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#1
第061回国会 文教委員会 第7号
昭和四十四年四月八日(火曜日)
   午前十時二十二分開会
    ―――――――――――――
  委員の異動
 四月八日
    辞任         補欠選任
     斎藤  昇君     山本茂一郎君
     二木 謙吾君     土屋 義彦君
     楠  正俊君     内田 芳郎君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         久保 勘一君
    理 事
                中村喜四郎君
                小林  武君
                安永 英雄君
    委 員
                内田 芳郎君
                大松 博文君
                土屋 義彦君
                永野 鎮雄君
                山本茂一郎君
                川村 清一君
                鈴木  力君
                内田 善利君
                萩原幽香子君
   国務大臣
       文 部 大 臣  坂田 道太君
   政府委員
       文部大臣官房長  安嶋  彌君
       文部省初等中等
       教育局長     宮地  茂君
       文部省大学学術
       局長       村山 松雄君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        渡辺  猛君
   説明員
       文部省大学学術
       局審議官     清水 成之君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○教育、文化及び学術に関する調査
 (都教組事件についての最高裁判決に関する
 件)
 (国立大学附属学校に関する件)
 (大阪教育大学に関する件)
 (京都大学に関する件)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(久保勘一君) ただいまから文教委員会を開会いたします。
 委員の異動について報告いたします。
 本日、楠正俊君、斎藤昇君、二木謙吾君が委員を辞任され、その補欠として内田芳郎君、山本茂一郎君、土屋義彦君が委員に選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(久保勘一君) 教育、文化及び学術に関する調査を議題といたします。
 政府側から坂田文部大臣、宮地初等中等教育局長、以上の方々が出席いたしております。
 本件について質疑の申し出がございますので、これを許します。永野君。
#4
○永野鎮雄君 文部大臣にお尋ねをいたしたいと思うのでございますが、きょうは時間の関係等もありまして、質問をしぼってお尋ねをいたしたいと思うのでありますが、それは先般四月二日に最高裁で判決が下りました東京都の教組の争議行為に対しての裁判の判決をめぐって具体的にはお尋ねを申し上げたいのでございますが、それに先立って、いままで文部大臣が累次にわたっての委員会における質疑応答の際にもいろいろな場面で意見も述べておられますし、大体において文部大臣の文教行政に対しまするビジョンと申しますか、基本的なお考えは私なりに理解もさせていただいておるつもりではございますけれども、私が直接大臣からまとまってと申しますか、文教行政に対しての基本的な姿勢と申しますか、考え方に対してのお話を承る機会がございませんでしたので、まことに恐縮でございますが、私の具体的な質問に先立ってその点についての御所見を承りたいと思うことでございます。それと申しますのも現在の社会全般にわたってのいろいろな問題が起きておる。特に文教というものに関連して十分に考えを及ぼし、そうしてその対策と申しますか、基本的な文教行政に対する姿勢、そしてまた、それに基づいて具体策をいかに立てるか、そしてそれをいかに実施していくかという非常に重大な時点に立たされておると思いますので、そういう意味から実は本国会が再開されます一月二十七日の本会議の席上で、佐藤総理大臣が所信を表明されました中に、急激な社会の変化に対応するために、「物質的な豊かさが心の豊かさに結びつく新たな精神文明を確立しなければなりません。私は、過去百年間に吸収した近代文化を、未来への展望に立って大きく飛躍させるため、国民の皆さんとともに、進歩する社会にふさわしい倫理観の上に強い社会連帯の意識を育ててまいりたいと考えます。」こうおっしゃっておられます。私もこの文面からまことにけっこうなお考えであると存ずるのでございますが、この佐藤総理が考えておられます事柄を、特に文教の立場から考えると、そのままを文教の面で、ことに文教の面ではこういうことを中心として取り上げなければならないことではなかろうか。したがって、文教行政の担当責任者であられる文部大臣がこれをいかに受けとめて、そしてそれを文教行政の上に具体化していこうと、こういうお考えがある程度まとまっておるといたしましたならば、その点についてもお示しをいただくことができると思う次第でございます。ことに、ただいまの総理のおことばの中にあります「新たな精神文明を確立」とか「進歩する社会にふさわしい倫理観」といったようなことは、実はことばの上ではわかるようでございますけれども、その内容、その裏づけということが実は問題なのであります。したがって、せっかくこういういまの時点に立って総理がこういうことを積極的に表明しなければならなかった、それは重要な問題として取り上げられたればこそだと思うのでありますので、そういう点について文部大臣としてこれをどう受けとめるか、そのことについて先ほど申し上げましたが、この全般的な問題としてもそうでございますけれども、この中にうたわれておりますことばの概念をひとつ規定をしていただくというか、明確にしていただいて、国民の多数の人が、政府が一体どういう考えをして、どういうふうな文教政策に対する姿勢をもって臨むのかということを納得をしていただくようにつとめていただくことも、これまた大切なことではないか。そういう点で文部大臣の御所見を承りたい。
 また、特に文部大臣はたびたびこの委員会においても、質疑応答の中で人間形成ということをおっしゃっておる。人間形成ということも読んで字のごとくでございますけれども、その内容の意味づけいかんによってはいろいろに変わってもとれると思います。したがって、文部大臣が言われる人間形成というのはどういうものを意図されておるのか、そういうこともひとつお示しをいただこうかと思います。
 また、文化史的な文明史論と申しますか、人類の発展の経過を文明史論的な立場から文教行政ということを見ていかなければならない。これは私個人の気持ちですけれども、あえて文教だけの問題ではないと思います。けれども、特にいま文教の問題として取り上げてみても、そういう姿勢で取り上げていこうとせられる文部大臣のお考えは、私も実は同感でございますが、実はこれまた文明史論的な視野からものを見るということばはわかっても、文明史論的な見方ということ自体にいろいろな見方が成り立つ。これまたやはりいろいろ問題の起きる点でもあろうと思います。そういう点についても、もしもいわく言いがたしということもございましょうが、国民の多数の人たちに文部大臣の考えておられることを理解をしてもらうという意味からもできるだけわかりやすい形で御説明が願えればと思う次第でございます。
 最初にそういう前置きを申して失礼でございますが、文部大臣の文教行政全般にわたっての姿勢と申しますか、その姿勢をお示しをいただき、それに基づいていかなるビジョンをお持ちか、そうしてそれをいかに具体的に実施に移していこうとせられておるか、こういうことをお聞かせを願い、そうしてその立場と申しますか、その観点から先ほど最初に申し上げました四月二日に判決のありました東京都の教組の争議事件に対する判決の内容につき、そうしてまた、私、不敏にして争議行為の態様と申しますか、実態についても詳しく存じませんので、大体についての実態と、そうしてそれに対していかなる処分行為があったのか、そうしてまたこの判決自体が、表面は行政当局側が敗訴したという形になっておりますが、その実態と、そうしてそれを通して文部省がそれに対して指導を従来しておられたといたしますならば、文部当局が従来とってこられた態度に考え直さなければならない点があるのかどうか、そういうふうな点についてお尋ねを申し上げたいと思う次第でございます。要領を得ない質問になりまして恐縮でございますが、文部大臣におかれてそれを御理解をいただいてお答えを願えればしあわせだと思います。
#5
○国務大臣(坂田道太君) 総理大臣が施政方針演説の中におきまして、今日あまりにも経済成長が急速度に伸びたために、むしろ物質文明のほうは世界的水準に上がってきたが、それに伴うところの精神文明というものが追いつかない、その点が欠陥であるというようなことを申し述べられて、これからの政府としての指向する目標としては豊かな精神文明をあわせ持つことだというふうにお述べになっていることでございますが、文部大臣といたしましても、実は私の所信表明をこの委員会におきまして申し上げたわけでございますが、その一ページに、私はそれを受けまして、受けてと申しますか、同じような考え方で「わが国が、今後さらに世界の中の日本として、経済的繁栄と精神文明の豊かな発展を続けるためには、年齢に応じ、能力に応じ、適性に応じた教育に重点を置いて、世界の人々から尊敬される国民の育成につとめることであると存じます。」というのが、三行ばかりでございますが、私の気持ちを申し上げておるわけでございます。私の教育行政に向こうべき考え方を述べたつもりであるわけでございます。
 人間形成の問題につきましても、まず、社会が発展をする、あるいは経済が成長をするその根底にはやはり教育の成果というものが重要な働きをなしておることは申すまでもないのでございますが、わけても青少年期における人間形成のいかんがその国の興るかあるいは衰退に向かうかというかぎかとも考えるわけでございます。そういう意味で、この青少年の人間形成というものは国家社会の発展と個人の適性を十分伸ばすことを目ざして学校教育あるいは社会教育、それぞれその特質を生かしつつ調和を保った教育をなすことによって初めて可能であるというふうに考えるわけでございます。人間形成の一番のやはり初めは何と申しましても家庭教育にある。三つ子の魂百までと申しますけれども、私は今日の科学文明の中においてもこの意味は変わっておらないと思うのでございまして、その意味合いにおいて子供に与える影響あるいは将来を形成する一番大事な時期はやはりもう生まれ落ちたときから実は始まっていくのじゃないか、その意味合いにおいて母親というものの役割り、あるいは父親というものの役割りというものが大事と思います。あるいはまた、幼児期における幼稚園教育と申しますか、就学前教育ということにおきましても単にその時期においては人間としての基本的な考え方を身につけさせ、あるいはむしろ体得させるということが必要かと思うのです。それから小学校、中学校、高等学校、そうして大学ということになるかと思うのです、今日の大学の学生を見ておりますと。繰り返して申し上げるようでございますけれども、ただいま御指摘の人間形成に欠けるところがあるのではないか。それにはいろいろの原因がございましょうけれども、一つには、あまりにも物質文明が豊かになったこと、あるいはまた戦後は視聴覚教育が茶の間まで入ってくるということ、少なくともおとなの世界が直接子供の目や耳や体を刺激する、そういう状況にさらされておるということから、人間の限りない欲望というものを一面においてはあおりたてるという働きもするし、また日本の生活水準というものが高まるにつれまして、体も非常に成長をし、したがって昔よりも早く体のほうは発達をする。欲望もそれにつれておとな並みに成長をする。それに引きかえて、人間としての徳性あるいは情緒と申すような非常に大事な人間形成の要素というものが忘れられがちになってきた。あるいはまた、そういうもろもろの欲望というものを一面において自己コントロールする非常に大事な教育の要素というものが、むしろあまり家庭の中においても、あるいはまた小学校段階においても、中学校段階においても、あるいは高等学校段階においても軽視をされた。そういうような結果として、昔のことばで申しますと、知育、徳育、体育というようなものがこん然一体となって調和を保って、子供の成長をはかるということが非常にむずかしくなってきて、その結果としてアンバランスの状況になってきたということが、今日問題になっておるかと思うのでございます。その意味合いにおきまして、やはり私は知育、徳育、体育というものが調和を保って発展する人間形成というものがやはり非常に大切じゃないだろうか。その意味において、家庭におけるその年齢に応じた一つのしつけ、あるいは母親、父親の教育、あるいはまた幼稚園段階における教育のやり方、あるいは小学校、中学校それぞれの段階に応じた教育というものが考えられなきゃならないのじゃないだろうか。それを画一的にやるというようなこと、あるいはまた学歴中心の考え方で、単に知育だけをやればいいというような、あるいは学校だけを出れば、それで人間は完成するのだ、そういうような考え方というものは今後改められなければならないのじゃないか。そういうようなことを含めまして、年齢に応じ、能力に応じ、適性に応じた教育に重点をということを私は考えておるわけであります。
 さらにこまかく申し上げますと、たとえば知恵おくれの子供にしましても、むしろ知恵おくれは知恵おくれとしてこれを取り扱うということが教育の機会均等であり、親切なやり方なんだという、それに対する学校制度、あるいはまた教育の方法等を考えていかなきゃいかぬのじゃないか。教育の理念についての考え方につきましても、そういうようなことが、やはり能力に応じ、適性に応じた教育、あるいはまた高等学校の段階でも、単に大学に入学するための高等学校、そういうものではなくて、半分以上の卒業生が社会の中に入っていくという、そういう人たちに対してどうなければならないか、あるいはまた今日の社会の要請というものは、いろいろの多様な要請があるわけでございますが、その多様な要請に対してこたえるところの教育制度として、高等学校の後期中等教育というものについて、画一的でなく、多様性を持った教育をやらなければいかんのじゃないか。それこそがやはり能力に応じ適性に応じた教育というふうに私は考えるわけでございます。特に連帯感であるとか倫理観であるとか、あるいはまた個人というものはやはりぽつんと個人として存在するものじゃなくて、社会の中の個人であり、あるいは国家の中の個人であり、あるいはまた民族の中の個人である。そういう意味合いにおいて、社会の中における個人の位置づけ、あるいは日本民族の中における日本人としての個人というような問題についての教育というものを、やはり小・中・高の段階において体得させることが必要であるという意味において、今日、指導要領が各段階において改善されつつあるということも御了承を賜わりたいというふうに思うわけでございます。
 最高裁の判決等の経緯につきましては、初中局長からお答えをいたしたいと思います。
#6
○永野鎮雄君 ただいま文部大臣から御懇篤なお答えをいただきまして感謝をいたします。ただ、私はきょうは時間がございませんから、またの機会をいただきたいと思っておりますが、ただいまおっしゃったようなことが必要であることはもちろんだと思いますけれども、いまおっしゃったようなことをどう積極的に打ち出していくかということに結びつかないと、まあ妙な言い方ですけれども、羊頭狗肉ではございませんが、看板だけに終わるということが多いのではないか。現在、若者たちと申しますか、若い諸君がいろいろ言っており、やっておることも、実はそういう点ではがゆいと思いますが、実際面、政治を含めていろいろな面で実際の現象と申しますか、社会の現実面が若い人たちの気持ちにそぐわなくなっているということが、やはり現在の事象をかもし出している大きな要因でもある。したがって、それはおとなの責任というか、やはりわれわれがそれを理解をしていく面がなくてはなりませんし、そういう点から申しますと、いまおっしゃっておられるようなことを、タイミングをとらえ、いかに具体的にそれを実行していくかということよりほかにはないのじゃないか。その点はひとつ、行政の最高責任当局者であられる文部大臣がぜひその点をお含みいただいて、具体的に自分の所信に向かって努力をしていただくことをお願いせずにはおれない次第でございます。
 その点についてはまた実は機会があればいろいろ御意見も聞かしていただき、また私自身考えておることも所信を述べさせていただきたいと思っておりますが、きょうは時間もございませんので、その点についてはこれで終わらしていただき、次のお尋ね申しました点についてのお答えをいただきたいと思います。
#7
○政府委員(宮地茂君) 御質問がいろいろあったようでございますので、まず、今回最高裁の判決が出るに至りましたその前提としての事件の概要について申し上げます。
 東京都教組の争議行為について、それをあおったという点でございますが、そのあおったときの都教組の争議行為の概要でございますが、日教組といたしましては、教職員に対する勤務評定制度の実施は政府の反動文教政策の一環をなすものとして絶対反対であるという態度をきめまして、東京都の教員組合もこれと同一の態度に出て、勤評反対闘争を積極的に進めてまいりました。一方、都教委と都教組それから都の高教組との間で勤務評定に関する話し合いが続けられておりましたが、折り合いがつきませんで、当時の教育長が、昭和三十三年四月二十三日でございますが、都教委に勤務評定をいたしますいろんな規定を書きましたいわゆる勤務評定規則の案を上程する旨の告示を行ないました。そこで、都教組はこれを阻止するための休暇闘争を合法的なものとするという目的で、地方公務員法四十六条に基づきまして都の人事委員会に対して、勤務評定の実施をとりやめる措置をとるよう要求するためのいわゆる措置要求大会を開催し、全組合員がその大会に年次有給休暇をとって参加するよう指令を発しました。同日は都区内の小・中学校の教職員約二万四千名が共同して休暇届けを提出して一斉に職場を離脱し、午前八時ころから各支部ごとに開催された措置要求大会に参加しました。このため、教員がほとんど欠勤した学校は、小学校では二百五十校、中学校では九十八校となるなど、児童生徒に対する教育活動を平常どおり行なうことは不可能ないし、きわめて困難な状態におちいらせました。また、このため児童生徒の欠席も目立ちまして、半数以上欠席したところが二百五十四校にものぼっております。
 以上がいわゆる都教組の行ないました三十三年の勤評闘争としての一斉休暇でございます。
 で、これに対しまして、都教組は行政処分といたしまして、停職七十六名、減給四十一名、戒告百六十五名、合計二百八十二名の懲戒処分を行ないました。
 以上がこの問題の一応基本になりました事件、それに対する措置でございます。
 なお、今回最高裁判決に出ましたあおり行為は、これは文部省が直接原告になり被告になるという形の訴訟ではございません。
#8
○永野鎮雄君 東京都教組の争議行為についての概要、その他処分についての御説明をいただいたわけでございます。
 ここで文部大臣にお尋ねをいたしたいのでありますが、判決自体によって、今後このような事象が起きた、たとえば争議行為というような問題が起きた場合に、文部省としてはいかなる態度で臨まれるのか、その点についてのお考えを聞かしていただきたいと思います。
#9
○国務大臣(坂田道太君) 今回の判決は、争議行為のおありについての刑事事件に関するものでございますが、地方公務員法第三十七条第一項の規定は合憲であるとしております。また判決の事案としております東京都の公立学校教員の行ないました一斉休暇闘争が、地方公務員法第三十七条第一項で禁止しておりまする違法な争議行為に当たるという判示を行なっているわけでございます。でございますから、文部省といたしましては、従来から組合側の行なってきた一斉休暇闘争をはじめとする争議行為が学校教育の正常な運営を妨げ、ひいては児童生徒を学校に託した国民の信頼を裏切るものでございますので、地方公務員法で禁止されるような違法な争議行為にこれは当たると考え、そのつど公立学校教員がこういうような違法な行動に走ることのないよう、各都道府県教育委員会を通じまして警告をし、そしてもしそのような違法な行動が行なわれた場合には、当局としてはそれぞれの行動の実情に応じ、厳正な措置を講ずるように指導してまいったところでございます。その意味合いにおきまして、今回の判決によりまして、従来文部省がとってまいりました方針の正当性というものは確認されたと考えておるわけでございます。したがいまして、今回の判決によって、従来公立学校教員の行ないました争議行為について文部省として対処してきた方針を今後基本的に変更するという必要は何らないのだというふうに考えておるわけでございます。
#10
○永野鎮雄君 ただいまの文部大臣のお答え了承いたします。巷間ややもいたしますと、こういうふうな問題が新聞、その他のマスコミに報道されますというと、その形と申しますか、あらわれた面が、取り上げ方もありましょうけれども、そのことが強く国民に印象づけられるということもないとは言えないと思います。したがって、ただいま私がお尋ねした点も、その点も含めたことでございますが、どうかひとつ、文部省自体として、将来にわたって行政当局者としての姿勢と申しますか、それを明確にしていただくということを重ねてお願いをいたしたいと思います。
#11
○国務大臣(坂田道太君) まさにそのとおりなんでございまして、こういうふうにはっきりしておるわけでございますから、そのためにこそ、われわれとしましては一斉休暇闘争というような違法な行動に出られると、当然の結果として行政措置もとらざるを得ない結果となり、そのことはまた同時に本人の履歴をけがすことにもなることにつながるわけでございます。また、そういうような行為というものが、児童生徒に与える影響というものは私ははかりしれざるものがあるのじゃないか、職場を離脱するということそのこと自体が。でございますから、そういうようなことがないように、また、児童生徒に与える影響を、とにかく悪い影響を与えないようにということの配慮をわれわれは今後とも続けて指導をしてまいりたいというふうに考えておるわけでございます。
#12
○小林武君 坂田文部大臣に、この前、判決書をお読みにならないのではございませんかと申し上げた。きょうもお読みになっておらないように思う。それで文書をもって出すようにと言ったら出さないのでありますが、それをいま議論していると時間がなくなりますので、まずそのことはひとつ後刻またやることにいたしまして、あなたのおっしゃることをこれから、いままでおっしゃったこと並びにただいまの答弁も含めて、順次ひとつお尋ねをしていきます。ただ、お願いをいたしておきますけれども、私の質問というのはもうきわめて簡単な質問でございますから、文明論にわたったり、あるいは長々とおやりになることはひとつ御勘弁を願って、きょうはどこまでも判決に対するものに従っていきたいと思います。
 ひとつ冒頭にちょっとお尋ねしておきたいと思いますが、政府は昭和四十四年四月二日の宣告である最高裁の大法廷判決を認めるおつもりですか、認めないおつもりでありますか、そのことをお尋ねしたい。これはもうイエス、ノーくらいでいいんですよ、十分検討されていると思いますから。
#13
○国務大臣(坂田道太君) もちろん最高裁の判決でございますから、これに従わなければならぬと思っております。
#14
○小林武君 従うということになりました場合、最高裁の判決文の中には、憲法自体が労働基本権を保障していると、こういっておりますが、これについてお認めになりますかどうですか。
#15
○国務大臣(坂田道太君) 今回の判決は公務員も原則的には労働基本権の保障を受けるものであるが、その職務の公共性に対応する当然の内在的制約性を包含しておると述べておりますが、公立学校教員は教育を通じて国民全体に奉仕すべき性格のものであり、学校教育が次代の国民の育成に役立つような役割りにかんがみまして、公立学校教員の職務の公共性は非常に大事なものがあると考えております。このことから公立学校教員の労働基本権に一定の制約が存することは当然と言わなきゃなりません。
#16
○小林武君 文部大臣、ひとつお互いに、これ長い問題だからかみ合うようにいきましょうやね。
 この判決書に対して、弁護側の上告趣意などについて述べたように、「公務員の労働基本権について、当裁判所は、さきに、昭和四一年一〇月二六日の判決(いわゆる全逓中郵事件判決)において、つぎのとおり判示した。」、その中に「「憲法二八条は、いわゆる労働基本権、すなわち、勤労者の団結する権利および団体交渉その他の団体行動をする権利を保障している。この労働基本権の保障の狙いは、憲法二五条に定めるいわゆる生存権の保障を基本理念とし、勤労者に対して人間に値する生存を保障すべきものとする見地に立ち、一方で、憲法二七条の定めるところによって、勤労の権利および勤労条件を保障するとともに、他方で、憲法二八条の定めるところによって、経済上劣位に立つ勤労者に対して実質的な自由と平等とを確保するための手段として、その団結権、団体交渉権、争議権等を保障しようとするものである。」、このことをまず第一に、これは一項目ですよ。このことが大事なんだ、このことを全逓中郵事件判決において判示したと、こう書いてある。このことを認めるかということなんだから、そのことを言うてくれればいいですよ。答弁書を読み上げられては困る。
#17
○国務大臣(坂田道太君) この判決は、いま申し上げたように、公務員も原則的には労働基本権の保障を受けるべきものであるということは、いま御指摘のとおりだと思います。
#18
○小林武君 それでよろしい。
#19
○国務大臣(坂田道太君) 「が、」の次が制限がある。
#20
○小林武君 その次はそれでよろしい。
 そして、その次にお聞きしたいのは、その判決書の中に、「憲法自体が労働基本権を保障している趣旨にそくして考えれば、実定法規によって労働基本権の制限を定めている場合にも、労働基本権保障の根本精神にそくしてその制限の意味を考察すべきであり、ことに生存権の保障を基本理念とし、財産権の保障と並んで勤労者の労働権・団結権・団体交渉権・争議権の保障をしている法体制のもとでは、これら両者の間の調和と均衡が保たれるように、実定法規の適切妥当な法解釈をしなければならない。」と、こういっている。この「実定法規の適切妥当な法解釈」という、このことについてあなたお認めになるかということです。「右に述べた労働基本権は、たんに私企業の労働者だけについて保障されるのではなく、公共企業体の職員はもとよりのこと、国家公務員や地方公務員も、憲法二八条にいう勤労者にほかならない以上、原則的には、その保障を受けるべきものと解される。」と、こう書いてある。ここであなたは、先ほどこれは認めるとおっしゃった。認めるとおっしゃったということになると、こういう法体制のもとで実定法規の適切妥当な法解釈をしなければならないということをあなた認めますか、その点。
#21
○国務大臣(坂田道太君) それは何度も繰り返すように、公務員も原則的に労働基本権の保障を受けるものであるということも含まれます。
#22
○小林武君 お認めになりますか。
#23
○国務大臣(坂田道太君) もちろんです。
#24
○小林武君 そう考えますというと、そのことについて認められたんですけれども、だめ押しのようなことを申し上げるのですけれども、大体文部大臣おわかりがいいから、きっとこのこともそうだとおっしゃっていただけると思うのですが、「「公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」とする憲法一五条を根拠として、公務員に対して右の労働基本権をすべて否定するようなことが許されないことは当然である」ということが一つ。それからこれは、あなたのほうにもいろいろな解釈が出てくるだろうと思うが、「公務員の労働基本権については、公務員の職務の性質・内容に応じて、私企業における労働者と異なる制約を受けることのあるべきことも、また、否定することができない。」と、こう書いてある。ここだけあなたお読みになったとは思わない。これからだんだんいきますから、「公務員の職務の性質・内容は、きわめて多種多様であり、公務員の職務に固有の、公共性のきわめて強いものから、私企業のそれとほとんど変わるところがない、公共性の比較的弱いものに至るまで、きわめて多岐にわたっている。したがって、ごく一般的な比較論として、公務員の職務が、私企業や公共企業体の職員の職務に比較して、より公共性が強いということができるとしても、公務員の職務の性質・内容を具体的に検討しその間に存する差異を顧みることなく、いちがいに、その公共性を理由として、これを一律に規制しようとする態度には、問題がないわけではない。ただ、公務員の職務には、多かれ少なかれ、直接または間接に、公共性が認められるとすれば、その見地から、公務員の労働基本権についても、その職務の公共性に対応する何らかの制約を当然の内在的制約として内包しているものと解釈しなければならない。しかし、公務員の労働基本権に具体的にどのような制約が許されるかについては、公務員にも労働基本権を保障している叙上の憲法の根本趣旨に照らし、慎重に決定する必要がある」ものであるという。「その際考慮すべき要素は、前示全逓中郵事件判決において説示したとおりである」そこの次、ちょっとひとつよく聞いてください。「地公法三七条および六一条四号が違憲であるかどうかの問題は、右の基準に照らし、ことに、労働基本権の制限違反に伴う法律効果、」違反者に対して課せられる不利益について必要な限度を越えないような配慮がなされなければならない。「勤労者の争議行為に対して刑事制裁を科することは、必要やむをえない場合に限られるべきであるとする点に十分な考慮を払いながら判断されなければならないのである。」ということをつけ加えてある。このところで私がしつこくこの点言ったことは、まず労働基本権というものに対してどういう考え方に立たなければならぬかということを申し上げ、これからあとが直接あなたのおっしゃる、「これからびしびしやります」と。六十一条四号だけが問題になったんであって、文部省のいままでとってきたことは当然であるという永野委員に対する御答弁があったが、そのことに関連しますからひとつ前のところはお忘れなく、これを確認しておいていただきたいと思うわけであります。しかし、この間において何かこの内容に御異議ございましたらお尋ねを……。
#25
○国務大臣(坂田道太君) その先のところに、「とくに、勤労者の争議行為に対して刑事制裁を科することは、必要やむをえない場合に限られるべきであるとする点に十分な考慮を払いながら判断されなければならない」、こういうわけで、あおり、そそのかすということは本事件については何といいますか、当たらない、こういう判決だと思います。これはもうちょっとひどい場合は当たり得るということが残されておる、こういうふうに読むべきだと私は思います。
#26
○小林武君 あなたもよくまだわかっていないようだが、いまのここのところはこれが中心になるんですよ。あなたどういうふうにお読みになったかしらぬけれども、かくかくの法体制になっているということは、労働基本権を認める、その労働基本権というのは第二十八条、その第二十八条に対するその他の憲法の条章に従った一つの法体制がある。すなわち生存権の保障を基本理念として財産権の保障と並んで勤労者の労働三権を保障している法体制のもとでは、実定法――実定法は労働基本権を制限する場合、適切妥当な法解釈をしないとならないということをこの中ではっきり述べているわけです。そのことについて御理解がいったとすれば、いまの御答弁か何かしらぬが、ちょっとピントはずれているように思うんですね。ちょっとその点心配ですが、どうですか。あなた判決書をお持ちなんでしょうか。
#27
○国務大臣(坂田道太君) 持っております。
#28
○小林武君 そこのところをずっと読みましたか、どうですか。
#29
○国務大臣(坂田道太君) 読みました。
#30
○小林武君 飛ばして読んだんじゃ困るんです。ここのところはなかなか最高裁の苦心のところだと思うんですがね。この中で異論も出たり、いろいろ出ているんですから、文部省いろいろいい知恵を出したんですか、頭を並べて。ぼくの言っていることが理解できないとなると問題なんですから、文句があったらひとつここでおっしゃっていただきたい。
#31
○国務大臣(坂田道太君) その点は御指摘のとおりなんですよ、そう書いてあるんだから。
#32
○小林武君 そう書いてあるからそのとおりだとおっしゃる。だいぶいいところまで来ました。文句ないはずだがな、これ。
 そうすると、次に行きますからひとつ。まず、あなたのところにもあるから、(イ)というのが九ページにありますけどね、九ページというのは裁判所から出したやつですね。そこのところに地公法三十七条、六十一条四号の各規定が憲法に違反するかどうかということについてこれ書いてある。そういう所論についてここで述べている。これは憲法違反だということになったら、これはえらいことになるのでしょう、あなたたちのほうは。そういうことでしょう。さっきの「これからびしびしやります」というのは、なかなかこれ容易なことじゃなくして、その憲法違反だということについてここで書いているんですよ。ここはお読みいただいたと思う。思うけれども、あなたの先ほどの答弁やそれから談話発表なんか見ていると、飛ばして読んだんじゃないかというように考えるのですがね。そういうことは別にして、一つ言いましょうか。もう地公法三十七条と六十一条四号のことは、あなたたちはもうそれは頭の中にびっしり入って、こればかり考えているだろうから言うことはないけれども、三十七条一項というのは「職員は、地方公共団体の機関が代表する使用者としての住民に対して同盟罷業、怠業その他の争議行為をし、又は地方公共団体の機関の活動能率を低下させる怠業的行為をしてはならない。又、何人も、このような違法な行為を企て、又はその遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおってはならない。」と規定している。同法六十一条がいわゆるそのあおり行為、「第三十七条第一項前段に規定する違法な行為の遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおり、又はこれらの行為を企てた者」は、三年以下の懲役または十万円以下の罰金に処すべきことを規定している。これが違法かどうかということ。この次が問題のところですよ、いいですか。ここを読まれたですかな。「これらの規定が、文字どおりに、すべての地方公務員の一切の争議行為を禁止し、これらの争議行為の遂行を共謀し、そそのかし、あおる等の行為をすべて処罰する趣旨と解すべきものとすれば、それは、前叙の公務員の労働基本権を保障した憲法の趣旨に反し、必要やむをえない限度をこえて争議行為を禁止し、かつ、必要最小限度にとどめなければならないとの要請を無視し、その限度をこえて刑罰の対象としているものとして、これらの規定は、いずれも、違憲の疑を免れないであろう。」こう言っている。最高裁はこう言っているんですよ。いいですか、ここのところ。これについて考えてみるというと、あなたたちの一体行政罰というようなもの、どう考えるか。それは前の、先ほど私しつこく言った、長々と読み上げたものの中の労働基本権を認めた法体制の中におけるところの現行法規の法解釈の問題がここに出てきているのです。その法解釈のもとで違憲の疑いを免れないであろうと、「文字どおりに、すべての地方公務員の一切の争議行為を禁止し、これらの争議行為の遂行を共謀し、そそのかし、あおる等の行為をすべて処罰する趣旨と解すべきもの」とする、それは労働基本権を保障した憲法の趣旨に反し、必要やむを得ない限度を越えた争議行為を禁止し、かつ、必要やむを得ざる限度にとどめなければならない要請を無視している。これはいずれも違憲の疑いを免れないと、こう言っている。とれについてはどうですか。
#33
○国務大臣(坂田道太君) この判決はしかし何と申しましても一斉休暇闘争というものはいけないということは明確に言っておるわけでございます。
#34
○小林武君 ちょっと待ってください。そのあれはあとでいいから、文部大臣あとでいいんだ、一斉何とかというのはあとでいいから。ここで言いたいのは、このとおりやったら悪いというんだ、ここに書かれたとおりだ。三十七条第一項、六十一条四号というようなことに書かれて、文字どおり書いているようなことをやったらそいつを禁止したり、処罰したりというふうに解釈すれば違憲の疑いがあると、こういうんです。その点についてどうだということ聞いているんです。ここのあとの解釈はいいんです。
#35
○国務大臣(坂田道太君) そのとおりなんですよ。
#36
○小林武君 認めているわけですね。そうすると、ちょっと聞いておきますがね、どうなりますか。先ほどのあなたの御意見は。私は坂田さんだからきっと初めから坂田さんのあれのときには、こういう答弁が出る。十分これを読んでみましたところ、今後の文教行政については、慎重な検討の上に立って、このくらいのことを言うと思った。慎重に検討いたしまして、そして大法廷のあれを尊重するようにやりますということ、これは政府としては当然だと思う。いまの現行法を否定するような政府はありやしない。われわれは、これでもまだ不満だというところはある。あるけれども、われわれも、あなたたち言うように法治国家というようなことを考えれば、これは守っている。法廷なり、最高裁のあれに従わなければならない、そういうたてまえで言っている。そうなると一体あなたのあれと矛盾しませんかね。あなたのあれは結局三十七条一項、六十一条四号、これを徹底的にこれからやっていこうというんでしょう、違憲の疑いがあるといっているんだが。それはどうなるんですか。何ら矛盾しないかどうかということをお尋ねしたい。法制局長官呼んできてもいいんだ、ぼくらは。
#37
○国務大臣(坂田道太君) いや、それは別に……。
#38
○小林武君 別にということないよ。
#39
○国務大臣(坂田道太君) そうだと思うんですがね。
#40
○政府委員(宮地茂君) 事務的に補足させていただきますが、小林先生が念を押していられるのは、どこまでいかれてもそのとおりだと思う。決して異論唱えないと思います。ただ、この各章、章節までも全部読んだ後に御質問いただけば、この結論は最後まで読まないと結論が出てこないわけですから、この一区切りのところでどうだという問題は、あとのほうで答えさせていただいたほうがよろしいんじゃないかと思います。
#41
○小林武君 失敬なこと言っちゃいかぬ。君もずいぶん長い間文部省のめしを食っているんだろうがね。君ら一体ここに出した統計の資料だけでも相当の行政罰もやっているんでしょう。ぼくはこの中に書かれていない訓告に類するようなものまで入れたらたいへんな数だと思う。少なくとも日本の教員のあらましがともかく処罰を受けたという数になっていると思う。それは一体あなた何に照らしてやったんだ、何に照らして。あなたに聞くけれども、今度文部大臣に聞かぬ。あなたは地公法三十七条によってやったんでしょう。それからついでに聞いておくが、六十一条四号のこのほうに対しては一体どうなのか。あなたは一体そういう刑事罰を受けるのは当然だと思ったのかどうか。そのこともあなたから聞こう、あなたから口を出したんだから。
#42
○政府委員(宮地茂君) それはいままで処罰されている者いろいろございますが、その大部分は一斉休暇闘争のようなものが大部分でございます。たとえば先ほど小林先生感じを悪くされたようですが、私はこれは最高裁の判決というのはもろ刃のやいばのような意味があると思うのです。一面からずっと言っている。それをまたもう一面、全体の奉仕者という面から繰り返して言っている、最後に結論は出ているわけですけれども。したがいまして大臣が最後に言いましたように、二一ページに書いてありますが、「一せい休暇闘争は、同盟罷業または怠業にあたり、その職務の停廃が次代の国民の教育上に障害をもたらすものとして、その違法性を否定することができない」というふうに言われております。
#43
○小林武君 まだ読み足りないよ。
#44
○政府委員(宮地茂君) したがいまして、その途中でいまの先生がやられたことは、文部省は文字どおり違法だとして処分したんだろうという意味でお尋ねのように私は了解いたしましたので申しました。ですから、そういう意味で一斉休暇闘争はあとのほうには違法だというふうにも言われておりますし、文部省として文字どおり従来やったのではなくて、十分考えて違法だと思われる者を処分対象にしたのだというふうに考えております。
#45
○小林武君 しかし、あれだろうな。あなたに聞きたいが、それじゃ三十七条第一項、六十一条四号、そういう法律はあなた読まないでやったかね、読んでやったかね。文字どおりやったんでしょう。文字どおり解釈しなかったの。文字どおり解釈してやらなかったのか。その点についてはあとでやるからいいけれども、あなたそういうことを言うとだんだん困るから。いまここでやっておっては時間だめだな。時間だめだから、それじゃ前に進みましょう。
 それじゃ違憲の疑いを免れないだろう、文字どおりやったらだめだということは認めますね。「文字どおりに、すべての地方公務員の一切の争議行為を禁止し、これらの争議行為の遂行を共謀し、そそのかし、あおる等の行為」そういうものをずんずんいって違憲の疑いを免れないであろうということは認めるね。あとのことはあとで勝負しようというのだからあとでやるとして、文部大臣それでよろしいですか。
#46
○国務大臣(坂田道太君) そのとおりです。
#47
○小林武君 それでこの違憲の疑いのことについて次の節を申し上げますというと、「しかし、法律の規定は、可能なかぎり、憲法の精神にそくし、これと調和しうるよう、合理的に解釈されるべきものであって、この見地からすれば、これらの規定の表現にのみ拘泥して、直ちに違憲と断定する見解は採ることができない。」ここのところはあなたたちが読みたいところだろうね。「地公法は地方公務員の争議行為を一般的に禁止し、かつ、あおり行為等を一律的に処罰すべきものと定めているのであるが、これらの規定についても、その元来の狙いを洞察し労働基本権を尊重し保障している憲法の趣旨と調和しうるように解釈するときは、これらの規定の表現にかかわらず、禁止されるべき争議行為の種類や態様についても、さらにまた、処罰の対象とされるべきあおり行為等の態様や範囲についても、おのずから合理的な限界の存することが承認されるはずである。かように、一見、一切の争議行為を禁止し、一切のあおり行為等を処罰の対象としているように見える地公法の前示各規定も、右のような合理的な解釈によって、規制の限界が認められるのであるから、その規定の表現のみをみて、直ちにこれを違憲無効の規定であるとする所論主張は採用することができない。」というのは、違憲でないということを述べるために、これについては規制の限界というものがあるんだということをここで言っておる。右のように合理的解釈をやって規制の限界が認められているからこれは違憲じゃないんだという、これは一体文部大臣はいままでその規制の限界をどういうふうに考えて、一体どういう合理的な解釈をしたか、ちょっとたとえば一番近いのは何でした。今度の人事院勧告について行なった行為に対しての解釈はどうであったのか、これをお尋ねしたい。いかに規制の限界というものを取り上げたか。
#48
○政府委員(宮地茂君) これは昨年の十月八日の一斉休暇闘争がいま小林先生のおっしゃる最近のものであろうかと思いますが、これは各都道府県教育委員会がやっておりまして、直接文部省がいたしておりませんが、まあ指導といたしましては、ここに私どもが指導いたしました当時、この規定は出ておりませんが、いろいろこの判例――今度の最高裁の判決にもありますように、争議行為の種類や態様とか、十分そういうものを見てというふうでございますが、従来やりました処分の中にも幾つか、先日小林先生に申し上げましたが、懲戒処分の対象にした者何名、懲戒処分ではないが訓告が何名といっようなことを申し上げました。訓告は厳密に言って懲戒ではないと思います。したがいまして、いろんな、要するに文字どおり争議行為に参加した者は全部処分されておるということでは、過去においてもないと思います。で、具体的にどのようにということは、これは各県それぞれきめてやっておることと思いますので、私直接存じませんが、まあ態様の中にはいろんな要素もございましょうし、種類としてもいろいろございましょうし、そういう点を勘案して処分がなされたであろうというふうに考えております。
#49
○小林武君 それはあなた、ぼくに対して、県の教育委員会がやったことだから文部省はそのことについて知らないとおっしゃるか。知らないというのかね。それとも、それに対して特段の指示も何にもないということを言うのかね。そのことについて、限度をわきまえたことをやれと、こういうことを言ったと言うのかね。どっちですか。
#50
○政府委員(宮地茂君) 私は知らないとは申さなかったんですが、これは直接地方公共団体がやったことで、文部省ではございませんが、文部省は指導はいたしましたという旨のことを先ほど御答弁いたしました。
#51
○小林武君 「存じません」ということは何ですか。「存じません」ということは知らぬということだよ。
#52
○政府委員(宮地茂君) これは県のいわゆる任命権者が直接やることでございますから、具体的にこまかいことは知りませんが、文部省としては大筋についての指導はいたしましたということを申しました。それから、県としては、この最高裁の判決が出る以前ですから、この最高裁の判決のどこをどうしたというふうには私存じませんけれども、ここの中でいわれておる種類とか態様とかいうことを考えてやったと思います。文字どおりやった――文字どおり解釈してやったのでないことは、先日御答弁いたしたように、処分の対象者として、懲戒処分に該当する者も、その他訓告の人もあったように、全部文字どおり参加者はみな懲戒したというような考え方では従来やってないように思いますということを申し上げたわけでございます。
#53
○小林武君 それであなたの言うのは、あれだね、県の教育委員会は、この大法廷の判決書に示されたように、三十七条一項というものを文字どおりこれを取り上げてそうして処分したのではないだろう、そのとおりやれば、これは違憲の疑いが出るわけです。県の教育委員会なんというのは地公法でやるのについて、地公法のあれを適当に解釈してやるというところまで進歩したかどうか、これは私はよくわからぬが、それはあとで明らかにしましょうが、そういうことをあなたは言う。それから指導したというのは、何を指導したのかよくわからない。私は指導するとすれば少なくともあなたのいまのような御趣旨ならば、この地公法の問題について行き過ぎのないようにと、違憲にならないようにというような指導をやったということになれば話はわかるけれども、そうじゃないのだろうね。指導は何の指導をやったのかしらぬけれどもね。まあぼくの質問はちょっとここであれして、関連がありますから、関連のほうを……。
#54
○鈴木力君 いまの局長の答弁のうちに、指導したということなんですけれども、具体的にどう指導したか、やはり伺いたいのです。そこで、去年の十一月の末に教職員人事主管課長会議を文部省で招集しているでしょう。そこの申し合わせした内容を明らかにしてもらいたい。
#55
○政府委員(宮地茂君) いまの御質問でございますが、私も局を変わりまして、古いいきさつをいまよく存じておりませんが、大体そのときの指導の基本……、いま鈴木先生のお尋ねの申し合わせかどうか、はっきりいたしませんが、いろいろ相談したときのあれでは、十・八一斉休暇闘争に参加し、または関係した教職員に対しては、その行動の実情に応じ、厳正な措置をすみやかに講ずるということを基本的な方針にして、いろいろ協議したようでございます。
#56
○鈴木力君 はっきり言ってもらいたいのですよね。わざわざ文部省が主管課長会議を開いて、申し合わせ事項というのはいまのようなことなんですか。それなら何のために会議を開いた。通達も出ているでしょう。行政当局というものはその通達でわからないので、わざわざ会議を開いていまのような申し合わせをやっているのですか。ごまかしてもらっちゃ困るのですよ。もっと具体的にはっきりやっているはずなんだ。
#57
○政府委員(宮地茂君) そのときの相談は各県の実情、それから各県の考え方、こういったようなものの情報交換を主たるねらいとして、基本的な考えとしてはいま私が言いましたようなことを話し合ったというのが実情のようでございます。
#58
○鈴木力君 さっき指導したというのでしょう、局長は。指導したという場所は主管課長会議ですね。その中にたとえばこういう議論がされているはずです。一つだけ御披露申し上げましょう。時間の長短によってこの争議行為の処分というものはしんしゃくされてはいけないのであって、問題は学校の正常な運営を阻害した、それによってやるのだから時間は短くても処分するのだというような指導の方法、そういうことまでやっているのじゃないですか。そういうことを聞きたかったのです、正直に。
#59
○政府委員(宮地茂君) 私直接その会議で出ておりませんので恐縮ですが、当時その席に出ました地方課長に聞きますと、いま鈴木先生のおっしゃいました時間の長短にかかわらずそういうことをやれといったようなことはいたしていない。ただその項目ごとにどうということではございませんが、結局これは文部省としては争議行為が学校教育の正常な運営を妨げ、ひいては児童生徒を学校に託した国民の信頼と申しますか、同時にそういう国民の側として守られるべき法益の侵害、こういったようなことにもなることであるから、その実情を見て厳正な措置をとるようにというのが趣旨であったようでございます。
#60
○小林武君 そうすると、お尋ねしますが、ぼくはこういうことを聞いているから、もしそれやったとしたら違憲的行為を教育委員会やったと理解してよろしいね、二十九分だか、三十分なれば一分の違いだと、一分の違いでもって処分の対象になる、ならぬと、一つの県は所定の勤務時間に一分おくれた、二分おくれたということで処分を受ける、こういう事実があるなら、そのことは正当の理由として一分でもおくれたらだめなんだ、一分でも二分でもこれは処分するといってやったという、これはあなたの関知しないことでその教育委員会が明らかに違憲的行為をやったと、こういうふうに判断してよろしいか。
#61
○政府委員(宮地茂君) いままで小林先生がお読みいただいたところでもわかるように時間の、単に時間を取り出して、しかもそれを一分、二分といったようなそういうことで、文字どおりそういったような事例でこういう違法な争議行為に当たるかどうかを判定するのは私はこれはよろしくないと思います。違憲とかなんとかという前に、だから、したがって態様というのは一分、二分という、これは一分、二分というのはまことに微々たる秒数、時間でございましょうが、ただ時間だけではなくて、しかもどういう場所で行なわれておるか、あるいはその態様を、どの程度の強さであったかとか、また一方において侵害された法益はどの程度か、いろんなものを総合的に勘案してやるのが最高裁が言っておる合理的にやるべきであって、文字どおりにやるべきでないということの意味でもあろうかと存じます。
#62
○小林武君 そうすると、ひとつこれは文部大臣にお尋ねをいたしますが、どういうことになりますか。同盟罷業、これは同盟罷業ということばを使っているんですよね、ストライキ、同盟罷業というようなものをやった場合には、時間に関係ないと、こう言ったが、いま一分、二分ということは言ったことないと、こう言うのだが、どういう態様の場合にはぐあいが悪いと、これはどういうことですか、どういう場合が罷業としてぐあいが悪いのか、これはやっぱり事務系の者が答えることじゃない。
#63
○国務大臣(坂田道太君) たとえば本件のごときものは、違法性……。
#64
○小林武君 本件とは何か。
#65
○国務大臣(坂田道太君) 本件というのはこの判決、東京都のこの問題ですね。これはまさに争議行為に当たる。
#66
○小林武君 それでは、そのほかのやつはどういうことになりますか、その他たくさんあるわけなんだね。この間の質問にも私出しましたけれども、その問題のときはちょうど私が、私の時代だけでもばく大な数のものがあるわけだ。その場合、何が悪いんだ、ストライキなんていうことばを使ったことはないけれども、ストライキと、最近はそういうことを言っているかしらぬけれども、なかったがね、一体どういうところなんです。何なんですか一体。この、ごときというのはどういう解釈をしたのか、私はこの判決文と同じだというから、そういう聞き方をするんです。判決文をあなたお読みになって、十分お読みになって、そしてそういうことを言うというからそんないやらしいことを聞くんで、どういうあれなんです。ぼくは処分される者のことを考えたらこれは当然答えなければいかぬですよ。
#67
○国務大臣(坂田道太君) やっぱり「本件の一せい休暇闘争は、同盟罷業または怠業にあたり、その職務の停廃が次代の国民の教育上に障害をもたらすものとして、その違法性を否定することができない」と述べておるわけですが、やはり国民の教育上にも障害をもたらすような態様というようなこと、それから単にそれが期間とか何とかいうことだけじゃなくて、その時間もその一部にはなると思うのですが、全体を見て合理的に判断しなくちゃいかぬ、慎重に判断しなくちゃいかぬということを申しておるのであります。
#68
○小林武君 それでは、どうですか、あなたたちはやっぱりほんとうのことを言うと、この判決書というものを肯定しておらぬですよね、曲解していますから。あなたたちの考え方は根本的なところにおいて違憲的行為をやっておる、いわゆる最高裁の判決が言っているように違憲行為をあなたたちはやろうとしている。その証拠に争議行為そのもの、同盟罷業そのものに対するところをほんとうに読んでおらない、ひとつ読みましょう。「ひとしく争議行為といっても、種々の態様のものがあり、きわめて短時間の同盟罷業または怠業のような単純な不作為のごときは、直ちに国民全体の利益を害し、国民生活に重大な支障をもたらすおそれがあるとは必ずしもいえない」と、こう言っている。「地方公務員の具体的な行為が禁止の対象たる争議行為に該当するかどうかは、争議行為を禁止することによって保護しようとする法益と、労働基本権を尊重し保障することによって実現しようとする法益との比較較量により、両者の要請を適切に調整する見地から判断することが必要である。」という見解をとっている。「その結果は、地方公務員の行為が地公法三七条一項に禁止する争議行為に該当し、」「違法性の強い場合も勿論あるであろうが、争議行為の態様からいって、」違法性の比較的弱いもの、また、実質的には、右条項にいう争議行為に該当しないと判断すべきものがあるということをここで言っているのです。この間において大法廷は、教員の争議行為に対していわゆる労働基本権を尊重し、保障することによって実現しようとする法益というものがここで非常に取り上げられている。それと同時に、争議行為を禁止するという法益と、その二つの比較較量、調整ということをここで言っている。私はそういう見地から一体過去に行なわれたたくさんの問題がほんとうに妥当に行なわれてきたと、あなたたち確信を持って言えるかどうか。初中局長は文部省の当初からずっといたし、坂田文部大臣もこれはまんざらのしろうとではない。役人ではないけれども政治家としては当初からそのことを見ておられる。むしろ私はそういう意味では坂田さんのそういう経験なり見識なりというものに対してしろうとでなくて十分の経験なり知識なりをお持ちの方だと思っているから言うのです。それをこの大法廷の出した判決書と比較して、いまのような御答弁でもって、一体この教育界の問題が処理できるかどうか。私は、先ほど永野委員の質問を聞いておって、新たなる時代のいわゆる社会のひとつの変革の後、変化によって起こるところの新たな精神文明ということを言った。そういう時代の精神文明というようなものはたんたんとした道なんか歩まれない、親鸞にしたって日蓮にしたって新たな精神文明をつくろうというときに法難によってさまざまな迫害を受けていることはしろうとだってよくわかる、私のような親鸞なんてよく知らぬ人間でも親鸞の人世というものはよくわかり、その中においても初心をひるがえさなかった偉大な宗教家として認める。日蓮も同様だということになる。いまの時代になればそんな一方的なことではなくてお互いの立場を認めるというようなひとつのとり方を、この場合には労働者と政府の間にとっているわけだから、そういうたてまえからいってあなたはいまのような御答弁なさるということは、私は納得がいかぬ。どうお読みになったのか、ここのところをどうお読みになったのか、具体的な問題と比較して言っているのだ、それでなければ浮かばれない、だれも。
#69
○国務大臣(坂田道太君) この最高裁の判決というのは、ただいま私が申し上げたとおりでございます。でございますけれども、やはり一方におきまして教育者というものの意味と、あるいは与える影響、教育者が行なうところのこういうような争議行為というものは、次代を背負う青少年に非常な悪影響を及ぼす、そのことを考えてやってもらわなければいかぬという強いことが、やはりここにうたわれているということは、私は十分考えていかなければならない問題であって、単にその違法性の限界がどうだ、こうだというものとは別に、こういうものが教育者には要請されているのだ、国民から。言うなれば法的規制以上の道徳的規範というものが求められているのだ、一般社会あるいは一般公務員、一般労働者よりもそういうものを非常に要求されているのだということ、また、それでなければ教育というものは行ない得ないと私は思うのでございます。その意味合いにおいて、その気持ちというものがこの判決にあらわれているというふうに私は考えるのであります。
#70
○小林武君 あなたやはり論点をそらすようなことはそれはひきょうですよ。あなた、ここで言っているのはよその、中郵裁判の判決を私は言っているのではない、これはれっきとした東京都教職員組合の人たち、しかもみんな教員なんです。その教員に対して行なわれた判決文の中に述べている地方公務員というのは即教育者のことを言っている、ここでは。この中のどこにあなた、教育者がと書いてありますか。「きわめて短時間の同盟罷業または怠業のような単純な不作為のごときは、直ちに国民全体の利益を害し、国民生活に重大な支障をもたらすおそれがあるとは必ずしもいえない。」と、こう書いてあるじゃありませんか。どこに一体教員は争議行為をやったら全部やられてもいいとここに書いてありますか。その影響が甚大だからやられてもいいと書いてありますか。私は文字の面にないようなことをここでやってごまかすわけにはいきません。これは野党と与党の間の討論なら幾らでもごまかす手はあるでしょう。しかし、少なくともこれは大法廷の中でやられた、といったらどうですか。与党も野党も守らなければならない一線ではないですか。私は、日本社会党はそういう裁判に不服であっても、決定されたものに対しては従っていかなければならないと考える、合法的政党だから。その立場に立って言っている、どこに一体ありますか。
#71
○国務大臣(坂田道太君) 二一ページに「しかし、本件をさきに詳細に説示した当裁判所の考え方に従って判断すると、」いろいろあなたは述べられましたが、しかし結論としては、「本件の一せい休暇闘争は、同盟罷業または怠業にあたり、その職務の停廃が次代の国民の教育上に障害をもたらすものとして、その違法性を否定することができない、」こういうことをはっきり言っているわけでございます。だから私が先ほどお答えいたしましたことと変わらないわけです。
#72
○小林武君 これは二一ページの終わりから四行目のところで、「しかし、本件をさきに詳細に説示した当裁判所の考え方によって判断すると、本件の一せい休暇闘争は、同盟罷業または怠業にあたり、その職務の停廃が次代の国民の教育上に障害をもたらすものとして、その違法性を否定することができないとしても、」「も」という字が入っているんですよ。「被告人らは、いずれも都教組の執行委員長その他幹部たる組合員の地位において右指令の配布または趣旨伝達等の行為をしたというのであって、これらの行為は、本件争議行為の一環として行なわれたもの」として、これは争議行為を行なったいわゆる六十一条四号の問題でしょうこれは、そうですね。これについては無罪なんだ、あなたなんぼ力んでも、あなたの力説するようなことならここで有罪にならなければならない。しかし冒頭にちゃんと書いてある。そうでしょう、冒頭にちゃんと書いてあるよ。われわれも大法廷へ行って判決聞いてきたんだから。そのほか、あなたの言う同盟罷業その他と言っても、その同盟罷業その他をどう見るかということを一四ページで私は言っている。一四ページをごらんなさい。あなた適当に読んじゃいかぬ。ぼくはまっかになるぐらい線引きながら読んできている。どうなんですか、一体。あなたの先ほど言った同盟罷業、怠業、そういうものでさえも、一体どういうことに判断しなければならぬかということをここで書いている。三十七条の一項というようなものを、文字どおりこれを解釈すれば、それは違憲の疑いがあると、こう言っている。そのところがわからぬようでは困る。
#73
○国務大臣(坂田道太君) それは最初から、小林さんがこの前から言ったように、この判決というものの本質は何かと言うならば、あおり、そそのかしたことは刑事罰の対象にならないというので、はっきり言っておるわけです。しかし御質問の趣旨が、一体あの一斉休暇闘争というものはどうなんだとお聞きですから、これは裁判所もこういうふうに認めていませんということをはっきり申し上げておる。その次のページを読んでいただくと、「これら被告人のした行為は、刑事罰をもってのぞむ違法性を欠くものといわざるをえない。」、その点はそのとおりだと私は繰り返し申し上げている。だけれどもあなたのさっきのは、「本件の一せい休暇闘争は、同盟罷業または怠業にあたり、その職務の停廃が次代の国民の教育上に障害をもたらすものとして、その違法性を否定することができない」、こういうふうに明確に言っている。違法性がある、違憲性がある。違法性を否定することはできないとはっきり言っておるわけです。
#74
○小林武君 その前にあなたに聞いておる。ぼくの言ったことをあなた間違って聞いておるから困るけれども、先ほどから言っているでしょう。いいですか、ぼくがその前に取り上げているのは、三十七条一項を文字どおりこれを受け取れば、そうしてやればこれは違憲なんだ、違憲の疑いがあるんだということを言っている。しかし、それは法律の解釈において、労働基本権の立場に立ったものと争議行為を禁止するという両方の法益を比較較量して、そうしてその中をとっているからこれは違憲でないんだと、こう言っておる。そのことはあなた先ほど認めたでしょう。あなた一四ページを見てくださいよ。一四ページを見て、ここの罷業並びに同盟罷業または怠業というようなものの解釈を見た場合に――ここは大事だから――見た場合に、いままでたくさん処罰をしてきたところの人たちの処罰のしかたは間違いなかったかと聞いておる。いいですか、まずそこを言っている、ぼくは。いままでたくさんの処罰をしたやつ、たとえば事例をあげると一分、二分おくれたというので処罰したのもある。そういうことを言っているんだからね。
#75
○国務大臣(坂田道太君) 大体「禁止されるべき争議行為の種類や態様についても、さらにまた、処罰の対象とされるべきあおり行為等の態様や範囲についても、おのずから合理的な限界の存することが承認されるはずである。」、合理的な限界が承認されるはずである、それはどう思うかというお尋ねでしたから、これはこのとおりに考えます。おのずから合理的な限界はある、こう答えておるわけです。
#76
○小林武君 あなたはぼくに言わせればことばをそらして言っている。そこで、ぼくはあなたにはっきり今度は限定して質問しますが、一四ページ、あなた同じものをお持ちで、書いてある。そこでいま問題にしているのはどういうことかというと、同盟罷業、怠業、そういうものに対するさまざまな態様がある。「きわめて短時間の同盟罷業または怠業のような単純な不作為のごときは、直ちに国民全体の利益を害し、国民生活に重大な支障をもたらすおそれがあるとは必ずしもいえない。地方公務員の具体的な行為が禁止の対象たる争議行為に該当するかどうかは」という、ここは判断です。「争議行為を禁止することによって保護しようとする法益と、労働基本権を尊重し保護することによって実現しようとする法益との比較較量により、両者の要請を適切に調整する見地から判断することが必要である。」と、こう言っている。この点についてどうなのか。ということは、先ほど来言っているように、いままでずいぶんたくさんの処分をやってきた。ここで出された資料の上からも、昭和三十三年度から四十三年度まで、一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、十一、十一回、十一年間にわたって処分が出ているんだが、これらの中において、これのいわゆる解釈に反するようなものがあるではないかということを指摘している。あなたはそれに対してさまざまなことを言っている。急にうしろのほうに飛んでいって、そして「本件の」何とかということを言っているんだが、私の質問はそこを言っているんですよ。いいですか。だから先ほど来、鈴木委員の質問も出てきたわけです。この三十三年以降現在に至るまでの間の文部省の指導というのは一体どこにあるのか、このことを明らかにするためにその指導の問題もここで出たわけです、関連質問として。これの解釈を明らかにせいと、こう言っているんですよ。
#77
○国務大臣(坂田道太君) そこに書いてあるのは「ひとしく争議行為といっても、種々の態様のものがあり、きわめて短時間の同盟罷業または怠業のような単純な不作為のごときは、直ちに国民全体の利益を害し、国民生活に重大な支障をもたらすおそれがあるとは必ずしもいえない。」ある場合もあるということだと思います。
#78
○小林武君 ない場合もある。
#79
○国務大臣(坂田道太君) ええ。ない場合もある。だから、そういうことを考えて……。
#80
○小林武君 判断する材料があるでしょう。
#81
○国務大臣(坂田道太君) だから「労働基本権を尊重し保障することによって実現しようとする法益との比較較量により、両者の要請を適切に調整する見地から判断することが必要である。」そのとおりだと思います。
#82
○小林武君 そこでようやくそこへいったからぼくは言う。そういうたてまえに立った場合に、あなたのほうで、これはもう教育上たいへんな障害があるという判断を下す場合もあるだろうし、下してならぬ場合もあるということを裁判所は言っている。ところが、私が言うのは、いままでの三十三年度以降現在に至るまでやられてきた実績を私は体験として持っているわけだ。その体験の上から言っても、とにかく十ぱ一からげに三十七条の一項によるところの争議行為でもってずっとやってきた。このことを認めないわけにいかないじゃないか。たとえば実例を一つあげれば、今度の人事院勧告というような問題の争議行為のごときも、一分間おくれたということで処分しておる。一分でも二分でもおくれたらだめだという処分のしかたをやっておる、こういうことです。そういう事実を見て言っているわけです。その場合、どうです文部大臣、労働基本権を守ろうという法益と、ストライキをやらしてはいけないという、禁止しようという法益の関係の比較較量をやった場合、一体、労働基本権の立場からいったら、人事院勧告が出てから一回も完全実施しなかったというこの事実からいって、この問題について比較較量した場合に、一体あなたならば、良識のある文部大臣ならばこれに対してどんな判断を下したらいいのか。私は前の文部大臣に対して、これはひどいと、こう言った。ひどいと、こういうことを訴えたのはそういうためだ。一度もやらぬでおって、そして処分のほうだけはきちんとやるのはおかしい。しかも、そのあとにきた恩赦なんというやり方は、全くどうも納得がいかぬということを前文部大臣に主張した。このことをどうあなたは解釈するかというのだ。あなたの指摘した都教組の場合については、確かにそういうふうにうしろに書いてある。このことはわれわれの不満とするところだけれども、しかし、この判決の最も大事なところはどこかといったら、ここのところにある。このあとのところはまだ見解に対立がある。しかし今度の大法廷の判決には、ここでこういうはっきりしたものが出てきておる。この解釈を文部大臣がはっきりつかまないと、たいへん片手落ちになりはしないか、いわゆる片手落ちぐらいでおさまらないで、三十七条一項というものが憲法違反の疑いがあるという大法廷の判決そのものが否定されるのではないか、こう言うのですよ。それに対してどうですか。
#83
○国務大臣(坂田道太君) 繰り返し、繰り返し申し上げておりますように、いろいろ、こうこうこういうことである、こういうことを言いながら、そして最後に、本件についてはこうだというふうに明確にやっておるわけでありますから、このことについて、私はやはりこれに従わなければならない、それからまた前に例示されたいろいろの点というものは、われわれ十分考えていかなければならぬ、こういうことだと思うのです。まことにすなおに私はこれを受けておるわけです。
#84
○小林武君 まあひとつやりましょう。
 先ほど文部大臣は、私は初めにずっとこう読み上げたその中で、この判決の中において非常に重要なことが一つある。それは全逓の中郵裁判というもの、そのことを持ってきて、これと中郵裁判のものの見方、労働者の見方というものを維持していかなければならぬということを書いてある。さらに、この場合に、私はこの全逓中郵裁判よりかも一歩進んだ問題があるというのは、いまのような問題を取りあげて言っておる。いいですか。そういうふうに新たな一つの角度が大法廷の中から出てきた。それは前回の判決において長谷川正三君以下体刑を受けるような判決を受けておるわけです、執行猶予つけておるけれども。そういうあれが無罪になる、その無罪になったというのは、中郵裁判の労働者に対する見方をそのまま本件に持ってきた。ただ、しかしその中において、先ほどあなたが言う都教組のその際の争議行為というようなものはこうだというそのあれは残っておる。残っておるけれども、その間において説明されてきたのは、労働者の一体争議というようなものの見方、地方公務員のそういうものに対する見方、教員の争議行為に対する見方というようなものは、この一四ページの中に集約的に書かれておるということを私は指摘しておる。そういうことはあなたお認めにならないとこれは重大なことになると、こう言うのですよ。たとえば先ほどの永野委員の質問の中にもございましたが、この永野委員の質問はどういう意図か、その意図の方向はよくわかりませんけれども、これはやはり今後重要なことだから参考までに申し上げておくというと、意味は、そのまま書いてないからあれだけれども、意味をとってみると、判決を見れば、これは行政面の敗訴ということのようになっている。そうしたら一体敗訴と見た場合には考え直さなければならないのかという意味だったと私は聞いておるが、これは永野委員いらっしゃるから間違いだったら直ちに私のほうが直しますけれども、そう受け取った。質問の意味はそういう質問の御趣旨だった。私もそういう考え方に立っているものだから、これは明らかにあなたのほうが後退したと、こう見ておる。そういうたてまえに立っているから、これは見方いろいろあるでしょう。そういうときには負けずにやれと言うこともあるでしょう。大法廷の趣旨に従って人事行政というものについて考えなければならぬ、教員の争議行為その他についての解釈をしなければならぬ、こういうことを迫まられておるのですよ、これは。その迫まられていることについて、あなたたちが一つも感じていないということはわからぬな、ぼくは。その点について文部大臣はそれしか言わぬですか。これは言わぬければ、この次また別の手でやるからいいけれども……。
#85
○国務大臣(坂田道太君) 永野委員にお答えしたときも、各都道府県教育委員会を通じて警告をし、さらに、もしそのような違法な行動が行なわれた場合には、当局としては、それぞれの行動の実情に応じ、厳正な措置を講ずるよう指示をしてきた、こういうのです。
#86
○小林武君 いや、だからそういうあれじゃなかったですか。敗訴をしたと見られているから、それについていろいろなことを考えろと、そういうことじゃなかったですか。
#87
○国務大臣(坂田道太君) いやいや、そうじゃありません。
#88
○小林武君 そうじゃない。
#89
○国務大臣(坂田道太君) 文部省としましては、従来から組合側の行なって来た一斉休暇闘争をはじめとする争議行為は学校教育の正常な運営を妨げ、ひいては児童生徒を学校に託した国民の信頼を裏切るものであり、地方公務員法で禁止される違法な争議行為にあたると考え、そのつど公立学校教員がそのような違法な行動に走ることのないよう各都道府県教育委員会を通じて警告し、さらにもしそのような違法の行動が行なわれた場合には、当局としてはそれぞれの行動の実情に応じ、厳正な措置を講ずるよう指導してきたところであります。その意味において、今回の判決によって従来文部省がとってきた方針の正当性には変わりありませんと。
#90
○小林武君 それで、永野さんの質問に別にどうしたこうした、速記録を見ればわかることだけれども、別段どうということはない。ただ、永野さんの質問、初めあなた答えなかった。文明史論の関係のほうは答えたけれども、前のほうは答えなかった。私は答えないところのやつを言ったんだけれども、それは別に人の質問をどうこう言いやせぬ。ただ、ものの見方は別にしても、この問題は今後の文教行政をやるのに非常に重要な問題だということは間違いない。そういう角度でぼくは聞いてんだからね。
 そこで、あなたに聞いてるのは、いまの問題なんだけれども、あなたやっぱりあれかね、その点では何と言うかな、これすなおに読むと、どうしてくれというのじゃないんだけれども、あなたはこの文章を、少なくともこのことだけは認めなきゃならぬということを私は言っている。まず「短時間の同盟罷業または怠業のような単純な不作為のごときは、直ちに国民全体の利益を害し、国民生活に重大な支障をもたらすおそれがあるとは必ずしもいえない。」と、こういうことの一つの見方。それから争議行為であるかどうかということをきめる場合に、そのきめる場合のものの判断には一方的じゃだめなんだ。一方的で地公法三十七条のたてまえだけでいえば、こいつはとにかく憲法違反になるおそれがあるんだから、その場合には大法廷としては労働基本権を尊重し、保障することによって実現しようとする法益との比較の上に立って、そうして両者の要請を適切に調整する見地から判断することが必要であるということなんです。そういうたてまえに立った場合にだ、昭和三十三年から現在までに至る間、あなたたちのいわゆる報告したものだけ見ても、十四万三千五百九十三名というたくさんの処罰者を出している。そういうものが、われわれが事実をいままで調べてくるというと、この大法廷の判決というようなものから見れば、当然処罰を受けなくてもいいようなものがたくさんあったじゃないか。そのことを今度のこの判決を通して、あなたは一体どうするつもりか。あなたは冒頭に、私に対して、大法廷の判決は私は尊重しますと、政府は尊重しますと、こう言った。尊重しないと言ったらこれはたいへんなことだと思うけれども、尊重すると言った。尊重するということは正しい解釈をするということです。私も尊重をしようとするから、この正しい解釈をしているわけですよ。私は不満なところあるんですよ、正直に言って。あなたの指摘した都教組のこのあれについて、こいつはとにかく教育上非常に大きな影響を来たしておるとかなんとかという判断についてはあれがあるけれども、それをとにかくわれわれが改めさせるには、少なくとも法律を、合法的なところから裁判を通し、あるいはいろんな手段を通してやらなきゃならぬと、こう思っているから、それは後刻に譲るとして、現状はどうですかと、この点についてはどうですかと、こう言うんですよ。その点についてあなたのお答えがないというのはおかしい。私は、あなたが少なくとも良心的なことだったら、この事実をまず認めてもらいたい。比較較量の上に立ってやらなきゃならぬということと、それから争議行為と認められないようなことがあったらあなたはどうする、誤ったことをやっているような教育委員会があったらそれはどうするかというのです。今後一体それに対してどういう指導を行なうということをここではっきり言ってもらいたい。それが言えないということはない。これからびしびしやりますということは、この判決をあなたは尊重してないということだと私は判断する。言ったでしょう、これからびしびしやりますと。これは六十一条四号だけが問題になったのです。あとのところはとにかく何も問題はないのだから、やりますということをおっしゃったが、私のいままで長い時間かけて、のどがかれるほど言っていることを見たらわかったでしょう。あなたに要請したいことはそれだけです。正しい解釈を、一四ページのそこのところをどう解釈するか。それから誤ったものがあったらどうするか、今後方針として改めるところがあるならばあると言っていただきたい。
#91
○国務大臣(坂田道太君) さっきから繰り返し繰り返し私申し上げているわけでございまして、この一四ページのこれ、この文字どおりではないでしょうか。私は厳正に、違法な争議行為があった場合には厳正にやってもらいたいということを申しておるのです。びしびしやるということは言っておりません。
#92
○小林武君 あなたのほうが間違ったら厳正にそれをどう処理するか。
#93
○安永英雄君 関連、先ほどからの論議の中で、大臣のほうで認められた点を整理して申し上げたいと思いますが、小さい点はあとまた後日に譲りたいとして、少なくとも、第一点は公務員、教育公務員といえども勤労者である、労働者であるというこの最高裁の判決について、これは認められたというふうに私は考える。これは私企業であろうと、何であろうと、少なくとも労働基本権を保障されておる労働者であるという立場は、この判決文の中郵事件のあのところの点を認められたわけですから、この点は私は文部大臣もはっきり教職員というものは勤労者である、労働基本権を保障されておる組合であるということをまず確認をされたというふうに私は考えます。
 その次には、二点目には、「すべての地方公務員の一切の争議行為を禁止し、これらの争議行為の遂行を共謀し、そそのかし、あおる等の行為をすべて処罰する趣旨と解すべきものとすれば、それは、前叙の公務員の労働基本権を保障した憲法の趣旨に反し、必要やむをえない限度をこえて争議行為を禁止し、かつ、必要最小限度にとどめなければならないとの要請を無視し、その限度をこえて刑罰の対象としているものとして、これらの規定は、いずれも、違憲の疑」がある。こういうことですから、争議行為ということであっても、これは一つの限度があるということなんで、すべてのそういった争議行為というものを直すに処分する、処罰をするということについては、これはすべきでないということを先ほど認められた。これが二点目です。
 三点目は、先ほどから、二十四時間であろうと、一分であろうと、時間の問題にとらわれない、これはあくまで教育的な見地というか、まとめて言えばそういったことを判断すべきであるという文部省の見解が出た。私も三十三年にはこの問題に関連した一人です。今日までの、三十三年以降の文部省の指導方針としては、教育公務員というものは労働者でない、争議行為をすればこれは違法だ、必ず行動の前には通達が出る、違法と言い切っている、処分をする、こういう必ずきびしい通達がきている。これは私は、今度の最高裁ではっきりそれを否定しているということですから、今後の文部省の指導方針としては大きく変わらなければならぬ点だと思うし、またあなた方は教育的な見地から処分するとかしないとか大ざっぱなことをすぐに追っかけてくるけれども、いよいよのときには一分とか違法とか必ず法律に照らしてぎゅうぎゅう言わしてきて、味方が悪くなってくると、すべて教育的な見地からこれを考えなければならない、こういうことで、ごまかしているという私はあれがあると思うのです。今後はそれはできないと思うのです。その点が一つ。
 最後に、四点目に私が言っておきたいのは、十一年間、教唆、扇動、企画、共謀という三十七条の違反容疑に問われて、東京都教組で七人、一人は死亡している。その長い間、教壇に立ちたいといっても立てない。あなた方はすぐに分限の適用をやり休職処分にしろと、こういって指導する。教壇には立てない。そうしていま無罪という立場が出ている。私はこの点については大きく文部省のこれに対する指導というものは変わらなければならぬ。大きく変わらなければならぬ。少なくともですよ、あなた方が指導するように、たとえば十・八とか、こういった行動がある前には、教育委員会は企画、共謀、教唆、扇動の証拠を必死になってさがそうとする動きがあるのです。どこで会合して、だれがどこそこの学校に来てどういうことをしゃべった。警察以上のことを各県の教育委員会はあなたたちの指導によってやっておる。少なくともこの指導というのは誤っておるということに大きくこの判決によって変わらなければならぬと思うのです。これはあなた方には第一審、第二審のあれはないから私はわからないと思うけれども、組合運動をやる場合には幹部が下部の組合員に対して闘争の趣旨なり、そういうものを指導して、これは決して教唆、扇動に当たらない。これがなかったら組合運動というのは成り立たないというきびしい判決が一審、二審で出ているのです。それに基づいて今度は無罪ということが最高裁できまった。少なくともあなた方のほうの指導としては組合の幹部が教唆、扇動、企画、共謀をやっているという、そういうものを追い回して調査をし、あるいはそれを責めていくという、あるいはそれによって行政処分をやる、こういうことが一切やれないという、私は今度の判決だと思うのです。これははっきりしている。この四点についてきょうは文部大臣として認められた。したがってその四点については、この判決を受けて文部省の指導方針は大きく変わる。これが指導を各県に、都道府県の教育委員会なり地教委にさっそく大きく変わって指導をしなければならぬ時期ではないか。何となくあなたたちの印象では違憲ではなかった、あるいは東京都教組がやったことは違法であった、こういうところだけをとらえて、そうしていままでにない去る三十三年以降の高い姿勢、これでもってさらに指導を強めていこう、こういうふうなことは私はもってのほかだと思います。考えてもみてください。七名には無罪が出たけれども、たくさんの人間が長い間、十何年間も教壇に上がれず、もんもんとして暮らしてきて、最後に十一年の間にこの無罪が出たことは、文部大臣としては、この十一年間ほんとうに苦しんだなあ――これはあなたたちが告発したのではなかったけれども、少なくとも検察庁の誤りで十一年の空白ができていることは、検察庁に対して文部大臣としてあなたの指揮下にある教職員のために一言あってしかるべきと思うのです。むしろ何か裁判で私らのほうの主張が通ったというふうにのぼせ上がらないでください。七人です、七人の方が十何年教壇に立ちたくても立てずに、そして十一年目にようやくお前がやったことは誤りではなかったと、こういう判決が出たときには、私はむしろあなたの口から検察当局に対して一言あってしかるべきで、それでこそ六十万の教師があなたを信頼すると思うのです。そうじゃなくて逆にいまからどんどんきびしくやるのだということばはあなたの口から聞きたくなかった。また言うべきではない。短い時間ですから小さい問題については次回から徹底的に聞いていきたいと思いますけれども、この問題について明らかにしていただきたいと思います。
#94
○国務大臣(坂田道太君) 第一番目の、教員も憲法二十八条にいう勤労者であるということは、今回の判決の示すとおりでございます。私どももそのように考えます。しかし教職員は高度の知的、精神的職業であって、これに従事する者には専門的な知識とそれを維持するための不断の研修が強く要求される。特に判決でも言っておるように、児童生徒の師表としての高い倫理性が要求される性格のものである。したがって、いわゆる一般の労働者に比べて教職労働者は異なる面がある。すなわち全く一般労働者と同質の労働者ではない。この意味で専門職という面もある。こういう点から教員が労働者として行動する場合もある。行動する場合はその反面においてみずからの職業に対しては国民の強い信頼と高い尊敬が寄せられていることを忘れてはならないと私は考えるのです。そのことは最終のこの判決の中にも、一斉休暇闘争というものの与える影響というものについて述べたことは、これはあおり、そそのかすということが本件に関してはとにかく刑事罰の対象でないということを申しております。重大性と同時にこの点もやっぱりわれわれとしては考えていかなければならないことだというふうに思うのでございます。それから必要最小限度の限界と申しますか、合理的な限界、これはここに述べられておるとおりだと私は考えます。それから時間の問題についても、単に時間だけでなくして、あるいはそれの短かいことは長いことということも含めて全体の態様、やり方そのものを見ないといけないけれども、しかし、やはりそういうようなことについて十分慎重に配慮をしなければいかぬということは、やはり判決の示すところだろうと思います。それから無罪になったというのは、あおり、そそのかしたことについてのこの判決でございますけれども、先ほどちょっと私見たわけですけれども、非常な厳格な限界はある、しかし、すべてあおり、そそのかす行為が刑事罰の対象になるかならないかということはまた別だというふうに書いてあるわけでございます。このように解釈をいたしております。
#95
○小林武君 文部大臣、これできょうは私の質問は終わりますけれども、最後に、私は特にもう一ぺんこれからのこともあるから確かめておくのですけれども、あなた、さっきの一四ページの結論については、そればかりではない。前のほうからずっとお認めになった。これは続かなければ認められないのです。そこで最後に一四ページのところで、一番最後にあなたと私とやりとりをやったところで、あなたにひとつ考えてこれから改めてもらいたいと思うことは、扱いとしてはどこまでもやはりいまのいままでは一方的であったと私は断言して間違いはないと思います。三十七条一項というものをその字義どおり、字義どおりと言うよりかもっときびしくこれをやってきたというのが文部省の態度である。これを今度は二つの領域、法域から、争議行為を禁止するという法域と、労働基本権を尊重するという法域と比較較量の点から調整をして判断するという、このことですね。同時に、ここに書かれておる地方公務員は、文部大臣はやはり誤解されておると思う。地方公務員のことを言っておるのではなくて、地方公務員である教員のことを言っておるのですよ。だから、そのことを頭において判断してもらいたいのと、私はそれともう一つ、文部大臣、教育のことをたいへんあなたは御心配になっておる。私どももやはり同じなんです。こういう誤った考え方に立って処分をされるというようなことで日本の教育がどうなるかということを心配するからわれわれは主張しているのだ。そういう点であなたは、先ほど来再々言ったけれども、三十三年度から処分をされた者に対して十分なひとつ検討をして、行き過ぎがあったらこれを是正するという態度をとってもらいたい。いまからでもおそくはないと私は申し上げる。今後の判断については先ほど来からるる述べているが、この点についてはひとつ十分考えて、少なくとも舌足らずの、とにかくこれからびしびしやります式の文部省のあの発言は撤回してもらいたい。この点申し上げて、今後またこの問題についてのいろいろな御議論があると思いますから、ひとつその節に譲りたいと思います。委員長、これで終わります。
#96
○国務大臣(坂田道太君) まあこの最高裁の判決が出たわけでございますから、この趣旨は十分われわれも体しまして、今後の指導行政に当たりたいというふうに考えるわけでございます。しかし、いやしくも違法なる争議行為に対しましては、厳正に処理をいたしたいというふうに考えておるわけであります。
#97
○内田善利君 私は国立大学の付属学校の問題についてお聞きしたいと思いますが、昨年度も福岡の付属小学校で不祥事件があったわけですが、ことしの入学試験はどのように行なわれたか。一部の話ですけれどもまたうわさも聞いておりますし、また入試が特殊な進学化された姿はなかったか、そういったことについてまずお聞きしたいと思うのです。
#98
○政府委員(村山松雄君) 四十四年度につきましては、小学校の場合、何らかの方法で抽選を加味しておりますものが七十一校中六十校でございます。残りはテストあるいは発育検査、面接等で選抜しております。それから中学校の場合抽選を加味しております学校は、七十六校中四十一校であります。三十五校はテストなどによって選抜しております。小・中学とも四十三年度と比較いたしますと、抽選を加味する学校が増加をいたしております。高等学校の場合ですと、十五校ともテストによりまして入学者の選抜を行なっております。競争率について見ますと、四十四年度は目下調査中でございますが、四十三年度につきましては、小学校の場合平均三・六倍、中学校は平均二・九倍、高等学校は六・八倍ということになっております。
#99
○内田善利君 大体国立大学の付属学校ですか、どれくらいありますか。
#100
○政府委員(村山松雄君) 現在小学校が七十一校、中学校が七十六校、高等学校が十六校、その他養護学校、幼稚園等がございます。生徒児童数は約十万人というのが実情でございます。
#101
○内田善利君 いまいろいろな入試のしかたをお話しされたわけですが、大体どういう入試のしかたがあるのか。抽選ということばも出ましたが、それからテストをやる方法、いろいろあると思いますけれども、入試の方法にどのような方法が現在実施されているか、もう一度……。
#102
○政府委員(村山松雄君) 概して申しますと、小学校の場合はテストで不適格者を除いて、その者について抽選できめるというやり方が比較的多うございます。それから中学校につきましてはそういう方法もございますが、どちらかといえばテストを用いる学校のほうが多くなっております。そのほかの方法といたしましては、小学校なんかの場合ですと発育検査だとか、あるいは面接などを併用いたしております。そういうことでやっておりますが、高等学校では先ほど申し上げましたように、ほかの方法をあまり使わないで、もっぱらテストによって選抜をいたしております。
#103
○内田善利君 国立大学のこの付属の学校の設立の目的ですけれども、これについてお伺いしたい。
#104
○政府委員(村山松雄君) 大体付属学校は、教員養成を主たる目的としております大学あるいは学部に付属するのが通例でございます。まあ中には多少違ったものもありますが、大部分はそのようなところに付置されております。その目的といたしましては、そういうものでありますから、付置されておる大学の行ないます教育上の研究あるいは実験、その結果の実証というようなこと、それから教員養成を行ないます学部につきましては、その学生は教育課程として教育実習というものが課せられておりますので、その教育実習を行なう場所、これは付属だけでやるという意味ではございませんで、一般の公立学校等でもなし得るわけでありますが、教育実習を行なう場合、まずもって付属学校で行ない、他の公立学校等を併用するという形で行なっております。そういう目的を達成するために付属学校が置かれておるのが通例でございます。中に、高等学校ですとかそれから養護学校等では多少違ったものを加味しておるものもございますが、大部分の小・中・高等学校は、以上申し上げたような趣旨で設立されております。
#105
○内田善利君 小学校、中学校の場合ですけれども、その目的が少しはずれているのじゃないかと、その目的がどのような効果をあげておるか。実験に子供が供せられるということになりますと、それを好まない父兄もあるように聞いておりますし、また入試を一律にやるということにも問題があるのじゃないか。特に進学化した姿はやはりあのような不祥事件の原因にもなるし、その目的にどの程度沿って効果をあげているかお尋ねしたい。
#106
○政府委員(村山松雄君) 以上申し上げましたような趣旨につきましては、すでに昭和三十一年に付属学校の入学者選抜等の留意事項につきまして、関係の大学に通達いたしまして、入学志願者に対して付属学校の実験実習校としての性格を十分徹底させて、その上でその趣旨が実現されるような選抜方法を講じ、かつ入れた子供に対してもそのように運営するように指導してまいっております。それからその後必ずしもその趣旨が徹底しない、はなはだしきは不祥事件が起こるということで、昨年も重ねてそのような趣旨の通達を出しておりますし、あわせて教育職員養成審議会というところで教員養成制度の問題を御審議願っておるわけでありますが、そこでも付属学校のあり方につきまして御検討を願っております。それらをあわせまして、できるだけ徹底するように指導、助言しておりますが、まあ御指摘のように、学校においてもまた志願する子供の父兄の側においても、その趣旨の理解が必ずしも十分でない面があって、間々逸脱したような現象が起こっておることは御指摘のとおりでありまして、この面につきましては、さらに十分その目的性格の徹底について指導、助言をしてまいりたいと思っております。
#107
○内田善利君 設立目的から見るならば、文部省通達にもありますように、「素質の異なる各種の児童生徒をもって構成することが望ましい。」このようにあるわけですが、本来そのように選択すべきものが少し逸脱して、入試を重んずるような傾向になってきたんじゃないかと、そのように思うわけです。あの福岡小学校の場合は、本年度は野球のボールに番号を書いて、百五十四名の志願者に対して百五十五番まで番号書いて、そしてそれを各父兄、受験生に一つずつとらして校長が一番最後にとって、それから四十人の定員を選抜した、このように聞いておりますけれども、こういった選択方式は非常にフェアであり、明朗であり、非常に設立目的に沿ったやり方じゃないかと、このように思うわけですが、いまお聞きしますと、まだまだ入試一本やりのところもありますし、そういった方式を採用する方向に向かう意思はあるのかないのか、お聞きしたいと思います。
#108
○政府委員(村山松雄君) しばしば通達指導しております結果、先ほどもちょっと申し上げましたが、抽せんのみで決定するという学校も昨年に比べますとことしはふえております。それからテストで一般的な水準の検査をした上で最終的に抽せんで決定するというところは非常にふえておりまして、たとえば小学校ですと、四十三年度の三十四校から四十四年度は四十七校、十三校ふえております。それから中学校につきましては、四十三年度十二校でありましたものが三十六校というぐあいにふえております。そういうことでだんだんそれぞれの学校でも公平に目的にかなった生徒児童を選択するようにくふうをし、かつ実行に移されておりますので、なおその傾向を助長してまいりたいと思っております。
#109
○内田善利君 入試を実施した場合にその入試問題は非公開ですか、公開ですか。
#110
○政府委員(村山松雄君) 積極的に公開はしておらないと思いますが、絶対に公開すべからざるものと考えておりますかどうか、その点は私よく存じませんが、少なくとも積極的に公開はしてないと思います。
#111
○内田善利君 私は明朗な、フェアな入試を行なうためには公開すべきじゃないかと、そのように思うわけです。
 これは報告でよろしいんですけれども、東京教育大学の付属駒場中学校の入試状況について報告をお願いしたいと思います。入試の状況、入試の問題の内容、できれば入試の方法、募集要綱の中にあると思いますが、募集人員、実際入学した人員を報告していただきたいと思います。
 以上で終わります。
#112
○政府委員(村山松雄君) さっそく学校側と連絡いたしまして、できるだけ御報告できるようにいたしたいと思います。
#113
○鈴木力君 いまの付属の問題ですが、入学試験の問題も一つあるんだが、もう一つの問題、いませっかく御努力なさっていらっしゃいますから、ちょっと調べていただきたい。それは私どもが聞いておると、いまPTAの会費がものすごく高い。それから入園に際しての寄付ではないが、PTAの入会金という形でいろんな財政的な負担がかかっておる。それがプールになったり、いろんな設備になったり、そういう例があるようなんです。そうすると、せっかく入学試験のほうでいろいろとだれでも入れるように開放してきても、今度はそちらの学費の負担が非常に他の小・中と比べると高くなる。そういうことで、またそこで選択のあれが出てくる。そういう傾向があるということを聞いておるんですけれども、できれば調べていただきまして、そういう方面からもひとつ御指導をいただきたいと、こう思うわけです。それだけ。
#114
○政府委員(村山松雄君) PTA会費につきましては、実は最近ほとんど耳にしておりませんが、十年くらい前に一度具体的な問題がありまして、その際は調査をして過大な会費あるいは強制的な徴収方法をとらないように指導いたしまして、改善を見た例がございます。
 最近でももしそういう過大な会費を徴収するとか、あるいは徴収方法あるいは使途等に思わしくないようなやり方があるとすれば調べまして善処いたしたいと思います。
#115
○大松博文君 四月二日に大阪の教育大学天王寺分校で、学生課長ですか柏原健三助教授外三名の教官をつるし上げた。特にこの柏原学生課長に対しては「管理者居直り及び沈黙的暴力罪、その他罪状多く列記できない罪」と書いたプラカードを首にぶら下げ、そして柏原助教授が、水がほしい、便所に行きたいという要求を拒否するなど人権無視の行為があえて行なわれた。これはいままでも一応あったケースではあるが、しかし、このプラカードを首にかけさすというのはこれはもうほんとうに人権無視した法秩序なきあの人民裁判だと私は思いますが、これを大臣はどうお考えになられますか。
#116
○国務大臣(坂田道太君) この点はもう言語道断のことだと思うのでございます。いやしくも大学に学び、そして教育者となろうとする学生が、自分の専門の教官に対しましてつるし上げをやり、かつプラカードを下げてその名誉をきずつけ、またその人権をじゅうりんしたことは私は許すべからざることだと考えまして、さっそく大学局長より大阪教育大学に対しましてその事実の有無あるいはそれに対する善後措置、もし人権じゅうりんの疑いがあるならば、そのことについてもどういう本人の考えであるかということを先週金曜日直ちに行ないました次第でございます。その結果はただいままできておりません。
#117
○大松博文君 向こうで調査されたことも、私ちょっと資料をいろいろ見てお聞きしましたが、ただ資料調査する、また助言またその他何一つやる権限がないのだというようなことだけでこういうプラカードをぶら下げてやる。いままでのいろんなところの紛争ではプラカードなんかぶら下げたことがない。これは私は一番最悪だ。中国の文化革命、あのときにも私は行っておって、そしていろいろな学校も回った。そうすると、あちらの教授の首にプラカードをかけさせて、そしてみんな学生が教授をつるし上げている。そういう場面も見ておったが、もう現在のこの学園紛争というものと中国のあの学生、紅衛兵、中国の紅衛兵というのは大体十二歳ぐらいからですが、始まったいきさつからあの紅衛兵の紛争、これを大臣は同じだと思われませんか。まあ文部大臣ですからあの紅衛兵騒動も研究されたと思います。私がお伺いしたいのは同じだと思われるか思われないか、これをお聞きしたい。
#118
○国務大臣(坂田道太君) 中国の紅衛兵のやり方をまねして彼らがやっておるというふうに思うわけでございます。
#119
○大松博文君 この中国の紅衛兵のもとはこれは日本とは全然違う。私も向こうへ行っていろいろ研究もしましたし、違いますが、しかし、この紅衛兵とはおい立ちも違う、だがしかし、現在やっているあれは、もうあちらでは先生をつかまえてはこれは反面先生だ、もうらく印を押してしまう。そうしますともうその先生は学外には出さない、学内に置いておって授業をさす。しかしこの先生はもう反面先生だという気持ちを全部の学生が持って講義を聞く。そうすれば何一つもうそれが身につかない。逆の効果を生んでおる。こういうことになれば、私はそれと同じだ。日本の現在の教授といろものは、もう何一つ学生に対して尊敬されるような立場でもない。また、もうそういう価値もない。お互いの親愛の度ももうなくなってしまう。それじゃ愛情があろうはずがない。それにもかかわらずまだ大臣はそれに対して手を打とうともしておらないような気がする。これで今度解決して、それでいまの教育でほんとうの教育はできるのだろうかどうだろうか、私は疑問を抱いておるのでありますが、説明をお願いいたします。
#120
○国務大臣(坂田道太君) 私たちの指示にもあったわけでもございましょうが、大阪教育大学において直ちに調査委員会を設けまして、この事犯についての検討に入っているわけでございます。また、私といたしましても強い指導を願いたいと思っております。
#121
○大松博文君 中国では最後に、紅衛兵の中の紛争解決をしようとしたそのとき、毛沢東が三つの解決策を出した。一つは、君たちがお互いに中で争っておる、そうすればお互いが倒れて死ぬまでやるか、これが一つ。もう一つは、お互いが話し合ってそこで解決をつけるか。それとも学校をもう廃校にしてしまって、おまえらはどっかへ出ていくか、この三つだということを言った。これが解決策の一つになっている。しかし、あちらの紅衛兵が発生したのはどういうことだったかというと、これは共産党幹部が下から組織を持って紅衛兵にそういうやらせ方をした。だから一番最初に発生したのは北京大学の付属中学、それからまたあちらの教育大学の付属中学、これから波及していって、そして大学に流れていった。まあそういう形態からして、毛沢東は現在あちらでは独裁だ。そして国民の紅衛兵のアイドルとする太陽だ。こういう方がこういうようなことを言ったものだから、また幹部がそれをもって収拾するようなほうにいった。日本ではこれはいまのところだれもそういうやり方をして発生したものではない。しかし教育に関しては文部大臣に責任がある、政府にある。そうしますと、この中でどういうような解決をしていくのが一番いいか。これはいろいろ答申なんかを待たれるとは言っておりますが、これの中のどういう方法だと大臣は思われますか。
#122
○国務大臣(坂田道太君) ちょっと御質問の趣旨がよくわからなかったわけでございますけれども、たてまえといたしましては、やはり第一次的に大学自体がこういうような学生に対する処分ということを考えるわけでございます。しかしながらこういう事犯が基本的人権にかかわる問題でございまするならば、これは当然また人権擁護委員会における問題かと思うわけでございます。しかし、その場合にいたしましても、本人が人権を侵されたというふうにはたして言うかどうかという問題がやはり残るわけなんでございます。その辺のこともございますし、しかし第三者がこれを訴えるという場合もあり得るかと思いますが、その辺のところをもう少し明確にしないと何とも申し上げようはございませんけれども、しかし、これはこのままでほうっておけない問題だというふうに私どもは考えておるわけでございます。いずれ何らかの報告があると確信をいたしておる次第であります。
#123
○大松博文君 この柏原助教授、この学生課長がここで言っておりますが、「学生たちは一方的、強圧的で、自分たちの気にいるよう答えさせようという態度だった。まったく人権無視だ。私は終戦後、ソ連で人民裁判を受けたが、それよりもひどい。だから私は何もいわなかった。プラカードを首にかけられたが、同じレベルの人間と思わなかったのでくやしいとも思っていない。」という発言を柏原助教授はしております。そうして新聞でも、実際にこれはあったのだからして、こういうプラカードがかかっている。これに対して、このままにしておっていいのだろうか。ここまでやられて、そしてこれをそのままにしておくということじゃ、最近の若い青少年は何か変わったことがあれば、かっこういいな、やってみようという気持ちを持つ。それが今度はあちらこちら、全国へ波及していく。だからして、一番最初は日本では大学だった。それが高校だ。もう現在中学まで波及している。そのうちにこれはもう小学校まで波及してしまうだろうと思う。そうすると、日本のもうこういう園児、生徒、学生全部に波及する。こういう一つがあればこれをなぜ処分できないのか、何か、この法的にできない根拠がどこにあるのか、説明していただきたい。
#124
○説明員(清水成之君) 学生処分のお尋ねでございますが、私どもといたしましては、暴力を有形無形にかかわりませずふるうようなことは大学の場としてふさわしくございませんので、厳正な措置をとっていただきたいと、かように考えているわけでございます。
 いま、大阪教育大の問題につきましては、大学自体で即刻調査委員会を設けまして、そうして四人の教官その他から事情を聴取をしておるやさきでございますので、まだ処分問題をどうこう言うところまではいっておりません。
 その他の一般的な問題につきまして、ただいままで私ども承知しておりますのは、この紛争に関連いたしまして、暴力行為等につきまして正規の懲戒処分をやったものが数大学ございますが、その他につきましては、父兄を呼び出して本人とともどもに誓約をさせて今後を戒めましたり、そういう学内措置は全部についてとっておる、こういう状況でございます。
#125
○大松博文君 憲法二十三条に「学問の自由は、これを保障する。」、こういうことがございますが、これの学校行政では、できるだけ大学自治の自主性に基づいて行なわれるべきことを要求する、こういうことがあるので、これをあまりにも学校当局がこの憲法の自由というのを過大評価し過ぎているように私は思う。また文部省にしてもこれを誤解しているのじゃなかろうか、こういうできるだけということもあるのだ、この見解を伺いたい。
#126
○説明員(清水成之君) ただいまの問題でございますが、御承知のとおり、憲法二十三条に、学問の自由が保障されまして、それから大学自治の問題が制度的にもきておる、こういうように考えられているわけでございますが、懲戒処分につきましては、現場で一番日ごろ学生につきましてその学業あるいは性向等を承知しておる学校に判断並びにその処置をまかす、こういう学校教育法ないし施行規則のことになっておるわけでございます。私どもといたしましては、個々具体的の人間についてこうしろ、ああしろということは、これは指導、助言としましても、一般的にそういう該当する事態について厳正な措置をとっていただきたいということは言えるわけでございます。そういう次第でございますので、大学自体の判断がただいまの制度的には保障されておると申しますか、大学自体にまかせておる、こういうことでございますけれども、単に学生運動に押されてそういう措置を消極的に過ぎましたり、あるいはやらない、こういうことになりますと、またその影響も大きいかと、かよう考えるわけでございます。
#127
○大松博文君 影響が大きいからといって、現在のようになれば影響が大きいだけじゃなくて、いわゆる学問の自由、また研究、こういうことが一番大切なのにもかかわらず、学問研究の自由、それからまた表現の自由、これがほんとの学問の自由であるにもかかわらず、影響が大きいからといって、この学校行政はできるだけという、このできるだけということはどこまでの範囲に解釈されているのですか。
#128
○説明員(清水成之君) ただいま御指摘のとおり、大学は教育研究の場でございますので、教育研究の自由が確保されるということは、これが根本であるということは当然でございます。ただいまお話がございました、できるだけということにつきまして、その具体的な場面に即してどういうふうにするか、こういうことにつきましては、現場に近い、しかも日ごろよく本人等を承知しております学校の判断によらざるを得ない、かように考える次第でございます。
#129
○大松博文君 警察権との関係がこういう人権じゅうりんの問題になってきますと、関連するわけですが、この警察権との関係というか、これは一体どういうところに根拠があって、まあ現在やっているのか、これをひとつ説明していただきたい。
#130
○説明員(清水成之君) 警察権との関係、これはまあ最高裁のポポロ事件の判決がただいま有権解釈として出ている唯一のものでございますけれども、大学におきまして学問の自由が保障され、それから大学自治というものが出てまいっておりまして、その場合まあ人事あるいはカリキュラムの決定等のこともございますが、まあ第一次的には施設管理等につきまして大学にまかされておる、こういう立場でございます。また、それは当然であると思うのでございますが、しかし大学が自治であると申しましても、それは学問の自由、教育の、研究の自由、こういう範疇に制約があろうと思うのでございます。で、実力を持っておりません大学といたしまして、第一次的には大学として努力をすべきことは当然でございますが、実力のない大学といたしまして、どうしてもそれがいけないという場合には、これは警察の力をおかりして、そうして人権侵害とか、あるいは学校の秩序の破壊を回復するということは当然のことでございますが、その辺の調和ということが一つの問題でございますが、一部誤解されておりますけれども、従来、東京都の公安条例に関しまして、文部省と警視庁との間で公安条例による集会というのは、学校の場合どういうものをいうのかということを、条例の趣旨に即して解釈を明らかにすると同時に、学内におきます集団示威行進等につきまして、秩序の第一次的な維持者は大学である、そうしてそれでもいかぬ場合に、大学の要請を受けて警察の力をかりる、こういう一応の了解点と申しますか、覚え書き的なことがなされておるわけでございます。そこが少し後段のほうにウエイトが置かれ過ぎて消極的な面が出ておるということは実態でございまして、その辺の判断をいたします場合に、決断の時期というものをひとつ勇気を持って御判断いただく、かように考えておる次第でございます。
#131
○大松博文君 いまポポロ事件というようなことを言われましたが、昭和二十五年七月二十五日文部次官通達、これをいま言われたわけでございますね。そうしますと、もとより大学にとってその自治権はその責任を意味する。したがって大学自身がその責任を果たし得ないときに警察力の援助を求めるべきである、絶対的に警察権の関与を排除することは認められない。そうしますと現在のこういう、たとえば大阪教育大学天王寺分校、これにしてもこういう場合にこの警察の警察力の援助を求めるべきであり、そうして絶対に警察権の関与を排除することは認められない場合だと私は思う。これをどうお考えになりますか。
#132
○説明員(清水成之君) 大阪教育大の場合でございますが、たとえば封鎖解除につきましてできるだけ大学自体で封鎖解除あるいは学生の退去を自分たちの手でできるだけやりたい、こういうことで実は教職員によりまして説得と、それから中へ入って出てくれということをみずからやりまして、四月一日には中におりました学生が自主的に中から出たこういう状況があるのでございます。それからまた四月の六日でございましたか分校主事事務取扱が学生に中に連れ込まれた事件がございます。これも警察を頼む前に自分たちでひとつ説得をして連れ戻したいということで、職員が中へ入りまして、その分校主事事務取扱を連れ戻しました。こういうことでございまして、まず大学で努力をしてみる。そうしてある程度そういう点で実効があがったわけですが、その点どうしてもいかぬ場合には警察をお願いするということは当然であろうと思います。この時期の判断というものを非常に教育大学の場合慎重にやっておるのではないかと、かように思います。
#133
○大松博文君 私が言うのは、一つの例を取り上げたわけでございますが、ほかの大学でもああいうようにして授業ができない状態だ、そうするとこういう条項があるのだからして、何ら文部省にしても指導、助言だけだと言っておらずに、もっと強硬に出ていいんじゃないかと私は思う、これを私はお聞きしているのです。
#134
○国務大臣(坂田道太君) 実はその点も大松君と同じように私は考えまして、実は普通ならば六月に開く学長会議を急遽、昨日開きまして、七十五の国立大学の学長に対しましてこのような暴力的行為が学内に行なわれたり、そうして正常な授業ができない、あるいは学問をしよう、あるいは研究をしよう、教育を受けよう、こういう大多数のいわば自由というものが阻害されておる場合においては、大学当局はき然たる態度でもって、この暴力を排除することにちゅうちょをしてはならない。自分たちが力なき場合はむしろ正々堂々と警察力を入れることを要請して、そうして一日も早くその学問の自由と大学の自治を取り戻さなければならないという強い指導、助言をいたしたわけでございます。今日の大学の紛争あるいは大学の問題というものには複雑な要因もございましょうけれども、しかし、こう各地で続発をしておるという場合においては、やはり共通した問題があるわけであって、それに対して、それぞれの大学の自主性によって解決をすると、その解決を待ってくれということだけでは、文部大臣として国民に対して責任を負っておる私として、国民に対する責任を果たすことにはならない。国民の意思を反映するのは私を通じて大学にものを申す以外にはないということを申し、これからはむしろいままで文部省と大学とがとかく対立的なふうに考えられ、大学は政府を攻撃すればそれでよろしいと、学内はおさまるというような考え方、もうそういう時代は過ぎた、大学とわれわれ文部省とがともに国民に対する責任を果たすという姿勢がなければならないということを強く申しまして、まあ大学側としてもいろいろ事情はあるけれども、そのような考えでまいりたいということはほぼ了承されたものだと考えております。
#135
○大松博文君 大学の正常化をめぐって世論は、東大の安田講堂の攻防だとか、また京大事件、これをピークにして沸騰したが、まあ一、二期校の入学試験が曲がりなりにも終わった。そして春休みだ、何だかんだということからして、現在小休止をしているような形にあるような気がする。しかし、話を聞くところによると、あの連中は習志野とかいろいろなところで次の行動に移る演習をやっているということも私聞いております。そして、いろいろなところへ参りますと、入学はできたんだ、しかし、その後いつ入学式はあるかということの通知も何一つない。またどこへどうなって、どういう連絡をしていいのか場所も何もわからないと、非常に新入学生にしても親にしても不安な気持ちが一ぱいだ。また日本全国の国民だってそうだ、この状態で一体いつがきたら正常化できるんだろうかという不安の念を抱いている。これは私排除しなければいけない、こういうことを言いますと、一体どういうことをやるんかと言われると、この前も大臣は答申を待ってからだということを言われておった。しかし、答申というのはいつ出るのかというと、大体四月の下旬らしい。そうすると、入学式というのは普通ならば四月の十二日ごろだ。そうするとそれまでの間は相当期間がある。答申が出て、たとえ処置をしていこうとしても相当期間がある。この間、非常に長い期間そのままにしておいて、そうしてそういういろいろな、あの学生の一部が工作をしておる。また、国民に長い間そういう不安、不信の念を抱かしておるということは、私いけない。ましてやこういう現在のような一応小休止だというような時点から考えてかどうか私わかりませんが、政府の、この前もいろいろな説を見ますと、大学立法に慎重にと、また当面現行法活用、そして文部大臣の指導、助言、これを何か強力にやっていこうというような意向らしい。この間の四月四日の日経新聞を見ますと、「大半は中教審激励」その中で反響の……、この新聞では五百五十通とは書いておりますが、これは一体何ぼだったか私はわかりませんが、この中で反響の約七〇%が「中教審草案支持」、あるいは「まだなまぬるい」、また「特別立法で断固たる措置を」「草案の線で断行せよ」と、「中教審よ、文部省のおよび腰に活を入れよ」というような意見が大体七〇%、まあ一〇%は反対の意見があった。こういうことから考えましても、何か処置をして、そして不安を取り除くということが一番私必要な現状だという気がしますが、これ対してもう時間がございませんから、大臣の御所見を伺いたい。
#136
○国務大臣(坂田道太君) まあ大学問題というのは簡単にすぱっとやれるという問題ではないわけでございますが、しかし、こういうふうになってまいりますると、やはりもう少し私に与えられておりまする指導、助言というものを強く、あるいは広くあるいは綿密にやる必要があるんじゃなかろうか、いままではあまりに大学自治という名のもとに、学生、大学に対する批判なり、あるいは正当な指導というものすらも差し控えたというようなことも私は過去にあったと思いますけれども、こういう事態になりました以上は、国民にかわってものを申すべき者はやはり私であると思いまするので、指導、助言につきましては相当に従来よりも強く、また広くかつ慎重にやりたいというふうに考えまして、実は学長会議も開いたわけでございますが、単に学長会議をやったから直ちにそれがたちどころに解決する問題でもございません。やはり個々のケース、ケースにつきまして、私といたしましてそのような事態を一日も早く解決させるように指導をしていきたいというふうに思っております。まあ、ただ考えてみますると、昨年の事態と本年の事態と考えますると、ずいぶん世の中の考え方も変わってきた。あるいはまた、大学当局の責任者たちもだいぶん意識を変えてきつつある。また、必要な場合においては、大学に対して大学の中に警察を要請して、そして教育の正常化をはかろうという機運も出てまいり、かつ現実問題として東大には昨年ほとんど一年蟠踞しておりました安田講堂の占拠状態、あるいは違法状態、不法状態というものをこの一月の十八日、十九日において排除をいたしました。その後も三派系の学生が授業の再開を妨害したり、あるいはまた一部の学部を占拠したりというような場合については従来に見られないような迅速さをもって東大だけで申しますと七回か八回か、機動隊の導入を要請し、かつこれを排除しておるわけでございます。あるいはまあ教育大学においてもそうでございます。あるいは電機通信大学においてもそうでございます。また、外語大学においてもそうでございます。漸次警察アレルギーというものも必要な場合においては要請をするという慣行というものがだんだん確立されつつあると私は考えておるわけであります。
 それから一番私たちが心配をいたしましたのは入学中止によって三千九百名の受験生たちはほかの大学に増員をお願いしなきゃならない、この事態においてそれを受験生がいままでよりもより以上にたくさん受験をする。たとえば京都大学あるいは大阪大学というような地方の大学におきましても、そういう受験生をかかえ、そしてなおかつ暴力学生からの攻撃というものに対して受験生というものを守らなければならない。この点につきましても一期校、二期校を通じまして私たち文部省としましては全力をあげてこの入試実施ということについて神経を使い、また指導、助言をいたしたわけでございます。その結果、多少のトラブルはございましたけれども、そしてまた、学校外でやりましたところが相当の数にのぼってはおりますけれども、とにかく入学試験実施というものは行なわれたわけでございます。そのような過程において、私たちとしては、学校側においても反省があり、あるいは自覚があり、そして教育正常化への意欲というものを少し持ってきた、これはまあ非常に楽観に過ぎるかもしれませんけれども、その芽ばえというものはやはり私たちとしては大切にしていかなきゃいかぬ、さらに今後自宅待機をさせ、いつ授業再開ができるかわからない不安な学生、あるいはその親たちの心配というものを解消するために、もっともっと私たちといたしましては学校当局に対して一日も早く授業再開ができるような運び、あるいはスケジュール、そしてまた来年の入学実施についての計画等についても配慮を賜りたいということを個々別々にやっておる次第でございます。もちろんそういうような指導、助言を通じてやりますと同時に、一方におきましては国民のために、あるいは社会的要請にこたえる新しい大学というものについても中教審に諮問をいたし、その審議を進め、その結果を待っておるという状況であるわけでございます。まあ非常にややこしくて、すぱっといかない、そこが私の悩みであるわけでございますが、しかし、どうしてもこういうようなことをしても国民の期待にこたえ得ない、大学が社会的責任を果たし得ないというようなことがあるならば、やはりそれ相応の措置を必要とするのではないか、そういうような場合については皆さま方のまた御協力を得なければいけないというふうに考えておるわけでございます。
#137
○大松博文君 大臣のお話は非常によくわかりましたが、しかし、その面ともう一つ、法秩序の維持という面が、私二つあると思うのです。大臣の非常にいいそういう政策、これは私いいんでございますが、それを幾ら進めても、もう一つの法的秩序の維持、これを保つことをもっとそれと並行してやっていかなきゃ、これはおさまる問題ではない。私この間もメキシコのちょうど学園紛争のときにも行っておりましたが、これだってやはりそれを先に解決したということがあの解決につながった。どこの学園紛争を見ましても、最後はそちらのほうが大きなキーポイントだ、このほうもともにやっていただきたいということを最後にお願いいたします。
#138
○中村喜四郎君 私、時間三十分ですけれども、おそいですから十分ほどお尋ねをしたいと思います。いま私は大松さんの質問を聞いてたいへんなことだなと、こう思うのです。中国における紅衛兵の考え方と今回の阪大の問題とはおのずから私も性質が違うように思います。御承知のように、紅衛兵の前身である少年先鋒隊、これは毛沢東が蒋介石車に追い詰められたときに、若い子供たちに五愛運動――祖国を愛し、労働を愛し、人民を愛し、科学を愛し、公共財産を愛する――一つの国民教育の背骨をそこに置いておる。あるいは三好、いわゆる学問がよろしいということ、労働がよろしいということ、そして勇猛果敢であるということ、この三つが教育の根本だ、こういうものがいわゆる少年先鋒隊、それがやがて紅衛兵に伸びてきたということを私は察知できると思います。紅衛兵の問題で王光美夫人――劉少奇の奥さんの王光美夫人が三日間にわたってプラカードをさげて北京市内を振り回された、こういう事例があるわけですが、阪大の中にも出てきたような感じがする。体制をぶちこわすためにそうしなければならない。これは単に阪大だけではない。東大の場合でもそうであったと思います。あるいは都立大学の自衛官の入試の場合もそうであったと思います。あるいは千葉大学における学長かん詰め事件、自衛官に対するこういうふうな一連の事件を考えていくときに、私は文部省がここらあたりでひとつぴしゃっと強いというか、教育の筋道をただす方法をとっていかなくちゃならないのじゃないか。先ほど大臣は大学自体の問題だ。大学の内部で大学自治を守り、学問の自由を守るためにやっていくのだ。私もそうだと思います。しかし、大学の内部がおかしいのだと思います。この間から問題になっている京都大学の井上教授の例等を調べて見ましても、これで先生なのか、これで大学教授なのか、大学の自由を守るのだろうか、学問の自由を守るのだろうか。その一つ一つのことばを私は例をあげてみたいと思いますが、四十四年二月一日の東大の全共闘会議支援の会議において井上さんは、共闘会議闘争は全く新しい歴史的次元を切り開いた。現在バリケードの中に新しい社会科学が創造されようとしている。国家は暴力であり大学は権力そのものであるという、こういう思想から、そうして自分があそこに激励文を出したのは本気なんだと、決してうそやいつわりではない。その動機も真剣なんだということを堂々と申しております。また、サンデー毎日で、「安田講堂の中の学生諸君は機動隊に負けた。しかし、物理的に負けても共闘会議は道義的に、また論理的に立派に勝っているのですよ。死ぬ覚悟で戦って主義主張に最後まで殉じる。バカといえばバカだが、私は彼らを支持する。もし爆薬など使っていたら世間の強い非難をあびただろうが、それでも私は弁護します。彼らが戦うのをみて日本の青年には、まだ希望があると思ったね。あの「連帯の挨拶」に加えて、ぼくは今日、ますます全共闘支持の声を高く叫びたい気持です」、ということを申しております。また、現在の世の中には、平和な話し合いの道では絶対に改革はできないのだと。大学の改革はまさに東大全学共闘が打ち出した道、ストライキ、占拠、封鎖及びあらゆる方法による実力闘争、権力の暴力に対する反撃の暴力によってのみしかかちとれないのである。大学革命でさえもこのとおり、まして国家全体の革命がどうして議会の道で達成されようかということを堂々と井上教授は申しておるわけでございます。その他の井上さんのいろいろの言動等を調べてみますと、私は学問の自由というものは井上さんの言うようなものではない。大学の自治というものもそういうものではない。あれだけのことをいまの大学は主体的に大学の自治を守るために、学問の自由を守るために、大学自体で解決するというのだけれども、大学の内部で井上さんのごときこういう言動が出ておるということは、私どもは大学のそれ自身の中にのみ期待することはできないと思うわけでございます。井上清教授は前後五回にわたって中共へ渡っております。昭和三十八年九月、三十九年二月、三十九年八月、四十年、四十二年五月二十二日、そうして井上さんは現在毛沢東思想学院の運営委員であるということは大臣の御承知のとおりでございましょう。こういう状況の中で大学の自治、学問の自由ということを考えていった場合に、私はこういう間違った言動のあった場合は、大臣がひとつ指導、助言だけでは済まされないと思うんです。しかし、指導、助言を越えて監督し、あるいは罷免することができないという、こういう現実的な矛盾を考えた場合に、こういう大学紛争の中に横たわっている先生方の言動に対して、大臣はどういうふうに処置したら一番軌道に乗ると思いますか、ちょっとお伺いしたいと思うんです。
#139
○国務大臣(坂田道太君) やはり学問の自由というものが憲法に保障されております以上、その方が政治的信条あるいは思想、イデオロギー、いかなることをお持ちになっても、それはやむを得ない、認められておるところだと思います。ただ、いやしくも教授である以上、あるいは国家公務員である以上、そういうようなことはカッコの中に包むべきことであって、そういうものを外に出てプロパガンダしたり、あるいは政治運動につながるような言動というものは、おのずとつつしまなければならない。そういう前提に立って現行法というものが守られておるし、行なわれておると、こう理解しなきゃいけないわけでございまして、私といたしましてはそういう言動は教育公務員として、あるいはまた国家公務員としては不適当なことばであるということは認めないわけにはいかないというふうに思います。その限りにおいて私たちとして道徳的な規範というものについて、どうです、どうですということは言えるかと思うのでございます。しかし、そのことだけで処罰の対象というようなわけにはまいらぬのではないかというふうに考えておるわけでございます。
#140
○中村喜四郎君 処罰ということよりも、私は大学の内部のこのような行動自体が批判の対象になるはずと思いますから、文部省としては京都大学に対して、こういう問題に対してどのような助言、指導をやっているか、もしやっているとすればお聞かせいただきたいと思います。
#141
○国務大臣(坂田道太君) これはいつかの委員会におきましても、私がここで御報告を申し上げましたように、大学当局に対しましてその事実の有無、そうしてまた大学は何らかのこれに対する処置をされたかどうかということについての照会をいたしたわけであります。それに対しまして井上清教授は人文科学研究所の所員でございます。したがいまして文科研究所の所長並びに同僚から強く反省を求められたわけであります。これに対しまして本人は、多少注意をするというようなこともあったやに聞いておるわけでございますが、どうもその後の行動といたしましては、やはりあちこちに出かけていっては同様の趣旨のことを講演をしておられるというような事実もわかっておるわけでございまして、この点につきましては再度奥田学長に対してどういうふうに大学当局としてはこういうふうなことをお考えになっているのか、ちょうどあのころは一期の試験の最中でございましたから、奥田さんもそのほうに気をとられていろいろの手段を講じられなかったこともわかるのでございますけれども、今日の段階では多少の余裕もできたことでございますから、これらのことについて何らかの御返答があるものと実は期待をいたしておるところでございます。また、京都大学の実情から申しますと、この井上清教授というものが奥田学長に対しまして、民青とともに行動をしておるということに対する批判あるいは言動というものもやっておるわけでございまして、奥田学長がこれに対してどう対処されるかという問題が一面においてあるわけでございます。そういうような事情等も考慮をいたされることはしかたのないことでございますけれども、私といたしましては、やはりこれらのことについて大学当局として適当な注意やあるいは勧告等がなされなければならないのじゃないかというふうに思っているわけであります。
#142
○中村喜四郎君 いまの法律の中では、指導、助言の中で監督あるいは罷免、そういうようなことはできないという、そういう矛盾がある中で文部大臣が正常化のために非常に苦労をしておることはよくわかりますけれども、私はこのままで進んでいったらたいへんなことになると思うのです。そういう点をひとつ考えて指導、助言だけでなくて、法制的にも大学の正常化へ行けるようなことをひとつ中教審の答申とにらみ合わせつつ至急具体的に検討をお願いするということで、私のこの問題に対する質問を終わります。
 もう一つだけお伺いいたします。
 先ほど永野委員と小林委員が大臣にいろいろと都教組の判決問題について御質問があったようですが、私は非常に興味深く聞いておったのです。しかもこの内容を私自身も判決文をこさいに検討したわけでございますが、時間がありませんので、私は一言だけ大臣にお伺いしたい。
 今回の判決によって文部省が従来とってきた態度に誤りがあったのか、また改める点があるのかということを端的にお伺いしたい。私はこの憲法上の解釈やあるいは地方公務員法の解釈、そうして調和をとれという法の趣旨、あるいはあおり行為はこれは無罪だけれども、他の争議行為は許さるべきものではないという趣旨がこの判決文の中にどこにも横溢しておるということを私自身は見るわけですが、大臣いかがでしょうか。
#143
○国務大臣(坂田道太君) まあ、あおり行為につきましては、やはり厳格にこれは判決文が示しておると思うのでございます。この違法な争議行為につきましては従来とってまいりました私たちの態度は正当であったというふうにこの判決を実は読んだわけであります。
#144
○中村喜四郎君 けっこうです。
#145
○委員長(久保勘一君) 本件に対する本日の質疑はこの程度といたします。本日はこれにて散会いたします。
   午後一時三十七分散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
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