くにさくロゴ
【PR】姉妹サイト
 
#1
第061回国会 決算委員会 第5号
昭和四十四年四月十八日(金曜日)
   午後一時四十三分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 四月十七日
    辞任         補欠選任
     藤原 房雄君     上林繁次郎君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         木村禧八郎君
    理 事
                温水 三郎君
                前田佳都男君
                高山 恒雄君
    委 員
                長田 裕二君
                亀井 善彰君
                佐田 一郎君
                佐藤  隆君
                菅野 儀作君
                高橋雄之助君
                二木 謙吾君
                矢野  登君
                若林 正武君
                渡辺一太郎君
                大橋 和孝君
                戸田 菊雄君
                矢山 有作君
                和田 静夫君
                上林繁次郎君
                峯山 昭範君
   国務大臣
       労 働 大 臣  原 健三郎君
   政府委員
       法務政務次官   小澤 太郎君
       大蔵省証券局長  広瀬 駿二君
       農林政務次官   玉置 和郎君
       農林省農地局長  中野 和仁君
       労働省労政局長  松永 正男君
       労働省労働基準
       局長       和田 勝美君
       労働省職業安定
       局長       住  榮作君
       建設大臣官房長  志村 清一君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        佐藤 忠雄君
   説明員
       会計検査院事務
       総局第三局長   増山 辰夫君
       会計検査院事務
       総局第四局長   鈴木 治久君
   参考人
       川岸工業株式会
       社社長      工藤  栄君
       元仙台工作株式
       会社労働組合執
       行委員長     砂子 俊雄君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○昭和四十二年度一般会計歳入歳出決算、昭和四
 十二年度特別会計歳入歳出決算、昭和四十二年
 度国税収納金整理資金受払計算書、昭和四十二
 年度政府関係機関決算書(内閣提出)
○昭和四十二年度国有財産増減及び現在額総計算
 書(内閣提出)
○昭和四十二年度国有財産無償貸付状況総計算書
 (内閣提出)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(木村禧八郎君) ただいまから決算委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 昨十七日、藤原房雄君が辞任され、その補欠として上林繁次郎君が選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(木村禧八郎君) 昭和四十二年度決算外二件を議題とし、総括質疑を続行いたします。
 本日は労働問題につきまして、川岸工業株式会社社長工藤栄君、元仙台工作株式会社労働組合執行委員長砂子俊雄君のお二人を、参考人として御出席を願っております。
 この際、参考人の方に一言ごあいさつ申し上げます。本日は御多忙中のところ本委員会のため参考人として御出席をいただき、厚くお礼を申し上げます。委員会は委員の質疑に対して御意見を述べていただくというふうに進めてまいりますので、よろしくお願いいたします。
 それでは御質疑のある方は順次御発言願います。
#4
○戸田菊雄君 仙台工作所の労使紛争の問題について、まず最初に、川岸工業社長の工藤さんのほうに質問をしてまいりたいと思います。
 一つは、いま工藤社長の川岸工業と仙台工作の関係について、あなたのこの両社における地位の関係は一体どの辺にあるのか、この辺についてお答えいただきたいと思います。
#5
○参考人(工藤栄君) 川岸の工藤と仙台の工作の地位関係ですか。――これは私は現状は、川岸工業は株主であるというだけのことであります。それだけでございます。
#6
○戸田菊雄君 川岸工業社長だけだと、こういうことですね。
#7
○参考人(工藤栄君) はい。
#8
○戸田菊雄君 あなたは仙台工作の代表清算人ということになっているのじゃないですか。
#9
○参考人(工藤栄君) なっております。
#10
○戸田菊雄君 代表清算人というのは、どういうふうに理解されていますか。
#11
○参考人(工藤栄君) 私、法律のことはあまりわかりませんが、結局だれも引き受け手がない。それでわが社が一番大株主で、これをどうしても清算してやらなければいけない、だれもなり手がないから私がなっているのでございます。
#12
○戸田菊雄君 あとで関係各省の見解を聞いてまいりたいと思いますが、それでは項目で前に進めたいと思います、時間の関係もありますから。
 昭和四十二年ですね、仙台工作が倒産した当時の代表取締役工藤範夫さんという方は、川岸工業のどういう地位にある人ですか。それからもう一つは、あなたとの関係はどういう関係にある人ですか。
#13
○参考人(工藤栄君) 工藤範夫は私の弟でございます。で、わが社の代表取締役であります。
#14
○戸田菊雄君 いわゆる社長の実弟だということですね。
#15
○参考人(工藤栄君) さようでございます。
#16
○戸田菊雄君 それで、昭和三十九年五月ですけれども、仙台工作の全株式を川岸工業が取得したというときの仙台工作の役員、これは代表取締役に福島勲、取締役が矢作勇、同石峯稜、こういった方々がそれぞれ役員に就任いたしておると思うのでありますが、こういう王氏の川岸における地位は一体どういう関係にあるのですか。また、福島さんとあなたのほうとの関係、これは一体どういう関係にあるのですか。
#17
○参考人(工藤栄君) 矢作はわが社の取締役であり、福島はわが社の代表取締役であります。
#18
○戸田菊雄君 そのあなたとの関係、直接そういう関係はどうですか。
#19
○参考人(工藤栄君) まあ女婿、娘の婿でございます。
#20
○戸田菊雄君 結局、この福島さん、これは専務ですね。この方はあなたの娘婿ということになるわけですね。それから矢作さんという人は取締役、これは現在常務でしょう。この点はどうですか。
#21
○参考人(工藤栄君) 現在常務でございます。
#22
○戸田菊雄君 それで、あなたのほうで、「入社案内」という川岸工業株式会社の印刷のものが発行されているわけですがね、この中身をずっと読みますと、いま川岸本社、その会社の直轄をする各種工場というものが幾つあって、どこにありますか、それをちょっと説明してください。
#23
○参考人(工藤栄君) 現在だいぶ減りましたのですが、九州には西日本川岸工業株式会社、徳山には徳山工作株式会社、それから福山には福山工事株式会社、それから千葉には千葉工作株式会社、それから千葉にもう一つ千葉工事株式会社、現在別会社はそれだけでございます。
#24
○戸田菊雄君 仙台工場が前はこの川岸工業のいわゆる下請会社になっていたと思うのですが、同系統の会社だったと思うのですが、これはいつから切り離されたんですか。何年何月から。
#25
○参考人(工藤栄君) 子会社にしたのですか。子会社に切り離したということは、昭和三十年ごろ戸畑工場で一つ切り離しただけでございます。その後は新しく新設をいたしました。
#26
○戸田菊雄君 その明確な年月日はわからないですか。
#27
○参考人(工藤栄君) 明確にはわからいことはないと思いますが、二十九年か三十年に、私が全従業員を集めて、もうおれはこれでは成り立たない、全従業員に退職金を払うから……。それをもとにして川岸工業戸畑工場という会社をつくった。それがわが社の川岸工業が切り離した工場でありまして、その後牧山に昭和三十四年に牧山工作株式会社を新設いたしまして、それから毎年一年ごとぐらいに各工場を新設しました。
 それで、仙台の場合は、仙台で今野という鉄工所がありまして、その鉄工所がつぶれまして、私のお得意である大成建設から、川岸、何とか来てやってくれぬかといって、私は仙台には人手もなければ何にもない、いや働く者がある、仙台の今野という男がやるから、お前は工場と材料さえ入れてくれたらいいというようなことで、仙台に工場をつくって、いまの仙台工作の前身ができたのであります。そして今野が三十九年ごろでしたか、お手をあげて、それで従業員自体が、どうにもできぬじゃないか。それでわが社が株を取ってやる。というのも、株も赤字の会社の株はだれも引き取り手がない、それでわが社が引き取ってやりました。それがいまの仙台工作でございます。
#28
○戸田菊雄君 それで、この四十二年に仙台工作所というものが閉鎖をされた、それはあなたも代表清算人の一人であるから、その点は重々わかっておると思う。そのことによって当該労働者に対する賃金未払い、解雇通告、こういう労使紛争状態が続いたんですけれどもね。こういう諸問題に対して、あなた団体交渉をやりましたか。
#29
○参考人(工藤栄君) 私でございますか。わが社はいたしません。川岸工業は団体交渉はいたしません。団体交渉は、各担当重役が夜を日に継いでやっておったと思いますが、私はいたしません。
#30
○戸田菊雄君 あなたはしかし代表清算人でしょう、仙台工作所の。ですから、当然当該工場における労使紛争状態については、あなたは法的にも実体的にも、そういう団交をする立場の責任の地位にあるんじゃないですか。そういう点についての理解は、あなたどういうふうに考えておるか。
#31
○参考人(工藤栄君) 私、その法的にはわかりませんが、結局代表清算人になったのは、その紛争が済みまして半年ぐらいたってであります。そのときには、もうそういう交渉は何にもありません。で、何とかこれを有利に解決して、従業員なり未払いのところを、全部未払いのものをないようにしてやりたい、私はそれが念願で代表清算人になったわけです。その私が代表清算人になった当時は、そういう交渉もなければ何にもありません。その団交なりいろんなことをやっておったのは四十二年の五月、六月、七月、八月、それでどうにもにっちもさっちもいかなくなって、だれも清算人の引き受け手がないので私が十二月に清算人になりました。それから後のことはまだ何にもやっておりません。やれないんです。
 それから、昨年の十二年、私が清算人になって団交申し入れがあり、その団交のときの申し入れを私のほうは文書で回答してあるそうです。それに対して返答は何にもないそうであります。
#32
○戸田菊雄君 当時の債務者は一体だれだったんですか。
#33
○参考人(工藤栄君) 債務者は川岸工業と、それから組合――組合といいますか、従業員一同と、それから各商社でございます。
#34
○戸田菊雄君 川岸工業が債務者であるということは、結局あなたは社長の立場でしょう。あなたでしょう。
#35
○参考人(工藤栄君) 債務者とは結局千葉工作に対する債務者でしょう、でないかと私は解釈するんですが。どういうことでございますか。
#36
○戸田菊雄君 ただいま仙台工作所のことを聞いているんですからね。もっとすなおに答えてください。
#37
○参考人(工藤栄君) 仙台工作に対する債務者でございましょう。そういう意味で債務者と言われたんじゃありませんですか。
#38
○戸田菊雄君 あたりまえじゃないですか、それは。ちょっと、どういう関係にあるんですか、あなたは。
#39
○参考人(工藤栄君) 私のところの総務をやっております。
#40
○戸田菊雄君 社長が参考人でしょう。
#41
○参考人(工藤栄君) ですから、私自体がわからないところを聞いておるのでございますが。債務者という意味、ぼくは債権と債務と間違っておりましたね。ちょっともう一ぺん御説明願います。
#42
○戸田菊雄君 あまり修飾せぬで、すなおに私は答えてもらいたいと思うんですよ。私が言っているのは、仙台工作所が不幸にして倒産をした、賃金不払いになった、手当、賞与、そういうものがすべて不払いになって、さらにあなたは、それについて一ヵ月前の四十二年七月一日か、解雇予告通知をやっているんですね。労働者二百五十名を全部首切っているんです。その倒産をしたときの債務者は一体だれなのかということです。
#43
○参考人(工藤栄君) その当時は仙台工作の代非取締役だと思います。
#44
○戸田菊雄君 あとからだんだん深く入っていきますから、よろしくすなおに答えてください。
#45
○参考人(工藤栄君) はい、すなおですよ。
#46
○戸田菊雄君 そういったいわば労使紛争が起きていることは、あなたはだれかから報告を受けでそれは理解しておったわけですね。それが一つ。
 それからもう一つは、仙台工作あるいは川岸工業株式会社の従業員の賃金、一時金、こういう決定はどこでどういう方法でいままでやられてきたか、その辺の経過措置について若干説明してください。
#47
○参考人(工藤栄君) 仙台工作の重役連中で決定はしておりました。そのときに、最終的に私も開いておるんですが、結局退職金、規定どおりにいくと七百万、従業員の賃金を払わなければいけない、そのためにわが社に仙台工作にある品物か買ってくれというなにが出まして、それはよろしい、七百万で買ってあげましょうと返事はいたしておきました。
#48
○戸田菊雄君 あなた、労働組合関係法ないし労働関係調整法ないし労働基準法、こういうものに対する監督諸官庁に対する一定の使用者側の報告事項がございますね、そういう問題については正式な手続をもって全部報告されておりますか。この辺はどうですか。
#49
○参考人(工藤栄君) その意味は川岸工業の意味ですか、仙台工作の意味でございますか。
#50
○戸田菊雄君 両方です。
#51
○参考人(工藤栄君) 各部署で全部やっておると思います。
#52
○戸田菊雄君 それを確かめたときありますか。
#53
○参考人(工藤栄君) 情けないかなありません。
#54
○戸田菊雄君 全然見ておらぬ。
#55
○参考人(工藤栄君) はい。
#56
○戸田菊雄君 どういう条件のものについても見ておらぬのですね、賃金の問題についても、一時金、賞与、あるいは従業員規則、そういった労働条件のことについても一切見ておらない、こういうことですか。
#57
○参考人(工藤栄君) 一切見ておらぬことはありません。賃金はこれだけ出すんだという報告は聞いております。
#58
○戸田菊雄君 そうしますと、そういう内容決定、手段、方法等については社長は一切関与しておらない、単に報告を受けた程度、こういうことですね。
#59
○参考人(工藤栄君) いやそうではありません。一切全部が全部そうじゃありません。いまの世間の情勢でこれくらいの賃金が正当だということは私も重役会で発言もいたしておりますし、全然見てないことはありません。見ております。ただ、いま言う諸官庁に手続が云々とかそういうことは私は見ておりません。
#60
○戸田菊雄君 そういうことだとすれば、結局あなたは参画はしているわけですね。参画はしているけれども、そういうものを起案――つくったりあるいは手続をしたりというものは別な人がやっていると、こういうことですね、あなたの会社では。じゃだれが一体そういうことをやるわけですか。
#61
○参考人(工藤栄君) それはいま言うとおり仙台工作に関してですか。
#62
○戸田菊雄君 両社です。
#63
○参考人(工藤栄君) 各部署、各担当重役でそこはやっております。
#64
○戸田菊雄君 具体的にだれですかと聞いているんです。
#65
○参考人(工藤栄君) 具体的に仙台には福島代表取締役がおり、あの当時は福島、工藤それから労務工場長、それから仙台の場合は工藤代表取締役と坂本の総務部長とでやっておったそうでございます。
#66
○戸田菊雄君 会社の労務管理体制は、どういう状況でやっているのですか。社長のいままでの話ですと、あまり賃金決定なんかについては、たまに発言する程度であって、具体的な取り組みはやっていないのですか。そういう問題について、あるいは労務管理総体については、どなたが中心になって川岸工業と仙台工作でやられておるのですか。
#67
○参考人(工藤栄君) 川岸工業の場合には、福島専務と、それから総務部長でございます。それからいま言う仙台の場合は、工藤と坂本でございます。
#68
○戸田菊雄君 そうしますと、仙台工作のそういった紛争事態については、やはり現地の責任者が団体交渉、その他に臨んできた、こういうことですか。
#69
○参考人(工藤栄君) そうでございます。
#70
○戸田菊雄君 その内容等については、詳しくあなたは報告を受けていますね。
#71
○参考人(工藤栄君) 詳しくは受けておりませんが、大体こういうことでこういうことになっておりますという報告は受けております。
#72
○戸田菊雄君 それでは少しく中身についていろいろ聞きたいのでありますが、これは「川岸工業労働組合共闘会議議長岩本昭三殿、川岸工業株式会社取締役社長工藤栄」こうなって公印を押して、「一時金要求に関し、川共闘第四号により十一月十日回答の申し入れがありましたが、来年の大口受注のため、十日より大阪で会談の用がありますので、お目にかかれません。しかし、なるべく早く話合いをしたいと思いますので、旅程を一日繰り上げて帰り、左記に依り交渉致したいので、十三日迄延期下さるようお願いします。」、「日時、昭和三十九年十一月十三日午後四時半」、「場所、九州支店会議室」、こういうことで疎257号証というものが具体的に出ているのですが、こういう問題についてあなたはどういうふうに解釈されておりますかね。
#73
○参考人(工藤栄君) いまのは、何かはっきりわからないのですが。
#74
○戸田菊雄君 結局あなたが川岸共闘に出した社長の回答書です。団体交渉内容、一時金の問題です。三十九年十一月十三日。
#75
○大橋和孝君 関連。先ほどの工藤社長の話を聞いておりまして、あなたはやらしている、やらしているとおっしゃっているわけですね。そのつど部所の人にやらしておる。賃金の配分も、それから一時金の問題もよく知っていながら、やらしているとおっしゃるけれども、いまここに示しているのは、あなたがやるから待てということを共闘に対して出しておられる文書なんですよ。あなたは人にやらしているというけれども、実際は自分がやるから待てという通達を出しているのですから、その間はどうかということを明確にしてもらいたいわけですね。
#76
○参考人(工藤栄君) 共闘会議には、私はそういう文書を出した覚えはありません。
 それから私自体がいま言う川岸工業の実力者であり、川岸工業に対する賃金の決定の何は全部ありますので、いま関連企業は共に栄えなければいかぬ、成り立たないような会社じゃ困る。だから、私いつでも子会社に対して、おれは実力者である、だから応援はする、どんな相談でも持ってきなさい、これは言っております。それだけれども、団交は一度もいたしたことはありません。
#77
○戸田菊雄君 これは写しがありますから、ちょっとあなた見てください。これは出しているでしょう。
#78
○参考人(工藤栄君) そうです。
#79
○戸田菊雄君 あなたが出したものでしょう。
#80
○参考人(工藤栄君) だから、いま言う団体交渉じゃありません。私はこのときも口をすっぱくして、いつでもできるものなら応援する。それだから、話し合いならいつでもしてあげます。私は団体交渉はいたしませんが話し合いならいつでもいたします。
#81
○戸田菊雄君 話し合いと団体交渉というものはあなたどういうふうに理解するのですか、そこを説明してください。
#82
○参考人(工藤栄君) 私は法的にどうということはわかりませんが、いま言うとおり交渉ではない、お互いに話し合うのだ。話し合いと交渉とは別だ、私はこう解釈して、いつもそういう発言をしております。
#83
○戸田菊雄君 組合に団体交渉権というものがあるのをあなたはそれを認めますか。
#84
○参考人(工藤栄君) 団体交渉権は認めます。ただ、それはわが社の従業員であるということであります。
#85
○戸田菊雄君 これは明確に川岸工業労働組合共闘会議あてですよ。それから岩本昭三という人は議長ですよ。最高責任者です。それに対してあなたが取締役社長として正式に捺印をして、それで一時金要求に関して申し入れをやっているのですから、これは明確な団交に対するあなたの意向表明じゃありませんか。
#86
○参考人(工藤栄君) 団交を申し入れてきましたが、団交では受け入れません。それだけれども話し合いならいつでも話し合いをいたします。団交としては私のほうは回答いたしておりません。そのときの回答としては団交としては受けておりません。団交はいたしませんと回答してあるはずです。
#87
○戸田菊雄君 あなたまるっきり法律を無視しているじゃないですか。憲法二十八条にどういうことがあるか、ちょっと見てください。労組法の第五条、第六条、第七条、二十条、すべて組合には労働者の権利というものを法的にちゃんと確認しておるのですよ。そういう中で、労働者の三大権というものは団結権、団体交渉権、団体行動権、それをどうしてあなたかってに歪曲をして、話し合いでなければ応じませんなんていうことを、どういうことで言えるのですか、そういうことが。
#88
○参考人(工藤栄君) 私はわが社の従業員の団交は受けなかったことはありません。だけれども別会社の団交は受けない。私は法律できめられておるわが社の従業員に対する団交は受けなかったことはありません。わが社の従業員でないから受けないと言っておるのです。
#89
○戸田菊雄君 岩本昭三という人は、ではどういう人ですか、それを説明してください。
#90
○参考人(工藤栄君) 岩本昭三はその当時は千葉工作の従業員だったそうであります。
#91
○戸田菊雄君 では、あなたの子会社ではありませんか。あなたの川岸工業株式会社の入社案内には、いまあなたが説明したようにちゃんと千葉工場というものは入っているわけでしょう。それはあなたの総体的な従業員の一人じゃないですか。どういう解釈をとりますか。
#92
○参考人(工藤栄君) 千葉工作の場合は、半分の資本はダイエイ工業から入っております。川岸工業の子会社、いま言う関連会社ではあります。だけれども、川岸工業は株を半分持っておりません。ほんとうの権力といいますものはダイエイ工業にあり、わが社は半分以下、四八%か九%です。関連工場は間違いありません。わが社の仕事をしてもらっているから関連工場は間違いありません。それですから、私の子会社と言いながら、いわゆる資本を出してやっているから何とかよくなってもらおうと思って一生懸命に応援はいたします。だけれども、わが社の会社ではありません。
#93
○戸田菊雄君 あなた先ほどこの入社案内の内容と同じようなことを言われたのです。川岸工業の中には千葉工場というものが明確にあります。だけれども、あなたは川岸の社長である。こういうことで関連産業の一工場だということを説明している。そこのところを整理してあまり脱線しないようにお願いしたいと思います。いま聞いたら、こういう関係になってくると、資本の出資割合がこちらが少ないからそれは私どもに関係ないと否定されるのだが、そういうことはないのですよ。それからもう一つは、少なくとも組合というものは、あなた方に左右されずにつくったり、規約を設けたり、運営をしたりするということは全く自主的なものだ。だからそれが、川岸全体の、含まれておる従業員がどういう形でつくろうが、どういう名称を使おうが、あなた方が拒否する何もない。そういう点に対してきわめて理解不足じゃないですか、どう考えていますか。
#94
○参考人(工藤栄君) 理解不足かもしれませんが、千葉工場というものは川岸の純然たる工場でございます。工場建物、土地、財産、資材一切川岸工業のものです。その中で働く者が別会社であるということでございます。いま言うわれわれが八幡製鉄所の構内を借りまして八幡製鉄所の仕事をしているのと同じ状態でございます。だから、徳山であろうと九州であろうと、全部オール川岸工業の財産であり、資材でございます。
#95
○戸田菊雄君 結局岩本昭三というのはあなたの社員じゃないですか、当時。それを聞いている。
#96
○参考人(工藤栄君) わが社の社員じゃありません。千葉工作株式会社の社員でございます。
#97
○戸田菊雄君 千葉工作会社はあなたの子会社でしょう。系統会社でしょう。その上に川岸工業というのが乗っかっているわけでしょう。そうしますと、この入社案内の内容というものはこれはうそですね。これはどうなんです。
#98
○参考人(工藤栄君) その入社案内は、それはいつごろのものか知らぬが、いま言うとおりそれはわが社が間違っておりましたということで、何かの監督署から指令を受けて一ぺんそれは取りやめたと思います。だから、その入社案内はずっと古いものではございませんでしょうか。
#99
○戸田菊雄君 あなたが関連子会社と言って読み上げた工場と全く一致している、この入社案内にあるものは。そしてなおかつ、従業員の数は二千三百五十名ということも全部ある。本支店営業所が二百名、工場関係が二千百五十、計二千三百五十名ということが明確にこれにあるじゃないですか。本社だけとすればそれは一体何名ですか説明してください。
#100
○参考人(工藤栄君) 現在は百二十名くらいです。その当時は二百四、五十名だったと思います。私自体がそのものをつくったのは知っていないのですが、いま聞きますと、何か三十七、八年ころにつくられたそうです。しかし、それはいかないということで、募集してはないはずです。
#101
○戸田菊雄君 これは全くうそだというのですね。これは誤りですね。
#102
○参考人(工藤栄君) 誤りだと思います。
#103
○戸田菊雄君 じゃいまの本社の従業員、それからあなたが考えられる工場の関係従業員の数をちょっと説明して下さい。
#104
○参考人(工藤栄君) 工場の数は現在のとおりでございます。わが社のいまいう徳山、現在は徳山と九州、九州に二工場と徳山に一工場、福山、大阪、千葉、千葉にもう一つ第二工場と。従業員は、私は現在あまり把握はしておりませんが、わが社が百二十名くらいだと思います。徳山が二百何十名とか言っておりました。福山が百名くらいだと思います。大阪がこれも百名くらいだと思います。千葉が全部で四百名くらいだと思います。というて、その四百の中には千葉工作でないものも……。各工場には千葉工作以外の下請が全部入っております。それを合計いたしたものが大体それくらいの人間だと思います。
#105
○戸田菊雄君 ちょっと確認しておきますが、川岸工業は、千葉工場との関係では、あなたのほうは元請になるわけなんですね。千葉工場は下請になるんですか、この関係はどうですか。
#106
○参考人(工藤栄君) そのとおりでございます。川岸工業が元請で千葉工場が下請でございます。
#107
○戸田菊雄君 そういう下請の千葉工場で、かりに労働者が災害をこうむる、そういう場合は、この処置はどういうことになってきますか。あなたはどう考えますか。
#108
○参考人(工藤栄君) 災害の場合、各工場で責任をもって、工場の責任でやっております。
#109
○戸田菊雄君 それは川岸工業は、かりにあなたのほうに請求がきた場合には、どういう処置をされますか、川岸工業にも請求権がいけるのですから、その場合、あなたはどういうふうに処置されますか。
#110
○参考人(工藤栄君) いままではそういうケースがあったことはありませんものですから、私のほうはわかりませんが、いま言うとおり子会社の災害は子会社で処置しておりますので、わが社にそういうなにがかかったということはいまだありませんから、私はちょっとわかりかねます。
#111
○戸田菊雄君 それじゃ具体体的な問題について二、三聞いておきたいのですけれども、あなたのほうで発行しました乙第一号証というのがあります、文書番号ですけれども、乙第一号証、これを見ますと、「川岸工業株式会社仙台工場、資材課、補材係長砂子俊雄」、「仙台工場及営業所、仙台市原町小田原大梶五五の三」、「本社、東京都中央区銀座五丁目五」、「九州支店」それぞれ住所がある、こういうことですね。いわゆる正式文書については正当な名前を付して今日までそれぞれの労使関係に対する文書交換というものをやってこられた、こういう事実については、あなたはどう考えておられますか。
#112
○参考人(工藤栄君) 私はそういう事実は、ちょっと私自体が把握しておりませんが。
#113
○戸田菊雄君 それでは具体的な事実になると、あなたは全然わからないようですけれども、それじゃあとだれがわかっておるのですか。
#114
○参考人(工藤栄君) それは総務各担当でわかっておると思います。
#115
○戸田菊雄君 具体的に言って下さい、名前はだれですか。
#116
○参考人(工藤栄君) 脇山部長。
#117
○戸田菊雄君 それは決して乙一号証一つばかりではないのです。具体的にそういう立証形態というものは私は全部集録している。社長が全然わからないということであれば、いずれ次回に、一番わかる総務部長に一応参考人として出てもらいたいと思うのですが、いずれにいたしましても、正式にそういう文書交換というものを従来やってこられた慣行ははっきりしているのです。少なくとなあなただって社長として一時金や賃金問題を労使いろいろ話し合いをして、それを取りきめた場合に、つぶてで、まさかぶん投げてくれてやるわけではないでしょう、支払ってやるわけではないのでしょう。何かの関係で、正式な文書を取りかわし、そういうものに基づいてこう一つ一つ処理をしていくんじゃないですか。それでなかったらたいへんでしょう、これ。そういう点についてはあなたそのように理解できますか。
#118
○参考人(工藤栄君) 私自体が、各工場ともにいま言うようによそよりか安くやるという考え方は持っておりません。やっぱりよそ並みに出してやりなさい。皆さんよそ並みに仕事を、金を、給料を払って……。よそ並みにやれないで、もうけろとか、損したというのは、経営者がお粗末である。だからよそ並みにやりなさい。いつもこれを言っておりますから、よそ並みかよそ並みでないかくらいのことは、私はよく承知しております。
#119
○戸田菊雄君 質問に答えていただけばいいと思います。私の聞いているのは、そういう労使問題で問題解決をした場合に、どういう一体取りかわし文書作成、そういう、いわば手続を踏んでやっているのではないか、こういうことを聞いているのです。あなたが何もよその会社と比較して、うちの労働者には人並み以上にやるとかなんとか、そういうことをいま聞いているのじゃない。その点はどうなんですか。
 それから時間がありませんから少し急ぎますけれども、いまあなたいろいろそういうことで乙第一号証その他関係立証について否定なさるということのようですけれども、あなたのほうでいずれも出した二十七号証、いろいろ番号が全部ふってありますけれどもね、以下三十数号まで全部立証形態としてあなたのほうでは正式に川岸工業の名前を使ってそれで当該労働組合の関係の要員、賃金、こういった問題について全部総配慮しているのですよ、あなたのほうは。それはあなただって百も承知じゃないですか。その点はどうですか。
#120
○参考人(工藤栄君) それはいま言うとおり、そういう手続は各担当でやっておると思いますが、いま言うわが社仙台工作にしても、仙台工場を何とか助けなきゃいかない。いま言う三文の値打ちもない株を買い取って、金を貸して、それが悪くなったんでは困る。何とかいかなければいかぬということで、いろいろなアドバイスはやっておると思います。だからいろいろな書類は、こういうことをやれ、こういうことをやったほうがいいというアドバイスはやっておると思います。
#121
○戸田菊雄君 あなた非常に巧妙に逃げるけれども、アドバイスじゃないのだ。実際あなたがやって、具体的に読みますと、「乙第二十七号証の一」、「春季昇給及夏季賞与に関する件、仙台工場岩本工場長殿、本店・総務部脇山四十一年七月一日」こういうことで、あなたのほうから全部出ているのじゃないですか。こういう問題について仙台工作所に対して、工場にこういう形で、以下第二十七号証の二、あるいはこれは通知書ということで、内容は「昭和四拾一年度の賃上げに関すること。」、「四拾一年度夏期一時金の支給に関すること。」、「前第一、第二項を解決後懸案の新職制について、調整実施すること」について、こういう具体的な「夏季一時金支給の件」について四十一年七月八日。全部これあるじゃないですか。そういうかっこうで、実質的には川岸工業が支配をやって、仙台工場というものを今日まで運営してきたというのが実態じゃないですか。どうなんですか。
#122
○参考人(工藤栄君) 先ほど申し上げたとおり、いま言うように赤字の株を買って、金を貸して何とかそれをやらなければいかない。それだからいまいう岩本にしろ、一番いい例が第一回に代表になった者が結局やみ給与を払って、それで腐敗をした。それから次々と……。それではいけないというようなことで新しい工場長、あるいはやれようということで回るのでありますが、なかなかやれない。だからいま言うとおりわが社がよそ並みということは、各たくさんの工場があります。それとレベルをそろえるように、それを通知してやらなければ、どこがどうなっておるかがわからない。そのためには各社がこうなってこういふうな方向で進んでおる、そういうようなことはわれわれ総務でやったことがあります。
#123
○戸田菊雄君 先ほどお尋ねしたときに、あなた言ったように、仙台の工場長とかなんとかいうのはあなたの全部姻戚だよ。実弟がなっておるし、娘婿がなっておるし…そういうことで、こういう一時金の問題とかあるいは何か労使関係についての正式文書になると、全部川岸から落ちてきておる。実際あなたの意向が入らずして一つも運営したことがないのだ、この立証形態からいけば。こういう状態についてあなたは投資をしているから、金を貸しているから、繁栄してもらわなければいけないと、そういううそ偽りでこの労使問題を解決しようというところに今日の紛争が起きている。そういう問題についてあなたどういうふうに考えますか、使用者側として。
#124
○参考人(工藤栄君) 川岸の姻戚というものは、いま言うとおり、人がおらない。だから一番最初に行ったのは姻戚でもなければ何でもない。もとから仙台におったものがやった。それがいま言うとおり、やみ給与を出して使い込んだりして、これはいかない、それからその次に出したのが岩本である。それからいま言う、最後に出したのもそれもうまくいかない、どうしてもうまくいかない。それでわが社のベテランということで工藤――私の弟を出したわけです。それで、とにかく弟だから、わが社の者だから弟を出したというのでなく、わが社の人材上弟を出した。
#125
○戸田菊雄君 あなたは事業やるのに、当該工場を設置するのにですよ、工場誘致条例その他によって県から一定の補助を受けて、あなたの名儀でそういうところまでやっておって、それでいまさら仙台工場は関係ございませんなんということ、あなた言えますか。少なくとも事業やって、工場誘致という立場においていろいろ業務に携わるというなら、もう少しやっぱり良心があっていいんじゃないですか。あなたは岩本昭三という人は知っているのでしょう。どうでしょうか。
#126
○参考人(工藤栄君) 結局工場誘致を受けた。そのとおり私が受けたのでございますし、いま言う、仙台に今野富蔵という鉄工所がつぶれて、それを生かしてやれるからということで私が出たのであるし、岩本昭三を知っておるかと言われたのですが、岩本昭三は、いま言うとおりわが社の従業員ですから、知っております。
#127
○戸田菊雄君 この岩本昭三という人は、建設業者登録をこの人の名儀でやっておるわけですがね、あなたは、仙台工場時代に建設業者の登録に関するその資格要件者ということで登録をしておると思うんですがね、それは御存じですね。
#128
○参考人(工藤栄君) 岩本が建設業者の登録をしておるということは、岩本が工場長として行って、そういうことをしたと思いますが、一番最初三十年設立された当時は、いまの岩本であり、いまのは結局三十八年、九年までやりまして、つぶれて、後に高橋であり、その代表者がそういう申請をしたと思います。だから岩本が初めからそういう登録をしたのではありません。その岩本が代表になって行ってから登録をしたと思います。
#129
○戸田菊雄君 ですからあなたは知っているわけですね、岩本昭三という人はね。知っているでしょう。
#130
○参考人(工藤栄君) 岩本はよく承知しております。
#131
○戸田菊雄君 この人は川岸共闘の議長、二十九年に入社して現在までずっと川岸の社員で小倉工場時代は昭和三十二年から三十七年、千葉工場時代は三十七年から四十一年、こういうことになっておりますね。それで仙台工場時代は四十一年から四十二年まで、倒産時までこの人が来ておる、これは立証があります。「乙三十五号証の二」、こういうところに「建設業者登録に関する件」、これを見てもらうと、岩本の実務経験の証明書ですけれども、この証明はあなたとそれから技術者の氏名岩本昭三、こういうことになっておるのですね、ところがこの問題について、組合から違法じゃないかということを、現在の労使紛争について告訴、告発の法廷の中で指摘をされた、直ちにあなたはこれを取り下げておりますね、明らかに建設業法違反だと思う。あなたどういうふうに考えますか。
#132
○参考人(工藤栄君) 情けないかなその過程は私は知っておりませんが、そういう建設業登録の過程は、私自体はこれは関知しておりません。
#133
○戸田菊雄君 あなたはロボットじゃないですか。社長といってもロボットじゃないですか。すべて賃金の決定、労働者の就業規則その他労働条件関係についても、あるいはこういう国家の法律に明示をされた建設業者の登録問題についても違反者を登録をして許可をもらって、それが正式裁判で明らかになって、直ちに取り消しをして……。こういうものは全然社長にわからずして運用されているのですか、どうなんですか。
#134
○参考人(工藤栄君) 別会社、いま言っている仙台工作自体でやっておるものですから、それは私にはわかりません。
#135
○戸田菊雄君 倒産会社ですよ。これは四十一年から四十二年まで岩本昭三というのが行って、その間にやっているのですよ。あなたの川岸工業ですよ、仙台工作じゃないのですよ。その前ですよ。
#136
○参考人(工藤栄君) 仙台工作株式会社でしょう、仙台工作株式会社でやったことだと思います。川岸工業でやったことではありません。
#137
○戸田菊雄君 あなた、自信を持ってそうじゃないということ言えるのですか。
#138
○参考人(工藤栄君) はい、言えます。
#139
○戸田菊雄君 それじゃお伺いしますがね、岩本昭三は仙台工場に何年から何年までおりましたか。
#140
○参考人(工藤栄君) 私が相談を受けたのですから、四十一年ごろではないか。仙台が行き詰まって、さて人手がおらぬ、岩本ならやれるのではないかということ、私は岩本にはちょっと荷が重過ぎるよ、私はそう言ったのですが……。だから何年から何年と、そんなにはっきり明確に覚えておりませんが、結局行ったのは四十一年ごろであったと思います。
#141
○戸田菊雄君 こちらは具体的に聞いているのですよ、あなたの場合はそういう年月日になったり、具体的な立証になると、全然わからぬというから、これはあとで一応わかる人に来ていただいていろいろやってみたいと思うのですけれどもね。しかしいずれにしても、いまのような立証すら知らないということは、社長としてはちょっと私はおかしいじゃないかと思うのですがね。あなた、それで経営とか、あるいは仙台工場等については一定の投資をしておるから損をしちゃいかぬとか、そういうことでばく然として会社の経営等に取り組んでおるのでは、私はそこで働く労働者もたいへんなことだと、こう思うのですが、いずれにいたしましてもあなたは岩本昭三というものは前の千葉工場時代に会っておって、共闘議長をやっておったときには、前の質問では社員ではない、こういう回答をしておるのですね、しかしあなたのこの建設事業者の登録関係を見ると、明確に社員としてその登録を取っておるのじゃないですか、この食い違いはどう考えられますか。
#142
○参考人(工藤栄君) いや、建設業登録というのは、仙台工作としての建設業登録をしたと思います。川岸工業の建設登録は私の名前でやっておるはずですから。そういうものは、わが社の社員で建設登録をしたとは思いません。
#143
○戸田菊雄君 あなたは川岸工業の社長、それでこの建設登録に関しては、証明書はあなたになっているんですよ、証明書は。それで岩本昭三という者が有資格者だということで許可を取っているんですよ。こういう関係について、あなた、どういうふうに考えますか。
#144
○参考人(工藤栄君) 岩本昭三の建築の技術に関しては、結局わが社に一番最初在籍し、在籍中とかいうものに対する証明はわが社ができると思います。そういうことで、総務がやったんではないかと私は思っております。
#145
○戸田菊雄君 だから、あなたは先ほど岩本昭三が共闘会議議長のときには千葉工場で、それは社員でないということを言ったでしょう、いまこの証言で。しかし建設業の業者の登録に関する件については、あなたが証明者になって岩本昭三という者は有資格者だと――実際は資格がないんだけれども――登録をしているでしょうと言うんです。社員としてその点どうなのか、どっちがほんとうなのかということなんですよ。
#146
○参考人(工藤栄君) もしそれをしておったら間違っております。私自体は社長で、社長が証明しておると言われりゃいたしかたないんですが、私はその点、私の許可がなしでそれはやっております。
#147
○戸田菊雄君 そうしますと、これはだれの責任になるんですか。
#148
○参考人(工藤栄君) それは総務だと思います。
#149
○戸田菊雄君 普通の役所や何かの機構形態からいったら、たとえば労働省の大臣が下部の局長や何かの責任を問われたときに、私は大臣で、関係ありません、それは局長でしょう、こういうことでいけますか。あなたの社内のことについてですよ。あなた社長で、最高責任者、すべてを統括し、事業を運営しているその人が、下部の総務部長や何かのやったことについて、全然責任を感じませんか。
#150
○参考人(工藤栄君) それは私は社長であり、十分私は感じます。法的にこれは違反を犯したら罰則を受けるのは私が受けます。これはいたしかたありません。
#151
○戸田菊雄君 この場合はどうなのかと言うんです。法的にも、実体的にも、道義的にもどうなんだと言うんです。この点は……。
#152
○参考人(工藤栄君) 法的に違反があれば、これは法的処分をお受けいたします。
#153
○戸田菊雄君 あなたは知らないと逃げているからね。だからこの点は実際あなたが知らなくても、こういう事実行為があったとしたら、あなた責任をとるんでしょうと言うんです。その点はどうですか。
#154
○参考人(工藤栄君) それは私が知らないうちにやられたんですが、これはいま言ったとおり社長として責任をとらなければいけないものは私が責任をとります。
#155
○戸田菊雄君 他人のようなことを言わないでください。知らなくたって、責任の所在があれば、これは責任とっていかなくちゃいかぬのでしょう。あなたはこの立証については、それは知りません、こう言うけれども、実際、最高責任者の立場にあるんですから、実際こういう建設業の違反登録がやられた、そういうものについてそれぞれの罰則があるわけだ、そういうことになってくれば、当然あなたが最高責任者として、責任をどういう立場において――中身においてもとらなくちゃいけないんじゃないですか。その点をどう考えるかと言うんです。あなた社長として他動的にだれからかおおいかぶされたからやむを得ずなんという姿じゃないでしょう、みずから一体どういう考えを持っているのかというのです。
#156
○参考人(工藤栄君) だから私は日本は法治国であるから、法的に許されないものは、法で裁かれるのをお待ちいたします。
#157
○戸田菊雄君 建設業者の登録の資格要件というものはどういう内容を備えていなければならないか御存じですか。
#158
○参考人(工藤栄君) もう一ぺん御質問願います。
#159
○戸田菊雄君 建設業の登録有資格者というのはどういう条件を備えていなければいけないかということは、あなた御存じですか。
#160
○参考人(工藤栄君) 私自体は法的にあまりそういうものは詳しくありません。そういうことで、これはいま総務のほうで全部それはやってもらっております。
#161
○戸田菊雄君 これは全く公文書偽造、その他うそばかり書いているのでありますがね。職名、工事の種類、実務経験の内容、こういったものは全部でたらめですね。それから千葉工場時代は機電係、九州時代は機械係。岩本昭三の裁判所における証言ですよ。これは本人が裁判所で証言をした、明確に自分自身で言っている。したがって工事の施行、管理には関係ない仕事です、こう言っている。その人をあなたが証明者になって、それで建設業者の資格要件を取って、今日まであなたはこういう該当事業をやってきたというのです。これに対して責任感じませんか。
#162
○参考人(工藤栄君) 川岸工業はそういうことをいたした覚えはありません。
#163
○戸田菊雄君 仙台工場の実体はそういうことなんです。あなたが大量に、四八%何か投資をしている会社は。これはどう思いますか、同業者としてそれじゃ。
#164
○参考人(工藤栄君) そういうことはあってはいけないので、だからできるだけそれのよくわかった者に一生懸命指導をさせております。
#165
○戸田菊雄君 この問題はあとで建設関係各省に聞いていきますけれども、結局あなたはさっきのいろいろな話を総合的に集約をしますと、対労働者に対しては基本的権利を認めない、団交ということばすら使うのがいやだ、こういう状態が各所にあるのですね。そういう点について、あなた自身これがいいのだ、こういう考えですか。
#166
○参考人(工藤栄君) 私は団交を認めないということではありません。わが社の社員に対していつでも団交には応じております。各工場においても、団交を拒否しているような場合はないと思います。また、そういうことはあってはいけないことは私十分承知しております。
#167
○戸田菊雄君 かりに建設業法の違反条項等については、これは建設業法の四十五条ですけれども、本来ならあなたは十万円以下の罰金あるいは懲役、こういうことになるのですね。正しく言えば。こういう責任をあなた負わなければいけないのですよ、ほんとうは。これは監督官庁がきわめてあなたに対して緩和政策をとっているようですから、そういうことになっていかないようですけれども、こういう問題もあなたにはやはりあるのじゃないかと思うのですね。それからもう一つは、これはあなたが、横領事件か何かがありまして、警察に出したこの川岸工業の答申書ですが、これには、独立法人形態をとっておりますが実は完全なる管理管轄下にある一工場にすぎませんと、こういうことで、あなたは明確にそういう文書を作成し、仙台東警察署長あてに書面を出しているのがある。このことについては御存じですか。
#168
○参考人(工藤栄君) 書面を出したかどうか、これは私は承知しておりません。しかしながら、ただいま言われたように建設業法に違反している――川岸工業はいま言われたとおり私は建設業法に違反したことはありません。そのいま岩本が出した、出したと言われるのは、川岸工業としてではなく、どうも各工場で出したと思いますが、工場での建設登録を受けるまあ大体必要はない。川岸工業が元請で受けているので、工場建設業の登録の必要はないと思うのですが、私自体は、違反した、違反したとよく言われておりますが、私は違反した覚えはひとつもありません。
#169
○戸田菊雄君 あなたは、会社に横領事件があって、それを検察庁に取り調べを要請する、こういう重要な問題についても全然タッチをしておらないということですね。これは出していることをあなたは知らないんですか。四十二年三月二日、仙台営業所高山所長殿として、本店総務部協山名でもって、「寒河江の件答申書、標記の件、別紙の通り送付致しますから宜敷く御取計い願います」、これは警察に四十二年三月二日に発送しておる。そういう中において、あなたはこういうことを書いているんですよ、書面の中で明確に、仙台工作は独立法人形態をとっておりますが、実は完全な管理管轄下にある一工場にすぎません、こう言って捜査を依頼しているんじゃないですか。これ、あなた御存じないんですか。どうですか。
#170
○参考人(工藤栄君) 私、その書類は承知しておりません。しかし、いま言うとおり、仙台工作に関して、つぶれてしもうて、資本等一億何ぼの貸し金があって、これを何とか立ち直さなきゃいかぬということで、本社が一生懸命に力を入れたことは間違いありません。
#171
○戸田菊雄君 これ、ちょっと見てください。――いま閲覧していただいたその書面は、見たことございませんか。
#172
○参考人(工藤栄君) ございません。いま初めて見さしていただきます。
#173
○戸田菊雄君 いまこっちにおられる方は総務部長ですか。
#174
○参考人(工藤栄君) はい。そこにおるのが総務部長でございます。
#175
○戸田菊雄君 それじゃ、あとでまた関係立証書類については、全部こちらでメモをして、再度社長のほうにやりますから、その関係書類を、ひとつ写しその他でもけっこうですが、あとで御提示願いたいと思うんですね。これはいいですね。
#176
○参考人(工藤栄君) けっこうでございます。
#177
○戸田菊雄君 それじゃ、もう二、三具体的な問題について聞きますけれども、永渕日義、高山尚三、こういう社員の名前は御存じですか。
#178
○参考人(工藤栄君) 承知しております。
#179
○戸田菊雄君 これらに対してあなたは表彰しておりますね。その事実行為について御存じですか。
#180
○参考人(工藤栄君) あれはわが社の出向社員でございます。だから、表彰しておると思います。
#181
○戸田菊雄君 この人は仙台工作所の従業員であることはまぎれもない事実であると思うんですが、その点はどうですか。
#182
○参考人(工藤栄君) あれは初めのうちはわが社の営業所長としておったんで、それを私はっきり認識しておらないんですが、仙台工作の人間になっておるかもわかりません。しかし、これはわが社の出向社員で、あそこをやめればわが社に帰ってくる。勤続年数も何も全部川岸工業の規定に従います。
#183
○戸田菊雄君 それは、出向させるということは、どういう関係で出向さしておるんですか。
#184
○参考人(工藤栄君) いま言う資本を投下し、貸し金をなし、それを回収するために、監督するために出しております。
#185
○戸田菊雄君 それは何か当該組合と話し合いをし、円満に出向しておる、こういうことですか。組合との話し合い、そのことについてやっておりますか。
#186
○参考人(工藤栄君) それはやっておりません。大体、永渕とかそういうものは、そういう組合ができる前から会社におった者でございます。
#187
○戸田菊雄君 ですから川岸から出向さして仙台工作所において働いてもらうのですから、そういう条件はどういうことで行っているのですか、具体的に教えてくれませんか、内容について。
#188
○参考人(工藤栄君) 条件ということは、出向社員として、いま言う仙台に危機が起きておるから君ら行って一生懸命に何とか仙台を復興してやれということで出しております。
#189
○戸田菊雄君 もう一点ですね。先ほど資料によると二千三百五十名というのは、あなたのその後の訂正要因がはっきりまだ明確に出ておりませんから、その数字はつかめませんが、有価証券の報告書にあなた従業員二百十三名、こういうことで報告をしているようですが、その事実についてはあなた御存じないですか。
#190
○参考人(工藤栄君) そういう事実は有価証券報告書に書いてあるとおり、それは私も承知しております。
#191
○戸田菊雄君 さっきのあなたの従業員の数の概数を計算していただくと二百三十名ではないでしょう、この辺はどうですか。
#192
○参考人(工藤栄君) 二百三十名でない。この前わが社の社員は二百四、五十名だと申し上げたはずでございますが。
#193
○戸田菊雄君 徳山、九州二工場、福山、大阪、千葉第一、第二工場、七つあると言っているでしょう。本社、その総数ですか、二百十三名というのはどういう数字なんですか。
#194
○参考人(工藤栄君) 二百十三名というのは、川岸工業の従業員でございます。いま言う徳山、牧山みなわが社の財産であります。大体そこに一人、二人わが社の社員が駐在しております。
#195
○戸田菊雄君 それはさっき言ったように元請、下請という関係にあるわけでしょう。この工場と川岸本社と。そういう関係にあるのでしょう。
#196
○参考人(工藤栄君) そのとおりでございます。
#197
○戸田菊雄君 それから仙台工作所が倒産をしたあと、仙台市の釜房ダムあるいはこの最近新設をされたサッポロビールというものがあるのですが、これは名取という市につくってあるのですけれども、こういう各種工事に対して、県ではあなたのほうに作業を委嘱した。こういうことについて、そういう倒産会社に対して、そういう工事を請け負わせるということはけしからぬじゃないかということが宮城県議会の中で問題になりまして、当時高橋知事がこのことについて、まことに遺憾である、今後こういうことに対しては工事発注その他に対してはやらないように努力をする、こういうことを明確に表明されているんですが、こういう事実について、あなたは御存じですか。
#198
○参考人(工藤栄君) いや、川岸工業としてちょうだいした仕事は承知しております。しかし、なぜ倒産しているのか――川岸工業は厳然として倒産いたしておりません。
#199
○戸田菊雄君 先ほどずっと立証形態で言ったように、あなたは実際的には仙台工作所というものを支配をし、賃金を一月までも全部支払いをしている。そういう中でこれは企業採算が合わないからということで工場閉鎖をやって倒産に導いた。その会社がいろいろあると思いますよ。偽装倒産だという人もあるし、いろいろありますけれども、しかしそういう形において一部の工場を閉鎖に追いやって、そうしてみずからこの川岸本社自体がそういう工事請負をやっていくという、これは一体どうですか。道義的にあなたは、そういうことがもし私の言うとおりであるとするならば、どういうふうに考えますか。
#200
○参考人(工藤栄君) 私は道義的に――だからいま言うとおり、仕事をお受けするときに、川岸工業がお受けしていかに子会社がつぶれて迷惑をかけるか。何しようとも、どれだけかかろうとも、全部受注したものに対しては迷惑はおかけしておりません。結局金額が倍以上かかっても、それを仕上げて受注先には納めております。
#201
○戸田菊雄君 いいところばかり主張されても困るのです。実際、あなた仙台工作の労働者が二百何名首切られて、生活権を剥奪されているのです。そういう状況に追いやっている。そういうことをしておきながら、一面において、工事請負は赤字になっても十分やれます、そんなていさいのいいことを言うものじゃないですよ、あなた。いままでの仙台工作に対する支配なり実質運営なり労務管理、こういう立証形態が具体的にあるのですけれども、時間がないから出し切れない。そういう点について、あなたは本来なら東北関係に対する工事契約に携わる権利はないですよ、どういう面からいっても。そういう点はどう考えているのですか。
#202
○参考人(工藤栄君) 私はいま言うとおり、元請が大成であり、大林であり、土建関係に携わっておって、いま言うとおり東北関係で携わるとかどうとかいうことはありません。いま言うとおり、それはどこでもわが社は仕事をしなければならない。どこでもいただけるところにはいただいております。まあしかし私のいき方というものは、大体あまり仕事を政治的に取るというようなやり方はいたしておりません。大体電話でいつの仕事をやってくれぬかという受注、大体それだけで私は過ごしてきておるのであります。
#203
○戸田菊雄君 仙台工作の解散理由はどういうことですか。
#204
○参考人(工藤栄君) 結局一年間一生懸命にやって、いま言うとおり一年間の労務費ほど赤字を出しておる。これ以上わが社としても見切れません。いま言う川岸工業自体がたった三億の会社だ。二億近いあそこに金を注ぎ込んで、なおかつ浮き上がれない。そこまでわが社はめんどうを見切れません。
#205
○戸田菊雄君 あなた、いま労使紛争の裁判の中で、仙台工作の解散理由は何ですかという質問に対して、四十年から新体制は労務対策だ、こういうことで解散をしたという趣旨のことをあなた言っているのではありませんか。本問題の紛争で、告訴、告発によって裁判にかかっているのですけれども、その証人にあなたが行って、その中で裁判長に対して、四十二年からの新体制は労務対策が中心で解散したという趣旨のことを言っているのではないですか。この点はどうですか。
#206
○参考人(工藤栄君) そういうことを言った覚えはありません。労務対策が中心で解散したと言った覚えはありません。
#207
○戸田菊雄君 これはあとから具体的に議事録をあなたに提示しますから、よく見てください。
 それからもう一つ、こういうことを言っているのですよ。これは地労委でもって労使紛争の調停に当たった際に、あなたが行って、おれは全金というのはきらいだ、こういうこともはっきり言っているのですね。これはまさしく組合否定の立場ですね、あなたの言動は一貫してそういう態度をとっている。それから赤字が原因だといま言われたけれども、四十一年十月からどういう赤字になっているのですか、ちょっと教えてください。
#208
○参考人(工藤栄君) 四十一年十月から、これはいま言うとおり毎月何千万、これはわが社はいつも仙台の報告を聞いて、重役会でも問題になっておったのですが、毎月何千万か何百万か赤字が積もりつつあった。だから解散時のときには一億幾らかあったと私は記憶しております。
#209
○戸田菊雄君 あなたいま証言の中で、人件費がかさんで赤字形態だ。そういう代表的な証言をされたと思うのですが、確かに会社から言わせると、四十一年十月から四十二年三月までの六ヵ月間に約六千万、月々の人件費はわずか六百万円足らずですがね。それから六ヵ月で、さらにその六カ月で三千六百万円、これが赤字だと、これらの決算の内容について実は問題だと思うのです。あなたのほうは赤字を過大に見積もって粉飾決算をした疑いがあると思うのですけれども、そういう事実はありませんか。
#210
○参考人(工藤栄君) そういう事実はありません。
#211
○戸田菊雄君 これはどうでしょう。あとで具体的に当時の赤字計数について、決算内容をお見せいただけませんか。
#212
○参考人(工藤栄君) 千葉工作の決算内容は千葉工作にあるはずですから、いつでもお届けいたしましょう。
#213
○戸田菊雄君 千葉工場ではない。私の言うのは仙台工作。
#214
○参考人(工藤栄君) 失言しました。私のいま言ったのは仙台工作、それの失言でございました。
#215
○戸田菊雄君 どうもいろいろ私たちが見た資料の内容では、この仙台工作から川岸本社のほうで、あなたのほうでピンはねしているという事実が証拠として若干あるのですが、そういう事実はありませんか。
#216
○参考人(工藤栄君) ピンはねとよくいわれるのですが、結局わが社としては、いま言う設備をし、その設備を償却し、材料を買い……。それで結局子会社に対しては一割程度取っておるはずです。いま言うとおり――ということは、一割取るとかなんとかでなしに、これは各工場の責任と営業の責任で、これはやれるやれぬという仕事の単価のやりとりできめてあるはずです。ピンはねということではありません。仕事をする一つ一つに対して、内容でこれは幾らでやるか、こういうことは常にその見積り段階でやりとりをやっておるはずでございます。
#217
○戸田菊雄君 それらの問題について、いまの証言は私が知っている事実とは相当開きがあるのですがね。あなたそういうことについて正直に言ってもらいたいと思いますがね。少なくともこっちが審議するのに非常に支障を来たすのです。あなた、川岸本社が労働委員会に出した準備書、これを知っていると思いますが、労働委員会に準備書というものをあなた出しているのですけれども、この内容を見ると、四十年、四十一年の二年間に九千万円以上仙台工作からもらったと、こう言っているのですよ。証言内容に資本金四百二十万円の会社が二年間に一億円も川岸本社のほうに納めているのですよ。こんな状態で会社経営ができますか。閉鎖をやったのはあなたのほうでしょう。あなたは労働委員会で明確に証言しているではありませんか、仙台工作からどれくらい取り上げたということについて。この事実についてどうなんですか。
#218
○参考人(工藤栄君) 一億円、資材まで含んで一億円なんという、そんな少ない金では川岸工業はやっていけません。大体請負金額の半分以上は資材でございます。それで、いま言うとおり一億円も川岸工業が仙台工作からもらえるならこれは金が残ってしようがありません。一億円ということは、結局、資材も何も皆含んでです。
#219
○戸田菊雄君 あなたが労働委員会へ準備書として提出した内容について、そういうことが明記されているということを私は指摘しているのです。だからこの事実についてほんとうかどうかということをお聞きしているのですよ。事業の採算制を聞いているのじゃないのです。こういう事実、あなた言っているでしょう、出しているでしょう。こういうことなんだ。やっているでしょう。
#220
○参考人(工藤栄君) 労働委員会――私はそういうことを言ったこともありませんし、労働委員会にそういう報告をしたことは私は全然関知しません。
#221
○戸田菊雄君 あなたは具体的な事実になると一切拒否ですか。もう少し親切に答えなさい。こっちは具体的に資料があるのです、いつでも見せますよ。これはあとで出していただけますか、どうですか、準備書でいいですよ、労働委員会に報告した内容と同じやつでいいですよ。
#222
○参考人(工藤栄君) それがあるのでしたら、私お出しいたしましょう。
#223
○戸田菊雄君 いまの点は約束して――幾つかありますね。それはあとで全部出していただけますか。――それは出してください。
 それからいままでの私が指摘してきた経過、措置を見れば、明らかに仙台工作所というのはあなたの配属下にあることは大体間違いないと思うのですね。あなたも最初の話の内容で言っておったように、でき得るだけ早く本問題については決着をつけたい。それがためには若干金を出してやってもよろしいということを言われたと思うのですが、そういう考えには変わりありませんか、どうです。
#224
○参考人(工藤栄君) この問題の解決策に早く金を出してやれと、そういうことではありません。いま言うとおり、一般従業員に規定のものは払ってやらなければいけない。そのためにはいま言う仙台工作にあるものを早く処分しなければいかぬじゃないか。そういうことで、それには変わりありません。
#225
○戸田菊雄君 しかしそれは、いまあなたの言うことは、現地にある資材その他の問題をさしているのだろうと思うのですが、これは法的に明確に、労働者は賃金未払いに対する補償として裁判の決定に従っていま差し押えをやっているわけですから、本問題が解決をしなければということになれば、前段としてどうしても当該の組合と十分な団交もしくはそういう紛争解決についての手段方法というものをやらない限り、本問題の解決はできないのじゃないか。そういう点について、あなたはまずこの当該組合といろいろ話し合いをして本問題を解決するという、こういう意向はございますか。
#226
○参考人(工藤栄君) いま言うこれは、私はこの前の労働委員会に出たときにもはっきり申し上げてあります。いま言う、この賃金を払うためには、それを解決して、それをうまく処理して、それしか払う方法はないではないか。それはいつでもいたします。私はそれを申し上げたいのです。
#227
○戸田菊雄君 内容は別にして、解決する意思はある、責任を持って、こういうことですね。そういう理解でいいですね。
#228
○参考人(工藤栄君) そのとおりでございます。意思はあります。
#229
○大橋和孝君 ぼくは社長に対しても、ちょっとその他質問がありますけれども、いま何か話を聞きますと、大臣が次に行かなければならぬので出ていくという話でありますから、ちょっと大臣に私まとめてひとつ伺いたいのです。いままで大臣も聞いておられたように、いろんなこの立証をあげて、川岸工業というのが、実際この仙台工作に対していろいろな命令もし、あるいはまた団交じゃないと社長は言っているけれども、正式文書で議長あてにいろいろな話し合いの文書を出しておる。あるいはまた、いまいろいろお話があったように、いろいろな問題で、その仙台のほうは川岸が責任を持って見るのだとか、あるいはまたいろいろ言われておると、いろいろと先ほど戸田委員のほうからも例示があったわけでありますが、そういう観点から見てみますと、非常に私は仙台のほうで、しかも賃金不払いで、しかも大量の首切りをして、しかもあとを見ないでもって、いいかげんな状態でやっておる。さらに話を聞けば倒産のまぎわには、一方には一億五千というような形の投資もして赤字をつくっておる、こういうような形で、いわば擬装倒産ともいわれるような形をして、そうして労働者に対しては非常にみじめな状態をさせておる。私はこの前に、これは別な問題でありますから、あとまた局長には詳しく話をして聞きますが、大臣に私が聞きたいことは、昭和四十年の十二月に村上労働基準局長が、総評の代表なんかに約束をして、基準局として未払い賃金を払わない業者が、再度事業を興こした場合には、公共事業を発注しない、そういうものに対しては制約すべきだ、こういうようなことまで局長が言っておるわけです。また四十三年の十一月には参議院で、和田基準局長が、その時分、また確認しておられるし、川岸工業の重役の中で、倒産当時は、仙台工作の重役の福島、矢作さんという方がこれは重役であったわけですね。そういうことをやったものがいまでは川岸工業にちゃんとまた重役としておるのだ、こういうような状態があって、こういうことを見て、やはりこの前の空言から見て、私は、大臣はこういう問題に対して、事業をやっていること自身に対してどういうふうに考えておられるのか、これをひとつ一ぺん大臣から聞きたい。
#230
○政府委員(和田勝美君) 川岸工業と仙台工作研の関係は、先ほどから戸田先生と社長の間でいろいろやりとりがございまして、この問題自身につきましても基準局のほうにおきましてそういう非常にむずかしい関係であるということは承知をいたしておるわけであります。仙台工作所が賃金不払いを昭和四十二年の六月から七、八月、八月は一部でありますが、八月にかけて賃金不払いをやりました事実もそのとおりでありまして、現地の監督署ではやはり事実であるということで送検をいたしまして、で、それと相前後して仙台工作所はつぶれてしまったわけでありますが、川岸工業との関係で、元請、下請の関係は先ほど出ておりましたけれども、そのとおりであります。ただ仙台工作所が賃金不払いを起こしたのが、元請の責任によって賃金不払いが出ておるかどうかについては、私どもの調査では、にわかに判定をしがたい、そういうことがございますので、仙台工作所が賃金不払いを起こしているという事実につきましては、そうでありますが、それが直ちに川岸工業の責任によって不払いが出たかどうかということを確認しておりませんので、その分は建設省のほうに通報がしてございません。したがいまして、建設省のほうは、ほかのことで川岸工業について問題があれば別でありますが、仙台工作所のこと自体で指名をする、しないという判断はしておられないのではないか、かように考えております。
#231
○戸田菊雄君 大臣に、時間がないようですから、あとでまた二、三点ありますけれども、一つだけ、大橋委員と関連をして聞いておきたいのですが、本問題については、過去四回にわたって衆議院の山本議員、四十二年の十月十一日、四十二年の十二月二十日、四十三年の五月十五日、そうして参議院の大橋委員から四十三年十一月二十一日、この四回にわたって本問題についてはいろいろと論議をされて、当該監督官庁である労働大臣としては十分それらに対して調査検討して、具体的に処置を講ずる、こういうことで当時の小川労働大臣は明確に答弁をして、幾つかの約束があるわけです。そういう問題については、原労働大臣としても、その内容について変わりありませんね。その点を大臣からひとつ聞いておきたい。
#232
○国務大臣(原健三郎君) 小川前労働大臣が約束されたことは、もちろん私もそれを引き継いでおることになっております。それでいま事務当局から聞きますと、そういうまあ労働大臣の答弁に従って、事務的にはできるだけの調査をいたした次第であるが、この結果による答弁は、いま基準局長から話したような次第でございます。
#233
○大橋和孝君 いまの小川労働大臣が社労で話されたのは、非常にこの場の時点では資料が出そろってなかったから、こういう判定になったけれども、いま新しい資料が出たから、それに基づいてすれば、それは非常に責任は川岸のほうにもあることになるかもしれない、そういう観点からよく調査をしよう、こう言っておられたわけであります。ところが、いまの返事は、そのころの返事からあまり前に進んでないのですけれども、大臣、現在そのままでこの問題をとっておるということであれば、私は大臣の、あるいはまた基準局のほうの非常に怠慢があるのではないかと思うのでありますから、この点についてはあとからまた基準局のほうに徹底的に追及してみたいと思いますけれども……。
#234
○国務大臣(原健三郎君) 事務当局のほうでは、事務的には調査を進めたと言っておりますので、ひとつ事務当局から詳細をお聞き願いたいと思います。
#235
○政府委員(和田勝美君) 当時、組合のほうから資料をいただきまして、これは川岸工業と仙台工作所が同一会社であるという趣旨からする資料でございましたが、私どもで検討いたしまして、すでにこの件は、先ほど申し上げましたように、賃金不払い事件としては検察庁に送付をしておりますので、検察庁のほうにこういう資料が組合から出されて、組合としては非常に強く同一性を主張しておられる。そういう趣旨で仙台の検察庁のほうに書類を送っております。具体的には、当時小川労働大臣がお答えをしたときの新しい資料というのは、そういうことで一応の整理をして、それにつきましては検察庁のほうは同一性の問題についての御判断があったようでありますが、それは法務省のほうがお答えするのが当を得ておると思います。そのほかに私どもとしましては、現地の局あるいは本省の労働基準局でいろいろ組合の方の話を何回か伺う機会がございましたので、そういうときにはいろいろの判断を総合して、川岸工業の方との接触をいたしておりますが、私どもが受けております印象は、いわゆる労使紛争の形のものとして総体的に解決をしなければなかなか前進しないものがあるというのが、ただいまにおきます私どもの判断でございます。
#236
○大橋和孝君 これは労働大臣は、四十二年十二月にも、この困窮しておる者に対していろいろ努力するということを言って、川岸工業の責任についても努力を約束しておられるわけですね、これは衆議院で。そしていま、先ほどもお話しになったように、一年半たっても、話はしているけれども、労使紛争のものとしてとられて、あまりやってないわけであります。現実においては行なわれていない。これは、宮城県の高橋知事は明確に、今回の仙台工作の閉鎖の問題は川岸工業にその責任がある、こういうことを県会でも言明をして、県のほうでは誘致条例で、県民の税金六十万またはその税金などの優遇措置をした川岸工業を非難して、労働者に対して百三十万以上の融資を行なって、仙台市も無利子で百二十一万、ほかに九十一万以上の貸し付けを行なっておるわけです。このようにして、県ですらこういうようなことで減免をしたり、保護措置をやっているのに、大臣のほうでは、もう少し――それは労使紛争だからといってほうっておくのじゃなしに、少なくともこの国会において約束しておる、そういうことに対して努力をすると言っておって、あまり努力をしてないと私は思うのです。これは今後一体どうする考えなのか、大臣の所信を聞いておきたい。
#237
○政府委員(和田勝美君) 前もって私から御説明させていただきましてから……。先生御指摘のようなことでございまして、全部合わせますと八百万円程度の賃金不払いというような額でございます。そのために、その不払いを受けておられる労働者の方々が生活問題においては相当御苦労なさっておるということはよくわかります。またその点は、組合の方とお話をしましてもよくわかりますので、ぜひ払ってもらいたい。基準局といたしましてはきわめて冷たいことを申しますれば、送検をして、その処理が、検察庁のほうで不起訴になりまして、これ以上実は法的には手を尽すことは私どもとしてはできませんけれども、実際的には何とかならぬだろうか、しかし仙台工作所はすでにつぶれてしまっておりますので、法律的な問題を離れますと、経済的には川岸工業が相当な関係を持っていらっしゃる、そういうことがありまして、川岸工業にも当たっておるわけでございますが、中身について具体的にここで申し上げることは差し控えたいと思いますが、全く払う意思がないとは私どもは言えないと思います。しかしそれには、ほかに解決をしなければならないいろいろな問題がありまして、それと総合的に解決をしなければ、なかなかこれだけをつかまえて言うということは非常に問題があるように私どもは考えまして、そういう趣旨で、川岸工業とも現在接触をしておるということで、決して放置をしておるというようなことではございませんので、その点は御了解をいただきたいと思います。
#238
○大橋和孝君 大臣、急いでおるようですから、もう少し話を詰めて、もう少し局長にもしたいと思います。同時にまた、検察庁に対しても、私はいろいろな話を承りたいと思っておるのですが、労働者を守るのは私は労働省に責任があると思うのです、最終的に国の中で。だれが働いておる者を守るかといえば労働省にあるわけです。特に私は、社長がおられるから、私は社長によく聞いておってもらいたいのだけれども、世の中で事業をやって大きく伸びておられて、りっぱにやっておられる川岸工業ですわ。その下請であったのを、そのときにおった人を――いまあなたの縁故関係の人がみんなおる。清算人は自分になっているという状態であったのです。その働いておった労働者が首を切られて、賃金ももらえなければ、一時金もないということは――首を切られておって、それは子会社がやったのだから、いま私のほうとは縁が切れておる状態であるという。この状態を労働大臣が見ておって、それはいろいろなことをやらなければならぬということはわかっています。また社長のほうも、おそらく払わないで横を向いて行こうという気持もなかろうと思う。そこらに感情の問題もあろうし、いろいろな問題もあろうと思う。しかし私は、そういうことを乗り越えて、ほんとうにやらなかったら、世の中はやみであって、うまく法の裏をくぐって、そうして切る者は切って、知らん顔ということでいけば――仙台工作というものがそこまで続いていたのは、労働者なしではおそらく続かぬでしょう。今後とも川岸工業が発展をするためには、その川岸工業の労働者が働かなければ発展しないでしょう。また下請工場に行きましても、下請工場で働いている者がやっぱり誠意をもって働いてくれなければ――能率を上げてくれなければ利益はあがらないでしょう。これは当然の理だと思うのであります。こういう状態でありながら、これは一体問題が起こってからどのくらいの日がたっておるのですか。こういう状態をほうっておいて、私は、これはどうも労働省自身も昭和四十二年に努力をいたしますといっておって、いろいろ問題があったからできぬ――それはわからぬことはありませんよ。それはやられて、もらえない労働者は二年も三年もかすみを食っておられるわけでもあるまいし、当然もらえる権利のあった労働者がもらえないでおって、それでああだこうだと言いのがれる。それができるということであってはどうにもならぬ。それをどうしても助けてやるというのは労働大臣、あなたの責任じゃないですか、国の中での最高の。こういう責任を持っておる労働大臣が、ほんとうに体を打ち込んで、各局とも力をそろえて、こういうところに問題がある。どこにあるかということをもう少し腰を入れて指導監督するならば、私はこういう問題は、もっと簡単に話が進むと思う。おそらく川岸工業のほうも笑いがとまらぬほどもうかっておるようでありますから、そこらへ一千万円、二千万円出すことはへのかっぱじゃないかと陰には承っておりますが、私は実際には存じません。けれどもそれは別といたしまして、もうこんな問題をいつまでもおいて、労使関係が紛争しているということは、私は、実際産業がどんどん進んで、世界的にも日本が誇り得る状態にあり、また、いまの川岸工業の社長のお話によれば、八幡製鉄の大きなあき工場を買い受けて、これから大きく伸びられようとするわけです。伸びる場合にはやっぱり足もとをそろえていこうというお気持ちがあるわけでありますからして、ここは労働大臣がうまく考えてやれば、こういう問題はすぐとまっちまうんじゃないか。だからして、私はいま労働大臣の今後の考え方を聞いておかぬことには、どうしてもおさまらぬと、こう思うわけですが、あなたの意見はどうなんですか。
#239
○国務大臣(原健三郎君) いろいろお話を承りまして、多数の労働者諸君が賃金不払いを受けて非常に困窮している、まことに御同情にたえない次第であります。で、端的に解決できる問題かどうか、いま事務当局から聞いたのでございますが、だれしも、おそらく川岸工業でも早く解決したいという意思があると承っております。それがなかなか――問題がだんだん複雑になってまいりまして、裁判所において争うておる、中労委においても長くかかってこれをやっておる。その当事者がそうであるし、お察しのとおり、どうも労働大臣、前には約束したがほうっておいたとおっしゃられるのですが、ほうっておいたわけではございません。いま基準局長から聞きますと、川岸工業当局とも接触を保ってやっておるが、すみやかに解決したいという意思があるし、賃金もできるだけひとつ払ってやりたいという意思があるが、それには労使双方がもっと話し合って諸案件を一ぺんに解決して、払うものは払ってあげます、こういうのですが、それが口で言うほど簡単でない。あれもこれもひっかかっておるという実情なので、また話が複雑になってくる。しかし、いままで労働省で接触を保ったところにおきますと、川岸工業当局においても誠意を示して、解決すれば払ってあげたいという意向だ、全然よその問題で子会社で知らぬというようなのではないそうでございますので、その点は私どもも非常に嬉しく思っております。それでたいへんいままではなまけておったとおっしゃられますが、なまけておったのではないのです。くどくど申しますように、事件ははなはだ複雑な難問題でございます。しかし本日のこの決算委員会で参議院の諸先生が非常に熱心に言われた、これは川岸工業の社長にすると、非常にここでいじめられたような印象があるかもしれませんが、決してそんなことじゃなくて、ほんとうにこの問題を解決してやりたいという誠意からである。でございますから、これを機会として、この決算委員会を契機として私どもももう一度考え直して、川岸工業とも接触を保って、そうしてできるだけ早く抜本的に解決するように積極的に話し合ってみたい、そういうあっせんのために善処いたすことをお約束いたします。
#240
○委員長(木村禧八郎君) ちょっと速記をとめて。
  〔速記中止〕
#241
○委員長(木村禧八郎君) 速記を始めて。
#242
○戸田菊雄君 いま大臣のきょうの締めくくりのお考えは聞いたんですけれども、さっき川岸の社長にもいろいろお話を聞いた内容では、結論的には責任を持ってやります、こういうお答えですね。ですから、それは基準局長も、関係者も全部聞いているわけだし、大臣も聞いておったと思うので、いま大臣が最後にいろいろお話をされたように、抜本的には法規上の問題とか、権利上のからみ合いとか、いろいろあると思います。だけれども、問題は労使双方が誠意を持ってどういうふうに解決するかであり、その中で初めて打開策が出てくると思うのです。大いに労働大臣にも努力をしていただいて早期に解決をしていく、こういうことで御努力いただきたい。その要望だけいたしまして、きょうはやむを得ませんから……。
#243
○国務大臣(原健三郎君) ただいまの仰せ、ごもっともでございまして、やはり労使非常に紛糾いたしておるのでありますから、労働大臣でも中に入ってよく話し合いをまとめて、前向きで解決するように善処いたしたいと思います。
#244
○大橋和孝君 先ほどからちょっと局長のほうにも聞きたいと思っておったのですけれども、最近のこの倒産状況を見ていると、非常に多いようですね。それでその中で一昨年でも一万件以上に相なると言われておりますが、その件数やら負債の金額、あるいはまた、そのときに一体どういうふうな形で未払いなんかの金額、あるいは退職金なんかの状態――払われておった金額はどのくらいになっておるのか。また、そういうもので、もし未払いのものがあったとしたら、どれくらいあるのか。それから額にしたら非常に大きな額だと言われておるわけであります。たとえば、四十年九月一ヵ月だけとってみても三万件あって十億とか十二億とか、私ちょっと何かで読んだ記憶があるのであります。こういうような状態から考えてみると、一体いま労働省ではどういうふうに把握していらっしゃるか。私は、今度のこの川岸工業の問題から比べて、非常に大きなものがあるように思いますから、これをちょっと聞いておきたいと思います。
#245
○政府委員(和田勝美君) 昨年の九月末現在におきまして、監督署において把握をしております賃金不払いの件数は二千四百六十二件。対象となっております労働者の数は二万三千六百十人、金額にいたしまして二十億三百五十六万七千円と、こういうことでございます。で、このうち約半分が石炭でございます。石炭につきましては、いま国会で御審議が進んでおります今回の抜本対策におきまして、この賃金不払い問題に対する措置も相当織り込まれておると思いますので、漸次その方向によって不払い問題が改善をされていくだろうと思います。
 業種別に申しますと、建設業が件数として非常に多うございまして、全体の件数の半分くらいが大体建設業でございます。ただし金額にいたしますと、金額は二億程度でございますので、それほどではございません。小口が多いわけでございます。これらの賃金不払いの問題は、ただいま先生の御指摘のように、これは労働者の生活そのものに響く問題でございます。ぜひ早急に解決するようにつとめ、違反事件につきましてはできるだけ措置を講ずる。どうしても払ってくれない場合には、これは送検をして検察庁のほうの判断を受けたい、こういうことで取り進めておる次第でございます。
#246
○大橋和孝君 まだ組合のほうへの質問が済んでおらないそうでありますから、政府のほうへの質問をあとに回します。
#247
○戸田菊雄君 それじゃ参考人として仙台工作社砂子執行委員長が参られておりますから、組合の事情等についていろいろと質問をしたいと思います。
 一つは、川岸工業仙台工場の組合員は、仙台工場閉鎖時には何名くらいあったでしょうか。
#248
○参考人(砂子俊雄君) 当時百七十九名だと記憶しております。
#249
○戸田菊雄君 現在どのくらいおられますか。そしてまた、その解雇後どういう生活状況であるか、ちょっと伺いたい。
#250
○参考人(砂子俊雄君) 現在約百二十八名くらいだと思います。まあいろいろなあれがありますけれども、一つはやはりいま組合に出て来て、アルバイトあるいは組合の書記局の仕事、そういうことをやっておる人もありますけれども、あるいはまた奥さん稼業ということで自宅でもって待機している人たちもおるわけです。そういう人たちを含めますと、大体百二十八名ぐらいまだ結集をしております。
#251
○戸田菊雄君 解雇当時百七十九名おられて、現在百二十八名、だいぶ減っていると思うんですが、減った理由はどういう理由ですか。
#252
○参考人(砂子俊雄君) 一つは、やはり賃金不払いの中からの生活苦だというふうに思います。それから、先ほどから問題になっておりますけれども、会社が、やはり私たちに六月分以降の賃金を支払わないということの中で、組合員の切りくずしを目的として、現在君津の八幡のコンビナートの作業場には川岸工業で手をつけている仕事があるわけですけれども、そのほうに従業員を引きさいていくということで、賃金を払わずに、君津に行く者に対しては支度金と称していろいろ札びらを切ったようです。そういう中で切りくずしが行なわれた結果、百二十八名ぐらいに減ってきたということが言えると思います。
#253
○戸田菊雄君 だいぶ会社側はいろいろな不当労働行為をやって、組合分裂ないしそういう引き取りというものをやっておるようですが、これはまたあとで、いろいろと関係各省に質問してまいりたいと思うんですが、この賃金不払いについて現地の監督署がいろいろと捜査をやっておると思うんですが、この内容については、組合側から見まして、徹底した捜査ないしそういう内容検討というものをやられているかどうか、その辺に対する組合の見方、考えですね、この辺についてお聞かせを願いたいと思います。
#254
○参考人(砂子俊雄君) 私は十分な捜査ではなかったというふうに考えております。それはなぜかといいますと、実は解散後――解散後というか、いわゆる解散の申し入れがあった昭和四十二年の六月以降、大体八月の初旬ごろまで、第一事務所のほうで――第一事務所というのは、これまで事務をとっておった、実際の工場の中の事務所で事務的作業をやっておったわけですけれども、それ以降は、私たちは第二事務所ということで呼んでおりましたけれども、当時川岸工業の社宅が仙台の旭丘というところにございました。その方面に大体書類や何かを全部持ち込みまして、いろいろ事務的な仕事を続けておったようでございます。管理職が主としてやっておったわけですけれども、その中には、切りくずされた組合員、そういう者を使って事務の運営が行なわれておった、こういうことでございまして、私たちから考えると、多分に証拠の隠滅が行なわれておったというふうに考えております。もちろん、第一事務所ということで、会社の事務所を一番先に捜査をしました。それから、書類が非常に不備だということでいろいろ捜査をした結果、第二事務所というところで実際の事務が行なわれているということも探知いたしまして、そちらのほうも捜査をしたと、こういうことにはなっておりますけれども、これだけの捜査で十分だとは思いません。やはり先ほど来、明確に出ておりますように、仙台工作と川岸工業については非常に密接な関係があるものですから、その当時やはり仙台だけではなしに、川岸工業そのものを強制捜査なり何かをやれば、もっと明確な材料や何かが出てきたのではないかと考えております。したがって、非常に不十分な捜査だったというふうに考えます。
#255
○戸田菊雄君 四十三年の四月三日、仙台地検が川岸、仙台工作を不起訴処分、こういうことを決定したようですが、しかしこれに対して現地の仙台基準監督署、あるいは基準局、こういうところでは別な見解を出していると思うのですが、その辺の見解について一つ。
 もう一つは、地検の不起訴理由について、組合側としてはどう一体お考えになっているか。その辺について。
#256
○参考人(砂子俊雄君) 私たちは、この四十三年の四月三日ですか、仙台地検が不起訴にした段階で、直ちに監督署長と面接をしたわけです。で、このときに署長が言われておったことについては、犯罪の実在という確信については現在も変わっていない。これが第一点です。
 それから第二点目としては、労働者保護の立場を守る監督署としては、われわれの努力と期待に反する検察庁の決定ははなはだ遺憾である。これが第二点目です。
 それから、検察庁にもそれぞれ方針はあると思うが、疑わしきは罰せず論を弱い立場の労働者の強大な企業に対する追及に対して適用するのは理解に苦しむ。こういうような見解を示しておりました。
 それから、私たちの立場でいろいろ考えますけれども、やはりこの仙台工作に支払い理由がない、それから川岸は嫌疑不十分と、こういうことになっているわけですけれども、これまでの、やはり嫌疑不十分という決定は出しましたけれども、まあこれも本日先ほど来、戸田先生のほうから質問が出された中で明確になってきておりますけれども、やはりこういう決定をしたあとで、私たちから提出をされた書類に基づいて検察庁としては、じゃ、再度検討してみましょう、確かに指摘されたように調査不十分でございましたと、こういうことを明確に次席や何かが言っているわけです。したがって、やはり私たちでさえも何とか努力をすれば地検が考えを変えるような書類が出せるわけですから、労働省やその他のところでも積極的にやはり労働基準法の立場に立って賃金を支払わせるというような立場で、もっと積極的に捜査をしていただいたならば、私たちが手に入れるような書類よりももっと確証の握れるような書類を手に入れることができるのではないか、というふうに考えております。
#257
○戸田菊雄君 それで、先ほど御意見があったのですけれども、いまの組合員の生活維持状況と言いますか、まあアルバイトとか、組合書記とか、いろいろやって生活を保持しているようでありますが、もう少しいまの賃金不払いの結果、組合員の生活状況というものはどういうふうになっておるか。この辺についてひとつ詳細にお願いしたい。
#258
○参考人(砂子俊雄君) それでは、これまで訴訟という形でいろいろ出しておりますけれども、その中で私が書いた当時の陳述書がございますので、この中の要点を読み上げて御参考にしていただきたいと思います。
 これは組合員の家族ですけれども、七十才ぐらいになるおばあさんがおりまして、それからねえさんが病床に伏しておりました。で、当時組合員の本人と三人暮らしだったわけですが、老婆は病床の姉の医療費のために早くから失対労務者のむれに入って働いておったわけです。したがって私のところの組合員は、その一家の柱となって働いておったわけですけれども、このときの賃金不払いで生活がめちゃくちゃになった。それで、これまで借家だったわけですけれども、家賃が払えないということで、実際に借家の家を追い出されるというような状態になりまして、この当時、この組合員はとほうにくれまして、私のところに、どうしたらいいのか、こういうことで相談を受けたようなこともございました。
 それから腰を痛めて、やっと回復をいたしまして会社に戻りまして、いろいろ長期治療をしたということで、会社でも軽作業という労働に就職した労働者がありました。で、そういう立場にあった労働者が会社のショックによって先々の希望を失ったというのか、あるいは賃金ももらえないというようなこともありまして、とにかく再び腰痛病が発生した。それでこういうことではいけないので、何か別な仕事でもと思って考えているやさきのことだったので、こういうふうに賃金が支払われないで収入が全くとだえて病気をなおすための療養の金繰りにも困ってきた、こういうことが実態としてありました。それから、この期間に出産した労働者が私のところの組合員で八名ほどおりました。それで賃金の安い若年層に片寄っておりますけれども、みな夏季一時金などを目安として出産準備をしておりました。しかし現状ではどうにもならず、七重のひざを八重に折ったりして皆のところをあっちこっち借り歩きまして、やっと間に合わせた、こういう報告もきております。それから時間の経過につれまして借入金の督促もきびしさを加えてきている。新しい扶養家族も加わった中で毎日がイバラの連続である、こういう訴えもきております。
 それから、当時、皆さんも御承知だと思いますけれでも、仙台には全国でも有名な年に一度の仙台七夕がございます。これには、全国的に有名でございますので、特にまあ親戚とか、あるいは友人、知人がたよって仙台に来るわけですけれども、まあこの場合にもなかなか子供にせがまれても七夕にも出かけて行かれない、あるいはせっかく来てくれたお客さんの接待もできない、こういうことで子供には一方ではせがまれるけれども、ない袖は振れないということで子供たちをしかりつけながら今日まで陰で涙をのんでいるという両親が多く出てきた、こういうことでございます。
 それから子供の点で一つ忘れることのできない点は、学校へ行きたくない、こういう問題が出てきました。それはどうしてかというと、やはりいま学校には給食費や何かがあるわけですけれども――その他いろいろの納めなくちゃならない金があるわけですけれども、なかなかこの段階では給食費はおろか学校に納める学用品代や何かが、そういうものを一切納めることができなかった。こういうことで非常に、うちのほうから金を払ってもらえなければ子供たちとしては、学校に行けば先生に催促をされる、したがって行きたくない、こういうような苦情がいろいろと親のほうから組合のほうに相談という形で出されました。いろいろこのところで苦労してまいったわけでございます。
 それから間もなく、これもローカル的なものでございますけれども、お盆の問題が出てまいりました。で、まあ仙台地方ですとお盆には、何と言うんですか、花竹というのを立てていろいろお墓参りをするわけですけれども、実際問題として食って生活することが先決だということで、この年にはそういったような義理すびもいろいろ欠きながら生活をしたと、こういうことがまあ実態だということで、私自身が組合員の報告その他実際に見たり聞いたりしたことに基づいて、当時まあ地裁のほうに陳述書という形で出しております。
#259
○戸田菊雄君 時間もありませんので、一括お尋ねをしてまいりたいと思いますが、一つはいまの賃金不払いの結果、組合員の生活実態というのは、まさしく冷酷で過酷なものだということはよくわかったのでありますが、仙台工場の閉鎖は、前の社長の答えですと、赤字だからこの閉鎖をした、こういうことを言っておりますが、組合としてはこの点についてどう一体考えておられるのか、これが一つ。
 それからもう一つは、いまのような非常にみじめな生活で、ワカメを売ったりなんかして賃金不払いの生活に一生懸命がんばっているわけですけれども、こういうものに対して、県や市、こういったところでいろいろと援助を差し伸べているということを聞いていますが、この辺の具体的な内容についておわかりなら、ひとつお聞かせを願いたいと思うんです。
 それからもう一つは、いまこの段階にきて、組合の代表者として砂子さんは、家族や組合員の意向は一体どういうことを望んでいるのか、この辺についてぜひひとつお聞かせを願いたい。
#260
○参考人(砂子俊雄君) 会社の赤字原因についての私たちの考え方ですけれども、実は四十二年の四月から、これまでのしきたりを変えて新体制ということで出発をするのだと、こういう話が解散の直前にあって、そういう体制で出発をしたわけですけれども、実際に私たちが新体制とは一体どういうことなんだと聞いても、私たちが納得するような会社の回答はありませんでした。少なくとも私自身は納得できなかったわけです。それで地裁の中での岩本証言ですが、当時まで工場長をしておった人です。この人が地裁の中で証言をしているところによると、もちろん新体制の――この人は原案者のわけですけれども、一つは、新体制は労務対策だということを明言しております。それから私たちは当時、昭和四十二年の春闘ですか、いつでも労働条件を解決するということになると、個々の工場ごとでは解決ができませんので、川岸工業と直接話し合ったり何かして解決をしてきたというのが実態でございます。先ほど社長の言っていることを聞きますと、私は団体交渉をやったことがない、そういうことを言っておりますけれども、まあこれはいかようにでも言えると思います。しかし労働組合法や何かからのっとって私たちが考えるならば、労使が対等の立場で二人以上そろった場合には、これは団体交渉ということで言っても差しつかえない、私はこういうふうに考えているわけです。先ほども問題になりました昭和三十九年の年末一時金の問題ですけれども、あの文書にもありましたとおり、社長からああいう正式な共闘議長あてに文書回答がまいりまして、川岸工業の九州支店において約一カ月近くかかって解決をしたわけです。もちろん団体交渉も数回行ないました。これには社長みずから出席してくれました。それから組合側は川岸仙台、川岸千葉、川岸小倉、川岸牧山、ここの大体代表者が参加をして行なわれたわけです。それで十一月中大体四、五回にわたって団体交渉を九州で行なったわけですけれども、解決を見ませんでした。それで、社長の都合で東京において団体交渉をやろうということになりまして、十二月の初めに川岸工業の東京本店応接室において、大体十二月の四、五日ごろじゃなかったかというふうに私は記憶しておりますけれども、川岸の工藤社長と私たち各工場の代表が話し合って、年末一時金の解決をいたしました。
 それからもう一点申し添えておきたいのは、実は三十八年、私たち組合を結成したのが三十八年の八月九日でございますけれども、それで一番最初に私たちが会社側とぶつかったのは昭和三十八年の年末一時金闘争でございます。これにはいろいろ難航しましたけれども、最終的には十二月の二日、川岸本社のほうから工藤社長、それから先ほど社長のほうからも回答がありました福島専務、これは社長の娘婿だそうでございます。それから矢作常務、この三名が仙台に乗り込んできまして、解決をはかったわけですけれども、その当時の宮城県評議長は本日いろいろと質問をしてくださいました戸田先生でございます。いろいろ団体交渉が難航した中で戸田議長にももちろん入っていただきました。県評三役全員に入っていただきました、ですから、このことのいきさつの経過については、戸田先生が私たちと同じようによく御承知だろうというふうに考えております。それでこのとき会社側から金額と同時に出された条件がございます。それは、これまでの経営しておった今野との関係で、今野が仙台工場から別なところへ移っていくという段階になりまして、その当時工務課長をしていた高橋利一郎というのがございました。あとで仙台工場の役員になりましたけれども、それで社長の話は今後高橋利一郎を工場長としてみんながここの工場に残って働いてくれるならば、全員を川岸工業の社員にすると、こういう話を社長みずからされたわけです。それで私たちは、そういう条件をのんで、金額的に不満でしたけれども、一応三十八年の年末一時金を終結しました。それでそういう経過の中で、これも先ほどいろいろ出されてきていると思いますけれども、戸田先生のほうから御指摘ありましたが、川岸工業本店総務部から仙台営業所長あてに発送されました「永年勤続者表彰品送付について」、この内容ですが、
 「標記の件に関し下記の通り本日書留小包にて送付いたしました故表彰方宜敷く願います。なお仙台工場従業員については、起算日を川岸工業(株)が仙台工場の全株を引き継いだ年から起算されますので本年度は表彰該当者がありません、念のためお知らせいたしておきます。
     記
1、勤続十周年記念品 アルバム 一冊
  受表彰者 高山尚三
2、勤続十五周年記念品 時計 一個
  受表彰者 永渕日義
             以上。」
 これが昭和四十二年の三月十八日に、いま冒頭に読み上げたところから仙台営業所に対して発送された文書でございます。したがって私が申し上げたいのは、この文書と昭和三十八年の十二月二日に川岸工業の工藤社長が仙台に乗り込んできて、一時金の解決にあたって出した条件と全く私は一致するものだというふうに考えておるわけでございます。それから私たちが当時四十二年の春闘は三日半のストライキをやって三千七百五十円で妥結をしました。もちろん地域においては低いほうでした。そういうことがあった後、管理職は約十名の賃上げを行ないました。大体全員で十名だったと記憶しております。それでその人たちの賃上げにつきましては、驚くなかれ平均二万一千円以上の賃上げを行ないました。これについても当時の坂本常務からこういうことで管理職の賃上げをするんだということで、当時私は執行委員長だったものですから、裏か表かわかりませんけれども、以上のような内容についての文書が坂本常務から手渡されました。私たちは、私たちの賃上げを三千七百五十円に押えておきながら管理職だけがお手盛りでもって二万一千円以上の賃上げをするということについては納得できない。そういうことで直ちにこの文書のガリ版刷りの増し刷りをやりまして、全組合員に配付をして討議をさせました。そういう経過もあります。
 それから、もう一点は、会社が解散理由としてあげてきたのは、累積赤字でやれないんだということが一つ。それから四月、五月の収支決算で赤字なんだ、それでやれないんだ、こういうことを言ってきていますけれども、これもこの四月、五月の収支の状況については実際には岩本工場長が証言しておりますけれども、黒字なんだと、こういうことを言っています。それから金額から見れば絶対にやっていけない数字ではない、こういうふうに証書をしております。
 それから、これも先ほど話が出されておりますけれども、昭和四十一年の暮れから、社長発言にも先ほどありましたように、仙台工場にはだれを送り込んでも工場長としてつとまらないという話がありました。そういう中で私の実弟を送ったんだという話が先ほどありましたけれども、昭和四十一年の暮には当時九州支店の支店長、川岸工業の専務取締役、こういう立場にあった工藤憲男、社長の実弟ですけれども、この人が突然仙台にあらわれました。それで私たちは何しに来たのかわからない、あるいはどこの人かわからないという中で、具体的に仙台工場に対して執務命令を発するようになりました。あとでわかったことですけれども、この人は昭和四十二年の二月から仙台工作の代表取締役ということで届けられているようです。したがって四十一年の暮れから四十二年の二月までは仙台工作にとっては何ら関係のない人であったわけです。そういう人が従業員を食堂に――堂に集めて訓示をしたり、あるいは川岸の営業方針というやつを押しつけてみたり、そういうことをやっておったわけです。で彼の営業方針の中には、一つは工場をからにしても下請の育成を行なう、それがそのとおり実行されました。工場には仕事は入れられませんでした。それでどんどん下請にばかり仕事が回された。木工は草むしりやあるいは土方のような仕事をさせられながら、会社に出てきている。下請工、社外工は本工にかわって工場の実際の建築構造の仕事に取り組んでおった、そういう実態もあります。それから仕事のひまなときに工場の大改修を行なう、こういうことも営業方針の二つ目として出されております。
 ここでお聞きをいただきたいのは、川岸工業が当時まで一億六千万ぐらいの累積赤字を出している、それから四月、五月に収支が赤字でやれない、そういうことを言っている仙台工場がはたしてこの二つの営業方針を実行に移すことが可能なのかどうなのか、この点も十分ひとつお考えをいただきたいと思うわけです。
 したがって、これらの点をすべて総括的に私たちは判断をいたしまして、やはり組合追い出し――これは社長が昭和四十二年の十二月二十二日、これは地労委立ち会いで私たちが行なった団体交渉、社長から言わせれば話し合いですが、この中で明言をしておりますけれども、おれは全金はきらいだ、おれは労働組合はきらいだということを言っております。したがって、こういうやはり川岸工業の一連の労働組合に対する考え方そのものから仙台工場の閉鎖、いわゆる擬装閉鎖が行なわれてきたというふうに私は考えております。
 それから、解散後組合員はどうやって生活をしておるか、こういうことでございますけれども、先ほど私も若干触れさせていただきましたけれども、一つは同業者のところに、同じ鉄骨の業者のところにお願いして、大半の労働者を仮就職という形でいま使っていただいております。賃上げにつきましても、あるいは一時金の支給につきましても、今日まで私たちが川岸と交渉しては獲得したことのないような金額を、もちろん時代も流れておるからあたりまえだと思いますけれども――しかし、たかが一年やそこらで倍以上あるいは三倍ぐらいになった人もおります。そういう賃金と一時金の中で現在いま仮就職を続けております。それからある一部の者は全国をまたにかけてワカメの行商販売、あるいはこけしの行商販売、衣類、食料品、そういうものを全国の組織を通じていま行なっております。もちろん北は東北から南は北九州のほうまで行っております。そういう形で行商を続けておりますけれども、なかなか思うような実績はあがりませんけれども、しかし利益本位じゃなくて、私たちはこの闘争を勝ち抜くためにその日その日の生活さえ支えればいいんだと、こういう観点でみないろいろ一生懸命にやっております。
 それから県と市からの援助の問題でございますけれども、先ほどこの点について戸田先生からも具体的に数字が並べられました。で、私たちは、この工場誘致条例ということで、地元産業の育成あるいは宮城県民の利益を守るという立場に立って工場誘致をした工場が、こういうかっこうで一方的に工場を締め出して引きあげていって、はたして県としてどういうふうに一体考えるのかということで、再三にわたって私たちは県知事と話し合いをしました。で、県知事は、こういう非公式の場で君たちと話し合っても君たちのためにはならないだろう、したがって、間もなく議会が開かれる、そういうところの中で公式発言ということで私は発言をしたい、そういう約束も再三されて、いろいろ議会の中で答弁をしております。解散については全くおかしい、これはあくまでも川岸工業自体の問題だ、したがって、県としてもいろいろ工場誘致の関係で責任があるので、県のあらゆる機構をあげて労働者のめんどうをみていく、こういう公式答弁もされたわけであります。で、私たちは、こういう県知事の答弁に基づきまして、各担当部課長と交渉を重ねまして、先ほど戸田先生のほうから明確に示された百万あるいは百二十万、そういったような全額の生活資金の援助を得てきております。それから仙台市長についても同じことでございます。それから塩釜市においても私たち、先ほどワカメの行商販売をやっていると言いましたけれども、何せ私たちは、いろいろ先どほから申し上げているような状況の中で今日を迎えておりますので、仕入れ資金にも困るわけであります。したがって、仙台市あるいは塩釜市に働きかけを行ないまして、何というのですか、生業資金ですか、それの借り入れも申し入れまして、それらについても御協力をいただきましてワカメの資金、こけしの仕入れ資金に充てて今日まできております。それからその他の市長村の問題についても、私自身小さな町へ、そこの地域に当該組合員がいる場合は出かけていって、町長なんかに直接実情を訴えて協力要請を行ないました。で、私たちの実態をよく理解をしてくれまして、あるいは知事答弁あるいは市会における市長答弁等によりまして、どこの市町村においても、町長は好意的な立場で私たちの要望を受け入れてくれました。具体的には、年末一時金の生活資金として一人二万円あるいは三万円というような形で、今日までは援助を得ているわけでございます。
 それから一番最後の、組合の代表としてのあなたに伺いますがと、こういうことで、いま組合員や家族は何を望んでおるかと、こういうことの御質問だったように考えますけれども、これらについては、私たちとしても今日まで数多くの家族会あるいは組合員との折衝を持ちまして、いろいろ考えてきたところでございます。本日も三名の家族が東京のワカメ売り等をかねまして来ておりますので、そこの傍聴席にも入っておりますけれども、こういう方にもいろいろ話を聞いてみますと、何としても工場再開はしてもらわなくちゃならない、そうでなければ、今日まで私たちが戦ってきて、こういう工場誘致条例というものの中で、私たちが生活をしてきて、こんなかっこうでもって一々労働者を足げにされて引きあげられたら、労働者の首は幾らあっても足りない、それから生活はもちろん成り立たない。したがって、どんな条件といっても――これはやっぱり再開をしてもらうためには、私たち食っていかなくちゃならない、あるいは働いていかなくちゃならない問題があるわけですから、今日までのような労働基準法も守られないとか、賃金も払われないとかいうようなことでは、非常に問題があると思いますけれども、とにかく家族や組合員はぜひともひとつ再開をさせなければならない、こういう声がいま一番強いわけです。それから賃金につきましても、あるいは退職金につきましてもいろいろ今後も問題はあるだろうし、再開というときになれば、新たなやっぱり観点からの、これらの問題についての話し合いなり何なりが必要であるとは思いますけれども、当面とにかく、いままでいろいろ苦労してきた生活の状態のことを申し上げましたけれども、どうしても働いた賃金を払ってもらわなくちゃならない、こういうふうな考えでおります。でまあ、私たちは、この賃金が払われていないということについて、非常に私は何というのですか、ふんまんやる方ないわけです。なぜならば、これは今日までも和田基準局長と私、数回にわたって会って話をしておりますけれども、いま日本は法治国ということばがよくいわれるわけです。けれども、しかし労働基準法は一体、どうなのか。いま私たちと同じように工場が閉鎖され、工場からおっぽり出されて、賃金はもとより、退職金も払ってもらえないという現象がますます強くなろうとしており、現在も多いわけです。こういうことの中で労働者の最低条件を保護するという労働基準法さえも守られない、このことについては全く私は納得できない。再三和田さんにもこの点を指摘をして、とにかく責任を回避することなく、どうかひとつ労働者保護の最低の法律だけは守ってほしいということを強く申し上げてきておりますけれども、今後ともひとつ絶大なる御協力をお願いしたいというふうに考えているわけです。
 で、私は過去、二、三年前に労働者の安全指導員という肩書きを拝命いたしました。そういう立場でいろいろ私も労働者の安全対策のために微力ではありますけれども努力をしたつもりです。しかし、これらとて予算が何もされていない。これも和田さんにたびたび申し上げております。予算のないところでの活動はおのずから制限をされる、そういう中で、今日激増している労働者の安全問題について、安全の撲滅をはかろうということでは、私はナンセンスだろうと思う。もちろん私は、予算化のされてない中で、一日五百円ということでした、日当が。一割引かれて残り額がもらえるわけですけれども、その中では交通費はおろか食事代も出てこない。したがって自分の車で、むしろ逆に基準局のお役人さん方や何かを自分の自家用車に乗せて、遠方まで安全問題の指導に行ったわけです。これが、実態であります。
 で、私の申し上げたいことは、銭がほしくて申し上げているのじゃない。私は銭がほしければ、もう少しましな仕事があるのだろうというふうに考えますけれども、いまやはり労働者に振りかかる問題は数多い。あるいは労働災害にしてもますます激増の一途をたどっている、こういう時期にあたって、私たちは、何とか微力ではあるけれども、こういうものの改善にあたっていきたい、こういう心境から引き受けているわけですけれども、いま申し上げたように銭金の問題もさることながら、一々私たちの行動については制限がされる。どこかで死亡事故が起きた、あるいはどこかで大きな事故が起きた。こういうことであっても――見るにしても、自分たちはそういう肩書きをもって直接職場に入っていって指導することができない、実態調査をすることができないというのが、今日も行なわれている労働省の労災安全対策なのです。こういう実態の中で、いろいろあるだろうと思いますけれども、ぜひひとつ労働省としても、監督署としても、いままで申し上げた点を確実に履行されるようなことで、御指導なり取り組みなりをしていただきたいと思うわけです。先般、聞くところによると、いま申し上げた内容の中で、やはり監督官かなんかが今年度は二十五名ふやされるという予定であったけれども、機動隊五千名のほうに予算が削減をされて、ことしは一人も増員されておりませんという話も聞いております。
#261
○委員長(木村禧八郎君) 参考人の方に申し上げますが、簡潔にお願いいたします、時間の制限がございますので。
#262
○参考人(砂子俊雄君) そういうことでは非常に、私たち労働者にとって問題があるわけですから、ぜひひとつ、いままで申し上げた点を実行されるように、くれぐれもこの機会をとらえてお願いをしたいと思います。
 以上でございます。
#263
○戸田菊雄君 時間がきておりますから、これで終わりますが、先ほど社長に約束いたしました関係提示資料、これはぜひ約束を守っていただきたいということと、もう一度参考人を申請いたしますので協力をしていただきたい。次回の日程等については、あとで理事会等に申請をいたしまして、本問題についてはあくまで徹底的に追及解決してみたいと考えますが、そういうことでひとつ御協力をお願いいたしたい。
 それから関係各省の方々も来られておりますけれども、きょうは時間がありませんから、私の質問はこれで終わります。
 最後に、いま労働組合の委員長が話されましたが、さっき社長は責任をもって解決をいたしますと、こういうことを明言いたしましたが、その解決の方法ですね、大まかにいって事業継続でいくのか、それとも未払い賃金とか、そういう金の問題で解決するのか、その辺の構想があったらちょっと聞かせていただきたい。
#264
○参考人(工藤栄君) いまの金の問題ですが、利は清算人として、この前も何度も申し上げたんですが、仙台工作をじょうずに処分して労働者の方に賃金が払えるように処理をしたい、そういうことでお願い申し上げたのでありまして、仙台工作を再開するということは、これは人材の問題で、われわれ企業はやっぱり経営者、労働者、これがそろわなければ再開できません。当分再開は――まだわが社自体がいまやっとこ赤字から脱して、緒についたという事態で、今後人材さえあれば、これは再開してみたいと思いますが、いま再開をした、また赤字だ、これではどうにもできませんので、いまそういうことは考えておりません。
#265
○戸田菊雄君 両者検討ということですね、いま言った二つの内容について両者検討するということですね。
#266
○参考人(工藤栄君) 両者検討という――そういういい人間がおれば再開してけっこうだと思います。
#267
○大橋和孝君 私も、もう少し川岸工業の社長さんにも組合の方にも聞きたいので、ぼくも原稿をそろえて用意してきましたが、もう時間がないし、また申請されるそうですから、そのときにお尋ねしたいと思います。
 それから労働省に対しましても、建設省、大蔵省も頼んでありますが、これに対しましても全部、この次の委員会に譲らせていただきますので、ひとつお願いしたいと思います。
#268
○参考人(砂子俊雄君) 最後に一言お願いしたいんですが、簡単です。
 先ほど川岸工業の工藤社長の答弁にあったわけですけれども、この問題が起きて半年ぐらいたってから団体交渉の申し入れがあったが、その後何も来ていない、こういう答弁がありましたけれども、これは事実と相当食い違います。私たちは、この問題が起きて第一回目の団体交渉が六月九日に行なわれたわけですけれども、この席上で、この問題を解決するについては仙台工作では解決しない、したがって川岸の社長も呼べ、こういうことを一貫して申し入れてきておりますし、ことしになってからもいろいろ人を川岸工業本社に派遣いたしまして、団体交渉の申し入れを行ないました。それから地労委があるたびに私も団体交渉の申し入れを行なっております。で、特にこの間川岸工業に代表を派遣しての返答は、四月七日に地労委が仙台で行なわれる、このときをとらえて団体交渉がやれるように取り計らいたい。それから二つ目としては、この四月七日に団交が持てなければ、四月中に仙台で団交を持つようにしたい、こういうような回答がきております。ですけれども、まだ交渉は持たれておりません。この点事実と食い違うようですから明確にしておきたいと思います。
 それからもう一点、これも社長の回答ですけれども、実は先ほど、わが社の従業員とは団交をやっている、断わったことはないと、こういうことを言っておりますけれども、私はそれも事実と違うと思う。社長はどこで団体交渉をやったのか、だれとやったのかわかりませんけれども、川岸工業の有価証券報告書には、わが社には労働組合はないと明記されているわけです。労働組合のないところで団体交渉ということば自体おかしいし、形としてやること自体おかしいんではないか、こういうふうに私は考えるわけですから、社長がやったというなら、その点一言私は聞きたいと思います。
#269
○委員長(木村禧八郎君) それでは参考人に対する質疑は、これをもって終わります。
 参考人の方々には長時間にわたり、御意見をお述べいただき、厚くお礼申し上げます。ありがとうございました。
    ―――――――――――――
#270
○委員長(木村禧八郎君) それでは質疑を続行いたします。上林君。
 ちょっと速記をとめてください。
  〔速記中止〕
#271
○委員長(木村禧八郎君) 速記を始めてください。
#272
○上林繁次郎君 私は、農業基盤整備事業の今後のあり方について、当局の姿勢を明らかにしてみたいと思います。
 最初は、群馬県の中木ダム、このダムは、昭和二十七年に着工されておりまして、そして三十三年に完成されております。したがって、完成から十年を経過しているわけです。当時の金で総事業費が四億七千三百万円、そのうちの国庫補助金が二億三千七百万円、これだけの金が国から補助されておるわけでありますけれども――と同時に、いま申し上げたように、完成後十年たっておる。この完成後今日までに至る間、どういうふうにこれが利用されてきておったのか。その点の経過についてお尋ねしてみたいと思います。
#273
○政府委員(中野和仁君) いまの中木ダムのことにつきましては、御指摘のような実情になっておるわけでございますが、元来ここのダムは、群馬県営のかんがい排水事業といたしまして、二十七年に着工いたしまして、本来かんがい用水のダムとしてつくったものであります。ただ、着工して事業の途中で、地元のほうでなかなかその計画どおりやる意思がだんだんなくなってきた。その原因としますところは、当初計画を立てました時分の事業費よりも、実際に確定をしました事業費が高かった。それから、あるいは畑地かんがいをやりますにつきましては、やはりその地元の営農技術の問題なり、あるいは事業効果について十分地元の農家が自信を持ち得なかったというようなこと、それからまた、当時から生糸の価格が好転をしてまいりまして、桑園のままのほうがいいというようなこともありまして、なかなか反対が多くなりまして、説得が困難な状況になってきたわけであります。ダムは完成したわけでありますが、それにつきます水路等ができないという状況になっておるわけであります。途中、四十一年だったかと思いますが、県のほうも、事業を再開するためにいろいろな努力を重ねてきたわけでございますが、やはり同意率も法定の三分の二以上は――事業計画を変更しまして、やれるという見通しも一時つきかけたわけでございますが、やはり一つの部落ごとにとってみますと、部落の中が全部三分の二の同意が取れたということでございませんで、やはり事業の再開の見通しがつかなかった。したがいまして、現在では、事業を廃止する方針でその処理をどうしようかということを検討しておる段階でございます。
#274
○上林繁次郎君 そうしますと、昭和三十一年ころ、この事業を継続しても所期の目的は達せられない、こういうことが明らかであったのじゃないか、こういうふうに感じられるわけです。その時期までの間の補助金の支出額、たとえばいま私が申し上げた三十一年までには、どのくらいの補助金が支出されておるのか、またその後、どういうふうにその補助金が支出されてきたか、その点について明らかにしていただきたい。
#275
○政府委員(中野和仁君) 私たちのあれによりますと、昭和三十三年ごろからそういう反対の機運が出てきたということでございます。
#276
○上林繁次郎君 三十一年頃じゃないですか。三十三年じゃあ、もう完成のときですよ。
#277
○政府委員(中野和仁君) ダムの完成いたしまたのは三十四年の二月、三十三年度でございます。反対のための農民大会等が行なわれましたのは、われわれの記録では三十三年の七月ということになっております。
#278
○上林繁次郎君 いろいろありますから、よくあとで調べてください。三十一年ころからです。それをあなた方、知らなかったということは、ぼやぼやしていたということです、極端にいえばね。とにかく私の調べた面から言いますと三十一年、そのころからそういう気運がはっきり出てきておる。それで県は盛んに交渉しておるわけです。その時期までにどれくらいの金を出したのかということを、いま聞いておるわけです。
#279
○政府委員(中野和仁君) 昭和三十一年に、事業費にしまして一億三千九百三十五万円、国費はこれの半分、三十二年に一億二千八百十一万円、三十三年に一億二千百八十一万円、三十四年が百五十九万円ということで、大体三年間は一億ちょっとということになっております。事業費でございますから、国費はそれの半分。
#280
○上林繁次郎君 それで、三十一年ころにこの事業は非常にあぶなくなってきておるわけです。ここにもあなたが言ったように、関係農家が畑地かんがいに伴う営農技術、事業効果に十分な自信を持ち得なかったというようなことが書いてありますけれども、そのほか、生糸価格が好転して桑園に対する依存度が高まってきた、こういう理由があるわけですね。こういう事情の中で、私は、三十一年ころにすでにそういったことがわかりきっておる、そういう中で国がその後もいわゆる補助金を出してきておる。私は、なぜその段階でもって――いわゆる国庫補助の目的、いわゆる農業用水としてのこれを貫くことができないという、そういうような情勢になってきておるわけですから、当然これは、国のほうとしては不可能である、農業用水としてこのダムをつくるということは不可能である、そういう決定をなぜしなかったのかということを聞きたいのですがね。
#281
○政府委員(中野和仁君) 本件は、先ほど申しましたように、県営事業でございますから、農林省だけが決定というふうにはまいりませんけれども、県と相談をしながらやってきたと、当時私いたわけではございませんが、思います。そこで先ほど申し上げましたように、四十年に至りましてもやはり事業を再開したいという気持ちがあったわけでございますから、県としては当時、そういうような一部農民の反対があったということをもちろん知っておったでしょうけれども、それに対してずっと説得を重ねましてやってきた、その一つの例としまして、四十年でもやはり事業計画の変更をして、もう一ぺん農民に説明しているというような実情でありますから、農林省としましては、当時三十三年、四年の段階で、まだほんとうに農家のほうでやめてしまうという判断はしなかったわけでございます。
#282
○上林繁次郎君 そうしますと、そういう判断をしなかったということは、非常に今日の状態からいえば甘かった。二億何千万という国庫補助を出すわけですからね。そうでしょう。それが今日の状態からいえば、これはできなくなっているわけです。非常に甘かったということがいえるわけです。あなたが、いくら県の事業だ、県がこうだからといって、県にいかにも責任があるようなことを言っておるけれども、国が二億四千万円近い金を出しておることは事実です。それを出すからにはやはりそれだけの責任を持っていかなければならんのじゃないか、私はそこが言いたいわけです。その後十年間、何をしていたか。あなたがその時点でもって――三十三年、三十四年にそれを認めたものとしても、それから今日まで十年間です。十年間において何をやったのか。二億四千万円の金を出して、いままでどういうことをやってきたのか。どういう解決方法を――いわゆる県を指導してきたのか。ここが問題じゃないか。それを私は取り上げているんです、その点を。
#283
○政府委員(中野和仁君) 先ほども私ちょっと触れましたけれども、結果としては先生おっしゃいますように、事業中止の方向しかないという結論に現在はなっておりますけれども、当時は先ほど申し上げましたように、いろいろ農民の説得を続け、特に昭和四十年度には事業計画の変更の案をつくりまして地元の土地改良区の役員にも説明をして、そうして四十一年の十一月には同意率が七二%もとれたわけでございます。ただ、とれましたけれども、これも先ほど申し上げましたように、三分の二に満たない部落が数多くあって、結果としてなかなかそれから先事業を進めることが困難だということになってきたわけでございます。そうして四十二年度になりますと、地元の土地改良区が財政不如意から事業再開の困難性によりまして解放を決議をしたというようなことになってきたわけでございます。
#284
○上林繁次郎君 あなたは県の側のことばかり言っておるのですが、私はそんなことを言っておるんじゃないんです。二億四千万円の金を出したということは事実でしょう。あなたがその時点にこだわって言うから私は譲ったんだ。私は三十一年からわかっていたんだと言うわけです。そうでしょう。あなたは三十三年だと、こう言うんです。そこにずれがあるけれども、それじゃあその時点ではわからなかったと、それは譲ろうと私は言っておる。それじゃあ聞きたいのは、その後、三十三年から今日まで何年たっておるのかということを言っておるわけですよ。そうでしょう。補助金を出したからには、そのあとの効果というものをやはりちゃんとにらんでいくべきじゃないですか。それを十年間ほったらかしてあったということはどういうことなんだ。あなた頭をかしげておるけれども、三十三年から今日まで何年たつか。さっきも言ったように、しつっこいようだけれども、三十一年を三十三年にあなたに譲った。それじゃあその後、三十三年から今日まで何年たっておるか。十年間たっておるじゃないか。その十年間たっておる間何をやってきたんだ、こういうことが言えるわけです。その十年間、補助金を出して何の効果もあがっていないじゃないか、それに対して農林省は責任を感じなければならないと思うのですよ、あなたの金じゃないのだから。そこを言っておるわけです。十年間何をやってきたのですか。意地の悪いような質問だけれども、あなたが県と一生懸命に努力して交渉してきたと、指導してきたみたいなことを言っておるので、それでは何年何月、いつの時点でだれと――県側はだれ、またこっちの国側はだれ、だれとだれが話し合ってこの問題に努力してきたのかということを明らかにしてください。
#285
○政府委員(中野和仁君) 手元に各年次ごとのこまかいわれわれのほうと県との折衝なり、指導のしっぷりがここにございませんけれども、先ほど申し上げましたように、三十五年にまず対策協議会と会談を開きまして、自後数回開いているわけです。そうして三十九年には事業促進の地元の説明会を開き、九月には推進委員会を設置しまして、それから四十年の九月三十日には、先ほど申し上げました事業計画の変更の説明をやり、そういうことでずっと続けてきたわけでございます。それに対しまして、もちろん農林省として責任のがれということではございませんで、県営事業でございますから、第一線はもちろん県がやるわけでございますが、国から補助金を出すことでございますから、国と県とよく相談をしながら、ずっとその再開を目標にして、そのダムがむだにならないようにダムの再開を目標にして努力を重ねてきたわけでございます。
#286
○上林繁次郎君 それを私がいま言っておるのです、明確にしなさいと。私の聞いた範囲では、国が積極的に県に呼びかけたりして、いわゆる大事な二億四千万円です。それは国の総予算からいえばちっぽけなものかもしれないけれども、二億四千万円の金を国が出しているわけです。そうでしょう。で、その出した効果が何にもあがらない。しかも半年、一年とか二年とかいうならば話は別だ。だけれども十年間です、あなた。どう努力してきたか。いろいろな方法があるはずです。あの一帯の水事業、そういったものも考えられるし、いろいろなことが考えられるわけです。ですから、その十年間に国が二億数千万円の金を出したという立場、また、国民の税金をそうやっていわゆる支出したというその責任の立場でもっともっとその十年間の間には深い検討がされるというよりも、もう当然解決されていなければならないのじゃないかというのが、これが常識じゃないか。それでは国民が、十年間もダムができてほったらかしになっているのだということを聞いたら、農林省何をやっているのだ――農林省に対する不信感、不満感は充満してきますよ。それはそういうふうに言えるでしょう。だから、そこを言っているわけです。私は県の側の話をしているのじゃなくて、十年間何をやってきたか。ほんとうに県と話し合ってきた、こういうならば、その辺のところを明確にしなさい、こういっているわけです。私の聞く範囲では、これという努力をなされてこなかった、こういうふうにしか聞かされてないわけです。だから、こういったことを突っ込んでいるわけなんです。その点が十年間、じゃこういうことで――いま二、三の話かあったけれども、ほんとうにいままで話してきた段階でもってどういう話がなされてきたのですか。そして今後どうすべきだという点から、十年間たっておるのですから、当然国の側としての考え方というものがまとまってきていなくちゃならぬ、こういうこうに私は考えるわけです。その点を明らかにしてください。
#287
○政府委員(中野和仁君) 先ほども申し上げましたように、国としてもせっかくつくりましたダムでございますから、ダムの水を使う水路等をつけてかんがい事業を完成させることが一番必要だというふうにずっと判断をしてきまして、県とも話し合いをし、特に例と申しますか、あげましたこれは、おそらく過去のわれわれがやってきましたものの中では最大の、要は事業計画まで変えまして、もう一ぺん同意を取り直してでもやろうとしたわけであります。
#288
○上林繁次郎君 それじゃ水路を引いてと、こういうことなんですけれども、あれですか、水路を引いて何をやろうというのですか、これから。
#289
○政府委員(中野和仁君) ここは先生御承知のように、水田と畑とございますから、水田にはもちろん用水補給でございますし、畑には畑地かんがいをやろうと、いろいろなことを考えたわけでございます。
#290
○上林繁次郎君 私も知っているのですよ。いま作付転換だとか、自主流通米だとか、いろいろな手が打たれていて、米がだんだんと、まあ要らないといえば極端かもしれないけれども、少しでもそういった切りかえをやろうとしているときに、十年前――着工したのは二十七年だ、その当時に考えていたそれをそのままあなたは局長としてやろうと考えているわけですか。
#291
○政府委員(中野和仁君) 先生、いま経過のお話をしろということを言われましたので、私、四十年から四十一年にかけてのことを申し上げたわけでございます。それから、その後組合も解散をいたしましたし、おそらくこれを再開することは不可能だということを、現在はそういうふうに判断をしておる。
#292
○上林繁次郎君 のらりくらりでなくて、それじゃ十年間何を検討してきたのかと言うんです。あなたがね、いままでの経過を私は言ったんだと、こう言うんでしょう。それはある程度聞きましたよ。ああでもない、こうでもない、県側に責任があるみたいなことを言ってた。それに対して、それじゃあ十年たったんだと、それができてから。その十年間の間にはそれじゃ何をやってきたんだと聞いたんです。そしたらあなたの答えは、もとへ戻して水田だとか畑だとかつくるんだと、こういういま答弁だったんですよ。そういう答弁なんですよ、速記見りゃあわかるけれども。それならば二十七年前に立てられた計画をそのままあなたはやろうと考えてるのかと、こういうふうに聞いてるんです。むずかしいことを聞いてんじゃないんだよ。
#293
○政府委員(中野和仁君) ちょっと私の、あるいは先生の言うのを理解のしかたが間違ってるかもわかりませんが、私の申し上げたのは、いまもそういうふうに考えてるかというふうにお問いになったと思って、そうではなかったと、過去は再開をしたいというふうに考えておったと、ところが現在ではもうそういう再開ができませんということを率直に申し上げたわけでございます。
#294
○上林繁次郎君 だから、率直にはけっこう。けっこうだけれども、それじゃ十年間――あなたが率直に申し上げたと、それはできないと、できないならばどうするんだということなんです。十年間何をそれじゃあ――できないときまったならば十年間何を考えてきたのかということを聞いてんです、私はさっきから。
#295
○政府委員(中野和仁君) ちょっとなかなか、説明のしかたが悪いのかもしれませんけれども、農林省としましては県庁と相談しながら、せっかくつくりましたダムでございますから、その事業を完成させたいということで、過去四十一年ごろまでは努力してきたわけでございます。しかしそれが、組合を解散する、できないということに現在なりましたものですから、さっきのようなお話を申し上げたわけでございます。
#296
○上林繁次郎君 もう幾ら言ったってしょうがたいけど、あんたはねえ、自分のことばかり考えてるんだよ。こっちの質問をよく聞きなさいよ。私が言ってるのはねえ、二億三千七百万円という金を国が出してるんでしょう。あなたは県々と言うけれども、県々県々と言うからけんけんごうごうとしてくるのかもしれないけれどねえ。それだけの金を出してるんだよ。だから当然、ほんとからいえば出した責任というものは国のほうで持たなきゃならぬでしょう、責任を持たないんだったら何やってるかわからないということになるわけなんで。そうでしょう。また、その責任を持たすためにいろいろな体制もできているわけなんで。ですから、それだけの金を出しているわけなんだから、そしてでき上がるまでの県とあなた方との話し合い、それから四十年ごろまでこんなことをやってきたということは一応わかる。だけれども、十年間たってるんだと言うんです。二年や三年じゃないんだ。十年間たってもまだ方向がきまんないのかっていうことを言ってんです、ぼくは。それわかる。十年たってもまだ方向がきまんないのかと、二億何千万の金出しておきながら十年間ほったらかしたのも同じじゃないかと、まだきまんないのかと、そこを言ってんですよ。
#297
○政府委員(中野和仁君) 十年たってまだ方向がきまらないのかというお話でございますが、先ほど途中の段階で申し上げましたように、これは農業用としては使えないということを明確にいたしましたので、その廃止したあとどう処理するかという問題が次に出てくるわけであります。これにつきましては地元から上水道に使いたいという話が出ております。それをいま県を通じていろいろ――どういうふうにしたら最も有効に使えるかということについて相談が現在われわれにある段階でございます。
#298
○上林繁次郎君 あのね、それはあなたの言っていることはぼくもよくわかるのです。ぼくが言っているのは、向こうとあなた相談していると、ずいぶん極端に言えばのんびりしているじゃないかと、こういうわけです。十年間です。十年間その金――卑近な例を言って幼稚な話かもしれないけれども、あなたの金だったらどうする。十年間出しておいて、十年間出資した。出資した金が十年間何の反響もない、どうするの。ああでもない、こうでもないと説明なんかしていられないでしょう。結論をはっきり出さなければならぬと思うのです。そうでしょう。だからその辺のところなんです。十年たっているじゃないか。十年もたっているのだから、当然もう今後のいわゆる方向というものがきまっていなければならないじゃないかと、それはどういうふうにきまっているのだと、こういうふうに言っているわけです。それをあなたは十年たっているにもかかわらずですよ、いま盛んに相談中だと言う。それじゃあいままで相談しなかったのかと言うのです、そうなれば。これからの方向はどうなんだと言うのです。全然見通しがついていないの、十年たっているのですよ。
#299
○政府委員(中野和仁君) 十年たっている話は、私もそのとおりでありますし、その年限から見まして非常におくれていることは間違いないと思います。そこで、われわれとしましては、もっともこのダムは県営――また県と言うとおしかりをこうむるかもしれませんが、現在県の所有に帰しておりますから、県庁と相談しなければならないと思っておりますけれども、われわれとしても国費をこれだけ出したわけですから、早急に何らかの有効な方法は発見しなければならないと思います。これにつきましてさっき申しましたように、地元へら上水道として使いたいという話も現在群馬県に来ておりますので、その辺の取り扱いをどうするか早急に結論を出したいと思っているわけです。
#300
○上林繁次郎君 ですからね、いまごろそんなことを言っているのはぼやぼやしているということを結論的には言いたいわけだ、こっちとしては。責任を感じなさい。その責任をどうとるのだ。というのは、あなたの金じゃない。いわゆる国民の血税なんです。税金なんです。それをあなた方が動かしているわけです。ですから当然自分たちのこれは失敗じゃないか、言うならば。そうでしょう、失敗じゃないか。それを十年間もほっといて、これから県と相談してちゃんとします――そんなぼやぼやしているのではしょうがない。その責任を明らかにしろと。ほんとうに国民の前に申しわけなかった、こういう気持ちがあるのかどうか、こういうことになると思うのです。ね、局長いいですか。あなたの話聞いていると、十年間おくれてのあたりまえのような感じなんです、ぼくから言わせると。それは二億や三億あなたから見れば大したことはないのかもしれないけれども、たいへんなお金ですよ。それが十年間も、あなたは県々と言うけれども、国がそれを補助したのだ。補助したら当然その補助金の効果というものは考えていかなければならぬでしょう。十年間もほったらかしておいたようなものじゃないか、こう言うわけです。またほったらかしたのじゃないと言うでしょう。十年間もできてからたっているということは、ほったらかしたのと同じだ、その責任を明らかにしなさい、というのです。もう少しでかい声出るからね。
#301
○政府委員(中野和仁君) 先ほども申し上げましたように、結果として十年放置されたというようなことになりましたについては、農林省としても責任を感じておるわけでございます。したがいまして、農業用に使わないということがもう明確になりましたものですから、より有効な方法はないかということがありまして、先ほどちょっと申しおくれたわけでございますが、県のほうでもどういうふうに使うのがいいかという県としてのアンケート調査もやっているわけです。そういう調査も反映したかと思いますが、さっきも申し上げましたように、去年のアンケート調査の結果を地元にも話しまして、ことしになりましてその地元の安中なり松井田から、上水道に使えないだろうかということが県に来ておるということで、先ほどからたびたび御指摘がありましたように、非常にその処理のしかたがおくれておることについては申しわけないと思いますけれども、そういうことで目下、県と話し合いを進めたいと思っておるところでございます。
#302
○上林繁次郎君 申しわけないと思っている――申しわけないでしょう、実際には。もう何だか疑問符みたいなこと言いなさんな。いつまでもそれ言っていてもしょうがないけれども、これは一言いえば済むんだ。われわれの感覚としては、そんなお金を、個人的な立場から考えれば、十年もほうってはおけないでしょう、どうですか、次官。だからね、金を出しておいて、でき上がってから十年もたっているのに、まだ何の結論も出ないというのはおかしいじゃないか、責任を感じろ、こういっているわけです。それを、ああでもない、こうでもないと、あんた言うから。まだ気に入らないの、ほんとうなんですよ。そこがわからなかったら、いつまでもこれをやらなければならないです。いいですか。「と思います」じゃなくて、すなおに――それが確かに補助金に対して効果を見ないでもってこの十年間過ごしてきたということは、ほんとうに申しわけないと、一言でいいんです。いいですか。
 それじゃ話題を変えますけれども、あんた見に行ったことありますか。
#303
○政府委員(中野和仁君) 私、現地を見たことはございません。
#304
○上林繁次郎君 いつ局長になったんですか。
#305
○政府委員(中野和仁君) 去年の六月でございます。
#306
○上林繁次郎君 一年たちますね、そろそろ。そうですね、こういう問題知っていましたか。
#307
○政府委員(中野和仁君) 存じております。
#308
○上林繁次郎君 じゃなぜ行かないんですか。現地はどういうふうになっていますか。国が二億四千万円を投じて、現地はどうなっておりますか。あなたに聞いているんですよ。
#309
○政府委員(中野和仁君) 私は行っておりませんが、農政局の職員が最近行ったことがございます。
#310
○上林繁次郎君 行ってみて、どういうふうになっているんですか。
#311
○政府委員(中野和仁君) 一部県が漁業の試験場として使っている以外は、池になったままでございます。
#312
○上林繁次郎君 私も行ってきたんですが、これ、新聞ですよ、読んであげましょう。「碓氷峠を貫く国道18号を国鉄機関区のある横川から南にはいると、鉄と油のたたずまいと対照的な霧の妙義山。狭い山道をおおう奇岩と杉木立。その奥から中木ダムの灰色の巨体がのぞく。湖水の片すみにこぎ手を待つボートが浮ぶ。」こんなことが書いてあるわけです。こういうふうになってるんですよ。だから私が言いたいのは、「私は見てきません、だれかが行ってきた」と、それで行ってきたからいいというんじゃない。私の質問に対して、だれかが行ってきたと言えば責任がのがれると思うかもしれませんけれども、そういうものじゃない。実情を知りなさい。国が二億四十万円も金を出してボートの遊び場なんかにしておく必要はないんだ。そうでしょう、現地も見ないで。現地を見ればおそらく、ああこれはたいへんだ、国民の大切な血税を二億四千万も出して、十年間もボート浮かべてたんじゃ申しわけないという気持ちになると思う。よそごとのように考えている、だからぴんとこないだろう、私はこう思うんです。結局はそういうふうになっているんですよ。そこで、もう話も大体終わりに近いわけですが、会計検査院の局長さんにお尋ねしておきますが、いまお話ししたとおりで、この中木ダムは農業基盤整備事業の一環ですね、こういったことで補助金も出されたと思うんです。それについては、こういうあり方というのはきわめて典型的な跛行投資である、私から言わせれば国民の血税のむだ使いである、こう私は感ずるわけですけれども、検査院の局長はどういうふうに考えますか。私は、跛行投資だ、むだ使いだ、こういうふうに断定したい。あなたはどういうふうに考えるか。
#313
○説明員(鈴木治久君) 本件と類似した事項で、かつて、いまちょっと年月日を忘れましたが、国営かんがい排水事業でおくれているもの、あるいはできているけれども付帯するものの工事が進んでいないというふうなものにつきまして、かつて農林省に対しましてその促進をはかるよう、跛行になっているのをできるだけ本来の姿に戻す――戻すといいますか、事業を促進するようにというふうに改善意見を出したことがございます。本件も、先生のおっしゃいますとおり、確かにその分につきまして、県営事業が済んだけれども、あとが進まないというふうなことにつきましては、おっしゃるとおりかと思います。
#314
○上林繁次郎君 おっしゃるとおりということは、跛行投資でむだ使いだ、こう認めているわけですね。おっしゃるとおりということはそういうことですね。はっきり言いなさいよ。
#315
○説明員(鈴木治久君) 私ども検査いたしますのは、工事ができたからそれでいいんだということではもちろんございません。その後の運用といいますか、このダムが有効に使われるということにつきまして、やむを得ぬといいますか、何らかの事情でこういう事態になりましたということについて、いろいろ説明を私、とも聞くわけでございますが、そういう点につきまして、確かに現状では跛行である、しかし何らか有効な方法を講じてできるだけ使うようにしてほしいというふうな態度を持っておりますので、跛行であるから直ちにむだ使いであるかどうか、まあ当時といたしましては若干その点考えながら事態をながめていたということが実態でございます。
#316
○上林繁次郎君 まあ局長と議論する気はないけれども、とにかくみんな答えがずるいですよね。跛行かどうか将来のことはわかりません。しかし少なくとも、さっきからしつこく言っているように、十年間もほったらかしている。あなたが検査院の局長であるという、そういう立場からいえば、当然金の面はぴしっとしなければいかぬでしょう。十年間ほったらかしている。これ、計算してみたんですよ。別にひまじゃないんですよ。計算してみた、二億四千万円――二億三千七百万円ですね、これを十年間ほうっておくと幾らになりますか。検査院の局長どうですか。計算したことありますか。
#317
○説明員(鈴木治久君) ただいまちょっと計算しておりません。
#318
○上林繁次郎君 そのくらいのこと計算していてもいいんですよ、意地が悪いようだけれども。そうすると何と二億三千万が四億一千六百万円になるんです。そうなるんですよ。ですから倍近くになってくるんですね。それを十年間もほったらかしておいたというのは、実にもったいない話だ。農業にも相当金がかかるでしょう。いま疲弊した農民を救っていくためには、最も効率的にいわゆる予算というものを使っていかなければならない。当然のことです。そうでしょう。そういうときに十年間も――農地局長はああでもない、こうでもないと言うけれども、十年間も何ら手が打たれないで、このままになっているということは、これはもうとんでもない話であり、いま言ったように跛行であり、むだ使いであると、現時点でそういうふうに言われてもしかたがないじゃないか。それはあなたも認めるわけですね。それは将来のことについてはまた別だ。そういうふうになるんですよ。だから言っているんです。
 最後に、政務次官に一つお尋ねしておきたいんですが、この事業のあと始末ですね。それから農業投資全般についてのいまのような問題があるわけです。私は、いま一点だけ取り上げているけれども、全国的にいえばまだまだむだがある。そういったことが考えられるわけです。今後の農業投資全般についてのいわゆる当局の姿勢、これをどう改善していくか、そういう点についての所信をひとつ述べていただきたいと思います。
#319
○政府委員(玉置和郎君) 御指摘をいただきますこと、これで上林先生から二回だと思います。かつて農林水産委員会で一回、また今日の決算委員会で御指摘をいただきまして、いつもながら適切な御指摘で恐縮をいたしております。私は、本来この問題につきましては、公共施設というのは、主体が県であろうが、国であろうが、やはり住民の福祉を第一としていくということが、これがねらいだと思います。そこで、この中木ダムにいたしましても、二十六年八月の申請当時におきましては賛同するものが八九%あったはずでございます。しかし着工が二十八年一月、そうして完工が三十四年二月と、その間にすでに反対の農民大会が三十三年七月に起こされております。それが完工いたしまして、十年間ほうっておいたのは、まことにけしからぬという御指摘でございますが、私はもっともな御指摘であろうかと思います。思うというよりも、私もそのように思う一人でありまして、立場が変われば私も農林省に対しておそらくそういうことを言ったと思います。というのは、やはりいま上林先生も言われましたように、国民のこれは血税でございまして、法定金利から計算いたしましても、そういうような金額になることは間違いないと思います。しかし、この十年間におきまして濃化の利用する方法もまた変わってくるということも事実です。それだけに私は、その受益者であったであろうところの農民諸君が、今日に至ってこのダムの利用というものについていろいろな問題がある。ことに四十二年の解散をした当時におきましては、米が余ってくる、こういうときには、せっかく県や国に配慮していただいても何もならぬじゃないかということのために、こういう計画の中止ということも、私はまたやむを得ない世の中の移り変わりではなかろうかとも思います。しかし、そうしたために政府の責任というものを回避するということでは、私はまことに遺憾千万なことでありまして、このあと始末につきましては、またいま御指摘をいただきましたこういうような農業投資のむだというものにつきましては、将来ともかかることのないように見通しを十分立てて、しかも農産物の需給の見通しまでよく検討いたしまして、またその地域の特殊性をよく勘案いたしまして、計画を樹立していくという方向でないと、これからの農政というものは時代の推移についていけないというふうに考えておりまして、十分考慮をいたしまして、今回の中木ダムの問題につきましては、農地局長からだんだんの説明がいまありましたが、これは上水道に転用するための取水源にするというような計画も、いま県にあるやに聞いております。また内水面の利用という問題も考えておりまして、これはまた許可権の問題ともからんでまいりますが、十分そういった利用の面につきましても考慮してまいって、前向きに解決いたしたいと考えております。
#320
○上林繁次郎君 了解しました。
#321
○委員長(木村禧八郎君) 本日はこの程度とし、散会いたします。
   午後五時十六分散会
ソース: 国立国会図書館
【PR】姉妹サイト