くにさくロゴ
1970/03/18 第65回国会 参議院 参議院会議録情報 第065回国会 文教委員会 第8号
姉妹サイト
 
1970/03/18 第65回国会 参議院

参議院会議録情報 第065回国会 文教委員会 第8号

#1
第065回国会 文教委員会 第8号
昭和四十六年三月十八日(木曜日)
   午前十時十一分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 三月十七日
    辞任         補欠選任
     土屋 義彦君     西村 尚治君
     内藤誉三郎君     藤田 正明君
 三月十八日
    辞任         補欠選任
     田村 賢作君     内藤誉三郎君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         高橋文五郎君
    理 事
                大松 博文君
                安永 英雄君
    委 員
                楠  正俊君
                田村 賢作君
                永野 鎮雄君
                星野 重次君
                内田 善利君
                萩原幽香子君
                小笠原貞子君
   国務大臣
       文 部 大 臣  坂田 道太君
   政府委員
       日本学術会議事
       務局長      高富味津雄君
       文部政務次官   西岡 武夫君
       文部省大学学術
       局長       村山 松雄君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        渡辺  猛君
   説明員
       日本学術会議会
       長        江上不二夫君
       日本学術会議原
       子核特別委員会
       委員長      小沼 通二君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○国立学校設置法の一部を改正する法律案(内閣
 提出、衆議院送付)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(高橋文五郎君) ただいまから文教委員会を開会いたします。
 委員の異動について報告いたします。
 昨十七日、土屋義彦君、内藤誉三郎君が委員を辞任され、その補欠として西村尚治君、藤田正明君が選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(高橋文五郎君) 国立学校設置法の一部を改正する法律案(閣法第二五号)(衆議院送付)を議題といたします。
 本法律案に対し質疑のある方は、順次御発言を願います。
#4
○安永英雄君 前の委員会に引き続きまして、高エネルギー物理学研究所の問題について質問をいたしますが、本日は日本学術会議のほうからお二方御出席をいただきまして御協力を願いますが、まことにありがとうございます。
 参議院で、いま申し上げた高エネルギー物理学研究所のこの設置の問題につきまして、今日まで審議を進めてまいりましたが、内容が非常に専門的な問題にもわたりますし、またいままでのいきさつ等につきましても、長い年月を費やしてようやくこの設置にこぎつけた今日でありますから、その経過等についても、研究者を代表される学術会議のお二方の御意見等も十分お聞きをいたしまして審議を進めたい、こういう意向で御苦労をわずらわしたわけであります。したがって、当初に学術会議のお二方の御意見を承りたいと思うわけでありますが、私自身もねの高エネルギー物理学研究所の問題については非常にしろうとでありますし、お二方見えておりますから、私のほうは質問をする場合には、学術会議の御意見を承りたいと、こんなふうにお聞きいたしましたら、お二方で御相談になって、どちらとも指名を申し上げませんので、よろしくひとつお願いを申し上げたいと思います。
 そこで、三十七年に学術会議のほうから発議をされまして、計画を文部省に持ち込まれて、そしてこういった高エネルギーの全般についての構想を持たれて、そして三十七年以降今日まで御尽力を願ったわけでありますけれども、その点についてまず、学術会議の政府に対するこの種の問題について勧告を出されて、そこから問題が発展をして今日に至っておるわけでありますが、その勧告の内容と、あるいはその勧告に盛られておるこの研究の構想、こういったものについて、全般的にひとつお伺いをいたしたいと思いますが、よろしく御答弁願いたいと思います。
#5
○説明員(江上不二夫君) 学術会議の会長の江上でございますが、きょうは学術会議の原子核特別委員会の小沼委員長もここにまいっておりますので、専門的なところは小沼委員長から説明するようにいたしたいと存じますが、ただいまの御質問に関しまして基本的なことをお答え申し上げます。
 ただいまお話ございましたように、昭和三十七年に当時の日本学術会議の山縣会長代理から、当時の池田総理大臣に対して、原子核将来計画の実現という勧告をいたしました。これは超高エネルギー、超エネルギー、高エネルギー物理の全般にわたりまして、日本のその方面の専門科学者の討議に基づいて、日本の科学の健全な発展のためにこの方面としてはこのような計画が持たるべきであるという結論に達し、それを日本学術会議といたしましても広い視野から検討いたしまして勧告いたしたものでございます。これはある意味において将来この種の勧告、つまりそれぞれの学問の将来計画の実現という意味における学術会議の勧告の第一号というべきものでありますが、学術会議はその当時から、日本の科学が今後いかにあるべきかという将来計画というものはわれわれ日本の科学者自身がつくらなければならない。その科学者自身がつくるときに当たっては、もちろん世界の科学の情勢、日本の科学者の能力、日本の経済力、そういうものを踏まえて健全な案を科学者自身がつくって政府に勧告して、その実現に努力すべきであるという立場をとりました。それでこれが第一号であります。これからあと科学のほとんど全分野について日本の科学者がその研究のために貴重な時間をさいて日本の科学の将来計画をつくったのが、全部まとめたのが、昭和四十年に勧告されておりますが、その先がけと言うことができるかと存じます。それでこのときすでに、この三十七年のときに原子核将来計画といたしまして、高エネルギー物理学のための措置をつくるということがこの中に含まれておりまして、全体計画としては約三百億円ぐらいのものであるというふうな案が出て、その案の詳細については、細部については小沼委員長から御報告申し上げます。そしてそれがその後、学術会議といたしましてはできるだけの努力をいたしてまいりましたけれども、とにかく今回それが大体四分の一ぐらいに縮小されたという形において実現される運びになったのであります。もちろんわれわれ日本の科学者といたしましては、最初に出した計画というものが、世界の学問の大勢からして、日本のその占めている位置から考えて、あるいは日本の研究者の能力から考えて、あるいは日本の経済力から考えて、当然それだけのものはできるはずである、またできなければならないという考えのもとに提出したものでありますので、それが四分の一ぐらいになったことはわれわれとしては非常に遺憾に存じております。存じておりますけれども、しかし学術会議といたしまして、学術会議は日本の科学者の内外に対する代表機関なのでありまして、決して、皆さんと違って、国民の代表機関ではないのでありまして、日本の科学者の代表機関なのでありますから、日本の科学者がこう考えて、その立場から提出したのでありまして、政府として広い見地から縮小されたということであるならば、われわれとしては決してこれが適当であるとは考えませんし、満足なものではありませんけれども、一体それで学問ができるのかどうかということを次に検討する段階にまいります。それでもやはり意味があるかないか、またそれも専門家の検討に基づいて決して満足なものではありませんけれども、これを科学者が最もよく有効適切に、規模において、あるいはその体制において、最も有効適切に行なうことができるならば決して無意味ではない。それなりに学問に貢献するものであるという結論に達しまして、満足ではありませんけれども、日本の学術会議としてもその実現に努力するという立場をとったわけでございます。
 なお、それ以上の点については小沼さんから。
#6
○説明員(小沼通二君) ただいまの御質問に関係いたしまして江上会長の御説明に補足をいたします。
 実は、この原子核研究将来計画と申しますのは、それ以前の原子核研究の積み重ねの上につくられたものでございまして、戦前の原子核研究についてまで申し上げるつもりはございませんけれども、戦後昭和二十八年から昭和三十年にかけて、二、三年の間に私ども物理学者は幾つかの新しい研究所をつくりました。これは、第一には京都大学に現在ございます基礎物理学研究所というものでございます。それと同時につくられましたのが東京大学についております宇宙線観測所というのがございます。第三は、これも東京大学についておりますけれども、原子核研究所というものが設立されました。これら三つの研究所は共同利用研究所という形で法制化されまして、その研究所に所属する研究者だけでなく、そしてその大学の研究者だけでなく、全国の国立大学、公立大学、私立大学、それから大学以外の研究機関の研究者も一緒になって研究が進められる、こういう形の新しい研究所でございます。この研究所が、先ほど申しましたように、昭和三十年ごろの時代につくられまして、わが国の原子核研究の理論の研究並びに実験の研究というものの推進に非常に大きな寄与をいたしました。この中の研究所にはそれぞれの施設、それから研究部門というものがございますけれども、原子核研究所につくられました原子核の研究の加速器というものがございますが、これが完成に近づきました昭和三十三年から、次の段階としてどういう計画を立てるべきかということが議論になりはじめました。そのころ議論されましたことの一つは、わが国の原子核研究が戦前理論研究において世界の第一流の研究をなし遂げ、実験の研究においても世界の第二のサイクロトロンというようなものがありました日本にとって、戦後の先ほど申しましたような研究所の設立、それ以外の研究機関における研究の推進というものが、そのままいくならばどういうことになるかということを外国と比べてみたときに、欧米各国に比べてわが国の基礎科学の推進が非常におくれているという観点が出てまいりまして、この立ちおくれをそのままにしておくならば世界の原子核研究の水準から脱落していくのではないかと憂える声が高くなり、その結果全国の関係研究者の声を日本学術会議の原子核特別委員会を中心にしてまとめ、そして先ほど会長からも御説明がございましたように、専門外の研究者から見て、これは日本の基礎科学の研究の規模として適当であるかどうかということの検討を経た後、先ほど御質問にありましたように、昭和三十七年の総理大臣への勧告になった次第でございます。こまかい内容を一々申し上げる余裕はございませんけれども、計画の内容は低エネルギー、それから高エネルギー、そうして宇宙線と申しますか、超高エネルギーという三つの実験研究並びに全般に関係する理論の研究からなっておりまして、低エネルギーの原子核研究の装置、それから高エネルギーの素粒子関係の加速器、そうして宇宙線研究についての研究施設の拡充というものを考えまして、当時の勧告後直ちにこれが実現に移れば、世界の第一級の装置というものが現在われわれの手にある、こういう計画でございます。不幸にして先ほども御説明がありましたように、その後十年の年月がたちましたけれども、御質問の内容が三十七年の勧告ということでございましたので、また必要があればそれ以外の点について御説明いたしたいと思います。
#7
○安永英雄君 学術会議のほうの初めの構想というものは、高エネルギー物理の研究、こういうこと以外に超高エネルギー、あるいは低エネルギー、こういったいわば原子核全般についての研究という将来計画があったというふうにお聞きするわけです。そこで今度の国会で提案されておりますのは、その中の高エネルギー物理学の問題を研究する研究所の設立というふうになっているわけですが、いま四分の一になったというのは、当初計画の三つのエネルギー研究の全分野についての四分の一というふうになりますのか、それともその全体計画の中の高エネルギー物理学研究の当初計画というものの四分の一になっているのか。言いかえますと、私が言いたいのは、いろいろの分野がありましょうけれども、核研究の総合計画の中では、大きく三つの柱が立っておったが、その中のいわば三分の一にあたる高エネルギーの部分だけが取り上げられて、実現の方向に向かい、その高エネルギーのほうの四分の一、こういった構想になったのが、この提案された研究所の設立なのか、そこらどうなんでしょうか。
#8
○説明員(小沼通二君) お答えいたします。
 縮小計画についてでございますが、これは先ほど私も申しましたように、原子核将来計画の中に、低エネルギー、高エネルギー、宇宙線と、実験の大きな施設を伴う研究計画として三つの柱がございまして、この計画は日本学術会議の勧告の中では、有機的に関連していて、それぞれが世界の第一線の研究レベルに持っていく、こういうことでございましたけれども、勧告後文部省の中で検討されましたときには、いろいろの段階で縮小するということが起こってまいりました。一挙に四分の一縮小案というものが出てきたわけではございませんので、その点について非常に簡単でございますけれども、学術会議のほうから見ておりまして、これがどういう経過をたどったかということをちょっと御説明するほうがよろしいのではないかと思います。先ほど申しました昭和三十七年の勧告というものを文部省の中の研究所協議会が取り上げてくださいまして、その中の原子核小委員会というところが、昭和三十八年に中間報告を出しました。これは第二回目の中間報告でございますけれども、その中で宇宙線研究、それから低エネルギー研究については、研究施設の建設を可として、建設はけっこうです。ただし、そのときに低エネルギーの関西地区に置かれると考えられておりました研究所の中に加速器が二種類ございましたけれども、それが一つに減った、その意味ではここで半分に低エネルギーに関しては減ったわけです。それから高エネルギーについて言いますと、何ぶんにもこの計画は当初の計画として、この加速器の強度という点で、世界の第一級のものでございましたために、いろいろ新しい技術開発の点もあるということもございまして、二年間基礎研究を行なうというのが適当であるということを研究所協議会おっしゃったわけです。そこで、それを受けて昭和三十九年度から私ども基礎研究の予算というものをいただきまして、高エネルギー加速器の基礎研究が始まったわけでございます。その後昭和四十年に至りまして、その後世界の加速器物理の動向、それから、素粒子物理学の進展、そうして技術的問題点というものを検討いたしました結果、加速器の種類の変更ということをいたしまして、それが四百億電子ボルトという陽子シンクロトロンという加速器がそこで出てきたわけでございます。この巨大加速器につきましては、先ほど申しました研究所協議会がその後学術奨励審議会という名前にかわりまして、昭和四十一年の八月に学術奨励審議会のほうから文部大臣に、すみやかに巨大加速器の建設に踏み切るべきだと、こういう答申が出たと覚えております。
 そこで私どもといたしましては、政府がこの高エネルギーの加速器の建設に踏み切ったという形に受け取りまして、昭和四十二年度から先ほど申しました基礎研究から準備研究という予算にかわり、いよいよこれで実現にかかったと考えたわけでございます。事実、研究予算が出ただけでなくて、客員部門という形で人もつくということもございまして、私どもその加速器が昭和四十六年度に完成するというふうに考え、希望しておったわけでございます。昭和四十六年と申しますとことしでございますけれども、ことしこの四百億ボルトの加速器ができるといたしますと、これは世界で第二位のエネルギーの加速器になるはずでございまして、現在世界で最高のエネルギーを持っている加速器は、ソ連にございます七百億電子ボルトという高エネルギーの加速器でございますが、世界第二位の加速器を考え、そして、日本の研究者の実力というものから考えて、当然これは実現できると考えておったのでございますけれども、そして、学術奨励審議会も巨大加速器の建設に踏み切るべきだという御意見を出してくださったのでございますが、その後昭和四十二年度に発足した学術審議会が素粒子研究のこの新しい研究所の体制についての諮問を受けて、体制についての検討をなさっている中で、この研究の規模について問題にされまして、他の分野とのバランスということを問題にして、高エネルギーの加速器について、先ほど申しました四百億電子ボルトの大加速器、高エネルギーの加速器の規模を四分の一にし、人員計画も四分の一、予算も大体四分の一と、こういう案を出すに至りました。で、その案は、実は昭和四十四年の八月に学術審議会の文部大臣への答申という形で出てきたわけでございますけれども、これを見ますと、先ほど申しましたような原子核研究の中のいろいろな柱の間の有機的関連というものが考えられておりませんで、高エネルギーの加速器が中心である。それ以外の宇宙線研究につきましては、それを補うというような位置づけでございました。
 そのことが一つの理由であり、第二に、先ほど申しましたように、研究者の意向を無視した形での四分の一縮小案ということであり、第三に、この研究所の体制についての学術審議会のお考えが日本学術会議の考えと相いれないということがございまして、当時新聞にも出ましたので御承知かと思いますが、研究者が学術審議会の案をのまないという事態に至りました。一方、のまないと申しましても、私どもそのきびしい現実の中で、やはり基礎科学の研究を続けていくということはどうしてもしなければならないということを考えましたために、研究者が現実を評価し、対処について非常にたくさんの討論を重ねました結果、いろいろ意見の対立もございましたけれども、全員で合意できる案ができ上がり、そして、日本学術会議に全体のサポートも得られまして、昨年の七月三十一日に学術会議の会長から文部大臣に申し入れをした。こういういきさつがございます。
 それが高エネルギー、超高エネルギーでございますけれども、それ以外の低エネルギーにつきまして、最初に私二分の一になったということを申しましたけれども、それがやはり今度の四月から大阪大学付置の全国共同利用の施設という形で核物理研究センターという形で実現することになりまして、これは、私どもは共同利用研究所を希望していたのでございますけれども、共同利用のセンターということで、ここでまた規模が小さくなるということがございまして、大体において低エネルギーは三分の一になった。高エネルギーは四分の一になった。そして宇宙線につきましては、これは、実は一番最初の計画のときから、新しい素粒子研究所の中で画期的な研究の拡大をはかると同時に、既存の研究所の拡充強化をはかるということがございまして、それが今日まで紆余曲折を経た末、既存の研究所――これは現在、東京大学に宇宙線観測所というものがございますが、ここの拡充から始めるという計画を立てましたけれども、これは遺憾ながらまだ実現のめどが立っていない、こういうことでございます。
#9
○安永英雄君 よくわかりました。そこで、先ほど会長さんのおことばにありましたようは、いまおっしゃったようないわゆる、科学者としては当初計画をぜひ実施してもらいたい、またできるのだ、またでかさなければならぬという決意でいろいろ検討され、実施に向かって努力されたわけでありますが、結果としてはいまの四分の一といいますか、今度提案されております加速器を中心にした高エネルギーの研究分野というものが実現した。したがって、今度実現される予定の規模では不便ではあるけれども、創意くふうを重ね、とにかく能力を最大限に上げたいというおことばがございましたけれども、私どもとしてはやはり、非常に科学者としての良心から言えば、これくらいの設備は要るのだ。しかし、とりあえず、長い年月かかって、すったもんだしたあげくに、実現に向かってとにかく、小規模であってもしかたがない、これで最大限やるのだという決意を述べられたと私は思うのです。そこで私は、そういう気持ちであるとしても、この前大臣にも質問を申し上げたところ、あるいは局長のほうからも、今後の問題については非常にばくとした答弁ではありましたけれども、今後の研究課題としてこの問題は検討していきたいというふうなおことばもこの前あったわけでありますが、どうでしょう、当面のこれが出発をまず四十九年からしたとしますと、それ以降の一応、将来計画といいますか、将来といっても四十九年以降直ちにこれは完成したら次の計画に入らなければならぬし、実施に入らなければならぬ。こういった計画というのは、先ほどたとえば、高エネルギーの問題に関してお聞きしますと、四百億ボルトの当初計画にその次は目ざしていくということなんでしょうか。いまの世界の、この種の問題の非常に発展していく状態の中で、当初計画というよりも、四十九年から直ちにかからなければならぬという計画、これはどこらに将来計画を持っておられるのか、これはぜひともお聞きしておかないと、今後の問題がありますので、ぜひお聞きしたいと思います。
#10
○説明員(小沼通二君) 専門的なことにかかわると思いますので、私お答えをさしていただきます。
 あまりこまかいことを申し上げるのは適当でないかと思いますが、昭和四十九年ということをいまおっしゃいましたが、昭和四十九年と申しますのは、現在計画されている高エネルギー研究所の加速器が完成する時期でございます。高エネルギー研究所、高エネルギー物理学研究所では、加速器をつくるということが目的ではなくて、加速器を使って、そして物理学の研究を進める、こういうことでございますので、昭和四十九年といいますのはある意味で、その加速器を使った実験の研究が始まる時期、こういうことでございます。
 そこで、その加速器を使う実験研究が四十九年度から始まるということを申しましたけれども、当然、それと並行して次の研究計画というものをつくらなければならないと私ども考えております。先ほど申しましたように昭和三十七年に考えていた計画の規模に比べましても、四分の一ということになっている、こういう事情がございます。そこで私どもといたしましては、昭和三十七年に考えた計画を次にやるのだろうかということをいま御質問いただきましたけれども、昭和三十七年からすでに十年近くたっておりますし、今後四年計画で加速器がつくられる。この十数年の間に高エネルギーの世界の情勢というものは急速に進歩しております。高エネルギーだけでなく、低エネルギーも宇宙線もそうでございますけれども、世界的に研究規模は急速に拡大している、そして新しい形の加速器も次々に考えられはじめているという事情がございます。そこで、私どもといたしましては、昭和三十七年の当初にあった計画を次に実現して、この原子核将来計画が完成するんだというふうに考えているわけではなくて、当然十年、十五年たった現在としてまさに高エネルギーの研究所が縮小された規模であるとはいえ、軌道に乗る。そして低エネルギーの研究所も、研究センターという形であるけれども動き出すという段階で、高エネルギー、低エネルギーについての次の計画というものを具体化していくというのは、まさにいまからやっていかなきゃならないという仕事だと考えております。で、高エネルギーの研究所につきまして言いますと、御承知かと思いますが、法案の中に、筑波地区に研究所を置くということが書いてございますけれども、筑波に用意してあります土地の広さというものは、われわれが現在考えている、この四年間につくられる加速器というものの次の段階というものを考慮に入れた土地が用意してございます。どういう具体的なものになるかということは、目下関係研究者の間で討論がすでに始まっておりますけれども、次の計画というのは、でき次第学術会議の検討を、広い分野での検討をいただきまして計画したいと、こういうふうに考えているわけでございます。
 それから、低エネルギーにつきましては、先ほど申しました研究センターというものをこれを国立大学付置の共同利用研究所に持っていきたいという希望が非常に強くて、これは数年内に共同利用研究所に持っていく、発展させるということを考えております。
 そして、もう一つの宇宙線でございますけれども、先ほど日の目を見ていない、計画の実現のめどが立っていないということを申しましたけれども、私どもといたしましては、当面既存の共同利用研究所の拡充強化というところから出発して、次に本格的な超高エネルギーの研究所をつくるということを考えているわけでございます。
#11
○安永英雄君 ここで文部省のほうの意見もお聞きしたいんですけれども、時間がありませんので、学術会議に質問を二、三続けていきたいと思いますけれども、次に、今度提案されております高エネルギー物理学研究所の共同利用研究所のあり方という問題について、この前の委員会でずいぶん討論をしたわけでありますけれども、私自身としましては、このあり方という問題が非常に不明確だというふうに思うんです。私はどう文部省の説明を聞きましても、性格として、あり方として、文部省直轄の研究所という性格も一部持っておるし、大学付置の研究所という性格も持っておる。そういうところで非常に私自身としては、先ほどおっしゃったように、日本の基礎科学の第一歩を踏み出していくという非常に新しい、しかも将来計画としては相当また発展もするし、規模も大きくなる、こういう、研究所のあり方としては一つの時期を画する性格を持たせなければならぬということを私は主張したわけでありますけれども、これは予算の計上あるいは取り方等からいって、一般会計とか特別会計の関係もある、あるいは大学に置けば大学の研究方針のかさの中に入ってしまう、あるいは直轄でやれば行政的につながる研究方向というものをとっていく。どちらともつかない性格というものをその範囲内で模索したところの第三の性格なんだという説明を幾ら聞きましても、私が考えるようにほんとうの将来のことを考えていった場合には、どうしても、現在の学校の大学設置法の一部を改正するという範囲内で考えてみたり、あるいは教特法の準用をするとか、あるいはその中の半分ぐらいを準用するというような制限の問題等から考えても、私は新しい研究所の性格というものは生まれてこないというふうな考え方を持っているわけなんです。ここでくどくどしく申しませんけれども、いままでの中でもやはり研究されていると思いますが、学術会議としてはこの共同利用の研究所のあり方というものについてはどうお考えになっているのか、一言お聞きしたいと思うのです。
#12
○説明員(江上不二夫君) 一言私から申し上げます。
 そもそも日本の国で行なわれている科学研究というものを大きく分けて二つあるのではないかと存じます。それは社会の要求に基づきまして国がこういう研究をする必要があると考えることから出発して行なわれるところの研究というものが当然ある。それは研究のかなりの部分を占めております。そういうものは主として国の経費としては各省庁に所属しますところの研究機関において行なわれている。一方、今日は学問自体の内的な要求によって学問がどんどん発展してまいります。そういう学問自体の内的な要求に基づいて学者自身がこういう研究をやりたいのだという研究もあります。それもやはり国によってなされていかなければならない。そういうものこそしばしば全く新しい発見を導く土台となるものでありまして、そういうものが私どもが主張しております純粋の意味の基礎研究でございます。そういうものが従来主として大学において行なわれて、その点、私ども学術会議の主として基礎研究の将来計画といっておりますものは、その学問自体の内的な要求によって生まれ出るところの、希望されるところの、学者自身の希望に基づくところの研究というものをさしているわけでございますが、そういうものが従来は主として大学においてなされてきたのでありますけれども、それは学問の発展に伴って不可能になってきた。つまり、大学というような小さなところでそれぞれの大学がやっていたのでは、もうそういう意味の世界の学問の大勢に合わなくなってきたというのが戦後の情勢であります。そういうことを考えまして、日本学術会議が共同利用研究所というものを勧告いたしました。共同利用研究所というものは、研究の内容的にはいま申したようなものでありますが、大学の自治というような狭いものじゃなくて、それぞれの日本中の専門の学者が協力してやるのだ、それぞれの分野の学者の自治によって進めていくのだ、そういうふうな考え方によって、本質的には大学の研究の発展でありますけれども、時代に即した発展であり、一歩進んだ、日本中の専門分野の学者が共同でやる、そういう形の共同利用研究所が勧告され、学術会議が勧告した共同利用研究所の十ほどのものはすでに日本じゅうの多くの大学に付置されておりますけれども、それはその大学だけのものではなくて、日本じゅうの科学者の共用に供せられているものであります。そういうもののさらに発展といたしまして、やはり特定の大学に属していたのではある程度以上大きなものになりますと、なかなかそれは運営上困難であります。このたびの高エネルギー物理学研究所というスケールになりますと、やはり特定の大学に預けるというようなことではなかなか運営もむずかしい。しかしながらそれはあくまでも大学の発展であり、そして日本じゅうの専門学者の協力、共同の研究の場であるという基本的な姿勢においては大学と同じ性格のものでなければならない、そういう立場をとっております。したがってそこの運営、そこは大学と同じように自治が守られ、そこの科学者は大学と同じように自主性が守られ、そしてそこの研究者は大学の研究者と同じように身分保障がなされなければならない。大学の発展なのでありますから、当然そうであるというふうな考え方を私どもはしているわけであります。
#13
○説明員(小沼通二君) あまりこまかいことを私申し上げませんけれども、一言つけ加えさしていただきたいと思います。
 私さきほど共同利用研究所というものが京都大学、東京大学に原子核関係の新しい形の研究所としてつくられたということを申しましたけれども、この共同利用研究所の性格というものをちょっと御説明しておくことが、新しい形の研究所の形を考える上に役に立つと思います。元来、私どもの研究の研究所といたしまして、それまでは特定の大学に付置する研究所というものが全国にたくさんございました。それから一方、文部省の直轄の研究所というのもございました。で、その次に出てまいりましたのが、共同利用研究所ということでございます。これは全国の国・公・私立大その他の研究機関の研究者の共同利用の場所であるということになりまして、これは特定の大学、東京大学、京都大学に付置された形になっておりますけれども、これはその大学の範囲にとどまらず、全国の関係研究者の自治ということが非常に重視されたわけでございます。そのために、たとえば私は京都大学の基礎物理学研究所というところにおりますけれども、これを例にとりますと、この研究所の運営というものには、本来ならば研究所の教授会というものが当たることになりますけれども、教授会に当たる組織のほかに、京都大学の中と外から半数ずつの委員の出ている運営委員会というものがつくられておりまして、そのほかに、これは全国の専門の研究者の選挙によって出てきた三十人の研究者からなる研究部員会というのができております。この研究部員会という全国の研究者の集まっている場所、それには当然所内の研究者も参加し、先ほど申しました運営委員というのも出てくるし、所長も出てくるわけでございますけれども、ここで研究計画、それから新しい次の年度の研究計画を立て、それから研究成果の評価を討論を行ないというようなことをいたしまして、実質的には、先ほど申しましたような全国の関係研究者から選ばれてきているところの研究部員を中心にして研究計画がつくられ、そして採択され実行される。そしてその人事につきましても、先ほど申しました京都大学の内外から同数の研究者が出ている運営委員会――これは京都大学外の研究者委員というものは全部日本学術会議の関係委員会に推薦を依頼して、日本学術会議の推薦に基づいて委員が出ておりますが、こういうところで研究所の重要事項というものを審議するということをやっております。で、いま申しましたこの全国の関係研究者による自治というものと、それから一方では、私どもの研究所の場合で申しますと、京都大学についているということから、この京都大学との関係というものが、これはある意味では、この研究所が全国の関係研究者の研究所であるということを強調しますと、必ずしも完全にスムースにつながっていくということはないわけでございます。で、そのこともありまして、日本学術会議では、基礎科学の研究が次々に大きくなってくるということを踏まえて、先ほど会長からもお話が出ましたように、これまでの大学付置の共同利用研究所を発展させた形で共同研究所のあり方というものを議論して、これが政府へ、昭和四十二年でしたか、勧告されていると、こういうことでございまして、その内容につきましてはいま触れる時間もきざいませんので、必要があれば、また適当な、資料などの形でごらんに入れたいと思います。
#14
○安永英雄君 学術会議の方々の研究所のあり方についての御意見、十分わかりました。ことに、大学付置の研究所の新しい発展、これを基礎にした新しい発展ということで、いわば直轄というふうな形ではなくて、やはり大学の研究所のあり方というものが基礎になるべきだという考え方、私も同感でありますが、時間がありませんから、そういったあり方について、その中で特に顕著に、具体的に今度の研究所の提案の中で文部省の意向が示されておりますのは、そこに、研究所にいらっしゃる研究員の身分の問題であります。したがいまして、先ほど私が申し上げましたように、非常に不明確な中で、身分の保障という問題もやはりそれが影響してきて、そして、たとえば直轄の研究所であります遺伝学の研究所、こういったところの所員の身分というものと同じように取り扱っていくということになりますから、結局、共同部門の適用、準用の問題になりますというと、これは全く直轄の研究所と同じような身分というふうになりますから、そこで私としては、この五条、六条、九条、十条、いわゆる所員の転任、降任、免職、懲戒処分、こういった不利益処分に対する保障というのがなくなっておるわけです。大学のほうの付置の研究所は、これは全面的に準用されるようになっている。私はこのことは非常に重要ではないかと思うのです。先ほども申しましたように、それは基礎科学の研究をやっていく――現在の大学やら、直轄の、身分保障、人事、こういった問題が非常にあいまいにされておるとは私は申しませんけれども、少なくとも、今度出発する研究所というのは、ほんとうに純粋にこの基礎科学を研究していくということで新しい門出をする。したがって、その性格からいくならば、私は完全に研究の自由というのは保障をしなければならないと思うのです、基本的に。この前の委員会でも、大臣のほうから、私は原則的にこの研究所の研究というものが、これは自由を保障しなければならないという原則については、これは文部大臣も確認をしていただいたわけであります。しかし、そういう原則的な確認があるにかかわらず、実際の具体的な人事、特に、不利益処分の問題等は準用しないということ、そうして人事その他の問題については、これはもう所長の上申、こういうものを聞いて、それで文部大臣が裁断していくのだと。したがって、ある程度自由の保障、あるいは提案を受け入れるという寛大さといいますか、尊重態度はあるけれども、これは表現として、これを、上申を受けてそれをもとにして人事を行なっていくのだとか、あるいは、いまの身分保障を行なっていくのだと、こういうことだと、非常に私はまた不明確な問題が出てくる、こういうふうに考えられるわけです。ここはこの前の委員会で相当やったところでありますけれども、これは実際に研究の任に当たられる方々、あるいは今日までそういった問題について検討に当たられてきた学術会議の御意見というものを最後にお聞きします。簡単でけっこうですからひとつ。
#15
○説明員(江上不二夫君) ただいま仰せられたこと、私どもの考えておるところとほとんど同じでございます。先ほど言いましたように、私どもはあくまで今度の高エネルギー物理学研究所というものは、大学の発展という形のものでなければならないという考えを持っておりますので、したがって、目標といたしましては、大学の教官が置かれているのと同じ条件になければならないということが目標でございますので、可能な限りそれに近づけていただきたいというのが私どもの希望で、教育公務員特例法の完全適用ということこそ最も望ましいところでございますし、また、大学の中における自治に相当する教授会の自治というものに相当するところの、たとえばここで申しますれば二十一名以内からなるところのその運営協議会というものが、自治の中核となるというふうな、大学のそういうものに相当するような権限を持つ。それから人事は、その所長の申し出に基づいて行なわれるというふうなことが確立されるというふうなことが望ましいと思っております。少なくとも、目標といたしましては、教育公務員特例法の完全適用、しかし、それはむずかしいと存じまするが、でき得る限りそれに近いものにしていただきたいということが、研究をやっている者の切な希望でございます。
#16
○安永英雄君 何かつけ加えることありましたら。
#17
○説明員(小沼通二君) ただいま会長から申し上げたとおりでございます。その点につきましてもう少しこまかいことを申させていただきたいと思うんですが、この研究所の所長並びに研究に関係する所員の身分保障というものについて私ども、文部省がこの法律の改定に伴ってつくられる法令において考えておられることというのを聞いておりますけれども、それによりますと、大筋において、この研究所の所員の身分については、教育公務員特例法の規定を国立遺伝学研究所と同じように準用する、こういうことを言われ、先ほど御質問の中にありましたように、幾つかの条項について準用されていない、こういうことになっています。この問題につきましては、日本学術会議の中で、法律に関係する第二部の方々を中心にしまして、今度の研究所に直接関係のある原子核の研究所、そして今後似たような研究所をつくりたいというようなことを考えているほかの分野の方々という間で非常に慎重な検討がなされました。その結果、ただいま問題になっております教育公務員特例法の準用の範囲と準用のされ方につきまして、二つの問題があるということになったわけでございます。二つの問題と申しますのは、一つは準用の範囲の問題でございます。準用されていない条項があるということが先ほどございましたけれども、そのことが一つと、それから準用されている条項につきましても、準用のされ方がこれで適当なのかどうかという二つの問題があると思う。
 第一の、準用されていない条項ということは、先ほど御説明がございましたように、教育公務員特例法の中の幾つかの条項、これは、本人の意思に反した転任、それから免職、それから降任、それから任期を定める件、停年を定める問題、それから懲戒処分の問題というような内容につきまして、大学における取り扱いと違っているわけでございます。大学においては、これは評議会であるとか、協議会であるとかいう場所で審査が行なわれまして、審査の方法も規定されていて、審査の結果によるのでなければ本人の意思に反した不利益処分は行なわれない、こういうかっこうになっております。そして、審査の結果を大学の場合には学長から文部大臣に申し出て、その申し出に基づいて不利益処分が行なわれる、こういう形になっておりますけれども、この条項が準用されていない。たとえば国立遺伝学研究所等の場合におきましては、形式的に申しますと、法律だけから申しますと、これらについては任命権者――文部大臣が、極端なことを申せば、研究所の研究者、そして関係する研究者並びに所長の意向に反してでも不利益処分が行なわれる、こういう法律の構成になっているわけです。これは、たいへんその意味では遺伝学研究所が適当で――遺伝学研究所にとりましてもこういうことが適当であるかどうかと申しますと、決してそうではないんだろうと思うんです。所長の――実際にはそういうことはめったに起こらないというふうに私ども考えますし、皆さまもお考えになると思います。ただ、一たん事が起こりますと、これは、単に研究所にとっての不幸のみならず、文部省側にとってもたいへん困った事態になることは疑いないわけで、そういう点から考えましても、この点につきまして、大学におけるようにやはり審査が行なわれて、そしてその結果を、大学の場合は学長でございますが、こういう研究所の場合は所長が申し出る、その所長の申し出に基づいてその不利益処分が行なわれる、こういうことになっているのが普通ではないか、というふうに考えるわけです。教育公務員特例法を全面的に準用せよということは、研究者並びに学術会議が前から考えていたわけで、先ほど内容を御説明しませんでした共同研究所のあり方という学術会議の勧告の中にも、この研究所の所員は教育公務員とするというような表現で、身分保障を大学と同じようにするんだという考え方が述べられておりました。内容はただいま申しましたように決してそう特別なことであるわけではなくて、たいへん普通のことであると私ども考えているわけです。
 ついでに申しますと、幾つかの条項は、教育公務員でないんですけれども、教育公務員特例法が準用されております。これは遺伝学研究所などにも準用されているんでございますけれども、そういう中に、これも実はまだ問題がございまして、たとえば勤務評定という問題がございます。勤務評定を行なって、その結果に応じて措置をとる、そして勤務評定の基準を定める、こういう条項が教育公務員特例法の中にございます。これにつきましては、大学においてはこの勤務評定の基準は協議会の議に基づいて学長が定めるとなっておりまして、そして、教育の勤務評定は協議会の議に基づいて学長が行なう、そしてその結果に応じた措置も学長がとる、こういうことになっておりますけれども、国立遺伝学研究所などの場合におきましては、勤務評定の基準は文部大臣が定め、そして勤務評定は文部大臣が行ない、その結果に応じた措置は文部大臣が行なう、こういうようなことが、たとえばこれは教育公務員特例法の第十二条でございますけれども、そういう形の法律になってるわけでございます。そうなりますと、これは準用されているといいましても、たいへん考えてみればおかしなことで、実際上こういうことはできないはずでございます。
 そこで、私ども日本学術会議でいろいろ検討いたしました結果、教育公務員特例法の準用につきましては、その準用されていない条項を全面的に準用すること、そして準用されているところにも問題があるので、これも実は検討が要ると、こういう見解を実は前から持っていたわけでございますが、今回文部省が考えておられますこの研究所の所員の身分保障というものにつきまして文部省側のお考えも伺いました結果、私ども先ほど申しましたように、全面的に特例法を準用するということについて、何ら間違っているということを考えているわけではございませんけれども、いまの幾つかの問題の中で実際には運用で困ったことが起こらないようにしていくという部分もあってもやむを得ないんじゃないかと。やむを得ないと申しますのは、これは私どもの日本学術会議の力の限界ということもございまして、なかなか早急に――つくられようとしている研究所の所員の身分保障についていままで文部省がお考えになってるものを急に変えるというところまではいかないんじゃないかということもありまして、たいへんいろいろ文部省側との折衝もございまして、この点につきましては最小限この不利益処分、任免、そして不利益処分の手続につきまして、これは所長の申し出に基づいて任命権者が行なう、こういう形のことだけは最小限入れておいてほしい。そうなりますと、たとえば所長とそれ以外の所員そして研究者の関係というものになりますと、これは研究者間の問題でございますから、そこのところは最小限われわれは運用でやっていこうではないか、こういう見解に固まりまして、昨年十一月二日付で――実はこれは昨年十月の日本学術会議の総会の中で討論が行なわれまして、全員一致で結論を得ましたので、その点につきまして運営審議会で内容を取りまとめ、文部大臣に申し入れをしたわけでございます。
 ちょっとこの点につきまして、あと補足させていただきたいのですが、聞くところによりますと、文部省の中につくられておりますこの新しい高エネルギ物理学研究所の設置準備の会議といういう中で、この問題いろいろ御議論なされたよしでございまして、その結果、所長の意向に反するようなことを政府がやるようなことは何ら考えていないというふうに結論がなったというふうに私ども非公式に聞いておりますが、そうであるといたしますと、それを規定の中に入れるということに何ら差しつかえがないのではないかというのが、今日日本学術会議で考えている点でござでます。で、実際にいま申しましたように、それにもかかわらず、この点について現在考えられているこの法律の改正に基づく法令の中に準用ができない。できないと申しますのは、特例法の全面準用ができないということもございますし、最小限考えておりますただいま申しました任免、不利益処分の手続の点についての準用、これは第十条の準用ということになりますが、それができないというならば、私どもといたしましては、文部省から当然そのできないというはつきりした根拠のある理由を聞かしていただくということを希望しているわけで、強い理由があってそれが納得できるならば、何も全面的に準用しなければならないということを申し上げるつもりは何もございません。しかし根拠のある理由がないならば、そしてこの運用上そのとおりにやると文部省がおっしゃっているならば、それは当然そこに書き込んでおかれて文部省にとっても何らさしさわりがないことだろうと思いますし、私どもにとっても今後この研究所にできるだけいい研究者を集め、そしてそういう形でのトラブルが起こらないように研究を進めていきたいということを考えておりますものにとってもたいへん望ましいことであるというふうに考えているわけでございます。
#18
○安永英雄君 時間もありませんから、最後に次官にお尋ねをいたしたいと思います。学術会議のほうからの御意見も十分に承ったし、前の委員会で大臣や局長のほうから文部省の意向も承ったわけでありますけれども、二つだけお聞きしたいと思います。
 一つは、この当初計画、将来計画というものの中に高エネルギー物理学研究所あるいは超高エネルギーあるいは低エネルギー、こういった非常に有機的に関連する三つの柱でこの原子核研究の将来計画というものを進めていきながらその中の高エネルギーの分、しかもそれが当初計画よりもずいぶん縮小された形でまがりなりにもとにかく実現をしたというこういう時点だと私も確認をするわけです。したがって、将来計画の問題につきましても、いままあ科学者の立場からいってもこの三つのそういった原子核研究を進めていきたいし、その中の高エネルギーの問題については緒についた、満足すべきではないけれども、これを最大限に活用して効果をあげたい。こういうようなお気持ちだが、しかしもう次の段階についてはきょうから、四十九年を待たずにきょうからとにかくもう計画を進めていただきたいというお気持ちも披瀝されたわけです。この前もちょっとお聞きしましたけれども、非常に抽象的な、もちろん抽象的かもしれませんけれども、文部省の今後のそういったこの種の将来計画に向かっての決意のほどなり、具体案があればなおさらけっこうでありますが、そういったものをまず承っておきたい。
 それから次に、いまの身分保障の問題でありますが、くどくど申しません。問題は、私は学術会議のほうの御意向というものを聞いてみますと、私がこの前言ったのとずいぶん違った考え方を持っていらっしゃると思います。いまのご意見も私の意見とずいぶん違う。要するにいままで長い間、十何年研究組織を研究し、事身分保障の問題が最後に残って、あとの問題は全部、私の考えでは学術会議は妥協していらっしゃる、不満があるけれども、もうしかたないという形に追い込まれたような気持ちで、それぞれ、そのつど態度を、主張を下げておられる。たった一つ残ったのが、せめてこれだけはというのが結局身分、人事の問題について、所長がその所内の問題を文部大臣のところに持っていったら、これをその意見に基づいてとにかくやっていただきたいということだけの一点にしぼっておるような気がするのですよ。そういった気がする。これはやはりこの前、私が大臣との質問の中で、大臣ははっきり先ほども言いましたように、これは新しい試みの研究所が出発するわけだから、この研究所の研究の自由というものは、これは基本的に保障するという私の考え方については賛意を表されたわけなんです。そこまで基本的に、基づいておられるなら、私はこの新しい研究所の性格、しかもいろいろなあいまいさはあるけれども、まず出発してみよう、私も賛成です。しかし出発に対してたったその一つだけいわゆる身分保障の問題、人事問題について所長の意見を、これは衆議院のほうでは附帯決議として、尊重するというふうなことばで表現されておる。しかし、この前の大臣の答弁では、こういう問題は人と人との関係なんだ、こんなふうに逃げられたわけです。人と人との関係だったら、規則も要らなければ何にも要らぬわけです、あの論法からいけば、人と人との関係、これはそうじゃない、いまの文部大臣なり次官なり局長がおられる間は、この国会で、この委員会でそれは全く尊重していくのだ、もう事実上は基づいてという形と同じだ、こうおっしゃっていても、これはいまから巨大に伸びていく、巨大に発展していく、そして大学でもなければ、直轄でもない、今後の新しい日本の科学の殿堂なんです。そういったものについての出発に際しては、あとでいろいろな問題を起こさないように、もう大臣のほうも、文部省のほうも基づくと書かないでも最大限尊重するし、この研究所の自由を保障すると、こういわれれば、そこまでいわれるなら、私はもう大学並みに、大学の学長がその上申するときその上申に基づいて順守をされるということをこの際、出発に際して、明記する必要があるのじゃないか。附帯決議あたりでこれを尊重するというふうな形で私はいってもだめなんだと実は思って、この前から主張をしておるわけなんです。そういったことについて、もう私はこれでこの問題については質問終わりますけれども、この二点について次官のお考えをお聞きしたいと思います。
#19
○政府委員(西岡武夫君) お答えいたします。
 第一点につきましては、大学学術局長からお答え申し上げたいと思いますので、二点目についてお答えを申し上げます。
 先生もすでに御了承いただいておりますとおり、今回の高エネルギー物理学研究所につきましては、これが従来の所轄の研究所でもなければ、国立大学の付置の研究所でもないという新しい形の国立大学の共同利用の研究所であるという新しい一つの組織でございます。これにつきましては、文部大臣の直轄の研究所として設置をするわけでありまして、これは最終的に文部大臣がその研究所については責任を負うということになるわけであります。そういう意味からもただいま先生の御指摘の点につきましては、すでに衆議院におきましても附帯決議等で十分所長の意見を尊重しなければいけないという御決議をいただいておりますので、文部省といたしましては、その線に沿って十分御趣旨は尊重いたしていく考えでございますけれども、文部大臣がその研究所について十分責任を持つという意味から申しましても、先生のお話でございますけれども、文部省としては原案どおりぜひお願いを申し上げたいというふうに考えるわけでございます。なお、これは将来の問題として私どもが考えなければいけないと思っておりますのは、これから巨大科学、日本においてはこの種の組織としては今回新しいこういう形ができたわけでございますけれども、これから各分野においてこういう組織というものが当然必要になってくると思います。その場合、教育公務員と研究公務員についてのやはりいろいろの点での相違点もあろうかと私どもは考えております。したがいまして、これは今後の問題として研究公務員についてのやはり身分については新しい考え方というものを当然私どもは今後の課題として取り組んでいかなければいけないのではないか、かように考えております。
#20
○政府委員(村山松雄君) 第一点の、原子核研究の振興の問題でありますが、現時点におきましても低エネルギー、高エネルギー並びに超高エネルギー――宇宙線でございますが、この三分野の振興計画はそれぞれ進行中でございます。まあ高エネルギーだけが取り上げられたわけではございません。その点につきましては、先ほど学術会議のほうからの御説明にもありましたとおりでございます。低エネルギーにつきましては、御説明のありましたように大阪大学にAVFサイクロトロンという新しい装置を開発いたしましてそれを中心といたしまして核物理センターというものをつくっております。それから宇宙線に関しましては、いろいろ御計画がある中で、東京大学の宇宙線観測所にニュートロン装置というものを試作するというような予算措置をしております。まあ、いうなれば、原子核研究の中で低エネルギー、高エネルギー、宇宙線、それぞれ平たく申せばやり方なり使う道具が違うわけでございます。高エネルギーのところが実は一番金のかかる大きな機械装置が要るものですから、たいへん大きく取り上げられておるわけでありますけれども、低エネルギー、それから宇宙線につきましても、これを除外しておるというふうなことでは決してございません。現在、それぞれの立場で、研究者の意向などもくみ取りながら進めておるわけであります。さらに、いまの進行中の計画が済んだ後の段階ということになりますると、率直に申せばまだ具体的なるものはございません。この種の学問分野、理論技術というものは、すべて日進月歩でございます。現時点で考えたものが次にはもう改められなければならないというようなこともあり得るわけでありますので、いま進行中のこの状況とにらみ合わせ、もろもろな御意見を承りながら、国力その他ともにらみ合わせまして均衡ある発展をはかっていきたい、というのが文部省の立場でございます。
#21
○委員長(高橋文五郎君) 午前中の質疑はこの程度にとどめ、午後一時まで休憩いたします。
   午前十一時二十三分休憩
     ―――――・―――――
   午後一時十一分開会
#22
○委員長(高橋文五郎君) ただいまから文教委員会を開会いたします。
 休憩前に引き続き、国立学校設置法の一部を改正する法律案(閣法第二五号)(衆議院送付)を議題といたします。
 本法律案に対し質疑のある方は、順次御発言を願います。
#23
○内田善利君 短大関係でまず御質問したいと思いますが、昭和四十三年ですか、大阪大学に次いで今回九州大学に医療技術短期大学部が設置せられるわけですけれども、その短大への改組の理由、これは何でしょう。
#24
○政府委員(村山松雄君) 今回の九州大学の医療技術短期大学は看護婦、それから衛生検査技師、それから診療エックス線技師の養成、教育を目的とするものでございます。この種の医師周辺にあるところの技術者といいますか、専門職といいますか、俗にパラメディカルというようなことを言っておりますが、こういう者の養成の基準は、主として厚生省でその資格なりとあわせて考えておったわけでありまして、それから教育機関の形としても看護婦などについて一部短期大学がございますが、主として各種学校の形で行なわれておったわけであります。それに対しまして関係者の間から学校教育法による学校という御要望もだんだん高まってまいりまして、そこで文部省としても考えたわけでありますけれども、内容が一般教育を基礎として従来の学問体系によって教育研究を行なうという学校教育法の一条の学校といたしましてはかなり特殊なものでもございますので、そういう御要望に応じてこれをどんどん一条学校に切りかえるということもなかなかむずかしいということで、いろいろ内容につきましてくふうもし、それから当事者の御意見も承りまして、何と申しますか、試験的にと申しますか、そういう意味合いにおきまして、さきに大阪大学につくったわけでありますが、九州大学におきましても引き続き検討を進めた結果、大学としてはぜひやりたい、それから自信があるということでございますし、また養成目的でありますところの専門職の方々のほうからも実現方の御要望が強くございます。そういうことでございますので、やれるのではないか、やる値打ちがあるのではないかという見通しのもとに、今回短期大学に改組の予算措置を講じ、法律の改正もお願いしたという経過でございます。
#25
○内田善利君 現在この大学付属病院にたくさんの医療技術関係の各種学校があるわけですが、大体どれくらいありますか。
#26
○政府委員(村山松雄君) ただいま正確な数を承知しておりませんが、看護婦養成を目的としますものは国立大学にはすべてございます。したがいまして、医学部が二十五ございます。秋田はまだ新設早々でございますので、ございませんので、二十四あるわけであります。それからあとは衛生検査技師でありますとか、診療エックス線技師でありますとか、それから歯科医学の関係で歯科衛生士でありますとかあるいは歯科技工士でありますとか、そういうものがございますが、これは必ずしもその全部の大学にはございません。国立大学におきまして、したがいましてこういう病院関係の専門職の養成機関というものは、正確な数をただいま承知しておりませんが、全体で五十内外ではなかろうかと思います。
#27
○内田善利君 この各種学校が短大化されるわけですが、短大との相違点はどういうところにありますか。
#28
○政府委員(村山松雄君) 各種学校でありますと法的根拠がきわめて簡単でございます。御案内のように、一条学校以外のもので学校教育に類する教育を行なうもあというのが各種学校の法的性格でございます。それに基づきまして文部省としては従来はきわめて簡単な指導をしてまいったわけでありますが、十数年前に各種学校の基準というものを文部省令にいたしております。それによりましても一定数の学生、教員で継続的に教育を行なうものというような性格づけでございますので、きわめてあいまいといえばあいまいでありますし、そのかわり何か特別なことをやろうと思えば大学や短期大学のように基準に拘束されないで、いかようにも自由にやれるという特色がございます。そういう特色がございますので、現在各種学校は全体で七千校余、そこに学ぶ者も百万というような数になって、社会的な意義があるわけでありますが、何と申しましても、よくいえば弾力的でありますが、悪くいえばあいまいでございます。そこで専門職の養成というようなことになりますと、やはりそれぞれその資格を定めておる法令等でどういうことをやらなければならぬというような要請もございます。そういう要請を受けてその内容のしっかりした学校をつくろうといたしますと、やはり学校教育法に基づく、つまり一条学校の形でやったほうが何かと十分な取り扱いを受けられるのではないかと思われます。また予算措置なども率直に申しまして各種学校でありますと、ほとんど病院の職員などの兼務できわめて少数の専任の教員を置く程度で教育をやっておるわけでありますが、短期大学にすれば短期大学の基準にのっとった教員組織によりまして、必要な専門職の養成に必要なカリキュラムを組んでやるということになりますので、内容充実の面では一条学校にしたほうがやりやすいということが言えようかと思います。そういうことがまあだんだんではありますけれども、一条学校にすることを希望される理由ではなかろうかと思います。
#29
○内田善利君 非常にたくさん医療技術関係の各種学校があるわけですけれども、こういう各種学校をやはり大阪あるいは九州のように今後も短大化を進めていかれるつもりか、そういう経過があるかどうかお聞きしたい。
#30
○政府委員(村山松雄君) 方向といたしまして漸次一条学校になし得るものはしていくという方向であると申し上げてよかろうと思います。ただ、それに従いまして、ただいま年次計画を立てて、いつどうするというようなことになりますと、それぞれの大学の事情もございますし、その他四囲の情勢が必ずしもその方向に向かってどんどん熟していくという状況でもございませんので、そういう主観的、客観的な状況とにらみ合わせながら漸次その方向で整備してまいりたい、かように存じておる次第でございます。
#31
○内田善利君 医療技術者の養成機関の制度的な確立ということが大事じゃないかと思いますが、この点はどうでしょうか。
#32
○政府委員(村山松雄君) その方向、趨勢としては御指摘のとおりだと思います、ただこの問題につきましては、単に文部省だけで取り計らいかねる点もあり、また関係者の御意見も必ずしもすべてが一つの方向に向かって進みつつあるということでもございませんので、先ほども申し上げましたように、内外の情勢を確かめつつ、将来はできるだけ正規の学校という方向に向かってまいりたいと思っておるわけであります。
#33
○内田善利君 現在、短期大学制度は、一応制度そのものは安泰といいますか、一応確立しておるように思いますけれども、実態を見ると、やはりこの短期大学も曲がりかどにきているんじゃないか、再検討すべき時期にきているんじゃないかと、このように思うわけですが、一口に短大と言っても、私立もあり、国・公立もあるわけですが、まず私立短大についてどういう実態か、学科別、あるいは男女別の生徒数等、わかっておりましたらお願いしたいと思います。
#34
○政府委員(村山松雄君) 短期大学の制度の問題は、昭和二十五年に、大学の修業年限の特例という形で暫定措置として発足したわけでありますから、当初からその性格についてはあいまいであるという批判があったわけであります。そこで文部省としましては、短期大学制度の改善について中央教育審議会にも諮問をいたしまして、御答申を得て、その改善のための学校教育法の改正というような提案をしたこともございます。しかし、そういう行き方に対しましては、主として私立の短期大学の側におかれまして、それは事実の認識が違う、短期大学は発足以来急速に発展を遂げておる、何もこれを――そのときの改正は専科大学というような方向に改めるということであったわけですけれども、そういうことをする必要はないという御主張がございました。そういう反対のみに耳を傾けたわけではありませんけれども、結果的には、専科大学というような方向での短期大学制度の改革というのは実現を見ませんで、専科大学でねらいましたような意図につきましては、別に現在の高等教育専門学校という形で学校教育法が改正されて今日に至っておることは御承知のとおりでございます。そこで、短期大学といたしましてはいろいろな議論があったわけですけれども、昭和三十九年にこの学校教育法を改めまして、従来の暫定的な措置、修業年限の特例という形でありましたものはこれを改めまして、四年制の大学とは一応若干異なる教育目標を法定し、また、暫定措置でなく恒久的な制度であるということにしたわけです。これで、一応短期大学制度というものは制度的には安定した。それがどういうぐあいに動いておるか、ほんとうに安定しておるかどうかということにつきましては、若干御議論もあるわけでありますけれども、文部省としましては、一応短期大学は、制度的には安定をし、もし改めるとすれば今後の高等教育制度改革の全体の一環としてとらえるという対処のしかたをしておるわけでありまして、現在までの中央教育審議会の御論議では、一応短期大学というものは高等教育機関の一種として法定的な位置づけが行なわれておるのが実情でございます。
 そこで、実態がどうなっておるかということでございますが、現在短期大学を学科の種類で申し上げますと、国公・私立を通じまして千百二十六種類ございます。入学定員ですと、九万二千百十人ということになります。その内訳としまして、国立が三千四百四十人、公立が六千五百八十五人に対しまして、私立は八万二千八十五人、つまり大部分が私立だということになります。それから、学科種類別の内訳で見ますと、圧倒的に多いのがこの家政関係でございまして、九万二千のうちの三万四千が家政関係であります。あと多いものを申し上げますと、文学関係が一万五千五百、それから教員養成関係が一万三千二百九十、それから法律、商業、経済関係が九千、理学、工学が七千六百といったような大ざっぱな内訳になっております。したがいまして、まあ一口に申せば短期大学は、設置者別に申せば私立がもう圧倒的に多い、大部分である、それから学科種類別に言えば家政、文学、教員養成といったところが、まあ大部分が片寄っておるということが言えようかと思います。
#35
○内田善利君 制度的には安定しておるということですが、中には短大の内容充実という面でいろいろ批判もあるようですけれども、今回の中教審の答申においても、短期大学の改革あるいは整備がなされるようになっておるように思いますが、具体的にはどのようになっておりますか。
#36
○政府委員(村山松雄君) 現在の中教審の御論議では、まあ短期大学は高等教育機関の中で従来の四年制に相当するものと別に、二種としてこれはあってしかるべきだという位置づけが与えられております。で、中教審レベルでは、短期大学についての内容的な問題にはあまり深く立ち入っておられないというのが実情でございます。むしろ文部省におきましてそういう中教審の御論議の状況なぞもにらみ合わせながら、現在文部省に大学設置審議会の短期大学基準分科会というのがございます。ここで主として短期大学の教育内容、言いかえますと設置基準ということになりますが、これの内容の検討を進めております。と申しますのは、短期大学につきましては現在、四年制の大学の設置基準が文部省令として一応きめられておるのに対しまして、まだそういう措置がとられておらない、つまり法的に暫定措置であった時代に大学設置審議会が認可するためにつくりました短期大学の設置基準というものが現にまだ通用しておるという状況でございます。で、短期大学が三十九年に法的に恒久化された際に、その設置基準についても当然検討がなされたわけでありますけれども、いろいろな御意見が煮詰まらないで、基準改定ということをやらないままに今日に至っておるわけであります。そこで、まあ一つには四年制の大学と形式を合わせる必要、それからもう一つには、恒久化された短期大学制度にふさわしく、また最近のいろいろな御意見をも反映するような、あるべき短期大学の設置基準いかんというような観点から、現在大学設置審議会の短期大学基準分科会において検討が進められておる。その内容はなかなか一口に申し上げにくいわけでありますけれども、現在の短期大学の基準というのは、たいへん大ざっぱに申し上げれば、修業年限の暫定措置であった関係で、四年制の大学の基準を単純に二つに割ったような形になっておりまして、そこら辺が非常に中途はんぱであるという評を生み出す根本であったわけであります。そこで、短期大学は目的が――恒久された機会に短い修業年限で何もかにも追求するということは、何もかにも中途はんぱに終わるおそれがあるということからいたしまして、それぞれ何か徹底した教育研究目標を実現するということを目ざしたほうがいいのではないか、つまり具体的にいえば、教養を目ざすものは主としてその教養をやる、あるいは特定の専門教育を目ざすものは特定の専門教育に重点を置いてやる。まあ専門と一般教養と常に四年制の二つ割りというような中途はんぱなことをしないで、特色を徹底するような方向で基準を検討したらどうかというような、まあ一口にいえばそういう方角での御論議が進められておるというのが実情であります。
#37
○内田善利君 国立短大の場合は、これは夜間が多いのですね。どういう比率になっておりますか。
#38
○政府委員(村山松雄君) 国立短大は現在二十幾つございますが、図書館短期大学というのが昼間で、残りは全部夜間ということになっています。
#39
○内田善利君 昼間に切りかえることは考えておられませんか。
#40
○政府委員(村山松雄君) 国立大学に対しまして、勤労者教育のために夜間の教育をやってほしいという一般的な御要望がかなりあるわけであります。
 ただ、夜間の教育を昼間並みにやるということになると、きわめて厳格に考えますと、昼間並みの修業年限ではなかなか同等にいかないという悩みがございます。そこで、国立大学では、夜間の教育をやる場合には昼間より一年修業年限を延ばして、それで昼間と同等の教育をやるということを事実上やっておるわけでございますが、そうなりますと、この四年制並みのことをやるのには夜間ですと五年ということになります。現実に国立の夜間部は五年でやっておるわけでありまして、そうなると、勤労者にとってたいへん修学の負担が精神的にも物的にもかかるわけであります。そういうことから、国立大学において夜間勤労青年教育の機会をなるべく与えるというためには、せめて夜間の短期大学をつくったほうがいいんじゃないかという考え方がございます。そういう一般的な考え方のもとにそれぞれの大学、地元においてまあ意見がまとまりましたものについて短期大学を設置するという経過をたどっております。まあそういうことからいたしまして国立の短期大学は夜間が大部分ということになっておるわけでありまして、これを四年制並みの五年にしたらどうかという御議論は、当事者の中にも若干あるわけでありますけれども、文部省としてはなお慎重に対処しておる次第でございます。
#41
○内田善利君 現在の国立の短大ですけれども、施設あるいは設備あるいは教員組織等、やはり少し貧弱に思うわけです。十分な教育成果をあげていないんじゃないかと、このように思いますが、現在の国立短大のこういった施設面あるいは教員組織等、どのように対策を考えておられるか、その方針を立てておられるか。もう少し充実すべきではないかと、このように思いますが、いかがでしよう。
#42
○政府委員(村山松雄君) 夜間部をつくります際には、この大学の基準の運用面におきましてもある程度昼間の施設なり教員組織の協力が得られるという前提で、夜間部固有の教員数あるいは施設基準などは独立の場合よりほかなり少なくて済むことになっております。これがために夜間部ができやすくなっておるわけでありますが、反面、必ずしもその教育、研究面で十分でないということにもなるわけでございます。
 国立の併設の夜間短大におきましても、同様な事情が御指摘のようにございまして、文部省としてはできるだけ昼間の協力が得られるようにお願いもし、またどうしても夜間として備えなければならない施設、設備、定員については増強をはかりたいということで、まあ最小限度のことはやっておるわけでありますけれども、なお十分でない点がございまして、努力を続けたいと思っております。
#43
○内田善利君 いま国立の夜間大学は何校ありますか。
#44
○政府委員(村山松雄君) 二十二校ございます。
#45
○内田善利君 教育の機会均等、先ほどからおっしゃっておるわけですが、そういう意味からも、また生涯教育という面からも、この大学を、短期大学にしてもあるいは夜間大学にしても、制度的にきちっと確立して、生涯教育の一環として十分その成果をあげるようにすべきじゃないかと、このように思いますが、この点いかがでしょうか。
#46
○政府委員(村山松雄君) 御趣旨の点は全くそのとおりだと思いまして、努力をいたしておるつもりでございますが、なかなか行き届かぬ点がありまして御指摘を受けましたが、さらに努力をいたしたいと思います。
#47
○内田善利君 国立の短大は幾らありましたですか。
#48
○政府委員(村山松雄君) たいへん失礼いたしました。国立の夜間短大は二十校でございます。で、昼間のものが、まあ今回のものも入れて三つになるわけでございます。図書館短大が一つと、医療技術短大が一つ、それから今回医療技術短大が一つふえる。合計二十三になるという数字でございます。
#49
○内田善利君 短大の充実については先ほど申されたとおりでありますが、それに関連しまして、今度高等専門学校に昇格する学校が三校ですね。電波高専に昇格する予定の三校、今度できるわけですが、この高等専門学校にしても、短期大学にしても、やはり中途はんぱというような感じがするわけですけれども、生涯教育の、また機会均等の面からいっても、こういった学校の充実をすべきであると、このように思いますが、この点いかがでしょうか。
#50
○政府委員(村山松雄君) 高等専門学校につきましても、工業を中心につくりまして、その後商船を加え、さらに今回電波という種類まで入ってまいるわけであります。これも専門家の協力を得て基準をつくり、基準にのっとった整備をやってまいっておるわけでありまして、幸い社会からはおのおの好評をもって迎えられておるわけでありますが、内容面の細部にわたりますと、なお改善充実を要する面は多々あるようでございまして、それの充実には、この際文部省としては高専もこの辺でどんどんふやすというようなことをしないで、できたものについて内容充実ということに重点を置いて進めてまいりたいと考えております。
#51
○内田善利君 できたものについてということですが、この三校のうち設置基準に合っていない学校があるのじゃないですか。高専設置基準の第十八条に合っていない学校。
#52
○政府委員(村山松雄君) まあ現時点では高等学校でございますから、どれも合っていないわけでありまして、今後年次計画をもちまして計画的に高専の基準に合わせて整備することを考えておるわけでございます。
#53
○内田善利君 具体的にはどういうふうになっておりますか。設置基準に合うまでには、どれくらいの期間がかかりますか。
#54
○政府委員(村山松雄君) 大体高専ということになりますと、終業年限が五年でございます。したがいまして、少なくともその完成年度までには高等専門学校の基準に合わせるということで、校地、校舎等の整備計画を進める予定にしております。
#55
○内田善利君 いま基準に合っていないわけですけれども、将来そういった高等専門学校にする、そういう基準に合うようにするということで、今度法律が制定されるわけですけれども、基準に合うまで整備してから開校するということはできないんですか。
#56
○政府委員(村山松雄君) そこら辺が学校を新設する場合にいつも悩みといいますか、矛盾といいますか、たとえば高等学校ですと、もう高等学校の基準を満たせばいいわけでありますから、それ以上の整備というのはなかなかできないわけであります。それから高等専門学校になるということになりますと、高等専門学校の基準がございますから、その基準を満たさないと高等専門学校にはなれないわけでありますけれども、なる時点ですべての条件を満たすということはなかなかむずかしゅうございます。したがいまして、大学を設置認可するような場合でも基準はございますが、実際的な年次計画というものが認められております。つまり、学校にはすべて修業年限がございまして、修業年限に応じて漸次学生も入ってくる。それに対応して教職員、施設、設備というものを漸次整備すれば、教育、研究上実際の支障はないわけでございます。今回のこの電波工業高等専門学校につきましてもそのような考え方でやっておるわけでありますが、基準の中で一番の問題は、まず校地が、三つのうちで一つは現在の高等学の校地が幸い高専の基準も満たすだけの広さも持っておりますので、現校地で整備をすればよろしいわけでありますが、他の二つは校地が著しく狭うございます。そこで高専にするにあたりまして新しい校地を求めることにしておりまして、すでにその候補地も地元の協力を得てきまっております。で、評価等ができればこれは購入いたしまして、その新しい校地に新しい校舎を整備するという計画で進めておるわけでありまして、これをつくる前にやっておけという御指摘でございますけれども、それはなかなかむずかしゅうございますので、教育、研究に支障のない程度の年次計画で整備するつもりでございます。
#57
○内田善利君 ことしの四月一日開校して生徒が入るわけですけれども、三年ないし四年間、基準に合うまでは貧弱なといいますか、施設、設備の不十分な中で、また校地も不十分な中で三年間なり四年間、ついには卒業してしまう、そういう生徒ができるわけですけれども、どうしてそんなに急ぐのかなという感じがするのですが、この点はどうですか。
#58
○政府委員(村山松雄君) これは現在三つの高等学校につきましては、かって商船高等学校が高等専門学校になりました際に、国会のほうからも検討の上できるものであれば高等専門学校にしろというお示しがございます。そのお示しに基づきまして、文部省としては高等専門学校制度の調査研究会議というところに付議いたしまして、基準についての御答申も得たわけであります。で、校地あるいは整備計画につきましても、教育、研究を進めるには支障のない程度の年次計画の見通しが立ちましたのでお願いしておるわけでありまして、多少仮校舎的なこともあり得るわけでありますけれども、過去におきましても工業高等専門学校、大体同じようなことで年次計画を進めまして、新入生は最初はたいへん不便な仮校舎などで教育を受けたわけでありますけれども、ほとんど例外なしに卒業するまでには校舎の整備を終わりまして、卒業は新校舎でめでたくやっておるというのが実情でございます。今回の電波工業高等専門学校につきましても、従来以上にもっとスピードアップいたしまして、当初は遺憾ながら旧高等学校校舎で教育が始まるわけでありますけれども、卒業までには五年を待つまでもなく、できるだけ早い年次計画で施設、設備の整備を終わって、教育上支障なからしめようということで努力をいたすつもりでございます。そういうことで御了承を願いたいと思います。
#59
○内田善利君 先日の衆議院の文教委員会で、正木議員の質問に対して、文部大臣は、高専から大学へ進学する者のための高専大学の構想を表明されたわけですけれども、中教審の答申を待たずしてこのように表明されたということは具体案があるのではないか、このように思うわけですが、高専大学をつくられようとする理由、内容はどういうことですか、具体的にお教えいただきたいと思います。
#60
○国務大臣(坂田道太君) 御承知のように、高専は高専としての一貫教育でございますし、今日、世界におきましてもかなり高く評価をされておるということは御承知のとおりでございます。でございますけれども、また一面におきまして、高専に入った人でさらに大学教育を受けたいという方もないわけではございません。その人たちのためには、もちろん、高専でない大学がこれを受けとめてくれるという道が開かれておるわけではございますけれども、しかし、大学には大学のいろいろな事情がございまして、これを引き受けてくれておるところと、大学によりましては都合が悪くて引き受けないところとあるわけでございます。いうならば、やはり袋小路みたいな形になっております。しかし、中教審の中間報告にもございまするように、これからの教育制度というものは、いろいろな制度、種別化等を行なうけれども、一たんたとえば高等教育機関を卒業して社会に入って仕事をやって、なおかつ、また勉強をしようという人たちに対しては、その機会を与えるということがこれからの高等教育機関のあり方であるということをも述べておられるわけでございまして、その意味から考えましても、この中教審の答申でもそのような袋小路のない制度というものをお考えになっておる。できれば高専の上にそういう研究機関というものをつくることはいかがかと、このことにつきましては私だけが考えたということではなくて、従来、高専の学長や教授の方々が何度かお集まりになって御研究になって、御検討なさいまして、そういうような要望等も私の手元まで出しておられるわけでございまして、なるほど、そういうようなことも考えられることであるということで、事務当局に命じまして、ただいまそういうことが可能であるかどうかというようなことについて検討をしておるという段階でございます。
#61
○内田善利君 高専から既設大学への編入学は非常にむずかしい、このようにいわれておるわけですけれども、昨年の卒業生で何人高専を卒業して、何人の希望者があって、何人国・公・私立大学に入学したか、教えていただきたいと思います。
#62
○政府委員(村山松雄君) 四十五年度の調査によりますと、高専の卒業生六千二百五十六名ある中で、大学に編入学を志願した者が二百三十一名ございます。結果におきまして、三学年に編入ができた者が七十名、それから二学年に編入できました者が二十二名、合わせまして九十二名。そのほかに、あらためて大学の一年から入った者が若干あるようでございます。
#63
○内田善利君 非常に少ないわけですけれども、これは学力不足でしょうか、どういう理由でしょうか。
#64
○政府委員(村山松雄君) まあ一つには、高等専門学校と大学とはその教育の目的が違うわけでありまして、高等専門学校は決して中途はんぱなものではなくて、工業技術者としては完成教育ということをねらっておるわけであります。また、そのような目的が達成できて卒業生を出すわけでありますから、高等専門学校を出て未熟だから大学に入るという関係では必ずしもないわけであります。ただ、学生の中には、技術者を志願したけれども、もっと理論的なこと、あるいはアカデミックな方向に進みたいという者は、これはまあ十五歳という時点で高専に入学するわけでありますから当然一部は出てくるわけでありまして、そういう者がまあ志望を変えまして高専を出ましても産業界に入らないで、大学、大学院という方向を目ざすわけでありますから、まずもって志願するということが一般的では必ずしもないというのが一つございます。
 それから、じゃそういう者が志願するならば大学にもっとはいれてもよさそうなものではないかということになるわけでありますけれども、制度的には編入できるということになっておりましても、まあわが国の大学の実情から申しますと編入というようないわば便法についてあまり熱心ではないという弊がございます。先ほども大臣からも御答弁申し上げましたように、まことに理解を示して特別の扱いまでしてくれる大学も中にはあるわけでありますけれども、まあ一般的には一年生から入った者との権衡とか、いろいろなことからいたしましてあまり歓迎しないという状況がございます。
 それからもう一つ、もっと実質的なことは高等専門学校と大学とは目的が違います。したがって高専卒業生は専門教育についてはもうある意味では大学卒業者とそんなに遜色ない程度にまでやってまいるわけでありますけれども、大学三年編入という時点でそのほかの者と比較しますと現に大学におる者は二年間は主として一般教育をやってまいります。そういうほかの者との権衡がございまして、まあどういう問題を出すかによってかなり結果が違ってまいります。そういうことにまあ一つの問題点があります。それは幸いに編入ができましても、それから先の指導につきましても必ずしも大学一年から進学してきた者と同じような指導で高専編入生をやっていいかという点には問題がございます。そこでさっきも申しましたようにきわめて熱意のあるといいますか、高専に対して理解のある大学では高専卒業生を受け入れるための特別の配慮までしておるわけでありますけれども、まあそういうことをやらない場合には理論的には編入できるようになっておってもまあなかなか実際にはうまくいかないという状況におちいるわけでありまして、まあそういうことからしまして編入ということは必ずしも活発でない。活発でないということにつきましてはまあ高専と大学の目的からいたしましてある程度やむを得ない面もある。そこでもっと特別の配慮を徹底したらどうかという見地に立ちますと、先ほど大臣が申し上げましたように、いっそのこと高専卒業生の受け入れのための特別のコースというものをつくったらどうかということになるわけであります。それに対しましてはまあ非常にそれを熱心に希望される関係者もありますが、逆にそういうことはますますある意味での袋小路的な色彩を強めるものだという反対意見も率直に言ってあるわけでありまして、現在なお研究をいたしております。まあ文部省としてはそういういろいろな情勢はありますけれども、まあ高専卒業生になるべく自分の現実の志望に沿った受け入れがなされることが望ましいという一般的な判断に立ちまして、大学に対してはいろんな機会に当局あるいは工学部長といった経路を通じまして高専教育に対する理解を求め、編入に対する配慮を求めておる次第でございます。
#65
○内田善利君 まあ一般教養が不足すると思いますけれども、短大の単位と高専の単位とではどのような比較になりますか。
#66
○政府委員(村山松雄君) まあ一がいにその中身まで比較しにくいわけでありますけれども、時間数だけ比較いたしますと高専はまあ非常に五年間一貫して能率的な教育をやりますので、短大あるいは大学に比べましても卒業に必要な最小限度の履修単位を時間に換算いたしますと、高専ではまあ一般教育についても専門教育についても短大には劣らない、むしろ専門教育については大学に近い程度までやっておるということを申し上げてよろしかろうと思います。
#67
○内田善利君 高専関係卒業生に対しては産業界は非常に歓迎すると思いますけれども、やはり本人――学生自身にとっては一般教養の不足あるいは視野の狭さ等などで非常に悩むと思うのですけれども、こういった点産業界でも指摘しておるように聞いておりますが、こういった点はどのように理解されておりますか。
#68
○政府委員(村山松雄君) それはどういう学校制度をとりましてもそれに適応する人と、それから不適応の人がある程度出てくることはやむを得ないことではなかろうかと思います。高等専門学校は工業技術といった教育については、比較的年の若いうちに一般的基礎的な教育と並行して専門的、技術的な教育をやったほうがよろしいという一つの教育理論に基づきまして制度が組み立てられておるわけであります。そういう制度に非常に本人も向いて喜んで卒業をしていく者も多数あるわけでありますが、中には適応しない子供も出てくるわけであります。そういうことからいたしまして編入というような道も講じて、できるだけ本人の成長に応じて志望の変化もあり得るわけでありますから、そういう配慮を講ずることはまあ必要だと思いますけれども、だからといって、その一部の不適応ということをあまりに過大に考えて高専制度自体の目標を曲げてしまうということはどうであろうか。なお細部の点につきましては改善を要するといたしましても、大筋は、理論と技術との五年間の一貫教育という高専制度はなおこの方向で伸ばしていくべきものと考えております。
#69
○内田善利君 高度経済成長の需要に応じてこの高専制度というものはできておるように思われるわけですが、こういった、中学校を卒業してすぐ入学して、本人たちの中には途中で自分の進路の誤りその他を非常に感ずると思うのですね。
 私は、普通高校に十二、三年つとめておりましたけれども、三年になっても進路を相談に来る。もう工業大学にあるいは大学の工学部に入学しておりながら卒業した後、また相談に来て、自分は工科に向いてない、文科系統に向いている。来年は文学部を受けたいとそういうような相談もありますし、やはり中学校を卒業したままでこういったところに入って、袋小路みたいなかっこうで卒業させていくということは、非常に本人たちにとっては人間性を無視した制度ではないか、このように思うわけです。何とかしてこういった学生の将来のために十分ひとつ将来を開いてあげてほしい、そのように思うわけです。学生の将来を考えてこういった制度をもっと広げてオープンにしていくべきじゃないかと、このように思いますが、文部大臣いかがでしょうか。
#70
○国務大臣(坂田道太君) いまもうちの局長から御答弁申し上げたように、この高専制度のいまの非常に悲観的なお考えを非常に過大視することはどうかというふうに私は思うのです。
 一般的に申しまして、何か職業教育というものが非常によくないので、そして一般教育でなければ教育じゃないのだと、こういうものの考え方は私はいかがかという気がするのです。そういうものをもう少し私たちは現時点に立って反省すべきじゃないかというふうに思われるわけです。
 教育基本法にも、御承知のように勤労をとうとぶということがうたわれておるわけでございますから、やはり勤労を通して人間性を伸ばす、あるいは生きがいを感じていく、そういうたくましい人間を養成するということがやはり国としても教育制度としても求められなければならない。また強くそういうようなことに対して国民一般も関心を持つべきじゃなかろうか、こういうふうに思うのです。たとえば高等学校にしましても、大学にすぐ直結しておるところの一般普通高校におる先生は非常にえらい先生で、工業とか商業とか農業とかそういうところにつとめておる先生は一段下であるかのごとき錯覚や、あるいはインフェリオリティーコンプレックスを感じておるようなあやまった考え方もあるわけです。またそういうように先生が考えておられるがために、子供たち自身が自信を失ないまして、何らか普通高校というものに必要以上に、あるいは能力以上に、あるいは自分の一つの景仰といいますか、適性でないものにあこがれる、そしてだれもかれも普通高校、そしてだれもかれも大学と、大学に入ってみたらむしろそっちのほうが適性を欠いておった、そうじゃなくて、やはり中学校を卒業したものが、自分はむしろ工業技術というものを身につけるのだ、中堅技術者になるのだ、こういう意気込みでやるものが私は大部分高専には入ってきておる。したがって、この高専を出た人たちが今日社会でも受け入れられておる。よくお話に聞くのは、何か産業界の要請だけでこの高専制度が成り立っておると、こういうようなお話がございますけれども、必ずしもそうじゃないので、確かにそれは産業界の要請はございましたでしょう。しかし産業界を包む全体の社会としまして中堅技術者が必要であるということは、これは世界の傾向だし、その点につきまして日本は非常にうまく適応しておると、こういうふうなむしろ自信を持つべきじゃないだろうか。しかしお話しのように、中には少数ではありましょうけれども、自分は道をあやまった、自分はこの高専に行くべきじゃなかったと思うものもないわけじゃないから、そのためには袋小路をなくするような方法を考えよう、一方では大学で受け入れられるというようなことをひとつ配慮していただく、あるいはまた場合によっては高専を卒業した単独の大学というものを設けることによって、そういう方々にそこに教育の機会を与えて、むしろ大学の工学部の卒業生とそれから高専を卒業した人あるいは高専からまたその高専の上にいった研究機関を通じて卒業した人とどっちが実力があるのか、あるいは研究業績をあげるのだと、こういうようなむしろ競争原理を導入することが私はきわめて必要であるし、高専自身のためにも必要であるし、同時に大学の中でも非常に優秀な大学もありますけれども、中には程度の低い学部もあるわけでございます。その程度の低い学部よりも高専のほうがすばらしいのだ、おれたちはその高専を出たんだというようなそういう誇りを持って、あるいは自信を持っていくような子供たちを私は養成したいという念願をいたしておるわけでございまして、ただいま局長から申し上げますように、そうは申しましても、高専それ自体に対しましてまだ質的に十分でない、あるいは一般教養その他についても十分でない、あるいは施設設備についても十分でないという点については、これからひとつ十分考えていきたいというのが私の考え方でございます。
#71
○内田善利君 工業、商船以外に経済界が高専制度を望んでいるようですけれども、農学関係あるいは商業関係、この点の構想はいかがですか。
#72
○国務大臣(坂田道太君) この点については確かにいろいろのことはございますけれども、まだ私自身といたしましてはかなり消極的でございます。しかしながら消極的ではございますけれども、そういうような御要望もございますし、もう少し考えさしていただきたい、こういうふうに思います。それから衆議院でもお答えを申し上げましたように、これから先公害を担当する技術者等が必要であるとか、あるいはまた海洋工学というものがこれからの新しい学問領域として進んでいく。そしてこの海洋工学についても何らかの中堅技術者、あるいはそういったものを必要とするということが出てまいりました場合にこの高専制度というものがどう適用するかというようなことについては十分これから検討してまいらなきゃならぬ課題であるというふうには考えております。
#73
○内田善利君 高専制度についてはいろいろ問題がありますが、真に高専制度をどうやって生かしていったらいいかということについてはひとつ真剣にお互いに努力していきたい。このように思うわけです。私自身がそういうところを出てきております関係で、自分自身の身に照らしてみても高専制度は十分ひとつ配慮していくべきではないかと、このように思いますので、この高専制度をひとつ十分、大学等に入っても自由に移動ができるというふうに、またどういう学校でも入学ができるような大学当局の理解ある態度、こういうものがほしいと思います。私たちも大学を受けたくてもやはり封じ込められておったわけですから、その点ひとつ、それは結局制度の不十分な点、その他によっておるわけですので、真にひとつ高専制度をいかしていくという方向へ持っていっていただきたい。このように思います。
 それから、高エネルギー物理学研究所について一言お伺いしたいと思います。この研究所はどういうことを研究するのか。一言お聞きしたいのですが、核、原子核、原子爆弾というふうにすぐつながるわけですけれども、そういうことはないのか。ここではっきり文部大臣の明言をお聞きしておきたい。
#74
○政府委員(村山松雄君) 一口に申しますと、物質の究極構造、物質がどこまでこまかい単位に分かれるかということを研究する研究所でございます。物質の本体というのは古来サイエンスが発達するに伴いましていろいろな段階を経てわかってまいったわけでありますけれども、十八世紀に原子、アトムというものが発見されて、まあこれが究極の構造だと考えられたわけでありますが、その後さらに原子が原子核とその回りを電子が回っておるということがわかってまいりました。さらにその原子核は陽子と中性子というものに分かれておるということがわかってまいりまして、もうそこら辺で終わりかと思いましたら、さらに最近では無限と思われるくらいこまかい粒、まあ陽子、中性子のほかに現在までに二百幾つかの粒が発見されております。これらを俗に素粒子と言っておるわけでありますけれども、この素粒子の研究を究極まで突き詰めていくと、物質あるいは宇宙のメカニズムがわかるのではないかということで研究を進めておるわけでありますけれども、その研究の手段として自然界では宇宙線という非常にエネルギーの高い現象がございます。この宇宙線によって素粒子を研究するというのが一つの手がかりであります。これを俗に超高エネルギーないし宇宙線の研究と言っております。それから逆にかなり低エネルギーで、つまりその電子、陽子、中性子、ここら辺を研究する、これはシンクロトロンというような装置を使って研究する段階がございます。その中間に、エネルギーで言いますと、十億電子ボルトから一兆電子ボルトくらいまでの段階、この段階で電磁石を用いまして陽子を加速する、で、ターゲットに当てる、そこでさらにこまかい粒に分かれていくという研究段階がございます。これを高エネルギー物理学の領域といっているわけでありますが、この高エネルギー物理学の研究をやるためには陽子を加速して、これをこまかい粒に分けさせるしかけ、つまり陽子シンクロトロンというのが必要なわけでありまして、これが非常に巨額の費用を要しますし、それから維持、管理、研究に相当の組織を必要とするわけであります。そこで世界的にもここ二十年来、戦後アメリカ、ソ連それからイギリス、フランスなどは独力で陽子シンクロトロンを開発いたしております。それからそれらの国を除くヨーロッパ諸国は、独力ではむずかしいということで、共同体をつくりまして、スイスのセルンというところに加速器をつくっております。わが国は地理的な状況からいたしまして共同体に加入することも困難だし、それからアメリカやソ連のものを共同研究で利用することは必ずしも不可能でないわけでありますけれども、そういう利用するにしましても、日本で何もやらないで手ぶらで参加するというわけにも学問的にも実際上もなかなかまいりません。そこで、日本はぜひ独力でつくりたいということで、昭和三十五年ころから関係者の間でいろいろな議論が練られ、それから学術会議の勧告もあり、また文部省のほうで御相談しております学術奨励審議会や学術審議会でも案が練られて、御提案のような、規模からいえば中型でございますけれども、八十億電子ボルト程度の陽子加速器を筑波の研究学園都市につくって、それを中心とした研究所で、究極的には何が出てくるか私どもにはとうてい理解しかねるわけでありますけれども、物質の究極構造を探ろうという壮大な学問的目標のもとに研究を進めていこうという研究所をつくることになった次第でございます。
#75
○内田善利君 既設の東京大学の原子核研究所ではやれないのですか。
#76
○政府委員(村山松雄君) 原子核研究所で持っております一番大きいシンクロトロンがたしか十三億電子ボルト程度の能力だと思います。これは休憩前に学術会議からも御説明がありましたように、低エネルギーの段階、つまり陽子以外の素粒子までは発見できない。それ以前の段階の素粒子を研究するという目的のためのものでございます。これも原子核研究所だけでは日本の研究を進めるのに足らなくなっておりまして、低エネルギーについては関西にもう一つ若干性能の違った加速器をつくるという計画は現在並行的に進められております。いずれにしましてもこの陽子シンクロトロンによって行なおうとしている素粒子研究というものは東大の原子核研、それから現在進めております関西の核物理センター、その程度の機械ではできないわけでありまして、これはこれで別途有意義な研究がなされるわけでありますけれども、高エネルギー物理学研究所はその上の段階の研究を、上というのは研究の価値の上下じゃもちろんございませんけれども、その段階の研究を担当するためには不可欠のものでございます。
#77
○内田善利君 最後に質問しますけれども、どうしても高エネルギーということになり、十三億電子ボルトが八十億電子ボルトということを聞きますと、どうも原子爆弾に関係が出てくるように思うんですが、この点心配ないですか。
#78
○政府委員(村山松雄君) その原子爆弾のおそれのあるのは、むしろ東海村の原子力研究所のほうでございまして、この陽子シンクロトロンと申しますのは、電磁石を用いまして粒子を加速する装置でございます。したがいまして、放射性物質を生産するわけではございません。ただ、装置か稼働中は放射線が出ますから、それは人体に悪影響を及ぼさないように厳重な遮蔽装置をいたします。しかし、俗にいえばスイッチを切ってしすえば、三十秒足らずで無害になるわけであります。これが放射能が蓄積されたり、あるいは廃棄物が出たり、非常にその周囲に危険を及ぼすというようなことは全くございません。
#79
○小笠原貞子君 国立学校設置法一部改正案に関連して、きょうは国立大学の医学部の問題についてお伺いしたいと思います。
 先日の文教委員会で文部大臣から非常に積極的な姿勢を示されまして定員をふやすこと、年に二、三校は医学部学校をつくっていきたいというような点をお伺いして非常に嬉しかったわけでございますけれども、人数がふえるということは嬉しいけれども、それに伴っての内容の充実になるのかどうか、人数はふえたけれども質的な低下というものが、そこから起きてくるのではないかということがやっぱり心配になってまいりますし、せっかく大臣がそこまでいい姿勢を示されたので、その点について、この際いろいろとお伺いしてみたいと思うわけなんです。
 それでこの間の医学部の問題を取り上げましてから、これは国立のほうの教官の方からお手紙がまいりましたので、大臣にもぜひ聞いていただきたいと思って、まず読まさせていただきたいと思います。
 「大阪大学や大阪市大の不正入試問題が毎日のように報道され、その中で、わが国の医療制度、医師養成の問題点、あるいは入学試験制度、刑務所行政など、多種多様の問題が指摘されています。
 私は、一医学部の教員として、とくに自民党政府が医師養成をおこたってきたことを、この際重視すべきだと思います。これは数年来の「大学紛争」が医学部を中心にしておこったことにも関係します。
 医師の絶対的な不足は、すでに十年も前から私たちのまわりでは常識でしたが、政府は戦後二五年間、国立大学に医学部を増設せず、やっと昨年秋田大学医学部を新設しました。ところが、五―六年前から、そのころ学生定員一学年八十名であった旧帝大系の医学部の学生定員を百名とし、教識員の定員は増員せず、施設もそのままにしています。その後もひきつづき文部省は他の国立大学医学部も、教職員定員をふやさないで、学生定員を六十名を八十名に、あるいは百名に増員して募集させています。しかも、医師不足の解消を大学にやらせようとして、定員をオーバーして、入学許可しますから、阪大では十年前の卒業者が一年に八十名であったのが、最近では百二十名にも達しており、教育の質的低下を来しています。
 しかも、政府、文部省は今度の不正入試事件をきっかけに、医大増設をいそぐと発表していますが、昨年春新設された四国大、医学部のうち、三大学が私立であり、すでに入学金は一千万円とも二千万円ともうわさされています。あるいは、今年度予算にくみこまれている「無医地区対策のため」と称する自治大臣構想の医大は、その設立予算五十五億円のうち、四十数億円を地方自治体の出資でまかなうといわれています。また最近あいついで新設を申請している「私立医大」もすべてが、入学者に一人一千万円以上の寄附を予定しているといわれています。
 今回の入試不正事件をきっかけに、医大増設をいそぐとの口実で私立医大の増加を許すことなく、国が責任をもって医科大学、医学部を設置し、国民の健康を守るよう強く運動をしなければならないと思います。」こういうふうに現実にいま医学部の一教官の方から、いま問題になっている点を指摘された投書を私はいただいたわけです。
 そこで、何といっても国立大の医学部の質的低下が起きないようなことを考えていただきたいんですけれども、現実にいま国立大学が二十五ございまして、その二十五の国立大学が、いまの手紙にもあったように、十年前に比べると、たとえば北海道では、八十名が百名に二十名ふえている。しかし、教官定員は六名しかふえていない、こういう実態がありますし、東京の場合は二十名、定員が、学生がふえていて、これは教官が十五名ふえております。で、大阪は二十名ふえて、教官が九名ふえている、こういう状態です。特に、問題にしなければならないのは、岡山の場合は八十名、定員がこの十年間で百名という、二十名の定員の増になって、教官も十七名と増員されたわけですけれども、実際の、たとえば基礎講座と臨床講座という、講座数から割り出された教官定数ということから考えると、これは基準以下、マイナス五名の基準ということになりますし、それから長崎の場合は、八十名が二十名ふえて百名の学生増に対して、教官の増員はわずかに三名だと。で、基準から見ても、七名のマイナスになっている。こういうように、ちょっと私があれからあと調べたり、文部省のほうから資料いただいたりしただけでも、ワクが少ないということと同時に、ワクがあっても、おやめになった方のあと、補充がついてないというような問題が起きているんじゃないかと思うわけなんです。そういう点について実態を、実際の数、どれくらい教員が補充されて、定員のどこまでいっているのかというようなことは、御調査になっていましたらお知らせをいただきたいと思います。
#80
○政府委員(村山松雄君) 医学部の基準と、学生定員と教官との関係でありますけれども、医学部の設置基準は、現在、学生八十名から百二十名まで、入学定員でありますが。これに対しましては、二十七講座ということになっております。で、文部省では国立大学につきましては、この学生定員八十名の段階で、最高限の二十七講座まで整備しておるわけでありまして、基準の面からいけば、国立大学については、入学定員百二十名までなし得る形になっております。ちなみに、この新制大学になる以前におきましては、戦前の国立大学の医学部の入学定員は百名でございましたし、また中には百二十名とか、最高は百五十名というのがあったと思います。で、戦後はむしろ医者が多過ぎるということで、まあ能力があるにもかかわらず、入学定員をしぼったというのが実情でございます。文部省としては、ちょっとしぼり過ぎたんではないかという感じも、率直に言ってあったわけでありますけれども、医者の業務、ないしはその需給などについて責任を持っております厚生省が、これでよろしいんだということでありましたので、文部省のほうでそれを押し切って医学部をふやすということは、まあ約十二年間ぐらいはやらなかったわけであります。昭和三十六年ごろになりまして、やっと厚生省のほうでも、医者は先行き、ひょっとしたら足りないんじゃないかということを言い始めました。しかしその時点では、しからば何人要るかという明確な目標はなかったわけでありますけれども、とにかく少し足りなくなるんじゃないかという線が出ましたので、そのころから、医学部は従来の入学定員をしぼったんでありますから、これは、言うなればやや復元的な意味で、百名までは、大学のほうで希望するならば、必要な整備も行なって学生をふやすという措置を進めてまいったのであります。
 したがって、基準の面では、必ずしも教官の定数をふやさなくても学生はふやし得たわけでありますが、文部省としては、単に学生と教官という対比だけの問題にとどまらないで、たとえば学問の進歩によって新しい分野の講座がほしいとか、あるいは新しい研究施設がほしいとかいうような御希望に応じまして、ある程度ずつ大学について増員をはかってまいったのが、御指摘のような数字になってきておるわけであります。そういうことで、基準に関する限りは、基準に対して足らないという事態では必ずしもないわけであります。ただ、基準自体に対して、理想を言えばもっとという御希望は、大学側にはございましょう。そういうことで、文部省としてもいろいろ努力しておりますけれども、現在定員増ということがたいへん窮屈になっております関係もありまして、たとえば学生の臨床教育など十分にやるには、若い指導者がもっと要るというような御要望もございます。そういうのに対して、定員をふやせばよろしいわけでありますけれども、それは限度がございますので、定員も若干ふやしておりますけれども、そのほかに、病院につきましては医員というような制度も設けまして、職員として、定員じゃございませんけれども、研究あるいは診療あるいは学生の指導にも当たり得るような配慮も講じております。
 最後に、定員と実員との充足関係でございますが、欠員が出ますればこれは埋めるというのは、何も文部省が言わなくても、大学としては当然やることでございます。ただ、最近、若干欠員がふえておりますのは、ここ二、三年来の大学紛争、特に医学部はかなり顕著にあらわれたような関係もありまして、人事の進めぐあいが、若干、円滑を欠いておる向きもございます。
 そういうことで、個々の大学についてどうという詳細な数字は承知しませんけれども、大学の教員の欠員というものは、それは常時若干はあるわけでありますけれども、現在は若干紛争以前の状態に比べれば、欠員がふえておるんじゃないかと思います。そういう点については、機会あるごとに大学に助言いたしまして、教員スタッフが充実した状態も常時あるように指導しておるのが実情でございます。
#81
○小笠原貞子君 いまの御説明で、大体そちらの考えはわかったわけですけれども、医学部設置審査基準という基準で二十七講座というものが持たれて、そして講座を臨床講座と基礎講座というように考えてきますと、どうしても一医学部に対して百二十二名という定員というのが必要になってくるわけですよね。これで計算していきますと違いますか。「医学部設置審査基準について」というのが医学専門委員会から四十三年九月十一日に出されているわけですね。そうすると、基礎講座のほうでは教授一に助教授一に助手二というので十三講座あります。それから臨床講座のほうでは助手が三、助教授一、教授一と、これで十四講座になりますね。
 そうしますと、臨床のほうで七十、基礎講座のほうで五十二と、合計百二十二というのが二十七講座を完全に運営していく、そうして教育し、臨床指導するというために必要な人数というのが百二十二というのが出されていて、決してこれは十分ではなくて、むしろ大学側としては非常に少ないというような希望も現在出ていると思うんですけれども、これも下回っているわけですね。岡山とか長崎という場合には、マイナス五人のマイナス七人というように下回っている。充足しているかどうかというのは、御調査がまだそこまでいってないということなので、ぜひその辺のところも早急に御調査いただきたいということをお願いすると一緒に、現在もうすでにおたくのほうの資料からいたしましても、岡山では五人、百二十二から減っておりますから百十七です。長崎は百十五というように、七人も減っているというような状態に置かれているということは、いまの国立大学の医学部でさえも、この投書にも指摘されていたように、この十年間定員はふえたけれども、教官数がふえていないというような問題が現実の中で起きているというような状態について、大臣は、国立大学の場合、医学部の場合、これをどういうふうにとらえているか、お伺いしたいと思います。
#82
○政府委員(村山松雄君) 医学部の設置基準は御指摘のとおりでありまして、したがいまして、国立大学につきましてそういう形で整備されるのが望ましいわけでありますが、沿革的に申し上げますと、大学によりまして、いろんな事情から、たとえばこれは非常に古い話になりますが、新制大学をつくります際に、とにかく発足はしなければならない。そのころは、日本の社会情勢も落ち着いておりませんでしたものですから、定員と現員との関係が、現員がかなり、戦災でありますとか、あるいは疎開でありますとか、そういう関係で減っておりました。そこで、たとえば医学部などは一番定員をたくさん持っている学部なものですから、医学部に欠員があると、とりあえずそれを使っておくということもあり、長崎とか岡山とか戦災のはなはだしかったような学校ではそういう傾向が若干あったようであります。そういう事情は復元につとめつつあるわけですけれども、まだ完全には元に戻っていないというのが定員にアンバランスを生じている一つの理由であります。ですから、岡山、長崎などは戦前からの学校でありますが、戦後新設した医学部は大体その基準に満たないということはございません。その基準に不足の問題につきましては、文部省としては、特に臨床関係につきましては、病院の充実ということで三段がまえで整備しております。つまり、臨床教育を充実するにはまず指導的な講師が必要だ。それから、助手についても少なくともその基準は満たしたい。さらに何と申しますか、医員あるいは研修医等もふやしたい。そういうことで、この学部定員としては若干基準を下回っておるものがありますが、病院の臨床助手等も合算いたしますれば、これは当然基準をはるかに上回っておるわけであります。したがいまして、実態としては支障なくやっておるわけでありますけれども、それにしましても、学部だけ、その他を除いて裸で基準に照らせば若干足りないものがあるということは御指摘のとおりでございます。そいつは十分埋めるように努力をしなきゃならぬ課題かと思います。
#83
○国務大臣(坂田道太君) ただいま局長から御答弁申し上げたわけでございますが、先ほど小笠原さん冒頭に、毎年国立の医科大学を二校か三校つくるというのは、そうじゃなくて、四十七年度以降二校か三校はぜひつくらなきゃならぬ、こういうふうな決心をいたしましたのは、実は昨年の暮れからこの正月にかけてでございます。従来大学紛争が医学部から起こりました。いろいろの複雑な関係があるということでございまして、医学部をどういうふうに教育研究やるか、あるいはまた病院をどう考えていくか、看護婦さん等はどうなのか、あるいは定員はどの程度確保したらいいのか、あるいは一つの医学部に対して、百人の学生を教育するということに対して、付属病院というものの規模はどうなのか、あれぐらいなければいけないのか、もう少し少しでもいいのではないか、いろいろの見方があるわけでございます。それから、学部に付属させるほうがいいのか、あるいはむしろ単独の医科大学をつくるほうがいいのか、いろいろの問題がございます。そういう関係で、私はよく人から笑われるわけでございますけれども、何でもかんでも中教審、中教審と、中教審のせいにして、中教審の答申を待ちまして云々言っているとおっしゃったわけですが、一応そういうことも中教審ではひとつ御検討を願うということになっておるわけですが、どうもなかなかそこまで、具体的なところまではたして中教審のほうでお考えになるのかどうなのかわかりませんし、それから切実な問題として私は、どうもことしの段階では私立医科大学がかなり寄付金等を強要して、その納付金等も常識を逸したような額になるんじゃないかというような予感をいたしました。これではやはり社会正義の立場から考えましてもそれにもとるわけでございますから、文部省としまして国民に対して申しわけがない。で、これはひとつ文部省自身としても真剣に取り組まなきゃならないと決心をいたしまして、直ちに正月から、現在の定員の状況、あるいは実人員がどうなっておるかということを調べ上げております。ここには持ってきておらないと思いますけれど、いずれそれはある程度御報告ができると思うんでございますが、そういうような観点から、この間この委員会においてお話を申し上げたように、まあ今後十年間かかりますか、あるいは昭和六十年度を目標にするかは別といたしまして、とにもかくにも人口十万に対して医師養成を百五十人ぐらいはやらなきゃいけないんじゃないか。そのためにはやはり千五百人ぐらいの増員が必要である。そのやり方については国・公・私立でやろう。しかし何というても国立、公立を中心として、金のかからない医師養成ができるようにしてやるということが国民の皆さんに対する第一次的な責任なんだ。しかし、私学のほうでもせっかくこの医学教育をやろうという意気込みでやってきておられるから、それも若干は認めていこう。しかし、その認める際においては、やはりあまりにも非常識な寄付を強要したり、お金持ちだけしかこの私学では扱わないというようなことがあってはならない。そのために、もし必要であるならば、われわれのほうでも少し国としての助成を強化しよう。しかし、強化する、そのお金はもらった、そうしておいて寄付金はまたべらぼうにたくさん非常識にとるということであっては、何のためにこれは援助したかわかりませんから、その歯どめはどうするか。――どうするかといいますけれども、またこれを法律に書きますと、この前の日本私学振興財団を御審議をわずらわしたときにも、私学の自治というものを文部省が侵すようなことがあってはならないという皆さん方の非常に強い御要望もございますし、そのこともまたそのことなりに意味のあることでございますから、一体その歯どめをどうするかというようなことについて、私学側とも十分話をし、また日本私学振興財団の理事長その他の方とも私はこの問題について話し合いをいたしまして、そして成案を得てこの医師養成の計画を具体化したいと、かように考えておるわけでございます。その際、たとえば国立で増員をする、あるいは新しい医科大学をつくるというときには、必要負担、定員というものが確保されなければ、せっかくつくりましてもまだ十分でございませんので。ところが現在の段階ではこの定員法にしばられております。したがいまして、こういう緊要な要望に対してこたえるためにやはり、新たなこれは何といいますか、要請が出てきたわけでございますから、これについては新たなる増員をお願いをするということでいきたい。たとえば従来の設置基準その他で考えますと、ざっとこう頭で計算いたしましても、たとえば一医科大学をつくるにしましても、七、八百人の定員が必要でございます。そうすると、三校つくるともう二千四、五百人の定員が必要でございます。現在の定員のワク内でこれを操作しろと言われましても、それはとてもできることじゃございません。そういうことを従来少し続けてきたために先生御指摘のようなことが起こってきておると思うわけでございまして、やはり必要な医科大学をつくるということを政府として決心した以上は、それを十全ならしめるための必要なる定員、必要な施設整備というものはちゃんとセットで考えてやらなければいけないんじゃないか。私立に対してもそうだということで、歯どめをしなければならぬけれども、それ相当の助成はしなくちゃいかぬのじゃないか、そういう考え方をいま私たちは真剣に検討をしている段階でございます。それをひとつ御了承を賜わりたいと思います。
#84
○小笠原貞子君 それでは具体的に阪大にしぼってお伺いしたいと思うのでありますけれども、昭和三十六年には定員が八十名だったが、四十五年度には百名になった、この投書で見ますと最近では百二十名にも達しておると、こういうようなことが書かれておるわけですね。そうすると普通の一教育であれば、廊下にすわっていても、いすをちょっと持ち出して聞いてもそれで教育は受けられるということがあるかもしれないけれども、医学部の場合ですね、八十人が百人と二十人ふえる、それがまた百二十というと五割増しですわね。そういうようないわゆる医学部のマスプロで、はたして医学部で必要な基礎的な講座、臨床講座というものをマスターして、ほんとうにちゃんとした医者ができるかどうか、普通の教育と違うわけですからね、その辺をどういうふうに考えていらっしゃいますか。二十人くらいだったらだいじょうぶだと、四十人ふえたらいまの施設、大阪の場合は全然十年前から教官数も施設もふえてないというようなことを言われておるわけですね。そうすると、二十名ふえた、四十名ふえたというのは、普通の教育と違いますんで、その辺のところをどういうふうに考えて御配慮いただけておるのか、お伺いしたいと思います。
#85
○政府委員(村山松雄君) 大阪大学の場合ですが、入学者の数から見ますと、一番多く入学許可がありましたのが、四十二年の百八人、四十四年、四十五年は百人ぴったりでございまして、オーバーしておるということはございません。ただ今度は医進課程を終わって、専門課程に進級する段階で、四十四年には確かに百二十人進級しておるようであります。四十五年には百四名、大体常態に戻っております。四十四年に特に多かったのは、紛争などでまあ四十三年以来たまっておったと考えられますので、まあ今後はああいうことがなければ常態でいくんじゃないかと思います。
#86
○小笠原貞子君 いや、それじゃ百人でもけっこうですが、八十人のところ百人、二十人ふえた、普通の場合と違いますよね、臨床やなんかはマンツーマンでやらなければならないし、ベッドサイド・システムできちっと教育をやるということになれば、普通の教室に二十人ふえたということじゃないと思うわけですね。その辺のところ、八十人のところを定員百人までふやしましょう、八十人を百人とかいうことで、人数だけ詰め込んで質的の低下という心配はないのかどうか、私は当然質的な低下という問題にかかってくるんじゃないかというように思ってお伺いしたわけなんです。その辺はどうお考えになりますか。
#87
○政府委員(村山松雄君) 医学教育にもいろんなものがあるわけでありまして、人数に一番制約されるのは医学教育の一番基礎と言われます解剖学、特に病理解剖じゃなくて、組織解剖という、系統解剖と申しますけれども、解剖学はこれはとにかく解剖死体を入手すること自体が最近非常に容易ならぬ問題になっております。ですから一番配慮を要するのは解剖の問題、それから生化学でありますとか、生理学でありますとか、ああいうこまかい実験をする科目、そういうものについては人数による影響というのは確かにあると思います。ただ人の問題、教官の問題としては、先ほど申し上げましたように、基準の上では、専門教育の講座数は学生数にかかわらない、つまり二十七講座というのは最低でございますけれども、それがあれば百二十人までの教育はやれるということになっております。大学側の感触でありますが、率直に申しまして、この入学定員を終戦直後にしぼりました時期には、むしろ大学側はたいへん御不満のようでありまして、むしろ教育がたくさんやれるのだということでずいぶん私どももおしかりを受けたわけでありますが、現在は御指摘のように、医学教育は相当こまかくやらなければならぬから、あまりふやすのは考えものだ。基準の最高限は百二十名になっておりますが、むしろ百人程度にとどめたほうがよろしいという意見のほうが多いようであります。それから百人にしても百二十人にしましても、教官組織の問題は別にして、内部のこまかい配慮といたしましては、解剖の問題とか実験室の問題とかそういう問題はございますが、大学としてはそういう配慮をしつつ百人まではふやせるという御見解で、百名までは文部省は現在措置しておるわけであります。
#88
○小笠原貞子君 いまの答弁の中で、この基準の人間の教官数で百二十名まではできるというふうにおっしゃいましたけれども、それはどういう根拠があるのですか、どういう根拠から百二十名まではできるということになるんですか。
#89
○政府委員(村山松雄君) 現在の医学部の設置基準でそうなっておるということであります。
#90
○小笠原貞子君 それではまたお伺いいたしますけれども、二十人ふえたということは、結局一年で二十人だから、十年たっていけば、四年やれば八十人ふえるということになる。そうすると相当の学生数のふえ方になってくるわけですね。そういうことで、いまの御説明では、やはり実際に教官をしておる方々の、現場の中からの声として質的な低下が起こっている。八十名のときの施設と同じだという中でいろいろな不都合があり、質的な低下が起こっているということのほうが私は考えざるを得ない問題点の指摘だと、そう思うわけであります。
 そこで、次にお伺いしますが、病院教官というのがありますね。その病院教官の場合には教授、助教授というような立場、それから講師というようなものまで入ってくるわけですね。大体講師二、助手が五人ですか、二・五セットというような話を伺いましたが、それが現在はどういうふうになっておりますか。
#91
○政府委員(村山松雄君) 国立大学の付属病院でありますと、教授と助教授は臨床講座の教授、助教授が病院のことも兼ねるということにしております。したがって、病院教官と俗に申しますのは、予算の区分で病院に属して人件費が支払われる講師及び助手ということになるわけでありますが、これにつきましては実は確たる基準はございません。文部省の腹づもりといたしましては、講師を二人、助手三人、これを一診療科当たり少なくとも整備いたしたい。できれば助手は五人ぐらいにしたいのでありますが、最小限講師二人、助手三人という目標で整備いたしております。講師の二人についてはほぼ実現を見ております。助手三人につきましては、全大学を通じて合計をすればはるかに多いわけですが、整備のおくれている大学が若干ございまして、部分的には落ち込みがあるようでありますので、さらに努力いたしたいと思います。
#92
○小笠原貞子君 そうしますと、いまおっしゃったように病院教官はさらに臨床講座を持っている。そうして診療科も持って、そこで具体的に診療を通しての教育をするということですよ。ですから、仕事も非常にオーバーワークになるし、もう一つ聞きたいのは、その病院教官のやっております仕事として、いわゆる報告医の人ですね。無給医と言われるような人、そういう人も指導しなければならないという立場に立たされるわけですね。そうして臨床講座もやらなければ病院診療もやらなければならない。そうして無給医の人も、学生外の人数としてこれも指導しなければならない。こういうことになると非常にオーバーな仕事になる、とてもこれじゃたいへんだと私は思うんですけれども、どういうふうにお考えになっておりますか。
#93
○政府委員(村山松雄君) 臨床講座と病院と両方にまたがっているのは先ほど申しましたように教授と助教授だけであります。あと観念的に申しますと、講師と助手は臨床講座に所属する人は学部の教育が主で、病院についても若干従として仕事をされます。それから病院費負担の講師、助手、これは病院の診療が主で、臨床講座の教育のほうが従という関係になります。しかし、実際問題としては大学というところはそういうたてまえの区分というのは一応頭の中にありますけれども、全体を一緒にして勤務割りなどをしてやっておられるようでございます。しかし何と申しますか、やはり臨床の講座というようなことになりますと、身柄が講座のほうにありましても、あるいは病院のほうにありましても、それからまた主と従の関係がありましても、おのずから両方やることが単に本人の義務とか負担とかいうことじゃなしに、医学者として立っためには当然の修行であるという考え方が従来は少なくとも支配的であったわけであります。それが若干行き過ぎで、現在の複雑化した病院の管理ではもうちょっと機能を分化すべきじゃないかというのが最近の新しい意見でございます。そういう意見もいれまして病院の管理、運営をどうしたらいいか。極端に言えば、臨床講座と診療科というものを切り離して、それぞれ責任者を置くべきじゃないかという議論は確かにございます。しかし、それをいざ実行しようかということになりますと、現在の医科大学では必ずしもそういう方向には進めません。というのは、やはり教育と研究、それから臨床と診療といったようなことは観念的には分けられますけれども、実際にはかなり密接不可分、分けてしまうとどちらもうまくいかないということも懸念されるからでありまして、そういうことで、現在はどういうやり方がいいかというのを大学としては模索しておるというのが偽らざる実情だと思います。しかし、いずれにしましても講座所属の人は教育が主で、病院所属の人は診療が主であって、教育の補助もするということで、全部たてまえと現実がごちゃごちゃになってしまうということは文部省としても困るわけですから、勤務時間などもなるべく合理化するようにお願いしておるのが実情でございます。
#94
○小笠原貞子君 実際病院の中を見ますと、お医者さんの仕事というのは非常にたいへんになっているわけですね。大学病院の基本問題に関する調査研究中間報告というので、美甘試案といわれているそうですけれども、これを見ましても、これ決して現場の大学の医学部ではこれで十分だなんというものじゃなくて、まだまだこんなものじゃ不足だといわれているものでも、学生五人に対して教官一というぐらいの割合はどうしても必要だというようなことも書かれているわけですよね。そうすると、いま局長のほうからまあ何とかやっているというようなお話を伺いましたけれども、実際はそんなものじゃなくて、ものすごいしわ寄せがいっているんじゃないか、だから診療のほうの病院へ行っても待ち時間三時間、診療三分という、現実そういうような状態も出てくるし、実質的に教育の面でも低下していると私は言わざるを得ないと、こう思うわけなんですね。阪大がいわゆる十年間設備もそのままで二十人増員で、今度九人ふえていますね。その九人というのは一体どういうところにふやされているわけですか。
#95
○政府委員(村山松雄君) 大学医学部なんかになりますと、一般的に見て伍間増加的増員というのをやっておりませんから、増員があるとしますと、講座の増設ないしは研究施設の増設が原因になるはずでございます。いまその九人がふえた理由につきまして具体的な根拠を持っておりませんので、すぐ調べたいと思います。
#96
○小笠原貞子君 私のほうでそれを調べてみましたのですが、脳神経外科のほうで教授一、助教授一と講師一と、それから助手が若干ふえている。それから大阪市と阪大の間に救急外科教官というものを契約してふやすということでふえているわけなんですね。そうすると、実質的にやっぱり新しい講座が一つできたということになるわけで、ほんとうの意味での増員ということでほかの人たちの解決にはすっきりいってないということが一つは問題じゃないかと思うわけなんですね。
 それからお伺いしたいんですけれども、無給医といわれる人たちに少しはお金が出るようになりましたけれども、あの報告医の問題ですね、どこが責任を持ってそれを指導して、だれが責任を持つのですか、無給の報告医に対して。
#97
○政府委員(村山松雄君) 医師法改正による研修の問題は、いろいろないきさつがありまして、全く拘束力のない制度になりましたので、要するに本人と病院で事実上やればよろしいということでございます。
#98
○小笠原貞子君 事実上やればよろしいというのはどういうことなんですか。もしも報告医がミスをしたというような場合があったりしたら、一体それはどこの責任になるんですか。まあ悪い例をとって悪いんですけれども……。
#99
○政府委員(村山松雄君) 医師の責任になりますと、もっぱら医師法上の問題になります。したがいまして、医師法上の医療看護の責任というものは、第一次的には免許証を有する医師本人ということになりますし、それからそれを雇用しております施設のほうに、その本人の雇用形態、指導あるいは施設の管理等に不備があるということになりますと、その施設責任のほうも加わってまいります。
#100
○小笠原貞子君 それじゃ報告医と病院で実際やればよろしいということであれば、非常にそこに責任を持って報告医制度をもって指導して臨床研究をさせるという目的にかないますか、病院と本人とでやればいいというようなやり方で。どうなんでしょうか。
#101
○政府委員(村山松雄君) そこら辺は医師法ということになりますから、厚生省の問題になるわけでありますけれども、文部省ないし大学病院としては、医師というものは、単に大学を卒業して国家試験に受かって免許証を持っただけでは十分でないと従来から考えておりますし、今日も考えております。したがって、形式、名目はどうあろうとも、医師にとってむしろ免許証を取ってからの研修、まあ大学の立場でいいますと、卒後研修といいますけれども、これが重要であるということについて否定する者はございません。で、研修をするからには、一つは本人の自主性の問題でもあるが、受け入れて研修をあずかる病院としては、それの指導指針がなくてはならないということで、大学病院関係者としては、医師法改正の時点で、研修医というものができるならばどういうぐあいに指導したらいいかというような検討並びにその検討結果に基づく試案的なものは用意しております。しかし、それをどう実行するかということになりますと、最近の情勢もありまして、それぞれの大学でそういう共通的な試案はありますが、それぞれ自分のところはこうすべきであるという見識に基づいてやるほかはないわけでございます。また、医師法の面からどうしなきゃならぬという拘束は、先ほども申しましたようにないわけでありまして、受け入れる大学病院としては、ある程度共通的に検討した成果なども踏まえながら、自分のところで医師の研修は無限であるというような大前提のもとに、卒後ある年間どの程度のことをやればいいかという見識に基づいてしかるべき計画を立ててやっておる。まあその結果は報告をすれば足りる、こういうことでございます。
#102
○小笠原貞子君 いろいろいままで伺った中で、やっぱり何といってもこれで十分だと、十分というぜいたくな要求じゃなくて、大事な国民の生命を預かる、そういう医師というものを養成するという立場から見れば、これは最低限の基準であって、これをどうしても質的にも落とさないでいただきたいということをしっかりお願いしたいと思うわけなんです。
 で、いま非常に私学の問題から医学全般の問題が大きく世論にも高まってきているところですから、これをひとつ解決するという道として、さっき大臣が総定員法のワクをはずすという考えを言われましたが、私もどう考えても、この総定員法のワクがあったらどうしようにも動きがとれないわけですから、だからその総定員法をこれは特例としてはずしてもらうということが必要になってくるわけなんですね。まあきょうの東京新聞を見ても、大臣の非常に御決意のほどがうかがわれるような記事が出ておりますでしょう、写真入りで。たいへん私は喜んでいるわけですけれども、その総定員法のワクをはずさなければできないということは確かでございましょう。大臣もその総定員法のワクをはずして特例の何らかの措置をするという御決意がどの辺まで見通しがありますかね。ここ一番大事なところなんですよね。
#103
○国務大臣(坂田道太君) やり方はいろいろあると思うのです。総定員法を全体として大学に関してははずしてしまうというやり方と、一応それは認めると、しかし新たに医学生の養成というものが喫緊の要があるということで増員をするというプラスアルファそれを獲得するというやり方もあるわけです。そこのやり方はいずれにしましても現在のままでやれといったってそれはやれないということはもう小笠原さんおっしゃるとおりに私も考えておるわけです。だからそれをどうやって今度は――これはまあ政府の内部の問題でごさいますけれども、管理庁にどういうふうに説得力のあるやり方をやるかをいま検討しておると、こういうことです。
#104
○小笠原貞子君 見通しどうなんですか。
#105
○国務大臣(坂田道太君) それはもう何が何でもやらないことにはやり得ない。現在の世論にもなっておりまする社会正義にもとるようなことをやらせておくわけにいきませんし、また医師養成ということも欠くことのできない事柄でございますから、何としてもやらなきゃならないというふうに思っております。
#106
○小笠原貞子君 ぜひその辺の御決意をしっかり持ってやっていただきたいのですが、一つお伺いしたいのは、四十七年度から二、三校つくるというものや、これから増設するというところに、総定員法のワクをはずすということでいままで足りなかったというようなところにも、当然いままでのにも総定員法のワクをはずして、その定員を補充し、よりよい質的なものにするというふうに解釈してよろしゅうございますか。今後だけではなくて、いままでについてもそのワクを入れると。
#107
○国務大臣(坂田道太君) 私自身としてはそういうふうに考えるわけです。で、やはりそこのしわ寄せが結局医学教育のいろいろの問題を起こしておるというふうに私は思うのです。でございますから、私は国立の医科大学はかなり定員や施設、設備も世界に比べてそう悪くないと思っております。ただ先ほどの管理運営、あるいは教育研究のやり方そのものがいろいろの面でうまくいってないということでございますから、その面をまた別な観点から見直してみる必要があるんじゃなかろうかというふうに思います。しかし、それはそれとして、当面といたしましてはいまおっしゃるように、六十名を二十名ふやすなり、あるいは八十名を百名にふやすなり、その相応の施設なり設備なり研究費なり、あるいは学生経費なり、あるいは定員なりというものをある程度見てあげれば引き受けるほうでもそれならやろうという気におなりになるのですけれども、そういうものはやらないでおいて、とにかく二十名ふやしたい、これでやってくれと、こう言われるもんですから、先ほどお示しになったようないろんな問題が出てきておるのじゃなかろうかと思います。
 で、これからわれわれ考えておるのは、そこにプラスアルファを考えて定員増はお願いするんです。それは最高限度百二十名ぐらいまでいくんじゃないでしょうか。それはいままで全然定員もあるいは施設、設備も経費も何にもやらないでそのままをふやすということでなくて、プラスアルファを考えてあげますからそれはひとつやっていただきたいと、こういうやり方をお願いしょうというのがわれわれのほうでいま検討しておるやり方でございます。
#108
○小笠原貞子君 まあ坂田文部大臣ずっと続けていてもらいたい気になりますが、大臣がかわったらそれは抜きだなんということでなくて、もしもおかわりになるときもしっかりとその辺のところが政府の文部大臣の立場においてやっていただくように重ねてお願いをしたいと思います。
 それから次に、さっきの基準ですね。医学部設置審査基準というので、まあ大体の二十七講座とか、助手とか助教授、講師というものが出されているわけなんですけれども大学設置基準ですね。この大学設置基準の四十四条を見ますと「医学又は歯学の学部における専門の課程の専任教員数及び授業科目、設備の基準並びに附属施設の基準については、別に定める。」と、大学設置基準に医学部、歯学部に対しては「別に定める」と書いてあるのですけれども、「別に定める」というがどこに書いてあるのですか。
#109
○政府委員(村山松雄君) 「別に定める」というのが、現実には大学設置審議会で現に定めております審査基準要項でこれに該当さしておるわけであります。
#110
○小笠原貞子君 私もたぶんそうだと思ったんですけれどもね、だけれどもこれは医学専門委員会でお出しになったもんでしょう。そうすると国立大学の医学部というものを運営していくという場合について「別に定める」と、こう書かれている以上、法的に何もないでしょう、省令も政令も何にもないわけでしょう、そうですね。そうすると非常にこれはまあ権威がないと言っちゃ悪いけれども、逆の意味で言えばこの国立大学の医学部、歯科部についての設置基準は別に定めると、ここで書きながら、全然そういう法的拘束力を持ったはっきりしたものを出してない、しかも四十三年九月十九日の医学専門委員会の、この基準についてというところを基準にしているというところが、国としていろいろなことをおっしゃっても大学の医学部に対して姿勢があまりよくないじゃないですか、きちっと出してないというのは。私はそう思うのですけれどもどうですかね。
#111
○政府委員(村山松雄君) 国の姿勢も御指摘のように、あまりこうほめられたものじゃない。何せ何か基準をつくるということになりますと、文部省がかってにつくるということはいまだかつてございません。医学なら医学関係者、その他ならまた当該専門の大学関係者に集まってもらって、議論の結果まとまったものを文部省としては段階に応じて法律にしたり省令にしたりしているわけです。それが実はなかなかまとまらないわけでございまして、先ほどの短期大学のごときは根っこになる基準そのものがいまだにまだ設置審議会できめたそのままになっておるという状況でございます。四年制の学部については本幹だけがやっと省令になって細部の点になると依然としてその大学設置審議会にごやっかいになっておるというのが実情でございます。確かに御指摘のように、基準に関する法令というのは整備するにこしたことはございませんけれども、なかなか話がまとまらぬもんですから何もなしではいけませんので、認可のものさしであるところの設置審議会の基準というものを一応国立にも当てはめて使っておるというのが実情です。
#112
○小笠原貞子君 大臣、ちょっといらっしゃらなくて大事なところ聞いていただけなかったのですけれどもね。大学設置基準の中に、医学とか歯学における専門課程の専任教員数及び授業科目、設備の基準並びに附属施設の基準については、別に定めると書いてあるわけですよ、大学設置基準にね。それを書きっぱなしで「別に定める」がさっぱり定ってないわけなんです。それでいま言われたように「医学部設置審査基準について」というのでものさしではかっていらっしゃると非常に、これはなかなかまとまりにくいのだと局長のほうから御答弁いただいたんですけれども、四十三年九月十九日これ出されていますよね。大学の問題についてはいろいろもういまが問題じゃなくて、ほんとうにいい勉強をする環境とそしていい内容にするというようなことでは当然設置基準を別に定めるというなら当然もうお考えになられて、別にこうちゃんと書かれるべきではないか。省令でも政令でも何でもないこれをものさしにしているというところがいろいろおっしゃってもまた私すなおに受け取りたいけれども不安に思うわけなんですよね。大臣としてこの設置基準の「別に定める」――きちっとこれくらいの点は定めたいというようなことについてどういうふうにお考えになりますか。いつごろまでにはそれをきちっとやってそしていまの姿勢で医学教育をしっかりしたものにやっていきたいというような御決意のほどはいかがでございましょうか。
#113
○国務大臣(坂田道太君) 学者の人たちの話はわりあいに議論がございまして、議論があることは私はいいことだと思います、反対意見があることは。しかしながら、やはりタイミングがありますから、それまでにまとめてもらわなければならぬことがあるわけですけれども、なかなかそれがいかないというような一種の特徴を持った人たちであるということも一つ私は頭の中に置いておるわけですが、しかし問題は――それはほんとうにおっしゃるとおりに、早くつくらなければならぬと思うのです。しかし私はもう一歩進んで、一体この大学設置基準そのものは現在の既設の大学を前提として書かれてある。ところがその大学そのものがいま国民から問われておるわけです。あるいは学生から問われておるわけです。あるいは内部の助手や、あるいは大学院の人たちからも問われておるわけです。また文部大臣自身としてもこれはこのままではいけないんだと、大学紛争も一端の責任はやはり大学そのものにもあるのじゃないか、仕組みにもあるのじゃないかということで、私は中教審に諮問をいたしまして、それを踏まえて新たな大学改革をやろうとしている。だが新しい大学改革をやる場合には、当然の結果としてやはりこの大学設置基準も変わってくると私は思うのです。ですから、その辺もあるもんですから、こちらのほうでもなかなか進まないのだろうと、これも率直に私申し上げますけれども、そういう事情じゃないかと思います。しかしでき得べくんば、私としては根本的に変えることは変えることで相当時間のかかることですから、それまでに必要なもので変えられるものはどんどん変えていく、それはまた大学改革の一環でもあるというのが私の年来の主張です。その一つのあらわれが、先ほどからおそらくお答えを申し上げたと思いますけれども、一般教育と専門教育の問題については一応これをやったわけで、短大のほうについては、あれはまだやっていないというようなことで、またその問題についても議論があって、とどまるところを知らずということでございますけれども、少しは御主張のとおりにわれわれとしてもやはり何とか早く結論を出したいというふうに思っております。
#114
○小笠原貞子君 確かにいろいろ意見の調整というものもたいへんだろうと思いますけれども、やはり国の責任においてこういうときにこそ責任を持って早急にまとめて、そして国の医学部の中身をしっかりしたものにするということ、どうしていままでにもやっていただけなかったのか、いままでにそんなにまとまりがつかなかったのか、ちょっと手ぬるかったなあ、ちょっと手が抜けていたなあと、率直に、私は政府の姿勢というものがいままで非常に怠慢だったというふうに考えざるを得ないわけで、まあ済んだことはしかたがありませんが、早急にやはりほんとうの医学教育ができるようなそういうものを考えての基準というものをつくっていただきたいと、そういうことをお願いしたいと思います。
 次に進みますが、いろいろいま言った問題で学校の内容だとか問題がありましたけれども、この間の秋田大学の問題でも指摘されましたけれども、国立大学と言いながら地方自治体に非常に負担をかけているという問題ですね。この問題は何とか解決しなければならないのじゃないだろうか。これは昨年衆議院でうちの山原議員がこの点を指摘いたしましたけれども、秋田大学でどれくらい国が持ち出しているのか、秋田県として、自治体としてどれくらい持ち出しているのかですね、その辺はどうなっているのですか。
#115
○政府委員(村山松雄君) 秋田大学の医学部の創設につきましては、その際に御説明も申し上げましたが、この敷地の確保について県にお願いする。それから病院について、とりあえず秋田の県立病院の移管を受ける。移管を受けた病院について、とりあえず暫定病院として使用する機関の整備をお願いする。で、文部省としては、用意していただいた土地に新しく本格的な病院をつくる。その時点で諸般の問題を清算するというようなことで申し上げたわけでありまして、現在まで秋田県側でそういう諸般の準備のためにお使いになった金は大体二十億程度ではなかろうかと推定いたしております。
#116
○小笠原貞子君 私のほうでも調べさせていただきましたが、国立大学だから国が当然ほんとうならすべてをまかなってしかるべきところなのに、医学部の用地取得六億というのが、これは県側の支出になっているわけですね。それから専門課程校舎整備、これが八億四千八百万円ですか、大きいところはぱっと県のほうに、自治体のほうがかぶって、国のほうは一体幾ら出しているのかといったら、金のかからないところだけ国が持っているわけですね。合計いたしまして八千八百万円なんですよ。国立といいながら国のほうは八千八百万円しか出さない。秋田県のほうは、計算しますと合計二十一億九千八百万円出しているということになるわけですね。私はこういう姿というのは非常に間違っている、まさに地財法違反にもなりますし、こんなことを地方におっかぶせて大学をつくるといったら、国の責任放棄みたいなものですよ。地方自治体に二十二億持たして、国のほうは八千八百万円、こういうやり方はまさに間違っていると思いますが、大臣、いかがお考えになりますか。
#117
○国務大臣(坂田道太君) そういうものはだんだんこれから改めていかなければならないと思います。しかしながら、なかなか土地その他につきましては、やはり地元のある程度の御協力はこれは求めなければいかぬわけでございまして、いまのところだけを比較なさいますと、国の出しているのが非常に少なくて向こうが多いわけですけれども、完成年度では八十億くらいかかるわけでありますから、何といっても国立なんですね。で、その辺どう考えるかということは、国立、国立と言いましたが、やはり国立がそこの地域にできますことは、その地域社会にとっても非常に有意義のことでございます。したがいまして、地元からも非常な御要望があるわけでございますから、多少のその地元の御援助というのはこれはしなければなりませんけれども、何かあまりバランスを失するようなことはいけないのじゃないかというように私は常識的に考えるわけでございます。これもちょっと事情は違いますけれども、イギリスは国立の大学がないわけでございますが、そのかわり私立の大学に対して、八〇%は国が出している、しかし土地その他はやはり地元がちゃんと見るという形で新しい大学も七つできているというようなこともやはり参考になるわけです。ただし、そういうような行き方とは、また日本の事情は違いますから。しかし先ほど申しますように、若干のこの地元の熱意というものは何らかの形であらわしていただくことは、かえってまたいいことにもつながっていく、しかし法外な、あるいは非常にはなはだしく地財法違反というようなことは現在はないというように考えております。
#118
○小笠原貞子君 確かに大臣おっしゃるとおりに、ある程度地元でそれを歓迎する。喜んで協力するという形はけっこうだと思うのですよ。だけれども、この数字で見れば国は八千八百万円、秋田県は二十二億だと、これじゃ全く国立なんという問題ではない。これもいまの御答弁では、現時点の場合だと、こうおっしゃいましたけれども、去年ですね、これその前に調査費がついて一年ありましたよ。そしたらこの秋田県が負っている二十二億、約二十二億の分をどういうように返済していくか、国として出していくかという計画、具体的にどの程度の、何年までにという計画はどうなっておりますか。
#119
○政府委員(村山松雄君) 実は秋田県のほうは、あらゆる協力を惜しまないというお話で、いろいろなことをやっていただいておるわけでありますが、たいへん率直に申し上げまして、まだ県がどの程度のことをなさったかというような正確なお話は承っておらないわけであります。今度の予算で病院の移管を受けます。そうなりますと病院の施設、職員などは全部引き受けるわけです。換言いたしますと、秋田県は病院運営の負担を免かれるわけでございます。そこら辺が済みました時点でとくとよく相談をいたしまして、お互いに清算をしようというもくろみでございまして、現在のところどうするという具体的なものは考えておりません。
#120
○小笠原貞子君 ちょっと私はそういうのはまずいと思うのですね。秋田県としてはとにかくお医者さんの学校を建ててほしいという希望で相当無理していると思うのですよ。結局県としていま二十二億という負担を自治体にかけられれば、それはどこかへしわ寄せがいくわけでしょう、住民に対してのしわ寄せというものが。それについて秋田県が一生懸命にやっているが、まだ何とも言ってこないから文部省としても具体的に進んでいないということではちょっと済まないと思うのですがね。秋田県が言ってこなくたって国立としてちゃんとお建てになるということで、法律でもきめられて、そして出てきているわけでしょう、そうしたら秋田県のほうでは援助していても文部省としては国立だ、あのお金については出す、積極的にこれを自治体に負担させないという形で取り組まれなければ、いままだ海のものとも山のものとも相談はできていませんということでは、結果的にはほんとうに地財法違反そのものになってしまいますよね、その辺はいかがですか。私はそういう姿勢というのがこれは非常に大きな問題だと思うのですけれども、大臣どうですか。
#121
○政府委員(村山松雄君) 御指摘のような面も確かにあると思います。ただ、秋田大学医学部の創設につきましては、そういうお話でいままでやってまいったわけでありまして、現時点できわめて率直に申し上げましてないものはないと申し上げてしまったわけでございます。なお、秋田県側と今回は病院の移管というきわめて重大な仕事がありますので、話を具体的に詰めたいと思っております。ただ、秋田県としては、実はこの病院をそのまま持っておれば、年々それだけの負担もし、常時赤字もかさむ、それがさしあたりは若干の負担をいたしますけれども、先行きは肩の荷がおりるということで、たいへん喜んで協力をいただいておるわけであります。なお、細部の点は慎重に詰めたいと思います。
#122
○小笠原貞子君 病院、整備すると若干の経費という、その若干が七億五千万円ありますよね。その借金がなくなってほっとしているだろうというのはまずいですね。やっぱりその辺のところを大体いつごろを目安にして秋田県と話し合って国の責任で財政的にもそれは負っていくということはお考えになりませんか。
#123
○政府委員(村山松雄君) そこら辺が問題でありますが、病院の設備をよくするということは、たいへん身がってなことを言えば、秋田県立病院としてでもこれは相当程度やってもよかったことでございますので、秋田県としてもこれが必ずしもよけいな負担というお考えでなしに、とにかく国と協力していい医科大学を、病院をつくりたいということで御協力願っておるのに若干甘えたようなこともございまして、いままでのところは十分深刻な話をしておりませんでしたが、率直に申し上げるわけでありまして、さらによく県側とも連絡をとりたいと思います。
#124
○小笠原貞子君 なかなかたいへんなことだと思いますけれども、大体の年次計画というようなことで考えるのか、いつごろにはそういう問題を解決できるような予算措置もしなければならないだろうし、大体どういうふうに見積もっておられますか。
#125
○政府委員(村山松雄君) この大きな予算を伴います仕事は、これは現在の予算編成の仕組みから申し上げますと、私どもの気持ちとしてはいろいろなことを考えるわけでありますけれども、外部に御説明できるような状態で金額の入った年次計画というのはなかなか出し得ないというのが実情でございます。予算は単年度限りでありまして、先々の財政負担の問題は、率直に言えば、文部省と大蔵省との間ではいろいろ議論はいたしますけれども、それはやはり本番できまった上でないと外部に出すようなことにはなりませんので、現段階では誠意を持って善処するという以上のことをなかなか申し上げかねることを御了承いただきたいと思います。
#126
○小笠原貞子君 そういうことであれば、これからまたねばってもしようがないからやめますけれども、何か病院をつくってほしいという秋田県側の弱身につけ込んで国が延ばしちゃって、それでいつになるかわからないたって、悪く言えばペテンにかけたみたいなものになっちまいますよ。だからその辺も十分に御配慮いただいて、早急に国立大学として設置したのだという責任においてやっていただくということ、その辺はっきりお願いしたいと思います。
 それから、今度は大臣にお伺いしますけれども、来年度から二、三校はつくりたいということですけれども、その二、三校つくりたいというのが、秋田の二の舞いやられたら困るわけです。大学はほしいけれども何十億というのをかぶせられたら困る。その辺のところは、今後つくられる場合には、いまの秋田のような、そういう地方自治体に重い負担をかぶせるというようなことなくやっていこうというふうに御決意なさっていらっしゃるのか、これはしようがない、やってほしいという希望地があるのだからそのままでやろうということで安易に考えていらっしゃるのか、その辺しっかり御答弁いただきたいと思う。
#127
○国務大臣(坂田道太君) 秋田でも、病院だけでも定員四百八十ございます。これは、実は定員法をかぶっておりながらこの四百八十取ったというのは、相当なわれわれの努力なんです。このことは秋田県の方々もよく理解をしておられます。でございますから、局長も申しますように、これからまだ詰めなければなりません。
 それから今度新しく二つか三つの大学をつくっていく場合にはもう少し定員のワクをはずすとか、総定員法はこうして、医師養成のためには別途新たな定員を要求するという形でいくわけでございますから、これはひとつ土地やその他につきましても、もちろん地元のある程度の御協力はお願い申し上げますけれども、ひとつわれわれのほうで最大限のいいかっこうでつくりたいという意欲に燃えておるというふうに御理解を賜わりたいと思います。
#128
○小笠原貞子君 じゃぜひその決意で、こういうことを再びやらないで、国立という中身をしっかりさせていただくということを御要望して医大の問題を終わりたいと思います。
 まだ時間がございますから、次に新構想大学と教育大学の問題についてお伺いをいたしたいわけであります。さきの委員会でも村山局長が、新大学は新大学の趣旨に賛同するもので構成するとおっしゃったし、大臣もそういうふうなことをおっしゃったような気もいたしますが、この意味は、現在移転に反対しておる人々は新大学の構成からはずすという意味になるのでしょうか。
#129
○政府委員(村山松雄君) さきの委員会でも御説明申し上げましたけれども、私どもは教育大学の移転、それを契機とする筑波新大学、これに教育大学の中で賛成、反対の両派があって争っておるというふうなお話を承るわけでありますが、それらしき事態があることは、これはありますが、いわゆる反対派といわれるような方々が文部省にもいらっしゃいまして私もよくお目にかかっておりますが、そういう方々でも、自分はなにも移転に頭から反対しているわけではない、ただどういう大学をつくるのか、どういう方法、手続、段取りでやるのか、そういうことについてなお話し合いをしたいのだというようなことをおっしゃっておられます。そこで私どもとしては、究極的には教育大学関係者の意思統一はできるのじゃないかという期待のもとに、とにかくこれは政府レベルで一応場所もそれから目標もきめており、仕事に乗っていただくという関係もありますから、予定だけは立てておいて、具体的な案についてはなお関係者の議論を詰めることを期待しておるわけであります。したがって、賛成とか反対とかということをあまり対立的に現段階では考えたくない。その調整は可能であるというぐあいに考えております。
#130
○小笠原貞子君 確かに賛成派、反対派ありますけれども、反対派の方たちも決して筑波へ行くのが絶対反対だと言っているわけじゃなくて、いろいろの手続や学内のルールが民主的でなかったというようなところで反対という立場になっていらっしゃる方もあるわけですよね。だから、それが反対派というのにきめられてしまって、賛成のものだけでやるということになれば、事実上筑波移転が賛成か反対かというのが踏み絵になって、反対の人たちははずされるというような、こういう事態になるということは、非常にこれは問題になると、そういうわけで私は質問したわけです。いまの答弁をもう一度繰り返えせば、じゃ、じっくりと話し合いをして、そして教育大学が母体となった新構想大学について、自分もそれじゃ、そうなったのだったら行こうということになるかもしれませんね。現在の時点では教育大学が母体になるのだから、その構成員全体を一応連れていくといったらことばが悪いけれども、その方たちも御一緒に行っていただくということに理解してよろしゅうございますか。
#131
○国務大臣(坂田道太君) 私どももまさにそのとおりに考えておるわけでございます。
#132
○小笠原貞子君 それで安心しましたけれど、いま教育大の中で賛成派、反対派と区別、非常にレッテルが張られているわけですね。それで、あなたは反対派かあなたは賛成派かと、こういうふうに言われていく。そうすると、いままで反対していた人は、おれは反対だからもうだめだというふうに思っちゃって動揺している方もあるように見受けられますし、非常にその辺のところが、教育の場ですから、たいへん危険なことになると思うわけなので、こういうような賛成、反対ということを踏み絵にして、私たちのことばでいえば、かつてレッドパージというのが行なわれたけれども、ああいうようなことがないということを御確認いただいてよろしいともう一度はっきり御確認いただきたい。
#133
○国務大臣(坂田道太君) 私はこの構想を、ほんとうに最初からはっきりしていればあんなにまでならなかったのでしょうけれども、どんどん世の中がこう変わってくるし、それからまた私たち政府のほうでも単に移転するのじゃないのだ、そして新しい構想でいくのだ、新しい構想はこういうことでいくのだということで、それがだんだん具体的になっていって、おそらく当初は当事者の方々もそこまでお考えになっていらっしゃらなかったかもしれません。私たち自身もそういうふうに思っていなかった。しかし大学紛争あり、それから新しい大学の構想というものをだんだんやっているうちに、せっかく筑波山麓に移転するのだったら、既設のものにとらわれないようなユニークな大学をつくってみたらどうか。それにはひとつ相当のお金も投入し、あるいは定員も見、いい先生たちも集めて、そしてやろうじゃないか、こういうことにだんだんなってきて、当初のあれとずいぶん変わってきています。その当初のやつじゃなくて、いまわれわれが考えておるようなことを、すなおに反対しておられる人たちにも説得をするということでどうでしょうか。また一緒にやったらどうですかということはもう少しわれわれのほうも指導助言をすべきじゃないか。あるいは両方でなかなかそれはあすこまでいっている手前、ちょうど子供たちがけんかをして、とめ役がおらなければどうにもならないように、子供ですらそうですから、いわんやおとなでございますから、やはりそういう役割りを文部省やわれわれがやるということが、われわれに与えられたやはり責務の一つなんで、この辺をひとつ、学生諸君がいろいろやるのはいいけれども、教官同士がそこまでいくのはどうもいかがかということなんで、ここは大所高所から大義につくといいますか、そういうことで話をしてみたいというふうに私どもも話し合いをしておるわけなんでございます。そのために反対派の人たちも自由に次官のところにおいでになりますし、局長のところにもおいでになって話をして、われわれのほうの話を聞いてお帰りになる、多少安心してお帰りになると、実際のところ、そういうことなんであります。やはりけんかというものはそういうものなんでございましょう。よく理解をしておるうちにだんだん相手の気持ちもすなおに受けとめていただくということになるんじゃなかろうかと思うわけでございます。
#134
○小笠原貞子君 それじゃ筑波新構想大学というのが、教育大学を母体にしてつくられますね。そうすると現在の東京教育大学というのは官制上消滅するわけになりますわけでしょう、こういっちゃうと。それは大体いつごろになるんでしょうか。
#135
○政府委員(村山松雄君) これは筑波研究学園都市の計画としては実は急がれておる課題でございますが、教育大学ないし新大学の構想としては、これはなかなかむずかしい問題がございます。いまの目算では、いろいろ議論をして、準備をして、四十八年度から具体的なことは着手をいたしたいという目標でございます。スタートの目標がやっとおぼろげながら立った段階で、いつまでに完成するというところまでは、もう内部の討議すらまだそこまでいっておりません。
#136
○小笠原貞子君 そのことをお伺いしましたのは、実は大学側が入学志願者便覧というものを出しております。その中に「本学では、修業年限4年の間に所定の単位を履修することが原則とされており、これを超える場合があっても、各学部共その期間は2年(通算6年)が限度とされております。」こういうのがわざわざ明記されて、今度出されておるわけなんですね。そうすると、こういう六年が限度だからことし入れたあと六年、来年は募集しないで六年を卒業さしちゃうということで、新構想大学へ移るというふうに考えて、大学側が募集の便覧を出されたというふうに受けとめたわけです。私は見ましたときに、そうするとこういうことが大学の自分の意思で大学だけでかってにできるのか、それとも文部省としては大体六年後くらいには移れるから、ことしはもう六年前だから、期限をつけろという御指示なすったのか、その辺のところがちょっと伺いたくてそれを聞いたわけですが、いかがですか。
#137
○政府委員(村山松雄君) 先ほども申し上げたとおりでございまして、四十八年度には着手できるような目標で、お互いにやりたいということにつきまして、教育大学の希望もありますし、正式に取りきめたというわけじゃございませんけれども、文部省としても、まだ先のある問題ではありますが、何ら目標なくて仕事を進めるわけにもいきませんので、一応の目標としてまあ何と申しますか、ほぼ合意をして、そういうことで諸般の仕事を進めようという段階になっております。
#138
○小笠原貞子君 じゃ一応六年くらいということで文部省と話し合いをなすったわけですか。
#139
○政府委員(村山松雄君) いま申し上げましたように、着手についてある程度の目標を立てるのに精一ぱいで、その移行完了の時点までのスケジュールというのは全然できておりません。
 それから蛇足でございますが、国立大学の学生募集にその種のことを書くのはあまり例はないかと思いますけれども、元来わが国の大学の学生募集要綱は、アメリカなんかに比べますとたいへん不親切であるということをいわれております。特に国立大学は募集要綱だけ見たんじゃ、どんな大学だか全然わからない。もっと懇切に内容なり、考えていることなり、あるいは近い将来に学生に影響のあるような将来計画などというものを書いたほうがいいんだという私どもの入学者選抜方法改善会議なんかでも指摘されているところでありまして、文部省としては若干そういう一般的な指導はいたしております。しかし、教育大学に特にそういうことをやれといったことはございません。しかし、教育大学ではまあキャンパスが移るというようなことでは、学生にとっても相当重要な問題ですから、あとでそんなことなら早く知らしておいてもらいたかったというような苦情が出るのを心配して、確定したことではないけれども、まあそういう可能性が多分にある、こういう意味で書いたのではないかと思います。
#140
○小笠原貞子君 六年後には大体なくなるんだという見通しで、大学側がこういう親切で書いたのかもしれないけれども、やっぱり官制上一つの大学というのが消えるわけですね。新しく生まれかわるということになれば、当然国立学校設置法でその問題というのは出てこなければならないのに、もう先ばしってこうやっているというのが、非常に私としては、行き過ぎじゃないかというふうに思ったわけですが、大臣いかがですか。
#141
○国務大臣(坂田道太君) まあ、ぎりぎりしかつめらしく言えばそうだと思います。おっしゃるとおりと思うんですけれども、しかし一面においては、やはりそういうような法律が出たときに、そうだったのかということで、子供たちが、学生たちがびっくりするようなことのないようなことも、ある程度常識を越えない、非常識なことにならない程度にはやったほうがいいんじゃないかという気も一面にはするんです。なかなかそこのところはっきり言えませんね、どっちがいい悪いというふうには言えないと思うんです。
#142
○小笠原貞子君 創設準備調査会の、筑波新大学のあり方についての中間報告というものが出ていますが、その設置形態というのが私ははっきりできないわけなんですよね。つまり、この新構想大学が、教育大を母体として新しく構想された新しい大学であるということなんだけれども、一体これは国立になるんですか、それとも別の法人組織になるんですか、その辺のところはどういうふうになるんでしょう。
#143
○政府委員(村山松雄君) そこの点が、中教審の大学改革論でも一番むずかしい問題でございます。
 それからまた、放送大学の問題でも議論がありまして、いまだ決しかねております。筑波の新大学の場合でも、まさに同様な、準備調査会でも非常に議論の分かれているところでありまして、新構想というものを強く打ち出すと、従来の国立大学の形態にとらわれないというような意味合いでは、むしろ特殊法人というような設置形態が望ましいという御意見も、一部にはかなり強く主張されております。しかし逆に、新しい問題でありますから、いまの国立大学にはなるほど問題があるかもしれないけれども、特殊法人ならどの点から見てもいいんだという立証はあるまい。そう言われれば、将来の議論ですから、そんなことは絶対にないという、論証は不可能な議論になってくるわけであります。そこで新構想を出すにしても、設置形態としては、まだ従来の国立大学のほうがよろしいんだという意見もございます。そういうことから、昨年秋の中間報告の段階では、いずれとも決しかねたはっきりしない表現になっているということでありまして、なお検討が続けられることになります。
#144
○小笠原貞子君 時間がありませんから最後の質問にしたいんですけれども、教育大を母体として、そしてそこの、構成している先生方も御一緒に母体になって入るということになれば、これはやっぱり当然、この先生方の身分にしても、国立大学の教官という身分になるわけですよね。そういうことからしても、早くこれがどういうものになるのかということが出てこないと、まとまるものもまたまとまらないというような問題になってくるわけなんですね。だから、国立になるのか特殊法人になるのかというような問題は、大体、いつごろ文部省としてははっきりまとめていけるというふうに踏んでいらっしゃるでしょうか。
#145
○政府委員(村山松雄君) 筑波新大学の創設準備調査会に対しましては、極力この審議の促進をお願いしております。で、新年度になりますと、今度は何といいますか、設置準備調査というのをもうちょっと進めた組織にいたしたいと思っております。したがって、新年度に入って新しい構想で準備作業を進める段階ぐらいまでには、大筋のところの結論を出していただきたいというぐあいにお願いいたしております。まあ相手方のある問題でありますけれども、大体、新年度になってそう遠くない時期に、根幹的な問題については結論がいただけるものと期待いたしております。
#146
○委員長(高橋文五郎君) 他に御発言がなければ、本法律案に対する本日の質疑はこの程度にとどめます。
    ―――――――――――――
#147
○委員長(高橋文五郎君) 委員の異動について報告いたします。
 本日、田村賢作君が委員を辞任され、その補欠として内藤誉三郎君が選任されました。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後三時四十五分散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
姉妹サイト