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1970/05/18 第65回国会 参議院 参議院会議録情報 第065回国会 文教委員会 第16号
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1970/05/18 第65回国会 参議院

参議院会議録情報 第065回国会 文教委員会 第16号

#1
第065回国会 文教委員会 第16号
昭和四十六年五月十八日(火曜日)
   午後一時四十四分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 五月十五日
    辞任         補欠選任
     西田 信一君     船田  譲君
 五月十七日
    辞任         補欠選任
     初村瀧一郎君     星野 重次君
 五月十八日
    辞任         補欠選任
     宮崎 正雄君     矢野  登君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         高橋文五郎君
    理 事
                大松 博文君
                二木 謙吾君
                小林  武君
                安永 英雄君
    委 員
                田村 賢作君
                永野 鎮雄君
                船田  譲君
                星野 重次君
                三木與吉郎君
                矢野  登君
                山崎 竜男君
                鈴木  力君
                千葉千代世君
                松永 忠二君
                内田 善利君
                萩原幽香子君
                小笠原貞子君
   国務大臣
       文部大臣臨時代
       理        秋田 大助君
       労 働 大 臣  野原 正勝君
   政府委員
       人事院総裁    佐藤 達夫君
       人事院事務総局
       給与局長     尾崎 朝夷君
       文部政務次官   西岡 武夫君
       文部省初等中等
       教育局長     宮地  茂君
       労働省労働基準
       局長       岡部 實夫君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        渡辺  猛君
   説明員
       文部省初等中等
       教育局初等教育
       課課長補佐    久保庭信一君
   参考人
       日本教職員連盟
       事務局長     大黒  勲君
       日本教職員組合
       書記長      槇枝 元文君
       日本新教職員組
       合連合副委員長  井上 忠夫君
       静岡市教職員組
       合書記長     中口 武彦君
       中央労働基準審
       議会会長代理   樋口 弘其君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○高等学校の定時制教育及び通信教育振興法の一
 部を改正する法律案(内閣提出、衆議院送付)
○国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の
 給与等に関する特別措置法案(内閣提出、衆議
 院送付)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(高橋文五郎君) ただいまから文教委員会を開会いたします。
 委員の異動について報告いたします。
 去る五月十五日、西田信一君が委員を辞任され、その補欠として船田譲君が選任されました。
 昨十七日、初村瀧一郎君が委員を辞任され、その補欠として星野重次君が選任されました。
 また、本日、宮崎正雄君が委員を辞任され、その補欠として矢野登君が選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(高橋文五郎君) 高等学校の定時制教育及び通信教育振興法の一部を改正する法律案(閣法第二七号)(衆議院送付)を議題といたします。
 本法律案につきましては、前回質疑を終結いたしておりますが、本日、安永英雄君から、委員長の手もとに修正案が提出されております。修正案の内容は、お手もとに配付のとおりでございます。
 この際、本修正案を議題といたします。
 安永君から修正案の趣旨説明を願います。安永君。
#4
○安永英雄君 私は、各党を代表いたしまして、ただいま議題になっております高等学校の定時制教育及び通信教育振興法の一部を改正する法律案に対する修正案について御説明申し上げます。
 まず、修正案の案文を朗読いたします。
 以上でございます。
 修正案の趣旨は、本法律案の施行期日がすでに経過しておりますので、これを公布の日から施行し、昭和四十六年四月一日からの適用とすることに改めようとするものであります。
 何とぞ委員各位の御賛成をお願いいたします。
#5
○委員長(高橋文五郎君) それでは、ただいまの修正案に対し、質疑のある方は順次御発言を願います。――別に御発言もなければ、これより原案並びに修正案について討論に入ります。御意見のある方は、賛否を明らかにしてお述べ願います。――別に御意見もないようですが、討論は終局したものと認めて御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#6
○委員長(高橋文五郎君) 御異議ないと認めます。
 それでは、これより高等学校の定時制教育及び通信教育振興法の一部を改正する法律案(閣法第二七号)(衆議院送付)について採決に入ります。
 まず、安永英雄君提出の修正案を問題に供します。安永英雄君提出の修正案に賛成の方の挙手を願います。
  〔賛成者挙手〕
#7
○委員長(高橋文五郎君) 全会一致と認めます。よって、安永英雄君提出の修正案は可決されました。
 次に、ただいま可決されました修正部分を除いた原案全部を問題に供します。修正部分を除いた原案に賛成の方は挙手を願います。
  〔賛成者挙手〕
#8
○委員長(高橋文五郎君) 全会一致と認めます。よって、修正部分を除いた原案は全会一致をもって可決されました。
 以上の結果、本法律案は全会一致をもって修正議決すべきものと決定いたしました。安永英雄君。
#9
○安永英雄君 私は、ただいま議決いたしました高等学校の定時制教育及び通信教育振興法の一部を改正する法律案に対し、自由民主党、日本社会党、公明党、民社党、日本共産党の五党の共同による附帯決議案を提出いたします。
 まず、案文を朗読いたします。
 以上でございます。何とぞ御賛同をお願い申し上げます。
#10
○委員長(高橋文五郎君) ただいま安永英雄君から提出されました附帯決議案を議題といたして採決を行ないます。
 本附帯決議案に賛成の方は挙手を願います。
  〔賛成者挙手〕
#11
○委員長(高橋文五郎君) 全会一致と認めます。よって、安永英雄君提出の附帯決議案は、全会一致をもって本委員会の決議とすることに決定いたしました。
 ただいまの決議に対し、秋田国務大臣から発言を求められております。秋田国務大臣。
#12
○国務大臣(秋田大助君) ただいまの附帯決議につきましては、関係機関とも十分協議をいたしまして、その御趣旨を体して努力をいたしたいと存じます。
#13
○委員長(高橋文五郎君) なお、審査報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#14
○委員長(高橋文五郎君) 御異議ないものと認めます。
    ―――――――――――――
#15
○委員長(高橋文五郎君) 国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法案(閣法第六三号)(衆議院送付)を議題といたします。
 これより質疑に入ります。本日は、本法案につきまして、四名の参考人の方々から御意見を伺います。
 この際、委員会を代表いたしまして、一言ごあいさつ申し上げます。
 参考人の皆さま方には、御多忙のところ御出席をいただいて、まことにありがとうございました。本日は、目下当委員会におきまして審査を進めつつあります国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法案につきまして、参考人の方々の御意見を承り、本法案審査の参考にいたしたいと存じます。御多忙のところ、本委員会の審査に御協力くださいまして厚く御礼を申し上げます。
 それでは、参考人の方々を発言順序に従いまして御紹介申し上げます。
 日本教職員連盟事務局長、大黒勲参考人。
 日本教職員組合書記長、槇枝元文参考人。
 日本新教職員組合連合副委員長、井上忠夫参考人。
 静岡市教職員組合書記長、中口武彦参考人。
 以上でございます。これより、参考人の方々に順次御意見をお述べいただくのでありますが、議事の進行上、お一人約十分程度にお述べいただき、参考人の皆さまの御意見陳述が全部終わりました後に委員の質疑を行なうことにいたしますので、御了承をお願いいたします。また、終了時間は午後四時を目途にいたしておりますので、特に皆さま方の御協力をお願いいたします。なお、発言の際は、委員長の許可を得て御発言くださるように特にお願いいたします。
 まず、大黒参考人よりお願いいたします。
#16
○参考人(大黒勲君) それでは申し上げます。
 今回のこの教特法案は、私たち日本教職員連盟を中心といたしました全国の心ある教職員のかれてからの念願でございまして、同法案の成立に期待を寄せているものでございます。
 最近の経済の高度成長と科学技術の急速な進歩によりまして、教育活動におきましてもいろいろな側面におきましても、質的な面はかなり向上いたしております。しかし何と申しましても、教育の成果を究極的に左右するものは教育者自身ではなかろうかと思います。しかるに、現代の教育界における最大の問題点は、教職の地位が相対的に次第に低下して、優れた人材が教育界に進んで身を投ずることを懸念する向きさえあるということでございます。何といいましても、次の世代の人間を育成する仕事は優秀な人材によってなされなければなりません。工業化社会の進展につれまして、経済条件は産業部門が非常に高くなっておりますけれども、そういうような意味から考えましても、教職の地位は相対的に低下しているということが言えるのではなかろうかと思います。また外国におきましても、初等教育に従事する教師の大部分が女性でございまして、既婚の婦人の仕事という常識が定着しつつあるとも聞いております。わが国もこの例に漏れず、初等教育の場では次第に女性の進出が著しくなっております。教育界への女性の進出ということは、別に女性そのものにつきましてとやかく言うわけではございませんけれども、ここにやはり教育界というものが男子にとっては引き合わない職として敬遠されているというこの事実をいかんともしないわけにはいかないと思います。こういうような傾向を何とか打開いたしまして、教育界にすぐれた人材を確保できるように、それに応じた経済的地位を確立していかなければなりません。このまま放置することになりますと、工業化あるいは都市化の進展につれまして、教職の地位の低下の現象が急速に拡大するおそれすらございます。早急に手を打たなければならないとは思いますけれども、それにはやはり教員の待遇を抜本的に改善するということがその最大の急務ではなかろうかと思うわけでございます。また教職は他の労働者と比較することのできない職務の内容やあるいは勤務態様の特殊性がございます。教育は人間を育成するということで、一般労働者の仕事が物をつくるということとは相当に違う性格を持っております。教員の勤務の実態や成果は、時間で測定することはたいへん困難な部門が多くて、夏休み等の長期学校外における研修、あるいはクラブ活動の指導、校外補導等におきましても、その勤務の実態は教師の個人的な良心あるいは教育愛によってささえられていると、そういう部門が非常に多うございます。また、ときには予期しない事態が生じることもございまして、時間を無視して子供のために対処しなければならないと、そういうこともあるわけでございますけれども、こういうことは私は教職に課せられた社会的な使命ではなかろうかと思うわけでございます。
 さらに、今日の教師観につきましても、何かと論ぜられておりますけれども、教育の特殊性ということから直ちにストレートに聖職者であるとすることは、これは時代錯誤のそしりを免れないと思うわけでございますけれども、かと申しまして、単なる労働者であると単純に割り切ってしまうということもどうかと思います。そこで、教職は専門職であるというそういう観点から、その地位の確立ということをはかっていかなければならないのではなかろうかと思うわけでございます。そして、こうした特殊性や専門性に着眼をいたしまして、それを高く評価して、いろいろな角度から裏づけしていかなければならないと思うわけでございます。特に待遇問題につきましては、抜本的に改善をして、教職員独自の給与体系を確立する、そういうことが非常に重大なことになるのではなかろうかと思うわけでございます。現行の労働基準法の一部の適用除外を行なう、そういうようなことも、右のような観点から考えまして、教職員の待遇の改善に必要なことであれば、反対するというわけにはこれはいかないと思うわけでございます。
 ところで、今国会で御審議中のこの教特法案は、私たちの考えております教職員独自の給与体系を確立するためのワンステップでございまして、高く評価できると思っております。教師の特殊な勤務の態様を特に重視いたしまして、優遇すべき職種であるということを現実の予算を伴った措置で認めた、そういう点で、今後のためのスタートとして大きな意義があると思います。そして、教職の長期的な地盤沈下の傾向を防ぎ、逆転して将来の日本をささえる大きな柱として、すぐれた人材に富んだりっぱな教育が成立することを望むものでございます。
 なお、本法案が一部教職員による超過勤務手当に端を発した措置であることは、私たちも十分に承知をしております。これらの経過にからみまして、強く超勤手当制度の確立を望む向きがございますけれども、これは皆さんもよく御承知のことと存じますが、私たちはこれには賛同はいたしておりません。よく知られておりますとおり、労働時間の短縮ということは、今日世界の一つの趨勢でございまして、わが国におきましても、週五日制あるいはその他労働時間短縮の措置をとる企業が急速にふえております。超過勤務というものはこれらの趨勢に逆行する時代誤認であると思うわけでございます。そうした考え方の基本がすでにまあ大きく誤っていると言えるのではなかろうかと思います。私たちの立場といたしましては、超過勤務をしてその上で手当てを要求する、そういうのではなくて、超過勤務そのものを原則としてはなくしていく。そうして豊かな余暇を確保して、あすの教育活動に備えたい。そういう念願を持っているわけでございます。とは申しますものの、実際今日やはり依然としてやむを得ざる超過勤務があり得るということを私たちも否定するものではございません。しかし、このような事態は勤務を合理化する、あるいは教職員定数の増加、その他の施策を講じまして、漸進的に解決していくものだと考えております。
 さらに、さきにも申しましたように、教職員の勤務の態様はきわめて特殊なものでございまして、これを一般企業の労働者の場合と同じように時間で測定することはきわめて困難でございます。もし、かりに超勤手当を支給するときめたとしましたら、何としましても教職員の勤務を時間ではからざるを得ないことになり、それをまあ管理職がしゃくし定木に監視測定するということになるとすれば、教職員の勤務の自律性を著しくそこなわれることになると思われます。こういうようなことは、教育活動に必要なあの自由な雰囲気にとりましてもまた有害きわまりのないものでございます。
 以上、いずれの点から考えてみましても、教職員の求めるべき道が超過勤務手当制度よりも、本法案に示された措置であることは明らかでございます。
 で、本法案に示された措置に対しまして、このままでは無定量勤務を強要されるとの説もございますけれども、これも当たらないと思います。なぜならば、労働基準法に示された最低かつ合理的な勤務基準、いわゆる一日八時間というその制度は、依然として教職員にも適用されるからであります。また、この法案の中におきましても、超勤命令をする場合のいわゆる歯どめにつきましては、一般の公務員より手厚く措置されているのではなかろうかと思います。そうしたことから、無定量の勤務のようなことは起こり得ないと考えております。
 以上いずれの点から考えましても、本法の措置はきわめて前向きのもので、かつ有益なものでございます。私たちは、今国会でこの法案が可決されることを切に望んでやみません。この法案の成立によりまして、一そう決意を固めて、児童生徒の教育活動に取り組みまして、国民の期待にこたえたいと考えているわけでございます。そういう意味で、何とぞよろしくお願いを申し上げます。
 以上でございます。
#17
○委員長(高橋文五郎君) ありがとうございました。
 次に、槇枝参考人にお願いいたします。
#18
○参考人(槇枝元文君) 私は、日本教職員組合に結集いたします約六十万人、日本の教師の大多数の意見を代表して、この際、参考意見として述べさせていただきたいと思います。
 今度政府から出されておりますこの法律案を私なりに要約してみますと、教職員に対しまして月四%の教職調整額を支給する、このことと引きかえに、教職員に対して事実上量的、時間的に歯どめをしないままに、超過勤務の命令をすることができる、こういうことを制度化しようとしているのが本法案だというように思います。このことは、戦後、民主主義下において公務員の労使関係を律しました制度、これを教職員についてのみ例外的に変革しようとするきわめて重大な問題を含んでいると思うわけです。
 私自身は、太平洋戦争の始まる直前の昭和十五年に、当時の青年学校の教諭と兼務で国民学校の訓導を拝命した一人でありますが、当時、軍国主義下におきまして、天皇制のもとにおける教員の身分というものは、天皇の官吏、待遇官吏として官吏服務紀律のもとで滅私奉公、ひたすらに私を捨てて国家権力に対して絶対忠誠を誓わされ、無定量の服務に服すべきことが要求されました。そうして、その分限、懲戒、服務、給与など、身分上の一切の問題が法律によらないで、勅令をもって定められておったのであります。したがって、給与も日々の仕事、労働に対する対価としてではなくて、絶対的無定量の義務に対する恩恵として与えられるものであって、当時の教員には労働条件に対する発言権はもとより、与えられた給与に対して一言の不満さえ申し述べることはできなかったのです。しかし、戦後、民主主義下における公務員の法制は、御存じのように天皇の官吏から国民の公僕えと一大転換をいたしました。国家・地方公務員も勤労者として労使関係の当事者となり、無定量勤務から解放され、一日八時間、週四十四時間という定量労働がきめられ、その労働に対する一定の給与が支給される制度となりました。この定量の勤務時間をこえて勤務をした場合は、当然労働基準法の定めを最低とする割り増し賃金の支給制度が確立をして今日に至っているのであります。
 このような経緯を踏まえて今度出されました法律案を考察をいたしますと、月四%といえば、平均して四千四百円です。これを超過勤務時間に換算をいたしますと、一カ月約十時間分の教職調整額の支給を受けることによって、無定量の超過勤務を命令される法的根拠をつくり上げることでありまして、戦後、民間、官公労働者を通じて打ち立てられた労働者の賃金、労働条件のあり方を根本的に変革するものと言わなければならないのであります。
 そもそも賃金と労働との関係、すなわちどれだけ働くか、どれだけ賃金を支払うかということは、原則として労使双方の合意によって成立すべき雇用条件なのであります。にもかかわらず、四%の調整額を一方的にきめて支給をし、正規の勤務時間をこえて勤務を命ずる業務の内容も、文部大臣が人事院と協議してこれも一方的にきめ、そして随時無制限にこの法律に根拠を置いて超勤命令が出し得るということは、近代的な労務管理としてはあり得べからざることだと思うのであります。
 近来、社会の進歩と科学技術の発展の中における各国の労働のあり方は、超勤手当を支払って長時間働かせるという従来の行き方はこれを排して、超過勤務や本務外勤務を可能な限り排除して労働時間の短縮をし、拘束時間内の労働を最も効果的に行ない、労働者の生活、健康、福祉を増進し、労働力再生産のための余暇をより多くつくり出す、こういうのが世界の趨派になっておるのであります。
 週四十時間労働制はすでにいまから三十六年前の一九三五年のILO総会におきまして採択されております。さらに九年前の一九六二年のILO総会では後進国にその促進が勧告をされております。また週休二日制もいま西欧諸国の常識となっているのであります。
 私たち日教組が、超勤手当制度の問題をいまから七年前に提起をいたしましたのも、その本質的意図は、決して長時間労働をすることを甘んずる、その見返りとして超過勤務手当をもらいたいというのでは決してありません。教師が、児童、生徒の教育をつかさどるという本務をこそ大切にし、充実した授業を行なって、その教育効果を高めるためには、本来の教育活動を圧迫している本務外の事務や雑務から解放され、明日の日の教育のための自主的な研究やみずからの健康と福祉の増進がはかれるような学校現場の体制をつくることがそのねらいであったのであります。
 いま学校現場は、昭和四十一年の文部省調査を見ましても、週四十四時間勤務といたしまして、捕捉できた測定可能なこれをこえる超過勤務だけで小学校一ケ月十四時間、中学校約二十時間、高等学校の全日制で約十八時間の実績が記録をされているのであります。その裏には、昭和二十二年、学校教育法第二十八条で、各学校に一名以上必置を規定されている養護教員、事務職員、こうしたものの配置が法律制定以来二十数年を経過いたしました今日、いまなおその充足数は小中学校で養護教員が約四二%、事務職員が約四七%、したがって全国で半分以上、すなわち二万の学校には事務職員も養護教員もいないという状態なのであります。
 このような中で、教師は子供の教育をつかさどるという本務をそこそこに、いわば子供の成績物の処理とか、明日の教育の準備などはさておいても、国や県からの統計事務や諸報告など公文書の処理、教職員の俸給請求事務から支払い事務などをすべてに優先をさせなければならないという学校の実態なのです。また、給食費やPTA会費の集金、果ては地域の青年団、婦人会の仕事といった社会教育の分野にまで実質的に業務分掌という形で押しつけられ、多忙をしいられているのであります。このような状態を放任できるのはなぜなのか。それは教員には幾ら仕事をさせても超過勤務手当を支払わなくてもいいという今日までの慣習がある。これに甘えているからなのであります。
 今度の法律案は、はたしてこのような現実を解決する上でどのような効果があるかということをお考えいただきたいと思うのです。教員は、超過勤務や本務外の雑務に追われていて、あまりにも気の毒だから、せめて四%の調整額を支給してやろうということです。しかし、そのかわりに、いままでどおり、いな、いままで以上に、これからは超勤命令を発してでも仕事はしてもらいますよというのがこの法律を流れている筋と私は思います。
 私たち教職員は、確かに民間労働者はもとより、一般行政職公務員に比較しても安い給与でありますから、わずか四%の調整額でもいただきたい気持ちはやまやまであります。しかし、それ以上に私たちは教育を大切にし、子供の教育に責任が持てる状態をつくりたい。そのためには、本務外労働や時間外勤務に対して超過勤務手当を支給する制度を確立することによって、むやみに長時間労働や雑務を強制できないようなこういう状態をつくり出して、子供の教育に専念できるようになりたい、これが教職員の切なる願いなのであります。この点本法案は、基本的な問題を持っておりますので、根本的な修正を必要とすると思うのであります。
 教育の仕事は専門職と言われるだけに、確かに一般行政事務や他の産業に携わる労働者とは違った特性を持っております。それは教育という仕事が、一人一人の子供が潜在的に持っている資質、無限の可能性を引き出し、未来に向かって発展させる営みでありますから、教師はその地域に即し、子供の発達段階に即し、また個々の子供の個性に応じて、教師みずからの自主的な判断と自発性、創造性に基づく教育活動がなされなければならないのであります。したがって、学校という組織体は、校長、教頭、何々主任、教諭、助教諭といった職名が、上司、下僚といった上命下服の官僚的階層秩序であってはならないし、またそのような官僚機構を学校現場に持ち込むことは本質的になじまないのであります。そこに教師の勤務態様は、授業時間が教師の基本的本務であり、拘束されるべき責任、義務であって、授業の準備、教材や教育方法の研究、子供の成績物の整理や処理などは、授業という本務を全うするために教師の自主性、自発性、創造性に基づいて行なわれるべきものであって、この間には命令行為というようなものは存在すべきではないのであります。教員には超勤手当制度はなじまい、こういう意見は、このような教員の特性から発想されているものだと思います。世界いずこの国を見ましても、日本のように教員に宿日直勤務、火災、盗難の不審番を業務命令をしている国、また官制、すなわち文部省や教育委員会が主催する講習会や研修会への出席を業務命令で強制している国の例はどこにもないのであります。
 教育という仕事が、教員個々の責任感と、自発性、創造性に基づいて行なわれるものであることを前提とするならば、授業時間以外の一日八時間、週四十四時間という勤務時間の拘束は、当然取り除かれなければならないし、超過勤務命令といった行為も当然排除さるべきであって、その場合に初めて超過勤務手当制度が必要がなくなってくるのであります。しかるに本法案は、授業時間以外に一日八時間、週四十四時間という一般行政職や他の産業労働者並みの勤務時間の拘束性を従来どおりに維持しておいて、その勤務時間をこえる超過勤務命令をも出し得る法的根拠をつくりながら、超勤手当支給制度のみがなじまないとして労働基準法三十七条の適用を除外するという大きな矛盾、不合理を持っていることを指摘しておきたいのであります。
 何とぞ賢明なる議員の皆さんが、本法案の持つこの最大の矛盾点について十分法理解をいただき、教育の施策はすべてこれ国家百年の計でありますから、いやしくもこのような教育施策の問題が政争の具に供せられることのないよう、教育現場の実情に即した方向、すなわち専門性を持つ教職員の勤務の特性から、自発性、創造性に基づく測定困難な超過労働に対しては、包括的に原案に示されている教職調整額を支給することとし、超過勤務を命ずる範囲と限度を当事者である関係教職員と協議して取りきめた上で、超過勤務を命じた場合は当然超勤手当を支給するという道理の通った法律に修正可決をされ、全国の教職員の期待にこたえ、安心して教育に専念できる状態をつくり上げてくださいますよう特にお願いを申し上げて、私の意見陳述を終らせていただきます。
#19
○委員長(高橋文五郎君) ありがとうございました。
 次に、井上参考人にお願いいたします。
#20
○参考人(井上忠夫君) 参考人として御指名をいただきました日本新教職員組合連合副委員長の井上でございます。
 教育が特に教員の自発性と創造性に基づく勤務に期待する面が大きく、教員の職務と勤務態様は一般公務員の勤務と同一視することは困難であります。かつまた、教育専門職の立場からも妥当性を欠くということは周知のとおりであります。このことから、本法案の発想趣旨には深く感銘いたし、了とするものであります。
 しかし、さきに文部省が全国の小・中・高等学校、高等学校定時制にわたって調査されました教員の現実の勤務実態は、教員には超勤は命じない、やらせないとの立場から行政指導がなされながらも、次に掲げるような超過勤務の実態が現に存在していたわけでございます。この事実は否定しがたいことであると私どもは判断をいたします。この調査結果から見ますと、小学校について一週当たり二時間三十分、中学校三時間五十六分、高等学校三時間三十分、なお定時制については三時間五分、こういう結果が出ております。これを平均してみましても、教員の現に超過勤務がなされておるこの平均値は優に週当たり三時間二十分になるわけであります。
 次に、この三時間二十分にわたる超過勤務の実態を一つの例をあげて御理解をいただきたいと、かように考えるわけでございます。たとえば義務制における教員の平均年齢は三十七歳だと思います。大学を卒業しまして十五年の教職経験年数、この十五年の教諭の人事院勧告による本俸は月七万二千円になっております。この人の年額税込みの総収入は百十九万五千六百円になるわけでございます。もちろん期末、勤勉手当を含めたものでございます。したがって算術的に月平均をいたしますと、九万九千六百三十三円、これが妥当かということについては疑義がございますが、一日当たりに換算いたしますと、その対価は三千九百八十五円、週四十四時間、これを一日八時間と計算してみましても、一時間当たりの対価は五百円となるわけでございます。
 本法案の示すところによれば、本俸比四%を支給し、期末、勤勉手当等のはね返り分を含めて実質六%アップである、六%に相当するとされております。前段の三十七歳のいわゆる本俸七万二千円の例をとってみますと、四%の特別調整措置によって月当たり二千八百八十円のアップになります。年間四万七千八百八円、一日当たり百五十九円、一日当たりこの四%が支給されますと、百五十九円の収入増になるわけでございます。この百五十九円を勤務時間から逆算しますと、約一日当たり十九分の超過勤務分に相当するわけでございます。一日当たり十九分ぶんの超過勤務の対価に相当するわけでございます。これを一週間に換算しますと、四%分が出されたこの百五十九円を一週間分に換算をいたしますと、一時間五十四分の超過勤務分に相当するわけでございます。文部省が四十二年に全国の実態調査を発表されました。この結果、小・中・高ならして大体一週当たり三時間二十分の超過勤務の事実があるわけでございます。この四%の措置は一週間一時間五十四分の対価でしかありません。超勤はやらせない、命じないとの立場をとっていながらも、一日当たり小・中・高平均しますと三十三分に及ぶ超過勤務がなされていることを軽視して、十九分程度の手当を本俸に繰り込んで、教員の超過勤務に相当する額は支給されたとあっては、教員の勤務態様の改善、合理化には遠く及ばないものと言わざるを得ません。現に、教育の特殊性から、その責任と使命によって生じている小・中学・高等学校平均して一日当たりの超過勤務一人三十三分に相当する代償措置を試算してみましても、月当たり六・一%相当額のアップをはからなければ、四十二年に発表されましたこの超過勤務の実態の穴を埋めることはできないわけでございます。一日当たり約百六十円程度の調整額支給によって、一方的に健康と福祉を害さない範囲で超勤を命ずることが認められたとするならば、労働短縮が浸透しつつある世の趨勢にも大きく逆行すると判断せざるを得ません。
 幸い本法案のもととなる人事院勧告「意見の申出に関する説明」の中に、時間外勤務の規制として、「正規の勤務時間外における命令による勤務が教員にとって過度の負担となることのないよう、文部大臣は、人事院と協議して時間外勤務を命ずる場合の基準を定めるべきである」と、こういう一項が書かれております。この趣旨を私どもは尊重しております。またこの内容については、労使双方の納得のいく適切な措置を期待するものであります。特にこの具体的審議については、教育現場を代表する教員組合はもちろん、中央労働基準審議会等の意見も十分尊重して、これを契機にさらに多くの有能な教員が魅力ある教育現場に殺到するという現象を一日も早く確立さしていただきたいと念願するわけでございます。時代に逆行する無定量勤務を排し、あすをリードする人間性豊かな真の教育に何らの拘束もなく、教師が教育専門職として、そのきわみを深めていく自由な研修の場を設置する方向での基本を踏まえた改善措置を切に要望するものであります。
 よって、前段の内容を要約しますと、次の二点になると思います。まず、その第一点は、四%の調整額支給は教育現場の実態を踏まえた額を大きく下回わり、了解に苦しむものであります。その第二点は、労働基準法三十七条の適用除外によって勤労者の最低の保障条項でもある歯どめを失い、何をよりどころに保障されるのか、大きく危惧するところであります。無定量勤務は絶対に起こらないとする代償措置を手当という金銭的な代価でなく、このような方法によって歯どめをしますという明確なおことばをもって示していただきたいと思うものであります。この歯どめの具体的な措置が講じられるならば、不承ながらも、人事院勧告の趣旨を尊重して、これが今後における教員の勤務態様の改善のワンステップとして、本法案の成立を期待するものであります。
 最後に、この法案の適用は、特殊学校、特にろうあ学校につきましては、四歳児から入学を認めております。この法案が施行されるならば、この特殊学校の四歳児、五歳児の担当教員には適用されないということになるわけでございますが、同じ学校に、そしてこれら特殊学校が幼児教育からやらなければならないとする前提を踏まえるならば、これら担当教員にもこの本法案の適用配慮をよろしく御審議いただけるよう切にお願い申し上げるわけでございます。
 以上、簡単でございますが、新教組の参考人としての意見を終わらせていただきます。
#21
○委員長(高橋文五郎君) ありがとうございました。
 次に、中口参考人お願いいたします。
#22
○参考人(中口武彦君) 私は静岡市教職員組合の書記長であります。しかし、いわゆる非専従の組合役員でございます。本日の法案に対する見解は、先ほどの槇枝参考人の意見におおむね賛成でありますけれども、きょうは組合役員としてというよりも、現在小学校四年生を担当している現場の教師、また現に最高裁判所で超過勤務手当請求の訴訟をやっております原告の一人として、この法律案に対する意見を述べたいと思います。
 ただいま私は、超勤訴訟の原告の一人であるということを申し上げましたけれども、超勤の事実を認め、労働基準法に照らして超勤手当を支払えと、こういう高等裁判所の判決に服さないで、最高裁判所に上告している静岡市及び静岡市教育委員会は、上訴権を乱用しているものではないか、かように私は考えるのであります。そればかりか、この訴訟を提訴している者に対して請求取り下げを執拗に校長などを通して繰り返されている、こういう不法なこともあるわけでございます。ふだん法を守れと言いながら、いたずらに裁判を長びかせている、こういう市あるいは市教育委員会の態度にも私どもは大きな不信を持つものである。すみやかに判決に服して手当を支払い、超勤手当制度が確立されるように努力していただきたい、こういうように望む次第であります。
 冒頭に私はこのことを申し上げて、次に職場の実態を申し上げながら意見を述べたいと思います。現在静岡県では、私どもが「変形八時間」と称している勤務時間についての規則が施行されています。これは労働基準法に照らして当を得ていないと私は考えておりますけれども、この規則自体には平均して週四十四時間をこえてはならないということになっています。しかし、現場では職員会議とか運営委員会などが勤務時間を超過して続けられる、こういう事例がたくさんあります。また、先ほどから各参考人も申されておりますように、また文部省の調査でも明らかにされておりますように、この四十四時間という勤務時間をはるかにこえた勤務の態様がわれわれの実態であるということはすでに明らかだと思います。ところで、つい最近も静岡市内のある学校で運営委員会が夜中の一時まで行なわれたということを耳にしています。この学校では、この四月に着任したばかりの教師が、一年では出られないかしら、こう言って、もう来年の三月の人事異動期のことを口にしているということを聞いたのであります。このように、職場の実態は勤務時間の規制が空文化してきているということではありますけれども、しかし、やはり労働基準法がわれわれの勤務に適用されている、こういうことで大方の職場では勤務時間で諸会合が終わる、あるいは延びた場合には、いわゆる振りかえが行なわれるということでありますけれども、そうでない職場が先ほど申し上げたようにふえてきているということでございます。それだけではありません。今年度開かれるある学校の全国研究大会、これに協力するという名目で図工主任者会議が各学校の図工主任により土曜日の午後自主図工主任者会ということで持たれたりしています。やる時間がないのでそれを土曜日の午後やる。しかし、勤務時間についての拘束があるので、自主的という名前を冠してこのように行なわれているということであります。現在でもこういう状態ですので、この法案が実施されたら一体どうなるのか、このように不安を持つのは私一人ではないと思います。
 全国的な傾向と同じく、静岡県でも年々婦人教師の比率が高まっています。私の勤務する学校でも例外ではありません。婦人教師の多くは仕事に忙殺されながらも職場と家庭を両立させながら教育の仕事に耐えています。ところが最近、五時や六時で騒いでいてどうする、いまに教特法が通って四%が出れば終日公務になるのだ、こういう校長もあらわれた。この法案が通ったらいよいよやり切れないということで、婦人教師の不安が高まっているということも私は耳にしているところです。休憩休息はもはや職員室の壁にはられている日課表の上だけ、こう言っても決して過言ではないと思います。文部省が一号俸だか二号俸だか上げるかわりに労基法から除外すると言い出したけれども、そんなことでこれ以上忙しくされたんじゃかなわぬね、金はほしいけれどもこういうことではやめてもらいたいなあ、これは去年の九月三十日に私が出勤して更衣室で会った同僚のことばです。
 私は以上のような職場の状態の中で、労基法適用除外するというこの法案の中から、これらの教師の切実な声、心配が杞憂であるという根拠を見出すことはできません。実は私も先週の木曜日と金曜日に二日間にわたって学年研修というのでおそくなりました。一日目の学年研修は学校全体として企画されたことですが、二日目のそれと、それれから時間をこえた部分につきましては私どもが自主的に行なったものに違いありません。教育の効果をあげるというときに、私たちは学年内でそれぞれ相互に学級の実態を出し合いながら、その上で指導の方法を検討する、こういう仕事、こういう時間を重視しなければならないと考えています。しかしいま申しましたように、こういう仕事をするということは、どうしても現在の私どもの勤務の状況の中では時間をこしてしまうということがあります。これだけではありません。教材研究とか、成績物の処理、採点など自分の学級の仕事を考えますと、やらなければならないことはまだまだたくさんあるわけです。文部省でさえも一時間の授業に最低一時間の準備の時間が必要だとこう言っております。私や同僚のごく狭い経験、その話の中からも一時間の準備ではきわめて不十分な授業しかできない、こういうのが実感であり、その時間がとれないためにうちへ持ち帰ってやらなければならないということが毎日のような私ども教師の実態であります。
 以上のように、教師一人一人の自発的で自主的な勤務と努力の中で今日までの教育がささえられてきたと私は考えています。さきに述べた学年研修会や図工主任者会などというものは、それでも超過勤務として明確に測定できると思います。しかし、ただいま述べたようなことは、教育という営みにとって打ち消すことのできない重大な事実ですけれども、これを校長その他だれもが容易に確認できるということにはなかなかなりません。私たちは昭和三十八年に超勤の訴訟を起こしたわけでありますけれども、そのときの職場の中の討論でも、いわゆる職員会議とか運営委員会とか修学旅行とか、こういう学校全体できわめてはっきりしている行事や会合、それだけでなくて実際にうちに持ち帰ってやらなくちゃならない、あるいは子供の親からいろいろ相談を受ければその相談を受けなければならないというようなことがたくさんあるということも出されています。しかし、現在の法の中で、私どもは職員会議とか遠足とか修学旅行とかこういう会合や行事、だれの目にも明らかになっているこの事実だけをまず超勤訴訟という形で皆さんに訴えようではないか、そして実際に私どもがそれぞれ家庭などでやっている仕事については、後日解決の方法をみんなで探ろうではないかということでやってまいりました。このように私どもの仕事は明確に測定できるものとできにくいものとあると思うのです。これが教師の勤務の特殊性と申しますか、実態であろうと思います。今回の政府案は残念ながらこの点を無視していると申しますか、混合していると申しますか、そのように私どもは考えざるを得ません。私どもが日教組として政府案に反対し、衆院段階で社会、公明、共産三党の共同修正案という形で出されたこの法案に対する修正案の実現を望んでいるゆえんであります。
 そろそろ私は発言を終わりたいと思いますけれども、最後に、私はあの勤評闘争のころを思い出して一言つけ加えたいと思います。当時勤評を実施する理由の一つとして、一般官公庁、民間を問わず勤評をやっているのに、同じ労働者である教師だけがひとり例外ではあり得ないと言われておりました。また数年前までは超勤手当を支給するという方向に進んでいたと思います。それが今日これまでの経過とは逆に、教育の特殊性という名のもとに労働者としての側面を全く否定されているのじゃないかということを申し上げまして、私の発言を終わりたいと思います。
#23
○委員長(高橋文五郎君) ありがとうございました。
 以上をもって参考人の皆さまからの意見聴取は終わりました。
 これより参考人に対する質疑に入ります。質疑のある方は順次発言を願います。
#24
○千葉千代世君 槇枝参考人に伺いますけれども、先ほどお述べになった御意見を聞いておりますと、この法律案は日本の教育の現在並びに将来にわたって非常に重要な要素を含んでいるように思います。そこで次の五点にわたって伺いたいと思います。
 その第一点は、教職員に対して四%の調整額を支給するという、これは一見給与改善策のように見えますけれども、この教職員の特別措置法案になぜ日教組は反対なさるのですか。そのおもな理由をあげていただきたいと思います。
#25
○参考人(槇枝元文君) 先ほど総括的に申し上げたわけでありますが、今度の法律案につきましては、一面給与の改善策、あるいは待遇改善ということばも聞かれます。もちろんお金をいただくという側面だけを考えますと、そうしたことも言えると思うわけです。しかし私ども、特に日教組に結集しております教師がこれに反対をいたしますのは、ただ金さえもらえばいい、こういうものであってはならない。やはり教師というものは子供の未来を考え、子供の教育を考え、最もその日その日の教育を大切にしていこう、そういう教師になるにはどうしたらいいのか、こういう点を常々考えているところです。その点から考察をいたしますと、今度の法律案は確かに四%、月四千四百円というお金はだれにとってもほしいお金であります。しかしながら、それをいただくことによって、その裏づけとして、先ほど申し上げたように、現在すでにかなり多くの事務や雑務や教育以外の仕事にまで携わせられている、その実態から解放されないで、むしろそういうことがより多く強制されてくる。こういうことになってくると、四千四百円にはかえられない。そのことによって、四千四百円もらうことによって、子供の教育をよりなおざりにしなければならないような業務命令が、超勤命令が、雑務の命令がこれから有無を言わさずに出されてくる。このことを非常におそれるわけです。ですから現状でありますと、校長からきょうこういうことをやろうじゃないか、やってくれないかと言われましても、そのことがほんとうに教育のためになるということであればやっておりましょう。しかし、これは必ずしも校長さんきょうやらなくてもいい仕事じゃないか、あるいはこの仕事は教育のために必ずしもなる仕事とは思えないじゃないか、そういうときには校長さんに確かめてやめさせるということもできます。これはいままではできています。しかし、今度この法律ができますと、業務命令だと、命令として今度なされてきます。それに対して刃向かえば行政処分だと、処分が課されてくる。こういう威圧を持った命令行為としてなされるということについては、これは耐えられないことだと思います。そういう意味で四%にかえられない子供の教育がより以上おろそかになるような事態、そして教師みずからの生活なりあるいは健康を害するような事態が一そう強化されるのではないか。このことがこの法案に反対する一番大きな理由であります。
#26
○千葉千代世君 二番目に、いまお述べになった中に、いわゆる無定量勤務というような問題に触れられているようですけれども、この無定量勤務を強要されると日教組はおっしゃっておりますけれども、そうならないように超過勤務命令の範囲を限定することになっているようにこの法案にありますけれども、この点について御意見がありましたら聞かせていただきたいと思います。
#27
○参考人(槇枝元文君) この点では超過勤務の命令の範囲を人事院と協議をして文部大臣がきめるということになっております。そのことによって仕事の内容的に一定のワクがはめられるということは事実だと思います。しかし、問題は勤務の時間というのはやはり量なんです。この仕事の範囲をきめるということは、量的な制約というものは何もなされていないわけなんです。ですから、この点で二つ問題点として申し上げますと、一つは、これは先ほど総括的に参考意見として申し上げたわけですが、やはり近代的な労務管理の中では勤労者の働く時間、そうしてそれに対する給与、こういうものは支払う側ともらう側、働く側と働かせる側が相談をし合って、その合意によってきめるというのがたてまえなんです。ところが、この超勤命令を出し得る範囲をきめる場合に教職員、働かされる者、お金をもらう側の意見は全く取り上げられないで、一方的に命ずる側である理事者である文部大臣がきめていく、このことがまず第一に大きな問題です。
 そうして第二には、そのきめられた内容がある一定のワクがはめられたとしても、何時間という限度というものはここにはないわけです。ですから、中央労働基準審議会が二月十二日であったと思いますが、建議を出している。あの建議の中にも述べられている。超過勤務を命ずる場合の範囲及び限度をきめるにあたっては、とあります。この限度はこの法律案からは抜けているわけです。ですから、この範囲を限定したということによって無定量が定量になるということではないということです。
#28
○千葉千代世君 第三点としまして、人事院勧告では教職特別調整額のこのほかに、特別な業務については別途特殊勤務手当を支給する、こういうことが検討課題になっているようなんです。これが超勤手当に見合うものであると思うのですが、いかがでしょうか。
#29
○参考人(槇枝元文君) 特殊勤務手当というのが人事院の意見書の中にも出ております。私どもはこの特殊勤務手当については当初検討を重ねまして、人事院ともいろいろ意見も交換をしてみました。ところが、この特殊勤務手当というものは、超過勤務手当にかわるべきものであるかどうかといった場合に、そうではないという答えが人事院からも明確に出ているわけです。と申しますのは、超過勤務手当というのは、一日八時間の週四十四時間というきめられた労働時間をこえて働いた場合に、そのこえた量に対して支給されるのが超過勤務手当です。ところが特殊勤務手当というのは量ではなくて質の問題です。それは人事院規則を定める際に、ここにあります不快な仕事、困難な仕事、こういう原則を置いて、そういう仕事に対して出すのが特殊勤務手当なんです。だから時間が長い短いにかかわりなく、簡単に例をあげますと、たとえば死刑執行人、これは不快な仕事である、だからして死刑執行の時間が超過労働になろうとなるまいと、そういう仕事に対して支払うというのがこれが特殊勤務手当なんです。ですから今度の人事院の意見書なり法律案から出てまいります特殊勤務手当というのがかりに出されるとしても、それは超過の労働に対する、超過時間に対してのものでは全くない、異質のものであるということから、私どもとしてはそのように判断を――判断といいますか、人事院との間でも明確になっておりますので、これをもって超勤手当にかえることはできないというように考えております。
#30
○千葉千代世君 無制限で、しかも無報酬のこの超過勤務の出される心配のあることはよくわかりました。けれども、せっかく四%くれるという法案ですから四%をもらって、それからあとに無定量勤務にならないような、強制されないような歯どめの措置をされたらと思いますけれども、その点いかがでしょうか。
#31
○参考人(槇枝元文君) これはそういうことも私自身ほかでも聞いたことがあります。しかし、いま法律案をつくるときなんですから、このときにそういう考えがあるならば、一緒に入れておいたらいいものを、なぜそのことはいまは入れないのか。あとでかりにしてやると言われても、それはどうも信用ができないわけです。簡単なことですから、そういう無定量の歯どめをしようじゃないかということであるならば、いまおつくりになるときにその歯どめをすべきであるというように思うので、一たん今度の法律ができますと、従来新しい法律ができたときに、あとあと改正をするとしても、それはとても半年や一年でできたためしはないわけでありますから、やはりせっかくこういう大きな問題を解決する際に、そういうお考えがあるなら、いまやっていただかないと、将来のことについては私どもは信頼できないので、とても容認することはできないのであります。
#32
○千葉千代世君 この法案の中で特に問題になっている点で、労働基準法の三十六条、三十七条除外、非常に基本的な権利が侵されるということについて私は心配しておりますが、一方の校長さんや教頭さんからは陳情なり意見なりがだいぶあるわけなんです。日教組の全体の皆さんから、これは非常にたいへんな権利の侵害だということが山のような陳情書になっております。校長さん方や教頭さんは、こういうこと言っておるんですね。今度の法案は教職員の給与の改善のために非常によい法案だから、賛成すべきだというようなことを言われておるわけなんです。これは非常に大切な問題をはらんでいる。大切な問題というのは、先ほどから参考人が述べられている教師の一番大事な基本的な権利の問題を相当侵害していくんじゃないかというおそれがありますが、その点どのようにお考えになっていらっしゃいますか。
#33
○参考人(槇枝元文君) 校長あるいは教頭の方々がこの法案に賛成をしているということについては、私自身の考えを述べますと、教育的良心からするならば非常に心外に思うわけです。しかし、校長なり教頭の人々が個人主義的に考えれば、この法案に賛成する意味はわかるわけです。と申しますのは、本来これは民間の他の産業労働者なりあるいは行政職の方々の例をとってみましても、管理職というのは管理職手当というのが出されます。これは超過勤務を命ずる側の人なんです。超過勤務を命ぜられる側の者には超過勤務手当が支給される。ちょうど管理職手当と超過勤務手当というのは、これは重複してもらう労働者はないわけなんです。管理の側に立つか被使用者の側に立つかということによって、管理職手当か超過勤務手当かに分かれておるわけです。
 そこで教育現場はどうかといいますと、校長、教頭には管理職手当が支給されております。一〇%と十二%であります。今度のこの法律が人事院の意見書で言っておるように、包括的な超過勤務手当の性質をも含むというのであるならば、これは管理職手当をもらっていない教職員にのみ適用されるべき筋合いのものです。ところが、管理職手当をもらっている教頭にもこの手当を支給しようというのですから、そうすると教頭にしてみれば、現在管理職手当をもらっている上にさらにこの調整額がもらえるということになるならば、これは個人的にはうれしい限りだということです。また校長の場合には、このことによってこの法律の適用はさせないけれども、現在の給与を一定額、あるいは千八百円でしたか二千六百円でしたか引き上げるということが出されているわけです。ですから、現在の校長には増俸がこのことの結果的になされていく。そうして同時に校長には、今度は教師に対して強力に威圧的にといいますか、超過勤務を命ずる権限も生まれてくる。超過勤務を命令できる権限も自分に生まれてきて、そして俸給も一号程度増俸になるという法律でありますから、校長なり教頭が個人主義的に考えれば、この法案に賛成するのはあたりまえだと思うんです。けれども、しかし校長さん、教頭さんの中にも、私自身も手紙をもらっている人もありますが、この法律はやはり教師、教育ということを考えれば重大な問題を持っているということで、かなり抵抗を感じられていらっしゃる方もあるので、これはほんとうに私は教育良心を持つ校長、教頭であるならば、この法案は修正をしてほしいと言われるのが至当だというように思います。
#34
○安永英雄君 私は、ほかの方も質問がありますから、一度にお聞きいたします。
 いま参考人の槇枝、井上、中口さんのいずれも皆さんは、この法案が成立することによって、むしろ教員の勤務時間が延ばされるのじゃないかと、こういう御心配を言われたのであります。ところが、同じような立場に立って勤務時間の短縮をするということが非常に必要である、そうであるという大黒さんの御意見であるのに、そういう点については同じような意見であるのに、この法律ができても勤務時間の延長にはならぬであろう、むしろ少なくなっていくというような傾向があるのじゃないかというような御意見で賛成をされているのが大黒さんであると思うのですが、これはどういうわけでこの法律ができれば勤務時間というのがむしろ縮小されて、理想的な形になっていくんであろうかということを、その理由を大黒さんから御説明をいただきたい。
 もう一つ大黒さんからお願いしたいのは、前に文部省が調査をして、超勤の事実がある、中村文部大臣は超勤を実施をしたい、やりたい、また剱木文部大臣はそういうことを衆参の文教委員会で実施をすると言って予算要求をしたことがあります。こういう事実は大黒さんはどういうふうにお考えになっているのか。これはそういうことをしたことは間違いだったのか、これについてどういう御見解を持っておられるのか、この点をひとつお聞かせをいただきたい。
 それから井上さんにお聞きしたいことは、具体的な歯どめがあればというお話でありますが、あなたのお考えになる一体具体的な歯どめというのはどういうものを具体的にさしておられるのか、どういう歯どめがあればよいというのか、この点をひとつお聞かせをいただきたい。
 それから槇枝さんと中口さんに対しては、一体自主的、創造的な教員の職務態様から、どういう勤務時間の管理というのが一番よい勤務時間の管理である、自主的、創造性を持った勤務時間の管理とは一体現場のお立場から中口さんはどういうふうにお考えになるのか。槇枝さんには、一体勤務時間というものは教員にはどうあらねばならないものなのか、この点をひとつ各参考人の方から御意見を聞かしていただきたい。
#35
○参考人(大黒勲君) この法案が成立すれば、むしろ教員の勤務が短縮していくと、そういう方向になぜ向いていくかということなんですけれども、これは常識的に私たち考えてみましても、近代的なこの社会において、しかもほんとうに教育者である私たちが社会の範的人間にもならなければならない教育界において、はたして現在のようにほんとうに無定量な、あるいは無制限なそういうような状態が校長やその他の上司によって命令をはたしてされるようになるのだろうかどうだろうか、そういう考え自体がもうすでに私としてはできないわけです。そういうような社会的通念といいますかが時間短縮の方向に向いているときに、教育界も当然これはそういう方向へ向いていくであろう、そういうように一つは思っております。それから事実校長会あたりにしても、一般の先生方がそのようなほんとうに心配があるのならば、われわれのほうから一般の先生方のほうに申し合わせといいますか、そういうことをやってもいいということをすでにいろんな機会に報ぜられていると、そういうこともあるわけですが、これは結局相手を信頼するといいますか、世の中は信頼の上に立って私は歯車が回っていると思います。やはりそういう信頼をしてもいいのじゃないかというように私は思っております。しかし信頼信頼と言いますけれども、やはり一般教師にとっては、そうは言うもののという心配もなきにしもあらずでございます。したがいまして、そこに歯どめ策として、文部省は人事院へその範囲を相談をしなければならない。だから人事院がうんと言わなければ、その範囲というものは全然ないかもわからないしということでございますから、そういうことでその歯どめができるし、あるいはまた万一そういうような無定量な勤務という事態が生じた場合を考えましたときには、それをしかるべく措置する法律というものは三十六、七条ですか、あれが適用除外されたからといって全然保護される法律がなくなるのではないわけでございまして、地方公務員法の四十六条によりまして、そういう事態が起きた場合には人事院にしかるべき措置要求をできる。で、そういうようなものもございますし、現に国家公務員である公立学校の先生方には、いわゆる労基法ですか、適用はされていない。そういう現実から考えてみましても、ほんとうに心配しているようなことが起こるという、そういうことは想像もできないわけでございます。しかも、この今度の教特法というものが教員の待遇をよくするという、人事院も近い将来にもっともっとこれはよくしていくんだと、しかし現段階においてはこれがワンステップであるのだと、そういうことを言っているのですから、将来に明かるい展望があると私は言えると思うのです。そういう意味で心配しているような事態は起こらない、むしろ勤務そのものの過重が軽減されていくだろう、そういうように思っております。
 それから第二点目の超勤手当を出す方向に向いておったのにこういう状態になってきたということなんですけれども、これはなるほどその時点においてはあるいはそうであったかもしりませんけれども、その時点から何年かやはり経た今日、社会の急速なる進展というものがございまして、ほんとうに教師の勤務内容あるいは勤務態様というものを考えたときに、はたしてその超過勤務手当にして教員の待遇をよくすることがいいのかどうか、そういうことで今回は調整額というような形で出てきたと思うわけなんです。結局これは教師の仕事そのものが人間形成という重大な職務である、だからその職務にやはり匹敵するだけの優遇措置を思い切ってとらなければならないということで、そういう国が思い切った私は施策をしたんじゃなかろうか。とにかく待遇改善ということは勤務条件とそれから給与ですか、これがよくならなければ待遇改善にはならないと思うんです。で、そういうことを考えましたときに、超過勤務手当で出すよりは、給与の面、金額的なもので申しますと四%か、はね返り分を含んで六%、さらに退職手当あるいは年金にかなり有利に展開する。そういうお金の面だけでなしに、先ほど申しましたけれども、将来の教員の独自の給与体系とかというような方向に向いていく、そういう姿勢を持っているものでありますから、現在のような待遇策が手当にかわってより有利であるというようなことからこれが出されたのではなかろうか。それで私たちは前々から教員独自の給与体系、こういう要望を全国の先生方とかなり続けてきたわけでございます。そういう面から私たちは非常に歓迎をしているというわけでございます。
#36
○参考人(井上忠夫君) 具体的な歯どめの例でございますが、この三十七条の割り増し賃金の請求ができなくなるということですので、いま四十一年で実態調査をしました結果から見ましても、小・中・高平均して三時間二十分という約二百分に及ぶ超過勤務の事実がある。これはただ単に職務命令だけでなく、また教師の自主性に基づいた内容のものも多少はあったと思います。教師が自主的あるいは創造的な教育専門職としての立場から、当然教師としてやらなければならない、責任と使命によってやらなければならない内容は多々あると思います。しかしながら、この責任と使命に徹してやろうとするところに雑務も含めた八時間勤務以上、八時間をこえる超過勤務が一方的に出されたのであっては、私たちはあすの教育のかてとなる研修がおろそかになるわけであります。したがいまして、勤務時間の内容については規制をするということがこの人事院勧告の意見書の中にありますように、これとこれとは職務命令で四週平均しました四十四時間をこえないいわゆる変形八時間で指導するんだ。しかしながら、なおそれでも出てくる超過勤務というものについてはこの程度にワクをきめるんだ、いわゆる勤務時間内におけるところの質的向上をはかる、質的向上をはかって、量的にはこの範囲でとどめるんだという一つの内容を具体的に示していただきたい。そうすることによって、私たちは四%というものは必ずしも適切ではありませんけれども、これが教育現場に優秀な人材を迎えるという一つの今後の日本の教職員の魅力ある勤務条件の改善のワンステップとするならば、この法案がそういう方向で解決するならば、成立を期待しておる、かように考えるわけでございます。
#37
○参考人(中口武彦君) 簡単に申し上げたいと思います。先ほどから各参考人も申されましたし、私も触れましたですけれども、教育という仕事は、相手が生きた人間、子供でありますので、決して数量ではかれない仕事であることは皆さんもよくおわかりだと思います。実は私どもは夫婦とも教員でありますけれども、昨晩も家に帰りますと、妻は一生懸命あすの指導計画などをやっておりました。またそういう話を二人でしておりますと、電話がかかってきまして、実は私どもの学校はきょう遠足でございましたけれども、遠足のことについて子供の親からいろいろ質問などありました。そのことを受け答えしました。こういう実態が幾らでもあるし、それから教育の成果をあげる、ほんとうに子供に伸び伸みとした教育を施し、学力をつけていくということになりますと、私どもの勤務というのはなかなか四十四時間でははかれないという問題が出てくると思います。先ほど申し上げましたように、私どもはいわゆる超勤手当制度の確立ということを長年望んできておりますけれども、かりにそうなりましても、だからといって、私どもの仕事がそういうことの中ですべて解消されてしまうということではないと思います。しかし、これはまさに教育活動そのものであるというふうに考えますので、その点につきましては、かねがね私どもは、この分については教師の勤務の特殊性ということから手当を要求する、あるいは手当を支給してもらいたいということで考えているわけです。これはどうしても教育という仕事の特殊性からいいまして、なかなか学校の中ではかり知れないということがあります。こういうことを申し上げておきたいというふうに思うわけであります。
#38
○参考人(槇枝元文君) 専門性を持つ労働者という意味での教師の勤務の自主性、創造性というものを基本にするということを申し上げたわけですが、そういう自主的、創造的な勤務態様を持つ教師のそれでは勤務時間なり勤務の状態はどうあったらいいのかという御質問だと思いますからお答えいたしますと、これには二つの行き方があるわけです。それは西欧あるいは欧米諸国がかなり多くとっておる行き方というのは、教員の本務、義務というのは授業にあるということを根底に置いている国が先進諸国では多いわけです。ですからその場合には、たとえば中学校の国語の教師であれば、国語の授業を一週二十五時間、これが教師の雇用の最低の義務ということになる。その場合には一週二十五時間の授業をやるということが義務であり責任であり拘束である。それ以外の時間というのは、その二十五時間の国語の授業を全うするためのみずからが研究をする、それは学校でやるか、自宅でやるか、あるいはまた図書館に行ってやるか、そういうことは全く自主的にやっていくということのあり方です。ですから、この方法を採用するならば、教師の拘束勤務時間というのは授業時間であるというふうに割り切った行き方です。しかしこれは、いま直ちに日本の現状にそぐうかといったときには、できません、率直に言って。それはかなり多くの教員定数の増をしなければならないわけです。たとえば先ほど申し上げた養護教員、事務職員が全国二万の学校に一人もいないのですから、それで教員は授業だけに責任を持つという欧米諸国のこれをとり入れたとするならば、学校の事務は停滞して、あすの日の学校運営はできなくなるでしょう。ですから事務職員、養護教員、学校警備員、こうしたもののまず職種に対する定数をぐっとふやさなければならない。それと同時に、課外活動というのがあります。クラブ活動と言っております。日本の場合には、体育の教師であればほとんど土曜日、日曜日は対外試合とかいろいろなことで無報酬のまま引っぱり出されております。外国の場合はどうかといえば、こういうものはコーチとして別に雇っているわけです。ですから体操の教師は一週間二十時間という体育の時間に責任を持つ。それ以外のクラブ活動については、野球の選手のための活動は野球のコーチがくる、バレーであればバレーのコーチがくる、それをパートで各学校が頼んでいる。そういう形態をとっていますから、これは一つの理想図だと思いますけれども、日本の現状にいま直ちに適用しようとしたならば、かなりそうした施設、設備とともに教職員の定員の増加、パートのそうしたコーチの養成なり委嘱というものが付随してきますから一挙にはできないと思うのです。
 そこで、もう一つの行き方は何かというと、日本の今度の人事院の意見書の中で幾分述べられているわけですが、教員は自発的、創造的な仕事であるということからして、授業時間をこえたあとの時間についてはできるだけそういうものが生かされるような措置を、ということが一点です。ですから、この方法というのが現状における最良の最大の方法だと思うのです。
 そこで、そういたしますと、ほんとうは一日八時間、週四十四時間というものを拘束しているところに一つ問題がある。これは拘束時間でないというようにしておく必要がある。拘束時間ではないが、教師は授業だけではなくこういうこともやろうじゃないかという、教師の本務とは何か、教師の現状行なう仕事は何々かということを明確にした上で責任の範囲を明らかにする。その行き方が一つあると思うのです。ですから、今度の法律案の場合には、それを全く矛盾の形で両方重複をさしておるわけです。授業に責任を持たせるのだ、あとは自発的、創造的にできるだけ生かしていきなさいといいながら、一日八時間、週四十四時間というものは拘束ですよと、こう置いているのですから。だからして、文部省は今日までどのような指導をしているかといえば、授業はその先生は二時に終わった、しかし五時までが勤務時間と。四時に自分はどうしてもきょう帰りたい、その中で組合の会合があるから行くと言ったならば、一時間の賃金カットをするわけです。ですから、五時までの勤務で、授業が終わって学校に残っておる必要がなくても、残らなかったならば、一時間早く帰って組合の会合に行ったということが知れたならば、それは一時間の賃金カットということで三百五十円か四百円かを俸給日には引かれるという、こういう制度を指導しているわけです。こうなってきますと、これはもういまの教員の自発性も自主性ももちろん生かすすべもないわけですし、一日八時間、週四十四時間というものは学校内にくぎづけをされて、もしも外へ出ようとするならば、校長の許可を得て、どこそこの研究会へ行くというときには承認されれば出られる。そういう承認のワクというものが非常に限定されておると思います。ですから、非常に片手落ちの現実指導がなされておる。五時までの勤務を一時間カットすれば一時間賃金カットをする。六時まで勤務してもそれに対しては超過勤務手当は出さない。こういう全く不合理な現状というものをこの法律では何ら打開ができない。そのままの形で持続させようとしている。ですから、この法律は問題である。先ほどの御質問に対しては、いま言ったような西欧諸国の行き方が一つある。日本の場合にいま直ちにそれはとれないが、せめて人事院が意見書に言っているあのことを実行に移すということは、少しでも自主的、創造的な方向へ教師を持っていくゆえんではないかというように思うわけです。
#39
○鈴木力君 大黒参考人に簡単に二、三お伺いいたしますが、さっきのお話の中に、教職員の地位の向上をはからなければならないということがありました。そこで、あなたのお考えになっていらっしゃる教職員の地位というのは、現状はどういう現状で、将来望んでおる教職員の地位というのはどういうことを考えていらっしゃるのか、ひとつ伺いたい。
 それから二番目は、人事院との間に協議をしてきめるということ、そこでこの法律の無定量の労働になるかどうかということは信頼関係だ、こういうお話をなさった。信頼関係というのは、普通であれば相互信頼関係でなければならないわけなんです。しかし、この法律では、命令をするほうは信頼関係にはないわけです。相互信頼関係であれば、命令をするという、勤務を命ずるということが出てこないはずなんです。一方勤務を命ずるということが出てきておって、受けるほうが信頼関係にあるというそのお考え方は、どうも私にはぴんとこないのですけれども、だから、時間外勤務を命ずるということができないという方向と命ずることがないという方向と、先生の考え方による信頼関係ということは一応は考えられるけれども、そういう点からこの法律を読んでみたら、どういうことなのか。
 その次には、人事院と文部省がきめるということは、国家公務員である国立学校の先生方をさしていらっしゃるわけですね。ほとんど大部分は公立学校なんです。人事委員会と教育委員会とがきめるということになっておる。この場合に、いまの教員の給与関係についての人事委員会の機能がどういう形になっているのか、お調べになったことがございますか。
 その三点お伺いいたします。
#40
○参考人(大黒勲君) 教員の地位の向上、現在の教員の地位を一体どのように評価しているかということなんですが、これは人にはやはりいろいろな人生観がございまして、自分はこう思っている、あるいはあの人はこう思っている、いろいろありますけれども、とにかく、デモシカ先生ということばがあるということは、これはやはりあまり先生の地位を高く社会が評価していないのじゃないだろうか。そういうようなことで、私は先生の現在の地位を残念だなと自分自身でも思っているわけでございます。したがって将来は、デモシカ先生なんていわれないようにお互いに研修に努力するとともに――といいましても、やはり待遇改善ということをやっていただかないと、優秀な人材が教育界には集まりませんから、そういう意味で思い切った優遇措置をすることによって、先生の地位といいますか、あるいは労働基準法適用除外ということは、ある意味では教師の勤務の実態をいろいろな面で拘束しているように逆に考えたらいえると思うので、思い切って教職員独自の給与体系やあるいは勤務時間というものまでもつくって、そうして教師の地位を向上さしていただく。そういうようにいろいろな裏づけができたときに、初めて教師自身の企画のもとに私は教師の地位も向上するのではなかろうかと思います。
 それから無定量勤務ですが、ちょっと私あまり頭のいいほうでございませんから、そういう相互関係ということは、なるほど私もそう思いますけれども、しかし私たちの立場で考えてみましたときに、われわれは普通の一般の労働者と違って、労使が対等の立場で相互にものをきめるということができない。いわゆる教育公務員であるというそういうようなことで、われわれのことに関しては第三者的機関である人事院が私たちのそういうようないろいろな面についての要求権というものをかわってやっているという、そういう面で私たちにかわってやっている人事院なんですから、それは信頼していいのではなかろうかというように思うわけでございます。それと、そうはいっても、やはり無定量勤務云々というのがございますけれども、これはやはりさっき申し上げましたような、労基法以外の法律を適用できるのではなかろうかと思っております。
 それから給与問題ですが、えらい頭さらすようでまことに恐縮でございますけれども、そういうようなことにつきましては、私は詳しい調査あるいは研究というようなことをしたわけでもございませんので、お答えすることができません。
#41
○鈴木力君 一番あとのほうは、お調べいただいていなければそれでやむを得ませんが、くどいようではありますけれども、ちょっと繰り返していまの二つの点をお伺いしたいのですが、一つは、デモシカ先生が何かというのは、これは表現はどっちでもいいことだけれども、要するに、教職員自体の給与体系が新しくできて、それから教職員そのものの勤務の態様が新しく法制度化をされて、教職員の社会的地位といいますか、経済的地位といいますかね、地位の向上はそのときなんだと、そうおっしゃる。私も同感なんです。だがいまのこの法律とあなたのおっしゃった地位の向上とは直接は関係がないわけです。だからいま提案をされている法律と全然別の給与体系と全然別の勤務態様の制度化をするということとはどういうふうに結びつけてこの法律を賛成なさったのか、その関係を少しわかりよく説明をしていただきたい。
 それから第二点についてはこれは簡単です。いまは教育公務員であるために労使対等の交渉ができないから人事院との協議というところに頼るのですと、もしそれが労使対等で交渉ができるならそれが一番いい、そういうお答えであったと伺ったのですが、そういうふうに聞いてよろしいのですか。二つだけお伺いをいたします。
#42
○参考人(大黒勲君) 本法案が私たちの主張している勤務時間云々というところまではなるほどうたっておりませんけれども、とにかく教職の特殊性を認めたということにおいてはこれは言えると思います。教職の特殊性を認めたということはとにかく他のいろいろな生産に従事して生産物を生産しているというそういう労働者ではないと、そういうようなことで教師の自覚をこの法案は私に言わせましたら自信とあるいは誇りというのですか、そういうものを持つことができるというふうに私は思うわけです。そういうことで、しかも将来なおこれをよりよい方向に持っていくということもはっきり言明しているわけですから、そういうことで将来に明るい希望が持てるということでございます。で、その勤務時間云々の問題は私たちが前々から要求していることでもございまして、一日八時間、週四十四時間というあの最低基準というものがなるほどわれわれのその勤務時間の一つの大きなワクになっているわけですけれども、いまその教員の勤務態様そのものを考えてみましたときに、ほんとうに時間をこえて働かなければならないというような自主性とか創造性を考えましたらそういうこともあるわけでございまして、だからできたらそういう時間をなお短かく、一日六時間というような方向に持っていくのがいいんじゃなかろうかと思うわけです。そういう運動を私たちは進めておるわけで、いまその前の給与面、そういう面がまず今度法案でできたわけでございますから、それと同時に教員の地位を高めるためには単なる給与だけではなしに、そうした今度は勤務条件のほうにも持っていく、そういうような希望を持っているわけです。
 それから二つ目は……。
#43
○鈴木力君 二つ目は簡単なことですよ。あなたのおっしゃったいま教育公務員のために労使対等の交渉ができないから、したがって文部省が人事院と協議するというところに期待しているのだという趣旨の説明があったでしょう。それを裏返していえば、あなたが労使対等の交渉をすることができれば、ほんとうは人事院との交渉、人事院と文部省との協議というのは満足できないというふうに聞こえるわけですね、そう聞きたいのだけれどもどうかと、こういうことです。
#44
○参考人(大黒勲君) 労使対等の立場に立ってものを考えるということは、教育という公務員ではあまり私はそういう考え方自体が私としては考えられないので、それで……。
#45
○鈴木力君 もう一つだけ伺います。わかりました。あなたの考え方はわかりましたがね、そうすると教師の社会的地位ということは、それなりの月給はもらえればいいけれども、少なくとも自分の職務についての発言権は保留すると、そういうことだと伺ってよろしいですね。
#46
○参考人(大黒勲君) 発言権は保留するのじゃないと思いますが、対等の立場でものごとをきめられるというようなときには協定を結ぶということなんでございますけれども、その対等の立場に立つ、対等の考え方がいろいろあると思いますけれども……。
#47
○大松博文君 まず最初に、大黒参考人にお伺いしますが、先ほどいろいろ説明を聞きまして、まあ大体わかったのでございますが、その上にもう一つ、念を押して聞いてみたいと思います。
 いまも言われましたが、教育は人であり、そしてまた人材なくして教育はあり得ない。だからして魅力あるものにして教員を確保しなければいけないという具体的なお話でございます。それと私がいつも思っておるのは、現在の学校におきますクラブ活動、こういう中で、先生方が土曜日であろうと、日曜日であろうと、休日であろうと、春休み、夏休み、こういうときであろうとも、自分のことは考えずに生徒また学生、こういう方のために、こういう方をよくしてやろうということからして、自分の小づかいからそういう子供にあめ玉を買ってやったり、そうしてジュースを買ってやったり、こういうことをやられておる方がたくさんおられる。こういう方がそうだからといって、何か金をくれとか、こういう方に限ってほとんどの方がそういうことはいっておられない、こういうことを私はいろいろ考えましたときに、こういう方こそ何かしてあげなければ、ほんとうにかわいそうだ、お気の毒だという気持ちは、私はいままでもよく持っておりました。そうしたところが、今度のこの法案は教員の処遇改善という点から見ても、きわめてこれはすぐれた法案だと思う。だからして、この点をもう一点、大黒参考人にもう一つここについて何か御意見をはっきりお伺いしたいと思います。
#48
○参考人(大黒勲君) それこそ教育のこれは特殊性、教職の特殊性でございまして、自分がほんとうにこの子供の将来を思えばこそ、いま先生のおっしゃったようなそういう子供と教師とのいわゆる接触というものがあるわけでございます。したがいまして、そういうような点でただ単に時間的に一時間幾らとかいうような、そういう体系をやっていくこと自体は、やはり私は教育職にとってはなじまないことと思います。そういう意味で今度のこの法案ができたということが、いわゆる私たちの待遇に結びついていって、そして教師がそういうようなとにかく一般ほかの人々と違った職であるという認識が、この法案によって私はできると思います。そういう自主性といいますか、あるいは自覚、誇りというものができて、そこでまた教育がさらに向上していく、そういうようなことで今回のこの法案は非常に私は賛成しておる次第でございます。
#49
○大松博文君 今回のこの法案によりますと、教員は一定量の勤務を強いられるという方が一部にはございます。しかし十分な歯どめ措置がなされておる、だからして、かようなことはないと私、思いますが、この無定量の勤務が強いられるようなことがたとえばあるだろうか。何かございましたら、具体的に何か、そういうことをお話し願いたいと思います。
#50
○参考人(大黒勲君) 無定量なことが具体的にあるかという、その具体的に無定量があること自体が、あるいは無定量勤務を命令するということ自体が、もう考えられぬことで、そういう具体的なこと、私の知っている範囲内ではございません。
#51
○大松博文君 まあ私もないと思いますが…−。
 次にへ槇枝参考人にお聞きしますが、日教組の考え方というのは、超勤と調整額との二本立ての考え方のように私どもは思います。そうして、この人事院の調整額支給の基準になっている考え方というものは、これは八時間勤務の内外を問わず、包括的に評価して、そうして超勤手当とか休日給、これを支給せずして、調整額を支給するというものだと思う。だから、槇枝参考人が二本立ての制度とは全く違うものではないか。もう一つ、私が従来の人事院勧告、この人事院の公務員給与に関する勧告について、これにつきましてこれを尊重し、完全に実施すべきものである、こういうことを強くいままでも要求されておるわけであります。だからして、この公務員の給与勧告は、昨年から、これは完全実施される。今回の人事院の意見、これは勧告と同様の意味を持つものであるということからすれば、これを尊重すべきものじゃなければいけないと私は思います。その点、槇枝書記長の御意見を伺いたいと思います。
#52
○参考人(槇枝元文君) 最初、前段でおっしゃいました人事院の今度の勧告なり、それを受けた法律案の内容というのが、教職調整額というのが八時間の内外包括してというふうになっているという御指摘だったと思うんです。もちろん、私どもも現在の法律そのもの、それから人事院の勧告は、そういう意思といいますか、そうした考え方に基づいて出されていると思います。ただ、日教組の場合、いま大松先生が御指摘になりましたように、そのことは問題ではないか。と言いますのは、やはり、時間の内外、特に超過勤務というのは外のことを言うわけでありますから、外の中に測定が可能なものと困難なものとあるわけですから、困難なものについての包括額として調整額を支給するというのが当然ではないかということを申し上げているわけなんです。それで、それ以外のほうは、先ほどから出ました歯どめにつきましても、これは十分でない。というのは、これは御承知と思いますが、民間の組合で超過労働をやる場合に、三十六条で協定を行ないます。三六協定というのを。超過勤務はこういう項目でこれだけの時間やるということが協定になるんです。民間労働者の場合でも、週何時間以上やってはならないという限度が、きちっと歯どめがつくわけなんです。その歯どめがついても、そのついたものをやるについては、さらに超過勤務手当が出るわけなんです。超過勤務手当はもらえるものであっても、なおかつ、民間の場合には、たとえば日立造船あたりが一カ月十五時間ですか、十五時間をこえて超過勤務をさしてはならないということで限度がきちっと入っているわけですね。ところが、教員の今度の場合には無報酬でありながら、さらに何時間以上やってはならないという、そういう限度が何にもない。ここに歯どめが何にもないということを申し上げているわけです。
 それから人事院勧告の尊重の問題です。これもよくおっしゃるんですが、一つの言い方としては、昨年からようやく人事院の勧告を、尊重といいますか、実施されるようになりましたが、これを実施していただくのには非常な大きな犠牲があったんです。これは、私に言わせれば、政府が、昭和二十三年に人事院が設置されたときから、きちきち勧告を実施してきているということであるならば、いまのような御指摘を政府からされたときにややこちらもたじろぐんですけれども、二十三年に人事院が設置されて以来二十年間、一度も実施をしないでおいて、そうして実施していただくためには私どもが決してやりたくてやったんではないストライキというような行為を四年間連続してやって、文部省からおしかりを受けて――おしかりどころではない、大きな処分を受けて、賃金カット、それから首を切られたり、そういう大損害を受けながら、ようやくまあ政府が実施したということなんですから、それを実施した現在、わしも尊重しているんだからおまえも尊重せよと、こう簡単に言われるのはちょっとどうかなという感じがするわけなんです。けれども、やはりその点については私はそうした単純な言い方ではなくて、本来は教師も憲法二十八条で、最高裁もいっておるように、勤労者なんです。教師も教育という仕事に携わる労働者に間違いはないわけですから、この憲法二十八条にいう勤労者の賃金、労働条件というものは団体交渉によって決定をすべきものである、このことは憲法二十八条に明確に書かれているし、昭和四十一年に出されたILO・ユネスコの共同勧告である教師の地位に関する勧告の中にも教員の賃金、労働条件は労使の交渉の過程を通じてとりきめられるべきであるということが八十一項でありますか、そこに明記をされているんです。ですから私どものほんとうの立場は、これは人事院というようなものに依拠して、依存をしてきめていくものではなくて、やはり政府と国家公務員、地方公務員と地方行政庁、あるいは私ども教育公務員の賃金、労働条件の基礎をきめるのは文部省、政府でありますから、そこと交渉してきめていくというのが本筋だと思うのです。ですから、そういう方向に持っていきたい、その過程に人事院の勧告をするという制度が現在あるから、そこでその制度に対して、日教組としては、人事院に対して、勧告をなさるならこのような勧告をすべきである、こういう勧告をすることが教育の実態に即しているんだということを再三にわたって申し上げているわけです。申し上げたにもかかわらず、今度の勧告は必ずしもそれに沿っていないというときに、私どもが人事院の勧告というものを頭からこれを文句なく聞かなければならない義務というものは本来労働者というものにはないんだ、だから政府は労働者のストライキ、公務員のストライキを禁止したかわりに人事院をつくったのだから、その人事院の出す勧告は、政府はこれは聞く義務があるでしょう。けれども私どもはストライキ権は要らないから人事院にお願いするといって人事院を頼んだのではなくて、ストライキ権を持っておりたいというのにもかかわらず政府がかってに取り上げて人事院をつくったのですから、人事院に拘束されるのは、これはストライキ権を巻き上げて人事院を設置した政府こそ拘束はされても、それに初めから反対をしている労働者側が人事院の勧告に従わなければならない義務はない、こういう立論を持っているわけです。
#53
○二木謙吾君 井上参考人にお伺いをいたします。
 教育の重大性については私が申し上げるまでもございません。教育の振興ということは非常な国にとっても、また国民にとっても大事な問題でございます。これには施設設備の整備あるいは環境の整備等、いろいろな問題がございますが、何と申しても私は先生にその人を得るということが一番大きな問題であろうと、それには先生の労働条件をよくする、また先生の待遇をよくする、こういうことが一番大きな問題ではなかろうかと思うんです。今回人事院の勧告は四%でございますが、私どもはこの四%で満足するものではありません。しかし国家財政を勘案しての第一回の処遇で四%と、こう勧告は組まれたものである、かように考えておるものでございますので、今回の処置は教職員にとって相当程度の処遇の改善である、こうお考えでございますか、どうでございますか、その点井上参考人に。
#54
○参考人(井上忠夫君) 先生のおっしゃったことはごもっともだと思います。私どもも四%というものは必ずしも実態調査の結果から見ても当は得ておらない、それならばこの穴埋めだけおいても六・一%の相当額があるではないか。しかしながら教育が国の一つの施策であり、今後の日本の教育をどう持っていくかという大きな変革の七〇年代を迎えているときに、たかが二%だけでわれわれは反対をするということは、教育専門職として必ずしも正しくはない。四%でもやむを得ないであろう、他の産業とのバランスも考えて。ただしこの四%が現行の勤務態様よりもさらに悪くなるような内容を含んだものであっては私どもは了解しがたい、こういうことを主張したわけでございます。したがいまして、前段私どもの意見の中に申し述べましたように、この歯どめがどの辺にこうするのだということが明確にされるならば、四%を優秀な教員を教育現場に導入する一つの改善策の一環として踏まえていくならば、私どもはやむを得ずこれは了解をする、このように考えておるわけでございます。
#55
○二木謙吾君 次に槇枝参考人にお尋ねをいたしますが、この法案が通ると超過勤務が強制をされる。また業務命令等が過酷になる。こういうお話がございましたが、もう少しこの点について具体的に御説明を願いたい。
 同時に、千葉先生からの質問であったかと思いますが、校長さんなり、あるいは教頭さんなりから、この法案を通してくれ、こういう陳情が非常に多い、それについてはどういうお考えか、こういう質問があったときに、校長、教頭は管理職手当をもらっておる。またこの法案が通ればそのほうの手当ももらえるから、本人個人的な考えでそういう陳情が出るであろう、こういうような御返答であったと私は記憶いたしておりますが、私の考え方を申すならば、その学校における世論、その学校における先生方を代表しての陳情であろうと、かように考えております。どうですか。
#56
○参考人(槇枝元文君) 第一の問題は、この法律が通れば、無定量勤務が強要される、非常にいまよりも命令行為による業務がさらに強圧になるということを具体的に説明せよということでありますが、これは現状でありますと命令ができないわけです。現在の法制下で命令をしますと、これはもう直ちにその裏づけとして超過勤務手当の請求権が生まれます。今度はこの法律が通れば、命令をしても超過勤務手当の請求権はありません。と同時に、現状ですと、そういう裏づけが必要であるがために、命令行為というものはしないように文部省が指導をしております。超過勤務は命じないようにということを全国の学校長にこれは指導なさっている。今度はこの法律では人事院と協議して文部大臣がきめたことについては命令することができるということになっているのですから、今度は大手を振って命令行為が可能になるわけです。そこにいままでとは違った仕事についての強力なさせられ方が起こってくるというように申し上げます。一つの例を申し上げると、この例が必ずしも適切かどうか私判断できかねるのですが、まあ聞いていただければ……。たとえば人事院と協議をいたしまして、文部大臣が指定する内容は何だろうかというように想像してみますと、もちろんこれは想像の域を脱しませんけれども、たとえば職員会議とか、それから学校行事というようなものがその中に盛られるのではないかというように推定をします。これはそういうことがかりに指定をされたといたしますと、ちょうど一昨年であったかと思いますが、島根県の松江で起こった事柄なんですが、二月十一日、建国記念日が日曜日にあたった年がたしか一昨年だったかと思うのです。通常そういう学校で行なうべき行事というのはきめられております。しかし、それ以外に、校長さんの考え方によって、紀元節行事をやりたい、紀元節復活ということを非常に希望された人があるとすれば、これは紀元節行事をやりたいということも起こってくる。ところが、日曜日に教師や子供に、正規の授業計画でないことですから、強制はできないのです。けれども、勇敢にも、二年前に、松江市であったと記憶しておりますが、そこの校長会が相談をいたしまして、そして、松江市の小、中学校では日曜日の建国記念日に建国記念式典を学校行事としてやるということをおきめになりました。そうして各学校に持ち返って、職員に対して建国記念日に式をやるから全教職員は出てこいということを通達しました。子供にも全部登校せよということを言いました。そのときに教師が、この建国記念日というのは、これだけいろいろな問題があってのことだから、その建国記念日に紀元節行事をいまの時期にやるということは適切でないということが職員会議で多くの教師から述べられました。そうして建国記念日には、校長が独断でやるというならば教師としてはそれに協力できません、正規の学校の仕事でないのだということを言ったのです。校長は、出てこないのなら業務命令を出すぞということまで言われた。そのときに、そこの松江市の教員組合のほうから日教組の本部のほうへ相談がまいりました。どうしたものだろうか。それで私はそのときにそこの組合のほうへ、そういう職務命令というものは出すべきものじゃない。学校の正規の仕事でもない。校長のまあいわば好みとして建国記念の紀元節行事の式典をやるという、日曜日にやたらに教師や子供を引っぱり出してくるということはよくないことだから、これはやめさせなさい。どうしても出ろというのであれば、業務命令ということならば、違反すればまた業務命令違反で処分されるかもしれない。処分まで受けるのはぐあいが悪いだろうから、どうしても出ろという命令ならば、校長さんに命令として書いてもらいなさい。そしてその命令書をもらって出ていって、そうしてそれを持って日曜出勤、休日出勤の超過勤務手当を払いなさいと言いなさい。そうしたら校長は払う義務があるのだ。そこまでやったときに初めて、これはやはり命令はぐあいが悪いということになって、校長会で引っ込めました。それで、建国記念日行事はやりますから教師の皆さんできるだけひとつ協力をしてもらいたい、しかし強制はいたしませんということになって、過半の学校ではやめましたけれども、今度この法律が通りましたら、今度は大手を振って、あすは建国記念日の式典をやる、あるいは一月一日元旦の式典をやるから出てこいと言ったときに、行かないと言ったら業務命令違反、超過勤務手当の請求権もない。おまえは四%やってあるのだから、こういうことで、いまのようなことが幾らでも行なえる状態が出てくるということなんです。まあ一つの例として申し上げたのですが、そういうことが従来とこの法律が通ったあとでは違うわけです。そこに強制行為というものが従来になく行なわれるという心配があるのです。
 それから、第二点目の校長、教頭の人が通してくれというのは、これは校長、教頭さんが個人的に、自分が管理職手当をもらい、その上にこの調整額をもらえるからということで賛成しているのではなくって、学校を代表する意見だというようにおっしゃったわけですが、これはもう私がそうじゃないと言っても、二木先生はいやそうだとおっしゃるかもしれないわけですが、しかし、日教組といいますのはわりと民主的に運営をしておりまして、今度の法律案等については、この解説も、六十万組合員がおりますから、金はかかりますけれども、六十万印刷をいたしまして、もうすでに三回にわたって全組合員に配付をして、これで賛成か反対か、こういう方針がどうかという相談をしては積み上げてきておるものですから、学校でよもや、校長さん賛成だ、日教組に行って反対だ、こういう二重人格的組合員はないと私は信じておるんで、ですから、それは校長さんが校長会議等では賛成ということになったかもしれませんけれども、おそらく学校で組合員の教師に御相談されたときには、校長、陳情に行ってくれなんということにはならないと私は思うわけです。
#57
○二木謙吾君 まだお尋ねありますけれども、ほかの方がおられますから……。
#58
○内田善利君 私も四点ほど質問したいと思いますが、槇枝参考人にお願いしたいと思いますが、参考人は先日、文部省で西岡政務次官とこの問題について会っていらっしゃるわけですが、そのときの話し合いの経過、内容を簡単に御説明いただきたいと思います。
#59
○参考人(槇枝元文君) それはいつのことでしょうか。日教組ですから、文部省の――いま大臣とはなかなか会えませんけれども、西岡政務次官なり、あるいは宮地初中局長などとは数回会っておりますので、そこでどういう話をされたかとおっしゃるが、いつごろのことか、おそらく、もう三回か四回会っておりますから、一番最近のお話を申し上げればいいんでしょうか――一番最近でありますと、たしか人事院の意見書が出されたその日でありましたか、その翌日、二月の何日に文部省でお会いしたと思うんです。そのときの話の内容といいますのは、やはりこの意見書の内容からして、日教組としてはこれをそのまま了承するわけにはいかないということを私のほうから申し上げました。で、どこに問題があるのかといったときには、これを法律案にされる場合には、ぜひ次の三点に留意をしてもらいたいということをこちらから申し上げたんです。
 その第一の問題は、これは超過勤務を、一日八時間、週四十四時間をこえて勤務をさせる業務の内容を決定するにあたっては日教組と協議をしてやってもらいたい。もちろん人事院と相談されることを否定はいたしません。けれども、これは当事者である日教組の代表と協議をしてきめるということを一つはぜひお願いをしたい。
 それから第二には、そのようにしてきめて、そして四十四時間をこえて超過勤務命令を出していく、その場合にはその超勤命令を行なったそのことに対しては、それに相当する超過勤務手当を支給するということをぜひ法律をつくられる場合には入れていただきたい、それが第二点です。
 もう一つは、これは全体を包括しているんですが、一方的に決定をして、一方的な超過勤務命令は絶対にしないようにということだったんです。
 これに対しまして、西岡政務次官が、それから局長も同時に一緒におられましたからおっしゃったと思うんですけれども、日教組と協議をしてやるということはちょっとお答えができません、これは、文部省は人事院と協議をしてやる、けれども、日教組もどうぞそれは人事院に行ってものをおっしゃることは自由だけれども、文部省と正式に協議してきめていこうということについては、文部省は何としてもうんということはできませんということでした。意見は聞いてもよろしい。けれども、そういう協議をするということはとてもできない。
 それからもう一つの、超過勤務手当をそういう場合には支給してほしいということについては、超過勤務手当というものを支給するということは文部省なり、あるいは与党として承認をするところにならないだろう、こういうお話でした。ですから、その二点からいって、やはり西岡政務次官とお会いしたときから、この問題についてはなかなか両者が一致したことにはならないという観測を私はしておりました。ただしかし、何とか努力をすればと思いましたのは、いまから三年前の昭和四十三年であったと思いますが、そのときには文部省と日教組がこの問題では一致をしたわけでありますから、で、事務当局との間で、やはり近代的労務管理のあり方としては、教員についても確かに超過労働をやっているから、まず測定ができるものについてだけでも超過勤務手当を支給するという制度をつくりましょう、そうしないと、校長、教頭に管理職手当を出しているのに対して片手落ちになる、それからまた一般行政職公務員から見ても、教員には何らの超過勤務手当がないというのは片手落ちだからというので、一時、昭和四十三年の六月でありましたか、この制度をつくるということで事務当局は腹をくくったというお話がありました。そうしてそのことは日ならずして衆参両院の文教委員会で剱木文部次官もお答えになっておったのですから、そういうかつて日教組と文部省が一致しておったことですから、いまになってそれがまた一致できないはずはないというようには思ったのです。ただあのときには、与党である自民党のほうの文教委員会が、何ぼ日教組と文部省が一致してもそれはけしからぬということで、これは別の法律になったというように聞いているわけなんですが、この点は参考人としてぜひお願いしたいのは、こういう問題はできるだけ使用者の側に立つ行政当局と、そうして被使用者の側に立つ組合の側とが相談をして、めったに一致することのない日教組と文部省が一致したときにはせめて応援をしていただきたいということをお願いしたいと思うのです。
#60
○内田善利君 いまのお話を聞きまして大体わかってまいったんですが、これからも文部省側とは、こういった問題について話し合いをしていかれるお考えですか。
#61
○参考人(槇枝元文君) 日教組といいますのは、やはり教師の賃金、労働条件の改善と民主教育の推進のために結成をしている団体でありますから、この法律がいかようになりましょうとも、引き続いて文部省には要求も申し入れも持って行き、交渉もできる限りやっていきたいというように考えております。
#62
○内田善利君 この時間割り増し賃金の件ですけれども、労働基準法どおり要求されておるわけですが、この割り増し賃金の超勤を完全に時間で掌握できると、そのように考えておられるのか。
#63
○参考人(槇枝元文君) これは完全に掌握できるものとできないものとあります。これが教育労働というものの特殊性でありますから、ですから、自主性、自発性に基づいた教育労働の場合には、校長なり、そういう管理者が確認できない、みずからが自発的にうちへ持って帰って、まあ私も教師としてよくやったことでありますが、ほとんど子供の採点なんというのはうちへ持って帰って夜寝床でやったという経験があります。こういうものを換算をして超過勤務手当をよこせなんということは私ども考えていないのです。これはやはり教師としての、子供の教育のために、平素の授業をりっぱになし遂げていくために必要な仕事としてもうこれはやむを得ない。けれども、そういうものに対して今度包括的な調整額等の支給ということは、これは非常にありがたいことだというように思います。けれども、今度は学校内で研究会をやります、それが七時、八時になる、あるいは職員会議をやって、きょうは八時までやりましょうということで職員会議をやる、あるいはあすは日曜日だが体育会をやりましょうというので、休日出勤をして朝の七時から夜の六時まで運動会をやる、こういうことはすべて測定が可能なものなんです。ですから私どもそういう測定が可能であり、当然校長としても管理ができ得る、そうして命令行為も伴う、こういうものについては超過勤務手当という制度を確立することが当然であるというように思っているのです。
#64
○内田善利君 もう一つ、いままで時間数で教育者の労働量というものを考えてきたわけですが、給与のほうは時間数はまず考えないんですね、資格と、あるいは経験年数あるいは専門性といったようなことで給与を決定しているわけですけれども、この点はどのようにお考えですか。
#65
○参考人(槇枝元文君) いまおっしゃった教員の給与の、きめるたてまえですが、これはもちろん現象的には教員の賃金というのはきめる場合に学歴、資格、経験年数、こういうようなもので決定をされていきます。しかし、その決定の以前の問題として、勤務時間はあるわけです。これは一日八時間、週四十四時間労働という勤務をやるんだということが前提になって、その労働者でこういう資格を持ち、こういう経験を持つ者は幾らと、こうなっているわけです。ですから、時間勤務の量というものについては考慮外だというと決してそうではないわけですね。これは私、きょう前提で、最初に申し上げたとおり、戦後の公務員法体系というものが定量労働を基本にして打ち立てられているわけですから、一日八時間、週四十四時間働く者としては、その賃金は行政職の高校卒は幾ら、大学卒は幾ら。それから教育職は幾らと、こういうことはきめられているわけです。
#66
○内田善利君 大黒参考人に一言質問したいと思いますが、無定量の超過勤務は起こり得ないということなんですが、まあこの要綱でしたかにありますように、超過勤務というのは「教育職員にはなじまない」と。「なじまない」ということばが使われておるわけです。「なじまない」と言いながら調整額を出して調整をしてもらうと、こういうことになっていると思うんですけれども、非常にいま矛盾を感じるわけですが、その点についてはどうですか。
#67
○参考人(大黒勲君) 超過勤務の問題ですけれども、いわゆる教師が自主性、自発性に基づいて子供の教育に携わると。そういう一方と、あるいは超過勤務命令によって時間を一時間なら一時間その人には給与が支給されて、超勤手当が支給されて、本人が自主的にほんとうに創造的に創造性に基づいて、あるいは時間をオーバーして従事してもそれに対しては支給されない。何かこういうこと自体が矛盾なような感じがするわけです。やはり教師というものは、総括的に考えて、そして総括的ないわゆる待遇と、それが一番私はいいんではなかろうか。実際、超過勤務を命令をして、そしてそれにはやっぱり手当を出すということになればどうしても時間そのものをはかっていかなければならないし、時間、一時間をやったから、教育効果とかいうようなものを考えたときには、またそれも非常に何といいますか、時間と、あるいは生産者が従事しているほうの生産で、一時間で何ぼつくったというような、そういうようなこととは教育の効果そのものもお金でもはかりにくい、そういうような感じがするので、とにかく総括的に教育の実態に即して給与をきめる、そういうようないき方が一番いいのじゃなかろうか、そういうように思います。
#68
○萩原幽香子君 超勤手当の問題をお話し合いしながら、どうやら超勤手当出さんならんような事態になったようでございますので、簡単に質問をさせていただきたいと思います。
 まず、大黒参考人にお尋ねをしたいと思うのでございますが、あなたのお話の中に、女性が非常に多くなった現状だ、こういうお話がございました。ということは、男子にとっては引き合わない職場になったと、こういうお話がございました。それでは女性ならこれは引き合っておりますのかどうか、この点をお聞きしたいと思うのです。大体、教員の質について男女差をあなたは認めていらっしゃるのかどうか、それが私の質問の第一点でございます。
 それから、国家公務員がただいまどれくらい一月に超勤としてもらっておりますのか、それを御承知でございましょうか。そしていま調整額では四千四百円と、私は八千円くらいと聞いているのですが、その開きを一体どういうふうにお考えになっておりますのか、この二点をお聞きしたいと思います。
 それから槇枝参考人にお尋ねをいたしたいと思うのでございますが、組合幹部というものは、常に末端の職場、教師の声を聞いて対処しなければならないと思うわけでございます。したがいまして、組合幹部の独走は厳に慎むべきだ、そういうことについて槇枝参考人は、非常に私たちは民主的にやっている、だから六十万部も刷ったのだ、こういうお話でございましたね。ところが、きのう私のところへ、こういうたくさん、山みたいにこういろいろ超勤についての問題が来ているわけでございますね。ところがそれがいろいろ違うわけでございます。まず、こういうのがございます。「握りめしをくれて、カキの種を取るような教職特別措置法はやめること。特に労基法とわれわれの関係を後退させないこと。」これはきのうきたばかりでございますが。
 その次に「現職文教委員会で審議中の教職特別措置法案は、私たち教職員の労働基本権を奪い、無定量の勤務を押しつけるものであって、断じて許すことはできません。貴職のお力で、この法案を廃案にされるよう要請をいたします。」これが二つ目。
 そうして、最後には「今国会に出される教職員の超過勤務手当制度について、左記の事柄を要求しますので御協力のほどよろしくお願いします。」「クラブ活動、学校行事、職員会議、校内研究会、教材研究等、教員労働の特性をかんがみ、労基法三十七条に基づく割り増し賃金の支給部分と、定率特別手当支給部分とに分類して支給する制度を押し進めてくださるようお願いします。」こういうようにきているわけでございますね。そうしますと一体日教組はどういうように御指導をなさったのか、ちょっとそれが私は承りたい。そういうふうに違ったものを受け取った私は、一体この法案は廃案にするように努力するのが先生方の気持ちなのか、それともこういうふうに修正したものについて努力をすればよろしいのか、私自身手紙をもらってうろちょろするわけです。そういう点一体日教組はどういうふうに考えていらっしゃるのかお尋ねしたいのです。
 それから、中口さんにお尋ねしたいのですけれども、現状では命令できないのにもかかわらず、いろいろな超過勤務というものがやられている。そういうことだから、もしこの法案が通れば大手を振って命令できるんだから、まことに心配だ。こうおっしゃっておりますね。そこで、それはほんとうだと思います。それがほんとうならばそうだと思います。そこで、私もそういうことだったら一ぺんあなた方のところ、静岡市と言えば、私、近いですから、一ぺんそういう学校や校長さんたちにお目にかかりたい。そうして一応私なりに納得できるような調査もしたい。そこで、そういうあなたのおっしゃるような事実のある学校名あるいは校長さん名をどうぞひとつ一覧表にでもして、私は提出していただきたい。こういうふうに考えているわけです。
 以上三点についてお三人方からひとつ私の納得のいくような御答弁がいただきたいと思います。
#69
○参考人(大黒勲君) 男女平等というととは、これは憲法でちゃんと規定されておりますので別に私は、女子の教育界への進出をとやかく言うものではございませんけれども、実数としてとにかく女子が多く進出してきておる。これは戦後のなにでございまして、やはりそれだけ女性の地位が高くなってきたというようなことも言えると思いますけれども、また男子にとってみて考えますと、やはり女子の活動に比較しましたときには、かなり昔に比べて少なくなっておる。こういう事実を申し上げたまででございまして、別に男女差別観とかいうようなことは毛頭持っておりません。
 それから、国家公務員に対する超勤手当ですが、これは、私確かに、四%と記憶しておりますけれども、それで、教員の場合は、その国家公務員と違いまして、国家公務員、いわゆる手当だけでございますけれども、今度の教特法の場合は調整額でございますから、本俸とか、あるいはいろいろな手当あるいは退職金、年金というようなはね返りがあるというようなことで、そういう公務員に比べても、教員の場合には、私は非常に有利になってくるのじゃないだろうか。こういうように思っております。
#70
○萩原幽香子君 もっと実態調査してくださいよ。
#71
○参考人(槇枝元文君) いま、先生のところにきましたはがきの内容なんですが、これは確かに完全なものではないかと思うんです。けれども、言っている趣旨は日教組の本部で考え、指導し、また組合員の意思として決定されたことと決して間違っていないんです。と申しますのは、今日までの経緯の中で、組合のいろいろな会合を通じて集積されました意見の動きをちょっと簡単に申し上げますと、昨年の秋からことしの二月、人事院の勧告が出されるまでの間というものは、先ほどから私が言っているような、教員の勤務の特殊性から測定困難なものについては、包括的な調整額等も出る。それから測定可能なものについては、超過勤務手当を、こういう二本立てでいくのが一番教員現場の実態に即しているから、そういう法律をつくってほしい、そのような勧告をしてほしい、これが全体の意思結集でした。ところが、人事院の勧告が出たときに、勧告を見ましたならば超過勤務手当のほうが落とされておって、全部包括した調整額と、こうなったわけです。そこで、その時点からは、この人事院勧告をもとにした政府の出す法律案というものになるならば、それに対してこの二本立ての要求で、こういうものをひとつぜひ修正をしてほしいと、そういう要求にまとまっているわけです。その二本立ての要求、修正要求というのが、いま先生のところに来ましたはがきの中のクラブ活動とか、こういうものについては労基法三十七条に基づく超過勤務手当を支給するようにしてほしいといっているそのことなんです。ところが、それからだんだん日が煮詰まってくるに従って、とても文部省も聞きそうにない、与党のほうもなかなかこれを聞いてくれそうにない。こういう情報が新聞等で流れてきます。そうすると、これはもうとても私たちの要求が聞き入れられないならば、どうしたらいいのかとなってくると、そのときには、あの原案が通るよりは、あの原案はもうつぶしてもらって、初めから出直してもらったほうがいい、こういうことになってきているわけです。それで、先生のお手元に行ったはがきの中で、先生ぜひ廃案にしてくれといっているのは、いま、社会、公明、共産と三党が共同して修正をしようといってくださっているけれども、これはなかなか自民党のほうがうんと言わないと通らないだろう、そうすると、通る見込みがないとすればというそこの前段がなくなって、廃案にしてくれと、こうきているわけですね。もう一つのほうは、それでも最後まで三十七条に基づく、労基法に基づく、ひとつ超過勤務手当が支給されるようにがんばってくれというのがもう一つのほうなんです。ですから、これは二つとも同じような考え方なんで、日教組でまとまっている意見の中の一端一端が出ているわけなんです。ですから、私は決してそのはがきについては、まあ満足していると言っては何ですが、組合員もやはりそう考えている、やはり日教組の本部で思っていることと間違いないなという確認ができることなんですがね。
#72
○参考人(中口武彦君) 先ほど、最初の発言の中で、夜中の一時まで運営委員会をやった学校があるということを申し上げたわけですけれども、運営委員会というのは、学校によって若干のメンバー構成が違いますけれども、小学校の場合で申しますと、学年主任とか、あるいは教科主任とか、そういう方たちが入っているわけでございまして、学校運営上きわめて重大な役割りを果たすということが言えると思います。その運営委員会ですけれども、私は先ほど申し上げた以上に正確に調べておりませんけれども、まさかこの運営委員会に校長なり、あるいは教頭なりが二人とも参加していたいということはないと思うわけです。そういうことで、この辺につきましては、私ども八年前から超勤訴訟をやっているわけですけれども、当然そういうことを考えるならば、訴訟の対象になると思いますけれども、いずれにしましても、こういう事実があるということを先ほど申し上げたわけです。
 で、校名の問題ですけれども、私あまり存じ上げませんけれども、国会議員の方にはいろいろ調査権があるということを聞いておりますけれども、ぜひ、私どもも現場にいる者として、現在の非常にきびしい学校現場の状況をお調べいただきたいと思うわけですけれども、静岡市では、いま申し上げた学校などはかねがねそういうことをたびたび聞いているわけですけれども、いわゆる過密化の問題などもありまして、新設校なとは非常に新しい学校で、校内が整備されておらないということも加味して、会合をおそくまでやっているということを聞いております。いま私あえて申し上げますと、私が例にあげました学校は、竜南小学校という小学校があります。私の記憶に間違いがなければ、創設してから六年目になるのじゃないかと思いますけれども、比較的学校としては静岡市内では新しい学校に入る。こういうことでよろしゅうございますか。
#73
○萩原幽香子君 そこだけの問題じゃないでしょうね。
#74
○参考人(中口武彦君) もっと新しい学校もありますけれども、そういう学校でも日常茶飯事のようにおそくまでかかっておるということを聞いております。
#75
○小笠原貞子君 各参考人の意見を伺いまして、非常に私はびっくりいたしました。たとえば大黒参考人の意見を聞けば、こんな教育のユートピアが日本に現在あったのかというふうにびっくりいたしまして、その実態をまたいろいろと調べさせていただきたいし、ということで、あとで質問をさせていただきたいと思います。
 残りの三人の参考人の意見を開きますと、現在も超過勤務というものが相当になっている。そうして教育者であるがゆえに、ほんとうの教育をしたいからこそ、この超過勤務制度というものをはっきりさせて、そうして教師としての使命を果たしたいという立場での御発言がございましたので、私は非常にそれには同感の感じを持ったわけでございます。
 そこで、この超過勤務手当の問題になりますけれども、よくなじむとか、なじまないとかいうわけで、とりわけ超過勤務手当制度は教員になじまない、こういうことが言われているわけです。しかし、一方でそういうことを言いながら、国会の発言の中では、人事院の佐藤さんもなじむ部分もある、こういうふうにこの間衆議院のほうではおっしゃったし、また、槇枝参考人のほうからなじむ部分もこれだけあるというふうにおっしゃっているわけですね。そこで、中口さんのほうから、現場として、また、原告の立場で、たとえば、裁判所でさえも、日教組が言ったとかいうことじゃなくっても、裁判所の立場でも測定できるというものがあるということがはっきり出ているわけだと思うんですね。で、測定できるというものにはなじむわけですから、超過勤務というものは。その測定できるというものは、裁判の場合にはどういうふうに言われているかというようなことをひとつ伺いたいと思います。
#76
○参考人(中口武彦君) 私どもが超勤訴訟を行ないました中身は、内容は、いわゆる勤務時間からはみ出ました職員会議、それから先ほど申し上げましたように、運営委員会とか、企画委員会とか、学校によって言い方が違いますけれども、こういう校長が主宰をいたします委員会、それから修学旅行、こういうものについて超勤訟訴を行ないました。そのほか、もう一つは、当時、私ども静岡県では、県の条例で勤務時間を八時半からということになっておりましたけれども、学校は若干県の職員と違いますので、学校によっても八時十五分、八時十分、いわゆる八時半以前に始業するという学校がたくさんあったわけですが、その部分についても私どもは提訴いたしました。で、裁判所では、職員会議、修学旅行、運営委員会、あるいは先ほど申し落としましたけれども、運動会ですね。中学の場合、体育祭とか文化祭と申しておりますけれども、それらのものについて、裁判所は、超過勤務手当を支払えというように判断をいたしました。もちろん、校長は超過勤務を命ずることはできないということでいわれておりますので、いま申し上げましたものにつきましては、いずれも校長が職員に対して、超過勤務しなさいということで、明確に指示をした、命令をしたというようなことはございませんけれども、裁判所は、以上のように判断をして判決をいたしました。
#77
○小笠原貞子君 実際にこういうような具体的な例を出されて、測定可能だと考えられるし、裁判所でも測定可能だというふうに判決して、それについては超勤手当を出せというふうに言われている。とすれば、それを支払わないというのは、まさに労働基準法に違反しているということがまず言えると思うんです。ほんとうに守らないほうの、そこのところをはっきりさせることと一緒に、先ほどの中で、裁判所のほうに提訴しているという者に対して、いろいろ引き下げろというようなことを言われているということをちょっと言われたわけなんですけれども、そういう事実というもの、どういうやり方で、どういうふうなことを言って裁判を引き下げさせようとしているかという、その事実を出していただきたい。
#78
○参考人(中口武彦君) この超勤の訴訟を取り下げよということは、かなり以前から行なわれておりましたし、最近では昨年の秋、高等裁判所の判決が出る直前に、非常にあちこちで数多く見られた事実です。それらの方々の中で、残念ながらこの訴訟をおろした方もいらっしゃいます。もちろんおろさない方も大ぜいいらっしゃるわけですけれども、そういう勧誘と申しますか、取り下げを言われた方のお話を伺いますと、たとえば三月の定期の教員の人事異動がございます。この点で、あなたの希望どおりできないぞとか、あるいはあなたの将来のために、これはおろしたほうがいいんじゃないかというような言い方で言われておるということを私どもは聞いております。で、これはいわゆる将来のある現職にいる教員だけにとどまらないで、すでに退職された方にもそういうことがいまもって行なわれている。これはつい三、四日前に、私がある人から間接に聞きましたので、本人から直接伺ったところによりますと、この方は退職されてまる二年たちましたけれども、つい先日も、ある校長から取り下げたらどうだというような話があったというようなことを、本人の口から直接伺うことができたわけであります。私ども、これはきわめて当局のやり方というのが不当なものだと思っているわけですけれども、まあ実情をもう少し申し上げますと、高等裁判所の判決が出る直前でございますけれども、ある学校の婦人の教師から、これは私どもの市の教員組合の書記局にあったことですけれども、校長が、いわゆる超勤の訴訟の取り下げ書の形式をつくりまして、あなたはこれに署名、捺印をして、あとは封筒に入れて切手を張って投函すればよろしいというようなものをつくって渡されたと、こういうことがあります。で、御本人はもちろんその意思はありませんのでお断わりをいたしましたけれども、このようなことが行なわれておるわけです。で、私ども静岡市教員組合の執行部では、いろいろ検討いたしましたけれども、この点につきましては、いまもその校長が差し出した者の中で、原告の、原告番号というのが入っておる。私どもはもう十年近く前のことですので、現在の校長がそんなに一々職員の原告番号を承知しているというようなことはあり得ないのではないか。しかるに、そこまで記入をして、あとは署名、捺印というようなことで持ってきているということは、これはやっぱり校長一人の考えではないんではないかと、このように判断をいたしているわけです。こういう事実がございます。
#79
○小笠原貞子君 いま聞けば、取り下げる用紙まで印刷して、判を押せばそれでいいというだけの、そういうところまで手の込んだやり方をしていらっしゃるということは、ちょっとこれはもうしっかり聞いておいていただきたいと思うし、これは労基法に違反して、支払うべき賃金を支払わない上に、裁判を受けるという権利、憲法に保障されたその権利さえも圧迫しているという立場で、私はほんとうにこれはたいへんなことだ、校長との信頼関係なんというのは、こういうのがいるんじゃ信頼関係なんというのは事実できないわけでございます。そういうのが校長のうしろに、市教委なら市教委がついてやっているということになってくれば、その市教委自身がまた大きな問題になるわけですけれども、たとえば市教委が主宰で何かやったとか、市教委という立場でそういうような提訴をしているのを引き下げろとか、いろいろ差別をするとか、そういうような市教委の立場でやっているというようなのはありませんか、心配ないですか、伺いたいですけれども、これ、中口参考人に。
#80
○参考人(中口武彦君) 私ども非常に残念に思うわけですけれども、先ほど申し上げました、二年ほど前に退職された方からこれも伺った話ですけれども、二年たった今日、取り下げの話があるだけではなくて、退職した直後にもそういう話があったということも伺ったわけです。これはちょっとごらんになりにくいかと思いますけれども、このリコピーは、毎年八月に静岡市の教育委員会が、静岡市の教育に尽くされた先生方に感謝をささげるという意味で、感謝状及び記念品を贈呈する、こういうことをやっておるわけですけれども、昨年度と一昨年度の名簿の写しでございます。
 先ほども申し上げた女の先生は、超勤訴訟を取り下げなかったせいかどうかわかりませんけれども、この感謝をささげる会に招待されなかった。あと、同じような年配の婦人の方が、同時に同じ学校で退職されたそうですけれども、この方も下げておらないということを伺いました。この名簿に載っておるかと思いましてさがしてみたわけですけれども、やはりその方もこの名簿に載っておらないというようなことから、これは私一人の邪推であれば幸いですけれども、やはりこういうことがこういうところにまで及んでいるんではないかというように考えるわけです。
#81
○小笠原貞子君 そういうように、裁判をしているという、そのことのために招待しないということは、もう犯人扱いにして差別しているということになるわけですから、これまた一つの大きな問題だと思うんですね。そういうような市教委だと、これは静岡というのはたいへんだと思ったんですけれども、そういう市教委だったら、今後、この法案が通ればこういうふうにやれるぞということで、また現場の校長先生も、残念ながら、これが通ればこういうふうにやれる、いままでうるさく言っていた先生方をこうやって押えられるというような動きですね、具体的に。悪く言えば、校長先生、手ぐすね引いてこれできるのを待っているということも言えると思うんですけれども、そういうような動きが出てきているんではないか。そういうような市教委の指導するようなところではちょっと心配なんですが、そういう動きはどうでございますか。
#82
○参考人(中口武彦君) 幸いにしてまだそのような事実を私どもキャッチしておりませんけれども、ただ、最初にちょっと触れましたように、ある小学校の校長が、その職場の婦人教師の前で、女の先生方は非常に甘い、五時や六時で騒ぐなんていうのは困ったことだ。今度の教特法が通れば、それこそ二十四時間公務にあるということも考えなきゃいかぬのだ、こういうようなことを発言して、非常に職場の婦人の方たちがそのことで不安に思ったり、あるいはおこったりしているということを聞いております。
#83
○小笠原貞子君 時間がないそうですから、最後に大黒参考人にお伺いいたしたいと思います。
 先ほど、初めの御意見のところでは、無定量な勤務は起こり得ないと断定されました。そして、各委員からそれじゃそれの歯どめというのはどこにあるんだ、そういう心配がないというのはどこから出てくるかといわれれば、常識的に考えれば校長が上司の命令でやるようなことはない、社会通念に逆行するようなことは教育現場では行なわれないと信ずる、信頼するというような、非常に全部全く根拠のないところで信頼されているわけなんですね。そうすると、私たちは根拠のないところでこの法案は審議できないわけです。超過勤務が起こり得ないという歯どめがこの法案のどこにあるというふうにお考えになるのかということと、それからいままでおたくの日本教職員連盟という組合の中で実態調査というものはどういう種類のものをどういうふうに何回くらいやられているのか、最近どういう調査をやられたのか、そして最近この問題について組合員にどういうふうに調査をされて結果を集約されているかという、そのことをお聞きしたいと思います。
#84
○参考人(大黒勲君) 歯どめの件でございますけれども、いわゆる文部省が人事院と評定してきめる、そういうこともあります。また単に評定してきめるということじゃなしに、人間としていわゆる健康あるいは福祉を害することのないように、そういうようなことではっきりそういうような歯どめ策としてこれは考えているし、事実この法案ができたらいわゆる国家公務員同様に措置要求ができるわけですから、私はそういうことで考えて、決して無定量な勤務は起こり得ないと私たちは思っているわけなんです。
 それから、この件につきましてのいろいろの調査でございますが、私たちの組織には人事院勧告がされた、その法令を、この教特法案をいわゆる文部省その他で詳しく説明した資料が出ましたけれども、そういうような資料を、それぞれ県の役員会のところに送付するし、あるいは中央での役員会、そういうようなことで都合五回ほどいろいろな件について相談をしております。そういうような結果が数的には何人が賛成で何名が反対ということを出してはおりませんが、私たちのとにかく組織としては、今度の法案というものが教職の抜本的な改善につながるということには自信を持って言える、そしてこれができたら私たち自身がほんとうに教育愛に燃えて、そういうような手ぐすね引いて超過勤務を命令しようというような、そういう校長は決していない、そういう信頼のもとに、私たちはこの法案に賛成をしておるわけでございます。
#85
○小笠原貞子君 私が言ったのは、実態を調査するんだということについて、この資料こういうふうに流したとか、文部省から聞いたらどうだとか、この考えはこうなんだというんじゃなくて、おたくの組織の中で教職員の方々が実際に超過勤務というのはどれくらいあるかというような、おたくの実態を調査されたかということを伺ったわけです。
#86
○参考人(大黒勲君) 私たちの組織で実際に先生方がどれほどの超過勤務を命令され、実際やっているかというような調査そのものはまとめてはおりません。
#87
○委員長(高橋文五郎君) これにて参考人の方々に対する質疑は終了いたしました。
 参考人の皆さま方に一言御礼を申し上げます。
 本日は、御多忙のところ、長時間にわたりまして本委員会の審査に御協力をいただき、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしましてあつくお礼を申し上げます。
 速記をとめて。
  〔速記中止〕
#88
○委員長(高橋文五郎君) 速記をつけて。
 引き続きまして、本法案に対する質疑を行ないます。
 本法案に対し、質疑のある方は、順次御発言を願います。
#89
○千葉千代世君 これは時間の制約上、審議の一環として冒頭に質問すると、こういう趣旨ですか……。
 樋口参考人にお尋ねいたします。教職員の給与の調整額について、法律の制定に対して、人事院の意見の申し出がありましたね。これを受けて労働基準審議会は二月十二日に審議会をお開きになった。そして労働大臣に対して審議会として建議が行なわれたと聞いておりますけれども、その内容はどんなものか、簡単に述べていただきたいと思います。
#90
○参考人(樋口弘其君) ご存じのことかと思いますが、建議の内容については「労働基準法が他の法律によって安易にその適用が除外されるようなことは適当でないので、そのような場合においては、労働大臣は、本審議会の意向をきくよう努められたい。」、これが第一項目でございます。それから第二項目は「文部大臣が人事院と協議して超過勤務を命じうる場合を定めるときは、命じうる職務の内容及びその限度について関係労働者の意向が反映されるよう適切な措置がとられるよう努められたい。」、この二つでございます。
#91
○千葉千代世君 その建議の中の一番大事な点は、労働基準法が他の法律によって安易にその適用が除外されることのないようにと、こういうことでございますね。そうしますと、いま審議しようとしておりますこの法律はこの意見が生かされていないで、労働基準法の三十六条、七条を除外することになっていますね。そうすると、基準審議会としては、具体的にこれが生かされていな、場合にはどういう措置をおとりになる考えですか、今後。
#92
○参考人(樋口弘其君) ご存じのように、労働基準審議会は三者構成になっております。その三者構成の意見が一致したところでこの建議が出されたわけでありますが、いま御発言のありましたように、今度の法案は、法案の形式上はともかくとして、実質的に労働基準法の改正にあたるような部分があるので、そのことについて審議会の内部におきましていろいろ意見をまとめて建議の形に出したわけです。したがってその建議がこの法案においていかなる形で生かされ、かつまた法案審議の段階においていかなる形で御議論がなされるか、こういうことについて審議会といたしましては引き続き建議のあともこれを監視する、注目してこれを見ておる、そういう態度をとっているわけです。
#93
○千葉千代世君 三月の十一日に労働基準審議会が開かれ、そして労働省から法案の説明がございましたですね。その説明を受けて、労働側委員のほうから、建議の内容が生かされていないのではないか、そういういう御意見がずいぶんあったと。したがって建議が生かされていないから、これは再建議すべきじゃないかという御意見があった。そうすると、それに基づいて、その問題点を指摘して、これに反対する委員はなかったと聞いているわけです。そうすると、いまあなたが述べられたように、国会の審議の経過を見て措置をするということは適当ではないかということをお述べになった。そうしてみますというと、この国会の審議の段階を経て、それから法案を提出すべきが順序ではないかと思うのですが、いかがですか。
#94
○参考人(樋口弘其君) ただいまの御質問の趣旨がちょっとわかりにくいので、もう一度お願いしたいと思います。
#95
○千葉千代世君 三月の十一日の日に労働基準審議会が開かれて、労働省から法案の説明があった。その説明を受けて、労働側の委員から、先ほどあなたがおっしゃった、建議の内容が生かされていない、端的に言えば再建議すべきであるという主張があった、こう聞いておりますが、御存じでしょうか。
#96
○参考人(樋口弘其君) 法案の説明がありました際において、最終的に確認された態度といたしましては、先ほど申し上げましたように、この建議を生かすよう今後も国会の法案審議状況を監視する、こういうことでございます。つまり、いろいろな意見がございましたけれども、すでに問題が国会に移って、審議会としてはこの国会の状況を見守るほかはない、こういうことが結論でございます。
#97
○千葉千代世君 樋口さんはその会議にはお出になっていらっしゃいましたか。
#98
○参考人(樋口弘其君) 私、まあ所用がありまして、第一回の審議には欠席したと記憶しておりますが、そのあとの会議は出席いたしております。また、出席しない場合においても、事務当局より緊密な連絡を受けていると記憶しております。
#99
○千葉千代世君 よくわかりました。そうすると、樋口参考人は、正確に会議の内容を把握してここに出ておられる、こういう意味で再度伺ってよろしゅうございますね。
 いま私が質問いたしました、労働側委員から、建議の内容生かされてない、再建議すべきである、こういう意見があった、それについて使用者側あるいは公益側からは反論がなかった、つまり建議の趣旨が生かされていないということについて主張したのに対して反論がなかったと、こういうように私伺っております。そうして、その結論として、いま参考人の方が述べられたように、国会の審議の経過を見て、建議が生かされているかどうか、再度基準審議会で審議しようとの意見が一致した、こういうことでよろしゅうございますか。
#100
○参考人(樋口弘其君) 審議会の詳細な内容については、私申し上げる権限はございませんが、いま私が申し上げましたような経過をたどりまして結論が出てきたわけでございまして、いま御質問のような御意見が有力であって、そのように決定されたとは理解しておりません。
#101
○千葉千代世君 そのときに、その内容について、あなたがお出になっていないとなれば、そこを、いま私が追及して一言一句云々すべきじゃないと思いますが、先ほど参考人が述べられた中で、この内容を、会長が経過を確実に労働大臣に伝えるということで意見は一致されていますね。よろしゅうございますか。
#102
○参考人(樋口弘其君) その審議会の経過については、当然、会長及び事務当局のほうから労働大臣に連絡してあると考えております。それでけっこうでございます。
#103
○千葉千代世君 それはわかりました。そうしますと、先ほど私が申し上げました問題は、審議会で、国会の審議の段階の様子を見て、そうして経過を見てですか、建議が生かされているかどうか、そういうことについて、再度基準審議会で審議しよう、こういう意見があったということを聞いておりますが、それが非常に大事だと思うのです。もし、それが確答できない場合には、その件について、お出になった方なり、しかるべき議事録を出していただきたいと思いますけれども。
#104
○参考人(樋口弘其君) その件につきましては、国会で審議中であるから、国会の審議の状況を監視すべきである、こういう結論になったということしか、私伺っておりませんし、また、そのように審議会としては理解しております。
#105
○千葉千代世君 国会の様子を監視するということは、建議の精神が生かされているかどうかを監視、ですね。逆に、監視ということばが私もちょっとどうかわかりませんけれども、審議の成り行きを見る。その見る方向は、労働者側委員のほうで、この三十六条、七条が生かされていない。生かされるような方向で見る、こういうことですか。たいへんこじつけになりますけれども。そこがはっきりいたしませんと、ちょっと次の質問に入りにくいので、恐縮ですが、もう一ぺんお答えをいただきたいのですが。
#106
○参考人(樋口弘其君) 私が、あえて監視するということばを申し上げたのは、そのような意味でございまして、石井会長は、静観するということばを使っておりますが、われわれ審議会としては、この建議が生かされるということについて、労働者側委員の方をはじめとして特に強い注文がありましたから、それだけに国会審議の状況に対しては深い関心を持って見ている、こういう意味でございます。
#107
○千葉千代世君 そういたしますと、これからいろいろな問題が出てまいりますし、衆議院でも審議されて、ああいう強行採決をされておりますね。そういう点について、この法案の審議の経過は、これから慎重審議していく、そういう段階で、その方向を見て、そうしてもう一ぺん再建議という方向をお考えになりませんか。そうすれば、参考人がいまおっしゃったことばは、ほんとうに生かすならば、その様子を見て、それから後に政府は法案を提出すべきではないか。このように考えますが、いかがでしょうか。
#108
○参考人(樋口弘其君) 御存じのように、この審議会は三者構成でございまして、われわれといたしましても、できるだけ理想的なものを建議したい、こういうふうに考えているわけでございますけれども、三者の意見が満場一致したところでこの建議が出されている、こういう経過をお考えになっていただけば、ただいまのことはおのずからわかるのではないかと、かように考えております。
#109
○千葉千代世君 どうも私はわかりが鈍いので、重ねてその点、恐縮ですけれども、ちょっとぼやかされるようなんですよ。国会の審議の経過を見て、そうして再建議をする。そうとなれば、それから法案を出すべきが順序じゃないかということなんです。でなければ、法案の説明を受けた意味が何もないことになるし、もう一つ言わしてもらえば、これはたいへん強く主張しております根拠としまして、昭和四十三年の五月九日に、中央労働基準審議会の石井会長さんは、衆議院の文教委員会でこう言っておられるのです。現行労働基準法は、労働基準に関する憲法ともいうべきものであって、この基準を下回る特別法は、原則的に許されない、といわれているわけです。非常に金鉄の重みがあると思うのです。そうすると、今回のこの法律案も、労働基準法を明らかに下回っていますね。下回るどころか、適用除外というたいへんきついものですし、これたえられない内容になっているわけなんです。そうすると、二月十二日の基準審議会の建議でもこのことが提訴されていたわけですね。石井会長さんが四十三年に言ったことが根底に流れて、これも当然のことですね、きちっとあるわけですから。そうすると、その後この法律が国会に出された段階で見解が変わったかどうかということになってくるわけです。これがあやふやになれば、そういう意味でたいへん恐縮ですがそこを明らかにしていただきたいと、こういうふうに思っております。
#110
○参考人(樋口弘其君) わかりました。基準審議会といたしましては、人事院の申し出がありまして、その人事院の申し出に基づいていろいろ検討を重ね、かつ法案化の過程においては、文部省の原案が出たときにこれを審議会に報告を求めてそこで質疑をし、かつその質疑の結果に基づいて建議して、その建議の主たる内容は、この法案の御存じのように第七条の後半に「この場合においては、教育職員の健康と福祉を害することとならないよう勤務の実情について充分な配慮がされなければならない。」と、こういう部分の追加の字句を挿入することによって法案に影響を及ぼしていると考えております。かつそれだけでなくって、この部分についてさらに労働省と文部省との間において覚え書きをつくって、その覚え書きにおいてこれを補足、確認すると、こういう非常に慎重な、しかも法案に対して建議が効果あるような態度を十分とっていると、こういうふうに理解しているわけであります。
#111
○千葉千代世君 非常に大事な問題ですが、時間を急がれておりますのではしょりますが、この法案の作成にあたって文部省は、労働基準審議会の皆さんあるいは労働省の皆さんの意見を聞いているのかいないのかという点もありますが、これは審議に譲りまして、最後に、もう国会の会期もこの五月の二十四日で終わるわけなんです。そうすると、この期間内に、厳密にこの法案を審議していると、しようとすると、この文教委員会でですね。そういう場合に審議会として、今後建議の内容とこの法律案の内容とを照らし合わせて見解を示されると、こういう日がないんですかあるんですか。あるのが本体でしょう。かりにこの法案の説明を受けた段階で意見があった、そうして今度はこの法案を、国会で審議されるというその内容をきちっとやはり出された。そうすると、内容と建議と照らし合わせてみて、そうして見解を示されるということがほんとうですね。そうすると、日程的に言って五月二十四日が会期のぎりぎりだ、そうしますと、その日があるのか、やれるんですか。やる日があるんでしょうかないんでしょうか、どういうことになっているんでしょうか。
#112
○参考人(樋口弘其君) ただいまの御意見は、私ども審議会があまり容喙すべき事項ではなくて国会そのものの御関係のことだというふうに考えておりますので、私個人の意見はございますけれども、ここでは申し上げるのを差し控えたいと思います。
#113
○千葉千代世君 それではあなたの個人的見解でけっこうですが、労働大臣は当然この中央労働基準審議会に対して諮問すべきだ、諮問の内容については労基法の除外の適否、適当であるのかいなであるのか、いままでのずっとこの内容から見ていきますというと、石井会長が示されたような中に、すべきではないと、除外すべきではないと、こういうことがはっきり再三明記されている。そうするとこれがおかされるような場合には、労働大臣は労働者の権利を守るためにあるわけですからね、弾圧するためにあるのじゃないでしょうしね。そうすると、守るためにあるならば当然この中央労働基準審議会に対して諮問すべきであると思いますが、いかがでしょうか、あなたは諮問してもらいたいのですかいやですか、どうですか。それだけ。
#114
○参考人(樋口弘其君) 石井会長の御意見が引き合いに出されましたが、石井会長の御意見のとおり、労働基準審議会は労働基準法の根本的な改正にかかわるような事項についてはいつでも関心を持っております。今度の場合には正式の諮問という形にはなりませんでしたが、実質的には労働基準法の改正にかかわる重要な問題であると、こういう認識に立ってまあみずから建議すると、こういう形をとってまいりました。その効果がまあある程度出ておりますから、私はそれが審議会としては、先ほどからくどく申し上げておりますように三者の意見が一致したという点にひとつ御注目をお願いしたいと、こういうことでございます。
#115
○鈴木力君 時間がないので大事な点だけを簡単にお伺いいたしますけれども、いま千葉委員の質問に主答えをちょうだいしまして大体経過はわかったんですが、そこで、この建議の文書についての意味をひとつお伺いしておきたい。
 第一は、「労働基準法が他の法律によって安易にその適用が除外されるようなことは適当でない」、その「安易にその適用が除外される」というこの意味は、一つは、労働基準法という法律があってその条文があるけれども、よその法律によってその条文が内容的に変わるということが適当でない、そういうふうに読みたいわけです。つまり、そちらのほうでどうこうするという手続的な意味と、労働基準法の持っている本質的な性格が変えられるということは適当でない、その二つの意味があるだろうと思いますけれども、そうですかということが一つです。それから時間がありませんので、お伺いしたいことをもう続けてお伺いいたしますが、その第二項のうちの、気持ちはよくわかるんですが、あとのほうの「関係労働者の意向が反映されるよう適切な措置がとられるよう努められたい。」、こう第二項のあとのほうが結んであるわけですね。この意図は、具体的にこまかいことはお伺いいたしませんけれども、少なくともこれは、たとえば労働基準法の三十五条、三十六条の原則ですね、要するに、超過勤務を命ずるという場合には過半数以上の労働者の云々という手続があります。手続は別としまして、要するに、それに従事する労働者のその意図というものがくみ取られないとこれはできないのだという意味が含んであると、こう思うんです。そういうふうにこれは――その他の条項もございますよ、労働基準法の一貫して貫かれておる精神は労使対等という精神で貫かれていると思う。したがって一番あとのこの表現はそういう趣旨にのっとっての表現であると解しますけれども、そう解釈してよろしゅうございますかという二つをお願いしたい。
#116
○参考人(樋口弘其君) 第一点でございますが、「労働基準法が他の法律によって安易にその適用が除外される」と、これはおっしゃるように、形式的にも実質的にも二つの場合を含んでおると了解しております。
 それから第二番目の御質問の点は、「労働者の意向が反映されるよう適切な措置がとられるよう努められたい。」、これはまあここに書いてあります意味ですといろいろな形が考えられるわけでございますけれども、この点覚え書きの中にもありますように、関係教職員の意向を反映すること等により勤務の実情について十分配慮すると、こういうような表現に覚え書きのほうはなっておりますが、もちろん教員組合あるいは教員組合でない組織されないものも含めまして、現場にいる教員の意見が適切に反映されるような意味合いであると、こういうふうに理解しております。かつまた、この場合のわれわれの意図といたしましては、そういう法律を単につくるだけでなくて、その運用を含めてこの第二項の項目が生かされるようにと、こういう意味合いであります。
#117
○鈴木力君 大体わかるんですが、もう時間がないから端的にお伺いするんでして、きわめて恐縮なんですけれども、手続はともかくとしまして、したがって字句の表現はまあいろいろな表現があると思います。覚え書きやその他については、法案の審議の際に私は担当のほうにお伺いをするわけですから、ただこの建議書のあとのほうの趣旨ですね、表現とか手続は一切別といたしまして、端的に労働基準法の基本原則である労使対等――この種のものは労使対等ということが貫かれていると思うのです。その趣旨に立ってこういう建議がなされていると、私はそう解釈しているわけです。そこはそれでよろしゅうございますかということを伺っているだけです。
#118
○参考人(樋口弘其君) 労働基準法の適用が除外されることになっておりますから、地方公務員についてはですね。したがって、その除外された場合において、教員が不利益にならないようなそういう措置だ、こういうことで、現状においてマイナスにならないようにと、こういう意味でございます。その点はおっしゃるとおりでございます。
#119
○内田善利君 それでは時間がないようですから、一言質問したいと思いますが、いまのお話聞いておりまして、中央労働基準審議会が三者構成で意見が一致したから建議したということですが、この法案はここが出発点になっているように思うのですね。非常に重要な点ではないかと思うのです。三十六条、三十七条の適用除外ということが一番最大のこの問題点ではないかと、そのように思うわけですけれども、まあ三者構成で意見が一致したということですけれども、そしてそのあと国会審議の状況を監視する態度をとっておるということですが、一体国会審議の状況を監視してその後具体的にどうやっていくことを目標としておられるか、この点だけお聞きしておきたいと思います。
#120
○参考人(樋口弘其君) ただいまの御質問にありましたように、適用除外によって無定量、無制限の超過勤務が行なわれるとか、そういうようなことがないようにしたいというのがこの建議の趣旨でございますから、したがって、今後国会審議の段階において、たとえば具体的に先ほども申し上げました第七条の条文の追加事項がどのように生かされるか、あるいはこれは将来の問題として、この具体的な運用がどのように行なわれるかということを審議会として引き続き見ていきたい、こういう意味合いでありまして、将来この法律の、まあこれは国会の、立法府のことでございますから、その成り行きいかんによっては建議が生かされないようなことがあるかもしれない。しかし現在の場合においては、審議会としては一応できるだけの手を尽くしたんだから、これを将来監視するという、私ことばを強めましたけれども、石井会長の表現ですと、これは静観ということでそれを見守っていきたい、そういうことでございまして、文字どおりそういうふうに解釈していただければいいのじゃないかと思います。それが審議会の基本的な態度で、それ以上のことについては、これまでの審議会においては議論がなかった、あるいは議論があってもその意見を、その議論を審議会の意見として公表するというようなところまでは至らなかったと、こういう経過でございます。
#121
○小笠原貞子君 時間がないそうですから、簡単に二点だけ聞きたいと思います。
 教師といえども労働者であるという側面は否定できない。そうすると、そこが労働基準法適用除外ということになれば、非常にこれは重大な問題であるし、また労基審としてもこれは重大な問題である。そこで、その労基審としてこの法案にこれが具体的に保障されている――三十六、三十七抜いたけれども、保障されているというふうに法案をごらんになっていらっしゃるのかどうかということですね。
 それからもう一点は、運用面で歯どめができるとか、いろいろこう言われていますけれども、具体的にどういうものを考えているかとか、またその根拠とされているものはどうかということを考えると、私たちは無定量に押しつけられる非常に危険性があると、こう見ているわけです。もしもそういう無定量な労働時間、超過勤務というものが押しつけられたりして、まさに適用除外によって労働者の権利が侵害されたというような場合には、非常に責任ができてくるわけですね。そういう場合にはどういう処置を考えていらっしゃるのか、その二点についてお尋ねしたいと思います。
#122
○参考人(樋口弘其君) ただいまの御質問にありましたように、この建議がなされました経過の議論の中におきましては、このような法案ができても、いざ具体的に実行する場合に、教員の労働強化を招くだろう、こういうような御意見もかなり強く出ておりました。しかしながらそういう御意見に対しまして、また逆にこの法案が実施され、適切なる歯どめ措置が講じられるならば、現在の教員給与にとってはプラスになるのではないか。あるいは教員の身分保障という意味においてはプラスになるのではないか、こういう御意見も出ておりました。それらの審議の結論として建議の線が出てきたものであります。
 もちろん御質問のように、この問題は労働基準審議会だけで審議してもなかなか解決のつかないところがある問題だという審議会の内部にも意見がありました。したがって、限られた、つまり労働基準法に直接関係ある事項に限ってやったものでございますから、必ずしも理想的なものであるとは言いがたいということは言えると思います。しかしながら、具体的にもしも労働基準法の立場から見て、労働者の権利が侵害される、こういうようなことが起きた場合には、あらためてまたこの建議の第一項にありますような形で本審議会の意向を聞くということになろうかと思います。
#123
○委員長(高橋文五郎君) ありがとうございました。
#124
○鈴木力君 この法案について中身に入る前に、人事院の総裁と文部大臣のお二人からこの法案を提出する目的が何かということをはっきり御両者から伺いたい。
 もう一つはこの法案を、法案提出は人事院でありませんけれども、この前段が人事院でございますけれども、ここへ持ってまいります背景について率直にお伺いいたしたいと、こう思います。
#125
○政府委員(佐藤達夫君) 意見の申し出をいたしたのは私どもでありますから、まず私から先に申し上げさしていただきたいと思います。
 鈴木委員はずっと過去の経過を御承知でありますけれども、私どもが昭和三十九年に給与勧告を出しましたときに、当時ちょうど先生方の超勤問題がたいへんやかましくなっておりました、それに関連して勧告に伴う報告書におきましてその問題に触れたわけです。正規な超過勤務命令を出した以上は超過勤務手当を支払うのは当然であるということを一本打ち出してある、片や、しかし先生方の勤務の実態というものを考えてみると普通の行政職の場合とは相当違うものがあるように思われる、それは文書には出ておりません。それはわれわれの心の中で、文書に出ておりますのは、勤務時間等をめぐって根本的に先生方の勤務の実態というものを検討し直す必要もあるだろう、二本立てで現行制度のもとにおけるあるべき姿と、それから将来にわたっての問題点というものを指摘をしたわけです。その当時いろいろ後段の点について国会あたりでも御質疑がございましたけれども、まあ一口にいえば、いわば学校の先生方のお仕事については超過勤務手当というようなものはなじまないというような問題も含まれておりますよということを申し上げてまいりました。私どもは昭和三十九年以来ずっと検討を続けてまいったのでありますが、その間に文部省案といわれるものが三十四年か何かに一ぺん衆議院に出まして、これはそのまま不成立に終わったわけです。私どももその際には文部大臣の横にすわらされまして、一体どう思うかというようなことをずいぶん責め立てられまして、これは私どもとしては完全な及第点はあげられませんと、これは人事院が責任を持って今後検討すべきであって、ということを申し上げた。しかし当分のうちとか何とか、そういう暫定立法的なかまえになっておりましたから、及第とも言えないが落第とも言えないということを申し上げた経過がございます。しかし私どもはやはり火をつけた張本人としてはやはり基本的な検討を続けていく責任があるというわけで、ずっと三十九年以来今日まで基本的な検討を続けてまいりました結果、今回の意見の申し出になったわけでございます。結局学校の先生方の勤務の実態というものをとらまえました場合に、詳しくいえば幾らでも申し上げたいことがありますけれども、要点だけはしょって申し上げれば、普通の行政職員のような時間計測になじまない点があるということは事実でございます。したがって、時間計測に基づく何時間超過勤務をしたから幾らというような超過勤務手当の制度もこれまたなじまない。そこで先ほど申し上げましたような先生方の勤務の特殊性というものを根本的にこれをとらまえて、いわゆる勤務時間というものの内と外というような区別なしに、勤務時間の内外の超越した一つの再評価というものをしようじゃないか、そこでその再評価の結果として、これはたとえば時間の密度からいえば授業時間のあとは普通の行政職の場合に比べると密度が薄い、しかし授業時間内は非常に密度が濃い、あるいは夏休みの場合においてもこれは行政職の場合とは違った一つの時間の管理のもとに立っていらっしゃるというようなことにからめて、先生方の本来の職務のあるべき基本点は創意と自発性というものにあるものではないか、教育というものは教員方の創意と自発性というものにまつところが多いのじゃないかというようなその実質をも、それらも申しました点とからみ合わせて考えて、勤務時間の内外を問わず再評価いたしました結果は、前の文部省案のように勤務時間をはみ出た分について包括的ないわゆる超勤の包括支払いというような意味の四%では筋が通らない。勤務時間の内外を通じてのその職務の再評価をして、これは単なるつけたりの手当じゃなしに、本俸そのものを引き上げると、四%の調整額というのがそこにあるわけです。したがいまして、その調整額は諸般の手当にはね返りますから、実質的にはこれは六%の実質になってくる。そのほかにさらに退職手当等においては平均二十五万円のプラスになる、年金についてもさらにプラスになるというようなことになりますけれども、これは先生方の職務の評価をした場合においては正しい評価であるということに踏み切りまして、したがって、先ほど申しました時間計測にはなじまないという点から、普通の勤務時間をこえて何時間というようなことを基本にする超過勤務手当というものは、この際これは支給をしないことになる、いわば現在裁判官とか検察官に同じような制度がございます。超過勤務命令はあっても手当は支給しないという制度が現在あるわけであります。そういう制度の形に持っていくのが正しい姿ではないかというふうに考えまして、基本的にこの考え方を変えて、ここに意見の申し出を申し上げたというのがかいつまんでのお話になるわけであります。
#126
○国務大臣(秋田大助君) 教育が国の基本をなす一つの非常に大事なことである。そこでこの教育がりっぱに行なわれるためには、りっぱな先生方が安んじてその職についていただくということが、これまた基本的に大事なことだと思います。それにはやはり教職の方々の労働関係等その他給与関係、これをやはり適正なものにすることが必要であることは申し上げるまでもないことで、この点につきまして政府並びに文部省、ずっといろいろ心配もし考えて、過去においていろいろ措置もとったわけでありますが、いまだ解決をみていない。その際いろいろと関係方面にも意見も聞き御相談もしておった。人事院から教職調整額という制度を、もっと新しい意見の申し出がございました。この内容は御説明申し上げるまでもなく、いわゆる超勤手当の問題解決に関連をいたしまして、教職に従事される方々の本俸と包括的にこれは考えらるべきものであるという趣旨のもとに御提案されたものでありまして、われわれとしては先ほど申し上げました教職に従事される方々の待遇全体の改善を考えるという点におきましては、必ずしも全面的に満足をするというものじゃございませんけれども、その趣旨に沿うて一歩前進をしておる、またその給与待遇改善の全面的改善の一環をなすものであるという点を十分くみ取れますので、その人事院のお申し出を尊重をいたし、ついては労働基準審議会の御意見等もお伺いしたいというので建議をいただきまして、またその趣旨にかんがみまして、法案の内容もさらに検討を加えまして御提案を申し上げた、こういういきさつであり、そういう考え方でございます。
#127
○鈴木力君 普通の法律ですと、大体この第一章は、この法律の「目的」と書いてあるんです。したがって、その法律を読むと非常にわかりいい。この法律に限ってというとことばが悪いですけれども、この法律には「目的」ということばが書いてないで、「趣旨」ということばが書いてある。これはもう文部省のほうだと思いますが、あえてこの「目的」ということを落として、法律は「趣旨」に変えた意図は、何ですか。これは大臣に聞いて置く。
#128
○政府委員(宮地茂君) いま御指摘のように、この一条に「目的」あるいは「趣旨」、いろいろございますが、この「趣旨」は、目的、端的な目的を含めまして、先ほど来人事院総裁、秋田大臣がおっしゃいましたような趣旨を書いたほうがよいであろう、「目的」そのものよりも、もっとふえんと申しましょうか、一条にございますような職務と勤務態様の特殊性に基づいて勤務条件について特例をつくるんだ、その特例の内容としてのこまかい目的をあげるよりも、一条はそういった「趣旨」のほうがより適切であろうというふうに考えましたし、さらにこれは人事院の御意見をほぼ踏襲したわけでございます。
#129
○鈴木力君 適切と考えて提案をされたことはわかるんです。提案者が適切と考えない法律は一つもない。だから、文部省が適切と考えたかどうかということを私は聞いているつもりはない。読むほうの側がわかりいいように書けというつもりで聞いているわけです。ところが、私は、従来の法律と比べて、読んでみて、非常にわかりにくいわけだ。どこを言って、どこが目的なのか、さっぱりわからぬ。特に、さっき背景はまあ伺いました。背景はよくわかった。ずばり言って、この法律の目的というのは何です……。
#130
○政府委員(宮地茂君) これは、この法律案の内容の中心は、調整額になっております。したがいまして、調整額を支給するということが、中心的には一つの端的な目的でございますけれども、それは教育職員の職務と勤務態様の特殊性に基づいて給与等の勤務条件を一般公務員と違ってやるんだという趣旨で、その中心は調整額である。もちろん、調整額を出しますのにつきまして、超勤手当を出さないということに関連しまして、先ほど来、樋口参考人に御質問のような労基法の三十六条とか七条とか、そういったようなところへ関連してきますが、端的に何かとおっしゃれば調整額、しかし調整額を支給するのが目的でございますと一条に書いたのでは、この法律案の趣旨としては、あまり端的で狭過ぎるというふうに私どもは考えました。先ほど申しましたように、人事院の意見をほぼ踏襲いたしておりますので、もし、私のほうは文部省として申しましたが、人事院総裁のほうで御意見があれば、そちらからまたお尋ねいただきたいと思います。
#131
○鈴木力君 私は文部省の意見をいま聞いたんだ。
 そこで、人事院総裁に、これは御答弁は要りませんよ。これからだんだんに質問申し上げていきますけれども、私は、いまの文部省の答弁のような、こういうことを従来から繰り返してきたからこういう法案が問題になるということを、まず、総裁、ひとつ聞いておいていただきたい。つまり、この法律は、目的と言ったら、もう少しずばり言ったら、こういうことでしょう。従来、教育職員には超過勤務を命じないたてまえになっておる。今度は命ずることができるとずばり入れ変えるわけですよ。これが目的の一つでしょう。これは、この勤務の態様とか、いろいろなことばは使われますよ。どういうことばが使われようとも、いままでは超過勤務は命じないというたてまえに立っておった。ところが、それが、あとで法律の内容についてはまた別に伺いますからよろしいですけれども、少なくとも部分的であり、手続はどうあれ、新しく今度は超過勤務を命ずるという道を開いたということです。開いたがそのかわり超過勤務手当は払いませんよということが一つなんです。そうして調整手当を払いますよということが一つですよ。ずばり言ったらこの三つに組み合わされているのでしょう、これを。そこでいまの文部省の局長が悪意に答えたというふうにはとっていないのですよ。非常に善意に答えているととっておる、非常に善意に答えておって、超過勤務を命ずるか命じないかということはたいした目的だと考えていない文部省だからこういう法律が出ると問題になるんだと、そのことを私はまず人事院の総裁によく聞いておいていただきたい。
 そこでこれからだんだんに質問を申し上げていきます。つまり私が一つ申し上げたいのは、大体教育の現場というものに対する認識がどうしても私には文部省の認識がよくわからない。今度は幸か不幸か人事院と文部省が意見が一致したようでありますから、そうなってまいりますと私も人事院の真意についてもよくわからぬことが出てきたわけです。そこでこの辺についての見解を伺いたいのですが、まずこれは人事院がいろいろ勤務の態様を調査されたとか、あるいは学校の先生方の勤務は特殊性があるとかいろいろ説明をされておりますね。これの一つ一つについてはあとでまた伺いますけれども、一体いまの学校職場、先生方が仕事をしておられる学校という職場を一体人事院はどう把握してこの意見書を出したのか。それから受けて立つ文部省は一体学校という職場をどういうものに持っていこうと思って出されたのか、そしていまの学校という職場をどの程度に皆さんが認識をされていらっしゃるのか、まず人事院の総裁から先にお伺いをいたしたい、そのあとで文部省からお伺いしたい。
#132
○政府委員(佐藤達夫君) 学校という職場ということは、結局そこに勤務される先生方の性格把握ということになると思いますが、先ほども触れましたように、学校という職場と、たとえば税務署という職場と比べてみた場合に、これはもうはっきり違う。先ほども触れましたように、税務署の職員が自主性、創造性に燃えてやってもらったらこれはえらいことになるのです。先生の場合はむしろそれがとうといことになっている、そこにたいへんな違いがあるということをまず大きなポイントとして申し上げました。それから、さっき一条のことはおことばにありましたけれども、答弁は要らぬというお話ですけれども、これはほんとうにいじらしいところがあるわけです。私どもかねがね意見の申し出、あるいは勧告の際には、少しでも値切ったら承知しないぞ、完全実施をしろよということを政府側に常に申し入れておるものですから、さっきの答弁のとおり、われわれの意見の申し出の第一のところを「趣旨」と書いたものですから、それを忠実に取り入れた、これはいじらしいこととして御寛容を願いたい。そしてぜひこれが完全実施になりまするようにこの機会に強くお願いをしておきたいと思います。
#133
○国務大臣(秋田大助君) 学校というところは児童生徒の人格をつくりあげる仕事をいたします人的組織並びにそれに付随しておる物的組織の総合体である、かたく言いますとそういうふうに考えられるかと存じます。しこうしてその中核をなすものは申すまでもなくそこに勤務をされる教職員の方々だ、そこで、その教職員の方々は生徒児童を人格的にいろいろ教育をされる場であり、教職員の方々が気持ちよくそういう仕事ができるように、その責務を果たし得るような環境整備をするとともに、教員自身がいろいろ直接教育上の活動をされると同時に、やはりこれに付随する多少の事務的なものがあろうと思います。そういうものと両方がこん然一体をなした総合体の場である、こういうふうに考えてよろしいかと存ずるのでございます。
#134
○鈴木力君 気持ちはよくわかるのです。いまの大臣のおっしゃいました、職場でいろいろあるけれども教職員の気持ちよく責務を果たせるような職場を願っておる、このことばは私は非常に大事なことばだと伺います。ただ文部省が、いまの職場がそういう職場になっているかどうかということを点検なさってみたことがありますか。ただ抽象的にそう申し上げてもなかなかお答えにくいと思いますから、具体的に少しこれは事例的にお伺いするのですが、それがすべてだということではありませんけれども、いまの大臣のおっしゃるような学校の職場のあり方とおおよそ現在の学校の職場というものは相当違いはしないかと私は思っておる。そういうことについて若干お伺いをしたいと思います。これは、現実の問題といいますか、実際の問題をお伺いするのですから、大臣にはたいへん御苦労をおかけしますから、大臣でなくって局長さんでもお答えはけっこうでございます。
 まず局長さんにお伺いしますけれども、いま学校という職場が教育以外にやらなければならない事務の種類というのはどれだけあるか御存じですか。時間をかけてゆっくり一々あげてみてください。
#135
○政府委員(宮地茂君) 私どもが昭和四十一年に教員の勤務状況を調査いたしましたそのときの調査事項で申し上げますと、大きく分けまして指導活動事務、さらにいわゆる事務、次に補助的なもの、さらに社会教育、PTAのような仕事、付随的な業務、まあこういったような大きな分け方ができるかと思いますが、教育関係では申し上げるまでもなく授業等の……。
#136
○鈴木力君 教育関係の以外に何々があるかと聞いている。
#137
○政府委員(宮地茂君) 指導関係は除きまして、お尋ねのそれ以外の事務でございますが、管理教務関係の事務、さらに学級の経理等の事務、その他の事務、こういうふうに分かれると思いますが、さらに詳細にということですからもっと詳細に申し上げますと、管理教務関係では職員会議が中心であろうと思いますが、学級経理関係では学級費とか教材費とか給食費とかこういったような経理事務、さらにその他の事務といたしましては、先生方の給料とか、いわゆる庶務分掌といったような、こういったような事務がございます。その他これは事務と言えばよいか教務と言えばよいかは、この分類いずれにもちょっと該当しませんが、PTA関係の仕事、PTAの会計経理、これはまあ経理事務でございますが、PTAのいろいろなお世話をはじめとしての、その他同和関係の仕事とかいったような社会教育関係の仕事、これは学校の先生の主たる仕事ではないと思いますが、事務ではないでしょうけれども、そういった仕事もございます。
#138
○鈴木力君 それでは小学校を例にとりましょう、小学校で備えつけしなければならない帳簿は何種類か、知っていますか。
#139
○政府委員(宮地茂君) いろいろございますが、法律的には学校教育法施行規則十五条に主たるものが掲げられておりますので読みます。「学校において備えなければならない表簿は、概ね次のとおりとする。
 一 学校に関係のある法令
 二 学則、日課表、教科用図書配当表、学校医執務記録簿、学校歯科医執務記録簿、学校薬剤師執務記録簿及び学校日誌
 三 職員の名簿、履歴書、出勤簿並びに担任学級、担任の教科又は科目及び時間表
 四 指導要録、その写及び抄本並びに出席簿及び健康診断に関する表簿
 五 入学者の選抜及び成績考査に関する表簿
 六 資産原簿、出納簿及び経費の予算決算についての帳簿並びに図書機械器具、標本、模型等の教具の目録
 七 往復文書処理簿」
 大体、こういうものが規定されております。
#140
○鈴木力君 何種類ですか、合計で。
#141
○政府委員(宮地茂君) 種類もいろいろな種類の分け方がございますが、施行規則で一応分けておりますのは、いま言いましたのは一号から七号までに分けておりますので、大きく分けまして七種類と申し上げたほうがよかろうかと思います。
#142
○鈴木力君 時間がかかるから読みませんけれども、私どもの見ているところでは百二十四種帳簿だけである。要るか要らないかわからないけれども、そういう帳簿をいまつけさせられているわけです、学校は。だからこの帳簿だけでも百二十四種あるというだけでも、一体に学校というところはどういうところかということはもう推察いただけるでしょう。総裁は、教師が自主的に創造的なものでありたいと、こうおっしゃるけれども、その総裁のお気持ちも私はよく理解できます。私も同じ気持ちです。しかし、いまの学校の職場というのは、私に言わせれば、あまりこういうこまかいことを例にあげると失礼だからそうはあげませんけれども、どこに創造性と自主性を生かした教育をやる場があるかということです、いまの学校の現状で。そこのところに対する文部省の思いやりが全然ないということ、私に言わせれば。だからたとえば、いまついでだからもう少し申し上げますが、帳簿の種類がそういうことだ。それなら学校に持ち込まれる仕事がいま実際にどれだけあるのか、こういうことを文部省は調べてみたことがありますか。学校が教育的に主体的にというか、自主的に創造的に教育を進めていくためにいろいろな行事なり計画なりを立てるでしょう。ところが、わきから持ってくるいろいろなものがあるわけです。これがまた学校は引き受けざるを得ないわけだ。そういうものがどの程度にあるのかということを把握していますか。これは正確に数は何とかということではなしに、大体の傾向としてでもよろしいですけれども、どんなものがありますか。
#143
○政府委員(宮地茂君) そういうことを詳細に調査はいたしておりませんが、学校は本来子供の教育、先ほど大臣も申されましたように、子供の人格形成を中心としての職場であろうと思いますが、しかし、一般の、特に町村の人々、とりわけ父兄等は学校本来の仕事でなくても、たとえばPTAの仕事、PTAは社会教育関係団体で成人教育のこれは活動であるというふうに幾ら指導しても、とかく学校に頼りがちであるということで、いろいろPTA関係の事務は学校におんぶされ、持ち込まれておると思います。その他学校から帰った子供のめんどうをみるのは家庭の仕事であろうと思いますけれども、働く婦人の方々は学校が済んでも五時、六時まで学校でめんどうみてくれませんかといったようなお願いをしておられる父兄なり地域の方々もおられようかと思いますが、その他個人的にいなかでは学校の先生ほどえらい方はおられませんから、何でもかんでも先生さんに御相談にいくといったようなことで、いろいろ身の上相談、その他いろいろなことを先生なるがゆえに、それこそ悪意じゃなくて善意に素朴な考えからお願いにいっておられる父兄も、特にいなか等では多いと思いますが、そういったようなことが想像はできますけれども、私のほうで特にそういった本来の仕事でなくて持ち込まれたという仕事を調査したことがございませんので、以上大体感じますことをお答え申し上げました。
#144
○鈴木力君 私は想像だけでもいいと思うんですよね。そういうことを想像して、そして学校という職場を、教育を進めていく、人格を形成をしていく場所として、そして先生たちがほんとうに楽しみながらというか、満足して大臣がおっしゃったような気持ちで責務を果たしていけるような、そういうことであってくれれば、そこを想像してもらいますと、私はこういう法律は出てこないと思う。と申しますのは、私がいま申しますのは、いろいろなことをおっしゃるわけでしょう。たとえばPTAの仕事がどうだ、何の仕事がどうだということをですね。最近はそういう関係だけでなしに、あらゆるところから学校に仕事が入る。いわばよろず引き受けどころが学校ですよ。それが今度はどういう形になってくるのかといいますと、これはあとでもいい、調べておいてもらいたい、この法案審議中にとはいいませんが、たとえば選挙が近づくと選挙管理委員会から選挙公正ポスター募集というやつが学校にくる、それに学校が応じていないとまた電話がかかってきて、催足をする、何となしに学校の授業計画を変更しても絵の時間にそれのポスター書きを学校がやっている。緑の週間がくると緑の週間のポスターを書けという、赤い羽根がくると赤い羽根のポスターを書けという。それで今度は交通安全週間ということになると、交通安全、そういう形で思いつきでやるのだから、全部集まってくるものに学校が振り回わされているということですよ。そういう回わりから、教育でないところに学校の職場が振り回わされておるものを、これに行政当局が手を入れて、まず振り回わされないようなそういう条件をつくってやることを一番先にやらないことには、どんなにいい文句を言ったって、だれもがそうですがといって聞く人はいない。特に教育に実際に働いている人たちは、なるほど喜んでやれるような職場にしますとおっしゃるこの気持ちはありがたいけれども、またかという気持ちしか持たない。だから私は現場というか、学校というところにどうしても文部省というところは理解がない。理解をしようとしているけれども、理解をしている結果、悪意じゃないにしても、しかしそういうところを抜けておいてもいいのだというこの善意についてはどうにも教育は進展しないということになる。そういう意味から、どの程度に知っていらっしゃるのですかということをお伺いしたわけです。
 そこで、この法律を提案をされる場合に、いろいろな点で調査をいたしました。学校の職場の実態に即してとおっしゃるけれども、その職場がわからないで実態に即しようがないじゃありませんか。そういう点で私はいろいろのことをいま伺っているわけなんです。
 そこで、もう一つ同じようなことでお伺いしたいのですけれども、なぜ一体学校というところはそういう形になってきているのだろうかということです。これはまあそういう形になっているということを御存じないというところに、なぜこうなっていると思うかと聞くほうがばかみたいなものですから、それはまあ聞かないとしますけれども、私の見解を先にもう申し上げます。御質問申し上げても、そういう実態知らないというのだから、なぜなっているかわからない。それはやはりこの学校という職場は安易にものを持ち込めば何でもやれるということ、そうしていつからそういうことになったのかといいますと、これは局長に伺いたいのですけれども、業務命令の解決が文部省が違った解釈を出してからこうなっているのです、職場が。いま業務命令といいますか、職務命令について文部省の解釈で統一して指導されている解釈がありますか。職務命令とはどういうことだということを指導されているでしょう。指導されていなくてもいいのですが、職務命令についての文部省の見解をひとつ伺いたいと思うのです。
#145
○政府委員(宮地茂君) 教師は子供の教育をつかさどるわけでございますが、学校も一つの組織体でございますので、学校運営上いろいろ事務的なものもございます。そういった意味で主たる仕事は確かに教育でございましょうが、従たる仕事として学校運営上のいろいろな事務がある。その限りにおきまして、そういうものを学校としてどうしてもやらなければいけない。ところが、先生として率先してやろうとおっしゃらない、いたし方ないときは業務命令を出してやらせるということで、先ほど先生がいろいろ例を出されました何とかのポスターを張るとかいうことまで業務命令の対象にはならないと思います。
#146
○鈴木力君 そこははっきり局長確認できますね。文部省の解決にこう出ている。特別権力関係というものを持ち込んでいるわけですね。そうして「教育委員会は法律、条例の根拠なく学校運営に必要な規則を定め、また学校運営について必要な個々具体的な命令を発することができる。同時に校長も所属職員に対して法的根拠なく事務分掌を命じ、出張を命令し、日宿直を命じ、休暇を承認し、訓告を発することができる、」この文章は文部省から出ているものですよ。そうしてこういう文章で指導されているから、局長はいま、たとえば緑の週間のポスターは業務命令の対象にはならないと、こうそれは確認をいたしましたからいいですよ。しかしそれならば全部通達を出し直さなければいけない。学校長が引き受けてくると、これのポスターを全部書かしてくれと、それが思うようにいかなければ職務命令だと、こういう形にいまなっておる。この職務命令の解釈が出てからいまの学校が、さっき私が申し上げたようなよろず引き受けどころにいまなっているということなんです。その辺についての御見解はどうですか。
#147
○政府委員(宮地茂君) まことに恐縮ですが、先ほど文部省が言っておるとおっしゃいました点は、おそれ入りますが何でございましょうか、何か通達か何かでございましょうか。
#148
○鈴木力君 いや、これは文部省の解説です。ここで何の何という題は言いませんが、あとであなたにこっそり教えます。だからそれを否定なさればよろしいのです。いまのこの解釈を否定なさればよろしい。そうすると、それを否定なさるとすると、直ちにでも職務命令とはこうだというやつをはっきりと文部省が出し直しなさい。その意図があれば、まず私のいま質問申し上げている一つはそれで解決します。いかがです。
#149
○政府委員(宮地茂君) 先ほど先生がお読みになられましたのをあとから教えてやるということですから、あとで教えていただきたいと思いますが、私どもこの学校の先生方が、まああまり業務命令というのは出ていないと思いますが、たとえばいろいろこれは先生方から御非難もございますが、教員の方々がストライキをするといったようなとき、あるいは仕事があるのに放課後外へ出ていかれるといったようなときに業務命令は出されておると思います。しかもそれが何ら法律根拠もなく、校長の恣意によって何でもかんでも命令ができるということでは、これは民主主義国家、法治主義国家ではあり得ないと思います。したがいまして、だれが書きましたものか、あるいは文部省の職員のだれかが書いた著書にそのとおりにあるのではないかと、いまお聞きしながら想像しておるのでございますが、不勉強な個人のひとりよがりで書いておるものとしますれば、これはまあ個人の著書ですから、通達を出したとか何とかということでなく、著書とすれば、そうその上司が下僚に命令するというようなことではなくて、勉強が足りなければ勉強が足りないではないかという注意を与えたいと思いますが、先生が先ほどお読みになられましたのは、何ら法律根拠なくしても日宿直等を命ぜられるということですが、日宿直等は法律根拠もございますし、でございますので、趣旨は何でもかんでも校長の思いのまま命令ができるというようなふうに解釈しておそらくいないと思うのですけれども、何かお読みになられた点を聞いておりますと、そういった意味のようにもとれましたが、その本、著書でありますれば、あと、いま申しましたような措置もとりたいと思いますが、公の立場で私どもその通達を出すとか、あるいは教育長あるいは課長会議等で指導いたします場合に、少なくとも法律根拠なく恣意によって何でも出せるといったようなことは絶対に言ってないと思います。またそうあるべきだと思います。
#150
○鈴木力君 そこで、趣旨はわかった。しかし、私は、いまこれを伺ったのは、私どもの知っている限り、この解釈が相当通用しているという事実を知っているから、それで伺ったわけです。しかし、いまの局長のその御答弁を、私は局長の答弁のほうが正しい。ただし、これはだれか個人的にやっていることだから、文部省は知らないと、このままにしておいたのでは、何となしに人を使って、適当なことをやらして、おれは知らないといった昔の悪代官みたいなことになってしまう。そこで私は、この場で局長にはっきりと職務命令を与えるという場合の根拠は、これとこれとこれだと、職務命令を与える範囲は何だということをこの委員会にはっきり示してもらいたいと思う。
#151
○政府委員(宮地茂君) こういう職務命令は具体的に何と何と何だということは、ちょっとむずかしいと思います。やはり一般的に教員の職務とされているもので、緊急やむを得ない必要がある場合出せるものだと思います。しかし本来、本来と申しますのは、この事務は教師の仕事でないというようなことで、事務に対して命令を出すのはいけないということであれば、私どもはそのように解釈いたしません。先ほど申しましたように、学校教育法に、教諭は教育をつかさどる、事務は教育でないというようなことで、いろいろ端的に割り切ろうというような考えもございますが、この点につきましては高等裁判所の判例もございまして、主たる業務でない、従たる業務についても、これは当然上司の命令によってそういう事務に従事することは適法であるというような判例もございますから、先生がおっしゃっておられるお気持ちは十分わかりますので、いまの何か著書にでもございますれば、たとえば具体的にこういったことについて、どこの学校でこういう業務命令を出したが、それははたして適当かどうかというように、まことに恐縮ですが、もしそういうお尋ねでございますればお答えしやすいと思います。
#152
○鈴木力君 これは進行上委員長に伺いますが、いま私の指摘しているこの命令が適切かどうかを全部聞いていいんですか。――しないほうがいい。それでは大体全部私が聞けと言われたけれども、全部聞いたら何日かかるかわからない。進行上委員長の御意見も尊重しまして、せっかくの局長の御親切だけれども、一つ一つどうのということは、お伺いするのはやめます。ただし、ここで私ははっきりしておいてもらいたいことは、いまのこの教員の職務とされているもので緊急を要するものですね、これはもう疑う余地がないわけです。疑う余地というのは、ことばは悪いが、全然問題がないわけですね、当然のこと。その次の事務について、事務だけではないですよ。従たる業務について必要あれば命ずることができると言って、その限界を示していないところに、ある文部省のだれかが、あるいはいま文部省にいない人でもいいけれども、法律的な根拠がなくとも命令を出せるのだというと、それがずっと広がっていく、そういうことなんです。だから従たる業務というものは、先ほど局長が、たとえば帳簿なら帳簿で、こうとあったでしょう。そういうものが、文部省できめているいろいろなものがあるわけです。その事務は教育に従たるものだとするならば、職務命令を発し得るものはこれとこれなんだと、あるいは一つ一つ例示をしなくとも、従たるものは何でもいいということに野放しになれば、私が指摘した疑念というのは晴れない。したがって従たるものという、一体それは、およそどういう性格のもので、どういう種類のものかと、そういう性格の説明をしてもらわないとこの問題は解決をしないし、私の質問も前進はしない。
#153
○政府委員(宮地茂君) 私どもは学校教育法に規定がございますように、教諭の仕事というものは児童生徒の教育をつかさどるというふうに書かれておりますから、これが教師の基本的な主たる業務と心得ております。しかしながら先ほど来申し上げますように、学校も一つの組織体でございますので、子供の教育だけしておれば、その主たる仕事だけしておれば何もしないということでありますと、学校の適正な運営がなされないというようなことから、たとえば学校営造物の管理運営に必要な一般によく校務といわれるそういうもの、あるいは学校の施設、物品、文書、そういったようなものの管理保全、外部連絡、まあこういったようなものを従たる仕事と考えますが、主たる仕事のほかにこういう従たる仕事についてもこれは命令はあり得る。たとえば端的に申しますと、宿直とか日直とかいうことは、その間に子供の教育をするわけではございませんからこれは従たる仕事と思いますが、宿日直、これはだんだんと学校のいわゆる無人化ということで宿日直等をしないようにいまなっておりますが、しかし宿日直が相当の学校で行なわれておるのは事実でございます。こういったようなものは主たる仕事ではない、子供の教育そのものには直接関しないけれども、先生としてやっていただいてよい仕事ではないか、こういうふうに考えます。
#154
○鈴木力君 これは非常に重要なことですから、私はこのいまの提案されている法律がかりに実施をされるということを想定いたしますと、いまの学校という職場に対する職務命令というものが、それが一つの学校運営に非常に大きないろいろな問題を派生しているわけですから、ここのところは非常に重要なところですから、おそれ入りますけれども私が質問申し上げている間に、いま口で聞いても私もなかなか手当てもうまくいきませんから、文書にしてきっちり出してもらいたい。職務命令とはこういうものでこういう範囲のものに限るということをそれを出していただいて、さらにその内容についても質問申し上げたいと思う。ただし、いま宿日直はとこう言いましたけれども、局長わかっていてごまかすというのであればはなはだどうもよろしくないと思うから申し上げますけれども、いま宿日直は単なる職務命令でやっておるのですか。
#155
○政府委員(宮地茂君) ちょっと頭が悪いせいか先生のおっしゃる趣旨がよくわからないのですが、単なる云々とおっしゃいましたが、宿直日直は自分が希望して自分で好きにやっておるのではなくて、形としては命令の形をとっております。
#156
○鈴木力君 私がいま聞いている職務命令というのは、手続をとらずに校長が職員に出せる職務命令の範囲はどうかと聞いているわけでしょう。そのときにたとえば宿日直という例を出すわけでしょう。宿日直についてはそういう種類の職務命令だとは私は思っていない。これは調べてみてください。そのいい悪いは別としても、大体労働基準法がいま適用されているのですから、ただ三六協定の手続は経ていますので……。それから学校管理規則ですか、服務規定ですか、市町村の教育委員会の規則か規定の中にちゃんとある、そういう場合はということが。そういう手続を経ているものは、いい悪いは別としてもいま私は言っていないのです。そういうはっきり明確でないもので職務命令を出せるというものの範囲がどこなのかということなんです。そのときに手続的に中身のよしあしは別としても、一応手続的に手続を経ているというものを例に出して説明されても私の質問に対する答弁にはならない。そこでそれはそれとして、私はいま申し上げたように非常に重要な性格を持っておりますから、後刻職務命令についての限界でもいいし、職務命令を出し得る従たる業務でもいいですよ。それに対しての限界はどこだというやつを文部省見解として出してもらいたい。どうですか。
#157
○政府委員(宮地茂君) 鈴木先生のお気持ちは具体的に何と何と何をということに近い内容ではっきりせよということでございますと、私のほうはなかなかむずかしいと思います。しかし一応私どもが責任を持ってお答えできる限りのものは書いてお出しいたします。しかし、ちょっと先生がおっしゃいます御期待のように具体的に二十、三十あげていくということはなかなか困難だと思います。
#158
○鈴木力君 楽かむずかしいかということを聞いているのじゃないのです。困難であるかもしれないけれども、そこが明確にならないとこの法律の審議ができないということなんです、私の言っているのは。そこで一々具体的に何という帳簿はいいとか何とか、そんなことまでは文部省見解として出せという、そんな無茶なことは言っておりません。ただ従たる事務といってもいままでは従たる事務というだけで必要があれば出せるのだというからどこまでも無限大に広がっておったわけです。そこでそういうものがない。先ほど一例では、たとえば緑の週間のポスターは命令の対象にならないということを言ったでしょう。そうすると、おのずから法律なら法律でもよろしいし、法律がなくても学校教育という方針からの限界というやつがあるでしょう。その限界を文書にして出せと、そういうことです。
#159
○政府委員(宮地茂君) 出します。
#160
○鈴木力君 それではこの件につきましては後刻それを出していただきましてからまたあらためて御質問申し上げます。
 そこで私は今度はちょっと角度を変えまして、いまの雑務の問題は職務命令の正式見解が出ましてからまた繰り返すことにいたしまして、文部省はほんとうに教育を進めようとしている、そういう職場をつくろうとしている熱意があるのかどうか、若干の問題について伺いたいと思います。これは大臣には恐縮ですけれどもお伺いしませんから一応聞いておいてください。そして先ほど大臣がおっしゃったことと、ほんとうの教育行政というものが一緒なのか一緒でないのかという御判断をいただいて、そのころにはまた大臣に御質問申し上げます。
 たとえば、これは文部省の統計にあることですから聞く必要はないことなんですけれども、教育を進める場合にいまの学校がどういう現状になっておるか。どこかの学校でもよろしいです。たとえば一日の行事というか、一日の学校の何というかタイムテーブルと申しますか、そういう形がどういうふうに回っているのか、サンプル的にでも文部省さわってみたことがありますか。
#161
○政府委員(宮地茂君) AならAという学校で、いまおっしゃいますのは、日課表みたいなものだと思いますが、私も一、二の学校では見せていただいたことがございますが、遺憾ながら、あまり学校に視察ということを私やっておりませんので、ごく一、二個所くらい、かつて見た記憶はございます。
#162
○鈴木力君 一、二個所でよろしいんですが、見られた所感はどうですか。
#163
○政府委員(宮地茂君) 所感は、別にあらためてどうという感じは受けませんでした。
#164
○鈴木力君 私はさっき大臣に聞いておいていただきたいというのは、総裁にも聞いておいてもらいたいのです。局長のいまの答弁なんです、問題は。しかし局長は、悪意にはとりません、非常にこれは正直で、私はその点は敬意を表しますけれども、試みに私が、これは新潟県のある学校で、この間、いまやっておるのを書いてまいりました。御披露申しますというと、八時三十分から八時三十五分まで職員朝会、八時三十五分から八時四十五分まで学級指導、八時四十五分から九時二十五分まで一校時日の授業、九時三十五分から十時二十分まで二校時日の授業、そして十時二十分から十時三十分まで業間体操、十時四十分から十一時二十五分まで三校時日の授業、十一時三十五分から十二時十五分まで四校時日の授業、そして十二時十五分から十二時五十五分まで学校給食指導の時間、午後一時二十分から一時二十五分まで、五分ですが業間体操、一時二十五分から二時十分まで五校時日の授業、そして二時二十分から三時まで学級指導、三時十分から三時三十分まで清掃指導――掃除ですよ。三時三十分から四時十分まで課外活動、ここで四時十分に生徒とお別れをする。あとでいろいろ問題があると思いますが、この学校の勤務時間は四時三十分まで。大体しかし、局長が一、二しか見られないと言うけれども、私は一つでも見られたということで敬意を表するんですが、大同小異ですよ、これと。それで何ら感想も所感もございませんという文部省の責任局長が言うから日本の教育はほんとうに振興する条件が進まない、こう言うと少しことばが過ぎますからこの点は取り消しますがね。しかし、そこまでは少なくとも神経を配る行政を私は望むということなんです。しかし、それはこれからでもやってもらえばいいんです。
 そこで伺いたい。いま私が申し上げた一日の日課表で先生たちが働いていらっしゃる、小学校の例です。ここで一体、いま言われた従たる業務についての先ほど局長の述べられたいろんな事務があるのです。どの時間にやられると思いますか。
#165
○政府委員(宮地茂君) まあ四時半に終われば、その先生が、たとえば事務職員が少なくて、あるいは極端に言えばいない場合に、俸給を払わなきゃいけないといったようなときは、昼休みか、あるいは四時半後におやりになっておられるだろうと思います。しかし、いまおっしゃいましたのは、ある一人の先生の日課表ではなくて学校でしょう。しかし、担当教員のそれぞれの御本人の教師自身の日課表がもう一つあるわけですね。したがいまして、それぞれの教師が全員いまのそのスケジュールどおりではなくって、個々の先生で若干の違いがあろうと思います。まあ先生がおっしゃるのは、だから事務をやる時間はないではないかということを例示しておられるんだと思いますが、その点は私どもも事務をやるのは当然だ。四時半過ぎて、五時でも六時でもやればいいのだという意味で所感をもたないと言ったわけではございません。それとは別に、事務等で先生方が従たる業務に追われるというそのことは私どもも承知いたしております。したがいまして、毎年教員の定数を充実するということでいろいろ作業もいたしておりますし、定数法の改定で事務職員等は充実しなきゃならぬといった、そういう点では非常に感じは持っておるわけでございます。
#166
○鈴木力君 もう定数についてもどうにかしなけりゃいけないという話は何べんも聞いておる。しかし、明治以来こういう現状は学制が変わっても学校の職場は続いている。ただ私はもう先回りして言いますけれども、局長はいまの定数法ならば定数法という五年計画がある。あの計算どおり歩いておれば満点だと思っているわけでしょう。そうでしょう。だから、前より一歩か二歩進めば定数法でも、定数でも前より前進したという解釈に立つのです。私は定数法のときにも言ったことがある。前から幾ら進んだかと聞かない。必要なところにどこまで進んでいるのか、到達しない点がどれだけかという角度からものを見ないといけない。こういうことを言ったはずですね。ところがそのところが定数法努力しておりますと言うけれども、いまのような現状でしょう。事務はともかくとして――ともかくということじゃないので、たとえばいま事務の話があった、法律によれば事務職員は置かなければならないとあるわけです。そうでしょう。それを逃げ道をつくっておいて、特別な事情ある場合はとかなんとか、あれはどっちがどっちだったかちょっと忘れたけれども、少なくとも当分の間置かないことができると、こう書いてある。これは逃げているわけでしょう、いま深刻なことを。ここには幸い大臣もいらっしゃるし、総裁もいらっしゃるので、これができるならば、まず第一に少なくとも当分の間置かないことができるというような事務職員の、その「当分の間」ぐらい取っ払ったらどうなのか。その努力がいまの定数法が満期にならないうちはできませんとかまえているところに、私は学校という職場を事務的な職場にしか見ていない、教育を進める職場と見ていない。そういう指摘をしたい。これはまた御討議いただけばいいのですが、そこで重ねて局長にお伺いいたしますが、いま事務の話はまたあとで触れます。教育を進めるという場合に、いま私が、大体教員は教育をつかさどるというのは、学校教育の本務である。これはさっきも局長おっしゃったとおりですね。学校教育をつかさどるということが本務なんであって、その本務が八時三十五分から始まって四時十分までやっているわけです。その間は学校教育をつかさどっておるからいいわけですね。しかし、そこで文部省にお伺いしたいのは、一体文部省は、先生たちが授業をする場合に、一教科一時間の授業をする場合にその事前の準備はどれだけ必要だという計算をしているのですか。それは準備は必要ないとされているのですか。どっちですか。
#167
○政府委員(宮地茂君) 準備は必要であると思っております。
#168
○鈴木力君 そうすると、いまの私が読み上げた一つの例からすると、先生たちはどこにその準備をすればいいんです。
#169
○政府委員(宮地茂君) 恐縮ですが、私どもが四十一年度に調査いたしました全国的な調査でお答えいたしたいと思います。これは教員が、先ほど来先生もお尋ねの、どういう仕事をしておるかということを調査いたしました。一人当たり週平均を出しました。その結果を大ざっぱに申し上げます。小学校は服務時間内に一週間四十七時間五分働いております。そのうち指導活動、いわゆる教師としての本来の時間は三十六時間五十九分ということになっております。それから事務活動に二時間五十八分、約三時間でございます。したがいまして、管理、教務、学級経理事務等の事務に三時間、ということは四十七分の三でございます。そういう一応調査は出ております。しかし、これで教師は担当事務をやってない、だから、事務職員もふやす必要はないという意味で申し上げているのではございません。実態を調査した結果、事務はたいへんだろうけれども、本来の仕事と事務とを比べますと、四十七時間五分の内訳は七%弱がいわゆる管理、教務、学級経理事務等の事務になっておるという全国調査の結果をもちましてお答えにかえさしていただきます。
#170
○鈴木力君 私の聞いている意図をよく……、こっちの説明が悪いからそうかもしれないのですがね、それは調査をすればそういうことですよ。そうなるのです。いまのタイムテーブルからいって、事務の時間をやっていることはわかるが、私はいま事務のことはあとにして、こういって聞いているのです。教育活動ですよね、教育活動で一週間に三十六時間五十九分、一応の調査でも。その調査の結果を私は間違いだと言っていないのですよ。そうだろうと思うのです。ところが、小学校の先生が一週間に授業時間はどれだけか、六年生の先生で。
#171
○政府委員(宮地茂君) 標準的には大年で六学級の学校で週当たり三十三時間ということです。
#172
○鈴木力君 そうすると、現状は三十六時間であるということはわかる。私が聞いているのは、これでいいのかという議論をしているのですけれどもね、お間違いなく聞いていただきたいのですよ。三十三時間授業時間がある。それで教育活動をやっている時間をかりにいまの数字でいくと三十六時間五十九分、個人差がありますから全部が全部こうだと言えないにしても。そうすると、三十三時間の授業に対して授業前後の活動の時間が全部で四時間しかない。四時間に一分足りないから四時間にして、その四時間で授業をする前に教材研究をしたり、資料を集めてみたり、それから授業が済んだら生徒のさっきの話にも出ましたけれども、テストの始末をしたり、あるいは作文の添削をしたり、そういう授業時間に本来どれだけかかるかということが、これは文部省わからなければいいのですが、わかっているなら文部省の見解もただしたいのですけれども、どうですか。
#173
○政府委員(宮地茂君) これは個々の先生によって違うと思いますので、くどうございますが、先ほど申し上げました四十一年でやりました約九万人余りについて調査いたしましたその結果で平均値で申しますと、そういった子供に教育をするための予習的なそういった時間は八時間、週当たり服務時間内で八時間というふうになっております。ですから、六日で割れば一時間余りが生徒にあす教えるための予備研究というのですか、あすの授業のために前日教師が費やしているのが毎日一時間余り、これは全国調査の平均値でございます。
#174
○鈴木力君 私が聞いているのは、その実態はそれくらいしか時間はないのですよ。タイムテーブルからいっても、それでいいと思っているのかどうかということを私は聞いているのです。
 そこで、文部省のいろいろな専門の部局があるだろうから、一体、授業一時間するために、本来の教師が満足に研究や準備をするために一時間当たりどれくらいの時間が必要かということの研究の、調査の結果があるかということを実は聞いている。なければないでよろしい。
#175
○政府委員(宮地茂君) あとのほうの御質問のそういう調査があるかということにつきましては、調べてみたいと思いますが、おそらくないだろうと思います。
 それから、前段のこれでいいと思うかという御質問につきましては、私どもも心の中では決してこれで満足だとは思っておりません。しかしながら、やはり法律で定数は国会できめていただき、それを実施している、そういうことで年々改善していくということで、現在の定数法自身がもう満足であるというなら今後直す必要はございませんが、私どもはやむを得ず現在の定数法があるので、もっともっと教師の定数、事務職員の定数はふやしたいという気持ちは十分持っております。
#176
○委員長(高橋文五郎君) 午後七時三十分まで休憩いたします。
   午後六時三十八分休憩
     ―――――・―――――
   午後七時四十一分開会
#177
○委員長(高橋文五郎君) ただいまから文教委員会を再開いたします。
 休憩前に引き続き、国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法案(閣法第六三号)(衆議院送付)を議題といたします。
 本法律案に対し、質疑のある方は順次御発言を願います。
#178
○鈴木力君 さっき文部省に職務命令の考え方といいますか、職務命令の性格と限界というのを文書で出すようにお願いしたのですけれども、まだ出ませんか。
#179
○政府委員(宮地茂君) 恐縮ですが、ただいま整理しておりますので、先生の御質疑中にお出し申し上げますので、しばらくお待ちいただきたいと思います。
#180
○鈴木力君 それでは、さっきのタイムテーブルから教員定数等のことについてお伺いをいたしましたので、いずれにしても局長に、局長にというよりも文部省自体にはっきりと、これはもうわかってもらいたいのは、統計でつじつまが合っても教育ができないということは確認をしてもらいたい。たとえばさっき私が言いましたように、四時十分まで子供と一緒に暮らしておって、四時半には勤務時間が終わる。こういう状況でいつ教材研究をして、いつ子供の作品やその他のあと始末をするのかという質問でありましたけれども、過去の調査の実態はこうだという答弁は聞きました。問題は、いまの過去の調査がこうだということが、私が聞いたような実態をまだ改善できないでおるのですからね。したがって、いまの定数法で帳じりが合っておるということでは教育行政とは言えない。その定数法を役人的に言えば五年間という期間があるから、それでそれなりにはつじつまが合う。しかし、教育の場はそういう帳簿を、あるいは帳じりではつじつまが合わない。いまからでもすぐとりかかるという意欲がなければ、とてもじゃないが、この教職の特殊性などと言っておったって、それは職場には反映するようなものにはならないと思う。したがって、その点は、そういう点で私は要望したいわけです。
 もう一つの角度から、これは考え方を変えてもらいたいという意味で聞くのですけれどもね。たとえば一つの例をあげますと、体育館なら体育館というものがあるでしょう。施設設備――まあ施設のうちで見ますとね。そうしますとね、体育館があるかないかという問題は、行政的な、役所的な考え方からすれば、子供一人当たりに何平方メートルある、基準に合っておるからありますと答える。そうでしょう。それは確かにその予算の基準かなにか知らぬけれども基準がある。それで足れりとしているのがいまの教育行政の実態ではないかと思うのです。しかしそれでいいのかということを私はお尋ねしたい。たとえば体育館をつくる場合のその基準に、その学級規模と体育の授業時間数と体育館の使用頻度、そういうものから計算をしてみたことがあるのかないのかですね。あるいは計算してみようとする意図があるのかないのか、その点について伺いたいと思う。
#181
○政府委員(宮地茂君) まことに恐縮ですが、所管外で、私そこまで詳細なことを存じませんので、さっそく所管局長を呼びましてお答えしたいと思います。
#182
○鈴木力君 呼ばなくてもいい。私はその所管の局長をいまこの夜中に呼んで、そうしてパーセンテージがどうとかいう数字を聞くとかいう目的で言っているのではありませんから、したがって所管の局長がいなければいなくても、わざわざいまさら来いというような酷なことはするつもりはありませんから呼ばなくてもけっこうです。ただし、私は初等中等教育局長に、その数字の関係については管轄外でもよろしい、所管外でもよろしい、しかし初等中等教育をほんとうに条件をつくるために熱意を持つなら、傾向として、私は体育館というのは、体育館を一つの例示的に出した話でありますから、必ずしも体育館でなくてもよろしいんだけれども、要するに、役人的な統計のつじつまを合わしておればそれでいいという行政が、その姿勢が直っていないということなんですよ。同じ体育館を考える場合にも、教育を進める場がほんとうに教育的な機能をテーマにした施設ということの考え方が貫かれているのかどうかというと、体育館の例では私は貫かれていないと、こう思う。そういう点についてはやっぱり文部省全体とももう少しこの連絡をとりながらも文部省の行政の姿勢を、姿勢といいますか着眼点を基本的に変えるということをやってもらいたい、そういう意味でいまの例を申し上げました。そういう意味でありますから、初中局長、今度は所管外でないことについて一つ伺います。
 もう一つ私は、もう一つと言いますか、例はいかほどもありますけれども、一つの例だけを申し上げますが、その教育の職場を非常に苦しめているものに文部省内の不統一がある。これはむしろ政務次官にお答えいただいたほうがいいかもしれません。同じ局内でもあるかもしれません。たとえば教育を進める場合のいろいろな条件をつくるための予算やなんかの編成部門と、あるいは実際のとの教育課程をつくったりするそちら側のほうの指導部門との間にほんとうに連絡がついているのかついていないのかということです。それで一例で具体的に聞きましょうか。いま小学校の六年生でしょうか、たぶん。はっきりしませんけれども、教材に生物の観察の一つの材料に鶏の卵をふ化さして、そしてその鶏の卵がひよこになっていく経過を観察をせよというやつがあるでしょう。一方そういうことが生物観察として必要だと思いつけば、それはそれなりに職場には流れていきますよ。ところがその職場にそれならばふ卵器を備えるという準備の手配はどういう形でしておるのか、その辺はどういう思いやりというか、どういうその受け入れ側の手配をどうして、そうして新しい教材というものをこちらから送り込んでやっていくのか、卵は一例ですけれども、一応その関係を聞いてみたいと思う。
#183
○政府委員(宮地茂君) いま御指摘の問題を含めまして、その他にも学習指導要領の改定に伴いまして教材基準の改定が必要になるものがございます。したがいまして、早急に教材基準の改定をすべくいま検討中でございます。なお、そのふ卵器ですか、ふ卵器がなくても一応観察ができるというふうには考えられますが、しかし、なおそれがあるほうがベターであろうというようなことで、それを含めて教材基準の改定を検討いたしております。
#184
○鈴木力君 これは、私はさっきからどうも総裁や大臣に退屈させて恐縮でございますがね、しばらく聞いておってもらいたいと頼んでおりますのは、こういうことを聞いておってもらいたいということですよ。おそらく人事院の総裁も御存じないだろうと思う。いま局長は、ふ卵器がなくてもひよこにかえるのを観察ができるとおっしゃった。親鳥が全部おればいいですよ。何でふ化させて、それを観察するのですか。いいですか。それからついでだからもう一つ局長に伺いますがね、ふ卵器がなくてもできるということを言われたけれども、ほんとうなのかどうか。それからもう一つは、それはそれとして一応認めたとしてもですよ、各学区ごとに種鶏卵があると思いますか。有精卵が各学区ごとに買える現状になっていると思いますかということを聞いている。
#185
○政府委員(宮地茂君) 鈴木先生にお願いいたしますが、私答えてもいいのですけれども、御承知のように、いま耳から耳へ聞いておりますので、正確を期する意味で、まことに失礼ですが、説明員の答弁で御了承いただけましょうか。
#186
○鈴木力君 それはけっこうです。
#187
○説明員(久保庭信一君) かわりまして御説明申し上げます。
 小学校の学習指導要領の六年の理科の中で、鳥の卵をあたためると、血管、心臓、目などができることを理解させるという内容が確かにございます。しかし、これはその取り扱いのところで、この内容の観察は数日間あたためた程度のものが適当であるということでございまして、ただいま局長がふ卵器がなくとも観察できると申し上げましたのは、卵をひよこにかえすことができるということでなくして、数日間あたためた程度のものならば、ふ卵器がなくとも観察することは可能だということでございます。
 それからもう一点は、最近の卵は有精卵が非常に少ないのじゃないかという御質問でございますが、それにつきましては、これまでこの新しい学習指導要領の実施につきまして、三年間ほどそのための準備をいたしてきております。その間におきまして、有精卵等の手配につきましても、各県の指導行政の中で、各県には農業試験場等もございますし、農業高校等もございますので、各学校で観察いたしますのは、各学級ごとに用意する必要もございませんので、各学校に一つか二つあれば観察できますので、その程度のものは手配がつくということが講習会等でも話し合われているところでございます。
#188
○鈴木力君 私はいまの御答弁のようなことを問題にしているんですよ。鶏の卵を何日あたためれば変化をすると、そこまで見つけたらあとつぶしていいんだというこの指導――ふ卵器がなくてもできるというのの答弁には役に立つけれども、子供の教育にはその考え方は役に立つのかということなんですがね、やっぱり成長していくという過程を見る、しかも六年生の子ですから、ひよこになるところまで見なきゃいけませんよ。しかし、それは皆さんの専門家の立場から違うと言えば、そういう問題は議論しなくてもいい。ただ、私がここで疑念を持つのは、いまの種鶏卵というか種卵というか、各県ごとに試験場もあるし、各学級数やらなくても、学校一つでもいいから、それならばできるはずだという考え方、そういう試験場があれば、学校に学級分七個持っていくのと一個持っていくのと、手数がどれだけ違うと思ってあなたそういう答弁しているんですか。同じそういうところから取り寄せるという手配をほんとうにするのであるならば、一個持っていくなんというよりも、学級数持っていったらどうなんです。それをわざわざ、学級数分要らなくてもいいんだからと、こう言うところに、どうも私どもは文部省のそういう指導は無責任だと思うんです。しかも、人事院総裁や、それから大臣は御存じないかもしれませんが、私がこういうことをいま聞いておりますのは、実に鶏と卵でこれを問題にしようと思っているわけじゃないんで、実例を聞いているわけです。実例を申し上げて問題にしておりますのは、いまそういう手配をしましたと言うけれども、現場では、手配されてそれがそうなっておるかというと、学校の先生方で一番頭が痛いのはこの種卵を求めることですよ。いつの幾日にどの授業に入るかということがそれぞれに県の試験場がわかって、それなりに配給といいますか、持って歩くような、そういう手配まで済んでいるのですか。全く実情にも何も合いはしない。しかもそれを、いまよけいなことを言えば、かつて文部省が教育課程とか、教材の改定をしたときに、ほんとうかうそか知らないけれども、音楽でハーモニカを取り上げたらどんなことがあったかというと、あのころの新聞記事を思い出してみればいい。今度の鶏の卵をこの教材で取り上げたということが、私は別にどうこうは言いませんよ、かつて文部省にあったようなことがまた勘ぐられたらどうします。行政の権威なんというものはどこにも生きてはいないのです。しかし、これはいま本題でありませんから、事のついでに申し上げておくだけです。だが、私はそういうようなことを、全く実情に合わないようなことを持ってきて、学習指導要領は国家基準でございますというこの態度なんですよ。さっきは私は職務命令のことを聞きました。その次に、常に口があけばといいますかね、これは国家基準でございますと言う、この権威的な押しつけ方なんです。いまのような全く実情に合わないようなことをぞろぞろやっておるんだから、それならば一応これを検討してみて、実情に合うように先生方にやってくれとなぜ言えない、この点はどうです。
#189
○政府委員(宮地茂君) 学習指導要領はもちろん各学校で教育課程を編成される場合の基準でございまして、教師が教えられる場合には、いろいろ教師としての創意くふうをこらして行なわなければいけませんが、しかし一応の基準といたしましては学習指導要領で定める。その基準にはあまり詳細なことは書かれておりません。したがいまして、基準の趣旨をくんで、いろいろ先生が実情に即するように、子供の教育に何が一番ベターであるのかということは、指導要領を基準として、それ以上に実際の教育においてくふうをこらしていくということで、文部大臣の権限として学習指導要領は文部大臣が定めることになっております。ただ教師の創意くふうでございますけれども、こういう基準がございませんと、悪意ではなくても先生方はこれが一番いいんだというふうに思われても、必ずしも適切でないものもございます。必ずしも悪意でそうしているわけではございませんが、そういうようなこと。さらに青森県のいなかと鹿児島県、東京といったようなところでいろいろ水準の違ったものが教えられるということも、これは国民教育の立場からよろしくないといったような観点から学習指導要領が基準として定まっておるわけでございますし、基準さえあれば、基準どおりでそれ以上は全然教師の創意くふうはないかといいますと、相当教師の創意くふうの余地はあるし、創意くふうを生かすことによってより適切な教育が可能であろう、こういうふうに考えております。
#190
○鈴木力君 それならば、文部省の指導態度を変えなければいけないということですな、いまおっしゃるようなことなら。これは一つの基準で、あとは実情に合うように先生たちがやってくださいという趣旨なら、さっきどなたですか、答えたように、わざわざ講習会に行って、県には試験場もあるはずだから、学級数なくても一つだけは取れるんだからそれをやれと、そんな講習会はやる必要はない、卵にこだわる必要はないでしょう。だから局長の言うような方針ならその方針なりに指導してくれなければ困るわけです。ところが局長のところにいる職員が、専門家と称する人たちが出向いていっては、相当の無理をしてもこれをやるようにという指導をずっとやっているわけです。そうしてその理由づけは、国家基準でしょう、頭にきておるものは。それは多少創意くふうをしなさいという余地はそれはありますよ。それはあるというけれども、きわめて限られた範囲内の中の創意くふうでしょう。たとえばいまの卵、ふ卵器がない場合に、ふところであっためるかなんか、そんなことの創意くふうの範囲しかないわけです。だからもしも卵というものを出すなら、これが実情に合わなかったら別のものでやりなさいとか、そういう指導がなければいけない。もしそういう指導をしておっても職場はそう受け取っていないとすれば――聞いていますか――そういう指導をしておっても、私が見ておる限り職場はそう受け取っていない。したがって、いまからでもおそくないから、指導要領というのはそういう趣旨のもので、実情に合わない場合は先生たちがみずから自分でくふうしてやってください。そういう指導をあらためてし直すことの用意がありますか。そうやるべきですよ。
#191
○政府委員(宮地茂君) 学習指導要領は御承知のように基準でございますが、ただこの基準というのは一種の参考例にすぎないんで、まあよってもよらぬでもいいんだといったものではございません。まあその辺が非常にむずかしいところでございますが、たとえば教育課程は教師が編成するんだ、国がそんなものをきめるんじゃなくて教師が、自分らが一番よく知っておるんだから自分らでやるんだ、国の基準はあるといってもせいぜい参考程度でいいんだというようなことになりますと、これはかりに善意から出ておるとしましても、そう教師の方も神さまみたいな人ばかりがおられるわけじゃございませんし、国家的な水準も保つ必要がございます。そういった意味で、基準というのは単なる参考なんだというふうに解されたんではいろいろ弊害があるということで、私どもは学習指導要領は基準だと、それは強制力を持つということを法律的にもそのように解釈できますし、そのように指導もいたしておるわけです。しかしながらどうしても現実に即さない。たとえば教科書で前国会でも公害の問題がございました。ところが教科書には、これはまあ教科書を教えるのか教科書で教えるのかといったようないろんな論議もこの委員会でもございましたが、しかし教科書にはうそを書いてはいけないといったような意味では、教科書に書かれているものは正しいとして教えていくわけでしょうが、しかし公害問題等で公害基本法ができ、いろいろ公害についての諸法律ができる、しかし教科書はまだ間に合っていないといったようなときに、前国会のようにいろいろ問題ございました。私どもはそういうときには教師として創意くふうをこらして実情に合うように当然教えられることを期待する、しかしながらそれが進んできて、だからそのように教科書といえども、学習指導要領といえども、単なる参考だというふうに進んだんでは困るということでございますので、その点はなかなか説明がむずかしゅうございますが、趣旨はそういうことであろう、そういうふうに私ども指導しておるつもりでございます。
#192
○鈴木力君 私は何も単なる参考だというふうにいつ言った。国家基準というものはこれが基準でございますよというから、さっきのような実情に合わないことがどんどん出ていると、こう言うのでしょう。それをあなたが実情に合うようにすればいいんだと言うけれども、実際のあなたのところにいる職員は、実情に合おうが合うまいがこれは国家基準なんだと、そういうふうにとれるような指導業績が実際にあると言うのです。その例に私はいま鶏の卵を出したのですよ。実情に合わなければ何か別のものでくふうしてくださいと言わずに、県の試験場からでも何とかすれば、足りなければ学級数なくてもいいからこれでやれると、ややこだわった言い方をしているのですよ。そういう指導があるからおかしいと私が言っている。それはおかしいと言えば、単なる参考と、こうあなたがすぐ言い返すのがおかしい。私は単なる参考で、それでどっちでもいいのだとは言ってやしない。ただし国家基準というものをあまりにもかたくなに教え過ぎているところに……、それはあなたたちは教師だって神さまでないとそう言う。それはそうだと思います。私がこれほど皆さんの実情に合わないことをやっていることを指摘すれば、文部省の役人だって神さまではありません。お互いに神さまでないものと神さまでないものとが、片や条件を整えようとする任務を持っているし、片やその任務にこたえて教育の実績をあげようとしている。そういう関係にあるわけでしょう。おまえたち神さまでないからよほどこっちが締めてやらなければと、あたかも自分が神さまみたいなものの言い方をするところにいまの教育行政の問題があり、そして私が一番先に人事院総裁と大臣に聞いておいてもらいたいということがある。申し上げたのはこの姿勢がある中で、いまのような答弁の中でこの教特法が出てくるがら問題になると、私はそういうことを言っているわけです。だからいまの指導行政なんかについてもやはりこれは点検をして見直す必要がある。すべて教育行政というものは教育をほんとうに進めるためにそれをアドバイスしたりその条件をつくったりする。そうなんでしょう。それがさっき体育館の例をあげれば体育館もそうだ。事務的には一人平均幾らということにはなるけれども、授業時間数と学級数というものは全然配慮していない。それが教育を進めるための行政の府の姿勢なのかどうかということを聞いているわけです。指導面から言えばいまの卵の例のように出てくるようなものです。この点については、教師は神さまでないという気持ちはよくわかる。しかし御自分も神さまでないという気持ちで相当御自分のところを点検してみる、自己批判してみるというその姿勢がないと、とてもじゃないが教師の特殊性がどうのこうのと議論してもそういう議論にはとてもいけるような状況でないということを私は指摘しているわけなんです。文部省のほんとうの気持ちはどういうことなんです。
#193
○政府委員(宮地茂君) どうも学習指導要領なんかとこの教特法の結びつきが、ちょっと先生のおっしゃるのは私はどうもよくわからないのですが……。
#194
○鈴木力君 よくわからないところに文部省の欠陥があるということなんです。
#195
○政府委員(宮地茂君) 先ほど来先生がいろいろあげられております基準、これは教員の定数にいたしましても施設の基準にいたしましても、国といたしましてはやはり最低の基準的なものは保障していかなければいけない。しかしながら、その基準を生かして個々の学校でおやりになるのは県教委があり、市町村教委があり、また各学校長があり、またその学校の教員があるというふうに考えます。ですから、私ども定数につきまして、これは先ほど休憩前に申し上げましたように、教職員の定数にいたしましても、あるいは施設の基準にいたしましても、教材基準にしましても、今日ただいまあるものが理想とは決して思っておりません。しかしながらいろんな今日のわが国の経営、財政状況、その他あらゆることを勘案して、まあこの辺でしんぼうをしておこうといったようなものが教育関係ではずいぶん多いと思います。したがいまして、そういうことでございますが、いわば最低あるいはそれに近い保障をしておるということで、だからといってそれでもう満足しておるのかとおっしゃれば、決して満足はいたしておりません。だから、学習指導要領の改定もあり、さらに基準改定もあり、定数法の改定も私どもは努力をしなければいけない、こういうことでございます。したがいまして、学習指導要領にいたしましても、先ほど説明員から県の農事試験場があるとか学級に一つとか、そこまで学習指導要領に書いてあるわけじゃなくて、その補足的な説明をいたしてきたと思いますが、もちろん私あまり教科課目のそれぞれのこまかい問題につきましては、専門家としての理由があるのだと思いますので、その点に立ち入る能力がございませんが、もちろん先生も御指摘のように、私ども行政官がきめたことが一番いいと思っておりません。学習指導要領にしましても、何百人という先生方におきめいただいて、文部省としてはそれをきめておるということは、説明するまでもなく御承知と思います。でございますので、多くの基準というものは、少なくとも今日の状況として、最低ないしそれに近い、しかし将来まだまだその改善をしていくという意思があって現行の基準ができておるということでございます。
#196
○鈴木力君 どうも私はよくわからぬですね。最低を保障するということばはりっぱですよ。それは私は決して一ぺんに満足するような状況になるとは思っていない。また教育の条件づくりということはどこまでいって満足するのか、これもわからぬわけですよね。だからその満足できないということについては私もよくわかる。ただここらでいけば最低でいけるのだということと、私がいまあげた事例を、最低の基準でこれなんです、保障しているのですと言うその根性が私にはわからないということですよ。体育館ということは体育の授業をする場所でしょう。どうです局長、それはわかりませんか。体育の指導をする場所でしょう、体育館というのは学校の。そうじゃないですか。そうでしょう。どっちですか。
#197
○政府委員(宮地茂君) 小学校は体育館というほどのものはないと思います。屋内体操場といった程度で、館と称するほどのものじゃございません。しかし、それはお尋ねされるまでもなく、またお答えするまでもなく、これは子供らの体育をやる場所でございます。
#198
○鈴木力君 そこで、体育館と言ったのは、私もこれ言い間違いで、正確でなかった。屋内体操場ですね。体育の指導する場所でしょう。かりに二十学級あって、性格はどうなっているか知らぬけれども、かりに一個学級が一週間に三時間体育があるとすれば一週間に六十時間使われるわけです。そういう学校で体育館が一つしかない。しかし、それは非常に大きいから二個学級ぐらいは一ぺんにできるというところもありますよ。おそらく全校の生徒のうちのその屋内体操場を使って体育のできるのは授業時間数の何分の一にも当たらないということがあるわけです。そう言うと、屋外も使えるじゃないかと、こうすぐくるだろうと思っていますよ。屋外も使える。しかし、たとえば冬季なんかのときの雪のある地域はどうするのか、ふぶきのために体育の授業ができないという学級が一年にどれだけ出ているのかですね、それを考えてみると、最低基準というのは一体何かということを文部省は真剣に考えなきゃいけないと思いますよ。まあ、これ以上あまり聞きませんがね、こまかいことを知らないとおっしゃる。それはそれでよろしいと思う。局長が一々指導要領の一ページまで暗記していろと私は言いはしません。ただし行政の責任のある局として教育行政の視点だけは間違ってもらっちゃ困ると思う。そうでしょう。私は何べんも口をすっぱくして言うように、役所的に帳じりが合っておればいいんだというこの考え方を捨てて、教育をやっておる実際のところにはたしてこれが合うのか合わないのかという視点からそれを検討する、その視点の置き場所を変えないと、永久に局長と私とのいまのような議論が続くわけです。そして永久に職場は混乱しているわけだ、足りなくて。大体いまの教職定数にしてもそうですよ。これが最低で何とか問に合っているというその考え方がどうしても私は本気に教育を考えたらわからないということ。大体そうでしょう。小学校は学級担任制だ。なるほど専科教員置いてもいいんですよというけれども、実際にいまの定数の配置ではどうにもならない。そうして前の時間に体育をやって、かりに屋内体操場がないものだから、足りないから外でやって、その道具を片づけて、次の時間が理科だと、さあ理科室へ飛び込んでいって実験の準備をするなんということ、さっき私の言ったタイムテーブルでできると思いますか。幸いにして行政当局がなまけておるために、いまの教材教具の達成率というのは四八%でしょう、小学校は。これは文部省の統計にそう出ているから間違いないと思う。要するに、理科の実験の準備をするそのものがないから間に合っているだけの話なんです。それで最低間に合っていますとうそぶいておるこの文部省の教育行政の姿勢が基本的に直らないと、どんなりっぱな口をきいたって、なるほどそうですかというような雰囲気には、そういう条件は出てこないということですよ。これは私は政務次官によく聞いてもらいたいのですよ。どう見たって、私は何べんかこういうことを言ったはずだ、この場所でもですね。たとえば土木にしてごらんなさい、橋をかける場所を想定してごらんなさい。予算や、日本の国の経済や、いろいろな事情がありまして、ここはがまんをしなければいけませんと言うけれども、しかし予算が足りないから鉄筋を省略したという橋はないでしょう。予算が足りないからセメントを少し減らして砂で埋め合わせましたというそういう土木建築はありゃあしませんでしょう。橋ならば、皆さんは目に見えるものならば完備しなければものにならないという、これが最低の基準なんです。ところが教育は目に見えないから、何でもやらせれば何とかやっているわということが基本的な皆さんの態度じゃないですか、文部省の。だから、足りなければ足りないで、学校はとにかく授業時間やっているし、諸報告の中には、授業時間、年間に何百何十時間やりましたよと、職員の出勤の諸統計はこれこれですと、その統計を集めて満足しているわけです。教育は統計では出ていないということをもう一ぺん文部省は真剣に考え直さなければいけないと思うんです。私は、だからほんとうにこの教育の場をその理念にふさわしいという、いきなりそこにいかないとしても、少なくともそちらの方向に進めていくという場合には、いまのこの教育の職場なり、あるいは行政のあり方なり態度なり真剣にこれは点検してみるべき時期ではないかということなんです。それが、教師は神さまでないからよほどこっちがやってやらなければと、それならてまえが神さまかというと神さまでないわけです。教科書は教科書はと言うけれども、ここで間違っておる点を指摘しろと言うなら幾らあるかわかりませんぞ。私は、きょうはそれをやるつもりはありませんけれどもね。そういうものを持たしておいておって、自分のほうが神に近いような感じでおまえらは神でないというこの態度が、戦前の天皇がものを言ったというそれとどこも違いはありゃしませんじゃないですか、基本的に。そういう現状からいまの教育条件はどうなのか、教員定数というのは単に先生たちが忙しいか忙しくないかということだけじゃなくて、学習指導要領を出して、これだけの程度のことを教えなさいと言っているのも、それにこたえる定数がいっているのかどうか。それにこたえる教材、教具があるのかないのか。そういう角度からものを見て行政をやらないとだめだということを言っておるわけです。私がこう言うことが間違いなら間違いだと言ってくださってもけっこうですけれども、これは政務次官の御答弁を伺います。
#199
○政府委員(西岡武夫君) お答えいたします。
 先ほどからるる先生からの御指摘のあっております点につきましては、全く文部省といたしましても同感でございます。ただ、先ほどから初中局長の御答弁申し上げております点は、先生の基本的なお考えにいささかも反するものではないと思っております。と申しますのは、文部省といたしましても年々概算要求の中で教育条件の向上を目ざして努力をしているところでございまして、先ほど初中局長からもお答え申し上げましたように、まあこれまでのわが国の経済力の向上の過程の中でだんだんと努力をしてきた、これは教育についてもあらゆる分野についても言えるのではなかろうかと思います。したがいまして、何も文部省が、たとえば教員定数の問題にいたしましても、施設の基準にいたしましても、教材基準にいたしましても最低基準を定めたと、それによって満足をしているというのではなくて、いまできる範囲の基準はここであるということを示しているにすぎないわけでございまして、ただ、先生の御指摘のように、いま少なくともわが国の経済力が世界で第三位という時点に立って、そういう観点から見ればいささか教育条件について欠くるところがあるのではないかということは御指摘のとおりであろうと思います。したがいまして、今後私どもの文部省の考え方としては、中教審におきましても、今後の学校教育の拡充整備についての基本的な方向づけについて近く御答申をいただく予定でございますが、やはりこの時点に立ってあらためて先ほど先生からるる御指摘がありましたいろいろな問題を含めて再点検をするという必要はあろうかと私どもは考えているわけでございます。
#200
○鈴木力君 もう一つだけ、再点検をしてもらう、これはほんとうに答弁でなしに早急にやってもらいたいと思います。と同時に、他の行政と同じくと言うけれども、あまりのんびりしていると、子供は次から次へと卒業していくわけですよ。教育というものは、そんなのんびりしておられるものじゃないんだということですね。たとえばまあ定数にしても、一番いい例は、事務職員を置かなければいけない、「当分の間」と言っておるから、これは法律的に間違いじゃないわいと言って、いつまでもだらだらしておる。「当分の間」というのは常識で一体いつまでのことを言うのか。そういう態度が私はすべての面で出ておるということを言っているのですよ。事務職員なんか、もうきょうからでも置けば置けるわけでしょう、金を出そうとすれば。そういうところに対して私はやっぱりもし今後も同じようなことをずるずるしておるとすれば、熱意のほどを疑うと言わざるを得ないわけです。その点については、まあ大臣いらっしゃるんですけれども、真剣に取り組んでいただきたいし、私の申し上げている気持ちは、これはそのままひとつ聞いてもらいたいと思うんです。こういうことばっかりやっておりますと法律案についての御質問する時間がなくなりますから、一応この条件として、私は大臣、総裁によく聞いていただけたと思うんです。学校という職場がいま置かれている現状は、とてもじゃないが役所が考えているようなものとは相当な距離がある。そういう前提で私がこれから御質問申し上げるのです。ですが、労働大臣がいらっしゃらないけれども、労働省はどなたですか。
#201
○委員長(高橋文五郎君) 基準局長……。
#202
○鈴木力君 政務次官はいらっしゃっていませんか。それじゃ局長さんだそうですから、実は私は大臣が非常に今晩は御多忙な事情がある、そういうことで、それならやむを得ませんと、こう申し上げて、せめて政務次官にはつき合ってもらえるでしょうと私が言いましたのは、本来であれば労働基準法が他の法律でいろいろと性格が変えられるのか変えられないのか、非常に重要な議論をする委員会ですよ、この委員会が。だから、私は本来の労働省なら、御多忙なので手を抜けないという事情はよくわかりますから、大臣が来ないのはけしからぬとは言いませんよ。しかし、その与えられている条件では、やっぱり労働省は総力をあげてこの委員会にはつき合うべきだと思うんですよ、私は。私のほうから言われる前に、大臣はだめだけれども、せめて政務次官はというぐらいの熱意がこの法案にはあるだろうと思って私はさっき申し上げておったんです。しかし、まあ来られないというそうですから、これはやむを得ません。この私の気持ちは、局長さんに小言を言ったってしようがないわけです。しかし率直に大臣にはお伝えしておいていただきたいと思います。それだけ申し上げておいて若干伺います。
 この法案を出すにあたりまして、労働省と文部貧との間に覚え書きをかわしたということが先ほど中央労働基準審議会の副会長さんから御答弁をいただきました。その覚え書きの内容はどういうふうになっておりますか。
#203
○政府委員(岡部實夫君) 御指摘の覚え書きは、ちょうど手元にございますので、読ましていただきます。
  第六五国会に提案される「国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(案)」に関し、文部省と労働省は下記のとおり了解し、文部省はその趣旨の実現に努めるものとする。「記」といたしまして、
 一、文部省は、教育職員の勤務ができるだけ、正規の勤務時間内に行なわれるよう配慮すること。
 二、文部大臣が人事院と協議して時間外勤務を命じ得る場合を定めるときは、命じ得る職務については、やむをえないものに限ること。
   なお、この場合において関係教育職員の意向を反映すること等により勤務の実情について充分配慮すること。
 以上でございます。
#204
○鈴木力君 それちょっと書いたものありませんか。普通だったら、黙っておっても文部省から資料として出るのがあたりまえだと思うんですけれども。
 それで労働省の局長さんに伺いますけれど、この覚え書き、それから労働基準審議会の建議ですね、大体共通のものだと思います。この建議と労働省の見解というのは相当入っているだろうと思うのですね。そこで労働省の基準局長としての見解といいますか、労働基準法を守るというたてまえから、これに対する御見解を多少これからお伺いしたいと思う。
 それは表現はともかくとして、少なくとも建議書にもあるように、労働基準法が他の法律によって安易にその適用が除外されるようなことは適当でない。これが一つやっぱり立場だと思うのですね。これはこの労働基準法の運用をつかさどっていらっしゃる労働省としまして、この態度について御説明をいただきたいと思います。
#205
○政府委員(岡部實夫君) 労働基準法は原則といたしまして、一般の民間の雇用労働者に適用されておるわけでございます。そのほかのいわゆる労働者につきましては、たとえば、国家公務員については基準法の適用を除外いたしております。それから地方公務員につきましては、一応地方公務員のほうの規定において適用をし、一部を適用除外しているというようないろいろな態様があるわけでございます。そこで労働省といたしましては、中基審でもそういう意見でございましたが、基準法が同じ法律、ほかの法律によりまして適用があったりなかったりという現状がまあ現実にあるわけでございます。そこで今回の法律によりますと、地方公務員たる教職員の皆さんに対しては、今回の措置をとることによりまして、基準法の超過勤務手当に関する規定の適用を除外することが妥当だと、運用上妥当だと、こういうような御意見から、この基準法の要するに超過勤務手当制度というようなものを、教職員については今後は制度的には考えていかないのだ、こういう基本的な姿勢が示されたわけでございまして、そこでこの基本法のたてまえからは、そうなった場合に、従来適用になっておった基準法のこの規定が、適用除外されるということにあたっては、その場合には当然慎重な考慮が必要である。したがいまして、もしそういう制度を新しく立てる場合に超過勤務手当制度がなじまない、人事院の勧告にもございますように、そういう方向でするとした場合においても、基準法の法律の規定の適用をはずすということはやむを得ないとしても、その場合にもできるだけ慎重な配慮が払わるべきだということが、建議の趣旨でもございまして、私どもも基準法を所管している立場からもそのように考えております。そういう趣旨で、できるだけの歯どめを十分つけた上で、適用除外するにあたってはそういう配慮が必要だ、こういうことを考えております。
#206
○鈴木力君 だから表現はいろいろありますが、要するに労働省とすると、基本的にいえばこういうことは望ましいことじゃない、労働基準法を守る立場からすれば、それが一つなんでしょう。態度とし望ましいことではない。しかし、何歩か譲ってということがここに出てきて、労働省のほうが相当押されたのか譲歩したのか、望ましくないということがわかりつつ、その場合やむを得ない場合についてもと、こういうのがついてきておるわけです。非常に消極的だ、学働省のほうは。私はそう理解しておる。また労働省とすれば、そういう立場に立つべきだと私は思っておるわけですが、そこで万やむを得ないとしても、慎重に進めるべきだというその意味はどういうことなんですか。慎重にということはゆっくりゆっくりやっていればいいということじゃないでしょう。要するに他の法律をもって適用除外する場合にしても、慎重にということは軽率にやっちゃいけないということの反対用語でしょうけれども、最低限度守らなければならないものは何かということは生きているはずだと思うのですね、それは何ですか。
#207
○政府委員(岡部實夫君) その前に、先ほど申しましたことに若干ふえんさしていただきますが、教職員の問題を私ども審議会でも検討したときに、国家公務員たる教職員には基準法が現在適用になっておりません。そこで地方公務員たる教職員については少なくとも超勤の規定は適用されていると、そのほかの規定を適用されてない者もおるわけでございますが。そこで、ただ今度新しくこういう制度を教職員に統一していろいろ考えていこうという場合に、地方公務員たる教職員について基準法の超勤手当の規定をはずすという手も一つの考え方であると、そういうことのたてまえに立ったわけです。そのことはけさほども審議会の会長代理の方も言っておりましたが、審議会といたしましては教職員の基本的あり方についてどうあるべきかということは中基審の直接の所管に属する事項でもないと、しかしそれが労働基準法に関連した場合にどうするかということをその角度から取り上げていくことに問題をしぼらないと、どうもなかなか中基審としての審議の権限と申しますか、その範囲を出てしまうであろうというようなことで、いろいろ御議論の末そういうことにしぼろうと、そこで人事院の勧告その他から、今回教職員について超過勤務手当制度を廃止していくということになります場合に、その結果といたしまして基準法の規定が適用を除外しなければならないということになるのはやむを得ないことであろうと、しかし、その場合にも私どもとしては基準法のたてまえは労働者の労働条件を保護するということが基本にございますので、基準法の規定の適用をはずしたけれども、それならば無定量、無制限に超過勤務がやれるという体制がとられるならば、それは非常に基準法の精神からいっても適当でない。そこで建議にございますように、「文部大臣が人事院と協議して超過勤務を命じうる場合」、これが非常に問題だと、この歯どめをぴしっとしておく必要があるということが論議の中心になりまして、その定めるときはその職務の内容及び限度についてはっきりした歯どめをつけるべきだと、そこで、ただ具体的にどういう仕事に限るとかということをなかなか具体的に言うことは中基審としても職務の実態が必ずしも十分わかってないので、ここでやることは無理であろうと、そこでその場合に関係労働者の意向が十分反映されるということによってその点の歯どめを十分にする。で、もう一つは、具体的には文部大臣が人事院と協議する場合に、人事院はこのいわゆる勧告、意見の申し出をされたところでございますし、その勧告の趣旨も無定量、無制限に超過勤務手当をするという趣旨ではないということで、その歯どめの一つとして人事院と協議するということになっております。そのときに関係労働者の意向が反映されるということがもう一つの歯どめの大きな要素になろうということで、建議をいただきまして、そういう方向で私どもも文部省がぜひ運営をしてもらうということを考えたわけでございます。
#208
○鈴木力君 あまり時間取っても恐縮ですから、簡単にお伺いしますけれども、いまの御答弁のうち、やむを得ないという意味は、できれば改正しないほうがいいという意味ですね。それはよろしゅうございますか。
#209
○政府委員(岡部實夫君) そういう建議等の趣旨から、そこまでいって表現上出ておるわけでございません。その中でいろいろな御議論もございましたけれども、先ほど会長代理からありましたように、三者構成の審議会でございまして、そこで共通した意見としては、その適用除外する場合のむしろ歯どめをはっきりさせることが大事だということで意見がまとまったものでございます。
#210
○鈴木力君 だから、今度私は局長さんに聞いているのですよ。建議を受けた労働省の局長の立場で、先ほどから何べんもやむを得ない場合は慎重にと、やむを得ないということばを使われている。私は同感ですよ、その点は。だから、やむを得ないということばを使うということは、これはもう他の法律で適用除外をしないほうが一番いいんで、やむを得ないという意味は、それでも無理にという場合はという意味なんでしょう。どうですか、そこは。
#211
○政府委員(岡部實夫君) それは、私どもの基準法の規定が適用されておったのがはずされるということになるわけでございますので、それにはそれ相応の理由がなければならない。したがいまして、その理由なり、それによって労働者の保護が全うされるということでない限りは、いまの労働者保護をたてまえとする規定の適用を安易にはずすべきではないと、こういうことでございます。
#212
○鈴木力君 そこで、端的に、もう一つ、私は労働省の見解を伺っておきたいのは、いま、やむを得ないとか、やむを得るとかいうその議論は別としまして、要するに給与法ではずされるわけでしょう。せめてこの地方公務員法というならまだ――法律に上下はないにしても、前にそういうことがあった。今度は、一般職の給与法で労働基準法の適用を除外しようとしているわけです。で、まあ手続のよしあしは時間もありませんからあまり言いませんけれども、労働省のこの件についての理解は、教職員であるからやむを得ないという理解なのか、地方公務員、国家公務員であるからやむを得ないという理解なのか、どちらですか。
#213
○政府委員(岡部實夫君) これは、私どもは、今回の措置によりまして、地方公務員法の規定の一部を改めまして、そこで、従来基準法を適用しておった条文をそこからはずしていく、こういう規定にしたわけでございます。そこで、私どもも、部内における検討のときにも、また中基審における審議の際にも、やはり重点は教職員の職務の特殊性がもっぱら論議されましたので、その点が重点的に取り上げられておる。
#214
○鈴木力君 教職員のですね。
#215
○政府委員(岡部實夫君) 教職員です。
#216
○鈴木力君 教職員の特殊性ですね。
#217
○政府委員(岡部實夫君) 勤務の特殊性です。
#218
○鈴木力君 そうすると、これはほんとうは大臣に来てもらわないと、この質問はぐあい悪い質問ですがね。労働省は教職員の特殊性で労働基準法の適用を除外するということを認めたということになりますとね、たいへんなことになりますよ。私立学校の教職員は、これは教職員と違うんですか、教職員と同じですか。
#219
○政府委員(岡部實夫君) ただいま申し上げましたのは、若干ことばが足りませんで、本来国家公務員たる教職員については基準法ははずれておるわけです。そこで、地方公務員について一部の規定ははずれております、すでに。一部は適用されておると。そこで、今度は、地方公務員の中の基準法の適用関係について、教職員については、今度、新しい制度によってこういう形のものがとられるというその実情に照らして、基準法の規定の適用がはずされることもやむを得ないのではないかということでございますので、ちょっと、いま冒頭に申しましたその重点にということは、地方公務員たる教職員ということを前提としての意味でございます。どうぞその点を……。
#220
○鈴木力君 いろいろ言い回しをするとわけがわからなくなるからね。この際、もう労働省と私どもの間だから、もうすかっとしたほうがいい。はっきりいってこのウエートは教職員にウエートがかかっているのか、地方公務員にウエートがかかっているのか、どちらかというんです。
#221
○政府委員(岡部實夫君) これは法律関係といたしましては、どうも、そこを、すっぱりと仰せでございますが、地方公務員たる教職員について今回の措置がとられる、そのことを前提としての考えでございますので、しいてどっちかといって分けることもなかなかむずかしいと思います。したがいまして、審議の過程におきましても、国家公務員たる教職員、地方公務員たる教職員、こういうことで議論がございましたので、その地方公務員たる身分を持つ教職員というふうに考える。ただ、地方公務員のうちでなぜ教職員についてこういうふうにするかということについては、教職員の職務の実態に着目したと、こういうふうに御理解をいただきたいと思います。
#222
○鈴木力君 それはなかなか理解できないですよね。そういうことになると、これは労働省にあまりしつこく聞いてもあれだから、別にまた聞きますけれども、教職員の勤務の特殊性ということになると、地方公務員であるか、あるいはその他の職種であるのか――教職員という場合には相当私は共通性が多いと思うのです。だから、これは地方公務員と、地方公務員である教職員と、その他の教職員というのは、そんなに大きく法律を変えるほどの特殊性というものがあるとは考えられないわけですよ。これはあとでまたお伺いいたします。
 もう一つだけ労働省から伺っておきたい。それは、この建議について、建議を受けた労働省として、それからこの覚え書きにも大体その種類のことがありますけれども、建議を受けた労働省として、この一番あとのほうですね、「命じうる」というところで、「関係労働者の意向が反映されるよう適切な措置がとられるよう努められたい。」、こういう建議がありますよね、超過勤務を命ずる場合に。それから覚え書きの中では、「できるだけ、正規の勤務時間内に行なわれるよう配慮すること。」とこうあります。だから、「命じうる」ということは、本来のことは、命じちゃいけないんだという態度があるわけです。命じる場合というのは、「やむを得ないものに限ること。」とありますが、この場合に、「労働者の意向が反映されるよう適切な措置がとられるよう努められたい。」、これはやっぱり労働基準法の三十六条ですか、この趣旨がやっぱり生きていると解釈してよろしいのですか。
#223
○政府委員(岡部實夫君) 労働基準法三十六条は、事業場ごとに一応適用される事業主がその労働者と、こういうことになっておりますので、教職員の場合に事業主がどこにあるのか、いろいろあろうかと思います。そこで、ただ現実に超過勤務をいろいろ命じていく場合に、その段階段階で、この場合には一応基準が示されておる。その基準に従って個々には具体的な超過勤務の命令が出されると、これは校長先生から出されることになるのではなかろうかと思いますが、そういうようないろんな段階があるので、そのそれぞれの段階に応じて「関係労働者の意向が反映されるよう」に、こういう趣旨で、したがいまして、基準法の基本的な考え方、要するに関係労働者の意見を聞くんだということが基本にあることは間違いございません。
#224
○鈴木力君 まず大体わかりました。必ずしも同感でない面もありますけれども、おっしゃる気持ちはわかります。
 そこで人事院総裁に伺います。この説明書にもありますが、先ほど以来総裁の一番さきの御説明にもありましたね、この教員の勤務のといいますか、特殊性ということばですね、教職員の勤務の特殊性、多分そういうことばがあったと思いますけれども、一体この特殊性ということはどういうことを指すのでしょうか、総裁から伺いたい。
#225
○政府委員(佐藤達夫君) これは先ほども全体の趣旨の問題として申し上げたところに尽きると思いますけれども、要するに、まあ卑近な例として税務署との比較などを申し上げてたいへん恐縮いたしましたけれども、自発性あるいは創造性というものは他の職場に比べるとこれはむしろ発揮せらるべき職場である、そういう勤務であるということ、それから時間的管理の問題とそれがまたつながるわけでありますけれども、時間的管理の面においても普通の行政職員の場合とは先ほど申しましたような差異がある、まあ大体さようなことであると思います。その二つと申し上げてよろしいと思います。
#226
○鈴木力君 そうすると、この特殊性という意味は、一つは教職員の勤務というか、教職員のあり方といいますか、一つはこの自主性、独創性といいますか、創造性といいますか、あるいは主体性といいますか、そういうものが非常に尊重されるというところに特殊性ということの一つのものを置いておるということですね。それからもう一つは、勤務の態様に時間的に一々はかれるものとはかれないものと、その辺は、平たいことばで言えばややこしい、そういうところに教職の特殊性ということを置いていらっしゃる、そうお伺いしてよろしいのですか。
#227
○政府委員(佐藤達夫君) 先ほど私は自主性ということばを使ったかどうか知りませんが、私は同じことだと思いますけれども、いまおっしゃるように自主性、主体性と言いますと、やっぱりある部面においては、これ、いやがる人もおるわけです。私はそう間違ってないと思いますけれども。したがって、私は自発性、創造性ということばで、そしていまの説明を申し上げているわけです。これは決して、これも間違っていないと思います。それと、いまの時間的計測になじまない仕事であるということが結びついて今回の提案の基盤になっておるということを御了解いただきたいというわけであります。
#228
○鈴木力君 そこで、総裁に伺う前に、文部省どうしました、さっき書面で出すというやつ……。
#229
○政府委員(宮地茂君) 先ほど原稿を見まして、いま清書をしておりますから、あと二、三分したらお届けいたします。
#230
○鈴木力君 どうも進行に困るのですけれども。私が総裁に伺いたいのは、そうあるべき姿という気持ちはよくわかるのです。ところが、さっき以来私が文部省にいろいろ質問を申し上げましたように、どう見ても現在の教育職員の職場というのはあまりにも自発性、創造性、これが尊重されていない。まあ、総裁のおことばに自主性、主体性ということばをきらう方がいると、総裁は間違っていないと思うけれども、きらう人がいるのだと、そのとおりだと私は思うのですね、そういう現実の中でかりに自発性、創造性、そういうことばを使ってみても、きらう人たちがいる中での教育職場というものでこれが生きることはなかなかむつかしいのです。だから私は総裁の教育職場あるいは教育職の特殊性ということを強調なさるということについて、私もこの点はきわめて同感なんです。そうなければいけないと思っておる。したがってその前提のもとに立ってこの法律がずっと行なわれるということになりますと、受ける職場をそこに合わせなければいけないと私は思うんです。それは総裁のお考えはどうですか。現状はどうあろうとも、これを持っていけばだんだんそうなるんだというふうにお考えなのですか。
#231
○政府委員(佐藤達夫君) 結論を申し上げますれば、これをこのとおり法案として成立させていただけば、またその道はずっと先々開けていくということが結論になるわけです。たとえばいま自発性創造性とか、あるいは時間的管理ということを申し上げましたけれども、私どもはこの意見の申し出の中にうたうことはしておりませんけれども、これはおそらくお目にとまったと思いますが、この説明書のほうでは、勤務時間の管理というようなことを、その面に触れてのことを取り上げておるわけですが、今回のこの意見の申し出は、教育行政をどうしようというような非常に次元の高いものともまた申し上げかねる、もう一つその下地になる事柄を、条件の整備ということを考えておりますから、非常に次元の高い問題としてこれをごらんいただくと、これはまた今回のこの問題ではない、また将来に伸びていくべき問題だ。しかしその出発点なりその基盤になるべき条件をここにととのえるというのがこの意見の申し出のねらいであるというふうに御了解願いたいと思います。
#232
○鈴木力君 私はいま非常に次元の低い話をして質問申し上げておるんです。その次元が高いところにいけば、それはまた別問題として議論になるだろうと思うんですが、しかし、次元が低かろうが高かろうが、いまこの法律が提案をされているわけですね。そうすると、この法律が提案をされて、この法律が適用される職場というのは、現実にある職場です。その現実にある職場が、少なくとも教師のこの自主性、創発性というか、自発性、創造性ですか、これがきわめて保障されていない。そういう場合には、まず保障されるということと、総裁が主張なさる自発性、創造性、これとが一本になっていかないと本物にはならないのではないかということを伺っているのです。
#233
○政府委員(佐藤達夫君) 私も幸いにして次元の低いことを申し上げておるわけでありますから御理解願えると思いますけれども、たとえば最も卑近な例を申し上げますというと、夏休み、この期間を一体先生方はどう過ごしていらっしゃるのか。普通の行政職員であれば、やっぱり出勤時間にはちゃんと来てもらって判こを押してもらって、退庁時間が来なければ帰さないというたてまえで、ずっと時間的管理が徹底しているわけですね。先生方は必ずしも夏休み中毎日学校に御出勤になる必要はない。それじゃうちで一体何をしていらっしゃるのか。遊んでいらっしゃるんでしょうか。遊んでいらっしゃるとすれば、それは勤務をしていないということになるわけですね。その時間は、場所のいかんを問わず、やっぱり自主研修、自家研修と申しますか、そういう面に励んでいらっしゃる。その時間の割り振りをどうしようか、夏休みの間をどうしようかというようなことは、これはまさに自発性、創造性によってその間の有効なる利用をされているはずです。これは現在においても私はそうだと思う。したがって、何も空理空論をここで述べているわけではない、私はそう思っている。
#234
○鈴木力君 文部省に伺いますけれども、いまの総裁の御答弁なさいました長期の休暇については、必ずしも勤務時間に出勤しなくてもいいということに、これは全国的に統一されておりますか。
#235
○政府委員(宮地茂君) これは教育公務員特例法の規定もございまして、教師が自宅で研修する場合、一応これは了承を受けて自宅研修をするということになっております。したがいまして、総裁がおっしゃった趣旨もそのとおりだと思いますが、夏休み、どこで何をしておっても学校へも届けないでかってにということじゃなくて、その点はやはり届けてやるということを前提としていらっしゃるのだと思いますが、これは教育公務員特例法が二十年前にできまして、そのとき以来の解釈でございます。
#236
○鈴木力君 だから法律の解釈はいいから、そのとおり行なわれておりますかということを聞いております、全国統一して。
#237
○政府委員(宮地茂君) 行なわれておると信じております。
#238
○鈴木力君 それでは、たとえばある県のある学校が、学校に出勤日は幾らで自宅研修はそのうちの三分の一とか、あるいは六日間に限るとか、校長会で申し合わせをしてそうやっておるところがあるわけですよ。二十日間なら二十日間、二十五日間の長期休暇のときに二十五日のうち六日間は自宅研修を認める、それ以外は認めないという決定をして実行しているところがあるわけです。それは間違いだということをここではっきりできますか。
#239
○政府委員(宮地茂君) これはただ観念的にいいましてもいろいろ問題が起ころうかと思います。その実情に即して判断さしていただきたいと思います。
#240
○鈴木力君 私はそんなこと聞いているんじゃないのですよ。人事院の総裁がおっしゃったように、たとえば長期の休みがある、教育公務員特例法によって研修の義務がある、それは承認を得るか得ないか、まあ承認を得るというたてまえになっているならそれはそれとしてよろしいと、正規に出勤をしていない休日がこうあるということが特殊性の一つだと、こういっている、法律の根拠に。すべてそのようになっているかと聞いたら、なっていると答えたでしょう。そこでなっているなら二十五日の休みのうちに六日間しか自宅研修は認めない、あとは出勤してはんこを押せといっていることは、そのやっていることは間違いかどうか、こう聞いている。実情に合うか合わないかは、その運用の面だ、先ほどあなたが教育公務員特例法にもあってりっぱにそうなんですと、そう言っているでしょう。事実が出されるとそれももっともだというような言い方をする、どっちがどっちかはっきりしなければ、この法律の審議が進まぬじゃないか。
#241
○政府委員(宮地茂君) 自宅研修というのはまあ一種の権利であり義務であろうと思います。したがいまして、夏休みに研修をしたい、学校もそれで差しつかえないという場合は、研修は承認されておると思います。しかしながら本人が三十日間夏休み全部研修したいですと言いましても、学校の運営上これは何日間は、学校でいろいろ仕事もあるからやりましょうやということになれば、それも間違っておるとは言えないと思います。したがいまして、実際の運用上具体的にどういう問題であるかということでないと、ただ形式的にお答えしてどっちが間違いでどっちは正しいということは、かえって誤解を招くのではなかろうかそういう意味で申し上げたわけです。
#242
○鈴木力君 これははっきりしなければ、いま人事院側の言われたこの法律の前提と文部省の言う前提と違ったら、勧告を完全に実施しましたという先ほどの大臣の説明は違ってくる。たとえば夏冬休みのように長期の休暇のときには、出勤の手続を経ることなくして、それぞれが承認を得れば研修ができる、こういうことになっていることが特殊性だとこう言っている。ところがいまの実態は正直言って私は六日と言ったけれども、ある場所においては一日も許されないところがあるかもしれない、いやというけれども。あなたいやというから私は聞いている。もしそれがあったら間違いかと私が聞いている。そうしてほとんどの日は出勤の手続をさせられているところが大部分なんです。ほんのわずかな何日かは研修でよろしい、あとの日は出勤の手続をやって別の業務をやりなさいという業務まで言いつかっている。中には形式的に出勤をさして、業務をやらしたかっこうだけとっておっても、いま総裁の言ったようなことにはなっていないほうのほうが例が多い。だからそういう総裁がおっしゃったようなことと違ったような場合の例は、それは教特法の趣旨からいっても、あるいは教職の特殊性からいっても、その行き方が間違いだとあなたがおっしゃれば、それで私はわかるんですよ。それをあえて固執して間違いでないと、出勤はどこまでも命じるんですと、こういうことになれば、総裁のおっしゃったこの前提がくずれる。私は審議をするためにどっちがほんとうなんだということを言っているんです。
#243
○政府委員(宮地茂君) 夏休み、冬休み、三十日とか十日あります場合に、べったり三十日平生と同じように出てこいということは、これは間違っておると思います。しかしながら、六日の研修は少ないとか、あるいは三十日間全部研修ということを申し出たのに、それを許さなかったほうがいけないんだとかいうことにはならないと思います。ですから、あまり極端な例を引きましても、これは実態に即しませんので、総裁がおっしゃった趣旨は――もし間違っておれば総裁から御訂正いただきますが、総裁のおっしゃる趣旨と私が申しておるのは間違ってないと思うんです。要するに教師は、夏休みになれば子供は当然休業になります。だからといって教師も全く休業なんで、家で研修という名で何をしておってもよいという権利を与えられるものではないと思います。したがって、何日間か研修をしたいということで承認をとれば研修は許されるということだと思います。用事もないのにともかく毎日出てきて勤務簿へ判を押せということであれば間違いであろうと思います。
#244
○鈴木力君 総裁はいま聞いておられたけれども、総裁がこの特殊性と自発性、創造性とおっしゃったのは、たとえば夏休みのような場合にはそれぞれ出勤の手続をとることなく、ただし承認を得てということばがあったと思うんです。それはそれでいいと思うんですよ、いまの場合。承認を得れば、これは研修の日に使えるんだということが前提になっているわけです。ところがいまの文部省の局長のほうは、そういうこともあり得るけれども、出勤を命ずれば命ずることもできるんだと、ただし三十日べったりは無理だけれども、六日間ぐらい研修ということは、それはまた場合によれば、それもいいじゃないか、こういうことでしょう。それならかりに二十五日が休みのうち、何日までが妥当で何日過ぎが妥当でないのかということになってくると、それは出てこないでしょう、答弁が。極端に言えば三十日全部はだめだ。それじゃ二日ぐらいはいいじゃないかと、こうなってくれば、いまのように校長が申し合わせをして、あるいは教育委員会の指示があったかどうか知らない。六日までは自宅研修を認めよう。あとは出勤日ですぞ、勤務を要する日の手続をとって勤務に服せといっている実態が、このほうが例が多い。しかし多い少ないは別としてもね、そういうやり方を前提にしてやった特殊性と創造性なのか、自発性なのか、最初総裁がおっしゃった創造性と自発性なのか。これをはっきりしないとこの法案の趣旨というものは説明と中身が違ってくるから私はくどいことを言っておるんです。
#245
○政府委員(佐藤達夫君) それが食い違ったために、この法案の運命にかかわりますとこれはたいへんなことになりますけれども、私が申し上げておりますのは、次元が低いと先ほど申しましたけれども、その低い次元の中でちょっと高いところを申し上げておる。といいますのは、要するに私どもはまあ第一に率直に言って国立学校をわれわれは所管しておるわけです。国立学校の場合のことは大体承知しております。したがって、お休み中の大部分、むしろ多くの日数は自宅研修に使われておるという事実も私は握っておるもんですから、それを前提として申し上げる。しかし今回の意見の申し出において、何も先ほど申しましたように意見の申し出の本文にはそういう点は触れておりません。この説明書の中でその点に触れてのことを述べましたということを先ほど申し上げた。その説明書をお読みいただけば、たとえばいまの点についてはいわゆる夏休み等の学校休業期間については、教育公務員特例法第十九条及び第二十条の規定の趣旨に沿った活用をはかることが適当であるということを申し上げた。たとえば、かりに出勤しろとおっしゃって、学校で先生が夏休み中お詰めになっていらっしゃる。授業がない。そして出勤時間から退庁時間までとにかくかりに学校にいらっしゃっても、何をなさるかというと、その学校内における先生の勤務というのは、おそらく私は自発性、創造性に富んだ勤務をしていらっしゃると思う。勤務の場所というのは、これは当面の問題にはなりませんけれども、一番典型的な例は自宅研修、学校内におけるそれはありましょう。創意と自発性に富む学校内における勤務ということもあります。夏休みでない、普通の授業時間のある人はこれは違っているはずだというふうなことも申し上げ得ると思う。むしろ希望的な意見の表明が説明書の中にあらわれているというふうにお取りいただけば、この法案は無事に通過することと思います。
#246
○鈴木力君 そうすると、総裁は国家公務員の学校の実情を調査して、把握して、それの上に立ってこの意見書が出ている、こういうことですね。しかしこれは地方公務員に及ぶわけなんです。この法律にもそう書いてある。ところが地方公務員の実態は、いま私が文部省に質問したような実態。そこでその食い違いがあるわけです。私は総裁がおっしゃるように、確かに国家公務員の教職員は長期の休業は、総裁がおっしゃるような勤務態様を持っていると、私もそう思っております。私もそうなるのが正しいと思っております。そういう前提のもとにこの特殊性を論ぜられることは、これは私はその視点といいますか、論点は私も同感な面が相当にある。ところが私が言いたいのは、地方公務員の学校の中に、さっき私が申し上げたような実例がうんとあるということ。そうすると、局長は極端な例では困るみたいなことを言うけれども、それなら極端な例というなら、それは間違いだといえばそれで話は済むわけですよね。だから私は必ずしも自宅研修でなければいけないということも言ってはしないんです。問題は、大部分は勤務、出勤の手続を経て、勤務手続を経て勤務に服する日だという決定が行なわれておると、それではいまの国家公務員の調査の実態に基づいた特殊性というものは、地方公務員の特殊性に当てはまらないのではないか、そのことを私はお伺いしているわけです。その点はどうですか。
#247
○政府委員(佐藤達夫君) 特殊性は現在でも確認できると、それはいまの一例として、われわれの把握した事実によってそういうことはもちろん申し上げ得るわけです。しかし、それは地方の方々にもやはりあってしかるべき姿であろうということも、これは言えるだろうと思う。したがいまして、そうあるべきことを念願する意味で、本来からいえば私どもが意見の申し出なり勧告なりをいたします場合に、所管外の地方のことまで考慮してやるのはあるいは越権のさたかもしれない。しかし、いかなる場合にも、お話が出ますように、地方のことは一体考慮してやっているのかと、普通の給与勧告についてもそういう御批判がありますから、それはわれわれとしてもそう遠慮する必要はない、やっぱり関連のある限りにおいては、それに触れた意思表示をしてもよかろうという気持ちも込めて今度の意見の申し出は出しているわけです。たとえば歯どめの問題にいたしましても、これは国家公務員の付属の先生方についていえば、歯どめの問題というものは、私はそう深刻な問題ではないと思うのです、率直に言って。しかしながら、それが地方に波及するということは当然考えなきゃならん。また、それが自然の形であろうということになれば、歯どめについてもよほどここで力を入れてそれをつくっておかなきゃならぬだろうという気持ちから「文部大臣が、人事院に協議して、」というところまで入れているわけでございます。その気持ちは御了察を願いたいと思います。
#248
○鈴木力君 その総裁の気持ちはよくわかる。
 そこで文部省にお伺いしたいんですが、これはまあ政務次官でもけっこうです。いま人事院の総裁がおっしゃいましたように、国家公務員の長期の休業、これだけじゃないんだけれども、これが一つの例として話が出たわけです。同じ出た例を使いますけれども、国家公務員の実情をお調べになっている。そして地方公務員にもこれが影響を及ぼすということは前提として考えられておる。しかし、地方公務員はそういう実態になっていなくても、希望的にそうなりたしと祈っているのか、どう言えばいいのか、正確な表現はよく言えないけれども、地方公務員も国家公務員のような態様になることを希望しながら、この特殊性というものを一応表現をされている、こういうふうに私は伺っている。そうすると、文部省も、これに答えるならば、地方公務員も国家公務員の長期の休業の勤務の態様にならうような方向に今後切りかえるという文部省の答弁がなければ、ここのところは、地方公務員も国家公務員も合わしたこの法案ということでは、この食い違いがいつまでも埋まらないわけです。文部省の考え方を聞きたい。
#249
○政府委員(宮地茂君) 先ほど人事院総裁がこの人事院の意見のところをお読みになられましたが、教育公務員特例法十九条、二十条の規定の趣旨に沿った活用をはかることが適当であると考えると人事院でおっしゃっておられる、この趣旨は、私どもも同感でございます。
#250
○鈴木力君 その趣旨が同感なら、実際の運用もそのようにするかということを聞いているわけです。そこで、私がさっき言ったように、六日は出勤だとか、何日は出勤だとかということに強制をしておいて、研修日はそのうちの何日だというような、これは国家公務員の教職員の勤務の態様には、それがないんだ、それがないということが前提でいまの特殊性というやつが、これだけじゃないけれども、一つの例をあげれば、こうなっている。そうして、人事院は地方公務員もこうなれかしという希望を持っている。その希望のもとにこの意見書が出ているわけです。そのときに、文部省がこだわって、それもまたそれで一つの道なりと、こういうことになれば、どうしても人事院の希望は達せられないということになる。だからそこはもうはっきりしてもらたい。
#251
○政府委員(宮地茂君) 決して私のほうは、こだわっておりません。だから、先ほどお読みしましたような人事院のお考えは、全く同感で、異論はございませんということをはっきり申し上げておるのであります。
#252
○鈴木力君 そうすると、これはくどいようだけれども、だめを押しておきますが、どうも局長さんははっきりしたことを言わないでおいて、あとでまた自分の考えでゴリ押しをするくせがあるように見えて、いけません。これは私の誤解であるかもしれませんから誤解であればあしからず前もっておわびを申し上げておきます。これははっきりしなければいけないのですよ。理屈じゃなしにあり方なんです、あり方。要するに長期の休業が研修を主としてやれる休業を持っているんだという前提に立っておる、それならば地方公務員もそうならなければいけないのだ、そこでもしそうなっていない実態があればそうならせるように指導するという文部省の基本方針がここに一つほしいと私は言っておるのです、どうですか。それは言えない――それは言えないところに問題がある。
#253
○政府委員(宮地茂君) 先ほど来たびたびはっきり申し上げておるように、人事院のおっしゃっておられることは、私どもは異論はございません。したがいまして、そのように指導をする必要があれば指導もしていきたいと思います。
#254
○鈴木力君 あればというのはどうも……私があると言っているんですよ。そういう場合は指導すると、こう言ってもらわなければ。私があるというのを、何かうそか何か言っておると思っておるのですか、いいですか。
#255
○政府委員(宮地茂君) 人事院の意見の(一)の、いまお読みしておるところは勤務時間の管理という個所でございますが、それには異論がございませんので、この趣旨に反して、極端な例ですけれども、画一的に、ともかく仕事があってもなくても夏休みでも出てこいというような校長があるとすれば、おそらく私はそういう校長は絶無と信じておりますが、あればそれは人事院のおっしゃっておられる趣旨にも反するし、私どもの期待にも反しますので、そういうのがありますればそういうことのないようにという指導はいたします。
#256
○鈴木力君 まあこれは時間がかかりますからこれでやめますけれども、私はしょっちゅう職場を歩くくせがありますから、もしそういう職場に今後ぶつかった場合には、局長の怠慢だということに解釈してよろしいですか、これをだめを押しておきます。
#257
○政府委員(宮地茂君) 私どもも指導いたしますが、何ぶん学校はたくさんありますので、先生がいらっしゃったところでそういうところがありますれば、御指摘いただければその学校に教育委員会を通しましてでも具体的に指導いたしたいと思います。
#258
○鈴木力君 まあこの辺でこの問題はやめておきます。
 その次に、教職員の待遇問題ですね。これは人事院の説明には待遇を特にどうこうという文句がたぶんなかったかもしれませんけれども、しかしもっぱら、この法案の論議をされますと、待遇がよくなるのだ、それから総裁はいらっしゃらなかったと思うけれども、参考人の方の中でもこれが将来の抜本的な教員の待遇の改善に足がかりになるのだとかいろんな考え方がある。そこでまあそれもあるし、それは何%でも金がもらえれば待遇がよくなったというかもしれない。
 そこで私は総裁に伺いたいのは、一体教育職員というものに対する待遇上といいますか、その考えは、これは大臣のほうにも伺いたい。最初に大臣から非常にいいことをおっしゃっていただいたけれども、まあ重複して言うのは悪いから私のほうからお伺い申し上げますけれども、いまの教育職員の経済的な待遇の面から見ますというと全く侮辱的な待遇だと私は思う。
 そこでまず具体的に伺いますけれども、教職の特に(三)表で伺いましょう、小中の。小中の教職の最高の給与の金額が、人事院に比べると、どなた――どなたという国有名詞は要りませんけれども、局長なのか次長なのか、課長なのか課長補佐なのか、そのどこのどの辺に当たりますか、まず伺いたい。
#259
○政府委員(尾崎朝夷君) 教育(三)表の中小校長の場合には一等級に格づけされておりますけれども、一等級の水準といたしましては、行政職との関係といたしましては管区機関の課長、四等級程度、それから最高額につきましては管区機関の筆頭課長と申しますか、行政職における三等級、まあ国の俸給表でございますけれども、こういうところと均衡させております。
#260
○鈴木力君 それは数字ですか、金額で言うのですか、グレードで言っているのですか。
#261
○政府委員(尾崎朝夷君) まあ金額につきましてつり合いをとっておるということでございまして、教育職員の場合には非常にこう幅が長くなっておりますけれども、行政職の場合には幅が狭くなっておりますので、校長の場合にはしたがって行政職における四等級から三等級への線ということでございます。
#262
○鈴木力君 最高の金額というのは一つしかありませんからね三等級の。その一つは、行政職に持っていくと何等級の何号俸になるかということを聞いておるのです。
#263
○政府委員(尾崎朝夷君) 教育(三)表の最高号俸は一等級の二十九号俸でございますが、これは現在十二万六千五百円となっております。で、これはいま申し上げましたように管区機関の筆頭課長、行政職三等級の最高号俸十八号は十二万三千六百円でございまして、これよりやや上回るという形になっております。
#264
○鈴木力君 それで大体課長ぐらいが適当だと思う根拠はどこですか。
#265
○政府委員(尾崎朝夷君) 待遇につきましては、従前からのいきさつ等もございますけれども、教員といいますか、それぞれの職員の資格要件、つまり学歴、資格等を参酌しまして均衡をとっておるということでございます。
#266
○鈴木力君 そうすると、いまの教員の資格は大学卒ですね。大学を卒業して免許状を取らなければいけない資格要件があるわけです。そうすると、行政職の資格要件と学歴等を勘案をして、やはり課長級、これ以上上がると教員のほうは少しよ過ぎると、そういう考え方がこの資格要件では成り立つのですか。
#267
○政府委員(尾崎朝夷君) 現在の義務教育の先生方の資格要件としましては、現在御承知のとおり大学卒が一般的でございます。これは昭和二十八年以後の先生方につきましては御指摘のとおりでございますけれども、昭和十八年以降は御承知のとおり三年卒の専門学校としての卒業生でございます。それ以前は、これも御承知のとおり中等学校としての師範学校卒の方々が先生方になるということだったと思います。
#268
○鈴木力君 そうすると、昭和二十八年の大学卒のほうからずっといけば、それが完成しに場合には、行政職と比べると、どこへ行けばどっこいになるのですか。
#269
○政府委員(尾崎朝夷君) 行政職の場合のポストの充員方法という関係がやはり次第に高学歴化してきておりますので、そういう関係が今後どうなっていくかという点は、必ずしも予断を許さないわけでございますけれども、一般的に申しまして、行政職と資格要件、行政職の場合にはいわば多くのポストから何人かが非常に選抜的な昇任が行なわれておりますけれども、そういう関係もございますけれども、いずれにせよ両方の関係の最終的な昇格していくところがどういうふうな形になるかという点についての均衡が必要だと思っております。
#270
○鈴木力君 いまの教育職に就職する者が、何人から一人採用になっているのか、調べたことがありますか。
#271
○政府委員(尾崎朝夷君) その関係はいろいろ昔から、特に国立学校の関係というよりは地方の関係についていろいろ伺っておるところでございまして、従前新しい教育制度、六・三制ができましたときには相当、若い年齢で昇格をなさったようでございますけれども、最近における昇格関係はかなり停滞してきておるというふうに伺っております。
#272
○鈴木力君 私は昇格のことを聞いているのじゃないのですよ。そうじゃなくて、多くの人間から選ばれた人というから、教員の採用試験で就職をし得る人というのは何人希望があって、そのうちの何人が就職しているか調べたことがあるかということを聞いておる。
#273
○政府委員(尾崎朝夷君) 私どもは直接そういう関係の募集をしておりませんので、直接は伺っておりません。
#274
○鈴木力君 総裁に伺いたいのですが、大体いまの局長の気持ちはわかった。学歴とか資格要件とか機械的に比べるとこの辺がいい、こういうことになる。そうすると、さっきの総裁のおっしゃった教師の特殊性というものは待遇には生かされるのか生かされないのか、給与面には。
#275
○政府委員(佐藤達夫君) 教育職の俸給表の向上の面については、これはもう私事にわたりますけれども、昭和三十七年以来鈴木委員の御鞭撻や御薫陶を受けて努力をしてまいったわけなんです。今日一生懸命やってここまできて、まだこれで十分だとは思っておりません、率直に申しまして。したがって、さらにこの水準の引き上げということは当然われわれとしても努力してまいらなければならぬということは考えているわけです。それにつけても、今回少なくとも実質六%という引き上げをここに御提案申し上げたということは、相当これはまあいいことをやったというふうにおほめをいただきたい気持ちでおります。さらにこの上に今後努力に努力を重ねてまいりたいという気持ちを持っておりますから、御了承を願いたいと思います。
#276
○鈴木力君 四%上げたことに限れば、私も、これはりっぱだとは言いませんけれども、いいことのうちに入るぐらいのことは言ってもいいと思うんですけれども、しかし私はそれ以前に、教職の特殊性ということをいろいろとこう言っておる、それからまたさっきも大臣も教員というのは非常に大事な仕事をやっているのだから大事にしなければいけないという意味のことをおっしゃっているのです。人材も集めなければいけないということもおっしゃっている。だけれども、給与については行政職と、資格要件だけで機械的にきめて、ここがどっこいだと、その思想が基本的にこうあるということになりますと、これはほんとうだろうかということになるわけですよ、大臣のおっしゃる気持ちも。それからもう一つ言いますと、資格要件とかいろいろあるけれども、一般職の給与に関する法律ですか、これの何条かに給与決定の原則がありますよね。要するに条項は忘れましたけれども、その職務の責任と仕事の度合いですか、いわば量によってきめることだと思いますが、それがあるはずだ。そうすると、教育職のあの俸給表というのは下から一つずつこう上がっていくわけです、二等級なら二等級でも。そこで私は、これは局長さんでもいいですけれどもお伺いしたいのです。一体教師になって一年目の先生と五十五歳の先生と比べて、職務の責任の度合いは違うのか違わないのか。それから勤務の量が若いほうが少ないのか高いのか、どうですか、その辺は。
#277
○政府委員(尾崎朝夷君) 給与の関係は、特に日本の賃金の決定といたしましては仕事の関係、つまり職務給ということで全部きまっていくというふうな形では必ずしもないわけでございまして、御承知のとおり外国に比べればいわゆる年功序列給的な要素が非常に強いという形で指摘されているわけでございます。したがってそういう関係、ほかの職種においてもこういう関係が非常に強うございますので、教員の関係におきましても、どうしてもそういうバランスという問題が生じてくるわけでございますけれども、いま御指摘のように、教員の場合にはもちろんその仕事の習熟とかいろいろあると思いますけれども、形としては非常に似ているということで、いわゆる初任給を高くした高原型の給与という御要望が前から非常に強くございます。そういうことで、私ども最近数年といたしましては初任給について、つまり若いほうのところに非常に力を注いできておるということが、いわゆる行政職との格差の上でも、そういう点でもあらわれてきているということが言えると思います。
#278
○鈴木力君 私はいまの場合には、本来であればこの原則に照らすと、こんなに階段がこうあるということが原則でいいのかということを聞いている。そこへ行く前に、責任というものはそんなにその年によって違うものか。学級担任としての責任はどういうことなのか。それから仕事の量はそんなに違うのか。そうするとこの原則、必ずしもそれだけによってきめるわけじゃないという、だからこうきまっていると思うけれども、しかし相当程度この原則というのは重要な原則になっているのじゃないかと思うけれども、ただ書いてみただけですというならそれはそれでもよろしいです。どっちなんですか。
#279
○政府委員(尾崎朝夷君) いま申し上げましたように仕事、つまり職務と責任に基づきまして給与はやる筋合いのものである。で、そういう方向になるべく早く持っていくようにすべきだというのが公務員法の筋でございます。で、そういう点から申しますと、まあ極端に申しますればほとんど同じ仕事をしている者については同じ給与ということで、昇給等についてはもうないというような極端なケースが想定されるわけでございますけれども、やはり日本の賃金決定のあり方というのはそういう形にすることが、つまりあまりにも職務給的であるという点につきましてやはりいろいろ抵抗がございますし、まあ必ずしもそれが望ましい給与体系でもないということでございますので、やはり年齢的な熟練要因が強く入って決定されておるというのが実情でございます。
#280
○鈴木力君 まあこれは主題でもありませんけれども、私はやっぱり人事院あたりがいまのような教職の特殊性というところに立てば相当この抜本的な教職の待遇ということを考えてもいいのじゃないかと思うのです。それはまあその学歴と資格要件を機械的にきめてこうですと上限を言われるけれども、そこが私は教師の賃金というものが、待遇というものが社会的地位という問題とからみ合っていろいろな問題が起きていると、こう思うわけです。
 そこで、時間がかかって恐縮ですけれどももう一つだけ伺いますが、たとえばこの待遇の面で私は法律を改正しなくてもできる問題が幾らでもあると思うけれども、極端なのは旅費です。これは、大臣も聞いておいていただきたい。特に本職は自治大臣ですから、そういう予算面のこともありますから聞いておいてもらいたいが、教職員に限って正当旅費をもらえないのが常例になっておる。これは明治以来――明治のことは私も知りませんけれども、少なくとも私どもが教師をやっておるころから今日に至ってもまだ直らない。特に私は一ぺんに全部正当旅費にしろとはいままでに言っていないのですけれども、少なくとも文部大臣が東京に呼ぶくらい、あるいは行政当局が何かの都合で呼びつけるときくらいは、これは正当の旅費を払ってみたらどうかということを言っているけれども、これも実現をされていない。文部省が表彰するからといって地方から呼んだ校長さんには二等の旅費を払っておる。それについて来たその教え子の教育委員会の主事は一等の旅費をもらってきておる。これがいま常識になっているんです。こういうことが具体的に常識になっておる現状で、これが教員に対する待遇とか何か言っていることが適当なのかどうかということですね。私は、さっきのこの給与とあわせて、上限は、どうせ役所へ行けば課長どまりさ、出張すれば赤字が出るさ、やはりおまえは教員になるよりどこか役所へ何とかして入り込めと、これが世間の風潮になってきているから、私は、問題にしなくてもいいのか、そういうことを聞いている。いかがですか、これは大臣と総裁からお伺いいたします。
#281
○政府委員(佐藤達夫君) 御承知のように、旅費の問題は実は人事院の所管ではないわけです。しかしながらわれわれとしては重大な関心を持って今日まできておる。これはもう先生方の代表者にしょっちゅうお会いしておって、いろいろ御要望を聞いておりますと、雑務にわずらわされすぎるというようなさっきのお話もございます。それから旅費の問題、参考書、教材等の問題、それはみんな給与の中から払わされてはたまらぬという形で、私どものほうに押しかけて来られるのです。そこを何でもかんでもそういうものを給与でまかなうということになると、これはえらいこっちゃなということも痛感いたしまして、御承知のように、毎年八月の勧告の前になりますと、教員組合の代表の方も熱心に私どものほうにいらっしゃいますとともに、文部大臣もまた熱心に賃上げの交渉に私どものほうにいらっしゃるわけであります。そういう機会をとらまえまして、いま申しましたように、また、たまたま先ほど来お話にも出ておるようなことも、国立学校はだいじょうぶだというふうに私ども言い切れないのじゃないかと思います。したがいまして、そういう面も含めてわがほうの所管事項ではないけれども、その分までも給与、の中から払わせられちゃこれはたまりませんよという形で、強く毎回申し上げてきておるわけであります。だいぶ努力していただいておるらしい。どうなりましたかということは私はしつこく伺ってきておる。だいぶよくなったということは承知しておりますけれども、なお万全を期していただきたいということを強く念願する次第であります。
#282
○国務大臣(秋田大助君) 私必ずしも職員の方の俸給の実情に詳しいわけじゃございませんし、また旅費の問題等、実情についてつまびらかにいたしてはおりません。しかしながら、お話しのようなことは十分言えるのではなかろうかと常識上考えておるのでございます。教員の方の俸給につきましては、ただいま人事院総裁も申されましたとおり、決して私はこれをもって満足をすべきものであるとは考えられません。昨今、文部大臣の臨時代理をいたしておるのでございますから、口はばったいことをこの席で申し上げようとは存じませんけれども、やはり政治家といたしまして、国務大臣といたしまして、この点は抜本的な改正をぜひ行なわなければならないものであると存じます。これは一個の人間として私は誠意を持って申し上げておるわけでございます。同時に、旅費の点につきましても、十分改善を加えなければならない。また、ただいま人事院総裁のおことばにもうかがえることでございますが、坂田専任文部大臣につきましても、そのことについては、平素御努力なさっておるということは、ただいまのお話からも十分文部省の意向も察せられるところであると御了解願いたいと存じます。
#283
○鈴木力君 そこで、次に進みますけれども、この法案に戻ります。
 この法案の中の重要な点は、私は超過勤務を命ずることができるという、ここだと思う。私はどう考えても、この四%の適否という議論もありますけれども、これはあとに回しまして、従来命ずることができないというたてまえになっておった。しかし、命ずることができないというたてまえになっておったが事実としてはあった、そういうことはわかります。ところが、あらためてこの命ずることができるということにしておいて、そしてそれは文部省と人事院がきめる。おそらく地方公務員になってきますと、県の教育委員会と人事委員会がきめると、こうなるでしょう。そうしますと、私がきょう最初からずっと申し上げておる趣旨は、これは主として地方公務員のことを言いますから、総裁には申しわけありません。いまの学校の現状というのは、先ほど来、定数が足りなければ足りないでもこちらから仕事がいけば何とかこなすもんだという形にどんどんどんどんきておる。いま職務命令のことについてのプリントをもらいましたけれども、実はまだ拝見する時間がなくて、これはあとに回します。少なくともいままでは、職務命令とは法的根拠がなくても必要があればやるんだという、そういう前提で、本物でなかったということを聞いたから安心をいたしましたけれども、しかし、そういう何とか解釈というやつでやってきておった。そういうことにいたしまして命ずることができるということを特につけ加えたということが非常に私はこれは大きな後退だとこう思う。そこで、後退だという前提でお伺いするんですけれども、その場合に、人事院と文部省とが協議してきめると、こうありますがね。命じ得るものは。一体いま人事院はどういうことを具体的に考えていますか。
#284
○政府委員(佐藤達夫君) これは事の本質から申しますと、文部大臣限りで本来きめていいことかもしれないと思うんです。と申しますのは、どういう仕事について居残りを命じ、どういう仕事については居残りを命じてはならないという、その辺の取捨選択は、これは教育行政の見地からその責任において実は処置されてしかるべきところだろうと、筋としてはそういうものだと思います。しかしながら、文部大臣を信用しないわけではありませんけれども、しかし、万々一の歯どめとしては、やはりこれは歯どめとして、四十三年ですかの文部省の法案以来、皆さんからも御要望があり、また教員各位の要望も強いところでございますから、私どもとしてはここに最重点を置いて、そしてやはり中立機関としての人事院がここに乗り出さざるを得ないだろうという形で意見の申し出を申し上げたわけです。したがいまして、文部大臣が発議の形はとりますけれども、人事院が承認といいますか、同意しない限りはこれは実現しないという強い形をとったわけです。したがいまして、人事院からこういう答案を書けば合格ですよというようなことを先に申し上げるべき立場にない、まず文部省で答案をお出しになって、それをわがほうとしては厳正に審査するという立場に立つのが筋であろうということでありますから、こういうことを書けば合格ですよというようなことを軽々しくここで申し上げるべきものでもあるまいというふうに考えております。厳正なる批判的立場に立っております。
#285
○鈴木力君 それでは文部省にお伺いします。文部省はこの法案を提出をするに当たりまして、大体、命ずることができるというのはどういう種類のものを考えておりますか。
#286
○政府委員(宮地茂君) これは文部大臣が人事院と協議して定めるわけでございますが、その際に文部大臣としては教育職員の健康と福祉を害することにならないよう勤務の実情について十分な配慮がなされなければならない。この勤務の実情というのがどういう意味か、先ほど来中基審の教育労働者の意向を反映するといったような御意見がございましたし、私どももそういう意向を汲んで「勤務の実情」という人事院の意見にはなかった文章を特に法案には入れたりいたしました。さらに教職員の意向等も十分今後聞きたいと思っております。何分この法律がまだ通っておりませんので、法律が通りまして、それから人事院と協議するわけでございます。したがいまして、いろいろ検討はいたしておりますが、そういうこともございますし、さらに先生方に十分御審議いただいている、その審議の経過等も参考にいたしまして人事院とも協議をしたいということで、具体的にこれとこれといま思い詰めた案はまだ持ち合わせておりません。
#287
○鈴木力君 まだこれとこれとはやりたいと考えていなければ、ここの命ずることができるというのはこれは削除したらどうです。具体的なものを考えていないで、命ずることができるとある、それが従来の文部省の命令の解釈と通ずるから、私はここでだめを押している。具体的なものを考えていないなら、何も命ずることができる、このものをわざわざ一句入れる必要はない、それを明らかにしないでおって法律を通せ通せというのが一方的な役所的なということですよ。国会でさえそういう態度なものだから、したがって下部の学校現場にはどういう態度に出てくるかわかりはしない。これはその構想を明らかにしなければ、まだ法律が通らないというけれども、私のほうは、通すか通さないかはその構想が明らかでなければ返事ができない。
#288
○政府委員(西岡武夫君) お答えいたします。
 この問題につきましては、ただいま初中局長からお答え申し上げましたように、ただいま御審議をいただいております法案が成立をいたしました後の問題として、しかも人事院と協議をして初めて命じ得る範疇というものが定められるわけでございまして、ただいまこの段階で具体的な形でどの範囲を考えているかという御質問に対しましては、たとえば――たとえばという形で文部省が考えている範囲というものをお答えを申し上げる程度にしかできないのではないかと思いますが、私どもはできるだけ超過勤務をみだりに命じないという基本的な考え方に立ちまして、これをしぼって、相当限定してこれを考えていきたいというふうに基本的に考えているわけでございます。したがいまして、これは申すまでもなく、本来先生方のお仕事の基本であります教科等につきましては、もちろんそのようなものを命ずるということは、その範囲の中に入れるということは考えていないわけでございますが、先生方のお仕事の中で教職員会議とか、あるいは児童生徒の実習に関する業務とか、学校行事の中に入ります遠足、運動会、学芸会、そういったもの、また、いろいろ今後具体的に人事院と協議いたします段階で問題になると私どもで考えておりますクラブ活動の場合はどうするかとか、そういったことがたとえばという形で申し上げれば私どもが現在考えている二、三の例でございます。
#289
○鈴木力君 それではやっぱりこれは無定量の労働を強いるという見方に対する答弁にはならない。たとえばと言ってあげただけでも相当あげているわけです。それがあとこれからどこまでいくのか、それは絶対に言わない。口を緘して語らない。しかも、人事院と協議してきめると言うけれども、総裁のほうは文部省からきたらチェックするとこう言っている。文部省のほうが先に出さなければだめです。しかもこの法律で無定量の労働を強いることにならないと言っている。ならないと言っているから、そんならばどこまで考えているかと言うと、それはまだ考えていません。何を命ずるかを考えないでこの法律をつくること自体が常識じゃないのです。したがって、いまのこれに答えられないという意味は、無定量の労働を考えておると、こういう答弁にしかならない。これはまあまだありますから、このあとにさらに私はこの点はお伺いしてみたいと思います。ただ私は、いま重要なことはね、総裁からさっき話がありました、いまのこういう文部省のどこまで何をするかわからぬのに、本来なら文部省が独自できめるべきだという総裁のこのおことばは、これは私はいただきかねる。それはなぜかといいますと、きょう来この中央労働基準審議会の副会長の方の、参考人の方の御意見を伺いました。さっきの労働基準局長の意見も聞きました。一貫して言っておりますことは、表現はともあれ、労働基準法にいう労使対等の原則が実質的に生かされるということを希望しておる、こういうことがはっきり言われておるわけです。そういう労働基準審議会の建議に基づいて、しかもこの労働基準法の適用除外が行なわれておるわけです。それを本来なら文部省が独自でやるべきことであるという考え方からいきますと、これはこの中央労働基準審議会の建議というものを完全に踏みにじったことになる。したがって私は、本来なら文部省がやるべきことであるという、これについてはお取り消しを願いたいと思う。
#290
○政府委員(佐藤達夫君) それは簡単には取り消せないと思います。やはり教育行政というものの面から、学校の先生方にどういう仕事で残っていただきたいということを命ずる場合を考えていくということになりますと、私どもが幅広く、こうもあろうか、ああもあろうかと幅広く押えるということが一体いいことかどうか、むしろなしで済めばそれにこしたことはないわけです、こういう規制というものは。規制というか、列挙事項ですね、列挙事項がゼロであればこれは一番問題はないわけです。何もこちらから先立ってどうということよりも、まずぎりぎりの必要性を教育行政の責任者のほうから拾ってもらって、それにわれわれが厳正なる態度で批判的に査定をするということは、やはり筋としては通っておるという意味で、中立機関としてのわれわれが行政にまでタッチするという形をとるのはこれはやはり遠慮すべきではないかという意味で申し上げたのです。結論は鈴木委員のおっしゃっているところと私は同じであろうと思います。要するに、労働基準法の適用関係から申しますと、労働基準法というのは、私の理解するところでは、これは労働者を守るための法律である。国家公務員の場合においては、実は先ほど来話が出ておりますように、昭和二十三年からすでに労働基準法とは離れてしまっておるわけです。守られていないかと言えば、それを守るのはわれわれの責任であるという意識に燃えて、使命感に燃えてわれわれがその代償というか、代替的な機能を果たしているつもりであります。したがいまして、その点についてはわれわれも今後その意気込みを持って臨みます。地方には人事委員会がございます。
 それから先ほど申し落としましたけれども、私どもの一つ残念に思うのは、この歯どめの問題を論ぜられますときに文部大臣と人事院との協議の問題ばかりしか取り上げられないということははなはだ遺憾だと思います。御承知のように国家公務員法の八十六条ですか、行政措置の要求という大きな道があるわけです。これにはもうあらゆる罰則規定まで設けられた大きなこれはアピールの道だと思います。したがいまして、こういうかりに無定量の勤務を、労働を強制されるというような場面が起これば、間髪を入れずに国の場合であれば人事院に提訴する、地方の場合であれば人事委員会に提訴する、これによってわれわれは厳正な審査をした上で是正すべきものは強力にその旨是正の勧告をし措置をとっているわけです。たとえば十年間の間に地方の人事委員会においても十件くらい出ています、学校の先生たちだけの関係でも。たとえば休み時間を生徒に認めないというようなこと。人事委員会はどういう態度をとっているか。十件のうち九件まではそのとおりだということで措置しているわけですね。一件だけはこれは事柄の性質がちょっと違うから預かりという形になっておりますけれども、十年間に十件あって、その中の九件は申し立てそのとおりだということで措置をとっているわけです。こういう強力な私は歯どめというものはちょっとないのじゃないか。これは労働基準審議会でもその点については全然お触れになっていない。今回は、それと、いま申しました人事院との協議による基準、二本立てのブレーキがあるということだけは十分御了承を願いたいと思います。
#291
○鈴木力君 だから私は人事院の総裁のおっしゃった本来なら文部省が独自でやるべきであるということが、いまの御答弁のように、まずこの法の趣旨から、言えば文部省が発議して人事院がチェックする、あるいは労働者の、職員の意思の反映の機会がある、こういう形になると本来なら文部省のやるべきことではなくなってくるわけですね。だから、そこのところを心配したのです。そこで文部大臣に、あるいは文部省の方どなたでもいいですけれども、いまのこの建議にもありますように、「関係労働者の意向が反映されるよう適切な措置がとられるよう努められたい。」、この趣旨はくどくやり取りをしないように言っておきますけれども、審議会側の意向は、私が最後にだめを押しましたけれども、労働基準法の趣旨である、精神である労使協調の、労使対等の精神がこの表現で盛られておりますということを審議会のほうでは言っているわけですね、さっき参考人として。そうすると、文部省は、この法案を提出するにあたって労働者側の意見を反映させる具体的な処置は何を考えておりますか。
#292
○政府委員(宮地茂君) これは先ほど来いろいろ労働省のほうでも申し上げ、また、中基審の会長代理の先生もおっしゃっていましたが、文字どおり私どもは教育関係者の意向を十分反映させたい、その具体的にどうかと、まあいろいろございますが、教職員の団体なり、あるいは個々の教師の先生なり、あるいは職能団体なり、いろいろな方々の意向を十分聞いていきたい、これが一つの具体的な例でございます。
#293
○鈴木力君 これははっきり念を押しておきますがね、それぞれの団体の意向を聞く、それがこの労働者の意向を反映させる具体的な処置の一つだと、処置だと、そう伺っていいのですね。
#294
○政府委員(宮地茂君) 教員組合だけではございません。それも含めまして、いろいろの団体もございますし、また、坂田大臣がたびたび言っておられますが、坂田大臣は全国を行脚して、それぞれの学校に行って、個々の先生からもいろいろ意見を聞いておりますということをかつてこの席でお答えになられましたが、そういった意味で、教育関係者の意向も十分聞くということはお約束できると思います。
#295
○鈴木力君 全国を行脚して個々の先生の意見を聞くなんということは、ふざけているということばは使いたくないけれども、坂田文部大臣と私と学校給食でやりとりしたことをあなたは聞いているでしょう。坂田文部大臣が学校へ行って給食を食べたらいいごちそうだった。私が行ったらずいぶん貧弱だった。文部大臣は率直に、やはりこれは大臣として行くとだめだわ、ということを認められておる。そういう人がそういう立場で個々の人に聞くというのは、だれに聞くのかわからぬ、個々の人に聞くなどというのは手続のうちに入らないことはわかっているでしょう。職員団体の意向、意見をはっきり聞くということを、ここではっきりとするということができるかということを聞いている。
#296
○政府委員(宮地茂君) 職員団体を含めまして、いろいろその他の先生方、さらに教育関係者の意向も聞きたい、そういうように考えております。
#297
○鈴木力君 局長、その他の先生方というのは一体何ですか、さっきの坂田文部大臣が全国を行脚して個々の先生の意見を聞くというのは、これは取り消しでしょう。そんな形のことにほんとうにこだわっているとするならば、私はいまの説明は承知できない。さっき私が聞いている前提は、審議会からの建議で、意見を反映させなければならないという趣旨は何かと私が聞いたときに、私のほうから、労働基準法が言っている労使対等の精神をここで生かせという意味なんだと、おっしゃるとおりですと認めているわけです。その場合に労使対等の原則というものが精神的に生かされれば、職員団体ということになりやしませんか。職員団体というものと、それはどの団体でもいいですよ、成規の手続をとった職員団体というものと、その他の先生方とを同列に並べるという頭の程度が私にはわからぬ。そういう程度のことを言っているから、無定量の労働がしいられると私どもは言うし、歯どめの保証がない、こう言っている。だから多くの労働者の意見を反映させるということになるなら、その一つとして職員団体の意見を聞くということをここで言明をしろと、こう言っているわけです。これは局長じゃなしに、大臣なり政務次官なりにはっきりと言ってもらいたい。
#298
○国務大臣(秋田大助君) お尋ねの点は局長から答弁をしておりますところでよろしいと私は考えております。すなわち、ここに言う関係労働者の意向を反映をする、その実質をどうしても実現をしなきゃいかぬ、こういうことでございますので、関係労働者の意向ということをすなおに受け取りますれば、労働組合関係は当然入ってくると思います。
#299
○鈴木力君 これはことばじりをつかむわけじゃないけれども、労働組合、まあ職員団体ですね、職員団体も入るということになると、付録みたいな言い方でしょう。本来、超過勤務というものは、職場ごとにいってもその半数以上の労働者の属しておる労働組合と交渉するということが前提になっておるわけです。労働組合がない場合には、半数以上の職員の代表ということが前提でしょう。その他いろいろありますけれども、就業規則の手続とか、さまざまありますよ、労働基準法の精神は。だから、私が聞いておるのは、別にむずかしいことを言っているわけじゃない。建議側のほうの基準審議会のほうが、労使対等の精神を生かせという意味だと、こう言っておるから、その場合には、職員団体と会って意見を聞くかと、聞くと答えればそれでいいわけですよ。ところが、何かいわくありげに、職員団体もその中に入る――そうしたら、「その」というのは何かという議論をまたしなきゃいけないでしょう。そういうものの言い方でなしに、私は職員団体の意見を聞くかと、こう聞いているのです。はっきりしなさいよ、そこは。
#300
○政府委員(西岡武夫君) お答えいたします。
 ただいまの先生の御質問の職員団体の意見を聞くという点につきましては、先ほどから局長が申し上げておりましたのは、そのことを前提にして広く教職員の教育に関係する方々の意見を聞くということも踏まえてという意味で申し上げたわけでありまして、先生御指摘の教職員団体の意見を聞くということにつきましては、今後そのようにいたしていきたいと文部省としては考えております。
#301
○鈴木力君 その方法についてはいろいろあるでしょうが、少なくとも職員団体と、こう認めて、そうして労働基準法の精神を生かす、そうすると職員団体に与えられている手続等もありますから、これはもう十分にそういう処置は講じてもらいたいと、こう思います。
 もう一つだけ伺いますが、この法律の中に書いてある、さっき局長もだいぶ自慢気に説明をされましたけれども、命ずる場合に、人事院になかったことを特につけた、「教育職員の健康と福祉を害することとならないよう勤務の実情について充分な配慮がなされなければならない。」、これは文部省側の義務でしょう。この表現は、文部省側といいますか、県の教育委員会になることもある。命ずる場合の義務ですがね。そこでこの点についてもう少しはっきり説明をしてください。というのは、少なくとも、あなた、何にも書かなくったって、健康を害するようなことをやってもいいというようなことを言う人、一人もいるわけないでしょう。特につけ加えたという意図は何かということを私ははっきり聞きたい。
#302
○政府委員(宮地茂君) 「健康と福祉を害することとならないよう」というのと「勤務の実情について」とさらにことばを継いでいっております。で、これは人事院規則のほうで、国家公務員の超勤につきましては、健康と福祉を害しないようにというのは人事院規則にもございます。ところが形式的には地方公務員のほうはないわけなんです。したがって、なくたって常識じゃないかとおっしゃれば、それは書かなくてもよいかもしれませんけれども、私どもは書いたほうがベターである、よりベターだ、そう考えたわけです。さらに勤務の実情についてという意味は、先ほど来労働省の基準局長が申しておりましたが、文部省の初中局長と基準局長の間のこの建議の実施についての覚え書きもございますが、その場合に、先ほど基準局長が読んでおりましたが、「なお、この場合において関係教育職員の意向を反映すること等により勤務の実情について充分配慮すること。」と、そういう覚え書きを結びまして、それをただ覚え書きではいけないから、法律にも書ける限りは書こうということで書いたわけでございます。趣旨はそういうことでございます。
#303
○鈴木力君 私が聞きたいのは、趣旨はわかった、やる気があるかどうかということです。
 もう一つだめを押しておきたい。それはいまの教員の健康が非常に阻害されている。きょう私は資料を持ってこないから、その資料については申し上げませんけれども、たとえば東京の調査にもある。何かいらいらするとか、どこが悪いとか、そういうものについて真剣に調査をして、そうしてそれの対策というやつは、この法律を生かすためにもこれはもうほんとうにやらなきゃいかぬ。そうするためには、先ほど来私が言った定数の問題とか、あるいは学校の衛生環境の問題とか、抜本的にやる決意がなければ、こういうことをうたっても意味がないわけですが、直ちにでもそういうことをやる意思がありますか。
#304
○政府委員(西岡武夫君) お答えいたします。
 ただいま先生御指摘のように、今回のこの法案がほんとうに生かされるためには、教職員の方々の置かれている諸条件を改善をしていくということが前提になるということは御指摘のとおりでございまして、文部省といたしましても今後教育の諸条件の向上のために、もっと抜本的に対策を立て直していきたい、それが新しい時代に要請される教育行政の方向であろうという考え方に立っているわけでございまして、今回の御審議をいただいておりますこの法案も、その第一歩であるという考え方でございまして、それによって教職員の待遇が改善されたということはそれで終わりであるということはもちろんないわけでありまして、これを足がかりとして今後先生御指摘の方向に沿って私どもは努力を続けていきたい、かように考えているわけでございます。また、先ほど先生から特に御質問がございまして、超勤を命じ得る範囲について、たとえばどういうことかということでお話を申し上げたわけでございますが、これの前提は、公務上の必要があるときということが第一点、臨時または緊急の必要がある、それに加えて、健康及び福祉を害しないよう勤務の実情にあわせてこれを考えなければいけない、というふうにこれをしぼって超勤を命じ得る範囲を限定するという考え方に立っているわけでございます。その点を御了承いただきたいと思います。
#305
○鈴木力君 まあいろいろ伺いましたけれども、私はどうしてもこの法律の趣旨というものについてはまだ納得ができない。というのは、少なくとも従来の経緯から考えて、それは確かに文部省も勤務実態調査もいたしました。ただ勤務実態調査というあの項目から見ますと、私が先ほど提示しましたようなタイムテーブルから、一体教員というものは一時間の授業をするために前後どれだけ時間を使うものかというような、そういうきめこまかいところから計算をしていって、そうして勤務条件をどうつくるかというようなところにまず熱意が示されなければいけない。どうしても私はそういう熱意を示されたというふうに受け取れなかった。もう一つは、やっぱり先ほど以来局長ともだいぶやり取りをいたしましたけれども、たとえば夏休みのあのくだりにいたしましてもなかなかうんと言わない。要するに何となしにやらせるほうが正しいのだという考え方がどうしても私はあるというふうに、この疑いもまだ私は晴れていない。命令というものについても、これはいま文書でもらいましたけれども、実は質問の途中でちょうだいしたものですから、まだ読む機会がありませんので、これはあとで読ましてもらって、なおまたただしたいと思いますけれども、少なくともいままでの私はこの種の問題についての悲劇ということばが当たるか当たらないかわからないけれども、一連のいままでの文部省のとってきた教育行政の姿勢が非常に何か大事なところを殺しておる。何べんも私は言うように、役人的に帳簿づらさえ合わしておればそれでいいのだというその態度が、職場に対しては教育行政の責任者の熱情も情熱も愛情も何らかけらさえ感じないというのが実態です。しかも私が指摘をしておきたいのは管理体制ということです。皆さんは何となしに管理職がどうこうとこう言うでしょう。少なくとも私どもが前に教師をやっておったころは、学校長は訓導兼校長であった。したがって校長と教員との間は教育を持ってつながっておった、校長は。最近の文部省の指導は、その教諭兼訓導の教諭をとっちゃった。したがっていまいろいろなことの行政的に無理な、先ほど来いろいろ議論したけれども、文部省の真意はともかくとして下に伝えられているものはまことに非常識なかた窮屈な解釈で伝わっている。その管理職と現場職員との間には教育のとながりというものがだんだんに断絶しておる。校長は教育職でなくて管理職だということを強調するあまりそういう問題が起こっている。役人的に局長から課長から課長補佐から広がっていく、そういう責任体制を考えることが、なじむなじまないということばがあるけれども、その考え方こそ教育の職場にはなじまない。したがってそういう考え方からこういう法律を持ち込んでいくということは、これはせっかくかりに善意があるにしろ善意が善意として通用しないという疑いが非常に強いわけです。こういう点について私はどうしてもなるほどそうかというふうには思えない。まあしかしきょうだいぶおそくなりましたからさっきの職務命令の性格等も含めましてなおいろいろとお伺いをしてまいりたいとこう思うのです。まあきょうはこれで質問を終わっておきたいと思う。
#306
○永野鎮雄君 だいぶ時間もたちましたし、先刻来私がお尋ねを申し上げようと思っておりましたこともかなり話に出ておりますし、特にただいま提案されている法案の重要な点の一つである超過勤務を命じた場合の歯どめの措置についてかなり突っ込んだ質疑もありましたし、したがって、そういう点は省略をさせていただいて、ちょっと観点の変わった立場からお尋ねをしてみようと思います。いささか古くさいことを言うというようなことになるかもしれませんが、しかし私は案外新しいと思っておる人が古くさいものを持っているような気がいたさぬでもない。したがって、そういう点この国会の審議でいささか場違いの感じもするのでありますが、特に今回提案されておる教職調整額を支給するという、こういう新しい形の給与制度を設けられようとするに当たって、人事院の総裁が意見の申し出という形で国会並びに内閣に申し入れをされた。その趣旨も、これも先ほどいろいろ論じられておったのですが、総裁もある意味では明確に答弁をされた、私がここであえてまた同じ問題を取り上げてお尋ねをしようと思うのは、先ほど申し上げたように、いささか観点を変えると申しますか、総裁が意見の申し出をされたその中に総裁が使われたかどうか、先ほどちょっと不明瞭に聞いたのですが、教員の職務と勤務の態様の特殊性ということ、それから教員の自発性と創造性というものに期待するところが大きいというような、これは説明の中にあったと思うのですが、そういう取り上げ方、それを基本としてというか、この法案の基本理念といってもいいように受け取れるのでありますが、その立場においてこの法案は、これは総裁にはあまり関係ございませんが、要請をされるという姿勢、それをとられたのに、先ほど来いろいろと質疑応答を通して承っておりまして、ややわかったような気もしますが、ひとつ私自身の意見というか、その立場から考えてみると、また明瞭でないような気もいたしますので、あえてお尋ねをしたいと思うのですが、総裁が自発性とか創造性ということを申された、職務、勤務の態様の特殊性ということばで表現せられたその根本というか、考え方のすわり、私は私の考えを先に申したのじゃどうかと思うのですが、いわゆる近代文明、いわゆる科学的精神とか合理性といったようなことがしきりに強調されますし、社会一般にそれが流布されておる。したがってそれが、こんなことを申し上げるのはどうかと思うのですが、現在の日本が敗戦の中から二十五年の間に非常な回復というか発展をしたということにも結びつくかもわからない。しかしそれと同時に、われわれが憂うべきというか、非常に寒心にたえないような現象もいろいろな面であらわれつつある。直ちに関係するかどうかわかりませんが、公害問題もある意味ではそういう根に通ずるものがあるのではないかと思うほど憂えなければならない問題があるのではないか。そういう観点から、特に教育ということが重大だというのはだれしも口を開けば言うけれども、はたしてどれだけ重大に認識しているか。それをいかに実践をしておるかが問題じゃないか。したがって、これも教育基本法にそのこともうるわしく表現をされておりますが、あえて読ましていただくならば、「教育は、人格の完成をめざし、」――これも簡単な文字でありますが、事はそうたやすいことではない。「平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、」――これも簡単なことばであるが、はたしてだれがこれに耐え得るかわからない非常に重大な問題である。「個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」と、教育の目的をうたっておる。これもだてや酔狂でうたったのじゃないと思う。こういう重大な教育の目的をだれが達成するかといえば、やはり先ほど来からいろいろ論じられておるように現場の教職員が直接の責任者としてこれに当たらなければならない。そうすれば、いま提案されておるこの法案も従来いろいろに論じられて長い懸案の問題であるとも言えますが、こうしてこういう形に一応まとめられて、教職員の立場を考えてできるだけ実態にも即し、そうして先ほど総裁も申されたが、一つの理念をかくあるべきといういわば理想像というか、教師に期待される姿としての目標に向かってこれを達成していく一つの方途というか、踏み台というのは、いささかことばが過ぎるかもわかりませんが、そういう意味でひとつやっていこうじゃないかという意欲をお持ちになってこの意見を申し出をされたと思う。で、私は、具体的にはよく実情がわからぬからどうかと思うんですが、実質的にはあるいは文部省との合作であるかもしれない、形式的には別個のものでしょうが、これはやはりかなり連絡をとっておやりになったことだと思う。私はそれはそれでけっこうだと思うのですが、そういう過程を通してこういう形にまとめられた。その先ほど申し上げた基本的な考え方、単にというか、このことばの上に表現されたその態様の特殊性であるとか自発性、創造性ということの解釈のしかたによれば、いささかことばが過ぎるかもわからぬけれども、表面的に流してしまうこともできないではないか。しかし、もう少し掘り下げるというか、先ほど申し上げましたように、教育ということの重大さ、これを達成する立場の教職を対象としての規定をつくる。その生活をも含めての給与というものに関連する規定をつくっていく。で、給与ということでありますから、金銭になればそろばんにもかかる、数字にもあらわれることで、何か妙に合理的に処理するのが最も妥当であるというような観念におちいりやすい点もあるのではないか。したがって、そういう点をここで重大な問題として取り上げるという意味において、先ほど申し上げましたように、もう少しというか精神的な内容面にわたっての配慮がここにされているのかどうか。この点についてこれ、総裁よりも文部大臣のほうが直接のなにでしょうけれども、まあお二人からお話を、御意見をお聞かせ願えば幸いだと思いますが、まず人事院の総裁のお考えをお聞かせ願いたいと思います。
#307
○政府委員(佐藤達夫君) 率直に申しまして、この法案、これについての私どもの意見の申し出そのものは、実は先ほど来申し上げておりますように、まあいわば次元の低いものであると申し上げてよろしいと思います。先ほどの自発性、創造性というようなことも、教員の勤務の実質は時間的の計測になじまないというような面につなげて説明を申し上げておるわけでありますが、したがいまして、いまお示しになりましたようなもっと次元のずっと高い先生方の役割りと申しますか、使命と申しますか、そういうものについての意識というものは、またこの上にあるいはこの裏にあるわけでございます。その意味においては、私どもがかねがね先生方の勤務条件その他について考えております基本的な考え方は、いままさにおっしゃいましたように、教育基本法そのものがいま先生方の重大な役割り、役目というものをここに明らかにする、これをまず実現される責任をお持ちになる、そのお立場にお立ちになっているのが先生方である。しかし先生方ばかりではそれはいかない、周囲のたとえば管理者としてお立ちになる方々も、あるいは文教行政に携わられる方々も、あるいは国民全体の方々も、その環境づくり、それが実現しやすいような環境はやはりつくり上げることにみんな力を合わせていただかなきゃならないということが私どもの基本的な考え方です。その環境づくりの一つとして、勤務条件というものが出てくる、これはわれわれの当面の役割りであるということから申しますと、今回の提案もそのいしずえという意味ではおっしゃるとおりのつながりを持っているというわけであります。したがいまして、先生方の勤務条件あるいは待遇をさらに向上しなきゃならぬという意気込みは、さらに今後われわれの努力によって伸ばしていかなきゃならない、そういう心組みでこれに臨んでおるわけであります。
 それからちょっと、なんですが、文部省との合作というようなおことばもちょっとございましたけれども、実は先ほど来御説明申しましたように、私どもが昭和三十九年以来これを指摘して、その研究に従事をしてまいりまして、そして文部省案が四十三年に出ましたけれども、これは中間的な段階であり、私どもは昭和三十九年から出発して今日まで、この基本的な検討につとめてまいったわけでございます。これは合作というよりも、むしろ文部大臣にはこういう用意があるからひとつ予算のほうは十分お取りくださいよ。普通の給与勧告であればそういうことはいたしません。これは官民比較によって大蔵大臣が卒倒しようと失神しようと、われわれとしては正しいものを出しますけれども、これは普通の給与勧告とは違いますから、そういう意味では文部大臣に、予算なども御準備なさったらよかろうという意味でお打ち合わせをいたしておりますが、さらに今後例の基準の問題、人事院との打ち合わせの問題等もございますから、その点ではわれわれはあくまでも当然のことではございますけれども、自主性を貫いて中立機関としての使命と責任を全うしていきたい、そういう心ぐみでおりますからこの点は御了承願いたいと思います。
#308
○国務大臣(秋田大助君) 先ほどお答えを申しましたが、文部省としては教職に従事されておられまする教員の方々の特殊な勤務の性格というものを考えまして、また現実の給与の状況を考えまして、これが根本的な改善というものを従来からも考えておったところでございます。たまたま御承知のように超過勤務のことが問題になりまして、いろいろ各方面の御意見等も聞いておりましたところ、人事院からこの点に関しまして、教職に関する調整額という観念に基づきまして御意見のお申し出がございました。われわれは教職員の方々の待遇改善につきましては、いろいろまだまだ考えておるところがありましたが、包括的に教職員の勤務状況を考えまして、この教職調整額というものを出される考え方には共感を感じますので、待遇改善の第一歩と考えまして、不満の点もございますが、従来からも政府といたしましては、人事院の勧告なり申し出を全面的に尊重いたしておったので、その趣旨に基づきまして今回の御提案に及んだわけでありますが、その過程には同時にまた中央労働関係につきましていろいろ基準審議会の御意見がございまして、建議がございまして、その点も尊重いたしまして、十分その趣旨を取り入れまして提案をいたした、こういう次第でございまして、取り扱いました点は、ごく次元の低いものかもしれませんが、同時に教職員の方々の特殊な勤務状態ということを考えるにつきましては、やはり高い視野に立ちまして、十分配慮をいたしたつもりでございます。
#309
○永野鎮雄君 お二人から将来基本的な、現在考えておられるところのものをさらによりよいものにしていくという意欲のある御答弁をいただいてうれしく思うんですが、それはまことに失礼な申し上げようですが、どうかひとつ具体的にそれを実践していただくことをお願いを申し上げたいと思います。
 それから、とたんに次元が低くなるようでございますが、教職調整額を四%とおきめになった、これも先ほど来いろいろお話が出ておりますから、大体わかったようでございますが、もう少し具体的にいかなる根拠でこれを出したのかという、それからそれが具体的に去年とどれほどの予算の何を伴うか。また教員一人当たりに割り当てられる金額が、他の場合、それに類似したと申しますか、比較し得る場合の金額とどういう関係になるか、その点についてちょっとお尋ねします。
#310
○政府委員(佐藤達夫君) 先ほど来申し上げてきましたように、このパーセンテージの算出の基礎は、要するに勤務時間の内外を通じての先生方の勤務の実態についての再評価ということから出発しておりますから、これがこういう数字の積み重ねで出てきたものでございますというようなことは、率直に申し上げましてこれは出てまいりません。しかしながら、先ほどちょっと触れましたように、四十三年に文部省案というのが一度ございまして、これの際に、これはそもそもは人事院から当時の中村文部大臣にお願いして先生方の勤務の実態調査をしていただいて、この大規模な実態調査に基づきまして四十三年の文部省案が一応できております。そしてこの文部省案では勤務時間をはみ出す、いわば超勤手当の一括払いというような意味ではありました。その意味で四%という数字が出ておりました。しかし、その意味でありますからして、この今回の案のように本俸の積み上げでは四%、それっきりなんです。本案の場合は一応その四%という数字は、まあ何といいますか、これは給与局長のほうが詳しいんですが、一応のめどにはいたしましたけれども、結局でき上がった形は実質は六%になり、これが退職手当にもはね返って、平均二十五万円のいままでよりも増額になると、これは年金にもはね返るというような意味の大きな波及力を持った四%でございますから、まあ実質においては相当違いありますけれども、ある種のめどとしては、前の中村文部大臣に私がお願いしてやっていただいた実態調査というものに一部の基盤は持ってのものである、そういう説明を申し上げたらよろしいのじゃないかと思います。
#311
○政府委員(宮地茂君) この法案実施についての所要財源は幾らかというお尋ねが一点ございましたのでお答えいたします。
 これは来年一月から三月までの三カ月予算でございますので、義務教育費国庫負担金が三十九億五百万円でございます。それに養護学校教育費、さらに国立学校関係を加えまして三十九億九千八百万円、ところでこれに見合います地方の所要財源、さらに高等学校の教員を含めまして六十二億九百万円、したがいまして国と地方の三カ月分の総所要財源は百二億七百万円でございます。これが来年度予算でございますが、なお三カ月分でございますので、これを年間に平年度化して申しますと、国と地方を通じまして、約四百六十億円にのぼると見込まれます。
#312
○永野鎮雄君 人事院総裁にお尋ねします。この意見の申し出をされました中に書かれておる趣旨からいうと、超勤ということは考えたくないというか、本来超勤手当制度というものは、教員にはなじまないということは、裏からいえば、そういうことは考えたくないのだということになると思うのですが、それを推し進めていくと、七条で超勤ということを取り上げるということとどういう関係になりますか。
#313
○政府委員(佐藤達夫君) 考えたくないというおっしゃり方は、ちょっと御同感申し上げかねるのでございます。私どもは気持ちの問題から出発しているわけじゃございません。ものの筋からいって、こうあるべきであるという結論に基づいておりますから、好きこのみの問題では絶対ございません。超勤手当制度にはなじまない、そのほうは正しいおっしゃり方なんです。あくまでも私どもなじまない性格のものであるということから出発しておりますので、したがいまして、なじまないのは手当制度でありまして、大体は自発性、創造性ということを基盤に置きながらおりますから、一々超過勤務をしてくれよという要望なり命令がなくても、先生方は大体自発的あるいは自主、これこそ自主的に時間をこえてでも御勉強なさるであろう。これは実際私どものお預かりしております国立学校の高・中・小学校の先生方ならば、まさに自発的にやっていらっしゃるわけです。したがいまして、実際問題としては自発的にすべて勤務をやっていただければ、あらためて命令がましいことをやっていただく必要がなくて済むわけです。しかしながら、たとえば、校長さんが音頭をとってこれからちょっと教員会議をやりましょうやというようなことは、一種のこれは命令になりましょう。そういう道はあり得るわけです。そこで私どもとしてはそれは否定はしません。しかし、それを時間で計測してどうこうというようなことは、これはなじみませんから、超過勤務手当のほうはこれは今度はないものにする。ただ、もっとも私どもは、これはよけいなことですけれども二元的に考えておりまして、時間計測にはなじまないというたてまえでありますけれども、しかし、その勤務の特殊性というものは先生によってはあるわけです。また時期によって、たとえば、私ども説明書の中には一つ例をあげましたけれども、天災事変の際に、先生たちが身を呈して児童たちをお助けにならなければならない、そういう御活動をされなければならぬ、これは異常の場合であります。普通のこの四%調整額でまかなえる問題かどうかというと、この点はやはりプラスアルファとして特殊勤務手当的なもの、これは時間を超越した一つの手当として考えなければなるまい。すべてそういう点二元的に考えておりますから、なお今後のわれわれ問題としては、たとえば、修学旅行にたくさんの子供たちを引率される、これは普通のあれとはまた違った御苦労ではないだろうか、そういう場合についてはやはり修学旅行に対応する特殊勤務手当的なものをこれは考える余地があるだろう、そういう気持ちは、今後の検討問題として残しておるわけで、それだけつけ加えさせていただきます。
#314
○永野鎮雄君 労基法三十七条を適用除外する、こういう柱を立てることと、憲法の二十七条の精神と申しますか、「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。」と憲法でうたったことはよほど重要なことであるという趣旨だと受けとめているわけですが、その憲法の立場をどういうふうに理解をされますか。
#315
○政府委員(佐藤達夫君) これは申すまでもありません。公務員すべてやはり憲法にいう勤労者である点はもう間違いないわけでありまして、そういう点においての憲法の保障はみな受けているものと、したがいまして、いまおあげになりました「法律で定める。」というのはこれは大きな基本だと思います。したがって、従来国家公務員法、地方公務員法というような法律で勤務条件に関することをきめておりますし、今度お願い申し上げております意見の申し出もやはり法律の制定をお願いしておるということでありまして、そこは憲法の要請に従う。さらにその法律の内容は、やはり勤労者としての公務員あるいは教員の方々の権利の保障、権利の保護ということが今度実態の問題として憲法上要請されるわけです。で、先ほども触れましたように労働基準法ははずれます。労働基準法ははずれたからといって、しからばそれらの人の権利を守ることはしなくてもいいのかと、決してそうではない。やはりそれを守るべき措置というものは法律の実体として必要であろう。したがいまして、国家公務員の場合、国立学校の先生の場合においては早くから労働基準法とは離れて、昭和二十三年に労働基準法の適用からはずされているわけです、国立学校の先生方は。だから、私どもは国立学校の先生方に対するそういう面のやはり一種の保障機関、代償機関として人事院というものが中立機関としてある。この権利の保護に当たるべきものはわれわれの使命であるという意識に燃えて今日までまいっておるわけでございます。少なくとも労働基準法から離れてもう二十年以上になりますけれども、国立学校の先生方については何ら心配はありません。今日まで無事にきている。しかし、さらに念には念を入れよというわけで過重な労働をしいられることのないように、先ほど触れましたように、現行法制上は行政措置要求という強力なる道が一つあります。さらにその上に超過勤務を命ずる場合について、文部大臣が人事院と協議して基準をおきめになる。ブレーキが二つついている。その点では一応至れり尽せりの立法ではないかと私どもは考えております。
#316
○永野鎮雄君 この法案はいわゆる準義務教育といいますか、小・中・高を対象として制定されるものでございますが、同じようにというか、ある意味では非常に重要な意味を持つ幼児教育の幼稚園、それから高校とすぐ連続をいたします学校の高専等を除外をされたというか、対象からはずされている点については、特にはずさなければならない点があったのか、特にはずさなければならぬというよりも、まだ研究の余地があるという意味ではずされたのか、その点について説明願いたい。
#317
○政府委員(佐藤達夫君) これはいまおあげになりました高・中・小以外の学校の先生方についてはその必要がないという断定をしたわけでは決してございません。しかし、たとえば幼稚園の例などもそうであります、大学の先生もそうでありますけれども、高・中・小の先生方に比べるとまたそこに実態の違ったものがあるだろうということもわれわれはもう少し深く追及しなければなりません。かたがた、昭和三十九年に私どもがこの問題を指摘したきっかけはやはり超過勤務手当の問題から出発をしたわけです。そういう点から着目いたしますというと、やはり高等学校、中学校、小学校の先生方という面が当面の対象になるということもございまして、いま述べましたような方方を対象とするというたてまえで出発した。あとの問題は手をつけないという意味では全然ございません。
#318
○永野鎮雄君 それでは、時間もございませんので、最後につけ加えておきますが、これは総裁よりも文部大臣にお尋ねしたほうが適当かと思うんですが、私学は非常にいろいろむずかしい問題もあるので、直ちにそれを取り上げることがむずかしいということは私もわかるのでありますが、しかし、実際問題としては、すぐこの問題は私学にも波及してくると思うのであります。そういう点について、これは文部大臣にお尋ねしたいと思うんですが、何らかの形で私学助成の問題として取り上げられる御意思があるか、法案は法案としても、実質的にカバーしていくということを並行してお考えになる御意思がおありか、その点お尋ねします。
#319
○国務大臣(秋田大助君) 私立学校の教員給与は、御承知のとおり、国立あるいは公立の学校の教員給与のように、法律で定められるものではございませんし、いわば個々の学校の設置者と教員との契約関係できめるものでありまして、各学校の実態によって定めるものでございますが、やはり公務員たる職員・教員と私立学校職員との間に、その職務と勤務状態において別段差異があるわけではございませんし、しかし、他面、賃金、労働時間、労働条件の決定方法も、またその内容も異なっておるのでございまして、教職調整額に関してのみ法令で特に何らかの定めをしておいて、私立学校の教員の給与の決定方法に変更を加え、給与内容を拘束するということは、当面必ずしも適当なことだとは思われない。しかしながら、私立学校の教員の給与が非常に低くなったり、各学校の間で非常なアンバランスがあったりすることは好ましいことではないので、私学振興の観点から、必要な助成措置も講じておりまして、昭和四十六年度におきましては、国の措置の例にならいまして、前年度の四十五億円を九十億円に大幅に増額するような措置を講じておるというところでございます。
#320
○委員長(高橋文五郎君) ほかに御発言がなければ、本法案に対する本日の質疑はこの程度にとどめます。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後十時五十三分散会
ソース: 国立国会図書館
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