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1970/11/24 第64回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第064回国会 本会議 第1号
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1970/11/24 第64回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第064回国会 本会議 第1号

#1
第064回国会 本会議 第1号
昭和四十五年十一月二十四日(火曜日)
    ―――――――――――――
 議事日程 第一号
  昭和四十五年十一月二十四日
   午前十時開議
 第一 議席の指定
 第二 会期の件
 第三 懲罰委員長の選挙
    ―――――――――――――
○本日の会議に付した案件
 日程第一 議席の指定
 日程第二 会期の件
 日程第三 懲罰委員長の選挙
 災害対策を樹立するため委員四十人よりなる特
  別委員会、公職選挙法改正に関する調査をな
  すため委員二十五人よりなる特別委員会、科
  学技術振興の対策を樹立するため委員二十五
  人よりなる特別委員会、石炭に関する対策を
  樹立するため委員二十五人よりなる特別委員
  会、産業公害の対策を樹立するため委員二十
  五人よりなる特別委員会、物価問題等に関す
  る対策を樹立するため委員二十五人よりなる
  特別委員会、交通安全に関する総合対策樹立
  のため委員二十五人よりなる特別委員会及び
  沖繩及び北方問題に関する対策樹立のため委
  員二十五人よりなる特別委員会を設置するの
  件(議長発議)
 裁判官弾劾裁判所裁判員の選挙
 裁判官訴追委員の選挙
 原子力委員会委員任命につき事後承認を求める
  の件
 宇宙開発委員会委員任命につき事後承認を求め
  るの件
 中央公害審査委員会委員長及び同委員任命につ
  き事後承認を求めるの件
 公正取引委員会委員任命につき事後承認を求め
  るの件
 国家公安委員会委員任命につき事後承認を求め
  るの件
 社会保険審査会委員任命につき事後承認を求め
  るの件
 漁港審議会委員任命につき事後同意を求めるの
  件
 運輸審議会委員任命につき事後承認を求めるの
  件
 電波監理審議会委員任命につき事後同意を求め
  るの件
 日本電信電話公社経営委員会委員任命につき事
  後承認を求めるの件
 労働保険審査会委員任命につき事後承認を求め
  るの件
 地方財政審議会委員任命につき事後同意を求め
  るの件
 三宅正一君の故議員川島正次郎君に対する追悼
  演説
   午後二時十八分開議
#2
○議長(船田中君) 諸君、第六十四回国会は本日をもって召集せられました。
 これより会議を開きます。
     ――――◇―――――
 日程第一 議席の指定
#3
○議長(船田中君) 衆議院規則第十四条によりまして、諸君の議席は、議長において、ただいまの仮議席のとおりに指定いたします。
     ――――◇―――――
#4
○議長(船田中君) この際、新たに議席に着かれました沖繩選出議員を紹介いたします。(拍手)
 第二番、瀬長亀次郎君。
  〔瀬長亀次郎君起立〕
  〔拍手〕
 第三番、安里積千代君。
  〔安里積千代君起立〕
  〔拍手]
 第百二十四番、上原康助君。
  〔上原康助君起立〕
  〔拍手〕
 第二百十一番、國場幸昌君。
  〔國場幸昌君起立〕
  [拍手]
 第二百十五番、西銘順治君。
  〔西銘順治君起立〕
  〔拍手〕
     ――――◇―――――
 日程第二 会期の件
#5
○議長(船田中君) 日程第二、会期の件につきおはかりいたします。
 今回の臨時会の会期は、召集日から十二月十八日まで二十五日間といたしたいと思います。これに御異議ありませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#6
○議長(船田中君) 御異議なしと認めます。よって、会期は二十五日間とするに決しました。
     ――――◇―――――
 日程第三 懲罰委員長の選挙
#7
○議長(船田中君) 日程第三、懲罰委員長の選挙を行ないます。
#8
○加藤六月君 懲罰委員長の選挙は、その手続を省略して、議長において指名されんことを望みます。
#9
○議長(船田中君) 加藤六月君の動議に御異議ありませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#10
○議長(船田中君) 御異議なしと認めます。よって、動議のごとく決しました。
 議長は、懲罰委員長に菊池義郎君を指名いたします。
  〔拍手〕
     ――――◇―――――
 特別委員会設置の件
#11
○議長(船田中君) 特別委員会の設置につきおはかりいたします。
 災害対策を樹立するため委員四十名によりなる特別委員会、公職選挙法改正に関する調査をなすため委員二十五名よりなる特別委員会、科学技術振興の対策を樹立するため委員二十五名よりなる特別委員会、石炭に関する対策を樹立するため委員二十五名よりなる特別委員会、産業公害の対策を樹立するため委員二十五名よりなる特別委員会、物価問題等に関する対策を樹立するため委員二十五名よりなる特別委員会、交通安全に関する総合対策樹立のため委員二十五名よりなる特別委員会及び沖繩及び北方問題に関する対策樹立のため委員二十五名よりなる特別委員会を設置いたしたいと存じます。これに御異議ありませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#12
○議長(船田中君) 御異議なしと認めます。よって、そのとおり決しました。
 ただいま議決せられました八特別委員会の委員は追って指名いたします。
     ――――◇―――――
 裁判官弾劾裁判所裁判員の選挙
 裁判官訴追委員の選挙
#13
○議長(船田中君) 裁判官弾劾裁判所裁判員及び裁判官訴追委員の選挙を行ないます。
#14
○加藤六月君 裁判官弾劾裁判所裁判員及び裁判官訴追委員の選挙は、いずれもその手続を省略して、議長において指名されんことを望みます。
#15
○議長(船田中君) 加藤六月君の動議に御異議ありませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#16
○議長(船田中君) 御異議なしと認めます。よって、動議のごとく決しました。
 議長は、裁判官弾劾裁判所裁判員に横路孝弘君を指名いたします。
 次に、裁判官訴追委員に赤松勇君及び畑和君を指名いたします。
     ――――◇―――――
 原子力委員会委員任命につき事後承認を求めるの件
 宇宙開発委員会委員任命につき事後承認を求めるの件
 中央公害審査委員会委員長及び同委員任命につき事後承認を求めるの件
 公正取引委員会委員任命につき事後承認を求めるの件
 国家公安委員会委員任命につき事後承認を求めるの件
 社会保険審査会委員任命につき事後承認を求めるの件
 漁港審議会委員任命につき事後同意を求めるの件
 運輸審議会委員任命につき事後承認を求めるの件
 電波監理審議会委員任命につき事後同意を求めるの件
 日本電信電話公社経営委員会委員任命につき事後承認を求めるの件
 労働保険審査会委員任命につき事後承認を求めるの件
 地方財政審議会委員任命につき事後同意を求めるの件
#17
○議長(船田中君) おはかりいたします。
 内閣から、原子力委員会委員に武田榮一君を、宇宙開発委員会委員に網島毅君を、中央公害審査委員会委員長に小澤文雄君を、同委員会委員に五十嵐義明君、金澤良雄君、五島貞次君、田中康民君及び藤崎辰夫君を、公正取引委員会委員に高橋勝好君及び橋本徳男君を、国家公安委員会委員に藤井丙午君を、社会保険審査会委員に大村潤四郎君を、漁港審議会委員に家坂孝平君、黒田静夫君、高木淳君、林眞治君、伊藤由松君、宮原九一君、檜山袖四郎君、佐藤俊雄君及び藤田友一君を、運輸審議会委員に石塚秀二君及び堀口大八君を、電波監理審議会委員に杉村章三郎君及び田中久兵衛君を、日本電信電話公社経営委員会委員に大野勝三君を、労働保険審査会委員に石館文雄君、百田正弘君及び四方陽之助君を、地方財政審議会委員に新居善太郎君、岡本茂君、高木壽一君、武岡憲一君及び宮内彌君を任命したので、その事後の承認または同意を得たいとの申し出があります。
 まず、原子力委員会委員、社会保険審査会委員、漁港審議会委員及び労働保険審査会委員の任命について申し出のとおり事後の承認または同意を与えるに御異議ありませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#18
○議長(船田中君) 御異議なしと認めます。よって、いずれも承認または同意を与えるに決しました。
 次に、宇宙開発委員会委員、中央公害審査委員会委員長及び同委員会委員、公正取引委員会委員、国家公安委員会委員、運輸審議会委員、電波監理審議会委員、日本電信電話公社経営委員会委員及び地方財政審議会委員の任命について、申し出のとおり事後の承認または同意を与えるに賛成の諸君の起立を求めます。
  〔賛成者起立〕
#19
○議長(船田中君) 起立多数。よって、いずれも承認または同意を与えるに決しました。
     ――――◇―――――
#20
○議長(船田中君) 御報告いたすことがあります。
 議員川島正次郎君は、去る九日逝去せられました。まことに哀悼痛惜の至りにたえません。
 同君に対する弔詞は、議長において去る十三日贈呈いたしました。これを朗読いたします。
  〔総員起立〕
 多年憲政のために尽力し特に院議をもつてその功労を表彰された自由民主党副総裁議員従二位勲一等川島正次郎君は議会人として終始政党政治の確立につとめられまた再度国務大臣の重汗にあたり内政外交に多大の貢献をいたされましたその功績はまことに偉大であります
衆議院は君の長逝を哀悼しつつしんで弔詞をささげます
     ――――◇―――――
 故議員川島正次郎君に対する追悼演説
#21
○議長(船田中君) この際、弔意を表するため、三宅正一君から発言を求められております。これを許します。三宅正一君。
  〔三宅正一君登壇〕
#22
○三宅正一君 私は、諸君の御同意を得て、議員一同を代表し、故衆議院議員川島正次郎君に対し、つつしんで哀悼の辞を申し述べます。(拍手)
 川島君は、本月九日午前十時、持病のぜんそくの発作により、大森山王の自宅において急逝されました。
 思い起こせば、昨年の十二月二日、川島君はこの議場において元気一ぱいに質問演説を行なわれました。その日は、川島君の質問に続いて成田、西村、竹入の野党三党首が質問演説をした直後、国会が解散された記念すべき日でありますが、廊下で君と会って、「元気ですな」と申しますと、君は、「ぼくもやがて八十歳になるよ」と言われましたが、血色も歩きぶりも声量も、まことに青年のそれで、その後のはなばなしい活動ぶりを見るにつけ、さらに長き御活躍を夢にも疑いませんでしたのに、こつ然として幽明を分かつ人の生命のはかなさをいまさらのごとく思わずにはおられません。
 君は、明治二十三年七月十日、東京は日本橋人形町に生まれられたきっすいの江戸っ子であります。役者にしたいから養子にと懇望されるほどの美男子の君が、この環境にみがかれて、後年、江戸趣味に裏打ちされた、あか抜けのした庶民的な文化人として、幅広く芸能、スポーツ、教育と、各分野に理解と援助の手を差し伸べられました独特な風格ある人格に成長されたのであります。
 君は、久松小学校卒業後、神田中学に学び、また、夜間の正則英語学校へも通い、専修大学を終えた後、大正二年より七年まで内務省に勤務、大臣後藤新平伯に認められて、その援助で米国へ遊学し、後藤伯が東京市長になるや、そのもとに大正八年より大正十二年まで勤務され、その後しばらく毎日新聞の前身たる東京日日新聞の記者をされました。
 君が初めて衆議院に議席を持たれましたのは、昭和三年二月に施行された普選第一回の総選挙であり、このときの選挙に初めて社会主義政党の代議士が八人生まれまして、日本の政治史は保守、革新対立の時代に入ったのでありますが、今国会に議席を占めておられるのは、川島君を頂点にして、保守の松田竹千代君と革新の西尾末廣君の三人にすぎず、その川島君も世を去られて、永遠にこの議場で相まみゆることはできません。痛恨の至りであります。(拍手)
 君の議員生活は戦前、戦中、戦後を通ずる長いものでして、敗戦による追放期間中の昭和二十一年より二十七年十月までの間を除いて、連続十四回当選され、在職実に三十六年三カ月に及び、国会最高の永年議員でありますが、終戦までの十八年は沈潜、修練の時代であり、戦後十八年の議員生活が君の活躍時代と申すことができましょう。
 川島君が若き日に後藤新平伯の知遇を得られたことが、君の大成に大きな影響を与えたことは申すまでもなく、また、青嵐・永田秀次郎氏の存在が君の風格形成に及ぼした感化をも想像するのであります。そして、議員当選後、森格、前田米藏氏等の指南で一流の政党人たるの修練を積まれたことが、戦後大きく生きたことを疑いません。
 君が在職二十五年に達せられ、松村謙三君とともに院議をもって表彰せられましたのは、昭和三十四年十月二十六日の第三十三回国会ですが、その際、君が述べられた演説は、いまもなお私の胸に深く植えつけられておる感銘深きものでありました。それは一、二分の短い、自己の功をことあげせぬ、いわゆる江戸っ子のさらりとした、この種の演説に類を見ない異色のものであり、川島君の人となりの奥ゆかしさを示すものでありますので、故人をしのんで朗読さしていただきます。
 川島君は、院議による表彰を感謝した後、次のごとく述べられました。
  私が初めて当選いたしましたのは昭和三年の普通選挙第一回のときでありまして、その当時当選された議員で現在議席を保っておる人は数君にすぎないのであります。多くは、疲れ果てて倒れ、財産を蕩尽して遺族が路頭に迷い、あるいはまた、大志を抱いたまま空しく消え去っていったのであります。戦前数回当選して、在職年限が相当に長かった、かつての議員諸君で、生計にも困っておられる人々が少なくないのでありまして、顧みて、私は、議員生活のきびしさを思わざるを得ないのであります。
  今後、私は、先人の志を体し、同僚諸君の驥尾に付して、議会政治完成のため努力する決意であります。ただこれだけであります。
 私は、議員生活のきびしさを思うにつげ、川島君が、時流に乗りおくれた戦前派の仲間のめんどうをよく見られ、また、親身になって友人知己の世話をされることもとうとく考えていましたが、君がまた、十二歳になる一粒種の男の子を失われて大きな悲しみを経験され、一見口ぶえを吹いて陽気に見える君の胸に、なき愛児の写真がはだ身離さずに持たれているのを知るとき、八十年の風雪を経た味わいある人間川島君の風格をしのばずにはおられません。(拍手)
 昭和二十七年十月政界に復帰して、議席を持たれてからの十八年の君の活躍は、まことにはなやかなものでありました。
 反吉田の立場で鳩山時代の到来に努力し、昭和三十年三月第二次鳩山内閣に自治庁長官、行政管理庁長官として入閣、三十二年七月第一次岸内閣で自民党幹事長となられ、小選挙区制、警職法、安保改定等、朝野激突のときの立役者でもあられました。昭和三十六年七月には第二次池田内閣に行政管理庁長官、北海道開発庁長官として入閣、翌年六月にはオリンピック担当相として、東京五輪準備に努力されました。昭和三十九年七月から今日まで党副総裁の要職におられて、鋭い政治的勘と調和の能力をもって党務を統轄されたことは、あらためて申し上ぐるまでもありません。
 政治家が政治に取り組む姿勢は、人の個性に従ってまことに多様であります。川島君にあっては、政治はまず楽しむべきものであったように見えました。思い詰めた表情で肩を怒らせてもののごとに処するのは、本来江戸っ子の好まぬところ、卑しむところであります。常識に立脚して、無知をすることなく、人間の味をかみしめ、楽しみ一つ政界生活を送ってこられた姿は、余人のまね中ることのできないものがありました。(拍手)
 思うに、川島君にあっては、生活すべて、人山すべてが味わい楽しむべき対象であり、政治もまたその一部にほかならなかったのに違いありません。芝居好きの川島君の趣味にかなったのは、おそらく世話ものであったと想像いたしますが、世話狂言の世界は、観念の空転を排し、人情の機微を描き出した世界であります。舞台上のその世界は、そのまま川島君の生きた現実世界であって、人の世の喜怒哀楽に対する反応の鋭さと洞察の深さ、そしてそれを味わう心の余裕とが、川島君の人生を貫いた大きな軸でありました。たぐいまれなる読みの深さや取りまとめの能力は、党務の々人の名をほしいままにさせましたが、そのことは君が人間そのものを深く知る人生の達人であったことを認識せしむる事実であります。(拍手)
 川島君は、八十のよわいを重ねられながら、与力も頭脳の働きも衰えず、柔軟性も失われず、非常な熱情をもって行政改革に執念を燃やされ、官僚中心の弊風の打破に努力されていたことは人のよく知るところであります。
 川島君が進んで海外各地を訪問され、日中問題解決のためにも、旧知の周恩来首相と大局的談合を遂げるため、みずから訪中する熱意を持たれ、また外交の多極化に照応するため、非同盟諸国の指導者ナセル、チトー、ネ・ウィン等々を歴訪されたのも記憶に新たであります。
 君の逝去からほどなく、国連の舞台において中国問題はにわかに転換の機運を見せるに至りました。君の柔軟な感覚と、老いを知らぬ情熱と、余人の及びがたい現実処理の能力とが遺憾なく発揮せられて、国家を益すべき重大な場面はまさに到来しようとしていたのでありました。君は、その鋭い感覚で、その日の遠くないことを感じ取っておられたに違いありません。御自身のお心残りはもとより、邦家のために惜しみても余りある急逝であったと申さねばなりません。(拍手)
 世人は、ややもすれば、川島君の人心操縦や政界生活の妙にのみ目を奪われ、また趣味の人、わけ知りの人としての君の横顔を好んで描き、その反面、君を思想と理念を欠く政治家のごとくに理解するきらいがありました。いかにも、巨大な抽象的思考の体系や、ともすれば現実から遊離した観念肥大は、もとより君の体質になじむものではなかったけれども、現実の土壌に立脚して国家国民の進むべき方向を見通す洞察力が君に備わっていたことを知らぬ者は、政治家川島正次郎を十分正しく評価し得ないものであります。(拍手)
 行政改革の必要を見すえた君の見識といい、日ソ交渉に処した姿勢や、中国問題の動きをにらんだ情熱的なまなざしといい、これらは川島君があやふやな幻想の人でなく、現実に根ざした的確、堅実な思想を持って前進する政治家であったことを物語る事実であります。政党政治史に川島正次郎の存在を書きとどめる者は、この一事について筆を惜しんではならないと信ずるものであります。(拍手)
 この人ともいまや永遠にこの議場に相会することはできません。議会政治と政党がかなえの軽重を問われるかに見える現在、その健全な発達を志す者にとって、君の姿を議場に見出し得ぬことの痛恨は、あまりにも大きいのであります。その長逝を惜しんで、いささか追慕のことばを連ね、心から御冥福を祈って、哀悼のことばといたします。(拍手)
     ――――◇―――――
#23
○議長(船田中君) 本日は、これにて散会いたします。
   午後二時四十二分散会
     ――――◇―――――
 出席国務大臣
        厚 生 大 臣 内田 常雄君
        農 林 大 臣 倉石 忠雄君
       運 輸 大 臣 橋本登美三郎君
        郵 政 大 臣 井出一太郎君
        労 働 大 臣 野原 正勝君
        自 治 大 臣 秋田 大助君
        国 務 大 臣 荒木萬壽夫君
        国 務 大 臣 西田 信一君
        国 務 大 臣 山中 貞則君
     ――――◇―――――
ソース: 国立国会図書館
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