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1972/06/20 第71回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第071回国会 文教委員会 第23号
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1972/06/20 第71回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第071回国会 文教委員会 第23号

#1
第071回国会 文教委員会 第23号
昭和四十八年六月二十日(水曜日)
    午前十時三分開議
 出席委員
   委員長 田中 正巳君
   理事 内海 英男君 理事 塩崎  潤君
   理事 西岡 武夫君 理事 松永  光君
   理事 森  喜朗君 理事 木島喜兵衞君
   理事 長谷川正三君 理事 山原健二郎君
      有田 喜一君    上田 茂行君
      坂田 道太君    染谷  誠君
      床次 徳二君    中尾  宏君
      林  大幹君    深谷 隆司君
      藤波 孝生君    三塚  博君
      山崎  拓君    渡辺 紘三君
      小林 信一君    嶋崎  譲君
      山口 鶴男君    山中 吾郎君
      栗田  翠君    有島 重武君
      高橋  繁君    受田 新吉君
 出席政府委員
        文部政務次官  河野 洋平君
        文部大臣官房長 井内慶次郎君
        文部省大学学術
        局長      木田  宏君
 委員外の出席者
        文部省大学学術
        局大学課長   大崎  仁君
        参  考  人
        (茨城県知事) 岩上 二郎君
        参  考  人
        (和光大学学
        長)      梅根  悟君
        参  考  人
        (東京教育大学
        教授)     大島 康正君
        参  考  人
        (東京工業大学
        学長)     加藤 六美君
        参  考  人
        (京都産業大学
        教授)     佐藤 吉昭君
        参  考  人
        (東京大学教
        授)      高柳 信一君
        参  考  人
        (元お茶水女子
        大学学長)   藤田 健治君
        参  考  人
        (東京大学教
        授)      丸山儀四郎君
        参  考  人
        (評 論 家) 村松  喬君
        参  考  人
        (日本学術会議
        会員)     渡辺 洋三君
        文教委員会調査
        室長      石田 幸男君
    ―――――――――――――
委員の異動
六月十九日
 辞任         補欠選任
  藤波 孝生君     正示啓次郎君
  三塚  博君     地崎宇三郎君
  勝澤 芳雄君     山崎 始男君
  山口 鶴男君     赤松  勇君
同日
 辞任         補欠選任
  正示啓次郎君     藤波 孝生君
  地崎宇三郎君     三塚  博君
  赤松  勇君     山口 鶴男君
  山崎 始男君     勝澤 芳雄君
同月二十日
 辞任         補欠選任
  高見 三郎君     渡辺 紘三君
  安里積千代君     受田 新吉君
同日
 辞任         補欠選任
  渡辺 紘三君     高見 三郎君
  受田 新吉君     安里積千代君
    ―――――――――――――
六月十六日
 図書館法の一部を改正する法律案(内田善利君
 外一名提出、参法第一四号)(予)
同月十八日
 学校給食法の一部を改正する法律案(内田善利
 君外一名提出、参法第一五号)(予)
同日
 浜松市の伊場遺跡保存に関する請願(有島重武
 君紹介)(第七二三六号)
 同(森喜朗君紹介)(第七三三八号)
 国立学校設置法等の一部を改正する法律案撤回
 に関する請願外三件(木島喜兵衞君紹介)(第
 七二三七号)
 同外二件(木島喜兵衞君紹介)(第七三三二
 号)
 同(下平正一君紹介)(第七三三三号)
 同(長谷川正三君紹介)(第七三三四号)
 同(山口鶴男君紹介)(第七三三五号)
 同(高田富之君紹介)(第七四二一号)
 同(山田芳治君紹介)(第七四二二号)
 学校教育の水準の維持向上のための義務教育諸
 学校の教育職員の人材確保に関する特別措置法
 案撤回に関する請願外一件(有島重武君紹介)
 (第七二三八号)
 同外六件(下平正一君紹介)(第七二三九号)
 同(竹村幸雄君紹介)(第七二四〇号)
 同外三件(下平正一君紹介)(第七三三六号)
 同(山口鶴男君紹介)(第七三三七号)
 同(有島重武君紹介)(第七四二三号)
 同(高田富之君紹介)(第七四二四号)
 病虚弱養護学校の設置促進等に関する請願(田
 邊誠君紹介)(第七二四一号)
 同(西岡武夫君紹介)(第七三四〇号)
 横浜国立大学の移転跡地に公立高等学校設置に
 関する請願(大出俊君紹介)(第七二四二号)
 同(石母田達君紹介)(第七三三九号)
 国立学校設置法等の一部を改正する法律案等反
 対に関する請願(稲葉誠一君紹介)(第七三三
 一号)
は本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 国立学校設置法等の一部を改正する法律案(内
 閣提出第五〇号)
     ――――◇―――――
#2
○田中委員長 これにより会議を開きます。
 国立学校設置法等の一部を改正する法律案を議題といたします。
 本日は、国立学校設置法等の一部を改正する法律案審査のため、午前午後にわたり参考人に御出席をお願いしております。
 午前の参考人として、茨城県知事岩上二郎君、和光大学学長梅根悟君、東京工業大学学長加藤六美君及び東京大学教授高柳信一君の四名の方々に御出席を願っております。
 参考人各位には、御多用中のところ、本委員会に御出席いただきまして、まことにありがとうございました。
 本委員会におきましては、目下国立学校設置法等の一部を改正する法律案を審査いたしておりますが、本日は、本法律案につきまして、参考人各位のそれぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただき、審査の参考にいたしたいと存じます。
 これより参考人各位から御意見を承りたいと存じますが、議事の順序といたしまして、初めに参考人各位から御意見をそれぞれ十分程度お述べいただきまして、あとは委員の質疑に対しお答えをいただきたいと存じます。
 なお、参考人各位に申し上げますが、発言の際は委員長の許可を得て御発言を願いたいと思います。
 また、申すまでもないことですが、参考人は委員に対し質疑はできないことになっておりますので、御了承願います。
 御意見は、岩上二郎君、梅根悟君、加藤六美君、高柳信一君の順序でお願いいたします。
 まず、岩上二郎参考人にお願いいたします。
#3
○岩上参考人 私は、茨城県知事の岩上二郎でございます。
 筑波研究学園都市を持つ地元の立場から、二百二十万県民を代表いたしまして、新しい構想によります筑波大学の設置が一日早く実現されますことを期待いたしまして、以下四つの観点から、国立学校設置法等の一部を改正する法律案に賛成の意見を申し上げたいと存じます。
 昭和三十八年の九月、筑波研究学園都市の建設が閣議決定を見まして以来、すでに十年の歳月が流れております。その間、茨城県といたしましては、世界にその類を見ない構想でスタートした日本最大の頭脳センターの完成という政府の力強い力をひたすらに期待し、またそれの完成を信じて、幾多の犠牲を忍びながら、県民あげて誠心誠意努力をしてまいったわけでございますが、ことに千八百ヘクタールに及ぶ民有地の広大な買収にあたりましては、地主はもとより、関係町村が積極的な協力を示しました。
 その間、中村参議院議員あるいは大穂町長をつとめた吉村、成島、さらに豊里町長の久保田、谷田部町長の飯泉、宮本、桜村長の横田、細田、さらに筑波町長の宮本ら八名の町村長と二名の議会議員、県の担当課長、それぞれ相次いで病に倒れ、この世を去るという深刻な事態の中でこれを行なってきたのであります。
 農民から父祖伝来の土地を提供してもらうことの苦悩をあらためて御認識いただきたいと思います。
 最近に至りまして、ようやく国において本格的な建設に乗り出していただきましたが、過密にあえぐ都市の中に埋没しそうになっております研究機関の姿を思うとき、その進度のあまりにおそきを嘆かざるを得ないわけであります。
 申すまでもなく、筑波大学は、いわば研究学園都市の中核的な存在となるべきものと考えるわけでありまして、このような観点から、去る五月の十五日四万人に及ぶところの署名を携えまして、私をはじめ県議会議員あるいは地元市町村長、住民など約五百余名が内閣総理大臣あるいは衆参両院議長、文教委員会に、一日も早く設置をされることを強く要望いたした次第でございますが、このことは地域住民はもとより、積極的に取り組んだ関係町村長あるいは大方の県民の切なる願いであることを御理解いただきたいと存じます。
 特に、医師不足のおりから、医科大学を持たない茨城県といたしましては、筑波大学に医学専門学群が設けられることについて、付属病院の設置とあわせ、ひたすら大きな期待を寄せるものであります。
 第二には、筑波大学は、地域住民に歓迎されるりっぱな大学であってほしいということでございます。
 昨年の秋、私は、西ドイツのボッフム・ルール大学をたずねまして、つぶさに視察をいたしてまいりました。
 その理由は、一つには、ルール大学が西ドイツ最大の大学として、従来歴史的な背景をたどってまいりましたギルド的封建制の反省の中から生まれた大学であること、二つには筑波大学との関連であります。
 大学という制度は、申すまでもなく、真、善、美をより高く、より広く、より深く、自由に探究することを基調としているはずであります。
 ところが、最近の大学のあり方を見ておりますと、このことについて幾多の疑問に逢着するのであります。
 もちろん真理の探究、学問の自由は尊重されなければなりませんし、大学の自治は主体的に確立されなければならないことは当然でありますが、いまの大学に見られるような幾多の問題を改善し、あるいは新しい型の新しい構想に基づく大学がつくられることは、学生の全人格的教育を目ざす意味からも必要であると考えるのであります。
 ルール大学が社会的要請に基づいて、開かれた大学として、創造的知性、そして問題解決的能力を持つ人材の養成をねらっているように、筑波大学も、また社会へ開く大学として、社会人向けの研究科を設けるとか、市民のための教養プログラムの編成とか、セミナーの開催とか、あるいは地域医療との結びつき、あるいはスポーツ施設の開放など、積極的に地域社会の発展に寄与しようと計画されておる点に対し、深い共鳴を呼ぶものであります。
 第三には、ただいま申し上げましたように、筑波大学が開かれた大学として地域社会に根をおろすために参与会を設けている点であります。
 すなわち、大学の運営に、学外の良識ある意見を反映させるため、地域社会から、あるいは他の大学から、あるいは研究機関の関係者や卒業生などからなる参与会を設け、学長の広い視野をささえるという意味での諮問にこたえさせようとする姿勢は、まさに画期的なことでありまして、多くの人々から愛され、親しまれる大学として新たな使命を果たし得るものと期待をし、かつ賛成をしているものであります。
 第四には、現在のわが国の大学を見ておりますと、組織におきましても、あるいは運営面におきましても、一つのパターンしかないと考えられるのであります。これほど大学の多いわが国において、大学のあり方というものが、何も一つのパターンに限られる必要は毛頭ないと考えられます。そこにはおのずからくふうがあり、創造があってしかるべきだと思います。新しい型の新しい構想の大学を創造したいとするならば、とりあえずそれをやらせてみて、結果を見た上で、批判すべきものは批判をし、正すべきは正すべきものではないかと思うのであります。
 現在西ドイツのルール大学では、いま改革のための努力が、ドイツ人らしく着実に進められております。ボッフム市も、州政府も、連邦政府も、ともに力を合わせ、ドイツ最大の大学完成へと、その道を急いでおります。わが国におきましても、マクロ的視点に立ち、筑波大学が地域の知的水準を高め、いまの大学制度への反省を踏まえ、社会的要請にこたえてくれることを切に希望するものであります。
 ぜひとも関係法案が今国会において成立を見、昭和四十八年度開学、四十九年度学生募集が必ず実現されますよう、県行政の責任者としての立場から、県民の願望を結集しまして強く要望いたしまして、私の意見の開陳を終わりたいと思います。(拍手)
#4
○田中委員長 次に、梅根悟参考人にお願いいたします。
#5
○梅根参考人 梅根でございます。
 私は、過去長く東京教育大学に籍を置いております。学部長などをやってまいりました関係がございまして、いわば母校でございまして、母校の運命については非常に深い関心を持っておる一人でございます。
 きょうは、そういう気持ちも中に込めながら筑波大学の問題をずっと見てまいりました者として、若干の意見を申し述べさせていただきたいというふうに思っております。
 経過のことを詳しくは申し上げませんけれども、結論的に申し上げますと、私は東京教育大学に長年勤務いたしておりまして、学内のいろいろな改革にも若干関係をしてまいりました者といたしまして、これまでの、まあ紛争前の東京教育大学がそのまま筑波という地域に移転をし、さらに若干の学部をふやしていくということならば、私は別に異存はございません。賛成なのです。そのままの形で行ってほしい。そうして必要な学部をふやしていってほしいというふうに私は思っております。なぜ、こういうふうな新しい法律をつくっていただいて、姿を変えて筑波に行かなければならないのかということは、私には納得いかないというのが実情でございます。姿を変えると申しますと、いろいろな点が上がってきておるようでございますけれども、私は、学内における研究教育の組織の問題を中心にして、少し意見を述べさせていただきたいと思っておりますけれども、私自身の経験から申し上げますと、私は東京教育大学の教育学部に所属をいたしておりまして、私の専門は、教育学部の中の教育学、教育学科でございまして、教育学部という学部は教育学と心理学と特殊教育学――今度は特殊教育学は障害学というふうになっておりますが、つまり教育学部の三学科、他に芸術学科がございましたが、これはちょっとヤドカリのような形で、将来学部に独立するという意味で、当分教育学部に置いておくということになっておりましたので、本来の教育学部は教育学科と心理学科と特殊教育学科、この三学科から構成されておる学部であったわけです。この三学科が一つになって学部をつくっておるというのが教育学部のシステムでございまして、私はそれで何ら支障がなかったと思っております。
 今度の改革案の一つのポイントは、研究と教育を分化させるということにあるように思われます。そのたてまえから、研究の組織として学系というものをお置きになる。教育の組織として、学群、学類というものをお置きになるというふうな構想になっております。私どもがおりましたときの教育学科という学科は、今度の構想では学系に相当いたします。教育学科という学科があり、心理学科という学科があり、特殊教育学科という学科がありますが、それが教育学系、心理学系、障害教育系というふうに系ということばに変わっております。ことばが変わっておるだけなら、別に変えなくても、学科とおっしゃっても少しも差しつかえないじゃないかと思いますが、何しろわけのわからない系というような表現が使われております。
 ところが、この学系というものは、実は研究の基礎組織であって、教育の組織はそれとは別にあるのだというたてまえになっております。私どもがおりましたとき、私の所属いたしておりました教育学科、つまり今度の新組織でいうと教育学系でございますが、この教育学科は内部が十三講座ございましたから、といっても不完全講座でございますから、全部で三十人足らずの教授、助教授、専任講師という規模でございましたけれども、この諸君が教育学の研究者として絶えず顔を合わせながら、たまには共同研究をしながら一緒に教育学の研究をやってまいりました。と同時に、それはそのまま教育の基礎であって、学科は研究の土台であると同時に、教育の土台である。教育の問題も、どういう講座を出したらいいかといったような問題から始まりまして、つまり教育の中身や教育のやり方については、その学科で十分に討議をしてやっていく。研究と教育が一体であって、そして研究教育の基本単位として学科というものが置いてございます。それは教育大学だけじゃなく、一般にどこの大学も大体はそうだと思います。
 それを、学系は研究の組織にとどめておいて、教育の組織は全く今度は別にできてくるというようなことになりますと、どういう結果が起こりますか、その学系に所属している三十人の教師たちは、これは研究集団であって教育集団ではないんだ。じゃ、教育のほうはどうするかと申しますと、学群、学類というのがございまして、その学類というのは、いまの教育大、私どもの場合で申しますと、教育学科と心理学科と特殊教育学科、その三学科を合わせてできておりましたこれまでの教育学部とほとんど同じ規模でございます。そういうものが学類という形で、これは教育だけの組織であるというふうに定義づけられておる。
 そうすると、教師は研究者としては学系、すなわち教育学科に属し、教師としては学類に属するというふうな、そういう二重組織になっておる。これは分けてみたところで、実際は分けられない。私どもの経験から申しますと、絶対にこれは分けられる性質のものじゃないというふうに思っております。研究と教育とが一体になって、研究者であると同時に教師であるような、そういう諸君が一つのグループをつくって、共同して研究教育を進めていくというのがやはり基本線でなければならないと私は考えております。これを分けるということは、現実には、実際は分けられない性質のものだと私は見ております。
 もう一つ、この新しい法案の特色は、御承知のとおり学類の上に学群というものができます。これは言ってみればインターファカルティー的な文学部、医学部といっておったようなものを、学部をこえた、もっと相互に連絡がある総合的なグループをつくっていこうというのでございますから、これはやはり新しい型の学部といっていいと思います。新型学部であって、学部ではないと言う必要はない。旧型学部もあってよかろうし、新型学部もあってもよかろうし、さまざまの学部があってもいいということであって、学科と学部といういままでのシステム、名前を変えただけでそれを学系と言ったり、学類と言ったり、学群と言ったりして、何が一体成果が前進するかと申しますと、結局何もないと私は見ております。
 ただこの場合、一つの問題点は、やはり人事の問題だろうと思うのです。人事委員会というのができるということになっておりますけれども、人事委員会というのは学系やら、あるいは学類やら、学群やらから出られる委員で構成されるということになっておりますけれども、先ほど申しましたように、私自身の経験から申しますと、教育学科という三十人そこそこの同じ学問の系統に属する学問をしている人たちが集まって、そこで、その学科の中で欠員が生じます場合は、これは相当長時間かけてその学科の内部で審議をするというのが慣行になっております。学科の全員が集まって、いろいろな角度から、次にだれをお呼びするかといったようなことを討論しているというのが実情でございます。それを何か委員会システムに切りかえてしまうことは、つまり学科のメンバーが、自分たちの知らないところで自分たちの仲間をきめられてしまうといったようなことになってくるということが最も大きな問題ではないかと私は思っております。
 私は、学系、学類、学群という名前をお使いになりますならば、それはお使いになってもよろしい。しかし、学系も学類も学群も、これは教育と研究が一体になっておるのであるというように考えてないと大学の経営はうまくいかないというように考えております。そうして人事の問題は、一番下の、今日でいえば学科です、今度の新しい名前では学系でございますが、そこの教師たちが慎重に討論をして人事の問題を審議していくということが基本線ではないかというふうに考えておるわけでございます。
 とりあえず以上のことを申し上げて、一応の発言を終わります。(拍手)
#6
○田中委員長 次に、加藤六美参考人にお願いいたします。
#7
○加藤参考人 東京工業大学の加藤六美でございます。御紹介は東京工業大学ということでありましたが、本日私が参りましたのは、国立大学協会の会長としての意見ということで呼ばれておりますので、その協会の意見ということだけ私は申し上げることができると思います。したがって、個人的の意見は一切申し上げないことにいたします。
 たまたま昨日ときょう国立大学協会の総会をいたしておりまして、きょう私がこちらへ伺いますので、昨日の議題を圧縮しまして、約一時間ほどこの問題について各大学の意見を伺う機会がございましたので、そういうことを含めまして国立大学協会の大体の雰囲気をお伝え申し上げまして御参考に供したいと思います。
 御承知のように国立大学協会というのは七十六の国立大学がございまして、各大学がまた幾つかの学部を持っております。それでたぶん皆さんのお手元にもいろいろな学部から、反対だとかいろいろな意見が参っておると思いますが、私のところにも来ておりますけれども、大体反対という意見が来ておりまして、賛成という意見は活字に載っておりません。また各大学長もそういういろいろな学部をおまとめになるのがたいへんなことのようでございまして、大学協会の総会に来られましても、学長さん自体も自分の大学は反対であるとか賛成であるとか、これははっきり言えないお立場なんです。
 そういうことをひとつ御了解いただきまして、その上に、また大学が七十六寄り集まっておりますので、そういう大学でいろいろな意見の開陳ということは、みんなが顔を合わせた機会にフリーにいたしますが、そこで意見をまとめるとかあるいは総合的な意見を出すとかいうことは、これはできない性格のものであります。また私どももそういうことをしようとは思っておりません。
 そこで、きょうは、まず最初に、きのう出ましたいろいろな意見のことを申し上げますが、もちろん賛成という意見もございます。それから賛成の中には一般法のほうが、いろいろと運用その他において心配であるけれども、というようなこともございますし、またやってみなければわからないんだから、やったほうがいいじゃないかというのもございますし、一つぐらいそういうのがあっても、われわれがやろうとしていることをやってもらえるんだからよろしいということもございます。また一般法につきましては、いろいろな大学がこれからいろいろ大学の頭でやろうとしていることができるような可能性を開いてもらえるような法律であるからけっこうじゃないか、こういうような御意見がございます。
 それから一方においては、これは反対という意見が出てまいります。それで反対というのも、私、総括的に、公約数的に申し上げられることはあとで申し上げますが、いまちょっといろいろな意見があったということだけを先に申し上げます。
 いろいろなことが心配だということですね。これは何事もこれから新しいことは心配な点が多いのですが、そういう、心配だ、心配だ、だからちょっと慎重にやってほしいとかいうことでございます。
 それから一番はっきりしておりました大学の意見は、何かこれは心配な点もいろいろあるので、こういうものをきめるときに、あとの運用が間違いなくできるように、客観的な附帯決議を付してきめるようにしたらどうか、こういうようなことでございます。
 それから、これはかなりそういう意見が出ましたが、この法律が一緒になっておりますために、医科大学の設置がおくれておる。何か医科大学のほうは問題が少ないならば、そのほうを早く国民の理解を得るようにつとめていったらどうかというような御意見もありました。
 そういうふうにいろいろな意見が出ました。これは私が申し上げなくても皆さん御推察のとおりでございます。しかし、国立大学協会として申し上げられますことは、これらの共通な部分だけを取り上げますと、たいへん皆さまには不満足でございまして、初めから賛成ですとか反対ですとか言えないので、たいへん私、申しわけないのでございますが、きょうは、資料が少ないので、一応読みますが、あとで必要な方にはこの資料を差し上げることができると思います。
 これは三月十五日に会長談話としてすでに発表されておりますので、新聞でも御存じのことかと思いますが、きょうのこれからの話題の提供のために一応これを読ましていただきます。
  このたび筑波大学の新設に関連して、国立学
 校設置法、学校教育法および教育公務員特例法の
 改正法案が、国会に提出された。この法案は、
 大学の今後のあり方に大きな影響を与えるもの
 であり、国立大学関係者としてこれに対して強
 い関心をもたざるをえない。
  まず、大学の研究教育組織としては、これま
 で、研究と教育を統合する学部組織がすべての
 大学に置かれていたが、学校教育法の改正で、
 大学により「学部以外の教育研究上の基本とな
 る組織」を例外的に置くことができるものとさ
 れている。その具体的形態は法案では明らかで
 なく、それが研究教育組織を各大学で自主的に
 改革する道を開くことになるかどうかは、その
 運用にまつほかはない。ただ、筑波大学では、こ
 の規定をもとにして、教育組織としての学群と
 研究組織としての学系をはっきり分離すること
 としているが、このような組織のもとで研究と
 教育がそれぞれ十分な機能を発揮し、その責任
 を果たしうるかについては、制度的に疑問がな
 いわけではない。
  つぎに、大学の管理運営については、学校教育
 法の改正により、大学に副学長を置くことがで
 きるという一般的な規定を設けるものとされて
 いる。これは、学長の補佐機関を置いて大学の
 管理運営の効率化をはかろうとするものである
 が、その権限など学内の位置づけとその機能に
 ついては問題がありうる。ことに筑波大学では、
 五人の専任の副学長を置き、教員の人事権を教
 授会から五人の副学長の加わる人事委員会に移
 すことなど、大学の管理機構を学長を中心とし
 ていちじるしく強化しているが、このことは、
 学外者による有力な参与会の設置とあいまっ
 て、大学の自治に大きな変化を与えるものであ
 り、大学の研究教育の自由がそれによってそこ
 なわれることがないかという疑念をいだかざる
 をえない。
 以上各論でありますが、これから申し上げますことが大体きのうの大学長の集合でもほぼ一致を見た点でございます。
  大学改革は、もとより各大学の自主的な努力
 に基づいて多様な可能性を含みつつ推進される
 べきものである。筑波大学も、その計画が関係
 者の協力によって進められるかぎりにおいて、
 その試みの一つと見るべきものである。われわ
 れは、上記のような疑念をいだきつつも、この
 ような試み自体に異議をさしはさむものではな
 く、これを見守っていくこととしたい。
 それからさらに次のことが、これは各大学長からいずれも同じように言われたことでございます。
  しかし、今回の改正法案は、大学改革の多様
 な可能性への展望を開くという点があるととも
 に、これが筑波大学に焦点を合わせたものと
 なっているので、この改正が、予算措置等を通
 じて他大学を筑波大学方式へと誘導するものと
 なってはならないし、これと異なる改革の試み
 に対して制度や予算・人員などのうえで、十分
 な配慮をすることの妨げになってはならない。
 われわれは、法案の審議においてこれらの点が
 明らかにされることを期待するものである。これが共通の点でございます。
 要約いたしますと、筑波大学そのものは、関係の方が熱心に研究してやって、新しいものを開発しようとしておられるのですから、国立大学は何も言うことはないじゃないか、やってもらったらいいじゃないか、しかし、そういうことに一般法律がついておりますので、今後われわれがいろいろな努力をしてあらゆる可能性を試みようとするときに、何かある一定の方向にだけ予算がついたり、そういう方向以外のことはたいへんやりにくくなるようなことは困るので、それをひとつお願いしたい、こういうことでございます。
 たいへん恐縮でございました。(拍手)
#8
○田中委員長 次に、高柳信一参考人にお願いいたします。
#9
○高柳参考人 高柳でございます。
 ほんの二、三のことを御指摘したいと思います。
 一つは、筑波大学をめぐる議論をいたしますと、賛成の方々から、あるいは消極的な形にせよ賛成の方々から、こういう大学もあっていいのではないか、そういう多様な大学の一つとしてこれを認めたらどうか、そう反対反対と言うのはおかしいではないか、こういう御意見を伺います。これはおそらくもう少しざっくばらんにその方が言われれば、大学人は、大学改革をやるということをしきりに言いながら、ちっとも大学改革を実らせないではないか、そして一つの大学が大いに議論をしてやっとこういう改革案として筑波新大学をつくろうという結論に到達すると、寄ってたかって反対だということを言う、改革もできないでほかの新大学に対して非難をするというのはおかしいではないか、こういう逆の非難の意味を含めての御意見だろうと思われます。私はこの点が筑波新大学をめぐる問題点の中で、非常に重要なポイントを突いていると思います。
 それから、あとでこれと関係づけますが、第二に、筑波新大学の法案、構想を見ますと、私どもとして大いに賛成といいますか、改革をそういう方向に持っていこうとして実現できなかったことが多々ございます。客員教授制をとって大いに教員の交流を盛んにする、国内だけでなくて、国際交流、学生も教員も国際交流を盛んにする。それから学生がほかの大学の講座を聞けるように単位の互換性、これを大いにやる。それからプロジェクト研究については、現在ですと特別事業費とか臨時事業費という形で、非常にひものついた、つまりある形になるものを研究プロジェクトとして掲げませんと金がつかないのですが、研究事業費という形で大いにそういうプロジェクト研究を推進してあげよう。それから博士課程の院生、これは現在無給でありますし、それどころか授業料を払わなければならないのですが、新大学では大学教員の研究教育活動の協力者あるいは補助者として若干の給付も与えて大いに研究を伸ばしてやると同時に、教員の研究教育活動に協力してもらうということ、あるいは大学施設を地域社会に開放する、あるいは博士課程五年一貫を実現する等々、たいへんプラスの改革方向が出されております。
 しかし、新大学には、こういう面と、もう一つは、やはりまさに管理制度を変えないと実現できない、参与会、副学長等学外者の大学管理参加、それから教授会自治をそのものとしては否定しまして、人事委員会のほうに人事権を上げるという、こういう面、つまり二つの面があると思います。
 そこで、最初に申しました、こういう改革もあっていいじゃないかという、この点で私が非常に重要だと思いますことは、大学自治の重要な内容として、財政自治権というものが非常に重要だろうということでございます。つまり、研究とか教育とかいうのは、国家社会から一方的に多額の資金をもらいまして、それをいかに教育と研究の論理に従って使うかというところ、そこに学問の自由の一番核心があるわけであります。
 ところがわが国の議論では、しばしば、大学あるいは大学教員がどういう研究をしようが、それは大いに自由を認めます、そういう意味で学問の自由を尊重する議論を必ず吐かれると同時に、他方、国民の税金を使って国立大学を設置し運営していく以上、国民の政府としての政府が、そのお金の使い方については責任を負うといいますか、同時に発言権を持ちますぞ、こういう形になるわけであります。今度の新大学の場合にも、そういうことがかなり出ていると思います。
 これはわが国ではかなり常識的でありますが、他方、ほかの国の制度などを見ますと、実は全く違う考え方が学問の自由の内容として重視されている。つまり財政自治権が重視されている。たとえばアメリカの州立大学、これはわが国の国立大学とほぼ同視していいと思いますが、そのうちミシガン州立大学、カリフォルニア大学、ミネソタ大学等々では、州憲法で憲法上の独立法人としての地位を保障しておりまして、こういう州立大学には、もちろん総額は州議会が決定しますが、その総額のきめられた大学予算は、ほぼ白紙小切手として大学側に渡される、つまり一講座をふやすのについて州政府の文部当局の承認を得なくてはならないとか、研究と教育の配分とか、学生数とか、どういうプロジェクトをやるとか、どういう授業をやるとか、州議会が大学予算を可決する際に、立法府ですらそれについて一々費目を限定する、つまり平たく言えばひもをつけたら違憲になる、まして行政府が大学の予算を研究教育上に使うについて一々対象、方法等を特定したら違憲になる、こういう議論が定着しているわけであります。つまり、大学自治という場合に財政自治権が核心になる。で、お金の問題は政府が統制します、その中でどういう研究をしてもよろしいというのではないというところが問題であるわけで、そこがわが国と非常に違うわけであります。
 時間がございませんが、イギリスで新大学、サセックス大学以下六〇年代に多くの大学をつくっておりますが、これも大量の国家経費を投入しております。しかし、そのつくり方は、UGC、大学補助金委員会という大蔵省の下部の委員会、これは学者、研究者よりなるわけです、大学人よりなりますが、このUGCが新しい大学づくりについては全権を与えられ、しかも、UGCが学者、研究者よりなる新大学の計画評議会に計画の全局面にわたって大幅な自由を与えております。こういう形で、おそらく運用経費の八、九割を国庫補助金によるところの新大学がつくられている、そこが非常に注目すべき点だと思われます。
 そこで、先ほどの新しい大学、筑波大学については私どもの観点から見ますと二つの問題がある。一つは、私どもが改革で追及して実現していないこと、それは端的に申せば、国家の財政統制権が強くてそのためになかなか改革として実現できなかったことであります。客員教授制とか、国際交流とか、博士課程の院生の教員研究教育の補助とか、博士課程の院生に給付を与えるとかそういうことであります。他方において、学外者の大学管理参加という問題を含んでおる。
 これはさらに具体的に申しますと、筑波大学のある推進者とお話ししましたとき、これは大学自治の拡大なんだ、いまの大学は一講座、一研究施設をつくるにも文部省に数年交渉して、やっと何々講座と名前のついた、つまり使われ方のきまった講座をとってくる、しかし、新大学はそうではないのだ、十なり二十なり三十なり一括文部省から教員ポストをもらいまして、その使い方をどうするか、物理に重点を置いて使うか、都市工学にやるか、あるいは公害研究に使うか、あるいは社会保障に使うか、これは大学が自主的に決定するのであるから、あなた方は大学自治の侵害だというけれども、新筑波大学で大学自治は拡大するのだ、こういうことを言われました。私は実際にはそうなると思います。そのとおりだろうと思うのです。しかし、なぜ旧大学といいますか、ほかに七十五ある国立大学においてそれだけ予算の統制権が強いのに、新大学だけはそういうふうに大学自治が拡大するのか、そこにこの法案の非常に大きな隠れた問題点があると思います。
 つまりことばをかえて言えば、文部省あるいは国の大学自治についての考え方は変わっていないわけですから、新大学について、こういう形で旧大学が求めてやまなかった改革を実現させ、ある意味では大学自治を拡大する、それにはお返しが要ろう、あるいは国家として、政府として心配がないという保証がなければならない、それが学外者の参加ということであろう、これは新大学のつくられ方を非常に関心を持って見守っていた者としては非常に思い当たる点があるわけでございます。
 教育大学が単純に筑波学園都市に移るのではない。ここで大学の体質変化、体質転換ということをめぐって学内で熾烈な討論があったわけでございます。そのいきさつは、学外者の私どものわからないことが多いのですが、結果だけを見ますと、ある考えの方の人は切られた、つまりそういう大学体質転換に反対の人は切り取られまして、賛成者だけがここで新大学へ移ろうということになった。ここに価値観の一元化ということを見のがすことができないわけです。
 なお、こういうことを筑波新大学の推進者と話しておりましたら、そんなことはない、移転賛成派の中にも意見の対立があって、現に学長不信任というところまでいったではないか。私はこれは逆だと思うのです。価値観が一元化して、なおそういういざこざが起こるというのは見苦しいことなのであって、価値観をめぐっての学者同士の熾烈な意見の交換、この一方を切り捨てて新しい大学に移るということは、先ほど言ったような意味でいえば、国家の側からしますと、新しい大学について一つの保証を与えてくれる、ある心配が切り捨てられる。そこでほかの旧大学には認めないようないろいろな改革を存分に与えているということになりはしないか、その点を非常に危惧いたします。
 なお、新大学においての教員会議の意向は最大限に尊重されるのだ、それを一々踏みにじって、人事委員会がかってに人事をするというようなことはあり得ないというふうに反論をされます。私はある意味では、そのとおりであろうと思います。百のうち五つでもそういうことがあったら、これはたいへんでありまして、おそらく教員会議から上げていった人事が、上の人事委員会や学長ではねらわれるのは百に一つか二つもないのではないかと思います。しかし、問題はその一%、二、三%のところであります。
 アメリカの大学では、わが国でいうような意味での大学の教授会の自治はないといっていいかもしれませんが、慣行としてかなり教授団の意向は通るようになっております。しかし、アメリカのある学者は、アメリカの大学のファカルティー、教授団は強力である。パワーフルである、しかし、オートノミーを持っていない、自治権を持っていない、この二、三%のところでアドミニストレーションの意思が貫徹する、これがアメリカの大学の欠陥として非常に重大なんだということを言っております。つまり、そこで大部分の場合には、教員の意向が重視される、尊重される、しかし、決定的なところでは管理者の意思が通る、この体制が確立しておりますと、こういう発言が出てくるわけでありますけれども、ある大学人は自分のところの大学では、学問の自由についての侵害事件はほとんどないと言っているわけです。しかし、その発言者は、それを憂えているわけです。なぜならば、教授選任にあたってわれわれは非常にケアフルであるから、つまり、そういう管理者にたてつくような、そういうものは教授選任の際にスクリーンしてしまう、だからアメリカ式の大学では、学問の自由侵害事件というものは、それこそ百に一つも起きないわけです。起きないということは、実は最後の数%のところでアドミニストレーションの意思が貫徹して、見せしめとして教員の意思が踏みにじられる、それが過去十年前に一つあればいいわけで、そういうことにならないようにファカルティーの意思が従順になっていく、つまりファカルティー自身が教授の選任にあたって、そういうメンタリティーになっていく、そこがアメリカの大学の体質として非常に問題なのだということを言っているわけであります。
 私は、新大学は新しい大学改革の一つのやり方として認めたっていいではないかという考えについては、大学の自主財政権を認めない形での現在の大学行政、大学財政のもとで、こういう内容的には幾つかのメリットを持っている大学をつくることは、結局において他の大多数の大学に対する国家の財政統制権を強化する、そしてその財政統制権を使って気に入った大学ならつくれる、しかし、気に入らない改革案に対しては従来どおりはねのける、そういう体質を再確認し、強化するだけだろう、それを非常に憂えるわけでございます。
 以上で終わらせていただきます。(拍手)
#10
○田中委員長 これにて四参考人の御意見の開陳は一応終わりました。
    ―――――――――――――
#11
○田中委員長 引き続き質疑に入ります。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。林大幹君。
#12
○林(大)委員 私は、自由民主党に所属する林大幹議員でございますが、本日は、参考人の諸先生には御多忙のところたいへんありがとうございます。
 私に与えられた時間が制限されておりますので、せっかく御令名の高い参考人の諸先生方においでいただきましたこの機会ですので、つぶさにお伺いしたいと思っておりますけれども、そのようなわけで、時間の制限上そうもいきませんので、私は大きく一つにまとめて御意見を伺いたいと思うのでございます。
 と申しますのは、筑波大学の創設につきましては、当然この委員会においていろいろな疑問点が解明されていかなければならないのでありますが、その中の疑問点を大別しますと、一つには、研究教育の新しい組織上の問題についての疑問であろうかと思います。
    〔委員長退席、内海(英)委員長代理着席〕
それから他は、この大学の管理運営についての機構上の問題にからむ疑問であろうかと思います。
 そこで、時間の限りがありますので、副学長あるいは参与会、人事委員会等、その他の創設されるべき管理運営の機構より見て、これらの機構が大学の自治、学園の民主化というものを阻害するのではないか、そういう疑問が一部にあるということでございまして、私の耳にもそれが入っております。そこで、こういう機構がほんとうに大学の自治あるいは学園の民主化、はたしてこういうものを阻害すると思われるのであろうかどうか、こういう点につきまして、参考人の岩上先生にお伺いしたいと思います。
#13
○岩上参考人 私、発生経過の原点から考えてみた際に、教育大学の内部から、こういう非常に積極的な、新しい時代に即応できるような大学を、そして日本で百有余年の歳月をけみして相当時代にマッチしないいまの大学の運営を、この際に筑波に移転することを契機に新しい大学をと、こういうようなねらいの上に立って自己改善案というか、そういう一つの姿勢をつくり出したということで非常に評価をいたしておるわけであります。したがいまして、従来の学部、学科というもの、その教授会、こういうようなものの中からやはり一つの反省として学系、学群、こういうようなものをつくり出し、それを総合的に大学の運営としてまとめ上げようとしている中に、人事委員会とかあるいは参与会、こういうようなものが設けられたと思いますが、しかし、中をいろいろと伺っている中において、学内の自治権はむしろ拡大の方向に、そしてそれがやはり一つの新しい考え方として大学の自治、これを守っていこうという姿勢の上に立ってその運営をするわけでございますので、その運営のよろしきかどうかということが非常に危惧されている問題の一つであろうと考えられるわけでありますが、これは教育大学の学長さんのいろいろなお話を承っておる中で、この運営は従来の教授会の拡大、こういうこととあわせて、ともすれば象牙の塔にこもりがちな大学、これがやはり市民社会の中にどんとおりて、そして市民とともに勉強をする、それから時代の変化、これがきびしいわけでありますが、その変化の中に、やはり学校全体が世界の大学人の求めている方向なりあるいは日本がこれからどうあるべきかという、そういう問題についての科学的な討議を積極的に進めていくためには、従来の組織ではだめだ。したがって、やはり開かれた大学としての方向を求めたい。そういう中に、学生参加の方向も出ておりますし、それから大学人としてのかまえ、これがやはり総合大学としての行き方というものを追い求めながら進めていこうという体制にあるということについて、私は地元との関係もございますけれども、やはり大学がただ単に雲上人というか、そういう形で存在し、そこにあごひもをつけた守衛さんが回っている、そこにはなかなかはいれない、こういうふうな中で顕然と画然と社会と大学が隔離されている。これは大学の自治を守るということと、この現在までのスタイルというものが一体どうなのかということを考えるわけでありますが、それらはどんなになるかわかりませんけれども、しかしこの社会の中にぐんぐんと入り込もう、そうしてやはり社会のニードをとらえ、そして市民のいろいろな問題点をそれぞれの学問の形態の中にキャッチをし、そしてそれらが学問的な真理の探求の上に十分に役立ち得る、こういうものであるならば、私は参与会の制度というものはきわめて画期的あるいはむしろおそきに失しているのではなかろうかとさえも感じておりまして、開かれた大学という意味は非常に私どもの共感を呼んでおる次第でございます。
#14
○林(大)委員 どうもありがとうございました。
 実は同じようなことで加藤先生にお伺いしたいのでありますけれども、学校教育法の五十二条に大学の目的が定めてございます。これはもう諸先生方御案内のように「学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させること」であるというように規定してございますが、この大学の目的に忠実であるという、そういう範囲内で学園の民主化あるいは大学の自治というものは達成せらるべきものではないのだろうかと私は考えるのでありますが、たいへん陳腐な議論を質問の中に展開するようでありますけれども、私はやはり人間に心がある以上は、人間は常に自由を求めてやまないものであるということはもう偽りない姿だろうと思います。ただ、しかしその中で個人の自由というものが無制限に満たされてよいという、そういう社会も集団も、当然国家もないわけであります。必ず、ある社会、ある国家の存立活動のためには、その構成員である個人の自由は、ある種の制限がこれに加えられなければならないと思います。
 たとえば、この場には似合わないことでございますけれども、世界の最強の一つであるソ連の憲法などを見ましても、ソ連の市民に言論あるいは出版あるいはそのほかの数々の自由を保障してはありますけれども、その自由は、あくまでもソ連の社会主義制度というものを堅固にするという目的の中で、はじめてそういう自由が保障されるということを憲法に明記してございます。
 また、昨年の中華人民共和国とわが国との国交の問題から見ましても、非常に中国に対する関心というのは高うございますけれども、この中国の古代社会においても、というのは、古代社会のことを持ち出す理由というのは、最近アメリカの著名な学者が相当数多く中国の古代の姿を研究しておられます。その中で、個人の自由と、社会の構成員としての自由の限界というものを、やはりその当時から示されております。その一つの表現が私は礼儀三百威儀三千と言われた礼の論ではないかと思っております。と申しますのは、礼の本質というのは個人と集団あるいは個人が構成する個人と社会あるいはもっと機械的に見まするならば部分と全体、そういうものの大きな調和を映し出す、それが礼の基本であろうと私は思っております。
 たとえば私はきょうここで委員長よりある時間をいただいて、いま参考人の先生方にお伺いしておるわけでございまするけれども、私がかってに、自分の言いたいままに、時間がたとうとどうしようと続けていくということになりますると、私がやはり委員会全体の調和を破壊するということになりまするので、私としては、お伺いしたいことがありましても、時間が来ればやはりそのとおりに態度をはっきりしてやめるということになるわけでありまして、こういうことがやはり一つの礼であろうと私は思うのでありまするが、そういうように個人の自由というものを認めつつも、それはあくまでも社会全体の調和の上に立って認められるものであるということを示した礼の基本というもの、これはやはり学問の自由を基調とした学園の民主化あるいは大学の自治ということを見ましても、それらはすでに日本の中におきましても、日本国の憲法を最高法規として、それから生まれてきておる学校教育法、その五十二条に大学の目的が定められておる。そういう範囲内で当然学園の民主化あるいは大学の自治ということがあろうと思うのであります。
 こういう意味で筑波大学でいま構想されておりまする運営管理、それらの機構が、はたして先生方のお考えになるような大学の――先生方にたいへん失礼でございますけれども、いま一部に疑問を投げかけられておるような大学の自治というものを侵すものであるのかどうか、こういう点につきましてはただいま加藤先生は工業大学の学長としてではなく、国大協の責任者というお立場できょう参考人にお立ちになっておられるということでございまするので、たいへんこういう質問にはお答えにくい点があると思いまするけれども、お答えになれる範囲でお願いしたいと思います。
#15
○加藤参考人 いろいろとお教えいただきましてありがとうございました。おっしゃるとおりでございますが、これは国大協としてちょっとお答えが――国大協はそういう連合体の組織のあれでございますので、もしよろしければ工業大学の学長として……。
#16
○林(大)委員 それでは、工業大学の学長というお立場でお願いでさましたら、なお幸いでございますので……。
#17
○加藤参考人 国大協は、きめたことでないとしゃべれないことになっておりますので、そのテキストをきょう持っておりませんので、そういうことで……。
 おっしゃるとおり、私もそういう礼とか、いわゆる人格的な教育という点は必要だと思います。そしてこれは、従来は大学においては学生に指導教官というのがつきます。これは入ってきたときから卒業するまで、いろいろなこと、学問のことにも、あるいはすべての生活のことにも、相談に乗るような指導教官がございます。それから大学全体としてはどこの大学にもきっとございますが、学生相談室というのがございます。あるいは、少しシリアスな学生のためにはカウンセラーをつけることもできます。
 そういうことで、まず悩みのほうはあれいたしますが、さらに指導からいえば、私はやはり教官の選考に、りっぱな方を選考する、そしてその教官が学生と授業、演習、実験その他で接しておるその間において、そういう指導ができる。またセミナーあるいは組み分け講義とかいうものをいたしますが、これは教官が一人一人と話し合いながら進めていくものでございまして、そういう機会においてりっぱな教官からりっぱな学生にしつけを与えていく、こういうことでございます。
 したがって、これは現在の規則でもよく行なわれておる大学もありますし、また行なわれていない大学もございます。ですから、こういうことは組織、制度の問題ではないので、するかしないかの問題でございます。
 したがいまして、今度の筑波の制度、いろんな制度もございますが、それも私どももかねていろいろしたいと思っておるようなものもそこに入っております。しかし、これは制度をそういうふうにきめたからそういうふうにできるというものではなしに、たとえば現在私どもの大学では、いままでの制度でありながら学科、学部の壁は撤廃いたして、一貫した教育、そして研究も一貫してやっております。そして教育については教育の一つのグループで検討し、研究については研究のグループで検討し、結局、筑波でやろうとなされておるようなことの方向に、かなり試みております。
 したがって、筑波のほうで今度そういうものがはっきり分かれましても、もし運営あるいは人事において旧態依然たるものがあるならば、かえって行なわれにくくなりまして、結果がよくないということでございまして、あるいは参与会にいたしましても何にしても、結局は人事、どういう人を選ぶか、これをほんとうに大学が責任を持って、この人に腹を割って相談できる、そうしていけば必ずいい大学ができるのだと責任を持って人事を選考され、そして運営を責任を持ってやられるならば、どういう組織でもできます。したがって、今度の筑波の組織も一つの試みとしておもしろいのじゃないか、これは私の個人的な意見になってまいりましたけれども、そういうことでございます。
#18
○林(大)委員 たいへんどうもありがとうございました。
 時間が参りましたので、最後に一つ、これは梅根先生にお伺いいたすことになりますけれども、たいへんいま大学の先生方は、過去においても、大学の紛争をいかに収拾しようかということで、それこそ骨身を削る御苦心をなさっておるだろうと思います。そうしてまた紛争大学の運営管理を正常化する目的で大学の運営に関する臨時措置法も定められておりまして、この一両年はそういう意味においては非常に紛争もなくなってきておるようには見えます。
 しかしながら、そうでありますけれども、やはり振り返ってみますと、たとえば昭和四十五年の八月に行なわれた法政大学の事件、あるいは四十六年十二月の関西大学事件、あるいは四十七年十一月の早大事件、あるいはまたそういうものを含めて学生間のリンチ殺人事件の中で、この五年間に十一名ぐらいの死者が出ておるようでありますが、そのほかにもまた過激派による爆弾などの、あるいはまた火炎びんなどの事件もございましたけれども、こういうことにつきまして、これが最近は低調になってきておるとは言いながら、なおかつその底流には、一般に六流二十四派といわれる各派閥が分かれながら、組織再建に陰に陽に奔走しておるという実態もございます。
 こういう点につきまして、大学の自治あるいは学園の民主化を貫くという面から考えまして、このような行動に対して梅根先生はどのようなお考えをお持ちでございましょうか、簡単でけっこうでございますので、一言お漏らし願えたら幸いと思います。
#19
○梅根参考人 たいへんむずかしい御質問でございますけれども、私の大学にも若干、紛争と言えるかどうかわかりませんが、議論がございます。
 私の大学の場合には、大学当局と学生集団との間に争いがあって、それで何か学生集団のほうに、大学当局に要求があって、その要求を貫徹させるために一部の学生集団が抗議をし、あるいは団交を申し入れるという形ではなくて、むしろ学生相互の間における党派的、派閥的の争いというのが主でございました。これは大学当局としましてはそういうことはないことを期待しながら、絶えず学生たちと話し合いをしながら、争いは言論で解決をしろということを説得をしていくという努力をしていっておるわけでございますけれども、なかなかそうはいかない。若い者の間で起こってくるそういう党派的な争いというものは、全く暴力的になっていく可能性を持っておりますから、これは実際問題としては副学長を置きましても、だれを置きましても、まあ言ってみれば、そういう問題は激化してきますときには、これはもう治安当局の力以外にないと私は見ております。学内でやりますことは、そういうことが起こらないように説得をして、争いは議論で争っていくのだというムードをつくっていくということに全力をあげていくことしかない、そのことに徹底すべきであるというふうに私は思っております。
 以上でございます。
#20
○林(大)委員 どうもありがとうございました。
 時間が参りましたので、質問を終わります。
#21
○内海(英)委員長代理 嶋崎譲君。
#22
○嶋崎委員 私、社会党に所属しております嶋崎譲でございます。私に与えられている時間は五十分でございまして、いろいろお聞きしたいことがたくさんございますが、かいつまんでいろいろお聞きさしていただきたいと思います。
 最初に、梅根先生にお伺いさしていただきたいと思うのですが、先ほどの梅根先生のお話では、いままでの日本の大学は、研究と教育が一体になっている、そういう学部というものを中心にした教育のあり方、研究のあり方であった。ところが、今度の筑波大学では、研究と教育を分離する、そういう考え方に立って学系、学群ができて、教員の組織も分かれるというような新しい形をとったという点についての御批判をお聞きしたのですけれども、この筑波大学の学系と学群に分ける考え方を理由づけまして、政府当局や文部省でいっている理由に、次のような理由があがっております。
 つまり、昔の大学ですと、真理を探求するかなり高いレベルの学生、エリートの学生が大学に進学をしてきた、だから真理を探求するという大学のたてまえに立って、研究教育を一体にしていくということが学生の水準にも合うし、同時にまた教官もそういう学生の水準に合わせる研究教育の体制をつくっていくという形で、研究教育の一体が可能であった。
 ところが、最近は大学への進学率が非常に高くなってきて、大学自身が、ことばをかえて言うと、大衆化してきている、国民の四人に一人が大学に行くようになってきますと、昔のように真理を探求していく学生というよりも、一般社会に出てすぐ社会に役立つような技術や職業的なものを身につけていく、そういう意味で学生のいわば教育水準が、昔から見るとレベルダウンしている。だから、そういう意味で大学の大衆化というところに合わせて教育という側面を考えなければならない。そこに学群といわれる考え方の出てくる一つの理由があるのだ。
 もう一つは、しかし日本の経済の高度成長等々にあらわれておりますように、生産力をささえる科学技術というものが非常に進んできた。また専門化が急激に進んできている。したがって、その時代の要請にこたえて科学的な研究、技術研究を行なっていくためには、高い水準の研究者集団というものが必要になってきている。だから、一方では学系的な研究者集団と、片一方では大衆化した今日の大学に合わせてのいわば学群的なものに機能を分離していくということを、いまの現状の中ではやらなければならない、それが筑波大学の一つの構想の考え方だ、こういうふうな説明が行なわれておりますが、こういう考え方に対して、梅根先生の研究と教育を一体にという考え方でいった場合にはどういう御意見になるか、お伺いさせていただきたいと思います。
#23
○梅根参考人 御質問の点につきましては、私はこういうふうに考えております。大学の大衆化に伴って、また一方では科学技術研究の高度化に伴って、研究と教育を分化させる必要があるのだというようなことがかなり広く言われております。しかし、考えてみますと、やはり研究者であるということと教育者であるということとは――おれは研究は好きだが、教育はきらいだという方がいらっしゃいます。学生に講義をするなんかもうまっぴらだ、おれは研究室に閉じこもっておりたい、こういうふうに考えていらっしゃる方があって、かりに教育をお願いしても、それはいいかげんで、やる気がしないという方もいらっしゃると思うのです。そういう方は研究機関でまっすぐにお働きになればよろしい、私はそういうふうに思います。いやしくも大学の中におって、学生に接するという場にある以上は、研究者であると同時に学生に接することの好きな人ということが、大学人としての条件ではないかというふうに私は思います。おのずからその重点がどこにかかるかということは、その人々によって多少の違いはあるだろうと思います。けれども、原則的にはやはり研究者であることがよき教育者であるということになり、やはりすぐれた研究をしている人たちの研究の成果や苦心を学生に語って聞かせることが、学生にとっては非常にいい教育になるということではないかと私は思います。
 教育大学におりましたときに、一般教育改革委員会というのがございまして、一般教育をどうするかという議論をいたしました。今度の筑波大学は、私が一般教育改革委員会の委員長をしておりましたそのときの結論にある程度近づいております。つまり、教育大学は教養部は置かない、一般教養は全学の教員がみんなでやるのだというたてまえを確認しておりました。その点は、今度の筑波大学法案はそのまま生きておりまして、その点は私はけっこうだと思っております。
 ただ、こまかに申しますと、学群ごとに一般教育をおやりになるというような形になっておりますから、その点には問題があると思っておりますけれども、私はその委員長をやっておりましたときに、こういうふうに申しました。たとえば朝永振一郎君という学者がおる、福原麟太郎氏という有名な英文学者がおる、長老教授、すぐれた研究者です。そういう人たちが一般教育の講義を持って、文学部やあるいは農学部や体育学部の学生に、自分の研究を踏まえて講義をしていただくということは、学生にとっては非常な感銘でありますし、学生にとっては非常に大きな教育効果を持っておる。こういう意味で全学をあげて一般教育をやるということは、そういうすぐれた世界的な研究者が、やはり学生に接触をして、学生に印象的な感銘的な講義をしてもらうことが大事なんだということを、私はその際に申しましたけれども、その考えはいまも変わっておりません。やはりすぐれた研究者が若い学生と接触する機会を持つということは、非常に大事なことである、そこに大学の特色がある、私はそう言いたいのです。ですから、基本的には研究と教育を二つに分けてはいかぬのだ、おのずからそこに重点の置きどころは変わってくるかもしれませんけれども、分けてはいけないというふうに私は考えております。
#24
○嶋崎委員 どうもありがとうございました。
 そのことに関連してもう一つお聞きしたいのですが、この筑波大学の創設にあたりまして、学問のあり方といいますか、研究のあり方というものが、象牙の塔ではなくて、社会の要請に即した、そういう研究のあり方というものに中身が変わっていかなければならないという点が一面強調されております。
 ところが、大学における学問研究という場合には、社会の要請にこたえていくという面もさることながら、それも非常に重要な学問研究のあり方ですけれども、他方、常にいまの社会の価値観に対して、新しい価値観というものを追求しながら、いまの体制をより革新していく、時代の要請に沿って新たな発展の方向に変わっていく、そういう意味で学問というのは、常に新しい価値観をつくりながら古い価値観に挑戦していくという性質を持ったものとしてあるのではないかと思います。筑波大学で、大学のあり方として開かれた大学といいながら、時代の社会的要請にこたえていくという側面を強調していく中に、そういう社会の価値観に挑戦していくというような学問のあり方、こういうものが、いまの人事委員会、大学の人事権の、筑波大学のあり方から見ると問題が起こりはしないだろうかということを危惧するわけでありますが、
    〔内海(英)委員長代理退席、委員長着席〕
その点について梅根先生に再度御意見を承ればと思います。
#25
○梅根参考人 筑波大学法案を拝見しますと、第一学群というのがございます。第一学群というのは、立案者も古いとおっしゃっておりますけれども、言ってみれば、これは、おそらくモデルはベルリン大学の哲学部だろうと思われます。人文、社会、自然の基本的な学問を学生に授けるところだというふうになっております。価値観の探求、創造といったようなことは、この辺が実は場所であろうというふうに思います。それは当然学問の自由ということを前提にいたしませんとできませんので、やはりその第一学群というのが教育の組織だけではなく、同時に研究の場でなければならぬということを一つ意味していると思うのです。そこに研究の自由があって、お互いに相互の自由を尊重し合いながらディスカッションが行なわれるということでなければ、新しい価値の創造もできかねるということは、これはもう明らかなことだろうと思うのです。そこに研究担当の副学長といった方がいらっしゃって、メンバーでないところで何かの行政的なコントロールをされるというふうなことになると、これは、その第一群における研究といったようなものも、絶対に自由な形で創造的にはできていかないのではないかというふうに私は考えております。財政的な面などで何か学長の補佐の方々がいらっしゃるということは、それは私必ずしも否定はいたしません。第一群といったようなところで研究担当の副学長がいるということが何の意味を持つのかということを考えますと、これは、おっしゃるような危惧を感ぜざるを得ないということではなかろうかと思っております。
#26
○嶋崎委員 どうもありがとうございました。
 いまの問題に関連させて、続いて高柳先生に質問をさせていただきますが、今度の筑波大学の考え方によりますと、大学の管理運営の管理の側面と研究の側面とそれから教育の側面という大学の三つの側面が、いままでの大学では一種の三位一体的な考え方だったと思います。教授会自身ないしは評議会で大学の管理運営について議論をすると同時に、その人たちは教育者であると同時に研究者であるという意味で、いままでの伝統的な大学では、研究と教育と管理というものを三位一体的に考えてきたと思います。
 ところが今度の筑波大学では、管理の面と研究の面とそれから教育の面を分離していくという考え方に立って、大学全体の管理運営をもっと能率的にする、研究者にはもっと専門的な研究をしてもらう、学生のレベルに合わせて、教育はそのレベルに合った方向に持っていくというぐあいにして、管理と研究と教育というものを分けていく考え方が筑波大学の中に流れている大学のあり方の特徴だと思います。この考え方に対して、いままでの日本の大学で教育、研究、管理を三位一体で考えてきたために、大学の改革がうまくいかないとか問題が起きたとかいうことが分離する理由になっていると思いますが、いままでの大学で一体にしていたことが、どの点で、どういう意味で問題があったのかということについて、先ほど高柳先生は財政自主権の問題というふうにおっしゃられましたが、ちょっとその観点からの御意見を伺わしていただきたいと思います。
#27
○高柳参考人 管理と教育と研究の三位一体であるがゆえに改革に支障があったということは、文字どおりですと、ちょっとそういう理由で改革がうまくいかなかったというふうには考えられないと思うのです。財政自治権の欠如との関係づけをいたしますと、文部省が大学のちょっとした小さいことの改革でも、管理と研究と教育が一体になっております講座というものを単位にすべて制度づくり、制度変革を考えますので、そういう観点からうまくいかないという、そういうことはあったと思います。
 それから内部的に見まして、管理と教育と研究の三位一体が問題があったとすれば何かということになりますが、それはごく常識的にしばしば非難されますが、現在のような複雑な高度な社会で、大学といえども、私どもが大学の学生であったころの先生と現在の大学の教員とは、雑務といいますか、比較にならないほど多忙になっているわけです。そういう中で、この三つをみんな一人前にやるということはあり得ない、できない。で、それが管理もいいかげんにし、教育もいいかげんにし、研究もいいかげんにする、あるいは研究で業績をあげるために、ほかのことはサボる、こういうことになっているのではないか、こういう非難はあります。そうしてまた身に顧みてそういう非難が当たっていると思う節もございます。
 しからば、この三位一体はだめなのかといいますと、大学人はどうしても社会に向かってはたいへん革新的なことを申しますが、自分の大学の中の合理化あるいは改革については、みずから言い出しっぺになって大いに改革を推進するということがない。そういう点で確かに大学の教師としてのまずい点がございます。そういう点の自己反省の意味で申しますと、やはりやり方に相当問題があるのではないか。つまり三位一体そのものではなくて、その処理のしかたに問題があるのではないか。つまりこれも多少大学財政と関係いたしますが、研究と教育、これは梅根学長も言われましたが、本質的に矛盾するものではないので、よき研究の成果がよき教育となってあらわれる。ただし現在のような学問が高度に分化し、発達したところでは、同時的に、つまり時間的に同じ期間で一〇〇%研究し、一〇〇%いい教師としていい教育をやる、これは非常にむずかしくなっているわけです。ですから一定期間研究に集中し、大いに胸のふくらんだところで教育に専念して学生と接して、そこでまた新しいその研究の成果を吐き出すとともに、学生に接して新しい意識や問題点を受け取っていく、そういうことが必要になろう。これは大学財政の管理者、つまり政府の側からいえば教員が二倍要るということであります。同一の時点をとれば半分しか教育してなくて、あとの半分は研究しているわけですから二倍金が要るということですが、現在の複雑なまた高度の学問の発展の社会で、大学に真に使命を果たさせようとすれば、それだけ金を出してもちっとも惜しい問題ではなかろうと思います。管理との関係で申しますとやはり決定権、管理権は教授会にある。しかし、ものごとによっては教授会が自発的に委員会を組織して、その委員会の結論を求めて、つまりその間教授会としては、委員会以外の者はその問題についてはまかせ切りであるわけです。そしてその結論が出たところで報告を受けて当否をきめる。そしてまたそういう試行錯誤を繰り返していくわけで、結果にかんがみて政策を立て直していく、こういう合理的な方法をとれば、もっと管理と研究教育の間もうまくいくのではないか。しかし、そういうところで、大学財政権との関係で障害があったり、また大学人自身が、人間の数の関係でそういうふうに分業ができないということがあってうまくいっていない。しかしこの三つを、そもそももとが一つであって、委任関係で特定の小委員会なり少数の者にまかせるというのではなくて、そもそも分けてしまって、管理をする機関、教育に当たる教師、研究に当たる研究者というふうに分けてしまうことは、非常に問題があるというふうに私は思っております。
#28
○嶋崎委員 国大協の加藤先生が御退席になるそうで、それまでに質問のある党の方がおられるそうですから、私は一応中断をしてバトンタッチをさせていただきます。
#29
○栗田委員 私、共産党の栗田翠でございます。
 加藤先生に一言だけ伺いたいと思いますが、先ほどおあげになりました三月十五日の筑波大学についての国大協の御意見の中で大学運営協議会が出しました問題点というのがありますけれども、ここで一般法の改正の問題に触れておりまして、一般法の改正についてはなお慎重を期し、他大学の改革の機の熟するのをまってより広い見地から検討すべきではないかというふうな御意見があると思います。この一般法の改正はまだ時期尚早であるというふうにここでは読めるのですが、国大協の御意見がどんなふうになっておりますのか、もう少し詳しく伺わせていただきたいと思います。
#30
○加藤参考人 ただいまの御質問につきまして、この資料をお持ちでございますようで、いまこの資料のあとにとじてありますものについての御質問でございまして、資料をお持ちでない方にはちょっとおわかりにならないかと思いますが、私が持っております資料に、最初は国大協会長談話として、これは理事会の承認を得たものでございます。これは国大協の意見として公表したものでございます。それから、このあとについております三月十五日国立大学協会大学運営協議会といいますのは、この内容については理事会の承認を得ておりません。したがいまして、国大協の中にこういう意見の人があるということでございます。したがいまして、いまの時期尚早ということも国大協の意見ではございません。
#31
○栗田委員 もう一問だけ伺わせていただきますが、先ほどの御意見を伺った中で、国大協では今度の筑波大学新設の構想をめぐりまして反対の御意見のほうが多いというふうにおっしゃったようにちょっと伺いましたけれども、そうでございますか。
#32
○加藤参考人 国大協は、多い少ないという決をとっておりません。ちょうど一時間の間に任意に発言を求めまして、発言された方の意見のうちで一、二私は御紹介をしたのでございまして、多い少ないという数のこと、それは一切申し上げておりませんので、そのように御了承を願いたいと思います。
#33
○栗田委員 どうもありがとうございました。
#34
○田中委員長 有島重武君。
#35
○有島委員 公明党の有島でございます。加藤先生に一つだけお願いいたします。
 先ほど、一つの方向に進みやすく、他の方向に進むことがやりにくいようになるようなことがあってはならない、それを注意したいということを申されました。具体的にもう少し砕いてお話しいただけるとありがたいと思います。
 それから、そうした傾向をチェックする方途は一体どういうふうにしたらいいのだろうかというようなことも、あわせてお願いできればよろしいと思います。
 さっき高柳先生からのお話でしたけれども、気に入るものはやらせる、気に入らないものはやらせないという傾向というようなことがありましたが、現在でも日本の大学に、こうした新しい試みが非常に制限されてやりにくいということが起こっているのじゃないかと漏れ承っておるわけでございますけれども、その傾向がこの新しい構想の中でもって軽減されるかふえるか、これはたいへん大切な問題と思いますので、ひとつお願い申し上げます。
#36
○加藤参考人 ただいまのお尋ねは、私が最後に申し上げた、ある方向について何か指導的に働き得るようなケースはたいへん困る、こういうことですね。――それは具体的にということは、私まだ申し上げられません、これはそういうことが起こってみなければわからないので。立法的にどういうふうにそれを扱っていただくかは、私、専門家でないのでわかりませんが、ひとつ御審議の経過においてそういうことが起こらないように、その点も十分考慮の上で御審議をいただきたい、こういうことでございます。
 それから、現在、大小いろんなことでそういうことが起こっておるかどうか、これは私、いま一々それを申し上げるあれもありませんが、現在はかなりきちっときめておりますから、大体そのルールに従っております。それで今度は少し広くフレキシブルにルールがなっておりますので、まあこれはある考えでは、フレキシブルだからいろんなことがやりやすくていいのだということですね。それで今度はあるネガティブな考えだと、フレキシブルだとこういうおそれがある、こういうことでございまして、現在のことを言っておるのではございません。ですから、将来そういうことのないように審議中に御考慮いただきたい、こういうことでございます。お答えになりますかどうか……。
#37
○有島委員 いまのことでございますけれども、ちょっとわかりにくかったかもしれませんけれども、たとえば具体例をあげますと、私、緑化のほうをずっと研究しておりまして、コケの問題がこれから重要になるのじゃないかというようなことを思いついたわけなんです。それで、学者の方をたずねましても、なかなかこれをやっていない。また、こうしたことについては、農林省なんかでも、非常に生産につながるような、松、杉、ヒノキ、そういったようなことはどんどんやる。蔬菜なんかのことはどんどんやる。けれども、そういう植物の基礎的なことにかかわる問題というのは研究費がなかなかおりないのだ、ほとんどポケットマネーでもって、身銭を切りながらやっておるんだ、しかも重要なんだけれどもというような話を承りました。また、そうしたことについて新しい生態学的な視野からこれから始めていこうとすると、新しい学科をつくらなければならない、それには事務的な非常に煩瑣なことがある、またいろいろな障害があるというようなことを承りました。現在でも、ほかの点でもいろいろそういったことがあるのじゃないかと思いますけれども、加藤先生なんかは、いろいろないままでの御経験の中で、御自分の分野の中でも、そうしたことでもってやりたいことがなかなかできないというようなことがおありになったのじゃないか、あるいはいまの大学の中でも、現在もそういったことが行なわれているのじゃないか、それが率直に申しますと、文部省の理解できないようなこと、あるいは大蔵省の気に入らないようなことというと進みにくいということが現在もあるのではないか、そういうことをお感じになっていらっしゃらないかどうか、そういった点について承りたかったのですが、いかがでしょうか。
#38
○加藤参考人 これは国大協としてではなしに、工業大学の学長として申しますが、現在も、いろいろ社会のことは、大学のことに限らず、これは予算の制約もありますし、いろいろな人の方針もありますし、必ずしもある人の思うとおりに進むものではございません。それはまあ一般的にそうですが、具体的にとおっしゃるのですか。――具体的には、それは一々ここで申し上げることもないと思います。これは社会の通念だと思います。
#39
○有島委員 けっこうです。
#40
○田中委員長 山原健二郎君。
#41
○山原委員 共産党の山原ですが、先生時間がおありだそうですから、一言だけお伺いします。
 先ほど林委員の質問に対しまして、私の聞き間違いかもしれませんが、先生の東京工業大学におきましては、教育と研究の分離と申しますか、壁をはずしてと申しますか、そういう新しい試みをされておるというお話であったように思いますが、そういうことでよろしいでしょうか。
#42
○加藤参考人 これはやはり大学というものは、教育と研究が不離一体でなくちゃいけませんけれども、教育のことを論ずる場合には、学部その他研究所の壁を撤廃して教育のことを論ずる、そしてそういう委員会もございます。それから研究のことを論ずるのには、やはり学部とかそういう管理機構のワクを撤廃して研究のことを論ずる、こういう方式で、運営で私どもやっております。したがいまして、現在の規則では、そういう教育と研究の分離と言っちゃまずいですが、それぞれに機能をあげるということができないということではございませんということを申し上げ、また今度は筑波のように分離した規則ならそれができるということでもないのです。結局運営でございまして、分離したけれども結局はごちゃごちゃやっておったらかえって能率が悪いということで、まあ筑波のシステムも一つの方法である、こういうことで、そのシステムだからこれができるということとは違うのだ、ですからひとつ運営、人事についてよろしく今後やっていただいたらいいのじゃないか、こういうことでございます。
#43
○山原委員 私は教育と研究の分離といいますか、先生厳密には分離ではないというお話でございますので、その点についてのよしあしは別にしまして、一つの自主的な研究教育の運営の問題として新しい提起をされていると思いますし、またそのことは、現在の法のワク内においてもできるという可能性を示したものだ、そういうふうに受け取ったわけでございまして、実際にそれが可能であり、しかも、それが充実していくためには、やはり教職員の定員の問題とか、十分に足りた施設あるいは先生方の数というものが補給されていけば、そのこともまたさらにうまく運営される面が出てくるのではなかろうかというふうな考えを持ったわけでございまして、いまのお話を伺いましてよくわかりました。また研究させていただきたいと思います。
 終わります。
#44
○嶋崎委員 いまの加藤先生の御返事ですと、既存のいままでの学部を中心にした大学のあり方で、研究と教育という面をもっと全教官的にやっていくためには、エネルギーを吸収していくためには、既存の学部を前提にしても横断に教育の問題について討議したり、研究の面についても討議したりすることができるという意味で、新たに何も筑波方式というのじゃなく、いままでの大学でも現行の法制のもとでそういうやり方が可能であるということを示していると思いますが、いかがでしょうか。
#45
○加藤参考人 そうでございます。したがいまして、私はそういう研究及び教育の業績をあげるのに、現在の制度がいいとも言いませんし、筑波方式のほうがいいのだとも言えません。どちらも運営でやればできるのだ。しかしどちらかといえば、筑波方式のほうは、そういうことのできやすいようなふうに考慮されているのではなかろうか。ですから、そういうことで一度やってみていただいたらわかります、こういうことで、新しいことは、やはりやってみなければわからないので、どちらがいいということは申し上げません。
#46
○嶋崎委員 どうもありがとうございました。もしお時間があれでしたら、どうぞ……。
 先ほどの質問の続きをさせていただきますが、先ほど高柳先生に私が御質問した趣旨は、いままでの大学は、管理と研究と教育を一体で考えてきた。ところが管理と研究と教育を一体で考えてきた大学の現状では、大学自身の改革や、そういうものが停滞をしてなかなかうまくいかないということが一つの理由になりまして、新しい筑波大学における管理、教育、研究の分離という方式に変わってきているのではないかと思うのです。先ほどの高柳先生の御説明ですと、管理と研究と教育を一体としてとらえておいた中で、それがうまくいかない、停滞しているというのは、たとえば管理にある一定の期間先生方が集中する、ある期間は研究に集中する、ある期間は教育に集中するというふうに、一人の先生の生涯のライフサイクルを考えてみて、そしてその機能的な分離を大学内部で行ないさえすれば、いまのような一定の効率的な大学の管理運営や教育研究が成果をあげることができるという御意見だったと思います。
 そこで、今度筑波大学に適用されておりますところの大学の管理運営という側面を見ますと、一口に言いまして、アメリカの委員会制度というものと、英米での理事会の制度というものを日本に適用しているところに特徴があると思います。たとえば教育に関しては教育審議会ができる、研究に関しては研究審議会ができる、人事に関しては特別の人事委員会ができるというふうにして、いろいろな委員会というものを、それぞれ専門的に議論をさせるという機関をつくる。そしてその審議会には、現在の研究と教育を分離して、学系と学群の教官集団がありますけれども、この学系と学群の教官集団の中で、研究や教育を一切、いままで教授会でやっていたようなやり方ではなく、むしろ委員会にそれを吸い上げていって効率的に委員会で運営していく、こういう考え方が今度の筑波大学の管理運営の一つの特徴だと思います。そして人事に関しては特に人事委員会という専門委員会に関連する委員会を設けていく、こういう考え方だと思います。
 そこで、お聞きしたいのですけれども、そういういわばアメリカの大学で問題になっているような委員会の制度、理事会の制度等々に対して、アメリカでは、大学の紛争の経験を一つの材料にしまして、ないしは経験を総括する中で、そういういままでの委員会システムのあり方や、それから人事委員会や理事会制度のようなあり方に対して、いまアメリカでは反省が行なわれて、もっと、たとえばオープンディスカッションの問題先生方が、管理についても、みんなでディスカッションするような機会がないから学生とのコミュニケーションが悪いのだとか、それからまた研究と教育を分けているために、学生と教官との間の戸ミュニケーションが悪くて、かえっていまの学生と教官との間に出てくる紛争、ないしは大学当局と学生との間に出てくるような紛争に対処できないということが反省されて、むしろ教授団の自治の方向とか、学生集団のいわば大学管理の参加だとか、そういうことが模索されているというふうに聞き及んでおりますが、その点、たとえばバークレー報告なんかは、私、詳しいことは存じあげておりませんが、その点についての高柳先生の御意見をお伺いさせていただきたいと思います。
#47
○高柳参考人 ただいま御指摘の点は、大綱において私の理解しているところと近いと存じます。バークレーの騒動のあとで大学が委員会をつくりまして、紛争の原因を大学がなぜああいう形でしか取り扱えなかったか、つまり非常に破滅的な形で対応をしたわけですが、どこに根本的な問題があったのだろうかということを、大学人自身が率直に検討して報告書を出しております。
    〔委員長退席、内海(英)委員長代理着席〕
大学の文化、ザ・カルチュア・オブ・ザ・ユニバーシティーという報告書を出しておりますが、これを見ますと、日本の大学の管理の現状及びこれから変えようとしている筑波大学法案との関係で、いろいろなことを思い当たらせるわけであります。
 この報告書が強調しております一つの点は、管理についての委員会制度、これは、やはり筑波大学法案と同じように管理は雑務であるという、そういう考え方から出ている委員会制度でありますが、たとえば「筑波大学の理解のために」の二〇ページには「各種の組織が整備されると、先生がたが必要以上に大学の運営に関する細かい問題の処理に追われることが少なくなり、いわゆる雑務についての負担を軽減し、教育や研究に専念することができるようになります。」とあります。つまり片一方における教育研究、他方における管理の分離は、こういう発想だろうと思います。管理は雑務だから解放してあげる、先生方は研究教育に集中しなさいということだと思うのです。バークレー事件の反省として出てきましたのは、実はこれの逆、逆にいえば、バークレーで反省していることを、どうも筑波新大学は実行しようとしているように感ずるのです。
 と申しますのは、委員会制度で委員を選びますと、どうしても管理は雑務だという気持ちが強いですから、管理のエキスパートに集中しやすい、そうしますと、任期がきても変わってくれない、あるいは本人もかわらないということで、少数者が長年委員会の委員をやるというふうに運用上いってしまった。その結果寡頭制と官僚制が大学を支配した。そうして他の大部分の平教員は、そういう大学の運命、大学における研究教育のあり方について非常に無関心になっていく。ただ、研究費をたくさんもらえて研究に集中できて、その学会で業績をあげればそれが一番いいというふうに流れていったのではないか。そういうところで紛争が起きる。つまり学生が根源的な問いを突きつけるわけです。一体この大学は何のために存在しているのか、先生方は学問をするというけれども、何のために学問をしているのかという、こういう根源的な問いを突きつけられますと、研究者自身の間の忌憚のないオープンディスカッションというものが欠けているところでは支離滅裂になってしまう。そして大学として態度を決定するとなると、寡頭制的に長年その地位にあるそういうアドミニストレーションの委員会が、それこそ能率的に決断を下す。これをめぐってまた平教員の間で意見が分かれて混乱してくる。こういうことの繰り返しであったという点について非常に反省をしているわけです。
 それからもう一つは、管理の雑務から解放されますと、意欲的な研究者であればあるほど、研究費というものに対して、同時に非常に意欲的になるわけです。その場合、管理機関が財政についてかなり平教員の統制から自由な権能を持っているということが大学の体質にとって致命的であったと言っております。この点は筑波新大学の財務委員会を見ますとまさにそういうことになるのではないかという危惧を感ずるわけであります。これはほとんど学長、副学長、それから評議員の互選委員ということで、互選をいたしますとまあそう言っちゃ悪いですけれども、ボス教授が大体選ばれます。そういうところで研究費の配分権を持っている。そうして片一方人事委員会、その他審議会等々は、やはり平教員からすればそういうところの委員になるのは雑務ですからなるべくなりたがらない、そうして研究費はほしいということになりますと、これは見方は悪いかもしれませんけれども、かなりあり得ることは、管理の側にあるほうとしましては、おまえたちがいやがっている管理は一切引き受けてやる、そうして財務委員会の財政権でその平教員を大学の管理者側に引きつけることは非常に容易なわけであります。バークレーではまさにそういうことが行なわれていたということが自己批判されているわけであります。
 そこで出てきていることは、やはりファカルティーは強力であっても自治権を持たない、管理は平教員の組織にはなくて、管理委員会にある、これではいけないのだ。つまり平教員が自治権を持つ、つまり研究と教育と管理との何らかの、三位一体とは申しませんけれども、とにかく研究者、教育者が同時に管理についての責任をも負わされる。それを退けるべきではない。管理は雑務として退けるべきではないので、責任は負うのだ。その上でそういう管理権、管理責任を負わされていれば、これは教員同士の間で大学における学問研究のあり方について十分な意見交換、及び積極的な何と言いますか方針の確立とその展開ということに意を用いざるを得ない。その上で先ほどもちょっと申しましたが、しょっちゅう、研究と教育と管理を四六時中一緒にやるというのではなくて、ある一部は合理的に委任関係でまかせていって、その結果に対しては最終責任者、平教員がやはりフィードバックして軌道修正させていく、そういう最後の権限は必ず堅持している、そういうことが必要ではないかということが自覚されてきているわけです。それとの関係で、まさにそういう方向で考えるべきで、筑波新大学のように初めからこの三つを別々のものに持たせてしまうというふうに考えるべきではなかろうと思います。
 それから、主たることは以上で言い尽くしましたが、一つだけ、たとえば学生問題でございますが、管理という場合に、やはり言外に学生問題といいますか、学生との対応ということが含まれているように見えるわけです。この「筑波大学の理解のために」の二〇ページに言っておりますように「いわゆる雑務についての負担を軽減し、」というのは、学生との対応ということが言外に含まれているように思うのですが、この大学がかりに実現した場合どういうことになるだろうか、学生はもちろん教員に対して意見を上げていくということはやるだろうと思いますが、その教員会議と交渉しても、教員会議が最終的に決定できることはあまりない。つまり、そうしますと学生としては教員会議を相手にしなくなるだろう。厚生補導審議会に行って厚生補導担当副学長との交渉ということで意見を出していかないと何も解決しない。そうなりますと、この大学がかりに実現しますと学生は厚生補導審議会を相手にして、教員はまあ学生からも相手にされない、こういうことになって、ある意味では雑務から解放される。しかし、決定権がないので相手にされないということでありますと、おそらく学生のあり方についての責任ある発想というものも教員からは抜けていくのではないか。そして厚生補導審議会及び厚生補導担当副学長が学生を一手に引き受けてくれるということで、教員は、先ほどバークレーの報告書を紹介しましたような形で、どうもそういう関心を次第に失っていく、そういうところで根源的な問いを突きつけた紛争が起きますと、これはたいへんなことになるだろうということを、私としてはバークレーの報告書を読みながら感ずる次第でございます。
#48
○嶋崎委員 どうもありがとうございました。
 時間もございませんので、最後にもう一つ、管理体制の問題に関連してお聞きさせていただきますが、この筑波大学の構想が出てくる過程を文書で調べておりますと、最初に東京教育大学の中では、理事会ということばが明確に出てきておりました。それが途中で参与会という名前に変わってきているわけです。参与会という名前に変わったのは、文部省が東京教育大学の決定を受けて中間報告を発表する段階で出てきたことばであります。ところが、教育大学で出した理事会、ことばは理事会なんですけれども、その理事会の内容は、いままでの大学自治の観点に立って、理事会の権限に対してかなり制約的な意見を述べておりました。
 ところが、文部省の中間報告のほうにまいりますと、名前は今度参与会というふうにやわらかになりましたけれども、かなり内容はきつく、権限がかなり広くなってまいりました。学長に対する助言ではなくて、勧告という問題が、助言よりもより高い勧告権というようなものが提起されるようになっております。こういうつまり開かれた大学として、確かに産業界や教育専門家やそういう人たちを通じて参与会をつくりながら、社会の世論を大学の中に入れていくという、その一般的な意味では一つの試みだとは思いますが、このいわば参与会も、実はもとをただすと、アメリカや英米の理事会の制度というようなものを日本に適用していく。特に英米の理事会では同窓会の方々が理事になったりして、母校の先輩が理事に参加していくというようなことが行なわれているようであります。
 ところが、この点についても、かつてはアメリカでは州の権力といいますか、国家権力に対して、理事会の自治という意味で大学の自治を考えていたようでありますが、最近はむしろこの理事会が、大学の人事権や、大学のいろんなあるべき姿に対して干渉することが多いがために、理事会に対して教授団の自治ということを強調していく傾向が出ているやに聞いておりますが、このそういうアメリカの理事会制度に対する教授団自治との関係がどういま変化しているかという点が一つと、もう一つは私たちが日本の社会の中で考えてみますと、現在私立大学にたくさん理事会の制度を導入しているところがございます。ところが、その理事会制度が大学の中でいま何が行なわれているかということを少し調べてみますと、無数にといってもいいぐらいにたくさんの私立大学で、理事会が学部の改廃に意見を述べたり、ないしは学部の人事に発言をしたりして、大学内部にたいへんな問題を起こしている例をあげればたくさんあげることができます。つまり日本の社会ではなかなかこの、たとえばアメリカですと参与会なんかには労使双方同じ数の人が参加している例があると聞いておりますけれども、そういう構造は日本ではあらわれませんから、どうしてもこの理事会というものが、一連の私立大学で、学部教授や人事権に対して発言をしたりしていくような傾向が、日本の場合には濃厚に出てくる。そういう何というか行動の様式といいますか、政治的なカルチュア、文化というものがあるように思うのです。そういうわけで、筑波に導入されますところのいわゆる参与会という名の理事会制度はそういう危険性を伴っていないだろうかという点について、アメリカでの理事会と教授団の関係が一つと、日本の現状から見てそういうものがほんとうに開かれた大学という意味を持てるような機能を果たし得るだろうかという点についての御意見を承りたいと思います。
#49
○高柳参考人 理事会制度でございますが、アメリカでは理事会制度が大学の自治との関係で問題になりましたのは比較的古くて、かなり時期的にはっきり出てくるのですが、一八九〇年というのが一つのエポックになっております。それ以前、南北戦争以前はアメリカの大学というのは宗派立のカレッジ、小規模のカレッジであるものが大部分でしたが、南北戦争の過程、ことに終わりましてからアメリカレベルでの産業革命、工業化が進行いたしまして、一八七〇−八八〇年代にアメリカの大学の体質変化がございました。つまり近代的な大学になったわけであります。同時に、それまで宗派立カレッジの理事会ではお坊さんが多かったのが、近代大学では実業家、産業家が理事会の多数を占めるということが起こりました。
 そして一八九〇年代に科学研究が金もうけになるということが発見されたわけで、産業家は研究投資をすることになりました。アメリカの大学に対する寄付がけたはずれに増大するのがこの一八九〇年代であります。スタンフォードという鉄道王が一人で二千四百万ドル出して、スタンフォード大学をつくるというような、これに類することが多数行なわれます。非常に奇妙な一致でありますが、この一八九〇年以降、理事会が大学の教師を、理事会の政策と違うことを説いたとか主張したとかということで首を切る例が毎年のように起こったのであります。
 そこで、アメリカでアカデミック・フリーダムということばが出てきたのはこの時代だといわれるのですが、初めて教師、研究者の理事会の管理権からの自由という意味でのアカデミック・フリーダムが主張され、またその確立のための、何といいますか教授団の努力が始まりました。そうしてりっぱな大学では数世代を経て、ファカルティーの自治という意味で、なるほど形式的な管理権は理事会が独占しているけれども、研究教育に関連する内容的事項に関しては、教授団の意思に反してはかってにできないという、そういう研究教育に関する教授団の自治というのが確立してきたわけであります。
 問題はその実態でありますが、最初の十分間の発言で申しましたように、何といっても形式的管理権は理事会にありますので、そういう教授団の自治の確立した大学では、教授団は強力である。しかし、最後のところが自主決定権がないわけで、そこで非常な問題がある。そこでコミュニティー・カレッジ等々、小さなカレッジや大学では、いまでも理事会の意向がほぼストレートに通るというようなことになっておりますし、大きな大学、またりっぱな大学では、教授団の自治が非常に強固であるという、そういう状態にあると思います。ただ平均的に申しますと、何といっても向こうでは私立大学か多いし、大量の寄付者――寄付を当てにしなければ大学はやっていけませんから、しかも寄付をする人は、経済的、したがってまた政治的に高い地位にありますから、そういう財界の意向とまっ正面から対立するような教師というものは自主規制で、先ほどちょっと申しましたように初めから教授団に入れないというような、そういうことが大学の体質として憂えられているわけであります。
 先ほど御指摘がございましたが、日本ではまたかなり理事会制度は特有の機能をしているわけで、教授団の自治という慣行が確立して、理事会の形式的な管理権をほんとうに形式化するというまでに至らないところが多いのではないかと思われます。
 産業革命後に学問研究が金もうけに通ずるということを申しましたが、現在においてはまたさらに違う意味で研究投資、教育投資というのが、体制側からすれば一つの重要な手段になっているわけです。そういう体制側の人間づくりあるいは研究の推進というのがストレートに入るような大学管理制度、ことに理事会を通しての大学管理制度というものは、現代においては比較にならない大きな問題性をはらむだろうというふうに思います。
#50
○嶋崎委員 時間が参りましたので……。どうもありがとうございました。
#51
○内海(英)委員長代理 有島重武君。
#52
○有島委員 岩上知事が先にお帰りになるということで、岩上さんに御質問させていただきます。
 岩上さんは、賛成のお立場でもってお話しいただいたわけでございますけれども、これは実際問題といたしまして、学校の中身ということとはちょっとはずれますけれども、地方の問題としてこうしたことは一体どのように考えていらっしゃるか、それを承っておきたい。
 それは、筑波学園都市の建設が進んでまいりますと、建設省の目算では約四万人の労務者が県内に入る、特に筑波に集中されるであろうということを言っております。それで、すでに去年は飯場が十九カ所、ことしになりますと七十五カ所あるということで、これに伴いまして、警察の調べによりますと、昭和四十六年には恐喝事件が十件だったのが四十七年には三十二件にふえている、それから窃盗が二百七十一件だったのが三百八十八件にふえている、こういうことがございまして、私は地元の住民の方々に直接伺ったのですけれども、いまでさえも夜道はこわくて歩けないということを嘆いておられる方もあるわけです。それで、特に農家の婦人の方々は夕方早目に帰らなければならない、こういうことがあるわけですね。こうしたことについて、実際問題としてこれが工事をどんどん急いで、ことしから始まるということをほんとうに地元でもって望んでおられるかどうか、その辺のことを承っておきたいのです。
#53
○岩上参考人 地元といたしましては、先ほど申し上げましたように、こちらの署名簿に署名されておりますのが地元六町村の人たちがほとんど中心でございまして、あとは全県下はそれぞれ役職を持った方々の署名でございます。したがいまして、研究学園都市を最初にスタートさせるときには、一万一千の署名でそれぞれ地域住民の署名をお願いしたのですが、今回は四万ということでございますので、相当の期待を持っております。
 それと申しますのも、これは研究学園都市ができて、具体的に土地買収がなされ、しかもその上に立って、相当の大規模の民有地の買収に当たって、先ほどお話し申し上げたように、責任者の方々はとにかく病いに倒れたという現実の中で、一体政府はどこまで配慮したのかというと、なかなか移転問題について東京から筑波に入りきれない、こういうふうな内部事情もこれあり、具体的にその建設がおくれてきたわけであります。
 毎年のように総理に呼びかけ、各省に呼びかけをして、ようやくことしその体制ができて、九百二十億という公共事業費がついたことについて、これでやっとできるもの、このように期待をしておったやさき、この法案の問題で審議中であるということでございまして、ぜひお願いしたいというのは地元の偽らざる気持ちであります。
 しかし、いま例をあげて具体的にお取り上げになられた犯罪問題、それから労務対策の問題、物資の問題それぞれ県として重要な手当てを始めてきております。特に鹿島の開発の前例にかんがみまして、急に具体的にこの建設が進むことによりまして起こる多くの現象というものを最小限に食いとめなければならないということは、前車の轍を踏むまいというそういう考え方の上に立ちまして、警察官の増員の問題、それから防犯体制の確立問題、そしてまた資材の輸送路の問題、それから労務者対策として一体どれだけ必要であるかということを、県は県なりに具体的に計算をいたしておりまして、この九百二十億という膨大な予算を消化するための地元の体制は一応固めつつございますので、ぜひひとつこの法案に対しまして通過していただきますように、委員会の皆さん方に心からお願いを申し上げる次第でございます。
#54
○有島委員 ここではちょっとこまかいお話まではできないかと思いますけれども、そうした地元のこまかいことまでよく含んでいただきたいということをお願いして質問を終わります。
#55
○内海(英)委員長代理 栗田翠君。
#56
○栗田委員 最初に、高柳先生に伺いますが、先ほど自民党の林委員からの御質問で、岩上先生がお答えになりました。今度の筑波大学がつくられることによりまして、大学の自治というのは一そう拡大するだろうということ、またその開かれた大学という考え方に賛成であって、参与会はおそきに失しているというようなことを先ほどお答えになったと思います。
 これに関しまして、高柳先生はこの点でどんなふうにお考えになっていらっしゃいますのでしょうか、御意見を伺いたいと思います。
#57
○高柳参考人 私は、最初の発言のところで申しましたように、大学の自治は、大学、つまり個別大学ではなくて、大学全体として拡大させていくべきものだろうと思うのです。ですから個別的、また局部的に見ますと、筑波大学に限って、カッコづきですが、ほんとうの自治かどうかわかりませんけれども、大学の自由に動ける、お金であれば自由に使える範囲が拡大するということはあると思うのです。しかし、大学全体として、お金の出し手の管理権、統制権から自由だという、そういう仕組みをつくり上げていきませんと、気に入った大学にはそういうことで自由を拡大していく。自由といいますか、ある限度で行動の自由を拡大していく。しかし、そうでない大学が同じことを求めてくる。客員教授制をうちの大学にも置いてくれ、国際交流は賛成だからもっと在外研究できるようにしてくれ、あるいは大学院生は、ことに博士課程の者は、教員の研究教育の有力な協力者、補助者なんだから、それに手当が出るようにしてくれ、あるいは研究事業費というものをうちの大学の研究にもほしい、こう言ってきた場合、いまのままの管理体制でそういうことを言ってきてもだめだといって、ほとんど実現しないだろうと思うのです。ということは、大学全体として見ますと、財政自治権がないという意味での大学自治の狭さ、弱さというのは、全体としてはちっともよくなっていない。
    〔内海(英)委員長代理退席、委員長着席〕
むしろこういう文部省と一体になって新大学をつくる場合にはオーケーであって、そして副学長制、参与制等をとらないならば、筑波大学には認められるような自由度を認めないという形で、実は大学全体に対して国の持っていき方の力は強化されるということになる。それを大学自治の拡大とは私は絶対に見ることができない。むしろこういう形で一部の範囲内で大学の定員や研究費の使い方についての自由度が増進することは、正しい意味での大学自治の観点からいえば拡大とはいえないだろうというふうに私は思っております。
#58
○栗田委員 続けて伺わせていただきますが、開かれた大学という理念、これは日本固有のものではなくて、諸外国の大学改革の方向の中から出てきたように伺っておりますが、開かれた大学という理念を取り入れて、そして参与会の中に学外者を導入するということなどが今度説明されております。諸外国の開かれた大学という理念は、実際にはどのような内容を持っているものかということや、またその中での長所、それから具体的に実施されてきた中での欠点といったようなものがございましたら伺わせていただきたいと思います。高柳先生、お願いいたします。
#59
○高柳参考人 開かれた大学論及び開かれた大学の実態については、全面的に調査したり研究したわけではございませんので、多少穴があると思います。私の理解している限りでは、イギリスでオープン・ユニバーシティーというものが数年前つくられまして、これが日本の開かれた大学ということばの語源ではないかと思うのです。しかし、オーブン・ユニバーシティーというのは、筑波新大学でいう開かれた大学とは全然違う観念でありまして、日本よりはずっと大学進学者のパーセンテージが少ない。やはり上層階級に大学進学が限られている。圧倒的多数の勤労者にそれこそ大学の門を開く、そういう意味での開かれた大学であります。管理制度、管理機関の中に学外者を入れることをもって開かれた大学論の要素とする、概念の中心的要素とするという、そういう使い方は、先ほど申しましたように、私、全面的に調べているわけではありませんが、まだお目にかかっておりません。
 むしろ嶋崎議員の御質問に答えたときに申しましたように、英米では近代大学、イギリスのオックスフォードとケンブリッジ、これはもうおよそ国家社会から完全に独立しているわけですが、イギリスでも一八七〇年代以降レッド・ブリック・ユニバーシティー、赤れんが大学と悪口をいわれます新大学がたくさんできました。この新大学はオックスフォードやケンブリッジのようにはいきませんで、どうしてもバーミンガムとかマンチェスター等工業都市にその地域社会の多大の財政的支持のもとに初めて成立しましたので、そういう地域社会の代表者を入れた理事会に近いもの、カウンシルを持たざるを得ないわけです。
 そして他方大学人からなるセネト、われわれの言う評議会に近いものがある、そういう二元的管理の仕組みがとられております。アメリカでは先ほど申しましたような理事会制度の宿命があるわけで、英米ではいかにしてこういう学外者の管理に対して、学内者の学問と教育についての自主管理権、アカデミック・セルフ・ガバメントと申しますが、それを強めるかというのが、大学人の課題であったわけです。ですから日本的に言う開かれた大学は、実は出発点、管理に学外者が加わっているというのは出発点でありまして、それをいかに実質的に教師、研究者の自治ということで内容を変えていくか、これが課題であったと思います。したがって、イギリスではオープン・ユニバーシティーという場合には、むしろ民衆に開く。つまり先ほどもアメリカで一八九〇年代に理事会に多数座を占めることになった実業家、産業家による大学教員のパージ、これにあらわれるような実業家、財界の学問や教育の内容に対する介入権、これは日本の開かれた大学論と違いまして、求めるべきことではないので、むしろいかにそれを制約していくかというのが英米の大学の課題であったと思います。したがって、そこで大学に入るべき者、大学が門を開くべき者は、ほっておいても入ってくる、そういう有力な力ではないので、一生懸命呼び入れないと入ってこない勤労者、大衆、これを入れるための大学の開き方であるわけであります。
#60
○栗田委員 どうもありがとうございました。
 それでは次に、梅根先生に伺わせていただきますが、戦後新制大学ができまして、戦前の大学制度のあり方を批判して新制大学の理念というものが生み出されてきたと思います。それが、学校教育法の五十二条などにもこの理念があらわされているというふうに思うのでございますが、この戦後の大学改革の理念についてお教えいただき、それから、それと今度の筑波構想につきまして比較検討、また御批判をいただきたいと思いますけれども、お願いいたします。
#61
○梅根参考人 戦後の日本の大学改革には、そのプロセスにいろんないきさつがありまして、そう簡単には申し上げられないと思いますけれども、やはり幾つかの点をあげますと、当初構想されました審議会などの構想がだんだん挫折をしてきたような経過をたどっておりますけれども、何と申しましてもやはり一つの基本的な線は、大学を少数の高度の研究者あるいは高級官僚等々の少数の国家に枢要な人材を養成する機関にとどめておかないで、もっと大衆、民衆に開かれた大学にしていくということが一つの着眼点であったろうと思っております。
 それともう一つは、やはり当時大学の国土計画ということが言われておりまして、中央に有名大学が集中するということでなしに、各地域に、地域の住民の要望や希望に学問的に沿っていけるように、地域ごとに大学を計画的につくっていくのだという方針が一本出ておったわけでございます。しかし、それは現実的には非常にくずれた形になっておりまして、今日ではそのことはまことに便宜的になっております。
 御承知のように、当時国立大学と申しますと、当時各都道府県にございます高等教育機関、山梨県で申しますと山梨高等工業高校と山梨師範学校という二つの専門学校がございました。それを合わせて二学部の国立大学をつくる。福島県には福島高等商業学校と福島師範学校がございましたが、これを合わせて福島大学をつくるというような形、きわめて便宜的に、そこにあった専門学校を幾つか合わせて大学にするというような形に終わってしまったというのが実情でございます。これは、筑波大学というものが行こうとしております茨城県の場合もほぼ同じでございます。学部はほかに幾つかございますけれども、茨城県に存在しておる国立大学が、国立大学らしい総合大学にはならないままに終わってしまっておるというのが実情でございます。
 私どもとしましては、その戦後構想をこの際復活をして、各地域に、地域立脚した総合大学を育成していくということが望ましいのではなかろうか。国土計画から申しますと、少し余談になるかもしれませんけれども、茨城県には茨城大学というのがございます。茨城大学が現に存在する。そこに筑波大学が行く。二つの国立大学が一つの県に蘇れてまいります。茨城大学と筑波大学とはどういう関係になってくるのかというふうな問題についての何か教育国土計画的な構想があるのであろうかということが問題になろうかと思っております。
 私は、先般ちょっと土浦に行ってみましたけれども、茨城大学には農学部というのがございます。その農学部は土浦市の旧阿見飛行場のあと地を使っております。非常に貧弱な建物でしんぼうをしております。目と鼻の先に、国立の農学部が存在をしておる。筑波大学の農業専門学群というのがある。いわば農学部なんですね。その目と鼻の先に国立大学の茨城大学の農学部が存在をしておるというふうな状況、これは一体どうなるのかと聞いてみますと、茨城大学農学部でも非常にその点を問題にしていらっしゃるようでございますけれども、このような計画性といったものがほとんど欠けたままに便宜的にずっと進んできておるというのが現状ではないかということが一点ですね。
 もう一点は、当時の専門学校と称しておりましたものは、いわゆる学問研究の自治という制度を持っておりませんでした。専門学校の校長さんは全部文部大臣の直接任命でございました。専門学校には教授会もないというわけで、全く天下り的な行政が行なわれておったわけでございますけれども、それがまあ大学になって、いま申しましたように、幾つかの学部が合わさって便宜的な大学ができたにしても、とにかくそこには教授会があって、一応の学問の自由と自治とが認められるという形になっておったというのが現状であろうと思うのでございます。
 そういういきさつを見ていきますと、私どもとしましては、やはり戦後改革の当初構想の持っておった考え方を、この際もう一ぺん振り返って、そうして地域の総合大学を育成していくということが課題にならなければならないのではなかろうか。自由で、そして自主権をちゃんと持っておる、その地域に立脚した総合大学という性格を持っておるような、そういうものができるべきであろう。
 そう考えますと、これはちょっと余談かもしれませんけれども、茨城県に筑波大学ができるというなら、それと、現存する茨城大学との関係ということは、なぜ問題にならないのか。同じ国立が同じ都道府県に二つある。その両方の関係はどうなるのかということに見通しなしにそこに新しく大学ができるということは、やはりこれは合理的ではないではなかろうかというふうに私は考えております。一応……。
#62
○栗田委員 ありがとうございます。
 あと高柳先生にもう一問伺わせていただきますけれども、今度の筑波大学構想が論議されていく中で、紛争対策としてのいろいろな問題も出てきているようでございます。それと関連しまして、学部自治に問題があるかのような意見が出ておりますけれども、いまの学部自治にもし問題がありましたらどういう点なのか。それが今度の筑波方式によって解決できるのか。そうではなくて、どういう点で解決できるのかというようなことを、ちょっと伺わせていただきたいと思います。
#63
○高柳参考人 これはかなりむずかしい問題でございまして、的確に答える自信はございませんが、学部自治という場合、教授会自治が問題になっているのか、あるいは部局と部局との壁が問題になっているのか。もちろん後者、部局と部局の壁は、部局の教授会の自治を基礎に大学自治を考えるということの一つの結果でありますから、二つは通じているわけですが、問題点としては幾つか分かれてくると思います。
 あとのほうから申しますと、これは見る人によっていろいろ違うと思いますが、私はやはり学部割拠制、学部の壁というものは現在の大学においてかなりマイナスのものだと思っております。
 次に、教授会自治という観点で申しますと、私は最初の十分間の発言のときに申しましたように、大学の自治の重要な点は、国家社会から大学というものは一方的に金をもらって、しかも多額の金をもらって研究しなければならない。しかし、市民社会のルールでは、金を出すものは、金の使われ方に対して強力な発言権を普通持っているわけであります。研究教育に限って、金の出し手は金の使われ方にくちばしを差しはさんではいかぬというのが、学問の自由の非常に重要なところ。したがって、大学の自治財政権というのが大事になるということを申しました。
 それはことばをかえて申しますと、個々の教員について見れば、やはり他人に雇われまして、雇われ人として研究教育をする。つまり研究教育労働者であるわけです。おれは天下の学者で、労働者でないと言っても、社会的な存在形態としては、賃金を払って研究教育をやる立場をとらされているわけですから、研究教育労働者と言わなければならない。そういう立場で研究や教育を行ないながら研究や教育の論理を貫徹させる。それが非常に大事になってくる。
 そうしますと、研究や教育においては、大学の設置者また教員の雇い主が、設置者、雇い主として持っている諸権能、職務命令権とか懲戒権とか解雇権とか、こういうものから教師、研究者が自由でなければならない。そういうものから自由でなければ、金の出し手の欲する研究や教育をやらされてしまって、そこに真理の探求の自由、教育の自由はなくなるからであります。
 教授会自治ということで言われている、つまり表現は私は非常に拙劣だと思うのですが、そういう教授会自治として言われていることの中身において、われわれとして手放してはいけないのはその点ではないだろうか。つまり教師、研究者が教育研究機関の設置者あるいは雇い主の懲戒権や解雇権から自由であるということ、研究教育について自主的な処理を全面的にまかされるということ、そういうことだろうと思います。そういう意味での教授会の自治は決して教師、研究者として放棄してはならない。もしそれを放棄しますと、大学の設置者、教師、研究者の雇い主の何といいますか価値観を、教師、研究者は金で押しつけられて、そしてそれを忠実に学生の頭につぎ込んでいく、そういう道具になってしまう。それは単に教師、研究者の教育研究の自由を侵すだけではなくて、実は学生の真理の獲得を侵す、また学生の全面的発達の権利を侵すということになるわけであります。そういう意味で教授会の自治の原則のその側面は、大学において決して譲ってはならないものだろうと思われます。
 ところが、従来いわれている教授会自治の原則は、それだけではありませんで、いろいろな面を含んでいたところに問題があった。一つは教授会メンバーにあらざれば人にあらずという形で、大学の中で教授会メンバーのみが管理権の主体である。事務労働者や学生、これは大学の自治のにない手ではないんだという形で、大学の自治から切り捨ててきたわけであります。
 そしてもう一つの面は、教授会の設置単位が学部ごとでありますので、学部についての教授会自治を尊重するとなりますと、ほかの学部に対する発言というものを非常にけしからぬことというふうにする。その結果どうしても学部間の壁、学部、研究所間の壁というのが立てられまして、重要な全学的な問題の際に意思の疎通を阻害するということになる。紛争の際、それは私どもいやというほど味わされました。しかし教師、研究者の外的管理機関からの自由ということで教授会の自治を考えますと、何も学部ごとに管理権が分属しなければならないということには必ずしもならない。全学的事項については、ほかの学部の教師の行動に対して批判をしたって当然いいはずであります。私が言うような意味での教授団の自治の中には、大学設置者または雇い主の外的管理権から教師、研究者は自由でなければならないわけですから、その自由はお互いの相互批判で果たしていかなければならないわけです。かってなことをしていいという自由ではあり得ないわけで、管理者、管理機関が懲戒権や罷免権を発動できないその裏側といいますか、内側といいますか、内側として教師、研究者同士がそういう非違を相互批判によって是正し、教育研究能力の水準を高める。そういう相互批判活動を活発にやらなければいけないわけであります。
 そういう観点から教授会の自治を考えますと、別に同じ部局の教授だから批判はする、外の学部の教授の言動に対しては批判しないというようなことであってはいけないわけで、紛争ということで大学が危機に当面すれば、全学打って一丸としてそういう意味での意見の交換と相互批判の体制は教師、研究者が内から立てていかなければならないわけです。そういう意味での全学的な意見の交換やお互いの能力向上のための自主的努力が、どうも学部の壁で立ち切られるきらいがあったという意味で、いま御指摘になりました学部自治のマイナスの問題点があればと言われたのは、そういう意味では私はやはりあったと思います。そのことは、学部教授会の自治を全面的になくしてしまって、従来そういう教員集団が持っていた教育研究管理についての自主的決定権、これを全学的規模でのほかの機関に吸い上げればいいという問題ではなかろう。確かに現在の学部自治には問題がある。しかし、筑波法案で構想されているような、そういう中枢的管理機能を充実強化するという形で全学的規模の機関に管理機能を吸い上げればいい、そういう問題ではなかろうというふうに思います。
#64
○栗田委員 どうもありがとうございました。これで終わらしていただきます。
#65
○有島委員 どうも質問が切れ切れになりましたが、高柳先生に伺います。
 文部省では筑波大学は一つのモデルである、これは他大学に及ぼすものではないということをしきりと強調されておりますけれども、これに対しての高柳先生の御見解を承っておきたいと存じます。私どものところに参ります各大学の教授会からの反対声明の中には、どの大学にもこれが及んでくるということを心配していらっしゃる向きが非常に多いわけでございます。それを先に承っておきます。
#66
○高柳参考人 いまの点は、法案では副学長制と学系、学群と申しますか、つまり従来の学部制度をやめてもっとほかの研究と教育の単位組織をつくる、そういう点については、ほかの大学が採用したければ採用できるような一般法のレベルにおける手当てがなされていると思います。そこである一面だけで申しますれば、そういう改革を取れ入れるかどうかは個々の大学の自由なんだから、かりに悪い制度でも、みずから欲してそれを採用するならその大学の問題だろう、決して法案一般の問題ではなかろう、こういうきめつけ方は可能だと思います。私が最初の十分間の発言でしゃべらしていただいたのは、その発想があるいはその論理は、巨大な資金を国家資金からもらって、しかも、一方的にもらって機能を遂行するという大学においては簡単には当てはまらないということ、ことばをかえて申しますと、学問研究には一見矛盾する二つの面があるわけであります。一つは言うまでもなく国家社会に役に立つという面、もう一つは、これは学問の自由の確立過程でいろいろな学者の受難がエピソードを形づくっておりますように、自由な学問研究あるいは学問研究の結果の自由な発言というものが、時の国家社会に対して非常な挑戦であり、いわば危険な面を持つということであります。地動説にしても進化論にしても、みな当時の通念からすれば非常にけしからぬことを説くわけであります。そういう意味で学問研究というのは、簡単にいえば国家社会に役に立つ面と国家社会に危険な面を常に持っている。しかも国家はあるいは社会は、つまり国立大学の場合は国家の資金として、私立大学の場合は社会から寄付として、大学運営に巨額の金が導入されるわけですが、そういうように国家社会は多額の金をつぎ込む、そうしなければ大学は成り立たない。その場合に、国家社会として、学問研究あるいは教育における国家社会にとって危険な面を押えて、国家社会にとって役に立つ面だけを引き出そうとするだろうことは、実は学問研究においてはきわめてあり得ること、当然のことであるわけです。それに対して、そうではなくて、いかに学問と教育の論理を貫徹させるか。つまり一方的に多額の金をもらって、しかも学問と教育の論理を貫徹させるかということが大学を運用していく場合に一番大事なところになるだろうと思います。
 その場合に、一般法としてこういう自由な採用にまかされている制度を得ておく、そして個別の大学がどんな悪い制度であろうと、みずから欲して採用したのだから、それは大学の自治には何ら関係のないことだといいますか、大学の自治に対して侵害等をもっていわるべき何ごともないではないかというのは、やはり大事なところを見ていないと思うのです。
 つまり最初の発言で申しましたように、現在の制度で困る点は多々あるわけです。研究所で申しますと、特別事業費とか臨時事業費ということで、ちょっと言い直しますと、経常予算だけでは大きな研究はできない。個人研究はできるけれども、大きな研究はできない。ところが研究するためには金が要る。これは特別事業費とか臨時事業費でもらってこないとできないわけです。
 ところが特別事業費や臨時事業費というのは、史料編纂所が史料を毎年「大日本近世史料」として刊行するとか、地震研究所が地震観測をやって、その結果を出していくとか、かなり業務的に縛られまして、むしろ結果を社会に還元するということが至上命令になりますために、自由な研究という点からすれば、多々ますます弁ずというわけにはいかない。それも必要だけれども、基礎的な、何といいますか、特にワクのない共同研究というものをしょっちゅう重ねていくということが学問の永久の発達のためには必要であるわけです。そういうことで非常に困っておる。
 ところが、この筑波大学を見ますと、研究事業費という形でかなり多額のプロジェクト研究についての金を投入するつもりがあるというふうに書かれております。ほかの客員教授制とか国際交流とか博士課程の院生の手当とか、どれ一つとってみても、私どもは大いにそういうふうにしてくれと言ってやってきて、私の研究所などでも客員教授はまず絶対に通りそうもないわけであります。ほかの大学でも、これは名古屋のプラズマ研究所を除いて、まず客員教授というのは制度として実現しておりません。そういうことで現在に不満があって、いろいろやろうとしていても、そして大学の管理者、政府の側では財政統制権をゆるめればこれは簡単に実現することであります。大規模な改革をやらなくても、現在でもいまあげましたようなことは、その気になってくれれば実現することであるのです。ところが現在のような管理の仕組みでは何年交渉しても、まあ実現しないというと言い過ぎですけれども、非常に年月をかけてやっとそのうち一つがいつか実現するかもしらぬということであるわけです。ところが筑波新大学にならうとこういうことも簡単に実現するかもしらぬ、こうなれば、この一般法の手直しが大学のそっちの方向の改革の誘導にならないということを考えるほうがおかしいので、非常に大きな誘導の力になります。つまり大学は研究をし、教育をして、研究者であれば大きな成果をあげたい。そういう意欲があればあるほど金がなくてはできない研究においては、大学財政について、研究費についてまた非常に意欲的にならざるを得ない。そして現状ではそれが満たされない。こういうふうに管理制度を改革すれば、それは満たされるという見通し図がかかれれば、そういう方向に誘導されるだろうということは見やすき論理ではないかと思います。
 そういう意味で、むしろ大学改革の基本は現在においても、こういう管理体制をとらなくても、なお金を出す側、国家や政府がその気になってくれれば改善できる点が多々ある。そしてわれわれの大学はずいぶん努力してきた、その自発的といいますか、内からの改革の努力や要求にこたえるという形で改革を切り開いてくれない。それとは全然違うこういうレールに乗れば、そっちのほうの展望は開けますよということで来ているところに、私どもとしては何といいますか、非常な危惧を感じているわけです。
#67
○有島委員 どうもありがとうございました。
#68
○田中委員長 受田新吉君。
#69
○受田委員 三先生どうもきょうはありがとうございます。時間がおくれて申しわけないのですが、十分前後で質問を終わらしていただきますから、お許しを願いたいと思います。民社党の受田新吉でございます。
 私、こうした教育の制度的な大改革ともいっていいようなこういう問題は、できるだけ国民の合意を得、できれば党派をこえて、そして教育の永久性という意味から、次代の担当者を養成するという形に進むべきだと思っております。こうした崇高な教育の世界が、政党政派あるいはいろいろな派閥等で対立抗争の中に国会できめられていくというような形は、嘆かわしいものであると思っているわけです。そういう意味で、この問題、いわゆる筑波大学法案の扱いにつきましても、できれば国民の大多数の合意を得られて実を結ぶ、国会もそういう形に進むべきものだと思っております。
 そこで二、三点だけ端的に質問さしていただくのですけれども、茨城県知事岩上先生、地元に筑波大学ができる、研究学園都市ができることを非常に誇りとしてがんばっておられることに敬意を表するのですが、研究学園都市千八百ヘクタールという土地の買収は完全にでき上がりましたでしょうか。
#70
○岩上参考人 もうすでに完全に買収を終えて四年になります。
#71
○受田委員 その買収は、成田空港などと違って比較的早期に着手した結果、土地の買収価格なども比較的低率であったと聞いておるのですが、この筑波学園都市周辺に、新しい土地造成者による高額の土地の売り渡し計画などがあって、筑波学園都市周辺に、土地ブームによる不愉快な現象があることも聞いておるのですが、知事として、誇り得る研究学園都市の成功の前に、その周辺に土地業者の不愉快な現象を排除する努力をされておるかどうか伺いたいのです。
#72
○岩上参考人 これは日本全国至るところに思惑、それから今日的な外為会計等によるいろいろな資金の問題が、土地にそれぞれ上のせになって荒らしまわっている現実でありますが、この研究学園都市問題について、私は研究学園をつくるならばその周辺の農業対策をあわせて実施すべきである、こういうことで周辺環境の問題に約二十億、今度の六月県会において約一億五千万程度支出するわけなんですけれども、そういう一つの配慮をする中に、農村と研究学園の調和ある発展をはかるべきである、こういうふうな感覚で組み立ててまいる中で、これはひとり研究学園都市周辺における土地ブローカーだけではございません。ある一つの拠点開発を進めてまいりますと、当然それに付随するいかがわしき業者等出ておりますので、昨年の十二月、宅地開発規制条件、これをつくりまして、大規模開拓業者に対する規制措置、あるいは自然保護条例をつくりまして、具体的にこの土地の問題についての規制措置をきびしく指導いたしておる過程でございまして、この条例ができることによって、だいぶ荒らしまくろうとしておる影響から、茨城の緑の天地が保護されようとしている段階にございます。
#73
○受田委員 私、研究学園都市、その中に筑波大学構想というものが描かれている中で、都市の大学が地方へ、平和な楽園に学ばれるように移っていくということは、これは基本的には非常にいいことだと思うのです。ところが、またここへ東京のゲバ学生が、筑波大学がかりにできたとして、そこへお手伝いに行って、平和な学園が筑波でも荒らされるというような状態は、これはたいへん残念なことで、予想するだに残念なことなんでございますが、名実ともに研究学園都市を構築されようとしておる茨城県知事として、その周辺の環境づくり、そこに学ぶ者に真の教育の自由さ、とうとさを身にしみさせるような配慮をある程度されておることを伺ったわけです。この点は十分今後ともお進めいただきたい。
 そこで、和光大学の学長梅根先生、先生のところは私立大学である。この私立大学は、国立学校設置法の改正によって国立大学が新しい教育研究機関を設けられることについては、筑波大学の場合、研究と教育が分離されておるということについては、むしろこれを、こういうことの成果を得られようとするならば、私立大学が模範的にやって、国立大学よりも先行した研究などをやって制度的にどうするかというようなことを試みられるのも妙味があると思ったんですがね。国立大学に学んで、準じて私立大学が動く、国費の応援は全国で四百億程度しかいただいておらぬ。国立の三倍も四倍も学生さんがおって、国家からの応援はささやかに四百億程度しかもらっておらぬような私立大学が、この法案に対して右にならえをされるということでなくして、むしろこういう問題は先行して、研究して、その成果があるかないかというのは、結果的には国立がその私立の結果を学ぶ、こういうような形で、むしろ弊害があれば弊害があったとして、国立に準じた扱いでなくして、私立でもこういう制度を採用するかどうかを研究される、そのくらいの積極性があってしかるべきではないかと思うのです。特に私立の場合は外部の勢力が、おそらく先生のところにも、校友のボスとか地域ボスが理事者などになっておられて、先生も骨が折れやせぬかと思うのです。そういう意味で国立に新しい外部勢力の参加があるという、こういう法律は、むしろ私立はそうした理事者などにおいてはもう先行した経験を持っておられるわけで、これに対して御意見を伺いたいのです。
#74
○梅根参考人 私立といいましてもいろいろあるようでございまして、一様にまいりませんけれども、今回の筑波大学案の言ってみれば一つのねらいというのは、大学における研究を強化するということが一つのねらいになっているだろうと思うのです。私、歴史的に見ましてもそうだと思うのです。たぶんこの案でいきますと、まあ一応研究が強化されるということになるかもしれぬと思っていますけれども、予算も多くの予算がつき、筑波大学としてはおそらくまあ例外と思われるような多くの研究所が計画されております。その研究所にふんだんな予算がいってプロジェクト研究がされるとなれば、一応研究は強化されるということになるだろうと思われます。私立大学の場合にはその点にかけては現在の段階では、まあ例外はございますけれども、研究のための基礎はきわめて弱い、物質的基礎はきわめて弱い。教師はいわゆる教育に奔走させられている。しかも、自分の受け持っている学生が千人も二千人もおる、そういう学生を相手にして、ちゃんと期末試験をして単位を出さなければならぬといった状態に追い込まれている大学の教授が一ぱいおります。まあ研究もされておりますけれども、研究条件はきわめて貧弱です。その研究条件を改善するという基礎をつくっていくためにあれこれと努力をされておりますし、政府にもお願いをしておるというのが実情だと思いますけれども、現在では筑波大学のような構想による、まあ言ってみれば研究を主とするような大学に私立大学がなっていくということはまず不可能だという状態だと思います。
 私のほうの場合には、ただし先ほどお話がございました理事会と大学の学長なり教授会なりとの関係はきわめてフェアでございまして、理事会はただ財政的な責任を持つだけで、教育の内容、研究の内容については全くサポート・バット・ノーコントロールという方針でまいっております。その理事会も教授陣がかなりの数入っております。ですから、そういう問題は私どものところには全くございませんけれども、したがって、私のほうの大学のやっておりますやり方は、私が先ほど申しましたことの繰り返しになりますけれども、私自身が教育大学に長年おりましたものですから、私は大体教育大学方式でやっているわけなんです。たとえば教養部を置かない、教養は全学の教授が分担して持っていくというようなことですね。あるいは一般教育も一年、二年で終わってしまうことはしないというようなことで、まあかなり旧教育大学方式を私は受け継いでやっているつもりなのです。正直に申しますと、現存する教育大学、紛争の起こる前に存在しておった教育大学の姿というのは、私はたいへんりっぱな大学だったと思っているのです。それがつぶれてしまって、それとは非常に違った大学に生まれ変わってくるということは私は残念でたまらない。旧教育大学のよさを私自身はここで引き継いでいるつもりでおりますから、どうかその精神で移転をするなら移転をしてほしいというのが私のねらいなのです。
 それだけで終わります。
#75
○受田委員 わかりました。
 高柳先生、東京大学は国立大学七十六の国家予算の十分の一を一校で持っておられる。国家は東大に非常に力を入れて、予算的に見てもそれほどの力が入っておるのですから、先生のところは研究においても教育においても他の国立大学に比較すると非常に優位な地位にあられる。これも予算を見られたらわかるとおりで、国立大学の予算配分の十分の一は東大が一校で持っておる。他の七十五が残り十分の九であるという、この現実でございますので、先生のところはその点非常に恵まれた中にあって学生が暴動を起こしておる、こういう現象があったわけです。
 そこで私、一つ今度の人事委員会の機構で、先生がいま人事の点においては、教授会などと違った角度からできる今度の機関によって大体教授会の意思、今度の教員会議の意思がほとんど尊重せられるであろうが、百分の一か二かまれな例外が出るであろう、こういうお話でございました。そこに一つの味がある。つまり今度筑波の場合の学系と学群を分けた場合におけるあり方として、人事の妙としては学部制のときには果たし得なかった、たとえばある講座の先生が六十三までその任にある、次に教授にならなければいけぬ、当然ならなくちゃいけぬ人が、その主任教授がおやめにならぬと教授になれない、つかえておる、そういうようなとき、非常に人材がある講座に集中しておるというときにはその類似の講座の教授として栄進するとか、こういう形をとるべきことが、つまり閉鎖人事を開放する意味において、人事委員会というのが雄大な構想で人材を発掘するという妙味が百分の一か百分の二あってしかるべきだと私は思っておるのです。そういうことは先生御自身も、現在の国立大学の講座制であると人事の行き詰まりが起こる、こういうときに全学的規模で人事の配置の妙を得るということについては御賛成であるかどうか。それが人事委員会における、つまりある副学長などの力が強く響くという意味でなくして、教員会議の意思が十分尊重された上における妙味の発揮ということであれば、人事委員会のある意味における妙味があるんじゃないかということ、そのことについての御意見と、それから助手を採用されるときにはやはりその講座の主任先生が非常にかわいがる学生を助手から講師、助教授とこう進めていかれるわけではないのか。そのときに全学的規模でこの学部のこの学科の卒業生、該当者には非常にいい人材がおる、しかしこれはこの講座では採用できない人材だが、ほかのところなら用いていけるんじゃないかというような、つまり全学的規模で助手採用の際における人材発掘というような妙味は人事委員会などがやられるのではないかなと、こういう感じもするのでございますが、この点をひとつお答えいただきまして質問を終わります。
#76
○高柳参考人 最初の、東京大学は国立大学全予算の十分の一を使っているではないかという点でございますが、計数上はそのとおりでございますが、宇宙航空研でロケットを上げたり海洋研で何かかなりりっぱな船を持ったり、そういうことが全部入っておりますので、個々の部局といたしましては毎年少額の予算で苦しんでいるような次第でございます。
 それから第一点の主任教授がやめないと次の人が教授になれないという、こういう講座制の欠陥でございますが、これは東京大学に限らずいろんな大学で、またいろんな学部によって非常に運用が違うと思います。東京大学だけに限ってみまして、いま申されたようなことが妥当しておりますのは、文学部と医学部だけではなかろうかと思います。つまりほかの学部、研究所では、そういう欠陥がありますために、講座制を文部省が予算の積算の基礎として使うということで講座制の機能をとどめまして、内部的にはたとえばある学部で三十講座あれば三十人以上の教授は置けません。しかし三十人の教授という場合に、たとえば民法の第一講座の教授が定年でやめないと民法の教授は極端な場合には五十九まで助教授でいなくちゃならない、こういうふうには運用しておりません。つまりこれは公式には、対文部省関係では、あるいは文句を言われることかもしれませんが、あえて文句を言われても、講座の流用という形で、より教授の条件の満ちた人を教授にして、同じ講座でずっと若い助教授がいて、教授が定年でやめたから若くても普通の場合と十数年違ってすぐ教授になる、こういうふうにはしていないわけでございます。そのことと、つまり御指摘になったことと人事委員会制度とはつながらないと申しますか、別のことだと私は理解いたします。つまりそういう弊害、御指摘のような人事の弊害は、講座制をリジッドに守った場合に出てくることでございまして、それは人事委員会制度をとらなくても、講座制そのものを内部で弾力的に運用していけば済む問題であります。
 それから助手の問題ですが、これも現状ではおっしゃるとおりのような事態はあまりございませんで、学部によって違いますが、大学院制度というものを研究者養成の本道と考える、したがって、助手制度によって主任教授のお気に入りの者を助手に採用して、そのまま助教授、教授というふうに引き上げていくということは、ほとんどの学部ではやらなくなっているわけです。ただ、例外はございます。二、三の学部ではなおそういう制度が、助手のそういう使い方が残っておりますが、多くのところでは大学院制度を研究者養成の本道として考え、またそのように充実していくようにつとめるというふうにやっております。ただ、そういう非常に優秀な人材がいた場合、学部教授会が人事権を持っていると、何といいますか、ほかの学部でそれを引き上げていくということができなくて、人事委員会制度でないといかぬのではないかという御趣旨かと思いますが、かりに助手をそういう研究者養成として使うという場合を考えてみましても、私どもの研究所などで助手を募集します場合には、学内、学外を問わず、学部のいかんを問わず応募できることになっております。そして文字どおりその専門についての将来性を示す優秀な論文その他のデータがあれば、どこの学部であろうと、どこの大学であろうと助手に採用するという公募制をとっております。したがって、御指摘のような欠陥はそういうことで克服できる、つまり人事委員会制度とその点も直接の関係はないのではないか。人事委員会制度によってあり得ることは、やはり教員会議が学問的能力、水準ということで積極の答えを出して推薦しても、人事委員会の総会でけられることがある。百に一つか二つかわかりませんが、ある。その場合にけられる理由は何かと考えますれば、総会には当該専門の、その専門的能力の判断の資格のある人がいるわけではない、つまりほかの考慮から人事委員会総会はメンバーがつくられているわけです。候補者の学問的水準の能力の判定能力を持っているのは、下から上げてきた専門委員会であるわけです。その専門委員会の結論がけられることがあるということは、その学問的能力の評価以外の要素でその人事がけられるということであるわけです。それがいいことかどうか。人事委員会制度で一番の問題はそこであります。つまり学問的能力以外、これは何かわかりません。思想なのか、あるいは行政的考慮なのか何かわかりませんが、要するに研究者としての能力以外の基準で人事がけられる。そういう余地を置く制度を置いている。そこに私が先ほど申しましたような意味での教師、研究者の自治という観点から問題がありはしないか。百に一つか二つか知らないけれども、それがあることによって、教員の意識というものに大きな網、ワクをはめることになりはしないか、そういうことでございます。
#77
○受田委員 どうも御苦労でございました。
#78
○田中委員長 これにて午前の各参考人に対する質疑は終了いたしました。
 参考人各位には、御多用中のところ、長時間御出席をいただき、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚くお礼申し上げます。
 午後二時に再開することとし、暫時休憩いたします。
   午後一時三十一分休憩
     ――――◇―――――
   午後二時七分開議
#79
○田中委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
 国立学校設置法等の一部を改正する法律案を議題といたします。
 午前に引き続き、参考人から御意見を聴取いたします。
 午後の参考人として、東京教育大学教授大島康正君、京都産業大学教授佐藤吉昭君、元お茶水女子大学学長藤田健治君、東京大学教授丸山儀四郎君、評論家村松喬君及び日本学術会議会員渡辺洋三君の六名の方々に御出席を願っております。
 参考人各位には、御多用中のところ、本委員会に御出席いただきまして、まことにありがとうございました。
 本委員会におきましては、目下国立学校設置法等の一部を改正する法律案を審査いたしておりますが、本日は、本法律案につきまして、参考人各位のそれぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただき、審査の参考にいたしたいと存じます。
 これより参考人各位から御意見を承りたいと存じますが、議事の順序といたしまして、初めに参考人各位から御意見をそれぞれ十分程度お述べいただきまして、あとは委員の質疑に対してお答えいただきたいと存じます。
 なお、参考人各位に申し上げますが、発言の際は委員長の許可を得て御発言願います。
 また念のため申し上げますが、参考人は委員に対して質疑はできないことになっておりますので、御了承願います。
 御意見は、佐藤吉昭君、丸山儀四郎君、藤田健治君、村松喬君、大島康正君、渡辺洋三君の順序でお願いいたします。
 まず、佐藤吉昭参考人にお願いいたします。佐藤参考人。
#80
○佐藤参考人 ただいま御紹介にあずかりました京都産業大学の佐藤でございます。
 私は、今回の筑波新大学及び関連した法律案の一部改正案の成立に特別な関心を持っているものでございます。
    〔委員長退席、内海(英)委員長代理着席〕
実は、私事にわたりますが、昭和三十四年から四十年にわたりまして、スイス、ドイツに留学し、最後の二年あまり西ドイツのミュンヘン大学で助手をいたしました。そのとき初めて最下級のスタッフといたしまして、わが国がかつて少なからず模範といたしましたドイツの大学を裏側から見る機会を得たわけでございますが、そうしてそのどうにもならない実情を見せつけられたわけでございます。これはたまたまドイツの大学紛争の直前でありました。それ以来、私は現代の多様化いたしました、また価値の多極化いたしました世界での大学とはどういうものであろうかということに関心を持って帰国いたしました。そして全く伝統も行きがかりもございません新設の私立の京都産業大学の中で、その新大学の像を追い、一部改革案も作成いたしました。そして昭和四十四年に今度の筑波大学の教育研究機能と事実上同じ構想を得ました。またその管理運営におきましても似通った考えに到達いたしました。そうしたいきさつでございまして、私はいま提出されております法律案に原則的に賛意を持ち、その成り行きを注意深く見守っているものでございます。
 私は、ここで以下三点につきまして、簡単に所見を述べさしていただきたいと存じます。
 まず第一に、この法案の提出をめぐって必ずしも幸運ではない現状が存在しておりますが、それにもかかわらずわが国における従来と違った新大学のスタートというものは、世界の新高等教育の現状から見ましても、すでにあの大学紛争の後半におきまして、いわばシグナルはゴーであって、青信号に変わっていたのであって、たとえそれが国家の手によるにせよ、これ以上の遅延は単に遅延の繰り返しであり、ともかくスタートさすべきであるということでございます。
 第二点は、筑波新大学案をめぐってのさまざまの不安と危惧は、わが国の新しい高等教育時代へのいわば産みの苦しみの反映であって、これを生み出さなければならない世代の共同責任と、それから生じる希望とに比較してみまして、もし乗り越え得る範囲の不安と危惧であるならば、あえて乗り越えなければならない勇気が必要であるということ。そしてこの新大学がうまくみんなの手で誕生いたしましたとしても、その成果の花を開くのはここ四、五年の学年の完結期ではなくて、次の世代、場合によっては孫の世代となってしまうのでありますから、ここで逡巡することはかなり長い将来に空白を招くことになり、政府、与野党も、全大学人も、市民も、われわれの実の子の高等教育の将来をきめるものだといういわば実感を持って、万が一にも政略的とか行きがかり的な扱いをしないで、いわばまことに中立的な、寛大な心で長子的に誕生を見守っていただきたいということでございます。
 第三番目に、私立大学の一教員として申し上げたいことでありますが、学校教育法五十三条の改正の「学部以外の教育研究上の基本となる組織を置くことができる。」の一項を、私は世間でよくいわれているような、国家、政府がこれを突破口にして筑波型新大学、特にその管理法を全大学に強制するのではないかという弱気の解決はいたさないものでございます。そうではなくて、全大学生百八十万人の八〇%に当たる学生の教育を現に担当しております私立大学の側からして、戦後二十有余年、東大に代表されます国立大学の類型を、予算事情におきましても、社会のニードも違い、また多様な要求を持つ現代の学生を有している私立大学に、画一的にしかも念入りに要求してきた、いわばこれは文部省の伝統的な強固な態度でありましたが、そうした長い歴史にある意味で終止符を打つことであり、独自性を主張したい私立大学にとりましては、まさに多様化への勝利の突破口であるという逆の観点に立っていることをお伝えしたいのであります。
 つきましては、まず第一の点に補足いたしたいのでありますが、東京教育大学が筑波新大学に変身するというこの案は、イメージの上で不運であります。しかし私は、全くの新規の大学を設置することに比して、利点のほうを認めます。また現在多くの大学人の間ですら、いわば筑波大学はイコール教授会廃止、イコール人事権喪失などの自治喪失であるといったいわゆる三題話的な観点が広がり、これによって法案反対署名が多数なされております。日本人の大好きな思考類型とはいえ、この法案へのイエスかノーが、個人思想のいわば踏み絵に使われていることは、まことに残念であります。あの数年前まで続いた全国あげての大学紛争のときにあらわれました大学の自己批判とか、新時代あるいは次代とのあまりのズレへの認識、そして新しい大学を求めて日本じゅうで費やされたとほうもないエネルギーは、虚偽のエネルギーだったのでありましょうか。あの時点でそれが見出されないままに、各自ばらばらに模索したものが何であったかをすみやかにくみとり、焦点を結ばせることができなかったことは、文部省はじめ全大学人の責任であり、今日自責の念をこそ呼ぶべきものであります。このたび国が、あるいは文部省が、各国にずいぶんおくれをとりましたが、ここに東京教育大学等設立のための各種委員会の助けによって具体的な法案を出されたことは、まずは救いであり、他方、多くの大学人が座して批判をする批評家になってしまったことは残念でございます。
 第二の点に補足をいたしたいと思います。何が本法案をめぐる危惧であるのかということでありますが、文部省、そして国家がみずから新大学案を積極的に提示したことに対して、顔をさかなでされる感じを持つ人があることはしかたのないことでありますが、他国、たとえば状況が似ておりますドイツ、フランスなどでも、結局この形をとっておりますし、これにはとらざるを得なかった理由があるように思います。旧大学が独自の改革をいたしましても、それ自体で行なえば、まずは改善とか改良にとどまり、イギリスとかドイツにおけるようにそれとは別に、ほんとうの改革大学はどうしても複線形式で並行させることがよいと信じます。そしていかなる完全案よりも、まずは実行がまさり、その途中で小さい変更を加えていくことが成功のかぎであります。私は自分のモットーとしているところでございますが、ラテン語で申しますと、ウニベルジタス・レフォルマータ・センペル・レフォルマンダ、およそ改革大学と呼ばれるものは、一度で完全になるのではなくて、その後常に改革を加える体制にあってこそ改革大学といえるという信念でございます。筑波大学がその機構の中に教育とか研究組織を、随時新設ないし改廃できる機能を取り入れたということにおきまして、私はその端緒を認めたい、あるいは評価したいと存じます。
 同様のことが今後管理運営面でも生じると私は予測いたします。いわば世評の上では悪評高い管理運営組織につきましても、私の判断を申し上げますならば、この大学が従来の静止的、閉鎖的大学と違い、学群、学系、センターを動的に全学的に運営し、しかも一般社会ともかかわりを持つ必要を持っておりますから、ここでは大学というものをファンクション、機能主義でとらえ、統一的に経営する必要が生じます。言われるような学長独裁的管理社会の出現という消極的な観点とは逆に、そこに生ずる筑波大学社会の機能的運営としてトップマネージメントを取り入れることは必要ですし、それが悪というならば、やむを得ずこれは必要悪といわざるを得ないと思います。この危険はどうしてもリコール制の適用というような安全弁で防ぐしかないと思います。私も新大学の運営図をつくづく見まして、機能的にはみごとな配線図が引かれておりながら、これが実現した暁には、おそらく新たに要求されてくる補足機構が隠れているように思われます。簡単に申せば、人間感情としての運営へのパーティシペーションという点が不足しております。しかし、これにつきましては御質疑がありましたときにお答えいたしたいと思います。
 第三番目の点にふえんして、私の話を終わらせていただきたいのでございますが、最後に、第三点の補足として、私は筑波新大学の将来について、これが予期どおり大成功をおさめるとは予測いたしません。やってみればいろいろな欠陥が出てきて当然でございます。みずからの道をたどりながら、みずからを生かすために悪戦苦闘するでありましょう。しかし、これが私生児になるとか鬼子になるとは思いません。筑波大学は、広い意味では、いままで逃げに逃げてきました日本人が初めて決断しかかっている実験大学のスタートでございます。しかしこの実験とは、日本人が感傷的に思い浮かべるモルモット、すなわち切って、突いて、殺される運命のモルモット実験ではございません。私立大学の歴史が実証しておりますように、大学とはまさに強靱な生命力を宿しているものでございます。一たび出発いたしますと、どんな逆境におきましても必ず成長してまいりました。私立大学、特に現状においてあまりにも大ぎょうな学部組織を負わされて魅力も失い、時には経営すら不振になっている多くの私立大学は、この新大学の誕生を国家的な見地と同様、きわめて身近な立場から強烈に期待し、注目していることを申し添えたいと存じます。大学多様化時代の幕あけであるという観点でございます。
 以上、私の観点を述べさせていただきました。(拍手)
#81
○内海(英)委員長代理 次に、丸山儀四郎参考人にお願いいたします。
#82
○丸山参考人 私は、現在、東京大学に所属している者ですけれども、この三月まで実は東京教育大学において教職に携わっておったものでありますが、ちょうどことしの三月まで、まる七年間教育大学に奉職しておったわけであります。それですからして今回の法案について非常に深い関心を持っているものでございますが、私はこのたびの法案の内容について、いろいろな点で従来の大学の制度に対して非常に大きな改変が行なわれるということでありますが、その結果いろいろなことが引き起こるという点についての深い憂慮を持っておるものでございます。それで、私は主として自然科学者としての立場から、自然科学者といいましても、やはり自分の分野というのはそのごく一部でありますから、私が専攻しているのは数学でありますが、そのような立場に立ちまして、このたびの法案についての教育と研究という点について主として意見を申し述べたいと思います。
 この法案の内容におきまして、大きな改変の点といいますのは、管理運営の点は除きまして、学部の廃止とそれから教育研究の分離、それに伴って起こる学系、学群の設置、それからさらに研究の面におきましてプロジェクト研究を重点的に行なっていく、こういう点にあるかと思います。それでいまそれらの点につきまして逐次意見を申し述べたいと思います。
 まず、この学部の問題ですけれども、この点につきましては大学紛争以来いろいろな批判がなされておりますし、その批判についてはもちろんいろいろな面がありますけれども、学部の閉鎖性とか形骸化とかいうような点につきましても、もちろんそれは批判さるべき点はあると思いますけれども、しかしながら、この学部制というのは、日本の文化が明治以来高揚してくる段階におきまして、ヨーロッパからこの制度を導入しまして、それによって日本の大学、それからさらにそれに基づいて日本の文化が発展してきたわけでありますからして、それの果たした役割りというもの、そういうものは十分に評価しなければならないと考えるわけです。それでこの文化の面におきましての改革ということは、私は何よりも伝統ということ、過去の経験、そういうものを十分に踏まえて評価して、そして、つまり文化における連続性ということを考慮しながら改革を行なっていくということが最も重要ではないかと考えるわけであります。
 学部の閉鎖性とか、新しい学問の発展に対応できない点とか、いろいろな点が指摘されておりますけれども、現在の制度の中でもやはり学部というものは変わらざるを得ない。運営につきましてもそうですし、内容につきましても新しいタイプの学部が計画されたり、事実実現されていくという状況もあります。それから学部の中にも新しいタイプの学科というのが、新しい科学技術の発展に応じて設立されてくるということがあるわけでありますから、そういうことがあります。
 それで、伝統の継承という点につきまして、東京教育大学というのはおよそ百年ぐらいの伝統を持っていると思います。もちろんそれは、教育大学の前身であるところの東京文理科大学とか東京高等師範学校、またそれ以前の前身である東京師範学校ですか、そういう経過を経てきているわけですけれども、それらの教育機関が日本の教育界及び研究という面で果たしてきた役割りというものは、非常に大きく評価していいと思います。そういうようなことがありますので、私は、筑波新大学ができる場合におきましても、教育大学の伝統というものはいかに継承されるかということが非常に大きな点ではないかと思うわけでありますが、その点につきまして私は、法案の内容からいたしまして、それがはたして伝統の継承が十分に行なわれているのかどうかということについて危惧の念を持つものであります。
 次に、研究と教育の分離ということがまず一つ目標に掲げられまして、教官の研究の組織として学系、それから教育の組織として学群というのが設けられておるわけですけれども、これは新しい試みでありますけれども、それとさらに研究の面では先ほど申し上げましたようにプロジェクト研究というものがありますけれども、私の見て理解した点から申しますと、学系というのが、はたして研究の組織としていかに機能し得るかという点にどうも納得がいかない点があります。それは、たとえば学群の長は、部局長として位置づけられておりまして評議会のメンバーになるわけです。しかしながら、学系の長はそうではないことがまず一つの点でありますが、これは運営のいかんにもよるかもしれませんけれども、悪くすると、学系というのが単なる先生の戸籍のあり場所ということに終わるかもしれないという危惧を持つわけであります。
 それで、学系の点につきましては、プロジェクト研究というものが関連してまいりますけれども、これは学系で行なわれない大型研究を行なうということでございますが、このプロジェクト研究で行なう研究のやり方ですが、それは研究担当の副学長のもとで行なわれる研究審議会というものがこのプロジェクト研究を締めくくっていく役割りをするわけでありますけれども、一方研究費の査定というようなことになりますと、これはおそらく財務委員会というようなところでなされるのぢゃないかと想像されるのですけれども、つまり研究者がたとえば研究費の査定についてどのようにかかわっていけるのかという点、それからさらに研究者が、このような形態で研究が行なわれる際に、研究のいわば統制あるいは研究者の選別というようなことが行なわれていくのではないかということであります。つまり研究の自由の保障ということがいかにあり得るかということ、それから、研究に対する批判とかいうようなことでありますが、それがいかに保障されるかという点についての危惧であります。
 これらの点につきまして、現在の社会的な状況から申しまして、科学者は科学が生み出した成果について、それがどう使われていくかということについて責任を持って関心を持たなければならないのでありますけれども、したがって、研究が行なわれる場合に、科学者の主体性、自主性ということが大いに強調されなければならないわけであります。
 それから、この制度におきましては、やはり研究の能率化ということが非常に強調されているのではないかと思われるわけでありますが、振り返ってみますというと、日本の大学教育といいますのは、およそ明治十年ごろから始まったというふうに私は理解しておるのでございますが、明治十年ぐらいから約十年間ぐらいの間に非常に急速な発展といいますか、内部の充実を逐げまして、その初期におきましては開成学校とか南校とか東校とかいうふうな名称で呼ばれておった、いろんな名称の変更がありますけれども、それらの初期の段階ではおよそ旧制中学校ぐらいのレベルのものであったものが、ほぼ十年ぐらいの間に大体国際水準の大学というていさいを整えたというわけであります。それからさらに大正期において、もちろんこれは充実してまいりまして、大体昭和の、戦争に入る前に欧米の水準にかなり近づいたというのが日本の研究水準の実情であろうかと思いますが、戦後はさらに民主教育の発展に伴いまして研究者が大量に養成されてきて、その結果、ますます欧米との格差は縮まったということが言えると思いますけれども、しかしながら、実際に縮まり方というのはどのようなものであるかということでありますが、やはり最後のあるレベルというものは、単に量的なものではなくて、独創的な質的な研究態度というものによって初めて欧米のレベルに正確に達し、あるいはそれを越えることができると思うのでありまして、能率化というような点だけで、はたしてそういうことが実現できるかどうかということであります。
 それから学群、学系の点につきまして若干申し述べたいと思いますが、学群、学系について文部省などから出されている文書を拝見して、その中にいろいろ説明がございますけれども、これは私どもは現場でいろいろ学生を教えているものでありますから、その内容を非常にリアルに、学生を思い浮かべながら読むということがどうしても必要になるわけですけれども、その際に、やはり具体性においてどうも満足がいかない。一体この制度が取り入れられた場合にどういうふうに展開されていくかという点については、それらの文書の中でどうも理解がいかないということであります。
 それから、先ほど申し述べましたように、学系の長というのは、従来の考え方からいいますというと、大体学部長に相当すると思われるのですけれども、学系の長は部局長というように位置づけられていないわけですから、その点につきましても、学系というものが大学の中でどれだけの機能を果たし得るかということについて、危惧の念を抱くものであります。
 それから学系と学群の関係でありますけれども、学群は学系と独立してカリキュラムの編成などを行なうわけでありますから、研究者である学系の先生方が教師として学群において教える場合に、研究者としての自主的な機能が果たせるかどうかというような点についてもいろいろわからない点があります。
 それから、教育研究の分離についての必要性がいろいろ述べられております、先ほどの文書なんかにも。しかし、それらの点につきまして、なぜ分離しなければならないかという点、この点についてもどうも私は十分に納得ができないのでございます。学群のたとえば多様化とか、多様化に応ずる教科の編成とかいうようなこと、そういうことは現在の制度の中でももし必要であれば行なうことができるのではないか。事実たとえば京都大学理学部におきましては、この学科目制というものから離れた単位の取得によって教育を行なっているというように伺っておりますが、それが一つの例でありますが、教育大学自身の場合につきましても、現在でも、たとえば理学部の学生は、他の学部の学生もそうかもしれませんけれども、必修科目、専門科目というもの、それからそのほかに自由選択で、やはり単位に加え得る幾つかの科目が、自由に選ぶことができます。理学部の中のたとえば数学科の学生が、化学の講義を聞いてそれを単位にする、あるいは他学部の文学部のたとえば日本史の講義を聞いてそれを単位にすることができる、そういうふうになっておるのでございますからして、多様な科目の選び方というのは、いまの制度の中でも決して不可能ではないというふうに思われます。
 また、とかく研究をすれば教育がおろそかになるというふうにいわれておりますけれども、それは絶対ないというところまで言えないけれども、しかし六・三制以来大学の教師といいますのは、それ以前の大学の先生とは、偉い先生とは違っておりまして、教育ということを離れて単に研究者としては機能し得ないと思うし、そういう点についての自覚というのは非常に深まっております。実際教育と研究を両方ともちゃんとやるという人こそ、標準的な意味におきまして望まいし大学の教師だと思いますし、事実、私の接触している範囲におきましてはそのような人が大部分でございます。そのことは決して困難なことではなくて、実際に両方の面で成果をあげております。
 その他、これは詳しいことも述べませんけれども、助手の問題、新大学におきましては助手というものがなくなるということでございますが、この助手というのは、現在学部によっていろいろ位置づけとか機能も多少違っておるのですけれども、理学部に関して申し上げますと、助手というのは教育と研究両面において非常に重要な役割りをしているのであります。その点の評価、認識というようなことがどのように行なわれて、そうしてその結果この制度がなくなるのかという点、十分の検討があったのかどうかということであります。
 それから、教育大学の準備調査室といいますか、出た文書に国際交流の点について述べてありまして、筑波大学の一つの特色のように述べられておりますが、文部省から出た文書では交流の点についてはあまり触れられておりませんけれども、これもやはり現在の制度の中でなぜ十分にやらなかったかということをつくづく私は痛感するのであります。
 最後に、要約しますと、私は教育の改革ということは十分な自信、過去の経験に基づいた十分な見通しというものを立てた上で、しかもそれは教育研究に携ってきた大学の先生あるいはそれに深い関心を持つ有識者という方々の大多数の見通しというものが立てられた上で、ある実験をやるということもよろしいかとも思いますけれども、これは実験室の実験とは違いまして、教育における改革といいますのは、へたをすると非常にたいへんなことになると思います。いささかきついことばかもしれませんが、生体実験というようなことになってもらっては困るというような感じを私は持つのであります。
 以上の点からしまして、この法案について十分有識者の意見を聞き、かつあまりせっかちにならずに、やはり時間をかけてやるということが望ましいと思います。
 以上で私の意見を終わります。(拍手)
#83
○内海(英)委員長代理 次に、藤田健治参考人にお願いいたします。
#84
○藤田参考人 このたびの筑波大学の主として制度の問題につきまして、私の考えるところを述べさしていただきたいと思います。
 大学の学問研究並びに教育に関係いたしまして、ここ二十年もしくは十五年ぐらいの間において、世界的に大きな変動が起こっているように思われます。
 学問研究の面では、これは私があらためて申し上げるまでもなく従来の学問のワクを離れて学部、学科にとらわれない研究がいろんな意味において出てまいりまして、旧来の学問の分類から申しますれば当然他の学科に属するような面までお互いの間に交流があって、共同の研究あるいは総合的な研究というものが進められていると思うのでございます。いわゆる境界領域と申しますか、学問と学問との間の、いずれにも属しないあるいはいずれからも研究し得るような、そういう境界領域におけるところの研究というものも進められておりますし、さらには一つの問題につきましてもさまざまな、従来の考え方から申しますと違った分野の学問から、同一問題についての照明を当てて研究が進められていくことは、これは皆さまも御承知のとおりだと思います。
 別に例をあげるまでもなく、かって私どもの若い時代にそれだけ独立して行なわれたような研究が、たとえば生物学みたいなものがいわゆる生化学に発展いたしますし、さらに生物学自体の研究に物理学的な方法が用いられるとか、あるいは法学の場合にも法社会学というものが発展してまいりますし、あるいは教育の面でも教育工業というようなことが出てまいります。その他情報科学あるいは行動科学の面におきましても、多くの学問が共同して研究しなければできない面がたくさん出ているように思われまして、こうした研究の方向は、普通学際的ということばを使っておりますが、学際的というのはたいへん耳なれないことばでございますが、いわゆるインターディシプリナリーと申しますもので、この学際的な動向というものが学問研究の場合においても非常に強く進められているのが現状であろうと思われます。
 そうした場合に、その研究の一番先端に立つものはやはり学科でありまして、それは常に流動的に新しい場面に面しまして、新しく学科が創設されあるいは研究が進められるということになるわけでございます。そしてそのでき上がったそれぞれの学科が自由に交流し、流動的に総合的に動くことによって初めて学問は進歩するというのが現状ではなかろうか。そうした場合に、かつての学部というものの持っている――学部は、同じような種類の学科をある程度までたばねましたそういう組織でございますが、実はそれが多少荷やっかいになっているのではなかろうか。そういう学科自身の自由な活動に対してある制限を加えるような場面がある。むしろそういうワクを取りはずして学科が自由に活動するということこそ実は望ましいのではなかろうか。こういう考え方から学部を解体して、そういう意味における学科の自由な活動というところに全世界的にも大学改革が行なわれているように私どもは見受けるのでございます。と同時に、各学科そのものがばらばらになってはいけないので、やはり何かの統一が必要でございますが、それはいままでのような意味での学部ではなくて、むしろ全学的な視野からの統一あるいは運営というものが適当である、こういう考え方で、たとえば筑波の場合を考えますと、いわゆる学系とそれから審議会という関係がそれであると思いますが、これは何も筑波に限りませんで、諸外国においても採用されている面がたくさんあると思います。
 それから教育の面でございますが、教育の面はかつてのいわば少数のエリート教育とでも申しますか、そういう部面から、大衆教育ということばは少し語弊がございますが、外国語で申しますと、いわゆるエリートエデュケーションからマスエデュケーションに変わってきた。つまり非常に多数の学生を擁して教育を進めなきゃならぬ、そういう時代になっております。
 これに対してどういう教育を施すかということは、大学にとっては非常に重大な問題でございまして、これまでのやり方ではやはり不十分な点があるのではなかろうか。教育と研究との一致ということは、これはいろいろ誤解があるように私は思いますが、大学の教育が高度の研究を基礎にしないでできるはずもない。そういう意味において教官自身が高度の研究を身につけながら教育をするということは、あたりまえのことでありまして、そういう意味における教育と研究の一致は当然のことでございます。しかし、たとえば大学院などにおけるところの研究者の養成、あるいは教官の側からすれば後継者の養成ということになりますれば、研究者自身の、教官側の研究そのものの結果をすぐ学生にぶつけていっても、これは十分理解もできるだろうし、その点に何のギャップもないかもしれませんが、四年の大学の期間におきましては、大多数の学生は、必ずしも教官と同じ職種を将来選ぶとは限っておりません。いな、むしろそれとは違った社会人として活躍するのだと思います。となれば、狭い意味におけるところの専門の研究結果だけをそのままぶつけても、それはある意味において学生にとっては迷惑ではなかろうか。むしろ学生に対して、高度の研究の結果を踏まえながらも、それをどういうカリキュラムで、どういう内容で与えるか、あるいはどういう方法で与えるかという教育に関する大学の中の、まあ初等中等教育ではそういう意味での教育が非常に焦点になって考えられておりますが、従来の大学ではほとんどそれは、むしろ考えられなかったのではなかろうかと思いますが、ここであらためてそれを考え直す機会が必要なんではなかろうか。そうして学生の要望に十分合った内容をつくり、教育を進めなければ、学生によっては、教官とは違った意味での興味を持ち、また少なくとも教官とは違ったレベルの知識の上においては、たとえば教官の講義についていけないような場合も出てくるのではなかろうかと思うのでございます。
 そのギャップを埋めるために、どうしても教育自体もう一ぺん反省してみる必要があるだろう。そうしてその教育の内容は、先ほどから申しますことと関連いたしまして、狭い専門領域ではなくて、社会人としての教養に必要な広範な内容を持った、狭い学科のレベルを越えましたものでなければならない。そういう点では同じような学際的な見地が必要である。
 そういう形でおそらく教育は進めなきゃならないとしますと、この点におきまして、たとえば筑波にございますような学群の考え方というのは、これまた諸外国にしばしば例がございまして、クラスターとか、ボード・オブ・スタディーズとか、いろいろ外国でもやっておりますが、こういう見地が必要ではなかろうかと思うのでございます。そこで初めて各専門の教官が真剣に、お互いの相互の連絡において学生に最も必要な教科内容を考え、かつまたそれを適当な教育方法で進めるということによって、いわばこのごろスチューデント・センターズ・エデュケーションということばがございますが、学生の要望を中心にした教育ができるのではなかろうか、こう考える次第でございます。
 そういう点で学群ということができてくるわけでございますが、いままで申しましたような意味で、学問の研究の場合では、いわゆる学際的な動向、それから教育の面ではマスエデュケーションということばはたいへん不都合なところもございますが、要するに学生の要求に最も合ったそういう意味での教育が進められるためには、これまでの学科あるいは特に学部のワクを取り払うことが必要ではなかろうか。そういう世界的ないわば動向を踏まえて新しく考えられた制度といたしまして、私は筑波の制度に対しては十分な期待ができるのではなかろうかと思っております。
 これが一般的なことでございますが、こまかいことにつきまして多少いろいろ制度についての批判がございますので、あるいは新しい制度に対する不安等もございますので、それらについての私の考えを申し上げさせていただきます。
 たとえば、従来の大学とたいへん制度が変わるものでございますから、そこで、従来の大学が主としてその本質としておった民主性あるいは自主性というものが失われるのではなかろうかという不安がございますが、私は必ずしもそうはならないのではなかろうか。たとえば、先ほど申しました学問自身の全体的な審議をいたしますところの研究審議会というものの構成を考えた場合に、あれは大体三十人の定員のうち二十六名までは学科それ自身から互選によって選出された委員によって構成されております。三十人中の二十六人が、そういう意味で学系から選出されたそういう委員であれば、いわば教官の意思は十分に反映されるのではなかろうか、こう私どもは考えます。ただし、それに対していわゆる副学長というものが学長の任命で来る、それがいわゆる議長になるわけで、その点に対する御心配もあるようでございますが、これは決して学長の専断にはならないのであって、学長は必ず評議会の意見を聞いて任命することになっております。この条件がついております限り、そして評議会自体は、ではどうかと申しますれば、これは大体五十名のうちやはり二十六名は学系から、つまり学科から選出されるところの委員、それからあと十名は学類から選出される人々であると思います。そうすると、これは総計いたしますと三十六名は学科を基礎にいたしまして選出された委員でありまして、五十名中三十六名の委員が出ている限り、学科の、つまり教官の意思は十分反映されるのではなかろうかと私どもは考える次第でございます。
 副学長につきましては、先ほど申しましたように、評議会の意見を聞いた上でなければ学長は任命できないわけでございますが、この中に学外の人間が加えられることについての批判があると思います。これはある意味で、審議会のうちのある種の者は必ずしも教官であることを必要としないのではなかろうか。たとえば厚生補導のごときものにおいては、もっとベテランもあり得るのではなかろうかということで、ただ外国では、そういう場合において、そういう教官外の人がそういうところに任命されるのはきわめて普通のことでございますので、そういう意味での余地を開いたまででございます。したがって、そういうことなしに、すべてが教官がこれを担当するのであれば、それで少しも差しつかえないわけでございます。
 それからもう一つ、教授会――いままで非常に大きな意味でその権能とされておりました人事委員会の問題がございます。これは今度の場合には、筑波の場合には、人事委員会というのは別にできますので、これについてもいろいろと御批判があるように伺っておりますが、しかし、学部に密着するということは、先ほど申しましたように、学問研究並びに教育の体制がそのように変わってくる場合において、やはり学部に密着しないで、全学的な見地からこれを選考するほうがむしろ望ましいのではなかろうか。ただし、その場合におけるところの関連学科の教官は当然参加しているわけでございますし、まあしいて申せば、私自身はこれに対しては、むしろもうちょっと、各大学でやっておりますような意味での、いわゆる公募まで持っていくべきものではなかろうかと思っておりますが、そこまではいっておりませんが、諸外国で行なわれますように、ほかの同じ種類の学問をやっております他大学の教官をも選考委員会に加えるというような、これはそこまではいっておりません。しかし、そういうことや、あるいは従来多少日本においても行なわれつつあります公募の問題、そういうものを加えましたらもっと客観的な選考になり得るのではなかろうか。これはそういう意味でさらにそういう方向に発展することを私自身は望んでおります。
 それからもう一つ、参与会の問題がございます。参与会は、これまた新しい制度でございまして、学外者が参与会ということで大学の管理運営に口をはさむということは、大学の自治を阻害するのではなかろうかという、そういう御批判が出ておるわけでございますが、これは要するに大学の自治はたいへん大事でございますが、しかし、およそ外の意見を一つも聞かないというならば、それは独善になることは明らかでございます。そして現在の状態から申しますれば、大学はやはり社会の中の大学であるはずであって、そこで社会の声を何かの形で聞くべきものであろうと私は考えます。
 あの参与会の内容をごらんになれば、委員となるべき者は卒業生あるいは他大学の教授のほかに、地域の代表というのが入っております。あるいはその他いわゆる有識者が入っておりますが、そういう意味において一般市民の意見が、やはり大学に対してなされなければならず、また大学はそれに対して耳を傾けるべきところの義務があると思います。これにつきましても、人選その他におきましていろいろ御不安があるようでございますが、これまた学長の専断にはなりませんで、評議会の意見を聞かなければこれはできないことになっております。
 それから、かつまた、この場合は多少いろいろ誤解があるようでございますが、私立大学の理事会の場合のような権限を持っておりません。あくまでもただ意見を聞くだけのことでございます。もっとも勧告という一項が入っておりますから、当然意見を述べてすすめるべきものはすすめるということがありますが、しかしこれは、内部のいろいろな審議会あるいは評議会等と違いまして、モーフリーには当然この意見は尊重すべきではございましょうが、何かそういうものが、ある決定があって、それに大学はぜひ従わなければならない、そういう性質のものではございません。私はそういう点におきまして、一方でやはり社会の要請に対して十分に耳を傾けて、大学そのものを開放すると申しますか、開かれた大学の体制にするには、やはりこの制度は必要ではなかろうか。ただし、いま言ったような意味において十分の歯どめをすることは必要でございますが、それは一応この形でできるのではなかろうかと考えております。
 最後に、学長自身が非常に強い権力を持っているかのごとく言われている面がございますが、一方学長は、先ほどから申し上げますように、いつも評議会の意見を聞くという条項が必ずついておりますのと、それから先ほどからもお触れになった方がおありでございますが、他のこれまでの大学にない、大学に学長に対するリコール制が取り入れられております。リコールということは、自分たちが選出した学長に対してそう軽々に行なわるべきことではないと思いますが、しかし万一の場合、学長が独断専行する場合における歯どめとして、私は十分それは民主的な制度の精神にかなうものだと考えております。
 以上いろいろと、まだ新しい事柄に対してはいろいろ不安がございますが、最後に申しますが、私は制度というものはやはり根本におきましては相対的なものだと考えております。これが絶対という制度はあり得ないのでありまして、したがって、やってみてもしぐあいが悪ければ、試行錯誤で直していけばいいわけで、またいまの情勢においてはこういう制度が必要であると考えておるわけでございますが、情勢が変わればまた新しい制度が生まれることは当然でございます。すべて何かこう、やっておりますと、たいへんオール・オア・ナッシングのような気がして、しかし、オール・オア・ナッシングではないので、制度はいつもそういう流動的なもので、相対的な価値しか持っていないと私は思います。
 そこで、最後に申し上げたいのでございますが、どんなりっぱな制度をつくりましても、これを実際に運営するものは人間でございます。そしてその人間の大学における中心となるべき人間はまさに教官だと私は考えます。もちろん職員も学生も非常に大事な要素でございますが、しかし、特に責任を負うてもらわなければならない者は教官であると思いますが、この教官の問題につきまして、新しい大学がどういうふうになるかは私は詳しく存じておりません。これはもちろんその大学自体が決定すべき問題であって、はたからいろいろ申すべき事柄ではないと思います。しかし、坊間伝えるところによりましては、いろいろな問題があるかに伺っております。私は、どの情報が正しくどの情報が正しくないかを判定する道を持っておりませんから、したがって軽々な判断はいたしかねますが、しかし何を考えてみても、この制度が成功するのもあるいは成功しないのも、一にこれを運営する人間にかかっていると思うのでございます。そういう意味におきまして、一番大事な教官については、どうぞできる限り正当な解決をなさいまして、そして、りっぱな制度ができました上は、またその制度をりっぱに運営するということを心から希望する次第でございます。
 この案に賛成するにしろあるいは反対するにしろ、いずれも大学を愛するがゆえのことだと私は思います。そして、大学をほんとうにささえるものは大学を愛する人間でなければならぬと思います。そういう意味におきまして、少し逸脱して老人がかってなことを言っているかもしれませんが、失礼な段もあるかもしれませんが、それだけのことを申し述べまして私の意見の開陳を終わりたいと思います。どうもありがとうございました。(拍手)
#85
○内海(英)委員長代理 次に、村松喬参考人にお願いいたします。
#86
○村松参考人 村松でございます。私は評論家ということでここへ出ておりまして、評論家の立場ということになるとその立場ははなはださだかでないわけでして、あるいは国民的な立場というような広がりになるかとも思います。
 そういう意味で申し上げますが、この筑波大学のことを私は個々に逐条的な意味で申し上げる気はございませんで、今日の日本の教育全体の中での大学の問題ということと、それからその大学の問題としての筑波の問題というふうに考えてみるわけでございますが、そこで、いまの日本の教育についての私の基本的な考えを申し上げます。
 いろいろ問題があって解決しなければならない状況があるわけですが、そういうことと関連した意味で申し上げると、私の基本的な考え方は、現在の文部省を解体して、そして同時に東大を撲滅してしまうということをやれば、もうそれだけで日本の教育はほんとうによくなってしまうというふうに私は考えている者です。そういう意味からいいまして、大学の紛争についても、大学の中での管理かまずかったとか――もちろんそういうことはあるわけです。それから運営がへただったとかというようなことが、紛争を激化した一つの原因ではありますけれども、しかし、どうも大学紛争というものは、今日の教育全般に対する批判であったという意味が強いと思いますし、そして今日の教育に対する批判ということは、実はそのまま今日の文教行政の内容といったことに対する批判であるわけです。そうすると、いまの教育の問題小学校から大学までのさまざまな教育の問題を解決するその手段として、個々にやっていくということはもちろん必要ですけれども、同時に根本的な意味での日本の教育のあり方を変えるということがまず前提になるのではないかというふうに私は考えるわけです。ですからここで一つ、私はいまの教育観の問題ということが出てくると思うのです。
 いままで外国の新しい大学の例だとかそこらでとられている制度だとかのお話が出ましたけれども、内容的に制度的に筑波の大学が新しいそういうものを取り入れているということでもってそのまま安心できるかといいますと、たとえばドイツにしろイギリスにしろアメリカにしろ、先進民主国家というところでの教育についての考え方、これと日本の場合とは非常に違いますので、これを極端に言えば、ドイツにしても各州が大学をやっているし、州の文部省があって、そこでその州の教育をやっているというようなことですし、最近文部省がボンの政府にできたけれども、これはおそらく国家という意味で、つまり西独連邦という意味での教育を推進するためではなくて、それぞれの分権的な教育、その間の調整ということがドイツの新しい文部省の使命になるはずだと私は見ておりますし、そういう意味からいうと、民主国家における時代的な意味での大学の近代化ということは、もちろん政治と関係した意味での教育の地方分権という考え方から出てきていることでして、そこでの制度を、そのままではないにしても、似たようなものをこっちへ持ってきてやるからということで、それがそのまま日本においていいかどうか、つまり安心できるかどうかという問題を含むわけです。教育についての考え方は、日本の場合は地方分権の考え方を実はしておりませんで、教育委員会制度は分権的な考え方から出てきているものですけれども、しかし中央政府の教育についての統一的な考え方というものが強く推進されている状況は事実であるわけで、そういう中で、西欧先進的なスタイルだけが入っているからということで近代的な意味での効果を発揮するかどうか、そこのところははなはだ疑問ではないかという気がいたします。
 たとえばよく問題に出るわけですが、筑波の大学における学長の権限ですが、これは何といっても非常に権力を集中する感じがあるわけでして、集中的な権力によって事を処していこうという考え方が、はたして今日の考え方であるかどうかといいますと、これもはなはだ疑問だと思うのです。現在では、むしろ権力を分散して、それぞれのところにおいて機能させるということのほうが、将来ということからいって意味を持ちそうですし、いわばそういう傾向で社会が動いている。そして、その社会の中の一つの組織としての使命を持った大学という場合、ことに大学は自治だとか自由だとかいうことが基本的に考えられているところですから、そういう意味からいって、大学が集中的な権力によって管理される、そういう組織であっていいかどうか、そしてそれが将来の日本の社会の中で十分に機能するかどうかということは、私は一つ疑問に思うわけです。
 そして、そういう意味からいいますと、大学についての一つのモデルケースですが、モデルケースをつくるということも意味はありますけれども、しかしそのモデルが持つ意味が、その時代あるいは将来に即さないものであるとすると、これは機能しないだけでなくて、混乱を引き起こす一つの大きな原因になりそうにも思えるわけですし、要するに発想の転換というものがないわけです。
 今日、さまざまのことについてその発想の転換が迫られているわけですが、大学についてももちろん同様であるはずで、その意味からいって、この筑波の大学というその内容を見ても、これが新構想大学といわれたいろいろな案が出ました。その新構想大学と軌を一にするものであって、新構想大学というものが盛んにいわれたことを誘発したものは、これは大学の紛争であったわけで、紛争の起こらないような大学をつくるというのが、新構想大学の一つの大きな目的であった。そして筑波大学は、おそらくそういう意味をもって考えられているものではないか。東京教育大学の最初の移転のところにおいてそういう発想があったとは申しませんけれども、大学の紛争というような経過、その中でのできごとを通して、そのような発想が出てきたのではないかというふうに見るわけでして、そういう意味からいうと、そしてそれが同時に、ちょうど二年ほど前に出された第三の教育改革といわれるあの中教審の答申、その中における大学の構想とまず一致をするものでして、この第三の教育改革というものが、これは明治以来の日本の教育観の上に立って考えられたものであるということは明らかですし、同時にこの諮問がされて答申が審議されてきたその過程の時期というのは、これは一九六〇年代でして、六〇年代の発想、高度経済成長を強力に進めていこうというそのときにおける教育の効果的なやり方という発想であるわけでして、それが今日一九七三年あるいはそれ以降の時期において有効たり得るかどうかということについても私は疑問を感じるわけでございます。要するに過去における発想のその線上に出てきたのがこの大学だというふうに考えている、あるいはそう認識するのが私は社会的な意味で正しいのではないかという気がするわけでございます。
 そこで私は、この大学の問題について言いますと、確かに大学の紛争を通して大学の教授の人たちが管理と運営という意味において相当に能力が低かったということは暴露されたわけですけれども、しかし、そういうことを通して、また、彼らと申しては失礼かもしれないけれども、彼らもそこで経験を積み、そして新しい事態に処していく、そういう場に置かれているとしますと、やはり私は現在の大学の中で改めるべきところを改め、そしてその学問と研究ということからいうと、どうも大学というところはやはり研究者であり学者であるそういう教授の人たちが、その立場においてその学校を運営していくというのが、最も望ましい姿ではないかという気がいたしますので、そういう意味からいって、特にこの際に文部省が、あるいは国という意味で一つのモデルを強力に推進して、そしてこれが一番新しいいい大学なのだということを、それを一般社会に対して国家的に展示するということが、はたしていいことかどうか、それについても私は疑問を持つわけです。
 さまざまな制度という意味で新しいものは筑波の大学の中にはあるようですけれども、いま申し上げたような感じは私は持っておりますし、また大学の教師という意味からいいますと、もし私が筑波の大学の教師にさせられたとしたときのことを、そういうことを想定して考えてみますと、その組織の中では役付の人たちだけが大学を動かしていき、そして平の教授などというものは全く沈黙してしまって、発言の、つまり発言というよりは大学の教授の権威というような上にものを考えることができないような、何か学問をするサラリーマンでないとこの大学の教授はつとまらないのじゃないかという感じを持つわけで、そういう意味からいっても問題もありそうに思えるわけです。
 はなはだ印象的な、また単純なことですけれども、要するに今日の時代というものとそれに対する認識、その上に大学を考えるというような発想からこの大学についての意見を申し上げたわけです。
 以上です。(拍手)
#87
○内海(英)委員長代理 次に、大島康正参考人にお願いいたします。
#88
○大島参考人 私は、きょうは教育大学を代表して来たのでも何でもございません。学識経験者の一人として呼ばれたのだと存じておりますし、それから教育大学の問題につきましては、去る十五日の文教委員会で教育大学の代表者たちが賛成派、反対派などを呼ばれて、いろいろ新聞に報ぜられているように語っておりますし、それからきょうも佐藤、藤田両先生が大体私などと同じ考え方を十分に述べてくださいましたから、といって、肩書きが幸か不幸か東京教育大学教授ですから、筑波の問題を触れないわけにはいきませんけれども、その前に、まず私個人の大学というものに対する考え方を比較的一般論として申し上げてみたいと思います。
 一九六一年ですか、昭和三十六年になりますかに、ただいま西ドイツの首相をしておられるブラントさんが西ベルリンの市長をしておられましたころ、私西ベルリンの市議会から招待を受けまして、いわゆるベルリンの壁を見に来てくれということで参りまして、それでそのいろいろな行事が終わりましたあとで、ドイツをはじめ、イギリス、フランスなどの目ぼしい大学をずっと見学して歩きました。それからまたその前に、五九年には、アメリカの大学をいろいろ見学してきましたし、それから六三年にはソビエトのモスクワ大学やバーマン工業大学、カリーニン工業大学などを見学いたしましたし、六六年には中国の武漢大学をはじめ上海の華東師範大学など五つばかりの大学を視察してまいりました。そのときに私がつくづく感じたことは日本の大学というものはもう再検討する時期に来ているのじゃないか、根本から考え直す時期に来ているのじゃないかということでございます。
 たまたま私が文学部を代表した評議員として評議会に参加していましたころ、教育大学を移転さして、改造しようじゃないかということを言い出しました。私はその責任者の一人でございますが、それは、私の大学の場合は特殊な事情がございまして、一つは大塚の土地が狭くて一そこには文、理、教の三学部しか入れない。そのほかの農学部や体育学部は目黒や駒場に移っている。しかも、大塚のこの土地ですらわずか一万八千坪しか使えない。全体でキャンパスは二万五千坪でございますけれども、そのうち七千坪は付属小学校が占領しておりますので、大学側としては一万八千坪しか使えない。そこで、学生会館などをつくろうとしても場所がない。それからまた、図書館にいたしましても、いまの図書館ができましたのは昭和九年なんですが、そのときは大体二十万冊収容の予定でできたのです。ところが、学問の進展などとともにだんだん本がふえまして、現在七十万冊の本が大学にございます。そうすると、その五十万冊の収容所がないわけで、各研究室に置いたり、学生のための閲覧室を半分に減らして、半分は本の置き場にしてしまうというような非常に苦しい状態で、しかも、現在の状態でいきますと、つまり、毎年文部省から来る図書費というものが大体いままでどおりとして計算いたしますと、二十一世紀になる前に大体三百万冊をこえるわけです。これを収容する場所がない。運動場をつぶせば新しい収容場所ができるかもしれませんけれども、そうすると学生の体育の場所がなくなる。いまでさえ学生のクラブ活動のクラブ室もろくにないという状態です。しかも、そういうふうに農学部や体育学部と大塚の本学とは離れておりますから、したがって学生が講義を聞くにも行ったり来たりしなければならない。教官のほうもそうでありまして、いろいろな委員会をやったりしても、行ったり来たりしなければならない。そういう状態で、完全に行き詰まっておるわけなんです。
 そこで、大学を移転し、かついままでの学部別でいいかどうか、再構想をやろうじゃないかということを評議会の席で申したわけです。
 私どもは最初、八王子に場所をさがしたり、調布に場所をさがしたり、東松山に場所をさがして見学に行ったり、いろいろ八方自力でもって何とか改革しようとしたのですが、どうもうまくいかない。そこで、結局首都圏整備委員会に、どこか移転の可能な場所はないだろうかということを聞きに参りました。そうしたら、首都圏整備委員会から、いま筑波に研究学園都市をつくる計画がある、もしお移りになる気があるならできるだけ広い土地を提供するという話がありまして、そこで七十万坪をこえる土地が大体確保できました。
 それと同時に、いまの日本の大学は決して欠点ばかりではありません。現在の大学の学部別にもそれなりの長所があります。たとえばそれぞれの専門の領域でわれわれは専門の研究ができるというような長所もあります。しかし、同時に、日本のように学部、学科というものが画一的に行なわれているところは御承知のように世界じゅうにないわけでありまして、アメリカなんか、州によってさまざまに大学の組織が違っておりますし、それからイギリスにいたしましても、かつてできましたケンブリッジとかオックスフォードに対しまして、十九世紀のロンドン大学は全く違う方式でつくられております。また、近年のエセックスとかサセックスというような大学も違う方式で、それぞれ時代に合わして新しい方式を探求してつくっている。ところが日本だけは、明治の初めにドイツの大学をおもなパターンとして取り入れまして、それ以来その方式をやってまいりました。ことに戦後、新制大学が多くできましたが、そう言えば渡辺先生、丸山先生に失礼かもしれませんが、大体東大方式に右へならえという形で、まず法学部がある、それから経済学部がある、あるいは文学部がある、理学部がある、こういうふうに、規模こそ小さいにしても、大体東大方式をまねてできておるわけなんです。
 私立大学は、いろいろ特色のある大学がございますが、ただいまは国立大学の場合を私は申しているのです。しかし、そのために、それぞれの専門領域は研究できましても、最近のようにインターディシプリナリー、つまり学問と学問との交流の、ある専門とある専門の中間領域に当たるようなものを開発していく、こういうことがなかなか困難でできにくいということ。それから学生の組織にいたしましても、もっと教官との間に交流のできるようなそういう形が望ましいということ。これはあとで詳しく申し上げますが、大学に学生の意思が反映できるようなそういうあり方に変えたいということ。そこにいろいろな問題がございます。あとで御質問に応じてお答えいたしますが、たとえばいまは、教授と助教授との間にわずか二歳ぐらいしか違いがない場合、教授が定年になるまで、六十ぐらいまで助教授は教授に昇格できない、しかも国際的にも有名な、すぐれた学者である、そういうことがどうにも融通がつかない。それを、何とかあいている教官を借りてきて、別のその助教授を教授に昇格させる。これも学部内じゃなくて、全学的な組織でそういうことをやったらどうだ。そういう意味で、人事委員会というようなものをつくって、そこでいわゆるポストの交流というようなことを考える。あるいはすでにアウト・オブ・デート、つまりもう時代おくれになった学問が、いまだにその講座がいつまでも保存されているために残っている。そして空席のままでいる。そして新しい、どんどん興っている学問に対する講座というものがなかなか設けにくい。こういうのが現状でございまして、その点で私どもは学部、学科制という従来のあり方に本質的な疑問を持ってきて、今度のようなプランをつくり上げたわけであります。
 そういう意味で、大学というものは、必ず一つのパターンに画一的であるべきではない、いろいろなタイプの大学があってしかるべきである。われわれは筑波で新しい実験としていままでの大学と違う大学というものを組織してみたい。もっとも私自身はここ四、五年、実は心臓を悪くしまして、毎年入院している始末なものですから、あまり各委員会へ積極的には顔を出せなかったのでありますが、大体のことはみな一応知っているつもりでありますから、あとから御質問にお答えしたいと思いますけれども、ともかくいま申しましたような形で大学の多様化といいますか、これを実現していく。
 それから副学長を置くというのは、これはもう世界の大学の常識で、日本でも私立大学なんかでは置いておりますし、何百人の教官、それから何万人の学生というものを、学長一人でとても処理できないわけでありますから、従来の学部を廃止すれば、学部長にかわるものとしていわゆる副学長というものを考えたということでございます。
 そういう意味で、大学そのもののあり方を根本から考え直してみるという発想がやはり私どもには必要――そういう革新的な、いたずらにただ過去の東大方式の大学を保守的に守っていくのじゃなくて、大学そのものを進んで革新していく、そういう考え方が今後の研究体制として望ましいのではないかというふうに考えております。
    〔内海(英)委員長代理退席、委員長着席〕
 以上でございます。(拍手)
#89
○田中委員長 次に、渡辺洋三参考人にお願いいたします。
#90
○渡辺参考人 私は、学術会議の本法案についての見解をまとめましたので、まず最初に学術会議の問題について少し話をさしていただいて、あとで個人的な意見をつけ加えさしていただきたいと思います。
 学術会議は、御承知のとおり、全国の科学者、これは大学の中の科学者も、大学の外の民間の研究所などの科学者もおりますけれども、すべての科学者から選挙によって選ばれまして、それを代表する唯一の日本の全国的な組織でありまして、その学術会議の総会で、この間、この法案についての反対声明というものを採択いたしました。約三分の二の多数で可決したわけであります。このことは、つまり学術会議の中にはいろいろの立場、いろいろの思想の科学者が含まれているわけでありますけれども、しかし、それにもかかわらず、かなり多くの反対でこれが決議が採択されたということは、やはり日本の科学者が、立場とか思想の違いにかかわらず、本法案には反対している、あるいは深い危惧の念を表明しているということを示すものでございます。したがって、この国会で審議される場合にも、このことをよく留意していただきたいというふうに心からお願いするものであります。
 そこで、学術会議の反対見解はもうお手元にいっているかと思いますので御承知かと思いますけれども、念のため結論だけ申させていただきますと、大体三つの点がございます。
 第一の点は手続問題でございまして、これだけ重要な法律を、事前に、学術会議、国大協、各大学等に正式に諮問しないで、いわば関係者の合意もないままで文部省が一方的におつくりになったというのは遺憾であるという点であります。これは、そもそも筑波大学そのものが、開かれた大学ということで、学外者の意見を積極的に尊重しようという姿勢のはずでございますから、そういう開かれた大学の精神に反するのではなかろうかというふうに思われます。
 次に第二点でございますけれども、筑波大学の問題について申しますと、学術会議としまして筑波に新しい大学ができること自体に反対しているわけではございません。また、研究組織と教育組織の分離が一般にいいか悪いかという問題については意見が分かれるところであります。しかし、筑波に構想されますこの大学の管理制度には、ほとんどの者が反対でございます。研究教育の専門家集団がみずから決定権を持ち得ないような中央集権的な管理体制のもとでは、自由にして自主的な研究教育は望み得ないという判断でございます。
 特に教員人事の決定権を上位管理者集団である人事委員会に与え、しかもそこに副学長が入ってくるという点は、最も困るという点でございます。
 それから反対の根拠の第三点は、学校教育法や教育公務員特例法の一般法の改正の問題でございますけれども、これが一番困るというのが圧倒的意見でございます。学術会議の会員の中にも、東京教育大や文部省が、実験的に新しい大学を試みられるというのならばやらしてみたらどうだろうかという方もおりますけれども、そういう方を含めまして、それが実験の段階を飛び越えまして、一挙に他の大学に適用されるような、一般法の改正にわたっているということには強く反対であります。たくさんある大学のうちの国立の中では、一つの大学だけが実験として見ようというふうにいっている段階で、全大学に関係する基本法を直ちに改正する必要は、法律的に見ても全くないわけでございまして、その必要がないのに、またそういう改正をしてくれといっている大学がたくさんあるのではない、それなのに、どうして現段階で各大学の意見も聞かないで一般法を改正しようとするのか、この点が全くふに落ちないというのが大体の意見でございます。
 そこで、こういう無理な、あるいは不自然な法律改正をしますと、かえって大学の自主改革をやりにくくさせる、禍根を残す、弊害のほうが大きい、こういうふうに考えるわけであります。ですから、やはり実験は実験室の中でやらせたほうがいいということになります。
 大体、以上が学術会議の討議に反映されました科学者の意見でございます。
 その次に、私個人の意見を述べさせていただきますと、いま申しましたような趣旨で現在の法案には反対でございますけれども、ただ反対といっているだけではなくて具体的な提案をしたほうがいいと思いますので、私個人の具体的な考えを述べさせていただきます。
 大体大きな点が三つございます。
 第一の点は、筑波大学を他の大学から切り離して、一つの新大学の実験的試みにとどめる、そういうふうに法律をつくり直してはどうだろうかという点でございます。他の大学に関係がないということになれば、一般の大学の心配も解消いたします。新しい実験をする場合にはいつも実験室でまず実験をしてみて、それが成功するとわかってから一般に応用するわけであります。したがって、筑波のためだけならば学校教育法や教育公務員特例法の改正は必要でないわけでございますから、そういうふうに法律をつくり直して筑波大学だけの法律をつくる。そこで実験させて、それがうまくいき、もしそこにいい大学ができるということになれば、あるいはいま反対者が言っているような心配も、マイナスがないということになれば、そのうちに筑波大学みたいになりたいという大学が自然にふえてくるでありましょう。そうなったらそのときに一般法を改正すればよろしいわけでありまして、現在の時点では全然その機が熟しておりません。これが第一の点であります。
 それから次に、提案の第二点でございまするが、筑波大学を東京教育大学と切り離すようにすべきではなかろうか。新しい実験をやろうというのに、何もいままである大学をなくなす必要はないわけでありまして、話を伺ってまいりますと、東京教育大の内部にもたいへんに深刻な意見の対立があるようでございます。どうしてもいやな人を筑波に連れていく必要はないと思うわけでありまして、ただ教育大学をつぶすということになれば、いま教育大の内部でこの構想に反対の方あるいは自信のない方なども行かざるを得ないということになりましょう。そうなれば、結局筑波大学そのものの中に、いまの教育大の対立がまた再生産されるというふうになると思われるわけでありまして、これでは筑波はうまくいかないように思います。むしろ筑波に賛成な方、こういう構想に積極的に賛成な方だけを全国的に集めてやってみられたらどうだろうかというのが第二点でございます。これはおそらく教育大の賛成派の方にとっても反対派にとっても、そのほうがよいのではなかろうかということでございます。
 それから第三点でございますけれども、筑波に大学をつくる場合にも、管理体制については、これは疑問が続出しているところでございますからやめていただいて、研究組織と教育組織の分離ということだけを実験的にやってみてはどうだろうかということでございます。私個人はいまの学部制で十分だというふうに考えているものでありまして、先ほど話がありましたように、私自身は境界領域の学問をやっている者でございますけれども、別にそれでかまわないと思っております。しかし学部以外の組織をつくりたいというならばそれも一つの考えでございますから、その限りで筑波をスタートさせてみる。しかし教育、研究、人事についての最終責任と最終決定権、これは従来どおり基本組織の専門家集団にまかせるべきであります。全学的調整という問題がいろいろ出ておりますけれども、これは評議会がそのための組織として現にございますし、筑波においてもその運営をくふうすればそれで十分であるというふうに考えております。
 それから学外者の意見を聞きたいという問題につきましても、もし筑波大学で学外者の意見を聞きたいというのならば、大学で自主的に学外者と意見を交流する機会をたくさん持っていただいて、そういうことを積み重ねた上で進んでいけばいいわけでありまして、すぐに参与会というようなものを制度化する必要はないと思います。これは大学の姿勢にかかわることでありまして、大学がその大学外の人の意見を取り入れたいという姿勢があれば、参与会という制度を設けなくてもいろんなことができるわけでありますし、またその姿勢がないと、かりに参与会という制度を設けても形骸化するわけでありまして、もし筑波大学でそういう新しい方向で実験してみたいということならば、そういうことを積み重ねていかれればよろしかろうということであります。
 で、副学長などにしましても、いまの各大学でやっております学長補佐と違って、強力な権限を与えるということならば特別に法律をつくらなければなりませんけれども、いまの各大学でやっている程度の学長補佐というものならば、これはいまどこの大学でもある程度やっているわけでありまして、この点でも別に法律の改正がなくてもよろしいわけであります。
 以上の三点が私の基本的な考え方でありまして、結論的に申しますと、教育とか大学の問題は非常に複雑な問題でございますから、まず合意のとれたところからスタートしていただく。で、新しい教育組織に自信がおありになるのならば、そういう方で筑波にいい大学をまずつくってみる。他方合意のとれない部分につきましては、時間をかけて大学でも国会でもこれから機会あるごとに議論を深めていただく。そして一方では実験の過程で新大学のメリットもデメリットも出てくるでありましょうし、他方では一般的な議論も深まってくる。そういう段階でまたあらためて一般法の改正を国会できめていただく。これが一番筋ではなかろうかというのが私の意見でございます。(拍手)
#91
○田中委員長 これにて六参考人からの御意見の開陳は一応終わりました。
    ―――――――――――――
#92
○田中委員長 引き続き質疑に入ります。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。上田茂行君。
    〔委員長退席、内海(英)委員長代理着席〕
#93
○上田委員 自由民主党の上田茂行でございます。
 きょうは、皆さま方非常にお忙しい中をここまで時間をさいておいでくださいまして、まことにありがとうございます。以下、時間が少ししかないんですけれども、参考人の皆さま方に御質問を申し上げます。
 私自身、数年前まで大学の内部におりまして、教授の皆さん方、あるいはまた学部のあり方、また大学自身のあり方というものについて、非常に不満を持っておった者の一人でございます。教授の皆さま方が試験をやる場合に、数年前から同じような試験を出され、そして山をかければ当たるというような問題の傾向もございましたし、またその分野に非常に詳しい専門的なことばかりを教えられて、そして私たちが求めているものを、十分に与えてくださらなかった先生方が多いというようなことについても不満を感じておりました。そして今回、そうした不満というものを解消するが上の法案として、この筑波大学法案が提出されたと私は思っておるのでございます。
 まず、藤田先生に御質問をしたいと思うんですけれども、先ほど研究と教育の分離の中で、研究が一方では非常に専門的になり、そしてまたいままでの学部にとらわれない研究分野というものがあらわれてきたということを先生おっしゃいましたし、また教育の面におきましても、われわれの世代のうちの三〇%近くが大学に行くという、非常に大衆的な教育を求められるような時代になってまいりました。しかし一方では、これからの学問研究の上で、また日本の将来の上で、最高の学術研究、教育というようなものが一体にしてなされ、そしてその中から優秀なる学者、優秀なる研究者あるいは優秀なる教授陣というものがこの日本の中にも輩出されていかなければならないと思うんですけれども、今度の筑波大学の創案にあたりまして、先生が創設準備会の一員であったということを伺っておるんですが、その一員としての先生の、そうした研究者あるいはそういう最高のものを求める者に対する教育というものは、この筑波大学においてどうあるべきかというようなことについて、御意見があれば伺いたいと思います。
#94
○藤田参考人 ただいまの御質問でございますが、先ほどから申しました大学の全体的な動向の中で、一方でいわゆる大衆教育と申しますか、たくさんの学生に対して最もそれに適当するような教育を施していくということと、一方で学問の上でも非常に高度の学問研究をやっていくということについては、どこの大学も、全世界的に、やはり悩んでいる問題ではなかろうかと思います。大衆化いたしますと、そういう意味においては、レベルダウンするのではなかろうかという心配をみな持っているようでございます。ただ、私はやはりいまのような意味で、教育と研究というものをある程度まで機能的に分ければ、たとえば教官自身は、いわゆるその学群の中で学生の教育に特に当たる間は、専心教育に当たることができますが、また場合によりましては、いわゆるサバティカルなどの制度等によりまして、研究に専心当たる場合には研究にのみ当たることができる、その点において、教官自身が高度の研究を続けていくことが可能であろうと思います。
 学生自身につきましては、やはり学生の中にも将来、研究者となるべき人々がおり、また研究者としての教官のいわば後継者となるべき者が当然あるわけであり、またそういう者がなければならぬわけでありますが、このほうの教育は、いわゆる四年制の教科課程におきましても、特にそういう社会に出ていくべき人間を中心にしたようなカリキュラムと、それから将来そういう研究者になるべき人々の特に専攻すべきようなそういうカリキュラムとを、ある程度までカリキュラムにバラエティーをつくることもできますし、また、学生自身の希望に応じて、学生自身が適当にそういうものをとっていくような、そういうカリキュラムのバラエティーをつくりますれば、やがてそういう学生が大学院に行きますれば、本来の趣旨でございます研究者となるべき素地が、四年制の大学の範囲内においてもすでに養われている。そういう意味において、それが大学院においてさらにその上に上積みされて、いわば研究者としてりっぱに大成するような、そういう過程を踏むことが可能なのではなかろうかと考えておる次第でございます。
 なお、やはり大学院の課程におきましては、あくまでもそういう研究者養成が本来の趣旨でございますから、その点においては、さまざまなプロジェクト研究にも関係することも可能でありますし、いろいろな意味で豊かな専門者としての教養を受けることもでき、また、みずからも自発的にそうした研究を進めることも可能であると考える次第でございます。
#95
○上田委員 どうもありがとうございました。
 次に、非常に諸外国を回られ、また、日本の私学の大学のことにたいへん詳しい佐藤先生にお伺いしたいと思うのですけれども、今回のこの法案の一つの問題点は、参与会という制度があって、そしてそれが社会に開かれておるがために、管理体制が強くなり、かえって大学の自治を侵すのではないかという、そういう懸念があるということでございますけれども、いまの日本の私学におきまして、理事会等非常に参与会に類似するもの、あるいはもっとこれよりも強い審議機関といいますか、意見を吐く機関というものを備えておる私学、大学というものが多数あると思うのですけれども、そうした大学が、実際に学問の自由というものを侵されているのかどうかということについてお答え願えればありがたいと思います。
#96
○佐藤参考人 ただいまの御質問でございますが、これはいま上田議員がおっしゃいましたとおりで、私学におきましては、その当初から理事会という形で学校が、運営と申しますか、経営という面では、もう圧倒的な力を持っておりました。ただし、これには若干ポイントもございますので、戦後にあたりまして、理事会の力があまり強いということ自身はこれは好ましくないわけで、もちろん片面で、学校法人としての理事会ではなくして、大学としての学長以下の形はございます。そこにはまた評議会を持つわけでございますし、そういう形との間の衝突というものが、むしろ今度の筑波での参与会は、その意味で、ちょっといまおっしゃいましたほどの力はないわけで、問題はございませんが、むしろこの問題につきまして、参与会がどういう立場を果たすであろう、あるいはこれは決定権はございませんけれども、何かの意味で強力な力を与えはしないか。これに関する実験といってはあれでございますが、経験というものは、過去百年私学においてなされてきている。その間には、確かに闘争もございましたし、またいろいろな問題もございまして、特に戦後において、理事会が非常に強い発言力、経営のみか、財政に関係して大学自身の教育研究に関してまで出てこやしないかという問題から、理事会自身も後退したわけでございますし、ある意味で申せば、この参与会という今度の形のようなものが、私学において実験済みで、ほぼ現在到達しているような、お金は出すけれども干渉はしない、しかし、経営面においてのアドバイスは非常に強力に与えよう。と申しますのは、学校自身がある意味で閉鎖されて、学校自身の教育研究というものに携わり過ぎる教員によって構成される限り、社会とのつき合いと申しますか、あるいは社会からの新しい情報なんかが入らない。それに対し目を開くといいますか、流通の機関、こういうところに現在の理事会というのが徐々に落ちついていると思います。
 この限りで申しますと、実はこれは偶然かもしれませんが、今度出されております参与会は、国立大学としては非常に目新しくて、何か干渉地帯あるいは問題点になるようにお考えかもしれませんが、私学としては、むしろ経営陣が出過ぎた、そのような形から徐々に後退して、現在ある意味でハーモニーを保つ意味での理事会、むしろまだ若干、私学の場合は経営の問題がございます、財政面がございますが、少なくとも外部社会とのオピニオンを流通させ、交互に後退させる、こういう場合として非常に重要な役割りを果たしている、その点にまできているのじゃないかと思うのでございますが、いかがでございましょうか。
#97
○上田委員 どうもありがとうございました。
 次に、きょう幸いにいたしまして、東京教育大学の大島先生がおいでになっておりますので、東京教育大学の内部のことに詳しいと思いますので、少しお伺いしたいと思います。
 大学という問題が、大学の自主的な判断によって移転しなければならないというようなことは当然だと思うのですけれども、その中にありまして、過去の経過をたどってみますと、まず四十二年の七月に、総合大学として発展することを期し、条件つきで筑波に土地を希望することを決定いたしました。そしてそのあとに四十四年の七月には、筑波における新大学のビジョンの実現を期して筑波に移転する旨を表明した。この二年間に、ただ単に移転するというような事情から新ビジョンの実現を期して筑波に移転するというようなことに移ったわけなんですけれども、御存じでしたらその間の各学部の状況なり各学部の事情なりをお教え願いたいと思います。
#98
○大島参考人 最初にとにかく評議会で移転をしようと言いましたときには、文学部の約六割余りの方、それから教育学部の中に四割ぐらいの方の反対がございまして、それで、反対の方々と折衝していますためにいろいろな条件がつけられたわけであります。たとえば文学部は大塚に残りたいとか、それから教育学部は一番最後に移転したいとか、そういういろいろの条件がつけられましたので、そこで条件つきの移転ということだったわけです。
 それから四十六年にどう変わったかと申しますと、その間に移転賛成の人々の間にやはり二つの考え方がございまして、つまりいまの教育大学をそのままの形で移転させようというイメージの方と、それから先ほど申し上げました、私やこの間十五日に出席された福田理学部長などのように新しい構想の大学にしようという方、同じ移転賛成にしてもそういう食い違いがございました。しかし、何しろ七十万坪の広いものですから、いまのまま移転したんでは場所をもてあますわけですし、そういうこともありまして、結局私や福田君などの説得がどうにか賛成派の方々の合意を得ることができまして、そこでそういう新構想による移転という形になったわけでございます。
#99
○上田委員 少し調べたところによりますと、昭和四十四年七月の発表前に評議会の原案を教育学部と理学部と農学部と体育学部の四学部と光学研究所教授会が審議されて、特に助教授と教授がその中で投票された結果によりますと、教育学部は全員五十七人中二十一人反対、理学部八十三人中十七人反対、農学部六十六人中二十三人反対、体育学部四十一人中四人、また光学研究所十二人中なし。その結果を全部トータルしますと二五%の反対です。それからその中で文学部が、賛成が三十八で反対が六十六。文学部も加えて反対が全体の中で占める割合は三六%ぐらいになるのですけれども、そのほか、MP委員会というものが設けられて、そこには文学部が全くタッチしてないということを伺っておるのですけれども、本来、たとえ反対であっても、反対なりの意見を述べる意味では、マスタープラン委員会に代表を送り、そこで文学部も討議すべきではなかったかと思うのですけれども、その点についていかがお考えですか。
#100
○大島参考人 いまの賛成と反対のパーセンテージはおっしゃるとおりでございますが、マスタープラン委員会が発足いたしましたときに、文学部の移転賛成の三十八人の中から多く参加しております。ですから、その文学部ということばの解釈ですが、多数の反対者がいたという意味からすれば、反対の方は、四十二年の六月二十一日の声明で、移転問題は一切ボイコットするという決議を多数決でなさったものですから、そこでMP委員会に全然出席されなかったわけですけれども、しかし、残る三十八人はお互いに手分けをして、MP委員会のいろいろな内部の委員会に参加しております。おっしゃいますとおり、ほんとうの民主主義というものは、反対なら反対で修正意見をお出しになるなりするのが望ましいのであって、何でもかんでも絶対反対でボイコットするという形をとられるということに対しては、私個人は疑問を持っております。
#101
○上田委員 時間がございませんので、最後に一問だけさせていただきたいと思います。
 藤田先生は創設準備会の中で御活躍になったということですけれども、東京教育大学の人たちがその創設準備会の中に多数入っている、そしてその人たちの意見というものを十分尊重をしてプランをつくったということを伺っておるのですけれども、その点どうでしょうか。
#102
○藤田参考人 ただいまおっしゃったとおりだと思います。ただ、もちろん私どものやりました委員会は、教育大学の移転を中核としながらも、やはり新しい構想のもとにおける新大学の建設ということが目標でございますから、その意味におきましては、十分な了解を得つつある意味においては新しい構想が出ているかと思いますが、しかしいずれにいたしましても、教育大学の方たちの十分な納得の上で最後の結論を出しております。
#103
○上田委員 どうもありがとうございました。
 次に、藤波先生が御質問なさいますので、かわらせていただきます。
#104
○内海(英)委員長代理 藤波孝生君。
#105
○藤波委員 与えられております時間がごくわずかでございますので、簡潔にお教えをいただきたいと思います。
 いま上田議員から藤田先生に、ことばは悪いかもわかりませんけれども、大学の大衆化と研究をもっと深めていかなければいかぬという問題についての質疑がございました。私は村松先生にお教えをいただきたいと思うのでございますが、高等教育を拡充していくというのは時代の趨勢になっております。だんだんと拡充希望がふえてきておるわけでございます。私ども自由民主党でも、この問題に対処していろんな検討を重ねておりますが、いま上田君が話をいたしましたように、昭和六十一年度ごろをとってみると、高校から大学への進学は四〇%くらいになるだろう、こういうふうな予想が立てられる。きょうの新聞に載っております日教組の教育の改革案を拝見いたしましても、国民のための大学ということを考えれば、当然高等教育は拡充されて、こういった希望者を大学に迎え入れることにしなければいかぬ、こういうことが明記せられておって、そのためのいろいろ御提言もあるようでございます。したがいまして、一致してそういう感じになってきている。
 これにこたえるためには、大学はいかにあるべきかということが当然問題になってくると思うのですけれども、やはり学生がふえてくるということ、それから社会の要請にこたえて研究を深めていかなければいかぬということ、質と量といいますか、この二つをどのように調整をしていくかということは非常に大きな問題だと思うのですね。したがいまして、それを解決していくためには、今日のままの大学ではやはりいけないので、もっと多様化された新しい大学像というものが打ち出されてこなければいかぬし、大学の改革も進められなければならないのではないだろうか。先生さっきお話しになりました、紛争が次々と起こってくる大学じゃいかぬといったようなお考えからいたしましても、そういうふうに考えられるわけでございますが、筑波方式のような発想の転換のない大学ではだめだと先生はお話しになりましたけれども、新しい発想のそういった時代の要請にこたえる大学というのは、どういう大学であればいいのでしょうか、お教えをいただきたいと思います。
#106
○村松参考人 申し上げます。
 時代が進んで高度化しているし、学問、それから研究も高度化しているという事実があるわけで、それと教育とは無関係ではないし、大学は全く密接な関係があると思います。しかし同時に、いまおっしゃられた大衆化というか、そういう現象があるわけでして、この二つは、つまり学問研究という意味での高度の水準を保つということと、それから非常にたくさんの大学生に教育をするということとは、これは実をいって二律背反になることでして、そこの調整を大学はどうすべきかということが今日の問題だろうと思うのです。
 そのときにどちらに比重を置くかというと、私は、四年制の大学ということの意味はそこにあるわけで、新制大学でして、教育の面に比重がいくのがまず多くの高等教育を受ける学生に対して大学がとるべき態度だと考えるわけです。そういたしますと、研究なり学問の水準の維持なりあるいは進展なりということが問題になるわけですが、要するに六・三・三・四というこの新制の教育の体系、その中での大学ということになりますと、学問の水準あるいは研究の真価ということを直接大学に求めるということ自体が少々無理な要求でして、私は六・三・三・四、それから大学院という、天井を突き抜けた考え方をしなければいけないのではないかと考えております。ですから、学問研究の問題と、それから大衆的な大学の教育の問題とを四年というワクの中に両方突っ込んで、そしてその両方を四年というところで満足させようという考え方ではなくて、四年制の大学では教育のほうに重点がいき、そしてそこで将来という意味での学問なり研究なりの方向なり、それから相当の程度のところまでの専門性を大学では持つということは可能だろうと思いますし、そういうことが大学院とつながっていくというその考え方をすれば、これからの大学ということになりますと、私は六・三・三・四の大学、新制大学のほんとうの意味を、この時期においてもう一ぺん再認識してみて、そしてその六・三制の教育というのは確かに六・三制としての理念を持っておるわけでして、そしてそれをここで再確認するということが、私は将来の高等教育ということからいって目下なすべき非常に重要なことだというふうに考えます。
#107
○藤波委員 私の取り方が間違っておると申しわけないのですけれども、村松先生いまのお話ですと、いまの大学は、まず高等教育の普及ということを踏んまえて、そこを受けとめなければいかぬ。そしてその途中から専門性なりあるいは大学院へ連なっていくあたりで研究を深めていくということに向かったらどうか、こんなふうな御発言だったと思うのです。
 よく学界の先生方のお話の中に、やはり四年終わってから大学院へ行ってからではどうしても頭がかたくなってしまって、専門的に教授と学生が一体になって新しい研究を進めていくには少し年齢が高過ぎてしまうのではないか、ですから、やはりいまの四年制の大学を、いろいろな機能をいろいろに多様化して、大学の中で研究もやる、教育もやるというふうに多岐にわたって新しい仕組みを取り入れていって、ダイナミックに学問あるいは教育を展開をするのでないと、やはり質と量の両方の期待にこたえられない、こういうふうに先生方おっしゃる方が多いように思うのでありますけれども、その辺、いかがでございましょうか、お教えをいただきたいと思います。
#108
○村松参考人 それは実際にぶつかった先生方のそれぞれのお考えによる面が一つ相当強いと思うのです。それから、大学院を想定しているという考え方は、私はいまの学校の教育の年限の問題ですけれども、大体これが二十二あるいは二十三で大学を卒業するというようなことでして、旧制のときには二十四ですか、いまより一年上だったわけですが、この大学教育、高等教育というのは、社会の進展に伴うという意味がもちろんありますし、それから社会の進展の中に平均寿命の伸びということがありまして、どうも二十二、三で大学を出るというのは、人生五十年という寸法の中から割り出した年限のような気がして、いまのように進んだ、そして科学的にも進歩した時代には、二十二、三あるいは二十四、五、つまり高等教育を受けるために、長いこと直接生産に従来しないで、学問なりあるいは学問を通しての人間形成ということに、多数の人間がその場にいられるということを、いまの科学なり技術なりの進歩は保障するような状況になってきているので、したがって、そこで比較的新制大学の四年というところは、きびしい専門性という追求のしかたでない考え方で大学を考えるのが、進んだ社会の場合に最も適合した考え方ではないか、こういうふうに考えているわけです。
#109
○藤波委員 ありがとうございました。
 限られた時間がございますので非常に残念ですが、渡辺先生にちょっと一点だけお教えいただきたいと思うんですが、大学の多様化、大学はいろいろな形、いろいろな仕組みをこれから取り入れていって、大学人自身もいろいろ改革構想を出し、それを受けとめていって、文部省あるいは政治、行政が大学人と一体になって、いろいろな大学の形というものを考えていかなければなるまいと私は思うんですね。従来のように、学部というものだけに限られた大学のあり方をもっといろいろな形で、時間がありませんので省きますが、いろいろなところに開かれて、学問の世界そのものももっといろいろ開いていくような形を、仕組みを考えていかなければなるまい、こういうことがここ数年いわれてきておるわけでございます。そのことをどのようにお考えになるでございましょうか。
 それから今回は筑波の新大学一大学に限っておりますから、国立学校設置法で改正することになっておりますが、やはりいろいろな大学がそういうふうに多様化していく、いろいろな仕組みを取り入れていく、そのことに政治や行政はやはりチャンスを与えることが大事だと思います。そういう意味で学校教育法に、学部以外の仕組みをつくっていいですよということを今度改正として打ち出しておるわけでございますが、このことは悪いことをしておるのでございましょうか、お教えをいただきたいと思うのでございます。
#110
○渡辺参考人 簡単にお答えします。
 問題は、その多様化という要請がどこから出てくるかということでございますけれども、一つは学生のいろいろな職業的な要求が多様化している、そしてそれに応じて産業社会も多様化の要求を望んでいる、こういうことが基本の発想にあるのではなかろうかというふうに思うわけです。それは結局は、大学とは何であるかということのかなり理念的な問題になってしまいますけれども、私どもの理解では、大学というのは決して職業教育機関ではもちろんないわけでございますから、職業の多様化とか、あるいは学生の就職の要求の多様化に応じて多様化する必要は全くない、そういう意味での多様化ならば、どうぞ職業教育機関をたくさんおつくりになって、そこでやればいいわけでありまして、大学というのは、そういう職業教育の場では基本的にはないはずだと思うんです。
 つまり社会に出て将来役に立つための基本的な知識を、しかも総合的に身につける、私たちの理解では、基礎的な知識を総合的に身につけておく。しかもかたわの専門家にならないように、社会科学、自然科学の両方にわたった基本的な法則をはっきり身につけておいて、あと応用能力は社会に出てから、そこでまたいろいろ開発していく、そのための基礎だろうと思うんです。そういう意味での基礎的な点をはっきりたたき込むことが大学ではなかろうか。つまり、こういう悪い傾向があるんですね。学生なんかにしましても、大学時代は一生懸命勉強しまして、勉強しないと単位がとれないから勉強する、しかし、大学を卒業しちゃうとあまり勉強しなくなっちゃう、こういうふうな傾向が確かにあると思うわけで、それではいけないわけでございまして、やはり将来大学を出ても学問が好きで、あるいは研究の関心があって、それぞれの職業に出て、職業の中でまた研究能力を関発する、そういうふうなタイプのつまり人間を養成する。職業人を養成するんじゃなくて、総合的な人間を養成する。こういうふうなのが大学だというふうに私たちは理解しておりますので、そういう意味で戦後新制総合大学の理念というものは守っていくべきではなかろうか、そういうことを前提とした上で職業教育、職業に応じた多様化の、いろいろな専門的な対応のあり方というものはあり得ると思うのですけれども、大学の組織としては、そういう意味で、一つとして私はけっこうだというふうに理解しているわけでございます。
#111
○藤波委員 学校教育法を改正をして、国公私立にも門戸を開くということはいかがでございましょうか。
#112
○渡辺参考人 学校教育法の改正で、一つは、いまの単科大学を常例とするような形になってきているという点は、いま私の見地から述べますと、やはり総合大学が原則であるべきで、単科大学は例外としてとどめるべきであるという意味では、従来の学校教育法の規定のほうがいいのではないかというふうに理解しております。
#113
○藤波委員 学部以外の仕組みを大学の中に取り入れることができるということについてはいかがでございましょうか。
#114
○渡辺参考人 この点は私は、一般的に、さっき申しましたように、研究と教育の組織を分離するという考え方はあり得ると思いますので、その限りで取り入れることには反対ではございませんけれども、今度の法案については、その点がたとえば八十七条の二の改正なんかと関連してまいりますので、そこを一番問題にしているわけであります。つまり、たとえば教育組織と研究組織の分離はしたい、だけれども、いまの筑波が考えているような管理体制の強化には反対である、かりにこういうふうな大学があらわれた場合に、そういうふうになっていかない仕組みになっているわけですね。つまり、たとえば学部以外の組織をつくりますと、そこの長は、筑波の場合で言えば学群長は、その教授会できめなくて学長選考になる。それが八十七条の二に投影しまして、一般的にこの教育公務員特例法の適用除外を置いている。そういうことになりますと、その点でむしろ教育組織と研究組織の分離をしたいという改革を考えている大学もできなくなってしまう、こういうふうに関連している点が私は問題だというふうに考えているわけでございます。
#115
○藤波委員 いろいろもっとお伺いしたいことがございますが、時間が参りましたので、終わります。ありがとうございました。
#116
○内海(英)委員長代理 山中吾郎君。
#117
○山中(吾)委員 私、社会党の山中吾郎でございます。
 けさほど午前中には四人の先生方、午後は六人の先生方から、賛成の立場あるいは反対の立場、あるいは条件つき賛成、反対の立場、いろいろの角度から御意見を承りました。
 それで、いろいろの御意見がありまして、それだけこの筑波大学問題並びに百年の歴史を持っておる教育大学の廃止ということは重大な問題であり、そう簡単に、単純に反対、賛成と割り切れない、慎重にすべき問題であるという感想を持っておるのであります。
 いろいろお聞きいたしたいのでありますけれども、御意見を承りました順序で一、二問ずつお聞きいたしたいと思います。
 まず、一番最初に佐藤先生から御意見をお聞きいたしたいのでありますが、おいでになっておる参考人の先生方で、先生一人が私立大学の御奉職のようであります。私、国立大学と私立大学の場合については、おのずから歴史的にいろいろの運営のしかた、あるいは長所、短所があるので、別ないろいろの検討すべきものがあろうと思うのですが、私立大学が新しくつくられる場合には、文部省が認可をいたします。そのときは、施設、設備がほとんど完成に近いものがなければならない。それから教授は学長以下全体が内定していないとなかなか認可になりません。
 国立の場合については、国自身が設置者なものでありますから、認可の立場が国会の法律で、いわゆる法案で、国会の採決という形にかわっておるわけなんです。しかし、実質的にわれわれの審議をする議員の立場から言えば、この法案の一つの中に入っておりますけれども、旭川医科大学は賛成、この大学は附帯決議つけて賛成、筑波大学は保留、あるいは……というふうに、厳密に私立大学の認可に相当するような意味をもって審議をすべき性格のものなんです。
 そういうことを考えまして、この筑波大学のときに先生は非常に楽観主義で、まあ実験大学であるけれども、やってみなければわからないが、私生児になる心配はないと言われておるんでありますけれども、まだ教授、助教授の問題については教育大学の中にえらい混乱がありまして、現在の学長が、五学部のうちで四学部から不信任を受けておる。その学長が指名をし、大臣が任命する新しい学長のもとに出発するように法律がなっている。施設、設備についても、私学認可の場合から言うと、これは一年ぐらいあとにしなければならぬ条件なので、私はそういう意味において、私立大学の認可の場合と比較をいたしますと、いろいろの条件が現実には備わっていない。法律で認可になっても――まあ認可ということばは、実質的に使えばですね。それから準備をして十分の施設、設備をし、教授その他についても、十分の納得した線で陣容が整ったときに学生を募集してやるというふうでないと、このまま出発すると非常に危険なものがあるという私は実感を持っているのです。私学の場合と比較をしますと、同じ条件は備わっていない、そういうことを心配をするのでありますが、先生はどうお考えになりますか、大体お調べになったと思うのでありますが、……。
#118
○佐藤参考人 その点につきまして、まあお答えを申しますといいますより、この点、基本的ないま御質問の問題として、私学の認可というものと、それから国立の認可の問題というのを同じように御比較になるということ自身が、私にはどうも必ずしも納得できないわけでございます。
 と申しますのは、私学自身、これは逆にわれわれの恨みごとになるかもしれませんが、私学の認可は、ある意味できびしさを持ちながら、ある意味でかなり意地悪的な面を持ちながら、またざっぱくな点があるわけでございます。
 で、そういう点を考えますと、御指摘の点が、なるほど、なるほどという形で、左から右へと、そういう形でいくものではないのではないか。これは、残念ながら私自身が法律家でございませんし、またその定義のしかた自身は、むしろこれは非常に政策的な問題にかかわってまいりますので、私の感想しか申し上げられないわけでございますが、もちろん、これは確かに私があのときに申しましたとおり、東京教育大というものをある意味で母体にしながら、今度の新筑波大学をその上へ重ねながら、しかも全く新しいところに持っていくということ、これは一見確かに冒険なり非常に弱点であることは、もう私も感じます。
 しかしながら、ここでちょっとお話がずれて申しわけないのでございますが、だんだんもとへ返ると思うのですが、と申しますのは、私どものような、たとえば全くの新制大学というものが設立されますと、全くこの教員集めというものを方々から新たにしなければいけないわけでございます。私どもの大学で申せば、これはまあ十年ほどしか歴史がございません。さしあたり京都大学名誉教授とか、それぞれ国立大学の名誉教授の方がでんとすわられまして、そうしてそれぞれの体験なり、これはまさにエコロジーの問題でございまして、年代とそれから長いキャリアのそれを持ち込まれまして、そうして新しい大学をつくるのでございますから、なるほど文部省から認可はしていただきまして、キャリアなり名前はそろいますが、実際その運営に至りましては、いまのような筑波大学でこれから起こり得るようなものとは違いまして、全く異質のもので新たなものをつくらなければいけない。そこで理念ができましても、理念よりも何よりも、先ほどの藤田先生のお話にもございましたが、中に入る人間でございますし、そういう問題で非常に混乱した経験を持っているわけでございまして、長い私学になりますと、これはまた大きな、たとえば東京大学とかあるいは京都大学に示されるような国立大学に準じてしまって、それなりの歴史を持ってしまっております。そこで、ある意味でいえば、何も私学ということよりも、私どものような全く新たに、基礎もなしに――基礎もなしにというのは、過去の伝統より過去のつながりなしにつくった場合に、身をもって体験いたしましたような、教員集めを全く新たにすることによって、理念も何も根底からくつがえされてしまうような点が出てくるわけでございます。今回の場合、確かにおっしゃるような無理とか何か、これはただし私ども干渉すべき問題でもございませんし、ああそうですかとお聞きするより以外ございませんけれども、しかし私どもで見ている限りにおいて、それは確かに反対の声も強いし、私もその意味で申せば、文学部的な人間でございますので、文学部のレジスタンスというものも、日本人の感情としてわからないことはございませんが、しかし、先ほどの提示なさいました数というように、やはり東京教育大学がその方向に持っていこうということが――この点民主主義がいいのか、あるいは少数意見であろうと、正しいものがいいか、その点問題がございますが、一応民主的な形で大勢がそこへ持ってこられている限り、私は利点と申したいのは、少なくとも教育大学が母体になっていて、オーバーにいえば、確かに欲しない方までが連れ去られる、そういう点もございますでしょうが、ものはすべてあれかこれかではなくて、やはり妥協点があると思います。
 それから、私学から申しておこがましいかもしれませんが、その場合、東京教育大を母体にする限り、少なくとも教員スタッフがかなりの面において、あるいはその内容もそうでございますが、そのまま移行するだろうということが考え得ます。それは、それらの方々がその意思をお持ちになる限り、今後の運営において私生児にならないとあえて申したその理由は、私どものところですら私生児にならなかったつもりでございますが、いわんやそれだけ一つの母体を持って生まれかわられるということ自身でございます。確かに百年の歴史は惜しいといえばそうでございますが、どうしてもこれは日本人の感傷論になるのじゃないかと思います。時代の要請というものを迫られている責務から考えましたならば、やはり東京教育大学のいまのメンバーの方が、あえて乗り越えて生まれかわろうとされているその御意思のほうに、私は非常に同感を感じる次第でございます。必ずしもいまおっしゃったことに直接お答えにならないということはまことに残念でございますが、私自身が法律学者でございませんし、むしろそれはこちらのほうでお考えいただく点であると思いますので、感想程度にとどめさせていただきました。
#119
○山中(吾)委員 佐藤先生の場合は、私学の立場ですから、国立大学の話をしても、どこか平行線になろうと思いますから、またあとでお聞きすることにいたします。
 次に、御意見をいただいた丸山先生でありますが、日本の学校制度の発達の中に、教育を主とする学校というのですか、これを言いますと、戦前の小学校、中学校、それから高等教育の中でも旧制高等学校、高等専門学校、あるいは高等師範というふうに、大体年齢からいっても未成年に相当する、満二十歳以下を対象として、これは一部は偶然でありますけれども、心身未成熟というふうなことも含みながら、また、自発的に学問目的をまだつくらない前に、教育を主とした学校形態として、そういうものがあった。そして研究を主とする学校形態として大学院というものが発達をして、教育と研究を一体的に組織したものが大学として発達をして、明治以来、最初はヨーロッパの大学制度を取り入れたけれども、日本の風土に従って教育と研究の一体化した形態を大学と考え、そこに伝統ができて、研究することの中から教育がおのずから生まれてくるという独特の学部大学と称するものが生まれてきたと私は見ておるのです。
 しかし、そのことが一方に、講座制の中から、封鎖的なものも出、いろいろな欠点は出ておるけれども、教育と研究を一体化するという日本独特の学部大学という伝統の中に、日本の近代化に大きな働きをし、これからもこの長所を生かしていけば、一番いい大学制度ができる。学問の境界その他についてのものは、横断のいろいろな研究組織を考えていけばいいと実は考えておるのでありますが、今度の筑波大学はその辺をごく簡単に、いろいろのニュアンスも違い、ある程度似たところもあるが、欧米の制度をちょっと視察をしてこれに変えるとかいう軽率な発想があるような感じがするのです。私は、ヨーロッパの学校制度は、いままでは取り入れるべく努力して発達したが、もう日本の学校制度は日本の風土独自のものをやっぱり独創的に考えるべきではないかと思っておるのでありますが、この教育と研究を一体化するという体制をくずしたものは、大学といえないのじゃないか、そういうふうに思うのでありますが、この点について先生の御意見をもう一度お聞きいたしたいと思います。
#120
○丸山参考人 私は基本的には、先ほども申し上げましたけれども、少なくともいまの段階で学部を廃止して何か新しいことをやる、やらなければならないという必要を実は感じておりませんので、やはり日本のいまある学部制度というもの、しかもそれは先ほど御指摘になったように、いろいろな日本独自の経過を経ております。
 たとえば、戦後にアメリカから新しい制度が入ってまいりまして、使節団が来たりいろいろしまして、そこで六・三制というものが実際に進行したわけですけれども、その場合も、うのみにしたわけではもちろんないわけで、やはりそこでいろいろ悩みはあったわけですけれども、結局、批判が現状にはあると思いますけれども、とにかく日本の風土に合うようなものとして、よいものは取り入れるということで、いまのような形態になったと思います。
 したがいまして、私は日本の文化を発展させていく上で、いまの学部制度が非常にぐあいが悪い、限界に達しているというふうには考えないのでありまして、これをいろいろなやり方でもって改善する、それから多様な運営といいますか、教育研究の面におきましても、そういうことは可能であろうかと思います。
 大体以上のように私は考えております。
#121
○山中(吾)委員 なお、この筑波大学の目的ですが、これは大学一般については学校教育法にあるのですが、特に筑波大学を創設するについての――これは伝統がないものですから、伝統があって自然に目的ができ、人間の形成の基盤ができるのでありますが、原野に立てるものですから、どういう人がどういう動機で入り、どういう卒業生が出るかというのは、ちょっと私は見当がつかない。一方に筑波大学があり、茨城大学があり、茨城大学に農学部がある。そうして筑波大学は、農学部というのではなくて、農業専門学群とかいう名前をつけてある。茨城大学に医学部を置くというかわりに、筑波大学に、医学部じゃなくて医学専門学群としてある。そこでお医者さんが養成されるのでしょうけれども、医学専門学群という姿から出てくるお医者さん、そういう点から、一つの県の中で、国立茨城大学、国立筑波大学、そして片方は農学部と称して片方は農業専門群ですか、こんなことをわざわざする必要ない、農学部でいい、あるいは一つにすればいいと思うのですが、いずれにしても目的が明確にならない。いままでの経済成長の延長線に構想されて、筑波大学がさらにそれに貢献する大学として構想された向きもあり、あるいは現代の公害その他新しい地球ベースのいろいろな問題を解決する学問の境界線を突破して、何か生態学的な人生観、世界観を持った人間をつくるので生まれたのか、どこを見てもわからない。
 そういう点について非常に疑問を持っておるのでありますが、先生から見まして、この筑波大学が一方に教育と研究を分離をし、管理体制を学長に集中し、いろいろなことをして、ここにどういう学生があり、どういう人間が生まれるのか、先生のひとつ御感想を聞きたいと思います。
#122
○丸山参考人 私は、実はほんとうにどういう学生が生まれるのか、的確に言うことはできないというふうにお答えせざるを得ないと思います。どういう学生が生まれるかわからないということは、つまり逆にいえば、どういう学生が生まれるという、その見通しを持った教育制度というものであるべきはずなのに、いまのこの案ではどうも私には見通しが立たないと思います。
 それで、そのような新大学をつくるために伝統ある教育大学が廃校になるということ、これを非常に私は残念なことだと思っているわけです。私自身は、まあ七年前に東京教育大学に来たわけですけれども、大体、定年も近くなってくるし、その前にいろんな大学を転任いたしましたけれども、やはり最終的に自分の落ちつくところで自分の目標でもっていろんなことをやる、研究教育に携るということを考えまして、そのときたまたま東京教育大学に新しい教室ができまして、応用数理学科というのができましたのですが、そこで、私どもの非常に近い専門分野の関係講座が二つできて、そしてその方面の若い研究者も非常に乗り気になって私を支持してくれたということで、最後の私の骨を埋める場所は教育大学である。その他にもいろいろありました。けれども、やはりその場合私が考えたのは、まあ内々いろいろ東京教育大学の関係者に内輪話的に伺ったところによりますと、やはり東京教育大学は、いわゆる東京大学とかいうような総合大学ではない。どうしても、ちゃんとした大学になるためにはそのような総合大学にならなければならないのだというふうな感じを持っていた人がかなり多い。全部ではもちろんありませんが、かなり多いということを感じました。しかしながら、私は、その時点における東京教育大学と東京大学を比べ、あるいは京都大学を比べたときに、それを一列に並べて、一体どちらに優劣があるかというようなことを考える必要もなし、また比較もできないのであって、むしろ東京教育大学はその過去の歴史なり、伝統の上に立った比較のできない特色を持っている、そういうふうに考えたわけです。
 そういう考えに立ちまして私は来たのですけれども、いまや筑波新大学になりました場合にはどのような学生が生まれ、どのようなことに結果がなっていくのかということに非常に自信が持てないということで、途中で私は失望しまして、まあ機会があったときにやめたということであります。
#123
○山中(吾)委員 私も実は昔の教育大学の前身の東京高等師範の卒業生なんであります。そういう意味において、これは一体筑波大学がどんな人間が入って、どういう卒業生ができて、どういう社会人になるかということを考えたけれども、どうしてもわからない。この法案は、百年の歴史のある教育大学を廃止する、そうして異質の筑波大学をつくるという内容なので、教育大学が向こうに移転をして、そうしてその中で全学的な討議で反対もなく、その伝統を生かす方向に生まれてきておるならばいいんですが、伝統がずっと断絶をしておる。東京教育大学というものの伝統が生きれば、その伝統の中へ大体卒業の人間像も出てくるのでありますが、それがない。私はこの実験学校は、佐藤先生は心配ないとおっしゃっているんですが、非常に心配なんです。変になってしまうんじゃないか。最初の高等師範の伝統を生かすならば、これは制度的にどうあろうが、教育界に身を投じて生きがいを感ずる人間が生まれる伝統なんです。まあマイナスの人間像もたくさんありました。
    〔内海(英)委員長代理退席、森(喜)委員長代理着席〕
戦前、軍国主義と結びついて間違った教育をして、反省をしておる者もたくさんあり、あるけれども、少なくとも清貧に甘んじて世俗的な立身出世主義を捨てて教育のために生きがいを感じた人材は輩出をしております。その伝統はどこへ生かしているのか、これもない。
 さらにあとに、戦後生まれた東京教育大学は、そういう教員養成の目的大学としてでなくて、六・三・三・四の一つの大学として生まれたのでありますが、その中に学部教育と研究の一体化という新しい伝統を戦後東京教育大学の中につくってきた。これも廃止をする。その前の東京高等師範の教員が生まれるという伝統もつぶした。教育学部も廃止である。どこを見ても教育専門学群というものがない。どっか教員養成のことを期待するような構想があるかというと、どうもない。そうしてしかもこれは一つの地域の伝統を持っておる既存の都市の中につくるのではない。原野につくるのである。そうして一方にこういう歴史のある一つの大学を一片の法令で廃止をする。何が膨大なる国の予算を出していいものが生まれるだろうか、有効な税金の使い方になるかということを実は非常に危惧をしておるのであります。そう簡単に、何とかやってみたらいいだろう、多様性の問題としてということについては、もっといろいろ考えなければならない問題があるのではないかと私は思うのであります。丸山先生も、そういう危惧を持たれて東大に行かれたようでありますが、ぜひ先生方にもひとつ真剣に御検討願いたいと思うのであります。
 次に、藤田先生の御意見を承ったのでありますが、賛成の立場で先生がいろいろおっしゃられたのでありますが、この教育と研究の一体、即日本の独特の学部大学として発展をしたと私は思っているんですが、その辺の御意見も承りたいと思うのであります。
 それと一つは、ぜひお聞きしたいのは、その大学の賛成、反対よりも、この原案ができるまでの学内のプロセスに非常に非民主的なものがあって、このまま出発すると、私は傷だらけの誕生で、もう最初からずっと問題が出るのではないかと心配をいたしておるのであります。非民主的な手続という点から、ことに現状においては、五学部のうちの四学部が現在の学長不信任をしておるのでありますが、そういう前提の中に、この法案の附則の4には「第一項第一号に掲げる規定の施行後」というのは筑波大学ができたというときですが、筑波大学施行後「最初に任命すべき筑波大学の学長及び副学長は、文部大臣が東京教育大学の学長の意見を聞いて任命する。」となっておるのであります。したがって、不信任をされておる現学長が――だれの意見も聞かなくていいんですよ、これは法的には。しかし、道義的に聞くということはそれは当然あると思いますけれども、単独に教育大学の学長の意見を聞いて学長も副学長も任命できることになっている。五学部のうち四学部から不信任をされておる学長ができるのです。その中に副学長の五人まで含んでおる。副学長というのは、最初われわれが考えたのは、学長を補佐する一、二名の副学長かと思ったら、研究、教育その他ずっと五人の副学長が並んでおる。中には教授でなく、学外から持ってくる可能性を持った制度である。そして出発をしていくというたてまえなので、これは筑波大学の構成について賛成、反対の前に、こういう現状の中から出発をして一体うまく健全に発達するかどうか。最初から学長反対、何反対という紛争が出るのではないかと私は心配するのですが、藤田先生どうでしょう。私は非常に危険を感じているんですが、いかがでしょう。
#124
○藤田参考人 最初の、学問と教育の分離の問題につきまして申し上げてよろしゅうございましょうか。――研究と教育の機能的分離という問題私いろいろ誤解があると思うのでございますが、先ほど申し上げましたように、大学教育自体が高度の研究を基礎にして行なわれるべきものであって、その点において両者が一体となるべきものであるということについてはそのとおりだと思います。ことに大学の教官は、教育をする場合において、その教育の基礎に十分な高度の研究を備うべきことは当然のことでございまして、その点において教育と研究との一致であることは間違いないのでございますが、教育と研究の機能的分離といっておりますのは、大学教育の中でも、先ほど申し上げましたように大学院等の研究者の養成の場合においては、同じようなやり方でやっていってもよろしいかもしれませんが、四年制の大学のその課程におきましては、当然、研究者つまり教官の研究自身は相当に高度なものでございますから、それをそのまま大学生にぶつけていっても、その間にギャップがあって、それは教育にはならないのではなかろうか、私はそういう感じがいたします。ことに四年というのは相当の年限でございますから、それを三年に縮めるという案もございますが、いずれにいたしましても青年の発達は、最初に入りましたときから卒業するまでの間に相当な課程を経て発達をしてまいります。したがって、やはり教育は順序を追ってなされなければならないと思います。最後において高度の研究の結果が理解できるところまで持っていくには、当然教育の方法も考えなければいけないし、段階的な順序も考えなければなるまい。したがって、研究の結果がそのまますぐ教育の内容になるとはきまらないのではなかろうか。そういう意味で教育と研究とは一応分けて考えなければならない。高度の研究を踏まえながらも、それを教育する場合の段階においては、研究の結果そのままがすぐ教育にはならない。とかく一体化ということが申される場合におきましては、これはたいへん失礼な言い分になりますが、教官自身いつの間にかすべての学生は何か自分と同じタイプの人間になるかのごとく錯覚して、そして自然自分を標準にして教育を進めるということもあり得ると思います。
 それからいま言ったような意味において、非常に経験を積まれた老教授は別でございますが、特に若い教授の場合においては、研究結果をそのまま学生にぶつけていってもかまわないかのごとく、そしてそれについて来ない人間はある意味においてはほっておくというようなことも間々あると思いますので、大学の中におきましてもどうして教育したらいいかを十分に考えてほしいという意味で、一応教育と研究との機能的な分離ということを考えておるわけでございます。そういう意味でございます。
 それからもう一つは、先ほどから申しましたように、大多数の学生は決して教官と同じ研究者になるわけではございません。したがって、そのためには学生の要望にこたえるような教育内容でなければならないのであって、研究と教育の一体化という名前のもとで、そうした意味での学生の要望にこたえないような、あるいはそれを十分に考えないような教育であってはならないのではなかろうか。そこで教官自身の研究と、それからその研究に基づいて学生に与える教育の内容とは、おのずから違いがあるのではないか。分けておいて、そして教育は教育として十分な成果をあげるようにすべきものであって、そういう意味においてただ頭から教育と研究とは一体ということはいかがであろうか。分けるべきものである。しかし、教官自身については、これは当然一体であってけっこうでございますけれども、実際に学生に対して与える場合には、それをむしろ分けておいて、その間の弾力的な意味における教育内容をあらためて考えてもらいたいという意味でございます。
 いま一つの点につきましては、いま、お話しのようないろんな事情を承りましたが、しかし、それについて私自身の見解を申し上げるわけにはいかないんではなかろうかという気がいたします。というのは、それこそ大学の自治でございまして、大学の問題は大学内で解決していただかなければならない。ただ、はたから見ていて、正当な解決をしてほしいという要望だけは申し上げてもよろしいかと思いまして、それだけを申し上げたわけで、具体的にどうしたらいいかということを私自身が申し上げるのは、少し越権であろうと思いますので、それは申し上げないことにいたしたいと思うのでございます。ただ、いろんな意味で問題がございますときには、専心その問題を十分に解決していただきたいということを要望として申し上げている次第でございます。
#125
○山中(吾)委員 他の先生方にも一応御意見をお聞きいたしたいと思うのですが、大学とは何ぞという問いに対して、教育と研究が一体化した学校形態を大学というのだと私は考えてきたわけなんです。研究したものを今度は学生諸君に伝えてやろうという意欲に転化をして教育活動になる、それが大学なんだ。
 ところが、同じ高等教育であっても、教育を主とするまだ十七、八歳の年齢の学生を対象とした戦前の旧制高等学校あるいは教育を主とした府県の師範学校、そういうものを合体して六・三・三・四の新制大学が戦後できた中に、教育と研究の一体化として、戦後の大学が教育を主とする高等教育部門も一緒にしてしまったところに非常な混乱が出てきた。学生諸君にも、高等学校の繰り返しの教育を受けるというふうな不平も出る。大学の先生も、研究について魅力のある姿勢を学生に見せる要素のない人も出てきたという中に大学紛争の混乱が出たんじゃないか。そこで、マンモス大学という管理能力を越えた大きな大学というものが、価値観の混乱もあってできたと思うのでありますが、その大学を整理し解決をするときに、戦前の教育と研究を一体化した学部大学と、教育を主とする高等教育とを一緒にしたものを、整理をして考えないで、教育と研究を単純に分化をして解決しようとしてきておるところに筑波大学の欠点が出るんじゃないかということを、私は非常に心配をしておるのであります。
 そういうことを考えて、次に御意見を承りました村松先生にお聞きいたしたいと思うのでありますが、この点について村松先生も一つの疑問を投げかけられたと思います。六・三・三・四の中の大学としてはこれはちょっと解決がないじゃないかという御意見だったので、私もその点について同じような考えを持っておるので、ちょっとお聞きしたいのです。
 戦前の旧制高等学校、旧制師範学校という、教育を主とした高等教育学校。旧制高等学校は、研究というよりも、教養を高めるという教育を主とした、十七、八歳の未成年である。府県の師範学校も、小学校の高等科を出て、年齢からいうと十六、十七、十八、十九である。そして目的も最初から研究者は考えていない。旧制高等専門学校もそうであった。それを戦後の六・三・三・四の大学の中にほうり込んでしまった。
 したがって、一方に日本の百年の間に独特の風土をつくった教育研究の基礎単位である学部――講座制をとれば私はそのマイナスは排除できると思うのですが、それをなくしていくという単純な解決は何だか間違いじゃないか。戦後加えた教育を主とする高等教育部、大学四年の前期二カ年を切り離すという一つの手もあるじゃないか、後期二カ年と修士課程の二カ年を合わした修士水準のいわゆる大学構想を立てて、教育と研究の一体化の伝統を生かしていくということも、大きい解決の道ではないかと思うのであります。
 そういうことを考えて、この筑波大学の構想に何か木に竹をついだような、整理すべきものをしないで、大学紛争を解決するために、学部の人事権をとってしまったら、教授その他についての整理もつくだろうというふうな政治的動機も入ってできたような点があるのではないかと私は思うのでありますが、この点、村松先生はいかがか、御意見を承りたいと思うのであります。
#126
○村松参考人 学部を廃止して、その学部での教授会の決定というようなことをなくして、そして学長が全学的に運営に当たるようにするということは、いままでの大学の紛争の場合に、各学部がそれぞれの動き方をしたり考え方をしたりするということで、紛争解決にたいへん困難だった、したがって、学長が一人で集中的な権力を持って、それで全学的な管理をしていけば、紛争は起こらないであろうという発想がおそらくあっただろうということを、私は推測いたします。
 それで、いまの研究と教育の問題ですけれども、ことに旧制高校のお話が出ましたが、旧制高校に該当する期間がいまの六・三・三・四の中ではないように見えるわけです。しかし、実はそうではなくて、六・三制の教育の体系の中では、大学の前期二年というのがそれに該当するような考え方がされておるわけでして、それを、その二年間が有効に機能しないような教育の中身ができてしまったというところに、一つ問題があろうかと思います。というのは、よくいわれることで、前期二年の教養課程がもう高校の教育の繰り返しだ、そして学生どもは、退屈をするのだという言い方がされるわけです。
 しかし、その一つの理由は、高校の教育の場合に、その教科書の内容、その水準というのが非常に高くて、現在その高い水準だということによって、三割ぐらいの生徒しか理解できないような、そういう内容になってしまっている。そうすると、実を言って、それはある場合見方を変えれば、大学でやるべきことを高校で無理やり水準を高めるという意味でやっているというあやまちをおかしている、そのために、大学の教養課程がいえば機能しなくなってしまったし、同時に、高校の教育が、実際には三割の生徒にしか有効でない教育になって、七割の生徒には全くもう効果のない教育になってしまっている、そういうところがあって、それが大学に影響しているというふうに見ていいと思うのです。また見るべきだと私は思っておるわけです。
 ですから、そういう意味からいって、この六・三制という制度からいいますと、高校の教育をもう一度建て直し、そしてその年齢にふさわしい教科の内容と水準で、でき得べくんば、一〇〇%とは言いませんけれども、現在のように三〇%にしかわからない教育内容ではなくて、七〇%ぐらいにはわかるのだということにしてやれば、そういうところから、大学へ入った学生は、おそらく大学の前期教養課程のところで学ぶべきものを大いに持つはずですし、そしてその時期に人間形成をするということがいえば体系的に可能になってくると私は思っているわけです。
 ですから、大学改革ということも、私の考えで申し上げれば、一個の大学の特別のケースということで大学改革が可能になるとは私は思いませんで、高校の教育の改革という基盤を踏まえた上に整理された大学の改革、そしてそれが将来に有効に機能する大学になるというふうに考えておるわけでして、これはそんなに長い時期を要するとは実は思いませんし、ある考え方をすれば、その徴候が出てきているとも言えると思うのです。
 先日新聞によりますと、文部省が実業教育についての再検討をするのだということを表明しております。しかし、そのこと自体はよろしいけれども、これは昭和四十一年以降ずっと強力に推進してきた高校の多様化、実業教育の拡充という、あの中教審の答申が、現実に破綻を来たしたということを露呈しておるわけでして、つまり、その破綻の上に立って再検討し、高校の教育をつくり直すということをやれば、おそらく大学の問題の過半数は解決するのではないか、私はこう思っております。
#127
○山中(吾)委員 なお村松先生に、現在のマンモス大学のあり方について、管理と研究をどうするかということについて、いろいろ御意見をお聞きしたいことがあるのです。学生の地位についても御意見をいただきたいのですが、時間があったときにお聞きするとして、なお、お二人の先生ありますから……。
 次に、お聞きいたしたいのは大島先生でしたが、大島先生は現在教育大学の先生で、お話を聞きますと、筑波大学構想の発案者の一人であるというお話でありましたが、先生には、これは私らも筑波大学という新しい構想というものは頭になくて、狭い教育大学を移転する、深い連続性を持って筑波に移転するという構想で同窓の者も賛成をしておった。中身はわからない、みんなしろうとですから、全国にちらばっているものですから。ふたをあけると、一体何が残ったかということにはみんな疑問を持っている。文部省のこの大学についての解説の中にも、長い歴史を持っておる東京教育大学のよき伝統と特質を生かしたと書いてある。どこを見ても私はわからない。どこに連続性があるのか。戦前において教員を養成する学校であったものですから、当時の国家理念と密着をして、主体性のない人間もできておるでしょう。権力に弱い人間もできておるでしょう。しかしながら、大部分の者は安月給の中で、広く日本の明治の近代化の中に大きい役割りを果たした、教育に生きがいを感じた人間が非常に多く出ておる。その中の伝統はどこに生きているのだろうか、特質がどこにあるだろうか、これがわからないので、ひとつ大島先生に、どういうところに伝統を残したのか、特質を残したのかお聞きしたいのです。
#128
○大島参考人 それにお答えいたします前に、先ほどからの山中先生の御発言の中で、ちょっと訂正をいただきたい個所が三カ所ございます。
 第一は、学長不信任ということを四学部が出していると申しましたけれども、学長不信任は出ておりません、今後出るかもわかりませんけれども。出ましたのは評議会の議長に対する不信任であります。議長が学長を兼ねているのは従来の慣行でございますけれども、今度の場合、学長と評議員との間にちょっとした見解の相違がありまして、そのために評議会における議長に対する不信任が出ているので、学長不信任はまだ全然出ておりません、今後はわかりませんけれども。これが一つ。
 それから教育大学の廃止ということをおっしゃいましたけれども、これも見解の相違といえば相違かもしれませんが、私どもは教育大学の廃止だとは考えておりません。というのは、先生も教育大学の前身である文理科大学の御出身ですが、文理大が教育大学に変わりましたときにわれわれは文理科大学といういわゆる狭い、文科と理科しかない大学を、さらに教育学部や農学部や体育学部を加えて、そして東京教育大学に変えたので、文理科大学の発展的解消と思っております。先生御自身も卒業生として、卒業生のつくっている茗渓会の会員でいらっしゃるはずですが、ちゃんと茗渓会の名簿には文理大時代の卒業生も全部入っている。先生のお名前も入っていると思います。今度の場合も、われわれは教育大学の廃止とは考えておりません。やはり同じように発展的解消という線で考えております。その点が第二。
 それから第三番目に、農業専門学群ということをおっしゃいましたけれども、この新構想をめざす筑波大学の一〇ページをお開きになっていただければわかりますが、専門学群は体育専門学群と芸術専門学群と医学専門学群だけでございまして、農学、林学などは第二学群の中へ生物学などと一緒に入っておるわけです。つまりわれわれはそういう意味で茨城大学の農学部と違う特色を出そうというので、第二学群の中へ心理学などと一緒にして入れているわけでございまして、農業専門学群というようなものは考えておりません。
 以上、三点御訂正をお願いしたいと思います。その上でただいまの御質問に対してお答えいたします。
 東京高等師範学校、それから東京文理大、東京教育大学の初期のころには、大体卒業生で教員になる方が非常に多かったわけです。しかし、今日はだんだん情勢が変わってまいりまして、文学部などには教員になる方はいまでもたくさんおられますけれども、法律や経済の出身、それからまた理学部の出身の人などは必ずしも教員になってないのです。だんだんそういう情勢の変化が――つまり東京文理大と違って教育大は総合大学になりましたために、教員になるよりもむしろ会社員になりたいというような志望者、あるいはジャーナリストになりたいというような志望者が、だんだんふえてまいっております。
 そういう中でわれわれはそれをより具体的にして、いまの教育大学のあり方というものをより発展して、よい社会人をつくりたいということ、それから学部を廃止します一つの理由は、御承知のように現在の日本では全部東大方式で国立大学ができておりますから、そこでどうしても大学の間に格差というものができて、たとえば、最近東大騒動以後出なくなりましたが、前には東大総長の訓話だけは必ず新聞がでかでか扱う。それからまた東大の入学者だけは必ず新聞が記事に取り上げる。そこで東大はナンバーワンであるとか、それから京都大学がナンバーツーであるとか、そういうふうにして格差ができている。私どもはそういう格差をなくす一つの突破口として、つまり違う組織の大学をつくることによって――それだけで格差がなくなるかどうかわかりませんけれども、とにかくそういうものをねらっておりまして、しかもそれには同時に、伝統がなくていきなり新しいものはできませんから、したがって教育大学の伝統を教職関係、いろんな面で残していきたいというふうに考えているわけでございます。
#129
○山中(吾)委員 農業専門学群は間違っておりました。ありがとうございました。
 議長の不信任はあるけれども、学長の不信任はない。形式的にそうですが、学長たる議長の不信任ですから、実質的に同じ人格だから、その人のもとの選択によった新しい大学の学長、副学長のもとには不信感があって、たいへんな混乱を来たすだろうという心配を私は申し上げたのです。
 それから教育大学は残ると言う。この法案は教育大学廃止なんです。筑波大学設置なんです。およそ一つの大学、学校なんというのは、伝統の中に人間形成の地盤ができるのですから、これを一片の法令で廃止をするというのは容易ならぬことで、学制全体の改革のとき、あるいは昇格とかいうふうな名前のとき、あるいはそういう形式をとっても、広島のように同じ地域の中で、伝統のある地域というものが動かないときとか、何か安心するものがあるのだが、これが全部ないものだからいろいろと論議をされておるのであります。目的は教員養成目的でなくても、そこに教育学部が一方解体をしておるわけです。そこの卒業生は、教壇に立つ立たぬは別にしても、全部教員の免許状を持たす。景気のいいときは会社に行き、不景気のときは教壇に立つという人事の中からは、人は集まってこないので、私はここの入学者全員に奨学資金を渡し、義務づけないけれども、六年教壇に立ったときは免許するというような、いろいろな苦心が、この伝統を生かすために構想が出てくるはずである、それを考えれば。そういうものがないということで、どこを見てもないと申し上げたのであり、なおこの点についてはまた大島先生と個人的にいろいろ論議をいたしたいと思うのであります。
 時間がないので、いろいろお聞きしたいことがありますが、最後に渡辺先生にお聞きいたしたいと思うのであります。参考人の先生のうちで、渡辺先生がたった一人の法律学者でありますので、法的な問題をお聞きいたしたいと思います。
 私の心配しているのは、学長に権力が集中し、そして学長が文部大臣の任命下にある、一方に学外から参与制がある、心理的圧迫があるかもしれない。同時に、五人の副学長が予定されているが、副学長も文部大臣の任命である。そこでもし、文部大臣の任命権に拒否権があるという解釈に立った場合には、この大学の自治というものは、非常に危険な場面が力関係で出てくると私は考える。現在の法体系のもとに、文部大臣の学長に対する任命権に拒否権があるかないか、法律学者としての渡辺先生の御意見をお聞きしておきたいと思う。
#130
○渡辺参考人 お答えいたします。
 現在の法体系のもとでは、文部大臣が持っておりますのは、学長の任命権は形式的任命権に限定されるというのは、法律としては当然だろうと思います。それはつまり教育公務員特例法というものが、一般の公務員の任命手続と区別して、特に教育公務員につきましては別個に教育公務員の人事を手続的にきめております。これはやはり憲法の学問の自由を受けまして大学の自治、大学の自治の一番中心には教員の人事権というのがございますので、その教員の人事権の身分保障という観点から教育公務員特例法ができて、そこでただ公務員でありますために、手続上形式的な発令は文部大臣の名前でしなければならない、そういう意味で、文部大臣の持っている権限は、形式的な任命権にとどまるということは疑いのないところではないか。
 ただ、この点つきまして従来若干のいきさつがありまして、前の大学管理法のときまでは、文部省もその解釈では異論がなかったと思うわけですけれども、前の大学管理法のとき以降、若干、文部省の解釈の中に、文部大臣の任命権に実質的な要素があるような解釈が出てきまして、これがたとえば九大の井上学長問題とかいうことに波及いたしまして、それでこの間のまた裁判などになっていくわけであります。
 現在文部省はそういう解釈をとっておられないと思いますけれども、一時は何かそれにちょっと近いような解釈をされておりまして、したがって、たとえば日本にかりに二年間いないような学長を発令したとか、あるいは寝たきり老人であって、全然執務できない、そういう人をかりに学長が出してくれば、そこはチェックする、こういう意味での形式的なチェックだけをとっている、実質的なチェックはできない、これが文部大臣の任命権の法的性格であるというふうに理解していただいてけっこうだと思います。
#131
○山中(吾)委員 わかりました。
 次にもう一度、参考人の先生のうち先生だけが法律学者なものですから、それにしぼって、時間がないものですからお聞きしたいのですが、今度の改正の国立学校設置法五十三条の文章をしろうととしてすなおに読んで、私の解釈が間違いかどうかお聞きしたいのですが「大学には、学部を置くことを常例とする。ただし、当該大学の教育研究上の目的を達成するため有益かつ適切である場合においては、学部以外の教育研究上の基本となる組織を置くことができる。」これは「学部以外の教育研究上の基本となる組織を置くことができる。」したがって、筑波大学の場合は、学系、学群でありますが、同時に学部を残してまたそれに並列して別な組織を置くことができると私は解釈しているのですが、学部以外の基本となる組織を置いたときには、学部を廃止しなければならぬとどうしても解釈はできない。五十三条のこの条文は、学部を置いておる大学でも、その学部以外の基本的な組織もまた併置することができると私は解釈をしているのですが、いかがでしょう。したがって、筑波大学に学群、学系を置いても学部も残すことができる、この法文どおり私は解釈できると思っておるのですが、ひとつお聞きしておきたいと思います。
#132
○渡辺参考人 お尋ねですけれども、実はこの条文自身が非常に抽象的に書いておりますので、御疑問自身が、私自身が疑問の点でございまして、立法者にお伺いしたいと思っているような点でございます。つまり、この条文の文字からは、もちろん一つの大学の中に学部――たとえば社会科学系は学部を置いておく、自然科学だけ学部以外の組織をつくるということも可能だと思いますね、非常に抽象的に考えますれば。しかし、その場合に、私は、学部を解体いたしますとそれにかわる基本組織がどういう管理組織との関係になってくるのか、そこの点が関連して出てまいると思いますので、そういう点ではある一つの大学の中に学部が残り、それからほかのところは学部でなくなった場合に、一体大学全体の管理体制はどうなるのだろうかということについては、この法案を見ている限りではさっぱりわからないというか、理解できないということでございまして、その点については私のほうからお答えできない、むしろ立法者に聞いていただきたいという点でございます。
#133
○山中(吾)委員 もっといろいろお聞きいたしたいことが数限りなくあるのでありますが、与えられた時間が参りましたので終わりたいと思います。
 ただ、この法律の解釈も、立法者というのはどんどんかわりますから、つくった文章はそのまま一人歩きするので、われわれはまた権威的解釈を国会で論議して固めなければならぬと思いましてお聞きしたわけでございます。
 いろいろ御意見をいただきましてありがとうございました。
#134
○森(喜)委員長代理 この際、佐藤参考人から発言を求えられておりますので、これを許します。佐藤参考人。
#135
○佐藤参考人 おくれましてまことに失礼でございますが、言い落としました点を、一言づけ加えさしていただきたいわけでございます。
 と申しますのは、後半の問題ではございません、非常に前半の問題でございますが、こういうような大学を新たにつくった場合に、お先まっ暗で、どういうものができるのかわからないというお考えがありましたし、また丸山教授からもそのお話がございました。それは確かにゆゆしいことでございまして、教育を主眼にする大学である限り、お先まつ暗であって何をつくるかわからないということになりましたらということを感じまして、私の意見を、それに対して落としました点を述べさせていただきたいと思います。
 実は楽観論というわけではございませんで、各国におきまして、先ほどから日本以外の、外国の問題は、日本には戻らない、日本は独自のということをおっしゃいましたが、いまは世界的に、外国の問題と思っていた、他国の問題と思っていたものが、実はすぐ自分の足元に出てくるという時代でございまして、そういう観点から、私自身決してむちゃを申しているわけじゃございません。私自身は、西ドイツのボッフムにございますルール大学でございますが、一九六五年から今日に至るまで、私自身で個人的に追跡いたしました。
 その点を簡単に申させていただきますと、その一つは、やはり同じように西ドイツで初めての改革大学がつくられたその時点におきましては、まさにここで述べられていると同じような反対論、特に日本でいう東大に当たりますようなミュンヘン大学の教授からは、全く同じ発言があって、あんなものをつくって何になるのか、末おそろしきという発言がございました。しかし私は、西ドイツ政府と文教当局及び大学人が賢明だったと思いますのは、すでにその前に出されましたロビンス報告が、隣国の英国でございましたが、英国以上に非常に敏感に反応して、たいへんな事態であるということから、この点は与野党も一致しましてフォローいたしました。そして、とにもかくにも、これと同じようにして、ある意味では一つ通り越すものがあって、ひっかかるものがありながらつくりました。
 その結果、一体はたしてどうであったかということで、私自身、二年目の一九六七年に行きましてフォローいたしました。そのときに、象徴的であったことは、これは教育だけに関しませんが、ミュンヘン大学の日本学の主任教授をしておられた方が、いまボッフム大学の、改革大学といたしましてもう学部がございませんが、その中のいわゆる部門としての東洋部門の主任として来られて、もう一人、前学長がやはり私どもを迎えてくださいました。その間、私自身もドイツ語をしゃべりますので、もはや儀礼的なことは抜きにして、前学長と日本学主任教授が、まさに洗いざらいボッフム大学の悪口を述べられました。
 その中には、人事の問題、予算が削られる――すべてあちらでは、デュッセルドルフにございます州文部省、ノルトライン・ヴェストファーレン州の文部省の大学局長が非常に強い権限を持っております。それについてずいぶん反発がありました。
 そこで私は、結論的に、それでは結局あなた方お二人は、ここに来られる前の大学と比べられて、これは失敗だったとお考えですかという質問をいたしました。これは友人同士でありまして、日本学の教授も以前にミュンヘン大学で友人でございましたので、率直な意見ですが、とんでもないと二人とも顔色を変えました。ともかく前におりましたミュンヘン大学とかハイデルベルク大学に比べて全然違うんだ。まず、われわれの雑用とか無意味な行動というものが去った場合に、どんなに役になるかということがわかった。しかしながら、もちろん相変わらず問題は持ち続ける。文部省に対する絶えざる抗争と申しますか、大学の宿命でございますし、このテンションなくしては伸びないわけでございます。これはもう当然ございます。しかし、それにもかかわらず、あるいは人事において干渉されたり、場合によっては予算も削られたりするけれども、ともかく従来の日本とは比べものにならない典型的な学部大学であったミュンヘン大学とか、そのほかの大学から来てみて、やはりこれは大成功であった。しかし、その中でわれわれはあえて問題を言わざるを得ないということを了承してくれ。すなわちこれは、考えてみれば、ともかく彼らはボッフム大学を認めたどころか、非常にそれを受け入れたということがございました。
 それから、では学生が一体どういう生活をしていたのか。それは一昨年の秋でございますが、七〇年にボッフム大学をもう一度訪れて、今度は、その大学で初めから学びましていま助手になっている連中、あるいは講師になっている連中と三時間ほど、これも全くプライベートに対談いたしました。彼らは、やはり大学の民主化とかあるいは評議会がヴィートーを使うだとか、いろいろな点でいろいろな文句を申しました。
    〔森(喜)委員長代理退席、委員長着席〕
 そこで、同じように結論を、結局後悔したかということでございますが、やはりとんでもない、ともかくわれわれはこの大学をもっと育てたいし、われわれはこの大学に学んでよかったということでございます。これは、だからこうなるということじゃございませんが、ともかく古い大学の、旧帝国大学のような形から来られた方が、いい感じを持たれたということは、これはまた別としまして、そこの大学で教育を受けた者がどう育つかということは、われわれも非常に関心事でございました。しかし彼らが、ドイツの大学のように学期ごとに遊び回れる、そういう制度にもかかわらず、初めてボッフム大学を自分の母校と考えているような、そしてそれを何としてでも育てよう、欠陥はわかり切っているけれども、そういう学生が助手に育ち、また講師に育っていくという点で、われわれはやはり教えられる点がありました。これはイギリスでも同じだったと思います、ロビンス報告のあとで。ともかく新しいものをつくりました場合に、それがどうなるかは何人も予言しかできないわけでございます。あとはパーセンテージの問題であり、また感覚の問題でございますが、他国はともかくそれをやった勇気というものがございます。
 それに対して、たまたまここで拝聴しました限りでは、あまりにも暗い日本的な発想で、しかもそれが、日本的なるがゆえにしかたがないのであって、という御意見がございました。いまの国際交流の時代で、それは交流というのは、ただ行き来するだけじゃございませんで、やはりあちらの問題は絶えずこちらの問題になる。それに対して――何も欧米とは申しません。これはインドであっても、あるいは南米におきましても、ともかく他国の教育というものに対して、きわめて熱烈な、いわゆるアクチブな意味での調査を行ない、またフォローしながら、最後にやはり冒険をしていく。そういう要素を考えますときに、多くの宿命論とか、あらゆる暗さというものは、もうわかりにわかりますけれども、やはりわれわれ乗り切らなきゃいけない時期というものを感じる次第でございます。
#136
○田中委員長 次に、栗田君。
#137
○栗田委員 先生方お忙しいところをどうもありがとうございます。私、日本共産党の栗田翠でございます。
 まず最初に、佐藤先生に伺いますが、先生は最初の御意見を御開陳くださったときに、各国におくれをとったけれども、具体的な法案として出てきたということは、非常に救いとして感じられたということをおっしゃいました。救いとおっしゃいますのは、たいへん緊迫した必要があってこれがやっと実現したということだと思うのですけれども、日本のいまの大学制度のどのような御批判の中からそうお感じになったのか。特に、今度の新しい改革案の中で、どの点を特によかったと思っていらっしゃるのかを伺わせていただきたいと思います。
#138
○佐藤参考人 満足かどうかわかりませんが、お答え申し上げます。
 いわゆる大学の問題は、ただいま申されましたように緊迫した中でか、あるいはそれとも少し早走るんじゃないか、先ほどからも御意見が非常に出ているわけでございますが、しかし、少なくともあの紛争期というものがむだに過ごされた。世界的にだれもこれはむだにしてなかった――だれもとは申しませんが、少なくとも日本以外の国でこれをむだに使わなかったわけでございます。
 それに対してわが国におきましては、先ほど申し上げましたように、結局焦点を結ばないで、いつの間にかエネルギーが退化してしまったのか、私が見る限りにおきましては、大学人は、われわれの同僚も含めまして自責の念にたえませんが、虚脱状態におちいってしまっているような気がするわけでございます。したがって、いまこうやって平静に考えますと、何ゆえにこれをいま急がなきゃいけないとお感じになるお気持ちもわかりますし、現に大学人がそう感じておるわけでございます。しかし、その断層というものが私にはふかしぎに思えるわけでございます。
 というのは、あのときには非常な必然性が出たけれども、たった数年たったあとでそれが消滅してしまった。そのほかに何が変わったのか。学生紛争がなくなったということはございます。あるいは大学人の自己反省の表明というようなものが姿を消し出して、そして学生に対する対処というものに対しても、ある種の意味での、闘争を経た結果としてのベテランといいますか自信とか、そういうものは感じられます。
 しかし、あのときの問題は確かに学生自治の問題とか民主化の問題とか、大事なポイントがございますし、これは今後とも続くと思いますが、それ以上に、私が一番強調したい点に移りますが、大学社会――私は先ほどファンクショナリズムということを申しました。で、それ自身が異質だとか、経営主義だとか、とんでもない考えだとおっしゃるお考えが出るかと思いますが、私は私学をもう少し大事に国会でもお考えいただきたいと思うわけでございます。というのは、八割の学生をわれわれが扱っているわけでございまして、どう見ましても東京大学とか、あるいは少なくとも国立の高度の大学というものからの発想では、あとの八割はにない切れない現状がございます。それは大学生自身が職業教育を目ざしてはいけないとかなんとか、上から言うことは、これは自由にできます。しかし現実の問題としてこの対処のしかたは、これはどういう進歩的な考えを持とうと、あるいはどういうふうに現状を維持しようとするお考えに立とうと、ともかく妥協以外にはないわけです。学生を通じて大学自身がもはやホモジーニアスな、同質的なものではなくて、ヘテロジーニアスになってしまっている。教官の間にもその目ざすものがヘテロジーニアス、異質的なものがあります。研究のみを希望する教官と、あるいは教育に専心しようと生涯をかける方、いわんや学生自身の間にももっと広い意味で、ただ職業人になろうとか、そうじゃない、アカデミズムになろうかというのではなく、価値判断においてもうヘテロジーニアスな、異質的なものがございますが、これはいなみがたい事実で、わが国だけで起こったのなら経済ブームだとかなんとか言えますが、これは世界的な問題でございますし、あるいは悪く言いましたら、まだ後進国とは申しませんが、発展途上の国々においてすら、それがあらわれておるわけでございます。
 そこで、大学というもの自身を、学問の場とか、高い意味で評価するだけではなくて、全く発想の転換でございますけれども、一種のファンクションと考えて、大学社会全体を生かす。その中には学生もあるけれども研究を希望する教官もあり、また義務として教育を行なわなければいけない。それと同時に、職員だって全く裏返しに、ただ下働きをするのが職員だという考え方で、はたして大学が今後成り立つだろうかということ。それから、それに対して、社会に対してわれわれがそのような位置を、まさに与野党ともに、むしろ進歩的な方々からも、大学をそのまま学問的な、一つの閉鎖性とはあえて申されないと思いますけれども、特殊な位置に立ってよろしい、知的なエリート的なのに立ってよろしいというお許しは、ある意味では逆転しているんじゃないか。すなわち社会に対して申しわけないというか、あるいはどこまで妥協し得るか、そういう点が問題であって、どうしても一般社会と大学というもの自身が非常に同質的になってくる。もちろん一般社会と大学社会とは違いはあると思います。しかし、従来のような大学の内と外、外は社会で中は大学というのではなくて、大学自身の機能自身が社会に非常に接近して、それと同時に一般社会と大学との間の膜といいますか、へいと申しますか、それがきわめて薄くなる状態、これが少なくとも各国の状態を分析する限りもう必然的な形ですし、実はわが国におきましても、たとえばわれわれが預っているような私立の大学におきましては、もうすでに現状はそのとおり達成され、しかし、法律においては必ずしもそうではないし、また思潮においては必ずしもそうではない。現実が先走って、法規とか理念がそれを追っている状態になっているということをお考えいただきたいと思うわけでございます。
#139
○栗田委員 ありがとうございました。
 いまの問題に関連いたしまして渡辺先生に伺いますが、いまもお話がございましたように、確かに大学の中には紛争もありますし、それから学生、教官同士の異質感などもありますし、いろいろ閉鎖性の問題なども出ておりますけれども、いまの大学にもし問題があるとしましたら、どういうところにその根本の原因があるとお考えでしょうか。どこを直したらよいというふうにお考えでしょうか、伺いたいと思います。
#140
○渡辺参考人 お答えいたします。
 非常に根本的な問題なので、わずかな時間ではちょっと説明しかねるかと思いますけれども、やはり大学改革というのは、抽象的ではなくて、いい大学をつくるということだと思いますね。いい大学と申しますのは、やはり学生がいい教育を受けられる、そういう大学だと思うわけです。それで、さっきから研究と教育の問題がいろいろ出ておりますけれども、その研究と教育の分離ということと、それから研究組織と教育組織の分離ということは別問題だと思いますね。
 それで、まず教育のほうで申しますと、私は、きょういろいろ議論もありましたけれども、一番大切なことは、こういうものを、そもそも最も基本的な条件があるだろうかということではないかと思うわけです。つまり教育条件の整備ということでありまして、いろいろお話がありますように、ずっと大衆大学になってきまして、学生の数はどんどんふえてまいります。
 ところが他方、大学のほうはそれに全然追いついていないというのが、まさに教育条件の整備がおくれていることでありまして、たとえば教官の場合で申しますと、これだけ学生がふえてくれば、当然教員の定員もふやさなければなりません。ところが、教員のほうはやはり学生増に応じてはふえない。しかも、国立の場合で申しますと、定員法などがありまして、ワクが押えられております。一般の官庁と大学は違うわけでございますから、そういう点についての国の大きな配慮というものが欠けているのではなかろうか。
 私立になりますと――いま私立のお話も出ましたけれども、もっと条件は悪いと思います。たとえばその施設一つにしましても、私も現に非常勤講師で私立大学へ行ってびっくりしたわけでありますけれども、ある私立大学の話でありますけれども、たとえば教室へ行ってみると、学生は全部入れないわけですね。それでうろうろ廊下にいるわけであります。つまり全部入学した学生がまじめに授業に出てきたらば、実は授業を受けられないという条件なわけですね。だから、むしろ学校のほうは、学生がある程度サボるだろう。サボることを見通してとっているという条件になりますし、これではたとえば大学にせっかく勉強しようと思って出てきても、大体すわる席がないというのでは、もう教育を受けたくなくなるということにもなるわけでありまして、私は最も基本的な、すわる席一つないという、学生にとってはそういう条件、あるいは教師の場合で言いましても、国立の場合にはまだ教育負担は少ないですけれども、私立大学の先生方の話を聞くと、ほぼ高等学校の先生と同じぐらいの授業負担を負っておられるわけですね。
 これではつまり片一方で第一線の研究をし、片一方で教育をするというのは、それこそよほど常識人ではできないわけでありまして、したがって、そういう点で矛盾が起こってくるわけであります。したがって、片方で教育が大衆化してまいりますと、教師の教育負担は非常に増大してまいります。実際に大学に来る学生の水準も、多くなればなるほど下がることは事実でございまして、したがって、教育に時間をかけなければなりません。従来のようにわかる者だけついてこい、学生がわかろうがわかるまいが、自分は自分の講義をするというわけにはいかなくなってきまして、手取り足取りとは言いませんけれども、ともかく学生の教育意欲に即した教育をしようとすれば、はるかに負担が大きくなってまいります。
 しかも、大学院が片一方でどんどんふえてまいりまして、これも大学院はふえても教員の定員はふえません。そういう状況がございますので、教育負担が多くなりながら、片一方で第一線の研究水準を維持しなければならないということは、私は基本的にはやはり条件整備をしていただいて、そしてせめて学生がすわる席があるような、私立であってもそういうことに対する国の配慮が必要でありますし、教師につきましては、やはり定員削減などはやりませんで、それでいろいろ話が出ておりますように、片一方で教育をして、それからときには研究に専念する。そういった意味での研究と教育の分離というものは確かにあろうかと思います。それで私はそういう問題が一つは大きな問題ではなかろうか。
 それから、いろいろございますけれども、もう一つは大学というものが一つの研究や教育を追求する社会としての共同体的な状況になっていない。その面におきまして、やはり教育カリキュラムの問題なんかについても改善すべき点は確かにあろうかと思います。
 ただそれは筑波のようなカリキュラムではないかと思うわけでありまして、この点は私もまだ十分研究が足りないかもしれませんけれども、たとえば筑波の第一学群というようなものは、一般教養のカリキュラムと非常に似ております。あるいは東大でいえば教養学部でやっているようなふうに見受けられるわけでありまして、東大の場合にはいまむしろ逆な方向で改革が議論はされてきたわけでございます。
 つまり従来は横割りであったわけでございまして、教養学部というのがありまして、それから専門学部というふうに横割りになっておりましたけれども、むしろ大学紛争の過程を通して問われた問題は、横割りはまずいのではないかというふうなことが一つ出てきまして、これはいいか悪いか東大の中でも議論は分かれますけれども、四年制一貫教育が出てきたわけですね。
 それで私はやはりいま学生の側で持っている矛盾の一番の不満の多いのは、やはり一般教育課程ではないかと思います。ですから専門課程にまいりますと、相対的な意味ですけれども、それほど、まだ不満は少ない。そういう意味でやはり一般教育をいかに充実するか、学生の要求にこたえられるものにするかということが、教育の問題としては非常に重要な――学生か入ってきたときにまずぶつかるのが一般教養でございますから、そこで不満が起きると大学全体に対しての不満にもなる。それがひいて紛争の遠因にもなるということもございますので、その点について私はむしろ一般教育カリキュラムの問題をやはりもっと重要視していくということが必要ではなかろうかというふうに考えております。
 その他いろいろ問題があるかと思いますけれども、とりあえずその程度で……。
#141
○栗田委員 ありがとうございました。
 もう一つ続きまして大学の閉鎖性という問題で学部自治が問題になっておりますけれども、この点は、もし弊害があるとしましたらどう改めたらよろしいのでしょうか。特に教育研究の面ではどうか、管理体制の面ではどうかということで渡辺先生にお伺いしたいと思います。
#142
○渡辺参考人 学部自治の問題をどう考えるかということでございますか。
 学部自治というのは――その前に、学部というのは何かという問題が一つございますけれども、学部というのは研究と教育の統一組織といいますけれども、その中心は私はやはり教育組織であるだろうと思うのです。つまり学部を一体とする研究を行なうということは現在でもほとんどないわけでありまして、そういう意味では研究のほうはそれぞれ専門的にやられているというのが現状だと思います。
 そこで、研究のほうで申しますと、たとえば私は法社会学という学問をやっておりますけれども、それは法律学と社会学、まあ社会学と申しますと、伝統的には文学部の中に入ってまいりますけれども、そういう意味では法学部と文学部の両方にまたがるような境界領域になります。しかし、これは別に法社会学ということの研究グループが、各学部の専門グループが集まって現に研究をやっておりますし、また研究をやればよろしいわけでありますから、そういうことと学部の問題とは直接関係がないのではないかというふうに思っております。
 それから管理体制の問題につきましては、これは学部自治の問題と申しますのは、学部に固有な問題はやはり学部が決定権を持つというのが当然ではなかろうか。それで全学的な問題は、全学的な管理機関としての評議会というものが全体として責任を負う、こういう問題になっておりますので、私は従来のそういう部局の固有の問題、たとえば部局の固有の人事あるいは教育カリキュラムといった問題は、そこの学部の教授会が責任を持ってきめていただくということでいいわけでございますし、それから一般教養のような、全学部にわたる教育カリキュラムについては、全学的にやる。これもいまの学部制のもとでもみな代表を出しまして、そして全学的にカリキュラムを組んで教養課程をやっておりますから、それでけっこうだと思いますし、そういう意味で、教育研究の面では、学部自治と全学自治との関係は、やはり学部固有の問題と、それから学部固有ではきめられない全学的な問題とこれを分けまして、それぞれその教授会の権限というものを基礎にしながら、その調整としての評議会でやっていただくということでよろしかろうというふうに思っております。――よろしゅうございますか。
#143
○栗田委員 次に、藤田先生に伺わせていただきます。
 先ほど、人事委員会のことに最初お触れになられたと思いますが、人事委員会をつくるということは、学部に密着しないで、全学的な見地に立って人事を進めるという点で有効であるということと、それからもう一つは関連学科の教官も参加しているので、専門的な点でも間違いはないだろうということをおっしゃられたと思います。この点で、たとえば全学的見地から人事を進めるということでしたら、評議会でもこれにかわることができるのではないだろうかと思います。
 それからもう一つは、その人事委員会総会では関連学科の教官は十六人に一人、十六分の一の割合でしか参加しないと思うのですけれども、それらの点に関連しまして、もう一度、この人事委員会があることの必要というものについてお考えを伺いたいと思います。
#144
○藤田参考人 先ほどから申しました、学部を取り払って、そして研究の上においても教育の上においても、そういう意味での体制をつくるという、その見地からいまのような全学的な見地の委員会をつくるべきではなかろうかということが出てくるわけでございますが、それは評議会でもいいのではなかろうかということがございますが、それは評議会にそういう役割りを演じさせれば、たとえば評議会に全部、人事委員会ばかりでなくて、各審議会のやっている事柄はみな全学的でございますから、それにまかせてもいいわけでございますが、やはり人事委員会とか、そういうこまかいものは、別の委員会でやってまいりましたのが従来の慣例でございますね。
 従来の大学でも、こういう全学的な見地でやられている委員会みたいなものは、実は実際にはたくさんあるわけでございます。たとえば教務に関係した教務委員会とか、学生問題に関する学生委員会とか、あるいは予算に関する予算委員会とかというのはみなございまして、そういうものは各学部だけに関係いたしませんで、全学的な見地でやってまいりました。人事委員会の場合は、いま申しましたように学部にかなり密着しておりましたけれども、何と申しますか、どういう人を選ぶかという場合に、やはり全学的な見地からやったほうがよかろうというところから出てまいりましただけでございまして、その点では、たとえば関連学科の人間が少ないということでございますようですか、私、ちょっといまはっきりあれを――総会のほうと、それから専門委員会のほうに分かれているわけでございますが、十人のうちに関連学科の互選から出てくる者、その他そこにいろいろあがっておりますが、専門的な具体的な人事は専門委員会が主としてやるわけでございまして、専門委員会そのもののこまかい区分けはここに書いてないようでございますが、ア、イ、ウ、エ、オとあがっておりまして、関係学科、それから関係学群、関係学類、あるいは総会が専門分野において委嘱する委員ということになっておりますので、これらのこまかい内容的な区分けをどうするかはやはりいろいろ問題があろうと思いますが、それは大学のほうでもう少し自主的にお考えになってよろしいというわけでこれにあがっておらないのだろうと思いますが、その点で、もし大学のほうで専門的な、つまり関連学科の人間を非常にふやすということになれば、そのほうに重点を置くような専門委員会をつくって差しつかえないのではなかろうかと私は思っておりますが……。
#145
○栗田委員 重ねて御質問いたしますが、いま私、十六人に一人と言いましたのは、総会の場合です。関係専門委員会の委員長が一名入るということで、その他は専門以外の方になるわけです。しかも、問題になりますのは、専門委員会が決定権を持っていないということ、総会が人事の決定権を持っているということ、それからいままでの大学のいろいろな各委員会の場合と違いますのは、間接代表制になっているということと、もう一つは五名の副学長が参加しているという点です。それがいままでと違っているというふうに思うのですが、そういうことで伺ったわけでございます。
#146
○藤田参考人 総会は大体全体的な人事の方針の企画ということでございます。たとえばどういうところに新しい人を配置したらよろしいかという、そういう面を主としてやりましたり、あるいはどういう方法で選んでいくかというような全体的な部分がそこにございますので、そういうことはやはりある程度まで全体的な見地からやっていくほうがよろしいのではなかろうか。
 それから専門委員会は、決定権を持っておりませんということでございますが、これはもちろん総会と専門委員会との間のかね合いになると思いますけれども、要するに、何と申しますか、専門委員会の推薦した人間を、総会が場合によってはそれは不適当であろうということを言うこともあり得ることは当然あり得ますけれども、しかし、事柄が専門のことでございますから、専門委員会の意見は十分に参考にされるんではなかろうか。これは実際の制度の問題というよりも、むしろ運営の問題ではなかろうかと私どもは考えておるわけでございます。総会は個々の個人にまでは、実は出てくるもの以外にはタッチできないはずでございまして、実際の具体的な人間の選考は、やはり専門委員会のほうで行なうことになると思います。そういうことでよろしゅうございますか。
#147
○栗田委員 どうもありがとうございました。
 では、丸山先生に伺いますが、いまの点で、人事委員会と教員の人事について、先生はどうお考えでいらっしゃいますか。
#148
○丸山参考人 お答えをします。
 専門委員会というのは説明によりますと、現在の制度で選考委員会に当たるというわけです。ところがいまの制度ですと選考委員会の議を経て、最終的にきまるのは教授会できまるわけですね。その専門委員会がどう機能をしたにしても、最終の締めくくりのところがいまと全く違うということ、これが非常に大きな違いだと思いまして、まあいろいろ説明はあるかもしれませんが、私はどうもその点は大学のいわゆる学問の専門性からいって、そのような方式で人事を行なうことが一体妥当かどうかということに大きな疑問を持っております。
#149
○栗田委員 渡辺先生に伺います。
 今度は創設準備会が出しました「第一次まとめ」、また「改訂案」などを見ますと、学長の意見を聞いてとか、評議会の意見を聞いてという表現が方々に出ております。意見を聞いてという場合には、聞く方は拒否権を持っているというふうに普通思うのでございますが、そういう点で、たとえば学長人事などに対しまして文部大臣が拒否権を持っていらっしゃるのか、それからまたいままでの大学の評議会のあり方と、それから新しい筑波大学の評議会が持っておりますいろいろな権限などで違いがありますのかどうかを伺いたいと思います。渡辺先生にお願いいたします。
#150
○渡辺参考人 前者の点は、意見を聞いてということの法律的意味でございますか。――それは広い意味での諮問機関に諮問するというふうに考えていただいていいのではないか。したがって、意見を聞くという手続はありますから、意見を聞かないで、たとえば学長が一方的にあれするということはできない。しかし、評議会の意見はしたがって聞かなければならない。しかし、聞いた場合に、学長がとるかとらないかは法律的には学長の裁量事項ということになると思います。したがって、法的拘束力はございませんけれども、その評議会の意にさからったことをやった場合に、学長がただ政治的には追及される、そういう政治的な効果は出てくると思いますけれども、法律的にはもちろん拘束力はございません。それでよろしいですか。
 それから、あと一つ……。
#151
○栗田委員 いままでの評議会と筑波大学での評議会の持っている権限の違いとか――それだけでけっこうです。
#152
○渡辺参考人 筑波大学の評議会は、これはこちらで御審議になっていると思いますけれども、従来評議会は法律にはきまっておりませんで、文部省のほうで省令としてきめてきたわけでございます。暫定規則がございまして、ここでは評議会の組織について、権限について触れているわけでございまして、ここでは「諮問に応じて」ということばが明確に出ておりますので、諮問機関であるということははっきりしているかと思います。ただ、従来の大学の慣行では、東大もそうでございますけれども、単なる諮問機関ではなくて、むしろ大学の中の国会と同じ立場、つまり最高の意思決定機関である、そういうふうに理解してきたと思います。したがって、最高意思決定機関、大学の中の国会の意思に基づいて学長が執行する、こういうふうな関係が、大学によっては多少違うかと思いますけれども、多くの大学においては慣行として確立してきたと思います。
 それで今度ほかの大学と違いまして、筑波の場合には法律事項になってまいりましたので、せっかく法律の上に載せてその地位をはっきりさせるならば、やはり私たちとしては大学の慣行を尊重していただいて、そういうふうに最高の意思決定機関だというふうにきめていただいたほうがよかったのではないかというふうに思っておりますけれども、今度の法案では、諮問に応じてということばは用いましたけれども、最高の決定機関であるという地位にはなくて、やはり広い意味での学長の諮問機関という地位につくのが一つ問題かと思います。
 それからもう一つは、やはり人事委員会とか参与会とかいう、ほかの管理機関との関係がどうなるのかということが非常に気になる点でございまして、先ほども藤田先生の話にもありましたけれども、たとえば人事の委員会などを評議会の中のいわば一つの組織として考えるという考え方もありまして、現に大学では、そういう意味での評議会の中にいろんな小委員会をつくってやっているのもありますし、こういうふうになれば、評議会が最高の機関であって、人事委員会はその下になるということになるわけでありますけれども、今度は評議会から独立した人事委員会ができる。片方で学外者の意見を聞く参与会ができる、こういう構想になりますので、いわばその大学の管理機関が評議会一本にしぼられなくて多様化してくるということになりますと、多様化した管理機関相互の調整がまたたいへんではなかろうか。そういう意味で、せっかく全学的な自治ということをうたうのならば、全学的な調整機関としては評議会一本にしぼっておきませんと、また参与会、人事委員会、評議会といったようないろいろな――参与会は大学の管理機関ではございません、助言勧告機関ではございますけれども、そういった問題がかえって調整がむずかしくなりまして、その調整自身は結局は学長と副学長の裁量にゆだねられてこざるを得ない、そういうふうな管理体制になっていくのではなかろうかというふうに感じるわけでございます。
#153
○栗田委員 ありがとうございました。
 次に、村松先生に伺いますが、今度の筑波大学のような大学ができたときに、学生の紛争というのはなくなるとお考えになるでしょうか、いかがでしょう。
#154
○村松参考人 お答えします。
 率直に申し上げて、この筑波大学がこのまま実現していきますと、大学の教師は造反、それから学生は紛争ということになると思います。
#155
○栗田委員 重ねて伺いますが、それはどういう理由でそうなりますでしょうか。
#156
○村松参考人 やはり大学紛争の本質を私見てみて、一番最初の目というのは、国立の大学の場合には大体学生寮、その自治の問題、これを文部省の側の、いえばきまったようにやらなければならないというところに対する一つの批判、それが力になっていったということがあります。私立大学の場合には学費の値上げが紛争のまず目になったという、こういう二つの原因があったと思うのです。そしてそれがエスカレートしてそこに政治性が出てくる、こういう経過をとったわけでして、そうすると要するにずっと問題になってきた言えば大学での管理の強化ということが、非常に大きな紛争になっていく目になったわけです。
 そういうことからいいまして、どうも私は、この筑波大学というものが、学問研究ということに配慮をもちろんしておりますけれども、同時に、それと別に、集中的に管理し運営し、その集中した権力によって管理していこうということで、そうすると学生の大学の中における位置、それから先ほども触れましたけれども、役付でない普通の一般の大学の教官、そういった人たちの、いえば心理的な反応、これができたときにすぐ紛争が起こったり、それからまた教師の造反が起こったりするというふうには私は考えませんけれども、このやり方で大学をずっとやっていったというときに、いま申し上げたような、教師と学生の大学自体に対する批判というものが当然出てくるように私には思われますし、そうして、それは現在、それから、これからの時代というその流れを見ると、集中的な権力によって事を処していくというやり方が、すでにどうもうまくいかなくて、権力は分散する方向に動き始めているというふうな認識を私はしますので、そういう認識に立つと、いま申し上げたような御返事になる、そういうことでございます。
#157
○栗田委員 どうもありがとうございました。
 それでは、山原委員と交代いたします。
#158
○田中委員長 山原君。
#159
○山原委員 私も、いまの最後のところをたいへん心配しているわけです。無権利な状態に置かれた者は、同時にそれは責任を感じないという状態が出てくるわけですね。だから、今度の筑波大学における基本組織としての学系、学群の教員会議というものの権限というのは、現在の学部教授会の権限よりもはるかに少ないものに制約をされておることは事実です。そして、その上には審議会があり、さらにその上には評議会がある、さらにその横には参与会がある、副学長がおる、こういう管理体制がぐっと頭の上にのしかかってまいりまして、実際、教育の面でもはたしてどれだけの責任を教師集団が持てるのかということが最大の問題。では、紛争が起こったときにはだれが責任を持って学生諸君に説得に当たるかということになってくると、無権利な状態の中で、真に学生諸君に対して責任を持ってこれを説得していくという、そういう魂の触れ合いがこの学校にあるのかという点を私は心配しているのです。その点をくしくもいま村松先生が言われたと思われるのですが、私のこの見解は正しいでしょうか、伺っておきたいのです。
#160
○村松参考人 いま、おっしゃられたような意味で私は先ほどのお答えをしたわけでございます。
#161
○山原委員 最後に一問だけ。
 先ほど、佐藤先生並びに藤田先生は、中央教育審議会の委員もたしかされておると伺って――そうじゃありませんか。
 一つだけですが、リコール問題が出されまして、リコール制が一つの歯どめになっておるというお話がございましたが、このリコール制などというのはどこできまっているのでしょうか。
#162
○佐藤参考人 これは筑波大学の問題でございまして、リコールの問題ちょっといま資料のどこにあったか忘れておりますが、確かに読んでまいりました。
 一言それにつけ加えて話してよろしゅうございましょうか。――と申しますのは……(山原委員「時間がございませんので簡単に」と呼ぶ)確かにこれはあると思います。
#163
○山原委員 これは「第一次まとめ改訂案」に確かにあるように思います。ただ、私は筑波大学という新しい構想の大学をつくられるとするならば、そういうものは当然大学における評議会その他が決定をしていくものだと思うのですね。そういうことが、大学の今日までの慣習あるいは構成された大学の構成員によるところのさまざまな慣行がつくられる、それがあらかじめ、法律にはもちろんありませんが、そういうものが次々と出てくるわけですね。それが筑波新構想大学の中身にいわばすでに先行して立ち入っておるというところにもいささかふしぎを感じているわけなんです。それは当然、大学を構成する者がつくるべきものであって、それは一例だけリコール制を出しましたけれども、そのほかのさまざまな問題もそういうことがあると思うのですね。これは当然、大学にまかすべきものではないかというふうに思うのですが、一言だけですが、その点いかがでしょうか。
#164
○佐藤参考人 おっしゃるとおりに、そうまとめのほうに出ていると思いますので……。
 しかし、この点に関しましては両面あると思います。確かに審議会としてそれをそこまで具体化の一つの重要なポイントとして出されるということ、これは審議会として当然だと思います。しかし、結局それを実行する段階というのがこれからもし生まれるとしましたら、今後の筑波大学がまずは決定していかなければいけない。それにはやはり生活体験といいますか、大学の歴史が始まって出てくる段階にならざるを得ないと思うのでございます。もちろん法律に出し得る範囲までこれが上がっている問題でしたら、法律の上でそれを持ってくることは私は一向差しつかえないと思います。現状においてそれが欠けているということは、確かにそのとおりでございますが、そこまで詳細にやるかいなかについては、私自身、感覚しか持っておりませんので、明快な発言は控えたいと思います。
#165
○山原委員 私は、やはり大学の今後の民主的な発展ということを考えますと、その付近から、どうも私どもの持っておるイメージと、それからこれに賛成をしておる方々、またそれに直接参与された方々の持っておるイメージとがかなり食い違いがあって、「第一次まとめ」の中にないものもあるし、またあまりにも立ち入ったものもあるという、そういう点がございまして、非常にその点での筑波大学のイメージというものがほとんどつかめない状態の中で法案審議をやっているという、そういう困難性を感じているわけです。
 そのことだけ申し上げまして、私の質問を終わります。
#166
○田中委員長 有島君。
#167
○有島委員 公明党の有島でございます。
 先生方には、たいへん時間も過ぎておりましてお疲れと思いますけれども、あともう一人でございますから、ひとつよろしくお願い申し上げます。
 渡辺先生に初めに伺っておきたいのですけれども、先ほど、大学の問題は総合大学を基本と考える、こういうふうに仰せられました。私は、基本的に総合大学のメリットは一体どこにあるのか、それで現在の大学が、総合大学たくさんございますけれども、そのメリットがほんとうに生かされているのか、こうしたことがまず第一番に伺いたい。そして筑波でこの総合大学のメリットがほんとうに生かされるかどうかということが伺いたいわけであります。管理の面から申しますと、大き過ぎるということは管理しにくいだけであろうと思うのですけれども、筑波の場合には、初めからマンモス大学を想定して大管理組織というものをつくる方向になっておると思うのですけれども、大学の適正規模というようなものが考えられるべきじゃないかというふうなことを私は思いますけれども、そういった点について御意見を承れればありがたいと思います。
 それから第二点、先ほど、最初だったと思いますけれども、多様化という問題が出ました。確かに私は多様化の要請というものは、これが直ちに産業界、実業的なものとだけきめつけるわけにはいかないのではないか、現実問題として、多様な要請というものは起こっているのではないかというふうに私は思っておりますけれども、大学の中でもって比較的純粋な基礎学あるいは実用的なものと、非常に一般的なもの、こうしたさまざまな要求に対して、一つの大学の中で、こうした多様な要求に全部こたえていこうとするのではなしに、私は学生の側に立っての多様ということを考えてみますと、一人の学生さんがある学部に属している。その学部というのは一つの管理能力をちゃんと付与された学部である。その学部に属しながら他の学部にどんどん行くことができる、一つの、担当教授のもとに立てられた修学計画のもとに、どんどん他の学部にも行くことができる、また他の大学にも行くことができる。私大に入っている人たちが、国公立の大学の授業を受けることもできる、逆もできる。そういうような互換性を生かすことによって、この多様化ということは解消できるんじゃないかと思うわけであります。こうした提案を、私ども数年前からしていたわけなんですけれども、それがなかなか実現されない。これは何かいろいろなネックがあるんじゃなかろうかと思いますけれども、こうした点についての御意見を第二番目に承りたいと思います。
#168
○渡辺参考人 いまの第一点と第二点は両方とも関連していると思いますので、一括してお話しさしていただきます。
 戦後の新制総合大学の理念は、先ほども申しましたけれども、戦前の大学というものは、国家の必要から、国家目的の観点から、国家に有能な人材を開発するということでずっときたと思うわけです。それが、戦後憲法が変わりまして、いまの憲法の理念、あるいは市民社会の理念といってもよろしいかと思いますけれども、市民社会の理念を持ち込んできて、そして総合的な知的能力を持つ市民をいわば養成する、こういうような形で、昔の国家的な大学観から、市民的な大学観へと変貌を逐げたのが戦後の理念であるというふうに私は理解しているわけであります。したがって、そういう市民としての総合的な知識を持つ人材を開発するという観点だと思います。つまり、かたわの専門家にならないように、単に職業教育じゃなくて、総合的に人間としてのあれを開発する。そういうことが総合大学の理念として出てきたと思うわけです。したがって、大学に入る学生は、その専門の分野だけでなくて、他の分野のいろいろな教育を受けられる。それがまさに一般教育の理念ということになったと思いますので、総合大学の理念というのは一般教育の理念に典型的にあらわれているというふうに私は考えているわけであります。したがって、総合大学を総合大学たらしめるためには、やはり一般教育を重視する。そこにいろいろな分野の専門の先生がおられるわけですから、そういう先生から多方面なあれが聞かれる、こういうことで進んできたのではないかと思うわけであります。
 それが必ずしもうまくいかなかったということは、御指摘のとおりでありまして、それは、一般教育を担当する教師と、専門教育の教師との間に、格差ができるとか、そういう問題がいろいろ学内で発生してきたわけでございますね。学生定員が多いのに教官の数が少ないとか、そういう条件の上で、専門学部を担当する教員と、一般教育を担当する教員との間に、いろいろな不公平が起こってきた。そういうことから、いまの一般教育にはいろいろな問題が出てきているということは確かでございますけれども、私はむしろそれを解消すればいいのではないかというふうに考えているわけでございます。
 そして、第二点との関連でございますが、いま御指摘のように、各学部の間でもっと協定するとか、各大学ごとにもつといろいろな協定をするとか、そういうことは私もたいへん必要なことではないかと思うわけでありますけれども、それがなかなか進まないのは、やはり現実に大学の中に格差があるからなんでございますね。同じ立場の大学ですと協定ができやすいわけです。たとえば東大の学生が京大の講義を聞くとかいうことは考えられるわけです。地域的にできませんけれども……。東大と東工大は、いま大学院ではそういうことをやっております。しかし、大学の中にいろいろ格差がございますと、やはりその辺の協定がなかなか進まないということがございますので、いま御提案のようなことを進めるためには、前提問題として、大学の格差をなくなすことが必要ではなかろうかというふうに思っております。私も、大学の格差をなくなすことが必要ですし、そういう基礎があれば、いま申しましたように、一つの大学のワクを離れて、学生も自由に講義が聞けるとか、そういうことも出てくると思いますけれども、やはり条件が必要じゃないかと思うわけでございます。
#169
○有島委員 ただいま格差のお話が出ました。格差格差という話は聞きますけれども、その格差ということばの中身は一体どういうことになっているのか、それを承っておきたいと思うのです。ほんとうに学生側から見た場合にも、何か授業のむずかしさの上で、とてもついていかれないというような事態が起こるのか、あるいはそういったような実際的な中身には関係がないんだけれども、それ以外の要素が、格差といわれるものがあるのか、その辺はどのようにお考えになっていらっしゃいますでしょうか。渡辺先生にもう一度……。
#170
○渡辺参考人 いま私が使いましたことばの意味は、大学の間の研究教育条件の格差という意味でございます。したがって、たとえば、まず大きく分けますと、国立と私立との間には非常に大きな格差がありまして、私立のほうが非常に条件が悪いということになっておるわけですね。先ほど申しましたように、私立の先生方は高等学校の先生と同じぐらいの教育負担を負っている。したがって、研究に時間をさけない。研究に時間をさけなければ研究水準も下がっていく。教育水準も下がるし、研究水準も下がる。そういうことで、私立に対する条件を相当上げませんと、国立と私立の格差はなくならない。それから国立の中では、旧制帝大とそうでない大学とか、こういうところの間に、いろいろな研究教育条件の差があるということと、大学の中では、さっき申しましたように、専門学部の先生と、一般教育の先生との間に、研究教育水準が非常に悪いいいの違いが出てくる。こういう違いが多様に折り重なっているという状況でございます。
#171
○有島委員 実は私は、それは鶏と卵のようなことになっているんじゃないかなというふうな気がしているわけでございまして、格差があるからそういうふうにできないというのか、格差を解消するために、そういう国立私立の間の互換性もあえてやってみてはどうか、そのように私は思っているわけなんです。
 大島先生に、この点伺いたいと思っていたわけなんですが、大島先生からも格差のお話がちょっと出まして、筑波新大学をつくるということが、格差を解消することに何か役に立つというようなニュアンスの御発言があったように思います。私としては、各大学の相互協力ということ、それから学生が単位を取得していく上の互換性ということが可能になれば、新しい大学をつくるということを離れて格差の問題が解消するんじゃないかというふうに思っておりますけれども、大島先生の御意見いかがでございますか。
#172
○大島参考人 格差ということに二つの意味がございます。
 一つは学生の間の格差で、いま渡辺先生がおっしゃいましたように、たとえば東大受験のときに、理一とか理三とかを受けるのが一番優秀な学生だとか、文一がいいとか、それに受かる自信があるかないかとか、そういう形で受験生の間に格差があるわけです。われわれは筑波でそれをなくすために、学類、学群の中へ一たん入ってみて、どうも自分には向かない、別の学類が向いているというときに、自由に変えることができる、大体そういうシステムをとる予定でございます。
 それから教官の間の格差、これも渡辺先生がおっしゃったとおりなんで、たとえば大学院担当の教官であるか、あるいは一般教養担当の教官であるかということによって、俸給や後々の恩給までも現在違っておりますし、それから同じ研究者であっても、教授であるか助教授であるか講師であるかで、やはり格差があるわけなんです。そういう教官の側の格差もなくすために、すべて教官は一応学系に所属させる。そして学系で全部対等の地位に置くという形をとりたいと思います。
 それから、先ほど申し上げましたが、教授と助教授の間に年齢差がわずか二年か三年しかないというようなとき、教授が定年になるまで助教授はいつまでも万年助教授で、どんなに学位を持って業績を持っていても万年助教授でいなければならぬ。こういう場合のために人事問題委員会というのをつくって、いまでいえば学部ですが、ほかの学群でもどこでも、あいているところの教授や助教授のポストがありましたら、それをいつでも借りてきて、そしてこちらを埋めて助教授を教授に昇格させるとかいうようなことをやりたいと思います。
 それからまた、これはよその大学などに実例が幾つもございますが、名前は申し上げませんけれども、現在たとえば教授が気に入らない助手に対しては、その助手が学位を持ってすでに五十歳をこえていても万年助手にしておく、そして十も下の者を逆に助教授にする、こういうようなことが行なわれたりしているわけでありまして、そういうことをなくすためにも人事委員会をつくって、そういう助手をちゃんとしたポストに上げるために、その実力にふさわしいポストに上げるために、人事委員会で全学からあいているポストをさがして埋めていく、こういうふうにして格差を解消していきたいというふうに考えておるわけでございます。
#173
○有島委員 渡辺先生にもう一度……。
 最初に伺いましたことでもって、大学があまり大きくなり過ぎるということは、教育研究上いかがなものかというようなことを申しましたけれども、適正規模というようなことについてお考えがおありになるでしょうか。渡辺先生に――じゃ大島先生と渡辺先生お二方から御意見を承りたいと思います。
#174
○大島参考人 私どもは、この筑波のプランをつくりますときに、適正規模というものを何度も委員会を開いて検討いたしまして、そし定員表がここに出ていると思いますが、一学年全体で大体千五百七十人、つまり一年生から四年生まで全部入れても一万足らず、そこへ大学院の学生を入れましても大体一万二、三千ぐらいで押えよう、そういう形で、適正規模というものは、やはり大学をほんとうに円滑に運営していくためには非常に重要な問題で、われわれとしては慎重に計算したつもりでございます。
#175
○渡辺参考人 私も、一般論としましては、当然適正規模があると思いますし、あまり大き過ぎないほうがいいだろうというふうに思いますけれども、どれぐらい、何人ぐらいが適当であるかどうかというふうなことは、いろいろな条件にかかわりますので、一般論としては言えないかと思います。
#176
○有島委員 最後に村松先生に承っておきたいのですけれども、先ほどちょっと冗談のように、言われたのですが、私はたいへん興味を持つわけでございますが、いまの日本の教育をほんとうのまっとうな教育にしていくためには二つあるんだ、文部省を解体すればいいんだ、東大を解体すればいいんだということを言われました。私もそういうようなことを考えることがあるのですけれども、先生はどのような意味でもって言われたのか。文部省を解体して、そのあとはどういうふうにしたらいいのか。東大を解体して――解体と言ったか、なくしてしまうとおっしゃったか知りませんが、私は解体じゃないかと思いますが、どういうふうにするか、そのことを承っておきたい。
 もう一つは四年制の大学ということがございましたけれども、私どもとしては四年いればいいんだ、四年いなくちゃいけないというような年限の制限というのはあまり意味がないのではないか。それよりもむしろ単位の累次加算ということを一番の主軸にすべきではないか、そんなふうに考えておりますけれども、御意見を承りたいと思います。
#177
○村松参考人 最初の問題ですが、文部省解体それから東大撲滅ということを私申し上げまして、文部省を解体するということは民主教育をしていくという上でひとつ必要なことだと思うのです。これは皆さん御存じのことですが、昭和二十二年ごろでしたか、GHQがそういうことを考えまして、そして一度文部省が解体の危機にさらされたことがございました。それが一応そのときの文部省のあり方ということもありまして、存続ということになったわけですが、その後の文部省のやってきたことを見ますと、教師の側の問題ももちろんあるけれども、やはり教育についての国家統制というやり方をずっとしてまいりまして、その意味での混乱が日本の教育の中に濃厚にあったというのが私の認識になるものですから、そういう意味からいって、民主教育をこれからやっていくとするならば、やはり文部省の――文部省全部だめにしてしまえということではございません。調査能力だとか、いろいろ評価すべき業績はあるわけですが、教育の行政の総本山という意味での、非常に大きな権力を持っている国家的な機関としての文部省というものは、これからの日本の社会にあまり適合しないであろうというふうに私は考えるわけです。
 そこで、それにかわるものということになりますと、GHQも示唆したわけですけれども、中央教育委員会制度、それをどのような方法で構成するかということは別にしまして、やはり政治の中枢、内閣とは別のところに一つ教育の中枢を置くという考え方です。そういうことをやるのがいいと思うわけです。それができないとした場合に、私は評価するのは、吉田茂さんがその初期のときに、何代かにわたって政党人でない人を文部大臣にしたということです。学者文相がずっと続いたということ、これはおそらく吉田さんが、民主教育ということについての認識を深く持っておられた証拠だろうと思います。
 それから東大を撲滅ということばを使いましたけれども、これもあるいは表現の問題ですが、東大が過去においてどのようなことを果たしてきたか、これは日本の軍国主義的なあり方ということと密接に関係がありましたし、それから現在ということから言いますと、欝然たる東大の権威というものがあって、要するに進学、入試、そういうことで集中的な、これがやはり頂点になっておりて、そのために入試競争それから受験勉強というようなことが、日本の高校以下の教育を相当にゆがめているというふうに考えますと、いま申し上げた二つの理由から、やはり東大というものは少なくともそのあり方を変えて、そうして一般の普通の大学と同じような意味で見られる東大になったほうがいいのではないか、そういう考えでございます。
 それからもう一つ、あとの四年制の問題というのは、これは大学のところで、四年間にすべてを終了しなければならないということは、私は実をいって、現在四年制の大学が論議されているから、その中での問題としていままでは申し上げたわけですが、やはり年限を置かなくて、たくさん学問をやりたくて、深くやりたいという人は四年以上いることができるし、それからある程度のところで出ていこうという人は、あるいはその資格など、卒業試験だとか、卒業証書だとかいうことが、そんなに評価されないで大学をある時期に去っていくような状態になるということが、私は一番望ましいことだとは思っておるわけです。現在四年制の大学というところでの論議ということで、その四年の中に研究と教育を、それを同時にかん詰めにしてしまうということが、非常に困難だということをいままで申し上げたわけでございます。
#178
○有島委員 どうもありがとうございました。
#179
○田中委員長 受田新吉君。
#180
○受田委員 六先生、おそくまで御迷惑でございます。きょうはありがとうございました。もう少しでおしまいでございますからごしんぼうを願います。
 私、実は戦後、教育基本法、学校教育法が制定された、新しい時代の教育関係法律が生まれた当時から、長く国会に議席を有さしてもらっている関係で、戦後の教育制度の流れ、教育に対する政治の流れを身をもって体験しております。いま六人の先生方の中で村松先生も仰せられたとおり、現在のこの大学、従来の大学にも管理運営の面の欠陥が起こって、いろいろな事件を起こしておることをすなおに認めておられたわけでございますが、そうした悲しい大学の歴史もあるわけでございます。先輩、後輩という立場を乗り越えて、後輩が先輩をいじめ抜く、暴力事件も起こる、こういう行きがかりを私も体験しております。そういうことで、しからば現在の大学をどうしたらいいかということについては、ここにおられる各位もみんな個人的には仲のよいお友だちですが、しかし、それぞれの党の立場などもあって、この出されたいわゆる筑波大学法案にもいろいろな意見があります。中央教育審議会の答申を金科玉条に考えられる政党もあり、また中央教育審議会の答申は、軍国主義につながるというような極論まで出る反対意見もある。こういうようなところで、いま大いにこの教育という、次代を背負う若人たちに希望を与える教育の制度の上にも、いろいろな角度から不安と権威とが交錯しておるという状態です。私、革新の同僚の皆さんとも話をしてみまして、いずれ自民党内閣もそう長く続かぬので、お互いの内閣も出るときもくるのだから、そのような軍国主義とかなんとかいうようなことの懸念はないじゃないか、大学の研究部門がもし兵器生産でもやるならば、そこにちゃんとお互いの仲間も入っておるから、どうやらおかしいぞといえば、その点でチェックできるのだというお話もしております。またこれを強力に進めようという皆さんにも、権力を乱用してはいけない、孟子の王覇の弁、王道とは徳をもって化する、覇道とは力をもって化するといわれるが、いずれをとるかということで、徳をもって化そうじゃないかと話し合いをしております。
 そこで、うちの党はこの法案に対して修正案を提出しました。研究部門と教育部門の欠陥、教育部門の欠陥を補なうためには教育の責任の地位にある人をぜひ派遣して、それを中心によい、直接の先輩、後輩の指導をするという道を開くこと。
 また、東京教育大学が消えるわけでございますが、東京教育大学は従来の日本の教育をつかさどった、りっぱな先生方が輩出されたところである。また、身体障害者などの特別の不幸な人々に対して、機会均等の教育を与えてきた歴史を持った大学である。そういう部門については、ひとつ身障者のための開かれた大学をこの際、また、より大きなスケールでやってはどうか。
    〔委員長退席、内海(英)委員長代理着席〕
 また、開かれた大学らしく、ある特別の教科については一般社会人を筑波大学に学ばしめて、ある教科についての特殊の資格を与えるというような、開かれた大学らしくしてはどうか。
 また、人事委員会の欠陥を補うために専門委員会のほうに力を入れて、教員会議の意思が十分反映するような形をとるべきではないか。
 参与会には地域の代表を入れて、労働界、言論界、そういう人々も広く人材が吸収できるような形をとってはどうか。
 また、大学を構成しておる人員の中には、教師、職員だけではなくて学生がおるんだ、大半の学生も、二十歳に達したのが半分以上おるんだから、もう成人に達した学生にも学生協議会のようなものを設けて、そこでカリキュラムあるいは人事等、または学生会館とか、そうした学生の希望のある宿舎等も含めた、そういう審議の対象に学生協議会というものを通じて道を開かしめてはどうか。つまりいわゆる学生の参加。
 こういうようなところを幾つか提案して、そのうちで法律事項としては四つにまたがって、これを修正案として出してあります。あとは行政措置でできるものである、こういうことで進めてまいったのでありますが、副学長なども五人おって、さっきから先生方の御意見を承っていると、反対をされる方々のお立場もよくわかりますが、学長補佐というものは一人か二人か、せい一ぱい三人でいいじゃないか、五人も並べて、文部省の古い官僚がここへ天下りするようなへまをやらぬように、ちゃんとした学長補佐らしい副学長を、人数を減らしてやってはどうかというような修正案を出しました。
 こういうことにして、教育に関する基本問題でございますから、できれば各党を通じて話し合いで修正ができれば修正をして、できるだけよいものをつくって国民の期待にこたえるというのが筋ではないかとわれわれがんばってきたわけです。いま、その点で私お伺いしたい。
 いま、賛成意見の大島先生と反対意見の渡辺先生は、それぞれ教育の現場と研究機関の双壁でいらっしゃるのですが、お二人にひとつ伺いたいのでございますが、渡辺先生がさっき申された、筑波大学を独立のものとして出すのならこれはおもしろいじゃないかという御意見が出たわけです。
    〔内海(英)委員長代理退席、委員長着席〕
そういう行き方があるじゃないか、こういうことになると一つの妙味があるし、それから副学長などは法律を用いなくとも行政措置でもやれることである、東京教育大学と分離してやるべきだ、こういうような御意見など、これは、やり方によれば、この法案を修正して成功せしめて、一つのテストケースとして筑波大学を成功せしめるという、直された意味の、広い、国民できるだけ多くの人の合意で通る大学とすべきではないかということが可能かどうか。
 それから大島先生も、副学長を五人も置いて、管理部門を強化するという批判もあるわけで、しかも、油断をしていると、資格要件というものがないんですから、文部省の課長クラスが天下りする危険もある。教授さんたちも、副学長さんになれると期待しておったら文部省の古顔がやってきた、トンビに油あげをさらわれるということもあるわけですから、副学長の人数は制限して、学長補佐という使命に生きるというような、そういうところで何とかできないか。
 学生協議会のようなものは、一握りの暴力学生が支配するというような形のものでなくて、学生のできるだけ多くのものが、無記名投票などで代表を選ぶというような形をとるべきではないか。
 こういうような問題を中心にしてこれを修正して、できるだけ広い範囲の合意によってこれを成功させる。右寄りのものを中間へ戻す。教育というものは中立を守らなければならぬ、自民党の教育政策じゃないのですから。国家百年の大計から、自民党も教育政策を立ててもらわなければいかぬ。力で強引に強行採決をやろうというような不届きなことはおやめなさいということを、自民党の方々にも御注意を申し上げてある、委員長にもその点御要望を申し上げてある。
 そういうことに対してお二人の御見解を承りたい。どちらからでもけっこうでございます。
#181
○大島参考人 受田先生は、長い間教育者としての経験を持っていらっしゃいますから、仰せの中にたいへんごもっともな点があると思いますが、まず第一に、筑波大学法案を切り離すか切り離さないか。これは法律の問題で私たちにはよくわかりませんから、渡辺先生にお答えいただきたいと思います。
 副学長を五名は多過ぎるじゃないか、多くて三名、それから少なくて一名、二名ということでございますが、これも問題点があると思いますけれども、ただ「新構想をめざす筑波大学」の二一ページにありますように、研究担当と教育担当と、それから今度はいわゆる医学部に当たるもの、医学専門群というものができますので、そこで医療担当と、それから学生のいろいろな福祉を考える厚生補導担当と、それから総務担当と、決して副学長が一体になって動くのじゃなくて、それぞれ仕事が分かれて、大学として必要なものとして五つの副学長を考えたわけでございます。副学長の中に、文部省の古手官僚を迎えるというようなことは、われわれは毛頭考えておりません。われわれはあくまで、できたらまず学内から優秀な人を選んで副学長にというふうに考えております。
 先生のいまおっしゃったように、中教審大学じゃないかということを世間では誤解して言う人もおりますけれども、あのわが国学校教育の根本問題に関する中教審の委員には、当時、ここにいらっしゃる藤田先生も私も委員として参加しておりまして、その委員会でわれわれがやっと審議をまとめましたのが一昨年の六月十一日でございまして、実は筑波大学のマスタープラン委員会ができまして、筑波大学の内容がほぼ具体的に固まったのはそれより前なのでございます。私は決して、文部省からも中教審からも、筑波大学のマスターブラン委員会に中教審の意向を伝えろと言われたことは一度もございませんし、それから私自身も、そのころから心臓を悪くいたしまして、病院から中教審の会議へ通ったりしたというようなこともございまして、ほとんどマスタープラン委員会にたまにしか参加できなかったわけでございます。そして、そこで文部省の中教審で審議していることを伝えたことは一度もございませんし、順序からいきまして、中教審のプランが固まるよりも前に、すでにわれわれの大学のほうの原案が大体固まったわけでございます。
 その点と、副学長をあまり少なくいたしますと、実はそれこそ学長の腹心といいますか、学長の直系の子分が副学長になって、二人で学校を切り回すような弊害も出てまいりますから、そういうものを防ぐためも考えて、あくまで副学長会議では、民主的な討議が行なわれるということで、実は五名ということを考えたわけです。
 それから学生協議会のことは、これは先生のおっしゃるとおりでございまして、実は学生の問題をどうするかということは法律の問題じゃないので、全国の各大学でそれぞれ学内に共通細則というものをつくっておりまして、それに従って運営しているものですから、実は御疑問の点が出るのももっともだと思いますけれども、大体私どもは、ごく簡単に申し上げますと、学生は大学における学習者であるとともに研究志向者でもある。それからまた、それに関連する課外活動その他を通して、積極的に自己の人間形成を行なっていく立場にある。したがって、学生は大学構成の一員として、その立場にふさわしい権利と責任の保持者である。そこで、大学の理念、目的、使命の実現に寄与する建設的な意見や要求の主体であるというふうに考えて、そのもとで大体、まだ最終決定に至っておりませんけれども、毎週学生委員会を開いて、筑波における学生参加の方法というものをいろいろ検討しております。大体各学群内に四十名程度のクラスを編成する。そしてこれを学生参加の公の基礎母体とする。各クラスは学生が相互に親睦を深め、多様な人間交流を行なう。それから、また各クラスの間の意思の疎通をはかるためにクラス代表者会議を設ける。それから、さらに大学の教員との間に合同会議を設ける。学生と、そのクラス代表者と教官との間に、合同会議を設ける。そしてこの合同会議で討議された事項が、それぞれその各審議会等によって、厚生補導の副学長を通じて大学全体に、学長にまで、大学運営の全体に学生の意思がはかられるようにする。そういうことでございまして、そういうものを実はつくりつつあります。
#182
○渡辺参考人 時間がないようですから簡単にお答えいたしますけれども、先生も御指摘されたとおり、初めお話ししましたように学会とか研究者の間でも、ちょうど国会と同じようにいろいろな意見があるわけですね。片っ方ではもう無条件に筑波に賛成される方と、片っ方では無条件に反対される方、条件付賛成とか、条件付反対とか、いろいろな分布がございます。
 そこで、私がさっき申しましたのは、そういう分布の中で、学会のほう、あるいは科学者の中で合意をとるとすれば、さっきの私の三提案以外にはないのではなかろうか。つまり筑波大学はつくらせてみる。しかし一般大学とは切り離す。したがって、学校教育法及び教育公務員特例法の改正はしない。国立学校設置法の中でその学校教育法の適用除外規定を設けて、そしてそれに必要な読みかえ規定を置くという程度にしておけば、筑波で学群と学系を技術的に発足できまずから、それぐらいならばやってもいいのではなかろうか。そうして、ただ一般法の改正はやらない。そして、その上で管理体制につきましては、いまの法制で十分である。
 いろいろお話を伺っておりましても、たとえば人事委員会の問題につきましても、評議会の中にそういう全学的な調整機関を置けばよろしいわけでありますし、それから個別の人事でしたらば、私の意見では、専門的な者を選ぶのですから、専門委員会というものじゃなくて、学系の教授会がやるべきではなかろうか。つまり学系には専門家が集まっているわけでありますから、たとえば化学の人をとりたいというのならば、化学の学系の先生が全部化学の専門家でありますから、そこで全学的な調整の中で、化学の先生をとりたいときまれば、学系の教授会におろすというのが一番いいのではないか。学系の教授会にはみんな属しておりますから、学群も、学類に入っておる方も、みんな学系におりますから、そういう意味で私は学系教授会が個別の人事権を持っているといういまの教特法の精神は、そのまま生きてきますから、そういう意味で人事委員会を法定する必要はないというふうに考えるわけであります。
 それて、そういうふうに考えますと――それから参与会も、さっき申しましたように、それから先生も御指摘のように、いまの参与会の、十人程度の何か案のようですけれども、十人程度の学外者の意見では、いろいろな国民の意見は反映できないと思うわけですね。いまの国民の中に多様な意見がございますから、多様な意見をくみ取るためにはああいう参与会ではだめなんで、むしろ各大学で自主的に、国民のいろいろな立場の人の、学外者の意見を聞くというルールをつくっていただければそれでいいのではないかもそういうことになります。ただ、副学長につきましては、私は、学長補佐にとどめて、三人にするか五人にするかというようなことは、大学にまかせてよろしいのではないかというように考えております。
#183
○受田委員 どうもありがとうございました。
 時間が私の割り当てが非常に少ないものですから、あと二分しかないので、大島先生、私は中央教育審議会は、これを金科玉条に考えるということも、また中央教育審議会を敵視することも問題だ、日本の将来の教育はどこにあるかを考えて判断するのが問題だと提起したわけでございますから、最近は労働界の代表も中央教育審議会に入ってこられておるし、校長にあらざる教員も、普通教育の先生が入ってきておる。だんだんと方向はいいほうにいっておるのですから、これにとらわれるなということです。
 それからもう一つ、お二人、たいへん失礼でございますが、せっかく海外旅行までされた経験、また丸山先生も国際交流を提起されておったのですが、佐藤先生と丸山先生のお二人に三十秒ずつお尋ねをします。御答弁、ごく簡単でよろしい。
 お尋ねしたいことは、大学間の格差――われわれは国公私立を一本にして特殊法人にすべきだ。それから同じ国立大学でも、東大と京大だけは文部省が総長を認証官にする、俸給も一番高い俸給にするというような法案を出したことがあるほど、国立大学にも政府は差をつけようとしておるわけなんだ。したがって、国立大学同士の人事交流等も、円満にやるためには、国立大学の格差を是正する、私立大学と国立大学の人事交流もする、外国の先生との交流もする、こういうふうな意味で広く人材が交流される。いま丸山先生も指摘されておられたこういうことを実現するためには、開かれた大学などは、従来の古いからよりも、そういう交流ができるという構想をとるのにはいいチャンスだ。つまり、モデルケースとして、そういう国際交流も含めた大学間の格差是正、こういうものを含めたモデルとして、こういうものが一つあってもいいんじゃないかという感じがするのですが、この点お二人にひとつ三十秒ずつ御答弁を願いたいと思います。
#184
○佐藤参考人 おっしゃいますとおり、まさしく私学はこの格差の問題に、差別待遇といいますか、悩んできたわけでございますが、これはいろいろなポイントがあると思います。いままでの御意見で、私は除きまして格差の問題が論じられました。ちょっと三十秒をこえて失礼でございますが、それは何といっても持っている研究パワーにおいて判断すること、それから文部省が付与する予算において判断すること、これが格差であり、大学人のほう、いわゆる大学を代表しているといわれている国立大学の、特に優秀なる国立大学のほうからの観点に、どうもそういう意味から格差を考えられておられると思います。
 それに対して私ども私学は、裏側から、お金が少ないとか、ひがむことじゃなくて、もちろんおっしゃるとおり、イギリスのようになるかどうかは知りませんけれども、フィフティー・フィフティーのような、ちょうどいいところまで持っていくのは、将来の像だと思います。しかし、社会党の委員からもお話がありましたように、日本的雰囲気がまだ続くと思いますので、そう明るい将来が近いとは思いませんが、少なくとも格差を本格的になくしていただくためには、東大の予算を減らせというようなけちなことは申しませんが、私学に対する助成をふやしていただくこと。それから、実は東大と私どもの大学のようなところで、学生の面から見ましたときに、格差がどうなっているのだろうと申し上げますと、それは教育ママとか本人の意思は別としまして、正直なところ、学生の能力格差はなくなっているということを発見して、われわれもがっかりもし、また喜んでもいるわけでございます。東大の学生とそうでない一私学の学生において、本質的な差は、あるいは過去のようなエリート意識は、実際彼ら自身持っていませんし、能力にも均等が出てしまう。場合によっては、これは地域的な動きも出ていると思います。
 ただ、大学間の交流となりますと、これは失礼でございますが、国立大学の教官のほうにお聞きになっていただきますとおりで、とても国立大学の教官の持っているあの意識と学部の誇りというものからでは、これはもう無理だと思います。私学間の関係でしたらまた別に考えたいと思います。
#185
○丸山参考人 私は交流についてお答えします。
 こういうパンフレットがありまして、これは東京教育大学筑波新大学創設準備会というところから出ておるのですが、このところで国際交流ということを強調しております。しかも、それがこの新大学の一つの看板というように見受けられるわけですが、この点につきまして、私は疑問に思うのは、国際交流ということは非常にけっこうなことです。やることは大いに賛成だし、やってほしいわけですけれども、いままでどうしてやらなかったかということ、ですから、なぜそれが筑波新大学だけの看板になるのかということです。つまり、日本のいままで行なってきた国際交流というのはいわば片貿易でありまして、外国の世話にだけはなっているけれども、日本は対等に連帯して、国際交流に対してお金を払わなかったということが、いままでとってきた現状です。ですから、その点をなぜいままでやらなかったか。やらないでおいて、筑波新大学においてそれがなぜ看板になり得るのか、その疑問であります。
#186
○受田委員 どうもお時間をかけてすみませんでした。大島先生の、学生協議会の資料があればいただいて……。
#187
○大島参考人 ちょっと一言……。
#188
○田中委員長 手短にお願いいたします。
#189
○大島参考人 先ほどの受田先生のお話の中にありました、全国の見捨てられている身体障害者の教育ということは、これはもう私ども最初から考えていることで、必ず実現したいと思っております。
#190
○受田委員 どうも御苦労さまでございました。
#191
○田中委員長 これにて参考人に対する質疑は終了いたしました。
 参考人各位には、御多用中のところ長時間、夜分おそくまで御出席をいただき、種々御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚くお礼申し上げます。
 次回は公報をもってお知らせすることとし、本日はこれにて散会いたします。
   午後七時九分散会
ソース: 国立国会図書館
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