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1970/05/21 第65回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第065回国会 法務委員会 第22号
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1970/05/21 第65回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第065回国会 法務委員会 第22号

#1
第065回国会 法務委員会 第22号
昭和四十六年五月二十一日(金曜日)
    午前十時三十五分開議
 出席委員
   委員長 高橋 英吉君
   理事 小澤 太郎君 理事 小島 徹三君
   理事 田中伊三次君 理事 羽田野忠文君
   理事 福永 健司君 理事 畑   和君
   理事 沖本 泰幸君 理事 岡沢 完治君
      石井  桂君    鍛冶 良作君
      島村 一郎君    松本 十郎君
      村上  勇君    中谷 鉄也君
      林  孝矩君    山田 太郎君
      青柳 盛雄君
 出席国務大臣
        内閣総理大臣  佐藤 榮作君
        法 務 大 臣 植木庚子郎君
 出席政府委員
        内閣法制局長官 高辻 正巳君
        内閣法制局第一
        部長      真田 秀夫君
        法務政務次官  大竹 太郎君
        法務大臣官房司
        法法制調査部長 貞家 克巳君
        法務省人権擁護
        局長      影山  勇君
 委員外の出席者
        法務大臣官房秘
        書課長     石原 一彦君
        最高裁判所事務
        総長      吉田  豊君
        最高裁判所事務
        総局総務局長  長井  澄君
        最高裁判所事務
        総局人事局長  矢口 洪一君
        法務委員会調査
        室長      福山 忠義君
    ―――――――――――――
委員の異動
五月二十一日
 辞任         補欠選任
  日野 吉夫君     中谷 鉄也君
同日
 辞任         補欠選任
  中谷 鉄也君     日野 吉夫君
    ―――――――――――――
○本日の会議に付した案件
 閉会中審査に関する件
 裁判所の司法行政及び法務行政に関する件
 人権擁護に関する件
     ――――◇―――――
#2
○高橋委員長 これより会議を開きます。
 閉会中審査に関する件についておはかりいたします。
 細谷嘉治君外十名提出の事業活動に伴って人の健康に係る公害を生じさせた事業者等の無過失損害賠償責任に関する法律案、裁判所の司法行政に関する件、法務行政及び検察行政に関する件並びに国内治安及び人件擁護に関する件、以上の各案件につきまして、議長に対し閉会中審査の申し出をいたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#3
○高橋委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。
 閉会中の委員派遣の件についておはかりいたします。
 閉会中審査案件が付託になり、委員派遣を行なう必要が生じました場合は、派遣期間、人選並びに議長に対する委員派遣承認申請等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#4
○高橋委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。
     ――――◇―――――
#5
○高橋委員長 本日、最高裁判所吉田事務総長、長井総務局長、矢口人事局長から出席説明の要求があり、これを承認いたしました。この際、御報告いたします。
 裁判所の司法行政に関する件、法務行政に関する件及び人権護に関する件について調査を進めます。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。畑和君。
#6
○畑委員 司法の独立とは一体何か、また裁判所のあり方は一体どうあるべきかということについて、今日ほどそれが問われているときはないと思っております。例の一連の今度の最高裁の人事行政の処置、このことがそうした司法権の独立あるいは最高裁判所のあり方、裁判官のあり方、こういうことと関連しまして、国民に非常に大きな関心を呼んだ、こういうことだと私は思います。
 そこで、この一連の問題につきましては、去る四月の十三日、法務委員会の席上でいろいろ最高裁当局とわれわれ議論をかわしたのでありましたけれども、あの際は時間的にも非常に制約がございましたし、また調査等につきましても、不十分なところ等もこざいました。十分にわれわれの意を尽くすことができませんでしたので、きょうまた機会を得まして、この委員会で最高裁の事務当局、事務総長以下にお聞きをいたしたい、かように思っています。
 その間、われわれはこの一連の問題について、最高裁の長官にこの法務委員会に出席をしていただいて、そして国権の最高機関である立法府において、広く国民に対してこの経過等を釈明をして、国民に理解を求めるというようなことの機会を得たいと考えておったのでありますけれども 与野党間の折衝が最後にどうも不調に終わりまして、最高裁長官がこちらにおいでにならないというようなことになったことは、きわめて残念でございます。しかし、これはあとでも触れますけれども、最高裁長官を衆議院あるいは参議院等に出席を要求するという権利は一体立法府にあるかいなかということの問題につきましては、いろいろ憲法上も議論がございます。その議論はしばらくおくといたしましても、これだけ問題が大きくなったのでありまするから、そうしたわれわれの要求によりということでなくとも、むしろ積極的に最高裁の長官が出席を要求して、そしてこの場で国民に対してやはり釈明をするというような積極的態度が望ましかったと私は思うのであります。かつて最高裁の機構改革の問題に関連をいたしまして、田中最高裁長官が、積極的に衆議院、参議院に出てまいりまして説明をしたいということでおいでになったことがあるそうでございますけれども、この問題はそれよりも増して非常に大きな問題だと私は思う。国民がひとしく大きな疑問を抱いているのでありますから、この法務委員会をその疑問に対して解明を与える場にする、積極的にそうしたことをやるということが望ましかった、私はかように思うのであります。しかし、そういう運びにならなかったのでありまして、重ねて申しますが、きわめて遺憾だと思うのであります。
 ところで司法権の独立とは一体何ぞやということが非常に問題になっておるわけでありますけれども、私は司法権の独立ということは、結局人権の擁護の最後の防塁が司法権であるというような立場から、どうしても司法権の独立をさす、裁判の機能を遺憾なく発揮させるということが必要である、こういう観点から司法権がほかの機関から独立した存在であるようにということになったのがいまの司法権の独立の制度だと思います。したがって、そういう立場から、場合によりましては立法府で立法をした法律がはたして合憲であるかどうかというような、いわゆる違憲審査権というものが与えられておる。同時にまた、行政府のやった処分等について訴訟が起きたような場合には、そうした行政訴訟の場合に、あえて場合によっては被告である行政府を敗訴させるということもできるわけで、そうしたことが自由にやれるというような制度を保障するのが私は司法権の独立の制度のゆえんだと思うのです。そして、その司法権の独立あるいは裁判官の独立というものを保障するためにこそ、憲法の条項によって裁判官の身分が保障されておるのだと思います。
 ところが、この裁判官の身分保障について、今回大きな疑問が投げられたわけです。旧憲法時代には明らかに裁判官は終身官でございました。裁判官は刑法の宣告または懲戒の処分によるにあらざればその職を免ぜられることがないというふうに規定してございました。いわゆる終身官でございました。今度の憲法においても、その身分保障の点については、私は前の憲法よりもいささかでもその点については後退しているはずはないと思うのです。ところが、憲法の八十条によって十年間の任期があるわけです。その十年間ごとに任期によって再任の問題が起きてくるわけでありますが、しかし、いままでもこの十年間の再任の任期というのは一応一つの区切りであって、再任という形はとるけれどもそれは一種の自動承認のようなものであるべきだ、そういうような一つのいい慣例がいままで築かれてまいったと思うのであります。これに反するようなことはいままでなかった。ところが、今回はこの裁判官の再任拒否ということが、しかも理由を示されずに行なわれたわけでありまして、十年間の任期というものについての問題が初めて大きな問題になってまいったわけであります。
 そういう意味で、この憲法八十条の規定は、文字どおりに解釈をいたしますれば、「再任されることができる。」ということになっておりまするから、再任しないでもいいんだといったような考え方もあるかと思いますけれども、しかし、これはあくまで、過般来事務総局のほうで答弁しておりまするような自由裁量的なものではないと私は確信をいたしております。これはあくまで、再任を期待する一種の期待権というべきものがあるのではないか。法律的な論議はともかくといたしましても、旧憲法時代よりも後退をした身分保障というものは私は考えられない。立法の経過からしての一つの問題が相当あったと思うのでありまして、当時としてはたいして問題にならなかったことが、いまになって大きな問題になっておるわけでありまして、最高裁はこの際これを文字どおりに解釈をして、再任するかしないかということは、新任の場合と同じく自由裁量である、こういうような立場をとっておるようでありますが、これはどうも私は承服ができない。国民も非常にその点に疑問を持っておると思うのであります。十年間が来たら、いつ首になるか、再任されないということになるかわからぬといったような不安を裁判官がひとしく抱くということにおきましては、自由濶達な裁判官ということは望めなくなるというふうになると思うのであります。その点はいままではそういう事実はなかったのでありまして、解釈上、運用上のりっぱな慣行があったと思うのですが、これが今度破られたというふうに私は思うのであります。再任ができるかどうかは自由裁量かどうか、あるいは自動承認であって、これを再任しないというようなことは違憲の疑いがあるというように、この間高柳信一教授なども参考人として述べられました。あるいは和田教授などは、それほどではありませんけれども、一種の期待権というものがあるのではないか、こういうふうなことを言われておりましたけれども、いずれにいたしましても、いままではそれが、文字どおりといたしましても、運用の妙によって、いい慣行があったが、それが今度破られたというふうに私は思うのでありまして、この点につきまして、法解釈の問題、この前も聞きましたけれども、一応それもあわせて、さらに慣行の問題としてどういうふうにこの点は考えておられるか、ひとつ事務総長にお伺いいたしたいとおいます。
#7
○吉田最高裁判所長官代理者 お尋ねの諸点について申し上げますが、裁判官に任期制度を取り入れておりますのは、ただいま御指摘のように、裁判官は、憲法と裁判所法によって、強い身分保障を与えられております。すなわち、弾劾裁判または法律によって執務ができないと裁判された場合のほかは、その裁判官の意思に反して、免官、転官、転所、職務停止、報酬の減額をすることができない、こういうふうな強い身分保障が与えられております。そういたしました関係上、どうしてもその反面において沈滞を来たし、また人事の渋滞をもたらすという弊害がございます。それを打破するとともに不適任者を排除して、より適任者を得るという道を開くために、この任用制度ができておるわけでございます。
 御承知のように、判事を任用する場合には判事補、簡易裁判所判事、検察官、弁護士、大学の法律の教授、また調査官とか教官の中から採用することができることになっておるわけでございます。したがいまして、今度問題になっております判事補が判事に採用されなかったということについてでございますが、判事補は十年たちますといわゆる判事に任命される資格を得るというだけでございまして、当然に任命されるわけではございません。その際に全法曹から適任者を得るようにしなければならないのだということでございます。
 そこで、先ほど、従来の慣行としては必ず判事補から判事に任命されているのではないかというお尋ねでございますが、そういう事実は私どもとしては認めるわけにはいきません。現に従来も判事補から判事に採用することをしなかった例がございます。この点はまた所管の人事局長から御説明いたしたいと思います。
#8
○畑委員 事務総長は勘違いしておられるのです。私は何も判事補から判事への再任の問題を言っているのじゃない。また判事を十年やってそれから再任ということもあるのでそのことも含めてですが、今度はたまたま判事補から判事になるその十年間の任期の問題が問題になっているからでありますけれども、私は判事補が判事になることについてだけ言っているんじゃないんです。その点はひとつ誤解のないようにお願いしたいのです。
 それで人事の渋滞を防ぐためにというようなことをおっしゃいましたけれども、私はそれによって人事の渋滞が防げるとは決して思ってないのです。場所をどこかにかえたり何かすることは相談の上でできるのですから、根本的な任用しないということは人事の渋滞云々の問題じゃないと思うのです。しかもいま裁判官が足りないのでありますから、それをわざわざ人事の渋滞という理由で今度の事件についての回答にしようというのは私は間違っていると思うのです。同時にまた、新しくほかの法曹界から任用云々のことも言っておられますけれども、これもまた同じような理屈だと思うのでありまして、私はそういうことを言っているんじゃないのです。要するに、再任の制度になっているけれども、いままでほとんどが例外なく再任はさしておった。長谷川裁判官のような例もございますがそれは別でございまして、今度のように青法協会員が云々というようなことを一つの理由として、そのほかにプラスアルファがあるようでありますけれども、そういうことを理由として再任されなかったことはなかったのでありますから、それが結局いい慣行が破られたということを私は言っておるのです。そういう意味では御承認になりませんか。私の言ういい慣行というか、運用上八十条と七十八条との関係についての矛盾があるわけですけれども、それをいままでは運用の妙を得て、慣行上十年というものがそう文字どおりのものでなくて済んでおったと思うのでございます。ところが今度の場合、それをたてにとってあなた方が宮本判事補という一人の人を再任しなかったというふうに思われるのです。そのことについてどう思うかということです。
#9
○矢口最高裁判所長官代理者 再任問題につきまして、これまでは全員を再任する慣例ではなかったかというようなお尋ねでございますが、過去の例を一応申し上げたいと思います。
 これまで再任問題が起こってまいりましたのは、裁判所法が施行になりましたのが二十二年でございますので、それから十年たちました三十二年に初めて十年の任期ということでこの問題が起こってきたわけでございます。したがいまして、三十二年から四十六年の今日まで十数年の間に裁判官につきまして相当数の再任、あるいはその中にはもちろん二十年たって三十年目の再任というのもございますし、十年過ぎて判事補から判事になるいわゆる再任というものもあるわけでございますが、全部ひっくるめましてそれは相当の数にのぼっております。しかし、それらの状況のもとにおきまして、これまでいわゆる任期終了によってこの方は不適任であるということで再任の名簿に載らなかった例は次に申し上げるようなものでございます。
 まず三十二年でございますが、この際には五人の不再任がございました。その次に三十三年で一名の不再任の方がございました。三十四年で一名ございました。その後しばらくございませんでしたが、四十三年に一名、四十四年に二名ということで、四十五年はございませんでしたが、四十六年、本年にまた一名の不再任があったということでございます。もちろん再任された方の数から見ますれば非常に少ないものはございますけれども、これまでもそういった観点から再任制度を運用して、その際不適任と思われる方について名簿に登載しないという措置はいま申し上げたようにとられてきておるわけでございます。何も今回初めてこのような措置がとられたというものではないわけでございます。もちろん、いま申し上げましたように再任されました方の数と比べますと非常に少ない数でございますが、これは再任制度というものを決して安易な気持ちで運用しておるものではないということを示しておるのではなかろうかというふうに私どもは考えておるわけでございます。
#10
○畑委員 いま、いままでの例を人数だけおっしゃいましたけれども、具体的にどういう理由で再任をしなかったのかというのをあとで書類ででも出してください。そうすれば私は了解できる。
 結局今度の場合は少し違うのですね。理由にしましてもいろいろありますよ。ちょうど心身の故障によって職務をとることができないというふうに裁判で認定された場合はもちろん憲法でやめさせることができるんですけれども、それに近いような事実でもあった場合はなるほどそれに当たると私は思うんです。おそらくそういう場合が相当あったんじゃないか。あるいはまた、長谷川裁判官の場合のように任地の問題等で再任できないという結果になったというようなこともあろうと思います。そういうことだったら一応了解できるというのです。ところが、今度の場合はそうでない。明らかに思想、信条の問題が中心になって、少なくとも青法協の問題が一つの大きな理由であることは間違いない。それに加えてプラスアルファということがあるから問題なんです。いままでの場合と全然違うと私は思うのですが、いままでの場合にそれと同じようなことがあったかどうか、ひとつ言うてください、具体例を。
#11
○矢口最高裁判所長官代理者 これまでの再任の際に名簿に載らなかった方の数はいま申し上げたとおりでございますが、その載せなかった理由ということになりますと、当委員会でもしばしば申し上げておりますとおり、人事の問題でございますので、その点はごかんべんをいただきたいというふうに考えております。結局のところ、やはり再任されるべく不適任の方と御認定になったということ以外には申し上げかねる次第でございます。
#12
○畑委員 人事の問題についてはあくまでも貝のごとく口がかたいのはどういうわけです。それだからやはり国民は裁判所を信頼しない。明らかに昔の相当過去のことだったらいいじゃありませんか。私はそれを問うているんですから。それをこれだけ、今度の場合とは違うのだ。違うんなら違うように――私はいままでの場合と今度の場合とは違うと思う。相当なやはり理由がある。われわれが聞いてもうなずけるような理由があったんだろうと私は想定します。したがって、そういうことをあなたのほうで裏づけたいということならば、ということなんでしょうから、したがってそれを述べたらいい。そうしてその理由を言ったら、やはり依然として人事の機密であるから当方の委員会では申せません、こういうことをあなた方はおっしゃる。最後まで秘密、秘密で通そうとしている。そのことが非常にいま問題だと私は思っているんです。あえてやはり本人たちも、今度の場合なども明らかにしてもらいたいと言っているんですから、明らかにしたらいいじゃないですか。しないことが非常にいま最高裁がいろいろ疑惑の目で見られている。それを明らかにしたらいいんです。それをしないから、いろいろ疑惑の目で見られているということになると思うのです。私はきわめてその点は答弁に不満足です。まあしかし、そればかりやっていると時間がございませんから、その次に進みます。
 次に裁判官の政治的中立の問題。これはこの前、かつて私、法務委員会でもあなたのほうと議論したことがございました。しかし、そのときは徹底をしませんでしたので、重ねて私はこの問題を皆さんに考え方を聞きたいと思います。
 最近、例の約一年前の、去年の四月八日でしたかの前の岸事務総長の談話 あれにも政治的中立というような立場から、公正さを疑われるようなことがあってはならぬから、したがって中立性を疑われるようなことがあってはならぬから、やはりそういう疑いを持たせないように政治的色彩の強い団体には裁判官というものは加盟すべきではないというような談話が発表されました。そこで、一体その政治的中立とは何ぞやという問題なんです。私はこう思うのです。今度の問題なども、政治的中立性などを盛んに言い出すようになったのも、そもそも例の偏向裁判ということが非常にやかましく自民党サイドのほうから言われたことがございます。そして、自民党の運道方針にもこれが明らかに載っておるのでありまして、それからその後の例の自民党内に設けられた司法制度調査会、これは最初の企図とは違ったような形で、最高裁の抗議声明等もありましたので、変わった形になったようでございますけれども、少なくとも偏向裁判ということが非常に自民党側のほうから叫ばれたのであります。しかし、これらの人々は憲法を改正しようということを綱領に掲げておるんです。憲法を改正しようという意図を持っている。佐藤総理は、憲法を改正するつもりは私の在任中はない、こう言われておりますが、自由民主党としては明らかに綱領にそういった文句を掲げておるわけです。そういう人たちは、その中にはいろいろニュアンスもあるでしょうけれども、その極端な人たちから見れば、裁判所が公正な立場で判断をして裁判をしたものをさして偏向だ、こういうふうに言われる。ところが、むしろ憲法を中心としての立場から見ると、その人たちこそ非常に右へ片寄っていると私は思うのです。憲法こそが一番の国民の指針でもあり、また裁判所のあるいは裁判官の守るべきものだと思う。ところが、そういった極端な人々は、右翼的な偏向をしている人々は、その裁判を称して左翼的偏向だ、こういうふうなことをおっしゃる。そこで私はあくまで中心は憲法だと思うのですよ。ところが、憲法に忠実な人たちの裁判をした結果を、右寄りの人は偏向裁判と言う。そうでしょう。自分が右寄りしているのがわからないのだ。それで裁判が左寄りだ左奇りだとこう言う。そこで政治的中立ということは、あなた方が言いますと、結局それよりもっと右でなければならぬような、左と右に対して等距離だというのが裁判官のあり方だ、こういったようなことになる。理論のすりかえになると私は思うのです。それだから混乱を来たすのであって、結局裁判というものは憲法に忠実であって、憲法と法律だけに従って裁判をすればいいのであります。これがあくまで裁判の独立の中心であるわけです。それ以外は何も右顧左べんする必要はないのです。ところが、いま言ったような人たちからすれば、そうした憲法を守った裁判が左翼的な偏向だと言われる。それで政治的中立ということになると、いま言ったとおりまん中をとるということになってくると、いろいろ問題になってくるのだと思うのですよ。
 裁判というものは、結局公正ということは結論として出てきます。公正ということは出てきますけれども、私は中立ということばは必ずしも結論として出てこない。特に政治的中立というようなことになると非常に語弊がある。それにあなた方は乗せられているんじゃないかと私は思うのですよ。それで私はこの前も言いましたけれども、政治的中立ということを誇大にあまりにも意識し過ぎますと、あなた方自身がだんだん右に回ってきて、憲法よりも右に回るおそれがあると私は思うのです。だから、そういったことに関係なければいいけれども、そもそも今度の一連のことは、一番最初のそもそもが、自民党のサイドから、極端な人々から起こった裁判の偏向の批判がもとなんです。(「そんなことないよ」と呼ぶ者あり)ないじゃないんだよ、客観的に。黙っていなさい。
#13
○高橋委員長 お静かに。
#14
○畑委員 そういう点についてはどうお考えになりますか。私はどうもそう考えているのです。政治的中立ということは、ちょっとことばの上からいいますと、なるほどいろいろな政治勢力があるから、その中間でなければならぬのだ、中立でなければならぬのだということで盛んに強調されるけれども、その強調されるということが、いま言った、いま日本の政治を支配している自民党の側からすれば、しかも憲法を改正しようとしているのですから、憲法に忠実な人々はむしろ逆に左翼偏向だ、こういうのでしょう。こういう点で私は政治的中立ということをあまりに言うことは、かえって憲法を守らない結果になるだろう、こういうふうに心配しているのです。その点の見解を重ねてお聞きしたい。
#15
○矢口最高裁判所長官代理者 裁判官が独立をして裁判を行なうということは当然のことでございます。それをいたしますために、裁判官は憲法とこれに基づきます法律とそれから良心に従って、それ以外の何ものにも拘束されず裁判をするということでございます。これが裁判官の独立ということであり、裁判の独立ということであろうと存ずるわけでございます。
 ただその場合に、そのような裁判官は、あくまで孤高を旨とすべき職責を持っておるわけでございます。こういった場合に裁判官がそのような裁判をいたしますにつきまして、やはりそうであるということと同時に、そのように見られるということがどうしても必要になってくるわけでございます。ここに裁判官の中立あるいは公正、中立らしさ、公正らしさというものの要求が出てまいるわけでございます。
 中立と申しますのは、ことばで申しますといずれにも片寄らないで独立することをいうというふうに定義づけられるわけでございます。裁判は元来世の中をどちらかの方向に推し進めようということでやられるべきものではなくて、いわば後見者としての役割り、そういったものを果たすべきものであろうかと思うものでございます。したがいまして、その裁判の本質からいたしまして、政治的な種々の立場というものにとらわれることなくそういったものを離れて行なわれるべきものであるわけでございます。どちらかの方向に推し進めようということであるならば、それは政治的な色彩を帯びざるを得ないわけでございますが、そういうものではございませんので、政治的なものとは無関係に行なわれるべきものでございます。私ども裁判官が政治的に中立でなければならないということを申しますのは、いま申し上げましたような意味で申しておるわけでございまして、ある考えとある考えの常に中間でなければならない、その算術的な中間にあるのが中立であるというような意味では決して申し上げていないつもりでございます。
#16
○畑委員 右と左の算術的な等距離の中間、こういう意味ではない、こう言われますけれども、それはそうだろう、そうでなくちゃならぬと思う。そうでなくちゃならぬと思うけれども、ただ政治的中立ということを言うと、ついそういうふうに世間からはとられる。あなた方があまりにも政治的な問題について神経過敏過ぎるから、そういった圧力というか雑音というか、そういうものにあまりに神経が高ぶり過ぎておるからいけない。私は常日ごろ司法部のことを憂えるからき然たる態度でやれと言っている。ところが、そういう声が起こるとすぐ事務総長が談話を発表したり、それから間もなく五月一日かに、去年もやりましたが、また今度もやりましたね、最高裁の長官が談話を発表して要らないことを言う。私はむしろああいうことは要らないことだと思う。それより裁判所は黙々として部下を信頼して、とにかく憲法に忠実であれということだけ言っていれば私はいいんだと思う。そういうことによって私は今度の問題なども起きてきたんだと思う。そして今度、あなた方が外部から何となくそうしたような精神的な圧力を受けて、それによって何とか問題にならないように、そして公正らしさを私らは保ちました、そういう公正らしさを装うためと言っちゃ語弊があるかもしれぬけれども、そういう立場から、私はあなた方が自己規制して、そして一人の裁判官を血祭りにあげて、自民党サイドに対してあるいは政府、内閣等に対して、あかしを立てたんだというふうに私は考えざるを得ない。だから私は言っているんです。政治的中立ということはそう気にしてやる必要はないと私は思う。
 特に、今度それに関連して考えられますのは、この間新聞に載っておりました例の下田裁判官の旅行先での、新潟裁判所か何かにおける裁判官に語った話、秘密にしておったって出ちゃうんだ。あなたのほうは秘密秘密と言っているけれども、下田さんはあんなことが出ることはあり得べからざることだと言っているけれども、あり得べからざることだと言ったって、結局秘密にしたって漏れちゃうのです。それであの発言をしたことはおそらくはほとんど間違いないと思う。各紙が報じておりますことに間違いないと思う。裁判官は体制的でなければいかぬ、体制を批判するような裁判官は裁判官をやめてほかの仕事をやれ、思い切った発言だと思う。例によって下田さんらしい発言だと思うんだけれども、これは裁判所全体の意向では必ずしもないと私は思うのですね。そうするとあなた方の言う政治的中立ということはくずれちゃうのですよ。口じゃ政治的中立、政治的中立と言っていましょう。しかしながら、体制というのはやはりそのときの支配する政府の体制というんだ。なるほど裁判所も大きな意味では国家機関だから、そういう意味ではマルクス・レーニンの例の考え方からすれば上部構造で、国家機関というものはすべて階級支配の道具である、こういうような説明をするわけですが、そういう意味からすれば、なるほど裁判所も階級支配の道具であるということからすれば体制かもしらぬ。しかしながら、いまの憲法のたてまえはそうじゃないですね。階級の問題は問題にしてないですね。ひとしく国民を相手にして全部が同じようにというふうな考えの上に立った憲法なんだ。社会主義の憲法とは違う。したがって、そういう点かういいますれば、体制内であれ、こういうことは私はおかしいと思う。そうしたら政治的中立が保てないでしょう。違憲審査権もあるのだし、また行政訴訟で国を負かすこともしなくちゃならぬのだし、人権の最後のとりでですから、それだからこそ国民が政府は信用しなくても――政府はうそはかり言うかもしれぬけれども、裁判所だけは間違いないといっていままで裁判所を最高度に信用していたのが日本の国民ですよ。それが今度問われようとしておる。それだから私は問題にしておる。
 だから、いたずらにそういったそのときの政府等にわずらわされてはいかぬ。なるほど最高裁の裁判官は内閣が任命する。したがって、何となくそういう支配を感ずるかもしれないけれども、そうであってもやはりそうでないようにふるまわなければならぬ。ところが、下田さんは佐藤総理に任命されたせいか、体制的でなければならぬ、おれたちが行政官の当時盛んに言うたけれどもといって行政官時代のことをっておる。行政官としての外交官、この立場と今度の裁判官の立場とは違うはずだ。その違うはずの立場の人が、その立場も忘れて裁判官は体制内でなければならぬ一こう言い切るのは私はどうかと思う。政治的中立の問題と関連してどうお考えになりますか。これが政治的中立ですかどうですか。事務総長、御返答願いたい。
#17
○吉田最高裁判所長官代理者 ただいま下田裁判官の発言に触れられましたので、私から一言申し上げます。
 下田裁判官は出張先から帰京されましたばかりで、直接にこれに関する話を聞いてはおりませんが、出張先から裁判官がときどき事務上の連絡を私にしてこられますが、下田裁判官も出張先から、日にちは忘れましたけれども、私に対して事務上の連絡がございまして、その中で、この発言の新聞記事の点に触れられました。下田裁判官の言われることによりますと、自分は新聞記者に直接話したわけでないので、あの新聞記事に対して責任を負うわけにはいかない。裁判官との懇談会で自分の考えを述べたことがまた伝えに新聞記者のほうに伝わったものだと思う。ところで、自分が話した趣旨は、裁判官というものは、憲法にありますようにすべて裁判官は良心に従い云々、憲法及び法律のみに拘束される。これは下田裁判官が就任以来の一番大切な信条としてしばしば言われておったわけでございますが、この裁判官は憲法及び法律にのみ拘束されるというたてまえから、裁判官は現憲法による法体制のもとにあるのだ、この法体制を批判してはならない。自分が外交官であったときには、いわゆる外交官は国を代表して、時の政府のいわゆる政治体制、厳格にいいますと行政体制とでも申しますか、いわゆる政治体制のもとにあったのでこれを批判してはいけない、批判するならばやめてから批判すべきである、こういう趣旨のことを言ったが、裁判官の場合にはいわゆる政治体制下にあるのではなくて、現憲法による法体制下にあるのだ、この法体制を批判してはならない、こういう趣旨で言われたそうでございます。
#18
○畑委員 それはおかしい。それだったら言わずもがなです。そんなことを裁判官に講釈しなくても、裁判官はとっくに知っておりますよ。下田裁判官はついこの間まで外交官で最高裁の裁判官になった。なるほどえらくなった。かもしれぬけれども、しかし、裁判官は下田さんから言われるまでもなく、憲法に忠実であれということはどの裁判官も全部知っておりますよ。そんなことを下田裁判官が言うはずはない。言ったとすれば、新聞記事がほんとうだろうと思う。やはり体制内であるべきだ。憲法を批判する人はいませんよ。いまのいわゆる新しい青法協の連中だって、憲法を批判しているのではない。憲法を擁護しようと言っているのです。憲法を批判する傾向に対して擁護しているのです。憲法に対して批判していません。
 それはおかしな話だ。そんなことを言うはずがない。それはおそらく下田さんがあなたに対してかっこうのいいようなことを言ったにすぎないと私は思う。そういうことはあり得ない。裁判官に対して、そんなことをくどくどと、憲法に忠実にというようなことを一々言うはずはなかろうと私は思うのですね。やはり新聞の記事が正しいと思う。もし新聞記事が正しいとすれば、政治的中立をあの方は守っていると思いますか。そうでない、きわめて政治的発言だと私は思う。あの人こそ政治に中立じゃないと私は思うのです。それはあなたが別に聞いているといえばしかたがありませんけれども、私はそうは見ませんな。だから、あなたに対して、もし新聞記事のとおりであったらどうかということを一応お聞きしたい。なかなかそういう仮定の質問には答えられぬとおっしゃるかもしれぬが、そうだとすればどうですか。あの新聞記事のようなものだったらどうでしょうか。
#19
○吉田最高裁判所長官代理者 ただいまの仮定のことについては申し上げるわけにいきません。事実は私が下田裁判官自身から聞いたとおりでございます。
#20
○畑委員 記事があのとおりにあるのですからね。下田裁判官も取り消しを求めない。ただ、私が直接に新聞記者に言ったのではないからノーコメントだ、こういうことのようですけれども、しかし、どうも下田さんとすればああいう発言が大いにあり得ると思う。だからこそ、私は下田裁判官の任用に対しては相当疑問を持っている。これはあとで内閣総理大臣に申し上げますがね。そういうことだから、したがってどうにでも内閣の自由にいまの最高裁はなるのだ。その最高裁がすべての下級裁判所の人事を握っているから、だから最近のような問題になっているのだ。で、いろいろ聞かれると、人事の秘密だと言って逃げる。そうした体質がいま問われているのですよ。よほどあなた方はしっかりしなければいけませんよ。新しい憲法をよくそしゃくして、新しい修習生上がりの人たちとあなた方の憲法感覚は違うのだ。やはり相当断層がある。よほど十分にいまの憲法をよく勉強しなさいよ。
 それからもう一つ、最後に阪口修習生の問題についてお聞きいたします。あの阪口修習生の問題、もうくどくは申しません。申しませんけれども、あなた方は阪口修習生は修習を終わっていない、こういう見解のようですね。結局試験は通ってもまだ修習期間中だ、終了式が終わらなければ修習を終了したとはいえないのだ、こういうような態度をとっているようですが、やっぱり依然としてそうですか。
#21
○矢口最高裁判所長官代理者 四月五日まで修習期間でございまして、四月五日を終了しておりませんので、そのように考えておるわけでございます。
#22
○畑委員 四月五日が終了期間というのはどこに書いてあるのですか。
#23
○矢口最高裁判所長官代理者 裁判所法の……。
#24
○畑委員 それは裁判所法はわかっています。裁判所法以外にどこに書いてありますか。
#25
○矢口最高裁判所長官代理者 裁判所法に基づく最高裁判所規則で、司法研修所が修習期間の定めをすることができるということになっております。そこで、司法研修所がカリキュラムを編成いたしまして、これを決定いたしておりますが、そのカリキュラムによって四月五日までということになっておるわけでございます。
#26
○畑委員 その四月五日までということにカリキュラムはなっておるが、四月五日は終了式が終了すればいいわけですね。
#27
○矢口最高裁判所長官代理者 一応四月五日も修習期間でございますが、その四月五日の修習の日程といたしましては、終了式ということがその日程にあがっておるわけでございますので、そういった予定された全行事をとどこおりなく終了いたした場合ということでございますれば、それをもって終了することに相なるかと考えております。
#28
○畑委員 そうなると、あのときの終了式は終了を宣していますね。明らかに終了を宣していますよ。間違いありませんか。流会じゃありませんね。
#29
○矢口最高裁判所長官代理者 事務局長は、終了式を終了しますという発言をいたしております。しかし、私どもは、どういうことばを使ったかという問題ではございませんで、その終了式の実体が行なわれたかどうかというふうに考え、そういった観点から見ますと、終了式が始まりましたけれども、その予定を進行することなく中断されたというふうに解しておるわけでございます。
#30
○畑委員 終了しますと言った以上は、終了したのですよ。さもなければ中断しますと、こう言うべきですよ。それを終了しましたと言った以上は、終了したはずだ。あなた方は、さらに問い詰められると、その日の十二時までと、こう言いたいのだろうと思う。ところが、そのあと八時までにみな修習生には終了証書を渡したのだ。だから、八時に少なくとも終わっているのかどうか知らぬけれども、その辺がどんどんあなた方のほうは拡大されちゃって、それで例の官報の掲載も取り消した。それも間違いだから取り消したと、これもおかしいですね。間違いだから取り消したって、ずいぶんおかしな話でしょう。終了式が終わって終了しちゃったということになれば、修習が終わったことになる。だから、阪口修習生は修習は終わったはずである。終わったとすれば、処分はできないはずですね。阪口修習生は処分できますか。昔と違って処分はできないはずです。その辺はどうですか。
#31
○矢口最高裁判所長官代理者 終了式を終了するということは、あくまで実質について見るべき問題でございまして、その式を終わるという際にあのようなとっさのことでもございますので、終了しますということばを使ったことは間違いございませんが、そのことばが適当であったかどうかというだけでございまして、実体が終わっていない以上、これはいわゆる実体的に終了したということはいえないのではないかというふうに考えております。
 また、官報の問題は、これはその翌日等に直ちに弁護士等の登録をするといったような問題もございますので、予定稿としてすでに原稿を組んでおった問題でございますので、その五日に起こりました事実に基づきまして官報の原稿を訂正させていただいたというだけのことでございます。
#32
○畑委員 まことに裁判所としてはかっこうの悪いことですね。ずいぶん無理をしていますよ。だれが見てもこれは無理をしていますね。それで、ほかの修習を終了した者は終了の証書をもらったようだが、終了式を終了していないのに、中断したままでそれを終了しちゃったのですか。ほかの、それ以外の人たちはどうしたのです。それじゃ、終了式をしないままに終了したとみなされたわけですか。
#33
○矢口最高裁判所長官代理者 終了式は不幸なできごとがございまして、これを挙行することができませんでした。私どもとしては二年間の修習の最後を飾る非常に大事な行事であって、その点非常に残念でございますけれども、あのような事情がございましたので、これをさらに挙行するということはできなかったわけでございます。
 しかし、一方カリキュラムの編成におきまして四月五日をもって修習を終了するというカリキュラムの決定をいたしておりますので、これを延期することもできないわけでございます。私どもは残念でございましたけれども、終了式は取りやめたまま修了証書を援与し、同日の経過をもって修習は終了したというふうに考えておるわけでございます。
#34
○畑委員 まことにどうもさっぱりしない御答弁だと思うのです。いずれにしろ、これはどうもみんな国民がいまだに理解できないようです。私のところへある人から手紙が来たのですけれども、社会党の法務委員殿ということで、この前の四月十三日に私が質問をしたのですけれども、どうもその点でふに落ちないようなことが、追及の足りないことがあったと思うからというようなことで、手紙が来ているのがあるのです。その手紙を見ますと、やはりその点が書いてあります。終了式は終了していないということについてなぜ究明しないかというような意味の手紙が私のところに来ていますけれども、それを見ても、国民の人々はそういう点で非常にふしぎがっているわけですね。一般の常識からすれば、非常におかしいですよ。そういう点を、私もこの前時間がなかったから、その辺の追及はしなかったけれども、今度あらためてその点をあなた方に聞いてみたのです。そうすると、どうもこれはどうしても私もふに落ちない。国民がそういうふうな見方で見ておるということをひとつ御承知おき願いたいと思います。
 それからもう一つ、最後にと言いましたけれども、もう一点だけ申し上げます。
 宮本判事補の再任拒否の問題、あの問題につきましては、幾つかの弁護士会が連合して調査をいたしました。その調査の結果の発表が新聞紙上には載っております。その発表の結果からしましても、またさらに、昨日参考人として呼ばれた当調査委員会の責任者の方の参議院での説明等によりましても、どうもどこから考えても、調査した限りにおいては宮本判事補が不適格ということが理解できない、こういう結論でありました。一つの問題は、例の福島判事の平賀書簡のコピーを新聞記者に云々したというようなことではないか、こういうようなこととか、あるいは東大裁判の際に欠席裁判に対して合議で反対をしたというようなこと、そういうようなことがしいて問題にされれば問題にされるようなことではないかということで、その点を相当中心に調査したようであるけれども、そういった事実は認められない、こういうことでありますけれども、そういうことになりますると、結局、その結論も言っておりますが、青法協であるということとしか考えられぬ。しかも、青法協の内部において積極的な投稿活動をしたり何かした、そんなことはほとんどない。日ごろ青法協の内部でもそんな積極的な活動はしていないというようなことも出ておるのですが、どういうことであるか、あなた方がその理由を言わぬからわからぬのでありますけれども、どうも弁護士会もそうした調査の結果を報告もしておりますし、そうじゃないとしたら、あなた方はあえて積極的に公表したらいかがでしょうか。本人も公表を望んでおるのですし、これはどうも自民党の方々も公表すべきだ、こうこの間も言っておりました。これは国民がだれも、この問題だけはどうも納得できないのですな。ほかのことでは、再任の問題や何かは、それは憲法八十条の問題なんかもわかりますけれども、いまそうした思想、信条の自由の問題が問題になっているのだから、それも一つだけれども、もう一つプラスアルファがあるんならあるように、それはどうなんだということをやはり言うべきではないか。そうしたら、国民は、なるほどこれは不適当だというように考えるかもしれぬと思うのです。そうすれば、あなた方も痛くない腹をさぐられる必要もない。そういう点でやはり国民も納得するだろうと私は思うのです。
 あなた方は最後まで人事の秘密をたてにとって、貝のごとくそのことになると口をつぐんでしまうということはわからない。その結果は、裁判所に対する国民の不信ということの原因になっていやせぬか。裁判所が国民から信頼を受けられないということになったら、私は一大事だと思う。裁判所が一番、先ほども言いましたように、国民は信頼しているのですよ。私らもいままで信頼してきました。日本の裁判所はそんなことはない。私も弁護士ですから、いろいろ依頼者に言います。あの判事はこっちにくっついている、あっちにくっついている。そんなことはないのだ、日本の裁判官だけはりっぱなものだ、きれいなものだというふうに言ってきた。私はまたそうでありたいしと思っておるのです。だからこそ、やはり人事行政の面によってその点が裁判行為まで疑われるようなことになるとたいへんだというのが私の心配なんです。私の真意はそこにあるのですから、十分ひとつかみしめてもらいたい。最高裁長官に対しても、むしろ積極的にこちらへ出てきて、やはり国民に対して明らかにするということが必要だと思うのですが、そういうことをひとつぜひとも建言してもらいたい。その点はどうですか、事務総長。
#35
○吉田最高裁判所長官代理者 最後の点だけ申し上げますが、最高裁判所の長官のお考えなり意向は、私どもがよく承っておりますので、私どもがここにこうして出席して申し上げることは、最高裁判所の長官がおっしゃることと同じことだと思います。
#36
○畑委員 終わります。
#37
○高橋委員長 沖本泰幸君。
#38
○沖本委員 私は、いまの畑先生のお尋ねと同じものをとりあえず先にしたいわけですが、最高裁長官は、憲法記念日を前にして、いたずらに中傷誹謗をして国民の疑惑を生じる、こういうふうな談話を発表されているわけなんです。これは新聞にちゃんと載っております。そういう意味から、私たちがいたずらな誹謗中傷をしておる、あるいはほかから言っている、これはわかりませんけれども、名ざしにされたわけではないわけです。そういう点に関して、畑先生と同じようにわれわれは国民の側に立って見て、むしろ疑惑や誹謗に関して、そういう中傷誹謗を解明するためにも、疑惑を解くためにも、国会へ長官がお出になってきて真相をはっきりおっしゃるということのほうが私は肝心だ。そうなされば、いましばしば問題になっています、われわれが司法の独立を侵すとかいろいろな問題がなくなってくるわけです。そういう観点から、むしろみずからお出になって、国会でそういう面を明らかにされるということを私たちは望みたいわけです。
 そういう観点から、いままで私たちはしばしばこの問題を取り上げてきているわけです。そういう点について、事務総長から長官にそういう話をなさって、そういうお計らいをなさらないか、そういうお考えはないか、この点についてお伺いをしたいと思うのです。
#39
○吉田最高裁判所長官代理者 先ほども申し上げましたように、長官のお考えは私どもがよく承っておりますので、私どもがここにこうして出席して申し上げれば、長官の御意向は十分伝わると確信しております。
#40
○沖本委員 じゃ、事務総長が承っていらっしゃるということであれば、ここへ事務総長がお出になっているわけですから、この場所ではっきり真相はこうです、こういう考えでこういうふうになったから国民の皆さんはひとつ疑惑を解いてほしい、最高裁に対して、司法に対しては全幅の信頼を寄せてほしい、こういう意味合いのものを明らかにされることが当然ではないかと私は考えるわけですが、その点いかがなものですか。
#41
○吉田最高裁判所長官代理者 かりに最高裁判所長官がここにおいでになりましても、人事の秘密を申し上げるわけにはいかないと思います。
#42
○沖本委員 それではむしろ、中傷、誹謗とか、いたずらに国民の疑惑を生じるようなというような御発言自体が私は問題だと思うのです。そこに大きな問題があると思うのです。むしろそのことのほうが国民の疑惑を生じるような発言をなさっているんだとわれわれは考えるわけです。そういうためにはっきりこの問題を明らかにしていただきたい、こう考えるわけですから、その点について、すべてのことをお聞きになっていらっしゃるなら、事務総長からそういう点を明らかにしていただきたい。人事の秘密――秘密の点を、秘密にしないでもいい点がいろいろ分ければ出てくると思います。そういう点について国民の疑惑を晴らす程度の内容について言明なさってはいかがでしょうか。
#43
○吉田最高裁判所長官代理者 石田最高裁判所長官が憲法記念日を迎えて談話を発表されました。その中に、「しかるに近時、遺憾ながら、その真意を正しくくもうとせず、ことさら中傷、ひぼうを加え、裁判所に対する国民の疑惑をかきたてる論議なしとしません」とありますが、おそらくこの点について長官の意向を話せという御趣旨だろうと思います。それならば、私が先ほど申し上げましたように、長官から詳しくこの点について長官の御意向を聞いておりますので、ここで申し上げます。
 長官のこの御発言は、ただいま問題になっております三つの点、すなわち、いわゆる十三期司法修習生出身の裁判官である宮本判事補の再任、詳しく言いますと判事名簿不登載の問題であります。第二には、いわゆる二十三期司法修習生で裁判官志望者のうち七人の不採用、正確に言いますと判事補指名名簿の不登載、この問題でございます。第三は、二十三期修習生の阪口君の罷免問題、この点について触れられているわけでございます。
 ここで、真意を正しくくみ取ろうともせずという、この真意という問題でございますが、さきに申し上げました第一と第二の問題でございますが、これは同君らが判事または判事補として適任でないと最高裁判所が認めたのであり、その適任でないとする理由を公表できないのは人事の秘密に属するからである。ただ同君らが青法協会員であるという理由だけで指名からはずされたのではない。
 それから第三の問題の罷免でございますが、これは同君が司法研修所終了式における言動が裁判所法にいう「品位を辱める行状」に当たると最高裁判所が認めたからでございます。
 以上の処置は、十五人の最高裁判所裁判官が裁判官会議においてあらゆる観点から慎重に審議の上決定されたものでございます。長官の談話の中で、最高裁は「至公至平、不偏不党、政治の渦中に入らぬよう、深えんに臨む思いをもって、あらゆる問題に対処しておるのであります。」こう言われているのは、そのことをさしているわけでございます。
 以上がこれらの問題に対する最高裁判所の真意である、こういうのが長官のお考えでございます。
 そこで、そうでありますのに、社会の一部では、第一、第二の問題につきましては、最高裁判所が同君らの思想、信条、青法協という団体加入を理由に再任と新任を拒否したものであるとか、あるいは最高裁が政府や与党に癒着して、その政治上の主義または施策に反対するものを裁判官から排除するものであるとか、あるいは司法行政が裁判の独立を侵すものであるとか、そういったことを主張いたしまして、最高裁に対し再任せよ、いわゆる採用せよ、こういう議論がございます。しかし、こういう議論はいま申しました最高裁判所の真意を正しくくもうとせずに、憲法によって裁判官の人事を含む司法行政をまかせられておりますそういう権限と責任を有します最高裁判所が行ないました具体的な人事について、誤った事実を前提として不当な批判を加えるものであって、最高裁判所の司法行政に対する干渉の疑いがあり、ひいてはかえって司法権の独立を害するおそれがある。
 第三の問題でございますが、いわゆる罷免問題は法律にいう品位をはずかしめる行為に当たらないということで非難される議論があるわけでございます。これは長官の談話後のことでございますが、日本弁護士連合会の臨時総会の決議ではこの点に触れまして、最高裁判所の阪口君の罷免処分は、「最高裁判所が七人の新任拒否を強行するために行なった懲罰」とまで述べておられます。しかし、こういった論議は司法修習の意義を忘れ、法曹の使命の重大さを忘れて、およそ法曹を志す者としてはとってはならない行為に対しましてとられました厳正な処分でございます。これに根拠のない主張に基づいて無責任な批判を加えるものでありまして、司法に責任を有します最高裁判所としてはこれを非常に遺憾とするわけでございます。そういった趣旨で中傷、誹謗ということを申し述べたわけでございます。
 なお、人事の秘密を公表しろという問題でございますが、これはこの前にも私から申し上げましたように、人事の問題は本人のいわゆる信用と名誉に関するためにこれを知らしてはならないという考え方もございますが、これは本人がそれを公表することが差しつかえないというならばいいじゃないかという議論がございます。しかし、人事行政というものはこれを公表しますといろいろな論議が出てまいりまして、その混乱を収拾することができなくなります。人事行政運営の責任ある裁判所としては、どうしてもこれを公表することができない。いわゆるそれについて責任のない立場の方はこれを公表しろというふうにおっしゃるわけでございますが、最高裁判所としてはどうしてもこれを申し上げるわけにはいかないわけでございます。
#44
○高橋委員長 沖本君、よくおわかりになりましたか。
#45
○沖本委員 いま事務総長からお答えになった点についてはほとんどわかっている点でありまして、その辺もう少し突っ込んだものが出てこなければ国民の疑惑を晴らすわけにはいかない、私たちそう考えるわけです。ですから、真意を解さずというその真意の度合いはいまの程度が最高裁のほうの真意であるというおことばであれば、われわれはその真意というものについて全く疑いたくなってくる。どういう内容が真意なのか、いまの段階ではまだまだわれわれにはわからないわけです。いわゆる外からいろいろなことを申し上げております。ですから、外から申し上げていることに対して、ある程度の理論的な解釈あるいは納得ができるような最高裁側の回答でなければ、国民は納得しないと思うのです。議論のすれ違いがそのままいってしまうようなことがあったのでは、よけい国民は疑惑をそのまま持ったままになってしまう、こういうふうに私は考えるわけです。こういう真意を解さずという談話ですが、いま真意を御発表になったわけです。最初の段階では真意を全然おっしゃらずに真意を解さず、こういうふうな御発表になっておるわけです。こういう点もやはり一方的な御発言ではないかと私たちは考えるわけです。これは全くそのままお返ししておきたい、こう考えます。もう少し理論を尽くした真意というものを御発表いただきたい、こういうように考えるわけです。
 時間がありませんから、私は次のほうへ進めさせていただきます。私は法律の専門家でありませんから、ある程度勉強した点についてだけでお伺いするわけで、お尋ねの点について不理解の点、あるいは取り違いの点があるかもしれません。その点は十分しんしゃくしてお答えいただきたいと思うのです。
 裁判所法六十七条の解釈について、先ほど畑先生もお触れになりましたけれども、法律と最高裁規則とどっちが優位に立つのでしょうか。
#46
○矢口最高裁判所長官代理者 六十七条に委任されまして修習生に関する規則かできておりますので、修習生に関する規則自体六十七条に源を発しておるという関係になるわけでございます。
#47
○沖本委員 それでは、最高裁規則はその法律のワク内のみで規定することになるわけですね。そう解釈してよろしいですか。
#48
○矢口最高裁判所長官代理者 一応そういうたてまえでできておるものでございます。
#49
○沖本委員 そうしますと、内容に触れますけれども、これは法制局のほうにお伺いしたいのですが、六十七条の中に、「少くとも二年間修習をした後」の「後」とはどういう意味になるのでしょうか。一方においては、「後」あるいは「以後」「前」「以前」「途中」、こういうふうに時の経過を示す用語というものは厳格に使い分けられているわけですけれども、そういう点について法制局のほうでは「後」という扱いについてどうお考えになっているか、お答え願いたいと思います。
#50
○真田政府委員 お答えを申し上げます。
 裁判所法六十七条の解釈はとにかくといたしまして、一般論としてお答え申し上げますが、「後」とか「前」とかというのはもちろん時間の前後をあらわす用語でございまして、たとえば甲の後乙をするといえば、時間的に甲が先行してその後に乙がそれに後続するという関係をあらわすものでございます。
 なお、いま「後」ということと「以後」ということとはどういう違いがあるかという御質問でございましたが、これは「後」というのはいま普通に日本語で用いられているような関係の時間的前後をあらわすことばであり、「以後」といいますのは時間的なプンクト、時点が非常に問題になる法律関係におきまして、当該問題になる時点を含んでそれ以後の場合に用いられることばでございます。たとえば、この法律の施行の日以後とあれば、この法律の施行の日、たとえば六月一日なら六月一日という日を含んでそれ以後という場合に「以後」というのが使われますし、またそういう厳格な意味の「以後」と違うぞ、それとは少し違うぞということをあらわす場合には、この法律の施行後というふうに、この法律の施行の日後というふうに用いるのが一般でございます。
#51
○沖本委員 そうしますと、同じ意味で最高裁のほうにお伺いいたします。「後」の解釈……。
#52
○矢口最高裁判所長官代理者 一般的には、そのとおりでございます。
#53
○沖本委員 それではお伺いいたします。いまの問題につきまして「少くとも二年間修習をした後」この修習ですね。修習とは、裁判所、検察庁、弁護士会での実務修習及び研修所における指導修習をさしていると理解していいわけですか。
#54
○矢口最高裁判所長官代理者 司法修習生に任命をされまして後ということでございますが、具体的には、いま仰せのとおりの各庁における修習というものをさしているわけでございます。
#55
○沖本委員 そうすると、法律では実務修習を終了してしまってから試験することを命じている、こういうふうに解釈していいんでしょうか。
#56
○矢口最高裁判所長官代理者 法律の規定を形式どおり読めば、そういうことに相なろうかと思います。
#57
○沖本委員 そうすると、先ほど人事局長さんは、修習期間であるけれどもそれが終わってない、こういう御答弁があったわけですが、これとのかね合いというものはどういうことになるわけですか。
#58
○矢口最高裁判所長官代理者 二十三期の修習生の修習を終了いたしましたのは本年の四月五日でございます。二十三期の修習生は昭和四十四年の四月一日に修習生に任命されておりますので、結局、四十四年の四月一日から四十六年の四月五日までがいわゆる修習期間であるわけでございます。そういたしますと、いまお尋ねの裁判所法の六十七条の関係では、これを厳格に解釈し、それを厳格に運用するということになりますと、実は四月五日に修習を終了いたしまして、そのあとでいわゆる試験をしなければいけないということになるわけでございます。ただそういうことになりますと、前回の委員会でも申し上げましたように、試験をいたしますには、五百名近い人数のことでございますので、どうしても一月から一月半くらいの日数が必要になるわけでございまして、その結果、修習生の修習を終了し裁判官、検察官、弁護士という各方面に出られる方が、終了後一月半あるいは二月近くいわば試験のために時間を余分にかさなければいけないということになるわけでございます。そこで実はこの裁判所法制定以来の慣行といたしまして、修習期間の終了までに試験も大体これと並行して終了するようにするという扱いをいたしてきておりまして、今回もそのような扱いに基づいて二十三期修習生の試験がなされたという状況になっておるわけでございます。
#59
○沖本委員 そうすると、法律が「少くとも二年間修習をした後試験」と、こういうふうに規定しておるワクをはみ出しておることになるのじゃないですか。
#60
○矢口最高裁判所長官代理者 法律の解釈、運用の問題でございますが、この修習の期間というものと試験というもの、これをどのように結びつけるかということにつきまして、字義どおりの解釈ということからは少し余裕を持っておるかと思いますけれども、当然その程度の解釈、運用は許されるものというふうに考えまして、そのように行なってきておる次第でございます。
#61
○沖本委員 では、法制局のほうに伺いますけれども、いま言った「二年間修習をした後試験」ということは、やっぱり「後試験」ですね。どういうことになりますか。
#62
○真田政府委員 先ほど「後」という用語の意味について御説明申し上げましたが、その際も申しましたように、あれは一般論でございます。個々の条文につきましては、その条文の目的としているような内容について、多少の解釈の余地はあろうかと思いますが、一般論としてどうかということであれば、先ほど申したとおりであります。
 それから六十七条の「少くとも二年間修習をした後試験に合格したときは、」というこの意味についてどうかというお尋ねであろうと思いますけれども、これはどうも、裁判所の司法行政事務に関する規定でございますので、内閣の機関でございます私のほうで、これはどうだと、したがって裁判所のおやりになっておることは違反だというようなことは申し上げるべき立場にございませんので、御容赦願いたいと存じます。
#63
○沖本委員 だけれども、法律に規定されておることを一番厳格にお守りになるのが最高裁じゃないのでしょうか。私はそう思います。それが法には従っておるけれどもそこに余裕を持たしているということになると、最高裁で農地法の判決を下したのはおかしいことになりますよ。
#64
○矢口最高裁判所長官代理者 もちろん法律は十分これを尊重し、その精神にのっとった解釈をいたさなければいけないわけでございます。ただ、そうとは申しましても、やはりその立法の趣旨、その規定のしかた、その規定しておる事項の性質、いろんなものを勘案いたしまして解釈というものが出てくるわけでございますし、また運用というものがあるわけでございます。解釈の幅、運用の幅というものは当然そこに生まれてくるのでありまして、その範囲内のものであれば許されるのではないかというふうに考えております。なお、そういったことはほかの場合にも行なわれておるわけでございます。
 これは例を申し上げますとまたいかがかとは存ぜられますけれども、たとえば大学の入学資格というようなものは、御承知のように高校を出ていなければいけないわけでございます。しかし、在学生が大学の試験を受けます際は、まだ在学中に試験を受けるということでございます。試験に合格いたしましても高校を卒業できなければ大学に入るわけにはいかないわけでございますが、しかし、試験そのものは在学中に受けることができるということでございます。そういった例もございます。これは学校教育法の五十六条等もごらんいただきますと、おわかりいただけるかと思います。
 そういった世間で同種のことで行なわれております例等も十分に勘案いたしまして、また立法の精神といったものも十分に検討いたしまして、私どもは、この裁判所法制定以来、いま申しましたような終了と同時にまた試験も終わるというような慣行というものが当然この法律の解釈として許されるというふうに考え、そのように運用いたしてきておるわけでございます。
#65
○沖本委員 そうすると、そういう幅の広い解釈ということよりも、いっそ法律を改正したほうがぴしゃっと合うのじゃありませんか。改正もせずに、広義の解釈をなさってやること自体が裁判所として許されるべきではない、私はそう考えるわけです。そういうところに疑問も生じてき、また論議も生まれてき、あるいは私の申し上げていることがこじつけで言っているのかもわかりませんけれども、こじつけの理由もできている、こういうことになるわけです。そういうことが最高裁として行なわれるべきであるかどうかという点、今度の解釈が出てくると私はそう考えるわけです。ですから、いわゆる実務修習というものが、二年間の修習課程が終わっていないんであれば試験というものは中間試験ということになってくるわけですけれども、その点どうなんですか。
#66
○矢口最高裁判所長官代理者 試験をたとえば二年間の修習を終了しない前にやることが、解釈として、運用として許されるといたしましても、かりにその試験を一年目の最初にやるとか途中でやるというようなことは、これは運用の範囲の逸脱、解釈の逸脱ということに相なろうかと思います。しかし、二年間の修習が予定されておりまして、その最後のところに接着して、ちょうど試験の終わるのと修習期間が終了するのともうほぼ同じ程度の位置においてその試験もその修習期間内に行なうということは、これは法律の運用として当然許されてしかるべきもの、このように考えておるわけであります。
 もっとも法律の改正という問題でございますと、これはむしろ国会等で御審議いただく問題ではございますけれども、私ども、こういうふうに御制定いただきました法律の運用ということはその限度の範囲において当然お許しいただけるもの、正当なもの、このように考えてやってきておるわけでございます。
#67
○沖本委員 結局、二年間の修習を終えて後試験して、初めて全部修習した点について研修所のほうから委員会にかけて、最終結論を裁判所のほうへ報告するのじゃないですか。その報告を受けるのが最高裁ということになるのではないですか。そういう手続を経てものごとはきめられていくということになるのではないでしょうか。
#68
○矢口最高裁判所長官代理者 最終の試験というのは、修習期間を終了し、かつその試験に合格するということが法曹としての、弁護士になる場合にいたしましても、検察官になる場合にいたしましても、裁判官になるにいたしましても、最低限に必要な資格要件でございますので、その試験は、私どものほうで最高裁判所に試験委員会がございまして、その委員会で試験を行ない、合否の決定をいたしましてこれを最高裁判所に報告する、長官に報告するという形をとっております。一方、修習は研修所にまかされておりますので、研修所のほうから、確かに修習期間を終了したということの御報告が参ります。その二つをあわせまして法曹資格の発生ということになるわけでございます。
#69
○沖本委員 だから、その法曹人になるためには、実質的な必要な勉強をして、少なくとも二年間の修習、その後の修習を実質的にマスターしたかどうかということを試験してみて、その試験に合格した、こういう二つの要件を備えたから客観的にはこれを委員会のほうで取り上げてきめた、こういう過程をとるんではありませんか。それが純粋なものの考え方の筋ではないか。そういうことだから、結局修了証書もできているし、官報にも載る、こういう経過をたどっておるのではないでしょうか。それで十分要件を満たされているんではないでしょうか。そうすれば、こういう内容から、いまおっしゃっている広義の解釈というものは何ものも出てこない、私はこう考えるわけですけれどもね。
#70
○矢口最高裁判所長官代理者 裁判所法の六十七条で試験と申しておりますのは、これはいわゆる二年間修習するということとは別個のたてまえのものでございまして、そういうことでこの修習生に関する規則の十二条で、「裁判所法第六十七条第一項の試験を行うため、最高裁判所に司法修習生考試委員会を常置する。」ということで、この考試委員会が試験を行ない合否を決定する、試験の関係では、ということになっておるわけでございます。
#71
○沖本委員 その合否を決定したから最高裁のほうに合格通知をして官報に載る仕組みになったんではないですか。その後の解釈が出てきたら これはもう全然問題は別ということになるわけです。その辺で私はどうも疑問が出てくるのです。そのあとの期間が残っているというのがいまになって、あとからそういう御議論が最高裁のほうでくっついてきた、こういうふうに考えざるを得ない。筋からいけば、もうそれで当然資格ができておるのだ。資格ができた者に対して資格を与えるということは当然ではないか、こう考えるわけです。
#72
○矢口最高裁判所長官代理者 試験の合格ということも一つの要件でございますが、それだけではいけないわけでございまして、修習期間を無事に終了するということも、一つのそれと並んだ要件であるわけでございます。その二つを兼ね備えたときに修習生が法曹になる資格ができるということになるわけでございます。
#73
○沖本委員 ですが、客観的にその二つの要件を完全に備えたら資格というものはできているのじゃないですか。資格を生じているのじゃないですか。資格を生じたから委員会にかけて報告したんではないですか。そのあとの最高裁の取り扱いということになるのは、その委員会でそういう取り扱いをして、委員会から取り消し決定をやったわけですか。そうではないでしょう。最高裁のほうで、最高人事でそういうことをおきめになったということになるわけでしょう。その辺に私たち、どうもこじつけていらっしゃるんじゃないか。それだと、これから法曹人として志す人たちは、自由な行動とか自由な意見とかできなくなってくるわけですよ。まして最近、私たちの時代とは別です、最近の方々はみんな自由な考えを持って自由な行動をなさる、そういう中にあるわけです。そういう生活を経てきているわけですから、多少その人たちの行動には自由な考えとか自由な行動というものがあるわけです。そういうものも理解できなければ、そういうものを持っていなければ、今度は法曹人として法律を扱っていろいろなものをきめていくときに、若い人の人格とかあるいは社会性とか、そういうものは理解できなくなってきます。その辺に私たち、納得いかないものを感じておるわけなんです。その辺をきちっとしていただかないと……。だからその一番最終段階で、いわゆる品位を傷つけるような行為があったからということでは、これはどうも私たちは納得いかない問題になってくるわけです。ただ罷免という法律しかないわけですから、そこへ持っていくために、その罷免の法律の問題はただ一つしか、品位を傷つけることしかないわけですから、そういう結論をお出しになったのではないか、私はそう考えるわけです。
#74
○高橋委員長 ちょっと局長、結局、合格してから後にいろいろな事務的な手続をやるのか、合格するだろうというふうな予定のもとにいろいろな手続をしておったところが、突発事件が起こったから予定が変更されたということになるのかという質問に尽きるんじゃないかと思うのです。そういう点について明確に話されて、すべての手続は合格というものが決定してしまって後にとるべきものか、合格予定者としていろいろな事務的の手続を便宜上とっておるけれども、まだ合格しないうちに突発事件が起こったから、それでそういうふうな処遇をされたのかどうかというところに問題があると思いますが、その点について明確な御答弁を願いたいと思います。
#75
○沖本委員 ですから、そういうことになってきまずから、法律のワクから出てはいけない、いろいろなことが起きるから法律のワク内でやりなさいということで、すべてのことを進められているんじゃないでしょうか。その一番根本に立つ最高裁判所自体が、しろうとがちょろちょろと申し上げただけで、はてさてと、こういうことになるのでは私は困ると思うのです。その辺やはり、そうなってくればもとの法律に戻って、客観的な条件、第一義的な条件はやはり修習を終えて試験に合格したから資格を備えた、こういうようなものの見方をすべきであって、そのあとでいろいろな解釈が生まれてくるのであれば法律を改正しなければならぬ。法律を改正するまではやはりもとの法律に従ってやっていくわけでしょう。最高裁規則のほうがいろいろな広義の解釈で広がっていって、それを越えていくというところに私は一番大きな問題が出てきている、こういうふうに考えるわけです。これは国民の一番疑問になるところです。すべての試験も、この問題から尾を引いていっていろいろな解釈が出てくると思います。
#76
○矢口最高裁判所長官代理者 六十七条の規定は、先ほども御説明申し上げましたように、二年間修習を終了するということと、それから試験に合格するということと、この二つを兼ね備えたときに司法修習生の修習を終えるということに規定しておるわけでございます。そこで、したがいましてこの二つの要件が兼ね備わりませんと、司法修習生の修習を終えたということにならないわけであります。修習を終了したということになりますと、先ほども申しますように、裁判官、検察官、弁護士、どちらにもなる資格ができてくる。いわゆる法曹資格ができてくるわけでございます。
 そこで、お尋ねの場合は、試験は合格いたしました。一つの要件はこれを満たしたわけでございます。もう一つの要件である二年間修習を終了したという要件が要るわけでございますが、これはその終了する前に罷免になって終了できなかったわけでございますので、この要件は満たさなかった。結局二つのうちの一つは満たしましたけれども、一つがだめでございましたので、法曹資格はない、こういうことになるわけであります。
#77
○畑委員 結局、こういうことだよ。こちらの言っているのは、少なくとも二年間の修習をした後というのだ、ところがそちらの言うのは、それと二つの要件があるというのだ。だからそうだとすれば、少なくとも二年間の修習をし、かつ、試験に合格した者、こういう表現になっておればあなたのとおりだ。ところが、そういう表現になっていないから、こういう疑問が起きる。そうだとすれば、やはり条文どおりにあなた方が運用すれば問題にならなかった。運用してないから、こじつけて首切ったから問題になった。そういうことでしょう。答弁してください。
#78
○高橋委員長 畑君の発言は関連質問とみなして、局長、御答弁願います。
#79
○矢口最高裁判所長官代理者 六十七条の規定をおっしゃるとおりに、そのことばどおりに厳格に運用いたしますと、畑委員の仰せのとおりでございます。ただ先ほども申し上げておりますように、六十七条の規定の趣旨、その立法の精神といったようなものを勘案いたしまして、二年間の修習でございますので、その修習の終わるのと同じ時期までに試験も終わるようにして、できるだけ早く法曹として巣立つことのできるようにいたしたい。この修習期間は給与等が支給になりますけれども、修習期間を終了いたしますと、給与も何にも支給されないということになるわけでございます。さりとてその間弁護士にも裁判官にも検察官にもなれないということになりますと、たとえ一カ月あるいは二カ月の短い期間でございましょうとも、その間の収入の道を断たれるということもございます。いろいろな点を勘案いたしまして、六十七条の解釈、運用といたしまして、これをいま畑委員のおっしゃいましたように、修習をするということと試験に合格するということを並列に並んでおるような運用をいたしておるということは事実でございます。またそれは解釈、運用の範囲内として許されるもの、このように考えておるわけでございます。
#80
○沖本委員 そうであれば、そういうふうな解釈の方法は修習生に――一番基本的な自分が資格を得るための重大要件であるわけですから、それだけの内容について修習生に修習課程の中あるいは試験ですか、そういう中にそういう内容について御説明になっていらっしゃるんですか、どうなんですか。そういうものがありとすれば、その終了式のときにそういうことが起き得るはずがないのです。あとわずかで自分は資格をとるわけです。ですから、そのときは慎んで、腹の中にそういう疑問とかいろいろなものを持っておっても、少なくともわずかの時間を、自分の身を守るために。そういうことをおやりになる、これは個人の権利ですからおやりになると思うのです。そういうことが徹底されていないから、後になってそういう解釈を御発表になったから、みんながく然としているということになるんではないのですか。それがまた、事実によれば、阪口修習生よりも現場で騒いでいた人かもっとおった。あるいはべ平連とおっしゃっておりましたけれども、その方々は中へ入らず外で騒いでいた。そういうもっと大きい問題があるのに、その人たちの中には通っている人もおる。そういうところに疑問が十分出てきているわけです。法律に規定されているとおりにきちっとできておれば、余人の議論をはさむ余地なんか全然ないわけです。後になってそういう解釈をおやりになるから、私たちのこういう質問も飛び出してまいりますし、いろいろな疑惑が起きてくる。その疑惑の真意を解さずしておっしゃっては、われわれはたいへん迷惑である、こう考えるわけです。
#81
○矢口最高裁判所長官代理者 四月五日までが修習期間であるということは、これは全修習生に完全に徹底いたしております。現に四月五日までの給与も払っておるわけでございまして、五日まで俸給を支払う、そうしてその翌日、六日には裁判官あるいは検察官になる人は、それぞれ裁判官、検察官になる、弁護士になる人は直ちに登録するということは、これは今回終了の修習生のみならず、二十三期が終了したわけでございますが、一期からずっとやってきておることでございまして、そのつどカリキュラムでいつまでを修習期間とするということも十分徹底をいたしておることでございます。
#82
○高橋委員長 沖本君、この問題は大体お互いの主張がわかったから……。
#83
○沖本委員 私の考えですが、当然法律が改正さるべきだと思うのです。でないと、私たちしろうとでさえこれだけの議論を生み出してくるわけですから、ですから当然法律を改正してやるべきである、私はそう考えるわけです。ですから、やはり裁判所からそういう解釈をなさると、一方のほうからしてみれば、結局権限を乱用している、こういうふうにしかとられない。そういう問題を一番解決なさるのが裁判所である。その裁判所が権限乱用と見られるような手続をおとりになるということはどうしてもわれわれは納得できない、こういうところになるわけです。
 ですから、最後につけ加えますけれども、前にも議論が出ましたけれども、こういう御答弁の中でもまだまだ私たち首をひねるようなものも十分あるわけです。もっと議論をしたいわけですけれども、こういうはんぱなところにあると私は思うわけです。ですから何とか修習生の救済方法はないのですか。法律はそれしかない。何かの方法を講ずれば本人は救済できる。ほんのわずかな間です。内容を見てみれば、自分は委員長であるからしかたがない、全部の代表に立ってやったということになるわけですね。裁判所でも情状酌量という問題があるわけですから、そういう点をお考えになって、あとの救済方法をお考えになる気持ち、あるいはそういうことはできないかという点をお伺いしたいと思います。
#84
○矢口最高裁判所長官代理者 阪口修習生の修習終了式における行為というものは、この前も申し上げましたけれども、正義と秩序とを守るべき法曹の行為としては、どのように考えましてもひどい行為であるといわざるを得ないわけでございます。そうでございますればこそ、私どもも修習終了式の最後の日である、そういったことであることは十分わかっておりました問題でございますにかかわらず、罷免という措置を御決定いただかざるを得なかったものと考えておるわけでございます。
 阪口修習生が、その後自己の行為というものを十分に反省しておるというようなことでございますれば、これまた別でございますが、残念でございますけれども、私どもその後の行為において、法曹の卵−卵と申しましても翌日からは一人前の法曹として巣立っていく地位にある者のとるべき態度ではなかったということに関しましての反省といったものは、私どもには見受けられないのでございまして、そういうものでありまする限りは、この阪口修習生につきまして救済ということを考ること自体が意味のないことである、現在のところはそのように申し上げるよりほかしようがないのではないかと考えております。
#85
○沖本委員 これはもう少し勉強してもう一度やりとりしてみたい、こう考えておりますから、よろしくお願いします。
 これで終わります。
#86
○高橋委員長 この際、暫時休憩いたします。
   午後零時二十三分休憩
     ――――◇―――――
   午後二時二十八分開議
#87
○小島委員長代理 休憩前に引き続き会議を開きます。
 質疑を続行いたします。青柳盛雄君。
#88
○青柳委員 私は、最高裁判所にお尋ねをする前に、ちょっと緊急に、ある人権問題に関して法務省の人権擁護局関係の方にお尋ねをいたしたいと思います。それはほんのわずかの時間で済むことでございますから、それが済みましたら引き続き最高裁判所のほうにお尋ねをいたしたいと思います。
 私の手元に、昭和四十三年ころのマル秘という判の押してやる文書のコピーが届きました。それは文書自体からでも大体わかりますが、関西電力の職員の方々がみずからつくられた文書でございます。その内容についてはあとから触れますけれども、これによる事項についての自主的な調査に基づきまして、被害者、人権じゅうりんを行なわれる被害者の方々が兵庫県の人権擁護課、地方法務局のほうへ提出をいたしました書類の控えもございます。要するに、この文書は会社側の労務担当の人々が、一斉に特殊の人を対象にいたしまして、これをマル特と呼んでいるのでございますが、特別の特という字をまるで囲んだマル特者ということで、その人の思想状態、おい立ちや経歴、家族関係、交遊関係、そういったものを全部調査をすると同時に、その人の行動を職務の内外を問わず監視するという体制をとっておったということ。そして、その人たちを職場においては同僚との間を孤立化させる、切り離すようにしていく。俗にいう村八分といことばがございますが、それをもじると職場八分のような形に追い込んで、そして友人との普通のつき合いも職場においてはできない。また職場から解放されて自宅に帰る過程で、喫茶店に行くとか、あるいは食堂に行って話をするということすらもできないような状態にされてしまう。そして昇給はもちろん他と区別をいたしまして許さない、そういうようなことが半ば公然とやられておった。その報告がたまたまマル秘の文書として労務管理懇談会実施報告ということで各人から提出されているわけでございます。
 時間がございませんから、あまり中身についてくどくどは申し上げませんけれども、最も極端なのは、家族の中で死亡した方があった場合に、その葬儀を行なう場合、その職員の方々が弔問あるいは手伝いを装って入り込み、そこで会葬者の名前から何からを全部調査するというようなことまでが行なわれているのであります。これなどは最も露骨な形で行なわれているわけでありますが、このような特定の思想を調査する、あるいは活動を調査するということによって、差別的な処遇を体制化していくということが、一つの独占企業である関西電力によって行なわれたという事実について、法務省のほうではどのような調査をしておられるのか。この事実が明らかにされたのはことしの五月一日のことでございまして、関西方面の新聞が一斉に報道をし、その資料もこちらに来ておりますけれども、会社側のほうでは身に覚えがないというようなことも新聞記者の方には弁明しておるようでありますが、結局は人権擁護委員会などでの調査にまつ以外にないのだと言っているというようなことも報道されております。
 いずれにいたしましても、こういう思想調査職場八分のようなことがほとんど体制化されているということが、いまの憲法下において許されているものかどうか、法務省としての見解をあわせてお聞きいたしたいと考える次第でございます。
#89
○影山政府委員 ただいまお尋ねの件は、今年の四月三十日、先月来でございますが、関西電力社一員の早水次郎という人ほか三名の方の代理人から神戸地方法務局に対しまして申告がありました事件をお述べになったことと思いますが、神戸地方法務局の報告によりますと、神戸地方法務局では申告書を検討いたしまして、管区局でございます大阪の法務局と事案について協議いたしまして、この事案の性質上両局が共同で調査することになりまして、申告者本人らを近く神戸地方法務局に出頭してもらいまして、各人から詳細に実情を聴取りする予定であるということでございます。人権擁護局といたしましては、できるだけ敏速に事件の処理に当たりたいと思います。
 なお、申すまでもなく、思想的な理由で差別されているとすれば人権問題としての疑いがございますので、慎重に調査したいと思っております。
#90
○青柳委員 これが平賀書簡問題と似たような形で、マル秘の文書を手に入れたということ自体が問題であるというような方向へ、事態の処理がゆがめられてまいりまして、その実態の調査がそのほうに重点がいくというようなことであったら、これは問題だと思いますが、会社側の関係者も、少なくとも私の手元にあるこのリコピーによりますと、四人の方の直筆のように見えるのであります。ですから、こういう方々が否認する、これは自分の書いたものでないというようなことを言われるにいたしましても、これは職場の関係者をお呼びになれば、その文書がだれによって書かれたものかということはおそらく確認できると思います。内容はもうだれが読んでも非常にわかりやすく具体的に書いてあるわけなんですね。要するに抽象的なものは一つもございません。何月何日にどうしだこうしたというような、現認のようなことも含まれております。そして具体的な人の名前も出てまいりますし、決してこれがだれかが偽造したとか、あるいは事実無根のことであるとかいうような余地のない問題だと思いますので、最後まで徹底的にこの問題はお調べをいただきたい、かように考えます。
 時間がございませんから、この問題はその程度にいたしまして、あとでまた調査の結果などを次の機会にお尋ねをいたしたいと思います。
 続いて、本日午前中から問題になっております最高裁判所の人事の問題についてお尋ねをいたしたいと思いますが、まず第一番目に、昨年の四月発表されました当時の最高裁判所事務総長岸盛一氏の談話についてでございます。これは最高裁判所の裁判官会議の決定を談話という形で発表したものであるかどうかという点を、まずお尋ねをいたしたいと思います。
#91
○矢口最高裁判所長官代理者 岸事務総長が談話を発表いたしまして、その末尾に、「以上は最高裁判所の公式見解である。」というふうに結んでおりますが、裁判官会議の議を経たものであることはもちろんでございます。
#92
○青柳委員 そこで明確に述べられている政治的な団体、要するに裁判官がそのような団体に所属することは好ましくないという趣旨の対象にされている政治的団体というのは、具体的に言うと、今度の場合もしばしば問題になりましたいわゆる青年法律家協会も含まれるという趣旨であるのかどうか、それは文章自体からはわかりませんが、お尋ねいたしたいと思います。
#93
○矢口最高裁判所長官代理者 岸総長談話自体の中には何とも書いてございませんが、今日の時点で考えました場合に、青法協はあの中にいう「政治的色彩を帯びた団体」というものに含まれてまいるものと考えております。
#94
○青柳委員 この談話の趣旨というものは、裁判官を新しく任用する場合あるいは任期の終了した裁判官を再任する場合の採否を決定する場合ですね。任官を希望してきても、これを拒否するかそれとも受け入れるかということを決定する場合に、考慮の中に入るべきものということで、そういう一つの効力を持っているものかどうかということをお尋ねしたいと思います。
#95
○矢口最高裁判所長官代理者 岸前事務総長談話は、裁判官のモラルの問題として、職業倫理の問題として好ましくないということを述べたものでございます。裁判官を採用いたします場合には、その具体的な方がつけるべき地位、すなわち判事補でございますか、簡易裁判所判事でございますか、あるいは判事でございますか、そういった地位にふさわしい方であるかどうかという観点から、あらゆる観点から検討されるものでございまして、そういった場合に全部の観点から見ましてふさわしいという方であれば、これを裁判官の任用の名簿に登載するということになっておるものでございます。
#96
○青柳委員 基準の点については、いまのようなふさわしいかどうかということを最終的にはよりどころにするんだということでございます。これは前々から一貫してそういう趣旨を答えられておられますが、いわゆるモラルの問題というのは、裁判官のモラルとして好ましいか好ましくないかという評価の価値判断がそこに入ってくるわけでありますが、そういうモラルの問題として岸談話が出ているんだといたしますと、そういうモラルはふさわしいかふさわしくないかということを判断する上で考慮の中に入るのか入らないのか、これをお尋ねするわけです。
#97
○矢口最高裁判所長官代理者 全人格的評価のものでございますので、あらゆるものがその全人格を評価される中に入ってくるのではなかろうかというふうに考えております。
#98
○青柳委員 非常に遠回しのお答えでそのものずばりになりませんが、あらゆるものの中には、したがって岸談話でいわれるモラルの問題として好ましくないといわれたようなものも当然入るということになりますかどうですか。これは簡単にお答え願いたいと思います。
#99
○矢口最高裁判所長官代理者 採用の際にどういうものを評価するかということでございますので、なかなかお答えしにくい問題でございますが、全人格的な評価としてそれがそのつけるべき地位にふさわしい方であるかどうかということできまるものでございますし、さらに、ただかりにその方を不適任とした場合にあっても、それは青法協会員である、政治的色彩を帯びた団体の会員であるということだけを理由として不適任とするようなことはない、これは以前から申し上げておるところでございます。
#100
○青柳委員 だんだんはっきりいたしてまいりました。いままでこの青法協問題が国会で論議をされる場合、しばしば最高裁判所のほうからのお答えは、青法協の会員であるというだけの理由という、ただいまも矢口人事局長のお話の中にもだけということばがございましたが、要するに青法協の会員であるということだけでは別に任用を拒否する事由にはならないという趣旨。ここで私は裏からお尋ねをするのでありますけれども、青法協もまたその一つの理由になっている、ただそれだけではだめなんだ、プラスアルファがあれば、これで不適格といいますか、要するに採用を断わってもよろしいという、いわゆるふさわしくないということに当たるという意味でありましょうか、そこをお尋ねをいたしたいと思います。
#101
○矢口最高裁判所長官代理者 そのようには申し上げていないわけでございまして、採否の基準はあくまで全人格的な評価によるものであるということを申し上げておるわけでございます。
#102
○青柳委員 どうもだけということにあげ足取りをするわけじゃありませんけれども、われわれの健全な常識でいいますと、それだけではそうはならないといった場合には、それも一つの理由の中に入るのかなとこういうふうに思うのが普通の思考方法だと思うのです。それに対して全人格的に考えるんだから、それが考慮の中に入っているのか入ってないのかわからないような形で答弁が出てくるということでは、ちょっと答えとしては私どもは理解しにくいわけであります。
 では別な質問をいたしますが、青法協の会員であるということとは全然切り離して、別な独自のものがふさわしいかふさわしくないかをきめる基準になるんだ、青法協の会員であるということは全然考慮の外に切り離されてしまうのだということになるのかどうか、その辺が必ずしもわれわれにはぴんとこないわけであります。やはり青法協ということも考慮の中に入っておる、そしてまた別なこともその中に入ってくる、これは総合されて考えられるんだ、これならよくわかるのでありますけれども、この点はだけということを言われるからには、やはりそうであろうというふうに解釈するのが常識ではないでしょうか、重ねてお尋ねをしたいと思うのです。
#103
○矢口最高裁判所長官代理者 やはり裁判官を採用いたします場合には、その裁判官にふさわしいかどうかということを、できるだけいろいろの観点から総合的に考えてふさわしい方を決定するということであるのだと申し上げるよりほかしようがないのではないかと思っております。
#104
○青柳委員 それではまた別な観点からお尋ねいたしますけれども、思想、信条によって差別は設けない。これはいかに任官を希望してくる人に対してその採否を決定するのは最高裁判所の自由である、どのような理由であろうと全く自由であるという立場をとっておっても、なおかつ思想、信条によって差別をするというようなことまでが自由だという意味ではないのだということは貫かれるのですかどうですか、そこをお尋ねしたいと思う。
#105
○矢口最高裁判所長官代理者 思想、信条によりまして差別をするということはいたしておりません。
#106
○青柳委員 していないというのは一つの主張でございますけれども、それは可能であるけれども、法的には何ら制約を受けていないのだけれども、しないだけの話だというのか、法的にそれは許されないことであるからしないのだ、そしてまた現実にしたことはないのだ、こういう意味であるのかどうか、そこをお尋ねしたい。
#107
○矢口最高裁判所長官代理者 すべきではございませんし、また現実にしたこともございませんし、今後することもない、こういう趣旨でございます。
#108
○青柳委員 そこでお尋ねをいたしますが、具体的なケースにおきまして、新任あるいは再任の希望を退けた、それは思想、信条を根拠とするものではないのだという御主張が当然のこととして出てくると思うのでありますが、現実に行なわれた拒否というものがどうもその疑いが濃厚である。思想、信条を侵すものではないか、それによる自由というものを侵害しているものではないだろうかというような疑いが出てきている。これに対して、その疑いは全く根拠がないのだ、それはこちらがやっていないからなのだ、ただそれだけの主張であっては何人をも説得することはできないわけでございます。いま五百人余りの現職の裁判官の方々が口をそろえて、やはりそういう疑いが出ているのだから理由は明らかにしていただいたほうがいいんじゃないかということを最高裁判所に要望しておられるようですし、また、在野法曹あるいは学者の方々、さらには一般の国民の方々も、やはり理由は、本人がプライバシーの問題として述べられては困るということであれば、これは別といたしましても、本人が明らかにしてくだすってけっこうです、よしんばそれが自分のプライバシーにとって非常な打撃になるようなことであっても、自分は自信があるからあえて明らかにしていただきたいと言っているような場合には、明らかにしたほうが本人のためにもなるし、また世間の疑惑も解くことにもなるし、それから今後の人事が公正に行なわれるのであろうということを期待することで安心もできるしするからやってもらいたい、こう言っているのは非常に道理にかなったことだと私どもは思うわけであります。したがって、これは人事の機密にわたるからだれが何と言おうと断じて言わないのだということでは、自分のやっていることが決して思想、信条による自由を侵しているものではないのだ、それは根拠ではないのだという否認といいますか、主張だけをされても、これは力のあるものにはならないと考えます。
 そこで、このことはすでに多くの方々から当委員会でも述べられて、またお答えも同じように判で押したように出ているわけでありますけれども、私は別な角度から申します。もしこの拒否が何らかの意味において違法行為である。それによって被害をこうむったと信ずる当時者から裁判所に訴訟問題としてその是正、救済が求められた場合においても、なおかつ当局側は、いわゆる被告にされたほうの側は、これは全く自由なことであるから、理由なんか述べなくて、これ自体何らの権利侵害はないという主張が通るのだ、こういうふうな考えをお持ちになっているのかどうか。要するに、原告側のほうではこれは憲法違反を行なっているのだ、人権じゅうりんが行なわれているのだ、こういうふうにいろいろの具体的な証拠をあげて主張している際に、いや、そんなことはおまえらがかってに思うだけであって、自分のほうはそういうことはやっておらぬのだから、それに対して答弁の限りにあらず、積極的に否認する必要もないのだ、ただ否認さえしておけばよろしいのだ、そういうことでこの訴訟というものはいわゆる勝訴する見通しがあるというふうな考え方を持っておられるかどうか、これだけはお尋ねしておきたいと思う。
#109
○矢口最高裁判所長官代理者 午前中から問題になっておりますのは三点でございますが、そのうちの一つの阪口修習生の罷免という問題は、これは罷免ということでございまして、不利益処分でございますので、これは別のケースとしてお考えいただきたいと思います。
 残りました新任、再任の問題につきましては、私ども救済の方法はないというふうに考え、そのように考えることが法律的にも正しいと信じておりますので、これにつきましては、かりに訴訟がございましても、そのようなことを主張することにとどめれば十分ではなかろうかと考えております。
#110
○青柳委員 これは論争になりそうな大問題でございますけれども、私は原告側が明らかに権利侵害、すなわち憲法第十四条が発動さるべき事案である、それに抵触する事案であると考え、それにふさわしい、その主張が通るであろうような論拠をかまえていった場合でも、いや、人事という問題についてはもう憲法十四条というものは全然問題にならないのだ、要するに人間を採用するかいなかということについては差別対遇などということはもう論外なんだ――国民が公務員を選ぶ権利あるいはこれを罷免する権利があるということも憲法で保障されております。だから、国民がこういう人を裁判官に採用してもらいたいと思っているのを、いわば最高裁判所は国民からまかされた権限として行使するわけでございます。ところが、その国民の希望を裏切って、思想的、信条的に、採用してもらいたいという人間を採用しなかった。これは国民の一人としても訴えたいところでありますけれども、すべての人々が、その理由については憲法十四条に違反するような措置は受けていないんだという説明を聞かなければ、それは自由なんだよ、そんな憲法十四条なんというのはたいしたものじゃないのだ、人を採用するかいなかということは全くまかされた人の自由なんだ、こういうことで済むものかどうか。ことにこれが一私的企業の場合と違って、国家公務員あるいは地方公務員というものを彩用する公の機関の行為である場合には、オールマイティだといいますか、超憲法的であるというような形では言えないんじゃないかと思うのですが、この点だけ見解を承りたいと思います。
#111
○矢口最高裁判所長官代理者 憲法十四条が重要な規定であるということは私どもも十分に承知いたしております。私ども憲法十四条の規定に違反するというような問題はこれまでもやったことがないという確信を持っておるわけでございまして、先ほどもその趣旨のことをお答え申し上げたわけでございます。したがいまして、この具体的な問題に関します限りにおきましては、そのようなことは毛頭ないわけでございますので、御懸念いただきますようなことは起こらないのではなかろうかというふうに考えておる次第でございます。
#112
○青柳委員 時間が参りましたから……。
#113
○小島委員長代理 岡沢完治君。
#114
○岡沢委員 最初に、宮本判事補の再採用と、申しますかについてお尋ねいたします。
 前回の四月十三日の法務委員会、昨日の参議院の法務委員会におきまして、罷免された阪口元修習生については、法理論上採来修習生に採用するのについて障害はないという御答弁がございました。宮本裁判官、現在の簡易裁判所判事につきましても、裁判所法第四十二条第一項の資格を備えておられると思いますので、将来判事に採用するということは法律的には当然可能だと思いますが、その辺についての見解を聞きます。
#115
○矢口最高裁判所長官代理者 仰せのとおりに考えております。
#116
○岡沢委員 憲法七十六条三項のいわゆる裁判官の独立に関連いたしまして、前回の法務委員会におきましていわゆる七十六条三項の職権行使と申しますか、「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。」この項にいいますその「職権」の解釈につきまして、参考人の間で若干意見が分かれたように私は聞きました。田上教授と申しますか田上参考人の場合は、広く司法行政上の裁判所の行為につきましても、あるいは裁判官の行為につきましても、憲法に基礎を置く権限についてはこの項による「職権」に該当して、いわゆる司法権の独立あるいは裁判官の独立の観点から当然職務に入るという解釈。一方で他の参考人の見解では、いわゆる裁判のみに厳格に解するという趣旨の御意見の発言がございました。最高裁事務総長がことしの四月八日、日弁連の会長談話に関連して行なわれました御発言の中にも、最高裁判所の司法行政について裁判所の独立を侵さないようにという趣旨の文言がたしかあったように私は解します。最高裁事務総局とされましては、この七十六条三項のいわゆる「職権を行ひ」の「職権」の中にはどの範囲のものが含まれると解しておられるか、お尋ねいたします。
#117
○矢口最高裁判所長官代理者 重要な問題でございますが、私ども仕事を行なっていきます上において、私どもの心がまえとして、七十六条三項を運用いたしております際の気持ちといたしましては、この「職権」という中には裁判の事項に限る。ただ、裁判と申しましても非常に幅が広うございますので、なかなか問題はあろうかと思いますが、司法行政というものは一応その中には含まれないというふうに考えて運用いたしておるわけでございます。
#118
○岡沢委員 そうしますと、この間の田上教授の見解とは若干違いまして、田上教授の見解では裁判以外でも、たとえば書記官の人事や事務官の人事は別として、裁判官の人事等は当然司法権の独立にきわめて大きな影響があるという観念から、最高裁判所の司法行政の中でも裁判官人事等はこの「職権」の中に含まれるという解釈でございましたが、いまの人事局長の解釈はそれとは違って、いまお答えのとおりと解してよろしゅうございますか。
#119
○矢口最高裁判所長官代理者 司法の独立ということは七十六条の規定もございますし、またそれの次の七十七条にも規定があるわけでございます。七十七条の規定には内部の規律の規則制定の権限も認められておるわけでございます。要するに司法行政というものにつきましても、また憲法によって直接裁判所がこれを扱うように定められておるということは当然のことであるわけでございます。そういうことでございますので、司法行政がいわゆる司法の独立とどういう関係があるかということでございますれば、私ども司法行政もまたこれに含まっておるというふうに考えておるものではございますけれども、お尋ねの七十六条の三項の職権という中には入らないのではなかろうかというふうに考えておるわけでございます。
#120
○岡沢委員 事務総長にお尋ねいたしますが、そういたしますと、私が先ほどあげました四月八日の日弁連の会長談話に関連して報道機関にしるされた記事がもし正しいといたしますならば、最高裁判所の司法行政に対する干渉のおそれありという意味のことばが使われておりました。事は裁判官の新任あるいは再任拒否に対する日弁連会長の声明に対する批判でございまして、いわゆる人事行政、司法行政にかかることだと思いますが、これについても日弁連、裁判所以外からの発言については、司法の独立を害するおそれありという趣旨の御意見であったと思いますが、その辺と、ただいまの矢口人事局長の御答弁との関連についてお尋ねいたします。
#121
○吉田最高裁判所長官代理者 お尋ねのように、私から日弁連の会長あての書面に、いまの御趣旨の点を記載して渡したことがございます。そこで最高裁判所は憲法によって独立して、人事を含む司法行政を行なう権限と責任を与えられているわけでございます。それと申しますのは、結局裁判の独立を維持するためには、やはりこれと密接なる関係のある司法行政についても独立して行なう権限を憲法は与えているものだ、こういうふうに解釈しているわけでございます。ところが、日弁連のほうでは、最高裁判所が行ないました具体的人事につきまして、その当否を論じこれを非難しているわけでございます。一般に干渉と申しますと、自分の権限に属しない事項で、反対に相手方の権限に属する事項についてしいて容喙して、そして自分の意思に従わせようというのが干渉だと思います。そういう意味からいいまして、公の機関である日弁連として、最高裁判所の権限に属します人事行政を含む司法行政についてかれこれ言うのは干渉である、これはひいては司法の独立を脅かすおそれがある、こういう趣旨を申したわけでございます。
#122
○岡沢委員 ただいまの事務総長の御見解と矢口人事局長の御見解、私の聞き違いかもしれませんが、若干ニュアンスが違うような感じがいたします。矢口局長の場合ははっきりと、七十六条三項にいう職権の中には、司法行政、人事行政は入らないという解釈、事務総長は、やはり司法行政についても裁判所の権限に属するものについては独立して行なうのだということが、大きく分けて大前提になっていると思います。事務総長なりあるいは田上教授の見解に従いますれば、われわれも憲法の精神に反したことをやっているおそれが出てくるわけでございます。少なくとも憲法の趣旨に反する行為を行なうという解釈すらできないことはない、われわれも慎まなければならないということになるのかとも思いますし、しかしまた、裁判の独立、これがある意味では国民の信頼が基礎であるということを考えました場合、国民の最高裁の司法行政についての措置について批判が全く封じられておると解するのもやはり問題があろうかと思いますだけに、この辺の解釈は最高裁としてぜひ御統一をいただきたいし、微妙なところで参考人としても意見の分かれたところ、むずかしい問題かと思いますけれども、ほんとうは詰めて聞きたい感じがいたします。しかし、私に与えられました時間は四十分で、途中で総理に対する質問が入るようでございますから、次の質問に移ります。
 この委員会でも、あるいは最近の裁判所の人事行政について一番問題になっております新任、再任に関連いたしまして、十年のいわゆる任期、憲法八十条あるいは裁判所法四十条の任期の意義と申しますか、十年の任期が規定された真意というものをどういうふうに最高裁判所としては解しておられるのか。前回の法務委員会でも私からもたださしていただきましたように、プリビレッジ・オブ・リアポイントメント、このプリビレッジの解釈、いわゆる特権と解すべきか、権利とは違う、ライトとは違うという解釈に従って、単に再任することができると日本の憲法の文字どおりに解釈すべきか。これにつきましてはわれわれが英文にこだわる必要はもちろんございませんけれども、憲法の制定過程等考え、特に当時の総司令部の存在を考えました場合、アメリカにおける法曹一元の制度を前提にした制度と、それに対する解釈、日本の場合はいわゆる職業裁判官、キャリアシステムをとっているわけでございますから、やはり文字どおり解することが、逆に裁判官の身分保障、三権分立に反するというような解釈も出てこないことはないわけでございまして、この任期十年の解釈について最高裁判所事務総局としては真意をどう解しておられるか、この際明らかにしていただきたいと思います。
#123
○矢口最高裁判所長官代理者 任期という制度は、新しい憲法になりまして全く新たに導入された制度でございまして、制定の当初よりこの問題についてはこれをどのように解すべきかということで一部議論のあったところで、ございますが、私どもこれを運用いたすのにつきまして、手前の法務委員会の際にも申し上げたわけでございますが、三十二年のときに裁判所が新憲法下初めてのいわゆる任期終了という問題を迎えましたときに慎重に検討をいたしたものでございます。
  〔小島委員長代理退席、委員長着席〕
それの点におきまして、私どもの考えといたしましては、この任期というものはあくまでその他の官にございますような任期と全く同様に解すべきものである。したがいまして、再任することができるというふうに憲法にも、裁判所法にも同じことばを使っておりますが、それは文字どおり再任し得る地位があるにすぎない、そういうふうに解釈すべきであるという考えを持ってきたものでございます。
 確かに憲法では、その場合の英訳文といたしまして、プリビレッジということばを使っております。それから裁判所法では同じ条文をメイ・ビー・アポインテッドというふうに書いております。確かに書き方が違っておりますが、元来このプリビレッジということばは、アメリカにおいては、既得権でございますとか請求権でございますとか、そういういわゆる法律上の権利ということばを意味することばではないのでございまして、またイギリスにおきましても、古くは法律的な用語に用いられたことがあるやに承知いたしておりますが、現在におきましては、プリビレッジということばの中には法律的な権利という意味は少しも含まれていないというのが実情でございます。このプリビレッジというのは、言ってみれば再任しようと思えば再任され得る地位といいますか、そういったものをあらわしているのにすぎない。結局意訳的なものといたしましては、プリビレッジ・オブ・リアポイントメントということも、メイ・ビー・アポインテッドということも全く同じ意味で再任され得るということにすぎない、このように解釈し、運用いたしておるわけでございます。
#124
○高橋委員長 ちょうど総理が見えたから、総理に対する質問を……。
#125
○岡沢委員 それでは自余の質問は、総理に対する各委員の質問が終わってから続行させていただきます。
#126
○高橋委員長 畑和君。
#127
○畑委員 私は、これから総理に御質問したいのですが、どうもわれわれ野党全部合わしてわずかに三十分というお時間をしかさかれないということは、きわめて残念であります。もっとひとつ時間をうんととってもらいたいと思う。司法の問題ですから、行政府の総理大臣のほうと直接は関係はないといたしましても、相当問題は関連があると思いますので、今後ひとつ十分な時間をとってもらいたいと思います。
 時間がまことにございませんから、簡単に二、三の点について質問をいたしたいと思います。
 まず第一に御質問いたしたいのは、この間最高裁の下田判事が新潟県下を視察いたしまして、新潟の裁判所において新潟の所属の裁判官の人たちと懇談をいたした際に発言したことばが、マスコミによって報道されております。直接マスコミに語ったことばではございませんので、そのことばについては下田判事もノーコメントであるということを言うております。しかもこうしたことが部外に出るはずがないのだ、こういったことを言っておられますけれども、しかし、やはりそういうことは漏れるものでして、これはいたしかたがないわけです。
 ところで、その発言を新聞記事によりますと、たまたま最近の例の司法紛糾の問題に触れての発言だと思いますけれども、裁判官たる者は体制的でなければならない、その体制に対して批判を持つ裁判官は、これは不適当であるからむしろ裁判官をやめてもらったほうがよろしい、こういったような発言をしたように報道されておるのであります。このことは非常に私は政治的な発言だと思うのです。下田さんらしい政治的な発言だと思う。大体下田さんが任命されたときに、われわれ非常に奇異の感を持ちました。なかなか思い切った異色人事だというような説もありましたが、反面また非常な危惧の念を持った人が多かろうと思うのでありまして、あれほど、外交官の立場でおったのにもかかわらず、しかも相当政治的な発言をして世論からいろいろ非難も攻撃もされた人が、事もあろうに最高裁の判事に任命されたとはということで、私も実は自分の耳を疑ったのでありますが、総理が任命したのですから、これは間違いない。そこで、私はその当時も総理に質問をしようと思っておったのですが、こうした政治的発言をするような人は、政治的に中立を要求されておる最高裁の判事として私は非常に適当ではない、かように考えておるのです。その点について、新聞の記事は間接でありますから、その辺で逃げられるかもしれませんけれども、それがもし事実といたしました場合に、総理としてはその任命の問題とあわせ考えて、この下田発言がどういうものであるかというそれに対するコメントをひとつお願いいたしたいと思います。
#128
○佐藤内閣総理大臣 最高裁判事、これは内閣が責任をもって任命しております。不幸にして畑君と私の考えが違うようですが、私は適任だ、かように思って任命したのでございます。その点は政府は、もちろん任命した以上政府に責任があると、かように論理的にお話しになって差しつかえないことでございます。
 また、下田発言なるものについての批判を求められましたが、いまもお話のうちにもありましたように、あれは新聞で報ずるところで、ただいま本人はノーコメントだ、こういうことを言っておられますから、私自身がそれについてコメントするのはどうかと思います。ましてや任命権者ではありますけれども、ただいま最高裁の判事になっておれば、三権分立のたてまえでございますから、私はとやかく批判することは遠慮さしていただきたいと思います。
#129
○畑委員 総理は、参議院のほうの委員会か何かの質問に答えまして、あの発言は妥当であるといったような答弁をしたように思うのです。新聞記事にそう載っていたと私は思うのでありますけれども、下田判事がノーコメントと言うから自分のほうもそれについては何とも論評できない、こういうようなことで逃げられておりますけれども、しかし、あの発言は明らかに、要するに体制というもの、その体制というものがいろいろな意味があると思います。国家機関であるからすなわち体制だという意見もあるでしょうけれども、いま一般的にいわれておりまする、理解されておる体制という意味は、いまの政府、内閣、行政府、こういったものが体制であって、それの側に立つかどうかということが、体制側に立つか、あるいはそれの反対側に立つかというふうに一般的に理解されていると思うのでございます。あの文句がそのとおりだといたしますならば、私はきわめて妥当を欠く、行政官としてならともかくも、裁判官としてきわめて妥当を欠く発言だと思っております。そういうことを言う人なのです。そういうことを言う人であることを私はおそらく総理も承知をしておると思うのですが、それをあえて任命されたということは、やはり最高裁の構成をそういった人々で固めようというような意図でないかとすら思われる。その点についてはいかがですか。ひとつ公正な任命をしてもらいたい。
#130
○佐藤内閣総理大臣 どこまでも公正に任命するつもりでございまして、特殊な、特別な型の人だけ好きこのみでやる、さようなことはいたさないつもりでございます。
#131
○畑委員 だいぶ巧妙に逃げられますけれども、私はそれはどうも一〇〇%信頼できないのです。きわめて残念です。
 それからさらに、これに関連いたしますけれども、私前から総理に、予算委員会の席ででも質問したいと思っておりましたのでありますけれども、裁判官の任命ですね。最高裁の裁判官の任命は、御承知のように内閣が持っており、しかも総理の専権に属するでしょう。そしてまた、下級裁判官の任命も最高裁で調製をした名簿に基づいて内閣が任命するという形になっております。下級裁のほうはともかくといたしまして、最高裁の裁判官十五名の任命があなたの手にある、内閣総理大臣の手にあるということであります。そこで、司法と行政府とのかかわり合いが出てくるわけです。司法の独立ということは、もちろんこれは動かしてはならぬ問題であることは、総理としてもお考えになっておると思いますが、しかしながら、やはり最高裁の裁判官十五人が裁判の一番の最終の判決をするところであり、かつまた、下級裁判所全部を指揮監督をし、人事その他を掌握しているところです。司法のうちの一番最頂点、その最頂点の人々を任命するのは内閣総理大臣ということになっておるからには、非常に慎重にやっていますと総理がおっしゃるだろう、いままでもおっしゃた。けれども、私たちはそうは、人間であるから、しかも総理として、政党の総裁としての立場からもございまして、それが一〇〇%なかなかわれわれは信頼できないのです。そこでいろいろそういった問題で疑問を持つ人が相当おるのです。
 ところで、考えてみますると、一番最初に憲法ができ、それから裁判所法ができましたときには、御承知ではありましょうが、裁判所法の中に、三十九条に、最高裁の判事の任命については裁判官任命諮問委員会という制度があって、もちろんこれは内閣の所管でありますけれども、そこの委員を任命して、その委員たちにこの任命についての選考を一応諮問をする、こういうたてまえになっておりました。少しでも内閣のかってにやることを、ことばは過ぎるかもしらぬけれども、かってにやることを防ぐ、あるいはほかからかってにやられたということの公正らしさを疑われないようにする必要がある、こういうことでその制度は設けられたと思うのです。国民審査制度というのが御承知のようにございますから、それによって、任命後の総選挙の際に行なわれる投票の際に、信任、不信任という手があるということには形はなっておりまするけれども、国民のだれもがこの裁判官はいい裁判をするかどうかということは、最高裁の判決に限って少数意見、多数意見でちゃんと名前は書きますけれども、それを一々承知しているはずもない。したがって、この国民審査制度というのは、チェックの方法としてはほとんど抜けがらのような存在だと思うのです。そこで少なくとも諮問委員会ぐらい設けてやるべきだ、そういうことでおそらくできたと思うのです。ところが、それが最初の裁判官を任命したあとその裁判所法のその部分が削られまして、いまない。ところでやはりその途中で、昭和三十二年の二十六国会でたまたま裁判所の機構改革の法案が出ましたが、その法案の中の一部にこの規定の復活の条項が出ておるのです。ところが、最高裁の機構改革の案がつぶれて廃安否なった関係でこれも一緒に廃案になった、こういういきさつを私も調べて承知いたしておるのでありますけれども、こういった問題が下田判事の問題あるいは最近の司法の一連の問題、こういう問題が起こるにつけて、やはり最終的には政治的に自民党が立法府にまで何となく間接的に支配をするというようなことに国民が見るのは、私は無理もないと思うのです。そういう点の公正らしさを担保するためにも、私は裁判官任命諮問委員会の制度を復活する必要がある、かように考えておるのです。
 いまの総理の地位というのは、これは最高なものです。日本にもこれほど最高の権力を持った人は私はおらぬと思うのです。とにかく陸海軍の統帥権を持っておるし、それからまた、いま言った最高裁の裁判官十五名の任命権もお持ちだし、同時にまた、立法府の与党のこれだけ大ぜいの三百三議席をあなたは支配している。そうした最高の権力を持っておる人ですから、どうにでもあなたがやろうとすればさじかげんで何でもなるというような印象を持つのは私だけじゃないと思うのです。そういう点からいたしましても、人権の保障の最後のとりでである司法権の独立を守るためにも、まずそのもとの最高裁の裁判官の任命をひとつ公正らしさを少しでも担保するために、その制度を設ける必要があると思うが、総理はどうお考えになられますか。この点をお伺いいたしまして、私の質問を終わります。
#132
○佐藤内閣総理大臣 たいへんうまい論理を並べられまして、私もなかなかうまく説明ができるものだなと、こう実は聞いておりました。
 そこで、まず私に関することから申しますと、私というものは何か専断している、もう何でもかってにやっている、権力をフルに使っている、こういうように御批判があったように聞き取れたのですが、さようなことはございませんから、これは畑君のことだからそこまでは言わなかったつもりだとおっしゃるでしょうが、私がちょっと聞いていると、何不自由なく、何でもやろうと思えばやれるのだ、こういう状態じゃないかと、こういうことのようでした。しかし、私はそれなことはございませんということをはっきり申し上げて、私自身幾ら権能があるといいましてもかってなふるまいはしない、これは何といっても国民一億がちゃんと見守っているのですから、その間で専断専決やれば、これはどんな批判だって受ける、そういうことは政治家として私自身が慎まなければならぬ。その点は誤解のないように願いたいと思います。
 そこで、ただいま言われます最高裁判事の任命諮問委員会、そういう制度を設けたらどうか、これは見方によっては総理がたいへん楽な気持ちになれる、こういう制度だと私は思いますよ。かつて設けられたそれも、おそらく責任の分担というような意味においてどうも形式化しているというので、それで廃止された、かように私は思います。それよりもただいまの状況では、やっぱり国民が信頼して多数を与え、国会において信任された政府、その政府の責任において裁判官が任命される、こういうことがどうもわかりいい筋のように実は思います。したがって、私はいまのせっかくの御提案に対し、またたいへんうまい論理の展開ではございましたけれども、その説にちょっと賛成するわけにいかぬということを申し上げて、お答えといたします。
#133
○畑委員 その点はひとつ研究してもらいたい。われわれのほうも考えてみます。ともかく三十二年に一度そういう復活の法案が出たことがあるのですから、やっぱりそういう必要を認めたこともあると思うのです、いまはそうじゃないと言われるかもしれないけれども。責任がはっきりしないという点は確かにありましょう。しかしながら、国民の見る目がやはり違うと思うのです。そういう点で申しました。
#134
○高橋委員長 林孝矩君。
#135
○林(孝)委員 総理にお伺いします。
 私もいまの畑委員と同じ意見でありますけれども、私に与えられた質問時間がわずか六分で、これだけの重要問題を六分で審議するということは、これは漫画にもひとしいような印象を受けるわけです。そういうような問題に対する把握のしかたがおかしいんじゃないか、そういうような印象も受けているわけです。
 まず第一点は、いま人事の問題が出ましたけれども、われわれが一番大きな疑問にしているのは、いまも少し述べられましたように、司法権の独立ということが憲法で求められた。これは昔の司法省といわれた時代から憲法が、行政が司法に干渉してはならないという三権分立の立場からの要求であったわけです。ところが、いまいろいろ例が引かれましたように、旧司法官僚の経験、ほんとうに陸上勤務といわれるような実際第一線の裁判の経験の非常に乏しい人たち、そうした人たちが最高裁の判事に任命されている。ということは、行政が司法の中に介入していっている事実ではないか、そうした疑問が一番大きな問題だと思うわけです。
 そうしたところから考えられることは、先ほども例に引かれました下田最高裁判事の発言、この件についてはノーコメントという話がございましたけれども、午前中の論議の中で、最高裁の事務総長の発言の中に、法律的に体制側でなければならないというふうに下田さんから連絡があったという話がございました。ノーコメントではないわけです。ちゃんとコメントをされております。その考え方の根底にあるのは何かといいますと、結局体制側になければ裁判官をやめなければならないという思想の強要ではないかと思う。そうした発言が、国民に対する影響というもの、また裁判に対する疑惑、裁判官に対する疑惑、そうしたものが問題になって、一連の今日の司法行政をめぐる数々の問題が提起されているわけです。そうした状態を私たちは異常事態、そのように考えるわけですけれども、総理はどのように把握され、認識されておるか、その点が第一点であります。
 第二点は、それと関連いたしまして、やはり最高裁判事の人事の件でありますけれども、二十一日の閣議で最高裁判事飯村判事の後任に天野氏を任命する、そういうニュースがございました。この件に関して、最高裁の人事は今日まで慣行として一週間で大体後任がきまるということが通例とされておった。しかし、なぜ一カ月もかかったのかということに対して、一つの疑惑がいま生じております。それは検察官出身であるという疑惑、それの裏にあるのは、飯村氏は弁護士の出身であった、だから当然弁護士からということで四人の候補を出した、しかしそれは前から総理と保利官房長官の間で天野氏ということはきまっておったといううわさだ、いろんなそうした疑惑が生じておるわけです。今日までの裁判官再任問題あるいは修習生の罷免問題等が、人事の秘密ということで片づけられてきたわけですけれども、総理は、この件に関しても、人事の秘密ということでおっしゃるのか、それとも国民の疑惑を解くために、この際、この国会を通してコメントを発表される気持ちはないかどうか、その点が第二点です。
 第三点は、これはすでに内閣委員会でも論じられたことでありますけれども、例の総理の憲法改正に対する発言です。総理のいままでの答弁もお伺いしました。しかし、そうしたことばを口に出されたということは、憲法の内容について、こういう点を改憲する必要があるのではないかというものがあってあのような発言が行なわれたのではないか。内容に対してどういう点を改憲しようというところからあの発言が出たのかという一つの疑問点があるわけです。そういうことを全然考えずに言われたものなのか、それとも内容的に総理自身としてそうした考え方があるのかどうか。
 この三点についてお伺いをしまして、私の質問とさせていただきます。
#136
○佐藤内閣総理大臣 一つの点で、いまもう畑君に申しましたように、内閣自身が任命権を持っている、これは否定するものではございません。また、それはそれなりに御理解はいただきたい、かように思います。
 そこで、任命権があると、そう言うことを聞くだろう、それが干渉ではないか、こういうような御意見だったように思います。たまたま佐藤内閣が、私自身ずいぶん長くもおりますが、しかし、こんなに長くいるはずはなかったはずなんで、したがって、そういうことはやっぱり任命された人、そのときに最高裁の判事になる方は、たいへんな恩恵を受けた、こういうようなことで人情でどうもその体制に従う、こういうような方は選ばれないだろうと私は思います。そういうところにほんとうに公正に任命されるので、時に最高裁の判事に任命した方が政府の考えと別なことをやっていることもございますし、また憲法論議については、自由に自分たちの意見を展開しております。ここらにいわゆる思想の自由というものは憲法で保障されておりますから、ただいまのような御心配はなくていいのではないか、私はさように思います。だから任命された人が、どうも体制下に行動しないとやめなければならない、こういうのは、よほど何というか――どうもそういう方はないように思います。
 ただ、いま下田発言について最高裁の事務総長が発言をしている、こういうことですが、私は行政府か司法――いわゆる三権分立、そういう立場で行政府の立場の総理は、任命権は行使するが、それらの裁判所の行動、判決等についてとやかく言わないほうがいいのだ、かように思っております。しかし、最高裁の事務総長みずからが反省的な見地で意見を述べること、これは私は当然じゃないだろうか、かように思います。だから、その点は政府の批判とは違って、やっぱり事務総長の発言は、それなりに司法の独立を守っておる、かように解釈すべきではないかと私は思うのでございます。したがって、いわゆる任命ということで特別なつながりを結びつける、こういうようなけちな考え方は総理にもございませんが、また任命された判事にも、そういうところのものはない、かように御了承いただきたいと思います。
 また、きょう天野最高裁判事、これを任命いたします。この御審議でもおそらく法務大臣、認証式に出かけるんだ、かように思いますが、これが任命されたいきさつ、ずいぶんおくれたじゃないか、かようなお話がございますが、この月は比較的に最高裁の仕事がこれらしい仕事がない。したがって、私どもが後任を任命するに十分余裕のあることでございました。実はその間に最適任者を見つける、こういう努力をした、これなりにひとつ御理解をいただきたい、かように思います。
 また第三点としては、これは私の改憲論についてのお尋ねでございました。これは私が申し上げるまでもなく、自民党結成当時、自由民主党は自主憲法を持ちたい、こういうことを実は申しております。したがって、自主憲法というのが機会あるごとに出てくると思います。しかし私は、私の在任中は憲法改正は取り上げない、こういうことを申しております。いかにも矛盾するかのようでございますけれども、そうじゃなくて、政党はあらゆる機会に、三権分立のたてまえのもとにおいても、あらゆる制度についての検討もしますが、また守らなければならない憲法についても、ただいまのような自主憲法という観点から絶えず検討を続けるものだ、かように私は考えております。そこにやはり政党の使命があり、また生命もあるんじゃないか。もう憲法は一切改正しないんだ、検討することまかりならぬ、かようなものではない。しかし、その憲法というようなものは、よし改憲案が成立いたしましても、国民とともに改正すべきものでございますから、その条件が整わないうちに、そういうものを先ばしって提案することはどうかと思います。私は、そういう意味から自民党が党則できめておる自主憲法、そういうものと取り組むことはたいへんけっこうなことだと申し上げます。しかし、私の在任中にはそういう条件は完備されない、かように考えておりますので、私は在任中は改憲は取り上げない、こういうように答えておるわけであります。
#137
○林(孝)委員 いまの三点の答弁に対して、まだお伺いすることはありますけれども、時間の関係で終わらせていただきます。
#138
○高橋委員長 岡沢完治君。
#139
○岡沢委員 私も与えられました時間が六分でございます。三問質問したいので、答弁のほうも簡潔にお願いします。
 きょう、総理にこの法務委員会に出てきていただきましたのも、やはり最高裁の新任、再任あるいは修習生の罷免という人事に関連してでございます。最高裁判所が下級裁判所の人事権を持っておられることは総理もよく御存じでございますが、その一切の裁判官の人事権を持っておる最高裁の人事を握っておられるのが内閣であり、総理であるだけに、やはり先ほどの畑委員等と同じように、最高裁判所の裁判官の任命について、人事の佐藤といわれる総理に、この際、私なりの意見も述べて、再考慮してもらいたいと思います。
 もちろん、憲法に基づいて内閣が最高裁判所の判事を任命されるのは当然でございますけれども、先ほど御指摘のように、佐藤内閣が六年以上続いておる。十五名の最高裁の判事のうちの全員が佐藤内閣が任命された裁判官である。長官だけは最高裁就任は池田内閣時代でございますけれども、最高裁の長官に、内閣の指名に基づいて天皇から任命されたのはやはり佐藤内閣時代でございます。そうすると、十五人の最高裁の判事全部が人事の佐藤総理のいわば任命のもとにおられるということにつきましては、やはり国民として最高裁の公正さについて幾らか疑問を持つことは否定できないと思います。初代の最高裁の長官であった三淵さんは、裁判所は正義と公平を実現することが大切だ、しかしそれ以上に大切なのは、国民が裁判所は正義と公平を実現するところだと信ずる存在であることだということを言っておられます。そう考えますと、やはり私は憲法に基づいて内閣が任命されるとはいいながら、国民が納得するような任命方法を運用上お考えになることは当然だと思います。
 私は、畑委員が御指摘のように、最初の最高裁判事の任命について、裁判所法上裁判官任命諮問委員会があったことを前提に置きながら、現実のように、残念ながら野党が政権を担当する日がすぐにはこない現実を考えました場合、やはり運用上国民が納得するという意味で、拘束力はなくてもいいと思いますけれども、総理の胸一つで最高裁の判事がきまるというような印象を国民に与えないためにも、諮問委員会あるいは推薦委員会、それに在野法曹あるいは大学の教授あるいは最高裁等の御意見を聞かせて、慎重に、最後の決定権は内閣がお持ちでけっこうでございますけれども、そういうものを存置されるということは、一昨日開かれました法務委員会における参考人の御意見、特に自民党推薦の田上教授等でも、拘束力さえ持たなければ違憲ではないという御解釈でございましたが、そういう方法をお考えになる意思はないかどうか。
 特に、きょうの天野最高裁判事の任命に関連いたしまして、その前任者である飯村最高裁判事が弁護士出身であった。ところが、今回は慣例を破って弁護士推薦の最高裁判事を任命されないで、あえて検察庁出身の方をお選びになった。タイミング的に、最近の日弁連対最高裁の対立抗争とも何か関係があるのじゃないかというようなことを国民が疑ってもしかたがないような観点もできないこともない。そういう点も含めまして、総理は最高裁判事の任命について、諮問委員会あるいは推薦委員会等の設置をお考えになる意思はないかどうか、重ねてお尋ねいたします。
#140
○佐藤内閣総理大臣 任命諮問委員会というか、あるいは推薦委員会というか、これについての考えは、先ほど畑君にお答えしたとおりであります。しかし、それは私も非常にいい、いわゆる責任を分担してもらうという意味においてはそういうものも望ましいことではないかというような意味の発言をいたしておりますから、全然考慮の余地なし・こういうものでないことだけは――畑君も最後にその願望を述べられ、いま岡沢君もそういう意味の考え方でいらっしゃるだろうと思います。私がいまの態度で最後まで貫き通せるかどうか、これはまた別でございますが、皆さんの御意見のあるところは十分心を平静にして向かうつもりでございます。
 ただ、お話の中にありましたように、問題はやはり裁判の権威、これが国民から疑念を持たれる、あるいは疑惑を持たれる、こういうようなことがあってはたいへんだと思いますので、私どもも国民から信頼を持たれる、またそういう意味で最高裁の判事が任命される、そこにはじめて裁判の公正公平が維持できるのだ、こういうことはいま御指摘になりましたとおり、私は最も大事な基本的な問題だ、かように思いますので、そういうことがそこなわれないように、この上とも私どもも考えますし、最高裁自身もそういう意味で努力していただきたいことだ、かように思います。
#141
○岡沢委員 これも総理の人事に関連した問題でございますが、実はなくなられました西村委員長の遺志でもあるので、ぜひお尋ねしておきたいわけです。
 内閣の人事行政の中で、最高裁判事と並んで大事なのは国務大臣の任命だと思います。国務大臣の任命につきまして、故西村委員長は、文部大臣は教育の中立性からして、また法務大臣はその厳正公正さを要求される地位からして、政府与党と申しますか、いわゆる政党の人を選ばないということを、むしろその性格あるいは憲法上考えてもいいのではないか。これは西村委員長の持論でございました。憲法六十八条でも、国務大臣の過半数は国会議員から選ばなければならない。しかし、十八名の国務大臣のうち八名までは、憲法上も民間から選び得るわけでございます。いま申しましたような二つのポストは、やはり広く国民の中から、国民が最もその適任者と認めるような、野の遺賢と申しますか、最高級の人材を、文部大臣、法務大臣にふさわしい人を選ばれるというのが運用上妥当ではないかと私は思いますが、この点について簡単にお答えいただきたいと思います。
#142
○佐藤内閣総理大臣 必ずしも、政党人を私が選ぶ、かようにこだわっているわけではございません。適材適所、これは適任でさえあれば、広く人材を求めるにやぶさかではございません。ことに、なくなられた西村委員長が最も相手にされた吉田元総理、これもずいぶん議席を持たない大臣をつくられた。ことにそれが法務大臣であったり文部大臣であったりする。これはたまたま西村君と同様の意見であったのではないかと思います。そこらのことも、私は先輩に学びながら、ただいまのように広く、片寄った人事はしない、そのことはお約束できる、かように思います。
#143
○岡沢委員 総理はそうおっしゃりながら、現実には全国務大臣がいわゆる政党人であり自民党の党員の方々であります。また適材適所とおっしゃいますけれども、この前の小林法務大臣、西郷法務大臣を考えました場合、どう考えても適材とは言えないと思います。
 時間がございませんので、最後の一問でございますが、いま最高裁を中心に、法秩序の維持ということが非常に大きな国民的課題となっております。力にかわる法の支配、これが私は民主国家の大前提だと思います。法を尊重する、国民全体が法を順守する精神で努力する、きわめて大事だと思います。
 すでに法の日というのが、昭和三十五年六月二十四日の閣議了解できめられてはおりますが、残念ながら国民の祝日ではない。休むのが能ではございませんが、しかし、法を守るということ、法の大切さ、順法精神というのは、ひとり国務大臣や国会議員や公務員だけではなしに、国民全体がそういう思想になるということがきわめて大切だと思います場合に、十月一日の法の日を、必ずしも日にはこだわりませんけれども、いわゆる国民の祝日にされる御意思はないかどうか。これは立法機関がきめることでもありますが、政府も提案権を持っておられますし、ことに法治国ということを考え、法の支配の必要性を考えました場合、私は価値ありと思いますし、特に日本の場合、働き過ぎると、週休二日制の問題、あるいはドルがたまり過ぎるということで、逆に外国から批判も受けている。幾らかこの辺で国民にもゆとりを与えるという意味も含めまして、一石二、三鳥の価値はあると思いますが、国民の祝日に法の日をお加えになる意思はありやなしや、お尋ねいたします。
#144
○佐藤内閣総理大臣 ローデー、十月一日、また同時に展開される法の順守期間、順法期間といいますか、それが一週間、これはやはり国民にもっと理解していただきたい、かように思います。これは、休みにすることがはたして理解につながるかどうか、そこには問題があると思いますから、休みにするしないは別といたしまして、やはり
 ローデーという十月一日、またそれに続く順法週間、そういう際に、もっと法律というものに国民がとけ合うというような催しがあってしかるべきであろう、かように私は思います。ただいま御指摘がありましたが、前の成富弁護士会長は、たいへん熱心なローデーの主唱者でもございました。御記憶に存することと思います。そういうことですから、われわれもひとつ先輩に負けないように、法秩序を大事にするというそのたてまえから、ローデーを大事に盛り育てる。そういうことになれば、いまも言われるように、休みになる、ならない、これはまだ別な問題でございますから、自然にきまるだろう、かように思います。
#145
○岡沢委員 終わります。
#146
○高橋委員長 青柳盛雄君。
 御承知のように、総理の懇切丁寧な説明もあったりした関係もあって、約束の時間をだいぶ超過しておりますから、ひとつ簡単に……。
#147
○青柳委員 総理にお尋ねいたします。
 昭和四十六年度の自由民主党の運動方針案というものが、自由民主党発行の「わが党の基本方針」という冊子に載っております。それの第三、「運動の目標」の第四、「法秩序を守ろう」というところに、こういうくだりがございます。「反体制勢力のなかで、最近とくに大きな社会的問題として、クローズ・アップされているのは、青法協などを中心とする一部法曹界の偏向である。これらのグループは表面では、民主、平和、護憲の旗をかかげているが、活動の実態は安保廃棄、沖繩無条件返還かどの反体制的運動に終始している。このような政治団体に厳正、中立、公正であるべき裁判官が加入し、あえて法の精神を冒とくするようなことが果たして許されるであろうか。司法の独立の美名にかくれ、反体制思想を鼓吹する、これらの作為的行為こそは、法秩序を根底からゆさぶるものであり、法治国家として断じて許されないのである。」「党は国民とともに、ねばり強く「法秩序をままろう」をテーマに、強力な国民運動を展開する。」こういうくだりがございます。
 明らかに、青年法律家協会を名ざしで、反体制的な政治団体である。反体制とは、安保条約廃棄とか沖繩全面返還とかいうようなことを言う、明らかに自由民主党の政策に反することを主張する団体即反体制的な団体であり、厳正中立であるべき裁判官がこのようなものに入っていることは断じて許されないのだ。だから党はこの「法秩序をまもろう」というスローガンのもとに一大国民運動を展開する、こういう方針のようでございます。
 申すまでもなく、自民党は与党でございますから、与党がこのような運動方針を立てた以上、政権を握っておられるわけですから、政権の運営の中で、青法協の会員であるとはっきりしている裁判官は党の方針からいえば許されないわけでございますから、法秩序を守る立場からいって許されないわけでございますから、追放しなければならないという論理的な帰結になると私は信じます。そういたしますと、憲法違反のことはあえて行なえないことは当然でございましょうけれども、憲法違反でないということであれば、排除していくのは、これは党の方針を最も忠実に守る政府の態度ではないかというふうに考えます。したがって、十年の任期が来た場合に、青法協の会員を全部はずしていくということは、何ら、最高裁判所のとっているところでありますというと、差しつかえない、それは自由裁量である、こういうことにもなるようでございます。
 したがって、最高裁判所に対して自由民主党の側から、今度十三期の裁判官の中に青法協の会員が七、八名おる、それで再任を希望する者は五、六名いるらしいが、何とかこれは全部排除するわけにいかぬかという要請がある。しかし、最高裁判所の事務総局とし、あるいは長官たちといたしますと、あまり露骨なことはできないというところから、たまたま宮本という判事補が白羽の矢が立った形で排除されるに至った、こういうことが巷間もっぱらのうわさのようにいわれているわけでございます。まさに自由民主党のこの方針が、最高裁判所の名簿提出という形、それを受けて内閣が再任を事実上しないで済むという結果になっているようでございます。はたしてそのように理解してよろしいものかどうか。総理でもあると同時に、やはり総裁であられるわけですから、この自由民主党の方針と政府の施政方針との間に何らのギャップもないのかどうか、これをお尋ねいたしたいと思う。
#148
○佐藤内閣総理大臣 たいへん党の運動方針を飛躍して読んでおられるようですが、何でもかんでも、そういうものは憲法で保障されている思想の自由もない、無視すると、こういうような党でないことだけは御理解いただきたい。と申しますのは、さような青法協に入っているというだけでこれが裁判官でない、しない、こういうことにはならない。また、政府自身も、これは裁判官に任命する、この人は除いてくれるとか、かような意味で最高裁とは何ら交渉は持っておりません。だから政府は十年たって判事を再任するというか、その場合においては、これはもう最高裁から出てきた書類をただ事務的に処理するだけでございまして、何らそれに加えるものもなければ減らすものもない、かようにお考えいただいて、むしろ、政府はそんなことまでやらなきゃならないのか、そのほうすら実は疑問が持たれる。しかし、どうも判事の任命は、これは政府のやることだ。また判事の身分保障、これはもうすでに憲法できまっていることで、十年たったときにその人が判事として適任者であるかどうかというそれを最高裁がきめるだけでございます。これが青法協に入っているのは不適任者だ、オミットするというような、そんなことはございません。そこらは十分最高裁の人事も信頼していただきたいと思います。現にただいまも言われますように、六人もいたうちから一人だけが責任を負って任命されなかった、こういうようなお話をされるところを見れば、青法協の会員だというだけでは任命からはずされるということになっておらないというその事実も御指摘のとおりでありますが、だからそういうことはあまりシビアにお考えになったり、あるいは党の方針がこうだからそうだという、いまの党の方針にしても全部を除けというような、そういう乱暴な議論はどこにもないと思います。これにはだいぶん論理の飛躍があって初めていまの御議論が成り立つんじゃないかと、私はかように考えます。
#149
○青柳委員 では総理にお尋ねいたしますが、今度の問題が起こった当時、マスコミでも一般にいわれておりましたけれども、最高裁判所は司法権の独立を守るために、いわゆる繊維の自主規制と同じように自主規制をしなければいけない、だからまずみずから姿勢を正して、自由民主党のほうから攻撃の矢面に立っているような者を適当におろぬいて、自主規制をして司法権の独立を守るんだということがまことしやかに伝わっておりましたが、お聞きになったことございますか。
#150
○佐藤内閣総理大臣 それは私、聞いたことはございません。国民に対して裁判所もやはり説明がつくような任命をするんじゃないか、かように私は思っております。
#151
○高橋委員長 総理大臣、御苦労さまでした。
 岡沢完治君、引き続いて質疑を許します。
#152
○岡沢委員 それでは総理出席の前の質問に続いて質問を続行さしていただきたいと思いますけれども、ただいま私、総理に法の日のことについて質問をいたしましたので、これに関連をして、三十五年六月二十四日の閣議決定で十月一日が法の日と制定されたいきさつといいますか、理由と申しますか、最高裁でも法務省でもけっこうでございますが、もしおわかりでございましたら、この際、明らかにしていただきたいと思います。
#153
○石原説明員 御説明申し上げます。
 昭和三十四年ごろから法曹界におきまして、そのころの現状によりますと、法による個人の基本的な権利の擁護、法による社会秩序の維持の確立が大切ではあるけれども、力による法の無視等の行為があるので、何とか順法精神の高揚等をはかろうではないかということになりまして、たまたま昭和三十四年に日本弁護士連合会の創立十周年にあたりました際に、最高裁判所、法務省、日本弁護士連合会で三者の合同協議会を開催いたしました。その際に、法曹三者が法秩序の確立が大切であるということに相なりまして、翌昭和三十五年には日弁連において法の日を制定しようではないかという決議あるいは宣言が行なわれました。その結果、昭和三十五年六月二十四日に閣議了解がございまして、十月一日が法の日になったわけでございます。
 なぜ十月一日を選んだかという点でございますが、記録によりますと昭和三年の十月一日に賠審法が施行されたのでございますが、その際に、天皇陛下が大審院に行幸されたということがございました。なお、その後昭和十四年に旧裁判所構成法ができましたときに、これは十一月一日でございましたが、天皇陛下の行幸を仰ぎましたので、その間しばらく十一月一日が法の日であったこともあったようでございますが、終戦後、昭和三十二年の十月一日に天皇陛下御臨席のもとに最高裁判所十周年の記念式典が最高裁判所で行なわれました。そういう経緯がございましたので、十月一日を法の日にしようということにきまりまして、この日には政府及び裁判所、弁護士会の協力のもとに、いろいろ法に関する、法を尊重する思想の普及等の行事等を行なうほか、要するに国民全体が法に親しみ、法をみずからのものとし、法を自分の生活で実践するということを目標としようということに相なったわけでございます。自来十月一日を法の日として行事が行なわれておるということでございます。
#154
○岡沢委員 それでは、さきの質問に続いた質問をいたしますので、事務総長と人事局長、手前のほうに来ていただいたほうが時間のロスを防げると思います。
 先ほど来、十年の任期の解釈をお尋ねしておったわけでございますが、一昨日の参考人の意見聴取で御承知のとおり、高柳教授はこの十年の任期について、自動承認に近い運用がなされなければ違憲のおそれがあるという御発言をなさっておられます。東京大学の、しかも憲法専門の先生の御発言でございますが、これについて最高裁としてはいかがお考えか、お尋ねいたします。
#155
○矢口最高裁判所長官代理者 午前中の委員会でも申し上げましたように、私ども、任期が十年であるということで任期が切れた場合に再任することはもちろん可能ではございますけれども、その再任について義務を伴うものではない、その関係から申しますと新任の場合と全く同様に考えて処理すべきものであるというたてまえで今日までもそれでまいっておるわけでございまして、そのような御意見であったように承っておりますが、私どもそれはどうであろうかというふうに考えております。また現に、実は最高裁が当初発足いたしました際に、初代の三淵長官も、長官会同の際にこの任期制の問題をお取り上げになりまして、これまでとは違って、そこに官僚性というものを払拭して新しい裁判官の像というものを発足させるのだというような趣旨の訓辞をなさっておるのでございまして、私どもそういった精神で今日までやってきておるということでございます。
#156
○岡沢委員 これも一昨日の参考人の意見聴取の中で高柳教授から発言のあったところでございますが、現在の最高裁判事である田中二郎裁判官が東大教授だったころの御意見として、許可と認可と関連して、許可とその更新についての解釈――条件が違う、もちろん行政法上の許可と裁判官の任期とを同一の場で論ずることにも問題があろうかと思いますけれども、しかし、やはり性質上共通面が多分にございます。実際問題として、十年の任期で裁判官がその職を原則として追われるということになりましたならば、当然退職金等につきましてもそれ相当の手当てが必要であろうと思いますが、それについての現行法上あるいは行政上の措置は私は一般的にはなされていないというふうに聞いております。一方で、裁判官をやめてもすぐ弁護士になる資格があるじゃないかとおっしゃるかもしれませんが、現実に弁護士事務所を開設するにいたしましても、これは事務所の経費あるいは依頼者との関係その他で、経済的にもあるいは時間的にもすぐに翌日から弁護士業務が実際問題として収入のあるものとして動けるというような条件、状態はございません。そういうことを考えました場合、やはり新任と再任とは性格が異なる。いま矢口人事局長の御答弁のように、少なくとも解釈上は同一の基準でなされておる最高裁の御意見そのものにやはり実態とは矛盾があるのではないか、無理があるのではないかと私は考えるわけでございますが、その辺について重ねて、退職金との関連も含めてお尋ねいたします。
#157
○矢口最高裁判所長官代理者 公務員が一定期間勤務いたしますと、退職いたします場合には退職金が支給されるわけでございます。裁判官の場合に、十年で自己都合でかりにやめたというふうに仮定いたしますと、退職金は百万二千円ということになるのでございます。しかし、これが任期終了によります場合には百六十七万円ということでございまして、一・六七倍という退職金が支給されるということでございます。もちろんそれだけでいいかどうかという問題はあろうかと思いますけれども、少なくとも任期終了ということによってやめるという場合を特段に意識しまして特段の取り扱いをいたしておる、これはこれまでそのようにいたしてきているものでございます。そういう観点から申しましても、また実際の扱いという問題からいたしましても、たまたま裁判官が非常に少のうございますので、できるだけ多くの方に、御希望なさる方で可能な方はできるだけなっていただきたいということがございますために、今日までの結果的な問題といたしましては、大多数の方が再任あるいは三任されている状況に相なっておりますが、任期制そのものの解釈及び運用といたしましては、やはり先ほど来申し上げているようなことでこれまでやってきたものであるというふうに御承知いただきたいと思います。
#158
○岡沢委員 簡易裁判所の裁判官が地方裁判所の裁判官と比べて特にその性質、能力に差があっていいとは、私は思いません。しかし、宮本裁判官の場合、地方裁判所の判事になることは許可されませんでしたが、現に簡易裁判所の裁判官としては職務を執行される。これについても国民から見て非常に矛盾を感ずるのは私は無理からぬことだと思います。こういうことを考えましても、やはり再任が簡単に最高裁の裁量で拒否されるということについては、やはり制度上、運用上いろいろ問題点があろうと考えるほうが正しいような感じがいたします。まあ矢口人事局長は、みずからも裁判官でありながら非常に謙虚に、退職金についても無欲てんたんなお話がございましたが、実際に百六十万円程度の退職金で法律事務所が開設できるとは思いません。先ほど申しましたように、退任と在野法曹として実務を行なうまでの間に相当な期間等も考えました場合、やはり適切な措置があるいは行政上退任を当然にしたような諸準備が、諸対策がなされているとは思わないわけでございますが、この最高裁がおとりになるような解釈に従った場合、現行法上、再任制度について何か不備をお感じになるかどうか、あるいは再任制度の法律上の問題点というような点について、最高裁としてどのようにお考えであるかどうか。
 私は前回の法務委員会でも指摘いたしたと思いますけれども、最高裁判所の事務総局というのは、特に裁判の中身には干渉されませんが、下級裁判所の裁判官が快適な状況のもとに良心的にいい裁判ができるような、いわばサービス的な配慮あるいは財政的な裏づけについて、下級裁判所の裁判官にかわって配慮のある措置をとるべき仕事が一つの任務だと考えるわけでございますが、その辺について、何回も指摘いたしておりますように、あまりにも無欲、謙虚過ぎる。しかし、それはかえって国民にとってもしあわせではない。下級裁判所の裁判官が安心をし、希望を持ち、あるいはまた自信を持って執務ができるような諸環境、それは庁舎の設備にもいえますけれども、やはり将来の自分の生活の安定ということも大きな私は条件だと思います。そういう点について、現行再任制度について最高裁がとられる解釈と現実の諸条件との矛盾について何かお考えがあるか。あると私は思うわけでございますが、その辺についての忌憚のない御意見を――私はむしろ下級裁判所の裁判官の立場に立ったお答えがあるべきだと思いますが、御意見を伺います。
#159
○矢口最高裁判所長官代理者 裁判官が十年の任期制を持っておるということとの関連におきまして、裁判官の広い意味での待遇というものをどのようにあらしめるべきかということは、私ども日夜腐心をいたしているところでございます。今日までの裁判官の具体的な問題としまして、報酬の問題等ですべてその観点からこれを折衝し、検討してきたものであるわけでございます。
 裁判官の職務は、判事に例をとりました場合に、なりたての判事も定年まぎわの判事も職務内容は全く同じではないか、そういう意味から、ちょうど国会の議員の方々がお受けになっておりますような一定額の金額を報酬として受け取るというような方向に待遇を改めていくべきではないかというような意見も、当初よりあったわけでございます。しかし、また一面、法曹といたしまして修習を終わりまして判事補になり、それから四十年間やはり成長していくという過程というものも、これは現実の問題として無視できないのでございまして、法曹になりたての判事補も定年まぎわの老練な判事も同一の報酬を受けるというような考え方もまた、これは一般的な感情にそぐわないという面もあるわけでございます。で、いろいろ勘案されました結果が今日の報酬体系ということに相なっておるわけでございますが、私ども、決してこういった体系に満足しておるというわけのものではございません。
 また、任期制というようなものを私ども、給与の折衝をいたします際には常に意識いたしまして、そこに裁判官の職務の特殊性というものがあるということは、これまでも常に強調してきたところであるわけでございます。ことに給与を担当いたしておる者といたしまして、そこが裁判官とたとえば検察官との違うところでもあるということは年来これを主張してきたところであるわけでございます。力及びませず、今日、必ずしも満足すべき状態ではないのでございますが、今回このような問題がございましたこともまた一つの契機といたしまして、裁判官が任期内は完全に安んじて仕事ができるように、そうしてその任期制というものの本来の効用と申しますか、本来の意義というものを十分に生かしていくことができるようにいたしたいというのが、私どもの年来の念願でもあるわけでございます。この際、またあらためてそういった点であらゆる角度から検討をいたしていきたいということを考えておるわけでございます。
#160
○岡沢委員 昨日の参議院の法務委員会におきまして、磯村義利参考人は、十年後の保障のない限り、十年で退職をする者には恩給制度を考えるべきだという意見を出されておるようでございますが、これについて最高裁はどういうふうにお考えになりますか。
#161
○矢口最高裁判所長官代理者 それも一つの方法であろうかと考えております。ただ現在、御承知のように国家公務員は年金のシステムでございまして、いわゆる保険数理というものに基づく年金のシステムというものをとっておりまして、昔の恩給といったものがございませんので、その点も検討はいたしましたけれども、ほかの公務員と違いまして裁判官の場合だけ十年で、保険数理を無視して年金の給付を受けるというような扱いにすることも非常に困難であるということで現在に至っておるわけでございます。
#162
○岡沢委員 修習生の処分につきまして、罷免しかないという裁判所法の解釈、一方でこの阪口元修習生を懲戒にするにあたって、卒業延期とか厳重な注意とかということが司法研修所の教官の方々の間で協議されたというようなことも新聞に報じられておるわけでございますが、現行法上もいわゆる卒業延期あるいは厳重な注意というような中間処分も可能とお考えであるかどうか、あるいは法改正をしてそういう処分の必要性をお考えなのかどうか、その辺を聞きます。
#163
○矢口最高裁判所長官代理者 昨日、磯村参考人も申しておられたところでございますが、実は私ども罷免ということしか規定がないということはやはり好ましくないのではないか、もう少し段階的な処分というものの制度があっていいのではないかということを考えまして、数年前このことの検討方を提案したことがございます。しかし、不幸にいたしまして、その際は弁護士会方面等の御反対がございまして、その議が実らなかったものでございますが、今回のこういった問題もございますので、私ども観点を新たにいたしまして、そういうことがはたして可能であるかどうか、あるいは法改正をお願いしなければいけないものであるか、最高裁判所規則でもって規定できるものであるかどうか、十分今後検討をいたしたいというふうには考えております。
#164
○岡沢委員 先ほどの御答弁の中に、安んじて裁判官が職務に専念できるような条件をつくりたいという意味の御発言がございました。今度の一連の措置に関連して、下級裁判所の裁判官が心理的に動揺しておられるということがマスコミ等で報じられておりますし、現に裁判官をおやめになった方もあるように聞いております。最高裁としましては、今度の措置と関連して下級裁判所がどのような状態にあるかということをどのように把握しておられるか。あるいはその動揺を防ぐ一環として、再任基準を制定せよ、これは裁判所規則にするか法にするか、あるいは実際上それはむずかしいという場合に、動揺を防ぐための何らかの意志表示かあるいは基準が必要だと思いますが、その辺についてどうお考えであるか、事務当局の見解を聞きます。
#165
○矢口最高裁判所長官代理者 実は今回の問題を私どもが外部に正式に申し上げ得るようになりましたのが四月十三日以降でございますが、ただ一部新聞紙上等でその前からいろいろと取りざたをされておりました。これに対しまして私どもといたしましては、一言のコメントもすることができないという状況にございました。そういったこともございまして、、確かに一線の裁判官方、ことに若い裁判官方に対します私どもの御説明と申しますか、御納得のいくような御説明のしかたというものにやや時期を失した感があったのではないかということで、その点は非常に甲しわけなく思っておるわけでございます。
 今回の問題が起こりまして、あるいは御承知かと思いますが、長官、地裁、家裁の所長方においでいただきまして、どうしてこういう問題が起こったのかということ、またどうしてこれほど世間から理由を言えというふうに言われても私どもとして御説明を申し上げないのかというようなことにつきまして、詳しく御説明を申し上げ、管内の各裁判官方に御納得のいただくようお取り計らいをいただきたいということをお願いいたしたわけでございます。もちろん任期制といったようなものが、実はこれまでも、午前中に申し上げましたように、その運用の実例が現にあるわけでございますが、ただ、これまであまり裁判官の不足といったような観点から明確に意識されてこなかったのではないかといったような感じもしないではございませんので、今後はそういった点にも力を入れまして、機会あるごとに若い裁判官、中堅の裁判官あるいはもう少し上の裁判官というふうに、各層にこういった制度の趣旨及びこれを運用いたします私どもの心がまえといったようなものを、機会をとらえまして御理解のいく御説明をし、そのことによって御納得をいただきたい、このように考えておるわけでございます。
#166
○岡沢委員 もう与えられた時間が来たようでございますので、確認の意味で最後に、たとえば宮本裁判官の場合に再任を要求する権利はない、当然これは最高裁の見解だと思いますが、ないと解釈されるかどうか、あるいはこれを不利益処分とは解されないのかどうか、その辺について局長の見解を聞いて、質問を終わります。
#167
○矢口最高裁判所長官代理者 再任請求権といったものは存在しない、したがって、再任のための名簿に登載しなかったことは不利益処分に当たらない、このように考えております。
#168
○岡沢委員 終わります。
#169
○高橋委員長 中谷鉄也君。
#170
○中谷委員 あとで与党委員の御質問があるようでありますけれども、四月の十三日、この問題が法務委員会で取り上げられましてから、委員会においても司法権の独立を守るというきわめて深刻な問題として非常に論議をされてまいりました。そういうことで、午前中からも同僚委員の質問を拝聴していたわけでありますけれども、やはり最後になりまして私は質問の機会を与えられまして次のようなこと――裁判所法の何条の解釈であるとかあるいはまた通達その他の解釈等についてお聞きするのではなしに、最後の質問のようでありますから、素朴な国民の気持ちというふうなものを要約をさせていただいたほうがいいと思うのであります。そこで私は次のようにお尋ねをいたしたいと思います。
 再任拒否の問題、それから新任をされなかった問題、こういうふうな問題が国民に対して裁判所というのが信頼を失ったのではないか、そういう問題を通じて司法権の独立ということについて国民の裁判所に対するところの信頼を低下させたのではないか、こういうことを私たちは一番憂え、またそのことを問題にしたわけでありますが、私は最高裁判所の事務総長にお尋ねいたしたいと思いますけれども、この再任、新任問題を通じて、国民の心に疑惑を残す、疑惑を生じたというふうな事実をお認めになるのかどうか、この点はいかがでしょうか。
#171
○吉田最高裁判所長官代理者 国民の一部の方に、司法の危機だ、こういうふうに主張しておられる方がおられますことは承知しております。
#172
○中谷委員 それが国民の一部だというふうに総長はお話しになりましたけれども、特に衆参両院の法務委員会における審議を通じて、はたしてそのような国民の疑惑を払拭することができただろうか、私自身は法務委員会に出席をして質疑を行なう一員として、最高裁の答弁の中から、国民は、人事の秘密ということによって再任拒否の理由を明らかにされないという最高裁判所の考え方については、かえって疑惑を増したのではないか、そうしてむしろ疑惑は国民の心の中に長くぬぐうことのできないものとして残るのではないか、このことを憂えるわけであります。国民の中に疑惑を生じたことを承知している。その疑惑は、しかし解かなければならないわけであります。解かなければならないわけであります。しかし、疑惑は長く残り、ぬぐうことができない、払拭することができないのではないかという憂いを私たちは持ちます。その点について総長はどのようにお考えになりますか。
#173
○吉田最高裁判所長官代理者 国民の中に疑惑があるということに関してでございますが、これはいまお話のありましたように、やはり人事に関する機密に属しますので、その事実を公にすることができないためであろうと思います。しかし、私は何度も申し上げておりますように、やはり人事行政を円滑に運営する責任のある裁判所といたしましては、これを公にすることはどうしてもできないわけでございます。その点をひとつ国民の方方もよく理解していただきたい、かように存じております。
#174
○中谷委員 なるほど最高裁判所は繰り返し繰り返し、人事の秘密は明らかにできないということを述べてこられました。そうして先ほど下級裁判所裁判官の諸君に対して、理由は言うわけにいかないんだということについて納得を求めているということを言われました。そこで指摘をしなければならないのは、人事の秘密は明らかにできないんだということのその論理、それがかりに斉合性を持って非常に巧みに説明されたとしても、なぜ宮本君が再任されなかったのだろうか、再任の基準は一体何なのだろうか、そこに思想差別はないのだろうか、あるいはまたある特殊の事実を誤認されたのではないのだろうかというところの疑惑、裁判官の場合はみずからの身分に対する不安、これを払拭することはできないのではないでしょうか。国民の疑惑ということばは、下級裁判所裁判官の不安、疑いあるいはまた焦燥感、そういうふうなものに置きかえてもいいくらいの問題だと私は思うのであります。そういうふうな状態の中で裁判官の裁判が行なわれていく、裁判所の勤務がされていく、裁判官の気持ちがそのように萎縮するというふうなことは、私自身も法曹の一員として絶対に承服できないところであります。先ほどからおっしゃっておられる人事の秘密を公表できない理由についての納得を求めているということは、何ら宮本裁判官の再任拒否の理由、修習生の新任されなかった理由が合理的であるということの説明にはならないし、そのことについての疑いというものはいついつまでも裁判官の気持ちの中に残る。そのことはそのこと自体が司法の危機ではないのでしょうか。私は実はこういう質問をしておりながら、非常に心の重いものを感ずるわけであります。
 阪口修習生は、すでに御承知のとおり、和歌山弁護士会で修習をした。私は和歌山弁護士会の所属の弁護士であります。そういう事実。そうして私は三期の修習生でありますが、宮本君は十三期、ちょうど私より十年後輩、こういうふうな個人的なことは何ら本日の質問の理由にはならないかもしれませんけれども、やはり修習生出身の一人の法律家として、また阪口君を間接的に指導したところの一人の和歌山弁護士会の会員として、私はそのことを憂えます。
 事務総長に重ねてお尋ねいたしますけれども、人事行政の秘密は明らかにできないんだということを納得してもらう、その努力をするということは、裁判官が再任拒否の基準がわからない、思想差別があるのではないかという、そういう裁判官の精神に与えるところの影響というものを払拭できるということには何らつながっていかないのではないでしょうか。私は司法権の独立というものの名において、そんなことをきょうは総長にお尋ねをしたいと思うのです。
#175
○吉田最高裁判所長官代理者 裁判官の人事の問題は、最高裁判所の裁判官会議におきまして、裁判の独立という本義にのっとりまして、慎重に決定しておられます。そして、裁判官の方々が身分上の不安のないように十分の配慮を加えられておりますので、そういうことを十分に御了解いただくようにいたしたいと思います。
#176
○中谷委員 何べんも私は同じことを申し上げますけれども、質問をしながら非常に心の重いものを感じます。最高裁判所を信じなさいとおっしゃっても、いま問われているのは最高裁判所の人事行政の姿勢が問われているわけであります。それは、あまりにも最高裁判所のそのお考えというのは閉鎖的であり、独善的であるといわざるを得ないのではないでしょうか。私はだから重ねて申し上げますけれども、疑惑というものがほんとうに払拭されないこと、そのことが非常に司法の危機につながっていくんだということを重ねて申し上げたいと思うのであります。私の申し上げたいことはもうそれだけなんです。しかしあと、こまかい問題については同僚委員のほうから多く質問をされましたけれども、私は重ねて次のような点について確認的な意味でと申しますか、一つの問題をさらに堀り下げる意味でお尋ねをしたいと思います。
 最高裁判所が繰り返して言っておられることは、人事の機密保持というのは本人の名誉、信用の問題であるとともに、人事行政を円満に運営するためのものだというふうに言われる。しかし、本人が希望しているんだということはわれわれは何べんも何べんも言いました。しかし、希望しておったからといって、人事行政の円満な運営を阻害するんだ、こういうふうに最高裁判所は言っておられます。そこで、前回すなわち四月の十三日の法務委員会において総長は、その例として――総長の御答弁であります。「人事の機密というのはただ本人の名誉、信用の問題だけではございません。人事行政を円満に運営するためには、どうしてもそのことを本人のみならず、」云々とおっしゃったあと、たとえ話を出されました。「たとえて申しますと、ある裁判所に甲という裁判官を転任させます場合に、そういう理由で転任させるならば、むしろ乙の裁判官のほうがいいのじゃないか、こういう意見がかりに裁判所の内外に起こってまいりますと、紛糾が生じまして、」云々とおっしゃっているわけであります これは転任の問題であります。しかし、再任拒否の場合、宮本裁判官が明らかにしてもらいたいと言っている、そのことが一体――再任拒否の場合です、たとえはどんな人事行政上の円満を阻害する例を想定できますか。たとえばとおっしゃっているから、再任拒否の場合についてどんな例が想定されますか、お答えをいただきたいと思います。
#177
○吉田最高裁判所長官代理者 私が前回のときに、たとえといたしまして転任の場合をあげたのでございますが、これは新任、再任にあまりに密接したことを申し上げてはどうかと思いましたので、少しかけ離れた例を申し上げたわけでございます。しかし、新任の場合も再任の場合も、やはり同じようなことだと存じます。と申しますのは、あの人が裁判官、いわゆる判事補としてあるいは判事として適任である、この人のほうがもっと適任ではないか、そういう問題が起こり得るわけでございます。その点をお考えいただければわかるかと思います。
#178
○中谷委員 少しもわからないと思うのです。宮本裁判官が再任拒否されたという事実は厳然として存在するわけでございますね。その場合に、なればこそそこに疑惑が生じ、そして宮本君自身だって自分自身の再任拒否された理由はいろんな場合を想定してみる。これは全部再任拒否の理由にならないと思うけれども、三つぐらいあるんじゃないかと思う、これは全部私のほうでは弁解できると思うと言っておる。そうでございますね。そういうような中で再任拒否されたという厳然たる事実がある場合に、一体どういうふうにたとえば、「たとえて申しますと、」というたとえ話を出すことができますかと聞いておるのです。総長がおっしゃったのは、人事行政の秘密は守らなければならないという原則論をおっしゃっただけであります。たとえ話を出してください。
#179
○吉田最高裁判所長官代理者 私の例は人事行政の原則を申し上げたわけでございます。宮本判事補に関する具体的ないわゆる再任拒否、これは法律的には再任拒否ではありませんけれども、いわゆる再任拒否の理由は申し上げられないわけでございます。
#180
○高橋委員長 中谷君、平行線だから質問の趣旨をほかに変えたらどうですか。
#181
○中谷委員 私が申し上げているのは、「たとえて申しますと、」というたとえが出ない、要するに人事行政の円満な運営を阻害するんだという具体的な例などというふうなものは出しようがないと思うのです。本人が理由を示してもらいたいと言っている。その中において人事行政一般の秘密論というものを持ち出してまいりまして、それをたてにされるならともかく、ここにお引きになった例と同じような、「たとえて申しますと、」という例の出しようは私はないと思う。だから私はこの場合、何と申しましてもやはり国民の疑惑、ことに裁判官自身の不安、下級裁判所裁判官の不安、そういうふうなものを払拭をするということが司法権の独立、ほんとうにりっぱな裁判所、国民に信頼される裁判所のために私は大事なことだと思うのですが、この点については従来から最高裁判所の見解はもうずいぶんお聞きをいたしました。まさに我妻先生がおっしゃっておられるように承服しがたい議論であります。そのような点について私は結局ずいぶんここで議論をし、最高裁判所はおそらく衆参を通じて何百回とお立ちになって答弁をされたと思いまするけれども、結局国民の疑惑も裁判官の不安も晴らすことができずに、むしろ国民の疑惑も長く残り、そして裁判官の不安というものも多くの裁判官の心を傷つけた、その責任というものはきわめて大きなものがある。私はそのことについてやはり法曹の一員としてきわめて残念に思いまするし、そのことを憂えるものであります。
 そこで、私は次の質問に移りたいと思いまするけれども、念のために、人事の秘密であるから明らかにできないんだとおっしゃっています。そこで、たとえば思想、信条による差別というふうなことが再任拒否の理由ではないかというようなことが憶測されております。また、そうではないかと私たちは思います。また、ある一つの事実として、宮本君の場合、平賀書簡問題についてかかわりがあるのではないかということもいわれております。しかし、人事行政の秘密ということで理由を公表されないということは次のような矛盾や問題をはらむのではないかということで私は総長の御見解を承りたいと思うのであります。
 たとえば、再任を拒否するある事実というものを完全に誤認をした、完全にある事実を取り違えてAという裁判官を再任しなかった、そういうふうなことはあり得ると思うのです。そういうことは絶対にあってはいけないけれども、仮定の問題としてあり得ると思います。そんな場合に、その後になってその事実が誤認であったということがわかった場合に、一体だれがどうして外部に対して責任をとるのでしょうか。人事の秘密だからといって再任拒否されたところの事実が誤認に基づいておった場合に、それは公表されません。残るのは疑惑と不安だけであります。そしてあとでその事実が間違いであったということ、それがわかった場合に最高裁判所は一体どのような責任をおとりになるのでしょうか。それは結局また人事の秘密だから秘密にしておくことなんでしょうか。そうすると、結局何ら再任拒否した側の人間というものは、かりにそういうふうな状態の場合には責任を追及されない、みずからの良心において責任をとる以外に責任を追及されることがない、人事の秘密ということによって誤判の責任さえも免れることができるというふうなことがはたしてあっていいのでしょうか。そういうふうな矛盾を、人事の秘密ということで、事実を知らしてくれ、事実を知りたいんだと言っている人に対してあくまで知らせないというふうな姿勢を貫く限り、そんな問題だって仮定の問題としては起こるじゃありませんか。最高裁判所にまかしておけ、おれのところには間違いがないんだというふうな考え方は、人間のやることなんです、最高裁判所裁判官といえども人間であります。人間のやることに誤判がある、間違いがあるかもしれないというのが、私は裁判官の一つの基本的な考え方であり、心がまえであり、謙虚さでなければならないと思うのであります。そういう謙虚さをかなぐり捨てることになるのではないでしょうか。私はそういうことについて納得ができません。この点について総長はどのようにお考えになるのでしょうか。
#182
○吉田最高裁判所長官代理者 先ほども申し上げましたように、裁判官の人事につきましては、最高裁判所の裁判官会議におきましてあらゆる観点から慎重に慎重に検討されてきめておられますので、事実誤認というようなことはないと確認しております。もし最高裁判所の判事の職務に関して国民の方が何か問題にされることがございます場合には、それはやはり国民審査で責任を問われることになるのではないかと思います。
#183
○中谷委員 裁判の誤認ということはあってはならないことであります。しかし、われわれの裁判の歴史の中には、不幸にして誤認の歴史があったわけであります。冤罪に泣いた人がいたわけであります。そうでございますね。ですからそういうふうな中で、あるはずがないことが起こる場合だってあるじゃありませんか。しかも国民審査というお話を出されましたので、じゃ、私は質問をいたします。
 どんな間違った人事行政をやったということが国民審査の対象になり得るでしょうか。最高裁判所が裁判をやる。判決には裁判官少数意見もお書きになります。なればこそ、国民審査として、国民審査は形骸化されているといわれながらも、われわれはその裁判官を信任する、不信任するということが言えます。人事権の秘密だとおっしゃって、間違っておったか間違っておらなかったか、無実の者を――無実というようなことばを使うことはこの場合正確ではありませんけれども、間違った事実によって再任を拒否されたということは、人事の秘密によってわれわれ国民は知ることができないじゃありませんか。どうしてわれわれはそれを知れるのですか。何が国民審査の対象になり得るのですか。ということは、逆に言うと、人事行政も司法権の一環であるということになれば、人事行政においてたとえば宮本裁判官についてバッテンをつけたのはだれ、あるいは宮本裁判官にマルをつけた裁判官はだれというようなことを公表してこそ国民審査の対象に相なるではありませんか。そういうふうな人事行政の問題をも司法権の一環だと言われることは、逆に言うと、国民審査の対象にすべきだというなら、むしろ総長の論理は、われわれから言わせるならば、そのことが人事の秘密の壁の中に、ベールの中に隠れるということは、国民審査を持ち出される以上、私は不謹慎だと思うのです。不謹慎ということばは非常に失礼でありますけれども、論理のすりかえだと思います。いかがでしょうか。
#184
○吉田最高裁判所長官代理者 最高裁判所の人事行政については、先ほども何度も申し上げましたように、慎重に慎重にやっておりますので、決して誤りはないと思いますけれども、ただいま国民の中に誤りがあるような御意見がございます。そういうようなことがございました場合には、やはりその責任を問うのは国民審査以外にないと思います。
#185
○中谷委員 国民は疑っているわけです。疑惑を持っているわけです。下級裁判所裁判官は不安を持っているわけです。事実を知りたいわけなんです。じゃ、あなたのおっしゃるのは、疑いだけでとにかく裁判官に信任、不信任のマルをつけなさい、事実は言いませんよ、疑うのはかってですよ。それなら最高裁判所長官がいわれなき中傷、誹謗をするなと言うことも、また論理の矛盾じゃありませんか。いわれなき中傷、誹謗というようなことばは私は非礼だと思いますけれども、結局事実を知らさないでおいて、事実を教えませんよ、そうしてその点について疑いを持てば、それが中傷であり、誹謗であると言うことこそ、私に言わせれば非礼ではありませんか。国民審査の対象になると言うけれども、では一体、われわれが疑うことについては合理性があるというのですか。そういうことについて疑われてもやむを得ないというのですか。疑われてもやむを得ない状況があるのだ、こういうふうにでもおっしゃりたいのですか。国民審査において、それを判断しなさいとおっしゃる。何べんも申し上げますけれども、国民審査というのは、その裁判官については判決――こんな判決を私はしましたよということをちゃんと国民審査の場合お書きになりますよね。人事行政が司法権の一環なら、こんな人事行政をしましたということも、国民審査の対象にすべきじゃありませんか。それをするつもりはさらさらない。しかも、これだけ国民が真実を知りたいと言っていることについても、人事行政の壁だということでそれをおっしゃらない。しかも、それを国民審査のときにやればいいのじゃないかと開き直られるのですか、一体。
#186
○高橋委員長 中谷君、国民、国民と言われるけれども、国民の代表者はわれわれで、国民の声だという保証は一つもないんだから、あまりそういうことばかり言って、同じことばかり繰り返しておったって、もうあと五分しかないので……。
#187
○吉田最高裁判所長官代理者 私は別に開き直ったわけではございませんので、制度上国民審査という制度があることを申し上げたわけでございます。
#188
○中谷委員 そこで次に、私は次のようなことを最後にお尋ねをしておきたいと思うのです。
 最高裁判所にしろ、裁判所にしろ、私はやはり裁判所の中というのは、自由な雰囲気そして基本的人権を守るというその意欲、そういうふうなものが満ち満ちているというのが、私は裁判所のあり方、そして私はそういうものを裁判所として期待をいたします。それは当然なことだと思うのです。そこで今回の再任拒否の問題、そして新任されなかった問題、特に私は阪口君については、私の所属している弁護士会の修習生でありますので、この問題についてはかえって発言をしないでおきますが、そういうふうないろいろな問題についてありとあらゆる新聞、雑誌などがこの問題について評論をし、報道をし、いろいろな学者が意見を述べたと思うのです。
 そこで、「月曜評論」という評論誌がございましす。いま一つは「言論人」という評論誌があるわけなんです。そこで、この二つについて、「月曜評論」の場合は、「果して司法の危機か」という大きなものをお書きになっているレポート。いま一つは、「言論人」については、一言でいえば青法協を非難をしたもの、それからいま一つは「司法権よどこへ行く」というふうなものをお書きになったもの。逆に言いますと、非常にこの問題についていろいろな意見がありますけれども、要するに、最高裁判所の考え方を支持し、むしろ鼓舞激励している、そういうものについて、「月曜評論」を四部、「言論人」を三部、五月の十七日ごろから最高裁の訟廷部をずっと回覧をされて、そうして回覧をされたのは大法廷と各小法廷の書記官室、そしてそれに付せんをつけて書記官の人がサインをして、印鑑で読了、読み終わったというサインをつけて、大体三十人ぐらいサインをしておられる。これは御承知の、すでに仙台高裁で例の国際勝共連合機関紙の問題で最近問題が出たことがございますね。そしてまた、四十二年の秋にはわれわれは「全貌」を最高裁が購入されたことを問題にしたことがあります。ですから、ありとあらゆるものが書記官のところに回覧をされるというふうなことの前提として、こういうものが回覧されたということであるならば、私はいいと思うのです。
 まず、回覧された事実についての有無の確認を求めたいと思います。そしてまた、だれがこんなものを回覧されたのでしょうか。そしてまた、この「月曜評論」とか「言論人」というようなものは、しょっちゅう訟廷部の大法廷、各小法廷の書記官室に回覧されているのでしょうか。それとも今回に限って回覧をされた、それなら、もっと逆に言いますと、青法協の機関誌もずっと回覧をしてというふうなことだってこれはなければならないわけですね。私は、もし私が申し上げているようなことがやはり事実だとするならば、私は最高裁判所の姿勢というものが、一つの立場、逆に言いますと、私たちが午前中発言をしました、下田さんのおっしゃっている体制の立場というものを洗脳されているとしか思えないので、そういうことは非常に遺憾だと思うのです。
 事実の確認をいたしたいと思いますが、この点についてはもう一度申し上げます。「月曜評論」を四部、それから「言論人」を三部、そういうものを付せんをつけられて、五月十七日ごろ最高裁訟廷部が回覧をしている。回覧をされたのは、大法廷と各小法廷の書記官室の職員約四十人が中心であり−たしか書記官四十人くらいおられますね。そうして付せんに各自がサインをして、印鑑で読んだというしるしをつける、これも私はある意味において一種の踏み絵的なものといわざるを得ない場合もあるでしょう。そういうことになってくる。では一体、この書記官室に青法協機関誌だとかあるいはいろいろなほかのものもずっと回覧されているのでしょうかどうか。これだけが、しかもこの「言論人」と「月曜評論」は、これはしょっちゅう回覧されているものなんでしょうか。このときに限って、こういうものがとにかく回されたのでしょうか、というふうなことを、私はきょうは問題として提起をしでおきたいのです。また事実の確認を求めたいのです。最高裁は政治的中立だ、最高裁は公正である、公正らしさを保つのだということをおっしゃっておられるけれども、いろいろな点でこういう問題が出てくるのではないでしょうか。むしろ私はこの質問を、最高裁がそんな事実は全くない、あるいはまた、それはあらゆるものを回覧しているのだ、とにかく、たとえば共産党の「前衛」なんかもずっと書記官に付せんをつけて回して読ましているのだというふうなことの一環の中でおっしゃっているなら話は別です。社会党の「月刊社会党」ももちろん回覧いたしておりますよというなら話は別です。しかし、少なくともこの二つだけを、特定のものをとにかく回覧をしているということなら、はなはだ最高裁の公正らしさ、公正が疑われてもやむを得ないのではないでしょうか、と私は思うのです。
 ですから、私は何べんも何べんも繰り返して申し上げたいことは、中傷でもなければ誹謗でもない、事実の確認を求めたいし、それが一体だれの指示で配られたのか、一体これはどういう経過なのか、いつごろからなのかというふうなことについてお尋ねをいたしたいのです。
#189
○長井最高裁判所長官代理者 最高裁の大法廷及び小法廷は、庶務を私どもの総務局で所管いたしておりますので、お答え申し上げます。
 実は突然の御質問で事実を私確かめておりませんが、ただいま御指摘の「月曜評論」及び「言論人」、これを公費で購入して配付し、回覧をしているという事実はございません。図書の購入は私のほうの所管になっております。ただ、もし後日お答えが許されるのでありますならば、調査の上で、いつどういう経路で入って回覧になったかということをお答え申し上げられます。
 ただ、取り扱いといたしまして、外部から送付してまいります印刷物は、その当該小法廷あるいは大法廷にまいりますと、担当者が付せんを付してたまたま回覧にするというようなことがございますので、そういう点については、申しわけございませんが、私のほうで十分な監督をいたしていない点もあるかと思いますので、あるいは回覧の事実があるかもわかりません。調査の上でお答えいたします。
#190
○中谷委員 ではこういうことですね。私の危惧している点は次の点なんです。「月曜評論」「言論人」その他の書籍について、この二つについて継続して購入している事実はまずないというお答えがあったわけですね。そういたしますと、私が申し上げているのは、ここヘコピーを持ってまいりましたけれども、じゃ確認をしていただきますために、「月曜評論」の五月十日であると私のほうは承知をいたしております。「果して司法の危機か」と題したところのもの。それといま一つは、「言論人」の「司法権よどこへ行く」というものその他であります。それらのものが結局回覧されたということは、まさにこの問題が――と申しますのは、再任、そして新任、そうして阪口君の罷免問題が起こったとき、特段にこれが回覧をされたということであるならば、一そう私のほうは納得がいかないわけであります。公正と公正らしさについて危惧を感ずるわけであります。
 そういたしますると、この点についての御返事はいついただけることに相なるでしょうか。私は、そんな事実がないということについての明確なお答えをいただきたいと思ってお尋ねをしましたけれども、私の聞くところによりますると、付せんに各人がサインをされる、印鑑で読了を確認するようになっている、これはむしろ踏み絵ではないか。しかも、これは一方私たちの立場からいいますると、非常に最高裁を支持し、鼓舞し激励するところの記事である。そういうふうなものだけが読まれるというところの雰囲気というものは私は裁判所のためにとらないところであります。この点についての事実の有無を含めての御返事は、いつまでにいただけることに相なりましょうか。
#191
○長井最高裁判所長官代理者 継続的に購入して配付している事実がございませんことは、ただいま御指摘のとおりでございます。
 調査の期間は、所管の局に隣接したところでございますから、来週早々にさしていただきたいと思います。明日はちょっと差しつかえがございますから。
 それで、回覧の点につきましては、全部到着いたしましたものは調査の上で回覧するというのも一つの行き方でございますが、かえってそれも言論統制というような批判を受けかねない場合もございますので、ただいまのところ、到着いたしましたもので、あるいは見なかったというようなそしりを免れるために、受付で簡単に付せんを回して回覧にするというようなことがございますので、たまたまそういうことが起こったのかどうかというような点については、十分調査の上で御報告申し上げたいと思います。
#192
○中谷委員 質問を終わります。
 国際勝共連合の機関紙が配布された。そしてことしの春そういう問題が出たということは、こういう事実は過去にあったわけですね。――いいでしょう。
#193
○高橋委員長 二十四日に委員会を開くことになっておりますので、――開かないほうがいいという説もありますが、開いたほうがいいという説もありますので、ひょっとしたら開くようになるかもしれませんから、開くようになりますれば、その際にひとつまた事実を明らかにしてもらいたいと思います。
 羽田野忠文君。
#194
○羽田野委員 四月十三日に、私が人事局長にいたしました質問で、時間の関係でしょう、答弁のなかった部分があります。先ほど岡沢委員の質問にそれに関する答えがありましたが、私はこういう質問をしたわけです。
 阪口君の罷免の問題ですけれども、正義と秩序を守る、いわゆる法曹になろうとする人が行なったこの終了式における行為、これはやはり懲戒をせなければならない問題だと思うし、懲戒の方法として罷免以外にないので罷免という処分をしたということもやむを得なかったかと思いますが、問題は罷免だけしか懲戒の方法がないということに制度上の欠陥があるのではないかという問いをいたしました。この分については時間の関係で答えがありませんでした。そこで私が考えますのに、罷免以外に懲戒の方法があって、たとえば修習停止、学校における停学のような一つの懲戒の方法があれば、期限を定めて修習停止をするかあるいは無期限の修習停止をして、その後状況を見て、法曹としての資格を与えてもだいじょうぶだという状態が来た場合に、これを解いて法曹資格を与えるという方法がとれたであろうと思いますし、この場合もそういう方法があればそういう方法が一番よかったのではないかと私自身は思っておる。
 そこで、そういう制度のなかったことで、私ども率直にいって重過ぎるのではないかという気持ちを抱いておるので、修習生に対する懲戒制度というものを検討される御意向があるという先ほどの御答弁でありましたが、これは私は早急につくるべきだというふうに考えておりますが、もう一度この点についての人事局長の御答弁を願いたい。
#195
○矢口最高裁判所長官代理者 現行制度のもとにおきましても罷免ができるのだから、それよりも軽い、いまおっしゃいました学校で申しますと停学に当たる処分、無期停学もありますでしょうし、有期停学もありますでしょうし、そういったいわゆる修習延期といったような措置がとれるのではないかという意見も現にあるわけでございます。研修所で、このたびの阪口修習生の行為につきまして教官会議が開かれました際にも、そういった問題がやはり討論されたというふうにいま承っております。
 私ども、これは法律の解釈という問題でございますので、あるいはそういう説も成り立ち得るかというふうには考えましたけれども、停学といったようなことをとります場合には、しからばその間の給与といったようなものをどうするのか。学校でございますと授業料を納めるという立場でございますので、かりに授業料はとらないということであっても問題はないかと思いますが、修習生の場合は修習期間中は給与を支給するということになっておりますので、来させない、修習をさせないといっておきながら給与を支給するというようなことになるのであろうか。といって規定もなくして、俗にいう停学になったからといってその間給与を支給しないでおくということができるであろうか、といったような疑義があるわけでございます。やはり、そういうふうに考えてまいりますと、規定なくして現状のままでそういった措置をとるということは、これは少し問題であろうかと思っております。といたしますと、法律の改正をお願いいたしますか、あるいは現行法のもとにおきましても最高裁に規則の制定が委任されておりますので、その範囲内の問題として規則の改正ということで処理できるかということでございます。
 この問題も、前に申しましたように、一度その辺の十分の検討をいたしたいということで発議したことがございましたが、弁護士会方面あるいは研修所のほうにも御異論があったように聞いておりますが、主として弁護士会方面の御異論によってさたやみになってしまいました。そういうことがございますが、しかし、今回の問題を契機にいたしまして、もう一度十分に研究をいたしまして、何らかの措置をとり得るよう早急に検討いたしたい。その点は現在考えておるわけでございます。
#196
○羽田野委員 もう一間。いま罷免されている阪口修習生ですが、修習生を罷免されても司法試験に合格したという事実は消えていないということで、将来状況によっては法曹資格を取得する方法があるやの答弁を承りました。先ほど申し上げるように、いわゆる法曹人は正義と秩序を守る重要な仕事を持っておる人であります。それに適せないような人に法曹資格を与えるということは、これは厳に考えなければならないことであります。
 そこで問題は、いま罷免されている阪口君のことですが、司法試験に通っておる、そうして修習生の第二次試験を一応合格をしておる。そして修習の最後の日に問題を起こして罷免されたということで、最後の日までは修習を終えておるということも事実であります。そこで将来、この阪口君が正義と秩序を守る法曹人として適当であるということが客観的にも認められるような状態になり、本人も法曹人になることを希望し、そうして本人も法曹人としての使命に徹するというような状態になった場合においては、法曹資格を与える方法をぜひ考えてもらいたいと思います。そして客観的にも裁判所においてそういうふうに認められるような場合においては、過去に二年間の修習をしておるという事実、それから第二次試験、修習を終える際の試験に合格をしておるというようなことについても、その事実をできるだけ考えてやるというようなお考えがあるかどうか、この点についてお考えを承りたい。
#197
○矢口最高裁判所長官代理者 阪口元修習生に対します現在の私どもの考えは、午前中の当委員会で申し上げたとおりでございます。といたしますと将来の問題でございますが、羽田野委員の御趣旨とされますところは十分に理解できるわけでございますが、ただいま私からそれらの点につきまして、こういう場合にはということで申し上げるのはまたいろいろの誤解を生ずるという問題もございますので、この際は御遠慮させていただきたい。御趣旨は十分に了承いたしておきます。
     ――――◇―――――
#198
○高橋委員長 この際、御報告いたします。
 今国会、本委員会に参考送付されました陳情書は、お手元に配付いたしておりますとおり二件であります。
 次回は来たる五月二十四日午前十時理事会、十時三十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。
   午後五時十五分散会
ソース: 国立国会図書館
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