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1970/02/23 第65回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第065回国会 逓信委員会放送に関する小委員会 第2号
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1970/02/23 第65回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第065回国会 逓信委員会放送に関する小委員会 第2号

#1
第065回国会 逓信委員会放送に関する小委員会 第2号
昭和四十六年二月二十三日(火曜日)
    午前十時十四分開議
 出席小委員
   小委員長 水野  清君
      内海 英男君    佐藤 守良君
      羽田  孜君    林  義郎君
      古川 丈吉君    本名  武君
      森  喜朗君    阿部未喜男君
      武部  文君    古川 喜一君
      中野  明君    栗山 礼行君
 小委員外の出席者
        逓信委員長   金子 岩三君
        逓 信 委 員 長谷川四郎君
        逓 信 委 員 土橋 一吉君
        郵政省電波監理
        局審議官    太原 幹夫君
        郵政省電波監理
        局放送部業務課
        長       浜田  望君
        参  考  人
        (株式会社電通
        第二クリエー
        ティブ室長)  尾張 幸也君
        参  考  人
        (日本広告主協
        会電波委員長) 和田 可一君
        逓信委員会調査
        室長      佐々木久雄君
    ―――――――――――――
二月二十三日
 小委員武部文君同月二十日委員辞任につき、そ
 の補欠として武部文君が委員長の指名で小委員
 に選任された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 放送に関する件(放送番組に関する問題)
     ――――◇―――――
#2
○水野小委員長 これより会議を開きます。
 放送に関する件について調査を進めます。
 本日は、放送番組に関する問題、特に商業放送等の問題を中心として調査を進めたいと存じます。
 まず、参考人より御意見を聴取いたします。
 本日参考人として御出席の方々は、株式会社電通第二クリエーティブ室長尾張幸也君及び日本広告主協会電波委員長和田可一君であります。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 参考人各位には御多用中のところ、本小委員会の要望をいれ御出席いただき、まことに厚く御礼申し上げます。御存じのとおり、最近の商業放送等についてとかくの批判もあり、本小委員会としても関心を持たざるを得ません。つきましては、参考人の方々はそれぞれの立場から忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考といたしたいと存じます。ただ、時間の都合もありますので、最初にお述べいただく時間はひとり五分程度に願い、後刻小委員からの質疑もあろうかと存じますが、その際十分お答えくださるようお願い申し上げます。
 それでは御発言の順序は、はなはだかってながら小委員長に御一任願い、尾張参考人からお願いいたします。尾張参考人。
#3
○尾張参考人 電通の尾張でございます。
 ただいまのお求めによりまして、簡単に私の考えを述べさしていただきたいと思います。
 その前に、私は昭和二十七年、すなわち商業ラジオ放送が始まった翌年に電通に入りまして、まずラジオCMを手がけました。それから、二十八年テレビ開始とともにテレビのコマーシャル制作も行なうことになりまして、以来約十八年間、ラジオ及びテレビのCMの企画と制作に携わって今日に至りました。したがいまして、日本のCMの歴史には、ほぼその初めから制作者として関与してまいりました。
 今日まず最初に申し上げたいのは、CMに関して、コマーシャルと呼びましょうか、コマーシャルに関していろいろと毀誉褒貶の論がたいへんうるさいわけでございますが、私どもとしては、このCMをよくするために陰で非常な努力を払ってまいりました。そのことをまず簡単に申し上げたいと思います。
 実は皆さまに「ACCをもっとよく知っていただくために…」というパンフレットをあらかじめお配りいたしましたけれども、このACCというのは全日本CM協議会と申します。これを当世にならいまして略称としてACCと呼んでおります。この全日本CM協議会は、この下にありますように日本広告主協会、日本広告業協会、放送広告代理店中央連盟、日本コマーシャルフィルム製作者連盟、日本民間放送連盟の五つの団体からなっております。この五つの団体はすぐおわかりのように、コマーシャルをつくり放送するまで関連のある全団体でございます。
 実はこの団体は、それぞれ利害を相反します。それからその団体の中の各社でも、これはいろいろの競合関係にあります。それがCMをよくするためにという目的のために共通の話し合いの場を持たなければならないということで、十年前、昭和三十五年にこの協議会がつくられております。そうして定期的に会合を行なって、コマーシャルの問題を話し合って今日に至っております。よくアメリカからCM関係の人が日本に来ますけれども、このACCの話を聞かせますと全くインクレジブルだ、信じられないことだ、こんなに利害反するものがCMをよくするために一つの話し合いの場を持つことは全く信じられないといわれるくらい、私どもは非常に進んだ話し合いの場をつくっているというふうに信じております。
 次にページを開いていただきますと、「ACCとは」と書いてございますが、この協議会は現在CMをよくするために二つの柱を持っております。いろいろございますけれども二つの柱があります。一つは、この冒頭にありますように、CMの倫理面における活動、倫理委員会が中心になりまして、各参加団体から代表を出して、私たちのつくったコマーシャルが社会的にいろいろ批判を受けた場合、あるいはそれ以前にいろいろ問題を含む場合に、共同に検討いたしまして、反省するべきものがあればお互いに各団体を通じてそれぞれに呼びかけ、そして訂正する。そういう形でかなり柔軟性を持った活動をいたしております。
 で、われわれとしては、何らかの批判があった場合に、それを受け入れる柔軟性がなくなって硬直した場合には非常に危険な状態になる、こういう共通の話し合いの場があって、そういう柔軟性を失わないことによって、たとえ一時的にいろいろな批判を受けても、必ずそういうものを乗り越えてさらにいいものをつくる、そういう努力がこの協議会を通して行なわれているということを御了承願いたいと思います。
 その次に、この協議会の運動の一つは、よいコマーシャルを積極的に取り上げてCMの水準を上げるために努力をしていく。これは世の中の常でございますけれども、一〇〇%悪いものがなくなるということは、われわれの社会では考えられないと思います。しかし、その悪いものをなくすための努力は、一つはそういう倫理という面で話し合う、と同時に他方では、いいものを取り上げるということでそれぞれの目を開かせ、そして到達すべき目標を与えることで、内からいいものをつくるという気持ちを推進させる、そういうための努力をしております。それがCMフェスティバルという形で毎年行なわれ、去年秋に第十回を終わりました。そして、そこで選ばれた作品は、同時にアメリカその他の世界のコンクールでも賞を取っておりまして、日本のコマーシャルの水準の高さというものは、われわれ内の者がみずからほめるわけでございませんけれども、かなりのものであると思っております。まあこういうことを言っていいかどうかわかりませんけれども、もし皆さまにしてお時間がありましたらば、そういうフィルムをぜひ一度見ていただきたい。そして、日本のフィルムというもの、コマーシャルというものがどれだけの水準にいっているかということを、悪いものと同時に、その進んだ面も十分御了承願いたいというふうに考えております。
 このように一方では反省を、そして一方ではよいものをほめることでCMの水準を上げる、そういう全日本CM協議会という団体を日本のコマーシャル界は持っておりまして、それを中心に、みずから反省し、そして批判があればすなおに受け入れて、それを乗り越えてさらにいいものをつくる共通の場を持っているということでございまして、今後ともこの共通の場を中心に、消費者団体その他の批判があれば、そういう人たちとも話し合っていきたい。いずれにせよ、一方的な形でみずからを主張していたのでは、世の中は一つもよくならないであろう。コマーシャルも同じように、そういう意味でここを共通の場としてさらに話し合いを進め、コマーシャルをよくするための努力をしていきたい、そのように考えております。以上でございます。
#4
○水野小委員長 次に、和田参考人から御意見を賜わりたいと存じます。和田参考人。
#5
○和田参考人 ただいま御紹介をいただきました日本広告主協会の電波委員長の和田でございます。
 お手元に資料がお配りされていると思いますけれども、日本広告主協会は、数ある広告団体の中で広告主だけが主体になって集まっている団体でございます。この団体は、大体現状で百五十九社の会社が集まって運営をいたしております。その中にはいろいろの委員会がございまして、消費者を対象としての委員会、あるいは新聞、電波、雑誌、広告倫理、PR、広告技術、国際、調査、広告取引、屋外広告というような十一の委員会がございまして、私が所属しております委員会は電波委員会と申しまして、委員が五十六名で結成されております。
 電通で昨年の十二月二十二日に昭和四十五年度の日本の広告費というのが発表されておりますが、七千五百二十四億という数字が計上されております。これは四十四年の広告費六千三百二十八億を千百九十六億上回っておりまして、対前年比では一八・九%増しております。これは第一次の推定でございまして、最終の推定は、今月あるいは来月、三月ぐらいには大体発表があるかと思いますけれども、現状の発表の数字とそれほど変動がないのではないか、これにほぼ近い数字ではないかと私は推測しております。
 そのうち、ラジオの広告費は三百四十二億ございます。これは全広告費のうちの四・五%でございます。それからテレビは二千四百四十億、三二・四%でございまして、ラジオ、テレビを含めました放送媒体としましては二千七百八十二億、全体の広告費のうちの三六・九%を使っております。そのうち特に問題になっておりますテレビ、その広告費は二千四百四十億、三二・四%でございますが、そのうち番組に使われております電波料あるいは制作費、これは正確な数字がございませんけれども、推測によると千四百六十四億程度使っておりまして、そのほかにスポットといいますか、CMを送っております電波料、制作費を含めて九百七十六億ぐらいの数字ではないかということを予測しております。このテレビスポットの料金は、映画の制作費をもうすでに上回っておるというような現状でございます。本数にいたしますと毎月七百本ぐらいのCMをつくっておりまして、その制作されているCMは、これは制作の内容によっていろいろ違いますけれども、平均いたしますと一本約二百万から二百五十万ぐらいの制作費を使っております。
 それでは、この中で日本広告主協会というのは、どのくらいのウエートを占めている団体が集まっているかということをちょっと御参考に申し上げておきますと、四十三年度の調査しかございませんので、パーセンテージにしては大体これと同じくらいだと思いますけれども、広告主協会の会員の新聞広告の量を先に申し上げますと、出稿スペースの量は、これは段数ではかっておりますけれども、広告をたくさん出している上位の百社をとってみますと、八四・二%ぐらいが日本広告主協会に参加している連中の出稿量でございます。上位二百社をとってみますと、八七%ぐらいが日本広告主協会に参加している連中の出稿量でございます。電波放送量につきましては、これは契約の時間で調べたのでございますけれども、番組の放送量は上位の百社をとってみますと、広告主協会に参加しているのが六七・一%ぐらい、それから二百社をとってみますと六二・五%、約過半数の出稿量を広告主協会参加の組合員によって出稿しているということが申し上げられると思います。
 われわれはこの広告主協会におきまして――昭和三十二年二月二十六日に広告主協会が出発いたしましたが、媒体委員会のうちに、最初は新聞だとか雑誌、電波、広告、屋外広告というようなものの委員会がございまして、初代の電波委員長には、ただいま十二チャンネルの最高幹部であります河口静雄さんがなっておりまして、私が第二代目の電波委員長でございます。設立当初から、当委員会といたしましては、放送媒体を民放とともにりっぱなものにしていこう、御承知のように新聞、雑誌とは違いまして、放送広告は広告主の出す広告費によってのみまかなわれるという民放の現状におきましては、どうしても民放とともにりっぱなものをつくっていこうということで発足いたしまして、現在その趣旨に沿ってやっておるわけでございまして、本日皆さま方の忌憚のない御質問に対して御答弁を申し上げるつもりでございます。
#6
○水野小委員長 以上で参考人の方々の御意見開陳は終わりました。
    ―――――――――――――
#7
○水野小委員長 参考人の方々に質疑の申し出がありますので、順次これを許します。森喜朗君。
#8
○森(喜)小委員 テレビ番組、ラジオ番組すべて通じまして、とにかく何からお伺いしていいかわからないほど、いろいろ問題点がたくさんあるような気がいたします。そもそも電波というのは、私は、これは自分の持論でありますけれども、国民のものであると思っております。そして子供もおとなも、とにかく老若男女電波というものをみんな見る、あるいは聞いて、何か自分たちの教養にもし、あるいはまた娯楽にしていく、そういう幅広いいろいろな意味があると思いますが、どうも最近の電波というものは、特定の企業のものになり切ってしまっている。いま和田さんのお話を伺っておりましても、もう広告媒体、媒体ということばが三回ほど出たような気がいたします。もっと多かったような気もいたします。それだけに、とにかくこれは皆さん方のお立場としては当然かもしれませんが、国民のものじゃなくて、何か金もうけの手段というようなことが、非常に私どもは印象強く受けるわけであります。そういう中から、もう最近こうして国会の中にまで問題が取り上げられた。もっとも前の小委員会で、高峰秀子さんの説によると、いまごろこんなところへきたのか、まさに雲の上の人は何を考えているかわからないと言って批判をされた。しかし、そんなことはわれわれも前からわかっておることだし、国民の声をいつも、われわれも政党活動をやっているわけですから、率直にいろいろ聞いていますが、やはり一番批判が多いのは、こういったテレビ番組だと私は思っております。
 そこで、あまり多岐に広げて御質問申し上げてもあれでございますので、まず、私はいまでも気になっておるのですが、わが党の通信部会の中に放送小委員会というのがございます。それで、たしかあれはVからUへの移行の問題で民放連会長の今道さんにおいでをいただいて、いろいろなお話をした機会がございました。ちょっと日にちを忘れましたが、そのときに私が御質問申し上げた中で、会長はこういうことをおっしゃっていました。いまのテレビ局ではほんとうにもうかる時間帯、つまりわれわれが言うゴールデンアワーだろうと思うのですが、これは七時から十時まで、そのあとの番組時間帯は全部赤字なんだ、こういう御発言がございましたが、まずそのあたりからお聞きをいたしたいわけであります。ほんとうにテレビ番組はその七時から十時、もちろん番組によって違うのかもしれませんが、それだけが黒字であって、あとは全部赤字だ、したがって、その七時からわずか十時というのですか、十一時でしょうか、その時間帯のいわゆる利益でもって、あとの放送を全部手当てしなければならないというふうにわれわれは理解したのですが、それは現実そういうことでありましょうか。どちらからでもけっこうでございますが、お答えをいただきたい。
#9
○尾張参考人 ただいまの放送会社は夜の七時から十時までだけが黒字かという御質問なんですけれども、たいへん申しわけございませんが、本日の参考人両名ともこれは放送会社の立場にございません。したがいまして、その会社の内容というものについて明確に存じませんので、ちょっとここでお答えすることはできないと思います。
#10
○森(喜)小委員 あなた方は電通であり、あるいは広告主協会でありますけれども、私どもは当然皆さん方が一番そういうデータというのをお持ちのはずだと思うのですが、もちろんその会社の個個に違うこともありますが、そういういわゆる大まかなお話を、あなた方は肯定なさいますか。
#11
○尾張参考人 これは、たとえば比喩的に申し上げますと、一つの会社でいろんな製品を出している場合、ある一つの製品を開発する場合に赤字であってもそのほかの黒字で埋めている、しかし総合的に長い期間において採算をとっていく、そしてその商品が役に立つものにするということがあり得るわけでございますけれども、局の場合に、かりにある時間帯が黒字で、ある時間帯が赤字であっても、それは何ら差しつかえないことであり、総体としてその局が自社を有効に経営して、そしてただいまの御発言のとおり国民のものとしての電波を有効に使っていけば差しつかえないことではないかと私は考えます。
#12
○森(喜)小委員 尾張さんの御見解ですが、民放連の責任ある会長の今道さんのおことばとして、しかも党の正式の機関の中で御発言になったことは、これはたしか記録にもとどめおいてあると思うのですが、そういう中で皆さん方から見られたことをずばりと言っていただきたかったのですが、それはお立場上無理でしょうからこれ以上申し上げません。けっこうでございます。いずれまた、そういうテレビ会社からお聞きしたいと思います。
 ただ、私はそういう発言が、何かいまのテレビの俗悪的な、低俗的なといいましょうか、そういうところに進んでおる最も大きな根源であると思っておるのです。番組が悪くなっていく、低俗化していくということは、結局視聴率を上げなければならないということなんです。ですから、この間松山秀子さんが、とにかくネコが前にすわっておっても視聴率が上がるのだというああいうやり方、むしろ広告主協会あたりで視聴率の発表ということをやるところに私は問題があるような気がするのですが、一体そういうものを出していかなければならないものなんだろうか。たとえば、わずか二%の視聴率だとしましても、いまの日本のテレビ普及台数から見たらたいへんな人が見ているような気がするのですが、かりに一〇%のテレビ視聴率だとすると、全国で大体どれくらいの人が見ておられますか。世帯数でもけっこうです。
#13
○和田参考人 全部で二千五百万世帯ですから、二百五十万世帯くらいです。
#14
○森(喜)小委員 それが百五十万世帯で二人見ておるとしても、三百万人くらいの人が見ておられるわけです。これはたいへんなことだと思うのです。それなのに一〇%以下になった番組がどんどん消えていってしまう。そういうところにいまの番組のつまらない競争といいましょうか、視聴率を非常に気にするといいましょうか、そういう競争が激しくなり過ぎておるような気がいたします。結論を急いではいけないのですが、こういう視聴率なんというものを発表しないでおくということのほうがいいような気がするのです。すべてそこからこうした問題が出てきておるような気がするのですが、どんなものでしょうか。どちらからでもけっこうでございます。
#15
○和田参考人 視聴率の問題になりますと、これはワースト化の話が出ますと、まず一番先に問題になる点ではないかと思います。それはどういう点かと申しますと、広告主サイドから申し上げますと、大衆から喜ばれないような番組を送ってもらったり、非難を受けるような番組を送ってもらうことを喜んでいる会社はほとんどないと思うのです。みんな自分がスポンサーとしてついた番組自身については、みんなに喜ばれ、みんなにほめられる番組を送りたいというのが実態なんでありますけれども、それかといって、それでは視聴率が非常に低くてもそういう番組を送ったほうがいいかどうかということになりますと、どうしても視聴率の高い番組が広告効果の面から要望されるわけでございます。したがって、視聴率が高いということが即ワースト化につながるのだ、こういうのは非常に早計な考え方でございまして、視聴率自身にいたしましても、御承知のように誤差率が非常に多いわけでございまして、視聴率の調査では、日本にはニールセンとビデオリサーチという二つの会社がございます。関東ではニールセンで三百の世帯からとっております。それからビデオリサーチでは四百五十の世帯からとっておるのでございまして、東京、関東一円から考えれば、この数字は非常に少ない数字でございますけれども、これを学問的に統計学的にいろいろ検討してみますと、それではこの世帯数の数をふやせばいいかということになりますが、あまりに世帯数の数をふやしてまいりますと、集計の誤差、それから集めるために非常に時間がかかるというような問題が出てまいります。それと同時に、一番問題になりますのは、世帯数をふやすと費用が非常にかさむということでございまして、いまの四百五十という数字を約倍にいたしますというと、その費用については数倍の費用がかかるというようなことから、まずこの程度で大体わかるのではないかということで出しておりますけれども、これは視聴率が五〇%くらいになりますと、ニールセンでは五・八%の誤差がありますし、ビデオリサーチでは四・八%の誤差があるということで、たとえば視聴率順位に統計をとってまいりますと一位、二位、三位、四位というものが、必ずしも一位がトップではなくて、この誤差を計算してみますと、一位も五位もどちらが上だかということは正確に数字としてはつかまえられないのでありますが、その出た数字それ自身を金科玉条として、数字が高く出たからおれの番組は一番高いんだというような、数学的な知識を持たないでこの視聴率を取り扱いますというと、たいへん誤りがあるということでございます。
 それから、視聴率の点について、これはたいへん問題が多いのでありますけれども、皆さん方の選挙と同じように、投票をした人が必ずしもその投票した代議士さんの方々を支持しているかということになりますと、これは自分が好きだから入れた方もございましょうし、それからあるいは親類から頼まれて入れた、あるいは名前を全部比較してみたけれども、この方よりもこちらのほうがいいだろうというような比較で入れたり、いろいろございます。それと同じように、番組のスイッチを入れましても、必ずしも入れた人がその番組を好んで見ているかどうかということになると、いまの選挙の問題と同じように、その見たあと、投票したあとで、私が投票したけれどもあの人はこんなこともやらなかったとか、あるいは比較で入れたけれどもたいへんいい人だったとかいろいろな批判が出てまいります。それと同じように、スイッチを入れてからあと、その番組がいいとか悪いとかという批判がそこに出てまいります。ただ私が、視聴率の問題を云々する前に、放送で一番大切なのは、放送に携わっている連中が日本の国あるいは次の国民というものを、ほんとうに日本の国をりっぱにし、いい国民をつくっていくというその信条に徹した人が放送の事業に携さわる、あるいは広告をする場合についても、メーカーそれ自身がえりを正して、自分のものを売るだけという御批判がありましたけれども、自分のものを売るだけでなくて、そういう深い思いやりを持って放送をやるという、そういう心がけこそいまの時代には大切だとは思いますけれども、ただ単に視聴率をやめるということになりますと、放送業界における広告効果のものさしがなくなってしまうということで、私どもはこの視聴率調査におけるニールセンあるいはビデオリサーチで現在調査しているものをより向上させるように今後とも努力したいということと、このニールセン、ビデオリサーチによる視聴率によって視聴率が高いということじゃなくて、その視聴率、見ている人がどういう気持ちで見ているかというような評価をこれに入れていかないといけないということで、今後の調査については、ただ視聴率だけでなくて、評価というものを考えて、ぜひとも大衆の番組あるいはCMに対する考え方というものを聞きたい、こういうふうに考えております。
#16
○森(喜)小委員 どうも視聴率をわれわれの選挙のことにひっかけられたのですが、これをやりますと、私はあなたと相当大きくけんかをしたくなりますから、時間がありませんので――しかしただ、あなたのそういう発言は、私は選挙民を侮辱しておると思いますから、慎んでいただきたいと思います。これはいま私そのことをやりますと焦点がぼけてしまいますからやめますが、いずれそのことはあなたと論じ合いたいと思います。ただそういうことを選挙民、たくさんの国民の人が――われわれも国会という立場で、各党みなそれぞれ支持者を得てここへ来ているわけですから、私の場合六万四千五百九十五票をいただいております。その得票の人を代表して私は話をしているつもりでおりますから、ほんとうはもっと言いたいのですけれども、いまはそのことについては触れておきません。
 そこで、いまあなたのお話を聞いておりますと、次の日本の国民を育てなければならない、そういう気持ちで放送責任を、――番組をつくる、あるいは会社の人たちがそういう気持ちであってほしいとあなたはおっしゃった。そのとおりなのです。それから先ほど尾張さんでしょうか、いろいろやっておるのだ、こういうこともこういうこともやっておるのだ、だからそれを評価してほしい、進んだ面もどんどんあるのだとこうおっしゃる。それからとにかく視聴率なんかすぐワースト化だというが、そういうふうに結論を出してくるのは早計だ、まあいろいろな意見をたくさんお述べになりました。しかし問題は、こういう問題が出てきたのは現実なんですよ。現実の世の中でどうみんなが見ておるかということでしょう。幾ら放送会社の――フジテレビの鹿内さんにしても、東京放送の今道さんにしても、日本TVのだれですか、小林さんですか、とにかくどなたさんもみなりっぱな方でしょう。りっぱな方ですが、現実に流れている番組に対して一体責任を持っておるのかどうかということなんですよ。
 とにかく映画でも、もう親はこれを見ていけば、その番組タイトルがあって、この映画を見ていいのか悪いのかということは、われわれにできるわけですね。テレビの場合も番組は新聞に出ますから、これもある程度おかあさんは気をつけるわけです。しかし、コマーシャルなんかになってまいりますと、全然予告なしにどんどん飛び出してくるわけでしょう。ですから、もう見られて、あっということで子供たちの脳裡にぴったりついてしまう。それをあとだれが始末してくれるのか。してくれないわけでしょう。番組でもそうなんですね。とにかく視聴率というものを、あなた方は自分たちのものさしがないからということでおやりになる。それはあなた方の広告というもの、あるいは電通だとか博報だとかいろいろあるでしょう。テレビ会社の広告もあるでしょう。そういうもののものさしのためにあなた方はそれを出しておられる。出しておられるけれども、現実に国民はそんなことはいい迷惑なんですよ、はっきりいいますと。それを国民はみなぼんぼん押しつけられている。その責任はどこに来るかというと、結局は政治家に来るのですよ。こういう国民を悪くしていった、何をやっているのだ、教育が悪い、いや放送が悪い、いろいろ言って、結局われわれがそのあと始末をしていかなければならぬ。そうしてあなた方は全然その責任がないわけです。
 ですから、私どもは、そういうために視聴率を出すなんというのは全く意味がないのじゃないか、もっとほかの方法があるのじゃないだろうか。だからそういう意味で、私は視聴率なんというそういうものはまず出さないほうがいいのだということを申し上げた。まあこのお答えは、あなたとの話になってもこれは時間がかかりますから、それは私のそういう意見があるのだということをよく聞いておいてください。
 そこで、いまあなたは、いい番組、ワースト化ということをいろいろ言われました。それでは、いま私ども一番問題なのは、これは自分のくにのことをあまり言うといかぬのですが、標準はそういうことになりますから。いま私の石川県でいきますと、NHKの1、3は別としまして、あと石川テレビのUというものと北陸放送というものがございます。ところが、この二つしか民放がないわけですから、キー局は4、6、8、10、12とあるわけですね、そうしますと、結局放送会社、これは当然利益追求をしなければならぬわけですから、結局それを選択するのは中央局にあるわけですね。おもしろい番組即いま問題になっているのはワースト・ベスト・テンに入っているのですよ。これはわれわれが言うのではなくて、われわれが言うとまた早計だといっておこられるのですが、そうじゃなくて、あなた方が出しておられる調査、これは前の委員会にお見えになったときリストを出していただきました。どこから出てきたのか知りませんが、ニールセンとかいろいろ出しておるでしょう。とにかくそういうワースト・ベスト・テン、TBSでいけばワースト・ベストニアンの一番はズンドコ節のあれですね、ドリフターズですか、二番目が「ザ・ガードマン」ですね、この二つともいろいろな調査によるとワースト化のトップになっているわけですよ。こういうふうにどんどんやりますと、石川県なんかでそれを選ぶ場合は、とにかくいい番組というよりもおもしろい番組、結局低俗化した番組という形にどうしてもなっていくわけです。実はそういうところの選択が国民ではなくて、テレビ局の中央道従によってなるわけですね。そういうところに私どもは非常に大きな国民の迷惑もあるし、国民がただ一方的に押しつけられてくるところに、選択権も一つもないというふうに感ずるわけであります。
 そこでまず私は、いまの日本の民放のキー局が多過ぎるのじゃないかなという感じがするのです。ですから、あなた方も視聴率というものをものさしにしてコマーシャルの基準もきめなければならない。料金もきめなければならない。あるいはまた最近いわれておりますPT化という――どんどん番組を下請に出していく。これも自分たちで競争して投資をしていくと金がかかってしょうがないから、とにかく下請でやれ、いい番組はおれのところで買ってやろうじゃないかというやり方を、これはもうフジなんかもTBSもどんどんやっているわけですね。これも全部私はそういうところに関係があるような気がするのです。そういうことから考えてみると、私はもうキー局が多いのだと思う。この間私はこういう話をたしか通信部会で申し上げたら、そのとき今道さんは、あなたは自由民主党でそういうことを言ったら、資本主義を否定するのですかといって私はやられたのですが、そんなことでもうけなくていいんですよ、電波は国民のものなんだから。もうからなければやめておけばいいんです。私はそういう考えを持っておるのです。私がいま申し上げたことをひとつ要点をつかまえて、あなたも一人の親、おとうさんとして、年のせいからいうとお孫さんもおられるかもしれませんが、そういうお立場でひとつ少し話してみていただけませんか。それはあくまでもあなた方の企業、あなた方の立場を擁護せんという言い方でなくて、私も人の親なんですよ、そういう立場でひとつお答えをいただきたいのです。
 あと、今道さんと私は、逓信委員会でたしか九州を視察しました。そしてたまたまNTVの流れているのを見ておりましたら、いわゆるピンク映画を「11PM」でやっていましてね、それを今度はイラストレーターとか五、六人の名前のある人に同じ映画の男女両スターを呼んできて、ベットシーンをやらせるんですよ。それをみんなでまた八ミリでとって、茶の間に映すのです。そうして二人のスターも入れいろいろと話をするんです。私は、今道さん、それをごらんになれますか、お孫さんやお子さんと一緒にお茶を飲みながらそれを見られますかと言ったら、いや、それは見られませんと言うのです。だから、そういう経営者も人の親なんです。見られぬものをつくっちゃいかぬとぼくは申し上げた。いまのような発想で和田さん、ひとつあなたもぜひお答えをいただきたい。
#17
○和田参考人 お小言をちょうだいいたしまして、ことばが過ぎたかと思いますけれども、お考えは私も全く同様だと思うのです。で、先ほど御説明申し上げたのも、視聴率だけで広告主は決して番組を云々しているのではなくて、その他の評価、それを見た人の評価によっていろいろわれわれは考えているのだということを申し上げたので、たいへんことばが足りなかったと思います。
 で、先ほども電波は国民のものであるというお話がございましたけれども、私どもは、電波は国民のものであるといわれていながら、電波は国のものであり、政府のものであるかのような気がいたします。ということは、民放が日本全国に各地区にVからUに移行した場合についてもいろいろの局ができましたけれども、これは何ら広告主サイド、国民サイド全般を含めて意見を聞いて局を設置したのではございませんで、申請によってのみそれを国が許可したというようなかっこうになっておりますので、こういうものに対する電波行政全般というものを、もっと日本の国の電波行政はどうするのだという全貌を不幸にして伺ったことが私どもございません。したがって、電波行政につきましては、こういうふうに日本の電波行政というのはやるのだ、将来はこうするのだというような全体の局の状態がわかりますれば、われわれも何かと広告主サイドについて――特に民放は広告費によってのみ生計を保たなくちゃいけない宿命を持っておりますので、われわれ広告主サイドもこれに参加して、国民の一員として電波というものを国でどういうふうに局を設置すべきか、こういう問題についても、私どもに意見を述べさせるチャンスを与えていただければいろいろと申し上げたいと思うのでありますけれども、御承知のように、そういうそのときそのときの条件によって電波行政における各局というものが許可をされてきたという状態で、現在の状態でいたしますと、放送局があるところには一局しかない、あるところには数局あるというような変則的なものがございます。それと同時に、NHKという日本には強力な全国ネットワークを持っております局がございます。これに対して民放は地域放送として、放送法五十二条第三項ですかに例示されておりますように、地域の放送であるという形でございましたけれども、やはり局自体としての形としては、どうしてもネットワークを持たなくてはやっていけないというようないろいろな問題から、現在の放送法にのっとって局の運営というものがはかられていないというような点につきましても、今後ともそういう局の設置その他VからUに移行するという問題につきましては、御意見を述べさせていただくチャンスがございますればいろいろとこまかい点についてわれわれも意見を申し上げたい、こういうふうに考えております。
#18
○森(喜)小委員 確かにあなたのお立場からいえば、私がいま申し上げておることは、むしろテレビ会社経営者にお答えをいただいたほうがいい面がたくさんあると思いますが、これはまた何か小委員長、機会をおつくりをいただけるんじゃないかと思っておりますが、とにかくそのためにもあなたの広告主の協会としての立場を、長く言いませんが、イエスかノーか、いや必要ない、ある、ということだけでお答えをいただきたいのですが、私がいま言いましたキー局が多いと思いますか。
#19
○和田参考人 思います。
#20
○森(喜)小委員 それからもう一つは、いまのPT化ですね、下請をやっておるという。これは全く放送会社の責任がないというような感じが私はしますが、その辺はどう思われますか。
#21
○和田参考人 局が多いということは、ネットワークを組むとすればキー局として、――キー局というお話があったので、キー局が多いと申し上げたのでありまして、これはローカル局としてはできるだけ多いにこしたことはないと思いますけれども、キーを持つとしますと、そのネットワーク競争にこれが入ってくるという意味においては、日本の国の――アメリカにおいても三大ネットワークしかございませんので、日本の国土の関係からすればむしろキー局というものは多過ぎるのではないかというふうに考えておる。できるだけ放送も放送法にのっとって地域放送、これはVがUに変わるということはそういう意味も含まれておりますけれども、その土地の、あるいはその地域の住民に対して、中央のニュースだけを流すのではなくて、その地域の人に最もプラスになるような放送という形は将来とっていくべきじゃないか、そういうふうに考えております。
 それからキー局が多いか少ないかという問題と、もう一つ何でございましたでしょうか。
#22
○森(喜)小委員 PT化というのはいいと思いますか。
#23
○和田参考人 PT化というのは、現在の放送法、電波法にのっとって考えてみますと、放送の番組がいいとか悪いとかということは、われわれスポンサーであるから、その責任は当然放送局とともに負わなくてはいけないと思いますけれども、放送の番組を制作する権利というものは広告主にはございませんで、局だけにあるわけでございます。したがって、この番組が広告主によって左右されるというのは、これはスポンサーである、お金を出すという意味における参加の権利しかございませんで、法律的に申し上げますれば、当然放送局が自分自身として襟度を保ったいい放送をやるということは、放送局の責任だと考えております。しかし、広告主がとやかく問題に出ておりますのは、そういう問題ではなくて、その番組の中にスポンサーが、たとえば自動車のメーカーであって、トヨタの自動車のメーカーが、自分の番組には日産の自動車が出るのは困るとかいうような、そういう企業の利益として、番組内容についていろいろ意見はあるかと思いますけれども、決してワースト化の方向に進むべきがよろしいのだという広告主は私はないと思います。
 したがって、番組というものの放送権というものが放送局にあるという形でワースト化、ワースト化という問題になりますると、番組自身の責任というものは広告主サイドにはございませんという関係と、広告費の膨張によりましてどうしても三十分番組あるいは一時間番組を一社で買い切ることができないということ、それから広告というものはやはり商品のうちから血の出るような思いをして集めたお金でございますので、広告効果という点からやはり、またお小言をいただくかもしれませんけれども、視聴率のできるだけ高いとこるに、大衆の目によけい触れるようなところに自分たちの広告を出したいということから、PT化の方向にだんだん進んでくるということは、いなめない事実ではないかというふうに考えております。私は、やはり電気メーカーのような会社では、テレビを大衆に売ったそのアフターサービスとしてもいい放送、視聴率が非常に低くてもみんなにほんとうに、将来の国民にとって必要な放送あるいはほんとうにみんなを喜ばせるような放送というものも番組としてやってもいいんではないか。したがって、番組広告主と、PT化によってだんだんスポットの広告主と、こういう二つに分かれてくる。番組につきましてもPT化の方向が非常に急激にとられるのではないか。したがって、一つの番組に対して一社でなくて数社が乗るということになりますと、広告主サイドの意見も番組に反映してこないというようなことになるのではないかというふうに思います。
#24
○森(喜)小委員 とにかく放送会社の方から伺いたいような問題が多いのです。私は、いずれ一度お聞きしたいから、あなたのほうに、一応参考に頭にとめておきたいのです。いろいろ御説明いただいてたいへんありがとうございました。私はあと和田さんにどうしても聞きたいことがたくさんありますので、和田さんに、日本のテレビ会社はもうかっておると思いますか。
#25
○和田参考人 私の見た広告費の配分では、率直に申し上げまして、キー局は非常に苦しいのではないかというふうに思います。それから関西などにございます準キー局がその次に苦しくて、地方局はわりあいに楽ではないか。VとUというふうに比較しますと、V局は歴史も長いせいで比較的楽ではあるけれども、U局に至っては非常にキー局の援助を得るというような形を保たないと当分の間やっていけないのではないかというふうに考えます。
#26
○森(喜)小委員 私もいま和田さんのお答えで、地方局はある程度楽だというふうに思っておるのです。
 もう一つ参考までに、いまの日本のテレビ番組会社の時間帯ですね、さっきゴールデンアワーの時間についてどうもはっきり尾張さんはおっしゃらなかったのですが、和田さんはその点はどう思っておられますか。ほかのところの番組時間帯は赤字だと思われますか。簡単に言ってください。長くなると時間がないので、ほかの各党の方の質問もありますので……。
#27
○和田参考人 日本のサステイニングといいますか、広告主がつかない放送というものは日本の国にございませんので、たとえばニュースなどの番組も広告主がついておりますけれども、これは制作費が非常にかかるという意味において、時間帯において視聴率が比較的低い割合に制作費のかかる場合が非常に多いということで、やはりゴールデンアワーが各放送局ともかせぎ時間である……。
#28
○森(喜)小委員 それはよくわかるのです。あとのところは赤字だと思いますか、ということです。
#29
○和田参考人 それはちょっと、われわれは内容的にタッチしておりませんので、赤字かどうかということはわかりませんけれども……。
#30
○森(喜)小委員 そこで、きのう私は、あした質問だということを聞いたもので、きのうはちょっと早く帰ってテレビを見ました。たしかTBSで田宮二郎の風来坊というか、何か大映の古い映画をやっていましたね。それから8チャンネルは風と何とかと女ですか、何だか知らないけれども、東映映画の古いものをやっておりました。それは御承知のように相乗りですね。たいへんなコマーシャル、たくさん入っている。赤字ならあんな夜中の二時、三時までやっていることないのですよ。これはある議員がおっしゃったのですが、日本の国は人が足りないのだし、もっとテレビ番組を早くやめてしまえば子供もふえるのじゃないだろうかというような御意見もあって、私も間接的にいうと、なるほどなあという気もしたのです。それからイギリスでしょうか、夜の十時以降はスポーツ番組以外は一切やらないのだということですね。そういうことを考えてみますと、いま和田さんは、赤字じゃないと私は思うと、こうおっしゃった。とすると、結局夜おそくまでああやって、相乗りの広告をたくさんやっておるということは、やはりもうかるからやっておるのでしょう。夜おそくまでやっている番組にしては陳腐ですね。そう思いますでしょう。
 そこで、これはぜひ御参考に聞きたいのですが、もう一つあなたのお考えを聞いて、今度は私は放送会社に聞こうと思っているのですが、たとえばいま一番テレビ局で問題を――私がテレビ会社とすると、自分のところは七時からこれだけのニュースをやりたい、たとえばNHKに匹敵できるようなニュースをかりにやりたい、報道番組をやりたい。しかし、結局その時間におもしろいものをやったら、おもしろいところにいっちゃうわけですよ。全部いきますね。だから、たとえば七時なら七時全部ニュースをやれ、八時からは番組の企画、系統を大体同じようなものをやらしてしまうというような意見は暴論ですか、これが一つ。
 それからもう一つは、地方局はいまたしかまだもうかっておる、楽なような気がするとおっしゃいました。私が委員会で各局調べてみますと、確かに地方の決算報告を見てみますといいですよ。地方局ははっきりいって何にもつくっていないのだから、自主番組なんかというのはなくてただ網を持ってやっておるだけでしょう。だから、もっと地方局に番組の制作費を負担させるといいますか、そういう意見はどうでしょうか。たとえば石川県の場合には二つしかない。東京には五つある。ここではっきりいいますと、石川県の北陸放送というのはTBS、6と4からとっておりますね。パーセンテージは6が多いです。それから石川テレビというのは8、10、12ととっています。この比率はちょっと私も覚えてはおりませんが、その辺はキー局が多いからこれを整理して、地方とぴちっとした場合に、いわゆる制作費用をキー局でなくて、流すところからも負担させていくというやり方をしろうとなりに思うのですが、質問が長くなりましたが、この二つ、私の意見が暴論であるか、あなたそれについてどう思いますか。いずれ会社側の社長さんに聞いてみたいと思いますので、その辺の参考意見としてひとつ簡明にお聞かせをいただきたいと思います。
#31
○和田参考人 あとのほうから申し上げますと、地方局に番組制作費を負担させるということは、キー局としては現状においてやりたいのではないか。ただNHKが全国にネットワークを張っておる関係上、自分たちもできるだけネットワークを広げたいという意味において、当初において地方局を甘やかしたという点が現在急に切りかえられないという点で、でき得べくんば地方局に、制作費のバランス上、キー局と地方局との広告収入のバランスをとるというためにはそうすべきだと思いますけれども、急にそういう革命的なことができないということで、徐々にそういう方向に現在放送局が動いておるのではないかというふうに私どもは見ております。
 それから前のお話でございますが、これはたいへん申しわけないのですが、暴論だというふうに思います。やはり地方の住民は自分の好む番組をどこの局からもとる、ニュースもあればあるいは音楽もあり、あるときには映画の放送もあるというようなバラエティーのある放送をその地方の住民につけさせてやるということがよりベターではないかと私は考えます。
#32
○森(喜)小委員 時間がたいへん進んでしまいましたので、まだ和田さんにお話ししたいことがありますけれども、せっかく尾張さんがお見えでありますので少し尾張さんにお話を伺いたいと思います。
 最近いわゆる低俗番組ということについてはかなり会社も意識し出して、いわゆるじゃんけんぽんで、お座敷じゃんけんみたいな、野球けんみたいなこともなくなってきたし、スカートをちょこちょこ切っていくということも、これはいかぬということでだいぶ反省の色があると思う。ところが、最近一番目立ってきたのはコマーシャルだと思うのです。とにかくコマーシャルをつくることに芸術的に考え過ぎちゃって、それがきわめて意味深なことが非常に多いわけですね。特に最近はちょっとなくなりましたが、空をぴゅうっと走っていってスカートがぺらっとまくれて、パンティがちらっと見えるところをあれしたり、あれは何とかいうチューインガム……。
#33
○尾張参考人 ロッテのボンボンですか。
#34
○森(喜)小委員 いやいやそれでなくて――それもひどかったけれども、外国製のものだ。何とかデンタルとかなんとかというので、女の子がきゃあっと来て車の上をぱっと飛んでいく。それを下のみぞから映してパンティがぱっぱっと見える。そうすると、それを見たくて一生懸命にそういうコマーシャルばかり東京に時間帯をつくっている人がいるというのですよ。それがおもしろいのですね。それからこの間どなたか御質問されました自動車なんかでも、あんな車に乗る男食べちまいたいというような、いわゆる非常にセクシー的なものをあれしていくという感じがするのですが、こういう傾向を尾張さん、ひとつどういうふうに――そういうことを認められますか、またそういう傾向についてどう思っておられますか。
#35
○尾張参考人 たいへんむずかしい御質問なんですけれども、セクシーな表現というものは今後ともある程度はあるのじゃないか。これはやはりそういう時代の一つの雰囲気みたいなもののところから生まれるわけでございます。ただ、その辺、どこまでが行き過ぎであるか、あるいはこの辺までは許されるか、その辺の基準については、先ほど申しましたように、われわれもいろいろな点で検討はしております。したがって、一がいにそういうセクシーな問題が全部悪いかどうかということについては、ノーということは言い切れない。それからいまの中から、いまの問題も出ますけれども、われわれ表現する場合に比喩を非常に使うわけです、たとえ話を。これは何といいますか、うまいもののときに、ほっぺたが落ちそうなということばをわれわれ使う。それは、じゃ一体コマーシャルなんかのときにどういうふうに使うか。そういうふうな比喩でものを言う場合が非常にある。その比喩、たとえばそういう比喩が行き過ぎますと、何か誇大でありあるいは露出が過度になるというような場合がございます。これはわれわれとしては、その一つ一つの場合に応じて検討し、そしてそれを直していくということしかないと思いますけれども、しかしコマーシャルというものは、いずれにしてもその時代時代の雰囲気とそれからテンポといいますか、そういうものの中で考えていく。それだからこそ、その時代に生きている人との間に対話ができるのであるというふうに考えております。
#36
○森(喜)小委員 尾張さんの非常に日本国民を、何といいますか、教育をしていくというような御発言でけっこうだと思う。たださっき私が和田さんのときに申し上げましたように、日本の国のそういう子供たちが選択権がない。それからそれに対する判断力がない。しかし、そういう傾向なんだから、フリーセックスの時代にだんだんいくんだから、そういうものを教えていかなければならない。ところが、日本の国というのはまだそこまでいってないわけですよ。たとえば住居一つ見たってそうでしょう。ちゃんと壁があって、ドアがあって、そういう親子間がはっきりしたような寝室を持っている家というのはごく少ないわけですね。障子一枚、ふすま一枚ですよ。まして外で映画の広告を見、あるいはテレビでそうしたものをだんだん助長さしていく。ところが、もう夫婦はうっかり夜も愛情の交換ができなくなるような、このくらい恐怖があるというんですね。いつ何どき子供がぱっと見るだろうか。
 そういうたしか番組は、この間私は家内から聞いたんですが、TBSのやはりガードマンにあって、とにかく二DKか三DKか何か知らないけれども、とにかくそこで子供が夜のぞきにくるので、ついにしょうがなくなって、隣の家の奥さんに頼んで、隣の家の奥さんには子供がいないので、そこで夜やるときだけ、そのときだけ借りにいくんですな。それをたまたま写真を亭主にとられて、それで何か金をおどし取られたという事件がガードマンであったそうですけれども、それはまあ多少はひど過ぎるんですが、とにかく日本の国そのものの生活様式、それがまだそこまでいってないのに、尾張さんのように、そういう傾向なんだから、そういうものになれていかなければならないというふうに私は聞こえたんですけれども、そういうことは、あなたも人の親として、私は非常に大事なことだと思うのです。
 たとえば、私は自分の家庭のことを言ってはなんですが、六歳と二歳の子供を、いなかに、選挙区に置いております。私が帰ってきたり、出ていくときに、二歳の子供がちょこちょこっと来て、私抱いてやると、チュッとやってくれる。そうすると、六歳の坊主がそれを見ておって、うちの子供は陽子というんですが、ああ、陽子ちゃん、おかしいよ。キッスというのはねえ、おとながもっと抱き合ってするもんだよ、と言うんですよ。こら、坊主、おまえ、どうしてそんなことを言うんだ。きょうテレビでやってたよ、とこうなるんです。いいですか。そうなると、私らどうやって教えていいかわからないんですね。こういうことがどこの家庭にもあるんですよ。あなたも人のおとうさんだと思うのです。そういう中に、日本の様式、風習、家庭、いろいろな中にそう早急にあなた方がいろいろなものを持ち込んでいかれるということは、私は、さっき言ったように、責任はだれが持つのかというと、あなた方じゃないんですよ。そこに私はあなた方にそういうことを要望もしたいし、批判もしたいんです。どう思われますか。
#37
○尾張参考人 ただいまの私の表現が至らなかったせいか、二つの点でちょっと十分納得していただけなかったと思います。いま教育をしていくというふうにおっしゃいましたけれども、私は教育をしていくというようなことは二百も申しませんし、また考えておりません。コマーシャルというのは最も保守的なものであるというふうに考えております。ですから、時代の空気がこう流れていく。そのうしろから、やはりある程度ついていかなければならないだろうということであります。それを何かリードするとかなんとかいうことはコマーシャルではできません。そういう時代が少しずつ移り変わっていく。そういう移り変わりを取り入れなければ、その時代の人に話はできないだろう。そういう意味では、ぼくはCMというものはかなり保守的なものである。それからフリーセックスということが日本に入る。それを取り入れるというふうに……
#38
○森(喜)小委員 いや、例をあげたんです。
#39
○尾張参考人 これはたいへんな誤解であると思います。
#40
○森(喜)小委員 いや、そんなこと言っておりません。
#41
○尾張参考人 お色け及び性的な表現の問題についていえば、これはある程度の色けという表現は今後あり得るだろうということを申し上げました。ただし、これが行き過ぎることが往々あるので、それについていは、われわれは、先ほど申し上げましたように、CM協議会その他で厳に戒めながら、それがエキサイトし、あるいは進まないようにチェックをしている、その二つの点だけ御説明をしておきたいと思います。
#42
○森(喜)小委員 あなたいま、コマーシャルは保守的で流れについていくものだとおっしゃった。しかし、電通の立場でおっしゃるからだと思いますが、よく一個人尾張として考えてみてください。いまの日本の子供たちあるいは女たちのそういう風俗的なもの、嗜好的なもの、これはもう完全にテレビにリードされていますよ。子供たちが学校で歌を歌うのは、童謡じゃなくてコマーシャルソングでしょう。そんな話は数年前ですよ。それから最近は、子供から出てくる単語というものは全部コマーシャルから出ていますよ。「おかさあーん」とか「進んでる」とか、そういうものはやはり全部コマーシャルから。現実を見てくださいよ。コマーシャルが引っぱっていますよ。女の洋服にしたって何にしたって、コマーシャルを見ながら、どんどん引っぱっていきますよ。それはあなたは考え方を改めてもらわなければいかぬ。保守的で、ついていくなんて、とんでもないことですよ。いまの日本人はもうテレビを見て、テレビに引っぱっていかれているのですよ。ましてコマーシャルで強烈にくるやつに完全に引っぱられていますよ。もしあなたが、コマーシャルは保守的だとかなんとかおっしゃるのなら、法の限界をどうやってうまくやっていくかということは――私は電通に大学の友だちが一ぱいおるんですよ。聞いてみると、どうやって網をくぐって、どうやっておもしろくやらしてやろうかということで毎日会議をしているという。ほんとうですよ。どこまでうまくやるか。
 たとえば、ここに書いてある。「広告放送はコマーシャルによって、広告であることを明らかにしなければならない。(放送法)」、十一章放送の責任、八十八です。ところが、いまの広告の傾向は、何げなく、何げなく入ってくる。何だろうと思ってじっと見ている。たとえばゼロックスの広告なんかそうですね。何が出るのかと思ってじっと見ていると、最後にゼロックスの何かがぱぱっと出てくる。それから広告だったか、自動車だったか、ぱた、ぱた、ぱた、ぱたといって、何かくっくっといって、野原のところで鳥か動物がぱぱっと走って、しばらくすると男と女が背中をつき合わしてすわって、それが何かの広告であとからぽっと出てくる。これなんか、コマーシャルか何かわからなくなっているんですよ。最近コマーシャルで何だかんだと、小さな個人企業は、コマーシャルになると、やみくもに自分の会社の名前を言う。そんなものはみっともないのだ。大会社は、さりげなく、いつ入るかわからない。ちょうど週刊誌もそうなんです。何か読んでいると、いつの間にかカッコして上のほうにPRと書いてありますけれども、いわゆるパブリシティーというのは、広告か広告でないのかわからないような形に入れていくということが最近の一つのテクニックになっているし、事実、私の仲間の電通や博報堂などにいる同級生からみんなそれを聞きます。
 だから、尾張さんが、そういう保守的なものだとか、あとからついていくのだという、そんなことをおっしゃったら私はとんでもないことだと思う。決してそんなことでないと私は思っているし、もっともっと責任を持っていただかなければならぬと思っております。だから、さっきおっしゃったことを取り消せとは申しませんが、私はこれを申し上げて、いまの点に対して答えてください。
#43
○尾張参考人 どういうふうなお答えをしたらいいのか、ちょっと私自身迷うわけですけれども、何といいますか、保守的という表現が、何かロングの長い古くさいスカートをはいてうしろからついていく、そういう意味での保守的ではなくて、先ほど教育するという、そういうことをおっしゃいましたけれども、そういうことに対して保守的であるというふうに答えたわけです。コマーシャルが、おまえ、これを教えてやるぞ、これについてこなければ、おまえは存在価値ないぞとか、そういうものをいま私は教育的と考えません。そんなような高圧的な、要するに、こうしないと、おまえら生きている存在ないぞ、そのような形での高圧的な意味での教育ということは考えていない。そういう意味で申し上げました。
 ただ、その時代の中でやはり最も美しく、最も楽しいものをつくり上げるということは、役に立つコマーシャルを考えると同時に、コマーシャルというのは美しくまた楽しくなきゃならぬ、そのように考えてやっておるわけですけれども、それらがある意味では走り過ぎて、いまの御発言の中で単純な流行をつくったという形でとられますけれども、コマーシャルの基本的な考え方というものは、役に立つということだけでなくて、同時にそれが美しくまた楽しいものでなければいけない。ただ単純に、形はどうでもいい、ただ役に立てばいいというだけのものではいけない。美しくまた同時に楽しくなければいけないというところから、ある程度行き過ぎて、いま御非難のあったようなものになることはあります。だけれども、私が保守的と言ったのは、そういう高圧的な教育に対して保守的であるということを申し上げたのです。
#44
○森(喜)小委員 その楽しくて美しくというところから、たとえばきわめて自然な形で広告をしていこうというような――私なんかは広告としては決して批判しているんじゃないのです。見ていていいなと思っています。ただ問題は、そういうものを見ている層が、おとなもあれば子供もあるということなんです。そこにテレビの最も大きな責任があるのです。ですから、私はあなたのおっしゃっていることをそれでけんかしたって、平行線だと思っていますから、それでいいですよ。あなたも電通という一つの広告をつくる会社の責任ある立場なんですから、それはあたりまえのことです。とにかく、テレビというものをわれわれが見ていいなと思うのです。ばさばさっとしていて、なるほど考えたなという番組がずいぶんあります。しかし、洗剤なんかで、ホワイトホワイトとばあっとくる。黒人がホワイトを持ってくる。それから何ですか、グアムでやられたそうですね、だあっと沖にワイシャツを何千枚か干したコマーシャル、ああいうのは見ていても確かにおもしろいですよ。それは子供が見ておっても、すごいなという程度のことなんです。ただ問題は、いろいろなセックス的なものを織り込んでいったり、何となく女のはだを感じさせていくようなものが、今度は同じ時間帯に同じ条件で子供も見ているのだということ、それを親がどうやって教育していっていいのかということで、みんな非常に困っているわけです。私さっき自分の家庭のことを言ったのもそれなんです。ですから、尾張さんたちもそういうことにある程度責任を感じてつくっていただきたい。こうなってくると質問じゃなくて要望です。
 そういうことは、あなたがあくまでも楽しく美しくと、こうおっしゃっていかれれば――これは先ほど和田さんもおっしゃった。電波というのは何か政府のものみたいだ、こういう印象を持っておるのだとおっしゃった。そうなってくると、われわれはもう少しそういうものをチェックするような機関が必要になってくるのではないだろうか。ほんとうをいえば、そんなことはせぬほうがいいだろうと思いますけれども、あまりそういうことに対してどこでどう線を切っていいのかわからないということになってくると、何かそのあたりで線を切ったほうがいいんじゃないかというような感じがする。そのためのチェック機関というものは必要なんじゃないかというような気もするのです。
 たとえば、広告懸賞なんかのことも出ています。この間、松山秀子さんもそのことを言っていました。日本人というのは意地きたなくて、何かはがき一枚投書したら何でももらえる。現実にいま見ていますと、ハワイへ行ける、香港へ行けるというところまでくる。しかし、これには不当過大な景品をつけちゃいかぬとかなんとか書いてあるわけです。それじゃ一体どこまでが過大で大きいのか、どこまでの額がいいのか、そんなことはここできまっておるのですか。そういう基準というのはあるのですか。お金だったらどの程度まででするのだとか、そういう内規みたいなものもあるのですか。
#45
○尾張参考人 はい、ございます。
#46
○森(喜)小委員 そういうものが一体どういうところにどう変化していっているのか。初めは電気製品程度のことだったけれども、だんだん外国旅行とか――外国といっても、香港なんか三十万か四十万程度のものでしょうけれども、その額のその辺がわれわれは全然わからないわけですが、そういうようなことでどんどんどんどん伸びていく。当然物価も上がっていくからどうだ、こうなれば当然そうかもしれませんが、そういうことを考えてまいりますと、何かわれわれとしてそこでチェックをしていくようなことが必要じゃないかなという気もしますし、いま尾張さんがおっしゃったように、楽しく美しくしていく、われわれも努力していくのだとおっしゃるけれども、その中に、それだけのもので楽しくしよう、美しくしよう、あるいは企業利益の追求、そういうものを加味しながらやっていこうということになっていくと、何かそこでストップさせなきゃならぬ、あるいはチェックさせなきゃならぬということを考えてみると、そういうものが必要のような気もしてくるのです。たとえば、アメリカのラルフ・ネーダーが最近米連邦取引委員会で食品の誇大広告を中止させるということがございましたね。こういうことは日本でやってもいい、そういうことが必要があるのじゃないかというような感じも、私はさっき長々と申し上げたのですが、そういうことをお感じになりませんか。これはあなた方はそれはいかぬと言うにきまっているでしょうが、どう思いますか。
#47
○尾張参考人 いま規制の問題が出ましたけれども、私はそういう規制というものがかえってじゃまになるという立場です。およそ世の中で独裁国ほど犯罪の凶悪なものはありません。先ほど私はACCで共通な話し合いの場を持ってやっているというふうに申し上げました。そしていろいろ意見のある方はそこの場でいろいろとお話をしたいと申し上げました。このACCは、かなり団体に対してそういう自主的な働きかけを強い力をお互いに持っておりますので、むしろわれわれとしても、意余って行き過ぎることがあるし、先ほどの御指摘のようなところも多々あると思います。そういうのは、むしろ規制という形に進む前に、こういう共通の場で話し合い、しんぼう強く直していくというのがいまの私たちの考えであり、いまの日本の体制の中での最もいい道である、そういうふうに考えますが、いかがなものですか。
#48
○和田参考人 ただいま広告の表現規制のお話が出ましたけれども、これにつきましては、現在法律によって制定された番組審議会というものが各局に設置されて、地元の有力なメンバーが集まって構成されているわけでございますけれども、御承知のように、日本の民放が地域社会に貢献する放送局ということが、どうしてもネットワークという問題でキー局から放送が送られてくるということで、番組審議会の地方におります――石川県なら石川県の放送の、石川テレビの放送局の番組審議会の人がいろいろ意見を申し上げましても、これはよくないとかこれはこうすべきだといういろいろ御注意があっても、それがキー局に反映してこなければ意味がないわけでございますけれども、法律のたてまえは、地域放送ということが法律のたてまえで、番組審議会というものが中央に連結という組織がございません。したがって、文句は言うけれどもそれが中央にいかんとも反映できるという機構がございませんので、そういう問題も、むしろ番組審議会というようなものを通じて地方の住民の意見を放送に反映するという機構が、現在もっと有効に動かせばできるのじゃないか。
 それともう一つ、前回出席されました高田元三郎さんが委員長をやっております番組向上委員会というものがございまして、これは漢方薬と称しておりますけれども、現在の機構では、どうしてもいろいろの声を反映させるという意味で番組向上委員会というようなものもございまして、こういう委員会がフルに活動し、そして組織をもう少しほんとうに活動できるような形にしていけば、現在の放送はたいへんよくなってくるのじゃないか。
 それと、民放連で出しておりますこの放送基準にいたしましても、これはややもすると時代の変遷によって、時代に伴って放送の内容をゆるめてきているというようなことでございまして、広告主サイドからいうと、セックスを刺激するような問題だとかあるいは暴力を強調するような放送にいたしましては、そういうものは極力押えていかなくちゃいけないということについて、いろいろの現在あります機構をフルに動員すれば、現在の状態は相当よくなるのではないか。最近番組向上委員会でもいろいろの調査をいたしまして、番組の質的にも従来よりはだいぶよくなっているという数字が資料でも出ておりますので、それをもう少し強化することによってよくなると私は考えております。
#49
○森(喜)小委員 せっかく参考人御出席をいただいたのに、何か私はおこっているようなことになるのですが、これは人の親として若気の至りであります。しかし、私は一番心配しておりますのは、いまもたとえば放送基準のことをおっしゃいました。これもだんだん時代に即応しなくなっているのじゃないかということをおっしゃった。確かにそういうふうに時代はだんだん変わっています。物の基準も上がっていくでしょう。お金の価値は逆に下がっていくでしょう。いろいろなことがありますけれども、要は、私はエスカレートしていくということが心配なんです。これは放送じゃありませんが、尾張さん、和田さんも、雑誌も全部入るわけですが、たとえばこれの一九ページで、家庭の中で話題にできないようなものを出さないでくれということを百六で書いてありますね。たとえば「産制器具や性具およびこれに類するものは取り扱わない。」とちゃんとうたってあるわけです。そうしますと、昔は新聞なんかの下の雑件みたいな小さな広告の横に小さく「ハート美人」なんて出てましたよ。私はませてましたから子供のころよく見てましたがね。ところが、最近の週刊誌はどうですか。新聞の横あるいは本の横に必ず漫画が出てますね。そして漫画の中で、産制用具をお祝いにやったら喜んだとか、だんながふらふら帰ってきて、あなたまたおそいわねとおこられて、おみやげをはいと言って持ってきて開いたら産制用具だったので奥さんがにこにこになった。こんな漫画が、今週発行している週刊誌を見てみなさい、一ぱい出てますよ。このぐらいエスカレートしているのですよ。ですから、世の中がそうなっていけばそれでいいのですよ。私はいかぬと言っているのではない。しかし、さっき申し上げました日本の生活様式や家庭の構造、仕組みというものがまだまだそこまでいっていないということなんです。ですから、そういうエスカレートしていくものをどうわれわれがチェックしていくかということが全くなくて、いま番組向上委員会とかいろいろおっしゃったけれども、はっきり言ってどちらかといったら放送側ですよ。私はそう見てますよ。だからこの間もきつく申し上げた。
 もう一つ、和田さん、尾張さん、一ぺん石川県に来てくださいよ。お寄りになって、一ぺん夜のテレビ番組でも一週間見ていってください。石川県は大きな産業がないですから、スポンサーの大きいのは、はっきり申し上げますと全部キャバレー、バー、温泉旅館です。名前を申し上げませんよ。温泉旅館に応援してもらっている人がたくさんいるから私は申し上げられない。ところが、はっきり言いますと、キャバレーなんというのはたいへんなんですよ。うちの家内なんか見て、あんなことするのですかと言うのです。すわって手を入れたり、そんなところをみんな写しているのですよ。女の横にきておっぱいさわったり、スカートに手をしたり、そこまでやってますよ。それから温泉旅館のやつもそうですよ。おふろの中に女中か芸者か何か入っている。そこをうしろから男が入ってきて、うわっといって飛び込んでいく。そうすると女がきゃあと言って――そういうところをみんな子供が見ているのですよ。たいへんなものですよ。私はよく言うのですよ。しかしそれを言うと、新聞としてもテレビとしてもスポンサーがつかないから困るのだ、こう言われるわけですけれども、企業利益追求なのか、国民が悪くなるほうへいかないように子供を指導していかなければならないのか、どっちをとらなければならないかといったら、政治家は堂々とその人たちをとらなければならぬのですよ。
 だが、そうなってくると、放送電波なんて古いんだから、暴論かもしれませんがもうからない電波会社ならつぶさざるを得ないだろうということになってくるのですよ。もうけなければならないために子供が悪くなっていいということにはならないのですよ。だから、つぶしてはいかぬからそこに何か方法があるだろう、そういうことを言っている。そのために三年の免許の更新もあるだろうし、いろいろあるわけでしょう。しかし、そんなものは現実に一これは郵政省に言ったら時間がかかるからきょうはやめますし、皆さん方の関係ではないと思いますけれども、私はそういう問題を非常に心配をしている一人であります。私も若いですから、時代の流れは少なくとも明治、大正の生まれの方よりは進んでおると思っております。しかし、われわれでもやっぱりついていけない面があるのです。これは質問になりませんが、意見を、参考人に意見を申し上げていかぬわけですが、ひとつそういうことも考えて、さっきおっしゃったようによい国民を和田さんが将来育てていくのだという使命感をぜひお持ちいただいて、電通さんも、今日の電通はたいへんなものですよ。しかし、その中にも、電通という一つの企業イメージはりっぱなものをつくっていくのだという――放送というたいへんな国の一つの媒体を持ってやっておるのだ、あるいは新聞でもそうでしょう、雑誌でもそうです、そういうものを持っているという使命感を絶えずお持ちいただいてこれからひとつ行動に移していただきたいということをお願いして、質問を終わりたいと思います。ありがとうございました。
#50
○水野小委員長 武部文君。
#51
○武部小委員 きょうお二人の方は広告業界では代表的な方と存じますが、ただいまの質疑を聞いておりまして、私は、森君の意見に全面的に実は賛成なわけであります。そういう意味で、予想以上に皆さんと私どもとの間に考え方に相違があることに実は驚きました。時間の関係がありまして、私はいまお聞きをしておりましたことの中の二、三点について、私の意見もございますが、お考えを再度お伺いをいたしたいと思います。
 まず一つは、日本のCMの水準は世界的には高いというようなことをおっしゃっておりましたが、もちろん世界のどのCMも見ておるわけではありませんが、私の承知しておるところでは決してそうではないと思います。なるほど放送技術の点においてはそうかもしれませんが、内容的に見れば決してそうではない。むしろ日本のは低いほうになるのじゃないかという気がいたしますが、この点について再度御見解を承りたいと思います。
 三つ四つ続けて御質問いたします。広告費の伸びが非常にテンポが早くなっておりますが、先ほどお聞きいたしますと、テレビ、ラジオで二千七百八十二億、広告費の三六・九%ということをおっしゃっているわけですが、これからテレビのCMの伸びのテンポをどういうふうにお考えになっておるのか、どういうテンポで伸びていくというふうに想定されておるのか、この点が第二点目であります。
 加えて、いま問題になっております誇大広告、これに対する規制の声が非常に高まっております。そのうちで特にCMのいわゆるスポンサーである序列を見ますと、このたび国会で問題になりました再販の指定商品、薬、化粧品、洗剤、石けん、これが相当占めておるわけでありますが、この問題は独占禁止懇話会でも非常に話題になりまして、再販商品があまりにも誇大ではないか、したがって、これに何か規制をしなければならぬ、こういう非常に強い傾向が出ております。こういうような点についてあなた方はどのようにお考えになっておるのか、この点が三つ目の点であります。
 話は前後いたしますが、もう一つ第四点、いま子供の話が出ましたが、一体この視聴率の中で、これは非常にむずかしいことでよくわかりませんから、もしあなたのほうでそういうことがおわかりならばお知らせいただければいいのですが、この視聴率、番組を見ておる中で、ことばもよくわからない、文字も読めない、そういう子供たちがどの程度こういうものを見ておるかという点について、あなた方はどういうお考えを持っておられるだろうか。
 一応以上だけお聞きいたしたいと思います。どちらからでもけっこうでございます。
#52
○尾張参考人 先ほどのCMの水準の問題でございますが、これはおそらく比べるとするとやはりアメリカあたりと比べるのが一番早いと思います。向こうの高いもの、何といいますか、向こうの上に属するもの、中くらいのもの、それからつまらないものといいますか、そういうものをそれぞれ比較した場合、いまの両方の水準の高いもので比べた場合、十分日本の高さを主張できると私は考えます。ただ、日本の悪いものを持ってきて、まだこんなのがあるじゃないかということになりますとこれは議論は別で、われわれのほうとしてもアメリカのコマーシャルで、もう愚にもつかなくてどうにもしようがないものを幾らも見せつけられております。私が先ほど申し上げたのは、そういう意味でこういう世界の水準に追いつくすぐれたものもどんどんできているのだということを申し上げたわけであります。
 それから広告費の伸びで、その中でのテレビ広告が今後どうなるかということでございますが、これは傾向的に言えば、それほど爆発的に今後伸びるということも考えられません。大体同じ程度の伸びをしばらくするであろうというふうに考えております。
 それから再販の問題でございますけれども、この問題につきましては、これは少なくともそういうことが許されていままで進んできたわけでございます。そして昨今そのことが問題になりまして、われわれとしてもその帰趨をいま注目をしているところありまして、そういうものがどのような形で結論が出るか、それによってコマーシャル表現というものはおのずから変わってくるであろう、そのように考えております。
 それから最後の子供の問題でございますが、ちょっと趣旨をとり得なかったのでございますが、どういう御質問の内容でありましたか。
#53
○武部小委員 視聴率というのは、この間も小委員会でいろいろやりましたが、そのとり方にはいろいろ問題があるようです。ただ私が言いたいのは、いまも森君からも言っておりましたが、子供が非常にこれを見ておる。子供たちが一体どれくらいこの番組を見ておるか。あなた方としては、たいしたことじゃない、そんな字も読めないような、ことばもわからぬようなものは見ておったって、たいして影響がないというふうにお考えなのか、子供が見ておるので、そういうことも十分承知しながらこれからお考えになっていこうとするのか、そういう点はどうなんでしょうか。
#54
○尾張参考人 先ほどもいろいろとおしかりを受けましたけれども、私たちとしましても、もちろん子供の親であり、自分たちの子供がそれによってどういうことの影響を受けるか、そういうことは十分考えております。しかし、たとえば放送の対象とする商品、化粧品とか繊維とか、そういうふうな年ごろの女性を相手にするものとか、あるいは年ごろの男性を相手にするものとか、その他商品の種類によりまして、それがたとえば夜の九時、十時の番組に主体になって出るというような場合には、やはりその相手を中心に表現を考えざるを得ない。そのときには、その辺の時間は、非常に小さい子供たちはある程度親の保護によって寝るかあるいはテレビから遠ざけられているのではないかという想定をわれわれはするわけでございますが、ただいま申しましたように、商品とその対象によっては、やはりそこに向いた表現というものを考えざるを得ない。しかし、基本的にはいまの時代は、子供に対する影響というものは非常に重大に考えております。以上でございます。
#55
○武部小委員 視聴率の問題でありますが、視聴率が高いからすべてそれが悪いんだというようにとることについては疑問があるようなお話が和田さんのほうからありました。これは見た人の評価ということばをおっしゃっていたようでありますが、私は、いまの視聴率のとり方、また視聴率の高いもの、そういうものから見ると、現実に視聴率競争が行なわれているというこの姿、その中から見ると、視聴率の高いものはみんな悪いというふうに断言はできないかもしれませんが、まずそう言っていいと私は思うのです。
 それから、あなたはいま見た人の評価ということをおっしゃったけれども、いま制作者にまたスポンサーにそういうことを考えておる人があるだろうかということを考えると、残念ながらあなたのおっしゃったことは将来の希望にすぎない。いまの段階では、やはり競争にうき身をやつしておる。その競争の結果は、それが低俗であり俗悪である。スポンサーもそんなことは一向おかまいなしだ、制作者もそうだ、私はそういうふうに思うのですが、あなたの、見た人の評価というのはまことに言っておられることはいいと思うのですよ。ところが、そういうことがいま現実の姿だろうかということを考えると、あなたと私との間にたいへん大きな考え方に相違があるんですが、もう一度お聞きしたい。
#56
○和田参考人 視聴率の問題につきましては、たいへんむずかしい問題でございますが、テレビというものが急激に日本の国に伸びてまいりまして、私どもこの媒体を使って商売のかてにしようというような気持ちで、急速な勢いで伸びた関係上、ややもすると、途中においてはエスカレートしたものもたくさんあったかと思います。現状、たいへん皆さん方とギャップがあるというようにお話がございましたけれども、われわれも長い間の経験からいろいろ検討いたしまして、現在のCMに対するものの考え方というものは、たいへん変わってきているということは申し上げられると思います。その一つは、御承知のように、コンシューマリズムという問題自身は、マーケッティングの問題から考えますと、消費者は王様だという考え方を持っていても、これはあくまでも企業サイドから見た消費者の見方でありまして、コンシューマリズムというものは、向こう側から企業側を見た姿勢がコンシューマリズムでございますので、企業自体としてもコンシューマリズムに対決するためにはみずからの姿勢を正していかなければならないということは、重要なポイントでございます。したがって、マーケッティングにおきまして一番重要視されている二つの問題がございます。
 それは商品の差別化と、それから細分化でございます。その商品の差別化というのは、ややもすると商品というものがマスプロダクション、マスセールによってどんどん伸びてまいりまして、どうしても成熟期に入ってまいりまして商品の差別がなかなか特徴づけられない。それがややもすると広告面の差別化というような形でエスカレートした点が出てきている。そういう点はわれわれは大いに反省して、コンシューマリズムとの対決という意味においても、商品をもう一度企業側が見直して、ほんとうに消費者サイドに立って考えている企業であるかということを反省する点があると思います。
 それからもう一つ、セグメンテーションの問題でございますけれども、これは先ほど御指摘があったような、ガソリンを売るのにスカートがまくれているのはエロティズムじゃないかというようなお話だとか、あるいは万年筆におけるいろんなわけのわからないことばだとか、あるいはいろいろのことばを使って商品を売っているというCMがございますけれども、これは、そのセグメントされた自分たちのねらっている階層についてはたいへん有意義でございまして、ガソリンのような差別がないものについて、そのイメージが頭に入りますと、どうしてもそのイメージでそのガソリンを買うというような形になりますけれども、広告というものは、特にテレビ放送につきましては、その自分たちがねらっている階層だけがテレビを見ているのでない。それ以外の階層、その品物を全然買いたくもほしくもない階層も見ているわけでありまして、その階層こそがその商品に対する批判勢力としていろいろの意見が出てくるわけでございます。
 その点について広告自身というものが、自分たちのねらっている消費者にだけいいんだということによってマスメディアを使うということは大きな間違いでありまして、われわれはここで大いに反省して、一般の子供さんも見ていれば年寄りも見ているということも考慮して、広告のCMの中に社会性だとか文化性だとか芸術性というものをもっと盛り込まなくちゃいけないということを大いに反省しておりまして、現在出ておりますCMにつきまして――お話がありましたけれども、海外のコンクールその他に出しましても、日本の地位というものは、いいCMについても決して劣っていない。しかし悪いCMもある。その悪いCMをいかになくするかということが、われわれ広告主協会としても、あるいはACCとしても、みんなが関心を寄せているところでありまして、特に子供、青少年に対する暴力とか性の問題については、日本の国は性教育だとか社会教育というものは各国に比べてまだあまり発達しておりませんので、そういう点決して広告というものが先走りをしないようにということで、各団体とも、特に最近におきましてはACCにおきましても倫理委員会を設立いたしまして、いろいろやっておりますし、広告主協会におきましても、あるいは各種の団体において倫理の問題が非常にクローズアップして取り上げられているという点については、最近の広告はだんだんそちらの方向にいって、皆さん方と私どもがギャップがあるような形がだんだん狭まってきているのではないかと考えております。
#57
○武部小委員 いまコンシューマリズムの話が出ましたが、アメリカに比べて、とても日本のコンシューマリズムというものが見劣りしていることは、私もよくわかります。しかし、日本ではこれは急激に台頭する傾向にあると思うのです。そういう場合に、これを度外視して企業というものが成り立つとは思いません。そういう意味では、先ほど森君からいろいろ話がありましたが、広告業界としては十分ここに思いをいたさなければ、必ず国民から総スカンを食らうと思います。先ほどCMが保守的で時代の流れのあとからついていくということをおっしゃった。どういう意味でそういうことをおっしゃったのか、私もちょっと疑問に思っておりますが、先ほどいろいろやりとりされておりました。そういうものの考え方でもしおられるとするならば、私はこれは問題だと思うのですよ。しかし、あとで弁解されておりましたから、補足もされておりましたから少しはわかってきましたが、少なくとも国民――私どもは特にそういう意味でいまの放送、特にテレビ面におけるところのCMの現象面というものに非常に注目をしておるのです。森君は子供の話をしておりましたが、私には満二つになったばかりの孫がおりますが、これはたいへんなテレビ気違いみたいなものなんです。よく知っておるのでびっくりしておるのですが、満二つぐらいで、字ももちろん読めもしない、書きもしないものが、テレビのCMにかけては天才的な頭を持っていますね。驚きました。とてもわれわれの子供時代とは雲泥の差です。そういうものがおるという認識をやはり持っていただかなければならぬですよ。多くを申し上げません。私は森君の意見に大賛成なんです。むしろ補足的に皆さんに御意見を申し上げたいと思って、わずかの時間でしたがとったわけであります。今後のCMのあり方等については十分ひとつ考えていただきたい、これだけ申し上げて私は終わります。
#58
○水野小委員長 中野明君。
#59
○中野(明)小委員 時間もだいぶ経過したようでありますし、先ほどからのやりとりを聞いておりまして、私も森さん、武部さんの意見に全面的に同感であります。ただ一、二点、まとめてお尋ねして御見解を伺いたいと思います。
 私、絶えず思っておるのですが、放送の免許を受けておる人、きょうの参考人の方たちとは全然関係がないのですが、結局、放送会社の責任者の方が自分たちのテレビの番組をしらないというか、見ていない。そこら辺からいろいろ問題が起こっているのではないかという気もいたします。少なくとも自分の会社で販売している商品を知らぬような経営者というものは考えられないのですけれども、テレビの場合はやはりそういう傾向が非常に強い。そこら辺から問題が起こっているような、気がいたしますが、コマーシャルのことについては、先ほどからだんだん議論がありましたので、一点お尋ねしたいことは、番組の中間でコマーシャルが出てくる、この問題でございます。しかもそれが非常にまじめな番組であるのですが、その中に番組に出てくる人物と同じ人物がコマーシャルに出てくる、そういうことで非常に私どもも驚くことがときどきあるのですが、そういう点、コマーシャルを入れる場所を番組の中間に入れることがはたしていいかどうかということについての御意見、これをお聞きしたいと思います。
 それから、放送の時間の問題ですが、深夜放送が最近特にふえてまいりまして、土曜日なんかほとんど徹夜でやっているような気がいたします。先ほどから子供が非常にテレビに影響されているということで議論がありましたが、これは子供ばかりでなしに、おとなのわれわれも結局テレビが映っておればつい見たくなる。そういう関係で、NHKが最近生活の実態調査をしたのを私ちょっと見ましたが、日本人全体がやはり朝寝坊の夜ふかし型がふえてきた、こういうデータが出ております。やはりそれもテレビから受けている影響じゃなかろうかと私たちそのようにすぐぴんと来たわけですが、結局つい夜ふかしをしてあくる日の仕事にも影響することを知りながらも引っぱられていっているというおとなもかなりおるのじゃないか、私、そういうような気がいたします。その辺についての放送時間の――これは広告料収入との関係もありましょうけれども、放送時間の限界、これはどの程度お考えになっているかということ。
 もう一点、これは視聴率とそれから広告料の関係は切っても切り離せないと思いますが、カバレージ、結局地方のカバレージと広告料の関係で、電通さんのほうではどのように見ておられるか、カバレージというものを電通さんなりに調査されたことがあるのかどうか、あるいはいま民放で発表しておるカバレージをどの程度見ておられるか、その三点お尋ねして終わりたいと思います。
#60
○尾張参考人 私たちの立場から申しますと、これはいずれもたいへんむずかしい――番組の中間でCMが出るのがいいか悪いかということになりますと、民放始まって約二十年近くなりますが、一つの習慣、そういうものだという形で進んでしまいまして、たいへん申しわけないのですが、それに対してどう考えたかということよりも、そういうあり方であるという形で考えてきておるものですから、いまいいか悪いかという形でちょっとお返事できないのであります。
 それから同じように、深夜放送の場合に朝寝、夜ふかしという問題なんですけれども、逆にお伺いしたいのですが、先ほどの森委員の場合にも、テレビというのはそんなに強いものか、そう言うとまたおしかりを受けるかもしれませんけれども、たとえば子供に影響があるとは思いますけれども、家庭教育というものは一体どうなんだろうか、やはり野放しに、子供がテレビを見ておればそのまま受像機の前に置かれておるだろうか。私なんかはやはりそれぞれ親の立場から、ある時間はテレビから遠ざけて勉強させるとか、あるいはそういう形で――皆さんりっぱな方でそれぞれの家庭教育というものはおありだと思います。日本の態勢を見ましても、それはもちろん野放しでやる場合もあると思いますけれども、もう十何年テレビがたって、かなりテレビとの生活というものはコントロールされておるのではないか、そのくらいの安心感はあってもいいのではなかろうかということも一方では考えますけれども、そういう意味で深夜放送が夜ふかしの生活をやったというよりも、むしろ先ほどの話になりますけれども、そういう深夜生活者がふえてきて、そういうものに対する対策として徐々にこういう時間が開拓されてきたというふうに私どもは聞いております。
 それからカバレージと広告料の問題なんですけれども、これは私のいまの領域と全く違っておりますので答えにくいのですけれども、いろいろカバレージの調査をし、これは各民放会社ともいろいろ話し合っておりますので、民放会社との見解の差というものは現在のところほとんどないというふうに考えております。
#61
○中野(明)小委員 いま逆にお尋ねのような形もあったのですが、結局一部特定の人たちに放送すること、それがそれに関係のない人までやはりそれに引っぱられていっておる。テレビのない生活というものは今日は考えられなくなっておる。国民全体とテレビとの親近感といいますか非常に強くなってまいっております。そういう関係でやはりテレビを映されておるということになるとつい見たくなる、関係のない人まで見たくなって夜ふかしをするという傾向を私はいなめないと思います。子供ばかりでなしにおとなまでそういうことで引っぱられていって、結論として朝寝、夜ふかし型の人がふえてきたということにもなってきているのではないかというふうに私、心配しておるわけです。
 中間にコマーシャルを云々ということについては、返事しにくいというお話でしたが、ちょうどせっかくの作品のイメージをこわすようなそういう感じを間々受けるわけです。それについては今後検討される必要があるのではないか。外国では何かそういうこともやらなくなっておるところもあるように聞いております。そういう点について御意見をお伺いしたがったので聞いたのであります。
 何か関連があるようですから、私、この辺で終わります。
#62
○林(義)小委員 貴重なお時間をいただきましてまことに恐縮でございますが、一、二の点につきまして、せっかくの機会でございますからお尋ねをしておきたいと思います。
 電通の方が来ておられますからお伺いしたいのですが、私はテレビのコマーシャルの問題だけではない、一般の広告の問題について一体どういうように考えておられるのか、その辺を聞きたいと思うのです。とにかくこういった大衆消費時代になってきましたし、相当大企業のいろいろな商品を売っていくときには、どうしても広告というものが必要だというのは経済的な原則だろうと思うのです。しかも物を売っていくときにいろいろ広告していけば当然にまたいろいろと出てくるということでございますし、広告をすればますます大衆消費というか、大量生産によってできたところの商品というものは、むしろ安く売れる。広告をかけたほうがますます大量生産ができる。大量生産ができるならば、かえって広告費をかけたぐらいは、ものの値段も安くできるのではないだろうかというようなメカニズムがあるのだろうと私は思います。広告費をかけたら、その分だけ上がるというものでは、現実の社会としては必ずしもそうなっていないというところが多分にあるだろうと思います。
 それで電通さんにお尋ねしたいのですが、広告費というものについて、基本的にこれからずっと伸びていくものだろうかどうだろうか。数字を見ますと八千億というようなことでございますけれども、ますますこれから広告というものはふえてくるだろうかどうか、そういったことをまずお尋ねしたいと思うのです。
 それから、これはテレビのコマーシャルに限りません、いろんな形のものが家庭に入ってくる。家庭教育は家庭でやればよろしいというようなお話でございますけれども、私はそういかなくなってきた時代だろうと思うのです。さっき武部先生もおっしゃいましたけれども、まさに私のところもこどもは二歳ですが、テレビにかじりついて見ておるわけでございます。私よりもはるかにテレビの番組については詳しいし、ことばもはっきりできないうちからそういうことになっている。そうすると、やはりこれは国民的な問題、全体的な社会的な問題としてどう考えていくかということをほんとうに取り上げていかなければならない問題だと思うのです。
 ところでセックスの問題、いろいろありますけれども、これはセックスの問題についても私は洋の東西でだいぶ違うところもあるだろうと思うのです。先般、私は物価問題という形で、ちょっとアメリカとヨーロッパのほうに行ってきましたけれども、アメリカなんかではたいへんセックスのあれがはなはだしい。特に北欧なんかでは、私はよく知りませんけれども、フリーセックスの国になっておるというような話があるのです。この辺は和田さん、尾張さん両方にお答えいただきたいのですが、一体そういったセックスの問題あるいは社会倫理の問題ですね。世の中が大衆消費社会になる。非常に生活程度が上がってくる。昔の生活よりもだんだんよくなってくる。着るものも着れる。食うものも食える。そうすると、あと残るのはセックスの問題というようなかっこうで、出てくる欲望というものは当然あるだろうと思うのです。それをやはりコントロールしていかなくちゃいかぬような――コントロールしていかなくちゃいかぬだろうと思うのだけれども、さっき申しましたように、広告はますますふえていくというようなことになってくると、そういった方面に私は力を注いでいかなければならないような資本主義的な方向があるのじゃないだろうか。私は、その辺はどういうふうな形でこれからチェックしていくかというのを一番議論しなければならぬ問題であるし、電通さんという大広告会社にしても考えてもらわなければいかぬし、また日本広告主協会のほうでも、やはりこの辺の問題を基本的な問題として真剣に考えていただかなくちゃいかぬ問題であると思うのです。そういった点について、忌憚のない御意見をひとつお聞かせいただきたいと思います。二つでございます。和田さんのほうは一点でようございますが、ひとつお願いいたします。
#63
○尾張参考人 一番の問題で、広告費がどう伸びるかということで私たちが一番推定の基礎にするのは、国民総生産に対する広告費の割合というものをずっと見てまいりますと、ともかく昭和四十一年が一・〇五%、それから四十二年が一・〇七%、それから四十三年が一・〇四%、それから四十四年に一・〇四%、それから、おそらく四十五年もその辺であろうというふうに推定されております。これは大体アメリカは二・何%になっておりますけれども、こういう傾向を見ておりますと、国民総生産に対する広告費の比率というものは、ここ数年間今後ともそれほど変わるまいというふうに考えております。したがいまして、日本の国民総生産がふえれば絶対額はふえていく。しかし、それに対する比率というものはここ数年来変わっておりません。やはり、それだけの国民総生産を潤滑に運転する日本の広告費というものは、大体この程度であろう、今後ともおそらく変わるまいと私どもは考えております。ですから、あとは国民総生産のふえによって絶対額は上がっていく、そのように考えております。
 それから、先ほどのセックスの問題でございますけれども、これはたびたび繰り返して申し上げますが、ついていくということからいえば、われわれの立場から言えば、なるべく極力押える。しかしある種のセックスといいますか、いい意味での色けといいますか、そういうものがその時代の中で、ある程度表現の中に入り込んでくるのはやむを得ないことではなかろうか。だけれども、それをあふったり流行させる、それを目的とするような表現というものは、これは絶対に押えなければいけないという考えでやっております。コマーシャルとはいえ、国民に対して先ほど美しさと楽しみと申し上げましたけれども、やはりよい趣味を与え、趣味のよさというものを国民に何とか印象づける、与えるといいますか、そういうものは一面に持っていなければならないという考え方でおります。以上でございます。
#64
○和田参考人 私ども広告主協会における倫理の問題につきましては、先ほどもお話が出ました週刊誌だとかあるいは雑誌等のセックスの問題の取り扱い方に対してのエスカレーション、こういう問題は、これはお金を出して週刊誌を買うものであるという意味において、放送よりはエスカレートしやすいのではないか。放送の点については、これは家庭の中に飛び込んできてスイッチ一つひねれば出てくる画面に、セックスの問題を週刊誌やあるいは雑誌と同じように扱うという心がけがもし広告主サイドにあるとすれば大きな間違いであって、これは私どもの放送というものは好むと好まざるとにかかわらず、スイッチをひねればすぐ出てくるという意味においては、むしろ雑誌、週刊誌と違った、もっと重要性を持った教育の問題まで考えていかなければいけないということを十分反省しております。
 したがって、週刊誌、雑誌あるいはアメリカの状態にしましても、ヨーロッパの状態にしても、非常に情報の発達した時代では、日本の国にすぐ耳に入ってくるあるいは目に触れるというような状態が非常に多くなってまいっておるので、その点については、私ども放送としてはセックスの問題あるいは暴力の問題というものは十分警戒いたしますけれども、日本の国としても、性教育の問題、これはただカバーするということではなくて、性教育の問題についてはぜひとももっと真剣な態度で、若い国民に対して皆さん方のお力添えをいただければということで、決してわれわれが性の問題を番組の面あるいはCMの面に出すということじゃなくて、世の中としてそういう傾向にある中で、ぜひとも国として性教育の問題に対する真剣なる御討議をいただきたい、こういうふうに考えております。
#65
○林(義)小委員 私がお尋ねしたかったのは、むしろお二人に、一体企業として、あるいは協会としてどういうふうな形で皆さん方考えておるのか、その辺の実情をやはり聞かしていただきたい。それは真剣に国会においても討議しなくちゃいかぬ、政府においてもやらなければいかぬということは私当然のことだと思います。だけれども、業界ではほんとうにどういうふうに考えておられるのか。とにかく何でもいい、コマーシャルでやるんだ。これはやはり商売の問題ですから、商売としてはやはりもうからないものはやらないという原則があるだろうと思うのです。そういうときにほんとうにそれをやめてまでやるのかどうかというようなところまでやっておられるのか、まあある程度までしようがないということで見のがしておられるのか、その辺のことをお尋ねしたかったわけでございます。
#66
○和田参考人 その点については、企業によっていろいろまちまちでございますけれども、広告に表現されるものが会社の経営者のヘッドまでよく浸透して、そういうものが自分の会社として出ているということについての企業内における広告の影響というものを、もっと真剣に各社とも会社の経営者が十分取り上げなければいけないという点が一点われわれとしても反省しなければいけない点だと思います。
 それから最近の傾向といたしまして、いろいろのCMのテクニックというのは、広告技術としていろいろあるわけでございますけれども、いろいろやってみた結果は企業のイメージといいますか、その会社がどういう質を持っているかというようなところまで、物は売れたけれども、会社のイメージとしては非常に下がってくるというような傾向もCMの状態によってはあり得るので、やはりみんなに好まれないようなCMを流して、物がたとえば売れたとしても、企業というのはゴールがございませんので、長い歴史の間ではどうしてもそういう大衆に受けたイメージというものは大きく企業に反映してくるということで、最近ではそういうものがだんだん少なくなってくるという傾向でありますし、むしろわれわれとしては企業のイメージこそ大切なんでありまして、そういう意味においては悪いCMというものをできるだけ警戒するように考えております。
#67
○林(義)小委員 どうもありがとうございました。
#68
○水野小委員長 ほかに御質疑はございませんか。――別にないようでありますので、参考人の各位に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、長時間にわたり貴重な御意見を伺い、まことにありがとうございました。おかげをもちまして、本件調査に資するところきわめて大なるものがあったと存じます。本小委員会を代表して厚く御礼を申し上げます。本日はこれにて散会いたします。
   午後零時十一分散会
ソース: 国立国会図書館
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