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#1
第061回国会 大蔵委員会 第29号
昭和四十四年七月十一日(金曜日)
   午後一時二十六分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 七月十一日
    辞任         補欠選任
     津島 文治君     林田悠紀夫君
     今  春聴君     高田 浩運君
     鈴木 一弘君     浅井  亨君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         丸茂 重貞君
    理 事
                岩動 道行君
                戸田 菊雄君
    委 員
                伊藤 五郎君
                小林  章君
                高田 浩運君
                西田 信一君
                林田悠紀夫君
                矢野  登君
                佐野 芳雄君
                松井  誠君
                松本 賢一君
                浅井  亨君
   政府委員
       大蔵政務次官   沢田 一精君
       大蔵省主税局長  吉國 二郎君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        坂入長太郎君
   参考人
       早稲田大学助教
       授        新井 隆一君
       株式会社有斐閣
       取締役社長    江草 忠允君
       京都大学教授   須貝 脩一君
       日本税理士会連
       合会理事     西尾 祐男君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○国税通則法の一部を改正する法律案(内閣提出、
 衆議院送付)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(丸茂重貞君) ただいまから大蔵委員会を開会いたします。
 まず、委員の異動について御報告いたします。
 本日、鈴木一弘君が委員を辞任され、その補欠として浅井亨君が選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(丸茂重貞君) 国税通則法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 本日は、参考人の方々の御意見を承ることといたしております。
 御出席をいただきました参考人は、早稲田大学助教授新井隆一君、株式会社有斐閣取締役社長江草忠允君、京都大学教授須貝脩一君、日本税理士会連合会理事西尾祐男君、以上の方々でございます。
 この際、参考人の各位につつしんで御礼のごあいさつを申し上げます。
 きょうは、たいへん公私とも御多忙のところ、わざわざ本委員会に御出席くださいましていろいろ貴重な御意見をお述べいただくことに相なりましたことは、当委員会としてたいへん感謝にたえないところであります。委員一同を代表いたしまして心から御礼を申し上げるところであります。どうぞ、ひとつ忌憚のない御意見を十分お述べいただきして なお 各委員の質問に対しましてもいろいろ御指導と御回答をいただきたいと思う次第でございます。おそらく、先生方の御意見が、今後本法律案に対しまする委員会の審議にたいへん役に立つことというふうに考えまして、ありがたい次第でございます。どうぞ、ひとつよろしくお願いする次第でございます。
 それでは、議事の順序について申し上げますが、初めに、参考人の各位から十五分程度の御意見をお述べいただきまして、そのあとで各委員から御質疑を申し上げる、そういうことで進めてまいりますので、御了承願います。
 まず、新井参考人から御意見をお述べ願います。
#4
○参考人(新井隆一君) 早稲田大学の新井でございます。
 立法の段階におきましてその実質的な内容をどのように組み立てるべきかということの中心的な課題は、法の理論上の合理的な理念と現実の制度的な配慮とをどのようにして結びつけ、どれだけその理念を現実の上に生かし得るかということであろうと存じます。
 そこで、ここでは、そのような視点から、このたびの国税通則法の一部を改正する法律案につきまして、持ち時間の関係もございますので、その改正についての主要な論点を、三つの側面、つまり、まず第一に、理念がかなりの充足性をもって現実化されていると考えられるのではないかと思われる改正、第二に、理念そのものを現実の中に一足飛びに生かそうとすると、現段階の諸般の状況から見て、かえって理念の持つ目的を達成することが阻害されると思われるので、この点の理念と現実との食い違いを認めながら、しかも、理念に近づこうとの姿勢を保ちつつ、現実を踏まえて配慮されたのではないかと考えられる改正、第三に、理念を法律制度の中にいかに生かして定めたといたしましても、現実のそれについての行政上の取り扱いに対する配慮のいかんによってはその結果に変わるところがないことになってしまうので、立法の内容を問題とする以上に現実の行政上の考慮を重視し注目し続けなければならないのではないかと思われる改正、この三つの論点の側面から分類して、それぞれについて代表的なものをこの法律案の中から拾い上げて、この法律案に対する若干の意見を述べることにいたしたいと思います。
 第一の論点に属するものといたしましては、この改正によって、異議申し立てについての決定で原処分の全部または一部を維持する場合、合意によるみなす審査請求の前提となる異議申立人に対する通知をする場合、異議申し立て後三ヵ月を経過した段階で異議申立人に対し審査請求をすることができる旨の教示をする場合に、その処分を正当とする理由またはその処分の理由を明示しまたは付記しなければならないこととされていること、これに対応して、審査請求においては、特に請求人が、請求の趣旨及び理由を、前者については請求の範囲を明らかにし、後者については処分の理由に対する請求人の主張を明らかにするとされていること、さらに、この場合、原処分庁から審査請求の趣旨及び理由に対応した原処分庁の主張を記載した答弁書の提出を義務づけ、審査請求人にこれに対する反論書や証拠の提出権を認めていることなどをあげることができます。
 納税者が国税不服審判所において処分を争う場合、その争いの対象を明白にすることができないことは、特に納税者にとって不利益であり、審査の公平とその能率の面から見ましても得策ではありませんので、この点を配慮した規定であると考えられます。青色申告者につきましては、原則として更正等の処分の段階ですでにその理由が示されているはずでありますから、在来とも問題のないところでありましょうけれども、白色申告者を含めて更正等の処分の理由の示されていない納税者にとりましては、このような制度がないことには、実質上、審査請求をしようにも、いかなる趣旨及び理由をもってすべきであるか、そのすべがないということになるからであります。この制度は、現実には、これまでに比較して処分庁にかなりの負担感を与えることになるでありましょうけれども、審査請求の制度を置く以上は、むしろこの程度の制度は当然のことであると言ってよいかと思います。
 さらに、この制度の結果として、異議申し立てがなされる限りは、青色申告者でなくとも、更正等の処分の理由を必ず処分庁によって明示されるということになります。この点は、納税者の利益ということはもちろん、行政庁にとっても、今後の青色申告者以外の納税者に対する更正等の処分の実質を変え、慎重な配慮を要することとなるものとして、画期的な意味を持っているものと言うことができるであろうと存じます。
 第二の論点といたしましては、この改正は、新たに国税不服審判所を国税庁に置いて、国税に関する法律に基づく処分についての審査請求に対する裁決をこれに行なわせることとしていますが、しかし、異議申し立てについては従前どおり処分庁に決定権を与えていること、処分庁が税務署長、国税局長、税関長である場合の異議申し立てについて不服があるときは審査請求ができること、処分庁が税務署長、税関長である場合には、青色申告にかかる更正に不服のあるとき、異議申し立てができる旨の教示がなかったとき、その他正当の理由があるときに限り、異議申し立てでなくて審査請求ができることになっていること、また、不服申し立て前置等に関する制度は改められていないことをあげることができるでありましょう。
 すなわち、ここで問題となることは、この際、つまり、この一部改正法律の制定にあたって、不服申し立て前置の制度を廃止して、国税についても行政事件訴訟法の不服申し立て前置選択主義の原則によるべきではないか、不服申し立て前置の制度によるとしても、異議申し立て、審査請求という二段階による場合のあることだけは改めて、一段階にしてはどうか、また、不服申し立て前置の制度をとるとしても、その対象を事実認定の問題に限り、法律問題は直接訴訟に持ち込み得る制度としてはどうかなどということであります。
 確かに、理念的な理論といたしましては、不服申し立て前置選択主義の原則による制度を不服申し立て前置制度よりもすぐれていると認めることにやぶさかではありません。行政不服申し立て制度も行政訴訟制度も、国民の権利救済に目的の重点を置いていることは言うまでもございませんから、いずれによることが権利救済により近くより早いかということを国民の意思にゆだねるということは、その限りにおいては正当なことでございましょう。しかし、それは、そのような制度を採用しても実質的に国民の権利が救済できるという国の行政救済制度の保障的体系が全面的にでき上がっていることが前提とされるのであります。個個の国民の個々の権利救済は、理念によって行なうのではなく、現実の全制度のもとにおいて行なわれることを余儀なくされるものであります。
 現在の租税裁判を処理する裁判所の質的及び量的能力から見て、特に前置選択主義によった場合、少なくとも現在よりも相当数事件が増加するのではないかと考えられるといたしますならば、いまでも訴訟において年間七、八百件の発生件数があると承っておりますし、このことはここ五年で約四・七倍に増加しているということを意味し、処理件数がその半数程度であり、異議申し立ての発生件数が三万件強、審査請求のそれが一万件強であるということを思い合わせますと、ここでこの制度によることの疑点というものはかなりの蓋然性をもって予想されることであるから、かえってそれによって納税者の権利救済が遠のき、おそくなることになるのではないであろうかと思われるのであります。国税不服審判所の審判官についてすら十分に適材が得られるかどうかという疑問が提起されております今日のことでございますから、租税訴訟について識見のある裁判官を急増することが可能であるとは思われないのであります。そうであるといたしますならば、不服申し立て前置選択の制度をここで国税について採用することは、他の種類の行政争訟においてよりもより困難で、理に走り過ぎてかえって国民の権利救済の実をあげることができなくなるという心配があるというものであります。
 ところで、不服申し立て前置の制度をとるとして、二段階必要とするか一段階で足りるかということでありますが、この法律案では、このことは、特に税務署長のする処分についての不服申し立てについて問題になるところであります。つまり、この場合、原則として二段階であるが、青色申告の更正については一段階で足りるとしているからであります。これに対して、青色申告以外の更正等についても一段階で十分なのではないかという意見があるからであります。これも、理念的な理論といたしましてはそれが正論であると思います。つまり、私が常々申し上げていることでございますけれども、納税申告制度が合理的な制度として採用されているということは、理念的には、青色申告承認の要件である帳簿書類の備えつけと記載の現在の程度くらいのものは、すべての納税申告者にとって当然要求されるところであり、むしろその前提なしには現実にも国民にとってその納税申告が正当なものであるということを立証し得る手段はないというべきなのではないかと思います。すなわち、このような納税者側の前提があって、納税申告制度はもちろん、租税に関する争訟制度は納税者の利益におのずから働くものなのであります。
 このように考えますというと、青色申告以外のものについては、帳簿書類が欠けているか不十分であるのでありますから、事実認定についての争いの問題がまず処分庁との間に多くの場合かなりの高度の可能性で予想されるのでありまして、審査請求に移るにしましても、訴訟に移行するにしても、その点を処分庁との段階で処理しておくことが、納税者にとっても不当な手続的負担を回避することができ、税務行政庁にとりましても問題の焦点が明瞭になり、早期に救済の実があがる可能性があり、しかも、裁判所の負担を過重にし丸いというおみやげもつくのであります。
 そこで、それならば、事実問題と法律問題に分けて、前者は不服申し立てで、後者は訴訟で処理すべきではないかという議論が出てくるのであります。しかし、この二つの問題を一つの事件についてあらかじめ分離することは、理論的にも困難でありますし、現実的に申しますというと、このこと自体、つまり法律問題と事実問題を争うこと自体が争訟の対象になるということになりかねないのであります。
 第三の論点に属するものとしては、国税不服審判所のごときものをいかなる性質の機関として設けるかということをあげることができます。このことは、具体的には、これを準司法機関ないし第三者機関として、税務行政の執行に当たる行政庁つまり国税庁長官から分離して置くべきかどうか。分離して置くとして、それを内閣に置くか、内閣総理大臣のもとに置くか、それとも、準司法機関としての機能を持たせずして、それらの機関または大蔵大臣のもとに置くか、そしてそれらのことがこの改正案によって考えられている国税庁に置くこととどれだけの相違があり、どれだけの利害が伴うかということであります。
 ところで、いわば独立的な機関ないし準司法的な機関としての機能を与えられて内閣または総理大臣のもとに置かれている機関について見ますと、内閣に置かれているものとしては人事院を、総理大臣のもとに置かれているものとしてはたとえば公正取引委員会をあげることができるでありましょう。しかし、人事院の独立性は、人事行政が党派的支配を受けてはならないという中立性の確保と公務員の労働権の代償的保障をはかるという目的のためのものであり、人事院そのものが使用者的地位にある国の機関であるということであり、公正取引委員会は、行政の中立性の確保ということもさることでありますが、いわば国民間の問題を委員会が裁判所的な立場から公正に処理するというものであり、しかも、その内容がきわめて専門的な技術的な知識を必要とするというものでありまして、いずれにしましても、所管の異なる他の行政執行機関のした処分について不服審査をするという機関ではありません。それに、内閣の他の機関あるいは総理府の他の外局にしましても、所管が複数の省庁にわたるもの、あるいは他の省には属させ得ない性質のものがここに置かれているのでありまして、特定の行政庁からの独立的な機関、あるいは特定の行政庁にかかる準司法的な機関をこれらの機関または外局として置くということにはなっていないのであります。また、かりに、国税不服審判所を準司法機関として置くということにしますならば、この法律案のような制度とする以上に審判官の人選に困難をもたらすことになるでありましょう。このことは、かえって国民の権利救済から遠のくということにもなりかねないのであります。また、さらに、この国税不服審判所を大蔵省に置き、そして国税庁から切り離すという考え方もありましょう。これは海難審判庁が運輸省の外局として置かれている例からも考えられることかもしれません。しかし、海難審判庁が海難審判という特殊な独自行政を行なうものであって、不服審査とその質が異なり、運輸省の他の外局の所管に属さないために運輸省に置かれているものと考えられます。このことは、中労委と労働省との関係などについても言えることであります。
 このように考えてまいりますと、現在の国家行政組織の理論的、実際的体系を維持し、大幅に変更しません限り、国税不服審判所は、本質的には大蔵省の所管にかかわる国税の賦課徴収行政を主管とする国税庁に置くということになりましょう。また、かりに、国税庁からの一応の独立性を保つために大蔵省に置いたといたしましても、それは形式の問題でありまして、大蔵大臣からかなりの高度な独立性を法制度上定めない限り、現実的にはその実効性はあがらないと見なければなりません。そして、かりにそうしたといたします場合を考えてみますと、結局は、税務行政は、実質的には国税庁長官の上にさらに上級行政機関がしかも独立的に存在するということになり、行政の統一は著しく害されるということになります。もっとも、行政の統一は国民の権利救済をないがしろにする口実であるというような論議もあり得ないことではありません。しかし、行政の統一と国民の権利救済は実はうらはらなものでありまして、行政の不統一がかえって国民の権利救済を薄らげるばかりか、結果的には、司法の段階ではなく、行政の段階で不公平な課税をもたらすことにならないとは言えないことになるのであります。
 このことは、国税不服審判所について通達に示されている法令の解釈と異なる解釈により裁決をすること、または法令の解釈重要な先例となると認められる裁決をすることを制度としようとしているこの法律案の九十九条が定めておりますように、それについてかりに国税庁長官の指示権を認めない場合を考えてみても理解できることであります。もっとも、この指示権は、乱用されることを仮定すれば、国税不服審判所を新たに設置する意義のかなりの部分は失われるというものであります。その保障のために国税審査会が置かれるのでありましょうが、この国税審査会が実効をあげるかどうか、国税不服審判所が納税者の信頼をかち得るかどうか、それはかかってその委員の人選にあると言えるでありましょう。委員の顔ぶれを見て、その下すであろう結論があらかじめ国民に知られるようなことにでもなりますと、この制度は制度の形式面からくずれるおそれがあるというものであります。この点は委員の任命にあたって十分に行政上注意されるべきことであろうと思います。
 以上のほかにも、更正の請求についての問題、不服申し立てと徴収の問題、国税不服審判所の質問検査権の問題等、論点はかなりあるのでありますが、それらはできますれば質疑応答の問題として残させていただきまして、私の意見陳述は簡単ではございますがこれで終わることといたします。
#5
○委員長(丸茂重貞君) ありがとうございました。
 次に、江草参考人にお願いいたします。
#6
○参考人(江草忠允君) 御紹介にあずかりました江草でございます。
 私は、実際に現在の協議団における不服申し立ての手続を行なった経験を持つ納税者といたしまして、率直な印象と所感を申し上げさせていただきたいと思います。
 不服申し立ての事案は、私の父の譲渡所得に関する税額の更正と年度帰属にかかわるものでありますが、その詳細な内容は、私事にわたりますので、省略させていただきます。
 この原処分は、昭和四十二年三月八日付で行なわれましたが、これは昭和三十九年及び四十年分の所得として確定申告をいたしました譲渡所得を昭和三十八年分の所得として更正され、税額の決定も全く予想もしなかったきびしいものでありました。事前に税務署あて当方の事情は説明いたしたのでありますが、その更正処分はその説明をほとんどしんしゃくせず、しかも三年間を経過してのことでございました。
 ここで不服申し立てとなったわけでございますが、特に納税者にとりまして、税務署の更正に対しまして不服を申し立てるということは、それなりに勇気を要しますし、また、言い分について十分に整理し準備する必要がございます。その意味においては、不服申し立て期間が一カ月であるということは、一般納税者にとりましてかなりきつく、短過ぎるという感じを持ったわけでございます。今回の改正案はこれを二カ月に延長するということで、これは大きな改善であると思います。なお、審議の際の御意見にもありました事前照会回答制度、更生処分の予告制度につきましても、深い関心を持っております。
 さて、私の場合、税務署に対します異議の申し立てば昭和四十二年三月三十一日、原処分から二十三日後に行ないましたが、国税局の判断にゆだねるほうが適当であるというお話でございましたので、当方もこれに同意いたしまして、同年四月十七日に審査請求の手続に移行いたしました。この間の手続は一般納税者にとりましてかなり複雑であり、また、この間において更正処分を受けた理由について詳細な説明を受けることもなく、きわめて不安な状況に置かれていること、その心理的影響はきわめて大きかったということを申し上げたいと思います。
 今回の改正案では、不服申し立てにつきましての審理手続の合理化の措置も講ぜられており、また、異議申し立てに対します決定の段階や、異議申し立て後三カ月経過した段階、さらに税務署と納税者が同意して審査請求に移行する段階で、原処分の理由を必ず明らかにされるようということになっておりますが、これが一日も早く実現すること、さらに、処分の理由は、納税者が十分理解できるように、詳細かつ具体的に記載されることを希望してやみません。
 私の場合、協議団における審査は、率直に言って公正な立場からよく話を聞いていただいて、十分検討していただいたと思っております。結局、四十三年の三月十二日付で裁決が行なわれまして、不服理由が約一年間で全面的に認められました。
 なお、この際に申し上げたいことは、裁決があるまでの間、更正増差分納付につきまして、特に中小企業者等の場合、一般的に資金繰りも苦しく、なかなかむずかしい場合もあると思いました。この点、不服申し立てに十分理由があると認められる場合には、徴収を猶予させるなり、担保の要件を緩和するなり、運用上の配慮を、ぜひ望みたいと思います。
 今回の改正では、協議団が廃止せられ、これにかわって国税庁の付属機関として国税不服審判所の設置、その他の措置が講ぜられますことは、納税者の権利救済制度の改善をはかり、その不満の解消のための進んだ方向を出されたものとしまして、賛意を表したく思っております。われわれ納税者としまして大切なことは、やはり納税者の言い分を十分に聞き、スピーディーに権利を救済してくれることであります。新しい国税不服審判所がこのような期待にこたえてくれるよう、その一日も早い発足を期待しているわけであります。
 ここで納税者として注文させていただきたいのですが、現行の制度では、税務署の第一線におきまして、通達第一主義が想像以上に根強いと思います。法令の解釈、通達の適用、事実の認定などについて一番シビアーな考え方をとり、また、とらざるを得ない傾向があり、納税者も通達と異なる結論を得ることはなかなかむずかしいのじゃないかと考えております。今度の国税不服審判所では、通達と異なる裁決ができるということになりまして、これは大きな進歩であり、権威ある制度となると思います。しかし、納税者は、不服申し立てをする以前の円満な決定を希望いたしております。そこで、重要なことは、第一線の執行にあたっても、通達を金科玉条として納税者に押しつけることなく、事実の認定等につきましても納税者の説明をよく聞いていただき、国税不服審判所をつくる精神を税務署の末端まで浸透させていただくことじゃないかと思います。私は、国税不服審判所を外部機関でなく国税庁の付属機関として設けることの最大のメリットは、通達行政に対する反省を単に国税不服審判所において行なうだけではなくて、これを税務行政全般の問題として周知徹底させることにあると信じ、これが実行されることを強く希望したいと思います。
 なお、最後に、若干の希望を申し述べますと、第一に、国税不服審判所及び審査会の人選にあたっては、十分納税者の権利保護を考慮し得る人を配置されるようお願いしたい。
 第二に、通達を改めるに大胆でほしい。
 第三に、審判所の裁決は、納税者のプライバシーをおかさない限り、その事実、理由等を公表せられて、納税者の参考に供されたいと思います。
 第四に、現在も一部実施されていると聞きますけれども、国税についてのエキスパートの裁判所への派遣を広げる一方、裁判所としても税法専門の裁判官ないし調査官を充実されて将来に備えていただきたい、そういうふうに思っております。
 大体以上のことで私の率直な所感というものを述べさせていただきました。どうもありがとうございました。
#7
○委員長(丸茂重貞君) ありがとうございました。
 次に、須貝参考人にお願いいたします。
#8
○参考人(須貝脩一君) ただいま御紹介にあずかかりました須貝でございます。この法律案につきましてこれから意見を述べさせていただきたいと思います。
 この法律案の最後に、「理由」としまして、権利救済制度ということで書いてございまして、そういう見地から、ただいまの新井先生のお話も、あまり理念に走ってはいかぬ、実現可能な実際上の効果をよく計算して法律はつくられなければいかぬ、こういう筋のお話であったと拝聴しておったのでありますが、衆議院の公聴会の参考人諸氏の御意見の中にも、やはりこの権利救済制度という点をめぐりまして、一方の参考人の先生は、この制度が必ずしも十分なものではない、こういう意見を発表せられまして、これに対して、もう一人の参考人の先生は、いや、そうじゃない、現段階において可能な権利救済措置というものはこういう法律案のようになるしかしかたがないのだと、こういうようなふうに議論が対立したように承っております。私は、こういう法律を見ます場合に、この理由書というようなもので、こういうふうに権利救済措置という点からこの法律を書いたんだということが書いてありましても、必ずしもそれにはとらわれる必要がないのじゃないか。むしろ、法律案そのものにつきまして、それがどういう仕組みになっておるか、また、どういう構造になっておるか、そのデザインはどういうことであるか、こういう点を見ていかなければならぬと考えておる次第であります。それで、そういう点から、参考人の諸先生方がまだ述べておられない点を私は申し上げまして、この繰り返しになっては意味が少のうございますから、そういうほかの参考人の先生方の御意見に対しまして補充的な別の見地をここに出しましてお話しをしたいと、こう考えておる次第であります。
 実は、この法律案は、昨年の七月に税制調査会で出されましたところの「税制簡素化に関する第三次答申」に基づきましてそのとおりに書かれたものであったようであります。ところが、この税調会の「第三次答申」というのを見てまいりますると、その目的は税制簡素化ということでありまして、その税制簡素化のために権利救済制度につきましても改正をしなければならぬ、こういうことが書いてあります。この税制簡素化という見地ですね、この見地からしまするならば、この法律案の筋書きが案外理解しやすくなるのではないか。たとえば、国税不服審判所ということで第七十八条以下に書いてございますが、この国税不服審判所につきましては、不服審判所長が裁決をする、こういうことになっておりまして、そうしてその次に書いてある国税審判官は、その事件に関しまして調査、審理をする、調査、審理をしまして議決をするというところまで書いてあるのでありますが、裁決そのものは国税不服審判所長がやる、こういう制度になっております。これは、権利救済制度という見地からするならばちょっとわかりにくい点があります。それはなぜかというのに、自分で調べないものがなぜ正しい裁決をできるのであろうか。その事件について調査、審理をする国税審判官というのと、最後に裁決をする国税不服審判所長というものは、別のものになっておるのであります。
 そういう点とか、あるいは九十九条にまいりまして通達の問題が出てまいっておりまするが、従来の通達と異なる裁決をする場合、あるいは法令解釈の重要な先例となると認められる裁決をする場合、こういう場合は国税庁長官に不服審判所長が意見を申し出なければならぬ。そうしますと、今度は、国税庁長官は、ここに書いてある二項の場合にはそうではありませんが、しかし、ここに書いてある一定の場合にはさらに国税審査会にこれを付議しましてそしてその意見を聞く、こういうような制度は、権利救済機関という意味からは、やはりさっき申したのと同じような疑問が生じてくる。それは、その事件につきまして通達と異なる解決、あるいは、通達が出ておらない、そしてこの事件の場合には新たな解決をしてほしい、こういうような場合に、納税者側はその法律の解釈の点につきましても意見を述べるわけです。それが前提になりまして、そこで解釈が争われるわけであります。そういう場合に、国税不服審判所長は、舞台裏におきまして国税庁長官に意見を申し出る。国税庁長官は、さらに国税審査会という諮問機関にそれをリファーする、こういうことでありまして、次々に舞台裏でそういうことが行なわれる。これに対しましては、不服申し立てをしました、審査請求をしました納税者は、そこで結局裁決のもとになるそういう決断をする、その解釈の問題の解決をする、その舞台裏の人々に対して一切働きかけることはできない。これは権利救済制度としては非常にわかりにくい点であります。やはりその人に納税者が直接いろいろと主張をいたしまして、法律の解釈の点でもこういう解釈がこの場合には当てはまるのじゃないか、こういうことを言いまして、そしてそれについて裁決をする人が考える、こういうのが権利救済制度の普通のやり方であります。
 ところが、これはそうじゃなしに、行政不服審判所の審判官ではない行政不服審判所の所長、その所長が今度国税庁長官に意見を申し出る。国税庁長官は、場合によればそれを国税審査会に付議するということになりますと、陰ですべてこういう点の法令の解釈のおぜん立てが行なわれるわけであります。こういう点は、権利救済制度としましては理解がむずかしいのであります。これはこの制度を権利救済制度ということで真正直にそのとおりに受け取って議論するからそういうことになるので、また、衆議院の公聴会におきまして、そういう先生方の間に意見の対立があって、権利救済制度としてこの制度はどういうものであろうかという点について意見が正反対に分かれたようであります。
 実は、私の読んだところでは、この国税不服審判という制度は^税調会の昨年の「税制簡素化に関する第三次答申」というものに書いておりまするとおりに、税制簡素化のために、それは単に法律でどういうふうにその点を書いておるか、また、それを解釈した通達でどういうふうにきめておるか、そういう画一的なしゃくし定木の解決じゃなしに、各個別的な事件ごとに弾力性をもって臨機応変の処置をとっていく、また、それのできるように仕組みをつくっていかなければならぬ、そういう点で、それ以前に法律の改正が行なわれたのであります。それと照応するものとして、不服審判制度につきましても、そういう従来の通達と異なる解決をする。しかし、通達というものは国税庁長官が出すものであるから、したがって、国税庁長官が最後には一番肝心かなめの場合には指示をするのだ。そうしまして、さらに、国税不服審判所長というものがこれと密接に連絡いたしまして、そうして国税不服審判所長はこれが裁決機関となりまして、国税審判官というのは要するにその事件の調査、審理をするだけ、こういうような仕組みにしておりまして、これは権利救済制度という見地からは理解し得ないのであります。あるいは、そう言いますと語弊がありますが、そういうことを第一次の目的、主たる目的ということではほんとうにその趣旨は理解し得ないので、むしろ普通の税務行政というものと同じ延長線に置きまして、国税庁長官というものが税法の適用、執行に当たるというそういう責任を担当する者としてそういう点では指示をするなり、あるいは国税不服審判所長を任命する、そういう人事権を通じまして、自分と政策を同じゅうする者を裁決機関とする、そうしまして、国税審判官はその下にあって事件の調査、審理を行なう、こういう普通の行政機関の組織、何といいますか、長官が一人おりまして、それが人事件なりそういう管理権を持ちまして、そのもとに指示をする、指図をする、あるいは任命をする、そういう仕組みでつくられておるのであります。これにつきまして、理由書に書いてあるところを真に受けて、権利救済制度ということで議論をしたのでは見当がはずれるのではないか、こういう感じを抱いたわけであります。
 私のこれから二、三この法律案の規定につきまして申し上げるところは、そういう見地から、国税不服審判制度というものは、そういう税務行政の延長として行なわれるものである。なぜかというのに、権利救済という点では裁判所がある。地方裁判所からずっと訴えまして上の審級に上がっていくことができるので、そういう点で、それの前身としまして国税不服審判所ということは、権利救済というよりはむしろ税務行政の延長という線で仕組みがつくられておるのではないか。しかし、それにしても、この規定は、たとえば七十八条、七十九条、こういうものと九十九条、百条等を比較してみますると、これは衆議院の修正点なんかにも出てまいりますように、国税審査会のほうは、法律で大事な点は規定してある。ところが、国税不服審判所につきましては、たとえば七十八条の二項を見ていただきますと、「国税不服審判所の長は、国税庁長官が大蔵大臣の承認を受けて、任命する。」となっておりますが、それでは罷免の場合はどうなるのか、これは書いてありません。そうしますと、これはたちまち解釈が分かれてくるんじゃないか。それは、特に七十八条の二項では、「大蔵大臣の承認を受けて、」という点が普通の任命のしかたと違うものだから、わざわざ明文の規定を設けたんで、そういう点から罷免のほうは普通のやり方で国税庁長官が単独で罷免ができるんじゃないか、そういう説も出てまいりますし、また、そうじゃない、任命についてこういう保護をしておる以上は、やはり罷免の場合にも大蔵大臣の承認が要るんだと、そういうような問題も起きてくるおそれがある。それはもちろん適正に解決されるでありましょうが、やはりそういう点ははっきり規定していないからそういう疑問が起こるんじゃないか。これは、百条なんかに比べまして規定が粗漏になっているんじゃないか。国税不服審判所というものが一番法律の肝心かなめの――同じことばを繰り返しますが、そういう要点になっておるのに、それにつきまして法律では案外規定がはっきりしていない。それで、七十八条の五項、これは初めは大蔵省令できめるというような規定だったのを、組織、運営の点につきましては政令で定めるということに修正が行なわれたということを承ったのでありますが、そういう点も百条の国税審査会の場合と不均衡である。それは、国税不服審判所というのは、もう内輪で大蔵省令あるいは政令で適当に組織、運営をきめる。それで、国税審判官などにつきましても、七十九条でだれが任命するのかそれを書いてありません。こういう点も、審判官というからには、そういう点がやはり法律で規定されてこなければいかぬのじゃないか。ところが、この規定は、私の読み方が足りなかったせいか知りませんが、国税審判官につきましては書いてない。それは、そんなもの書かぬでも、国税庁に付置されるのだから、国税庁長官が主管の長としてこれを任命するのはあたりまえのことじゃないか、書く必要はないじゃないかということになるかもしれませんが、法律としましては、やはり審判官という以上は、ある程度の独立性を持っているというような点も、見せかけだけでもそういう身分の点を規定しておかなければいかぬのじゃないかと思います。
 それから次に九十九条の規定に移りまして、もう時間がありませんから、ちょっと一分くらいで簡単に申し上げますが、九十九条の規定の第一項のところで二つの場合が書いてありまして、「通達に示されている法令の解釈と異なる解釈により裁決をするとき、又は他の国税に係る処分を行なう際における法令の解釈の重要な先例となると認められる裁決をするときは、」と書いてありますが、このあとのほうの書き方なんかも考える余地があるんじゃないか。それは、たとえばこういうような問題も生ずるんじゃないか。「他の国税に係る処分」というのでありまするから、これは秤目の違う他の国税の場合であるか、いや、そんなばかなことはない、これはそういう意味ではないので、ここでは同じことが問題になっているのだから、これは同じ法律につきまして書いているのだ、こういうようないろいろな問題が生じてくるであろう。それは、「他の国税」という場合の「他の」というのがどこにかかるのかはっきりしないからそういう疑問も生じてくるのであります。こういう点は、むしろ税制調査会の答申のほうがはっきりじょうずに書いておったんじゃないかと思います。
 そういう点も比較検討されまして、まあそういうふうにいろいろ細かいことを言いますると、大事な点で案外まだ規定を整備する余地があるんじゃないか。とにかく、この不服審判制度というのは大事なものでありまするから、そういう根本の見地からお考えをいただきまして、十分な御審議を当院において行なわれることを希望する次第であります。
#9
○委員長(丸茂重貞君) ありがとうございました。
 次に、西尾参考人にお願いいたします。
#10
○参考人(西尾祐男君) 私は、御紹介を受けました日本税理士会連合会理事の西尾でございます。
 納税者の権利救済制度に関する最も重要な法律案でありますところのただいま本委員会に提案されております国税通則法の一部改正法案につきまして、衆議院の審議開始以来、国会が非常に慎重な審議を進めておられるということに対しまして、私ども日本税理士会連合会といたしましては、納税者の権利擁護を主眼としている税理士の立場から見まして、心から敬意を表しておる次第であります。
 すでに衆議院の段階でも議論されましたように、今回の国税通則法の一部改正法案は、かりにこれを大きく分けますと二つの部分から成り立っておると思うわけであります。
 その第一の区分は、本法案の二十三条七十七条等にあらわれておりますように、これは納税者が自己の税務申告にあたって課税標準や税額等につきまして誤りがあった場合に更正の請求をするということがありますけれども、この更正の請求期間を従来の一ヵ月から一ヵ年に延長することを内容とし、また、異議申し立て期間を一ヵ月から二ヵ月に延長しようとするものであります。この第一の区分につきましては、私どもは全面的に、本法案に賛成しておるわけであります。
 次に法案の第二の区分でございますが、これは国税不服審判所設置に関する部分であります。これについては、すでに衆議院に提案がありました日本社会党の国税審判法案と、ただいま本委員会で審議中の本法案があるわけであります。この制度は納税者の権利救済を主とする制度であるべきであるということは、たびたび衆議院の大蔵委員会で大蔵大臣等が述べられておるところでありますが、私どもはこの納税者の権利救済は制度的にどのようにあったらいいのかということについていろいろ考えているわけでありますが、これについては、野党側と与党なりあるいは政府案なりに多少の考え方の相違があるように私たちは考えているわけであります。
 直接この問題に入ります前に、少しく歴史的に十年ばかり前にさかのぼりまして、この制度に関するおもな意見を見てみたいと思いますが、私ども日本税理士会連合会といたしましても、民間におけるただ一つの税の専門家の団体といたしまして、この問題については早くから意見を持っていたわけであります。すなわち、いまから十年ばかり前でございますが、昭和三十四年の七月に、私どもの会の代理権調査特別委員会というのがございまして、そこで、第一番目に、租税審判所というものを設置する、すなわち、協議団を廃止し、国税庁と併立するところの独立機関をつくる、こういうことを言っているわけであります。二番目に、準司法的な機能をこの機関に与え、決定には法的拘束力を持たせるものとする、三番目に、裁決に異議のあるものは訴えの提起を認める、こういうような内容のものでありましたが、それはいまちょうどこの委員会で審議されている法案と考え方はそれほど変わっているものではないように私は思います。
 次に、昭和三十六年の七月に出ました現在の国税通則法の制定の際の税制調査会の答申によりますと、そこでは、第一番目に、協議団制度をさらに第三者的な性格を強めるように制度上明らかにする、そのために名称を国税審査団とする、二番目といたしましては、審査団の審査意見を尊重する趣旨を一そう明らかにするよう規定を整備する、三番目といたしましては、法令の解釈等に疑義を生じたときは国税庁、長官の判断を求めるべき旨を法令上明らかにする、四番目といたしまして、通達審査を目的として国税庁に第三者の公正な意見を求めるための参与を置く、こういうような内容のものであったと私は思っております。
 このような考え方がいろいろ出たわけでありますが、その後具体的にこういった問題について日の目を見ないで今日に至っているわけでありますが、昨年の五月に社会党が具体的に国税審判法案という形でこの制度の立法化を国会に提案をしたため、ようやく政府案としてもいまここにこういった形で議論されるようになったということでありまして、私どもは、この点については、この問題に関係を持たれた先生方並びに多くの方々に対しまして、ここまで来たということに対して非常に感謝の気持ちを禁じ得ないわけであります。
 ところで、この法案について具体的な意見を述べさしていただくわけでありますが、最初に、私ども日本税理士会連合会といたしましては、この法案の第二の区分につきましては、原則的には賛成の立場をとっているものであります。しかし、以下具体的にさらに内容について進まさしていただきたいと思います。
 第一番目といたしましては、納税者の権利救済を強める意味からは国税の不服審査制度の審査機関の設置場所は大蔵大臣の所轄のもとに置くべきであるということは、私どもは以前から主張してきているのでありますけれども、今回の法案はこの点で完全に満足だというふうに私たちは理解しておりません。おりませんが、現行法の制度のもとにあってはやむを得ないものだと考えているわけであります。しかし、衆議院において本法案可決の際の附帯決議にありますように、国税庁から独立した租税審判所の創設についてはさらに努力を重ねていくべきであるというふうに私どもも考えているわけであります。
 第二に、不服申し立て前置主義に関する問題でありますが、ただいまの法案の七十五条の四項は、青色申告に限り異議申し立てを経ないで審査請求ができることにしているわけでありますが、これについては私どもは個人の譲渡所得の場合などは争点が明らかであると思われますので、直接審査請求に行く道を開くなどの考慮を払うべきものであろうと、こういうふうに考えるわけであります。
 第三は、国税審判官の独立性に関する問題でありますが、先ほど述べました衆議院の附帯決議にもありますように、国税審判官がその職務を厳正に行ない、納税者の信頼を高めるように努めなければ、この制度の意義が失われることになるわけであります。そこで、私ども日本税理士会連合会としては、去る六月六日の衆議院の大蔵委員会で広沢賢一委員が質問をしておりますが、その中で審判官を民間から採るかどうかという議論をしているわけでありますが、そのとき国税庁長官が答えているような趣旨をさらに徹底さしていただいて、国税審判官とかあるいは国税審査会の委員は、それぞれ三分の一程度は日本税理士会連合会の推薦する者を任命されるように取り計らわれるならばこの制度は非常に生きてくるのじゃないか、こういうふうに要望する次第であります。
 第四番目といたしましては、法案の九十八条一項に裁決に関する条文があるわけでありますが、それによりますと、不服審判所の所長は、裁決で、全部もしくは一部を取り消ししまたは変更するというふうに書いてあるわけであります。この「変更する。」ということがどういうことを言っているのかということについて、本委員会の審議の過程でできるだけ明らかにしていただきたいと思うわけであります。変更とは、俗なことばを使ってはなはだ申しわけございませんけれども、ただ単に原処分庁の課税処分に対しいちゃもんをつけるというふうな意味なのかどうか。これについては、去る六月十一日の衆議院の大蔵委員会におきまして、渡辺美智雄委員からも疑問が出されておりますが、もう少し争点主義か総額主義かについてこの条項との関連から立法者の見解を明らかにすべきものではないかと私どもは考えております。
 それから第五番目でございますが、九十六条の二項の書類の閲覧請求権に関することであります。この問題につきましては、私ども職業専門家といたしましては、できるだけ課税処分の内容について原処分庁の提出した書類等の閲覧の機会を与えられないと、十分に納税者の権利救済の活動はできないわけであります。その点で、この本条項にありますような規定を拡大解釈することのないように、第三者の利益を害するとか、正当な理由があるというような場合でも、第三者の利益を害すると認められるその部分に限り閲覧を拒否できるというふうにすべきではないかと、こういうふうに考えているわけであります。本条項の「書類」の中には、さきに衆議院で修正の上入れましたところの法案の八十一条三項とか、あるいは九十一条二項の補正書類というものも含まれるでありましょうけれども、必ずそういった閲覧の対象にそれらの書類もしていただきたい、こういうふうに考えているわけであります。
 六番目といたしましては、これは私ども税理士の代理権に関する問題でありますけれども、現行法のもとにおいては、税理士の代理権が明確でなかったために、とかくいろいろなトラブルが発生しているわけであります。私どもは、本法案の百七条に代理人の規定が入ったわけでありますから、今後は税理士の立場がより明確になると思いますが、代理人に対しては審理のための質問だとかあるいは陳述の機会を十分に与えるべきであろうと考えているわけであります。さらに、代理人に対する通知についても、政令または大蔵省令等で明確に規定を置くようにしていただきたい、こういうふうに要望するわけであります。
 第七番目は、本法案の立法の趣旨から見まして、納税者の不服申し立て期間中は滞納処分の続行を停止するという規定を、できるならばこの本法律案の中に入れるべきではないかと、こういうふうに考えるわけであります。特に青色申告者に限ってこのような制度を取り入れることは、納税者の権利救済に資するところが非常に大きいと、こういうふうに私どもは考えているわけであります。先ほどの参考人の御意見でもありましたように、私どもは、衆議院の附帯決議を一歩進めて法案の中にこのことが加えられるならば非常に満足であるというふうに考えているわけであります。
 第八番目は、これは最後でございますが、社会党案にもありましたように、また、衆議院の附帯決議にもあったような差別的取り扱い禁止の問題であります。私ども実は税理士業務をやっておりまして、この不服審判制度が十分に機能するには、どうしても納税者の異議申し立てとかあるいは審査請求に対して税務官庁側から心理的な圧迫を加えるというようなことがあってはならないんだと、そういう気持ちがあってはならないんだというふうに考えているわけであります。ついでに附帯決議を読みますと、「納税者がためらうことなく自己の主張を行ない得るために、いやしくも税務当局が不服申立人を差別的に取り扱うようなことのないよう、厳に適正な運営を確保すること。」と、こういうことを言っているわけであります。私ども、税務行政の現実がこのような条文をほんとうに必要とするんだというようなことを言うのは非常に悲しむべきことだと考えておりますが、納税者の現状を見るとこのような規定が必要のように思いますので、この際あえて私ども税理士が非力であるということを顧みず申し述べる次第であります。
 以上、私どもの意見を述べさしていただきましたけれども、要は、どのような制度のもとにあっても、いかにしてわが国の租税制度を民主的なそしてりっぱなものにするかというそのような関係者の努力がなければ、こういった制度をつくっても絵に描いたもちになるわけであります。その意味で私どもはこの制度の早期創設を要望する次第でありますが、それと同時に、この制度の充実とあわせて、国会がさらに――手前みそになりますけれども、税理士制度の抜本的な改正をも近く行なっていただきたいということをつけ加えさしていただきまして、私の意見の開陳を終わりたいと思います。長時間どうもありがとうございました。
#11
○委員長(丸茂重貞君) ありがとうございました。
    ―――――――――――――
#12
○委員長(丸茂重貞君) この際、委員の異動について御報告いたします。
 本日、津島文治君及び今春聴君が委員を辞任され、その補欠として林田悠紀夫君及び高田浩運君が選任されました。
    ―――――――――――――
#13
○委員長(丸茂重貞君) それでは、ただいまの参考人の御意見に対し、御質疑のおありの方は、順次御発言願います。
#14
○戸田菊雄君 ただいま四人の皆さんからいろいろと参考意見が述べられたわけでありますが、概括的に質問をいたしてまいりたいと思います。
 まず、須貝先生にお伺いをしたいと思うのですが、その第一点は、今次の不服審判所の設置等にあたりまして、全体の法律の流れから本法案の良否というものを判断しなければならないのではないか、こういうことを言われたと思うのであります。大蔵省の言い分でありますると、従来の協議団というものを解消いたしまして国税不服審判所の新設を行なった、あるいは不服申し立て期間の延長等の手続の合理化をはかった、あるいは更正の請求期間の延長をはかった、こういうことに対して抜本的にかつ広範に改正を行なった、いわば権利救済に一歩大きく前進した、こういうことを言われておりますが、これは大蔵省の本法案の制定に一貫して流れた思想的なとらえ方だと思います。そういう点からいって、はたしてそのとおりいっておるのかどうか。ことに、先生も指摘をされましたように、第三次答申徴税簡素化、こういうものを土台に置いて今回の不服審判所というものが創設されたわけでありますが、そういう答申案にも合致しておるのかどうか。この辺、総体的な法案の制定についてのお考え方を第一点としてお伺いをしたいと思います。
 それからもう一点は、具体的に御指摘があったようでありますが、ことに七十九条四項等について、審判官の資格要件というものは政令において定める、こういうことになっております。さらに、副審判官、審査官も同様であります。しかし、職員等の指定については何らそれについての規制というものがないのですね。こういうもので今後四百四十九名、不服審判所の構成を大蔵省は考えておる、こういうことを発表しておるのであります。こういうものは私は明確にこの法律上法文化すべきではないかというように考えるのですが、そういう点に対する見解はどういうふうにお考えになっておるか、この点が第二でございます。
 それから九十七条に関係をするわけでありますが、検査権の問題でありますが、九十七条の一項等については、「関係人」「参考人」という表現がございます。こういうものが一体どういうものか、具体的な明示がないのでありますが、こういうものについては明確に同じように法文化すべきである、こういうふうに考えますが、この辺の見解についてお伺いをしたいと思います。以下細かいことはいっぱいございまするけれども、あとでまた気がついた点についてはいろいろとお伺いしてまいりたいと考えております。
 それから新井先生でありますが、第三点にお述べになりました、国税審判所のあり方といいますか、その設置構想といいますか、一つは、司法的に、一つは第三者的に独立機関、具体的にそれぞれ一面においては海難審判所あるいは中央労働委員会、こういったものを具体的に御指摘をされて説明をされ、独立機関のほうにおいては人事院とかあるいは公正取引委員会、こういうものを例示をもってお述べになったのでありますけれども、これもまた大蔵省の提案理由の説明を見ますると、従来は、協議団というものの議決に基づいて国税局長が裁決を行なうこととされているこういう形、あるいは、国税局長は通達と異なる取り扱いは困難であると、こういうものに対していろいろな批判が出てまいったわけですね。そういうことから、今回は、納税者の不服についての審理・裁決、こういうものを税務の中の執行機関から切り離して、一定の手続を経て国税庁長官の出した通達と異なる一つの見解をとることができる、こういうことに実は説明をされておるわけで、その限りにおいては機構は相当前進をしたではないかという言い方をしているわけであります。しかし、われわれとしては、本質的にこれが従来論議されてきた同じ穴のムジナ論を一歩も出ていないではないか、実はこういう考えを持っているわけであります。そういうことを通じて衆議院段階においても相当論議をし追及をしたところでありますけれども、この面に対する解決策は、附帯決議においても、あるいはまた修正部分についても、何ら手当てがされなかった、こういう状態でありますね。いま先生が御指摘なさるように、理念と制度あるいは実態というものをかみ合わせて合理性を持ったものにしなければならないという御趣旨のことを言われたが、この不服審判所設置等については、意見としては、一つはアメリカの租税裁判所ですか、こういった状況、あるいは裁判所の中に具体的に租税課というものを設けて、専門的な一つのそういうものを裁く司法制度的なものを設置してはどうか、そういうものがあるわけであります。本格的に納税者の権利救済をするということであれば、そこまでやはり漸次前進をせしめていかなければ、本来の納税者の権利というものは救済できないのではないか、こういうふうにわれわれとしては考えておるわけですけれども、その辺については一体どういうふうに考えているか、これはでき得れば須貝先生のほうにも御意見を承りたいと思います。
 それから江草さんにちょっとお伺いをしたいのでありますが、自分の体験上から非常に具体的な問題を御指摘なされておったわけでありますが、ことに審理手続の合理化等の問題についていろいろと御指摘になっておったと思うのであります。いままでもそうだったと思うのでありますが、こういった異議申し立てに対しては、今回この法案制定についても、異議申し立ての対象は一体何かということが私たちは明確になっていないのじゃないかというふうに考えておるわけです。ですから、こういうものが税務署の課税決定の対象にいままでやられてきた更正処分を追及する、そういう場合に、異議申し立てについての明確な根拠というか、それをやはり法律的に明示をしておくことがいいのじゃないか。そういうものが今回の内容にはないと思うのであります。ですから、そういう点については、実務の経験者といたしまして、また、実際にそういう問題に遭遇した江草さんとして、どういう法制定がなされたら円滑にそのような問題の解消にいけるのか、この辺の問題についてお願いしたいと思います。
 それから見直し調査をやる場合の検査の権限ですね、こういった問題についても私はまだ法的根拠が明文化されたとは言えないと思う、今回の改正で。そういうものもあわせて法制化していくことが大事じゃないかと思うのでありますが、実際そういう問題にタッチされてきた江草さんとしては、その辺はどういうふうにお考えになっているのか、御意見をお聞かせ願いたい。
 以上、五点ほど質問をいたします。
#15
○委員長(丸茂重貞君) ただいまの戸田委員の御質問に対しまして、順次お答えをいただきたいと思います。
 まず、須貝参考人にお願いいたします。
#16
○参考人(須貝脩一君) ただいまの戸田先生の御質問は三つあったと承りました。
 その第一は、こういう法律の根本の趣旨というような問題であったと思います。私の申しましたのは、昨年の税制調査会の「第三次答申」の中に、「税制簡素化」という書き出しから始まりまして、そして権利救済制度をこういうことにしなければいかぬ、こういう結論が出ておりまして、それに基づいてこの法律案がつくられた、こういう経過になっておるようでありまして、そうして、権利救済という点だけが実は問題にされまして、その点からこれが不満であるとかあるいは現段階ではこれだけでしかたがない、こういうようないろいろな議論も実際上の効果を考えなければいかぬ、こういう議論が行なわれておるようでありますが、しかし、この法律案というのは、単に理由書で書いてあるところの扱いあるいはその表題ということだけじゃなしに、その税制簡素化というねらい、これがドイツの国税通則法で、一九一九年に、税法の解釈適用は事情の変遷に応じてしなければならないということを規定いたしまして、それ以来、そういう個別的な事情に応じて弾力的な解決をしていかなければならぬ、そのためには画一的な通達というようなものに縛られることは適当ではない、そのための不服審判所の仕組みを考えなければならぬ、そのためには単なる国税不服審判所というものだけじゃなしに、これに対して国税庁長官があくまでこれを統制するという仕組みでなければならぬ、こういう法律の書き方になっているのであろうと思います。これは、何といいますか、権利救済措置ということと税制簡素化ということが矛盾対立するというふうには考えられません。ただ、私の申しましたところは、こういう考え方に基づきまして書かれたこの法律案というものは、結局は普通の税務行政、それのおさらいあるいは税制見直しということでありまして、その税務行政の普通の線、それの延長において理解すべきものである。そういう原理的な点で、これは、権利救済オンリーというそういう理解では説明できないのではないか。そういう点を申し上げまして、その点からいろいろ不備な点も調べれば出てくるのじゃないか、そういう点の御審議もいただいてはどうかということになったのであります。
 第二点は、国税審判官につきまして、この「資格は、政令で定める。」というようなことでなしに、やはり法律で重要な点は基準を定めておかなければならないのじゃないか、こういう戸田先生の御意見で、私は賛成であります。なぜかと申しますと、この法律の書き方では、不服審判所長は国税審判官の「議決に基づいて」と、こういうふうに書いておりまして、国税審判官の調査、審理した結果を尊重する――尊重するどころか、それに基づいて裁決をするんだと、こういうことを書いております以上、国税審判官というものが第一線の機関でありまして、これの重要性はそういう意味で不服審判制度がはたして効を奏するかどうかを決定する原因になると思いますし、そういう意味から国税審判官というものがある程度の独立した権能を持つ、そういう点を法律で見せかけだけでもよろしいから書いておかなければいかぬのじゃないか。見せかけと言うとえらい語弊がありまするが、御承知のように、裁判官という制度は、あれは見せかけが大事であるということで、ああいうふうに絶対公平、へんぱのない、こういう仕組みにしてあるのであります。そういう国民に対して信頼感を植えつけるということがこの制度の成功か失敗かを決定する大きな原因になるのであります。そういう点からしまして、肝心な点は国税審判官についても法律で少しきめたらいいのじゃないか、こういうふうに考えます。
 それから第三点は、「参考人」「関係人」という点も法律でその範囲を明らかにしなくちゃいかぬのじゃないかという御意見でありますし、これはおそらくこの法律全体の趣旨からしましてその範囲は解釈によってきまってくるのであろうと思います。しかし、御承知のとおりに、ほかの法律では、関係人とはこれこれの範囲のものをいうと、たとえば土地収用法なんかそういうふうにきめております。ほかの法律の習慣としましては、そういう点も規定しておるのじゃないか。そうである以上は、税法の場合にだけこれを規定しないほうがいいという理屈は出てきかねるように思います。
 以上、三点につきまして申し上げました。
#17
○委員長(丸茂重貞君) 新井参考人、お願いします。
#18
○参考人(新井隆一君) お答えします。
 ただいま御質疑いただきました順序とは若干違いますが、まず、最初に、行政不服審判所のごときものを独立の機関として、たとえば内閣なりあるいは総理府に置くという方法は可能であろうかという問題に帰着すると存じます。これは、行政組織の全体との見合いが必要でございますしいたします。それから現行の行政不服審査法の全面的な検討もしなければならないだろうと思う。それは国税の不服審判だけについて行政執行機関から離れた審判所というものを設けることになりますことでありますから、その点を十分配慮し、理論的にも考えてみなければならないと思いますので、この国税通則法の一部を改正する法律案という形でそのことを考えるのはあまり適当でないのではなかろうか。むしろ国家行政組織法の改正ということが考えられるのでありましょうけれども、この点はもうしばらく考えてみなければならないと存じます。それと関連することになりますけれども、そうであるといたしますというと、現行の統一的な行政組織の中では、やはり同じ行政執行機関の中でできる限り独立的に性格を持たせるということにならざるを得ないのではないかと思います。確かに、二十年近くを経ました協議団制度というものも、初期及び中期においてはかなりの効果を見せました。しかし、われわれの税務行政に関するいろいろな経験や知識が豊富になりましたし、理論も不十分ながら進展してまいりましたので、その制度をそのまま維持しておくことは、制度そのものに問題がなくても、他のまわりの事情から制度がおくれるということになることとも考えられます。そこで、今回の一部改正法律で長官のもとに国税不服審判所を置いたということは、その意味で一つの進歩であるというふうに考えるべきではないかと存じます。やがて、指向といたしましては、先生御指摘のとおりに、行政不服審判所というがごときものを各行政の分野に設けるということも民主行政の観点から必要であるかと思いますけれども、先ほど来申し上げておりますように、現状では若干問題があるのではないかということでございます。
 それから裁判所に租税審判部といいましょうか租税部といいましょうか、そういうものを設けることはどうかということでございます。これは、私は、かねて、家庭裁判所というようなものもございますのですから、租税裁判所というようなものがあっても、現行の司法制度というものをくずすものではございませんので、それはそれなりに意義があるし、また、たいへん望ましいことであるというふうに考えております。しかし、これも理念の問題でございまして、しばしば指摘されておりますように、そしてそれはまた私たち大学で法律学の教育をしている者の自省しなければならないところでございますけれども、租税に関する研究をしよう、そういう学部の学生あるいは大学院の学生というものがほとんどいない現状でございます。この点を考えますと、いたずらにここで租税審判部のごときものを裁判所に設けましても、現在の裁判官を割り振るだけのことでありまして、そして、さらに、大方の主張するように、国税不服審判の前置選択主義をとるというようなことになりますと、先ほど意見陳述の中で申しましたように、かえって行政救済に遠くなるのではないかというふうに考えますので、この点もそのような手当てをしていただきたい。むしろこれは国会の先生方にお願いすることでございますが、もっと裁判官を優遇してほしい、そうすることによって裁判官にわれわれの学生を送り出せるようにしてほしいというふうに考えるのであります。御指摘いただきました点は幾つかございますが、まとめてお答えするとそういうことになるかと思います。
 さらに、現在のような、あるいはこれから改正されるような制度では、同じ穴のムジナ論ということにならないだろうかということでございます。これは、この制度をとる限り、大なり小なりそういう批判は受けなければならないと思います。しかし、その受けなければならないのは、行政当局ばかりではございません。われわれ納税者も、もう少し一生懸命やってというのでしょうか、納税申告の先ほど申し上げましたような理念的な制度に一歩でも近づくように努力をしなければならない。この点は、先ほど西尾参考人からも自省がございましたし、私も自己批判しなければならないところだと思いますけれども、政府あるいは国税当局等におきましても、もう少しPRといいますか教育というものを一生懸命やられるということで不満足でしょうけれども解決がつくのではないかというふうに存じております。
#19
○委員長(丸茂重貞君) 江草参考人、お願いします。
#20
○参考人(江草忠允君) 専門家ではございませんので、ただ体験から申し上げるだけでございますけれども、異議申し立ての根拠を早く明示する、それから円滑な解消を行なうということにつきましては、私も先ほど申しましたように、これはぜひできるだけ早くやっていただきたい問題だと思います。したがって先ほども申しましたように、事前照会回答制度、更正処分の予告制度というようなこともあり、できるだけ早くその理由と根拠の明示というものをしていただかないと、一般の納税者にとっては非常に困る。こういう予告制度とかそういうものにつきましてはいろいろな問題が生じてくるのじゃないかというようなことを聞いておりますけれども、私の意見としましては、そういう方向で考えていただきたいというふうに考えております、多少ポイントからずれたかもしれませんけれども。
 それから見直しの問題の法的根拠の明文化ということになりますと、私の経験から言いますと、ただできるだけ明文化したほうがいいのじゃないかということは申し上げられると思うのですけれども、これは事案によってもいろいろな問題もあると思いますし、それについてはまだ研究不足ということで、もう少し考えさしていただかなければならない問題だと思います。
#21
○戸田菊雄君 時間もありませんから、西尾さんに二点ほどお伺いしたいと思います。
 これは税理士のほうとしてはこの問題については長年いろいろな問題にタッチしているわけですが、ことに今回この改正でいろいろ法文上の前進の部分もありますけれども、要は人材の確保についてどうするかということが私は一番重要だと思うのです。ですから、審判官なり審判所長というものに対して全体の国民がまた納税者が理解できるような人材確保というものを進めていかなければいけないのではないか、こういうふうに考えるのですが、大蔵総のいままでのいろいろな意見ですと、審判所長は民間登用、ないしは全体の審査官なり審判官を含めてそれらを構成する総体のワクの何割程度としてわれわれはきめていいのじゃないか。おおむね目安としてそういうことであれば、私は、学識経験者がほうぼうにおるわけですから、いまの制度上でも十分活用できる要素が相当出てくるのじゃないか、こういうふうに考えるのですが、その辺の税理士関係の考え方はどの辺にあるのか、お聞かせを願いたいと思います。
 それからもう一つは、いままで数多くタッチされてきて、税務関係職員の不当な調査が数多くあると思います。そういうものがやはり具体的に裁判所でも明らかになっておるわけですけれども、一番不当だと思うような事例があれば、ひとつお示しを願いたい。また、その解決策を持っておれば、その辺についてお教えを願いたい。
 時間がないので、多くの先生方に聞きたい点があるわけですが、あと各委員の質問があると思いますので、私はこれで終わりたいと思います。
#22
○委員長(丸茂重貞君) 西尾参考人、お願いいたします。
#23
○参考人(西尾祐男君) お答えいたします。
 審判官の資格の問題でございますが、これにつきましては、これはちょっと事例が直接関係がございませんけれども、最高裁判所の判事が弁護士出身と検事出身と裁判官出身というようなことで構成されているというようなことでかなり社会的な信頼も高いわけでありますが、そういう意味と直接こういった行政審判制度とは同じではありませんけれども、われわれ税理士会連合会といたしましては、少なくとも民間人を三分の一以上入れていただきたいという要望をしているわけであります。私どもとしては、人材の確保は非常に困難であろうけれども、こういった制度を前進させる以上はそれだけの責任があるのだと、そういう意味から見て、われわれ現在税理士会の会員が全国で一万八千名おりますが、この中から適当な人材をぜひ選んででもそういった制度を前進させる意味で協力しなければならない、こういうふうに考えているわけでございます。
 それから二番目の御質問でございますが、不当な調査の具体的な事例があるかというお話でございますが、これはいろいろ事例といえば幾つかあると思いますが、実は、先般、御参考までに申し上げますと、租研――租税研究会というのですか、こういう団体がございますが、この団体が国税庁に対しまして申し入れをしております。その中で、税務調査が最近非常にきびしくなっておる。たとえば、経理担当者がいないのに、机の中を引き出したり、あるいはいろいろな書類を突然来て見たりして非常に困る、あるいは、突然来て何時間もすわっていられるために日常の営業活動にかなり支障を来たしておる、だから何とかもう少し改善の余地がないかという要望をされているのがありますけれども、こういう租研という団体は、御存じのように、いま政府の租税制度に対して積極的に協力しているような団体でありますけれども、そういう団体でもやはりそういうことを言わなければならないというのは、実はいろいろな問題があるからであろうと思います。その一つには、調査をする税務職員がかなり若い人が多くなってきているということもありましょうし、あるいは納税者の数が非常にふえているというようなことから、調査がかなり時間的に制約されているというようなこともあると思います。あると思いますが、基本的には、一般にいわれているように、納税者不信というような考え方がまだまだかなり根強いというようなところにも原因があるだろう、こういうふうに考えております。そこで、私どもは、そういったことでないようなことにならなければ、ほんとうの意味の民主的な税務行政はできないのだと、こういうふうに理解しているわけでありますから、どうかそういったことが実際に口で言うだけでなくて事実としてなくなるような、そしてほんとうに何が真実かということについて実際の税務行政の中で私たちとしても税理士の果たす役割とか、あるいは納税者がそれだけ十分に自分の所得なら所得をはっきり解明していく、そういう努力をすべきではないか、こういうふうに考えているわけです。
 そこで、いまの不当な調査というような問題も、そういう中でもっと納税者が十分に意見が言えるようなシステムになっておれば、そういった問題についてもだんだん反省をされ、また、よりスムーズな行政が行なわれるようになるのではないか、こういうふうに思います。
#24
○松井誠君 最初に二点につきまして新井先生と須貝先生にお尋ねをしたいと思います。
 一点は、先ほど西尾参考人からもちょっと触れられましたけれども、争点主義か総額主義かという問題であります。この問題は、きのうもこの委員会でちょっと問題になったのでありますが、政府はいままではともかく総額主義ということでありましたが、きのうのお話ですと、検討してから答弁をするということになったのですが、実質的な変更があるかどうかわかりませんけれども、この点について、先ほど、新井先生のほうからも、今度の前進的な側面の一つとして、理由を書かなければならぬのがふえたとか、あるいは答弁書を出さなければならぬということにされたとか、そういうことで不服申立人あるいは申請人の不服の理由というものをはっきりさせられることができるようになった、そういう意味では、これは申立人にとっては利益だというようなお話がありましたけれども、これがほんとうに申立人の利益になるという保証があるためには、争点が何かということがはっきりして、しかもその争点以外にずらされないということが保証されなければ意味がないのじゃないかと思うんです。せっかく争点がはっきりしても、その争点以外――その争点では税務署が間違いだったけれども、しかし、それ以外の理由で結局処分は正しいということになったのでは、争点がはっきりするということが必ずしも申立人の利益にはならないと思うのです。そういう意味で、この争点主義か総額主義かというこの問題について一体どのように考えるべきかということです。さらに言えば、これは行政訴訟一般の問題になるわけでありますけれども、職権主義か当事者主義かという問題と総額主義か争点主義かという問題とはおのおのストレートにつながるものなのかどうか。職権主義をとるから当然総額主義になるのか、あるいは当事者主義をとれば当然争点主義になるのだというように考えるべきものなのかどうなのか。それからその当事者主義、職権主義というもののどっちを行政訴訟はとっておるのか、あるいは税務訴訟というのはとるべきものなのか、そういうことについてお伺いをしたいと思うのです。
 それからもう一つは、質問検査権の問題でありますけれども、これが憲法の三十八条でありましたか、「何人も、自己に不利益な供述を強要されない。」というこの条文の関係からいって、この罰則がついておる――全部についておるわけじゃありませんけれども、政府案では、審査請求人は別として、それ以外の者については罰則がついて強制されておる。これが憲法三十八条の規定との関係でどういうふうに考えるべきものなのか。
 それからもう一つ、これは社会党案では罰金ではなくて過料になっておるわけでありますが、政府のほうでは、社会党案だって同じ金を取るじゃないか、だから罰則がくっついておるということで非難するのはおかしいというようなことで気勢をそいでおるのですけれども、それはやっぱり行政罰と刑事罰とは本質的に違うので、刑事罰で強制をするのと行政罰で強制をするのと憲法の規定との関係でどのように考えられるべきものなのか、そういう点では同じように同列に考えてもいいものかどうなのか、その点をお伺いしたいと思うのです。
 それから三番目に、これは須貝先生にお尋ねをしたいのですが、新井先生のお話ですと、今度の前置主義が、行政不服審査法では一応必要的な前置というものはなくなったのですけれども、税務の関係ではまだ依然として残っておる。これについて、裁判所の機構の問題とか、人の問題とか、いろいろなことを言われたのでありますけれども、この問題についてどのように考えるべきものなのか。私は、やっぱり、行政不服審査法が認めておるように、本人の選択によってどっちでもできる、いきなり出訴もできるし、あるいは行政手続で救済を求める措置もできる、そのように考えるべきものと思うのですが、現実の障害が――かりにそうなると、裁判所は非常に訴訟事件が多くなるだろう、いまの裁判所の能力では足りないのじゃないか、かえって納税者に不利益だというのが何か実質的な最大の理由のようでありますけれども、それじゃ今度の政府案のようなものが通ったあとでそういう選択的な前置という形のとれるような制度というものができていくのかといういま保証はない。こういう裁判所の問題にしても、ともかくしりから火がついたように、これじゃとても裁判所の機構がたいへんだと、そういう機構をまずつくらなければ、裁判官もふえないし、そういう能力のある人を集めることはできない。やはり最初にそういう牽引力になるような制度を一つつくっておいて、そうでなければ、なかなか制度全体か変更するそういう芽は出てこないのじゃないかと思う。この制度が、いまの政府案がそのまま通ってしまえば、将来選択的な前置をするという具体的な保証はなんにもないのでありますから、したがって、それに向けて前置制度がとれるように可能なように裁判所の機構なり何なりを変えるという努力も全然行なわれないに違いない。ですから、かりにそういうことが現実的な障害としてあるとすれば、そういうものの障害を直すのはまず制度をつくるということが必要じゃないかという気がするのです。そういうことも含めまして、この前置主義を依然としてとっておる。しかも、ひどいものの場合には二段階という御丁寧なあれをとっております。そういうことは、憲法の三十二条の条文には正面からぶつからないにしても、少なくともその精神というものは相当そこなわれてくる。裁判所の裁判を受ける権利というものを法律的に奪われるわけじゃありませんけれども、現実的には奪われる可能性というものは多くなってくるわけでありますから、そういう憲法の精神から言っても私はやはり選択的な前置ということのほうがいいと思うし、それに対する障害というのは、まず制度をつくってから障害を克服するのでなければ、制度というものは非常に保守的なものであって、将来そういう選択的な前置というものをとるという何かきちっとした保証がない、それに備えてまず裁判所の機構を変えるなんということはやりっこない。したがって、百年河清を待つに等しい機構にならざるを得ない。そういうことで、前置主義の問題についてお伺いをしたいと思うのです。
 最後に、西尾参考人にちょっとお伺いしたいのですが、先ほど閲覧書類のお話がございましたが、現実に、実際に閲覧をさせるのは、聞くところによりますと、決定書だとか、そういう申立人、納税者が自分自身が受け取った書類で百も承知の書類は見せるけれども、しかし、ほんとうに所得認定の根拠になった大事な書類というものは見せない。見せない理由はわかりませんけれども、たとえば公務員というものが国家公務員法の百条かなんかに秘密を守れという義務が書いてある。そういうことで秘密を守らなきゃならぬから、したがって、閲覧を拒否するについて正当な理由があるのだ、何かそういう理屈をつけておるようなんでありますけれども、現実に見せる書類というのはどんなもので、一番見たい書類でどうしても見せないというのはたとえばどういう書類なのか、それは一体どういう理由で税務署なりあるいは審査庁は見せないのか、そういう実情をお教えをいただきたいと思います。
#25
○委員長(丸茂重貞君) 新井参考人、お願いします。
#26
○参考人(新井隆一君) まず、第一に御指摘いただきました争点主義か総額主義かという問題、及びこれに関連する幾つかの問題でございますが、たいへんむずかしい問題でございますけれども、この点は、従来の法律の条文及びこの法律の条文そのものから直ちに答えが出てくるというものではないと存じます。それは、行政不服審判というものがどのような歴史の過程をたどり、そして現在どのような制度として考えられているかという問題とつながることであろうと思いますけれども、そのようなことをここで御説明していても切りがございませんので、結論だけを申し上げることにいたします。この行政不服審判というものは、かりに内閣に設けて準司法的な色彩あるいは第三者的な色彩を持たせるとしましても、やはり行政機関の一種であります。そこには、法律を誠実に執行して課税の公平を期する、そういう問題があると存じます。したがって、課税の公平を行政上期するという問題とそれから当該不服の申立人をどのようにしてできるだけ救済するかという問題とのかね合いの事柄であろうと存じます。これは、したがって、私個人、もちろん一人の考えでございまして、別に学説上そうなっているとか、あるいは多数説がそうであるという意味ではございませんが、かりに今度のこの法律案の制度ができ上がるといたしまして、私はこのように考えてはどうかというふうに思っております。つまり、総額主義と争点主義とのいわば折衷的な考え方はどうだろうか、こっちかあっちかというふうな結論をつけてしまうということは、ときによっては一人の不服申立人の利益を守るためだけに全体の課税公平というものを害するおそれがある、そのように考えるからであります。したがって、全くの私論でございますけれども、争いの対象になっているいわば争点といいましょうか、争いの対象になっている事柄に関連して発見されるであろうところの――たいへん抽象的な言い方で、実際にそのような理論といいますか考え方を行政の担当者にそのまま細かい理論づけをしないで負担させるということはたいへん問題でございますけれども、その争いの対象になっておるものと関連して発見された事柄については、それは総額主義の考え方をとるというふうな考えではいかがかというふうに考えております。
 それから職権主義と当事者主義、争点主義と総額主義の関連はどうかということでございますが、これは、私は、直接には関連がないのではないかと、とっさのことでございますので、十分に考えておりませんけれども、そのように思います。
 それからこれに関連しまして、質問検査権と憲法の三十八条の問題でございます。まあたいへん形式的な議論を使えば、憲法の三十八条は刑事訴訟関係の問題だということで答えを打ち切ることも可能でございましょうけれども、その考え方の精神というものを行政の側面にも取り入れるということになるのかと思います。この点は、やはり、課税の公平、それから税務行政に関する国民のでき得る限りの協力という問題とつながることであろうと思います。賦課課税徴収方式から納税申告方式に変えた、これが民主的な制度として変えたということと関連しまして、国民はもう少し納税申告制度というものについて自覚を持たなければならないのではないだろうか。納税申告制度は民主的な制度だからといって受け入れておきながら、その納税申告制度をなくなしてしまうような、そういういわば俗なことばで言えば不まじめな態度では、この民主的な制度といわれているものも進展しないのではないだろうか。そのためには、多くの税務行政に対する協力と言うと少し語弊があるかもしれませんけれども、国民も行政庁も協力してこの民主的な制度を育成するということを考えなければならないのではないだろうか。それから現在の私たちの考え方では、これは総体的真実を発見する、しかも、租税要件理論に従いますというと、租税要件に該当する事実があるときには抽象的な納税義務が発生し、これをわれわれの納税申告あるいは税務官庁の更正あるいは決定というような処分によって確定をしていく、そういう思考方法がおそらく多数の考え方だと思っております。そのような考え方に立ちますというと、必ずしも常に質問検査権によるところの質問対象というものが国民の不利益になるとばかりは限らぬ。あとは、これは現実的に税務行政を執行する行政庁及びそれに協力する国民との努力によって解決していくべき問題であるというふうに理解しております。
 それから第二番目に御指摘いただきました罰金か過料かという問題でございますが、たいへん申しわけございませんけれども、私は、実は、最初に明らかにいたしましたように、行政法、税法の勉強をしております。もちろん行政法の中にも行政処罰という問題がございますので、それについてその諸見からお答え申し上げなければならないと思いますけれども、この点は当該違反行為と罰金との比較考量の問題等もございますし、国民感情の問題もございます。単に理論だけで解決できる問題ではなくて、むしろこのようなことこそ立法にあたって国会議員の先生方が十分配慮されるべき事柄ではないかというふうに、げたを預けては申しわけございませんけれども、そのように考えております。
 前置主義についてお答えすることは、これはよろしゅうございますか。
#27
○松井誠君 先生のお考えは聞きましたから、須貝参考人から……。
#28
○委員長(丸茂重貞君) 須貝参考人、お願いします。
#29
○参考人(須貝脩一君) 御質問にお答えせぬでいいかと思ってほっとしていたのでありますが、質問のありました第一点でありますが、私は、税務行政の中でも更正決定というような課税処分は、これはほかの税務行政の中での調査とかあるいは徴収というものと区別しまして、税法を解釈適用する、これはもう実質は裁判と同じような作用である、本来は税務署の段階からしてそういうふうに考えていかなければいかぬのじゃないか、そういうふうに考えております。それで、争点主義か総額主義かという問題は、実は、税務署の段階、税務行政の普通の段階から行政不服審査に移るとがらっと本質が変わってくる、そこでこういうような問題が生ずるんだと、こういう議論のしかたでありまして、私は根本の出発点が違っておるんで、これはずっと一貫した同じ国民の生活関係に適用のある財産法の一部として税法を考えていくべきだと、それの解釈適用というのはずっと一貫して同じ性質のものである。普通の行政であるからあるいは不服審査の段階になったからということで区別して考えるべきではない。したがって、いま申したような、ここで明らかな断絶があるというようなそういう発想法による問題は私の立場からいたしましては起こり得ないわけであります。
  それから第二点、憲法で不利益な供述を強制されることはない、こういう点とこの法律の規定との関係でありますが、この点につきましては、実は、憲法のあの規定は、刑事上の処罰を自分に招くおそれがあるそういう事柄については自白を強制されるべきではない、そういう通説に従って理解しておりまして、税務行政上の必要から調査のためにそれに応ずる義務を課せられておるという場合の問題は、これは裁判所の判例で一貫して言うておりますように、直接の関連はない、こういうふうに私は理解しておる次第であります。
 それから第三の点の訴願前置主義という点でありまするが、これはさっき第一の点で申し上げましたように、私の考えておる根本の議論というのは、税務行政から不服審査あるいは税務訴訟に至るまで一貫してその間に断絶はない、こういうふうに考えてまいるのでありまして、したがって、行政事件訴訟法の原則に従ってどちらでも納税者が好きなほうを選択していいんじゃないか。そして、ほんとうにこの国税不服審判所という制度が納税者に受けるならば、これはおのずから納税者はそちらのほうに全部行くでありましょうし、その点は原則どおりでいいんじゃないか、こういうふうに考えておる次第であります。
#30
○委員長(丸茂重貞君) 西尾参考人、お願いいたします。
#31
○参考人(西尾祐男君) お答えいたします。
 先ほど松井先生のほうからお尋ねのありました書類閲覧権の問題でございますが、実際の税務行政で私どもが異議申し立てをいたしますと、普通この問題で特に書類閲覧権を必要とするのは白色申告の場合でありますが、税務署の段階ではこれはそういったことがはっきり義務づけられているというふうになっていないためかどうかわかりませんが、いまの行政不服審査法の三十三条の二項では、そういった書類閲覧権があるんだというふうになっておるわけでございます。なっておりますが、私ども実際やっておりますと、これはただ単に君のところの会社の更正金額は幾らだというその部分だけしか実際見せてもらえないわけであります。そこで、それを今度協議団段階になりましてもう少しいろいろな書類を見せてくれないかというようなお話をするわけでありますが、こういうところが実はあまりルールらしきものもきめていないわけでありますから、どうしても、協議官とかそういった関係者の、何といいますか、人間関係というか、そういう関係によって多少見せてもらえるところもあるし、見せてもらえないところもあるというふうなことになっているわけであります。実際は、私どもといたしましては、この課税処分の根拠というのはどういう計算によってなされたかということが実は知りたいわけでありますが、そういったことについてはほとんど見せていただけないし、また、見せない理由としてはこの行政不服審査法の三十三条にある、あるいは今度の国税通則法の一部改正案の中にありますように、「第三者の利益を害する」という理由か、あるいは、先ほどの松井先生のおっしゃった公務員の秘密保持というか、そういったことから来ているのかもしれませんが、とにかく、私どもといたしましては、そういったなぜこうなったかということをもっと明確にしていただきたいわけであります。しかし、それが裁判になりますと、大体一年ぐらいやっておりますと、課税処分の内容というものはいくらかわかるようになってくるわけですが、そうすると、いまの国税審判というか裁判のあり方を見ておりますと、白色申告で異議申し立てをして審査請求に行く、それから裁判まで行くというと、大体二年か三年くらいたたないと実際に課税処分の内容というものはわからないというのが一般的ではないかというふうな気がするのであります。そういう面では、現状では、われわれとしては、もっとその内容を明らかにしていただきたいと、こういうふうに考えておるわけであります。そこで、そういった課税処分の計算について、どこまでは見せてもいいんたというようなことがもしそういったルールがきめられるならば、納税者の権利救済という意味からも、争点が明らかになるという意味からも、よりいいのではないか、こういうふうに考えているわけでございます。
#32
○松井誠君 新井先生と須貝先生にもう一ぺんちょっとお伺いしたいと思うのですが、お話を聞いておって私わからなくなってしまったんですが、行政不服審査というのはともかく権利救済ということを主たる目的にした制度だということについて私は信じて疑わなかったわけでありますが、いまの須貝先生のお話ですと、税務行政の延長として考えるべきもので、そこに断絶はないというようなお話でした。そうしますと、行政不服審査法の第一条に、「国民の権利利益の救済を図るとともに、」というのが制度の大目的になっておって、そしてそのあとに「行政の適正な運営を確保することを目的とする。」というのもくっついておりますけれども、とにかく権利救済ということを正面からうたっているのですが、そういう制度のいわば特別な場合としての税の関係の不服審査という制度ができておるのだとすれば、この行政不服審査法の精神というものはやはり引き継いでいくわけでありますし、そうすれば、権利救済というのが、唯一の目的でないにしても、少なくとも最大の目的であるということは争い得ないように思うのでありますが、その点について須貝先生の御意見をお教えいただきたいということと、新井先生には、同じようなことですけれども、先ほど何か国民の不利益な陳述をしいることができないということに関連をして、税務行政の統一といいますか、そういう権力行政的な面が非常に強調されておったように思うのですけれども、行政の不服審査というのは権利救済というものがやはりあくまでも主たる目的であって、行政の統一とか適正な行政とかというのは、いわばその反射的な効果としてあるいはその結果としてそういうものがある。もし両方――先ほど、先生は、これはうらはらの関係だというようなことを言われましたけれども、現実に私は二つが矛盾する場合はいくらでもあり得ると思う。権利救済をやろうとすれば、そういう税務行政のいままでの統一を破る、そういうこともあり得ると思う。しかし、そういうときにどっちを優先すべきかというと、やはり権利救済のほうを優先すべきじゃないか。そういうことを考えますと、権利救済が少なくとも主たる目的だというそのこと自体きちっとはっきりさせないと議論が混乱をする、そういうような気がするのですが、不服審査制度というものが持っておる本来的な役割り、これについてはどのようにお考えになるのか、この点をもう一ぺんお教えいただきたいと思います。
#33
○委員長(丸茂重貞君) 須貝参考人、お願いします。
#34
○参考人(須貝脩一君) いまの松井先生の御質問は非常にいい御質問でありまして、ぜひ私もその点は申し上げたかったのであります。それは行政不服審査法の中で申しております普通の行政というものと税務行政とは質を異にしたものであると考えられるのでありまして、たとえば、行政不服審査法におきましては、適法・違法の問題だけじゃなしに、適当・不適当、そういうような点に関してまで救済を与えるのでありまして、御承知のとおりに、行政というのは、いくら法律でその権力を制限しましていろいろ細かい規定を設けましても、行政というものは本来自由なものである、そういう点があくまでも残るのでありまして、そういう点から、行政不服審査というのは、行政が自制作用といいますか自分から考え直してこれを見直す、こういう点が主眼点になっておると思います。ところが、税務訴訟の場合、いろいろこの中にもありまして、普通の行政不服審査と同じような調査の点、あるいは強制徴収の点、それに関する問題もありまするが、しかし、少なくとも税法というこういう国民の生活関係上のいろいろな事実、それを課税要件としまして、そしてその場合にどういう法律効果が生ずるか、こういうことをきめておりますところのこういう税法の解釈を適用するというこの課税処分に関する不服審査なりあるいは税務訴訟というものは、これは税務署の段階でもそうしなければならないように、それとずっとつながりまして初めからもう裁判的な作用である、現在実際税務署がそうやっておるかどうかは別としまして、本来はそうでなければいかぬのじゃないか、こういうことでありまして、そういう意味で行政不服審査の普通の場合の考え方とそこにははっきりした区別があるんじゃないか、こういうことなんであります。
#35
○委員長(丸茂重貞君) 新井参考人、お願いします。
#36
○参考人(新井隆一君) 申し上げますことは、須貝先生の内容とそれほど変わりはないかもしれません。先ほども若干申し上げましたように、納税申告制度というものがとられているところでは、課税について――課税ということば自体も問題で、税額の確定と申しましょうか、あるいは課税標準の確定と申しましょうか、それについて権力というものは捨象されているというのが私の考えでございます。賦課徴収制度でございますというと、国家が権力によって国民に命ずるという行動をとることになります。しかし、国家が権力をもって命ずるものを、納税申告という国民の行為によってすりかえるということは、よほど飛躍的な論理を用いませんというとうまくできません。つまり、このことは何を意味しているかというと、租税法律というものが一定の課税要件あるいは租税要件というものをきめていて、これに当てはまる新事実があるというと、その事実が当てはまることによって法律の規定によって当然に納税の義務が発生する、こういう構造でなければなりません。この事実の認定、あるいは課税標準の算定ということは、したがって、権力をもってしなくても可能なことであります。権力をもってしなくも可能なことでありますから、一般の権力のないわれわれ国民がそれをみずから認定し、みずから確定して申告し、それによって法律の規定によって当然法効果として納税の義務が確定して納税をする、こういう構造になっているのだろうと思います。したがって、先ほど私が権力行政といいますか行政の権力というものを強調したというふうにおっしゃられましたけれども、そういう意味で、私は、むしろ常々、税務行政のみならず、一般の行政についても、法律の要件さえきちんときめておいてもらえば、行政というものに権力はそういう実体的な問題については多くの場合不必要になるでしょうし、そして、それは、国民がその事実認定をとってかわることができるというものであろうと考えております。
 権利救済という問題もそれにつながります。事実の認定が誤っていて法律への当てはめが違っていたら、法律の予定している法効果とは違う納税の義務が確定してしまうのであります。この違う納税の義務を正しい法律の解釈、正しい事実の認定によって直そう、これが権利救済という問題につながるのです。法律の規定を曲げて国民の利益のために税務行政を行なうという性質のものではないということであります。結果が権利救済になる。ただ、これは、私のような考えに基づきますと、事実上そういうことが生ずるかどうかということも実は疑問でありますけれども、実際にはあり得るかと思いますので、念のために考えてみますと、税務行政の統一をはかるべきか権利救済をはかるべきかということがほとんど行政担当者の能力をもってしては均等に生じてきたような場合には、これは権利救済を先にすべきだというのが権利救済に重点を置くという意味であろうかと思います。
 重ねて申し上げますが、あくまで違法な権利救済をするという趣旨ではないというふうに御理解いただきたいと思います。
#37
○岩動道行君 この機会に、私、特に法律学者としての須貝先生、新井先生にお伺いをいたしたいと思います。
 その一点は、通達の法的な性格、位置づけ、それから第二点としては、通達を改正することによって納税者側にさらに従前よりもよけいに税金を納めなければいけなくなるようなそういう通達改正は可能であるのかどうか、あるいはそれが妥当であるかどうか、こういったような二点について伺いたいと思います。
 実は、申すまでもなく、租税法定主義でまいっておるのが日本の租税でございまするが、社会情勢があるいは経済の実態が非常に複雑化してまいりますると、どうしても税法では規定し得ない面が多々出てまいる。先ほど、須貝先生も、ドイツ等においては税法の解釈は時勢に応じて変わっていくべきものであるといったような御発言もあったわけでありますが、日本の税務行政において、特に私ども納税者の立場から考えた場合に、通達というものが非常に大きな役割りを果たしておる。今日までの租税に関する争いの九〇%程度は事実問題にある、残る一〇%程度が通達の解釈の問題になっているというふうに大蔵当局からも説明を聞いているわけでございまするが、今回のこの改正において、九十九条というものは、私は、通達行政に対する大きな前進を示すものだという意味において高く評価をいたしております。先ほど江草さんもまたその点についても明快に触れられて、そして通達にこだわらずに裁決が出ることを期待するというような御発言もあったわけでありまするが、まさに私もそのとおりに考えておる一人でございます。ところで、いま申したように、通達というものが現実においては非常に大きな役割りを果たしていると、通達によって、法人税とか所得税あるいはその他間接税等において、課税対象になりあるいは課税されない、経費として認められるあるいは認めないといったような具体的な納税額の問題に入ってくるわけでございます。そういう意味において、通達の法的な性格、地位というものはきわめて大事な点ではないか、かような意味において私どもは学者の立場から御意見を伺いたいと、かように思うわけでございます。通達を改正することによって、従来は課税の対象になっていたけれども、今度は課税はしないと、こういうふうに緩和されるという場合には、これは国民のほうにとっての利益でありまするから問題は少ないと思いまするが、先ほど申したように、通達を改正することによって、従来は経費として認めておったけれども、今度は経費としては認めないんだと、こういうような通達改正が出ている実情もあるわけでありまするが、そのようなときに通達というものが非常に大きな役割りを果たすし、あるいは争点にもなってくるという、こういう意味において私は特にいま申した二点についての学者としてのお立場からの御所見を承っておきたいと、かように思うわけでございます。
#38
○委員長(丸茂重貞君) 須貝参考人、お願いします。
#39
○参考人(須貝脩一君) 通達の法的性質という点につきましては、これは非常にやかましい議論がありまして、その結論としましては、通達というのが、法律、命令とは違って、法規を定めるものではないという点はだれしも一致して認めておるのであります。しかし、税法というのが、皆さま御承知のとおりに、実は完全なものではありませんで、ことに大事な原理的な点については案外規定を抜かっておると、こういうことがございまして、そこで、憲法十四条の平等権の規定、こういうところからしまして、税務署が平等に法の適用をしなければならぬ、こういう点で、通達でもって統一的な解釈を定める、それでこれが第一線の税務行政機関の基準になるんだと、こういうふうに考えられるわけであります。理論はそうなのでありますが、実際は、解釈をきめると、法律のこの意味はほんとうはこういう意味なんだといういわゆる留意通達、それのほかに、実はこういう場合にはこういうふうに取り扱うものとするという相当自由な取扱通達がございますし、税法で相当広い裁量の幅を認めておるという場合には、その裁量権の行使の基準としましてこういう統一的な標準を通達できめる、これはぜひとも必要でありまするが、この取扱通達の中には、相当自由に法律にはないことを新しく規定するというような場合も実際にはあったのであります。ところが、このごろ考え方が最近数年におきまして変わってきまして、実際の通達もむしろ納税者に有利なほうに解釈を統一していく、つまり、税法の解釈の場合にも、一通りだけじゃなしに、幾通りも解釈があるという場合はざらにあるのでありまして、そういう場合になるべく納税者に有利な解決をとる、こういうようなことで大体望ましい方向に通達の出し方が動いてきた、これはもうだれでも認めておると思います。ところが、それでも通達というのは画一的なものであって、やはりその点では法律や命令と同じような結果を持っておる。そこで、具体的、個別的的な、事件ごとに妥当適正な解決をしていかなければならぬのじゃないか。そういう意味から、通達とは異なる個別的な事件に関する解決、やがてそれが先例となるのじゃないか。それでまたそれは片方から言えば従来の通達とは異なる解決をする、こういうことにもなるわけであります。なぜかというのに、従来の通達は一般的な平均的な事情の場合に適用があるのであって、個別的、具体的な事件についてはその通達はそのままには当てはまらぬのじゃないか。そこで、新しい解決が行なわれる、こういうのが税制簡素化ということでこの数年問題になっておったところであろうと思われます。
 次に、第二点の御質問で、従来は納税者に有利な解釈をしておったのを通達でもって不利に改めることがある、そういう場合の通達の適用のしかたはどういうふうにすべきか。これは、御承知のとおり、有名な例の物品税に関するパチンコ器械の課税の問題がありまして、これは最高裁まで行きましたが、要するに、遊戯具という中に子供の遊戯具だけじゃなしにおとなの遊戯具も入るかどうか、ゴルフ道具なんかとだいぶ離れて規定されておると、そういう遊戯具の解釈に関しまして、昭和二十何年でありましたか、あのときに通達が改められまして課税されることになったのであります。この場合の課税が正当であるということで裁判所が認めたのであります。この場合の通達の適用のしかたも、過去にさかのぼって適用するということじゃなしに、その解釈が変わってそのところから将来に向かってそういう異なった解釈による通達を適用すると、こういうことで、法律と似たようなそういう適用のしかたをされたと思っております。これは、諸外国の場合でも、こういうことが通達のそういう不利な改正の場合の当然の理論になるべきだということを認めておるわけでありまして、大蔵省の場合もそういった考え方に従っておられるというふうに理解しております。
#40
○委員長(丸茂重貞君) 新井参考人、お願いします。
#41
○参考人(新井隆一君) また申し上げることはそれほど変わったことではないと思いますが、異なった観点から若干お答えしたいと思います。
 通達が法規ではないという点については、これはもう問題のないところでございます。そして、私は、租税通達に限ったことではございませんけれども、通達というものは、正しくは常に法律の解釈であるべきだというふうに考えております。したがって、法律の規定がいわば多義的な概念で規定されているために、その意味を措定するにあたって幾つかの理解が出てくる場合がございます。その場合には、行政庁といたしましては、統一的な解釈といいますか、この解釈が最も正しい解釈であると行政庁は考え、そういう解釈をいたしまして、それを通達にのせて下級の行政機関に流すものであるというふうに理解しております。
 ただ、行政機関も人の担荷するものでございますから、もちろん誤りがないとは言えないだろうと思います。そこで、その内容が誤っている通達でありましても、これが国民に利益を与えると考えられる、まあ利益という概念が非常にむずかしゅうございますけれども、利益を与えるものであると考えられる限りは、二つの点においてこれはそのまま通用するということになると思います。一つは、利益になりますから、だれもその通達の解釈が間違えているなどといって争う者がいないということであります。出したほうの行政庁は決して誤っていないと思っておりますから、これを改めるはずがございません。それからかりにこれを誤っていると考えて不服を申し立て、訴訟に出しましても、権利侵害がございませんから、訴訟の要件を整えておりませんので、訴訟にもなりません。もっとも、そんな訴訟をする人もおりません。したがって、これは、通達の内容が慣習法的になっていく、やがては慣習法となるかもしれないというふうに考えるのであります。そこで、すでにかりに――これはたいへん認定がむずかしゅうございますけれども、慣習法になってしまうと、これはいわば法例第二条の規定によって法規になります。したがって、これを行政庁が今度は勝手に改めるというわけにはいかなくなってしまうだろうというのが私の考え方であります。これを改めるのには法律をもってしなければならないということになって、立法機関の仕事だということになるのではないかと思っております。
 そこで、改正法の九十九条の問題でございますけれども、この場合にも、「通達に示されている法令の解釈と異なる解釈により裁決をするとき、」ということも、おのずから国民の不利益になるようにはできないのではないか。先ほど総額主義か争点主義かというので問題になりましたことと似ているように考えられますが、結果はかりに総額においても全然変わらないとして、けれども通達の解釈が一般的にいってその不服申立人の利益・不利益ということではなくて国民の不利益になるというときでもこれは問題があるのではないか。今後これがこのとおりに制定されたときの解釈論として私たちが研究しなければならない課題であるというふうに理解しております。
#42
○岩動道行君 ありがとうございました。ただ、いまの新井先生のおことばで私ちょっと気になる点があるので申し上げたいと思いますが、通達で国民の側に利益になっておる、また、国としてはそれでいいのだ、だから争いにもなるまい、こういうようなお話があったのですが、税法の解釈上当然取るべきものを通達によって取らないのは、国民はそれによって利益を受けるかもしれない。しかし、国としては税法の解釈上当然取らなければならないものを通達によって取っていない、そういう具体的な事実があるならば、これは国に対してあるいは国民に対して損害を与えておるのではないか。かような意味において、あるいは会計検査院等の立場というものから通達を見るという場合も出てくるかと思うのでありまして、この点は多少もっとシビアーに考えてもいいのではないか、さような場合にはやはり通達は改正をされるのが当然ではないだろうかと、かように私自身はただいまのお話で感じたものですから、あえて一言だけ申し上げて、私の質問を終わらせていただきます。
#43
○委員長(丸茂重貞君) 参考人に対する質疑は、これをもって終わります。
 参考人各位にごあいさつ申し上げます。
 本日は、御多用中にもかかわらず、当委員会に御出席いただき、貴重な御意見をお述べいただくとともに、委員の質疑にお答えいただきましたことは、まことにありがとうございました。本案審査に多大の参考になることと存じます。委員会を代表いたしまして重ねて厚く御礼申し上げます。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後三時五十六分散会
ソース: 国立国会図書館
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