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#1
第061回国会 文教委員会 第18号
昭和四十四年六月二十四日(火曜日)
   午前十時十六分開会
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         久保 勘一君
    理 事
                楠  正俊君
                田村 賢作君
                小林  武君
                安永 英雄君
                小林 国司君
                大松 博文君
                中村喜四郎君
                永野 鎮雄君
                吉江 勝保君
                川村 清一君
                柏原 ヤス君
                萩原幽香子君
                小笠原貞子君
   国務大臣
       文 部 大 臣  坂田 道太君
   政府委員
       文部省初等中等
       教育局長     宮地  茂君
       文化庁長官    今 日出海君
       文化庁次長    安達 健二君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        渡辺  猛君
   説明員
       厚生省児童家庭
       局母子福祉課長  岩佐キクイ君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○教育、文化及び学術に関する調査
 (岡山県津島遺跡に関する件)
 (幼児教育に関する件)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(久保勘一君) ただいまから文教委員会を開会いたします。
 教育、文化及び学術に関する調査を議題といたします。
 政府側から坂田文部大臣、今文化庁長官、安達文化庁次長、以上の方々が出席いたしております。
 本件について質疑の申し出がございますので、これを許します。小林君。
#3
○小林武君 なるべく簡単にお尋ねいたします。文化庁長官にお答えいただきたいのでありますが、津島遺跡の昭和四十四年の調査については、この資料は文化庁からいただいて読ましてもらいました。この内容についてかれこれ申し上げることはもう抜きにいたしまして、これはしかるべき文化庁の機関のまだ決定が出ないようでございますから、この間かれこれ申し上げるということはかえって雑音のようなものだと思いますのでその点については触れません。ただ一言言えることは、この問題について文化庁の次長との間で質疑を取りかわしました際に、この遺跡の第一回目の発掘にあたっての問題点となったようなことにつきましては、今度の報告書で解明されたと、私はこう見ておるわけです、調査書の上から。そういうことを踏まえましてお尋ねするのでありますが、問題は、私はやはりこの調査書に従って文化庁がどういう決定をするか、こういうところにきているわけでございますから、それに先回りをしたような質問ではなはだぐあいが悪いようでもありますけれども、すでにこれはもう新聞に出ている事項でございますし、またこの問題を中心にしていろいろな話もあちこちでわれわれ伺うわけでございますが、その中の一つとして、山陽新聞あるいは朝日新聞ですか、等によりますと、文化庁長官が武道館の代替地を用意してはどうかというような加藤知事に要望があったというようなことであります。それから、この武道館建設について、県議会で自民党が武道館建設の要望書を、県議会の中で多数をもって可決した。ただ、多数をもって可決したということになっておりますけれども、社会、公明、民社の各党が出席しないまま、単独の審議によってこれが決定したというような問題もあるようであります。まあそうした問題はここに持ち込む必要ございませんけれども、非常にこの問題の今後の成り行きについて心配しなければならない事態が来ているように思うわけです。
 そこで長官に私は要望申し上げるとともに、御決意を伺いたい。先ほど申し上げたように、これについて専門家の意見というものはまだ未決定で、それぞれの機関についての結論が出てないということ、先日実は質問申し上げるつもりでありましたけれども、そういう時間をこの委員会でとることができませんでしたので、文化庁のほうからいろいろな部分的な説明はいただいております。ただし、いま申し上げたようないろいろな事情なんてことは、これは新聞の報道で私は知ったことで、経過についてのことだけははっきり聞いてるわけでありますが、文化庁長官として、結論が出たら、いわば史跡の指定というようなことが行なわれた場合には、加藤知事が要望されても、文化財を守るという立場でおやりになる御意向かどうか、なかなかむずかしいあれでありますけれども、お伺いしたいわけです。
#4
○政府委員(今日出海君) この津島遺跡の問題は、大学対知事というような問題や、いろいろまた地方的な問題がございまして、やや世間の評判というものは核心からそれているように思いまして、私は当初からこの問題は、小林委員にも申し上げたように、ただ核心だけをつかみたいということが当初からの念願でございました。したがいまして、第一回の発掘に当たりましても、これがまだ指定やその他の処置をするには条件が不備であるという結論が出ましたので、文化庁におきまして第二回の発掘隊を出したようなわけです。その結果は先日の報告書に詳しくあるとおりで、委員もお読みになったことだろうと思います。それに従いまして私どものほうで検討をいたしましたが、専門委員の委員会では先日この問題を新たに報告書に基づいて検討をいたしましたが、結論がいまだに出ないのであります。しかし、この結論が出ないけれども、大体この方向というものは定まっているのではないか。津島遺跡の問題は学術的に見ても重要であるということは結論づけられるかと思うのであります。しかしながら、現在の考古学のほうでは、それではここを残してほしいという要望は学者個々の間にあるようでございます。また、それほど残さないでもいいんじゃないかというような論もあります。それを伺っておりますと、地下の深いところにある埋蔵文化財というものを残すという意義が実にわれわれにはまだよく納得のいかないものがある。残すというとどういう意味で残すのか、また、どうするために残すのかということになりますと、この残すこと自体が非常にむずかしい。技術的にもまだ不十分でありますし、これを社会教育的な意味で人々に見せようとしても、見ても実によくわかりかねるというような、まあ極論しますといまの考古学の発掘というものは、一つの発掘しているプロセスの間に非常な意味があるかのごとく思われるふしもあるので、この残すということはあるいは考古学の範疇から離れたことで、発掘した後の処置としてどうしたらいいかということは、学問上の問題であるよりも一つの教育的な意味もあるんじゃないか。あるいはもっと他日掘り直してみてもう少し発掘を完全にするためにここに何かを建てられては困るという意味もあるかと思います。で私は、実はこの問題につきましては、常に白紙の態度というものを持してまいりました。現在でも私はまだ白紙の状態で、これは、こういうふうに残す意味があるのだということがはっきりし、われわれが納得するものであるならば、喜んでこれを後世に残したいと思います。
 武道館の問題は、経費や知事さんの個人的ないろんな思惑、お考えというものがおありで、いままでに投じた経費というものをむだにするということはまことに惜しい気がいたしますけれども、やはり学問上これはどうしても指定にし、また後世に残す必要ありという結論が圧倒的に多いならば、私は喜んでその答申にこたえたいと、今日そのような覚悟でおります。
#5
○小林武君 文化庁長官として、いろいろなむずかしい立場にあるように私もいまの御答弁伺ったわけですが、ただその際にお尋ねをしておきたいことですけれども、専門委員会は何回か開かれたけれどもまだ結論を出す段階に来ていない、こういうことになりますか。これは次長でけっこうです。
#6
○政府委員(安達健二君) 重要遺跡緊急指定調査研究委員会とそれから史跡関係の人と懇談会を開いていただきまして、いろいろフリートーキングをしていただいており、それから文化庁の直接の諮問機関でありまする文化財保護審議会というところでもいろいろフリートーキングをしておるということで、正式にこれをどうするかということを議題にして決定をするというような段階にまではいたっていない、こういう状態でございます。
#7
○小林武君 その間において、ただいま文化庁長官のお話ございましたが、その中に、しかし方向はきまっている、学術的に重要であるということは今度の調査ではっきりしたということは私も読み取ってるわけですけれども、長官の御意見というのは、いろいろなソリートーキングの中で、結論は出していないけれども、この史跡が学術的に重要であるということはお認めになったと、こう理解したのでありますが、これについては間違いございませんか。
#8
○政府委員(今日出海君) 私は学術的には重要だということを、この二回の報告書で認識いたしております。
#9
○小林武君 そこでお尋ねをすることは、ちょっと私納得がいかないことは、考古学の場合にはそのプロセスに意義があるというお話でございますが、これはそういうことはまた一面言えると思うんですね。それ自体が考古学の一つの勉強ですから、それはけっこうだと思う。しかし、文化財保護法という法律のもとでは、これをどう保護するか、保存するかという問題はこれに伴って出てくるわけでありますから、この点では長官のお考えは、プロセスが大事であるから、学術的に重要なものが破壊されようが、それが単に記録保存にとどめてしまうというようなことですでに望みは達せられたというような、こういうお考えではないのではないかと私思うんですけれども、ちょっと先ほど来の御答弁ではそんなふうに理解されないとも限らないというような心配がございますから、この点一つ。
#10
○政府委員(今日出海君) 考古学の場合は、地下埋蔵文化財についてはプロセスがより大事なのではないかというのはまだ私疑問なのですが、実はこれを掘りました、発掘に従事した先生に私は伺ったのでありますが、実際はこれを、綿密な調査の資料とし、そこに記念碑でも建ててもいいんだがと、こういうことをおっしゃったんで、しかしまだ発掘としては不十分であるから、あるいは次の機会にもっときわめたいと、こういうようなことを、これは私的な私との話し合いでそういうこともありました。そういうものかなと私は思ったのでありますが、実際にこれを保存するということは、これは別個の問題だと思うんです。どうしてこれを保存していくか。たとえばもう少し前の弥生前期の遺跡、これは貝塚など千葉県などにございます。貝塚は断面を切って保存してあります、地面の断面。したがって下の貝は何であるという、その上の貝は何である、時代によって食べていた貝の種類が違ってくる、この断面をよくあらわしておりますけれども、たとえば弥生に入りますと。ことに津島遺跡の場合は、断面を保存してもただ川が泥を運んだか、砂を運んだかという、そういう層しか出ていないわけなんです。したがって、それは断面を残すということは意味がない、しからば、まあ掘ったその土がすぐくずれやすい、これをいかにして補強するかというような問題になりますと、これまた今日プラスチックの液体のようなもので固めていくという技術はまだ不十分でありまして、これは保存にはまだ十分とは申しがたい、こういうようなことでありました。どうして保存するかということは、これは考古学者の知ったことではないかもしれませんが、まだ保存の方法を担当する私どもとしては、これはなかなか大問題でありまして、したがって、考古学者が残してほしいという意味が、われわれにはまだ十分に納得がいかないのでありまして、そこまでひとつ学者も考えていただけば、われわれも一緒になって考えるのですが、いまの段階では津島遺跡に限らず、この埋蔵文化財というものの保存というものは、非常にむずかしいものでありまして、また現在でも掘ったあとに土をもうかぶせてしまいました。だから上から見たらこれは何だかわからない、もうくずれるのを恐れてすっかり土をかぶせてしまった。したがって、私どもとしては、そこのまわりに芝を張るとかいうような、公園をつくるくらいのことしかいまのところ、いままでの状態ではそれ以上のことはないのでありまして、そうなると、それじゃもうこれはつぶしてもいいのじゃないか、つぶしてほしいという要求がある。この場合に、断じて武道館を建てさせぬ、そのような建物は一切ここはいかぬと言うのには、もっと学術的に強い主張がほしいな、こういうように私は考えておりますが、まだそこまで強い線が打ち出されていないということがこの現状でございます。
#11
○小林武君 考古学者の残してほしいということの意味が、まだよくおわかりにならないということなのでありますけれども、考古学者の中には、いろいろの御意見もあることはいま承りました。発掘した先生に伺ったということでございますが、この方は、もっと調査したいということは、おそらく原状を、とにかく掘ったものが、埋めるなら埋めて、原状そのままにしてもらいたいという意味なのかなと私は考えたのですけれども、そういう考え方もあるだろうし、あるいは知事のように、何か模型をつくるとか何とかいうような、そういうあれも、これは新聞でございますけれども、そういう模型をつくってどうかというような案もあるそうで、こういうような模型などという残し方というものはどうかと思いますけれども、残すという意味についてどうなのでしょうかね。埋蔵物文化財について、遺跡を保存するということについて、これはいままでその文化財保護委員会、文化庁に移って、もうその点についての一つのきまった、こうあるべきだというものはないわけですか、これは。これは長官よりも前からやっていらっしゃる次長にお伺いしたいのですが、何かいまのお話を聞いてみると、長官の御答弁で、私はまあおっしゃることはよく理解できるのですけれども、しかしいささかどうも、これは文部大臣にも一言聞かなければならぬところなんだけれども、心もとないと、こう思うわけですよ。どうやって保存するかということについて一つの考えがないということはちょっと困る。ちょっと横道にそれますけれども、たとえば古都保存法というような問題にかかわり合った天理市と奈良市が国際空港をつくるというようなことで、奈良の一部の寺院の中からたいへんな反対が起こっているということなんです。あるいは鎌倉にも、これはもう今長官もよく御存知だと思いますけども、宅地造成等でたいへんいろいろ問題があるということを聞いているわけです。こういう問題等は関係のないようでございますけれども、古都保存法の趣旨に従うというと一体どういうふうにしてやるかという、その保存のしかたというものがはっきりしていない。これはもう実に、ざる法といったらいいけれども、ざるでなくて、底なしの法なんでね。底なし法なんだからこれはどうにもならぬ。だから私はやはり文化庁なり文部省というところでこれについて保存のしかたというものをそれぞれ、それから文化財の種類によっても違うのですけれども、はっきりしたあれがないというのはちょっと納得がいかぬのです。法律もあるわけですからね。だからこの点について、どうなんですかね、これそれぞれひとつ御答弁いただきたいのですがね。
#12
○国務大臣(坂田道太君) いま小林さんの御質問は私もなるほどと思われる節もあるわけです。それでやはりわれわれ文部省としてもあるいは文化庁にしましても、文化財を保護するというものの基準と申しますか、そういう尺度がなければいかぬじゃないかということだと思います。ただ、尺度といいますけれども、その尺度は一体この文化財というものを何のために残すのか、そうするとその対象となる文化財というものがどういうものであるかということによって、残すべきもの、あるいはこの程度におくべきもの、いろいろこれは違うわけであって、文化財と称するものをすべて何が何でも残さなければならない、こうも言い切れないのじゃないかというように思うわけでございます。その意味でどう割り切るかということで、今長官がまだそのことについてはきめかねておるというところは、私はやはり文化庁の長官としてほんとうのことをおっしゃったのじゃないかというふうに思いますし、もしそういうような点について不明確な点、不備な点があるとすれば、われわれもやはり学者を交えまして、専門家を交えまして早急にこういうようなものについての基本的な態度と申しますか、そういうものをきめなければならないのじゃないかというふうに思うわけでございます。たとえば今度の津島遺跡の問題につきまして学術的にかなりいい文化資料であるということで、発掘に当たられた方はもちろんのこと、地元の文化関係の方々がこれを何とかして残そうというお気持ちも私はわかるわけでございますけれども、やはり日本列島の中においてどういうふうにして稲作というものが行なわれてきたか、あるいはどういうような形でこれがいかなる時代に伝搬してきたかと、そういうものの証拠があの岡山の津島遺跡にあったということ、そのことが発見されたということ、それ自体に非常に私はむしろ意味を持つべきものであると思うのでございまして、私詳しくは存じませんけれども、たとえば一つの方法としては、徹底的にこれを調査をしてみる、そしてそれが終わったら、そういうものの成果はこうであった、あるいはそこから出たものはこうであったというようなものが博物館に納められる、あるいはそういう地図が明確にきめられ、写真でとり、あるいは映画にもとる、あるいは模型もつくるというような形においてこれを残すということも一つの文化財保護の具体的な手段ではないかというようにも思うわけでございますが、これは私の乏しい頭で考えたわけでございまして、あるいは御批判があるかと思うのでございますけれども、そういうことで、そういうものをどこまで残すべきか、あるいは残すとしても、その残し方は一体どう考えたらいいかということはやはり考えてみなければならない。もしそういうようなことを、一応はいままで文化財保護委員会におきましても、あるいはその後引き継ぎました文化庁におきましても御検討になっておると思いますけれども、さらにこういうような一つの具体的な問題にぶつかりました機会に、もう一ぺんそういう問題を洗い直してみるということも私は必要かと考えておるわけでございます。私の気持ちを申し上げましたが、御理解を賜わりたいと思います。
#13
○小林武君 私は、文化財はいろいろ種類がございますからね。たとえば絵画とか、それから彫刻といっても木彫りのようなそういう種類のもの、石だとか、そういうものがあるかもわかりませんけれどもね。これは無限に残せるということは不可能だと思うのです。それについてもさまざまな手だてはみんな講じて、そしてできるだけ長く残そうと保存をしたり補修をしよう、そういう特殊技術もまだだんだん開発される、私はそういう努力というものは必要だと思うのですね。ただ埋蔵文化財の場合でございますと、これはやはり現代の建築とか土木とかいうもの、あるいは国土開発というものと従来のそれとはちょっと違ってきたということですね。武道館を例にとると、昔ですとその上に武道館が建ったところでたいしたことはないですよ。まだ木造建築で、土台を少々深く掘ったといったところで、あまり破壊することもなくて終わったかもしれぬ。しかし、いまや建築のあれが全く近代的になりまして、破壊すれば徹底的に破壊するということになるわけです。二度と再現することすらできないわけでありますから、そういうことからいって、私は保存というものについては、考え方として何でも保存するということは不可能だと思うのです。やはりそれは選別しなければいかぬと思うのです。それにはとにかく記録にとどめてがまんしなければならんもの、それからどうしてもこれは重要度からいって残さなければならんというものは、これは埋蔵物文化財の場合は私は例はたくさんあると思うのですよ。原状をとにかく保存したいという考え方だと思うのですけれどもね。そういう点では保存の方法というのはおのずからきまっておるように思うのですね。もう、一つの方向は出ておると思うのですよ。これは記念碑を建てるとかということであるならば、これは簡単に記録にとどめて、そして保存するという程度のことでないですか、私はそう思うのです。その後はどうなろうと、ここにあったと、そういうとどめ方。しかし原状がこわれないように保存するということであるとこれはたいへんなことだと思うのです。これはその意味ではあとから何かしようとする人が非常に不便であるということは、たとえば難波京の場合、これなんかそうでしょうし、それから奈良京の場合だって同じことです。そういういろんな事例があるわけですからね。私はその点でいまになってから、もうどうしたらいいかわからぬというようなことも言われなかったが、大体それに近いようなことをおっしゃることは、なかなか納得がいかぬという気持ちがあるのです。しかしここで、それをきめる基準は何かといったら、他のいろいろな人の意見ではなくて、その道の専門家の皆さんが発掘という、そういう過程を通してこのものの重要度、いわゆる学問的な重要度というもの、あるいは史跡としての価値の重要度というものを決定してきめるべきだと思うんです。何が何でも保存するという考え方は、いまはだれにもないんじゃないかと思うんです、だれにも。何でも残せばいいんだということになれば、いまの国土の総合開発をどんどん広めていかなきゃならぬというのは、これはだれが見ても肯定しなきゃならぬことです。その場合に、何が何でもみな残さなきゃならぬといったら、これは文化財のために総合開発ができないなんということになったら、国土の開発が不可能だということはこれはおかしい。しかしながら、そういうことをやはり忍んで残さなきゃならぬものというのは何できめるかといったら、重要度の問題だと思う。だから、私はその意味で、それぞれの専門の方々が結論を出す前に、われわれがはたからいろいろな異論を述べたり何かすることは差し控えましょうという意味のことを冒頭に申し上げたわけです。そういうことは抜きにして、ひとつ決定が出たら、その決定に従って文化庁としてはひとつ迷わずこの問題について結論を出していただきたい。そうでないというと、先ほどもちょっと述べましたけれども、古都保存法はあっても、古都保存というのはいまやたいへんな事態に当面しているということも聞いておりますからね。あるいはまた、その点でいろいろな問題も起こるやにも聞いておりますから、私の文化庁長官に対する希望は、結論が出たら、これに対してどんな障害があってもき然としておやりになる御決意がありますかどうですかということ、それから、これは文部大臣もその点については責任のある方でありますから、文部大臣も、その点についてはいま申し上げたようなことをお守りいただきたいということを私は申し上げるわけであります。なお、そういうことを申し上げるのは、私は知事の立場も同情しているんです。初めは知らずにやって、とにかく意外なものが出てきた。金は相当かけた。そういう立場としては、地方の自治体の長として、金かけてしまったあとどうするかという苦労は、私は理解しないわけじゃない。しかしそれも、大局的な見地に立ってやはりお譲りいただきたい。特に知事とか、あるいは市町村長というのは、いわば文化財を保護する立場にある行政の責任者でもあるのだから、その人たちが文化財の破壊というようなものを手軽に考えるようなことをやられてはこれは重大だ。私は、奈良、天理の場合には、市長が先頭に立っておやりになっているということを聞いて、その場合にはちょっと疑問をまた感じているものですから、このごろそういう問題が頻発しておりますから申し上げたわけです。
#14
○政府委員(今日出海君) ただいまの小林さんの御意見は全く私も同感でありますし、またそのような方向でいままで私はこの津島遺跡の問題については態度を一切くずしておりません。ただ、いかにも保護のしかたについてまだあいまいなような御印象をお与えしたようでまことに申しわけありませんが、実際にその専門家も、学者も、また歴史学者のほうも、この問題につきましては実は頭を悩ましておるのでありまして、私が不決断だというわけではございません。実際にいままでの例を見ましても、あの登呂遺跡というものをごらんになったろうと思いますが、どうもあれは大した残し方じゃございませんで、あの登呂遺跡につきましては、いろいろな方が研究書を発表しております。調査報告書もございます。ことに今度の岡山のほうの第二回の発掘団長をなされた八幡先生の登呂の発掘の記録というものは、私は非常にりっぱなものだと思います。あのりっぱな著書の何分の一も残されていないのです。あの残し方というものは、私は単なる模型よりも貧しいものじゃないかというように考えまして、何かこの岡山の遺跡があれ以上の残し方があり得るだろうか。あれ以上のものを残さなければ、これに反対をしたり、いろいろこの土地を要求している方々に対しても済まないわけでありまして、何かりっぱな残し方があるかという今後の問題を私はちょっと感想として述べたのでありまして、この学術的な重要性というものにいささかもこれは割り引きする論ではないのでありまして、水稲というものがどういうようにして西から東へ行ったかというものの事跡はこの岡山が最も古いのではないかという結論が出た以上は、私はこれを学問の研究としては、非常に高く評価しておりますし、このためにはどういうようにしたらいいかということでいま悩んでおるというだけのことでありまして、通り一ぺんのことをいたしたのではいけない、そういう悩みなので、非常に私の考えが望蜀の感を言っておるだけで、決意のぐらつきを示したわけではないのでありまして、言い方がまずければ申しわけないのでありますが、ここはわかっていただけると思います。
#15
○小林武君 それでは最後に一言だけ申し上げまして、もう長官のおっしゃることよくわかります。正直言っていらっしゃること私はかえって敬意を表しておりますが、ただ私ども考えて、いろいろな方面の情報を聞きますと、ますます深刻に悩まなければならぬようなことがあるんじゃないかと思って同情申し上げておる。それからまた、学者の先生がいろいろな議論が出るのも、やはりそれもそうだと思うのです。一方ではどうしても残さなければならぬという気持ちを抱きながら、片方ではやはりいまのこの社会の要求といいますか、そういうものとのかみ合いということで苦労なさっておると思う。それは私は何といっても文化財保護法の立場に立って、重要度その他について検討なさった結論に従ってやるより道ないと思う。ですからどうぞひとつ、そういうことで最後の結論がいつごろ出るかわかりませんけれども、何か新聞見ると七月ごろ御決定になるというようなことも出ておったようでありますが、結論を出されて、そうして結論次第によっては、岡山県の知事も非常にたいへんではございましょうけれども、やはり文化財保護という立場からの決断をしていただければというようなことを私は考えたわけです。長官の御苦心はよくわかりましたが、非常に文化財の問題の多いときでございますから、どうぞ一そうの御健闘をひとつお願いいたします。
#16
○萩原幽香子君 三つ子の魂は百までとか、性格形成期は満六歳までとか言われまして、幼児教育の重要性は各人がひとしく認めているかのごとくでございますけれども、はたしてそれほど幼児教育は大切にされ、理解されているのでございましょうか。私はたいへん疑問でございます。
 そこでまず、戦後の幼児教育はどのように展開されてきましたでしょうか。そうして今後はどのような方向をとるのでございましょうか。そういうことにつきまして、まず大臣の基本的なお考えを承りたいと存じます。
#17
○政府委員(宮地茂君) 幼児教育につきましての考え方、理念的なものは大臣からお答えいただくといたしまして、事務的な面で実は私ども、幼児教育の重要性ということを考えておりますが、幼児教育につきましては一応、形といたしましては文部省が扱います場合に、社会教育としての家庭教育等もございましょうが、まず学校教育としては幼稚園教育を振興していくのがまず第一の目標であるというふうに考えます。また、これは教育施設ではございませんが、片や厚生省の所管でございます保育所におきましても、これは学校教育そのものではございませんが、保育に欠ける子供の保育をするということで、これも完全に学校教育ではないけれども、これも教育ではないかと言われれば教育的な面もずいぶんございます。したがいまして、厚生省と文部省の間で十分協議をいたしましてお互いに考え方も統一して、文部省のほうは幼稚園教育、厚生省のほうは保育に欠ける子供についての保育所というようなことで進んでまいります。しからばどのような方向で進んできたかというお尋ねでございますが、私どもが意図します幼稚園教育というものが義務制でないせいもございまして、十分な振興を見ていないというようなことから、昭和三十九年度に一応人口一万人以上の市町村におきます幼稚園の就園率を、昭和三十九年から四十五年まで七年計画を立てまして、一応六三・五月まで高めたいという考えで進んでまいりました。各人口の年度別の幼稚園あるいは学級増の経過はございますが、もし必要でございますれば、後ほど数字的にもあげさしていただきたいと思いますが、そういう状況で進んでまいりまして、今日の段階では五十数%のところまでまいっております。まだ四十五年度まで二カ年残っておりますが、目標の六三・五%に対しましては十数%まだ目標に到達していない。今後二年間大いに全力をあげたい、こういう考え方で事務的に進めている次第でございます。
#18
○国務大臣(坂田道太君) 萩原先生から御指摘になりましたように、幼児教育の重要さというものは、これはもう私が申し上げるまでもないことでございます。また特に最近二十年間の科学技術の進歩、あるいは社会の異常なまでの変革、あるいは都市集中ということを考えた場合に、人間が人間らしく育ち得ないような環境というものもあちこちに出てきた。そういうことがいわば人間疎外というようなことばで言われるような機械的人間、あるいは動物的人間、そういう人間の本質等から遠ざかるような人間ができつつある。そういうようなことを考えた場合に、やはり思い起こしますことは、その幼児期における教育ということがいかに大切か。むしろ、それについてのわれわれおとなの考え方も間違っておるのではないだろうか。あるいは母親の考え方ももう少し改められなければならないのではないか。たとえて申しますと、教育ママということばで呼ばれるように、ただ自分の子供に知的な教育がなされたらそれを喜ぶ。それで人間はりっぱなものであり、いいもであり、理想の人間をつくっておると錯覚をしている。しかし、そんなものではないのじゃないか。むしろやはり、知的教育ももちろん必要だけれども、それに情操教育あるいは徳性、あるいは社会の中における人間というものがどういう交わり方をしなければならないかという、そういう基本的な、人間として一番大事な問題はむしろ、小学校から中学校、高等学校、大学というそういう学校体系以前の、いうならば、就学前教育あるいはまた家庭教育あるいは極端なことを申し上げますと、母親の胎内に宿したときから母親の環境と申しますか、そういうものまでも胎児に影響するし、それが生まれてきてからその影響を及ぼすということすらも今日の医学的な、あるいは精神医学と申しますが、心理学ですか、そういうようなことについての検討が行なわれておるこのときにおきまして、やはり考えてみる必要がある。だからこれは学校教育の中で取り上げる幼稚園教育というものと学校教育というものではないのだ、むしろ、学校教育でとらえるというとらえ方は、幼児のいわば発展段階、年齢に応じた能力開発という真の意味における教育にはならないのだという学説があるわけでございまして、むしろ、フランスはそういう線をとっている。イギリスはちゃんと学校教育の中にはめ込んで、そうしてちゃんと就学前教育というものを考えておる。従来の幼稚園を推進した人たちからは、現在の制度も批判されている。また今度ドイツにおきましては、むしろ、日本の保育所とあるいは幼稚園とを一緒にしたような考え方でもって幼稚園教育というものが考えられているということで、やはりそれぞれの行き方はあると思うわけでございますけれども、幼児教育というものは非常に大切である。先生もお読みになったと思いますけれども、時実というお医者さん、しかも生理学の先生、その方がこの年齢の発達に応じて大脳がどういうふうに発達していくかということについて、脳の研究を通じて解明をしておられます。これはまだまだ完成されたものではないと思いますし、客観的にきちっときまった学説ではないと思いますけれども、しかし、そういう観点で幼児の教育というものを考えてみなければならないと私は思うのでございます。その意味合いにおいて、本委員会におきまして私は、教育の一つの基本的な考え方として、年齢に応じ、適性に応じ、能力に応じた教育というものを準備をしていく。あるいはそういう制度を考えていくということが、これからの二十一世紀に向かうわれわれの教育の考え方でなければならないということを申し上げましたのは、実はそういう意味でございます。その中に、知恵おくれの子供には知恵おくれに応じた一つの教育があってしかるべきだと思います。そういうことも含まれるわけでございまして、普通の人間ならばある一定の年限でいいものを、その知恵おくれの子供に対してはむしろ、その年限を多くしてやるということが、その人の才能を伸ばすことであるし、真の教育であるということ、そういう意味からも特殊教育というものを考えなきゃならないというような意味合いにおいて、私は今後幼児教育というものを非常に重視し、また科学的にも、学問的にも検討を行ない、そしてそれを政治の上にも取り上げていかなければならない。また、その幼児教育振興の予算的措置についても私は力をいたしていかなければならないことだというふうに考えておるわけでございます。
#19
○萩原幽香子君 まことにありがとうございます。大臣のそのお答えを承りまして、私はもう十分あれしたわけでございますけれども、しかしながら、ほんとうに幼児教育というものが大事にされなければならない。まず家庭のあり方ということを先ほどもおっしゃったわけでございますが、まあ社会教育における両親教育の問題というのは非常に重要な問題でございますので、これはもう少し時間をたくさんちょうだいして大臣の御意見を承りとうございますし、社会教育にあずかっていただいております先生方の御意見も十分ちょうだいいたしたいと、こういうふうに考えるわけでございます。まあ胎教からずっと進めていただいて、ほんとうに幼児というものが守られると、そういう制度が確立しますならば、おそらく私はもう人間形成ということは十分に成し得られると、こういうふうに考えるわけでございます。大臣、どうぞひとついまのおことばを十分予算の上にも生かしていただきますように、制度の上にもよろしくお願いをいたす次第でございます。
 そこで、本日は幼児教育、幼児を保育する公的な施設としての幼稚園、保育所の実態について幼児教育振興の上から若干の質問をさせていただきたいと存じます。
 まず最初に、保育所と幼稚園の相違を次の諸点から伺いたいと存じます。
 まず幼稚園の学校教育のほうからお尋ねをするわけでございますが、まず根拠法、それから目的、所轄機関及び認可権者、それから入園の対象者、それから年齢、保育時間、保育内容の基準、施設設備の設置基準、教諭の資格取得の条件、それから国または地方公共団体の負担のあり方、そういう項目につきましてまず学校教育の幼稚園のほうから承りたいと存じます。
#20
○政府委員(宮地茂君) お尋ねの件でございますが、幼稚園の根拠法は、学校教育法でございます。第一条に学校の種別もございますし、その他学校教育法に基づく施行令、施行規則等に詳細な規定がございます。
 目的でございますが、これも学校教育法の七十七条に、幼稚園の「目的」といたしまして「幼稚園は、幼児を保育し、適当な環境を与えて、その心身の発達を助長することを目的とする。」ということで、七十八条にも、これは以下「目標」等が詳細に規定されております。
 それから、認可権者でございますが、一応公立幼稚園につきましては都道府県教育委員会、私立の幼稚園につきましては都道府県知事ということになっております。
 それから、入園の対象者、年齢でございますが、学校教育法の八十条に「幼稚園に入園することのできる者は、満三才から、小学校就学の始期に達するまでの幼児とする。」というふうになっておりますので、三歳から五歳というふうになります。
 それから、教育の時間でございますが、年間特別の事情のある場合を除きまして二百二十日を下ってはいけないということで、幼稚園教育要領という文部大臣の告示いたしました告示がございますが、それには一日の標準的な教育時間は四時間である、ただし幼児の心身の発達の程度や季節に応じてその四時間を適切に配慮してもよいというふうになっております。
 次に、教育内容でございますが、先ほど来申し上げておりますように、学校教育法以下いろいろいろな諸規定で内容の骨子を規定いたしておりますが、学校教育法では幼稚園の保育内容に関する事項は監督庁が定めるということで、監督庁が当分の間文部大臣になっておりますが、それに基づきまして省令もございますが、具体的な、小学校から高等学校までにございます教育課程学習指導要領、これに似たようなものといたしましては幼稚園教育要領というのがございまして、詳細は省略するとしまして、要点を申し上げますと、教育内容としての領域は六項目掲げております。それは健康、社会、自然、言語、音楽リズム、絵画制作、こういう六項目になっております。
 施設の基準につきましては、幼稚園設置基準、文部省令がございまして、お尋ねがどの程度かわりませんので、これにまあいろいろ具体的な設置の基準は掲げられております。
 それから、教員の資格でございますが、これは前回のたびたびの御質問でお答えいたしましたが、大学、短期大学、まあ大学に二年以上就学して教諭になるに必要な所定の単位を修得した者、根拠法は教育職員免許法にございまして、幼稚園教諭一級普通免許状、二級普通免許状、こういうものが大学に二年以上在学し、所定の単位を取った者には所轄庁から免許状が与えられることになっております。
 財政上の問題といたしましては、今日行なっておりますものは公立幼稚園の施設整備費補助、三分の一の補助でございますが、それ。それから園具等設備整備費補助、こういうもの。それから、私立学校にも二年前から私立幼稚園施設整備費補助が三分の一与えられるようになっております。また、私立大学幼稚園教員養成課程設備費補助というものも、これは補助率は二分の一でございますが、ございます。その他、地方交付税におきましても標準団体、人口十万の都市におきましては、いろいろ測定単位その他交付税につきましての所要の規定があり、当該教育団体に交付税が交付されておる、こういう状況でございます。
#21
○萩原幽香子君 ありがとうございます。
 同じことをひとつ厚生省のほうから伺いたいと存じます。
#22
○説明員(岩佐キクイ君) 幼児教育の重要性につきましては、先生が先ほどおっしゃいました御意見のとおり、私もさように考えるわけでございます。
#23
○萩原幽香子君 先ほどのいろいろな相違点について。
#24
○説明員(岩佐キクイ君) それで、第一点でございますが、まず根拠法につきましては、御承知のとおり保育所は児童福祉法によって設置されることになっておるわけでございまして、それを受けまして児童福祉法の政令、児童福祉法施行規則。
 それから、設備基準等につきましては、児童福祉法の最低基準というものがございます。それに従って保育所がつくられていくわけでございます。
 それから、目的でございますけれども、児童福祉法におきます保育所は、保育に欠ける乳幼児を日々保護者の委託を受けて保育することを目的といたしておるわけでございます。保育に欠ける児童と申しますのは、母親が労働だとかあるいは疾病等によりまして自分の子供を保育することができないという場合、そういう状態を保育に欠けるというふうに見ているわけでございます。
 それから所管の行政庁でございますけれども、保育所は厚生省が所管いたしまして、その認可権者は都道府県知事でございます。設置者は市町村等の公立の場合と、それから社会福祉法人等の民間立の両方の場合があるわけでございます。
 それから、入所対象者でございますけれども、先ほど申し上げましたような保育に欠ける子供が市町村内に、地域におります場合に、市町村長がその保育に欠ける状態に応じて措置をするわけでございます。その措置されたものが保育所に入所するということになっておるわけでございます。
 それから、保育時間でございますが、最低基準におきましては、原則として一日八時間ということでございまして、実際上は所長がその地域の実情に応じて決定するということになっておりますが、たとえば朝早い母親のため、あるいは夜帰りがおそくなる方々のためには、時差勤務によりまして、その労働の形態に合わせて保育をしていくというのが実情でございます。
 保育内容の基準でございますけれども、保育所におきましては重要な問題として子供の保護と教育をするということでございますが、具体的にはその子供の発達、年齢に応じまして、特に身体的、情緒的あるいは社会的生活の諸面から保育を行なっているというのが実情でございます。保育指針というものを設けておりまして、それによってその園内の実情を加味して保育を行なうということでございます。
 それから、施設設備の基準でございますけれども、最低基準によりまして設備を規定いたしておるわけでございますけれども、これによりますと、乳児のためには乳児室、それからほふく室、医務室、それから保育室、遊戯室、それから給食を行ないますので、調理室というようなものがおもなるものでございます。
 それから、職員の資格の問題でございますけれども、政令に規定いたしまして、児童の保護と教育に当たるものを保母という名称で呼んでおりますけれども、保母は高等学校を卒業後、厚生大臣の指定する保母を養成する学校その他の施設で二カ年間正規の保母としての教育を履修いたしましたものが資格をとることができる。もう一つの方法といたしまして高等学校を卒業した者で都道府県知事が行なう保母試験に合格したものが資格を取得するということになっております。
 それから、設置する場合の国庫補助でございますけれども、設備費につきましては、年々予算化をいたしておるわけでございますけれども、交付基準によりまして補助基準額というものをきめまして、その二分の一を国庫補助するというのがたてまえになっておりまして、都道府県が四分の一、あとは設置者の負担ということでございます。
#25
○萩原幽香子君 そこで、保育所の最低の規模というのはどれくらいでございますか。
#26
○説明員(岩佐キクイ君) 入所させます子供の定員によりましてその基準がきまっておるわけでございますが、保育室は一・九八平米ということになっております。
#27
○萩原幽香子君 私が聞きましたところでは大体六十人というのが最低の基準だ、こういうことを承ったわけでございますけれども、そういうふうになっておりましょうか。その点ちょっと……。
#28
○説明員(岩佐キクイ君) おっしゃいますとおり、行政指導によりまして保育所の設置認可の基準というものを定めておるわけでございます。それによりますと六十人の定員以上を保育所として認可するということでございますが、四十三年度から都会等におきまして、土地の取得が非常にむずかしい。そのために六十人の児童を入所させることのできるような保育所をつくることというのが困難だという場合におきましては、三十人の小規模の保育所を特例として認めるようにいたしております。
#29
○萩原幽香子君 幼稚園のほうでお尋ねいたしますが、現在の幼稚園の数は幾らございますか。国・公・私立別にお示しをいただきたいと思います。
 なお、私立幼稚園につきましてはさらに学校法人立、宗教法人立、個人立等あると思いますが、その詳細をお知らせいただきとうございます。
 なお、昭和三十九年から現在まで増加しました分につきまして、設置者別にその率をお示しいただきたいと思います。
#30
○政府委員(宮地茂君) いま四十四年度に入っておりますが、四十三年度での数字を申し上げさせていただきますが、国立が四十三でございます。公立の合計が三千五百八十二でございます。それで公立の内訳でございますが、県立が十七、市立が千九百八十三、町立が千四百十、村立が百七十、組合立が二でございます。それから私立の総計が六千三百九十六でございます。内訳としまして学校法人立が千六百十五、その他宗教法人、民法法人等が千九百二十五でございます。それから個人立が二千八百五十六でございます。以上合計いたしますと国・公・私総計一万二十一園でございます。ただ、この学校数だけではちょっと学級の多い幼稚園、学級の少ない幼稚園ございますので、御必要とあらば各学級申し上げてもよろしいんですが、合計いたしましたトータルの学級数を申し上げますと、四万千八百十二学級ということになります。
 そこで三十八年から今日まで毎年ふえてきた数字、これは今日までの合計でよろしゅうございますか。
#31
○萩原幽香子君 設置者別に合計してもけっこうでございます。
#32
○政府委員(宮地茂君) この七年計画を立てましてから今日まで、三十九年度から四十三年度まで五カ年度に新たに設置されましたものの合計は国立が八、公立が七百五十九でございます。七百五十九の内訳は県立が七、市立が四百八十二、町立が二百十八、村立五十、組合立二、合計七百五十九でございます。それから私立の合計が千五百六十七で、内訳は学校法人立が七百四十四、その他が三百五十三、個人立が四百七十、合計千五百六十七でございます。そこで国・公・私立の総計は二千三百三十四校でございます。学級数にいたしますと一万四千三百八十三学級、これが三十九年度から四十三年度までに増加しました数でございます。
#33
○萩原幽香子君 そこでお伺いいたしますが、幼稚園におきまして、七カ年計画の開始年度から四十三年度まで国はどれほどの財政措置をやられましたのか、その合計額と年度別額をお伺いいたしたいと存じます。さらに、四十四年度の国庫補助額についてもお示しいただきたいと存じます。
#34
○政府委員(宮地茂君) これは国庫補助の費目を申し上げますと、公立施設を整備費補助で、公立の市町村立、県立等の幼稚園の建物の補助でございます。補助率三分の一でございます。それから私立学校の施設整備費補助――建物の補助、これが三分の一でございます。それからもう一つ、園具等、これは公・私立あわせて補助いたしますが、園具等設備整備費補助、これも補助率三分の一でございますが、大きく分けまして三つになっております。他に交付税はございますが、一応国庫補助は三項目になっておりまして、それぞれの項目につきましては、三十九年度は公立施設のほらが四千八百五十万円でございます。私立はございません。私立整備費は四十二年度からでございますのでございません。それから園具等は三十九年度が二千万円でございます。四十年度は、公立施設のほうが約一億一千六百万円でございます。それから園具等が三千百五十万円でございます。四十一年度は、公立施設が一億六千四百万円余でございます。園具が四千七百五十万円。それから四十二年度は、公立施設等が三億八百万円、四十二年度から私立の施設整備費補助が始まっております。九千三百万円でございます。園具等が約六千八百万円でございます。四十三年度、公立施設のほうが約三億四千九百万円。それから私立の施設整備のほうが約一億三千七百万円、園具等が約七千八百万円でございます。したがいまして、それぞれ合計いたしますと、公立施設整備費補助のほうが、三十九年度から四十三年度までの合計、概数でございますが、九億千六百万円。それから、私立の整備費のほうが二億三千万円、園具等が約二億四千五百万円でございます。四十四年度の予算額でございますが、公立施設整備費補助のほうが三億九千四百万円余でございます。私立の施設整備費のほらが一億五千五百万円、園具等設備整備費のほうが九千七百万円。以上でございます。
#35
○萩原幽香子君 そうしたら、大体四十四年度で全部合わせまして国としてはどれだけの費用をお出しくだすったことになりますか、幼稚園に対しまして。四十四年度予算でございますが。
#36
○政府委員(宮地茂君) 三十九年度から四十三年度までの三項目にわたりましての合計は十四億六千万円でございます。それに四十四年度の予算額が六億四千六百万でございます。したがいまして合計しまして二十一億六百万円ということになります。
#37
○萩原幽香子君 ありがとうございました。
 同じことをどうぞひとつ保育所のほうから。
#38
○説明員(岩佐キクイ君) まず保育所の整備計画についてお答えを申し上げます。保育所の入所児童につきましては、そのときの保育に欠ける状態にある児童がどのくらいあるかということをもととして整備計画を立てておるわけでございますが、昭和三十九年五月の行政調査によりますと、百二十一万人の要保育児童がいるということでございましたので、その数字をもとにいたしまして昭和四十二年からその時点におきまして保育所に入っております子供が九十一万でございまして、まだ不足しておりますために、保育所に入所することができないという子供が約三十万ということでございます。したがいまして、緊急にその三十万の子供の入所をはかる必要があるということでございまして、昭和四十二年度から年次計画をもって入所をはかっていくという計画を立てましたわけでございますが、その計画によりまして進めておるわけでございますが、その計画によりまして、四十二年度は国庫補助分四百五十カ所、それから四十三年度におきましては国庫補助分の保育所が五百カ所、四十四年度におきましても五百カ所の保育所をつくっております。そのほか、たとえば都道府県が単独で補助金を出してつくる保育所もございます。あるいは民間の方々が児童福祉のやむにやまれぬ情熱と熱意から御自分の力でつくっていかれるというふうなものもございまして、それらを合わせますと、この緊急整備計画は順調に進んでおるものというふうに私どもは考えておるわけでございます。
 これに要しまする国庫補助がどのくらいであったかということでございますが、四十二年度には四百五十カ所分として三億五千万円、それから四十三年度は五百カ所といたしまして四億八千万円、四十四年度が五百カ所といたしまして五億七千万円でございます。
 それから、これらの保育所を運営してまいります措置費といたしましては、四十二年度に百七十三億、四十三年度が二百十六億、四十四年度に二百九十六億ということになっておるわけでございます。
 それから、設置主体別のお尋ねでございますけれども、四十四年の三月現在によりますと、一万二千七百五十カ所、約百四万の児童が入所をいたしておるわけでございます。公立と民間の割合は、公立が約六割、民間が四割ということでございます。
#39
○萩原幽香子君 ありがとうございました。
 いま伺いましたところでは、昭和四十四年度で保育園では大体三百億、措置費を合わせまして出ているわけでございますね。幼稚園では大体七億足らずが国庫補助になっている、ということは幼稚園は非常に設置者負担主義だということが言えるんではございませんでしょうか。で、まあ幼児教育は非常に重要だ重要だとおっしゃってくださったわけでございますけれども、それに対しましての国庫補助はあまりにも少額に過ぎるんではございませんでしょうか。先ほども文部大臣は非常に幼児教育は大事なんだと、こうおっしゃってくださったので、たいへん私はうれしいわけでございますが、四十四年度ではわずか七億というのではまことに心さびしいという感じがするわけでございます。
 そこで伺いたいわけでございますが、保育所は保育に欠ける乳幼児の保育がたてまえになっている、これは先ほどの御説明のとおりでございますね。ところが幼稚園との区分につきまして、市町村や一般市民の間では、それほど幼稚園というものと保育所というものとの区分が明確になっていないということなのでございますが、そういうことについて文部省と厚生省はどういうふうにお考えになりますでございましょうか。たとえば、厚生省の三十九年の六月の調査を見てみますというと、高知県では保育に欠ける子供の率が四九・四%、保育所の修了者が六四・九%、長野県では保育に欠ける子供の率が四〇・七%、この修了者が六二二%、鳥取県では三八・一%、そして修了者が五七・八%、このような例をあげるまでもなく、昭和三十五年に行政管理庁が保育所に関する行政監察の報告をなされておりますが、その中に、保育に欠ける以外の子供がかなり保育所の中にいること、また保育所が幼稚園と同じような運営をしていることが指摘をされているわけでございます。たとえば春季、夏季、冬季の休暇制をとっている保育所がかなりあるということ、それから小学校の入学一、二年前の年齢児が非常に多くて、三歳未満の子供が少ないということ、したがって入学の準備、しつけなどを理由として入所し、幼稚園的保育によって経営されているというようなことが指摘されているわけでございます。こうした保育所の幼稚園化現象について厚生省はどのような把握をなされておりますか、またこれからどのように御指導をなさるおつもりでございましょうか、承りたいと存じます。
#40
○説明員(岩佐キクイ君) ただいまの保育所と幼稚園との関連につきましてでございますが、たまたま先生が御指摘になりました高知、長野、鳥取の三県は非常に保育所の設置率が高いところでございまして、たとえば高知等におきましては、そういう結果もあろうかと思うわけでございますが、ただ、私ども承知いたしておりまする数字はそれほど高くなっておりませんので、その点につきましては、また私どももその数字についてはいろいろと検討をしてまいりたいと思うわけでございますが、要するに、保育所に保育に欠ける子供である者が入所して当然であるのに、保育に欠けるという状態でなしに、単なる集団生活を経験させるために入所させているというような者があるとすれば、それは保育所の目的に沿わない子供が入所しているということになるわけでございますので、この点につきましては、私ども毎年入所措置の適正化という通知を出しておりまして、都道府県を通じて市町村長の指導をいたしておるわけでございます。
 御指摘の、春秋の休暇をとったり、あるいは夏休みをとったりというふうな点もあるということでございますけれども、たとえば夏休み等でございますと、母親は働いておりますけれども、その子供のにいさんなり、ねえさんなりが家庭に残っておりますために、その時点において保育に欠けないという状態があれば、それは休んでもいいかと思うわけでございますが、ただ全園が休むということにつきましては問題があろうかと思うわけでございますので、そういうことにつきましては今後とも十分に改善につきまして指導をしてまいりたい、そうして真に保育所を必要とする子供さんたちに利用していただくように指導してまいりたい、こういうふうに考えておりますので御了承をいただきたいと思います。
#41
○国務大臣(坂田道太君) いま厚生省からもお答えがあったわけでございますが、やはり幼稚園とそれから保育所との関係は、これは長年両省間の折衝をしておるのでございます。一応は、昭和三十八年の十月に、当時の文部省の初等中等教育局長の福田君と厚生省の児童局長の黒木君との間において覚え書きがかわされ、それに基づきましてその調整をずっと続けてきています。しかし、いま厚生省からお答えになりましたように、具体的な問題としましては、やはり保育に欠けない者でも保育所に行っているという実態はあろうかと思います。しかし、これも現実の実態を考えてみると、それじゃ、保育に欠ける者があるところに保育所がある、しかしそこに幼稚園がなかった場合どうなるかと考えた場合に、それじゃ額面どおりにもうそういうものは絶対に入れない、こういう指導をやることがいいのかどうなのかということになりますと、原則はそうなんだ、しかしやはりそれはある程度大目に見てあげようということのほうがいいのではないか。だからそういう意味から考えて、もう少し、幼稚園と保育所というものの、保育に欠ける者ということは前提としてあるんだけれども、それから保育に欠けない者もあるんだけれども、そういう者も文部省と厚生省とが一体となって、国民の側から見れば、そういう国の施設があって、そこにおいてある者は教育が行なわれる、幼児教育については文部省的なあれをやるということができないものだろうかという気がして実はならないのです。
 それからもう一つ、理念的に申し上げますと、先ほど私、おかあさんの胎児教育からという極端なものの言い方をしたわけですけれども、その意味はどういうことかというと、子供を育てるというのがやはりおかあさんとしての一番の大事な使命である。もちろん、生活がどうしてもできないために子供を保育しなければならない場合もあります。かぎっ子といわれるようなものもありますけれども、本来、教育的なわれわれの立場から言うならば、やはり小さいときにおいてはできるだけ、多少のぜいたくはしないでも、少し貧しくとも、むしろ自分の手元において子供を教育するということが私の一つの教育理念なんです。これに対して御批判もあると思いますけれども、たとえば時実さんの説によりましても、子供のコミュニケーションにしても、ことばとかあるいは身振りとかいろんなことよりも、最も直接的なことは触れ合うということ、それが最高のコミュニケーションなんだ、それが忘れられるということになるとコミニュケーションができないことになる。これは私は非常にむしろ生物学的な基本的なものじゃないかというふうに思います。その意味において私は、労働省、あるいはまた厚生省、文部省というものがこの辺のことをやはり考えながらいかなければいけないのであって、どうしても経済的にいけないという子供に対しては国は何かやらなければならぬ。しかし、できるならば子供と親とは幼児期においては一緒にさせていく。そして、それが足りないというのは別な施策がだめなんだ、生活水準を高めるという努力を私はすべきだというふうに割り切っております。しかし、これに対してもいろいろ御批判はあると思いますけれども、私はそういうふうに考えなければならぬと思います。ドイツの場合におきましても、むしろ幼児教育というものは家庭にあるのであって、幼稚園というものをやっているけれども、それはまさに補完的なものであるという考え方が貫かれております。これもやはり一つの考え方で、見識ある考え方だというふうに思うわけでございます。どの点を取り上げるかということは今後の課題でございますけれども、その人間と人間との関係、あるいは親と子供の関係、幼児と母親との関係というものが、三つ子の魂百までとおっしゃいましたけれども、やはり影響を持つということは近代社会になっても変わらないと、むしろ近代社会になってあらためてそのことを考え出す、思い出さなければならぬのではないかというふうに私は思うわけでございます。今後とも厚生省と文部省と、こういうふうな点につきまして、隔意のない意見の交換をやり、協調すべきは協調し、主張すべきものは主張し、また御指摘のように、あまりにも乏しい予算につきましては、最善の努力を払ってまいりたいと、かように考えております。
#42
○萩原幽香子君 大臣のおっしゃることは私も全く同感でございまして、それだからこそ私たち婦人議員といたしましては、せめて婦人教員だけにつきましても、育児休暇というものをぜひいただいと、こういうことをお願いをしておりますまつ最中でございます。ほんとうに三歳ぐらいまではおかあさんの手によって育てられるということがこれは一番いいことだと思います。ところが、現実はどうかと申しますと、総理府の統計局の調査によりますと、二十八歳から四十歳までの婦人たちが三十九年から四十四年までどのように変わってきたかということを考えてみますというと、昭和三十九年では二百四十六万、四十年では二百五十七万、四十一年では二百七十四万、四十二年では二百九十万、四十三年では三百三万、それが四十四年の四月では四百八十四万と婦人の労働者がふえている。そういうのが実態でございます。しかもそれが二十五歳から二十九歳という、いわゆる幼児を持つおかあさんたちの数がこんなにもふえているというのが実態でございます。私どもの願いは、なるほど三歳までぐらいはおかあさんの手によって育てられたい、できるだけ両親とともにあらしめたい、こういう願いでございますけれども、その願いとはおよそうらはらな現状が出てきている。こういうことはやっぱり私は踏まえなければならないのではなかろうか、こういう考え方をするわけでございます。そういうことのために、神戸市におきましては、保育所の必要ということを訴える声が圧倒的に強くなっております。神戸市の実態でございますが、五位の池保育所に例をとりますと、定員七十名であったのを最近八十名にした、それでも現在定員は一ぱい、なお希望するものが多く、現に三名欠員ができたといったら六十名ぐらいの申し込みがあったということでございます。また申し込んで三年たっても入所ができない。やっと職だけ見つけたけれども、保育所が満員で子供の問題が解決できないので職をあきらめたという未亡人、あるいは子供がいるから働けないのに、働いていないから入所させないと言われた、こういう悩みもあるわけでございます。全くそういうふうな過密地域ではほんとうはポストの数ほど保育所がほしいというのが母親たちの願いということにもなるのではございませんでしょうか。しかも、この働くということにつきまして、これは労働省から出されております勤労者の就労の目的でございますが、この中で生計費の不足を補うためというのが圧倒的に多いわけでございます。その次には、子供の教育資金をつくるためというのが次いでいるわけでございますけれども、こういうことを考えてみますと、母親というものはどのようにして働こうとしているかということもわかるようでございます。先ほど厚生省のほうのお話でございましたが、私が厚生省の四十三年八月の調査を見ますというと、保育所に入る必要のある乳幼児は百四十八万四千人というように出ておったのでございますが、これは間違っておりますのでございましょうか。そうしてそういう百四十八万四千人の中に、先ほど申しましたような親の子供が含まれているのでございましょうか、どうでしょうか。また、パートタイムで働かれる方の子供の数は含まれているのでございましょうか。こういうことを考えてみますというと、私は非常に心配なような感じがいたします。
 そこで、調査の中で、現にはみ出している子供が五十一万と私はながめたわけでございますけれども、その五十一万という子供は一体どのようにしたらよろしいのでございましょうか。保育に欠ける子供が現に五十一万もある。そうして順調に進んでいるということでございますけれども、私は何かなしにまことに心配なような感じがするわけでございます。
 また、労働省の調査で、四十二年の十月に調査されているのを見ますというと、母親の就労中はどういうふうになっているかという調査でございますが、それに対しまして、家庭内で家族が見ている、本人と一緒に目の届くところにいる、そういうのもあるわけですが、保育所に預けている、無認可の育児施設に預けている、幼稚園に預けている、こういうのがあるわけでございますが、その中で私が非常に気になりますのは、一人でいるという子供が出ているわけでございます。この一人でいるというのは一、二歳でございますと、その就労者の四%が一人でいるというわけでございます。そうして三歳から六歳までになりますと、一人でいるというのが七%と、こういう数字が出ているわけでございます。数は少ないようでございますけれども、一人でいるということは、一体この子供はどんな生活をしているのでございましょうか。二歳から六歳までのような子供が一人でいて、はたしてこれはどういう生き方をしているのだろうかと、私は考えないわけにはいかないわけでございます。
 この間私は根津というところに参りました。その根津というところでは、私たち明石の師範を卒業した者の東京支部の会がございますが、そのときに出ました話を聞いて私はりつ然としたわけでございます。満五歳の子供が中心になりまして、保育所にも行けない、幼稚園にもいけない、そのはみ出した子供が、満五歳が中心になって、三歳、四歳の子供で集団をつくり、そうして万引きをする、あるいはおとなが顔負けをするような悪い遊びをしている、こういうのはどうにかならないものでございましょうかというのが私にぶっつけられてきたわけでございます。私はその話を聞いてほんとうに驚いたわけでございますけれども、こういう問題について、文部省もあるいは厚生省も、ほんとうに幼児教育を考える立場に立ってどのようにお考えになるのでございましょうか、承りたいと存じます。
#43
○説明員(岩佐キクイ君) ただいま御指摘の保育所不足の状況につきましては、私どももかねがね頭を悩ましている問題であるわけでございます。
 そこで、先ほど私が申し上げました調査の数字でございますけれども、調査時点が違っておりますために、緊急整備計画は三十九年度の調査によりまして立てましたので、その数字を申し上げたわけでございますが、その後先生がおっしゃいますように、婦人の労働人口というものが非常にふえてまいりまして、特に御指摘の二十五歳から二十九歳の若いおかあさんの方の共かせぎの状態がふえてきているというような社会の状態に対応いたしますために、なお四十二年の八月一日にあらためて要保育児童の調査をいたしたのでございます。それで先生がおっしゃいましたような百四十八万の要保育児童でございまして、その時点で保育所に入っております子供は九十六万でございましたので、約五十一万ぐらいがまだ保育所が足りないために入所できないということでございます。そこで私どもはこの従来からの緊急整備計画になお修正を加えまして、入所の増加をはかるように設備の整備に努力をしてまいりたい、こういうふうに考えておるわけでございます。
 それから、先ほどおっしゃいましたように、いろいろ具体的な事例をおあげになりまして、幼児が保育所がないために、あるいはその他の集団で児童の世話をする施設がないために、いろいろと非行に走るというような状態があるという御指摘でございますが、ほんとうに私どももそういうことでは子供さんが非常に問題でございますし、それからまたそのことは、ひいてはいろいろな施設が不足しているということに起因するものであるというところから、責任を感じまして、できるだけそういう状態を早急に解決するように持っていきたいというふうに考えておるわけでございます。
 いまのようなことを申し上げまして、なお、また御意見を賜わりたいと思います。
#44
○萩原幽香子君 時間がきたようでございますが、どうぞひとつよろしくお願いを申し上げる次第でございます。
 また、文部大臣のほうからは、そういうことにつきましての御返事がいただけませんで、たいへん残念でございましたが、どうぞ幼児教育の重要性、そうして、そういったところに育った子供たちが将来どのように成長してくるかということをどうぞひとつお考えを賜わりたいと思うわけでございます。
 最後に、私は子供の事故の問題について調べたことがございますが、一歳から四歳までの幼児の死亡率の中で、一番多いのが不慮の事故で三九・四%、それから五歳から九歳では四二・二%と圧倒的に多い数字を示しておりますわけでございます。文部省は幼稚園の中に保育に欠ける幼児がどれだけいるのか、それもひとつどうぞお調べをいただきたいと思うわけでございます。保育所は保育に欠ける者が入っていても、それはそうむずかしく考えなくてもいいじゃないかと文部大臣はおっしゃったわけです。それは私もそう思います。けれども、幼稚園の中に保育に欠ける子供がいて、四時間で帰されたあとどういうふうな生活をしているか、こういうことについても、交通事故なんかの問題といろいろからみ合わせながら、あるいは小さな子供たちの非行の問題ともからみ合わせながらお考えをいただきたいと存じます。
 すべての子供にひとしく就学前の教育をと願うことは、やはりひとり親だけではなくて、心ある人々がみなおそらく心を一つにしているところだと考えるわけでございます。そこで、教育制度全般につきましては、いつも文部大臣がおっしゃいますように、中教審の答申ということを重要視されることもあるわけでございますが、義務教育開始以前の幼稚園、保育所のあり方につきましては、現状に即し、そうして将来を見通して真に幼児教育振興のための施策をお考え願いたいと考えるわけでございます。幼稚園と保育所の二元的なあり方もだんだんと崩壊されつつある時点に立ちまして、文部省も厚生省も、両省の御英断を切に期待いたしまして質問を終わらせていただきます。
 ありがとうございました。
#45
○委員長(久保勘一君) 本件に対する本日の質疑は、この程度にいたします。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後零時四分散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
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