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1970/02/26 第65回国会 参議院 参議院会議録情報 第065回国会 決算委員会 第5号
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1970/02/26 第65回国会 参議院

参議院会議録情報 第065回国会 決算委員会 第5号

#1
第065回国会 決算委員会 第5号
昭和四十六年二月二十六日(金曜日)
   午前十時六分開会
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         森 元治郎君
    理 事
                初村滝一郎君
                和田 鶴一君
                和田 静夫君
                二宮 文造君
    委 員
                長田 裕二君
                亀井 善彰君
                熊谷太三郎君
                佐田 一郎君
                田口長治郎君
                長屋  茂君
                温水 三郎君
                小林  武君
                安永 英雄君
                沢田  実君
   国務大臣
       法 務 大 臣  植木庚子郎君
   政府委員
       法務大臣官房会
       計課長      伊藤 榮樹君
       法務大臣官房司
       法法制調査部長  貞家 克巳君
       法務省刑事局長  辻 辰三郎君
       法務省矯正局長  羽山 忠弘君
       法務省人権擁護
       局長       影山  勇君
       大蔵省理財局次
       長        小口 芳彦君
   最高裁判所長官代理者
       最高裁判所事務
       総局事務総長   吉田  豊君
       最高裁判所事務
       総局総務局長   長井  澄君
       最高裁判所事務
       総局経理局長   大内 恒夫君
       最高裁判所事務
       総局刑事局長   牧  圭次君
   事務局側
       事 務 総 長  宮坂 完孝君
       警 務 部 長  植木 正張君
       管 理 部 長  前川  清君
       常任委員会専門
       員        佐藤 忠雄君
   裁判官弾劾裁判所事務局側
       事 務 局 長  池田 英雄君
   裁判官訴追委員会事務局側
       事 務 局 長  大迫 藤造君
   国立国会図書館側
       館     長  久保田義麿君
   説明員
       会計検査院事務
       総局第一局長   中村 祐三君
       会計検査院事務
       総局第二局長   鎌田 英夫君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○昭和四十三年度一般会計歳入歳出決算、昭和四
 十三年度特別会計歳入歳出決算、昭和四十三年
 度国税収納金整理資金受払計算書、昭和四十三
 年度政府関係機関決算書(第六十三回国会提出)
○昭和四十三年度国有財産増減及び現在額総計算
 書(第六十三回国会提出)
○昭和四十三年度国有財産無償貸付状況総計算書
 (第六十三回国会提出)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(森元治郎君) ただいまから決算委員会を開会いたします。
 昭和四十三年度決算外二件を議題といたします。
 本日は国会、法務省及び最高裁判所の決算につきまして審査を行ないます。
 この際、おはかりいたします。議事の都合により、これらの決算の概要説明及び決算検査の概要説明は、いずれもこれを省略して、会議録の末尾に掲載いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#3
○委員長(森元治郎君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
 それではこれより質疑に入ります。御質議のある方は順次御発言を願います。
#4
○和田静夫君 まず最初に、昭和四十一年の七月二日の本委員会でも、あるいは四十四年の三月二十九日の参議院予算委員会第一分科会でも論議をされたごとでありますが、参議院の元副議長公邸と都道府県会館との交換の土地の問題について若干のお尋ねをいたします。
 ずっと議事録を読んだのでありますが、交換した時期は昭和四十二年九月、これでよろしいですか。
#5
○参事(前川清君) 交換の時期は四十二年の九月五日でございます。
#6
○和田静夫君 その交換した面積はどうなっていますか。
#7
○参事(前川清君) 参議院のほうから渡しております財産といたしましては、平河町にあります元副議長公邸の土地の面積が二千六百二・九七平方メーター、それから受け取りました財産としましては、現在の品川区五反田の副議長公邸の土地二千九百二十九・一三平方メーター、それから厚生施設として北多摩郡の大和町にあります厚生施設用の土地四千二十八・九〇五平方メーター及び職員宿舎としての土地が四千百七十六・〇五七平方メーター、以上でございます。
#8
○和田静夫君 そこで、この交換が昭和三十九年の二月七日付の建設省の告示による道路建設予定地であった土地建物の部分を除いたものですね。
#9
○参事(前川清君) さようでございます。
#10
○和田静夫君  この道路建設予定地はどのように処理されましたか。
#11
○参事(前川清君) この分は昭和三十九年二月に建設省の告示で道路敷になることが告示されましたので、ただし道路の実施計画はまだそのとき立っておりませんが、いずれ近いうちにそれが道路敷となるわけでございますから、当然これは国有財産でありますので、国のほうでしかるべく道路公団なり何なりに所管がえということになるわけでございますから、そのときすでにこれを参議院側の財産として使用することは将来に対してできませんし、また、これを交換の財産として評価して交換させるということもできませんので、交換の過程におきましてその部分は削り取って、残りの部分を交換したわけでございます。ただ、現在まだ道路の工事が実施されておりませんので、一応国の財産として大蔵省のほうで管理して、大蔵省のほうの普通財産として所管されておるわけでございます。
#12
○和田静夫君 そうしますと、いまのやつ確認しますが、国有財産法第八条に基づく施行令の第五条によって処理をされて、大蔵省に普通財産として渡した、こういうことですか。
#13
○参事(前川清君) さようでございます。
#14
○和田静夫君 これは、その後道路の計画者はどうなっているんですか。
#15
○参事(前川清君) まだ道路の実施計画が定まっていないと聞いております。したがってその土地につきましては、大蔵省のほうから現在の都道府県会館という、法人でございますが、そこに有償で駐車場のスペースとしてですか貸し付けしているということを聞いております。
#16
○和田静夫君 ここは、まあちょっとおたくの関係になるかどうかというのは少し疑問のところなんですが、大蔵省の関係になるかもわかりませんが、ともあれ国有財産を無償貸与している。そしてそれは法律の使用目的以外のものに使われている、こういう形になっているわけですね。道路の計画予定地だったから大蔵省に国有財産を渡してしまった。ところがそのときの条件と全くそごして、道路にはならない。その後、昭和四十四年の五月の二十日の建設省の二千七百五十号告示でもって、さっき言った三十九年二月七日の告示は変更されているわけです。そこで、いわゆる建設省の三十九年二月七日のこの告示によって、おたくのほうはとにかく道路建設用の用地として理解をしてそれを渡した。ところが、その後それはそうならない。こうなってきた場合、もとに返してもらうのはあたりまえじゃないですか。
#17
○参事(前川清君) 交換の手続の過程におきましては、三十九年の二月の建設省の告示をもとにいたしまして、それは道路敷となる計画であるというので、交換の対象にするのは適当でないということで、それで交換の財産からはずしたわけでございます。そして、それがまあ四十二年に交換が完了したわけでございまして、その後どういう理由か知りませんが、かりに四十四年に計画が変更になり、建設省告示が出たといたしましても、当時の交換手続は、何と申しますか、大蔵省とも話し合いの上、正当に済んでおりますので、いまあらためてそれを取り返すということは、ちょっといかがかと思いますが、また今度の四十四年の告示がどういう具体的な計画であるのか、ちょっとうかつに、知っておりませんので、その点についてそれをいまの段階で取り返すということは、ちょっと私はできないんじゃないかと思っております。
#18
○和田静夫君 いわゆる道路予定地部分については、普通財産になっていく過程は、さっきあったとおりですね。それだけのものを削られて交換をしたわけでしょう。参議院の場合は奪われたものが多いわけです。交換をして、あとはたとえば都なら都に無償あれして駐車場をつくる。使用目的、これは違います。これはこういうあれですが、これは大蔵省の決算の部で別にやりますがね、そのことはもう歴然としてきているのだから、参議院側としては建設省の当時は合法的に告示があったわけでしょう。その以降、告示は変更されていって、参議院側は奪われるものが多かった。あなた方としては使用目的が変わった以上は、正当にもとに戻してもらう。あるいはそれとの対価における交換を新しく求めるなりされるのが当然じゃないですか。
#19
○参事(前川清君) これは何と申しますか、交換手続のときにはその三十九年の告示に基づいて行なったわけでございまして、四十四年に告示の内容が変更になったと、まあいま聞いたわけでございますが、その後も、四十二年に契約が終わったあとも、その事項の具体的な道路工事計画ができないので、しばらくの間は、それまでの間は、いま先生無償でとおっしゃいましたが、これは私たちの聞いているところでは有償で貸し付けた、そう聞いております。その後、何らかの理由で大蔵省あるいは建設省のほうでさきの道路の告示を若干変更いたしたといたしましても、参議院側が損というか、やはり参議院側の財産ではありましたが、参議院側の所管する財産ではありましたが、大きく言えばこれは全部国の財産であります。したがいまして、国の財産が大蔵省のほうに所管がえになったわけであります。それを大蔵省のほうで建設省とも相談して別な計画を立てられたのかと思うわけでございます。したがいましてその限りにおいては参議院が一がいに損したと、いまになって考えるというのもちょっと適当じゃないんじゃないかと、そう考えております。
#20
○和田静夫君 いや、私はあとに用意している質問のために、実はこの辺聞いているわけで、何も疑惑を持って聞いているわけではないのです。あなた方がもし――使用目的と違ってしまっているわけですから、――これに相当する部分をどこかに土地として持っておるならば、後ほど聞いていくところの職員の厚生施設なりそういうものに余裕ができてくるわけです。ところがあなた方の場合は余裕がないから断わっておるわけです。そういう言いのがれになっていくわけです、これが。これが道路になってしまっていれば私は問題にはしないのです。しかしながら、とにかく少なくとも建設省告示が変わっていっているのを追っていけば、あなた方がたとえばこの参議院の職員のレクリェーション施設なりその他のことを十分に考えるという、そのことを大切にするという考え方があったら、この辺のことは――当然同じ国有財産なんです、言われたとおり。何も大蔵省に所管がえをされて、あなた方が身を削られていて、そのために職員が泣かねばならない、一言で言えばね。そういう必要はないじやないかということを考えるがゆえに、ここのところはすでに使用目的が変わってしまっていますから、どうです、大蔵省から参議院がもと持っておった部分についてのそれ相当のものをどこかに求めるというようなことでも折衝をされる――これは内部的な話さえ済めば移動はできるわけですから  おつもりはありますか。
#21
○参事(前川清君) これはすでに交換手続で渡してしまって、交換が完了してしまった財産でありますので、かりにその後告示の内容が若干変わったからといって、まあいわば俗なことばで言えばペテンにかけられて取られてしまったというような理由で、一がいにこれを返還請求することは、ちょっといまの法律のたてまえからいってできないと思います。あとは要するにそれさえ削られておらなければ職員の厚生施設がもう少し充実しておったんだから、それがいろんな事情でいま結果的に考えてみれば取られてしまったような形になったんだから、何とかほかの面で厚生施設をつくれるようなことを心配してもらいたいと、そういう観点から大蔵省あるいはその他の方面へ要望するということは考えられると思います。まあ現にいま進行中でございますが、職員の独身寮を四十六年度に建てることを認めてもらっておりますので、その際に、できれば余裕のある若干の土地に少しでもレクリェーション施設でもつくれないかと、そういった点はすでに何度も大蔵省のほうに要望しているわけでございます。
#22
○和田静夫君 参議院のいま言われる所管している土地がそういう形で減らされたことは明確です。同時に交換の際に、たとえば青梅橋寮のグラウンドが減ったという事実がありますね、そして従来から使用しておったグラウンドが四十二年の九月から使用できなくなった。そして職員の厚生施設が不足してきている。職員の皆さんの要望について、事務総長以下いろいろおそらくのんでやろうと思っても、結果的には要望を満たすことができないという状態がずっと今日まで続いてきている。これもまたまぎれもない事実ですね。そうすれば参議院の所管をしていた土地が現実こういう形で減らされたということに対して、国の、大蔵省の側に対してもっと強い姿勢で折衝する、戦後における職員組合が持っておるところの法的な地位やあるいは人格というものに対して、あなた方がもっとまともな見解をお持ちになっているのならば、そういう姿勢をおとりになってもいいんではないか、こういうことが理由になって厚生施設などの要求に対して十分な配慮が払われないということになってきているんですから、現実は。いまどういう要求をされているか。四十二年の九月から、とにかく既得的に持っておったものがどんな理由からか知らぬけれども使われなくなってきた。そういうことで厚生施設の一部が奪われていったわけですからね、そうでしょう。これを今後においてそれをいま回復される、そういうことをほのめかされたのですが、その見通しはどうです。
#23
○事務総長(宮坂完孝君) ただいま和田先生から過去の実績に基づきましてわれわれの交換の過程に起きました、何と申しますか、道路敷の部分についての削減といいますか、そういうもののあおりを食らいまして、この過程におきまして、使用しておりました青梅橋のグラウンド、それが取り除かれた、こういう点につきましてわれわれの配慮が足らなかったことを御指摘になりました。結果的に見ればそのとおりでございまして、われわれといたしましても職員組合、並びにその他の方からいろいろな希望を聞いておりまして、この厚生施設につきましては議院運営委員会の庶務小委員会、理事会等におはかりいたしまして、その施設を拡充することについて非常な熱意をわれわれなりに燃やしておったわけでございますが、何と申しましても国家の決定に基づく道路敷ということの決定があったわけでございますので、われわれは一応それを排除した残りの交換物件で青梅のほうを了承したわけでございます。私も当時そういう話を聞いて、和田先生と同じような気分になったわけでございまして、非常に残念でありましたのですが、そういう結果に相なった点については、当事者はそういう道路敷その他の点について法律上のいきさつを知っておりますが、一般の職員はそれを知りませんものでございますから、一応その過程において自由に使わしてもらったところが、急になくなりましたので、変な感情にかられたことと私は推察しますが、まあ一応そういう経過で相なったのでございまして、われわれはその点については深く反省をいたしておりますが、いまも管理部長が述べましたように、いろいろな大蔵省との折衝によりまして、私たちもまだ広い土地を持っておるのでございまして、そこらに来年度も建設する計画が着々進んでおりますので、その際、まあ失地回復と言っては申しわけございませんが、十分配慮いたしていきたいと思っております。
#24
○和田静夫君 じゃ既得的に職員が持っておった土地、厚生施設については失地回復される、こういうことで理解をしてよろしいですね。
#25
○事務総長(宮坂完孝君) そのために大いに努力いたしたいと思います。
#26
○和田静夫君 そこで、今度何か事務局の新庁舎を建てられると聞きますが、この事務局の庁舎の建設については、当然その必要性を痛感をされての要求でありましょうし、職員の期待も非常に強いと聞いているわけですが、いまの問題とも関連をしますが、職員の期待が強いという理由は、一つは職場が手狭である、それが第一でありましょう。そのほかに、まあレクリェーションの施設なり、あるいは国会がおそくなった場合の宿泊設備なり、あるいは休憩室がほとんど皆無だと、そういうものに対するところの欲求も理由だと思いまいったわけでありますが、衆議院との関係もございまして延び延びになっております。その点については、まあ参議院の予算の分科会などでも問題が提起をされていることを知っていますが、レクリェーションの施設やあるいは休憩室その他の職員の福利厚生、あるいは健康管理問題の解決は、ほとんど事務局庁舎の建設の際にということで、未解決に、いろいろ記録を読んでみましたけれども、なっていますね。それでまあ今日に及んでいます。現に四十四年の三月二十九日の予算委員会の分科会で、総長は、事務局庁舎については大蔵にお願いして余裕のある規模のものをつくり、いわゆるレクリェーションその他の声もあるので、りっぱな建物をお願いしておる。関連して休憩室も設備したい。こうまあ答弁されております。そこで四十六年度の予算に事務局庁舎新営費がつくという段階で、前段のいま申し上げた問題点を含んで、この事務局の新庁舎全体の内容と構想といいますか、そういうものをまずちょっと伺いたい。
#27
○事務総長(宮坂完孝君) 事務局庁舎の新営につきましては、本年度予算折衝の過程におきまして大約六千五百万円の予算が認められたわけでございます。この新庁舎は、われわれが過去もう何年がかりで大蔵省にお願いして、それは衆議院は敷地がございませんので、その獲得に多額の予算を要しておるので非常に認められがたかったのでありますが、本年はその解決をしまして、私たちも去年はそういう関係で見送られたようなわけでありまして、参議院は衆議院に比較いたしますと、議員会館等も半分でございますので、非常に手狭なので、要求は非常に強いのでありますが、予算の割り振りというような慣例によりまして、両院同時というようなことに相なっておりますので、ことし衆議院と同様に認められたと、こういういきさつでございます。私たちが新庁舎の経費を大蔵省にお願い申し上げている理由は非常にいろいろありますのですが、まあおもなるものだけを申し上げますと、議員会館の点につきましては、去年、沖繩から二名当選されてまいった方の部屋を割り当てるために、二百五十二室で余分な部屋はございません。それで、いろいろ政治情勢を私がとやかく申し上げるのはいかがかと思いますが、衆議院の慣例を見ますと、定数の改定ということになりますと、ふえこそすれ減るようなことはないわけでございますので、わが参議院におきましても、若干名は五、六年の間にふえるのではないか。このふえた場合は一体どこへ議員事務室を持っていくか、こういうことになりますと、どうしても会館の一階、それから地下一階、二階、あそこに増設するよりいたし方ないわけでありまして、いま、これらの場所は、参議院の事務局の請願課、渉外部、あるいはまた法制局、調査室等が使っておりまして、もうフルに使用しておるわけでありますので、これらの点を考えますと、どうしても、これらの職員をよそに転換せねばならない、こういう強い必要がございますので、それが第一に考えられることでございます。それからまた、御承知のとおり参議院は、あの別館に政府委員室を全部かかえ込む――と言っては語弊がありますが、収容しておりまして、この政府委員室も、近年非常な国会活動の盛んになるにつれて、ただいまは約十坪の室でございまして、これは非常に手狭になりまして、もうそれの倍くらいな面積を要求されて、御要望をしょっちゅう承っておりますので、これらの点についても、われわれも解決しなければならないと思うのでございます。そうした点につきましても、いろいろな手狭なことでございますが、また職員の事務室といたしましても、近年職員が過去十年間に二百名以上ふえておりますが、そういう点につきましても非常な手狭な状態でございます。それやこれやいたしまして、私たちは新営の庁舎を持ちたい。幸い、先生御承知のあの自民党の本部と国会図書館とのあの間に、四つかどの、昔の自動車課の敷地がございますので、あそこが私たちの唯一の場所でございまして、この国会周辺を見渡しましても、もうあそこだけしかあき地が残っておりません。これは幸いにいたしまして参議院所管でございまして、ごく小部分については衆議院所管の部分がございますが、これは衆議院から譲っていただけるものだと思っておりますが、どうしてもあそこに新営の庁舎をつくりたい、こういう要望がございまして、これがまあ主たる要求でございます。
 ただいま先生がお述べになりました職員関係につきましては、非常な御配慮をいただいておるようでございますが、われわれも、当然そういう庁舎をつくるときにもそういうことを考えなければならないのでございまして、いつぞや予算の分科会等におきましても私が申し上げたのでございますが、以前は、この国会周辺でいろいろなあき地がございましたので、職員は勤務のかたわらキャッチボール等やって、レクリェーションの効果をあげておりましたですが、近年、いろいろと非常な立て込みようをいたしまして、あき地が皆無になっておるのでございますが、どうしても先ほどお話しになりました青梅橋とか、あるいはまた郊外に出てレクリェーションをするというには時間がかかりますので、ウイークデーにおいてはやはりこの周辺で何とかいたさなければならぬ、こういう要求がございますので、勢い屋内の設備ということに相なるわけでありまして、幸い議員会館がつくられましたときには、あそこに柔剣道室、それから卓球等、設備する部屋を一部屋つくっていただきましたのですが、これではとても全部の職員の御要望に応ずるわけにはいかない、こういうわけでございますので、この事務局庁舎の新築につきましては、そういうことも配慮いたさなければならないと考えております。また深夜国会もときどきあるわけでございまして、われわれといたしましてはそういう非常の際におきましての準備もいたさなければならぬ、職員が睡眠をとる場所もあそこにつくってあげなければならないというようなことでございまして、それらにつきましてもわれわれは配慮いたしてまいりたいと思います。
 それから、おくれて申しわけございませんが、議員のレクリェーションにつきましては、私どもといたしましては、先年議員会館がつくられるときに職員をアメリカに派遣いたしまして、アメリカの議員会館の付属設備と申しますか、そういう点を調べさしたのでございますが、アメリカの議員会館の地下等におきましては議員のレクリェーションをされるりっぱな設備があるような報告に接しておりますので、これらの点につきましても第一番に私たちは設備をいたさなければならぬと、こうしいうふうに考えております。職員のほうを先に申し上げて、はなはだ申しわけございませんが、大体そういうふうに考えておりまして、私といたしましては、もう国会周辺ではこれが最後の建物になるのじゃないか、こういうふうに考えておりますので、大蔵省に御無理をお願いいたしまして、少し余裕のある建物をつくっていただいて将来に対処いたしたいと、こう念願しております。何分の配慮をお願いいたします。
#28
○和田静夫君 そうすると、いまの建設予定地の総面積というのはどれだけですか。
#29
○事務総長(宮坂完孝君) 建坪でございますか、敷地……。
#30
○参事(前川清君) 本院の所管しておる土地及び若干の衆議院の所管しておる土地を含めまして七千六百五十五平方メーターでございます。
#31
○和田静夫君 この土地整備の着手の時期ですね。それからその完了の時期はいつごろになりますか。
#32
○参事(前川清君) 四十六年度に約六千五百万円の敷地整備費がつきましたので、これは新年度に入りましたらできるだけ早く着工してその年度内に終わらせる考えでございます。
#33
○和田静夫君 そうしますと、四十六年中に土地の整備がいま言われたように終わるとすれば、四十七年度の予算要求には庁舎の建設費の要求をされると思うのですが、それはそう理解していいわけですね。
#34
○参事(前川清君) そのとおりでございます。
#35
○和田静夫君 このいわゆる予算要求の概算的なものですね、それは次の質問とも関係しますが、いまお考えになっておる庁舎の規模、内容についての構想ですね。
#36
○事務総長(宮坂完孝君) 四十七年度から要求する構想はいま管理部及び営繕におきまして十分構想を練っております。私といたしましては各方面からの御要望を、機会あるごとにお聞きしておるわけでございまして、管理部長その他のほうでは地下三階、地上六階ぐらいな構想を持っておりますが、二万平方メーターということになっておりまして、大体それらを基準といたしまして、私が先ほどるる申し上げました要望をいれましてそこの点については多少弾力性のある計画をつくって庶務小委員会等におはかりいたそう、こういうふうに考えております。
#37
○和田静夫君 概算どれぐらいのことを考えていらっしゃいますか、予算要求の概算は。
#38
○事務総長(宮坂完孝君) 大体二十数億ということでございます。
#39
○和田静夫君 いまの大体地上六階、地下三階の構想だと言われましたが、これはやはり当然車庫だとかそういうのはつくでしょうね、事務室、レクリェーション設備のお話は若干ありましたが、車庫なんかはありますか。
#40
○参事(前川清君) いままでの構想としては地下三階の部分のうち、地下二階及び地下三階、下のほうにガレージをつくりましてたくさんの車を収容する考えでございます。なお、会館の地下に現在ガレージがございます。会館の裏から出てまいりますが、その間の道路の下にトンネルを掘りまして、自動車専用のトンネルを掘って、ガレージと会館の裏手とを結ぶ計画も立てております。また会館の、現在先生方のときどきお入りになっておられる会館の地下道でございますが、それを延長して新館の中へ地下道で連絡する、そういう考えも持っております。
#41
○和田静夫君 これはまあ仄聞の程度ですがね、帝都高速いわゆる地下鉄、地下鉄の何か計画があるでしょう。それとの関係はどうなっていますか。
#42
○参事(前川清君) 地下鉄の八号線が国会のいま申しましたこのわきの道路月下を通る計画、が立っております。間もなく工事が始まると聞いておりますが、この辺の地下の建設の構想は、大体地下二十メーターのところをシールド式で掘って地下鉄のパイプが通る、そういう形になっております。その建設の計画についてはわれわれのほうにもかなり相談がまいりまして、こちら側の施設との関係を具体的にいろいろ相談しました。今度の参議院会館の地下道は大体その地下二十メーターを通る地下鉄のパイプの上になりますので、結局どちらが先へやっても支障がない、大体そういう考えに立っております。
#43
○和田静夫君 この間ロスであれだけの地震があって、この間消防庁長官などとも消防審議会で東京の事情等についていろいろ話をし合ったのですが、一体いま私がここに立っておるこれはロスの地震の規模で私の生命は安全ですか。
#44
○参事(前川清君) この建物は日本でもまれなくらいな堅固な建物ですから、これはロスの地震くらいでは絶対安全だと思います。なお、今年度敷地整備をするについては、土地の地質も調査するわけでございますが、幸いこの付近の地盤は非常に堅固なところであります。なお地下鉄を掘る際にも、地下鉄側の当事者のほうも、もし地下鉄をシールド工法で掘っていった場合に、上のほうの地盤に影響するようなことがあってはたいへんですから、それについては参議院側からかなりの要望をいたしまして、たとえば薬液を注入するような方法で岩盤  岩盤といいますか地盤がそのためにくずれるようなことのないような方法でやっていく、そういう確約を得ておりますので、そういった配慮のもとに十分気をつけてやっております。
#45
○和田静夫君 この建物はそうでしょうね。大体どこでお聞きしてもそのようです。
 そこで、議員会館とそれからこれから建てられる予定のいわゆる建物ですね、これちょっと必ずしも明快な答えがどこからも出ないのです。あれ小高いでしょう。裏の赤坂のほうにころげ落ちないという保証は全然ないという感じがするのです。それで、私は新潟の地震を経験し、福井の地震を経験しておるのですが、その辺えらい人がすわっていらっしゃいますが、専門家がいらっしゃいますが、福井の地震のときにあれだけのデパートがつぶれてしまった、で、再建不能だ。新潟の場合には、御存じのとおり県営住宅、アパートなんか廃墟になりましたね。この辺は、地震の六十九年説ですとか三十六年説とか、いろいろありますが、ともあれ、最近非常に警告が激しいわけですね、関東大震災を上回る状態、その辺のことの留意というのは、これはもうすればするほどいいわけですが、その辺の耐震構造に対する留意というのは十分にしてもらわなければならぬと思いますが、いかがですか。
#46
○事務総長(宮坂完孝君) 最近の地震につきましての御配慮のもとにいろいろ御注意をいただきましたが、われわれといたしましては建設省にお願いするわけでございますが、設計その他全部建設省の技術者がやられるわけでございまして、ただいまの件につきましては建設省の技術官を庶務小委員会にでも御出席を願いまして、御意見のあるところを十分伝えまして研究していただく、こう思っております。
#47
○和田静夫君 緊急避難ですね、火災時やらその他の避難路、議員会館なんか、歩きながらいつもそう思うのですよ。あれ明示してありますか、気がつかない私のほうが悪いのか。
#48
○参事(植木正張君) 会館につきましては私ども一番警戒しておるのは火災の問題でございます。もちろん先生がおっしゃいます地震という問題もありますけれども、目下一番警戒しておるのは火災の問題でございます。避難誘導路は全部消防法に従って掲示をしてございます。それからなお、昨年でございましたか、各議員各位の部屋に、火災の場合にはこういうことで、こういう退路でという。パンフレットも一応お配りして、有事にお備えいただきたいと申し上げてございます。それから私どもでは会館の火災の場合の防火計画というのを立てておりまして、そういう問題がありましたらその計画に従って処置するということにいたしております。第一の目標といたしましては人命救助ということを一番重要点として、いまそういう体制をとっておるということでございます。
#49
○和田静夫君 そこで、いつも思うのですが、たとえば参議院会館、議員会館から出ますね、ちょっと集中的に雨が降っている場合は、あそこはもうずっと水たまりで歩けないし、排水が非常に悪いですね。たまたまこの間ぼくは八重州の地下の浸水騒ぎのときに、新幹線に乗るときにちょうどあそこに自動車で着いたのですが、あれは工事者のほうで若干知恵が働いていて、契約になかったようないわゆる防水の施設をしておったから人命の損傷がなかった。で、われわれが毎日歩いているあの地下道は、ああいう排水が悪い状態の中で集中豪雨なりあるいは浸水があった場合に、安全ですか。一挙にあの中が水で埋まるという状態にならなくなっているのでしょうね。あるいは今度建てられる事務局の庁舎、いまお話があった地下車道、地下歩道、この辺は十分に考える必要があると思うのですが、いかがですか。
#50
○参事(前川清君) 今度新しくつくるところの下には地下道を幾つもつくりますので、もうそういった点のことは十分に配慮した上で計画したいと思っております。
#51
○和田静夫君 おそらく、私専門家じゃありませんからあれですが、こちらのほうが高地で向こうのほうが地下道の関係で低地になるという関係になりませんか。
#52
○参事(前川清君) 地下道を掘る場合には、特に人の歩く地下道の場合には水平になるように考えております。ただし自動車の場合には若干勾配がつくかと思います。
#53
○和田静夫君 いまの水の問題と、もう一つは、地下車道におけるところの車の火災ですね、トンネルの中におけるような災害というのはわれわれずいぶん経験しておるし、それらの論議は非常にやっているわけですが、地下車道におけるところの事故車、火災に伴うところのいわゆる防災、そういうものについても十分配慮が必要と思いますが、いかがですか。
#54
○参事(前川清君) 現在の会館の地下にはガレージがございますけれども、火災の点はもちろんのこと、一酸化炭素の排気ガスの量の問題なんかかなり問題になりますので、常にその点は換気について気をつけておりますが、いまその施設をしております。今度新庁舎をつくればますますそういった危険性がふえてまいりますので、火災はもちろんのこと、一酸化炭素の排出、それを防ぐ方法などについて、できるだけの措置を講じたいと思っております。
#55
○和田静夫君 その辺はちょっと安全対策の問題で心配になったところですが、逆に職員、働く皆さんの立場に立てば、労働基準法の安全衛生規則に基づいての措置というものを私は十分必要とすると思うのです。それはなぜそう思うかといいますと、地下を歩いてみて、換気なんか非常に悪いですよね。あれ正確にはかってみて一体安全衛生規則に触れないのだろうか。私も衛生管理者であったことがありますが、そういう感じが実感的にするわけです。はかったわけじゃありませんが、そうこうしていろいろ尋ねておると、衆議院第二会館の裏にあるところのあの煙突が午前八時に黒煙を吐く。付近の住民あるいはうしろのホテルなどから苦情がある。国会が小さな公害の元凶になる、こういう状態の非難もないわけじゃないでしよう。そこで、いろいろこれは参議院の側かどうか知りませんが、衆議院の第二会館を中心として排気口が不完全であるということもあって、改善ということになったと思うのですけれども、この近年わずかな期間に建ったところの議員会館がああいう不完全な状態。これはほんとうはぼくはもっと決算委員会で何がああいう事態を生んだのかということを実はつついてもいいと思うのであります。健康管理上も、あるいは付近の住民の立場に立ってそう思っているのですが、それはそういうひまもありませんからあれですけれども、今度でき上がるところの、いわゆる総長のことばを借りれば最後の国会関係の建物といわれるものがそういう事態を生まない保証というものをはっきりしておく必要があると思うのですが、いかがですか。
#56
○参事(前川清君) 先ほども先生申されました衆議院の第二会館の裏の煙突の件ですが、これは昔から本館の暖房は石炭でやっておりましたが、そのために必要だったわけでございますが、最近公害の問題及び石炭の入手の困難性の問題もありまして、四十六年度から重油のかまに切りかえまして、そうすると煙突はもちろん残りますが、重油用の煙突として残しますが、従来のような被害はないと思っております。
 それからその他の点、先生御指摘になりました点は、これは新庁舎建設にあたりまして十分配慮の上措置していきたいと思います。
#57
○和田静夫君 四十六年度の予算で衆参両院に七千万円ついて、暖房の機関の切りかえはなっておりますけれども、これはわかっておりますが、それは一例で申し上げたので、参議院の調査室へ行っていますと、窓もあけられない状態でしょう。あるいは私たちも車をときどき使わしてもらっているが、地下車庫の換気装置なんというものは非常に悪いです。あれはぼくはおそらく、はかってみれば、安全衛生規則に抵触するのじゃないかと思います。はかってみようかと実は思っているのですが、あれはかえる必要がありますね。運転業務に携わっている方はたいへん気の毒ですよ。ああいう状態の中でいるということは、逆の意味では、われわれがまたああいう状態の中で休憩、休養を余儀なくされている方の運転ということで影響を受けないという保証もないわけです。この辺はしっかり一ぺん調べられて、改善されるところは改善をされることが必要だと思いますが、いかがですか。
#58
○参事(前川清君) ただいまの地下のガレージの換気の問題ですが、これは何度も一酸化炭素の測定をいたしております。確かに先生御指摘のように、一部の吹きだまりになるようなところは、一酸化炭素の量が非常に多くなっている部分もあります。それで、これはいかぬということで、改善方法というか、このガレージの使用方法についていろいろ検討をしておりまして、できるだけ改善の措置を講じたいと思っております。
#59
○和田静夫君 あそこは、たとえば条件のいいときばかりはかるのじゃなく、やはりある一定の期間継続的に検査されながら、そしてやはりいまお約束になったように改善される、こういうことが必要だと思いますが、よろしいですか。
#60
○参事(前川清君) 承知いたしました。
#61
○和田静夫君 これは全く「人事院月報」によっての話ですが、「人事院月報」によりますと、公務員の精神病というのが非常にふえております。これは私の立場から言えば、自治体の職場をずっと点検してみれば、定期健康診におけるところのいわゆる、神経過敏的な職業病的なものが非常にふえております。これは私は、建物の構造にもやはり原因があると思われる節があります。仕事のいわゆる稠密度が要請されるとか過重であるというばかりでなく。したがって、国会最後の庁舎と言われたのですが、この建設といわれる事務局の庁舎については、執務と建築構造という問題についての科学的なやはり判断といいますか、強くこれは求めておきたいと思うのです。
 そこで、先ほど事務総長のほうからかなり前向きの御答弁をいただいているのですが、私が前段に取り上げた問題との関係で二つ三つだけ聞きたいと思いますが、いま参議院の職員のレクリェーショ
 ンの施設というのは、現況はどんなですか。
#62
○事務総長(宮坂完孝君) 国会職員も公務員でございますが、別に取り立てて国会職員だけむずかしい仕事をしているわけではございませんけれども、何と申しましても最高機関の場で執務をいたしておりますので、事務的にいってあらゆる面で緊張しなければならない職柄でございますので、参議院の事務局といたしましても、何年かにわたってそういう点についてはできるだけ配慮はいたしてきておりまして、大蔵省にも格安の予算の御要求を申し上げて御協力をいただいてきたわけでございますが、はなはだ不十分で、足りないところもまだございますが、逐次努力していきたいと思っております。
 ただいま御質疑のレクリェーションの施設につきましては、先ほど申し上げましたとおりでございますが、以前は国会周辺のあき地で十分まかなって、われわれも若いころキャッチボールなどをやって喜んでおった時代もございましたが、近ごろはそういうことがなくなりまして、テニスコートもつぶされているような状態でございます。
 現在の施設といたしましては、先ほど御質疑のありました青梅橋にあります独身寮のかたわら、テニスコートが三面、二十五メートルプール、これが一個、それから議員会館に室内運動場として柔剣道また卓球等もやっておりますが、これがございます。それから別館のホールは非常に広々としたホールでございますが、これは演奏、会合に使っております。
 それから共済組合が保養所を持っております。三浦海岸に津久井荘を持っておりまして、これが収容人員が三、四十名ほどで、これは実績を見ますとフルに使っております。それから夏季、冬季等職務のひまなときには遠くの旅館等と利用契約を結びまして職員にそちらのほうでレクリェーションをやらしております。これらの点につきましてはもう一ぱいでございまして、何とか考えなければならないと思っておりますが、この国会周辺につきましては衆議院ともよく連絡をとりまして、それからまあ国会図書館、三者共同の施設をつくらなければならぬのでございますので、お互いに意地を張って自分のところだけというわけにはまいりませんので、これらと十分協調いたしまして共同の施設をつくっていきたいと、こう考えております。そういう点につきましてもわれわれはまだ足りませんようでございますので、幸い先ほど管理部長がちょっと申し上げました国領と申しますか、調布の少し先、あすこに二千坪程度のものを持っておりますが、そこにいま衛視の独身寮を建てていただくように交渉中でございますが、それらも活用いたしまして十分なレクリェーションの場所にいたしたいと、こう念願しております。
#63
○和田静夫君 まあ先ほども触れたように、野球が十分にできるグラウンドがあったけれどもなくなっているようですから、そういう点も十分に考えながら、いま国領の独身寮建設を中心としながらりっぱなレクリェーション施設をつくられる、こういうことの答弁でありますから、そのことに私は期待をしたいと思います。
 職員の皆さんは、総合体育館的なものをほしいとかいろいろな要望があるわけですから、それとの見合いにおいて、先ほどから屋内レクリェーション施設をつくるとか、あるいは国領の二千坪の場所に十分な配慮をするとか、こういう問題については、総長答弁のとおり実績をあげられるように。あまり大蔵省に遠慮する必要もないし、国会議員に遠慮する必要もないです。いまや、言ってみれば、福祉施設が完備しないところには、いい労働者が来ないわけですからね。しかも七〇年代は明治以来決定的に労働人口は不足をするのでありますから、最優秀な人材を参議院の職員に集めえなければならぬ。よろしいですか。
#64
○事務総長(宮坂完孝君) ただいま御激励のおことばをいただきましたが、私どもも大いに努力いたすつもりでございます。何ぶんにも大蔵省といたしましても一般公務員の比率があるのでございまして、まあ特に国会ですから特段のお願いを申し上げてはおりますけれども、それらの点については多少むずかしい点もございますが、われわれ庶務小委員会並びに参議院出身の政務次官の御協力を得て御期待に沿うように努力いたしたいと思います。
#65
○和田静夫君 時間もたいへん経過しておりますから急ぎますけれども、われわれの力が必要ならば幾らでも大蔵省に向かってお貸しをいたしますし、与党の皆さんだって職員の皆さんが不健康になる状態を好まれるはずがありませんから、与党の皆さんだって一緒になってこういう問題については大蔵省に要求ができるおそらく立場にあろうと思いますから、総長、こういう問題については大蔵省の側に向かって、ものを言う姿勢をやっぱり堅持しながら努力をしていただきたいと思います。
 それから屋上、屋上はいま開放されているのですか。
#66
○参事(前川清君) いま開放はしておりません。これはまあちょっと危険性もありますから。
#67
○和田静夫君 屋上の開放というのは、いわゆる危険性があれば、危険な状態を除く努力をしながら考えていらっしゃるのですか。それはいま考えていないのですか。
#68
○参事(前川清君) 屋上と申しましても本館の屋上、会館の屋上といろいろございますが、会館の屋上はあまり広くございませんし床がそう厚くありませんので、あそこでどたばたされると下の議員室に響きますので、これはちょっと考えられません。それから本館のほうの屋上も、手すりが高くありませんからちょっと危険であります。それからこれに施設するということは、外観上非常にまずい点があります。
#69
○和田静夫君 失礼しました、私の質問のしかたが……。新しくつくられるいわゆる事務局庁舎、これはやはり屋上の使用くらいは検討をした、考えた構造でいいのじゃないですか。
#70
○参事(前川清君) それは、なお設計の段階に検討してみたいと思います。
#71
○和田静夫君 最近、食堂だとかいわゆる喫茶室なんというこれも一種の福祉施設、これらはだんだん、だんだん上へ上がりますね。三十六階まで上がるかどうか知りませんが、あそこの特別一番上にあるからあそこだけコーヒーが高いんだというようなことじゃ困るのだけれども、上のほうに持っていくというようなことも休養のためには必要なことでもあるのですけれども、その辺のことは御考慮になっていますか。
#72
○事務総長(宮坂完孝君) その点につきましては各方面の御要望の中にもあったわけでございまして、われわれといたしましてはそういう設備もいたしたいと考えておりまするが、特にまた一番最上階くらいのところには日本間でもつくりまして、一般女子職員の、何といいますか、華道、茶道、そういった方面の修業をする場所もつくりたい、こういうよけいな希望までも持っておりますが、十分配慮いたしたいと思います。
 それから会館における議員先生方の食事をされ歓談するような場所、これについてもかねがね御要望をいただいておりましたが、何ぶん先ほども申し上げましたとおり、参議院は一つしか持っておりませんでしたのでそういう場所はありませんでしたが、新庁舎をつくりまして職員を向こうに出しましたあとは相当スペースが残りますので、衆議院同様、議員がゆっくり食事をいただいて歓談していただく場所もつくりたいと、こう考えております。
#73
○和田静夫君 さっきありました宿泊の施設ですね。私も出てきて初めて深夜国会なんというのにぶつかった経験を持っておりますけれども、職員の皆さんはやむを得ず机の上にお休みになる状態があったのですけれども、総長は自動車でお帰りになれるからいいようなものだけれども、その辺はやはりもう少しああいう状態の中では休養できる状態というものをつくってあげなければ、これはお互いの責任だと思うわけです。それはお考え になっていますか。
#74
○事務総長(宮坂完孝君) 先ほど御答弁のときに申し上げましたとおりでございまして、十分考えておるわけでございます。先年ここに木造のバラックがございましたときには、十分だとはいいませんがかなり広いスペースを確保いたしまして――新館が建てられたので取りつぶされて、いまだに実現いたしませんけれども、今度の機会には当然それはもう第一順位だと私は考えております。
#75
○和田静夫君 事務局庁舎の人員の問題ですけれども、人員増、おそらく電気やらあるいは機械室などができてくれば、それにはもう明確に人員増でいくのでしょうな。現行の人員の中でいくということにはならぬでしょう。
#76
○事務総長(宮坂完孝君) この施設だけでは運用できないことは当然でございまするので、それらの点についても配慮しなければならぬ、大蔵省も必ずや御協力願えるものと思っております。その例は分館をつくりましたときに例がございましたので、それらの先例もございますから、必ずや人員増をいただけると思っております。
#77
○和田静夫君 議院の警察権と事務局庁舎との関係はどうなりますか。
#78
○事務総長(宮坂完孝君) 議院警察権につきましては、慣例によりましてこのさく内だけ、会館、新庁舎は一般の警察権でございます。
#79
○和田静夫君 さっきあれしましたが、着工の時期で一つだけもう一回確認をしますが、四十七年度の着工というのはこれは間違いないわけですか。
#80
○参事(前川清君) 四十六年が敷地整備費だけですから、四十七年度に対して本体の建設費を要求いたします。これはただ、その要求はできるだけ強力にいたしますが、それが認められて予算が計上されれば四十七年度から着工することになります。
#81
○和田静夫君 大体これで終わりますが、最後に、この事務庁舎の建設計画に――やはりこれはもうどこでもいまや全くあたりまえのことですが――職員の代表の諸君の意見が十分に生かされるように、その意見を聞く。まあできれば建設委員会などには代表を入れると、こういうぐらいの配慮を、総長されてもいいと思うのですよ、いかがですか。
#82
○事務総長(宮坂完孝君) この点につきましては御注意をいただくまでもなく、もう私はここ二、三年職員と職員組合の幹部と会談するごとに申しておるわけですが、もっといい案を持ってこいというように冗談まじりに申し上げますが、その点は御心配ありません。
#83
○沢田実君 私は国会の職員の宿舎の問題についてお尋ねをいたしたいと思います。
 まず最初に、職員の宿舎がどのくらいありまして、入居希望者がどのくらいあるか。あるいはまた狭い宿舎からもっと広いところへ入りたいという希望、あるいは非常に遠いのでもっと近いところに転居をしたいという希望等々宿舎に対する数字が出ておりましたら、まずお尋ねをしたいと思います。
#84
○参事(前川清君) 現在参議院が保有しております宿舎の総数は、独身用が七十ございますが、それを含めまして三百七十五戸ございます。で、一方宿舎の入居希望者数と申しますと、現在の段階では二十三名となっておりますが、これらに対しまする現在の充足率と申しますか、これは非常に高いとわれわれ考えております。まあ言うなれば、以前に比べてかなり宿舎の供給のほうが潤沢になってきている。その程度に考えております。しかしながら、本院においてはよその官庁と違いまして転勤等が全く行なわれませんので、そういった特殊な事情から現在公務員宿舎に入っている人からの転居希望のほうがむしろ新入居希望よりも多くなっておりまして、きょう現在あたりで三十一名ほどになっております。それで、いままでは新しく入る人について重点的に考えておりましたが、今後は入居希望者の見込みなども十分考慮しながら、それらの転居希望に対して対策を考えていこうと思っております。
 それからもう一つは、たとえば自動車の運転手等の職種で、いわゆる職場と住居とが近接を要するような職員の対策につきましては、これは機会あるごとにその措置を講じております。まあ数字をあげて申し上げますると、たとえば運転手につきましては現在宿舎に入っております者が三十五名おりますが、そのうち通勤時間で申しまして一時間以内のところに宿舎を与えております者が二十五名おります。約七割の者が一時間以内のところに入っております。で、こういう方針は今後も継続していきますが、一般職員について申し上げますと、通勤時間を一時間と一時間以上とに区分いたしますと大体五分五分の比率になっております。したがいましていま先生がおっしゃいましたようなことについて十分配慮をしているつもりでございます。
#85
○沢田実君 新しく入居を希望する人が二十三名いるということですが、その充足のできる計画はどんなふうになっていますか。
#86
○参事(前川清君) 現在、何といいますか、自宅をつくって宿舎から出ていって、最近あいている戸数もございますし、最近になって、近く大蔵省のほうから配賦されてくる見込みの宿舎もございますので、二十三名のうちには、何と申しますか、まだ独身者も含まれております。独身者と申しますのは、いわば近く結婚するという程度の人も含んで二十三名ということでございますから、そういった観点から、ぜひとも入りたいという強い希望の人にとっては大体まあ現在の状況では入れるという、そういう形になっております。
#87
○沢田実君 新規の希望は大体充足できているというお話ですが、まだこれだけの希望もございますし、なお転居希望が三十一名もおるわけでございますので、あるいはまた一時間以上通勤の方々というのはなるべく近いところから通勤することのほうが事務能率上もよろしゅうございますし、そういう点の今後の配慮が必要だと思うわけですが、ところで、国会の職員の宿舎であったところ、あるいは現在活用すればりっぱな宿舎が建つであろうところですが、買収以来十七年間置かれっぱなしになっている国有地がございます。場所は弁天町の宿舎でございますが、そのいきさつ等について御説明をいただきたいと思います。
#88
○参事(前川清君) 先生がいまお尋ねのことは新宿区の弁天町にございます参議院所管の職員宿舎のことについてと思いますが、その弁天町の職員宿舎は昭和二十五年に建築されましたもので、当初建築主の納富組という建築会社から賃借りをして職員宿舎に充てていたわけでございますが、その後昭和二十九年に国に予算がつきましたのでこれを買収いたしまして、引き続き本院が職員宿舎として使用しておりました。ところが昭和三十八年だったと思いますが、これを合同宿舎、すなわち公務員の全体の合同宿舎、それの建物を建てるという、合同宿舎に建てかえるというそういう意見が起きまして、また、それは何ぶんにも昭和二十五年当時資材の不十分な時代に建てられたものでありましたので、そのころにもう相当いたんでおりまして、また、バラックに近いということで危険でもありましたので、それともう一つは約一千坪に近い、都心にありながら木造二階建てという非常に土地の利用からいきましても不効率でありましたので、そこに国の手で大きく合同宿舎を建てれば非常に公務員全体のためにも、また本院のためにもなるかと思いまして、そういう方向で処理したいと思っていろいろその後協議を進めてまいりました。で、ようやく昭和四十三年になりましてその話も具体化されてまいりましたところ、たまたま同年の十二月の初めごろですが、志村某という人から訴えが起きまして、そこの土地の所有権は自分のものだというような訴えが起きましたので、現在参議院とその者との間において東京地方裁判所で裁判が係属中でございます。本院といたしましても一刻も早くこの裁判を解決して合同宿舎を建てる方向に進みたいと努力しているわけでございます。
 あらましの経緯はそういうようなことでございます。
#89
○沢田実君 いまのお話によりますと、昭和二十九年に大蔵省が買収をいたしまして四十三年に突然志村さんという方が私の土地だということを言い出したということでございますが、それだけでは全く理解に苦しむようなことでございますので、なぜそのようになったのかといういきさつ等、教えていただきたいと思います。
#90
○事務総長(宮坂完孝君) これはもう長い経過をたどっていることでございまして、当時のそれを所管いたしました職員と申しますか、会計課長、前後の職員、これが全部なくなっておりまして、それらの点についての詳細な調査をいたしかねるような状態で、はなはだ御迷惑をおかけいたしております。二十五年、非常に職員の、何と申しますか、宿泊状況が悪化した時代でありまして、この国会議事堂の中の各部屋にもみんな住み込んでおった、そういう異常な状態、いまからちょっと想像されぬような状態でございましたので、当時の事務総長である小林次郎氏が、何とかこれを打開しなければならぬという必要に迫られましたので、志村某という、いま管理部長が申しましたが、志村某を仲介にして地主といろいろな交渉をいたしまして、当時の納富組でありますが、との交渉の結果、そういう賃貸の契約をして、大蔵省から予算をちょうだいするまで暫定的に職員の宿泊の窮迫状態を解決しよう、こういうことで話が進められたのでございまして、納富組と参議院の事務総長並びに会計課長との折衝の中に入った人物がその志村なる者であります。そういういきさつでございまして、表面に志村氏が立ったわけではございませんが、当時私の所管外で、はっきりした記憶はございませんが、そういうことを承知いたしておる程度でございます。この点につきましては大蔵省にれっきとした登記がございますので、それがどうのこうのということであの土地が全部志村のものであるという、そういう主張は、実はあまり唐突で、ちょっと常識ばなれをしておりますので、私も再三交渉の矢面に立ちましたけれども、もうこれはそういうことであるならば裁判でやるよりしょうがないのじゃないか、国家の裁判ではっきりきめてもらったほうがいいのじゃないかということを私は申し上げました。それやこれやでありますが、まあ志村氏が、その間非常に働いたという功績で、あそこに四十坪程度のものを使っておりまして、それでその四十坪の、まあことばはどう申し上げますか、不法占拠と申しますか、そういう事態では大蔵省は引き取っていただけない。合同宿舎の建設にはまずいということで、私たちは早く引き取っていただきたいというふう考えておりましたが、大蔵省で引き取っていただけないもので、つい延び延びになって今日に至っておるわけでございます。むろん参議院といたしましても、そういういきさつでございますので、道義といたしましても、参議院で解決をさせなければならぬことは道義上当然のことでございますので、再三の交渉は、各歴代の管理部長初めやってまいりましたが、相手が相手なものでございますから、とうとう裁判でケリをつける、こういう事態に相なっております。私の知っておる限りを申し上げました。
#91
○沢田実君 二十九年の三月に大蔵省が買いました土地建物の所有主は一体どなたなのか。それで幾らで買ったのか等についてお尋ねしたいのですが、これは大蔵省のほうですか。管理部のほうでわかりますか。
#92
○参事(前川清君) 二十九年に国が買収しましたときの相手方、これは登記上は函館ドックという会社からその土地が国へ移転登記されております。
 それから、そのとき幾らでありましたか、金額の点は大蔵省のほうに……。
#93
○政府委員(小口芳彦君) ただいま答弁ございましたように、昭和二十九年の三月二十七日でございますけれども、函館ドックから大蔵省への移転登記がなされております。坪数は八百九十八・四三坪というようになっております。それでそのときの代金についてのお話でございまするけれども、至急こちらでも調べましたのですが、古いものでございまして、書類がちょっとまだいろいろ見当たらないという点もございまして、この点はなお調査いたしたいというふうに思っております。
#94
○沢田実君 先ほど志村某という方と納富組の話が出ましたが、いま所有者である函館ドック、それと納富組あるいは志村との関係はどんなふうになっておりますか。
#95
○参事(前川清君) これの買収の経過、あるいはそれ以前にさかのぼってその土地に建物を新築したときの経過、これらにつきまして当寺折衝に当たりました方が、すでにもうほとんど故人になられておりまして、そういう方々からお聞きすることができませんので、現在残っている書類等から判断するよりしかたないわけでございますが、大体推測するところ、われわれの推測でございますが、志村某をあっせん者として参議院が函館ドックからその土地を買収するという話を進めたわけでございます。ただ、昭和二十三年当時は参議院にもその予算がございませんでしたので、やむを得ずその土地及び建物は賃借りする、そういう形で二十九年までもってまいったわけで、二十九年に大蔵省が買収したわけでございますが、そのとき建物を建てたのが納富組という建設会社でございまして、土地は函館ドックから大蔵省に移転登記されておりますが、推測すれば、その土地は一応函館ドックから納富組に移って、それから納富組から国へ移ったのじゃなかろうか、それで登記の面では中間省略登記をしたのだろう、そういうふうに推測するわけでございます。要するに、国に金のなかった当時ですから、納富組があるいは金を立てかえて函館ドックから買い取ったのだろうと、そしてそれを土地建物もろとも国が賃借りしておったのだろうというふうに推測されます。なお、志村某と納富組との関係につきましては、納富組という工事会社を世話をしてきたのがたしか志村だと聞いておりますので、納富組と志村とは特殊な関係があったと推測されます。ただし、函館ドックはたまたまその土地の所有者であったというところから目をつけられたのにすぎないのじゃなかろうかと、その程度に了承いたしております。
#96
○沢田実君 二十四、五年にその土地に宿舎ができて、それで参議院とその当時は納富組ですか、契約をなさったようですが、その契約はどういう契約でしたか、内容は。
#97
○参事(前川清君) その契約は建物のいわゆる立て替え工事の委嘱の契約でございます。
#98
○沢田実君 その契約、もう少し詳しく教えていただきたいわけですが、要するに土地も建物も参議院のものではないわけです、二十九年に買収したわけですから。ところがすでに二十五年にはそれは職員の宿舎として使っているわけですが、その所有者が一体だれで、どういう契約で使っておったのか、その辺の契約がありましたら教えていただきたい。
#99
○参事(前川清君) 建物については、これは納富組がつくりましたので納富組の所有になっております。それを大蔵省が賃借りして参議院の職員宿舎に充てていた、そういう形であります。
#100
○沢田実君 その辺、はっきりしないのですが、その当時の土地は函館ドックのものでしょう、登記面から見まして。その函館ドックの土地に対して納富組がそこに建物を建てた。ですから、函館ドックと納富組との間がどうなっているのかはっきりしなければ、参議院として土地なり建物なりの契約はできないと思うのですが、その辺のいきさつはわかりませんか。
#101
○参事(前川清君) 登記面上ではその当時の土地の所有者は函館ドックになっております。ただし函館ドックに対しては、昭和二十三年のころから参議院が志村を代理人といたしましてその土地の売買契約を締結しております。ただしその当時参議院は金がなかったので、金は予算がつき次第支払う。したがって、それまでは賃借り以外に手はなかったわけでございます。函館ドックのほうも所有権は自分の手を離れたということは当時から主張しております。それを証明する書類も残っております。まあ一例をあげますれば、税金が土地の所有者にかかってくる場合に、この土地はもうすでに参議院に売り渡したんだから参議院のほうで買ったという証明を出してもらいたい、そうすれば税金を払わなくて済むからというような書面が函館ドックから参議院あてにきております。そういった点から推定いたしますと、函館ドックから参議院あてにすでに土地を売り渡した、自分のものではないということを、まあ考えていたと思います。そのとおりだったと思います。ただし、当時参議院にはまだ金がなかったわけですから、その土地が一体だれの所有になったかと、そこの点は、ただ契約の文言だけ、契約書だけから判断すれば、志村何がしという者は、参議院会計課長の代理人でございますから、代理人として契約したのであれば、その契約代理行為の効果は直接本人たる参議院に及ぶわけでございますから、函館ドックから参議院あてに一応所有権は移ったんではなかろうかと推定したわけでございますが、ただし、先ほど申し上げましたように、参議院側としては金が払えなかった事情がありましたので、その点現在考えると、直ちに参議院に所有権が移っていたという断定をするわけには若干まいらない点もあるいはあるかもしれませんが、ただ、これらのこまかい点につきましては、先ほど申し上げましたように、関係者がみんななくなってしまいましたので、どうも書類の上で判断するしかしかたがございません。あとは推測になります。
 それともう一つは、まあ現在裁判が進行中でございまして、志村某相手に来月もまた公判が開かれるわけでございますので、若干こういう公開の席上でこちらのいろいろな内幕についても申し上げにくい点もございますので、その点はひとつ御容赦願いたいと思います。
#102
○沢田実君 関係者がなくなったというお話しですが、関係者全部一緒になくなったわけではないでしょうから――問題起きたのはだいぶ昔のことですので、その間におやめになって、いろいろ伺っていらっしゃるのじゃないかと思いますが、責任持って――いまの管理部長なり総長が、どこから以降は責任持ってわかるというのは何年以降ですか。
#103
○参事(前川清君) 直接その土地を買収したり建物の工事を委嘱した当時、すなわち昭和二十三年から二十五年にかけては、志村某と非常に親しかったのは先ほど申し上げました参議院の事務総長小林氏でございます。それから、直接その責任者として衝に当たったのは、参議院会計課長の清水と申す者でございます。この二人はもうかなり前になくなられましたので――当時はまだこういうことが発生するなどとは夢にも思っておりませんでした。この土地についての所有権なんか問題ないと思っておりました。問題なく国のものであると信じておりました。たまたまそういうようなことが起きましたので、いろいろ調査したわけでございますが、当時の関係者から訴えが提起された後、いわゆるこういう問題が起こった後、生きておられましたのは、その当時の会計課長補佐の浅井という方でございます。浅井さんはその後、清水会計課長のあと会計課長になったわけでございますが、したがいまして、相当その当時の事情は知っているものと思って、その事件、訴訟が起きたあと浅井さんからも事情をいろいろ聞いたわけでございますが、そのときは、当時は清水会計課長がほとんど一人で折衝を続けていたので、自分としてはまあ詳しい事情はほとんど知らなかった、そう言っておりました。それからなおこれは昭和二十九年に国が買収しておりますので、二十九年当時の関係者といいますと、まあ一番いま、当時残っておられたのは浅井氏でありますので、その二十九年当時のことも聞きましたが、二十九年に買収したのはこれは大蔵省が買収しておりますので、参議院側はほとんどその衝に直接当たっておりませんので、大蔵省が買収したあと参議院に所管がえになっておりますので、その後の経過なら浅井氏が十分承知しておりましたのですが、そのちょうど買収そのものはどういうふうに行なわれたかは浅井氏はわからなかったわけです。そこで、なお浅井氏は昨年ですか一昨年なくなってしまいましたので、その後のことはちょっとわかりませんが、それで、なお浅井氏からいろいろ聞くときに、二十九年当時の大蔵省の担当者であった方々もいろいろさがし回りまして事情を伺ったわけでございますが、何ぶん大蔵省の方々は非常にたくさんのいろいろな仕事を担当していた時代で、しかも相当古いことでありますので、的確にこれはこうだったとまあ御説明は伺えなかったわけであります。たぶんこうじゃなかっただろうかという程度のお話はかなりありましたが、的確にこうだったというお話はどうもそのときもお聞きできなかったわけでございます。まあ以上のような次第でございます。
#104
○沢田実君 その納富組が建物を建てて、それでそれを参議院の職員の宿舎にした当時、二十四年当時ですが、その二十四年当時は、納富組と参議院ではどういう契約のもとに、あるいはただ入れてもらうだけなのか、あるいは前に売買契約等のいきさつがありますので、予算つき次第買うということで、それまでの間、借りておったのかですね、その辺の契約の内容をもう少し詳しくわかりませんか。
#105
○参事(前川清君) 昭和二十三年の暮れに土地の売買契約を締結しまして、翌年の一月に納富組と参議院との間に職員宿舎新築工事請負の契約を締結しております。それで、その当時工事代金は一千八百万円となっておりますが、それに、その契約に覚え書きがつけられまして、両者の間においてこういうことを約束しております。一つは、本工事に対する代金は予算成立の上支払うものとする。すなわち、当時参議院は金がありませんでしたので、予算がついたときに支払うものとすること。それから予算成立に至るまでは賃貸契約をなし、毎月工事代金に対して一カ月十四万円なりを請負者に支払うこと。そういう賃貸契約を覚え書きの形で結んでおります。
#106
○二宮文造君 ちょっと関連。お話伺っておりましてちょっとわからないのですが、さっき総長、皆さんの答弁を伺っておりますと、志村さんと――いま参議院と訴訟の係属されている人――この人との関係が、非常に物件を通じて縁が深かったように思うのです。その点で私お伺いしたいのは、まず函館ドックと参議院との間で売るとか買うとかという契約をした。そのどき、まあお金の受け渡しは別として、契約をしたときの代理人が志村さんだった。それから今度は納富組とそれから参議院との間でそのいま言ったような賃貸契約をしたとき、このときもおそらく志村さんがその交渉に当たっていると思うのです。それから、その次に今度は国が、予算がつきまして、大蔵省が二十九年に買ったとき、このときにも志村さんは介在しているのじゃないでしょうか。よろしいですね。終始代理人としてこう、交渉の矢面に立ってきた人が志村さん、こう理解してよろしゅうございましょうか。
#107
○参事(前川清君) いま残っている書類上明らかに判明するのは、二十三年に土地を買収したときには志村氏は参議院会計課長の代理人として行動しております。そういう契約書になっております。その後のいま申し上げました請負契約の契約においては志村某は表面には出ておりません。それから二十九年に国が買収したときも志村氏は別にその代理人として表面には出ておりません。したがいまして表面には出ておらないが、二十四年に請負工事を契約したときは、おそらくいろいろ世話をされたんだろうと思います。
#108
○二宮文造君 それはけっこうです。もう一つ私は疑問なのは、理財局の次長さん、先ほど国が買収したときの契約金額がわからない、何しろ古いことでしてという答弁でございますが、いま裁判係属中です。向こうから訴訟の提起があったら、こちらから弁明書を出さなければいけません。その弁明書を見ていただけば、おそらくこうこうこういういきさつで国の登記はあったんだ、売買はあったんだというそういう資料を法廷へ出さなければ裁判は係属できませんが、その弁明書の中に契約金額の説明なんというのはないのですか、それでは訴訟にならないと思うのです。
#109
○政府委員(小口芳彦君) ただいまおっしゃいました点等を至急調査いたしたいと思います。
#110
○二宮文造君 ちょっと待ってください。調査じゃないのです。訴訟というのは向こうから訴訟をするんでしょう。証拠をつけて。こちらはそれに対して弁明書を出すわけでしょう。それで初めて民事裁判が始まるわけです。二十九年に国のものになった、買ったら幾らで買ったというそういうものがなければ弁明にならないじゃないのですか。その金額がわからないという、そういう訴訟を受けて立つとは私はおかしいと思うのです。
#111
○事務総長(宮坂完孝君) 二宮先生にお願い申し上げますが、何せただいまいろいろな係争で公の訴訟事件になっております。速記録もとった場所でちょっと御答弁申し上げにくい場面もあるんじゃないかと思いますので、そこらをひとつ御配慮いただいて、速記を中止してでもやっていただけたらと思います。
#112
○沢田実君 おさらいになりますけれども、二十三年に売買契約をしたのは参議院と函館ドック、そして二十四年に契約したのは函館ドックですけれども、金は払っていないのですから参議院の土地ではないわけです。参議院の土地ではない、函館ドックの土地、その土地に今度建物を建てる契約をしたのは納富組、それを使う約束をしたのは納富組、土地は函館ドックのものやら納富組のものやら明らかでないわけでしょう。その辺はどうなっているのですか。
#113
○参事(前川清君) 土地は二十三年に参議院が函館ドックから形式上は買い取った形になっております。それで、その間にただ金がどこから出たかということでございますが、たまたまこの裁判の過程におきまして、志村某のほうから二十三年の当時、函館ドックに当時の金で百万円ほど払いましてその土地を買収したわけで、その領収書は志村某が持っております。これは証拠として法廷に出されております。その出された領収書のあて名は大体参議院あてになっております。大体と申しますのは分割して払っておりますので、そのうちの大部分が参議院あての領収書になっておりますが、それは参議院に渡されてなくて志村氏が当時持っておりました。そういった点から推測いたしますと、参議院は金がないから契約はしたが金は直接は払えなかった。志村氏がどこかから立てかえるか何なりして函館ドックに払ったのだろうと推測されるわけでございます。志村氏と納富組とは非常に親しかったと思いますので、その金はあるいは志村氏が自分で調達したものか納富組から昔りてきたものか、大体そんなところだろうと考えるわけでございます。その後の契約の傾向などから判断いたしますと、どうも納富組が志村に金を貸してやったのだろうと、それで函館ドックに払ったのだろうと、そういうふうにとれるわけでございます。それで、したがってそこから推測いたしますと、所有権は一応函館ドックから納富組に移って、納富組が参議院から頼まれて建物を建てた。それで土地代金もろとも、土地を含めて参議院に賃貸した。それで二十九年に国が予算がついたので金を払った。おそらく納富組に払っているものと思います。それで納富組と志村との間は何らかの形で、おそらく志村に対する報償といいますか、そういった意味のことは納富組がなされたのだろうと、そう考えております。
#114
○沢田実君 その志村某という人が参議院と相当深い関係にあったことはそれでわかりますが、そこで、建てた宿舎の管理をしておったというわけですが、何年から管理人としてそこに入り、どういう契約のもとに管理人としてつとめておったのか、その辺わかりませんか。
#115
○参事(前川清君) これは建物や土地を買収するだいぶ前から参議院の当時の事務総長と非常に懇意でありまして来ておりまして、参議院の職員の宿舎なんかを見るに見かねて本人がその労をとったのだと申しておりますが、その時代から参議院へよく出入りはしておりました。それで土地を買収するに際して彼があっせんをしたというのはこれは事実でございますし、建物を建てるについても納富組という工事会社を紹介し、さらには、当時非常に資材が不足しておった時代なので納富組自体の工事そのものが非常に遅延いたしました。そのときに彼が非常に、いまから思えば相当献身的な努力をしたことは事実でございました。そうしてとにかく建物をつくり上げるところまでいったわけでございます。ただし建物は建ち上がりましたけれども、これは国のものでございませんでした。土地もろとも国のものでございませんでしたので、非常にその当時尽力した志村某はその土地の一部に自分の家をつくってそこに住んでおりました。で、その後国が買収したあとも住んで、それまでいろいろ宿舎の管理的な業務をやっておりましたので、その後もずっと当時の事務総長の知人ということで長い間そこに住みついていたわけでございます。
 それで、こちらとしては、先ほど申し上げましたような三十九年以降合同宿舎建設の議が起きてきたときには、これは志村氏にどいてもらわなければ困るわけなんで、大蔵省との折衝の過程においてはその志村という者に、土地の所有権がない人間だからどいてもらわなければならぬ、そういう考えでいたわけでありますが、ただ昔のその経緯を考えますと、あの弁天町の都心に近いところに一千坪からの土地を非常に安い値段で入手するのに尽力したということは、これはいまにして思えば、いまは訴訟の相手方でございますが、それを離れて考えますと、非常に参議院に対しても、ひいては国に対してもそういった面では功績があったことは、これは認めざるを得なかったと思います。したがって彼に出て、そこの土地を離れてもらうについては、やはり何らかの謝礼といいますか、そういったことが必要なんじゃないかと当時もいろいろ考えていたわけですが、しかし謝礼と申しましても、そう何といいますか、国の予算の会計上の支出の面とかその他につきまして非常に謝礼をすること自体が形式的に非常にむずかしかったわけでございます。それでそのため土地を明け渡すということが、そうおいそれと簡単にいかなかったわけでございます。そのために大蔵省との話し合いも若干手間を食った。しかしそうは言っておられませんので、もうこの辺で出てくれと、ある程度強く言いましたら、その後、先ほど申し上げましたような訴えが出てきた。志村某がそこに居ついていたという関係は、大体そのような経緯でございます。
#116
○沢田実君 そうしますと、その土地の売買の当時からそこに住み込んでおり、そして新しい建物を建ててもその近くに自分で家を建てて住み込んで、そして今度どれを大蔵省が買収してもそのままずっと居すわっておった。それから二十九年の買収ですから、三十八年にみんな入っている人を出して合同宿舎にしようというようなことまでには約十年間ありますけれども、その間も入っておった。しかも現在もまだ入っておる、こういうわけですね。そうしますと、そのいわゆる志村某は参議院とは何ら契約なしに、何の契約もなしに、文書の契約もなしにただそこに住みついておった、こういうことですか。何かそこにあるいは口頭なり文書なりの契約の形跡があるわけですか。
#117
○参事(前川清君) 正式なそういった文書とか、そういったものの契約は何もございません。
#118
○沢田実君 そうしますと、三十八年に大体合同宿舎にしようというようなことを考えられて、三十九年ごろまでに大体中に入っている人は出した。ところが四十三年に訴えが起こったわけですから、この間に相当年数があるわけです。三十九、四十、四十一、四十二、四十三、五年間あるわけです。その五年間に、どうしてこの訴えが出る前に建物を建てることができなかったのか、その辺のいきさつは、その管理上に欠陥があったのか、あるいは大蔵省の予算の関係があったのか、その辺はどうですか。
#119
○参事(前川清君) それは先ほど申し上げましたように、大蔵省のほうとしては、志村氏のいるのは過去にどんないきさつがあるにせよ、表面上は不法占拠に近いのだから、それをどかしてからでなければ話し合いには応じられない、そういう大蔵省側の考え方でありました。われわれのほうとしては、確かに言われてみればそのとおりですが、ただ、何ぶん過去の経緯から見て、いきなりこの男を不法占拠者だときめつけて追い出してしまうということは、まあ人情の上で忍びない点がかなりあったわけでございます。それで志村氏といろいろの話し合いをしていたわけであります。たまたま、当時昭和三十七年ごろ、志村氏はその自分の住んでいる土地の払い下げ申請を国に対して行なっているのであります。なぜ払い下げ申請をしたかというと、その払い下げ申請の趣旨は、まあ長々と述べておりますが、自分は参議院のために非常に努力して、この土地の確保に努力したのである。別にいまになって謝礼をほしいとは思わないが、ここに長く住まわせてもらった実績があるのだから、このうちの一部、自分の住んでいるところを、約四十坪を自分に払い下げてもらいたいと、そういう趣旨の払い下げ申請書を大蔵省、これは関東財務局ですが、そこに提出しました。ところが財務局のほうでは、それはもうこんなものは受け付けられないということで受理しませんでしたので、そのまま本人に返してしまったわけですが、そういったようなことがあって、当時の参議院側としては、まあ出てもらうかわりに何らかの形で志村氏の住んでいるところぐらいの払い下げは大蔵省のほうに頼み込めることができるならば、その仲介の労をとろうかぐらいのことを考えて、いろいろ大蔵省とも話し合いをしたのだろうと思います。そういうようなことで、ところがそれがなかなか簡単には認められませんですし、それやこれやで四十三年まで延びてきて、そうしてその段階ではこれ以上延ばすということは先行き計画上まずいので、とにかく志村の問題は、その住んでいるところを一応除外して、その他の面に合同宿舎をつくってもらおう。志村氏の住んでいるところは、とにかく合同宿舎の建設と並行して何らかの方法で解決していこう、そう考えていた矢先に志村のほうから訴えが出された、そういう関係です。
#120
○沢田実君 もう一ぺんお尋ねしますが、要するに、そこの土地に建物を建てて職員を住まわせたときの宿舎の管理は参議院が直接やっておったのか、志村にやらせておったのか、その辺はどうですか。
#121
○参事(前川清君) それは参議院の職員宿舎でありますから、当然管理は参議院のほうがやるべきでございます。で、だれに委嘱するかは別でございますが、ただ当時、志村氏はその土地を入手し、家をつくるについて非常に骨を折った。しかもその建物を建設するについては、いろいろな資材の購入から、いろいろな各方面への手続き、それらについても彼が尽力しましたので、そのため彼のほうから半ば買って出て、管理的な仕事を引き受けていた、そういう実情でございます。
#122
○二宮文造君 議事進行みたいなかっこうになりますが、何かいま裁判係属中なので、どうも答弁がはっきりしない。はっきりしない中でもわかることは、どうも管理に手落ちがあったということは、どうもお話の中に、金を払わずに契約したりしてずっときているということで、管理に手落ちがあったという感じがするのですが、この地図を見ますと、大体九百坪くらいの地図の中に、一方では四三・四六坪の分に対して、志村何がしの住宅が建っておった。それからその反対の方向に空手道場、上原何がしの空手道場の建物も建っておりますですね。三一・八六坪のところに。建物の面積が一七・六四坪ですか、これもやはり不法占拠のかっこうのまま残っているわけですね。現在そういう形になっている。
 それでもう一つは、三十八年ごろに職員が全部出ていったあと、この建物は取りこわしたのか、現在ここのその建物はどこが管理しているのか、そうして取りこわしていないとすれば、この元職員宿舎の古い建物の管理の状況といいますか、そこにはだれも住んでいないのかどうか、これは私もわかりませんので、その点もひとつあわせお伺いしたい。
 で、要するに管理が非常に不十分だということを感ずるわけです。それで大体弁天町といいますと、車で走れば五、六分です。そこに公務員宿舎が建てば、先ほど冒頭にお話があったようなことは、たいがい解決するはずです。それで、しかもここで約千坪という土地といいますと、坪五十万にしても五億円ですよ。ですからどうも事件の処理のしかた、管理のしかた、そういうものがずさんだというように思えてしかたがない。ですからいまの点をはっきりしていただいて次に進んでいただく、こうしたいと思うわけです。
#123
○参事(前川清君) まず第一点。志村某が四十数坪のところに住みついている。これはかなり前からでございまして、昭和二十三年に土地を購入した当時は、もうちょっと離れたところ、隣接したところに住んでおったわけでございますが、二十九年に国が買収しましたときには、志村某が当時住んでいましたところは国が買収しませんで、その部分を除外して、その残りを買収しました。その部分は民有地になったわけでございます。それで志村氏は、そこに住んでいたのは、当時その三十坪のところに、隣接したところに宿舎を建設するときの飯場がございまして、その飯場を改良して住みついていたわけでございます。それから約三十坪ほどの空手道場があるわけでございますが、これは昨年になりまして、昨年の春ごろですか、急に志村氏が何といいますか、一日でその空手道場をつくってしまったわけです。一日で空手道場と称するバラックをつくってしまった。参議院としてはそこに所在している管理人と申しますか、まだその宿舎に住んでいた者の連絡で、こちらも驚いて飛んで参りましたところ、志村の申すには、これはすぐ取りこわせるものであるから、自分たちは何というか、空手が好きなので空手をやるのにちょっとつくらしてもらったのだ。これはレクリェーション用につくったもので、金もうけのためにつくったものじゃないから、こわせと言われればすぐこわす。また、その程度のものだということを言っておったわけでございます。これに対してわれわれのほうとしては、こういうものを建てられては困るから、すぐこわしてもらいたい。ところが本人がなかなか応じませんで、たまたま本人から参議院を相手に訴えが提起されている段階でもありますので、こちら側からあらためて訴えを提起いたしまして、この不法占拠の空手道場は取りこわしてもらいたい、こういう裁判を請求いたしております。なお同時に仮処分にも付しております。
 それから、三十九年に大体弁天町に住んでいる職員の大部分はほかの宿舎に移しました。そしてこれを大蔵省に移管する、すなわち、取りこわして移管しよう、そう考えていたわけでございますが、その大蔵省との話し合いがすぐ片がつかないで、四十三年まで延びていたわけでございますが、その間に二、三の人間を志村がその建物の中に入れてまいりました。この入れた理由というのは、これはもうどうせこわす建物だから、こわすまでの間、自分の身内のものでどうしても困っている者がいるから使わしてくれ、そのかわり金は一文も取らないし、国側からこわすということがあればすぐ追い出すから――まあそれはわれわれのほうも当時は志村とけんかしていなかった時代でもあるわけですから、じゃ何とかそういう方法ですぐ出てもらうように確約してくれということで、ちょっと見のがしたわけでございます。ところがその後、彼のほうからそういう訴えが提起されましたので、私どもは彼の訴えの提起に応ずるとともに、昨年彼に対して反訴を提起いたしまして、志村が不法に使っている部分はもちろんのこと、彼が若干使用しているその宿舎内の部屋の使用も禁ずるという、部屋も明け渡せという反訴を提起しました。そして同時に、仮処分にも付したわけでございます。
 ただ、仮処分には付しましたものの、強力に彼らを追い出してしまうという強制執行は、いまのところとっておりません。これは一時その手も考えたのでございますが、何ぶん裁判官のほうで、いわゆる断行の仮処分を実施するにはその緊急性が非常に必要な場合に限る。すなわち緊急性というのはその断行の仮処分をして全部追い出してしまって、建物をこわしてしまったそのあとに、すぐ新しい合同宿舎を建てるという実施計画がはっきり示されるのであれば、これは強い強制執行がかけられるのであるが、それがそこまでまだ計画が立っていなければ、そういった強い強制執行はできないから、一応現状凍結の仮処分でいくよりしかたがない。そういう司法当局の意見がありましたので、それに従いまして、現在不法占拠している者に対しては、現状を絶対変更してはならないという、そういった趣旨の仮処分を実施している、そういう段階でございます。
#124
○沢田実君 前のほうはこれは推測しかしようがないということですから、いろいろわからない点がありますが、ここでやめておきます。
 それから最近のことを考えてみますと、いまもお話がありましたように、非常に管理が悪いわけです。この点については参議院としても大いに反省してもらわなければならぬと思いますが、過ぎたことをとやかく言ってもしようがありませんので、これだけの土地に対して一日も早く公務員宿舎を建設して有効に使っていくということが私は一番大事じゃないか。ですから、裁判を続けておりますと、まだ第一審ですから、第二審に行くとなると何年かかるかわかりません。十何年もほうってあるわけですから、一刻も早くそうしてもらいたい。いまの答弁によりますと、要するに、それを取りこわして、登記上は完全に国のものだから、そこに鉄筋十階建てのものを建てようと、何階建てのものを建てようと問題がないわけですから、裁判所のほうにお聞きしますと、要するに、大蔵省のほうですぐ建物を建てるということがなければだめだというのですけれども、そのことについては大蔵省の御意見はどうですか。
#125
○政府委員(小口芳彦君) 大蔵省といたしましては、公務員宿舎の用地はできる限り適地を確保いたしまして宿舎の充足をやっていきたいという考え方で、本地につきましても、できればこれを適切に利用いたしまして宿舎を建てて、そうして土地の有効利用をはかるということをしたいというふうに考えておりますが、何ぶんにも現在は係争中というような状態にもありますので、その辺は今後も参議院のほうともよく相談をいたしまして、究極的にはそこに公務員宿舎を建てて有効に利用するという趣旨のもとに、今後もいろいろ検討していきたいというふうに考えております。
#126
○事務総長(宮坂完孝君) だんだんのお話で、私たちといたしましても、この管理につきまして歴代係官――総長はじめ担当の部長、この点についてはおっしゃるとおりなことで、まことに申しわけなく存じております。しかし相手が四十坪も払い下げを申請しておきながら、なおあとで条件が変わってまいりますと、千坪の土地を全部自分のものだ、こういうような訴訟を出す相手でございますので、私たちといたしましては非常にもてあましているわけでございます。国家の財産を管理いたす立場としては、これはただ相手が悪いからどうのこうのということでは答弁になりませんから、大蔵省等とも十分緊密な連絡をとりまして、私が先ほど申し上げました訴訟で、天下の裁判で決定しようということで強くこれから主張していきたい、こう考えております。
#127
○沢田実君 最後ですが、大蔵省さん、いまのいろいろずっと説明を聞きましたのは、その土地の半分まで建物が建っているわけなんです。半分は国税庁の所管になっているのです。そういうわけですから、同じようにあいた半分の土地は国税庁でほっぽりぱなしになっているわけです、もったいない話ですけれども。ですから、話としてはこれから何とかしょうということですけれども、要するに取りこわしてしまえばすぐ建てるという財政上の裏づけさえあれば、それができるというのですよ。ところが大蔵省さんは裁判で何とかはっきりしろ、裁判がはっきりしたら何とか金を出してやろうということであれば、結局裁判がはっきりするまで三年かかるか五年かかるかわからないのです。それならば両方御相談願ってこれを取りこわせばすぐ建てるということならば裁判所の許可を得て取りこわして建てちゃう。完全に国が買った土地だ。いろいろ話を聞けばほうっておくのも非常にもったいない話だと私は思うのです。それ以上の事実が出て、それに対して何とかしなければならぬということであれば別途考えればいいのであって、千坪も遊ばしておくのは非常にもったいない。そういうわけですから、どうか前向きに解決できるように大蔵省としても努力願いたい。よろしく。
 以上で終わります。
#128
○委員長(森元治郎君) 十二時三十分から再開することにいたしまして、休憩いたします。
  午後零時八分休憩
     ―――――・―――――
  午後零時三十四分開会
  〔理事初村滝一郎君委員長席に着く〕
#129
○理事(初村滝一郎君) それでは委員会を再開いたします。
 昭和四十三年度決算外二件を議題とし、休憩前に引き続き質疑を行ないます。質疑のある方は順次御発言をお願いいたします。
#130
○和田静夫君 法務省関係と最高裁関係の幾つかの問題でお聞きをいたしますが、まず最初に、いま日弁連等でたいへん問題になっております長期勾留問題を中心として若干ただしたいと思います。
 刑事訴訟法の第九十一条は、勾留による拘禁が不当に長くなることを御存じのとおり禁止をしています。しかるに、最近の実例で調べてみますと、たとえば秋山勝行が昭和四十三年十一月七日に逮捕されて以来約一年十カ月の未決勾留を経て、やっと昨年の八月四日に控訴審で保釈許可、四十四年の三月十二日に逮捕された秋田明大が九カ月あまりの未決勾留の末、四十四年の十二月二十六日に保釈、東大事件の被告人のうちの七人が一年七カ月の勾留の後に昨年の八月六日に保釈許可、こういうようにただ驚くばかりの長期勾留を国民は見せつけられているわけです。こうした最近の状況と刑事訴訟法九十一条の関係をどのように一体理解を国民はしたらいいのか、説明をまずいただきたい。
#131
○国務大臣(植木庚子郎君) 法律の条文を対照しての御質問でございますから、私はその辺暗うございますので、まず政府委員に答弁させていただきたいと思います。
#132
○最高裁判所長官代理者(牧圭次君) 最近のいわゆる学生等を中心といたします集団事件について勾留が非常に長いのではなかろうかという御指摘だと存じますけれども、勾留の期間につきましては各事件事件によってそれぞれその事案の性質あるいは逃亡、証拠隠滅のおそれ等を勘案して、各裁判官が判断することでございますので、事案の内容によって、ある者については期間が一年というふうに及ぶ者もあるのが実情でございます。それらは、それぞれその事案に即しで判断しておることだと存じますので、特にそれによって法律に違反するということではないだろうと存じております。
  〔理事初村滝一郎君退席、委員長着席〕
#133
○和田静夫君 事案によって勾留が長くなるのは日常的なんですと答弁されました。日常的というのは一体何が日常的なんですか、戦後いわゆる解放後の日本において、それが日常的でなかったものが現在日常的である、そういうことにすぎないでしょう。
#134
○最高裁判所長官代理者(牧圭次君) 日常的ということを私申し上げた趣旨ではございませんで、各事案事案によってそれの証拠隠滅のおそれ、あるいは逃亡のおそれ等を判断して、中には長期になる者も現実にはおるということを申し上げたわけでございまして、最近の事件につきましては、ある事案が相当複雑な、あるいは内容の程度において著しいものもございまして、そういう者の中には勾留が長期にわたっている者もあるということでございまして、もちろん事案の内容によって早期に釈放されておる者もございますし、それぞれによって違う判断が下されておるのではなかろうかと存ずる次第であります。
#135
○和田静夫君 まあ、言うまでもなく、わが国の刑事訴訟法では起訴前の保釈が許されていない。この点についてスタンフォード大学のロースクールのハールバックという教授は、「このような制度、すなわちある人間を保釈の機会を与えることなしに二十日間も拘束することを許し、その間、検察官が捜査、取り調べを行なって、彼を起訴するかいなかを決定するという制度は、」まあ日本の制度はですね、「私どもにとってはいささかショッキングなものであります。」、こういうふうに述べているわけですね。アメリカの大学の教授は、保釈しないで二十日間も勾留しておける制度がショックであると、二日で言えば述べているわけです。こういう法意識こそ西欧諸国では、私は一般的であり、近代国家的感覚なんだと思うのです。確かに、刑事訴訟法の九十一条にいう拘禁が不当に長いかどうかというのは、これはすぐれて価値的概念でありますから、規定の運用上何日間を過ぎると不当に長いことになるかということについては、これは明確な基準を欠くのもやむを得ないと、いまの答弁からも思います。しかし、それも二十日間の勾留でさえ長いと思う。先ほど学者のことばを引用しましたがね、人権中心の近代的法意識を予定していてのことですがね。したがって、いまの答弁にもあったように、あなた方のように半年や一年をこえても何とも思わない、人権に対する無感覚というものを前提にした規定では九十一条の規定はないはずなんですね。そのことを私は、大臣、新任の大臣でいらしゃいますけれども、強調しておきたいと思うのです。
 ところで、昭和四十三年から四十四年にかけて学生の公安事件が増大をした。そうして昭和四十三年の秋の新宿事件を境にして、そうした事件での勾留率がにわかに高くなったわけですね。さらには保釈の判断基準が非常にきびしくなった。これはもう日弁連なんかで非常に問題になっていますね。保釈申請の却下率が異常に高くなってきた、こういうふうにいわれているわけです。これが学生の一いま学生のことを大体例にあげたわけですが、学生の公安事件に限っていません。この傾向というのは一般事件にも見られるようになってきていますし、弁護士の間では、解釈をめぐる情勢は一変した、こういうふうにいわれているのであります。ここは、一体、実際はどうですか、四十年以来四十五年までですね、保釈請求数、却下数、却下率、この推移を示してください。
#136
○最高裁判所長官代理者(牧圭次君) ただいまの数字の点でございますけれども、数字の点は、ただいま手元に資料を持ち合わせませんので的確な数字をお答えすることができにくいのでございますが、確かに、従前に比しまして保釈の数あるいは勾留の数というものがふえてきていると一−ことばがちょっと不穏当でございますが、勾留率が高くなり、あるいは保釈される率が低くなっているということは、傾向としてはうかがえるように思います。しかしながら、それに対して、反面、事件の内容というものが非常に過激化している、あるいは悪質化している、そういうようなこともございましてそういう数字が出たのであろうと存じまして、特に、それで裁判所の方針が変わったとか、そういうような趣旨ではございませんと思います。
#137
○和田静夫君 それじゃ、いま申しました、四十年から四十五年までの質問をしましたことですね、これは後ほど出してくれますか。
#138
○最高裁判所長官代理者(牧圭次君) お届けいたしたいと思います。
#139
○和田静夫君 却下理由のおもなものは何ですか。
#140
○最高裁判所長官代理者(牧圭次君) 証拠隠滅のおそれがあるということが一番中心であろうかと存じます。
#141
○和田静夫君 刑訴法八十九条四号。
#142
○最高裁判所長官代理者(牧圭次君) 御指摘の点だと思います。
#143
○和田静夫君 そこでお尋ねをいたしますが、裁判官はどういう基準をもって被告人が罪証隠滅すると疑うに足る理由があるかないかを判断するのですか。
#144
○最高裁判所長官代理者(牧圭次君) 罪証隠滅のおそれということにつきましては、もうこれは事案によりましてほんとに千差万別で、ございまして、特にこういうことがあればというような基準というようなものは考えにくいかと存じます。
#145
○和田静夫君 答弁が非常に抽象的ですからよくわかりませんが、もっと具体的に聞きますが、裁判官がそうした判断をする場合に、いろいろと調べられましょう、その材料は一体何ですか。
#146
○最高裁判所長官代理者(牧圭次君) 検察官のほうから送付されました捜査記録、あるいは裁判所が必要と認めて事実を調べましたその結果に基づいて判断するということになろうかと存じます。
#147
○和田静夫君 もともとこの材料は、言ってみれば捜査側の記録から判断する、こういうことでしょう。つまり私言いたいのは、勾留されるときも刑事訴訟法六十条の一項二号、罪証隠滅のおそれを理由にして勾留される。しかし、勾留が始まったときから保釈の申請が出されたときまでの間に罪証隠滅の蓋然性は小さくなっているかもしれない。しかるに、それを判断をするのに、いまも御答弁があったように、捜査側の記録をともあれもとにする、そうしてやらざるを得ない。被告人と参考人との捜査官への供述が食い違っているということに検察官が不安を感じて、それを何とかはっきりさせようという努力をするのは、それはむしろ当然でありますが、一定期間被告人を勾留をしたが、それに成功をしなかったということが罪証隠滅のおそれという名において保釈を拒否する正当性を一体持つだろうか、そのことを私は考えるのです。検察官というのは、そこを捜査の限界と感じて、次は弁護権の保障のために被告人を弁護側に引き渡すべく努力する、引き渡すのがあたりまえ、引き渡すべきであろう、そうした考え方に立って、私は、権利保釈の除外理由から罪証隠滅を削除すべきだということを常日ごろ思うのです。いかがですか。
#148
○最高裁判所長官代理者(牧圭次君) その点については立法の問題だと存ぜられますので、しかるべき機関のほうにお尋ねいただけたら幸いだと思います。
#149
○政府委員(辻辰三郎君) ただいま御指摘の、刑事訴訟法の規定しております権利保釈の除外理由から、「被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。」という、この条項を削除してはどうかという御意見で、ございますが、申し上げるまでもなく、この勾留と申しますのは、被告人の証拠隠滅を防ぐという一つの理由と、それから被告人の公判への出頭の確保をする、あるいはひいては将来の刑の執行の担保をするというような目的からこの勾留制度が認められておるわけでございます。この保釈と申し上げますのは、保釈は、その勾留の理由がなくなったと申しますか、一定の保証金を積むことによってこの罪証の隠滅防止と出頭の確保が身柄を拘束しなくてもできる、保証金をもってできるという場合にこの保釈が認められるということになっておるわけでございます。ところで、この罪証を隠滅するおそれがあるのに、なおこの保証金をもって保釈をするということは、やはりこの勾留制度あるいはそのうらはらになります保釈制度との関連において、やはり根本的に問題があるところでございます。やはり罪証隠滅のおそれがある場合におきましては、これは勾留を続けておく必要があるという意味におきまして、この条項を、権利保釈の除外理由として定められておりますものを取っ払ってしまえという御議論は、やはりなかなかむずかしい問題であろうと私ども考えておる次第でございます。
#150
○和田静夫君 それじゃ、少なくともこういうことは認められませんか。つまり六十条の段階ですね、この勾留のときにすでに罪証隠滅の蓋然性が要求されるとすれば、被疑者が控訴を提起されて、そうして八十九条の権利保釈の判断のときには、罪証隠滅を疑わせる相当な理由については六十条段階の判断時以上に厳格に解釈運用されるべきでしょう。その点はいかがです。
#151
○政府委員(辻辰三郎君) この起訴前の勾留と起訴後の勾留というものをどう考えるかという御議論に相なろうかと思うのでございます。本質といたしましては、この勾留というのは、先ほど申し上げましたように、結局、被告人または被疑者の罪証隠滅を防ぎ、あるいはその公判への出頭を確保するという制度でございますから、その限りにおきましては、起訴前であろうと起訴後であろうと勾留の本質には、本来の目的からいえば変わりはないものと思うのでございます。そこで、もちろんこの手続の進行に伴いまして、特に起訴前と起訴後におきましては手続の進行状態が違うわけでございますから、その場合その場合に応じてこの罪証隠滅のおそれが動いておる、あるいは出頭確保という問題についての懸念がやはり流動的になっているということに相なろうかと思うのでございまして、これは手続全体の関連においてやはりその度合いというものはおのずから違ってくる面もあろうかと思いますけれども、事柄の本質はやはり同じものであろうと考えておる次第でございます。
#152
○和田静夫君 そこで大臣、この項で最後にしますがね、いまのやりとりで、少なくとも八十九条第一項の第四号を、罪証を隠滅すると疑うに足りる十分な理由があるとき、と私は改正すべきだと思うのです。いまのやりとりでどうですか、大臣。
#153
○国務大臣(植木庚子郎君) 条文に即しましての正確な答弁になるかどうか、ちょっと疑問でございますが、御質問並びに答弁を承っておりまして感じますることは、やはりそれが相当の理由になるかどうか、勾留が長期にわたるとか、釈放を許す率が非常に減ってきていうというお話でございますが、これらはいずれも裁判所当局の御判断によって処理されておるのでございまして、従来より変った、勾留の率が多いとかあるいは釈放の率が少ないという問題は、私はこの地位につくまでにもうすうす新聞その他で承知したことがございます。しかし、これは公正なる裁判当局がそれぞれ処理をすることでございますので、私は従来よりそうした率等が変わっても、変わるべき理由がそれぞれの具体的のケースにあったから、それでやむを得ずそういうふうな現実の姿になっているのではないか、かように思うのであります。ことに、そうした問題につきまして、御承知のように、例におあげになりました近年の学生関係の紛争事件といいますか、暴力事件、これらは従来になかった新しい特殊の私はケースだと思います。こういうものがわれわれとしては一日も早く安静な状態になることを希望しておるのでございまして、できるならば、一般的にこういう問題についての反省も、当該当事者も十分考えてもらって、そうして裁判所当局が従来のようにむしろそんなに多くないあるいは少なくない状態が早くくることを私としては祈ってやまない気持ちで一ぱいでございます。
#154
○政府委員(辻辰三郎君) 権利保障の除外事由の一つとなっております刑事訴訟法八十九条の四号の「被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。」というのを、十分な理由があるときというふうに改正してはどうかという御意見でございますが、これは現段階においては、やはり十分な理由というふうにこれを定めることは適当ではないのじゃないかというふうに私ども事務当局は考えておる次第でございます。
#155
○和田静夫君 何で適当でないのですか。十分なというほうがぼくはやはり非常に妥当だと思うのですね、いまのような形になってきておると……。
#156
○政府委員(辻辰三郎君) これは先ほど申し上げましたように、本来、勾留というものは罪証隠滅を防ぐという制度でございます。で、それを一定の保証金というものを出すことによって解除するというのがこの保釈の制度なんでございますが、やはりこの十分と相当といいますのは、刑事訴訟法のほかの条文にもございますように、十分のほうが非常に強い理由ということになろうと思うのでございます。そこにはおのずから相当とは差があるわけでございますけれども、問題はやはり保釈と勾留との関係におきまして本質的な問題がからんでおるわけでございます。本来、罪証を隠滅するという理由があれば、これは保釈をせずに勾留というものを続けていくという必要性があるわけでございます。それを一定の場合には解除しようというのがこの保釈でございますから、これはやはり十分というような理由というところまでこれを制限していくということは、やはり勾留制度との関係においてなお十分検討しなければならない問題があると思うわけでございます。
#157
○和田静夫君 答弁了解できませんから、いま言われたように、これは検討されますか。
#158
○政府委員(辻辰三郎君) 私ども現在考えておりますのは、ただいま事務当局としては、これは相当を十分な理由に変えるという点には難点があろうかと思うわけでございます。しかしながら、最近におけるこの保釈の状況というものを十分平素から検討はいたしておりますけれども、そういう面を見ましてなお精査いたしてみまして、こういう検討をする必要があるかどうかという点については十分研究をさしていただきたいと考えております。
#159
○和田静夫君 大臣がいらっしゃる時間が短いから、大臣に先に質問さしていただきますが、けさの報道によりますと、大阪でまた警官による被告人出廷妨害が起こっております。こうした事実について一体どのようにお考えになりますか。
#160
○国務大臣(植木庚子郎君) 私としましては、まだ実はその新聞を読んでおりませんが、まことにいまのお話を承っても遺憾な事態だなと痛感いたします。
#161
○和田静夫君 これはまさに私は裁判権への侵害だと思うんです、警察側の。したがって、裁判官への侵害として警察庁に抗議をすべきだとまず思いますが、いかがですか。
#162
○国務大臣(植木庚子郎君) ただいまの警察に抗議云々のお話を承りますと、直接われわれのいわゆる守備範囲と申しますか、それではございませんし、やはり警察当局は当局としていろいろ感じ取っておられるだろうと、こう思います。
#163
○和田静夫君 最高裁判所どうですか。
#164
○最高裁判所長官代理者(牧圭次君) 新聞に報道されたことだけを承知しているわけでございまして、詳しい事実関係がわかりませんので、私どもも意見が述べにくいんでございますけれども、いわゆる法廷内で起こった事態ということではございませんので、問題はもっぱら警察の問題になろうかというふうに考えている次第でございます。
#165
○和田静夫君 たとえば被告を出廷のとき三十分間――報道の時間が正しいとすれば三十分間職質しているんでしょう、朝日新聞によれば。職務尋問しているわけでしょう。これはスムーズな裁判の運行にたいへん支障を来たしますね。そうして、こういう過程でもって警察がこういうことをやれる、そういう条件を持っていますか。もっぱら警察の問題であると答弁されておりますけれども……。
#166
○最高裁判所長官代理者(牧圭次君) いわゆる被告人が法廷に出頭するという事態を法廷に行かせまいという意図で職務質問をするなり、その他の警察活動が行なわれるということになれば、それはきわめて遺憾なことだと存じます。ただ、本件の場合については、その点の事実関係必ずしもつまびらかにいたしませんので、私としても十分な御意見を申し上げかねておるわけでございます。
#167
○和田静夫君 これは責任ある答えをもらわないといかぬと思うんですが、たとえば東京地裁なんかで学生裁判のときに若干の時間遅刻しただけでたいへんなことになったわけでしょう。こういう場合は警察官によって遅刻させられたわけだ。それでも裁判所側としては警察の側に対してものを言わないということにはならないんじゃないですか。何のために三権は分立しているんでしょうか。
#168
○最高裁判所長官代理者(牧圭次君) 公判廷にその結果遅延いたしまして保釈取り消しの事由になるかということでございますが、そういう点が判明いたしますれば、もちろんそれは出廷がおくれたことについて正当な理由がある場合ということになろうかと存じますので、その場合にそれが直ちに、公判廷に出ることがおくれたということだけをもって保釈取り消しの事由にはなり得ないかというふうに考えております。
#169
○和田静夫君 裁判に行く途中でこういうことがあって出廷がおくれると困ると被告が切々と訴えている、それに対して警察官は、遅刻しようが、あるいはしなかろうが、そんなことはわれわれの知ったことではない、関係ない、こういうような暴言まで吐いているわけでしょう。こういうことでもって一体、裁判の権威、裁判所の権威、それが維持されますか。
#170
○最高裁判所長官代理者(牧圭次君) 先ほども申し上げましたとおり、裁判に被告人が出頭するのを妨害する意図ということで何か行なわれるということになりますれば、それはきわめて遺憾なことだというふうに考えます。ただ、たとえば被告人が法廷に出頭する途中で何らか犯罪的な行為が行なわれて、それに対して警察が逮捕というような行為に及ぶということになれば裁判に影響を与えることは生じますけれども、それはいわゆる犯罪捜査の関係と法廷出頭との関係の調和として考えざるを得ませんので、それぞれ具体的な事情に応じて処置されなければならないかと存じます。これが、先ほど申し上げました出廷をさせまいとする意図をもってなされるとすればきわめて遺憾なことだという趣旨でございます。
#171
○和田静夫君 抽象的な論議をしているわけではないですよ。現実に起こっている問題について論議しているんです。出廷の途中で犯罪行為と疑われることが行なわれた、したがって取り調べるということはあり得る、そんなことをお聞きしているわけではない。この事件に照らしてそんな答弁は通用しない。この事件に照らして、一体、裁判所側は警察に対して一言の見解の発表もなかった、抗議もない、そんなことはないでしょう。あなたが前段でおっしゃった、たいへん遺憾なことでしょう。遺憾なことに該当すれば適当な処置をあなた方のほうでされるのがあたりまえじゃないですか。
#172
○最高裁判所長官代理者(牧圭次君) 新聞の報道によりますと、職務質問をされたということで時間におくれたということでございます。したがいまして、そのときに職務質問を行なったのが合法的であるか、あるいは妥当であったかという判断が一つあろうかと存じます。したがいまして、それらの事実関係等を詳しく調べませんと、本件について特に意図的に行なわれたのであるかどうかという判断はつきかねると思いますので、それらの事情を明らかにして裁判所としての態度をきめるべきであろうかというふうに存ずるわけでございます。
#173
○和田静夫君 それではその事情を明らかにしてもらいましょう。そうして問題は、その事情が明らかになって、先ほどあなたが後段で申されたような事情がなかったということになれば、被告が裁判を受ける、その権利に対する侵害が明確に存在する、そういうふうに私は思います。
 次に、ちょっとおさらいになるかもしれませんが、私疑点を持っておりますのでお尋ねをいたしますが、東京拘置所の移転問題これはかつて本院の決算委員会、それから前の国会では内閣委員会などで若干の論議があったのでありますが、ここに私は国と新都市開発センターとの国有財産売り払い及び購入契約書を持っておるわけです。四十二年二月二十七日付です、これの契約書では。昭和四十二年二月二十七日付でよろしいんですか。
#174
○政府委員(伊藤榮樹君) ただいまの御質問は、国が、現在東京拘置所が使用しておりますところの土地、建物を渡し財産といたしまして、株式会社新都市開発センターにこれを売り渡しまして、その代替といたしまして黒羽刑務所ほか五つの刑務所を取得いたします。その取得及び売り払いに関する契約についてのお尋ねかと存じます。
 ただいま御指摘になりました四十二年二月二十七日という日付の契約がございます。これは原初契約で、その後一回契約内容が変更されております。
#175
○和田静夫君 そうしますと、いわゆる四十二年二月二十七日の契約書の中に書かれている購入物件のうちで、いま言われた青梅の分が御破算になって黒羽になった、そこで青梅の分を黒羽に書きかえた新しい契約書ですね、それは何年何月何日ですか。
#176
○政府委員(伊藤榮樹君) ただいま申し上げましたように、四十二年二月二十七日付の契約書をもちまして、東京拘置所の建物並びにその敷地の大部分を渡し財産として、また、当時は東京都下青梅市に建設を予定されておりました仮称多摩刑務所及び現在の小菅刑務所のあります地点に建設を予定いたしました新東京拘置所ほか四つの施設、合計六つの行刑施設を取得する契約をしたわけでございます。しかしながら、その後、青梅市の地元の反対運動等がございました関係上、多摩刑務所の建設が実現不可能となりました。したがいまして、これにかわります刑務所といたしまして栃木県黒羽町に適地を見つけまして、そこに黒羽刑務所、かつては下野刑務所という仮称で呼んだ時代もございますが、これの建設をいたす。すなわち、当初計画した六つの刑務所の取得の中の一つを青梅から黒羽に切りかえるという契約をしたわけでございます。その契約の日付が昭和四十四年七月三十一日でございます。
#177
○和田静夫君 その契約書はございますな
#178
○政府委員(伊藤榮樹君) 当然ございます。
#179
○和田静夫君 それ量その契約書を資料としてあとでください。
#180
○政府委員(伊藤榮樹君) 契約書の写しを差し上げます。
#181
○和田静夫君 そうしますと、東京拘置所の移転をめぐる国薪都市開発センターとの契約というのは、結果的に四十四年の七月三十一日、これは確認できますね。
#182
○政府委員(伊藤榮樹君) 短い時間で御説明を申し上げますので、多少はしょったような言い方になりますので、御理解をそこなうおそれがあることを危惧しておりま.が、先ほど申しますよう に、東京拘置所の建物、土地と、それから六つの行刑施設とのいわば売り払い、取得、現実的な評価で言いますと交換のような契約を結んだわけでございますが、これを結びますにつきましては、東京拘置所の建物、土地を六つの部分に切りまして、そのAの部分からBの部分、Cの部分、かりに名前をつけますと、Aの部分と多摩刑務所、Bの部分と東京拘置所、Cの部分と川越少年刑務所、こういうぐあいに切りまして契約をしております。平たく申し上げますと、六つの契約を一つの契約書でしたようなことになっております。ただいまの例で申しますと、Aの部分を四十四年七月三十一日に変更をいたしたわけでございます。したがって、Aの部分につきましては四十四年七月三十一日付の契約が生きております。B以下の部分につきましては、先ほど御指摘の四十二年二月二十七日の契約に基づいて行なうわけでございます。
#183
○和田静夫君 ぼくはそこが非常に疑問なんです。いいですか。大蔵省の国有財産局が出しております国有財産事務総覧、「交換財産の評価」、この「土地」の項ですね、「土地の価額は、契約日を某一準時点とした評価額による。この場合において契約日前の時点において評価し、時点修正を必要とするときは、評価時において判明している日本不動産研究所の土地価格推移指数により時点修正を行なう。なお、評価時点から契約日までの期間が長期にわたらないよう、とくに留意するものとされており、この期間が六か月をこえる場合はあらためて評価を行なう。」となっている。法務大臣、大蔵省の有能な官僚であったわけですが、こうなっているわけです。そうすると、これは評価がえされましたね。
#184
○政府委員(伊藤榮樹君) 先ほど例に出しましたので、そのことばを使わさしていただきますと、Aの部分について評価がえをいたしております。B以下の部分につきましては評価がえをいたしておりません。その理由は、先ほど申しましたように、六つの契約を一本の契約書でつくった形でやっておりますために、一例をあげますと、六つの中の一つでございます岡山刑務所につきましては、四十四年七月三十一日の再評価に基づく契約がえの時点におきましては、すでに完成いたしまして、引き渡しをすでに国が受けております。それに見合います東京拘置所の敷地の部分も、所有権がすでに相手方に移っております。旭川刑務所関係も同様でございます。そのように黒羽刑務所及びこれに対応する東京拘置所の部分を除きました部分につきましては、すでに――例が悪うございますが、すでに工事を、列車にたとえますと、列車が出発をしておりまして終着駅に着いたものもあれば、大体目的地の近くまで走っているものもある。結局、四十四年度におきまして新たに国庫債務負担行為の承認をお願いいたしまして契約をし直します際に対して、再評価の可能のものについては、ただいま申しますように再評価をして契約をし直したわけでございます。
#185
○和田静夫君 たとえば六分の一なら六分一としましよう。Bがいま言われた岡山とします。そうすると、岡山と東京Bとの契約書はありますか。
#186
○政府委員(伊藤榮樹君) 和田委員のお手元にございます刑務所をごらんいただきますと、岡山の刑務所に見合うただいまの御指摘によりまするとBの部分が別表で明らかにされております。
#187
○和田静夫君 したがって、東京拘置所の部分についてAの部分、いま仮説のAの部分がずっとおくれておりますが、Aの部分を含んだところの新都市開発センターにおける開発は進んでおりますね。
#188
○政府委員(伊藤榮樹君) さようでございます。なお、つけ加えますと、Aの部分には地上建物がすべて含まれております。
#189
○和田静夫君 ですね。そうしますと、四十二年二月二十七日現在の契約に基づいて――その当時は、Aは青梅に該当します。それに基づいて計画が進んでいる。ところが、そのAの部分は、青梅の住民闘争によって御破算になった、そして黒羽に移らなければならない。そうなってくれば、そのときはまだ法務省のものでしょう、そこに新都市開発センターなるものが、いわゆる計画を進める、そういう不合理が生ますね。これは現実に生まれている、それは違法性を持ちませんか。
#190
○政府委員(伊藤榮樹君) 国有財産を払い下げるわけでございますから、払い下げを受ける相手方を十分吟味しますのはもちろんでございますが、国有財産法に基づきます条件を付しております。その条件を付します際に、新都市開発センターが現在の東京拘置所のあと地に種々の公共事業を行なうということを十分吟味してやっております。したがいまして、同会社におきましては、その公共事業を含めたセンターとしての事業計画を並行して行なってきておるわけでございます。
#191
○和田静夫君 私の質問に答えてください。
#192
○政府委員(伊藤榮樹君) 質問の御趣旨を私が取り違えておるとしますればたいへん失礼でございますが、もう一度おっしゃってください。
#193
○和田静夫君 Aの部分というのは――新都市開発センターによって計画が進んでいるときには、Aの部分は青梅の部分ですか、この部分は契約が結局成立してないわけでしょう、契約が成立してないのです。そこの部分について、言ってみればその国有財産について計画が進むということは違法性を持ちませんかと言うのです。
#194
○政府委員(伊藤榮樹君) 御質問の御趣旨はわかりました。御指摘のAの部分は、四十四年七月三十一日以前の、すなわち例をあげますと、四十四年七月三十日には、四十二年二月二十七日付の契約書の対象になっておりますので、センターとしてはその契約書に基づいて考えておったと思います。四十四年七月三十一日に今度は取得財産を切りかえましたけれども、センターとしては取得財産――国に渡します財産が変わっただけで、受け取る財産が変わったわけでは、ございませんので、同じような考えで一貫して研究しておったと思います。
#195
○和田静夫君 私の時間があと十分しかありませんからあれですが、四十三年九月三十日の参議院の決算委員会の議事録によりますと、説明員の辻辰三郎君は、「本来青梅に見合う分の池袋の財産につきましては、新たに再評価をしていただくということで、財政当局に目下折衝中でございます。」と、こう言っている。これは再評価できたわけですか。
  〔委員長退席、理事和田鶴一君着席〕
#196
○政府委員(伊藤榮樹君) お説のとおり、当時の辻官房長がお答えした時点以来、鋭意再評価をお願いしまして、再評価ができたところで契約をしたわけでございまして、再評価の結果、国が前の契約より、ことばは悪うございますが、いささかもうかることになりまして、差金として六億五千七百万円新都市開発センターからもらうことになっております。
#197
○和田静夫君 そこで、四十五年十二月十日の参議院の内閣委員会で、あなたは、「東京拘置所の処分によって得られます金額の約五十三億、これに大体近い額の建物をちょうだいし、その差額が約六億六千万円でございます。これを現金で相手方から国庫へ納付していただく、こういう決済になっております。」、そうすると、約六億六千万円ですね、いま言われた六億五千七百万円、この出てくる明細は示されますか。
#198
○政府委員(伊藤榮樹君) ここでお答えしてもよろしゅうございますし、後ほど資料にして差し上げてもよろしゅうございます。ここで申し上げたほうがよければ申し上げます。
#199
○和田静夫君 それではその資料をいただきまして、もちろん、これは普通財産の売り払い評価基準に基づいてでしょうが、青梅に見合う分の池袋の財産評価についてのいまの資料と、黒羽の土地の評価についての資料、これを一緒にいただきたいと思います。どうですか。
#200
○政府委員(伊藤榮樹君) 六億五千七百万円の差額の出ました計算書は後ほどお届けいたします。
 それから、そのもとになりました、先ほど来の例でいいますと、Aの部分の評価に関する計算方式、それから黒羽の計算方式につきましては、所管省でございます大蔵省と相談をいたしまして、なるべくお届けするようにいたします。
#201
○和田静夫君 ここで私の、一応、大臣のいる間の質問を終わるといたします。あと引き続きますから……。
#202
○理事(和田鶴一君) 速記をとめて。
   〔速記中止〕
#203
○理事(和田鶴一君) 速記を起こして。
#204
○二宮文造君 私きょう死刑の廃止の問題でお伺いをしたいと思うんですが、もちろん法律的にはしろうとです、ですから、法理論なんかを展開するつもりは毛頭ありません。ただ、政策論としてしろうとにわかりやすいように御説明をいただきたい、これをまず最初にお願いをしておきます。御承知のように昭和三十八年の五月、法制審議会に対しまして法務大臣から刑法の全面改正に対する諮問がございました。申すまでもなく、制定後すでに現行刑法は五十四年もたっている。表現とか内容とかいうものを、今日の社会情勢だとか国民感情、あるいはその後に憲法その他法律制度が変わってまいりましたし、また内外における刑法の理論だとかあるいはまた刑事政策上の変化、発展というものもあった、そういうものをかみ合わして現代の要請に適合したものにしたいと、こういう法務大臣の内容のようであります。そして、その刑法の全面改正に関する諮問を出しまして、末尾に、可能ならば三年程度の期限のうちに成果が得られるように期待する、こういうふうな諮問の発し方をしておりますが、さて、その諮問を受けて法制審議会で今日までどのような経過をたどってきたか、概略でけっこうでございます。
#205
○国務大臣(植木庚子郎君) 政府委員をして答弁させていただきます。
#206
○政府委員(辻辰三郎君) ただいま御指摘のとおり、昭和三十八年五月二十日に、法務大臣から法制審議会に対し、刑法に全面的改正を加える必要があるか、あるとすればその要綱を示されたい旨の諮問が行なわれております。
 その後、この諮問を受けました法制審議会におきましては、特に刑事法特別部会というものを設けまして、その特別部会においてこの調査審議に当たらせることにいたしたわけでございます。何ぶん刑法の全面改正でございますので、この刑事法特別部会がさらにその下に五つの小委員会を設けまして、それぞれ担当部分を定めまして小委員会において討議をし、必要のつどそれをまた部会に上げて部会全体で討議をする方式で今日に至っておるわけでございます。
 そこで、この小委員会は、現在までに、実に各小委員会とも百四十回前後開催をいたしております。部会のほうもそのつど開いておるわけでございまして、おおむね現在大体事務的な検討の終末段階になっておるわけでございまして、早ければ本年末には刑事法特別部会としての結論が出るという段階に立ち至っております。
#207
○二宮文造君 それは部会ですか、審議会ですか。
#208
○政府委員(辻辰三郎君) 法制審議会の刑事法特別部会というところで刑法の全面改正の審議をいたしておりまして、その部会で意見がまとまりますと、いわゆる法制審議会の総会と申しますか、法制審議会のほうにもう一度これを上げていくという段取りになっておるわけでございます。
#209
○二宮文造君 大臣、国会のたびに刑法の改正案というものがいつ提出されるだろうかということでいつも問題になるわけでございますが、今後の見通しはどうですか。法案として国会にその改正案を提出できる見通しというのは一体どこに置いていらっしゃるか。これは大臣からお伺いしたいと思います。
#210
○国務大臣(植木庚子郎君) 着任早々でございまして、一応の説明は聞きましたが、何年かかるかたとえば来年くらいとか再来年とかというその時期については、だいぶ具体的な問題でございますから、事務当局も、なお審議会での審議にどれくらいかかるかという問題も心配しておりましょうし、そのために用心しているのだろうと思いますが、私に、まだ、二年先ぐらいには何とかなるでしょうという答えすらも何にも言っておりません。だが、一生懸命にできるだけ急ごうじゃないかというようなことは申しておりました。
#211
○二宮文造君 そこで、いま小委員会のお話がございましたが、第二小委員会ですね、刑罰体系の部分を担当されている第二小委員会で、今日までに死刑という問題をどういう形で論じられてきたのか、これも概略でけっこうです。
#212
○政府委員(辻辰三郎君) もとよりこの死刑の問題につきましては、小委員会でも十分の検討をいたしたわけでございます。さらに、この刑事法特別部会においてもこの問題を検討いたしております。
#213
○二宮文造君 それで、外国では一体その死刑の問題はどうでしょうか。イギリスでは一九六九年十二月十六日の下院、それから同じく十八日の上院で死刑廃止をきめてしまった。で、書いたものによりますと、西欧諸国で死刑制度を保有するのは、先進国ではフランスとスペインと、こういうふうにもいわれる部分があるんですが、諸外国の例は、これも概略でけっこうです。
#214
○政府委員(辻辰三郎君) 諸外国におきます死刑の存否の問題でございます。ただいま御指摘のとおり、イギリスにおきましては、一九六九年の十二月に、そのとき、暫定的に五年間は殺人については死刑を廃止するというその五年間の法律の期限がきておったわけでございますが、この五年間の期限つきの法律を恒久法にするという旨のイギリスの上下両院の議決があったわけでございまして、イギリスに関しましては、殺人に関してはこの一九六九年の十二月の議会の決定によりまして死刑が廃止されたことになっております。しかしながら、このイギリスにおきましても、これは殺人に基づく刑としての死刑の廃止でございまして、なお、私ども承知いたしております限りにおきましては、イギリスにおきましても、反逆罪であるとか、海賊法であるとか、そういうものには死刑が規定されておるわけでございます。これについては死刑が残っておるというふうに私どもは承知をいたしております。
 それから、イギリスのほかの諸外国の死刑の存廃の状況はどうであるかという点でございますが、世界的に見まして、やはり死刑を存置しておる国がたいへん多いということが言えると思います。死刑を廃止しておるところもございますけれども、ただいまの御指摘との関連において申し上げますと、死刑を廃止しておる先進国と申しますか、文明国のおもなものとしては、オーストリア、それからドイツ連邦共和国というようなところが死刑を廃止いたしておるようでございますが、全般的に見まして、先進国におきましても死刑を存置しておる国がたいへん多いという状況になっております。
#215
○二宮文造君 私も寡聞にしてよく知らないんですが、何か軍事裁判的なもので死刑は存置しているけれども、一般の犯罪といいますかね、そういうものについては死刑を執行しないというふうな国が多いように私は聞いておったわけです。その辺のことは、それは
  〔理事和田鶴一君退席、委員長着席〕
それとして、第二小委員会の参考案、第一次案というものを拝見しますと、刑の種類に死刑を残している分と、それから別案として死刑をのけたもの、この二案が参考案として提示されているようです。
 それから四十五年二月二日ないし三日に開かれました法制審議会の刑事法特別部会、たしか第二十回目の全体会議でしょうが、そこでは全体の意見として死刑の存続の意見をきめたと、取りきめたと、これはこういうふうに伝えられておりますけれども、この全体会議で死刑は存続すべきであると、こういう意見を取りきめたことが死刑問題に関する法制審議会への部会の報告といいますか、になるんでしょうか。
#216
○政府委員(辻辰三郎君) この刑法全面改正を審議いたしております刑事法特別部会が、最後に、刑法全面改正の意見を法制審議会のいわゆる総会に一括して答申することになろうと思います。その中で、当然この死刑の問題についても意見を述べることになろうと思います。
#217
○二宮文造君 ただ、その際に、だれそれということじゃありませんけれども、その会議のニュアンスとして、存置する、存置はするけれども、廃止の方向でやっぱり考えるべきだというふうな御意見もあわせ述べられていると、こういうふうに私は理解しているのですが、そういう意見もあったんですか。
#218
○政府委員(辻辰三郎君) 法制審議会の議論の詳細をここで申し上げることは差し控えたいと存ずるのでございますけれども、私が承知いたしておりますのは、先ほど御指摘のとおり、昨年二月の法制審議会の刑事法特別部会におきましては、死刑をやはり改正刑法においても存続すべしという意見が非常に多かったというふうに理解をいたしております。
#219
○二宮文造君 ただ、いま私が申し上げましたように、存続という意見は多かったけれども、しかしまた、これは存置する、存続すべきではあるけれども、漸次廃止の方向に向かって考えるべきだというふうな意見もあったと、こう私は聞いております。それで、その意見のあらわれとして、折衷案みたいに、死刑の執行延期規定案というようなものがその全体会議でも、あるいはそれまでの部会でもたびたび論議をされたと、こういうふうに聞いておりますが、この死刑執行延期規定案というものの考え方ですね、この概要をちょっとお伺いしたいと思います。
#220
○政府委員(辻辰三郎君) これは死刑の執行延期というものの考え方でございますが、これは死刑に処せられました者の死刑確定後の状況を見てまいりまして、その後の確認といいますか、まあ判決確定後の状況を見まして、もし一定の期間、五年なら五年という期間の状況を見てまいりまして、その段階で死刑を執行する必要がないというふうに認められる場合には、これを減刑して自由刑に持っていくという考え方であろうと思うのでございますが、この考え方は現在刑事法特別部会におきましても何ら決定がまだなされていないわけでございます。一つの議論として出てきたものと私は理解をいたしておるわけでございます。
#221
○二宮文造君 おっしゃるとおりの趣旨だと私どもも理解しております。決定案ということで考えてお伺いしているわけではありません。たとえば裁判所が死刑を言い渡す場合に、死刑の執行を留保するに相当の情状があるときは五年間執行を延期する、こういうふうに言い渡す、こういう考え方。それから、その延期された者はその後、刑務所ですか、刑務所に収容して矯正される。それからまた延期期間が経過したときには、社会情勢や情状や、あるいは被害者の遺族の気持ちなどを考えて、裁判所は、死刑執行審査委員会の意見を聞いた上で、無期懲役にするとか、あるいはまた禁錮刑に変更する、こういう考え方。さらにまた、死刑判決確定後二十年たてば仮出獄の機会もある、こういうふうな考え方等が随時、どなたということじゃなくて、いろいろ述べられた。もちろんそれに対していろいろ反論もあったと伺っておりますが、大体その死刑執行延期規定案というものはそういう形で論ぜられてきた、大体いま言ったような内容で論ぜられてきた。これはまあアイエンジーですから、まだこれからも論ぜられると思うのですが、そういうふうに理解してよろしゅうございますか。
#222
○政府委員(辻辰三郎君) 先ほど申し上げましたように、昨年の二月の刑事法特別部会におきまして、死刑を存置するということは、これは部会としては決定をいたしたというふうに承知をいたしておりますが、ただいま御指摘の死刑の執行延期制度と申しますか、そういうものが一つの考え方として議論をされた段階もある、こういうのが現状でございます。
#223
○二宮文造君 しかし、この考え方は、当然、部会の結論なり法制審議会への持ち込みなりの、これもそういうことを考える必要がない、結論がついたわけじゃなくて、このまま議論は今後も展開される、こういう状況にあるわけでしょう。
#224
○政府委員(辻辰三郎君) この考え方についての法制審議会の刑事法特別部会としての決定は出ておりません。
#225
○二宮文造君 そこで私、具体的にお伺いをしたいんですが、あまりにも古くて、あまりにも今日的な問題になっております、あの例の帝銀事件の平沢貞通のことでございますが、この人の生年月日はいつだったでしょうか。
#226
○政府委員(辻辰三郎君) 平沢確定囚の生年月日はいま資料を持ってまいりませんでしたけれども、現在七十歳をこえておることは事実でございます。
#227
○二宮文造君 あ、いま届いたようですね、資料が。
#228
○政府委員(辻辰三郎君) 生年月日は明治二十五年二月十八日でございます。
#229
○二宮文造君 そうすると七十九歳をこえたと思うんですが、そうですね。――七十歳をこえたんじゃなくて、もう八十歳です。七十九歳をこえたところですから、非常に老齢であるということ。それから、もうこれはあまりにも有名な事件で、いまさらその概要を聞くのはおそまつなんですが、人身事故ですね、昭和二十三年一月二十六日、この事件のときに犯行でなくなった方、いわゆる人身事故は、死者が何名か、それだけちょっとお伺いしたいのですが……。
#230
○政府委員(辻辰三郎君) 死者十二名、負傷者四名でございます。
#231
○二宮文造君 その負傷者四名はその後、後遺症はございませんですか。全快して、後遺症はないですか。
#232
○政府委員(辻辰三郎君) その点は現在つまびらかにいたしておりません。
#233
○二宮文造君 そこで事件が、犯行が昭和二十三年一月二十六日。いま伺いますと、死者十二名を数え、負傷者四名を数えた、こういう悲惨な事件でございます。
 それから、検挙から裁判の確定まで概略どういう――日付を追って、その経過を明らかにしていただきたい、こまかい説明はけっこうですから。
#234
○政府委員(辻辰三郎君) 裁判の経過でございますが、昭和二十五年の七月に東京地裁で死刑の判決がございました。それから昭和二十六年の九月に東京高裁で死刑の判決がございました。で、昭和三十年の四月に最高裁で上告棄却の判決がございまして、この死刑判決は昭和三十年の五月七日に確定をいたしております。
#235
○二宮文造君 検挙から裁判までの経過がいま飛んだのですが、私のいただいた記録では、昭和二十三年八月二十一日に小樽市で逮捕、同九月一日詐欺で起訴、それから同十月二十一日強盗殺人罪で追起訴と、こういうことになって、おっしゃるとおり、三十年の五月七日死刑が確定をした、こうなっております。
 そこで、二十五年七月二十四日に東京地裁で死刑の判決を受けたときの罪名は何でしょうか。
#236
○政府委員(辻辰三郎君) 罪名は強盗殺人、同未遂、殺人予備、強盗予備、私文書偽造、偽造私文書行使、詐欺、詐欺未遂、以上でございます。
#237
○二宮文造君 それから、三十年の四月六日、最高裁で上告を棄却したと、このときはたしか大法廷ですか、裁判官の評決はどうだったんでしょうか。
#238
○政府委員(辻辰三郎君) その点、いま調べてまいりませんでしたが、すぐに調べて御報告いたします。
#239
○二宮文造君 そこで、三十年の五月七日死刑が確定をしたと、引き続いて三十年の六月二十二日から四十三年四月二十日までの間に合計十三件の再審請求がなされた。その間ずっとこの再審請求が審理をされて、もちろん執行されなかったわけですが、こういう十三件の請求があって、最後の請求に対して四十四年七月十九日に棄却を決定した、こういう記録になっておりますが、十三件に及ぶ再審請求の本人の申し立てというのは一体どういうところにあったのでしょう。
#240
○政府委員(辻辰三郎君) これは、ただいま御指摘のとおり、昭和三十年の六月から昭和四十三年四月に至りますまで本人から十三回の再審の申し立てが出ておるわけでございます。それぞれこの詳しい事情はいまここで取りまとめて言う――非常に詳しくなるのでございますけれども、結局、無実を主張するわけでございます。
#241
○二宮文造君 私の、ここに非常に古い記録で、もはやこれ貴重品じゃないかと思うのですけれども、昭和三十年十二月十四日に東京高等裁判所書記官の近藤隆藏という方に出された再審請求、それは非常にこまかい――こんなにたんねんに、本人も一生懸命なんでしょう、書いたその記録を私読ましていただきまして、決して私は最高裁の判決が間違っているとか、裁判所がどうだとかということを、意見を申し上げるつもりは毛頭ない。ただ、本人の立場だけであらまし理解をしてみますと、この再審請求の終始一貫貫いておりますことは、平沢が言うには、これは犯罪はなかったんだ――自分に関してですよ。無犯罪、それから無自白、無証拠だと、それに該当するもの、もし、それの反証があるんなら言ってくれと、裁判の法廷では、私は、これは主張してきた。そして、向こうからあげる証拠もいろいろ言ったけれども、全部それは取り上げられなかった。青酸カリの問題にしても、私の身辺から何にもないじゃないか。身につけているものから何にも出なかったという公の証拠があるじゃないか。こういう具体的な検事の調書の作成の段階から始まりまして、法廷のありのままの模様、証人に対して平沢のほうから詰問している、そのときに検察側の証人がしどろもどろしているというそういう風景まで書いて、本人にしてみれば死刑が執行されるかどうかというたいへんなことですから、これは懸命になって書いたと思うのですが、私の心にとまりましたのは、この本人が言う限りにおいて無自白あるいは無証拠というこういうふうな状態で、しかも、身をもって苦を脱し、命をもって潔白を立証するというふうな、そういう文章も随所に出てまいるわけです。こういうふうな本人の積極的な再審への心組み、これがやはり法務省当局を動かして、十何年にわたってたんねんに膨大な記録を何人もの人が読み、十三回にわたる再審請求を十何年もかけて検討された、それに報いるような形で懸命に再審をされたということも、私、理解いたします。しかし、まあ結果として四十四年七月十九日、再審請求を始めて満十四年にして初めて再審が棄却されてしまった、こういう状況に、四十四年七月十九日に彼としては追い込まれた。さて、続いて、再審請求が棄却になって、その後残っているのは恩赦の出願、これが二回にわたって恩赦の出願が本人から出されている、これはどうでしょうか。この恩赦の出願の趣旨というのは、本人の申し立てばどういうふうになるんでしょうか。
#242
○政府委員(辻辰三郎君) 恩赦につきましては、昭和三十七年十二月六日に出願いたしたのが一つございます。これにつきましては、昭和三十八年五月十八日に不相当の議決がなされておるわけでございます。それから、第二回目の恩赦の出願といたしまして、昭和三十八年の十二月に出願がなされておるわけでございますが、これについては現在審議中ということになっておるわけでございます。これは私どもの所管じゃございませんが、この理由は、やはり冤罪を理由とする特赦の出願というふうに承知をいたしております。
#243
○二宮文造君 大臣、約束の時間がなくなってきたんですが、どうでしょうね、昭和二十三年の八月に逮捕されて、そして七年後に死刑が確定した、そして今日に及ぶまで再審請求、恩赦の出願がなされてきて、これが不幸にして彼の思うとおりにはなってない。現在、三十八年十二月二十日に出願した恩赦の申請に、ただ一つ彼としてはいま希望をつないでいるわけです。しかし、これは私どもしろうと目に考えて、普通殺人をやっても、犯人が逃亡してしまってつかまらなかったということになりますと、あれ十五年ですか、十五年たつと時効になるんですね。この平沢の場合は、事件発生後何と二十三年を経過しているわけです。逮捕後満二十三年にわたって拘置生活を続けている。冒頭にお伺いしたように、七十九歳、そしてまた、いろいろ話によりますと、精神鑑定を受けさせる、あるいはからだも老齢ですから健康状態も非常に心配な場合もあったというふうなことも伝えられておりますが、この平沢の場合ですね、いまさら死刑が確定した既決囚であるというふうな観点よりも、本人は相変わらず無実を主張しているんですし、それと裁判は確定していると、これはもう対立したまま何と弁護士も三人か四人が死んだというのでしょう。本人が死なないうちに弁護士も死んじゃった。そうして、また代がわりして記録を調べている。また、中央更生保護審査会――いま恩赦の出願を審査中である中央更生保護審査会でも、おそらく、三十八年から受けて今日まで八年間経過しているわけですから、やっぱり委員がたびたび交代されて、そのたんびに膨大な記録を調査してやられていると思うんです。そういうふうなことを考えますと、普通逃亡犯人の場合は時効も成立しているんだ、また老齢だ、健康状態も考えるというようなことで、先ほどの執行延期規定案、こういうふうなことが考えられている今日の段階、議論されている今日の段階で、二十三年間まるまる拘置生活を続けている平沢という者の取り扱いですね、これは大臣どうでしょうか。罪は罪です、もう確定しているんですから、しかも言われたとおり、十二人殺したとなっているんですからね。罪状としては全然それは許さるべきものじゃない。ですけれども、本人の心証にはそれはないわけですよね。ですけれども、確定した、ずっと二十三年拘置生活を続けている、こういう場合、もうやはり人間の命というものは何ものにもかえがたいですし、死刑は廃止すべきであるという議論もなされている今日、こういう長い経過をたどってきた平沢貞通の取り扱いというものは、これはやっぱり特殊なケースとして考慮すべきではないかと思うんですが、大臣のお考えはどうでしょうか。
#244
○国務大臣(植木庚子郎君) お答え申し上げます。
 失ほどから、るる、いろいろ死刑廃止の問題とか、その他世界各国における趨勢とか、質問に託して教えていただいたのでございますが、お話を承っていますと、この平沢の場合には、個人的な私情においては私も非常に気の毒だな、何か制度があるならば、救えるものならば救ってあげたいものだという気持ちがいたしますけれども、しかし、現行の制度の上では、御承知のとおり、いま恩赦の審議をしておるそうでございますが、中央更生保護審査会ですか、そこで、いわゆる扱うべき場所で扱ってみて、そうしていろいろと、それはただ単に人情論、私情だけじゃなしに、彼の恩赦で要望している内容、さらに、この確定裁判が出るまでのいろいろな証拠、裁判ではやはり証拠によってやっていたんですが、その証拠が確実であったかなかったか、あるいはこの証拠ではたしてよかったかどうかということなんかもやはり恩赦の場合は私は審議するものじゃあるまいか、こう思うんであります。ですから、現行制度の上で、中央更生保護審査会で十分――ことに確定後の長い間のことを考えて、それも参照して、そうしてやはりそこで適当な決定案を出すべきものじゃなかろうか、こう思います。非常にむごいとお感じになるかもしれませんが、法務省の大事な、法の厳正なる執行、制度の公正なる執行というものを任務としております、重大な責任を持っておりますので、私としてはさようなお答えで御了解を願いたいと思う次第でございます。
#245
○二宮文造君 大臣の答弁とすれば、もうそれまでだろうと思います。ただ私は、そういう刑法の全面改正が議論をされている、しかも、死刑は存置するけれども、しかしまた誤判という問題もある。あやまって判決をした場合もある、そうすると、これは現行制度のように確定後六ケ月たてば執行するというような、そういう規定のままだと、どうも誤判の問題が出てくると忍びないじゃないか、人道上の問題もあるじゃないかというので、執行延期を規定しようじゃないかという議論さえもやられている。しかも、その一つの項目に、判決の確定後二十年たてば仮出獄の機会もあるようなことも考えたらどうだろうかと、こういう意見を持っていらっしゃる人もいるわけですね。そういうときに、たまたまこの平沢の場合は、いま議論されて煮詰まったものじゃないけれども、そういうものがされているときに現にぶつかっているんですから、やっぱりそこに現行制度というワク、それもけっこうですけれども、もう
 一つはやはりそこにも情状の酌量というものがあるんじゃないかということで、ひとつ大臣の誤りないことを――誤りないと言ってはたいへん失言ですが、まあ表現が非常にむずかしいですけれども、私はお願いをしたい。本人の再審請求を読みますと、少し頭がおかしいんじゃないかなというところもあるんですけれども、文章は実に名文です。仏教用語なんかも出してきまして非常に名文ですが、そういう老齢である、二十数年にわたって拘置されている、それからまた本人の心証としては相変わらず白だと、こういうふうに言っている。ですから、この更生保護審査会の審査というものについても、大臣は十分に、何といいますか、思いをはせていただきたい、こういうわけです。これは要望です。
 それから矯正局の方がお見えなんですが、現在平沢の拘置生活というのはどういう状況になっておりましょうか。
#246
○政府委員(羽山忠弘君) 先ほど来の御質疑を承っておりましたので、近々の状況をごくかいつまんで御報告申し上げます。
 昨年の夏、非常に暑い日が続いたときがございまして、そのときに、どこという病気ではないんでございますが、全身的に衰弱いたしまして、食事が全然とれなくなったことがございます。で、仙台の刑務所には医師が相当数おりますが、その結果、結局病気ではなくて、要するに俗っぽいことばで申し上げますと夏バテである。で、リンゲルなどをいたしました結果、やはり医師の判断のとおりでございまして、秋口、涼しくなりましてから健康が回復いたしまして、自来現在まで心身の状況はまあ健康と言っていいかと思っております。で、あとの日常生活でございますが、規則に従いまして、朝起きて夜寝るという、ほかの死刑確定者と特に変わったことはございません。まあ老人の関係もございまして、官給の食事は半分ぐらいしか食べない、あとは自分で買いまする、自費で買うものを食べておるというようなことがございます。これは特に本人に顕著なことではございません。そのほか特徴的なことといたしましては一これはもう死刑確定者につきましては、各本人の好みによりまして絵をかいたり、字を書いたり、あるいはカナリヤを飼ったり、いろいろな趣味的なことを許しておるのでございますが、平沢本人に対しましては自費で絵をかくことを許容いたしておりまして、これも一日一時間程度でございます。大体大きさが色紙と申しますか、色紙大のものに書く。そのために特にまた別の場所を−と申しますのは、主としてテンペラ画というんでございます。その絵の具の臭気などがかなりきついようでございますので、部屋の中でやらすことは不適当であるということで別の場所を与えておるという程度が特徴的でございます。以上でございます。
#247
○二宮文造君 体重などはどれくらいなんでしょう。
#248
○政府委員(羽山忠弘君) 正確なところはただいま持ち合わせておりませんが、私も先般実は会ったことがございますのですが、非常にやせておるように記憶いたしております。
#249
○二宮文造君 大臣が退席されて刑事局長――刑事局長も所管にはならないんですね。この平沢の問題は。
#250
○政府委員(辻辰三郎君) 死刑確定者に対します死刑の執行命令でございますが、それはもちろん法務大臣がいたすわけでございます。この死刑執行命令を補佐するという仕事は刑事局の所管になっております。
#251
○二宮文造君 執行命令を補佐する立場が刑事局長の立場になっておるわけですか。そうしますと、いろいろ補佐する立場の刑事局長にお伺いするわけですが、先ほど私いろいろ、るる要件を述べまして、刑事局長の心証としてはこの恩赦のかね合いと、それと何かかね合わせて今後どういうふうなことが予想されるといいますか、お考えを伺っておきたいんですがね。
#252
○政府委員(辻辰三郎君) 何ぶんたいへん重大な問題でございます。で、現在、御案内のととお恩赦の出願が出ておるわけでございますから、私どものほうは、この恩赦の結果というものをやはり待つのが事務的な立場ではなかろうかと考えておりますけれども、御承知のとおり、この恩赦の出願であるとか、再審の請求であるとかいうものがあったから死刑の執行命令が出せないわけでは法律的にはございません。けれども、やはり本件の場合には、恩赦出願の経過というものを見守っていくのが事務的な立場ではなかろうか、これは一応私どもの事務当局の立場でございます。何ぶん重大な問題でございますので、最終的には法務大臣の御決定になることであろうと考えておるわけでございます。
#253
○二宮文造君 これは申し上げなかったのであるいはないかもわかりませんが、過去に死刑を執行されましたときの年齢の最高は幾つぐらいの方でしょう。何か記録ございませんか。過去といったって戦後にしましょうか。
#254
○政府委員(辻辰三郎君) それは資料を調べればすぐわかるんでございますが、ただいま執行時の年齢を持って参っておりませんので、……。
#255
○二宮文造君 推定でも出ませんか。
#256
○政府委員(辻辰三郎君) その点ちょっと申し上げかねると思います。
 それからさらに、立ちました機会に申し上げたいんでございますが、先ほど平沢の最高裁の大法廷の判決はどういう評決であったかという御質疑でございますが、ただいま調べましたところが、十四名の裁判官全員一致の意見でございます。
#257
○二宮文造君 大体私のお伺いしたいことは終わったわけでございます。ただ、これからのいわゆる刑法の改正ということで、やはりいろいろな意見があります。いろいろな意見がありますけれども、賛成論、廃止論ということがありますけれども、執行というところにワンポイント置いて、そうしてその執行については慎重を期そう、ということに私間違いないと思うんですが、今後の刑事政策で、死刑を存置するとしても執行という問題にはもう一つ慎重な要素が加わっていく傾向にあるかどうか、これを刑法改正とからめ総括的にお伺いして終わりにしたいと思うんです。
#258
○政府委員(辻辰三郎君) ただいまの御指摘でございますけれども、私どもが承知いたしておりますのは、事死刑に関します限り、先ほど来申しましたように、法制審議会におきましては死刑の存続というものを一応多数意見で部会決定をいたしております。問題は、死刑を規定する犯罪というものをどういうふうに考えていくかという点が一つの大きい問題であろうと思いますが、その点につきましては、むしろ死刑を規定する犯罪を消していこうという大きな傾向があろうかと思うのでございます。
 それから執行の場合の慎重という問題でございますけれども、これはもとより当然のことでございますけれども、また、先ほどの死刑の執行延期という考え方もそれに基づくものもあろうと思うのでございますけれども、この延期のほうは、何と申しますか、死刑と無期刑との差があまりにも大きいから、その間に一つの中間的なものを入れたらどうかというような考え方からも出ておる面があろうかと思うのでございます。まあいずれにいたしましても、そういう議論もなされたことは事実でございます。その執行を慎重にしていくという意味の議論ももちろん理解できるわけでございます。また、そういう理論がなくても、これは当面、死刑の執行というものは本来きわめて慎重にやらなければいけないということは、これはもう異論の余地のないところであろうというふうに考えておるわけでございます。
#259
○二宮文造君 それからもう一問だけ。現行法で死刑の確定後執行を停止する要件というのはどういう要件ですか。心神耗弱だけですか。老齢というのは入っておりませんか。
#260
○政府委員(辻辰三郎君) 現行法におきましては刑事訴訟法の四百七十九条の規定がございまして、この「死刑の言渡を受けた者が心神喪失の状態に在るときは、法務大臣の命令によって執行を停止する。」というのが一つと、それからやはり同じ条文で「死刑の言渡を受けた女子が懐胎しているときは、法務大臣の命令によって執行を停止する。」と、こういう規定がございます。
#261
○二宮文造君 心神喪失と、これはまた法理論みたいになって、私弱くてとても太刀打ちできませんが、大体、刑事局長相手に死刑廃止、死刑の執行停止なんていうことを論ずるのが間違いなんです。これはもう立場が違いますからね。もう並行したままで終わることはもとより承知の上ですが、いまの心神喪失の状況というのですね、これにはやはりいろいろな要件もありましょうけれども、これは多分に人情論というものを加味しての発言かもしれませんが、くどいようですが、やはり老齢とか――先ほど矯正局にお伺いしますと、昨年の夏も食事が通らないような状況であって、刑務所としても非常に心配をしたと、また、いまでは食事も官食を全部食べないで、年もあるのでしょうけれども、官給の食事はあれしないで、自分のほうで補給しているというような状況、何かかにかいろいろ総合しますと、心神喪失というその明文の規定にはそのままそぐわないかもしれませんけれども、やはりそれを援用するだけの要素は平沢の場合にはもう十分に持っているんじゃないかと、こうも思うのですがね。この点はどうでしょうか。
#262
○政府委員(辻辰三郎君) ただいま矯正局長から平沢の現状についての答弁があったわけでございますが、私どもの立場で、その状況が直ちにこの条文の心神喪失に当たるとは言いがたいのではなかろうかというふうに、まあ法律論としてはむずかしいのじゃなかろうかというふうに考えておりますが、まだ慎重に検討したわけではございませんので、ただいま矯正局長の答弁を伺っておる限りにおきましては、その状態ではまだこの要件には当てはまらないのじゃなかろうかという感じを持ったわけでございます。
#263
○二宮文造君 そういう執行停止の所管はどこですか。矯正局ですか。
#264
○政府委員(辻辰三郎君) この条文の執行停止は、これはやはり刑事局の所管ではなかろうかと思っております。
#265
○二宮文造君 では慎重に配慮されることを要望して終わりにしておきます。
#266
○和田静夫君 続いて最高裁に、裁判官のアンケート問題の結論と事務総長の本日の談話について質問をいたします。
 きょう発表されました札幌弁護士会によるアンケートの結果について吉田最高裁事務総長は、札幌弁護士会が今度の調査を行なったこと自体司法行政の自治を侵すおそれがある、こういうとほうもない談話を発表しているのですが、弁護士会が裁判官に対していろいろな調査依頼をして、それは何も強制力を持ちません。いわゆる裁判所が裁判官に行なう、あるいは長官が裁判官に行なうなどというような、そういう関係にもないわけですね。答える自由は裁判官の側に当然留保されている。そういう自由な状態でもって行なわれるアンケート調査、それが裁判官の、言ってみれば司法行政自治そのものに対する干渉だと。消費者団体の皆さんが物統令なら物統令についてアンケートを官僚の皆さんに求める、そういうことと何ら変わりはない。こういうふうに私は思うのですが、まず答弁を求めます。
#267
○最高裁判所長官代理者(長井澄君) 事務総長がよんどころない所用で出席できませんので、私がかわってお答え申し上げます。
 札幌弁護士会のアンケートによる調査が司法行政の自治に反するという事務総長の談話は不当ではないかという御趣旨のお尋ねと存じます。従前から、裁判所と弁護士会との関係につきましては、それぞれその内部の自治につきましては尊重し合いまして、もし調査の必要がある場合にはそれぞれの機関を通し、裁判所が弁護士に関する事項についてお尋ねしたい場合には弁護士連合会を通じて資料の御提出をお願いして調査の目的を遂げる、もし弁護士会が裁判所ないしは裁判官につきまして調査の必要がある場合には、最高裁判所を通じまして調査の結果を連絡を受けるということが長い間の慣行として守られてきております。これはお互いにその立場を尊重し、内部の秩序の円滑を期待する結果できました慣行と私どもは理解しておるわけでございます。今回のアンケートは、回答について何らの義務づけもなく、強制力も行使される余地はないのである、市場調査のアンケートと選ぶところはないのであるから何ら自治の侵害には当たらないのではないかという御意見と存じますけれども、司法の目的は公正なる裁判をするということが最大の目標であると考えます。そのためには、憲法において司法権の独立というものが明確に規定され、この独立を守るためには神経質なほど配慮をしなければいけないと私ども考えておる次第でございます。したがいまして、市場調査と同列に比較されますような匿名の調査によりまして、その結果を司法権の独立に関するものであるとして社会に発表し、これを利用し、裁判所のあり方を御批判なさるということは明確なる思慮に基づいた批判、評価とは解せられませんので、この点の扱いについては慎重であるべきであり、やはり司法の自治に影響を与えるという趣旨で好ましくないという見地から事務総長の談話となったものと理解いたしております。
#268
○和田静夫君 それだから事務総長を私は呼んでいるのだけれども、何か理由をつけて出てこられない。直接談話の発表をした方の意見を聞かなければ、そう思いますなどという答弁にしかならないのですがね。しかし、あなたは少なくとも最高裁判所を代表していまここへ出てきておられるわけですから、いまのような答弁というのは、全く説得力を欠きます。じゃ、何で裁判官に対して、たとえば人権を守りそれから民衆を代理する、そういう意味における弁護士の諸君が、弁護士会という組織が裁判官の方に対してこういうアンケートを出さざるを得ないような状態というものをむしろつくってきた、司法権あるいは自治そのものあるいはその権威そのものをたいへん危うい状態にしてきているのはあなた方じゃないですか。事務総長の数々にわたるところのこれまでの談話というものは、逆に見た場合、こういう状態を呼んでいるのですよ。それが何の権威もないところの、言ってみれば戦前からの弁護士会と裁判所という一つのルールを破ったなどということを理由にして、このことが司法の自治に対するところの一つの侵害行為である、そんな談話にはならぬでしょう。
#269
○最高裁判所長官代理者(長井澄君) 総長の談話でございますから、先ほどそういう趣旨であると理解いたしますということを申し上げたわけでございますけれども、もちろん私も総長を補佐いたします立場として、この談話の内容についてはあらかじめ存じておるものでございますことをつけ加えさせていただきます。
 今日そういうアンケートを出さざるを得なくなった司法権ないし裁判所のあり方に問題があるのではないか、事務総局のあり方が問題なのではないかという御趣旨のお尋ねでございますけれども、最高裁判所長官が従来談話、訓示の形でしばしば言明されておりますように、裁判所の内部におきまして司法権の独立が危うくされているとは毛頭考えられておらない、外部にあるいはそのような見方があるかもしれないけれども、これは実態にそぐわないものである、司法権の独立は守られているから、従前のとおり憲法に定められた良心と法律、憲法のみに従って裁判をするように、ということを繰り返されておるわけでございまして、その基礎になります司法の独立の危機という問題についての認識が、札幌弁護士会と裁判所との間に食い違いのあることはまことに残念でございます。お尋ねのような事情でアンケートが出された事情はあるかもしれませんけれども、やはり従来このようなかっこうで司法権の独立が守られてきたということも無視できないところであろうと存ぜられますので、やはりこの事務総長の談話には意味があるところであると理解をしておるところでございます。
#270
○和田静夫君 その意味があるところだと理解をしておるところが、あなた方の見解が旧態依然としていることだと思うのです。たとえば裁判官に対する思想調査のおそれがあるのだとして、あなた方が、吉田総長がいろいろとそういう意思表示をされました。されたけれども、四百三十二人という多くの裁判官が回答を寄せた。自由な意思で回答を寄せた。その結果、六七%が裁判の独立について危機感を持った、こういう結果が現実出ている。したがって、そこに裁判官の諸君がすべて、あなた方が言われたような趣旨で、裁判の独立性とその自治というものを守っていこうという意味合いにおいて危機感を持っておるのです。そういう結果が出ているという厳然たる事実は何も司法の自治を侵すものではない。私は、おそらくこの談話というものは間違いなんじゃないかと実は思った。その点はそういう意見を述べておきます。
 二つ目に、回答数が少ないことをもって信頼性に乏しいと、こう言っておる。全裁判官の一七・六%ではあっても、その六七%が、いまも言ったように裁判の独立に対する危機感を持っている、これは全体の中におけるいわば縮図ですよ。その縮図を示すものとして、たいへん重大なこととあなた方が感じ取るというのがほんとうじゃないですか。居直ってみたところで、現実、アンケートの結果が出ていることについてあなた方が一つそこに重大な趣旨をくみ取って、いまのような姿勢を改める、そういう教訓にこそすべきものだと思うのですが、いかがですか。
#271
○最高裁判所長官代理者(長井澄君) 裁判所が、司法権の独立の問題が批判されておりますときに居直るというような思い上がった気持ちは毛頭持っておりません。回答数が少ない、信頼性に乏しいというような考え方、これが問題である、縮図ではないかというお尋ねでございますけれども、やはり司法権の独立というような重大な問題を批判し評価いたしますためには、確実なる基礎、明確なる認識の上に立った批判でなければならないものと私どもは信じておるわけでございます。札幌弁護士会は、やはり相当の弁護士、法曹のすぐれた方々の団体であると私どもは理解し、高く評価しておるものでございますけれども、法曹がおよそものごとを批判をいたします場合には、やはり裁判の場におけると同じような心がまえが根底になければならないものと考えます。で、事実を認識いたしますためには、やはり認識の資料となった書類、そのようなものがどのような人によってどのような過程で作成されたか、その書類の趣旨町内容はいかなるものであるかというようなものにつきましては、訴訟法を持ち出しますまでもなく、明確にされ、その上でその資料に基づく事実が明確であるかどうかということを確定して批判がなされる、これがおよそ法曹のものごとの批判に当たります際の基本的態度であろうかと存ぜられます。
 ひるがえりまして、今度のアンケートは匿名でございました。出された数もわずかである。なるほど回答は、ただいま御指摘のとおりの数字であろうかと存ぜられます。まだ正式の報告は私ども−受けておりませんが、新聞紙ではそのように報道されておりますが、この回答の結果をいかに評価するかという段に参りますと、やはり私ども先ほど申し上げましたように、法曹の司法権独立に対する批判のしかたとしては少し根拠を欠くのではないかという観点から、信頼性をそこなうというような表現になったわけでございますけれども、私ども、先ほど来御指摘の、司法権の独立をそこなわれている事実認識というものがお尋ねのような状態にないと確信しておりますので、この批判の資料としては、私どもそのとおりであるという確信ないしは認識は残念ながら持ち得ませんのでこの事務総長の談話となったわけでございまして、「信頼をそこなう」という意味は、そのような批判の方法、基礎がまだ私ども納得するに足らないという趣旨で申し上げたものと理解いたしております。
#272
○和田静夫君 全然、たいへん苦しいような答弁 で、答弁になっていないんですが、しかし、私はその程度でやめるわけにはいきません。なぜならば、あなた方はアンケートに対して一種の危惧感をお持ちになっている。危惧感をお持ちになっているからそういう裁判官に対して圧力をかけたのでしょう。こういうアンケートに答えるべきではない、そんな余分なことをやらなければならないほどあなた方には危惧感があるんじゃないですか。社会的な風当たり、いろいろなものがある。それをあなた方は敏感に感じ取っておられる。それがアンケート調査によって、そのような裁判官を通じて、その意思表示として表に出る。その危険性をあなた方は十分に感じ取っておられる。したがって、回答には軽々に応ずべきではないというような形で一月十八日に最高裁がやってみたり、あるいはこの回答の中にも特に特記されているように、上司からアンケートを出すことについて応ずるなというような圧力をかけられたというような認識を持たなければならないような形でもって裁判官に注文をつける、こういう状態が起こっているじゃありませんか。それはあなた方が内心持っているものの至言ってみれば、表現にしかすぎないんです。そうすれば、たとえば匿名の回答が信頼性に乏しいなどというような形でのあなた方のいわゆる言い方というのは全く逆だということをあなた方自体が立証していることなんです。二番目に、「回答のすべてが裁判官が書いたものかどうかも疑わしい。」、こういうふうにも述べられているんです。これは何が根拠ですか。あなたは、さっきからいろいろ弁護士会のほうには、言ってみれば法曹としてのあり方というものを得々として述べられているが、あなた方のこの談話は一体何ですか。法曹としての立場をわきまえられておりますか。
#273
○最高裁判所長官代理者(長井澄君) 先ほど来繰り返して申し上げておりますように、匿名の回答でございまして、その回答がどのようにして成立したかということについて残念ながら明快なる認識を持つことができないということを申し上げたわけでございます。匿名の回答結果も、政治的な批判をいたします場合には、これは高く評価できる場合もあると思いますけれども、先ほど申し上げましたような重大な問題を批判する場合には、明快なる資料に基づいて行なわれるべきである、憶測、推測でやることは危険である、資料が成立の過程において十分に明確でないというような場合には、それをまず明確にしてから行なわれるべきであるということが私どもの考え方でございます。
 それで先ほどお尋ねの中に、回答をしないように圧力をかけたのであろうという御趣旨がございましたけれども、圧力をかけたようなことは毛頭ございません。私どもの一月の十八日に出しました書簡の内容を参考のために申し上げますと、前段は、従来の弁護士会と裁判所間の慣例にそむくという趣旨を書いてございますが、その点は省略いたしまして町ただいまの匿名の回答の点につきまして、このように書簡で連絡をしてございます。朗読いたします。「もとより、右調査に回答を寄せられるかどうかは、各裁判官の自由でありますが、この調査については、その意図が必ずしも明らかではなく、回答の集計、分析について、その正確さを保証するものもなく、その結果もどのような目的に用いられるか推測し難いのであって、裁判官の責任ある地位および司法制度をめぐる昨今の情勢に照らし、この種のアンケートには軽々に応ずべきではないと思料されます。今回の調査についても、各裁判官においてその取扱いにつき慎重なご検討を煩わしたく、至急ご配慮の程お願い申し上げます。」、このような趣旨の書簡を出しておりまして、出すか出さないかについては、問題の所在を十分に検討した上で裁判官各自が自由に決定されたいという趣旨の書簡であります。毛頭、回答をしないように圧力をかけたということはございません。司法権の独立について危惧感があるからやったというようなことも私どもは全然念頭になかったところでございます。
#274
○和田静夫君 いま読まれたとおり、「軽々に応ずべきではない」というあなた方の、言ってみれば明確な見解を添えて、上司たるあなた方が裁判官のそれぞれに対して通達を徹底をしてもらいたい、早急にそういうことを取り扱ってもらいたい、こういう趣旨の通達です。私がいま二で言ったことに対してお答えにならないのですが、どうなんですか。「回答のすべてが裁判官が書いたものかどうかも疑わしい。」という見解を、法曹の精神を説かれるあなた方がこういう談話を発表されるというのは一体どういうことですか。そんなに裁判官はあなた方に信頼性がない、裁判官が書かないとすればだれが書くのですか。書記官でもかってに書くのですか。
#275
○最高裁判所長官代理者(長井澄君) すでに申し上げましたように、匿名の回答でございますから、だれが書いたかということについて明確な認識を得ることが私どもには困難であるという趣旨でございます。それは裁判官がみずから筆をとって書かれたのかもわかりませんけれども、しかし、そうでない場合もあるいはあるかもしれない。ただ、それを明らかにする方法が匿名の回答である以上何らないわけでございまして、そのような趣旨を指摘したにとどまるわけでございます。
#276
○和田静夫君 だって、あなたの言われるような趣旨じゃないでしょう。「回答のすべてが裁判官が書いたものかどうかも疑わしい。」、こういうことでしょう。あなたは、「疑わしい。」、初めから否定的なんですよ。そういう談話じゃありませんか。したがって、出てきたところの調査結果について、そこへあなた方は、国民に対して、否定性を与えるための談話なんですから、あなたの言われたような趣旨じゃないのです。
#277
○最高裁判所長官代理者(長井澄君) この文言は、やはり先ほど私が御説明申し上げたような趣旨で起案いたしましたので、もしお尋ねのような御趣旨であるとすれば、あるいは表現上拙劣であるというような御批判はあろうかと存じますけれども、真意といたしましては申し上げたとおりでありますので、そのような理解も、私、可能ではないかと、このように信ずる次第であります。
#278
○和田静夫君 答弁になっていません。したがって、たとえばこういうことがあるのです。最後に、「今回のアンケートは裁判所に対する国民の信頼をそこなう」、国民の側からとってみれば全く逆です。たいへん危惧しておることを、裁判官の皆さんも国民と同様に、同意見をお持ちになっているというふうにとっております。あなた方が一生懸命に、この結果を否定をして、裁判所が、何かその自治に対する干渉だとかあるいは国民のいわゆる不信感を助成をするものだとかいうようなことを言えば言うほど、国民は、その実体について目を開く、私はこういうことになると思う。現に平賀書簡問題のようなことが起こっているわけですからね。したがって、私はこの結果を謙虚にあなた方のほうこそが反省をされて、そうして、裁判に対する国民の信頼を回復すべきだ、そういうふうに思います。したがって、私がきょう述べた趣旨について事務総長に対して十分にこれを伝えてもらうことが必要だと思うのですが、お伝えになりますか。
#279
○最高裁判所長官代理者(長井澄君) もちろん御趣旨は、帰りまして、事務総長のみならず最高裁判所長官にもお伝えいたします。
 ただ私どもは、基本的に裁判官の中で司法権の独立を侵されるようなものはないと確信いたした結果の書簡でございまして、もし私どもで反省すべき点があれば、これは司法の大切な権利をあずかるものといたしまして、謙虚に反省することは何らやぶさかではございません。その点は十分御承知おきいただきたいと思います。
#280
○和田静夫君 裁判官は弁解せず、それにもかかわらずきょうの――言ってみれば吉田最高裁事務総長の談話というのはすべてが弁解ですよ、少なくとも私が読んだ限りにおいて。その辺を十分に申し述べておきたいと思うんです。
 そこで時間もありませんから、次に移りますが、いわゆる狭山裁判、これも先ほどの死刑の問題と関連があるんですが、狭山事件について若干触れておこうと思うんです。この裁判の一審で死刑判決を受けた石川一雄君の逮捕に至るまでの経過というのは、これはもういろいろ伝えられてきましたから触れませんが、それがさらに死刑が言い渡されるまでの経過これをずっと読んでみまして、部落差別そのものであるということ、そのことを私はあらためて痛感いたしました。当時の中垣法務大臣が、昭和三十八年六月十四日の衆議院内閣委員会でそのことを暗に認められました。石川を真犯人であるかのような印象を与えたことは遺憾である、こう中垣法務大臣は陳謝をされたことをあらためて思い起こしたんです。いま石川青年は、あの自白が強制拷問による自白であったと言い続けています。そして無実を叫び続けています。御存じのとおり、逮捕された時点においては、ほとんど字も満足な字ではない。いわゆるじょうず、へたではなく、誤字が非常に多い。文章も十分ではない。そういう青年が、たいへんな努力の結果、いま叫んでいるような形での非常にりっぱな文章、そしてほとんど誤字、文法上用語の間違いもない状態の意見を発表しています、獄中から。私は、この叫びは、彼がいわゆる部落民であったこととともに、彼の逮捕が別件逮捕であったということの中に私はその真実を見なければならないと思うのであります。元来、別件逮捕は、事件の重大性、凶悪性にもかかわらず、捜査が難航する、そこで捜査当局としては犯人の割り出しや検挙をあせるけれども、特定の容疑者と当該事件とを結びつけるに至る証拠というものをつかむことができないために、自白を得られない限り捜査の進展が期待できないので、万やむを得ず敢行されるものである。したがって、初めから見込み違いの確率が高いということは言うまでもないんですよ。また、別件逮捕に引き続く身柄の拘束は、先ほど私は長期勾留の問題を冒頭に言いましたが、自白の獲得を唯一の目的とするものでありますから、勢い強制拷問がこれに随伴しがちであります。この別件逮捕の違法性については、最高裁こそまだ沈黙を守っていますが、下級審の判例は東十条事件から鹿児島事件で、さらに昨年二月二十六日の東京地裁による六本木事件の判決に至るまで明確に指摘しておりますね、別件逮捕の問題については。そこで、部落の差別とこの別件逮捕を通して生まれた狭山事件について、最高裁は、いまこれは二審にかかっていますから、いま何も言えませんという答弁になるんだろうけれども、一体どのような判断をしていますか。
#281
○最高裁判所長官代理者(牧圭次君) 狭山事件に関しましては、いまもお話がございましたように、具体的に東京高等裁判所に係属中でございますので、それについての論議をいたしますことは、裁判の独立に影響を及ぼすということになろうかと存じますので、ここでその点についての論議は差し控えさしていただきたいと思います。
#282
○和田静夫君 人権擁護局長に同じ質問をいたしますが、この事件については十分御存じでしょうが、この経緯から見て人権擁護の立場でどういうふうにお考えになりますか。
#283
○政府委員(影山勇君) 部落差別の問題は、人権擁護機関といたしましては、人々の心にひそむ差別というもの、これはやはり非常な社会悪である、要するに人心の啓発、人権思想の普及という観点から、審判事件あるいは相談事件を通じまして、人権の思想の高揚、差別の撤廃、根絶ということを仕事としていることは御承知のとおりでございます。
 具体的な、いまお尋ねの狭山事件につきまして、そういう差別のもとにこういう事件になっているかどうか、つまりこの狭山事件について差別があるかどうかということは、ただいまも御指摘のございましたように、東京高等裁判所において係属中でございまして、公判廷におきまして適式な証拠調べ、弁論を通じまして、明らかにもし差別の事実があるとすれば、その点で明らかになることと考えますので、私どもといたしましては、裁判の係属中の事件ということで、人権擁護の府である裁判所の判断にゆだねたい、こういう考えでございます。
#284
○和田静夫君 いま狭山裁判を審理中の東京高裁に対して、全国各地から、公正裁判、原審破棄を要求するいろいろの陳情、請願というか、まあそういう要求が殺到していますね。そこできょう聞きたいのは、地方自治体、とりわけ大阪府や大阪市、その周辺の衛星都市で差別裁判取り消しの決議文が採択されております。そういう形で公正裁判や原審破棄を求める動きが強まっているわけです。こうした状況というものを、最高裁は、審理中だからと言われるでしょうが、どういう目で見られます。
#285
○最高裁判所長官代理者(牧圭次君) 裁判所は、法廷にあらわれました証拠を厳密に判断して判決を下すわけでございまして、たとえいろいろの御意見がございましても、それらは一応判断の基礎としては、法廷にあらわれてない限りは排除して考えざるを得ないということになろうかと存じます。
#286
○和田静夫君 おそらく最高裁の答弁、そうだと思いましたが、これは先ほど来の経過からいって、狭山事件という問題を人権の擁護という立場でとらえ直してみて、そうして権威ある自治の基盤であるところの各地方自治体が議会の総意として、いわゆる決議文をあげる、こういうものに対して人権擁護の立場からは特定の見方というものが生まれようと思うのですが、いかがですか。
#287
○政府委員(影山勇君) ただいま申し上げましたように、具体的な狭山事件にそういう差別に基づく人種じゅうりんがあるかどうかということはやはり裁判所で、繰り返すようですが、適切な適式な証拠調べ、弁論によって明らかにされるべきものと考えておりまして、行政機関である私どもの人権擁護活動といたしましては、人権侵犯事件の相談あるいは調査を通じまして、その他、講演会あるいは研修会等を各地で催しまして、人心の啓発、差別の撤廃ということを極力従来も進めてまいりましたし、特に同和対策事業特別措置法で人権擁護機関に課せられた任務は、ただいま申しましたようなそういう人権思想の高揚、同和に関する人権思想の高揚という点にございます点にかんがみまして、そういうほうの努力を続けてまいりたいというふうに考えております。
#288
○和田静夫君 最高裁に――この事件に対しては、逮捕から取り調べの過程を通じまして、いろいろ国民の側から見れば常識では判断ができないようなことがたくさん伝えられています。したがって、私は、公正な裁判は当然行なわれると思いますが、全く厳格な公正な裁判が進められることを強く期待をしておきたいと思います。
#289
○委員長(森元治郎君) 他に御発言もないようですから、国会、法務省及び最高裁判所の決算につきましては、この程度にいたします。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後二時五十二分散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
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