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1970/03/11 第65回国会 参議院 参議院会議録情報 第065回国会 文教委員会 第6号
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1970/03/11 第65回国会 参議院

参議院会議録情報 第065回国会 文教委員会 第6号

#1
第065回国会 文教委員会 第6号
昭和四十六年三月十一日(木曜日)
   午前十時十六分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 三月九日
    辞任         補欠選任
     永野 鎮雄君     伊藤 五郎君
 三月十日
    辞任         補欠選任
     伊藤 五郎君     永野 鎮雄君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         高橋文五郎君
    理 事
                大松 博文君
                小林  武君
                安永 英雄君
    委 員
                田村 賢作君
                永野 鎮雄君
                星野 重次君
                秋山 長造君
                松永 忠二君
                内田 善利君
                柏原 ヤス君
                萩原幽香子君
                小笠原貞子君
       発  議  者  安永 英雄君
       発  議  者  柏原 ヤス君
   国務大臣
       文 部 大 臣  坂田 道太君
   政府委員
       法務省矯正局長  羽山 忠弘君
       文部大臣官房長  安嶋  彌君
       文部省初等中等
       教育局長     宮地  茂君
       文部省大学学術
       局長       村山 松雄君
       文部省管理局長  岩間英太郎君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        渡辺  猛君
   説明員
       法務省刑事局刑
       事課長      前田  宏君
       厚生省医務局医
       事課長      新谷 鉄郎君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○女子教育職員育児休暇法案(安永英雄君外一名
 発議)
○女子教育職員の出産に際しての補助教育職員の
 確保に関する法律の一部を改正する法律案(安
 永英雄君外一名発議)
○学校給食法の一部を改正する法律案(柏原ヤス
 君外一名発議)
○国立学校設置法の一部を改正する法律案(内閣
 提出、衆議院送付)
○教育、文化及び学術に関する調査
 (大阪大学等の不正入学に関する件)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(高橋文五郎君) ただいまから文教委員会を開会いたします。
 女子教育職員育児休暇法案(参第三号)を議題といたします。発議者から本法律案の趣旨説明を聴取いたします。安永英雄君。
#3
○安永英雄君 ただいま議題となりました女子教育職員育児休暇法案につきまして、その提案の理由とその内容の概略を御説明申し上げます。
 わが国の女子雇用者数は、年々増加し、昭和四十四年には千四十八万人、雇用者総数の三分の一となり、この十年間に倍増いたしております。そして、女子雇用者中における中高年令層も相対的に増加し、既婚者五〇・五%(内、死離別一〇・三%)となり、従来の若い未婚者、短い勤続年数という女子雇用者のイメージは消え去り、年長の既婚者、長い勤続年数という欧米型の特徴へ近づきつつあります。
 この傾向は、教育界の場合も同様で、年々女子教員が増加しております。すなわち、昭和四十五年度における教員総数のうち、女子教員の占める割合は、幼稚園九八・六%、小学校五〇・九%、中学校二六・四%、高等学校一六・七%、特殊教育諸学校四二・一%であり、小学校ではすでに婦人が全体の過半数を占める県が三十二県に達しており、有配偶者の割合も小・中学校女子教員の七六%を占めております。
 このような女子教職員の増加傾向は、アメリカ、ソ連、イギリス、フランス等の工業諸国における高い女子教員比率を見るまでもなく、今後さらに強まるものと考えられます。
 ところで、わが国の女子教員の出産状況はどうかといいますと、昭和四十四年度において、公立小・中・高校の女子教員二十八万人中、約一万九千三百人が出産をしております。出産率は五・七五%であり、これはわが国の女子雇用者全体の出産率二・四%をはるかに上回っております。これらの母親になった女子教員たちは、その生児を親族にみてもらったり、子守を雇ったり、よそへ預けたり、ごく少数は保育所に頼んで勤務しておりますが、中にはこうしたこともできなくて、やむなく退職する人々も相当数にのぼっております。
 こうした実情は、考慮されるべき幾多の問題があるように思われます。その第一は、今後一そう乳幼児をかかえる女子教員が増加する傾向にあるものの、保育のためにやむなく退職する人々が多いということは、熟練度も高く、人間的にも成熟した女子教員を失うことであり、教育上の損失が大きく、国の教育投資の効果を減殺することになります。
 第二には、保育のためにやむなく退職した女子教員が再就職したいという場合には、わが国では給与、年金、退職手当、採用年令制限等という制度上の障害があるほか、本人自身の能力の停滞もしくは減退という問題もあり、非常に困難であります。
 第三には、責任ある乳児の保育施設がことに少ないわが国の現状から、婦人の職場進出が社会的要請として促進されていることと関連して、私設の乳児施設が流行し、高い託児料に合わせて乳児を不注意から死亡せしめる等の事故が起っておりますことはご承知のとおりであります。これは社会の急速な変化に対して国の施策が著しく立ちおくれているその矛盾のあらわれというべきでありましょうが、このような現実のなかで、婦人の多い職場ではつとに保育休暇もしくは保育休職の制度が問題となっており、たとえば電電公社では三年の試行期間を経て、昭和四十三年度から正式な協約に基づき育児休職制度を実施しております。本委員会におきましてもこの問題は第五十五国会以来(一九六七年)論議されているところであり、教育界の各方面から制度の実現について熱心な要望がまいっていることも委員各位が御承知のとおりであります。
 第四には、世界的な女子雇用者の増加傾向の中で既婚婦人の雇用問題が国際的共通課題となり、一九六五年六月のILO総会において、「家庭の責任をもつ婦人の雇用に関する勧告」が採択され、育児のための休暇、休職制や退職した婦人の職場復帰の問題が取り上げられました。これは既婚婦人が直面する育児と職場の両立という課題について、個人ではなく社会全体の責任として処理すべきことを提唱しているものと思われます。右の趣旨は、一九六六年に採決された「ILOとユネスコ共同の教員の地位に関する勧告」にも詳細に盛り込まれているところであります。
 以上申しました諸点を考慮いたしました結果、この際、国公立の幼稚園から高等学校までの諸学校において育児休暇制度を設け、女子教育職員が育児のために退職することを防止することにより、経験ある女子教育職員を確保して教育水準の維持向上をはかることを目的として本法律案を提出した次第であります。
 法案の内容といたしましては、第一に、国立または公立の小学校、中学校、高等学校、盲学校、ろう学校、養護学校、幼稚園に勤務する女子の校長、教諭、養護教諭、常勤の講師、実習助手及び寮母を対象として、その生児を育てる女子教育職員から請求があったときは、その生児が満一年に達する日までを限度として、任命権者は育児休暇を承認しなければならないことといたしました。
 第二には、この育児休暇は、死亡や養子等のため育てる子がいなくなったとき、本人の再出産があったときや、本人が休職または停職の処分を受けたとき、または、本人から申出があったとき等には中途でも終了することを定めております。
 第三には、育児休暇を承認された女子教育職員は、その期間中、身分は保有するが職務に従事しないこと、また給与については、国立学校の場合俸給及び諸手当(通勤手当、超勤手当を除く)の百分の八十を支給されるべきこと、公立学校の場合はこれに準ずべきこと、また、育児休暇をとったことを理由に、本人が不利益な取り扱いを受けないこと、その他退職手当公務災害保障制度における運用について定めております。
 第四には、任命権者は、育児休暇中の女子教育職員の職務を補うために、正式採用の教員を配置しなければならないこと、それが不可能または著しく困難なときは臨時的任用の教員を配置することができる旨を定めております。なお、これに関連して、附則において「文部省設置法」「公立義務教育諸学校の学級編成及び教職員定数の標準に関する法律」「公立高等学校の設置、適正配置及び教職員定数の標準等に関する法律」等の定員もしくは定数算定方法をそれぞれ改めております。
 すなわち、補充教員については、女子教育職員総数の二・五%とします。
 第五には、附則において、本法の施行期日を昭和四十六年九月一日からといたしました。これは制度実施のためには若干の準備期間が必要であることと、二学期始めという教育上の配慮を行なったからにほかならないのであります。
 第六には、同じく附則において本法の対象となる女子教育職員について、当分の間、普通免許状を有する女子の助教諭、養護助教諭をも加えることを定めております。これは教員需給のアンバランスから、免許状該当科目以外の科目を臨時免許状によって担当している教員がいまなお多い実状に立っての当面の救済措置であります。
 以上、本法律案の提案理由と内容の概略を御説明申し上げました。なにとぞ十分御審議の上すみやかにご賛成下さいますようお願い申し上げます。
#4
○委員長(高橋文五郎君) 本法律案に対する質疑は、後日に行ないたいと存じます。
    ―――――――――――――
#5
○委員長(高橋文五郎君) 次に、女子教育職員の出産に際しての補助教育職員の確保に関する法律の一部を改正する法律案(参一一号)を議題といたします。
 発議者から本法律案の趣旨説明を聴取いたします。安永君。
#6
○安永英雄君 ただいま議題となりました「女子教育職員の出産に際しての補助教育職員の確保に関する法律の一部を改正する法律案」について、その提案理由及び内容を御説明申し上げます。
 去る第四十六回国会における本法の一部改正によって、女子の実習助手が法の適用対象に加えられ、国立及び公立の小学校、中学校、高等学校、盲学校、ろう学校、養護学校及び幼稚園に勤務する女子教育職員のすべてが、この法律の適用を受けるに至りました。その結果、いまや、学校教育の現場に勤務する教職員のうち、ひとり事務職員のみが本法の適用のワク外に置かれることになりました。
 事務職員は、その名称の示すとおり、学校の事務を担当しておりますが、その事務の内容は、文書の起案、整理、職員給与、共済、物品・教材の購入等をはじめとして、統計作成事務、学校給食事務、施設・設備の管理事務などきわめて多岐にわたり、教育職員の教育活動と相まって学校運営を有機的に推進するために重要な役割を果たしております。
 したがいまして、例えば、女子の事務職員が出産のための休暇に入った場合、その事務は、教頭や教諭によって分担されたり、あるいは、養護教諭によって行なわれたりしますが、いずれにせよ、一人の専門家の事務量のすべてを、本来ふなれな教員に課することは、おのずから教育面に手不足を生じ、これがおろそかにされる事態を生じます。先年、文部省が行ないました教員の勤務時間実態調査を見ましても、教育そのものにあてられる時間に比べて、その他の雑務に費される時間が予想外に多い状況の中で、教育職員が出産時の事務職員の職務まで代行することは、教育の正常な実施という見地からも、さらには、事務機能を充実して学校運営を近代化する見地からも、ぜひとも改善を要する問題であります。
 ところで、事務職員の男女別割合を見ますと、最近の傾向は女子の比率が高まっておりますが、この傾向は今後も続くものと思われます。すなわち、国立及び公立の高等学校の事務職員総数約一万五千人中、女子は四〇%を占め、また義務教育諸学校では約二万五千人中、六〇%が女子事務職員であります。これら多数の女子事務職員は、その出産に際して、代替職員の臨時任用制度がないことから、安心して産前産後の休暇がとれない状態にあります。私どもの調査によれば、出産者の大半が労働基準法で保障されている産前六週間の休暇をとれない実情であります。これはおそらく、複雑な事務を不なれな教員に依頼しにくいことや、授業等への影響を心配しての結果でありましょう。
 このような不合理な実情を改め、かつ母体を保護するために、すでに秋田・福島・長野・山梨・兵庫・山口等の諸県では、県独自の予算をもって女子事務職員の出産に際して代替職員を臨時任用する制度を設けております。かような制度は、すみやかに全国に及ぼすべきものであります。またこれは、育児休暇制度を新たに設ける問題の前提として、解決しておくべき案件であると思います。以上が本改正案提出の理由であります。
 次に、改正の内容としては、第一に、法第二条第二項に新たに「事務職員」を加えております。これによって、女子の事務職員の出産の場合も補助職員の任用が可能になります。
 第二に、法の題名及び本則中の「女子教育職員」を「女子教職員」に改め、「補助教育職員」を「補助教職員」に改めております。これは、従前、本法の適用対象とされていた者が、教育に直接的に携わる「教育職員」に限られていたのに対して、今回、事務職員を加えるために、その辞句を教育職員と事務職員の総称である「教職員」に改めるものであります。
 なお、この法律は、実施のための準備期間の必要性を考慮して、公布の日から起算して三カ月を経過した日から施行することといたしてあります。何とぞ十分御審議の上、すみやかに御賛成くださいますよう御願い申し上げます。
#7
○委員長(高橋文五郎君) 本法律案に対する質疑は、後日に行ないたいと存じます。
    ―――――――――――――
#8
○委員長(高橋文五郎君) 学校給食法の一部を改正する法律案(参第四号)を議題といたします。
 発議者から本法律案の趣旨説明を聴取いたします。柏原ヤス君
#9
○柏原ヤス君 学校給食法の一部を改正する法律案提案理由。
 ただいま議題となりました学校給食法の一部を改正する法律案について提案理由及び改正の内容を御説明申し上げます。
 わが国の学校給食は、戦後の経済的困窮と食糧不足から児童生徒を救済するための応急的措置として始められたのでありますが、その後学校給食法の制定、予算的措置の改善により、今日のような普及を見るにいたりました。
 近年、わが国の児童生徒は戦前に比べ、著しくその健康が増進され、体位が向上しつつありますが、これは学校給食の普及により、食生活と栄養の改善が推進された結果によるものと言っても過言ではありません。
 今後においても学校給食が心身ともに健全な国民の育成を目ざす学校教育の充実、また食生活の改善という国民的福祉の増進にとって、きわめて大きい意義、役割りを果たしていくものと考えます。
 申すまでもなく、学校給食は児童生徒の心身の健全な発達に資し、かつ国民の食生活の改善に寄与することを目的とするものであり、義務教育諸学校におきましては、教育の目的を実現するために、本法第二条に定める目標の達成につとめて行なわれているのであります。そして、学校給食はこれらの学校における教育課程の一部をなすものであり、教科活動と並び学級指導として大きな意義と役割りを持つ教育活動であります。
 義務教育諸学校の教科用図書につきましては、憲法第二十六条の義務教育無償の規定に基づき、すでにその無償措置が実現し、義務教育の充実に大きく貢献しております。したがいまして、次の段階として義務教育諸学校における学校給食費の無償措置を実現し、さらに一そう義務教育の充実をはかるべきであると考えます。
 次に、学校給食の現状を見ますと、学校給食が開始されてから、小学校で二十年以上、中学校十年以上を経過いたしましたが、なお、未実施の学校が相当残っております。昭和四十三年度の文部省の調査によれば、小学校において完全給食校は七六・八%であり、未実施校四・五%、約三十万人の児童が給食を受けておりません。中学校において完全給食校は四二・二%であり、未実施校七・六%、約八十万人の生徒が給食を受けることなく放置されている状況であります。未実施校について調べてみますと、農山村、漁村等の僻地性の高い地域に多く、給食を実施できない理由は、当該町村の財政的貧困と保護者の所得水準が低いため、給食費の負担に堪えられないことによるものとされております。もっとも、昭和四十年に高度僻地校に対しましては、僻地学校特別対策により、国庫負担による無償給食が実施されておりますが、これもパンとミルク程度の不完全給食であります。これを完全給食に引き上げるとともに、国庫負担による無償給食の措置をこれらの給食未実施地域の学校にまで及ぼし、学校給食の普及の拡大をはかることは、喫緊の要請であります。
 さらに、学校給食実施地域の学校につきましても、最近における消費者物価の急激な上昇により、給食費も値上がりの傾向にあり、保護者の教育費負担増の大きな要因となりつつあります。したがいまして、義務教育諸学校における保護者の教育費負担の軽減をはかる見地からも、早急に国庫負担による学校給食費の無償措置を実現する必要があると考えるのであります。
 以上が、本改正案を提案した理由であります。
 次に改正案の内容について御説明いたします。
 第一には、国公立の義務教育諸学校の設置者に対して、学校給食を義務づけるとともに、私立の義務教育諸学校においては学校給食の実施につとめなければならないとしたことであります。
 第二には、学校給食の給食内容を定めるとともに、その他、学校給食に関する基準は政令で定めることにいたしております。
 第三には、学校給食に要する経費は義務教育諸学校の設置者の負担とすることにいたしております。
 第四には、公立・私立の義務教育諸学校の設置者に対し、学校給食の運営に要する経費の一部を補助することとし、この補助については、この法律で定める給食内容及び基準に適合させるに十分なものでなければならないことといたしております。
 なお、附則において施行期日を昭和四十七年四月一日とし、また、経過措置及びその他関係法律の改正を行なっております。
 以上がこの改正案の骨子でありますが、何とぞ御審議の上、すみやかに御可決あらんことをお願いいたします。
#10
○委員長(高橋文五郎君) 本法律案に対する質疑は、後日に行ないたいと存じます。
    ―――――――――――――
#11
○委員長(高橋文五郎君) 国立学校設置法の一部を改正する法律案(閣法第二五号)(衆議院送付)を議題といたします。
 まず、政府から本法律案の趣旨説明を聴取いたします。坂田文部大臣。
#12
○国務大臣(坂田道太君) このたび政府から提出いたしました国立学校設置法の一部を改正する法律案につきまして、その提案の理由及び内容の概要を御説明申し上げます。
 この法律は、昭和四十六年度における国立大学の大学院及び国立短期大学、国立高等専門学校並びに高エネルギー物理学研究所の新設等について規定しているものであります。
 まず第一は、国立大学の大学院の設置についてでありまして、これまで大学院を置かなかった小樽商科大学及び島根大学にそれぞれ商学及び農学の修士課程の大学院を新たに設置し、もってその大学の学術水準を高めるとともに、研究能力の高い人材の養成に資そうとするものであります。
 第二は、九州大学医療技術短期大学部の新設についてであります。
 従来、看護婦、衛生検査技師、診療放射線技師等の養成は、その大部分が各種学校において行なわれてきておりますが、近年における医学の進歩と医療技術の高度の専門化に伴い、これら技術者の資質の向上が関係各方面から強く要望されており、すでに大阪大学に医療技術短期大学部を併設いたしておりますが、今回、九州大学にもこれを併設するものであります。
 第三は、国立大学の付置研究所の名称及び目的の変更についてであります。
 京都大学に付置されております工学研究所は、時代の進展に伴い、かねてから研究対象を原子エネルギーの開発利用に関する研究に焦点を置いて部門の再編を進めてまいりましたが、全体としての体制も整いましたので、実態に即してその名称を原子エネルギー研究所と改めようとするものであります。
 第四は、国立高等専門学校の設置についてであります。
 近年における電波系技術の高度化に伴い、これに対処し得る優秀な技術者の養成をはかるため、現在の国立電波高等学校三校の内容を充実して、新たに三つの電波工業高等専門学校を設置するものであります。
 第五は、富山商船高等学校等の廃止についてであります。
 昭和四十二年度における富山商船高等専門学校ほか四つの商船高等専門学校の設置に伴い、学生の募集を停止しておりました富山商船高等学校等につきましては、昭和四十五年度限りで在学生が卒業する予定でありますので、これらの高等学校を廃止し、あわせて所要の経過措置を講ずるものであります。
 第六は、高エネルギー物理学研究所の設置についてであります。
 物質の窮極の構造とその性質を解明するため、高エネルギー陽子加速器による素粒子に関する実験的研究を推進することにつきましては、かねてより学界からの強い要望があり、高エネルギー陽子加速器建設についての基礎的、準備的研究を進めてきたところでありますが、学術審議会からも答申を得ましたので、その答申の趣旨に沿って、全国の国立大学の共同利用の研究所として、高エネルギー物理学研究所を設置するものであります。なお、この研究所は、国立大学以外の大学等の研究機関の研究者の利用にも供することといたしております。
 以上がこの法律案の提案の理由及び内容の概要であります。
 何とぞ、十分御審議の上、すみやかに御賛成くださるようお願い申し上げます。
#13
○委員長(高橋文五郎君) これより質疑に入ります。質疑のある方は、順次御発言を願います。
#14
○小林武君 前回の委員会におきましてもお尋ねをいたしましたが、文部大臣にお尋ねいたしたいのは、新構想大学の創設に関してでございますけれども、文部大臣の御答弁の中に、既設の大学は既設の大学なりの大学の改革というようなものがあるだろう、新構想大学という形は既設の大学にとらわれない新しい大学、こうお答えになったわけでございますけれども、これは新構想大学といわれた場合には、既設の大学にとらわれない新しい大学といった場合には、何といいますか、その創設というのは、大臣の見解では全く新しい大学をつくることというふうに理解してよろしいでしょうか。
#15
○国務大臣(坂田道太君) この前もお答えいたしましたように、既設の大学にとらわれない新しい大学、新しい構想の大学という、まあ文学どおりの意味でございまして、それ以上いろいろ、どういう意味で御質問になっているか、実はよくわかりませんけれども、すなおに申し上げますと、そのようなことでございます。と申しますのは、大学でございます。新構想大学であろうと、あるいは既設の大学であろうと、大学である分には変わりはないのでございまして、大学というところが、やはり学問の研究あるいは教育、そういうことを果たすところであるというその本質というものはいささかも変わってはおらない。ただ、その研究の成果を社会に還元するという要請が特に最近には強まってきた、あるいはまた従来閉鎖的な大学が国民のために開かれた大学として要請をされてきておる。昔ならば相当高い能力のある者だけしか大学に入れなかったわけでございますが、今日ではある程度の能力があるならばそういう方になるたけたくさんその高等教育の機会を与えようというような形になってきた、そういうような変化はございますけれども、本質的な大学そのものの持っておることはそう変わってはおらない。しかしながら、いま申しますような点におきましては、社会の進展に伴いまして多少の変化を来たしておる。その変化に応ずる一つの本質的な大学の役割り及び使命の持っておる意味と、それから新たに加わった要請に対する対応のしかたとして、既設の大学だけでは果たし得ないものをまた新しい大学で構想をする、こういう非常に抽象的でございますけれども、私の頭の中に考えておることはそういうことでございます。で、この点につきましては、中教審におきましてすでに検討がなされ、この五月にはおそらく最終の答申がもらえるものだと考えておるわけでございまして、私どもといたしましては、その中教審の答申をも参考にしつつ新しい構想の大学を具体的に考えてまいりたい、かように思うわけであります。
#16
○小林武君 私がお尋ねしたかったのは、既設の大学というものが既設の大学なりに大学についての新しい時代に対応した大学になる、そういうやり方があるという文部大臣の答弁が一つ。その中に新構想大学というのは既設の大学というようなものにとらわれないというのは、既設の大学ということになりますと、改革はやっても長い歴史、伝統というものがその中にあることは当然であります。また、そのことが尊重されなければならない部面もある。でありますから、新構想大学という形は既設の大学にとらわれない新しい大学だということはほんとうの意味においての新しい大学、御答弁はこう理解されるわけです。しかも大臣の答弁にもございますように、前回の御答弁の中にはイギリスにおける、フランスにおける、西ドイツにおけるというような、いわゆる新しい大学の視察の経験からの発表もなさっておる。この点は私が言ったような受け取り方でよいのですかどうですかということなんです。まあいろいろ社会に開かれた大学とか何とかいうことは別にいたしまして、新構想大学というものはどこまでも全く新しい角度から時代の要請に応じた――これは文部大臣の言い方ですけれども、そういう大学をつくるということではないのか、大臣はそのことを所信表明の中にも、前回の委員会の答弁の中にもおっしゃっておるのではないかと、こう私は考えて問うているわけです。
#17
○国務大臣(坂田道太君) 先ほどもお答えのときに申し上げたことで、どういうことを小林さん聞きたいからそういう御質問になるのかはよく私は把握しかねますから申し上げるわけですが、何か既設の大学にとらわれない全く新しい大学なんだという、観念的に考えればそうだと私が答えたとすると、一体既設の大学ではどうなんだ、新しい大学ではどうなんだ、しかし、何かその間にはつながりがあるじゃないか、それはおかしいじゃないか、ことばから言うと全く既設の大学にとらわれない大学、これは現在の既設の大学にとらわれているじゃないかというようなことに論理が進まないとも限りませんので私は申し上げておるわけで、大学の本質というものはそう変わってはおらない。しかし、時代の要請にこたえてその機能がある程度変化していくということは当然なことである、その新しい時代の要請等にこたえて新しい使命に対して既設の大学は既設の大学なりの大学改革をやるけれども、そこで十分行なえない場合もあり得る。だからその場合はむしろ新たな構想で大学の本質は本質としてちゃんとわきまえながら、同時に社会的な要請にも、あるいは次の世代からの要請に対してもこたえるようなものをつくろうじゃないかと、そういうことを申し上げておるわけでございまして、現実的にはそういうかかわり合いはあるということをひとつ認めていただいた上で、既設の大学にとらわれない新しい構想の大学と、こういうふうに御理解をいただきたい。ただこのことを申し上げるためにわざわざイギリスの話をしたのはこのゆえんでございまして、オックスフォード、ケンブリッジみたいなああいう三、四百年の歴史のある大学はそれなりの歴史と伝統と学風とを持って、一面においてはああいうような大学は時代に不必要じゃないかという議論さえあるわけでございますけれども、しかし、大多数はそうじゃなくて、いろいろの欠陥はあるけれども、むしろその伝統、学風あるいはいままでやってきた、果たしておる役割りというものも今日の時代においてもなおかつプラスの面が非常に大きい。だからこれは大学改革はある程度やるにいたしましても、こういう形で残そうという考えが一つあるし、同時にそういう既設の大学にはとらわれないで、講座制とか学部制とかいうものではなくて、そういうものをやめてしまって、そうしてたとえば自然科学系統あるいは人文社会系統というぐあいに学問上非常に総合的に単純化して、そしてまた、一たん自然科学系統に入った学生が場合によっては人文のほうにも入れるように、あるいは人文のほうに入った人たちが場合によって自然科学のほうに入れるような新たなカリキュラム等を、エセックス大学であるとかサセックス大学であるとかいうところでは新たな教育研究の組織運営を始めているわけでございまして、そういうことをも参考にしながら既設の大学にとらわれない新しい構想の大学を考えたらどうだ、新しい教育研究の組織はどうあるべきか、管理はどうやらなきゃならないか等々の問題についていまそういう構想を練っておる、こういうことにひとつ御理解を賜わりたいと思うのでございます。
#18
○小林武君 大臣も私の質問がよくわからないようだし、私もあなたの答弁よくわからない。わからない同士がやってまことに申しわけない。
 それでは、それはまあおいて、今度は大学局長にお尋ねするんですが、全く白紙に構想する新構想大学ではないというのは、この筑波新大学のことに対するあなたの答弁、「全く白紙に構想する新構想大学ではない。やや、何と申しますか、きっかけを得て新しい構想を加えた」ものであります、こういう答弁があるね。ここのところは新構想大学だとは言い切れない特殊な形の意味もこの答弁の中に含まれておる。私はそこがやっぱり聞きたかったわけです。文部大臣はサセックス、エセックスのような大学を新構想大学といって、オックスフォードとかケンブリッジとかいうところの大学とか、そういう古い大学がさまざまな改革を行なっても、それは既設の大学の改革だと、こう区別しているのではないか、こう思ったんです。既設の大学でも日々新たな方法というのはとり得るわけです。たとえばいまお話しのように、学部のワクをはずして学群にしたとか、学系にしたとかいうことはこれはやるかもしれない。そういうようなことは東大の中でもいろいろ検討されておると聞いておる。そうすると、それは既設の大学は大学としての改革を行なう。しかし、全くここに新たなものを誕生させて、そうして新たな構想のもとにやるということになるとこれが新構想大学だ、大臣は現地に行って視察されたんだから、だから私は大臣の心の中には、大臣の考えの中にはそれがある、こうみておる、そうみた。ところが、大学局長の話になるとこれはちょっと違ってくるので、まあ新構想大学ではない、「全く白紙に構想する新構想大学ではない、」白紙でない構想の大学、「きっかけを得て新しい構想を加えた」ものでありますと言っておる。いわばその折衷でありますと、こういう意味の発言をなさっておる。このところに大臣と局長の間に新構想大学というものに対する考え方に違いがあるのではないかということがほんとうはこの間から聞きたかったわけです。そこがぴしゃっといかないんです。その辺のところを大学局長はこの答弁を私が考えるように文章上すなおに受け取っていいのかどうか、これを確認したい。
#19
○政府委員(村山松雄君) 新構想大学と申しますのは、ただいま大臣のお答えにもありましたように、既設の大学にとらわれない新しい構想の大学ということが基本にございますが、しからば具体的にそれがどういうものであるかということそれ自体が実は今後の検討課題であるわけでございます。したがいまして、新構想大学というのはただ一種類ではないと思います。いろいろな形の既設の大学にとらわれないやり方というものがあり得るのではないかと思います。しかし、そうなりましても、大臣も申し上げたように、大学は学問を研究し、これを教授するところであるという本質は変わらないと思います。むしろその本質を実現するためのいろいろな手段方法あるいは組織、そういったものについて新構想を加えるということに相なろうかと思います。そこで一番極端な新構想ということになればいままでとは全く違う、たとえば人につきましては既設の大学におったような人以外の人を求めてもう全然新しい構想を練るというようなこともあり得ると思います。しかし現実には、やはり新しい構想の大学であるとすれば、既設の大学におられた方がむしろ既設の大学のいろいろ不ぐあいな点、あきたらない点などを検討、反省された上に構想されるということに相なろうかと思います。
 そこで、既設の大学の改善ということになりますと、これは人もそのままですし、それから実は何か改善改革をやる場合には、場所とかその他物理的条件というようなことが実際には大きな制約になります。たとえば、御指摘のありました学部学科にかえて新しい組織というようなことを考えましても、既設の大学でありますと、現在の建物というようなものも現在の学部、学科組織に適合するように建てられております。そういうところで何か新しい構想を練るにしましても、既設の人あるいは施設というようなものに大幅に制約されて、なかなかその改良以上の程度に出ない。そこで、既設の大学の人を中心にして構想するにしても、たとえば場所を変えるというようなことになれば、相当新しい構想も練り得る。そこで、御指摘の筑波の新大学の場合には、時間的な経過から申し上げますと、東京教育大学が大塚のキャンパスが狭くて、不ぐあいで、大きい将来計画を立てるのには不便だというようなことから新しいキャンパスを求めておった。筑波に学園のためのキャンパスが与えられるということで筑波に移転を希望したわけでありますけれども、そういう時点で、先ほど来申し上げております、この際既設の大学にとらわれない新しい構想の大学を考えたらどうかというような議論がありまして、大学もその議論に賛同いたしまして、移転を契機とするけれども、既設の東京教育大学にはとらわれない新しい構想をこの際立てて、それに沿って新大学を構想してみるということで、大学自体も構想を練っておられますし、文部省におきましても、事が国立大学の設置でございますから、当事者の意見は尊重すべきでありますけれども、その他の学識経験者の御意見も加えまして、現在案を練っておるところでございます。そういう意味合いにおきまして、表現は必ずしも適切ではなかったかと思いますが、筑波の新大学の場合には、既設の大学と何ら全く関係のない新構想では必ずしもないけれども、既設の大学の改善改良というような程度をこえたある意味での新構想大学であると考えておるというぐあいに申し上げた次第でございます。
#20
○小林武君 文部大臣にお尋ねいたしますが、新構想大学というのは、大臣の構想としては、これはどうなんですか。どのくらい建てるという気持ちですか。これがもう初めで終わりということになりますか。
#21
○国務大臣(坂田道太君) その点につきましては、中教審におきましても、長期教育計画といいますか、あるいはどの程度の学生を、あるいは高等教育機関に学ぶ学生を考えたらいいか、この十年間、たとえば昭和五十年まで、あるいは昭和六十年までにはどれくらいの高等教育機関に学ぶ学生を考えたらいいかという一つのめどが出てくるんじゃないかと思います。そうだとすると、一体どの程度の学生が既設の大学を内部改革することによってまかなわれるか、あるいはまた新しい大学を幾つつくらなきゃならないか、あるいはまた私立大学と公立と国立とのバランスはどうなるか、あるいはまた日本列島全体において地域的にどう考えたらいいのか、こういうようなことも中教審である程度考えられておるようでございますが、私たち自身もそういうような長期教育計画というようなものを考えてみたい。そうしてそれに対して一体お金はどれくらい必要なんだろう、そうしてそれは国民所得に対して年々どれくらいのパーセントを考えていったら実現可能なのかというような試算もやるつもりでおるわけでございます。
 小林先生もすでに御承知と思いますけれども、イギリスにおきましては、ロビンズ・レポートというものができまして、それに基づきまして、一九八〇年までに、当時、たしか一九六三年だったと思いますが、から約二倍半ぐらいの学生数を考えたらいいという計画を立て、それに基づいて新しい大学がたしか七つできつつあるわけであります。この前私がイギリスに参りましたときに、そのロビンズ・レポートを書きましたロビンズ卿にお目にかかっていろいろ話をしましたとき、その当時、一九六三年に自分がレポートを出したときには世間の人はびっくりした。それほどたくさんの大学をつくり、あるいは学生を教育させなければならぬのかと、実は風当たりが非常に強かった。しかし、今日では逆にもう少したくさんの大学をつくり、学生を考えなければならなかったのではないだろうかという批判があるくらいだ。しかし、その計画は計画なりに私は高く評価さるべきものであるというふうに思うわけでございます。すでに七、八年前にイギリスにはロビンズ卿みたいな方を委員長とする、しかもこれは異例だそうでございますけれども、総理大臣の諮問機関として相当の費用をももらい、そうして約三年ばかりかかってレポートがつくり上げられた。このレポートができてから私はイギリスの新しい大学改革がスムーズに進んでおると思いますが、ロビンズ卿その人に私は非常に高く評価いたしますと言ったら、いや、私がこのレポートを書いたからそういうふうになったんじゃないんで、イギリスという国は昔から新しい大学をもう少しつくってくれという地元の非常な要求があり、またU・G・Cと一緒になって検討してきて、ちょうど時期到来してこういうことになったんだというような非常に謙虚なお話でございまして、それにも私は感心してきたわけであります。
 そういう意味で、われわれも何かここに高等教育機関に対する長期教育計画というものはぜひともつくらなければならぬ、かように考えるわけでございます。それが幾つになるかは、その構想の出ました後においておのずときまってくるのではなかろうかというふうに考えております。
#22
○小林武君 いまの点ですけれども、いわゆる新構想大学というような大学、これからできる大学が全部新構想大学になるのか、あるいは既設の大学の一つの形にまねたといいますか、そういう制度のもとでつくる大学か。私は、既設と言っても、学部のあれをはずしたとかなんとかということで既設の体系というものがくずれたとは思わないのです。新構想という看板を掲げたからにはもうもっと徹底的に新しい構想の上に立つと、こう私は思うわけですけれども、大臣のいまの御答弁から見て全部そういうように理解できるとも思いませんけれども、新構想大学として立つものと、それから別に新構想という看板を掲げないでこれから新設される国立大学というもの、その両方がこれから出るわけですか。
#23
○国務大臣(坂田道太君) あんまり、何といいますか、大学の体系をこわすということは、これは慎重でなければならないと思いますけれども、ある程度多様性があっていいんじゃないか、現実社会でございますから。そういう意味に私は考えておるわけでございまして、先ほどから小林先生御質問のように、全く既設の大学にとらわれないような新構想の大学というようなものも考えておるし、それからもう一つは、その中間的なものもあってもいいのではないかというふうに思います。
 たとえば、マスメディアを媒体とする放送大学というようなものはこれは全く新しい大学の中に入るのじゃないか。それから、まだ私、構想を省内で固めたわけじゃございませんけれども、この前も衆議院の委員会においてちょっと私申し上げました、高専を袋小路にしないためのいわば新しい大学、そういう大学も考えていいんじゃないかというふうにも思うわけでございます。
 そういうわけでございまして、まあこれから中教審の答申もございますし、いろいろ考えてみたいというふうに思うわけでございまして、そうお考えいただけば最初の御質問に私がお答えするということになったのではなかろうかと思うわけでございます。あるいはまだそれでも文部大臣の話はわからぬとおっしゃれば、また御質問に応じましてお答えを申し上げたいと思います。
#24
○小林武君 正直言って、まだよくわかりません。わかりませんが、あまり同じことをぐるぐる回ってもしかたありませんから、私の考えも若干述べますというと、既設の大学というのもみんないまは、大学紛争という一つの経験を経て、大学をどう時代に合わせるようなことにするか、どうして一体若い人たちの意欲的な学習というものができるかどうかということに努力していると思うのです。そこに一つの新構想大学というものを持ち込んできたわけですから――私はこれはイギリスの場合と日本の場合とは、政府としての考え方にかなり違いがある。これは国が違うから違うと言うけれども、日本の場合にはイギリスとは違った意味でやっていく、こういうことを考えるものですから、新構想大学が幾つできるかということと、もう一つは新構想大学というものがほかの大学にどんな影響を今度は与えるか。影響というよりもむしろ強力な一つの変化を与える役割りを果たすのではないか。これは一番先に口火を切ったのは、総理大臣がモデル大学というようなことを言われた。あれをいまここでかれこれ言うわけではありませんが、その内容を検討してみれば、少なくとも、一つのモデルとしてつくってそれに従わせるというような、そういう意図もあの中からははっきり出てくるわけです。こう私は判断するわけです。
 そういうことで先ほどの大学局長の答弁を聞いておりまして、これは場所を変えるというような場合には新構想大学に変える絶好の条件が整ったようにも聞こえたのですけれども、一々これから場所を変えるというようなときに、おまえのところはいままでの大学は消滅させて新構想大学にこれからなりなさいというようなことになったら、これはなかなかたいへんなことだと考えられるのです。これは質問ではありません。私の一つの考えです。
 そこで、これは大臣にも局長にもお答えしていただきたいところですけれども、この東京教育大学というものがほんとうに文部大臣が考えられておるような新構想大学にすることにぴったりと条件がそろっておったかどうか。私は、契機ということばをどういう意味で使ったかよくわかりませんけれども、大学局長のあれは、きっかけがちょうどよかった、教育大学の内部はどうであってもちょうど場所を変えるというような考え方があるから、これを一つきっかけとして、そうして筑波に移転させ新構想大学とする、これであったら私は重要な問題だと思う。たいへんなことだと思うのです。学内の意思がどうであっても新しいものをつくろうとしているいいきっかけだ、内部がどんなにこれに反応を示しても内部にどんな問題が起こっても、ということになると、私は新構想大学などという、いわゆる大臣の言う既設の大学にとらわれない新しい大学というものは建設されないのではないか、こう考えているのです。そのきっかけというものについては非常に政治的な意味を感ずるわけです、大学局長の御答弁を具体的に聞いてみるとですね。私は、契機としてというからには、大学が新しく発展し、変革していくという、そういう根本条件が、本質的な条件というものが教育大学の中にあるのだ、だからやるという、そういうことは、私は少なくとも大きな変化、改革を構想大学に加えられるということになれば、そういう要素がなければだめだと思います。ちょうど、あそこでやったからひとつやってやろうというようなそういう考え方では、私は、簡単に大学などを官制上の消滅を伴うようなそういう取り扱いをすべきではないと判断するのですが、その点でお尋ねしたいのは、教育大学という大学がほんとうにそういう新構想大学になる契機というものを持っておったのかどうか、私はないと、こう思うのです。そこに無理があると、こう思っているが、これに対しての見解を大臣から承りたい。
#25
○国務大臣(坂田道太君) 東京教育大学がこれから発展していくためには現在のキャンパスでは峡過ぎる、どうしてもほかにいいキャンパスを見つけたいということは、これはもう教育大学のほとんどの人たちが感じております。また感じておったことと思います。そういうことから結局、筑波山ろくにこの際移転をしようという大方のお話が持ち上がってきたことも事実だと思います。あるいはそれに対して、やはり、あすこまで行くのはいやだ、東京周辺でなければ困ると、別にほかに土地の目当てはないけれども。そういうような気持ちを持たれた先生方だっておられたことは事実だと思いますが、しかし大学全体から考えれば、この際、ひとつ東京教育大学を発展させるためには新しい土地を求めて筑波へ行こう。そうして東京も便利でいいけれども、教育環境としてはたしていいのかどうなのか、未来の日本を考えた場合には、筑波山ろくに新しい構想の大学をつくろうというような夢が出てくるのもまた当然の成り行きかと思うのでございます。そういう形で大学それ自身としても移転への希望を持ち、そうしてその移転をする場合にはああもしたい、こうもしたいといういろいろなことが考えられて、そのうちに大学紛争となったわけでございますが、私どものほうでも、新しい構想の大学みたいな話がだんだん発表をされるというようなことにもなりますし、せっかく移転するのであるならば、中教審も新しい大学の仕組みというものについていろいろ検討をして、既設の大学も内部改革をこういうふうにやったらどうだ、あるいは既設の大学に全然とらわれない新しい大学ができたっていいんじゃないかというような考え方も出てきておる。それならば、われわれの東京教育大学もひとつ筑波山ろくという全然別個のところに新しい構想による大学をつくり出そうということでマスタープラン等が練られてきた。それについてわれわれに対して協力方を申し入れてこられた。われわれもそれに協力をしてきたというのが今日までの実情だと思うのでございます。したがいまして、単に東京教育大学だけではなくて、他の第三者の方々も交えた筑波新大学創設準備調査に関する会議というものも持たれたわけでございます。しかし、これのイニシヤチブはあくまでも東京教育大学が発想し、そしてわれわれに協力方を申し入れてきた。われわれはこれに協力をしてきた。われわれは、こういう時期でございますから、いろいろのアドバイスをしておる。またそれに対する予算措置も考えていくという態勢にあるというのが真相でございまして、あるいはお答えにならない点につきましては、また後ほどお答えを申し上げたいと思います。
#26
○小林武君 まあ私が申し上げるのは、文部大臣もその点ははっきり速記録の中で言っていらっしゃるけれども、「東京教育大学が筑波山ろくに移転したいということでございまして、」――これはもういまの移転したいという希望が学内にあった。しかし「まあそのことから紛争が起こったわけでございます」と、こう述べておられる。この移転の問題から東京教育大学の中に紛争が起こったということですね。そうして、一体この賛否のことになりますというと、少なくともその学内を二分するぐらいの賛否両方の勢力があるわけです。で、非常に何か評議会が決定したからというようなことで教育大学側の意思に従ったというような、こういう結論を出しているようですけれども、どうなんでしょう、いままでの例からいって、学内に非常に問題があれば、たとえば文学部なら文学部がこの移転に反対だとか、農学部も反対だとか、あるいはどこどこが賛成だとかいうような、こういう学内に非常に問題のある場合には、どうでしょう、多数決できまったからそれが大学の総意であるというようなぐあいにいままで処理してきたのかどうか。これはひとつ大学局長にお尋ねしたい。事務的な問題ですから。大学の中にどんなはっきりした状況があらわれておっても、評議会の決定としてきたからその方向に進むのが当然であると、文部省もまたそういう方向をさしてやるようにするというようなことも、これでよろしいのですか。いままでの扱いのしかたとしてはどうですか。
#27
○政府委員(村山松雄君) 文部省としては、大学に対する対処のしかたといたしましては、やはり正当に構成されました学長、学部長、評議会といったような組織を通じて対処をいたします。まあ大学における内部意思決定の経過がどうであったかというようなことにつきましては、やはりそういう組織を通じてお伺いしまして、正当になされた意思決定に基づく申し出であるということであれば、それを了承して、その線でものごとを進めております。
 ただ、まあ蛇足を加えれば、意思決定の内容までは文部省は立ち入らないわけでありますけれども、できるだけ話し合いを尽くして決定されることが望ましいことは申すまでもないと存じます。
#28
○小林武君 あなたの答弁の中に、田中寿美子君に対する答弁でございますけれども、相当多数の人を含む組織体のことでありますから、その意思決定の過程に異論があっても、機関の意思決定は、事柄の性質上多数決でやらざるを得ないのでありまして、と、こう言っておる。「事柄の性質上」というのは、どういうことかわかりませんけれども、この場合はどうなんでしょうか。移転ということが事柄の性質上なんでしょうか、これはどういうことですか。
#29
○政府委員(村山松雄君) 大学における意思決定、いろいろな性質のものもございます。純粋に学問的なこと、たとえば学生の成績の判定でありますとか、そういう問題もございますし、それから、ただいま御指摘のように、施設をどうするかというような、かなり行政的な問題もございます。施設をどうするかというようなことになりますと、単に学問ということだけではなしに、いろいろな立場、あえていうならば、利害関係等々が関与いたします。そういうことで、だれしも同じ方向に全員が一致するということはなかなかむずかしいわけでございます。そういうぐあいに運ばれることは望ましいことでありますけれども、どうしても運べない場合に、その案件を、大学としてはどうしてもやりたいという場合には、やはり許されておる手続で多数決というような形をとることはやむを得ないと存じます。
#30
○小林武君 これは坂田文部大臣が、移転の問題については、大学の積極的姿勢が要請されるということは、私は、前の剱木文部大臣が学内の意思統一をしてきてもらいたいということと同じ意味だと思っているのです。大学の積極的な姿勢ということは、こう私は理解している。その点に関しては二人の大臣の見解はこの移転に対しては同様なんであったなと思っているのです。もし間違っているならばそうでないということをおっしゃっていただきたいのです。それなのに片方は多数決ででもやむを得ないということをおっしゃるのは、これはあれじゃないですか、文部省としていままでとらなかった態度を大学局長がとったということになりませんか。これほど何といいますか、内部において、これは学長選挙のことから見ても、何を見てもはっきり大きく勢力が二分されたというような形、そういう現象をはっきり見ておりながら、多数決当然というようなことを言ったのでは、文部省のいままでの行き方を、いわゆる事務的な段階でも変えていくというような態度が強力に出たのじゃないですか。その点は大学局長、それから二人の大臣の見解というのは一致しているのかどうかということを大臣から……。
#31
○政府委員(村山松雄君) 大学の意思統一があるということにつきましては、認識は同じでございます。問題は意思統一の方法いかんということになります。決をとらないで話し合いで意思統一がなされるというようなことは、大学の意思統一としては望ましい方法かもしれません。しかし、そういった方法ができない場合に、多数決による意思統一ははなはだけしからぬということはないのじゃないかと思います。場合によってはやむを得ないことであり、この筑波新大学に関する意思統一については、まあそういう方法でなされたようでありますが、文部省としてはやはりそれを大学の最終的な意思決定という形で示されました以上は、それに沿って物事をやってまいりたい、ただ、いろいろな事情があったということも、これまた承知しておりますので、今後進めていく場合に、何が何でも意思統一したから、それ以外の意見は聞かないというようなかたくなな態度はとる必要もないし、またとらないようにいたしたいと思いますけれども、基本線としては大学が多数決という方法で意思統一された、その結果を尊重して進めるというところで文部省としては対処するほかはないと存じます。
#32
○国務大臣(坂田道太君) 私は東京教育大学が筑波山麓に移転をして、そして中教審の答申等もにらみながらできるだけ新しい構想の大学をつくりたい、こういうふうに多数の方々が考えておられる、そういうことで大学の機関の意思はきまっておる、こういうふうに思います。先生のお尋ねのように、ここだけを取り上げて、大学の問題を多数決だけできめるのか、多数決だけできまったらそれを強行するのか、こう言われると非常に答えにくいわけなんで、そうじゃないいろんなことをやって、結果としてはそれよりほかにきめようがなかった、そういう形で意思統一をしたというからには、文部省としてはそれを意思統一だと考えていくのが私たちとしては当然のことではなかろうか。だからというて一部の先生方の反対、あるいは学生たちの反対というものを全然無視してということじゃなくて、やはりそういうような人たちに対してもなおなお今後とも説得をするとか、あるいはその人たちの意見をも聞くというようなことでつとめなきゃならないことだというふうに思います。現に反対の先生方につきましては、私は局長にも次官にも、向こうから申し出があればよくお話を聞いてやってくれということを言っておりますし、現にそれをやっておるわけでございます。かなり内部のこともわかっておると思います。
#33
○小林武君 私は、まあ文部省で考えてということを言いたいのは、何といってもこれは文部大臣が言っているように、紛争の種は一体何だというと移転問題なんです。それは単なる教官とか何とかというものではなくて、それは教職員も学生も含めての問題であった。そうして先ほど来言っているように、ほんの一部の人たちが反対をしたというならばともかく、学内が二分されるくらいのそういうとにかく問題にまで発展したわけです。だから移転の問題については慎重をきわめるということが私は大事だと思う。そういう時期に文部省はいままでの方針を変えた、私はこう思っております。いままではそういう方針をとらなかったのに教育大学の移転だけはそういう断固とした措置をとって多数決も当然だという大学局長の考え方が出てきた、こう思っております。実例をもって申し上げますと、あなたはこれ知らぬとは私は言わせないんですが、北海道教育大学、この教育大学はタコの足のようにたくさんの分校を持っていることはあなた御存じのとおりです。それでその中の二つの統合問題が出てきた。札幌と岩見沢というようなきわめて近接のところに、これは歴史的にいえば、性格の変わったもとは教員養成の機関だったんだけれども、それがちょうど北海道教育大学というものになったために、あまり近接しているから統合したらということは学内の中にも学外にもやっぱりあった。そこで、各分校内のいわゆる大学における機関が招集されてそしてこれはきまった。函館、旭川、釧路、岩見沢、札幌分校と五つですか、五つの分校のうちの四つの分校は、統合について、両者の中間の地域に統合の学校を建てようとした。そういう大学の意思を文部省に伝えた。文部省は全部が一致するまでひとつ努力をしなさい、学長も二代にわたってそういう努力をしたが、いまだにそのことは統合の運びになっていない。文部省としては、それに対してどうにも手の打ちようがない、とにかく五つの分校が一致した見解を示すようにしてこいという、こういうことがあった。私は、これは事実上困ったものだと思ってあなたたちに意見を述べたことがある。しかし、それはどこまでも合意に立つというやり方は私は妥当だと思います。それに外部から力がかかわったり極端な話をすれば、どこかの分校をつぶしてしまえというような、消滅させてしまえというような議論のあったことも、あなたたちも聞いているでしょう。そういういろんな議論が入ってきた経緯も考えまして、私はそういう事態があるならば一そう学内に統一した見解というものが必要だと思っておったのですが、その際の態度と今度の態度はまるきり違うじゃないですか。あなたたちの考えならば、統合ですか、起こったときに、直ちに許可しなければならぬでしょう。私はこれについては事務次官の天城さんも、あれは困ったろうというようなことを言っている。それはそうです、予算全然こない、統合されるだろうからといって一つの分校には全然予算もいかぬというやり方をされている、老朽化がきわめて出てきていますね。これはたいへんなことだとわれわれ自体も思うような状況になっています。その際の一体態度と――私はそのときに非常に政治的なにおいというものを感じたわけです。ある議員がこの大学をつぶさなければならぬということを堂々と宣言しておったのです。きわめて政治的なにおいがあった。しかし、政治的なにおいがどんなに迫ってきても、とにかく大学の意思統一ということを得れば外部からのいろいろな圧力というものを排除できるだろうという考え方で、一生懸命大学側としては努力をしておると思うのです。少なくとも、何年たちましたか、そういうことをお考えになってみると、今度の教育大学の問題というのは大学内にあれほど対立を起こし、さまざまの問題がいま起こっているのに、多数決でやるのは当然だというような、そういう方針の変え方は、これはあなたたちの立場としてどうなんですか、これはそこに二つの間に、全く事柄の都合でそういうことはいいんだというそういう御答弁なさいますか。
#34
○政府委員(村山松雄君) 北海道教育大学の統合問題に関する事情はほぼ御指摘のとおりでございます。文部省としては、戦後北海道に限らずキャンパスが散在している大学につきましてはできる限り統合するという方針を立てまして、大学側の話し合い、意思統一、それらを基礎といたしまして、統合問題ということになりますと、キャンバスの適確性、その他予算の問題、文部省でも判断あるいは責任の分担をする点もございます。しかし、いずれにせよ大学の意思統一というものを基礎にしてものごとを処理しているわけでございます。北海道教育大学の場合でも、ある意味で大学としては五分校の中で少なくとも二つは統合したいということをおきめになっておるわけでありまして、文部省としても、その基本線は尊重しながら対処いたしておるわけであります。ただ教員養成というようなことになりますと、地元との関係、その他いろいろ関連するところが多うございますが、まあ基本線は了承しつつもなお話し合いを継続しておるというのが実情であります。東京教育大学の場合と基本的に考え方が違うわけではありません。
#35
○小林武君 詭弁というものだね、あなたの。そういうごまかしやっちゃいかぬですよ。東京教育大学の場合も先ほどから言っているとおり、学内に非常に意見が対立しておる、賛否両論がある。しかも今度の場合は、それを契機として、きっかけとして新構想大学をつくるということになれば、教育大学というものは消滅するわけでしょう、いわゆる新しい構想の上に立ってやるわけですから。そういう人事も含まれるし学生の問題も含まれるし、いろいろな問題を含んだ重要なことを簡単に今度多数決でよろしいというような行き方でいくことは、これは重大なことだと思う。それほどのことをやってのける。片方では、タコの足のような分校を統合するというようなこと、そのためにはどれだけの努力をしたか知らぬけれども、意思統一意思統一、どこまでいったら意思統一できるのかわからぬけれども、一体何年ほうっておくのか。数年の年月を経て、せっかく取得した土地までもうすでにそれを返さなければならぬようなところに追い込んでいるという中で、いまだにそれはあなたは意思統一を求めておるようなそういうお話ですが、私はこの二つの大学の問題を考えますと、とにかく事務的な面においてはあまりにも政治的なくさみを持っていていけない、こう思うのですが、違いますか。
#36
○政府委員(村山松雄君) 北海道教育大学の場合でも、文部省としては大学の意思統一は認めておるわけでありますが、その他諸般の情勢から、それに沿って直ちに措置ができないでおるということでございまして、東京教育大学の場合と基本線において異っておるわけではございませんけれども、まあ客観的な情勢がかなり異っておりますので、全く同様の取り扱いにはなっておらないということでございます。
#37
○小林武君 もっと具体的に言ってください。諸般の情勢と客観的情勢との違いということはどういうことですか。
#38
○政府委員(村山松雄君) まあ特に教員養成のための大学というものは、教員の需給というようなことは地元と非常に関係がございます。で、学校を統合するということは、教育研究の面からいけば力を結集するわけでありますので効果が高まるわけでありますけれども、それによって現実にその教育機関がなくなり、地元にとってみればやはり教員の確保が従来よりは不便になるという懸念を抱きます。そういうことから教員養成関係の大学の統合には、ほかの大学に比べまして非常に困難性がございます。しかし、たとえば福岡の教育大学あるいは愛知の教育大学も同じような経過を経ましたけれども、これも全員ことごとくこぞって賛成ということでは必ずしもございませんけれども、まあ実施できる程度の意思統一の裏づけが出て実施をしたわけでございます。北海道教育大学については、どうもまだそこまでいかないのではないかということで話し合いを継続しておるわけであります。
#39
○小林武君 あなたはおっしゃいますけれども、あそこに五つの分校があって、その人事は何もその周辺に限られているわけではないですよ。そこの大学に入った者がほかのところへ行かない、岩見沢分校の卒業生は岩見沢の周辺だけ、こういうことじゃない。そうでしょう。地元がどうこうということは、やはり国立の大学がなくなるということは困るという感じは、これは両方とも持っているわけで、どこでも持っているわけです。それは無視できないだろうと思います。しかし、岩見沢と札幌というのはどのくらいの距離か、その中間のところに建てたらどのくらいで学生が通えるのか、教官が通えるのか、おわかりだと思うのです。そういうことからいえば、これはたいした大問題ではない。ただしかし、その間において意見の一致をしなかった、ある一つの分校がこれを承知しなかったということから、そういうことが起こっているわけですから、あなたの言う意味から言えば、一番これはやさしい問題なんです。私はむしろ東京教育大学のほうが問題はもっと深刻だと思う。非常に深刻な問題です。しかもそれに加えて大学が消滅するという事態も生ずるわけですから。そこにとにかく多数決であるからといって強引にやっているいまのやり方は、まことにどうもふに落ちないのです。多年この文部省の中において行政に携わっているあなたが、そういうことをおっしゃるということはなかなか理解できませんがね。その客観的具体的というのは一体これはどういうことなのか。諸般の情勢のあれというのはどういうことなのか。それじゃ東京教育大学の場合には諸般の情勢が、一体あれほどの反対があってもやらなければならぬのか、その情勢を聞かしてください。
#40
○政府委員(村山松雄君) なかなか的確な御説明はできかねると思いますが、北海道教育大学の場合は、きわめて困難な理由として一つ地元の問題をあげたわけであります。東京教育大学の場合に、その観点から申し上げますと、これにつきましては筑波の研究学園都市においては一刻も早くいろいろな機関が来てほしいというきわめて強い要望もございます。大学のほうとしても意思統一は一応されておる。そういうことからいたしまして、文部省でもなお問題点の調整は望ましいわけでありますけれども、基本的には大学が意思統一をされた線で進めていくという態度をとらざるを得ない次第でございます。
#41
○小林武君 あなたの答弁は答えになっておらないですね。地元の筑波学園都市ですか、そこから一日も早く来てくれといったから行かなければならぬというようなのは理屈になりますか。私は一番大事なことは、学生がどういう考えを持っているか、あるいは教官がどうなのか、職員がどうなのか、そういうところこそ大学というものの問題を考えるときに第一に考えなければならぬじゃないですか。筑波学園都市がとにかく早く来てもらいたいということならば、そういうことだけでやるのですか。いま岩見沢と札幌分校の問題で地元ということを盛んにおっしゃる。地元尊重、たいへんけっこうです。それはやる方法を何か考え出せばできないはずはない。機関は決定しても、片方は認めない。片方は機関の決定といえどもそれは非常に接近した勢力のもとで決定された。そういう際に配慮しなければならないのは東京教育大学のほうだと思うのですが、あなたの言い分からすれば、軽いほうに重点を置いて、軽いほうに重点を置くということは、われわれの目から見れば政治的なにおいがきわめて強い。政治的なにおい以外にあるならば、もっとこれは重大だ。利害にからまるような問題だったらなおさら重大じゃないか。一番先に考えるべきことは教育のこと、研究に関する問題、そのために内部の意思統一というものをもっと重視しなければならないのではないですか。そう私は判断しますけれども、あなたにこれ以上言ってもしようがありませんから、答弁はよろしい。
 そこであなたにちょっとお尋ねしたいのは、人事面についての発言なんですね。新大学の構想に賛同して参画する教職員、学生、これには筑波に来てもらう、こういうあれですね、これはどういう内容なんですか。移転は始まっても新大学の構想に賛同して参画する教職員、学生は来てもらうということでしょう。これはどういうことですか。一体人事をいまのうちからそういうふうにあなたが言えるような状況にあるのか。私はまだ結論の出る段階はきてないと思っているのですけれども、そういう状況がきていないのに、大学局長が人事にわたる面まで、こういうふうにするんだ、反対者はというように言わぬばかりの言い方ですが、これはどういうことですか。
#42
○政府委員(村山松雄君) 人事につきましては、御指摘のようにまだ何もきまったわけではございません。それに先立つ新大学の構想自体がまだ検討中でございます。しかし、お尋ねがございましたので、新大学ができるという前提で申し上げれば、新大学の人事は新大学の計画に、何といいますか、沿う方々がおそらく上申されるでありましょうし、文部省としては所定の手続に従ってその人事行為を行なうであろうという意味で申し上げたわけでございます。
#43
○小林武君 あなた、自分の発言に対してあれですか、重大なことを発言したというふうにお考えになりませんか。新大学というものは、これはまあ文部大臣は非常にいろいろな点を研究されているからあれでしょうけれども、新大学の一体教官陣あるいは職員も含めてそういう陣容というものは、新構想大学というものに一つの期待をかけるのであるならば、一そう大事な人事ではありませんか。一体、賛同するとかなんとかということが条件になって教官陣を集めたりするのですか。しかも、結論も出ていないときに人事の面であなたがそういうことをおっしゃることは、これは反対派に対する威嚇的な言辞だと、こう私は見ているのですが、どうですか。
#44
○政府委員(村山松雄君) ですから、人事につきましては未定でございます。ただ、新しい大学あるいは新しい学部ができるという場合には、従来の例から申し上げましても、たとえば最近の例で申し上げれば、九州芸術工科大学という大学を新設いたしましたが、これの準備につきましては準備委員会をつくり、そこで大学の構想、趣旨を公示しまして、そういう趣旨に賛同する人々を求め、準備委員会において選考を行なって、文部省がそれに基づいて人事を行なうという経過を経ております。それからまた、これは大学じゃございませんけれども、秋田大学の医学部創設にあたりましても準備委員会をつくりまして、もちろん秋田大学の学長も入りましたが、まず文部省において、学部長予定者を学識経験者の協力も求めまして予定しまして、その人を交えてさらに学識経験者の御協力を得まして、秋田大学医学部の教育の構想というものを発表し、それによりまして各大学に、まあこれは網羅的な公募ではありませんけれども、少なくとも東日本の大学に対しましては、教官希望者の公募をいたしまして、やはり希望し、賛同される方の中から、学識経験者の選考を経ました者について文部省では人事を行なっております。新しいものができます場合には、大学の種類や情勢によって若干の違いはあろうかと思いますけれども、大体そういう経過をたどるものと思われますので、そういう趣旨で、きまっておりませんけれども、御質問がありましたので申し上げたわけであります。
#45
○小林武君 そうすると、新大学の構想に賛同して参画する教職員ということは、これはあれですか、公募というものを前提にしておっしゃっておられるわけですか、これは公募によってやる、教育大学から移転をしますというと、各学部の教官陣も職員も行くわけですね。移転の形で移るわけでしょう。それとは今度は別に消滅すれば一切それはとにかく消滅に伴う何ということになるのですか、退職ということになるのですか。そこであなたのおっしゃることは、公募によってそれではあそこの新しい大学に行ってみたい、こういう方を集めて、そして公募の形でやれば、なれる人もあるし、なれない人もある。こういうことをここではいっているわけですか。
#46
○政府委員(村山松雄君) 筑波新大学の人事につきましては、前にも申し上げましたように、構想それ自体が固まっておりませんので、まして人事をどうやるかということは確定的なことは申し上げられませんので、たとえばのことで申し上げたわけであります。公募というのも、秋田大学の医学部の場合に公募をしたという例を申し上げたわけでありまして、筑波大学の場合に公募をするということが予定されておるわけではございません。
#47
○小林武君 たとえばであなた答弁したんですか、たとえば、そんな話がありますか、そんなたとえばで答弁するということがありますか、そんなことを言って、いいかげんなことを言ってはいけませんよ。あなた大学局長でしょう、責任の衝にある人が人事について述べているのでしょう。たとえばというのはどういうことですか。たとえばではない、新構想大学の人事なんです。賛同した人、教官、教職員学生、学生にまで及んでいる。こういう重大な発言がそういうごまかしみたいなことを言っては困るね、どうなんですか。それは言い過ぎであったとか、そこのところは違いますから、間違いましたからひとつ直してくれと言うなら私納得するけれども、たとえばの話をやって、そのことはたいしたことでございませんということを言うなら不謹慎ですよ。少なくとも速記録に載って外部に出ましたら、この答弁はそのまま記述のとおり理解されるわけです。そういうふうにあなた多年国会にも顔を出しておられて、速記録なんて甘く考えてらっしゃるのですか。私は内容の問題よりも、そのことについて承りたいですね。ひとつ納得がいくように言ってください。速記録なんてたいしたことないならないように言いなさい。
#48
○政府委員(村山松雄君) 筑波新大学の人事のやり方についてはきまっておりません。私が申し上げたのは、前例等に徴しまして、あり得る予想の一つとして申し上げたわけでありまして、確定したもののごとくとられたとすれば、そうではございませんので、恐縮でございますが訂正いたします。
#49
○小林武君 訂正いたしますということですけれども、そのほかにもあるのです。あなたのおっしゃっていることが……ちょうど十二時になりましたから、訂正の話のところでひとつ……。
#50
○委員長(高橋文五郎君) 午前中の質疑はこの程度にとどめ、午後一時まで休憩いたします。
   午前十一時五十九分休憩
     ―――――・―――――
   午後一時十一分開会
#51
○委員長(高橋文五郎君) ただいまから文教委員会を再開いたします。
 休憩前に引き続き、国立学校設置法の一部を改正する法律案(閣法第二五号)(衆議院送付)を議題といたします。
 本法律案に対し御質疑のある方は、順次御発言を願います。
#52
○小林武君 大学学術局長、先ほどあなたは取り消してもいいようなことをおっしゃいましたけれども、やっぱりここの速記録に書いてあることは、取り消すとか取り消さぬとかいう問題より、非常に大きな影響を及ぼすと思うんですよ。そこをちょっと読んでみますと、「この新大学の構想に何と申しますか賛同して参画する教育大学の人人、教官にしましても事務職員にしましても学生にしましても、これは新大学の構成員として必要な経過措置は講ぜられることと思いますけれども」、こう言っている。これ、特に教育大学ということをあげていますからね。これが広く各方面からということであればまだ少し別な響きを与えるけれども、教育大学の反対派というものを明らかに意識してこういう考え方を述べられた。これはもう、私ははなはだあなたに悪いけれども、一切の教育大学の筑波移転に関する新構想大学というものが、少なくとも文部省の意のままに行なわれているということ、一切のことは文部省の意図だけで動かされているという印象を与えておると思うんです。これは大臣がたまたま何か発言しているうちにちょっと漏らしたということであればまだしも、当面の行政的な問題を担当している大学局長がここまで言うということになると、私は事がなかなか重大だと思う。それで、あなたはさっき取り消しになるという話でしたが、取り消すということは、これはどういうことになるか。こういう事実はやらないという意味なんですか。取り消すというのは、まだ決定してない段階に発言したことがあったということの意味なのか。そうでなしに、その取り消しは、今後こういうことを頭においてやらないということ、そういうことの意味なのか。そこが聞きたいですね。
#53
○政府委員(村山松雄君) 先ほど申し上げましたのは、まだ決定しないことを決定したかのごとく受け取られるように表現したのであれば、そうではないという意味で取り消すと申し上げたわけでございます。
#54
○小林武君 とすれば、手続的には失言であったけれども、まだこれからそういうことが起こるかもわからぬということが残されていますね。まあそういう考えをお持ちであるということはひとつ十分記憶しておいてお尋ねいたします。賛成派、反対派などというような類別がはっきりあなたの答弁の中からできているように思うわけでありますが、類別されたら、そういうものの反対派、賛成派のだれだれであるかというようなことも、文部省としては記録として整備されているわけですか。
#55
○政府委員(村山松雄君) 文部省としては大学との応待は、前にも申し上げましたように、学長のように正当に組織された方を窓口としてやっておるわけであります。ただ、大学の方々がいろいろ御質問なり御意見を述べにおいでになれば、時間の許す限りお会いしております。で、私どもは賛成派、反対派というような色分け、確認などはいたしておりません。しかし、いらっしゃる方の中には、これを促進しようということでいらっしゃる方もありますし、それから促進するのはどうかという角度でいらっしゃる方もございます。それで、まあ批判的な方の中でも、自分は何も反対ではないけれども、やり方についてもっとよく話し合いをすべきだというようなニュアンスの方もおられます。まあいろいろあるやに承知しておりますけれども、文部省でそれらの方々を賛成反対に区分をしておるわけではございません。
#56
○小林武君 それは大体文部省のやることではないですね、そういうことはあっていけないことです。しかし、あなたがそういうことをやっていないと言っても、私は一つの疑問を持ちます。
 特にこれに関係してお尋ねしたいのですけれども、最近における教育大学の人事というようなものはこういう考え方から出発している、行なわれているように思うわけです。
 この点については六十三国会閉会後の委員会における田中寿美子委員の質問にも出ているわけですが、文部大臣にお尋ねいたします。大学の中で、賛成、反対というようなことを含めて、大学紛争の責任というような意味もあって、家永教授、入江教授、星野教授の辞職勧告をやった。こういう事態があるわけですが、これについては文部省にすでに何か大学側の執行部として、何といいますか、申し入れ等があるわけですか。
#57
○国務大臣(坂田道太君) 何かそういう事実があったとの報告はあったようでございます。
#58
○小林武君 その事実があったという報告というのはどういうことでしょうか。これは大学局長に質問いたします。
#59
○政府委員(村山松雄君) 東京教育大学では筑波移転という方針を大学としては意思決定しておるわけであります。そこで、評議会において今後人事についてもこういう評議会の方針を了承するかどうかということを一つのポイントとして進めたいというお話が学長からございました。
#60
○小林武君 それに対して何か感想を述べられましたか。
#61
○政府委員(村山松雄君) 別にどうということもございませんので、そういうお話を了承いたしました。
#62
○小林武君 了承したということはどういうことになりますかな。了承ということばは、大学局長としてのことばとすれば何を意味するか、そういう辞職勧告をやったということを認めたということですか。
#63
○政府委員(村山松雄君) 辞職勧告の問題でございますが、これはたとえば特例法に定める「不利益処分」としてのものではないわけでありまして、まあ事実上の問題でございます。そういう意味合いにおきまして、まだ文部省がどうこうという段階でないと存じましてお話を承ったわけであります。
#64
○小林武君 くどいようですけれども、それはあなたの了承ということばは、話を聞いたということですね。そうであるならば、ひとつ速記録は、聞いた、というふうにしておきます。了承したというのは、私のほうの考え方に立つというと、それはもう認めたということになりますからね。
 それからそういうことを言うのは決して意地悪で言うのじゃありません。あなたの答弁によるんです。基づいているんです。田中寿美子さんの質問に対して、あなたの答弁は、「今回の辞職勧告というのは結果的には移転に反対をされている文学部の学部長、教官ということになっているわけでありますけれども、理由といたしましては、一年有余にわたった紛争について紛争の収拾に協力しなかった、あるいは逆に運営を阻害したというのが理由になっているわけでありまして、ほかの大学でも大学紛争きわめて極端にわたって教育研究が停止し、学問の進歩まで妨げたことについて、これは広げて言えば大学全体の責任かもしれませんけれども、詰めていけば比較的その責任がある個人ということを出さざるを得ないわけでありまして、ほかの大学でも個人的な責任の追及ということが行なわれた事例がありまして、教育大学においても、大学で調べて、これら三人の方に特に責任が多いのではないかということを判断されたということ自体は、特に文部省としてどうこう言うべき問題ではない、かように考えております。」、こうなっている。この文章からいいますと、答弁からいいますと、どうなんですか。三教授に対する個人的責任ということを、これは何か私から言えば、肯定したかのごとき表現なんです。巧みにそらすところはそらせていますけれども、私に言わせれば肯定した発言なんです。そうすると、いかなる根拠に基づいてあなたがそういう答弁をしたかということになるわけであります。ひとつこの答弁について、私の考え、解釈が間違っているとするならば答弁いただきたいし、間違っているなら間違っている、間違っていないなら間違っていないというふうに、ひとつ答弁してください。
#65
○政府委員(村山松雄君) 御指摘の答弁は、三教授問題について大学がそういう措置をとった理由づけを御説明したわけでありまして、その限りにおいて、文部省としては大学管理機関であるところの評議会なり学長の処置について論評する立場に、その時点ではないと考えまして、そのように申し上げた次第であります。
#66
○小林武君 大学紛争については大臣もあなたも十分御存じなんですね、内容について。これはもう大臣とあなただけではなくて、教育に関心を持つ者――国民的なこれは関心事であったと思う。そういう中で、あなたは特にこういう立場におられて、今度の大学紛争を、東京教育大学の場合には三人の教授の方の個人的責任というようなことを、これはたとえば辞職勧告を受けるというような一つの強い処分のしかたについてあり得るというそういう解釈は、大学紛争というものをあなたが客観的に見てきてどういう点で一体認められましたか。
#67
○政府委員(村山松雄君) 御指摘のように大学紛争の原因、態様は非常に複雑であります。したがいまして、だれがそれについて責任があるというような判断もまた非常にむずかしいと思います。しかし、ああいう問題が起こりました以上は、論理的にはだれかその問題について責任があるということは肯定せざるを得ないわけであります。しからば、だれが責任があるかという判断になりますと、いま申し上げましたようにきわめて複雑でなかなかつかみにくい。したがって、むしろ多くの大学では責任者を出すというようなことをしておりません。
 東京教育大学では、たまたまある問題をしぼってこれらの方々に責任があるんではないかという一つの判断をされたわけであります。当事者でもなかなかわからないわけでありますので、私どもとしては、その判断が正しいのだという積極的に支持する十分な理由も必ずしも持ち合わしておりませんし、また逆に、その判断は正しくないと、三教授には責任がないという判断の材料も持ち合わしておりません。そういう意味合いで大学当局の取った立場をその段階では否定も肯定もせずに御説明申し上げたということでございます。
#68
○小林武君 文部大臣にお尋ねをいたしますが、この大学紛争ということについては、これは政党が違っても何しても非常に関心を持ち――関心というよりこの事態をどうするかということで苦慮したわけでありますけれども、この三人の教授の方々が紛争の収拾に協力しなかった、あるいは逆にそういう運営を阻害したという理由のもとでこの辞職勧告を受けたというそういう事実を見て妥当なりと考えますか。あの当時の大学紛争から考えてどうなんでしょうか、これは。事の起こりが移転に伴う紛争であるというあなたの紛争の原因論から言ってそういうことがあり得るとお考えになっていますかどうか。そういうことを言うのは、これは非常に狭い。ものごとを正しく見るというそういう観点ではなくて、何と言いますか、感情的といいますか、闘争の中に起こってくる、単なる相手を倒せばいいというような、そういう意識のほうが非常に強く出ているというようなことで、大学紛争そのもののことを考えますというと、これは全く当たらない考え方だと思いますけれども、どうでしょう。
#69
○国務大臣(坂田道太君) 大学紛争は、私自身も非常に複雑な要素がからみ合っておると思います。これを非常に客観的にこれが原因だと言い得る人はいないのじゃないかというふうに私は思うのです。しかし、当事者としますと、やはり当事者なりの一つの判断があるというふうに思います。で、おそらく東京教育大学の何といいますか、管理機関の方々は、とにかく筑波山ろくに新しい大学をつくろうと、こういうふうに考えてきて、それはそれなりにあらゆる努力をしてきておられるわけでございまして、それにいろいろ障害になるもの、あるいは反対があるものについてそれなりの見解を出されることはまたあり得ることだと思うのです。しかし、それを文部大臣がどのように評価をするかということは、これまた別の問題でございまして、ただいま局長が申しますように、その三教授だけに責任があるというふうに言い切るのもどうなのか、あるいはまたそうでないと言い切るのにも、また客観的な証拠はないんじゃないかというふうに私は思います。
#70
○小林武君 そこなんですね。私はいま大臣のおっしゃった当事者の判断、当事者の判断から見ればそういうこともあり得ると、そういう見方ができるんだろうという大臣の答弁のようでしたが、この場合における当事者の判断というものは、先ほども言ったように、物事を正しく見るというようなことはあまりできないような状況にあったんじゃないか、こう思うんです。大体その大学の紛争の原因、主たる原因と言いますか、いわゆるその直接の原因であった紛争のことを考えますというと、その紛争が起こったことによる両者の対立、しかもその勢力は相半ばしているというような状態の中で、いわゆる多数決方式で、そうして強行していったというようなことになりますというと、これは行き方としてはきわめてまずいことである。そういうこの状況の中で決定されたこの三人の処分について、よほど文部省としては考慮しなきゃならぬと思うけれども、そうするとあれですか、いまの二人の答弁を聞いておりますというと、なかなか大学としては、そういうことを申し入れてきたけれども、判断にあたってはどちらが正しいかという判定がしかねる、こういう状況である。しかし、先ほどの多数決というものをこの問題について認めていこうという大学局長の話でありますが、これがはっきり正式の手続きを経て文部省に出てきた場合は、そのどちらに責任があるのか、あるいは三人の責任なのかということは不明であっても、その何に従うということになりますか。
#71
○政府委員(村山松雄君) 仮定のお話でございますので、まあ断定的なことを申し上げますと差しさわりがございます。と申しますのは、現在三教授に対する辞職勧告というのは、先ほども申し上げましたように、教育公務員特例法による不利益処分ではなくて、事実上の大学の意思表示ということでございます。したがって、あくまでも目下のところは、事実行為でありまして、三教授は、それによって自分でもそうだと判断しておやめにならない限りは、まあ辞職ということは強行できないわけでございます。そこで文部省の態度としては、なかなか判断しかねるということでございますが、ぎりぎりどっちだということでございますれば、やはり正当に組織された大学管理機関の一応の判断でありますので、文部省としてはその種のものについては一応尊重してかかる、問題があると思えば十分慎重に調査をするということで対処いたすわけでございまして、本件についても同様と存じます。
#72
○小林武君 それでは、このことについては調査もしないで、大学のこの評議会の決定といえども、直ちにこのことをうのみにするということはない、そういうふうにとらえてよろしいですか。
#73
○政府委員(村山松雄君) 多少デリケートでございますが、文部省と国立大学との関係は、正当に組織された大学管理機関、これはまあ学長の場合もありますし、評議会の議を経てなす学長の場合もございます。そういう意思表示は文部省としてはまずこれは尊重する態度で接するわけでありますが、しかし事柄によって、文部大臣が職責を果たす上で、大学の申し出がすべてうのみにされるということではなくて、まあ疑念があれば十分調査をいたすわけでございまして、本件も同様と存じます。
#74
○小林武君 日本学術会議五十七回総会の「大学人事について全国大学に訴える」というこの声明書はお読みになったでしょう。この中に大学人事に対する問題が書かれてある。これらの問題、この三教授の問題、それ以外の人事の起こりつつあるときに、日本学術会議は声明書を出したわけであります。これをお読みになったか。あるいは全国の各大学から教育大学の人事に関して批判の声が上がっておる、こういう事実に対して文部省としてはどういう考え方をとっていますか。
#75
○政府委員(村山松雄君) 学術会議のお話は承っております。大学の問題につきましていろいろな御批判があることも承知いたしております。ただ現在の制度におきますと、大学の意思決定というのは当事者であるところの学長、評議会あるいは教授会といったような大学管理機関がなす、それを文部大臣は第一義的には尊重するという体制でございます。そういうやり方自体が閉鎖的であるというような批判が最近の事例から起こっておること、これも事実でございますが、それは現行大学制度の改革論議の中であるべき姿を見出して、必要があれば改革をするということに結びつくわけでありまして、現在の制度ですと東京教育大学の正当の管理機関が意思決定をしたというものにつきましては、それ以外の第三者の批判は批判として承るといたしましても、第一義的にはこの教育大学の意思決定が尊重されてしかるべきものと考えております。
#76
○小林武君 教育大学の機関の決定というもの、これを一々文部省が干渉するというようなことはこれは許さるべきでない、当然のことであります。しかし、そのことは少なくとも大学の人事というものに対して正当な手続をとり、当然そういう勧告を受けるような事態がない限りにおいては、これはやっていけないことだということになるわけであります。私は教育大学のいまの状況から言えば、先ほど来いろいろ質疑を取りかわした中でもおわかりいただいたと思いますけれども、異常の状態である。こういうことからしてこれを何でも結びのほうへくるというと大学の機関の決定を尊重するということをおっしゃるけれども、慎重な態度をとるということは当然のことです。先ほど来十分な調査をするということも言われた。しかし私が心配するのは、先ほども例をあげましたように、ある場合には機関の決定を尊重すると言うが、ある場合には機関の決定を尊重しない態度をとられる。文部省はその二つの使い分けをやっておる事実があるわけです。そういう点はひとつ改めてもらいたいと思います。何か異議があったらひとつ……。
#77
○国務大臣(坂田道太君) ちょっとよくわからないのですけれども、私たちは学問の自由というものを尊重してきておると思います。それをしてきていない事実があれば御指摘を願いたいと私は思います。というのは、学問の自由の核となるべきものは一体何かとなると、大学管理機関における人事の選考権が大学にある、それに対してはよほどのことがない限りにおいては文部大臣といえども、あるいはその他の機関といえども干渉してはならないということなんです。それは小林さん御承知のことだと私は思います。だから学術会議といえども、当該大学のきめましたことに対して御批評はけっこうです。しかしながらその人事権を左右するようなことは私はいかがかと思う、またそういうつもりで出しておられると思う。だからそういうふうに学問の自由というものを守るためにわれわれは今日まで来ておるわけです。この場合だけは何か考えてくれというようなことであってはならないと私たちは考えております。
#78
○小林武君 あたりまえだよ。だれがそんなことを考えている。
#79
○国務大臣(坂田道太君) いや、それはそういうことを考えておる人たちも、小林さんは考えていないかもしれないが、そういう人たちもおるわけなんです。ですから多少の問題は残っておっても、やはり正当に組織された大学の管理機関の決定というものは尊重していくということでなければ、学問の自由は守っていけないと私は思っておるのです。そういうわけでして、ただし、その場合に何か著しい問題があった場合は、われわれのほうでも、いかに大学管理機関でおきめになりましても、これはいかがでございましょうかというくらいの指導助言というものはまた私たちに与えられておりますし、それはまた私たち自身が主権者たる国民に対する責任でもあろうかと考えております。そこのところ実は非常に観念的にははっきりしておりますけれども、実際的には非常にむずかしいと思うのです。むずかしいところを小林さんは非常に御指摘になってきておりますから、われわれの答弁も言うならば非常にむずかしいということで、あまり御理解いただけないかと思いますけれども、しかし、すなおに考えていただけばわかっていただけるんじゃないかと私は思うのでございますが、いかがでございましょうか。
#80
○小林武君 ほんとうのことを言うと信頼していないのですよ、ほんとうは。信頼していない。いや、これはうそを言うと悪いから。まあたとえば人事その他が正しく行なわれているか。たとえば大学の決議機関が決定したことが、いまおっしゃるように直ちに尊重されているかといえば、問題はたくさんあります。北海道大学の教育学部長を選んだ。それに文句が入って――教育大学ではありません、北海道大学の教育学部長、砂沢教授の場合、私も何回か質問したと思う。それからもう一つは、北海道大学教育学部の札幌分校の主事を決定したところが、これについて主事が任命になるまでに相当の長い時間がかかった。それはその教授に対して学問上の問題が中心になったということは間違いのない事実だ。何ぼ首を振ってもだめです、これは私が直接知っているのだから。そういうこともあった。そういうことをまた取り上げてここでかれこれ言うわけではありませんが、信頼はあまりしていないわけです。しかし信頼できるようになりたいとは思っています。お互いに話し合ってなりたいと思います。それで私は大学の機関決定が尊重されるような事態というものを非常に望んでいるわけです。これはそうだと思う。ただちょっと気になるのは、いまの御発言の中で、今度の学術会議の声明書というものが、東京教育大学の学長が言っているように、大学の自治に干渉したというふうにとられる内容だとお読みになるところが私はだいぶ問題だと思います。これは教育大学がどうしたということを書いておるわけじゃないんです。大学人事というものに対して私が持っているような一種の見解、大学の関係者でやっぱり学術会議というような団体から見れば、これはみずからの問題として学問の自由というものが侵されるのではないかという不安感、そういう不安感を声明書として出している。学術会議といえども何かの反対団体でもなんでもないわけです。政府機関なんです。そういう点ではどうなんですか。あなたは大学の人事に対するこの声明書は、これはあれですか、何か大学の自治に干渉をしたというような受け取り方をなさっておられますか。
#81
○国務大臣(坂田道太君) 学術会議といえどもこれは学者の集まりでございます。それで日本における優秀な学者であることは間違いないと思いますけれども、しかし学問の自由という場合の学問の自由は、その当該大学における人事の選考権その他について大学管理機関が持っておるということだと私は思うのです。ですからそれについて何か影響を及ぼすようなことがもしあるとするならばそれは問題であることだけを私は指摘したつもりでございます。
#82
○小林武君 まあ私はここに五十七回総会の声明書というものを持っているわけですけれども、この中に、特定の大学をあげてどうこうということを言っているのではない。そういうとにかく学問、思想の自由をみずからの手で破壊するような、そういう教員の人事がないようにしたいということがうたわれておる。こういう事態はもうお互いの、みずからの判断が必要なんだというそういう大学管理制度、そういう大学の人事に対しての意向をまとめたものだ、私はこれをもってぴんとわしの大学がやられたと思うところがあるならばそれはどうも心に何かぴんとくるものがあったからではないかと私は思うのでございまして、そうでないならばこれはもうあたりまえのことだと見のがしていいと私は思うのです。その点文部省では何かそれについて特別の干渉、これは干渉だというふうにお考えになっていないならばいいし、そういう干渉だとお考えになるならば、ここでこの内容をひとつどこがけしからぬかということをお話してもらいたい。
#83
○国務大臣(坂田道太君) 私が言っておりますのは、学術会議といえども当該大学の管理機関が決定したことは尊重していただきたい。そういうようなことを尊重することがここで一般的に言っておられるような学閥の自由を守ることですよということを私は申し上げておるわけであります。これは私から言うのはあたりまえなことです。学問の自由ということはあたりまえのこと、しかも学者の先生たちがなぜこの段階で言わなきゃならないかということ、それは私は私なりに考えはありますけれども、しかし別にいまここでそれをどうこうというものではございません。あの時期になぜこういうようなことをやらなきゃならなかったのかということは、ちょっと私は個人的には不審に思います。あたりまえのことなんですからこれは。ただ、先ほど北海道大学のことをおっしゃいましたけれども、私は学生が直接参加をしてそうしてそれが従来の法律に基づきました管理機関の人事権を直接に干渉するというような場合は、学問の自由を侵すことになるから、学問の自由を守るためにはやはりそこのところをちゃんと見きわめた上で、その選挙等の手続をきちんとして、そして承認するものは承認しなければいかぬという、言うならば私としては学問の自由を守るために問い合わせをやっておる。その問い合わせをやっていることに対して何らの返答がない。したがって、それを任命しないということだけでございまして、むしろ私自身としましては、国民のために、主権者たる国民の皆さん方のために、また文部省としまして学問の自由を守るために努力をしておる、こういうふうに受け取っていただかないとちょっと理解がいかないわけなんでございます。
#84
○小林武君 文部大臣は文部省の部屋の中でいろいろなことをごらんになっておる。私は顔を目の前に持っていってそうしてその事実を見、話を聞いているのですから、この耳でね。だから判断のしかたが違います、それは。それと同時に、大学紛争というもののあとに出てきた、いわゆる学生が大学に対してどういう発言ができるかというようないろいろな問題をもっておる。そういう傾向が一つ大学改革の中にも出てきていることはあなたも御存じのとおりです。それは、とにかく、大学の学生が大学の教官やその他の機関の決定を無視するというようなそういうことは許されない。許されないけれども、大学の学生だってやはりそのことについて発言する機会はあってしかるべきだという考え方を大学当局がとって、そしてその手続については、それはあなたのほうで知らぬと言うかしらぬけれども、しかるべき機関を通して説明を申し上げておる、こういうのです。これはこの前の、この前というか、ずっと以前の問題ですけれども、私の質問にもそういうことを言っておる。そういうことが一つあるし、先ほど来、札幌――その当時は学芸大学かな、の主事の問題なんかも理由が一つもないじゃないですか。それを、なぜ、あんなに延ばしたかという事実も、それは私も知っている、御本人も知っていれば……。それから大学が長い間主事を任命されなかったという事実も知っている。そういう問題があるから、そういう問題が最近に至って随時あらわれるという、そういう事態から、これについて大学当局が、あるいは学問に携わるものが、特にこの点についてみずからを戒めなけりゃならぬと、これはそういう趣旨です。大臣は、それに対して、ときもあろうにそういうときに出したからぴんと来たんだと、そういうことは文部省が日ごろやっていらっしゃることです、文部省とか政府の中でね。選挙が近くなるというと国家公務員、地方公務員は選挙について何とかというわかっておること、ちゃんと法律に書いてあるのだから、どんなことをやれば非合法になるかということはちゃんとわかっている。そういうときにそういうものを出す。教育委員会もなかなか御趣旨を尊重してよくそういうことをやる。私は、そうやったからといって選挙がきれいになっているかというと、とんでもない。今度は、皆さんが信任なさっておる教育委員会の幹部が妙なことをしたりするというようなこともごらんになってわかっておると思うわけであります。だから、私は、そういうふうにおとりにならぬほうがよろしいと思う。同時にまた、そういうことをやらなければ、将来、だんだんお互いに信頼し合うような状況も出てくると思いますがね。大臣のいまの学術会議の声明書に対する考え方は、何か特定の大学をどうこうしようというようなところに視点を置いてやったということを何か強く感じておられるようでありますけれども、かりにそうだとしても文章の内容からはそういうことを言う必要はないと思います。私も、これよけいですけれども言いますが、私は、いつの国会だったか忘れましたけれども、教育大学の問題で国会法七十四条、五条かに規定されている質問ですね、内閣に対する質問状を出した。これは議長の承認を得て出した。ところが、これに対して、教育大学の福田教授だと思いましたが、名前はもし間違うと困るから……。京都の何か教育関係の集まりの席上で、これは文部省の西田さんも出ておったと思うのです。大学の自治に干渉したのは小林さんだと、こう言う。もう一人共産党のだれかもそういうことを言われたけれども、この質問書に対して言うのであればこれはとんでもない話だ。何もあすこでやったのはけしからぬと言ったのじゃない。どういうことになるんだというような内容はいまここに持ってきておりませんが、一体国会法できめられていることをやっているのに、もしそれが不穏当なものであったら議長は許可しないということになる。そうでしょう。その質問が少なくとも内閣に質問して妥当なものであった。まあ公開の席上であなたは何とか言ったが、ずいぶんおもしろい人だと思って、私もあんまりそれについては文句を言いませんでしたけれども、何というか、大学の自治ということについて敏感になられることは非常にけっこうです。干渉されてたまるかという、そういう気持ちを持つということは、これはむしろ尊重すべきことです。当たりさわりのない、何も別なところまで文句をいうことがあってはならないと思うのです。それを文部大臣までちょっとあれはそうじゃないかという勘ぐりをされるということは、これは坂田文部大臣らしくない。そう思いませんか。
#85
○国務大臣(坂田道太君) ちょうど私から見ると一般の大学の学問の自由を話をしておるのだけれども、小林さん自身が、きょうの質問は東京教育大学のその人事権、管理権について触れられて話をしてこられた。そして突如としてこれはどうじゃいと、こうやられたわけだから……。あなた自身がこれとひっかけて話をもってこられたから、私もそうだと思い込んじゃったわけです。だから、思い込んだのが悪かったならば、私としては、一般論としてそのとおりのことだと思います。これはもうそのとおりでございます。またこれを守るために私どもはいままでお話をしたように、多少の問題点が残るかもしれないけれども、東京教育大学で正当に選ばれた教授会、評議会でおきめになったことはやはりわれわれとしては尊重していかざるを得ないのじゃないですかということをるる二人で午前中からお話し申し上げて、もうこのあたりでおわかりいただけるものと思うわけでございます。どうぞ御了承のほどをお願いいたします。
#86
○小林武君 それは何を言っているかということはよくわかりました。ただ、あなたが持ち出したということについては問題がある。ぼくは具体的な教育問題の話を出してきた。教育大学の問題を出してきた。しかしながらこれは教育大学の問題ばかりでなく、いまの日本の大学の人事に対して一種の不安感を学術会議というふうなところでも出しておるのだから、そういう点についてやはり文部省がひとつ国家機関として政府機関である学術会議のあれには注意を要するのではないかということを言っただけで、その点は私の言い分もわかっていただけるかと思うのですがな、どうですか。
#87
○国務大臣(坂田道太君) わかりました。
#88
○小林武君 それからもう一つ申し上げておきたいのは、教官の昇任人事が停止されているということ、しかもそれが大学の運営に非協力であったというようなことをいわれていると聞いているわけです。一体その大学の運営に非協力であったというようなことで文学部の教授会で決定したことが通らぬというようなことは、私はどうもやっぱり異常な状況ではないかと思う。大学の決定にかれこれいう立場でなくて、そういう問題をはらんでいるところに私は新構想大学というもの、新構想大学の契機になるような教育大学は一体現状なのか。強行するということがはたしてあなたたちのおっしゃる新構想大学というものの設立目的に一体一致するのかどうか、そういう不安感を持っておるということをひとつ申し上げておきます。
 次に、これはちょっと聞いた話ですけれども、何か文部省で筑波新大学に対するアンケートというようなものを、文部省あるいはその他文部省の機関になる何々会議とかあるいは中教審とかいうところでアンケートを求めたというような事実がございますか。昨年です、これは。
#89
○政府委員(村山松雄君) 文部省では筑波新大学に関するアンケートをやったことはございませんし、それから文部省でお願いしております筑波新大学創設準備調査会というのがございますが、この調査会自体でもやったことは承知しておりません。
#90
○小林武君 これは事実ないということであればここでは議論になりません。ただし、受け取って書かされたという人がいるわけでありますから、そのことはひとつ次回にでも確かめて、なければ幸いです、まず確かめて、またひとつやりましょう。
 次に、これは局長にお尋ねいたしますが、「筑波研究学園都市にかかる新大学創設準備調査実施について」というのが事務次官決裁で四十五年の四月十一日に出ているわけでありますが、これは文部省の調査ということになりますか。
#91
○政府委員(村山松雄君) 文部省の調査でございます。
#92
○小林武君 そこでこの創設準備調査会というものが組織されたわけですね。
#93
○政府委員(村山松雄君) そのとおりでございます。
#94
○小林武君 それではもう少し、今度は小出しに出さないでずっと御説明いただきたいのですが、この会議の性格というのはどういうことになりましょうか。主体が文部省だということはわかりましたが、部外協力者というのは、これはこの会議に出てきてどういう役割りを果たすのか、それから文部省の係として出席した方々の間ではどういう関係になるのか、会議の運営というのは具体的にどうなるのか、中教審とはどういう関連に立つのかなど、このほかに漏れておりましたら、それも加えてひとつ説明をしてもらいたい。
#95
○政府委員(村山松雄君) 行政を進めます場合に、専門的事項につきまして部外の協力者を得て実施したほうがいいと思われるものにつきまして予算措置を講じまして調査会をつくるというのは、ほかにも数々の例がございます。筑波新大学の創設準備調査会もその一つでございます。つくりました趣旨は、筑波新大学のビジョンについては東京教育大学でもいろいろ検討して、すでに試案などができておるわけであります。しかし、先ほど来御説明しておりますように、筑波新大学は単たる移転ではなくて、この際新たな構想を盛り込んだ大学にしたいということで、単に東京教育大学の考えだけではなしに、こういう問題に関心のある部外の方の協力も求めたほうがよかろうと文部省は考え、東京教育大学もその趣旨に賛同いたしまして、そういう部外の学識経験者に東京教育大学からも御参加願って会を構成しておるわけであります。で、座長としては、現在東京家政学院大学の理事長をしておられます柴沼先生にお願いをしてございます。そういうことでございますから、この会の性格は法律に基づく審議会等ではもちろんございませんけれども、事実上文部省に専門的助言をいただく機関ということでございます。で、文部省としてはこの調査会の御意見がまとまりますれば、それをひとつ尊重してと申しますか、大きな参考として筑波新大学の構想を進めたいと思っております。
 中央教育審議会との関係でございますが、もちろん制度的な関係はございません。ただ、中央教育審議会が考えております大学改革の方向と食い違うようなことを考えてもぐあいが悪いと思いますので、文部省としてはこの調査会にお願いする方向といたしまして、中央教育審議会の審議の方向をにらみ合わせながら、教育大学という素材のことも考え、それから筑波という場所の立地条件、近所には研究機関等がたくさん行くというような立地条件を考えて、ひとつ理想を頭に描きながら現実的な案をつくっていただきたい、このようにお願いしておるわけであります。
 会議の運営といたしましては、先ほど申しましたように、座長に柴沼先生を互選いたしまして、柴沼先生の司会のもとに進めております。文部省の職員はその会議には関係の係の者が出席をいたしまして、文部省として必要な問題を説明をしたり、あるいは資料の調製のお手伝いをしたり、そうしておるわけであります。
#96
○小林武君 部外協力者の人選というのは、何といいますか専門的事項に関する助言でございますが、この目的を遂行するためにどういう点に人選の考慮する点を置いたか、ちょっと説明してください。
#97
○政府委員(村山松雄君) この調査会を持ちます前に、東京教育大学としての新大学のビジョンなどが出されております。そういうこととにらみ合わせまして、新しい大学構想などに意見のある方にお願いをする、それから大きなキャンパス計画をするわけでありますから、都市計画でありますとか、あるいは建築の専門家などにもお加わりいただく、まあそんなことで顔ぶれを選びましてお願いしてございます。
#98
○小林武君 教育大学から二人出ておるわけですね。これはあなたのほうからいえば賛成派か反対派どちらですか。
#99
○政府委員(村山松雄君) 教育大学からは実は三人お願いしてございます。これは学長に趣旨を申し上げまして、こういうことでやるから教育大学としても適当な方を御推薦願いたいということで、御推薦のあった方につきましてお願いしておるわけであります。
#100
○小林武君 そうすると、いままでの説明によるというとあれですね、専門的事項に対しての助言でありますから、その決定は助言の程度の決定であるということが一つ、それから中教審の構想からはみ出ないことが一つ、もちろん文部省の考え方にもはみ出ないことが一つ、こういう三つの大きなワクで人選をされ、それからまた内容もそうなると思うのでありますが、ここで意図に反したようなことが出たらどういうことになりますか。仮定の事実といっても仮定でないこともありますから、文部省の考え方と違うことが出たらどういうことになりますか。
#101
○政府委員(村山松雄君) そういうことはあまりないのじゃないかと思いますが、先ほどいろいろワク内のお話がございましたが、ワク内かワク外かというそのボーダーラインはたいへんデリケートでございますので、文部省としては調査会には大体こういう方向でというお願いをしまして、自由に御討議を願っております。若干型破りな考え方が出てまいりました節には、これは十分調整いたしましてやってまいりたいと思います。助言機関でございますから、助言はまるのみにしなくてもよろしいわけでありますけれども、できる限り尊重することが望ましいわけでありますし、文部省では従来この種のものを設けます際にはそういう方針でまいっております。まあ若干ワクにはずれたような御議論がありましてもそれはそれなりに調整をしていくことが可能と考えております。
#102
○小林武君 この会議の性格というのはよくわかりました。まあ型破りの議論が出たらよく説得して、大体歩調をそろえてもらうというようなことだと思います。
 そうすると、これはきわめて専門的な方々を集めたといっても、人選の面から考えましてもほんとうに何と言いますか、新構想大学はかくあるべきだというような新鮮な、しかも何と言いますか、文部大臣のおっしゃるような新構想大学にはならないような気がするわけですがね。そこで、これはどうなんですか、これの最終構想が決定をされるというのは、近くらしいですね、そういうことはないんですか。
#103
○政府委員(村山松雄君) まあ最終といいましてもなかなか程度、段階があるわけで、最終といっても直ちにそれによって青写真が引けるようなものはまだ先であろうかと思いますが、昨年に一応その調査会が中間発表をしております。それをその後の外部からの御意見、それから内部の討議を経まして練り直しまして、基本的な方向としての最終的なものを今春までには出していただきたいと思っております。で、四十六年度になりましたらさらにもう少しその性格を変えましてもう少し今度は具体的に、そのころにはまあ教育大学の考え方もかなり具体化してまいると思いますので、それと歩調を合わせまして今度はもうちょっと具体的に話を詰めてまいりたいと思っております。目下のところ筑波新大学の発足は四十八年度から程度に見込んでおります。あとまだそれまでに二年あるわけでございますので、段階を追って具体的にもっていきたいと思っております。したがいまして、調査会のいわゆる最終答申なるものは、昨年秋に出しました中間発表を若干肉づけをした程度のものをまず出していただく、その次はさらにより具体的なものに進んでいく、かように考えております。
#104
○小林武君 この調査会における試案ですか、中間ですか、出た。その際の二つの柱がある。これは新構想大学のモデル校としての性格を持つ、既設大学の改革への強い影響を及ぼす性格を持つ、こういう決定があったわけですか。
#105
○政府委員(村山松雄君) 昨年秋に発表された中間発表にそういう趣旨の明確な表現は必ずしもなかったと思います。
 それから調査会全員が必ずしもそういう気持ちにまとまっておったとも言いがたい状況だと記憶いたしますが、調査会の中で積極的な意見としては、そういう方向を明確にすべきだという意見もあったように承知をいたしております。まあそういう状況が先生御指摘のようなことに伝わっておるんではないかと思います。
#106
○小林武君 そうすると、いま私が伺った二つのことは、助言ですからね、これはとるもとらないも文部省次第。助言としてはそういうことがきまったというか、話が出たという程度のものなのか。これは試案ですから、試みの案としても、中間発表としても、こういうことが一つの助言の形として出たのか出ないのかということは重大なことです。話が出て、何かうやむやに終わったというならそう言ってもらえばいいんです。
#107
○政府委員(村山松雄君) ただいま申し上げましたように、昨年秋中間発表しましたものには御指摘のような表現はついておりません。ただ、蛇足までに調査会の雰囲気の一部を申し上げたわけであります。
#108
○小林武君 雰囲気ですね、そうするとこれは最終案のときにはこういういわゆる二つの柱ともいうべきものが出てくるわけですね。文部省としては、その点についてまだ論評する段階ではないし、のむとかのまないということをきめる段階でもないんですね。それでその中にあげられました大きな問題として、大体教育研究の新体制、新しい方式による大学の管理運営、入試の抜本的改革というふうなものを大きな柱として出されるというが、これはどうですか、事実ですか。
#109
○政府委員(村山松雄君) 大体そういう項目に触れております。ただ、たとえば抜本的というようなことになりますと、これは判断が入ってまいりますので、客観的に見てはたして抜本的なのかどうか、その点の問題は残りますが、ただいま御指摘のように教育研究体制あるいは管理機構それから教育のやり方、入試など従来に見られないような新しい構想をもっていこうということはあらわれております。
#110
○小林武君 教育研究の新体制ということについてどんな大体中間案としては出たわけですか。
#111
○政府委員(村山松雄君) 教育研究の体制といたしましては、従来の学部、学科、研究所といったような大学の組織区分がややもすれば硬直的になって新しい大学教育研究に対する要請に必ずしもこたえていないではないか。たとえばボーダーラインの研究が穴があくとか、あるいは関連分野の連係が十分でないとか、そういう批判と自覚に基づきまして、新しい大学においては従来の学部、学科、研究所といったようなものにとらわれない学問の分類、形成につきましても新しい目標で、たとえば学系でありますとか、学群でありますとか、そういう新しい構想をとるように提案をいたしておるわけでありまして、そこら辺が筑波新大学の構想の一つの柱になっておると思います。
#112
○小林武君 時間がだんだん迫りましたから全部はとてもやれそうもございませんけれども、学系、学群課程というのがあるんですか、そこでこれはどういうことになりますかね、教育大学の移転とからみ合うわけでありますが、そうすると、この大学ができた場合には学部というものは解消される方向にありますね、まだ決定的でないとしても。そうすると、たとえば体育学部なんというのは学系、学群ということになるとどういうところに入りますか、あるいは芸術学部があるかどうかしりませんが、教育大学なんか芸術関係の予算ありましたよね、昔から。そういうのはこれはどこへ入ってくることになりますか。
#113
○政府委員(村山松雄君) まあこの調査会の構想それ自体がまだ抽象的でありますし、それから教育大学の構想も固まっておらないわけでありまして、実際に学群とか学系とかをどのように構想するかというのは、いろいろな考え方を現段階ではまだ並列して比較検討しておる段階でございます。たとえば人文科学、社会科学、自然科学、生物科学というようなことに分けますれば、おそらく芸術などは人文科学に所属することかと思いますし、また体育は、場合によっては生物科学というようになろうかと思います。それから、もうちょっと観点を、まあ従来の表現にとらわれないでやりますと、たとえば人間科学でありますとか、資源科学でありますとか、物質科学というような分け方もあり得るのじゃないかとか、あるいは体育科学、医学というようなものはやっぱり別だから、別にしたらどうかとか、いろいろな構想が現在はまだ並列的に比較検討されておる段階でございます。いずれにしましても、現在の東京教育大学の組織は、新構想大学に適合するものについてはできるだけ活用したいという観点で議論がなされております。
#114
○小林武君 いま持っている学部、それから学生の数、そういうものがどう変化するかはいま簡単に言えないでしょうけれども、高度な知識社会の要請にも応じる新大学の創設というようなことを考えた場合に、この大学というものは一体どういうところが中心になるのですか。学系でも何でもいいですけれども、学部で言えばわれわれもぴんとくるところはあるのですが、学系とかなんとかで、隣接の学部を並べたようなのが系だそうですが、そういうあれだと、ちょっとわれわれがしろうと的に考えて、どういうことが中心なんでしょうか。体育学部を生物学に入れた場合、確かに一面ありますけれども、技術のほうの、柔道であれば柔道、剣道であれば剣道、体操、その他いろいろな競技、そういうものを、これはなかなか生物学といっても、生物学的なことだというようなことばかりもいかぬでしょうがね。そういう雑多なものをここへ包含したというような形になるのですか。雑多と言ったら悪いですけれども、そういうものを網羅した総合大学という形式をとるのか、それとも何かが中心になった大学になるのか、そこらがはっきりしないと、いわゆる新構想大学というものの真価が出ないような気がするのですが、うんと包含して広く大きなものにするということになったら、一体どういうことなのか、これはかなり具体的なことが出ているようにも思うのですよ。研究所、研究と何ですか、教育との何とか、いろんなこと出ていますが、そこらはどうなんですか。目標がいまあるわけでしょう、多少こういう大学にしたいというようなね。これはどうですか。
#115
○政府委員(村山松雄君) 御指摘のように、抽象的な議論の段階ですと、かなり自由な構想が出されますが、いざ具体的に構想を立てようという段階になりますと、なかなか実情も無視できないというようなことから、その自由度が減退してくるような傾向もございます。現在は、これは筑波における一応の物理的条件がございまして、そうむやみに大規模のものもできないわけであります。たとえば学生数など、これはまだ数字は実は中間報告にも入っていないわけでありますけれども、まあ一万人ぐらいというような考え方もあるわけであります。そうなりますと、また一応その学問のかなり多くの分野を包含した総合大学的な方向を一応は目ざしておりまして、きわめて限定された目的の大学ということでは必ずしもないようでございます。現在は、東京教育大学においてもこの調査会の進捗状況と並行しまして、もう少し具体的にどうするかという案を立てておる段階でございます。まだ学群にしましても、学系にいたしましても、具体的にどういうものを当てはめていくかということについて御説明できる段階では必ずしもございません。一応かなりの規模の総合的な方向で新しい学問の方向を予見できれば先取りをしていこうという意欲は十分持っておりますけれども、それが現実にどうなるかということについては、率直に申し上げますと、調査会でも教育大学でも苦慮いたしておるような状況でございます。
#116
○小林武君 いまの段階ではっきり言えということも言えないことはわかります。そこで、はっきり言えないことはわかりますけれども、やはり教育大学の移転ということが一つ前にありますから、これは一つの制約がありますから、そこにいって、いよいよ目標がはっきりしていって、この学部はその大学の性格上はみ出すということもあるでしょう、それは学生の場合そういうことになったら、移転はなったがはみ出す、そして今度は、これが消滅するわけです。消滅するという時期には新構想大学というものは一つの方向がはっきり出ると思いますけれども、一つの大学を消滅させておいて、そこに引っ張っていくというやり方ですから、その間にいわゆる学生が犠牲になる、あるいは長い伝統というものが全く何のあれもなく消滅してしまう。こういうことでは、やはり教育というものは私はうまくないと思うのだが、そういう点について不安が何かあるようにお見受けしたが、このことについては、いまの段階であなたにそういうことを突っ込んでもしようがありませんからやめますけれども、文部大臣、時間がきたからということで注意を受けておりますから、きょうは残ったやつはやめますけれども、一つは、あなたにこの際お尋ねもしたいし、またやはり最高の責任者でありますから、いろいろ御考慮をいただきたい。特に何も知らない文部大臣ではなくて、経験の豊富な方ですから、そういう意味でひとつまじめに率直に申し上げますからお聞きいただきたい。私が先ほどから言っていることを聞いたら大体おわかりかと思いますが、教育大学を、そこに持っていって自然消滅させるというやり方は、私は教育大学が必ずしも教員養成の大学だとは思っておりませんけれども、そういう部面での一つの歴史的な伝統もあるわけですから、そういうことを考慮いたしまして、考えながらやりますと、これ新構想大学というようなものに持ち込むことによって、新構想大学が中途はんぱになる。それから教育大学はまた何かそこに消えてしまうというようなことにもなるというふうな、アブハチとらずということがございますけれども、アブハチとらずのような状況になるのではないかという心配があるのです。大臣はこの間からいろいろ視察その他でもってきわめて研究されてきた御様子でございますが、むしろイギリス等における全く新しい別個なこの大学をつくるというような観点に立つならば、私は教育大学の移転に伴う、それを契機とする、単なるきっかけみたいな、きっかけ論みたいな教育大学の扱いというものに対しては考慮を要するのではないか、多額の金を使って、しかも理想に燃えてやるというならなおさらです。私は、そういう点で大臣としてこの問題についていたずらに内紛を激化させるという副産物まで出してやるのがいいかどうか、ほんとうの意味での新構想大学というようなものをつくったほうがいいのではないかと思うのだけれども、こういう点についてまだこれから考えていく余地がないのかどうか、また大臣の真意というものはどうなんですか、私のような考え方というものがやはりぐあいが悪いのか、ひとつ長くてけっこうですから御説明をいただきたいと思います。
#117
○国務大臣(坂田道太君) 簡潔に申し上げますが、先ほども申し上げましたように、既設の大学にとらわれない全く新しい意味の大学、つまり新構想大学というものも一面において考えていく。しかし、東京教育大学は従来のいきさつもございますので、必ずしも既設の大学にとらわれない全く新しい構想の大学とはあるいは言えないかもしれないけれども、しかしながら、その教育研究のやり方なり、あるいは管理運営のやり方なり、あるいは建物等につきましても特に考慮をして、人間関係を回復するような空間設定というものも一面において考えていったらどうなのか。そういうことから考えると、むしろその中間になるような大学であってもいいんじゃないか。そうして、従来の教育大学の伝統をも一面においては維持しつつ、それを拡充というか、質的に充実をして、そうして発展させて、見違えるような新しい大学というものに発展さしていくとすれば、もう学生たちも満足するだろうし、それからかつて教育大学を卒業された人たちも、もとの教育大学がこのような形に発展して、いまではもう日本一の大学になった、世界でも優秀な大学になったんだ、こういう誇りを持ち得るような大学には一体ならないものだろうか。従来は、なかなか新しい大学あるいは内部改革をやるようなことをしましても、財政当局がきびしくて、あるいは定員等が十分になくて、なかなか文部省も大学の先生たちから信用なかったわけでありますが、今度は新構想大学をつくるわけですから、しかも、われわれとしましては、第一号にでもしたいというような気持ちですから、相当の必要なお金と、それから定員とを確保して、そうしてあの筑波山ろくにりっぱなひとつ大学をつくろう。こういうことで、従来のいろいろないきさつはあるかもしれぬけれども、あるいは反対された人たちもあるかもしれぬけれども、そういう人たちもひっくるめてひとつ御協力願えないだろうかというように私は一人考えておるわけです。しかし、そうは申しましても、いろいろの経緯もございましょうし、そんなに文部大臣が言ったって信用ができないというようなことをおっしゃるだろうと思いますが、私の気持ちは実はそういう考え方なんです。
 これまたおしかりを受けるといけませんけれども、前提の前提を申し上げておきますと、これは相手が小林さんでいらっしゃいますからよくわかっていただけると思いますけれども、私の気持ちを申し上げますと、たとえばあの東京教育大学の理学部というのは非常にすぐれたところじゃないか、これはそういうふうに私は思います、スタッフなんかにいたしましても。で、日本はどちらかと言いますと、御承知のように戦後工学部が非常に大きくなり過ぎまして、そうして自然科学の中においても工学部が非常に大きくなり過ぎた。そして純粋科学であります理学部というものが相対的にへこんでいる。あるいはそれに対して、今度は人文社会のほうも相対的には伸びが悪いということでございます。これはまあ日本の大学の一つの特徴かと思いますが、しかしヨーロッパの諸大学、これはまた一長一短がありますけれども、むしろ純粋科学、基礎科学というものは大学でやるべきなんだ、工学部のごとき、あるいは応用科学の面はいわば学問の体系に入らないんだという根強い伝統があるわけです。しかし、やはり時代の要請でエンジニアリングもやはり学問なんだという考え方で、この間もお話し申し上げたように、ドイツのボツフム大学でもそういうような学問領域を求める。まあ、日本で言えば工学部みたいなものをつくろうとしておりますし、あるいは、フランスでも、中途はんぱでございますけれども、短期の工業大学みたいなものを併設して、それがなかなか拡充しておる。イギリスのほうでもそういうような考え方が出ておるのですけれども、まだ十分根をおろしていない。しかし、日本のほうはむしろ工学部があまりにもでっかくなり過ぎて、応用科学のほうだけは非常に進んじゃったけれども、その基礎になる基礎研究、ピュア・サイエンスというものが実は大学の自然科学の分野においては一番基本でなければならない。たとえば理学部と言いましても、今日では生命そのものまでも追究するというところまできておるわけですから、ケミストリーも物理学も、あるいは生命そのものとなりますと、これは生物学の領域に入っていくと思うのでございますが、むしろそういうピュア・サイエンスの理学部というものの充実した、そうして理学部を土台とした応用工学というような形でこのエンジニアリングを考えていくという形で、たとえば自然科学系、あるいは自然科学群というのですか、系というのですか、そういうような形、あるいはそれに人文社会、こうなるとかなりおもしろい大学が構想されるのじゃなかろうかというふうに、私の頭の中には一応そういうふうな考え方もあるわけです。また私のような考え方を持った方も東京教育大学の中におられるとも私は聞いておるわけでありまして、そういうようなことであると、既設の大学にはないユニークな一つの大学ができ上がるのじゃなかろうか。そういうことのために、まあいままでの行きがかりはあったろうけれども、もう一ぺん文部省も、それからその準備調査会も、それから非常な意気込みで定員もまた予算的にも、今度はほんとうにその覚悟をきめてやろうとしておるからということで、もう一ぺん現在の執行部が反対派の人たちを説得する、あるいはあの人たちがなかなか説得できなければわれわれのほうが間に立って説得をするというようなことも、やはりこの際、あるいはある段階では、あるいは時期がきたならば、やってみたっていいのじゃないか、あるいはやるべきじゃないかという気持ちは私は持っておるわけでございます。そういうわけで、いがみ合っておる、こういうことじゃなくて、お互い本質をよく考え、将来を考え、そうして発展的に協力し合うならば、新しいほんとうにいいものができるのじゃなかろうか。まあ私は非常に単純な男でございますから、そんなに文部大臣みたいに甘く考えておったんではだめだというおしかりを受けるかもしれませんけれども、私自身はそういう気持ちで実は大学当局にも機会があるならば申し上げてみたいと思いますし、反対の方々にもお会いをして、そうしてお話をしてみたいという気持ちは十分にあるということを表明をいたしまして、お答えになりましたか、なりませんかわかりませんが、小林さんの御質問に対してまじめにお答えを申し上げたつもりでございます。
#118
○小林武君 これで終わります。
#119
○大松博文君 このたびの国立学校設置法の一部を改正する法律案について少しお尋ねいたします。
 このたびの大学院設置の件でございますが、このたびの措置で大学院が小樽商科大学と島根大学の二つの大学に設置されることになりましたが、従来の新制大学制度の中におきましては理工系のみだったのに、それがこのたびは商学と、農学という分野に初めて大学院ができる。そうして、今回における設置の必要性とまたどの程度のメリットがあるか。そしてまた申請したときの内容、どういうような内容であったかということをひとつ御説明願いたいと思います。
#120
○政府委員(村山松雄君) 国立大学における大学院の扱い方でございますが、昭和二十四年に新制の大学ができました際に、旧制では大学には研究科を置くべし――必置になっておったのでありますが、新制では、大学には大学院を置くことができるというぐあいに任意制になったわけであります。そこで、文部省としては大学院のうちで博士課程はきわめて程度の高い少数なものにしてこれを充実し、程度を落とすべきでないということで、旧制の大学だけに置くことにいたしました。
 それから修士課程につきましては、まあ、それほど思い詰めたわけじゃございませんけれども、当時は大学の学部を整備することで手一ぱいでもありましたし、また大学院に対する社会的要請というようなことも十分でございませんでしたので、修士課程についても従来の旧制の高等学校や専門学校を基盤としてつくった学部の上にはまだ当分置かないということで整備をいたしました。
 そういう状況で昭和三十八年まできたわけでありまするが、そのころ中央教育審議会におきまして大学制度の改善に関する前回の答申がなされました。そこで大学の規模や将来の方向についても論議をしたわけでありまするが、ここでいろいろございまするが、大学はもっと普及すべきであるし、それから少なくとも修士課程程度の大学院は単に学問の研究ということだけではなしに、高度の職業教育や社会人の育成のためにも充実した学部の上には設けるべきであるという御意見が出されました。そういう御意見に沿いまして、昭和三十八年以来新制で編成いたしました学部の上にも修士課程はつくってまいったのでございます。したがいまして、単に理工系だけではなしに社会科学の関係にも修士課程をつくったわけでございますが、つくります考え方としては、これはやはり大学院でございますから、大学院を置くに足るだけの基礎の学部が充実したものというのが第一条件であります。
 それから第二には、やはりその大学院程度の卒業生に対する社会的需要というようなことも考慮する。これは研究者もございますし、また職業人の場合もございます。こういう観点からいきますと、理工系のほうが需要が多かった。そこで理工系のほうを比較的先につくった、こういう関係になります。
 そういうことで、三十八年以来、漸次充実した大学で、社会的需要もあるというようなところについては修士課程をつくってまいったわけでありまして、現在までに研究科の数にいたしまして八十三できております。比較的分野としてできておりますのはやはり理学関係、工学関係、それから薬学というようなところが多いわけであります。ただ、経済につきましてもすでに二つはできております。で、今回小樽に一つと、それから農学については現在までにすでに二十七できておるわけでありますが、むしろ未設置のところのほうが非常に少ないわけでありますが、今回島根大学が以上申し上げましたような条件を満たしたと判断いたしましたので、つくることにいたしたわけでございます。
 特色といたしましては、島根の農学部につきましては特に他と変わった特色というものは必ずしもございません。ほか並みといってよろしかろうと思います。
 それから小樽の大学院につきましては、これは経営管理というような方面に焦点を合わせたものでございまして、この大学はつとにこういう方面に着目して内容を充実しております。新制の経済学部でたしか一番最初にコンピューターを導入して科学的な経営管理などの教育研究に重点を置いておったわけであります。そういう線に沿いまして、今回経営管理を内容とする大学院をつくるということにいたした次第でございます。
#121
○大松博文君 私、この小樽商科大学と島根大学の農学部、これの昨年までの卒業生で今度大学院に行った人の数をちょっと調べてみて非常に驚いてしまったのです。小樽の商科大学の経済学科、これは昨年百十二名卒業して、大学院が七名。それから商業学科が九十五名卒業して、大学院は、ない。管理科学科が十八名卒業してゼロ。計二百二十五名で大学院に行ったのは七名。
 それから、島根大学農学部のほうでは、農学科二十八名卒業して一人。それから林学科二十二名卒業して、一人もなし。農林経済学科が二十三名で、一人。それから、農芸化学科が二十七名で、三名。農業工学科が二十三名で、ゼロ。だからして合計百二十三名卒業して、五名ということです。いろいろ聞いてみましたところが、小樽商科大学にしても島根大学農学部にしても、進学者の数を見ると、はたして設置に価するのだろうか。また、進学希望者が多いからという理由にも私ならないと思います。この点いかがでしょう。
#122
○政府委員(村山松雄君) 御指摘のように、現在大学院進学者は必ずしも多くございません。既設のものにつきましても実は必ずしも定員を満たしておらないという状況でございます。そういうことを強く見ますと、大学院はそうつくらなくてもいいのではないかという疑問も起こってまいろうかと思います。ただ私どもとしましては、その大学院は充実した学部の上に置くというのは原則でありますけれども、どこまで充実したらそれでは置けるかというやはり判断の問題だと思います。大学の当事者からすれば、自分の大学は大学院を持たないから充実ができないのだという悩みもあるわけでございます。また学生にいたしましても、自分の大学にあれば大学院に進学したいのだけれども、よその大学まで行くのはなかなかたいへんだというようなことから、大学院進学率が大学院のない大学については、ある大学よりもさらに低いという実情でございます。そういう状況を勘案いたしますと、博士課程は依然として慎重に扱う必要があろうかと思いますが、修士課程につきましてはある程度の充実と、ある程度の需要があれば、若干は奨励的な意味も含めまして、新制大学の俗に言えば士気を高めるというような観点も加えまして、漸次置くことは必要であろう、かように考えるわけであります。そういう意味合いにおきまして、御指摘のように、大学院は志願者が非常に多いという状況では必ずしもございませんけれども、ある程度充実したと見られる大学につきましてはこれを置くという方針を取っておるわけであります。
#123
○大松博文君 進学者が少なくても波及効果があるということも私わかります。そして、一体これがどれくらいの数になっていくんだろうということも、大体私は推定の域を出ないのじゃなかろうかと思いますが、いろいろよく聞くところによりますと、勢力分野によって設置される、また順番によって設置される。そしてまた、学校としての研究費が多くなると学校の格が上がるのだ。そして、教官の質向上、学部内容の向上、これは非常にいいことです。また、その地域の教育、文化、産業振興に役立つのだということがいろいろ原因になっているだろうと思います。いま大学院については、言われましたように、学部で修めたものにさらにプラスする、より高度の研究者や職業人の養成をその目的としていることは言うまでもない。そして、ちょうど昭和三十八年一月の中教審答申で、大学院には修士課程と博士課程があり、修士課程においては研究能力の高い職業人の養成をおもな目的とし、博士課程は研究者の養成を主としてやることとなっております。これは、最近の科学技術の進歩が産業界に大きく波及して、職業人として修士課程を修めた人材が求められる、これにこたえる大学院の設置は現在どういうようになっておりますか。
#124
○政府委員(村山松雄君) 大学院の少なくとも修士レベルの卒業生を求めるという需要度は、工学及び薬学、こういう分野で非常に高うございます。社会科学などでは現在、日本の実情は遺憾ながらそこまで至っておりません。むしろ学部卒というのが職業人採用の基本的条件で、大学院はどちらかといえば研究者ということになります事情からいたしましても、薬学、工学などにつきましてはほぼ定員を満たしておりますし、それからその卒業生はほとんど、修士課程につきましては産業界等職業につくという実情でございます。その他の分野ではなかなかそういう状況にまだ至っておりませんので、政策としては若干奨励的意味を付加する必要があろうかと思っております。
#125
○大松博文君 私は大学院設置ということに反対じゃなくして、これは大いに設置していただきたいということは思っております。なぜこういうことを私が言うかと申しますと、とかくこういうことになりますと、地域の育成とか地域の教育、文化、産業の振興ということをどこでも言います。しかし私、いろいろ考えてみますと、これとはまた別個でございますが、たとえば高専を例にとります。これは地域開発のために、と言って高専をつくる。そうしたところが、その地域の向上発展のためにはならない。というのは、その地域で、その習得した技術で社会に貢献するという意味で高専というのがあちらこちらにできていると思いますが、そこの卒業生がその県に残らない。みなほかの県に出ていってしまう。医学部だってそうです。医学部ですと、やはり、そこで卒業してそこの付属病院へ残る人はいいが、それ以外の方でもとかく都会へ都会へと出がちである。そうすると、その学校で養成した学生がその地域に残っていかないということになる。まあこれは医学部ですと、そこに付属病院ができるということから、その地域の方のいろいろな面においてメリットも生まれてくるだろうと思います。
 私、考えるのに、人間というものは非常にえこじなものがあります。だからして、私ですと昔、仕事した余暇にバレーをやっておったので、バレーをやりながら世界一になってやろうと思うと、一つのことに向かって邁進していって、いわば私は一つの技術屋だと思う。人間というものはこういう一つのものに向かって邁進しておりますと、視野が狭くなる。わき目も振らずにどんどん走ってしまいます。だからして、私のことを、いまでもよくいわれますが、あの時代、大松というやつはまともなやつじゃないとよくいわれた、みんな人間というのは一つのことに邁進しますと、まともじゃないようになってくる。そうして自分自身がオールマイティーだという考えになって人のことを顧みない、人の迷惑も顧みないというようなことになりがちでございます。私、いまそのことをいろいろ振り返ってみましても、ああ、こういうようにもっとみんなに協力しておけばよかった、みんなににこやかにつき合っておけばよかったということを思います。
 私が言いたいのは、こういうようにいろいろなところの大学に大学院をつくらずして、関西を境として一方では関西ブロックで一つ、中京ブロックで一つ、関東ブロックで一つというところに大学院大学をつくることが一番いいのじゃなかろうか。これがあちらこちらの大学の中に大学院をつくられる。そうすると、一つのところで研究しておりますと、お互い同士がだんだん、これは競争してくるようになればいいが、そうではない、自分自身の分野を守って、人のことは全然考えない。そうして自分の地位とか名誉とか保身の傾向になりがちだ。学校の教授とか研究者というものはとかくそういうようになりがちでなかろうかと思うのです。私は自分のことから考えてそういうふうに想像します。だから、そういう大学院大学をつくればそこでお互いが研究し合いながらその成果をお互いが発表しまして、そうしてお互いがまたその中でいいものを取り、その上にまたいろいろなものを研究していける、こういう面が私は出てくるだろうと思います。いままでの学園紛争を見ておりましても、技術者、そうしてまたああいう一つに専念されていますと、大学の教授ですと、何か一ことに向かって、小さいものを研究していく、そうすると、たとえばノミばかり研究している人があるかもしれない。またネズミだけ研究している人があるかもしれない、そうなりますと、これまた世間のことは何もわからないのです。ほんとうに視野が狭くなってしまいます。そうするといろいろなことにいて融和がとれなくなってしまう。とかく研究者というものはそういうような傾向に私はありがちだと思いますから、文部大臣にお聞きします。私はこれは頼むほうですが、大学院大学というものをつくってもらいたい。そうしてこれは一校ではちょっと無理ですから、関西ブロック、中京ブロック、関東ブロック、そういうところでやってもらうと大きい発展につながる、進歩につながっていくのじゃなかろうかと私は思います。その点文部大臣の御所見をお聞きしたいのです。
#126
○国務大臣(坂田道太君) この大学教育の場合は、研究というのは非常に重要な働きをするわけでございまして、また研究をするには若い学生が集まって、そうして共に先生と一緒になって研究をするという過程において教育も成り立つし、また同時に学生から啓発をされて研究が進む、そういう部面があろうかと思うのです。昔は四年制の学部で一応大学なんだという考え方でよかったと思いますが、しかし、今日のように複雑な社会になりますと、昔考えておった大学というレベルの大学は、修士課程くらいまでなければ昔考えておったような大学レベルではないのじゃないかということが一応言えるのじゃないかと思うわけでございます。そういう意味合いにおきまして、局長も申しますように、修士課程の大学というものは今後条件が満たされるならばこれを認めていくという方針でございます。しかしまた、今回の大学改革の答申等によりますと、やはり大学院大学という学問研究のそういう大学を新たに考えるべきではなかろうかという、そういう答申も中間報告ではございますけれども出てきておるわけでございまして、今後は先生御指摘のような大学院大学というものが、どういう形でこれはできますか、まだ予想はできませんけれども、しかしそういう方向に進まなきゃならないということは、はっきり言えるんじゃなかろうかというふうに思います。
#127
○大松博文君 こういうものをつくっていただかなければ、いろいろな優秀な連中がそういう一つの勢力分野、またいろいろなお互いの権力分野、こういうことによってアメリカなんか流出して行ってしまうということもあるということを私聞いております。だからして、そういうことのないようにこういうふうに文部大臣にもお願いしたいと思います。
 それから次に、医学のほうをひとつお願いしますが、この間文部大臣が記者会見されておりましたときに、国立医大を四十七年度中に二、三校新設するということを言われておりました。また自治省でも辺地医療対策として、辺地大学というんですか、新設したいという考えがあるということもこの前言われておりました。この辺が一体どういうようなかみ合わせになってどういうふうになるのか、ひとつ御見解をお聞かせ願いたいと思います。
#128
○国務大臣(坂田道太君) この前申しましたのは、四十七年度から国立大学の医科大学あるいは学部増設、創設というものを考えていきたいという意味でございますから、まずそれを前提として申し上げたいと思います。と申しますのは、御承知のように、医師不足が非常に強く訴えられております。特にこの僻地等においてきわめてその声は強いわけでございます。そのことにつきましては、医師の不足、あるいは医師養成が追いつかないという事情が一つございます。
 それからもう一つは、これはやはりお医者さんの行政と申しますか、医療行政そのものに根ざしておるとも言える部面があるわけでございます。これはまあ厚生省の所管でございますけれども、政府としましてはやはり医療の機関の整備、あるいは医療のやり方等について抜本的な基本的なこともやっぱり考えていかないといけないんじゃないか、かなりなお医者さんがおるわけですが、それがどうも東海道メガロポリスの都市に集中している。そして僻地に行かない、あるいは大学にくっついておりまして、これがなかなか地方に出て行かないという事情が一つある。しかし医師養成を受け持っております文部省としましては、どう考えてみましても、医療行政だけではなくて、絶対数もやはり十分ではないんではないか。現在たしか人口十万に対しまして百十二ぐらいだろうと思います。先進国では百三十、あるいは百五十という、ソ連なんかはもうちょっと多いんじゃないかと思います。そういうことから考えまして、そしてもう一つは、最近私立の医科大学ができました。できましたけれども、巷間伝えるところによりますと、相当多額の入学金を出さなければ医学教育は受けられないという。そうしてこれが一種の社会問題になってきている。そうなりますと、金を持っておる者は医学教育が受けられるけれども、金を持たない者は医学教育を受けられない、これは何としても問題である、こう私は考えるわけでございます。一方、私のところとしましては、医学教育を大学でどう考えるかということが、実は大学改革の一つの問題点でもあった。また大学紛争の原因にもなったわけでございまして、この解明も急がなければならないわけでございますが、しかし、このような社会問題を惹起しており、そして今日不正入学なんかの問題が出てまいりますと、五月に中教審の最終答申がございますけれども、もちろんそれを尊重していきますけれども、政府としましては、あるいは文部省としましては、絶対数の医師養成に対しまして真剣にこれは具体案を考えなければ国民の皆さまに申しわけない、こう判断をいたしまして、この一月以来、大学局を督励いたしまして、本年じゅうに一定の医師養成の計画を発表しようと、こういうことで臨んでおるわけでございます。
 しかし、われわれもいままで何にもしていないかと言いますと、そうでもないわけでありまして、昭和三十六年度から十年間今日まで、約千五百四十名の医師養成の学生増をいたしておるわけでございます。これは国立では約九百、私立が六百、公立が四十だったと記憶いたしております。これはいろいろのやり方がございましょうが、一つには定員増あるいは昨年度から秋田医科大学の創設それから私立大学の認可という形でこの十年間まいっております。しかし、御承知のように、教育期間が普通の学部より二年長いわけでございまして、その効果が出てまいりますのが、実を申しますと、大体千五百四十人の増が出てまいりますのが昭和五十一年度なんですね。ただいまのところそういう計画を三十六年にやって養成をしておりますけれども、実際世の中に出てきております医者の数というのは、大体その半分くらいじゃないかと思うわけでございます。その計画が、千五百四十名が世の中に出てくるのは五十一年度なのです。しかし、五十一年度になりますと、いまの人口十万当たり百十二が大体百二十五ぐらいになる。厚生省のほうでもいろいろ試算をいたしまして、これは一応の試算でございますけれども、大体人口十万当たりに対して百五十人くらいまでのところには昭和六十年度くらい目当てとして考えるべきじゃないか、こういうような要請がございます。そういたしますと、いまからこの昭和六十年までの間に大体千五百くらいの増員計画を考えたら一応の絶対数の不足というものは満たされるのではなかろうか、というのが一応の私たちの試算でございます。この千五百を一体どのようにして考えていくかという場合に、私はこの際はいろいろの困難はあろうかもしれません。定員の問題もございます。あるいは国立で秋田医科大学をつくるにしましても約八十億ぐらいはかかると思いますし、人数にいたしましても、病院等を含めますと八百人程度は定員をいただかなければならない、そういう問題もございますけれども、私は、こういう社会問題となっておるのにわれわれがだまっておるわけにはいかないので、四十七年度からできますならば二つか三つの国立の医科大学あるいは医学部というものはどうしてもつくらなければならないのではなかろうか。その他私立の医科大学もございましょうし、あるいは公立の医科大学もあるわけなんで、特に公立はたしかいま九つ医科大学があるわけでございますが、その中でかなり国立と大差なく動いておるし、またそのレベルも高いものも二、三あるわけでございますが、その定員が六十というのがまだあるんです。あるいはまた八十というのもあります。戦前は、国立の医科大学でも百二十という定員がございました。しかし、私は人の生命を守るという特殊の職業でございますから、やはりレベルダウンをしてはいけない。お医者さんになる人は、やはり医術につきましても相当な技術を身につけていただかなければなりませんし、昔から医は仁術なりと言っておるわけでございまして、やはりこのモラルがりっぱな人でなければほんとうのお医者さんではあり得ないと私は思うわけでございまして、やはりレベルダウンはよろしくないということを考えておるわけでございますが、この公立の医科大学の人員をたとえば二十名ずつふやしましてもかなりな増員計画ができるわけです。で、辺地医科大学の構想が自治省から出されまして、われわれもこれには賛意を表したわけでございますが、そのときに自治大臣に私は申し上げたんです。おたくの関係で九つの医科大学がございます。これにわれわれもまだ予算的に十分めんどうを見てあげておらないということは深く反省をしなくちゃなりません。おたくのほうでも一つか二つの新しい医科大学をおつくりになるのならば、この現在の九つある医科大学を充実するあるいは定員を何とか考えていくということを自治省も考え、国も考え、文部省も考え、あるいは厚生省も協力し合うという形で、ある程度今後の千五百名の確保というものも私はできるんじゃないか。そのほうがむしろ現実的であるし、効率もいいんじゃないかというふうにさえ考えております。まあこの問題についてはいろいろございましょうけれども、そういうことで私は基本的に国立の――学生のほうからいうならば、お金がかからないで医学教育が受けられる道をどうしてもこれはやらなければならぬと決心をしておるわけでございまして、いずれまたその計画がもう少し進みましたら、皆さま方にお話を申し上げ、また御批判等も受けたいというふうに考えておる次第でございます。
#129
○大松博文君 まあ大臣のお話をよく聞いておりますと、いますぐに云々ということはなかなかできそうにない。しかし、いま大阪の入試問題でやっさもっさとなった。大臣がいま一番大切なのはこういう医学関係の改革だということを言われました。私、これはもう文部省に一番責任があるように思います。この問題も、大阪のあの問題も。これはなぜかといいますと、ちょうど終戦当時に卒業生が大体一万人ぐらいおったという話を私聞いております。そして、今度は二十四年から五年に臨時医専が廃止されたときに、約二千八百人ぐらい。それがずっと昭和三十六年までその状態が続いた。三十六年に国民皆保険ということになって、こういうことになりますと、まあ人間というのはおもしろいもので、医者へ行ってもあまり金がかからないから行くようになったとともに、それからだんだん老人が長生きするようになった等いろいろな情勢もある。また公害病というのも出てくる、また交通事故というのも出てくるというようなことからして、その後だんだんふえてくる。そうして医者の数もいまじゃ四千三百八十人でございますか、そうして昭和六十年度には六千人にするという計画を立てていると私聞いておりますが、しかしこれは非常に資金の点で予算がとれないだろうということと、また昭和三十六年の国民皆保険までは患者が少なくて、医者が患者を奪い合いしていたというあの時代だった。だからして共倒れすることを回避さしてやらなければいけないという気持ちが当時文部省、厚生者にも私あったのだろうと思う。それが続いてきていたとともに、また医師会に気がねしていることが私は多分にあるだろうと思う。そういういろいろな面からしてきているのとともに、もう一つ私思うのは、なぜかというと、これは文部省だけでしたら問題はなかっただろう、私いつもスポーツのことをよく出しますが、スポーツのことになりますと、文部省はあまりいままで力を入れてくれなかったように思います。事実そうだろうと思います。なぜかというと、これは厚生省と文部省と、それから総理府とかんでいるからして、どちらも責任のなすり合いをする、この問題も私そういうところにあったのであろうと思います。また医学部を開設しようとすれば幾らぐらいの予算が要るのだろう、それをちょっとお聞きしたい。
#130
○政府委員(村山松雄君) 大学をつくります費用につきましては、いろいろな計算方法がございまして、必ずしも正確な数字を申し上げかねるわけでありますが、概算を申し上げますと、たとえば学生八十人、病床数八百床程度の付属病院を有するという規模で考えますと、それに必要な施設設備費が土地を除きまして大体八十五億ぐらいかかるのじゃないかと思います。それから、できましたこれの運営費でありますが、その程度の医科大学でありますと、大体学部の費用が四億ぐらい、それから病院の費用が十五、六億円、それで大体支出予算が二十億、それに対して病院収入が、国立でありますと学部を除きました七割見当が見込まれます。したがって、病院収入が十億程度でありますから、大体純支出予算は八、九億程度年間要るというぐあいに考えられます。
#131
○大松博文君 私がちょっと聞きましたところによると、何か大学をつくるのに五十億、最低五十億、そうしてまあ普通ですと百億以上要るという話を聞いておりますが、杏林大学でございますか、これは何か百二十三億要って、その内訳が指定寄付金が五十億とか、地方自治体の寄付金が八億、自己資金が四十三億、長期借り入れ金が二十三億とかいうことを聞いております。そうしてまた戦後現在に至るまででこの新設された大学というものは四十五年に北里大学、杏林大学、川崎医大、私立が三校。国立は秋田大学医学部の開設、そうして四十六年度開設が東洋医科大学、そうしてまたいま申請中が愛知医科大学、名古屋保健衛生大学医学部、そして兵庫医科大学、帝京大学医学部ですか、こういう申請をしているところも、現在大体三十億から四十億の準備はしておるということを聞いておるが、こういうことは一日も早く許可してやっていただきたいと私は思います。
 それからまた私が中国なんかによく行きますと、あちらでははだしのお医者さんといいます医者がたくさんおります。文革のときに行っておりましても、農村に行きますと医者だといって若い連中が三十人くらい農村に入っていきまして、医療班だといって、医者だといってどんどんどんどん入っていきます。私がソ連に行っておりましたところが、ソ連で私がかぜを引いて九度くらい熱が出た。病院に行きましたところが女医が出てきた。そして診察していて、これはこれでだいじょうぶと処方せんを書いてくれたので薬局へ行って薬を買った。薬を買って帰ってきて、それが首に張る薬だったから首に張りましたところが、二分か三分くらいのうちに首が痛くなってそのままにしておけない。私は痛いものだから取ってみたところが、ここが赤く張れ上がってやけてしまった。それで私は向こうの連中に、おまえのところの医者はへたな医者だなと言いました。そうしたところが、いやソ連人と日本人の皮膚は違うからこうなるのだと言うから、おまえのところの医者は日本に比べると程度が低いのだと言ったら、おまえの国もそうだろうが、わしの国も医者はピンからキリまである、こう言われました。私はそれを聞いてなるほどと思いました。まあこういった例をあげたらたくさんあります。沖繩にも医介輔というのがあります。私この前沖繩に行ってかぜを引いた。私はかぜだからわかっているからと言ったところが皆が心配して医者を呼んでくれましたところが注射をして聴診器をあてた。あとで私が、ほんとうに君資格を取った医者かと言ったところが、いや医介輔だと言う。そういうふうに医介輔でも長年の経験を積んでまいりますと、国家試験に合格した医者と同じことをするように私はなると思います。こういうことをいろいろ考え合わせていっているうちに、何も大学に入ってから医者になるまで十年あまりかかる、こういうことをしていれば、決してこの対策には追いつけないと思います。そしてたとえば工業関係でも工業高校があるように、工業の工専があり、また大学もある。こういうように医者だって私は専門学校の医者があっていいのだ、大学の医者があっていいのだ。そして高校の医者があってもいいと私は思う。いまの医者だって、どっかで診察してもらう、そうすると、これはわしの手に負えぬからおまえあの病院に行け。その病院に行ってもできなければまたもっと国立大学の病院とか、どっかへ持っていかれる。そういうようにいまの医者だってほんとうからいえば私はピンからキリまであるだろうと思います。これは医者というとすぐ身命に関することといま大臣言われました。身命に関すればこそ自分自身が自覚しているから、自分で手に負えぬとなればすぐに持っていく。私はこれでいいのだろうと思う。だからして医者の現在の学校制度じゃなくてそして医専というものをつくる。戦前医専というものがありましたね。当時は一万人の卒業生がおったというのもそれだし、そしてあの当時の医者で身命を云々ということもあの時代起こらなかった。だからして大学出ましても、たとえば工科の大学を出た連中、そして会社に入ってやっているうちに差が出て次々変わってまいります。これは役に立つやつだ、これは役に立たないやつだ、こういう人も出てきます。そういうことをいろいろ考え合わせますと、私現在の医学というものに対する学校制度というのはこれじゃなくして、そういう医専とか医大とかというようなものをつくればこれは危険が少なくてその対策が立てられる。こういう気がしますが、大臣いかがでしょうか。これをやって救済の措置を講じていただきたい。
#132
○国務大臣(坂田道太君) 実は大松さんおっしゃるようなことを秋田自治大臣が昨年高知に行って自分の構想を御発表になったわけでございます。そのことについて、厚生省もそしてまた私たち文部省も真剣に討議をいたしたわけでございますが、どう考えてみましても大松先生の御指摘ではございますけれども、現段階ではそれに賛同いたしかねる。やはり医者の養成については特段の六年間の教育あるいはそれ以上の実習その他が必要だというふうな結論に到達をいたしたわけでございまして、ただその医学教育のやり方につきましては、もう少しわれわれ検討をすべきではなかろうかということでございます。実は医師養成の大学というものが、いろんな意味において問題が実は残されております、卒直に申し上げまして。中教審の答申がこの五月出ますけれども、ここのところまではたしてメスを入れて何らかの処方せんをいただけるかどうかということについては、ちょっと私どももあるいはそうじゃないんじゃなかろうかとまあ思うわけでございます。そうでないというところにまたそうでない意味もあるいは理由もあろうかと思いますが、やはりこうなりますと文部省自身としてこの点は専門家等の御意見も承りながら、ひとつ医学教育の根本的なあり方等についてはひとつ具体化していただかなければならぬ。先ほどの長期医師養成の計画と同時にその医学教育をやるやり方等については、よほどわれわれも早急にそして英知を集めまして決断を下さなければならない。かように考えておる次第であります。
#133
○大松博文君 こういうことを私が言いますと医師会が非常に反対するだろうと思います。しかしこの間の大阪の不正入試だって、女の学生が全然できないのに阪大に入った。世間の人はうちの娘が阪大に入ったというとおかしいと言われるからというので、医科大学へ行っているんだと言っていた。これだって、ああいう事件がなければ国家試騒を受けて卒業して医者になる。いままで金を一千万、二千万積んでできないやつが大学に入った。そして卒業して医者になっているのがあるという話を私聞いております。しかし、ああいう医師会のほうで反対しないというのはどういうことかというと、これは私反対しないだろうと思う。いままでの医者というのはとにかく世襲制度になっています。だからして何とかして金をつぎ込んででも自分のむすこを医者にさせたいというのはこれは人情だし、そして開業いたしますと、自分の家で施設設備をつくるのにも大きい金が要る。自分が医者をやめてできなくなれば、そのままになればあとが困るから何とかしようとする。そういう子供は下級か中級ぐらいの医者にしてそしてそのあとを継がしてやれば医師会は反対しないだろうと思う。そういうことをいろいろ考えますと、これがほんとうの私いい解決策だろうと思うし、またわれわれにしてもそういうような段階がありますと安心して医者にみてもらえます。いまのようにみな国家試験を通った、とれているといったところであぶないものだと思うからして、そのほうが、これは下級これは中級これは上級という区別がついているほうが安心できるだろうと思う。そして年功がたって経験を経て何ぼかして、そして今度は試験を受けられて中級になる、今度は上級になるという制度をとってやれば一番いいんじゃなかろうかと思う。もう時間がなくなってしまいましたが、最後に一つだけもう一つお聞きしたいんですが、高エネルギー物理学研究所、この第九条のところに「国立大学の教員その他の者でこの研究所の目的たる研究と同一の研究に従事するものに利用させる機関とする。」というところがありますが、「その他の者」というこの意味をちょっとお聞かせ願いたい。
#134
○政府委員(村山松雄君) これは文字どおり国立大学の教員以外の者で高エネルギー物理学を研究しようとする公私立大学の教員あるいはその他の研究者でございます。要するに国立大学の教員ではないけれども、高エネルギー物理学の研究という意味では目的を同じゅうする方々です。こういう意味でございます。
#135
○大松博文君 そうしますと、国立大学それから私立大学、公立大学そしてまたそれ以外一般民間人も利用できるわけですね。
#136
○政府委員(村山松雄君) 高エネルギー物理学の研究者であり、今後できた場合に運営協議会等で運営のしかたについては方針をきめてやるわけでありますけれども、そういうところでよろしいというような方であれば利用できると思います。
#137
○大松博文君 現在、たとえば国立学校にしても社会に開かれた大学ということまで打ち出している時代でございますから、これで、何かするとまた京大のような問題がありまして、一般民間人には使わせないというようなことになってくると日本は国家としての研究機関というものは非常に少ないということも考え合わすと、そういう面も利用さしていただかなければ私いけないと思います。それから高エネルギー物理学研究所、これはいままでは文部大臣の直轄の研究所だった。また国立大学に付属の研究所だった。しかし、このたびは直轄ではあるが国立大学の共同利用の研究所だということからいたしますと、いままでとは異なった新しい形のものだと私思います。そういう点におきまして、この性格についてちょっとお伺いしたいと思います。
#138
○政府委員(村山松雄君) ただいまのお示しのように、国立の研究所でありますが、これは従来の文部省直轄の研究所と違いまして、国立学校設置法体系の中に入れてございまして、国立大学共同利用ということを第一目的にうたっております。しかし、従来の国立大学附置研究所の中にも共同利用研究所というものはあったわけでございます。しかし、それはやはり特定の大学に附置します関係で、その大学の管理機構の中に入ります。そこで、今回高エネルギー物理学研究所を構想します場合に、従来のような扱いにするか、新しい扱いを考えるかということを考慮しました際に、これはどの大学にも所属しないという意味では文部省の直轄研究所である。しかし、大学の共同利用であるからもうちょっと大学に近づける扱いのほうがよろしい。しかし特定の大学に附置いたしますと、この研究所の規模あるいは目的などから考えましてやはり特定の大学にくっつけるにはちょっと大き過ぎるし、また共同利用の実をあげるためにも特定の大学にはついてないほうがベターであろうという構想のもとにこういう新しい構想を考えた次第でございます。
#139
○大松博文君 このような新しい型の学術研究を行なう研究所の運営については、それにふさわしい配慮が必要だと思いますが、研究者の身分取り扱いについても教育公務員ではないから教育公務員特例法を適用するということは無理だろうと思います。国立大学の共同利用の研究所である趣旨等からそれにふさわしい配慮が考えられると思いますが、いわば研究公務員だ、また研究者の兼職緩和ということにもいろいろ問題が出てまいります。そういう点で、今後こういう国立大学の共同利用の研究所というものを積極的に拡充していかれるお気持ちがおありでしょうか、どうでしょうか。これをお聞きして私の質問は終わらせていただきます。
#140
○政府委員(村山松雄君) 御指摘のように、この研究所は大学研究所でございまするので、教育公務員特例法の適用はそのままではございません。しかし、現在でも文部省直轄研究所につきまして、教育公務員特例法を準用いたしております。そこで、この高エネルギー物理学研究所につきましても、少なくとも現在の直轄研究所並みの教育公務員特例法の準用を考えております。それから、さらにこれは一部の直轄研究所でもやっておりますけれども、たとえば所長の任用につきましては別に設けます評議委員会の推薦を受けて文部大臣が任命するというようなことを考えておりますし、それから、さらにこれは従来の直轄研究所ではそこまで扱っておりませんけれども、高エネルギー物理学研究所につきましては、職員の任用につきましても、これはまた別に設けます運営協議会等の意見を聞いて、さらに所長の意見を聞いて行なうというようなことを考えまして、学問研究の自由がそういう人事面で確保できるような配慮をいたしたいと思っております。それから、なお今後の問題でありますが、直ちに次に何という具体的な計画は必ずしもございませんが、将来この高エネルギー物理学と同様、あるいは多少観点が違いましても、相当、巨大科学の研究を推進するために研究所が必要であるというような場合には、この種の研究所という方向が当然考えられると思いますし、また場合によりましては、既設の研究所につきましても、その目的、使命、運営の実情なりよく検討いたしまして、この高エネルギー物理学研究所のような取り扱いが適当と認められるようなものにつきましては、将来そういう方向を考えるということもあり得ようかと考えております。
#141
○委員長(高橋文五郎君) 他に御発言がなければ、本法律案に対する本日の質疑は、この程度にとどめます。
 速記をとめて。
  〔速記中止〕
#142
○委員長(高橋文五郎君) 速記をつけて。
    ―――――――――――――
#143
○委員長(高橋文五郎君) 教育、文化及び学術に関する調査を議題といたします。
 本件について質疑のある方は、順次御発言を願います。
#144
○松永忠二君 いまお話しのありました大阪大学、大阪市立大学の、入学の何といいますか売買事件、事の非常に意外なこと、また深刻な問題でありますので、そういった原因はどこにあると考えるのか。それで、そのためにはどういうことを検討する必要があると一体文部省や厚生省や法務省は考えているのか、これをひとつ各省からお聞かせ願いたい。だいぶ時間もあれですから、簡潔にひとつお話を聞きたいと思います。原因はどういうところにあると考えて、それについてどういうふうに検討、措置しなければいかぬと考えておられますか。
#145
○国務大臣(坂田道太君) このたびの大阪大学の不正入学の事件につきましては、まことに遺憾な事件であると考えておるわけでございます。この原因につきましては、これはいろいろ複雑な原因があろうかと思いますが、直接の原因というよりも、その背後には、先ほど来申し上げましたような医師不足あるいはお医者さんになるための医師養成機関が十分ではない、そうして国立でございますとそう費用も要らずに教育が受けられるわけでございますが、私立医科大学では私立大学自体の今日の、何といいますか、財政力が非常に薄弱で結局授業料を主たる財源としてでなければ大学運営ができないというような事情もある。しかし実際医学教育をやるについては、ほかの学部に比しましてかなり多額の経費が一人当たりの学生に要る、あるいは施設設備、研究その他に要る、あるいは病院も建てなければならないというような事柄から、入学をいたします場合においてかなり多額な納付金を納めさせられる。こういうような事柄が背景にあって、しかも特にお医者さんの子供さんだとやっぱり親としましては自分の子供が自分の医業を継いでくれることを望むわけでございます。そうしますと、何が何でも子供を入学させなければならない必然性が出てくるわけでございまして、能力に応じて大学はこれを受け入れるわけでございますけれども、能力をこえたものを子供に強いるという親の立場が一面にあって、やはりそういうような事柄もこの背景としてはあるんじゃなかろうかということでございまして、私といたしましてはやはり今後、先ほども申しましたように、医師不足の状況というものを解消するために国立大学の医科大学を早急に、四十七年度以降でございますけれども、二つか三つかはぜひともつくらなければならないんじゃないか、いまかような考え方でございますし、また私立の大学あるいは私立の医科大学等につきましては昨年から人件費を含む経費の助成というものを通じまして国も援助しておるわけでございますが、この点につきましても一そう今後国立、公立に比して私立の財政力が弱うございますから、これらの点につきまして国の財政援助を高め、そうしてやはり多額な常軌を逸したような納付金がなくても医学教育が受けられる、あるいは大学教育が受けられる、そういう方向へ文部省としては持っていかなければならない、かように考えております。
 もう一点は、これに関連いたしまして箕面の教育委員長が介在をしておったということでございまして、これまたショッキングな話でございまして私も心を痛めているわけでございます。その教育委員長という地位を利用して云々という事柄ではございませんけれども、いやしくも教育という行政に携わる地方の最高の責任者がこのような不正事件に巻き込まれておったということにつきましては、十分今後われわれといたしましては反省をし、教育に携わる人たちあるいは教育行政に携わる人たちに対しまして猛省を促したい、かように考えておるわけでございます。
 一応私の考えを申し上げ、なお皆さん方から御質問がございますならばお答えいたしたいと思います。
#146
○説明員(新谷鉄郎君) 厚生省の立場でこの問題を考えましても、やはり事件の直接の原因とは別に、この問題のいわば社会的な背景といたしまして、ただいま文部大臣が御答弁になりましたように、医療における需要と供給のアンバランスの問題、つまり医師の不足の問題が横たわっているということは否定できないと思います。この医師の不足の解消という問題につきましては、厚生行政の立場で私どもももちろん責任があるわけでございますけれども、またその直接的な解消の手段としたしましては、やはり医学教育における学生定員をふやしていただくということが基本的な解決策でございますので、昨年来文部省のほうにも厚生省の立場でいろいろお願いいたしておったわけでございますけれども、文部省のほうでもその点につきまして具体的な計画の立案に着手されようとしておるところでございますので、厚生省の立場でもなお文部省のほうとも連絡をよくとらせていただきまして必要なお願いをしてまいりたい、そういうふうに考えております。
#147
○政府委員(羽山忠弘君) このたびの事件の直接的な責任は、大阪刑務所におきまする印刷物の管理の不行き届きであったことはもう明らかでございまして、世間をお騒がせいたしましたのみならず、刑務所の信用を失墜いたしましたことおびただしく、まことに遺憾に存じますとともに恐縮に存じまして、深くおわびを申し上げる次第でございます。
 この事故の原因でございますが、これは目下大阪地方検察庁並びに大阪府警察本部におきまして捜査中でございまして、関係いたしました受刑者あるいは仮出獄者合計ただいままでに判明いたしておりますのは五人でございます。それからなお、本朝新聞に報道いたされましたように、職員が関係いたしておるようでございます。それでそれらの事実の詳細は目下捜査当局がお調べのところでございまして、私どもは正確な点を承知いたしておりません。ただ、私どもが当面行政指導を行ないますためにみずからの手で調査いたしましたところと、それから捜査当局から聞きまして一応判断いたしましたところをまぜて少し御報告をさせていただきたいと思います。したがいまして、あとで非常に重大なところがあるいは間違っているかもしらぬという点は、あらかじめ御了承を願いたいのでございます。
#148
○松永忠二君 間違ったことを言っちゃだめですよ。
#149
○政府委員(羽山忠弘君) まず印刷物の管理でございますが、いろいろ処置はいたしておりますけれども、結局答案を抜き取られましてそうしてそれが外部に、ボールの中に詰め込みまして運動等の機会に外部に持ち出されたという事実があるようでございます。これにつきましては、印刷物の管理というものが非常にすきがあったということが明らかでございまして、この点が一つの原因かと思います。
 その次は、昨年の一月の十五日に外塀を乗り越えて入りまして盗まれたという事実があるわけでございまして、これにつきましても、保安警備上のすきがあったということを認めざるを得ないと思うのでございます。もしこの間に職員が何らかの形で手引きをしたとか、あるいはそれを幇助したということになりますならば、これはもはや職員の責任感とか自覚とかいう綱紀、官紀の問題でございまして、そこにも大きな穴があるということを認めざるを得ない、こういうわけで直接印刷物の管理、保安、警備、それから職員の執務に対する、自分の身分に対する責任感というようなものにつきまして大きな問題点があったのではないかというふうに考えるわけでございます。
#150
○松永忠二君 まず文部大臣にお尋ねいたしますが、文部大臣のお話は、先ほどからお話が出ているわけでありますが、先ほどから、一つは医師不足といいますか、医師の養成の数が十分満たしていないというような問題が一つ出てきているわけです。それからもう一つの点は、いわゆる特に私立の大学と国・公立の大学との間に養成の費用というものが非常にアンバランスが出てきている。そういうような関係から、特に私立の問題について人件費その他で今後めんどう見ていかなければならぬというふうなお話があった。いまお話があったその千五百人というものを今後、現在の国・公立と私学の養成の人員はどういうふうな状況にあるのか、また今後増員をしていきたいと考えている千五百人の中で、私学と国・公との人員の配分を一体どういうふうに考えておられるか、まずこの点をちょっとお聞かせ願いたい。
#151
○国務大臣(坂田道太君) 実はまだこの点につきましてはただいま検討いたしておるわけでございまして、皆さん方に御報告を申し上げることができないわけでございます。ただ、私が少なくとも四十七年度から二つか三つかの国立の医科大学あるいは医学部の創設を考えておるということを、今度くだいて申し上げますと、大体国立では定員が百名でございますから、二つにいたしますと二百名、それから三つにいたしますと三百名ということでございます。それから私立につきましても、ことしも申請書を出しておりますのがたしか四つございますが、ただいまこれ審査中でございまして、その諸条件が整うならばそれを許可をいたしたいと思いますけれども、しかし先ほどからお話がございますように、医学教育をやる上におきまして、私立の医科大学が十分な資金的なあるいはまた見通しあるいはスタッフというものが十分であるという状態でないと、それが逆に今度は入ってまいりまする学生に多額のお金を求めるという形になりがちでございますので、この点につきましては、われわれ許可を与える上においては、十分先の見通しを持った上で慎重に許可をしたいと思っております。しかし今日の医師養成の要求も非常に強いわけでございますから、もし条件が満たされました場合においてはこれを許可いたしたい。そういうようなものを含めまして、あるいは自治大臣の構想でございます辺地医科大学というものの構想もございますし、それを私立は大体どれくらいまで考えるか、あるいは公立の先ほど申しました六十名定員の医学部の定員をどれくらいずつふやしたならばどれだけの数になるか、この辺はもう少し検討さしていただきたい。また検討させる時間もおかしいただきたい。しかし本年度中、まあ本年度と申しましても早い機会に皆さん方に御発表できると、私は思っております。
#152
○松永忠二君 厚生省も医師の不足ということを盛んに言っているわけです。全然不足でないという数字はないのですけれども、諸外国の医師の数、人口十万人に対して医師の数を比較してみて、日本は非常に劣悪であるという数字は出ていないわけですね。そういうふうになってくると、ただ単に、養成の数が足らない、需要に満たないから、そこで医者にたくさんなりたいので、そこで定員が少ないからそこへ押しかけていくのだというばかりのことにはならぬ。現にここに昭和四十五年で、国と公立で、医学部と歯学部を入れて三千四百四十人、私学が二千四百人という数字のようです。いまお話のあった千五百名をふやすという場合に、いまお話のあったのは国で三百名だと、そうなると、自治省の考えておるようないわゆる辺地の医科大学で一体幾人だということになれば、そんな検討を要さないで私学の医師養成に負わなければできない数字というものは出てくると私たちは思うのですね。そこで問題は、数だけの問題ではないであろう。結局いまお話のあった入学金にしても、われわれが想像する以上の金をたくさん出しているわけですよね。しかも私学の医学部の生徒の卒業までに必要な経費がどれくらいであろうか、あるいは国・公立の場合の必要経費がどのくらいであろうかということを考えあわせてみると、要するに非常に私学に金がかかる。国・公立のほうへできるなら入りたい。少しくらい待ってもそこへいきたい。また私学のほうにしたところが、いって相当な金は要るけれども、出てくればそれだけの値打ちはあるというような、そういう面も一つ出てきているのであって、結局もっと医学に就学しようとする者が、金とかそういうものに左右されない状況の中で希望者が入っていけるという状態をつくっていかなければ、いまこの問題がここに出てきているけれども、これと類似の問題が他にないということを言い切る自信はだれもないのじゃないかというような気持ちもするわけですね。したがって、養成の数がただ少ないという問題ではなくて、問題は、やはり私学と国・公立の間に非常に費用のアンバランスがある。私学はまた医大の建設にあたっての費用、これを負担をさせるというようなそういう大きな問題を持っているわけですね。それでもなおかつ私学をふやしていくという、そういうものも出ているわけですね。そうすると、こういう問題が再び起こらないというか、こういう問題が起こらないようにするためには、単に養成の数をふやすというだけじゃなくて、そこの点を明確にやはり対策を打っていかなければ問題は解決ができないと思うのです。そうなってくると、現にあなたが言った千五百名にしたところが、相当私学にたくさんの責任を負わさなければできない状態にある。しかも私学は非常なたくさんの金が必要だということになれば、何とか手段方法を講じて公立へ入りたい、あるいはまた出てきて医者になれば十分にその問題が償えるという状態があるとすれば、私学のほうにもできるだけ入っていくという、どんな負担があろうが入っていく。結果的には金のある者だけが医者になれるという状態も一面にはできてくるわけですね。ここの問題を一体具体的に解決していかなければこの問題の解決はないと思うんだけれども、これについて単に人件費をめんどう見ましょうというような、いわゆる普通の大学において考えているような措置をするということだけで一体こういうことが今後対策ができるのかどうか。結局ほかのことばを言えば、どうしても医者が足りないし、医者が必要だというならば、ほかの私立の大学に養成してもらって、妥当だと思うようなものを十分に私学のほうで養成してもらって、医者の養成に非常なばく大な金がかかるというならば、その責任を国が負って養成をきちっとやっていくということでなければ、この問題の解決はできないわけです。一番金のかかる医者の養成を私立におっかぶせて、それでしかもその私学の金が非常にかかることによって私学になかなか容易に普通のものが入れない。そうでなければ国立なり公立の学校へ行かざるを得ないという状態もまた出てくるわけですが、この点については一体どういうふうに考えているのか。医師養成に対する国の責任というものは一体どういうふうに考えていくべき筋合いのものであるか。それから私学と国・公立の養成の、つまり学部の問題等についてはいまのままでいいんだろうかどうだろうか、逆に言えば金のかからない養成の部門は私学に頼むとしても、金のかかる部面については国が責任を持って計画的に養成をしていくというようなこともなければ、いつまでたってもこの問題は解決ができないのではないか。こういう点について一体積極的にどういうことを考えておられるか、これをひとつ聞かしていただきたい。
#153
○国務大臣(坂田道太君) 大体先生おっしゃること私、同感するところ非常に多いわけでございます。ただ、これから今後十年間あるいは昭和六十年までの計画を千五百と簡単に申し上げましたけれども、この中身については先生がおっしゃいましたようなことを踏まえて検討したいということをいま申し上げたわけでございます。ただ過去十年間のやり方は先ほどちょっと触れましたように、約九百が国立でやっております。私立では六百でございます。それから公立で四十でございます。向こう十年間はどういうふうにするか、国立を二つか三つつくるとするならば、これは仮定でございますけれども、つくるとするならば二百か三百ということで申し上げた。それからもう一つは、この国立の医科大学で戦前は定員を百二十名にしておったこともございます。で、考えようによるならば、あるいは施設設備あるいは研究費あるいは定員の確保、看護婦その他の条件というものを満たすならば百二十にいたしましても可能ではなかろうか。新しい医科大学を一つつくりますよりも、むしろ二十名ずつを現在の医学部にお願いをするほうがあるいは私立をたくさんつくるよりもいいのかもしれません。その問題が一つあります。それから、先ほどもちょっと提起をいたしましたけれども、いま自治省では辺地の医科大学をおつくりになろうとしております。これもけっこうなことだと思いますが、私はその際自治大臣に申し上げたわけでございまして、自治大臣の所管されておりまするいわば公立の医科大学というものが九つくらいございます。その中にはきわめて程度の高いものもございます。しかし、定員といえば大方は八十、そうして六十のものもございます。たとえばことしの予算でお願いしておる中でも、福島大学ではこれは六十を二十名ふやしまして八十にいたしておるわけでございます。こういうようなこともいろいろな条件を整備することに国もあるいは地方団体もお手伝いをするならば実現可能な問題なのでございまして、そういう国立を、全く新たな医科大学をつくるということと、あるいは定員を増するということと、あるいは公立の新しい大学をつくるということと、それから公立の既設の大学を充実し、定員を増することによってこの千五百名をどうするかという計画は立てられないことはない。そうして多少私立の医科大学に対しましてお願いをするという道は残ると思いますけれども、それからもう一つは、やはりここが私は先生と非常に同感するところで、私も考えておったし、先生がきょう御指摘になった点なのでございますが、いままで人件費を含むこの経常費助成ということだけで私立大学の問題を解決しようと従来やってきておりました。もちろんその上にたとえば事務職員についても考えようとかあるいは研究費についてもとか、いろいろ考えはありましたけれども、しかし、現在の人件費を含む経常費助成につきましても、まず第一に医学部、歯学部を持っておるところに重点を置いて、それから理科教育、理工系の学部に対してその次、そうして一般の人文社会をやっておる学部についてはという形で、こう傾斜をつけておりますが、単に人件費についての傾斜だけではなくて、いま御指摘になりましたような形で、医学部を持っておるところについては何らか特別の国の助成の道を考えたらどうかという御指摘だろうと思います。これは私は傾聴に値することであろうと思う。しかし、それをやりますと同時に、やる場合には、前提として多額の、いま巷間伝えられておるような入学の金というものはおれたちやらないのだということがない限りにはなかなかこれはやれない。それはいただきますぞ、あるいはまた入学金も高いままでいただきますとなれば、これこそまた医科大学をつくる人たちが非常に多くなるのではなかろうかという心配も非常にあるわけなのであります。そこの歯どめがやはり必要じゃなかろうか、そこの歯どめをどういうふうな形にするかということも一方に考えながら、いまのような御提案を単に人件費を含む助成としてのこの専務教員に対する半額までは国で見ていこうといういままでの私たちの考え方をもう少し突っ込んで分析して、この点に焦点を合わせるということは私たちとして十分に考えの中に入れて、今後この千五百名あるいはこれ幾らになるかわかりませんけれども、そういう養成に最善の努力を傾けたい、かように考えておるわけでございます。
#154
○松永忠二君 お話は大体わかりました。今後の養成に当たって国や地方公共団体の責任をより一そう拡大をしていくような養成を考えていきたい。同時に私立の医科大学について公立の医科大学と養成の費用に非常に格差があるということについては是正をしていかなければならない。したがって、これについては是正をする方法として、たとえばいま言うとおり国が補助するものについてやはり特別にそういう点を、医学部の養成に非常に金がかかるという実態は明確になっておるわけだから、それについての何らかの配意をしてできるだけ私学の生徒に負担をかけないような措置というものを考えていかなければできないという点を言われたわけです。私は、時間があれば、一体私立の大学の医学部の生徒と国・公立の医学部の生徒と、どれぐらいの差があるかということを明らかにしていただきたいと思うのですが、しかし、それは少し時間をとりますので、とにかくなくさなきゃいかぬ、なくすには一体医科大学にどういう措置をしていかなければできないか、この点について一歩前進した措置を考えなければできぬということも言われたと思うのです。これは確実に実施をしていかなければだめだとぼくは思うのです。
 それから、次にもう一つの問題としては基準の問題、この問題については自治省と今度の辺地医科大学をつくる問題等について少し意見が違っている点もあるのではないか、あるいは厚生省とも必ずしも文部省が意見が合致していない点は、さっきの、医科大学をつくる場合における付属病院の負担というのは非常に多くなってきている、建設の際においても負担が非常に多い、運営費においても負担が多い、この点については必ずしも付属病院を持つ必要はないのではないか、あるいは教育のための病院というものは指定病院等を活用していく必要があるのではないか、こういう点については、大体今度の自治省の辺地の医科大学をつくるにあたって合意に達しているのかどうか、また、今後このたった三百人の国の大学の生徒を、新設してもまあ三百人ふやす、定員の検討をすれば別でありましょうけれども、なおこれを拡大していくためには、何らかやはりこの基準についても従来どおりそのままというばかりにはいかぬ、この点について、私、先ほど大松さんが話されたことを即そのまま賛成ではありませんけれども、いわゆる付属病院というものについて、はたしてどうしても必要なものなのかどうかというようなことについては、現実の事態に即して大幅にやはり検討すべき問題ではないか、この点についてはどういうふうに考えますか。
#155
○政府委員(村山松雄君) 付属病院のない医科大学は考えられないというのが現在医学者の一致した見解でありまして、文部省も現時点ではそれを支持いたしております。ただ、付属病院の規模についてはいろいろ議論がございます。従来はどちらかといえばできるだけ大きいほうがよろしいというようなことで、最低六百床でありますけれども、八百床とか、千床とか、千二百床、まあ一時は、当事者の集まりでは千五百床ぐらいほしいといったこともございましたけれども、あまり大規模になって管理上問題も生じて、その反省の上に立ちまして、付属病院がないということは考えられないけれども、付属病院は主としてその学部、学生の実習等に使い、卒後研修の一部には付属病院が必要でありますけれども、卒業研修ないしそれから先の研修については大学病院以外の病院と連携を保ちまして、そこでその大学病院とその研究なり研修計画の一貫性を保ちながらその外部の病院で指導を受ける、そういうことを期待することによって付属病院の規模はあまり大きくしないでも済むのではないかという意見が出ておりまして、これを文部省も支持をいたしております。そういうことで、要約いたしますと、付属病院は必要ではあるけれども、まあ従来大きければ大きいほどいいというような考え方は修正されまして、外部に適当な関連病院が得られるならば付属病院としてはある程度の規模にとどめよう、外部の関連病院と提携をして医学の教育なり実習が得られるという線でいろいろ検討がなされておるのが実情でございます。
#156
○松永忠二君 その点はその程度で、今度は厚生省ですがね、厚生省は全然だめだと私は思うのですよ。医師の不足でございますと、ただそれだけでしょう。そうじゃなくて、今度の事件を通じてあなたのほうではこういうふうに反省があるというのをもっと的確に出すべきではないですか。先ほどあなたが来られる前に大臣が言っておられたのは、一つは、どうしても自分のむすこを自分のあと取りにしなければいかぬというこの考え方、大体医者が、大体親たちが、これに関係しているのは大部分の医者が関係しているでしょう。こういうことになると、単なるこれは医師の養成に不足があるのだという話なら、これはあなたのところではないのであって、医師の養成という問題は、文部省の関係のところで、医療行政というものについて問題があるから、こういうことが起こってきているんだというような反省がなければできぬ。そういうところに一体いまの、こういう特に一千万円金を出してもむすこを学校に入れる、入れなければいかぬ、そういうことを可能にしている。これをそのままにしておけば、あらゆるところに、病院自身が、親がそれだけの金を持っていれば、幾らでもこれからそういうことがやれるし、やっていくだろうということにもなる。また入学の準備金なんかにしても、膨大なものであっても、それを無理やりにととのえていこうという話にもなってくるわけです。一体医療行政のどこに欠陥があるからこういうような問題が起こってくるのか、こういうことについてはどういった反省を持っているのですか、それと一体どういうことをこの事件を通じてあなたのほうではやっていこうとしているのか。さっきの話のように公立の責任を、国や地方公共団体の責任を拡大するための計画を考えるとか、いまの私学の医者の養成費について何らか格差のないようにして埋めていこうと、こういう一つの具体的な対策をこれからやっていく。たとえばいまの基準にしても、付属病院についての規模の検討もしていかなければできぬ。こういう具体的なことを一応文部省のほうでも言ったわけです。あなたのほうは一体何をこの事件を通じて、こんなことは文部省の問題で、おれたちの問題ではないというように見ているのか、それとも自分たちの行政にどこに欠陥があるからこういうことになってくるのか、どこを改めるつもりなのか、これをひとつ聞かしてください。
#157
○説明員(新谷鉄郎君) 御指摘のように、先ほどの私の答弁たいへん不十分な点がございまして、この問題は、一つはやはり非常に根の深い問題でございまして、やはり現在のわが国の医療制度全般と申しますか、そういうことに関連をしている問題であると存じます。具体的にはいまお話のございましたように、お医者さんがその子弟をしてあとをつがせるために非常に多額のお金を出して、しかもそれを出しましてもあとで回収できるというような考え方がとられている。そういうことにつきましては非常に根が深い問題があると思うわけでございますけれども、この問題につきましては、いま厚生省が、むしろ省全体の問題として取り組んでおります。医療保険の抜本的な改正の問題と申しますか、お医者さんの診療報酬の問題だとか、そういうことに今後厚生省として取り組んでいかなければならない、そういうように考えておるわけでございます。
 それから医師の今後の養成の問題につきましては、確かに文部省のほうにただお願いをするということだけで済む問題ではございませんですけれども、先生からお話のありました、今後医科大学を設置する場合、地域の病院との関連につきましては、厚生省のほうでも教育病院構想という考え方を打ち出しておるわけでございます。この教育病院構想と申しますのは、先ほど大学学術局長がお答えになりましたような中身の、つまり全く付属病院を持たずに、地域の周辺の公立等の病院を医学における臨床教育の場として利用していくという考え方もございますし、また、ある規模の問題として考えまして、付属病院としては、ある規模の病院を持ち、その足りないところを周辺の病院を利用していくというような考え方、両方の考え方を含んだ段階でございますけれども、ただこれを具体的に今後推し進めてまいりますためには、その病院のほうの教官の身分の問題だとか、あるいは費用の負担の問題だとか、いろいろ事務的に詰めなければならない問題がございますので、厚生省のほうで言っておりますことも、いまの段階では構想という、率直に申しましてそういう段階でございます。したがいまして、この問題を今後解決していくためには、私どものほうでもう少し事務的ないろいろ問題を詰めまして、文部省のほうと御相談をしていく必要がある、そういうふうに考えているわけでございます。
#158
○松永忠二君 医師の数が足らぬという話も出てきているし、もちろんそうでありますけれども、医師の配置がアンバランスというような問題については厚生省はどういうふうに考えているか。またお話は広域病院構想という問題もありますけれども、一体診療所と病院とかという問題についてやはりこういう問題が影響して関連があるというふうに考えておられるのか、この点をちょっと聞かせてください。
#159
○説明員(新谷鉄郎君) 病院と診療所の関係、配置の問題でございますか。医師の不足の問題と一口に申しましても、確かに総数としての不足の問題と、それからその配置が大都市に偏在しておるという両方の問題があるわけでございまして、前者の総数の問題につきましては医学部の学生定員の増ということが基本的な解決策だと思うわけでございますが、医師が地域的に片寄っておるという問題につきましては、僻地医療の対策の一環といたしまして、僻地の親元病院を整備することによりまして、そこにお医者さんが行きやすいようにするということを考えたり、あるいは僻地対策だけでなくてもう少し中小の町村と申しますか、そういうところにおきます医師の不足の問題につきましても、やはり公的医療機関の整備計画だとか、あるいは医療公庫における融資だとか、そういう面を通しまして直接的にお医者さんをそういうところへ、何と申しますか、無理に行っていただくことはできませんので、むしろ行っていただきやすいような客観的な条件を整えることによってそういう問題を解消していく必要があるというふうに考えておるわけでございます。
#160
○松永忠二君 外国の事例で、私立病院というものが日本のように非常に数が多いような実情はないわけで、諸外国の病院というのは公立の病院がほとんどであるとか、あるいはアメリカあたりは軍人の病院が中心をなしているとかいろんなことをわれわれも聞いているわけですね。で、日本のほうはすぐもう医者が病院をつくり、その病院で医療をやることによって収入も非常にたくさんになってくる。しかもその施設は自分の子に譲っていくというようなことで、何千万円も出すこともできるし、どうしてもあと残さなければいけない問題になるわけで、こういうことにこの問題は関係があるし、医療行政に関係があるということは事実だと思うんですね。こういう点について単に一つの問題としてただそういう不正入試とかという問題だけにとどめないで、やはりこの際抜本的な改正をしていくというところへ力を入れていってもらわなきゃいかぬと思うのです。そこで話はもうちょっと進みまして、文部省と厚生省のほうからちょっと聞かせていただいて、また法務省のほうからも見解を聞きたいのでありますが、まあいろいろなことが言われているわけですね。不正で入学した者について大学側は委員会を開いて検討していくというような話がある。あるいは卒業資格を取り消す、入学を取り消すという、大学側がそういうことを言っておるとか、あるいはまた医師法に基づいて医師免許を取り消しをしていったらとかというような話が出たり、あるいは偽計業務妨害罪というものを適用したらどうかということが言われたりなんかしているわけですね。で、このことについては現実に、初めは四十三年だというものが、実はだんだん検討していったら四十一年になった。いやそれどころか三十九年以前にもそういうものがあると、で、医師の資格を取った者が、三十九年以前に入学している者があるとすれば、四十五年のいわゆる国家試験を受けて合格している者がある、あるいは四十六年度受験しようという者が四十年入学した者にあるというようなことになってくるわけですね。いろいろなことを関係の省で言っているけれども、一体この問題についてはどういうふうにして措置していくのが正しいと考えるのか、この点について文部省、それから厚生省、法務省、それぞれのひとつ見解を聞かしてください。
#161
○政府委員(村山松雄君) 学生のだれを入学を許可するかあるいは卒業の認定をするかということは、これは大学が成規の手続を経て行なうことであります。本件に関しましての関係は、現在まで判明しておりますところでは大阪大学とそれから大阪市立大学でございます。大阪大学におきましては部局長会議で検討の結果、不正受験による入学の事実が明白となれば入学許可取り消しなどを含むきびしい措置をとるということをきめまして、学長が談話として発表してございます。さらにこの十日に評議員会を開きまして、不正入学調査委員会というものをつくりまして、ここでその問題の調査をすることとし、また先ほどの学長声明を承認しております。したがいまして大阪大学ではその線で問題の処理がなされると思います。文部省としても大学の措置を支持したいと思っております。それから大阪市立大学につきましては、必ずしも正式の御報告がございませんが、学部長からの連絡によれば大体大阪大学と同様な態度で臨むということでございます。さらに進んで、その卒業者があるかどうかという問題でございますが、これは現在までのところは卒業に至る者があるのではないかということは、大学としては全然警察からも通報をされておりませんしその事実をつかんでおりません。まあ万一そういう場合があった場合の措置でございますが、卒業者ということになりますと在学者よりも扱いがきわめて複雑になろうかと思いますが、在学者についていま申し上げましたような態度で臨むとすれば、卒業者についてもその延長線で筋の通った処置がなされるものと考えておりますし、大学としてもそのような意向のように承知しております。
#162
○説明員(新谷鉄郎君) 不正入学をした人の中にその後大学を卒業して医師免許を取得された方があるかどうかは、ただいまお話ございましたようにまだはっきりいたしておらないわけでございます。またかりにそういう方があるといたしましても、そういう方たちの大学の卒業資格がどうなるかということも現段階ではまだはっきりいたしておらないわけでございまして、そこで厚生省の立場といたしましては、もしそういう方があってしかも文部省のほうで大学の卒業資格がないということになった場合には、これは医師法上の問題といたしまして医師の国家試験の受験資格の基本的要件を欠くことになりますので、医師の免許を取り消すことになる、そういうふうに考えております。
#163
○説明員(前田宏君) このたびの事件につきましては、現在大阪の府警察また大阪の地方検察庁におきまして捜査中でございます。それは先ほど矯正局長のほうから御答弁がございましたように、刑務所のほうから試験問題を持ち出したという関係と、それにからんで職員に不正があったという疑いによるものでございまして、なおいまお尋ねの不正入学と申しますか、不正受験と申しますか、その関係の関係者から事情を聴取しておるということは聞いておりますけれども、当面それはいま申しました窃盗関係の裏づけというふうなことで調べておるというふうに聞いておるわけでございます。その関係で何らかの犯罪が成立するかどうかということになるわけでございますが、その点はいま申しましたように、その関係で直接犯罪捜査をしているというふうには聞いておらないわけでございますし、そういう意味も含めまして事実関係がまだ十分明確でないというような段階になるわけでございますので、先ほどお尋ねのございました偽計業務妨害罪になるかどうかということにつきましては、確定的なことは申し上げかねるわけでございますが、抽象論と申しますか、一般に申しまして、試験の受験に不正があったということで、それが業務妨害になるかどうかということにつきましては、かなり疑問があるのじゃないかというふうに考えております。
#164
○松永忠二君 そうすると、偽計業務妨害罪というふうなことが新聞等に出ているわけですが、この点については現状でまだ事実が明確になっていないので、これについてどうこうというふうなことを言えないというわけですね。たとえば窃盗の場合に時効がどうであるとか、業務妨害罪のときには時効がどうだから、たとえばかりに不正があったとしても何年以後ではもう無効だというふうなことを盛んに言われているわけです。刑事罰として考えられる限界というのは、どこにこの事件の限界があるのですか。
#165
○説明員(前田宏君) たいへんむずかしい御質問でお答えができるかどうかと思いますが、やはり刑事罰でやります場合には、窃盗でございますとかあるいはその他の犯罪の要件がきめられておりますので、それに当たるかどうか、こういう問題になるわけでございます。したがいまして、試験問題を不正に知りまして、それを利用して受験をしたということが、どうも刑法の犯罪といいますか、罪の上でぴたりとするものがなかなかないような感じを持つわけでございます。
#166
○松永忠二君 これは文部省のほうは大学側にそういうものの調査委員会を設けて検討しておるのだから、その検討をひとつ支持していきたいというお話のようです。これはなかなかむずかしい問題があるというようなことをわれわれも感ずるわけですね。一体こういう問題を考えていく場合においては受験をした者の犯意が一体あったのかないのか、そういう面の調査というものはいま重要になってくると思うのですね。親に犯意があったのか、その試験を受けた者が一体犯意を持ってやったのかどうかという問題が出てくるようです。それから、現にやり方としても何か府下のホテルに集めて特訓合宿のようなことをやったということも出ている。そうすると、どういう形で一体問題が受験をした者に提示をされたのか、どういう形で一体特訓は行なわれたのかどうかという問題もあり、親のほうは当然仲介人となって金を払って問題を知ったりなんかしているわけだから、親自身に犯意がないということは、そう簡単には言えない。しかし、子供自身に犯意をどこに認めていくかということになると、何かむずかしい問題のように私たちも思うのです。この点については、単にただ大学側がそういう検討をするからということのようではあるけれども、十分やはりこういう問題については見解というものを明確にしておくという必要があるのじゃないか。だから、いま結論的に言うと、厚生省のほうは卒業資格剥奪をされなければ、医師法に基づく欠格条項にならぬから、これは問題にならぬ。だから卒業者があるとするならばこれは問題だ。それから卒業取り消しということになれば、厚生省のほうは直ちにそれが発動してくる。それから入学取り消し、卒業資格の取り消しという問題を決定する場合においては、大学側が調査委員会で検討していく、この点についてはいま言ったとおり、本人の犯意があったのかどうか、その所在はどうなっておるのかという問題が出てくる。で、法務省の関係は、本人を除いたものについては、ある程度明確な考え方があるし、伝えられているようなものであるならば、当然責任を負っていかなければならない筋合いのもののように思うけれども、この点についてはあまり明確な話が出ていないので、これは受験をした者と受験をさした親と全く何か不明確のままに御答弁があったようだけれども、その点をもう一度聞かしていただいて、この問題はこれで終わりたいと思うのですが、何か文部省側でなお発言があったらひとつお聞かせをいただきたい。大臣はどういうふうに一体考えておられるかどうか。
#167
○国務大臣(坂田道太君) 先生御指摘のように、やはりこの実際の氏名が明らかになり、その不正というものの事実がどういう形でつかめるか、そうして子供たちの犯意というものを具体的にどうやってつかめるかということになりますと、現実の問題として非常に私はむずかしい問題が残ると思うのでございますが、これは一応、大学側としても慎重に調査委員会を設けまして判断をすると思いますが、私どももこの事実が明らかになりまして、客観情勢がわかった場合においては、慎重に検討し、そうしてわれわれの判断を持ちたいと、かように考えております。これ以上事実申し上げますほど、はっきりしたことを申し上げるところにいまはないわけでございます。
#168
○説明員(前田宏君) 先ほども申し上げましたように、その不正入試の関係の事実がまだ全体として明らかになっていないわけでございますが、かりにその関係で何らかの犯罪が成立するというふうに考えられます場合でも、当然刑事責任の問題でございますから、個々の人につきまして犯意があるとかないとかということは、当然明確にされなければならないと思います。
#169
○内田善利君 じゃ大体問題出ましたので、私は柱だけ質問したいと思います。
 この刑務所で印刷をやり始めたのはいつごろからなのか、またそれを文部省は認めてこられたのか。その点お伺いしたいと思います。
 大学の入試だけか。高等学校の入試問題その他も刑務所で印刷しておるのかどうか、これを黙認してこられたのか、その点お伺いしたいと思います。
 それから、私立大学の医学部の入学のときの準備金といいますか、父兄の負担額ですね。この実態を文部省は把握しておられるのかどうか。最高、最低、非常に父兄の負担は大きいわけですが、これを掌握しておられるのかどうか。おられましたらお聞きしたいと思っております。
 先ほど、厚生省もそうですけれども、医療の需給、これのアンバランスが原因だということですが、それも確かに原因と思いますけれども、私はやはりこの医学部に入学するということがお医者さんの子供さんとか、そういった限られた父兄の子弟が非常に多くて、これは教育の機会均等という面から言えばこの入学準備金ということではいれない。高校生が医者になりたくてもはいれない生徒がたくさんおるという実情、こういうことから医学部に入るためには金が要る。金がなければはいれないという、こういう姿は何らかの方法で打破していくべきじゃないか。いつまでもこういうことではこういう問題が波及して起こってくるのではないか、このように思うわけです。したがいまして、この際入学制度、大学の入学試験制度、こういうことを、いままで検討してありますけれども、もう一度反省して検討すべきではないか。高等学校の内申書も一〇〇%重視する。一発主義の試験制度は改める。そうして、面接試験等などで試験をしていくというふうに改めたらどうなのか、あちこちで検討されておるようですけれども、こういった一発主義の試験制度がもたらした一つの事件ではないか、このように思いますが、この点について文部省当局の見解をお聞きしたいと思います。
#170
○政府委員(村山松雄君) 国立大学及び公立大学では試験問題の印刷につきましては秘密を保持する必要があるということから、主として大蔵省印刷局、それから一部では刑務所に依頼しております。これはいつごろからか、ずいぶん古い時期からのようでございます。大学当事者に聞きましてもいつからということを記憶しないほど以前からやっておるようでありまして、文部省でもまあ大蔵省印刷局及び刑務所は事故がないところだと考えまして、それを了承しておったわけであります。
 それから、まあ私立の医科大学の学生納付金の問題でありますが、これは募集要項に記載されているものでも、まあ医学部はほかの学部に比べてかなり高うございます。大体五十万から百万程度の学生納付金が入学時に要るようであります。それからそれ以外の寄付金につきましてはいろいろうわさは聞いておりまして、まあおそらく事実であろうと存じますけれども、その実態は遺憾ながらつまびらかにしておりません。ただ医学部の競争が激しいあるいは金がかかるということでございますが、たとえばアメリカにおきましても医学部の入学試験は二十倍、三十倍というような競争率でありますし、費用も日本の裏金を含んだほどのことはないやに聞いておりますが、医学部はほかの学部に比べて抜群に費用がかかるにもかかわらず、アメリカでは医学部のみならず入学試験の不正ということはあまり起こらないように聞いております。その原因としては、私どもとしては、一つはモラルの問題と、もう一つはたいへん遺憾なことでありますが、わが国の大学が入るのはむずかしいけれども出るのはやさしいという点がかなり大きく影響しておるのではないかと思います。まあ筋から申せば、はいれるはずがないのに不正な方法で入学したような者が、学校がほんとうにきびしく教育訓練をするならば、そういうものにはついていけない。アメリカなどではついていけない者は、もうどんどん学期ごとに淘汰されるというような実情であるように聞いております。そういうことも一つの要因ではなかろうかと思います。
 それから入学者選抜制度の改革の問題でありますが、これにつきましてもるる申し上げましたように、現在の方法には学力検査偏重という欠陥がございます。しかしこれにかわる単一で弊害のないやり方はむしろないのではないかというのが大体関係者の承認した見解になっております。伺か単一の方法に切りかえれば、またその方法に伴う弊害というものは予測されます。過去の入学者選抜制度の変遷の歴史をたどりましても、学力検査偏重が言われますと、内申書あるいは面接というようなことが言われ、学力検査が全廃されたこともございます。そういうことになりますと、また変えた方法に伴う弊害というのが出てきまして、またもとの方法に戻るというような経過を繰り返しております。現在、関係者の国立大学協会とかあるいは高校長協会とかあるいはその他の学識経験者等の比較的一致した見解は、入学者選抜の方法に単一で万能な方法はないということを確認して、現在あるいろいろな方法を改善しながら併用することが一番妥当な道ではないかということになっておりまして、文部省の御相談しております機関でありますところの入学者選抜方法改善会議でも、そういう方向で鋭意方法を練っております。国立大学協会や高等学校長協会などでも大体同じような線で改善の議が練られております。なかなかいまのやり方をがらりと変えるということではございませんけれども、学力検査にしましても、それから調査書にしましても、内容の改善を加え、さらに面接とか小論文とか推薦とか、そういういろいろな方法を併用することが改善の方向だろうと存じております。
#171
○小笠原貞子君 先ほど、今回の事件が起こった原因は何だということに対して、文部大臣のほうから医師の不足と養成機関が十分でない、私立大学の経費が非常にかかるという点があげられたわけですけれども、私はそういうことが起こってくるほんとうの原因というものをはっきりさせなければ、今後の問題の解決にならないと思うわけです。医師不足がなぜ起こってくるかという問題これは野菜と違って、天候のかげんでできが悪いなんていう問題じゃないし、それから、また、お医者さんになり手がないというのじゃなくて、お医者さんになりたいという人がたくさんおるわけですよ。ところがお医者さんを養成する機関というのが、たとえば国の責任でどれだけつくられたかというと、戦後ずっと国立はつくっていらっしゃらないで、やっと秋田大学にできたというようなことでございますよね。私立のほうにみんなおっかぶせちゃってと言うとここばが悪いかもしれないけれども、そっちへいかざるを得ないようになって、そっちの経費がたいへんだということになったとしますと、こういう事件が起こったほんとうの原因というのは、一言でいえば、戦後自由民主党政府の歴代の文教政策が全くなっていない、医療行政政策がゼロであった、いまになってあわててつくったって、さっき大臣がおっしゃったようにあと十年かかるんですから、だから、ほんとうの原因というのは、そういういままでの自民党の内閣の文教政策、医療に対しての政策がまことに不十分であったという点をまずはっきり私は確認しますから、大臣も当然そうお思いになると思いますが、その辺はっきりさせていただきたい。
#172
○国務大臣(坂田道太君) 小笠原さんからきびしい自民党政府の御批判があったわけでございますが、私どもも、確かに、その医師養成についての非常に確たる処方せんを持ち合わせなかった。また、それに対して多少意欲を欠いておったというようなことは認めざるを得ないと思います。と思いますけれども、そのやはりやってきませんでしたことにつきましては、いろいろの事情もあったというわけでございまして、やはりこれは医療行政とにらみ合わせでなければなかなか考えられないじゃないか。昔のようなお医さんの制度、たとえば皆保険とかなんとかいうようなものがなかったとすれば、また、事情は別だったと思います。その辺のプラスとマイナスがあるわけなんで、しかし、やはり世の中というものは一歩一歩、あやまちがあり、あるいは不足があればそれを補いつついくというのが世の中でございますし、また、われわれの責任もそこにあろうかと思います。また、こうやって国会で御論議いただいておるのも、いい社会、いい医療行政、いい医師の養成のためにお集まりいただいて御議論を願っておるわけでございまして、十分われわれも心をいたしまして、先ほど申しましたような見解に立って善処いたしたいと、かように考えております。
#173
○小笠原貞子君 前半はお認めいただいてよかったのですが、後半にいきまして、ちょっとまた私も言いたいことがあるのですが、時間もありませんから、そこはまたいつかの機会に譲りたいと思いますが、そういうわけで、歴代自民党政府の欠陥を、いま坂田文部大臣の代になって責任を問われなければならないという質問の場に立たされて、たいへんお気の毒だと思いますけれども、そういう立場にお立ちになりまして、たとえば四十七年から医科大学を二つつくろうというようなことを先ほどから記者会見でもおっしゃっておりましたけれども、そういう大臣のいままでのたいへん不行き届きであった結果から起こったこういう医師不足という問題に対して、もう少し確固たる明確なお答えをいただきたいわけなんです。たとえばいまのあれですね、医学部を一校増員するだけでも相当の数になるということもできるし、それは特別たいへんな費用でなくてもできるわけでございますね。だから、いまの医学部の定員を増加させるということについてぜひやるということやら、要望としては、国立大学に医学部を全部併設させてほしいという要望が出ているわけですけれども、少なくとも医学部の定員を一割や二割ぐらいは増加させていく。そして先ほどからおっしゃった国立医大を四十七年度に二、三校新設するということをしたいと思っているというのではなくて、内閣をしょって、文部大臣の責任においてここでやりますという公約をいただきたいのですが、いかがですか。
#174
○国務大臣(坂田道太君) 先ほど申しましたのは一種の公約でございまして、ただ非常に私は責任を通感ずるがゆえに、あまりあとで取り消しをしなきゃならぬことは申したくないと思いましたので、千五百名の内容につきましても、こういう一応の考え方は持っておるけれども、まだ委員会の皆さま方に御報告するまでに至っておりません。もうしばらく時間をかしていただきたいと、こういうことを申し上げておるわけです。しかも、また小笠原さん御指摘のとおりに、単に新しい医科大学をつくるということだけじゃなくて、現在の国立の医科大学の定員をふやすということでも、政府が財政当局を説得して施設設備、研究の費用というものを十分に考える、あるいは定員というものを考える、あるいは看護婦さんの定員というものを考えるというようなことをやれば、私は各大学も協力をしていただけるのじゃないかというふうに思うわけでございます。しかし、何せ御承知のように、東大の医学部から大学紛争が起こった。起こったのにはいろいろの原因がございましょうけれども、やはり医師養成のあり方あるいは現実の姿というものに欠陥なしとしない、改善を要すべき幾多の面があるんじゃなかろうかというようなことも、この紛争を通じてわれわれは感じておるわけでございます。やはりそのことも頭に置きながら、医師養成というものを考えていかなきゃならないということでございまして、そこにわれわれが根本的にメスを入れておるがゆえに、いまここで公約しろとおっしゃいましても、せっかくの小笠原さんの御質問でございますけれども、私はそれにはもうしばらく時間をおかしいただきたいと、こういうふうに申し上げるほうが非常に誠実な答弁だと思います。
#175
○小笠原貞子君 それはいまおっしゃったことをほんとうに真剣にお考えいただいて、この問題の解決に政策として表現していただきたいと思います。
 二番目の問題といたしまして、先ほどから出ていました私立の医大の入学金が非常に高いという問題についてのことなんですけれども、たとえば私の知り合いの女の子なんですけれど、私はお医者さんはたいへん大事だ、そして僻地へ行ってみんなのために働くべきだなんて言っていまして、その子がお医者さんになりたいといって受けたわけなんです。受けまして入学試験はパスいたしました。これは東邦大学なんですけれども、「医学部進学課程入学手続ご注意」というのが三月七日付でまいりました。その中を見ますと、寄付金が七百万円、それから入学諸費用五十六万四千五百円、計七百五十六万四千五百円というものを三月の十二日までに納入しろ、こういうのが三月七日付できたわけなんですね。そうすると高いということは聞いていたけれども、こんなに高いとは思わなかったんです。こんなではせっかく試験が合格したという通知をもらっても、これには入れないというので、非常にいま親も子も深刻なところにきておるわけなんです。これは私がちょっと調べてみたら東邦医大だけではありませんで、女子医大でもそうなんです。去年の四十五年度が入学金とそれから寄付金まぜますと四百九十五万でした。それがことし四十六年度には六百二十万になっているわけなんですね。この東邦医大も去年は幾らかといったら、去年は両方合わせて五百万だったんですよ。五百万でもたいへんだといっていたけれども、五百万なら何とかという気持ちで受けたのが今度は七百五十六万、こういう五割アップになっているわけですね。こういうことを東邦大学から見て私はしみじみ考えたわけですよ、これではほんとうに金がなければ医者になれない、医者になったら元手をとらなければならないというので、ほんとうの医者として地方にいってなんということは考えられないという医療の制度の問題にもからんでまいります。しかも、こういうことがないようにというので、私学財団法人で人件費を含めての四〇%の援助というものが去年出されていたわけなのに、これだけのものがことしまた出てくるわけなんですよ。こういう問題いま内田さんのほうで質問になって、具体的には調査していないとおっしゃっていたけれども、やっぱりこういう問題に対して文部省としてもしっかり調査していただきたいということが第一点ですね。調査してこれだけですと言われてもまた困るわけなんですよ。実は大学学術局長村山松雄さんのお名前で、各国公私立大学選抜実施要項というのが四十五年五月二十七日に出ておりますね。この中にこう書いてあるんです。各大学の「入学者選抜にあたって留意すべき点」というので、何項目かあげられているわけなんですね。そのあげられた中の第(7)にこう書いてあるわけですよ。「入学検定料その他入学に必要な経費等を記載した募集要項を発表するとともに、」とこう書いてあるわけです。これの場合には、入学のときには全然発表されていないわけですよ。そうすると、こういうことはちょっと俗なことばで言えば、入れちゃってから何ぼだということでペテンにかけられたみたいな結果にもなるわけなんですね。だから、こういう実態は調査していただくということをぜひやっていただきたい。それだけではなくて、こういう去年から比べて二百五十万から上がっちゃうなんということを野放にしておけば、これまた来年度たいへんな額になってしまうわけですから、だから私立学校は非常に経費がかかることはわかるけれども、限度というものを、ある程度この辺までということで、去年に比べて五〇%増しなんということではなくて、額についても、これくらいの限度というものを文部省のほうで押えていただいて、御指導いただくというようなことをしていただかなければ、この問題はなかなか解決つかない。さきほどおっしゃったように、私学財団から補助はもらいます、上げるのはどんどん上げますという一つの営業みたいになってしまえば、問題は解決しないと思います。だからこの実態を調査していただくことと、こういう入学金や寄付金についての限度額について押えるとか、こういうようなことについてぜひやっていただきたいんですけれども、大臣の御所見はいかがなものでございましょうか。
#176
○国務大臣(坂田道太君) それはひとつぜひわれわれのほうでも調査をいたしたいと思います。私もびっくりしたんです。まさか……それは期待額であってそれでもっておまえは落とす、こういうことではないんじゃないかと思いますが、そうではなくて、もう入った者はそれを払わなければ落としてしまうということであるとすれば、ちょっと私もびっくりいたしましたわけでございます。
#177
○小笠原貞子君 いま大臣おっしゃったみたいに、ここずっと、電報でどういうふうに入金通知をしろというのが書いてあるわけです。期限までに前記一から三までの手続を完了されない場合には、入学の意思のないものとして失格となりますと、こういうふうに書いてあるんですね。だから、やっぱりこれは払わないと失格になってしまうということになるんだろうと思います。あとで、電報の打ち方、〇〇〇〇番で〇〇銀行へ入れたという電報の書き方までちゃんと御親切に書いてあるわけなんです。ぜひ実態の調査をしていただきたいと思います。
 それから、半分で私が発言したからお答えいただけなかったのですが、調査をしていただくことと、それから、そのべらぼうに毎年上がっていくということについて、これを制限するとか何とかいう措置を具体的にどう考えていただけるかどうか。
#178
○国務大臣(坂田道太君) その点はもちろん調査をいたします。
 それから、やはりこれに対する歯どめ等も真剣にひとつわれわれも検討してみなければならぬと思います。びっくりいたしました。
#179
○小笠原貞子君 最後の質問にいたしますけれども、まあいろいろそういうことをやっていただいた上でのことですけれども、先ほどおっしゃった箕面の教育委員長ですね、この方が関係されていたということは、非常に私たちもショックだし、そちらさんのほうはもっとショックでいらっしゃると思いますけれども、大阪というところは、いままでずいぶん問題を起こしておりますよね。去年の暮れに人事の問題で、自分が校長になれなかったというので何校か学校に放火したという事件もありましたし、校長が異動したくないというために五十万円積まなければいけないとか、先生がどこの学校へ行きたいというときには、校長や教育委員長に三十万円あげなければいけないというようなのが常識になっているんですね。一番ひどいところが大阪とか愛媛とか、徳島というところ、こういう教育委員会が非常に腐敗しているという、そういう原因は一体なぜだろうかということを考えざるを得ないわけなんですよ。それは人格高潔で中立で何とかかんとか、いろいろ条件ありますけれども、そういう任命されるほうの目があんまりしっかりした目じゃないと言いたいわけなんです。いろいろな教育委員長、ひどいのいっぱい私も実態を知っておりますから、また今度問題にしたいと思いますけれども、やっぱり任命されるというその任命権者の目がそこまでいっていない、だからこそ教育の問題に関しては、戦後のあの民主化の中で公選制というものがとられてきたという意義を私はここでもう一度はっきり考えていただきたいと思うわけです。宮地さんの、任命制でなくて、公選制というものがどんなに大事かということをお書きになっていたのも私は読ませていただきまして、きょうそれを持ってこれなかったので、この次持ってまいりますけれども、やはり公選制で、われわれがほんとうに――任命権者の目で見るのじゃなくて、国民全体の目で見て、そうして、そこで選挙する。で、少しおかしいところがあればリコールする。そういう選挙する権利と、それからリコールする権利、これを奪っちゃって任命制にしちゃったところに、目が節穴といえば悪いけれども、そういうので、結果的にはこういうのがいっぱい出てきちゃうということになれば、教育委員会の公選制はなじまないとか、沖繩問題でだいぶ坂田さんがんばっていらっしゃるようですけれども、実態から見て、私はやはりここに大きな問題がある。任命制の教育委員会制度になってから、教育委員会の汚職、腐敗というものが非常に多くなっています。これも任命制以前、公選制のときにはなかったような事件が数も多く、質も悪いのができているということを指摘したいと思うんですよ。私はこういうところにも今度の問題が大きな問題点を提示しているということを考えるわけですけれども、大臣のほうのお考えはいかがでございましょうか。
#180
○国務大臣(坂田道太君) その点は、ちょっと私と小笠原さんとは話が違うと思います。しかし、箕面の教育委員長のようなことは、これは希有なことでございますし、ちょっと私たちも、こういうような人がああいうことをしでかしたということにつきまして、ほんとうに驚いておるようなわけでございます。しかし、それが公選制と任命制という制度の問題にまで飛躍してお考えになることには、私は賛成いたしかねます。私はやはり日本で公選制をやって、そして、また、その公選をしたことのいい面もありましょうけれども、また、教育行政としてマイナスの面もある。また、そのことがその当時の国会の支持を得まして、あの法律改正になったわけでございますから、私はやはり現在は教育委員会制度は任命制でいくべきである。しかし、このような教育行政に携わる人たちが、任命制であれ、やはりいやしくも教育委員になるような人にそんなことのないように、監視の目を地域住民が持つべきである、こういうふうに思います。また、そのことによって是正できると信じております。
#181
○委員長(高橋文五郎君) 他に御発言がなければ、本件についての本日の質疑はこの程度にとどめます。
 本日は、これにて散会いたします。
   午後五時六分散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
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