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1972/04/17 第71回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第071回国会 法務委員会 第19号
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1972/04/17 第71回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第071回国会 法務委員会 第19号

#1
第071回国会 法務委員会 第19号
昭和四十八年四月十七日(火曜日)
    午前十時二十三分開議
 出席委員
   委員長 中垣 國男君
   理事 大竹 太郎君 理事 小島 徹三君
   理事 谷川 和穗君 理事 稲葉 誠一君
   理事 青柳 盛雄君
      井出一太郎君    植木庚子郎君
      住  栄作君    羽田野忠文君
      松本 十郎君    三池  信君
      日野 吉夫君    正森 成二君
      沖本 泰幸君    山田 太郎君
 出席国務大臣
        法 務 大 臣 田中伊三次君
 出席政府委員
        法務大臣官房長 香川 保一君
        法務省刑事局長 安原 美穂君
 委員外の出席者
        総理府統計局調
        査部消費統計課
        長       北山 直樹君
        法務大臣官房訟
        務部長     貞家 克己君
        労働大臣官房統
        計情報部雇用統
        計課長     八木 克己君
        最高裁判所事務
        総局刑事局長  牧  圭次君
        法務委員会調査
        室長      松本 卓矣君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 刑事補償法の一部を改正する法律案(内閣提出
 第八二号)
 刑事補償法及び刑事訴訟法の一部を改正する法
 律案(横山利秋君外六名提出、衆法第二号)
     ――――◇―――――
#2
○中垣委員長 これより会議を開きます。
 おはかりいたします。
 本日、最高裁判所牧刑事局長から出席説明の要求がありますので、これを承認するに御異議ありませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#3
○中垣委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。
     ――――◇―――――
#4
○中垣委員長 内閣提出、刑事補償法の一部を改正する法律案及び横山利秋君外六名提出、刑事補償法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 質疑の申し出がありますので、これを許します。青柳盛雄君。
#5
○青柳委員 刑事補償法の性格が憲法四十条に基因するものであるから、憲法十七条に基づく国家賠償法とは違うんだという考え方が一般的のようでございます。確かに憲法十七条に基づく国家賠償法は、公務員の不法行為による損害を賠償するというたてまえになっておりますから、公務員に故意、過失がない限り、国家賠償の成立する余地はないわけですが、ひるがえって、憲法四十条に基づく刑事補償法については、違法行為ということばは用いられておりません。結局無罪の判決を受けた場合に一定の補償を与える。そこには不法行為の概念がないわけですから、関係機関の故意、過失ということは一応問題にされない立場になっているわけです。
 そこでお尋ねしたいのですけれども、刑事補償が認められる案件において、この決定を下す裁判所は、当該事件が無罪になるに至ったいきさつを検討して、その事件に関係した国家機関のいずれかに、たとえば捜査関係、公判を起訴し、維持する関係あるいは裁判所の令状を発行する関係、あるいは再審の場合でいえば判決において、故意または過失があるかどうかを考えるのかどうか、そういうことは全然考えの外に置いて決定するのかどうか、この点まず法務省関係の考え方をお尋ねし、それから最高裁の考え方もお尋ねしたいと思います。
#6
○安原政府委員 刑事補償制度と国室賠償制度との関係につきましては、青柳先生御指摘のとおりどちらも国家による損害のてん補であるという点では同じでございますけれども、御指摘のとおり刑事補償制度は国家賠償制度と違いまして必ずしも当該公権力の行使に当たる者の故意、過失を補償の要件としないということでございまして、刑事補償をする場合においてその当該公権力の行使に当たる者に故意、過失がある場合には配慮されるのだということではなくて、故意、過失がなくても、平均化された、定型化された補償をするというのが刑事補償の本質でございますので、刑事補償を与える決定にあたりまして、故意、過失の有無ということを裁量権を行使するにあたりまして考えることは、刑事補償制度の本質とは何ら矛盾しないものだというふうに考えます。
#7
○牧最高裁判所長官代理者 裁判所が決定するにあたりましては、法文にもございますように、四条二項に決定するにあたって考慮すべき事項が掲げてございます。そして補償決定をいたします管轄裁判所は無罪とした裁判所でございますので、それらの事情は十分わかり得るはずでございますので、四条二項に掲げられたような事項を総合して決定をいたすということになろうかと存じます。
#8
○青柳委員 厳格な意味で申しますと、刑事補償の場合には故意、過失のない場合に限るというような考え方も成り立たないとは限らないわけですが、というのは、故意、過失のある場合には、憲法十七条による国家賠償法というものが厳然としてあるんだから、そのほうでカバーされる。刑事補償のほうは、故意、過失のない場合を予想して、そういうことについてはもう判断をする必要なし。だから、具体的な物質的あるいは精神的な損害とかいうようなものについて、個々的に深く検討のできない、しても、結局上限というものがありますから、上限で、もうそれ以上のところへは幾ら裁判所でも決定するわけにいかないわけです。だから、定型化されてしまったワクの中で、多少の裁量は加えるにいたしましても、国家賠償による損害を全面的に賠償するというのとは性格が違うわけですから、故意、過失がある場合は、刑事補償のらち外におくということも考えられないわけではないけれども、しかし、故意、過失がある場合でも、刑事補償のほうで補償を与えてやって、それでなお上限があるから、不足するようなケースの場合には、それを補うために国家賠償の制度を活用する余地を残しておく五条の規定などもありますので、そういう考え方もあると思うのです。そうすると、故意、過失の有無を全然考えないということではなくて、やはり考えながらもなおかつ刑事補償制度を運用していくというようにも見えるわけです。
 そこで、刑事補償法の四条二項の中に、裁判所は額をきめるときに、関係機関の過失あるいは故意の有無をしんしゃくする規定が入ってくるわけですが、ここで、裁判所は故意、過失の有無をすべてのケースについてわかっているんだ、自分がやったんだからわかっているんだというんだから、しんしゃくしているというふうに見ていいわけなんですか。裁判所の考えを伺いたいと思います。
#9
○牧最高裁判所長官代理者 四条二項に掲げられますような事項を総合的に判断して決定をされているものと考えております。したがいまして、その中には、関係機関の故意、過失の有無ということも当然含まれているというふうに考えております。
#10
○青柳委員 その場合、決定の理由の中には、私どもはすべてを見ておるわけじゃありませんけれども、抽象的に、四条二項を適用するというようにしか書いてなくて、はたしてどのような判断をそこで加えられているのかということが文章の上ではわからないわけですね。たとえば故意、過失があるから額が多くなるというようなことが常識であるとするならば、最高限がきめられている場合には、おそらく故意、過失があるということをしんしゃくしているんじゃなかろうかというふうにも一方的に解釈できないわけではありませんが、いままで論じられているように、今度の法案も、従来の千三百円という上限を二千二百円に上げなければおかしいといっているようなところから見ましても、決して、最高額をきめているから故意、過失の有無についてしんしゃくした結果故意、過失があるということにしているということにもならない。こういうのは判決、決定の理由の中でもう少し――民事訴訟の場合でいえば、損害の算定についてそれぞれこまかな理由を述べるのが普通になっておりますから、そういうふうにやって、そしてその決定が非常に請求者の要求に応じられないというような場合は、これを抗告して争うというような余地を残してやる、そういう裁判のしかたをするということは考えられないものかどうか。この点最高裁はどう考えておられるのでしょうか。
#11
○牧最高裁判所長官代理者 関係機関の故意、過失の有無ということは、当然考慮されなければならない重要な要素でございますが、そのほかに、本人が受けた財産上の損害あるいは得るはずであった利益の喪失その他の考慮すべき事項がございまして、結局、総体的に判断いたしまして、幾らの補償をするかということの決定でございますので、これは個々的に算術的な数字をなかなかあらわし得ないもので、実際上の決定には諸般の事情を考慮しというような抽象的なことばで述べられていることが多いように考えております。
#12
○青柳委員 個々的に表現できないということはちょっとうなずけないのですけれども、判断の中ではそれをやっているのですから、書く書かないは全く事務的なことに属するわけで、やらないということは、はなはだ裁判を担当する者としては怠慢ではないかというふうに思うのです。ただ、それが判決理由を離脱しているというふうな違法性があるかどうかというところまでいくというと、必ずしもそうも言えないかもしれませんけれども、少なくとも親切なやり方ではないということが言えると思うのです。
 ちょっともとへ戻りますけれども、故意、過失のある場合とそれがない場合と比べて、刑事補償法の金額をきめる場合に差をどの程度に設けることが合理的であるか。つまり、差は認める必要はないというのであるか。あるというならば、故意、過失があったら、故意、過失のない場合よりもどれくらい多くするか、あるいは低くするか、低くするなどということはちょっと常識で考えられないと思うのですけれども、少なくとも本人のほうに過失があるというような場合は、また別な規定もありまして、もう支払わなくてもいいというようなことさえあるわけですから、あくまでも私の言うのは、捜査官憲あるいは裁判機関、そういうものにある場合のことを言うわけですけれども、この点は法務省のほうとしてもどういうことを予想しているのか。それから裁判所はどう考えておられるか、それもお尋ねしておきたい。
#13
○安原政府委員 青柳先生の御指摘の点は、確かに御心配になるのが当然のようなことであろうと思いますが、要するに、私ども、御心配の点は、故意、過失がなければ最高限まで、天井まで補償しないということになるのではないかということが御心配になる一つの重要な点だろうと思いますが、これはそういうことではございませんで、この補償金額の中でまかなえるような客観的な額の範囲内において考える場合において、故意、過失の有無ということを一つの条件として、参考資料として考えるということでございまして、故意、過失がなければ当然に最高までやらないということではない。そういう意味において、あくまでも刑事補償制度は故意、過失を補償の要件としないのでございますから、故意、過失がなかったから最高をやらないということではないというふうに考えておりまして、そうであればこそ、国家賠償法との関係におきまして、故意、過失がある場合においては、とてもこの定型化された損害額の補てんでは足らないという場合には、国家賠償による故意、過失の全損害の補償ということで、故意、過失を要件とはいたしますが、全損害の補償ということが国家賠償法の規定によってまかなえるということでございまして、故意、過失があるかないかが補償額の最高をきめる要件にはならない。ただ、そのワク内で処理できるような場合において、故意、過失というのは一つの判断の資料にはなるということでございます。
 たとえて申しますならば、よくございますが、心神喪失とか、いわゆる責任無能力ということで無罪になったというような場合には、おそらくそのままでは最高額にはいかない。おそらく最低に近い線できまるだろうということが一応考えられますが、その場合に、たとえば捜査機関とかあるいは警察機関あるいは裁判機関に故意、過失があったというような場合には、最低の六百円ではなくて、その故意、過失を考えて若干高い金額でやるというようなことができるという意味において、このまかなえる範囲内において故意、過失は一つの判断の参考資料になる、かように考えておる次第でございます。
#14
○牧最高裁判所長官代理者 御趣旨につきましては、ただいま法務省のほうから御説明がありましたと同様に考えております。
 抽象的に申しますならば、同じような条件の被告人があった場合に、他方については関係機関のほうの故意、過失のある行為によるというような状況が加わりますれば、そのほうが同じ範囲内の金額にきめます場合でも、多額になるということは一応常識的に考えられるではないかというふうに思っております。
#15
○青柳委員 この今度の法案は、金額を上げるという点にあるわけですけれども、その上げる根拠として何か統計のようなものを持ち出しておられるわけです。法務省で今国会に提出するにあたってお出しになった「刑事補償法の一部を改正する法律案関係資料」というものの末尾の部分を見ますと、表が一、二、三と出ております。その第一表の中身は「賃金・物価指数調」というものであります。賃金について一定の金額を出しておりますし、また物価指数について一定の金額を出し、それから賃金と物価指数の平均なるものを出していますが、法務省は、このそれぞれの数字はどのような資料を用いてお出しになったのか、その御説明をいただきたいと思うのです。
#16
○安原政府委員 この常用労働者の、四十三年に対比して二〇五・四%という、四十八年度では推定の指数になる、あるいは物価指数については一三三・七になるということの根拠といたしまして、一応私どもでは、まず賃金の常用労働者の関係でございますが、これは労働省でおつくりになっております労働統計年報を参照いたしまして、全産業常用労働者の現員の給与月額を見てまいりますと、昭和四十三年が五万五千四百五円であった、四十四年が六万四千三百三十三円であった、四十五年が七万四千四百三十六円、四十六年が八万五千百二十円、四十七年が九万八千五百二十八円という統計年報の数字になっておりますので、そこで私どもでは、これからこちらの計算でございますけれども、各年度におきますところの対前年のアップ率を計算いたしまして、そしてこの数年間におきますアップ率の平均をとりますと、ちょうど一一五・五%のアップ率というのがが、この各年度間の平均のアップ率になるのでございます。そこで、四十八年の全産業常用労働者現員給与月額の推定をいたします場合に、この平均のアップ率、一一五・五%のアップ率を四十七年の給与月額にかけましたところ、それが、十一万三千八百円というのが常用労働者の現員給与月額の四十八年における推定額になるということになりまして、そこでこれを四十三年の五万五千四百五円と対比いたしまして、最近において四十三年にこの法律が改正されておりますので、その四十三年と対比いたしますと、この給与月額、賃金の関係においては、四十三年に比べて二〇五・四%ということになるという計算をしたのでございます。
 それから物価指数のほうは、これは総理府の統計局でおつくりになっております消費者物価指数というものを参考にいたしまして、昭和四十年を一〇〇といたしますと、今度は率でございますけれども、昭和四十三年は一一五%、それから四十四年が一二一・三%、四十五年が一三〇・七%、四十六年が一三八・八%、四十七年が一四五五・一%という数字が、統計局の統計の結果出ております。そこで今度はこちらの計算といたしまして、先ほどと同じように対前年のアップ率を計算いたしまして、この数年間の平均を出しますと、大体一〇六・〇%のアップという率になる。そこで物価の趨勢として、さらに四十八年は上がるであろうということを一つの前提にいたしまして、四十八年の消費者物価指数を、四十七年の指数にこの平均の一〇六・〇%乗じますと、昭和四十年の対比で一五三・八%になるのですが、これをさらに四十三年という時代に対比いたしましたところ、一三三・七%になるというのが、この二〇五・四%並びに一三三・七%の算出の根拠でございます。
#17
○青柳委員 それでは、まず賃金について労働省のほうにお尋ねいたしますけれども、いま法務省のほうで御説明のありましたような数字が、おそらく労働省で調べられた統計として出したんだと思いますけれども、これは全体の趨勢を調べるやり方として、いま法務省がやった上昇率を四十三年から四十七年までを加えて割る、そして一一五・五%というものを上昇率としてきめて、これを四十七年にかけて四十八年を推定する、こういうやり方は一般的に認められていることなんですか、どうですか。
#18
○八木説明員 労働省といたしましては、先ほど刑事局長が説明されました統計のその数字でございますけれども、毎月勤労統計調査という調査を実施しておりまして、調査産業計で、規模三十人以上の数字をとりますと、先ほどの説明どおり、四十三年が五万五千四百五円、四十四年が六万四千三百三十円、四十五年が七万四千四百三十六円、四十六年が八万五千百二十円、四十七年が九万八千五百二十八円でございます。毎月勤労統計調査は、賃金額の水準を調査いたします一番基本になる統計でございますけれども、現在のところ四十八年の二月分までの調査が実際の数字として公表されておるわけでございます。年平均の数字が先ほど申しました数字でございますけれども、この先の四十八年がどうなるかという点に関しましては、少なくとも統計調査のたてまえから申し上げますと、まだ進行中のことでございますので、その数字いかんということについては、現実によりどころがないわけでございます。それで、推計につきまして、いろいろの方法によりまして、それぞれの事業内容あるいは利用の目的、そういったものに合いました形で推計がとられているわけでございますけれども、法務省のほうで御提案されておりますところの推計方法、これもまた一つの方法といたしまして、五年間の平均値をもちまして四十八年度の数字を一応推算するという形のものはほかの場合にも行なわれていると私どもは考えております。
#19
○青柳委員 それではもう一ぺん法務省のほうにお尋ねをするのですけれども、一応今度、改正が四十八年ですから、四十三年の改正のときと対比して二〇五・四%という指数を出したわけですが、四十九年、五十年あるいは五十一、五十二、五十三と、また五年くらい据え置こうという考えでおられるのかどうか、そこはわかりませんけれども、こういう趨勢でこれからも、要するに一五・五%ぐらいずつ毎年上がっていくということになれば、たちまち今度、これを何か一応の基準にして二千二百円というものを出してみても、またすぐ実情に合わないものになってくるのではなかろうかということが懸念されるわけですが、この点どういう見込みを持っておられるのでしょうか。
#20
○安原政府委員 たいへんむずかしいお尋ねでございますが、刑事補償の補償金額の算定をいたします場合に、この刑事補償というものは、理屈でございますが、生活保障ではないというようなことを考えますと、必ずしも賃金や物価指数の変動に応じて常に、極端に言えば、毎年あるいは毎月でもそういうふうにスライドしていくべきものであるとは思わないのでございます。そういう観点から申しますと、物価の変動に従って常にスライドしていかなければならぬとは思いませんけれども、あくまでも損害の補てんという制度でございますので、やはりそれをお金で換算するということになれば、貨幣価値の変動あるいは賃金の変動というようなことは無視してはいけないということはもちろんでございますが、その辺の調和をとるというようなことで、毎年とはいたしませんけれども、物価、賃金の指数の変動に応じてできる限り近い機会において改正してきたというのがいままでの経緯でございますので、今後ともそれを無視はいたしませんが、いつまた次に上げるかということについては、ちょっと私どものほうとしてはお約束いたしかねるというのが実情でございます。
#21
○青柳委員 先ほどお尋ねを留保しておきましたけれども、物価指数のほうも、総理府の方がお聞きになったような御説明ですけれども、これで毎年上昇率が平均して一〇六・〇%だ、こういうやり方で、四十八年を一五三・八%と見て、四十三年を一〇〇とすると一三三・七%になる、こういう資料を出しておられるわけですが、これは正しいのでしょうか。
#22
○北山説明員 統計局では消費者物価指数の計算は行なっておりますけれども、将来についての指数も推計は行なっておりません。しかしながら、消費者物価指数は、これは家計支出上重要度が高い、あるいは価格変動の上で代表性があるというような点で、たくさんの品目を設定いたしまして、それを毎月調査いたしまして、それを家計の平均消費支出額によって総合して作成しておる次第でございます。
 そういうふうなことでございますので、この消費者物価指数につきまして、過去五年間の傾向というのは私どもは非常に厳格に測定しておるというふうに考えておるわけでございます。この五年間の傾向をもとにいたしまして、将来の変動を推測する方法でございますが、これは先ほど労働省のほうからも答弁がございましたように、そのときどきに応じまして、従来いろいろな使い方がなされておるわけでございます。したがいまして、法務省の推定の方向というのも一つの方向であろうかというふうに考えております。
#23
○青柳委員 賃金についてもまた物価指数についても、大体法務省が上昇率を平均化して将来を推定していくということに何ほどかの合理性があるように認められているようでありますが、それはそれとして、法務省は、賃金と物価指数を平均するといって、両方賃金の上昇率と物価指数の上昇率をプラスしてそれを二で割る、そうすると平均指数として一六九・六というものが出る、こういうものを出されたわけですが、これはこういうやり方で平均を出すということに何らかの合理的根拠があり、またそれがこの刑事補償法に基づく補償額を改定するにあたってどういう役に立つという考え方になっておるのでしょうか。
#24
○安原政府委員 この算出の根拠は別に法律その他学説上成立したものがあるということではございません。非常にむずかしいお尋ねでございますが、一応刑事補償の補償の対象というものは、先ほど青柳先生御指摘の裁判所の考える事情としていろいろございますように、要は財産上の損害と精神上の苦痛といいますか、それに対する慰謝ということが補てんすべき対象も損害ということに一応なると思うのですが、そこで、財産的損害というものを考える場合、逸失利益というものを考える場合には、賃金の推移というものを一応基準にして考えてはどうか、あるいは精神的苦痛ということに対しては、慰謝料ということは、これは慰謝ということをお金によって慰謝するということでございますので、お金の価値も変動ということを考えてみる必要があるのではなかろうかというようなことで、そのお金の価値の変動ということを一応あらわす一つの指標としては物価指数の変動というものを考えるべきではなかろうかというようなことで、そこでどちらの点を重視するかということもなかなかむずかしいことでございますので、そこはそういう賃金と物価指数の変動を足して二で割るということで、気持ちとしては調和をはかったというようなことでそういう算術をいたしたのでございます。気持ちはおわかりいただけると思いますが、経済学的な根拠ということになりますと、そう十分なものではないのですが、これによって一応今日の物価なり賃金の変動、経済の変動に応じた一応の定型化された補償の金額としては妥当ということになろうという考えでございます。
#25
○青柳委員 刑事補償法の四条二項によりますと、先ほどからも述べられているとおり、いろいろの要素を裁判所は勘案することになっているわけですが、現在の金額でも、あるいは今度改正される金額でも、財産上の損失というようなものをどういうふうに見るのか。それと逸失利益、得るはずであった利益ですね、その喪失。それからその二つの関係とか、それから慰謝料に当たる精神上の苦痛、身体上の損傷というようなもの、こういうものを金額をきめる根拠にしてあるのですけれども、本人が受けた財産上の損失などというものはどういうものを予定しているのか。それから、いま言った賃金指数とかあるいは物価指数というようなものの中で得べかりし利益の喪失とか、あるいは精神上、身体上も損傷による苦痛を慰謝する慰謝料などというものはまかなわれているのかどうか。まかなうことができるのかどうか。この点はわざわざ四条二項にこういうふうな規定があるわけですから、やっぱりそこをまかなうだけのものをきめておかなかったら、この四条二項というものは全く飾りのものになってしまわざるを得ないと思うのですけれども、この点はどうお考えでしょうか。
#26
○牧最高裁判所長官代理者 刑事補償の額につきましては、現在でまいりますと、千三百円以内という一つのワクがあるわけでございます。その中での裁量でございます。したがいまして、四条二項ということで考慮される事項がたくさんあるわけでございますが、もちろん得べかりし利益等の全損害を補償するということではなくて、そういうのが多いときはやはり多くその範囲内で考えろということでございまして、総額が、最高限がきめられております以上、全損害を補償するということはできにくいことは当然でございます。したがいまして、そこの中で定められるというのは、それらの要素をそれぞれ勘案して、結局千三百円以内でどの程度の額を補償したら適当かという判断になろうかと思います。
#27
○青柳委員 そうすると、一つのワクの中でこれだけ種類のあるのをそれぞれと逸夫利益、得るはずであった利益ですね、その喪失。それからその二つの関係とか、それから慰謝料に当たる精神上の苦痛、身体上の損傷というようなもの、こういうものを金額をきめる根拠にしてあるのですけれども、本人が受けた財産上の損失などというものはどういうものを予定しているのか。それから、いま言った賃金指数とかあるいは物価指数というようなものの中で得べかりし利益の喪失とか、あるいは精神上、身体上の損傷による苦痛を慰謝する慰謝料などというものはまかなわれているのかどうか。まかなうことができるのかどうか。この点はわざわざ四条二項にこういうふうな規定があるわけですから、やっぱりそこをまかなうだけのものをきめておかなかったら、勘案してみる、あるいはもっと別な考え方でいえば、財産上の損失は幾ら、あるいは逸失利益は幾ら、精神上の苦痛及び身体上の損傷による苦痛ですね、そういうものに対する慰謝料は幾ら、それから警察、検察及び裁判の各機関の故意、過失があったという場合には、それが幾らとやってみても、結局はワクがあるからそれ以上には出ない。そういうことをやるのか、それともばく然と、ワクが、もう上限がきまっているのだから、そのワクの中で案分比例して、得るはずであった利益というものはこの程度、財産上の損失というものはどうも幾らかはあったからこれもこの程度というふうな、慰謝料についてもそうですけれども、そういうふうに案分比例的にやるのかどうか。これは裁判官の考え方の問題ではありますけれども、何かばく然と、これだけの要項があるのを考えにも置かないできめてしまうということはないと思う。この点はいかがでしょうか。
#28
○牧最高裁判所長官代理者 千三百円以内で、そのうち財産上の損害は幾ら、あるいは慰謝料の額は幾らというような配分をきめて計算をしているということはないように思います。実際問題といたしましては、そこに掲げられております各事情を勘案した総合判断として、千三百円以内の中でどの程度の補償を与えるこが適当であろうかという判断になろうかと思います。
#29
○青柳委員 最近、著名な事件で無罪が確定し、補償を与えられたのが二件ほどあります。これも私ども弁護人にもなっていた関係がありますので関心は高いわけですが、それはメーデー事件、それから辰野事件ですが、これの刑事補償の決定を見ますと、ただ結論的に、「一日千三百円の割合で計算した額を補償する」ということしか書いてないんですね。なぜ千三百円の割合にするのかということについては全然触れていないわけです。諸般の事情をしんしゃくしなどということすらも書いてないんですね。ですから、もう四条二項を考える余地などが全然ない。そういうワクがもうはめられてしまっている。まあこの辰野事件の分は「諸般の事情を考慮し」というふうにはなっておりますけれども、メーデーのほうなどはそういうことすらもないんですよ。要するに、日数だけをあげているだけなんですね。こういうのは、もう裁判所とすると、俗にいうと、もう頭打ちになっておって、何かこの四条二項などというものを発動する余地ももうほとんど考えられないというような状況になっているのかとも思われるのですけれども、この点はどういう状況でしょうか。
#30
○牧最高裁判所長官代理者 確かにお尋ねのように、メーデー事件等は最高額の千三百円で支給されておるわけでございます。ただ、過去、四十三年に現在の補償金額に改正されたわけでございまして、それ以後の支給の状況を見てまいりますと、先般、大竹委員のお尋ねに対してお答えしましたとおり、四十三年は最高額が支給されましたのが五五%、四十四年が六九・一%、四十五年が八三・三%、四十六年が六一・〇%、四十七年が八六・六%という数字になってまいっておりますので、現在の状況から見ますと、確かに頭打ちという状況になってこようかと存じます。したがいまして、経済情勢などの推移を見まして今回の改正案というものは提案されたのではないかというふうに考えておる次第でございます。
#31
○青柳委員 法務省にお尋ねですけれども、この刑事補償法は決定の際に施行されている状況の金額で、それを上限としてきめる。ところが、拘禁されたのはメーデー事件でも、それから辰野事件でも二十年前のこと、二十年前のときの法律はいまのように千三百円ではもちろんなかったし、それから当時の賃金とか物価指数というものも現在とは違う。だから、先ほどスライドなどはもうちょっとも考えないんだというようなお話でございましたけれども、厳格に言うと、逸失利益にしろ、それからその当時の慰謝料にしろ、現在とは比べものにならぬほど、貨幣価値の関係がありまして、低いわけですね。にもかかわらず、現在の決定のときの状況できめるというのには法的にはどういう関係があるのか。たとえば罰金についてはすでに納付した者がその後になって再審で無罪になったような場合には、払ったときから、法定利息年五分ですか、つけてやりさえすればいいんだということになる。罰金については単に法定利息だけで二十年前に払った罰金でも法定利息しかもらえない。決して、その間にインフレがあって貨幣価値が下がっておってもそこはスライドしてこないわけですね。だからこういう考え方は、一体、被告にとっては有利なわけですから、別に文句を言うことはないわけですけれども、これは逆の場合だったらどういうことになるのかというようなことも考えると、つまり法律で今度は額が下がってきたというようなときにはどうなるのかということ。だからこれは考え方として一体刑事補償法のたてまえというのはどういうふうに考えているのでしょうか、この額のことは。
#32
○安原政府委員 刑事補償請求権というものは、通常の手続におきましては無罪の裁判を受けたという段階、すなわち無罪の裁判の確定した段階において請求権が出るということでございまして、その無罪の裁判の確定した時点において、補償としては定型化された補償ということも性質としてあります関係上、その時点において施行されておった補償日額に基づいて、いわば量定をして支給するということで、場合によりましては損をする人もあり、場合によりましては、得をする人もありまするが、一応無罪の裁判の確定という時点における定型化された補償をすればいいのだという考えで、この法律ができておる関係で、いま御指摘のようなことが出てくるのだというふうに思います。
#33
○青柳委員 その罰金については、あれで別に不自然を感じないんでしょうか。
#34
○安原政府委員 罰金は御案内のとおり刑事補償法の四条の五項で、「罰金又は科料の執行による補償においては、すでに徴収した罰金又は科料の額に、これに対する徴収の日の翌日から保障の決定の日までの期間に応じ年五分の割合による金額を加算した額に等しい補償金を交付する」ということで、これはいわば不当利得の返還というような考え方で、いただいたものをお返しする、利息もつけないのはあまりにも不当に過ぎるから利息をつけるという考えで、これが実行されておるものだと考えております。
#35
○青柳委員 松川事件は無罪が確定しまして、一定の刑事補償を受け取ったわけでありますけれども、とうていこれでは被告にされた人たちの損害をまかなうものに足りないということで国家賠償法を活用いたしまして、たいへん苦労しながら国家賠償の裁判で一、二審勝訴したわけでありますが、これなどを見ますと、ほとんどの被告が逸失利益というか、得べかりし利益を拘禁されたことによって失われた額というものが刑事補償のきめられた額よりも圧倒的に多い。それにもちろん慰謝料も全然刑事補償では考えられないような額がきめられて、もちろんこれは原告になったかつての刑事被告の人たちの請求額には及びませんけれども、いずれも相当の額になって出ているわけです。こういうのを見ますと、どうも得べかりし利益とか、慰謝料というようなものがいかに不自然であったか、現在のこれを直してみても、いかに不自然であるかということが明確だと思うのです。これはたまたま過失があるということでこの賠償責任は確認されたわけですが、先ほどからも話が出ておるように、過失があるから重くなる、あるのは故意があるから重くなるということはないのだということであれば、それ自体もうこの刑事補償の額というものが非常に不自然なものであるということを反映していると思うのですが、松川事件の国家賠償事件の判決などはいろいろの文献によってごらんになっておられると思いますけれども、この点刑事補償制度との関連において法務省あるいは裁判所はどのように考えておられるか、それをお尋ねしたいと思います。
#36
○安原政府委員 先ほども申し上げましたように、刑事補償と国家賠償との関係の差異と同じ点は、先ほども申しましたように、国家による損害の賠償であるという点は同じだけれども、刑事補償では故意、過失の有無を問わないということで、しかしながら国民としての個人が耐え忍ぶ範囲を越える抑留、拘禁だということから故意、過失を問わないで補償する制度である。したがって、その補償は全損害額の補てんということではなくて、いわば平均化された、定型化された損害の補てんであるということで、そこで故意、過失がある場合には刑事補償法によって補償を請求することもできるが、それではまかなえない全損害額の補償ということになれば、故意、過失の場合には国家賠償法というものによって請求をして補償をするということでそこはいわば国家賠償法の請求制度が原則であって、刑事補償は例外である。しかしながら、それは別個のものではなくて、故意、過失の点を中心に重点を考えるのが重複するものであるということで、松川事件におきましても、お手数ではございましたでしょうが、故意、過失ということの立証をなさって、国家賠償制度に基づく損害の補てんができたということでございまして、制度としては両々相まって刑事補償法による損害補てんとしては完全なものになるというふうに考えております。
#37
○青柳委員 裁判所のほうで何か。
#38
○牧最高裁判所長官代理者 国家賠償と刑事補償との関係は、ただいま法務省のほうから御説明のあったとおりだと思います。松川事件で相当の額の国家賠償が認められておりますが、これはそれぞれ損害額が立証された上での金額でございまして、刑事補償として考えます場合には各種の具体的なケースがございますので、それの平均的な補償額ということになりますと、現在のような形になってくるのではなかろうかというふうに考えております。
#39
○青柳委員 刑事補償だけではとうてい満足ができないということで国家賠償による請求をする事案というものが、そうたくさんはないにしても、あると思うのですね。法務省で昭和三十五年以降調べられたのが数件ありますけれども、それはいずれも故意、過失がもちろんあるということを前提にしているわけです。また、それがなければ国家賠償は成り立たないんだが、金額の点でやはり刑事補償のほうが非常に少ないから、勢いこれを起こさざるを得ない。もし故意、過失が証明できないならば、もう定型化された刑事補償でがまんをしなければならぬという非常に不合理な結果におちいる。もちろん証明できないからしかたがないじゃないかといえばそれまでですが、もし刑事補償のほうが故意、過失は問わないのだけれども相当程度補償しているということであれば、無理をして国家賠償による賠償請求をしなくてもよろしいということになると思うのです。このことの中に、たとえば和解などというのがあるのですね。鳥取地裁米子支部の事件などは、一審の判決が百三十万円だったのを控訴審で百六十万円で和解した。こういうのはやはり刑事補償のほうで足りないということの裏づけになるのかどうか、その点を法務省などではどう見ておられるか、お尋ねしたいと思います。
#40
○安原政府委員 青柳先生御指摘の点、故意、過失を含む補償制度ということを重点に考えれば額は多いほどいいに違いはないのでございますが、何よりも申し上げましたように過失を問わない。したがって過失のない場合も含む平均化された補償制度ということになりますと、そこは金額にもおのずから限度があるというふうに考えざるを得ないのでございます。そこで、この和解の考え方につきましては、ちょうどたまたま所管の訟務部長が委員会に参っておりますので、訟務部長からお答えさせていただきたいと思います。
#41
○貞家説明員 お尋ねの鳥取地裁米子支部の事件でございますが、これは木村という人が殺人罪等で起訴されまして、一審無罪になって確定した事件でございます。事件の発生が非常に古うございまして、昭和二十四年に起訴されまして昭和二十九年に確定となっております。したがいまして、当時の比較的刑事補償の金額の低い時代の事件でございましたせいもあるかと思いますが、刑事補償の金額が十九万円というふうに記録に残っております。そこで、この木村という人は、昭和三十二年に鳥取地裁米子支部に訴えを起しまして、逸失利益といたしまして物的損害二百二十六万円、慰謝料三十五万九千円、それ以外に弁護士費用七十四万三千八百円という金額を請求いたしました。計約三百三十万円でございますが、その結果、刑事補償金額十九万円を控除いたしまして認容されました金額が百三十万円でございます。それが控訴審におきまして和解が成立したという経緯はいま明確ではございませんが、いろいろ途中で請求拡張さらに請求を拡張したりしておりますし、なお過失があると認められまして、その後の審理の状況に応じまして遅延損害金というようなものも見込んで計算いたしまして、おそらく百六十万円という金額で和解が成立したのではないかというふうに想像されるわけでございます。
#42
○青柳委員 裁判所のほうからの資料もいただいておりますが、これには請求棄却になった事案も相当多数あるというふうに表が出ております。まして故意などと認定される事案というのは非常に少ないと思うのですが、過失でも認定されるということが非常に困難であるということが裁判所でお調べになった事案でも多いわけですね。三十五年以降四十八年までの分を十三ほど拾い出されて、そしてそのうち請求棄却が七件、半分をちょっと越えている。まだ控訴中のものもあるというわけで、確定ばかりはしていないわけですが、こういうふうにわざわざ過失なしとか違法なしということで請求棄却を受けるような羽目になっているにもかかわらず、そういう事案でさえもやはり国家賠償で請求を求めるというのは、これはよくよくのことだと思うのです。やはり刑事補償の制度が要するに額の点で非常に不合理である、だからやむを得ず、負けるのを覚悟してということはないと思うのですけれども、自分の要求を満足させるためには訴訟を起こさざるを得ないということに踏み切ったの、だろうと思うのですが、裁判所のほうではそれはごらんになっておりませんでしょうか。一つ一つの事件を全部お調べになったわけじゃないでしょうけれども、いかがですか。
#43
○牧最高裁判所長官代理者 昭和三十五年以降のとりあえずさがしましたものがお手元に差し上げてございますように十三件ございまして、そのうち七件が請求棄却になり、六件が一応認容確定はいたしておらないものも入っておりますが、六件が認容されておるようでございます。個々の事案については承知いたしておりませんのでわかりませんが、ただ傾向として見てまいりますと、請求棄却が初めは多かったのがある程度認容される例が多くなってきたということはいえるように存じます。ただ、請求棄却と認容はいずれも故意、過失の有無のところで判別されることにならざるを得ませんので、これは国家賠償法のたてまえ上やむを得ないことではなかろうかというふうに考えております。
#44
○青柳委員 時間がありませんから法務大臣に一言お尋ねいたしまして終わりにいたしますが、社会党の提出している法案もあることですけれども、この政府提案の値上げ案ですな、俗っぽく言えば、この値上げ案がかりに通過成立いたしましても、いまのような経済情勢の推移の中ではまた数年にして改正しなければならぬというような結果になり、しかもこれが改正されたからといって決していままでの頭打ち状態が幾らかでも緩和されるというほどのものではないと思うのです。ですから、これを社会党の案が出されているようなところまで少なくとも引き上げるというようなことは考えられないかどうか。そうでないと絶えず改正をしていかなければならぬ。で、メーデー事件や辰野事件の人たちは、まさかこういう法案が出るとは思っていなかったのですけれども、確定のときの現行法でもらうわけですから、もう少し確定を待っておれば今度は二千二百円の割合でもらえたかもしれないという、そういう損したような感じも持っておられないとは限らないわけですね。ですから、ちょいちょいと直すということがはたしていいのかどうか、もう少し思い切って上限を上げておいてあとは裁判所が四条二項で十分に裁量できるようにしてやったらどうかと考えられるのですが、この点はいかがですか。
#45
○田中(伊)国務大臣 ありのままに申し上げますと、二千二百円の上限が、これがもう妥当なもので現段階はこれ以上上げる必要はないんだというふうには実は考えていないわけでございます。いないのでありますが、財源を要する法律でございます。財源はどうなったのかというと、予算折衝の結果は二千二百円という御交渉が裁判所と大蔵省との間に成立をした、これを閣議はそのままのんで国会にお願いをいたしまして予算が通った、したがって刑事補償法を適用して使う財源というものはきまってしまったわけであります。そのきまってしまった財源を限度として考えますと、上限二千二百円ということで財源の準備ができた、こういうことでございます。したがって、理想を申しますと、もっと高くやるべきものであると存じますが、まあ何年か経過をいたしまして、先生お説のようにまた予算の財源の準備をいたしまして、その準備のできました限度いっぱいに上限なり下限を引き上げる、こういう処置をしていく以外には道がなかろうというように考えております。たいへんわずらわしいことでありますけれども、適当な時期にはまた財源の準備をして、準備のできた限度内において引き上げていく。しかしこれは物価というものとは何も関係がないのだと言わんばかりの説明が刑事局長からありましたけれども、精神的、物質的な賠償一切を含めてお金で賠償するという――賠償ですから金銭で賠償するということになります限りは、やはり物価、賃金の上昇に伴うて一定の時期がくるとこれを引き上げていくということをやっていく以外になかろう。物価、賃金の上昇のぐあいというものはたいへん重視していかなくてはならぬものではなかろうか。それ自体、それだけを基準に置いていくものではないことは刑事局長の申し上げましたとおりでございます。これを無視していくわけにはいかぬだろう。こういうことからいいますと、物価がぐんぐん上がる、賃金がぐんぐん上昇する、したがって精神的、物質的な賠償の金額というものも引き上げなければならぬという事態が参りましたときには、いま申し上げますような財源措置をいたしましてまた法律改正のお許しを得る、こういう手順をやっていく以外にはない、こう考えております。
#46
○青柳委員 一言だけ、もうやめようと思ったのですが、いまのお答えの中に財源措置というのがありましたけれども、これは財源措置といっても一体どれだけ無罪の事案が出てくるものか、刑事補償をやらなければならぬかということは全く予想できない状況だと思うんですね。だから結局は、財源とはおっしゃいますけれども、あまり高くするとまた裁判所がそれにつれてどんどん最高限に持っていかれちゃったら予想以外のことができるという心配がおありになるんじゃないかと私は思うのです。確かに財源のことも無関係ではないことはわかりますけれども、少なくとも裁判所にある程度の判断の余地が残せるような、だから大体の事件は最高限になってしまうというようなことのないように余裕を残してやることがいいんじゃないか。ちょいちょい直すということは何か公平の観念からいって損をしたというような感じを持つ人が出てくるようではよくないのじゃないかというのが私の質問の主意だったわけですが、その点だけ申し上げて終わりにいたします。
#47
○中垣委員長 次に、正森成二君。
#48
○正森委員 法務大臣にお伺いいたします。
 わが国の旧刑事補償法でも補償が行なわれておったわけてすが、当時の司法大臣――当時は司法大臣と申しましたが、有名な答弁に、「国家が賠償スル義務モナシ、補償スル義務モナイノデアリマスケレドモ、国家ハ一ツノ仁政ヲ布キ国民ニ対シテ同情慰藉ノ意ヲ表スルノガ、此ノ法律ノ精神デアリマシテ」戦前ですが、こう言っておるわけですね。しかしわが国の現在の刑事補償法は憲法四十条に明文も持っておりますし、こういう戦前のように仁政をしくのだ、義務はないのだけれども出してやるのだというような考え方とは根本的に違うと思いますが、それについての大臣の御所見を承りたい。
#49
○田中(伊)国務大臣 これはお説のように根本的に昔の考えが間違いでございます。これは国家に賠償の義務がある。本来は故意過失による不法行為が成立をいたしまして、不法行為と損害発生との間の因果関係は証明してもらうべき筋のものではあろうけれども、いやしくも刑事補償の場合は身柄の拘束を受けておる申しわけない人である。それらの人々に対してはそういう証明は要らぬのだ。無罪の判決さえあれば僅少ながらおわびをするんだ。それは国家に賠償の義務があるという義務の観念に立脚して、不十分でありますけれども、この制度を設けておるというふうに考えるものであります。
#50
○正森委員 いま大臣から非常に明快な御答弁があって、これは義務である、特に身柄を拘束するというような場合には申しわけないんだということが言われましたけれども、そのお考えは刑事補償法の四条三項にわりあい明白にあらわれていると思うのです。これは死刑の場合とんでもないことになったわけですが、現行法では三百万円、今度五百万円に変わりますが。そして「但し、本人の死亡によって生じた財産上の損失額が証明された場合には、補償金の額は、その損失額に三百万円を加算した額の範囲内とする」現行法はこうなっております。ということは、三百万円は財産上の損害ではないんだ、これは精神的な慰謝料といいますか慰藉料といいますか、そういうものに対して出されるので、それ以外に財産上の損失があれば刑事補償法の四条三項で当然補償するんだ、こういう意味に解されるわけでありますが、そう解釈してよろしゅうございますね。
#51
○田中(伊)国務大臣 そのとおりでございます。
#52
○正森委員 そうだといたしますと、死刑になった場合と身柄を非常に長期に拘束された場合では、命が奪われるわけですから、質的には多少違いますけれども、しかし抑留または拘禁された場合にもこれと同じような考え方をとって、上限では現行の千三百円をどうするかというのを考える場合に、「その期間の長短、本人が受けた財産上の損失、得るはずであった利益の喪失、精神上の苦痛及び身体上の損傷並びに警察、検察及び裁判の各機関の故意過失の有無その他一切の事情を考慮しなければならない」こうなっているわけですね。しかしこの規定は、もともと刑事補償というのは故意過失の有無を問わないということであることから考えて、また四条三項が私がさきに申し上げましたような規定からいっていることからいいますと、こういうようなことを全部考えるというのは裁判所にいささか過大な負担をしいるものではなかろうか。死刑の場合がすぱっと三百万円で、それ以上は財産上の損失が証明された場合に加算するということになっておるのと同じように、身柄の抑留、拘禁の場合にも一定の額をきめて、そしてそれ以上の財産あるいは得べかりし利益の損失が証明された場合には裁判所はこれを増額することができるというように、つまり死刑の場合の四条三項とパラレルに規定したほうが法律としてはより合目的じゃないかという気がするのですが、これは社会党案にも必ずしも出ておりませんけれども、考え方としてそういう考え方はいかがであろうかということについて、大臣の御所見を承りたいと思います。
#53
○田中(伊)国務大臣 そういう考え方、一つの考え方であろうと存じます。死刑の場合に準じまして、そして無罪の判決を受けた場合には、慰謝料幾ら、これにプラスこれこれの具体的な損害ということは一つの考え方であろうと存じますが、そう分けないで、そういう固定した金額の分も含めて何もかもで下限がこれだけ、上限がこれだけ、この範囲内できめるというきめ方でございます。したがって明々白々たる、何寸何分という尺度がありませんことは、幾らか計算がずさんだという――また御計算をなさる裁判所に対しても、おことばのようにたいへん御負担があると思うのでございますけれども、たてまえとしましては固定額それも含めて、何もかも含めて上限、下限をきめておる、少しずさんでございますが、そういう行き方でお許しを得たいという考え方でございます。
#54
○正森委員 裁判所にもいろいろ伺いたいと思いますが、時間の関係で次に行きます。
 死刑を執行された者は三百万円、今度の改正で五百万円ですが、そのほか財産上の損失が証明される場合には支給されるということですが、死刑にされる人は、通常多くの場合相当長期に抑留、拘禁されますけれども、それについての補償は四条一項で受けられるのかあるいは四条三項のただし書きの財産上の損害として補償されるのか、それについて、これはこまかいことですから大臣でなくても事務当局、最高裁及び法務省の刑事局長からお答え願いたい。
#55
○安原政府委員 御指摘の点、四条三項の死刑の場合の補償につきましては未決の拘禁ということに応ずる補償ということは御案内のとおり考えていないわけでございまして、慰謝料と目される今度の改正における五百万円以内の補償、それから本人の死亡によって生じた財産上の損失額ということで、得べかりし利益というようなことが問題になりますので、その範囲においてその財産上の損害を考えるということでございまして、未決の勾留を受けたということ、そのことから当然に補償するということは出てこないものと考えます。――失礼いたしました。勾留、拘禁だけではなく拘置ということで、まことに失礼いたしました。拘置による補償ということで補償の対象になるわけです。死刑の執行の場合も、執行のために未決と同様に刑法によりまして拘置いたします。その間における補償は拘置ということでいたします。
#56
○牧最高裁判所長官代理者 死刑執行の場合の補償の考え方は、いま法務省が述べられたとおりであります。
#57
○正森委員 これは新聞にも出ておるわけですけれども、社会党案との関係で出てくることですけれども、先生の卵のわいせつ容疑ということで、名前は申しませんが、所沢の学校の先生がわいせつ事件で逮捕されたということがございました。あるいは強盗犯人として証言だけで指名手配をされた。これは東京の池袋で起きた強盗事件で警視庁から容疑者とされて、テレビや新聞を通じて全国に顔写真をお茶の間手配された。それが全然間違いであったということになったのですが、その手配書が二万枚出ているわけですね。こういうことをやられますと、これは一般の新聞にあまり報道されないで、三日、五日逮捕されたというのとは比べものにならない人権上の侵害になるわけですね。したがって、こういうような場合に刑事補償で、故意過失ということで立証して相当長期に裁判をしなければならないというようなことは人権保障上問題があると思う。わが国の憲法が人権を著しく保障しているというたてまえから見ても、刑事補償の中にこのような二つのケースを何とかカバーできるような規定を設ける必要があるのじゃないか。
  〔委員長退席、大竹委員長代理着席〕
これは庶民感情として当然起こってくることだと思うのです。公述人佐野洋さんも、このものずばりではありませんが、これに近い考えを述べておられました。それについて大臣あるいは関係事務当局の御見解を伺いたい。
#58
○安原政府委員 先生の御指摘は非拘禁補償のことでございますか。私語しておりまして失礼いたしました。
#59
○正森委員 前のほうの所沢の学校の先生の場合は、これは拘禁されておるわけですね。しかし起訴されておらないわけですから、無罪になっておらないという事件、あとのほうは拘禁もされておらない。しかし強盗犯人として指名手配されておるという事件です。ですからいずれも、刑事補償では無罪の判決があった場合と、こうなっておりますが、それにどちらも該当しないで、一方は拘禁だけされておる、一方は拘禁もされていない、こういう事案です。
#60
○安原政府委員 それにつきましては、御指摘の点は、被疑者補償の問題ということになるんだろうと思います。
 そこで、被疑者補償規程というものを法務大臣の訓令で設けております。いま御指摘の所沢の事件につきましては、いわゆる被疑者補償規程の補償の要件にあります被疑者として抑留、拘禁を受けた者でございまして、しかも現段階において、検察庁の判断では、罪を犯さなかったと認めるに足る十分な事由がある場合に当たるのであるという判断をすべき事案であると考えているようでございまして、報告によりますと、目下この被疑者補償規程による被疑者補償の裁定の手続をするということでございますので、その点は被疑者補償制度のワク内で処理できるわけでございます。
 もう一つの、拘束は受けなかったが強盗犯人として指名手配を受けた、しかし結局無実であったというようなものにつきましては、被疑者補償規程は、憲法の四十条それから刑事補償法の精神と同じように、抑留、拘禁という刑事手続における重大な国民に対する明白な損害を与えるような行為について認めておる刑事補償制度と同じ考えで、被疑者補償も、抑留、拘禁というもので、犯罪を犯さなかったと認めるに足る十分な事由があるものについては補償をするという限度にとどまって、補償をいたすというたてまえになっておりますので、現行の制度といたしましては、故意、過失ということを問わないといたしますれば、被疑者補償規程の対象にはならない、こういうことでございまして、もう御明察のとおりでございますが、そういう場合が、いわゆる公権力の行使に当たる者の故意、過失に当たるという場合には、国家賠償法の問題になるのではないかというふうに考えております。
#61
○正森委員 私が聞いておりますのは、もちろん国家賠償として損害賠償を求めることができるのは当然のことでありますが、こういうように身柄は拘束されないけれども強盗殺人としてテレビに出る、二万枚も手配書を配られるというようなことは、これはもうとんでもない。この人は前科もあったようですけれども迷惑なことなんですね。それについて故意があったとしたらそれはえらいことで、過失だけが問題になるわけですが、過失を立証しなければならないということは、これは裁判を起こしたときに、当局がすなおに若干過失がありましたと認めればいいのですが、われわれの経験からいうと、新聞記者なんかには、まことに申しわけないということを言っておっても、一たび裁判を起こされると、おかしな判例になってはいかぬということで非常に真剣にお争いになる。
  〔大竹委員長代理退席、委員長着席〕
われわれ弁護士にも代理人を頼まれるというようなことになるわけですね。ですから、当局としては、そういうような場合には国家賠償の規定でとことんまで争うというようなことでなしに、すなおに過失があると認めて、当事者の損害を補てんするか、あるいは刑事補償法をこういうような場合にも拡張できるように改正するか、どちらかの必要がなければ、これは国民としては救われないと思うのですね。それについて、いまここでまた検討いたしますと言えば、横山委員のように舌が短いとか長いとか言われることがありますけれども、この際法務大臣の精神的なお考えを伺いたいと思います。
#62
○田中(伊)国務大臣 いま刑事局長から御答弁を申し上げたことを、この答弁はちょっと補足するような意味にもなるのでございますが、それはどういうことかといいますと、身柄の拘束を受けておって無罪になった場合ですね、これは刑事補償法、それから無罪の判決は受けないけれども、不起訴になった、不起訴というのは嫌疑なし――嫌疑あれども起訴を猶予するというものは含まれないわけで、嫌疑なし、つまり判決で申しますと無罪同様の場合、無罪ではないけれども嫌疑ないということで不起訴の処分を検察当局でせられた場合、そういう場合には、この刑事補償法に準じて賠償ができますように、大臣訓令を出しまして、訓令の中身に基づいて賠償をしておるわけです。先生のいま仰せになりました局長答弁の補充といいます意味は、そこにまでいかぬ、つまり警察捜査段階とでもいいますか、警察捜査段階で不起訴とか起訴とかいうことに至らずに、逮捕したりあるいは指名手配をしてそれが間違いであったという場合には、この大臣訓令の適用もなく、刑事補償の適用もないことはもちろんでございますが、その前の段階でございますから。その場合は、各地方警察で予算をきめまして、一定の賠償をしておるということが実情でございます。
 ただ、私は詳しく、どこの警察でどの程度、全国で何百件ぐらいをやっておるのかということの事例を、申しわけないことでございますが知りません、調べてはおりませんが、これは調べればすぐ出てくることでございます。警察捜査段階でいまおことばのようなことが起こったときには、それができておる。そうすると、最初からの段階から申しますと、警察捜査段階で賠償をやっておる、検事不起訴の段階で賠償しておる、それから無罪になったら賠償している、その無罪賠償で足らない場合において、故意、過失の立証さえできるならば、国家賠償があるんだ、三段も四段もその賠償制度というものが置かれておる、まことにわずらわしいことでございます。そういうことでございますので、これをもっと一貫して、任意にやっておるというのは警察捜査段階、これは大事なものですから、ここに警察がいらっしゃらないので言いにくいのでございますが、任意でやっておるというようなことで、そのつど予算をもって、そして地方議会を開いて予算を通しておるというような、そんなややこしいことをこの大事な人権問題についてやらないで、制度として、最初の段階から最後の段階まで一貫して補償する。まあ、刑事補償と国家補償が分かれることは、性質が違いますからこれは別。少なくとも二段がまえで一貫してやるほうがよいのではなかろうか。あまり言うと、舌が長かったりすることになるわけでございますが、これはぜひ検討してみたい、こう思います。
#63
○正森委員 それでは、そういう御答弁がありましたので、次の問題に移りますが、最高裁にちょっと伺いたいと思うのです。
 いわゆる判断事項ということがございますが、かりにある事件に裁判所が無罪の判決をしたときに、これについて、いや無罪じゃないんだ、有罪だと確信しておるんだというようなことを言えば、それは判断事項について一定の意見を言っていることになりますか。
#64
○牧最高裁判所長官代理者 具体的なことをわかりませんのですが、一応、お話の上ではそういうことになるのではなかろうかというふうに考えております。
#65
○正森委員 それでは法務大臣に伺います。
 この刑事補償の規定というのは、先ほど大臣の答弁にもありましたように、無罪になった人々に対して申しわけがないということで金銭上の賠償をするものでございます。しかもそれは国家意思としてやる、国の予算をもってやるものでございます。そういうように考えますと、これは、そういう公権力の行使をした警察あるいは検察官が、無罪になってから後に、しかも裁判所で確定した後に、いやあれは有罪であったんだ、自分はいまでもそういうように確信しておるんだというようなことを外部にぽっぽこぽっぽこ言うようなことは、一方では国家が予算をとって、まことに申しわけがないといってあやまっておる、一方ではそれをやった人間が、故意、過失があったかどうかは別として、いやおれは依然として有罪を確信しておるんだということを言うというのは、これは国家意思の分裂であり、まことにこれは首尾一貫しないことだと思うのですけれども、それについて、検察官等がそういう発言をするということは好ましくないというように、私はこの法案を審議していてつくづく思うのですが、それについて大臣の御所見を承りたい。
#66
○田中(伊)国務大臣 裁判所もいらっしゃる前でございますし、たいへんこれは答えがしにくい、むずかしい問題でございます。むずかしい問題でございますが、国家の重大な問題ですから、意見を述べよと言われると申し上げなければなりませんが、私はこういうふうに理論的に思っておる。
 司法権の独立という意味で、憲法の大精神にのっとりまして、判断事項に対して外部が論及することはいけないというのでございますが、これには例外がある。たとえばどんな例外があるのかというと、新聞、ラジオ、学者、弁護士、こういう立場に立つ人は大いに裁判所の判断事項を論駁してよろしい、しっかりやっているんだ。
 やっちゃならぬものがあるんだ。裁判所の御判断事項に言及して、あんなことを言うておるがこうだなんということを言っちゃならぬものがある。それは、三権分立の思想の根拠から申しまして、立法府、私たちのような、議長をはじめ全国会議員、これが国会の席において判断事項を論駁するということはよくない。また、答える者も間違いだ、聞く者も間違いだということで、これは厳格にやっていかなければならぬ。それからもう一つは行政府でございます。内閣総理大臣以下行政府に連なる者は裁判所の裁判事項に対して論及をしてはならぬ、こういうことでございます。ただし、これはほめるほうはよい、国会においても。この間の二百条の判断はまことに名判決であると私も答弁をしておるように、論及しております。ほめるほうはいい。非難論駁するほうはぐあいが悪い。立法、行政の両部門におります者が判断事項に対して論及する、これを非難論駁することはいけないんだ、こういう制約があるものである。
 もう一つ制約があると私は思う。これは少し私の考えが行き過ぎておるかもしれませんが、思い切って申し上げますと、民事の問題で申しますと原告、被告両当事者、刑事事件で申しますというと国家公益を代表する検事、つまり訴訟当事者。訴訟当事者は、事後であっても事前であっても、裁判の最中であっても、私は、大いに裁判官の判断事項というものを、こう判断なさるべきです、こう判断なさることは誤りですということを論駁することは一向差しつかえがない。法廷が開かれると、法廷に立って、訴訟当事者は裁判官を前に置いて論及、論駁をするのですから、それが裁判官の御前を離れてやっちゃいかぬということはおかしい。訴訟当事者はやっていい。したがって、その検事が、訴訟当事者としての立場を持っております検事であるならば、判断事項に関して、この判決は間違いなんだ、おれは控訴してみせる、控訴したらつぶれるんだということを大いに論じてよいとまで言うていいのかどうかわからぬが、私は、そういうことを信念を吐露することは一向差しつかえがない。そういうことは公判廷で裁判長の面前で言ってよい、言ってよいんじゃない、言わなければならぬ義務を持っておるものなんでありますから、これは言うてよいのではなかろうか。
 判断事項に言及することまかりならぬということには、以上申し上げたような数個の例外がある、こういうふうに私は考えておるのであります。また御意見を承りたいと存じますが、そう思っております。
#67
○正森委員 いまいろいろ例外を言われたのですけれども、その前半について申し上げようと思いませんが、当事者の点について私の意見を申し上げたいと思います。いま法務大臣がおっしゃった議論は、三月六日の予算委員会の第一分科会で私が若干申し上げた点に関係しておるわけです。大臣はたくさん答弁しておられますから、一々御記憶がないかもしれませんが。
 そこで、いまおっしゃった、当事者が裁判官の判断内容についてもこれは論及してもいいんだというのは、係属中の事件の当事者については、これは当然のことであると私は思うのです。検察官は一方の当事者として法の適用を求め、有罪を主張する。裁判官が証拠決定をする。あるいはいろいろなことをやった場合に、これは意見を言うて裁判所を論難する、異議申し立てをする、これは当然のことでありまして、われわれは弁護士として、一方の当事者としてそういうことをやってきているわけですね。そのことを否定するということになれば、刑事訴訟そのものがなくなりますから、これについては私はどうこう言おうとは思っておりません。裁判所もよもやそんなことを思われないでしょう。しかし、一たび判決が確定した場合に、民間の者が――無罪の者は自分が一番よく知っているわけですから、幾ら有罪と言ったって、これはあくまで無罪なんだ、岩窟王というのが名古屋にありましたけれども、こういうことを言うのは当然のことだ。しかし、いやしくも国家権力の代表者である者、つまり行政官である検察官が、裁判所が判決をして最高裁までいって確定した、あるいは上告までしないで高裁段階で確定したという場合には、これはいさぎよく服するのが当然だ。だからこそ、確定したものについては刑事補償の制度が設けられて、これは故意、過失を要せず、大臣のおことばをかりれば、申しわけなかったということでお金を差し上げる。ところが、そのまさに当事者であった者が、判決が確定をしてしまって国家が申しわけなかったといってお金を渡しておるのに、いいや、あれは有罪だったのだ、おれはそう確信しているのだということを世間に言いふらす、新聞記者会見で言うというようなことは、これはもう国家意思の分裂であり、最高裁あるいは各級の裁判所の最終的に確定した判断事項、これもまた国家意思です、それに対して国家権力の一部が攻撃を加えるということで、どう考えてもこれは矛盾しておることだというように思うのです。
 そこで、大臣のいまの答弁のうち、若干範囲が広くなり過ぎましたので、係属中の事件と確定したものと分けて、確定してしまったものについては、少なくとも行政官である検察官は、たとえかつて当事者であっても、そういう発言をすべきではない、それがこの刑事補償法の精神からいっても、国家意思が矛盾しないという点からいっても当然のことである、そのように思いますが、いかがですか。
#68
○田中(伊)国務大臣 ごもっともですね。確定したものについてはえりを正す、この態度が望ましいと思います。
#69
○正森委員 それでは、三月六日の私の質問に対して、法務大臣が、それは言うてもいいことなんだというように二度ばかり答えておられます。その点は、係属中の事件と確定後の事件について若干、私の質問が悪かったかもしれませんが、整理が不十分だった、きょうの御発言が大臣の真意であるというように承ってよろしゅうございますか。
#70
○田中(伊)国務大臣 それはよろしゅうございます。
#71
○正森委員 それでは質問を終わります。
#72
○中垣委員長 この際、暫時休憩いたします。
   午後零時九分休憩
     ――――◇―――――
  〔休憩後は会議を開くに至らなかった〕
ソース: 国立国会図書館
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