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#1
第061回国会 産業公害及び交通対策特別委員会 第15号
昭和四十四年七月十八日(金曜日)
   午後一時十五分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 七月十日
    辞任         補欠選任
     成瀬 幡治君     加藤シヅエ君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         瀬谷 英行君
    理 事
                大谷 贇雄君
                黒木 利克君
                松澤 兼人君
                内田 善利君
    委 員
                佐藤 一郎君
                菅野 儀作君
                土屋 義彦君
                山内 一郎君
                杉原 一雄君
                田中寿美子君
                小笠原貞子君
   政府委員
       内閣総理大臣官
       房審議室長    橋口  收君
       厚生省環境衛生
       局公害部長    武藤g一郎君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        中原 武夫君
       常任委員会専門
       員        小田橋貞寿君
   参考人
       東京都公害研究
       所所長      戒能 通孝君
       三重県立大学産
       業医学研究所所
       長        藤野 敏行君
       一橋大学助教授  好美 清光君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法
 案(内閣提出、衆議院送付)
○公害紛争処理法案(内閣提出、衆議院送付)
○公害に係る被害の救済に関する特別措置法案
 (衆議院送付、予備審査)
○公害紛争処理法案(衆議院送付、予備審査)
○公害に係る健康上の被害の救済に関する法律案
 (小平芳平君外一名発議)
○公害に係る紛争等の処理に関する法律案(小平
 芳平君外一名発議)
○公害委員会及び都道府県公害審査会法案(小平
 芳平君外一名発議)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(瀬谷英行君) ただいまから産業公害及び交通対策特別委員会を開会いたします。
 まず、委員の異動について報告いたします。
 去る十日、成瀬幡治君が委員を辞任され、その補欠として加藤シヅエ君が選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(瀬谷英行君) 公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法案(閣法第六三号)、公害紛争処理法案(閣法第六八号)、公害に係る被害の救済に関する特別措置法案(衆第一〇号)(予備審査)、公害紛争処理法案(衆第二〇号)(予備審査)、公害に係る健康上の被害の救済に関する法律案(参第一号)、公害に係る紛争等の処理に関する法律案(参第五号)、公害委員会及び都道府県公害審査会法案(参第六号)
 以上七案を一括議題といたします。
 本日は、三名の参考人の方々から御意見をお伺いいたします。
 参考人の方々に一言ごあいさつ申し上げます。
 本日は、御多用中のところ本特別委員会に御出席くださいまして、まことにありがとうございました。申すまでもなく、わが国の公害対策におきまして、その中心課題である医療救済及び紛争処理という問題の解決をはかることは焦眉の急でありますので、日ごろ本問題に深い造詣をお持ちの各位からその御卓見をお伺いいたしまして、審査の参考に供したいと存じております。よろしく御意見の御発表をお願いいたします。
 次に、本日の議事の進め方でございますが、順次御意見をお述べいただくことにしまして、時間の関係もございますので、大体お一人二十分ないし三十分程度におまとめ願います。次いで各委員から質疑もございますので、これに対してお答えいただきたいと思っております。では、よろしくお願いいたします。
 これより順次参考人の方々から御意見を聴取いたします。戒能参考人にお願いいたします。
#4
○参考人(戒能通孝君) 法律案がたくさんございますので、まず、政府提出の公害紛争処理法案について所見を申し上げてみたいと思います。
 この処理法案は、実を申しますと、民事調停法を改正する程度のものにすぎないのではないか。もし公害の処理につきまして公害紛争処理法案のような形のものにとどまるならば、民事調停法を改正するほうが、かえってましであるというふうに考えないわけにはまいりません。
 まず第一に、この処理法案によりますと、公害についての裁定権がございません。したがって、処理法案が適用されまして、実際に調停もしくは和解が成立いたしますのは、加害者、因果関係、そして故意過失というふうなものが、疑いをいれる余地のない程度まで明らかな場合に限定されてくると思うのでございます。しかるに、実際問題になりますと、公害につきましては因果関係の証明というのがきわめて困難でございます。おそらく、加害者と見られる人は、因果関係の点において多くの場合には承服しないだろうと思うのでございます。したがって、この処理法案によって処理されることのできる公害と申しますと、せいぜい犬がほえたとか、それから近所でピアノがうるさいとか、正直に申しますと、ばかみたいなものが処理されるにすぎないんじゃないかと思うのでございます。非常に明確に加害者がはっきりし、因果関係がはっきりし、故意過失がはっきりするような事件だけしか処理されない。こういうことでは、実を申しますと、公害の処理にはならないと思うのでございます。
 また、この法案の性格が、そのように、因果関係、故意過失の問題などを論議できないような立場になっているのでございますから、この法案によって処理されるのは、要するに、幾らに賠償金額をきめればいいか、賠償金額の問題だけに限られてくるのではないかと思うのです。もし、賠償金額の問題だけに限られるということになりますと、これはやはり、一番その取り扱いになれておるのは裁判官であると思います。裁判所でございますと、交通事故その他、毎日毎日損害賠償の事件が起こっておりますので、どの程度賠償額を払わせればいいか、金額をどの程度にきめればいいかということは、日常的に数百万円台が出ているということになりはしないかと思うのです。そうではなくて、いわば裁判につきましてはしろうとのような方を委員にして、その方に賠償金額をきめさせるということになりますと、裁判所できめられる賠償額と審査会できめられる賠償額とが非常に違ってきやしないかと思うのであります。言いかえれば、その程度の仕事をするために月給二十何万円かの委員を入れるということは、むしろ大げさ過ぎて、無用ではないかと思うのであります。その意味におきまして、私は、社会党のほうから御提出になった公害紛争処理法案のほうが妥当であると考えているわけであります。
 それでは、公害の裁定は実際問題としてできないかと申しますと、非常に厳密な意味におきましては困難がございます。だがしかし、加害者がだれであるか、加害者がどの程度まで過失があったかというふうな大づかみのことならば、ある程度までできるんじゃないかと思うのであります。現在、公害について訴訟が数個起こっております。水俣病につきまして二つ、いわゆるイタイイタイ病につきまして一つ、四日市の四日市ぜんそくについて一つと、大きなやつが四つ起こっておりますが、その四つについて検討してみますというと、もし大づかみなことだけでいいということならば、ある程度まで一種の裁定はできるんじゃないか。決定的な裁定ができなくても、むしろ、一応の裁定ならば十分できるんではないかと思うのでございます。阿賀野川の水俣病事件、これは昭和三十九年に発生した事件でございますが、この阿賀野川の水俣病の事件につきましては、被害者と昭和電工との間におきまして争いがございます。しかし、争いはございますけれども、昭和電工側におきましても、原因が有機水銀であるということにつきましては異存がないわけでございます。問題は、その有機水銀が上流から来たのか、それとも河口のほうから入ってきたのかということに尽きるわけでございます。
 昭電側の主張によりますと、昭和三十九年の六月十六日に新潟の地震があった。そのときに新潟埠頭の倉庫がこわれまして、倉庫の中に積んであった農薬が海中に流れて、その農薬が海の中で溶けて、そしてそれが海流によって北上している、その際に、その水の一部が塩水楔という現象によって阿賀野川河口から遡上してきたというわけでございます。塩水楔というのは、申すまでもございませんけれども、海の水のほうが淡水に比較いたしまして比重が重いのでございますから、大体くさび型になって海のほうから河口に進入してくるわけでございます。進入の場合におきまして、川底をずっと大きな力を発揮しながら水がのぼってくるわけでございます。淡水のほうは、その塩水楔の上のほうを伝わって少しずつ流れる、こういうふうな形になるわけでございます。したがって、昭和電工側の主張がもし正しいといたしますと、河口において一番有機水銀量が多く、そして塩水楔の先端において有機水銀量が一番少なくなっていなければならないわけでございます。
 ところが、昭電側の準備書面を読みますと、この水銀が一番多いのが、河口から起算して四キロメートルくらいのところであるというふうな主張が昭電側の準備書面に出ているわけでございます。これは、阿賀野川の平水時のおそらく干潮時における塩水楔の先端付近に該当しはしないかと思うのでございます。満潮時の塩水楔の先端と干潮時の塩水楔の先端の中心くらいのところに該当しやしないかと思うのでございます。そうしますと、上流のほうから流れてきたものだと仮定いたしますというと、塩水楔にぶつかりますと、上流から流れてきた水の運動が川底ではとまりますので、重い分子は、重い物質は、塩水楔にぶつかりますと沈下してまいります。つまり、塩水楔の先端にぶつかりまして、上流から流れてきた重い水銀分子みたいなものがだんだん沈下した、その部分が一番濃厚になっているのではないかというふうな疑いは十分持てるわけでございます。したがって、双方の主張というものを突き合わせて考えてみますと、一応昭和電工に原因があると判断することは、これはできるのではないかと考えられます。もちろん、それは学問的な厳密性はまだ十分ないと言えるかもしれません。したがって、和解を強制する、裁定する、裁定の結果が、昭電側が無理に和解案をのまなければならないということになりまして、後にそれが誤まりであったとすれば、国に対して賠償請求をすればいいのではないか、国に対する賠償請求の余地を認めておけば、この点はわりあいに容易ではないかと思うのでございます。いまでは、被害者のほうが非常に無理をして原因を証明しなければならないということになっておりまして、裁判などやりますと非常に苦しゅうございますけれども、しかし、一応の裁定ならば十分できる余地があるのではないかと思うのでございます。
 のみならず、この水俣病の最初のもの、つまり、熊本県水俣市の水俣病でございますが、これも、理論的には、昭和三十九年に学会発表があって、そうして有機水銀であるという所説がほぼ確定したわけでございますが、実際的には、昭和三十四年に、この魚を食うな、水俣湾の魚を食うなということを熊本県が命令いたしまして、お魚を食べさせなくしてしまったところ、水俣病は発生しませんでした。それから以後は水俣病は発生しておりませんので、その点から考えますと、当時の新日本窒素株式会社水俣工場、現在のチッソ株式会社水楔工場に責任があるというくらいのことならば十分に判定できるのではないかと思います。
 もちろん、四日市のぜんそくの事件というのは、これは非常にむずかしい事件でございまして、はたして亜硫酸ガスというものだけをとっていいのか、亜硫酸ガスのほかに重金属の微量な小さな粒子がくっついているのか、その辺のところはかなりむずかしいと思いますけれども、しかし、あそこに工場ができる以前におきましては、ぜんそくはございませんでした。昭和三十四年前後から、ぜんそくが出ているわけでございまして、四日市のぜんそくの歴史というのは非常に新しいし、かつ記録がはっきりしているわけでございます。藤野先生の病院が、三重県立大学の病院が、この点では非常にはっきりした記録を持っておられるわけでございまして、いまになってみれば、あそこに工場ができていなかったら、ぜんそくは発生していなかったであろうという判断は十分できると思います。したがって、少なくとも、原因の六〇%くらいのものでございましたら合理的な判断は可能ではないか、六〇%確率があると仮定すれば、それは賠償に結びつけてもいいのではないか。つまり、裁定権を与えられている委員会でなければ実際には活動ができないのではないかと考えるわけでございます。その意味におきまして、公害紛争処理法案は、せめて裁定権もしくは仮裁定権というふうなものを入れる内容に改めていただくことを切望するわけでございます。
 それから第二に、公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法案につきまして意見を申し上げてみたいと思います。
 これは、率直に申しますと、加害者の責任をぼやかすような法律ではないだろうかという印象を持つわけでございます。政府に対して経団連などがお金を集めてきまして、そしてそれを公害防止事業団を通して出してくるという考え方でございます。その結果、どの企業が責任を負うのかということがぼけてまいります。しかも、現実に被害者は医療費やあるいは介護費をもらうということになりますと、責任環境を明らかにするための努力というようなものもする気がなくなるのではないだろうかという印象を持たされるわけでございます。わけても私は非常に残酷だと思っているのは、水俣の胎児性水俣病患者でございます。この人たちは現在生きていますが、概して申しますと、胃腸の系統、消化器系統は頑健でございます。しかし、発育は非常に不良でございまして、一部の人は全くぐにゃぐにゃであります。一部の人は完全に固くなってしまっている。親が持ち運ばなければ持ち運べない状態になっているわけでございます。親が生きているうちは、自分の子供でございますから、必ず何とかするだろうと思いますけれども親がなくなってしまったら、そのあとは何となるであろうかと。これは、率直に思いまして、安楽死以外に何ともならないというふうな状態になりはしないか。兄弟あるいは親戚がその胎児性の水俣病患者を引き受けたということになれば、共倒れ意識が非常に顕著にあらわれはしないかと思うのでございます。それに対して、単に医療の給付、あるいはまた介護の給付だけでは足りないのではないか。もっと親身になった、ほんとうに親切な給付というものをしなければならないと思うのでございます。しかし、親切な給付といいましても、他人が努力する場合におきましては、厳密にはどうしてもお金になってまいります。お金ではかる、人間の親切さとか誠意というものをお金ではかることは妥当でないかもしれませんけれども、非常に親切な看護婦さんがついてくれなかったら、あれはどうにもならないんじゃないかと感じるわけでございます。また、胎児性水俣病患者でなくて、五、六歳前後の状態におきましてわりあいに軽度な水俣病にかかった人、これは、現在におきましても視界が非常に狭くなっていたり、あるいは神経の一部がくずれておりまして、手足その他にふるえがくるという状態になっておりますが、しかし、これは胎児性水俣病患者と異なりまして、やはり一たん生まれて、しかる後に水俣病にかかったわけでございますので、性欲なんかは当然ございます。兄嫁が介護する、その兄嫁に向かって飛びかかっていくような子供が実際にいるわけでございます。
 そういうような子供というものを実際に介護するにはどうすればいいか。正直に申して、この法案だけでは足りない。もちろん、損害賠償を現実に取った場合におきまして、損害賠償金額をどう管理していくか。一人当たり、かりに五百万円なり一千万円なり取ったという場合におきまして、それを被害者の保護のために使うにはどう管理していくかという問題もあわせて考えなければならないと思います。しかし、それをかりに県に交付する、あるいは市町村に交付するといたしまして、市町村自身の財政基金の中に入れて、それを基金として管理する道というものを築いていく、あるいは国がそれを管理するという方法を考えていったならば、単なる医療費、介護費程度の給付よりももっと裕福な、もっと親切な給付ができるのではないかというふうに感じるわけでございます。
 たいへん取り急いで申しましたが、このように私の所見を述べさしていただきます。
#5
○委員長(瀬谷英行君) どうもありがとうございました。
 次に、藤野参考人にお願いいたします。
#6
○参考人(藤野敏行君) 私は、健康被害の救済に関する特別措置法に関する事項について申し上げたいと思いますが、まず最初に、われわれの研究所では、大学の公衆衛生学教室、あるいは内科の教室、あるいは市並びに県、市の衛生部と協力しまして、四日市地区の大気汚染と健康の障害状態とをずっと疫学的に、あるいは臨床的、あるいは実験的に研究をやっておりますので、まず、その概要を申し上げまして、それからこの法案について私見を述べたいと思います。
 御承知のように、四日市地区に石油コンビナートができましたのは昭和三十五年でありますが、それ以降、いわゆる慢性非特異性呼吸器疾患、気管支ぜんそく、ぜんそく性気管支炎、慢性気管支炎、肺気腫というような患者が多発してまいりました。特に四日市地区では、ぜんそく性疾患が多発をしております。昭和四十年五月から四日市市が公害関係医療審査会を設けまして、一定の条件、すなわち、大気汚染に関係すると考えられる先ほどの疾患及びその続発症、及び一定の地区に居住するという条件、引き続き三年以上居住するという条件、しかし三歳未満の子供はその限りではない、こういう三つの条件を設けて、これを満たす患者に対しまして、審査会を通して、いわゆる公害病の認定患者という制度を設けまして、その医療費の負担を市が行なっております。こういう点から、現在までの認定患者の状態と、それからそれ以外の呼吸器疾患の状態が昭和三十五年以後どういう状態になってきているかという点を申し上げたいと思います。
 まず、昭和四十年の五月から四十四年三月までの間に市で認定を受けた患者総数は六百十六名でございます。そのうち二百八名が、あとから申し上げますような理由で一応取り消しを受けまして、四十四年三月末現在では四百八名であります。この四百八名のうち、入院しておりますのは三十八名、通院しておりますのは三百七十名、計四百八名であります。
 この年齢構成を見ますと、ゼロ歳から五歳まで、いわゆるこの時期は七十三名、比率では一八%、それから六歳から十二歳、ちょうど小学校へ行っている児童というのですか、これが百十三名、二八%、十三歳から十六歳、中学校の子供でありますが、これが八名、二%、十七歳から三十九歳まで、いわゆる青壮年といいますか、これが四十名で一〇%、四十歳から五十九歳までが五十八名で一四%、それから六十歳以上が百十六名で二八%、こういう率になります。この数字で見ますと、いわゆる小学校から下の子供と、それから六十歳以上、これが非常なパーセンテージを占めております。いわゆる中学校の子供、あるいは青壮年では比較的少ないという形が出ております。もちろん、現時点では、健康保険の本人あるいは生活保護を受けている方は除外されておりますので、数字としては上がってきておりません。
 このうち、二百八名がその四年の間に認定取り消しを受けましたので、それはどういう理由で認定取り消しになったかということを調べてみたのが次に申し上げることであります。
 そのうち、全治三十一名、一五%です。それから、いろいろのことで中止になりましたのが九十九名、四七%。この中止と申しますのは、四日市市では、認定を受けますと一年たったあとでもう一度精密検査をやりますが、その時点で、市が本人あてに連絡いたしましても、もうよろしいとかいうようなことで精密検査を受けないような例、あるいはその認定の期間に医師にかかっている回数が非常に少ないというような例が中止になっております。そういうものが四七%。それから転出が五十二名、二五%です。この転出はほとんどが子供でございまして、子供がぜんそくその他にかかっておるために親が非汚染地区に家をかわる、そのかわったあと、ほとんど発作等がなくなって、市としては、いわゆる大気汚染地区でないものですから、医療費支給の救済をやっていないというのが二五%。それから死亡が二十六名、一三%です。
 これを整理してみますと、全治の中では若い方の占める率が非常に高いということ、それから転出では、いまの乳幼児の方の転出が目立っております。それから死亡の二十六名は、大部分が六十歳以上の高齢者でございます。
 疾患別にこれを考えてみますと、ぜんそく性の疾患では転出及び中止が多い。これは、先ほど申しましたように、子供のぜんそく等の場合に住居を移動するということが含まれておるわけです。それから死亡では肺気腫による死亡が多く出ております。
 この二十六名の死亡をさらにこまかく分けてみますと、一応大気汚染に関連すると考えられる疾患、いわゆる認定された疾患によるものが五名、それから、御存じだと思いますが、自殺が二名でございます。これも、そういう疾患を苦にして自殺をされた方二名、ほかの十九名は、心臓疾患とか、あるいはガンとかということでなくなっておられますけれども、認定されました疾患が死期を早めたかどうかということは、一応否定はできない問題だと考えられます。われわれの病院のほうでなくなられました二名について解剖をやって調べておりますけれども、一名は、大気汚染がやかましくいわれる以前から悪かった方でありますが、もう一人の方は、コンビナートが稼働したあとでぜんそくにかかって、それから肺気腫に発展してなくなられたという方であります。
 それから次に、四日市地区の特性について少し申し上げたいと思います。
 四日市地区は、たとえば他の大阪、川崎等の大気汚染地区に比べまして、気管支ぜんそくあるいはぜんそく性疾患が慢性疾患よりも上回っておるということであります。われわれの病院のほうで、コンビナート稼働以前から起こっておる患者群と、その後に発生しました患者群のいろいろな病態を調べておりますし、また、治療効果も調べておりますけれども、コンビナート稼働以後に発生しました患者については、治療効果がそれ以前の患者に比べて出ております。それからもう一つは、肺気腫は慢性気管支炎から起こってくるタイプが一般には多いわけでございますが、四日市地区では、気管支ぜんそく、あるいはぜんそく性気管支炎というようなぜんそく性疾患から肺気腫が起こっておるという例が多く出ております。この点は今後検討されるべき問題だと思います。
 しかしながら、大気汚染によって起こってきておるぜんそくというようなものが一般のぜんそくとどう違うかという問題についてでありますけれども、やはりアレルギー性のぜんそくの概念の姿を示しておりますけれども、いわゆるアトピー性因子が少ないという特徴がございます。少し御説明申し上げますと、いろいろぜんそくを起こす患者さんは非常に過敏なわけでございまして、いろいろな皮内反応とか、あるいはじんましんをよくつくりやすいとか、過敏性な体質が多いわけでありますけれども、この大気汚染によるぜんそく患者では、必ずしもそういうタイプではないということを申し上げておく次第でございます。
 それから次に、四日市地区の亜硫酸ガスあるいは硫黄酸化物の年間平均濃度というものは、大阪その他と比べましても必ずしも高くないのでありまして、かえって低い状態である。しかしながら、先ほど申しましたような非特異性の呼吸器疾患が多発しておる、これをどう考えるかという問題でありますけれども、これは非常に高いピークの亜硫酸ガス濃度が時期的にあらわれてきておる、これが非常に特徴じゃないかと思います。この点は、大阪で現在成人病センターでやっておりますいろいろな統計資料を見ましても、最近大阪のある地区で非常に四日市と同じようなタイプのピークが出ておりまして、そこでは非常に多発しておるという数字が出ております。そういう点が、平均濃度ということはもちろん問題ではありますけれども、時期的に非常に高いピークが出てくるということが特徴であると思います。
 それから次に、塩浜病院の内科を訪れました新患が大体年間五千三百人ございます。そのうち、呼吸器疾患というのが二〇%、これは四十三年まで三十四年以後十年間を見ましても、大体呼吸器疾患というのは外来の二〇%を占めております。しかし、呼吸器疾患の占める割合が非常に変わってきておりまして、たとえば、御承知のように、結核の占めるそれが減ってきておるということですが、いま問題になっております慢性気管支炎あるいは気管支ぜんそくの患者が外来でどういうようになっておるかというのを調べてみすと、昭和三十七年から非常にふえてまいりまして、三十四年に比べますと昭和四十二年度で慢性気管支炎で五倍、それから気管支ぜんそくでは二・五倍というように、確かに慢性気管支炎あるいは気管支ぜんそくの患者が外来から見ましても非常にふえてきておる。それからまた、同じようなことを、四日市の市立病院がございますが、そこでいろいろ調べました資料を申し上げますと、ここは、昭和四十三年度で見ますと、年間外来総数が七千七百十名ございまして、そのうち、慢性の閉塞性気管支疾患、たとえば気管支ぜんそくとか、慢性気管支炎とか、あるいは肺気腫、こういう呼吸器疾患が総外来の三・六%であるという数字であります。これは、三十六、七年に比べますと三倍ぐらいの頻度を占めておる。で、そのうち四十歳以上の例だけをとりますと、そのうちの二割ないし三割が機能的には肺気腫の状態である。この数字は非常に注目すべき数字だと思っております。
 こういうように、われわれの病院のほうでも、あるいは市立病院のほうでも、同じように昭和三十四、五年ごろから比べますと、気管支ぜんそくあるいは慢性気管支炎が数倍になってきておるということは数字的にもはっきりしておることだと思います。そういうような状態を一応御理解いただきまして、これから私の意見を少し申し上げたいと思います。
 産業公害に対する対策というのは、これはやはり発生源対策が根本的なものであるということは異論のないことでありますけれども、亜硫酸ガスという問題を考えてみますと、一応測定の段階では亜硫酸ガスが一番いま測定されておりますので、それによっていろいろな規定を考えていくということはやむを得ないことだと思います。しかし、先ほどもお話がございましたように、他のいろいろなファクターがそれに加わってくるということはいなめないと思います。たとえば、浮遊ばいじんの問題とか、あるいは重金属の問題等、いろいろの問題が加わっていくと思います。しかしながら、やはり亜硫酸ガスという問題を考えてみますと、低硫黄燃料の問題とか、あるいは脱硫装置の改善の問題とか、それから環境基準というものを強化するというような問題、それにもまして、やはり企業側がそういう問題に対する熱意をどう持つかということ、それから、いろいろな施策がやはり人命尊重という点から考えていかなければいけないという問題だと思います。四日市の例を申しますと、いま申しましたように、産業発展の陰には、先ほど申しましたようなたくさんの住民が一応障害を受けておる。こういうことは許されるべき問題ではないと一応考えます。しかし、この対策として煙突の高層化という問題が出ておりますけれども、四日市では、濃厚汚染地区は確かに減少いたしましたけれども、しかし、汚染地区と考えられる範囲は現在拡大しております。そして、産業の発展に伴いまして、生産のふえるに伴いまして燃料が非常にふえておる。詳しい数字かどうかわかりませんが、年間七%以上の燃料がふえておるというように私は聞いております。こういうことによって平均的な汚染地区というものは増加しており、確かに高度汚染地区は減少しているという現象が出ております。
 今度できましたいろいろの被害者救済の問題は、現時点ではこれは必要な施策と思いますけれども、しかし、これにより発生源対策が弱体化するとか、あるいは後退するということがあってはならない。これは、新しい救済制度というものができたために、先ほどちょっと戒能先生からもおっしゃったと思いますけれども、発生源というものがそれにおんぶしてしまうといいますか、発生源対策をさらに強化するという施策が後退するようなことがあってはまずいんじゃないか。この点非常に考えるべきことだと思う次第でございます。
 私は、厚生省の公害部のほうから委託された「公害に係る疾病の種類及びその量の把握に関する研究」とか、あるいは「公害被救済者の認定方法に関する研究」という問題の研究会に参画しておりまして、それらについてはすでに日本公衆衛生協会から報告書が出ておりますが、それらの点を考えまして、今度の特別措置法についてのこまかい意見については、あとで御質問がありましたときに申し上げたいと、こう思って、総論的なことで終わらしていただきます。
#7
○委員長(瀬谷英行君) どうもありがとうございました。
 次に好美参考人にお願いいたします。
#8
○参考人(好美清光君) 私は法律学をやっている者としての立場から申し上げてみたいわけですが、私の申し上げますことのうちで、いろんな法案に対する批判にわたるものもございますが、もしもそれが現実の段階で、もはや修正不可能であるというようなことだと、かりにいたしましても、たとえば衆議院で佐藤総理なども、現在のところ、とりあえず当面必要、実施可能なものをまず始めてみるのだと、今後の運用状況いかんじゃ、じゃんじゃん改正していくことも考えると、こういうことも言っておりますので、もしも修正不可能というようなことでございましても、将来前向きの方向で改正をする際の一つの考慮すべき問題性を指摘するというようなことででもお受けとめいただければありがたいと思います。
 それから戒能先生のほうからは、主として、まあ私どもの尊敬するすぐれた民法学者の先輩でもございますが、主として大所高所からの御見解を御発表なさいましたけれども、私は、なるべく重複しないように、そしてこの紛争処理法案の諸問題点に即して私なりの意見を申し述べたいと存じます。
 まず、紛争処理法案。第一は、紛争の対象です。この政府案は公害対策基本法二条を受けておりますから、相当範囲にわたる公害でないと紛争処理に乗っかってこないということになっております。しかし、たとえば、少なくとも四十九条、これは修正されましたが、ここに地方公共団体の苦情相談などという問題がございますが、こういう問題では、たとえば近隣者同士のクーラーの音が高過ぎるとか、あるいは日照の問題であるとか、こういうような苦情の相談に乗ることぐらいは市役所あたりでやってもよさそうです。こういうものも当然に、義務としては引き受けない、こういうような形に自民党・政府案はなっているようなので、このあたり、たとえば社会党案のように、初めから相当範囲を削除するとか、あるいは公明党案のように、紛争処理では相当範囲だけれども、苦情処理では近隣の問題も扱う、さらには基本法二条にあります日照の問題も扱うというような、民生委員的な役割りとでも申しますか、そういうようなもっときめのこまかい法案にしていただけたらという感じがします。
 第二に、中央委員会を行政組織法の八条機関、あれでいいのか、あるいは三条機関にすべきかという問題です。純理論的に言えば、三条の行政委員会のほうが不偏不覚、独立して職権を行使し得る観点からベターであるということはもう論議の余地はないと存じます。ただ、実際問題として、おそらくこういうふうな案になったのは、どの程度こういう、紛争処理機関の利用度、それから仕事の量があるかという見込みなどとの関連であろうと思いますし、また、あるいは政府の公害問題と取り組む意気込みの程度がこのあたりでうかがえるということが言えなくもないかと思いますが、実質的にさらに考えてまいりますと、三条機関にするか、八条機関にするかということは、どれだけその機関が不偏不党の立場で独立的に仕事がなし得るかどうかという問題だと思います。その点では、たとえば政府案でも、中央委員会の委員長、委員の任命のしかたであるとか、あるいは独立して職権を行使するという規定、あるいはいろんな政治団体と関係することを禁止するとか、そういう中立性に対する配慮はある程度はうかがえる。まあ欲を言えば、三条の行政委員会にしまして、たとえば委員会に規則制定権を与えるとか、それからあるいは委員会の下に独立の事務局を置く、それから専門調査員を独立させる、こういうようなことも確保したいところなわけです。特に、独立した事務局を置くということは、私はしろうとでよくわかりませんが、かなり重要な問題ではないかという感じがいたします。と申しますのは、最近の公害調査の結果の発表についての各省庁の利害の関係の対立からして、結論的には押し合いへし合いで、結局は妥協的なものになり、企業責任というものを非常に薄めるような形のものが発表されて、新聞からたたかれたということを考えてみれば、容易にそういう危惧の念は持てるわけです。ただ、修正がもしも不可能であるということでありますれば、現段階の問題としては、委員にどういう人を得ることができるかという問題だと思います。これについては、国会の同意権という段階でチェックすることができるわけでございますので、このあたりで皆さんの御配慮を期待いたしたいという感じがいたします。
 それから、かりに三条機関にするといたしましても、たとえば公害防止の設備をしろということを命ずる、あるいは極端に言えば操業停止を命ずる、こういうような行政処分的な権限を付与することが妥当かどうかという問題もございます。今度修正案で、おそらく社会党あたりの案を取り入れたのだろうと思いますが、衆議院の修正法案によりますと、科学者による専門調査員を中央委員会には入れるということのようでございますから、私はそういうようなものをも踏まえたいろんなことがなされるとすれば、このような権限も中央委員会に与えるという方向に持っていくほうが原則的にはいいんだというふうに考えます。ただ、現在はこういうような権限は、それぞれの実施官庁、行政庁が持っておりますので、この点の調整が問題で、これは単に公害問題云々ということだけでいじるわけにはいかないので、もっと大きな行政機構全般の改革という問題の一環としてでなければどうもうまくいくまい、そういう一つの問題点を指摘しておきます。
 第三に、地方の審査会でありますが、これが任意設置にまかされているということ、それから独立性が中央の審査会に比べると非常に薄く、都道府県知事等のいわば諮問機関的なものに近い性格を持っているという点、そういうことで、特に地方の政治が、よく聞きますところによりますと、その地方にあります大企業に政治的にも経済的にも、あるいは就職の面でも大きく依存しているという、そういうような企業への癒着というものを考えますと、こういうような審査会で一体、あるいはさらには審査会を設置しないで、知事が適当に適当な人を選んで、候補者を選んでやらせるということで、こういうことでどれだけの独立した職種の行使ができるのかと非常に疑問を持つわけであります。
 それから、これに関連いたしますが、調停、仲裁の際に、企業に対して文書や物件の提出要求をする、あるいは立ち入り検査権を認めるということは、これは非常に大きな前進だと思います。従来、企業側は企業機密ということを理由にしまして立ち入り検査を認めなかったり、あるいは廃棄物をすら提供しなかったり、他方では被害者のほうは資力がないので、そういうような科学者を使うことはできない、こういうようなことが実は因果関係の証明等に非常に障害になっていたわけですが、こういうようなものが強制的にできるということによって、非常に適正な公害問題の被害者救済のあるべき適正な処理ということが可能ならしめられる一つの手がかりになり得る、こういうふうに思うわけです。ただ、いまさっき申し上げました地方審査会との関連で申しますと、実は当事者の呼び出しといいますか、出頭要求権は中央委員会も地方審査会も持ちますけれども、文書、物件の提出要求権及び立ち入り検査権は地方の審査会には認められていないわけです、政府案によりますと。これではちょっと微温的過ぎてどうであろうかという感じがますますするわけであります。
 第四に、第二のところで述べました中央委員会に行政処分をする権限を与えるべきかということとの関連で、それは行政改革というものの一環でなければまずいだろうということを申し上げたわけですが、そのこととの関連で、重要なことは、政府法案、それからほかの政党の法案もすべてでございますが、四十八条にあります委員会の「意見の申出」という制度でございます。つまり、公害問題の紛争の処理を通じて、委員会のほうで考えた公害施設の除去あるいは改善、こういうようなものについて、委員会から、あるいは審査会から各所轄官庁に申し出があった場合、そういうような意見を所轄官庁に申し出られることになったわけですが、その際に、所轄官庁のほうで誠実にそれに対応して権限を行使するということが望ましいのは言うまで一もございませんが、できれば、たとえば行政管理庁の勧告のように、各実施官庁に、一定期間内にそういう措置をしたのかしないのか、その意見の申し出に対して、そしてその理由はなぜか、こういうことの回答義務を負わせる、そして一般世論がそれを監視する、こういうようなところまで詰めておいたほうがベターであろう、こういうふうに思うわけです。
 第五に、紛争処理方法であります。現在のいろんな公害に対する特別法規にあります和解の仲介という問題を越えまして、この法案におきまして、調停それから仲裁をなし得るということにして、しかもそういう諸法規にありますいろんな紛争処理方法の諸規定を本法にある程度統一するということは一つの進歩であるというふうに評価できるわけです。しかしながら、和解の仲介、それから調停ということでありますと、これはある程度は私動くのではないかと思います。まあ日本人は、裁判所というのはどうも行きにくいけれども、まずはお役所へ苦情を持ち込むということがありますので、裁判所よりは、和解の仲介あるいは調停というのは動き得るのではないか。しかし、これも実は限定づきで、あとでまた裁定の問題と関連さして申し上げますが、とにかくそう言えますけれども、問題は仲裁であります。
 明治時代に民事訴訟法ができて、そこに、すでにそれ以来仲裁制度というものが規定がございます。しかし、いろいろ裁判実務の方の書かれたものなど見ますと、仲裁制度はほとんど利用されたことはない。民事訴訟の仲裁制度は、そこまでは裁判官が関与しないのに、当事者二人の間である人をきめて、あの人の言うことなら何でも全面的に終局的に拘束されようという約束をしてある人にまかせる、こういうことは避けたいという配慮もありますし、いわんや今度の場合でありますと、企業の場合には申しわけないのですが、現在企業の持っておる、少なくとも現在までに企業の持っておる公害問題に対する倫理感と申しますか、責任感と申しますか、そういうものからして、両当事者が合意をしなければなされない仲裁などというのは、そうそう容易に乗ってくるはずはなかろうという感じもして、ただでさえ動かない民訴の仲裁制度、それを持ち込むことは、ますます単なるアクセサリーにすぎないのではないか。こういうような悲観的な、運用それから実効性を感ずるわけであります。仲裁制度にするなら、むしろ、職権でもなし得る、つまり一人の当事者が申し出れば職権でもなし得るというような職権仲裁というようなものならまだ話はわかりまするが、しかし、またそれになりますと、実は終局的には私人間の紛争解決というものは裁判所がすべきであるというようなことの関連から、ちょっと好ましくない。そういうことで、私は、やはり裁定制度、裁判所に不服申し立ての道の開かれている裁定制度というものをとったほうが、この制度は動くのではなかろうかというふうに思うわけであります。
 裁定制度はかなり判決と似てまいりますけれども、実は中央委員会のほうには――また裁定というのは主として中央委員会だけが仲裁にかわってするようなことになるのだと思いますが、ここには専門調査員を置くことになります。で、困果関係の証明というような問題も、因果関係それ自体がどの程度でなければならないかということは、戒能先生も言われたように、いろいろと法律学上問題がございますが、それはさておき、とにかく因果関係の証明ということも、現在の裁判制度よりはよほどうまくやれるであろう、裁定の場合。つまり、裁判の場合には、被害者が自分の費用でもって科学者を使ってそれを証明し、それを裁判所へ証拠として被害者みずからが出してこなければ裁判の土俵に乗っかってこないわけであります。それに対して、裁定の場合には、専門調査員を職権でもって委員会が使って、そこで因果関係を証明させる、そういうことで、よほどうまくやれるのではなかろうかと思うわけであります。
 因果関係の証明というものがいろいろ言われておりますけれども、実は、専門のことは藤野先生などが言わなければなりませんが、おそらく大部分の場合には、現在の自然科学のレベルでそもそも因果関係の証明は不可能なんだということではなくて、そうではなくて、むしろそういうような現在到達している自然科学のレベルを被害者みずからが使うことができないというような社会構造的な一つの問題があるのではなかろうか。その点で、専門調査員というものを委員会の下に置くということは、そういうような社会的な欠陥というものを克服し、そうして因果関係の証明というものをより容易になし得るという方向に進むものとして、私は評価したいわけです。
 さらにまた、裁定という伝家の宝刀があればこそ、実はその前にあります和解の仲介だとか、あるいは調停だとかいうものにうまく当事者が乗ってきてくれるのだと思います。裁判所ではかなり和解をさせるわけですが、これも実は、私は裁判官をちょっとだけやったことがございますが、これは実は、裁判所がやってくださいます和解に乗っからないとどういう判決がおりるかわからない、大体和解の線の判決あるいはもっと不利な判決がおりるのではなかろうかという、こういう気もあるので和解に乗っかるので、全然無力の人がやってみたって、そうそう乗っかってくるはずがない。こういう意味でも、裁定制度があるということそのこと自体が、それを行使しなくても、その前提であるところの和解及び調停というものをうまく動かせる一つの作用を営み得る、こういうふうにも考えられるわけであります。
 もっとも、裁定制度を社会党案は取り入れておりますけれども、私はこれにも幾つかの問題があると存じます。つまり社会党案は裁定制度をとれということをいっている、あるいは言いっぱなしている、法案自体が。これではいろいろと問題があります。
 第一に、現在裁判所は三審制でやっておりますが、それでも最高裁までかなり訴訟が長引くということが一つの問題なわけです。ところが、社会党案によりますと、御丁寧にも裁定前置主義とでも申しますか、まず裁定を経なければ裁判所には訴えられない、原則として、こういうたてまえをとっているわけです。そしてそれだけを言っているわけです。それでは四審制になってしまう。そういうことが一つです。むしろ、あり方としては、直接裁判所へ持っていってもあるいは裁定を経由していってもいいというふうに、メニューをたくさんつくっておきまして、そのどれを選ぶかは被害者が弁護士と相談して一番いいものを選んでいくというふうに、自由におまかせしたほうがいいのではなかろうか。
 第二に、専門の調査員の判定をも踏まえたせっかくの権威のある中央委員会の裁定であります以上は、たとえば独占禁止法における公正取引委員会の審決に対する取り消しの訴えの手続のように、むしろもう地方裁判所は飛ばしまして、第一審として東京高裁へもっていくというふうに訴訟管轄をきめてしまう。さらには、その場合でも、裁判所に行ってから新たな証拠を提出する、新たな証拠を申し出る、その裁定に不服な方から。こういうことで、たとえば独占禁止法の第八十一条のように、こまかなことは省略しますが、特別の事情のある場合に限って許す、そしてなるべく裁定における事実認定を尊重させるというふうなくふう、こういうような手当てを加えないと、ただ裁定前置主義と言いっぱなしで、訴訟遅延とか、そういう中ではかえって裁害者救済にならない、こういうふうな問題があるというふうに感ずるわけです。
 それから次に、非公開の原則、これは原則としてそれでいいと思います。いろいろな他の党の案もそのとおりになっております。ただ公開問題というのは、単に訴えたその両当事者一対一の二人だけの問題ではなくて、被害者はそのほかにもたくさんいるわけです。あるいは一般社会も大きな関心を持って見守る、いわば社会的な性格を帯びた争いごとなわけですから、原則は非公開だとしましても、委員会が相当と認めるときは傍聴を許すというような可能性はやはりあけておくほうが好ましいと思います。さらに、非公開の原則を是認すると申しましても、それはあくまでも話し合いの経過、過程の話でございます。その結果につきましては、たとえば公明党案にございますように、事件の要点とか、そしてそれに対する和解なり調停なり、結果はどうであるとか、そしてその理由はなぜかとか、こういうことを公表する手段を配慮していただきたい。裁判の判決でもそうですが、そういうようなことで、調停だとか仲裁だとか、あるいは裁定だとか、こういうようなものの恣意性、恣意というものを防ぐ措置を配慮する、こういうことが望ましいと思います。このことは、あらためて公明党案のように立法によらなくても、運用によってできることなので、こういうことも配慮する方向へと心がけていただければありがたい、こういうふうに思うわけです。
 処理法案の最後に、基地公害の問題。
 私は、基地公害を本法案から除外したこと自体だけでは、直ちに違法だとか不当だと言うことはできないと思います。もっとも、だからといって、基地公害に対してはがまんしろというわけでは決してございません。これは、あとで被害者救済法案で問題のとらえ方の基本的な私なりの考え方を申し上げますが、かりに基地の存在が日本の安全に寄与しているといたしましても、だからといって、そのことから生ずる被害、弊害を近隣の人にだけ及ぼす、その人に完全な補償もしないで、その人だけががまんしろということは理屈にならない。もしも日本全体の安全に寄与しているとすれば、それは日本国民全体でもってそのことのもたらす弊害はやはり同様に負担しなければならない。つまり、近隣の被害者に対する補償は完全にする。そうしてその費用は国民全体から税金でもって取り立てる、税金でもって国民全体へその被害、弊害は、負担は還元し分散させていく。こういう配慮がなければ、一部被害者の泣き寝入りということでは、幾ら基地がありがたい存在だとかりにしましても、妥当視されるような処理のしかたではあるまい、こういうふうに思うわけです。
 したがって、被害者保護という問題は、産業公害の場合でも基地公害のほうの場合でも、同じ保護が与えられなければならないというふうに思うわけですが、ただ、基地の特殊性という問題は、たとえば基地のあり方やその施設の設置変更などを委員会が判断して適当な意見を言う、そうしてそれに従わなければまずいとか、あるいは文書、物件の提出とか、あるいは立ち入り権だとか、こういうものはどうも機密というふうな特殊の問題があって、必ずしも産業公害とは同一には律せられまい。それから責任主体の問題としても、産業の場合は、一応国からすれば第三者たる産業が責任主体ということでありますが、基地の場合の責任主体は国であるというような問題もございますので、必ずしもこの公害処理法案の上にはまともには乗っかり得ないような特殊な性格を持つ、こういうふうに思うわけです。
 そこで、実体的な問題になりますと、たとえば航空機の騒音というような問題ですと、防衛施設周辺整備法だとか、あるいは特損法だとか、いろいろございますが、それから民間飛行機の場合には、そういうような防止の法律、航空機騒音防止法、いろいろありますが、こういうものは主として個人の、そういう公害の社会的な防止施設を施すとか、あるいは個人の場合には、農林漁業等のいわば第一次産業の事業経営上の損失補償、いわばつかみ金的な補償、こういうものを考えているわけですが、かりに航空機騒音によるその他の私的生活妨害というような問題が出ました場合には、たとえば商人とかサラリーマンの健康上の被害、こういうような場合には、これらの法律の考えによっても補償されないわけです。ただ、民間航空機の場合でありますと、おそらく今度の紛争処理法案の上にうまく乗っかってこれるのだと思います、やはり健康被害というようなことで。ところが、基地の場合には完全に適用をはずしておりますので、こういうふうにサラリーマンとか商人とか、一般市民の健康被害等の問題については、基地公害の場合には全然紛争処理保護を与えられないというような法律上の欠陥がそこに露呈してくるわけです。そういう意味で、私は必ずしもこの法律の中に基地公害の問題というものを取り込む必要はないけれども、たとえば、いまの防衛施設周辺整備法だとかあるいは特損法だとかの中でもけっこうですけれども、やはり同じようにそういうようなものの保護をはかられるというような法の整備というものが要請されざるを得ない。それでないと、基地をはずすことは妥当視され得ない、こういうふうに思うわけです。
 ちょっと時間がなくなりましたが、次に被害者救済措置法案について申し上げます。
 これについては、基本的なその性格についての把握がいろいろございます。たとえば、政府法案のように、純粋の社会保障的な行政措置である、当事者の問題の最終的な解決は、二人の間の民事訴訟で解決すべきである、ここではとりあえずは緊急に必要な医療だけを何とかしてやろうという考え方だと思う。したがって、また、医療費用だけに限定し、あるいは所得制限をするのもそのあらわれなんだ、こういうふうなとらえ方、そうして企業は、ぜいぜい好意でもって恩恵的に協力をしてやるだけだ、一種の救貧法とでもいいますか、社会保障的な性格を持っている。これが第一のとらえ方です。
 それから第二のとらえ方は、社会党や公明党案はおそらくそうだと思いますが、原則的に行政的な救済措置である。したがって、国や県や市が負担する。しかし、それにさらに原因者の損害賠償責任の立てかえ払いという色彩をも加味させていく。そうして、被害者に国などが支払った金は原因者に求償する。いわば、これは、必ずしもそうじゃないかもしれませんが、政府案との対比で言えば、損害賠償の立てかえ払いというふうに、極端に言えばとらえられるかと思います。
 それから第三に、これは厚生省の公害審査会で四十一年だか、出して、つぶれたやつですが、救済費用は原則として責任者である企業が負担すべきである、あるいは拠出金問題でも企業が大部分を出すべきである、原因者が不特定の場合は企業側のほうの責任保険で解決をすべきである、こういうとらえ方。この第三は現在問題になっておりませんので、私も避けたいと思います。
 さっきもちょっと申し上げましたが、結論的に申しますと、公害問題の一般的な私人間のとらえ方といたしましては、原則として被害については企業が全部完全な補償をすべきである、これが原則論だと思います。企業は社会的に有用な働きをするという問題はございますけれども、それはそのとおりでございますけれども、しかし、いまの基地の場合について申しましたように、だからといって近隣の人たちだけが被害を受けてよいという法はない。それが社会に有用な働きをするんであれば、それはむしろ、そういう公害の補償の問題あるいは設備の費用の問題は、製品のコストの中へ織り込むべきなわけです。そして、その製品を購入する消費者一般に還元し、分散さしていく、こういう方法をとるべきだと。そういうことを言いますと、さらに国際競争力の強化のためには云々ということも考えられます。これもまた大事なことですが、決して理由にはならない。国際競争力をつけるために決して近隣の被害者だけが企業のためにがまんしなければならないという法はないわけです。このことはむしろ、企業が全面的に補償したあとで、その他の政府側の企業に対するいろんな助成措置という問題で国際競争力はつけさせるべきで、議論がさか立ちをしてる、こういうふうに考えるわけです。
 ただ、注意しなければならないことは、この原理と本被害者救済を支配すべき原理は必ずしもストレートに同じでなければならないというふうには言えないのだということであります。つまり、ここで問題になるのは、本来はそういうふうに、民事上の当事者間の問題として全額補償を企業がするべきなんだということですが、しかし、それがなかなかいろいろな理由で困難である、だからといって、国のほうとしては放置しておくわけには国の責任としてまたいかない、だから、何とか社会保障的にそのギャップを埋めていってやろう、こういうふうなことが十分に可能だし、まさに政府案はそういうような立場をとっているからであります。そうして、それはまた一つの筋として十分に成り立ち得るわけであります。
 そこで問題は、当事者間の民事訴訟で決着すべき実質的な損害賠償請求権と、それから行政措置としてのいま言ったような問題の違いからすれば、どういうことがこの救済法で可能かと申しますと、まず、政府案のように、医療補助というような非常に少ないところだけをやるという立場から、それから、社会党案や公明党案に見られるように、実質的には損害賠償の立てかえ払いというところの一歩手前のところまで――立てかえ払いそのものでは私はまずいかと思いますが、一歩手前のところで、救済の対象あるいは救済方法について、そのワクは立法政策の問題としてかなり大幅なものがあるというふうに思うわけです。そのワク内のどのあたりで打ち切るか、あるいはどのあたりまでは保護を広げていくかということは、現実に被害者はどこまでやらないとどうしようもないのかという実際の事情をお考えいただきまして、その他いろいろな事情をも考慮いただきまして、適当に政治的に判断をしていただく以外にはない。法律的にはそのワクの中であればいずれも可能であろう、こういうふうに思うわけです。
 ただ、その際に考慮すべき幾つかの法律上の問題点だけを指摘しておきますと、この被害者救済法案というものは、そもそもは民事訴訟にまかしておいては訴訟が遅延してどうしようもないということで、とにかくもう迅速にとりあえずの保護をしてやろうということが一つのねらいなわけであります。そうだとしますと、迅速な保護に適するような類型の損害項目についてだけとりあえずは考えるということが、やはり一つのポイントになり得るのではないか。そういう意味では、たとえば医療保護の問題、これは医療手当、介護手当すべてですが、こういう問題、あるいは公明党案にありますような健康診断のような問題は、技術的には迅速な救済に適しております。あるいは埋葬費、葬祭費の問題も、これを定額化する、定額のものをやるということにきめれば、これも迅速な救済という面では適しております。その他、物的損害、つまり農業、漁業等々の被害の問題で、それが基準生計費との差額の問題になってくるとか、あるいは、得べかりし利益がどれだけ少なくなったとかという、そういうような意味での物損の問題等になりますと、これはかなり技術的には問題があろう。つまり、ここで、こういうような物損の問題は、個々具体的に、その人の収益が本来ならば幾らあるべきであったのか、それが公害の起こったことによって幾らになったのかという、これは裁判の場合でもそうですが、損害賠償の額の確定というものは非常に困難な問題なわけです。そういう問題まで取り込んでまいりますと、せっかくの医療保護云々という緊急のものまでがかえっておくれてしまうという弊害も生まれ、技術的に迅速な救済という面からすれば、それはかなりその救済になじまない性格を持つのではなかろうかという感じを持ちます。
 それから、この物損もそうですし、それから公明党案にありますような生計あるいは更生のための貸し付け等々の問題でございますが、これは実は議論の筋からいいますと、生活保護法の問題であるとか、あるいは中小企業に対する融資の関係であるとかというような、ほかの法律によるむしろ統一的な保護ということのほうが、法の体系的な統一性とか、あるいは保護の平等性というような問題からはベターではなかろうか。そういうような法律がうまく動いていないということであれば、そういう法律の運用をうまくする、あるいはそういう法律を修正してというほうが妥当であろうというふうに理論的には考えます。ただ、これはあくまでも純理論的な問題でして、実際の生活保護法や、そういう貸し付けの関係の運用がどうなのか、それは、現実にそこに苦しんでいる人の生活、あるいはそういう者の救済に役立ち得るようなことになっているかどうかで、その障害を除去することが現実に直ちに可能であるのかどうかというような、現実との対応関係があるわけで、そういうことがもしもどうしようもないということであれば、体系的斉合性のある程度の犠牲というもとに本法案でそういうことを考えるということも、これまた利害のバランスの問題として考えられなければならないという問題はございますが、まあ理論的な筋道からすれば、いま言ったようなことではなかろうか、こういうふうに私は思います。
 それからこまかなことをちょっと申しますと、政府原案、これは実はほかの党のものもそうでございますけれども、公害病が発生したあとで、その人がその指定地域から外へ出ますと、あるいは指定地域が解除されますと、一定期間、たとえば四日市あたりは三年だとか、政府も三年あたりをめどとするとか言っているようでありますが、これは政令で定めることで、この法律自体の問題ではございませんが、この一定の期間たてば自動的、機械的に打ち切られるというのはいかがであろうか。問題のかなめは、そういうふうにどこへ出たからどうということではなくて、外へ出て何年もすればよくなるという蓋然性はございますけれども、よくなったかどうかということがポイントであって、何年たったからということには全く合理性がない、こういうふうに思います。
 さらに、被害原因としまして、大気汚染と水質汚濁以外の公害についてはこの救済をしないということに、とりあえずはなっているようでございますが、まあ衆議院の委員会では附帯決議をつけて、こういうことにも考えろということを言っているようでございますが、ここでもまた、問題のポイントは、実は公害の原因が何であるかがポイントではなくて、要するにどういうような公害病になっているかがポイントなわけです。確かに、大気汚染とか水質汚濁から大きな公害病が現在発生しているのであって、たとえば騒音であるとか、振動であるとか、地盤沈下であるとか、悪臭であるとか、こういうものからはたいして公害病というほどのものは発生していない。そういう意味では、とりあえず大気汚染、水質汚濁だけでよかろうということも言えますが、しかし、問題は、あくまでも公害病になっているかどうかということであって、同じ公害病であっても、大気汚染なら保護する、悪臭なら保護しないというのは議論の立て方がおかしい、そういう点も将来の方向としては問題ではないか、こういうふうに存じます。
 最後に、政府案とその他のところで一等初めに申し上げました、本法律案の理論的性格をどうとらえるかということとの関連で、政府の場合には、国、都道府県、政令で定める市、あるいは事業者の四者負担、それからあとは、そういうようなものから金をもらった被害者は、企業に対してみずから損害賠償を請求すべきだけれども、ただこちらのほうからもらった限度では取れないとか、その程度です。その他社会党案等々では、公明党案もそうですが、国及び都道府県、市が原則として負担し、あとは国のほうが被害者の企業に対しての損害賠償請求権を取得する、引き継ぐ、こういうような形になっておりますが、このどちらがいいかという問題は非常に困難な問題で、私にわかに断言いたしかねますが、まず一つトンネル法人をつくるということは、これは非常におかしな感じではございますけれども、私は若いのに保守的なのかもしれませんが、ある意味では非常に知恵のある方法ではなかろうかという感じがいたします。つまり、特に大気汚染なんかの場合ですと、公害の発生原因者というのははっきりしない場合が多いわけです。それも企業に限りません、自動車の排気ガスなどの問題もありますし、また、多数の企業が集合して初めて公害になる、あるいは極端に言えば、喫茶店や学校のようなところからも出てくる。そういうことで、一々の企業に対して、その企業の排出する悪性のガスの排出量等を調べて、たとえば税金のような徴収方法で徴収するということはかなりやりにくいのではなかろうか。そういう意味では、政府の法案のたてまえをとる以上は、こういうトンネル法人をつくるということも一つの知恵かなという感じがいたします。特に、中小企業なんかでどうしてもそんな金が出せないという資力のところはどうしようもないので、そういうような感じもするわけです。ただ、政府の衆議院での答弁の中で、本来は個人同士でやるべきであって、国が肩がわりするのは市民間の問題と行政的な問題とごっちゃにすることで、妥当でないという発言があったようでございますが、私は必ずしも、そうは言えないので、それが実は本法案の性格を社会保障としてとらえるか、あるいは社会党などのような損害賠償の肩がわりとしてとらえるかという問題と密接不可分の関係だというふうに思います。たとえば、商法の損害保険の問題で申しますと、目的物に対してだれか第三者が加害を加えて目的物が滅失したという場合に、加害者に対して被害者は損害賠償請求権を持つわけです。しかし、それについては加害者じゃなくて保険会社が金を払ってくれる。これは非常に損害賠償的な性格が強いわけですが、保険会社が金を払ってくれる、そして保険会社が被害者の持っている損害賠償請求権を取得して、そして保険会社が第三者に対して求償していく、こういうシステムになっているわけです。この保険会社を国に置きかえれば同じようなことが言える。ただ、そのためには、あくまでも損害賠償でなく、損害賠償の肩がわりを国がするんだという社会党、公明党案的な色彩のものにもつていかないと、こういうふうなシステムのものはとりにくい。この中でどっちをとるか、あるいはどのように傾斜させるかというのが問題点だと思います。
 以上で一応の私の意見を終わります。
#9
○委員長(瀬谷英行君) どうもありがとうございました。
 以上で参考人の方々の御意見の開陳は終わります。
 これより質疑に入ります。参考人の方々に対して質疑のある方は、順次御発言を願います。
#10
○松澤兼人君 戒能先生から初めに質問しようと思っておりましたけれども、いまちょうど好美先生からそういうことばがありましたので、好美先生からお伺いしたいと思います。
 先生もお使いになっておりましたし、また政府案の説明でも、あるいは衆議院における審議の過程でも、この医療救済の問題は社会保障的な行政措置であるというようなことがしばしば言われているようであります。ことばはまことに私も同感するところがあるのでありますけれども、社会保障的ということばの持っております反対の意味は、社会保障でないということと、それから社会保障であるという形容詞的な考え方と両方あると思うんです。どうも私は社会保障的行政措置ということばにこだわっておりまして、どうもそういうことばの表現でこの法律の性格を規定することは疑問があるように考えるんですが、社会保障的行政措置というものは、政行措置なのかあるいは社会保障なのか、その辺の性格というものをはっきりしないと、医療給付をする場合、あるいはまた、いまお話のありました、立てかえ払いであるというような、あとから来るいろいろの問題の解決なり、あるいは責任の負担なりというようなことについても分かれてくるんじゃないかと思うんですが、その根本的な社会保障的な行政措置という意味をどういうふうに解釈したらいいでしょうか。
#11
○参考人(好美清光君) 私は、社会保障ということと行政措置ということの区別については厳密には存じませんで、ただ、私人間の民事実体法上の損害賠償請求権というようなものとのかかわり合いにおいてではなくて、国がやる措置である、社会保障なるものがとりもなおさず国のやる行政措置である、こういうふうに常識的に理解したわけでございますけれども。
#12
○松澤兼人君 公害という発生源があるわけですね、それを社会保障的に、しかも国または地方公共団体が責任を持ってということであれば、それもまた行政措置として考えられますけれども、一部分は、恩恵的なといいますか、慈善的なそういう企業の負担に期待し、かつ、それを企業が負担すればどの程度責任が解除されるのか、その辺のところがはっきりしないと、このことばを安易に使うことは適当でないように思うんです。重ねて……。
#13
○参考人(好美清光君) 私、この法案というのは、前にもちょっと申し上げましたけれども、被害者保護ということと企業保護という二つの相いれない利害、この一つの妥協の産物の法案であると存じます。したがって、理論的には必ずしも割り切れない面がかなりございます。たとえば、国のやる行政措置、社会保障であるならば、社会党案や公明党案のように、むしろ全額国のほうが持つというのが筋が通るわけです。企業のほうでは、自分たちのほうは社会保障に対するお手伝いをするんだから半分以上は持てないと言っておりますが、単なるお手伝いに半分も持つことは多過ぎるのではなかろうかと、皮肉に申しますと思うわけです。ですから、これは社会保障的なものであると同時に、実は企業の責任というものが入っているからこそ半分は持つであろうけれども、たてまえ論としては、社会保障ということばをいろいろ使っておりますので、私も不用意に使ったわけでございます。
 それから、いま先生のおっしゃいました、こういうことを言っておりますと、そのあとの個人間の企業の責任という問題があいまいにならしめられてくるのではなかろうか、そういう問題にも関連するのではなかろうかという御発言がございましたので、それとの関連で申しますと、政府案のように、社会保障であるとかいうようなことを言って、そうして当事者間では民事実体法で終局的な処理をすべきであるということ、これは一つの筋として私は理論的には通る議論だと思います。ただ、その際には、この法案と同時に、民事実体法のほうの不法行為規定等におきまして、被害者の、たとえば、戒能先生もおっしゃいました因果関係の問題をどうするとか、あるいは科学者を動員したりすることも含めた訴訟費用の問題についての国の補助であるとか、そういうようなことで、ほんとうに被害者が企業を相手どって裁判をやってみてもやれるような体制をつくるといいますか、そういうものを同時に御配慮いただかないと、理論的にこうだと言いっぱなしでは実際は被害者の保護にはならないという面がある、そういう点を指摘しておきたいと思います。
#14
○松澤兼人君 ありがとうございました。
 戒能先生に。いま好美先生といろいろお話をしたわけですけれども、企業側で、責任があるかないかわからないけれども、責任はないと、ないけれども、経団連あるいは国、地方公共団体なりが寄付しろと言うから寄付するんだと、おれは責任はないんだということで、一方では、損害賠償ではどこまでも責任がないんだと、それでいながら、経済団体なり、あるいは国、地方公共団体から幾ぶんは負担をしてくれないかと言えば負担をするというようなことは、どうもよくわからないんですが、その企業の責任と、それから、こういう寄付金とかあるいは負担金というものの性格はどうなんです。これはちょっと行政法的なことかもしれませんけれども。
#15
○参考人(戒能通孝君) 私もこれは、政府の案でございますけれども、何をおっしゃっているのか正確な意味はわかりません。ただしかし、公害病というふうに完全に認定されるというものは存外少のうございます。東京にも事実上の公害患者というものは大量にいるんだと思いますけれども、しかし、公害病であるというふうに認定された方は、これは現実にはございません。つまり、東京はゼロでございます。そんなばかなことはないということになるわけでございますけれども、実際問題としては東京ではゼロだと思うんでございます。で、そうなりますと、公害病患者だというふうにはっきり認定され得る人というのは、日本全国をたずねましても、数百人である、水俣で百人ばかり、新潟で三十人ばかり、それから四日市で三百人ばかり、それから、もし富山でイタイイタイ病が認定されますと、これまた百人ばかり、非常にわずかでございます。したがって、その金額というものも非常に軽微でございます。せいぜい年間何億という程度の金額でございます。その半分を持つというのでございますから、実は公害患者の経費に対して企業が責任を負っているんだということを、これはあらわしているんだと思います。ただしかし、具体的にどの企業が責任を負ったんだということになりますと、どの企業もうちのせいではないと必ず言うわけでございます。で、おたくの仕事だというふうなことになりますというと、これは必ず、うちではないということになってくるわけでございますから、本来から言えば、この被害者救済法のほうでございますと、これは企業責任にしなければならない問題で、国が代払いした形になっていて、代払い関係を明らかにしない状態にして、不完全な状態にしているんだと、この意味では、私は非常に巧妙につくられた一種のごまかし法だという印象を持たないわけにはいかないのでございます。どうもことばが乱暴で申しわけございませんけれども、ちょっと、企業のほうで逃げてしまったと、実際問題になりますと、おそらく新潟関係の分は昭和電工あたりは相当出すと思います。経団連というような形をとりましても、実際は相当多額に出すと思いますが、昭和電工自身が自分の責任ではないという法律になりはしないか。つまり、企業責任解除法になりはしないかということを懸念するわけでございます。でございますから、私としては、むしろ処理法のほうを厳格にして、処理法によって損害賠償をはっきりとるという立場をできるだけ強めていただきたい。むしろ、処理法によって企業が幾ら払えと言われたら、それだけはともかく払わなければいけない、その後、企業がそれに対して不満があれば、国に対して賠償請求をすればいいんではないだろうか。むしろ、処理法が、公害が被害者に対して晴天からのへきれきということになりますと、裁定が企業に対する晴天からのへきれきという形にしてもいいんじゃないかと、企業が文句があるならば国に対して文句を言っていけという形をとったほうが妥当ではないかと、こう思うんでございます。と同時に、国が、企業が被害者に対して支払う金額の管理方法というものについては、これは別の配慮をしていただきたい。水俣病患者のような、一生涯ああいう病気をしょっていかなければならないような人、それがかりに五百万なり一千万の賠償金をもらいましても、いまのインフレの最中に、五百万、一千万でどうということはございませんので、五百万なり一千万というお金を国の会計の中に入れて、そのかわり、国がそれに対してある種の保障をしていくという方法をとったほうが合理的ではないだろうか。つまり、リハビリテーションのセンターの維持費を国が完全に出していくという、そういった制度をとったほうがいいのではないだろうか。つまり、国が賠償金の信託を受けるような条件をつくったほうがいいのではないかという印象を私は持つわけであります。したがって、もしこの政府案のような被害者救済法をつくるのならば、むしろ政府自身あるいは自治体がリハビリテーションセンターの経費を経団連なり何なりからとってやる、そういう形のほうが合理的ではないかと思うわけであります。個人負担よりも、むしろセンターをつくらなければならないというのが現状ではないかと思っております。
 公害というのは、御承知のとおり、非常に微量な重金属とか、あるいはガスの結果でございます。阿賀野川の場合でございますと、原告の主張によれば、上流の工場から毎日五百グラムの有機水銀が流れたという主張をされております。その五百グラムの有機水銀というのが、一日二千六百万トンも流れているというような非常に水量の豊富な川に落ちてきたわけであります。そうして、それが河口から起算いたしまして四キロメーターぐらいのところで土の中に、どろの中に、被告側の主張によりますと、一二・五PPM、百万分の一二・五の含有量があったと主張されているわけであります。非常に微量でございますが、その影響を受けたのでございますから、逃げようと思えばかなり逃げられるということになりはしないかと思うわけであります。で、逃がさないぞというのが、もしこの救済法の目的でございましたら、国がひとつセンターをつくって、そのセンターの維持費を企業に負担させるというタイプのものを考えたほうが合理的だという印象を持っております。
#16
○松澤兼人君 どうもありがとうございました。
 藤野先生に。新聞で拝見したのですが、三重県立医大で、何か、ハツカネズミを使ってやって、政府の決定しているPPMではちょっと甘過ぎるというような感想を先生が、ほかの先生ですけれども、発表されているのを読んだ。三吉先生ですか、こういうことを三重県立医大で研究されておるようです。この先生は耳鼻咽喉科の方ですが、内科的にも統一的に公害的な病気として一緒に研究されていますか。このハツカネズミを使ったという実験は耳鼻咽喉科の先生でいらっしゃいます。こういう実例、先生もご存じかどうか、その点をひとつ。
#17
○参考人(藤野敏行君) 申し上げます。
 実際にわれわれの所での動物実験では、従来低濃度の亜硫酸ガスの長期曝露した実験というのは非常に少ないのでございます。〇・〇五PPMの環境を実験的につくるということは非常にむずかしかったものですから。それが一応できるようになりまして、動物を使ってわれわれの所で飼育しております。もう一つは、動物実験で申しますと、御存じと思いますが、磯津地区に動物を飼育しております。それからもう一つは、野犬を捕獲して調べるという三段がまえで現在やっております。で、マウスを使った〇・〇五PPMの環境下で三カ月もしくは半年後に屠殺をしましたデーターでは、肺に非常に著明な変化が出てきております。それから磯津地区で飼育しております一年ぐらいたったウサギでありますけれども、その動物にもやはり変化が出てきております。これらは、先ほど申しました、不幸にしてなくなられた方の解剖しました結果と比較的関連性があります。それから先ほどお話のありました耳鼻科の三吉教授のやっていらっしゃる成績でございますが、われわれのところでは、産業医学研究所と、それから耳鼻科教室が実験的な問題をやっております。そうして、これは学童検診のところに関係するわけでございますが、ばい煙等影響調査で文部省と厚生省が学童の検診をやっておりまして、へんとう腺あるいは咽頭に、汚染地区の学童に非常に強い変化が出てきておるということを報告しておるわけであります。これらは、やはり一応関連して仕事をやっておりますが、中心としては産研がやっております〇三吉教授が出されましたのは、これは耳鼻科としてやられたのを出されたわけで、私たちは発表前に承知をしておりませんでした。話は聞いておりますが、こまかいデーターは承知しておりませんでした。
#18
○松澤兼人君 それからもう一言。
 さっきのお話では、四日市地区におきましては高度汚染地区が減少した。拡散といいますか、拡大汚染、低度の汚染地区が拡大されているというお話でございますが、お話の中では、工場や、そういうところがだんだんと拡大されていくからというようなお話がありましたけれども、これは戒能先生にも関係しますけれども、高い煙突がむだだというやつ、どらも四日市なんかでも煙突がみんな高煙突化されてきますね。ですから、非常に拡散されていって、低度ではあるけれども、汚染地区が広がってくるということに関係がないでしょうか。お二人の先生ちょっと……。
#19
○参考人(藤野敏行君) 先ほど申しましたように、煙突の高層化によりまして、高度汚染地区は、この測定成績から見ましても減少しております。しかし、汚染範囲としては拡大してきております。それに、産業の発展といいますか、燃料の使用量が非常にふえておりますので、現在四日市地区に認定をしております地域の問題ですね。これらにも関連してくるわけでございますが、煙突の高層化によって汚染地区が拡大してきた。しかし、これは従来の高度汚染地区というわけではございません。これは事実だと思います。そうしますと、実際人体に障害を与える濃度はどこが適当であるかどうかという、また問題が派生してくると思います。ここでちょっと申し上げますと、たとえば一日平均〇・〇五PPMということでありますが、これをそのまま現在四日市の市がやっております救済基準に当てはめてみますと、約二分の一から三分の一ぐらいに制限されることになる。そこに、四日市の場合に、ある期間非常に高い濃度が出ておるという事実がございますので、この地区を、政令によって今度いろいろおきめになることになると思いますが、こういう場合に、一定の濃度という基準は必要かもしれませんけれども、やはり地形とか気象とかということで非常に高いピークのPPMが出る地区がございますので、こういう点を配慮していただきたいと思うわけでございます。
#20
○参考人(戒能通孝君) 私、主として東京という、かなり広い地域を対象に考えています。そうしますと、最近、たとえば東京都庁前の亜硫酸ガスの濃度でございます。これは少しも増加しておりません。むしろ、昨年度は一昨年度に比べまして平均濃度から申しますと減少するくらいの傾向になっております。しかし、汚染地区の範囲がだんだん広がっていくことは事実でございます。汚染がだんだん奥へ奥へと進んでまいります。一時的に申しますと、東京都庁前というふうなのはかなり高い数値が出ることがございますけれども、平均的に申しますと、ほとんど安定しておるわけでございます。この点はまだ十分理由はわかっていないと思っております。空気はなぜ一体ガスの飽和状態を救うのかということは精密な意味ではわかっていないと思いますけれども、一般的に申しまして、どうも汚染量がだんだんふえていくということはなくて、汚染地区の範囲が広がっていくということは事実のように考えているわけであります。ただ、東京という町は、これは世界でも最も気象条件に恵まれたところでございまして、一番汚染状況のひどいところというところがちょうど無住地帯でございます。大体におきまして、事務所、ビルなんというのが多うございまして、そうして八時間ぐらいたちますと、皆さんどこかへ帰って行かれる。したがって、家に帰ることによりまして、ある程度まで正常な空気のほうに入っていくことができるという状況にあるわけでございます。でございますから、直接的な意味で四日市型のぜんそくというふうなものが非常に少なくて、ほとんど因果関係がありそうだと思われる程度の呼吸器病患者というものが見つからないわけでございます。それから大原交差点なんかになりますと、一酸化炭素の発生量が相当ございます。しかし、あの辺は風がかなり強うございますので、吹き飛ばしてくれるというふうなことになりまして、全体的には局所的汚染というようなのがそんなに強烈ではございません。しかし、一酸化炭素の発生量が常に一定しておりまして、毎日一時間一万台ぐらい車が通りますので、だんだん汚染地区が広がっていくことは事実だと思うわけでございます。そんなわけでございますから、何PPMという形で処理されませんと、実は患者というものが全然違ったものになってしまうと思っております。
#21
○松澤兼人君 もう一言だけ。高い煙突、先生の高い煙突はむだだという……。これからどこでも高煙突化で、二百メーター以上の煙突ができてくる。二百五十メーター。高い煙突をつくりさえすればいいというような感じを持っているのですね。どうも新聞の記事に関する限り、先生のほうではあまりデーターがないような様子ですね。
#22
○参考人(戒能通孝君) そうではございません。東京で一番汚染されているのは、観測点から申しますと東京タワーでございます。東京タワーの二百二十五メートルというのが一番ひどうございます。どこから来るか精密なところはわかりません。しかし、地上濃度がたいしたことがない時期でございましても、東京ターワ二百二十五メーターのところで〇・五PPMというような非常な濃度が出ております。空気の流れにガスが乗るのじゃないか。空気の流れというのは、これは、地上でございますとパイプのような形になっているのじゃないか、幾つかのパイプがたばになっているような感じで流れてくるのじゃないか。そのパイプの流れは精密な計算がまだできておりません。東京タワーの観測によりますと、これは風向きから申しまして、東電の品川発電所でないことだけは確かでございます。もっと、どこからか来ているということが言えるわけでございますけれども、空気のパイプのような流れの中を通って大量に流れてきていることは事実でございます。
 それからもう一つは、ゆうべ一番複雑な拡散の方程式を教わったので、私この数値を入れてみました。そうしましたら、川崎を一つの煙突と仮定して、そうして百メートルぐらいの煙突があって、そうして風向きが大体南方向で一メートルくらいの一様の流れが出ているということになりますと、その煙突から出てくるガスというものはかなり上まで上がってしまいます。これが百メートル上まで上がってしまいます。しかし、それが一番上がった状態で大体球形になって流れてくるわけでございますが、一番高濃度に上がりますところが金町付近になるのじゃないかと思います。金町付近の濃度というやつを、これは私の計算違いだと思いますから申し上げるわけにいきませんけれども、二〇〇PPMという非常に大きな数字になって、ちょっとびっくりしました。実は風が吹き飛ばしてくれるので、そんなことは絶対ございませんけれども、しかし、流れていく空気というやつは、ただ拡散の方程式だけを使いますと、場所が違うだけでございまして、落ちてくる場所がやはり拡散の方程式からくる到達距離というのは、これは風が一様であると仮定すれば何キロという大体推測できるわけでございますけれども、この点はおんなじでございます。決して高い煙突になったからといって……。ただ、遠くへいきます。遠くへいく過程で、、風がいろんな方向から吹いてきますので、どっかへ飛ばしてくれるというだけでございまして、理論値はそんなに変わっておりませんので、高い煙突だけに依存するということはやっぱり間違いだと思っております。
 それからもう一つ、風洞実験というようなこと、よく言われておりますけれども、風洞実験は、非常に強い空気の流れを飛行機の翼みたいなものにぶつけた場合には信用できる数値が出てくると思います。しかし、大気の中に流れたガスのような、非常に軽いもの、むしろ比重ゼロという、そういう軽いものにつきましては、ちょっとした流れでどっちかへいってしまいますので、風洞実験というふうなものが現在の状況において当てになる状況だとは言えないように思います。拡散方程式というのは、いろんな垂直方向に動く空気の動きと水平方向に動く空気の動きの比例をとるわけでございますけれども、一様にこの空気が流れているということはないので、風洞の実験というのは、残念ながらいまできません。もしできれば、私ぜひやってみたいと思いますけれども、これは全然できませんので、あれは一種の勘にすぎないというふうに思っているわけでございます。
#23
○委員長(瀬谷英行君) ちょっと私のほうからお伺いいたしますが、東京タワーの話ですけどね。これは高さによるものですか。位置によるものですか。たとえば霞が関ビルといったような場合も、そうすると、高さによるものだとすれば、同じような現象があるんじゃないかと思うのですが、その点はどうです。
#24
○参考人(戒能通孝君) 霞が関ビルの、ほんとうは屋上を借りれば一番いいんじゃないかと思いますが、まだ借りておりませんので、これはわからないわけでございます。いまのところは、たまたま流れてきた空気が、気団が大量のガス量を含んでいた、それが観測機につかまったという状態でございます。したがって、厳密な意味では、その流れがどこから来たかということを申し上げることができないわけでございます。まあ一つの点でつかまえたわけでございますから、どっちから来たのか、これは精密な意味では申し上げられないわけでございます。しかし、東京タワーと同じような高さのものができてまいりましたら、これは面でつかまえることができるようになりますので、もっと観測が精密になるだろうと思っているわけでございます。それから霞が関ビルみたいなものでございますと、観測に実際使えるのは屋上だけでございます。一部屋を拝借して使わしてもらうということになりましても、これはビルそのものが一つの壁になってしまいますので観測点としては使えないと思っているわけでございます。
#25
○参考人(藤野敏行君) ちょっといまのに関連してでございますが、いま東京タワーの話が出ましたですけれども、三重県の場合ですと、尾鷲の火力発電の問題があります。あの場合も、やはり地上数百メートルのところ、ちょうど裏に山がございますが、高いところで非常に高い濃度が出てまいります。で、いまおっしゃった東京タワーの二百二十五メートルですか、そのところで非常に高い数字が出たということは、それより低い位置ではそういう数字はとても出ていないんじゃないか。ですから、いろいろな高さの場所、いろいろな場所へ観測点をつくって把握しませんと、一つだけで全体を律することは、とても大気汚染の場合はできないというように思います。
#26
○杉原一雄君 紛争処理法案のことですけれども、先ほど好美参考人のほうから基地公害に対する見解をお伺いしたわけですが、できれば戒能先生から基地公害に対する見解をお伺いしたいわけです。近く委員会がありますれば、政府委員に質問する予定でぼくは準備しているのですが、この間この提案にあたって、総理府総務長官が、これはこの法案から除外すると――たしか第五十条に除外規定ができているわけです。しかも、その理由は、先ほど好美先生がおっしゃったように、特殊性の問題と、しかもなおかつ、それを保護する法律があるのだ、それによって手厚い措置を今日まで講じてきたのだ、その補償について異議の申し立ての制度等も実はそろえてあることで、大体円満な解決をはかってきたので心配は要りませんと言わんばかりの提案がありましたので、次の機会に十分また具体的な例で政府委員に質問をしながら確かめていきたいと思いますが、幸いですから、戒能先生から見解をお伺いしたいと思います。
#27
○参考人(戒能通孝君) 紛争処理法案に基地問題を加えるかどうかということは、私は政治的判断で、ちょっとどうこうということは申し上げられないと思います。ただ、東京都で基地ができてまいりますと、そこで非常にはっきり出てくるのは騒音でございます。特に横田の基地騒音でございます。非常に困るのは、環境がきわめて静かなところにもってきて、軍用機が飛ぶことでございます。その点では、羽田空港と条件が全く違いまして、羽田空港でございますと、かなり環境がざわざわしております。ところが、横田でございますと、環境が非常に静かで、そこに鋭い音がするわけでございますから、しかもそれが夜起こるわけでございます。私のところの研究員の方で実際騒音をはかりに行かれた方、これは横田の宿屋に泊まるわけでございますけれども、初めのうちはとても眠れなかった、寝つくと、大体二時ごろ起こされちゃった、特に二時か三時ごろ飛行機がたくさんやってきますので、そのため眠れなかった、ということを言っているわけでございます。この点から考えますと、できたら騒音の問題というものも含めて紛争処理法の中に入れていただきたいと思います。しかし、それがいいか悪いかは、これはちょっと、先さまは軍事的目的とおっしゃるだろうと思いますので、飛行機飛ぶなということは言えないじゃないか。あと補償金の問題ということになってしまうので、それならば、現在ある法規の中でもある程度まで解決できるのではないかということが言えるのではないかという気もいたします。この点の判断は、私ちょっと、いまのところ、できかねて、どちらがいいかと申し上げかねているわけでございます。
#28
○杉原一雄君 せっかく法律ができて、いよいよ運用されるわけなんですけれども、実は私富山なんですけれども、ごく最近富山の公害課で取りまとめた−今日まですでに行なわれてきている仲介員制度、たとえば大気汚染とか、水質保全とか、それぞれ十五名ほど一年間の任期でやっているのだけれども、一件も仲介員制度にかけられた事件はない、ほとんど市町村段階、県段階で苦情処理の形で大てい解決をしてきたと書いてあるわけですが、ただ、これはごく最近の七月段階の情報ですけれども、ここでやっぱり、いわゆる法律がせっかくできても、何か利用されないようなことになるのではないかという心配を持つわけですが、戒能先生なり、好美先生はこのほうの問題でいろいろ御苦労なさっているわけですから、そういう方向へ被害者を、住民を誘導するといいますか、従来は運動としてかなり伸びてきてはおりますけれども、それでもやっぱり、だまっているというのが相当あると思いますので、せっかくできてもなかなかむずかしいなと、実は危惧をしているわけですが、その辺のところを、今日の提案されている二つの法案の中身等から関連しながら、ほんとうに被害者が、被害者であるという権利意識に立って立ち上がれるようなことを考えた場合に、この法に不十分さがあれば不十分さの指摘その他いただければ幸いだと思いますがね。お二人からお願いしたいと思います。
#29
○参考人(戒能通孝君) 私としては、現在提出されている公害紛争処理法案のこの形では、今後調停の申し立ても、それから和解の仲介も、仲裁の申し立てもあり得ないというふうに考えておるわけでございます。実際委員会に申し立ててみましても、相手が断わればそれでおしまいでございますから、そういう委員会に申し立てをしても何にもならないのではないか、おそらく、現在水俣で仲介申し立てが厚生省に行っているはずでございます。それを引き受けるのがぜい一ぱいじゃないか、あとは何もないということになるのだろうと思うのでございます。せっかく仲裁委員などを置いても、実はお飾りになるんじゃないだろうかと感じます。一件もないとはちょっとあれでございますけれども、しかし、おそらくないだろうと思います。もしこれを強力なものにして、実際仲介に効力があるとすれば、和解の仲介、あるいは仲裁が出たら、それが実行できるものにしなければならない。もし企業が払わなかったら国が代払いをして、国が取り立てるというくらいのことにしないとできないんじゃないかと思うのでございます。効果はないんじゃないかと思います。あるいは企業に対して強制執行権があるというふうな裁定権を与える委員会でなかったら、これは何にもならないんじゃないかと思っています。
#30
○参考人(好美清光君) 私も、さっきちょっと申し上げましたように、和解であるとか、調停の場合には、それをのまなければ、いわば判決みたいな裁定というものを下す権限をうしろのほうに伝家の宝刀として持っているということでないと、かようなことでないと、いま戒能先生がおっしゃったようなことになるんではないかという危惧を持っております。
#31
○参考人(戒能通孝君) ちょっと補足させていただきたい。
 現在、水俣で、和解の仲介であるか、仲裁であるか、ちょっと明確にわからない申し立てが厚生省に提起されているようでございます。これは被害者が申し立てており、それから加害者といわれるチッソのほうも同意しているということがもし真実であるとすれば、これは大体、お金を払うほうの立場のチッソのほうが、幾ら払うという初め腹案を示しているということが前提になっておるとしか考えることができないわけでございます。会社として、一人当たり一千万円ですと、百人で十億円、百万円ならば一億円で、その差額は非常にたくさんございます。幾ら取れるかわからない、そこへ持ってきて和解の申し立てをするということはちょっと考えられませんので、事実上はすでに希望金額を述べて、それで大体片づけてくれるということが前提になっているんじゃないかと思うのです。それでは仲裁にならない。これではもう、一方的な押しつけに飾りをつけることにすぎないんじゃないか。また、この法案による委員会がそんなものに利用されたら、結局委員会の権威はゼロになってしまうというふうに感じるわけでございます。
#32
○杉原一雄君 藤野参考人にお願いしたいのでございますけれども、先ほどのお話によると、何か四日市が、あるピークが非常に高い、そのことが四日市の今日のぜんそくその他を発生させておる、大阪にもそれに類似したことが出たから、このごろ大阪にもそういう患者が出てきたのだという、そのピークの問題ですね。そうすると何か対策の面も出てくるわけですね。同時に、また私お聞きしたいのは、そのピークの発生によって立つ原因ですか、気候なり地理的条件、いろいろあると思いますが、その辺のところを、先生の調査の結果の結論ですね、それをひとつお伺いしたいのです。
#33
○参考人(藤野敏行君) いまの硫黄酸化物のピークの問題ですけれども、四日市では磯津で〇・五もしくは〇・六という、〇・〇五から見ますと十倍になるわけですが、そういうピークが出てきているわけです。磯津は、御承知のように、地形的に、冬になりますと風向きが磯津へ集結することになるわけです。その時期、冬に測定いたしますと、いまのような〇・五、〇・六という非常に高いピークが出てまいります。大阪の西淀川でしたか、大阪のをちょっと持ってまいったのですが、大阪もそういう数字が出ております。そこの患者発生の頻度が、他の大阪の地区の発生状態と比べますと、四日市型といわれるような疾病がそこに多発しておる。このことは、結局絶えず少量曝露されておるということと、大量の曝露が周期的に来る、それに対する生体の反応という面から考えていくと、小量絶えず曝露されておることでも疾病は出てくるでしょうし、磯津の場合ですと、夏になりますと、四日市の場合、風が海のほうから内陸のほうに吹きますものですから、非常に低いわけです。そういうように高いときと、それほど高くないときと循環的に出てくるようなところで多発しておる事実があるものですから、そういうことがある程度関連性を持っておるというように考えております。
#34
○杉原一雄君 もう一つ実はお願いしたいのですけれども、この間、委員会で、神通川の汚染状態を厚生省通産省合同調査結果を科学技術庁がまとめて発表したということが実はあるわけです。この中で、そのときも政府委員にいろいろ意見を聞いたのですが、非常に気がかりになることが一つある。それは、従来私たちは犯人は神岡鉱山だと決定的に思っているのですが、その犯人が、三億円の犯人以上に知能犯ですから、なかなかうまいことつかまらないのですね。特にその中で、神岡鉱山の上流の水にはあまり入っていない。それは私はうなづけるのです。ただ現地は、堆積場その他はたいへんだ、四・一PPMだと、いわゆる国際基準から見れば四千百倍なんだということも証明されておる。これもはっきりしてきておる。ただ一番問題は、下流は飲んでもだいじょうぶだということが大がかりに発表されておる。そうしますと、いまイタイイタイ病患者、戒能先生が先ほど百名程度とおっしゃいましたが、とにかく百二名厚生省に登録されておるのですね。その人たちが実は訴えを起こしているわけですが、その人たちは、私の判断では、萩野博士も言っているように、数十年前から神通の水を飲んでいるわけですし、現在でも台所で飲まれておるわけですし、そうしますと、現在の水はきれいだ、飲んでもよろしいという調査が、これをさかのぼって四十年前、三十年前ということは証明できないわけですから、そこらあたりに、ちょっと因果関係が断ち切られる、断絶されてしまうということが心配だから、この間厚生省当局に、科学技術庁当局にその辺のところをさかのぼって証明できるような御努力をいただけないかというところで打ち切ってあるわけですが、何か先生の専門的な立場から、その辺を立証する手続上の問題とか技術上の問題とか、あるものでしょうかね。いろいろ小林先生あたりの御意見を伺っているのですけれども、先生いかがですか。
#35
○参考人(藤野敏行君) いま、過去にさかのぼっての立証と言われますけれども、私そちらのほうを特にやっているわけではございませんので、困難だと思います。たとえば、大気汚染の例をとりましても、何年前にどういう状態であったかというデータがない場合は、想像でものを言うことになりますけれども、しかし、事実そういう疾病が積み重なったということによってあらわれているという事実があるわけですから、そういうところから判断していかなければ証明する方法はないのじゃないかとも思います。
#36
○杉原一雄君 イタイイタイ病の問題は、これほどまでに、社会問題、政治問題として決定的な方向がほぼ固まりつつあるわけですが、そこまでいかない先に、小林先生あたりの研究で、たんぼの稲の被害状況、水口とずっと奥という、いろいろ証明をいただいておったりして、ぼくらは博士のおっしゃいましたことを信じておったのですが、しかし、そうでない加害者の側から言わせれば、この辺の、平地ですけれども、やはりカドミウムが何かもともと昔から含有しておったのじゃないかといったようなことをおっしゃったりして、なかなか犯人をつかまえるのに一苦労するわけで、いまおっしゃったように、過去にさかのぼってこれを立証するということは科学的に見てもかなり困難だと言われると、なかなか心配になってくるので、つとめて努力したいと思いますけれども、どうもありがとうございました。
#37
○内田善利君 藤野参考人にまずお尋ねしたいと思いますが、先ほどのお話の中に、四日市ぜんそくにかかっている四百八名の内容をお示しになったわけですが、特に六才から十二才と六十才以上が多いわけですが、これは何か根拠がございますか。
#38
○参考人(藤野敏行君) 先ほど融れましたように、四日市の認定は、いわゆる保険本人は一応除外してございますが、大気汚染の影響というものが、若年者とそれから高齢者に強くあらわれるということだと思います。
 これは先ほどちょっと触れませんでしたけれども、いろいろな法を読みますと、政令で定めるという事項がたくさんございますが、この政令で定める段階で十分検討していただきたい問題を、私、二、三持ってきているわけです。
 その一つは、居住歴がなければいけないということでございますが、四日市のような例を見ましても、いわゆる六歳以下のうち三歳未満が約半数以上を占めております。そうしますと、一定の年数で居住歴が出ますと、赤ちゃんあるいは一、二歳の人は全部除外されることになりますので、一定の年数以下であっても若年者については法の適用がされるような配慮が必要じゃないか。これは、あらわれたところの数字がはっきり示していると思います。
#39
○内田善利君 こういった若年層と老齢者に非常に被害が多いようですけれども、先ほどの松澤委員の質問の中にもありましたが、亜硫酸ガスそのものが、たとえば環境基準以上であろうとなかろうと、低硫黄酸化物でも非常に影響があると。特に動物実験によって影響が出ておるということですけれども、そういった低硫黄酸化物でもそのようなことになれば、もう、煙突を高くするとかどうとかということも一つの方法ではあろうと思いますけれども、煙突を高くしても硫黄酸化物は出ていくわけですから、やはり企業の態度、企業で、発生源で亜硫酸ガスが出ないようにするために、脱硫装置とか、それを早く設備して脱硫したほうがいいんじゃないか、発生源から硫黄酸化物を出さない、そういうふうにするのが一番いいのじゃないかと私は思うのですけれども、そういった方法ができるのかできないのかですね。私は、端的に言って、硫黄酸化物を出さないということにするほうが一番いいというふうに思うのですが、それが可能なのか可能でないのか、また、公害というものはなくする方法はないのか、こういったことについて、藤野参考人並びに戒能参考人にお伺いしたいと思います。
#40
○参考人(藤野敏行君) これは私見でございますけれども、要するに、ゼロにするということはあるいは困難かと思いますけれども、まあ低硫黄の燃料を使用するとか、あるいは脱硫設備のために十分研究体制を国が考えるというようなことで、現在の硫黄含有量をうんと減らすことは可能だと考えます。しかし、現実に四日市の二、三の工場が相当な費用を使って脱硫装置をつくっておりますけれども、一方では、まだそれで不十分であるというデータが出ておりますし、また、そのために非常にコストの問題も関連してくるという話も聞いておりますけれども、私は、可能かと言われれば、ある限度、ある程度までは可能であると考えます。しかしながら、そういう脱硫装置を、技術的な研究体制といいますか、これを国がやはり責任を持って開発していく努力ということは、いま以上になければならないものじゃないかと思います。――そういう程度でよろしゅうございますか。
#41
○参考人(戒能通孝君) 私も、ゼロにすることは非常に困難だと思っています。しかし、一・八%くらいまで下げることは不可能ではないと思っております。大体アラビア石油は硫黄がかなり多いと言われておりまして、平均的に三%とまあ考えます。揮発油にしたりナフサにしたりいたしまして、だんだん重油の中に残ってまいります。そうしますと、実際にC重油として売られているものは、おそらく四%くらい含んでいるのじゃないかと思えるわけでございます。
 ところが、脱硫石油というものは非常に変なものでございまして、値段がございません。硫黄が含まれているやつは文句を言われて困るからという形で交渉いたしますと、脱硫石油なんかないと普通には言われます。それでもまだ交渉いたしまして、お前のところからは買わないよというようなことを言われますと、脱硫石油というものを持ってきます。値段も普通の硫黄石油と同じでございます。脱硫石油を幾らにするとかということは、実際これが市場に出ておりませんので、わかりかねるわけでございます。ということは、企業にまだ一種の秘密があり過ぎるのじゃないかと思っているわけでございます。鉄なんかでございますと、硫黄の入った重油を使いましてそれを燃料にいたしますと、間違って硫化鉄ができるということがないとは言えませんので、鉄鋼会社なんかが使っているのは、ほとんど脱硫石油、非常に低硫黄だと思います。すべてがミナス系の石油ではなくて、アラビア石油の非常によく脱硫したものも使っているのじゃないかと思います。値段はたぶん脱硫しない石油と同じ値段で売っているのじゃないかと思います。これはしかし、幾らで取り引きしているか相場が出ておりませんのでわかりません。
 ということはどういうことかといいますと、要するに、脱硫というものに対しまして、石油企業、あるいはまた電力企業、ガス企業というものが、ほんとうに真剣にその努力をする段階まできていないということではないかと思うのでございます。燃料といたしますと、脱硫しても脱硫しなくても、石油は同じ効果しかございません。燃料効果は同じでございますから、脱硫するだけ燃料としてはばかばかしいという意識が、まだ企業者の中に非常に強く残っているのではないかと思います。しかも、脱硫するについては相当お金が要ることだけは明らかでございます。お金を出せば脱硫できるということもまた事実だと思います。おそらく、技術で一番むずかしかったのは原爆だろうと思います。もう一つ人工衛星も一つだと思いますけれども。原爆の経費は大体十億ドルしかかかっておりません。だから、脱硫の経費は、本気になれば十億ドルよりも安いにきまっていると思います。しかし、ばかばかしいから使わないという要素が非常に強いのではないかと思うのでございます。その意味で、脱硫に対してどれだけお金を提供したら本気にやってくれるのか、脱硫石油に対してどれだけ市場をつくったらまじめにやってくれるのかという採算点が現在出ていない。はっきり申し上げて、国が脱硫石油でなければ使っちゃいけないと、きちっとやってくれれば、採算点がはっきり出てきますので、石油企業も真剣になって、必死になって努力するに違いないと思っております。必死になって努力すれば、そんなに大きな金額は出ないかもしれないと思っているわけでございます。この点で、幾らお金がかかるかといっても、企業側のいまの段階におきましては、すべてを公開しておりませんので、予測がつかないというのが現状でございます。
#42
○内田善利君 戒能参考人にもう一つお願いしたいと思いますが、基地公害についてですけれども、参考人は、基地公害はみずから招いた天災だ、そういったものだと、このように言っておられますけれども、この点についてもう少しお願いしたいと思います。
#43
○参考人(戒能通孝君) 私はそんなことを申し上げたことはございませんでした。そういうことは申さなかったと思います。ただ、基地公害を処理法の中に入れるか入れないかの問題は政治判断の問題でございまして、産業公害とはだいぶ性格が違いますので、基地公害を処理法として処理するならば別系統のものになるかもしれませんということを申し上げたわけでございまして、みずから招いた天災だということについては、ちょっと言った覚えがないのでございますが、あるいは何か口をすべらしたかどうか。もしあれでしたら、ごかんべんいただきたいと思います。
#44
○内田善利君 わかりました。
 じゃ、最後に好美参考人にお聞きしたいと思いますが、公明党といたしましては、救済制度の立て方ですけれども、企業の民事責任を追及するということから、これは基本としましては、公害の一切の責任は企業が、発生源が負うべきである、そういうたてまえから、企業の民事責任を追及するということを前提とした立てかえ払い制度だ、こういうことなんですが、特に水俣にいたしましても、あとの三カ所にいたしましても、公害によって被害を受けた被害者は、健康被害ということで民事訴訟というようなこと、あるいは裁判訴訟するというようなことを、なかなか腰の重たい人たちばかりなわけですから、何とかしてそういった被害者の健康被害に関する民事訴訟の複雑な手続から解放してあげる、そういうことから公明党案はできておるわけですが、この点について、もう一度お願いしたいと思います。政府案の社会保障的な行政救済制度ということですけれども、こういった点について、もう一度お願いしたいと思います。
#45
○参考人(好美清光君) いまさっきも申し上げたことなんですけれども、健康被害救済法案のほうは迅速な処理という要請が一つあるわけです。そういう点では、ある程度類型的に一つのタイプとして簡単に算出できるようなものと、簡単には算出できない種類のものとは一応分けて、簡単に算出できるようなものはこっちのほうへ乗っけて迅速な救済措置、そうでないものは、こっちに乗っけると、迅速にできるものも、ごたごたと一緒くたにされてしまう。そういうことの中で、一応その辺で区別のしかたができてくるのではないか。えり分けが一つ必要ではないかということ。それから、そういうワクの中で、じゃ、どこまで保護すべきなのかということは、まさに公害というものに対するそれぞれの政党なりの姿勢の問題、取り組み方の度合いによって幅があるわけです。まあ適当にやっておけということならば医療費ぐらいをみるし、何もかもめんどうをみようと思えば公明党さんのような案になるかと思います。ただ、逆に、何もかもめんどうをみようということになりますと、たとえば公害だけをどうして何もかもめんどうをみるのか、公害以外にだって悲惨な目にあっている人だってずいぶんいるじゃないか、そっちのほうの人の生活の保護の問題、あるいは生計、更生の援助の問題こっちをしないで、どうして公害だけを国がそんなに熱を入れるのかということになる。たとえば生活保護の問題、あるいは中小企業に対する融資の問題、そういうようなもの一般として、むしろこちらのほうも手当をする、そしてそちらのほうの手当てがまずいというのであれば、いまの運用のしかた、あるいは法律の上では不完全であるといえば、そちらのほうをうんと運営を改善し、あるいはうまく修正する、こういうようなことのほうが、私は法の体系としては一つの筋であるということを申し上げたわけです。ただ、そちらのほうが現実的に政治的にどうもうまくないということでありますと、こちらのほうである程度それを破ってでもやらなければならないということが出てまいりますので、そのほうのかね合いは、実際政治家の皆さんのほうで実際的に御判断を願いたいということです。
 それから、そういうふうになってまいりますと、一体その問題が、損害賠償、国がやるそういうようなものは、幅が、いろいろ弾力性がございますけれども、それが損害賠償の肩がわりという性格をどこまで持つか、どこまで社会保障的なものを持つか、これはきわめて折衷的なもので、どちらとも割り切れないと思うのですが、損害賠償の肩がわりということを非常に強く出す案ですと、国のほうが損害賠償を立てかえ払いにして、国が企業に対して取るというほうへ乗っかりやすいし、そうでなくて、社会保障的な面に近いと、そのレールの上には乗っかりにくい。こういうことがあると思います。ただ問題を指摘しておるだけでございます。
 それから、ただ一言シニカルなことを言いますと、そういうことでは、国、国ということで、国が払うのはよし、そしてあとは国が企業に対して損害賠償を徹底的に追及するというのが社会党さんや公明党さんの案のようですね。まあ皆さんが国家権力を取れば楽ですけれども、どれだけ自民党さんのほうで徹底的に追及するなんということができるかどうか。そういうことが、法律の条文の上ではともかく、実行性がどれだけあるかということが疑問がありますし、私としては、そういうところまではいかないで、何とか国のほうの社会保障的なものをもっと手厚くしていくという方向を出すと同時に、もう一つは、被害者の加害者に対する救済についての実体私法の規定を、公害問題については容易に認められるよう修正するとか、専門調査員による判定を踏まえた上での裁定ですから、裁判所は第一審として東京高裁に直ちに持っていけるようにする。しかも、証拠調べも中央委員会の認定事実にある程度拘束される形で乗っけていって、そうしてそれに対するさらに訴訟費用等の補助について国が特別に配慮するという形で乗っけていったほうが、感じ方の問題に過ぎないんですけれども、そっちのほうが妥当なんじゃなかろうかという感じをいまのところは持っておりますけれども、そういうことでございます。
#46
○委員長(瀬谷英行君) 速記をとめて。
  〔速記中止〕
#47
○委員長(瀬谷英行君) 速記を始めて。
#48
○田中寿美子君 二点だけです。
 一点は、いま最後にお話が出ておりました健康被害の救済に関して、社会保障としてとらえるか、損害賠償としてとらえるかという問題についてなんですが、好美先生は、その両方の折衷を考えてはどうか、むしろ社会保障的なとらえ方を重点にして、あるものに関しては損害賠償的なものもあっていいんじゃないかというような言い方をなすったように思いますが、それから戒能先生は、損害賠償というとらえ方をすべきだというふうに言われたように思うのです。社会党案は、企業の責任をあくまで追及するという意味で、国が立てかえ払いをしておいて、あとで求償権を行使する、こういう考え方に立っておるわけなんですけれども、考えてみますと、たとえば戒能先生がおっしゃったように、水俣病とかイタイイタイ病とか四日市病などは、比較的はっきりと――四日市の場合は、因果関係がまだ個別にはちゃんとさせられていませんけれども、わりあいととらえやすいものに関しては賠償をあとから取るということもできるかと思うのですけれども、そうでないような公害が非常にたくさん発生してきているんではないかと思うのです。たとえば、東京や大阪ぜんそくなんかもそうですし、川崎なんかも、たくさんぜんそくがいる。もう少し小さい地域ですが、あるいは大阪の西淀川あたりにもたくさんいる。そういうものに対する認定というのが一つは問題になってくると思う。公害病であるかどうかということが基準になるべきだと、さっき好美先生おっしゃいましたけれども、その因果関係をはっきりさせることが非常に困難な場合がたくさんある。そういう場合にもやはり救済は必要になってくるんですね。たとえば川崎なんかで、あそこの住民と話し合いしましたときでも、月に一万四、五千円ぜんそくのために医療費がかかっている。これは四日市の場合だったら救済されているのに、自分たちが救済されないということについて非常に不満を持っていたわけなんですけれども、ですから、そういう場合には、やはり国が見てやるという処置も必要なんじゃないかというふうに考えますので、その辺をどうしたらいいかということが一つです。
 それから、公害防止事業団に経団連からお金を払い込んで救済費に充てるという考え方は、私たちも、それで企業が責任感を失うということと、それから国民の側が公害に対して企業の責任を追及するという意識が薄れるという意味では、非常に不十分なやり方と思っておりますし、それから同時に、公害防止事業団の経費というのは、財政投融資資金が入っているわけですね。百十億くらい、厚生省のほうに今度入っていると思います。それから、つまり公害防止のために、たとえば高煙突の装置をするとか、あるいは脱硫装置の補助をするとかいうことで、企業の経費のほうにこれを貸し出すのに、大いに使われるわけです。そこで、さっき好美先生が、公害の防止は企業の側のコストの中に入れるべきだとおっしゃったと思いますが、企業のコストという意味でしょうか、それとも、製品の価格のコストの中に入れられるとちょっと問題だと思いますけれども、そういうようなことから考えてみますと、公害防止事業団のあり方ということも、私はたいへん問題があると思うので、その辺の御意見をお二人に伺いたい、それが第一点です。
#49
○参考人(戒能通孝君) ただいま大原ぜんそくのお話がございましたが、大原ぜんそくというのは、これは、ある意味で俗名でございまして、厳密な意味における公害病、四日市ぜんそくとはだいぶ質が違うようでございます。したがって、大原ぜんそくというものを、いま公害病として取り扱うとなりますと、これは非常な異論が出まして、おそらく成立しないのじゃないかと思うのであります。原因として考えましても、これはSOのほうではございません。COのほうでございますので――硫酸系統のものではなくて、炭素系統のものになってくるわけでございましょうか、ちょっとこれは同じ立場で見ることはできなかろうと思うのでございます。大原ぜんそくという公害病があるという前提に立つことは、これは不可能なんじゃないか。不可能でないかもしれませんけれども、認定という問題になりますと、非常に困難じゃないかと考えるわけでございます。したがって、公害という観点を抜きにいたしまして、病気の救済というものを考えれば、また別の問題が出てくると思うのでございます。東京の実際生活をやっておりまして、おそらく東京の各家庭が病人をかかえた場合に、たえ得る負担の限界というのは百日じゃないかと思います。二、三カ月じゃないかと思います。おそらく大部分の方は一カ月でのびてしまう。それから三月もてる家庭は非常にいいほうです。半年ということまで持続できる家庭というのは非常に少ないのじゃないかと思うのです。その意味では、慢性病に対する保護の問題というものを別個に考えていただくほうが妥当じゃないかと思うわけでございます。おそらく、慢性的気管支病あるいは慢性的な他の疾患というものに対して健康保険法や国民健康保険法でどうにもならない点というものの範囲を、生活保護法の範囲よりも少し上げるということを、全体として考えていただきたい、そのほうが合理的ではないかと思うわけでございます。
 なお、大原ぜんそくと言われているものにつきましては、これは、大体におきまして自動車だろうと思います。自動車となりますと、どの自動車というように特定することができませんので、これはおそらく、ガソリン税なんか実はその中に入っているのじゃないかというふうに考えていいんじゃないか。人工的な疾患と、大都市疾患の問題になりますと、これは公害病という形を離れて、別個に考えていただく余地がないだろうか。きょうは公害病の話になっておりましたので、その点申し上げませんでしたけれども、別個にもっと広い、健康保険、生活保護法よりももっと広い慢性疾患の保護法というものを考えていただくことができないだろうか、こう思うわけでございます。
#50
○参考人(好美清光君) 加害者不特定の場合との関連で、不特定ということばをお使いになったかどうかしりませんが、そういうふうに、つまり加害原因者が必ずしもわからない。したがって、その企業だけに対して責任を追及することが事実上非常に困難である、そういうのが典型的な例だと思いますが、そういう場合などを考えると、むしろ、国が肩がわりをやったほうが妥当ではなかろうかという御質問が一つあったと思います。この点は、私の感じますのは、結局は、何も不特定でなくてもそうですが、訴訟が現在長引くという事情がありますから同じことですが、訴訟が非常に長引く、因果関係の証明が困難であるということによって、被害者が事実上救済を受けられない。その訴訟のわずらわしさというものを被害者個人に負担させるべきなのか、国がそういうわずらわしさ、ないし絶望的な訴訟をかぶるべきかという問題だと思うわけであります。その限りにおいてとらえれば、私ももちろん被害者かわいそうなんで、国がかぶったほうがいいなという感じはいたします。ただ、それを損害賠償全体との関連の中で……・。ただ、そのあたりになりますと、いまさっきも申し上げた国の給付するものを損害賠償の肩がわりとしてとらえるかどうかという問題に結局やはりつながってくる問題。だから、その中で総合的な解決をしていただきたい。こういうわけです。
 第二の、トンネル法人みたいなものをつくって、企業が自分の名前を出さないことによって、企業の責任意識が薄れるのではないかという御質問でございますが、この点は、考えようだと私はむしろ思います。どっちがどうだ、意識が薄れるかどうかということは、これは考えようで、何とも言えないのではなかろうか。つまり、たとえば政府案のように、医療保護関係だけの金っきりしか出せないということになりますと、被害者としてみれば、幾らもいただいていない、お涙ちょうだいしきのものしかいただいていない。だから、企業に対してはあくまでも執念を燃やし続けるという面が出てくる。ただ、そのことが現実の訴訟のほうでうまくいくかどうかは別として、そういう意味で企業の責任意識は残り得ると思うし、企業としてはまだ逃げるわけにいかないし、免罪符にもなり得ない。ところが、たとえば社会党案のように、生活保護の費用も出したほうが、とりあえず被害者によくなると思いますし、そうなると、責任意識という点では、これは実は、政令で定めたいわゆる生計基準額と、その人が具体的に得た収入が生活の基準額より少ないとその差額を出すということでございますと、ともかく生活保障というか、得べかりし利益の損失の補償を受けたような感じになる。そうして、何とか食っていけるということで、かえって被害者のほうは、それ以上に、被害者が加害者に請求する権利を持つわけですが、そこまではなかなかいかないという面も出てくるので、どうもそのあたりは考えようの問題ではなかろうか。
 第三に、コストの問題ですが、企業が企業の、何というか、コスト云々ということばですが、何か先生のほうでは企業が負うならいいけれども、製品価格に入れるなら問題だという御議論でありましたけれども、これは、製品の価格に入れるか、あるいは株主の利益配当を少なくするか、これはまあ企業自身のきめることでありまして、われわれは何とも言えない。ただ、言いたいことは、被害者を犠牲にして、それを泣き寝入りしろ、われわれは社会的に有用なことをやっているとか、あるいは国際競争力をつけるためにがまんしろということで、個人に、被害者に押しつけることは妥当でない。やることは、たとえば株主の利益配当のほうにやることもけっこうであるし、あるいはその製品を買う消費者の価格のコストに入れるのもけっこうだ、そういうことで公平にすべきであって、その点では私は先生と立場が若干違いますが、そのほうが、被害者個人にがまんさせるよりはまだ合理的であると思います。
#51
○参考人(戒能通孝君) 製品コストの問題でございますが、脱硫コストが相当かかるということを前提にいたしまして、石油業界が一番希望していることは、石油関税を割り戻してくれということじゃないかと思います。つまり、石油関税が年間六百億前後ございますが、それが現在のところ石炭救済に回ってしまっている。それをこちらによこせというのが石油業界の一番の希望じゃないかと思います。経費の問題になりますと、石炭業界に対していま毎年相当多額の補助金を出しているとか、投資というふうなことが、これ、出てくるわけでございまして、製品コストに直接かかるか、かからぬかという問題ではなくなってくるのではないかと存じます。これは、何といっても、国の産業資金ということになりますと、ばく大な金があちこち動いてまいりますので、その金をどう動かしていくかという問題とも関連いたします。それから石炭業界にいたしましても、ほんとうに何百億円というお金が、現在社会保障的な要素のために要るのか、それとも、石炭業界のお金が、自分の資金は北海道の各湖なんかを占拠して観光業のほうに転向するほうに使って、借金の始末は国に負わせているようなことがあるのではないか。私は経理のことは知りませんけれども、それが単なる非難になっているかもしりませんが、ほんとうに厳密に考えてみますと、製品コストにダイレクトにかかるという趣旨ではないかと考えます。
#52
○参考人(好美清光君) 私は、いま戒能先生の言われたことに決して反対しているわけじゃございませんで、政治のそういう観点まで入れて、そういうこともあり得る、十分にあり得るわけですので、私が言いたかったことは、被害者の個人、よその方の市民感情との関係との問題を申し上げただけですから、決して矛盾するわけじゃございません。
#53
○田中寿美子君 第二点は、いまの戒能先生の言われたことと関連かあるのですけれども、COですね、一酸化炭素、自動車の排気ガスなんかから受ける健康上の被害なんていうのは公害と見ないのかどうかという問題。それで、都市公害といわれるものも、非常に大きな部分がCOなんじゃないか。これは自動車の排気ガスじゃないか。その自動車の排気ガスの規制に関して、どういうのが適当だと思われるかということです。これは何回も国会で、また、この委員会で議論して、まだ途中でございますけれども、アメリカの規制は、二・五三に一・五と自動車の大きさによって自動車の排気ガスの規制がある、それで、日本の場合は、それよりもきびしくする必要はないんだというような意見――この間通産大臣はたいへんおかしいことを言われましたけれども、あれは炭化水素の規制である、アメリカは空気が乾燥しているから低くしなければいけないのであって、日本の輸出自動車はそれに合わせているのにすぎないというようなお答えをなさいましたが、それは、私は間違っていると思いますけれども、一体自動車の排気ガスの規制はどうなったらいいのか。そうして、自動車のメーカーの責任というものを考えないでいいのかというようなこと。基準はどのくらいだったらいいと思われるか。その辺、戒能先生の御意見を聞きたいと思います。
#54
○参考人(戒能通孝君) これは非常な難題でございまして、ちょっとお答えできないと思うのでございます。ただ、完全燃焼いたしますと、今度は空気の中に窒素がございます。窒素から酸化物というものが出てくる可能性があり得るわけでございます。窒素酸化物の発生量がどういうふうになるのか。これはまだ精密なことがわかりませんのですが、結局のところ、一体完全燃焼がいいのか、それとも、温度をもっと低温にしながらCOを除去する方法を考えるのがいいのか、それは簡単な機械でできるのかというような問題が出てまいりますので、非常な難題だというふうに私は思います。ただしかし、一酸化炭素なるものが人間の健康に対して何らの効果がないことだけは確かでございます。プラス要素がないということだけは確かでございます。しかし、同時に、一酸化炭素は相互にはき散らしていることは確かでございます。たばこなんか吸いますと、むちゃくちゃに上がってまいりますので、要するに、これは休養の時期を置くことによって血液を清浄な状態に返し得るような状態に空気を置かなくちゃならない。そうなりますと、空気の最大許容量というのは一〇PPMくらいになるということを聞いているわけでございます。そうすると、一〇PPMの状態で空気を正常化しておくということになってまいりますというと、今度は交通量との関係が非常に異なってまいります。それで、大原交差点のように一時間一万台も通るようなところでございますと、これは非常な微量に変えてしまいませんと、ちょっと風が吹かなければたまってしまいます。それから、普通の状態ですと、かなり飛んでいってしまいます。そんなにきびしいことを言わなくてもいいということになってまいります。
 それで、アメリカと日本と違うのは、アメリカでは一酸化炭素系のつまり排気ガスが特にロサンゼルスではオゾンを強く発生させる、そして、ごみなんか腐ってしまうというふうに言われます。日本でも、オゾンはやはり東京でも出ております。出ておりますが、ロサンゼルスと違いまして、日中ではなくて、日暮れがたのほうに逆に発生しているようでございます。私の研究所でやったのは、どうも日中ではなくて、日暮れだ。ただ、ロサンゼルスのほうなんかに比べて非常に低いようである。その意味で紫外線効果なんか相当影響するのじゃないだろうかと言っておりましたけれども、この点正確にっかまえていないわけでございます。おそらく、低ければ低いほどいいということになると思いますけれども、どこまで低くすれば窒素酸化物のものが出ないかということになると、率直に言って、それはわかりかねるので、ちょっと、何かこう、大臣みたいになって申しわけございませんけれども(笑声)お許しいただきたいと思います。
#55
○田中寿美子君 まだ聞きたいことありますが、時間があれですから……。
#56
○小笠原貞子君 戒能先生に三つばかりお伺いしたいと思うのです。
 それは、先ほどのお話にございましたけれども、裁定制度が必要だという点についてなんですけれども、今度のこの紛争処理法案を見ますと、迅速かつ適正な解決をはかるということが目的になって、和解の仲介、調停、仲裁制度ということを設けられておりますけれども、これも、事前と事後の違いがあっても、双方の合意がなければというようなことになると実効性というものは非常に薄い、いままでの経過からずっと見まして、加害者に非常に有利で、被害者ががまんした場合には、それでいけるというような点でも、どうしてもやはり裁定制度というものがここにはっきり出てこなければならないのじゃないか、そう思うわけなんです。それで、そういう仲裁制度をなぜこの中にしっかりさせなかったのかというような質問に対して、政府のほうの答弁はこう言っているのですね。まあ、行政機関が一方の申し入れによって他を拘束するというような裁判的要素を持つということは、公害という複雑なものの中では非常に問題がある、こういうふうなことで、ここに大事な点が抜けちゃっているというふうになっているわけなんです。それで、政府が行政機関の立場で、こういう一方的な申し入れで他を拘束するということは問題があるというふうな政府の答弁に対して、先生は公害研究所長として、また法律学者としての立場で、こういうふうな答弁に対してどういうふうなお考えをお持ちになっていらっしゃるか、率直なところの御意見を伺わせていただきたいと思うわけです。
#57
○参考人(戒能通孝君) その裁定の前例が、実は水俣のチッソ株式会社と被害者集団との間で、昭和三十四年十二月三十一日にでき上がっているわけであります。これは、死亡者に対しては、たしか三十万円、それから葬祭料二万円、患者に対し、成年者一年間に十万円、未成年者一年三万円、こういう裁定、事実上の裁定が、これが熊本県知事によって行なわれ、そうして被害者は、それはそれ以上どうにもならぬと言われたものですから、泣く泣くのんだのが実情でございます。裁定というものを、もし加害者と見られる、つまりお金を出すほうに納得させながらやるとなれば、まあ一番低い線になってくることは必然的だと思います。熊本県知事が三十万円取ってやったというのは、ある意味で熊本県知事のお手柄かもしれません。それで、当時はまだ水俣病の病因がはっきりしていませんでしたので、会社は一文も出さないというところを三十万取ってきたわけですから、これはまあうまくいったほうかもしれない。現に新潟のほうでございますと、これは昭和電工、一文も出さない、出した日にはくせになるという立場をとっております。理由なしに請求されて応ずるわけにはいかない、これはそれなりに非常にはっきりしていると思います。応ずるわけにいかないから一文も出さないというわけです。強制力があれば別だ。強制力のある機関が言うのでなかったら、一文も出さないという立場をとっているわけでございます。ですから、どこかに強制力がなかったら、私は一文も出さぬというのが勝つにきまっていると思います。一文も出さないところを五万円出したからそれでいいじゃないかというので、非常に低い線に押えられてくるだろうと予想いたします。それが目的ならばもうしかたございませんけれども、もしそうでなくて、公正妥当となってきますと、交通事故を一つ前提にしなければならない。交通事故が前提になりますと、黙っていても三百万円入ってくるわけでございますから、それが前提になりますというと、三百万の何倍かという倍数が一つ前提になるということになりはしないかと思います。それで、したがって、裁定の有無にかかわらず、交通事故並みということになってまいりますと、相当強い強制力がなければ実現はできなかろうと思います。
#58
○小笠原貞子君 実際問題を見ますと、いまおっしゃったような結果になるわけですよ。だから、ほんとうに紛争処理ということは、ただ単に早く問題が片づいちゃえばいいんだという立場でやられると、こういうようになると思うんでありますけれども、やっぱり、被害者の立場に立って考えられたら、こういうふうな法案で出てくるということは、非常に私たちとしても心外だと、こういうふうに思って、先生の御意見を伺ったわけであります。
 次に、また御意見を伺いたいわけなんですけれども、いま言った最低制度が設けられていないと、非常に被害者には不利な立場だということと同時に、今度、ここで出されております委員会の委員がその秘密を守らなければならないというような条項が入っておりますんですね。それからまた、調停、仲裁の手続上の非公開性というような問題があります。それから、調停員、仲裁員の立ち入り権行使ということ、一応行使ができるということで、いい面みたいに見えるけれども、それについて罰則規定がないから、この立ち入り権に対して拒否するということも考えられるわけだと思うんです。で、ほんとうに公害にかかわる紛争というものを解決しようと思ったら、やっぱり大事なことは、被害者の立場に立ってやるということと、それから、どうしても欠かせないのは、再び公害を発生させないという、その辺のところが非常に重要なことじゃないかと思うわけなんです。ところが、こういうような中身でなってまいりますと、結局、どこが公害発生の原因か、また、加害と被害との因果関係を調べるための調査権というものが、しっかりと保障されていない。また、たとえ調査しても、職務上知り得た秘密であるからというようなことで、口外すればだめだというようなことになりますと、全くこの法案そのものが非常に欺瞞的な形になってしまうと、こういうふうに思うわけなんです。こういうことを考えますと、先生、東京都の公害条例というものが出されて、そうしてこれを推進していらっしゃるというような立場に立たれますと、いま私が申し上げましたようないろいろな問題点についても、相当御意見をお持ちじゃないかと思いますので、それをお伺いしたいと思います。
#59
○参考人(戒能通孝君) 東京都の公害条例では、研究成果を公開するということを条件づけられております。したがって、私どもといたしましては、研究成果はすべて公開するという立場をとるわけであります。
 それからまた、立ち入り権はございません。しかし、立ち入り権がなくても、市民運動が背後にあれば立ち入れるという確信を持っているわけであります。企業のほうは立ち入り許可はなさらないだろう。と同時に、私どもとしても、むりやりに企業に対して責任をこじつけようというようなことは全然考えていないわけであります。事態が何であるか、これはできるだけ学問的に究明させていただく。企業が全くぬれぎぬを着ている――現に、ロサンジェルスの場合の大気汚染なんかにいたしましても、これは、もともとは石油企業のほうに向けられたものでございますが、実は石油企業ではなかった。やっぱり排気ガスだったというふうにきまってきたわけであります。私どもといたしましては、企業に対しても立ち入りを認めていただくことが有利であるという立場をとるわけでございます。ただ、それに関連いたしまして、私どものほうも慎まなければならぬということは十分心得ております。と申しますのは、立ち入りますというと、企業の秘密というものがほかにもございます。で、いろいろな会社なんかになりますと、触媒その他なんかについて、かなり多くの企業秘密を持っていらっしゃると思います。立ち入りによりまして、若干の事実を知りましても、関連のないことについては絶対に秘密を守るという自制力だけは持たなくてはいけない。また、自制心を持たなかった職員がおりましたら、これに対しては非常に厳格な処罰をするという立場をとるつもりでございます。したがって、立ち入りをするというふうなことは、これは市民運動を前提として考えておりますので、条文がなくてもできるし、また、市民運動を背景にして相手方にお話しすれば、必ずやらしてくださるというふうに確信しているわけでございます。問題は、公害に対して反対する運動を弾圧するかしないかということにかかっていると思います。現実の問題になりますと、公害被害者というのは非常に孤立させられている傾向がございます。たとえば、水俣の町でございますと、最近、厚生大臣がチッソが責任者だと言ったら、だれが言うのですか、被害者を前にして、金がおりたら幾ら貸してくれるということを言われる。金がおりたら幾ら貸してくれるということは、これは交通被害者に対しては絶対に申さないことであります。どっちみち、交通被害者でございますと、死亡すれば三百万円来るわけでございますけれども、幾ら貸してくれるという慎みのないことは、これはだれも言わないことだと思います。ところが、水俣ではそれが言われているということがあります。それからまた、寝ていて蔵が立つというようなことも言われる。おれも水銀飲みたいというふうなことも、あてこすりがましく言われているということがある。これはつまり、少なくとも、市内の有力者が、また有力者の部分が、被害者に対して行動を牽制している事実があるからではないかと思います。私どもとしては、そういうことは絶対にしないように、公害の問題というのは、これは市民運動というのは健全になることを望むという立場をとりたいと思っているわけでございます。それしかないと思っております。
#60
○小笠原貞子君 いま公害が裁判幾つかあって、もう非常に長期的になるということが先ほど先生からも御指摘があったのですけれども、その長期的になるという原因を考えますと、一つは、損害賠償が、民法の七百九条ですか、不法行為によらざるを得ないということと、それからもう一つは、加害者側が、ほんとうにもういろいろな手を尽くして発生源をひた隠しにしてくるし、また、手続上幾らでも引き延ばしできるというような、加害者側の問題としても長引かされてきたと、こう思うわけなんです。特に民法の七百九条による場合の損害賠償が認められるという場合には、加害者の故意過失と、それから権利侵害、加害者の行為と被害者との因果関係とが明らかにされたときと、こういうふうになっているわけですけれども、公害裁判の中で、この中でも重要な問題となっているのが、故意過失責任かどうか、因果関係がどういうふうになっているかというようなところだと思うのですけれども、また、この一番大事なところが非常にむずかしいところでございますね。はっきりさせられないのです。で、最近の学者先生たちの中で、無過失責任主義と、それから蓋然性と申しますか、それをとるべきではないかということをいろいろおっしゃっていらっしゃるわけで、これは非常に大事なことだと思うのです。
 で、もし公害裁判に、いまそういうふうに言われている無過失責任主義と蓋然性というものが取り上げられて進められるとすると、いまの四大公害訴訟をはじめ、公害裁判で、非常に迅速、それこそ適正に解決されるというのに相当な力になるという問題じゃないかと、そういうふうに思うわけなんで、そのことについて先生の御意見を伺わせていただきたいと思います。
#61
○参考人(戒能通孝君) 実は、公害原因というのは、実際非常に微量なものでございますから、この微量がはたしてどんな影響を与えたかとなりますと、わかりにくいことは事実でございます。水銀三PPMなんと言いましても、実は私たちそれを見たことがございません。それから〇・〇〇何PPMぐらいになりますと、よほど熟練した分析者でありましても、若干の差が出てまいります。そこのところに公害裁判の一番厄介な点があるのだろうと思います。裁判所でも、やはり銃で撃ったとか刀で切ったとかという因果関係の明確な事件ですと、わりあいにやさしいと思いますが、長いこと〇・何PPMのガスを吸ったとか、長いこと何十PPMかの水銀の入った魚を食ったとかということになりますと、ちょっと見えないという点に厄介さがあると思います。同時にまた、それは科学者が実は裁判に協力しなくちゃならないということを意味しているだろうと思います。現に、新潟の水俣病訴訟なんかにつきましては、かなりたくさんの科学者が協力しております。若い人ですが、たとえば東京工業大学の助手の宇井君というような人、原告側の弁護士も宇井さんにつきまして非常によく科学を勉強しておりました。それから、新潟大学の椿教授も非常に懇切丁寧に水俣病の現象というものを説明しておられた。それはよく消化して出しておられたように思います。と同時に、若干の科学者は、また事態を混乱させるように努力されておるという現象がございます。水俣病の最初の段階におきましては、東京工業大学の清浦さんという方が、水銀じゃない、ほかの腐敗物質だとかいうような意見を出されることによりまして、事態をかなり混乱させております。それから阿賀野川事件につきましては、横浜国立大学北川教授という安全工学の先生ですが、これが塩水楔説というものを学会雑誌にも発表されておりまして、案外塩水楔説を被告側がとっている。塩水楔となりますと、これは河口から出てきますし、上から流れてきたものですと河口でとまりますから、本来から申しますと、河口部に水銀が多いか、それとも河口から四キロくらいさかのぼったところに水銀が多いかということで判断してもいいかと思いますけれども、そういう判断というのは裁判官はなかなかできないわけでございます、自然科学を知りませんから。そんな簡単なことをやっていいかという疑問を持ちます。そういう意味から、どうしても長引くという傾向が出てくると思います。
 それから、過失の立証もやっかいでございます。先例があれば、過失があったということが言えると思います。したがって、新潟の事件では、率直に言って過失の立証はやさしいと思います、前に先例がありますから。先例があるのに、なぜ有機水銀を流したかということで過失の立証はできるかと思いますけれども、水俣のほうのことになりますと、過失の立証の要求がされたら、ほんとうにできるだろうかというと、私はむずかしいような気もするわけでございまして、そうなると、水俣の事件のほうでございますと、過失をストレートに立証できるか、それとも、昭和三十四年十二月三十一日の見舞金契約書は過失を容認したように理解するか、どちらかということになりますと、法律技術的な問題としては相当に問題が残ると思うわけでございます。その意味で、私は、裁定というふうなものが、つまり行政機関による判断が蓋然性によるべきじゃないか、そのかわり、蓋然性によっておるわけですから、したがって、蓋然性の判断が間違っていたら、国はむしろ賠償すべきだ、国家賠償の制度を別につくればいいと思うわけであります。だから、企業と国との関係でございますから、一億円というと個人ではたいへんでございますけれども、企業と国との関係から申しますと、一億二億というお金はどうでもいいと言っちゃおかしいのでございますけれども、二年や三年、五年くらいかかっても、どうということはございません。したがって、ゆっくり困果関係を正確にやればいいんじゃないか。しかし、ある企業がある加害源になったであろうというふうに推測できる場合には、それは一つの仮決定にしたらどうだろうか。仮決定にして、企業は払うことにする、企業が払わなければ国が代払いするという形をとったらどうだろうか。そうして、あとは企業と国との関係にしてほしいということを私ども一番切望するところでございます。そうでなかったら、ほんとうにやれません。いま訴訟が相当ありまして、それに対して実際献身的に参加しておられる学者もおられますので、何とか維持できるけれども、あれは被害者が自分の身銭を切って証明することは不可能でございます。私どものところなんか、研究室なんかにいたしましても、公害の研究というものに対しては、事態はできるだけ明らかにせよということを知事からも厳命されておる。それから条例にもそういうふうに書かれておりますので、ああいう事件が東京で起こりましたら、全力をあげて努力するつもりでおりますが、決してそれがすべての自治体の傾向ではございません。どうしても産業誘致を必要とするようなところでございますと、やっぱり企業に対して弱みを持つ、東京は、率直に申しまして、もうこれ以上あまり来てもらいたくないというのが正直のところでございまして、少し先さまに迷惑を与えても都は困らないというところに来ているわけでございますから、何とかやれるわけでございますけれども、しかし、どうしても入ってほしいところだと、むずかしいのじゃないかと思います。そうすると、あとは身銭を切れということでございますけれども、これは身銭は切れません。それから、水俣病のほんとうの原因解明なんかにいたしましても、熊本大学ではお金に非常に困っております。幸か不幸か、学位論文の審査の最後の時期に当たっておりましたので、学位論文審査請求料がだいぶ入りましたので、それを相当流用したようでございます。また、事実それがないとできません。というのは、魚釣りに行くにいたしましても、一定の場所で釣らなきゃ意味がございませんから、魚が釣れるまでは先生船に乗って待っているわけでございます。非常にあれでございますね。むだ使いが実は要るわけでございます。むだ使いを全部被害者にしょわせたら、被害者は絶対に払えないということになるのじゃないかと思います。ですから、国が職権的にある程度の蓋然性を認めてくれると……。幸か不幸か、私が蓋然性論を出しましたら、学界でもかなり賛成者が多うございました。公害につきましては蓋然性の概念を入れるべきじゃないか、公害については単に診療医学の概念だけでなくて、疫学の概念を入れるべきだという主張をいたしましたら、それがだんだん現在の若い方の通説になっておりますし、それから裁判官の中にも相当影響は持っていると思いますけれども、しかし、これは実は私が主張し始めたのは、ようやく去年の初めでございまして、一年ばかりのうちにかなり通説的地位を獲得したにすぎないという状態でございます。
#62
○小笠原貞子君 どうもありがとうございました。
#63
○委員長(瀬谷英行君) 他に御発言ございませんか。
#64
○参考人(藤野敏行君) ちょっと……。先ほどちょっと申しておりましたけれども、実際に医療救済の問題でございます。運営について二、三気のつくことを申し上げたいと思います。
 まず、疾病の種類という問題でございますけれども、これは要するに、大気汚染による疾病が非特異性であって、公害の影響かどうかという個人についての判定が非常にむずかしい問題でございます。しかしながら、これは疫学的に、ある汚染地区で、ある疾病が多発しておるという事実があれば、それを疾病として考えなければいけないのである、そういう気がします。これは、先ほど申しました研究会で出しております疾病というのが該当するのじゃないかと思います。
 それから地域の指定の問題ですけれども、これは先ほど触れましたので略します。
 それから居住歴の問題ですけれども、これは、ぜひ乳幼児の問題を考慮していただきたい。
 それから公害手帳の問題ですけれども、これはやはり一年ごとに更新とか、あるいは点検するとかということで、チェックしていく上で、いろいろ資料をこれから見ていく上に必要じゃないかと思います。
 それから、ここで一つ問題があるのでございますが、指定地域外へ出た場合にどうするかということでございますが、先ほど申し上げましたように、たとえば肺気腫のような状態になった場合は、これは何年間といいましても、これは一生の問題でございます。そういうところ、あるいは他の疾病でも、実際に他の地区へ移って、そこで病状が軽快する、あるいは全治するということになれば、実際には医療にかからないわけですから、ここで何年に区切るかということは非常に問題がある。少なくとも、もしある期限を切るとしても、肺気腫というような場合に、たとえばこれを三年とか五年で切られても病状としてはなおらない。といって、肺気腫の状態まで病状が悪化してしまえば、なおらないと私は思いますので、これを年限で切ると、先ほどお話が出ましたように、ある疾病にかかったということが問題であって、何年かということで切るということは一つ問題があるような気がいたします。
 それから医療費の請求の問題ですけれども、現在でも、医師会と支払い基金との間に医療費の問題でいろいろとトラブルがないとは言えないわけでして、ここで医療担当者が、他の疾病と、それから公害と認定された疾病による内容の請求をするわけでございますが、これが非常に複雑になりますと、実際の運営上はトラブルが絶えないということになるかと思います。ですから、非常にこれは簡素化された形で、もちろん、他の法規との関係もあると思いますが、われわれも医療を担当する立場にもあるわけですが、非常に簡素化された形で実際にやり得るようにしていただきたい。そうでありませんと、医療担当者がまた余分なことをして、そのために支払い基金あるいは支払いのほうの審査会との間に問題を起こすことになるのじゃないか。
 それから医療手当の問題でありますけれども、四日市の例で申しますと、医師が入院が必要であると考えましても、家庭の事情で入院されずに、おうちにおられて、ほとんど毎日往診に行っておられるという家庭、われわれの審査会で実際には入院が必要であると認定いたしまして入院しておられない方、五名ないし十名おられます。こういう方は、たとえば入院であれば医療手当が幾ら、通院であれば幾らというふうにきめられましても、実態は入院と全く同じ実態なわけです。こういう点で、何とかそういうケースについては考慮されないと、実情に合わないという気がいたします。
 それから、もう一つは、介護手当の問題ですけれども、これも法を読みますと、その時点で介護に要する費用を支出していない場合には介護手当を受けることができないということが書いてあったように思うのですけれども、ボーダーラインの人になりますと、現実に人を雇って介護してもらうというお金が出せない、それで、そのためにやむを得ずおうちでやっておられる。そうすると、そのお方は受けることができないというので、もう少し上の人は人を雇って介護してもらう、その人のほうはこれで救済されて、もう一つ貧しい方にはできないというような気がいたしますので、これも実情に合わした形で支給されるような考慮をしていただきたいと思います。
 それから最後に一つ。これは実際むずかしい問題かもしれませんけれども、四日市の例では、現在、市の指導で、大気汚染地区からそうでない地区へ移住しておられる方が少なくありません。その人たちに対しても、現在医療費を支給しております。ところが、この法によりますと、その時点で一定の地域内に居住しておりませんと、医療費その他の援助を受けられないということになります。そうなりますと、市が指導して他の地区へ移住しておられる人は、この法の発効のときにはその地区にいないわけですから、その恩恵を受けることができないという問題が出てくるわけです。これは、こちらへ来る前に私も市のほうと話してまいったのですが、市としては非常に困っておりましたので、何らかこれに対する配慮も願えないだろうか、こういうように思います。
 それだけつけ加えさしていただきます。
#65
○委員長(瀬谷英行君) 参考人の方々に申し上げます。
 本日は、長時間にわたりまして貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。皆さん方の御意見を今後の審議にあたりまして十分に参考にしてまいりたいと思っております。本日はどうもありがとうございました。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時二十五分散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
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