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#1
第061回国会 文教委員会 第11号
昭和四十四年四月二十二日(火曜日)
   午前十時四十二分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 四月二十一日
    辞任         補欠選任
     平泉  渉君     岩動 道行君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         久保 勘一君
    理 事
                楠  正俊君
                田村 賢作君
                小林  武君
                安永 英雄君
    委 員
                小林 国司君
                大松 博文君
                中村喜四郎君
                永野 鎮雄君
                二木 謙吾君
                吉江 勝保君
                川村 清一君
                鈴木  力君
                内田 善利君
                柏原 ヤス君
                萩原幽香子君
                小笠原貞子君
   国務大臣
       文 部 大 臣  坂田 道太君
   政府委員
       文部省初等中等
       教育局長     宮地  茂君
       文部省大学学術
       局長       村山 松雄君
       文部省体育局長  木田  宏君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        渡辺  猛君
   説明員
       文部省初等中等
       教育局財務課長  岩田 俊一君
       文部省初等中等
       教育局中学校教
       育課長      奥田 真丈君
       文部省大学学術
       局教職員養成課
       長        手塚  晃君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数
 の標準に関する法律の一部を改正する法律案
 (内閣提出、衆議院送付)
○教育、文化及び学術に関する調査
 (大阪市、愛媛県等における教員の人事に関す
 る件)
 (大学内の秩序維持についての次官通達に関す
 る件)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(久保勘一君) ただいまから文教委員会を開会いたします。
 委員の異動について報告いたします。
 昨二十一日、平泉渉君が委員を辞任され、その補欠として岩動道行君が委員に選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(久保勘一君) 公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律の一部を改正する法律案を議題といたします。
 前回に引き続き質疑を続行いたします。
 政府側から坂田文部大臣、宮地初等中等教育局長、木田体育局長、岩田財務課長、奥田中学校教育課長、寒川特殊教育課長、手塚教職員養成課長、田学校保健課長、以上の方々が出席しております。
 本案について質疑の申し出がございますので、これを許します。鈴木君。
#4
○鈴木力君 この前、学校給食について伺っておきましたが、これはこの法案の直接のねらいじゃないのですけれども、さきに私が申し上げましたように、定数を考えます場合に、いま改正をされた定数だけ考えて学校が回るかというとどうしても回らない。そういう意味で学校給食のことを伺ったのですけれども、資料としては、やはり文部省もそれぞれの学校給食に対する人員の配置なんかについても、基準を考えられてそれぞれの手配をされておる。だが、やはりこういう手配をされましても、この前にちょうだいした資料でもわかるように、最低必要限度の関係職員というのもどうしても私は足りないと思います。それでこの前の説明ですと、調理員のいない学校というのが小学校で二千七百四十七ある、中学校で四千百八十七ある。しかし、これは説明にもありましたように、必ずしもこれがいない実数ではなしに、運営上兼務したり、あるいは中には、いま給食センターですか、そういう形のところで調理をして、そして学校に送り込んでおれば、事実上調理士がなくてもやっている学校もありますが、そういう点については私も理解しておるつもりです。
 ただ、私が一つ伺いたいのは、特に今度の定数法でも文部省は配慮しておられると思うのですが、小規模学校の給食ですね、必ずしも完全給食とはいかなくても、小規模学校も給食しておる。私が見る限りにおいては、全体を見て統計をとったわけじゃないからいえませんけれども、この点についてはきわめて大きな欠陥があるのじゃないかというふうに私は見られるのです。その現状をどう把握しておられるか。文部省はいまどういう施策をやられておるのか。その点をお伺いをいたしたいと思います。
#5
○政府委員(木田宏君) 僻地の学校の給食の実施状況のお尋ねでございます。
 級地によっていろいろと条件が異なりまして若干の比率が違っておりますけれども、僻地の学校にありましては、たとえば小学校でございますと、僻地の学校全体で僻地学校の実施率は一級地から五級地まで全部合わせまして学校数で八九・八%、児童、生徒数で九〇・五%の実施率をあげております。その実施率だけから見てまいりますと、全国平均の学校給食小、中学校の実施率と比べまして若干落ちております。小学校にあり幸しては学校数で九四・五%、児童数で九六・七%という実施率でございますから、それに対しまして約九〇%というふうに若干の実施率は下がっております。しかしながら、僻地の学校で特色と考えられます点は、中学校の実施率が比較的高いということでございます。中学校におきましては、僻地の学校の実施率が学校数で八六・三%、児童、生徒数で八七%でございまして、全国平均で見ました場合の中学校の実施率学校数で八二・四%、生徒数で八〇・三%に対しまして、むしろ中学校のほうは僻地の各学校のほうが実施率が高くなっておる、こういうふうに言えます。この点は完全給食の実施率につきまして、特に顕著に中学校では出てまいります。全国平均で中学校の完全給食の実施率は四二。二%、生徒数に対しまして三六%にしか達していないわけでございますが、完全給食につきましては学校数で四八・四%、生徒数で五〇・五%というふうに、僻地のほうがこの点は少し前向きに進んでおります。これらの点につきましては、僻地の学校給食が小・中合わせて同時に行なわれる傾向があるというような事情もございまするし、また僻地につきましていろいろの助成策を講じていることが響いておるものと考えます。しかし、なお高度の僻地に対しまして全額補助の給食を実施しようとしておりながらなお実施してない僻地校があるというようなことなどを考えますと、僻地につきましてはまだ実施に困難ないろいろな事情があるわけでございますが、その市町村の財政当局の奨励のためには設備費の補助あるいは準要保護児童に対します特別補助策等特別の手を講じておりますことは鈴木委員御承知のとおりと思う次第でございます。
#6
○鈴木力君 私のほうからお願いしたいのですが、私はいま定数法を審議しておりまして、この定数法がどうであるかということで、もっぱら教育と人間という立場でものを聞いているんですよ、いまの給食実施状況とか、そのことはこの法案の本題じゃないと思うんです。だからそういう点は省略をして、聞いたところを答えてもらいたい。何だか文部省がこの法案の引き延ばしやっているみたいに見えてどうも私はぐあいが悪いです。そうじゃなしに、やっぱり早く審議するように文部省も御協力をいただいたほうがいいんじゃないかというふうに思いますので、そういう観点でお答えいただきたい。私は僻地の給食の状況じゃなしに、こういう配置基準をつくり、給食要員の配置をするように配慮をしておる、配慮をしておるけれども、いまの小規模学校が、その配慮によってどれだけのことがやられておるのか、私に言わせれば、給食要員というのはいない例が非常に多い、小規模学校になると。そうなると非常に給食要員がいないことが、一方からいうと、給食やれ給食やれというのが何となしに、命令ではないにしても、やろうとみんな努力をしている、このことを悪いとは言いませんよ、いいことだ、いいことによって教育がおかされているんです。たとえば、若干の例をあげますと、これは学校名は言いません、私が行ってみた学校でも、これはもう相当数経験がある。分校で三人しか先生のいないところで、この前もちょっと申し上げたけれども、ミルク給与をやっておる、ここはミルクだけです。ところがだれもいないんです、三人以外に。用務員もいませんし、それから給食の担当者もいない。そういたしますと、必ずその三人の先生のうちの一人がミルクを練っているわけです、何時間か。そうして生徒たちに教室に待っていかせるまでの準備を先生がやっているんです。私は極端なことを――先生たちに話をした、もうつらいというのです、授業できないと言う、あなたたちは学校の先生の免許状は持っているけれども、ミルク練りの免許状は持っていないのだから、その場合には給食をやめるくらいしようないんじゃないかと私は言ってきたけれども、しかし、給食も学童の健康確保のためには、向上するためには大事なことだ、私の言うのも多少乱暴なことかもしらない。そういう配慮がどうもこの教員定数を考える文部省にきわめて行き届いていないじゃないかという観点で、私はものを聞いているんです。そうすると、この前からの局長さんの御答弁だと、きわめてりっぱに全部に行き届いておって、という御答弁をいただいておるけれども、ああいう程度で行き届いていると思っているなら、なお問題があるわけなんで、少なくともこういう点については、それはまあ現状としては私はお認めになったほうがいいんじゃないかと、私がいま申し上げたような実情は、統計があるないは別ですよ、ないならばこれからも御調査をいただきたい。そして学校というのがほんとうに進んでいくためにはそういう面の配慮をしなければいけないんじゃないか。
 それからもう一つ、私は自分の考え方としてはあとでまあ申し上げるつもりなんですが、緊急にはやはり定数教員の配置をきめる場合に、そういう点の配慮がないと、学校が回るための教員を配置しましたということにはどうも不十分だ、そんな気持ちがあるものですから、いまの小規模学校の給食の実施状況と、私のことばが悪かったのですが、現に行なわれている足りない点もう少し私は調査をしてもらったほうがいいと、御質問というよりもそういう点に今後もう少し末端まで愛情のある調査の上にこれらの行政を進めていくという気持ちがないかどうか、そういうことをお伺いしたいと思うのです。
#7
○政府委員(木田宏君) 前回もお答え申し上げましたが、北海道が主でございますけれども、僻地の学校にありましては、小。中の学校でいわゆる親子給食という形のものをいたしておりますが、それがどうも数字の上では的確に御説明できるだけのものがまだ出てきておりません。それらの点は前回からの資料の御説明をしながら私どもももう少しこまかく実態の把握をする必要があるということを感じておったところでございまして、御指摘の御意見等十分に私ども伺いまして、今後の施策は考えてまいりたいと思います。
#8
○鈴木力君 時間がどうもあまりあるようでもありませんから私ははしょって申し上げるのですけれども、少なくともこれは文部大臣に聞いていただきたいのです。この前私は学校薬剤師のことを具体的にお伺いをいたしました。これはまあ全体からいいまして、いま学校薬剤師というのがどれだけの領域を占めるかということはいろいろ議論もあるところだと思うが、これは例としてこの前私の考え方も申し上げたのです。少なくともいまの義務教育で学童の保健管理あるいは学童の保健衛生指導あるいは学校の環境衛生管理という点については、この六・三制が始まって、定数法の第一回目の改正の当時といまとでは非常に大きな条件が違っておると思うのですよね、その条件の違いというのは文部大臣はすでにもう認められていらっしゃると思うのですけれども、その辺はどうなんです。
#9
○国務大臣(坂田道太君) やはりそのとおりだと考えております。
#10
○鈴木力君 そこで、これはこの辺で切っておきたいと思うのですが、どうしても私はいまこの学校保健管理あるいは保健指導、その面についての力の入れ方が何か教員定数を考える場合に、授業ということを主体にしてその他の重要な部分というのがどうしても忘れられているような感じがしてしようがない。その証拠に、あとで申し上げて詳しくお伺いしたいのですが、いまの養護教諭の考え方なんですね、そこのところにもあらわれていると思うのです。これはあとでもう少しお伺いいたしたいと思うのです。
 それから、たくさんあるのですけれども、もう一つの側面で、学校事務についてなんです。これも実は文部省のほうから資料としてお出しをいただいたわけですが、私がお伺いいたしたかったのは、いまの学校にどれだけの事務があるものか、少なくとも教師がやるべき事務以外に学校で現実にやらなければならない事務というのは、これは法律的にじゃなしにですよ、学校を運営管理をしていくためにどうしても避けられない事務なり業務なりというのがどういうものがあるのか、その辺をよほど、これもこまかく点検をいたしませんと、いまの学校に対する人員配置がこれでいいか悪いかという議論にはなかなかいかないと思うのです。だいぶ前の勤務状況調査のほんの一部分の結論をお出しいただいておるのですけれども、これだけではどうしても私はよく配慮されているというふうには思えない。そこで、まあそんなことを言っておってもしようがありませんから、具体的に私は伺いますけれども、いまの学校で給与支払い事務ですね、給与支払い事務はだれがやるのがほんとうなんですか、お伺いいたしたい。
 そして、ついでですからできるだけ審議を早めるためにも、いま学校ではどういう仕組みでやられておるか、その点もあわせてお答えいただきたい。
#11
○説明員(岩田俊一君) 義務教育小学校の給与支払い事務でございますけれども、まあ都道府県教育委員会から各教育事務所と申しますか、教育出張所と申しますか、これは県によって名称はいろいろ異なりますけれども、そこへ予算の配賦並びに令達が行なわれまして、そこでさらに学校に対しましてその当該学校職員の給与を支給するわけであります、通常の場合。この本来の仕事としては事務職員が扱うべきのがたてまえだと私は思いますが、事務職員のいない学校におきましては校長がこれを受領して、校長が直接やるということでなくて、関係のだれか担当の先生をきめましてその事務を行なわせておると思いますけれども、これを各教員に支給をしておるというのが実態であろうと思います。
#12
○鈴木力君 義務教育諸学校の教員の給与を事務職員が支払うのがほんとうだとおっしゃるのですけれども、その法律的な根拠はどこに置いてあるのですか。
#13
○説明員(岩田俊一君) 事務職員が学校事務をつかさどるというところで学校全般の事務をつかさどることが学校教育法に規定されておるわけでございまするけれども、その総括的な責任はやはり校長に帰着しておるわけでございまするから、校長の責任においてこの事務を行なうわけです。
#14
○鈴木力君 これは重要なことですから、これは明らかにしておかなくちゃいけません。給与の支払いの責任者は府県で言ったらどこです。
#15
○政府委員(宮地茂君) 先ほど課長申しましたが、もう一度私から答弁を一応かわっていたします。
 法律のたてまえから、先生も御承知のように、市町村立学校の職員につきましては、市町村立学校職員給与負担法の関係もございますし、義務教育学校につきましては義務教育国庫負担法もございます。したがいまして、義務教育の小、中学校の先生につきましては県が給与の負担者でありますし、その半額は国が負担をするということでございます。したがいまして、実際問題といたしましては、都道府県教育委員会が管内の義務教育の小、中学校の教員の給与の支払い責任者でございます。ただ、実際の実務といたしましては、その小、中学校の教員の俸給を支払います場合に、事務的な面は、その学校に事務職員がおりますれば、事実上県が支払う給与の実務を当該学校の事務職員が手伝っておるというのが実態かと思います。事務職員がいません場合には、これはたてまえとしてはあまりよいこととも思いませんが、やむを得ず教員がそういう実務をやっておるというのが実態であろうかと思います。
#16
○鈴木力君 ほんとうにそうなんですか。これはたいへんなことなんですよ。どこかの県にすぐにでも電話をかけて聞いていただいたらすぐわかる。教育委員会が給与の支払い責任者になっている県というのは日本じゅうにどこどこありますか。
#17
○説明員(岩田俊一君) 先ほどの御説明で、ちょっと実務的に仕事の流れの点に中心を置いて申し上げたのでございまするが、実際の金と申しますか、資金の流れは、これは義務教育費国庫負担法の規定によりまして県が教員の給与を負担し支給するという解釈でございますから、県の出納長と申しますか、出納長がこの資金を支出するわけでございます。それで各教育事務所に出納員が置かれておりまするから、そこへ金が流れていく。学校には通常の場合この資金前渡官吏で県のそういう事務を校長が適宜の職員に委任されておると、そういうことで金は、資金は流れていく、その金の流れ、資金の流れの面から申しますとそういうことでございます。
#18
○鈴木力君 私が伺いたいのはそこなんですよ。出納局が責任なんでしょう、支払い業務の責任はね。だからいま課長が言われたように、特に出納員という、あるいは県によって名前は違うのだけれども、出納局から委任をされておるのでしょう、給与の支払い事務をやる人は。その委任をされた業務は学校業務じゃないのです。教育委員会の業務じゃないのです。そうでしょう。ですからある県によって、私は、りっぱな県で一番よくいっている県だと思うが、その県は、出納局から委任をされて費用一切は出納局の予算です。そういうものなんです。それだけは私が申し上げることが間違いではないでしょう、どうですか。
#19
○説明員(岩田俊一君) 県出納局と申しますか、出納室、いろいろ名称はありますが、その系統の流れでございます。
#20
○鈴木力君 そこでもう少しはっきりおわかりいただけるような説明を申し上げますと、これはぐあい悪い、私が言うのはなまいきですけれども、高等学校の場合にはこうなっている。高等学校の事務職員というのは学校職員ではないでしょう。学校職員ではなくて身分は県の職員になっている。そうしてもう出納吏員をちゃんとつけているわけです。義務教育学校はそうじゃない。そこの違いがなぜ違っているのかということは、これは考えなければいけないですよ。もし私が言ったところに間違いがあるなら御訂正いただいてけっこうですよ。
#21
○説明員(岩田俊一君) ただいま県立学校のお話がございましたが、県立学校に置かれている事務職員はこれは学校の事務職員だと思います。そのように発令されておると思います。しかしながら、県出納室の出納員の職務をもいわゆる兼務と申しますか、同時に発令されておる、こういう関係になっていると思います。
#22
○鈴木力君 まあ、これはああだこうだと言うよりも、もう少しお互いに調べてみまして、あとでこれははっきりしたほうがいいと思います。私の理解では、いままでいろいろな人たちともつき合っているし、県の職員なんかに入っているのが相当いるのです。単なる教育委員会の職員であって、そうしてこれが委任をされておる出納吏員とは違う、これはちゃんと県の金庫に入っているのは全部やっているのですなあ。これはどっちでもたいしたことはないわけです。
 そこで、私が伺いたいのは、給与事務なら給与事務、これはいまの学校事務の一例として私は伺っているのですけれども、校長さんが出納吏員に出納局から委任をされるでしょう。そうすると校長さんが、出納局から委任をされた業務はその学校の職員にだれでもやらせていいのですか、どうですか。
#23
○説明員(岩田俊一君) 出納吏員でございまして、資金前渡官吏でございますが、校長に委任された限りにおきましてはそれはその学校の事務になる、かように考えております。
#24
○鈴木力君 私が申し上げたいのはそこなんですよ。いま学校が事務的にですよ、皆さんが調査をなさる場合には、それが抜けているけれども、事務的に非常に錯綜しておるのはそういうことだ、出納員というのは少なくとも学校長の任務でもなく、学校の職員の任務でもないでしょう。それは校長さんが出納前渡官吏ですか、何か金を渡してそれを分けるそれの委任をされておる。校長さんが委任をされれば全部の職員がそれに義務がある事務が学校に入り込むというこのシステムを法律的にほんとうにそれが正しいとおっしゃるなら、これはたいへんなことなんですよ。それはほんとうなんですか。現実にやるやらないは別ですよ、たてまえとしてどうなんですか。
#25
○説明員(岩田俊一君) 校長にその資金前渡管理の発令がされておれば、当然それは学校の校務になると考えております。その他、かりにそういう給与以外の事項につきましても、学校に流れてくるところの仕事はいろいろあります。それが学校にかかわりのあるものであれば、これは校務となり得ると思います。
#26
○鈴木力君 そうすると、こういうことですか。学校長が引き受けたものはどこからきたものでも全部学校のものになる、こういうことですか。
#27
○説明員(岩田俊一君) どこからきたものでもというお話でございますけれども、これはもちろん公私の区別もいろいろあると思いまするけれども、その学校の管理運営と申しますか、あるいは業務内容と申しますか、それに付随するものはこれは校務だと思います。
#28
○鈴木力君 給与の支払いというのは、学校の管理運営とは関係がないんです。給与法に――あなたおっしゃったでしょう、給与はきまった日に現金で手渡さなければならないとある、先生たちに。学校業務じゃないんです。出納局なんです。出納局が学校に来て現金を渡すのがほんとうなんです、法律的には。しかし、それができないから便宜的に出納員というのを与えているわけです。そういう手続をとっている。そういうものを引き受けた場合には全部これが学校業務となるということになってくると、これは事務職員の仕事なり、あるいは学校の仕事なりというものがどこまでふくらんでくるかわからない。学校管理でもないでしょう、給与を支払うのは。教育関係の仕事でもない。しかし、文部省的な考え方で押しつければ何でもやれると、こういうことですか。
#29
○説明員(岩田俊一君) 職員の給与を支払うことは、学校の管理運営の業務の一部だと考えております。
#30
○鈴木力君 それはどこに書いてある。何の法律の何条に書いてある。学校が運営で職員に給与を払うというのはどこに書いてあるんです。
#31
○説明員(岩田俊一君) それは学校という公の機関に当然に付随する業務であって、そのような個々の業務までもこれこれこれは学校の事務だというふうには書いてないと思います。ただ、それは学校の管理運営と申しますか、当然につきまとうものであり、校長は校務をつかさどるという業務一般の中に含まれているものと解釈しております。
#32
○鈴木力君 それじゃこの点については私は、もう少し文部省ね、県がどういう形で、どういう解釈で、どういう理由で給与を支払っているのか、もう少し調べてもらいたい。あなた方が文部省的な解釈でこれができるなんて、私がいま聞くとずいぶん乱暴な解釈ですよ。これは私が教員をしておったときだって、県当局との解釈ではわれわれは一致してちゃんとやっている実例というのは幾らもある。いいですか。これは委員長にお願いしたいのですけれども、この次に、もう少し文部省に実情を調査してもらって、そしてその解釈が正しいのかどうかもう少しお伺いいたしたいのです。したがって、この点については私はきょうは保留をさしていただいて、別のほうに進めさしていただきたいと思います。よろしゅうございますか。
#33
○政府委員(宮地茂君) 先ほど来、岩田課長が答えましたのは間違いないと思いますが、なお念のため経理、出納面から十分に検討いたしまして、次回の会議に、また間違っておりますれば訂正もさしていただきますし、補足もさしていただきます。
#34
○鈴木力君 と申しますのは、法律的に学校業務なら、特に校長に委任の手続をとる必要がないわけなんですよ。学校業務でないものをやってもらいたいから委任の手続をとっておるわけです。そこだけでも、もうはっきりしておるのですよ。しかし、これはこの次に伺います。
 私がこの点を申し上げたのは、給与事務だけを現状をどうしろということで申し上げたわけじゃないのです。いまのような文部省の解釈がだんだんだんだんに下に来て、いまの学校の事務というのは無限にふくらんでいくということを、私はほんとうは申し上げたいわけなんです。これは文部大臣にも聞いていただきたいのです。私はそんなこまかいこと大臣にお伺いするつもりじゃございませんけれども、たとえば、いま少年赤十字なら少年赤十字というのがあるでしょう。校長さんがそれの団長になるわけです。そうすると少年赤十字の事務というのは自動的に学校の先生のだれかがその事務をとる。これはしかし、先生たちがみんなで、その少年赤十字というものと学校教育というものを結びつけてやるから、よしやろうと、こういうことになっているから、問題がないのです。いまの消防問題だってそういうのがあるのです。そういうものを校長がいろいろな形で引き受けてきては直ちに先生たちの事務としてふくれ上がってくる。それは事務職員を置いている置いてないということじゃなくて、学校の職員全部に割り振っているのです。これは例をあげると、たいへんなことが先生たちの業務として並んでおる。これは学校一覧表を、少なくとも各府県全部とは言わないけれども、モデル的に僻地の学校とか、あるいは農村の学校とか、人口四、五万の中都市の学校、そういうところの学校の一覧表を皆さんとってお読みになればよくわかることなんです。そういう点の配慮というのが、定数を考えます場合に、これはほんとうに配慮していただかないと、私は学校というのがどうもうまくこう回っていかないいまの現状だと思うのです。そういう観点に立って実はお伺いをしたのです。
 それから、何べんもくどいように申し上げますけれども、この定数法を出発をしたときといまと、もう条件が全然違っておる。そのときに、前と比べてその部分だけよくなりましたから前進していますといってそこで満足しているわけじゃないのだろうが、その前進していますというところだけを大きく取って見られても、泣いているのは学校だということなんですね。私はこの法案を考えてみると、どうしてもそういう気持ちがぬぐいされないわけです。
 そこで、もう少しはしょって具体的に法案についても少し伺いたいのですけれども、確かに改正された部分については、前と比べると進歩をしておる。このことだけはどんな気持ちであってもそのとおり認めざるを得ないわけですけれども、ただ、そのうちに若干伺いたいのは、この提案理由の趣旨を伺うと非常にいいのです。ところが、たとえば、これで学級規模、学級編制なんかについても、いろいろと御意見のあるところなんですけれども、この学級編制の標準を考える前に、学校規模ということについて、どれだけ御討論いただいたのか、実はこの委員会でも、この法案の審議中に、どなたかの御質問に対して、小学校は十二学級から十八学級が標準であるということは局長のほうからの御答弁をいただいているようでありますが、私もそうだと思う。そういたしますと、いまの学校で学校統合によってこの十八学級をこえておる過大学級というのはどういう状態になっておるのか、おわかりでしたらその点をお伺いいたしたい。
#35
○説明員(岩田俊一君) 学校統合の、何か十八学級以上をこえる学校統合というようなお尋ねでございまするけれども、その数字は現在手元に持ち合わせございません。
#36
○鈴木力君 なければやむを得ませんが、傾向として、学校統合によってでき上がった学校ですね、統合によってでき上がった学校は、どうも私どもが見るというと、十八学級をこえている学校のほうが非常に数が多いのじゃないかという感じがするのですが、それはお調べになっていただきませんと……。なければ、いま数字がどうだと申し上げても意味のないことで、御無理ですからそれは申し上げませんけれども、この過大学級になってまいりますと、これは学級という編成とこの過大学級の教育的効果というものが、相当大きな問題がそこに出てくるような気がする、私は出てきているのじゃないかという感じがするのですね。そういう場合に、いまのこの学級規模、そこのところをあまり今度はいじってもいないから、複式とかそういうところをいじってるだけですけれども、これでほんとうにいいのかどうかということ、その辺はどういう検討をされたのですか。これは、四十五人は四十五人で最高よろしいときめられたのか。これもそうなんですよ、最初にこの定数法をきめたときと、その後学校統合というものがものすごく行なわれてきて、過大学級の存在というのは少なくともこの法案の最初にできたときといまとでは条件がまるっきり違っている。これだけははっきりしているわけです。そういう基礎条件が違ってる中で学級の標準はこれでもいいというふうに皆さんが検討なさった、その理由をお伺いいたしたいのです。
#37
○政府委員(宮地茂君) 今回の標準法につきましては、いろんな角度から検討をいたしまして、もちろん四十五人という学級編成を直しておりませんが、絶対にこの四十五人以下に減らす必要はないのだといったようなことで四十五人を据え置いたというものではございません。それからいま御指摘の、十八学級以上の学校につきましても、十八学級以上あるがこれはもう直さなくてもいいんだといったようなことで見過ごしたわけではございません。それぞれ四十五人学級をどうするかという問題、将来に残りますし、また非常な大規模学校をそのまま将来ずっと永久にほうっておくという考えもございません。しかしながら、いろんな角度から勘案いたしまして、今回のように、まず僻地関係の複式学級、こういうものに焦点を当てたい、あるいは担任外の教師をふやしたい、あるいは特殊学校の充実をしたい、こういったようなものを最重点として取り上げたというところが七体の趣旨でございます。
 なお、先ほど学校統合そのものによって十八学級以上の学校が幾つかということは、手元に資料もございませんが、これはきわめて大ざっぱに申し上げまして、小学校の場合でございますと各学級の一応の調査はいたしておりますが、十八学級までと十九学級以上を大体の概数で申しますと、十九学級以上の学校は四千校あまりでございます。全体が二万五千でございますので、――もちろん十九学級以上という数字が、もっと少ないことが好ましいと思いますが、一応概数を申し上げますと、二万五千学校のうちの四千学校ばかりが十九学級以上になっておるという状況でございます。
#38
○鈴木力君 まあこのことをどうこうというつもりもありませんですけれども、私はやっぱり二万五千校のうち四千校あると、しかし二万五千校のうちには過小規模学校が相当数あるわけですからね。これはまあ過小規模学校というのは、その地域のほんとうに特別な事情があってそうなっていることですから、これはなかなか機械的に、この辺がいいからこうというわけにいかない事情がありますから、やむを得ないと思いますけれども、せっかく指導によって学校統合なんかなされる場合に、十八学級までが望ましいという線を持っていらっしゃるのに、ひどいのになりますと、倍ぐらいの学校が出ているのじゃありませんか。そういうことになりますと、教育効果という点ではいろいろと問題が出ておるような気がするのです。そういう点から考えると、過大学級になればなるほど、この学級定数というのは、やっぱり小規模学校だけではないまた特殊なあれが必要になってくるのじゃないか。学級規模なんかにつきましてもそういう感じがするのです。これはまあ私も自信がないけれども、少なくとも学校規模というものについては、将来、いま局長のおっしゃったように、必ずしも過大学校をそのままにしておくつもりはないというけれども、村をあげて多額の金で永久校舎を大きいものをつくってしまいますと、それはなかなか局長が生きている間にこれをこわして小さくしろというわけにはいかないような例がたくさんあると思う。そうすると建てるときの指導というのがいま大事じゃないか。一方には永久校舎の指導をしておりますと、一方では文部省が考えている二倍ぐらいの学級校舎が統合で出てくる、委員会ではいつまでもそれを置くつもりはないのだといっておる。いっておったって、それは事実とはだいぶ違うわけです。その面の指導というのが私は必要じゃないか。さっきの局長の御答弁でほぼわかったのですけれども、こういうことなんですか、ほんとうのことは、今度のこの法律改正では、実は小規模学校といいますか、過疎地域の学校、それから複式とか単級とか、そういう特殊な部門に対して改正を加えたのであって、その他については見送ったと、これが正直のことだ、そういうふうに伺ってよろしいのですか。
#39
○政府委員(宮地茂君) 大体におきましては、極端に表現すればいま先生が要約されたことにもなろうかと思いますが、まあそのように極端に僻地の小規模だけ改善して、その他は見送ったという、簡単にそういうことばでいわれますとちょっと補足したくなりますのですが、まあ私どもとしてはある程度国家財政ということも考えますし、地方の財政の問題もございますし、理想といたしまして、白地に理想の図をかけということでございますればもちろんかきたい図はございますが、やはり現実の行政でございますので、財政の状況等も勘案する必要がございますし、まあいろいろな御批判はあろうかと思いますが、特殊教育あるいは僻地過疎地域の小規模学校、あるいは大規模といいますか、中規模以上の学校における教員なり、あるいは事務職員等の問題、まあできる限度でのきめこまかい配慮もいたしておるつもりでございます。繰り返しますが、もちろん第三次五カ年計画で、今後やろうとします五カ年計画ですべて理想の姿になるというふうにはもちろん考えておりません。
#40
○鈴木力君 だから極端じゃないと思うんですよ、事実。説明をすればいろいろの事情――いろいろの事情とは何ぞやということを聞かなくても、いまの局長さんの御答弁でもほぼ推察できるわけですから、財政事情もあったろうし、持っていくねらいがなかなかそうは一ぺんにいかないから、まずこっちは見送って、こっちだけでもやろう、こう思った、そういう御意図なら私もそのとおりわかる。それでまあそうだろうと思いますから、そうするとこの四十五人学級というのは、やはり文部大臣もイギリスの例をとって四十人という例があったというお話もなさいました。ただし、そこに全部が全部一ぺんにいくわけにいかないから、これが今回は残されたのだ、こう解釈をすると、これは今後の問題としても早急に御検討をいただきたいということで、この点について私はそういう御要望を申し上げるだけなんです。
 ただし、このあとの、若干私が心配だと思うのは、複式学級の考え方なんです。私は基本的には、これは私個人だけかもしれませんけれども、複式学級というのをそんなに教育的にいけないものだというふうにはどうも私は考えたくない。私が教師をやった経験からしましても、私がやっていて一番いい教育をしたのは複式学級を持ったときじゃないかと考えることすらある。しかしこれは私のつまらぬ経験ですから自信もありませんですけれども……。ただし、私はその複式学級のよさを生かして、ほんとうの教育の水準を上げるには、一人、二人学級規模を減らしたということではなしに、ほんとうに過疎地域の教育ということを考えて複式学級をなくそうという御努力は私は賛成なんです。しかし、なくそうという御努力をなさっても、なくならない現実がある。そのなくならない現実をほんとうに生かして、積極的にそこに正しい教育をつくっていくために、私はやっぱり〇・なんぼ教員定数をふやせたということではなくて、思い切って複式学級には教師を二人配置するということはどうなんだ。そうしたら私は過疎地域に非常によい教育ができてくるという気がしてならない。こういう点の複式学級の教育的な効果を上げるにはどうするかという観点で、ここをきめる場合には御討議いただいたのですか、いただかないのですか。いただかないとすれば、それでやむを得ないのですが、討議の上にということであれば、人数を減らしたということは、どういう理由でこれでいいと思ったのか、お伺いをいたしたい。
#41
○政府委員(宮地茂君) 複式学級につきましての鈴木先生のお考えにつきましては、これは大臣も何か御同感の気持ちもおありのようですから、あとその点についての大臣の御所見はお述べになられるかとも思いますが、私どもといたしましては、事務的にやはり極端にいいまして、たとえば一学年の子供が二人、二学年の子供が二人、四人くらい。あるいは一人ずつ二人といった極端なような場合に、一人と一人、あるいは二人と二人に分けるのがよいか、あるいは一緒にしたほうがよいか、これは私もよくわかりませんが、何となくこれはそう一がいに複式だからいけないというようなことも言えない面もあろうかと思いますが、しかし、そういう特例は一応別といたしまして、考え方といたしましては、やはり一学同一学年が同一学級を組んでやるということがよい形ではないか。と申しますのは、文部省でつくります教育課程あるいは学習指導要領、それらにつきましては、一人の先生が二学年、三学年のそれぞれの教育課程をこなしていくということはなかなかむずかしいことでもございますので、考え方といたしましては、私どもは複式を解消していきたいという方向をとりました。それから現在の複式の人数をたとえば小学校の五個学年、四個学年、これは一人の先生が――もちろん今度は担任外も一学級で一人の担任外の教員が置けるようにいたしまして、いままで〇・七五であったのを一にいたしましたから一学級でも二人になりますが、そういう意味では複式を二人で持つという鈴木先生のお気持ちとは多少違うかもしれませんが、そういうことは実際問題としては学校内でできると思いますが、大体二十五人基準になっておりますものを、二十五人程度の、二十三人、四人の子供がいるのを二クラスに、二学年の複式をつくるということは、先生の教育効果も十分でございませんし、またそれだけ先生の教育労働――労働ということばはまああれですが、肉体的にも精神的にも非常に影響を与えるであろうというようなことから、今度は十五人くらいというふうにいたしました。ですから、大体の考え方といたしましては、複式を解消したい。それから二十五人では多い、これは十五人から十人くらいまでというふうに一応考えておりますが、それが十人を割って相当少ない数になりますれば、その辺ははたして二人、三人でも一クラス編制がよいかどうか、それにつきましては現段階でも私どもはあまり自信はございません。将来の検討課題だと思っております。
#42
○鈴木力君 私は、複式を解消していくことにはそれは賛成なんです。それに反対でものを言っているわけじゃないのです。ただし、やはり解消していくという方針があったにしても、なかなか解消されない部分があるわけです。それはここでも二つの学年の児童で編制する学級は二十二人、これはいままでは二十五人ですから三人少なくなったわけで、その点に関する限りはここは前進だと思うのですね。それから三つの学年の児童で編制する学級が十五人になった。これも前と比べると、進んだというかよくなっている。ですけれども、やはり私はいま教育労働を少し軽くなさるという御配慮をされておる局長さんの御答弁を伺っのですが、この三つの学年の児童で編制するくらたいだったら、十五人を一人で持つということが、私は十五人くらいからそれを三つにばらすというよりも、もう一人先生を置くということのほうがどんなにこのクラスが効果があがるというふうに私はいま考えるのです。特に複式学級で私は、文部省抜かりはないと思うけれども、過疎地域の人口の減っていく地域で学年の組み合わせが文部省の思うつぼにははまらないという現実がいまあるのですね。たとえば昔やったように一年と二年と組み合わせる、三年と四年と組み合わせるというようなそういう形でできれば、まだ文部省も教科書も出しているのじゃないかというふうなことも出てくるだろう、そうはなかなか注文どおりいまは出てこないでしょう。四年生と一年生と組み合うというものも出てくる、二年生はゼロだというように。そうすると、一年生と三年生と四年生とが組み合って十五人だ、そうしてそのうちの四年生が三人で、それから三年生が四人で残りが一年生だということだって出てこないとは限らない、いまの場合。学年の学童の数が平均化されていない。そういう状態のときに、この前から比べればよくなったけれども、どうせやるならそういういまの小規模学校あるいは過疎地域ということに、これほど鳴りもの入りで一生懸命やってくれるときに、そこまでなぜやってくれなかったのかという気持ちがどうしても私はするのですけれども、これはもうこうなったのですから、御答弁はこうなりましたという御答弁になると思うのですけれども、これはやっぱり本気で検討の課題に私はしてもらいたい、こう思います。
 それからもう一つ心配なのは一年生ですよ、小学校の一年生。そういう過疎地域に限っては、限ってはというとことばが悪いのですが、過疎地域にはいわゆる幼稚園とか、そういう学齢前の教育というのは、放置ということばは少し極端すぎるかもしれないけれども、行き届いていないというのが大体の例なんです。そういう就学前の教育が行き届いていない一年生を収容する。そうしていま言ったような複式の普通のあり方とはちょっと変わった組み合わせの学級をつくらなければいけない、そこをいままでよりも何人か上限を下げたから、過疎地域に対しては非常に今度はよくなりましたと言うには、どうも私は自信がない。この法案に賛成する自信もない。そういうところぐらいでも、拾ってみてもいいから、たとえば極端に今度は一年生の数が多い、そういう地域にはもう一人特別に追加をするとか、あるいは一年生だけは別に何かをやるとか、そういう配慮ができないものかどうかということを伺いたい。
#43
○説明員(岩田俊一君) ただいま鈴木委員の御質問は、複式学級等について子供の数を引き下げるという配慮のほかに、あるいは二人学級に、その先生の交代と申しますか、アシスタント、そういうふうな定員が並列にあればなお望ましいというお話の趣旨であったように理解をいたしますが、確かにそういうことも望ましい方法としては考えられるかもしれませんけれども、現状におきましては、この法案の程度までの改善に今回は進めたということでございます。なお、この学級編制のお話でございまするけれども、この法律の趣旨といたしまするところは、主としてこれは財政措置法の趣旨が多分にございまして、これと負担金と結び合って現在の定数の財政補助をしているという、これは御案内のとおりでございますが、その趣旨が非常に強うございます。したがいまして、個々の学級の運営につきましては、いろいろくふうと弾力の余地があるのではないかと思います。たとえば体操の時間等にある学級を一緒にしてやるとかというふうなことも考えられます。そうした場合におきまして、ゆとりの出る教員が二学級を同時に行なう授業に加わることもあるわけです。現に僻地の学校等ではそうして行なわれていると思います。そういうふうな実情を決してこれは拒むものではございませんし、かつまた、今回の学級担任外教員の配置におきましても、今回の改善におきましては、たとえ一学級の学校でも担任外に一人とれる、五学級の学校でも二人担任外にとれるということにいたしておりますので、その授業形態の組み合わせと余分の定数の学級担任外定数の活用によりまして、その運営はある程度までは可能になるのじゃなかろうか、かように考えたわけなんです。
#44
○鈴木力君 もしことばじりをとらえたと言われればあやまりますけれども、私はいまの課長さんの答弁を伺ってもきわめて愛情がなさすぎると思うんですよ。体操なら組み合わせてやれと言うんでしょう。大体幼稚園も入らない就学前の教育を受けない一年生と四年生、さっき私がとった例で言うならば、そういう一年生と四年生、あるいは六年生と組にして体操というのはできると思っておるんですか。これがたとえばオリンピックとか体育関係の法案の場合には、体育は小学校時代から大事でございましてという説明が出てくるんですよ。そうして金のつくほうの法案のときには、ひっくるめて体操やれば先生一人でも何でもやれるじゃないか、子供のからだの発達の程度からいったって、小学校の一年生と六年生を組み合わせて、体操の授業ができると思っているんですか。もし間違いなら間違いだと言ってもらいたいわけです。これは大事なことなんです、そんな答弁をされておると学校の先生おこります。
#45
○説明員(岩田俊一君) 体操の例が悪かったかもしれませんけれども、学校運営の実態として、従来からいたしますと四複も五複もあったことでございます。今回は解消いたしておりますけれども、そういう運営を考慮いたしますれば、そういう分のゆとりも当然生まれてきていいんじゃないかという当然のことをその限りにおいて申し上げたわけでございます。
#46
○鈴木力君 文部省はいまおまえたちは貧乏しておるんだから、少しよくなったからいいじゃないか、こういう思想で学校に向かってものを言っておる。私が一番さきに、この法律を読んでみると昔のまま母物語を思い出すと言ったのはこのことなんです。それはいままでは教育が行なわれていなかった、実際は。そういうむちゃな組み合わせをやらしておったから授業はしておったけれども、いま言ったような非常に困った組み合わせ部分については教育効果というのはあがっていなかったですよ。それを法律に基づいてあるいは規則に基づいて、規則上きちっと年間で何時間授業をしたというのに合っていれば教育したと思っている。教育はそんなものじゃない。だからいままで大きな欠陥があったんだから、その欠陥を直さなければいけない、こういうことなんです。私はこの前に土木のコンクリートの話をしたですね。コンクリートをつくるという場合には、鉄筋と砂とセメントと砂利というのはおのずから割合がきまっておる。あなたのいまの御答弁を聞くと、前にはセメントを入れてなかったんだから、今度はちょっぴりセメントを入れたからいいじゃないかという議論にしか聞こえない、どうなんです、その辺は。
#47
○政府委員(宮地茂君) 鈴木先生のおっしゃいますように、従来六年生までを一クラスでやっておったような極端な僻地の学校におきましては、おっしゃいますようなそういうところには幼稚園もございませんし、幼稚園教育を受けない子供が小学校へきて、教師も非常にむずかしいではないか。また、子供の教育効果も十分ではないではないかという前提からのいろいろの御指摘でございます。私どもそういう点につきましてはもちろん十二分に配慮いたしましたが、そういう点法案といたしましては、先ほど課長から答えましたような結果になっておるわけですが、鈴木先生おっしゃいます点もいま私どもわからないわけではございません。したがいまして、定数標準法といたしましては、こういう形でありますが、そういうような趣旨も十分県などにも話しまして、県として運用面におきまして、できる限りのことができますれば、十分趣旨徹底等の機会にも考え、また第三次五カ年計画は理想の姿と思っておりませんので、まことに気の長い話になりますが、続いての第四次の計画とかいったような点につきましては、十分そういう点も配慮し、またそういうときに完全にそういう方向に移行できるようなことも十分考えつつ、この第三次五カ年計画を運用してまいりたい、一応そのように考えます。
#48
○鈴木力君 いまの局長さんの御答弁で、文部省というか、原案をつくった立場からですと、そういうふうにおっしゃるだろうと思いますし、立場からすればそうだと思うのです。まあついでですから、これはいま質問というわけじゃないけれども、そうおっしゃっていただくなら、これは大臣にもお願いしておきたい。あとからもいまと同じようなことを若干お伺いしたいんですけれども、五カ年計画五カ年計画とおっしゃらずに、もう来年からでもこれをまた改定をするという意欲を持ちながら、いまは五カ年計画だけれども、情勢が許せば、いまの私が指摘したような点、あるいはこのあとも若干御指摘申し上げたいと思っているんですけれども、それは直していくんだという意欲はぜひ持ってもらいたいと思うんです。これは御要望だけ申し上げます。
 それで、少し前のほうに進みたいと思うんですけれども、この改正の第七条ですね。これを読んでみますと、こういうことなんですか。校長の専任は、六学級以上に校長の専任を置いて、五学級以下には校長は専任の校長を置かないということなんですか。
#49
○政府委員(宮地茂君) いま鈴木先生がおっしゃいましたように、五学級以下は校長を置かぬでもいいんだという意味でこの七条の一号を書いておるわけではございません。五学級以下でも一つの学校でありますれば、当然校長を必要といたすわけでございますが、大体ここの七条の一号は、校長をにおわすような意味にとれますので、その限りにおきましては、先生のような御質問も出ますが、これは一応定数法のはじき方としてこういう基準を設けたということでございまして、それ以下の学校でも校長を置こうとすれば――置く必要がございますし、その点は先ほど来申し上げておりますように、小さな学級の学校でも担任外教員が、一学級のところでも一人置けるというような積算が別にしてございますので、そういうところを勘案していただきたい。したがいまして、繰り返しますが、五学級以下には校長を置かないでよいという考え方をとったわけではございません。
#50
○鈴木力君 そうすると、かりに五学級の学校を例にとりますと、五学級の小学校の場合ですと、先生が何人になるんですか。
#51
○説明員(岩田俊一君) 七人でございます。
#52
○鈴木力君 そこで、いま校長を置く場合がある、一人校長を置きますね、そうすると、さっきから言われておるこの担任外の教員というのが一人しか残りませんね。そこで私がお伺いいたしたいのは、さっき課長が言われたように、担任外を置いておるから学校運営ができると、そういう見方でおっしゃっておるけれども、はたして五学級以下の学校でもこういう形で運営ができるだろうかどうかということですよ、私が心配するのは。と申しますのは、私はいままで少し時間をかけたんですけれども、たとえば学校保健関係にしても、きわめて職員が足りなくて、そして学校の先生たちがそちらの業務をずいぶん持っている。それから事務職員にしてもそうですよ。事務系統にしても、いろいろな村の事務やら何やらはいり込んできて、たいへんな学校の業務があるわけです。そういうところにもってきて、校長さんは別ワクでもないわけですから、一人校長を置くと、もう一人しかいない。これで専科の授業もやるんだ、それから、さっき言ったように、もしも複式学級という場合には、それぞれ弾力的に二人をやるということも考えられる、こういうような御説明ですと、とてもじゃないが、これは五学級以下は運営できないだろう。その上も、ややそういうことが言えますけどね。どうです。もしあれでしたら、もう少し続けてお伺いすれば一番わかる。五学級ぐらいの学校で、校長が兼務している――まあ兼務までいま調べていなければ、それでよろしいですけれども、大体学校長が出張あるいは学校外の業務でどれだけ時間を食っているのか。この五学級以下は校長を置かなくてもいいように、六学級以上に「一を」とやったときに、その辺はお調べになっているんですか、なっていないんですか。
#53
○説明員(岩田俊一君) 五学級以下の学校の校長の出張回数等でございまするが、調べてございません。
#54
○鈴木力君 長野県の校長さんたちの校長会が調べたやつが一つあるんです。そういうのを見ますと、一々どこの学校が何人とは言わないけれども、学校外の業務を校長がやるというのはものすごく多いんですね。特にこれはこういう小規模学校になると、これを長野県の校長会で調べてみただけでも、要するに、学級担任外が少ないから、外回りの仕事はほとんど校長に集まってきている。分担のあれができないんですね。そういう状態なんでして、その学校長を一としてはどうしても学校運営では計算できない。学校運営と言うとことばが悪いが、いまの学級を主体にした、授業を主体にした教育からいいますと、これは私どもから見ると、とても一という計算はできない。〇・五という計算にもならない。いまそれならばどういう授業をやっているのかというと、毛筆習字ができれば毛筆習字をちょこっと持つとか、そういう程度のことです。それだったら、授業ということから考えていったら、〇・一か〇・二にしかなっていない。それを一だという計算で定数を考えるというのは、どうもさっきから言っているように、思いやりが足りな過ぎるのか、実態の把握がお粗末過ぎるのかどちらかだと思う。これはやはり重要なことですから、もしお調べになっていなければ、いまから全国的に統計をとれと言っても、それはむちゃな話ですから、そういうことは申し上げませんけれども、五学級とかそういう小規模学校の多い地域だけでも、ひとつ調査してみていただきたい、これはどういう傾向にあるのか。そうするというと、五学級以下の定数のいまの校長の配当のところに非常に大きな問題を含んでいると思いますから、それはぜひお願いしたいと思います。どうですか。
#55
○政府委員(宮地茂君) 出張回数だけでも十分でないと思いますので、調査する以上いろいろな観点からする必要がありますが、できる限り御趣旨に沿いたいと思いますが、いろいろ調査のために、いつまでにその調査を出せという御注文でございますと、なかなか沿いがたいと思いますが、検討いたしまして、できる限り御趣旨に沿うような調査をいたしたいと思います。
#56
○鈴木力君 私は、この五学級までのところのこの条項を、これでいいのかということで、それがぜひなければ、つまり「六学級以上の小学校の数に一を乗じて得た数」というのは、校長さんをさすんしょう、何といったって、これはすなおに読めば。それで、校長のいない学校なんてないから、校長を置くことができる。そうすると、五学級で七人のうち一人が校長になる。一方からいうと、小規模学校の授業というのは、複式もかみ合ってきて、なかなかむずかしくなってきている。運用で二人をやっているからいいじゃないかという答弁が出てくるのです。これはもうたいへんなことだと思うのです。特に今度は小規模学校なり、あるいは過疎地域というのに重点を履いたということになっているんです。その重点を置いた過疎地域の校長なら校長が、出張回数がどれだけあるのか。あるいは出張でなくてもその学区内の外回りの仕事が一体どれだけあるのか。そんなことを計算をしないで、六学級以上に、プラスでいいと思われたのでは私はとても承知できない。そこでさっき私が言ったのは、全部をしろと言っても無理だということを言っているんです。たとえば私がここでも、聞いてみたらいろいろな資料がありますよ。長野県の、昭和四十三年七月三十一日に……。これは誤解のないように、教員組合ではないですから、長野県の小中勤務校長会という、小規模学校で苦労している校長さんたちが調査した資料もある。そういう部分的なものでもいいから取って、そうしてあさってあたりまでには、あさってといいますか、次の文教委員会までにはこういう傾向でございますくらいのことは答えてもらわないと、この法律の条文審議はできない。
#57
○政府委員(宮地茂君) いま鈴木先生のおっしゃいましたような他の団体等でやっておる資料等も参考にしてという前提でございますれば、あさってという日限でございますが、でき得る限り、可能な限りの資料をつくりたいと存じております。
#58
○委員長(久保勘一君) 午前中の委員会はこの程度とし、午後一時まで休憩いたします。
   午後零時二分休憩
     ―――――・―――――
   午後一時二十四分開会
#59
○委員長(久保勘一君) ただいまから文教委員会を再開いたします。
 午前の委員会に引き続き質疑を続行いたします。鈴木君。
#60
○鈴木力君 小学校については、さっき五学級以下の校長の問題は、あとで調べていただくことになりましたが、それが実は他の学級の構成の学校にも関係がありますので、その際、小学校の問題については質問さしていただくことにいたしまして、中学校の問題について少し伺いたいと思います。
 まず、中学校の教員定数をこういうふうにきめられたんですけれども、学校教育法施行規則の五十二条と、この法律との関係はどういう関係を持っておるのか聞きたい。
#61
○説明員(岩田俊一君) 学校教育法施行規則でございますが、五十二条に、「中学校においては、一学級当たり教諭二人を置くことを基準とする。」という規定がありますが、この定数標準法との関係でございますけれども、この学校教育法施行規則は、国・公・私立を通じましたところの準則を定めた規定でございます。これは御承知のとおりでございます。この定数標準法のほうは、義務教育費国庫負担法と連結いたしまして、一定の標準まで義務教育に配置さるべき職員の数について財政保証を行なうという主眼を持っておりますので、この数の面においては若干平仄が食い違っておるところでありまして、学校教育法施行規則のほうは単純に一学級当たり二人ということになっております。そういう関係でございますので、やや規定の趣旨が異なっております。したがいまして、学級編制のほうは、一方では、定数標準法では四十五名となっていますけれども、こちらのほうは五十人になっているというような関係もありまして、必ずしもここのところは一致しておりません。
#62
○鈴木力君 一致しないことがわかっているから聞いているのであって、一致していませんという答弁は要らないわけです。国・公・私立の学校に適用するために、との施行規則に一学級当たり二人とすると、こう書いてある。法律のほうは、公立学校であるから食い違ってもいいと、いまの課長さんの御答弁はそういうふうに聞こえる。国・公・私立合わせた場合には一個学級に二人いるのが基準になるわけだね。中学校の教育に、公立を切り離した場合には二人にならなくてもいい。その考え方の理由をわかりやすいように説明していただきたい。
#63
○説明員(岩田俊一君) 学校教育法施行規則のほうは、学校に置かるべき職の数の目標としまして、まあ望ましきと申しますか、そういう数の基準を定めておるというふうに理解をいたしておるのであります。一方、公立学校の定数標準法のほうは、財政措置法としての数の根拠を定めておるというふうになる、というふうに考えております。
#64
○鈴木力君 財政措置法であることはわかっておるのですがね、そうするとあれですか、規則で言っておることは望ましい姿を言っておる。そうするとこの法律は望ましくないということだけは認めますね。
#65
○説明員(岩田俊一君) 具体的な数の問題でございまするから、この五十二条の「二人を置くことを基準とする。」という規定をそのまま算定いたしますと、その数字を下回っておるということは、これは事実でございます。
#66
○鈴木力君 望ましくないということを御確認をされるなら、これは私は大臣にお伺いいたしたいのです。この施行規則ができたのは昭和二十二年なんです。昭和二十二年に六・三制を発足しましたときに、中学校には一個学級当たり教諭が二人いることを望ましい基準とするということですから、基準ということばは、文部省では、使い方によってはいろいろな使い方があるでしょう。たとえば教育課程なんかのときの文部省の規則の基準というのはばかにやかましいわけだ、そうでしょう。そういう基準ということばを、やかましいような使い方をしておる文部省が、それから二十年以上もたっておって、これは望ましい姿なんだと、これは財政法だから食い違っていますというだけでは、一体中学校という学校制度をつくってそれをほんとうに充実をさしていくという、いままでの二十年間の文部省の熱意というのはぼくは疑われていようがない。だから、こういう規則で文部省がそういう基準を考えたんだけれども、こうせざるを得なかったという理由が別にあるんじゃないですか。これがあたりまえですと言われると私は承知できないんです。どういうことですか。
#67
○政府委員(宮地茂君) 学校教育法施行規則にはもちろん、「中学校においては、一学級当り教諭二人を置くことを基準とする。」ということで、たとえば三学級の中学校であれば少なくとも六人、それにプラスして専任の校長一人ということがまあ実行されておれば、この「基準とする」ということがそう、「二人を置かなければならない」と書かれたぐらいの趣旨はそれで実現できると思いますが、そういった意味では実態といたしましては、現在の義務教育――いま御審議いただいております七条、現行の七条では、たとえば中学校三学級以下の場合は、これは六人ということになりますので、まあほぼ満たしますが、それ以上のところになりますと、極端に申しますと一学級当たり一・五といったようなことにもなりまして、施行規則で言います二人が厳密にまあ守られていないと申しますか、定数法上もその点が確保されていないということは、私どもといたしましても、必ずしも適切な十分な措置がこの今回の標準法にもなされてないということは認めますが、その理由といたしましては、施行規則といたしましてはこれは一応学校として、中学校としての基準を示しておる。ただ、財政上の問題等もございまして、標準法のほうではそれが欠ける実態もあるという状況でございます。
#68
○鈴木力君 どうも話がわからないんですよ、私はね。一応の基準と、こういうことなんですけれども、文部省は一体法律解釈――この規則の解釈で、規則の場合の基準というのはすべてそういうように、都合が悪ければ守らなくてもいいという意味に「基準」ということばを使ってるんですか。
#69
○政府委員(宮地茂君) まああまり申しますとこれはいかにも形式的な理屈になりますが、まあ基準でございますので、これを絶対に、この上限、下限は絶対にいけないということではなくて、だからといっていわゆる下限、それより下になってもよいという意味ではございませんが、まあ大体の趣旨は二人を原則とすると、基準とするということでございますから、それを二人を欠くようなことはこの趣旨から見ますと十分ではないということは言い得ようかと思います。その点、財政関係の標準法では厳密にそこのところがすべて二以上という計算にならないことはまことに申しわけございませんが、その意味は、まあいろいろ財政上の問題もありますし、また、それぞれの学校において、一応一学級二人だということでございますけれども、学級、学校規模等によって若干の運営上のくふうもして、その基準の趣旨に合うように運営をしていくべきだというふうに考えております。ですから、形式的に二人だと施行規則に書いておるのに欠けておるではないかということでございますれば、その点はまことに遺憾であると申し上げざるを得ないかと思います。
#70
○鈴木力君 私は、これが形式的に違っているだけで実質的に違っていないというなら、そんなにしつこいこと私は言うつもりありませんよ。ただ、この定数法と直接関係がないけれども、基準ということの言い方にどうも一々、自分のほうが何か責任があるときの基準のときには非常に甘くて、他のほうに対しては基準というのは非常に辛い、こういうことでは、どうもわれわれは文部省の法律や規則を読んでみても理解できないのですよ。学校の先生たちだって理解できない。だから基準ということばは、今後は事情があればそのとおりいかなくてもしようがないのだということにして、はっきり確認をしておいていただきたいと思いますがね。これは御答弁をいただかなくてもいいです。ただ、いまのような御答弁では私はどうしても理解できないのは、基準というのが望ましい姿だ。まあ法律と規則でどっちが上だとか下だとか法理論やれば、別に違法だということにはならないと思うのですよ。そういう違法でないという道が開けておるとは思うのですけれども、少なくとも昭和二十二年に一学級当たり二人というのが望ましいのだ、望ましいというよりも、ほんとうは、中学校をつくってこれから教育の水準を上げていくには二人が要るのだという観点に立っていると思うのですね、どうしたって。それから二十年たっているわけです。特に私がお伺いいたしたいのは、それほどのことがおわかりになっておって、いまの局長の答弁でもどうも不十分だというふうなお答えをいただいているのですが、この前の、五年前と今度と全然改定をしないで中学校の分については出してきている。一方は、施行規則では二人という基準がある。それを御承知の上だ。現行法とそれから今度改正になった部分と、少なくとも学級対教育職員の比率については全然改善を加えられておるところがない。そうすると、そういう規則をわかっていながら改善を加えなかった主たる理由は何ですか。
#71
○政府委員(宮地茂君) 主たる理由は、まあ国の財政なりあるいは地方の財政状況なり、一応主たる理由は財政上の理由でございます。
#72
○鈴木力君 大体そう私も推察をしておる。ですからいまの御答弁でもうよくわかる。ただし、まだ私わからぬところがある。それならば、文部省が予算要求の場合に、財政的にこうならざるを得なかったという事情は私も理解せざるを得ないわけですが、どういう原案で予算要求をなさったのですか。
#73
○説明員(岩田俊一君) 予算要求の際には――この中学校に関しましてはこの法律案によりますれば、十八学級以上の段階に一名教員の増加を行なうというのがいま御審議願っている法案の内容になっておるわけでございますけれども、要求段階におきましては、九学級以上からそのレシオを変えるということで要求をいたしております。
#74
○鈴木力君 十八学級以上一名増ということで要求をしたが、それがどう変わったんですって。いまちょっと私わからなかった。もう一度説明してください。
#75
○説明員(岩田俊一君) 要求の段階におきましては、十八学級じゃございませんで、九学級でございます。
#76
○鈴木力君 そうすると、これは九学級以上を要求したけれども、結局は大蔵省の査定でけられたと、こういうことですか。
#77
○説明員(岩田俊一君) さようでございます。
#78
○鈴木力君 それではやむを得ない。この点についてこの次の機会に大蔵省を呼んでいただきたいと思います。私のほうからお願いしておきます。
 それで、もう一つ中学校の定数のところでお伺いいたしたいのは、実は私は予算の概算要求のときに、この点について御質問申し上げて、当時の初中局長から御答弁をいただいていることがあるのです。それは、小規模学校の中学校にいまの定数の配置ではどうしても免許状を持たない教科を授業させられている事実がある。これを解消するように努力をしないかという意味の私が質問を申し上げ、前の大臣だったと思いますけれども、おられた席上で、次の定数法の改正のときにはぜひこの点は改善をいたしたいという、そういう意味の御答弁をちょうだいしておるように私は記憶をしておるのです。免許状を持たない先生たちがいまのこの定数法ではどうしても免許科目以外の教科も担任せざるを得ないわけですね。これらの点についてはどういう配慮をなさっていらっしゃるのですか。
#79
○説明員(岩田俊一君) たとえば小規模学校、もっとも数多うございます、最小単位でございますが、中学校でいいますれば、三学級の例で申し上げますと、三学級の中学校に対しましては七人の教員が算定基礎になっておるわけでございます。したがいまして、九教科ございますから、二教科分だけは両教科を兼ねるというような算定になろうかと思います。
#80
○鈴木力君 そこで免許状を持たない科目を二教科は持たない教師が授業しなければいけないのだ、それでいいと思っているのかということですよ。これは新しい問題じゃない。私は概算要求の段階のときにこの問題を指摘しているはずです。それなのに、大蔵省から切られたと言うけれども、いま伺いますと、九学級以上については要求なさっている。それはあとで大蔵省にまた伺いたいと思うのですけれども、いまの過疎地域、過疎地域と提案理由で何べんも言っておられる、そこの深刻な現状にあるところの小規模学校の免許外教科の担当、これはいま指摘するのじゃなしに、前に指摘しておったことなんです。あえてそれを要求しなかったのはどういう理由かと、こういうことです。
#81
○説明員(岩田俊一君) 今回の定数標準法の改正案におきましては、ただいま御指摘のとおり、全体の改善幅のワクといたしましては小学校のほうに重きをかけているわけでございます。中学校のほうは十八学級以上に教員の加算を行なうというだけにとどまっているわけでございますが、その考え方の基礎は、結局は、ただいま局長申しましたように、財政規模の総ワクということが予算折衝の結果影響してきているわけでございまするけれども、中学校につきましては、小学校の場合と比べまして、やや時間数その他担当の一人当たり教員の負担時数等におきましても、むしろ小学校のほうが重いのではなかろうか、限られたワク内で考慮する場合に、小学校のほうにむしろ重点を置いたほうがよくはないだろうかというのが私どもの判断でございます。
#82
○鈴木力君 そうすると、私が予算要求の段階で指摘申し上げた免許外の教科の担任というのは、これでいいのだと、そういう御見解なんですね。
#83
○説明員(岩田俊一君) 御指摘のように、各教科それぞれ一教科一教員の担任するのが非常に好ましき姿だと思いまするけれども、やはり全体の総ワクの中でやむを得ないと申しまするか、二教科分については両教科を持つ等もやむを得ないというようなことになったわけです。
#84
○鈴木力君 やむを得ないというのはどういう意味なんですか、計算上は二教科一人で、二教科免許状を持っている教師もいますから、そうするとなるほどそれは勘定の上からいえば合う、合うところもある。ところが事実合っていないのですね。免許状を持っていない教師が相当の教科を担任させられている。これはこの前のぼくの質問のときに文部省の当局もそれは認められた。だがそこのところの改善を加えない、やむを得ないで済ませるものかどうか、私は免許法というのはそんなに簡単なもの、軽いものなのかどうか、念のために伺いますけれども、この教員以外に免許状が必要な職種であって、免許状を持たないで従事してもいいという職種があったら教えていただきたい。
#85
○説明員(手塚晃君) 教員は原則として免許状を持つわけでございますが、免許法の附則二項におきまして教育委員会の許可を得た場合には、その許可に係る教科の教授を担任することができます。
#86
○鈴木力君 私が聞いているのは、その手続は知っているのだ、臨免を与えて法律的に逃げ場所をつくっていることは知っている、そういうことを私は聞いておるのではない。教員以外の、免許状が必要な職種であって、免許状を持たなくても従事してもよろしいと、臨免なり何かの手続はあってもよろしいです、そういう職種が他にあるならば教えてもらいたい、こういうことです。
#87
○説明員(手塚晃君) 寡聞にして存じません。
#88
○鈴木力君 そうだろうと思うのです。あるはずがない。そうでなければ免許状の意味がないのです。教師だけが免許状がなくてもその教育ができるという基本的な文部省の考え方ですね。たとえば私なら私が、私は教師じゃない、だれかAならAという教師が、聞いていてくださいよ、聞かないことを答弁するから、聞いたとおりにきちっとそれに答えてもらいたい。AならAという教師が国語と社会という免許状を持っている。ところが、教師がどうしても足りないから、音楽の授業をしろとかりにいわれた場合に、その場合に皆さんの行政的な立場からいえば臨時免許状というのを、音楽の免許状をくれますよ。臨時免許状は出せるのですから、それで音楽の授業をさせられるわけです、その先生は。その先生はピアノをひいたこともないという状態でもやらせられる。それは皆さんはやらせられるということばはきらいかもしれませんが、できませんといえば、これはやらなければというので相当しかられながら、圧力を受けながらやらせられる、泣いている先生が幾らもいるのです。教育だけは免許状を持たなくても、手続的に免許状を持ったという抜け穴でやれば教育ができる、そういう考え方が私にはわからない。他の職種にはない。寡聞にして知りませんと、私も寡聞にして知りません、あるかもしれませんがね。この点は文部省はほんとうにどういうふうに考えているのか、真意を聞きたい。
#89
○政府委員(宮地茂君) お尋ねの問題、趣旨におきましては鈴木先生のおっしゃいますように、教師は、中学校の教師でございますれば、自分が専攻いたしましたものに基づいてそれを教え得る免許状をもらうわけでございますから、手続的には違法にならないような処置が講ぜられておりましても、そういう鈴木先生のおことばをかりれば抜け道の措置ということは必ずしも適当なというふうには考えません。ただ実態といたしまして、非常に小規模学校等の場合、財政上の問題といたしまして、各教科ごとに全員を置くということができないというような場合に、やむを得ず、そういう授業を持ちます場合の措置として、鈴木先生のおっしゃる抜け穴といったような措置も講ぜざるを得ない場合が非常にまれではございますが生じます。そういうようなことのために設けた規定であって、趣旨といたしましては、先生のおっしゃいますように、各教科正式に免許状を持ち、また学生のとき、そういうことを専攻した者が教えるのがよいという趣旨に私どもも何ら異存があるのではございません。
#90
○鈴木力君 この点は私は少ししつこく伺いたいんですよ。趣旨はそのとおりみなわかっていらっしゃる。趣旨はわかっているし、六・三制が発足してから今日までに相当の時間もたっている。しかも、私がさっきも言ったように、この点は相当重要な教育的には問題のある点であるから、予算要求の段階で指摘申し上げました。文部省はそれについては、この点については何とか改善をしたいという意味の答弁がある。もちろん全部一ぺんに解消するとか、それはまた財政上の理由とか、いろんなことがあると思うんです。しかし、少しでもこの点の配慮ということが今度の定数法には全然なされていなかった。そして、いま私が御質問申し上げますと、やむを得ないということだけでこれをいってしまおうとしている。私にはどうしてもこれは納得ができないんです。もう少し、教育というものがきびしいものだということを、帳面ずらは免許状持っているんですよ、臨時免許状というのを与えるんだから。それは確かにいま局長がおっしゃったように、救済措置というのは、それは確かである。しかし、これは教育という面から見ると、きわめて困った救済措置なんですよ。それが五カ年間も、五カ年間というよりこの法律ができたときからずっといままで続けられてきている。それでも大蔵省へ予算要求をしたが、大蔵査定で切られたというなら私はまだわかる。大蔵省にも予算要求もされていないじゃないですか。それでは文部省がほんとうに過疎地域の教育ということを真剣に考えているのかどうか、どうしても私は疑わしくてしようがない。この辺のほんとうの気持ちを聞かしていただきたいし、大臣にこれは特別ででもこれらの何かの処置というものが必要じゃないかと私は思うんですけれども、大臣の御見解を承りたい。要するに、表のいいところだけ見ておっても、教育というのは日の当たらないというか、陰にこういう苦労がある、ここのところを見ないとほんとうの教育なんというものは、私は義務教育なんと言っておったって、これは行政としてはほんとうに行き届かない行政だと、こう思うんです。
#91
○政府委員(宮地茂君) あと大臣に御答弁いただくとしまして、予算要求にあたりましての事務的な面を御説明いたします。
 私ども、いま鈴木先生から御指摘になられましたような点も十分考えもいたしましたし、また予算要求段階に、何を要求すべきかということの中には当然そういう点も入っておりました。ただ、とにかく大蔵省へ要求だけすればよい、あとは査定されることはやむを得ないといったような考えではなくて、要求しただけはともかく大蔵省としても、文部省としてぜひみてほしいというものについては、大蔵省もみ得るであろうといったような可能性も相当考えまして、要求いたすわけでございます。そういうような観点から、鈴木先生のおっしゃいます点も十分考えましたものの、従来申し上げておりますようなその他の問題が相当ございまして、一例申し上げますれば、中学校の生徒、児童の教員も要求した数字が取れなかったといったようなことで、結果的には申しわけないんですが、予算要求上の問題としても、相当真剣に考えて、これだけはぜひ取りたいという中には入れるのが多少無理だというふうに考えて要求がなされなかった。事務的にはそういう次第でございます。
#92
○国務大臣(坂田道太君) 事務的にはそうなんだということなんですが、私としましても、この点は財政上のことからそうせざるを得なかったということでございます。でございますけれども、これを全然無視しているという意味じゃございませんで、こういう臨免の教職員というものをなるたけ早い機会に解消していくという方向、あるいはそれに対するわれわれの努力というものはやらなきゃいけない。その点を前大臣あるいは前局長がお約束をしておるにもかかわらず、今度の予算に載り得なかったという、こういうおしかりは甘んじて受けざるを得ないと思います。しかし、われわれといたしましても、その他いろんな面において、十分とはまいりませんけれども、一歩前進をいたしたということでございまして、今後この点につきましては、十分ひとつ検討さしていただきたいというふうに思います。
#93
○鈴木力君 いまのような御答弁では、私自身はどうもそうですかと理解がいかない。たとえば、この前にも私は申し上げた記憶があるけれども、学校統合でスクールバスをつくる。あるいは給食の場合に給食を運ぶ車を入れたが、免許状がないから、おまえは多少運転ができそうだから、おまえに臨時免許状をやるからこの車を運転してくれとは言わないでしょう、それは形の上でもう事故を起こしたり何かするということが目に見えているから。私は、文部省だけじゃないが、政府は教育に対する、何べんも申し上げているけれども、目に見えない、どうやらこうやらやっているからそれでいいのだという気持ちがどうもあるような気がする。ところが免許状というものはそんな簡単なものではないと私は思う。したがって、運転手なら運転手でいえば、何人かの生徒は事故にあっているということなんです、いままでのやり方では。教育の中身からいえば交通事故にあったような被害が学童に生じているということなんです、それは。全体の数からいうと少ないとおっしゃるが、数が少なくてもそういう学童がいるということを見逃がしているということは私は怠慢だと思う。財政的にと言うが、教育というのは金が余ったときにやるのじゃない。そういう真剣な気がまえが学校定数なら学校定数ということに、教育ということにほんとうに出てもらわないと不満なんです。しかし、これはいままでの経過ですから、こういうふうになっておったことを幾ら私がしつこくやっても原案が直るものじゃないと思いますが、ただし、これは私は間違っているので問題だと思います。現に免許状を持たない者が教育をしているのだ。臨免を与えたと言うけれども、それは行政的な手当だけの話で教育的な手当はされていない。車であれば交通事故を起こして被害者を出している、教育上の面から、被害者が学童にいる。いまからでも特別に措置をしてでも教員というものを配置をするべきだ、そのくらいの気持ちはぜひ持ってほしい。これは質問を通じて私の意見を申し上げる。
 もう一つ、中学校で私のお伺いいたしたいのは、今度の指導要領が変わるのです。そうすると教育課程が変わる。文部省が修正して少しは減らしているのですけれども、授業時間数は今度ふえるわけですね。中学校の授業時間はふえるわ教師の配置は変わらないやら、こういう点の指導要領の改定ということは、この定数法をきめる場合にどう配慮されたのか、その点について承りたい。
#94
○政府委員(宮地茂君) 中学校でございますと、現行たしか総時間が一学年千百二十時間でございます。それを今度千百九十時間ということにいたしましたので、七十時間の増ということになりますが、私どもすでに現在の第二次五カ年計画――四十三年度までの計画におきまして、一応年間千百九十時間というふうな時間を押えて従来からやっておりました。したがいまして、今度の学習指導要領でいままで千百二十時間最低といいましたときも、実態は千百二十時間ではなくて、千百九十時間近い実態がございました。ですから、そのときから措置いたしまして今度の中学校学習指導要領では最低千百二十時間というものを千百九十時間を標準ということにいたしました。ですから、実態と今度の規定とは合ってきたと思います。
 そこで、字づらから見ますれば、七十時間という改正が行なわれておるようでございますが、実態は特に時間数がふえたということではございません。
#95
○鈴木力君 どうもこの辺も私にはよくわからぬですね。文部省の把握と私どもの把握ではこんなにも違うのかと思うのです。実態がなぜ時間数が多いのかということなんです。これが今度の指導要領で教育課程が変わってふえていきますと、当然実態に伴ってこれはふえてくることは間違いない。いまの実態どおりに教育課程はもう時間数ふえないのだと、ほんとうにそう思っていらっしゃるなら、これはもう前のやつだって最低なんだから、やればいいと思うことはいまやっておるのだから、これもまた基準だなんてやかましいことを言って改定する意図というものが私にはよくわからない。
 それから、もう一つの面から申し上げますと、これはここでは主体でもないからそう詳しくは申し上げませんけれども、前の文部省の調査でも勤務時間内ではどうしてもいまの学校業務がやっていけないという実態は、調査された結果にも出ているわけです。そういうことをわかっておって、実態がこうだからだいじょうぶだという、そういう把握ではどうも私はわからない。指導要領なり学校がやる仕事というのは、基準としてふえていくためにはそれだけの一つの定数というものを配慮されなければいけないわけです。いまの実態が相当いっているから、これはやらなければいけないからやっているのです。その結果が勤務時間をはみ出していろんな問題を起こしている。そういう点の配慮はされたのですか。
#96
○政府委員(宮地茂君) 学習指導要領の時間数の関係では、それ以外のものは一応別といたしまして、学習指導要領に規定されております中学校の時間数は、従来は千百二十時間が最低であるというきめ方をいたしております。ところが実態は、なるほど千百二十時間は最低であるけれども、実態はそんなに最低をやっている学校はないので、千百九十時間近くになっているということでございます。したがって、そういうことを踏まえまして、今度は最低千百二十時間というのを直しまして、標準として千百九十時間であるというふうに規定したわけでございます。したがいまして、その限りにおきましては、学習指導要領を直して、七十時間の相違ということは字づらでは出てきますが、とりわけ今度授業時間を従来以上に非常にふやしたという実情ではございませんということを申し上げました。ただ、その学習要領の時間数を離れまして、いままで問題になっておった点をどのように改善したかという御質問でございますれば、それはまあ、これもへ理屈になるかもしれませんが、十八学級以上の学校の生徒指導の充実といったようなことを勘案してあるということでございます。
#97
○鈴木力君 それじゃこれはまたあとで別の機会に、教育課程というものが問題になることがあると思いますから、譲りますけれども、確認をしておきますことは、よろしいですか、今度指導要領が変わった、教育課程が改正になるのだ、しかし、いま現行でやっている時間数よりもふえなくてもよろしいのだ、授業時間数は。これは確認だけしておきたいのです。それでよろしいのですね。
#98
○政府委員(宮地茂君) 先ほどのをまた繰り返して恐縮でございますが、ついせんだって、中学校学習指導要領の改定もいたしましたし、それに基づいて学校教育法施行規則の改正もいたしましたが、そこで施行規則の五十四条の別表に書かれております従来のものを改正いたしまして、その際従来の最低千百二十時間というのを標準として千百九十というふうに施行規則を直しました。したがいまして、その限りにおきましては、特にこの学習指導要領、学校教育法施行規則で、時間数がふえたように思われても、実はふやすためにそういう改正をしたのではございませんということを申し上げました。ただ学校で授業いたします場合、今度の学習指導要領の改定の趣旨によりまして、これに基づいて各学校である程度の創意くふうがなされる。校長が具体的に、自分の学校で何時間しようかという場合に、今回の学習指導要領改定の趣旨をいろいろ検討して、場合によりましては、その学校で従来よりも時間数がふえるような時間割りをおきめになられる学校も当然あろうかと思います。したがいまして、学習指導要領の改定、施行規則の改定で、特に授業時間はいままでよりもすべてふやさなければいけないのだという趣旨はうたっておりません。ただ運用の問題で、だからといって絶対にいままでの時間数をふやさなくていいのだとか、あるいは減らすのだとかいうことは、これはそれぞれ学校の校長の考え方で、その辺はきまるものだと思います。
#99
○鈴木力君 たいへんなことを伺うのですけれどもね。私はこの指導要領については、これだけでも非常に時間がかかると思いますから言いません。はっきりしたことだけ伺いたいのです。あの指導要領の改正の意図は、この教育課程を改定するわけですね。現行よりも授業時間数がふえることを期待しているのか期待していないのか。そうして私がさっき言ったように、確認をしたいと言ったのは、いまよりもふえなくていいということか。はっきりしているならそれを確認をしておきたい。こういうことです。
#100
○政府委員(宮地茂君) 実は今度の学習指導要領で従来以上に、授業時間を従来は少な過ぎたから、今度は授業時間をふやすんだというような気持ちはございません。
#101
○鈴木力君 そうすると、実際はふえているんだから、中身はね。しかし、学校は現行よりはふやさなくてもいいんだと、ふやさないでやれるんだと、あとそれ以上ふえたのは学校の責任だと。そうすると、教育指導関係の大筋で、時間数がふえるんですというような指導はもうないと、そういうふうに把握していいんですね。どっちかと言ってもらえばいい。
#102
○政府委員(宮地茂君) これは簡単にどっちかというように答えますと、いろいろこれは誤解が生ずると思うんです。と申しますのは、従来は千百二十時間が最低であるといったわけなんです。したがって、法律的には千百二十時間の最低をやっても違法ではなかったわけなんです。したがいまして、極端ですが、私先ほど申しましたように、従来最低とはいっても、実態はみなそれ以上ほとんどやっておりますと、したがって、今回特にそのためにふえるということはございませんと申し上げましたが、しかし最低が千百二十時間だから、自分のところはもう最低しかやらないんだというような学校があったとしますれば、今度は標準としては千百九十時間ですぞと言っておりますから、いままで千百二十時間の最低でよいと自分は思っておったという学校は、千百九十時間が標準になるわけですから、それは標準に近づけてもらう必要がございます。そういう意味ではそういう点がございますから、絶対にもう時間はふやさぬでもよいんだとかどうだとか、一口にはこれは答えにくい問題でございます。
#103
○鈴木力君 ここにおいてもいろいろなケースというのは、これはありますよ。しかし、これは定数法という法律と、それから指導要領の改定なり教育課程というのがあって、それとの関係は、定数については授業時間に関する限りは配慮の要なし、それがいまの、一言でいえば、局長の答弁ですわね。そこを確認をしておきたい。実際はふえない、学校がかってにふえたとか、そのことは別のことです。
#104
○政府委員(宮地茂君) もう一度言うとしましてもいままでのことを繰り返すよりないんですが、この学校はふやさないでもよろしいんだとか、あるいはふやしてはいけないんだとかいったようなことで、それがイエスかノーかという答えはなかなかそう単純にいかぬということを申し上げておるわけなんです。でございますが、一般的に言って、特にいままでは授業時間が少な過ぎたから、今度は相当授業時間をよけいやらさなければいかぬのだということに重点を置いて改正がなされておるのではございません。最低千百二十時間といっておったのを、最低時間ばかりやっておる学校が多いから、これはどうしても千百九十時間という標準に書かなければ、その最低をやっておるところが直らないからこういうふうにしたんだという意味ではございません。
#105
○鈴木力君 これはあとにまた譲ります。別の機会にあの教育課程を読んでみると、どうも私は局長のいまおっしゃったようには読めないんです。まあ、しかしこれはあとに譲ります。いずれにしても教育課程が改正によって、あれによると、最低が、基準が、実態とかいろいろあるけれども、少なくとも教員の定員の配慮はされていなかった。これだけは間違いないんですね。されていないことは間違いない。それだけであと前に進みましょう。
 それからもう一つ、中学校の定数で伺いたいんですが、これは産業教育振興法ですか、あの産業教育振興法を読んでみると、産業教育の教師に対しては特別に配慮するとか、そういう意味のことがあったわけですね。現在あの法律によってどのように産業教育に従事する職員の定数が配慮されているのですか。
#106
○説明員(岩田俊一君) じゃ、計数的に御説明申し上げます。
 この三学級のところを例にとりますと、学校教育法施行規則の例の援業時間数の配当を基礎といたしまして、中学校の国語、数学、理科、音楽、英語、美術、保健体育、技術・家庭、これが産振法教育関係になると思います。そのほか選択、職業家庭科、それから道徳、特活というふうな区分けになっておりますが、これらの所要時間ですけれども、学校教育規則によって計算しますと技術・家庭の分が十八時間、その他の分が百二時間、単位時数としてなるわけでございますが、そのほかに約二十時間の職業課程の選択教科時間数を見込みまして、合計百四十時間をもって編成するというふうになっております。
#107
○鈴木力君 そうじゃなくてね、産振法の第三条ですか、ここに「産業教育に従事する教員の資格、定員及び待遇については、産業教育の特殊性に基き、特別の措置が講ぜられなければならない。」とこうあるでしょう。そのうちの資格と待遇を私は聞いていないから、時間がないから定員部分については特別の措置が講じられておるのはどういう形で特別の措置が講じられておるのか、三学級の学校ならこのうち特別な措置として産業教育の教師をどういうふうに特別に配置しておるのか、その実情を聞きたい。
#108
○説明員(岩田俊一君) ですから、この時間数と定員との関係があるわけでございますが、先ほど時間数の関係から御説明いたしましたが、いま教員定数の面に裏返して御説明申し上げますれば、かりに国語に一名、社会に一名、数学、理科で一名、英語で一名、それから音楽、美術――芸能関係で全体の定数配置を〇・五名ということにいたしますと、保健体育で一名、そのほか技術・家庭が職業選択で一・五名の積算を置くということになっておりまして、合計七名ということで、この七名を定数算定の基礎に置きまして、授業時数との関連において一・五名の定数配置をしているということでございます。
#109
○鈴木力君 そうすると、三学級の学校ですよ、七名のうち一・五が産業教育振興法に基づく特別の配置だと、一・五というのは実際学校にしたら二になるわけでしょう。そうするとあと残るのは五人ですわね、そうでしょう。校長も含めてあと五人ということになるでしょう。そうするとさっき言われたような教科の数から言うと合ってこないのです。合いますか。
#110
○説明員(岩田俊一君) その点は先ほどずっとお聞きになった点と御質問が一致するわけでございまして、若干これは定数算定上の基礎として時間を機械的に割ったものでございますから、若干の兼務教科が出るということは三学級の場合において起こり得るわけであります。
#111
○鈴木力君 そういうのが起こり得るということがわかってこの法律をきめたことはよくわかりました。具体的に言いますと少なくともある三学級の学校で、さっき言った教科のほかにも外国語というのはこれは選択教科だけれども、必修科目になっているのですね、いま。これだけは必要だ、あと技術・家庭というのは必修にも入っておれば産振関係にも関係する。そのほかに農業、工業、商業、水産とあるでしょう、一・五じゃどうしてもそれだけはもう最初から出てくる。しかし、法律には特別に措置すると、こうある。だから、私は何べんも言うように、この法律関係、法律の用語と実際というのがどうしても私にはわからないわけです。こういう点が中学校の教員の教科担任が、今度は逆にいったら全体で二・〇だ、あるいは一・六六だと、こういう数字で端数がちょっとよくなったというけれども、しかし実際文部省のそれぞれの立場のたてまえからいってきますと、教員定数というのは前よりここが進んだということでは、どうもやっぱりいまの中学校の教育はむずかしい。そういう点でもう少し配慮をしてもらう必要がある。これは私はそういう感じがどこをつついてみてもあるのです。
 時間がたって恐縮なんですけれども、もう一つだけ私は伺いたいのは、事務職員の数の中に「三十学級以上の小学校の数に一を乗じて得た数と二十四学級以上の中学校の数に一を乗じて得た数との合計数」、これは二項ですね。これは図書館の職員を指しているんじゃないかと思うのですけれども、そうですが。
#112
○説明員(岩田俊一君) 図書館ということは、条文上、これは定数でございますから出しておりませんけれども、私どもがこの定数配置上考慮いたしましたのは、このくらいの規模の学校においては図書館事務も相当な量に達するであろうというようなことが念頭にあったことは事実でございます。
#113
○鈴木力君 これもどうもその点の配慮をされたということは、私はやっぱりいま学校図書館というのをあまり軽く見るということではぐあいが悪いと思いますけれども、そういう配慮をされているということについては同感なんですけれども、ただ、ここで事務職員でそれをやらせるということを期待しているのは、これもやっぱり学校図書館法の五条ですか、これらを読んでみると、どうもこの学校図書館のあり方と、それから文部省当局が考えておる学校図書館の運営とには、本来あるべきものと実際やろうとしておるものとはずいぶん違うように見えてしようがないんですが、これはどうですか。
#114
○説明員(岩田俊一君) 学校図書館法第五条には、これは御承知のように「学校には、学校図書館の専門的職務を掌らせるため、司書教諭を置かなければならない。」ということでございまして、この定数法に事務職員の項でもちまして定数を加算した措置は決してこの五条の規定を無視するものではない、これを否定するものではないという考え方でございます。
 で、五条の趣旨は、やはり専門的図書館職員は教諭をもって充てるということになっておるわけでございますから、定数の範囲内で教諭が主たる図書館の専門的職務に従事しなければならない。しかしながら、教諭だけではたいへんだろうということで、図書館事務をつかさどらせるということで定数上今回入ったということでございます。
#115
○鈴木力君 そうだろうと思うのですけれども、そうしますと、さっきの指導要領とかいろいろなかみ合わせの教科担任というもののだれかは司書教諭をやっていかなければいけない。その司書教諭が、事実自分の教科担任以外に平均で大体何時間ぐらい司書教諭というそちらの面の業務をやっていると思っていますか。
#116
○説明員(岩田俊一君) 司書教諭の運営の状況でございますが、個々の学校におきましていろいろ実態は違うと思いますので、詳細な調査は、その関係何時間やっておるというようなこと等はいたしておりませんけれども、定数の算定におきましては、従来どおり教科の授業時数を勘案いたしまして、その総体を基礎におきまして、小学校の場合は週当たり担任授業時数は二十六時間、中学校が二十四時間ということで算定いたしております。この図書館事務につきましては、あるいはその図書館を担当される方につきましては、多少授業の負担を減らして、そのほうの仕事に専念の度合いを強くしてもらうということはあるかもしれませんけれども、全体の校務分掌の一部分であると考えております。そうしますと、教職員の勤務時間数は、単なる授業時数だけではなくて、全体として平均的に見ますれば四十四時間でありますから、その範囲におきましてはいろいろな校務分掌はある。その中の一部といたしまして、学校図書館事務を担当する先生も仕事に携われるであろうという考え方を持っておるわけであります。
#117
○鈴木力君 そこで、さっきから言っておりますように校務分掌としてあるわけですね。しかし司書教諭という任務は、図書館法を読んでみますと、先生が片手間でやってもいいという趣旨がどうも見えない、私どもが読んで見ますと。それが二十四時間中学校の先生が授業を担当をしておる。二十四時間授業を担当しながら勤務時間が一週間に四十四時間だから、そこで司書教諭をやればいいのだというふうにいまの課長さんの御答弁では聞える。司書教諭というのはそんな片手間のことで、しかもここで言っておるのは、三十学級以上の小学校、それから二十四学級以上の中学校なんですから、そういう形のもので、一体図書館というものが、設置されたような意図でほんとうに動くのかどうかといいますと、これはあまりくどく申し上げませんけれども、私はやっぱりこれはいまのような考え方では、趣旨というのが曲げられているのじゃないかと思う。逆に言ったら事務職員をふやして手助けをするのもいいけれども、ほんとうに司書教諭というのが、司書教諭の任務を達成できるような学校定数というのは考えられていかなければいけない。そうすると中学校の場合には、さっき言った教科がずっとあるわけです。教科があり、産振法では特別に措置するという一つの考え方でやっていくと、ここにも教諭がいる。司書教諭というのはそういう立場の定数一ということが考えられないのかどうか考えるべきだと私は思うのですけれども、これを何となしにちょっと読みますと、事務職員で図書館はいきそうになってしようがない。この辺のほんとうの考え方を聞きたい。
#118
○説明員(岩田俊一君) ただいまのお尋ねは、この事務職員の加算措置はいいけれども、これでもって図書館の業務の主流が処理されていくのではなかろうかというような御懸念の質問かと承わったわけでございまするけれども、私どもは決してそこまでは考えていないのでありまして、やはり学校図書館事務の重要性にかんがみ、これは事務職員だけでもってその本来の目的が達成されるとは考えておりません。ですから学校に置かるべき職種は、このほか教諭をもって充てるものは二、三ございますけれども、それらの職と同様、今後ともそれはそれなりの趣旨において改善をはかっていかなければならないものであると考えます。今回のは、ただ事務職員を従来以上に加算をした、それだけ前進をせしめたという趣旨にとどまっておるわけでございます。
#119
○鈴木力君 いまの考え方はわかるのです。私がいままで申し上げたのは、定数を考えますときにいま現実に学校でやっておる業務というものをもう少し見ないと、いままでふえたからそれでいいのだということにはどうしてもいかない、そのことを申し上げたかったわけなんです。と同時に、やっぱり学校保健関係についても非常に重要な抜けておるところがある。そういう点については早急にもう御検討をしてもらわなければいけないのじゃないかという気持ちで申し上げたわけです。
 なお、この小学校のさっきのお話から調べていただきまして、いまのように教諭がそちらに回っていったり何かするというのは、実際は授業時間と学校日課表から追っていけばすぐわかってくるのです。いまの課長さんの考えていることは、この定数で運転するのかどうかということは、これはもう授業時間割りとそれから学校の日課表を、どこか一つを取ってみれば、これはすぐわかってくることだと思うのです。そこで、どうせ残った問題が多少ありますから、それまでにどこか一つの――これも東京都だけじゃぐあいが悪いのですけれども、農村あたりのどこかで、日課表というのはどうなっているのか、ひとつ見ておいていただきたいのです。できれば資料としてやっぱり私どものほうへも若干でも出してもらいたい。これは平均とか何とかいっても、そんなことはできっこありませんから、特定のどこかの見本として二、三のものをひとつ見せていただきたい。その程度にしてきょうはその辺はあと触れません。
 最後に一つだけ私がお伺いしたいのは、養護教諭と事務職員ですね、要するに学校必置ということの法案の趣旨なんです。これの状態については、もう私はこの委員会で養護教諭関係では五回、六回御質問申し上げておりますから、いまさらもうそういうことは伺いません。ただ、どう考えてみても、少なくもこの養護教諭なら、小、中学校でいま三万七千ぐらいの学校ですか、今度の法案でいきましても五年間で三千三百しかふえない。そうするというと、まあ五年たっても一万四千という養護教諭のない学校がまだ出ている。それではいろいろなことを何べん繰り返してみてもこれは意味がないんじゃないかと思うのですね。あらゆる機会にこの議論はしているはずです。たとえばこの前の養護教諭養成所の設置法のときにも、こんな養成計画でこの法律の趣旨がどうなるかということを何べんか繰り返しておる。なのに、まだこういう半数にも及ばないようなところで、前より前進しましたということになっておる。前に私が薬剤師を取り上げたのも、そういう面がどうも軽視されている一つの例として私は申し上げたと思うのですけれども、いろいろな理屈でいうことができますけれども、いまだに養護教諭というのは三回目の改定でも、まだ全校必置制ということにはならない。半分にもいかない。こういうことでは私はどうしても気持ちがわからない。そこで、きょう私はくどいことは言いません。大臣にお伺いいたしたいのです。当分の間置かないことができるというのは、一体、およそ何年までが常識なのか。あるいはこの必置制というのを生かすために、いま文部省は今回はできなければどういう決意を持っておられるのか。その結論だけを伺いたい。
#120
○国務大臣(坂田道太君) 養護教諭の問題につきましては、いまここで私は何年という目標を申し上げる段階ではないわけでございますが、しかしその必要性は御指摘のとおりに私は考えております。とにかく今度定数法の改正をやるという段階ではもう少し前進した、半分以上しかいまございませんので、こういうようなことでは児童の健康管理という面から申しましても十分その使命を達成することはできないというふうに考えております。また同時に、やはり養成計画とともにこれはまいりませんと、十分その機能を果たし得ないと思いますので、あわせまして、しかしながら長期的な計画のもとに考えてまいりたいというふうに思います。
#121
○鈴木力君 これは同じことを議論しても、議論ということよりも時間をとるだけだ。いままでの経過を私が記憶している限りでは……。少なくともこの養護教諭について、事務職員も同じような関係にありますが、当分の間置かないことができるという、あの附則ですか、あそこで規定されているのは、これは養成ともかかわりがある。こういうことだということになっておったわけですね。ところが、それが事実上置かれていない。それならば養成がどうなっているのか。たとえば、いまの宮地初中局長さんが大学局長時代に養護教諭の養成計画の予算を要求しないことがあった。たぶん去年だったか、おととしだったか、はっきりしたことは私は覚えていない。それもまたこの委員会でだいぶ議論をされたことがあるのです。そのときも何べんも、いま文部大臣が答えられたような答えは、もう聞き飽きるくらい聞いているのです。だから私も質問申し上げると、答えはちゃんと私のほうでわかっているのであります。しかし、それが二十何年たっても、まだ実行に移されていない。半分もいかなくて、これは全校に必置すべきものだという言い方は、とてもじゃないが、どこにいっても通らないと思う。前よりは多少は前進されたということはよくわかる。これは養成計画との関係もありますけれども、これだっていままでのような、だらだらした考えで私はおれないと思う。だからこれは必ずしもきょうでなくともよろしい。この法案を審議している間に、大臣から養護教諭について、法律の趣旨に即してどうやるかという決意表明は絶対私はお願いしたい。どうやれということまでは言いませんけれども、決意表明だけはこの場でしていただきたい。いままでと同じようなだらだらした御答弁ではなしにですね。
 それから事務職員についても、さっきからるる申し上げたように、学校の事務というのはたいへんいま複雑になっているのです。これらについても同様のことを、これは大臣としての決意表明をいただきたい。きょうでなくともよろしい。関係機関とも御相談いただいた上で、本音を今度は言っていただきたい。いつでも何かえさみたいなものをちらちらさせながら、二重にも追っかけ回されては学校はたまらんと思う。そのことだけを次の機会に御決意をいただくことを楽しみにいたしまして、きょうの分はこれで一応終えさせていただきます。
#122
○川村清一君 まず最初に、資料を要求いたしたいと思いますので、明後日の委員会までに出していただきたいと思います。それを最初にお願いいたします。
 いろいろございますが、まず、諸外国の定数法について、いろいろ審議するにあたりまして参考にしたいので、状況を知りたいと思うわけでございます。第一に学級編制につきまして、単式、複式、単級の場合を含めて、どのような状態になっているか、主要国の状態をひとつ出していただきたいと思います。
 さらに二番目には、小学校の専科制について、あるいは中学校の専科制についてどのようになっているか。
 三番目には、小、中学校における教職員の職種と配置基準についてお知らせいただきたい。
 四番目に、小、中学校教員の担当時間及び勤務時間について知らせていただきたい。
 五番目に、特殊学校について、いま申しました点につきましてどのようになっているか、これもひとつ調べて、わかる範囲内において調査をされてお示しをいただきたいと思います。
 次の問題は別でございますが、第一に、学級編制及び教職員定数の標準の改善五カ年計画というものを文部省で立てられたと思うわけであります。それに基づいて大蔵省に予算の要求をされたと思うわけでありますが、大蔵省に最初要求されました文部省の要求資料というものを提出していただきたいと思います。
 次に、充て指導主事、あるいは市町村教育委員会等に置かれておる指導主事、あるいは教育研究職員等、学校勤務外教員数、いわゆる定数の中でこういうようなものにいっておる、そういう数を都道府県別に出していただきたい。
 次に、僻地小、中学校の級地別宿舎の数、それからその宿舎の坪数、こういうものをひとつ出していただきたい。
 次に、僻地小、中学校の通学用の自動車あるいは船舶等の年間の運営費、これらも都道府県別にひとつ出していただきたい。
 次に、この法律案の第七条から第十六条までの規定によって積算されていく定数を各条、各項目ごとに出していただきたい。
 次に、第十条二項により臨時的に任用されたものの現時点における都道府県別実数を出していただきたい。
 次に、小、中学校におきまして特別に設備されている学校図書館を持っておるその数を学校規模ごとに――その規模はこの法律案にあります一学級の学校、あるいは六学級から十八学級の学校、あるいは十九学級から二十四学級の学校というふうに分けられております、これでけっこうでございますから、こういう規模ごとにひとつ出していただきたい。
 次に、専科教員の実数、これを都道府県別に教科別に、現在どのくらいいるのか、その実数を出していただきたい。これだけをお願いいたします。
#123
○政府委員(宮地茂君) いま、項目にしましても九つばかりございました。できる限り御趣旨に沿って資料をつくりたいと思いますが、あさってまでということでございますので時間的な問題もございますし、とりわけ諸外国のものはもちろんですが、これから調査をしなければならないようなものもいまの中には含まれておるようにも思われますので、あさってまでに取りそろえられる分はできる限り御趣旨に沿うように努力して提出さしていただきたいと思います。
#124
○川村清一君 あさってまでと言ったのは、恐縮でございますけれども、実はあさって私の質問があることになっておりますので、そうお願いを申し上げたわけであります。この点ひとつ了とせられまして、できるだけ御努力を願いたいと思います。
 それで、本日はいろいろまだ質問される方もございますので、私あまり時間がとれません。それで、きょうはあまりむずかしい理屈は申し上げません。法案逐条ごとにひとつお聞きいたします。
 そこで、まずお聞きいたしますことは、第三条の学級編制の標準、まあ非常に御配慮されまして、現行のものよりは前進しておることはこれは認めます。しかし私も満足しておりません。また、少なくともこれは日本の国の義務教育小、中学校の教育をどう改善するか、前進せしめるか、こういう原則的な考え方の上に立てられた案でございますので、やはり文部当局といたしましてはきちっとした考え方、意図というものがあってつくられたもの、当然そうであるわけでございます。そこで、第三条にありますところのこの小、中学校の学級編制の区分でございますが、まず小学校のほうを申し上げますならば、同学年の児童で編制する学級は、一学級の児童数は四十五人、二つの学年の児童で編制する学級は二十二人――現行は二十五人、これを二十二人に改善されました。次に、三つの学年の児童で編制する学級は現行どおり十五人、それから学校教育法第七十五条に規定する特殊学級におきましては十五人を十三人、こういうふうに改善されておるわけであります。中学校におきましては、同学年の生徒で編制する学級は現行四十五人は同じく四十五人、二つの学年の生徒で編制する学級は現行二十五人を十五人と、非常に前進しておるわけであります。次に、学校教育法第七十五条に規定する特殊学級におきましては十五人が十三人に改善されておるわけであります。しかし、これは先ほど申し上げましたように、少なくとも一国の教育の将来をこれは左右するものでございますので、そう簡単に何らの根拠がなくできるものではないと私はこう考えるわけであります。やはり教育学的にあるいは心理学的にいろいろ科学的に御検討されましてこの数字というものは出てこなければならない、また当然そうあるべきだと私は考えております。したがって、この四十五人、二十二人、十五人、十三人、四十五人、十五人、十三人、こういうふうに規定されました根拠をまず御説明願いたいと思います。
#125
○政府委員(宮地茂君) まず一学級四十五人ということでございますが、これは現行におきましても第二次の五年計画で四十五人まで持ってきたわけでございます。四十五人を今回は――すし詰め解消といったような見地から今日まで四十五人に努力しました。それをまた延長して四十五人を下げるというようなことをいたしませんでした。
 この四十五人という根拠でございますが、実はこれにつきまして、たとえば国立教育研究所とか、あるいはその他若干の大学等におきまして、またこれにつきましては教員組合のほうの調査もあるようでございますが、いろいろ説はございますが、総じて四十人ないし三十人がよいといったような説もございますが、少なくとも五十人以上ではいけないのだ、五十人以上の学級は、これは望ましくない、そういったようなことではっきりした数字の出ていないものもございます。また諸外国の状況等によりましても必ずしも一定していないようでございます。まあ、こういうような観点から四十五人が非常に科学的な根拠があって、こういう理由でこれが非常にすぐれておるというような理由はございませんが、今回の改正に当たりましては、その他いろいろ改善すべき問題もございましたので、以上申し上げましたようなことをも勘案いたしまして、一応四十五人といたしました。
 また次に、小学校の複式関係で、従来の二十五人を小学校の三個学年複式では十五人に、二個学年複式では二十二人、中学校の二個学年複式では十五人、そういったように定めました。これも科学的と申しますか、非常にぴたりとこの理由づけというものができるものではございませんが、一応考えましたことを申し上げますと、小学校の三個学年複式学級を二十五人を十五人にいたしました。それは三個学年複式の場合は、年間授業日数二百四十日のうち一の学年の児童が直接教師と面接して教科の指導を受ける時間はその三分の一に相当する八十日相当時間でございますし、残りの百六十日相当時間はいわゆる自習時間になるものとみなされます。そこで、教師の個々の児童に対する指導の密度を普通の単式学級並みに確保するためには、単式学級の標準数四十五人の三分の一の十五人とすることが必要であるという考え方をとることとしたのでございます。また、二個学年複式学級につきましても、三個学年複式学級の改善の考え方と同様に、単式学級の場合と同じ程度の指導密度を確保するために、一の学年で編制する単式学級の四十五人の二分の一の二十二・五人の端数を切り捨てまして二十二人に改善するというふうに考えました。また、中学校の二個学年複式学級を二十五人を十五人にいたしました。それは、小学校の複式学級の改善の考え方をそのままとりますと、中学校の二個学年複式学級につきましては二十二人に改善すればよいのでありますが、中学校の授業が教科単位に行なわれ、その指導内容も小学校の場合より複雑かつ高度になることを考慮いたしまして、小学校の改善幅よりさらに一段改善することとして、小学校の三個学年複式と同等の十五人まで引き下げることとしたのでございます。また、特殊学級を十三人とし、特殊教育小学校の学級編制を八人といたしました理由等でございますが、これも先ほど申しましたように非常に科学的というほどではございませんが、一応の考え方といたしましては、特殊学級の編制標準数を十五人から十三人に引き下げましたのは、同じ心身障害児童生徒を収容いたします盲、ろう、養護学校の学級編制の標準数を二人引き下げたこととの均衡を考えまして、特殊学級についても二人の標準数の引き下げをはかったものでございます。また、盲、ろう、養護学校の学級編制の改善、これは十人を八人とか、重複障害十人を五人、こういうことですが、心身障害児童生徒の教育という特殊な状態から見ますると、できるだけ一学級の収容人員は少ないことが望ましいのでありますが、今回の改正にあたりましては、全国平均の一学級当たり小学部七・三人、中学部七・六人の実態を考慮いたしまして、十人を八人に改善いたしますとともに、二以上の障害を有する児童生徒を収容するいわゆる重複障害学級につきましては、その教育指導の困難な度合いを考慮して、一の障害児童生徒を収容することを前提として定めてあります現行法の標準数十人の二分の一の五人まで改善するというふうにいたしました。大体こういった考え方のもとに行なった次第でございます。
#126
○川村清一君 まあ御説明は承りました。これについての議論は先ほどお願いしました資料等をいただいてからまたいろいろ私の意見もまじえて質問することにして、一応法案の考えられている考え方についてお尋ねしておきたいと思います。
 次に、第五条でございますが、「市町村の教育委員会は、毎学年、当該市町村の設置する義務教育諸学校に係る前条の学級編制について、あらかじめ都道府県の教育委員会の認可を受けなければならない。認可を受けた学級編制の変更についても、また同様とする。」、これは文部省でこういう基準を一つ出しますね。そうしますと、市町村教育委員会はその教育委員会の中における学校の数、また児童、生徒の数、みなわかるわけでありますから、市町村教育委員会において学級編制をやって、これは十分できるわけでありますが、それを一々都道府県の教育委員会の認可を受けなければならないということは、この規定はまたどういう意味ですか。
#127
○政府委員(宮地茂君) 実はこれは現行法を今回の改正でいかにも実質的に改正したようにもとれますが、実はこれは実体に変更を加えようとしたものでございません。現行の規定そのものへのお尋ねでなくて、改正をした趣旨ということでございますれば、これは事務的なことでございまして、現在のこの規定では地方自治法の二章に定めております特別区の取り扱いにつきましては、地方自治法上は市に関する規定の多くを特別区に適用しておりますことから、従来から市町村には特別区を含むものと解釈、運用されていたのでございますが、最近の立法例におきましては改正案のごとく、このことを明定することにしておりますので、今回の改正に際しまして、まあきわめて事務的な整備をはかったもので、実体に変更は加えておりません。
#128
○川村清一君 いや、これは変更されたものでないということは私承知してここだけ特にお尋ねしたわけですが、それは今後また資料等いただいてから、やはりここは非常に大事な項になりますので、私はお尋ねしたいと思います。
 もう一回お尋ねしますけれども、これはいわゆる当該市町村の、設置する義務教育諸学校にかかわる責任者の市町村ができることなんですね。ところが認可を受けなければならない。結局その学級編制をやって、そしてそれを都道府県の教育委員会に届け出るというか、通知するというか、それだけでけっこうだと思うのでありますが、特別に都道府県の教育委員会の認可を受けなければならないという、この規定は、これは現行の規定でございますが、どういう意味を持っているのですか。
#129
○説明員(岩田俊一君) 御説明いたします。現行法もそうでありますし、改正法もそうでございますが、定数標準法の考え方によりますれば、定数標準法によって学級編制の標準を規定する。その標準をもとにして都道府県は当該都道府県内の小、中学校の学級を編制して基準を定める。基準だけで足りるのではないかという御趣旨ではないかと思いますが、その基準をもとにして各市町村教育委員会は管内の学校の学級編制を決定するわけでございます。本来市町村教育委員会は市町村の小、中学校を管理しているわけでありますから、市村教育委員会が学級編制をきめるわけでございますが、それが基準と申しましても若干の幅がございますので、区々に分かれるといけない。と申しますのは、この学級編制を基準にいたしまして学級数はもちろんきまるわけでございます。それに基づきまして定数の算定が行なわれる。事柄は定数の算定ということで、都道府県が負担しておりますところの義務教育職員の給与費に直結するわけでございます。でございますから都道府県がこの市町村の小、中学校の教職員の給与費を負担しているという関連におきまして、これを認可にかからしめるというようなことでございまして、これは定数標準法が制定されました昭和三十三年の以前におきましても、学校教育法の関係の規定におきまして学級編制の認可は都道府県に以前からかからしめてあったのでございます。この意味はそういう意味でございます。
#130
○川村清一君 それではまたお尋ねしますが、第七条に移りまして二項ですが、これは「次の表の上欄に掲げる学校の種類ごとに同表の中欄に掲げる学校規模ごとの学校の学級総数に当該学校規模に応ずる同表の下欄に掲げる数を乗じて得た数(一未満の端数を生じたときは、一に切り上げる)」、こういう規定がずっと書かれておるわけでございますが、乗ずる数が二であるとか、一・五であるとか、一・四であるとか、一・一七であるとか、一・一四五、あるいは一・二三二、一・一二五とか、こうありますが、これはどういう根拠ですか、この数字の根拠は。
#131
○政府委員(宮地茂君) 七条第二項の、乗ずる数についての御質問でございますが、現行の小学校の教育定数の算定率の積算は、小学校学習指導要領に示されております標準授業時数を基礎にして、教員一人の教科・道徳と特別教育活動の授業担当数を二十六時間と算定いたしまして学校規模ごとに定めておりますが、今回の改正にあたりましてもこの基本的な考え方は変えておりません。ただ、今回の改正では、右の基本的考え方の上に学校規模ごとに何人の学級担任外教員、つまり専科を担任し得る教員定数を確保するかという考え方で改善を加えました。この考え方によりますと、学校規模段階に応ずる学級担任外教員定数は、まず中心規模として十八学級をとりまして、この規模で現行二・三人の担任外定数を三人にするように改善し、これとの均衡を考慮しつつ十八学級を中心とする大または小規模学校の改善をはかることといたしました。これによりまして各規模段階ごとの学級担任外定数は各学級によっていろいろ改善されますが、この改善後の学級担任外定数と学級担任の定数を合計した数字をそれぞれの規模ごとにそれぞれの学級数で除して得た率が第二項の表の中の乗ずる数の算定根拠ということになります。
#132
○川村清一君 そこで前の第五条と関連してくるわけですが、市町村教育委員会は各学校ごとに児童、生徒数がわかるわけであります。したがって、市町村教育委員会は各学校ごとの学級編成ができるわけです。この学級編成――認可されないさきの学級編成はわかるわけです。そうしてそこの第七条の二項に基づいて、学校規模に応じて乗ずる数をかけていくと教員の標準定数というのが出てくるわけであります。そこで、私がここで聞いておきたいことは、どの学校もこの七条二項どおり教員数というものを学校に置くことができるかどうか、これをお聞きしたいんです。ということは、この第五条に基づいて県の教育委員会に持っていったときに認可を受けるわけでしょう。認可を受けるときにそのとおりに必ずしもならないという結果が生まれないかどうかということを念のためにお尋ねしておきます。
#133
○説明員(岩田俊一君) 今度の改正を五カ年間で行なうわけでございますので、五カ年のことを申し上げますと話がごちゃごちゃしますからその最終の本則のスタイルで申し上げます。国庫負担の面から申し上げますと、この法律に定めましたところの標準学級編制数を基礎にいたしまして、それによりまして県下の、各都道府県別の小、中学校の学級数がきまってきます、学校規模ごとに。それに基づきまして、この七条関係の計算でもちまして各都道府県別にこの定数が出てくるわけです。その点はもうはつきりいたしております。ですからこの標準のとおり行なわれてきておればそのとおり国庫負担も行なわれ、都道府県も財政負担するということでございます。ただ申し上げなきゃなりませんのはこの定数標準法というのは個々の学校の定数を設定したものではございません。これは六条の最初にも書いてありますように、都道府県ごとの総数を定める、職種別に。しかし、ただ、総数だけですとその算定の基礎がわかりませんから、その算定の基礎を得るに学校規模の段階ごとに書いておるわけです。一応これは都道府県が県内の学級編制の基準を定めます場合におきましても、その定める場合の指標となるであろうということは一応意図されておるものと考えます。現行の趣旨も。ですから、そのとおり編制が行なわれておりますれば、かつまた県が人事運用上の若干のゆとりをとるというような配慮があるかもしれませんが、そういうことがもしないとすれば、機械的に計算すればこのとおりになると思います。
#134
○川村清一君 だから私は聞いておるのであって、どの学校も個々の学校が第七条第二項に規定されているようになるならば、私はあえて質問するわけではない。こういうふうに計算されていっても、これは県全体で県の定数がきまるわけですからね。それを各学校に配置していくんだから、したがって第五条で計算されて持っていっても、これは都道府県の教育委員会の認可を受ける段階においてこれが必ずしもそうならないと、私はそう思うがゆえに聞いているわけです。これは議論はあとからしますよ。
 ここで、一点お聞きしておきたいことは、かりに二十学級の学校としますね、学校規模が。そうしますと、十九学級から二十四学級までの学校は学校規模に一・一四五を乗じますので、そうすると、二十をかけますと、二二・九となるわけですね。そうなった場合に「(一未満の端数を生じたときは、一に切り上げる。)」というから、この場合はこの法律の文面どおりいくというと、二十三になるわけですね。ところが二十学級の学校はいわゆる教員数は二十三になるのかどうか、この点をお伺いいたします。
#135
○説明員(岩田俊一君) お尋ねのところは、この乗ずる率と学校規模との関係でございまするが、これはこの法文の表の作成上の技術の問題かと思いまするけれども、端数の切り上げられるのは、一人のなま身の人間を〇・五などと切れないわけですから、その分はある地域へ余分に行くか、ある地域はがまんするか、どちらかになるわけでございますが、そこらのところは県の基準のきめ方による、こういうことになってくると思います。
#136
○川村清一君 ですから、しろうとが−私もしろうとの一人ですけれども、学校の実情は若干知っておるから、この点はあなたよりしろうとでないかもしれない。その辺の実情を知っておるからあえてここを聞いたのであって、法律を読んだら、だれが読んだって、わざわざカッコして一未満の場合は切り上げて一にすると書いてあるんだから、だから二十学級で一・一四五をかければ二二・九になるから当然二十三になるだろうと、これはだれしも思うんですよ。ところが二十三にならないで、二十二でとまればいいほう、むしろさっきの五条との関係からいってその二十二さえ危うい学校がたくさんあることだけちょっとつけ加えて申し上げておきます。議論はまたあとで。
 次に、この第七条の第三項「十八学級以上の中学教の数に一を乗じて得た数」というのは、これはこの間ほかの委員の方からの御質問に対してのお答えでは、何か複数制教頭でないかというような議論やら、あるいは生活指導の部面を担当する教員だとかいうようなお答えがあったようですが、これは何なんですか。
#137
○説明員(岩田俊一君) 中学校につきましては、十八学級以上の学校につきまして現行法よりも教員一人を加算するという規定になっておるわけでございます。この趣旨は、現行法によりまするところの定数は、十八学級以上にかかる算定率と申しますか、教員定数の割り出し率がそれよりも小さい学校につきましてよりも若干率は低くなっておるというのが一つございます。ですから、その部分をやはりこれは改善する必要があるのじゃなかろうかということが一点と、これはやはり十八学級以上の学校ともなりますればおおむね都会地もしくはそれに準ずる地域であると存じますので、そういう地域につきましては、生徒、児童の職務も多くなるということも考慮される。 つまり、教科の面と生徒、児童の面、両面をあわせて勘案いたしまして、従来、若干率が低いと思われた十八学級以上に教員一名を付するということにいたしたわけでございます。
#138
○川村清一君 また、実際問題としてお尋ねいたしますが、先ほど二十学級の学校に例をとりました。それで、それに一・一四五を乗ずるというと二二・九になる。ところが、三二にするのかというと、必ずしも二三にならぬ。むしろ二二あるいはそれ以下の学校も出てくるかもしれない。そこで、これは十八学級ですから、三号によれば、二十学級ですから当然一を乗じた数よりはふえてくるかっこうになるわけでございますが、これもその学校数に一は掛けるけれども、この一という数は必ずしもその学校に充てるというのでなくして、これは県全体の配慮の中で消化されるのだ、こういうことなんでしょう。
#139
○説明員(岩田俊一君) 現行法の規定もそうでございますが、先ほど申しましたように、全体の算定基礎は校長、教諭の職種、養護教諭の職種、事務職員の職種と、三種類に分かちまして、その職種ごとに県全体の定数を定めているのが本来のねらいと存じます。存じますけれども、算定基礎を明らかにし、指標となるという意味もございまして、いろいろ表に書いたり、六学級以上に一人プラスしたりするといういろいろ条文上の技術も用いておるわけでございますけれども、しかしながら、実体を申し上げますと、従来の私どもの全体的に見渡しました経験によりますと、この法律に書かれたところの準則はおおむねそのとおり行なわれておる、やはり指標の目的は達しておるのじゃなかろうかと、かように考えるわけであります。
#140
○川村清一君 ですから、重ねてお尋ねしますが、いまのあなたのお話を聞くというと、十八学級以上の学校というのは都会地の学校だといろんな問題もあると、したがって、そこに一をふやすと、その一は必ず十八学級以上の学校にはその一というのが加算されるのかどうかということをお尋ねしている、必ずその学校に。
#141
○説明員(岩田俊一君) その学校は特定の学校という意味ではございませんが、十八学級以上の学校がある場合には、一人その学校の分として十八学級以上の学校数に応じてその分が加算されるということが一つと、法的に絶対的に拘束はしておらないけれども、指標の趣旨からいたしまして、十八学級以上の学校には一人置かれることが期待されておるということでございます。
#142
○川村清一君 期待されていることなんでしょう。その期待にこたえるかどうかはどこの機関がきめますか。
#143
○説明員(岩田俊一君) 都道府県教育委員会でございます。
#144
○川村清一君 そうでしょう。それで、文部省はその一名、加算された一名に対してはどういう仕事を期待しておりますか。
#145
○説明員(岩田俊一君) 先ほど申しましたように、この十八学級以上のところはややほかの学級数のところよりも低率でございますので、それより厚みを増したということで、その職務としましてはほぼ一般の教諭と変わりないわけでございますが、ただ、一名を加算した趣旨というものは生徒、児童の面に特に一つの要素が加えられておるということでございます。
#146
○川村清一君 そうすると、カウンセラー的な仕事を期待しておると、こういうことですね。
#147
○説明員(岩田俊一君) そういうことでございます。
#148
○川村清一君 次に四号、「一年を通じて児童又は生徒を寄宿させる寄宿舎を置く小学校及び中学校の数の合計数に一を乗じて得た数」、これはあとから資料をいただくわけでございますが、これは現行にございませんね。特にこれを設けた理由はどういう情勢によりますか。
#149
○政府委員(宮地茂君) これは一応舎監ということを想定いたしました。しかしながら、ほかの教育は何もしないで、舎監だけという意味ではもちろんございません。これは交代で教員が舎監の職務に従事いたします場合、舎監として寄宿舎に宿泊しました翌日の午前中の担当授業時間を他の教員が振りかえ担当できるようにするために、一応一日四時間の一週六人分の二十四時間の授業担当軽減分に相当する定数といった考え方を一応とった次第でございます。
#150
○川村清一君 中学校は年齢も相当いっておりますからこれは別といたしまして、小学校で一年を通じてその小学校の児童を寄宿舎に寄宿させる、こういうことは教育的に考えて文部大臣どのような御見解を持っておられますか。
#151
○国務大臣(坂田道太君) いま現実に六校あるそうでございますけれども、私はやはりいま御指摘のように、その点はやはりいかがかというふうな気持ちでございます。ですけれども、現実に六校ありますから、その点については配慮しなければいかぬということだと思います。
#152
○川村清一君 現実に六校あるとおっしゃいますが、これは事務当局でけっこうですが、どうして小学校の生徒が一年間寄宿舎に寄宿して勉強を受けなければならないか、こういうような状況はどのような状況から生まれたのですか。
#153
○説明員(岩田俊一君) いま御指摘にもございますように、また大臣からもお答え申し上げましたが、これは小学校に寄宿舎をつくってまで学校に通わなければならぬということは、原則的に言いましても、また教育論的に言いましてもあまり好ましくないのじゃなかろうかと思うわけでございまして、決してこれを推奨しておるわけではないのでありまするが、現実にあるということだものですから、その分は教員の負担は大きいだろうということで、一応定数はその中に込めて計算をしておるわけでございます。大体どういうような事情でそういうような寄宿舎ができておるかということにつきましては、いろいろ詳細は沿革的につまびらかでないのでございますけれども、ただ、隔遠の地にありまして、非常に通学距離が長くなる、あるいは夫婦共かせぎで出かせぎしてしまって、どこか親類や何かに下宿させるのも、これは小学校の小さい子供ではたいへんだし、次善の策あるいは三善の策かもしれませんけれども、やむを得ずして寄宿舎に収容しておるというような実態があるのではなかろうかと思うのであります。
#154
○川村清一君 それでは日本じゅうにわずか六校ですから、その六校の寄宿舎について、どういう理由でこの小学校の児童が寄宿舎に入って勉強を受けなければならないのかという理由を調査して資料を出してください。私は季節的に寄宿舎に入るというなら、これはわかるのです。一年間を通じまして親元を離れて、そうして寄宿舎に入って小学校の教育を受けなければならないなんというのは、これは正常な姿ではないと思うのです。どうも事務当局の答弁が気に食わない。いまちょっとかんにさわったのですが、実体があるからしようがないといったような、実際あるからしようがないといったような意味の御答弁にさっき受け取ったのです。それはちょっとおかしいじゃないですか。ほかの省庁の方がおっしゃるなら私もわかるが、少なくとも文部省につとめていらっしゃる文部官僚が、いかに事務官僚といいながら、もう少し教育的な見地からものを考えてもらわなければ、ただ数字をいじくったり法律をずらずらやっておったんではしようがないでしょう。だから学級編制にしても四十五人にしたのはどういう根拠があるのだ、それから一学級を二としたのはどういうことなんだ、五学級を一・四としたのはどういうことなんだ、これは全部教育的見地に立ってそうして行政を執行していくのでなかったら、私は文部省の仕事としてはおかしいのじゃないかと思うのですよ。どうもいまの答弁はいささかかんにさわりましたけれども、まあそれはあとでまたやりますから、そのあとに入ります。
 次に、第八条にいきます。第八条の一項「小学校の児童総数に八百五十分の一を乗じて得た数と中学校の生徒総数に千五十分の一を乗じて得た数との合計数」これは養護教員の数を算定する基礎でございますね。これは現行の生徒総数に千二百分の一を乗じた数、こういう面から見れば確かに前進でございますが、これとても八百五十分の一とか千五十分の一とかいうこれは一体どういう根拠があるのですか。ちょっとこれはだれが見てもわかりませんのでね。八百五十分の一とした理由はこれなんだ、中学校の生徒総数に千五十分の一を乗じて得た数というのはこういう理論的根拠によるのだ、教育的価値によってこうしたのだというお答えをひとついただきたい。
#155
○政府委員(宮地茂君) これは実は正直に申しまして科学的な根拠がございません。ただ、気持ちは、私ども、これは再三御指摘いただいておりますように、養護教諭も一刻も早く必置にしたい、事務職員も必置にしたい、暫定的扱いは除きたいという気持ちにおきましては先生方と同じ気持ちでおるわけでございますが、いろんな事情によりまして、主として財政上の事情でございますが、思うにまかせません。そういうようなことで、だからといってほうっておくということではいつまでたっても理想の彼岸に到達できませんので、率直に申しますれば少しでも早く、一刻でも早く必置に至るように、そのためには千二百人に対して一人ということを千五十人ということに減らすことに科学的根拠はございませんが、少しでも減らすことによって必置制が早くなっていくという考え方でございます。
#156
○川村清一君 この問題は鈴木委員が非常に詳しく質問されましたし、またあとでされると思いますのでこれは私置いておきますが、いずれにいたしましてもこの八条の一項によりますというと、小学校におきましては八百五十人以上生徒がおらなければ、児童がおらなければ養護教諭は配置されないということ、中学校においては千五十人おらなければ養護教諭は配置されないということ。しかし、養護教諭というものが期待されておるのは決してこんなものではないと私は思う。大体千五十人以上生徒がいる中学校というのは全国でどのくらいあるのですか。私は北海道出身ですから北海道の実情では千五十人も生徒がいる中学校というのはあまりないですよ、私どものほうでは。そうすると小学校には養護教諭というものは配置されないということになる。この点はまたあとで議論する問題だと思うわけです。
 次に第二項、「へき地学校の数等を勘案して政令で定めるところにより制定した数」これは僻地教育振興法第二条に規定する僻地学校に対して、まあいまよりはよい教育を行ないたいという文部省の意図によってこういう規定がなされたものと考えて、これはけっこうなことだと思うのでありますけれども、「政令で定めるところにより算定した数」ということで、中身はさっぱりわからぬのでございますが、この政令内容は一体どういうことを考えていらっしゃるのですか。
#157
○政府委員(宮地茂君) 実はこの法律が可決されませんと、この政令も出せませんので、はっきりした政令の中身は形式的に申し上げかねるわけですが、一応政令の中身として考えておりますものを申し上げますと、先生御指摘のように、一応積算が八百五十人なり千五十人に対して一人ということになりますと、それ以下の学校につきましては養護教諭は配当ないではないかといったようなことで、県といたしましても小規模学校が多いところ、僻地学校の多いところは、県全体として、僻地学校の少ないところよりも定数上少なくなるおそれがございます。で、一方におきまして、僻地学校のようなところにこそ養護教諭は考えるべきではないかというようなこともございますので、一応政令の中身としては、僻地学校の数に七分の一を乗じて得た数と、無医村、医療機関のない離島等の数に一を乗じて得た数、それの合算額を県の養護教諭の配当数として加算をするという考え方でございます。
#158
○川村清一君 次に、第九条、これは事務職員の積算の基礎でございますが、「児童数が三百五十人以上の小学校の数に一を乗じて得た数と生徒数が二百五十人以上の中学校の数に一を乗じて得た数との合計数」ということになっておりますが、この三百五十人以下の小学校、二百五十人以下の中学校では事務職員はたいした必要ないという御見解ですか。
#159
○政府委員(宮地茂君) そういう見解では必ずしもございませんが、これも定数の積算といたしましては、一応そういった数を基準にしたわけでございます。だからといって、三百五十人以下の学校には事務職員を置かなくてよいという考え方を固執するものではございません。あくまで計算の基礎として使ったものでございます。
#160
○川村清一君 三百五十人以下の学校に置くことを妨げないといったような、ただいまの御答弁のように受け取ったのですが、積算の基礎としては一応こうやったけれども、三百五十人以下の学校にあっても、事務職員を置きたい場合には置いてもいいという御見解ですか、またそういう希望があればどういうふうにして置くことができるのですか。
#161
○政府委員(宮地茂君) 三百五十人。これはけさほどでしたか、鈴木先生の御質問で校長は、六学級以下のところへは校長は一応六条でございましたか、積算されていないから六学級以下には校長は置かないでもよいのかという御質問に対して、そういう意味ではございませんと申し上げたのと似たような気持ちでございますが、全部の学校に事務職員を置くのが私ども理想でございますが、現段階ではできませんので、一応積算といたしましては、三百五十人以上の小学校に一人といった積算をいたしました。しかしながら、これはあくまで積算であって、いかようにしてもよいというものではございませんし、実態も大体この趣旨に沿った実態であろうかと思います。したがいまして、まことにはっきりしたお答えができませんが、各学校に事務職員を置きたいということであって、置かなくてよいという意味ではないが、積算といたしましては、やむを得ず三百五十人以上の学校に一人という積算をいたしましたという趣旨でございます。
#162
○川村清一君 ですから、重ねて尋ねますけれども、置きたいのは全部が置きたいのです。置きたいのですけれども、こういう規定があってそういう事務職員が配置になりませんので、幾ら置きたくても、三百五十人以下の小学校、それから二百五十人以下の中学校は置けないのでしょう。二百五十人というと、中学校で言えば、大体において一学年八十人の生徒がおりますから、そうすると一学年二学級ですから、その学校では六学級の学校ですね。そうすると、中学校で六学級とすれば相当の事務量があるわけですよ。これは局長さんはそういう六学級の中学校の事務量がどの程度あるかといったような実態はおわかりになっておらないかもしれませんが、実際はたいへんあるわけですよ。したがって、これは事務職員をぜひ置きたいのだけれども、置きたいと思っても、これでは実際としては置かれないのでしょう。置くことできるのですか。置いてもかまわないけれども置けないのでしょう。置いたならば、あれでしょう、定員外になりますから、給与とか俸給などは市町村が持つか何かの方法でなければ置けないことになるのでしょう。
#163
○政府委員(宮地茂君) 先生の御指摘のとおりでございますが、そういうところを補完する意味におきまして、先ほど養護教諭のところで申し上げましたように、この事務職員につきましても、政令で僻地学校の数を勘案いたしまして、これは九条の四号でございますが、「へき地学校の数を勘案して」大体六分の一というふうに考えておりますが、それを加算するという措置を講ずるつもりでございます。したがいまして、原則としては三百五十人に一人ということになりますが、この政令で規定いたします僻地の学校数の六分の一という加算によりまして、各県におきまして運用上実態に即した配置ができる余地をこの四号で残したわけでございます。新たに設けたわけでございます。
#164
○川村清一君 局長さん、それは許されないですよ。この四号は、前条の二号と同じように、「へき地学校の数を勘案して政令で定めるところにより算定した数」でございまして、僻地学校の実情というものを勘案して特にここに事務職員を配置するというのであって、その僻地学校に配置されるべきところの事務職員の規定を、町中の小、中学校、二百五十人以下の中学校あるいは三百五十人以下の小学校に事務職員を配置するのにそれを使うなんということは、これはあなた許されないでしょう。僻地学校に名をかりて、そうしてその擬制の上に立って、特に国が配慮を払ってそこに配置すべきものを大きな学校に持ってきて使うなんということができますか。そんなことをやったならば、あなた方はそれを許しますか。許さないでしょう、そういうことは。そういうことは言うものでないですよ。
#165
○政府委員(宮地茂君) 計算上三百五十人以下の小学校には一を乗ずることになっておりません。したがいまして、三百五十人以下のただいまの問題につきましては、特にこれを三百五十人から何人ということは言っておりませんが、ともかく僻地学校では三百五十人以下の学校ということにほとんどが該当するわけでございます。したがいまして、先生のお尋ねは、三百五十人以下でも、僻地学校と、そうでない、僻地学校でない三百五十人以下の学校と一応仕分けをいたしますれば、それは三百五十人以下の僻地学校を中心にいたしておりますから、僻地学校でない三百五十人以下のところにあまり運用上するということはこれは適当でないかとも存じます。ただ、三百五十人以下というような小規模学校にも、僻地を含めまして、四号で従来考えなかったことを新たに考えておりますという点を申し上げた次第でございます。
#166
○川村清一君 どうも役人の方の答弁というものは、何といいますか、その場を何とかうまく逃げようとする、そういうような答弁ではいけませんね。私は元学校の教員ですから、教員としての教育的な立場で私は少なくとも聞いているつもりなんですよ。これはほかの問題じゃなくて教育の問題なんですからね。
 そこで、第九条の一号と四号を織りまぜて質問している気持ちはないわけです。四号は四号でいいんですよ。四号のものを一号に持ってくる。一号では三百五十人以下というものを限定はしていない。あるいは二百五十人以下というものを限定はしていない。たとえば、二百五十人以下なんですから、三十人でも二百五十人以下です。十人でも二百五十人以下だ。だとすれば、たとえば三十人だということであれば、この第四号「へき地学校の数を勘案して」というこれに当てはめる。そうすると、第四号はそのまま第一号に持ってきてつながる。そういうようなことで何とかまるめてこの場をのがれたいというそういう答弁だけはよしてくださいよ、ほんとうに。そんな気持ちで聞いているわけじゃないんですよ。そんなような答弁をしてはだめですよ。まあそれはいいです。
 それじゃ第二号に移ります。「三十学級以上の小学校の数に一を乗じて得た数と二十四学級以上の中学校の数に一を乗じて得た数との合計数」、これが事務職員であって、先ほどの鈴木委員の質問に対する御答弁では、何か図書館の事務職員というようなふうにお聞きしたのですが、それを期待しておるのですか、ここは。
#167
○政府委員(宮地茂君) これは先ほど他の先生の御質疑のときに申し上げましたように、図書館事務が大規模学校では相当多くなるであろうという観点から図書館事務の職員ということを想定しておるわけでございます。
#168
○川村清一君 大臣にお尋ねしますが、大臣は教育というものについては、現場の経験はおありにならないようですが、なかなか教育というものについては深い見識を持たれているように思うので敬服しているのですが、そこで、現在の進んだ学校教育におきましては、小学校、中学校ともに図書館教育、いわゆる図書館活動というものが相当盛んなんでございますね。そうでなくても、最近の児童、生徒にとって私は一番困ったものだと思っているのは、これはテレビの発達によって、テレビはよく見るが実際本を読まないということなんですね。われわれのうちの子供からしてこれは困ったものだと思っているのですよ。そこで図書館指導というものをやらなければならぬと思っているのです。学校で。大臣、どうですか。そうなれば図書館の司書というものが――この図書館指導、これは単に本を並べておいて、好きな本を読みなさいといったようなものではなくして、事務的に取り扱うんでなくして、やっぱり教育的にどういう本を読ませていくかという、やはり学校教育の中に占める図書館教育というものは非常に大事な部位を占めているんじゃないかと私は思うんですが、大臣はどうお考えでございますか。
#169
○国務大臣(坂田道太君) その点は川村委員とも全く同じに考えております。でございますから、ぜひとも司書教員でございますか、そういうような専門の人たちの養成計画と同時に、そういう方々をやはり学校の中に取り入れていくということをぜひともやりたいというふうに私は考えます。
#170
○川村清一君 そこまで考えられましたらね、事務職員という、そういう観点でもってそれを取り上げるのではなくして、やはり図書館教育の指導者、これはやっぱり教員として、司書教員というものをわれわれはいつも出しているんですね。社会党は法案を出しているんです。司書教育という、教員を設置するようにと。しかしながら、文部省は一向取り上げないんですね。しかし、それで事務職員まで進歩してきたことは一応認めましょう。しかし、三十学級以上の小学校に一名、二十四学級以上の中学校に一名なんというのはあまりにこれはけちくさいじゃないですか。そこまで前進したらもう一歩踏み切ったらどうですか。図書館司書まではなかなかいけないとしても、そこに教員を配置してもらいたいんだけれども、先生としても、事務職員としても、あんまりこれではけちくさいじゃないですか。どうですか、大臣。
#171
○国務大臣(坂田道太君) まあここまできたことはお認めいただいたようでございます。が、やっぱりこれから先もう少し前進しなきゃならない課題だと思っております。
#172
○川村清一君 これはぜひとも考えてもらいたい。しかしですよ、大臣のうちの子供さんは優秀だから本読むかもしれぬ、うちの子供は本読まない。全然本読まない、テレビばかり見ておって。何とか本を読ませたいと思います。ですから、ほんとうに図書教育というやつをもっとしっかりやらなければ……。力入れてくださいよ。私はあんまり感心しませんね。
 次に、三号に移りますが、「就学困難な児童及び生徒に係る就学奨励についての国の援助に関する法律第二条に規定する保護者の児童又は生徒の数が著しく多い小学校又は中学校で政令で定めるものの数の合計数に一を乗じて得た数」、これは一体どういうんですか。配置されることはわかりましたけれども、どういう仕事をするんですか、この教員は。
#173
○政府委員(宮地茂君) 政令で考えております点は、まあ経済的に困窮な家庭の子供、いわゆる要保護、準要保護児童、生徒でございますが、そういう児童、生徒数の多い小、中学校では、要保護、準要保護の児童、生徒が百人以上で、その数の当該学校の児童、生徒総数に対する割合が二五%以上のもの、まあこういうふうに政令は一応予定いたしておりますが、こういった要保護、準要保護児童等が多い場合、それに伴いましてのいろんな事務が、ほかのそういう子供の比較的少ない学校よりも、そういう学校の当該児童、生徒の事務が多うございますので、いま申しましたようなところには事務職員をそれだけ加算するという考え方をとろうとするものでございます。
#174
○川村清一君 ですから、そういう地域に置かれる事務職員の仕事の内容でございます、お聞きしているのは。
#175
○説明員(岩田俊一君) この第三号の規定の趣旨でございますが、この関係は主として産炭地あたりが特に影響が多いと思うのでございますが、そういう就学援助の児童、生徒が多いところは、御承知のように、事務量がその関係で一般の学校よりも多くなっている。つまり就学援助の金品の受け払い、それから学用品の取りまとめ、あるいは生徒に対する支給、あるいは申請書、あるいは世帯表の作成といったようなこまごました仕事がいろいろあるようでございますので、その関係に着目いたしまして、事務職員の定数の上で加算を加えた、こういうことでございます。
#176
○川村清一君 もう一ぺんその点についてお尋ねしておきたいことは、民生事務にあたっておる方々の仕事とはどういう相違がございますか。
#177
○説明員(岩田俊一君) 生活保護法の関係の民生委員の事務と同じことをこの事務職員にやっていただくというつもりはございません。従来この仕事は、事務職員の配置が十分ではございませんから、場合によっては一般の教員の先生が子供に金をわたしたり、あるいは学用品を支給したりすることになっております。ですから、そういう関係の仕事を少しでも事務面で肩がわりをしようということのための配慮でございます。
#178
○川村清一君 その次は、特殊教育に入っていくわけですが、特殊教育はいろいろ問題も多うございますし、またこれからの質問は、いままでは法律面のただ文面についてさっとあたってお考えをお聞きしたわけでございまして、これからは突っ込んでいろいろ審議をしてまいりたいと思いますので、本日は時間の関係もありますので、私の質問は切っておきます。
#179
○萩原幽香子君 ここらあたりでちょっとレクリエーションでもしたい感じですが、そうもまいりませんので質問を続けさせていただきます。
 現場の立場と行政の立場というものが違うということはけさほどから私も非常に考えさせられてきたわけでございます。行政の立場でございますと、ここらでひとつしんぼうができそうだというふうにお考えになるような状態でございましても……。
  〔委員長退席、理事楠正俊君着席〕
現場に持ってくるといろいろな問題があってどうにもならないということも出てくるということでございます。私はおそらくこの改正案にいたしましても決して文部省は行政の立場からも御満足ではなかった、こう考えるわけでございます。と申しますのは、文部省が当初六万一千人の予算要求をなされたわけでありますが、そういう点から考えましてもただいまの改正案が決して満足すべきものでないということは、もう文部省御自身御答弁なさりながら非常につらかったのではないか、こういうふうに考えるわけでございます。そこでその前の当初の六万一千人の予算要求をなさいましたときの構想についてお尋ねをいたしたいと存じます。
#180
○説明員(岩田俊一君) 御説明いたします。当初の要求の事項といたしましては、ほとんど今回の改正案の事項と同じでございます。ただ数字が少なくなった事柄としては、大体同じようなところをねらって組み立てておりますから、対象とする規模だとか数字というものが算定の基礎として薄められた、こういうような実態になっております。考え方といたしましては、まず校長、教員につきましては四十九人基準学級を四十五人の原則で一律に扱うということは全くそのとおりでございます。その他違っております点だけをちょっと申し上げますと、まあ私どもといたしましては、複式学級をもう少し児童、生徒数を少なくし、かつ複式は全面的と申しますか、できるだけやめることができるようなふうにしたいと考えておりましたが、そこまでは遺憾ながら到達しなかった。それから同和、産炭地区の学級編制につきまして、若干一般よりも少なくしようというふうな考え方もございましたけれども、その点も残念ながら実現を見なかったということでございます、そこら辺のところが学級編制の面では最も……。
 それから、生徒の指導密度の充実の点では、小規模学校に配置を厚くしようという思想でございますが、それ以外に若干大きな学校までも配置率の厚さを及ぼしていこうという思想がある。これに対応して現実にたくさんの人員を必要とするわけでございますけれども、その辺が決定された案におきましては希望どおりにならなかったということでございます。
 その他養護教諭、事務職員の面におきましても、現在千二百人が百五十人ぐらい引き下げられておりますけれども、そこら辺のところをまた若干前進さして充実をはかりたい、養護教諭は。その辺のところが決定案におきましては必ずしも緩和と申しますか、実現の度合いが少なかったわけでございます。
 事務職員の関係では図書館関係も同様でございます。
 それから特殊学校関係につきましても、配置人員の率は若干薄まったというようなところが相違した点でございまして、
  〔理事楠正俊君退席、委員長着席〕私どもが要求の柱としておりましたところの大体の柱はおおむね実現したというふうに思っております。
#181
○萩原幽香子君 それでございますと、やはり少々文句が申し上げたいと、こういうわけでございます。初めに出されたとき、私はおそらくこれを考えながら、この六万一千人の予算要求が通らなかったということで、文部省としてはよくつらいお気持ちできょうこのごろの御答弁の中にもそういうことがあったと私は考えながら、非常に文部省に対して私は信頼を申し上げながら聞いたわけでございましたが、ただいまの御答弁でございますと、それほど変わったものではないということでございますと、私はやはり少し文句が申し上げたい。やはり養護教諭につきましても、養護教諭なり事務職員というのは、教職にある現場の先生たちの長年にわたる念願だから、こういうものはおそらく全校配置を考えていたのだけれども、できなかったからこうなったという御答弁が私は実はほしかった。そういうことこそほんとうのこれからの先生に対するあたたかい配慮であり、そしてそれは子供に対するほんとうの意味の教育の立場ではないかと、こういうふうに考えるわけでございますが、そういうことはあまりなかったということで、ただ複式学級を全面的になくしよう、同和、産炭地区についてのもう少し配慮がほしかったと、こういうようなことでございますので、私は少しこれは考え直していただかなければならないのではなかろうかと。先ほどから鈴木委員なり川村委員のお話を承っておりながら、私も現場におりました教員の一人として、現場というところをもう少し行政にあられる方は知っていただきたい。それでなければほんとうの教育にはならない、こういうことを私は考えたわけでございます。
 そこで、最初の案で五カ年にどれほどの純増になりますか、これもお聞きをいたしたかったわけでございますけれども、先ほどの御答弁ではあまり大きな期待もかけられないようでございますので、その問題は省いてまいりたいと存じます。
 そこで、さきの文部省当初の要求が削られた理由はやはり経済の問題だけでございましょうか。それとも予算折衝に当たってくださいますときの御決意がそれほど強くなかったということなんでございましょうか。承りたいと存じます。
#182
○政府委員(宮地茂君) 決意は、私ども要求しました予算は全部とる決意で臨むわけでございますが、したがいまして、大蔵省にお願いするわけですから、国全体の財政上の問題ということが第一義であろうかと思います。もちろん私どもの熱意が、幾ら努力してもとれないという点は、やはり熱意の足りなかったという関連性におきましては、今後とも努力したいと思います。
 なお、先ほど課長が申しましたが、私どもといたしましては予算要求をいたします段階、これは文部省と大蔵省との関係でございますが、政府として予算を出します場合に、もう文部省とか大蔵省とかそういうことでなくて、政府として出しておりますので、当初文部省が要求した数字をここでいろいろ申し上げて、悪いのは大蔵省だけだということも、これは政府の職員として一体となってやるべきことでございますので、先生のお気持ちも十分わかりますし、私ども個人的と申しますか文部省だけの問題としてはいろいろございますが、その点は一応情状を御了承いただきたいと存じます。
#183
○萩原幽香子君 実は三月七日の予算委員会の席におきまして、大蔵大臣は、戦後、経済の面では非常に成長をいたしました、しかしながら、欠けたのは人間形成の面であって、それが随所にいろいろな問題を起こしている。だからこれからはもう少し人間形成をやらなければならないといったような御答弁がございまして、実は私は三月二十九日の一般質問のときにも大蔵大臣に、そのお考えについて、いまもなおお変わりございませんかとお尋ねいたしましたのに対して、大蔵大臣は、変わっているどころかそれはやらなければならないと思っておりますという御答弁でございましたので、私もこれからの文教予算に対する大きな期待をかけたいと思いますということは申し上げたわけでございますが、とにもかくにもどんな理由があるにいたしましても、人間形成を本気でやるつもりだったら、もう少し教育優先の政治姿勢というものが望ましいのではございませんでしょうか。それは大蔵、文部の関係だけではないと、こういうことでございましたので、各省におきましても、いま人間形成が必要じゃないということをおっしゃる方は、大臣は、一人もいらっしゃらないと私は考えるわけでございます。そういたしますと、もう少しこの教育を大事にする政治姿勢を、各省ともにおとりいただくことが大切なのではなかろうか、こう考えます。
 そこで、文部省では、第三次の五カ年計画ということ、これはずいぶん長いわけでございますが、先ほどからもるる出ておりますので、五カ年計画ということではなくて、もう少し早くても法改正を出して、こういった事務職員の問題なり養護教諭の問題なり、図書館司書の問題なり、いろいろお考えいただけるような御用意がおありでしょうか、お伺いいたしたいと思います。
#184
○国務大臣(坂田道太君) この点は、われわれといたしまして、力及ばざる点もあったかと思いますけれども、しかし、この第三次の五カ年計画を組まれたということには、やはり私たちとしてもかなり努力をいたしたわけでございまして、もちろんこの五カ年計画を充実させますと同時に、次の飛躍ということにつきましては、やはり十分検討いたさなければならない問題だと思います。こうやって皆さま方から御指摘をいただいておりますると、やはりいろいろな面におきまして欠陥もあるなあ、こういう点はもう少しこれから考えなければならないなあというような点を教えられるわけでございまして、そういうことに対しまする次の飛躍に対する準備はひとつこれからも考えてまいりたいというふうに思っております。
#185
○萩原幽香子君 ありがとうございます。それでは文部省では、第三次の五カ年計画が終了いたしました後も、再度当初の構想なり、もっと検討されたよりよい教育的な見地に立っての提案をしていただけるわけでございますね。どうぞよろしくお願いを申し上げたいと存じます。
 次いで、小、中学校における適正な学級規模は十二学級から十八学級ということでございますけれども、現在最高の学級規模はどれほどでございましょうか、お伺いいたします。
#186
○説明員(岩田俊一君) 一番大きな学級数のほうから申し上げます。小学校で申し上げますと、全国で六十一学級以上の学校が二校でございます。それから五十五学級から六十学級というのが六校、四十九学級から五十四学級というのが二十六校でございます。これは二万五千校の中の一部でございます。それから中学校で申し上げますと、六十一学級以上、やはり一校、それから五十五学級以上がさらに一校、四十九学級以上が三校といったようなのが大きいほうでございます。
#187
○萩原幽香子君 それはいつの調査でございましょうか。
#188
○説明員(岩田俊一君) 四十三年五月一日の統計でございます。
#189
○萩原幽香子君 私は四十二年の分で調べさせていただいたわけでございましたが、ずいぶんまだ大きな規模の学校があるようでございますが、これから大規模学校の増加はどういうふうな状況になってまいりますでしょうか、その見通しをお伺いいたしたいと存じます。
#190
○説明員(岩田俊一君) これは人口動態によっても非常に影響を受ける問題でございまして、今後過密現象が一地区どれだけ集中するかということは非常にむずかしいことでございますけれども、そういうようなこまかい調査は手元に資料持ち合わせてございませんけれども、大体の感じを申し上げますと、こういう過大学校というのはどちらかといえば分離したほうがいいという意見が多うございますが、しかしながら、分離するにも子供の通学区域の関係もございますから容易に分離できないというような事情がございます。大体集中終わったところが多うございますので、そうこれ以上大きいのが今後ふえていくという状況にないのじゃないか、ただ、都市周辺におきましては既存の学校は、住宅の増加のために大きな規模の学校になっていく傾向はあるということは言えると思います。そのように大体思っております。
#191
○萩原幽香子君 それでは、大きな学校でございますが、四十二年の分でございますけれども、それでも大体大きな学校というのはかなりあるわけでございますが、そういう大規模学校に対して教育的な見地からどのような御指導をされようとしておりますのか、文部大臣お尋ねいたしたいと存じます。
#192
○国務大臣(坂田道太君) 私といたしましてはやはり一学級当たりの定数というものが、教育的効果をあげることでございますから、そういう適正規模学級ということをわれわれとしては指導していかなきゃならぬ、同時にまた、適正規模ということにつきましても考えていかなきゃならないわけで、あまりにも大きい学級を持った学校というのは好ましくないというふうにも思います。で、従来なんかたくさんの学級を持っておる校長は偉いんだというような風潮もあったわけでございますけれども、近ごろそういうようなとほうもない考えを持った校長さんはおられないと思いますけれども、やはり適正規模のほうへ移していくという指導を私たちとしては心がけていくべきであるというふうに思っております。
#193
○萩原幽香子君 その適正規模の学校に移すというその移し方でございますね、私も実は校長に出ます一番最後の学校が、先生が六十何名かという学校でございます。行って驚きましたことは、子供に何々先生に会いたいんだけれどもと、こう言ったら、そんな先生は知らぬと、こう申しました。これではほんとうに私は学校全体としての教育の場ではないという感じを持ったわけでございますが、しかし、それでは適正な規模の学校にしていこうと思いますというと、どういうところにむずかしさがございますでしょうか、承りたいと存じます。
#194
○説明員(岩田俊一君) 以前、助成課といたしまして学校統合関係の補助金を扱った関係で、その経験で申しますと、学校統合の申請も相当多うございますが、いま御質疑にありますように、過大学校を何とか適正規模な方向に持っていくことはできないものだろうかというような御相談をよく受けたわけでございます。現行の義務教育施設費国庫負担法はどちらかと申しますと学校統合に重きがかかっているというようなふうに見受けられますけれども、御要望のそういうような大規模学校をできるだけ適正規模に分離をするということもこれまた大事なことでございますので、その分離について現行法の規定の許す範囲内におきましてこれを認めていくという方向で運用上やってきたわけでございます。そのときに常に問題になりますのは、大規模学校というのは主として、名前が適切でないかもしれませんけれども、県下なり、あるいはその市町村において名門校と称せられるような中心的な学校であって、したがいまして、非常に古い学校が多い。そこへ住宅の、人口増加であとからあとから学級増をして次第にふくれてきたというような事情が多いようでございます。これをいざ分離するといたしますと、都市の中心部等にあるものですから、通学区域の関係もあって適当な敷地が得られない、しかしながら、これを当該市町村内におきまして全校の、全学区について通学区域の変更をすることは相当大きな問題になってくるという問題等もありまして、そういうようなことが隘路になりましてその大規模学校を分離して適正な規模にまで、二校ないし三校に分離するということは非常に困難だというような事情も非常に多いように感じております。
#195
○萩原幽香子君 まあ、これは非常にむずかしい問題はたくさんあると思いますけれども、しかし、特に通学なんかにおきましてはこういう大きな学校で、その学校の先生が自分の学校の子供であるかどうかわからない、たとえば町なんかに出かけましてもうちの子供がやっていることか、よその学校の子供がやっていることかわからない。そういうことでは私はどうもぐあいが悪いと思います。そこで、できます限り御努力をいただいて、そういう大きな学校はなるべく適正な規模の学校に持っていきますような御助言、御指導をお願い申し上げる次第でございます。
 次いで、この改正案を見ますと、小学校では学校規模ごとの定員がわずかずつでもよくなっておりますね、ところが中学校では全く教員の率というのが据え置きの状態になっておるわけでございます。わずかに十八学級以上の学校に一名を加えるにとどめ、それも先ほどの御説明ではその学校に行くかどうかはわからないと、こういったようなお話でございましたが、そういう、中学校で教員の率が据え置かれたというその理由について承りたいと存じます。
#196
○政府委員(宮地茂君) これはいままで他の先生からの御質疑にもお答えいたしましたように、私どもといたしましては、種々申し上げますと弁解がましくなりますが、特殊教育であるとか、あるいは過疎地域の複式学級等にまず従来の第二次にわたります五カ年計画を、十年間で比較的日の当たらなかったところに重点的に焦点を合わした、そのためにいろいろいま御指摘のような点も考えましたけれども、現実の問題として改正案に盛るに至らなかったということでございます。
#197
○萩原幽香子君 小学校ではまあ学校規模ごとの定員がわずかずつでもということでございます。中学校では教員の率が据え置かれているというのは、やはりそこまで手が回らなかったということなんでございましょうか。そういうところに重点を置いてやっていたら中学校のところまで手が回らなくなってしまったと、こういうことなんでございますか。
#198
○政府委員(宮地茂君) 率直に申し上げますとそういうことでございます。
#199
○萩原幽香子君 そこで、四十三年度以降も大体、十八学級以上のところはふえないというお見通しでございましょうか。
#200
○政府委員(宮地茂君) 十八学級以上のところがどの程度ふえるかということは、まだ数字をとっておりませんが、少なくとも先ほど来おっしゃいました五十とか、六十とかいったような、そういったようなことは私のほうにおきましても、また管理局でいろいろ学校施設の助成金を出すこと等を通じましても、そういう極端に大きいところは絶対に抑制したいという気持ちを持っております。ただ、十八学級のところが十九になり、二十になるのを、大規模学校と同じように、どこまで押えるかといったようなことにつきましては、今後実態を見ましてできる限りの指導はいたしたいと思います。
#201
○萩原幽香子君 そうしてこの十八学級以上のところの学校を基準に加算される先生の職務内容をお尋ねしたいと思ったわけですが、先ほどのお答えでは、大体生活指導というようなことはお考えになっておられるようでございますが、そういたしますと、教員としての先生の授業時数を減らすとかというようなことにはあまり関係がないようでございますが、この点いかがでございますか。
#202
○説明員(岩田俊一君) 御説明申し上げます。
 先ほどの御質疑に対しましてもお答えいたしましたとおりでございまして、この十八学級以上の規模の学校に一名加算するといいましたのは、その程度以上の学校になれば、それ以下でも相当ありますけれども、少なくとも生徒指導面におきましては、特に都市あたりに非常に多うございますが、生徒指導の関係の業務もふえるであろうということで加算したところが一つの考え方の要素にはなっておりまするけれども、全体的に教員の担当授業時数、中学校は大体二十四時間ぐらいでございますが、授業時間を担当するものとして定数をはじいておるわけでございまするけれども、その率で計算いたしますると、十八学級以上のところがそれ以下のところよりもやや時間数の負担が多いようであるという計数上の数字が出ております。したがいまして、その面もあわせ考慮いたしまして十八学級に一名加算いたしたわけでございますから、単に生徒指導のみということではなくて、全体的な配慮もその基盤として働いておるということでございます。
#203
○萩原幽香子君 現在、中学校の先生は一週の授業時間はどれほどになっておりますでしょうか、その実態でございますが。
#204
○説明員(岩田俊一君) 平均的に申し上げますと、大体二十四時間程度でございます。
#205
○萩原幽香子君 それでは平均二十四時間ということでございますと、一日平均が大体四時間、こういうことになるわけでございますね。それでは最高の時間数を持っております先生はどれくらいでございましょうか。
#206
○説明員(岩田俊一君) ちょっと具体的な例で御説明申し上げます。これは山口県のある三十学級の学校でございますが、これは相当大きな中学校でございますけれども、一番授業時数を担当しておる方は二十七時間、少ない方が二十一時間の方が、失礼しました、二十時間の方が少ないほうとしておられます。
#207
○萩原幽香子君 その二十七時間をお持ちの先生は教科は何でございましょうか。
#208
○説明員(岩田俊一君) 社会と道徳、それから特活、これを担任しておられるようでございます。
#209
○萩原幽香子君 その二十時間の先生は。
#210
○説明員(岩田俊一君) 数学でございます。
#211
○萩原幽香子君 こういう中で先生たちのいろいろお仕事の雑務も多い中でこれだけの授業時数をお持ちになりまして、ほんとうに先生が責任を持って子供に授業をするというその研究時間というものがはたしてこの時数をお持ちになってできますでございましょうか、これはいかがでございましょう。
#212
○説明員(岩田俊一君) この授業のための研究時間のお尋ねでございますけれども、これもほんとうに教育を充実をしていこうとすれば、非常にきりのない内容の性質の問題じゃないかと、そういうぐあいに考えるわけでございまするけれども、平均的に申し上げますれば、教育公務員の勤務時間数というのは四十四時間ということを基礎にしてすべてのことが組み立てられておりますので、その時間におきましてその授業時間との差の時間におきまして校務分掌をし、いろいろ指導案をつくるとか、あるいは採点をするといったようなもろもろの教育が行なわれているのが実態であろうと思います。でございますから、非常に機械的な御説明で恐縮でございますけれども、その時間の範囲内においてなされるというのが本体であるというふうに考えます。
#213
○萩原幽香子君 そういうこともまたやっぱり現場の先生から少し離れたお答えになるのではございませんでしょうか。先生は四十四時間ということでございましたが、先ほど川村委員なり、あるいは鈴木委員のお話の中にもございましたように、教育を離れた以外の仕事というものがやはり先生たちにも課せられておるわけでございまして、そういうものがほんとうに先生の研究の時間をとっているということも十分配慮いたさなければならない問題ではなかろうかと存じます。四十四時間のその先生の授業の、執務時間の中で、二十七時間だけ授業をして、あとは全部先生がその教育のための研究時間に充てられると、そういったような学校の運営がなされますようにしていただくためにも私たちが先ほどから申し上げておりますようなことが非常に大事になってくるのじゃなかろうかというふうに考えるわけでございます。あわせまして、その先生のあるいは通勤距離の問題とかいろいろなことも加味されなければならないのではなかろうかということも考えるわけであります。ほんとうに現場に働いている先生と、机の上で考えていただくのとでは非常に距離があるのじゃないか、こういうことも考えさせられるわけであります。あわせて中学校におけるこの学級担任の先生たちの望ましい姿とその現状についてお伺いをいたしたいと存じます。
#214
○政府委員(宮地茂君) 先生の御質問の趣旨がよくわからないのですが……。
#215
○萩原幽香子君 中学校ではやはりみんなほとんどが教科担任になっておりますね。そこでやはり一年生の一学級の担任の先生というのがあるはずでございますね。そういう先生がどういうふうな姿であればよろしいでしょうか、また、いま現実に指導状況でございますか。自分の教科以外の自分の受け持ちの生徒に対してどういうような状態でいま先生たちが働いていてくださるでしょうか、そういうことについてお尋ねをいたしておるわけであります。
#216
○説明員(奥田真丈君) 中学校の学校経営の実態としましては、教科担任のほかに各学級に学級担任をきめております。その学級担任の仕事といたしましては、学級に関する一般の関係の事務がございますが、そのほかに道徳の時間の担当をすることになっております。それから特活――特別教育活動と呼んでおりますが、その中の学級活動ですが、この学級活動の一部も指導するようになっております。
#217
○萩原幽香子君 そういったようなことではたして受け持ちの教員としてその子供のほんとうのすべてのいろいろの状態がわかりますでございましょうか。と申しますのは、特に中学といったような非常に知識が分化してまいりますし、それからまた性格的にも非常に不安定な状態にありますこの中学校の時代の子供に対しまして受け持ちと名づけられる方が事務をやること、道徳の時間を持つこと、それから学級活動をいろいろとやってくださるということでございますけれど、私はおそらくその特別教育活動といったようなものについても、そうした時間がほかの時間に振りかえられたりするような、たとえて申しますと外国語であるとか、あるいはそれが数学になったり、あるいは国語になったりといったようなことで、そういう特別活動というようなものがほんとうに与えられた時間だけやられているだろうかどうだろうかといったような現場の心配も持つわけでございます。そういうことになりますと、この中学校の受け持ちの先生というのはほんとうは子供というものがわからないままにきているのが実態じゃないかという不安を持ちますので、ひとつこの点はっきりとお尋ねをいたしておきたいと思います。
#218
○説明員(奥田真丈君) 学級担任の仕事としては、御承知のとおりいろいろございますが、ねらいは、自分の担当している生徒一人一人を十分に見定めていきたいと。それは、中学校の制度といたしましては教科担任でございますので、各教科の先生は教科を通じて見るわけでございますが、学級担任はいわばそれを横にながめて――横に切って生徒を十分にいろんな角度から見るというのを仕事としております。で、現行の制度でございますと週一時間の道徳の時間並びに三十五時間の学級活動の時間におきまして、ほかの教科の担任の先生以上に生徒と接触する時間が多うございます。そのほかに休憩時間、あるいはその他のいろいろな学校内における時間において生徒と接触する、こういうことで、まあ教科担任以上に接触の機会を多く持って生徒一人一人を十分に観察し指導していく、こういうたてまえになっております。
#219
○萩原幽香子君 確かにたてまえはそのとおりでございますけれども、実態ははたしてそのようになっておりますでしょうかという心配を私は多分に持つわけでございます。と申しますのは、子供たちが一番困ったときにだれに相談をするかと、こういうようなアンケートをとったことがございます。そのときにほんとうに先生に相談をしたいと答えた子供が案外少ないわけなんです。と申しますのは、小学校の先生の場合はすべての時間を先生と、たとえばまあ学校におります間はほとんどその受け持ちの先生とくっついた形でございますけれども、中学になりますとまあ一週一時間の道徳の時間事務をしてくださる、その学級活動の場合は先生がいらっしゃったりいらっしゃらなかったりする、そういうときに先生が事務をなさったりしているような場合もあって、ほんとうを言えば子供と接してくださる時間が非常に少ないのではないか。ですから、先生をつかまえて自分のことを相談しようと思っても、なかなか相談するような気持ちにも子供がならないと、こういうような実態を私は聞かされておるわけでございますけれども、まあいまの御説明では、ほかの先生よりかかなり多い時間で子供に接しているんだという御答弁でございますけれども、私はこれではもう一つ納得をいたしかねると、こういうことを申し上げておきたいと思うわけでございます。
 そうして、まあ進路指導というものは大体この学級担任の先生が主になってしてくださるわけでございますか、これちょっとお尋ねしておきます。
#220
○説明員(奥田真丈君) 進路指導を担当いたしますのは、学級担任もやります。さらに職業指導主事というものが設置されております学校におきましては、その先生も担当すると、こういうことになっております。それから、原則的な考え方といたしましては、生徒の進路の指導にあたっては全教職員があげて関係すると、こういうたてまえでいま進めております。
#221
○萩原幽香子君 もう時間がございませんので、あんまり詳しく申し上げられませんが、また、職業指導主事とか、あるいは職業教育主事とか、あるいはまあ進路指導の問題につきましては、もう少し日をあらためましてゆっくりお尋ねをいたしたいと考えるわけでございます。
 さらに先ほど、昭和四十七年度から中学校では学習指導要領が改定されることになっている、その新学習指導要領によりますと、一、二年では週二時間、三年では週一時間がふえることになっておりますという、こういう御指摘がございましたときに、まあその心配はないのだということでございましたが、私からももう一度確認をさせていただきたいと存じます。
#222
○政府委員(宮地茂君) 先ほど来申しておりますように、現行の規定で申しますと、千百二十時間を最低とするということでございます。最低の時間数しか押えておりません。実態はいずれも、その最低の千百二十時間をやっておるという学校はほとんど皆無でございまして、実態は今度標準といたしました千百九十時間を行なっておるというのが実態でございます。したがいまして、今回の改正におきましては最低ということをやめて、実態を頭に置きまして千百九十時間を標準とするというふうにいたしました。その限りにおきましては、特に時間数を多くやるようにというつもりはございません。そういうことを申し上げた次第でございます。
#223
○萩原幽香子君 いやそれならけっこうでございますが、私はこの学習指導要領のこれを見せていただきましたときに、ああこれはだいぶ先生たちたいへんな負担になるなと、こう考えました。前によりますと千百二十時間、それが千百九十時間になりますと七十時間、一年生も七十時間、二年生も七十時間、三年生は三十五時間と、こういった形で実際現行のものよりもふえております。先生というのは非常に正直でございますから、こんなふうにきめられるというとどんなに忙しくてもつらくてもやるというのが先生の実態だと考えているわけでございます。私も先生の端くれでございますので、こういうものを見ますと一番気になるわけですね。しかしながら、いままでもこれに近いものがやられておったのだから、たいしてこういうふうに指導要領改定しても先生の負担にはならないと、こういうふうにおっしゃってくださるならまあ私は信ずることにいたします。しかしながら、少なくともいままでよりもこういったように、いままで千百二十時間でやっていたところにいたしますとこれは七十時間ふえることは確かでございますね。ですからそういうことで、私は先生の負担というものがますます重くなるのではないかと、研究時間ももう取れないのじゃないか、こういうことを心配いたしまして、次の青少年のほんとうにすこやかな成長のためには、こうしたことにも十分御配慮をいただきまして、先生たちがほんとうに楽しんで教育に当たられると、こういった姿を打ち出していただきますようにお願いを申しまして、質問を終わらせていただきたいと存じます。ありがとうございました。
#224
○小笠原貞子君 前回の委員会のときに、学級編制の標準と小中学校教職員定数の標準という中で出されました数字の基礎について、いろいろお伺いしたわけでございます。そのときの御答弁の中で、文部省としてはこの前よりもよくなっている、まあ不十分であるけれども今後五カ年間で漸次よくしていきたい、こういうような御答弁をいただいたわけなんです。確かに去年より、先回よりもよくなったということは評価できると思いますけれども、この定数標準法というのがきめられたということは、いかに教育をより効果的にいい教育をしていくかという中で出てきたものだと思うのです。そうすると、比較するのがこの前よりもよくなったという比較ではなくて、現実にいまの情勢の中で教員たちがどういう立場に置かれてどういう教育の困難な問題をかかえているか、それをどの程度今度新しく五カ年間の計画の中で解消されるかというところに焦点が当てられて考えていかれなければならない、そう思うわけなんです。
 そこで、せんだってから、またきょうもそうですけれども、ずっと御答弁を伺っておりますと、やはり何となくその数字を追ってのペーパープランのような気がいたします。やっぱり実態というものをよく見ていただきたいと思いますし、また、何よりも私がこの前のときに強調いたしましたのは、これがほんとうに現場からの要求にどう合っているかという、その点を非常に重視していただきたいということを申し上げたわけなんです。
 そこでまず第一に、いろいろな困難がありますけれども、現実に小中、まあ高校もそうですけれども、講師として、まあ臨時講師というような形で、実際には教師と同じ、普通の任用されている教師と同じような仕事をさせられながら、あくまでも身分は臨時であるというような形の方々がたくさんいらっしゃるわけなんです。この法案をおつくりになるときに、そういう講師の問題、臨時講師の問題、こういうものを実際にどうなっているかということを見られた上でこういう数字が出たのかどうかということをお伺いしたいわけなんです。そこで、いま日本全体の教職員の中で、臨時講師というような、身分不安定のままに置かれている講師というものが、小、中でけっこうでございますが、全体にどれくらいあるのだろうか。その前に文部省が大体講師の問題ということを調査されたことがあるのかどうかですね。調査されていれば、その報告を伺いたいし、もしも調査されていないとすれば、こういう講師という問題について、一体どう考えていらっしゃるかということをお聞きしたいと思います。
#225
○説明員(岩田俊一君) 臨時的な小、中学校の教員は、ほとんど大部分はこれは産休代替要員が一定の期間を限りまして臨時的な採用としてある。この数は四十二年五月一日現在の指定統計の数によりますると、小、中合わせまして三千三百四十六人、全教員数の〇・六%ぐらいになると思いまするが、その程度の数字が出ております。これが臨時講師の大部分だと思います。そのほかに臨時講師という意味がはっきり私ども受け取りかねるわけでございまするが、小、中併設校の場合、あるいは高等学校の一部の教科を中学校の先生が兼務して、その講師の形で兼ねておるという数字がございますが、その関係が小、中合わせまして約五千四百人、これは本来の本務を小、中、高のいずれかに置いて異なる学校へ行って勤務をしておるというのがただいま申し上げた数字でございます。
#226
○小笠原貞子君 いまお答えになった、産休がおもである、また、もう一方のほうでは本務は学校にちゃんとあって、そしてほかに出て行くということをおっしゃっておりますが、そのほかの講師というものがありますか、ないですか。
#227
○説明員(岩田俊一君) 常勤の講師という職種はございますけれども、ただいま御指摘のような臨時的な講師ということの詳細は存じておりません。
#228
○小笠原貞子君 常勤の講師というのと、それから臨時的な講師というのとの区別ですね。
#229
○説明員(岩田俊一君) 臨時的な講師と常勤の講師とはただ、いままで任用の期間が臨時に限られておるかどうかという違いが主たるものであるかと思います。
#230
○小笠原貞子君 それじゃ、常勤の場合ですね。たとえば一年間ずっと常勤をしているというような場合に、一年間というのを区切らないで、三カ月ごとに区切るというような区切り方で臨時講師というようなことが行なわれているでしょうか。
#231
○説明員(岩田俊一君) たとえば、ただいま申し上げたのはまさに産休の問題でございまして、産前産後六週間の合計十二週間に該当するもの、三カ月ぐらいになると思いますが、それが臨時的に講師として採用されるということがあり得るというわけでございます。
#232
○小笠原貞子君 それでは、その臨時講師も講師も含めまして、その身分というのはどういうふうな身分になっているでしょうか。
#233
○説明員(岩田俊一君) いずれも期間が限定されておるかないかという違いでございまして、教育公務員であることに変わりはございません。
#234
○小笠原貞子君 いま、私いろいろ伺ったんですけれども、実はこれがいまの教育の上で講師が果たしている役割りというのは非常に多いということから、これの実態を調べたいと思って高知県へおととい行ってきたわけなんです。行って調べてみますと、いまおっしゃったような産休の講師という、臨時講師ではなくて、普通の先生と同じ仕事をして、ずっと一年なら一年やっているというようなものが、みんな講師という身分で行なわれているわけなんですね。そういうのが非常に多い。高知県で調べましたら、四百人の臨時講師がいて、そしていままでの先生と同じような仕事を、産休の補助教員というのじゃなくして、同じような先生一としての仕事をやっている。それが五年ないし七年というふうに非常に長い期間にわたってやられている先生があると、こういうわけなんです。その講師の方々の希望というのが、何としてもやはり自分たちが臨時講師的な立場で教育するというのではなくして、ほんとうに教師と同じように、一年をずっと続けてやるとかというような仕事があるわけなんですから、だからその辺のところをきちっと教育者として身分を安定させてほしい、こういう願いが非常に多かったわけなんですね。そういうことで私は臨時講師の問題というのを、この法案をおつくりになるときに、そういうようないろいろな臨時講師というような形で身分不安定のままで置かれているというような状態もお考えになったのかどうかということを伺ったわけなんです。そういうような産休以外の、また本務をちゃんとした学校に持っていて、そうして別な学校へ臨時講師としていくというようなのは、これは普通の講師とか臨時講師の方ですが、そうではなくして、全く同じような教師としての仕事をしながらほっておかれて、そうして任用にもならない、免状はちゃんと持っているというような人たちがいるということを御存じだったかどうかということを伺いたいのです。
#235
○説明員(岩田俊一君) 指定統計の上におきましては、ただいま仰せのような職種の一年限りの分であるとか、あるいは長期にわたるものであるとかいう区別が出ておりませんので、そういうような詳細な実態は存じておりませんけれども、ただいまのお話を伺いまして感じますことは、おそらくそれは一定の期間臨時として採用し、あとまた教員に切りかえていくというような運用があるいは行なわれているかという疑念をいま抱いたわけでございますけれども、いずれにいたしましても、この法律の趣旨は一年区切り、あるいは二年で区切るとを問わず、学校に置かるべきところの職の総数につきまして定数を定めるものであります。その職の埋め方としまして、臨時的なものをもって一年間で埋めるか、あるいは通常の状態のごとく、最初から教員として発令をして埋めるかということは、これは人事運用上の問題でございまして、定数の上でそういう区別をしなければならぬという、その上の配慮をしなければならぬというものではない、そういうふうに思います。
#236
○小笠原貞子君 そこで、産休の場合でもけっこうです。二カ月、三カ月のわずかの期間でもいいのですけれども、そういう講師が赴任していくときですが、赴任していくときの旅費が全く出されていないというのです、事実として。だから、たとえばよそへ赴任していくその旅費というのを全然もらっていかない。もらえない。それで向こうで二カ月なら二カ月をおつとめをして、また帰りに自分で払わなければならないわけですね。それが東京都内のようにお隣というわけにはいかない。相当の距離があるのですよ。これがもう非常に個人的な負担になって、これは生活上の問題になっている、こういうことなんです。こういう実態について御存じなのかどうか。そうしてこういうのを、赴任の旅費、当然教師として必要な職場に配置しなければならないとすれば、これは当然出すべきであるというふうに考えていいのじゃないかと思うのですけれども、そういう点について、ひとつ最後のほうは、こういう問題があるという事実の上に立って大臣はどう考えていらっしゃるのかということを、最後にお答えいただきたいと思います。
#237
○政府委員(宮地茂君) 大臣にあとからお答えいただくとしまして、事務的な面を先にお答えいたします。
 私どもあまり詳細な実態を存じていないわけですが、産休教員を任用いたします場合、大体の県といたしましては、その県内の地区を限りまして、当人が生活の本拠にいたしております住居地を転ずることなく学校に勤務できる、その範囲内で行なうことを原則として、幾つかの地区に分けて、産休教員、いわゆる臨時の教員の任用をやっておるのが各県の一般的な考え方であり、やり方のようでございます。しかしながら、いま先生が直接高知県に行ってお調べになられたという点、私ども詳細を存じておりませんので、それに対して直接お答えすることができませんが、まあ、考え方といたしますれば、生活の本拠を離れて、相当離れた地域にいわゆる赴任をしていって、相当の旅費を要するのに、生活の本拠地を離れないでもいけるといったような考え方だけで旅費を支給しないということはあまり適当なことではなかろうかと存じます。
#238
○国務大臣(坂田道太君) ただいま局長からお答えを申し上げましたのを聞いておりますと、実態が実はよく私もわからないのでございます。しかし、文部省の方針としては、産休代替要員の確保というのは、地域的に大体自分の自宅からそう遠くない所ということの前提があるようでございます。そうだとすると、従来は赴任についてのいろいろな費用とかいうものを払っていないということもわかるわけでございますけれども、そうでなくて、遠い所までも赴任をするということであれば、やはりそれには何らかのことを考えてあげるのが至当であるというふうに私は考えます。
#239
○小笠原貞子君 それで、臨時講師というのが、先ほど言いましたように、数で相当数あるわけですね。たとえば産休の教員にしても、それからそれ以外で臨時という名前を使われて、そしていつでも首切れるようなそういう要員にして現在クッションにされているわけなんです。そういう人たちの立場というのを考えてみますと、やはりこれは教育者としての任務を果たしてもらわなければならない。それが赴任旅費もいままで出されなかったとか、身分が全く安定していなかったというようなことで、このままでいいのかどうかということなんです。そういう教師たちに対して、文部省としてはどう考え、今後どうしたいというように、方針を立てようとされるかどうかということを実はお聞きしたいわけなんです。私が行きましたら、その臨時講師をずっとやっていたという方がたくさん出てくだすったのです。その一人の、まだ若い方ですけれども、学校を出て五年半になるのですが、その間ずっと五年半身分不安定の臨時講師という仕事をやっていて、そして通算で五年半で、一年四カ月しか働けなかった、臨時でいっているという通算をしますと。そうすると五年半という間に一年四カ月しか教師としての生活ができないということは、これは一つに生活問題にもかかってくるというふうに考えていかなければならないと思うのです。それが五年半ぐらいだとまだいいほうで、ひどいのになりますと七年、八年、こういうような長い間臨時講師で、もう結局定員が足りないところにいって、たらい回しになっている。こういう実情なんですね。そうしてある方では五年間に十校、ひどい人では十五校からというような、転々と、ほんとうにその場その場で動かされているわけなんです。そうすると財政的な面だとか、人員のワクの面から考えればそれもいたしかたない、こういう答えが出てくるかもしれませんけれども、その先生自身が教師としての仕事をやっていきたいというときに、こういうことをほうっておいていいのかどうかということですね。そうすると、やっぱり私が言いたいのは、この定数法で出されてている数というのが非常に少ない。ここに原因があってこういうものがっくり出されているんだ、こういうふうに考えざるを得ないわけなんです。その人たちは決して、先ほど鈴木委員から言われたように、免許状がなくて無免許の教育をやるというのじゃなくて、学校を出て、免許状をちゃんと持って、そして普通の教師と同じ仕事をしている。全くそういう資格を持って同じ仕事をやっていながら、こういうふうに身分不安定のままで何年もほうっておかれて、しかもあちこちに臨時講師に回されるというふうな事実を考えますと、私は非常にこれは大きな問題として考えていただかなければならないと思うんです。本人たちにすれば、いつまでたっても任用にならない。どうしても任用してもらわなければ自分の生活も困るし、教育者としての仕事をやっていけないということで、初めはじっと黙っていたというのですね。そのうち一生懸命やれば任用されるだろう。ところがなかなか任用されないから教育委員会のほうに行って、もう七年もこうやってほうって置かれている。一体どうやったら任用してもらえるだろうかと聞きましたら、黙っていては任用されない。やはりそれなりの運動をしなければ任用にならないという答えが返ってきた。ということは教育の面でいま問題になっておりますいろいろな汚職の問題をつくるような原因をつくっておきながら、こういうことをそのままに置いておくことは、いろいろな事件を引き起こすということになると思うのです。そういう面からこの臨時講師の身分の問題だとか、そういうような任用できないで、そのままほうって置かれたままで教育を担当させるというようなこの臨時講師の問題のことについて、一体どういうように今後善処していきたい、是正していきたいというふうに具体的にお考えいただけるかどうか、そのことを伺いたいと思うのです。
#240
○国務大臣(坂田道太君) お尋ねするのは悪いかもしれませんが、ちょっとお教えを願いたいのですけれども、それは僻地ですか、それともそうでなくて高知県の一般のところでしょうか。
#241
○小笠原貞子君 高知市ではありません。しかし何級地の僻地というようなところでもないわけです。
#242
○政府委員(宮地茂君) 小笠原先生が実態を御調査の上の御質問でございますが、私ども実態を十分存じませんので、一般的な考え方としてお答えいたしたいと思います。
 やはり産休の代替教員でありますれば、これは産前産後の期間というものがございますから、あくまでこれは臨時に任期を限って採用する職員であるという形はいかんともいたしがたいと思います。しかしながら、いま御指摘のように、この標準法でもっともっと――小学校でございますれば、担任外の教員数が相当豊富にございますれば、産休で先生方が二、三カ月お休みになるのに、わざわざ代替教員を雇わなくともよくなるという理屈は出てこようかと思います。そういった意味では、この標準法でそういうようなことを考えれば、産休教員はそれで消えるということも一つの考えだと思います。しかしながら、現状におきましては、それはよい悪いは別にいたしまして、先ほど来申し上げておりますように、必ずしも十分でない点もございますが、今回の第三次五カ年計画を始めたということでございます。そこで産休教員はあくまでも臨時ではございますが、本人ができることならば一般教員になりたいという御希望があるとしますれば、これは別に変な意味の運動ということでなくして、産休教員として就職したいということでなくて、一般の教員として就職したい、これは年度末、あるいは年度初めの人事におきまして、それぞれ各県で選考試験もいたすことでございますから、成規の手続をとって、一般教員の採用ということの手続をとる必要があろうかと思います。いずれにしましてもこれは一般的な考え方でございますので、いま先生が実態を調べられて、特に個々人にはそう一般論では言えない特別の理由もあろうかと存じますので、私のほうも高知県にも尋ねまして、一般的な考え方と、極端に違った考え方で高知県独自でなされておるとしますれば、その点は十分指導もいたしたい、こういうように考えます。
#243
○小笠原貞子君 実は私高知に行ってきたから、高知での具体的なお話をしたほうがいいと思ったのですけれども、決して高知だけのことではないのですね。全国的にこの臨時講師という問題は非常にいま大きな問題に私はなってきていると思うのです。たまたま高知というのは非常に反動教育で有名なところですから、これがぱっと出てきているという点では一番標本になると思って申し上げたわけですけれども、私はそういう実態を聞きまして、やはり当然赴任旅費ですね、この旅費を出すというようなことは、当然出すべきであるというように御指導もいただきたいし、いまおっしゃったように、当然その人たちは試験を受けて、任用をされたいということで一生懸命努力しているというようなのが、いつまでもほうって置かれているという実態だとか、それから先ほどもちょっと言いましたけれども、たとえば一年ずっとつとめている常勤講師の場合は一年つとめているという形をとらないのですね。一学期ごとに区別しちゃって、八月というのは休みだからこの間は抜かしちゃって給料出さなくてもいいというような、全くその辺の町工場か何かで、ずっと何年も使いながら一月ごとの契約で臨時工としてつないでいくというようなやり方が教育面でも出ているというようなことは、私はやはりこれは文部省自体がそういうふうな指導をしていらっしゃるかということについて責任を感じていただきたいと、こう思うわけなんです。そのことについて早急に調査もしていただいて、御照会もいただいて、この問題について適当な対策、考え方を出していただきたいと思うのですけれども、善処しますと言うだけではなくて、具体的にそういうような問題について、文部省はこういうふうに考えているのだということで出していただけるでしょうか。どうですか。大学問題で忙しいと思いますけれども。
#244
○国務大臣(坂田道太君) いやいや、それは何でもやらなければならないのですが、こういう問題につきまして、いま御指摘があったわけでございますが、やはり実態をよく見ないと何とも私としても考えが出てまいりません。でございますけれども、御指摘がありましたわけでございますから、十分調査をいたしまして、これに対する考え方をこの次の機会に申し上げたいと思います。
#245
○小笠原貞子君 確かに実態を調査しなければということがあると思うのです。私も実態調査するために行ったのですが、たとえば県教委なら県教委へ行って、どういう理由だと言うと、こうすらすらと答えるのですね。ところが現場の人たちは、実際を見てみるとうそなんですよ、そのことが。だから御調査なさるときには、県教委なら県教委、文部省の筋から御調査なさると一緒に、そこで一番問題をかかえて、たとえばそこに教職員組合というのがこの問題をかかえているのですから、そういう両面から客観的に調査なさるというようなことをなさらないと、もう一方的に非常に官僚的な立場でのお答えしか出てこないと思うので、その点ひとつ御配慮いただいて実際をつかんでいただきたい。そして早急に善処していただきたい、そう思うわけです。
 それから次に、やはり何といっても、この定数法でいきまして人数が足りない、十分な教育ができないということは私たち言っていたわけなんです。そういう人数も足りない中で、非常に僻地校なんかもかかえてという日本全体から考えてみますと、これはもう相当に効果をあげるような教員の配置等、適正な配置と書かれておりますけれども、そういうことも考えられなければならないと思うのです。そこでまた文部省にこれをお伺いしたいと思うのですけれども、その人事異動ですね、効果をあげるための人事異動というようなことが方々で行なわれていると思うのですけれども、一体この人事異動そのものをどういうふうに問題を、なぜ人事異動をするか、人事異動によって何をねらってするかというような基本的な考え方というのをまずお伺いしたいと思います。
#246
○国務大臣(坂田道太君) 結局、僻地の子供たちというものは、なかなか教育環境にも恵まれません。したがいまして、やはりいい先生を得るということが非常に私は大事だと思います。しかし、これはまた一面、人間は何といいますか、なかなか家族のことも考える、あるいは子供の教育のことも考えるというようなことでございまして、使命感もありますけれども、それとは別にいろいろなことも考えるわけでございまして、なかなか僻地にも行きたがらないという事情もあります。しかしながら、やはり私は、教育者としては、むしろ進んで僻地に行って、そういう谷間にある、あいは日の当たらないところに使命感を感ずるということこそ教育者としての考えもあるわけでございまして、大多数の人たちはそういう気持ちで赴任をされるものだと確信をしておるわけであります。まあそういうわけでございますが、実際上の人事行政としては、僻地に行きたがらない、あるいは僻地から早く帰りたいという、そうして大体都会に集中をしたいと、こういうことになるわけなんです。それからまた、戦後の仕組みといたしまして、本人の意思に反していろいろ右から左に人事行政をやれるような状況でございません。この点も考えましたときに、なかなかその県全体としてうまく人事行政をやるということに非常に困難があるということはお認めいただけるだろうと思うわけでございます。そういうような意味合いから、いろいろ期待するような効果はあがっておらないと思いますけれども、どんなにいい先生でございましょうとも、一つところにあまり長くおるという場合は、そこがまた悪い環境のところであった場合はくさってしまうと、そうしてその人の教育的な意欲をそこなってしまうということもありましょうし、あるいはまた、あまり長くそこにおってその地域と結びつき過ぎてへんてこりんな利害関係で動くというようなことになりますと、これまた教育上よくないということで、やはりある程度の期間でかわるということは大事なことではないかと、そういうようなことを考えて、合理的にやはり人事行政というものが行なわれなければならないと、かように私は一般論としては考えております。
#247
○小笠原貞子君 一般論としてのお答えはそういうお答えになると思うのです。実は去年の九月ですか、この文教委員会で、人勧が出たときに、大臣は灘尾大臣でしたけれども、高知の人事異動というのが全くいまの御答弁に反した人事異動になっているのです。教育効果をあげるどころか教育の破壊をつくり出している人事異動だと。そうしてまた、飛ばし方もたいへんな飛ばし方だから、こういうことについてどう考えるかということで、そのときに文部省としても、そういう問題について、まあいまの宮地局長おっしゃったように、実態がまずわからないからよく見てみていろいろとそういう点は改善するようにしたいというようなお答えがあったのですが、そのあとですね、もうだいぶ時間がたっていますけれども、文部省が全般的に、いま問題になっています人事異動について、実態というものがどうなんだということを御調査になったことがあるのかですよ、もしなければ、御調査なさるおつもりがあるのかどうか。そこちょっと簡単にお答えいただきたいと思います。
#248
○政府委員(宮地茂君) 調査をいたしております。
#249
○小笠原貞子君 調査いたしておりまして、その調査の結果、おおむね人事異動の効果があがっていると、そういうふうにごらんになっていますか。相当の問題があるというふうに結果的にはごらんになっているでしょうか。
#250
○政府委員(宮地茂君) これ教育効果というのはなかなか測定いたしがたいので、この実態調査はいたしておりますが、それを分析して、どの程度の効果があがったかということはなかなか形として統計の数字としてはむずかしゅうございますので、御質問のような、こういう効果があがっておりますといった結果は出しておりません。
#251
○小笠原貞子君 教育効果はなかなかこれは判断むずかしいと思いますが、はっきり人事交流と配置転換されるというのを調べられましてね、これは非常に教育を破壊する危険性があると、教育をこれから進める上ではプラスどころかマイナスだというような点を調査の中からおつかみになりましたでしょうか、そういう点がありましたでしょうか。
#252
○国務大臣(坂田道太君) たとえば福岡県なんかでは、まあ小笠原先生もおそらく御承知だと思いますけれども、あるところでは非常に余っている、あるいは豊かであると。だけれども、あるところでは非常に不足をしておるというようなことがあるということは私も承知をいたしております。というのは、私も文教委員として視察に行ったことがございますので、現地でそういうことを聞かされました。
#253
○小笠原貞子君 先ほど局長調査されたとおっしゃったわけですよね、その人事異動の問題について。そうして、具体的に効果があがっているというのはすぐには即断できないむずかしさがあるとおっしゃる。それはわかるのですよ。だけれども、もしほんとうに調査されたとすれば、たいへんな問題がここで起きているというのはすぐわかるのですよ。それが結果的にはっきり出せないというのは、その調査というのが一体どういう調査でやられているのかということをちょっと私は不満に思うわけなんです。実際の調査になっていないのじゃないかということなんです。それは一々お答えいただくのは時間がたちますからやめますけれども、私やっぱり高知へ行ったときに、去年から、私はここの文教委員になったときからそれを問題にしていたので、今度またそのことを伺ったわけなんです。そうすると人事交流という――僻地をかかえているんだから、相当むずかしい困難な問題があるということは確かにあるんです。しかし、さっき大臣のことばの中にも、行きたがらないということばが出てましたよ。それから、この前中村委員の発言されたときに、その配置がえするときに、もうそんなものはいやだというので先生方が拒否する。そして子供たちまで使って署名運動をやらせて、そういう実態を見ている子供たちがいまのゲバ棒の学生になるという飛躍的な発言をなさっているわけです。それもまた私気になったわけですけれども、決して教員たち行きたがっていないんじゃないんです。それは、たとえば四国なら四国を見れば、半分ぐらい僻地を持っているわけです。自分が町の中だけにいようと思ったら、だれかがいつも僻地でなきゃならない。これは、決して教師というものが好んでいることじゃない。やはりそれなりに教師は、自分の教師としての誇りを持っている人たちなんだというふうに、教師を信頼した目で教育行政をやってもらいたいということが私が言いたいことなんです。そこで人事異動の問題で、どういうことが起こっているかということですよね。そのことを調べてみますと、ことし、これも高知県下ですけれども、五千九百四十二人の教員のうちで、小、中ですと千七百三十二人が人事交流でほうぼう飛ばされているわけです。その中で一つの問題は、完全に不当労働行為ですね。教員組合をやつていた、そして三月段階で選任されて組合長になり、そして副組合長なり、書記長になったというような人たちが、もう全く理由が足らないような理由で組織外のところへ飛ばしているというような問題があるんです。これはまたあとでいろいろ伺っていきたいと思いますけれども、一番私が聞いてびっくりしましたのは、教育者としての人権が全くひどいところまで追い詰められているということなんです。教育というものは、そもそもどういう子供たちをつくるか、崇高なそういうもうほんとうに人間として誇りを持った仕事である。しかし、それをすべき先生に対してこんなひどい交流人事、配置ですね。こういうのが、やがてほんとうに教育者としてこれでやっていけるかどうか。これは、もう教育問題以前の人権問題だというのがいっぱい出てきたわけなんです。その方たちが出てきて話をされたわけなんです。
 たとえば五十七歳の弘田さんという先生なんですけれども、先生は高年齢だから退職勧奨受けるんです。これも一つ大きな問題ですよね。教育をしようとする意思があって、そして実際にやらなければならないというのに、いま盛んに退職勧奨をやられている。退職勧奨をはねのけて自分はつとめなきゃならないというのに、その先生たちが今度飛ばされたのが一体どういうところに飛ばされたか調べてみたのです。そしたら、自分のうちから高知の駅まで三十分歩いて、朝早いからバスもないから歩かなきゃならない。そして二時間汽車に乗って岩原というところにおりる。そして、行くときには荷物なんか持って歩けないから、ナップザックしょっていくんです、五十七歳の先生が。そして岩原という駅におりたら、そこでズックぐつにはきかえて、そしてつえをついて急坂を五十分登るというんです。そういうところへ飛ばされた。これ一体どういうための人事配置かということですね。僻地でももっと平たん地があるわけなんです。そういうところに飛ばされて、その飛ばされていった学校というのは、前におつとめになった女の先生も、健康上これはとってもたまらないというので休職からおやめになった方、また病気におなりになったというような、こういうような事実が出てくるし、それから、たくさんの例は申し上げられませんけれども、たとえば若い女の先生でしたけれども、正岡さんとおっしゃいましたけれども、だんなさんが病気で休職して、自分が生活をしょいながら、また教師として子供たちと一緒にこれからやっていきたい、そういう希望があったが、からだが悪くなっている。ひどい生理痛だ、そしてその生理痛のために見てもらったら子宮筋腫ということで、子宮筋腫の手術もしたけれども、それが決して簡単に治るものじゃなくて、二度手術した。今度また三度目の手術をしなければならない。その間、御承知のように、非常に出血をいたします。相当出血するわけです。これが病院から離れたところに行ったら、もう死ねというのと同じことなんです。それが今度私から言わせれば、不当配転ということがやられている。一体どういうところへ行ったらお医者さんがいるのか、お医者さんがいるのは九里も離れた町に行かなければならない。そういうことが出ているわけです。また、この人は別に町へ行きたいと言っているのではない。越知町という離れた町ですけれども。だから決して高知へ行きたいと騒いでいるのではなくて、自分の病気を見てもらえるお医者さんのあるところへという場合でも、こういう配置というものが行なわれているということが出ているわけです。
 それから、若い三十前の先生が高血圧で、下が百四十、上が二百四十だ。それもまた医者のないところへ飛ばされている。健康ならばまだがまんできると思えるような、別居配転や夫婦、家族別れるということなら、まだ健康だからがまんするということがあるとしても、こういう病人をこのままほうって置いたらほんとうに死ななければならないような、こういう事態を無視して配転が行なわれているということですね。こういうことは私はいま始まったことじゃないというふうに見ておるのです。事実そうなんです。高知の場合だけ考えても、それが文部省のほうで調査しても別に問題が考えられていなかったというふうなことで、一体文部省はこういう問題、高知全体のまず健康を守るという、人間を守るという立場だけから考えてもたいへんなことなのに、その辺すら、調査はしました、問題はありませんというようなことになるのは一体どういうことなのか。実際の調査――そういうようなことで実際問題何もおつかみにならなかったのですか、宮地局長まずどうですか。
#254
○政府委員(宮地茂君) いま先生がおっしゃいましたような、子宮筋腫とかいろいろなそういった種類についての病状についてまで私どもは調査をしておりません。先ほど、調査をいたしましたが問題は起こっておりませんとは申し上げておりません。調査はいたしましたが、教育効果といった御質問でございましたから、そういったことは測定いたしかねるので、いたしておりませんと申し上げました。先生は直接お調べになられたわけでございますが、私どものほうは状況を存じません。別に先生を信じないということではございませんが、状態を存じませんので、一般的なお答えになりますが、やはり人事異動をいたします場合に、先ほど大臣からもお話がありましたように、各県で任用基準というものをつくっております。特に高知県だけではないと思いますが、いま高知の例でございますが、申し上げますと、一般的に言いまして、やはり僻地には先生先ほどおっしゃいましたように、飛ばされたといったようなことばが、それは普通言われますように、飛ばされたと思うようなところへはみんな行きたくないのです。都会地へ飛ばされたということばは普通ございませんで、やはり医者がいないところとか、僻地のようなところへやられると、飛ばされるという日本語が使われるわけでございます。そういうことで一般的にそういう飛ばされたというようなところへはみな行きたがらないのが人情の常と思います。しかし学校は僻地にもございますので、やはり県といたしましては、県内の人事をやります場合に、ある程度の本人の希望を聞くことはもちろん重要ですが、本人の希望しないようなととろにも行ってもらわなければ困るというようなことが一般論として出ると思います。しかしながら、いま御指摘のように、もうそこへ行くことは死ねというにひとしいといったようなことを承知の上でやるということは、これは事実とすれば私は先生から言われるまでもなく、これはよくないことだと思います。はたして高知県が死ねというほど、そういう事実を知った上でやったのかどうか、これは十分調べまして、高知県も十分承知の上でやったというなら、これは即時にでも直してもらう必要があると思いますが、これ高知県とも相談いたしまして、先生調査してきていらっしゃるようですから、そういうこともあとからまたお聞かせいただきまして、十分調査いたしたいと思っております。
#255
○小笠原貞子君 高知高知といいますけれどもね、高知なんというのはものすごく有名なんですよ。それは専門家の皆さんのほうが御存じだと思う。これはもうミサイル人事などと言われています。全部資料を差し上げますけれどもね。たとえばここからここへ飛んでいるでしょう。こっちからこっちのほうへ全く端から端まで。それで一回飛ばされたというんじゃないんですよ。この人は二十二年間に十三回、これはまだいいほうなんです。この人は十五年間に十一回飛ばされておる、こういうようなたいへんなミサイル人事というのがやられている。それは去年も言ったのですよ、ここの委員会のときに。そういうことをやっぱりほんとうに調べてほしいと思いますね。こういうことが許されていて、ほんとうに数だけ見まして、去年よりよくなって、またこの次はよくなるということでは――私はほんとうに一人々々に会って涙が出てしまいました。これは一日おくれればばったりいっちゃうかもしれないのですから、早急に大臣の責任で――この間警官が一人殺された、これはたいへんだと、ほんとうにたいへんな顔をしていらっしゃいましたが、私、ほんとうに何人も危ないという人がいますから、きょう早急に手を打っていただきたいと思ってお願いしているわけです。
 それから、飛ばされたというふうな、確かにそういう印象を受けるというのは一体何かということなんです。そしてほんとうに僻地の子供にもまさに教育を受ける権利があるわけですから、だから交流して、そしていい先生に僻地に来てもらって、教育を受ける権利というものは子供たちに当然許されなければならない。なぜ飛ばされたということが言われるかと調べてみますと、御承知のように、いまからだのほうで言いましたけれども、住宅の問題というのが、またひどいんですよ、これ。どういう所にいるかと言ったら、町のお店屋さんの冷蔵庫の隣の地下室に住んでいて、七分おきにゥゥッとモーターが鳴って、そして水がぼたぼた落ちて、ふとんがしめっている。そこに教員を入れている。それからまた今度は四国――特に多いのは高知で、避病院に入っているんですよ。これは資料をまた差し上げてもいいのですが、避病院をベニヤ一枚で仕切って、そして入れているというようなことです。そして水をくみにいくのに、三百メートル行かなければならない。とにかく家がないから、その宿直室に先生が寝なければならない。先生が宿直室に寝れば、電話がジーンジーンと鳴れば学校で、ジーンジーンジーンと鳴ればだれそれさんですよ、寝ながら全部電話交換をやらなければならない。そういう所があるわけです。だからほんとうに僻地の教育ということを真剣にお考えになるならば、先生たちが僻地の子供たちにいい教育をしようという意味で、自分で行けるような条件をまずつくってくださらないと、先生方だけに行きたがらないというような見方をされて、私はほんとうに問題だと思うのです。だからそういうことを考えますと、この住宅事情というものも、去年も私、人勧のときにやっぱり伺いました。先ほど川村先生のほうからも資料で請求なさっていましたが、教員の全国的な住宅というようなものがどういうふうに実態として掌握されているのかどうか。その辺のところも現在まででおわかりになっていたら伺わせていただきたいと思います。
#256
○国務大臣(坂田道太君) 非常に極端な、それでも事実のお話だと思うのですけれども、いや、それでも僻地の中にも非常にいいところもあるし、それからまた地元の人で、自分の家庭を提供して、そしてこういうところに来てくださった先生だからということで、非常にやっているところもまた日本国じゅうだいぶあると思うんですよ。ですから一がいに――先生のことは申しませんけれども、やはりわれわれの行政としましては、そううような教育環境を一日も早くなくしていくという方向に進まなければならぬということで、僻地教育振興法案もつくりますし、それから予算も細細ながら前進を続けてきている。あるいは教員住宅というようなものもつくるということにきているわけです。ただ、さっきのお話ばかりを伺いますと、全体の僻地がそういうものであって、何かわれわれ文部省のほうが全く悪い行政ばっかりをやっているというふうに思われますので、私たちもそういうことがないように、これからつとめてまいりたいと思いますけれども、まず実態を早く調査して、それを認識するということが私は大事だと思います。
#257
○小笠原貞子君 私もその答弁を聞いていますと、非常に財政的にワクがあって定数はこれだけで押えなければならないという、いつでも財政がひっかかっているということはわかっているわけです。ですから、いきなり教員住宅をすぐ建てろ、こういう予算をとれ、こういう公式的なことを言っているわけじゃないです。いま大臣が言われたように、こういう先生が僻地に行くのだ、そうすると、受け入れる市町村で、こういう先生が行くから住宅事情がこうだから、何とか町で、村で協力してやってくれないかということは、当然教育委員会なりがすべき仕事だと思うのですよ。そういうふうにして、住宅事情の困難な中でも善処できる手が一ぱいあるじゃないか。そういうことをほっといて、それで先生方は行きたがらないいうことではやはり片手落ちだと、こういうふうに考えるわけなんですね。それでこういうような実情というのがどう聞いてもえらい方のほうはわからないと思いますけれども、やはり県教委なんかにいったって、教育長は実際まだ行っていませんよ。知事に会いましたら、知事も知らないのですね。へえ、そんなところあるのかと、そういうようなわけなんです。だからやっていることが全部机の上でやられておるから、こういうたいへんなことが出てくる。だからそこで、やはり教員の日教組とでも、組織と話し合って、そうしてほんとうに民主的なルールというものをつくっていって解決しなければならないと、そう思うわけなんです。決して僻地へ行きたがらないというのじゃない。やはり現実に、こういう場合だけれども、僻地のこういう点を改善してもらったら自分たちは行って教育をやりたいという、そういう誇りを持った先生がたくさんいるのだということを申し上げたいわけなんです。
 それからまた、ついでに、高知でもう一つ言いますけれども、今度は学校のたとえば専科教師の問題が出ましたよ。ここでやっと専科教師の分としてふやしていただいても、これが適正に配置されなければ結局どうにもならないことなんです。この適正配置という面から考えても、聞いてみましたら、たとえば県下でベテランの音楽専科教師が今度の人事異動で一つの学校に三人集ってしまった。理科の専科教師になれる方五人が一つの学校にまとまってしまった。全く考えられないようなことがここで行なわれているということも、私は申し上げておきたいと思います。その辺のところも実態としてお調べいただいて、適切な指導をしていただきたい。こんなばかなやり方というのはないと思うのですよ、専科教師が足りないという中で。
 それからもう一つは、たとえば、こういうのがありました。校長を含めて四人しかいない学校で、全員今度異動しているのですね。それから校長を含めて九人の先生方のうち、六人出しているのですよ。それからまた校長を含めて六人のところで、五人まで全部異動さしている。こういうたいへんなことを実際やられているわけです。
 それで、今度は僻地じゃなくて高知市の場合ですけれども、ここで一宮小学校というのがあるのですね。そこで組合員でない非組合員の先生が子供をなぐってしまった。いすでなぐったとかどうとかいうことで、暴力事件が起きたわけです。それでその先生が、自分はたいへん悪かった、こういうことをやったから悪かったからといって自己批判をして、そうして教員たちでこれをどういうふうに解決していこうかということをやって解決をしようとしていたときに、結果的にどうなったかといったら、裁判の――市のほうで調査委員会みたいなようなものを設けられて、参考人を呼ばれたのですね。そうすると、ほんとうにその先生が自分で暴力をふるってたいへんまずかったと思う、今後そういうことがないようにと、話し合いの中でこの過ちを教育的に今度はプラスにしていこうというそういうまとまりができて、これは一つの過ちが発展する一つの要素にもなっていい結果になりそうなときに、呼ばれた先生が、いや、そういう事実はなかった、暴力事件はなかった、そうしてほんとうにその暴力事件があった、事実なんだと、ほんとうのことを言った人が飛ばされてしまって、そうして裁判でいえば、にせ証言をやった人がその学校に置かれている。そうして十四人のうち十一人までが高知市外にみんな飛ばされてしまって、そうしておかあさんたちはこれは非常に子供たちの教育上憂慮すべきことだ、子供も、うそつき校長だ、うそつき先生だという不信を感じているわけですね。こういうようなことも行なわれているという事実。もういってみれば、たいへんな問題をかかえているところなんです。
 こういうようなたいへんな問題を文部当局として適当な指導をしていただかなければ、ほんとうにこれだけの少ない定数しか今度もワクとして出されていないわけですから、この辺のところは私はどうしてもたいへんな問題だと思うわけです。こういうような問題がそのままになおざりにされて、そうして放置されたままでこれから教育というものが続けられていくならば、数が足りない上にこういう問題はますます私は大きな問題になってくるだろう。そうしてそういう問題が、ひいては今度の大阪の汚職にも関係するし、愛媛だの奈良だのいろいろな問題が出てくるわけです。だからそういう点についてもぜひ善処していただきたいし、こういう問題を非常に大事な問題として取り上げて解決への道を進んでいただきたいと、そう思うわけなんです。そういう点について今後定数法というものを、ほんとうにこの定数の中で充実した教育をするために真剣に考えていただくというそういう決意ですね、ほんとうにやっていただくというようなはっきりした所信のほどをお伺いしておきたいと思います。それで終わりにしたいと思います。
#258
○国務大臣(坂田道太君) 人事行政をうまくやる、実情をちゃんと調査をしてやるというようなことにつきましては、私ども十分考えてみたいと思っております。
#259
○委員長(久保勘一君) 本案に対する本日の質疑は、この程度にいたします。
    ―――――――――――――
#260
○委員長(久保勘一君) 教育、文化及び学術に関する調査を議題といたします。
 政府側から坂田文部大臣、宮地初等中等教育局長、以上の方々が出席いたしております。
 本件について質疑の申し出がございますので、これを許します。安永君。
#261
○安永英雄君 いまもちょっとお話が出たんですけれども、大阪において人事問題をめぐって汚職ということで、柏原教育長自殺をされた、こういった非常にショッキングな問題が惹起しておりますが、しかし、自殺をされたというそのショッキングな問題と同時に、教育界についての国民の不信、こういった目が注がれていることは事実であります。したがって、私は、大阪あるいは愛媛、こういった問題について人事行政のひずみをただしたい、あるいはまた行政全般についての問題について、文部省の意向なり、あるいは今後の措置とか、こういったものについて質問をしたいと思います。
 そこでまずお聞きしたいのは、ずっとさかのぼらぬでいいのですが、三月以降、教育関係内で起こった汚職について、検察当局が捜査を行なっておるというこの事件の件数について、あるいはまたその件数について概略の内容を説明してほしいと思います。三月以降でけっこうです。
#262
○政府委員(宮地茂君) 順序不同になりますが、いま例を出されました大阪市の教育委員会関係の問題が一件ございます。これは市教委の教務部長、指導部長等が管下の校長、教頭等、教職員人事につきまして金品を受け取ったという容疑で捜査され、また逮捕されておる事件でございます。
 それからいま一つは、愛媛県の前松山教育事務所長をしておりました篠原某が、やはり管下の教員の異動につきまして金品を受け取ったということで、三月十五日に逮捕され、その後起訴されておる事件がございます。
 その二件で、あとは三月以前の問題もございますが、一応三月以降、私ども承知いたしておりますのは二件でございます。
#263
○安永英雄君 私の握っていると言いますか、調査した範囲では二件どころの騒ぎではないわけです。これを逐一私いまから説明をしていきます。
 そこで、大阪の問題をめぐってまだ調査なり、あるいは文部省のこの事件についての分析等が出ていないかもしれませんけれども、こういったこの人事汚職、こういったものが出てくるよってくる要因、こういったものはどんなふうに把握しておられますか。
#264
○政府委員(宮地茂君) この人事関係のいわゆる汚職、不正事件でございますが、この問題につきましてはいろいろ原因はあろうかと思いますが、一番大きな、また終局の理由といたしましては、やはり教職員関係者の道義感に反するモラルの問題が第一番の問題であろうと思います。もちろんモラルの問題にも関連いたしますけれども、人事行政上当人がそういう誘惑を受け、あるいは他のものがそういう相手方に金品を贈ることによってある目的が達成されると感ずる一般的な人事行政上の、人事行政の運用上の点にも問題があろうかと思います。大体大まかに申しましてそういう点と存じます。
#265
○安永英雄君 私は、いま局長のほうで答えられたことばじりをとるわけじゃないですけれども、私はその中に重要なこの汚職の原因の意味があると思う。あなたの指導についても私そう申し上げたい。いまもおっしゃったように、教職員関係のということばが出てみたり、下から上にわいろを持っていって起こるというふうな把握をしておられる、私はここに非常に問題があると思う。考えてみましても、これはかつて小林委員のほうからも発言があったのですけれども、ごく最近の汚職というのは、考えてみますと福岡のいわゆる付属小学校の問題、あるいは和歌山の付属の問題、あるいは大阪においてもいま逮捕されておるというのは教育行政に携わる者、部長クラス、あるいは校長、園長、あるいは愛媛におきましても出張所長、校長、前校長、あるいは教頭、およそごく最近の汚職で浮かび上がってきておる人物はほとんどといっていいぐらい管理職あるいは行政機関に関係する者です。ここらあたりに文部省の指導というものが私は必要だと思う。常に汚職が出る、あるいは事件が起こると、教職員に対してきびしい通達を流していきます。そうして行政機関に携わる者については一向にそれを指摘するというふうな通達はいままでなかったと思う。すべて教職員です。したがって、やはり行政機関に携わる者あるいは行政機関の末端あるいは管理職、こういった者はたるんでおる、ここに汚職のごく最近の特徴があるし、ごく最近のこの汚職の原因の主たるところだと私は思います。特に行政の中でも人事行政というものから汚職が起こってくるというものについては、これはやっぱり閉鎖的な、そして独善的な人事行政というものが現在行なわれるからそこに汚職の起こっていく原因があると思うし、通達だけで云々とは言いませんけれども、そういった感覚で文部省やあるいは地教委、県教委、こういった行政機関のルールというものの受け取り方というものが敏感に、自分たちは選ばれたものとか自分たちはこういったものには別に注意は受けていない、こういった綱紀粛正のこの効果というものが一つも出ていない、私はそう思っております。こういう原因というものについては、私は現地にも行ったし、いまからそれぞれの事例を私は説明を申し上げ、そして皆さん方の意見を聞きたいと思います。
 いまそちらのほうから把握しておると言われた愛媛の人事汚職の問題であります。これは元県の教育委員会の松山教育事務所長篠原祐一この人に、渡辺という夫婦の先生、これが僻地に行っておった。これがどうしても自分の近くの平地に帰りたい、こういうことで人を介して十万円贈った。これが汚職の実態であります。そうして、本人は希望どおり異動した。こういう事件の内容であります。で、これについて県の教育委員会の措置でありますけれども、この事件の起こった時期は昨年の末でありますけれども、一月の十四日に教育委員会の秘密会を開いて、そこで依願退職を認めたという行為をやっております。ところがこの一月十四日時点ではすでに篠原という所長が金品をもらっておるということは十分知りつつ依願退職を認めておるわけであります。そうして三月の十四日に至って警察が動き出して逮捕された。したがいまして、本人は退職金もすでに受け取っておる、こういう事態も起こっておるわけであります。私は松山に行って教育委員長に、この問題についてどう責任を感ずるのかと――私はいまから言いますが、八つある。警察が全部入って、手をつけておるのがいま八件ある。これだけの汚職をやっておるが、あなたはどうするつもりか、どう責任を感じるか、こう言いましたところ、委員長は平然と、こういうことは全国どこでも起こることなんで、日常茶飯事のようなもので、特にこの汚職を犯した篠原というのはたまたま堕落をしておった、そういうところがら起こった問題である、こういうふうにまず開口一番言われたわけであります。さらに一月の十四日に、すでにもう汚職をしているということが新聞にも書かれて警察も動いている、こういう状態の中で、知っておりながらこれを依願退職にした、こういう問題についてはどう思いますか。これはもう法規上さかのぼりません。しかし、かわいそうだから、あるいは病気だと言ったからと、こういうことで盛んに逃げていくわけでありますけれども、私はここらあたりにこの汚職の根源があるような気がするわけです。
 そこで多少お聞きしたいんですけれども、委員長という立場から代表されて言われたんですけれども、この教育委員会の構成を見てみますというと、委員長の竹葉という方は六十七歳で、もうすでに十三年間教育委員をぶつ続けにやっておられる。菊池という委員さんは七十八歳、これも十三年間ぶっ続けて教育委員をやっておられる。あるいは月原という人は六十五歳、あるいは田中という人は七十歳、高橋という人は七十三歳、こういった年齢構成であるわけです。そこで、私は必ずしも高年齢だから云々ということはないと思いますけれども、私はここで、教育委員さんの、この地方の教育委員のこの選任という問題について、文部省のほうで、これはたしか基準ということでないけれども、こういうことが好ましいということで出されたと思いますけれども、そういった点。この年齢構成、あるいは性別、前年まで女の方がおられたんだけれどもこれをはねのけておるわけでありますけれども、年齢とか性別とかあるいは経歴とか、こういった問題についてどういう人が教育委員に望ましいのかという問題について、ここで見解を一応聞いてみたいと思う。
#266
○政府委員(宮地茂君) 申し上げるまでもないことかと思いますが、一応法律には、地方教育行政の組織及び運営に関する法律では、その四条に、「委員は、当該地方公共団体の長の被選挙権を有する者で、人格が高潔で、教育、学術及び文化に関し識見を有するもののうちから、地方公共団体の長が、議会の同意を得て、任命する。」ということに相なっております。もちろん続いて欠格条項もございますが、そういう規定以上にはございません。したがいまして、文部省といたしまして、都道府県の教育委員会が、こういう法律に示します観点から議会の同意を得ておやりになる人事でございますので、直接それに容喙がましいことは申すようなことはいたしておりませんが、これは前に衆議院でも非常に平均年齢が、愛媛県の場合は、委員さんの平均年齢が高いのではないかというような御指摘もございました。まあ一がいに平均年齢が高いからどうということではございませんが、一般論といたしますれば、あまり年寄りだけで構成するとかということでなくて、ある程度のバランスをとられることが一般論としては適当であろうかと存じますし、また絶対に男子だけではいけないので、女子は必ず一人以上は入れろというようなこともこれは画一的に過ぎるかとも思いますけれども、そういったような配慮は、これはそれぞれの県におきまして、女子だから委員にしないというようなことがあるとしますれば、これはよろしいことではございません。逆に、女子を一人入れろと、さればといって指導することもいかがかと思いますが、そういうことで、一般的な考え方といたしましてはいろいろ意見もあるところでございますが、ただいま具体的におっしゃいました愛媛県の教育委員の平均年齢云々ということについて、文部省としてこれが適切でないとかということは、まあ私のほうは特に個人的にこの人はどうかということも見当たりませんので、そういった意味での指導は、愛媛県にはいたしておりません。
#267
○安永英雄君 教育委員の選任については、県の権限でありますし、あれですけれども、まあこれは時間がありませんが、いつか私はやってみたいと思うのです。こういった汚職の根源で、やはり私は教育委員の任命制、あるいは公選制という問題にさかのぼらなければこれはならぬ問題じゃないかと思います。私はどうしてもこの知事なり議会、こういったところから、これが指名を受けて議会の承認を受けるというこの手続、これが非常に政治的なひもがついて教育行政の中で非常に不明朗な点が出てくる。これも私は一つの大きな弊害だし、ひいてはこれが私は愛媛の汚職につながっている、こんなふうな気がするのです。特にそういった十何年も続けておる、あるいは議会から圧倒的に支持をされたと、こういったことであぐらをかいておる。そうしてその教育委員のもとにおれば、どんなことをしてもいいんだというふうに思い上がってしまうようなこのルールができている。そこに私は汚職の原因もあるかと思うんです。そこで、愛媛に行って驚いたのですけれども、この松山の出張所長が犯したこの汚職というのは氷山の一角にすぎない。たくさんな例があるのです。私は調査に行ったが、とにかく六十通からの投書をもらいました。これはほとんどが教員だと思います。教員であります。残念ながらほんとうの名前が書いてない。わかりません。ここに私は一つの問題があると思うのです。とにかくあそこは勤評は日本で一番にやったところです。非常に勤評で問題があったところです。学力テストでは四十年でしたか、日本一の折り紙がついておったところであります。そういった点で私はこの教員というものが非常に管理職あるいは行政機関に対して萎縮をしている。私から言わせればひきょう者だというくらいに萎縮をしている。名前も堂々と出せないで偽名を使って投書を六十名も送ってくる。言いたいことは山ほどある。あるけれども、それを表に出て堂々とこれについて批判したり、意見を述べたりすることができないような状態になっている。これも話をすれば長くなりますが、私は勤評体制、学テ体制、こういったもので徹底的にいじめ上げられて萎縮してしまっている、教員が個々に孤立してしまっている、こういう私は証左だと思います。ここらにやはり一つの汚職の原因がひそんでいる。言いかえますと、現場教師自体もこの汚職について徹底的に常に目を光らせておるという状態がない。これについては一つのやはり汚職を許すような雰囲気がある。しかし、もとをただせば、管理体制というものの間違った強化というものがここにあらわれてきているというふうに私は思います。文部省のごく最近の管理体制の強化ということは、私はある面では管理体制の強化は必要だと思うけれども、これは正しい管理体制の強化でなければならぬ。新しい行政の感覚としては、私は上から下に押しつけるとか、あるいは権力でもって押えていくというふうな、このありさまがこれは管理体制の強化ではないと思うんです。近代的な管理体制というものは、やはり下の意見というものを十分くんで、そうして上意下達じゃなくて、下から上に上がってくるという、こういった意見を十分に聞いて、ガラス張りで私は民主的な管理体制をつくらなければならぬ。これがほんとうの管理体制だと思うのです。ただ、ごく最近いろいろ管理体制の強化を言われますし、聞くところによると、また教頭というものを学校教育の中に入れて、そうして明確に管理体制をしようとか、こういう考えもあるやに聞いておりますけれども、私は民主的な、ほんとうに近代的な行政を行なうための管理体制の強化でなければならぬと思います。これが愛媛では行なわれていない。すべてが秘密主義。全く人事の問題について各人の意見を聞こうとしない。ほんとうにこの一部の教育行政に携わる人々が秘密裏に人事行政をやっている。言いかえますと、年度末の異動計画というものをつくり上げてしまう。ここに秘密というものを持っている。そうして何人かが権利を持っているというところ、こういう雰囲気でありますから、そこに対して各個に孤立している教員、萎縮している教員というものがどうしても僻地から平地に行こうとか、あるいは校長になろう、教頭になろうという者はそこに汚職以外に方法がない、物を贈るあるいは金を贈る、こういった以外に自分の目的を達する道はない、こういう大体雰囲気、機構になってしまっている。これが私は愛媛の汚職の一番大きな原因だというふうに考えます。したがって、私はあすこに行って調べたのですけれども、名前は申しませんが、教育委員に会いましたが、これは気骨のある教育委員でありましたけれども、ある地教委でありますが、この人は異動定価表を持っておりました。おかしな名前ですが、異動定価表――これが校長が十万円、教頭が五万円、教員は三万円、これが三、四年前です。いまは校長は三十万円、これが相場だと言っております。これは地教委の教育委員ですが、十万円の品物を贈って、そうしてたまたま渡辺という夫婦が平地に帰ったわけでありますが、そんなものではない、今度逮捕された松山の所長などはもう三、四年前から人事異動の時期になると門前市をなす、新聞もそう書いてますが、いろいろ私は現地で聞いたところによりますと、ほんとうに門前市をなす、この人のところに物を持っていかなければ自分の思った異動はできない、こういうことは公然の秘密としてみな知っておったということを聞いて私は驚いたのであります。これが愛媛の人事にまつわる汚職の実態でありますが、私はさらにいろいろの先生とも会いました。会いましたが、たとえば愛媛には教員組合がありますが、勤評、学テ、こういったもので徹底的に破壊されておるそうであります。組織としてはわずかな人間しか残っておりません。したがいまして、私は組合員ではない人につとめて会ってまいりました。あすこで新規の採用の人で愛媛の教組に加入した人は三十三年勤評以降一人もありません。この十何年一人もありません。そこで二、三人の私は三十歳以下の先生方に聞いてみたのです。必ずこの六カ月のこの研修が終わっていよいよ本採用に採用されるときには、教組におまえは入るか、入るとすれば採用しない、私はこう言われた、したがっていまだに入っていないのですということをはっきり言っております。あるいは息せき切って私のところに来ました一人の教員は、私は今度の人事異動で校長から、あすこは愛教研といって愛媛の教育研究の団体がありますが、それに入らないと今度は異動をさせる、こう言われて、私は入る意思はありませんとこう申し上げたところ、今度異動させられた。校長先生になぜ異動させられたかと聞いたところ、そう言えと、そうするということを管理主事から言われたので、私はそう伝えただけです。校長さんが言う管理主事に会って聞きますと、そんなことを言った覚えはないと言う。これについては校長も本人も証人台に立つと、国会にでも喚問されれば私ははっきり言うということを言ったのはその人だけでございます。あとは名前を言ってくれるなと、言うと私が今度飛ばされる、島行きだ、こういうようなことをあすこでは、つくり話ではありません。深刻な顔をして言うわけであります。だれも最後は必ず私の名前を言ってくれるなと、こういう私は実態を見てまいりました。私は実に残念な気がしたわけでありますが、少なくとも、こういう雰囲気の中で起こるべくして起こった汚職事件であるというふうに私は考える次第であります。
 それではここでちょっと聞きますが、この篠原という教育事務所長ですね、これは明らかに県議会の答弁でも、教育委員並びに教育長がこの一月の十四日にはいわゆる依願退職を認めたときにはすでに事件の内容を知っていたと、こういうことなんですが、ゆうゆうといま退職金をもらっているのですが、これはさかのぼって処分をすることはできないと、こう言いますけれども、私は、法的にできそうな気がするのですが、全くこれはできないものかどうか。文部省としては、この問題について、処分の取り扱いです、処分の取り扱いの問題に限っていいです、どう考えるか。また、できないものかどうか。これは、それをしないととんだことにあそこの地域ではなると思います。まだたくさん出ます。
#268
○政府委員(宮地茂君) 前の松山教育事務所長の篠原祐一、この人が三月十五日に逮捕されましたが、先ほどお話しのように、本年一月十四日に退職をいたしております。これは、県の教育長が実は先週の土曜日でございましたが来られましたので、私も、衆議院でもこの点がいろいろ議員の先生から指摘されたがどうだったのだということを聞きましたが、一月十四日に本人がぜひ退職をしたいということでもって退職をさせた。したがって、本人がそういう容疑があるというようなことは全然考えなかった。ただ、そこを思いつかなかった不明はわびるとしても、事実そのときには自分らとしては、病気だ、ぜひやめたいということであったので、それを信じて依願免にしたということでございました。
 それからお尋ねの点でございますが、一月十四日に退職をさせておりますので、きわめて形式的なお答えで御趣旨に沿わないかとも思いますが、すでに一月十四日に退職して、その後三月十五日に逮捕、四月五日に起訴という点に関連しまして、退職をしました一月十四日の時点までさかのぼって処分をし直すということは不可能と思います。
#269
○安永英雄君 ひとつ任地の問題でお聞きしますが、文部省は昭和四十年一月二十六日に「へき地学校に勤務する教職員に対する特別昇級の実施について」という通達が出されておりますね、この通達の趣旨というのはどういうものですか。
#270
○政府委員(宮地茂君) これは、四十年一月二十六日当時、初中局長の通達が出ております。「へき地学校に勤務する教職員に対する特別昇級の実施について」というものでございます。で、この僻地学校につきましては、先ほど来大臣からもお話がございましたが、一般に僻遠の地には文化的な問題、その他教育環境が適当でないというようなことから、一般論として教員が進んで行こうという人は少のうございます。一口に言えば、行きたくない土地でございます。しかしながら、僻地にも教員に行ってもらわないと僻地の子供の教育ができない。そういったようなことから、僻地に行きます者のそういう状況を勘案するということと、また僻地の教育は一般の適正規模の平地の学校の教育よりもなかなかむずかしいと思います。それだけに先生方の努力もたいへんだというふうな点もございます。そういうような考え方から、特別昇給につきましては、これは、職員総数の十分の一の範囲内で行なうことになっておりますが、その際には僻地に勤務しておる教職員を、三分の一以内という数字は示しておりますが、十分の一の中で僻地教員を相当数、特別昇給の対象にしてやるべきだといったような考え方で通達を出しました。それから、僻地をずっと希望して、一生僻地におりたいという奇特な先生もおられますが、やはり僻地勤務もあまり長くなってはいろいろの問題も起こりますし、また本人の点もございます。そういうことで僻地勤務大体三年くらいたてば一回の特別昇給といったようなことも同通達には申しております。一応そういうことでございます。
#271
○安永英雄君 いまの趣旨は、結局こういうふうにとっていいですか。大体特昇というのは各県の大体十分の一、これは特昇として認められておるのですね。そうしてその中の三分の一ですか、これくらいをとにかくこの僻地に勤務する人に多く持っていけ、これだけの内容のことですね、それは。だから僻地をたくさん抱えているところといないところでは、平地のほうの先生といいますかそれらの人たちは、むしろ僻地がうんとあるところは少ないわけですね。そういう不均衡が出てくるわけですね。これは一割の特昇がある、おまえのところにあるから、島とか僻地、離島を抱えておるところ、僻地のところはその中のたくさんの部分を島の人にやれ、陸地のほうはかまうこと要らぬ、島にやれ、こういうことで別に優遇でなくて、その県に対してこちらのほうからこういう特昇はこれだけの財源があるのだ、これだけでやりなさい、それに、さらに僻地、離島があるから、その県には余分にその特昇財源を加えるという形ではない通達ですか。そうなると、これは要らぬ指図をしたことになって、別に前段に書いてある僻地の人をずいぶん優遇するということは、文部省が言うほどの内容じゃないような気がするのですがね。僻地、離島がたくさんあるところの県にはたくさんな特昇財源でも文部省が見てやるという通達ではないわけですね、これは。
#272
○政府委員(宮地茂君) これは、普通の場合は十分の一であるが、僻地が多ければそれにプラスしてなおかつ何分の一というものではございません。十分の一の範囲内で特別昇給が行なわれる場合に、僻地に勤務しておるという点は十分勘案してやってもらいたいという趣旨でございます。ただ、従来はこの十分の一の範囲内で僻地とか平地だとかいうことを別にしても、特昇が十分の一まで行なわれるということが非常に少なかったといったような実態もございまして、こういう通達を出した次第でございます。それも一つの理由になっております。
#273
○安永英雄君 そうすると、内容としてはたいしたことではないわけなんですね。しかし、この内容のように書きますと、あなたもおっしゃったように、大体三年ぐらいすればみな特昇をつけろ、そうして、次のような人にやれということで、僻地校に一定年おおむね三年程度以上勤務した者、それから僻地校に率先赴任した者または教育委員会が特に赴任を要請した者、この二項を合わせますとね、僻地におる先生全部になるんですよ。僻地全部の人に少なくとも三年の間に特昇をやるんですからね。これは大部分、たとえば徳島とか愛媛とか、僻地の多いところは大体三分の一ぐらいおる。そうすると一〇%の範囲内でこれをやれと、こういった場合には、ほとんど全部――あるいは特昇の刻みにもよりましょうけど、全部大体そこに持ってかなければこの特昇はできぬのじゃないですか。あるいは大多数の、三分の一も僻地のある県あたりでは、ほとんど特昇財源をそれに使ってしまって、そして陸地におるといいましょうか、平地におる人、これの特昇というものはほとんどない。少なくとも島とか僻地に行った人は全部が三年おれば、――それは三短になるのか一号俸にかぶるのかは別として、全部がこれにかかるわけですね。そこのところをちょっと説明してください。
#274
○政府委員(宮地茂君) おっしゃいますように、たとえば極端にいって、その県内三分の一が僻地であるという場合に、全体の十分の一を特昇にするという場合、僻地の人を三分の一といったんでは、僻地の者が全体の三分の一県内おるわけですから、三年程度でやれといってもこれは五年や六年僻地におっても順番回ってこないという計算になるではないかという御趣旨だと思います。まあ非常に形式的な解釈をすればそういうことになるわけでございますが、たとえばこの愛媛県に例をとって御説明いたしますと、愛媛県の教職員は一万人ございます、概数。で、その特昇一〇%ですから、まあ千人ということになります。で、僻地ないし準僻地人員は千八百四十二人おります。その特昇の対象になる者が四百三十五人、こういう関係になりますが、そこで、特昇のワク一割の千人に対しまして愛媛県の僻地におります特昇の対象者四百三十五人、これは千人に対しまして四百三十五は四二・四%になります。したがいまして愛媛県の場合は、僻地の者が一〇%の中の三分の一じゃなくて、一〇%の特昇対象者のうちの四割以上が僻地の者になっておるというようなかっこうでございます。まあそういうことでございまして、そういう計算を単純にいたしますと、僻地なり準僻地の人員が千八百四十二人で、一回で四百人ですから四年たてば、まあきわめて算術計算で平均出しますと四年たてば一回りして順番が来ると。三年に一ぺんぐらいやれと言っても四年たたなければ順番は回ってこない。ですから三年のうちに特昇になる人もおるし、ある人は三年してかわってしまえば特昇の恩典にあずからないでかわってしまうといったような、算術計算すればそういうことになります。したがいまして、先生がおっしゃいますように、たいした意味ないじゃないかとおっしゃれば、まあそういう限りにおきましてはたいして意味がないという御判断もこれは成り立つかと思いますが、しかしながら、この特昇というものは何も平地におろうと僻地におりましょうと、特別に勤務がよかったという者が対象になるわけでございますので、まあ機械的に僻地のことを全然考えないでやる場合よりも、いま申しましたように、僻地のことを通達でうたったことによって僻地の人にも平地の人よりは配慮が行なわれるというふうに私どもは考えて通達いたした次第でございます。
#275
○安永英雄君 だから現地においては、先ほど高知の話もありましたけれども、僻地を転々とたらい回しということば使っておりますけれども、何年かすると転々ととにかく僻地ばかりを回されておる、こういう人で一回の特昇にも当たらないというのがざらにある。で、この通達の内容ちょっと読んでみましょうか。あなたが言うようなそういう冷たいものじゃないわけですよ。
 「へき地教育振興のために、これまで国・地方を通じて諸施策が総合的に進められてきましたが、現段階においては、教職員組織の充実がとりわけ重要と思われます。
 そこで昭和四十年度予算折衝を通じて、へき地とその他地域の人事交流を活発化するため、へき地勤務教職員に対して特別昇給が行なわれたときは、これを義務教育費国庫負担金の精算において、国が負担する取り扱いをすることになりました。」この見出しは大きいですよ、四十年のときには。だから一〇%の範囲内でやりなさいとは言っておいても、下のほうで狂うのですよ。いま私が説明したように、一〇%の範囲内でやれと言っておいて、僻地に三年以上の人は少なくとも、島に行った人については、奥地に行った人については、僻地に行った人については、全部何らかの手厚い処置をやりなさいというのが通達の精神なんですよ。あなたのように、陸におろうが島におろうが、特昇ということに限ればする人もせぬ人もおるでしょうというたてまえなら、こんな通達は要らないのです。島や僻地の先生方の全員に対して、僻地に行ったことによって何らかの措置をしてあげようというのがこの優遇措置なんです。これはどうなふうなことを言っているのですか、これ。
#276
○政府委員(宮地茂君) 多少私の答弁が十分でなかったかとも思いますが、いま先生おっしゃいますのは多少私の本意とは違うわけですが、私が答えましたのは、特昇という場合に、僻地も平地も考えないでやろうとすれば、これは特昇というものは何も僻地におったからどうということではないということでやろうとすればやれる。しかしながら、僻地におる者にはこういう点で考えてやってほしいということでいたしましたから、何も言わないよりも、特に僻地の者を考えてやってほしいと言うことによって効果はあると思って出しましたということを申しました。先生はその一〇%というので、それに加算してやらなければたいして意味がないではないかという御趣旨でおっしゃいましたので、私は、通達はそうではございませんという意味で申し上げました。その点誤解ございましたら御了承いただきたいと思います。
 それから、先ほど愛媛の例できわめて機械的に申したわけですが、三年に一度といっても先ほどのように、毎年一〇%の者を特昇対象にして、そのうちの半分近くの者を僻地に割り当てても、愛媛であれば機械的にいえば四年に一回しか順番が回ってこない。それではこの通達の趣旨で三年に一度といっても、順番が回ってこない者もおるじゃないかというような点もちろんあるのは遺憾だという意味を補足したのでございます。ただこれは、まことに一般論でございますが、僻地に行った先生はいろいろ努力もしておられ、御苦労と思いますが、ただ、僻地に行ったからともかく何をしておっても僻地に行ったということだけで三年たてば特別昇給だというようなことでは困るということで、したがって、一般に勤務評定というものも一様に考えるという前提があることをつけ加えておきます。
#277
○安永英雄君 いま一番最後におっしゃったその考え方は、私は否定しません。否定はしないけれども、この通達の上の前文のほうに書いてあるような趣旨を文部省が考えるとするならば、いわゆる人事の交流とかあるいは行った人に手厚くもてなそう、こういった気持ちがあるとするならば、一たん島に行ったこと、奥地に行ったこと、それによって多少御苦労だというわけで、励みにもなるというわけで、ランクを一つ設ける。その上に立っていろいろして、また勤務条件その他についてあなたのおっしゃるような勤務評定があるのです。そういう差も出てくるかもしれない。しかし、少なくとも僻地に行ったということ自体で一つの優遇策というものを考えなければ、前段にうたったような目的は達せられないというのが私の趣旨なんです。しかもやはり僻地というものをうんとかかえておるところと小さくかかえておるところと全国的に差があるのです。そうなってくると、全国を比較した場合には、特昇というものは非常にいびつな形でやられるということも生まれてくるわけです。だからこれもなかなかいいことじゃないのです。これを解決するにはどうしても国のほうが予算をつけて、僻地の問題については僻地というシートを敷いて、それだけは国のほうで特別な措置をするということでなければ、人事異動の問題についてもうまくいかない。これは私は大臣のほうにお聞きしたいと思うのですけれども、今度の予算ではどうかと思いますけれども、将来の考え方として展望をひとつおっしゃっていただきたいと思う、僻地優遇という問題について、こんな情けないものできめるのかということなんですがね。
#278
○政府委員(宮地茂君) 事務的に私先に……。
 実はこれは四十年に通達いたしましたときは、特昇のワクは十分の一ということでした。ところが昨年の暮れに国のほうが一五%まで、五%アップしております、特昇のワクが。したがいまして、通達を出したときよりも五%ワクがふえておりますし、それから御指摘のように、僻地の非常に多いところ、小さいところ、これは府県によっていろいろございます。そういうようなことも十分勘案しまして、はたしてこの十分の一だけで、四十年に通達出したときの考えだけでよいかどうかということを実は事務的にも検討はいたしております。ただ、この場でだからこう直したいというような考え方を申し上げないのでありますが、十分検討はいたしておる次第でございます。
#279
○国務大臣(坂田道太君) ただいま初中局長がお答えいたしましたわけでありますが、やはり特昇に対する通達というものは非常に私は僻地には意味があると思う。これをもう少し前進させる、あるいはこれの欠陥がもしあるとするならば、たとえば非常に僻地の多い県とそうじゃない県、そういうものはやはり均衡をとれという御趣旨には私は賛成でございます。よく検討いたしたいと思います。
#280
○安永英雄君 この人事行政であそこはついに汚職を出して、その原因が、僻地に行って夫婦別れている。どうしてもやはり自分の家の近くに帰りたい、この念願がついにあの十万円を出して起こった問題なんです。したがって、やはり私は特昇というふうな考え方で上げないで、僻地の優遇策という形で、僻地手当なり何なり別の手当という形で措置しないと問題は解決しない。特に非常にいいのは、特昇してまた島から出て帰って来たときには、その上がったものは既得権として残っていくわけですから非常に大きいわけです。よろこんでいるわけです。したがって、金だけの問題を出して僻地と平地交流とかなんとかいう問題はきめ手にはならないと思います。これは本人の教育に対する熱情とかその他の問題が加わってくるとは思いますけれども、しかし、やはりここにも文部省みずから書いておりますように、率先垂範して行った人、それから教育委員会が特に要請したというのは、これは行きたくなくても行けと言ったのです、裏を返せば、要請したというのは要請しなければ行かなかったわけですから、こういう立場の人ですから、やはりよほど文部省も考えてほしいと思う。文部省がこれを出したのは私はいいとは思いますけれども、各県で迷惑しておる。結局県の金を継ぎ足して全部が大体昇給できるような形でやっていますよ、どこも県がやっています。特昇みなにやりゃあならんという、一〇%くらいの特昇はわずかでしょう、島のほうに行った人には特別県が優遇策をとっていますよ。これは全国的な情勢をつかんでいただかないと、こういう汚職の問題もやはりこういうところからも起こってくるというふうに考えます。
 次に、もう一件は、教科書の採択をめぐる汚職が起きております。これはいまから事件が発展をして、相当な数がさらに警察の捜査を受けるであろうと言われておりますが、現在この問題で逮捕され取り調べを受けておるのは、いま人事行政でこの汚職をやった松山の教育事務所長――同じであります、ダブルであります。この事件は結局先月の十五日以来警察は捜査に入ったわけでありますが、いま申し上げた松山の教育事務所長、これに北条市の市会議員、これは前の校長でありますし、先ほど申しました愛媛県の教育研究グループの会長もやった男でありますが、これを通じて、また金額もふしぎに同じ金額の十万円というものを出して、そうして社会科の教科書の採択を頼んでみごとにその教科書が採択をされた、それを警察があげた、こういう事件でございます。この点について私も現地の教育委員会、あるいは教育長、あるいは地方教育委員会その他に飛び回って事情聴取をやってまいったわけでありますけれども、ここで驚くべきことは、教科書の採択のルールといいますか、手順、こういったものについて全く秘密主義をとっているということであります。だから、ここでは教科書採択の責任は県の教育委員会から委嘱を受けた選定審議会というのがございます。これは各ブロックから出て参りまして、十五名、その下に調査会というのがあります。これが一教科五名から七名、ここで大体教科書を決定するわけであります。で、伺いますけれども、文部省のほうで、この教科書の採択について、最後の決定を、どの教科書を決定するかというまでの間のシステムといいますか手順といいますか、そういったものについてどうお考えですか。
#281
○政府委員(宮地茂君) これの採択は、県で採択地区を四つとか五つとかいったようにしておるのが実態でございますが、その場合には、その当該小、中学校の設置者でございます公共団体の教育委員会が決定者でございますが、地区が採用されております場合は、その当該地区内で関係の市町村が相談をいたしまして一つのものにきめていくということでございます。したがいまして、当該市町村の教育委員会が採択決定者でございますが、地区の場合は五つとか十とかいった教育委員会が合同できめていくということになっております。
#282
○安永英雄君 大体いまおっしゃったようなことが全国的には行なわれておると思うのです。ところが、先ほども言ったのですけれども、ここでは調査会と審査会、ここで決定をしてしまうわけですよ。そうして、展示会というのを行なわなければなりませんが、これはほとんど有名無実で、ただ並べている。一般の教師というのはそこには行かない、むしろ行けない。また、そっと行って研究をして、この教科書はいいなと思っても、この十五名の審査員あるいは調査員というのは極秘でありまして、名前は絶対に言っていない。極秘、そういうふうに教育委員会は言うのです。極秘です。なぜ極秘にしてあるのか、そうしないというと、現場の教師がこの教科書はいいなと、盛んに一年間もかかって研究しているのですから、その研究の成果をどなたに反映していいか、名前がわからぬではないかと言いますと、これはむしろ公正を期するためにと、こう胸を張って言われるわけですよ。教科書の最終的な決定をする機関のところは全然秘密にして、県内でだれ一人知らない。知っておるのは教科書会社だけです。教科書会社にはいつの間にか、翌日わかるそうでありますが、教科書会社がその秘密にしてある人をねらっていくわけです。一般の県民もそれから現場の教師もだれがこの教科書の選定委員になっておるのか一切わからないというシステムをとっておる。だからそこに汚職の原因があるわけです。いち早く、とにかく一般も知らないのですから、秘密で、だれが審査員なのかということを知ることがまず教科書会社が売り込みとしては大事だし、それを知っておるのは要するに県の教育委員会と出先、それと任命された各委員、こういうところで出張所長である松山のこの汚職をやった本人はそういったルートをよく知っておるということで、先輩でもある市会議員の人を通じて教科書会社から金を贈られてきてそれをばらまく、自分自身も松山の採択場にはすわり込んで、そうしてそのとおり決定をしたというのであります。あすこはどうしても、公正を期するためには名前を公表しないというほうがいいのだと、最後まで言い張りますが、私は、それは汚職の原因だ、ガラス張りでやるべきだというふうに考えますが、文部省どうです。
#283
○政府委員(宮地茂君) いま先生がおっしゃいましたその問題につきまして、秘密にして、いわゆる公表しないところと、しておるところがあるようでございます。大体半々でございますが、たしか秘密にしておるほうが、四十六府県のうちの二十六県、公表しておるほうが二十県であったと記憶しておりますが、大体そういう傾向でございます。で、おっしゃいましたように、公表しないほうは、いろいろ知られることによってまたいろいろな人からいわゆる誘惑のようなこともあるし、また、そういう委員に任命された人にもいろいろな人が働きかけることによって、当人も煩瑣でもあるし、いわゆる公正を期するというような考え方で秘密にしておるところはやっておるようでございます。しかしいま御指摘のように、秘密にしておるのは一般人に対してだけであって、肝心の教科書会社にはすぐわかるということでございますが、そういうあるものにはわかり、あるものにはわからないような秘密のやり方は、これはよろしいことと存じません。したがいまして、秘密にしたことは不公正をやろうと思って秘密にしたわけではありませんで、少しでも公正にやろうということでしたと思います。したがいまして、いま直ちに秘密にしたことがいろいろな汚職事件に直接関連があるというふうには私どものほうもちょっと断じがたいと思います。公表しておれば、また公表された人に堂々と、堂々といっては恐縮ですが、別の面からその人に働きかけがある場合もありましょうし、いずれがよいということも文部省としても断定しにくいと思いますが、要はそれぞれの府県で公正という点からいろいろくふうをしてお考えいただいておるのが実態でございましょうし、もしそのために欠陥があるとすれば、今度はかく秘密にしておいたものを公表するというのも方法であろうかと思いますが、都道府県の実情に即して都道府県で行なわれるべきものと考えます。
#284
○安永英雄君 私は、この教科書の汚職というのは、一番根源はやはり秘密、そしてせっかく現場の先生があすの教育のためにどの教科書が一番いいのだ、こういって一生懸命研究をする。これが一番大事だと思うのですよ。その意向が出てこない、とにかくだれがその責任者なのかわからない、秘密だ、私はそこに一番一つの危険を感じるのです。あなたのところに報告がきているかもしれませんが、教員代表というのは何人か入っているかもしれない。それは教員代表であって、現場代表ではない。時間があればもう少し詳しく私もやりたいと思うのですが、少なくとも秘密ということでだれが審査員になるかわからない、そしてその時期がくれば、何とはなしに教科書はきまってしまう、これは私は全国でいま秘密という形をとっているところは非常に多いと聞きますけれども、これは運用の妙かもしれません。しれませんけれども、少なくとも愛媛の問題については、全国的な今後の皆さん方の指導では私は大きな参考になると思うのです。秘密という問題は、売り込みという問題もこれは確かに汚職につながりやすい、私はそう思います。愛媛が現に起こしたのだから、それと私は現場の先生方の深く研究したその意向というものを吸い上げるというその仕組みになっていない、秘密というのは。そこを十分調査でもされて、今後全国的に、私は初めて聞いたけれども、半分ぐらい秘密にしているということがあれば、私は全国的にこの教科書の汚職の問題も起こりかねない、愛媛の轍を踏まないようにひとつ調査をされて、徹底的にされて、そうしてどっちがいいか、半々だという形じゃなくて、文部省としてもこの教科書の採択の問題についてはやはり統一なさる時期にきているのじゃないか、どっちでもよろしいということでなくて、はっきりこの際出されたらどうかというふうに思います。これは私の希望です。時間がたちますから次の汚職に移ります。
 これは銀行預金についての汚職です。これは松山市内のある学校、名前は出しません。ある学校ですが、子供銀行預金をめぐって児童への、子供への金利は普通預金の二分一厘九毛、そして松山豊協からは定期並みの五分八厘の金利が出ている。この利ざや、この差というものは使途不明。子供の預金通帳には普通預金で入り、そうしてもらう金は定期預金の金利でもらって、その差額は学校が校長さんのほうでこれを握っている。これの使途は不明。ここに警察も目をつけてこの汚職をいま捜査をしているわけであります。そうして、これもまた相当な数が出るのではないか。また他の学校も相当動揺していましたが、これは他の学校にも出てくる、私はこういう気がいたします。これは明らかに違法なことなんですよ。違法なことです。そして、この問題について教育長並びに教育委員長はどう考えますかといって聞きましたところ、この処置についてはいま調査をしていますと、こういうことなんです。調査をしているといっても、これは違法ということはもうはっきりしていて、警察も近々あげるということで任意出頭をかけているじゃないか、この問題についてどう思いますかと言いましたら、やおら、こういうことをおっしゃった。どうせこの金利というのは、野球のバットを買ったり、学校の運営に使っておる形跡があるので、その点をよく調べて、そうして、場合によっては、この学校の運営というふうなものに使っておれば、あながち責める必要もないという表明があったわけです。私はこれを聞いてあ然とした。こういう感覚なんですよ。
 次に、まだヨーグルトの汚職やら次々に出てくるのですけれども、すべて調査をいましているんですね。もう逮捕されたり、人が呼び出されておるのに、いまから調査をしている。この調査も、全部私腹をこやすためではなくて、学校のためにしている形跡があるので、その調査をして十分考えていきますという、われわれとしては常識をはずれた話がありましたけれども、こういったこともここでは、平気でいままで行なわれてきた。警察から手を入れられてあわてて、そうかなというぐらいの感覚で事件が起こっておる。これも拡大をしていく傾向があります。
 長くなりますから、もう一つプールの問題だけを言っておきますが、これは中学校のプールをつくるということで広く寄付をつのったということでありますが、広島県のある鉄工所の社長から寄贈を受けた。そのうちの五万円を会計に渡さずに校長さんがこれを持っておった。持っておったか、使っておったか、いずれかいま捜査の段階なんですね。こういった事件があるわけです。
 長くなりますからやめますが、まだたくさんそのほかありまして、たしか文部省におられたと思いますが、福田という人が参議院議員選挙に出まして、これまた管理職こぞって選挙違反をして告訴をされると、こういう事件もまだたくさんありますけれども、とにかくあすこは汚職の宝庫ですよ。私は、実はこの人事行政にからむ汚職を一応調査してみようということで行ったわけですけれども、いま言った件数以外にもまだたくさん運動具用費の使い込みその他ありますが、私が行って驚いたことは、いまも一応説明をいたしましたけれども、大阪の事件もそうでありますが、大体教育行政に携わる者、あるいは校長、あるいは教頭といった、いわゆる管理職にある者、この人たちがこの事件の中心人物になっておるし、逮捕されたり、呼び出されたりしておる、こういう事実であります。この点、大阪の問題もあわせて考えるときに、私は、いま一番大事なことは、正しい行政管理体制というものを早急につくることじゃないかと思うのです。そうでなければ、こういう汚職は次々に出てくる。特に愛媛という特別なあの地域の背景としては、いまや管理職あるいは行政機関に携わる者はあぐらをかいている。とにかくもう権力というものはわが手中にあり、こういうことで、この人事でも何でも自分の意向どおりにやっていけるのだ。その反面、現場の教師は無気力になっている。こういう中から汚職は出るべくして出たと、私はこういうふうに考えるわけです。私は、今後の文部省の指導が、大学問題も重要な問題でありますけれども、これだけ続発し、あるいは自殺まで追いやるようなこういった事態が続発しておる状態の中で、私は、文部省の指導の方向としては、早急に行政機関に携わる者、管理職におる者、こういった方々の綱紀粛正といいますか、姿勢を正し、そうして、その民主的な行政ルールというものを早急に確立していかなければならぬ。そのためには、やはり教師、現場教師、あるいはそれぞれの地域社会の人々の意見を十分に聞くというふうな方向に持っていかないと、管理する人もいませんし、思うがままの行政をやっていって、そこから汚職が生まれてくるということを繰り返すだろうということを考えます。私はそういった方向が今後の汚職の大きな原因になると思いますから、文部省の指導はそこに重点を注がれるべきだと思いますが、文部大臣どう思われますか。
#285
○国務大臣(坂田道太君) 続発いたしておりまする汚職につきましては、私といたしましても今後十分注意をしていきたいというふうに考えております。
 この間行なわれました全国の都道府県教育委員長・教育長会議におきましても、そのことに触れたわけでございますけれども、また、きょう二十二日付をもちまして「教職員人事行政運営の適正化について」という通達を出しまして、その人事の厳正、また、こういうような不正事件というものを未然に防ぐべく具体的な対策をひとつ立ててもらうように強い指導をいたしておるところであります。
#286
○小林武君 いまの文部大臣の御答弁に対してかれこれ申し上げるわけではありませんが、ひとつこれからの問題の解決についてお考えくださるとしたら、私はどうしても忘れてもらいたくないことが一つある。それは先ほど来安永さんも言われておりますように、ここは組合が破壊されてしまって組合がないのです。まああるといっても名前だけで私はないと同じだと思う。よく何か事が起こるというと、日教組があるからこういう事態が起こったなどということがよく言われる。ところが、この県に関する限りは、日教組がないわけですから、天下太平で教育の能率も上がるし、りっぱに行なわれていなければならないはずであり、大体文部省的見解になるはずなんです。ところが、一体どうかというと事態はそうじゃないということです。まあわれわれも何も文部省を責めるというようなことを言っているのじゃない。昔教育に関係したことがある者にとっては、これはとにかくお互いの問題として、また政治家という立場から考えても、全体の問題としてこれを考えながら対処しなければならぬという、そういう立場をわれわれはとる。そういう気持ちを持つということは当然だと思っています。それであるからこそ申し上げるのですけれども、日教組だからということも言えないということはおわかりだと思う。私はむしろこの原因の探求の中に、管理職というものが必要以上に権限を持っておのれの良心も麻痺させるといったようなことになった場合にどうなるかということをよくあらわしていると思います。先ほど来話がありましたけれども、教員の下部の、末端の声というものが全然反映しなくなった実情の中からは、こういうことが起こるということを私はよくあらわしていると思うのです。だから一体お前は組合の中に加盟すると言ったら採用しないとか、愛教研という研究会でなければ研究会でないのだから、これに入らなければ転任させるという、そういう不当なことをやるような管理職はなくするべきだと思うのです。同時に私は文部大臣にお考え願いたいし、いずれこのことでゆっくり御見解を承りたいのですけれども、教員になって校長になる者の数はきわめて少ないということは今度の大阪の問題の中に取り上げられている。校長、教頭になる者というのは。だから、だれでもなりたいと、こう言うけれども、しかしながら一生教員をやっていても、校長にならなくても、教頭にならなくても、教師として自分はりっぱにとにかくやり抜いてきたと、そして自分が任を終わって世の中に去ったというときに、誇りを持てるように人事行政というものはならないだろうかということを考えるのです。それには、私は、学校の中に管理職的な階級的な一つのものの考え方、上下関係だけで実際発言権のなくなったようなそういう状況をつくるのがいいのか。ほんとうに誇りを持って、一教員であっても教育のために尽くせるのがいいのかということを御検討いただきたいし、もう一つ、金をもってでも買わなければならないということの中には、私はやはり金銭の問題がついていると思うのです。だれだってやはり金がほしいというのは当たりまえです。そういうことを考えますと、たとえばいまの管理職になれば、管理職手当がつく。給与も違う。退職のときには平教員をやって退職した者は、もうとにかく校長をやって退職した者に比べれば格段の差をつけられるということ。四十一年やっても四十二年やっても年数は同じでもそういうものだというようないまの制度を私はお互いに検討して見る時期が来たのではないかと思うのです。管理職が強化されれば人事も一切の教育環境もよくなるというのは幻想であったということを私は見ているのです。むしろガラス張りでみんなの批判の前に立たされる状況の中においてほんとうにいい教育ができ、ほんとうに明朗な人事ができるということを考えますから、まあ全面的にお聞きになるかどうかは別として、参考の意見としてひとつ聞いておいてもらいたい。ただし、これはあなたのほうに対して注文をつけてもやるかどうかわからぬから申し上げるので、われわれとしては、その点で十分にひとつみんなに考え方の違いがあるならばひとつこれから討論をしていきたいと思いますから、そのことをちょっと申し添えておきます。私はきょう大学問題について質問しようと思いました。しかし、皆さんお疲れのようでございますし、しますが、まあひとつきょう一日で終わるわけではありませんから、何点かについてお尋ねをしておくわけですが、まあほんとうの根本的な問題と私が考えることをひとつお尋ねをしたいのですが、文部大臣、私は今度あの通達が出たということ、これについて、まあ通達の一つ一つについて聞くつもりはいまございません。そういう機会はまたあると思います。ただ一つ、私も文部大臣も、それからここにいらっしゃる議員のどなたも、心の中では日本の大学が一体どうなるのだろうかというところにみんなが心配を集中していると思うのです。これがもっとこのまま行ったらいいと考える者はだれ一人いないと私は思う。ところが、この現状を一体どうするかということを考えましたときに、一番おそれておったのは実は今度の通達なんです。警察官が自由に入り込んでいってやるというようなことが将来あるといたしましたときには、将来大学というものがどうなるか、非常に基本的な問題と、もう一つは抵抗を続けようという学生に一体どんな強烈な刺激を与えるかということです。もう一つは、みずからの手で大学をとにかく何とかして新しく生まれ変わりをさしたいと、こう考えているようなそういう大学の関係者、非常な深刻な経験を経て、その中からいまようやくそういう気持ちになっている人たちが挫折してしまうということです。そういう三点の立場に立って、私はこの通達については非常に残念だという気持ちが強いのですけれども、文部大臣にお尋ねしたいのは、この方法でほんとうに一体お互いが考えている日本の理想的な大学というようなものが生まれるのだろうかどうだろうかということを私は文部大臣にお尋ねしたいのです。
 さらに、私はちょっとつけ加えておきますというと、何か新聞によるというと、自民党の幹事長は三段階方式とか言っておられる中教審の結論が出たら、その結論に従って立法措置も考える。それから、さらにそのあとには党の態度を決定して大学の何とかということを考える、そういう一つの三段式論法だか三段式かまえ、こういうものができれば私はこれは大問題だと思います。文部省の通達というのはこれから出てくる。あと二段、三段の基本的な問題になる。その中から一体ほんとうに大学の改革というものができるのかどうかということについて、非常な不安を私は感じます。ですからお尋ねをするわけです。ひとつ党の態度等も踏まえてお話を承りたい。きょうはもうそれだけでやめますから。ただ、大臣があまりなことを言えばぼくもちょっとやらなければならないけれども、と言ってちっとも迎合して言ってくれというようなことはぼくは言わないし、あなたもぼくらとあまり合うようなことを言うとどうもぐあいが悪いらしいですから、そういうことは言わなくてもよろしいが、どうですか。
#287
○国務大臣(坂田道太君) 私の考えを申しますと、やはり何と申しましても、大学というところは良識と理性の府である。いやしくも暴力が横行する、あるいは大学というものが治外法権の場であるというようなことを許しておいたならば、これはもはや大学の機能というものはなくなる。つまり学問の自由も死んでしまう。大学自治もない、というふうに私は思うのであります。また大学の学長やあるいは教授は、警官というものをいやしくも大学内を横行しておる暴力排除に対して少なくともいつ入れるかどうするかということは別といたしまして、意識としては暴力を排除するということを持たなければ私は大学の学問の自由、あるいは大学の自治ということを口にすることができないと私は思います。自由の敵は暴力であると私は思うのであります。暴力のために、学生の暴力を使うということも許さるべきでないと私は思うのであります。で、昨年来の紛争が激化してきておるわけでございますが、東大の場合におきましても一月の十七日だったと記憶をいたしております。入学実施をするかいなかということについて当時の加藤代行と協議をいたしました。その際に加藤代行は何と言ったかと言えば、もはや学内問題ではない。政治問題なのだ。学外からこういうような暴力学生が押しかけるようになったら、もうどうしても私は警察を導入してこれを排除することを決意せざるを得ないんだということを申されております。また、現に、十八、十九日において安田講堂を機動隊の導入によって排除いたしました。またそれ以来、二十日、入学中止を決定いたしました後におきましても七回か八回か機動隊を導入いたしまして、暴力排除につとめておるわけでございます。私はこのようなき然たる態度こそ大学人としてのとるべき態度であるというふうに私は思うんであります。その意味合いにおきまして、まだこの段階においてすら警察アレルギーと申しますか、暴力が横行して、自分たちには力がないというにかかわらず、これを適宜適切な措置もとり得ないで、あたら学問をほんとうにしようという教授、あるいは大多数の学ばんとする学生たちというもののその自由がおかされておるさまを見ますときに、私といたしましては今後暴力の横行に対しては、大学というものはその学問の自由を守り、そしてその自治を守る立場から、むしろ積極的にき然たる態度をもって暴力排除に対する意識を全教官に持っていただきたい。そしてまた、必要とあるならば、警察力を導入してでもその暴力を排除していただきたいというふうに私は念願をいたすわけでございます。今後、大学におけるところの秩序維持、あるいは正常化、あるいは暴力の排除というものをいたしまして、大学の学問の自由と大学の自治を守るためには、むしろ文部省と大学というものは対立関係にあるのではなくて、文部省と大学とが一体的な関係において秩序の回復につとめて、また大学人も学問の自由を守るために警察の要請を積極的にやるということについての私の気持ちをこの通達によってあらわしたわけでございます。
#288
○小林武君 まあ本来なら徹底的にここでやはり質疑をかわすべきでありましょうけれども、なかなかこの場合そういう時間もあまりないわけでありますから、残念でございますけれども、あなたのやはり論理には間違いがありますよ。あなたいま加藤さんのことをおっしゃって、き然たる態度ということをおっしゃった。私は、その加藤さんのき然たる態度ということば一つだけならば、あなたに同意します。しかし、加藤さんのき然たる態度というのは、確認書というものとからめて考えなきゃならない。この確認書というものが政府・自民党の中でどういう評価を受けているかということをあなたはよく御存じのはずなんですよ。私は、加藤さんが今度の問題についてあなたの通達を歓迎して、そうして確認書を廃棄したという意思表示を聞いておらない。加藤さんはむしろわが道を行くと、東大をとにかく再建しようという考え方を持っているものと、私はあらゆるものを見てそう感ずる。この確認書というものに対して、各大学がたいへんな関心を持ったということは、その確認書の売れ行きを見てもわかるということをちょっと新聞を見て私は感じた。たいへんな部数が出ている。私はあなたのおっしゃるのの間違いはここにあると思うんです。加藤代行のき然たる態度というのは、安田講堂や何かの問題、人命にかかわる問題、われわれの手に負えないというときに、われわれはとにかく警察を導入するという態度を示した。そのことについては日本社会党も認めた。そういう態度をとにかく認めるべきだという態度をとった。しかしながら、それは確認書があったから、みずからの手でやろうという、警察官をやたらに導入するというような、今度の場合は警察が主導的な立場に立って、大学はそれに対してただ協力するという関係が今度学内の問題に起こるということになれば、これは加藤さんが、あなたのおっしゃるように、まことに同じ考えですということは言わないということははっきりしているんですから、これはちょっとお間違いではないか、何か身びいきの原因でもあるなら別ですけれども。今日のこの段階で、われわれが大学問題を議論するときに、大きな論理的な飛躍があるということをひとつ申し上げておきます。
 もう一つは、治外法権、治外法権ということが、一体大学の教授で治外法権があるということを考えている人があるか、治外法権のことを言うならば甚地のことをおっしゃったほうがいい。治外法権なんということは私はだれからも聞いたことがない。大学人が守りたいと言っているのは学問の自由ということです。やはりそういう立場というものを正当に認めながら政府の対策というものは立てられるべきだと私は考えます。同時に私は、学生の諸君に、とにかく現在のような状況から学校の再建、大学の再建に協力すべきだというそういう考えを持っているものとして、それがあるからこそこの学生の一体暴力的行為の背後に何があるのか、その原因は何かということについてわれわれは謙虚に考えてみるべきではないかということを主張してきた。そういう意味では私は、あなたもある程度御同調いただけるし、これは党派を問わずお考えなければならない。あいつらだけが悪いのだ、われわれがみんなりっぱであるということが言えるかどうか、私は自分の反省も含めてそういうことを考えるわけです。若い世代がなぜ怒るかということについて私どもが真剣に考えないというと、ほんとうの意味の大学の再建というものはできないと思う。それであるからこそ、再建があるからこそそういう学生の反省を求めなければならないということが出てくるわけです。そういう立場が今度のあなたの出された通達の中になかったということを私は非常に残念に思います。しかし、これから深夜にかけてまでやるほどのことはないと思いますので、一応私の見解を述べておきまして、この次に譲りたいと思います。
#289
○委員長(久保勘一君) 本件に関する本日の質疑はこの程度にし、本日はこれにて散会いたします。
   午後六時五十八分散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
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