないという、国の責任を明確にするというようなことをやらさしてきたところの――私はやっぱり国会で論議をさしてきたことに非常に重要な役割りがあったと思うんです。
 そういう点でもう一度中村先生に、弾力条項の――もう少し縮めないかんというふうにいまおっしゃっておられたわけですが、この弾力条項の問題についてどういうふうに見ておられるのか、それからそれに対して真田先生がどう見ておられるのか、また今度は逆の順番でお聞きしますが、大隅先生はどういうふうに見ておられるのか、ちょっとお聞きしたいと思うんです。
#397
○中村正文君 ちょっと御質問の意味が私には十分理解できなかったんでございますが、政争の具になるというのは、弾力条項の弾力の幅が政争の具になるというんではなくて、料率をきめることが議会で政争の具になるおそれがあると、こういうことを申し上げたんです。
 で、幅につきましては、これはなるたけ範囲が狭いことが望ましいんですけれども、機動的な運用をする上には、やはりある程度必要ではないかと、健康保険を健全な運営へ持っていく上から、ある程度の弾力性というものを保険者に認めていいんではないかと、こういう意味であります。
#398
○真田是君 弾力条項の問題ですけれども、これは私、基本的にはこう見ております。この弾力条項の持つ第一の問題というのは、今日の、先ほど私午前中申し上げたような、保険財政を赤字に追い込む原因というものとは一応かかわりなしに、保険料を上げて財政問題を解決していこうという、こういう方式が弾力的な調整という考え方の基本にやはりあると思うわけです。
 ですから、そういう方式については私はもう基本的に賛成をしがたいというのが一つございました。その上にいろいろ御指摘のありました、やはり国民生活に非常に広い影響を与えるかと思うわけですけれども、これが社会保険審議会の意見を聞いて厚生大臣の決定というような、こういう行政機構の中での決定にまかされるという点、それからさらに、議会制民主主義というこれも午前中の御指摘にありました。議会制民主主義というこれとの関係で見ましても、この決定のしかたにはずいぶん問題があるんではないだろうか。
 あとの二点はほかの皆さんおっしゃったことでありまして、私特にここでつけ加えたいと思いましたのは、最初の弾力的調整のしかたそのことが、財政問題の解決の姿勢として私が従来申し上げたことと基本的に相反しているという点、この点が問題になるように思うわけです。
 以上、それだけつけ加えておきます。
#399
○大隅正浩君 この弾力条項でございますが、私たち組合をやっておりますものは、八%までは組合会の議決によって上げる自由さを持っているわけでございます。これは短期保険としてやむを得ないものでございまして、組合といたしましてこれを活用いたしておりますが、しかし組合の代議員会、理事会等におきまして、やはりこれは事業主側も出ておりますが、半数は労働者側から出ております。簡単に引き上げるということはそうできるもんじゃございませんし、組合会の議において料率を上げるということは実際の問題としては、よほどの実際に必要を認めなければ上がるということはないわけでございます。
 そこで、この政管の保険の、この弾力条項というものを考えてみますと、これは政府がやっておいでになる保険でございまして、とかくこんなことを申し上げるとどうかと思うんでございますが、赤字がなぜ出るか、いわゆる賃金ベースの上がる率以上に医療費が上がった場合には、これは赤字になってまいります。そういう意味におきまして、この行政指導と申しますか、医療費というものの監視の方法、これを怠って、そして弾力条項でその赤字を埋めていくという姿になる可能性を何とかこれは防いでもらわなきゃいけない。
 しかし短期保険であります関係で、弾力条項というものは社会保険審議会のこれは議を経て、社会保険審議会が認めた場合にのみ厚生大臣は上げることができるというような方向に持っていっていただくのが一番いいんじゃないかと、かように思います。
#400
○寺前委員 そこでまあ橋本修正案ということになるんでしょうけれども、先ほども八木先生からお話ありましたように、健康保険法の側からだけを言うと、実は社会保険審議会の相談によってということになってますが、特別会計法という別の法律から言ったら、借金を許す場合には、これは弾力条項で料率を上げていけなかったら金を貸さんぞという、ちゃんと法律が別にありまして、形式的には健康保険法だけを見ると民主的な仮面をかぶっているように見えるけれども、実際には特別会計法に従属してしまって、そういう役割りにはならないんだという点が実は大きな問題なのであって、これは組合の場合における審議をする場があるのと同じような役割りを、国会の側でやらなきゃならないという見解を私どもはそういう意味では持っているわけです。
 これはさておきまして、先ほど真田先生が、時間がなくなってしゃべるわけにいかんようになりましたと言っておられた橋本私案に対する見解と、社会保障と国家責任というレジュメにメモがあるんですが、これはどういうことを言わんとしておられたのか、御説明をいただきたいと思います。
#401
○真田是君 橋本私案につきましては、まだ新聞紙上で私拝見しただけでありますし、またこれは私という字のついた私案でありますので、いろいろ誤解も出てきたりするといけません。あまり深入りはいたしませんが、ただ受け取っている中身といたしましては、家族給付を七割とする、それからこれを来年の十月から実施するんだということと、それから特別保険料、これをやめるということ、それからいまお話のありました弾力条項につきましては、これは給付の改善、あるいは診療報酬の改定、その他緊急な場合にだけ社会保険審議会の議を経て、というのは、いままでのが意見を聞いてでありましたのに、議を経て、ということに弾力条項を変えるんだ、さらに連動規定と申します国家負担のところが〇・六%に上げられる、大体こういう中身のもののように存じます。
 私は、これをまず全体として感じますのは、実は今度のこの法案の問題の基本性格でありますけれども、国民負担というものに対して国なり、社会保障なりの観点からどういう対し方をするかという、この点の対策なり措置というものが十分にこの私案の中に生かし切れているかと申しますと、これは具体的には特別保険料を削除するというこの点に確かにあらわれてはおりますけれども、しかし保険料をこれ以上上げずに、つまり大ざっぱな歴史を見ましても、戦後千分の四十くらいの時期が健康保険にはあったわけでありまして、それが今日まあ七十になっている。
 たいへん大ざっぱな比較でありますが、こういうことも考え合わせますと、これ以上健康保険の保険料負担を国民、被保険者にはかけないという、こういう方針でどうやって給付の改善をしていくかというのが、今日の社会保障の中の医療保険が考えていく中心的な課題のように思うわけです。
 この点につきましては、いま申し上げた特別保険料についての問題はありますけれども、保険料率の改定の問題、それからいま申し上げた弾力条項についての実質上の残り方、こういうものがある限りは、これはやはり、にわかに私としては、この修正案でもってよしとするぐあいにはいかんように思います。
 特にいま寺前先生が指摘されましたように橋本私案の中での弾力条項につきましては、これは実際にはいま申し上げたところからわかりますように、料率を下げるというこういう可能性はほとんど予想されておらないわけでありまして、緊急にということばの中身は、いま申し上げたように給付の改善であるとか、診療報酬の改定――これは大体上がるということを考えにゃなりません。こういうことを緊急の場合という中身にしております。したがいましてこれは、大体上げるほうが中心になっての弾力条項でありまして、これなんかを考えましても、申し上げた基本的なことが貫かれていないように思うわけであります。
 そこで、いま申し上げたこととからめまして、それでは社会保障についての国家の責任というのは改めてどういうものとして考えたらいいのか、ということを私としても考えるわけでありますけれども、これは最近、御承知のように、社会保障における国家責任と、あるいは社会保険に対する国家責任というものとは、これは区別をしなきゃならんのだという意見が間々聞かれます。
 これは簡単に申し上げること、保険あるいは保険主義というものは、これは保険を行なっている当事者が主たる責任を一から十まで負うべきものなんだと。ですからここで保険財政の赤字が出てきたら、そしたら当事者が、保険を行なっている当事者の努力でまず解決をいたしまして――そういうのがたてまえであって、国家がそこまでしりぬぐいをするというのは、これは誤りであるという含みを含んでいるかと思うわけです。
 ところが私は、問題になっておりますのは社会保障としての社会保険でありまして、社会保障というものと社会保険というものをこれを区別をするという、こういう根拠は実は今日の段階ではないように思います。そういたしますと、この社会保険は、成立の経緯から御承知のように、国家が強制権を発動いたしまして強制保険として成立させる、ここのところに社会保険の一つの著しい特徴があるかと思います。
 そういたしますと、すでに国家がここでみずからの強制力をもって社会保険を成立さしているわけでありまして、ここに同時に国家責任が社会保険に対しても成立をするんだと。みずからの強制権によって成立をさしているわけでありますから、これはもう同時に国家が社会保険に対して責任を負うという、こういう事情が始まっている、こういうように私としては考えます。
 これはただ、強制権で成立さしたら、あとは野となれ山となれということには国家から見てもならぬのではないかと。やはりみずからの強制権で成立さした限りは、それが強制権として成立させる趣旨、つまりこれは国民の生活と健康を守るという、こういう趣旨であろうかと思いますが、この趣旨に沿った方向で社会保険がなお発展をするかどうか、ここまで見届けていき、かつ努力をしていくというのが、この社会保険に対する国家の責任として出てくるんだと思うわけです。
 今日の事情の中で特に大切な点と思いますのは、これは社会保険の中でも、その外側でも、国民の中で実は最も弱い生活とか労働、こういう点で最も弱い層が、高度成長の中ではますます弱くされ、ますますたくさんの問題を背負わされてきているという、こういう事態であろうかと思うのです。
 そういたしますとこの社会保険に対する国家の責任といった場合の具体的なやり方は、これはいま申し上げたような、ますます生活と健康を脅かされる層、これに対して国家が保険を通しても手厚い措置というものをとっていかなくてはならぬだろう。この中身といたしましては、私はこういうことを思います。
 一つは、生活と健康が脅かされるような、こういう社会的な環境なり要因なりというもの、これを国はまず取り除いていくというのが、これが社会保険に対する責任の一つであろうと思います。もしこれが放置されれば、御承知のように保険財政というのは悪化するのはあたりまえであります。ですからそういう意味で、社会保険に対する国の責任は、まず、いま申し上げたような、生活と健康を脅かす要因というのを取り除く努力、これが一つなくてはならぬではないか。
 それから第二には、これは申し上げるまでもありませんが、社会保障のいろいろな制度を新しくつくり、あるいはより前進した形で改め直していく、こういう責任があろうかと思います。
 それから三番目には、これは保険料負担を国民にこれ以上ふやさない努力、これを基本に据えて国がいろいろな措置、いろいろな研究、いろいろな努力をしていくべきだ。この場合の保険負担は申し上げるまでもなく被保険者、勤労者でありまして、ここのところの負担をふやさないということが、第三の具体的な国家責任の中身になるんではないだろうか。
 それから最後には、国が必要である場合には財政措置までとる。きょうの法案で申し上げますと、一〇%定率の国庫負担というのもその一つのあらわれであろうかと思いますが、必要な場合には保険に対しても財政措置を国がとっていく、こういうようなことが先ほど申し上げた基本観点から、果たされなくてはならないんではないだろうか。この点から申しまして、橋本私案にはもう一つ私としては賛成しかねる点が残ると、こういうように思うわけです。
 以上であります。
#402
○伊東座長 大橋敏雄君。
#403
○大橋(敏)委員 きょうは各先生方から貴重な御意見をお伺いしたわけでございますが、その御意見は現在審議されております健康保険の法案に対しまして、賛成の立場、また反対の立場からいろいろと述べられたわけでございます。しかしながら各先生とも一致した点は、わが国の医療行政、医療問題は抜本的に対策を施す以外にないのだと、これを抜きにしては、ほんとうの意味の改正にはならないんだということであったであろうと思うのであります。
 実は、私はまだ国会に参りまして六年ちょっとでございまして、非常に未熟者ではございますが、社会労働委員会に所属いたしまして以来、この抜本改正のことをばかの一つ覚えみたいに叫び続けてきたわけでございます。総理も厚生大臣も口ではやります、やりますとおっしゃるんですけれども、今日まで実現できない。
 ところが、私は国会に参りまして、社会保障制度審議会という委員会のメンバーであったこともございましたが、四十六年でしたか、この審議会で抜本改正の答申案ができ上がってしまったのであります。それはすばらしい中身であると私も考えておるわけでございますが、それが法案としては出てこない。たまたま前国会で医療基本法だとか、あるいはいわゆる抜本改正案、そして財政対策案のその三つが出されるかに見えたのですけれども、現実に審議されたのは財政対策案だけであったわけです。そして医療基本法も、それから抜本対策案も、出しますよという姿勢を示しただけで、現実には審議の段階に至らなかったのであります。
 というのは、基本法にしろ抜本対策案と称していたその案にしろ、これはすでに社会保険審議会、あるいは社会保障制度審議会の意見を見ますと、これは医療基本法あるいは抜本改正の名に値しない中身ではないかという、こういうきびしい意見がつけられていたわけですね。だから恥ずかしくて出せなかったんだろうと私は思うのでありますけれども、いずれにいたしましても、政府は抜本対策をやろうとしない。私は、一体どこに問題があるんだろうかと、いつもしろうとながら悩むわけでございます。
 そこで、特に前にいらっしゃる真田先生、それから中村先生、浅野先生にこの点について一応御意見をお伺いしたいわけですけれども、私は抜本改正というのは、いわゆる医療制度の基本的な問題とともに医療保険の制度だと思いますけれども、診療報酬の適正化、あるいは医療機関の適正化、医薬分業の問題、医師や看護婦の養成、あるいは確保の根本的な問題、こういうのがきれいに整理され、あるいは九種類に分かれております医療保険の制度が、ある意味では統合、整合されていく、そうした姿がはっきりした段階で、この上で国民が負わねばならない保険負担はこれだけであると、そこで示されてくるならば、おそらく国民の皆さんが保険料の引き上げについても反対なさろうはずがないと私は確信するのであります。やることをやらないで、保険料だけを上げていこうとするから、これほど国会に法案が出るたびに混乱するのだと思うのであります。
 実はいま審議されております法案そのものが、一面では抜本改正の一環であるという見方もされております。それとは全然関係なくやっぱり財政対策案だという見方もありますが、いずれにいたしましても、改悪と改善がくっついているわけですね。私の認識はその改悪の部分は、保険料を千分の七十から千分の七十三に引き上げる部分と、特別保険料からまた保険料を徴収するという部分、これは橋本私案によれば削除されております。それから弾力条項の、この三つの項目を私は改悪だと、まあきめつけているわけでございます。
 改善の部分は、いわゆる家族の給付費が五割から六割、私案では七割にはなっております。また高額医療の問題がありますけれども、これはそれぞれいま皆さまの御意見を伺っておりますと、まだまだこんなことでうっかり改善だなんという認識に立ってはいけないと、こういう気持ちがはっきりしてきたわけでございますが、とりあえずまず最初に、先ほど申し上げました抜本改正を政府がやり切れないその問題点といいますかね、それを端的に、簡単でけっこうでございますから、それぞれ三人の先生に、まずお伺いしたいと思います。
#404
○浅野総一郎君 抜本改正の問題につきまして、政府が提案する勇気がないと、これはもう第一番だと思います。ですから、それを提案する努力がどの度合いでなされておるか、この辺がはなはだ疑問であります。
 それから、それ以外に医療関係で問題になっております医師会の態度、われわれ国民から見ますと、りっぱなお医者さんだというふうにわれわれは感じておりますが、中にはやはりそれに問題があるんじゃないかというふうな考え方もあります。それらを十分調整しないと、抜本というのは、政府としてもほんとうに勇気を持たないと、そういうものができないんじゃないかというふうな判断をいたしております。
 それからほかの、いいとか悪いとかいう問題につきましては先ほど午前中申し上げましたように、私は改善案といま先生がおっしゃいましたけれども、一応改善案と見るならば、まだまだ水準が低いという、こういうふうな申し上げ方をしたし、改悪の問題につきましては、やはりこの点については労働者としてはあくまでも改悪というような判断をせざるを得ないと、このように思います。以上です。
#405
○中村正文君 抜本改革がなぜ行なわれないのかという御質問であったかと思いますけれども、健保の改正問題をはみ出すわけですが、私見を申さしていただきますと、一つは医療制度に手がつけ得られないこと。またそれと関連しまして診療報酬制度、現在の一点単価出来高払いの診療報酬制度、これが動かせないということにあるように私は思います。
 しかし、これは何もそれほど大きな問題として考えなくてもいいんじゃないか、つまり医療というものに対する考え方を変えれば、おのずからこれらの問題も道が開けてくるんではないかと思います。
 たとえば、現在医療機関というものは、これは治療機関に成り下がっております。医療というものは私が最初に申し上げましたように、予防、治療、アフターケア、リハビリテーション、健康増進とか、あるいは健康教育とか、あるいは健康管理とか、そういうものを包括したものとして医療というものを理解するならば、診療報酬の問題にしましても、現在はもっぱら治療に対する代価しか考えられておりませんけれども、予防に対する正当な報酬を払うということでありますならば、予防に大いに力が入れられるんじゃないか、そうすれば先ほども問題になっておりました薬剤の使い方が多いというような問題もおのずから解決できるんではないかと思います。
 つまり、医療機関というものは単に治療だけをやるんではなくて、予防もその義務であると。もっと突き進んで言いますと、医療機関というものは、その地域住民の健康に対する責任者であるというような態勢ができれば、これはすべておのずから解決できる。抜本改革というものはそういう観点から私は考えなきゃならないんじゃないかと、その点についての御理解が各方面において不十分でないか、単なる治療だけを医療と考えておるというところに根本問題があるように思います。
#406
○真田是君 ごく一般的に申し上げまして、大きな改革、抜本的な改革というものが、これはひとり医療の問題だけではないと思いますけれども、大体非常に大きな民主的な運動の高まりとか、こういうものがないと、なかなかできないという、ごく一般的な事情が一つあろうかと思います。
 その上に立ちまして、いまの医療の問題に限って申し上げますと、いま幾つか御指摘ありましたし、先ほど私が羅列をいたしましたように、かかえている問題の性質は、これはいろいろ複雑な利害がからんでいる、そういう性質のものを、これは解きほぐしていかなければならない、それが抜本的改革の、実際にやるとしたら、やらなくてはならないものになろうかと思うんです。
 したがいまして、これをやり抜いていくためには、いま申し上げたような国会を中心に、さらに国民全体に届くような民主的な討議と申しますか、医療についての広い意見、こういうものが全面的に起こされ、それから運動にされていく、こういうような局面がやはり、抜本的な改革というものを達成させるためには重要な一つの要素のように考えます。
 したがいまして、この利害のあれこれのからみがあろうと、実は多数の国民の利益になるものがどういうものかということを、この討議の中で確かめ合っていくという作業がおそらくあれば、これは大きな改革もやり切れるんではないかと、こういうぐあいに思うわけですが、いままで医療をめぐっての抜本改革にそういうような状況がつくり上げ切れているかと申しますと、必ずしもまだそこまではいっておらないように思います。私も全面的に医療の専門ではありませんので、やや近いところから見ているだけでありますが、確かに一ころに比べますと、医療問題についての討議というのは広がっていることは確かでありますが、もう一つこれを盛り上げないと、いま申し上げたようなものにつながる力にはならないんではないだろうか。
 これが第一の点でありまして、もう一つ考えますのは、これは国がかなり大幅な予算措置と行政上の措置、これはかけ声だけでなくて、かなり大幅なものが必要になろうかと思います。場合によりましては、これは実際詰めていかないとわかりませんが、これまでのような予算の組み方の性格そのものをいって大幅に変えるような、そういう措置までとらないとできないようなものではないかという気がいたします。そこまで踏み切る態勢が国、政府、国会、こういうところでどういうふうにつくり上げられるか、これがもう一つの条件なんではないだろうか、残念ながらこれがまだ熟し切っていないということを私としては感じております。
#407
○大橋(敏)委員 どうもありがとうございました。貴重な意見としてとどめておきます。
 それでは浅香先生にお尋ねいたしますが、先ほどの御説明の中で浅香先生は今回の法案については、最大の改善策であると、このように受け取っているとおっしゃいました。これはおそらくいままでの改悪案、これまでに出てきた改悪案に比べるならば、ある意味では改善案であるとおっしゃったんだろうと思いますけれども、そうでなければ相当認識の上に――失礼な言い方ですけれども、甘さがあるんではなかろうかと、こう私は感じたわけでございます。
 と申し上げますのは、家族給付にいたしましても、三十年ぶりだということは私もよくわかるんですけれども、六割ということからのお話はもう全然合っておりませんし、あるいは国庫補助も一〇%、それでよろしいというような印象の話がありました。そういうことで、実は少しばかり認識の甘さがあるんではないか、これは浅香先生のみならず、大体賛成の意見を述べられた方々に共通する私の感じなんですけれども、簡単でけっこうでございますが、いまの問題について一言……。
#408
○浅香亮君 大橋先生からの御質問でございますが、確かに私、陳述の席上、非常に画期的な改革案だということを申し上げたわけでございます。しかしそれは、ただいま先生がおっしゃいました、いままでの改革の歴史があまりに長い間うまくやられなかった、それが今回この改正案によって相当日の目が見えるという面がたくさんございますもんですから、画期的というようなことばを使ったわけでございます。
 私といたしましては、この改正案で満足いたすものではございませんで、私の陳述の最終段階では先生が先ほどおっしゃいました、非常に近い将来抜本改正をもって、われわれの医療行政の安堵の面をひとつ確立してほしいということを申し上げたわけでございますので、それとひとつかみ合わせまして、私の表現を御了承願いたいと思います。
#409
○大橋(敏)委員 実は先ほど申されました六割の給付はもうすでに橋本私案では七割、それについて、もうけさの新聞の社説などでは、七割給付が四十九年の十月なんていうのは、これはおそ過ぎると、もうすでにはっきり批判しております。少なくとも一月にすべきだと。私は一月がいいのか悪いのかはここでは申し上げませんが、要するに七割の問題にしても、そういう批判があります。来年のことを言えば鬼が笑うといいますが、今度の私案はそういうことなんです。
 また大隅先生ですね、先ほど、できるものからやっているんだという認識に立っていらっしゃるようですけども、期待される抜本改正というのは大体いつごろできるかということですよね、先ほど私も言いましたように、もう十年来抜本改正の問題は叫び続けられてきておりますが、いまだに実現のジの字もないわけですね、問題でございます。
 そこで、あとでけっこうでございますが――その前に、小倉先生にお尋ねいたしますけれども、先生の御意見はきわめて積極的な御意見であったと認識いたしております。家族給付も八割程度にすべきであると、私もこれには大いに賛成でございますが、先生のお話の中で総合的な医療でなければならないということばがありまして、確かにそうだと思いますが、高額医療あるいは財政調整、これは前国会に出てこようとしました、いわゆる抜本改正案の中には、この二つが取り入れられていたわけですね。審議会もこの二つだけは確かに抜本改正の名に値するんだと、そのほかはだめだと、こういうきびしい指摘をいたしておりました。
 今回は財政調整は出てきておりませんですね、あるいは高額医療も、先ほど真田先生が事こまかく中身を分析して、これじゃたいへんだという認識を改めたわけでございますが、そういうものであり、ほとんど今回の改正案の中には抜本改正の名に通ずるものはないと、私はこう見たいのでございますが、先生の御意見をお伺いしたいと思います。
#410
○小倉襄二君 抜本改正という視点から申しますと、今回の改正案には部分的給付改善と財源調達に関する負担増があるだけであって、そこには抜本改正というワク組みなり、イメージはほとんどわいてこないことは、私もそう思います。
 御指摘の点でありますけれども、たとえば総合的という観点に関して申し上げますと、やはり医療の体質を変えるような強力なコンセンサスなり、社労委員会などの問題提起を含むところの、真田さんおっしゃるような国民的基盤へのフィード・バックということが私はほしいと思うわけですね。
 たとえば私、子供たちの問題をやっておりますけれども、開業医さんの場合をとりましても、ほとんど自治体の行なっておる社会福祉施策といいますか、こういったものとのネットワークがありません。やはりおっしゃるように治療保険になってしまっているということなんですね。ですから予防を含め、母親の、そういう母親教育を含めて、もう少し健康管理といった積極的な形でですね、つまり予防は治療にまさると申しますから、高所から言ってもそうです。国民の被害なり、被害と申しますか、いろいろなメリット、デメリットを考えてもそうでありますので、ぜひ総合的な観点というものは、より強く健康管理、健康増進、あるいは早期発見体系と、そういうものについての一連の体制を組むこと、あるいはまた的確で、しかも正しい医療情報を国民の立場に還元できるような組織網をつくること、そういったことをぜひとも大橋さんの御主張になる抜本改正の中にセットして、医療の方向というものを総合的観点から見ていただきたいと思っております。
#411
○大橋(敏)委員 それでは大隅先生にお尋ねいたしますが、先ほども申し上げましたように期待する抜本改正、いつごろ大体できるんだと見通されているのか、それ一つですね。
 それから、先生のお話の中では国庫補助が定額から定率になるんだと、一〇%。それから標準報酬の上下限が引き上げられるんだと、これでもう相当財政は安定すると、このような御意見であったように伺いましたけれども、私はこの程度の措置ではまたたく間に財政はまたバランスをくずすというふうに感ずるんです。
 しかも、弾力条項はほとんどの意見として反対意見が強い。そういう立場から厚生特別会計ですか、これからの援助は一応今回は打ち切りになる、こういう立場から考えてみた場合、やはり大隅先生の御判断も甘いのではなかろうかと、まあ失礼な言い方ではございますが、そう判断せざるを得ないのでございます。いかがでしょうか。
#412
○大隅正浩君 いま御質問がございました、段階的に一歩一歩できるものから、それからどうしても急ぐというものから進めるんであって、それを前提として今後の抜本対策というものが進められていかなきゃいけない、中断しては困るということを申し上げたのでございまして、この抜本対策はそれじゃいつできるかという先生からのお話でございますが、これはむしろ私が先生方にお尋ねしたい問題でございまして、何とかこの抜本対策というものが今日まで行き詰まり行き詰まり、デッドロックに突き当たってまいっておりますのを、どうすれば抜本対策にほんとうに取りかかれるのかということを、これは国民として私が一番心配している点でございます。
 そういう点におきまして、やはり国民の意見を一番反映できるところの国会におきまして、これは挙党的にひとつ何とかこの抜本対策の方向に向かって、そうして国民が安心して生活のできる、生活圏の中で喜んで生きていけるという姿に持っていっていただきたい、かように私は思いますので、この抜本対策ということは、私たちはもうかねてから、先ほども申しましたように念願いたしておりまして、議論はもう尽くし切っておるように思います。あとは実行あるのみということでございまして、この先生方の御高邁な御識見によりまして、この意見が具現していく、実現していくような方向を何とか国会において、審議の場において進めていただきたいと思います。
 それにはやはり社会保障制度審議会、社会保険審議会、あるいは中央医療協議会というようないろいろな機関もございます。こういう中にも先生方のお入りになっていただいてる機関もあるかと思うのでございますが、そういう機関を通じましても、何としてもこの社会労働委員会においでになります先生方が、やはりこの社会保障を進めていく一番根幹になる先生方であるかと私は思います。きょうお目にかかれたことを非常にその点で喜んでいるわけでございますが、そういう意味でひとつよろしくお願い申し上げたいと、こう思うわけでございます。
 それからもう一つ、財政が今度の七・三%に上がること、それから特別保険料は廃止になるということでございますが、安定するということは甘いというお話がございましたが、これは一応いままでの累積赤字をたな上げいたしまして、そうして再出発する。そこで保険料もある程度上がっていくということから考えまして、これはある意味におきまして、先ほども申しましたように短期保険でございます。ですから弾力条項が、まあできる、できないは別といたしまして、その年その年の議会におきまして先生らの御指示によりまして、これに見合う政策を立てていただければ、けっこうじゃないかと、かように思います。
#413
○大橋(敏)委員 要するに、財政が安定したとおっしゃったのは、本年度だけはまず大丈夫だということですね、わかりました。
 じゃ真田先生、もう一度。時間がだいぶ迫ってきたんですけれども、非常にむつかしい質問ですが、弾力条項とは別に、保険料の引き上げに対して国庫負担の連動方式が考えられましたですね、これのよしあし。〇・一に対して〇・四ないし今度〇・六に引き上げられるという連動方式を考え出してきたんですけども、とりあえず弾力条項と――いまの案は直結しておりますけれども、ここで一応切り離して、こういう考えで進むことがいいのか悪いのかという御意見をお伺いしたいと思います。
#414
○真田是君 なかなかむずかしい問題でありますが、私は基本的にこう思っておりまして、いま健康保険をめぐっての財政、つまり収入のほうを確保する第一の問題というのは、これは確かに国家財政から国庫負担をふやすというのが一つの方法なんだろうと思いますね。連動方式をとりますというのは、確かにそこをねらっているという面は言えると思います。ただこれは抱き合わせでありまして、ネギと大根みたいなかっこうにするという点がたいへん問題でありますけれども……。
 それと私、もう一つ重要なのは、午前中に申し上げた保険料の負担のしかた、労使間の負担のしかたを変えるというのが、これが非常に大切な問題のように思います。実は連動方式は問題が――悪い言い方をいたしますと、そこのところをそらしまして、そして定率の国庫負担と、それから国民の負担がふえると同時に国家も一緒に負担をふやしますから両成敗じゃないかという、こういうかっこうで組んでまいりますけれども、私はそれともう一つは、国民の負担と称しているその中に、労使間の負担の関係というのをどうしてもこれは入れなきゃいかんのじゃないか、ここのところをどう解いていくかというのを避けた、問題の出し方になっているという点がたいへん不満に感ずるわけです。以上です。
#415
○大橋(敏)委員 それではもう一問浅野先生にお尋ねいたしますが、浅野先生のお話の中には老人医療の無料化の問題だとか出ていたと思うんですけども、私もこの老人医療の無料化などは非常に賛成でございます。さらに幼児医療も三歳以下の無料化のことも当然実施されるだろうと思いますけれども、現実問題といたしまして、この公費負担の分が地方自治体の財政を相当悪化させているという現実がございますね。この点について、どのような御見解をお持ちなのかお尋ねいたします。
#416
○浅野総一郎君 ただいまの大橋先生の御質問でございますが、確かに地方財政に対して現状の国庫の補助であるならば地方財政は逼迫してくるということは事実であります。したがいまして、これらにつきましても相当大幅な、国から地方財政に対する補助というものを強化していく必要があるんじゃないかというふうに判断をいたしております。
 そういうことをかまえまして、この場合は医療保険制度に関連する諸制度を全般的に改正してもらいたいという中の一項として、そういうものを私先ほど取り上げたわけでございますが、そういう意味ではやはり、国庫の地方自治体に対する補助というものも、従来の感覚から発想の転換をやって、それら自治体でやらすものに対してはやはり、補助金を拡大させていく方法が好ましいというふうに判断をいたしておる次第でございます。
#417
○大橋(敏)委員 じゃ、もう一つ確認でございますが、先ほど高額医療の問題で、かりに三万円以上を見るということになれば、年間にすれば三十六万円であると。とんでもないことだ。だからこれは高額医療といえども、ある程度の月がたてば、全額保険で見るべきであるというようなお話であったと思うんですけれども、その点確認したいと思いますが……。
#418
○浅野総一郎君 これは先ほども、午前中申し上げましたが、そういうことをしないとするならば逆にですね、医療にかかれなくなるんじゃないかというふうに思います。現在の労働者として年間の三十六万円という金額は、大体現在国民の、労働者の賃金の中で一カ月どの程度もらっておるか、これはいわゆる税込みの収入じゃなくして可処分所得、いわゆる自分が使える金額の中から払っていくわけでありますから、三万円という割合は三割ないし四割に匹敵する金額になるわけなんです、可処分所得の中で考えますと。
 それが一年間続くということは家族生活を破壊する状態になるんだと、こういうことから私は一年間とかそういうものに対しては反対をしたい。貯蓄としても幾らかわずかなたくわえはあるかもしれない。それでもせいぜい二、三カ月が限界じゃないか。それ以上になると非常に生活費に圧迫を来たしてくる。そういう意味ではやはり、ある時期からは健保に肩がわりしてもらいたいという強い要望を持ちたいと思います。以上です。
#419
○伊東座長 玉置一徳君。
#420
○玉置委員 民社党の玉置でございます。午前、午後にかけまして非常に御熱心な御公述をいただきまして、私たちいよいよ最終の審議に向かっております時期に非常に参考になります。厚く御礼を申し上げます。
 そこで、ほとんどの私たちの仲間のほうから御質問をいたしましたので、特にあらためてということを差し控えまして、諸先生方がある程度の評価をしながらも全般として、医療体系全般から保険制度を考えていかなければならない。なるほど一つずつ、一挙にはでき得なくても、その方向に一つでも近づくような改正が望ましいんだと、こういうお話でございます。
 で、そういう点を考えましても、ことしは円のフロート制の問題とか、あるいは諸物価が高騰いたしましたインフレの高進の問題等々で国会が若干この福祉のほうが薄らぎましたけれども、もともとことしは高福祉社会実現のための国会である、という鳴り物入りで入りました国会でございます。
 かてて加えて皆さんも御案内のとおり、前年度、四十七年度の予算の決算のつじつまは、非常に想像もしなかったような大きな自然増収がございましたこともよく御存じであります。三月の期末の会社の決算を見ましても、これもまた同じような、ことしも自然増収があるんじゃないかというような感じがいたします。
 ここでなお、私見で恐縮でございますが、民間の設備投資等を抑制するためには、結局私は道路等々の建設の公共事業の、ある程度の分の繰り延べも思い切ってやらなければいかんのじゃないかというような点を考えましても、ことし思い切った福祉の方向に一歩じゃなしに、三歩ぐらい飛び出しておかないと、これからの速度がうまくいかないんじゃないだろうか、いままでのような速度を、かなりこれで前進だというんじゃなしに、ことしは思い切って出ておかんと、あとの積み足しが依然として昔のような積み足しになるおそれがあるんじゃないか、かように考えております。
 きょう、そういう意味でお教えいただきましたことは非常に参考になりましたけれども、そういうような環境の中で、いよいよ詰めに入りますわれわれの作業といたしまして、これだけは気をつけろよと、この案に対して、こういうことだけは特に注意をしておくというようなことがございましたら、先ほど来のお話をいただきましたものにつけ加えてでもけっこうでございますし、あるいは重ねてでもけっこうでございますので、先生方一人ずつから御意見を賜わりまして、私の質問を終わりたいと思います。浅野さんからひとつお願いいたします。
#421
○浅野総一郎君 適切な質問でございまして、非常にありがたく思っております。午前中から申し上げましたように、私たちは今回の政府原案、いわゆる私案を除きまして原案は、やはり感じとしましては赤字の補てん対策的なにおいがきわめて強い、こういうふうに判断をいたしております。
 したがいまして、大幅に現在の政府原案を修正するならば、これはわれわれとしても賛成をしたいと思うわけでありますが、どういうところがわれわれとして気にくわないかという、絶対譲っては困る、譲ってもらっては困りますという点について申し上げますと、やはり一つは七割以上の水準と。この点につきましては五十九条家族療養給付の、これはもう七割、絶対七割以上、そして本年度からやるべきだと、この問題。
 それから高額の問題につきましては、先ほど大橋先生の質問で申し上げた内容を入れてもらいたい。それから財政面の問題につきましては、賞与から特別保険料を差し引くという問題につきましては、きわめて強く反対をいたしたいというふうに考えております。
 国庫補助につきましては一〇%じゃなくして、より多く補助を出していただきたい。それから弾力条項の、弾力調整規定の問題につきましては、これはやはり国会の権威として審議されることが望ましいということを最後に申し述べたいと思います。
 それ以下につきましては、ほかの方々もございますから省略いたしたいと思います。ありがとうございました。
#422
○伊東座長 いま玉置君から、質問することはないけれども、先生方で何か一言言っておきたいことがあったら聞かしておいてくれと、こういうことでございます。ほかの先生ございましょうか。
 よろしゅうございますか。
 それではこれで、一応私ども委員の方々からの皆さま方に対する質問は終わったわけでございますが、委員の方には最初質問されて、あとでまたほかの委員から質問があったことで、陳述人の方々の御意見に質問してみたいというようなことがあるかもしれませんが、ありましたら短時間に、ちょっと補足的な質問を委員の方がしますので、もうちょっとお待ちを願いたいと思います。戸井田君、ありますか。
#423
○戸井田委員 たいへん長い間貴重な御意見ありがとうございました。最初各先生方からいろいろと御意見が開陳されましたときと同じようでありますが、この改正案には評価されるべきものと、そうでない面とありまして、その中で特に、やはりこれから前進する意味を持ってでしょうと思いますけれども、皆さんからたいへん貴重な、さらに一歩前進せえというような御意見がたくさん出されたと思うのであります。それは私たちも審議の過程で与党もそうでありますし、野党の方々は特にきびしくそういうような御意見等も述べられておるわけであります。
 われわれといたしますれば、もちろん抜本改正というものはやらなきゃいけないし、やってもらいたい。しかしながら、僻地の問題、あるいは看護婦さんが足りない、あるいはお医者さんが足りない、こういうようなものをすぐ即座に解決せえといってもなかなかむずかしい。
 しかしながら、現実に病気で、患者さんがお医者さんにかかっている、入院していると、そういう人たちから見るならば、高額医療というものは、すぐその日にでもかかってくる問題であります。また給付の面でも、いままで五割負担しておったものが自分のほうの負担が四割になり、あるいは三割になるという面は、すぐその日にでもいま入院している方々に響いてくるわけなんです。
 そこで、もしこの審議の段階でこれが通らないということになれば、いままでのものでやらなければならないわけです。そうすれば、われわれとしてもたいへんな責任を感ずるわけでありまして、そういう意味で皆さま方の御意見というものも十分しんしゃくして、さらに煮詰めて、そして私はこれを通すべきであろうというふうに考えておるのであります。
 そういう意味からすれば、いま皆さま方から御開陳下さったいろいろな問題点というものを十分にこれから検討さしていただいて、これという点では私ども早く通して、現実に困っている人たちには高額の問題にしても、給付の七割――給付の問題にしても助かる面は早く実行さしていただきたい、かように私は思っております。
 そこで、かりに保険料が上がると申しましても、まあ十万円の給料を取っている人であれば、今回の改正で百五十円上がるという面であります。そういうことを考えたならばやはり、この際多少のそういう御負担を願っても早く患者さんにそういう恩典を受けていただきたい、かように思っておるわけであります。その点について皆さま方の御意見がございましたら、ひとつお聞かせ願いたい、かように思います。
#424
○伊東座長 いま戸井田君から、どなたでもということで意見を述べて、御意見を伺いたいという、こういうことでございましたが、どなたかございましょうか。
#425
○戸井田委員 それでも通しちゃいかんというのか、そこのところだけ……。
#426
○真田是君 どうもそういう出され方をいたしますと迷いますんですが、国会の中のいろいろこまかい運営上のことは私存じません。それを前提に申し上げるわけですけれども、やはり私の気持ちといたしましては、廃案かあるいはこのままで通すかという、こういうようにしないでほしいということであります。
 むしろ、午前中に私、主として申し上げた諸点がなぜ修正できないのかということを逆に考えるわけでありまして、どうしてもそこを修正をお願いしてから、早急にお通し願うわけにはいかないのだろうか。これは最後の希望として申し上げておきたいと思います。
#427
○伊東座長 八木君。
#428
○八木(一)委員 先生方から貴重な御意見を賜わりました。それをかみしめて私どもは国会の審議に当たりたいと考えているところであります。
 先ほどから公述の先生方と同僚の委員の中でいろいろと大切な問題について御意見を承り、また委員のほうからも意見を加えたような御質問を申し上げました。
 その中で私の、この経過の中で考えましたことは、たとえば抜本改正についての問題で、製薬会社が非常にもうけ過ぎている、あるいはまたいまの診療報酬体系の中でですね、ことばでずばりとおっしゃいませんけれども、そういうことで薬代のほうに費用が多くかかって、財政的に非常に困難な状態がふえる条件があるというようなことが討議されたわけであります。その中の、製薬会社がもうけ過ぎている、あるいはまた医療費の中のきめ方がいろいろまだ不合理な点があって、薬を多く使うような傾向の体制になっているためにむだがあるというような意味の御発言がございました。このような不合理な点は変えていかなければなりません。
 しかし、その中で先生のお一人から出ましたように、国民の各階層の中のいろいろの対立、あるいは意見の違いというようなことがあることがいろんなことになっておりましたが、それ以上に大切なことは、国がこの医療保障、医療保険について責任を十分に果たしていない。果たしていないということで、この保険財政の問題が非常に赤になる。それを黒にするということについて苦痛がある、苦痛があるということで国民相互間に対立を招いている、という問題は、これは非常に重大な問題だろうと思う。国がほんとうの責任を、これを達することをやれば、そのような国民階層間の相克は減り――不合理は直していかなければなりませんが、ほんとうの医療保障ができ上がると思うわけであります。
 医療供給体制の問題についても、このような医療担当者をたくさん――担当していただける状態をつくるために、あるいはまたこのようないろんな診療所病院その他のものをつくるために、そういうためにも国がほんとうに対処しなければなりません。
 あるいはまた、差額ベッドというような問題をなくしていく、みんなが病院にすぐ入れる、緊急医療体制の問題もそうだし、また一部国民健康保険の関係とは言われましたけれども、そうではなしに医療全体の問題として無医地区、また無医地区といわなくても医療体制が非常に少ない地区、そういうような問題も解決をしていかなきゃならないのは政府の責任であります。
 で、この改善点が少ないという問題、あるいはまた保険料関係の負担がふえるという問題についても、国がほんとうの責任を果たしていないために、これだけの論議をしなければならないということになるわけであります。
 私どもはいま皆さま方の御意見をかみしめて、国会で、国がほんとうに責任を保つべきであると。そのことを、この健康保険の問題自体、それと深い関係のある背景の問題、その問題について国の責任をただし、責任を確立をするということの考え方のもとに、健康保険法の審議に当たってまいりたいと思うわけでございますが、この国の責任について、ひとつ積極的に御意見のある方がございましたら伺いたいと思います。また、もしなければ小倉先生と真田先生からひとつ伺っておきたいと思うわけであります。
#429
○伊東座長 いま八木君から意見をひとつ聞きたいと、どなたでもかまわない、もしも御発言ないならば小倉君と真田君から聞きたいというお名ざしでございます。じゃ、小倉君でいいですか。
#430
○小倉襄二君 この点は言いっぱなしでまことに申しわけないんでありますけれども、戦後の医療保障問題の扱われ方を見ておりますと、やはり国民的基盤に立った政府の指導的な政治力の欠如といいますか、これをほんとうに痛感するわけです。中医協の現状を見ておりましても、まあ混乱といいますか、ある意味では武見さんを説得できるような強力な政治力のある方がほしいというような気もいたしますし、個人的な問題じゃなくって、そういう問題にやはり取り組んでいく態勢――審議会もたくさんありますが、審議会の討議というものがなかなか政策的に一つずつ積み上がっていかないという、そういう政策決定の弱さというもの、これが非常に痛感されるわけであります。
 私はイギリスのNHSをつくるときの段階を調べておりましたときに、それを断行したアニューリン・ベヴァンが、どれだけ苦心をして、BMAのような反対をした勢力に対し、また当時の保守党に対して――当時まあ労働党内閣でありましたから、日本の場合と若干違うんでありますけれども、そのベヴァンがいろんなブレーンを引き連れて徹底的な調査と討議と、その中で相当強い反対と国民的意見の分断というものを求めていって、あのような一応福祉政策の革命といわれるような、ああいう画期的な制度を創設されたことをわれわれは知るわけでありますけれども、そういう取り組みの積極性――先ほど戸井田さんから、どうしても廃案かどうかという話が出たんでありますけれども、常にそういう出され方をするわけですね。
 ですから、やっぱり短期的試案の中で、ちょっといいからそれを選ばんならんと。それをみんな歯を食いしばって待っているわけですから。歯を食いしばって待っているそういう国民がいる。だから少しでもよくなれば飛びついていこうと、ずるずると何度も何度もそういう経験をしてきているわけなんです。
 でありますから、そういうことはやはりこれ以上繰り返すのは間違いであって、強力な政治力をもって国民医療の展望とあり方に対して、総括的な討議と徹底的な取り組みというものを国会を中心にし、また各種の機関を通してやっていただきたい。特に厚生省自身の、私は責任もあると思うんでありますが、そういったものをこの際よく自覚していただいて、やっぱり短期的試案、いまいいからすぐ飛びつくということ、そのことは確かに国民の期待にこたえる面があるんですけれども、それがさらに新しい矛盾を生み出していく。つまり古い皮袋に新しい継ぎを当てれば、そこからまたほころびて裂け目が大きくなるという点もあるわけです。
 それは社会保障というものが持っている本質からしても、そういうことは出てまいりますので、ぜひ包括的な観点から総点検をして、強力な政治力をもって日本の医療制度の改革に対する御提言をいただきたいということを私はお願いするものであります。どうも失礼いたしました。よろしくお願いします。
#431
○真田是君 国の責任につきましては先ほど質問いただきまして、たいへん抽象的な言い方ではございましたけれども申し上げたことが骨格になろうかと思います。
 なお、もう時間がございません、つけ加えるといたしますと、おそらく社会保障における国の責任というのは、あれこれの具体的な措置であろうことは確かだと思いますが、しかしやはり基本で、国が、先ほど来申し上げましたように、財政の問題を見るにいたしましても、保険の問題を見るにいたしましても、最も困難な国民の層のところ、ここを基盤にして保険財政の問題にせよ、何の問題にせよ考えていく姿勢ができているかどうか、これがことばだけではなくて、実際の国家責任を果たせるかどうかの大切な保障になるんではないかと思います。
 それは同じ保険財政を、もっと別の立場に立って別の角度から幾らでも議論することもできるわけでありまして、そこのところの立つ立場というものを国がどういうものとして設定するか、ここがどうも責任を果たす、果たさないの実質上のかなめになるような、こういう気がいたしますので、これもたいへんばく然とした申し上げ方でありますけれども、最後のごく印象的なこととして申し上げたいと思います。
#432
○中村正文君 八木先生のおっしゃられること、私そのとおりだと思うんですが、蛇足になるかもわかりませんけれども、一言だけ申さしていただきたいと思うんですが、医療保障に対して国庫負担、国庫補助、これをできるだけたくさん出していただく。これは多ければ多いほどいいことには違いございません。
 ただ、その場合に考えていただきたいことは、日本の社会保障全般のバランスということをひとつやはりお考えおきいただきたい。今度、年金の改正、それから児童手当の金額の増額とか、あるいは社会福祉の充実、あるいは生活保護費の増額とたくさん要求、要望があると思います。そういうものを全体として考えていただきまして、一体医療保障については、どれほどの国費が投ぜられるのがいいかという、社会保障全般についての構想というものをお持ちいただきまして、医療保障のほうに力を入れていただきたいと思うんでございます。
 まあ、お話をお聞きしておりますと、多々ますます弁ずでございますけれども、医療保障にだけ、それだけ、いままでおっしゃっておられるような、その御要望を全部投じますと、相当な金額になるだろうと思うんですが、そんなに医療保障にだけお金を使っていいんだろうかと、それがほんとうに国民の、国家資源というものを有効に使う道だろうかと。こういう全体から考えまして、限りある国家資源というものを最大限に効果あらしめるような施策をひとつお願いいたしたいと思います。
#433
○伊東座長 寺前君。
#434
○寺前委員 最後に私、二つ聞きたいと思うんです。一つは、いま中村先生が全体の観点に立って有効に社会保障に国家のお金を使っていただくと、こういう問題提起が出た、この問題について小倉先生と真田先生にお開きをしたいわけですが、要するに給付の改善はやらなけりゃならない。ところが片方のほうは国民から、保険である以上は金を取らなけりゃならない、上げなけりゃならない、片方は出さなければならない。そうなってくると全体の観点に立ってもらわなければならないんじゃないか、国庫の補助ということになるという御指摘だと思うんです。
 先ほど真田先生のお話の中に、前は千分の四十の掛け金であったものをいま千分の七十、今度は七十三になり弾力条項を使うならば千分の八十と、まさに保険料は二倍の料率という段階にまで到達をする。薬の問題も先ほどの御指摘のとおりに、倍の薬剤費の位置になってきている。いろいろ考えてみたら、総合的に手を打たなけりゃならない段階にきているわけですが、国民の側から言うと、物価がこれだけ上がってきているときに、またこれで拍車をかけられても困るという要素もあると思う。
 そこで、私自身の、まあ理屈を抜きにした感情から言うと、上げずに給付をよくしてもらいたいというのが率直な気持ちだと思うんですね。だから、そのことはこうしたらできるという端的な御意見があるならば、小倉先生と真田先生にお聞きしたい。これははっきりここで提起したいと思います。
 それからこの際に、いまの薬剤費の問題に関連するわけなんですが、診療報酬の問題です。薬剤費の問題というのは先ほどの御指摘の中に一つあったように、お医者さんが薬を使い過ぎてるんじゃないかという問題が提起されることは事実だと思う。私はこの問題については診療報酬と不可分の関係にあると見なけりゃならないと思うんです。もう一つは、製薬メーカーの側における蔵出しの値段そのものに問題があるんじゃないかと、こういうことになってくると思うんです。
 そこで、問題の診療報酬が中医協でも問題になっているわけですが、これを診療報酬についてこのままでいいのかどうか、改善する必要があるんじゃないかという問題についての御意見についても小倉先生、真田先生に最後にお聞きして、私は終わりたいと思います。
#435
○小倉襄二君 それがわかればほんとうにもうこの問題は解決するという面でもございます。私は原則的に申しまして、総合的観点というのはやはり国家財政全体の中に占める社会保障費の位置ということがあると思います。GNPがこれだけ伸びても国際比較において、日本の社会保障費は十位ランク以下になっているというようなこと、確かに絶対額としては相当大きな額になってまいりましたけれども、国際比較からいっても低いところにある、そういう点があるわけですね。
 しかも財政調達につきましては社会保険主義を採用しているということになって、受益者負担原則が貫徹している。それは社会保険であるからそうだという議論があまり怪しまれていないということ、そういった面ですべて問題が処理されているということだと思います。やっぱりこれは、基本的な政策決定でありますから、現在の財政構造の中で、社会保障のいわば画期的な拡大といいますか、これに対するコンセンサスをぜひとも国会でもいただきたいと思っています。
 自民党政府におきましてもおっしゃるように、経済成長主義から人間尊重、福祉国会という一つのスローガンは出ましたけれども、日本列島改造論を見ましても、あの中には福祉基盤に関する政策決定は、まあないことはありませんが、非常に力が弱い。
 ですから、たてまえ論的な福祉政策への、いわば政策転換と申されておりますけれども、全体予算の中ではその辺の予算規模の拡大、まあ予算を見れば、まさにこれは明確に、たてまえ論は何とあろうとも国家政策の基本はわかるわけでありますから、ある意味では憲法論から申しましたら、憲法条項に照らして、ほんとうに国民の基本的諸権利が数字として、あらわれているかどうか、これはもう予算を見ればわかるわけであります。そういう点を社会保障の面から申しますと、きわめてこれはまだまだ政策転換といわれるものではない。人間優先、福祉優先の施策になっていないということを、これを痛感をするわけです。
 そういうように末項的な部分における非常にひずみがある。しかしながら、健保改正の出てきた出てき方は、それぞれ給付改善という形をもって、ややミクロ的場面においては国民が期待する部分に触れ合う部分がある、そういう点が、一つの場面にわれわれが置かれて意見を求められておるのでありますけれども、やはり抜本改正という方向を考えますと、どうしても財政構造、社会保障に対する国家施策の基本的な、ほんとうの福祉優先のための施策への積み上げというものを、この際どのように組むかということ、そういう真の政策転換というものをお考えいただかなければ、これはなかなかわれわれが問題提起する場合の基本的な場面というものができない。
 そういう場面のものが背景にあって、ややミクロ的な場面における若干積み上げというのが前面に出てきておる。そこのところを見通した議論ができないところにおいて情報もやられておりますし、国民の判断も混乱をする。そういう点で、やはり私は、国会の論議を通して、一体どこにほんとうの国民基盤に対する政策転換があるのかということを、これを確かめていただくような、そういう作業というものをぜひともお願いしたいと思っているわけであります。
 その点では、たとえば防衛予算の問題であるとか、あるいは年金につきましては、例の蓄積金における使途の問題、ああいった積み立て方式でいいのかという問題も含んでまいりますけれども、そういう基本的なコスト形成に関するあり方というものを、マクロ的場面でもう一度再点検することが今回の健保改正、抜本改正につきましても私は新しい議論の地平を開くための条件になると、こう考えておるわけです。これがまあ前段であります。
 診療報酬でありますけれども、これはやはり私は立ち入ったことはよくわかりませんし、また困るんでありますけれども、これはやはり保守、革新を問わず医系議員という方がおられるそうでありますし、またそのどのレベルをとってみても、いいドクター――一種の医師は非常にプレッシャーグループといいますか、力が強い。そういうことを突っ切って原則論をなかなか提起しにくいという状況が国会にあると私は思っています。中医協の状況を見てもそういう感じを受けますし、どうもまともな議論もなかなか通りにくいというところもある。で、その点になりますと、これはむしろ一種の制度論的な面におけるいろんな矛盾が現にありますので、全部公然とうみを出してみなくちゃいけないという感じがするわけです。
 私も実は、京都府の地方保険医療協議会のメンバーでありますけれども、私たちが事実に即して、いろいろから診療の問題とか、あるいは使い過ぎの問題とか、そのことを事実に即して言いましても、それはこうだああだという形でなかなか議論がまとまってこない。それは私たちが医師に対する信頼もありますし、こんなことを言ったならば、むしろ医療保障の展望に対して、個人を責めるような、そういういわば事実関係というものを倫理関係にすりかえるような、そういう一つのおそれがありますので、それは差し控えようと思っておりますけれども、事実として現在の診療報酬体系というものが、ほんとうに国民のあるべき医療にとって正しいあり方なのかということ、こういったことをもっと大胆率直に、それはおそらく国会の場合には政治力と思いますけれども、医師に対する異例の、税制の優遇措置の問題を含めていろいろ国民からの、ある意味ではあやまった意見も含まれておりますけれども、非難もあり、いろんな中傷もある。また事実上医療過誤の問題もある。いろいろな意見に対するドクターの責任に対しての国民的な視点からの責任についても起こっております。
 そういった問題は、単に何かこういう議論をそらすんじゃなくって、正面切って診療報酬体系の持つ諸矛盾というものもこの際堂々と表に出して、そういうところからほんとうの国民の、先ほどから申しておる総合的な観点、たとえば予防の問題にしろ、国民はほんとうにじっくりいろいろ聞いてほしいことがある。それから看護婦さんの問題もある、アフターケア、リハビリテーションがある。特に老人なんかにつきましては管理医療体系をつくらなければ、結局老人は寝たっきりで死んでしまう。そういうリハビリテーションをセットすれば、いま現在の医学におきましても過半数の老人は社会に復帰できるといっております。そういう事実もある。
 そういったことを含めての、特に診療報酬体系に関するいわば改革をするならば、また新しい可能性もあるに違いない。そういったことを、ぜひとも公然と率直に、変な思惑が働かない形において、国会の社労委員会とか、そういう場面でこそ出していただいて、新しい展望を国民との意見のフィードバックによってやっていただくこと、これが私がお願いしたいことでございます。たいへん失礼いたしました。
#436
○真田是君 財源の問題でありますけれども、たいへんどうも荒っぽいことしか申し上げられないわけですが、財源はやはり一つは税金の問題、租税の取り立てのしかたに一つあろうかと思いますし、それからもう一つは、予算の編成のしかたというのに社会保障の財源は関係してこようかと思います。
 前の、租税のほうにつきましては、これは今日、企業を中心に行なわれております特別免税、こういうようなものをかなり考えて、そしてできれば全廃をしていくという方向で考える必要があるんではないか、これによってかなり国の予算規模、もとになりますものが大きくふくらんでくるんではないかと考えられます。
 それからもう一つ予算の編成のほうでありますけれども、いま小倉さんからもちょっと御意見出ました防衛関係費、これなんかをどうするかという問題もありましょうし、公共事業費なんかの使い方の問題もあろうかと思います。こういうように社会保障の予算を一定してふやすということが、比率をふやすということが一つ前提でありましょうけれども、同時に私ここで考えねばならぬと思いますのは、予算全体が、社会保障の関係費がどれだけの比率を占めているかという問題と同時に、予算全体が国民生活にどういう影響を与えようとしているかということが、これが社会保障とのかかわりということで非常に大きな問題になるかと思います。
 と申しますのは、かりに全体の予算の中で二〇%を占めているというのと三〇%を占めているというんでは、三〇%のほうがウエートが高いには違いないわけでありますが、しかし、かかえている社会問題の種類がどっちが重いかによりまして、これは比率が相殺される場合もある。したがいまして、社会保障関係費の比率が高いか低いかということが一つと、予算全体の性格が国民の生活と健康をどうしようとしているかというこの問題と、この両方かかわらして考えていかなくてはならない。
 そうしますと、社会保障についての要求は非常に大きいわけでありますが、しかしこれは、前提的な予算の性格のあり方によりましては、無限の社会保障関係費の財源をつくらにゃならぬということにはならぬと思うわけですね。生活と健康の破壊を事前に食いとめるというような、こういう措置ができるとすれば、これは実際の費用としては、かなり少なくて済むということさえ言える。
 こういう財源というものの性格は、いま申し上げたような、かなり動く性格を持っているように思いました。今日の日本では申し上げるまでもなく、これはかかえている社会問題が国際的にも非常に重いわけでありますから、これはかなり高いウエートで当面予算というものを組む以外にない、こういうことになろうかと思います。財源のお答えになりましたかどうかわかりませんが、思いつきで以上申し上げたわけです。
 それから診療報酬の問題につきましては、これはいま御意見のありましたとおりに私もやはり医師の技術というもの、いわゆる技術料と呼ばれているもの、これをもっと正当に評価をするような、そういう改定を考えていく必要があるんではないだろうか、こういうことを考えております。どうも、以上です。
#437
○伊東座長 大橋君。
#438
○大橋(敏)委員 実はきょうの朝刊に次のようなことが書いてありますので、それに対する先生方の御意見、特に小倉先生と真田先生にお願いしたいんですが、橋本私案に対するこれは一応の批判的な中身になっておりますが――批判的というよりも、それに対する意見といいますか、たとえば国庫補助について、家族給付を四十九年十月ではなくて早めなさい。そのために財源が必要になってくるというのが問題になるだろうが、それは政管健保は中小企業だから、やはり国庫補助を一三%にぐらいは引き上げてあげるべきではないかということがあるんですね。
 そこで、私はこの国庫補助については審議会等で話が出ておりましたのを参考にいたしますと、大体二〇%というところでございましたが、まあ一挙にというのは、やはり問題だろうと思いまして、一五%にはすべきではないだろうか、もし一五%に国庫補助を引き上げれば今回の値上げ等は一切やらなくても十分安定した、いわゆる財政内容になっていくと、こういうふうに思っていたんですけれども、はたしてこういう国庫補助の率がどの程度がいいのか、これが一つ。
 もう一つは、弾力条項の問題に触れているんですけれども、最後のほうにこういうふうに言っているんです。野党は弾力条項に強く反対しているが、これによって保険料率に千分の八十という天井ができることも見のがしてはなるまい。おそらく弾力条項というのは問題かもしらんけれども、逆から言うならば、千分の八十以上は絶対に保険料が上がらないという見通しは出たんだから、これは大きなことじゃないかというような言い方じゃないかと思うんですけどもね。私は千分の八十まで弾力条項で認めたから、それ以上保険料上がらないという保証はないんじゃないかという不安を実は持っているわけです。こういう点について、いきなりの質問でございまして、たいへん失礼だと思いますけれども、御意見がありましたら聞かせてくださいますように。
#439
○伊東座長 どちらでも――ありますか。
#440
○小倉襄二君 いま大橋委員がお読みになったのは朝日新聞の社説でございますね。私もこれ切り取って持っておるんでありますけれども、よくわからないんですが、たとえばなぜこの社説で、一三%でやれば均衡するかということですね、根拠は全く書いてありません。で、公明党のほうは御主張としては一五%という御主張のようでありますけれども、これも私もどうも勉強不足で、一五%であればおそらく保険料を改定しなくてもいけるんではなかろうかというお考えからですね。
 私はただ、二〇%と申しましたのは、これはいろいろ社共両党の御意見など読んだのでありますが、より積極的な給付改善と、それから、できれば高額医療についてもう少し下のレベルから始めたらどうかという問題、あるいはまたさらに実施時期の問題、そういう所要財源などを実際考えました場合に、かりに政府案というものに対する、直面する対決点としては少なくとも二〇%は必要であろうと、そういう試算からおっしゃったと思っておりまして、もう少し支持した御意見を申し上げましたんですが、そういった点、それ以上私もちょっとわかりませんので、お答えできないことですが……。
#441
○真田是君 国庫補助は一〇%が一番いいということは私も全然考えておりませんで、これはふえていけばふえていくほうがよろしいと思いますが、ふえると同時に先ほど来私主張しておりますように、あとの保険料の負担のところの、被保険者分をその分軽減をさしていくような、こういう形の連動があっていいんじゃないだろうかと、こういうぐあいに思うわけでありまして、その辺をもう少し御検討願えたらということを思うわけです。そういう意味では私、国庫の負担がずっとふえていくということは何ら反対はいたしません。
 ただ当面私、いまの法案のところで、どこをポイントにするかということにつきましては、国庫の定率化一〇%のところ、これはまだ不十分でありますが、それ以外にもっと不十分なところがあると考えますので、そちらを中心に申し上げたということになります。
 それから、あとの千分の八十につきましては、いま大橋先生おっしゃったとおり、これでとまるというような保証は、これは現在のインフレが進む限りはとうてい考えられないというぐあいに思うわけです。以上です。
#442
○伊東座長 それでは、一わたりまた御質疑終わりましたので、だいぶ時間もたちますので、これで質疑は終わりまして、以上で会議を終わりますが、最後に一言ごあいさつ申し上げます。
 本日は意見陳述の方々、非常にお忙しいところをこの地方公聴会に御出席下さいまして、午前、午後にわたりまして御熱心に貴重な意見を聞かしていただきまして、まことにありがとうございました。お礼を申し上げます。
 皆さまからお伺いしました御意見につきましては、私ども社労委員会の者としましてはこれを参考にしまして、今後審議を続けてまいりたいと思います。非常に、大いにわれわれにとりまして有意義な御意見を伺いまして、ほんとうにありがとうございました。これで終わります。
   午後三時二十五分散会
     ――――◇―――――
   派遣委員の大阪における意見聴取に
   関する記録
一、期日
   昭和四十八年六月十九日(火)
二、場所
   大阪厚生年金会館
三、意見を聴取した問題
   厚生年金保険法等の一部を改正する法律案
   (内閣提出)、
   国民年金法、厚生年金保険法等の一部を改
   正する法律案(八木一男君外十六名提出)
   及び
   国民年金等の積立金の運用に関する法律案
   (八木一男君外十六名提出)について
四、出席者
 (1) 派遣委員
   座長 伊東 正義君
      戸井田三郎君    八木 一男君
      寺前  巖君    大橋 敏雄君
      玉置 一徳君
 (2) 意見陳述者
        大阪府国民年金
        委員連合会会長 駒井 信義君
        総評大阪地方評
        議会議長    帖佐 義行君
        岡山県社会保険
        協会会長    戸田 和夫君
        立命館大学教授 坂寄 俊雄君
        社団法人日本ア
        クチュアリー会
        副理事長    山本 正也君
        同志社大学助教
        授       杉江 雅彦君
     ――――◇―――――
   午前十時十三分開会
#443
○伊東座長 それでは、これより会議を開催いたします。
 私は、衆議院社会労働委員会派遣委員団の団長の伊東正義でございます。
 まず、派遣委員を御紹介申し上げます。
 自由民主党の戸井田三郎君、日本社会党の八木一男君、日本共産党・革新共同の寺前巖君、公明党の大橋敏雄君、民社党の玉置一徳君、以上でございます。
 私が、この会議の座長をつとめますので、よろしくお願い申し上げます。
 次に、本日各界を代表して御意見を述べていただく方々を御紹介申し上げます。
 大阪府国民年金委員連合会会長駒井信義君、総評大阪地方評議会議長帖佐義行君、岡山県社会保険協会会長戸田和夫君、立命館大学教授坂寄俊雄君、社団法人日本アクチュアリー会副理事長山本正也君、同志社大学助教授杉江雅彦君、以上の方々でございます。
 この際、私から派遣委員を代表して、一言ごあいさつを申し上げます。
 皆さま御承知のとおり、ただいま衆議院社会労働委員会におきましては、去る二月十七日内閣から提出された厚生年金保険法等の一部を改正する法律案並びに四月三日に八木一男君ほか十六名から日本社会党、日本共産党・革新共同、公明党及び民社党の四党共同提案として提出された国民年金法、厚生年金保険法等の一部を改正する法律案、及び国民年金等の積立金の運用に関する法律案の三法律案を一括して審査を行なっているところでございます。
 右三案は、わが国の年金制度にとりまして重要な法律案であります。したがいまして、去る四月六日の衆議院本会議において三案についての趣旨説明、質疑が行なわれ、その後委員会におきましては各党委員より、いろいろな角度から幾多の問題について論議が行なわれております。
 なお、本日は衆議院におきまして公聴会が開会されている次第でございますが、当委員会といたしましては、できる限り国民各層から広く御意見を徴すべく、本日御当地におきましてこの会議を催し、各界の代表者の皆さまから忌憚のない御意見をお伺いしようとするものでございます。
 御意見をお述べいただく方々には、本日はこの会議に御出席いただきまして、まことにありがとうございました。厚くお礼申し上げます。
 それでは、この会議の運営につきまして申し上げます。
 会議の議事はすべて衆議院における委員会運営についての議事規則及び手続に準拠して行ない、議事の整理、秩序の保持は座長であります私が行なうことにいたしております。
 発言をなさる方は、必ず座長の許可を得て発言をしていただきたいと思います。
 なお、この会議におきましては、御意見をお述べいただく方々には、派遣委員に対しての質疑はできないことになっておりますので、あらかじめ御了承をお願いいたします。
 次に、会議の順序につきまして申し上げます。
 最初に意見陳述者各位から御意見をそれぞれ約十五分程度順次お述べいただいて、後に休憩しまして、再開後に派遣委員から質疑を行なうことといたしております。大体昨日は三時半で終了いたしましたが、三時ないし三時半、そのぐらいのところを頭に置きまして、この会議を運営したいと思いますので、よろしくお願いいたします。
 それでは、まず駒井信義君から御意見をお述べいただきたいと存じます。
#444
○駒井信義君 私は大阪府の国民年金委員といたしまして知事の委嘱を受けまして、国民年金事業の推進に微力ながら努力しておる者でございまするが、国民皆年金という目的でつくられておりまする国民年金制度であり、厚生省、また府県、市町村の関係者が非常な熱意で進められておるにもかかわりませず、制度の発足十数年をたちます今日に至りましても未加入者や、また未納者が存在することは、国民側にも理解不足という点があるとは思いまするが、制度の内容にあきたらない面があるのではないかとも思う次第でございます。
 さきに政府は、昭和四十四年の法律改正で年金額の引き上げを実施され、保険料二十五年納付の老齢年金の月額五千円から八千円に、十年年金を二千円から五千円に引き上げられたのでございまするが、この引き上げ率は一・六倍ないしは二・三倍という大幅なもので、当時は画期的な引き上げと評価された次第でございます。
 しかしながら、昨今の経済成長の伸びに伴いまして著しい生活水準の向上に対しましては、この程度の年金額では十分であるとは言えないのが現状でありまして、何といたしましても年金額の引き上げをはかることが急務であると痛感するものでございます。
 私たち大阪府の国民年金委員連合会では、たびたび関係当局に年金額の引き上げをはじめとする制度の改善を要望してまいったのでありまするが、昨年の総選挙を機に年金改善の機運が高まり、政府におきましても世論にこたえましての国民年金制度の財政再計算期を二年繰り上げられまして、いまの国会に国民年金法改正法案が提出されたことは、私たちのみならず二千四百万人の被保険者にとりましても、大きな喜びとするところでございます。
 私は、この改正法案が一日も早く成立することを願っているものでありまするが、法案の中で特に期待をかけている事項につきまして申し上げてみたいと思います。
 まず第一は、年金額の引き上げでありまするが、二十五年加入の老齢年金を月額八千円から二万円に、十年年金をば月額五千円から一万二千五百円に、五年年金をば月額二千五百円から八千円に引き上げるということであります。この引き上げ率は二・五倍ないしは三・二倍と過去の改正では見られなかった大幅な値上げでありまして、発足十数年余りのこの国民年金にとりましては飛躍的な改善であると思うのでございます。
 改正案によりますと、夫婦が二十五年分に加入いたし、あわせて付加保険料を合わせた場合の年金額は月額五万円になりまするが、これは理想的な厚生年金の水準に見合うものでありまして、保険料の負担額から見ますると妥当な線であると考える次第でございます。
 当面の支給の中心になるものは十年年金と五年年金とでありますが、いずれも通常の老齢年金計算額より、かさ上げが行なわれておりまして、十年年金で月額にして四千五百円、五年年金で四千円のかさ上げになっておると思うのでございます。このかさ上げは年金の受給者層が加入時にすでに高年齢であったために保険料拠出期間が短かった特殊事情を考慮されたものと考えられまするが、この年齢層の人たちに対する老齢年金の充実に特に重点を置かれている政府の姿勢がうかがわれる次第でございます。
 しかしながら、今日の物価から見ますれば、老人の生活がこの額で十分であるとはいえないと思うのでございます。この年金につきましては、今後さらにさらに引き上げを御検討いただきたいと思います。
 その他障害年金や母子年金などの年金額につきましても、二倍強の引き上げになっておりまして、これも妥当な額であると考えております。
 次に、今回の改正案で特筆すべき点におきましては、スライド制の導入がはかられていることであります。生活水準の変動に応じまして年金額の改正措置として従来から定期的に財政再計算を行なうことが国民年金法第四条に規定されておりまするが、今回の改正案では物価指数の変動比率に応じて年金額を改正する、いわゆるスライド制が採用されておることでございます。これによりまして年金額が経済変動に影響されることもなく、常にその水準を維持できることは、まことに大きな改善でありまして、双手をあげて賛成する次第でございます。
 次に、保険料の関係でございまするが、今回の改正では年金額を二・五倍ないし三・二倍に引き上げる改善が行なわれるのでありまするから、被保険者もある程度の負担をするのが当然と考えます。
 しかし、あまり急激な負担増では国民生活を圧迫いたしますので、適正な増額を段階的に実施することが望ましいと思うのでございます。この意味におきましては改正案に示されている五百五十円から九百円への引き上げと段階的引き上げは、最小限やむを得ないものであると思う次第でございます。
 なお、年金財政につきましても積み立て金の取りくずし論とか、賦課方式切りかえ論などの意見があるように聞いておりますが、将来にわたり健全な国民年金財政を運営していくことが最も肝要と思いますので、一時的な現象にとらわれることなく、長期的な目で時間をかけて研究をしていただきたいと思います。
 次に、私どもが期待をかけている事項に時効保険料の特例納付の措置がございます。これは時効となった滞納期間があるために老齢年金の受給資格が得られない被保険者に、特例として昭和四十九年一月から二年間に限り時効保険料を納付することを認めるものでありまして、これを納付することによりまして老齢年金の受給資格を確保させようというものであります。このような救済措置は昭和四十五年七月から四十七年六月までにも実施されておりましたが、大阪のような大府県ではまだ多数の未納者と、当然加入すべき者でありながら、いまだ加入していない該当者が存在しておるのでございます。
 私たち年金委員連合会でも、かねてからこの救済措置を再度実施を厚生省に要望してきたのでありますが、そのようなわけでこの特例納付につきましては、ぜひとも実現するよう切望する次第であります。
 なお、この場合の納付額は、一月につき九百円はすでに納付済みの人との均衡上からも妥当な線であろうかと思う次第でございます。
 最後に、福祉年金の関係でありますが、改正案では老齢福祉年金をはじめ障害、母子、準母子の各年金額をば月額千七百円ないし二千五百円の上げ幅で引き上げるというものでありまするが、老齢福祉年金の受給者は、わが国の老齢年金受給者の大半を占めているのが現状で、しかもこれらの人は年齢的な条件で拠出制年金に加入できなかった人でありますので、この人たちにつきましては、年金額は特に考慮が加えられるべきであろうと考えます。
 政府は昨年、老齢福祉年金を月額三千三百円に引き上げられましたが、今回の改正案で五千円に引き上げ、さらに二年後には一万円に引き上げることを検討されていると聞いております。また国民年金審議会におきましても、福祉年金の性格が検討課題となっている由でありますが、私は次の改正時期には、老齢福祉年金の額を財政の許す範囲で拠出制老齢年金の額に近づけるよう努力していただきたく要望いたしまして、今回の改正案に賛成するものでございます。
 さらに、先般国会で問題とされておりました現在六十七歳から六十九歳のいわゆる年金の谷間の老人の救済につきましては、合理的な救済措置を今回の法律改正の中で設けていただくことを切望いたします。
 国民年金法改正案のうち、特に私が関心を持っている本項につきまして意見を申し述べましたが、結論といたしまして、私はこの改正法案に全面的に賛成するものであります。国会において一日も早く解決していただくようお願い申し上げまして、話を終わりたいと思います。
#445
○伊東座長 どうもありがとうございました。
 それでは、次に、帖佐義行君にお願いします。
#446
○帖佐義行君 私は、政府提出の厚生年金保険法などの一部を改正する法律案に反対し、八木一男氏ほか十六氏から提出された国民年金法、厚生年金保険法などの一部を改正する法律案に賛成をするものであります。以下簡単に、その理由を申し述べます。
 まず私は、政府案の積み立て方式に反対であります。社会党などが主張する賦課方式に変えられるように要求をします。積み立て方式に反対をし、賦課方式を主張するのは社会党だけではなく、共産党、公明党、民社党などすべての野党がこれを主張しておると承知しております。また私など総評、同盟はもちろん、その他の民主団体などが、すべてこのことを要求をしております。このような中で、なぜ政府・自民党だけがこれを執拗に拒否しているかということについて、私はその理解に苦しむものであります。しかも私は、積み立て方式ではなしに賦課方式が世界のほとんどの国で実施をされておるということを聞きました。なぜ日本だけがその方式にこだわるのかということであります。
 私どもがその理由をいろいろ聞きますのには、厚生年金ができましたのは太平洋戦争の戦費をまかなうために考えられたものであり、戦後はこの積み立て金がすでに十兆円ぐらいになっている金が財政投融資として独占資本によって使われている。今回の厚生年金、国民年金法の改正は、国民の老後の生活保障が考えられたのではなくて、むしろ保険料を増額をして新たな財源をつくり、独占資本の投融資に使われるということがねらわれているんだということをよく聞きます。私はそのような疑惑というものが当然にこういう政府・自民党の姿勢から起こってくるというふうにさえ思うのであります。
 私は、私なども将来厚生年金の恩恵を受ける者でありますけれども、その立場からこのことを考えますと、むしろこれは将来長く厚生年金なり、国民年金をば低く押えつけていくための一つの伏線ではないかという感じが強いのであります。大きく政治的に見ますと、いま申しますように財政投融資の金として使われるのが目的だということでありましょうが、私どもが受ける者の立場から見ますと、実際は低く押える、そういう目的があるのではないかと、こういう疑惑がむしろ深いのであります。
 先ほどの意見をおっしゃった方も、決してこれでは十分ではなしに、もっとふやしてほしいという賛成をなさりながらおっしゃいましたけれども、政府が五万円年金、五万円年金というふうに申しますけれども、実際には三万円前後にしかならない。五万円を受給できるのは一〇%前後しかないということは、たくさんの人がこれをば指摘しております。こういうふうに考えますと、政府の提出している案は全くその点では、羊頭を掲げて狗肉を売ると言っても差しつかえないんだと、こういうふうに思うのであります。
 私は冒頭に申し上げましたように、少なくとも国民年金だとか厚生年金だとかいったようなものはイデオロギーが含まれるものではありませんし、政党政派の争いになるべき筋合いのものでもありません。ただひたすらに働き通した国民の老後を豊かにしてやるということでなくてはならぬというふうに思うわけです。その点からは与党も野党も意見が一致すべきはずなんだと、それはきわめて常識的な線になればいいと。たくさんな人が主張しているとおりにしたらいい。世界がみんなやっているようなことにすればいい。そうなればきわめて問題は簡単、簡明に、どういうふうにすべきかということが私はわかるように思うのであります。
 特に政府・自民党などは、経済大国だとか、世界第二位の生産力だとか、いろいろ言うわけでありますから、そういう意味からも、また日本の老人は世界一自殺者が多いということもいわれているわけでありますから、この際、ぜひひとつ政府・自民党は現在の案をば、十六氏が提出している案に変えていただきたい、私はそれを強く求めたいというふうに思います。
 この積み立て方式を賦課方式にするということ、それから金額が五万円が低いということ、これは六万三千円を目標にということになって私どもは要求をしているのでありますけれども、実は私はこの額には不満なんです。と申しますのは、大体どこの国でも最低この最終の収入の六〇%です。それが最低です。七〇%のところもあります。またイタリアなどでは七五%、昭和五十年から九〇%になると、こう聞いております。
 そうしますと、十六氏の方が御提出になっているこの計算でまいりましても、どうも私どもは最終給料の六〇%は確保されているように思わぬのです。だがまあしかし、とりあえずとしては、そういういきなり、そういうことにならぬということであれば、一応それに賛成をしますが、しかし、これは早急に、きわめて近いうちに、ほんとうに最終の給料の六〇%、七〇%が保障されるような、そういうひとつ年金制度を確立していただきたいというふうに思うわけです。
 それで具体的に出されていることについて私どもの要望を申しますと、いま言いますように、まず方式はいま申しましたように賦課方式にしてほしい、額はひとつ最終の給料の六〇%は確保するような、そういうことにしてもらいたいということです。
 それから国民年金の拠出制十年年金、五年年金及び福祉年金は、四十八年十一月より当面の金額として一人月三万円にしてもらいたい。
 スライド制は、消費者物価の五%変動に基づく方式になっておりますが、これは賃金スライドにひとつ改めてほしい。これから移り変わっていく生活水準というものを考慮すると、どうしても賃金スライドでなくちゃならんと、こういうふうに私ども思うわけです。
 それから現在厚生年金、国民年金の積み立て金が十兆円ほどあります。これが財政投融資に使われて、そして私どもから言わせますと、いろんな公害をばらまいているということになるわけです。私ども外国のいろんな例を聞きますが、これの運用については、むしろ私どもがこれの恩恵を受ける労働者と申しますか、国民、受ける人たちによって運営されなくちゃならぬ。だがまあ十六氏の要求なり、社会党や共産党、そういう民社党などの要求も、それらを含めた民主的な組織ということになっておりますから、とりあえず私もそれに賛成をいたしますが、そういうようなものによって運営をされてほしい。
 実は私もきわめてこれについては具体的な要求を古くから持っているのです。と申しますのは、私どもは労働者福祉協議会というのを、これは総同盟も総評も中立もみんなつくっております。これには労働銀行、労働者住宅協会、あるいは労働者災害――労災といったような、そういう利用団体を入れております。当然にこの厚生年金などの積み立て金というのは、これらの団体が使って、労働者の福祉に、国民の福祉に使われるべきではないかという主張です。私は早くからそういう主張を持っております。そしてそういう要求をしてきましたが、公害をばらまくようなこの独占資本の財政投融資だけに使われるということではなしに、当然に私も妥協をしますので、われわれも入った民主的な組織で運営をする、そういう方向にひとつぜひしていただきたい。そういうことになさらなければ、外国からいろいろな非難を受けている、――これは私が申し上げるまでもなくドルがたまり過ぎる、日本の経済侵略だとか、エコノミックアニマルだとか、いろんな非難が行なわれている中で、国民年金や厚生年金の金が財政投融資に使われる、ただそれが目的だということでありますならば、これは政府や自民党にしても、なかなかそれでは困るわけでありましょう。ですから、国民年金や厚生年金というものは社会保障として、もうただ国民の老後、働き通した国民の老後を豊かに暮らさしてやると、こういうひとつ立場をほんとうに貫くとすれば、そのような疑いがいささかでも起こるようなことはやめられたほうが、私は政府・自民党のためでもあろうというふうに思うわけです。ぜひそういうふうにしていただきますようにお願いをいたします。
#447
○伊東座長 どうもありがとうございました。
 次に、戸田和夫君にお願いします。
#448
○戸田和夫君 私は、かねてからわが国の社会保障制度の進む中で年金部門が立ちおくれておることを痛感いたし、その改善をはかることを日ごろ念願いたしておるわけでございまして、昭和四十四年に年金の一部改正に際しましては大幅な改善を期しまして、その実現をはかるためにみずから進んで年金福祉協会の結成を促しました。自来、機会あるごとに給付の改善、スライド制の導入、年金の非課税扱い等の要請をしてまいったわけでございますが、今回この健康保険法と一緒に年金法の改正が国会へ提出され、審議されておるわけでございますが、その成立によりまして、われわれが年来要望をいたしておりますことが達成せられますように、改正案がそのまま実現いたしますように期待をかけまして、ここに私の賛成の意見を申し述べたいと思います。
 私は第一に、今回の改正案が五年ごとの財政の見直しの際に行なわれる財政再計算期を待たずに、年金制度に対する国民の強い期待にこたえるために、厚生年金では昭和四十九年、国民年金では昭和五十年という、それぞれその時期を繰り上げて今回の改善が行なわれることになりましたことは、社会情勢をよく認識された措置として歓迎いたすものでございます。
 思うに国民の大多数は、五万円年金の実現を強く望んでいるところでございますが、年金受給者の方々がいま直ちに全部が全部そのようになることには問題があろうかと思います。現行勤労者における平均賃金とのかね合い、あるいは先進国の給付率の面から見ましても、またILOの第百二十八号の条約の内容から見ましても、現段階では一律に五万円を望むというようなことは実情にそぐわない点があろうかと思います。
 しかし問題は、年金の実質価値の減価をどう見るかということにあると思いますが、この点につきまして今回の改善は、年金額の大幅な引き上げとスライド制の導入を主眼とされたものでございまして、私は高く評価されてよいと考える次第でございます。
 今回の改正につきまして、私は主として厚生年金関係の立場からこれを原則的に支持する意見としまして、五万円年金の考え方は改正後新たに老齢年金を受ける二十年以上加入の人の標準的な年金額を妻の加給を含めて月額五万円に引き上げるというのが骨子でございますが、これは標準的な姿で見ますると、現実に五万円の給付ということになるわけでございますが、これは今後急角度に上昇していく受給権者の増大を考慮に入れて平均加入期間二十七年に定められたことであって、国民の信頼にこたえた妥当な考えであろうかと思います。また再評価後の平均標準報酬八万四千六百円に算定されたことも、再評価について今回初めて導入されておるわけでございまして、今回の改正の特色といたしまして適切な配慮があったと思います。
 私は従来、中小企業の事業主といたしまして、働く多くの勤労者の老後における生活の安定化をはからなければならぬということを思っておりますし、これにあわせて年金額の大幅な改善を望んでいるわけでございますが、しかし、そのはね返りが中小企業の負担増となりまして、健全な企業育成の障害となるような結果になっては、これはたいへんだと思っておるわけでございます。したがいまして、一度に高額保険料の負担となってきては、わが国のように中小企業の基盤がきわめて脆弱な現状では危険負担を極力おそれるわけでございます。
 今回の改正案によりますと、保険料率の改定が加入者の負担能力などを考慮し、実際の保険料は必要保険料の六割ないし七割程度に押え、残りは後代の負担に送っているという内容である以上、やむを得ない料率であると考える次第でございます。今回の給付の大幅な改善を保険料負担なしで実現しようというような考え方は、私は賛成できぬと思います。また今後の国民的課題といたしまして、若い世代にも費用負担の上で考慮することが、国民としての責務ではなかろうかと思うわけでございます。
 次に、国民年金の改善について述べますと、夫婦五万円年金の考え方は、二十五年加入の標準的な年金額に妻の加給年金を含めて夫婦月額五万円に引き上げるというのが骨子で、その内容としまして必ずしも満足できるものではございませんが、現行の年金額に比べますと大幅な改善が実現されることになりますので、今後さらに段階的に改善されるということを期待いたしまして、改正案に賛意を表するものでございます。
 以上、申し述べました厚生年金、国民年金の改正に対して、その拠出年金そのものが財政計算期ごとに大幅に改善されるといたしましても、年金額の実質的な価値が年々低下していくことになれば、せっかくの改善された意味がなくなります。この点につきまして、年金による老後生活の不安は大きいものがございます。われわれは現行二万円年金実現以来今日まで、年々諸物価が著しく上昇し、とどまるところを知らない情勢下におきまして、年金の是正を痛切に感じておるところであります。今回スライド制の導入が、いよいよなされるということは、喜びにたえないところであります。このスライド制を具体的にどのようにして取り入れていくかということについては、なお検討すべき点も考えられますが、しかし、物価上昇をはじめ経済変動の幅が大きい時代にありましては、まず価値維持をはかることが大切で、消費者物価指数による五%以上変動した場合、実質価値を保つために調整せられるということは至当であろうかと思っております。
 私は最後に臨みまして、国会で御審議していただきたいことは、国民皆年金改正となりました昭和三十六年度当時、年齢的な条件が合わなかったために、いずれの年金制度にも加入できなかった六十七歳から六十九歳までの人が約百二十九万いらっしゃると聞いておりますが、この谷間の老人の救済措置をこの際、改正と同時にひとつ制度化していただきますことをお願い申し上げたいと思います。
 ことしは年金の年といわれておりますが、それにふさわしい老人福祉を進めていただくために、年金によって安らかな生活が保障されるべきである多くの受給者の中に、生きる希望を失い、死を急ぐ人々が年々ふえておるように聞いておりますし、また経済的に不如意な原因から家族との生活が気まずくなって、別居して孤独の日々を送っている人もかなりあるわけでございまして、現今では子供が幾人おりましても、親が老後を子に託して安楽に暮らせた時代はもう過ぎ去ったわけでございます。老後を年金収入によってささえている方々にとって、毎日のようにはね上がる諸物価に対して苦しい日常生活を送っておられる方々、これはどんな暗く心細いことでしょうかと思います。そんな境遇の人々に思いをいたされまして、今回の改正案はいかなる事情、いかなる理由がありましょうとも、一日も早く成立さしていただきますことを切にお願いいたしまして、私の公述を終わります。
#449
○伊東座長 どうもありがとうございました。
 それでは次に、坂寄俊雄君にお願いいたします。
#450
○坂寄俊雄君 結論から申しますと、今度の政府改正案につきましては反対でございます。それから八木さん、その他から出ております修正案につきましては賛成でございます。その反対と賛成の理由について、ごく簡単に要点を申し述べさしていただきます。
 政府案について反対の第一点は、私はこの保険料引き上げによってといいますか、保険料引き上げを伴ってこの給付の改善を行なうというところに問題点が一つあるんじゃないかというふうに思います。
 といいますのは、お知りのように現在の厚生年金の財政収支を見ますと大幅黒字になっておるわけですが、七二年度におきましても収支を見ますと一兆二千四百億ぐらいの黒字が出ておるわけでございます。で、この七二年度の保険給付費の総額は二千二百二十六億円で、運用収入で十分まかなえる金額でございます。これが約六割程度じゃないかと思いますが、それで総支出を見ましても二千六百六十六億円で、運用収入の七割程度にしかなっていないんだと、そういうようなこの財政状況からしまして、もちろんこれは積み立てるんだということがあるからこうなっておるわけですけれども、この点は私としては含んでおるつもりでございますが、何しろこのように――それでそのほかに、今年三月末で厚生年金の積み立て金がどうなっているかということは新しい資料がございませんので、はっきりいたしませんけれども、おそらく七二年の三月末では六兆三千七百九十億でしたから、当然八兆円程度にですね、八兆円近く、あるいは八兆円程度になっているんじゃないか、そういう意味では膨大な積み立て金を厚生年金は持っている、そういうようなことから考えますと、この保険料を引き上げるということには問題があると思うんです。
 しかも、この積み立て金の非常に多くの大部分が、先ほど帖佐さんも御指摘になりましたように、財政投融資の財源として利用されているという点があるわけです。それで財政投融資に利用されているわけですが、もちろん一部分は還元融資されているということもありますけれども、大部分は財政投融資になっていると。ここのところで私はこういうことを考えるわけです。
 この厚生年金は、厚生年金法の目的が老齢者、それから障害者、それから遺族、その方たちの保障をするんだ、生活を安定さすんだという目的で年金制度がつくられ、そのためにこの積み立て金なら積み立て金をされている、そういうことからしましては主として、帖佐さんのおことばですと財政投融資として独占に利用されている。そういうことは全く厚生年金法の目的に沿わない形になっているというふうに考えます。
 もしここのところで、この保険料が上がりますと、ますますもって財政投融資に利用される面を強めてまいるわけでございます。そうすると、ますますそういう点では、この目的に沿わない形が出てくるわけでございますから、そういう点で私は強く保険料を伴うこの引き上げには反対でございます。そうしませんと、法の目的からますますそれていくということがありますから、反対でございます。
 それで、この給付の引き上げ、これは五万円年金というようなものは私は当然されなくてはいけないというふうに思っているんですが、この点について少し詳しく触れさしていただきたいというふうに思います。
 政府は五万円年金ということでこの試算をしておるわけでございますが、この厚生省からお出しいただきました資料によりますと、こうなっておるわけですね。この二ページのところにございますが、「最近の被保険者の平均標準報酬の六〇%程度を確保することを目途に、」この五万円を実現するんだ、こういうようなことが書いてございます。そうすると、そのことからすでにこの厚生省の幸田年金課長が雑誌の中でも発表しておるわけでございますけれども、この定額部分を二万四千八百四十円にし、報酬比例部分を二万二千八百四十二円にして、それから加給年金を二千四百円にすると五万八十二円になって、ちょうどこれになるんだということでございます。
 ですけども、このところで問題になりますのは、まず、その基礎にとられております報酬比例部分を出すところに出てくる八万四千六百円というのは、これは二十七年掛け金をした人なんだという形になっておるわけです。で、二十七年掛け金をした人がこの八万四千円になるんだと、ところが私から言わせますと厚生年金は二十年掛け金で権利が発生するようになっておるわけですが、この事実として二十七年というものがあっても、制度としましては二十年でこの厚生年金を考えていくというのが法に沿った考え方ではないかというふうに思います。そうしますと、この衆議院からいただきましたこの資料にもございますけれども、二十年でいくと八万四千六百円というのは、平均標準報酬は八万円にしかならないんだと、そういうふうに書いてあるわけですね。それに基づいて計算すると、この総額は三万六千八百円にしかならぬという形になって、決してですね、二十年という形でしますと五万円にならぬで三万六千八百円にしかならないんだということでございます。そういう点から五万円年金というのは、この制度の基本からしましては全くおかしいんで、今度の引き上げは厚生年金は三万六千八百円なんだというふうにすべきだと思います。
 それからもう一つ、三万六千八百円の額がどうなのかという問題があると思いますが、この生活保護法の老齢者二人のあれがありますけれども、それによりますとこの老齢者二人、これは厚生省がお示しになっている数字ですが、六十八歳男、六十四歳女の一級地の生活保護費は七二年度において二万八千六百九十円でございました。これが七三年において幾らになるかにつきましては、私まだ資料を入手しておりませんけれども、生活扶助費を一四%引き上げるということが発表されておりますので、機械的にいま試みに一四%引き上げてみますとどうなるかといいますと、三万二千五百七十三円程度になるわけでございます。それに今度福祉年金との関連においておそらくこの老人加算というものが上がるだろうというふうに思われます。そうしますと、その三万二千五百七十三円に老齢加算をしますと、ちょうど三万六千円ぐらいになるんではないかというふうに思うわけでございます。
 そうするとどういうことかというと、この二十年掛け金した人が生活保護水準の年金しかもらえないというのは、どうしても納得がいかないというふうに考えるわけです。お知りのように生活保護は一銭も掛け金をしないで、それだけの金額をもらえる。それが二十年営々として掛け金をして同じ程度ということは、国民だれしも納得いかないんではないかというふうに思うわけでございます。これは先ほど言いました基礎になっている平均標準報酬額の八万円というのは平均でございますから、それ以下の人がありましたら、この三万六千円より当然低くなりますから、そうすると生活保護費以下の年金しかもらえないという形になります。
 そうすると保険というのは救貧政策でなくして防貧政策だということが国際的にいわれていることからしますと、まさに厚生年金制度は、残念ながら今度の引き上げを通じましても救貧的な内容しか持たないで、防貧的な内容は持ち得ていないんだという形が出てまいるわけでございます。そういうような点からしまして――ですから、なおさらそのことからしますと保険料を引き上げていくということは、より一そう私は罪深いものになるんじゃないかというふうに考えるわけでございます。
 それから次に、保険料率の問題について一言だけ申し上げますけれども、現在、保険料が今度千分の十五上がるということでございますけれども、それだけとると、たいしたことのないように見えますけれども、各種社会保険、それを総括して見ますと、かなりの金額が上がってまいる。そういうようなところからしては、この賃金の手取り額を圧迫して、生活を圧迫するという点が第一点でございます。
 第二点は、あらゆる物価が上がっているときに、こういうところで上がってくるということは一般物価の押し上げに当然影響してまいりますので、その点からも保険料の引き上げということは絶対避けていただく必要があるんじゃないかというふうに思います。
 それからスライド制でございますけれども、スライド制につきましては、結論から言いますと、消費者物価指数によるスライド制がとられておりますけれども、そうしますと、どうしても消費者物価指数が出てきますのは最低一年以上おくれるという問題が技術的にございます。それからこまかい点ですが、暦年でとるのか、予算年度でとるのかというような問題がありますけれども、消費者物価指数が生活の苦しさを反映しないという点は、もうずいぶん言われてきておりますので、ここでは申し上げませんけれども、そういうようなとこから消費者物価指数では非常に都合が悪いという問題があります。ですから、そういう点では、せめてこの賃金スライドのほうが私は、あんまりベターという言い方もちょっと問題があると思うんですが――といいますのは、大企業の組織労働者の人たちの賃金はかなりよく上がってまいりますけれども、特に中小企業、それから特に高齢者ですね、その人たちの賃金が上がらないという問題が現実にあるわけです。ですから、そういうようなことを考えますと、賃金スライドについてもよほど考えてやらないと、賃金スライドだったらいいんだということを私は申し上げているんじゃないんだという点を含みながら、消費者物価指数でやるよりも賃金スライド制のほうがまだましなやり方だという点を申し上げておきたいというふうに思います。
 それから、時間がもうあと二分ほどじゃないかと思うんですが、最後に一言申し上げたいのは、厚生省予算が二兆円オーバーしたということで画期的なんだということがいわれておるわけなんですが、実際に社会保障関係費の生活保護費と社会福祉費、それからこの社会保険費のこの予算は約一兆八千億程度でございます。それで、この年金関係で財政投融資に回されていきますのが一兆七千五百億円程度でございます。
 そうしますと、確かに政府は予算で一兆八千億円出しておりますけれども、この年金関係だけでですね、その実は一兆七千五百億円ほど吸い上げてしまうわけですから、それとをプラス、マイナスしますと社会保障関係費は何と五百億円程度しか出てないという問題が、変な計算ですけれども、そういう形があります。そのほかに今度健康保険でのこの黒字財政の問題がありますし、それから失業保険でも黒字財政ということからしますと、社会保障をやることによって財政上プラス、マイナス――プラスになっているんだと、そういうような計算が出てくるわけですね。そういうようなことを考えますと、もっとほんとうにこの支出を考えて、給付を考えていただくということが必要であろうかと思います。
 それからもう一点だけ申しますと、特に国民年金との関係でございますけれども、国民年金は自由民主党の野田卯一さんが、この法ができましたときにこの本をお出しになっていらっしゃいますが、その本によりますと、当初の拠出制の年金月額は三千五百円になるんだ、これはこういう計算だと書いてあるんですね、三千五百円の算出基礎は昭和三十三年の生活保護法の四級地の老人一人の生活扶助費を四十年間延ばして三千五百円を計算したんだということが、この野田先生のあれに書いてございます。そうするとこの点では国民年金制度というのは、まさにこの救貧的な給付しかしないんだというような形になっているわけです。
 そういうようなことからしますと、この抜本改正が、ほんとうに抜本改正をする中で給付をよくしていただく必要がありますし、ただその厚生年金にしましても、先ほど帖佐さんがおっしゃったように、戦時的な施策として行なわれておりますし、民主化が、この戦後の民主化は残念ながら行なわれなかった、そういうような形ではこの厚生年金も、この積み立て方式に見られるように、ほんとうにこの国民のための抜本改正という形につながるような改正でなければ私はいけないんじゃないかと、そういうように考えております。以上でございます。
#451
○伊東座長 ありがとうございました。
 次は、山本正也君にお願いいたします。
#452
○山本正也君 私、日本アクチュアリー会の副理事長をつとめております山本でございます。
 ちなみにアクチュアリーと申しますのは、生命保険、各種年金ないしは社会保険等の数理を専門的に取り扱っております専門職でございまして、英米等の国におきましては企業に所属しないでコンサルタント・アクチュアリーとして活躍している人々が多いように私は聞いております。
 私は、このアクチュアリーの立場から、主として財政方式に関しまして、いささか私見を述べさしていただきとうございます。
 今回の法律改正案で過去の標準報酬の再評価並びに将来にわたっての給付のスライド制の導入がはかられておりますことは、わが国社会保険史上まさに画期的なことであり、まことに喜ばしいことだと思います。
 従来、このような措置がとられていなかった結果、厚生年金保険の給付の水準について、将来にわたっての展望が全く不可能であり、はたしてナショナルミニマムの水準に達しているものかどうかすら判断し得ない状態にあったと思うのでございますが、幸いにも今回の改正案によりまして、また別途わが国の労働事情にもよることではございますが、世界的にあまり例を見ない六十歳支給開始という事実も踏まえまして、本質的に全く新たな制度に飛躍するのでございまして、名実ともに社会保険として国民的に十分信頼の置けるものに脱皮を遂げるものと確信いたしております。
 したがいまして、この機会に財政方式につきましても新たな観点から再検討が加えられますことも、また大いに意義があろうかと思っております。およそ財政方式といたしましては、いわゆる賦課方式から養老保険等で採用を見ております完全積み立て方式まで、積み立て金保有の度合にはかなりの幅がございます。
 ちなみに今回の政府案におきましては、この積み立ての度合いは完全積み立て方式との対比におきまして、おおむね七割程度になるように承っております。しかし、これらの財政方式は、たまたま当該制度のアクチュアリアルな部門を担当いたします専門家の恣意的な意向によりまして自由にきめられるというものではなくて、制度の内容と申しますか、その制度がねらいとする意図によりまして、おのずから数理的常識のワクがきまってまいり、限られたワク内においてのみアクチュアリーの自由な判断が許されておるのでございます。
 それでは社会保険の財政方式として何が適切かという点につきましては、社会保険の大きな特色の一つに、給付が当該制度の加入期間におおむね比例し、長期加入者が短期加入者に比べ、より大きな給付を受けるという仕組みになっているという点に注目する必要があろうかと思います。わが国の厚生年金保険ももちろんその例に漏れないわけでございます。
 一言よけいな注釈をつけ加えますと、給付に加入期間による差があるということは、その制度の加入者が制度に対して掛け金をする、その寄与の度合いが加入期間によって異なるために、これに対するリベートの意味が含まれているのは当然といたしましても、その背景には別途当該制度の給付が一般的にミニマムの水準よりも一歩前進したものとして認識せられているということもあろうかと思います。
 もとに戻りまして、このように給付が加入期間にスライドするということは、数理的には当然、あらかじめ積み立てを行なっていくということに帰着するのでございまして、社会保険の財政方式として積み立て方式が数理的にごく自然のこととされるゆえんでございます。しかしながら先ほど申しましたように、その制度がミニマムの部分を同時に包含している場合におきましては、その包含している程度に応じまして賦課の部分を導入する、すなわち積み立ての程度を引き下げるということもまたアクチュアリアルな観点から当然のことでございます。厚生年金保険も社会保険ではありながら、このミニマム部分をも包括したものとして、すなわち修正積み立ての方式をおとりになっている。まことにけっこうなことだと考えております。
 ちょっと余談になりますが、世代間の負担の公平性ということが今度の改正をめぐりましてよく話題にされておりますので、この点につきまして一言触れさしていただきます。
 社会保険におきましては、同世代間の相互扶助よりも、異なった世代間の負担のバランスないしは連帯性をより大きな基盤としている点につきましては、疑う余地はございません。親が子に対して老後保障を当然の権利として主張し得る時代ではもうございません。少なくとも子に対して、老後の保障を行ない得る素地の提供を行なって、たとえそれが老後の保障にちょうど見合っているかどうかは別といたしましても、この素地の提供を行なっていればこそ、初めて相互に納得のいく取引が成立するのでございます。このルールが一家族から国家的見地に拡大されたものが、すなわち社会保険であると私は考えておる次第でございます。
 なお、この点につきまして、もう少し専門的に御説明を加えさしていただきますが、保険数理ないしは年金数理は、収支相等の原則の上に成り立つといわれております。賦課方式から完全積み立て方式に至るまで、いずれもこの原則の例外ではないのでございます。
 これを若干角度を変えて申し上げますと、給付は、掛け金と申しますか、保険料と申しますか、このような収入と、積み立て金を保有いたします場合には、これから得られる運用収益とでバランスされている、これは単年度限りのバランスではございませんで、時間的要因を含めての上でのことでございます。
 このような状態を想定いたしますと、先ほど申しました老後保障のために提供された素地は積み立て金から得られます運用収益という形で把握され、世代間の納得のいく目安となるのであります。しかし、この対応関係は貨幣価値、あるいは物価が変動しない、すなわち静態的に把握された対応関係でございまして、現実にはこのように経済が静止した状態は考えられません。昨今の物価上昇は異例といたしましても、いかに安定した経済下におきましても、多少の貨幣価値の下落は避けられないものでございます。そのような場合、積み立て金の減価という形でとらえられておりますが、積み立て金から得られる運用収益が名目的には予定どおりでありましても、実質が伴わない。そのために新たな追加負担が名目的に必要とされる事態が恒常的に起こっておるのでございます。この点から財政方式としての積み立て方式は適当ではないとの御意見も非常に多いのでございます。
 先ほどの点に戻りますが、確かに表面上は運用収益は実質を伴わないものではありますが、積み立て金そのものは過去の保険料の積み重ねでございますし、これらの保険料は過去に払い込まれた時点で即刻経済界に投下され、国家経済の中において有効利用がはかられているものでございます。すなわち、積み立て金並びに運用収益は、名目上はともかく、実態的には実質を伴ったものとしてりっぱに存在しているのでございまして、世代間の連帯性をそこなうような何らないものと私は考えております。
 ひるがえりまして、わが国の死亡率は健康保険制度をはじめ医療関係の諸施策の整備によりまして近年急速に低下し、欧米諸国の水準に達しております。これに伴い、わが国におきましては人口の老齢化が急速に進みつつありますことは先刻御案内のとおりでございます。またわが国の厚生年金保険は、昭和十七年に創設せられましてから、すでに三十一年の歴史を重ねてまいっておりますが、厚生年金保険の創設当初におきます被保険者が四百万人弱、最近におきましてはこれが約二千四百万人に、なお今後におきましても若干の増加が続くものと考えられております。
 厚生年金保険の年金受給資格は、原則的には加入期間二十年以上で与えられますので、本来ならば三十年余の制度期間があれば、かなりの年金受給者があってしかるべきものではございますが、いま申し上げましたように創設直後の被保険者が現状に比し非常に少なかったことから、まだほとんど未成熟の状態にあるのでございます。言いかえますならば、人口の急速な老齢化と制度的な成熟化に伴いまして、今後厚生年金保険の年金受給者数は急激に増大していく、さらに今回の改正案に含まれております標準報酬の再評価、将来にわたってのスライドの適用によりまして、給付費の増大はまことに大きなものとなるのでございます。これはもう制度の宿命といったものでございましょうか、いまさらギブアップはできないのでございます。したがいまして、将来に対する段階を急激なショックを避けて、一歩一歩着実に登り詰めるごとくに計画されています今回の財政計画は、アクチュアリーの立場から妥当なものと申し上げてよろしいのではないかと思います。
 なお、一言つけ加えますが、諸外国におきます国家的年金制度の財政方式は、現状では賦課方式によるもののほうが多くなっております。しかし、歴史的に見ます場合には、制度創設時はおおむね積み立て方式であり、制度が成熟し、給付の大きくなった段階で賦課方式に移行しているのでございます。わが国の厚生年金保険におきましても、私は将来はやはりこれと同じ経緯をたどるものと予測いたしますが、この成熟期間を通じ、世代間の連帯意識が国家的に定着し、円滑に制度が成熟化の過程をたどりますことを期待する次第でございます。
 最後に、三点ばかり今後の方向として要望したい点を申し上げます。
 第一点は、制度の再検討期間を五年から短縮し、標準報酬の再評価から再評価までの期間を圧縮することにより、年金給付額を経済の実勢により近づけるよう措置されたいことでございます。
 第二点は、厚生年金保険の将来の保険料負担が労使合わせて二〇%をこえないように措置されたいことでございます。なお、このために必要ならば、年金の支給開始年齢を引き上げることもまたやむを得ぬものと考えます。
 第三点は、厚生年金保険、国民年金等、現状において区々であります制度、これはもちろん被保険者の就労状態が接近してくることを前提といたしますが、将来可能な限り統合する方向で措置されたいことでございます。
 以上申し上げましたが、これらの制度がわが国経済の一段の成長とともに、さらに一そうの充実を遂げ、将来これらの制度を中核として高度の福祉国家の建設に邁進されますことを特に切望いたしまして結びといたします。どうもありがとうございました。
#453
○伊東座長 ありがとうございました。
 それでは最後に、杉江雅彦君にお願いいたします。
#454
○杉江雅彦君 私は、特に年金の専門家というわけじゃございませんけれども、具体的な技術的な問題につきましては、もうひとつわかりませんけれども、広く国民の立場から、あるいは私がやっております経済学の立場から、少し年金問題について基本的に考えておりますことの一端を、まずお話をしたいと思います。
 私は年金問題、特に老人の福祉対策という問題が、まさに現代の国民的な課題であって、しかも非常に急を要する問題である、そういう認識のもとにこの年金問題にアプローチをしなければならない、こう思っております。
 と申します根拠は、つまりわが国が経済の高度成長をふだんに遂げて、その結果、工業化社会への進化というものが非常に進んでまいり、この急速な工業化社会への進展というものに伴いまして生じてきた問題は、いろいろな点にひずみを残しておるわけでございますが、一つはやはり家族制度の崩壊につながっておるのではないかと思うわけでございます。つまり大都市中心の工業化政策がふだんにとられております結果、各地方、日本のすみずみからの若い労働者諸君が大都市に集中する。その結果、地方では過疎の状態が現出する、あるいは老人だけが取り残されてしまう、つまり核家族化現象というものがそこから生じてくる。しかも、それは単にいわゆる地方だけで見られる現象ではなくて、都会におきましても毎日のように新聞紙上で報道されますような、いわゆるその核家族化現象の結果、老人が放置される、非常に痛ましいいろんな社会現象と申しますか、を見ておるわけでございます。
 これはやはり日本経済が急速に進歩した結果、工業化社会に急速に進んでいった結果、生じてきた問題だという認識がまず必要なんであって、そういう意味から申しますと、単に年金問題を情緒的に、あるいはまた技術的に扱うということは絶対に避けなければならない、まさにこれは国民全体の問題であるというふうに考えなければいけない。そういう意味では、いわゆる老人対策とか、老人福祉とかいう意味で、老人というところにあまりアクセントを置かない。これは社会の構成員の大きなメンバーであります。
 現在、いわゆる老人を何歳からとるかということもいろいろ問題がございましょうけれども、現在程度の人口構成、つまり老人と若年との人口構成は、まあこの二、三十年間を経ずしてかなり違ってくる。つまり現在程度の老人が倍増するということになるわけでございまして、そうなればまさに、いわゆる老人問題ではなくて、国民的課題という形でこの年金制度にアプローチをしませんと、間違ってくる、こういう認識が一番大事ではなかろうかと、こう存じます。
 そういう点から考えますと、先ほども御報告があったわけでありますけれども、今回の政府案、あるいは野党四党の共同提案、いずれにしましても、ともかくこういう認識のもとに進めていただくならば、これは同じようなやはり結論に到達して当然であって、ここにかなり政府案と野党案との間に開きがあるということについて、これはやっぱり問題が大きいと考えざるを得ないわけでございます。
 ともかくそういう点で老人福祉の問題を取り扱ってまいりますと、私は大きく言って二点あろうかと思います。
 その一点、何をおきましても老後の経済生活の安定でございます。これはいろいろな形でとらえられますけれども、何と申しましても、その中心になるのは年金制度の充実をおいてほかにないということになります。
 それから二番目は、これはやはり健康管理という問題だと思いますが、これは広い見地から医療制度の充実、そういったものを考えていかねばなりませんけれども、この点につきましては、きょうの問題から少しそれますので、これ以上申し上げませんが、要するに、この経済生活の安定ということが年金制度につながるということになるわけで、そういう点から主として年金制度を見てまいりたいと思うわけでございますが、そういう点から考えますと、現行の年金制度にはあまりにも欠陥が多過ぎるのではないかというふうに思うわけでございます。
 それで、いろんな立場から、いろいろな方々が、あるいは専門家が、現行年金制度の欠陥についてるる申し述べておられますけれども、私は、いろいろございますけれども、これをやはり二点にしぼって考えたいと思います。
 それは一つは、これはどなたも指摘されることでございますけれども、つまりいま年金を必要とする老人というものが、現実には年金の給付をほとんど受けておらない。つまり国民年金制度が発足いたしましたのが十二年前でございますが、谷間の問題というのもございますけれども、ともかく本格的に給付を受けておる老人というもののパーセンテージがきわめて少ない。で、私が先ほど来申し上げておりますことから言いますれば、これは目下の急務でありますから、ともかくいま支出をする必要がある、給付をする必要がある。そういうことに対してあまりにも少ない人数しかこの年金制度のカバーを受けていない、ここが大きな問題であろうかと思います。
 それからもう一つは、これもどなたも指摘されることでありますけれども、現在、政府案の、あるいはまた野党案のいずれをとりましても、残念ながら年金では生活できないという程度の非常に低い金額にすぎないということでございます。先ほどお話しいただきました方もナショナルミニマムというおことばをお使いになっておりましたけれども、少なくとも最低生活というものが年金によって守られるということが絶対不可欠の条件だということになりますので、そこのところが一体標準報酬の六〇%なのか、あるいは所得の幾らだといったような、いろいろ技術的には取り上げ方があろうかと思いますけれども、ともかく生活できる金額というものが年金としてカバーをされなければ意味がない、こういうふうになるわけでございます。
 そういう点から私はそれを二つとりまして、非常に大きな現行年金制度の不備だと申しましたけれども、そういう点でもう少しお話をしてまいりますと、そういう意味では、ともかく生活ができる年金の給付ということになりますと、一つは給付額を大幅に増額するということでなければならない。
 それで、この大幅に増額するという場合にも、いろいろございますけれども、一つは定額部分と申しますか、あるいは基礎年金と申しますか、このところをやはり継続的に増額をする検討が続けられていかなければならないということが一つ。
 それからもう一つは、先ほど私が申し上げましたように、現在ともかく老人を年金によって救済しなきゃいけないということになりますので、福祉年金と申しますか、老齢福祉年金の増額は、これを一番最優先していただかなければならないというふうに思うわけでございます。
 そういう点では政府案、今度五千円、野党共同提案では二万円ということになってございますけれども、金額にはかなり幅がございますけれども、ともかく何と申しましても、この老齢福祉年金、それからこの間伺いますと、橋本私案の形でこの谷間の老人救済として三千五百円でございますか、というものを提案されておられますけれども、これをいずれも含めまして、ともかくまずそれを中心に考えていただかなければいけないのではないかということが一つでございます。
 それから生活できる年金ということのもう一つの問題は、やはりこれは物価上昇に対するスライドということを考えなければなりません。つまりスライド制の採用をどう考えるかということでございます。
 これには政府案は、消費者物価指数へのスライド、また野党案では、これは賃金へのスライドと、こういう形でとらえておりますけれども、いずれにしろスライド制はもう絶対不可欠であるということでございます。そのスライドをするということの意味でございますけれども、一つには、ともかく毎年毎年インフレーションによって減額していく、これをどのようにカバーするかということが一つでございますが、それは直接に、あるいは非常にプリミティブに考えれば消費者物価指数でいいではないかということになるかもしれません。
 しかし、もう一つの、つまり年金でもって生活をする人たちという人と、それから何らかの給料、あるいは賃金でもって生活をしている人たちということは、これは力の上においてかなり相違があるわけでございまして、どう考えましても現に労働に従事しておられる人たちというものは労働組合その他によって賃上げということが確実に保証されている。ところが年金生活者はそれがないということになりますと、たいへん問題が起きる。したがいましてスライドに関しましては賃金スライドのほうが、これは有利であるということになります。
 ただ、そういう意味から考えまして現在のインフレーションは、この両案につきましても五%以上の場合ということになってございますけれども、すでに御承知のように昨今の物価指数の上昇というものはとてもそういうものではございませんで、一〇%をこえた非常に高いインフレーションを現在現出しておるわけでございますね。で、このインフレーションが少しこれからとまる、あるいは物価上昇率が低くなるかというと、その可能性は非常に少ないように私は存じます。
 そういう意味では、世界的なインフレーションの中で日本だけが非常に低い上昇率でとどまるということは、もう考えられませんで、ある意味では、なだれを打った形で物価上昇が続くということをやはり考えておかなきゃいけない。そういう意味では物価にしろ、あるいは賃金にしろ、必ずスライドして確保するということでなければ、もうこれからはもたないのではないか。
 たとえば私どもの私立大学の中でも授業料の値上げを、人事院の給与の賃金アップの率にそのまま自動的にスライドして授業料を増額すればどうかというような案すら、現実に私立大学では採用しようというところまできておるわけでございまして、そういう点を考えましても、この賃金へのスライドということは必要であるというふうに考えております。
 それからもう一つ、時間がございませんので、また御質問をいただければお話を申し上げることにいたしますが、最後にもう一つ、やはり現行年金制度の中で問題にすべきは、やはり各種の年金間に存在します不公平、不均等というものを是正すること。ということになろうかと思います。
 現在、諸種の八種類ほどの年金がございますけれども、それぞれの年金制度は、厚生年金にしろ、あるいは国民年金にしろ、その他の年金制度にしろ、それぞれの目的に従ってつくられたものでありますけれども、その目的というところから考えましたら、それなりに一応論理の一貫性はあろうかと思いますけれども、この各種年金間の均等とか、公平とかいうことになりますと、これはたいへんばらばらでございまして、この間のあのテレビの討論会を伺っておりましても齋藤厚生大臣ですか、今度の谷間の問題を入れれば、これで国民は全部が全部、何らかの年金でもってカバーされることになるんだということをおっしゃっておられましたけれども、それはあくまで各種年金が同じ一つのレベルと申しますか、たとえば最低保障額が必ず同額でなければいけないとか、あるいはまた給付年齢が非常に近いところでなければいけないとかいうふうに、いろんな面で各種年金間の斉合関係といいますか、いうものがそろっておりませんと、それは言えないということになるわけでございまして、この点はいろいろな形で各種年金間の調整と申しますか、条件の統一と申しますか、ぜひお考えをいただかなければいけない問題点ではなかろうかというふうに考えております。
 そのほか賦課方式と積み立て方式の関係、あるいは野党のほうから御提案になっておられますこの管理運用の問題につきましても若干意見を持っておりますが、時間のようでございますので、また御質問をいただいてお答えすることにいたしたいと思います。
#455
○伊東座長 それでは以上で、御意見を述べていただく方々の意見の開陳は終わったわけでございますが、こちらの各委員の方から皆さま方に御質問申し上げるのですけれども、ちょうど昼時間が途中入ってこま切れになりますので、ここで一応休憩しまして、食事をしてから、各委員の方々から御質問をしたいと思いますので、御了承を願います。
 それから、はなはだ申しわけございませんが、意見を開陳される方もなるべく早く都合で終わってほしいという先生もおられますし、いろんな事情で昼休みを短くして恐縮ですが、非常に短いんですが三十分ぐらいにして始めたいと思いますが、よろしゅうございますか。――それではそういうふうにお願いします。
 それでは十二時十分過ぎぐらいから、三十分だけとりまして始めますので、午前中はこれで休憩いたします。ありがとうございました。
   午前十一時三十八分休憩
     ――――◇―――――
   午後零時十三分再開
#456
○伊東座長 それでは午前中に引き続きまして、これより再開いたします。
 派遣委員の質疑を意見陳述人の方々にこれから行ないます。
 質疑の申し出がございますので、順次これを許します。まず、戸井田三郎君。
#457
○戸井田委員 本日は各先生方、たいへんお忙しいところを午前中たいへん貴重な御意見を承りまして、心から感謝をいたしておる次第であります。
 ただ、一、二点お伺いさせていただきたいのでありますが、帖佐先生の御陳述になりました御意見の中でこういうおことばがあったんですが、積み立て金、こういったものがどうも独占資本家に使われているようであると、結果は。そういう結果が公害をばらまくような状況になっておる、したがって保険料を払うことは、結局は独占資本のために奉仕する財源確保のためになるんではないか、したがって保険料の値上げは反対である、値上げなしに改善せよと、こういう御意見のようにお伺いしましたが、私どもの知っている範囲では、やはりこの積み立て金に対してはいろいろと規制がありまして、自由かってに使っているわけではないように思います。
 いま、ちょっと調べてみましたんですが、坂寄先生のお話にもありましたが、財投に使われている一兆七千六百二十六億、この内容を一回調べてみましたところが、大体住宅関係に四千三百四十四億、生活環境整備のために五千四百六十八億、厚生福祉施設千九百九十七億、文教施設に八十六億、中小企業関係に二千三百二十二億、農村漁村七百六十七億、それらを合計しますと一兆四千九百八十四億、約八五%が国民生活関連に使われておるようであります。これは四十八年度の予算です。国土保全関係、すなわち基盤整備といいますか、そういうようなものに二百八十億、道路関係に六百十九億、運輸通信関係に千三百八十三億、地域開発に三百六十億、これらを合計しますと二千六百四十二億で約一五%、これを総合しますと、いま坂寄先生の言われた一兆七千六百二十六億という数字になります。で、基幹産業であるとか、あるいは貿易経済協力、これは現在ゼロであります。
 この年金制度ができる以前には、いろいろあったようでございますが、ただいまの四十八年度予算で見ますと、大体そういうふうな傾向になっております。そのほか還元融資、保険を積み立てているところで使っている還元融資が大体五千七百二十四億というのが本年度の予算になっておるようであります。
 そこで私は、どうもその保険金を値上げしていくことは独占資本に奉仕するものであるというようなのは、ちょっとこう飛躍したようなお考えのように思うんですが、先生の御意見をお聞かせいただきたいと思います。
#458
○帖佐義行君 いま数字をあげていろいろお話しなさいましたが、それについてはあとでまたちょっと申しますけれども、私の疑問は、まず第一番目に、社会党だ、共産党だ、民社党、公明党というすべての野党が賦課方式を主張している。それからこれは坂寄先生のほうからお話を聞けばいいんですが、外国もほとんどみんな賦課方式だとこう聞いておる。ということになると、なぜ自民党だけがその積み立て方式を主張するのかというのがどうもわからないわけなんです。
 きわめて荒っぽいものの考え方ですが、こんな問題については、年をとった人たちの老後の問題なんだから、もう社会党だ、共産党だ、自民党だということなしに、意見が一致していいはずだと、そうすると、どうもその自民党、何でこんなことを言うんだろうというのがわからないということなんですね。そこから私の大体の考え方は出ていくわけです。
 ところが、いろいろな方々にいろいろな意見を聞きます。そうすると、それは自民党が財政投融資に使うためにやっておるんだという意見が、これはあるのは御存じだと思うんです。いろんな人の論文もあれば、本に書いたものもあるわけです。それが正しく裏づけとして出てくるじゃないかと。またこの年金を五万円にするなんて言ってから、実際は三万円なのに保険金を上げて取る、こういうようなことになると財政投融資の金をもっと集めたいんだということの主張を裏づけることになるじゃないか、そういうことを言っているわけなんです。
 ですから、もしそうでないならば、ひとつ考えたらどうかと。特に、坂寄先生は七兆円とか、六兆円とかおっしゃいましたが、私ども聞いたのは九兆円だと聞きました。私ども数字を知りませんけれども、大体九兆円で、国民年金のほうが一兆円あるから十兆円だと聞いております。その数字はどうか知りませんが、その運用については、これは当然私は――よく労働組合ではこういう主張をしています。あれは労働銀行に預けて、労住協で家を建てたらいいと、こう言っているんです。まあ、しかし、それはできないまでも、民主的な、いろんな労働組合の代表が出て、その運営に当たれば、財政投融資に使っているとか何とかという非難だけでもなくなるわけでしょう。ですから、そうしたらどうかと、こう私は言っているわけなんです。
 それからいま、財政投融資に使って公害をばらまいているとおっしゃるけれども、こうこうこうで決してそうやないと、こういまおっしゃいましたですが、たぶん数字はそうだろうと思います。それはもう私どもでも具体的な数字は知らんわけですから……。
 だが、私は、だからそれは独占資本に奉仕しているのではないという議論にはならぬと思います。もしその金がですよ、先ほど私が言いますように、労働組合や、あるいはその他の婦人団体や、そういう団体が参加をしたものによって運営されていますならば、そういうことは言えるでしょう。だが、どのようにそれが家が建てられたにしてもですよ、道路がつくられたにしても、その独占資本によってそれが運営されているということでありますならば、それは私のやっぱり言うたように、そういうことになるんじゃないかと、こういうふうに思うわけです。
 で、私は申しましたように、賦課方式とこの積み立て方式については、こういうことになりますから、だからそういう非難を受けないためにも、ひとつ賦課方式にしたらどうかと、こういうふうに申したんですが、私の一番大きな、この賦課方式と積み立て方式について、賦課方式を主張するのは、むしろ私どもも、もうその恩恵を受けることにだんだんなるんですが、やっぱりその積み立て方式を主張なさる裏には、どうもその、われわれの給付がだんだん上がっていくのを押えるためのですね、財源がないぞという、この伏線がちゃんと引いてあるんじゃないかと、こういう気がしてしかたがないんです。それがむしろ私は大切なんだと。労働者という立場からしますと、どうしてもそういうことに力が入るわけです。そういうふうに申し上げたんです。
#459
○戸井田委員 この賦課方式ということについて、政府のほうでも、田中総理も含めて厚生大臣も、将来その方向に移行すべきである。しかし、日本の現状を見ますというと、先ほど先生方お話しになりましたとおり、非常に急ピッチで老齢化してきておるというような関係にありまして、その財政面でいろいろ苦慮しておる。そこで先ほど山本先生がちょっとお触れになりましたように、将来の賦課方式に移行することを目標にして、積み立て方式で現状を、とにかく現状を回復していこう――いま何といっても、お年寄りの方が生活を非常に不安に思っておられる、先ほど杉江先生がお話しになりましたように急務である。
 そこで私、今度は杉江先生にお伺いしたいんですけれども、先ほど先生がたいへんお話し下さったこの現状認識というものは、私もそのとおりに感じております。そこで先生のお話の中で最後にお触れになりたかったんだと思いますが、お触れになっていなかった、現在の段階でそういうお年寄りに対して豊かな生活を保障するという、いわゆる理想はよくわかりましたけれども、その実際に行なう財源措置の上で、先生はどういうふうなお考えをお持ちですか、ちょっとお伺いしたいんです。
#460
○杉江雅彦君 いまお尋ねのは、先ほど来のお話との関連で財政方式を賦課方式か、あるいは積み立て方式かということだろうと思いますので、そういうふうに解釈いたしまして、その財源問題について、どちらかというふうに問われたといたしましたら、私はやはり賦課方式をとるべきであるというふうに存じております。
 ただ、賦課方式といいましても、それはつまり収入と支出と合わせていくという形が一つ考えられますし、それからまた最初に、私が年金問題にアプローチする場合、基本的に必要だという点で申しましたように、つまり老人問題は単に老人問題ではないんだと、社会の連帯性ということからとらえなくちゃいけないということでございます。ですから負担の公平、不公平の問題はございましょうけれども、ともかく現在の若い世代でもって現在の老人を救うと申しますか、豊かな生活をしていただくといいますか、そういう考え方をとるべきだと。考え方としてそうであるということになれば、積み立て金方式よりは賦課方式のほうが、はるかにそういう意味ですぐれているというふうに考えるわけでして、先ほど来お話がありました積み立て金が現在資金運用部資金として、それが財投に使われておるということも含めまして、私はこの際、考え方を賦課方式に改めていただく必要があるのではないか、こういうふうに考えております。
#461
○戸井田委員 山本先生に一点お伺いしたいんですが、先生の先ほどの御陳述で、非常に急速に老齢化をいたしておる現状において、だんだん制度的に積み立て方式を経て、制度的に成熟した段階で賦課方式に移行すべきではないかという御意見であったように思いますが、さらに先ほど時間の関係で御陳述が簡単であったように思いますが、御意見をちょっとお伺いしたいんです。
#462
○山本正也君 ただいまの御質問は、やはりその積み立て方式か、賦課方式かの問題の関連であろうかというように私思いまして、そういう観点から答弁をさしていただきたいと思いますが、今回の法案の改正に関しまして、政府御提案の案と、それから四党御提案の案とそれぞれございまして、それに対しましての財政方式というものを私承っておるわけでございます。この点につきまして、いろいろ与件といたしまして、たとえば国庫負担率の問題だとか、あるいは労使間の負担の問題だとか、そういった点につきましての、それぞれの条件の差というものもその中にはあるわけでございますけれども、この両者間の本質的な差というもの、これはわれわれアクチュアリーの立場から考えまして、それほど大きなものではないんじゃないかというように思っております。
 四党御提案の案におきましても、いわゆる本来のわれわれが言う、ほんとうの意味での賦課方式ではございませんで、少なくとも現行までとってまいっております。たとえば厚生年金保険におきましては六・四%という点からスタートなさるというように承っておりまして、そういうような意味合いにおきましては二つの案での財政計画というものは、本質的には、それほど変わったものではないというように思っておるわけでございます。
 この点で、したがいまして数字的に見ました場合に、両者間の差というものは、いわゆる今回をスタートラインと考えていいかどうかは別問題でございますけれども、今回からずっと将来にわたりまして、掛け金の負担というものが逐次上がっていくと、その上がる段階のつけ方に差がある。それでまた今回のスタートラインと、将来目ざします最終的な線との負担の程度というものの差に、両者間の差があるんじゃないかというように聞いておるわけでございます。
 たとえば政府案におきましては、男子の場合で七・九%からスタートいたしますと、約一八%程度のところでとどまるであろうというように承っておりますが、この間の修正の御提案で、たとえばそれが七・六%ということになりますならば、やはり将来の一八%が二〇%前後までいくんじゃないかと、私もこれはまあ、そういうふうに思うわけでございますが、四党の御提案の線では六・四というところからスタートなさいまして、先ほど申し上げました国庫負担、あるいはそういったものによりまして若干の問題はございますけれども、将来三〇%余りの線までいくように承っておるわけでございまして、この辺の格差ということが現象的に取り上げられる問題ではないかと思うのでございます。
 この同じ制度に対しまして、国民的に掛け金を負担していくという場合におきまして、今後いよいよわが国も経済成長を遂げるだろうということは、これはもう当然のことでございますので、将来におきますほどこういうような制度に対しましての負担の余力というものも出てくるということも、これも当然わかっておるわけでございますが、ただ、同じ制度におきまして、その負担におきまして非常に差が出てくるということにつきましては、やはり私は問題じゃないだろうか。
 したがいまして、そういうような意味合いにおきまして、同じ制度である限りにおきましては、その負担の差ができる限り小さなほう、こういったものにやはり賛成せざるを得ないというような気持ちでございまして、先ほども要望点といたしまして、将来的に労使の負担が二〇%というようなものが限度ではないだろうかなというように申し上げた次第でございまして、御質問の趣旨と若干ずれるかとも存じますけれども、一応これで答弁にかえさせていただきたいと思います。
#463
○伊東座長 八木君。
#464
○八木(一)委員 各先生方から貴重な御意見をいただきましたことを、心から感謝を申し上げます。そのことをかみしめまして、これからの審議のよい参考にさしていただきたいと考えておるところであります。
 なお、先生方の御意見を深く教えていただきたいと思いますので、御質問をさしていただきたいと思いますが、その前に四野党の年金法案両案を提出をいたしましたことについて、ごく簡単に五、六分御説明を申し上げまして、そしてお答えをいただきたいと考えておるところであります。
 私ども四野党においては、憲法で保障されています生存権をほんとうの意味で全国民に保障する道を急速に進めていかなければならないということで、その中の大きな柱として年金制度を画期的に確立をしてまいりたいと考えておるところであります。この年金法案について政府案がある程度の対処をされまして、きょうおいでになった先生方にも、それを評価をしておいでになる方もございます。
 しかし私は、日本の人口の老齢化が急速に進んでいるという大きな条件、そしてまた日本のこの社会が、家族制度が実際的に崩壊をして核家族になっている。いま年寄りの人たちが過去に蓄積をしたものは戦後のインフレで完全にゼロになってしまっているということを考えまするときに、よほどの決意で、この年金制度の確立に当たらなければならないと考えているところであります。
 ことにこの問題が国民的な世論が結集されまして、それを受けて、この前の総選挙では、ここに出席をいたしております方々の所属をしている五つの政党が全部、年金制度を飛躍的に確立をしたいという公約を申し上げた。さらにまた池田内閣以来、高度経済成長政策でたいへん低賃金重労働、あるいはまた高物価、あるいはまた重税、あるいは公害のまきちらし等で、日本の経済成長の陰に全国民があらゆる意味で圧迫をされてきたということの反省の上に立ちましたならば、社会保障をほんとうによくする、その中の中核である年金制度をほんとうによくするということについて、いままでよりもある程度よくなったらいいということではなしに、飛躍的に確立をしなければならない。そのことがまた国際収支でいろいろな問題が起こっていることについても解決の一つの助けになると考えまして、ほんとうの意味で四野党は懸命にこの案の作成のために努力をいたしたわけであります。
 この案の特徴は、年金額総額を飛躍的に増額をしたいということが、まず第一点の特徴であります。
 その次には、それをたとえば最低保障、定額分をふやす、あるいはまた国民年金の側では、二十五年年金もさることながら、十年年金、五年年金、特に老齢福祉年金を中心とした福祉年金、そういうものを充実をして、すべての方々にいますぐ生活のできる年金というものをつくらなければならないということが第二点であります。
 それと関連をしておりますが、第三点は、いろいろと制度がいろんな分裂をしておりまして、そしてまたでき上がったときの状態も違いますし、そしてそれに対する政府の対処も非常に不十分でありましたために、あらゆる意味で年金からほうり出されている国民がおありになる。その全国民を形式的ではなしに実質的に年金制度を全部受けていただける体制をつくる。しかも労働者の一部に、労働者の年金制度の適用を受けていない人たちがいる。これを労働者の年金制度を適用をさせなければならないということが第三点であります。
 第四点は、このようにして年金額を確立をしても、これが価値の変動によって実際に生活を保障するものにならなくなってしまってはいけないということでスライド制を、特に実効のある賃金スライド制をこれでやってもらいたいということ。
 そしてその次に、この問題を実現するために、少なくとも保険料の値上げはしないで、これはやっていかなければならない。そしてそのために国庫負担を増率をしなければならないし、労使負担区分を変えていかなければならないという問題とともに、賦課方式を採用していかなければならない。そうしてそのような各年金について懸命な取り扱いをすることによって、できるだけ早く各年金の格差を縮めていきたい。これは格差をただ平均的に縮めるんじゃなしに、年金制度を前進をさせる過程において各年金を均衡さしていきたい。そのような趣旨でつくられたものであることをぜひ御理解をいただきたいと思うわけでございます。
 そこで賦課方式についていろいろと一番問題の論議が行なわれておるわけでございますが、私どもは先ほどから先生方のお話にありましたように、諸外国でやっているものをなぜ日本でやらないか、政府がやらないことについて非常に疑問を持っているわけであります。で、いろいろの理屈がありますけれども、その理屈は、積み立て金方式をとることによって年金額をたくさん上げない条件をつくるというような点もあるんではないかと考えておかなければならないと思います。
 また、このような方式ということで、ある程度の掛け金を掛けた人でないと十分な年金はもらえない、その他の人たちには生活のできる年金が支給できないというような条件をつくられていると思うわけであります。こういうことではいけないと思うわけであります。ことにこの積み立て金方式に非常に固執をされている点に、先ほど帖佐先生から御指摘があったように、積み立て金を現在の大きな企業のために使おうという意図が非常にあって、それをほかの理屈に事寄せて積み立て金制度を固執をしようと、もちろん幾分修正等を加えておりますから修正積み立て金方式でございますが、そのように思うわけであります。
 そのことの論議の中で、この政府案を支持される方々の中には年代間の均衡が必要であると、たとえば賦課方式をとれば、将来昭和八十五年ぐらいのピーク時において労働者なり、国民の負担が非常に多くなる。だからそうでなしに、いまから積み立て金で用意をしていかないと世代間の不均衡があるということを大きな論点にしておられるようであります。私どもはそれであってはならない。世代間の均衡ははからなければならないけれども、これは形式的均衡であってはならない。実質的な均衡でなければならないと考えているわけであります。
 いま非常に低賃金、あるいは自営者でも零細の人たちは生活を圧迫されている。物価の値上がりでぐんぐん圧迫をされている。そのときに保険料をたくさん取られるということは非常に苦痛である、いまの人たちは苦痛であると。ところが、これから政治が国民のための政治が行なわれるべきであって、そのようなことが急速に進むか、ややゆるやかに進むかは別といたしまして、低賃金、重労働で労働者を搾取をする、大企業が零細企業や農業を圧迫をするというようなことがなくならなければならない。なくなっていくならば、多くの働く国民の収入は飛躍的に収奪がなくなりますから増大をする。そのときにその世代は、自分たちの先輩のための年金の原資の負担に十分たえられるだけの余力があると、しかもそれだけの十分な年金を自分たちも将来保障されているという状態になるわけでございますから、年金の原資の負担に痛痒を感じないということになろうかと思います。
 その場合に保険料の負担だけを一般的に論議をされておりますけれども、もしその間に、非常なまたそういう国民生活に格差があるとするならば、累進課税で徴収される税金による国庫負担をその原資の多くに充てることによって、これも十分対処ができるわけであります。そういう点で私どもは実質的均衡論を説くのであって、断じて賦課方式を進めてまいりたいと考えておるところであります。
 山本先生の御指摘になったように、いま賦課方式をとれば保険料を直ちにゼロにすることができます。しかし、やはり幾ぶんは現実的に考えて、いまの保険料を上げないでいく、そして逐次賦課方式について前進をしていくという考え方でこれをつくったものであります。
 いま申し上げた世代間の均衡というものを形式的均衡ではなしに、実質的均衡として考えるのが至当であると考えるわけでございますが、その点について帖佐先生と坂寄先生と杉江先生からお考えを承りたいと思うわけであります。
#465
○帖佐義行君 いま八木先生がおっしゃった御意見には全く同感であります。
 結局、大まかに申しますと、いろいろなことがこう言われていますけれども、実質はそうではないわけなんです。結局、積み立て方式が主張されるわけは、そのことによって財源がないからとか、あるいはこれはそういう適用ではないんだとか、そういったようないろんな伏線ができるわけです。そして低く押えていくという関係ができるというふうに思うわけです。
 それともう一つは、やっぱり、やがて何といっても生活できる年金というものが支給されるということになると、これはもう当然のことでありますから、そうなってくる。そうしますと当然に掛け金、国庫負担の問題、それがこう出てくるわけです。そうしますと国庫負担が増額をされるということは、いやおうなしに、それはだれが出すかということになると税金なわけなんですけれども、当然にこの大資本家の税金を高めようということになるのは、これは当然のことになってくると私は思うわけで、そういう議論がいやさにこの積み立て方式が主張されているんだと思います。しかし、先ほど戸井田先生がおっしゃいましたように、おそらくは政府もいつまでも積み立て方式ではやっていけないんだというお考えで、漸次そうなっていくんだと、こういうふうに覚悟はしていらっしゃるんだろうと思います、そういうお話でございましたが、しかし、それを今度からやってほしいわけです。
 そうしませんと、いま日本は非常に年寄りが世界で一番自殺するのが多いというじゃないですか。日本の経済成長というものについて非常な批判があるんです。むしろ外国の大資本家もいろんな非難をしていますが、外国の労働組合の日本の労働組合に対する非難というのは非常に大きいんですよ。何を一体日本の労働組合はしているんだと。日本を製造工場にして、生活できるところをなくして、それでおまえたちはいいのかと、こういう非難をたくさん私どもは受けているんです。あるいはまた、それは国民の暮らしに何ら日本の経済は豊かにするために使われないじやないかと、こういうような非難をこの労働組合同士なものですから、また違った立場で非難をわれわれは非常に受けているんです。
 ですから、特にいま日本の置かれている国際的な立場というのは、独占資本のもうけ過ぎで国民の暮らしは公害で困っている、ドルがたまり過ぎて困っている、こういうような状態の中なんですから、この際に思い切って私はぜひやってもらいたい、こういうふうに一つ思っているわけです。
#466
○坂寄俊雄君 八木先生が申されました賦課方式の点は全く同感でございます。現在非常に負担が高いというのは、正常な最低賃金制でなくって、それでこの負担が非常に高い、賃金が正常な形になってないで負担が大きいという問題があるわけですね。で、当然今後は正常な最低賃金制の基礎の上に賃金もなっていくだろうということが考えられるわけです。
 そういうような点がありますけれども、なお一そう、社会保障というのはやはり国家の責任だということからすれば、私はそういう非常にふえてきているという問題からすればですね、あるわけですが、そういうような点は被保険者に負担さすんではなくして、何か保険だから被保険者ということですけど、私は国庫負担ということが考えられないといけませんし、また基本的には、やはりこういう問題は利潤部分から本来負担していく、ですから資本ですね。で、特に利潤というのは現在大企業の利潤が非常に大きいわけですから、そういう点では大企業による利潤部分、それが直接に負担するか、国家という回り道を持って負担するかにしましても、そういうところでやっていくべきなんだというふうに考えておるわけです。
 そういうことからしまして、この今後の負担という問題については、私はいまの負担のやり方を変えていけば、この問題が完全解消ではございませんけども、この解消の道はあるんだというふうに考えております。
 それからもう一点、この点は八木先生もお触れになったかと思いますけれども、現在の高齢者というのは、明治の末年にお生まれになつた方ですね、六十歳以上というのは。そういう方たちというのは一番青年期といいますか、壮年期を戦争の犠牲者として年寄ってからに、高齢になってからに十分備えられなかった、あるいは戦災で備えられなかった、それから戦後備えようと思っても、今度子弟の教育で追われて、それでそういうことのうちに六十歳に達してしまったというようなことからしましては、全く六十歳以上の方は犠牲者なんですね、国家の施策の。そういう点からいきましても私は、現在の人たちの生活改善のために賦課方式ということを緊急にやっていただく必要があるだろうというふうに思っております。
 それからこの機会に、先ほど戸井田先生が私には御指名ございませんでしたけれども、財政投融資の件でお触れいただきましたんで、その点で一言だけ申し上げておきたいと思います。
 その数字の点については、おっしゃいましたとおりだと思います。七三年度のはきょう持ってきておりませんけれども、大体そのとおりじゃないかと思っております。
 それで、この財政投融資につきましては、確かにこの生活関係、あるいは中小企業関係、そういうものがあります。それからそのほかに運輸とか、地域開発とか、国土保全とか、そういうような産業的なものがあります。たとえば具体的に申しますと、日本輸出入銀行に対して七二年度では四千二百億円の融資がなされておるわけでございますが、それから日本開発銀行に対しても三千六百四十億円の融資がされている、そういうようなところに充てる原資は確かに年金関係の原資からは充てておりません。戸井田先生のおっしゃるとおり充てておりませんけれども、私はこの郵便貯金の原資、あるいはこの年金関係の原資という原資上の違いがあっても、全体として、この原資が考えられていって、たまたまそういうような年金関係の原資は直接には充てないということがあるわけですけども、全体から見れば、そういう問題があるであろうということを考えているわけです。ですから、そこら辺については私はかなり注意して発言したつもりでおるということを念のために申し上げておきたいわけです。
#467
○杉江雅彦君 先ほどの八木先生のおことばで賦課方式に関するお話は全くそのとおり、私も賛成いたします。
 ただ、その賦課方式と申しますときに、意味が幾つか考えられるわけでございますけれども、ともかく世代間の公平、現在の若い世代の人が老齢の世代の人のめんどうを見るということを世代間の公平というふうに、負担の公平というふうに考えますと、これはもういますぐにでも賦課方式に切りかえてしかるべきだろうと存じます。
 ただ、賦課方式をもう少し別の、先ほどちょっと戸井田先生の御質問にお答えしましたときには、そっちのほうだけちょっとお答えしたわけですけれども、つまりそのある一定期間に給付の総額と、それから収入の総額というものを期間ごとに均等していこうと、こういうふうな意味で賦課方式をとらえるということになりますと、厚生年金なんかの場合は少し意味が違ってくるかもしれない。と申しますと、やはり現在のような人口構成ですと、六十五歳からを一応老齢というふうに考えますと、全体に占める比率はちょうど一〇%ぐらいだと存じますが、これがたとえば昭和八十年ごろになりますと、その倍になる。二〇%をこえることになろうと思いますが、つまり現在のところでは非常に若年労働者と申しますか、若い労働者が多いわけでございますから、そういうところで先ほど申しました二つ目の意味におけるような賦課方式を考えますと、今度は収入が余ってしかたがないということになるわけでございまして、賦課方式ということをそういうふうに考えてまいりますと、必ずしもいま厚生年金も含めて全部が全部賦課方式に切りかえるということには若干問題があるという気もいたします。
 ですから、ちょっとその点は修正させていただいて、そういうふうに賦課方式を考えるとするならば、厚生年金のほうはいますぐということでなくても、その世代の移り変わり、老齢人口化という推移に見合った形で漸次切りかえていく、こういうことでよろしいんではなかろうかというふうに思います。
#468
○八木(一)委員 山本先生に一点だけお伺いします。ミニマムということばで、そういう問題があることを御指摘になりました。山本先生の専門的な御研究と離れたことになりますが、私どもは社会保障主義になっていかなければならない。それがいまの年金制度等は社会保険主義で組み立てられている。しかし、それは憲法の条章に従っても、世の中の当然の推移に従っても、社会保障主義に変わっていかなければならない。ということで先ほどおっしゃいましたミニマムという点が、さらに上がってこなければならないと思うんですが、端的にそれだけ一つ……。
#469
○山本正也君 ただいま八木先生から御指摘ございましたことにつきましては、私も全く同感でございます。いわゆる国家的にミニマムと申しますのは、これはもう常にいつの時代におきましても一定であるというものではないわけでございまして、国家の実力によりまして、これは逐次変わっていかざるを得ない。たとえば私もつまびらかではございませんけれども、いまこの点におきまして最も進んでおる国といたしましてニュージーランドがあるように承っております。この国におきましては、こういうような労働保障と申しますか、こういったものにつきましては、すべていま先生から御指摘がございましたように、社会保障というような形に転換しておるわけでございまして、私も将来、現在企画せられておりますこういうような厚生年金保険のレベルというものが、いつの日にか社会保障というかっこうでわが国でもとらえられますようになりますことを切に希望いたしておるということでございまして、ただ、現在の日本の実勢でまいりました場合におきましては、やはりまだ当面の間社会保険というような形でいかざるを得ないというふうには考えておるということでございます。
#470
○八木(一)委員 ありがとうございました。
 戸田先生に一点だけお伺いいたします。先ほど修正積み立て金方式と賦課方式の問題に、間接にお触れになったと思うんです。中小企業の立場からいろいろ言われました。
 実は先ほど申しました賦課方式の点で、いま労働者や、その他自営業者が圧迫をされているから、いま保険料を上げることはできない。将来はそういう人たちも収入が十分保証されるから、将来の保険料が上がってもいいという意味の私の意見を言いながら、ほかの先生方に御質問をしました。
 その中で、たとえば中小企業、零細企業の場合も、いま大企業から圧迫をされておられて、そしていろんなことに苦しいお立場におありになろうと思うんです。で、保険料が急速に上がれば、使用主負担のほうの中小企業の御負担も苦しくなる。それがこの賦課方式になれば、賦課方式の度合いを急速に進めれば、そして保険料の値上げをしないで持っていけば、いま先生が公述をなさった一部に中小企業の立場からとおっしゃった、そういう面も、中小企業者の方々の御要望に、ある程度は沿えることになろうかと思う。その点についてだけ一つお答えをいただきたい。
#471
○戸田和夫君 ただいまお尋ねがありました点でございますが、私はこの中小企業の負担増ということについては抵抗を感じておりますけれども、しかし、いまの制度の中では、やはりできるだけなめらかな保険料の負担は、これは労使ともに確保せにゃならぬいまの事態ではなかろうかと思っておる次第でございます。
 財政方式から賦課方式に切りかえるということにつきましては、私は将来はそういうことを考えざるを得ない時代がくると思いますが、現在のところ受給者の方が非常に少ないわけで、軽い負担で済むことになっておりますが、しかし、将来、急角度でずっとこの受給者がふえてきますその段階におきましては、こういういま論議なさっておられますことを検討する時期が来ると、こういうふうに考えております。
#472
○八木(一)委員 駒井先生に伺いたいと思います。
 特に、国民年金の立場から公述のお話を伺いました。その中で、谷間年金の問題にお触れになったかと思います。そして橋本私案にもお触れになったのは駒井先生ではなかったかと思いますが、いまの政府のほうは谷間の問題を六十七から六十九に限っております。これは私どもの考え方では、はなはだほんとうに冷たい考え方であろうと思う。十年年金ができましたときに、これは任意加入です。年金制度というのは非常にわかりにくい制度であります。
 しかも今度野党案は賃金スライド、そして政府案は物価スライドを中に取り入れておりますけれども、その当時スライド制というものが取り入れられてなかった。再計算期に幾ぶん対処をするという状態はありますけれども、自動スライドというのは取り入れられてなかったわけです。したがって年金制度はわからないから入らない人、それから少しわかっても、いま高いお金を払って、名目的には、ある程度のたくさんの年金であっても、実際はお金の値打ちが下がったものをもらうんでは、つまらぬという考え方が少しわかった方があります。それから両方わかろうがわかるまいが現在の生活が苦しいから、それだけの保険料負担はしにくいという方がある。その方々はまだいいんですが、ひとつもその制度ができたことも知らないでいる人たちがあるわけなんです。
 それに対して、そのときに制度があった、そこで入っていたら、いま年金制度に入れるんだということで入れる人があるから、谷間というのは六十七から六十九までだと政府の答弁は言っているんです。これはあまりにも形式的で、ほんとうに年金を必要とする人に谷間をなくして支給しようという考え方は、この政府側の答弁から私どもは、全然そういうことは信用できないわけです。
 少なくとも拠出制国民年金は一番支給開始時期がおそいわけです。ほかの年金制度よりも……。そのおそいときに、一番おそい人よりもあとしかもらえない老齢福祉年金七十歳、そういうものではなしに、六十五歳になったら何らかの年金がもらえると、そういう支給されるということをやるためには、谷間の問題は六十五歳から老齢福祉年金を支給するということでなければ、ほんとうに谷間を解消したことにならないと思いますし、さらにまた六十七から六十九に、いま政府の予定しているよりも少ない金額で対処をしようと、橋本私案は三千五百円であります。政府の老齢福祉年金は五千円であります。そうしたものは、政府側で言えば、前にその六十九の人からもらってないから不公平だと言うわけなんです。年金制度はあとから発達していますから、制度のできる前とあとの人では、どこでも不均衡は起こるわけなんです。ですから、一生懸命に政府がやらなかったのが、その責任であります。そういう点を悪用をして少なくていいんだというようなことは、谷間の問題をほんとうに解決することにならないと思うんです。
 駒井先生は国民年金に非常に御熱意を示していただいたわけでございますが、国民年金の中の老齢福祉年金を期待する国民の気持ちを受けて、いろいろと熱心に御意見を陳述されておられると思いますが、この谷間年金といわれている問題について政府側の考え方や、あるいは橋本私案がまだまだ不十分である。六十五歳以上からでなければならない。そして少なくともでき上がった老齢福祉年金と同額でなければならないと私は思うわけでございまするけども、駒井先生のひとつお考えを伺っておきたいと思います。
#473
○駒井信義君 なかなかこれむずかしい問題でございまするが、まず、谷間におるその六十七歳から九歳までの方、今度は政府は三千五百円という案が出ておる由でございまするが、これも財源の問題、これは大きな財源にもならぬ、おそらく私の考えでは百二十億円ぐらいあればできるんやないかと思うんでございまするが、しかし、一応やはりこの谷間におる者を救い上げるということをまずやっていただいて、そして時間をかけて私は――時間をかけていうても何年もかけるんじゃないんですが、よくその財源ともにらみ合わして、そして逐次引き上げてもらうというようにすべきじゃないか。ということは、その福祉年金につきましては、年金額も順次引き上げるということの目的ではやっておりまするが、まず七十歳ということを政府は考えられてこの立案をされておったんじゃなかったと思うんですね。それでその一定の年齢より若い者は、拠出年金制度というものに加入する道があったことも考える必要があると思うのでございます。
 そうなれば、そうなる意味で最も問題なのは、当時いま言いましたところの国民年金に加入しようと思うてもできない人であると、こういうことでございますが、やはり事は財源さえあれば、すべて国民年金というものは、老齢年金というものは、ましてこの谷間におる人たちは一日も早く同じような状態で救い上げてもらうということを望みたいと思うのでございます。
#474
○八木(一)委員 たくさん伺いたいことがございますので、全部の先生に伺いたいと思いますが、時間が経過いたしますので、それぞれに問題点として先生方に伺いたいと思います。
 いま谷間の問題についてお伺いをいたしました。谷間の問題は、これはいまの六十歳代の老人の問題だけではないわけです。たくさんあるわけであります。その六十七から六十九ということがあまりにも、それだけが言われて、ほかの谷間の問題が消え去っているようになっていることは、非常に残念なことだと思うわけであります。
 たとえば障害者の場合であります。障害者の場合に、いまの国民年金法では二十歳で被保険者になって、一年間の保険料を払った後でなければ障害年金の支給は受けられないわけであります。ところが、同じ障害を十九歳のときに受けたならば、それは障害福祉年金の対象にしかなりません。障害福祉年金ははるかに障害年金よりも金額が少ない、所得制限等がついております。それで、これが生まれつき視力障害で視力が全然ないという方々に対しても、そういうことになるわけです。
 この考え方は、いまの国民年金法が保険理念でつくられているからであります。被保険者に対して、被保険者の払った保険料に対応をしてその給付をしよう、社会保障ではなしに社会保険の理念で組まれていることが非常な欠点であります。これを根本的に直していかなければなりませんが、少なくとも即時に、いま国民年金の中で二級の障害年金がある。ところが、福祉年金には二級がない。そしてその金額は一級も非常に少ないというような問題が一つの大きな谷間の問題であります。
 そしてまたそのほかに、労働者の問題では、国民年金の被保険者でございますが、保険料を払いにくい状態があるので申請をして免除の手続を受けた。免除の手続を受けた人は、初め昭和三十六年発足のときには、保険料を免除をしてあげるという恩恵的なような制度であって、実際は年金が一番必要な人を年金制度からほうり出すという前の法案と法律であったわけであります。それが三十六年の改正によって、やや三分の一だけ年金原資が保たれるようになりました。それは保険料を払える人に対して、保険料に対して五割の国庫負担がつく。したがって全部の原資の三分の一が国庫負担である。そのようなことに対して保険料が払い得ないような、国庫負担の最も必要な人に一つもないのはおかしいじゃないかということに押されて、しぶしぶ三分の一だけの原資ができたわけであります。
 こういうような不当なことはいけないのだ、当然保険料を払いにくいような人は、特に年金の使用度が多い。老齢なり、障害なり、そしてその人の遺族なりということで、これを保険料を払った人に近づけるということが当然必要であろうと思うわけであります。
 そういう谷間の問題がありますし、またたとえば障害と遺族というものは、質的に見て年金制度で大体の一番大部分は老齢問題でございますけれども、障害と遺族という問題は、質的に見て年金制度は大切であります。ところが通算年金通則法で障害遺族については、これは被用者年金も国民年金も通じた通算通則法でありますが、それについてはこのような通算が行なわれていないというような問題があります。非常に問題がたくさんあるわけであります。この谷間の問題を老人の問題だけに限らず、全部の問題を、この機会に解決をしていかなければならないと思うわけであります。
 労働者の問題としては五人未満の事業所に厚生年金保険法の適用がない、日雇い労働者に厚生年金保険法の適用がない、あらゆる点で矛盾があるわけであります。このような矛盾だらけないまの年金法を、そういう点を積極的に改善をしようとしない政府案については非常な欠陥があると思うんです。ただ表向き五万円年金と称して、年金をよくしようという国論に対してある程度対応したかっこうをとる。ほんとうに年金を必要な人に年金を支給しようという、ほんとうの気持ちのない改正案であると私どもは考えておるわけであります。
 そうした問題について各先生から伺いたいわけでございまするけれども、その中に労働者の関係の部分については帖佐先生、そのほかの部分については坂寄先生と杉江先生からお考えを承っておきたいと思います。
#475
○帖佐義行君 先ほどからいろいろな方の意見を聞いておって、特に私が心を打たれましたのは、一番初めの山本正也先生の御意見でした。その中に先生がおっしゃったのは、とにかくいま何とかしてやらなくちゃならない人たちを何とかしなくちゃならぬじやないかという御意見なんです。
 私も先ほど、私どももだんだん年金をもらうようになるんだという話をしましたけれども、しかしまだやっていけます。しかし、ほんとうにいま困っている人、この人を何とか救ってやっていかなくちゃならぬというふうに私どもは思うわけです。これはおそらくは日本じゅうのすべての人たちが望んでいるだろうというふうに思うわけです。先ほど申しましたように、日本は世界で年寄りが自殺するのが一番多いというお話をいたしましたけれども、そういうことのためにも、そのことは考えられなくてはならないのだというふうに思うわけです。
 私どもが積み立て方式をやめて賦課方式にせよという議論の大きな理由にも、それはあるわけです。私どもは積み立て方式というものが、そのことを理由にして、二十七年にならぬといかぬのだとか、これをかけておらぬのじゃないかとか、そういったような議論にならざるを得なくなるというふうに思うので、賦課方式もそのために主張をしているわけです。
 もう一つ、この機会に私申し上げておきますと、私ども若い諸君によくこの年金の問題で話をします。で、年金というものが何か年寄りのためだと思ったら大間違いなんだと、若い者のためなんだと、こう言うんです。すると若い者は、それはそうだ、われわれもだんだん年をとるんだからと、こう言うんです。だからおまえたちは認識不足だと私どもは言うんです。それはどういうことかと申しますと、年金というものも私は、年金だけを取り上げてものを考えたら、ほんとうの理解をすることはできないのだというふうに実は思っています。
 たとえば日本の労働者の賃金は非常に低いといわれています。アメリカの十分の一とか、フランスの何分の一とか、よく言うのですけれども、その低い日本の労働者が一番実は貯金をしているのです。なぜ貯金をするかというたら、大きな理由は要するに四つあると言っています。アンケートをとっても大体そういう結果が出てきます。それはやはり年をとってから困るからということです。そのほか病気をしたら困る、子供の教育だ、それからできたら家が持ちたいと、年をとると、やはりこの四つが大体大きな理由だと、こういわれています。
 そうしますと、もし、これらの四つがすべて――これは私は、国が社会保障として将来考えていかなくちゃならぬ、住宅などは国が経営すべきものだというふうに私どもは思っておりますが、そうしますと、これらがそういう形で保障をされるということになれば、われわれは貯金をする必要がなくなるわけです。貯金をする必要がなくなるということは、実は賃金を自分たちの生活の中でそのまま使えるということに私はなるというふうに思うわけです。そういうふうに充実した、そのときそのときの暮らしができるんだ、だから若い諸君が自分の給料をそのまま使いたいとか、暮らしに使っていく、そういうことのためにも年金というのは必要なんだという話をよくするのであります。
 谷間の人のことにしましても、それは現在の中小企業の労働者、あるいは大企業の労働者、年金を受ける受給資格のある、そういう労働者の年金の価値を引き上げていくためにも実は必要なことだというふうに考えているのです。いずれにしても、しかしお互いに、いまほんとうに困っている人たちを何とかするということは必要なことだというふうに私は思います。
#476
○坂寄俊雄君 谷間の問題、特にこのいろんな谷間のあるということについては全く私もそのとおりでございますが、一つ谷間の問題のかなり大きな基礎になっておりますのは、年金の政治性との関連が非常に多いんじゃないかと思います。
 それは、この年金制度を見ますと、恩給制度に始まっているわけですが、明治八年に海軍では退隠令という形で恩給制度ができ、明治九年には陸軍の恩給令というのができて、それから明治十年代にそういうものが整備され、また文官恩給ができてくる。それから明治二十三年に文武官の恩給制度が確立してくるというような形で、民間労働者とこの軍人、文官と切り離していくというような形で出てきておるわけです。ですからそういう点では非常に政治的な形を持っているということですね。
 そういうようなことが本来は、この終戦直後に民主化されなければいけないのが、残念ながらこの厚生年金の老齢年金制度は、逆にあのとき、ほんとうに困った老齢者は家を焼かれ、財産を失なって困っているんですから、その当時の厚生年金で緊急措置をやってでもやるべきものを、それをやらずに老齢年金制度をたな上げにするというような形をやってきているわけですね。そういうやり方が、いま先生のおっしゃったいろんな谷間の問題の私は歴史的な理由になっているんじゃないかというふうに考えているわけです。
 そういうようなことからしましても、そういうことに私は歴史的基礎があるという点が一つと。それから先生も言っていただきましたように、今度の政府の障害年金、あるいは遺族年金にしましても一万八千円なんですね。一万八千円というのは、とてもじゃない、この障害者が一万八千円では、とてもこの食事代にも当たらないというようなことになるのじゃないかと思うわけです。そういう点からしましても、この谷間の問題というのは先生のおっしゃるとおり、この単に年齢だけじゃなしに、全体的なものとして漸次解消していただくということを望むわけです。
#477
○杉江雅彦君 私、先ほど申しましたのは、特に目下の急務であるという点では老齢年金についてお話をしたわけでございますが、そういう意味で谷間の存在、これはすでに橋本私案でもおそまきながら取り上げておられますし、野党四党の共同提案でもすでにそれを越えた形でカバーしようという案が出されております。したがいまして、その点から申しまして、いわゆる老人の谷間の問題はある程度これからカバーしていけると思いますが、八木先生御指摘のように、それ以外の年金における谷間の問題、これはもういろいろございましょう。
 先ほど来、私申し上げた現行の年金制度の一つの大きな欠陥の中に、やはり各種年金間の均等がなされておらないということを指摘したわけでございますが、そういう点から考えましても、ただいまも坂寄先生も御指摘になりましたように、それぞれの年金はそれぞれの存在意義といいますか、あるいはその目的のためにつくられている。現在では多数の年金制度が存在しておりますけれども、それは単に存在しているというだけであって、その間の斉合性は全く考えられておらないということでございますから、その点をはっきりこれから調整していくということが大きな問題になるだろうと存じます。そういう意味で御指摘の点は、私も全くそのとおりだと存じます。
 その点に関しまして、実はそれをふえんして、もうちょっと申さしていただきますと、実はこれは資本主義であろうと、あるいは社会主義であろうと、経済体制上の違いでもって年金の問題が変わってくるわけでは当然ございませんで、もう十年以上も前に、たとえばティンベルヘン教授は「新しい経済」という本を、実は岩波新書でも翻訳が出ておりますけれども、その中で経済体制の選択ということは、これは社会主義の側でも、利潤概念の導入によって資本主義の体制に近づいてくる。また資本主義の側でも、経済の計画化ということを通じて社会主義のほうに近づいていく。結果的には両体制、経済制度においては、ほとんど変わらなくなるんじゃないか。ただ相争うのはイデオロギーだけである。こういう意味の非常に明快な論旨を展開しておられるわけですけれども、その辺を多少ここで使わしていただきますと、そういう意味でいずれの体制でありましても、これは年金の問題というものは、ひとしくとらえなければならない大きな問題であるということでございます。
 また国家が近代化していく、あるいは経済的にも成熟をしていくということになりますと、当然この問題が広がってくる。したがいまして年金制度というものを、この際、単に谷間の問題を調整するだけでなくて、もう少し進めて各種年金間の抜本的な調整、あるいは抜本的改革というところまで議論を起こしていただくのが、いま最も必要な時期に差しかかったんではないかと思うわけです。
 つまり、福祉元年とかいうことをいわれますけれども、それはまさにその辺のところからはっきりさせていきませんと、これはだめなんで、八木先生の御指摘のように、制度ではなくて、まだ保険なんだということをおっしゃっておられましたですけれども、その点のところを、やはりはっきりさせるべき時期に来ていると存じます。若干蛇足でございますけれども、つけ加えさしていただきます。
#478
○八木(一)委員 時間がちょっとおそかったもので、簡単にあと伺いたいと思います。
 スライドの問題でございますが、スライドが必要なことは申すまでもございません。私どもは、杉江先生か、坂寄先生の御意見にあったと思いますが、賃金スライドでなければならない。具体的には物価スライドというのは、いま物価がめちゃくちゃに上がっているから物価スライドのほうがいいとお思いになる国民の方が一部あると思いますが、残念ながら、いまの政府は物価の上昇には都合のいいデータばっかし集めてやりますから、庶民の感覚の上がったというのじゃない数字が出てくるわけであります。昨年も五・七とかいうようなことであります。賃金のほうは明らかに昨年は一五%ぐらいということで、ほんとうに年金の価値を維持するためには具体的に賃金スライドでなければならない。
 そしてまたその点について、先ほどお二人の先生のどちらかからありましたように、労働者階級は団結をして、ある程度の強さを持っている、資本のほうが強いですけれども、しかし、それに抵抗をして賃上げを獲得をするという状態でございますが、年金受給者はそういう力を持っていない。そういうことから考えれば、年金受給者に当然賃金スライドをすべきである。そしてまたこの社会をつくった先輩に、いま働いている世代のその生活の向上の部分を先輩にも及ぼすという考え方で、すべてに賃金スライドが必要だろうと思うわけであります。
 ところで政府案には、福祉年金についての物価スライドがありません。そういうものでは非常に片手落ちでございまして、この福祉年金にスライド制がないということについて、私どもはスライド制をつくるべきだ。厚生年金はもちろんですが、国民年金の拠出制はもちろん、さらに福祉年金を加えて賃金スライド制をとろうというのが私どもの考え方でございますが、これは杉江先生からひとつお答えをいただきたい。
#479
○杉江雅彦君 ただいまの御指摘でございますけれども、この福祉年金も、私は福祉年金が一番いま必要なんだということで、緊急の順序をつければそういうことだと申し上げましたので、これは老齢福祉年金だけを特に取り出すということではなくて、全体の年金制度の中でこれはとらえていくべきだというふうに考えておりますので、御指摘のように福祉年金につきましては、スライド制が考えられておらない、つまり金額だけということで、これはこの先、またそれを積み上げていくということにもなろうかと思いますけれども、これはやはり老人の老後の安定した経済生活という点から考えますと、当然福祉年金にもスライド制を適用すべきであるし、その場合にはその賃金スライド制でなければいけないこと、その論理は先ほど申し上げたとおりでよろしいかと思います。
#480
○八木(一)委員 多くの先生方の中で、一部の先生方から国家の財政を心配されて、当然この年金を上げなければならないのに、段階的にこの程度でいたし方がないというような御意見の先生もございました。
 ところが、実は昨日も申したんですが、社会保障制度審議会が三十七年に社会保障に対しての勧告を出しました。そのときに昭和三十五年の欧米水準に昭和四十五年に、十年前の状態にやっと追いつくために、最小限度必要ないろいろの勧告が出されたわけであります。で、生活保護を実質三倍にする、その他、その中の手段で私もその委員の一員でありますから、はっきり知っているわけでございますが、昭和四十五年には少なくとも国家財政の四分の一、二五%は社会保障費にこれを出さなければならない。これは自民党の国会議員の方も、政府の次官たちも、みんないた席で、少なくとも最低それは絶対やらなきゃならないということになっておる。したがって今度の国家財政では、その二五%というのは四十八年ですから、もっと率は上がらなきゃなりませんが、それを少なくとも二五%としても、三兆八千億ぐらいの社会保障に対する直接の支出がなければならない。いま二兆円になって画期的だというようなことは、全くこの社会保障制度審議会の答申を無視をしている。勧告を無視しているだけではなしに、国民の要望を全く踏みにじっていると思うわけであります。いまこれ三兆八千億にすれば一兆八千億、こういうことで私どもは、ほかのたとえば児童手当であるとか、あるいは医療保障制度に使っても、私ども野党案を即時、最初に福祉年金等を加えて、これを直ちに実現をし得る案だと考えているわけであります。
 その点で駒井先生も非常に遠慮したことを言われましたけれども、谷間年金を六十五歳にする、同額にするぐらいのことは、ほんとうにもうすぐできることであります。そういう点で野党案が私どもは実施可能だと思います。政府案は非常にこの点について手ぬるい、熱心でないと思うわけでございますが、その点について坂寄先生から伺っておきたいと思います。
#481
○坂寄俊雄君 全くそのとおりで、当然出すべきものだというふうに思っております。もし百歩下がっても、どうしても一般会計の中から出せないんだったら、私はこの積み立て金ですね、あれだけの積み立て金があるわけですから、そこから借りてでも十分出せるわけですし、そうやって出すことを、ぜひ実現していただきたいというふうに思っておるわけです。
#482
○八木(一)委員 時間が迫っておりますので、あと一問だけ申し上げます。積み立て金の運用の問題であります。
 帖佐先生、坂寄先生からかなり伺っておりますので、杉江先生に伺いたいと思いますが、積み立て金の問題は、実は一人の先生から伺いましたように、老齢退職等の条件で労働者なり、国民に、あるいは障害という不幸なことが起こったときにその当人に、あるいは死亡ということが起こったときに遺族に、そういう人たちに支給される原資であります。したがって、それはたとえば使用主が保険料の一部を出したからといって、使用主には断じて戻るものではありません。また国が国庫負担を国民年金では拠出時にいたしておりますが、これが国に戻る性質のものではありません。積み立て金というのは被保険者、その中に労働者と自営業者とありますが、被保険者のものであるということに規定をしなければならないと思う。そういうものであれば、その持ち主である人たちの意思に従って、持ち主の人たちのために役に立つ運用が必ずなされなければならない。ところが、それが全然逆な人たちによって運用をされている。
 先ほど国民年金の支出について戸井田委員からございました。坂寄先生からそれについての御説明もありました。私は戸井田委員のおっしゃっていられるように、国民の生活に関係のある点にも使われている現状は知っておりまするけれども、しかし、その中に、その大部分は一般財政支出で対応されるべき問題だろう、そしてまた融資という形で貸す金で対応するものとしても、そのような国土の基盤であるとか、あるいは住宅であるとか、あるいは農業とか中小企業のものは、一般的な財源から融資をさるべきものであろう。それを年金の原資から融資をするということによって、たとえば大独占資本のための政策、あるいは兵器生産のための政策のほうに金を出し得る一般財政資金なり、投融資資金、それをそっちのほうで余裕をそのことに使っている。したがって財政支出、あるいは投融資資金全般で考えてみたならば、この年金制度を悪用されて独占資本のために使われておると思うわけであります。
 こういうことは断じて改めて、被保険者のために使わなければならない。被保険者のために使われるとするならば、まずその年金の性質上老齢の人たちの問題、あるいは障害の人たちの問題、そして遺族の人たちの問題に対して使われるのが第一義的である。しかし、その部分は原資から考えると、それほど多くの部分になりません。したがって、保険料の支出をしている、使用主ではなしに、そのものを受け取るはずの被保険者、あるいは労働者のために使わなければならない。具体的に言えば、住宅等が一番の対象になろうと思う。ところが還元融資等で少しずつやられておりますけれども、それは新しい保険料の何分の一ということであって、全部たまった大部分はほかのとこに融資をされておる。それは即刻返還と同時に国民のために使われなければならないと思うわけです。
 そしてその使い方は住宅でも、社宅に使われるのではいけない。社宅に使われるんでは労務政策に使われる。労働者自体に直接に使われなければならないし、労働者や国民のほんとうの団体を経由して使わなければならない。そのように思うわけであります。そのようにするために、私どもは積み立て金の運用法案を出したわけでございますが、この点について杉江先生からお答えをいただきたいと思います。
#483
○杉江雅彦君 御指摘のとおりに、いまの厚生年金及び国民年金、それから郵便貯金ですね、これを合わせていわゆる資金運用部資金としておりまして、それが産投特別会計とも含めてこれが財政投融資に使われておるということで、財投が本年度予算で七兆足らずでございますが、そのうちの八〇%までは、その資金運用部資金で使われておるということでございます。
 したがいまして、この財政投融資は、いわゆる国家の予算ではございませんけれども、予算と同じような意味で使われる、より政府にとって機動的に使われるという意味で第二の予算といったようなことばさえ使われておるわけでございますね。したがいまして、その政府の第二の予算的な考え方がございますので、これをやはりそのつもりで毎年度、毎年度使う。一般会計の予算よりは、もっと機動的に使えるということで重要視をしておる実は財源でございます。
 それで、いろいろと先ほどから御議論があるわけでございますけれども、たとえばその積み立て金の一部を取りくずして出してはどうか、増額費の原資としてはどうかといったようなこともございますが、現在ではそれが非常にできないということでございます。したがって、そういう点を勘案いたしますと、この年金の積み立て金を資金運用部の資金から取り出した形で、その被保険者のため、あるいは給付を受ける人たちだけのためといっては、おかしいですけれども、それが中心となった管理運用という方式が最も望ましいわけでございます。
 これは国家の年金でございますから、この企業年金と同じようなふうにはまいりませんけれども、企業年金の場合で申し上げれば、これは使用者と労働者側が負担したものを、法的な規制が若干運用についてはございますけれども、自由に運用ができるというわけで、特にアメリカのようなところでは非常にその収益を重視した運用が行なわれているわけでございます。
 もちろんその企業年金と同率で考えるわけにはまいりませんけれども、少なくともそういう被保険者及び年金の受給者たちのためのものでございますから、その人たちが中心となって資金が使えるという、少なくともその使途についてはそれを指定できる、あるいはまた百歩下がりましても、その使途について、その被保険者、年金の給付を受ける人たちが理解できるということでなければ、これはいけないだろう、そういうガラス張りの運用ということが必要になってくるだろうと思うわけでございます。
 そういう意味では野党の四党の共同提案で出ておりますこの法律は、少なくともそういう福祉資金と一般資金に分けて、そのどのぐらいかという配分につきましては、この案にございますような国民年金等積立金運用審議会というところできめればいいんだと、こういうことでございますが、少なくともそのようなことが私は最低限必要な年金運用に関する出発点であろうというふうに考えております。
#484
○伊東座長 寺前君。
#485
○寺前委員 八木先生から多方面にわたって御質問がありましたから、もうお疲れのことでもありましょうから、私は二、三の点について重点的にお聞きをしたいと思います。
 年金をもらえる年齢を六十歳にするか、あるいは五十五歳にするか、六十五歳にするか、いろいろ意見のあるところですが、六十五歳の人からを老齢と位置づけたとしても八百六、七十万の人が日本の老人人口としておるわけです。
 この前の総選挙で五万円年金というのをめぐって、ずいぶん話題になりました。実際に現実的に五万円年金の対象となる人は、そのうち百人に一人の対象しかならない。圧倒的部分の人には五万円年金というのは絵にかいたもちになってしまったというところに、かなり政治に対する私は批判があるであろうというふうに思います。
 何といっても、いま老齢年金の対象になっている人たちは、十年なり、二十年先の論議をいただいたって、それは次の時代の人の話であるということになると思います。いま直ちにやり得ることをやってくれと、それが私は一番大きな問題であろうと思います。
 そこで率直にお聞きをしたいわけですが、今度の政府が出してきたところの法律案の掛け金というのは千分の十五、現在よりもたくさんかける厚生年金になります。一方、同じく審議されている健康保険法のいわゆる改正案なるものは、千分の三上がる。千分の三上がるだけでも大問題になっているものを、それよりも五倍も多い千分の十五上がるということですから、これは一そう今日の物価高の中において、政府が責任を持って指導する保険制度が積極的に掛け金が上がるということは、どういう結果をもたらすかということで問題になるのは当然です。
 したがって、この掛け金を上げずして改善というのはできないものだろうか。それは政府がお金を出すということでやる、あるいは全然政府がお金を出さなくってもやれるじゃないかと、そこにはいろいろ意見が出てくると思います。
 もう一つは年金の問題をめぐって問題になるのは、いまごろの子供たちでも貯金をするよりも現実にお金をそのまま使ったほうが得だという意見があります。貯金をしたら、お金の値打ちが下がってしまって、結局、先に使っておいて物にかえておいたほうが得だということは、いまごろの子供だったらたいてい言う話になっています。
 こういう面からも積み立て金のあり方という問題について意見を持っております。こういう意見を持っている中での年金についての問題になるわけですが、私は最初に厚生年金について、ちょっとお聞きをしたいと思うのです。
 私の手元にバランスシートがあります。一九七二年度、昭和四十七年度の歳入と歳出を見ますと、保険の給付が二千二百二十六億円、福祉施設費を入れたとして、その他を入れて二千六百六十六億円の支出ということに厚生年金はなっているわけです。それが四十八年度の予算案になると、そのバランスシートの支出面は、三千二百三十五億円の保険給付と福祉その他を入れても三千八百五十五億円です。
 ところが一方収入の側を見ると、昭和四十七年のときで一兆八百六十四億円の収入がある。積み立て金の利子だけでも三千八百十五億円ある。そこで労働者の中で疑問が起こってくるのは、たとえば昭和四十七年度の利子を見ても三千八百十五億円ある。今度の政府案の給付の改善をやったとしても、福祉施設その他を全部入れて使われるのは三千八百五十五億円だったら、現在の収入を全部とめてしまっても利子だけでいけるじゃないかか。それが物価高の今日なぜわざわざ上げなければならないんだ。いままでどおりの収入があるとしても、一兆八百六十四億円の金はまるまる全部積み立てになってしまうじゃないか。何で健康保険の千分の三でさえも掛け金が上がるということが大問題なときに、五倍も多いところの保険料率をわざわざ集めんことには、この運営がきかないというのは理解に苦しむ。私はこういう意見が率直に労働者がバランスシートを見たら出てくる話だと思う。
 そこで、厚生年金について前々から非常に熱心に研究をされておられた戸田先生に、この労働者の疑問に対して御解明をいただきたいというふうに思います。
#486
○戸田和夫君 御指摘の点につきましては、利息によってまかなえるじゃないかということでございますが、収入の面に対しまして一応そういうことになろうかと思いますが、しかし、この年金受給者のふえていく点を考慮に入れますと、これも全部使うというようなことは私は考えられぬと思いますので、やはりこういう大幅な年金額の改正のときには、先ほども申し上げましたように、できるだけなだらかな保険料の負担ということもあわせて考えることが年金財政の健全な今後の発展を期することである、こういうふうに考えております。
#487
○寺前委員 いや、私、別に政府とやり合うという意味でここでやるわけじゃございませんが、今度の給付の改善をやったとしても、いままでの貯蓄をしたお金の利子だけでとんとんになる。したがって、いままでどおりのその保険料の値上げをしないお金にしても一兆円余り入っているんだから、それはそのままどんどん、どんどん、積み立てはふえていくじゃないか、その利子だけでとんとんにいけるものだったら、将来考えたって全然そこには不安が起こらない、こういう意見が労働者から私は率直に出るだろう、むしろ極論を吐くならば、ことしからしばらくお金を集めなくったって利子だけでいけるものを、何で健康保険の五倍も保険料を上げるんだろうかと疑問に思う。私はバランスシートを見せたときには必ずこの質問を受けますね。
 それで、ここでやり合いするつもりはございませんので、いま戸田先生から将来をおもんぱかるならば、老齢人口がふえていくんだから、やはり集めんならぬねという御意見なんです。これについてひとつ坂寄先生と杉江先生から御解明をいただきたいと思います。
#488
○坂寄俊雄君 私は従来から、このバランスシートだけを考えれば、労働者の保険料を全然取らないでいけるんだ、それで事業主の保険料は現行のままやっていく。それから国庫負担も現行のままでもこの保険給付を何倍かにできるという、そういうようなあれがあると思っております、これは。そういうような計算ずくだけでいけばそのとおりやれるわけですから、そういうような点をきちっと考えた上で、長期的にどうするのかということを考えていくのが至当だろうというふうに思っておるわけでございます。
 そういうような形で私は考えておりますので、それを抜きにして何か上げなければやれないんだという、また、保険なんだから上げるのが当然だ、給付をよくするんだから上げるのは当然だというような形で発想をするというのは、基本的に私は現状を無視した発想になっておるだろうというふうに思っております。
 特に、厚生省関係で出しておられる「厚生の指標」という雑誌がありますが、それの昭和四十七年の特集号を見ますと、この厚生年金の積み立て金は昭和九十年、西暦二千十五年までずうっと上がっていって、ピークのときには何と積み立て金が四十四兆円になるんだと、こういうようなちょっと目がくらみそうな膨大なものが出てくるわけですね。そういうような点からいきましても、こういうような積み立て方式については私は考えないといかんと思います。
 いまも山本先生ですか、その方からも漸進的にとかということがありましたけれども、私はこの実際に老齢者、こういう方たちが生活保護を受けなくちゃならないという形で非常にあえいでいらっしゃるわけです。これは生活保護法が低過ぎるために生活保護も受けられないであえいでらっしゃる。それから家族ぐるみで寝たきり老人をかかえて困っていらっしゃる、そういうようなことを考えれば、私はこの漸進的とかというのは、確かに制度から言ったら何か漸進的にやるのが穏当のようでございますけれども、生命それ自体から言ったら、老人の生命が失われていき、あるいは老人をかかえた家族の方々が破綻していく、あるいは障害者をかかえた、あるいは母子世帯が、この生命が危険にさらされていく、あるいは生活が破壊されていくということを考えますと、私はぜひ至急にやっていただく必要があるんだというふうに思っております。
#489
○杉江雅彦君 給付額をふやすんですから、それに対して料率を上げてもあたりまえではないかと、これは常識論かもしれないわけでございますが、先ほど寺前先生御指摘のように、バランスシート論から言えば、そういう疑問というものは当然出てくるわけでございます。
 そんなわけで給付額を大幅に増額していく、そのために原資が非常に窮屈になったということであるならば、ある程度料率の引き上げ、御指摘のような健康保険の引き上げの五倍に達するような引き上げ幅ということもある程度社会的に通るかもしれませんけれども、しかしながら、私は原資の計算を厳密にやっているわけではございませんけれども、この程度のと申しますか、政府案程度の増額を行なった場合に、はたしてこれだけの料率の引き上げが必要なのかどうかということについては、たいへん疑問に感じるところでございます。
 したがいまして、先ほどもお答えがありましたけれども、将来人口構成が老齢化する、それに伴って給付額というものがふえてくる。したがって、そのときのためにいま押えておくんだというのもまた一つの考え方かもしれませんけれども、それは給付額がふえてくるというのはかなり先のことでございますし、何もこの体制の時点で料率を引き上げるという必然性は私も了解に苦しむところでございます。したがいまして、今回は引き上げる必要はないと存じます。
#490
○寺前委員 先ほど山本先生が外国の場合に積み立て方式からその年金の成熟と同時に賦課方式にずうっと変わってきたというお話がありました。
 いま世界的に見て積み立て方式というのは、ほとんどないと言っていいと思うんですね。ところが日本にこの賦課方式じゃない積み立て方式が残っているということは、そのお話からすると成熟が足らぬからだということになると思います。
 それでは、その成熟というのは一体どういうものを成熟というのか、御説明をいただきたいと思います。
#491
○山本正也君 ただいまの御質問にお答えさしていただきます。
 午前中の私の話の中で、これはある程度申し述べたところでございますけれども、成熟ということにつきましては、先ほど先生のほうから御指摘もございましたけれども、老齢者というのを六十歳からというのか、あるいは六十五歳からというのかというような点につきましての定義の問題もむろんございますが、いわゆる死亡率の低下に伴いまして、今後老齢者の生産労働人口に対する割合というものは急激に伸びていくであろうということ。並びに厚生年金のほうが設立以来非常に長年月を経てはおりますけれども、被適用者の数が逐次増加をたどりまして、創立当初に比較いたしまして、最近の時点においては約六倍ぐらいになっておる。厚生年金保険の制度自体が二十年で年金を付与するという前提でございますので、現在いわゆる老齢年金を受け得るという状態になってきております人々の数というのは、現在の人口というものに対しましてかなり少ないものである、こういうようなことでございまして、したがいまして年金制度としては非常に多年月をかけてはおりますけれども、実際上年金を受けるという点から見ますと、はるかにまだ成熟したいわゆる給付というものが安定的に支払われるという状態からは程遠いと、こういう点を先ほど申し上げたわけなんでございますが、いまの御質問の趣旨からまいりまして、私先ほどからいろいろの先生方からお話がございます点につきまして、私の考え方を一言述べさしていただきたいと思うのでございます。
 ちょっと数理的になりまして恐縮なんでございますが、先ほど申し上げましたように、現在の掛け金だけで十二分に、現行におきましての今回の改正の給付自体の支給には事欠かないと、それも利子だけで十分であろうというような御意見でございましたわけでございますが、それはなるほど現象的にはそのとおりでございますが、先ほど申し述べましたように、この制度を今後維持していきます場合におきましては、ただいま申し上げました成熟というような過程を通ることによりまして、将来非常に大きな給付になるということもはっきりしておるわけでございまして、これに対しましての負担というものにつきまして、現在と将来との格差ということにつきましては先ほど申し上げましたとおりでございます。
 この点を若干数理的な面から説明さしていただきますけれども、一つの考え方といたしまして、先ほど申し述べましたように、収支のバランスというものにつきましては、給付というものは掛け金と運用収益、この運用収益と申しますと、非常に語弊が実はあるわけで、いわゆる純粋に理論的に賦課方式という観点から見ました場合におきましては、運用収益という財源はむろんないわけでございます。これはゼロの場合もひっくるめまして、一応運用収益というものの存在を仮定させていただくという前提に立たせていただきたいと思いますけれども、掛け金というものと運用収益と、この二つのものでまかなわれるということになるわけでございますけれども、この場合の運用収益というもののとらえ方でございます。
 これにつきまして先ほども申し上げましたように、貨幣価値が変動しなければ、その運用収益というものは実効上十分に作用するわけなんでございますが、実際上は貨幣価値が変動するために、名目的な運用収益というものが無力になってきておるという状態が想定せられておるわけでございまして、いわゆる原価の問題というかっこうでとらまえられておるわけなんでございますが、しかしこの運用収益というものは名目的には無力になってきておりますけれども、実態としてはあるということも、これは先ほど申し上げたわけでございます。
 したがいまして、現在とられております財政計画の考え方という点におきまして、この運用収益が出てまいります積み立て金の評価ということにつきまして若干問題があろうかと思うわけでございます。このいわゆる名目的な原価ということではなくて、実質を確保するというような形で積み立て金の再評価を行ないます場合におきましては、将来の名目的な負担というものは、それほどふえずに済むわけでございます。それが現在の財政計画上ではいわゆる前提として採用されておらないというところに非常な問題があろうかと私は思うわけなんです。
 この積み立て金というものは、実態的には、いわゆる有効利用せられておるわけでございますので、したがいまして、この積み立て金の再評価をするということは、計算をそういうような形に改める、言いかえてみましたならば、積み立て金から出てまいります――数字上でございますけれども、出てくるであろうと予想されます運用収益と、こういったものを別の角度から再評価をし直す、これは一つの言い方をするならば、したがいまして名目的には運用収益というものが小さくなっておるわけですけれども、実態があるわけですから、これを国庫負担というようなかっこうで導入するという考え方もございます。
 しかし、また別途、これは国家的には経済的に有効に活用されておるわけでございますので、これは企業ないしはそれの従業員と申しますか、そういったものの所得というかっこうで転嫁せられておるというようにも考えられるわけでございますので、こういうような形で、いわゆる不足分というものにつきましては国庫負担、あるいは労使の将来の負担と、こういうかっこうに転嫁をしてこざるを得ない。その結果、いわゆる現行と将来との間で少なくとも何らかの形での負担の格差というものが出てきておる、裏を返せばそういうような形のものではないかというように私は推定するわけでございますので、ただ、この国庫負担の割合をどれだけ導入すればいいか、あるいは労使の割合というものを今後どのように変えていけばいいのかということにつきましては、ちょっとこのアクチュアリーという立場からどれがいいかということは、はっきりと申し上げるわけにはまいらないわけでございますけれども、少なくともそういうような形でこの問題は将来措置していただくということではないかというように私は考えておるわけでございます。
#492
○寺前委員 成熟度の話は、私は正直言ってわかったような、わからぬようなことなんですがね、どうなんですか、私は一般的にいうと先のお話だったら、安定的に支払いがまだ少ないというお話が出ておった。それじゃ日本の労働者、日本の老齢人口の皆さんは、安定的に支払いを全部ほしい言うておるんでしょう。百人のうち一人しか五万円の対象にならない、あるいは国民年金の場合だったら、二十年先にならないと五万円年金の話に具体的に日程にならない。しかし、だれもそんなこと賛成してないんです。すぐにやってほしい。国民の要求の側から言えば成熟度は全くあるんです。問題はそれをやるという体制にならない。やるという体制を直ちにつくったら、いやでもおうでも賦課方式ということをやらなけりゃならないと、こういうお話なんでしょうかな、いまの話は……。
 で、それはまあ私どっちでもいいですけれども、要するに外国の場合を見ておっても、積み立て方式をやっておって、戦争中にその金を使ってしまって、それで積み立て金もなくなった。しかし、国民に対しては年金をやらなければどうにもならないインフレのもとにある、そういうときに一斉に賦課方式がだあっと外国の例を見ている限り、私はそんなに勉強はしてませんけれども、大体出ているように思うんですね。
 ですから私は、日本の場合に問題は、この現実に働いている人たちが、自分らが出すお金を、その金の価値でもって直ちにいまの年齢のお年寄りの方々に責任を持つという体制に入るかどうかの、その姿勢こそが方式問題を決定するんだろうというふうに、この外国の例から見ると見えるんですが、それは間違いなんですか。ちょっとその点説明してくれますか。
#493
○山本正也君 ただいまの御指摘の点につきましては、私といたしましても同感でございます。ただ現在の拠出の立場にある方々と、現在の老齢になられておられまして給付を受ける立場の方々との間におきましては、そういうような考え方というものは当然成立するわけでございますが、ただ、この状態が将来ともそのまま国民の意識として定着するかどうかということの問題におきましては、やはり諸外国におきましては、その成熟化の過程を通じまして、世代間の連帯感というものが自然にでき上がってきておるというように私は聞いておるわけでございまして、この点わが国におきまして、はたしてそうかどうかという点につきましての、いわゆる懸念というものを持ち合わせておると、こういうような意味合いでございます。
#494
○寺前委員 時間もおそくなりますので、最後に帖佐先生と、戸田先生と、坂寄先生のお三方に橋本私案に対しての簡単な見解をお聞かせいただきたいと思います。
#495
○帖佐義行君 先ほどからいろいろ申し上げておりますので、私どもの立場はよくわかっていただいていると思います。橋本私案についても同様であります。いままで申し上げたとおりであります。
 ただ、この際もう最後と申しましょうか、一つ申し上げておきたいことは、先ほどから問題になっている財政問題です。どうも私に御質問がありませんので、さっきからうずうずしておったんですけれども、この機会に申し上げておきたいと思いますが、私は結局これはその政治姿勢の問題ではないかというふうに実は思っているわけなんです。ですから、先ほどから議論になっているようなことについては、あの議論のしかたが私は大体あまりおもしろく思わないわけなんです。
 と申しますのは、先ほどから坂寄先生のお話の中に救貧、いわゆるこの保険で、厚生年金や国民年金、救貧、貧乏を救っていくということですね、救貧で防貧ではない。貧乏を防ぐという――私はこの防貧でも反対なんです。私はもう大阪総評の事務局長、議長というものを二十二年ばかりしておりますが、それで外国の連中とよくつき合いをしております。二十二年というのはもう古いほうでして、外国の連中というのはもうどんどんやめていきます。で、新しい連中が来たときに、彼どうしているかとよく質問をしますと、彼はもう年金生活だと、こうよく言います。この救貧だとか、防貧だとかという、もう何か知らんじめじめした議論ですね、さっきから……。
 ところが外国の年金生活というのは、そんなものじゃないようですよ。何かこう豊かな印象なんです。ですから私はそういう意味から言いましても、政府の政治姿勢というものが、よくまあ予算が出たと組みかえ案を出しますが、それはこっち側だってこうということは言えるでしょう。私どもにもそれはできそうです。ですからそんなことは問題ではないのであって、むしろ今日の老人問題をどういうふうに考えるかという政治姿勢こそが大切なんだと思うのです。
 私どももこの春、年金でストライキをやったもんだから研究をしました。いまの積み立て金のお金で全然掛け金せぬでも四年間楽にいけるというのが学者先生方の御意見でした。そのバランスシートを見せてもらいました。まあそんなことよりも、私はむしろこの際、どういう姿勢でもってこの問題と取り組むかということによってお金は出てくる、こういうふうに思うんです。私どものほんとうに言いたいことは、事あるごとに経済大国だとか、あるいは世界第二の生産力だとか、いろいろ言うが、その貧乏なイタリアでさえ七五%出しているじゃないか、九〇%出そうとしているじゃないか、こう言いたいわけなんです。
 根本的に私どもは、先ほどからバランスシートを合わせるような議論には不賛成なんでして、むしろバランスシートはくずして、社会保障制度に移行していかなくちゃならぬ、保険制度が社会保障という形に移行していくためには、どうしてもそういう状態に財政状態を置くということも必要なんだということを私どもは思うわけです。
 寺前先生の御質問にお答えになりませんけれど、あれは簡単なんで、一つ申し上げておきます。
#496
○戸田和夫君 私、橋本私案につきまして修正されることは同感でございます。その中二点、保険料の引き上げ幅を短縮するということと、谷間の老人に対して特別給付をすることについて異議ございません。賛成いたします。
#497
○坂寄俊雄君 谷間のほうにつきましては、先ほど八木先生にお答えした点からおわかりいただけたと思いますけれども、やはり私は六十七、六十八、六十九という形で三千五百円というのは、年齢はもっと下げなくちゃいけないし、それから三千五百円というのは、まあ五千円という問題がありますからこういうことになるんだろうと思いますけれども、全く三千五百円というのは、一日で割ってみたら驚くべき少額になってしまうわけです。そういう面から反対でございます。
 それから確かに厚生年金の料率が下がるわけですけれども、先ほどから申しているように、当面上げる必要のないものを上げるわけでございますから、最初に十五分のときにお話ししましたとおり、これについては私は、この修正にならないんだというふうに考えております。
 それから帖佐さんが、私が話しました中で、防貧というしめっぽい話をしたというおしかりみたいなことをいただいたわけでございますけれども、国際的に社会保険というのは防貧政策で、貧困におちいるのを防ぎましょうということが言われているんで、それにならないばかりか救貧にも落ち込んでいる。私はそういう意味では、いまや社会保障というのは国民の生活の幸福といいますか、安定というものにならなきゃいけませんから、そういう点では、この帖佐さんのおっしゃっていることを私自身は考えているんで、ただ国際的にそういう問題があるんで申し上げたという点でございます。
#498
○伊東座長 大橋君。
#499
○大橋(敏)委員 公述人の皆さまにはたいへんお疲れであろうと思いますが、しばらくのごしんぼうのほどお願いをいたします。
 いみじくもいま帖佐さんがおっしゃいましたように、確かにわが国の年金問題は、もう政治姿勢にあると私も思うのであります。実は佐藤内閣から現在の田中内閣にかわりました当初、われわれ一般国民が非常に印象的に思ったことは「決断と実行」ということと、生産第一主義から経済第一主義に政治転換をするんだ、政策転換をするんだということでございましたですね。われわれはこれを大いに望みましたが、中身が問題でございます。
 ましてや四十八年度を年金の年にすると、いまの田中さんははっきり言っておりました。そして総選挙に入りまして、もう各党とも年金の大改革、大改善というものを叫んだのであります。
 まあ専門家の皆さまは、五万円年金といわれてみても即座に信じられなかったことでありましょうが、一般国民は、悪いことばになりますけれども、しろうとであればあるほど、五万円年金といえば、あ、今度は五万円に年金がなるんだ、もらえるんだと、このような印象で、それこそ年金の年に期待をかけたであろうと、私は思うのであります。しかし、中身は非常に問題でありまして、これから少しずつ質問をさせていただきますが、まず最初に駒井先生にお尋ねいたします。
 駒井先生は今回の年金の改革は、財政再計算期を繰り上げての改善であり、大きく評価をすると、非常におほめになっておったようでございますが、私もその点については同感でございます。が、内容の面では意見を異にするのであります。
 なぜならば、年金額の多少の引き上げ、あるいは保険料の引き上げ、スライド制の導入、この程度なんですね。わざわざその再計算期を繰り上げてやったのであるならば、それこそ年金にうっせきしているさまざまな問題をこの際に解決すべきである。その点私は非常に期待を裏切られました。
  〔座長退席、戸井田座長代理着席〕
 ましてや駒井先生は、国民年金委員連合会の会長さんでありますですね。今回の政府案を見ますと、厚生年金の立場から見れば、不満ではありますけれども、多少なりとも改善の中身にはなっております。しかし、国民年金の立場から言えば、一番怒りたくなる私は立場であろうと思うんですね。その駒井先生が賛成の立場からものを言っていらっしゃるというのは非常に理解に苦しんだのでございます。
  〔戸井田座長代理退席、座長着席〕
 たとえば、先ほどもお話が出ておりましたように、国民年金の場合は政府のいう五万円年金が実際に支給されるというのは、いまから二十年先である、昭和六十八年、それも好条件、夫婦ともきわめて条件のそろった人がやっともらえるんでありまして、それまでは極端な言い方をしますと、一人も五万円年金はもらえないわけです。したがいまして、われわれはこれをまぼろし年金と言っているわけです。その国民年金のいわゆる担当なさっている会長さんが、これをどうして賛成なさっているんだろうかと、先ほどから非常に疑問を抱いているわけでございます。
 そこでわれわれは、現在のお年寄りの方々に、その要求を満たすためには、やはり財政方式をとにかく思い切って転換しなければならぬ。つまり修正積み立てから賦課方式に、これは修正賦課方式でもけっこうだと思いますが、大転換していくべきである。しかも好むと好まざるとにかかわらず、現在のわが国の年金制度の動き方を見ますと、もう財政のあり方は、口では積み立て方式とは言っておりますけれども、もう賦課方式にほとんど近い状態にきているわけでしょう。好むと好まざるとにかかわらず賦課方式に転換せざるを得ない環境に押しやられている。これを認識していただきたいということです。
 そういう立場から、もっと積極的な考えで国民年金関係者を守るという立場から今後進んでいただきたいという希望を含めて、一言御意見をちょうだいしたいと思います。
#500
○駒井信義君 これは簡単に申し上げて私は皆さんに喜んでもらい、あるいは拍手をしてもらおうと思えば、私はいまの生活保護法を上回るものがあってこそ、ほんとうの国民年金やと、こう思うんですね。ということになりますと、私、先ほどからも言うておりまするように、まあ寺前先生なり、八木先生の話を聞きまして、私、これはだいじょうぶやと思うたんですが、いままで私たちが聞き、考えておるのは、はたしてこの、これだけ積み立て方式をとって拠出をしておっても、いま今日、ここ一年、二年はやれるだろうが、多くの人がどんどん、どんどんこの受給者になってくる。これは事実もう毎年毎年ふえることは御承知のとおりでございまするが、そうなってくると、ほんとうに財源そのものがあるのかどうかと、私は、きょうはものを申すほうですから聞くのはおかしいと思って黙っておったんですが、伊東先生なり、戸井田先生に私はあえて聞きたいと思うたんですが、寺前先生なり、八木先生が、いまのままの掛け金でも十分いけると言われておるのがほんとうかどうか、それがほんとうならこれ、私はまあ政府のほうから立っておっておかしな言い方ですが、ほんとうは私の身分をあかせば、私は民生委員を三十年やって大阪――よけいなことを言うようですが、民生委員の会長もさしてもろうて、社会福祉の市も府も会長さしてもろうておって、ただ国民年金の会長をやっておるということで、こういうことにまあなっておりますけれども、その立場から言うたら、皆さんが言うことを私はもうほんとうは言いたいんですね。これ、こんなことを言うたら、政府のほうにしかられるか知りませんけれども、どない言うて、先ほども何を言うたんやわからぬようなことを言うたいうのは、ほんとうは私の考えとこれは違うんですわ。これはもう正直に言うて、これはあとでしかられるかわかりませんが、私は伊東先生なり、戸井田先生に、寺前先生なり、八木先生が言われておるように、上げなくても、ほんとうにこれはだいじょうぶいけるんかどうかということを、国民の一人としてまずそれを聞きたいと、こう思うんですね。で、もうこれだけ言うたら、もう先生の言うことは、これはあえて言わなくても私はいいと思うんです。立場上言うと、ちょっと私困りますわ。どうぞひとつ……。
#501
○大橋(敏)委員 駒井先生の立場、よく理解できますので、それ以上問い詰める気持ちはございません。ただ、いま先生が、やはり福祉年金で十分増額されて生活できるようなものでなきゃならぬとおっしゃいましたが、国民年金の五年年金ですね、今回は改正されまして八千円になることになっております。昭和五十年から五年年金が動き出すわけでございますが、その昭和五十年になりますと、福祉年金はたしか一万円にすると総理も言っておりますし、厚生大臣も言明いたしました。拠出している側は五年年金で八千円、しかも福祉年金は少ないながらも一万円、きわめて矛盾なんですね。
 そういうことからいくと、人ごとでも賛成できる立場でなかろう、国民年金を担当していらっしゃる会長さんの立場から、賛成できる立場でなかろうぐらいようくわかりますから、これ以上のことはもうお尋ねいたしません。今後ほんとうに国民年金の制度改善のために全力を尽くしていただきたいことをお願いいたします。
 次に、帖佐先生にお尋ねいたしますが、お尋ねというよりも、もうほとんど意見が出尽くしたという感じでございますので、先ほどの御答弁の中で、ちょっと御理解が間違われたんじゃないかということ、失礼ですけども訂正する気持ちで言わしていただきますが、このいまの老人を、いま直ちに救えと、こう言った人は山本正也先生であったと言われましたけれども、そうではなくて、たしか杉江先生だったと思うんですが、この御理解の誤りを正しておきたいと思います。すみません、どうも……。
#502
○帖佐義行君 おっしゃるとおり杉江先生でございます。
#503
○大橋(敏)委員 それではもう帖佐先生からはけっこうでございます。
 次に、戸田先生にお尋ねいたしますが、やはり先生は、今度の政府案はきわめてすばらしい改善であったと、このようにおっしゃいましたあとで、今度の標準報酬の再評価、あるいは読みかえについて非常に高い評価をなさっておったようでございますけれども、確かに全期間の全平均をとってきたことに比べますと、一歩改善であることは私も認めます。全期間といいましても三十二年十月以降のことですけどもね。しかしながら、その算出根拠には疑問もあり、複雑な問題が横たわっているのでございます。
 たとえば昭和三十二年十月から三十三年三月の間のポイントを見てまいりますと、五・五三〇になっておるわけですね。それが修正後は政府案によりますと三・八七に下がっているわけですよ。一体これはどういうわけなんだろうかという、われわれ疑問を抱かざるを得ません。
 政府の説明によれば、三種類の修正内容があります。非常にむずかしいと思います。しかも四十八年四月以降、五年後の再計算期までの間に発生する裁定者の問題については、どのような再評価をしていくのか、まだはっきり言っておりません。だから先生がおっしゃるほどの評価をしていいのか、思いのかという点に、非常に私疑問を抱くわけです。まあ、これまでにないことをやったことについては同感です。よろしいですね。
 それから、もう一つでございますけれども、厚生年金のモデル計算を見てまいりますと、標準額のきめ方が非常に変動をいたしておりますね。いわゆる一万円年金といわれておりましたときは加入者の期間は二十年で計算してきております。それで二万円年金といわれたときには二十四年四カ月、しかもこのときは妻の加給金も加えるようになりました。今度の五万円年金は二十七年ですよ。加入期間をこうふやしていけば、出てくる計算は幾らでも数字が多くなるわけですよね。したがいまして、名目と実質が開いてくるのは当然のことでありまして、こういう中身からまいりますと、やっぱり先生もそんなに腹の底から御賛成なさるような中身ではなかろうと、私、かってに御推測申し上げるんですけれども、いかがでしょうかね。
#504
○戸田和夫君 ただいま大橋先生のほうから御指摘ございましたが、まあ評価は私、これまでの年金に対して二倍半の増額を見たというところに大きく評価しておるわけでございます。
 今回の改正案がどこまでもりっぱな改正案であるとは思っておりません。これは将来大いに検討すべき問題がいろいろあろうと思います。いまのところでは私は高く評価してもよろしいんではなかろうかと、こういうふうに思っております。
#505
○大橋(敏)委員 いままでの現状から見れば高く評価できると、そうおっしゃるならば多少の理解はできます。
 たとえば国際水準からまいりますと、国際水準を私の肩の高さといたしますと、わが国のいま年金水準はひざ小僧程度ですね。これが少し上に上がってきたというだけのことであって、国際水準から見ますと、まだまだ話にならない。それほど評価できるものではないということを、われわれは主張しているわけです。まあ時間がございませんので、次に移らせていただきます。
 坂寄先生にいろいろと御意見を伺いましたので、たった一言お尋ねしますが、この年金水準の問題につきまして、政府は標準報酬の六〇%をかちとっていくような表現をいたしておりますが、ILO百二号条約では、三十年で従前所得の四〇%、ILO百二十八号条約では従前所得の四五%と、こうございますけれども、この関連性ですね、これについて何か御意見がありましたならば、お教え願いたいんですが……。
#506
○坂寄俊雄君 ILOの百二号で四〇%というのがあるわけですが、国家公務員にも四〇%というのがあるわけですけれども、日本の民間労働者の低賃金からしますと、四〇%という形では都合が悪いんだというふうに考えております。
 その点については、そういうことですが、先ほど戸田先生に再評価問題を問題にしていただいたんで、私はこの問題について、ぜひ十五分のときに申し上げたいと思っていたんですが、国会でぜひお願いしたいと思いますが、それはスライド制ですね。あるいは物価スライドにするんだと、これは年金制度そのものの要因によってスライドするんではなくして、物価が上がったという外的条件で、この年金を上げようという形になって、制度内的な要因ではないわけですね。
 ところが、いま再評価の問題ですが、先生のお知りのように、この再評価の基礎としては四十六年、四十七年、四十八年の標準報酬月額の平均をとって、そこを基礎にしてこの掛け金率を出しているわけですが、そうすると最初のあれから言うと五・五八になると思います。厚生省の言っていらっしゃるのは、とにかくいろんな要因から考えて、それに対しては〇・七をかけるから三・幾らになるんだと、そういう説明を厚生省はしていらっしゃるわけですけれども、そうすると来年になりますと、今度は当然四十七年、四十八年、四十九年を基礎にしてやらなきゃいけないわけですね。それで再来年になつたら、今度またこの最初の出発点を変えなきゃいけない、そこのところでのスライドですね、自動的にそれを基礎を変えていくんだということは、何らうたわれてないわけです。ぜひ、これがないと制度内的なスライドというものが保障されませんし、そういう点ではおそらく厚生省の事務当局は知ってらっしゃるんだろうと思うのですけれども、まずスライドということを提起されるんだったら、制度内的スライドとしてのこの再評価、ことしは四十六年から四十八年ですけれども、来年は四十七年、四十八年、四十九年、再来年は四十八年、四十九年、五十年と、そういうような点をきちっとできるような法律的要因がなければ、私はこの外的要因のスライドというのは全く何といいますか、制度的基礎を持たないという点で本末逆になっているという点を申し上げておきたいと思います。
#507
○大橋(敏)委員 時間がないので残念でございますが、そういうことでわれわれも平均標準報酬月額は、被保険者期間であったいわゆる全期間の最高標準月額の三年間をとれば、これは一番いいんじゃないかというような考えも持っております。いまの坂寄先生の御意見も十分踏まえた上で今後の審議に臨んでいきたいと思っております。
 次に、問題の山本先生でございますが、山本先生は日本アクチュアリーの副会長さんですね。私は、それと年金数理を取り扱われる先生が、いまのこの政府案に賛成の立場に立たれているということも非常に疑念を抱いております。むしろ中立ならば、まだわかりますけれども……。というのは、その年金というのは先ほどあなたがおっしゃっておりましたように、たとえば現在のお年寄りは何名おると、何歳から幾ら支給しようかという、これがまずきまらなきゃならぬと思う。そのために保険料を幾ら取ろう、それから積み立て金の利子、あるいは先ほど言われましたように運用収入ですね、それから国の負担、これがきまってくるわけですよ。この関連性があって初めてこの年金制度が動き始めるわけでございますが、要するに公的年金というのは、いまの老人が幾らおって、幾らから幾ら支給するんだということを先にきめることが公的年金制度であるための制約であろうと私は思うんですね。一般の年金とは違うわけだ、公的年金なんですから。ですから、そのためには社会保障としてこれだけの水準は確保せねばならないという、そういう立場からものの考え方に進んでいかなきゃいけないということです。
 そこで先ほど何だかその積み立て方式でなきゃならぬような言い方をなさっておったんですけれども、保険料と財政方式の関係を見てまいりますと、厚生年金の場合平準保険料は千分の百十・八、改正案では保険料は千分の七十九、これは橋本私案では多少低めておりますけれども、この平準保険料に対しましては七割だけを負担します、三割は後代負担ですよと、こういっているわけですね。
 それから国民年金の場合をとってまいりますと、保険料が九百円にも引き上げられるわけでございますが、五百五十円から九百円。で、平準保険料は二千六百円でしょう。したがいまして、これは結局三分の一程度の、まあ九百円に上げたところで三分の一ですよ、要するに大部分は後代に負担しているわけですね。先ほどから申しましたように、もう好むと好まざるとにかかわらず、わが国の年金制度は賦課方式に移行せざるを得ない環境にきているということです。
 そこで、もうひとつお尋ねいたしますけれども、専門的な話だとおっしゃったんですが、年金数理の話が出てきましたですね。これは私は、年金数理というのは年金制度における戦略研究であろうと思っております。すなわち年金数理とは年金制度におけるOR、いわゆるオペレーションズリサーチと私は定義づけてもよかろう、これは専門家の方も言っておりました。そうしてみますと、保険数学の基礎というものは確率論、あるいは数理統計学、微積分学等、こういうものがいわゆる保険数学の基礎になっておりますけれども、当然年金数理も同様の数学の基礎に置かれていることは当然でございます。
 しかしながら、その数学の応用だけでとどまるものではない。私が言いたいのは、ここなんです。年金制度という社会的、経済的な活動を行なう組織が年金数理の対象となっているからであると、私が言わんとするのは、ここなんです。現在の世の中の動きを見てみますと、いまのような単なるその数字の羅列ではいけないということです。
 実は、きょうの新聞にこういうことが載っております。これは読売新聞ですけれども、九百五十万円で余生見ます。東京の新ホーム不安な老夫婦殺到、衣食住つきで気がね要らぬという見出しでですね。きょうの新聞です、朝の……。これを見まして私がびっくりしましたですね。これこそいまの老人の皆さんの心境ではなかろうかと思うんですよ。
 ちょっと読ませていただきますが、九百五十万円で安楽な余生を売ります。東京八王子に八月オープンする老人ホームが、このほど入居希望者を募集したら、押すな押すなであっという間に定員オーバー、身寄りがないはともかく、子供の世話にはなりたくない、このインフレでは小金を持っていても行く先が心配であるなどが理由。この現実、まだまだ老人福祉やインフレへの不安をそのまま反映していまいかと、このような見出しですけれども、この言わんとするところは、先ほど杉江先生がおっしゃいましたように、要するに現在の年寄りがほんとうに安心して生活したいんだという、これはあらわれであろうと思うのです。
 そこで入居者の声を、とありますけれども、子供はいるけれども別居している、子供の家族には独自の生活設計があるだろう、老夫婦がその中に入っていっても、うまくいくかどうかわからない、そんな中で気がねな老後を送るよりは、このほうが気楽だと考えておりますと、元会社員の六十三歳の方。
 今度は、大学教授の六十三歳の方はこう言っていますね。現在手持ちの金が幾らかあるが、あと何年生きるかわからない、インフレ時代でもあるので、こわくて金を使えない、いま妻と二人分の入居権利を買っておけば、死ぬまで食べる心配も医療の心配もない。残りの金で長年の夢であった海外旅行や、好きな本も買える、こういうふうにおっしゃっているわけですね。
 あるいは、子供は戦死してしまい、いまやっているたばこ屋の収入では先行きが心配だと、考えに考えた末、それよりいまの家を売って権利を買い、終生めんどうを見てもらったほうが安心と思うと、七十五歳と七十歳の御夫婦など。
 もうこれがいまの世相を端的にあらわしていることであろうと思うんですね。したがいまして私は、いま修正賦課方式に変えて、そして現実の不幸な、不幸というよりもお年寄りを救済していくべきであると思うのでございますが、時間がずいぶんたっておりますので、要領よく御答弁をお願いしたいと思います。
#508
○山本正也君 ただいま御指摘のございました点につきまして、第二番目の点からまずお答えさしていただきます。
 いわゆる数理というものは戦略研究に用いられるべきものであるということでございますが、これはもう仰せのとおりでございまして、数理というものがいわゆる象牙の塔に立てこもっておるということは非常によろしくないことであるというように私どもも考えておるわけでございまして、いわゆるアクチュアリーといたしまして、こういうような社会保険、その他の分野でも活躍しておる者は非常に多いわけでございますけれども、いずれもそういうような面で鋭意努力をいたしておる次第でございます。
 それから第一番目の点に戻りますが、先ほどどの先生でございましたか、御回答がございましたけれども、私も今回の改正内容と、これでもう十分だというように思っておるわけでは毛頭ございません。少なくとも従前との比較におきまして飛躍的な進歩を遂げたものであるという点につきましては、そういう気持ちを持っておりますけれども、これで終わりであっては私は困ると思っております。
 特に今回の改正案におきましては、先ほども申し上げましたけれども、標準報酬の再評価並びに物価スライド、この二つのもので、これはまあ一つのものになるんだろうと思うわけでございますけれども、先ほども要望さしていただいておりますけれども、この再評価と再評価との期間をできる限り圧縮してほしい、私自身もやはりこのような年金というものは実質的に賃金スライドであるべきだというように心得ておるわけでございまして、今後とも政府のほうも、おつもりといたしましては、その再評価の期間というものを短縮することによりまして、いわゆる実質賃金スライドに持っていかれるというように思うわけでございますし、またそれを要望したいと思っておるわけでございますので、この点は皆さま方とあんまり意見の差はないんじゃないかと思っております。
 それから御指摘のございました点で、厚生年金のほうは積み立ての程度が七〇%である、国民年金のほうにおきましては、その積み立ての程度というものが約三〇%程度というようなことでございまして、国民年金のほうはほぼ賦課に近いではないかという御指摘もございました。この点につきまして、国民年金のほうがあとから出てまいりましたというようなこともございますけれども、私午前中にも触れました点でもございますけれども、現在の厚生年金、あるいは国民年金というものは、いわゆる社会保険ではございますけれども、かなりの部分、いわゆる社会保障的な色彩を持っておるわけでございまして、これはいずれ脱皮いたしまして、先ほども申し上げましたように社会保障ということに一本化せられていくべきものだというように思っておるわけなんでございまして、その点国民年金のほうが現在給付の水準も低い、したがいまして、これはより社会保障に近い線のものであるというようなことで、一応理論的な形といたしまして、厚生年金のほうの積み立ての程度が高いということを了承さしていただきたいというように思っておるわけでございます。
 第三点で御指摘ちょうだいいたしました事項、一々ごもっともでございまして、私どもといたしましても大いにその辺のところを反省し、今後一そうの制度の充実に私ども微力をささげさしていただきたいというように思っておる次第でございます。
#509
○大橋(敏)委員 ありがとうございました。失礼なことを申し上げたことをおわびいたします。
 最後に、もう時間がきておりますので、杉江先生に一言お尋ねしたいんですが、先ほどから制度の統合、斉合の話が出ておりましたけれども、私はこれは非常にいま八種類の制度を統合、斉合するというのは難事中の難事であろうと思います。が、定額部分、つまり生活最低保障年金額を統一していくということは、ある意味では実現可能であると、こう見ているわけです。わが公明党といたしましては、この定額部分は現状では三万円の均一給付額にすべきである、どの制度にもみんなこれを適用するんだと、そういう意味での年金制度の一本化を叫んでいるわけでございますが、これについての御意見を聞かせていただければありがたいと思いますが……。
#510
○杉江雅彦君 私が先ほど申し上げた現行年金制度の基本的な欠陥の中で、つまり幾つもあります年金の間の斉合性ということをやっぱり問題にしなきゃならぬと申し上げましたが、そのときに私は二つの点についてそのことを問題にすべきだと申したと思います。
 その一つが、いまお尋ねの金額、つまり各種年金間に、受給者の受給額に大きくへだたりがあっては困る、そういう点から申しますと、いまおっしゃいましたいずれの年金においても三万円の最低保障という金額を持つべきだと主張しておられるということについては全く同感で、金額はともかくといたしまして、それがまず諸年金の調整の上で一番大きな問題であろうと思います。
 それから二つ目には、私は金額だけでなくて、いわゆるその受給年齢というものをできるだけそろえていくということが望ましいんだということを申し上げました。そのときにそのことだけを申し上げておったわけでありますけれども、この機会にその中身を少し申させていただきますと、つまり、たとえば老齢福祉年金の場合、七十歳。それから橋本私案の場合にはその谷間という形で六十七歳から六十九歳という形で出てきております。で、厚生年金はもう少し早いということになっておりますが、その辺のところを先ほどもどなたかの御発言にありましたように、たとえば六十五歳というものを一つの区切り点にしまして、それからが老齢だと、あるいは老人だというふうに考えるとすれば、そのことがむしろ社会的な通念に近くなっておりまして、六十歳ではまだ老人とはいえない、まだ働き盛りであるというふうな考え方もございますが、そういたしますと六十五歳ぐらいのところですべての、すべてと申しますか、少なくとも老齢の年金に関しましては近づける必要がある、そういう意味でまず老齢福祉年金の七十歳というのを下げる必要があります。
 それからこれは逆の形になるかもしれませんけれども、厚生年金の場合は、これも六十五歳のところへ置けというふうに、だんだんこう近づけるために、逆に言いますと、もう少し上げることも必要かもしれません。ただし、それはそのためには、一つにはいわゆる定年制の問題がございます。この定年制がこれから引き上げられていくということとの関連でしかとらえられないということが一つの制限でございますから、それが一つと、それからその場合にも、やはり減額年金という形でこれは保証するということがつきませんと、いま私申しました厚生年金は、むしろ老齢年金を同じ年齢のところへ近づけるためには、こう両方から下げることと上げることをしなけりゃならない。そのためには厚生年金をむしろ上げるということを申しましたのですけれども、それにはいま申したように、一つにはこの定年制との関連、もう一つには減額年金の制度という形で保障していくということが条件で、そうあるべきだと、こう思っております。
#511
○伊東座長 玉置君。
#512
○玉置委員 私も皆さんに御質問を申し上げたいんですが、われわれはこれから帰りまして、直ちにこの野党の理事並びに国会関係者と明日からの詰めをやる時間が待っておりますので、午前中から非常に御熱心にいろいろと御公述をいただきまして、たてまえ論と現実論、いろいろありますが、年金だけはわが国の社会保障制度のうちで一番おくれたものであることは御案内のとおりでありまして、したがって、どうしてもいままでの考え方の積み立て方式ではほぼ限界にきておるということも国民のだんだんと常識になりつつあるように思います。ここらで発想転換をやらないと事実上皆さんのお考えになっておることができ得ないという段階まできたと、われわれはこういう認識を本日なお深くいたしたわけでありますが、同時に物価値上げの非常にやかましいおりから、われわれがいろんな政策を思い切ってやろうと思いましても、この国民年金制度がある程度充実してないと非常にやりにくい問題が多々ございまして、思い切った掃除といいますか、あれができ得ないので、そういう点からもこの年金制度の一日も、まあまあというところまでなることを心から欲しておるわけでありますが、御開陳いただきました御意見を肝に銘じまして、大多数の国民の皆さんの御希望がかなえられるような段取りにいくように、きょうは与党の団長以下、よくまたお聞きいただきましたものですから、帰りまして、せっかくの御意見を無にしないように実らしていきたいということで御礼を申し上げまして、私の時間を終わりたいと思います。
#513
○伊東座長 それでは大体三時前に終わりたいと、こう思っておりましたので、委員の質疑もこれで終わらせていただきます。
 なお、駒井さんからさっき御質問ございましたが、冒頭申し上げましたように、委員の皆さんには意見開陳者のほうから質疑はしても、それをやっていますと討論になりましてあれですので、やらないことという前提でお話ししましたので、この点は御了承を願います。
 いま国会の委員会では、政府提案の案と、それから八木先生はじめ十六名の共同提案のものが一緒にかかりまして、与党のほうでは政府案にも質問をし、八木先生ほか皆さん方の御提案にも、それが可能かどうかというようなことで質問をしたりですね、また野党の先生は政府案、また野党の提案に御質問をされるというような形で運営をいたしておりますので、きょうここでは別でございますが、御疑問の点がありましたら、別な形式で何か御連絡することができるかと思います。
 最後に、ひとつ皆さま方にごあいさつ申し上げます。本日は午前、午後にわたりまして、ほんとうに熱心に意見の開陳をしていただき、またわれわれの質疑にお答えをいただきまして、心からお礼を申し上げます。
 いま審議はやっている最中でございますので、拝聴いたしました貴重な御意見を参考にしまして、またわれわれはわれわれとして国会の中で結論を出して、よりよい年金制度にしてまいりたいというふうに思っておるわけでございまして、ほんとうに長時間まことにありがとうございました。
 また、昨日から二日間にわたりまして、府庁の方々はじめ関係者の方々には、非常にお世話になりました。これで無事に二日間の健保、年金に関する地方公聴会を終えることができたわけでございまして、私は非常に有意義な公聴会であったというふうに思うわけでございます。皆さまの御苦労と御協力に感謝申し上げまして、私のごあいさつにかえる次第でございます。ありがとうございました。
 これにて散会いたします。
   午後二時四十八分散会
ソース: 国立国会図書館
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