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#1
第061回国会 文教委員会 第20号
昭和四十四年七月一日(火曜日)
   午前十時三十分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 六月二十六日
    辞任         補欠選任
     萩原幽香子君     中村 正雄君
 七月一日
    辞任         補欠選任
     中村 正雄君     萩原幽香子君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         久保 勘一君
    理 事
                楠  正俊君
                田村 賢作君
                小林  武君
                安永 英雄君
    委 員
                小林 国司君
                大松 博文君
                中村喜四郎君
                永野 鎮雄君
                平泉  渉君
                二木 謙吾君
                吉江 勝保君
                秋山 長造君
                川村 清一君
                鈴木  力君
                萩原幽香子君
   国務大臣
       文 部 大 臣  坂田 道太君
   政府委員
       文部省初等中等
       教育局長     宮地  茂君
       文部省管理局長  岩間英太郎君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        渡辺  猛君
   説明員
       文部大臣官房審
       議官       西田亀久夫君
       文部省初等中等
       教育局初等教育
       課長       徳山 正人君
       厚生省児童家庭
       局母子福祉課長  岩佐キクイ君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○昭和四十四年度における私立学校教職員共済組
 合法の規定による年金の額の改定に関する法律
 案(内閣提出、衆議院送付)
○教育、文化及び学術に関する調査
 (山形県における教員の処分に関する件)
 (幼児教育に関する件)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(久保勘一君) ただいまから文教委員会を開会いたします。
 委員の異動について報告いたします。
 本日、中村正雄君が委員を辞任され、その補欠として萩原幽香子君が委員に選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(久保勘一君) 昭和四十四度における私立学校教職員共済組合法の規定による年金の額の改定に関する法律案を議題といたします。
 本法案につきましては、すでに提案理由の説明を聴取いたしておりますので、これより質疑に入ります。
 政府側から坂田文部大臣、岩間管理局長、以上の方々が出席いたしております。
 質疑の申し出がありますので、これを許します。安永君。
#4
○安永英雄君 提案されております本法案は、確かに私学の振興の一方策として意味があると思いますが、したがって、私はその前に私学振興の基本的な方策、こういったものについて質問を申し上げてみたいと思います。
 今日までのこの私学自体の教育活動あるいは研究部面においての実績というのは非常に高い。特に、大学に学ぶ者の約七〇%以上を私学で教育しておるという現状から見て、これは国家、社会に対する貢献度というのは非常に高いし、質的にも今日まで相当な維持向上をつとめてきておるとは思いますが、それだけにやはりわが国の高等教育、大学教育というものについて占める使命というのも大きいわけで、この私学の振興ということが、わが国の教育に大きな影響をもたらすこともたしかであります。特に、戦後の急増してきた学生、生徒、こういったものに対する私学の果たした役目というのも、非常に大きかったと思うんです。
 そこで、私自身はこの私学の振興については国がもっと力を入れてやるべきだという考えのもとに質問を申し上げるわけでありますが、まず第一番にお聞きしたいことは、現在の大学紛争の中で私立大学の関係の紛争というのはどのくらいの件数があるのか。さらにまた、その紛争の主たる原因というのはどこにあるのか。もちろん、国立、私立を問わず、現在の紛争というのは共通した一つの大きな事由があるわけであります。この点については、大臣から何度も本委員会においても聞いたわけでありますが、ことに私は私学という立場に立った場合の紛争というのは、そこに共通したものがあるというふうにも、世論調査等でも出ておりますが、私もそう考えます。そういった点についての現状について、これは局長でけっこうですから、お答え願いたいと思います。
#5
○政府委員(岩間英太郎君) ただいまいわゆる紛争と言われております、つまり封鎖が行なわれるとか、あるいはストライキが行なわれるとか、そういう状態にございます私学は、私どものほうでは十六校というふうに一応考えておりまして、そのうちのおもな原因でございますけれども、これもいろいろございまして、学寮の管理の問題、あるいは学費の値上げの問題、あるいは学園の民主化の問題等がございます。ただいま安永先生御指摘になりましたように、私学には私学の特色があるじゃないかというお話でございますが、私学は、国立学校、公立学校と違いまして、設置者が学校法人でございます。そういう関係から申しまして、学費の問題、あるいは学園の民主化と申しますか、そういうふうな関係の問題が出ておりますが、私学の関係者のことばによりますと、先ほどやはり御指摘ございましたように、これは国立、公立を通じまして共通のやはり問題じゃないかという点が一点でございます。それからもう一つは、これは私学の独自の言い分でございますけれども、国立のほうで紛争が起こって、その余波が私学のほうにも及んでいる、たいへん迷惑をしておるというふうな感想もございます。そのうちのどれが正しいかよくわかりませんが、確かにそういうふうなこともあろうかというふうに考えております。
#6
○安永英雄君 一番最後におっしゃた、国立の余波を受けておるとは、私は実は考えていないので、これは国立、私立を通じて当然起こるべくして起こったような紛争であるというふうに私は考えます。私はここで大学の紛争の問題について深く質問して意見を申し上げたりする考え方はありませんし、これは将来十分討議をする機会もありますが、ただいま局長もおっしゃったように、私学の紛争というのは、いわば学校の経営、特に経済面、こういう経営難、こういったものに深くやはり根をおろしておるし、そこから結局施設あるいは教員不足、こういったとこからマンモス教育あるいはあとで詳しく私はただしたいと思うのですけれども、教育条件、こういったものの低下、こういった中から生まれてくるし、あるいは学生が納める納付金、こういった問題もそこから紛争の端緒になっている。あるいは教育費の不足、研究費の不足あるいは厚生施設、こういったものに対する施設が非常に不十分だ、こういった点から起こってきておる原因だ。これはいまおっしゃったところだと思うわけです。したがって、大学紛争のこの処理という問題については、他で触れてまいりたいと思いますけれども、私はやはり私学というものが、いま大きな曲がり角にきている。紛争にかかわりなしに――どうしてもかかわるという点はありますけれども、それとは別個に考えても私学の今日までのこの実績、そうして現在膠着しておる、いま申したような問題から考えて、非常に危険な状態にきているし、早急に国としても手を打たなければならない問題が山積しているというふうに考えるわけです。そこで、これは先月二十日の日に、佐藤総理がこの私学の問題に触れて、国立大学の学生に対する国の負担に比べて、私学に対する国の援助はきわめて少ない。社会に対する貢献という点から見ても、国立、私立の大きな差があるのは妥当ではない、こういう発表が行なわれ、さらにこれについては本格的に取り組んでいくのだという姿勢を示されております。で、これはこの前の委員会でしたか、萩原委員の質問に対しても、文部大臣としてはやはりこの私学に対する補助の問題を基本的にこれは考えなければならないし、その時期がきたということもおっしゃっておるわけです。で、私も先ほど申し上げたように、紛争という問題と切り離しても、この問題はどうしても解決しなければならない。よく大臣も、国立の紛争という問題については、国立学校のこの学校当局、こういったものが管理能力を失っている。そして熱意がないということを言われ、そのときにいつも引き合いに出されるのが、私学の問題なんで、親方日の丸という国立とは違って、これは自分の生活にも影響してくる問題だし、その取り組みが非常に真剣だ、こういうこともおっしゃっておるし、総理大臣がこの問題を本格的に取り上げるぞという言明をされたときも、やはり同じような意味で、私学、国立の関係の紛争の処理についての差異を特に強調されておる。こういった点は確かにあるかもしれないけれども、私が先ほど言ったように、基本的に、いま紛争処理という問題と切り離してでも、私学の振興については相当大きな方策を打ち立てなければならぬ時期だと、こういうふうに思っておるわけです。したがって、確かに総理大臣も、そういった気持ちで私学の今後の振興という問題について画期的な手を打とうという気持ちと私は察するわけです。また、私もそうでなければならないという意見を持っていますから、したがって、ここで大臣にお聞きしたいのは、そういった、やはり基本的にいまから私学の振興をさらに画期的に進めていこうというときにあたって、ぜひともやはりお互いにここで確認をし、確かめ合っておかなければならない問題は、これはどうしてもやはり憲法八十九条という問題と私立学校法の五十九条、こういった問題等が明らかにしておかなければならぬ問題ではないか、こんなふうに思うわけです。これは国会ではある時期では非常に論議になった問題でありますけれども、私ずいぶん調べてみましてもこれについてのはっきりとした解釈というものが出ていないように感じますし、そういう時期でありますから、大臣からひとつお答え願いたいと思います。
#7
○国務大臣(坂田道太君) 私からのお答えを申し上げます前に、ちょっと局長から御答弁させます。
#8
○政府委員(岩間英太郎君) 憲法八十九条には、公の支配に属しない教育の事業に対しては公金等を支出することができないというふうな規定がございます。したがいまして、私立学校、これは教育の事業でございますが、公の支配に属しておるかおらないかということが問題になるわけでございますが、先生御承知のとおり、ただいま私立学校につきましては、設置とか、廃止とか、それから教職員の資格、教育内容等につきまして公の規制を設けております。また、私立学校の設置主体でございます学校法人につきましても、その設立、それから解散、役員、寄付行為の変更等につきまして認可を行なうというふうな規制が加えられております。それからさらに、ただいま御指摘のございました私立学校法第五十九条以下におきまして、国が助成をいたします場合の私立学校あるいは学校法人に対する規制をいたしておりまして、ただいまのところでは、私どものほうは、これだけの規制を行なっておればこれは公の支配に属しておるというふうに考えてよろしいんじゃないかということでまいっておるわけでございます。しかし、これは学説の点から申しますと、公の支配に属するというのをきわめて厳格に解する学者もいないことはございません。ただいまのような規制の程度では公の支配に属するとは言いがたい。たとえて申しますと、人事権とか、それから財政権とか、そういうものまで規制をしなければ公の支配に属するというふうには言いがたいのだというふうな説もございますが、また他方面ではこの判断というのは、これは政策的に考えてしかるべきものじゃないかというふうな御判断もございます。世の中は常に動いていくわけでございまして、そのときどきに応じましてそういう判断をするということは当然あり得るわけでございまして、私どもといたしましてはただいまのような私立学校法におきますいろいろな規制、あるいは学校教育法その他の法律におきます規制によりまして私立学校は公の支配に属すると考えている次第でございます。
#9
○安永英雄君 公の支配に属しない教育事業というものの見解をいま伺ったんですが、しかし、いろんな学説はあったとしても、いまのでは私ははっきりしないと思う。要するに、私立学校というのは公の教育に属しない事業というのではないとおっしゃったのですか。それともあるとおしゃったのですか。そこのところをはっきりしてください。
#10
○政府委員(岩間英太郎君) ごたごた申し上げましておわかりにくかったかと思いますが、政府といたしましてはただいまの私立学校法あるいは学校教育法その他の法令によりまして、私立学校に対しましていろいろ規制をいたしております。そういう現在の規制でもって公の支配に属していると認めることが妥当であるというふうに考えておるわけでございます。したがいまして補助金その他の公金の支出あるいは貸し付け、そういうものを行なってるというのが現状でございます。
#11
○安永英雄君 そうすると、国立学校と私立というものの差というのは、これはもちろん教育の目的のところにはっきり書いてありますが、問題は基本的にどこが違うんですか。
#12
○政府委員(岩間英太郎君) 国立学校と私立学校の差異でございますが、国立学校はいうまでもなく国が設置する、それから私立学校につきましてはこれは学校法人が設置をするというふうな設置者の相違がございます。それによりまして私立学校につきましては私立学校法の規定がございますように、私立学校の自主性というものをできるだけ尊重していくというふうな考え方でもって現在私立学校法ができておるわけでございますが、そういう点におきましてできるだけ自主的な教育の運営によりまして独自の教育が行なわれるというふうなことでございます。もちろん国立学校につきましても教育公務員特例法その他学校教育法等におきましても教授会その他の権限が非常に大きく認められておりまして、そういう意味では自主的に教育をやってるという面はもちろんございますが、私学につきましては学校法人の判断というものがきわめて大きく認められているわけでございまして、そういう意味から申しますと、自主性がきわめて強いと申しますか、教育におきましてそういう相違があるわけでございます。
#13
○安永英雄君 それでは一応公の支配に属するという立場をとられるとするならば、具体的に私立学校法の五十九条の中で、これが一つの支配の形態を示すというふうに考えるわけでありますが、その自主性を尊重するという立場と、そして公の支配、特にその代表として国があるいは文部省が私学に対してどういう支配をするかという問題については、非常にこれはそのかね合いがむずかしいということは当然でありますが、私はそこが言いたい。大きくいまから私学の振興に乗り出していこうといった場合に、自主性を尊重し、それを伸ばしていく、自主独立の私学のいいところを伸ばしていこうという立場と、大きく財政等の援助もやりながらそれを強化していこうという立場と、そのかね合いをこの際はっきりしておかねばならないという意味で申し上げているわけなんです。したがって、過去の問題として一応確めておきたいと思いますのは、公の支配を受けているという立場で、そのために国はどうタッチしておるかという問題についてお答え願いたいと思うんですが、それは端的に五十九条の三項ですね。この三項は会計報告を徴するということになっていますが、具体的には全国の私学についてのこの会計の報告というのは文部省としてはどのような形でやられているかというのをお聞きしたい。
 それから二番目に不適当と認めたときにはさらに勧告をするということができることになっておる。これは過去にどういったことをやられたか、あるいはまた次の項では、役員の処分、こういった問題で解職の勧告、こういうことができるようになっておる。さらにはまた四項で、この助成を打ち切るという強い規制もあるし、六十二条のごときは、これは解散を命ずるという解散権まで持っておる、こういうことが明記されておりますが、ここらあたりが教育の内容をずいぶん、私も言いたいこともありますけれども、それはきょうは触れないとして、こういった援助という問題と、私学に対する国の規制、こういった問題、先ほど私が気にしておるいわゆる自主独立、こういったものを養成していくという、守っていくという立場、これに端的に出てくると思うのです。過去どういうことをされたか、またこの適用にどうひっかかってきておるか、こういった点で発動をどうやられたかという点についての実態をひとつお聞きしたい。
#14
○政府委員(岩間英太郎君) ただいままで補助金を行ないました場合には、五十九条の第三項第一号の規定によりまして、「業務又は会計の状況に関し報告を徴する」、これは随時やる場合もございますけれども、大体毎年の決算を私どものほうでは徴しております。それでもって各学校の業務または会計の状況がわかるわけでございまして、そういう方法によりまして報告を徴しておる次第でございます。
 それから第二号に、予算の変更に関する勧告の規定がございます。これはいままでこういうことをやった例は一つもございません。
 それから第三号につきましては、ただいま御指摘ございましたように、役員の解職の勧告の規定がございます。この点につきましては、昭和三十五年に学校法人名城大学に対しまして役員を解職すべき旨の勧告を行なった例がございます。しかし、この名城大学の場合には、この国の助成の使途その他の関係もございますけれども、やはり根本には学校の法人の中におけるいろいろのトラブルがございまして、その点につきましては先生も御承知だと思いますけれども、そういう背景のもとに実際に役員の解職の勧告を行なった例はございます。これが一件あるだけでございます。
 それからそのほかいろいろ規定がございますけれども、実際に、具体的に発動した例はもちろんございません。第六十二条の解散命令につきましても規定がございますが、これは「他の方法により監督の目的を達することができない場合に限り、」というような制限がついておるわけでございまして、この点につきましては、もちろん発動した例はございません。
#15
○安永英雄君 次の質問に入る前に、ここでひとつ総理大臣も私学振興の問題についてはある程度はっきりした態度を出されているし、この前の萩原さんの質問についての大臣の答弁を聞いておりますと、ちょっと歯切れが悪いところもずいぶんあるようですし、ほんとうに具体的に、たとえば来年度予算あたりにずいぶん積極的に取り組むのかどうか、こういった積極的な具体的な問題も出されていないし、あるいはまた、これは新聞情報等でありますけれども、自民党筋等では具体的にこの問題についても検討されているということも聞きますし、ここで私学の現在の振興策について大臣の考え方を聞きたいと思う。
#16
○国務大臣(坂田道太君) 先般、総理大臣もお話になっておりまするように、私も今日私学が果たしております役割り、貢献度というものは、安永さん御指摘のとおり、そのように考えておるわけでございまして、その貢献度が高いにかかわらず、どうも国立大学と私立大学とでは、国費の支出の度合いが著しく開いておるという事実もあるわけで、たとえていえば国立大学の学生一人当たりに七十六万円程度にもかかわらず、私立百万の一学生当たりに対しては、財投を含めて三万円程度というわけでございます。今日、百五十万ぐらいの学生総数の中に国立が三十万、しかもいま御指摘のように、七十数%を占める百万の私立大学の学生一人に対して、設置者というものが学校法人であるがゆえに一人当たり財投を含めて三万円というのはあまりにも問題ではないか、 ことにまた、授業料にいたしましても、国立の場合は一万二千円にもかかわらず、私立の場合は十万円程度その他いろいろの納付金等も加えると、私学に学ぶ学生の負担というものは非常に大きい。そしてまた今日、私立大学の経営を見ると、大体授業料でまかなっているところで、これ以上授業料を上げるということはなかなかむずかしい状況であって、そのことがまた紛争の原因にもなってきておる。それからまた、世界の大勢を考えてみました場合に、アメリカのような国ですら、今日ではもう五〇%は国が援助をしておるという実態もあります。また、私立大学のたとえば経営内容を見ますと、大体授業料が三分の一、それから大学が持っておりまする基金が三分の一、それからまた国その他の寄付金等が三分の一ということで成り立っておる。イギリスの場合は、ほとんどが私立大学でございますが、ユニバーシティ・グランツ・コミッティー、この機関を通じて、大体八割までは国が援助をしておる。まあフランスはほとんど国立でありますし、ドイツも国立であるというようなことを考えました場合に、わが国だけがこういう設置者が国であり、設置者が学校法人であるということのために、このような国費の支出のアンバランスが適当であるかどうかということについては、私は考え直さなければならない時期に来ておるのではないだろうかというふうに思います。この点につきましては、この前の当面する大学に対する対策ということについての中教審の答申におきましても、将来、国・公・私立のあり方について考えるべきであるという御答申もいただいておりますし、また、昨日、学校教育全体に対する総合的な御答申をいただいたわけでございますが、その中においても同様の趣旨の答申もいただいておるわけでございまして、私どもといたしましては、私学に対する抜本的な援助の方策というものをこの辺で考えるべき時期に来ておるというふうに考えておるわけでございます。さりながら、来年度の予算にどうこれを盛り込むかという具体的な問題について、確かに政府与党の母体でございまする自民党においても御検討になっておりますし、またわれわれ文部省といたしましても、この点についてどうするかという援助の方策について現在検討中でございます。ここでまだその具体案を皆さま方に御提示できないことを遺憾といたしまするけれども、いましばらくの間その点については御了承を賜わりたいというふうに思うわけでございますが、来年度の問題、それから長期的な問題に対しまして相当の意欲を持っておるということについてははっきり安永さんにお答えできるわけでございます。
#17
○安永英雄君 公の支配に私立学校は属するんだという立場をとられておるとなれば、私は、いままでの私学に対する振興というのはあまりにもお粗末だと、ただ、先ほどおっしゃったが、自主性というものにどうもひっかかって金が出せないと、あるいは憲法の八十九条にひっかかって、金出したいけれども思うように出せないのだという立場じゃなくして、はっきり、これは公の支配に属するんだという立場をとっておられるということであれば、私は、その対策は非常におそいというふうな気がするわけでございます。しかし、いまからこれについての抜本的な検討に入っておられるということを聞いて非常に私ももちろん賛成をするわけでございますが、先ほどから申しますように、やはり何といっても国がその財政を相当みるということになれば、その大学というものがやはり相当自主性を侵害されると、こういう傾向になりかねない。先ほど私は、一々その規制の法律の実績について聞いてみたのですけれども、特に六十二条のごときはほとんどいままで発動したことがないということでありますし、あるいはまた五十九条の内容等についても発動の実績というのはあまりない、いわゆる経営面から財政面から考えても、大きく私学の経営についてくちばしを入れ、あるいは公の支配に属するんだという具体的な姿勢というものは示されていないような気もするのですけれども、しかしこれは、えてして教育内容なり、そういった問題については、ずいぶんそういった例はたくさんあるわけです。そこで私は、いま、大臣もイギリスの例を言われておりましたが、イギリスあたりでは、確かに私立大学が多いわけで、多少、日本とは違うと思いますけれども、いわゆるイギリスあたりの超党派的な議員や、あるいは専門学者その他各層から入れた大学助成委員会、こういったものをつくって、そこで大学の創立とか運営、財政といった大まかな方針を立てて、あとは大学の自主性にまかしておる、こういうシステムをとっておるようでありますが、この点、いまから大学の私立の問題について抜本的に検討するという上においてイギリスのまねをせいとは言いませんが、私の言っておる、いわゆる財政面と、こういった問題で私学の自主性、独立性というものを侵さないためにもそういった審議会方式――中教審はいけません。ああいう方式は私はいけないと思うのですけれども、いわゆる良識のあるそうして国民各層から出たこういったもので構成をして、私学の助成、こういったものを審議する文部省とは別個な機構というものをつくっていけば、これは憲法の八十九条、これに引っかかるのか引っかからぬのか、いろいろな論議もありますが、大きくやはり公という性格が非常に明確に出てくるのじゃないか、こんなふうに私は思いますが、これは先ほども大臣からもおっしゃったように、いま検討中ということですけれども、私のそういった考え方についてはどうでしょう。
#18
○国務大臣(坂田道太君) 一つの御見識だと思います。
#19
○安永英雄君 これは聞くほうが無理かもしれないのですけれども、ただ、ここで申し上げておきたいのは、やはり私学に対するいろいろな干渉、介入、こういったことはいまから抜本策を考えられる場合には基底に据えて考えておかなければならぬということを申し上げたわけでありますが、私の意見をなるほどと思われればひとつ十分取り入れていただきたいと思います。
 そこでもう一つお聞きいたしたいのは、私も実はびっくりしたのでありますが、芝浦工大の大学紛争の中から、入学生から納付金を取っておる、しかもことしの春入学した、一人当たり三十万から五十万の入学寄付金というものを取っておる、これは学生の負担が重いのじゃないかということで、これは芝浦工大の紛争の一つの理由になっておる。ところが今度、春に入学した新入生は約千人、そのうち文部省定員――これはおかしい名前がついているのですけれども、文部省定員は六百、あとの五百は補欠入学、大学はこの補欠入学者から三十万、四十万、五十万のランクをつけて寄付金を取った、あるいは夜間から昼間へ転部したものからも一人十万円、合計二億三千八百万円にのぼる金額を取っておった。ところがこれについて学生と学校側との交渉の結果相当な紛争を続けておったわけでありますが、結果としてはこの寄付金というのは取らないということでこの問題は解決したということがあるわけなんです。この中にはいろいろな意味を私は含んでおると思うのです。まず、これは新聞の報道ですから、文部省ではどういう用語を使われるか知りませんが、文部省定員と言っておるのとそのあとの補欠入学、こういった問題については文部省としてはどう考えていらっしゃるのですか。こういったことは許されておるのですか。
#20
○政府委員(岩間英太郎君) 定員自体は、これは設置のときにはもちろん文部省で認可をいたしますが、その後におきましては定員は文部省に届け出をいたしまして、そこで定員がきまるわけでございます。大学がただいまのように五百人の定員を設けているということでございましたら、五百人の学生をとるというのがもちろんこれが通常でございます。しかし、国立大学あたりにおきましても、実際の定員と入学者との間には若干のズレがあることはもちろん御承知のとおりだと思いますけれども、しかし、このような大幅な定員を届け出なしにやるということはこれはもちろん望ましくないことでございます。しかし、私立学校の経営等の問題がございまして、ただいまのところ、こういうふうな事態が実際には行なわれているという点は、まことに遺憾ではございますが、経営面から申しましてやむを得ない面もあるということでございます。
#21
○安永英雄君 これもはっきりしないのですけれども、六百というのはこれは文部省が認めている、あとは認めていないが、私学の現状からいってやむを得ないという立場をとっておられるのですか、はっきりしてください。
#22
○政府委員(岩間英太郎君) もちろん望ましくないことでございますが、文部省としましてこれを規制するというふうな権限は実はないわけでございまして、私どももこういうものはできるだけ実際の定員に近づけるというふうなことが当然であるとは思いますが、しかし、現在の私学の経営上の問題として考えます場合にはやむを得ない面があるというふうに考えている次第でございます。
#23
○安永英雄君 これは芝浦工大と限らず、一応私学を設置して、これについての設置基準あるいは認可、こういった基準を経て出てくる、そのときにはいろいろな条件というのがはっきりしているわけです。で、認可というのは一応文部省のほうで責任をもってやっておいて、そうしていまの一つの例ですけれども、五百人という文部省が認可したこの定数、ああ六百人です、この場合。そうしてそれにほとんど近い五百人というものが、いかに経営の問題があろうとも、これは認可した責任の所轄の庁としてこれが経営上やむを得ないという立場をとられるのか。その権限がないというのはどういうことなんですか。認可しっぱなしで、あとはその認可したときの基準その他をどう変動しようとそれはかまわない、こういう立場ですか。
#24
○政府委員(岩間英太郎君) 実際を申し上げますと、認可したあとは大学のほうで基準にはずれて学校を運営した場合においても、それをチェックする手だてというのがないということ、これは法律上の問題でございますが、そういうふうな仕組みになっていることは事実でございます。たとえば定員にいたしましても、これは届け出ということでございまして、認可ということではございません。しかし、もちろん最近、特に認可基準に従って設置されたものにつきましては、あとアフターケアをするということで、文部省といたしましても学識経験者にお願いをいたしまして学校を回っていろいろ注意をいたしておるというふうな事実はございますが、これはあくまでも指導、助言の範囲でやっているわけでございまして、それを具体的に訂正をさせるというような道を法律上はないわけでございます。しかし、先ほど御指摘のございましたように、大学に対しまして大幅な援助を行なうという場合に、もちろん私学の自主性というものはこれは最大限に尊重しなければならないわけでございますが、このような定員の問題とか、あるいは基準を守っているかどうかの問題、あるいは授業料の問題、そういったものはやはり助成と関連が出てくる可能性がございます。私どもといたしましてはできるだけ完全な教育というものが学生に対して保障されるということを望むわけでございまして、いろいろな手だてを講じてそういうものの是正を行なっていきたいということでございます。
 それからもう一つは、認可基準が私学について現在区々ではないのかというふうな問題もあろうかと思います。この点につきましても、もし認可基準につきまして無理な点がございました場合には、これはそういうものを勘案いたしまして、実際に教育上支障がないと認められる場合には、定員が正規の形で学生をとれるように是正をするというふうなこともあり得ると思いますが、そういうふうに総合的に漸次こういうものの解消につきましては努力してまいりたいということでございます。
 なお、芝浦工大の問題が具体的に出ておりますが、芝浦工大とそれから学生の間の話し合いでも、このいわゆる文部省定員以外の定員につきましては、漸次これを縮小していく、こういうふうな方向で検討しているようでございます。いまのところ、文部省としてはこれを認めるのかどうかというふうなきついおことばに対しましては、はなはだちょっとお答えしにくいのでございますけれども、やむを得ない面も現状ではあるということを申し上げた次第でございます。
#25
○安永英雄君 文部省のほうで言いにくいということをおっしゃったのですが、私は、というよりも、たとえばここで芝浦工大で約二億三千万の金額が学生との団交によってこれが入ってこなくなったと、ことしの経理についてはこれは大きな経営困難におちいるのじゃないか、これあたり文部省で見てあげる、こういったことがむしろ先ではないか。言えないというのは、まあそんなことをいったら経営が困難になるが多少水増し入れて、それから入学金もぐんぐん取って、それで何とかやりなさいというふうには言わないけれども、こっちのほうからもやるわけにいかぬ、そこで何とも言えないという立場を局長はとっておられると思うのですけれども、これはもうやっぱりはっきりしなくちゃならぬと私は思う。特に芝浦工大の問題、ほかに原因もたくさんありますけれども、生徒で解決をさせるような、そんなばかな話はない。それを紛争の材料にするなんということはないと思う。芝浦工大でこのほかにも問題ありますけれども、ほかの問題で、たとえば学生参加ということになってくると、目の色を変えてそんな確認書をとるのはけしからぬと盛んにおこり立てるけれども、しかし、こういった問題については、いまおっしゃったような言われないというような立場をとられるというような、私は非常にこれは片手落ちな対策だというふうに考えるわけです。しかし、芝浦工大だけを出して私は申し上げたのではなくて、これはもう全国的に多かれ少なかれこういった問題は起こっておるから、やはり今後の抜本策を考える場合には、これこそやはり真剣に、そうして学生や父兄、国民の疑惑を招かないような手立てというものをはっきりこの際確立しなければならぬのじゃないか、そのためにはやはり国の援助ということが非常に大きないま急を要する問題だと、こう思います。これはもうもちろん御存じだろうと思いますけれども、結局やはり学校自身の質というものを上げていこうと考えても、経営が非常に困難になってくるし、その債務の累積はぐんぐんふえていく。しかも経常費、こういったものがごく最近の物価の値上がりあるいは研究の高度化、あるいは人件費と、こういったもので非常にふくれ上がってきて、かつての私学の経営の困難な時代の施設設備と、こういった問題から経常費のほうに移ってきて非常に困難になってきておる。それが結局はね返ってくると、この学生の納付金と、こういった問題が値上がりをしてくる、紛争の激化ということで学生の納付金は上げられない、上げられないというと結局教育条件、こういったものが低下していく。あるいは教員の給与、こういったものが下がってくるといい人材が集まらない、逆に今度は質が低下してくる、こういう悪循環をどんどんいま繰り返しておるというのが、これが現状でありますから、この点はやはり十分今後の対策としては明確にしておく必要があると私は思います。
 そこでちょっと話がもとに戻りますけれども、公の支配に属しないという立場と公の支配に属するという論はまだ私もはっきりいたしませんけれども、一応、局長がおっしゃったように属するという立場をとる。しかしとっても、やはり私学本来の経営というものは私人の財産拠出というものを基盤にして自主的に経営されるのがこれが本来の姿だろうと思うんです。これはもうはっきり民間事業ということが言えると思うし、またその反面、これは公の性格というものも確かに持っておるわけですから、そのかね合いは非常にむずかしいとしても、何度も申し上げるようでありますが、やはり私学本来の経営のあり方というのは十分踏まえておかないといけないということも私は申し上げておきたいと思うんです。
 そこで、いまの芝浦工大の問題出しましたが、一応文部省のほうで、この設置基準、これを守っていない、こういった実態というのは調査されましたか。それちょっとお聞きしたいんですが、なければ私のほうで調べようかと思っているんです。
#26
○政府委員(岩間英太郎君) いままで調査をしたことは具体的にはないようでございます。
#27
○安永英雄君 私は五十九条の、先ほどいい意味にとったんですよ、あなたのおっしゃったのを。いわゆる私学の経営については金は出しているけれども、これは相当慎重を期してやっているんだと。したがって解散などということを命じたこともないし、役員の解任なんて一件しかないと、こういったことで私はあれですけれどもね。しかし、この調査は文部省のあなたのところの局の仕事じゃないですか、これ。調査ということは、そして助言ということは。私は何でもかんでも教育の内容でも経営でも全部介入してという立場はこれは絶対とってはならないけれども、ちゃんとした基準というものについては常にやっぱり調査をし、そして常に指導、助言をしなければ、いまの大学紛争のこういった大きな焦点にある問題なんですよ、これ。これは調査されるお考えありますか。
#28
○政府委員(岩間英太郎君) 内部の事情を申し上げて恐縮でございますけれども、ただいま私立学校につきましては学校法人の関係は私ども管理局のほうで所管いたしておりますが、教育の関係はこれは大学局のほうで一応所管をするというふうな形をとっておりまして、御指摘のございましたように、調査するといたしますと、なかなかたいへんなことであろうと思いますし、それから現実には先ほど申し上げましたように、私どものほうで私学委員等を活用いたしまして具体的に個々の学校に参りましていろいろ指導もいたしておるような次第でございますけれども、全体的な調査がどの程度できますか、大学局とも相談いたしまして十分検討いたしたいと考えております。
#29
○安永英雄君 ぜひ調査をし検討をしていただきたいと思うんです。
 いま大臣が今後の私学振興という問題について検討していると言うけれども、一番基本の具体的にそれが出てくるのは、私はそういった調査から出てこなきゃうそだと思うんです。ただ、今度の私学の援助というのは臨時的なものではいけないと思うんですよ。いわゆる当面のこの紛争を処理するための懐柔策なんというようなことばも飛び出すくらいなんですが、決してそうではないと思います。またあってはならないんですよ。そういう意味から私はそういった具体的なものを積み上げてやっていかないと、ことばは悪いけれども、みそもくそも援助していけばそれでよろしいというような考え方は私はいけないと思うのですよ。非常な綿密なデータに基づいての工作が必要だという意味から申し上げるわけです。
 次に、お聞きしたいんですけれども、現在大学に入っておるものが同年齢層の中でどのくらいを占めておるかという点ですが、御調査になったことありますか。
#30
○国務大臣(坂田道太君) 同年齢層の者が大体高等教育機関にどれくらい入っておるのかということでしょう。
#31
○安永英雄君 そうです。
#32
○国務大臣(坂田道太君) 大体二〇%程度というふうに思っております。詳しくはまた資料をもってお答えをいたしたいと思います。
#33
○安永英雄君 私はここで今後の私学の設置あるいは学部の増設とか、こういったものについてお聞きしたいと思ったのです。しかしこの場合、やっぱり考えることは質と量といいますか、これを両面よく考えていかないと、いまのように、いまお聞きしますと、大体設置基準が大体整った、将来は変えてやろうと思っておるけれども、いま整った、あるいはまたそのほかの認可基準、こういったものも大体整ったというふうにしてこちらが申請していけばこれはもう機械的に次々と認可していくのだ、こういうシステムになっているように先ほど聞きました。私はここに一つの問題が私学の場合にはあるというふうに考えるわけです。いまも大臣にもお聞きしたように、二〇%とおっしゃったですが、大体そういうところだろうと思うんですが、ざっくばらんに大臣にお聞きしますが、日本の国民の教育水準を上げていく、あるいは科学や産業の発展のための研究の質を上げていく、こういった場合に、端的にお聞きしますが、全国民が大学教育というものを受ける、受けられるというふうな形が望ましいのかどうかという問題なんです。いわゆる今後の大学の増設とか、学部の設置とかいう問題について遠い将来を見通した場合、量的に質的にはまた聞きたいのですけれども、どこをどう考えておられますか。
#34
○国務大臣(坂田道太君) これは世界の傾向として大体高等教育機関に学ぼうというこの意欲というものは非常に高まってきておると思いますし、日本でもおそらく今後二十年後には現在の当該年齢人口二〇%から三〇%ぐらいに高まっていくだろうということが予想されております。アメリカの長期的な計画からいうと五〇%というようなことも考えられておるのでありますが、その場合のいわば高等教育機関、私があえて高等教育機関と申し上げました意味は、これを大学と言わずして高等教育機関と言った意味は、いままでのわれわれの大学というものの考え方というものをもう少し考え直し見直してみなければいけないわけでございまして、たとえば大学といわれる中にも短期大学もある、それから昔の旧帝国大学みたいな研究中心の大学もある。それからもう一つは、一般的高等な教養人を養成する大学もあってよろしい。それからまた、一般的高度な職業教育機関としての大学もあってよろしい、こういうようなことを考えました場合に、高等教育機関という場合には、あるいは現在の日本の制度から考えると工業高等専門学校をもその中に含めていいんではないかというふうにも思います。そういうわけで大学というものの内包するものが違ってくるということを前提として考えた場合には、たとえばイギリスで来年の一月から発足しようとしておりますオープン・ユニバーシティ、つまりBBCというものをメディアとしまして、別にちゃんとした大学が、スタッフがおって、そうして全国民にテレビとそれから通信と、それから若干のチューターを置くことによって、スクーリングをやるというか、あるいは指導をやるというか、そういう新たなる意欲的な試みもなされておるわけであって、これは従来のイギリスで考えられておったディグリーとは違った意味におけるディグリーを与えるという意味においてこの高等教育機関を考えておるわけでございますが、日本においてもやはりそういうような方向にいかなければいかんのじゃないか。テレビ通信教育あるいは何らかの通信、このスクーリングというものを地方地方において受けられるようなこと、こういうことも考えられていかなければならぬのじゃないか。それからもう一つは、大学というものに対して、これが再教育の機関として考えられる時代を迎えておる。というのは、一ぺん大学を出てしまえば一生それでよろしいという時代はすでに去ってしまって、社会の変化というものは非常にスピードが上がっておりますがために、一度大学を出ましても、五、六年たったらもう一ぺん大学に入って基本的な教育を受けなければやっていけない時代を迎えていると思うのです。その意味における再教育機関としての、言うならばおとながもう一ぺん入るという教育機関としての大学、ソシアル・インスティチュートとしての大学というものがやはり要請をされておるのではなかろうか。それからもう一つは、経済の非常な成長、同時に生活水準が非常に高まってきたということから、お互いに時間的にも余裕が出てきた。あるいはまた、同時に、このお金の面もまあかなり豊かになってきた。そうすると、かつては大学というものに学ばなかった奥さん方も、もう一ぺん大学というような機関に入って勉強しようということも考えられるし、労働者の方だってもう一ぺんそういう高等教育機関に学ぼうという意欲も出てくるし、それにこたえなければならぬのじゃないか。つまり労働時間が、将来、おそらく二十年後には四十八時間からさらに四十時間のほうにいく。一週のうちに二回は体みという時代がやがて訪れるであろう。そうなった場合には、むしろこの時間をもてあます。で、しばらくの間は、目前の、旅行であるとかあるいは自動車を乗り回すとかいうような、そういう端的な欲望充足のためにその時間というものが使われたわけでございますけれども、人間の欲望というものは限りないものであって、さらに進みますと、そういうことだけでは満足できない。むしろこの質的な、あるいは教養を身につけるとかあるいは技術を身につけるとか、何もそういうことでなくて、そういう知的欲求を満足させるという方向に私は進んでまいると思うのでありまして、その意味においては生涯教育の時代というものを迎えつつある、もうその動きというものが出てきつつあるというふうに思うのでありまして、学校を出てから死ぬまで何らかの教育機関において知識を吸収しようという形が私は出てくる、それに大学というものが、あるいは高等教育機関というものが、こたえていかなければならないのじゃないか。そういうふうな意味において、この大学ということを考えた場合には、ここでやはり大学の目的、性格に応じて、あるいは時代の要請に応じた生涯教育にもこれがこたえることのできるような形のソシアル・インスティチュートとしてのそういう機関というものも構想されなければならない、新たにつくり出されなければならないのではないかというふうに私は考えるわけでございます。そのためにはやはりお互い各政党も十分御検討いただき、大かたの世論も、国民の方々もよく理解をし、また考えていただき、またわれわれ政府といたしましても、慎重に、総合的にそういうことを頭に描きつつ、来たるべき大学像というものをつくり出していかなければならないと考えておるわけでございます。
#35
○安永英雄君 いま質問をしました意図は、当面非常に私学の増設という点で、法規の上からも、ある程度規制できないような状態になっている。しかしまあ大臣から将来の大学のあるべき姿なり、あるいは国民と高等教育の関係等はやはり見通してやらなければならぬという意図をお聞きしておりますが、やはり一つの私学を振興させるという抜本策を考える場合には、ぜひともやはりこの点は十分押えていってもらいたいと、これは私は国立学校のときにも申し上げたのですけれども、特に私学の場合は、この点についての検討が早急にされなければならぬと思ったから申し上げたわけであります。
 そこでもう一つお聞きしたいのですけれども、大臣の大学の問題についての考え方をお聞きしたいのですけれども、しょっちゅういわれる開放された大学、国民のための大学、こういったものについて、私は、これは国柄が非常に違うし、直接何も日本がまねすることは要らないし、またそのように実施もできないと思うのですけれども、ソビエトの教育視察に行ってきたのですけれども、あそこではいまのところ高等学校の十一年制まで義務制にしていますから、あと残りました全国民が大学の教育を全員が受けるという、そういった方向に政策としては強力に推進しておるというふうに私は見たのです。しかもその大学教育を全員に受けさせるというのは、国策としてこれは私はあまり賛成できないのですけれども、現在の給与の決定を国民にするときに、学歴という問題を大きく取り上げてやっているから、大学に行って卒業しないというと日々の給与に響いてくるという仕組みにしているわけです。したがって、総合大学、単科大学にいくものはたくさんおりますが、そのほか働きながら定時制あるいは通信教育、こういったものを是が非でもとらなければ生活に影響してくると、こういう方法で、全国民が現在のところ日本でいう高等学校までは義務教育としてやっている、あと大学だというような非常な意気込みでやっておるわけです。その基底に、あるものはいま大臣がいわれたいろいろな方向で考えなければならぬと思うのですけれども、やはり、国民に開かれた大学、こういった構想はやっぱり常に将来の展望を持って、当面の私学の設置の問題についても考慮をしていかなければならぬ大きな問題じゃないか、そういった点は一応私は参考になるのじゃなかろうか、こういうような考え方があったのでお聞きをしているわけですけれども、かつて本会議でも、大臣は、総評の子弟もこのごろは大学に入ることになったということばもあったのですけれども、そういった何といいますか、全国民が働きながら、あるいはまた、次の働くための一つの知識なり、技能、あるいは人格的な資質を向上していく、こういった意味の大学構想といったものを多少いまお聞きしたんですけれども、あればお聞きしたいと思います。
#36
○国務大臣(坂田道太君) ソビエトの高等教育機関というものについてつぶさに私も存じませんけれども、かなり通信教育が発達している。通信大学があるから相当当該年齢人口に対する比率が大きいというふうに思います。しかし、だれもかれも高等教育機関にいかなきゃならないという、そしてそれを国で義務づけるようなことがいいのかどうなのか。私はそうじゃなくて、それは個人個人の学ぶ自由と申しますか、選択する自由にまかせるべきものであるというふうに考えます。
 それから従来の学問のうんのうをきわめる研究大学というものと、いわゆる国民のための大学というものの性格が非常に変わってきておるわけで、私が先ほど申しました意味における国民のための大学というのはいわば万民のための大学という意味であって、しかしその中にはすぐれた研究者と申しますか、知的創造というものを生み出すものの若干の人、これはおそらく各国ともそうだろうと思いますし、あるいは時代をこえたものかもしれませんが、人類そのものが持つものと思いますけれども、当該年齢人口に、一生研究を続ける人間というものはそんなにたくさんないじゃないか。たとえば博士課程の大学院に学ぶ数というものを何%見るか、これはいろいろ議論のあるところであり、学者の説はありますけれども、常識的に言って五、六%ということが言われておるわけでございますが、そういう方々に対してはやはり国が集中的に投資をすべきである。また研究施設整備というものを考えてあげなきゃいけないんじゃないか、そういうものを単に国立大学だけでまかなうかという点になると、もう今日の段階では国・公・私立を問わずそういうものを受けとめるべきではないか、あるいは共同研究をするようなビッグ・サイエンスの時代にきておるのじゃないか。むしろ民間の研究所とも提携を保ちながら人事的な交流をやりながらやるような態勢が望ましいのではないか、そういう考え方が一つ出てくると思うのであります。
 それから、先ほどちょっとお答えできなかったわけですけれども、従来文部省の受けとめ方が、確かに安永さん御指摘のとおりに、私立大学の設置基準というものを満たされておれば、もうそれを安易に実は許してきた。したがって、日本列島全体にどういうような大学をどの程度やるかという、いわゆる長期教育計画というものが策定されないままに、とにかく大学設置基準というものが満たされれば、それを許してきた安易さというものはやはり反省さるべきことではないか。そのことが同時に都市集中したところに私立大学がたくさん出てきている。したがって、また私立大学というものが現在のような国からの補助というものが非常に少ないがために、それが経営をやっていくためには都市集中をせざるを得なかったということであって、この辺にもし国としての長期的な展望あるいは日本列島にどういうような高等教育機関をつくるかという一つの想定が行なわれて考えていくならば、むしろもう国立、公立、私立というかきねをとっぱらって、そして考えていくべき時代なんじゃないか、こういう反省の上に立って今後は長期的教育計画というものもやはり私は考えていくべきだというふうに思うわけでございます。
#37
○安永英雄君 いま大臣の将来の大学の設置のあり方という問題については、私は多少意見が違うところもありますけれども、しかし私の言いたいのは、全部が全部ということではないという立場をとられましたが、せめて高等学校に行きたいという者は全員ひとつ、行きたいとそう希望しておる者は全員収容してもらうし、大学に行きたい、こういったものはやはり全員が行けるような、こういう構想というのは持ってもらいたい。特に高等学校の問題あたりは、私学との関係もありますが、高等学校に入りたいというのは、せめてこれはやっぱり義務制に当然私は将来はしなければならないと思いますけれども、そういった全部が全部大学までということは私はそれは申しません。またソビエトのあれをそのまま実施するなんということは毛頭考えていませんし、私は相当な問題を向こうのほうこそはらんでいるというふうに考えていますが、やはり国民のために開かれた大学、こういった構想はやはりとるべきじゃないか。そのためには、全部が全部とは言わないけれども、やはり行きたいという意欲を持っている者はすべてそういう教育を受けられる、こういうやはり国立、私立を問わず考えていくべきではないか。こんなふうに思います。
#38
○国務大臣(坂田道太君) 高等学校の段階については、私はむしろやはり制度的に戦後は単線型である。ここに問題があるので、やはりこれに対しても後期中等教育の器のほう、受けとめ方のほうにはもう少し多様性があってもいいのじゃないかというふうに思うので、現在のような単線型のままで全員入学ということについては私はあんまり賛成できないわけであります。むしろそうではなくして、後期中等教育というものをどう考えるかということについて、たとえば、いま高等学校を出て高等教育機関という大学に学んでおるのは百五十万でございます。それから各種学校に学んでおるのが約百四十万というふうに聞いておるわけでございます。この一年、二年の短期的ないわば専門的な教育機関というものも私はきわめて意義深いものであるし、われわれとしては考えていくべきものではないか。そういうものも含めてやはり後期中等教育というものを考えていかなきゃいかぬというふうに私は思うのでございます。ですからその点に対する多様的な受けとめ方というものがあれば、ほとんどみんながそこへ行ける、また選べるというようなこと、やはりこの教育というものは、非常にその年齢に応じ、その適性に応じ、その才能に応じて行なわれるべきものであって、多様なる才能、多面なる適性というものを持った、そういう発達をしておる人間に対して画一的な一つの制度をもって、これをあるいは画一的な器を用意するということは非常に危険であるというのが私の考え方であって、むしろ年齢に応じ、適性に応じ、能力に応じた器をやはり、義務教育の場合は一応ああいう形でやるとして、高等学校の段階では非常にその点については多様性を持った受けとめ方をすべきではなかろうかというふうに思います。もちろん義務教育機関においても、先ほど申しました三原則に応じた個々の学校、あるいは個々の先生方の創意くふうがあってそれにこたえなければならない、かように思うので、その意味において、やはりいままでの受けとめ方というものが、どうも戦後画一的になったんじゃないか。国立、私立と言っておりますけれども、あるいは私立という自主性を認めたという形式的な形はありますけれども、はたして戦前よりも自主的な、あるいは個性豊かな大学というものが数多くできたかというと、そうじゃなくって、どちらかというと戦後は私立大学の特色というものがなくなって、むしろ旧帝国大学のそういう形をまねをする私立大学というふうになってきたんじゃないか。その一つの問題点はやっぱり大学設置基準というものにも原因はあるのではないかと、その辺を含めたやはり再検討の時期を迎えておるというふうに私はまあ考えるわけでございまして、その辺からも十分これは研究調査をする必要があるというふうに私は思っております。
#39
○安永英雄君 将来の問題についてはまた今後多少意見の違うところもありますし、高校の問題については全く大臣と相反する意見も持っておるわけです。それはおくとしまして、当面の問題として大学の新設あるいは増設が年々行なわれておりますけれども、その中に認可をされたあとで教育条件が設置基準を下回る、こういったものが次々に出てきている。また認可の際に立てられた年次計画、こういう見込みが給付金が入ってこない等の財源の確保ということが非常に困難になって認可後経営困難、そして質の低下が起こる。教育上にもあるいは非常に心配される点もありますし、また将来学生が減少するという時期も間近にくるわけでございますが、そういった点で非常に問題をはらんでおると思います。特に私の言いたいのは、私立大学なり高校ができた。喜び勇んで入学してきた。ところが一年もたたぬうちに学校がつぶれる。経営困難で廃校になる。二年生になるという学生、これは行きどころがなくなる。いわゆる教育を受ける権利というものも結局失われてしまう。こういう状態で他の学校に転校するというようなことはなかなかできない。こういう実態が生まれてきていることを私は二、三知っているわけでありますが、そこで、いまも大臣みずからもおっしゃったように、設置基準あるいは認可の基準、こういったものについていまやはり考えなければならぬ時期ではないか。たとえば認可するときに条件さえ整えば右から左に認可するんだということじゃなくて条件つきで認可をする、あるいは完成年度までの仮認可あるいは基金の供託制をとったらどうか、あるいはまた極端な場合に認可の取り消しという形も発動できるわけでありますから。しかしこれはやっぱりいまおっしゃるとおり現在の制度的な措置というのが多少欠けておって、こういった私の申し上げたような措置は直ちにはとれないから、多少法制化しなきゃならぬと思うんです。こういう現状がやはり出てきているんですよ、全国的に。特に私の知ったところではむしろ短大あるいは高等学校、こういう関係の私立でその例があるようなんです。そういった法的な措置、制度的な整備ということはお考えになったことがありますか。
#40
○政府委員(岩間英太郎君) ただいまの御指摘のようなことがたびたび起こっておりまして、認可につきましては、これは非常に厳重にやるべきじゃないかということで、年々たとえば設置をいたします場合には校舎がほとんどでき上がってなければいけないとか、あるいはその資金の面におきましても十分な資金がなければいけないとかいろいろ制限がきびしくなってきたことは、これは御指摘のとおりであります。しかし最初にも申し上げましたように、私立大学等の設置が自由認可制と申しますか、自由設立制と申しますか、そういうふうな点にあるわけでございまして、その特色を生かしながら、しかも将来十分な発展を期待するというためには、いろいろその間に矛盾がございますので、そのくふうをしなければならないと思います。最近問題の起こっておりますような学校につきましては、私どももかなり経験があるわけでございますから、認可の申請をいたします場合に、個々にあたりましてこちらからいろいろ御注意を申し上げておる場合もございますが、その御注意にさからって――さからってと申しますか、御注意を十分聞かないでおやりになった学校にとかく問題が起こるというふうなことも見受けられるわけでございまして、まあ自由設立主義という点と、それからいまのような要請との間に矛盾があるのでいま困っているわけでありますので、その点につきましては十分今後ともただいまのような御注意を聞きましてさらに検討をいたしたいというふうに考えている次第でございます。
#41
○安永英雄君 もうあまり時間がありませんので、次は私学への補助金の問題について内容的にお聞きしたいと思うんですが、いままで私はいろいろ私学の問題について聞いてまいりましたが、やはり学校の経営難、それがひいては私学の教育の質の低下を来たしてくるし、七〇%以上の大学教育を担当している私学、これの質の低下というのは国民全般の質の低下になってくるわけですから、この点については先ほどもはっきりしましたように、憲法で示されておりますけれども、公の支配には属しない私学だということであれば、これは自主性を侵さないという立場とは別個な立場で資金等は援助を十分やられる方針だと私は思っておるわけです。また大臣からも、総理も私学振興について具体的にこれはもう進めているんだというお話も承りましたので、当面いま私学に対する補助金、こういったものの内容を明らかにして、ここでは、そうなっておるからどうするということはそれは出ないかもしれませんけれども、やはりここで明らかにする必要がありますからお聞きしたい。
 まず第一番に教育研究費の問題でございますけれども、この補助対象は現在のところどうなっていますか。
#42
○政府委員(岩間英太郎君) 教育研究費の補助金は、これは補助対象が大学と短期大学に一応分かれていまして、大学の中では、現在二百七十の大学がございますけれども、その中で学年進行中のもの、それからまあ紛争中のもの、そういうものにつきましてはこれは補助金を出さないことがございますが、申請がございましたのは、大体百七十程度の大学から申請がございまして、内容を審査いたしまして、それに対して一定の単価をきめまして学校の種別、つまり大学院を持っているかいないか、それから理科系であるか文科系であるか、そういうふうな大体四種類ぐらいの単価をきめまして、その単価に教員数を乗じたものを一応ワクといたしまして、その中でそれをこえているような申請がございましたらその限度で押えますが、その以下でございましたら申請に従って補助金を出すというふうな方法をとっているわけでございます。
#43
○安永英雄君 そうすると高専が入っていないわけですね。先ほど大臣、高等教育の範疇の中には高専もはっきりおっしゃっておったんですが、高専をなぜ入れないのですか。
#44
○政府委員(岩間英太郎君) 高専は御指摘のように入っておらないようでございます。これはまだ学年進行の途中ということではないかと思うのでございますが、その点の事情はちょっと私もよくわかりません。
#45
○安永英雄君 あとで……。
 これは私はお願いですがね、高専はぜひとも入れないと、私は高専の学校を回ったんですけれども、高専非常に不満ですよ、これ。あれだけ政府も力を入れてつくっておきながら、こういった補助対象にならないというのはおかしいです。補助対象の項目について、これは現在の学校の運営からいって相当この項目は広がってきておる。当然出さなきゃならぬと思うんですがね、現在の補助対象の項目、これは教育研究用の設備と備品と図書購入費、これだけでしょう。
#46
○政府委員(岩間英太郎君) そのほかに光熱水料を補助対象といたします。
#47
○安永英雄君 これ入っていますか。
#48
○政府委員(岩間英太郎君) 光熱水料を昨年度から補助対象のうちに入れまして交付いたしております。
#49
○安永英雄君 ここでは、私ちょっと破究不十分で水道、光熱は今度新しく入ったということですが……。
#50
○国務大臣(坂田道太君) ちょっと説明しましょう。実をいいますと、これを申しますと今度の予算折衝の際に、いつかもここでどなたかにお答えをしたと思いますけれども、実は大蔵省が光熱水料を入れておらなかったんであります。そのことのためにせっかく昨年度三十億を計上してもらったにかかわらずそれを使わない、使わないがために今度大蔵省のほうは必要がないんじゃないか、こういうものの言い方をいたしましたので、それは大蔵省のほうの考えが間違っているんじゃないですか、むしろ光熱水道というようなものを入れないがために使いこなせずにおるという一つの原因があるとわれわれは判断するんですが、その点をひとつ了解をしていただきたいということで大蔵大臣と折衝いたしまして、その点については三十三億を獲得をし、しかもその中に光熱水道というものも入れたということでございまして、たしか四十三年度の分についてもその後少し残っておりましたので、その場合、光熱水道を入れて使用するような指導をいたしたと記憶いたしております。そういういきさつでございます。
#51
○安永英雄君 研究費の補助率、それから定額単価についてお示し願いたいと思う、現行の補助率。
#52
○政府委員(岩間英太郎君) 補助率は昨年は二分の一ということで積算をいたしたわけでございますが、本年度はこれも大臣折衝で定額というふうにいたしております。まあ補助率がきまっておるよりは弾力的に運用ができるというふうになったわけでございます。それから単価でございますが、これは研究科のない場合には文科系が教官一人当たり六万円、それから実験系統が十四万円、それから研究科がある場合には文科系が八万円、それから実験系統が二十一万円、そういう四段階の単価を設けまして一応四十三年度はやったわけでございますが、四十四年度につきましてはただいま大蔵省とも相談をいたしておりまして、この単価に変更が出てくるのではないかというふうに考えております。
#53
○安永英雄君 まだたくさん文部省で考えなけりゃならぬ問題がありますが、そこのところの単価の問題ですがね。これが国立と非常に差があるところなんです。ここらあたりはどうお考えですか。大蔵省に対する折衝のときには、現行はやっぱり上回った形で要求されておりますか。やっぱりいまのこの単価でこられておるのか。これがやっぱり具体的にですね、この研究費を増額するとかいわれるけれども、ここあたりが一番各私学においては不満なところなので、これ、国立、私立の差を縮めると、こう言いましてもね、この単価をさわらない限り、それは幾ら口で言われたところでこれは実績として出てこない。これは将来どういう考え方をもっておられるわけですか。
#54
○政府委員(岩間英太郎君) 文部省から要求いたしましたのは、四十三年度に臨時私学振興方策調査会の結論に基づきまして、約九十億の予算の要求をしたわけでございます。したがいまして、三十億に現実にはなったわけでございますから、その間にそれだけの開きがあるということは御推察願えると思います。まあ来年度の予算要求でございますけれども、先ほど来先生も申されておりますように、私学につきましては少し考え方を変えて、根本的な考え方でいろいろ臨みたいということを考えておるわけでございまして、まあそういう意味から申しまして、これと同じふうな方法をとるかどうか、これはまだ私たちのほうで検討が終わっておりません。そういう意味から申しまして、ひとつ補助の対象、内容にいたしましても十分検討を加えまして、それからやり方につきましては十分検討を加えまして、もう一度新しい観点から要求をしていきたいということを考えておるわけでございます。
#55
○安永英雄君 まあ少なくとも国立に近づけるという形で検討されるわけですから、現行の率よりも当然来年はよくなるということはいまおっしゃったわけですな。それは全般的に考える場合にはいろいろふくらませ方が違うと思うのですけれども、それを聞いて安心をしたわけですが、早急にやっぱり私はもう国立と一緒だと、この研究費だけは一緒だという立場をとらなけりゃならぬ。ほかのところそれはいろいろあると思いますけれども、研究費のところはこれはもう差をつけてはならぬ、こういうことで上向きで検討をされるということですから、次に進みたいと思いますが、これに付随して研究設備助成法というのがありますね。この中には、設備であって施設が入っていない。しかし、いまの状態で、いろいろ、何といいますか、研究の質の向上、高度化という場合から考えてですね、設備というだけじゃなくて施設まで考えないと、いまのところこれは分けて脅えてありますけれども、これはあくまでもそう法律変えませんか。これ変えないとですね、これはもう魂入れずですよ。設備だけじゃなくて、やっぱり施設という考え方をいま持たないと、いろいろ研究その他についてとても現在のところ既往の施設の中に備品を置くくらいの法律をわざわざつくっているのですけれども、これは画竜点睛を欠きますよ。また、いまの実態に合わないと私は思うのですが、この点はどうですか。
#56
○政府委員(岩間英太郎君) これは大学局の所管で私が口をはさむのはちょっと恐縮でございますけれども、前から、この点につきましては、科学技術全般が大型化してまいった時期でございまして、この研究設備につきましても、御指摘のように、施設が伴わないとなかなか実体は備わらない。あるいは施設の負担が非常に多くて設備の補助を受けようとしても受けられないというふうなことがあることは事実でございます。そこで、文部省といたしましても、施設につきましては毎年のように予算要求をしているわけでございまして、引き続きその点につきましては努力をしてまいりたいというふうに考えております。
#57
○安永英雄君 次に、また大きな問題ですが、私学にとりましては、振興会に対する政府の出資金あるいは財投という問題についてお聞きをしたいわけでありますが、先ほども申したように、私学の経営、これは非常に苦しい。したがって、現在のところ、政府のほうにいろいろ援助方を申し込んでも、いまみたいな形で、いま研究費だけをさわってみたのですけれども、そういった状態ですから、ここにやはり集中してきておるし、当面の措置としては、やはり振興会に相当な政府資金というものを早急に注ぎ込まなければならぬ、こんなふうに思うわけであります。したがって、現在のこの振興会の貸し付け事業の内容について、できればその項目ごとに、金額もわかれば御説明願いたいと思います。
#58
○政府委員(岩間英太郎君) 本年度を例にとりますと、貸し付けの総額は三百四十億でございます。これは昨年と変わりないわけでございますけれども、実際上は大学生の増員のための施設費、それから理工系の学生の増員のための施設費、こういうものが大体七十五億ほど減ってまいりまして、それに対応いたしまして全体の中身を改善していこう、たとえば融資率でございますとかそういうもの、それから土地の単価でございますとかそういうものを改善していこうということでございまして、たとえば融資率は六〇%から七五%に引き上げる、それから土地の単価は平米当たり二千二百円を三千円に引き上げるというような内容の改善を行なっているわけでございます。
 中身を大ざっぱに申し上げますと、政府からの出資金が十五億円、それから財政投融資資金からの借り入れ金が二百三十億円、それから自己調達資金九十五億円というふうになっておりまして、貸し付け先の内容でございますが、一般施設費へ百八十六億三千万円、それからなお大学生の増員関係がございますので、一般の増員が四十七億三千万円、理工系が十九億三千万円、そのほかに各種学校に対します施設の貸し付け金が三億一千万円、それからこれは新しいものでございますが、これも内容の改善ということで、経営費に対します貸し付け金が五十億円、それから従来からの既定計画が一応終わりましたけれども、また新しく始めましたものといたしまして既往債務の弁済、これが三十億円、その他四億円、災害復旧その他でございますが合計いたしまして三百四十億円、そういう内訳になっておるわけであります。
#59
○安永英雄君 貸し付け事業の内容で、概略いま説明を受けましたけれども、もちろんいま理工系の学生が急増するという時期も多少もうピークを越した、あるいは大学生自身の増員というための施設、これもやはり峠を越した、こういうことでそこの減額分が他のほうの項目に振りかわったというだけのことで、したがって、新しい経営難に対する経営費あるいは既往にさかのぼっての債務弁済の費用というものをつけたということですけれども、いま申し上げた一番けわしい問題は、既往の債務弁済と経営費の問題であって、金額的には施設等が要らなくなった費用を浮かしてこうしたのだ、これではいまの焼け石に水です。やはり増額そのものを広げるという形をとらなければならぬのじゃないか。私も私学の方々といろいろ話す機会もあるのですけれども、やはりここあたりには非常に不満な点があるようであります。だから施設その他についていろいろいままでお世話になってきて、これがあったから助かったけれども、いまは一応それが終わって、経常費、人件費その他いままでの借金の支払い、これに追われているのだから、一応それが減ったからといって減額にはならなかったけれども、現状維持の政府資金だということでは困るという、これは確かにそうだと思う。これあたりは、私は相当増額をする必要があると思いますし、次に、貸し付け条件の問題ですが、現在の利率、これはどんなふうになっておりますか。
#60
○政府委員(岩間英太郎君) 一般的には六分五厘ということでございますが、一番低いものは経営費に対する貸し付けのように五分五厘というものもございます。平均いたしますと六分五厘というところでございます。
#61
○安永英雄君 六分五厘というのは、これは確かに一応他のそういった貸し付けの振り合いから見ればそうかもしれませんけれども、私はやはり私学のこの振興会の事業内容からいったら、思い切ってやはりこの利率というものを下げなければ、これは何の効果もないと思うのです。利子はやはりそこのところまず幅がありますけれども、最低のところの限度にはやはりしてやる必要があるのじゃないか。確かに貸していただくことはありがたいけれども、利子という問題をやはり考えておかないと、いまの早急に、かつての借金の支払いあるいは経常費の支払い、特に人件費、こういったものについては急を要するので、特にこの点をやらないと、次の貸し付け期限の問題、年限の問題等もからんで、利子を引き下げるということとこの年限の問題を考えてやらないと、それのしわ寄せが現在府県へあるいは学生へきていると、こう私は思うのですよ。かつての借金、そんなものは、あの当時もずいぶん取られたのですけれども、やはり貸し付け期限が短いということと利率が高いということで、どうしても早く償還しなければならぬということで、もうその年に入ったものは二、三年くらいで早く解決してしまわなければならぬというあせりがあるものだから、ちょうどそのときに入った学生、生徒、こういったものに一挙に負担分がかかってくる、こういう傾向が非常にあるのです。やはりこれは長期に返還をし、負担がかからないようにという配慮をしないと、せっかく振興会から借りてきても、それの返還にもうきゅうきゅうとしておる。こういう立場がありますから、この点はひとつぜひこの利子というものの率を、現在幅のある一番低いところにでも早急にやはり持っていく必要がある。で、この年限の問題ですが、これはどうにもならない問題ですか。現行はどうなっておるのですか。
#62
○政府委員(岩間英太郎君) 施設費につきましては二十年というふうな比較的長期の年限でございますが、一番短いものとしましては、経営費に対する五年半というふうなものもございます。あるいは既往債務の弁済は七年というふうなことでございまして、一般的に申しまして、ただいま御指摘にございましたように、年限をもう少し長くしてほしいというふうな要望がございます。私ども今後この貸し付け金の内容の改善につきましては、先ほどワクの問題もございましたが、ワクの問題は、一応急増も終わりまして比較的落ちついてきたということで、ワクの拡大につきましては、むしろ御指摘のあったような経常費その他につきましては、これは補助金というふうな形でめんどう見るのが筋じゃないかというふうに考えておりまして、貸し付け金につきましては、いま御指摘のありましたように、利率とそれから償還年限、この問題が非常に大きな問題であろうと思います。
 そこで、いまいろいろな方面でも検討されておりますが、私どもといたしましても、引き続きまして利率の引き下げ、これは出資金と関係があるわけでございますけれども、利率の引き下げとそれから償還年限の延長、この二つを中心にいたしまして、今後予算要求をしてまいりたいというふうに考えておる次第でございます。
#63
○安永英雄君 もう一つ財投の問題ですが、これは多少振興会に対する政府の出資と性格が財投は違ってくる、したがって、違うだけに、ここのところは利息がいま六分五厘になっていると思うんですが、これはやっぱり下げないといけないし、また、出資金と違って財投の性格からいって、この利子補給というのを政府がやってもこの点について私はいいような気がするんですがね。これは基本的に大きな立場からいけば、財投という問題について私は問題がそれ自身にあるとは思いますけれども、一応このワク内で考えた場合には、私学のいまの緊急性から考えていって、この利子補給という考え方は毛頭持ちませんか。
#64
○政府委員(岩間英太郎君) 利率の問題は、これは貸し付け金の中身が先ほど御説明申し上げましたように政府出資金と、これはもちろん利子がつきませんが、それから財政投融資資金からの借り入れと、中身が二つに分かれているわけでございますが、もちろん財政投融資資金からの借り入れは、これは利子を払っていかなければならないわけです。それを低くしようとすれば、政府出資金をふやすという形にすればよろしいわけでございまして、これも一種の利子補給みたいなかっこうだと思います。全般的に、利子補給をするかどうか、これは財投を中心にして利子補給でいったほうがよろしいのか、あるいは補助金でいったほうがよろしいのか、全部一律にまいればもちろんよろしいわけでございますけれども、その中に選択があるということも考えられるわけでございまして、まあそういう点でいろいろ比較考量しながら、私学の助成のために考えていきたいというふうに考えております。
#65
○安永英雄君 確かにいまのは考え方が分かれるところだと思います。いずれにせよ、私はここでどちらにぜひやっていただきたいという考え方は申しませんけれども、この振興会に対する政府の出資金、これはやっぱり大幅にこの際思い切って出していただくということが必要だと思います。
 たくさん項目ありますが、時間も来たようでありますから、最後に一つだけお聞きしたいのは、私学の先生方の退職金の問題なんです。全国私学退職金団体というのが各地につくられております。私もその実態等を二、三調べてみたわけですけれども、実際気の毒な状態なんです。小さないなかに行けば口座というのがありますが、お互いに金を幾らかずつ出しておいて、そして口座で当たったとか落としたとかいう実に気の毒な、自分たちの出したのでお互いに相互扶助でやっているというふうな細々とした、お互いにやめるときの退職金という問題を考えて、自力でやっていらっしゃる。あるいは多少経営者のほうからそれに援助をするという程度、進んだ県では、県が多少応援しているという場合もありますけれども、国が全然これについて取り合わないから、ある県では多少私学のこれについて援助をしたところが、国のほうは、裕福県である、こういうところに金を使えるくらいなら交付金減らすぞと言われて、とにかくこわくてこれについては出せない。しかし私学の先生方の実態を見れば何とかしてあげたい、そのためには国のほうでこれについての法制化をやらないと、県のほうも、高等学校は知事自身の責任でその管轄でもあるし、やってあげたいと思うけれども、国のほうではなかなか腰を上げないから、これについてはどうにもならないということを、主として私は高等学校のほうの私学から聞くわけです。これは私ども全国的に見てみますというと、健全にやっているところとか細々とやっているところとかいろいろありますが、相当の県が、こういった私学の方々がお集まりになって、そうしてお互いに団体をつくって退職時のために準備していらっしゃる、こういう実情ですが、この点について毎年毎年要求するけれども、なかなか実現できない。それはそうでしょう。共済組合の今度のあの当然やらなければならぬそれが、ようやくいま提案されたくらいですから手がつかぬのかもしれないけれども、これはいずれにしても私学と国立、公立との差はこういう点に学校の先生方にあってはならないんです、これこそあってはならない、私はこういう気がするから、それが制度がなぜできないのか、それからまた、制度化を当面しないでもこれは助成か何かできないものか、こういった点についてお伺いしたいと思います。
#66
○政府委員(岩間英太郎君) 退職金制度につきましては、これも臨時私学振興方策調査会におきましてこの問題を取り上げるべきであるというふうな御注意がございまして、それに基づいてただいま検討をいたしているわけでございますが、国として検討いたしていますのは主として大学関係でございましても、もちろん、大学関係につきましてそういう制度が確立いたしましたら、これは高等学校にも及んでいくというのは当然のことだと思います。ただいま先生がおっしゃいましたように、高等学校以下の職員の退職金制度がほとんど全部の県にできてきたようでございます。その財政的な援助につきましては、これは都道府県で援助をお願いするというふうな方向をとっているわけでございまして、現在、財源措置としましては、地方交付税積算によりまして財源的な手当てをするということでございます。ともかく一応ほとんど全国にこういう制度ができました。もちろん、私学の教職員は、府県によりましてかなり数におきましても、年齢構成等におきましても違いがございます。そういう点で今後どういうふうに全国的な観点から見て調整していくか、これは今後の課題であろうと思います。現在ほとんで全県にそういう制度ができてまいりましたこの機会に十分考えまして、今後の方針をきめていきたいというふうに考えております。
#67
○安永英雄君 もう時間がありませんが、時間があればここをただしたいと思うんですが、いわゆる大学という問題と、高等学校、それ以下の幼稚園あるいは中学校も私学にあります。その点で、いまもちょっと触れられたんですが、高等学校以下は県の責任だ、こう言われるんですね。しかし、これはやはり一体のものなんですよ。これがいろいろ法規上の問題は別としまして、私はやはり、指導、監督、助言、やらなければならぬ任務ちゃんとあるんだし、財政措置その他も国が思い切ってやらないと、こういったことは県にまかせたってできゃしませんよ。次のときには人件費その他の問題にも私は触れたいと思うんだけれども、この点は思い切ってそういった是正についての国の補助、こういったものはやはり考えなければならぬと思います。その点ひとつ次のときには権限の問題で、所轄は高等学校その他については県知事、大学については文部大臣、こういうふうなところがありますが、県、いわゆる知事がやらなければならぬ問題と、文部大臣がやらなければならぬ問題、ここらあたりのパイプの問題については、次に明確にしていただきたいと思う、これは。まあ現実に皆さん方が調査なり指導に行かれるときに、この私学関係の、県庁の中でどういうところがこれを担当して仕事をしているか。文部省であれば局長もおられて、相当な人員もおられるけれども、各県に行ってごらんなさい。これは教育委員会の管轄じゃございませんからということで、県庁のほんとうのすみのところの、どこが扱っているかわからぬところで、しかも教育の問題等については一切ずぶのしろうと、こういうところが片すみで高等学校の私学の問題についてはやっている。県庁の中においてはどこの部に入っているかわからないというようなところがある。それが県の予算要求をやるときに、どれだけの力がありますか。私はこういった関係も、これは文部省の責任においてやはり改善していかなきゃならぬという意見も持っております。この点については、次のときにお聞きしたいと思います。
 一応終わりにしておきます。
#68
○委員長(久保勘一君) 本案に対する本日の質疑は、この程度といたします。
 午後一時三十分まで休憩いたします。
   午後零時三十一分休憩
     ―――――・―――――
   午後一時三十九分開会
#69
○委員長(久保勘一君) ただいまから文教委員会を再開いたします。
 教育、文化及び学術に関する調査を議題といたします。
 政府側から坂田文部大臣、宮地初等中等局長、以上の方々が出席いたしております。
 本件について質疑の申し出がございますので、これを許します。鈴木君。
#70
○鈴木力君 ことしの三月二十六日に山形県の教育委員会が小・中校の先生たちの行政処分をいたしました。この行政処分をしたことにつきまして、まずおそらく文部省へ報告があったと思いますから、文部省が把握している範囲でけっこうでございますけれども、この処分の全容について御説明をいただきたいと思います。
#71
○政府委員(宮地茂君) 昨年のいわゆる一〇・八ストに関する山形県の分のお尋ねでございますが、昨年の人事院勧告完全実施等の名目のもとに、十月八日、休暇一時間授業食い込み集会というものが計画されたようでございます。その結果、勤務時間あるいは子供への授業時間に食い込んでこの集会が行なわれた。したがいまして、それについて行政処分、訓告等が行なわれたという事件でございますが、その際の参加者は、三千七百三十四名でございます。これに対しまして県教育委員会がことしの三月二十六日付で懲戒処分の一種でございます戒告処分に付した者二千百九名、懲戒処分ではございませんが厳重な注意、形式的には訓告という行為でございますが、千六百二十四名の者に対してそれぞれ懲戒なり注意を与えたということでございます。
#72
○鈴木力君 それで、この処分を行ないました理由あるいはこの処分を行なった法律的な根拠、それから、行動の量に対してどの程度のものにはどういう処分というような、この処分の基準なんかについて報告があれば御説明していただきたいと思います。
#73
○政府委員(宮地茂君) この処分の法律的根拠といたしましては、公務員が職務に専念するということで、地方公務員法の三十五条、「職員は、法律又は条例に特別の定がある場合を除く外、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。」この規定に違反をするというのが一点。
 それから、同じく服務の規定の地公法の二十二条でございますが、「職員は、その職務を遂行するに当って、法令、条例、地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規程に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない。」という、いわゆる法令、上司の職務上の命令に従う義務、この規定に違反したということで処分をされたものでございます。
 実態といたしましては、個人個人でいろいろございますが、先ほど申しましたいわゆる懲戒処分を受けた者と、公務員法上の懲戒ではない訓告を受けた者がございますが、その大きなきめ手と申しますか、その点は、勤務時間のみに食い込んだものであるか、あるいは授業時間にも食い込んだか。授業時間に食い込んだものにつきましては、勤務時間だけのものと授業時間に食い込んだものと、絶対的な時間の長い、短いというよりも、単に勤務時間だけに食い込んで授業時間には食い込んでいなかったというもの、これは懲戒ではなく訓告。それから、授業時間に食い込んだというものにつきましては、大部分が戒告でございますがまあ懲戒、大きく言いましてめどをそういうふうに置いたもののようでございます。
 したがいまして、二、三の例を申し上げますと、中山中学校というところでは、ある一人の先生が、勤務時間には十三分食い込んだ。ところが、勤務時間――勤務の、たとえば八時半から勤務時間としますれば、授業が八時四十分からといった式の十分間ズレがございますが、当面中山中学校ではその中の先生は、勤務時間全体から言えば十三分であった、しかし、そのうちの二分間が授業時間に食い込んでおったということで、二分、三分は問題があろうかと思いますが、一応やりました処置の中身を説明いたしますと、三分間授業に食い込んでいるというようなことで、議論の余地はあろうかと思いますが、そういう者には戒告処分をした。ところが、かりに二十分ぐらい勤務時間に食い込んでも、授業に支障がなかったという者には、戒告でなくて、懲戒でなくて、訓告がなされたというようなことになっております。それぞれ学校数も多うございますし、それぞれの人によって違いますので、基本的な山形県の考えを示す一、二の例で御答弁にかえたいと思います。
#74
○鈴木力君 実は私が山形へ参りまして、山形の教育長に会って話を聞いてまいりましたが、どうもいまの局長の御答弁ですと、教育長が文部省に報告したのと、私に話してくれたのとはだいぶ違うみたいなんです。そういうこともあろうかと思って、教育長にはあそこの県会議員の方に立ち会ってもらって、私は文句言ったわけじゃないのです、すなおに聞いてきただけですが、あとで言い直しをしなさんなよということだけはっきり念を押したら、だいじょうぶですと、そう答えておったのです。まあ大筋はいま局長さんからおっしゃったとおりだと思うのでありますが、ところで実はこういうことになっている。いまの、授業に支障があるないと別に、それはあとでまた議論があると思うのですけれども、授業時間に一分未満おくれた者は訓告にいたしました。一分を超過してというか、まあ二分以上授業時間におくれた者は戒告にいたしましたという、現地の教育長の説明はこういう説明だったのですけれども、局長にはそういう報告はないのですか。
#75
○政府委員(宮地茂君) その点は、先生に教育長が申し上げたのと、私のほうへ報告したのと違っているということじゃございませんで、その点私の説明が落ちておりました。先ほどの勤務時間自身は、絶対数としての時間は長くても、授業に食い込んでいない者は訓告と申しましたのは、授業に食い込んでおりましても一分までの者は訓告、ですから二分以上時間に食い込んでおれば懲戒、戒告というふうに報告を受けております。
#76
○鈴木力君 そこでもう一つはっきりしておきたいことがあるのです。それは三十二条と三十五条違反だと、こういうことですね。したがって山形県の教育長さんは三十七条は使っておりません、これはもうはっきりとそう答えているわけです。それはいま局長の御答弁にあったとおりなんです。ただ三十二条、三十五条違反といってもはっきりしない。つまり三十五条が職務専念ですか、三十二条が上司の命令に従わなければならない、それを適用するために事前に処置をしておった、そのことは文部省は聞いておりますか。
#77
○政府委員(宮地茂君) お尋ねの意味が直接よくわかりませんが、と申しますのは、あまり事前の措置について具体的な報告を聞いておりませんが、一般的に言いますれば、この一〇・八というのはあらかじめこれは組合のほうもそういうことを申しておったことでございますし、県としても当然知っておったことでございましょうから、一般的に申しますれば、いろいろ措置は、注意もするなりそういった措置はしておったであろうという想像はいたしますが、具体的には詳細な報告は取っておりません。
#78
○鈴木力君 私にはこういう説明です。事前に業務命令、職務命令を出しておりまして、その職務命令というのは正常どおり勤務するよう命令を出しておりました、こういう説明だったのですけれども、大体そう思われますか、それは何も報告はありませんか、なければよろしいですが。
#79
○政府委員(宮地茂君) 特にはございませんが、事前に一〇・八というのはわかっておったことでございますし、まあそういう措置は大体したであろうというふうには想像できます。直接報告は取っておりません。
#80
○鈴木力君 大体この事実については、いま局長さんがおっしゃったことは私が現地へ行って伺ってきたことと全然違いはないと思うのです。そこで、これは山形県の問題というよりも、いまの教育行政全体の問題としてきわめて重要な問題をたくさん含んでおると私は思うので、そういう筋からこれから若干お伺いいたしたい。
 まず、この処分について文部省がどういう指導をされたのか伺いたい。
#81
○政府委員(宮地茂君) 昨年の一〇・八に限りませんで、最近年に一回か二回こういうあらかじめ相当前から予想のできますいわゆる一斉休暇ストとか、あるいは争議行為とかいろいろの言い方がございますが、そういうことが例年ございますので、文部省といたしましては初中局長名で、そういう情報も追い、また勤務の適正について遺憾のないように局長通達を出して指導いたしておりますが、昨年のこの一〇・八につきましてもいま手元に何月何日であったか持っておりませんが、そのような局長通達を出して指導いたしました。
#82
○鈴木力君 これはそうだ、そうでないという議論をしても水かけになると思いますから特に議論はいたしませんが、山形県の教育長さんは私にはっきり言ったのです。事前に文部省の指導を受けました、自信を持っております、うしろだてがりっぱだからというつもりで言ったのでしょうが、単なるいつもの例の局長通達というような意味ではなかったのです、私が伺った印象では。ただし、どなたがどういう指導をしたという具体的なことまでは私も聞きません。そこでまず私は、この教育行政上問題があるというところから伺いたいのですけれども、正常な勤務ということですね、一体職務命令ということがずいぶんどこでも最近は行なわれるのですけれども、職務命令を出してその命令に従わない場合には処分する、三十二条を使ったわけですね。ところがその職務命令というのは正常どおり勤務せよという職務命令です。一体正常どおり勤務しろという職務命令ということがあるのかないのか、これは局長さんの見解を伺っておきたい。
#83
○政府委員(宮地茂君) 抽象的な文言についてのお尋ねでございますので御意図を十分つかんでいない答えになるかもしれませんが、一斉休暇とか何とかいうことはいわゆるノーマルでない不正常だというふうに考えられます。したがいましてそういう不正常なことはするなということは、そういう不正常でないときはまあまあ正常に行なわれておりますので、正常に普通のようにやりなさい、そういう不正常なことはしてはいけませんという意味で正常な勤務とかいうふうに私どもは考えております。
#84
○鈴木力君 ざっくばらんに言いますけれども、ことばの言い回しはどういうことになったにしても、正常に勤務しろという職務命令がもし成り立つとすれば、裏を返せば組合がもう統一行動をやる、それに行くなということも職務命令だと、こういうことなんでしょう、どうですか。
#85
○政府委員(宮地茂君) 行くなとか行けとかいうことじゃなくて、勤務は正常にやってほしい、ましてや子供の授業があるときは次代の日本を背負う国民の教育は非常に重要でございますから正常に教育をしてくれということで、まあ先生のおっしゃいますことは、裏を返せばこうだというのも、これはいろいろ人によってお考えもあろうと思いますが、注意いたしますのはかく正常に勤務してくれということでございます。
#86
○鈴木力君 学校のことは言いませんが、文部省は出勤時間きまっているでしょう。そうすると、正常に勤務せよというのは出勤時間までに出てこいということですね。出勤時間までに出てこいということは命令でやるのですか。
#87
○政府委員(宮地茂君) これはまあ、公務員の勤務時間というのは一々命令しなくてもきまっております。ただまあ、その場合に、不正常なことがあすは行なわれそうだと予見した場合には注意をするというのが一般の常識ではないかと思います。
#88
○鈴木力君 私が聞いているのは、注意をするというのと職務命令というのと同じだとは解していないわけなんです。特に処分書にはちゃんと文書で法律的根拠に基づいて処分をしているのですから。それは注意したということを職務命令だと文部省は解して指導をなさっていらっしゃるのですか。
#89
○政府委員(宮地茂君) 一般には注意ですが、そういうふうなときには注意をしたとかしないとかまあいろいろございましょうから、一斉休暇、ストといったような、個人個人じゃなくて、集団的に一斉にそういう不正常なことが予想される場合には、その後にいろいろなトラブルが予想されるので、はっきりした命令を出したものというふうに考えます。
#90
○鈴木力君 だから、ストライキか一斉行動か朝の集会かに結局行くなということになるのでしょう、これは。あるいは行ったら行っても時間までにはやめて帰ってこいということを含まなければ、普通の場合には正常どおり勤務をしろという命令は成り立たないことはきまっておる。異常の場合には職務命令が成り立つというのは、そちらに参加しても勤務時間までには帰ってこいということの命令だと、こういう解釈をとっていると、こういうことなんでしょう。それ以外に説明のしようがありますか。あまり回りくどく言わんでもはっきりしているんですから、それ以外にないのですから。
#91
○政府委員(宮地茂君) 勤務時間外のことについてとやかくいう必要はございませんので、勤務時間にはきっちり来なさいよということを申しておるわけで、それ以上のことはそれはどのようにお感じになられてもこれはいいわけですが、当局としては勤務時間は守りなさいと、それ以上のことは言ってないわけです。
#92
○鈴木力君 そうするとあれですか、正常の場合というか、何か組合が行動のない日はおくれてもかまわんわけですか。
#93
○政府委員(宮地茂君) 命令出さないときはおくれてもよいということじゃなくて、先ほど申しましたように、教員には勤務時間はっきりきまっているわけです。これはだれでもわかっているわけです。したがいまして、一々あしたはおまえ勤務時間おくれるなということは一々申さない。それが一般的な規定だと思います。ところが、一斉にあしたは休むんだといったような不正常なことが予想されるときには、出てきなさいと。そういうおくれないで出てきてください。ただまあ、注意だけでは、その後いろいろその注意があったとかなかったとか、証拠があったとかないとか、いろいろまあトラブルが起きましょうから、はっきり命令を出したということで、命令を出していないときにはおくれてもよいという意味では毛頭ないと思います。
#94
○鈴木力君 だから、くどいことを何べんも繰り返して時間をとらないほうがいいと思うのですよ。あなたのおっしゃることはこういうことですよね。組合の行動があったから、おくれては困るからおくれないように来なさいと、こういう意味ですね、そうでしょう。そうすると、参加したらするなとは言わぬにしても、時間に間に合うまでにそちらをやめて来いと、こういう意味なんです。そうでしょう。組合の行動があるということを予想して、正常どおり出て来いという意味は正常どおりに間に合うように出て来いと、こういうことなんでしょう。そちらを切り上げて来い。こういう意味を含んでおる、そうでしょう。かりに三時間なら三時間やるかどうか知らんが、その二時間そちらに参加することは自由だけれども、やめて来いとまでは言わぬが、勤務時間までに来い。こういうばかな理屈はない。それはもうそういうことがはっきりしておるわけです。この辺に一つの問題があるわけでありますけれども、まあこれはあとで一応全般的なことをもう少し私は伺いたいのですが、これは教育長さんがそういうことをはっきりおっしゃっているのです。通常の場合は、これはもう何も別に申しません。もっとひどい例は、この十月八日にこの組合の行動に参加しない人は五分おくれても、十分おくれても問題になっていないということなんです。あくまでも参加したことが前提なんです。しかし、三十七条ということは使わずに三十二条と三十五条で追っかけようとしている。これは私は文部省の指導したところじゃないかと、実はそう思っている。なかなかいい知恵を働かしておる。それは、そうだ、そうでないという議論はしなくてよろしいですけれども、これは教育長さんのほうはっきりそう言っているわけです。そういたしますと、組合活動に参加しない人は十分おくれても問題にはならなかった。そうして、組合活動に参加した人は一分未満でも、一分おくれた人は訓告だ。二分以上は戒告だと、こういうことで処分になっている。この日は業務命令にも違反もしている。これがいまの十月八日に対する実態なわけです。そこで、これは文部省が報告があった場合に、普通の場合であれば調査をしておくべきことだと思うのですけれども、この一分と二分とのけじめをだれがつけたのかということなんですね。一体、文部省に一分の場合には容赦しました、二分以上は容赦しませんという報告があった場合に、そうだとこう思っていらっしゃるのかどうか。この辺はどうなんですか。文部省はここまでは心配なさったのか、調べてみたのか、不問に付しておったのか。その辺を聞きたい。
#95
○政府委員(宮地茂君) 実は私、この一月から初中局長になりましたので、昨年十月何日に通達を出したわけでもございませんが、私は初中行政、正直に申しまして不案内でございますので、先生がよく一分、二分とおっしゃいますので、一分、二分おくれてどうやったのだろうかと思って確かめました。そういう意味で確かめましたところが、そうじゃなくて、先ほどから申し上げておりますように、この一分、二分というのは、八時三十分からです、勤務時間は。一分おくれておったらばいいので、三十二分に到着したらだめなんじゃなくて、勤務時間と授業時間に入るまで最小限十分間のゆとりがあるようでございます、山形県は。二十分あるところもあるし、二十五分ぐらい、そういう要するに勤務時間、まあその職員室に来るかあるいは学校の門かという争いもあるようでございますが、要するに、勤務時間に入ってから授業時間に入るまでにゆとりがあって、二分おくれた人というのも、最小限十二分間、勤務時間十二分間おくれておる。そのうち十分間は勤務時間のほうであって、授業は勤務時間後十分か後に始まっておりますので、その人は二分おくれたというようなことで、私もそれで一分、二分というのは、ちょっと一分、二分という測定なかなかむずかしいと思いましたが、そういう実態のようでございます。そこで、まあ一分は許して、二分はいけないというのが、理論的に説明するということは非常にしにくいわけでございますが、さらばと言っても、そりゃ三分で切っても四分で切っても、なぜそれじゃ五分とかいうような区切りがいいところのようでございますが、まあボーダーライン、なぜ四分まではよくて、五分はいかんか。ただそれだけ比べますと、理論的に解釈が、これはどなたがやってもつきにくいと思います。
 そこで、一分を許して、二分以上は戒告にしておるというのも、私も非常にそりゃ妙案でいいとまでは思いませんが、いま言いましたように、どこで区切るとしても、理論的にはむずかしいが、しかし、どこかでやらなければずるずるになるということで、あまりその切り方が適当と推奨するほどではございませんが、やむを得ない、そういう方法もなるほどやむを得ない、あり得ることだなというふうに感じておる次第でございます。
#96
○鈴木力君 問題は、私は局長にほんとうの気持ちを聞きたいのですよ。というのは、先に私の気持ちを申し上げるが、私は同じ山形県で、実は教組じゃなくて、この電通の職員が、一つの傷害事件というのがあった、ことしの三月ですよ。そのときに、当事者と私は、自分の仕事柄、いろんな人と会った。ところが、山形県の検察庁の検事正の方が私にこういうことを言った。労働問題で起こった事件の、われわれの扱いの態度、検事側とすれば、警察側から送られてきたものを不起訴にするという材料を真剣に、全力をあげてさがすのです、私どもは。こういう説明。労働問題というものは、そう軽々に処分をしようという方向でものをやるべきじゃないと思っておる。したがって、不起訴にできるという条件を整える材料が、警察の報告以外にあるかどうかということを調べるので時間をかしてくれ。それで、その材料を、どうしても検察庁も見つけることができない場合には起訴せざるを得ない。あとは判決を待つ以外にない。そういうことを言われた。私は、非常にりっぱだ、非常に配慮をされていらっしゃる検事正のことばだと思った。もちろんこの事件は、せんだって不起訴になりました。そういう、検察庁でもそういう配慮をしておる。ところが山形県の場合には、私は、一分と二分で切った。それがなぜかということをいま別に問題にしようとは思わんのですよ。それは確かに時間の切れ目というのは、しなければ、その議論を発展していけば、あるいは十分で切ったのがけしからんという理屈も成り立つというのが言いたいところだと思うから、局長の場合はそんな議論はほんとうにへ理屈だと思うのです。私程度の頭脳の者しか通用しないことなので、世間並みの人にはそんなこと言ったらおこられる言い方だと思うのです、局長のいまの説明は。それはそれで置いておくとして、人間を処分するという場合に、はたして一分おくれたか二分おくれたかという判断がつくかつかないかということで苦慮しないでいいのですか、これは私が行っていろいろな方に会って、教育長さんは私にこういう説明をいたしました。平常の場合にはとてもわかりません。だれが何分おくれたか、だれが時間内に来て授業を始めておるのかわかりません。しかし、この日は異常の日だったから前もって管理者に言っておいて監視をさせておきました。だからわかったはずですと、こういう言い方です。教育長確信があるかというと、管理者を信頼しておりますと、こういう言い方です。私は相当数の校長さんに会ったのです。校長さんに会って、一分、二分というのはあなたはどういうことで判定をしたかと聞きましたら、全然判定はつきませんでした、したがって行動に参加した者が、すれすれに来た者が一分か二分おくれたと、こういうことで、しかもあの程度のことで飛び込んでセーフというふうな状態、処分になるとも思わずにそういう報告をしました、そういう校長さんが圧倒的に多数です。そういうものが行政処分として戒告として大騒ぎするようになったわけです。だからこの日は一分と二分との切った切れ目をどうしたというよりも、人間を処分するという場合に、こういう不確定な要素で処分してしまうということが一体教育行政の責任者としてはそれが妥当なことだと考えていらっしゃるのかどうか、これは裁判で争えば具体的な問題が出ます。私が行った学校でもそういう事実があった。おくれたので職員室に入らずに教室にまっすぐに行った。ところが校長さんは職員室で待っておって、来ないから処分の対象になっておる、そういう先生もいるんです。こういう処分のやり方、判定のやり方というものが、文部省どこまで指導したか、教育長は指導を受けたと、こう言っておりますけれども、そこまで指導したかしないかは別としても、こういうようなやり方がいま行なわれているということについては、文部省は検討しなくてもいいのかどうかということを私は聞きたいのです。
#97
○政府委員(宮地茂君) この問題は一分とか二分とかいうことで論ずる問題ではないような気持ちがいたします。物理的に一分がどうで二分がどうということよりも、要するに勤務時間におくれてほしくない。ましてや次代の日本を背負う国民の教育は重要なんだから、いやしくも教員が授業時間をほかの都合で授業におくれるというようなことはしてほしくない。お願いするから授業はしてやってほしいという気持ちから、まあそういう気持ちを持っても、やはり処分となれば物理的な時間を尺度にしなければ、気持ちでは処分ができません。したがいまして、私は、一分、二分の切り方の当否は人によっていろいろあろうかと思いますけれども、やはり次代をになう国民の教育が重要である。それがゆえに先生は専門職だとか、ある人は聖職だとか社会がそのように思っておる。したがいまして、やはり私は先生に業務命令まで出して授業をしてほしいと、授業におくれないようにしてくれと頼む気持ちは、行政官庁として当然であろうと思います。それを、おくれられた、そうなりますと、やはりおくれたか、ああ言ったけれどもおくれたならしようがないわいということで済ますんではない、やはりけじめが要るんではないかというふうに考えます。したがいまして、なかなかむずかしい問題でございますが、あえて一分、二分の当否は別としてやはりこういうようなときに授業をおくれられるという先生に対しましては、秩序維持の観点から何らかの措置をしていくということが、これは私はやむを得ない、非常によいこととは決して思いません、しないで済めばまことにいいんですが、そういう意味でやむを得ない措置であろうというふうに考えます。
#98
○鈴木力君 私は一分、二分で切った、一分と二分の境目を切った量のことを言っているのではない、あとでは言うつもりですけれども、いまはそれは言っていないのです。判断のつかないものを軽々に処分するという、この処分はやろうと思えばできるんだといういまの教育行政側の姿勢について、何ら反省すべきものがないかと、こういうことなんです。たとえば圧倒的に、見れといわれておった校長さんは、私が会った校長さんのうちでは、正確に自信を持ってそのとおりであったとは言いませんでしたというのが大部分だったのです。目的は処分にあって教育をどうするというようなことはもうどこかにいってしまっておる、まずこの姿勢について文部省は何か反省すべきものを持っていないのかと、こういうことを聞きたいのです。
#99
○政府委員(宮地茂君) はっきりしないこの処分というのは、私は戒告であってもこれは処分でございますから、懲戒処分というのはこれは履歴書もよごれますし、そういう意味では、処分をするほうもこれは厳粛に最大の注意をもってやらなければいかぬと思います。軽々に感じでこうであろうというぐらいのことではいけないと思います。したがいまして、先生が、本人は来ておったのに校長が別の場所で見ておったために処分をしたということが、はたしてそういう処分が行なわれたかどうか私は疑問に思いますが、聞いておりますところによりますとそういうこともあろうかというふうに感じられるので教員室に来てください、そうして授業に行ってくださいというような指示をしてあったということでございます。しかしながら教員室には来なかったがすぐ授業に行っておった、本人はひとつも授業には支障がなかったというようなことであったとすれば、これはもちろんもう少しそういう注意を怠らないでやってほしいという気持ちは起きますけれども、いま一般論としまして先生のおっしゃるように、懲戒ということは非常に重大な問題であるし、受けるほうとしては非常に大きい問題でございます。したがいまして懲戒をする側としてはもう注意の上にも注意をして、いいかげんだと思われるような処分ではなくて、処分をしたことに対して自信を持って理由があげられるようなそのぐらいな態度で処分はすべきであるという点につきましては、先生と同じ気持ちでございます。
#100
○鈴木力君 そこで私が申し上げましたように、校長さんたちは実際にはもう何分おくれたなどというのは、これはもう判断がつかなかった、結局は集会に行ったという者が一分あるいは二分というように区分けをして、比較的先に入った者は訓告に、比較的おくれた者は戒告にする、そのときは訓告も戒告も校長さんにはわかっていない、まあストップウォッチを持っているわけでもないから、そういう区分けで報告をしたというのが実態なんです。このことだけはうそじゃないんです。
 それでもう一つ伺いたいのは、これはおそらく局長は知らないとおっしゃるだろうと思いますから私のほうから申し上げますが、手続的にどういう手続でやられたかということですね。それではっきりと伺っておきたいのは、例の地方教育行政の組織及び運営に関する法律ですか、いわゆる教育委員会法ですね、あの法律の三十八条に、地方教育委員会の内申という点がありましょう、この義務教育費国庫負担法の定められてある職員ですか、いわゆる小・中の職員は地方教委の人事については地方教委の内申を待ってこれをやるということがありますがね。これをどう解釈すればいいか、内申という意味は。その解釈をさきに伺っておきたい。
#101
○政府委員(宮地茂君) この趣旨といたしましては、私どもが理解しておるところでは、この学校の先生は身分的には市町村の公務員だと思います。ところが人事上の任命権者は都道府県教育委員会になっておる。したがいまして、任命権者がひややかに、形式的な法律論からいえばどこの身分を持っておる者であっても任命権者が市町村だということもこれはそういう考えでやってやれないことはないと思いますが、身分が市町村の公務員である、任命権者が県であるという場合には、人事を行ないます場合両者の意見が一致することが望ましい。しかしながら両者が一致するといっても、人間は機関が二つありますから必ずしも一致しない場合もあろうというようなことで、両者が一致しなければならないというふうに書くべきでしょうが、そうやったんでは万一の場合一致しない、いろいろ一致すべくやっても一致しない場合に人事のやりようがないということで、結局は市町村教委は内申権を持ち、任命権者の府県の任命権の行使と調和させ、両機関が協力してやることができる、こういったような趣旨からこの内申権というものが認められたというふうに理解します。
#102
○鈴木力君 そういたしますと、この内申権は県教委と違う意見で内申をすることができるのですか、できないのですか。この法律で言っている内申権というのは。
#103
○政府委員(宮地茂君) 先生のおっしゃる意味はちょっとよくわかりかねますが、たとえば具体的に申しますと、Aという先生を採用したいという気持ちを県教委に出す。ところが県教委は、Aという教員をA村にやりたいけれども、B村、C村、そっちにも採用上その人が行くことが適任であるというような場合、この場合はAという人をA村から内申してきても、その気持ちはわかるが、より一そうB村なりC村にその人を必要とするというような場合には、あえて内申と違った任命行為が行なわれています。そういうことから申しますれば県の気持ちで内申も結果的には行なわれたということになろうかと思います。
#104
○鈴木力君 私の聞いているのは結果のことを聞いていなのです。違った内申があって両者一致してやるというこの趣旨はよくわかるのです。ただ山形県の場合はいまの局長のおっしゃるような内申の解釈はとっていない。だからこれは山形県の教育委員会のやっていることが適切だと最後まで文部省ががんばるとするとたいへんな問題がある。ここに地教委との申し合わせ事項というものがちゃんとある、これはこういうことです。時間がないから読むのはやめましょう。事前に協議をして意見が一致した場合に内申をするものとするということになっている。よろしいですか。たとえばAならAという村の教育委員会が、さっき局長が例にとられたような筋でいいますと、Aを採用したいと言いたいわけですね。言いたいわけです。だがそれは事前に県教委のほうの意見と合わない場合には内申をすることができない、こういうことになる。これは私は運営上はきわめて問題があると思う。いまの地方教育委員会の趣旨からいっても、ちゃんとこれは人事内申要綱というのをつくって、そうしてこれを協約みたいなかっこうで押しつけられておる。ところが、これについても私は地教委のほうの意見を聞きますと、あえて名前は言わんでくれという教育長もおった。それほど地教委の教育長はいじめられていますから、名前は言いませんけれども、県の教育委員会からきたものは何でもそのとおりにやらなければできないような仕組みになっておる、きわめて不満なんです。こういう意見を言う教育長さんがたくさんあった。これはマル秘という判こを押してこういう取りかわしをやっておる。これに基づいて今度の処分が行なわれている。ですから山形県の地方教育委員会の意見というのは最初は行き過ぎであってかけてきたような者は一分、二分おくれても処分せんでもいいじゃないかという意見の教育委員会もずいぶんあったし、そういう意見の内申はとめられておる、そうして教育長協議会なんという形で一分は訓告、二分は戒告ということに、率直にいえば押しつけられている。全部内申書を不本意ながら出させられておる。これが今度の山形県の処分に伴う事実なんです。これは県の教育長が私に印刷した資料をくれたのですが、マル秘とありますけれども、差し上げますといって私のところにくれた。マル秘にしなければいけないような悪いことをやっている。そういう中から生まれてきた処分であるということを、これはもう局長さんもはっきりと認識すべきだと思うのです。いまそういうことの報告を受けてなくて首をかしげている、いるならあとで証拠物件を差し上げますから、あとで読んでくださればよくわかる、こういう筋でずっときたわけです。
 そこでまず第一に、教育行政の姿勢ですね、さっき言いましたように、やむを得なかったといえば何やってもできるのだというようなことでは、むろん法律的にものをいう場合には、ことに山形県の教育委員会では法律違反を犯しましたという文書を、法律違反じゃない、これは条例違反です。手続的にも条例違反を犯しましたという文書を判こをついて、教育委員の方々が判こをついて組合に出しておる。この処分をする過程の教育委員会で自分のほうのそういう条例違反なり、法律違反なりというのはたなに上げているわけですね。そうして一分おくれたために処罰になっている。そういうような教育行政についてどうも私はいまの教育行政納得いかないのです。そういうようなしゃくし定木的なことを押しつけていることがいまの学校問題にいろいろな問題が起こっているわけでしょう。話は違いますけれども、これは私の県に最近あった事実なんですが、自分の県の恥をかくようでありますけれども、岩手県の県北に山火事がありまして、あの山火事が消えましたときに、ある学校の子供たちがまた火遊びをしている。そこで農民の人たちがそれを見つけて、まあ学校の先生に来てくれ、学校にそういうお願いをしたわけです。ところがそこの学校長から教育委員会に電話で問い合わせがあって、こういうことがあるけれども義務免で出すべきでしょうか、有給休暇で出すべきですかという問い合わせがあった事実がある。教育委員会が学校の現場というものをそこまで押え込んでしまっていると、いまみたいなばか話みたいなことが現実に行なわれておる。教育的に何がこわいかというと、組合が行動したから一分おくれたのがこわいとか、そういうような形に学校を追い込んでしまっているほうがこわいのか、その辺はもう少しやはりぼくは検討すべき余地があると思うのです。文部省は知らないと言ったほうが一番りこうだと思うのですが、そういう事実があっちにもこっちにも出ている。そのひな形が山形の今度の処分事件だと思う。それらの点についてどうなんですか、これでも山形県教委の行き方があくまでもりっぱであって、行政上は当然であると、こういう見解をとられるのですか。
#105
○政府委員(宮地茂君) 先生のおあげになられました一々の事例については、私ども承知いたしておりませんけれども、たとえばまあマル秘になっておるというような文書のことをおっしゃいましたが、これは私、見ておりませんけれども、一般にマル秘というのは、これは悪いことをするためにマル秘を押すということじゃございませんで、役所にはマル秘というのがありますが、悪いことをしようとしてマル秘を押すわけじゃないんで、人事の問題等漏れないほうがいろいろスムーズにやれますし、そういったようなことから秘密にするというふうなことで、一般的にそういうふうに御了解いただきたいと思いますが、その申し合わせ、私は見ておりませんが、たとえば、先ほど例にとりましたが、A村のAという先生を、と内申してもBというふうになってくる、そういう場合に、Aという内申を出したけれども県のほうではBを持ってくるということになってはぐあいが悪いので……。
#106
○鈴木力君 それはわかるというんだ、ぼくは。
#107
○政府委員(宮地茂君) 事前によく相談し合って、ととのったところでAという人を出し、Aという人を任命するというふうに、これはまあ大体そういうことでいくのが私は一般の常識だと思います。
 それから、これは国庫補助などもそうなんです。市町村としては一千万円ほしいと言われましても、いろいろ相談して、五百万円ではどうかということで両者が落ちついたときに五百万円の補助申請が出て、これに補助金を出すということです。やはり行政でございますから、両方の意見が一致するということの形をできる限りとりたい。そのためには、文書でぽんぽんやるよりは、事前に十分話し合いをして、落ちついたものにするというのが慣例でございますので、先生のように悪くおとりになるのもまあ一つの見方ですが、私が申し上げているような考えで私どもはやっておりますので、そういう面もあるということは御了承いただきたいと思います。
#108
○鈴木力君 私はね、扱いのことを聞いているのじゃなかったのですよ、局長さんね。扱いは、いろいろの扱い方がありますよ。しかし、法律に言っておる内申権というのは、県のほうの同意を得なければないという意味なのかどうなのかということなんです。ところが、文書を取りかわして、それ以外のものは一切ない。これはもう大臣に伺いますが、教育行政の、地方教育委員会から県の教育委員会から、あれをつくった。しかし、民主的な教育行政ということが考えられて、だいぶ問題があったけれども、この法律ができた。しかし、この法律は、内申というのはことばだけであって、同意できないものは内申してはいけないというような、そこまでいっているとすると、いまの局長のように、そういうやり方もありますと、こうおっしゃるのですから、これはもう大臣から伺ったほうが一番はっきりするかと思います。
#109
○国務大臣(坂田道太君) この地方教育行政のやり方については、非常に戦後は民主的なやり方、地方分権的やり方をとってきたわけでございまして、話としてはむしろ非常に行政的にすきっといくのは、むしろ地方教育委員会というものはなくて、あるいは地方教育委員会の内申権というものはなくて、ぴしゃりと県の教育委員会が任命をするというようなやり方だってあり得るわけですから、考え方としてはあり得ると思います。けれども、そういうことがはたして実情に合うかどうか、あるいは戦後の地方分権的な教育行政のあり方としてどうかということでこの地方教育委員会というものを設置し、そしてまたその教育委員会に対して内申権というものを持たせたということだと思うのでございます。
 しかし、具体的なその運用の問題になりますると、うまくぱちっとこの県の教育委員会の考え方と地方教育委員会の考え方と合う場合もあるし、場合によっては合わない場合もある。合わない場合にどう運用するかということについていろいろケース・バイ・ケースで私は、問題は一ぱい残っておるものですから、その際にやはりケース・バイ・ケースで、それが妥当であったかどうか、適当であったか不適当であったかというふうに考えなければならないんであって、それをあまり画一的に、抽象的に議論をしてもいけないんであって、むしろ地方教育行政を分権的なやり方でやろうというところには、いろいろそういう話し合いの機会を持たせ、場合によっては意見の違らこともあってもよろしいという前提があって、それをどう考えていくかということだと思います。その上においてどこに権限が強くあるのか、その辺は法律的にどうなっているのかはちょっと私もつまびらかではないのであります。おそらく局長の答弁が正しいと思います。
#110
○鈴木力君 こういうことなんです、大臣。簡単に言いますと、地方教育委員会の内申を待って実施すると、こうあるわけです、ここにはですよ。ところが山形県の場合には、内申というのを消されているわけです。よろしいですか。前もっての内申ができないということにしてあって、事前に協議がととのった場合においてのみ内申をすることができると、こうなっている、協定によって。私はあとの扱いはいま大臣がおっしゃったような、あるいは局長のおっしゃるような扱いというのが、おそらく数からいったら相当数以上あるだろうと思うのです。特に人事の配置とかなんとかの場合にあるだろうとは思う。しかし、前もって内申があって、県教委の意見が違うから協議に入るとか、そういういき方で将来――最後は県教委の、これは任免権をもっておればそういう形になるかもしれません。しかし事前に意思表示ができないということをきめてかかっているということになったら、この法律とぼくは矛盾すると、こう思う。やはり行き過ぎだとは認められないのですか、それでも。
#111
○国務大臣(坂田道太君) その辺もやはり先ほど申しますようにケース・バイ・ケースという形でやる場合、これがまあ妥当な私はやり方だと思います。
#112
○鈴木力君 それならわかる。
#113
○国務大臣(坂田道太君) ですけれども今度そこを、ある協定を結んでケース・バイ・ケースというようなことは、とてもやりにくくてしようがないのだ、だから話し合いにおいて、実際は内申権に基づいた正当なやり方があるのだけれども、しかしお互いの話し合いで協議事項としてそうきめようじゃないかという形において運営をされるということも、これはいけないと言えるかどうかという点になると、私はさほどまでそれをいけないと言わなきゃならないということも言えないのじゃないかというふうに思います。
#114
○鈴木力君 そういたしますと、もはや地方教育委員会の内申権というものはないほうがいいと、こういうわけなんでしょう。
#115
○国務大臣(坂田道太君) それは最初申し上げましたように、原則的にむしろケース・バイ・ケースで内申権というものを認めてやるということのほうが普通の場合である、こういうふうに解釈します。
#116
○鈴木力君 だから山形県の場合は、内申権というものを原則的に認めて、それからケース・バイ・ケースで協議をするのなら私は何も文句はない。そうじゃなくて原則的にないわけです。教職員の任免その他の進退に関する内申を行なう場合は、あらかじめ市町村教育委員会、教育長あるいは県教育長と協議するものとすると、こうある、あらかじめ協議しなければ内申ということはあり得ない。そうすると市町村教育委員会の独立性というようなものは、完全にここでは消されているということなんです、そうでしょう。あらかじめ協議しなければ内申をしちゃいけないと、こういうことなんです。これにしかも、これは全体の会議でこういうことをきめたと、こういうことになっている。私が会った相当数の教育長さんたちは、きわめて不満だ、これは前になにかのはずみにこういうことになっちゃったのだそうで、どうにもなりませんという言い方です。いまごろそういうようなことが行なわれている、それがいまの教育行政の私は姿勢だと思う。あえてこれを抗弁するならばあまり時間もありませんから私はまあそれ以上言いませんけれども、私はいまのこの教育行政を誤っておる根本的なところはいまのような文部省の姿勢であると思う。地教委なんかは大体その予算をつけるときも助成金を出すときと同じような扱いで、内申権も局長の説明によると一千万ほしいといわれても五百万しかないことがあるから、事前に相談をして五百万というとき内申を出させるというそういうような形に押えることを、教育行政全般にあてはめようとしておるところにいまの教育問題をこじらしておる一番の大きな原因がある。
 それからもう一つ、ついでだから言わしてもらいますと、行政優位ということですね、学校と行政を考えると行政のほうが優位だ、たとえば免許法の扱いでもそうでしょう。組合の専従者にはその期間中には時間数には入れない、教育従事時間数には。教育委員会の事務職員であっても教育委員会に勤務している者は現場におったと同じ時間の特権を与えておる、こういう違いが行政優位のところにある。人事異動でもそうですよ。これはあとで時間をかけて別に質問申し上げるつもりだけれども、いろいろな基準で人事をやっていると言いますけれども、私が政府委員室を通じて僻地の勤務についている学校長に教育行政の経験者が何人いるか調べてくれと二カ月くらい前に頼んであるが、むずかしいということでその調査が出てこない。なぜ出てこないか私にはわかるのです。僻地教育といっても僻地を経験しなければ、公平な人事行政といいながら教育行政の経験者はきわめて僻地の校長なり、僻地に勤務している例が少なく、すべて行政は特権的に扱っておるというところにいまの問題が起こってくる。この法律解釈がそうなんです。
 そこで残った時間をもう一つだけ私は伺いたい。東京都の例の都教組の事件の最高裁の判決です。これは山形県の教育長さんに言わせると、あれは刑事事件の判決なんで関係ないと私には答えた。だからあの判決が出てもわれわれには一分や二分で処分したことを言われてもこれは行政ですからいっこう差しつかえございません。こういう解釈をしておる。これはいままでの小林委員の質問に対する文部省の答弁で、この解釈は違っておるということははっきりしておると思うのですが、これはどうですか。
#117
○政府委員(宮地茂君) 都教組の事件についての最高裁判決につきましては、小林先生の御質問に大臣からも私からもお答えいたしましたが、いまの御質問、要するに小林先生のお尋ねになり私らが答えた中で一致しましたのは、いずれも字づらだけを見て決定してはいけない。よく十分熟読玩味してやるべきであるということでございましたからそのように……。
#118
○小林武君 字づらなんて言わない。
#119
○鈴木力君 だから行政処分についてもこれは関係ないということじゃないでしょう。それは関係があるでしょう、あの最高裁の判決の文部省の解釈は。関係がないとおっしゃるとすればまたやり直さなければいけない、どうなんですか。
#120
○政府委員(宮地茂君) 先ほど字づらと申しましたが、小林先生から異議があったようで、文字どおりというのが正しゅうございます。字づらを文字どおりと訂正さしていただきます。
 それからもちろん小林先生との質疑応答で十分私ども答えたつもりですが、いまの先生のおっしゃいますのは、最高裁の判決はもちろんあおり行為についてですが、その理由書の中にいろいろ憲法と地公法の三十七条なりとの関係は相当述べておられます。でございますので、もちろんその行政処分を行なったことは、これは云々といったようなこともございますし、全然その行政処置について判決理由書に触れられてないという点ではございません。ただ判決は、あおり行為について判決があったということでございます。
#121
○鈴木力君 だから私が山形県の教育長に聞いたんです。あの判決が出て、文部省もこれはまあ最終的な判決はあおり行為が結びつくという判決にしても、途中の法律の解釈や何かについては行政でも配慮しなければならないということは意見が一致している。ところが山形県の教育長は、その考え方をとらない。一番先に、これは別でございますと、文部省ががんばっておったその当時の考え方をそっくり持っておる。だからもう少し申し上げますと、さっきから局長といろいろやりとりをしたけれども、この業務命令というそれ自体がそういうことなんでしょう。そういう見方もありますと局長おっしゃったけれども、結局は正常どおり勤務しなさいという意味は、その統一行動があるから正常どおり勤務しなさいと、こら言っているわけです。そうして、今度は統一行動に参加しても正常どおりに間に合うように来いというのが業務命令だと、こういう形になっておるわけです。結局は三十七条というところの問題になってくる、じょうずにすり抜けたように見えておっても。そうでなければ参加しなかった者、六分おくれたのが処分の対象からはずれたというのはどうしても理屈に合わない。正常普通の場合には一分、二分は大目に見るのです。このストライキがあった日だけは一分だって大目に見られませんと、そういたしますと、正常の運営ということではなしに、ストライキがあったから処分をしたということになってくる。これ以外の理由はないわけです。そうすると、あとはもう字づらどおり読んだと、こういうことでしょう。大体学校運営に一分、二分おくれたということは、普通の場合にはそう大した問題になっていない。ストライキがあったから問題になるということは字づらどおり読んだと、こういうことなんでしょう、この辺にどうも、文部省は国会で言う場合には、都教組事件の判決の解釈はこうでございますと、こう言うけれども、地方の教育長に対する説明というのは必ずしもそうはなっていないように私どもはどうも受ける。もちろんいま見ていらっしゃるその雑誌にも、われわれのいままでの処分したことは何ら間違いはないと、要らないところをゴシックで出しておられる。そういう気持ちとここで逃げようとして答弁することが合っていないわけです。そこらあたりに問題があるだろうと思う。だからいま、私は時間がありませんから言いますと、一つは地方教育行政の組織と運営に関する法律、この地方教育委員会の内申権というものをまず押え込んでおった、そういう一つの問題があるわけです。そうして異常の場合だからといって学校長によく見ておれと言って、見ておった学校長はほとんど判断がつかないからストライキに参加した者を報告をした、それが一分、二分ということで処分になっている、それも最高裁の判決が先刻出て、この委員会でもずいぶん議論をした。あの判決の中にもなぜ地方公務員がああいう行動、同盟罷業、または怠業が禁止されているのか、そこのところに国民生活に重大な支障をもたらすおそれがある場合はと、こうなっておる。一分おくれた場合には国民生活にどれだけの重大な支障があるのか、教育という問題から考えるならふだんの日に五分おくれたということも相当に大きな支障があるはずです。そういたしますと、どうしてもそういったようなものは一切無視をして、行政という一つの権威というものが権力的にただ押え込む、そうして組合の、これは東京地裁で去年ですか出た案納君の裁判にもある。人事院勧告の完全実施を要求するということはきわめて正しい。方法が国民的に大きな支障がなければ多少の違法行為は許される――とまでは言わないけれども、大体そういうニュアンスの判決も出ている。そういうようなことを一切無視をして、そうして持っていったところにこの山形県の行政処分という問題の特徴があるだろうと思う。だからこの辺は私はやはり文部省としてはいま私が申し上げたような法律的な問題点、それから手続上のいろいろある問題、それから、行政としての姿勢の行き過ぎた点、これらの点については文部省はやっぱり検討してみるべきでしょう。そう思うのですけれども、どうですか。
#122
○政府委員(宮地茂君) 先生のおっしゃいました点、二つ、三つございます。私ども行政をやります者の心がまえとして、秩序を保持するために厳正な処置で望むということが必要でございますが、おっしゃいますように、いわゆる権力的な行政運営ということは、これは厳に戒めなければならぬと思います。あくまでも私どもは公務員でございますし、権力的な運営はいけない。しかしながら、秩序を保持すべき場合に厳正な態度をとるということは必ずしも権力的な行政運営とは違う面もあろうかと思います。お気持ちの点は十分わかりますので、いわゆる権力的な行政というようなことがかりに山形県にありとすれば、これは厳に注意をする必要がございます。したがいまして、そういう意味でいま先生が例をあげられました二点につきましては、私どもは山形県が、いわゆる権力的な、行政優位とかいろいろおっしゃいましたが、そういう高い地位に自分らはおるんだといったような態度で行政をしておるとは思いませんが、まあ先生のようなお感じをお持ちになることもありとしますれば、もう一度念を入れまして、その点は山形県に十分報告も求めて、間違いがあれば是正させたいと思います。
 ただ、一、二つけ加えますが、先ほど来の内申の問題ですが、これは教育委員会法にも内申権もちろんございます。ですから、先生がおっしゃいましたことを修飾語を除いてそのとおり答えますれば、これはもう自分の思うままを内申をすればいいわけでございまして、何ら協議をしないで自分が思う内申をすることはもちろんできます。ただ、そういった場合にやはり内申しただけでは任命権者と内申権者が違いますから、やはり両機関が一致しなければいかぬ。内申しっぱなしで違った措置をされたんでは内申する人もそういうような内申ならあまり意味がなくなってくるわけです。ですから、私どもの感じといたしましては、内申権を法律上行使させないような協議、協約がなされるということは、これは絶対に慎しまなければならぬと思います。しかしながら、そうじゃなくて内申のしっぱなしでは意味がないので、内申する人と任命権者が事前に協議をして、できることなら整ったものを正式に内申書として出したほうがスムーズにいくという観点からなされておるんではないかと思います。しかし、これは先生がおっしゃいますような感じを受けるとしますれば、もう一度その点は確かめてみたいと思います。
 それからもう一点。その処分を先生がおっしゃいますように、一分、二分というのはただこれは口実であってともかく一斉休暇、一時間の集会ですか。それに参加した者はともかく処分するんだというようなことで、十分確かめないでやったというような感じがあるようなお話でございますが、この点につきましても、私どもはそのように思いません。報告を受けました限りではそうは思いませんが、あえて先生のそういう御疑問もおありとしますれば、その点もまたもう一度県教委と話をしてみたいと思います。
#123
○鈴木力君 もう一つだけ申し上げます。いまの点で、参加をした人を機械的にやったかどうか。これはもう処分した数と参加した数が一緒になっている。ほとんど数字が合っている。そういうことだけを見てももうほとんどはっきりするわけです。機械的であったということが。
 それから、もう一つ、いまの問題、内申の問題については、私が行って教育長に質問してきたのですからね。先生がそうお感じになってきたのならばと言うほど私を信用しなくてもいいですけれども、私はそういうことを聞いてきて、そうすると、協議が成り立たない場合には、内申ができないのですなと言ったら、そうしておりますと、こう答えておる。これは事実なんです。だから、内申をしたあとに意見が違った場合に協議をすると、それもよろしいわけですね。だから、県教委のほうから、できるだけ事前に協議をしてくれという言い方、これだって、私は運用上あると思うのです。あると思うが、協議事項として判こつかして、また県教委の思うとおりにやらなければ内申はできませんぞと、こう眠らしてしまうといういき方は、どう見たって、私はいまの現状からみたら行き過ぎだ。だが何よりもこの問題で、私は一番大きな問題は、最高裁の判決もこの処分の関係だと思うのです。それは確かに参加した。参加はしたが、大した国民生活に支障を与えない参加のやり方であった。そういうようなものが全員処分されるという機械的なやり方、ここらあたりは、私はやっぱりほんとうに、まともに法律を読むなら、この行政的なもっといいやり方を考えるべきだ。私はそういう意味で、さっき検事正の話をしたのです。検事正は、処分をしないための材料をさがすのだ。そうして、その材料が整えば起訴をしないのです。そういう配慮をして――教育行政にはその配慮が一つもない。こういうことですから、その辺は十分にひとつ、いま局長おっしゃいましたように検討をお願いしたい。
 最後にもう一つ、私はお伺いしたいのは、大体この人間を処分するというのは、さっき局長もおっしゃったように、たとえ戒告であっても履歴に朱が入る、あるいは訓告であっても、いまは昇給がおくれるというようなこと、追い打ちがあってくるような時代だ。非常に大きな深刻な処分になっている。その深刻な処分をやって、そうして、あとで、この人事委員会なりなんかで成規の提訴ができると、提訴をされて、何らこれが処分に該当しないという結論が出た場合の行政側の責任のとり方は一体どう考えているのですか。その点をひとつお伺いしたい。
#124
○政府委員(宮地茂君) これはまあ仮定の問題でございますが、処分をした。しかし、それが、不当処分であるということになりますれば、これはまことに行政庁としては不明のいたすところであった。まことに御本人には申しわけないですが、措置といたしましては、その処分がなかったことになり、それで、不利益を受けておれば、もとに戻るということだと思います。しかし、山形の場合、先ほど来申しておりますように、もう少し確かめますけれども、山形がそういう間違った処分をした、人事委員会へ提訴されれば負けるような処分をしておるということを、私感じていまの仮定の問題にお答えしておるわけではございませんから、一般論としてお答えしたわけです。
#125
○鈴木力君 私の言うのは、事、教育に携わる職員を処分する場合、それに不当処分という判決が出れば、それはもとに戻されればいいじゃないか。そんなつもりで、他の警察が何か刑事事件で捜査するような、そんな気持ちでぼんぼん処分をやってくるというようなことがあれば、そういうことがあれば、山形のような軽率な処分というのがどんどんやられると、少なくとも人を処分するという場合には、警察だって本人からいろいろなものを聞くわけです。行政処分の場合には、本人に何ら弁明の余地を与えないわけですから、見ておった校長は自信がありませんという、それでも処分をされる。それが無罪になれば、当然もとに戻るからいいじゃないか。こういうものの言い方が教育行政にあるうちは、私は民主教育というものは日本で期待できないと、こう思うのです、どうですか。
#126
○政府委員(宮地茂君) 私は、不当処分ということになればもとに戻るからそれでいいじゃないかという意味では毛頭答えておりません。先生が処分は不当処分だということになったらどうなるかとおっしゃるから、一般論としてはこうなると申し上げたんで、そうなるからいいじゃないかというような主観は毛頭交えておりません。
#127
○鈴木力君 いま私の言っているのは行政責任ということを聞いておるのです。教育に混乱を起こしたというのは、何にもならぬものを手を出して混乱を起こす場合のほうがいま多いような気がするんです。それを軽率に処分処分とやっていって、そうしてそこに何ら行政側が責任を感じないというところに教育行政の問題があるんです。そういう責任は十分に感じさせるという指導がいま大事ではないかということを言っておるのです。
#128
○政府委員(宮地茂君) 先生は、山形県の場合は不当な処分であると、軽率な処分であるという前提をお持ちでお尋ねになっておられるようなので、どうも答えるほうとしましてはそれを是認しての答えになるようになりますので、ちょっと私答えにくいのですが、そうでなくて別の例で申し上げますと、これはたしか和歌山県であったと思いますが、そういうケースがございまして、その場合その処分をした教育長は戒告かに、処分をしたほうが戒告になったという例はあるようでございます。したがいまして、一般的な問題といたしますれば、これは処分をした処分権者が不明のために、なすべきでない処分をいたしました場合、これはまことに御当人にとっては申しわけないことだと思います。しかしながら、山形県の場合そうだという前提では私は答えたくございませんので、先ほど申しましたように、私どもはそう思いませんが、先生が、軽率な処分であり、あまり理由がないといまお述べになりましたことは、十分私ども聞いておりますので、そういったことがなかったと信じますが、もう一度山形県のほうとは十分話し合ってみたいと思います。
#129
○小林武君 関連。そこにいらっしゃる課長さんの書かれた最高裁判決について論文がございますね、教育委員会月報。そのことについて私もかなり調べましたからいずれあなたに質問をしようと思っておりますが、それはあれですけれども、ただひとつきょうのところでこのことははっきりしておいてください。最高裁判決がこれは刑事罰のことだけをいった判決だから、だから処分その他について、行政罰について、懲戒については何にも関係がないんだということはあなた誤まりだ、これは山形とか何とかいうことを抜きにしてだね、いまの山形にしたってそのことは誤まりでしょう、私は大きな誤まりだと思う。なぜならば、これは一体労働基本権という問題と、それからあなたのほうの主張する三十七条一項の持っている法域との問題で、先ほどあなたは調和をとると言ったが、この調和の問題なんだ。だから文字どおりやって、争議行為というものが全部これはその文章どおりに処罰するということになると、これは違憲行為の疑いを免れないと、こういう判決なんです。違憲行為でもって懲戒をやれるということはあり得るはずはない、そうでしょう。だから行政罰であろうが刑事罰であろうが、違憲行為をやって処罰することはできないのだから、その点については教育長に指導しなきゃいかんと思う。このことはお認めになりますか、どうですか。
#130
○政府委員(宮地茂君) よく私どもが言っておりますのは、判決はこれはあおり行為が無罪だといっている、しかしながら判決理由書の中には小林先生が指摘されたようないろいろなことがございます。ただ、一方におきまして聞き方が、あおり行為は無罪であったのだ、だからあおりではなかった、行政処分も当然そのときのは間違いであったのだといったような意味での御質問がよくあるわけです、関連を持たせて。そういう場合に、いやそういうことを言ってはいない、あおり行為は無罪だといっているんであって、あおりとは別の行政処分をした、そのこともこれは無罪であったのでそれを懲戒処分としておるとすれば間違いであったというふうに続けて言われる方がよくありますので、その場合にはことさらそこは、そこらは違うのだという言い方をしておりますので、いまの小林先生のお尋ねだけについてお答えしますれば先生がおっしゃいましたとおりでございます。
#131
○萩原幽香子君 午前中大臣の高通な教育理想を承り、国民の生活未来像をお聞きいたしまして私はまことに心あたたまる思いでございましたが、さてそこへ到達できますまでの状態を考えますとなかなかに苦しいものがあるわけでございます。前回私は保育に欠ける幼児の生活実態についてお尋ねをいたしましたが、本日もまた引き続き幼児教育振興について質問を続けさしていただきたいと思います。
 まず最初に、幼児教育の公的な場としての幼保の設置状況についてお尋ねをするわけでございますが、全国三千三百二十五市町村の中で幼稚園を持たない市町村は幾らあるわけでございましょうか、そしてそれは大体何%ぐらいになるわけでございますか、お尋ねをいたします。
#132
○政府委員(宮地茂君) 幼稚園のある市町村とない市町村でございますが、ないほうの数字を申し上げます。幼稚園のない市町村数は合計千五百八十二でございます。これは全体の四七・二%の市町村数に当たります。それからちなみにその内訳の市町村を申しますと、幼稚園のない市が一二、それは二%でございます。持たない町が九百五十八で四八・二%、村で幼稚園のないのが六百十二で八一・四%という状況でございます。
#133
○萩原幽香子君 続けて保育所のない市町村は幾らでございますか。
#134
○説明員(岩佐キクイ君) 保育所のない市町村につきましてはただいま的確な数字をちょっと持ってきておらないわけでございまして、後ほどまた調べて御報告申し上げたいと思いますけれども、実は四十二年度末におきまして、確実な数字ははっきりいたしておりませんけれども、六百七十七カ所ぐらいと思うのでございますが、その後におきまして四十三年度、四十四年度も保育所を全国に毎年度五百カ所ぐらい設置をいたしておりますので、それよりも数は減ってきたのではないかと思うのでございます。したがいまして的確な数字はまたあとでお届けいたします。
#135
○萩原幽香子君 幼保ともに持てない市町村が私の調べましたところでは全体の一三%ほどあるというようにわかっておりますわけでございますが、先ほど厚生省のほうからはっきりした数字がまだ出ていないということでございますのであるいは間違いがあるかもしれませんけれど、ただいま私の持ちました資料では一三%、それが幼稚園、保育所ともに持たない市町村と、こういうことになっているわけでございます。
 そこで、幼稚園の振興七カ年計画で人口一万人以下の市町村を幼稚園設置の対象としていないわけでございますが、その理由は何でございましょうか。
#136
○政府委員(宮地茂君) 人口一万人以下の村はまあ地域はある程度広うございますが、人家がやはりある場所に集落としてかたまってない。点々として点在しておるといったようなことから、幼稚園に子どもが通う場合、一人一人遠くから通ってくるというようなことになるであろう、まあその点が一つの大きい理由でございます。特に人口数の少ない村でございますと、その地に産業等もあまり発達しておりませんので、まあ財政上の問題等ももちろん考慮いたしましたが、一番の点は園児の通園の問題でございます。
#137
○萩原幽香子君 過疎状況の進行する中で人口一万人以下の市町村はやはり増加の一途をたどっていると思われるわけでございますが、いま過密過疎の対策を非常に大切だと言っておられますときに、この幼稚園保育所の設置は必要ではないかと思うわけでございますが、ただ、ぽつんぽつんという状況でむずかしいではないかと、そういうことではちょっと納得をしかねるわけでございます。やっぱり過疎地帯の子供はまま子扱いになるのではないかという心配があるわけでございますが、この点はいかがでございましょうか。
#138
○政府委員(宮地茂君) まあ私ども前回もお答えいたしましたように、三十九年度から七年計画を立てまして、そのときに六三・五%の者の就園ということを考えました際にはずしましたものは、まあ保育に欠ける子供は保育所に入所させるといったような点もございますが、いま申しました人口の非常に少ないところ、通園距離等でいろいろむずかしい問題があるであろう、あるいは特殊学校に入るべき子供、こういう者は幼稚園に入れても十分効果はあがらないであろうといったような意味で若干はずしました。しかしながら、お尋ねのようにそれでよいということでは毛頭ございません。そのように非常に過疎の場所、幾ら遠くてもそういうときにはスクールバスを用意するなり、いろんなことを考えて当然それはやるべきであるというお考え、十分わかります。しかし、一応今日の状況としてまず幼稚園の普及をはかる第一次目標としては、いま申しましたような考えでやりたい。しかしながら、そこではずしたものは決してそこはもう要らないんだというつもりは毛頭ございません。でございますので、まあ計画的にやるといたしますれば七年計画が終了した段階で次はそこに重点を置いていくといったような考え方も、まだ熟しておりませんが、そういうような気持ちも持っております。決してこれを放任するというつもりではございません。
#139
○萩原幽香子君 それはもう放任されたりしたらたいへんだと思うわけでございますね。七年計画が済んだあとでということでございますが、まあそれではなかなか気の長い話ということになろうかと思うわけでございますが、そうではございませんか。七カ年の後には人口一万のところに幼稚園をつくるということでございますと一応七カ年計画が済んだあとで考えると、こういうことでございますね。そうすると多少気の長い話ということにならないでございましょうか。
#140
○政府委員(宮地茂君) 七年先といいますと長いんですが、実は三十九年から始めまして四十五年度で七年計画を完了するつもりでございます。でございますので、まあそれにしましてもすぐではございません、四十五年度が七年計画ですから、再来年から、四十六年度以降、七年計画の実績を十分勘案いたしまして、そうしていま先生が御指摘のような点もということで、具体的な段階といたしましては四十六年度ごろからというふうに私ども考えております。
#141
○萩原幽香子君 局長さんもたいへん気の長いお方のようでございます。私は少し気の短いほうでございますし、子供というものは年々歳々成長してまいりますので、いまおいておいたらあと何とかなるだろうというわけにはいかなくて、やっぱりいまの時点での教育ということを考えますと、これはなかなか大切なことだと思うわけでございます。それにいたしましても、七年過ぎましたら一万以下のところにも幼稚園をつくると、こういうことについては間違いございませんのですね。それは必ずやってくださるわけでございますね。
#142
○政府委員(宮地茂君) 四十五年で七年計画を終わりますが、四十六年度からはいままでやらなかった一万以下の町村だけをやるという次の計画ではなくて、十分そのことも、第一次の七年間計画で、四十五年度までで一応対象外にしたものを相当今度は考えて、いままでの実績をもとに検討したいということでございます。でございますので、いままで例外としておったものを今度は四十六年度からそれだけをやるという意味ではございません。
#143
○萩原幽香子君 ぜひその過疎地帯の子供たちだけがまま子扱いにならないように十分の御配慮をお願いいたしたいと思うわけでございます。
 それから過疎現象で小・中学校の教室が余ったようなものがあるのではないかと思いますが、そういうものに対する御調査はいかがでございましょうか。
#144
○政府委員(宮地茂君) どうも局の違いを申し上げてまことに恐縮ですが、施設関係の余剰教室、ちょっと私のほうで調査いたしておりませんが、管理局のほうで余剰教室のある程度の把握はいたしておるとは存じますが、まことに恐縮ですが、御入用でございましたら後ほど提出させていただきたいと思います。いま手元に資料を持ちません。
#145
○萩原幽香子君 それはたいへん私大事なことであるんじゃないかという感じがするわけなんです。なぜかなれば、それらの教室というものがどのように使われておるかと、そういうところにも多少問題がかかってくるわけでございますが、そういう点につきましてあわせてひとつお調べをいただきまして、こちらへ資料をちょうだいいたしたいと存じます。
 その次に、保育幼児の実態についてでございますが、現在四歳児、五歳児について保育園にも幼稚園にも入っていない幼児数はどれくらいございますですか。
#146
○政府委員(宮地茂君) 四歳児は約百五十八万人でございます。そのうち幼稚園に入っておりますものは八十三万人、約五三%でございます。五歳児は百五十七万人でございますが、うち就園児は五十三万人で三三%強ということになります。失礼いたしました、先に四歳児と申しましたのが五歳児で、あと五歳児と申しましたのが四歳児でございます。逆でございます。
#147
○萩原幽香子君 そうしますと、四歳児と五歳児はたった一万しか違わないわけでございますか。百五十八万と百五十七万ということでございましたね。
#148
○政府委員(宮地茂君) 厚生省の人口問題研究所の調査ということでございます。
#149
○萩原幽香子君 そうしたら、その人数だけが四歳児と五歳児が逆になっている、こういうわけでございますね。はいわかりました。
 それでは、二十五歳から二十九歳の婦人労働者の数は、前回私が申し上げましたように、四十年は約百万であったのが四十四年では二百九十万と、約三倍に増加をしているわけでございます。したがって、保育に欠ける幼児は飛躍的に多くなっていると推定をされるわけでございますが、保育所増設の計画につきまして厚生省は煮直しをされるようなお考え、おつもりはございませんでしょうか。
#150
○説明員(岩佐キクイ君) 御指摘のように、二十五歳から二十九歳に該当する年齢の働く婦人の数がふえてきておるという事態に対処いたしますために、保育所がまだまだ不足しているという状態を考えまして、年次計画をもちまして保育所の増設をはかってまいりたい、このように考えておるわけでございます。
#151
○萩原幽香子君 その年次計画でございますけれども、大体どういうふうな年次計画でございましたか、前に承ったと思うわけでございますが、もう一度お聞かせいただきとうございます。
#152
○説明員(岩佐キクイ君) 年次計画につきましては、昭和三十九年度の行政調査をもちまして四十二年度から五カ年計画をもって、その当時不足しておりました三十万の要保育児童の入所をはかるための整備計画をつくるということでございましたのですが、その後四十二年の八月に実態調査をいたしましたところが、百四十八万人の要保育児童があるということになっております。この時点におきまして保育所に入っておりますものが約九十七万でございまして、その当時その計算によりますと約五十一万が不足しているということでございます。で、その後におきまして年次計画が進んでまいっておりますので、四十三年の年度末の現在におきましては百四万七千人の定員を持っておるわけでございます。したがいまして、まだ相当不足しているものと思いますので、四十二年八月一日の実態調査に合わせまして長期計画を立てまして、それに合わせた年次計画をもって整備をしてまいりたい、 こういうふうに考えております。
#153
○萩原幽香子君 三十九年のときに三十万であったのが、四十二年では五十一万というふうにむしろこれは逆に、せっかく先生方御苦労いただいておるのにもかかわりませず、この保育に欠ける子供がふえている、こういう実態でもございますので、年々おかあさん労働者がふえておりますので、おそらくよほど一生懸命にやっていただきませんと追っつかない。追っつかないどころか、せっかくやっていただきながら保育に欠ける子供の数がまた年々ふえていく、こういうことも考えられるわけでございますので、その何カ年計画、五カ年計画という中で少しずつもう少し数をふやしていただくような計画への煮直し、こういうようなものが御計画いただけますなら私は非常にありがたいと、こう考えるわけでございますが、その点いかがでございましょうか。
#154
○説明員(岩佐キクイ君) ただいま御指摘の問題につきましては、私のほうで前に立てました計画をも踏まえながらなお増設をはかってまいりたいというふうに考えておるわけでございます。
#155
○萩原幽香子君 よろしくお願いいたします。
 次いで、現行の二元性の立場から、婦人労働者の急増の問題、文部省が五年前に樹立されました七カ年計画、六三・五%について保育所とのかみ合わせをどのようにお考えになっておりますのか承りたいと存じます。
#156
○政府委員(宮地茂君) 七カ年計画を立てます場合に、文部省としましては六三・五%ということを一応目標にいたしまして、そのときに保育に欠ける児童、できることであるならば保育所に入所させたいと思われますもの一八・七%というふうに押えました。一応これは当時の厚生省にある数字であったということでございます。もちろんこのときに立てました計画は、先ほど来申し上げておりますように七年計画ですが、四十五年に終わりますので、いまから五年前の計画でございます。したがいまして、次に四十五年に七年計画を終わり、四十六年度から考えます場合には、もちろんこうした数字も再検討する必要があろうかと思っております。
#157
○萩原幽香子君 これはぜひこの保育所とのかみ合わせで十分お考えをいただきたいと、こういうふうに考えるわけでございます。保育所が少ないために保育に欠ける幼児が幼稚園に入る率も年々増加しておるようでございます。現在幼稚園の中へどれほど保育に欠ける子供が入っておりますか、大体の数をお示しいただきたいと存じます。
#158
○説明員(徳山正人君) たいへんむずかしい問題でございまして、まだ的確に把握いたしておりません。
#159
○萩原幽香子君 これはぜひ把握をしておいていただきたいと、こう考えるわけでございます。そうした子供が放課後どのような生活をしておるかお調べになったことがございますでしょうか。
#160
○説明員(徳山正人君) 残念ながら私ども調べておりません。
#161
○萩原幽香子君 これはまことにけしからぬお答えを私はいただいたと思うのです。保育に欠ける子供たちを幼稚園に入れておいて、その子供たちが放課後どのような生活をしておるのか、そのことを調べたこともなかった、こういうことでございます。大臣がおっしゃいますように、幼児は非常に大事だ、幼児教育は非常に大事だとおっしゃることは私たちはどうも額面どおり受け取るわけにはいかないと思うのでございます。ですから早急にこの幼稚園の中に保育に欠ける子供がどれくらいいるか、その実態をお調べをいただきたいと思います。(「この次に聞け、この次に聞け」と呼ぶ者あり)そうしてこの放課後どのような状態で子供たちはいるかということを――この次に聞け、この次に聞けということですから、それでは改めてこの次に聞きますが、しかしこれは非常にたいへん大事な問題でございますからね、これはどうぞお調べをいただきたいと思うわけでございます。また、おかあさん労働者から午後も保育園で預かってほしいと訴えられておる幼稚園もあろうかと考えるわけでございますが、その幼稚園は一体どれくらい――一部そういう処置をとっているところもあると聞いておりますが、どれくらいの幼稚園がそういうおかあさんたちの要望によって午後やっておりますのか、それをちょっとお聞かせをいただきたいと思います。
#162
○説明員(徳山正人君) 御承知のように幼稚園の保育時間は四時間というものを平均といたしております。それで一般的に午後も幼稚園で預かれということを一律に指導いたしますことはにわかになしがたいと私ども思っておりますが、一部にはそのような保育時間を延ばしているところもあるやに聞いておりますが、それだけで、幼稚園の保育時間を延ばすだけで保育そのものの要求にこたえ得るかどうかについては問題がある、保育所との関連を考えなければならないかと存じます。
#163
○萩原幽香子君 私がお尋ねいたしましたのは、そういう幼稚園があるということは私も承知をいたしております。そういう幼稚園が大体どれぐらいございますのか、それをどのように把握していらっしゃいますのか、それをお尋ねしておるわけでございます。そういう幼稚園に対しまして文部省はどのようにお考えになり、どのように御指導なさろうとしておりますのか、それを承りたいと思うわけでございますのでよろしくお願いいたします。
#164
○政府委員(宮地茂君) まことに実は遺憾なことでございますが、先生の御質問があるからというわけで調べたわけではないんですが、文部省として保育にかける子供が幼稚園に何人来ておるか、幼稚園にくるべき保育にかけない子が保育所に何人行っておるか、そういうような基礎的な調査をほしいと思いましたが、正直に申しましてございません。そこで、実はまことにどろなわ式で恐縮ですが、来年度の予算でできれば指定統計のような形でぜひ厚生省にも協力してもらって幼稚園と保育所の実態を調査いたしたい、このように考えております。したがいまして、先生のお尋ねにただいまお答えできないとおしかりを受けるのもごもっともでまことに申しわけございません。そういうことでまた気の長い話になって恐縮なんですが、ぜひ詳細な調査をいたしたいと思いますのでお許しいただきたいと思います。ただその場合、そうは申しましても実態として先生のお尋ねのようなことをやっておる幼稚園、これは実は数字つかんでないわけですが、ただ考え方といたしまして幼稚園というものと保育所というものとの違いもございますし、文部省といたしましては一元的に先生やったらということでございますが、いろいろございますので、厚生省と十分その間間隙のないように、ギャップがないように両者が協力してやれば二元的でもいけようかと思いますが、いまのところそういう考えですが、ただ幼稚園の子供は一日四時間というふうにきめましたのはやはり教育でございます。ただ保育にかける子供を預かって、託児所といったようなものではございません。したがいまして、やはり教育的な見地からすれば一日四時間ぐらいがよいであろう。そうしますと、それ以上放課後で幼児を預かります場合には、それははたして本来の幼稚園教育なのか、問題点もあります。一種のスクール.エクステンションとしても幼稚園本来の仕事でない面が出てくるのじゃないか。そこで、その点はまさに厚生省の保育行政と十分連絡をとらなければならない問題ではないか。私のほう、文部行政としてその点は知らない、それは厚生省だと言い切る、また逃げるつもりはございません。しかし、本来幼稚園教育というものはそれ以上またやるのもどうかということで、そういう点につきましても実態調査をもとに厚生省とも十分相談して、厚生省の児童局長と初中局長――当時福田さんが初中局長しておられたときに厚生省と覚え書きも交換されて、これも数カ年たっております。そういうことでそういうような問題含めまして来年度の調査を行なうと同時に、あわせて厚生省とも十分連絡をとりまして、先生の御指摘のような点について遺憾のないようにしたい。ただ気持ちだけを申し上げまして、お答えになりませんけれども、御了承いただきたいと思います。
#165
○萩原幽香子君 局長さんのほうから非常に誠意のあるお答えをいただいたと思いますので、どうぞひとつそのように、今度私がお尋ねいたします場合には的確な数字もお示しいただいて、先ほど局長さんは、幼稚園へ長く預かれといったように、私がそういう希望を出したというようなおことばでございましたが、私はそういうことを申し上げたのではございませんので、それは厚生省との間で十分な調整をしていただくなりお話し合いをしていただいて、そして漏れる子供のないように、危険な場に子供がさらされることのないように私はお願いをしたい、こういう気持ちでございますのでよろしくお願いをしたいと存じます。
 さらに続きまして、幼稚園に現在入っていない四、五歳児の中で幼稚園を希望しておる子供は幾人ございますか、お尋ねをいたします。
#166
○説明員(徳山正人君) 志願者とそれから志願先の重複等ございまして、どういうとり方をしていいかわかりませんですが、現在申しわけございませんがそういう数字を持っておりません。
#167
○萩原幽香子君 どうやら私のお尋ねすることが無理なような感じを皆さんに受けさせているのではないかという感じでございますが、私にいたしましてはこれはたいへん大事な数字としてお尋ねをしておるわけでございますのでよろしくお願いをいたしたいと存じます。
 そこで全員就園のために五歳児のみの一年保育ということも考えられるわけでございますけれども、二年保育と一年保育、幼稚園の場合でございますが、教育的にどのような違いがありますのか、これは文部大臣からお答えをいただきたいと存じます。
#168
○国務大臣(坂田道太君) 四歳からやるのがいいのか、あるいは五歳からやるのがいいのか、あるいは五歳だけがいいのか、あるいは四歳、五歳という二年保育をやるのがいいのか、これはまあいろいろ意見もあるようでございますけれども、常識的に申しますると、やはり四歳保育、五歳保育を一緒に二年保育をやるのが教育的効果はあるというふうに私は考えるわけでございます。
 それに関しまして、実は昨日中央教育審議会の答申を得て、まさに就学前教育から大学まで、いままで明治以来今日までどうやってきたか、その長所、短所、問題点、そしてまたこれからどういう問題点を検討していくべきかという示唆に富む中間報告がございました。こんなに分厚いものでございますからまだ十分私も見ておらないわけでございますけれども、これは二年がかりで中教審のメンバーの方々が熱心に検討くださったわけでございますが、それについて申し上げますと、いまお話しの何歳から始めたらいいかということがやはり一つの問題点。
 それからもう一つは、五歳児と小学校の一年生の六歳、七歳というものは非常に年齢的には似通っておる。しかし人間の発展段階ということから考えると、おとなの場合の一年というのはさほど影響はないけれども、幼時における五歳から六歳の移り変わり、五歳から六歳、七歳の移り変わりというのは非常な微妙な変化があり、個別的に違う。それをどういうふうに制度で受け止めたらいいかという問題が一つあるわけでございます。これはまあ結論は出しておりません。問題点として指摘されたわけであります。それを制度としてどう受けとめたらいいのか。
 それからもう一つは就学前教育について、先般来先生がこの委員会において御指摘いただいたようなことが述べられております。その一つは、とにかく幼稚園に行きたいという希望するものはこれからだんだんふえていく。それからやはり財政の非常に弱い町村においてどうも地域的に幼稚園あるいはこれは保育所も同じでございますけれども設置があまりなされておらない。それから公立と私立とでは地域的な差異があるということ。それから就学前教育の効果があるかないかということについては、やはり一応効果がある。しかしながらそれは知的面において追跡調査をした結果、小学校程度のところまでの追跡調査は行なわれているわけですが、それ以上のところまではまだ実はいってない。それは家庭の状況等も含めて検討しないことにはその効果が的確に学問的には言えないのではないか。これは今後やらなければいわぬ。
 それからもう一つは、早期教育というものが必要だということが非常に叫ばれております。これは確かにそういう一面もあるけれども、しかし、それを制度的な問題として取り上げる段階にはまだ至っていない。この点についてももう少しこれから考えなければいけないということ。そうして今後のおもな検討課題といたしまして一つ、「幼児の保護と教育の立場から、就学前教育と家庭教育との調和ある発展をはかるための方策を検討すること。」二つ、「就学前教育として現在相互補完的な役割を果たしている幼稚園と」いま御指摘の「保育所については、その機能を合理的に調整し、それぞれの役割に応じて計画的に拡充整備をはかること。」三つ、「就学前教育の普及率は地域格差が大きいこと、普及率の高い都会地にあっても私立幼稚園に依存するところが大きいため、保護者の経済的負担が過重となっていることなどの現状をかえりみ、今後の就学前教育の普及充実について国および地方公共団体の果たすべき役割を検討すること。」これが問題点の三つとして指摘をされております。まだ詳しいことはずいぶんありますけれども、一応すっと読みましたところではそういう程度でございまして、あるいは詳しいことは担当いたしました西田審議官も来ておりますので何か御質問がございましたならば答えられる範囲内においてお答えいたします。
#169
○萩原幽香子君 ありがとうございました。
 そこで、昭和三十九年に文部省と厚生省両省の両局長さんから出されました連名通達というものがございますね。それにつきましての内容についてお尋ねをいたしたいと存じます。文部省のほうからどうぞひとつお願いいたします。
#170
○政府委員(宮地茂君) お答えいたします。
 六項目ございますが、まず一番は、保育所は保育に欠ける子供の保育をやるのである。幼稚園は幼児に対して学校教育をやるのだ。したがいまして両者の機能、性格というものが違うからそれぞれの違いに即してそれぞれの機関の充実整備をする必要がありますというのが一点でございます。
 それから二番目は、幼児教育につきまして義務化といったようなことが、幼稚園の義務化といったようなことが数年来言われておりますので、そういう義務化につきましても検討をする必要があるので一応就園する、幼稚園に入る子供、対象としては五歳児と四歳児に重点を置いてやりましょう。まあ一応三歳から五歳までということになっておりますが、五歳並びに四歳児に重点を置きましょうということでございます。したがいまして五歳、四歳保育所にもおりますが、それ以外の者についても考えているわけでございます。
 それから三番目といたしまして、これは共同通達でございますので同じような文章を厚生省も文部省も出しておるわけでございますから、便宜、厚生省で言うべきことかもしれませんが、書いてありますので私から申し上げます。三番目は保育所の機能のうち教育に関しますものは幼稚園教育要領に順じてやるのが望ましい、という趣旨のことを言っております。
 それから四番目は、幼稚園と保育所、それぞれの普及についてはお互いにいわゆるセクショナリズムというような誤解なり批評、批判を受けないように連絡を十分して計画的にやりましょう。重複や偏在等は避けるようにつとめましょう。またお互いの保育所と幼稚園の設置者との自粛自戒を促しておるわけです。
 五番目は、保育所に収容すべき児童の決定にあたっては、厳正にやる、ということは、保育に欠ける幼児ということを中心にやりなさい、したがって、それ以外の子供は幼稚園の普及に応じて幼稚園に入園するように措置しなさいということでございます。
 それから六番目は、厚生省の関係、保育所における現職の保母試験に合格した保母については、幼稚園教育要領を扱い得るよう現職教育を計画しなさい。それから将来、保母の資格等についても検討して改善を加えるようにすること、といったような六項目の共同通達を出しております。
#171
○萩原幽香子君 この通達はなぜ出されたのでしょうか。出さなければならない理由か何かあったわけでございましょうか。
#172
○政府委員(宮地茂君) 一般に先生も御指摘されておられますように、就学前の五歳以下の子供の教育的な立場からの幼稚園教育ということよりも、保育に欠ける子供の保育という面と、それぞれ理屈としては成り立つのですが、保育所と幼稚園がございますが、一般には先ほど来申しておりますように、必ずしもその趣旨どおりに実態がなっていない。また一部には保育所のほうが厚生省の財政措置が多いものだから、本来、幼稚園をつくりたいのだけれども、保育所をつくるのだとか、もう財政上の問題で趣旨をはき違えたようなことが行なわれたり、したがって二重行政であるとかというような批判もあります。結局は子供のためになることを両省が考えておると言っておるわけですけれども、それをはたから見ますと、またそれぞれの当事者のやっていることを見ますと、必ずしも趣旨に合っていないので、この際そういったことのないように、本来の機能を両方で果たして、要は子供のためになるということをやっていこうというようなことが主眼でございます。
 なお、文部省といたしましては、幼稚園振興七年計画を立てるといったような時期でもございまして、そのためにはいま申したようなことがはっきりいたしませんと、先ほど来申しております、六三・五%の子供というめどを置きましたのも、以上のような両省共同通達が前提として守られないと、六三・五%というものも意味がなくなってくるわけです。そういった関係もございまして共同通達を出したのでございます。
#173
○萩原幽香子君 時間がたくさんございませんので、何かあせって、またあとそういったことについていろいろ聞きたい感じがするわけでございますけれども、その通達が出される以前と、出されてからあとの状態はどのような進展をしておるのでございましょうか。お出しになった共同通達というものに対して、幼稚園、保育所がそれぞれその通達にのっとった状態で運営されておりますでしょうか。その点いかがでございましょうか。
#174
○政府委員(宮地茂君) いまのこれは七年計画と並行いたしておりますので、その通達後と七年計画の進捗とはほぼ同じでございます。前回の御質問で、幼稚園はどのくらい伸びておるかという御質問に対してお答えいたしましたように、それ以前よりはいま申しましたような通達の趣旨に沿って幼稚園の普及をはかるという考えから、文部省の助成計画も、てまえみそになりますが、多少力強くもなりましたし、そういう面はございます。ただ、先ほど来申しましたように、それでは保育に欠ける子供が幼稚園にどれだけいるんだということをつかまないで、お答えしたんではまことに架空な、いいかげんな答弁になりますので、その点につきましてはただ私どもの思惑だけになりますので、まことに恐縮ですが、実態調査も十分にいたしました後に答えさしていただきたいと思います。気持ちとしましては、従来よりはこの通達の線でよくなっておるというふうには感じております。
#175
○萩原幽香子君 普及率ということももちろん大事でございますけれども、私がお尋ねしたいのは普及率とあわせて、いわゆる内容の面をどのように進展したかがお聞きしたかったわけでございますけれども、数が読めていないから、どういうふうな状態になっているのかはっきりしていないから、はっきり答えができないと、そういうお答えでございますのであまり意地悪く詰めるのは私の主義ではございませんから、後刻またお聞かせいただくことにいたしたいと存じますが、厚生省のほうはいかがでございましょうか。
#176
○説明員(岩佐キクイ君) ただいま御指摘の、文部省、厚生省両局長通達に基づきまして、その前とあととに実施の効果がどのようにあがったかというお尋ねだと思うわけでございますが、この両局長通達が出ましたのは、その当時の社会的背景におきまして、非常に幼児教育に対する一般家庭の両親たちの熱意も高まってまいりました。そういうふうなものを受けまして、保育所等におきましても幼稚園適齢とダブる年齢の者も預かっておるわけでございますので、それらの子供たちの福祉を一そう増進してまいりますためには幼児教育という面から、十分その内容についての指導もしなければならないという点で考えて、いまこういうような両局長の通達が出されたものというふうに考えておるわけでございます。
 そこで、先ほど文部省さんのほうからお答えになりましたように、私のほうでもこの通達以来それぞれの幼稚園、あるいは保育所の持つ機能の適性に応じて指導をしてまいっておるところでございますが、特にこの後におきまして、保育所指針というものをつくりまして、それによって指導をしてまいっておるというところでございます。
 それから、毎年行政上の監査、指導監査でございますけれども、行ないまして、その効果の一応測定ということもいたしておるわけでございます。しかし、これは全国一万二千七百五十カ所の全部をするということにはまいりませんので、抽出いたしまして、指導的な監査を行なっているということでございまして、それによりまして、この両局長通達に基づいてだんだんと実施効果もあがってきつつあるのではないかというふうに考えておるわけでございますが、しかし、この前の委員会におきましても先生から御指摘のございましたように、保育所と幼稚園とに入所しております子供がどうもダブっているところもあるのではないかというふうな問題もございましたので、それらの問題につきましては今後私どものほうでも十分適正な入所がはかられますように指導してまいりたいというように考えております。
#177
○萩原幽香子君 時間がまいりましたので、これはまたあとの日の問題のところで少しお尋ねをさせていただこうと存じます。
 そこで、最後に文部大臣にお尋ねいたしますが、学校教育全般にわたって中教審に諮問されて、その中間報告を受けられたということでございましたし、先ほどわずかでございましたが、お述べいただいたわけでございますが、幼児教育振興についてどういう内容の諮問をなさったんでございましょうか。その内容と、それから先ほど中間答申三カ条をお示しいただいたわけでございますが、その中間答申で、いまお示しいただいた以外のもので、出ておりますものがございましたらひとつお示しをいただきとうございます。
#178
○説明員(西田亀久夫君) 最初に、今回の中間報告の性格を簡単に申し上げたいのでございますが、昭和四十二年の七月に文部大臣から諮問されましたものは、今後における学校教育の総合的な学習整備のための基本的施策というきわめて包括的な諮問でございます。幼稚園から大学を含めた日本の学校制度の今後のあり方を考えるという非常に大きな問題でございます。この諮問の場合の特色は、他の場合のように、ただいまお尋ねのように、文部省側のほうであらかじめ検討課題を示して、これを答えてくださいという諮問の行き方をいたしておりません。むしろ、検討する場合に、三つの観点から総合的にお願いをしたい。第一の観点は、学校制度が日本の社会に対してどのようにうまく適合してきたかどうか、第二の観点は、いまの学校制度を内側から見た場合に、教育制度としてどこにいろいろな欠陥があり、能率の上がらぬところがあるかという制度の問題、第三の観点は、この教育をささえております財政という観点から、教育費の効果的な配分とその負担区分、こういう問題であります。
 そういう観点から諮問を受けまして、中教審は二年間、まず将来のことを考える足がかりとして、明治以来の教育の発展の経過をできるだけ客観的な資料に基づいてこれを反省いたしまして、そうして日本の教育の歩みから、いまわれわれが抱えている問題は何かということを、審議会自体で、ここで検討すべき課題を出す、こういうやり方をしてまいりました。昨日の中間報告、大臣に提出されましたものは、そのような過去の実績の分析評価と現状の問題点ということでございまして、したがって、これを土台として、来月から――将来の学校制度としてそのいろいろな問題を解決するためにどんな方策をとるべきかという施策については、今後の検討課題になっております。したがいまして、お尋ねの就学前教育について特にこういう点を検討してもらいたいという諮問は、諮問の段階でいたしておりません。
 審議会では、ただいま申し上げましたような観点から、二つの点で幼稚園教育を取り上げております。
 第一の点は、就学前教育が国民の教育を受けたいという要望に対して、どこまでそれが満たされているかという観点であります。その観点から申しますと、一つの点は先ほど来お話が出ておりますように、幼稚園と保育所の地域別の普及状態というものには非常に大きな格差がある。そうして、大部分が幼稚園の府県もあれば、大部分が保育所のところもある。そうしてそれは何も、どちらがより多いかということには一定の法則はない。したがって、幼稚園と保育所とは現実的に相互補完的な役割りを果たしているのだ。この観点から、先ほど文部大臣が申しましたように、両者の機能を十分調整して、それぞれの役割りを果たすように改善をすべきだという問題をあげているわけであります。それからもう一つの点は、その地域格差というものが、やはり人口規模の小さく財政力の弱い町村ほど著しい。そのことに対しては当然国と公共団体がその普及について新しい役割りを持つべきではないかという点が出てまいっております。
 それから教育効果の問題はたいへんむずかしゅうございまして、現在、審議会が専門家並びにいろいろな研究データを土台にいたしましたことから出ましたものを要約しております点では、現在の幼稚園教育そのものが教育条件において満足すべき状態ではない。そのために、いまの状態で起こっている効果を、直ちに効果ありなしの条件として判定するのには、非常にむずかしい点があるということを前提といたしております。しかしその程度でも、国立研究所の資料等から一応言えますことは、小学校に入りましてからの学業成績あるいは本人の生活行動等から見ました場合に、児童教育の初期の段階において幼稚園教育を受けた人とそうでない人とにはかなりの差があるということを認められますが、これは学年が進むとだんだん消えていく。しかし、それが特に知的な面においては効果が認められますが、その社会性とか、情緒の発達についてはどこまでこの就学前教育の効果という点があるか、しかも永続性があるかについてはどうもまだはっきりした結論がないというような点を言っております。
 それから、一年保育よりも二年保育のほうが、同じような比較の段階では大体二年のほうがいいという材料が、そういうことが言われております。
 そのほかいろいろございますが、特に中教審は、現在の都市化の進行とマスメディアの発達が幼児に与える刺激なり危険というものを考えて、純粋に教育的な立場以外、幼児の保護なり、望ましい生活環境を考えるという立場において、今後の社会において就学前教育の要求というものはきわめて重大になるであろう、そういった観点を強調しております。そういった観点から、これらを踏まえまして学校体系全体の検討の中で就学前教育にどの程度のウエートを置き、全体の教育計画の中でどのような整備計画を立てるかというのは後期の総合的な検討で行なわれると思っております。
#179
○萩原幽香子君 時間がまいりましたので、これで質問終わらせていただきたいと存じますが、先回と今回と二回にわたりまして私は大体入れものの問題を中心に、まだまだ不足であるということをお尋ねしたわけでございます。
 この次には、ここで働く人たちの問題について触れさしていただきたいと思いますので、よろしくお願いをいたしたいと存じます。
 先生方どうもありがとうございました。
#180
○委員長(久保勘一君) 本件に対する本日の質疑は、この程度といたします。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時二分散会
ソース: 国立国会図書館
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