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1971/03/08 第68回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第068回国会 法務委員会 第4号
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1971/03/08 第68回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第068回国会 法務委員会 第4号

#1
第068回国会 法務委員会 第4号
昭和四十七年三月八日(水曜日)
    午前十時四分開議
 出席委員
   委員長 松澤 雄藏君
   理事 小島 徹三君 理事 田中伊三次君
   理事 高橋 英吉君 理事 羽田野忠文君
   理事 福永 健司君 理事 畑   和君
   理事 沖本 泰幸君 理事 麻生 良方君
      石井  桂君    石井  一君
      大竹 太郎君    島村 一郎君
      松本 十郎君    赤松  勇君
      河野  密君    林  孝矩君
      青柳 盛雄君
 出席政府委員
        内閣法制局第一
        部長      真田 秀夫君
 委員外の出席者
        最高裁判所事務
        総長      吉田  豊君
        最高裁判所事務
        総局総務局長  長井  澄君
        法務委員会調査
        室長      松本 卓矣君
    ―――――――――――――
委員の異動
三月八日
 辞任         補欠選任
  中村庸一郎君     石井  一君
同日
 辞任         補欠選任
  石井  一君     中村庸一郎君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 裁判所の司法行政に関する件(一人制審理の特
 例問題等)
     ――――◇―――――
#2
○松澤委員長 これより会議を開きます。
 おはかりいたします。
 本日、最高裁判所吉田事務総長、長井総務局長から出席説明の要求がありますので、これを承認するに御異議ありませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#3
○松澤委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。
     ――――◇―――――
#4
○松澤委員長 裁判所の司法行政に関する件について調査を進めます。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。高橋英吉君。
#5
○高橋(英)委員 二人制の裁判官の問題と裁判官の適格性の問題について、ごく幼稚なことからお尋ねを申しあげますので、お答え願いたいと思います。
 裁判制度に除斥という制度があるようですが、これはどういうもので、どういう精神からそういうものができたか、どういう原則ができたということをお尋ねします。
#6
○長井最高裁判所長官代理者 除斥の制度は、民事訴訟法及び刑事訴訟法に規定がございまして、その制度の精神は、訴訟事件の処理が適正に行なわれますように、手続における公正の担保の規定として設けられているものと考えております。
#7
○高橋(英)委員 裁判官が良心的に公正に裁判をすれば、子供が親をさばいても、親が子供をさばいても差しつかえないはずなんです。それを特に除斥というふうな制度を設けて、子供が親をさばくことができない、親が子供をさばくことができないというふうな制度ができていることは、裁判官が神さまみたいなことになっているようですが、いろいろの報告を見ると、神さまみたいな裁判官が良心に従って公正な判決をするのですから、親が子をさばいても、子が親をさばいてもいいんじゃないですか。それはどうですか。
#8
○長井最高裁判所長官代理者 公正ということは実質的な問題でございますから、親が子をさばく、子が親をさばいても、神に恥ずるところがなければそれでよろしいはずでございますが、訴訟制度というものは、公正らしさの外観と申しますか、社会、国民の側から、また当事者の側から見まして、その裁判が公正であるということを信頼させるに足る外観を備えていることが必要である。そのことのためには、一定の事由がある場合には、その手続に参加できないということを法律の上で明定いたしまして公正の外観を担保する必要がある、これが除斥、忌避等の規定、こういうふうになっているものと考えます。
#9
○高橋(英)委員 公正の担保とかいうむずかしいことばじゃ国民にはわからないかもしれないのですけれども、要するに、常に言われておる公正らしさを保たなければならない、国民全体から公正な裁判だと思われるような形をとらなければならないというのが、この根本精神じゃないですか。たとえば、良心的に判決をするような親であり子であっても、なおかつそれは公正を疑われるおそれがあるというふうな前提のもとに、はっきりこういうふうな親族の問題とかいろいろな条項がありますが、そういう場合には、その裁判官は、裁判に関係なくできないという厳然たる規定があるわけは、結局、公正らしさを国民に見せなければならないというふうなことじゃないですか。
#10
○長井最高裁判所長官代理者 御指摘のとおり、公正らしさを国民に見せる必要があるという趣旨であります。
#11
○高橋(英)委員 そうすると、回避という制度あるようですし、忌避という制度もあるようですが、みんな同じ精神に基づいておるものと思うのですが、忌避の場合は、弁護士側からいえば、この裁判官はどうも公正な裁判をするような関係ではないような、何か偏向裁判でもするようなおそれがあるというので忌避の申し立てをするわけですが、この忌避の申し立てがどの程度成立しておりますか、パーセンテージといいますか、それについてお知らせ願いたい。
#12
○長井最高裁判所長官代理者 忌避の申し立てが認容されました件数は、過去三年間の例をとりますと、全申し立て件数が七百十二件ございます。そのうち認容事例は一件のみでございまして、認容率は、したがいまして〇・一%ということになります。
#13
○高橋(英)委員 そうすると、忌避の申し立てがたくさんあるけれども、そのたくさんの忌避の申し立てが、たった一つぐらいしか認められておらないということになるわけですね。忌避の申し立ての原因は公正でない判決をするおそれがある、いわゆる偏向判決をするおそれがあるという、そういうふうな考え方から、忌避が弁護士や検察官から申し出られるわけですが、そうすると、どうしても裁判官というのは公正らしさを保たなければならない立場であるわけですから、そこに公正らしさを欠くということになると、裁判官の適格性に疑いが起こってくる、欠くるところができるというふうなことになるわけじゃないですか。
#14
○長井最高裁判所長官代理者 御指摘のとおりでございますが、裁判官の適格性そのものという表現では少しきついかと存じます。その裁判官がその事件を裁判するについての公正さについて問題が起こる、こういう趣旨であろうかと考えます。
#15
○高橋(英)委員 事務総長に一つお伺いしたいのですが、私がお伺いした公正らしさというふうな問題に関してです。すなわち裁判官の適格性の問題になるのですが、政党政派に所属しておる人や、それから政党色の濃い団体に所属している裁判官は、公正らしさを疑われるおそれがあるということは、この委員会でも総長も答弁されたと思いますが、そのお考えに変わりはございません
#16
○吉田最高裁判所長官代理者 かつてそのようにお答えしたとおりでございまして、やはり裁判官は公正らしさを疑われるような行為があってはなりません。したがいまして、政治的色彩のある団体に加入するということは裁判官としては好ましくない、これが最高裁判所の公式見解でございます。
#17
○高橋(英)委員 問題は青法協の問題なんです。青法協に所属している裁判官が、現在いろいろ問題になっておるようです。現在ばかりか、もうずっと前から、御承知のように問題になっておる。青法協がはたして政治色の濃い団体であるかどうかということに対する断定は、ここで私は申し上げませんけれども、そういうふうに断定する向きもあるようです。特にまた、青法協に所属している裁判官のうちにも積極的に活動するような人が――程度の差はありましょう。いろいろありましょうが、まさか革命を企図しているとか、反体制的なと申しますか、体制破壊の団体だというふうなことは私は申し述べることはしません。この委員会に長くおられた岡沢君のごときも青法協の会員だけれども、あの人は温厚の士だから、まさか革命を企図しているとは思いません。しかし、そういうふうな疑いを持たれているような傾向もあるわけなんですから、そういう疑いを持たれているような団体からなぜ脱退しないのか。多少でもそういうことに対して国民から疑惑を受ける、青法協に属している裁判官は偏向裁判をするのではないかという、国民の一部がそういうふうに考えておるにしても、これはもうたいへんな弊害があると思うのです。
 いわんやわれわれの属する自由民主党は、国民代表として大多数の国民の支持を受けて、ほかの少数党とは違って、国民の相当数の代表者であるというのが自民党である。この自民党の関係の人たちが、偏向裁判をするおそれがあるのではないか、政治色が濃厚過ぎるのではないか、裁判官として適格性に欠けるのではないかというふうな疑いを持っておるとすれば、多少でもそういうふうな疑いが持たれておるにかかわらず、その団体から脱退しないということは、どういうところからそういうことになっておるのか、そういう点について御所見を承りたい。
#18
○吉田最高裁判所長官代理者 もう御承知とは存じますけれども、現在の法制といたしましては、裁判官は積極的に政治活動をしてはならないと規定してございますので、その解釈上、いわゆる政治的団体に加入することは法律上は禁止しておりません。したがいまして、政治的団体に加入することが好ましくないと申しますのは、裁判官のモラルとしての問題だと思います。したがいまして、これが脱退を強制するというわけにもまいりませんので、裁判官がモラルを守るように自覚を促す、こういう考えでおるわけでございます。
#19
○高橋(英)委員 私は、少なくともそういう疑いを持たれている団体に所属しなくとも、裁判官としての研修といいますか、裁判官としてのあらゆる条件を備うるに足るに別な方法があると思うのです。あらゆる方法、あらゆる可能性が発見できると思うにもかかわらず、少なくとも一部の国民からは――一部か大部分か、これは国民投票をしてみなければわからないけれども、ある程度の国民から疑惑を持たれておるにかかわらず、なおかつその団体に固執して入っておるというふうなことは、ちょっとおかしいと思うのです。その団体でなければ裁判官としての向上発展、修養が身につかない、研究ができないというふうなことでは、これはいまの裁判官制度というか、司法組織に何か欠陥があるのではないかと思います。
 それはともかくといたしまして、この措置が種々起こります場合が、思想、信条の自由を侵害するというふうな、憲法違反というふうな問題になっておる。裁判官の思想も信条も一般国民と同じように自由であるというふうな説、裁判官訴追委員会で青法協に属するかどうかというふうなことを調べること自身が、何か思想、信条に対する侵犯であるというふうな言説を吐く連中もあります。これはもってのほかだと私は思いますが、これを一々反駁していると、畑君に長くなるというのでおこられます。畑君は言いほうだい自分ばかり言って、私も委員長時代に、これはとても平行的な、一方的なことばかり言うのはどうかと思っておったけれども、多少勉強になりますから私も聞いてあげました。ところが、私が言うとすぐ何かけちをつける。ほこ先を鈍らすような戦法じゃないかと思いますけれども、高橋英吉決してほこ先は鈍りません。
 要するに思想、信条の自由というものも、これはもう一般の国民でも同様でございますが、裁判官もしかりです。しかし、裁判官のごとき、また一般公務員のごときは特に制限があるわけです。公共の福祉の範囲内、これは憲法にもはっきりしたものがそれぞれあります。要するに大前提としては公共の福祉、公共の福祉のないところに共同社会の幸福はない、福祉はないということを前提とするならば、思想、信条とか、言論の自由とかいうものも絶対に無制限ではない。公共の福祉の範囲内においてのみ許さるべきものである。すなわち、共同生活の秩序を破壊しない程度の、その範囲内のものが許されるのだという憲法の根本方針。私は憲法をこしらえた一人です。現在の憲法に三カ条原案にないのを、アメリカ側から出したものに私が動議を出して、そして三つ原案にないものができておりますほど、憲法制定における功労者の一人の高橋英吉がこれを申し上げるのですが、思想、信条の自由というものも要するに公共の福祉の範囲内というふうなことになっておる裁判官の場合においては、たとえば政治運動でも、積極的な政治運動ができないという規定がありまするし、また公務員の場合もいろいろありまするが、公務員もとにかく国民全体の奉仕者であって、一部の階級の、一部の国民の代表者ではない、奉仕者ではないというふうなことになっておるのでありまするから、裁判官のほうも同様です。
 したがって、思想、信条において一部の階級のみを代表するがごとき、そういう考え方を持っておる人は、勢い、俗にいうところのいわゆる偏向判決ということになるおそれがあると思いまするが、その点どうですか。
#20
○長井最高裁判所長官代理者 たいへんむずかしい問題の提起でございますので、責任のある御答弁を申し上げることはきわめて困難でございますが、やはり裁判官も公務員でございまして、憲法に基づきますところの適正な裁判の上の義務を果たす責任があるわけでございますから、特に一部特定の利益のみを代表して、その観点からの職務の遂行をするということはやはり許されぬ、憲法の精神に基づいて職務の遂行が義務づけられる、このように考えます。
#21
○高橋(英)委員 なかなかむずかしい問題だから、的確なお返事もできますまい。これはいずれもっと根本的に論議をしなければいかぬ場合がありますので、その際には適当に、答弁してもらう人たちも総理大臣以下お願いしたいというふうな考えを持っておりまするから、いま一応この程度にしまするが、こういう説がありますが、どうですか。たとえ一審で偏向裁判をしても、三審制度であるから差しつかえないのではないかというふうな説ですが、一審の偏向裁判は、それは公正な裁判によって是正されるでございましょうけれども、三審制度とはそういうものではない。ことに三審の最高裁判所において偏向的な意見を持っておる、偏向的な裁判官がたくさんあった場合にはどうなるか。だから、三審制度だから偏向的な判事がおっても差しつかえないというふうな議論をする者もございまするけれども、それは実害がないというふうな意味でしょう、理論的の意味じゃなしに。現在において、一審の単独でも合議でも、多少行き過ぎの偏向裁判があっても、それぞれ三審制度によって是正される、公正な裁判になるというふうなことだから差しつかえないという現実論でしょうけれども、理論的には、三審制度だから偏向判事があっても差しつかえないということにならぬと思いますが、どうですか。
#22
○長井最高裁判所長官代理者 偏向裁判がどのようなものであるかという意味と定義づけは、また困難な問題であろうかと存じますが、かりにそれを公正を欠く裁判という意味に理解いたしますならば、三審制度があるから一審は公正を欠いてもよろしいんだということは、これは許されないことでございまして、各審級とも憲法の精神に従いまして誠実に裁判をすべきものでございます。公正を欠くことはいずれの審級によっても許されない、このように考えます。
#23
○高橋(英)委員 それから司法研修所の問題について、内容なんかについてちょっとお尋ねしたいのですが、最近私は若い法曹人と接触してみますると、穂積八束という者の存在を知らない、上杉慎吉という者の存在を知らない、そういう人たちもあるわけです。むろん美濃部達吉の存在は知っておるでしょう。けれども穂積八束とか上杉慎吉とかいう、こういう天皇神権説、天皇大権説の流れの大本であるところの二人の名前、日本の歴史といいまするか、現在の日本民族の歴史を変えたところの二つの流れの一つ、すなわち美濃部達吉氏なんかを中心とするところの天皇機関説、まあ美濃部さんは天皇最高機関説、機関でも最高であるという、天皇最高機関説というのを唱えておったわけですが、要するに国家主権説と天皇主権説との二つの流れ、これがずっと日本を二つに分けてきた。たとえば五・一五事件とか二・二六事件とか満州事変、それが起こるまではほとんど美濃部天皇機関説、国家主権説のほうが通説であり、法学界ばかりではない、満天下の日本国民の間にそれが定着しておったのでありまするが、あの時代から終戦まで、いわゆる戦時中といいまするか、非常時中といいまするか、そこに天皇機関説排撃問題が起こってきたんですけれども、そもそもいまの若い人たちは、その穂積八束や上杉慎吉なんかという天皇大権説の人たちのことを知らないし、戦前はすべて国家主権説、美濃部説が排撃されておったかのごとく誤解しておった人もたくさんあるようですが、決してそういうことはない。明治時代における藩閥政府に対する権力闘争、自由民権闘争は御承知のとおりでございますが、政党内閣になった場合において、現在の憲法と違って一応諮問機関が――諮問機関と言うと語弊がありますが、翼賛機関的な性質を帯びておった点もございますが、現在の憲法ほどではなかったけれども、しかし民権は確立されておった。すなわち国民主権というのは、その当時から選挙制度を通じて確たるものがあったのでございまするが、そういうことも少しも知らずに、戦前はすべてもう日本全国民が奴隷か何かというふうなもので、自由というふうなものは全然なかったという一戦時中の一時期のことのみに基づいて、終戦前はすべてそうであったというふうに考えておるような新しい法曹人、弁護士なんかがあるのです。
 そういう点について、修習関係においてそういうことを教えないのですか。この日本民族を二つに割ったところの天皇大権説と国家主権説、天皇主権説と国家主権説、この二つの流れ、それがどういうふうな流れに変動していったか、変化してきたかというふうな、そういうふうな歴史的な確固たる事実なんかについて、教えられないのですか、どうですか。
#24
○長井最高裁判所長官代理者 最近の法学教育の現状は、私まことに浅学にして存じません。また、憲法学説史の発展は、そのときの、その時代の人たちによって理解の程度がそれぞれ異なるところではないかと存じます。ただ、現在の法学生あるいはその後資格を得て裁判所に入ってきた人は、現行憲法というものを中心に勉強いたしまして、それに必要な限度では、御指摘のような学説についての変遷も勉強しておられることと考えております。
#25
○高橋(英)委員 今度の憲法ができますときに、国家主権説を私がひっさげて、金森博士が、国務大臣が、高橋の言うことはもっともだというふうに答弁いたしておりまするし、貴族院においても、慶應大学の、その後人事院の総裁になった浅井博士が、衆議院における高橋発言が最も正確だというふうにおほめのことばをいただいているようなわけで、いわば松本善明君なんかに言わせると、おまえの説は戦前は新しくて非常によかったけれども、戦後はちょっと古いなというふうな批判を若い松本君からも受けたのですけれども……(「委員長、注意してくれ、きょうの議題と違う」と呼ぶ者あり)大局からいくというと、知能の低い、少数国民の代表者である少数派の議員が多少クレームをつけたり、やじを飛ばすけれども、これは結局、少数国民の代表者であって、われわれのように、自民党のように多数国民の代表者ではないということをひとつ銘記してから、私の言うことのほうを重きを置いていただきたいのでございますが、とにかく、この判事十年制の問題についてお尋ねしたいのです。
 その基本精神、立法趣旨といいまするか、そういうものは、私ども当時憲法を制定する場合に、法曹一元なんかというのはまだ起っておらなかかった。この十年制は、結局、絶大な身分保障のもとに安坐しておる裁判官を化石にしてはならない、独善におちいらせてはならないというふうなことで十年の任期ということになったけれども、おそらく裁判官になるような人たちでそういう間違った、化石になったり、独善に走ったり、偏向裁判したり、公正でない裁判をするような人はないだろうから、全部これは再任されるだろう、しかしたまには、五分や一割といいますか、五%や一〇%はそういう人たちが出るかもしれないということを前提のもとに、この十年制を私どもは賛成してああいう憲法をこしらえたのですが、そういう点についての立法精神を御存じですか。
#26
○吉田最高裁判所長官代理者 いまのお尋ねでございますが、裁判官はその意に反して転官、免官、転所、職務の停止その他できないという非常な強い身分保障を持っております。そのような関係で、裁判官の任期が十年だという制度がつくられたものだと理解しているわけでございます。
 それで、裁判官の任期が十年たちますと、当然に退官いたしまして裁判官の地位を失う、その機会に裁判官として不適格者を排除しまして適格者を任命すると同時に、転所の制限による人事の交流を円滑に行なう、こういった趣旨で任期は定められているものだと理解しております。
#27
○高橋(英)委員 それから、また話を変えますが、裁判官を任命したり再任したりする場合においての欠格条件というものは、法律に定めてある裁判官の罷免事項、こういうものに該当する以外の者は任命をし、再任もすべきだというふうな説をなす学者なんかがありますが、これはもってのほかだと思うのです。罷免該当者であれば当然のこと罷免される。それまでに罷免されていなければならないし、再任する場合において罷免事項に該当する者であれば、むろんそれはしないのが当然でございます。それをすることになったらたいへんな法律違反になるわけで、責任問題が起こってくるわけです。だからこれは当然なことで、罷免事項に該当しない者でも、なおかつ裁判官の適格性に欠ける、先ほど御答弁のように、モラルの関係で裁判官としてふさわしくないというふうな人たちに対して、任命をしなかったり再任もしなかったりというふうなことが、これは十年制の根本思想、根本精神だと思いますが、その点について御答弁を願いたいと思います。
#28
○松澤委員長 高橋委員に申し上げます。
 あと十分間が申し合わせの時間ですから、できるだけ結論をお願いいたします。
#29
○長井最高裁判所長官代理者 再任という仰せでございますけれども、憲法は任期を十年と限っておりまして、十年の期間の到来によって身分を喪失するという解釈になっておりますので、いわゆる再任というのは、新たに裁判官に任命されるという解釈になるかと存じます。
 そのような観点から考えますれば、従来はどのような関係であれ、新たに任命するという観点からの任命行為が行なわれるわけでございます。新規採用の場合といわゆる再任の場合と、そこに実質上の径庭はない。ただ、前の任期の期間の業績というものがしんしゃくされるということはあり得ることでございます。
#30
○高橋(英)委員 委員長からも制限されるし、畑委員からもやいやい言われるから言いたいことも言えないのですが、今度は別の機会に大局論をやります。きょうはこまかいことにしましょう、それなら十五分の間に。
 裁判所法では、裁判官は積極的な政治活動ができないということですが、これは、私が先ほど申し上げましたように、政治色が濃厚な団体に所属しておる者は、公正さを欠くというような国民の疑惑を招くおそれがあるということになるので、積極的な政治運動をしなくとも、政治運動なんかをする人は裁判官として適当ではない。だから、私のほうの自由民主党に所属するような者が裁判官になったら、断固として私は反対する。そういうふうなことですが、「積極的」という文字をとって、政治運動をしてはならないという、積極的なという文字をとるということは、憲法違反とかなんとかになりませんか、どうですか。
#31
○真田政府委員 お答えを申し上げます。
 裁判所法の五十二条の「積極的に政治運動をすること。」とある規定のうち、「積極的に」というのを削ったらどうかというような話を、いままで具体的に私のほうで審査したことがございませんので、詰めて考えたわけではございませんが、この場で私が考えられることをお答えすることにいたしたいと思います。
 もともと、裁判官が積極的に政治活動してはならないという規定が定めてある趣旨は何かということから始まるわけでございますが、先ほど来仰せのとおり、裁判官も国家公務員でございまして、全体の奉仕者であり、一部の奉仕者ではない。また 裁判ということの性質から、厳正中正に仕事をしてもらわなければならない。また、国民もそれを期待しておるわけでございまして、そういうことから、一党一派に偏するようなことをしてもらっちゃ困るという思想が一方にあるのだろうと思います。それが政治活動の制限をするという要請であり、立法趣旨であろうと思います。
 ところが、一方また裁判官も国民として共通の権利を享有されるべきであり、必要以上にそういうことの制限をしてはならないという要請がまた片方にあるわけでありまして、現行の裁判所法五十二条は、その両方の要請を立法政策上調和をとって、積極的に政治活動してはならない、こういう法律上の義務を課した。これは立法政策上、ただいま申しました二つの要請の調和点として考えたのだろうと思います。
 ところで、憲法との関係はどうかということでございますが、私ここで思いますのに、なるほど現行法は積極的に政治活動してはならないと定められておりますけれども、この規定が、裁判官に対して法律をもって禁止することが、憲法上許される最大限であるかということになりますと、そうは思わない。立法政策上これよりもう少し禁止の幅を広げるということも、必ずしも憲法違反になるとは思っておりません。ただ、ただいま御提案のように、ただ単純に「積極的に」というのをとるだけでございますと、裁判官は政治運動してはならないということになりまして、政治運動とか政治活動あるいは政治的行為というような概念が、もともと非常に幅が広くて、すそ野が広い概念でございますので、ただやたらにとっただけでは、およそ政治的なことはやっていかぬということになるおそれがありますので、そういう場合には、あるいは憲法上非常に疑念が生ずるということにもなろうかと思います。
 どの程度までそれじゃ法律で禁止ができるかということでありますと、これはどうも私がここで、一義的にここまでだというようなことを申し上げられるような性質のものでないことも、御理解願えるだろうと思います。ただ、ただいま申しましたように、「積極的に」ということをとることが直ちに憲法違反になるかといえば、そうは思わないということをお答えしたいと思います。
#32
○高橋(英)委員 よく研究していただきたいと思います。先ほど申し上げましたように、すべての国民の権利というものは無制限なものではない。公共の福祉、それぞれの立場によって共同社会の秩序を維持する、共同社会の福祉を向上することに役立つことが憲法の精神であるということを御理解の上に、今後もこの問題について取り組み、御研究願いたいと思います。
 ただいま裁判の危機、独立の危機という問題がありますが、その点についてちょっとお尋ねしたいのですが、内部からの危機というふうなものはあるのかどうか。現実に民事でも刑事でもそのほかの事件でも、各三審とも、裁判官は良心に従って公正に判決をしているというふうなことが実態ではないでしょうか。民事裁判、刑事の裁判なんかで、一々内容について内部的に干渉があったり圧迫があったり、そういうようなことがあるかないか。これは政治的の偏向裁判とかなんとかというのは別ですよ。普通の事件が大部分ですから、いわゆる問題になるような事件はごくわずか、しかしその大部分の九九%の民事、刑事の事件なんかに対しては、裁判官はいわゆる良心に従って、独立に厳然たる公正な判決をしておるというのが実情じゃないかと思いますが、どうですか。
#33
○吉田最高裁判所長官代理者 御承知のように、社会の一部には、いわゆる裁判の危機とか司法の独立の喪失とか、そういうことを言う声があるのは事実でございますが、裁判官は決して、自分が独立を侵されているというようなことは絶対に考えておりません。どの裁判官も良心に従い、独立して裁判をやっているわけでございます。
#34
○高橋(英)委員 私がおそれるのは、外部からの影響で裁判の独立が危機に瀕しておるのではないか、独立の危機というものは外部からの影響ではないか、こういうふうに考えるわけですが、いわゆる世論とか国民の声というものが軽々しく使われる。国民の声とか世論とかいうふうなものの代表者というものは、私どもは国会であり国会議員であると思います。憲法の冒頭の条文、御承知でございましょうな。――いまそれを見なければわからぬようでしたら私が申し上げますが、「日本國民は、正當に選擧された國會における代表者を通じて行動し、」というふうなことになっております。それから国会が全国民の代表者である、そういうふうな条文もあることは御承知でございましょう。これは明治憲法にはなかった。現在の憲法ではそうなっている。要するに、議会制民主主義というふうなものが基本的なものになっている。議会制民主主義というものは、もう私が説明するまでもなく皆さんよく御承知のように、原始時代の人類が、英知の積み重ねによって、最善ではない、ベストではないがベターな制度、これ以外にはないというので、全人類が全世界でこれを採用しておる。これが一番進歩した、一応の、現在においてはこれ以上の制度はないというのが議会制民主主義。その議会制民主主義というものは多数決原理であって、暴力とかそのほかでものごとを決してはいかない。すべて法律によって、その法律は多数決による、国の最高機関である、国民の代表者である国会できめることが必要なんです。それが国民の声を代表するものである。
 したがって、国民の声とか世論とかというふうに軽々しく使うが、これは私は、密室のデスク、昔は象牙の塔とかいいましたが、いまはマスコミでも何でも密室のデスクみたいなものだと思いまするが、そういうところででっち上げたと言うと語弊がありますが、こしらえた、そういうふうな議論や意見が、国民の代表的な意見であり国民の声であるという証拠、保証、証明がどこにあるかというふうに私どもは思うのです。したがって、国会で国民の声とか世論とかいうふうなものを踏み台にして、それを踏まえていろいろな議論が展開されることは、ほんとうにわれわれは議会政治の否定であり、議会制民主主義の否定であって、みずからを卑下するものである。われわれこそ国民の声を代表し、国民の代表者であるという自覚、自信を持ってやれば、そういうふうな他人の意見をとやかく言うことは要らぬと思います。明治以来、昔から、いろいろなすぐれた言説は出ておりましょう。それはその人一個の意見としてそれぞれ傾聴に値するものは、われわれ国民の代表者がそれを取り入れて、そして参考にして、国民の代表者、国民の声の代表者として遺憾なき態度をとらなければいけないと思うのですが、どうも外部からの危機というふうなことが考えられる。
 裁判官の再任問題にいたしましても、わあわあ、わあわあ、いわゆる雑音というものが起こってくる。国民の声では必ずしもありません。国民の代表者でもございません。何も証明がございません。国会内においても、少数党の人たちが、国民の声とかなんとか言って、はたして選挙が勝てるか。勝った上でそれをおっしゃったらいいわけです。議会制民主主義の根本精神からいけば、多数決原理からいえば、国民の代表は国会であり国会議員です。国会議員の多数が国民を代表していることになる。都市で自民党が人気が悪いということになれば負けます。負けるけれども、全国民の間ではまだ自民党の支持者、自民党が御承知のように多く選出されておる。これはすなわち国民の声の代表、大多数の代表だ。しかし、少数党の人たち、少数国民の意見を無視するというわけではありません。そういう意見はもう心から傾聴し歓迎して、それを取り入れて、よりいい政治をやらなければならない。これは当然のことでございまするけれども、とにかく軽々しく、軽率に、国民の声とか世論とか、そういうふうなことをマスコミでも国会でも発言されることはもってのほかだと思い、ことに国会議員自身がそういうことを言うことは、議会制民主主義を否定することであり、現憲法を否定することである、みずからを卑しめることであるということで、われわれこそ国民の代表であるというふうに思うのであります。
 その点について、外部からの雑音、外部からの圧力なんかに負けて、そうして最高裁判所も、心にない、信念にそむくような態度をとられる、そういうふうなおそれがあるのではないか。今度、金野判事補が辞退したからあとは全部再任だというふうなことで、何か雑音に負けたというふうな感じをわれわれに抱かす。国民の大多数はかえって、青法協というふうな、そういう問題の、政治的色採の濃い団体に所属している裁判官がなおかつおるということに対し、また、そういうふうな外部からのいろいろな雑音に惑わされはしないかということに対して、裁判の危機、司法の危機、そういうものを感じているのです。逆です。最高裁の態度とか自民党の態度、そういうものに対して、国民が司法の危機を感じているとかなんとか、そんなべらぼうな、そんなばかげた逆なことはありません。もしそれを信じておるなら、今度の選挙で自民党を負かしてみなさい。多数党になってみなさい。野党において……(「だれに言っているのだ、こちら向いて言え」と呼ぶ者あり)最高裁に教えてあげるのだ。だから、雑音に惑わされるな、圧力に負けるな。き然たる態度で最高裁が出るところに、そこに国民が信頼感、安心感を持って、日本いまだ滅びずという感じを持つのでございますが、どうぞそういう意味において、き然たる態度でやってもらわなければいかぬと思います。多少雑音に惑わされたり、おそれをなしているようなことはありませんかどうか、それをちょっとお聞きしたい。
#35
○吉田最高裁判所長官代理者 裁判所も、裁判権の行使その他司法行政のことにつきましても、国民の真摯な声は、これは耳をかさなければいけないと思いますが、いわれのない、いわゆる雑音というようなものに裁判所が惑わされて、裁判権の行使や司法行政をあやまる、そういうことは絶対ございません。御安心をお願いいたします。
#36
○高橋(英)委員 いろいろ言いたいことはあるけれども、やかましく言うものですから……。今度はそのかわり、畑君が言うことはぼくは静かに聞いてやるから、この次はよしなさいよ。
#37
○松澤委員長 畑和君。
#38
○畑委員 冒頭ひとつ委員長に要望しておきます。
 きょうの委員会については、理事会はきのうやったのです。きょうは理事会を省略して、冒頭から私が皮切りに質問することになっておった。それにもかかわらず、途中で闖入をして質問をされるというようなことは、今後ひとつ厳に慎んでもらいたい。そうでなくちゃ運営はできませんよ。(高橋(英)委員「きのうは欠席したけれども、その前の委員会でぼくがやることになっておった」と呼ぶ)高橋君のことを言うんじゃないけれども、今後はひとつそういった運営でやってもらいたい。そうでないと予定も何も立ちません。どうぞ……。
 きょうは、理事会の決定に従って、実は最高裁がいま考えておられる一人制審理の特例の規則制定、この問題について質問をやることになっておった。したがって、この問題について集中して私は質問を申し上げるわけでございます。
 私は、この一人制の審理の特例に関する規則の案というものを見せていただきました。その説明書も総務局長からいただきまして、それを読んでみました。非常に大きな重要な問題だと私は思います。この問題は、基本的に申しますと、もし、制定をするとすれば、これはやはり法律事項である、根本的にそう考えます。われわれ立法府がやる仕事である。それを最高裁が規則で制定することは、まかりならぬということが私の結論です。これをやられると、もういままでの裁判のあり方というものが、いいかげんに規則によってどんどん変えられるということだとたまったものじゃない、全部を通じまして私はそういうように感じましたが、いろいろ問題点がある、その問題点のおもな点を、私ひとつ拾いあげて質問をいたしたい。
 第一に、いろんな点で私は憲法に違反をしていやしないか、こう思うのです。まず第一に憲法違反だと思うことは、憲法三十二条、御承知のように、すべて国民は憲法または法律に定められた裁判所においてだけ裁判を受ける権利を持っているということが、憲法三十二条にきめられております。したがって、憲法または法律以外の裁判所規則によって設けられるような、本件のような審理のやり方、そういった裁判体の構成のやり方、これは憲法三十二条に、私が申し上げましたような趣旨に反するというふうに考えております。この点どうでしょうか。
#39
○長井最高裁判所長官代理者 ただいま御指摘のような御疑問も、当然あらかじめ予想されましたので、慎重に検討をいたしました。もともとこの手続につきましては、二人制合議体移行というような観点から、昭和三十一年に検討を始められたわけでございますけれども、その後いろいろな事情、経過がございまして、立法が適切でないという結論に到達いたしましたので、最高裁判所の規則の所管の範囲内でこのような手続を定めるべきであるという結論に達し、このような要綱案となったわけでございます。
 それで、その骨子は、裁判所そのものを定めると申しますか、裁判体の構成員、裁判機関の組織を定めたものではなくて、最高裁判所の規則として、憲法七十七条に定められておりますところの司法事務処理に関する内容といたしまして、補助的な職務の内容を判事補にさせるという構想に到達しまして、この規則の要綱案になったものでございます。したがいまして、三十二条に規定のございます「裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。」というこの規定に抵触するものではないという結論になったわけでございます。
#40
○畑委員 それが問題だと思うんだね。大体規則を制定しようと考えたのは、この前、昭和三十一年のころにあなた方のほうで、いままでの原則はきまっておりますが、そこで、二人制をひとつ設けたいというような考え方をあなた方が出された。ところが、それは結局、法務省関係で検討され、法制審議会で検討された結果、まあ一番ネックになったのは、おそらく、二人制だと評決の際に、単独かあるいは奇数でないと多数決できめかねるというようなことが大きなネックになって、一人制と三人の合議制、これが裁判所法によって結局、この二人制は妥当でないということになってとうとう日の目を見なかった。もちろんその二人制の場合も、当然これは法律できめて、裁判所法を改正してやるべきだったんですけれども、結局、これが基本的にだめだということで法制化されなかった。そこであなた方のほうは、それができないものだから、そのかわり便宜の処置として、一人制という形の上で、それに補助裁判官というのをつけて、そうして事実上の二人制をやる。しかし、これはあくまで判事補は裁判体ではないんだ、それを補助するというか、立ち会うというか、関与をするというか、そういうような立場の裁判官であって、結局、評決には参加をしないんだ、意見を述べるだけだ、こういうことだから裁判体ではないんだ、したがって、あくまで一人制である、一人制の変形である。その変形であることは、おそらくあなた方も認めるでしょう。変形であることは認めても、結局、一人制であって二人制ではないんだということだと思うのです。しかし、これは明らかに特例ですよ。特例である以上は、やはりこれは法律できめなければならぬと私は思うのです。
 いま裁判所法は、単独と三人の合議体、あるいは最高裁等は違ってきておりますけれども、大体そういう奇数の裁判官でやっておる。それはちゃんときめがあるんですね。それが結局、下級審でこれをやられるということになると、そういう点にも明らかに反するのじゃないか。やはり憲法に従って法律できめた、裁判所法できめた裁判所の審理の構成、そういうことに基づいてやらなければ、私は明らかに憲法三十二条に違反するというふうに思うのです。それはいかがですか。
#41
○長井最高裁判所長官代理者 二人制の点に関しまして、先ほど沿革的に申し上げましたが、その説明書に、評議が分かれた際の結論の出し方についての成案が得られなかったということも一つの理由に書いてございますが、法制審議会におきますところの最終的な結論はその点ではなくて、現在の憲法が制定されます際に、法曹一元制の実施ということが深く考えられていたということでございます。ただ、早急に実現することは当時の状況から不可能であるために、判事補制度というものを創設いたしまして、法曹一元までの経過的な措置とされたという事情がございます。
 ところが、二人制合議体というものを設けますためには、その判事補制度を基盤として審理の基本的な構造をつくらなければならぬ。すでに一人制及び三人制というものは、長い法制上の沿革に基づきまして、基本的な審理の構造として立法の上で認められてきたものであります。二人制もそれと並ぶ恒久的な重要な審理の基本構造となるべきものであります。このような重要な審理の基本形態が、過渡的な判事補制度というものを基盤としてつくるということはあの段階では適当でない。むしろ判事補制度がどのようなものであるかということを十分に検討して、恒久的なものである、あるいはその内容はどのように改めて恒久化すべきであるかというような検討を十分遂げた上で二人制を立法すべきである。このような結論で法制審議会において二人制の立法が見送られて、判事補制度を引き続き根本的に検討していくという態度が打ち出された、こういういきさつでございます。それでその後の判事補制度の実情というものは、変化を見ておりません。
 なお、当時二人制を提唱いたしましたのは、なるほど最高裁判所に設けられました第一審強化方策中央協議会におきまして、最高裁判所に対する答申として出されたものでございますが、この協議会の委員には、法曹の三者の代表及び政府の関係機関の代表が入りまして、一致した意見として出されましたものでございまして、裁判所だけの意見でこのような提案がなされたというわけのものではございません。したがって、この点についても弁護士連合会にも協力の依頼をしておるわけでございます。
 なお、これが裁判所法に違背するところの審理の基本的な構造でないかという御批判に対しましては、この内容からも十分におくみ取りいただけますように、単独制の審理の判事の補助をするという構想でございまして、審理の基本としてその構成員の立場を与えるものでもなく、評決についての法律効果を認めるものでもなく、審理の補助をするということにとどまっておりますので、一人制審理の特例の手続ではございますけれども、基本的な構造を変えるものではないという結論でございます。
#42
○畑委員 それは、いきさつは私の若干考え違いがあったかもしれぬ。私は、二人だと評決のときにむずかしいということがネックになったというふうに考えておったんだが、あるいはそうじゃなくて、別の、あなたの言われるような意味合いから見送られたんだと思いますが、しかし、そのときには、法曹一元化ということとの関係ということになると、やはり人員の問題だと思うのですね。そうでしょう。その関係で、それとの見合いということで見送られたのだと思うのだが、それならそれでいいのですよ。その二人制があのときの二人制ならいいのですよ。問題ないのです。明らかにそれは裁判所法を改正してやるはずだったのです。
  〔委員長退席、小島委員長代理着席〕
 ところが、あなた方がいま考えていることは、裁判所法を改正しないで、そして規則制定権に基づいて、司法事務処理だ、こういうふうなことを言われるのですね。これは明らかに違いますよ。そういうふうに考えられては困る。ますますあなたのほうの権限を大きくしてしまうことになるのです。憲法の七十七条の規則制定権、これとのかかわりがありますが、一体規則制定権というものはそんなに拡張してよいものか、非常に問題があります。規則制定権というのは、よく読んでもらえばわかると思うが、そういう問題じゃないと思うのですね。これは司法事務処理じゃないと思うのですよ。明らかに裁判の審理の構成ですからね。
 それでその裁判官は、いま言ったとおり、裁判官の許可を得て発問をすることができる、それから証人の尋問をすることができる、本人に供述を求めることができる、そういうことになっていますね。そういうことになってきますと、しかも最後には評決に加われない、だから裁判体ではないんだ、こう言うけれども、それは理解できないですね。回避の制度もありますよ。それじゃそんなものも何も要らないわけじゃないですか、裁判体じゃないとすれば。裁判体であるかのごとくないかのごとく、片一方からこう言われるとそうじゃありません、片一方からこう言われるとそうじゃありません、こうなる、まことにこれはおかしな、奇妙きてれつな審理の形式ですよ。こういうことを便宜主議でやられては困る。しかも判事補の訓練のためだという。同時に一審の単独制の強化のためだ、こういうことを言われている。二つの目的がうまく調和できるはずはない。そういうことも委員の中の学者先生なんかも言われているように私も聞いておりますが、両立できないと私は思うのですね。判事補を訓練しなければならぬ、そのための試験台みたいな、それで公の機関を利用するというようなことにもなると私は思うのです。これは明らかに立法事項であって、規則制定権に基づく、規則でやられるべきものじゃないと私は確信しておるのです。
 いつまで論議してもなんですから、もう一つ憲法三十一条にも私はかかわりが出てくると思うのです。「法律の定める手續によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」というふうな規定もあるわけです。これは刑事の問題ですが、裁判所法に基づいて構成された裁判所に、規則によって未特例判事補を関与させたり、そして証人調べ等において、さっき言ったように尋問権を与えたり、判決の形式にも一応判こを押させるというような、これは判決にどういう責任を持つのか知らぬけれども、判決書にも関与判事補と書くのか立ち会い判事補と書くのか知らぬけれども、署名をするというようなことになっていますね。それで実際にいろいろなことをやる。これは明らかに心証を形成しますよ。それで最後的にはその単独裁判官が、主たる裁判官が自分の考えでやるのであって、その立ち会いの、関与の判事補にはただ意見を聞くだけだ、意見を述べたときは意見を聞くだけだというようなことを言われる。したがって、これはあくまで一人制の裁判体であるのだ、こういうような理屈をあなた方は言いますけれども、そうは見ませんな、外から見ますと。ちょうど二人の裁判官、それが片一方のほうがおもに聞くでしょうが、判事補のほうもいろいろなことを発問する。外から見ればりっぱな二人制の裁判体ですよ。それがあなたのほうの理屈から言うと、あくまで一人なんだ、片一方は補助なんだ、意思決定はみなすべて主たる裁判官がやるんだから、したがって、これは一人制の特例も特例、結局法律できめるべき特例じゃないんだ、最高裁の規則制定権に基づいての訴訟事務処理なんだ、こういうふうに簡単にやったら困りますよ。私は、これは絶対それでやられては困るというふうに思うのです。
 その手続関係につきましても、刑事訴訟法だとか民事訴訟法だとかいうものを使うでしょう。回避でも忌避でもそうですね。そういうことになるのだが、それが実際は根拠がないということになると、その辺もおかしくなるのです。憲法三十一条との関係はどうか。
 それから、もう一つ重ねて聞きたいのだが、時間の関係であわせて聞きます。憲法七十六条の第三項、例の裁判官の独立の問題ですね。この問題にも反しやしないか。裁判官はとにかく独立して裁判をする。合議体の場合にも、幾ら特例判事補だって未特例判事補だって、三人の合議体の一人を形成している。そして評決のときも、一人として評決の権利がある、発問もすることができる、そういうような形になっておりますね。それはあくまで独立しているわけです。裁判官の独立をそこで保障しているわけですね。ところがこの場合には、あなた方の言うことを言えば独立はないことになる。その判事補の独立はない。あくまで従属的――従属的というよりもほんとうに何の力もないわけだ。一体そういうことを一人制の特例として、法律できめないで、裁判所法できめないで、裁判所規則できめることができますか。私はあなた方の感覚を非常に疑うのです。あなた方は憲法の番人ですよ。こうした憲法の各条に非常に抵触する疑い濃厚なものを、なぜ案として出すのですか。私はこれは問題だと思います。それをいいということは私はどうしてもちょっと考えられないのだが、いかがですか。三十一条あるいは七十六条、それから憲法七十七条の例の規則制定権、こういう問題についてはどう御答弁になりますか。
#43
○長井最高裁判所長官代理者 反論いたすわけではございませんが、案の作成の立場から御説明申し上げたいと思います。
 二人制の立法の点につきましては、法曹一元が前提と考えられる以上、判事補制度を強化し、恒常的な制度とすることは好ましくない、許されないという立場から、現段階で立法すべきではないという法律的な結論が出ましたので、この立場でものを考えるということはさらさらいたしておりません。裁判所の事件の処理、最高裁判所の国民に対する適正、迅速、かつ公平な裁判をするという直接国民に対して負っておりますところの責任を果たしていく上において、どのような観点から現状を措置すべきかという点で、今回の規則要綱案を検討いたしたわけでございます。
 その際に問題点として出ましたのは、一つは単独体の審理の充実。現在の裁判官があまりにも負担が多過ぎる、さりとて裁判官の急速なる増員ということも現状からは望み得ない。そのための許される範囲内での措置をどうすべきか。また、いわゆる未特例判事補の指導、教育というものが、実務においてはなはだその機会が乏しくなっている。この点についても、後進裁判官の育成ということは、多年内外ともに指摘されてきたところでございまして、これをいかように対策を講ずるかという、この二点がこの要綱の検討の動機となったわけでございます。二人制の亜型というような形で脱法的に考えるというような意図は全くないものでございます。
 憲法三十一条の「法律の定める手續によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」これも罪刑法定主義の基本的な条項でございますが、ほかに、先ほど御指摘の憲法七十七条によって、裁判所が直接国民に対して負う責任を果たすための規則制定権という、司法に関するある意味での立法権を与えられている。この関係と三十一条との調和的な運用ということが、解釈上考えなければならない問題でございまして、法律と規則との所管事項はどうなるかという問題に帰着するかと存じます。当委員会でも御審議になりまして、規則の所管事項といたしまして、当事者の実体上の権利に直接影響を与えるような事柄は規則の所管事項とはされないというふうに説明されておりますが、それ以外に、法律と規則と、それぞれの所管事項についての明快な結論はいまだないところでございまして、学説もきわめて区々でございまして、いわゆる通説というものはございません。
 今回のここに定められました手続も、当事者の実体上の権利に直接影響を与えるというものは掲げられていないところでございまして、それぞれの法律的な検討を経て成案を得たものでございます。
 なお、憲法七十六条の裁判官の独立の規定、これは申し上げるまでもなく、七十六条第三項で、「裁判官は、その良心に従ひ獨立してその職権を行ひ、」というように掲げてございます。ということは、未特例判事補におきましても、すべてその職務の独立は保障されておりますが、それは職務を遂行するにあたっての独立で、その職務の範囲を何で定めるかということは、これは法律あるいはまた最高裁判所の規則で定め得るところでございまして、これは裁判所法を御検討いただければ、すぐおわかりになっていただけると思いますが、たとえば裁判所法の二十七条で、「判事補は、他の法律に特別の定のある場合を除いて、一人で裁判をすることができない。」「裁判補は、同時に二人以上合議体に加わり、又は裁判長となることができない。」このように重大な職務権限の制約を法律でなしております。これがよもや憲法に違反する条項とは、だれも考えないところであろうかと存じます。実定的な解釈としても、やはり憲法七十六条三項の職権というものの内容をここで詰めておる、このように考えられますが、最高裁判所の規則におきましても、裁判所の内部的な司法事務の処理、訴訟手続に関しましては、その本来の所管事項としてこれを定めることができるという結論に到達いたしましたので、今回、未特例判事補に関しまして、単独体の裁判官の審理の補助をなす職務権限というものをここに明らかにしたわけでございます。もちろん、七十六条の三項がございますから、その補助的な職務権限の行使の範囲内においては独立の保障がある、このような関係に立つことになると思います。
 なお、司法行政上の権限につきましては、未特例判事補は、裁判官会議の構成員となることも認められておりません。すなわち、司法行政上の権限は全く与えられていないという立場にも立っておりますので、七十六条ですべての職務権限が、全く他の制約を受けることなく独立して行使できるのだという解釈は、実定的ではない、このように考えるわけでございます。
#44
○畑委員 どうも私の見解と違いますね。これは私だけの見解ではないのですよ。相当の人たちが、おもに弁護士関係ですが、同じようなことを考えておるのです。どうも基本的なことで、あなた方とわれわれの考え方が食い違うというのはまことに残念だと思うのですけれども、司法権の独立、いま言った裁判権の独立の問題、あるいは裁判官の独立の問題、七十六条の第三項なども、私は未特例の裁判官という判事補といえども、合議体ではやはり独立して人格を認められて、それでやれるというようなことに解釈をしておるのです。ところが、先ほど言われたような形の、この問題になっている審理形態、これにおける判事補の立場というのは、その点に非常に違反しているとぼくは思うのです。ちっとも独立も何もないと私は思うのです。これでは書記官と同じようなものですね。外から見れば、全くりっぱな二人の裁判官に裁判されておると思う。ところがいろいろ調べてみると、なあに、あの判事補のほうは権限がないんだそうだということになったら、一体どうしますかね。外から見るとそう見えるんですな。それで、よく調べてみると、実はあのもう一人のほうは、あれは特例で、評決権もないんだそうだということになったらどういうふうになりますか。私はこういう便宜的なことをやるべきじゃないと思うんですね。やるとすれば、あくまで法律でやるべきだ。それを、かってにあなた方のほうで便宜のために――あなた方のその必要性はわかりますよ。私も判事補にできるだけ勉強する機会を与えようということはわかりますよ。同時にまた、一審の強化というような点で、単独判事の荷を軽くするというようなこともわかります。しかしこの二つの目的は、どうも必ずしもうまく調和ができないという点はあるとしても、そういうあなた方の今度のねらいは二つある。どっちかといえば、その重点は未特例判事補の訓練、修練のためなんだ。合議体が非常に件数が少ない。特に東京あたりの過密地帯のところあたりは、地方と違って、非常に専門化しておるというか、合議事件が少なくて、未特例判事補の仕事があまりないというようなこともわかっています。地方においてはいろいろほかの仕事もたくさんありますから、未特例判事補の仕事もたくさんあります。ですけれども、中央あるいは過密都市、大都市関係については、そういうことは確かにあると思うのです。そういった裁判に関与する機会が非常に少ないというような点で、大いに勉強させる機会をというあなた方の司法行政的な気持ちはわかるのです。わかるけれども、そうかといって、憲法に抵触し、法律に反してまでやるべきものじゃない、私はこういうふうに思うのです。ほかの方法でそれはひとつやったらいかがかというふうに考えるのだが、その点、いかがですか。
#45
○長井最高裁判所長官代理者 先ほどから繰り返し申し上げますように、憲法に抵触し、法律を犯してまでやるというような大それた考えはごうも持っておりません。十分に検討いたしました結果、最高裁判所規則の所管事項の範囲内で、最高裁判所の責任を国民に対して尽くしていくという観点から検討いたしましたものでございます。
 先ほど、合議体の中において、未特例判事補も独立の立場が確保されているという御指摘でございます。あれはやはり裁判所法の二十六条に合議体の制度が定められておりまして、その中に判事補が一人加わることができるという法律の定めの内容といたしまして、ここに与えられた職務権限の範囲内において憲法七十六条三項の独立が保障されている、このように考えるべきでございまして、それぞれの職務というものは実定的な規定に根拠を置いている、このように考えるべきでございます。裁判官という名前、そのためにあらゆるものが独立しているということは、これはとうてい考えられないところでございます。
 次に、裁判官であるのに全く権限がなくして法廷に立ち会う、社会的な評価から見てもいかがであろうかという御指摘でございますが、これはやはり裁判官として行使し得る内容のものを補助的な職務内容としてきめたものでございまして、裁判所調査官や裁判所書記官の職務権限とは全く違います。これは書記官、調査官がなし得るような職務のものではございません。やはり裁判長の許可を得て、相当と認める場合にのみ証人の尋問その他の訴訟上の行為ができるというふうに定めておりまして、これは本来、裁判官の地位に内在するところの職務内容と言ってよろしいわけでございますから、その行使の方法について、この規則で定めて職務内容とするものでございます。
 それから、二つの目的の調和という点でございますが、ある学者が、単独体の審理の充実、初任の裁判官の指導育成というものは、相矛盾するではないかという指摘があったというお話でございますが、これは、このものを同時に並べてみれば、なるほど矛盾の感は免れないかと存じますが、未特例の判事補五年の期間がございまして、戦前でございますと、五年たてば、優秀な方は、戦前の制度では部長判事にもなりまして、十分にりっぱな裁判長として訴訟指揮をされ、現在でも令名のある方がたくさんおられます。五年間という期間は、そのように若い時代にはきわめて充実した成長をする時期でございまして、この期間に十分な実社会の訓練ができないということは、社会的にも本人のためにも大きな損失でございます。任官早々は、二年間の修習を経ましても、実務記録で起案をするという程度でございまして、実際の事件に触れた訓練というものは何ら受けていないわけでございます。資格ができましたために実際の事件によって修練する機会が与えられる。五年たてばかなりな実力ができる。そういたしますと、最初は訓練の目的であったものが、その終期に近づいたころには、十分な裁判官としての能力ができまして、単独事件の処理においても大きな功績を果たしていくことができる。このように五年の期間をもって見ますれば、この二つの目的も十分に調和できるものであると私ども考えているわけでございます。
 以上のような観点でございまして、この手続がきわめて現実的であり、また、より以上の各種の法律に触れるものでもないということを確信しているわけでございます。
#46
○畑委員 まことに現実的であることは、そのとおりだと思う。しかしながら、あまりにも非合理的だとぼくは思う。見解がそう違うのかね。ぼくはわからぬね、あなた方の法律解釈というか法解釈というか。私はそう思うんですね。確かに実際に現実的ですよ。いわゆる便宜的ですよ。そういう便宜の方法を規則でやっていいのかということですよ、私が言っているのはね。やるんだったら法律でやりなさいというのですよ。裁判所法を改正してやりなさいというのですよ。あなた方は、あくまで単独制は単独制なんだから、その特例たるや、裁判所法の改正をもってする必要はない、司法事務処理だから、したがって、これは最高裁の権限の規則制定権でいいんだ、その範囲内だ、こういうことなんですね。だからあくまで単独制なんだ、特例というほどの特例ではないというのでしょうが、特例だとすれば、やはりそういう形を裁判所法できめるべきだ。立法事項でやるべきだと私は思いますよ。そういう便宜の方法を、最高裁でどんどこどんどこやられてはたまったもんじゃないですよ。われわれ立法府が無視されている。立法権の無視ですよ。そういうように私は思うのです。確かにこの判事補の地位は特別の地位ですよ。合議制のときの判事補は、これはちゃんとした裁判所法に規定されている範囲のものですね。ところが、これは明らかにちょっと違う形態だと思うのです。それである以上は、特別な形だから、どうしても二人制にしたければなお法律できめる必要があると思うのです。私はそう思うのですね。この未特例判事補は裁判に関与するが結局裁判はしない、そういう特別な地位の判事補ですね。それから判事の審理、裁判について補助裁判官ないし調査官的な役割りを果たすというようなことに私は考えられるのですね。そうだとすれば、現行の裁判所法に定めのない特別の地位ないし権限を有することになるということになれば、これはやはり法律できめてもらわなければならぬ。
 裁判所法は、裁判官だけでなくて裁判所の一般の職員、あるいは書記官とか、調査官とか、速記官とか、廷吏に至るまでちゃんと職務権限を規定しておるのです。職種あるいは権限はちゃんときめている。判事補もきめているのです。ところが、その判事補の新たな一つの仕事というか審理というか、それに立ち会って関与することなんだから、一つの特例なんだから、したがって、特例は特例として私は法律事項できめるべきだと思う。判事補の職権の特例等に関する法律だってあるんでしょう。あくまでもそういうのでやるべきだ、そういうふうに思うのです。裁判所法六十五条の二をごらん願いたい。「裁判官以外の裁判所の職員に関する事項については、この法律に定めるものの外、別に法律でこれを定める。」また、判事補の在職五年以上になる者に対して付与される判事の権限については、判事補の職権の特例等に関する法律によって、先ほど言ったとおりきめられておるはずです。だものですから、どうも私はあなた方の言うことはわからない。あくまでもやはりいままでにない一つの審理のやり方、一つの裁判体なんだ。あなた方は、裁判体はあくまで単独の判事が裁判体なんだ、関与する判事補は裁判体にならないんだ、だから、したがって規則でやれるんだ、こういうふうに言われるのですね。しかし、それは非常に国民の権利に重大な影響を与えるものですから、私は、あくまで法律事項であって、規則制定権の範囲内ではないというふうに確信しておるのです。それがあなた方とどうも見解が違うらしい。その点はどうですか。重ねて聞くようなことになりますが……。
#47
○長井最高裁判所長官代理者 ただいま判事補について特別の地位、特別の職務権限を定めたものではないかという御指摘でございますが、判事補につきましては、他の裁判所書記官、裁判所調査官と同様に、裁判所法の中におきましてその地位が定められております。また職務権限につきましても、御指摘を待つまでもなく定められております。また職務権限につきましても、御指摘を待つまでもなく定められておりますが、その権限の行使については、十分規則で定め得るところと考えておりまして、この職務権限に関する諸規定の行使については、規則で定められているところでございます。
 この規則要綱案につきましても、裁判所法に定められました判事補の職務権限の範囲内で、この補助的な職務というものの行使の方法を定めたものと解釈いたしておりますので、新たな職務権限を定めたものと解してはおらないと申しますか、その立案の際には十分に検討したわけでございます。この規則に基づきまして判事補の職務権限の行使の結果が、訴訟法上の効果を生ずるというような定めは全くなされておりません。訴訟関係人の権利、義務に直接影響を及ぼすというようなことも規定はいたしておりません。これは従来の判事補の職務権限の内容を行使の立場から単に定めたものであって、補助的な職務を内容として掲げてあるものでございますから、新たな職務権限を定め、特別の地位を定めたものではないという考え方をいたしておるわけでございます。評決権を与えるということになりますれば、これは二人制合議体ということになりますから、明らかに立法事項でございますが、評決権を与えるということもいたしておらないわけでございます。
#48
○畑委員 どうもわからぬね。評決権さえ与えなければ、新たな職務権限ではないとあなたはおっしゃるが、それはおかしいですよ。それはなるほど評決が最後の決定です。その裁判所としての決定だ。その点はわかりますが、しかし、それまでに主たる裁判官から意見を聞くことはできるし、片一方は意見を述べることもできるんだ。
  〔小島委員長代理退席、委員長着席〕
証人を尋問することもできるんだ。本人の供述を求めることもできるんだ。それで、しかも忌避もされ、あるいは回避もあり除斥もあるんだ。そんなものは要らないじゃないですか。何も評決に関係ないんだから、新たな職務権限ではないとあなたはおっしゃる。しかし、新たな職務権限ではありませんか。そういった回避の規定があったり、除斥の規定があったり、尋問権があったりするのだからね。
 とにかく、主たる裁判官の許可を得てやるんだそうだけれども、一々そのとおりやれるかどうか、やってみぬとわからぬね。許可を得たことにするのかどうか知らぬけれども……。いままでの合議体の三人のうちの一人の判事補の場合と完全に違いますよ。違うけれども、しかし、違うなりに一つのやはり職務権限をきめたことになるでしょうが。やはり心証を形成しますよ。その心証に従って裁判官に意見も言うでしょう。場合によったら裁判官がそれによって意を動かされることもあるのです。あくまでも決定は裁判官の自由だ、主たる裁判官の自由であるということはわかります。わかりますけれども、一方のほうが尋問したり何かして、それによって心証を形成した結果の意見を主たる裁判官に述べれば、主たる裁判官がそれもそうだなということで、それの心証によって動かされることもあり得るのであって、明らかに新たな職務権限じゃありませんか。重大問題ですよ。これはあなた方、頭がどうかしちゃっているんだ。最高裁という頭になっちゃっているから、何でも規則制定権でできるだけやれる、やればいいのだということかもしれぬけれども、それでやられたらわれわれ立法府は、われわれの仕事を侵されたことになる。立法府を無視したことになる。このことについては、単にわれわれ野党だけの考えじゃないので、与党の先生方も相当これには同調される方もあると私は思っている。私はそう思いますがね。よほど慎重に考慮してもらわぬと、あなた方の頭だけでやられたら困ると思うのです。
 そこで、じゃあその次に聞きます。時間もだんだん迫ってきますし、あとの人たちのために残しておかなくちゃなりませんから、なるべく早く聞きますけれども、一体この案は最高裁の裁判官会議の議を経たんですか。このあなたの出している要綱、それから規則の案は。要綱と規則案がありますね、それを長井さんが説明をされているのですが、これは最高裁の裁判官会議の結果、これでひとつ諮問をしろということでやられたのかどうなのか、あなたの私案なのか、その辺をお聞きしたい。
#49
○長井最高裁判所長官代理者 この案は、私の私案ではございません。この経過は、最高裁判所から、「一人制の審理の特例に関する規則の制定について」という諮問事項が出されまして、諮問が決定されました。ただ、それだけでは内容が具体的でありませんので、諮問委員会での審議が具体化しないというところから、諮問委員会の幹事でありますところの、最高裁判所の幹事でありますところの局長でつくりましたこの規則要綱案を、参考案として諮問委員会で御審議いただくことを最高裁判所でおきめ願ったわけでございまして、この内容について、最高裁判所裁判官会議で検討して法律的見解をまとめたというものではございません。もしそのような経過をとったといたしますれば、最高裁判所の見解をあらかじめ案の中に示したということで、これはたいへんなことでございます。審議のたたき台ということで出さしていただいたものでございます。審議をより具体化し、内容を充実するためのたたき台でございますから、十分に委員会で御検討をいただいて、改めるべきものは改めて、当初の目的に到達できるように御配慮をいただきたい、このような気持ちでございます。
 したがいまして、先ほど御指摘のございました忌避の制度などは、これが法律に取り入れられた法律事項であるという御見解であれば、これはもちろん改めるのにやぶさかではございません。現に諮問委員の中からその点に対する御意見も出ておりまして、そのように改めるほうが妥当であるという意見も多くございますので、その点は謙虚に御意見、御提案を受け入れまして、この原案を改めていきたい、このように考えているわけでございます。
#50
○畑委員 そうなりますと、裁判官会議にはこの表題の「一人制審理の特例に関する規則」表題はそうですね。「一人制審理の特例に関する規則」というのが表題だと思うのだが、その中身のない、それについての答申を求めたのですか。最高裁の十五名の裁判官はただその題目だけで、内容はしかるべくやれということで、それだけについて……。しかし、その表題だけじゃ意味ないと思うのですね。大体どういうような構想なのかということがなければ、これは重大な特例ですからね。「一人制審理の特例に関する規則」というんだから。大体そういう審理のやり方については、本来は法律事項だということは常識であなたわかっているはずだと思う。それを、規則で制定できるような形の一人制の特例をひとつ考えてくれ、こういうことが十五名の裁判官の意見で、それに基づいてあなたのほうで、それだけじゃ能のないことだから、それで幹事役の長井さんが要綱案なるものを考えて、それをたたき台として出された、こういうことになるわけですか。
#51
○松澤委員長 時間の関係がありますから、簡潔に要領よく答弁願います。
#52
○長井最高裁判所長官代理者 まことにそのとおりでございます。単独体の審理の充実と未特例判事補の指導、研さんの機会をつくるという二つの目的のためのたたき台ということでございます。
#53
○畑委員 そうすると、その表題からだけでも、最高裁の裁判官としては、一審の一人制の強化、これが一つ、それからもう一つ、未特例判事補の訓練、この二つのために一人制の特例に関する規則をつくりたいということくらいは、最高裁の十五人の裁判官は知っているわけでしょうね。
#54
○長井最高裁判所長官代理者 そういう御意図で諮問されたことは、それは事実でございます。
#55
○畑委員 そうなると、最高裁の裁判官ともあろう人たちが、簡単に規則でそんなことをきめられると大体思ったのでしょうか。私はその点良識を疑いたい。あなたがそれによって要綱案をつくって、この間たたき台として出された。それで一回、二回と、二回やられたように私は聞いております。その審議の模様も若干私のほうも間接に耳にいたしておりますが、それであなた方のほうは、これをいつごろまでに成案を得て実施しようといたしておられますか。
#56
○長井最高裁判所長官代理者 特定な時期を申し上げたことはございませんが、案を出して御審議いただく以上、一応のスケジュールというものなくしてのんべんだらりとやっても、これは無意味になりますので、今度新たに任命されます第二十四期の司法修習生から任官する判事補の諸君には、これで裁判をやろうという意欲にこたえてあげるために、その時期にはこの規則が施行できるように御制定いただければたいへんしあわせである、このように考えておるわけでございます。
#57
○畑委員 そうすると、おそらく四月一日というか、四月の初めからなるべくは実施したいというような御意向だと思うのですが、私は、これはそんな時期をあせってはいかぬと思う。十分に検討する必要がある。いろいろな疑問点がございますから、これは慎重にやるべきだ。
 私は本来、とにかくこの規則制定には反対です。反対ですが、しかしいずれにいたしましても、十分納得のいくような形で、委員あるいは幹事間において十分に審議をしてもらいたい。四月一日発足の新未特例判事補が赴任するにあたって、さっそくそれで始めようということがあなた方の最初の考え方だったに違いないと思いますが、それはいつからでもいいと思うのです。何も急ぐ必要はない。やるとしても、これは十分に審議を尽くした上でやってもらいたいと私は思います。
 これは非常に反対も多いと思う。これは円満な法曹三者の三者協議というものを本来やるべきだったと私は思う。三者協議は暗礁に乗り上げてなかなか進まない。三者協議の場も何回もあったそうだけれども、一度もこの問題については、極秘にしていたというか、そういう意図かどうか知らぬけれども、そうとしか思えない、こう弁護士の人たちは言うておるが、三者協議においては、いままで一度もこの問題について話を受けたことがない。一番最初に委員になっている人たちには、電話連絡して、何月何日にやります、こういうことだったそうです。同じ日に日弁連のほうにあなたのほうで正式に通知した、こういうような経過もあるようであります。したがって、やはり法曹三者で十分にこれは協議した上でみんな異議がなければ、円満な形でやるなら別だけれども、私は、これは非常に問題があるから、この点十分な審議を尽くしてやらなければならぬというふうに考えております。この点いかがですか。
#58
○長井最高裁判所長官代理者 三者協議、これはまことに好ましい場でございまして、何とか早くその発足にこぎつけたいと思いましたが、三者の意見がなかなか一致を見るに至りません。今日もまだ十分な見通しが得られない現状でございます。これができますれば、もちろんこれにもおはかりしたでありましょうが、このほうの先行きの見通しが十分でない。しかも問題はきわめて緊急に迫られております。したがいまして、日弁連に委員の推薦をお願いして、弁護士会からも委員を御推薦願って、協議の場が一般規則制定諮問委員会という形で持たれることになっておりますので、事柄の性質上こちらにおはかりいたしたという経過になっているわけでございます。
 なお、四月一日というお話でございますが、四月一日ということを申し上げたことはございませんので、判事補の任命ということはそれよりある程度おくれるということも予想されておりまして、四月一日と申し上げたことはございません。なるべく早く御意見をお出しいただいて、それに基づいて、また裁判官会議でも慎重に審議されることと思います。裁判官会議もまた法曹の各界の権威が出ておられますので、諮問委員会、裁判官会議、二重に法曹の権威の御検討を経た上で、無理のない制度を制定できるであろうということを、私は幹事の立場から御期待申し上げているわけでございます。
#59
○畑委員 それから、この問題について各地方の関係ある判事補、未特例判事補、特に未特例判事補の意見を聞く必要があると思うのです。これは非常に重大だと思いますよ。あなた方もそれは聞いているかもしらぬ。また、各地方の地方庁からも聞いているかもしらぬ。地方庁から聞くだけではこれはだめなんだ。本来は未特例判事補に手紙を出して、無記名でどういう意見だということを聞くべきだ。これは無記名で聞くべきだと思う。おそらくやってないと思うが、これは非常に重大だと思うのです。
 あなた方、未特例判事補が非常に勉強したくて一生懸命だ、意欲を燃やしている、こうおっしゃるけれども、必ずしも私はそうではないと思う。こういう形の、裁判官だか裁判官でないのか、判事補であることは間違いないけれども、権限のまことにない、非常にぬえ的な存在の判事補で甘んじたくない人がたくさんあると私は思うのだが、あなた方の意図とは逆に。あなた方は司法行政的な頭かちいろいろ考えておられるけれども、それを押しつけるのではなくて、一体その該当する判事補はどういうふうにこの点について考えているか、この要綱案を同封して、それに対する意見を無記名で出せ、こうして大体どういう意向であるかということを聞く必要があると私は思うのです。この点はどういうふうにやっていますか。
#60
○長井最高裁判所長官代理者 この要綱案に対する裁判官の意見は、各庁ごとに取りまとめてお出し願うよう、一月の末から二月の初めに説明会を設けまして、この要綱案と説明もつけて各人に漏れなく配って、ただいまその意見書を集計しつつあります。ただ、事柄の性質上、ことに法律家でございますから、意見が非常に多いわけでございます。一がいに賛成とも反対とも意見は出てまいりません。そのような形で、この集計には非常に困難を来たしておりますが、誠実に集計をいたしております。早晩結論が出る予定でございます。
 なお、無記名で意見を聞けという仰せでございますけれども、責任のある裁判官が意見を述べるのに無記名ということは、その責任を果たす上からいかがかとは存じますが、それは無記名の方は無記名の意見書でも、私のほうは受け付けて現在検討しております。ただ、これは私の個人的見解になるかと存じますが、裁判官ともあろう者が無記名の意見を出すというのは、マーケットの調査と同じような意味しかないという観点から、先生に失礼ではございますが、同意いたしかねる点もございますが、その点はさしおきまして、意見も十分聞きますし、その意見のほんとうに存するところ、また説明の行き届かないための誤解に基づく意見も出ておりますので、そういう点も十分しんしゃくして裁判官会議に御報告したい、規則制定の参考にしていきたい、このように考えております。
#61
○畑委員 そのいまの話、意見を聞くこと、これはやっていますね、各人に対して。裁判所だけでなくて各人に。――それでよろしい。
 それで、無記名でと言ったのは、結局、最近裁判官があまりものを言わなくなってきた。そういう傾向がいろいろあると思うのだ。司法行政的ないろいろな問題があるものだから。だからぼくは自由に意見を言わせるべきだと思う。そうでないと、にらまれたり何かする、そういう傾向が最近どうもやはりあることをぼくは懸念しているから言うたまでの話であって、あなたの切り返したように、裁判官ともあろう者が無記名でなんて、堂々とやるべきだ。それはそうだと思うけれども、しかし、そういう状態がいまの司法部であるということを私は言いたかったから、自由な意見を言わせるためには無記名でやったらどうだ、こう言ったまでの話であります。
 この点について、全体について、事務総長せっかくおられますから、私との問答を十分お聞きのことだと思いますが、最終的にあなたのこれに対する考え方、処理のしかた、それについてひとつ御意見を承って終わりにしたい。
#62
○吉田最高裁判所長官代理者 いま所管の総務局長からるる説明がありましたとおりに、最高裁判所の裁判官会議では、一人制審理の特例に関する規則を制定するについて諮問委員会に諮問しております。その事項は、さっき言いましたように、決して、いわゆるお手元にある要綱案の内容について諮問しているわけではございませんので、その一人制審理の特例に関する規則制定についていろいろ御意見を承り、また裁判所内部の全国のすべての裁判官の意見も徴しました上で、裁判官会議で慎重に決定されるものと考えております。
#63
○畑委員 その委員会で、制定すべきではないという意見が多かったら、それを押し切って最高裁裁判官会議によって、そうあってもおれのほうはこう思うのだということで制定されることのないように、私は最後に要望して終わります。
#64
○松澤委員長 沖本泰幸君。
#65
○沖本委員 だいぶ時間が狂いましたのではしょらなければしかたがなくなったわけですが、私はきわめて素朴な立場からこの問題をお伺いしてみたいと思うのです。
 まず、きのうの委員会で青柳先生は、判事補の再任問題について暗殺というおことばをお使いになった。そういう点から見れば、金野判事補がおやめになったという点は、これは焼身自殺、こうとらえられる、ことばの上ですが。ですから、現在議題になっております問題を同じような角度から取り上げてみますと、きのうも申し上げたのですが、私は裁判所のマル生運動みたいに受け取られると考えられるわけです。素朴な考え方です。その二人制のほうでチェックして、それでそのほかは十年の任期が来るとふるいにかける。これは高橋先生の意見と非常に違うわけですが、一つの意見としてお聞きいただきたいわけです。そういうふうに受け収められる御意見もいろいろある、こういうことです、少数意見であるかもわかりませんが。
 そこで、この問題につきましては、最高裁のほうは法務省のほうへ、法制審議会にかけて立法化してほしいというお問い合わせになったことはないのですか。
#66
○長井最高裁判所長官代理者 先ほども申し上げたように、昭和三十一年に二人制合議体ということで立法化の依頼をしたことはございますが、それは現段階ではできない、法曹一元の原則がある以上はできないという結論でございましたので、その見解に従ったまででございます。
#67
○沖本委員 再びお考えになったことはないのですか。そういうことで結局、法制審議会のほうが無視して通らないので、これは立法化しても無理だから規則に変えてしまおう、こういうふうな形に変わったのじゃないかと推測できるわけですが
#68
○長井最高裁判所長官代理者 これはきわめて内容において権限の与えられていない、言ってみますれば、この二つの目的を達しますためにも十分な手当てのできているものではございません。最高裁判所規則で十分できることでございますので、あえて立法化の依頼ということは、裁判所の立場からは必要ないと考えたわけでございます。
#69
○沖本委員 ですが、いま畑先生もお述べになりましたように、裁判所法にかかる問題であって、これは規則できめるべきではない、こういうことできびしい御批判が畑先生から出ているわけです。同じように日弁連のほうからも同じような問題が出ていますし、私がいろいろあちこちで伺った上からもそういう御意見が出ているわけです。そういう観点からこの問題をとらえて見てみますと、結局立法化をするには国会の抵抗がある。いま、もうすでに畑先生抵抗を示されたわけですが、抵抗があるので規則に変えよう、こういうふうなことではないかと考えられるわけですが、そういうものはなかったですか、あったんですか。
#70
○長井最高裁判所長官代理者 国会の抵抗があるとか、あるいはここに来る手間を省くという、そういうさもしい気持ちは全くありません。最高裁判所の責任を果たすためにやらなければならない。むしろこのような内容のものを国会に提案いたしましたら、その行き足りなさにかえって御批判を受けるであろうと思います。それは二人制合議体ということに行き着くと思いますけれども、それでは法曹一元制を否定することになりまして、憲法の精神からもやはり御批判を受けるということをおもんばかりまして、自己の責任においてこのような措置をいたすことに決定いたしたわけでございます。
#71
○沖本委員 総務局長はそつそつとしてお答えになりますので、ここでいろいろ論議するようなことばでは申し上げにくいわけですけれども、率直に飾らない立場であれこれ論議いたしますから、その点はそういう形でお受け取りいただきたいわけですけれども、私たちが疑問を持ちますのは、今年度の予算の中にこれが組み込まれているんでしょう。
#72
○長井最高裁判所長官代理者 これは予算を要する内容のものではございませんので、予算に一銭も組み込まれておりません。
#73
○沖本委員 予算の中に入っていませんか。何らかの形で、この種のものを扱う形として予算はおつくりになっていないわけですか。
#74
○長井最高裁判所長官代理者 全く予算の要求もいたしておりませんし、予算とは無関係の規定でございます。内容を御一読いただければおわかりになると思います。
#75
○沖本委員 というのは、いま御質問したのは、畑先生がおっしゃったとおり、四月一日からお始めになるという一つの出発点をおきめになって、それに向かってどんどん事をお進めになったのじゃないか、こう考えられるから、そういう発想からこの問題をいろいろ御検討なさったんであれば、これはほかの意見を抜いて、もうすでにそういうことをやるということを決定してものごとを進めていらっしゃる、こういうことになるわけです。
 そこで、これにつきましては、総務局長が以前に、ずっと前に実験なさったことがあるんだ。総務局長は一番このことについての経験者でもあるし、この内容については一番の持論を持っていらっしゃる、こういうふうなことも伺っているわけですが、その点はいかがなんですか。
#76
○長井最高裁判所長官代理者 先ほど来申し上げておりますように、四月一日から実施するという確たる決意を持っているわけでもございません。予算に関連するものでございましたら、今年の予算が四月一日から実施されるかどうかわかりませんが、四月一日ということが必要になるかもしれませんが、そうでございませんので、四月一日実施という確定的なスケジュールを持っているわけではございません。
 なお、私の過去の経験は、これは全く個人的なものでございまして、公の席で申し上げるのはふさわしいかどうかわかりませんし、今度の案と私の個人的経験と全くこれは直接のかかわり合いはないものでございますが、一言お許しいただけるのでございますれば、私のいたしました実験は、単独事件があまりにも負担が重いということ、これが当事者に迷惑をかける、それからまたいわゆる未特例の判事補がほとんど、優秀な方々でありながら実務についての修練を積む機会がなく、遊ばせておく状況、非常に見るにたえない。また私もこのような経験を経てきたわけでございます。優秀な裁判長がたくさんおりますので、こういう方に親しく、貸し金であるとか土地、家屋の明け渡しというような簡単な事件から指導してもらえれば、一生を託した裁判官としての修練ができるのに惜しいことである、そういう見地から、任意的でございますけれども実験したことは、これは間違いありません。
#77
○沖本委員 いま総務局長がお答えになったように、非常に優秀な裁判官がいらっしゃって、そこで勉強できる、遊んでもおるから、こういうことになるわけですけれども、われわれ人間の習性としまして、横に権限のない人がついて同じ内容のことをやりだしますと、そこに仕事をやらしてしまうという習性があるわけです。これは人間の習性です。そうしますと、勢いあとの事件をすべて未特例の判事補の方にやらしてしまって、手を抜いてしまうということは考えられるわけです。
 そういうことが起きると、国民の立場から、裁判を進めてもらう立場に立ってみると、非常に危険性を伴った裁判が行なわれるということになってくるわけです。畑先生もおっしゃいましたけれども、同じように法服を着た方が二人並んでいらっしゃるわけです、これは私の仮定でございますが。そうしてそれをさばいてもらう、こういう立場から見ておると、二人で裁判を進めているから、こういう立場から非常に充実したような感じを見た目では受けるのですが、あとになって片側の人は全然権限がないのだ、質問もいろいろやっていらっしゃったけれども、権限がないのだというようなことがいろいろわかってくると、これは裁判をやっていただくほうの立場からは非常な不信感が起きてくる、こういうことが起きてくるわけです。最高裁のほうは行なう立場のほうでいろいろとお答えになっていらっしゃるわけですけれども、私はすべて行なっていただくほうの立場でものを申し上げておるわけです。
 そういうことですから、法服を着てちゃんとした資格を持った方だと思っておった方が権限がないということになること自体、もうすでに大きな問題でもあるし、ましていろいろな内容あるいは判決文を書かされる、こういうふうないろいろと付随したことがついてくれば、勢い裁判のすべてをまかされてしまって、結局はその方々が事件を処理してしまうという、こういうことは絶対ないとは言えないのですよ。起きてくるということは想像できるわけです、ほかのいろいろな事例から見ていって。そうなってくると、全然国民の立場からは安心して裁判をしていただけるということにはならない、こういうことになってくるわけです。その点はいかがですか。
#78
○長井最高裁判所長官代理者 御指摘の点は二つあるかと存じます。
 一つは運用上の問題で、先輩の判事が若い人に判決の下請、手伝いをさせて、自分はもう実質的に何にも働かないという事態が生ずるのではないかという御懸念かと存じますが、あるいはそういう場面が例外的には出ないということは保証できませんけれども、裁判官一般の性質といたしましては、むしろ手伝わしていいものを自分に取り込んでやり過ぎるということを懸念されるくらい、慎重に裁判事件を処理しておるのが実態であろう、このように考えております。それで資格のある人に手伝ってもらえるならば、これはいま裁判官不足が嘆かれておりますだけに、先輩の人の充実した能力というものをほんとうに大切な点に集中して、手伝いで済むようなところは、能力のある、資格のある裁判官に手伝ってもらう、幸いに余力がございますので、そういう人に手伝ってもらうという形をとることが、当面の裁判官不足を打開する一つの方策である、このように考えております。
 なお、運用上、そういう下請的なものができませんように、これは担当の裁判官にも、実施については十分に全国の協議会、会同等で、合理的また間違いのない基準をつくって、運用していただくように努力したいと思っております。
 それから、外観が二人の裁判官が並んでいる、しかも一人は何らの権限がないということについての、裁判を受ける方の側からの御懸念でございますけれども、これは裁判官のほかに何の立場にあるかわからない人を、そばに平服のまますわらせるということも裁判の形としていかがかと存じますし、また、補助的な立場に立つ未特例判事補が法服も着られないということでは、本人のプライドにも関しますので、その点の調和として、法服を着て出ていただくことは差しつかえないことと考えております。ただ、本来その事件の責任を持つ判事と補助的な判事補と、これが同じ権限でないということを明確にいたします措置は、前に三角塔を立てるとか、あるいは入り口にそれぞれの立場を明示し、氏名を書いた札を掲げるというような措置をとりまして、その立場と職務内容を明らかにする措置を講じ、外観の点ももちろん重要ですが、実質的な未特例判事補の指導と補助をいうことによって、裁判の内容を充実していくことが将来期待されますので、御懸念の点については、十分その危惧のないように措置いたしたい、できるものと確信いたしております。
#79
○沖本委員 総務局長は、いまお答えの面は非常にいい面だけをおとりになりながらお答えになっていらっしゃる。私が憂えて申し上げておるのは、悪い面をとらえて申し上げておるわけです。ですから、いい面も悪い面も出てくると思うのです。それは優秀な裁判官がおやりになるわけですから、そのお立場なり何なりを考えれば、起こり得るはずはないと考えられますけれども、われわれ人間の習性としては、それがあり得るということになるわけです。なかった例がないのです。すべてのところでそれはあり得るわけです。自分よりも立場の下の者に仕事をすべてやらして、そして中心になる人は仕事を抜いていく、これは人間の習性なんです。それのちゃんとした歯どめがない限りには、はっきりした歯どめがきちっとできない限りには、これは国民は安心して裁判をしていただくという方向にはなっていかないと考えられるわけです。
 そういう立場から考えても、そういうものを明らかにした裁判所法で、法律で定めたほうが、国民は安心してそういう問題に対して裁判に臨んでいくことができる。国民の立場から考えればこういうことになるわけです。その点のお考えのほうが、私たちの国民の立場から見る立場と、裁判所のほうのお考えになる立場とはだいぶ違いが出てきている。いまの話のやりとりだけで出てきているわけです。それが大きな欠陥になって出てきた場合は、国民はすべて裁判所に対して不信を起こしてくる、こういうことになるわけですから、そういうものを除去する意味からも法律で定めるべきである、こうなってくると思うわけです。そういうことのないために法律というものがあるのではないでしょうか。
#80
○長井最高裁判所長官代理者 制度は一つでございますが、その運用は人が当たりますので、その運用に当たる人によって効果も発揮し、あるいは非常な弊害も出てくる、これは制度に当然伴うところの現象であろうかと存じます。効果を発揮して弊害の少ないように運用する、これがきわめて大切なことで、そのための措置は大いに努力したいと思います。
 歯どめは法律でなければいけないのではないかという御意見でございますが、手続の運用にあたりまして、裁判官が法律であるから守る、規則であるから無視するというようなことはございませんので、歯どめについて御意見がございますれば、その内容は法律であろうと規則であろうと、その手続の運用に当たる裁判官は差異をつけませんから、弁護士である委員の方々から適切な御意見を御提出いただければ、規則案の内容として歯どめの形をつくっていく、これは十分に考えられることと確信いたしております。
#81
○沖本委員 その辺のお話のやりとりが、私たちは平易に考えて、国民の立場から疑問を申し上げておるわけです。だから、規則でやる以上は疑問が出てきます、こういうことになるわけです。だから、疑問が出ますから疑問の出ないようにしてもらいたい。ただ裁判所のほうで心配ないようにしてやる、心配ないようにしてやるとおっしゃっても、国民のほうは心配があります、心配がありますということになるのですから、これはすれ違い論になっていくと思いますけれども、そういうことのないために、やはりその上に法律というものがあり、こういうことを申し上げてはかえって失礼ですけれども、憲法というものがあるわけではないでしょうか。そういう立場から考えれば、当然法律を改正し、あるいは法律をつくってやっていただくということのほうが、日本のちゃんとしたたてまえの上からは大事である、こう考えられるわけです。
 さらに、非常に仕事が多いから、助けてももらってどんどん進められる、こういうお答えがあったわけですけれども、これは裁判官よりもっと下のほうの立場の方からの話があったのですが、いまでさえたいへんな仕事をかかえて、職員が足りなくて困っている。この前速記官の職業病について私、御質問したことがあるのです。それはもう何とかする、病気でどんどん倒れている、あるいは病気でもないのに病気だと言い立てる人もあるというようなお話もあったわけですけれども、そこで事務量が重なって、裁判所の職員の方はたいへんな思いをしている。その上にこれがどんどん進んでくると、下のほうではまだまだたいへんなことになってくる、こういうことをおっしゃっているわけなんです。ですから、そうやる以上は職員の数をふやしてください、職員の事務量を減らしてください、こういう御注文も承っておるわけです。
 そういう面からいっても、全体のバランスとか、そういうものを考えながらこういうことをおきめになっていただかなければならない。国民の立場からは、裁判をどんどん進めていただきたいわけです。長くかかることは困ることが多いわけですから、裁判を進めるという点については、いろいろ長官からの通達もあって、進める方向にいろいろ向いてはいらっしゃいますけれども、たまっていくことがあるわけです。そういうことですから、そういう点のバランスのほうもいろいろお考えになってやっていただかないと、下のほうは、いわゆる下々はたいへんな思いをするという話も出てきているわけです。こういう点はいかがですか。
#82
○長井最高裁判所長官代理者 規則案に盛られました補助的な事務というのは、本来裁判官の職務内容に属することでございまして、いま下々という御表現をお使いになりましたけれども、裁判官以外の職員の皆さんに負担をかけるというようなことは、この規則の運用上今後も出てまいらないことと確信いたしております。なお、裁判所の書記官につきましては、国会の御審議をいただきまして、ある程度の裁判官の事務の補助をできることに改めていただきましたけれども、そのような事務量の関係その他で、この規定が働かないという状況にもございます。
 ただ、幸いと言っていいか、あるいは不幸なことか、未特例の判事補の諸君で手のあいた方が一部におる。その方々に裁判官にふさわしい職務内容のものを補助として協力してもらえれば、おくれている訴訟事件の処理に役に立ち、国民に不当の損害を与えることもなくして済む、こういう観点であるわけでございます。
 それから、先ほどお答えを忘れましたけれども、マル生運動のあるいは特訓というようなお話もございましたけれども、今日そのような問題がございますので、その機会にこのような提案をすることは賢明でないかと思いますけれども、これは職務の内容によることと思います。近代的な企業組織でコンピューターを使ってやるというような仕事では、あるいはマル生的特訓というような形が出るかもしれませんが、職務内容が非常に微妙で深みのある法律的な事務とか、あるいは医療行為というものは、先輩のそばでマンツーマンで指導を受けませんと、ほんとうに味のある仕事の処理のしかた、能力の向上ということがむずかしいのではないか。資格があれば、医者はだれでも盲腸の手術はできるということにはなるかと思いますけれども、実際はやはり資格を得てからも、りっぱな先輩のもとでメスの使い方を見習って初めて間違いのない手術ができるというのと、たとえは非常に適切でないかもしれませんが、そういう事情が法律事務にあることも御賢察いただきたいと思います。
#83
○沖本委員 いまマンツーマン方式で特訓と、みずからこうお出しになったのですが、そういうお話をやはり聞いていらっしゃるのだと私は思うのですけれども、その角度からいろいろ議論を伺ってみますと、結局そういう角度ですよ。その角度からいろいろなお話を聞いてみたわけですが、聞いてみると、いわゆる若い判事補の方をできるだけ古いほうへ考え方を持っていって、最高裁の言うことを聞くような判事さんをこれから養成していく、そのため優秀な裁判官をマンツーマン式でつけていくのだ、こういう考え方もあるといみじくも総務局長がおっしゃったわけですが、これは一つの考え方、議論として私も伺いました。ですから、そういう点を名づけてマル生運動ではないか、こう私は考えてみたわけですけれども、そういうことがあったとしたらたいへんだと思うわけです。そういうことのないように私たちは信じたいわけです。
 いま畑先生から御質問がありましたとおりに、日弁連から伺いますと、二月十日に電話がかかってきて、長井総務局長みずから趣旨説明を持ってお越しになった。それが二月十日なのです。現在で約一カ月ちょっと前です。こういうような事態なのですから、そういう日にちの中でこの問題を急遽検討するということ自体が、少し問題を詰め過ぎてお進めになっていらっしゃるのじゃないか、もっともっと議論する、あるいは考える、いろいろな内容を詰めていくだけの日にちのゆとりをおとりになって、それでこういう問題はお出しになるべきではないか、私たちはそう考えるわけです。そういう点が何か、しゃにむにこの問題を成立させよう、こういうふうにお考えになって進めていらっしゃるのじゃないか、こう考えられるわけです。
 さらに、法曹三者が協議を何とかしていきたいと思うけれども、まだその段階までなかなかいっていないのだ、こういうことなのですが、こういう問題は法務委員会で、すでに三者協議をしてくださいということを決議しているわけなのです。そういうその決議の面を尊重していただくならば、できるだけ国民のために三者協議をする方向に、三者の方々がいろいろと歩み寄っていただいて、そして話のつかないような問題は、一応たな上げがあっても、そのほかのいろいろの協議のできる問題は、協議のできる方向のほうへ進めていっていただいて、国民が安心して寄りかかっていけるだけの法律の中心というものをおつくりになっていただきたい、私はそう考えるわけです。こういう点は日弁連のほうからも、こういう問題は、むしろ三者協議にかけて十分検討すべきではないかという御意見も私たち十分伺いました。
 そういう点からも、やはり私の考えといたしましては、急いでこの成立をおはかりになろうとしていらっしゃるように、客観情勢から見ても、そういう方向が強いわけです。まして立法府のほうから注文が出たわけですから、それは高橋先生のことばをかりれば、自民党が一番多いのだから、自民党の意見がちゃんとそろわなかったら、少数党ではだめだ、こういうお話もありますけれども、高橋先生も弁護士会に所属をしていらっしゃる方でいらっしゃいますし、弁護士会自体がいろいろな資料を持って、私たちのもとに、これはまだもっともっと問題があって検討すべきである、内容を詰めるべきである、こういうことでもあるし、立法措置をすべきである。こういうふうにおっしゃっていらっしゃるわけです。ですから、私は法務委員ですが、法曹に関してはしろうとでございますけれども、しろうとの立場から考えても、それだけあっちこっちから疑義の出る問題を、なぜこう急遽進めて成立させなければならないのでしょうか、立法府のほうから手の届かない規則でこういうことをおつくりになるのだろうかということを考えざるを得ない。こういうことになるわけです。
 そういう観点から、私も畑先生と同じ意見で、これはまだもっともっと内容を詰めていただいて、国民が納得できるような方向に持っていっていただき、またそのあと委員会で十分論議できるような裁判所法改正として出していただきたい、こういうことを要望いたしまして、私の質問を終わります。
#84
○松澤委員長 青柳盛雄君。
#85
○青柳委員 きょうは、先ほど畑委員からもお話がありましたように、この問題で十時から続ける予定であったところが、突然高橋委員のほうから、先日の再任問題で五十分くらいとられてしまいまして、私に与えられた時間がたったの十五分、これでは十分質問もできないわけでありますけれども、やむを得ませんので、要領よくお尋ねしたいと思います。
 今度問題になっているこの案は、率直に言いまして、きわめてぬえ的な内容を持っているのではないか、そういうふうに思います。と申しますのは、第一には、これは二人制の合議体ではないのだと言われるのですけれども、実質は、どうも尋問権の問題とか、あるいは意見を述べる問題とか、裁判書に署名する問題とか、回避、忌避の問題とか、それからまた事実上裁判書をこの未特例判事補が書くことになるらしい。説明を承りますと、担当している一人の判事と意見が違っても、なおかつ自分が判決を書かせられる場合もあり得るのだ、そういうようなことも言われているわけでありまして、どう見ても三人制合議体の中に入っている一人の未特例判事補と同じような役割りをさせられている。だから、これは昭和三十一年に問題になった二人制合議体の法制化というものがとんざした、それを今度は迂回作戦で、わかりやすいことばで言えば、脱法的にというか、あるいはやみ取引的にというかわかりませんが、要するに、実質的には同じものを規則でつくり上げていこう、これが一つ。
 それからもう一つの面から言いますと、にもかかわらず、いや、これは単なる補助的な役割りをするだけであって、決して独立して裁判の仕事をやるということではないのだ。担当している一人の裁判官を補助するにすぎないのだ、こう言って、だから決して合議体ではありません。こう逃げるわけですが、そうなると、今度はそこに配属された未特例判事補にいたしますと、りっぱな裁判官であるにもかかわらず、そして先ほど申しましたように、事実上その案件について審理、判断をし、裁判書の原稿までつくらせられているにもかかわらず、単なる補助者にすぎない、独立した裁判官としての任務は何にもそこには行なわれていないのだ、あくまでも担当した裁判官のもとで従属的に動かされるという、先ほどからもだいぶ議論が出ました憲法七十六条の三項の点にも抵触してくるんじゃないか。
 もちろん私は、最高裁判所の裁判官になるにはどういう経歴が要るとか、簡易裁判所の裁判官ではどうだというので、裁判官にもいろいろの条件が、ランクといいますか、階級があるのも認めないわけにいきませんので、未特例判事補においても、特例判事補やあるいは判事とは違った職務権限しか与えられないとしても、これはやむを得ないと思いますけれでも、いやしくも具体的な案件について審理あるいは判断するという役割りをする場合には、常に独立して自分の良心に従って職務ができるというところに、いわゆる裁判の独立が保障されるわけでありますから、そういう仕事を事実上やりながら、特定の裁判官に従属しなければならないという運命に置かれる。全くこの第一に申しましたことと第二に言いましたことは矛盾をしているわけであります。
 このような矛盾をしているにもかかわらず、なおかつ最高裁判所があえてこのような規則をつくるというのは、一体どこにねらいがあるか。これは一挙両得だと私は思うのですね。第一番目には法制化できないものをやってのける、それが一つ。それから、まだ未熟といいますか、十分に資格が充実してこない未特例の裁判官の時代に、先ほどもマル生運動だと言われたように特訓をやってのける。そうすれば、勢い従属的な考え方が育成されまして、長いものには巻かれろという精神に徹底してくるかもしれないという、そういう期待を達成することができる。こういうふうに二重の意味においてこの制度は非常に不合理なものだと私は思うわけです。
 そこでお尋ねをいたしますが、そもそも二人制の合議体の法制化ができなかった最も根本的な原因は、先ほどからもお話がございましたが、法曹一元という制度を確立する上において暫定的な措置、流動的な価値しかない判事補制度というものを充実いたしまして、この判事補制度の過程でキャリアシステムと昇進制度ですね、これを完備するといいますか完成する。したがって、法曹一元とは全く矛盾するわけでございますが、そこでこれはまずいということで流産をせざるを得なかったと思うのですね。にもかかわらず、この法曹一元制度というものを一面において守ると言いながら、このような一人制審理の特例に関する最高裁判所規則というものをつくり上げることによって、事実上法曹一元というものはもうたなに上げてしまう。そしてこの判事補制度というものを固定化し強化していく。こういう中で官僚制の裁判制度というものを復活強化させようという、そういうねらいがあるかどうか、これをお尋ねしたいと思います。
#86
○長井最高裁判所長官代理者 法曹一元制度の将来を守るために、二人制合議というものができなかったわけでございます。これは判事補制度の性格によるものでございますが、したがいまして、それでは判事補制度は消えるものだからどうしてもいいのか、ほっておいてもいいのかと申しますと、そうはいきませんので、当面の案件を解決し、また判事補にはやはり将来に対する希望もありますので、その人たちを先輩があたたかく育ててやるという配慮、これをゆるがせにすることはできないと思います。
 先ほど来、憲法で保障された独立の裁判官を補助的に使うのは許されないではないかという御意見がございましたけれども、判事補制度でありますから、そのような措置がやむを得ないのでございまして、もちろん、もっと権限を法律でお認めいただけるならこれにこしたことはございませんが、そのような立法化が許されないとすれば、判事補の将来のために、また当面する司法の問題の解決のために、補助的な立場でも指導、育成をするということに甘んじなければなりませんので、決して脱法的に法曹一元制度をなしくずしにするというようなことではございません。補助的に使うことがけしからぬという御指摘と、ちょっとその点は矛盾するように考えられますけれども、そのような意図は全くないことを申し上げたいと思うわけでございます。
#87
○青柳委員 どうも法曹一元ということが長く叫ばれているけれども、結局は司法修習生から判事補になって、それから判事になっていく方が圧倒的に多い。在野法曹の中から、あるいは学者の中から判事になる方が少ないというところから、現実問題としてはどうもこの判事補制度を活用する以外にない。そこで、五年間十分な訓練をしておかないのはどうももったいないというのが主たる動機のようでございます。それにも一応の説得力はあると私も思いますけれども、それならばとすぐ考えるのが、現在の法制のもとでも、三人合議体の中の一員に加えるということによって経験を積ますことができるんじゃないか。ところが、そういうことの事件は数が少ないんだからどうしようもないのだ、やっぱり数の多い一人制のところで間に合わせる以外にないのだ、こういうことのようであります。それにも、やむを得ないというか、すべての事件を三人合議に回すということは現実的でないという点からいえば、一種の説得力があるわけでありますけれども、それならば、この責任のあるようなないような、何か独立心をかり立てるのではなくて、むしろこれを弱めるようなこういう形の制度ではなくて、やはり二人合議が法制できないというのならばしかたがないけれども、三人合議ならばもうすでに法制的にあるのだから、それはできる。それもしかしなかなかできない。
 そこである人は、裁判所法の七十八条の補充裁判官の制度にならって、やはり一人制の裁判所の事件に補充裁判官をつけたらどうか。これは法改正をしなければできないことですけれども、それならば、これは二人制合議体を固定的に法制化して判事補制度を強化し、したがって法曹一元制が軽くされてしまうというのとまた別な観点で国会で論議できるんじゃなかろうか。それでも間に合うことではないのか。これは私も十分自分の頭で、この七十八条と同じようなものが非常に合理的なものかどうかということを練っておりませんから、思いつきのような形になるかもしれませんけれども、そういう道だってあるんだということ、それから何よりも抜本的には、法曹一元制というものを充実していくにはどうしたらいいかという、やはり民主制度のもとにおける裁判所のあり方について、もっと衆知を集めて実践するということの中でこの判事補の訓練ということも達成できるのではないか、このように考えているのです。
 もう時間がありませんから結論だけ言いますけれども、このような制度はもっともっと多くの方々の意見を取り入れて、一年でも二年でもかまいません。大体昭和三十一年にだめになって、もう十年もたって突如としてこれがあらわれるなどということ自体がおかしいのであって、これだけ時間かかった問題ならば、これから一年かかっても二年かかってもよくこの討議を深めた上で実施に至るものならば実施する、そうでなければやめる、ほかの方法を考える、こういうことでなければならないと思いますが、いかがでしょうか。
#88
○長井最高裁判所長官代理者 問題が多岐にわたりますけれども、法曹一元制を実現できるかどうかということは、裁判所だけで解決できる問題ではございません。在野法曹から裁判官になっていただきたいという呼びかけはできるだけいたしますけれども、残念ながらそれが実現できませんために、このような措置をとらざるを得なくなったというのが現状でございます。
 なお、補充裁判官の制度に関する御提案もいただきました。実はそのような点も検討いたしましたが、補充裁判官はやはり本来の裁判官が都合で欠けるというような場合に、かわりに裁判できる資格、能力のある人でなければいけませんので、未特例の判事補は単独の裁判が許されない以上、その方法は残念ながらとることができないという結論になりましたので、これはかりに法律によりましても、当面の問題を解決する方法、方策としてとり得ないということになってしまったわけでございますが、御提案でございますから、そのような検討も十分にしていただきたいと思っております。
 なお、時間をかけるという問題ですが、これは昭和三十一年以来内部的にはいろいろ検討いたしましたし、弁護士会にも御協力依頼を申し上げていることは、その当時正式の文書で明らかになっておりますが、にもかかわらずその方面での進行ができなかった。ただ、問題がきわめて深刻になったと申しますか、問題がきわめて具体的な状態になって、何とか手当てをせざるを得ないという段階に至りましたので、このような提案をいたしたわけでございます。
#89
○青柳委員 もう終わりにいたしますが、いずれにいたしましても一ぺんこういう規則をつくってしまって発足いたしますと、それが相当程度定着をして生きものとなって成長いたしますので、あとからすぐこれをまた朝令暮改的に改めるということはできません。いま在野法曹はほとんど一致してこれに異議を述べております。私ども、野党だからというだけの理由で反対をしているわけではありませんので、やはり多くの人たちが非常な疑惑を持っているこのようなものは、四月から始めるというような速成的な――自分たちはずいぶん長くあたためておったと言われるかもしれませんけれども、しかし、一般の新聞に報道されて、私どもは一月以内のごく最近これを知ったような状態です。ちょっと私だけが非常にうかつな男だということであればこれは別ですけれども、そうでもないと思うのですね。だから国会議員として、また国会でこの法務委員会などが最も関心を持たなければならぬ問題が、何か突如としてあらわれ、突如としてもう制定化されてしまった、この国会に関係ないんだよ、最高裁判所の権限だけでできることなんだよといって、あとから文句をつけるというのではまずいと思うので、だいぶおそかったとは思うけれども、きょう論議したことは十分考えていただきたいと思います。
 終わります。
#90
○松澤委員長 次回は、来たる十日午前十時理事会、午前十時三十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。
   午後零時四十五分散会
ソース: 国立国会図書館
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