くにさくロゴ
1972/05/08 第71回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第071回国会 内閣委員会 第22号
姉妹サイト
 
1972/05/08 第71回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第071回国会 内閣委員会 第22号

#1
第071回国会 内閣委員会 第22号
昭和四十八年五月八日(火曜日)
    午前十一時四分開議
 出席委員
   委員長 三原 朝雄君
   理事 奥田 敬和君 理事 加藤 陽三君
   理事 中山 正暉君 理事 藤尾 正行君
   理事 大出  俊君 理事 木原  実君
   理事 中路 雅弘君
      赤城 宗徳君    伊能繁次郎君
      越智 伊平君    大石 千八君
      近藤 鉄雄君    丹羽喬四郎君
      旗野 進一君    林  大幹君
      三塚  博君    吉永 治市君
      上原 康助君    和田 貞夫君
      木下 元二君    鈴切 康雄君
 出席国務大臣
        国 務 大 臣
        (総理府総務長
        官)      坪川 信三君
 出席政府委員
        総理府恩給局長 平川 幸藏君
        防衛施設庁総務
        部長      河路  康君
 委員外の出席者
        大蔵省理財局国
        債課長     宮崎  尚君
        内閣委員会調査
        室長      本田 敬信君
    ―――――――――――――
五月一日
 官公労働者のストライキ権回復に関する請願(
 田中武夫君紹介)(第三四一四号)
 同(村山富市君紹介)(第三四一五号)
 同(東中光雄君紹介)(第三五一三号)
 同(青柳盛雄君紹介)(第三五九一号)
 同(谷口善太郎君紹介)(第三五九二号)
 同(津川武一君紹介)(第三五九三号)
 同(野間友一君紹介)(第三五九四号)
 同(東中光雄君紹介)(第三五九五号)
 同(不破哲三君紹介)(第三五九六号)
 同(正森成二君紹介)(第三五九七号)
 同(三浦久君紹介)(第三五九八号)
 同(三谷秀治君紹介)(第三五九九号)
 靖国神社の国家管理反対に関する請願(多賀谷
 眞稔君紹介)(第三四一六号)
 同(細谷治嘉君紹介)(第三四一七号)
 同(吉田法晴君紹介)(第三四一八号)
 同外一件(河上民雄君紹介)(第三五九〇号)
 靖国神社法制定に関する請願(荒舩清十郎君紹
 介)(第三四四七号)
 同(大竹太郎君紹介)(第三五八八号)
 同(加藤六月君紹介)(第三五八九号)
 大阪府能勢町のナイキ基地設置反対に関する請
 願(村上弘君紹介)(第三五一二号)
 米軍小柴貯油施設の撤去に関する請願(松尾信
 人君紹介)(第三五一四号)
同月七日
 靖国神社の国家管理反対に関する請願外一件
 (河上民雄君紹介)(第三七〇二号)
 同(楢崎弥之助君紹介)(第三七五八号)
 官公労働者のストライキ権回復に関する請願
 (角屋堅次郎君紹介)(第三七〇三号)
 同(辻原弘市君紹介)(第三七〇四号)
 同(木下元二君紹介)(第三七五九号)
 同(山口鶴男君紹介)(第三七六〇号)
 同(寺前巖君紹介)(第三八五二号)
は本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
五月一日
 自衛官の基本的人権擁護に関する陳情書(滝川
 市議会議長田中君太郎)(第二五六号)
 靖国神社法の早期制定に関する陳情書(東京都
 千代田区九段北三の一の一全国護国神社会長橋
 本甚一)(第三一二号)
 恩給、年金制度の改善に関する陳情書(岡山県
 都窪郡早島町議会議長松尾武夫)(第三一三
 号)
 同和対策事業の促進に関する陳情書(福岡市天
 神一の一の八福岡県町村会長三輪修平)(第三
 一四号)
 米軍岩国基地の拡張強化反対に関する陳情書
 (山口県議会議長近間忠一)(第三一五号)
 海上自衛隊航空集団司令部の厚木基地移駐反対
 に関する陳情書(神奈川県高座郡綾瀬町議会議
 長綱島一)(第三一六号)
は本委員会に参考送付された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 恩給法等の一部を改正する法律案(内閣提出第
 四一号)
     ――――◇―――――
#2
○三原委員長 これより会議を開きます。
 恩給法等の一部を改正する法律案を議題といたします。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。中路雅弘君。
#3
○中路委員 恩給の問題についてあとで二、三お尋ねしたいのですが、その前に二つばかり御質問したいと思うのです。
 同じいわば戦争に関連した被害者の問題ですが、一つは、四十七年にも連合国占領軍等の行為等による被害者等に対する給付金の支給に関する法律の一部改正案というのが提出されましたが、これは成立しなかったわけですね。これに関連しての質問ですが、全国占領軍被害者遺族連合会補償法制定実行委員会というのがありますが、これの調べでもいま約一万二千人以上の人たちがおられるわけですが、この中から私のところにも何人かの訴えが来ていますので、時間の関係で、一、二の具体的な例をあげて御質問したいと思います。
 具体的にお尋ねしたほうがいいかと思いますので、一つ例をあげますが、これは昭和二十一年に被害を受けた方で東京の北区堀船四丁目四番地、都営住宅三の五〇三号に住んでおられる菊地温寿という方からの陳情書でお話ししますと、この方は昭和二十一年の一月にアメリカ軍の強盗にあって、うしろからピストルで撃たれて睾丸を貫通し、やっと命だけ取りとめましたが、いままで二十年をこえる間、これがもとで健康体を取り戻せないで、ほとんど寝たきりの生活の時期もあったわけです。経過を省略しますが、昭和四十二年八月に十一万三千円、奥さんは五万円のお金を受け取りましたけれども、その際を、届け出に要した診断書のお金三万円も自己負担というような状態だった。いま身障者手帳が交付されていますが、戦場で傷ついた人たちには恩給もあり、また最近は交通災害でも五百万から一千万の補償が行なわれているわけです。
 この方の問題で二、三お尋ねしたいのですが、菊地さんの場合に、この訴えにもありますように、睾丸をピストルで撃たれて、その後一時期は寝たきりの生活で、もちろんまともな家庭生活、夫婦生活もできないような状態で今日まで暮らしてきたわけですね。この方が四級から七級に入れられているわけですけれども、この点は、障害の等級においても非常に不当な扱いを受けているのではないかと思いますが、まず最初に、この点でおわかりになりましたら、御連絡はしておきましたけれども、お願いしたいと思います。
#4
○河路政府委員 ただいまの御質問の具体的な事案についてまだ報告を受けていないので、詳細な御回答を申し上げるわけにまいりませんけれども私どものほうといたしましては、昭和三十六年に連合国占領軍等の行為等による被害者等に対する給付金の支給に関する法律、四十二年に同法一部改正法によって特別給付金を支給している事情でございます。
#5
○中路委員 私の手元に法律もあるわけですが、菊地さんの場合、いまおっしゃった法律に基づきますと、当然一級から三級に入るべきなんですねそれが、扱いが七級というようなところに入れられて、いまお話しいたしましたよう、本人十一万三千円、奥さんは五万円を受給している。この本人の訴えですと、あとでこのことを防衛庁にも問い合わせたら、非常に間違っていてすまなかったという話だけで、あと何らの具体的な処置もとられていないという訴えなんですが、一般的にこういう場合は、私も見てみましたけれども、当然訴えのとおりの障害の等級に入るべきだと思うのですが、これはおわかりになりますか。
#6
○河路政府委員 当時、給付金を申請されたときに診断書その他を提出されて、その証拠に基づきまして私どもで等級を決定いたしたわけでございますが、もしこれに不服がございましたら、六十日以内に不服の申し立てをするという制度がございますけれども、その期間を過ぎておりますので、現在はちょっとこれに対して救済する措置はむずかしいというふうに考えております。
#7
○中路委員 これは具体的にあとで調査をしていただきたいのですが、本人はこのことについて、障害の等級が間違っているということで話に行ったわけですけれども、非常にすまなかったということで、あと具体的な処置がとられていないという陳情が来ているわけです。この点については、一度事情を調査していただいて、処置をしていただきたい、具体的な配慮をしていただきたいということなんです。
 それから、これに関連して、いまでも医者にかかっているわけですけれども、多いときで一回の治療費が四、五万円かかる。普通一万八千円くらいかかる。私も会ってお話ししましたが、そういう話です。こういうお金はどこからも出ないという訴えもありますし、また奥さんが病気のときに生活ができなくなって生活保護の申請をしたときに三回も断わられている。窓口の人たちに、占領軍による被害というこの問題についてほとんど知られていないということなんです。いま全国で一万二千あるいは二万人ほどおられるのではないかといわれている中で、福祉事務所のほうで、占領軍被害のこういう人たちの問題について、ほとんど被害の実態も知られていないし、補償の道についてもよく知らされていないということがこの訴えにもあるわけですね。この点では、私は菊地さんの訴えでお話をするわけですけれども、多くのこういう共通の被害者がいるわけですから、福祉関係の事務所に、もう一度占領下における被害という問題について徹底をさしていただき、相談にも乗るという必要があるのではないかということが一つあると思うのです。
 同じようなケースで、これはお話だけ一、二取り上げていきますと、渋谷区の東二の二五都営住宅に住んでおられる方ですけれども、菊本常夫さん、この方からもやはり直接訴えがあったのですが、やはりアメリカ軍のあれで両足を切断して、いま身体障害者として非常に苦しい生活をしている。奥さんも言語障害で障害の若干の手当をもらっていますが、二人で四万円足らずだということで、非常に生活も苦しいので、この点についても配慮してほしいという相談も来ています。
 もう一つは溝口松治さん、これは先ほど言いました全国占領軍被害者遺族連合会の副会長をやっておられる方ですが、葛飾区に住んでおる。奥戸一の二〇というところです。この方は弟さんがアメワカ軍に殺されて、先ほどお話の法律で、昭和三十六年と四十二年に二回合計で三十五万五千円を支給されているということですが、いま言いました遺族会の連合会の皆さんからの訴えでは、この三十五万五千円というのがいままでの法律の適用では一番多いのですね。そうですね。この点で私はお尋ねしたいのですが、たとえば沖繩県でも、いま、このようなアメリカ軍による被害あるいは死傷、そういう場合に一般的にどのくらいの補償が出ているのか、それもちょっとお知らせ願いたいと思います。
#8
○河路政府委員 沖繩の場合は、復帰に伴う特別措置法に基づきまして給付金を支給するということになっておりますけれども、本土の給付金と制度の立て方が違っておりますので、同一には議論するわけにはまいらぬと思いますけれども、たとえば沖繩の場合には、有職者の場合約五十万、無職の場合は約三十万ということになっています。
#9
○中路委員 この陳情書を見ますと、沖繩県の場合に、最高二百二十万を盛り込んだ障害給付金及び遺族給付金というのが支払われるように出ています。最高ということで出ていますけれども、いまおっしゃったよりも、先ほど言いました、たとえばアメリカ軍に弟が殺されたというケースの場合の補償というのは、もっと多いのじゃないですか。
#10
○河路政府委員 死亡者の場合の有職者の最高は五十九万五千二百九十六円でございます。それから障害の場合、第一級の障害の場合は有職者で最高が約百三万七千円ということでございます。
#11
○中路委員 これは私は大臣にお願いしたいのですが、時間の関係で一つだけの例でお話ししましたけれども、昭和二十七年までのアメリカ占領軍の時代の、アメリカ占領軍による被害者のたくさんの訴えがありますけれども、この補償が、先ほど例であげましたように、死亡で約三十万余りという例ですし、沖繩県に比べても、これは不当にほんとうの見舞い金にすぎないような状態。遺族の人たちもいまたいへんな生活に苦しんでいる例がたくさんありますし、いまでは交通事故の補償でも五百万から一千万、二千万という補償が出るときですから、法改正はできませんでしたけれども、生活に困り、現に医療の手当ても非常に困難だという方が全国に相当あるわけですし、その人たちがいま遺族の人たちの会をつくっていろいろ要請もされているわけですが、こういう人たちに、年金的なものか、世間一般に通用する補償額を何らかの方法で支給するというような処置をとるべきではないかというふうに思うのですが、この点について検討していただけるかどうか、御意見をお伺いしたいと思います。
#12
○坪川国務大臣 先ほどからの御質疑を通じまして私も聞き及んでおるわけでございますが、ただいま政府委員の答弁で御理解もいただいておるものと思いますし、また、それに対するところの時限立法措置も期限を越えているような状態でもございます。そうした点を考えますときに、いま御指摘になった点に対しますところの対応すべき法律措置をどうすべきかという問題もありますのでそうした点も十分考慮に入れながら事務当局においてよく検討をしていくべきであるという気持ちもいたしておりますので、直ちにということは困難であろうと思いますけれども、十分考慮してまいりたい、こう考えております。
#13
○中路委員 相当の人数の人たちが、このことでいま生活にも困窮し、医療の点でも困難を感じておるわけですし、沖繩県の例や、あるいは先ほど言いました交通災害の例を見ても、あまりにも不当な扱いになっている。これは時限立法が切れたということもありますけれども、こういう時期の問題ですから、十分こういう人たちにいろいろ配慮が必要ではないか。広くいえば戦争を通じての犠牲者の人たちでもあると思うのです。この点の検討を至急にしていただきたいということをお願いしたいと思います。
 それからもう一つ、恩給の質問の前に同じようなケースで御質問したいのです。これは北九州市の小倉にある山田弾薬庫ですが、この山田弾薬庫が昭和二十一年五月二十一日に大爆発をして百余名の死傷者が出ているわけですが、この爆発の事故については、施設庁の方に来ていただいていると思うのですが、御存じですか。
#14
○河路政府委員 本件につきましては、私ども詳細は存じておりませんけれども、当時の新聞情報等によりますと、昭和二十一年五月二十一日の午後七時十五分ごろに、小倉市にございます旧山田部隊弾薬庫集積所の一の谷第四号倉庫が突然大音響とともに爆発して百余名の死傷者が出たという記事が載っているということだけは承知しております。
#15
○中路委員 これは私のところにあるのですが、当時の昭和二十一年五月二十四日の朝日新聞に、山田弾薬庫爆発事故の死傷者名簿というのが町名まで入れて出ているのですね。ここにありますけれども、八十数名。これは一般の朝日新聞にも掲載された問題ですから、この死傷者について御存じのはずだと思うのですが、この人たちについての救済措置がいままで全くされていないわけですが、これはどういう経過なんでしょうか。
#16
○河路政府委員 本件は何ぶん二十数年前の事件でございまして、かつ占領直後の基地内の事故という特殊事情もございましたので、事実関係の把握がまことに困難でございまして、本事故が、連合国の占領軍等の行為等に起因したものであり、かつ被害者または第三者の故意または重大な過失に起因しないものであるということがはっきりしておりませんので、被害者等給付金法による支給もすでに支給請求期間も過ぎておりますしというようか事情から、この給付金法による給付金の支給はできないという事情でございます。
#17
○中路委員 最近、私らのほうでも、このときの被害者、あるいは、当時アメリカ占領軍が小倉署の現場検証もやらせなかったということで、入ったのは小倉署の古賀さんという司法主任だけですけれども、この古賀さんにもお会いして事情も聞きました。現場検証に行った小倉署の連中もMPが追い出してしまったということで、事情が十分わからないのですけれども、この人たちに当時の事情、それから朝日新聞に出ました死傷者名簿に出ている家族、そういうような人たちも何人かたずねて事情も聞いたのですが、その事情を聞きました文書も何通かあります。それを見ましても、当時この弾薬庫は、終戦直後の事情ですから、非常に生活もたいへんであって、弾薬の箱の管理もずさんで、自由に住民の人たちが出入りしていたわけです。ある人の話ですと、多いときには千人くらい入っていたときもあるというのです。弾薬の箱をこわして、それをまきにしたりということもやっていたのですけれども、ただ、そういう事情で入っていたのですから、申請すればどろぼう呼ばわりをされたと書いた新聞もあったので、十分この被害について訴えもできなかったという事情だと言う方もありますけれども、いずれにしても名簿もわかっていますし、百人前後の死者、負傷者を出しているわけですから、私はやはり、家族も遺族もいるわけですから、この補償について当然検討もさるべきじゃないかというふうに思うのです。
 昨年の六月五日に、私のほうの田代代議士が福岡の防衛施設局長に、名簿を持ってこの補償の問題についてお話に行きましたときに、先ほどお話しのように、補償の時限立法が昨年で切れているので、法律の期限が切れたから問題にしにくいのだというお話だったということですが、いずれにしても、当時の朝日新聞にも死傷者名簿が出ている問題ですから、私は、本人の訴えというだけでなくて、当然こういう問題は行政のほうがやはり十分な配慮をしなければいけなかった、これがそのままおっぽられておるというところにいま問題が起きておるのじゃないかと思うのです。いまおっしゃるように、時限立法が切れておるというだけでなくて、百数人の人たちがアメリカの弾薬庫爆発で死傷しておる。しかしそれが法律も切れたということで、事実がよくわからなかったからじゃなくて、名簿があるのですから、その補償について、行政のほうから手当てをしなければいけない。事情も聞いて必要な配慮をしなければいけなかったのじゃないかと思うのです。この時点で、弾薬庫問題について私たちのほうでも調査をした資料も十分ありますし、名簿もあるわけですから、協力をしたいと思うのですけれども、この人たちについての対策が、配慮が、補償がいま必要ではないかと思うのですが、この点についてどういうお考えですか。
#18
○河路政府委員 昨年六月でございましたが、日本共産党北九州市委員会の代表の方が福岡局にお見えになりまして、申し入れ書を提出されました。そういう事実も事実でございますけれども、その後福岡局から本庁のほうに報告がございまして、六月十四日には、私どもの本庁の補償課から田代代議士の秘書の方に電話でもって、本事故に対する調査をしているけれども、何ぶん事件の内容が、二十年前の事件でございますので、全く明らかでないので給付金の支給は困難だということはお答えしてございますけれども、私ども、現在の状況におきましては、先ほどお答えいたしましたように、何ぶん古い事案でございますし、当時私どもといたしましては、との見舞い金また給付金の支給について十分皆さんに周知徹底することについては努力してまいってきたところでございまして、このような事案があるということは全く現在まで知られていなかったというような事情もございますので、現在のところ、この法律によりましては、先ほど申し上げましたように、請求期間の期限が過ぎておるというような実情もございますので、法律上の救済の措置は困難であると思います。なお、政府として何らかの措置をとれという御趣旨につきましては、なお検討したいというふうに考えております。
#19
○中路委員 これは、先ほど簡単に言いましたけれども、いろいろ調べてみましても、当時、弾薬庫を接収したアメリカの第十五空軍板付基地弾薬中隊というのですか、これは事情を調べても、非常に接収当時の管理がずさんなんですね。ですから物資不足に悩む人たちが自由にこの弾薬庫の中に入れたわけです。この中に入ってたきぎ取りや、ある場合は金属目当てで生活の足しにしたということもあるわけです。そういう事情があるにしても、管理の責任はアメリカのほうにあったわけですから。そういう中での爆発事故、しかも死傷者の名簿も当時すでに朝日新聞に発表されておる、そういう事情ですね。ですから私は、ぜひともこの二十一年五月二十一日の大爆発についての追跡調査をやっていただきたい。
 私のほうにある名簿でも、死傷者の内訳は、死者が十三名、重軽傷は二十六名、行くえ不明四十七名ということです。その中で遺体でまだよくわからないものもありますけれども、八十六名というのがわかっております。先ほど言いました小倉署の主任の話ですと、百数十名の死傷者ということでお話が来ていますけれども、ぜひともこの弾薬庫爆発事故の追跡調査をやっていただいて、現在明らかにされている被災者については、あるいはその家族については、弔慰金なり見舞い金なり、法律の適用がむずかしいとすれば、何らかのそういう手当てをすべきじゃないか。非常に大きな爆発事故での被害者であって、そういう法律があったにかかわらず、事情をよく行政のほうでつかんでいないということから、不十分な法律ですけれども、その適用も何ら受けられないというまま今日まで来ているわけですね。私はその点で、この点の調査をぜひともしていただいて、対策をひとつ至急考えていただきたい。本人たちの責任というよりも、名簿も発表されている問題を、しかも法律があったにかかわらず、その適用について、十分な行政の措置のほうからの配慮がやられていなかったということが、今日こういう二十年たってからの訴えになって出てくるのではないかと思うのですけれども、この点、いまの話のいきさつで大臣もほぼ概略おわかりになったと思うのでありますけれども、大臣にもぜひとも、この百数十名前後の人たちに対する補償の問題について何らかの対策を考えていただきたいと思いますが、お考えを聞きたいと思います。
#20
○坪川国務大臣 先ほど御指摘になりました点、またいまほど御指摘になりました点、それぞれ、政府といたしましても、さっき政府委員が申し上げましたとおりの実態であるわけでございます。御案内のように、私が直接の所管、責任担当大臣でない立場におりますので、そうした点はひとつ御了察を賜わりまして、私も関係大臣には十分ひとつその意のあるところをお伝え申し上げておきたい、こう考えております。
#21
○中路委員 きょう二つの例で御質問しましたけれども、山田弾薬庫の問題、あるいは占領軍のそういう被害の問題がありますけれども、こういうケースはまだ非常にあるんですね。私は、ぜひとも十分調査もしていただき、同じ戦争あるいは占領下における被害として、十分な救済が受けられないでいまなお苦しんでおる人たちが多くいるわけですから、この点について、時限立法で法律がもう切れたということではなくて、事実がはっきりしている問題については、政府として家族に対する何らかの救済の処置をとっていただきたいということを、重ねてお願いしておきたいと思います。
 それから恩給の問題ですが、短く御質問します。
 七一年十一月の雑誌「恩給」で、恩給局長が論文を書かれているのがあります。この中で、恩給についての恩給局長の考え方あるいは位置づけを述べられています。ちょっとむずかしい論文ですけれども、「恩給は恩給独自の堅い殻をもっている」ということから始まっていろいろ書かれておられまして、その中で、戦前の恩給への復元ということを非常に唱えておられる。それからもう一つは、共同社会としての国家の保全、それから国家に直接奉仕する者の忠誠これを補償する制度としての位置づけが、これは長いですから読みませんけれども、この中に一貫して書かれてあるわけです。私は、この恩給についての位置づけというものについて、局長の考えを要約してお聞きしたいと思うのです。
#22
○平川政府委員 先生御指摘になりました論文は、私のプライベートな考えを書いたわけでありまして、公のものではございません。その点を初めにお断わりしておきます。
 私が考えておりまする恩給に対する考え方は、やはり恩給というのは、制度といたしましては昭和三十四年で終わっておりまして、いわば過去の制度でございますが、始まりましたのが明治初年から始まっておりまして、歴史は年金の中では一番長いということは疑いのない事実でございます。
 そういう中で、あとで振り返ってみるとこういう特色があるということも一つ考えられるわけでありますが、そういう考えから申し上げまして、いま指摘になりました論文に若干書いたわけでございますが、やはり恩給というのは、拘束された公務員、あるいは指定されておる職種の職員、たとえば、教育職員でございますとかあるいは軍人、そういった方々が国家に忠実勤務した場合、その公務員もしくは遺族に給付する金銭的な給付であるというように考えます。したがいまして、そういう事実がもとになっておりますから、恩給はいわば官吏制度とうらはらの関係になっております。したがいまして、恩給が「堅い殻をもっている」ということは、恩給自体が持っておるということでございますが、同時にそれは、官吏制度自体がかなりきびしい一つの規律を課しておったということのうらはらの証左にもなると思います。したがいまして、恩給自体が一つの強い何かからをつくっておるように印象を与えておりますけれども、そうではなくて、そこに書いておりますように、やはり官吏制度とうらはらであるということを申し上げておるわけであります。
 それに対して、いわゆるどういう程度に補償しているかということになると思いますが、実は恩給制度というのは、まあ俸給による差が非常に大きいということは、率直に申し上げたいと思います。現在でも、号俸におきましては、一号俸から八十二号俸の多きにわたっております。それから在職年が、実は軍人さんに非常に多いわけですけれども、三年ぐらいの人から、上は四十数年までわたっておるというように、非常にバラエティーに富んでおるわけであります。したがいまして、その間の組み合わせが非常に複雑になる。単に、在職年が四十年から三年でございますから、三十七に分かれ、号俸が八十二に分かれておるというだけでなくて、その問に、たとえば教職員でありますと、現在における小中学校ですが、義務教育の先生につきましては百五十分の一の加給をつけるとか、旧制中学の先生につきましては三百分の一の加給をつけるとか、あるいは裁判官に対しましては特別に加給をつけるとか、あるいは外交官が外国に駐在しておるときにはさらに加給をつけるとか、いろいろなこまかい方法がありますので、結局、各人が受ける恩給額というのは非常に多岐多様にわたっておるわけでございます。逆にいえば、在職年と俸給の多寡によって恩給が決せられるわけでありますから、そういう意味におきましては、そういうこと自体が恩給の本質ではなかろうかというように考えてはおります。
 しかし、その中にも私ちょっと書いておきましたが、恩給自体はそうではございますけれども、現在、恩給法が厳然として適用されておるという事実に着目しますと、やはり戦後における官吏制度の改革でありますとか、あるいは社会政策的な考え方を入れないでいいかどうかという反省があるわけでございます。そういう、ことにつきましてわれわれといたしましては、恩給のカラーと申しますか本質をそこなわない程度においてはできる限り取り入れてまいったつもりでございます。その取り入れ方自体に、実は技術的な問題を含めて非常にむずかしい問題がございます。取り入れ方いかんによりましては恩給の本質をそこなうし取り入れ方によりましては恩給の本質をそこなわないでやれるということでございます。われわれの考えといたしましては、やはり恩給の本質は残しておきたいという考え方でございます。
 たとえば生活保護等の問題もいろいろ議論されておりますけれども、基本的には、本人の生活手段があるかないかということとは無関係に給付されるというのが恩給の本質ではないか。しかし、そういう言い方をいたしましても、やはり現実的な問題といたしましては、そういう形では適当ではないという判断がある場合におきましては、たとえば下のクラスをできるだけ優遇していく。一例をとりますと、傷病恩給等につきましても、昭和三十三年に階級による傷病の差を撤廃いたしました。それからいわゆる不均衡是正ということで、文官等の下につきましては十数号俸の格上げをしております。それから、戦争によって死亡いたしました者に給する公務扶助料でございますが、上のクラスは普通恩給の二・三倍でございますけれども、兵のクラスは四・六倍というように、倍率を約倍にしております。そういういろいろな政策をとっておるわけでございます。ただ、その政策が行き過ぎになりますと、やはり恩給の本質が失われる。恩給独自の考え方が失われるならば、処遇においてやはり退歩するような感じがいたすわけでございます。その点、われわれとしては自戒しておるわけでございます。
 いずれにいたしましても、恩給受給者の年金の実質価値を保全していくということが基本の問題でございますから、そういう意味におきましては、最大の問題はいわゆるベースアップの問題になろうかと思います。ベースアップの問題につきましては、御審議いただいておりますように、このたび、公務員給与のアップ率によりまして、二年分を一度に実施するというような前進した方法でやってまいっておるわけでございまして、恩給全体というものをどう考えていくかという場合には、実は過去の積み上げの法律でありますから、それを一々解きほぐしながら合理的な解決をしていかなければならない、そこにわれわれとしても苦心しておる次第であります。
 まとまりがないようでございますけれども、一応そういうアウトラインの考え方だけを申し上げました。
#23
○中路委員 いまお話を聞き、また先ほどの論文も読ましていただきまして、私も初めて恩給というものを見て、なかなか複雑でむずかしいですから、率直にいってこまかい点はよくわからないのですが、基本的な考え方で、この論文に書かれているような恩給の独自の道、いわゆる社会保障とは基本的に異質なものというような考えがやはり底流にあるわけですね。これにはどうも賛成できない。恩給については、国の公務員については五九年の十月から、地方公務員については六二年の十二月から共済組合に制度が移行したために、いま過渡的な制度のような状態になっていますが、恩給も公的な年金制度の一環として、老後の生活の保障、本人の生涯、遺族の生活に対して正常な生活水準が維持されるようにしなければならない、これを基本に考えるとすれば、当然、多数を占めている兵士や下士官、そういう人たちのあれが圧倒的に多いわけですから、その改善について特別の検討が必要だと思いますし、また、厚生年金や他の国民年金、老齢年金とともに、定額における保障、これは当然関連さして保障されなければならない。定額のあれで見ますと、軍人恩給では、この前も御質問がありましたが、佐官くらいのところじゃないですか、実際に三万ぐらいもらえるということになれば。社会保障の面で考えていけば、そういう最低の水準が保障されるというものを基本にして考えられなければいけないんじゃないかと思うのですが、この点についてもう少し御意見を聞かしていただきたい。
#24
○平川政府委員 先生の御意見ではございますが、一恩給局長として恩給をいかに考えるかという場合におきましては、そこに書きましたように、本質的にはやはり社会保障とは異質のものであるということを考えなければならないという気がいたします。ただ、先生が御指摘になりましたように、こういう時代であるから社会政策的な面を相当考慮に入れるべきであるという考えにつきましては、私も実は、先ほどからるる申し上げておりますように、賛成でございます。
 率直に申し上げまして、社会保障的な面、たとえば共済でもいいのですが、これはよく分析いたしますと、やはり恩給的な性格も持っておるというように考えます。というのは、昔、恩給は二%の掛け金をしておったわけでございます。現在われわれ共済組合加入者は約四・四%くらいの掛け金をしておりますが、これは実際の在職年において二十年以上つとめなければ給付されない、しかも六十歳以降でないと給付されないという実態があるわけであります。一方、軍人恩給のみならず過去の恩給を見ますと、先ほど私がだいぶ触れましたが、在職年が四年、五年の人が圧倒的に多いわけです。九十数%はそういう短い恩給年限しかない人でございまして、実はこういう制度は、私の調べた範囲では、世界各国ではあまり例がないのです。しかも恩給の受給年限は四十五歳から始まるわけです。四十五歳から始まる年金というのも、私の調べた範囲では世界じゅうでないのです。これはなぜかといいますと、理由はいろいろありますが、昔の生命表からいうと、わりと低い年限から給付しなければ実際に給付する期間がなかったというようなことも考えられましょうが、要するに、大正十二年、恩給法が制定されましたときには、全く支給年齢の制限はなかったのです。三十歳でも給付されたわけですから。
 そういう歴史的な背景の中にある恩給でございますから、社会保障と内容は、私、個々にいろいろ調べてみますと、やはり相当差がある、実体的にも相当差があると考えていくのが、やはり妥当ではないかというような感じがするわけであります。そういうことをその中に若干書いたわけでございますが、ただ恩給といえども、かたいからの中にだけ閉じこもっておるということはやはり適当でないということは、再々申し上げたとおりでございます。したがいまして、先ほど先生が言われましたように、最低保障の問題等も実は非常にむずかしい問題がありまして、すべての恩給受給者が二十年以上の実在職年を持っておれば、比較的簡単に問題がきめ得ると思うのです。これは私まだプライベートな意見でございますけれども、そういうやり方では現実的な問題として解決にならないのではないか。そうすると、やはり最低保障のような考え方もきめこまかくやらないと、実際問題として効果がないというような感じもいたします。
 それからもう一つ非常に大きな問題は、恩給法のワクの中に、たとえば文官と軍人のように、非常に勤務内容が異質のものを一諸に含んでおるわけです。先ほど申し上げましたように、戦地へ行きますと三年の加算がつくというのは、ほとんど軍人だけであります。しかもこの加算制度というのは、世界にも似たような例はありますけれども、日本の加算制度ほど大幅な制度はないということをはっきり申し上げられます。そういう特色の中で、たとえば教職員あるいは文官、待遇職員、それから軍人、在職年齢もみんな相当違う、あるいは俸給も相当ばらつきがある。こういう現実の内容の中でいかに処遇していくかということが、先生が言われましたように問題になりますが、やはりきめこまかく、それぞれの種類によって手当てをしていかなければならないのではないかというように私は考えておるわけでありまして、過去においてもそういうことで、努力は至りませんでしたけれども、それなりにいろいろ努力をしてまいっておるつもりでございます。
#25
○中路委員 考え方の相違が出発になっていますから、この問題はきょうまだ詰めて論議をするというつもりはありませんけれども、私はこの恩給の問題を、全体として社会保障の制度による公的年金を充実させながら、その中に組み入れられていくという方向で問題を解決していかなきゃいけないという考えなんですが、いずれにしましても、正常な生活水準が遺族の人たち、本人の生涯についても維持されるということが必要ですから、その点については改善もありますけれども、やはり物価の上昇や生活水準の変化に応じて改善さしていくとともに、旧軍人恩給については特にそういう点で、兵士やその遺族に対して、全体としては非常に差が大きい、わずかな額しか払われていないわけですから、もとの旧将校などの職業軍人を優遇しているという制度、この点は今後改めるようにしなくてはならないのじゃないか。恩給の支給額についても、先ほど言いましたように、厚生年金や国民年金、あるいは老齢年金の少なくとも定額部分は保障するということの改善が必要ではないかという考えを持っているわけですけれども、この問題は一応これだけにしまして、あと一、二、簡単にお伺いします。
 この中に、外国の特殊機関というのがありますけれども、旧満洲帝国協和会あるいは旧上海共同租界工部局職員というのがありますが、これは何をやっていた機関ですか。どういう仕事をやっていた機関ですか。
#26
○平川政府委員 まず旧満洲帝国協和会でございますが、これは満洲国が誕生しますと同時にできた機関でございまして、ああいう新生の国でございますから、単に満洲国だけの力によらずに、そういう民間団体的な色彩にしながら、かつ公平的な色彩を帯びさして、いわば満洲国の政府と一体になって国策を遂行していこうということで、あらゆる行政的なことを行なった、あるいはそういう運動を推進したという機関でございます。したがいまして、その恩給につきましては、この規定がございまして、満洲帝国協和会に満洲国の恩給法によって通算措置が講じられるというようなことになっております。
 それからもう一つ、上海共同租界工部局の職員でございますが、これは御承知のように、上海に共同租界というものがございまして、各国が集まって租界を形成しておったわけでございます。いわばこれは主体は領事団といいまして、各国の領事が集まりまして集合体をつくっておりまして、それが最高機関になりまして、その租界内部における行政的な権限を一切行使したわけです。これは立法、司法、行政全部をやったわけでありますが、この恩給法に関係あるものは主として警察官でございまして、治安を維持するために、日本の警察官からこの上海共同租界工部局へずいぶんと職員が派遣されまして、そこで治安の維持に当たっておったということが実態でございます。
#27
○中路委員 これは、満洲国史編纂委員会の出しました「満洲国史」というのがありますが、この中で私、調べてみましたら、長く説明してありますが要点を言いますと、この旧満洲帝国協和会というのは、この中の説明では、「共産党との思想戦によって開始されたものであって、チチハルを中心とする工作においては完全に共産党を制圧する状況にあった」とか、「青年行動隊は」云々といろいろ活動が書いてあって、思想宣伝、討伐、それから共産党の弾圧に積極的に農民が協力するように農民を導くことに中心の任務があったというようなことがずっと書かれておるわけですけれども、私はこういう資料を見ましても、いわばこういう特務。スパイ機関ですね、普通のことばでいえば。これに参加をした人たちが、赤紙で召集された兵士や下級軍人と同じように、年々改善措置をとって同じようにいかれるというのは、中国との国交回復の問題もありますけれども、やはりこの点で区別をして考えるべきではないかというふうに思うのですが、この点はどうですか。
#28
○平川政府委員 実は協和会の内容そのものにつきましては、具体的にどういうことをやったかということは、私そこにいましたものではございませんから、個々の点につきましては不明でございますが、ただ考え方といたしまして、いろいろのものを読んでみますと、やはりそういうことではなくして、満州国と一体になり、かつ満州国としての行政機関ではできないような行政の推進ということがおもな目的であったのではなかろうかというように思うわけであります。したがいまして、その一部の中には、先生が指摘されましたようなことがあったかもわかりませんが、やはり主たる内容は、そういうような一つの行政の推進ということ、しかもかなり実体的な行政もやっておったように私は理解いたします。
 というのは、いま申し上げましたように、満州国の国務院令第十九号、これは康徳九年ですが、その第一条において、協和会と蒙古連合自治政府、日本帝国政府との恩給通算の条文があるわけであります。したがいまして、われわれといたしましては、満州国を認めておる以上は、満州国の恩給を通算しておるという、そういった者につきましては当然通算すべきであるという一つの身分的な考え方から出発したわけでございます。
#29
○中路委員 いまの問題は、特にこういう特務機関ですね、スパイ機関の要員については、一般兵士と区別して考えるべきだという意見を私は持っておりますけれども、これは論議をしても平行になると思いますから、意見として述べさせておいていただいて、あと一つ、これは簡単なことなのですが、いままでの恩給の経過がよくわからないのでお聞きするのですけれども、戦犯として有罪になった者の拘禁期間の通算はすでに三十年ですかに行なわれていますね。今度のこれを見ますと、無罪になった者がこの期間を通算されるというふうになっています。無罪になった者が今度問題になって、有罪になった者が昭和三十年にすでに通算になっているというのは矛盾があると思うのですが、これはどういう経過であったのか、その点よくわからないので、ひとつお聞きしておきたいと思います。
#30
○平川政府委員 連合軍の裁判によりまして有罪とされた者についての恩給の処遇の問題でございますが、具体的な例をあげて御説明申し上げますと、戦地におきまして、自分の在隊中の行為、たとえば俘虜の処遇が適切でなかったというような事柄に関連いたしまして連合国に拘禁された、そういう場合に、拘禁中におきまして裁判があり、その裁判の結果有罪になりますと、復員令によりましてその時点で身分を失うわけであります。そうしますと、拘禁されておりますから、あとの期間を通算してあげないと恩給権が発生しないということが実はあるわけでありまして、昭和三十年にその措置ができたわけであります。それで無罪の方は、実はここに書いてございませんが、いま申し上げました理由において、無罪になりますとそのまま身分がずっと続いていくわけであります。当然通算されてはおるわけです。したがいまして、その手当ては必要がないということでありますが、ただ最近、職務加算とか、あるいは戦地外戦務加算とか、いろいろな制度ができてまいりまして、実は、内地へ復員して、それから引っぱり出されて拘禁された、その拘禁の結果無罪になったという場合に、そういった期間はえてして非常に短いわけでございまして、実在職年だけでは恩給は発生していないが、最近できました加算を入れると発生する可能性のある人が若干出てきたわけであります。そういう人を救わなければならないというのでこういう改正をしたわけでありまして、無罪の人をここで初めて通算をしたわけではございません。
#31
○中路委員 恩給受給者の皆さんのことを考えると、一定の改善という場合に当然私たちもこれは賛成していくわけなんですけれども、一番最初に御質問したように、恩給についての、特に軍人恩給の問題ですね。やはり考え方が違う、こういうことなんですね。将来もっと公的年金制度の充実に伴って、恩給制度についての考え、たてまえ、こういったものが改善されていくということを強く望みたいわけです。
 恩給についてのこういう論議については、またあらためて機会を見て、私もなお勉強してやっていきたいと思うのですけれども、一応時間なので、きょうはこれで終わらせていただきます。
#32
○三原委員長 鈴切康雄君。
#33
○鈴切委員 今度、恩給の一部を改正する法律案が出されて、恩給改善の内容については、きめこまかい点まで今度の場合には配慮されてはきておりますけれども、しかしそれでもまだまだ問題があるように思います。この間も恩給の問題についてかなりこまかいところまで質問をされておりましたので、私はきょうは、基本的な問題で少しお話を聞いてみたい、こう思うわけです。
 まず初めに恩給年額の増額についてですが、今回の恩給の改善は、公務員給与の昭和四十六年と四十七年の改善率そのものにスライドして一挙に二年分を実施をして、その改善率により二三・四%引き上げるということになっておりますけれども、この処置によって、公務員給与との比較において、実施時期のおくれははたして取り戻せるかどうかという問題、また格差ははたして埋められるかどうかということなんですが、その点についての御見解を伺いたい。
#34
○平川政府委員 御質問の趣旨は、今回の措置においてもなおかつ公務員給与との格差があるのではないか、あるとすればどのくらいか、こういうふうに理解してよいかと思うのですが、実は数学的に申し上げますと、昭和三十四年の公務員給与と恩給とは一致しております。そこで、それ以後の改善率を見てくればいいわけでございますが、まず公務員給与の改善率を見ますと、昭和三十四年から昭和四十七年までの改善率をずうっと積み上げていきますと、指数が三二五になります。それから恩給のほうを同一時点からずうっと積み上げていきますと二八四になります。したがいまして公務員給与にはまだ及ばないということでございます。
 これは実は当然のことでございまして、先生も御承知のように、昭和四十年以後数年間いわゆる恩給審議会方式という方式がとられておったわけです。御承知のように恩給審議会方式は、公務員給与と物価の二つを軸にいたしまして、まず物価の上昇率はまるまる見るけれども、公務員給与と物価とに格差がある場合においては、その差の六割だけを物価のほかに見るというやり方でございますから、こういうやり方でいきますと、公務員給与の大体八割ないし九割をとっておることになります。逆に言いますと一割ぐらいは積み残しておるわけでございます。そういうものがありまして、いま申し上げましたように、二八四対三二五という数字が出てまいります。で、二八四を三二五で割りますと八七、八になるかと思いますが、そういうランクづけになります。公務員給与のどこら辺に来ておるかということは、実はぴたりとした数字がございませんのでなかなかむずかしいわけでございますが、数字的には大体昭和四十六年の少し前ぐらいまでは来ておるということになるわけでございます。
 なお、これを実額の面から申し上げますと、退職公務員の一般文官の恩給年額は三十九万二千円でございます。で、この方々は平均の在職年が約二十三年でございますから、算出率は百五十分の五十六になりますので、実は百五十分の五十六で割りますと俸給が出てまいります。俸給は三十九万二千円といま申し上げました。百五十分の五十六で割りますと百五万くらいになります。百五万ということは、月額に直しますと約八万七千円くらいになるかと思います。現職の公務員の平均の給与を見ますと、年齢が三十九歳くらいになるわけでありますけれども、大体在職年が十八、九年になると思いますが、これは本俸だけでございますが、八万五千円になります。そうしますと八万五千円の現職公務員より上になりますけれども、これは先ほど申し上げましたように、片一方は二十三年の勤務年限でございますから公務員のほうを割り直ししなければなりません。公務員をいま申し上げました二十三年の在職年ということで引き直しますと、十万円くらいになる。そうしますと、十万円と八万七、八千円になりまして、実額の面からいきましても、やはり八七%くらいのところに来ておるというようにいえると思います。
#35
○鈴切委員 御存じのように、公務員給与は人事院勧告が出される。いま完全実施に踏み切られているわけです。しかし、恩給の場合には十月からやるということでありますので、当然そこに格差が出てくるということも考えられますし、先ほどあなたが言われました指標によっても、当然まだまだ恩給のほうが追いついていかれない、こういうような状態だと思うのですけれども、恩給増額の実施時期について、公務員給与とのおくれを是正する意味から、私はやはり遡及適用を実施したほうがいいのじゃないかというふうに思うのですが、その点の御見解を承りたいと思います。
#36
○平川政府委員 実は恩給の改定時期の問題でございますが、御承知のように、恩給受給者は二百七十三万人おられまして、しかもこの方たちに対して遅滞なく改定年額を給するためにはそれなりに準備期間を要するということになるわけでございますが、これは単に恩給のみならず、他の年金の改定等におきましても、十月ないし十一月が実施時期になっておりますのは、やはりそういうことが配慮されておる結果だと私は思うのです。しかし、先生が言われましたように、遡及して適用してもいいではないかという御意見も十分あり得ると思います。私どもも、そういった問題につきましては、準備事務等につきまして配慮しつつ、いかに合理的にうまくやっていくかということにつきましては今後検討してまいりたい、このように考えております。
#37
○鈴切委員 人員の関係でなかなか調査がむずかしいとか、技術的な点で問題があるとかというとも公務員給与は もう遡及して民間賃金との格差の是正を行なっているわけでありますけれども、そういう点について恩給が遡及できないということは、恩給受給者にしてみれば、そこにたいへんな格差が出てくるのじゃないかということなんですが、実際に恩給が遡及適用できないほんとうの理由というのは、どういうところにあるのでしょうか。
#38
○平川政府委員 理由は先ほど私が申し上げたようなことでございまして、実は恩給を改定する場合には、このたびでもいろいろ改定事項が重なりまして、かなり技術的な面におきましてやっかいな問題があるわけでございます。したがいまして、私のほうで毎年夏にはアルバイトをかなり入れておりますが、単にそのアルバイトの人員をふやすとか、そういうことだけでは、不均衡是正とかいろいろな問題になりますと、実は解決できない事務的な面があるわけでございます。そういう意味におきまして、金銭的な給付ですから間違いは許されません。そういうつもりでやっておりますので、慎重な準備が必要なのでございます。実際問題といたしまして、いろいろな準備行為期間を入れますと、やはり十月ころが大体間に合う一番最短の限度であるというように、どうも実際上そうなっております。
 したがいまして、もしやるとしますと、こういうことは恐縮なんでございますが、相当考えないとできないというような感じもいたしますが、ただ、先生の言われましたように、遡及してもいいではないかという考え方もあるものですから。しかし、あまりにもおくれて遡及するというのもどうか。それから原則といたしまして、恩給法は特殊な場合を除いて遡及はしておりませんので、そういう原則もございますし、実はわれわれとしてもいろいろと苦慮しておるわけでございます。ただ、御趣旨はよく私もわかっておるつもりでございまして、こういう点につきましては、今後もなお一そうの努力をいたしてまいりたい、このように考えております。
#39
○鈴切委員 恩給の増額改定の推移を見ますと、公務員給与の改定のあとを追う形の調整、それから消費水準方式による一律の改定、また年齢区分による増額、その後昨年まではいわゆる恩給審議会方式による調整が行なわれてきておりますけれども、今回、審議会方式を変えた理由というものは、どういうところにあるのでしょうか。
#40
○平川政府委員 先ほど申し上げましたように、実は昭和四十三年に恩給審議会の答申が出まして、その答申の内容といたしまして、恩給の調整のやり方というものが答申されております。それは御承知のように、まず物価の上昇率に対しましてはこれはフルに見る。なお、公務員給与と物価との格差がある場合、日本の現状におきましては、一般的には公務員給与のアップ率のほうが高く出ておりますから、当然、この十数年間は、公務員給与と物価を比較しますと物価のほうが低い。したがってその差額が出るわけでありますが、その差額の六割を生活給的改善部分として、物価にその上積みといたしまして見ていくという方式をとっておったわけでございます。
 結論として申し上げますと、先ほど申し上げましたように、こういうやり方でいきますと、約一割程度が毎年積み残しになるということにつきましては、われわれといたしましてもいろいろと検討もし、かつ、この委員会におきましても、いろいろ熱心な御論議をいただきまして、そういう中で、はたしてこれでいいのかということをわれわれも反省いたしまして、物価と国民の生活水準、民間賃金を完全な形で反映しておる公務員給与によって改善していくということが最も適当な方法であろう、最近の福祉的な考え方にもマッチするのではないかということで、実はこういう方式に切りかえさせていただいたわけであります。
#41
○鈴切委員 恩給審議会の答申において、「在職者に対する給与改善をそのまま恩給に反映させることは、在職者の職務と責任に基づく格付を退職者である恩給受給者にまで持込むこととなり適当でない」、そのようにありますけれども、今回の改善措置はどのような考え方に基づいて行なわれたのでしょうか。
#42
○平川政府委員 御質問の趣旨は四号アップの問題かと思いますが、御承知のようにこの考え方は、実は恩給受給者二百七十三万人おられるわけですが、そのうち文官と軍人は給与体系が変わっております。軍人の恩給は、退職時の俸給が恩給になるのではなくて、別に法律に定められた給料でもって恩給が計算されておる。したがいまして、年次別格差というものが出てこないわけでありますが、文官におきましては、同じ恩給法のレールに乗りながら、早く退職した者とおそく退職した者においては差があるのはどういう理由であろうかということが、実はこの委員会においてもいろいろと議論されておりまして、私どもといたしましても、種々資料を調査したわけで、次のような結果がわかったわけであります。
 それはどういうことかといいますと、たとえば職務の内容とか責任の評価において全く前と変わったような場合におきましては、これは恩給では見れないけれども、そうではなくて、たとえば特別昇給が設けられたとか、あるいは特別昇給が設けられた以後において、現在は前の一〇%から一五%にそのワクが拡大されておるとか、あるいは頭打ちが是正されたとか、あるいは昇給の期間が短縮されたというように、いわゆるベースアップではないけれども、ベースアップに準ずるような給与改善措置は、これは恩給として見るべきではなかろうかという一つの姿勢を出したわけであります。それを多くの事案によって一つの修正値を出しますと、大体二十年経過いたしますと四号俸の格差が出るということがわかってまいったわけであります。恩給の退職者の平均年齢は五十歳と五十一歳の中間でございますから、大体二十年を経過いたしますと七十ということになります。したがいまして、七十歳の人に対しましては四号是正をしても妥当ではないかという考え方で、福祉的な考え方もこれあり、そういったことも反映いたしまして、そういう考え方を出したわけであります。
#43
○鈴切委員 在職者の給与は、上位等級の者ほど低い率で改善されておりますけれども、恩給改善に使っている公務員給与の改善率は平均値をそのまま使っているために、高額の仮定俸給の者ほど有利となり、下位の者との格差がますます開くことになるということになっておりますけれどもこのことをどのように考えられておりましょうか。
#44
○平川政府委員 実は公務員給与を採択する場合におきまして、先生が言われたような指針をわれわれとしては考えたわけであります。ところで恩給は、先ほど申し上げましたように、昭和三十四年でもって終わった制度で、ございますから、その当時の秩序そのものは動かしたくないという一つの考え方もございます。
 それから技術的な問題といたしまして、実は現在の公務員給与は恩給のような形になっておりません。御承知のように、給与表だけでも十五、六あると思います。それから、いわゆる各号俸間におけるアップ率というものがいろいろ分かれておりますけれども、その配慮の中で、たとえば初任給を厚くしてみたり、あるいは中だるみ是正することもあるでしょうし、それから上級公務員に対して特に薄くしたりあるいは厚くしたりというようなことでございまして、非常にいろいろな配慮が加わっておるわけでございますが、御承知のように恩給公務員は、現在、人事管理的な制約のもとにある職員ではございませんから、一応技術的な問題もございまして、われわれといたしましては平均のアップ率をとったわけでございます。
 ただ、その間、われわれといたしましては、下位等級の者につきましては、いろいろな形で、たとえば軍人恩給等におきましては三号の底上げとか、あるいは文官等におきましても不均衡是正というような形をとりまして、できるだけ下のほうには厚くしてまいっておりますし、今後とも方法があるならばそういう方法で改善をしてまいりたい、このように考えておるわけでございます。
#45
○鈴切委員 おたくからいただいた関係資料の附則別表において、基礎俸給年額の最高額が二百八万三千五百円、最低額が十九万七千八百円、その差が百八十八万五千七百円であったものが、仮定俸給年額においては、最高が二百五十七万一千円、最低が二十四万四千百円となって、その差は二百三十二万六千九百円で、上位の者は前回よりも四十四万一千二百円も大幅に増額をされるというふうになっておりますけれども、このような増額改定方式を、実際には妥当である、そのようにお考えになっておるかどうか。
#46
○平川政府委員 問題は、軍人の恩給を含めまして恩給が、二百七十三万人のうち二百五十四万人が軍人でございます。文官は十八万五千人でございますから、主たる構成員は軍人と考えて間違いないわけでございますが、こういう人たちをどう処遇していくかという問題に関連すると思います。それで、先生が御指摘になりました点は、私たちも実はいろいろ検討してまいっておるわけでございます。
 繰り返すようで恐縮でございますが、実は恩給の秩序というものをこのまま維持するとどういうことになるかということでございます。確かに先生が言われましたように、数字的にはそういうことになると思います。それで、何らかの是正をしなければならぬということはよくわかりますけれども、それではどういう方法があるか、やはり技術的に可能な方法ということでなければ現実的には意味をなさないわけでございますので、そういうことについての検討もずいぶんやったわけでございますが、実は技術的に非常にむずかしいということも現在のところわれわれとしては感じておるわけでございます。しかし、むずかしいからといってこの検討を放棄するわけではありません。今後とも検討はいたしたいと思いますが、いま申し上げましたように、一つの尺度をどの程度、どういう方法でとるかということは、実はむずかしい問題を含んでおりまして、われわれといたしましても、外国のやり方等も研究をし、いろいろやっておるわけでございますが、そういう面においては今後検討する余地はあるかと思いますが、技術的にはかなりむずかしいということを正直に申し上げておいたほうがいいかと思います。というのは、いま申し上げたように、俸給表だけでも十五、六ありますから、そういう二百七十三万人を格づけするということは実際上たいへんな問題になるというように思います。
 そこで、われわれといたしましては、他の方法で要するに上と下との格差を縮めれば行政的にはいいんではないかと思います。たとえば、戦前におきましては、軍人恩給で見ますと、兵隊は仮定俸給は六百円であったわけであります。大将は七千五百円であったわけであります。したがって、その間十二・五倍の格差が開いておったわけでありますが、現在、兵隊は、いま先生御指摘になりましたのは最下位の俸給でございますが、実際問題としては最下位を適用されることはありません。これは、あることは書いてございますけれども、適用される仮定俸給は兵隊で三十四万九千円であります。それから大将で二百四十万円。その差額が六・八倍になりまして、十二・五倍に比べますと約半分に縮まっておる。こういうぐあいに徐々に縮めていく努力をしてまいりたい、こういうように考えますが、ただあまり極端に走りますと、やはり恩給の性格にも問題が生ずる問題でございますので、ある程度、現実的に、社会的に妥当なところでできるだけ圧縮してまいりたい、こういう考え方で現在いろいろ検討してまいっておる段階でございます。
#47
○鈴切委員 七十歳以上の老齢者の妻子等に対する優遇措置がとられております。七十歳以上の老齢者に対しては四号俸の格づけ是正を行なっているのは、老人福祉という観点からの考え方からそういうふうにされていると思いますけれども、恩給は、稼得能力を失った者に対する生活保障という観点から、やはり私は、七十歳未満の低額の仮定俸給者に対しましても格づけ是正を行なうという考え方のほうが正しいんじゃないかというふうに思うのですけれども、その点の考え方はどうでしょうか。
#48
○平川政府委員 先生の御質問の御趣旨は、全体の問題といたしまして、年齢のいかんにかかわらず、格づけされておることのその状態においてもし不合理な点があるならば是正すべきじゃないかというように、私、理解します。全くそのとおりでございます。問題は、その格づけにおいてのひずみがあるかどうかという認識の問題でございます。
 実は、昭和二十三年七月以前の職員につきましては、明らかにひずみがあったわけでございまして、正確に申しますと、過去六回にわたりましてこれは格づけ是正をしてまいっております。下位におきましては十五、六号俸も上げておるわけでございます。実はこれで十分かどうかという議論は確かにあると思いますが、先ほど申し上げました恩給審議会の答申におきましても、昭和四十三年にさらに調査をいたしまして、その結果不合理があるならばさらに是正すべきであるという勧告をいただいておりますので、昭和四十五年だったと思いますが、格づけ是正を最終的に行なったわけであります。
 現在の状態におきましては、二十三年七月以前の格づけ是正を相当やりました結果、いわゆる二十三年七月以降の退職者、これのほうが場合によっては不利になる場合もあるので、いわゆる陥没是正と申しますか、へっこんだ人たちを是正するという意味をも全面的に取り入れておるぐらいであります。そういう意味におきましては、二百七十三万人、あるいはそのうちの文官でいいますと十八万五千人でございますが、十八万五千人のうち、個々のミクロで見ますといろいろ問題は若干あるかと思いますが、全体を通じて見て、格づけ是正において、非常にひずみがあった、現在あるというようには私は考えておらないわけでありまして、過去六回に及ぶ不均衡是正で是正されておる、私はこのように考えておるわけでございます。
#49
○鈴切委員 恩給の最低保障についてなんですけれども、長期在職者に対する普通恩給の最低保障額は、六十五歳以上は十三万四千四百円、六十五歳未満は十一万四百円というふうになっておりますけれども、この金額の算出の根拠はどのように考えておりましょうか。
#50
○平川政府委員 これは一応根拠といいますか、われわれがこれを借りてきた理由という表現のほうが適当かと思いますが、一応めどといたしまして持ってきたわけでございます。これは、厚生年金あるいは国民年金の定額部分、これが十一万四百円でございます。そのほかに比例報酬部分の最低保障を加えますと十三万四千四百円、こういうことになるわけでございます。
#51
○鈴切委員 いまお話がありましたように、今国会の改正案では、厚生年金の定額部分は十一万四百円から二十二万八百円、約倍ですね。それから比例報酬部分は、二万四千円から四万八千円と、これまた二倍です。また共済組合法の退職年金の最低保障額は十五万円から三十万二千四百円、これまた二倍に増額されております。いずれも二倍以上アップされておりますけれども、恩給はなぜこれは据え置きをされたかということなんですが、これについて……。
#52
○平川政府委員 実はこの点につきましては、われわれといたしましても検討をいたしたわけでありますが、この十三万四千四百円あるいは十一万四百円、いま先生が言われましたように上がったわけでございますが、恩給をそのままの形で持ってまいりますと、恩給の最低保障としてはやはり必ずしもしっくりこないのではないかということをわれわれとしては心配したわけでございます。というのは、実はいろいろ検討してまいりますと、このままの形でいきますと、文官と教育職員が比較的恩恵を受けることが少なく、警察監獄職員と旧軍人が圧倒的にこの恩典を受ける度合いが強いということがありまして、私のほうといたしましては、なおしばらく検討いたしたい。将来適当なめどがつけばもちろん改正してまいりたいと思いますけれども、非常に実はむずかしい問題があるわけでございまして、このままの形ではやはり最低保障としての意味がないようになるという考え方から、さらに検討させていただきたい、こういうことで実は見送ったわけでございます。
#53
○鈴切委員 そういう点ではいつまでたっても改善をされていかないわけですから、少なくともそういう問題を含めて、早くやっぱり是正というものをしなくちゃならないと私は思うのです。
 昨年の恩給法の改正時の最低保障額の適用者は約三万一千人くらいいるということでありましたけれども、今回の増額措置や格づけ是正により少なくなると思うけれども、この措置以後は何人ぐらいということになるのでしょうか。
#54
○平川政府委員 約二千五百人くらいになります。
#55
○鈴切委員 一般文官で生活保護費以下の恩給受給者数についてはどのくらいになるでしょうか。
#56
○平川政府委員 文官で生活保護費以下の恩給受給者はどれくらいかという御質問でございますが、これは生活保護費自体のとり方、たとえば、一級地をとるのか、四級地をとるのか、あるいは自分一人をとるのか、あるいは夫婦二人を計算するのか、あるいは持ち家があるのか、年齢は幾らであるかといういろいろ組み合わせがございまして、ちょっといま即答いたしかねます。
#57
○鈴切委員 その数ですね。おわかりですか。
#58
○平川政府委員 私、あるいは質問取り違えたかもわかりませんが、恩給受給者の中で生活保護の適用を受けている者ということについては調べがついております。これは最近の調査によりますと、恩給のほか各種の年金を受けておる者で生活保護の適用を受けておる者が二十三万九千人ございますが、これの約四%が恩給受給者だということで推定がついております。そうしますと、九千五、六百人が恩給受給者で生活保護費を受けておる者、こういうことになります。
#59
○鈴切委員 恩給受給者の中で九千六百人がそういうふうな状態で生活保護を受けているということであるということは、憲法で保障されている、最低の生活を国が見なくてはならないという、そういう趣旨から考えると、私はやはり、そういう点についても今後増額をしていくという方向性にいかないといけないんじゃないかというふうに思うのです。
 最後にお聞きしますけれども、総務長官、公務員給与を基準として増額するということはよいとは思いますけれども、一律に平均値を使うと、上下の格差がますます広がってくるというふうに思います。今後やっぱり、もっと下位の者が引き上げられるような処置を、仮定俸給年額で調整をするような形で検討をしていかなくてはならないんじゃないか、そのように思うのですけれども、御見解をお伺いいたします。
#60
○坪川国務大臣 いろいろと御指摘の点でございますが、やはり過般の委員会におけるところの御質疑等にもお答えいたしておりまするごとく、何とか下に厚く上に簿いというような態度をやはり一つの大きい目標にいたしてまいりたいという立場からも、いま御指摘になりました点につきましては、技術上にはいろいろと困難な問題も生じてくることも私は予想いたしておるのでございますが、そういうような問題も問題として踏まえなければなりませんけれども、これを克服いたしながら何らかの前進をすべきであるというような気持ちで、ひとつ十分積極的な姿勢で取り組んでまいりたい、こう考えておる次第でございます。
#61
○鈴切委員 以上で終ります。
#62
○三原委員長 旗野進一君。
#63
○旗野委員 今回の恩給法の改正にあたりまして、いろいろ内容を拝見いたしますと、非常に御苦心のあとがうかがわれるわけであります。恩給を受ける者の立場からこれを見た場合には、おそらくはいろいろの御不満もありましょうけれども、恩給局のほうでの御配慮に対して少なからざる好感を持っておるものとは思いますけれども、これを拝見いたしますと、年齢を三段階に分けておきめになっておられるというようにうかがわれるのでありますが、この問題については、いま少しく年次別に、たとえば昭和二十五年以前とか、あるいは昭和二十五年以降、昭和三十五年とかというようなことで段階的におやりになれば、比較的格差がなくなるのではなかろうか。しばしば前回からの御質問等もお聞きいたしておりますと、格差が広がるばかりじゃないかというような声もなしとしないわけであります。したがって、最低の恩給と最高の恩給の格差が著しく開いてくるのじゃないかというような感じがしてならないのでありますが、この点についてひとつ恩給局長の御意見を伺いたいと思います。
#64
○平川政府委員 年齢別の処遇の差異と申しますか、これは実は恩給法の一つの特色ではあるのです。先ほど申しましたように、恩給は本来五十五歳から給されるわけでありますが、五十歳からその七割が給される、それから四十五歳からは半分給される、このように恩給の年齢による支給区分というのは、いいか悪いかは別といたしまして、過去何十年も続いてきた経過でございますから、この制度を基本的になくするということはなかなかむずかしいかと思います。むしろ現在のやり方は、恩給の処遇におきまして、高年齢者に対する処遇といたしまして、たとえば七十歳以上につきましては四号俸格上げするということを出しておりますけれども、これは先ほども説明申し上げましたように、単に福祉的な考え方ではございませんで、二十年くらい経過いたしますと、その間に公務員給与のアップに準ずるような給与改善が行なわれておる。そういうものを積み上げていくと四号俸になるわけでございまして、たまたま恩給は昭和三十四年に終わっておりますから、そのときに退職年齢は大体五十歳ぐらいになっておりますから、五十歳に二十年を積み上げた七十歳からそういう処遇の改善をするということは適当であるということで、申し上げたわけでございます。
 先生が言われるように、確かに、年齢的にすべて区切ってやるということは、恩給法自体の特色ではありませんが、そういう特色を持っておることも事実であります。それを全く無視するということは、私は無理かと思います。問題は、支給の改善の対象を退職年次別にやることがいいのではないかということになりますと、確かにこれは不均衡是正の問題になると思います。そうしますと、恩給的にいいますと、二十三年の七月以前の退職者が非常に格づけが悪かったので、十数号にわたりまして俸給是正をしておるというような状態でございますが、なお、こういった問題については、単に不均衡是正のみならず、いわゆる恩給内部の不均衡をどう考えていくかということでございますが、これは御承知のように、恩給としましては、過去にやめた人の給料を適当であったとかなかったとかいうことは、原則としてできないと思うのです。その当時の勤務条件において格づけされたものを、一方的に私のほうで、これは間違っておるということはできないと思います。そういう原則は認めなければならないと思いますけれども、やはり恩給受給者の置かれている状態を考えますと、理由がつく限りできるだけ底上げしていくということは、ただいま大臣から答弁されましたように、われわれとしても事務的にいろいろな方法を考えていきたいと考えておるわけでありまして、今後ともそういう検討をいたしたいと思います。
#65
○旗野委員 そこで、この問題につきましては、格差の是正というような立場から、いろいろ御議論もあったようでございますので、多くは申しませんけれども、今回の七十歳以上の老齢の方々に対する四〇%、二三・四%並びに通し四号俸という、拝見いたしますときわめて画期的な案のように伺うのでありますけれども、先般の年金ストであるとか、あるいはまた、福祉年金の問題等についての国会の本会議場における話などを伺っておりますと、福祉年金さえ要援護家庭よりも安いのではないかというようなことをいわれておったのでありますが、このような、四〇%増等の七十歳以上の老齢者に対するところのいろいろの処遇というものを要援護家庭と比較してみた。
 そこで、きわめて御理解をいただけないかもしれませんけれども、土木技師、あるいは林務関係、あるいは税関、あるいは警察その他の関係の七十歳以上の五人の方を抽出してきた。そうしてみたところが、昭和三十三年に退職した方で二十三年勤続をしておる七十二歳の方が二十四万六千百九十四円、それから二十八年に退職された方で、三十五年つとめられて八十歳の方が三十一万五千円であります。また、昭和二十二年におやめになって二十三年間つとめられた七十一歳の方は二十三万三千八百五十六円。以下、七十一歳あるいは七十九歳という五人の方を一応抽出をしてみましたところが、月別にいたしまして三万円に達しておらないわけですね。いずれも三万円に達しておらない。二万八千円、二万七千円、あるいは一万四千円です。それぞれの職階もございましょうけれども。
 それとあわせまして、要援護家庭の実情を見ますと、本年度は大体一四%増だと伺っております。一四%増でなくとも、すでに六大都市は四十七年度で四万六千七百十四円というのが本年度は五万三千二百九十三円。あるいは六大都市を除くほかの人口三十万以上の都市におきましては、二級地が、一四%増になりますと五万二千百七十三円。またその他の三級地は五万一千二百四十八円。家族数も異なりましょうけれども、どうも要援護家庭の方々と比較をいたしました場合――すでにもう恩給の問題等についても、いろいろ福祉年金とのからみ合わせから、基本的な人権というような問題からいえば、あるいはいろいろの御議論もあろうかと思いますけれども、一応若い青春時代からいろいろと胸をふくらませてつとめて、そうして最終的には不安のない生活をしたいという気持ちを持ってつとめられた方々が、そういう要援護家庭の方々と比較をした場合に、大きな差額がここに出ておるんじゃないか。少なくとも恩給をもらっておる人たちが要援護家庭より安いというようなことについては、物価の上昇のとどまるところを知らないいまの状態で、いかほどが一番妥当かという問題については、私はあえて議論を申し上げようとは思いませんけれども、少なくともそうした面からいった場合に、恩給関係者に対する処遇、しかも七十歳以上の、もはやいつ死ぬかわからないと言えばおしかりをちょうだいするかもしれませんけれども、そういうお年寄りの方々、政府の、あるいはまたわれわれの言うことをすなおに聞いておる人たち、こういう人たちと要援護家庭の人たちと比較した場合に差が生じておるということになれば、これはやはり一つの問題点として、いろいろ議論がかわされ、また政治に対する不信というような問題も出かねないのじゃないか。せっかくこういう四〇%増という破格の予算を御提案なされたということはよく承知はいたしますけれども、何かしらそぐわないような点を自分でも感じますので、一応この点についての御所見をお伺いしておきたいと思うわけであります。
#66
○平川政府委員 先ほど申し上げましたように、恩給法の中にはいろいろ異なった職種の公務員があるわけでございます。たとえば軍人でございますとほとんどの方が在職年が非常に短い。実在職年が平均四・五年から五年ぐらい、こういう方々が多いわけでありますが、一方、教職員等におきますと在職年が非常に長い。こういう相当バラエティーに富んだそれぞれの職種を一つの恩給法というワクの中にかかえておりますから、したがって、いま先生が御指摘になりましたように、たとえば生活保護費に満たない人々も、軍人恩給の短期の在職年の中には、率直に申しましてかなりおられます。一般の文官等におきましても、平均が三十九万二千円でございますから、高い人もおられますし低い人もおられるということは確かでございます。
 生活保護費をどの程度に見ていくかということは、地域によっていろいろ異なりますけれども、いずれにしましても、私もそういう事実は認めるわけでございまして、ただ、恩給のサンプルのとり方というのもわれわれも非常に苦心しておりますが、とり方が非常にむずかしくて、私のほうも若干県に当たりまして二、三の例を集めつつあるわけでございますが、これは若干古い資料であれでございますけれども、教職員の例をとりますと、五十二号俸ですから、そんなに高い号俸ではございませんが、五十二号俸で三十年の勤務の人は五十七万九千円になるということでございます。今回の四号上げを加えましても、そうすると月五万ぐらいにはなる、こういうことでございます。それから比較的低いのが警察官なんです。警察官は、御承知のとおり在職年が非常に短いということと、警察官というのは警部補までで、警部になりますと文官になりますから、警部補といたしましてはわりあいに俸給が低い。低い俸給で在職年が短いものですから、年金額がしたがって低くなるというのが特色になっております。
 そういうことも含めまして、とにかく低い年金額というのは、確かに先生が言われたように、われわれとしては何とか処遇を改善していかなければならないということはよく承知しております。そういうことにつきまして、まずわれわれ考えるべきことは、全体のレベルをさらにもう一つ押し上げる方法はないかどうかということですね。そういうことをひとつ考えてやるということと、もう一つは、低位の号俸の人、そういう人たちの何か方法があるかないか、そういうことも同時に考えていくということでございますが、やはり全体の底上げをしないと、この基本的な問題は解決つかないんじゃないかということがわれわれとして痛感されるわけであります。
#67
○旗野委員 この点につきましては、いまお話しのとおりいろいろございましょうけれども、こういう点につきましては、十分ひとつ御勘案をいただきまして、御善処を願いたい、こう思っております。
 それから、次に御質問申し上げたいことは傷病恩給の問題なんです。この傷病恩給の問題につきましては、一項症から七項症まで、それから一款症から四款症まで、それにつきまして、一応、普通恩給並びに傷病年金または増加恩給というものが併給されておりますね。併給はされておりますけれども、この一款症から四款症までの方々は外部にあらわれない症状でしょう。したがって、この方々のいわゆる症状というものは、恩給審議会の議を経てきめるという規定になっておるように私は伺っておるのであります。
 そこで、私の申し上げたいことは、この併給されておるところの第一款症から第四款症までの方々は、併給されておるけれども十分の七・五しか支給されておらない、四分の一を減らされたものを支給されておるというように私は伺っておるのでありますが、なぜそういうことをおやりになるのであろうかという、減額をされる理由というものを一応関係の方々から私は伺ってみたのであります。そうしましたところが、一項症から七項症までの方々よりも上回っては困るということで、十分の七・五、四分の一を引いたものを併給をしておるというふうに私は伺っておるのであります。しかもその一款症から四款症までの方々は、外部にあらわれないものだから、五年目ごとに恩給審議会の議を経て、そうしてまたその状況によっては、それがさらに五カ年間というものを延ばすというように私は伺っておるのであります。そういうことでもし十分の七・五しか支給されないということであるならば、一項症から七項症までの者より上回ってはならないというようなお考え方であるならば、その金額をお上げになって、そうして一款症から四款症までの方々の中にも、もう相当の年齢に達して病状が定着をしておるというような方々も少なくないわけなのですから、したがってこういう方々に対する手厚い支給の方法をお考えになられたほうがよろしいのではないか、こう思うのでありますが、この点についてひとつお伺いをいたしたいと思います。
#68
○平川政府委員 御指摘の点は要するに七項症と一款症の問題であります。実は増加恩給は一項症から七項症まで比較的重症の人に給される恩給でございますが、この増加恩給には必ず普通恩給が併給されます。したがって、ここに出ておる金額のほかに、最低――兵が最低でございますが、十一万円の普通恩給が必ず併給されるわけであります。ところが、ただいま御指摘になりました一款症から四款症までの傷病年金は、年限のある方は普通恩給をもらえるけれども、年限のない人はもらえない、こういうことになっております。したがいまして、必ずしも普通恩給は併給されない、年限のある人だけが併給される、こういう基本的な仕組みになっております。したがいまして、実は一款症の額をきめるときにおいて、普通恩給をもらわない方については、できるだけ優遇しようという考え方から上げてあるわけであります。二割五分だけ上げてあるということを率直に申し上げていると思うのですが、たまたまその方が普通恩給を受けるということになりますと、一款症の額のほうが七項症よりも多額になっておりますから、程度の低い者のほうが程度の重い人よりも多くの恩給を受けるということになりますと不合理になりますから、一款症の額を二割五分だけ減らすという制度が戦前からとられておるのでございます。
 この制度は、むしろ普通恩給を受けない人の傷病年金を優遇する措置でございますから、普通恩給を受ける人につきましては、少なくとも七項症を下回る金額にしなければなりませんので、二割五分減額をしておる、こういうことになるわけであります。ただ、法律的には普通恩給を併給されない一款症の年額を書いてございますから、表面的にはそういうふうに見えるわけでございますが、ここからはむしろ私の個人的な意見でございますが、七割五分の普通恩給と併給される傷病年金を書いておくべきではなかったかというような感じがいたします。そうしますと、七項症までの金額とバランスがとれるわけでございます。たまたま多いほうの金額を、普通恩給が併給されないほうの金額を書いたものですから、一見そういうふうな感じを受けるわけでございますが、実はこれは逆でございまして、普通恩給を受けない傷病年金受給者を優遇するために七項症よりも上げたというのが真相でございます。
#69
○旗野委員 私の考え方もあるいは違っておったかもしれませれけれども、一応款に該当をしておる、しかもそれを恩給審議会にまた再申請をしておるという人は、現在どれくらいおりますか。もしいまおわかりになりませんでしたら、あとでもけっこうですが、おわかりになりましたらひとつ……。
#70
○平川政府委員 先生の御質問はおそらく有期恩給のことかと私は思うのです、五年ということをいま聞きましたので。御承知のように傷病恩給は、将来その程度が軽減するであろうと思われる症状ですね、典型的な例をとりますと、結核とかそういった内部症患が多いと思いますが、そういう人たちにつきましては、一応五年間の恩給を給する、五年間たった時点におきまして見直して、さらに悪ければ悪いような恩給をやるし、あるいは低くなっておれば低い恩給を給するということになっております。したがって、五年という先生の御指摘でありますと、おそらく有期恩給のことだと思います。
 有期恩給はどの程度あるかといいますと、大ざっぱな数字でございますが、これはいま申し上げましたように、内部疾患が中心でございまして、傷病恩給受給者は十三万人でございますが、そのうちの約三割が有期恩給受給者である、こういうことになっております。
#71
○旗野委員 こまかい点につきましては、五年間の延長をした人と、それからいわゆる款の該当者の数、こういう点はあとでひとつお聞かせいただきたいと思います。
 次にお聞きいたしたいことは、シナ事変の従軍者の公債復活に関する問題であります。この問題は、いまさらここで私が朗読するまでもないのでありますけれども、ただ、ここに昭和四十二年七月十九日、支那事変賜金国庫債券の償還に関する請願、田澤吉郎君紹介の請願が大蔵委員会に提案をされております。この提案が採択されておる。請願の議決理由は、「戦後処理に関する措置全般の見地等より検討すべきものと認め、本請願はこれを議院の会議に付して採択すべきものと議決した。なお、本請願はこれを議院において採択の上は、内閣に送付すべきものと認める」ということで、当時の大蔵委員長内田常雄先生が衆議院議長あてにお出しになっております。そこで、この請願と私はことさらに軌を正したのではないので、偶然にもこれが一致したのでありますが、私のほうにも、それ以上のこまかい内容を加味されたものが出ております。
 そういたしますと、この請願は採択されておりますけれども、これは議会運営の問題にもなろうかと思いますけれども、大蔵省はこれに対して回答しておる。その回答の一部を申し上げますと、「特に対米英開戦以後の関係者については、生存者に対する交付は行なわれておらず、また、死没者についても一部の者がこの措置を受けているにすぎない。したがって、現在、債券を所持している者のみについて特別の措置を講ずることは、実質的にはかえって不均衡を招く結果となるものと思われる。以上の理由のほか、戦後、軍人軍属等に対しては、すでに各般の措置が講ぜられてきたところでもあり、本請願を受け入れることは適当でない」という回答が出ておる。そこで私は、請願の採択が趣旨採択であったかどうかは知りませんけれども、おそらく予算の伴う問題でありますから、議決したあとに大蔵当局の回答が出ておるということにいささか疑義を持たざるを得ないわけです。さらにまた、適切なる措置を講ぜられたものとは思いますけれども、国民の立場に立ち、請願者の立場に立った場合に、また新たなる同じ趣旨の請願書がここに出た場合に、一体これをどう取り扱われるのか、また取り扱うべきであろうかという点について、これは事務当局でしょうか、あるいはまた、恩給局の関係でございますから、そちらのほうでございましょうか、一応関係のほうから御回答をいただきたいと思うのであります。
#72
○宮崎説明員 ただいま先生お尋ねの件は、請願のほかにも、ときどきでございますけれども、私どもの事務室のほうにも問い合わせがございます。それに対しまして、ただいま先生の御指摘になりましたような、四十二年の請願を受けて大蔵省がお答えいたしましたと同じような趣旨の御説明をいたしまして、御了解をいただいているというのが実情でございます。
 それで、ちょっと詳しく御説明いたしますと、いま御指摘のものはいわゆる賜金国庫債券といわれるものでございまして、これは昭和十五年にできました法律によって、シナ事変、いわゆる大東亜戦争中の論功行賞といたしまして、金鶏勲章の受章者等に、一時賜金を交付するのにかえまして国庫債券をもって交付されたものでございます。その発行実績というのは大体三百八十万件ぐらいでございまして、金額にいたしますと九億五千四百万円ぐらい。これに対しましては、御承知かもしれませんが、終戦後、当時の連合国最高司令官から覚え書きが出まして、軍籍にあった者に対する給付金のすべてを打ち切れ、その給付を証する証書があれば、それをすべて無効にせよという命令が出まして、この命令に基づきまして、政府は昭和二十一年に、軍人及軍族ニ交付セラレタル賜金国庫債券ヲ無効トスルコトニ関スル件という勅令と、それから同じく、軍人及び軍属以外の者に交付された賜金国庫債券を無効とすることに関する法律をつくりまして、この二つの勅令と法律で、いま御指摘のございましたような賜金国庫債券を一切無効にした。したがって、この勅令と法律に基づきまして、昭和二十一年四月一日以降支払いの来る元利金の一切は支払っておりません。したがいまして、お尋ねがあった場合には、いま申し上げたような実情をお話しいたしまして、お断わりしているのが実情でございます。
 それから、これを復活したらどうかという御意見というのは、これもある御意見で、ございますけれども、それに対しましては、先ほど先生からも御指摘がありましたように、この賜金国庫債券の交付を受けた者というのは、先ほど申しましたような論功行賞の当然対象となると考えられる方々のごく一部でございまして、特に大東亜戦争が始まって以後というのは、生存者に対しては一切支給されておりませんし、戦没者に対しても支給されたのは一部にすぎません。したがいまして、先ほど先生がお読み上げになりましたように、もしこれを復活したならば実質的にかえって不公平になるのじゃないかという事実関係がございます。
 それから第二の問題といたしましては、それでは戦後とられました戦争処理といいますか、戦後の処理の諸措置を考えてみますと、これは恩給局からお答えいただくのがいいかもしれませんが、昭和二十七年の平和条約以後恩給の復活ということが行なわれて、これもたびたび手厚い措置がとられているというふうに伺っておりますし、それからさらに昭和二十七年以降、たとえば戦没者の遺族に対する弔慰金といたしまして、遺族国庫債券というようなものが交付されておりますし、その後も、戦没者の妻に対する特別給付金、これは特別給付金国庫債券をもって給付されておりますし、それから戦没者の遺族に対する特別弔慰金、これは戦後二十年というようなことで、これも特別弔慰金国庫債券というようなものが支給されておりますし、さらにその後、戦傷病者の妻に対する特別給付金とか、戦没者の妻に対する特別給付金とか、いずれも国債でございますけれども、いわゆる年賦償還の国債でいわば年金を差し上げるような形でいろいろ措置がとられておりますので、そういう実態を考えますと、ここでこの国庫債券を復活する必要はないのではないか、そういうふうに御説明をし、また請願にもお答えをしている次第でございます。
#73
○旗野委員 そこで、御説明で一応は了承いたすわけでございますけれども、大蔵省の回答というものが議決後に行なわれるということは、それは慣例もあるのでありましょうけれども、この点はどうなんでしょうかね。大蔵委員会が本会議に上程してしかるべきであるという議決をしておりますものを、大蔵省がその後にこれに対して、妥当を欠くというような回答があるわけであります。そういたしますと、やはり委員会の性格からいたしましても、大蔵当局に事前にこれの話し合いをして、そうして予算の伴うものであるからかくかくこうこうであるからというなら私はまだわかると思うのであります。だが、議決をしておるのはもはや七、八年も前。この七、八年も前のものを拝見すると、何か非常にまぎらわしいというふうな感じがするので、何か本請願を受けることが妥当でないというような印象を持たざるを得ない。
 私はまことになまいきなことを申しますけれども、憲法といえども改正は、しなければならない時期が来ればしなければならぬ。法律は何べんもいじられねばならないわけでありまして、今日なお国内の国民の中に、しかも大東亜戦争の犠牲をこうむった人たちで何らその恩恵に浴しておらない人という方々も、私どもの方で耳にいたします。したがって、この問題につきましては、あえて固執をしようとは思いませんけれども、請願書の趣旨というものを十分に尊重されて、ひとつ委員会においてしかるべく御善処をいただきたい。あわせて、この請願は私は一応提案をいたしたいと思っておりますので、ひとつさよう御了承いただきたいと思います。
 いま一つ引き続いて御質問申し上げたいことは、満州国の開拓団員、国策農業移民の処遇改善に関する請願であります。これは恩給法の改正の中に、外国の特殊機関というのが旧満州帝国協和会など十一出ております。こういう何々公社というような公社の性格は、どういう性格であるのか私は詳しくは存じませんけれども、ここにつとめておられた方々は、公務員としての前歴がないんだけれども一応通算を認めてやろうということですね。そういたしますと、拓植公社とこの満州開拓団員の国策農業移民ということとの関連であります。これはまさに現業、非現業にしかすぎないわけであります。しかもその開拓移民の中にも優秀な諸君がおるわけです。分布は少ないかもしれませんけれども、全国的にこの拓植移民が帰ってこられて、国家公務員あるいは地方公務員あるいは国鉄の職員等に就職をなさった方々が相当におられるわけであります。そういう方々が今度いよいよ退職をなさる場合に、内地で勤務した二十カ年なら二十カ年というものにそのまま通算されないままになっておるという状態であります。
 そこで、拓植公社という性格は私はここで議論をいたしたいとは思いませんけれども、拓植公社即私は開拓団と同じだと思うのです。そういう意味からいたしますと、分布の少ないそういう開拓団員の中で国家公務員や地方公務員になっておられる人が、満州時代を通算されないとするならば、そこに非常に不均衡が出ておる。したがって、この際、満州拓植公社というものを一応通算というものにお認めになるならば、やはり開拓団員も通算を認める。国の金で、あるいは地方公共団体の旅費で、そうしてわざわざ満州国へ渡らせられたわけであります。オーストラリアへいわゆる政治犯がイギリスから放逐されたような、あるいはまた西部の開拓者というようなものとは、満州開拓団の入植者はイメージがどうもおかしいからして、ともすると軽視されやすい。しかし、こういう人がりっぱな公務員として内地でつとめておるのでありますから、この際これは当然通算を認めるべきではないかと私は思う。
 前回も、官公吏がたとえば退職をなされて会社につとめられた、また途中でやめられて公団、公社につとめられたというような場合には通算を認めるということもわれわれは議決をしております。そういたしますと、通算の問題でも、ややもすると上に厚く下に薄いというような形がどうも出ておりはせぬか。言いかえるならば、それが民心の動向にいろいろと反映をしてくるだろうと私は思うわけです。そういう人たちは圧力団体にもなれない、あるいはまた組織をもって強力に政府に訴えるというようなこともやれない、きわめてひよわな諸君であります。したがって、そういう方々こそ救済の手を伸べて通算の制度を認めるべきである、こう私は思うのでありますが、この点につきましては、私はこの問題はいろいろ研究をしてみたのでありますが、拓植公社の実態というものをお考えおきになるならばおのずから解決がつくものと思います。賢明な総務長官でいらっしゃいますから、これをひとつ十分御検討いただきたい、予算の伴うものはあとにしましても。
 拓植公社が通算をされておりながら開拓団員が通算をされておらないというこの事実は、私は全く片手落ちといわざるを得ないと思うのです。私の申し上げることがきわめてざっぱくで、あるいは申し上げること自体が野党的かもしれませんが、私は自由民主党に所属をしておりますからして、むしろ日本の将来を憂えるために、こういう問題に手厚い援護の手を差し伸べるべきである。それをおかまいなしに、ただ、拓植公社とかあるいは森林公社というものは、ちょっとした役人さんが行かれて、下に民間の人を集めてつくり上げられた。そういう人たちに対して救済の手を伸べて通算を認める。けれども、銃を持たせられ実弾を渡されて、片や警備、片や平和の戦士として満州開拓に入ったそういう人が何ら通算をされないというようなことは、私はまことに遺憾だと思うのです。私は、こういう点こそ政府は考え直すべきだと思います。この点につきまして、総務長官の御回答をいただきたいと思います。
#74
○坪川国務大臣 いろいろと問題点も、事務当局責任者の意見としては、それぞれあるような事態でございます。満州の拓植公社の問題でもございますが、また、そこに移住者として働いていた立場の人々に対する恩給の通算という問題になるわけでございますので、恩給自体の立場から考えると、従来の恩給の目標というものを考えるときに、なかなか問題点が出てくることも十分御理解はいただいておるものと私は拝察いたしておるわけでございますが、そうした立場にいる人の心情も、政治というものはやはり考えていかなければなりません。そうしたところに困難性が非常に多く含まれていることも事実でございますので、そうした点も踏まえながら、より一歩前進した姿でひとつ取り組ましていきたい、こういうような気持ちでおりますのでひとつ御了解願いたい、こう思っております。
#75
○旗野委員 総務長官のおことばを返すようでたいへん恐縮でございますが、この満州国開拓団員の国策農業移民に関する限りは、拓植公社と同様の取り扱いをなすべきであるということで、本委会において、開拓団員というものを加えるように修正をしていただく。そうでないとこれは非常に均衡を欠く問題でありますから、この点をひとつ委員長のほうでしかるべくお取り計らいをしていただきたいと思います。それで私の質問を終わりたいと思います。
#76
○三原委員長 この際、暫時休憩いたします。
 午後一時二十六分休憩
     ――――◇―――――
  〔休憩後は会議を開くに至らなかった〕
ソース: 国立国会図書館
姉妹サイト