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1971/02/02 第68回国会 参議院 参議院会議録情報 第068回国会 公害対策特別委員会 第2号
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1971/02/02 第68回国会 参議院

参議院会議録情報 第068回国会 公害対策特別委員会 第2号

#1
第068回国会 公害対策特別委員会 第2号
昭和四十七年二月二日(水曜日)
   午後四時三十五分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 一月三十一日
    辞任         補欠選任
     杉原 一雄君     加瀬  完君
     占部 秀男君     伊部  真君
     工藤 良平君     片岡 勝治君
 二月一日
    辞任         補欠選任
     加瀬  完君     杉原 一雄君
     片岡 勝治君     鈴木美枝子君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         加藤シヅエ君
    理 事
                金井 元彦君
                矢野  登君
                伊部  真君
                内田 善利君
    委 員
                高田 浩運君
                原 文兵衛君
               茜ケ久保重光君
                杉原 一雄君
                鈴木美枝子君
                小平 芳平君
                栗林 卓司君
                加藤  進君
   国務大臣
       厚 生 大 臣  斎藤  昇君
       国 務 大 臣  大石 武一君
   政府委員
       環境庁長官官房
       長        城戸 謙次君
       環境庁企画調整
       局長       船後 正道君
       環境庁自然保護
       局長       首尾木 一君
       環境庁大気保全
       局長       山形 操六君
       環境庁水質保全
       局長       岡安  誠君
       厚生省公衆衛生
       局長       滝沢  正君
       厚生省薬務局長  武藤き一郎君
       通商産業省公害
       保安局長     久良知章悟君
       通商産業省化学
       工業局長     山形 栄治君
   最高裁判所長官代理者
       最高裁判所事務
       総局総務局長   長井  澄君
       最高裁判所事務
       総局民事局第一
       課長       川嵜 義徳君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        中原 武夫君
       常任委員会専門
       員        菊地  拓君
   説明員
       労働省労働基準
       局安全衛生部長  北川 俊夫君
       自治大臣官房参
       事官       立田 清士君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○理事補欠選任の件
○公害対策樹立に関する調査
 (昭和四十七年度環境庁の施策に関する件)
 (公害対策樹立に関する件)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(加藤シヅエ君) ただいまから公害対策特別委員会を開会いたします。
 まず、委員の異動について御報告いたします。
 去る一月三十一日、杉原一雄君、占部秀男君及び工藤良平君が委員を辞任され、加瀬完君、伊部真君及び片岡勝治君がそれぞれ補欠として選任されました。
 また、昨一日、加瀬完君及び片岡勝治君が委員を辞任され、杉原一雄君及び鈴木美枝子君がそれぞれ補欠として選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(加藤シヅエ君) 次に、理事の補欠選任についておはかりいたします。
 委員の異動に伴いまして、当委員会の理事が欠員となっておりますので、この際、理事の補欠選任を行ないたいと存じます。
 選任は、先例によりまして、委員長にその指名を御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#4
○委員長(加藤シヅエ君) 御異議ないと認めます。
 それでは、理事に伊部真君を指名いたします。
    ―――――――――――――
#5
○委員長(加藤シヅエ君) 公害対策樹立に関する調査を議題といたします。
 大石環境庁長官から所信を聴取いたします。大石環境庁長官。
#6
○国務大臣(大石武一君) 第六十八国会における参議院公害対策特別委員会の審議に先立ち、環境保全行政に関し私の所信を申し述べ、委員各位の御審議の参考に供したいと存じます。
 わが国経済の急速な拡大と都市化の進行の過程で生じつつある公害と自然環境の破壊が、今日ほど国民の関心の的となっているときはありません。
 このような情勢を背景に、昨年の七月に、委員各位の御尽力により、新しく環境庁が設置されてから早くも七カ月を経過いたしました。
 この間、私は、自然保護と公害対策を車の両輪とする環境保全行政の推進に全力を尽くしてまいりました。しかし、環境保全行政はまだその緒についたばかりであり、環境問題の解決のためには、なお一そうの努力をもって積極的かつ勇敢に取り組んでいかなければならないと考えております。
 昭和四十七年度の政府の環境保全行政は、各省庁の有機的な連携のもとに総合的に推進することとし、各般にわたり施策の強化拡充をはかることといたしました。すなわち、各種公害にかかる環境基準、排出基準の設定強化、環境保全のための長期ビジョンの作成、公害防止計画策定の促進等公害防止のための総合的な施策の積極的な展開をはかることとしたほか、公害防止事業に対する財政投融資、税制を含む各種助成措置、下水道、廃棄物処理施設等の公害関係公共施設の整備を飛躍的に充実させるとともに、公害関係研究の推進をはかるため、試験研究予算の一括計上及び国立公害研究所の設立のための所要の予算措置を講ずることとしたのであります。
 また、自然環境の保護及び整備をはかるため、新たな自然保護法制の確立、交付公債による民有地の買い上げ制度の創設及び鳥獣保護対策の強力な推進等をはかることとしております。
 以上のような政府の環境保全行政の基本的な方向に沿って、環境庁においては特に次の諸点に重点を置いて行政を推進してまいりたいと考えております。
 まず、公害対策といたしましては、第一に、大気汚染、水質汚濁等の各種公害にかかる環境基準、排出基準等の設定強化並びにこれらの監視測定体制の整備等の推進であります。
 大気汚染に関する環境基準につきましては、本年一月に、浮遊粒子状物質の環境基準を設定いたしましたが、引き続いて窒素酸化物、鉛等の環境基準につきましてもできるだけ早い時期に設定したいと考えております。
 また、大気汚染に関する排出基準につきましては、昨年十二月に、硫黄酸化物の排出基準を昭和四十八年に全国の大部分の地域が環境基準を維持達成し得るように強化改定いたしたところでありますが、今後はさらに排出基準の強化をはかるとともに、自動車排気ガスについても思い切った基準強化を実施することといたしたいと考えております。
 水質汚濁に関する環境基準につきましては、水域類型の当てはめを引き続き推進するとともに、環境基準が未設定である有機塩素等について項目追加のための検討を進めてまいることといたしております。また、水質汚濁に関する環境基準を維持達成するため、水域の実情に応じて都道府県が行なう国の排出基準よりきびしい排出基準の設定につき指導する等、水質汚濁防止法による排水規制の強化をはかることといたしております。
 騒音対策につきましては、特に昨年十二月、東京空港及び大阪空港について、当面緊急を要する航空機騒音対策の指針を定め、その達成について運輸大臣に勧告したところでありますが、今後は航空機騒音についての環境基準の設定を急ぐとともに、鉄道騒音等その他の特殊騒音についても環境基準の設定につとめてまいりたいと考えております。
 地盤沈下に関しましては、近年における地盤沈下の広域的進行に対処するため、地盤沈下の実態把握、メカニズムの解明を深めるとともに、地下水採取規制地域の拡大、地下水採取の許可基準の改定等、現行の地下水採取規制法令の適正な運用につとめてまいるほか、地下水の採取規制のあり方、地下水の水源転換の促進等について検討を進め、地盤沈下を防止するための新しい法制度の整備を含む総合的な地盤沈下対策の確立をはかってまいりたいと考えております。
 土壌汚染に関する環境基準につきましては、カドミウム及び銅についてすみやかに基準を設定するとともに、土壌汚染対策地域の指定、対策計画策定の推進等土壌汚染防止法の適正な運用をはかることにより土壌汚染の防止に積極的につとめてまいりたいと考えております。
 このほか、悪臭防止に関しましては、本年五月に悪臭防止法の関係法令を整備して同法を施行するとともに、振動等現在規制が行なわれていない公害に関しましても、調査研究を進め、これらの防止のために全力をあげて取り組むことといたしております。さらに廃棄物による環境汚染を防止するため、廃棄物に対する規制の強化等をはかってまいる所存であります。
 以上のような公害の規制を効果的に行なうために、地方公共団体に対し、計画的に、各種の公害に関する監視測定機器の整備及び監視測定事業の実施についての助成を行なうことといたしております。
 また、公害防止施策の総合的実施の基礎となる公害防止計画については、これまで十五地域について計画策定の指示をしてきておりますが、当面現に公害が著しい地域等について計画策定の促進をはかることが急務と考えられますので、来年度においては、富士等五地域について計画策定の指示と計画の承認を行なうとともに、新たに十地域について基礎調査を実施することとしております。
 第二は、不幸にして公害の被害を受けられた方々の救済であります。これにつきましては、現在、公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法に基づき、公害病認定患者に対しまして、医療費のほか、医療手当及び介護手当の支給が行なわれておりますが、来年度におきましては、医療手当の額を引き上げるほか、医療手当及び介護手当の所得制限の緩和を行なうとともに、対象地域を拡大するなど制度の大幅な改善をはかることとしております。
 また、公害による被害者の保護の重要性にかんがみ、公害にかかる事業者の民事責任につきまして、無過失損害賠償責任制度の創設に関する法律案を今国会に提出し、その成立を期したいと考えております。
 第三に、公害の防止等に関する調査、試験研究の推進並びに職員研修の充実であります。光化学スモッグをはじめ、PCB、窒素酸化物、振動等新しい公害に対する対策の早急な確立が要請されている実情にかんがみ、これらの公害の発生メカニズムの解明と防止対策の確立をはかるため、調査及び試験研究の推進をはかることとしております。
 また、昭和四十八年度末までに国立公害研究所を設立するため、所要の予算を計上して準備を進めることといたしております。
 さらに、環境保全行政を推進する職員の資質の向上をはかるため、来年度中に公害研修所を設置することとしております。
 なお、瀬戸内海の総合的な水質汚濁防止対策につきましては、引き続き、水質汚濁の実態把握、汚濁メカニズムの解明を進めるとともに、これらの成果を踏まえ、工場排水の規制、下水道、し尿処理施設の整備等の施策を推進してまいりたいと考えております。
 次に、自然保護対策について申し上げます。昨今、自然保護の必要性が国民一般から強く要望されてきたことは、私の非常な喜びとするところであります。
 昨年の自然保護行政は、問題点の発掘に主眼が置かれてまいりましたが、今後はその成果を踏まえ、次のような施策を実施することにより自然保護対策の強力な推進をはかってまいる所存であります。
 まず第一には、わが国の自然を総合的な観点から保護するため、良好な自然環境の保全に関して基本となる事項を定めるとともに、守るべき自然の地域を明確化し、原則として、人為を加えず厳正に保護すべき区域や、ある程度の開発を認める区域を設定して、自然の状態に即応した開発規制を行なうことを内容とする新しい自然保護法制を確立することとし、目下、鋭意その準備を急がせておりますが、ぜひ今国会に上程し、その成立を期したいと考えております。
 第二は、交付公債制度の創設であります。国立公園内の特別保護地区等に所在し、私権との調整上、当面特に緊急を要する区域を対象として、都道府県の交付公債により買い上げることにより、自然環境の厳正な保護をはかることとしております。
 第三は、自然公園関係の施策の推進であります。沖繩の西表等につきましては、すみやかに国立公園または国定公園の指定を行なってまいるほか、国立公園の施設整備の促進及び管理体制の強化、東海自然歩道の全線開通の早期実現、国民休暇村の新規指定等についても十分意を用いてまいる考えであります。
 第四に、鳥獣保護対策についてでありますが、近く日米鳥類保護条約が締結される運びとなっておりますので、この条約の締結に伴う国内法制の整備を行なうとともに、条約関連事業として、渡り鳥調査のための鳥類観測ステーションの設置、渡り鳥の渡来地である干潟の調査、絶滅の危険にある鳥類保護のための調査等を実施し、渡り鳥等の鳥類の保護対策の確立につとめてまいる所存であります。
 また、国民に鳥獣保護思想の普及啓蒙をはかるため、野鳥の生態観察を目的とした「野鳥の森」構想の実現をはかってまいりたいと考えております。
 このほか、本年六月にはスエーデンのストックホルムにおいて国連人間環境会議が開催される等、環境保全に関する国際協力はますます緊密化しており、わが国もこれに積極的に参加することとしております。
 以上所信の一端を申し述べましたが、環境保全行政推進のために、今後とも、本委員会及び委員各位の御支援、御協力を切にお願い申し上げる次第であります。
 何とぞよろしくお願いいたします。
#7
○委員長(加藤シヅエ君) ありがとうございました。
    ―――――――――――――
#8
○委員長(加藤シヅエ君) 次に、公害対策樹立に関する件について質疑を行ないます。
 質疑のある方は順次御発言を願います。
#9
○杉原一雄君 第一点は、土呂久鉱山の鉱害の問題。いま一つは、公害研究会が最高裁の指導のもとに行なわれているというこの事実。この問題をめぐって質問をしたいわけですが、第一点の土呂久鉱山の問題も、実は、私も公害に常に関心を持って臨んできたつもりでおりましたけれども、この事実は知りませんでした。ただ、先月の十八日、甲府で行なわれた日教組の教研集会最後の日に、公害の分科会に出席いたしましたところ、土呂久の岩戸小学校の斉藤君が私のところへかけつけてまいりましてその実情を訴えたので、実はぼくもびっくりいたしました。その後、新聞、テレビ等の非常な協力でこの問題の本質を発掘いたしてくれまして、全国民の問題となりつつある今日の現状において、当委員会において、公明党も共産党も非常にこの問題について関心を持ってきょうの委員会に臨んでおられることは承知いたしております。そこで、私、質問することが概括的になるかもしれません。あとは公明、共産、民社の皆さんのほうからも、現地調査をなさったようでありますから、詳しく指摘していただくことがより問題の本質を明らかにし、結論的には、そうした状況下にある救われざる――被害者と申したほうがいいと思いますが、これに対する適切な対策が国策の面で行なわれることを期待することが可能でないだろうかと思います。
 そういうことで、大きな第一の第一点として、まずこの鉱山の歴史的経過、そしてそのつど起こってきた問題点を――これは、すでに通産当局が現地調査なり書類審査によってある程度のことが解明されると思いますからお聞きしたいわけでありますけれども、ばく然と歴史的経過と聞きましても、慶長年代から銀山として出発した鉱山のことでございますから、まあ、だらだらと報告されては私の持ち時間もなくなりますから、この中で、特にやはり通産当局のことでございますから、土呂久鉱山に対して過去どのような監督をしてきたか、そのときのその企業の対応のしかた、地域の実態等御報告いただくと同時に、第二点として、いま一番問題になっている亜砒酸の問題でございますから、これはわれわれしろうとにわかるような形で、一体どういう形で製錬され、しかも、現状それがどういう形で中止されながらも、なおかつ問題点があるのかないのか、こうした点を通産当局から冒頭に経過と問題点を明瞭にしぼって御報告をいただきたいと思います。
#10
○政府委員(久良知章悟君) 土呂久鉱山の歴史、それから監督状況、それから亜砒酸の製錬に伴う問題点につきまして簡単に申し上げたいと思います。
 土呂久鉱山は、ただいま先生おっしゃいましたように、約三百五十年前の慶長年間に発見をされまして、大友宗麟、肥後の細川、それから徳川幕府等によりまして稼行を連綿として続けられてきたわけでございます。明治、大正年間にも稼行されたわけでございますが、昭和に入ってから申し上げますと、昭和十年に中島鉱山という九州の地の会社でございますが、鉱区を取得をいたしました。すずを中心にいたしまして稼行をいたしたわけでございます。昭和十九年に一応戦争の影響もありまして休山をいたしました。終戦後にかけまして、帝国鉱発が整理いたしまして鉱区を持っておった時代もあるわけでございます。昭和二十五年に中島鉱山に再び鉱区が返されまして再開をいたしたわけでございます。特に昭和二十九年に鉛、亜鉛の富鉱を発見をいたしまして、これを中にいたしまして鉱山の再開をしたわけでございますが、それと同時に、随伴して出ます亜砒酸鉱を使いまして亜砒酸の山元の製錬を始めたわけでございます。ところが、昭和三十三年に坑内に出水事故がございまして、主要な稼行区を水没いたしました。その後再開をはかったわけでございますが、鉱況は思わしくなかったわけでございます。そういう事情で住友金属鉱山の助力を仰ぎまして、徐々にその傘下に入ったわけでございます。昭和三十七年に休山をいたしまして亜砒酸の製錬もこのときに中止をされておるわけでございます。その後鉱山の再開にかなり努力をいたしたわけでございますが、実を結びませんで、昭和四十二年に鉱区は全部住友金属鉱山に譲渡をいたしまして、会社は解散をいたしておるわけでございます。その後現在まで住友金属鉱山が鉱区を所有しておるわけでございます。
 それから監督の状況でございますが、古い記録につきましてはわかりかねるわけでございますが、鉱山保安法が二十四年に施行をされたわけでございまして、この前後に土呂久鉱山も戦後の再開を見たわけでございます。その後の監督の状況につきましては、昭和二十九年まで、この間は砒素の鉱石を佐賀関の製錬所に売鉱しておったわけでございますが、計八回の巡回監督をいたしております。それから砒素の山元製錬を本格的に始めまして、昭和三十年から三十七年の休山をいたします間につきましては十一回の監督を行なっておるわけでございます。三十七年の十二月に休山をいたしまして鉱山としての活動を停止したわけでございますので、その後巡回検査というふうな処置はとっていないわけでございます。昭和四十三年から休廃止鉱山のいろいろな鉱害その他の問題が顕在化いたしましたし、それから一般的に鉱害防止について監督を強化するということで、休止しておる山に対する巡回ということを再開をいたしまして、昭和四十三年から大体毎年一回ないし三回、計七回巡回をいたしております。巡回のたびに必要な措置について指示をいたしてきたわけでございます。
 それから砒素の製錬でございますが、この砒素はいろいろな形で出るわけでございますが、この鉱山では硫砒鉄鉱と申しますか、砒素と硫黄と鉄との化合物の鉱石が主でございまして、ある場合にはこれに銅が若干入っておるというふうな鉱石であったわけでございます。砒素の製錬をいたしますのは、内径が一メートル、それから高さが三メートルの焙焼炉という円筒型の炉をつくりまして、この炉の中にコークス、それから木炭と鉱石とを混合いたしまして上から投入をする。これに火をつけますと中で燃えるわけでございますが、燃えますと、中の砒素が酸素と化合をいたしまして無水亜砒酸になるわけでございます。この無水亜砒酸は二百度ちょっとこえる温度で昇華をいたしまして、気体になるわけでございますので、これを収砒室――高さ三メートル、それから長さが十三メートル半のこういう収砒室の中に導き入れるわけでございます。収砒室は四つの部屋に区切られておりまして、入りました空気はいなずま型と申しますか、各部屋をくまなくめぐりまして、その間に冷却をいたしまして、昇華いたしました亜砒酸が白色の粉末として収砒室にたまる。最後に空気は八メートルの煙突から放出される、そういうふうな形の製錬をやっておったわけでございます。大体平均しますと、一ヵ月に元鉱にいたしまして三十トンから四十トンくらい、亜砒酸の生産量にいたしまして月に十トン、そのくらいの操業をいたしておったわけでございます。
 以上でございます。
#11
○杉原一雄君 いま説明もそうであったし、これは各委員に配付されたと思いますが、土呂久鉱山についてという通産当局から出たこのプリントも、大体昭和二十四年鉱山保安法適用の時点からということでございますが、しかし、環境庁も調査に行っておいでになりましたから、後ほどいわゆる人的被害の問題等についてお尋ねするわけでございますけれども、これはごく最近あるとかないとか、たいへんその点いろいろな形で報道されておりますので、けじめをはっきりつけておきたい関係もありまして、まず昭和二十四年以前の問題ですが、これは通産として調べる手だてがないのかどうか。少なくとも斉藤教諭が発表した土呂久鉱山に関する年表というのを入手しておいでになると思いますが、斉藤君が足で住民から聞き取った年表、斉藤君だってまだ若い三十前の青年ですから、そういう古老の話を聞いたり、あるいはそうしたものは、ここに録音でみなおさめております。それを斉藤君が年表にしたにすぎないわけですが、これが一つの具体的な努力によってさがしあてた鉱山の歴史です。同時にまた、ここに――これはたぶん杉だと思いますが、これは斉藤君がぼくにくれたわけです。この年輪が物語っている。この年輪に、亜砒酸がいつ多量に生産されたか、いわゆる書かれざる歴史がここにあるわけです。そういうことと、やはり非常に大事でございますので、これは結果的な判断のいかんによる主観だということできめつけられると困るから、私は、このこともあるということで、一応の通産当局の判断の資料にしていただきたい。と同時に、あなた方の立場から、二十四年前にさかのぼって、いろいろ監督行政なり、亜砒酸生産の状況なり、亜砒酸にならない以前の、あるいは銀とかさまざまな、カドミウムもあったんじゃないかと思いますが、そういう生産をした過程、工程とその状況、こうしたものは調べる手だてが全然ないのですか、どうなんですか。その辺のところをひとつはっきりお聞きいたしておきたいと思います。
#12
○政府委員(久良知章悟君) 御承知のように、終戦直前に福岡の鉱山監督局は空襲によりまして被災をいたしまして、鉱業原簿その他重要な書類が焼失をいたしたわけでございます。鉱業原簿等につきましては、その当時得られるあらゆる資料を駆使いたしまして、復元をいたしたわけでございます。過去の貴重な資料が烏有に帰しまして、その後整備をされておりませんので、遠い過去について公式の記録というものは入手できないわけでございます。私どもも、鉱山史、それから過去に毎年一回本邦鉱業の趨勢というふうな形でいろいろ鉱業その他の状況をまとめた資料、その他残されました学術雑誌、それから業界紙等から判断をいたしまして、ある程度の土呂久鉱山の過去の操業の状況ということは描けるわけでございますが、やはり何といたしましても遠い過去のことでございますので、はっきりとした姿、具体的な姿としてはなかなか描きにくいというのが現状でございます。
#13
○杉原一雄君 ここは裁判所でないわけですから、やりとりはしようとは思いませんが、ただ、やはりこうした過去のことは、特にいまの局長の答弁によると、焼けてなくなった、これは絶体絶命なんですが、しかし、それだからといって行政の手が伸びないという、そういうものでもない。斉藤教諭のように、こまめに体を張って努力することによって、彼なりの年表をつくることは可能であります。でありますから、これは昭和十三年の二月二十三日のことも書いておりますが、このときには――あとから申したいと思いますが、さまざまの病気でたくさんの土地の人が死んでおります。佐藤十一郎さんという人の談話をテープにとっておるわけですが、これが活字にされておる。「亜ひ酸製造が烈しい時には(昭一〇−一六)黒や黄のにごった煙が土呂久南側を中心に谷間をはい向いの土呂久南の家が全然みえなかった」ということも載録されておるわけです。病気等では九人死んでおるわけですが、二百五十人程度の部落で九人が一年で死ぬということは容易じゃありません。「チュウブ、カンゾウ、イのやまい、ハイエン、ロクマクエン、トウニョウビョウ、ロウスイ、サンゴ」、さまざまであります。
 もう一つ彼の年表で注目さるべきは、十六年の二月二十九日であります。この記録によりますと、和合会という会があって、「鉱山の契約満了の件、鉱山との契約は会員の一致により中止(規約会)住民としてはこの年で鉱山との契約を打ち切る気持ちで陳情書も出し反対運動をおこしていた。しかし中島鉱山は再契約をせまっていた。その時福岡鉱山監督署から自分を含めた四人の名をあげ福岡にくるよう要求がきた。土呂久としては、事情に少しでも詳しい長老を二人連れて行くことになり、メンバーは六名であった。福岡鉱山監督署へ行った所、「宮崎県からは土呂久鉱山付近には被害はないといってきた。」と述べた。そのため、口論状態になり現場にきてぜひ事実を確かめるよう主張した。そのため、調査団がやってきた。そうこうするうちに契約切れとなった。戦後にいたり支庁の林野課長らしき人に木を切りたおしその年輪を見せた。この年輪は亜ひ酸製造の盛んな時代は幅がせまく、ぐっとちぢまり、中止後との年輪差がはっきりしていた。その切り株を県に持ち帰ったが、以後県からは何ともいってこなかった。又、東岸寺」云々、この問題はまた別のときに、それますからはずしますが、こういう記録が実はあるわけです。私は、残念ながら斉藤君が集約したこの年表を信用したいと思います。これはひとつ通産当局も、今後のあと始末の問題、行政指導上の一つのヒントとして、これを生かしていただきたいという希望を込めて申し述べたわけでありますが、問題の一の二の問題として、こういう場合に、一体いま被害者がどういう形であるか、公害病であるかどうか、これは環境庁の調査があるから、あとでお聞きしますけれども、そうした病気あるいは非常に若死にをするとか、いろんな例があがっております。朝日も一月二十日の社説でそのことを的確に指摘しているわけですが、三十九歳以下でたくさんの人が死んでいるという事実があげられているわけですが、これは法の体系はどうあろうと、私は、やはり鉱山が、鉱業が進められることによって起こった地域住民の被害であるという断定をしても無理ではないと思います。
 そうしますと、その被害を起こした加害者、それは中島鉱山であり、現在は住友があとを継承しているわけですけれども、鉱業法百九条によって、この鉱業による賠償の責任の問題について、これは一体どういうことになるのか。まあ住金さんは、これは承知しない、中島はどこへ行ったかおらない、こういうことで事が済むのか。もしまたそういう事実を肯定するならば、一切そういうことは泣き寝入りになるのかどうか。これをやっぱり通産当局の、鉱業法百九条ですか、賠償責任の問題として、法解釈の問題として一応見解をここでひとつ聞いておきたいと思います。そうしないと、環境庁に問題を進めるわけにいかぬから。
#14
○政府委員(久良知章悟君) 鉱業法の百九条には鉱害賠償について精細に規定があるわけでございまして、鉱業権の移転があったときに、鉱害とからみ合わせまして、賠償責任がどうなるかということになるわけでございますが、鉱害が発生をいたしまして、そのあとで鉱業権が移転をしたときには、鉱害が発生いたしましたときの鉱業権者と、それから鉱業権を承継した鉱業権者とが連帯して賠償の責めに任ずるということがきめられておるわけでございまして、この条文に関する限り、この鉱害が起きましたのは中島鉱山の時代だったのかと思うのでございますが、現在の鉱業権者である住友金属鉱山とが連帯して賠償責任を持つということになるわけでございます。
#15
○杉原一雄君 それでは、次の問題として、非常にこの問題を見るとおそろしいことだと思うんですが、こうしたことは、昨年、私、松尾鉱山の問題で当委員会で指摘したわけですが、休鉱ないし廃鉱、廃止された鉱山等が全国にたくさんあると思うんです。問題を発見されないままに放置されていたり、いつとはなしに、からだもおかされているという地域もあるいは存在するかもしれない。土呂久の問題を提起されてから、私たち政治家の一人としてその点非常に危惧するわけですが、全国的にこの種の松尾鉱山ないし土呂久のような休鉱、廃鉱の状態にあるもの、現状ただいまどれくらいあって、同時にまた、そのあと始末が適切に鉱山保安の立場から行なわれているかどうか、通産当局としてそういうことについてつかんでおいでになる点を明らかにしていただきたい。
 最後に希望として、つかまれていない点がまだ存在するだろうと推定されますので、そういうことについて通産当局が、それこそ長官の所信表明じゃないけれども、情熱を傾けて取り組むという計画なり意欲があるのかどうか、これをひとつお聞きしたいと思います。
#16
○政府委員(久良知章悟君) この土呂久と同じよな立場と申しますか、条件の山が現在どういうふうになっておるのか。それからそれに対する対策をどういうふうにしようとしておるのかというお尋ねであろうかと思うわけでございますが、非常にむずかしい問題であるわけでございます。現在この土呂久の山で見てみましても これは慶長年間からやっておるということでございますし、非常に鉱山の歴史というのは古いわけでございます。この鉱業法もしくはその前の法律に基づきまして、はっきりと法制のもとで鉱業がやられた時代のほうがむしろ短かい状況でございます。私ども、推定でございますが、全国にかつて稼行をされまして現在では捨てられておる――これは休止鉱山、廃止鉱山という形になるわけでございますが、こういう形の山が現在五千ないし六千ぐらいあるのではないかというふうに考えておるわけでございます。昭和四十四年までに一応こういう山につきまして概査をいたしまして、この五千以上の山の中で千五十鉱山――これは全部休廃止でございますが、につきましては、さらに精査が必要であるというふうに考えまして、この千五十についてリストアップをいたしたわけでございます。この千五十の山につきましては、昭和四十五年度から四カ年計画で、四十八年までかかるわけでございますが、再調査をいたします。現在これが進行をいたしておるわけでございます。現在までに約三百八十の鉱山の調査を行なったわけでございまして、砒素関係の休廃止鉱山につきましても、この計画の中で順次調査を進めておったわけでございます。この調査によりまして、鉱山の稼行したときに出ましたズリでありますとか、それから製錬のときに出ましたカラミでありますとか、堆積物等の流出防止でございますとか、それから排水路の整備であるとか、坑口の閉塞であるとか、そういう必要な鉱害防止工事を鉱業権者に指示をいたしまして、実施をしておるわけでございますが、鉱業権者に実施能力のあるのはそのうちの一部分でございまして、やはり長年の間には鉱業権者に変遷がございますし、あるいは行くえが知れない法人については解散をしておるというふうな状態にあるわけでございまして、こういう山につきまして、やはり緊急に防止工事を要するというものにつきましては、これは本年度から休廃止鉱山対策といたしまして、本年度別八千万、それからただいま御審議をお願いしております四十七年度の予算につきましては約二億四千万の予算を投じまして、国が三分の二、県が三分の一の費用を負担いたしまして防止工事を進めようということでやっておるわけでございます。
 それから、そのほか、鉱業権者のはっきりしております場合におきましても、やはりある程度の金の用意がないと、なかなか防止工事も円滑にいかない場合もあるわけでございますので、現在の鉱業協会の加盟会社を中心にいたしまして、昨年、金属鉱業鉱害基金というものを設立をいたしまして、一定の金額を毎年拠出をさせる。これによって基金を充実させまして、鉱山が休廃止したときの鉱害防止の工事に万全を期そうということで発足をし、進めておるわけでございます。
 こういう二つの方法でやっておるわけでございますが、先生御指摘のように、問題はなかなか急を要するものが多いわけでもございますし、事情も複雑になってきておるわけでございますので、こういう点につきましては、私どもといたしましても、重点的に早く効果をあげ得る監督のやり方というものを進めていきたい、そういうふうに覚悟を新たにしておるわけでございます。
#17
○杉原一雄君 それでは、もう一度土呂久に戻りますが、先ほどいただいたこれによりますと、四十七年の一月十九日から二十五日まで「追跡検査および広域精密検査を実施」と書いてあります。これが二十五日でありますから、もう局では整理されておると思いますが、この検査のいわゆる主目的ですね、どこに置いて、その結果がどう出て、そしてその結果に対して、いま住友金属がやはり鉱業権者ですから、この住金にいわゆる指示を与えるというような意味のことがどのようなことで行なわれ、あるいは県に対してどのような指導が行なわれ、地域住民に対してどのような説得工作が行なわれているのか、行なわれようとしているのか。もうこの結果が出ているのですから、公害保安局では、どう集約して、どのような行政措置をいまとろうとしているのか、とっているのか、そのことをお聞きしたいと思います。
#18
○政府委員(久良知章悟君) 土呂久につきましては、この砒素の鉱害が問題になっておるわけでございます。砒素についての鉱害と申しますと、鉱煙による鉱害と、それから水による鉱害があるわけですが、そのほか、砒素とは関係が薄いわけでございますが、鉱滓、それから製錬カラミというふうなものの崩壊の問題もあるわけでございますが、中心はやはりこの砒素になるわけでございます。煙につきましては、これは昭和三十七年に焼き取り製錬を中止いたしておりますので、現在では鉱害源ではないわけでございます。おもに水の問題があるわけでございます。水につきましては、あの地区にかなりな休鉱――休鉱と申しますか、過去に稼行いたしまして現在放置されている坑口があるわけでございまして、そういう坑口、それからこの過去に堆積されましたズリとかカラミ等から浸透をして出ます水の中に砒素が入っているのか入っていないのかというふうな問題が中心になるわけでございます。そういう点について、この土呂久鉱山だけではなくて、あの地帯につきましては、まあかなり有名な鉱山地帯と申しますか、かなりな数の小鉱山が散在をしている地域でございます。過去から非常に長い間稼行をされた歴史があるわけでございますので、そういう点について、この砒素の入った水が出ているか出ていないかという点を中心にして調査をやったわけであります。現在、分析をいたしておる最中でございますので、まだまとまった結論は出ていないわけでございますが、この調査の結果、もしいろいろな工事が必要であれば、やはり検査をして実施をいたさすというつもりでおります。
#19
○杉原一雄君 それでは、またあと戻りするかもしれませんが、一応環境庁のほうにお伺いしたいと思いますが、この問題が顕在化してから、環境庁から調査官を派遣して、地元の宮崎県と協力して調査されたと言われておりますが、また、あとほどたいへんいろいろ問題が出ておるようでありますが、いま環境庁に集約されている被害の実態と申しますか、被害を分けて、道路が決壊したり自然が破壊されたり、特に私たち非常に心配するのは命の問題ですが、人間被害、健康被害がどういう形でかあるのではないだろうか。それが公害病であるとか、救済法の適用を受けるとか受けないとかいうことは二の次にして、一応現状ただいまどうであろうかという調査の結果に大きな期待を寄せるわけでありますが、あわせて過去の問題はたいへんですが、先ほど通産当局にも申したように、過去の問題等については、かなりむずかしい問題がある。しかし、私は、意地悪なことを言ってもいけませんので、思っていることだけざっくばらんに申し上げますと、斉藤教諭からいただきました先ほどの資料によりますと、何の太郎兵衛が何月幾日何の病気で死んだと。現在だって二百六十人に満たない人口ですから、それこそ情熱と足まめでやれば、そういった調査は私はできると思います。そういった大まかなデータを持っておりますが、だからそういうことを持っておりながら、含んでものを言うのは失礼でありますが、いまここで客観的にものが進んでおるわけでありますから、環境庁として、現在掌握しておいでになる、先ほど申した環境破壊の実態、人間被害の実態等、調査の結果について御報告をいただきたいと思います。
#20
○政府委員(船後正道君) 土呂久休止鉱山における砒素問題につきまして、まず初めに経過を簡単に御説明申し上げます。
 昨年十一月のことでございますが、土呂久鉱山の所在いたします高千穂町の地元の小学校の斉藤教諭から、同町土呂久地区におきましては、過去の無水亜ヒ酸の採取等によりまして、地域住民に健康被害があるというような意見の発表がございました。
 宮崎県におきましては、このような事態に対処をいたしまして、昨年の十一月から環境調査を実施するとともに、県医師会の協力を得まして、土呂久地区の社会医学的調査も実施いたしたのでございます。これらの調査の結果に基づきまして、去る一月二十八日、中間報告を行なったわけでございます。
 環境庁におきましては、かねてからこの問題につきまして宮城県から緊密な連絡をとっておったのでございますが、この中間報告の機会に、担当官を派遣いたしまして、調査結果の事情聴取等を行なったものでございます。
 そこで、この中間報告の概要を簡単に申し上げますと、まず健康調査でございますが、あとで申し上げますように、社会医学的調査につきましては、県におきましてさらに引き続き精密検査等を実施することといたしておりますが、現段階におきましては、この中間報告の資料によりますと、この土呂久地区と環境及び社会的条件がきわめて類似しておるというふうにして選び出されました対照地区と比較いたしまして、土呂久地区で特に死亡者が多い、あるいは若死にしたというような所見は見られておりません。
 また、国民健康保険の受療状況からみましても、土呂久地区に特に病人が多いというような傾向も見られておりませんし、それと関連するような疾病につきましても、ほぼ同様の傾向を示しております。しかし、昨年十一月からことしの一月にかけまして、県医師会が行ないました一連の健康調査の結果によりますと、精密検診を必要とするものが八例認められました。そのうち、現在三名につきましては砒素の暴露歴が確認されております。いずれにいたしましても、この精密検診者の所見と砒素との関連につきましては、今後の精密検診の結果を待って判断することになるわけでございます。
 次に、環境調査といたしましては、河川及び飲料水の水質、農産物、土壌、鉱物中の砒素等について実施いたしておりますが、飲料水の水質、土壌、鉱物中の砒素等に関しましては、水道水質基準を満たしていないとか、あるいは一般農作物中の砒素含有量と比較いたしまして、特に差異があるというような所見は現在のところ見られておりません。ただし、河川水の水質につきましては、一部の測定点で環境基準を若干上回る砒素の濃度があげられております。
 以上申し上げましたような中間報告の所見は、主として昨年十一月からことし一月にかけて行なわれました調査資料をもととして得られたものでございまして、なお、最終的な結論に達するためには、これらの調査の継続や、補足的な調査の実施が必要であると考えられます。したがいまして、今後の問題といたしましては、さきに申し述へました八名につきまして早急に――これは熊本医大と県立延岡病院を指定いたしておりますが、入院の上精密検査を実施するほか、さらに一般住民につきましても、未受診者も若干名おりますし、さらに不安を訴えておる住民もおりますので、これらの健康調査、また河川や浸透水の水質調査、ズリ山の重金属調査などの環境調査を引き続き進めることといたしております。
 環境庁といたしましては、県が実施いたしますこのような調査につきまして適切な指導援助を行ない、その結果によりまして今後適切な対策を立ててまいりたい、かように考えております。
#21
○杉原一雄君 通産当局は、先ほど、水の中に砒素がどうだこうだということ、まだはっきりわからないと言われたわけですね、こちらのほうは、わかったと言っておるわけですよ。それの連絡はなかったわけですか。
#22
○政府委員(久良知章悟君) 土呂久の砒素の状況につきましては、これは問題が起こる前から私どもも測定をいたしまして承知をいたしておるわけでございます。
 それから、先ほど測定中だと申し上げましたのは、広域調査といたしまして、土呂久を含むあの地帯一帯の調査を一月の中旬にやったわけでございまして、そのときに採取しました分析資料を現在分析中でございますと、そういうふうに申し上げたわけでございます。
#23
○杉原一雄君 いまのこちらのほうの局長から発表されたのは、二十八日でしょう、調査の結果。ところが、それに対して地域住民は怒りを込めてふんまんをぶちまけているわけでありますが、それはそれでよくわかる、私は斉藤君の報告を信頼したいから。そこできょうの朝刊ですね、朝日新聞の朝刊だと思いますが、中間報告は不十分だと宮崎県が認めたという発表があるわけですね。この辺のところ、局長、これは一体どうなっているんでしょう。
#24
○政府委員(船後正道君) 先ほども申し上げましたように、一月二十八日の所見は中間報告のデータに基づくものでございまして、なお今後実施すべき調査、継続調査すべきものがございますほか、補足的な調査も必要でございます。
 そこで、現在県と打ち合わせをいたしまして、まず八名の方につきましては二月の中旬ごろから、住民の方々は、いろんな御都合があるようでございますが、中旬ごろから熊本医大、県立延岡病院等で入院あるいは通院検査をする、このように考えております。
 さらに健康調査につきましては、補足的なことを実施いたしますほか、疫学的な調査につきましても、なお補完すべきものがあるわけでありまして、肺ガンの死亡者などの暴露歴をさらに疫学的に詳細に調査する必要もございますし、小、中学校生徒の体位、体力の調査もする必要がございます。このような疫学調査、さらに、先ほど申しましたように、環境調査といたしまして、飲料水の水質調査ということを宮崎県のほうで申し上げたのではないか、かように私は考えます。
#25
○杉原一雄君 ここに報道されていることは、局長のいまおっしゃったことよりも、もっと秩序立って報道されているわけです。
 第一は、「土呂久以外の休廃鉱山でも住民に健康被害を与えた恐れのあるものは、操業最盛期まで」、これは非常に大事だと思います。「さかのぼって住民の健康被害、環境汚染を掘起し対策をとる」、第二点は、「第三次検診の対象者八人以外の人でも、いつどの程度、亜ヒ酸と接触したかを本人から詳しく調べる」、それから第三点として、「また検診対象者が入院検診中の生活保証を望めば、前向きに検討する」、ということを県の立場――おそらく環境庁の指導も入っているんではないかと思いますが、この点は御承知であるかどうか、あわせてこうした方向には環境庁は積極的に協力するかどうか、その辺のところをお聞きしたいと思います。
#26
○政府委員(船後正道君) ただいまの御指摘のうち、第一点につきましては、県でも県下の休廃止鉱山につきまして広くこの際調査をする、こういうことでございまして、あとの二点につきましても、県のほうのそのような計画、私ども承知いたしております。
#27
○杉原一雄君 私たち国民としては、こうした問題について正確に一日も早く問題の真実を究明していただいて、的確な処置、対策をとっていただきたいと希望いたします。これはみな共通だと思うんです。そうすると、中間発表が二十八日にあって、県がまた重ねて、きのうですか、これは不十分であったということを記者団の皆さんに発表しなければならないというところに、いわゆる公害行政、中央、地方を通じて若干の問題点が存在するようであります。このことは、長官もおいでになりますが、私、総理大臣でありませんから承知しておりませんが、二月一日の閣議の中で、中村行管長官から、公害行政について欠陥だらけだということで指摘をお受けになった。それだから、長官として、行管からのそうした公害行政に対する指摘、いわゆる資料の不足とか、予算の不足とか、人的不足とか、いろんな問題が指摘されているわけですが、こうしたことを受けながら、それを長官としては腹に据えておられると思います。そういうことを据えながら、先ほど、ことしからやることの所信表明をいただいたわけですが、いま、より具体的な問題として、土呂久の問題について通産当局から現状並びに歴史的な報告があり、環境庁としては、現実に調査に入った結果を二十八日に発表し、それを一日に訂正するというようなことで、私たちかりに第三者の立場ということが許されるならば、そういうことでかなりへまがあるというふうに考えるのは、これは当然だと思う。そういうことを長官が踏まえられて、まず土呂久の問題について、それぞれ役所の立場もございましょうけれども、いわゆる公害行政という位置づけをするとすれば、公害行政の立場から、土呂久の問題の中から一つの教訓として、今後行政面でどうこれを生かそうかといったようなことなど、長官として見解がまとめられてしかるべきでないかと思いますので、最後に長官から御意見を伺いたいと思います。
 私は、この問題は、斉藤君が甲府であのような形をとらなかったら、やはり泣き寝入りになっていたと思います。幸い勇気ある岩戸小学校の斉藤君がこの問題を提起したことによって全国的な大きな問題として展開されてきたことに私は限りない敬意を表したいと思うのでありますが、それだけに、もしこの教師がいなかったら――また、この教師は、教育を通して、子供の顔色を見て、あるいは身体検査を毎年繰り返すことの中から岩戸小学校をほかの小学校と比べてみて、身長、体重、胸囲ともに劣るという動かしがたい客観的な事実等も押えながら、問題の歴史的な追及をはじめ現状分析を行なってきた。
 だから、ここで私が非常に心配するのは、先ほど通産当局から六千ないし五千のたくさんの休廃鉱があるじゃないかという話でしたが、しかも、それが行き届いた対策がとられているかどうか。私は、ほんとうに御苦労さまでしたとはなかなか言えないわけであります。
 そういう点等あわせ考えた場合、土呂久の問題は、そういう意味で、公害行政を進める上において多くの教訓をもっていると思いますが、その点を長官としてまとめて判断と今後の所信表明を簡単にお聞かせいただければ幸いだと思います。
#28
○国務大臣(大石武一君) いろいろとお話がございましたので、まとまっておらないかもしれませんが、私の考えを申し上げたいと思います。
 最初に申し上げたいことは、この土呂久の問題でございます。これが公害病であるかどうかということは、まだ検討中でございます。いまの二十八日の発表も中間報告でございますから、さらにまだまだやらなければならないことがたくさんございます。はたしていろいろな医学的な検査をしますと、たとえば医者のカルテなり、いろいろなものを見て、死因であるとかいろいろなところを検討しただろうと思いますが、まだ十分でなかろうと思いますし、さらに念を入れて、この二百五十人足らずの人々をもう一ぺん見直すことも大事なことだろうと思います。その他、われわれとしましても、まだまだ水質の問題、水の問題、ズリ、カラミ等のいろいろ砒素の問題であるとか、そういうものについては十分に調査がとどいておりませんから、こういうものを十分に調査して、その結果、われわれとしては、正しい見解を出したいと考えておるわけでございます。けさの朝刊でございますか、出ているように、宮崎県の処置、これはけっこうなことでございます。そのような間は生活の保障をするというようなことは、いままでは考えられませんでしたが、幸いに県としてもそういうようなことができるようになった行政のあり方を私はうれしく思うわけでございます。
 斉藤教諭がこのような問題を提起されたこと、これがはたしてお考えのとおり公害病になるかならないか、これはわかりません。わかりませんが、そのような問題を提起された努力に対しては心から敬意を表します。そのように、ただ単にものを教えるというだけでなくて、子供たち全体に対する愛情を持っていろいろなすべての点からそういう問題を掘り起こしていった、そのようなあたたかい教師としての考え方に私は心から敬意を表し、非常にうれしく思います。
 こういう問題は、なるほど土呂久という一地区の小さい問題にすぎないかもしれませんが、こういうことは日本各地にあると思います。いままでの日本の経済の発展の歴史やいろいろなあり方を考えますと、このような何といいますか、非常に生活条件の悪いところに生活しておる人、そういうところの人にはいろいろな問題がたくさんあると思うのです。こういうことは、やはり各地で学校の先生や、そういう方々が中心となって情熱をもって発掘されておるようでございますが、非常にけっこうなことでございます。みんながこうして日本国民に悪い事態を一日も早くそのようなことによって認識をされ、それが解消されるようになることを心から望んでおるわけでございます。もちろん、公害病ときまれば、われわれはあらゆる努力をいたしまして、公害病に対して政府のできること、それ以外のいろいろなことに対しても積極的に努力はいたします。ただ、はっきりしたやはり科学的なこの認定をする基礎が必要でございますので、その間十分に正しい判断ができるまでの努力を続けたいと考えております。
 それから、私は、率直に申しまして、この中間報告を聞きましたときにほっといたしました。と申しますのは、新聞に、不満であるという、何かどういうことで不満かわかりませんが、砒素中毒でなかったということに非常に喜びを感じたのです。かりに砒素中毒の人が非常に多ければそれだけ不幸であります、その人々は。でありますから、もしはっきり――結果はわかりませんが、いまのところ、中間報告では、なさそうだということで一応安堵を覚えました。そしてできるだけそういうような、なおらないような病気にならないことを祈っておるわけでございます。
 そういうことで、まとまりませんが、中間報告でございますので、これだけで全部をきめるわけではありませんから、もう少し精密な検査を宮崎県にも十分連絡、指導いたしまして、検査した結果あらためてその方針をきめてまいりたいと考えております。
#29
○杉原一雄君 それでは、一応土呂久の問題をこれでやめますが、もちろんこの問題は、これから環境、通産両省とも努力されるわけですから、経過のいかんによっては、またこの委員会に顔を出していろいろお聞きしたり意見を述べたいと思います。
 次は、最高裁からお見えになっておりますね、私、富士なんですよ。それで、イタイイタイ病の裁判が六月三十日に第一審を終えて完全に勝ったわけです。いま名古屋高裁金沢支部で第二審が行なわれているわけですが、先般の証人尋問のときに、私も、ぜひとも来いというので傍聴しました。金沢大学の武内教授に対するところの被告側の証人尋問が行なわれ、いわゆる原告側の反対尋問が拒否−拒否というか、断わって、三月十四日、十五日にまた公判が開かれると、こういう状況の中で、いま私が提起しようとする問題は、そういう状況にあって、裁判長が、原告、被告双方の証拠を出して、特に私たち一般人としては、武内教授なんかいまさらなぜのこのこと被告が引っぱり出したかということで非常にふんまんやる方ないくらいなんですが、しかし、これは被告の自由でしょう。そういう状況の中でありながら、私は結審を一日も早く待っているわけですけれども、きのう、三十一日から名古屋高裁金沢支部においてこの公害研究会が始まっているわけですね。三十一日、一日の二日間、金沢大学医学部の教授の本陣良平という教授が講師、十四日、十五日、二十一日、それぞれ日程表がここに幸か不幸か入手できました。
 そこで、私は弁護士経験も何もありませんので、そういうことはほんとうは知らなかったのです。ところが、イタイイタイ病の弁護団の代表者が私のところに参りまして、杉原さん、あれはけしからぬことだと、ああいうことはできないんだと、当事者、被告、原告が了解しているならとにかく、いわゆる裁判法廷の外で、そういう職権によってこの証拠を固めるといいますか、何かそういったようなことをやることは間違いなんだと、だから民事訴訟法を私も調べてみたら、そのところは昭和何年かに削除されているわけですね。そういう状況にあるにもかかわらず、当事者双方にも何ら連絡はなくこういう研究が始まっているのは、これはけしからぬことだと、ぼくら一般常識人にしてみれば、勉強したらいいなと、こういうぐあいに考えるのですけれども、これは法律専門家にとってみるとたいへんなことなんだ、こういうことで、きびしく抗議をしてくれということでございましたが、時間もございませんで、きょう、幸いこういう時間がありましたので、ここへ出ていただきまして、最高裁のこの種の処置について、どういう指導をされたのか、財政的などういう裏づけをなさったのか、同時にまた、このことが民事訴訟法によって妥当なのかどうか、こういうことをお聞きしたいわけです。あえて申し上げるならば、こんな研究会をやらなくても、富山の第一審において、実にりっぱなだれもが納得できるようなすばらしい判決が出たわけです。こんな研究会をやらぬでも堂々と出しているわけです。にもかかわらず、中島裁判長以下二人の判事が何をしようとしてこんなことをいまさらやりだしたのか、われわれとしては、裁判の流れから見れば、もう結審段階なんです。結審段階においてまだこういうことをやっている。しかし、最高裁は言いのがれをするでしょう。公害の問題は新しい問題で、より多く裁判当事者に勉強してもらいたい、場を与えたい、だからかくしたのだということをおっしゃるかもしれませんが、賢明なきょうおいでになっている最高裁の代理者は、そういうことはおっしゃらないと思いますが、結論的に申し上げるなら、私は、弁護団のおっしゃることは正しいと思うし、また、これから続けていこうとするこのことをおやめになったらどうか。これはやめるやめぬはどこできめるのか知りません。知りませんが、やっぱり最高ですから、最高のところできめるような気がする。どうかひとつその辺のところの真相と意図と、今後のこれに対する見解を実は明確にしてほしいと思う。御答弁をお願いします。
#30
○最高裁判所長官代理者(長井澄君) お尋ねの点、多岐にわたりますが、要約してお答えを申し上げたいと思います。
 御承知のように、民事訴訟は、当事者主義と上訴の制度によって審理を尽くしまして、その判断の客観性というものを獲得して当事者の納得を得るように努力いたすたてまえになっております。その点は申し上げるまでもないことと存じます。で、裁判官としては、この訴訟の基本的な構造に忠実に従うことを憲法で義務づけられているわけでございますので、そのような観点で審理を進めていることと私ども信じているわけでございます。
 ただ、お尋ねのような点につきまして最高裁判所がどのような指導をしているかというような問題がございますので、その点についてまず申し上げます。
 公害の裁判につきましては、先ほど来の御質疑の中にも明らかになりましたように、科学的にきわめて困難な問題が含まれているわけでございます。昭和四十四年から公害事件の担当の裁判官の会同、協議会、会同と申しますのは会議のようなものでございますが、裁判官の担当者の集まりを催しまして、この席上、公害事件を実際に担当しております裁判官から、過去における公害事件の審理の経験、あるいは現在当面いたしております問題についてのいろいろな配慮というようなものを出し合ってもらいまして、事件の迅速、適正で公平な処理のために御検討を願っておるわけでございます。その方法について最高裁判所が積極的に、審理はこうあるべきだというような指導はいたしておらないわけでございます。
 このような科学的な問題を含む事件につきましては、裁判官が自然科学上の基礎的な一般的な知識を修得する必要性が、この席上で担当の裁判官からこもごも強調され、そのための施策として、公害調査官制度を設けてはどうか、あるいは近くの大学研究所の専門家の知識をもっと活用してはどうかというような提案がなされたわけでございます。このような提案がなされます理由は、公害事件におきましては、裁判官が自然科学上の基礎的、一般的知識を有しておりません限り、当事者の法律上の主張、事実上の主張を十分に理解し、争点を明らかにいたしまして、それに沿った証拠調べをする、そして出された証拠の価値を適正に判断することがきわめて困難となるわけでございます。このような証拠価値の判断あるいは当事者の主張を論理的に矛盾なく組み立てて審理をするというためには、専門的知識というよりは科学的な一般的な基礎的な知識が必要だということが強く言われたわけでございます。このような関係で公害調査官の制度につきましては、事件がきわめて個別的で類型的でございませんために、この制度の採用は進めることが困難でございましたが、一般的な基礎的な科学知識を勉強するということにつきましては、昭和四十六年度におきまして、このような研究会を実施するために二百五十万円の講師謝金を予算上の措置として取ることができましたので、これを全国の公害事件を係属いたしております裁判所に、一万円から二十万円程度配賦したわけでございます。
 金沢の研究は、この予算の実行として行なわれたものでございまして、これをどのような形で実施するかについては、全く現地の裁判所にゆだねまして、指導はいたしておりません。それで、この関係で講師は八人、そのうち七人が金沢大学の先生方でございますが、身近な専門家の知識の活用ということから、地元の大学の教授、講師に先生を依頼したわけでございますが、ただいま御指摘のように、本件の証人として武内教授が出ておりますので、現地の裁判所では、この点は特に慎重な配慮をいたしまして、師弟の関係、教室の中の関係、閥の関係等も十分に検討いたしまして、内科の武内教授と特別の関係のある人は人選からはずしたということが照会の結果判明いたしました。で、この研究会には、この事件担当の裁判官だけではなく、金沢支部の裁判官、それから、そこに所在する地家裁、簡易裁判所の裁判官の希望者、または金沢弁護士会の弁護士にも案内をいたしまして、第一回の研究会が御指摘のように三十一日に行なわれたわけでございます。この研究会の内容は、先ほど申しましたように、自然科学の基礎的、一般的知識の修得ということでございまして、特に専門的な知識をこの研究会によって得るというようなことはございません。
 それで、職権による証拠調べに類するものではないかという御指摘でございますが、これは基礎的な理解を持つためのものでございまして、このようなものは、当事者主義のたてまえとは矛盾するものではないと考えております。先ほども御指摘のように、やはり問題の点について書物を読み、あるいは権威者の話を聞いて一般的な知識を深めるということがより正しい判断に到達するゆえんであると考えておりまして、これらの問題について深い関心を持ち、正しい論理に従う、ものごとにとらわれない判断というのが裁判官の使命でございますので、派閥によってなされた見解であるからそのように動かされるということは、裁判官としてはあり得ないことと考えております。
 で、金沢の大学、武内教授もおられますけれども、やはり長い歴史と伝統を持っておりまして、医学界における業績は世界的なものでございますし、真理の探究のために自己の研究の結果や所説を曲げるというようなことは、あれだけの権威を持つ大学としてはない、むしろ真理を伝える立場にある先生方をその学識のゆえに尊敬して、その知識を取り入れるということは正しい判断のために必要なことではないかと考えておる次第でございます。
 いろいろと御指摘がございましたので、現地に照会をして調査をいたしましたが、御懸念のような点はございませんし、また訴訟法に定められた手続に違背するような点もございませんので、この研究会を特に差しとめるというようなことは、最高裁判所としては、必要がないと考えまして、特にこの研究会の開催に意思表示をするというような考えは、ただいまのところ有しておらないわけでございます。
#31
○杉原一雄君 ちょっと答弁が長くて時間がなくなったので、鈴木さんに御迷惑かけてはと思うので、私はこれで終わります。
#32
○鈴木美枝子君 東京ですわり込みをしていらっしゃる水俣の患者の方から、去年十二月の二十日、私のところにお手紙をいただきました。手紙をいただいたときに、おかあちゃんの役のようなことをやっている女優である私にいただいたと思いました。議員の私でしたら、もっとお願いする人がほかにいっぱいいらっしゃると思っておりましたので、私は、俳優の私に手紙をよこすということはよっぽどのことだなと思いました。そして行ってみました。それまでの知識は、新聞で読んだり、芝居で見たり、映画で水俣の患者の方の姿を見たりいたしましたけれども、私は健康でございますから、あの方たちの痛みになるところまではなかなかなれませんでした。で、参りましたら、東京駅の前のチッソの会社の中の社長室と書いてありましたその前にふとんを敷いて寝ていらっしゃいました。映画で見るような感じよりは少し健康そうに見えましたけれども、お話を聞いてみると、認定された――「認定」というたいへん冷たいことばなんでございますけれども、新認定ということでございました。その方の奥さんが足が動かないで、たれ流しだと聞いたとき、私は、やっぱりその奥さんのこともしょってきたんだなと思いました。それからもう一人の方は、子供さんが口がきけないで、そしてやっぱりたれ流しで、からだ全身がきかないという、神経を侵された病気なんだなと、だからその人もしょってまた来たんだ、だから、あちらの水俣にいらっしゃる方たちをみんなしょって来たんだという感じを受けました。それがその日私がいた一時間の間の私の感じ方でした。
 そして、幾枚かのビラがありました。そのビラを私見ました。ほかの文化人もいっぱいいましたけれども、そのビラを見て、そのビラには水俣市の名前が書いてありました。いろんな集会があるんですね。その集会の書いたものの中に、町ぐるみの人の意見というのがありました。町ぐるみの人の意見は、他のところから人を引っ張り込んで私たちの恥をさらす必要はないじゃないかと、これは健康な町の人の意見です。私は、それを見たときに、こう感じました。たった一秒の間に感じたことですけれども、この人たちはくにへ帰ったら危険だなと思いました。町ぐるみということばに私は危険だなと。私たちが知っている限りでも、もう十年以上、十五年以上、こういう問題を新聞でときどき見てたんだから。たぶん十五年前のそういうようなことだったら煮詰まっていて、町の人が他の人の意見を聞く必要ないじゃないか、内側なら内側で解決しようじゃないかと。しかし、そういう健康な人が、たれ流しのようなからだをしょってる人にそういう意見を出すことに、私はたった一秒の間でございましたけれども、この人たちはやっぱりせっぱ詰まって東京へ来たんだなと思いました。だから帰らないで、どうにかしてチッソの社長さんに会っていったらいいなと、そういうふうに思いました。それで、初めは何もわかりませんから、ただそう感じた、そう気がついて考えただけで帰ってまいりました。また、あくる日電話がかかってきました。きっと私が貧しいおかあちゃん役を映画でやっているので、何か共通の問題を語りたかったんだろうと思いました。私は役に立たないんだなと思いました。役に立たないといういろいろなことを私はやはり町に住んでいて、たびたび感じることがあります。
 今度、新聞で見ますと、大石先生が乗り出してくださいまして、患者さんからも聞きましたけれども、同じ土俵の上で、会社の社長と、それからたれ流しのそういう病人をしょっただんなさまや、そういう方たちとお会いすることの仲間に大石先生が入ってくださったと、これをものすごく喜んでいらっしゃいましたけれども、一方ではまた、この新聞にも書いてありますとおり、もちろんお読みになっておることと思いますけれども、大臣が結局身を引くようなことになったら私たちは孤立してしまう、それが一番こわいのだと、このことが私にはこたえました。どうぞ大石先生、もう最後まで――先生はお医者さまでいらっしゃいますから、まず先生がお感じになったことは、やはり肉体のことなんだろうと、そういうふうに私は思うのです。ですから、最後までほんとうに見届けていただきたいと思うのです。
 そうして、話を聞きますと、私、三日間くらいのことでしたが、一任派とか、訴訟派とか、調停派とか、このたびいらっしゃった方は自主交渉派と、こういうふうなことばで書かれているわけですけれども、この十五年の歴史の間には、こう分かれていかざるを得ない背景があったのじゃないか。それを全部一切くるめて、自主交渉派の方たちとお会いになるわけですけれども、その背後にしょったそれぞれ分かれた人たちの肉体的な苦しみを一括して、そうしてここに患者さんの、新聞に書いておるように、大臣が途中で身を引いたら困るのだという、私はその心配があるものだから激しく言うことができないのです。どうぞほんとうにお願いいたします。先ほどの問題でも、客観的な病気をちゃんと確認する、調べる場所ですね。ですから、中央公害審査委員会というような、そこへおまかせになりきるというようなことがちょっと心配なのです。そのことはもう大臣がわかっていらっしゃる。なぜか、医者でいらっしゃいますから。
 で、ここに坐り込みをしたとき、机の上に置いてあった数枚のビラの中にこう書かれております。「私達患者は補償処理委の処理みたいに」、このことばは、私たちは、やはり患者さんたちと同じように、そういう受けとめ方をするのです。「私達患者は補償処理委の処理みたいに機械的に処理などされたくないのです。」、このことは、補償金を含めた金と人間の問題がからみ合っているような気がするのですが、私は、去年そこに参りましてから、この問題を気にしながら新聞を見るようになりました。この間の新聞でも、スエーデンのランデル博士、もちろんお読みになっていらっしゃると思うのですけれども、スエーデンでは、公害問題は基本的人権の問題として考えている。この患者の人たちのとらえている処理、処理委の処理みたいに機械的に処理されたくないということは、基本的人権の問題の表現だと私は思うのです。まあ日本では私たちが生きてまた戦後ずっと文化国家ということばでPRされておりました。私は文化の中で仕事をしているつもりでした。一九六〇年ごろから工業国という言われ方、国民総生産ということばが表向きになりました。その恩恵を受けた人はいっぱいいると思います。その事実の中では確かに工業国だと思います。文化国から工業国に移っていくその裏づけには総生産というものがあった。そして、きょうの答弁でも福祉国家ということばが出てきました。戦後ずいぶん表向きの文化国家、工業国家から、そして来年あたりからたぶん福祉国家というふうになるのだろうと私は思います。福祉国家というのがもう少し早くできていたら、この方たちの苦しみも解決の方法があったのではないかと思います。もう一回言わしてもらいます。「私達患者は処理委の処理みたいに機械的に処理などされたくないのです。」と。
 この病気が初めて認定――私は、このことばも使いたくないのですが、一人発見したというふうに私は言わせてもらいます。発見したのは昭和二十八年でした。そのときには奇病といわれた。はっきりわからないのですね、何が原因だか。奇病、伝染病といわれた。そのときにかかった患者さんは女の人でした。田中しず子さんです。その人は二年後亡くなったわけでございますけれども、町ぐるみの人たちが伝染病として受けとめまして、自動車に乗せて病院にも連れていかれないのです、うつるからということで。そしてリヤカーに乗せまして、帰りは死体をリヤカーに乗せて、熊大に行って解剖して帰ってきた。昭和二十八年に初めて熊大へ行って見てもらった。見せたのじゃなくて見てもらったということがあるわけでございます。チッソという会社は、いま七十八億一千三百万円の資本金を持っている。明治四十一年に百万円の資本金で発足している。さすがに工業国だけありまして歴史も長いわけですね。問題は水銀なんだと発見されたのは昭和三十四年ごろでございますけれども、明治四十一年に発足して以後、大正七年でも、漁業組合は水俣工場に対して、汚水、きたない、何かわからないけれども流れてきて、被害賠償を要求しているのです。そして水俣工場へ漁業組合が要求したのに対して、水俣工場は、永久に苦情を申し出ないということを条件にして一千五百円の見舞い金を支払ったという経過が大正七年にあるんです。ずいぶん長かったですね。そしてずっとたちまして、昭和二十八年にたった一人の患者を発見したくらいですから、他にも大ぜいいたんじゃないでしょうか。それまでに、ものすごく大ぜいの人が隠れたまんまになっていたと私は思うのです。
 現在では、鹿児島で一万五十人から六十人くらい、熊本では一万二十人からいるということでございます。しかし、認定――科学的な方法ということですが、現実的な方法で調べますと、一任派が八十九人、訴訟派が四十五人、調停派が三十一人、自主交渉派が十六人、そういう少ない人数の中で、補償金、そのことを言い合っているということになりますけれども、二十八年に発見されてから十六年の間、金に換算できないものがあるんじゃないかと思うのです。
 その点について、幾度も言って申しわけないのですけれども、大石先生、大石先生は去年から環境庁のお仕事をしていらっしゃいますね。去年からですから、この問題については、それまではやはり先生は医者として心配していらっしゃいましたでしょうね。先生、どうぞ御意見を……。
#33
○国務大臣(大石武一君) 何と御返事していいかわかりませんが、私も、このチッソの――ことに認定ということばはおきらいだとのお話でございますが、なるほどこれはあまりあたたかいことばではございません。でございますが、やはり行政というものは法律を基礎としてやらなきゃならぬのでございますので、やはり一応認定ということばを使わなければなりませんので、これはひとつかんべんしていただきたいと思いますが、御承知のように、水俣病の認定ということにつきましては、かなりきびしい基準がございまして、それに合格した者のみが認定されてまいったわけでございます。認定されますと、いわゆる公害病患者としてのいろいろな手当その他を受けることになるわけでございます。それは御承知のことでございますが、私が環境庁に参りましてから、九名の方々の、ことにこの認定をめぐっての提訴というのか、不認定に対する不服の申請があったわけでございます。認定に変えてほしいという。それでいろいろ検討しました結果、御承知のいきさつによりまして新しくいろいろな患者がさらに認定されたわけでございます。
 そのおり、私どもは、要するに患者救済法という法律がございますが、その法律の精神は、できるだけ患者を広く救済せいと、少し疑わしい、多少疑わしい――疑わしいというのは、われわれが普通一般に言う、あの人は怪しい人だ、疑わしい人という意味でなくて、医学的に疑わしいということばは大体その病気を指すのでございますが、ちょっと普通われわれが日常生活で使うことばと医学的に使う疑わしいというのは、意味、考え方が違うのでございます。疑わしいというのは、基礎がある、根拠があってもなくても疑わしいということばを使いますけれども、医学的の疑わしい、この病気の疑いというのは、大体病気であって、それからはっきりきめるのには多少まだ疑問があるという程度のものが疑わしいというのでございますから、相当の基礎があるのでございます。そのような疑わしい患者につきましては、できるだけ広く救済したらよかろうという精神であるという解釈をいたしまして、そのような認定のしかた、患者の見方について、熊本県当局にそのような話をしたわけでございます。その結果、やはりその範囲が広くなりまして、医学的にいわゆる水俣病の疑いのある患者がその後だいぶ認定されまして、だいぶ救済の手が広がってまいりました。今後とも、私は、このような方針で、やはり自分が何も落ち度がなくてもそのような不幸な目にあわれる人のためには、できるだけ広く救済の手を広げることが必要であるという考えのもとに、この方針を続けてまいりたいと思います。
 ただ、その場合に、もちろん公害患者としての認定を受けますと、いろんな手当なり、医療手当その他の手当を受けますけれども、問題は、生活なり、病気の補償の問題がございます。これにつきましては、一応われわれとしては、いまのところ、何としても手をつけるわけにはまいりませんので、やはり責任は企業にあるということになっておりますから、企業とその患者さんの間の話し合いにおいて、その責任を持ってもらうような直接の交渉になっておるわけでございます。そのためには、御承知のような、以前には千種委員会という委員会がつくられまして、その委員会の判断によりまして補償の問題の一部が解決しておるわけでございます。しかし、これに不服の方は、いわゆる裁判を起こされまして、訴訟されておるわけでございます。ところが、御承知のように、総理府の中に、この公害問題に関連しまして公害審査委員会というものがございまして、いろいろと補償の問題だとか、そういう問題につきましては審査委員会にこれを持ち込めば、そこでいろいろと審査をして判断をしてくれる。いまのところは裁判上の根拠ありませんから、これの法的な強制的な権限はありませんけれども、判断をしてくれるという委員会がございます。そこに提訴しまして、そこで判断をしてもらうことも一つの方法でございます。いろんな方法があるわけでございます。
 いま、御承知のように、千種委員会に従って補償を受けられた方と、それに不満で訴訟されている方と、それから会社側が希望して、患者さんも同意されて審査委員会に申し出られた方と、もう一つは、いま問題になっておりますようなすわり込みの患者の方々ですね、会社側と直接交渉によって補償をきめたいと。この四つの行き方があるのでございます。私どもは、すべてとにかくこういうものは円満に解決して、安心して療養しながらりっぱな生活が、りっぱと申しても人間的なりっぱな生活ができるような補償であることを心から願っているわけでございます。
 ただ、今度のすわり込みにつきましては、この会社との交渉がうまくいきませんで、あのような寒空にすわり込みの問題を起こしたことは、非常に残念でございます。こういう問題は非常に憂慮すべきことでございますので、何としてもこういう問題を一日も早く解決してほしいと心から願っておりました。しかし、私どもがそこの中に、いわゆるとめ役に入っていいのかどうかわかりません。権限があるかどうかわかりませんけれども、とにかく人間としてとういうものは早くやめてほしいという希望がございまして、そういう考えを持っておりましたが、幸いに多くの方々からも、たとえばここにおられる小平芳平先生はじめ公明党の方々や、総評の方々や、あるいはわが党の議員の方々でございますが、そういう方々に、おまえ、ぜひ中に入ってあのすわり込みをやめさせるようにして、ほしいという、いろいろな御希望がございました。ようやく、そういうことで、皆さんの協力によりまして大体話し合いがつきまして、今度はお互いにいままでの主張を捨てて、白紙の立場で土俵に上がってお互い直接折衝することになってまいりましたので、私としましても、非常に喜んでいるわけでございます。私としては、自分の立場もございますので、この両者が土俵に上がって、お互いに率直な立場で、考え方で、いままでのこだわりを捨てて、行きがかりを捨てて話し合いをして、できるだけりっぱな解決をされるように努力いたしますが、その土俵づくりまでは私はいたしますけれども、それ以上はできません。しかし、やはりだれかがそこに仲人がいて、仲介役がいなければ話がスムーズにいかないと思います。そういうことで、幸いに地元の沢田熊本県知事が自分がやろうという意欲を、情熱を持っておられますので、患者さんのほうも会社側のほうも、沢田さんでけっこうであると認めましたので、ひとつ沢田さんに仲介を進めてもらって、この問題をできるだけりっぱに、患者側の補償がうまくいきますように心から願っているわけでございます。
 もちろん、私としては、そこから逃げる気はありません。私は、ずいぶん水俣のことについては知っているつもりでおりましたが、やはり患者の代表の方々にお会いして話を聞きますと、それはなるほどお話を聞いてよかったと思いました。さらに、私はいままで水俣に調査に行くことまでやっておりませんでしたが、その話を聞いて、やはりこれは何としても水俣に行って実態を見、患者さんの話を聞くことが一番大事であると考えます。そういう意味で、今月中にはぜひ一度行ってまいる方針でおりますが、そういうことで、私は、やはり何としてもこの土俵に入っていただくように自分が乗り出したのでございますから、何としても逃げる気はありません。最後までも、もちろん公の立場とか、そういうのは別として、最後までできるだけ協力してこれを解決するように努力してまいる決意でございます。
#34
○鈴木美枝子君 患者さんがほんとうに私にも言いました。それから新聞にも書いています。お話している大石長官が引いちゃったらだめだという心配は、これではっきりないということを私聞きまして、ほんとうにうれしゅうございます。どうぞ最後までやっていただきたいと思います。
 それから、一つだけ念を押しておきたいのは、中央公害審査委員会、そういうところもあるというふうにおっしゃいましたが、認定の場合でも――これは厚生省の方や何かいらっしゃるところで言いにくいのですけれども、この場ではいいんでございますね、ここはそういうところですから。そちら側の方がきめる医者によって判断することが、診察する場合でも、からだの弱い人が背中から血をとられたり、一日じゅうかかりまして、通うお金もないそうなんでございますよ。ですから、そういう厚生省の方がきめた医者じゃなくても、もうちょっと少し幅の広いところで認定していただけるようなことも、大石先生中へ入って少し考えてあげてくださいませ。お願いいたします。
 それが一つと、それから、私、このチッソの社長さんには――さっき申しましたように、去年手紙をもらったのも役者としてもらった、だから役者として呼ばれたんだと思っておりますんですけれども、病院を途中で逃げ出してしまったなんていうことを私じかにお話を聞いたんですけれども、あの方たちは九州に帰れない、私は、帰ったらあの人たちの命があぶないなと思った。これは大石先生に頼むことができるのか、こういう場所でもって解決ができるのかわかりませんけれども、暴力団の方が入るんですね。そして私の家へなんかも、やさしいことばだけれども、電話がかかってくる。ここ以外の場所では自分の命を守ることができないんでしょうか。できるようにしていただきたいですね。大石先生、お願いしたい。それのつながりという感じは、やはり金ということになるんでしょうか。法律で解決できない問題。法律だけでも網から漏れるということがありますから、どうぞそういうことによって貧しい――私も貧しい一人でございますけれども、金に雇われた人の力によってつぶされていくことのないように、そこまでお願いしたいと思うのです。それは十分おわかりのことと思いますが、そのことも先生ひとつ確認させていただきたいと思います。
#35
○国務大臣(大石武一君) いま大体四十名ですか、三十名か四十名の方々、それが中央公害審査委員会のほうに審査していただくように同意されているわけでございますが、そこでどういうことで検査をしたり、基準をきめたりするのか私もわかりません。わかりませんが、それはりっぱな公の中央の役所がやることですから、そんないいかげんなことはしないと思います。その患者さんを苦しめないで十分に正しい審査ができるようなことが必ず行なわれると思いますので、そういう御心配は要らないんじゃないかと思いますが、私からもそのことはよくお願いしておきます。
 それからもう一つ、患者さんがくにに帰れないということはありません。二、三回帰っております。私と数回お目にかかった間にもくにに帰られまして、こっちに全部の患者が来ておられるわけではありませんから、やはり地元に、水俣にお帰りになっていろいろ相談をされたり、そうして私のところに返事をされているわけでありますから、そんな命のあぶないなんということはありません。この間、千葉のほうでもめましたのは何かわかりませんが、それは一時的なことであって、そういう心配はありません。水俣の市長もいろいろ心配しまして、できるだけいやらしいことがないように、あたたかい気持ちで迎えてあげるという方針でいるようでございますから、そんな心配はなさらないでだいじょうぶだと思いますし、しかも、そのようにあたたかく迎えることに今後とも市長さんはじめ皆さんに御要望いたしたいと思います。
#36
○鈴木美枝子君 それでは、やっとそうなったのでございますね。私が去年参りましたときには、菊水会という暴力団の方がいらっしゃいました。もちろんこれは七十何億の資本金を持っていらっしゃるところの会社でございますから、たぶんそういうこともあり得るだろうと思いますけれども、私は、その若い菊水会の方がそばへきましたので、こう申しました。あなたも一緒に勉強してみましょう、あなたはお金をもらってそういうふうにしていらっしゃるが、生活でしょうから、まあ、いまそのことについては言いませんけれども、たれ流しの奥さんがいるんですよ、口もきけない子供がいるんですよ。そのことを私もいまここへ勉強するつもりで来たんですから、あなたも一緒に勉強いたしましょうと申し上げましたら、菊水会というバッジをつけていた人も一緒に写真を見るような形になってまいりました。たいへんな資本金で、明治四十一年から続いている日本でも工業的に重要な会社でいらっしゃるわけですから、この人権の問題について、どうぞ先生よろしくお願いいたします。どうもありがとうございました。
#37
○内田善利君 時間がありませんので、端的に土呂久の問題についてお聞きしていきたいと思います。
 まず、通産省にお聞きしたいと思います。
 私、二十一日に現地を調査して参りましたが、まず行って驚いたことには、亜砒焼きがまがブルドーザーでつぶされて姿、形もない。それこそブルドーザーのわだちの跡があるだけでありましたが、これをだれが命じて、どういう理由でつぶしたか、お聞きしたいと思います。土呂久の亜砒焼きがまです。
#38
○政府委員(久良知章悟君) 昨年の十二月に、鉱業権者が監督局の指示で亜砒酸のかまを取りこわしたのではないかということでございますが、実は土呂久の製錬所の亜砒酸のかまにつきましては、昨年の五月に、宮崎県と、それから福岡鉱山保安監督局が共同調査をいたしました。そのときに古い製錬所のかま二基につきまして鉱業権者に処分の指示をいたしましたが、これによりまして、昨年の七月に取りこわしが行なわれたわけでございます。昨年の十二月に取りこわしをいたしましたものは、十一月の巡回検査のときに、土呂久地内にあります製錬がまの内部を検査いたしましたところが、亜砒酸が残留しておったわけでございます。亜砒酸は、御承知のように猛毒でございます。少量でも人命に不測の事態を生ずるおそれがあるわけでございまするので、鉱業権者に指示をいたしまして、亜砒酸は除去する、それから製錬がまは取りこわしまして、付近のくぼ地に埋めてズリでおおう、さらにその上に覆土いたしまして、芝張りをやるということをきめたわけでございます。この製錬がまの処分につきましては、これは鉱山保安監督局と、それから宮崎県の薬務課と、それから高千穂町の保健所の職員が立ち会いまして、有資格者が作業をやったわけでございます。
#39
○内田善利君 私が聞いたのは、だれが命じて、どういう理由でやったかということを聞いているのだ。県が立ち会ったとか、だれが立ち会ったとかということは知っているわけですから。
#40
○政府委員(久良知章悟君) 理由は、ただいま申し上げました非常に亜砒酸そのものが猛毒でございますので、これが放置することによりまして、おもに子供でございますが、なめるとか、口に入れるというようなことから不測の事態が発生するということを予防するためにとった措置でございます。
#41
○内田善利君 それでは、松尾鉱山の亜砒焼きがまはなぜ取りこわさないのか。私は写真を持っておりますけれども、亜砒酸の白い結晶が一ぱいかまにはついている。なぜこっちのほうは取りはずさなかったのか。
#42
○政府委員(久良知章悟君) 亜砒酸の製錬がまにつきましては、土呂久につきましてはいま申し上げた状況でございますが、まだ全国で見ますと、若干残っておることがわかったわけでございます。やはりそういうかまで、将来使う可能性ももうあまり現時点ではないと考えられるわけでもございますし、現在完全な管理が行ないがたくなっておるものについては、なるべく早期に取りこわしをさせる必要があるのではないかというふうに考えておりまして、松尾鉱山の製錬がまにつきましても、一月の三十日から二月の三日に取りこわしをする計画で進んでおるわけでございます。
#43
○内田善利君 先ほどもおっしゃったように、子供にとっても、われわれおとなでも猛毒だという品物なんですから。私の聞くところでは、亜砒酸が九九・八%の亜砒酸だといろ県の調査が出ているわけです。そういうものがこうして松尾鉱山にそのまま放置されておるということは重大問題だと思うのですね。まあ私たちは、これは証拠隠滅だといって大きな声で騒いだわけですけれども、やはり松尾鉱山にはこうして残っているということは、これは重大問題じゃないかと、このように思うわけです。亜砒酸が無毒なものならけっこうですけれども、先ほどおっしゃったように、猛毒であるということであればたいへんなことだと、このように思います。
 この亜砒焼きがまの取りこわしに県と町当局が立ち会ったということなんですが、私の聞くところでは、県の安西部長ですか、は、二回ほどやめてくれと、取りこわしは待ってくれというふうに言ったけれども、通産局のほうで取りこわしてしまったと、こういうことですが、これは事実ですか。
#44
○政府委員(久良知章悟君) 実は、先ほど衆議院の公害特のほうでは、松尾鉱山の亜砒がまをこわすのはけしからぬということで、たいへんおしかりを受けたわけでございますが、現在取りこわしの作業が進んでおるわけでございます。
 それから、この土呂久の取りこわしにつきまして、ただいま県のほうからそういう話をしたはずだというお話でございますが、私どもとしては、そういうお話があったことを全然聞いておりません。
#45
○内田善利君 まあ水かけ論になると思いますから、これ以上追及しませんけれども、取りこわすにしても、また、亜砒酸の白い結晶を取り除くのは早くやらなきゃいけないと思うのです。しかし、かま自体は十年、十数年放置されてきたわけですから、これはやはり残すべきじゃないか。猛毒の亜砒酸は、これはもうすぐにでも取れると思うのですね。ただし、取りつぶすということになると、ブルドーザー入れたりなんかしなきゃなりませんし、この亜砒酸のほうは、これは早く取り除くべきだと、このように思うわけです。この土呂久の二トンの亜砒酸を取りつぶすときに、佐賀関に送ったんですね。その送り方ですね。トラック二台で送ったわけですが、その送り方がどういう方法で送ったか、これをお聞きしたいと思うのです。
#46
○政府委員(久良知章悟君) この亜砒酸は毒物でございまして、劇毒物についての規制を受けるわけでございます。これは厚生省の専管であろうかと思うわけでございますが、私の聞いておりますところでは、ビニールの袋に二十キロずつ分けて入れまして、それをさらに段ボールに入れ荷づくりをして、その段ボールに亜砒酸が入っておるという趣旨の標記をいたしましてトラックで佐賀関製錬所に送ったと、そういうふうに聞いております。
#47
○内田善利君 亜砒酸は、おっしゃるとおりに猛毒だし、純粋に近い九九・八%の亜砒酸ですから、これは厳重なる包装をして送るべきである、このように思うわけですね。そういった点で安全であったかどうか、この辺非常に疑わしいわけです。
 それと、環境庁の調査団は、松尾鉱山並びに岩戸川のほう、こちらのほうは調査されたかどうか、お聞きしておきたいと思います。
#48
○政府委員(船後正道君) 一月二十八日に宮崎で土呂久に関する県の中間報告がございました。その機会に三名の者を派遣いたしましたが、翌二十九日に土呂久の現地を視察して帰ってまいった次第でございまして、松尾鉱山並びに御指摘の岩戸川のほうにつきましては、現地に参っておりません。
#49
○内田善利君 確認しますけれども、調査団は、岩戸川のほうも、松尾鉱山のほうも調査してないということですね。これはまたあとで問題にしますけれども、大正四年から亜砒酸を焼き始めて、住民は被害をこうむったわけです。そうしてまた昭和二十九年に再開して、三十七年までの間にも、和合会等が、あの高千穂の村の住民の方々が亜砒酸の被害を受けたというので、町にも、また県にも福岡通産局にも陳情に行き、また覚え書きをかわし、契約書もとり、何とかして救済してもらおうと思って陳情に行ったわけですが、先ほどもお話があったように、全然取り合っていない。通産局のお話では、猛毒がついている、こういうことであります。しかし、環境庁のほうは、因果関係がなかったと。一体どういうことなのか、私も頭が混乱するわけですが、調査に行った方々は、亜砒酸との関係性はなかった、公害ではなくて労働災害として取り扱ったほうがいいんじゃないかと、調査団の服部さん、そう言ったでしょう。そういう見解、そういうことを考えて、福岡通産局のほうでは、そういった面で行政上の手落ちはなかったかどうか。陳情に来たものをそのまま、村のためになることだから、村の発展のためだからということで、あるいは先ほども杉原委員からありましたように、そういったことで住民の陳情をけっておる。
 それと、施業案を見ますと、昭和二十九年の九月二十八日の中島鉱山の施業案、福岡通産局に出されたものですが、これを見ますと、製錬場の作業要綱では、先ほど言われた、「収ヒ室より亜ヒ酸を取り出す時は、亜ヒ酸まけを防ぐため、防じんマスクとしてゴム製海綿入り防毒マスクを着用せしめ、首に手ヌグイを巻き、木綿、手袋、ゲートルを必ず着用させる」、こういう作業上の条件があります。排煙については、「ヒ鉱焙焼炉で発生するガスと煙じんは、収ヒ室で亜ヒ酸と煙じんを冷却、沈積せしめる。亜硫酸ガス、炭酸ガス等は、連続的に煙突より大気中に少量づつ排出する」、このような施業案。そうして、池田元獣医さんの記録が村の永久資料として残っております。それにも、このようなマスクをかけた工員の方々の状況がるる書いてある。こういったこと等を思いあわせて見ると、やはりこういう被害が出るなということを通産局のほうでは知った上で認可しているわけですね、施業案を認可した、そしてそういう陳情があった。これを受け入れたら、施業案は、これは認定を取り消さなければならない。そういった福岡通産当局の行政面の動き、こういったこと等を考えて、また今度の亜砒焼がまの取りつぶしなどから考えますと、私は、通産行政の何と言いますか、怠慢と言いますか、そういうものを強く感ずるわけですが、この点はいかがでしょう。
#50
○政府委員(久良知章悟君) この土呂久鉱山の再開にあたりまして、地元から通産局に陳情したと
 いうことが言われておるわけでございますが、私
 どもの調べましたところでは、一つは昭和十六年ごろに地元民が陳情したという話と、二十九年と
 二つあるわけでございます。十六年の分につきましては、これは戦前の資料が焼失いたしておりますので、明らかにならないわけでございます。二十九年につきましては、和合会という地元の住民
 の方々で組織をしておられます会と鉱山側と、かなり接触といいますか、交渉をされまして、先生のおっしゃるとおり、契約等を結んだということでございます。その当時承知をいたしておりましたのは、亜砒酸による公害と申しますのが、これが健康被害、それから財産被害と申しますか、農作物、森林等に対する被害と両方あるわけでございますが、通産局では、財産被害のほうについての協定であるというふうに承知をしておったわけでございます。二十九年に通産局に地元の方がみえまして、土呂久鉱山で亜砒酸のかまの再開の計画があるというふうに聞いておるがどうかというお話があったということが現在明らかになっておりますが、特にこの陳情ということではなかったように聞いております。それから施業案の内容についての問題でございますが、やはり亜砒酸の焼き取りがまにつきましては、鉱石の焼成のときにガスが若干漏れるわけでございまして、働く労働者につきましては、やはりある程度の防護が必要だということで、先生御指摘のような施業案の内容を規定をしたのだと私ども考えるわけでございますが、これが拡大をいたしまして地域の住民の方々に被害を与える可能性があるということにつきましては、当時考えが及んでなかったように施業案の内容からは察せられるわけであります。
#51
○内田善利君 施業案には、排煙は少量ずつ排出する、このようにわざわざ断わっておる。これがどんどん出たら――出ると私は思うのですけれども、どうやってこれを少量づつ排煙したか、その辺はつまびらかでないのですけれども、聞くところによりますと、谷間をおおったということなんですから。
 それと、もう一つ聞いておきますが、松尾鉱山あるいは土呂久鉱山で亜砒がまを九九・八%の亜砒酸が二トンも付着したまま放置してあったことは、鉱山保安法違反ではないのかどうか。
#52
○政府委員(久良知章悟君) 焼き取りがまの中に亜砒酸がかなり長い間放置をされておったわけでございますが、先ほど歴史のところにも出てまいりましたが、三十七年にこの土呂久鉱山が休山いたしたわけでございます。その当時におきましては、やはり鉱業権者と申しますか、事業主といたしましては、さらに再開をしたいということで、かなり努力をいたしたようでございます。昭和四十二年に至りまして、どうしても再開ができないということで、鉱業権も住友金属鉱業に移ったようでございますが、私ども、この三十七年の鉱山の休止のときには、やはり再開ということが前提になっておりましたので、特にその破壊といいますか、取りこわしを指示をしなかったわけでございます。四十二年に再開をあきらめたときに、あるいはやはりその時点において取りこわしを指示すべきではなかったかと、そういうふうに考えておるわけでございますが、当時休止をいたしまして、かなり時間がたっておりましたので、そこまで至らなかったというのが実情でございます。
#53
○内田善利君 土呂久にしても、岩戸川周辺のつじらあるいは中野内あるいは萱野、萱野は亜砒酸を焼いたところで、かまを取りつぶしたところですが、あるいは松尾鉱山にしても、非常にズリが多い、それからカラミが一ぱい山のように置いてある。そういった状況を見ますと、鉱山保安局の監督官の方も手が薄いのじゃないかと、そのように感じますけれども、やはりこれは何とかしてこの休廃止鉱山の管理はやらないとたいへんなことになるのじゃないかと、このように思うわけです。
 それと労働省にちょっとお聞きしておきたいと思いますが、従業員の健康管理について、労働省としてはどのように把握しておられたか、そして、当時の被災者の従業員がおるとすれば、その従業員に対して業務上の災害は認められるのかどうか、この二点。健康管理の上で、亜砒酸はどの程度でなければならないという基準があれば基準等教えていただきたい。
#54
○説明員(北川俊夫君) 砒素を扱う業務につきましては、基準法制定当時から有害業務といたしまして、雇い入れの際及び定期に健康診断をするという取りきめをいたしておりますが、その後、職業病の研究等が進みまして、昭和三十四年から特別の健康診断を砒素関係の業務についてはするように行政指導をいたしておるわけです。
 なお、昨年、特定化学物質等障害予防規則というものを新たに制定をいたしまして、いままで行政指導いたしておりましたものを特殊健康診断におきまして法律的に義務づける。それとともに、いま先生おっしゃいましたように、作業場における空気中の砒素の濃度というものを一般の国際的衛生基準にかんがみまして、〇・五ミリグラムパー立米という規制をいたすことにいたしております。ただ土呂久あるいは松尾鉱業が操業いたしておりましたときには、まだそういう基準が法制化いたされておりませんでしたので、行政指導でそういうことは若干手を加えておったのじゃないか、これは記録がさだかでございませんので、推察をいたしております。
 なお、いまお尋ねの業務上のことにつきましては、労働基準法の適用後といいますか、の労働者につきましては、業務上の原因によりまして労働災害疾病になったということが明らかであります場合には、当然さかのぼりましてその補償というものをいたすことにいたしております。
#55
○内田善利君 時間がありませんので、次にいきますが、もう一つ、松尾鉱山に働いていた日本鉱業の従業員が三名ほど、症状は、カルテは慢性砒素中毒症ということで亡くなっておるわけですが、この三人の実態についてお聞かせ願いたい。通産省、わかりませんか。
#56
○政府委員(久良知章悟君) 松尾鉱山は日本鉱業が経営をいたしておりましたので、日本鉱業で調べましたところでは、落水四男さんと言われる労務者の方ですが、大正八年に生まれて、戦前は満州、朝鮮の砒素鉱山で働いておられました。昭和二十二年に松尾鉱山に入られて、昭和二十九年に佐賀関製錬所へ転出された方でございますが、慢性砒素中毒並びにその砒素に発した肺え疽にかかられまして、三十四年に亡くなっておるわけです。その当時、職業病の認定をいたしまして、労災法で処理をされたというふうに、これは会社側の調べでそういうふうになっております。
 それから、あともう一人、奥野さんと言われる方がおられたのではないかという話もあるわけでございますが、この方につきましては不明でございます。当時の松尾鉱山の従業員の中には見当たらない、まあそういうふうな調べを聞いておるわけでございます。
#57
○内田善利君 私の調査では、落水さんと西本、高橋さんという両名のようでありますから、調べていただきたいと思います。
 佐賀関の工場病院で、医者のカルテは砒素中毒症ということで亡くなっておられます。この点については、やはりこの亜砒酸の製錬所がいかに危険であったかということを物語っておると思うのですね。
 次は、環境庁の調査についてお聞きしますが、環境庁の調査団は、きょうの新聞、先ほどの質問にもありましたように、非常にあの中間発表を全面的に認めた発表をされておるわけですが、きょうは、今度は大石長官は公害病としてはいまから検討するんだという先ほどのお話しでありました。そして砒素中毒でなかったことに安心しておる、安堵しておるとおっしゃいましたが、私は、現実に見て来て、また患者の方に会って、あの人たちを救うのがおくれたと、このように私は感じたわけです。あの人たちをどのようにして救ってあげられるか、あの亜砒酸の出るかまの近くに住んでいて、確かに皮膚――先ほど県の調査でも全く亜砒酸との関係等は認められなかったと、対照地区と全く同じだったというような答弁をやっておられましたが、皮膚の状況、それから目が悪いということは、もうはっきりと土呂久のほうが多いわけですね。これは服部さんも認められると思うのですが、そういったことなども無視してあのような中間発表をされたということは、どうも私には解せないのです。しかも、それに環境庁が調査に行って、土呂久だけを見て、岩戸川のほうは見ない。また松尾鉱山のほうも見ない。そして土屋先生も、重松先生も行っていらっしゃる。そういうところでこのような発表があったということは、宮崎県下に与える影響、また全国に与える影響は非常に大きいと思うのですね。そして、きょうのような、またそれをひるがえすような、不十分であったという見解が発表になったということについて、全面的に支持された調査団がこの記事をごらんになって、あるいは宮崎県からの報告があったと思いますが、それに対してどのように感じられたのか。これは私は責任は大きいと思うのです。いままで水俣病でも、イタイイタイ病でも、調査団が行ったならば、県の書類だけで、そうして公害でない、こう発表しているわけです。そうしてだんだんだんだん調査が進むに従って、イタイイタイ病患者が出てきた、水俣病患者が出てきた。こういうことをまた繰り返すということは、私は、非常に積極的な大石長官に対しても申しわけないことじゃないかと、このように思うわけですが、調査団のあのような発表は、私は、非常に軽々じゃなかったか、このように思うわけです。この点について長官、どのようにお考えになりますか。
#58
○国務大臣(大石武一君) 私が先ほど発言しましたことについて、ちょっとお考え違いと言っては失礼でありますが、ちょっと変わっているような気がします。私が一応中間の報告を聞いて、砒素の患者でないらしいと、砒素中毒でないらしいということでほっとしたということは、別に公害患者を認定するとかどうとかいうことでありません。一医者として、そういう致命的な病気でなかった、ないらしいということに喜びを感じたと、そういうことでありますので、その点はひとつ誤解のないようにお願いします。
 また、私が認定するとかしないとかいうことは、もっと調査を終わったあとですることであって、中間発表の段階ではまだまだ不十分でありますから、もっと検査をしなければならぬ、その結果、公害と認定できるかできないか、その結果によって正しく判断したいということであります。私は、月曜日午前に、三人の現地派遣者からいろいろと中間の報告を聞きました。私は、まじめに調査して、ありのままを報告したと判断いたしております。その中間発表の、その中間調査の内容も、相当にまともに正しく調査したものだと私は評価いたしております。ただし、まだ中間の段階でありますから、まだまだやることはたくさんございます。そういうことで、それらの結果をさらに集計して総括しない限りは判断はできませんので、それはしばらく待っておるわけでございますが、調査に参りましたのは、やはり去年の十一月から、つまり斉藤教諭のあの発表以来からかと思いますが、そういうときに気がつきまして、環境庁とも県の関係とも十分連絡をいたしまして、いろいろの調査をし、そのあり方をこちらから指導したり連絡しておったわけでございます。その結果、そのようなお互いの相談の間にきまりました調査の方法によって、いわゆる疫学的であるとか、あるいは化学的な分析であるとか、そういうことによりましてあの中間報告までのデータを持つことができたわけでございます。ですから、これだけでは十分でありません。さらに今後ともやはりもっともっと調査をしまして、先ほども申しましたように、ただ調査団が、松尾鉱山であるとか、あるいは岩戸川のほうは調査しなかったと申しますが、行って一日か二日、三日歩いたって実際に何にも調査できません。実際には何日かかかって、何人かが実際にそこへ行って水を取って調べたり、それを砕いて分析したりして調べるわけでありますので、どのような方向で検査をし、どのような注意をすべきかというようなことを相談し合って現地を見てきめてくれば、それで私は大体その任務は全うしたと思うのであります。あとはその相談、指示によりまして県のほうで十分に調査、検査をすることになると、そういうことでありますので、その調査自体のあり方は必ずしも私は評価できないものではないと考えておる次第でございます。
 で、そういうことで、患者のほうにいろいろな不満があったというのでございますが、なるほど調べ方が、あるいは医師会のほうの検査においてもっとよく見てくれればよかろうにといって、不満であったのかどうかわかりませんが、そういう不満はあるかもしれません。そういう不満は、ですからもう一ぺんよく調べ直すなり、精密の検査をして、そうしてはっきりとした間違いのないデータを出してもらうこと、これが一番のわれわれのその考え方でありますので、そのような方向で今後も進めてまいりたいと思っております。
#59
○内田善利君 もう時間が参りましたので、まとめて質問したいと思いますが、二十九日には現地を調査したのですから、その調査が終わった段階で発表をすべきじゃないかと、このように思うわけですね。行って書類だけを見て発表するということは、非常に私は軽率ではないかと、このように思うわけです。それと、宮崎大学の斎藤教授が五カ瀬川の下流のほうの土壌調査をした結果を発表せられているわけですが、これに対する水質あるいは土壌検査上の評価を環境庁はどのようになさっておるのか、お聞きしたいと思います。
 それと、当時、十年前に斎藤教授のこの報告をひた隠しにしていたという事実ですね。特に延岡市長――当時の延岡市長をはじめとして、県の空気はそれを隠そうという空気があった。それにそういうデータが発表になったわけですが、それ以来、斎藤先生は、もうこういったことには手をつけていないと、このようにおっしゃっておるわけですけれども、このデータはおわかりと思いますが、ほかのところの百四十倍ぐらいのデータ、非常に綿密な調査ですが、土壌の対照地区と、その五ケ瀬川の流域の紋地と船戸というところの土壌を大体一メートルぐらいずっと十センチ、二十センチと分けて土壌をとって分析しておられるわけですが、これに対する評価は、調査団はどのように評価されたのか。
 それと、もう一つ通産省にお聞きしたいのは、これが公害病と認定されたならば、どこが責任を負うのか。これを最後にお聞きしておきたいと思います。
#60
○政府委員(岡安誠君) 五ケ瀬川下流地帯におきます砒素による土壌汚染並びにその関連の玄米中の砒素の量につきましての斎藤先生の分析の結果をどう評価するかということでございますが、相当前に、これは県がお願いいたしまして分析をしたわけでございまして、玄米中に二八〇PPMの砒素が入っていると、こういうような結果だということも聞いております。ただ、昨年、県のほうで延岡市の近所でございますが、大体同じようなところにつきまして土壌中の砒素並びに玄米中の砒素等を調べました結果によりますと、このように多量な砒素は、実は検出されておらないわけでございます。もちろん、これは県が独自にやりました調査でございまして、網の目といいますか、測点の採用につきましても相当大きな間隔がございますので、なお詳細に調査する必要があるということで、実は四十六年度――今年度、国のほうから補助金を出しまして、県に細密調査を依頼いたしております。その結果につきまして、現在、県のほうで分析中でございまして、その結果が出れば、おおむねその地帯におきます土壌汚染の状況はわかるというふうに考えておる次第でございます。
#61
○政府委員(久良知章悟君) 鉱業法の百九条の三項によりまして、公害が発生した後に鉱業権が移転をした場合には、その公害発生時の鉱業権者と、それから鉱業権を譲り受けた人が連帯で責任を負うんだということが規定をされてございますので、この条項によるわけでございます。ただ、適用にあたりましては、いろいろ時効の問題、それから実際の公害の原因となった行為を現在の鉱業権者がやっていないというふうな、いろいろむずかしい問題があろうかと考えられますが、条文の内容からは、連帯で負担をするということは明らかでございます。
#62
○内田善利君 だれが責任を負うか。その法律を聞いているわけじゃないんです。現実にどこが責任を負うのかということです。
#63
○政府委員(久良知章悟君) この場合には、中島鉱山と住友金属鉱業の連帯でございますが、中島鉱山のほうはすでに解散をいたしておりますので、残ります住友金属鉱業ということに相なるわけでございます。
#64
○小平芳平君 私は、環境庁長官と、それから厚生大臣に御質問をいたしたい。二点ございますので、先に厚生大臣に御質問いたします。
 いま、薬品公害あるいは食品公害、いろいろそうした医薬、農薬、殺虫剤、そういうものについての健康被害を受けたという訴えが私のほうへ参っております。また、新聞でもよく聞くところであります。ところが、一体そうした農薬なり医薬なりで健康被害を受けた人がどこへ相談に行ったらいいかというと、結局、メーカーに問い合わせるか、あるいは厚生省に行くかということになるわけです。ところが、メーカーへ行きますと、まあ大体、必ずというくらい言われることは、そういう農薬なり殺虫剤なり、医薬品として厚生省の認可を受けているんだから、許可を受けているんだから厚生省が許可をしたものにそんな健康被害が出るわけはない、当社の責任じゃないと、こういうふうに言われる例がきわめて多いということです。それじゃ、厚生省が許可したんだからといって今度は厚生省へ行きましても、非常に不親切、実際に科学的知識もない一般の市民がこの薬によって被害を受けたんじゃないか、あの農薬によって被害を受けたんじゃないかということを感じているんですが、厚生省は一体どこでそれを受け付けてくれるのか、またどういう機関で解明してくれるのか。そういう点、が私は、厚生大臣にも具体的にいま例をあげますから、よく聞いていただきたいと思うんです。第一、厚生省としては、メーカーが厚生省の許可を受けた薬品なんだから被害はないと、こういうふうに言い切れますか。その点はいかがですか。
#65
○政府委員(武藤き一郎君) ただいま先生のお話でございますが、私のほうは、薬品、それから一部先生の御指摘の殺虫剤等を所管しておりますが、これにつきましていろいろ事故が起きた例もございます。その場合に、メーカーのほうで、これは厚生省で許可をしたんだから、これは間違いのないものであるというようなことを申したという先生のお説でございますが、あるいはそういうような事例もあったか、私、承知いたしませんが、少なくとも医薬品なり、あるいはそういう殺虫剤というものは、当然使用上の注意が課せられておりまして、その使用上の注意に従いまして、売る人あるいは与える人は十分注意をさせるわけでございます。それからまた、使用なさる方は、大衆薬あるいは殺虫剤の場合におきましては、当然使用上の注意を十分読んでいただきまして、私は、その医薬品なり、そういう殺虫剤的なものを使用していただくというのが原則じゃなかろうかと思います。ただ、いろいろその間にありまして何か事故――そのものによって起きた事故ではないかというような事故が起きました場合には、当然、メーカーも、そういうような一口に許可を受けたものだからだいじょうぶだというようなことで買った方に応接することは適当ではないし、私どもは、その点は十分注意しているつもりでございますが、なお、そういう問題があれば十分注意さしたいと思います。
 それから厚生省に直接来る場合には、厚生省にも苦情処理相談室というものが昨今設けられております。そこでまず処理をする、そこに来た場合にはまず処理をする、それからそれぞれの、食品でありますれば関係局、薬品でありますれば私のほうに参りまして、いろいろ事情を聞くという仕組みになっております。
#66
○小平芳平君 その厚生省の処理がきわめて不親切だということ、これはまた機会を見て述べたいと思いますが、この有機塩素系の殺虫剤、これはいま製造中止になっておりますが、市販されているものは差しつかえないわけですか。
#67
○政府委員(武藤き一郎君) 塩素系の殺虫剤あるいは農薬の問題は、これは昨年にもいろいろ問題になりまして、農薬のほうは農林省のほうできつい規制がかぶせられ、その後、私どもが所管しております医薬品であるとか殺虫剤につきましては、昨年の五月にすべて製造を中止したわけでございます。ただ、その当時出回ったものにつきましては、さらにその当時牛乳の汚染その他の問題がございましたので、たとえば妊産婦、乳幼児等のいる場所では使わないとか、あるいは子供が接触するような場所には塗らないとか、その他いろいろのこまかい注意書きを至急メーカーに、現在の市販されているものにつきましては、それを貼付しないと売ってはいけないということで現在まできているわけでございまして、昨年の五月以降市販されているものにつきましては、もう売れ残りもほとんどないかと思いますけれども、現在もしも売れ残っているとすれば、多少そういう点が、いま私が申しましたような点を重ねて注意をしながら市販をされているという状況でございます。
#68
○小平芳平君 全然注意されないで市販されているわけですよ。たとえばディルドリンについては解毒剤について貼付をしなければならない、解毒剤について書かなくちゃならないことになるわけでしょう。ところが、解毒剤は何かということは全然書いてありませんよ、この殺虫剤には。
#69
○政府委員(武藤き一郎君) 先生御承知だと思いますが、有機塩素系の殺虫剤は適確な解毒方法はございませんので、そういうような表示はございません。
#70
○小平芳平君 法律には、農薬取締法第七条の七ですか、それをはっきり書いて貼付しなければならないとなっておりながら、一方では解毒剤は科学的にありません、現代科学ではないと。解毒剤のないこうした有機塩素系の殺虫剤、もしも間違ってこのディルドリンなり六塩化ベンゼンなりが体内に入ったら最後、その人はもう死ぬまでどうしようもないということですか。
#71
○政府委員(武藤き一郎君) 先生の御指摘の法律的な問題は、これは農薬の関係でございまして、いま私の御説明しておりますのは医薬品であります。殺虫剤の問題でございます。おっしゃいますように、塩素系の殺虫剤あるいは塩素系のものは、先生御指摘のように、あるいは御説明しましたように、適確な解毒方法がないということでいろいろ問題になりまして、現在製造禁止になっているわけでございます。したがいまして、従来ともそういう点は十分使用上の注意を書かしておったわけでございますが、さらに昨年の五月以降は、先ほど申しましたように、さらに使用上の注意を厳重に守らせて売らせているようにしているということでございます。
#72
○小平芳平君 そういうふうに厳重に守らせているとすぐ言いますけれども、第一この医薬品は厚生省の説明だと、あぶら虫だけにきくというのでしょう、そうでしょう。だからそこに書いてある蚊の絵やハエの絵は間違いだというのでしょう。ところが、つい四、五日前に私はこれを東京で買ってきたのですよ。領収書もありますよ、領収書も。そういうふうに国会の答弁はまことにスムーズだけれども、実態は、そういうことで被害を受けるのは一般市民が被害を受けるわけです。この点はどうですか。
#73
○政府委員(武藤き一郎君) 先生がいま御提示になりましたものは、有機塩素系の殺虫剤で、あぶら虫専用のものだと、私はここからながめておりまして確認するわけでございますが、それにハエや蚊の絵がかいてあるということにつきましては、実は、昨年の例の塩素系のものが問題になりました春には、そういうものが一部メーカーのものでありまして、それは全部ハエと蚊の部分は直すようにということで、私どもは、メーカーに指示をしているわけでございます。したがいまして、私どもとしては、それがすでに上から張ってあるか、あるいは別のものにかえられているのかというふうに信じておるわけでございますが、もちろんハエや蚊には、当然――あぶら虫にきくわけでございますから、当然強い力をもってハエや蚊を殺すわけでございますが、ただ使い方がそういうあぶら虫に使うように指示がしてございますので、もしもハエや蚊が飛んでいるのを噴霧器でやるとなると、その使用上の注意として私どもが注意しております。たとえば吸入をするとか、あるいはからだにかぶるとか、そういう点でございますので、ハエや蚊の絵をかいていることは不正表示だということで、昨年の春に厳重に注意をさした次第でございます。後ほどその現物等につきましては、いただきまして処置をいたしたい、かように考えております。
#74
○小平芳平君 それはまあ領収書つきで差し上げますけれども、間に合わないですよ、そういうことを言ってたんじゃ。
 そこで、私は、時間がありませんし、同じような点について二、三述べたいのですが、たとえば二十九日の新聞報道で、私のほうからそういうニュースを出したわけじゃなかったのですけれども、二十九日の新聞報道で、武田薬品の下剤のリノン、これによる肝蔵障害を起こした人があって亡くなったと、このことについて国会で取り上げるという報道がなされましたが、私は、そういう予定だったわけではないのですが、その記事を見て私のところに連絡のあった方もあります。あの新聞記事によれば、報道によれば、メーカーも、厚生省も、そういうことはあり得ないようなことを言っているけれども、実は私は被害者ですという方ですね、これは横須賀の人でもありますし、横須賀の方はこの五十錠入りを一びん買った、十錠ぐらい飲んだらひどい下痢になったからやめちゃったということを知らしてきておりますし、それからこちらの方は東京の小金井市の方ですが、この方はリノンをたくさん飲んだ、六十錠飲んだというのです。この方はまだ青年ですもので、若いですから死ぬことはなかったのだろうが、あの新聞に出た横須賀の方は年輩のために亡くなったのでしょうと、非常に気の毒に思うと、この人、小金井市の田野さんという方ですが、この人は、六十錠飲んだところが非常に健康障害を受けた。そうしていたところ、武田薬品の東京営業所の高橋部長という人が来たのだそうですが、いろいろないきさつがあったのですが、向こうで言うお医者さんに連れていって診断の結果、あんたは何ともないと言われて、かかった経費だといって五千円置いて帰っていったというようなことですね。ですから、私は、厚生省としては、安心だということは、そういうことを前提にこうした問題に当たるのではなくて、そうではなくて、厚生大臣、健康と生命を守ろうというその厚生省、しかも、たとえ厚生省が許可したと ――確かに許可したのですが、じゃ、ほんとうに万全かといえば、いま現状において――これは環境庁長官にも別の件でお尋ねしたいんですよ。現実問題、これをうっかりからだに蓄積した以上は、永久に解毒することもできなければ、どうすることもできないというようなものがあるわけです。そういうような説明がどこにも書いてないわけです。ですから、そういう点は、市民の立場の厚生行政というものを特にお願いしたいと思うのですが、いかがですか
#75
○国務大臣(斎藤昇君) いろいろお話を伺いまして、われわれのほうでさらに注意をしなければならぬ点もあろうかと思いますが、全般的に申しまして、いまちょっとお話を伺いますと、下剤を六十錠も七十錠も飲んだというのは、おそらく下剤にいろいろ使用方法も書いてあると思うのです。私は、大体薬なんてものは、できるだけ飲まぬほうがいいと思うのですけれども、どうも飲み過ぎて、そしてこれは家庭薬だから、売薬だから、ここに書いてあるよりも二倍から三倍飲んでもいい、普通じゃきくまい、そういう誤った考えをまず是正するように、もっとPRしなければならない、こう思っておるのです。で、局にも命じまして、薬の多用の弊害というものをもっと宣伝するようにというふうに、いま何をいたしておるのでありますが、これがまず第一の前提。
 それから、いまお示しになられましたものも、そこの使用方法を十分読んでやれば間違いがないように――私も、ここへ来る前に、小平先生、それをお話しになるだろうと思って、現物を見て、こまかい字のところまで読んでまいりましたが、そのとおりやってくれれば間違いがないんだけれども、それを空気中にまいたり何かすれば、結局鼻から吸うということになって毒になる。鼻から吸うて毒になるようなものをあるいは間違って使うかもわからぬから、あるいはそういうものをもう許可しないほうがいいのじゃないだろうかとさえ思うわけでございます。ゴキブリあるいは蚊、ハエというものを殺すために使用法を間違えると人体に影響があるという場合には、むしろゴキブリを殺すよりも人体を重んじたほうがいい、今後そういうように全体の方針としては考えていったほうがいいのじゃないだろうか、かように思うわけでございます。
 薬につきましても、その薬がなければどうしてもある病気がなおらない、その薬ならなおる、しかし医療法を間違えるとたいへんだというものもあるわけであります。こういうものを認めるべきか認めざるべきか、これは医者の注意がなければ使えない、あるいは一般の家庭薬としては売ってはならないという厳重な何はいたしておりますけれども、それにしても、医者が間違えたり何かすれば、これは医者の責任になりますから、そういった場合の医者の責任をどう追及するかという問題は、これはまた一つの別の問題として真剣に考えていかなければならない問題だ、かように思うわけでございます。要は、できるだけそういう、まずなくてもいいようなものは認めないほうがいい。私は、農薬につきましても、最近はいろいろ農薬を禁止いたしましたが、初めからああいう虫が一発でころりといくというようなものは、必ずめぐりめぐって人体にくるだろうと、これは普通の常識で思っておったのでありますが、それが事実になってまいったわけでございますので、したがって、やはり自然界の連環性をある薬とかその他でとめるということにはよほど慎重を要する、かように考えて、そういう方針で農薬なんかについても見直しておりまするし、薬の問題についても見直しております。また食品の添加物も同様でございます。
 ただ、一気にいままで出回っているものを全部というわけにはいきませんが、しかし、被害のまず目立つものからというわけで、いまいろいろと作業をいたしておるわけであります。御趣旨の点は十分踏まえまして、今後行政に強力に反映をいたしてまいりたいと、かように考えます。
#76
○小平芳平君 まあ厚生大臣、具体的なことはまた機会をあらためて質問したいと思いますが、下剤を一ぺんに六十錠飲んだんじゃないんです。これは長期間にわたって、書いてあるとおり一錠ないし二錠を飲んだわけです。これには別に、これだけ、これ以上使っちゃいけないという量は入っておりませんですがね。ですから、これを読んで常識的に判断する以外にないわけです。特に私のきょう厚生省に対してお願いしようと思った点は、親身になって国民の生命と健康を守るという、そういう立場から相談に乗ってほしいという点です。ただ許可されたんだからの一点ばりじゃ困るという点が一つです。
 それからもう一つは、有機塩素系のそうしたものは製造禁止になった、中止になったということで、その点は了解いたしますが、大石長官にお尋ねいたしますが、このPCBの場合などもまさしく方法がないわけです。厚生省、通産省は、十二月十七日に私が質問したときに、千度なら分解すると言ったですね。PCBは千度なら分解するという、その科学的裏づけがどこにあるかということを尋ねたいんです。私がその分析を依頼した立川先生に尋ねたら、立川先生は千度で分解するというような科学的な裏づけはないとおっしゃった。そういうことで、大石長官としましては、こういうふうな殺虫剤はもちろん禁止になっておりますから、禁止賛成だと思いますし、それからPCBのような、どう処理したら分解可能かということがわからないものは製造すべきではないと、そういう化学製品は、最終分解の裏づけのないもの、この場合は人間の健康に直接関係ありますから、PCBも直接関係がありますが、最終分解の裏づけのないものは製造開始すべきじゃないと、そういうはっきりした裏づけができてから初めて製造する場合は製造するという、こういうふうな法律的な義務づけが必要ではないか、こういうふうに考えているのが一点です。
 それからもう一点、ノーカーボン紙はPCBを使わなくなったというのですが、ノーカーボン紙は、PCBをやめて、一体何の薬品を使うようになったのか。これは企業秘密だと言うでしょうけれども、企業の秘密を保つことが国民の利益になるのか。それはむしろ公開して、毒性はこのようにないとか、毒性があるならば、どのようにすれば分解するとか、そういうふうに公開するのが国民の利益になるのか、これはもうはっきりしていると思うんです。そういう点も長官としてはっきりした態度を打ち出していただきたいと思うんですが、いかがでしょう。
#77
○国務大臣(大石武一君) ただいま小平委員のお話になったことは、私も全く同感でございます。私は、前からこういうことを言っているわけでございます。同じように、とにかくどのようにわれわれの生活に便利なものがつくられようとも、そこから出るいろいろな廃棄物が、あるいはそのものが無害であるという証明がなされない限り、あるいはそれを無害にするという技術が見出だされない限りは、それはつくってはいけない、人間に使用さしてはいけない、こういう基本的な考えを持っております。全く同感でございます。それを何とかして近い将来に行政の中に十分にこれを反映いたしまして、そのようなひとつきびしい何というか、行政が行なえるような、そういう状態に持ってまいりたいと、いま心から念願しておるのでございます。
 その一つのあらわれとしまして、実は、先月の――これはPCBの問題ではありませんでしたが、新潟の海水の油の場合に、あそこに入れる中和剤ですね、中和剤の問題がありましたので、私は、十二月三日の閣議で、やはりそのような趣旨を申しまして、一ぺん一元的に、ことにそのような化学製品を中心として、それが有害であるか無害であるか、どのような効力があるか、ことに毒性について十分にこれを検討する機関をつくって、そこで承認を得たものでない限りは使わしてはいけないと、どうだということを申しまして、皆の了承を得まして、さっそくそれが取り上げられまして、化学剤の管理取り締まり体制の整備に関する関係各省庁連絡会議というのがつくられまして、いろいろ各省庁が集まりまして検討いたしました結果、やはりそのような趣旨の方向に行政を持っていこうということになったわけでございます。これはまだ法律的な裏づけはできておりませんけれども、おっしゃるように、そのような法律で義務づけるような方向へ持っていきたいと私は願っております。
 もう一つ、ノーカーボン紙の話でございますが、これはよくわかりませんが、私は、いま小平委員のお話で気がついたことでありますけれども、やはり毒性があるかないか、こういうことはやはりどこかで、企業の秘密は秘密を守ることにして、それはやむを得ませんが、どこかでやはりこれがはっきり毒性があるかないか、それを証明するような機関なり、そういうようなものが必要ではないかと思います。いま初めて気がついたところでございますが、この考え方はもう少し練ってみまして、十分にそのような方向でいきたいと考えておる次第でございます。
#78
○小平芳平君 時間が参りましたので、これで終わりますが、大石長官にもう一つだけお尋ねいたしたい点は、先月の委員会直後に、田子の浦のヘドロから大量のPCBが検出された。これは大石長官にわざわざ申し入れに行ってお話をしてきたわけですが、この田子の浦のヘドロは、私たちは、ノーカーボン紙を扱うというところから、岳南排水路から出るだろうということで、岳南排水路の出口で二つの検体を取り、それから、もっと工場に近いほうの岳南排水路で検体を取ろうとしましたが、急流で全然取れないというところから、町の産業廃棄物を集めて、それで分析したところが二三〇〇あるいは四七〇〇PPMというものが検出されました。
 そこで、二つの点についてお尋ねをしたいわけですが、一つは、中小企業も富士地区ではだいぶ処理施設をつくりつつありますが、廃棄物がたまるわけです。これを現状どこへも持っていくところがないわけです。これは一体産業廃棄物なら通産省みたいだし、清掃なら厚生省みたいだし、環境が破壊されると環境庁みたいだし、どこでやってくれるか、まあ、幸い大臣は大石長官一人だけですから、大石長官ひとつ、この点をどこに指示されるか。産業廃棄物を一括して集めて処理するような公社をつくるとか、これは地方団体にそういう例もあるわけですが、何とか早く手を打たなければ、せっかく処理施設をつくった、廃棄物を集めた、ただ山と積んでいるだけです。通産省等に御意見があったら、述べてください。それが一点です。
 それから、もう一つは、長官、ヘドロ処理の問題なんです。これは去年もさんざすったもんだして、富士川べりで乾燥さして、乾燥したものをどこへ持っていったかというと、また港へ持っていって埋め立てに使っておるわけですね、乾燥したものを。去年も地元住民はさんざ反対されたし、また、そういう第二次公害のおそれのあることをやられちゃ困るということで、さんざすったもんだしたんですが、本年、また五億円で、それを企業負担あるいは国負担、地方負担というふうなことで報道されております。しかし、確認したらそのとおりだと言われましたが、県で。これも長官、去年の段階でも確かに問題があった。ことしは、さらにPCBという新しい汚染の問題が提起されているわけですから、そうその単純に無害だからいいんだ、この港のヘドロをすくって富士川で干して、そして港にまた埋めればいいんだ、このヘドロは害がないんだ、毒性がないんだというようなことがもう通らないのじゃないか。そんなことを簡単にやられちゃ困ると思いますが、いかがですか。以上二点について。
#79
○国務大臣(大石武一君) いまのお話でございますが、田子の浦のヘドロの問題は、一応県のほうでも案をつくりまして、実行の段階に入るようでございます。御存じのとおり、あのヘドロをポンプで吸い上げまして、富士川の河川敷の中に入れまして、そこで天日で数日乾燥さして、その土のようになったものをそこに敷いて、その上に土をかぶせ、草を植えて、一つの子供の遊び場、緑地帯をつくろうという計画で、私はいい計画だと思っていたんですが、いまのようにPCBがたくさん含まれているということになると、ちょっと問題になるわけでございます。いませっかくのお話でありますが、実際のところ、私もどうしていいかわかりません。これはもう少しみんなで検討して、たとえばPCBをどのようにして分解させるかということは一番大事な問題だと思います。それはむずかしい問題のようでございますが、そうでもしない限り、この処理はできないと思います。どこに埋めても、捨てても残ります。ですから、いまのところは、できるだけ散らさないように、浸透しないように処理していく以外にないと思いますけれども、やはりこれは何としても新しい方法を見つけなきゃならないと思います。そういうことで、ろくな御返事はできませんけれども、これは十分に検討して早く解決策をみつけたいと考えております。
#80
○小平芳平君 廃棄物はどうですか。
#81
○政府委員(岡安誠君) いまお話の製紙の汚水処理の結果出ましたスラグ、この処理ですけれども、大製紙におきましては、これは大体焼却をするような処理が行なわれるということで、現在いろいろ施設が整備されておりますけれども、お話のとおり、中小製紙におきましては、なかなか自分の敷地内でこれを処理することは困難と考えております。その方法としましては、やはり共同でこれを焼却をするなり、また、共同で特定の場所に埋め立てをするというようなこと以外には、処理の方法はなかろうというように考えております。そういう方向を県とも相談をし、廃棄物の処理法によります基準を守った処理方法が行なわれるよう指導したいと考えております。
#82
○栗林卓司君 長官の所信表明について伺いたいのですが、時間がございませんので、土呂久の問題にしぼりながら二、三お伺いしてまいりたいと思います。
 最初新聞報道を見ましたときに感じたのは、なぜこんな問題が起こったのか、また、なぜこんな問題がいままでわからなかったのか、たいへんけげんな思いをいたしました。なぜかと申しますと、いわゆる公害ということになると、個々のものをとってみるとあまり大きな問題ではないにしても、量がふえてくるとたいへんな社会環境上の問題になる、これが公害問題のむずかしさだと思います。ところが、土呂久の場合には、だれが見ても、毒性がはっきりしているのです。それを扱いながら、その結果起きた被害について、小学校の教諭が努力して調べるまではわからない、なぜこんなことになったのだろうかと、たいへんけげんな思いをいたしました。
 その点からお伺いしたいのですけれども、その前に、どちらにしても、起こったことの対策は至急していかなければなりません。その意味で、事実の調査を急がなければいけないということはおっしゃるとおりだと思います。いかような事実調査になるにしても、それが公害病の認定になるのか、あるいは鉱害の賠償対象になるのか、あるいは労働災害の補償になるのか、さらに一般的な社会保障になるのか、どちらにしても、四つのうちの一つかあるいは幾つかだと思います。そうなりますと、関係官庁がそれぞれ分かれることになるわけですけれども、念のために確認しますが、この問題については、環境庁が一応中心窓口になって解決をしていくと理解してよろしいでしょうか。
#83
○国務大臣(大石武一君) 私も、土呂久の事情を開きましたときに、あなたと同じ考えでした。いままでなぜわからなかったのだろうという考えでございました。
 そのことでございますが、いまの環境庁が窓口になってめんどう見るかというお話でございますが、ぜひそのようにしたいと思います。ただ、結果的にはどこでどのような扱いを受けるか、その所管が違いますから、それはそのしかるべき所管においていろいろな災害の最終的な始末はしてもらうことになりましょうけれども、そのような最後まで行きつけるような世話はいたしてまいりたいと考えております。
#84
○栗林卓司君 そこで、環境庁にお伺いするのですが、どういう救済処置になるかは別として、現行法だけで消化できると御判断でございましょうか。
#85
○国務大臣(大石武一君) 一応これは問題の考え方が結果によって違ってくるわけでございます。どうなりますか、まだ中間報告だけでは、はたしてこれが公害病に認定できるのかできないのか、認定したいと思って、公害病として何でもいいからとにかくいろいろめんどう見たいと思いますけれども、公害病として認定するにはやはりそれだけの根拠がなければできませんが、やはりこれはまだどういう返事をしていいかわかりませんが、ですから、いまの制度でできるかできないか、これも返事は申し上げられませんが、何とかして考えていけばいろいろな方法があるのじゃないか、こう思います。
#86
○栗林卓司君 公害病認定のことだけでお伺いしたのではなくて、金へんの鉱害の賠償ということになりますと、鉱業法ですか、の対象になる。その辺で現行の法律それぞれよろしいと御判断ですかとお伺いしたのです。どちらにしても、事実調査の最中でもあるわけですから、しかるべく諸法規をお調べの上、不幸にして起こった事態の解決には十二分の御努力をぜひお願いしたいと思います。
 そこで、確認のために通産省にお伺いしておきますけれども、先ほど内田委員のほうから、だれが負担するのかという質問に対して、住友金属鉱業が負担することになるでしょうというお話でした。これは公害病認定の場合は別として、金へんの鉱害の場合、あるいは労働災害の場合も含めて、客観条件から判断すれば、最終の責任帰属は住友金属鉱業になると当面判断していいというお考えだろうと思いますので、念のためにお伺いいたします。
#87
○政府委員(久良知章悟君) 先生のお尋ねの金へん鉱害につきましては、おっしゃるとおりでございます。ただ、労働災害につきましては、これは鉱業法の適用を受けませんので、私の立場ではちょっと何ともお答えができないのでございます。
#88
○栗林卓司君 そういう問題も一つあることを長官ぜひ頭に入れておいていただきたいと思います。
 じゃ、お伺いしたい点に戻りまして、なぜこれまでわからなかったのかをお伺いしたいのですが、小学校の教諭が教え子の顔色を見る、身長を見る、心配になって調べる、これは、私、その新聞記事を見ながら、われわれが環境保全という問題に取り組んでいくときの一つの入り方というのは実はこういう入り方じゃないかという気がするのです。問題が全部わかっているわけではありません。やっぱり国民の地域、年齢等々における健康状態を調べてみる、その推移から何か問題がありそうだというのが一つのものごとを探っていく探り方だと思います。それをいみじくも小学校の先生に教えられた気がいたしました。ところが、これは厚生省に伺いたいのですが、じゃ、そういう調査をこれまで日本は、厚生省としてやってこなかったかといいますと、健康調査があるし、保健所があるし、また全般の医療対策を考えてみると、理屈としてはカバーしてきたはずだと思うのです。そういう意味で、なぜわからなかったのか、どこに欠陥があったのか、厚生省に伺いたい。
#89
○政府委員(滝沢正君) たいへんこの行政の立場、特に保健所の行政の立場からは、率直に申しまして、結核予防対策あるいは母子衛生対策等にきめられました法律がもう七十幾つ関連の法律がございまして、いまのような事件的あるいは何か異常があるというような動機は、私の知っている範囲では、ほとんど臨床方面の方がこれを取り上げて、そうしてその病院なり診療所なりの先生が、これはおかしいぞと思う、その動機から問題が提起されているというのが実態でございまして、行政の上で、集団検診等を通じましても、まれに結核だと思いながら、それが寄生虫だった、肺吸虫というような病気だった、それでこの地方に初めて肺吸虫という病気があることがわかるというような、行政面からの発見の動機もありますけれども、大部分が臨床からの発見である。そういうことを考えますと、今回の事件が、四万の人口をかかえた高千穂の保健所、しかも、保健所の活動が終戦後やや軌道に乗ったと。もう終戦前の保健所活動というのは、ほとんど赤ちゃんやおかあさんの問題だけと、わずか結核が中心であった。それが一般的な健康問題に取り組んだのは、終戦後の保健所のうち、さらに特に最近になって成人病その他の問題に取り組み、あるいは公害問題をからめた健康状態の把握に取り組んでおる、こういう状態でございますので、私は、いままでの行政面からの組織機能では、これを発見するということはきわめて困難な条件しかそろっていなかった。たまたま臨床関係の先生その他として、あるいはいまにして思えばという程度のものがあるいは現地の方々にあるかもしれませんけれども、おそらく砒素というようなものに結びつけ――あるいは富山のイタイイタイ病もそうでございますが、開業の先生がこれを注目され、それから発見しておった、こういうことでございます。少し長くなりましたけれども、われわれが実際に経験しております点から申しまして、この発見というものは、非常に条件に恵まれておらなかったし、むずかしいことであるというふうに思います。
#90
○栗林卓司君 問題のむずかしさ、よくわかります。ただ念のためにもう一度お伺いするんですが、私は、事実をつまびらかにしたわけではありません。したがって、これまで伝えられていることで判断するのですが、わずか三百足らずの人口の中で、僅々この十数年の中でたいへんな数の人が亡くなっている。しかも、ならしてみると、平均寿命が少ない。ただし、この原因は直接砒素には結びつきません。いろいろな原因が考えられると思います。しかし、異常値であるということは、これは事実だと思います。そうなれば、じゃどうしたらいいかということを調べるその能力が行政になくて、一体、国民の健康をどうやって守っていかれるのか。確かに保健所の機能は不十分だということはあろうと思います。ところが、実際にたとえば小学校で身体検査をする場合に、全部保健所の人が出向いていくかといえば、地方によれば、やはり地域の民間のお医者さんが一緒に出ていく。そういった中で、実は山間僻地にある山の中の問題というのは、過疎地域に対する医療対策の問題というのを実は裏には持っているわけです。ほんとうはやる努力並びに体制があれば、もっと早く私はこんな異常事態は、異常数字は少なくも見つかっていたはずだと思うのですけれども、その点で、出てしまったことはしかたがないんです。問題は、これをどうやって日本じゅう再点検していくかということだと思います。その意味で今後の――時間がありませんから、計画を含めて、あれば簡単に伺いたいと思います。
#91
○政府委員(滝沢正君) 先ほどのは答えにつながることでございますが、保健所の性格を変えないと、この問題に対処する力なり考え方が出てこないと思います。現状は、保健所が地方の県知事の設置する健康の第一線機関でございますけれども、地域の健康問題、地域保健という考え方よりも、どちらかというと、中央で法律的にきめられた行政を一方的に第一線で果たしていくということが主体になっておりましたので、ただいま厚生省といたしましては、保健所問題懇談会を学識経験者等お集まりいただいて、ほぼ年度内に結論を出していただけると思いますが、その考え方としては、地域保健に取り組める保健所に変えていく、そうしてこういう問題に対する資料、統計等の観点からも、学校保健、労働衛生はばらばらであるということじゃなくて、そういうものが地域の健康問題として保健所を中心につかめるような方向に改組してまいるという考え方を持っております。
#92
○栗林卓司君 時間がありませんから、あとであらためて深く伺ってみたいと思います。
 続けて厚生省に伺うのですが、この砒素というのは、毒物及び劇物取締法の対象になると思いますけれども、間違いありませんか。これは厚生省ですね。
#93
○委員長(加藤シヅエ君) 薬務局長帰ってしまいました。
#94
○栗林卓司君 わかりませんか。
#95
○政府委員(滝沢正君) それは、あとの先生の御質問の発展等を考えますと、薬務局長がいいんですが、いまのお尋ねに対しましては、劇物毒物の範疇に入ることは間違いありません。
#96
○栗林卓司君 法文以上のことを伺うつもりはありません。そうすると、この条文、詳しくは申し上げませんけれども、砒素は毒物に入るわけです。毒物の製造については登録が必要なわけなんです。厚生大臣の許可がないと製造はできません。この場合に、この土呂久鉱山はそういう登録許可を受けたのでしょうか。――これはいままでの経過からいって、お答えがなくても、受けていないということはよくわかります。
 そこで、通産省に伺うんですが、通産省とすると、これが毒物及び劇物取締法の対象になるということは、先ほどあなたの御返答の中にありました、ということは、この条文を見ると、当然に厚生大臣の所管事項にからむということです。したがって、そういう登録をしなさいという行政指導を当然通産省としてすべきであったと、通産畑からいけばなりますけれども、そういう指導はなぜしなかったのですか。
#97
○政府委員(久良知章悟君) 毒劇物法の適用にあったはずだということでございますが、私は、それはそのとおりだと思います。私が聞いておりますのでは、完全に二重適用になっておりまして、確認はいたしておりませんが、土呂久の場合には、おそらく厚生大臣の認可――登録を済ましておったであろうと考えられます。
#98
○栗林卓司君 厚生大臣の登録を済ましてあっただろうというお答えなので、さらにつけ加えてお伺いをいたします。
 毒物及び劇物取締法の第七条を見ますと、毒物劇物取扱責任者という項目があります。責任者の資格要件は、第八条に薬剤師であること云々と、約三項目にわたって、罰則規定も最後についておりますけれども、規定があります。そうすると、この毒物劇物取扱責任者がいるかいないかということは、当然それは通産省の鉱山行政指導の中に入ってくるはずだと思いますが、いかがでしょうか。
#99
○政府委員(久良知章悟君) 問題は厚生省の所管のことでございますので、私もこれ以上のことはわかりかねるわけでございます。
#100
○栗林卓司君 薬剤の人がお帰りになったのは私の罪でして、こうも一人がいなければ話がわからないとは実は思わなかったんです。
 この土呂久の問題というのは、私、冒頭に申し上げましたように、たとえばカドミウムみたいな――カドミウムは毒物ではたしかないはずです。ところが実際量がふえてくる地域との関係では社会に対する有害性を発揮したから、どうやって管理していこうか、公害だということになってきた。ところが土呂久の場合には、最初から最後まで毒物なんで、毒物をどうやって管理しようかというそれだけの話なんです。これがこれまでの行政管理の中で一切発見されず、しかも民間の一人の先生の汗水たらした結果やっとわかる。なぜそんなことになるかというと、いま質疑をしていると、私、非常によくわかる気がする。
 つけ加えて自治省に伺います。この毒物及び劇物取締法の中では、これは問題の重要性にかんがみて、通産省、厚生省を飛び越えても、都道府県知事が回収命令を出してやろうということになっております。そういう目でこの土呂久の問題をごらんになってきて、対策を講じておいでになったかどうか。
#101
○説明員(立田清士君) お話のとおり、公害防止につきましては、都道府県、地方団体のほうでいろいろ実施の中心になっておるわけでございますが、現実に地方団体で地方行政の中で公害対策を行ないます場合には、やっぱり地域の実態に即し、また具体的な事実に即していろいろ対応していかなきゃならない、そういうふうに私たちは考えております。
 そこで、いまお話の具体的な土呂久の場合につきまして、私たちが承知しておりますのでは、直接いまお話のような措置は検討してないというふうに聞いております。
#102
○栗林卓司君 ですから、これは何というか、日本の行政組織の欠陥として生まれてきた被害のように私は思えてしかたがないんです。だから、これを公害対策というきわめて限定的なこの委員会で論ずること自体がはなはだ腹が立ってしかたがない。しかるべき措置をそれぞれの官庁でやっていれば、地方自治体が砒素というのは毒物なんだという認識を持っていれば、また、その鉱山の経営者がそういう認識があれば、当然これは、たとえば作業をする前に、どんな装備をしろということを言う前に、どうやってこれを管理をしたらよいのか、あらためていわゆる毒物及び劇物取締法の第一条に何が書いてあるかといえば、「保健衛生上の見地から必要な取締を行なう」ということですから、今日の環境保全と全く同じことを書いてある。たまたま厚生省所管ということになれば、通産畑の話ではなくなるから、どこにいったか話がわからなくなる。しかし、いずれにしても、先ほどの松尾鉱山の話も含めて、この種毒物の製錬をやっているところに対して、この取締法との関係でどんな処置をこれまでしてきたのか。これは後ほどぜひ御報告をいただきたいと思います。
 また、あわせてこういう行政の割れ目からいろんな問題が出てくる。しかも、先ほど長官がおっしゃったように、こういうケースが日本にあとどのくらいあるのか、調べてみなければいけないのが現実だと思います。それを急ぐためにも、長官の所信表明の中で、全官庁の有機的な力を集めてと書いてあることをぜひ作文に終わらしていただきたくない。お願いしておきたいと思います。
 そこで、時間がありませんから、あと一つだけ伺っておきたいと思います。
 鉱山の問題にしぼりまして、休山の場合あるいは山を閉じる場合、とにかくきちんときれいにして山を閉じてくれ、これは当然の理屈だと思います。ただ、私のわずかな知識でも、今日の日本の金属鉱山の実態というものを考えますと、経営的には非常に苦しい状況にあります。なぜかといいますと、掘り出したものはほとんど国際競争の中の商品ですから、大体もう矢尽き刀折れて山をたたむというのがほとんどです。しかも、その山たるやどんな山かというと、石炭鉱山とは違って、せいぜい何十人、大きくて二、三百人。そういったものはあとの身の始末までもきちんとしていけるかというと、理屈はそうであっても、なかなか現状はむずかしいのです。そこで、先ほど通産省のほうで、二億数千万のその辺の助成金をふやしながらと言いましたけれども、この金額が妥当かどうか、私は判断する材料は持っておりません。しかし、石炭の山と違って落盤事故がないから、比較的金属鉱山の場合にはこれまでにずさんに山を締めてきたのは事実だったと思います。こういうこともあるわけですから、二億数千万のお金の足りるか足りないかをもう一度検討しながら、しかも、大体大型の金属鉱山というのはほんとうの中小零細が多いわけです。土呂久もその一つのいい例だと思います。その意味で、通産省のほうで、再度この金属鉱山の問題としてつかまえながら、前向きに解決をぜひお願いしたいと思います。
#103
○政府委員(久良知章悟君) 金属鉱山の経営が構造的に苦しくなってきつつあるということは、先生御指摘のとおりでございます。私どもといたしましても、将来、この休廃止をする鉱山というものは、やはり前よりふえるのではないかと考えざるを得ないわけでございまして、そういう鉱山があとで公害なり危害の原因にならないように十分対策をとって休閉廃山をするということが必要であるわけでございますが、これについては、現行法規どおり、やはり鉱業権者の責任ということになっておるわけでございますので、そういうたてまえをくずさない限度におきまして、ことしから、四十六年度から国の休閉山対策と申しますか、先ほどの国の予算を一部使いましてやる制度というものが発足をしたわけでございます。こういう制度の充実をはかりまして対策につとめていきたい。こういうふうに考えております。
#104
○栗林卓司君 時間がありませんから、これでやめます。いろいろ申し上げたいことがあるのですが、ただいま申し上げた点も含めて、非常にむずかしい問題を裏にはらみながら起こってきた今回の被害ですし、ある意味では氷山の一角かもしれません。十分意のあるところをおくみ取りいただいて、長官のほうに積極的な対策をお願いしまして質問を終わりたいと思います。
#105
○国務大臣(大石武一君) よくわかりました。
#106
○加藤進君 私も、限られた時間でございますけれども、土呂久、いわゆる鉱害問題についてお尋ねします。
 最初に、環境庁の行なわれた調査活動についてですが、もう繰り返して言うようでもございませんけれども、今回の土呂久鉱害、一般の世論を喚起したのは、これは最初に学校の諸先生の熱意ある努力だと思います。そこから出されたいろいろな地域住民の疑問、苦しみ、不安、こういうものがいわゆる諸先生たちの教研集会に発表されたアンケートになって――アンケートというよりも、総括となってあらわれてきたわけであります。したがって、もし県や環境庁がこういう先生たちの提起された重大な鉱害問題について真剣にその真相を調査しようというなら、私はこう考えます。その調査は、ここで地域住民や先生たちが提起された問題に正しくこたえるということ、事実に基づいてこれにこたえなくてはならぬ、疑問を残すような調査であったらこれは調査にならぬ、これくらいの気持ちでなければ、私は、鉱害を真になくするための基礎的な調査としては意味が不十分だと思います。
 そういう点から申しますと、今度私の手元にも来ておりますけれども、この環境庁からいただきましたいわゆる中間報告の概要でございます。これは新聞でも取り上げられましたけれども、結論的に申し上げるなら、ここで出された項目についての調査の結果は、結局、先生たちや地元の人たちは、あれほどたくさんの死者が出たとか、あるいは若死にが多いとか、生徒の体位、顔色が悪いといろいろ言われるけれども、しかし、調査の結果では、そうではございません、鉱害などというものではない、全部調べてみたけれども、そのうちの容疑者はたった八人、八人の中でも、鉱害と見られるよりも、むしろ鉱山における災害、こういう関係の方が三人いる程度だ、死者が多いなどということはほかの地域と比べてもそれは言えない、若死になどという事態にもない、こういうことでございます。そうして、水質検査あるいはその他の検査につきましても、ほとんどあまりたいした問題ではないという結論になっておるわけであります。ここで問題が起こったと思います。ここで地域の人たちは、そんなばかなことはない、環境庁は信頼してきたけれども、環境庁までああ言ってこういう結論をわれわれに押しつけるのか、こういう問題が今回出たと思います。その点につきまして、私は、特に大石環境庁長官にお願いをしておきたいと思います。
 第一に、環境庁が調査をやるというなら、宮崎県の県が担当してやった調査を聞いて、それはけっこう、そのとおりだなどといってお帰りになるような調査方法はやめていただかなくてはならぬと思う。独自にやっていただきたいと思います。少なくともその一つに、この土呂久の鉱害問題を世間に提起された先生たちのところになぜ足を運んでいかないのでしょうか。環境庁長官は敬意を表されたと言いました。その気持ちで担当調査官も敬意を表して、先生たちに意見を聞き、先生たちの努力に対してこれを学ぶという努力がどうしてできないのでしょうか。第一番がそれです。
 まだあります。第二には、名古屋大学の環境衛生学の大橋先生が十一月に現地に乗り込んでおられるはずであります。そうして、この先生もまた今度の中間報告に対しては批判的な見解を持っておるわけであります。こういう事態がなぜ出ておるか。この点を私は真剣に考えていただいて、衆知を集めてこの鉱害問題についての真相を責任を持って調査をしていただきたい。このことをまず最初にお願いいたします。
 調査の中身について若干入るわけでございますけれども、たとえば死者の問題についても疑惑があります。この調査によりますと、昭和二十年から今日までの状況のところ、特別たくさんの人が死んだわけではない、死んだはずはない、こういう結論です。しかし、先生たちは大正七年から調査しておられる。大正七年以来五十年間の死者の状況を見るならば、若死――三十九歳の若死がある。そして前の五十年に比べると三倍以上の死者がこの期間に出ている。したがって、これは重大な問題だということが提起されているわけであります。答えなくてはいかぬ。
 それからもう一つ、宮崎県の医師会が行なった調査でありますが、この医師会の調査につきましても、第一次調査は、非常に問題があると言われております。なぜか、あまりにもずさんだということであります。十分間程度で一人々々のいわば問診がやられた。こういうような状態で、私は爪も髪の毛も調べてもらわなかったという声がきわめて広範にあるということであります。特に砒素に関係する検査ならば、すべての地域の関係住民に対して爪の検査、髪の検査、精密な検査をまつ最初にやって、そしてその上に立って結論を出すという努力をなぜやられなかったのか、こういう疑惑は数々ございますし、また、問題は、砒素だけに限るというような調査では足らないのではなかろうか。あの鉱山には銅ができる、銅が生産される。あるいは亜鉛が、鉛がある。とすれば、カドミの問題がある等々の重金属の問題についても総合的な立場から調査してほしい。これが私は現地の偽わらざる声だと思いますが、そういう点で、もし環境庁長官が、いままでのところは中間報告であり、また不十分であるという立場を認めて、これから真剣に直相を徹底的に究明されるというならば、私のような考えは環境庁として受け入れられないのかどうか、その点をまず長官にお尋ねしたいと思います。
#107
○国務大臣(大石武一君) いろいろな御意見がありますので、お答えしたいと思います。
 環境庁の立場というものは、御承知のように、国民の側に立ってものを判断し行政する役所でございます。そういう意味で、われわれ決して事実を曲げてまで公害病でないとか、そのようなけちな考えを持っておりません。また、かりに公害病が幾らありましても環境庁が困ることはありません。そんなけちなことをとるはずはありません。みんながやはりほんとうに公害に対し真剣に取り組んでいる、しかも、国民の側に立って取り組んでいるのが環境庁の姿でありますので、そのようなひとつ考えで御判断を願いたいと思います。
 それから、いまだいぶお叱りをいただきましたが、これはまだ中間の報告であります、結論ではございませんので。中間の報告では、十一月から一月までの間のいろいろな調査報告を聞いて、それを検討した結果、それが中間の報告ではあのような認識であるわけでございますので、これは決して結論ではございません。したがって、公害病と認定をしていないわけでも、認定をしているわけでもございません。今後もさらに検査を要することは、そのことは十分にお互いに向こうで検討し合うと、その方向で来ているわけでございます。したがいまして、いろいろなしさいにやらなければならない問題、たとえば先ほどの水質の問題であるとか、あるいはズリとかカラミのいろいろな問題とかですね、その他さらに健康の問題、こういう問題について今後やはり精密な検査をすることが必要でございます。そういうあらゆるデータを持ち寄りまして初めてわれわれ総合的な判断を下すことになっておりますので、決してこれは結果でないということを十分に御認識願いたいと思います。
 それから、私は、斉藤教諭に敬意を表すると申しました。私は、この人のあたたかいヒューマニズムに非常に敬意を表するのでございます。ただそれだけです。その内容については、私は見ておりませんから、批判できませんけれども、残念ながら、いわゆる独力でそういうことをおやりになったことでございますから、その内容がはたして正当な医学的判断であるかどうか、これは私は信用できません。これはもっと私のほうで確実な科学的な総合的な検査をした結果判断するのでございます。そういう意味で、内容については、私は、必ずしも敬意を表するわけでもなければ、これを肯定もいたしませんし、否定するわけでもございません、内容を知りませんから。ただ、この人のヒューマニズムには、私は心から敬意を表する。そういうことが非常にうれしいと思うのでございます。ですから、そういうことで、これは結論でないということを前提としてお考えになって御議論を進めていただきたいと思います。
 それから、若死にした、昔死んだと。私は、さっき栗林さんのお話のように、そういう事例は日本で至るところにあると思います。そして、この公害の実態というのは、このような一つ一つ、一例一例の発掘をもとにして、いわゆる大体の全貌がつかめるようになっていくのじゃないかと思います。そのような全体の姿をすっかり浮き彫りにして、これを全部公に出すということは、とうていこれは環境庁の努力ではできません。むしろいま全国に広がっています市民運動、この斉藤教諭の仕事も市民運動の一つだと思います。このような市民運動がそういう全体の姿をすっかり白日にさらす、浮き彫りにするというような、そのようなことにする、そういうものに持っていく大きな力だと考えておりまして、そのようなあり方を今後願っているわけでございます。そういうものでございますが、これ以上何を申し上げていいかわかりませんが、たとえば医者の立場から申しますと、死因についても、必ずしも鉱害、たとえば砒素とか何か出て、くっつけなければならぬということもない。できるなら、ひそかに考えるなら、それが公害病であるなら非常に救済の道があります。われわれとしても、患者には気の毒だ、公害病というものはなおらない病気なんですから、大体。ですから、公害病にならないことを願うわけです、その人の健康のためには。ただし、公害病であれば、いろいろないわゆる補償とか生活上、物質上の救済の道がございます。それらのいい面とか矛盾とかいろいろあるわけでございますから、複雑な気持ちでございますけれども、そのようなことで、別にわれわれはあえて公害病でないことにしようという考えは全然ございませんので、おそらく職員一人一人そういう考えはございませんので、中間の発表は、ただ各方面からいろいろな考え方によって批判され、判断されておりますので、多少いろんな混乱を起こしているようでございますけれども、これはもっともっと厳密な検査をした上で正しい判断の上に立ってやはり考えるのでございますから、そのような見方をしていただきたいと思います。
#108
○加藤進君 長官、ちょっとそこ誤解をしておられますけれども、ここに教研集会のパンフレットがあります。斉藤先生一人じゃないのです。十五人の先生です。十五人の先生が夏以来半年かかってやった。アンケートも全部やりました。一ぺんごらんいただきたいと思います、これの内容を。それが一つ。
 それから、私が環境庁長官にお尋ねしたのは、いままでのことについて私が文句を言うために言ったのじゃありません。少なくとも環境庁としてやるべき調査なら、私が申し上げたように、ただ県でやったことについて判こを押すような調査活動では困る、これを申し上げたのでございまして、そのために結論を出すなら、県のいわば調査についてもわれわれは十分に検討はするけれども、同時にほかの意見もいろいろある。名古屋大学の大橋講師だって意見を持っておられる、あらゆる先生方も意見を持っておられる、教研集会の先生方も意見を持っておられるということになれば、こういう意見に対しても十分耳を傾けながら、総合的な結論を出すようなさらに調査が望まれるのではないか。これを環境庁長官にお尋ねしたわけでございますが、それもいけないかどうか、ちょっとお答え願いたい。
#109
○国務大臣(大石武一君) わかりました。お話のとおり、いろいろな各方面の知識なり見識を集めるということも大事なことでございます。しかし、現段階においては、私は、まず環境庁が責任を持って自分の信ずる、環境庁の考えるとおりの調査を進めて検査を進めることが第一段だと思います。
 実は、現在におきましては、まだ公害の問題というのは新しい問題でございまして、それに対するいろいろな準備とか、心がまえとか、あるいは検査の方法であるとか、そういうことがまだ必ずしも十分に整っておりません。したがいまして、これはいろいろな人の意見を集めましても、ごちゃごちゃでいろいろなデータが一ぱい集まりまして、非常に逆にいろいろな地域住民を混乱におとしいれることがございます。たとえば柳町の鉛の問題でございます。これだって、あらゆるデータがみんな出てまいりまして、いろいろな人がおやりになって、その中には失礼かもしれませんが、測定の技術が間違っているのもあるかもしれません。PPMですから、百万分の一単位の検査をするのですから、これはなかなか、ちょっとしたことでも大きな誤差が出てまいりまして、そういうことでいろいろな衆知を集めることも大事でございますが、われわれはとりあえず環境庁としての方針に従いましていろいろとまず調査を進めまして、そういう結果をあとで参考に、たとえば大橋講師でございますが、そういう方の意見も必ず聞くだろうと思います。そういうことで整理がついていくんじゃなかろうかと思う次第でございます。
#110
○加藤進君 先ほど環境庁長官も、一体こんな問題がなぜいままでわからなかったろうか、こういうふうに率直に疑問を出されました。これはほんとうにわからなかったんでしょうか。環境庁長官にはわからなかったと思いますけれども、しかし、政府がこれを知らなかったんだろうか、あるいは宮崎県がこれを知らなかったんだろうか、私は、大いに疑問を持ちます、その点では。これはそもそも、先ほどもいろいろ指摘をされましたように、鉱山自体が非常に危険な亜砒酸を生産する鉱山。したがって、これはもう通産省が常に目を光らせておってしかるべき鉱山であることも明らかじゃないでしょうか。もう一つあります。これは先ほども御指摘がございましたけれども、十年前にすでにわかってたはずであります。それは宮崎県自身が、どうも稲のでき柄がこの辺だけは非常に悪い、考えてみると、それは土呂久鉱山の下流、こういう疑問をまず県が持って、そのために先ほどの宮崎大学の斎藤教授にその調査分析を依頼したわけです。これは御存じですね、依頼しました。そしてその依頼された先生は、昭和三十五年、六年のころ、一年かかってこの調査分析をいたしました。そしてその結果は、容易ならぬ事態であることを指摘されました。ほかの全然関係のない地域の水田に比べて何と百四十倍から百五十倍という、こういう砒素が検出されるという事態ですから、これは重大問題だと思います。そこで、当然のことながら、それは県に報告されたわけであります。しかし、これは先生自身のことばの中に出てましたが、この公表は押えられた。そして、わずかに学術講演会にその一端を報告するのにとどめられたというのであります。これはうそかどうかよりも、宮崎県が先生に頼んでやった調査でございますから、その調査結果はあるはずでございまして、私は、委員長にもお願いしますけれども、それを資料としてここに提出していただきたい、こういうことをお願いしておきます。これが第一です。
 それから第二に、これは私も、この「公害と教育」の。パンフレットの中で、拝見してわかったわけですけれども、この土呂久といういわば部落の中には和合会という町内会がずっと昔からできております。これは大正年間からできております。この議事録なるものが今日も残っておるのです。その議事録には、何と数えあげることができないような公害の事実がるるとしてこの和合会の議題になっておるのです。そして、これはその当時から村の当局あるいは県にも通じておるはずであります。私は、その一つ一つを申し上げるわけにいきませんけれども、たとえば昭和三十四年、これは陳情書が出ております。その前に、あまり公害がひどいので――あまり公害がひどいというよりも、ここに新しい砒素がまを新設するという問題が起こったので、これはたいへんなことだといって町の人たちが集まりました。そして満場一致で、そのような新設がまをここに設けることは拒否するという決議を一応やったわけであります。ところが、これに対して県あるいは市町、市町と申しますか、この市町は昔の郡でございますけれども、あるいは村からいろいろな、まあ、われわれのことばで言うなら圧力がかかって、三十万円出してもらうからひとつこれを認めてくれ、こうしていわゆる覚え書きと契約書がつくられたわけでございます。これはもう厳たる事実です。しかも、その上に立ってなおかつ公害が起こったので、先ほど言いましたような昭和三十四年再び陳情書が提出されたわけでございます。これも何も遠い昔の話ではございません。監督官庁である通産省鉱山局は、こういうことは十分に御存じであるらしい。御存じなかったとすれば、これは怠慢のそしりを免れない、こう言っても言い過ぎではないと思いますけれども、最初に環境庁長官の御所見と、それから鉱山局の御意見を賜わりたいと思います。
#111
○国務大臣(大石武一君) 昔のいろいろ日本の行政、ことに終戦前までの行政というのは、私は、ずいぶんこれはひどいものだと思います。ことに御承知のような、要するに生産第一主義の日本の国の方針でございまして、その結果今日の公害が出ておるわけでございますから、やはりひどいものだと思います。ことに鉱山関係なんていうのは、足尾銅山の歴史にもあるように、これは各地においていろいろな人権じゅうりんや、いろんないまで言う自然破壊、環境破壊がめちゃくちゃにずいぶん行なわれておると思います。ものの考え方、いまの人道主義とか、そういうものはあまり基本になっておらなかったんでしょうから、いろんな問題が至るところにあると思います。まして、そのような鉱山が開発されるような地域は、まず全体的に申しまして非常に条件の悪いところなんです。山の中で交通が悪いとか、ことに経済――もちろん経済状態が悪いにきまっております。したがって、非常に健康状態が悪いことは確かなんです。ことにものの考え方も封建的というか、何というんですか、排他的に、内部でだけかたまるような考え方だったと思います。全体的にも。そういうことですから、早死にしたり、若死にしたりすることは多いと常識的に考えられます。それがいろんないわゆるいまの公害関係の病気であろうと、おそらくは昔は結核が多いのかもしれません。しかも、すべてのことが、みんな正しい医学的知識がありませんから、まず恥かしいことだ何だといって隠すこと、たとえば結核は系統を引くからあそこから嫁はもらえないとか、いろいろありますから、そんなようなことによって、みんな隠し合って表に出さないようにしたこと、いろんなことが重なってこのような、いま考えれば、そんなことがあるだろうかと思われるようなことが至るところに私はあると思う。いろいろな原因があると思います。そういうことだと思います。ですから、こういうことは、いまさら過ぎたことでありますからどうこうも言えませんけれども、いま申しましたように、こういうものはできるだけやはりみんなの市民運動によって明るみに出して、そうしてそれに対する適切な手段、行政を講じていくことがこれは行き方ではなかろうか。しかし、御承知のように、いまの政治は、日本の政治も幸いにヒューマニズムを中心にする政治に変わりつつございます。経済繁栄よりも人間の健康だ、われわれの健康だという方向に変わりつつございます。これを今後定着させなければなりませんし、また、必ずそのような方向で進んでまいると思いますので、このような考え方を政治の方向の土台にさせて、いま申しましたような実態を十分に把握して、その上に立ってあたたかいいわゆる行政を進めていきたいと、こう考える次第でございます。
#112
○加藤進君 環境庁長官に一言だけ、もう一つ。環境庁長官の意見に反駁するというつもりはございませんが、私の申し上げたように、これは知られなかったのではなくして、あるいは隠されてきたのではないかという問題を私は提起したわけでありまして、その具体的な事実として、十年前の斎藤教授の研究分析結果が今日なお隠されているという問題と、もう一つは、この和合会における議事録なるものの中に、明らかに鉱山監督局の知らなくてはならぬような事項がちゃんと入っている。この点について、これはもう事実ですから、この事実に基づくならば、もしその気になって行政を行なう場合には、十年前にすでにこの問題は注意され、十年前においてこの問題についての行政指導が行ない得たのではないか、このことを私はお尋ねしておりますので、その点についてのお答えを願いたい。
#113
○国務大臣(大石武一君) 故意に、斎藤教授ですか、その結果を隠したかどうか私わかりません、これは。しかし、現実に宮崎県にはそのデータがございます。近くわれわれはそれを取り寄せることになっておりますので、はたして隠したのか、私は断定できません。また、かりに隠さないにしても、なかなか新しい病気に思いつくということは、いまならすぐ何かあっても公害病じゃないかと、われわれ考えますけれども、十年前のものの考え方では、なかなか公害病というものの判断はつかなかったと思うのです。ですから、何ぼ医者にかかっても奇病といわれた水俣病が長いことわからなかったのも、いま考えれば、こんなことわからなかったのかとわれわれは思いますが、あれが長い時間かかったのは、そのようになかなか思いつかないようなことがあったのかと思います。したがって、善意的に考えれば、データがあったけれども、それがはたして公害に結びつくかどうか、そこまでの考えがなかったのかもしれませんが私は、詳しいことはわかりませんので、その程度の返事しかできません。
#114
○政府委員(久良知章悟君) 二十九年、それから三十年の和合会の議事録その他から、通産局といたしましてこういう問題の所在を知っておったはずではないかというお尋ねでございます。昭和二十九年に、この鉱山の施業案の改善の問題があったわけでございます。そのときに、地元と公害防止の件についていろいろ問題があるということは承知をいたしておったわけでございますが、この件は話がつきまして覚え書き契約をかわしたということは、先生のおっしゃるとおりでございまして、当時、この公害の内容といたしましては、財産被害と申しますか、具体的には鉱煙による水田なり畑なり、山林の成育不良、収穫減というふうな問題であるというふうに承知をしておったわけでございます。健康被害については、当時、その可能性があるということは全然承知していなかったわけでございます。したがいまして、この施業案におきましては、製錬炉の位置を従来の炉よりも八十メートルほど高いところに設置をする、それから新式の、新しい型の炉にかえるというふうなことで施業案の認可をしたわけでございます。
 それから、三十四年に陳情があったはずだがということにつきましては、そういう事実は、通産局といたしましては、全然承知をいたしていないわけでございます。
#115
○加藤進君 もう時間がなくなったそうでございますから、これで打ち切らせていただきますけれども、私は、本日は、もう少し詳しく通産省の鉱山石炭局、それからまた労働省の基準関係についても質問を申し上げたいつもりでおりましたが、これは今後の機会に譲りまして、以上で私の質問を終わります。
#116
○委員長(加藤シヅエ君) 大石長官にちょっと伺いますが、ただいま、宮崎県の依頼で斉藤教授が調査されました報告書が宮崎県にあるはずで、それをお取り寄せになるというお話がございましたが、取り寄せられましたら、この委員会に資料として提出していただけますでしょうか。
#117
○国務大臣(大石武一君) 承知いたしました。
#118
○委員長(加藤シヅエ君) よろしゅうございますか。――それでは、そのようにお願いいたします。
 どうも長い間皆さま御苦労さまでございました。本日の調査はこの程度にとどめます。
 これにて散会いたします。
   午後八時二十九分散会
ソース: 国立国会図書館
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