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#1
第061回国会 外務委員会 第7号
昭和四十四年四月十五日(火曜日)
   午前十時十四分開会
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         山本 利壽君
    理 事
                佐藤 一郎君
                長谷川 仁君
                増原 恵吉君
                大和 与一君
    委 員
                鹿島守之助君
                梶原 茂嘉君
                杉原 荒太君
                高橋  衛君
                廣瀬 久忠君
                三木與吉郎君
                加藤シヅエ君
                羽生 三七君
                森 元治郎君
                黒柳  明君
                野坂 参三君
   政府委員
       外務省経済局長  鶴見 清彦君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        瓜生 復男君
   参考人
       国学院大学教授  村野  孝君
       日本銀行調査局
       長        吉野 俊彦君
  本日の会議に付した案件
    ―――――――――――――
○参考人の出席要求に関する件
○国際通貨基金協定の改正の受諾について承認を
 求めるの件(内閣提出、衆議院送付)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(山本利壽君) ただいまから外務委員会を開会いたします。
 まず、参考人の出席要求に関する件についておはかりをいたします。
 国際通貨基金協定の改正の受諾について承認を求めるの件の審査のため、本日、国学院大学教授村野孝君、日本銀行調査局長吉野俊彦君
 以上二名の方を参考人として出席を求め、意見を聴取することに御異議ございませんか。
#3
○委員長(山本利壽君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
 国際通貨基金協定の改正の受諾について承認を求めるの件を議題といたします。
 それでは、これより参考人の方々から御意見を承ることになりますが、この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。
 参考人の方々には、御多忙中にもかかわらず本委員会に御出席くださいまして、厚く御礼を申し上げます。本日は、国際通貨基金協定の改正の受諾について承認を求めるの件につきまして、忌憚のない御意見を承りたいと存じます。
 議事の進め方につきましては、お一人大体二十分程度で順次御意見をお述べ願い、その後委員からの質疑にお答え願いたいと存じます。
 それでは、まず村野参考人にお願いをいたします。
#4
○参考人(村野孝君) 村野でございます。
 国際通貨基金における特別引出権の問題につきまして意見を具申するようにとお招きをいただきまして、たいへん光栄に存ずる次第でございます。与えられた時間が少のうございますので、私の考えておりますところを足早に申し上げさしていただきたいと思います。
 まず、私のお話し申し上げることは、この「国際通貨基金における特別引出権」――以降「特別引出権」と略称さしていただきますが、特別引出権というもの及び特別引出権という制度はどういうものであるかということを、その本質論に触れまして、そうして本質はかくかくのものであるが、この特別引出権というものの創造及び国際通貨基金の制度を改正するということは、これは他の問題と同じように、一定の歴史の段階における一つの改正でございまして、そこで本質がはたしてそのままうまく運営されるかどうか。ある特殊な利害関係によって、この運営が本来所期した方向からずれるのではないかという懸念があるわけでございます。ですから、本質論に触れ、それが現段階においてどういうふうに運営されるのか。もし所期の方向に運営されないなら、それに対するいわば歯どめをつけておく必要があるが、それにはどうしたらいいだろうかということにつきまして触れたいと思います。
 それから、その問題を論ずるにあたりましては、どうしても現在の国際通貨制度が当面しておる問題――私はこれを危機的な状況というふうに理解しておりますが――その問題につきましても触れなければならないと思いますので、それにも若干言及するつもりでございます。
 さて、この特別引出権というものはどういうものであるかと申しますと、まずその本質は、私は結論的に言って、これは一つのやはり第三の国際通貨の創造の試みであるというふうに考える次第でございます。なぜ試みと申しますかと申しますと、この特別引出権なるものは決して完成したものではないのでございます。これは約四年かかりまして、そうして昨年のブラジルのリオ・デ・ジャネイロにおける会議におきまして合意に達し、これを創造しようではないか、そうして将来の国際通貨制度上有効に使おうではないかという決議、合意をいたしまして、一応その制度ができかわけでございますが、これは今後完成されるべきものであって、現在では非常に過渡的、中間的な色彩が強いわけであります。したがって、これを完成したものとして理解するならば、そこには問題があるように思われるわけでございます。しかし、その中にやはり本質をのぞくことができるわけでございまして、私は、これはやはり第三の通貨の創造であるというふうに考えます。なぜかと申しますと、第三の通貨であると考えるよりどころでございますが、第一に、通貨は、国際的なものであっても国内的なものであっても、一般的受容性――つまりそれを使って相手方に一般的に受け入れられる性質――を持つべきものである。つまり、債務の弁済において、相手国に対して一般的受容性、これをゼネラル・アクセプタビリティーと言っておりますが、一般的な受領性ないし一般的受容性でございます。これをSDR――国際通貨基金における特別引出権というものは持っていると考えるわけでございます。もちろん、これには現在では限定がございますが、それは後ほど申し上げることにしまして、もう一つは、使用の無条件性でございますね。一般的受容性ということのうらはらのような形になりますが、使用の無条件性――無条件に使えるということでございます。通貨は無条件に使えるところに特質の一つがあるわけでございまして、これを条件的にしか使えないなら、それは通貨としての完全な資格を持っていないわけでございます。もちろん、これにつきましても現在では制約がございまして、必ずしも完ぺきなものではございませんけれども、しかし、やはり特別引出権なるものは通貨としての性質を強く持っているものである、そして将来一そう各国は合意によってこの通貨性というものを完成していこうという気持ち、意思を持っていることは明白だと思うわけでございます。ただ、先ほど申しましたとおり、いろいろ完成された通貨ではないわけでありますね。限定があるということは、一つは、一般的受容性と申しましたが、この特別引出権を発動してこれを使おうじゃないかという合意に達した国――参加国と申しますが――この国は無条件一般的受容性といいましても、これは現在では一応限定がございます。これはやかましく申しますとたいへんむずかしくなりますが、要するに、特別引出権なるものを各国が割り当てられた場合に、その一定の額だけを受容する義務があるということになっております。どういうことかと申しますと、まずこの制度を運用するのに、最初五カ年間――これを基準年と言っておりますが――五ヵ年間を限るわけでございます。五ヵ年間にわたって、年間十億ドルなら十億ドル、二十億ドルなら二十億ドルというふうに、各国に国際通貨基金の割当額に従ってこの特別引出権が配分されるわけでございますが、この累積配分額の二倍だけを受け入れる義務があるわけでございます。ですから、無条件一般的受容性とは、かなり限られているものでございます。しかし、これがあるからといって、これは通貨ではないというふうに言うことは私はできない。
 それから第二の限定は、いわゆる特別なことばでございますが、復元の義務があることになっております。復元の義務というのは、使いましたらそれをもとに返すということでございますね。これにもやかましい規定がございますが、要するに、累積配分額の三〇%、つまり一〇〇のものを使いましたら、その三〇だけは弁済しなければならないという、復元という規定があるわけでございます。したがって、通貨というのは使用の無条件性でございまして、債務弁済のときにこれを返さなければならないという条件がつくのは、厳密な意味では通貨ではないわけでございますが、しかし、通貨性を持っているということは、これはいなめない事実だと思います。
 それから、第三の国際通貨をつくったといいましても、これにもやはりいろいろ問題があるわけでございまして、この考え方によるなら、世界通貨、国際的に通用する通貨は、何か本元的なものによって裏づけられていなければならないという一つの学説がございます。本元的なものというのは、その通貨が金に裏づけられていなければならないということでございますね。こういういわゆる貨幣通貨論上の厳密な意味での金属主義者によりますと、この特別引出権は通貨性に欠けるところがあるかもしれません。なぜと申しますと、特別引出権は金について絶対的な保証があるわけでございまして、特別引出権につきましてはいかなる場合でも一定の金を含有するものとするという保証がついております。しかし、それは保証するだけでございまして、特別引出権は金への兌換性はない。同時に、金でこれを買うわけにはいかないということで、金の保証があるだけで金との?換性がないということでございますね。これは現在の国際的に使われている通貨、たとえばドルと比較しますと、ドルは御承知のように非常に苦しくはなっておりますが、アメリカの政府・政府機関は外国の政府・政府機関に債務を負った場合には、その公的対外流動負債――対外公的短期債務は、相手国の選択によって金で弁済を求められた場合には、御承知のように金一オンス三十五ドルをもって無制限の兌換に応ずるという規定がございますね。ですから、現在のドルは、非常に苦しくはなっておりますけれども金との兌換性があるという、国際的に使われる通貨でございます。ところが、この今度の新しく創造されるべきものは、金との兌換性がない。それなら国際的な通用性があるかどうかということがたいへん問題になるわけでございますが、それはやはり今後国際的な合意に基づいてこれは国際法になるわけでございますから、法的な通用力を持たされるということになるわけでございますね。で、本元的なものに裏づけられない通貨が、単に国際的な合意によるだけで、法的な内容のものではあるけれども、合意だけではたして通用性があるかどうかということは問題にすれば問題にはなると思います。しかし私は、やはりこれは国際通貨性を厳密に傷つけるものではない。通貨論に「代表貨幣」ということばがございますが、この「代表貨幣」の一つではないかというふうに考えるわけでございます。で、こういうふうなやはりいろいろ限定があり不完全なものではありますが、国際的な通貨であるというものであるように私は考えられるわけでございまして、これを、国際取引が今後増大するのであるから、国際取引をまかなうためには、ちょうど国内取引と同じように流動資金というものがどうしても要るのだから、国際的な流動、つまり国際貿易、国際サービスあるいは資本取引が非常に増大するわけだから、それをまかなう国際的な流動資金と申してもよろしいかと思いますが、この国際流動性をふやすということが必要であるという各国の認識が、リオ・デ・ジャネイロにおいて、過去四年間の研究の結果がそこでいわば具体化したわけでございまして、この特別引出権の創造というところに具象化したわけでございますが、考え方としては、これは私はかなり前向きの進歩的なものではないかというふうに考えるわけでございます。ただ、問題なのは、いまはこの特別引出権についてのいわば本質論の一部に触れたわけでございますが、しかし、先ほど申しましたとおり、特別引出権の創造及び特別引出権という制度を加えて国際通貨基金を改定するということは、いわば歴史のある一定の段階においてのことでございまして、これが何か特別な緊急的な要求によって、これがあらぬ方向へ運営されるおそれはないかというと、私は大いにあるのではないかというふうに考えるわけでございます。つまり、具体的に申しますと、ドル危機――かつては強大な経済、そうして豊富な金準備を踏まえて、強大安定無比といわれたドルが、アメリカの国際収支の打ち続く巨額かつ持続的な赤字によりまして、対外債務が非常にふえる、そうして金準備は減っていくということで、そのいわゆるアメリカの対外金融状態というものが非常に悪化するわけでございます。で、現在アメリカが持っている金準備では、世界諸国に負った対外流動負債を、一斉に金をくれと言われた場合には金の兌換に応じられないような状況にあることは御承知のとおりでございます。それにもかかわらず、ドルを金にかえてくれという例の金請求ドル疎外、ドルを疎外し金を選好する、ドル疎外金選好というものが、昨年の三月半ばのいわゆるゴールドラッシュに集中的表現をとったわけです。これによりましてもはやアメリカは一オンス三十五ドルでの金の兌換をやめたわけではないが、当面やらないように各国に協力を求める、そうして金というものを、たとえば世界最大の金市場であるロンドンの金市場を、これは需給に基づいて上下をする一つのマーケット・プライスの金、それから実際にはそれをやめたわけではないが、現在各国に差し控えてもらっている一オンスの三十五ドルという金のいわゆる二重価格制を取っ払ったわけでございますね。そしてアメリカへ金の請求が殺到しないような対策、緊急対策をとったわけでございます。金の二重価格制度と言いますが、私は、これは制度ではない、緊急措置にすぎないというふうに考えますが、これもアメリカの国際収支が今後均衡化すれば、金の二重価格制は保たれ、そしてアメリカヘの金の請求はないと思うのですが、アメリカの国際収支が赤字が続くというようなことになりますと、それにもかかわらず、その金の二重価格措置を乗り越えてアメリカに金請求が殺到する、そしてドルはアメリカは金兌換の停止をする、あるいは金価格を改定するといういわばかなり限界的な状況、つまり、これを私は現行通貨制度の崩壊というようなことばで表現したいわけでありますが、そういう状況にならないという保証はないわけでございますね。こういうふうなアメリカのドル、いわゆる世界の基軸通貨であるドルの危機回避のために何か対策をとらなければならないというのは、やはり非常に根本的な、それ自体としてはアメリカのためではございません。この特別引出権という制度及び特別引出権という第三の――私の規定します――第三の通貨はアメリカのためではなくて世界諸国全体のためである。つまり、長期的に国際流通資金をふやすために必要なら、それはみんなの合意に基づいてふやそうではないかという考えに基づいている。何もアメリカのためではないのですが、しかし、アメリカの打ち続く巨額かつ持続的な国際収支の赤字、そしてドルの国際的信認がなくなっているということ、それを何とかドル防衛のために、これが使われないというおそれがないかというと、それは大いにあるというふうに考えられるわけでございます。したがって、制度的にはこれは十分前向きに考えていいものだと思います。四年間の各国通貨の頭脳を集めてつくったものでございまして、これは一特定国及び特定国群のためのものではないので、世界全体のために必要だと思うのですが、しかし、特定の利害関係にこれが歪曲されて使われないものではないということでございます。たとえばそれを幾つか申し上げますと、こういうことでございますね。この特別引出権というものは、まずこれをいつ創造しようかということでございますね。実際運営するためには、この原則的にきまっているものをいつ発動しようかということになるわけですが、この特別引出権の配分をいつにしようかということが問題になるわけでございます。それから、どれだけ配分しようかということが問題になるわけでございますね。現在アメリカはこの発動をなるべく早くしていこう、そしてなるべく多くの特別引出権を創造しようというふうに考えているようでございます。これは言うまでもなく、アメリカの国際収支赤字による、いわゆる国際収支の天井が非常に低くなっているわけでございまして、低いどころか天井はもうなくなっているというふうに言ってもいいかと思いますが、まずこの国際収支の天井を高くしまして、そうして国際収支面から来る圧力を免れるために国際収支均衡化をアメリカも熱心にやるでありましょうが、このSDR――特別引出権というもので国際収支の天井を高くしておく。そして国際収支均衡化の絶対至上命令と言ってもいいかもしれませんが、アメリカにとって、世界にとってそうでございますが、これを時間を少し長引かせるというために使おうとする意図を持っているというふうに考えてもいいのではないかと思うわけでございます。したがって、たくさん創造しようという考え方になるわけでございます。これに対して必ずしもアメリカの考え方に同調をしている者が多いわけではないので、たとえばヨーロッパ、これは特にフランス、例の昨年の五月のあの騒乱状態、革命状態でございますか、その前のドゴール政権はこれはアメリカの考え方に絶対反対で、この特別引出権の創造すら非常に反対していたわけでございますね。これは通貨ではない、これは一つの信用手段であるというふうに考えて、もし通貨とするなら、われわれはこれを認めないというふうに強く言っていたわけですが、その後、妥協的と言っては言い過ぎかもしれませんが、それほどアメリカに対するフランスは強い反発を示していないようでございますが、しかし、依然としてアメリカの考え方と違う。そうしてフランスを一国とする共同市場六ヵ国でございますね、フランスのほか西ドイツ、イタリー、ベルギー、オランダ、ルクセンブルグというふうな、要するに欧州共同市場諸国、これは貨幣観というのがアメリカと非常に違うのでございまして、特別引出権というものの創造に合意はしましたけれども、そんなによけいは発動しないようにしようじゃないか、もしそんなによけいに発動するならばこれは世界にインフレ圧力を起こすかもしれない、したがって発動は十分慎重に考えなければならないし、その発動の、その創造の額もなるべく控え目にしていこうという考え方があると思うわけでございます。そういうふうなことで、いつ発動するか、どれだけ発動するかということが非常に大きな問題になると思いますけれども、これを、アメリカの考え方が強く貫かれて、そうして非常に多くの、まあ大体年間十億ドルないしは二十億ドルぐらいの発動をしていく。その特別引出権を参加国に配分していく。五年間累積幾らというふうになるわけでございますね。大体年間十億ないし二十億ぐらいということが現在言われているところでございますが、これなら、そう急にインフレ圧力を世界的に波及させるものだとは考えられないわけでございます。しかし、一説でございますが、必ずしも確かなよりどころがあるわけではありませんが、アメリカは五十億ドルぐらいの発動を考えているのではないかという情報があるわけでございます。これは必ずしもアメリカの当局の考え方をついたものであるとは思いませんけれども、五十億というものを、アメリカが多い目にやるということばで置きかえるならば、そういうふうな違いがあるわけでございますね。こういうところに問題があるわけで、長期的、全般的な必要がある場合にはその特別引出権というものを発動するのだということの食い違いが出てきているわけでございますね。みずからのドル危機を救うために国際収支の均衡化を先に繰り延べる、そういうところに使われるおそれがあるのではないか、これはやっぱり問題だと思うわけでございます。で、もちろんこれには歯どめがないのではございませんで、大体この発動するかどうかということが、一つは参加国の八五%が同意をしないとできないわけでございます。しかし、これに対して国際通貨基金の表決の制度を変えまして八五%にしたわけでございますね、八五%では前にはなかったわけでございますが。これは、ヨーロッパ共同市場が一致して反対を投票しますとこのSDRの発動というものは食いとめられるわけでございます。つまり、ヨーロッパ共同市場は拒否権を持っているわけでございますね。それからもう一つの歯どめと申しますのは、オプティング・アウトということばを使っておりますけれども、国際通貨基金の加盟国は――この特別引出権に参加しようという国は、加盟国ではなくて参加国になるわけですが、メンバー・パーティシパントということばを使っておりますが、この加盟国になるかどうかということは、これはオプション、つまり任意でございます。私はそれをやりたくないんだと言えば参加しなくても済むわけでございます。したがって、このオプティング・アウトをする、特別引出権の配分は要らないのだということがたくさん出てきますと、これは非常にむずかしい問題になるというので、それも一つの歯どめだと思うわけでございます。だから、制度その中にも歯どめが十分あるわけでございます。しかし、幾ら発動するかということにつきましては、やはりそれは国際会議で発動する必要はないという意見が強いならばたくさん発動されないということも十分考えられるわけでございます。しかし、何といいましても、どれだけこれを配分するかという問題は、国際貿易にうんとシェアを持っている国、大国すなわち英米というふうな国、この問題も国際通貨基金の持っているいわば大国アプローチというふうに申しますか、それを完全には拒否されていないわけでございまして、そういうところに問題があるのではないかというふうに考えられるわけでございます。したがって私は、この特別引出権というものは原理的には非常に画期的なものである、また、その制度そのものについては国際的な合意に基づいて大いに将来完ぺきなものにする方向に向かうべきものではあると思いますけれども、しかし、これがへたに運用されるということになりますと問題が非常に多いわけで、有害な結果があらわれることが十分想像されるわけでございます。いずれにしましても、この特別引出権というものを有効な第三の通貨にし、特別引出権制度というものを世界経済の安定成長のための通貨面の制度であるというふうに完ぺきなものにするためには、何としましてもドルのアメリカが国際収支を均衡化させ、そうして信認の衰えたドルの国際的信認を高める。つまり国際収支を均衡化するということ、したがって、国際的な信認を高めるということがまず前提条件でございますね。これがない限り、つまりこの特別引出権というのは、もし発動された場合には、配分された国、たとえば日本の国際収支が赤字になりますと、国際収支の黒字の国にこの特別引出権を提示してそうして通貨基金の第八条国、つまり交換性のある通貨をもらってきて、それで支払い、収支の赤字の穴を埋めるわけでございます。たとえば日本がSDRをアメリカに提示してドルを獲得してそれを相手に支払おうとしても、ドルはほしくない、ドルが疎外された場合にはどうにもならないわけでございます。したがって、国際的に使われるドルそのものが健全通貨に回復してもらわなければどうにもならないわけでございます。したがって、国際収支の赤字を、つまりドル危機を延命させるということによって何とかドル危機を緩和させようということは本来間違いでございまして、まずドル危機を根本的に解消しない限りはこの特別引出権そのものはうまく運用されないということになるわけでございます。実際は、現在の国際通貨ですね、基軸通貨国の国際収支の均衡化によって通貨を安定強大なものにするという、まずその作業が前提になるわけでございます。ですから、この特別引出権制度というものは、制度そのものとしては非常に善意なものである。そうして国際諸国の、世界的な意味での安定成長を実現するためのよき制度であるものをよき制度たらしめるものは、その現在の国際通貨制度の中心国であるアメリカあるいはイギリスというような国で、やはり中心国であることを十分自覚することによって、国際収支均衡化、まずそれを達成するということでございます。これが何よりもまず前提条件であるということでございます。ただ問題なのは、それならアメリカ、イギリスの国際収支の均衡化というのが簡単にできる問題かどうか、これはやはり非常に大きな問題でございまして、御承知のように、アメリカはことしは非常にいわゆる粉飾決算をしまして、そうして国際収支が総合勘定においてわずかながら黒字を計上しております。しかし、この総合国際収支の黒字の内容を見てみますと、将来のアメリカの国際収支の見通しについて非常に懸念されるべきものがあるわけでございます。ということは、アメリカの国際収支というのは貿易収支が非常に大きな黒字でなければならないのに、貿易収支はごくわずかの黒字でしかない、一九五八年度でございますね。で、資本収支、これはここでは御説明申し上げませんが、ドル防衛の一環として、アメリカの債務を、相手国通貨建ての中期の証券を発行しまして、そうしてそれを相手国に買ってもらう。それでドルをもってアメリカヘの金請求を食いとめるような制度、これは前の財務次官のロバート・ローザ氏の名前をとってローザ公債ということを言っておりますが、ローザ公債を相手に買わせるというようなこと、たとえばカナダあるいは台湾、韓国というような国もこれを買っておりますが、それをたくさん買わせることによって資本収支のつじつまを合わしたというふうな国際収支の均衡状態でありますね。で、今後アメリカの国際収支の見通しは、これは非常にむずかしい問題でありますけれども、そう簡単に黒字になるというふうには考えられない。
 もう一つの基軸通貨国であるイギリスの状態はどうかと申しますと、御承知のように、イギリスは一昨年の十一月に戦後二度目のポンドの切り下げをやるというような非常措置を講じまして国際収支を均衡化させようと思いましたけれども、輸出にはやや見るべきものはございますが、輸入は一向に減らない。いわゆる賃金インフレ、コスト・インフレというものが起こりまして、需要が非常に強くて、相当強い財政引き締め施策をとっても、コスト・インフレでございますから、いわゆる所得政策をうまく講じないと、これから来る需要の増、したがって、輸入の増大は防ぎ得ないわけでございます。現在も強い引き締め政策をとっておりますが、輸入は一向に減らない。イギリスの国際収支の見通しは非常に寒々とした状態でございまして、現在では、もはやイギリスの一ポンドにつき二ドル四十セントというのはいわゆる割り高なレートではないかというふうに考えられているわけでございまして、再々切り下げのうわさすらなきにしもあらずということでございます。特に問題の西ドイツのドイツ・マルクに対しては明らかに割り高である。ちょうどあの革命状態後のフランが非常に弱くなってドイツ・マルクに対しては割り高になっているように、ポンドも大きな割り高になっておる。したがって、国際為替関係というものは非常なひずみができておりまして、これは何とか調整しなければならないという問題も現在起こっているわけでございますが、しかし、ここではその問題に触れることはいたしませんが、中心国通貨、基軸通貨であるアメリカの国際収支、イギリスの国際収支の改善の見通しは非常に明るくないわけでございます。もしこのアメリカ、イギリスの国際収支が黒字にならない。そうしてアメリカが、失ったドルをまたあらためて過去の強大無比なドルの基礎を築くかどうかということは非常に問題なわけでございます。簡単にデフレ政策をやって財政引き締め政策をやったぐらいで国際収支が均衡するのかどうか。第二次大戦後の歴史の進行過程において、現在では世界経済の構造変化を遂げているんではないか。もはやアメリカを中心とする世界経済の循環条件というものはもはやないんではなかろうか。アメリカは、したがって、国際収支の均衡化というものは、もっともっと別な対策をとらない限り収支は均衡しないのではないかということが考えられるわけでございます。もしそうだとするならば、このIMF――国際通貨基金における特別引出権というものは、善意の、かなり見るべき国際通貨制度の改革でございますが、これがうまく運営できないという心配が大いにあるわけであります。こういうふうなわけで、この制度そのものについては、繰り返すようですが、私は高く評価したいと思うのですが、しかし、さまざまな問題がこれを取り巻いている。そして所期の定めた運用をするためには非常な困難が伴うということを十分覚悟していなければならないというふうに考えるわけでございます。
 最後に、この特別引出権の日本との関係について申し上げたいと思うわけでございます。これにつきましては衆議院の外務委員会におきましても参考人が陳述しているようでございますが、日本という国は、御承知のように、世界最大の成長率を遂げて高度成長をしている。匹敵するのはドイツあるいはイタリーくらいなものであるというふうな高度成長を遂げておりますが、また同時に、国際取引の非常に大幅な増加を遂げているわけでございます。これはいまさら申し上げることはないと思います。貿易の規模において画期的な伸び方をしておるということでございますね。で、国際取引が増大をするならば、どうしても――これは非常に算定のしかたがむずかしいわけでございますが――やはり国際取引をまかなうためには国際流動性――まあ厳密に言うとそうは簡単に言えないでしょうが、先ほども使ったように国際流動資金というものがどうしてもよけいになければならない。これは長期的な意味では言えるわけでございます。非常に短期的に、はたして流動資金をふやさなければならないかどうかということは問題があるにしても、ごく長期的に見るならば、国際流動資金というものはふやさなければならない。ところが、金というものの産出高は一定している。現在、南アは集中生産をとっておりまして、金の生産は増大しておりますが、しかし、一九七〇年以降くらいからは集中生産をとっても金の産出高は減るであろうと専門家にも言われております。また、アメリカは戦後国際収支赤字によってドルをばらまいてきましたけれども、もう国際収支の赤字をおきますと、ドルそのものが絶滅的な危機を招き、ドル崩壊に到るであろうということになりますと、どうしてもそれを補う国際流動資金というものがなければならない。それがSDRであるというふうに国際通貨基金の特別引き出しというものを考えているわけでございます。したがって、日本は非常に貿易は伸びているわけでございますから、国際流動資金が多ければ、それは確かにそれだけの利益はあると思うのですが、しかし問題なのは、国際通貨というもの、SDRを含めて国際通貨制度の問題が、理想的な形では、国際取引が増大するに応じて流動資金がふえるような一つのメカニズムを持っていなければいけない。これをわれわれは流動性アプローチ――国際流動性を量的に供給する方法。それが一つ。しかし、流動性をふやすといったって、国際収支が赤字なら幾らでもふやさなければなりませんから、各国が国際収支をうまく均衡するような制度をつくらなければならない。これが国際収支の調整過程でございます。これがなければならない。第三は、国際通貨は信認されたものでなければなりません。これを信認アプローチと言っています。この三つの面が満足に十分兼ね備えられていない限りよき国際通貨制度とは言えないわけでございます。したがって、日本の場合は国際貿易が非常に増大して貿易の成長率が高いわけだから、流動資金が必要なことは言うまでもない。その面からするならば、この特別引出権というものが創造されれば日本にも非常に有利だということが言えるわけでございます。しかし、それだけで問題が片づくかというと、そうではないので、やはり世界諸国、特にアメリカが国際収支の均衡化をうまくやってくれなければ、制度そのものが危機に瀕するわけでありますから、それだけでは問題が片づかない。特にアメリカのドルが現在信認を失って、もうドルを捨てて金がほしいということで、いつまた再びいわゆるゴールド・ラッシュが起こるか、これはないとは絶対言えないわけでありまして、量的に多くても、それが質的に悪く、そうして価値を切り下げるようなものであったら何にもならないわけで、したがって、日本の国際貿易が増大するからそれをまかなう国際流動資金の一つとしてIMFの特別引き出しをふやす、それだけを考えて早くそれを発動するようにと考えるのは私はとらない。それよりは、アメリカに、あなたの国の国際収支を均衡化させて、あわよくば大きな黒字を残して、そうして金準備を十分にするような方向へ持っていってほしいということ、まずこれを要求して、そうしてドルの国際的信認を高める。アメリカの収支はいつでも赤字であって赤字が一方的に累積するのではなくて、国際収支を黒字にするというふうなアメリカに要求を出すということ、これは私はあえて少しも遠慮することはないと思う。それが達成されない限りは、この特別引出権制度そのものが危殆に瀕するわけですから、この要求はあたりまえの要求でございます。現行国際通貨制度の中心国アメリカヘの要求として正しい要求であるというふうに考えるわけでございます。要するに、繰り返しますと、日本は国際貿易が増大し、商品、サービスの輸出が非常に多いわけです。これだけ外貨がたまりますと、いわば低開発国援助というようなことも今後やっぱり末広がりに大きくなると思うのでございますが、そのためには外貨がたくさん要りますけれども、しかし、その外貨そのものが、量的に多くても質的に悪いものだったら何も意味がないわけですね。したがって、単に量をふやすということだけの配慮では、これは事を仕損ずる、それだけでは十全なものではないというふうに考えるわけです。したがって、日本は非常に大きな外貨、なかんずくドルでありまして、金というものは非常に少ないわけでございますが、その持っているドルの資産の健全化をはかるためにも、やはりアメリカのドルの国際信認を高めるように、国際収支が均衡化するようにという強い要求をするのは、これは当然なことであります。アメリカがもし国際収支節度を守らず、あるいは国際金融節度を守らず、依然として赤字が続くのであれば、制度そのものをそこでつぶしてしまう。いわば、若死にどころか、誕生しない前に殺してしまうわけで、これは非常に大きな問題だと思うわけでございます。したがって、日本としましても、単に国際貿易が増大するから、それをまかなうために国際流動性をふやすことは賛成というふうにだけ言ってもらうのでは十全の対策ではないというふうに私は考えるわけでございます。国際収支、先ほど言ったように、三つのアプローチ、三つの問題がうまく動いていて、すなわち、流動性の量的供給を満足する機構、国際収支を均衡化できるようにして、赤字になっても黒字にすることができるようなシステムをつくってもらいたい、そうして信認を高めるという三つの条件が満足されて初めて国際通貨制度はうまく運用されるわけでありますから、どうか、その三つの観点を十分に意識して――一つだけの問題が解決して一切を解決したと言われても私は困ると思うのです。それはアメリカ自身がそういうことを考えているわけでございまして、これは前政権――ジョンソン政権時代に上下合同経済委員会の国際為替及び決済に関する小委員会というのがございます。ロイス上院議員を委員長とする専門機関でございますが、確かに国際通貨基金における特別引出権は、さっき言ったように、流動性アプローチ、つまり量的な増大については一応問題の解決の途上に置いたと。決して解決したとは言っておりません。「オン・ザ・ウエー・トゥ・ソリューション」ということばを使っておりますね、この報告では。「解決の方向に向かっている」。量的な増大のための問題の解決には向かっている。しかし、ドルの信認を回復するということ、アメリカの国際収支を均衡させるということについては、国際通貨基金における特別引出権というものは無力である。そういうことを言いまして、別な対策を講じているわけでございます。たとえは金を国際的に集中してしまえとか、あるいはここでは申しませんが、変動為替相場制をとるようにというような幾つかの今後とるべき対策を指示、アドバイスしているわけでございます。この小委員会の報告の名前が、「国際通貨改革に対する次の手段」というような名前がついておりますのに見られますように、アメリカでも、決して特別引出権をつくったから国際通貨制度の問題は解決したのだというふうには考えていないわけでございます。
#5
○委員長(山本利壽君) 速記をとめて。
  〔速記中止〕
#6
○委員長(山本利壽君) 速記を始めて。
#7
○参考人(村野孝君) そういうふうな化けて、問題の解決をそう簡単に考えてしまってはかえって悔いを残すであろうというふうに考えるわけでございます。
 許された時間を少し超過しまして申しわけありませんが、これで私の話を終わります。
#8
○委員長(山本利壽君) 次に、吉野参考人にお願いいたします。
#9
○参考人(吉野俊彦君) 私、吉野でございます。国際通貨基金協定の改正につきまして、参考人として本委員会に出席することができましたことは、たいへん光栄に存ずる次第でございます。本件につきましてはすでに詳細な御説明があったよし伺っておりますので、私といたしましては、SDRが必要とされるに至りました背景を概観し、次に、その機能、意義などにつきまして私の個人的見解を簡単に申し述べさしていただきたいと思うのであります。
 戦後、世界各国が経済政策の共通の目標としましてひとしく追求してまいりましたのは、完全雇用の達成と実質所得水準の向上ということでございます。そうして、この政策目標の達成のためにも貿易の拡大ということが不可欠の要件でございまして、たとえば、昨年、OECDに参加しております主要先進諸国の経済成長率は、前年の三・五%に対しまして五・三%に上昇いたしましたが、このGNPの増加要因を需要項目別に調べてみますと、多くの国において輸出の増加がきわめて大きな寄与をしているということが注目されるのであります。
 御承知のとおり、貿易は国際分業の具体的な姿であり、国際分業は比較生産費の原理に基づいて行なわれるというのが通説となっております。したがいまして、貿易が盛んに行なわれるということは、単に貿易当事国がお互いに有無相通じるばかりでなく、世界経済全体の立場から見て最も効率的に生産要素の結合が行なわれているということになるわけであります。これが世界経済全体の生産性を向上させ成長率を高めるということは申すまでもございません。
 このように、多くの国にとって経済の成長には貿易の拡大が不可欠の前提条件になっておりますが、貿易は国と国との間の商品の売買でありますから、その決済には何らかの通貨が必要とされるのであります。また、貿易が拡大いたしますととかく輸出入のスイング――ふれというものが大きくなりますので、どうしてもそれに伴ってより多くの決済通貨が必要になると思います。もしこの決済通貨の量が不十分でございますと、国際的に金詰まりの現象が起きまして、世界経済の高い成長が阻害され、完全雇用の実現が阻害される、こういうことになるのであります。大まかに申しますと、この国際貿易の決済のための手段がいわゆる国際流動性でございまして、IMFポジションを別にいたしますと、現在金とドル、ポンド等のいわゆる基軸通貨というものがその主要なものでございます。
 戦後、世界貿易の増加に伴う国際流動性の追加需要は、主としてドルの供給によってまかなわれてまいりました。これは、後ほど述べますように、米ドル以外の国際流動性、すなわち金とポンドにはそれぞれ容易に供給をふやしがたい事情がありました上に、戦後の世界経済が巨額なドルを現実に必要としたからであります。第二次大戦においてヨーロッパやアジアは著しく荒廃した国が多かったのに対して、米国はほとんど戦争の被害を受けなかったために、戦後の世界各国の復興需要というものは大きく米国に依存することになりました。したがって各国は、米国からの輸入代金決済のための巨額なドルを必要とするいわゆるドル不足という事態が生じたのであります。西ヨーロッパ諸国の復興とともに一九六〇年までにこうした事態は解消したわけでありますが、米国はその間に多額の援助を行なったほかに、その後も後進国援助や米国企業の海外進出等から巨額のドルを放出いたしました。この結果、米国の国際収支は一九五〇年以降、五七年、六八年、両年を除いて赤字を続けたのであります。このように巨額のドルが供給されましたため、国際流動性は増加し、世界貿易も拡大してまいりましたが、その反面、対外ドル債務の累増と米国所有金の減少によりまして、いわゆるドル不安が激化して、ついに金の二重価格制の発足を見たことは御承知のとおりであります。ドル不安解消のためには米国の国際収支の改善が不可欠でありますが、米国の国際収支の改善は、ドルに大きく依存してきた国際流動性の縮小、ひいては世界経済の成長鈍化を、黙っていれば、意味すると思います。このように、あちらを立てればこちらが立たないという状況をわれわれは「流動性ジレンマ」と呼んでおりますが、この矛盾に解決を与えるためには、別の面で国際流動性の増加をはかっていく必要があると思います。
 さらに西ヨーロッパ諸国の通貨の交換性の回復以来、先進諸国では資本の自由化が進みましたが、これにより国際流動性の面でまた新たな問題を生じたのであります。資本の自由化によりまして競争が一段と促進され、効率的な経済運営が行なわれるわけでありますが、しかしその反面、一度資本が自由化されますと、何か事が生じました場合、巨額の短期資金が国境を越えて移動することになります。このため、資本が自由化されている国では、貿易収支じりを決済するために、必要額以上に相当額の金・外貨準備を有しておりませんと、為替投機などの思惑の対象となって不測の事態に追い込まれかねません。これは昨年秋のフランスの例からも明らかなことであります。したがって、今後、資本の自由化を各国で進めるとなりますと、各国とも必要以上に手厚い外貨準備が必要となってまいります。この面からも流動性の増加が要請されるわけであります。
 現在国際流動性は、前にも触れましたとおり、主として金とドル、ポンドという基軸通貨から成り立っておりますが、今後これらによって流動性の増加をはかっていくということはむずかしいのであります。まず第一に、金につきましては主として南アで生産しているのでありますが、現在世界の新産金は年間十四億ドル程度でありまして、しかも、他方需要のほうは、工業用、医療用あるいは装飾用として民間需要がどんどんふえてきておりまして、ここ数年は退蔵されてしまうものも多いために、世界全体の貨幣用の金のストックというものはむしろ減少しているというのが実情でございます。いずれにいたしましても、新産金の中で貨幣用金になる分というのは、これからはほとんど期待できないのではないかと思われます。金の供給が頭打ちならば金の価格を引き上げればいいではないかという主張がかねてから一部で行なわれているのでありますが、しかし、この金価格の引き上げには種々の難点がございます。世界における金の配分自体に国によって大きな隔たりがあります現在、価格の引き上げには公平の見地から見ても問題があるのみならず、さらに、引き上げ幅が大き過ぎますとインフレになるおそれがありますし、逆に小さ過ぎると再三引き上げを繰り返さなければならないので、これによって投機がさらに激化する懸念もあります。さらに、金価格引き上げの手続につきましても、米国がこれを行なう際には議会の同意が必要だと解釈されておりますが、その場合、議会の審議が手間どり何日もかかるようでありますと、その間国際金融市場では大混乱が生ずるという事態も予想されるわけで、技術的にもなかなかむずかしい問題があると思います。
 それでは基軸通貨のはどうかと申しますと、基軸通貨の供給増加は、基軸通貨国の国際収支の赤字によってのみ生ずるものであります。しかし、主要な基軸通貨であるドルにつきましては、米国の慢性的な国際収支赤字によってそれがふえ過ぎた結果信認が低下したことは、すでに申し述べたとおりであります。米国としてはこうした赤字を続けることはもはや許されない状況になっているわけでありまして、事実、ニクソン新政権は現在国際収支の改善を主要な政策目標の一つに掲げて、国内のインフレーションの抑制を通じてその実現に努力しております。従来のように、ドルの供給が年々増加するということは今後は必ずしも期待できませんし、また望ましくもないと、率直に言って、思います。
 次に、いま一つの基軸通貨でありますポンドにつきましては、戦後英国の経済力の低下から、事あるごとに危機に見舞われまして、一昨年十一月には、ついに平価切り下げに追い込まれたのであります。ポンドに対する信認は、はっきり言って、弱まっております。それとともに、ポンドの基軸通貨としての役割りも縮小しているというのが現状だと思います。
 このように、ドルにもポンドにも問題があるといたしますと、他の通貨、たとえばドイツ・マルクとかスイス・フランのような強い通貨を基軸通貨に仕立てたらどうかということも一応理屈としては考えられるのでありますが、当事国が絶対にこれを望んでいないというのが実情でありまして、これまた実現の見込みはございません。
 このように考えますと、これまでのおもな国際流動性である金・ドルなどによっては今後適正な流動性の増加をはかっていくことがむずかしい、また、他の通貨を準備通貨に仕立てることもできないという状況で、数年にわたる慎重な審議の結果、SDRなどの、いままでの金・ドルなどと違った新しい対外準備資産を案出して今後の国際流動性増大の必要に即応しよう、こういう運びになったのであります。この間の経緯をここでるる申し述べることはいたしませんが、SDRという新しい準備が生まれてくる過程で注意しなければならない点を一、二申し上げて御参考に供したいと思います。
 まず、一九六三年ごろから始まりましたこのSDRについての討議は、国際流動性の増大ということだけについて行なわれたものではないのであります。むしろ、国際流動性の増大に関する討議の始まりにあたりましては、まず、国際収支が非常に赤字になった国あるいは非常に黒字になった国がどうしたらそれを調整することができるかという、この国際収支調整の必要性ということを十分に審議をいたしまして、OECDの経済政策委員会は、その審議の結果を一九六六年の八月にアジャストメント・プロセス――国際収支の調整過程に関する報告書という名前で発表をいたしております。こういった国際収支の節度に対するきびしい考え方並びに関係各国の共同審議の実施という考え方を当然の前提とした上で国際流動性の増大という問題に取り組んでいるということが、わが国では必ずしも十分に理解されているとは言いがたいように思います。国際流動性の増大がへたをすればインフレーションを助長する場合もありましょうが、逆に、必ずインフレーションを助長するときまったものでないということは、これはあとで申し上げたいと思うのでありますが、このような討議の実際の過程から見ましても、私は言っていいと、このように考えます。それから、この点に関してもう一つつけ加えたいと思いますのは、国際収支の節度についてきわめてきびしい考え方を持ち米英両国に対して常に国際収支の均衡を要請してきた西ドイツやフランスなどのEEC諸国がこの討議に参加をしているという事実でありまして、この点から申しましても、米英両国の国際収支の赤字救済のための手段としてSDRが案出されるわけはないと私は考えるのであります。
 また、次に申し述べたいのは、このSDRの討議が、さきに申し上げましたように、先進十カ国を中心に開始されたのでありますが、一九六六年以降は、低開発国もIMFの場を通じてこのSDRの創出に関する討議に参加し、そしてその創出を熱望しているという事実があるということであります。こうした点から申しましても、SDRは決して一部先進国だけの利益のために創出されるものではないという、こうした善意というものは信じてよいのではないかと私は考えます。さらにわが国も、この討議に最初から重要な一員として参加をいたしておりまして、今回の改正案に盛られたSDRについても、わが国の基本的な主張――第一に現行国際通貨制度の大幅な変革を避け、その改善を旨とするということ、第二にこの改善はIMFの場を中心にして実施すべきであるということ、第三に公的金準備の現実の保有額に比例してSDRを配分するようなことはしてはいけないというこの三点はほぼ私は盛り込まれているように考えております。
 さて、こうした経緯をたどって、SDRの創出に関する案が昨年五月IMFの総務会で決定されたのでありますが、ここで、SDRの基本的な性格と国際金融、経済面における意義といった点に多少触れてみたいと思います。
 まず、SDRは、金それから基軸通貨という従来の国際流動性では足りないところを補完していくものでありまして、公的当局によって保有される対外準備資産であると言えましょう。したがって、これが金やドルにかわってしまうものではない。それが足りなくなってきた場合にこれを補っていくという、そういう性質のものだと私は理解しております。このように金やドルを補完していくためには、各国がこれを信用して保有したがるものでなくてはなりません。このため、為替平価変更のリスクも避けられるように金価値の保証がつけられておる、また金利がつけられるようになっているのであります。さらに国際収支の赤字国がSDRを対価として交換可能通貨を入手する場合、IMFが、SDRを受け取りやすい国際収支黒字国等を見つけてこれに保有させるように配慮するということも、SDRが使用されやすいようにくふうされている一つのポイントだと思います。もう一つ重要なことは、これが国際収支赤字国によって節度なく使用されることを防止するために安全弁がつけられているということであります。すなわち、受け取り国は、自国が配分を受けたSDRの額の二倍以上はこれを受け取る義務はない、受け取りを拒絶することができることになっております。他方SDRの使用国は、その使用額が配分を受けたSDRの七〇%をこえた場合には、それを、復元と言っておりますが、返すということも義務づけられているのであります。このように、SDR自身は、一方において、金・ドルなどを補完する機能を果たせるように、しかも、他方においてこれが無節度に使用されることを防止できるように考案されているのであります。ひっきょう、さきに述べましたようなルールがきびしく守られなければSDRは決してうまくワークしない、このように思います。
 ところで、SDRの創出というものはどのような意義を持っているかと申しますと、この点は、今後の国際金融、経済情勢の成り行きともからむことであって、なかなかむずかしいのでありますが、現時点で見れば、今後の国際貿易、世界経済の拡大発展に必要な国際流動性の供給が、従来に比べて、より合理的に行なわれ得るようになると、こう考えていいのじゃないかと思います。金はもともと鉱産物であって、その産出は世界貿易とは全く関係のない自然条件に多く制約されております。また、ドル、ポンドは、両国の国際収支の赤字によっていわば一方的につくられるという不合理をもともと内蔵しているのでありますが、SDRは、これに対して、国際機関を通じて、少なくともその意図においては計画的、合理的に創出されようとしているからであります。
 それから次に国際金融面に目を転じますと、SDRの創出によりまして、国際流動性増大のために金価格を引き上げなければならなくなるといった事態が避けられることになる可能性が大きい。金価格引き上げの思惑が最近の国際通貨不安の有力な一因であったといたしますと、国際通貨不安を鎮静に導く一つの要因となることも期待されるのであります。
 いままで申し上げましたように、SDRそれ自身は新しい準備資産でありますが、これが期待どおりにワークしていくためには、必要不可欠な条件があることを私はここに重ねて強調したいと思います。
 それは、各国の国際収支の調整が円滑に行なわれなければならないということでございます。SDRには、国際収支の赤字国が節度なくこれを使用することができないように幾つかの歯どめがつくられておりますが、特定国の国際収支の赤字または黒字が恒常的に持続して、その結果、SDRの使用国と受け取り国とが一方に偏することになりますと、SDRに対する信頼というものは喪失されていくと言わざるを得ないからであります。こうした意味において、SDRという新しい準備資産を生かすも殺すもまさに各国の国際収支節度の堅持いかんにかかっている。特に米英両国に対してわれわれはその点を強く要求すべきだと思うのであります。こういった米英両国を含む各国の国際収支節度による国際収支調整の円滑な進展があってこそSDRのメリットというものは実現される、このように私は考えます。
 最近米英両国は国際収支赤字解消のために、金融、財政両面にわたるきびしい調整策をすでに実施中であります一他方、黒字国であります西ドイツは、貿易収支の黒字を相殺するために資本の輸出を促進する一方、輸出入調整金の実施等によって貿易収支の過度の黒字を縮小しようとする努力をしております。このような国際収支の赤字、黒字両国の調整努力に伴い、このところ米英両国の国際収支も、むずかしいが漸次改善の方向に向かっている。本年はそうした動きがどこまで進展するか問題ありましょうが、一そう進展していくことが私は心から望ましいと考えている次第でございます。
 なお、もう一つつけ加えておきたいと思いますのは、SDRが実際に――アクチベーションと言っておりますが――発動されるためには、国際流動性が全体として不足しているかどうかということの検討、それから米英両国、主要国の国際収支が、要するに、ア・ベター・バランス・オブ・ペイメンツと言っておりますが、均衡のほうに向かっているかどうかということの検討、それから国際収支のアジャストメント・プロセスがスムーズにワークしているかどうか、この三点について厳正な審議が行なわれ、IMFの総務会で八五%の多数決を得ることが必要でありますが、フランス、西ドイツを含むEECだけで一六・七%の投票権を持っておりますが、この三点についてEECが異議あるなら、たとえこのSDRの体制が有効になりましても、その現実の発動は阻止され得るという安全弁がつけられております。こういうふうにして、SDRというものは、それが世界経済全体の発展に適正に貢献するように幾つかの安全弁が設けられているということは、もう一ぺん申し上げておきたいと思います。
 最後に、日本の立場から見ましてSDRがどのような意味を持つかということについて私見を申し上げてみたいと思います。
 まず、今後の日本経済の成長との関連でありますが、戦後すでに数回にわたって引き締め政策の実施を余儀なくされましたが、いずれの場合も、貿易収支の不振を主因とする国際収支の悪化を契機とするものでありました。幸いにして、最近は輸出の好調を主因に国際収支が大幅な黒字を続けておりますことは、わが国の国際競争力強化の成果を物語るもので、まことに喜ばしいことであります。しかし同時に、現在の好調には、海外主要国経済の活況を背景とする世界貿易の大幅な伸びによる面が少なくないということも、謙虚に考えておかなければなるまいと私は考えます。わが国の経済が、今後も国際収支面から強い制約を受けることなく安定的成長を遂げるためには、世界経済が順調に拡大を続けることが必要であります。この意味で、世界経済が流動性不足から停滞におちいることをとにかく防ごうとするSDRというものは、日本にとってもプラス要因であると私は見ていいと思います。
 第二は、わが国の経済規模との関連であります。近年における目ざましい成長の結果、昨年のわが国の国民総生産は自由世界第二位となったものと見られますし、輸出もまた世界で第五位を占めるに至ったものと思われます。このように経済規模が大きくなりかつ資本の自由化もだんだんに行なわれるということになりますと、一たん緩急ある場合の国際収支変動幅も大きくなるものと考えておく必要がありましょう。また、国際的地位の向上に伴って、後進国に対する援助等の面で、一そう大きな責任を負わされると思います。これらに対処しつつ経済の安定的成長を維持するためには、外貨準備にある程度の余裕を持ち、政策の弾力性を確保しておく必要がございます。最近わが国の外貨準備高は急増して三十二億ドルをこえておりますが、それでもまだ年間輸入額の三分の一以下と、主要諸国に比べれば決して多いほうではございません。しかも、今日までの成長をささえるために取り入れた外貨の中には、機を見て返済していくことが望ましいといったようなものも入っているということを考えますと、必ずしも十分とは言えないのであります。したがいまして、この面からも、外貨準備の増強に多少なりとも資するSDRは望ましいと、こう言っていいと思います。ただ、現在のわが国のIMF出資比率のもとでは、SDRが年二十億ドル創出される場合でも配分額は七百万ドルにしかなりません。しかし、一九六二年基準で現在の出資比率が決定されましてから、わが国の世界経済に占めるウエートは著しく高まっております。昨年のIMF総会で、日本銀行の宇佐美総裁も日本の総務代理として出資比率の適正化を要望しておりますので、いずれその実力にふさわしい出資比率が認められ、SDRの配分額もまた増加すると期待してもいいかと思います。
 以上をもちまして私の話を終わらしていただきたいと思います。どうもありがとうございました。
#10
○委員長(山本利壽君) 以上で参考人各位からの御意見は全部お述べいただきました。
 これより参考人に対する質疑に入ります。御質疑のある方は、順次御発言を願います。
#11
○羽生三七君 全く初歩的なイロハをお聞きするのですが、私が勉強不足なのでわからないことがありますので お伺いをしたします。
 それで、このSDRが第三の国際通貨創造の試み、それから、あるいは「過渡的なもの」と先ほど御説明があったわけでございますが、この場合ですね、将来望ましい姿、望ましい国際通貨というものはどういうのであるかという一定の想定があって、それに近づけるために「過渡的なもの」ということが出てくるのか、何も将来の見通しはなしに、ただ当面の混乱を回避するための、そういう意味での「過渡的なもの」と理解していいのか。あるいは先ほどのお話のように第三の国際通貨を創造する試みであるならば、その第三の国際通貨とはそもそもどのようなものか。たとえばエスペラントというものがありました、いまでもあるけれども、あまり効用性はない。言語におけるそれに類するようなものが想定されるのか。そこで、結局通貨といっても、経済とか国民生活で適正な媒介体があればいいわけで、媒介体の役割りを果たすものがあればいいわけですね。それが一体そもそも将来の望ましい姿としてはどういうものが想定されるのか。それに近づけるための「過渡的なもの」なのか。この辺、全く初歩的なことで恐縮ですが、私、理解がちょっと足りないので、ひとつ伺わしていただきたいと思います。
#12
○参考人(村野孝君) お答えいたします。いまの御質問は全く的を射た御質問であるように私も思います。御質問にもございました、理想的な国際通貨というものはどういうものであるかということにつきましても私は一応申し上げたつもりでございますが、理想的なものはどういうものであるかという問題を設定はいたしませんでしたが、国際通貨として持つべき必要十分条件については申し上げたつもりでございます。繰り返しますと、第一に、国際通貨であるということは、一般的に受容性を持っておらなければならない。それから使用の無条件性がなければならないということでございますね。これを、だれかに拒まれたり、あるいはだれには使えるがだれには使えないと、差別的な待遇を受けるようであってはならないということ。ですから、それを突き詰めていきますと、実は現在の世界経済の発展段階、あるいは資本主義の段階ということばを使ってもいいかと思いますけれども、現在では、最もその条件を備えたものは金ということになるわけでございますね。残念ながら、人間の経済生活というものは、先ほど吉野参考人のおことばにもありましたとおり、自然的条件に依存しながら、その産出高が人為的にどうすることもできないというようなものに大きくかかっている。しかも、それがいわば最善なものというふうに考えられているということはおかしいのですけれども、残念ながら、現在の段階ではそういうふうにしか考えられていないということになりますね。したがって、金以外のものはやはり金より少し悪いものなんでございますね。たとえばアメリカのドルというものがいわゆる準備通貨あるいは国際通貨というふうにして使われますが、これはアメリカのドルが、先ほど申しましたとおり、アメリカは、公的流動債務に対する限り一オンス三十五ドルで、相手のオプション――選択によりまして、ドルで債務を払ってくれと言うならドルで払うが、金で払ってくれというならば金による債務弁済ということをきめようとしているわけでございますね。これは国際法でなくて、アメリカ自身が約束しているわけでございます。ところが、だんだん国際収支赤字累積、金が減ったわけで、いわゆるオーバー・コミットメントになっているわけですね。これはできるかどうかわからないというような状態、それがドル危機で、ドル危機というのは、ドルは世界通貨制度の中心ですから、国際通貨制度の危機状況というふうに私は考えるわけでございます。しかし、国際通貨としての必要十分条件は何かというと、まずいま言ったようなことが言えるわけでございます。したがって、国際通貨基金における特別引出権というものは、先ほど申しましたとおり、いろいろ条件がついておりますが、復元の問題にしても、累積配分額の二倍までしか受け入れる義務はない。もちろんこれは相手国によって、規定によってそれ以上受け入れるという条件もついておりますけれども、限定があるわけですね。一般的受容性というものに対して限定的受容性しかない。それから、復元ということで、債務弁済のための無条件使用性というものは、われわれは通貨を使う場合は無条件であって、それを返すとかなんとかということはないわけですが、復元の規定によって限定がつけられるということ、そういう点から見るとまだまだ通貨としてはずいぶん限られてはいるけれども、本質的に言って通貨でないということはない。また、おそらくそういう受容性の限定及び復元の問題が、今後国際的な合意によってだいぶ姿が変わってくるのではないか。少なくとも変えようとしている意思はあるように思えるわけでございます。変えられるかどうかということは、いままでるる私が申し上げましたように、通貨制度そのものが安定でなければその特別引出権というものはうまく動かないんだということをおわかりいただけたかと思うのでありますが、したがって、「過渡的」と申しましたのは、決して当面のドル危機、国際通貨制度の危機状況、この対処のために使ったのではないということでございますね。過渡的というのは、その制度そのものを、第三の通貨には違いないけれども、それはきわめて限定をつけられたものであって、完全なものではない、必要十分条件を持つための過渡的なものであると、こういうふうに「過渡的」という意味を申し上げたわけでございます。ですから、当面の危機状況を免れるための意味での「過渡的」ということではなかったわけでございます。一応お答えいたします。
#13
○参考人(吉野俊彦君) 将来の理想的な国際通貨というものは一体どういうふうにあるべきか、この「将来」をどの程度の期間にわたって見るかということでいろいろお答えが違ってくるのですが、ほんとうに理想的な状態ということを考えましたらば、世界経済というものは一体になり、一つの政府、一つの中央銀行というものによって統治される、こういう状態になりましたら、私はもう物理的な制約のある金というようなものから離れて、まあ物価安定はしていなければいけないといういろんな重要な条件というものはそのときにおいても残ると思うんですけれども、とにかく人類の創造する世界通貨というものが流通するようになるということは、これはまあ夢かもしれませんが、私は考えていいと思うんであります。ただしかし、現実の世界というものを見てみますと、そういうような一つの政府、一つの中央銀行によって統治されるという事態に行くまでには非常に多くの時間がまだかかりそうである。現実には幾つかの独立国家というものがそれぞれ貨幣高権というものを持ち、そして独立の主体相互間でそれぞれ外国貿易その他の国際収支の取引をしているということになりますと、現実の問題としてはなかなか金の制約というものから人類は離れようとしても離れることはできないのじゃないか。現在は金にかわるものとしての基軸通貨と言われておりますポンドとかドルの関係を考えてみましても、ポンドというのは、一ポンド持っていれば切り下げ後二ドル四十セントに交換される。また、そのようにして交換されたドルというものは一オンス三十五ドルの割合でだれでもがかえられる権利を持つというわけじゃありません。外国の公的当局ということに限定をされております。しかし、とにかくそういう一定の条件のもとでもとにかく金にそういった形でかわり得るということで、私は最終的にはやはり金に結びついているのが現実の姿だと思うのでございます。そこで、SDRができたからといって一ぺんに人類が金から解放されちゃうのだというふうに単純には言えないので、とにかくここ当分の間金というものはまだ私は重要な役割りを演ずるであろう。ただしかし、国内において一つの政府、一つの中央銀行というものがどういうふうにして通貨制度を発展させてきたかという歴史を振り返ってみますと、当初はやはり金あるいはまあ外貨というものに厳重に制約される発券制度というものをどこの国でもとってきておりましたのですが、今日においては管理通貨の目標というものをいろいろと定め、その目標を総合的に勘案して必要な通貨を発行していくということが現に可能になりつつあります。ですから、通貨というものは、現在のような世界経済のもとにおいては、終局的に金から離れるということはすぐできないと思いますけれども、しかし、少しずつ金の制約から何とかして脱却する、そういう方向に行く努力というものは絶えず一つのアプローチとして、あるいは一つのテストとしてやっていってもいいし、また、やっていくべきじゃないかと、こういうふうに私は歴史的に段階的に考えているのでございます。したがいまして、SDRというものは、人類が金から何とかして解放された国際的な通貨をつくろうという一つの試みなんだけれども、もちろんまだ最終的な姿ではない。金の制約というものを完全に脱却するということができないのですけれども、何がしかそれから脱却していこうという一つの萌芽はうかがえる。それを何とかして人間相互間の話し合いによって合理的なものにできないものだろうか。ですから、私は、現段階においてはSDRの本質というものは金に完全にかわってしまうのではなくして、金の補充をしていくと、こういうふうに考えておりますけれども、もっと長期的な観点に立てば、理想的な通貨制度に一歩一歩近づいていく一つの段階的試みであると、かように考えておる次第でございます。
#14
○参考人(村野孝君) ちょっと、先ほど申し上げてありますので追加――申し上げなくてもいいかと思いますが、第三の通貨であるというその特別引出権に対して、何と申しますか、条件性というものはやはり金と兌換性を持っていないということでございますね。いままで国際通貨をつくる試みはいろいろなされております。単に試みでございますが、たとえばイギリスのジョン・メイナード・ケインズという学者によりまして超国家銀行――スーパーナショナル・バンクというものが考えられておりますが、ここでの国際通貨、すなわち超国家貨幣が金との兌換性を持たされているわけでございます。したがって、金でございます。兌換性、つまりアメリカの、ドルが、限られてはおりますけれども、公的対外流動負債に対しては一オンス三十五ドルの無制限兌換性を持つと同じように、金との兌換性を持つわけでございますが、スーパーナショナル・マネーというものはスーパーナショナル・バンクの、超国家銀行の創造する超国家通貨――スーパーナショナル・マネーは金に兌換できます。それから、いま私たちが参考人として呼び出されている通貨基金の改定の問題でございますが、通貨基金そのもののいわば母体となったイギリスのケインズ卿において発想された国際清算同盟でございますね、ここでバンコールという、まさに第三の通貨でございますが、このバンコールは金へはかわれないわけでございます。金への交換性がない。金を持ってすればバンコールは買えるということで金の一方交通を規定しております。しかし、やはり金との関係を非常にこだわっているわけでございますね。ところが、今度の引出権なるものは、これは金と一応遮断されております。もちろん、先ほど申し上げましたように、この金の絶対保証――絶対保証というのは、どういう状況でもその金価値を保証するということでございます。第二十一条の特別引出権の第二項「特別引出権の価値の単位は、〇・八八八六七一グラムの純金に等しいものとする」という、いわばアブソリュート・ゴールド・ギャランティーとわれわれ言っておりますけれども、これはいつでも保証されておるわけですね。しかし、金価値を保証するものは、国際通貨基金のこの通貨特別引出権に参加している参加国が保証するわけですね。ですから、その保証があるものは、ここに問題があるといえば問題があるわけでございます。しかし、特別引出権は金への兌換性はもちろんないわけでございます。したがって、金から離れた、ある人は――通貨のいわゆる名目論者――通貨金属論者でなく――名目論者は、これはいわゆる、金の廃貨である、金の非貨幣化への試みであるというふうに、いわば拍手する人もあるわけです。私はそうは思わない。やはり国際通貨は国内通貨の発展過程、進化過程も、同じように金をいかに節約するかということにあるわけで、そこで私は、国内的にも国の管理通貨、代表通貨だと、国際的にも国際通貨基金による特別引出権というのは代表通貨として考えていいんじゃないか。何か本元的なもの――金との兌換性を持たなければ通貨性は非常に制約されることは、私はもちろん強く理論的にも認めるわけでございますが、これは本元的なもの、すなわち金への兌換性がないから国際通貨たり得ない。世界通貨は金である、国内通貨だって金だと、緊急事態になってくれば不換紙幣というものは疎外されて金を要求されるのだという、非常に固い、妥協を許さないいわゆる金属主義者がございますけれども、私はそう考えない。やはり金を離れるための少なくとも一つの試みである。最初に申し上げた試みというのはそのことを言っているわけでございますが、制度そのものの試みはこれはでき上がったわけでございますが、これをどういうふうに生かしていくか。はたして国際的な意味での超国家的なものでなくて、国際的な純粋にインターナショナルな協力というふうな、おそらく国益というものが協力の限界になると思うんですが、そういうふうなたよりない資本主義諸国における国際協力というきわめて限定されたものの中で、金の裏づけのない国際通貨がはたして今後生きて機能するものであるかどうかということは、これはいろいろ反対があり、あるいは否定があり、懸念もあると思うのです。私は否定はしない。やはり一つの道筋ではないか。単に金の廃貨への一つの一里塚である、記念すべきモニュメントであるというような言い方は私はとるべきではない。やはりこれをどういうふうに国際協力で育て得るのかどうかということだと思うのですね。その意味においても、やはり特別引出権というのは過渡的な性格を持っておるものではなかろうかというように考えるわけであります。
#15
○大和与一君 この制度は着想はよろしいと、それから、本来中立的な性格を内容としては持っておるものだと、これを前提にしまして先生のお話を聞いておったのですが、これと国の受け取る形は積極的賛成、あるいは反対、あるいは中立と、それが妥協の産物でできたんだから、きわめて矛盾もたくさんあるし、まだ海のものとも山のものともわからぬと、こういう気持ちで聞いておって、先生の第三の通貨制度の創造の試みだというのが少し強過ぎる感じがしました。しかし、吉野先生の話をあわせ承ると、たとえば十のうちで一つ、通貨に対する国際金融の十のうちで一か二の技術的な緊急措置である――ことばで言えば――そういうふうに思ったが、どうもそうでなくて、もっと非常に重要なものだと、だから、十なら十のうちで五以上、数字はおかしいけれども、五以上のものであって、やはりこれを芽ばえさしていかなければほかに方法はない。だから、これをやはり一つの創造的試みといっても言い過ぎではないんだと、こういうふうに承ってよろしいんですか。
#16
○参考人(村野孝君) 私が申し上げましたのは、これは非常に私は条件つきにしか考えていないわけです。私は、おそらくこれは専門家ではなくて全くジャーナリズムその他の考え方に利用されておるかと思いますが、この制度をつくれば、これは国際通貨危機というものは解消される、あるいは国際通貨制度の今後の国際経済の成長に伴う流動性の供給というものは十分なんだというふうに考えておる者がなきにしもあらずで、これは私は否定さるべきだと思います。やはり国際通貨制度の理想型は、先ほど言ったように、量的に流動性供給の増大のメカニズムを持つこと、それから、国際収支は、いつでも赤字にもなりますけれども黒字にもなるという、いわばさか櫓のついたものでなければならない。ところが、いま現行通貨制度の中心国――これを基軸国ということばを使いますが――英米の国際収支のいわば動きを見ると、これは非常にたよりないものである。それで私はこの点は強く言いたいのですが、単なるデフレ政策ぐらいのことで一体国際収支が均衡できるのかどうかということですね。もっと英米の国際収支、なかんずつアメリカの国際収支の均衡が達成できないということになれば、世界経済のもっと構造変化というものがあるのじゃないか。したがって、極端に言うならば、ベトナム戦争の支出がやんでも私はアメリカの国際収支の均衡というものはきわめてむずかしい問題じゃないかと考えるわけであります。したがって、問題は非常に根が深いところにあるのじゃないかということで、なかなかこの国際収支の調整というのはむずかしい問題じゃなかろうか。しかし、むずかしくてもこれを達成しなければこの制度そのものも生きていかないわけです。夭折するどころか、おそらく流産してしまう。ある程度制度的にはできておりますが、アクティヴェートする――発動できなくなるおそれがある、発動したところでうまくワークしないということになると、こういうふうに思います。
 もう一つは、何としてもまず、日本の外貨準備もだんだん多くなっておりますけれども、必ずしも十分ではないということも言えるわけでありますが、私は、外貨準備は量ではない、やはり資産内容が問題だと思います。この資産内容で、現在のわれわれの予見し得る将来において、金は金であるということですね。やっぱり不易の価値を持つのじゃないか。したがって、外貨準備としての資産の構成を見ますと、非常に危機的な状態にあるドルをたくさん持ってそれが量的に多いか少ないかを論ずるだけでは、私は外貨準備戦略としてはまずいのじゃないか。やはり高度成長論者によりますと、金を持つことはナンセンスだと言いますが、これは考え方の相違であって、私は、一国の経済が国際的に強いかどうかということは決してその成長率が高いだけではないと思うのです。それに、やっぱり十分な外貨資産を持っているということと、対外支払い準備を持っているということ、これも大事なんであって、そうでなければ、生産力さえ強いならば、一切の所得は生産力の中からフロー――流れてくる。ストックなんか要らない。これは古いと言うかもしれませんが、私は確かに古いと思います。われわれもそういう制約からのがれなければならないと思うのですが、しかし、現実はそれを許さない。一国の通貨の強さ、経済の強さ、安定ということは、世界的に見るならば、それを裏づける強大な生産力、いわば経済の実体面が拡充しておるということ、同時に、金準備を十分持っているということです。これを加えない限り、必要十分な条件を満たせないと思います。前者の考え方――国際収支の均衡とか外貨準備は、極端に言えば、要らないのだという考え方――は、私は理論的には納得できないわけでございます。そういうふうなわけで、そういうふうな条件が満たされることはなかなかむずかしいわけですが、その三つを何とかうまく解決しなければならない。SDR――国際通貨基金における特別引出権がこの問題を全部解決できないのだということ、ですから、これにあまり大きな期待をかけるべきではないということであります。ただ、大きな期待ということは、問題は全部これで解消というふうに考えてはならないということでございます。
#17
○大和与一君 アメリカのドルだけが天下を横行しておるということは、やはり国際金融から言ってもよくない。そうすると、それを長期的に減少していくという、こういうもしもアメリカ以外の国の野心があるとしますと、いまのSDRが目標二十億ドルと、しかし、さっきおっしゃったように、アメリカは多いほうがいい。五十億ドルでもいい。しかし、歯どめは八五%の会議の結論が出るようになっているのだから、アメリカがかりにいまの二十億ドルの場合は、アメリカだけがこっそりごまかしてうまいことをする、そういうことはないが、これは五十億ドル余にもなると、そこら辺に手ぬかりができるのだ、こういう心配があるというふうに考えられるのですか。
#18
○参考人(村野孝君) 十億ドル、二十億ドルあるいは五十億ドルといっておりますけれども、一体その金額の大きさがどういうことを意味するのかということでございますね。私は、十億ドル、二十億ドルですと、これによって世界にインフレ波及のおそれはないと思う。その試算も実はございますが、ちょっと古いので恐縮でございますが、一九六七年、第四・四半期現在で試算いたしますと、配分額を年間十億ドルと二十億ドルに分けると、アメリカの場合は、十億ドルの場合は二億四千六百万ドル、二十億ドルですと四億九千三百万ドル、そして五年間の累積配分額が十億ドルの場合は十二億三千二百万ドル、それから二十億ドルですと二十四億六千三百万ドル、そして現在の外貨準備に対する比率が、前者ですと八・三%の増大、二十億ドルの場合ですと一六・六%の増大ということになります。もちろん、これはあとで総受け入れ義務限度というのがございますから、現在の外貨準備に対する比率は、前者が二四・九%、後者が四九・八%になります。ある国、たとえばドルがほしいという国がありますと、引出権がアメリカに集まってきますから、まだまだ大きくなります。ですから、外貨準備に対する比率も大きくなりますけれども、十億ドル、二十億でしたらそうインフレになるおそれはない。それなら五十億ドルではどうかといいますと、五十億ドルならインフレになるということを機械的に言うわけではございませんけれども、五十億ドルということになりますと、だいぶ模様が変わってくるのではないかというふうに考えられるわけでございます。そんなわけで、やはり大きくするか小さくするかということは、これはかなり見解の相違ということになるわけで、少なくともヨーロッパ側は現在国際流動資金が不足しておるとは考えていないのですね。もっとも、これはヨーロッパと申しましても大陸ヨーロッパでございます。イギリスは全く流動性は多々ますます弁ずで、この国際流動通貨制度改革の問題におけるイギリスの発言というのはまことにみじめなものであって、常にアメリカに追随をする。いいところが少しもない。これは多々ますます弁ずで、ただ早くよけいくれ、よけいくれということだけでございますね。したがって、イギリスはアメリカに同調しております。しかし、大陸ヨーロッパの国は、いわば、何と申しますか、金を愛好する国と申しますか、非常に保守的な国でございまして、アメリカ、イギリスとEEC六ヵ国――共同市場六カ国というのは非常に違う。むしろ、これはそんなに流動性は不足していないじゃないか。流動性の不足よりも、アメリカの国際収支の悪化があるからアメリカのドルの信認がないので、もし信認が一挙に来たら、これは流動性の大きな恐慌的な不足になるおそれがある。しかし、アメリカの国際収支が節度を守って収支を均衡させるならばそんなに流動性は不足ないのだというのが、ヨーロッパでもいろいろニュアンスがありますが、大体の考え方ではないかと考えるわけでございます。したがって、特別引出権の発動、配分をやるという問題については、アメリカに屈服するのか、アメリカがヨーロッパに対して妥協してもっと小さくしなければならないのか、この問題はいま私はどちらになるということは正直に言うとわかりませんけれども、そういう二つの考え方が対立するということじゃないかと思います。
#19
○大和与一君 もう二つあります。
 一つは、まだその主体性を世界中に持っていないけれども、社会主義圏あるいは社会主義的人口は中国を入れればおそらく半分以上でしょう。そういう国々といえどもやはり国際的な金融状態をよくしなければならないから、悪くするとは思われないが、しかし、社会主義国によって悩みがだいぶ違う。そうすると、社会主義的な国の通貨というのはかくあるべしというか、大体でいいのですが、こういうふうな形であることが全世界的にいいと、こんなような何かお考えがございますか、どちらの先生でもよろしいのですが。もしかそれがめんどうくさがったらあと回しでいいのです。
 もう一つは、日本の国も昔は、お金の中にちゃんと「金と兌換する」と書いてあったですね。それが書かぬようになった。われわれしろうとから言うと、よう金にかえられぬような札では、いろいろ言われても、力が弱くなったのじゃないかと、しろうと考えで言えるわけです。そうであるのに、吉野さんのお話によると、いや、それにはそれにかわるものが創造されつつある、そういう形がなされつつある、だから、日本がどんどん経済成長をして、まあ、何とか、景気でえらい調子がいいんだ、そう心配ないとおっしゃるが「ロンドン・エコノミスト」ではないが、たとえば日本銀行はでたらめに金を貸している、また一般市中銀行もそれに輪をかけて貸し出している。金融原則では何割以上いけないとか、あぶないとなっているのに、よくつぶれないで経済的好況の奇跡が続いている。そんなことを言われておっても、一般日本国民全体から言うと、貧富の差がまだあまりにひどいので、そこに政治の貧困も加わって、日本経済は自主自立の健全性が足りぬのではないか、いつこわれるかわからぬという不安定感、いわゆるから景気ではないかという感じがします。そういうことは絶対心配なくして、日本はこれからよくなるばかりだ、もう法華の太鼓だ、こういうことになっているのか、その辺、聞かしていただいて私は終わりにいたします。現実に、金でなくてもいっかこれが引っくり返るのじゃないか、先行き不安だ、あるいはドルだけでも、大きな変動が起こった場合には、日本は金の兌換はないのだ、金は保有が少ないのだからそれがやはり心配だ、決して自主自立していないじゃないか、それが心配だ、それを教えてもらいたいのです。これはお二人の先生から。
#20
○参考人(吉野俊彦君) ただいま日本銀行の名前が出ましたのでお答えいたしますが、私はやはり日本は世界でもたぐいまれなる高度成長、これはたいへんけっこうなことだと思いますが、しかし、また同時に、それじゃあ全然、何も弱い点あるいは是正すべき点がないのかと申しますれば、これはやはりいろいろあるので、そういう点をできるだけ少なくし、あるいは直しながら、しかし、またいい面は大いに伸ばしていく、きわめて単純でございますが、そういう気持ちで、通貨の発行量につきましても、常時どういうふうに出していくのが一番適正なやり方なのかということを検討いたしておりますので、もう日本経済はいま何もかも全部無条件でだいじょうぶだというふうには必ずしも考えておりませんです。
#21
○参考人(村野孝君) 私、いまの御質問のお答えになるかどうか知りませんけれども、先ほどちょっと申し上げましたが、日本が比類ない高度成長を遂げていくための条件として――やはり言い方はこういうことですが――現在の考え方は、高度成長を遂げていくためには国民生産高が大きくなり貿易が増大していけばいいんだ。そこから必要なものは流れてくる。いわゆるフローの概念でございます。そうして、それをつくるためにはお金は要らないのだ、ストックは要らないのだという考え方、これは高度成長論者の一番よりどころではないか。いわゆるフローだけでいいんであって、所得は、生産性を高め成長をやれば流れてくるのだ、ストックは要らないのだという考え方、これが非常に強いと思う。私は、それをある意味では、日本のような潜在生産力を持っておる国、成長力を持っておる国では、確かにもっと成長力を解放すべきものであるというふうに考えられるわけで、やはりストックのほうは、昔のように、たばこ屋のおばあさんのようにお金をためていればいいんじゃなくて、やはりそれを使うということ、これは近代資本主義の特徴だと思う。決して高利貸し的な、商業資本的なものでは経済は成長しないわけです。あるいは学説的のようなマーカンティリズムではだめです。やはりアダム・スミス的なことこそ大事だと思います。しかし、それだけですべて問題は解決しない。やはり国際的な条件で一国が高い生産力、しかも安定した経済の成長をやるためには、安定経済成長ができるための条件を持っていなければいけない。そのためには生産性、生産力が高いだけではだめだと思う。一つの例をたとえるなら、たとえば日本の得意な弱電機製品を十億ドル輸出した、あるいは、いま盛んに輸出態勢にある自動車を、十億ドル分輸出した。しかし、その価値は、実は代金を回収してみたら、五億ドルしかないんだということになったら一体どういうことになるかということですね。そういうことで、やはり持っている外貨の価値が非常に不安定だとこれは困るわけです。したがって、ストック――貯金ですね――貯蓄は多ければ多いほど――多いといっても、まだ日本の経済では外貨準備が幾らあればいいかという厳密な経済学はないと思うのですけれども、フリッツ・マカラップ教授なんかを見ると、マカラップ教授の奥さんの衣装だんすは、女性にとって洋服が多ければ多いほどいい。それと同じように、外貨も一国にとって多ければ多いほどいいので、幾らということは言えない。そういうふうな半分冗談な言い万がありますけれども、しかし、日本にとっては大体輸入の三分の一をまかなう程度あればいいじゃないか。これは大方の腰だめ外貨適正準備額として通っているのであります。私の強調したいのは、一体三十数億ドル、四十億ドル近いドルで、そういうようなわずか五億ドルに足りない金準備外貨資産でいいのかということでございますね。金を持つのはナンセンスだ、それは古い考え方だということはわれわれ甘んじて受けますけれども、しかし、それだけでは問題はどうなるかわからない。だから、たばこ屋のおばあさんのようにたくわえておく、たんすの中に入れておけばいいというのじゃない。やはり金をためればためるほどいいわけじゃない。やはり資産構成としてもり少し配慮が必要だというふうに考える。おそらく日本銀行でもそれに対しては十分御配慮されているのではないかと思います。
#22
○大和与一君 はい、わかりました。
#23
○森元治郎君 吉野さん、あなたのテレビを聞いているとたいへんしろうとわかりのいいお話なんで、吉野さんに来てもらいたいと思ったら、幸い来てくれたのでたいへんうれしいのだが、お話を総合すると、これを成功させるには、やはり中心のアメリカが国際収支をちゃんとしてもらうここと、もちろんドルの信用を回復してもらうということが大事なんだ。裏を返せば、これは政治の問題にもつながる。お二人のお話、約一時間何分かになる間に一回も「政治」という字が出てこなかったんです。実務家のお話ばかりだと思うので、強くアメリカに要請するということでしょうが、そのアメリカが、なるべく早くこれを批准してくれということを、新聞報道では、言っておるのですけれども、アメリカは、そういうメンバー・パーティシパントの皆さんの強い要請に対して、どういうふうなことをこれまで公式の場で答えておるのか。政治でやはりこれは裏づけてもらわなければ、金融だけでは何にもならない問題だと思う。そういうアメリカの態度――早く批准してくれということについて。
 もう一つは、いままだこれが発効するに十分な批准書の寄託が行なわれておらないが、うまくいかなかった場合どういう結果が予想されるのでしょう。これがうまくいかなかった場合――改正がですよ――非常な混乱が起こるのか、従来どおりのやや不安で経過していくのか、この点をちょっと伺いたい。
#24
○参考人(吉野俊彦君) ただいまの御質問にお答えいたします。
 私は金融の技術家でございますので、政治のほうは先生方にやっていただくよりしようがないと思う。ただ、私ども金融技術家の立場から申しましても、この制度をほんとうに成功させようとするならば、機軸通貨国の国際収支の大幅な赤字というものが是正されておりませんでしたら何にもならない。むしろ、赤字国の赤字を補てんするための手段に堕してしまう。これはこの制度の本来の私は趣旨でないと思うのですね。つまり、金に対してドルが過剰になる。したがって、ドル不安が起きる。しかし、それをやめるためには、アメリカ国際収支の赤字を絶滅する、あるいは積極的に黒字にして外国の手持ちのドル債権を減らしたらどうなるかというと、ドルの信用を回復はするかもしれないけれども、世界経済の成長をまかなうに足りるだけの流動性を喪失してしまう。考え方としてはこういうことで私は出てきたと思うのです。ですから、アメリカの国際収支の赤字が続いている限りはドル不安は絶えないでしょうけれども、流動性というものがたっぷり供給されているので、さらにそれ以上SDRを追加する必要はごうもないというのが私の考え方でございます。これはもうあらゆる機会に日本でも私は言われているのじゃないかと思います。
 それからまた、ヨーロッパの大陸諸国は、これはさっき村野参考人からるるお話しがございましたように、何というのですか、非常に金に対する執着がもともと強い傾きがある。こういうことに加えまして、国際収支などに対する見方も、まず節度を守るべきだ。さっき私は公述いたしましたときに申したのですけれども、日本では、国際収支が赤字になったときにとかく赤字補てん策を国際流動性の増加ということで議論する。それは確かにもう一つの半面であるけれども、しかし、国際収支の赤字になり過ぎた国というものは、まずみずから助くべきものを助けるという精神で、いわゆるアジャストメント・プロセスというものを早急に発動しなければいけない。これは流動性の増強をやる出発点の当然の前提なんですが、すでにずっと前に報告書が出されてしまった関係ですか、これが一般の目にあまり触れていないというか、ちょっと一般に議論されていない。この点は幾ら強調しても強調し過ぎることにならないのじゃないか、こういうふうに考えております。
 それから、IMF協定の改正の批准の問題と現実のSDRのアクティヴェーション――発動の問題とはこれは違うステップでございまして、かりに協定そのものが有効になりましても、アクティヴェーションにつきましては、さっき申し上げましたように、機軸通貨国の国際収支の赤字というものがはっきり改善の方向に向かっておるのか、その結果全体として世界的に国際流動性が不足しているのか、アジャストメント・プロセスが十分行なわれているのかということを十分勘案した上で発動されるわけでございますから、これが、多数の国がアメリカの言いなりになって、アメリカの国際収支が赤字だということで出すことに賛成するとしても、ほんのわずかの比重でございますので、EECが一体になって反対すれば、協定は有効であっても現実にSDRは一文も発動され得ない。こういうことになります。それからそれがかりに発動されたとしても、これまた村野参考人が言いましたように、オプティング・アウトというシステムがあるわけですから、自分の国はそうしいう不健全なことには賛成できないという場合は、最終の配分の前に申し出ればその渦中に巻き込まれずに済む。そういうふうに幾つもふるい分けるメカニズムがありますので、私はそれが発動されることになるのじゃないかと思うのです。つまり、アメリカの国際収支が非常に改善されるというときには、同時に、国際流動性というものが、いまは不足しておりませんでも、将来において不足するということは十分あり得ることなんで、そういう意味で、アクティヴェーションあるいはオプティング・アウトというふるいがございますから、協定のものだけはいつでも発動できるように有効ならしめておくということが私は必要じゃないかと思います。しかし、アクティヴェーションの問題は別なんだ、私はこういうように考えております。
#25
○梶原茂嘉君 現在の為替レートですね、これがIMFのあれでは、相当窮屈といいますか、相当制約されている。どうももう少し弾力性を与えるというか、幅を広げるべきじゃないかという意見が最近少なくないようですね。それはどうなりますか。そういう問題とSDRの関係は無関係であるのか、何らか関連性を持っているのであろうか。そういう点はどういうふうに見たらいいんでしょうか。
#26
○参考人(吉野俊彦君) ただいまの御質問にお答えいたします。
 実はこのSDRを出すための検討会というのが、IMFの手によって、イタリアの銀行のパリ駐在代表兼国際金融調査局長オッソラを委員長としてでき上がりましたときに、前提条件として、SDRを出すか出さないかということの前に、一体金の値段というものを思い切って上げればそれだけで流動性は補てんされ得るのじゃないかという問題と、それから、いま先生御指摘になりましたように、為替相場というものはいまIMF協定によりまして直物は上下一%ということで押えているんですけれども、それをもう少し変動の幅を大きくしたらどうか、その変動の幅の大きくしかたにもいろいろ程度があろうかと思います。近ごろはまたフローティング・レートというような変動為替相場制と現在のIMF体制のまた中間みたいなことも議論になっているようでございますが、ほんとうに二部の学者が主張されているように自由な、フレックシブルな外国為替相場制をとるということになれば、その面で自動的に赤字は調整されてしまうはずなんだ、だから国際流動性を埋めるようなことにしなくてもいいというようにセオレティカルには一応なろうかと思うので、前提としてSDRの問題を考える前に、この二つをかなり時間をかけて討議したように思います。その結果、いろいろな理由はございましたけれども、金価格の引き上げということは前提にしないことにしようじゃないか、それから、いまの為替相場についてのIMF体制は維持することにしようじゃないかという前提に立って初めてSDRの問題が出てきた、こういういきさつでございます。
#27
○梶原茂嘉君 どうもしろうとによくわからないのですけれども、第三の新しい国際通貨の試みだという御趣旨はそれなりに理解ができるのですけれども、しかし、現実的に見れば、先ほど来いろいろお話しのあったように、結局はそれぞれの国の国際収支の赤字、また反面黒字の国があってそれを調整していく一つのめどである、一つの措置、一つの方策にすぎないという見方もないわけじゃないと思うんですけれども、専門の学者の方々で――ヨーロッパになりましょうか、これはやっぱり第三の通貨じゃないんだ、一つの国際収支を調整していく方法といいますか、そういったもの――たとえば従来のわが国でもときどき赤字の危機になってくるというと、IMFから借り入れをしましてある程度補ってやっておった、IMFのああいう制度、現在あれを少し弾力的に、もう少し広い立場で制度化したというふうにも考えられる気も若干するんですがね。学者の方で、いまあの考え方であれば、これは第三の通貨というものじゃないというふうな見方をしている人が相当あるでしょうか、それともないでしょうか、その点をひとつ。
#28
○参考人(村野孝君) いまの御質問も、実は学界あるいは専門の間にはないわけではございませんで、たとえばフランスのドゴール大統領一派の人たち、これはフランスといいましても、フランスが何か国際金融の常識に反するような政策をとるといわれておりますが、実はこれはマンデスフランスなんかは非常に合理的なやり方をしているわけです。ドゴール大統領側近になってきますと、何か非常にぎくしゃくとした消化し切れないものがあるようですけれども、フランスにはそういういろんな考え方がありますけれども、少なくともいろいろドブレ蔵相とか、そういうこの問題の衝に携わった人は、これは通貨ではないのだ、信用手段にすぎないのだ、たとえばクレジット・ファシリティーなんだという考え方がございます。なぜそういうふうに考えるかというと、これも非常に戦略的な言い方でございまして、もしこれを通貨だとしますと、アメリカが無制限に使ってしまうおそれが十分ある。なぜなら、通貨は一般的使用の無制限性がございますから、だから、これはそうじゃないので復元の規定がついているということであって、これは決して通貨ではないのだ。もし通貨にしようというならフランスは表決しないとまで言ったわけでございますね。そういうことで、これを特別引出権の通貨であるかどうかという性質、通貨であるかどうかということはやっぱり問題にはなると私は考えます。通貨ではないのだという理論的な根拠があるように思いますけれども、私個人の観測では、やっぱり通貨としての性格を持っているものであり、今後も持つようになるのではないかというふうに考えます。
#29
○委員長(山本利壽君) 他に御発言もなければ、以上で参考人に対する質疑は終了したものと認めます。
 参考人の方々に一言お礼申し上げます。お二方には、非常に御多用中にもかかわらず、長時間にわたりまして御意見をお述べいただき、なおかつ、質疑に対する御答弁をいただきまして、まことにありがとうございました。お述べいただきました御意見は、今後委員会の審査にきわめて有益な参考になることと存じます。本日はまことに御苦労でございました。(拍手)
 本日はこれをもって散会いたします。
   午後零時十六分散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
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