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1970/03/16 第65回国会 参議院 参議院会議録情報 第065回国会 文教委員会 第7号
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1970/03/16 第65回国会 参議院

参議院会議録情報 第065回国会 文教委員会 第7号

#1
第065回国会 文教委員会 第7号
昭和四十六年三月十六日(火曜日)
   午後一時五十七分開会
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         高橋文五郎君
    理 事
                大松 博文君
                安永 英雄君
    委 員
                田村 賢作君
                永野 鎮雄君
                星野 重次君
                宮崎 正雄君
                鈴木  力君
                内田 善利君
                萩原幽香子君
                小笠原貞子君
   国務大臣
       文 部 大 臣  坂田 道太君
   政府委員
       文部省大学学術
       局長       村山 松雄君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        渡辺  猛君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○国立学校設置法の一部を改正する法律案(内閣
 提出、衆議院送付)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(高橋文五郎君) ただいまから文教委員会を開会いたします。
 国立学校設置法の一部を改正する法律案(閣法第二五号)(衆議院送付)を議題といたします。
 本法律案に対し、質疑のある方は、順次御発言を願います。
#3
○安永英雄君 まず、大学院の問題について、質問をいたしますが、大学院の修士課程と博士課程、それぞれの現在の設置状況について、概略でいいですから、御説明願いたいと思います。
#4
○政府委員(村山松雄君) 国立大学は、現在七十五校ございますが、そのうちで、両方ないしはいずれか置くものは五十九大学でございます。全体の七八%に当たります。修士と博士、両方とも置く大学は二十五校でございまして、ちょうど三分の一、三三・三%でございます。それから、修士課程だけを置く大学が三十二でございまして、四二・七%に当たります。それから博士課程だけを置く大学、これは医科歯科大学というふうなことになりますが、それと工業大学でありますが、それが二つでございます。全体の二・七%でございますので、大体四分の三ぐらいの大学には大学院が置かれているというのが現状でございます。
#5
○安永英雄君 現在大学院設置を希望しております大学、これはいまの状況はどういうふうになっていますか。
#6
○政府委員(村山松雄君) 大学院の設置は、これは基礎となる学部の充実状況でありますとか、それから社会的な要請でありますとか、いろいろな状況から設置されるわけでございます。したがいまして、大学に対して希望があるかどうかということでございますれば、潜在的な希望はおそらくたいていの大学が、いつかは大学院をつくりたいと考えておるものと思います。ただ、文部省としましては、やはり充実度等とにらみ合わせてやらなければなりませんので、大学の御希望もさることながら、御希望がありますものについて検討いたしまして、まず見込みがあるというものにつきまして教員組織が一番基本になりますので、大学設置審議会に教員組織の下審査といいますか、正式の付議でない下審査をお願いしまして、教員組織について見込みがあると思われるものにつきまして予算の要求をし、予算が取れれば、まだ大学院が置かれてない大学につきましては法律の改正措置を講ずるわけであります。今回今年度におきまして、修士課程で申し上げれば、法律改正をお願いしております小樽と島根のほかに、弘前大学、金沢大学、岡山大学がそれぞれ大学院の研究科を新しくつくることを希望しておりまして、合計で五大学、七研究科を四十六年度から新たに置く予定にしております。
#7
○安永英雄君 これはずっと当委員会でも論議になったわけでありますが、大学院の現状、あるいは今後のあり方という問題については非常に問題が多いということを指摘してきたわけでありますが、特に閉鎖的であるとか、あるいは徒弟制度的な色彩が非常に強い、あるいは独善的な運営も行なわれておる。あるいはまた中教審の中間報告あたりでは一つの考え方が出ておるわけでありますが、特に教育と研究の分離というふうな問題も当面の問題として大きくクローズアップされてきているわけでありますが、ともあれ大学院制度そのものに大きくメスを入れる時期がきているわけで、そういう状況の中で、いまもお話がありましたように、教員組織とか、設備とか、あるいは地元の要請、こういうことで従前に変わりないような方法でこの設置をしてきた。また今度の提案もそういう気がするわけでありますが、いつも文部省のこういった問題についての答弁は、大体中教審の最終的な答申が出てからということで、非常にぼやかされてくるわけでありますけれども、この問題については、大学院だけは従前のとおりに、やはり同じような形式で、何か将来的な計画があるのかどうか、場当たり的な設置をしていっておるのじゃないか、少なくとも学制改革をめぐって来年からこの委員会でも相当論議をしていくわけでありますが、そういうのを待って一つの方向ができて、そして確固たるこの計画の中で、あるいは性格づけの中で、大学院の設置というのを進めたらどうだろうかというふうに考えますが、その点どうですか。
#8
○政府委員(村山松雄君) 大学院にいろいろな問題があるということは、従来から各方面から指摘をされております。ただ問題はこの学部段階以下と違いまして、大学院になりますと、それぞれの学問分野によって問題の所在が非常に違っております。人文社会科学系と、それから自然科学系とでは非常に違っておりますし、たとえば同じ人文社会科学でも、文学と法律や経済では事情が違っておる。それから同じ自然科学でも、理学部関係、工学部関係、あるいは医学部関係それぞれ非常に事情が違っております。問題は大別しますと、制度的な問題と、それから制度の中でこれを運用する問題とございます。運用というのは、言いかえますと、教育研究の実施ということになるわけでありますが、この制度的な問題は、やはり大学もさることながら、政府としていろいろな御批判を検討して対処する必要がございまして、そこで中教審などにもお願いしておるわけでございます。一方実施、つまり教育研究の運営の問題は、これは制度がどうなりましょうとも、大学それ自体が、たとえば教育研究内容につきましては必要なテーマを精選して、これに深く突入するということが必要でありましょうし、それから学生に対処する関係ではカリキュラムなどをよく精選して、学問のレベルを高めるという角度から努力が必要であろうかと思います。そういう意味合いにおきまして、教育研究の実施面ではいろいろな問題の解明というのは、主として大学自体が努力すべきものと考えております。
 それから制度的な面につきまして、これはまあいろいろ言われますけれども、突き詰めていけば、大学院というものの目的をどう設定するか、それに対応して、たとえば修業年限、現在はきわめて画一的になっておりますけれども、これを学問分野別の必要に応じてバラエティを持たせるというようなこと、それから次は数の問題、大学院というのは高度の教育者あるいは研究者、それから職業人の育成というような目標が与えられておるわけでありますけれども、そういう目標に照らして一体どれくらいの数を養成したらいいのか、それからその費用をどうするかというようなことに相なるわけであります。そういう問題がそれぞれ解明されないうちに従来のようなやり方でつくるということはどうしたことだという御指摘でございますが、率直に申しまして、問題の検討はしなければなりませんが、さればといって、問題のない部分もあり得るわけでありまして、大学院の新設というのを問題検討の期間一切とどめるということも学問研究の進展をはかる上からはこれはきわめて慎重にやらなければならぬ。言いかえますと、おそらくとめるわけにいかないのじゃないか。そこで問題がある中で何かをやるとすれば、問題がありつつも比較的問題の少ない面についてとにかく既定の計画を進めるということに、きわめて中途半ぱな説明で恐縮でございますが、相なるわけであります。そこで端的に申し上げますと、博士課程についてはこれはきわめて慎重に検討し、この新設は差しあたり方角が出るまでは差し控えたいと考えております。それから修士課程につきましては、これは昭和三十八年来、高度の職業人の養成ということを考えても、大学が新制大学で一般市民教養の上に学問の何といいますか手引きを与えるというような角度からいきますと、内容が充実すれば修士課程程度のコースは大学という以上は漸次つくるべきでなかろうかという線を現在も一応保持いたしまして、内容の充実、あるいは卒業生に対する社会的要請などをにらみ合わせまして逐次新設をしておるわけであります。前回も、つくっても入学者が少ないじゃないかというような御指摘もございました。なるほど大学院についてなお定員を上回るという状況ではございません。もっとも志願者は何倍かございます。しかし大学院になりますと、学部と違いまして、定員があるから大学が見て能力の乏しい者まで入れるというやり方をしておりません。定員がありましても、大学のそれぞれの見識で、大学院教育研究に耐える者を選抜するという形でやっております。そういうことからいたしまして、諸外国との比較からいたしましても、現在まだまだ日本の大学院というのは数が少ないのでございます。修士課程程度のものは既定計画に沿ってやっていって、制度がどうなりましてもさして支障がなかろうと考えまして進めておる次第でございます。
#9
○安永英雄君 そうしますと、少なくとも修士課程の大学院というのは、大学という名のつくところ大体すべてのところにこの大学院を設置するというふうにとってよろしいのですか。
#10
○政府委員(村山松雄君) 目標としては一応そう設定してございますが、それが時間的な感覚からいきますと、近い将来にすべての大学に修士課程が置かれるであろう、また置くべきであるということで推進するということでは必ずしもございません。学問分野によりましてもまた遅速がございます。端的に申し上げれば、理工系についてその必要度が強いようでありますし、人文社会系につきましては、必ずしも理工系に比べますと必要度が高くないようでございます。そういう必要度もにらみ合わせまして、究極的には大学院はすべてに置かれるというふうなことを念頭に置きつつ、慎重に対処してまいっておるつもりでございます。
#11
○安永英雄君 先ほど答弁いただきましたけれども、要するに、現在の大学院の性格あるいは内容、こういったものが非常に不明確なまま進んでおるし、また将来この卒業生というものの必要数、いわゆる需要予測、こういったものを立てて計画を立てる、こうおっしゃるけれども、これはいつ立てられるのですか。毎年この問題については一つ二つと出てまいりまして、同じような質問をしますと、そういう計画を立ててからというふうな答えですけれども、二の大学院の性格というものをはっきり、それぞれ種類はありましょうけれども、こうあるべきという性格、内容、こういったものについてはっきりとした方針というものが立つのはいつですか。
#12
○政府委員(村山松雄君) 大学院の性格は学校教育法にも一応の規定もありますし、また大学の基準あるいは大学人自体が了解しているところもございます。一口に申せば、博士課程は学問水準の最高レベルの維持向上のためということでありますし、修士課程はその前段階ないしは高度の職業人の養成というようなところに目的があるわけであります。そういうことでございますので、博士課程は、その需要というようなことはきわめて狭く解すれば、大学の教員その他大学レベルの研究者の必要数というものをカバーできれはいいのではないか。あわせて若干産業界にも回して悪いということではございませんけれども、主として教育研究者の需要ということで考えますと、現在、博士課程につきまして大体卒業者三千人くらい出ておりまして、それで就職者を見ましても内容はもっぱらそのような専門的、技術的職業についております。いろいろな見方はございますが、特に大学の教官の後継者が著しく不足という状況でもございませんし、また逆に博士課程の修了者が多過ぎて就職に困るというような状況でもございません。本来需要がいかにあるべきかという測定は、これはきわめてむずかしい課題で、世界的に見ましてもどこの国でも客観的に見てだれもが是認するようなそういう予測計画というものを立てているところはまあないと言ったほうがよろしいのが現状でございます。そこで私どもとしてもできるだけ需要予測として信頼できるものに近いものを設定するように努力はいたしますが、率直に申しますと、これならだれもが納得する博士課程修了者の需要度ということはなかなか出てまいらないんじゃないかと思います。そういうことで現状がほぼ需給バランスしておるということからいたしまして、現在は新設は慎重にして内容の充実につとめておるというわけでございます。
 それから修士課程につきましては大体一万人程度出ております。修士課程の性格上三分の一はそれより上、つまり博士課程に進学いたします。残りは就職するわけであります。ここでも専門的、技術的な職業に進む者が九割近い構成比になっております。あと管理的業務とかあるいは二次産業あたりにも若干の者が従事しております。修士課程程度の職業人の需要が特に強いのは工業関係でございます。その需要が修士課程の新設を促進したというような事情もございます。これにつきましても博士課程で申し上げるのとほぼ同様に卒業者が就職に困るという状況でもございませんし、全く不足で奪い合いという状況でも必ずしもございません。ほぼ需給はそれなりに均衡がとれておるように感ずるわけでありまして、ただ先ほど申しましたように、工学でありますとか薬学でありますとか、そういう分野ではなお需要が高いようでございます。そこで、そういう方向は、若干の問題は自覚しながらも漸次ふやすという方向を進めておる次第でございます。
 修士課程、特に職業人の需要などにつきましては、博士課程より一そう、これは産業界とも関係するわけでありますから需要予測というようなものは立てる必要は多かろうと思います。これにつきましても、なかなかこれなら客観的に御納得いただけるという数字的な御説明が困難であることは申しわけございませんけれども、大体需給が見合うような方向を見定めながら漸進的に拡充をしておってほぼ支障がないのではないかと考えておる次第でございます。
#13
○国務大臣(坂田道太君) いま大学局長から御答弁を申し上げましたが、これはこの法案に即して、それから現状を踏まえて御説明を申し上げておると思います。先生のお尋ねはそうじゃなくて、もう少し将来の展望として一体大学院をどういうふうに考えておるのか、それに対して何らかの考えはあるのかという御質問だと私は承るわけでございまして、これは今後の私どもの最大の課題でございますけれども、私の考えをちょっとばかり申し上げておきたいと思います。
 最終的にはこれは中教審の答申もございましょうし、それから学術審議会におきまして研究所のあり方と申しますか、あるいは研究、教育というものについてどう考えていったらいいかということで検討を重ねまして、すでに中間報告の中間報告みたいなものが出ておるわけでございます。それからまた大学院のあり方等についても文部省は部省として検討をいたしておるわけでございます。その方向といたしましては、この中教審の答申にも、中間報告にもございますように、今後大学の種別化というものを行ない、そうして研究院と申しますか、研究を中心とした大学、そういうものをひとつつくっていこう、種別化していこう。現在ございますこの大学の制度をどういうふうにこれを具体化するかはまたこれからの課題でございますけれども、ともいたしますると、国民のために開かれた大学と大衆のための大学と、ある一定の能力を持った人たちに対しては高等教育の機会を与えると、こういう一つの方向が、大学改革の一つの柱ではございますが、同時に大学それ自身が昔から持っておりまする本質であります研究という面、学問の水準を維持し発展させ、さらに新しい価値を付与するような、そういう創造的な営みをする、基礎研究を重視する大学の役割りというものは以前にも増して強く求められておるわけでございまして、これに大学というものがこたえなければならない、その意味においてはやはり博士課程を中心としたような大学、大学と申しますか、いわゆる学問、研究の高等教育機関というものが一つ位置づけられなければならない。ただいま村山局長が申し上げましたのもその意味でございまして、その次の段階として言うならば戦前における大学という頭から考えるならば、もう四年制の大学も修士課程くらいまで含めたものでないと昔言っておった大学に値しない大学ではないか、こういう意味でほとんどすべての大学に修士課程の大学を付与していこうという考え方を申し述べたわけでございます。しかしまた一面において、中教審の報告によりますと、四年の学部の大学もあってしかるべきではないか、場合によってはその四年というのも三年で出してしまってもいいじゃないか、こういう考え方も一応中教審としては出しておるわけでございます。そういう場合にはやはり今度は一たん社会に入りまして、そうして仕事をやってみて、さらに自分はもう少し勉強したい、研究院に入りたいという者のためにこの門戸が開かれておる。つまり袋小路がないということであったならば、この四年制の学部でも、あるいは場合によってはこれはまた特殊な場合かもしれませんけれども、あるいは実際上行なわれるかどうかまだ未定ではございますけれども、三年制の学部も一つの高等教育機関としての位置づけも考えられるのではないかというのが中教審の一つの考え方だと思うのでございますが、とにもかくにも私たちといたしましては、学問の研究、創造的なそういう営みをやるための少数な、しかもエリートのやはり研究大学というものはどうしても必要でありますし、それに対してどういうような構想で、そうしてまたどれくらいの人数を、あるいは需要供給の関係を考えていくかということは、まさに私がしょっちゅう申し上げております全体的な長期教育計画という中にそういうものも含めて考えていかなきゃならぬわけでございまして、その作業はまだ現段階進行いたしておるということで、まだまだ皆さま方に御報告する段階にはございません。しかし、そういうような方向でもって私どもが検討しておるということだけはひとつおわかりいただきたいと思います。まあ局長が答弁をいたしましたことと矛盾するわけじゃございませんので、むしろきょうは現在のこの法案を中心として、そうして現状のことを踏まえましてお話を申し上げたわけでございます。
#14
○安永英雄君 別に大臣と局長の食い違いは全く私は感じられないわけです。問題は、いま大臣がおっしゃったように、この大学院のあり方というものについて、確固たるやはり一つの方針、こういったものは検討中ということでありますけれども、出していただかぬとその場ばったりで、何か審議会にかけて、教授の数はこれでございます、施設もこれだけあります、というふうなことで次次いっておっては、また急に性格はこういった方向であるといったときに混乱をするので、やはり私はいま認可して設置をしておりますけれども、これをいまとめろという意味では毛頭ありません。ありませんが、あまりにここ数年来こういう形でずっと続いておるし、いまにもはっきりした方針が出るようなことをいつも答弁でもらっておるものですから申し上げたわけです。
 そこで、いま大臣の大体の構想というのを私伺っておって、大体中教審の中間報告、この趣旨ほとんどそのものずばりじゃないかというふうな気がしますが、その時期にまたこの問題については質問なり討論をいたしたいというふうに考えます。
 それから、ちょっと気がかりなのは、局長が需要供給の関係のバランスは一応とれているんじゃないかというふうにおっしゃるけれども、この点については、私はあとで資料でいいと思いますが私は大学の教官、この数はとにかく足らないと私は見ているんですがね。特に地方の国立大学、それから私立大学、この私立大学のごときは非常勤講師がぞろぞろおりまして、とにかく私は局長がおっしゃるような需要供給の関係で、この大学教官というものについて私はまだまだ足らない、こんなふうに私は考えるわけでありますが、これはデータをひとつ出していただきたいと思うのです。私は少なくともデータ出せば、この正規の教官というものは非常に少ないんじゃないか、こんなふうに思いますので、これは誤りじゃないか。少なくとも産業界その他については、これはいまの対象の中でつかもうとしてもなかなかこれはむずかしい問題だと思う。あるいはまた、医学とか薬学とか、こういった問題についてはしごく限られた職場でやっておりますから、これは把握しいいと思うが、その数字は私は足らないと思いますけれども、教官の場合もずいぶん足らないというふうに私は思いますので、この点についてははたしてそうかどうか、データでひとつあとでお示し願いたいと思います。
 それから大学院のほうに行きたいという希望者、これの状況というのは、この前も大松委員のほうから質問があって、非常に少ない、少ないにかかわらず大学院だけなぜつくるんだということになりまして、これはやはり何といいますか、励みといいますか、大学院、いまは進学の希望はないけれども、大学院ができるということになってくると、その後どんどんふえるんじゃないか、こういう期待をこめて設置しているんだという言い方もありますけれども、この点が実際文部省のほうとして、どれくらい大学院に行きたいという数字を握っておられるか、その点が一つと、この三月の十三日の新聞にも出ておりましたが、東大の工学部の都市工学科、ここで現在問題が起こっておるのは御存じのとおりであります。この問題の発端は、結局この都市工学科から大学院へ進みたい、いわゆる博士課程へ進学を希望した。こういった者が七名おって、そうしてその幅は八名あった。ところがごく最近になって、選考基準というのが成績のよしあしではなくて、その学生を引き受ける教官がいるかどうかによってきまるんだということで、大学院進学者の選考基準、こういったものが非常に問題になっておるわけです。これは私は相当深刻な問題として全国に波及していくのではないか、現在の状態として、こう心配いたしますが、進学の希望はどれくらい大体あるのか、そうしてこのワクをつくって、それに進学する選考基準、こういったものは大体どういうものなのか、これについてお答え願いたいと思います。
#15
○政府委員(村山松雄君) 四十四年の資料でございますが、修士課程につきまして、入学志願者の合計が二万五千八百二十三人でございます。入りました者が一万一千九百九十九人、二・一五倍ということになっております。内訳を申しますと、国立、公立、私立とありますが、国立で志願者が一万五千六百九十五人、入学者が六千九百七十三人、倍率は二・二五倍でございます。公立は志願者が千八百十人、入りました者が六百三人、倍率三倍でございます。私立が志願者八千三百十八人、入りました者が四千四百二十三人、倍率が一・八八倍ということになっております。
 博士課程につきましては、志願者の合計が四千四百四十一人、入学者が三千五百十三人、倍率が一・二六倍、つまり二六%は落ちているということであります。内訳を申し上げますと、国立が志願者二千六百六十八人に対しまして、入学者二千百九十四人、倍率は一・二一倍であります。公立が志願者二百九十五人、入学者二百二十人、倍率が一・三四倍であります。私立が志願者千四百七十八人、入学者千九十九人、倍率は一・三四倍で、ほぼ修士課程が二倍強、博士課程は一・三倍程度ということでございます。そう激烈な競争とは言えないわけであります。
 それから大学院の入学者の選抜の方法につきましては、大学学部と違いまして、文部省では別段内容的な指導助言はいたしておりません。ただ、これはやはり入学者選抜でありますから、大学院の目的に照らしてふさわしい公平な方法でやるようにという助言はしておるわけでありまして、実際の問題としては、各大学がそれぞれ適当と考える選抜方法を講じております。学部と違いまして、もう学部を出た者でございますし、かなり、自分の大学を卒業してその大学に置かれた大学院に入る場合が多いわけでありまして、指導の先生方も指導を受ける学生も知っておるということがかなり多いわけであります。そこで一つの問題は、その自分の大学の学部から進学する場合と、ほかの大学の学部卒業生が修士課程に志願する場合との取り扱いでありますが、これも両方あるようであります。二様にやっておるところと、二様に分けないで学内外を通じて同じような選抜をやるところとあるようであります。いずれにしましても選抜の観点としては、一つは大学院の目的に照らして能力があるかどうかという問題でございます。これはやはりペーパーテストをやる場合もございますし、面接等でやる場合もあるようであります。それから御指摘のその指導の教官があるかどうかというようなことも、これはまあ全部一律ではないようでありますけれども、大学院になりますと必ずしもその一定のコースのカリキュラムを履修するというわけじゃございませんで、やはり適当な指導教員に主としてつくといったような関係になります。そこで入学志願者が専攻したいという希望に照らしまして適当な指導教官がいないというような場合には、場合によってはその専攻を得られない場合もあり得るかと思います。以上、大学院の入学者選抜については必ずしも一律でなくて、各大学がそれぞれ是と信ずる方法でやっておるというのが実情であります。
#16
○安永英雄君 時間もありませんけれども、あと大学院の問題について二つ質問をいたします。
 いまの大学院に進学する選考基準という問題については、総ワクはわかりました。大体どういう考え方で選ばれるかということもわかりますけれども、具体的にこの東大の都市工学科の現在の引き受ける教官と、こういった場合と外部から来るとかなんとかいった場合に具体的にどういうふうなことにこれはなるのかどうか、特に十八日に一応これが選考が終わるということでありますが、一般論はわかりましたけれども、具体的にこの東大の都市工学科の問題についてはどうお考えになるかお聞きしたのが一つ。
 それともう一つ、博士課程の学部と大学院というのは設置を最近ほとんどやられておりませんね。先ほどもこの点について、この問題は慎重にいきたいということをおっしゃっておったわけでありますが、これは戦前からの大学あるいは医学部、こういったところはこの博士課程は設置されておりますけれども、ごく最近に至っては全くこの問題については設置されないという状況なんですが、なぜかと、この点についての事情をお聞かせ願いたいと思います。この二つであります。
#17
○政府委員(村山松雄君) 大学院の入学者選抜の具体的な状況につきましては、御指摘の事実について事情を承知しておりませんので、後日調べてお答え申し上げたいと思います。一般論で申し上げれば、先ほど来御説明するように文部省で別に基準を定めておるわけではなくて、大学院の目的、性格に照らして各大学がそれぞれ適当と思われる選抜方法を講じておるということでございますので、文部省として特定のケースについてこれを入れるべきだとか、あるいは入れるべきでないというような助言は困難かと思いますが、事情は取り調べ、調査いたしたいと思います。
 それから第二点の、博士課程が新設されない理由でございますが、これもいままでに若干申し上げましたように、旧制では大学には大学院を置くべしとなっておりました。したがって、大学院のない大学は考えられなかったわけであります。新制では大学院は置くことができるということになりまして、国立大学につきましては、修士、博士とも旧制以来大学院があるものを除いては新設はしなかったわけであります。修士課程につきましては、大学院を置くことができるとあっても、新制大学が教育、研究の機能分離をした関係で、学部が教育が主であるにしても研究と教育というのは大学の二つの主要な特性でありますから、置けるものであれば修士課程程度の大学院はできれば全部に置きたいと、中教審の三十八年の答申もその趣旨で出されておったので、内容等にらみ合わせまして置いてまいったわけであります。博士課程につきましては、その昭和三十八年の答申でも博士課程は日本の学問の世界的水準の維持、向上のために少数精鋭でいくべきだという御指摘もございます。既設の博士課程でもその当事者から言わせればまだまだ内容充実が十分でないという御指摘もございますので、文部省としては、博士課程については内容充実に専念することとして、いままで博士課程が置かれていない大学に新たに置くということは差し控えてまいったわけであります。
 ただ、蛇足でございますけれども、すでに博士課程の置かれておる大学において人をふやすとかあるいは学科などが増設された場合に、その学年進行によって上がってきた場合には博士課程の研究科あるいは専攻を増設するといったようなことはやってまいっておりますので、国全体としての博士課程の規模は大きくなっていることはもちろんでございますけれども、新たに博士課程を置く大学をふやすということは、いままで申し上げたような事情でいままではやっておらないというのが実情でございます。
#18
○安永英雄君 今度の小樽商大と島根大のこの大学院設置について、私はいつもふしぎに思うのは、予算はついているけれども、職員の定数というものについては増減なし。これがいつもふしぎでたまらないんです。だから、この前も大松委員が多少触れておりましたけれども、とにかく大学院の看板だけもらえばいい、とにかく格が上がるんだというふうな錯覚を起こしてみたり、あるいは大学院を置くと予算がくる、その予算をとにかく学部で使える、こういった非常に打算的な、内容の充実しない申請のしかたをして、次々に大学院を設置していっている。それもわかりながらも、私は文部省としては設置に賛成しているんじゃないかというような気もするぐらい端的にここのところで大学院を少なくとも設置をするということになれば、予算その他の中で定数の配慮ということは当然なされなければ学部のほうにしわ寄せされることは当然なんです。こういったことはどんなふうにお考えになりますか。
#19
○政府委員(村山松雄君) 御指摘のように、大学院をつくったということだけを理由にして教官の定員をふやすということはやっておりません。と申しますのは、この大学院の基準の考え方が、大学院は充実した学部の基礎の上に置くものであって、当初はそのために専任の教員はつけないという考え方があったからでございます。で、その後、大学院にも専任の定員があったほうがいいんではないかという御意見はございます。しかし問題は、そうなりますと、大学の教官を、大学院にもっぱら専任すべき者と、学部にもっぱら専任すべき者と分けなければならぬということになります。そうなりますと、それも考えものだという反対論が実際問題としては非常に強いわけでございます。そこで文部省としては、大学院のありなしによって大学院の専任の教員を増減するということではなしに.大学院が置かれるような基礎となる学部については学部そのものの充実をはかるということをやってまいっておるわけでございます。俗に講座制と学科目制と格差があるということが言われるわけでありますけれども、御案内のように、大学院を置く大学の基礎となる学部は講座制によっております。それも、博士課程を置く場合と修士課程を置く場合と予算上の扱いが若干違っております。それから大学院を置かない場合には主として学科目制によっておるわけでありまして、学科目制と講座制とは教員の配当の厚みが違っております。講座制のほうが厚いわけでありまして、それは大学院の教育、研究を担当することによる差異であって、これは当然その負担の差があるから定数の配当にも差があるので、これは不当な差別ではなくてむしろ当然の区分だという考え方でございます。で、そういうことがあまり明朗でないから講座制、学科目制はやめてしまって、むしろ学部と大学院と分けたほうがいいではないかという御議論も確かにございます。しかし、それをかりに実行しようとしますと、私どもの体験ではまたきわめて熾烈な反対意見も出てくるようでございまして、少なくとも現在までのところは、大学院のありなしを学部の充実度、講座制、学科目制というところに結びつけましてバランスをはかっておるわけであります。今後は七今度の中教審の答申で、一種の大学学部とそれから四種、五種の大学院、研究院といったものが制度的に分かれるような段階になりますと、その点もあるいははっきりいたしてまいるかと思いますけれども、現行制度では、いま申したような運用上の配慮でやっていくほかないと考えます。
#20
○安永英雄君 私が申し上げたのは大学院の中と学部とはっきりせよというのじゃないのです。要するにやっぱり大学院を認めた、設置したということになれば、定数は、現状からいえば、どちらに所属してもいいわけです。とにかく、これはできたことによって研究もあるいは教育面も、非常に仕事の内容といいますか、研究の内容がふえるわけですから、それに相当する定数というものはやはりつけるべきだというふうに私は思うわけです。これは文部省をあながち責めるわけじゃなくて、地元の大学あたりも問題がある、これは。
 だから結局、定数はもらえないから定数をばらばらにして非常勤あるいはそのつど、そのつど雇い入れる、こういった形で入れていっているというふうな状況もあるわけです。これは一応認可されると急に定数を要求してくる。設置されるまでは定数要りません、とにかくつくってくださいと、こう言ってくるあたりも非常に問題があると思いますけれども、これはしかし、そういったことはあろうとなかろうと、やはり定数というのは考慮すべきだというふうに考えます。さきの中教審の答申を待つまでもなく、いま行なわれておる状況の中では、私はそういった多少あいまいさはあっても、定数として出すべきだというふうに私は考えております。
 時間もありませんから、次に高エネルギー物理学研究所の問題について質問をいたします。
 昭和三十七年学術会議からこれは勧告がありまして、それからようやくこの国会にはかられて実現をしようと、こういうのでありますから、相当の期間を経過しておりますし、その間のいろいろないきさつ等もあったやに承っておりますが、今日までのその経過というものの概要をひとつ説明願いたいと思います。
#21
○政府委員(村山松雄君) 素粒子に関する研究ということは、物質の究極の構造を探るという意味で、直接具体的な目標は必ずしも明確でございませんけれども、学問上はきわめて必要だということでその必要性が提唱されておったわけであります。ただ、わが国では戦時中に理化学研究所がつくりました加速器など戦後廃棄され、その後理論的な研究につきましては二人もノーベル賞の受賞者を出すなど、伸展してきたわけでありますけれども、実験的な研究ということは、経済的な立ち直りのおくれた関係で非常におくれておりました。その間アメリカ、ソ連、イギリス、フランスなどは単独で、それからその他のヨーロッパ諸国は共同いたしまして、昭和二十三年ごろから高エネルギーの陽子の加速器を建設して実験を開始してまいったわけでありますが、わが国では非常に巨額な経費が要るということと、それから実験物理学の復興の立ちおくれもありまして、学術会議などでつくるべきだという提案がなされましても、なお、いかなるものをつくるか、どういう段取りでつくるかにつきまして相当な議論と経過がありまして、御指摘のような時間を要したということになったわけであります。文部省といたしましては、学術会議が学術の振興に関しまして一般的な勧告をされるわけでありますが、それを行政的に具体的に実現するためには、直接の当事者であります大学関係者それから文部省の諮問機関でありますところの以前の学術奨励審議会、今日では改組されまして学術審議会と言っておりますが、そういうところと御相談をしてまいりました。
 そこらでの御論議としては、まずもって、一つはいきなりこれだけ大きな機械をつくることは困難であるから、比較的目的が近いたとえば東京大学原子核研究所などで最終的につくるところの陽子加速器の建設に対する基礎的なデータを得るための実験研究をやる必要があるということで、それにつきましては予算的な措置も講じまして、今日まで必要な基礎研究をやってまいりました。一方、本体となる高エネルギー陽子加速器の建設につきまして、そういう技術的な見通しを立てると同時に、それの実際的な段取りにつきまして学術審議会で御検討を願いました。その結果、一昨年昭和四十四年に今回具体化しようとしております八十億電子ボルト程度の陽子シンクロトロンを中心とする研究所を早急に設置すべきであるという答申を学術審議会からいただきました。その答申をいただきまして、今度は第一線の高エネルギー物理学者の協力を求めまして具体的な計画、それから研究所の組織運営というようなものをどうしたらいいかというようなことについて、準備調査を進めて成案を得ましたので、四十六年度から設備の建設とそれから人的組織を含む研究所創設に踏み切ることといたした、こういうことでございます。相当の期間を要したというのは、事柄自体が初めてで、非常に規模も大きいむずかしい問題であり、したがいまして、関係学会においてもいろんな御意見があったというようなこと、それからまた基礎的研究から本番へいろいろな準備段階が必要であったというようなこと、それから何せ巨額な予算を必要とすることでありますから、それの必要性がやはり政府部内で浸透して踏み切るまでに時間がかかったというようなことであろうかと思います。
#22
○安永英雄君 そうするとこの当初に計画をされておった構想というものは、ずいぶん論議の結果四分の一程度に落ちたというそれが現在提案されておる加速器を中心とするこの研究所の規模になった、こういうふうなことを承っておるわけでありますが、その点どうですか。
#23
○政府委員(村山松雄君) 高エネルギー陽子加速器の建設というのは非常に大きな問題でありますので、実はいろいろな御論議があったわけであります。一時は御指摘のように出力四百億電子ボルトといった大きな陽子シンクロトロンの建設というようなことも考えられたようでございます。ただ、その点に関しましてわが国の学術振興の現状からそれは人文、自然、社会、諸科学の均衡ある発展をはからなければならない。自然科学のまた一分野である物理学、実験物理学といったようなところに、それだけ巨額な投資をするということについて、一体均衡がとれるであろうか。それから、とはいいましても、その規模を小さくして実験をやる意義が失うようであってはならないわけでありますが、もう少し均衡のとれた経費で研究の実をあげる方法はないだろうか、いろいろな角度から学術審議会を中心として検討しました結果、今度提案いたしております八十億電子ボルト程度で、むしろビームを大きくすれば、正確で必要な研究ができるという結論に達しまして、この原案でお願いするということになったわけであります。
#24
○安永英雄君 確かに日本学術会議あるいは学者研究者などからそれぞれやはりこういった研究所施設、こういった要求はたくさんあると思います。けれども、その中で高エネルギー物理学研究所というもののバランスの中で大きく取り上げて、そうしてこれに着手をするという意義、こういったものは私なりにもわかる気持ちはしますけれども、ここに提案されております設置法の九条では、私はどうもあまりにわかりかねますので、そこらあたりの重要性といいますか、そういったものについてはどういう取り上げ方を文部省としてはしたのか、お聞かせ願いたいと思います。
#25
○政府委員(村山松雄君) この高エネルギー物理学研究所の目的というのは、先ほど申し上げましたように、物質の究極構造であるところの素粒子の性質をきわめるという、きわめて私どもしろうとが聞いたのではばく然とした課題に取り組むわけでありまして、いかなる意義があるかということについてなかなか的確なお答えがしにくいわけでありますけれども、とにかく先進諸国があげてこの問題に取り組んでおる。アメリカ、ソ連、イギリス、フランスなどは単独で研究所をつくっておりますし、それからその他のヨーロツパ諸国は、独力でこれだけの巨大施設はつくれないということから、スイスに共同の研究所を設置しておるわけであります。で、物質の究極構造をきわめるということについて日本が立ちおくれるということがあれは、その結果何が出てくるかは必ずしもわからないわけでありますけれども、やはり世界の学界の進展に立ちおくれるという結果になりかねない。で、わが国の地理的な事情から、ヨーロッパのように共同でやるわけにもいかない。とすれば、どうしても、少なくとも必要最小限のものは自力でつくらなければならないという必要性が、かなり長年月を経まして――当事者はもうもちろん必要だから早くということであったわけでありますけれども、関係者の間にやっと浸透して、今回設置に踏み切ったわけでありますけれども、事柄が非常に大きいものですから、従来ですと、この種基礎的な学問研究の研究所は、大学共同利用の研究所として便宜ある特定の大学に付置をしてつくるということでありますが、つくり方につきましても学術審議会で十分御検討を願って、大学の共同利用に便ならしめる反面、特定の大学にはつけないで、やはり学術の責任者であるところの文部大臣直轄の研究所としてつくるのが適当であるという結論を得たわけであります。なお、設置及び運営に非常にばく大な経費がかかります。そういうことも考えまして、会計の区分といたしましても、一般会計よりは国立学校特別会計に所属させるのがよろしかろうというような御配慮もありまして、特定の大学には付置しないけれども、大学の共同利用に供する文部大臣直属の研究所として、会計区分としては国立学校特別会計の中で、それから法的根拠としては国立学校設置法の中で措置をするという結論を得まして、御審議をお願いしておる次第でございます。
#26
○安永英雄君 結局この物理学研究所を設置するのに、他の研究機関というものとのウエートから考えたら、相当これはもう科学研究の基礎のまた基礎になっていく。その研究の発展によって、他のほうの研究分野というものにも波及効果がずいぶんあるのだと、こういうとらえ方をされておるわけですね。そして諸外国とのかね合いもお話しになりましたが、私はここらに問題が一つあると思うのです。たとえば、いまおっしゃったように、それだけの大きな認識があるし、それから規模からいっても、先ほど聞きましたけれども、相当巨大な規模もあるし、将来にわたっても相当発展しなきゃならぬという性格のものなんです。それが、文部省の予算取りの上で、一般会計がいいか特別会計がいいかと、こういったことでその性格も失すると、こういったことはあまりに小さな問題のとらえ方ではないかというふうに考えるわけです。これはあとでお聞きしますけれども。
 それでは諸外国の現在のこの加速器を中心とした研究所の実態、こういったものについてお知らせ願いたいと思います。
#27
○政府委員(村山松雄君) 先ほど申し上げましたように、現在アメリカ、ソ連、それからイギリスフランス並びに欧州共同体が設置しておるわけでありまして、最大のものはソ連がつくっておりますセルプコフの研究所でありまして、これが七百億電子ボルトの出力であります。それから二位がアメリカのブルックヘブンの研究所でありまして、加速エネルギーが三百三十億電子ボルトでございます。以下、セルンの欧州共同体、それからアメリカのアルゴンヌ、それからソ連のドブナ、それから出力からいけば六番目が今度つくります日本の高エネルギー物理学研究所、八十億電子ボルトということになります。あとイギリスのラザフォード、それからアメリカのローレンス、フランスのサクレーの研究所はわが国の高エネルギー物理研よりも加速エネルギーは下でございます。さらにアメリカや欧州共同体は、現在あるどれよりも強度の高いものを現に計画しておるというぐあいに聞いております。
#28
○安永英雄君 とにかく外国との関係も今後は見ていかなければならぬのじゃないか。規模も、大体初め計画をした場合には四百億電子ボルトであったのが、予算その他の関係でしょうけれども、これは八十億に落とされておる。いまも、私調べて見たのですが、アメリカあたりでは三百三十とおっしゃったけれども、来年あたりでは二千から五千出るというのを計画を現在しておる。こういうことで、この規模については今後ますます増大していくという傾向の中における八十億というものについては、われわれとしては相当今後考えなければならぬのではないかというふうに考えるわけです。そこで、本研究所の規模というのも、いまおっしゃったように、世界での水準からいけばずいぶん低いところにあると思いますけれども、この規模なり、あるいは建設計画、こういったものについて、一応のめどの完成時期、それからことしのその過程の中における予算関係、こういったものについて説明願いたいと思います。
#29
○政府委員(村山松雄君) 前回の御答弁補足申し上げますと、わが国の計画しております高エネルギー物理学研究所は、この加速エネルギーでは六位でございますけれども、陽子ビーム、つまり、
 一度に出る陽子の束の強さは、現在あるどれよりも強いものでありまして、ということは、出力は小さいけれども、非常に正確な実験ができるというところにこの特色があるわけでありまして、全体的に決して程度が低いものではないというのが関係者の意見でございます。ちょっと補足申し上げます。
 それからこの研究所の建設計画並びに規模の問題でありますが、四十六年度におきましては、人が五十四人、それから経費十五億円。これは主として建設の第一年度分でございます、を、予定いたしております。場所は、これは筑波の研究学園都市の北の部分を予定しております。年次計画といたしましては、四十七年から四十九年までの四年間を一応予定しておりまして、完成時における規模は、人が約二百八十人、それから建設費約八十六億円を見込んでおります。
#30
○安永英雄君 この建設、茨城県に置くということでありますが、これは筑波の学園都市の北側ということを聞いておりますけれども、そうですか。
#31
○政府委員(村山松雄君) 筑波の研究学園都市として計画した中の、地図からいきますと、大体一番北の部分を予定しておるわけであります。
#32
○安永英雄君 この施設というのは特殊な施設でありまして、管理あるいは土地の選定、こういったものについて、非常に問題があると聞いておるわけです。結局、八十億電子ボルトですから、大体直径百メートルぐらいのドーナツ型の加速器ができるわけでしょう。そうすると、その円形の中を、周の中をとにかくすごい勢いで素粒子が回る。聞くところによりますというと、一秒間に二百万回回ると。これはものすごい速度でありますが、距離にすると、一秒間に三十万キロ、ほとんどこれは光の速さとよく似ておる速度になるわけですね。こういったものが、結局地下を掘って、その中に円形をつくって、その中をものすごい勢いで素粒子を回しながら目的地にぶち当てる。そこで新しい素粒子が出てきたり、あるいはいままでとらえておった素粒子というものと違った、異質のものがそこから出てくる、こういったものを繰り返しながら、新しい物質の本質、こういったものをきわめていくというのがあれなんですけれども、そうすると、私は湯川さんや朝永さんあたりの話を聞きますと、これは一番問題なのは地震、あるいは地殻、岩盤、こういったものについてよほど注意しないと、おそろしい結果があるいは生まれるかもしれない。でも、学者としては、場合によっては、その土地の選定という問題について、ある程度考えたと言うわけですね。だから、その土地がないという場合には、極端に言えばそういう適した土地がないと言えば、この研究所というのはだめじゃないかというふうに思い込んでおったと言うのです。これは行政レベルの問題になってきますと、これはつくるか、つくらないかという問題を基本的にきめて、そしてそれから先、どこにつくるかという、こういう形になって、どうも私の感じでは、まあ教育大が筑波にいきますし、とにかくあそこのところに学問とか、学校とかというものを、集める。そういうふうな基礎の上に立って、あそこに研究所を持っていったような気もするんです。ところが、これは非常に危険な、一つ間違えば非常に危険な問題を起こす施設なんです。これは相当のボーリングをおろして、そうして厳格にこれを選定をしないと安全、そういった問題については非常な問題を残すというふうな話も聞いておるわけです。この点についての安全性といいますか、そういったものについてお聞かせ願いたいと思うんです。アメリカあたりの話を聞きますというと、とにかくそういった施設に適した土地というものが、砂漠のまん中であれ、どんなまん中であれ、それを第一優先的に取り扱扱って、そしてそこに施設をつくり、研究者の住居その他をつくって、こつ然としてそこのところに町が生まれると、このぐらいの配慮をしておる。ところが、「茨城県に置く」というふうに法律は出ていますけれども、ここらあたりも、あるいは私どもとしては、あまりその間の事情をよく知りませんので、その点については絶対に間違いがないかどうか、土地の選定について誤りがないかどうか、そういった土地の選定についての手順なり、指示なり、そういった手だてについて、いままでどういうことをなさったのか、それで太鼓判を押すのかどうか、この点をお聞かせいただきたい。
#33
○政府委員(村山松雄君) この高エネルギー物理学研究所の立地条件につきましては、先ほど御説明申し上げました東京大学の原子核研究所に、準備調査費をつけた準備段階におきまして、研究者によって全国数カ所の調査をして、筑波の研究学園都市がよかろうという判断で、ボーリング調査、地盤調査などもやって、現在までのところ支障ないという判断で用地が選定されておるわけであります。御指摘のように、相当大きな精密な工作物ができるわけでありますので、地盤あるいは地震等に対する懸念というのはあるわけでありますけれども、これは加速器でございますから、その作動時でなければビームが出ないわけでありまして、これはこわれるようなことがあってはならぬわけでありますけれども、たとえばダムが破壊した場合の被害、そういうおそれはないように聞いております。
 多少蛇足を申し上げましたけれども、地盤の調査につきましては、研究者によって必要な調査がなされた上で、適地であるという判断の基礎の上に準備が進められているわけであります。
#34
○安永英雄君 そこで、当初にお聞きしましたように、当初の計画というものがいろんな原因によって四分の一ぐらいに縮小されて、そしてとにもかくにもこの加速器を中心とした研究所が今度できるんだというところまでこぎつけたということでありますが、これもいろいろ科学者、特に湯川さんあたりの話によりますと、初めは小さなものでけっこうじゃないかというふうに思っておったところが、結局、この加速器を大きくすればするほどこのエネルギーは上がりますから、上がっていくと、それだけにやっぱり素粒子の種類がだんだんふえていって、非常に研究が新しい分野を次々に開拓していく、これはやはり加速器の大きさというものによっていくので、やっぱり大きいほどいいんだ、どこまで大きいという限界というのは、科学者としてもこれはきめられないけれども、現行の実態からいったら、やはり大きくすればするほどいいということですし、初め予側計画されておった計画ぐらいは今後つとめていく将来の計画というものはあるかどうかですね。この点あたり、ある程度そういった研究者なり官の方々の意見を聞きますと、とにかく当初大きくつくってもらえると思ったけれども、いろんな事情で小さなものになって、これはことばは悪いですよ、ことばは悪いけれども、その方々が言っておられるわけじゃないけれども、私の感じとしては、ないよりいいけれども、とにかく早く発足させて、ないよりはいいけれども、これでどれだけの研究ができるのか、この辺につくってもらって、その加速器、これを最大にフルに使って、世界的なレベルに持っていく努力はするというけれども、将来計画としてはどうなるだろうというふうな不安もあるようです。先ほども言いましたように、この研究所自体の位置というものを比較した場合に、非常に高く文部省としても買われて、全体の科学のレベルを上げていこうというふうな趣旨もあるようでありますが、将来計画という問題についてお聞かせ願いたいと思います。
#35
○政府委員(村山松雄君) 率直に申し上げまして、現在考えております計画の完成自体が相当大きな問題でございます。したがいまして、文部省として、この計画の次の第二期拡充計画というようなものがあるかということであれば、率直に申し上げまして、そういうものは現在ございません。しかし、御指摘のように、学問の研究というのは、おそらく無限の課題でありましょうし、それから、わが国の国力、経済力というふうなのも、ますます発展すると思いますので、学問的に必要な時点では、また次の計画は当然立てられてしかるべきだと思います。
#36
○安永英雄君 やはり、ようやくすったもんだして、この八十程度のものができたわけですから、何も難くせをつけるわけじゃない。いまおっしゃった将来の問題も、直ちに計画に入るということが必要じゃないかというふうに考えます。
 そこで、この研究所のあり方について、先ほど局長もちょっと触れられたわけですけれども、この研究所は全く新しい形の共同利用の研究所と、こういうふうな言い方をされたわけでありますが、その性格をもう少し詳しく説明を願いたい。たとえば文部大臣直轄の研究所、あるいは国立大学付置の共同利用研究所、こういったものとどう違うのか、もう少し掘り下げた、新しい出発をするわけですから、この研究所の性格についてお示し願いたいと思います。
#37
○政府委員(村山松雄君) この高エネルギー物理学研究所の性格でございますが、先ほどもちょっと御説明申し上げましたように、形としては特定の国立大学に付置するものではなくて、文部大臣の直轄の研究所でございます。すでに文部大臣の直轄研究所は、ほかにも幾つか例がありますが、そういうものと並ぶ直轄の研究所でございます。しかし、従来の直轄研究所でありますと、文部大臣直属でありますと同時に、たとえば会計区分なども一般会計に属しておりますし、設置の根拠も文部省設置法によっております。しかし、この研究所は特定の行政目的というよりは、むしろ学問研究そのものを対象といたしておるという意味におきまして、大学付置の研究所に似た性格も持っております。従来ですと、そのように大学が共同に利用するという研究所は便宜どころか特定の大学、これはまあかってに便宜やるわけじゃなくて、研究所がどの大学につけたほうがいいのではないかというような意見をまとめ、それから引き受ける大学のほうも、そういう趣旨の研究所であれば引き受けようという合意がなされまして特定の大学に付置をいたします。したがって、管理の区分なども一応付置された大学の管理下、言いかえますと、大学自治といいますか、そういう範疇に入ってまいるわけであります。したがいまして、またその会計区分や設置の根拠も当然のことでありますが国立学校特別会計、それから国立学校設置法によるわけであります。この高エネルギー物理学研究所につきまして、最初は直轄研究所の方式、それから大学付置の共同利用の方式、いろいろ研究しましたが、いずれも一長一短がある。直轄研究所ですと、一般会計というようなことに制約されて、若干低俗な話でありますけれども、予算などもとりにくい。それから今度は大学の付置ということにしますと、共同利用といいましても、やはり特定大学の管理関係に引っぱられて、たとえば人事の交流などが必ずしも円滑にいかない場合がある。それからその運営がやっぱり特定大学の流儀というものから全く脱することができないというような問題点がございます。それじゃいっそのこと従来に全く見られない単独立法でもやって、独特の研究所にするかという案もあったのでありますけれども、従来と全く違った新しい範疇を打ち立てるほどの議も必ずしも熟しませんでしたし、また、政府全体としてはこの際行政組織の簡素化というふうな問題もございまして、単独立法もどうかということになりまして、結局付置研究所とそれから直轄研究所のよい点をとって独特の運営をはかるという意味合いにおきまして、御提案申し上げているような姿になった次第でございます。
#38
○安永英雄君 いま説明を聞きますと、直轄の研究所というのと、大学付置の研究所というものとの問ぐらいにあって、第三の性格になるのかどうかわかりませんが、しかし、少なくとも中をとったような性格づけをしたのではないかと思います。私は局長のおっしゃったように、これは新しい、国をあげての今後の科学研究の出発点だ、黎明だと私は思うわけです。先ほども言いましたように、科学研究の中におけるウエートというものが非常に高かったことからこれの実現の運びになっておるわけです。だから普通言う、たとえば直轄、これはいまおっしゃったように、行政目的のためにとにかく研究をさせるというところ、あるいは大学の直接の教育に密接につながる研究所というようなものとは全く性格も違ってくるし、この研究所が将来発展していった場合には、これは非常に大きな日本の学問研究の大きな基礎になるかもしれない、また基礎になるべくこれは発展させなければならぬという意味もあるわけですから、私はいま申したような設置法の中の一部を改正してその性格づけをしながらいくという問題では私はないと思う。かつて茨城県に原子力発電所をつくるに当たって国会でも非常に大きな問題になりましたけれども、それ以来の、今度国会の中で単独にこれを出してきた場合には相当大きな論議を呼ぶだろうし、またやらなければならぬと私は思っておったのですが、あけてみると、設置法の一部という中の、セットの中の一つにそっと入っておって、こういう重要な日本の将来の科学を左右するような出発点の研究所の性格というものが設置法の範囲の中で、大学に付置のほうに似ておるのか、あるいは直轄か、こういう狭い範囲の中で性格づけをしていくところに問題があるのじゃないかというふうに考えます。したがって、いま局長が幾らおっしゃっても、非常に性格としてはどう考ええてもあいまいである。
 もう少し聞いていきたいと思いますけれども、それでは、そこの所員の身分、こういったものになってくると、いよいよ足して二で割ったような狭い範囲の中で行なわれておるものの考え方になっておりますから、たとえば、私は次に提案をしたいと思うのですけれども、一番やはり大きくいまの出発点として押さえておかなければならない問題は、私はこの研究があくまでも科学研究の基礎になるものだ、基礎の研究だというふうな性格をはっきり押えておかなければならない。これは大学にも直轄にもない新しいもくろみでありますから、この性格づけははっきりしておかなければならぬ、これが一つ。基礎研究だということ、これははっきりしておかなければならぬ。
 それから、これは平和利用ということに徹するところの研究所ということを、これははっきり押さえておかなければならぬと思う。やはりこれはいままでの歴史からいって、大げさのようでありますけれども、私が心配するのは、出発においてよく私どもが考えておかなければならないのは、戦争というものとこの研究が結びついた実績があるこの素粒子の研究、これがへたな方向にいけば、とんでもない方向にいけば非常に大きな災害をもたらしてくるわけでありますから、私はあくまでもこの研究所の性格としては平和利用に徹するという立場をはっきり押さえておかなければならないと思う。そのためにはやはり民主、自主、公開、いわゆる公開の原則というものをこの研究所の性格としてはっきり持たしておかなければ私はならないと思う。
 それから施設の安全性という問題についても、公害の問題もいろいろ論議されましたけれども、少なくともあの東海村のあそこにあります原子力発電所、これの安全といったようなものについてははっきり法律でも特殊の場合の取り扱いとして出ている。こういった問題も私ははっきりこれは確認をしておく必要がある。そうしてこれは純粋な研究なんですから――大学とか直轄のところは純粋でないとは言いませんけれども、少なくとも新しく生まれた基礎科学、これを研究していくのだという純粋な科学の研究という性格を非常に持っておりますから、これはあくまでも研究の自由というものについてはこれを保障するというはっきりとした立場が私はなければならぬと思う。私は大臣にあとからこれを一つ一つ、あたりまえの話なんですけれども、お聞きしたいと思いますが、こういう五つぐらいのこの原則的な問題を、これを出発にあたって確認する必要があるけれども、その確認の方法は、残念ながらこの設置法の一部をいじって性格づけをする限りにおいては、はめ込みようがない。法律のていさい上からいってもはめ込みようがない。次元の低いところですから。私は、あくまでもそういった今後の出発の原則になるものを盛り込んで、国会でも、国民ひとしくこの研究所についての性格をはっきりさせるためには、やはり単独の法律案を提案をして審議していかなければとてもこなせるものではない、こんなふうに私は思う。
 そこで大臣にお伺いしますけれども、項目ずっと言いますから、これはいまから出発する研究所の性格として一つ一つお答え願いたい。平和利用という形で、戦争というふうなものに結びつかないように、平和利用に徹する研究所なんだということについてはどうですか。短かくひとつやってください、時間がないから。
#39
○国務大臣(坂田道太君) 素粒子というのは、基礎研究なんです。基礎研究となりますと、何も平和とか何とか、それはあたりまえのことじゃないでしょうか、あるいは人間の福祉。しかし、たとえば原子エネルギーにしましても、それも場合によっては、人がへんてこりんに使えば殺生のものにもなるわけなんです。科学とかあるいは基礎研究といいましても、全然それと無関係だというわけにはいかなくなる。だから非常にそういうような点について、われわれは人聞性というものを大事にし、その人間がつくりましたいろいろの法律に基づいて、あるいは憲法に基づいて平和を希求しなきゃならぬということなんです。私は、これは基礎研究という意味においては、そのとおりだというふうに思います。
#40
○安永英雄君 平和利用については、これは当然なことだ、言わずもがなというお話でありますけれども、出発に際して、この問題が研究所の運営についてこれは基底にならなければならぬという立場を言っているわけです。当然なことだといっても、そういうことなんです。それから、いまもおっしゃったように、基礎研究ということははっきりしているわけですから、これから戦争に利用するとか、何とかということは生まれてこないわけですから、これは関連があると思うのです。ところが、その研究所は基礎研究だ、というのが、あるいは平和利用に徹するのだということが、今度出てあります法律の中に、どこに書いてありますか。どんなふうに表現されてありますか、今度の改正案の中に。
#41
○国務大臣(坂田道太君) 別に書いてはございませんけれども、基礎研究という場合はそういう意味なんです。
#42
○安永英雄君 基礎研究とどこに書いてありますか。
#43
○国務大臣(坂田道太君) 私も物理には弱いほうでございますけれども、少なくとも素粒子というのは、基礎研究の基礎研究、つまり物質の一番根源的なものを求めておるわけでございますから、これは明らかなものであって、それを常識でわからぬというのがわからぬと私は思います。むしろそのほうがおかしいのでございまして、最も基礎的な学問領域だと私は思います。
#44
○安永英雄君 大臣は、しろうとだからですよ。これははっきり九条の中に出てこなければならぬ文句なんです。法文上出てこなければならぬものです。基礎研究というのはあたりまえなんです。素粒子だといってみましても、戦争中のことを考えてみなさい。アメリカだって、素粒子の研究をして、原子爆弾になるじゃないですか。そこをいっている。平和利用という問題、基礎研究ということから出てこないけれども、出発に際して、この問題はあたりまえのことだとおっしゃらずに――これは表現のしようがないのです、現在提案している中では。だから、あなたのいうように、あたりまえだということでここのところは進まなければならんが、こういったものをはっきり目的として、あるいはあり方として、方針としてはっきり、現在の国立学校設置法の一部を改正する法律案などから抜き出して、単独法にして抜き出して、そうしてこういったものをはっきりその中にうたい上げる、こういった考え方はないかということを聞きたかったのです。その点。
#45
○国務大臣(坂田道太君) 安永さんの御提案はそうでしようけれども、それはそれなりに意味を持ちましょうけれども、私どもはそうじゃない法案を出しておるわけでございまして、そうして、なにもそこに平和ということばを入れなければ平和に徹しないという意味ではない。まさにこれは純粋な学問研究でございますし、また、そういうようなことで、るる何カ条か御指摘になりましたけれども、そういうようなつもりで文部大臣としては御提案申し上げておるということをいっておるだけのことであります。
#46
○安永英雄君 それではもう一回聞きますけれども、法案は出しかえる考え方はない、いまの法案でいこう、こういうことでありますから、そうすると、私のいっておりますようなことは、この法文としては出てこない。あたりまえのことだという前提に立って出されておるということでありますが、私がいま申し上げました、平和利用に徹する。あるいは自主、民主、公開の原則をこの研究所は守っていかなければならないし、基礎研究である。施設の安全性についてもこれは完全に守っていくのだ。それから研究の自由は確保する。こういったことを、あたりまえだということでありますが、そのとおりでありますか。
#47
○国務大臣(坂田道太君) その中で、何か民主、公開というのですか、そのことばはようわかりませんですね。
#48
○安永英雄君 ここの研究は自主的に、民主的な研究をしていくところであって、その結果というのは公開しなければならん、公開の原則に立たなければならなん、こういう意味です。
#49
○国務大臣(坂田道太君) その前段の、何か民主的という意味は、ちょっと私どもにはよくわからないのでござりまして、むしろ、学問の自由を追求し、そうしてそのような研究所でございますから公開を原則としておるということで、ならば私は了承できるわけです。まあ民主的運営民主的運営というのが、何だかどういう意味なのかがよくわからない。(「大臣、きらいになってきたのじゃないか」と呼ぶ者あり)いや、そんなことはございません。そういうふうに思います。こういうところにそういうことばを使うのが適当であるかどうかということで、おっしゃるような、何をおっしゃっているかということが、わかるような気もしますけれども、なにもそういうことばで言わないだって、ほかのことばで言ったっていいのじゃないかというような気はするのです。そういう意味です。ですから、全部否定しておるわけじゃございません。
#50
○安永英雄君 そういう言い方じゃなくて、先ほど伺ったのは、何かあなたのほうは、私の言ったことはあたりまえの話で、いまの法律案で出したのは引っ込めないで、その中の何でいきたい、こうおっしゃる。そうして私が五項目について、それでは研究所の今後のあり方について法律案の中には出てこない、文句として出てこない。しかし、新しい出発としての研究所の性格としては、こういった五つの私が申し上げた私の考え方について、こういったものはあたりまえだ、こうおっしゃるのか。そうでない、どこかお気に召さぬところがあれば言ってもらいたい。
#51
○国務大臣(坂田道太君) だから、大体は私は了承します。ただし、その中の一項の民主的云々のところは、ちょっと私としては引っかかりますということを申し上げたわけです。ですけれども、それも、なにもそうとがめだてするようなことでもないのかもしれないのですけれども、ちょっとそこだけを、全面的にそうだと言ったというふうにはお考えにならないほうがいいのじゃないかと思うのです。まあはっきりしないのです、そこのことばが。
#52
○安永英雄君 もう少し私どもの考えの前提を言いますと、私の考えとしては、新しい、そうして巨大な科学の研究に発展していく。そうして新しい日本の共同研究、こういった研究の形態も生まれてくる。これから、いまから出発だ。こういう際に、私は新しい単独法律でもって、そうしてこの研究所の将来のあり方というものについて規定づけるべき必要がありはしないか。こう思って、とてもこの設置法の一部を改正するというふうな中でこの研究所は出発すべきでないというふうに考えておったけれども、大臣のほうとしてはそうじゃなくて、やはり設置法の一部を改正する、そして先ほどお聞きしたような性格で進みたいということであれば、やはり今後の問題もあるし、はっきりやっぱり大臣にも、この研究所のいまから新しく出発するその問題についての考え方というのを私はすっきりしておく必要があるんじゃないかということで、私が説明をして、お答えいただいておるわけです。そこで、私の言ったのが先ほど言ったようにあたりまえのことですと、こう言われるけれども、平和利用の問題、それと関連する基礎研究という性格づけ、そして研究の自由はこれはもう確保しなきゃならぬ、そして施設の安全性、こういったものも、これは当然今後厳重な安全体制というものをとっていかなきゃならぬという、これはあるいはまた今後法律的な問題も出さなきゃならぬような問題も今後起こるんじゃないかというふうなことも考えておるわけです。そして、民主的に運営をされ、自主的に運営をされ、そしてすべてこの研究が機密じゃなくて公開をされなきゃならぬ、こういうことはあたりまえだとおっしゃるけれども、それを確認しているわけです。
#53
○国務大臣(坂田道太君) ですから安全性とか平和利用とか、あるいは公開とか、そういうことはけっこうでございますと申し上げておるんです。ただし、民主的運営という意味をどういうふうにおとりになっているのかわからないということがわからないと言っているんです。私はそうじゃなくて、所長さんが、職員あるいはいろいろの人たちがおるでしょうけれども、その人たちのいろいろの要望もあろうと思うんです。一つの研究所ではございましても団体でございますから。その場合はつとめて各員の意見を十分に尊重しながら運営をしていく、そういうようなことが民主的運営であると、こういうことであるとすれば、そのとおりだということなんでございます。
#54
○安永英雄君 いまおっしゃったとおりです。自主、民主というのはほんとうにことばどおり自主的に、民主的にということなんです。何も裏があることじゃないです。
 そこで、そういった基本も踏まえて、そして先ほどおっしゃったような研究の性格というものからいって職員の身分の問題等が非常に問題になってまいりますが、この点について局長のほうからどういう身分に持っていくのか、およそわかるけれども、具体的にもう少し法律に基づいての取り扱いについて説明願いたい。
#55
○政府委員(村山松雄君) この研究所は国立の研究所でありますから、職員は当然国家公務員ということになります。ただ、学問の研究に従事するわけでありますから、教育公務員特例法を従来の直轄研究所の例に準じて準用いたしたいと思います。給与その他につきましても、何といいますか教育職の扱いをいたしまして、できるだけ大学の教官に近い扱いをいたしたいと思っております。
#56
○安永英雄君 聞くところによりますというと、遺伝学研究所の場合の所員の身分の問題とよく似ているというふうにお聞きしているんですけれども、そうですか。
#57
○政府委員(村山松雄君) 現在、文部省直轄研究所で大学学術局で所管しておりますものが、国立遺伝学研究所を含めて四つございます。いずれも身分につきましては国家公務員でありますが、教育公務員特例法を準用いたしております。それと大体同等の準用を高エネルギー物理学研究所につきましても行なうつもりにしております。
#58
○安永英雄君 そうしますと、結局、この教育公務員特例法の中で、四条、ここで採用及び昇任の方法が書いてありますし、七条、これは休職の期間の問題を限定をしておりますし、一条は服務、また十二条は勤評、十九条で研修、二十条で研修の機会、二十一条で兼職こういったところは準用するけれども、五条、六条、九条、十条、いわゆるこの身分保障として歯どめをしておかなきゃならぬ一番重要なところについては準用をさせない、こういうわけでありますけれども、先ほどの説明によりますと、いわゆるこの遺伝学研究所は文部省直轄の研究所でありますから、行政目的に従ってこの研究が主として進められる、こういうことでありますが、先ほどから言いますというと局長の説明ではむしろ大学の共同研究、こういうふうに言われて、大学の付設の研究所に近い――予算取りの問題も出ましたけれども、そういう言い方をされたわけでありますが、今度新しくできるこの高エネルギー物理学研究所については、全くそういう性格でありますから、むしろ学校に、大学に付設をされた研究所のこの所員に少なくとも右へならえをする必要があるんじゃないか。特に先ほどから私は申し上げておりますが、新しいいまから出発するこの研究所というものの所員の取り扱いについては、純粋な立場の研究でありますから、研究の自由というものを確保するためにも、そういう観点からもぜひこれは必要な措置ではなかろうかと思うんですけれども、どうしてもこの点についてははんぱなこの準用のしかたをさせなきゃならぬ理由をもう少し説明していただきたいと思います。
#59
○政府委員(村山松雄君) この国立遺伝学研究所でございますが、この研究所を創設した際にも、これは文部省直轄研究所ではございますが、特定の行政目的を実現するということよりはむしろ遺伝学という学問の基礎的研究という色彩が強かったわけであります。しかし当時遺伝学研究所の創設に参画された方々は、そうは申しましてもやはり特定の大学に付置すると日本的レベルにおける遺伝学のまあ共同的研究という意味合いにおいてはとらわれる面が多いのではないかということで、直轄研究所にされたと承知しております。で、その後そういう基礎的学問の共同研究のためには、特定の大学に付置しつつも共同利用という目的をうたった大学付置研究所が幾つかできまして、それなりに成果をあげておりますが。何かやはりぴったりしないという点がありまして、それらの経験を踏まえまして今度の高エネルギー物理学研究所は御提案しているような新しい形にしたわけでございます。そこで、まあ職員なぞの身分取り扱いをどうするかということでありますが、この研究所も学問の基礎的研究というのを使命にするわけであります。したがって、所長なり所員というのは、要するにそのような学問研究にたえるかどうかということがまあ選考の観点にならなければならぬわけであります。そういうことで、従来遺伝学研究所などにおきましても、所長あるいは職員等の任用につきまして、一般職公務員でありますと試験による任用ということでありますが、大学の教官のように選考による任用を行なうということがやはり最小限度必要な措置であると考えまして、教育公務員特例法の準用がなされておるわけであります。ただ、まあ教育公務員特例法は大学自治の原則にのっとった大学の教育職員の身分取り扱いに関する一般職国家公務員法の特例でございます。そこで大学以外のものにこれを準用するのはやはり必要最小限にとどめなければならない、そこでまあ積極的に必要性の高い任用の問題を中心といたしまして、教育公務員特例法が直轄研究所にも準用されておるわけでありまして、今回の高エネルギー物理学研究所も学問の基礎的な研究というのを使命にしておりますが、これは大学ないし大学の付属機関ではなくて、やはり文部大臣が直接そのような使命遂行の責任を持つ直轄の研究所といたしまして、従来の直轄研究所の目的遂行に必要な程度の教育公務員特例法の準用、大体調子をそろえる必要があると考えまして、そのような措置を講じておるわけであります。全く大学並みにまで拡大するということは考えられないと思っております。
#60
○安永英雄君 そうすると、現在直轄の研究所あたりでは問題ありませんか。結局、何といいますか、不利益処分の問題とか、あるいは任用、こういった問題について現行の直轄の教特法の一部についてのみ準用されるということで、不都合は起こりませんか、過去。
#61
○政府委員(村山松雄君) 直轄研究所、大学学術局としては四つ所管しておりまして、二十年以上の経験があるわけでありますけれども、人事に関しまして問題を起こしたという例は承知しておりません。
#62
○安永英雄君 私はここで例を申し上げるのをちょっとはばかりますけれども、全然ないということはないんで、やはりそれぞれ直轄の研究所内におきましても、とにかく所員こぞって、やはり全面的な教特法を、全面的な適用とはいかないまでも、準用というところにいかなければならないという希望は非常に強い。それが具体的に自分で、そのことの大小は別として、みんな感じておるんです。私は特殊な例を知っていますけれども、それはここでは申し上げません。これは全然スムーズにいってると、だから今度の性格づけもそれでけっこうだというわけにはまいらないと私は思います。ちょっと別なところからいったほうがいいと思いますけれども、たとえば科学博物館あたりも直轄の研究所によく似た性格のものなんですけれども、ここらあたりで館長の人事をめぐって、あそこの評議会にもかけないで、とにかく文部省の局長クラスが天下りして行ったりという問題もあるんですよ、名前は申しませんけれども。だから、これを決定される当時の大臣としては、こういった問題については、はっきり人事の問題については、当該の研究所のそれぞれの機関、最終的には所長というものが持ってきた人事については、これは大幅にとにかく尊重するのだと、これは私はいまはいいと思うのですけれども、しかし、これは出発からだんだん年数がたっていったり、大臣が変わったり、局長が変わったり、いろいろするうちには、やはりこれを尊重するという態度も、すべて大臣の裁量にかかってくるわけですからね、この問題は。だからやはり当初に否定をして、そうして、そういった人事については所内の意見というものをもとにして、そうして大臣がこの決定をしていくという立場をとらなければならぬというように考えるわけですが、現行の大学の問題で、教特法を適用されている大学ですら、いろいろ問題が起こっているのじゃありませんか。たとえば九州大学の問題、北海道大学の教育学部の問題等については、当該の学長というものの申し入れ、これに基づいて任命するのだというふうになっているにかかわらず、九州大学や北海道大学では問題が起こっている。ましてや、ここのところに明確にこの人事については所長というものの上申、これをもとにして、そうしてやっぱり発令なり取り扱いをするのだ、決定をするものだという立場が十分私は必要なんじゃないかというような気がして、これをはずしているというのはどうにも納得がいかないのですけれども、どこに理由があるか。直轄だからということでしょうけれども、先ほど私が言った五原則を踏まえまして、いまから出発をしようという、そうかといって人事面について、そこは大学と違うのだと、こういうおっしゃる意味がどうしてもわからないので、文部大臣がその人事権については、しっかり握っておかなければならないという理由がどうしてもわからないのですが、大臣から説明をお願いしたいと思います。
#63
○国務大臣(坂田道太君) やはり研究所を一つつくるにしましても、問題はやはり人でございます。この運営がうまくいくかいかぬかというのは人です。文部大臣が任命いたします場合にも、十分所長さん、あるいは所員の人たちの意向を聞きながら任命していかなければならない。したがって、その意味においては、所長さんをわれわれが信頼し、また同時に所長さんは文部大臣の任命等についても信頼関係を持つような、そういう関係がなければ、これはいろいろと法律的に書きましても、実際上の運営はいかないと思います。その意味において、大学と同じようにというような御説だと思いますけれども、しかし、るる局長からも御答弁申し上げましたように、過去におきましても、そう直轄の研究所におきまして問題もないようでございますし、われわれといたしましても、評議会等の御意見というのは十分これを尊重して、そうして私は運用していくつもりでおりますし、それでいいのではないかというふうに考えております。
#64
○安永英雄君 先ほどから大臣のいつもの論法ですけれども、法律をいま検討しているのですからね、人と人との関係とか、それは法律以外の政治、あるいは実際からいって、すべてそれで律しようと思えば、律せられるわけですよ。しかし、そこに法律化しておく必要があるいうところに問題があるので、いまから出発を新しくするという立場で、新しく研究のあり方というものが出発するわけですから、そういう観点で私は考えた場合には、なぜ人事権というものについて、所長、これには大学の学長と同じような立場で持ってきた場合、これに基づいて人事をやるというふうにできないものかどうか、これは法律化されないものかどうか。法律なんですよ、特例法なんです。特例法にそれがどうしてあらわせないものか。これはちょっと私いまだ納得がいかないのですがね、なぜなんですか。私は直轄と言っても、過去にそういった問題がなかったからというのが多少一つの根拠になると思いますが、しかし、私は先ほど言ったように言えと言えば言いますけれども、これは直轄の中にあるのです。あるいは博物館の中の館長の問題にしましても、あるんです。ましてや私が先ほどから言っておりますように、大学の現在の人事の問題にしても、教特法の中にはっきり書いてある、学長の上申に基づいてということばが書いてある。それにもかかわらず、やはり九州大学の問題とか、あるいは北海道大学の問題とか、それあたりにも問題がある、これは事実上学長事務代行者は何かあいまいなうちに終わってしまったわけですが、私はさらに九州大学ですから詳しく知っているのですけれども、ああいった教特法の中に定めてあるにかかわらず、実質はやっぱりそういった教授会の決定にあらわれておる、評議会の決定もきちんと出ている、それが文部大臣のところに持ってくると、それはだめなんだ、こういうふうになる現状からしましても、新しく出発する研究所の人事、こういったものについては、なおさら私は過去の経験から言って、明確にやはり大学並みの、基づいてという立場をはっきり明確に法文化しておく必要があるというふうに私は思うわけです。それでもなおかつ、そこにいじられないというのはなぜかと言うのです。
#65
○国務大臣(坂田道太君) ですから、私が申し上げておるのは、大学の場合には、基づいて、というような法律がはっきりあるにもかかわらず、なかなかああいうふうな問題が起きておる、片方のほうはそういうことはしてない。しかしながら、先ほどのお話じゃないけれども、民主的運営が比較的よく行なわれておる、こういうことでしょう。ですから問題は、お互いがやはり信頼感、法律は法律ですけれども、そういうこともございますので、現在そう問題を起こしているわけじゃないから、これでもいいというふうに私たちは考えますということを申し上げておるわけでございます。しかも御承知のように、付置研究所というようなことと違いまして、やはり付置研究所というようなことになりますと、やはり特定の大学の影響等も、逆な意味においてまた別な問題が起きてきます。そして、国・公立を問わずこの研究所にいろんな人事が行なわれるということもありましょうし、あるいは民間の研究団体の研究員がまたそれに加わるというようなこともあり得るわけでございまして、そういう意味においてやはりこの研究所というものが広くほんとうの素粒子の研究のために利用されるということが非常に必要であるという意味におきましては、遺伝学研究所あたりと同じようにしておくほうがかえっていいんじゃないかというふうに私は考えるんです。基づいて言々というそこのところだけを取り出して言うなら、なるほどうまくいくようにもお思いになるかもしれませんが、必ずしもそうでもないわけでございまして、別にそれでどうだという問題ではないというふうに私たちは考えておるわけでございます。
#66
○安永英雄君 とにかく私としてはちょっと理解しにくいんで、非常に近寄っているんじゃないかと思うんですよ。どちらに立っても同じじゃないかという論法にもなるんですよ、大臣のおっしゃる人と人との関係なら。これは私はどう考えても、当初に申したような設置法の範囲で考えたりすると、新しいせっかくの試みであります研究所の運営というものについては、私はその中の範疇に入らない。また、入ったらかえって悪いのじゃないかな、どちらにするか、まん中かというふうな形は、私はどうしてもやはりぐあいが悪いような気がする、尊重もするのだ、人と人との関係で尊重するのだといわれればなおさら、そこに法文上、基づくということを入れたほうが、私は確かに先ほどあたり前といわれた、この学問の自由、研究の自由を保障するというのはあたりまえのことですと、こう先ほども原則的に認められたわけですけれども、それからいけば、私はそんなふうに大学と同じようにすっきりしておくことが大事じゃないか、いまから出発するのですから、大事じゃないか、そんなふうに私は思うのです。
#67
○国務大臣(坂田道太君) 私から先ほど申し上げておるのは、大学の先生方の身分保障が、非常に厚いということは、一面においては、おっしゃるように身分保障ができておる、しかし大学の教育、研究というものがあまりにも身分保障が固いがために、いろいろな人材を吸収することもできないし、人事の交流がうまくいかないという面もある、これは否定できないことだと思うのですよ。そういうような筆法でいきまして、こういうような研究所までも大学と同じようなことにしなければならぬというかたくなな理由もない、こういうことを先ほどからるる申し上げておるわけでございます。もう少しこういうような研究所というものは一般の研究者に対しても開放するというような姿勢がなければいかぬのじゃないか、こういうことなんです。だから教育公務員特例法というものは、一面においては身分保障の唯一の手段になっておりますけれども、そのことがかえって何といいますか、閉鎖性を持つ要因にもなりかねない、なるとは言いませんけれども、なりかねない、そういうようなこともあるということを私たちは申し上げておるわけです。
#68
○安永英雄君 時間も来ましたから、また次の委員会で続けていきたいと思うのです。
 私は最後に申し上げておきたいのは、やはり非常に固いようですけれども、新しい出発をする研究所の性格というのは、今度の国会に出されて、いまのままで押し通していくという考え方であるとしても、これはやはり新しい門出ですから、まだある程度の期間もありますね、完成するまでの期間もありますから、これはやはり検討をして、一つの新しいやはり今度の研究所の法律――法律までいかないでも省令、こういったものでやはり一くくりこの研究所を規定するようなものをつくる必要がぜひともあるような気がするのです。直轄とか付設とか、こういった中に入れる筋合いのものでないような気がどうしてもするわけです。いまの大臣の説明を聞いていても、どうしても小さな袋の中に何か押し込んでいるような気もするし、時期がたてば、袋を割るような気もするのです。どうしたって、中取ったような気がしてならないのです。だから私もまだ大臣のあれでいまの方法が一番いいというふうなことは納得できないのですよ。そういうことで、きょうは原則的なこの研究所のあり方というものについては、確認をいただきましたから、これに基づいてまた次の機会にいろいろ具体的にあるべき形、姿というものについての意見も申し上げるし、お答えもいただきたいと思います。
 きょうはこれで終わります。
#69
○委員長(高橋文五郎君) ほかに御発言もなければ、本法律案に対する本日の質疑は、この程度にとどめます。
 本日は、これにて散会いたします。
   午後三時五十七分散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
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