くにさくロゴ
【PR】姉妹サイト
 
#1
第061回国会 地方行政委員会 第9号
昭和四十四年四月十五日(火曜日)
   午後零時七分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 四月九日
    辞任         補欠選任
     渡辺一太郎君     小枝 一雄君
     鹿島 俊雄君     小林 武治君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         内藤誉三郎君
    理 事
                熊谷太三郎君
                吉武 恵市君
                林  虎雄君
                原田  立君
    委 員
                増田  盛君
                安田 隆明君
                若林 正武君
                竹田 四郎君
                千葉千代世君
                松澤 兼人君
                和田 静夫君
                阿部 憲一君
                山田  勇君
   国務大臣
       自 治 大 臣  野田 武夫君
       国 務 大 臣  坪川 信三君
   政府委員
       近畿圏整備本部
       次長       井上 義光君
       中部圏開発整備
       本部次長     小林 忠雄君
       首都圏整備委員
       会事務局長    鶴海良一郎君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        鈴木  武君
   説明員
       自治大臣官房参
       事官      佐々木喜久治君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○首都圏及び近畿圏の近郊整備地帯等の整備のた
 めの国の財政上の特別措置に関する法律の一部
 を改正する法律案(内閣提出)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(内藤誉三郎君) ただいまから地方行政委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 四月九日、渡辺一太郎君及び鹿島俊雄君が委員を辞任され、その補欠として小枝一雄君及び小林武治君が選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(内藤誉三郎君) 首都圏及び近畿圏の近郊整備地帯等の整備のための国の財政上の特別措置に関する法律の一部を改正する法律案を議題といたします。
 本案に対し質疑のおありの方は順次御発言を願います。
#4
○和田静夫君 首都圏整備法が制定されましたのは昭和三十一年です。近畿圏整備法が制定されたのは昭和三十八年。しかるに、昭和四十四年に至っても基本計画の実施のために必要な毎年度の事業についての計画が全く立てられずにきました。そんなことは常識ではとても考えられないことですが、事実そうなっております。これは一体何を意味するのかということを私なりに考えてみたわけであります。これらの法律は、美しい目標を掲げるにとどまって、その実効を期し得ないものであることが、私は初めからわかっていながら、金を落とす口実と、官僚の方々のとまり木的ポストのためにつくられたといわれてもしかたがないのではないかと実は考えざるを得ません。自治大臣、その点をどのように理解されますか。
#5
○国務大臣(野田武夫君) 首都圏整備並びに近畿圏の計画というものが、いま和田さんの御指摘のとおりの実態であるかどうか、これはまた私の所管といたしまして検討しますが、いずれにしても、首都圏、近畿圏また中部圏、これはおのおの日本経済の推移、社会形成の文化、こういうものからいたしましても、やはり地域的、拠点的な経済産業政策を立てるということでございまして、これが最も国土全体の普遍性といいますか、合理性を持った地域住民の生活を守る意味において必要だということからきておるのでございまして、御指摘のようないろいろな理由によって、ただ金をばらまくのだ、あるいは人事をどうするために便宜的にそういう法律ができたのだということとは私は全然考えておりません。
#6
○和田静夫君 昭和三十三年の七月に首都圏整備の基本的な考え方を示す第一次基本計画が大ロンドン計画に擬して作成されました。しかし、この計画の破綻は、政府が昭和四十年六月に首都圏整備法を改正することによって新しい地域構成を決定したことで明白であります。すなわち、このとき政府はグリーンベルトの設定による既成市街地の外延的拡大抑制という大ロンドン計画的理念を放棄したのであります。しかし、同時に政府は新しい基本計画の作成に取りかかり、首都圏近郊整備地帯整備計画、首都圏都市開発区域整備方針及び整備計画に引き続いて昨年十月、昭和五十年を目標年次とする新首都圏基本計画を発表することにより、国民の前に新しい展望を示されました。首都圏整備委員会事務局が出した「首都圏整備の長期展望」という冊子は、この新しい展望を要約をして次のようにいっております。「新しい地域構成と旧地域構成との相違点は、第一に既成市街地の外側に近郊整備地帯を設定したことであるが、これはグリーンベルトによって中心市街地の外延的拡大を抑制することが現実に不可能であり、むしろ中心都市の日常生活圏を一体としてとらえ、この地帯において、その無秩序な市街化を防止するため計画的に市街地を整備するとともに、あわせて緑地を保全する必要があると考えられたためである。その結果、近郊整備地帯として既成市街地の外側に東京都心からおおむね五十kmの圏域が指定されたが、従来の周辺地域における工業衛星都市のうち、旧近郊地帯の外側でこれに近接した工業衛星都市の区域は近郊整備地帯の中に包摂されることとなった。第二の相違点は、近郊整備地帯の外側における都市開発の性格を改め、都市開発区域を指定したことであるが、これは、旧市街地開発区域では工業衛星都市の建設を主体としていたのに対し、たんに工業にとどまらず、首都圏のなかで必要な諸機能を分担させるように都市を整備する必要があると考えられたためである。この結果、研究学園、流通等の機能をもった魅力がある都市を建設する道が開かれ、これによって、これらの地域への諸資源の誘導を強力に進めることが可能になった。」と一二ページに述べているのであります。これは一体、展望なのか、あるいは幻想なのか、首都圏整備委員長、新計画が幻想ではない、まことに計画的に実施に移していけるものであるという証拠をお示しになることができますか。
#7
○国務大臣(坪川信三君) 具体的な問題の御質疑のお答えに先立ちまして私から申し上げたいと思うことは、いわゆる首都圏整備の諸計画、事業計画等につきまして、いろいろの事情はあったにいたしましても、それの具体的な報告といいますか、決定のでき得なかったことにつきまして深く遺憾の意を表し、またおわびを申し上げたいと思うのでございますが、御承知のとおりに首都圏整備法第二十一条の第五項の規定によりまして、事業計画と申しますのは、整備計画、すなわち既成市街地の整備計画及び近郊の整備地帯の整備計画及び都市開発区域整備計画を実施するための必要な毎年度の事業の計画でありますが、昭和四十年の六月に御案内のごとく整備法が改正されまして、首都圏の整備に関する諸構想が大幅に変更をいたしてまいりましたような事情から、その改正の趣旨に基づきましていろいろと基本計画を根本的に改定する必要が生じまして、その作業を鋭意続けてまいったような次第でございます。したがいまして、昨年の十月の新基本計画策定を機会に、これに基づく各種の事業の推進の整備計画をいま検討いたしておるのでございますが、結論から申し上げますならば、私といたしましては、やはりそれぞれの具体的な事業計画を必らずこれを実施し、そして本法の期待に沿うような施策を具体的にとってまいりたいと、こういうふうな気持ちをもちまして、御承知のとおりに学園都市に対するところの政府の態度につきましても、閣議におきまして私から二度発言をいたし、各閣僚の各省庁間との調整、協力も一得、私も過日現地に行ってまいりまして、現地との理解も含めまして、この国家的大事業の具体的推進をはかり、いま十三機関が移転計画に入り、昭和四十七年までを前期といたしまして、これらの具体計画の半分をば完成いたしたいと、こういうふうな考えをいたしておりますとともに、東京都の市街化の調整、また市街化のいわゆる促進ということ、あるいは工業専用地区、あるいはその緩衝地帯におけるところの緑地の設定というようなことを分けましての工業地区、住宅地区、並びにその専用地区の中間に緑地的な緩衝地帯の緑に包まれました公害対策等に対応する問題等も含めまして、これらの具体的な政策をさらに推し進めてまいり、単なる絵にかいたもちというようなことで終わるというようなことだけは絶対に避けながら、首都圏整備に当たってまいりたい決意であることを御了承願いたいと思います。
#8
○和田静夫君 担当者のほうでけっこうですが、いま私が読み上げました部分についての計画を具体的に実施に移していける、このようにお考えですか、どうですか。
#9
○政府委員(鶴海良一郎君) ただいまお読み上げになりました文書でございますが、これは首都圏整備委員会の事務局がつくりました首都圏の長期展望というものに書いてあるのでございます。これは昨年十月、基本計画をつくります場合に、基本計画は昭和五十年を目標年度といたしましてつくったわけでございますが、それをつくる前提といたしまして、正式の委員会の決定ではございませんが、昭和六十年までの展望を試みまして、その上に立ちまして五十年までの基本計画をつくったときの資料にいたしたわけでございますが、その資料の中の一部をお読み上げになったわけでございます。これは、新法に四十年に切り変わりますときの理念を述べたくだりでございまして、その新法の方向に従いまして現在整備計画を、一部はつくっておりますし、一部はいま策定中でございます。首都圏の問題につきましては、いろいろ非常にむずかしい問題があることはお説のとおりでございますけれども、方向といたしましては、ただいまお話にありましたような線で努力していかなければなりませんし、現実に、周辺地域の都市開発区域等につきましては、相当大がかりな工業団地の造成やらあるいは学園都市の建設ということをやっております。工業団地については、現在七千七百ヘクタールの計画を十五の都市開発区域で持っております。そのうち六千ヘクタールについては、すでに手をつけておりまして、そのうち、さらに四千五百ヘクタール程度はでき上がっております。これらの工場進出等につきましては、景気の変動の影響もございまして、あるいは早くあるいはおそく進出が行なわれておるという事情はございますけれども、最近の状況では、北関東の都市開発地域への産業の進出というものは相当に促進されてまいっております。そういう状況であることを御報告申し上げます。
#10
○和田静夫君 私は、都市の建設とかあるいは都市の整備という場合に決定的なのは、国家的規模の大量の資本創出と関係地方公共団体の国家的計画への協力の度合いであろうと思います。国家的規模での大量の資本創出について、首都圏整備委員会の事務局が、その首都圏整備の長期展望の中で、従来の実績と、予想される経済成長を勘案をして、次のようにきわめてこれは楽観的に述べられていると、こう思います。二十八ページでは、「昭和四十一年――六十年の二十年間には百七十兆円――二百兆円の投資が可能になるであろう。この場合、これだけの政府投資をいかに効率的に行なうかが大きな課題となるが、合理的な投資態度を確立することができれば、少なくとも二十年後には、高速道路網や鉄道新幹線網が全国をおおい、現在考えられている大規模な水系開発や港湾の整備が実現され、また、市街地の全域に下水道が布設され、公園が配置されるなど生活環境は大幅に改善されよう。そして、さらに新しいいくつかの壮大なプロジェクトの建設が行なわれ、日本列島は面目を一新することが期待される。」、こういうふうになっております。この見通しはどこまで妥当性を持つものなのか、私はたいへん疑問に思うのです。この数字は昭和四十年代の十年間で年平均九%程度、昭和五十年代の十年間で年平均七%という経済成長率を予測をして、従来の実績とのかね合いではじき出された数字ですが、どの程度の自信と確証を持って、こうした見通しを立てているのですか、長官からお聞きをしたいと思います。
#11
○国務大臣(坪川信三君) いま御指摘になりましたそれぞれの整備計画、事業計画は、政府といたしまして十分考えているところでございます。和田委員御案内のごとく、全国総合開発整備計画の第四次の試案が発表されまして以来、いま経済企画庁を中心といたしまして第五次の最終的な総合整備計画の検討をいたしております。したがいまして、この結論がそう遠くない機会に出てまいることをわれわれは深く期待もいたしておるような次第でありまして、これが出てまいりました上において、政府といたしましては、関係省庁と十分連絡と協議をし、検討を慎重に加えまして、そしてその方向の決定をいたしたい、そしてこれらの方向についての予算、行政その他の措置を講じてまいりたいと、こう考えておりますので、いま御指摘になりました具体的な決定といいますか、方向につきましても、やはり各関係省庁は、それらの問題点を十分踏まえましての予算執行あるいは予算の配慮をいまも続けておることで御了承を賜わりたいと思いますが、いずれにいたしましても、そうした最終的な総合開発が出てまいることを期待いたし、その結論に対して強く政府は推進いたしたい考えでございます。
#12
○和田静夫君 私、過日の決算委員会でも佐藤総理にも質問したのでありますが、御承知のとおり、物価がたいへんな勢いで上がっていく、そういう状態の中で、予算効率が落ちる、行政効率が落ちる、こういうことが必然化していますよ。いま大臣は、大上段に振りかぶられて、計画どおり進めるんだということを言われますけれども、実際問題としては、政治問題全体の動きの中においてそれが可能にならない条件というものが、たとえば政府の物価政策の不手ぎわにおいて明確に存在をする、こういうふうに考えますが、いかがですか。
#13
○国務大臣(坪川信三君) 私、決して大上段に振りかざして、これを大きく総合いたしておるといういう気持ちではなくして、これらの結論とまじめに、直撃に取り組んで、具体的に推し進めてまいりたい、しかし、その背景に立つところの客観的な諸情勢、たとえば社会資本の立ちおくれ等からくるところの不均衡な国土開発というような問題のあることは、私は決して否定するものではございません。和田委員御指摘のとおりであります。したがいまして、政府といたしましては、それらの点のやはり背景に立つ経済状況、あるいは内外の諸情勢の流動的なものも踏まえながら、私は現実的に真摯にこれを強く推し進めてまいりたいという気持ちを申し上げたことで、御了解願いたいと思います。
#14
○和田静夫君 ここで、「これだけの政府投資をいかに効率的に行なうかが大きな課題となる」と述べられているわけです。この課題に明確にこたえられるためには、プランニングの権限を持った官庁と、実施の責任を持つ行政主体の確立が私は急務であろうと思います。しかるに「地方財務」という雑誌の最新号でも、もと自治省行政課長であり現大分県の企画部長久世氏あたりが、「国の機関である首都圏整備委員会などが弱体であり、調整権限が薄弱であるところから、その存在をも含めて問題とされている。」と指摘を実はされているような状況です。そこらあたりをどのように考えておられますか。
#15
○国務大臣(坪川信三君) それぞれの立場から行政の責任者がそれらに対する見解というものを自由に、といいますかその場において発表するということは、私は一つの大きな指針を持つものとして、必要であり、これを否定すべきではないと、こう考えておりますので、それらの点を指針に、否定されている問題点等につきまして、政府といたしましては、それらの矛盾あるいは見通しの誤まり等のないように、われわれはそれをとうとい資料として配慮いたしていくことが、やはり政府としての責任ある政治の確立であり、その姿勢でなければならぬと、こう考えております。
#16
○和田静夫君 最も典型的な地域開発の戦略とされているいわゆる社会資本の充実、たとえば道路、港湾、鉄道などの整備は、実は経済構造の変化をねらいとしているのでありましょう。このような経済構造自体の変化をおもな目的とする政策の決定に、経済構造が変わらないことを前提にして必要な数値なりモデルを適用することが一体どのくらい有効であるかは、私は疑問の余地がたいへん大きいと、こう思うのであります。そのことはいまおくといたしましても、いま長官の述べられましたように、大ざっぱというか大胆というか、とにかく大ざっぱに見通しを立てる時限では、新首都圏基本計画に基づく総事業費が算出されていてしかるべきだと思いますが、それは一体どのくらいの額になりますか。
#17
○政府委員(鶴海良一郎君) 新しい基本計画に考えております社会資本の投資量でございますが、個々の事業につきまして事業費を個々に算出するということはいたしておりませんが、総体といたしまして十五兆ないし十八兆程度の投資は必要であろうというふうに考えております。
#18
○和田静夫君 私は先日、首都圏整備委員会から、昭和四十三年度首都圏整備関係事業費という資料をいただきました。この備考欄には、かなり具体的に道路名、鉄道名、港湾名、工業用水道の地区名、ダム名、河川名が記入されております。私は首都圏基本計画に基づく整備計画はももっと具体化されるべきだと思います。そうすれば、それに必要な総事業費も私はもっと具体的に算出されるだろう、そのいわゆる年度、年次別の支出計画としての事業計画も容易に打ち立てることができるのではないだろうか、計画がまさに計画としての実を帯びてくることに私はそうすればなるだろうと思う。しかるに、首都圏整備法にしろ、近畿圏整備法にしろ、中部圏開発整備法にしろ、当初の意気込みはたいへんなものでありますが、そもそもそういうものとしての基本計画なり事業計画なりを予定していないように感じられてしかたないんです。とすれば、この計画実施の成否は、各都道府県段階での計画いかんにかかってくるだろうと思うのであります。少なくとも近畿圏整備法、中部圏開発整備法のもとにおいては、国が基本整備計画と事業計画とからなる整備計画を立てる。で、この計画の方針に従い、知事が関係市町村と協議して、近郊整備区域または都市開発区域建設計画というものを立てることになっているわけです。で、それらは全部出そろいましたか、長官いかがですか。
#19
○政府委員(井上義光君) 四十年五月に決定されました基本整備計画によりまして、いま御指摘のございました近郊整備区域及び都市開発区域の建設計画は、四十二年二月にそれぞれ政府において承認をいたしております。また事業計画につきましては、四十二年の建設計画承認までは、都道府県市町村の指導及び関係省庁との折衝事務に従事いたしておりまして、事業計画はつくっておりませんでした。四十二年、四十三年に、事業計画につきまして検討いたしましたが、その前に、実は先ほど申し上げました四十年五月に決定いたしました基本整備計画の主要なる経済指標――人口の配置であるとか、あるいは工業を中心とする産業規模等につきまして基本的に再検討する必要が感ぜられましたし、また、諸般の社会資本に関する施設計画、あるいは新都市計画法に基づく計画、あるいは工業用地の造成等を中心とする地方開発といった面につきまして、やや具体性を欠いており、また不備な点も考えましたので、昨年来鋭意その検討をいたしておりまして、実のところ事業計画につきましてはまだ策定する段階に至っておりません。
#20
○和田静夫君 過ぐる四月三日の本委員会において、中部圏開発整備法第九条に言う事業計画は七月までに作成されることが明らかにされました。首都圏整備法第二十一条の事業計画は存在をしていません。その後私が資料を求めたところ、近畿圏整備法第八条第一項に言う事業計画もいまだ作成されていないことが明らかになりました。
 そこで、まず私が疑問に思うのは、いままでの論議を通じて、古くから施行されている首都圏なり近畿圏なりで作成されない事業計画が、中部圏に関しては七月までに作成されるかということであります。本委員会に対する答弁技術的にもし七月作成説が過日の委員会で述べられたということになるといけませんので、私は注意を喚起するためにも、ここで再び確認の意味を含めてこのことをお尋ねをしておきたいと思うので、訂正をされるなら訂正をされておくというほうが私はよいのではないかと思うのですが、ちなみに、私が中部圏当局に前もって資料として事業計画を求めたときには、六月までには作成をするからひとつこれで検討を加えてもらえぬかという話。委員会になれば七月になる。そして首都圏を尋ねればできていないと言う。近畿圏を尋ねればないと言う。こういう状態でありますので、その辺の統一的な見解というものは明らかにしておいてもらわないといけないと思うのです。
#21
○政府委員(小林忠雄君) 前回の委員会におきまして、中部圏開発整備計画の事業計画がいつごろできるかということに対しまして私がお答えいたしましたのは、基本開発整備計画が昨年の七月にできているわけでございます。そこでそれに基づきまして、中部圏の都市整備区域、都市開発区域及び保全区域の整備等に関する法律、これは昭和四十二年法律第一〇二号であとからできた法律でございますが、それの第三条によりまして、都市整備区域、都市開発区域の指定があったときは、知事が中部圏の開発整備地方協議会――これは関係九県一市を中心とした地方に置かれている協議会でございますが、これの意見を聞いて都市整備区域建設計画及び都市開発区域建設計画を作成し、内閣総理大臣の承認を申請しなければならない、このようになっております。そこで、前回私は、この知事のつくります都市整備区域建設計画、都市開発区域建設計画がおそらく五月中ぐらいには各県から本部のほうに提出されるであろうから、その後、関係行政機関及び中部圏開発整備審議会の意見を聞きました上で、七月上旬にはこの建設計画を承認いたしたい。この建設計画を承認いたしました上で、中部圏開発整備法第九条第一項によります事業計画の作成に着手をいたしたい、このように答弁したつもりでございます。
#22
○和田静夫君 実際問題として事業計画の作成は、いまのような状態の中では不可能なのではないですか。もし可能ならば、なぜ首都圏、近畿圏ではこれができないのですか。本部長――長官、両方まあ兼ねていらっしゃるのですが、建設大臣いかがですか。
#23
○国務大臣(坪川信三君) 先ほど申し上げましたように、昭和四十三年十月に至りまして、昭和五十年を目標年次とする基本計画の計画かすべて完了いたし、また公表の運びになったような次第でありますが、一方、この基本計画の作成作業と並行して、近郊整備地帯及び都市開発区域のそれぞれの一部について、昭和四十五年を目標年次として暫定的な整備計画を策定しましたが、さらに新基本計画に基づいて整備計画の未決定の近郊整備地帯、都市開発区域及び既成市街区の整備計画につきましては、昭和五十年を目標年次として目下その作成作業を進めているところでありまして、そのうちの近郊整備地帯の整備計画につきましては、すでにその原案について関係地方公共団体及び関係各省庁と話し合いを進めているような次第であります。したがって、これらの諸整備計画は事業計画決定の際の上位計画となるべきものでありますので、まずこれらの整備計画の作成に全力を注ぎましてその策定を進め、できる限り早い機会に、法律に定めているように毎年度の事業計画を作成し得る段階に到達いたしたいと、鋭意ただいま努力中であるような次第であります。
#24
○和田静夫君 答弁になっていないのです。本部長にお聞きしたいのですがね。首都圏整備法の十五条では、毎年度とにかく整備計画を作成して、状況を国会に報告するとなっているんですよ。その整備計画とは、二十一条で、いま言う事業計画を含んでいるわけなんですね。これは私は実際問題としては怠られてきた――私は昨年の七月に出てきた新米の議員ですから、初めて法律を読んでみて気がついたんですが、怠られてきた。怠られてきたのなら、これをいわゆる改正をされるといいますか、できないものならできぬということでもって明らかにされるとか何とかいう形のほうが、私はもっと至当なのではないかと思うのですね。私は善意で言っているんです。きょうこの委員会でもって、たとえば切り抜けることができても、あるいはまたこの法案がこのまま通ることができても、来年度になって、同じような形でもって法違反が起こされるというような形になることを私は危惧いたします。そういう無責任なことは私たちはできない、そういう意味で申し上げているのですから。
#25
○国務大臣(坪川信三君) 和田委員の非常に御理解のある、また協力的な立場から、しかも非常に真摯にこれと取り組んでいただいていただく立場から、御指摘また御叱正いただいていることを私は非常に恐縮もいたし、また深く感謝と敬意も表し上げておるような次第であります。したがいまして、これら御指摘になりました点については、十分和田委員の理解ある強力な、非常なありがたい御高見に対しましては、そんたくをいたしまして、そしてそれらの遺憾の点のなきよう、私は今後も事務当局を指導してまいりたいと、こう考えております。
#26
○和田静夫君 事業計画が具体的に立案をされると、すぐ金の裏づけをたとえば求められる。したがって意識的に法を無視して事業計画を作成しないというようにも、一面では実は考えられるわけです。ずるずるとつくられてこないわけですから。そういうことはありませんか。
#27
○政府委員(鶴海良一郎君) 事業計画につきまして、首都圏発足以来、昭和三十三年の旧基本計画策定以来現実にできてなかったという事情につきましては、いろいろ原因はあると思います。原因はいろいろあると思いますが、一つは、三十三年に基本計画をつくりました以後、さらに各種の整備計画を作成していっているわけでありますが、特に周辺の市街地開発区域の基本計画につきましては、三十六年ころから逐次つくっていったわけでございます。ところがその後基本計画そのものが現実と非常に乖離してきたというふうな実情もございまして、それが毎年度の事業計画をきめる根拠としてはきわめてふさわしくないものになっておるというようなことも原因だったと思いますし、ただいま御指摘のように、一つ一つの事業につきまして、首都圏のみならず、近畿圏、中部圏も非常にわずかな陣容でやっておりまして、橋を一つかけるにしましても、それらは幾らかかるかというようなことを実設計をやってはじき出すというような能力は、これはございません。そういうこともありまして、結局事業を実施する府県なりあるいはそれぞれの省なりから、資料を、事業費をはじき出すためにはいただかなきゃやっていけないというふうな事情もございます。そういう事情もありまして、なかなかつくりがたかったんだろうと思います。しかしながら、これは基本計画もでき、整備計画も一応完備いたしますれば、各省の御協力あるいは県なりと緊密な連絡をとっていけば、事業計画は絶対にできないんだというふうな問題ではなくて、やはりこれはそういうふうに計画を軌道にのせていきますれば、やりようはある、またやらなきゃならぬというふうに考えております。
#28
○和田静夫君 自治省と相談してみたら、財政局から金は出せませんとしぼられた。したがって事業計画はつくれませんでした、こういうような形じゃありませんか。自治省、いかがですか。
#29
○説明員(佐々木喜久治君) 首都圏等の事業計画につきましては、私どもの担当しております財政援助の法律は、府県に対する起債の措置、あるいは市町村に対する補助率のかさ上げ等を内容としておるものでございます。そういう意味で、事業計画自体について、自治省がそれに制約を加えるというようなことは一切考えておらないわけでございます。
#30
○和田静夫君 実は首都圏整備委員会事務局職員が少なくて、というような話がいまも事務局長からあったのです。その五十一人の中の私は課長以上の異動関係をあなたのほうからいただいた資料で調べてみました。たいへん激しい異動ぶりであります。このような天下り的異動が、結果的に、その職務として法が義務づける事業計画を長年にわたって作成でき得ない主要な原因の一つになっているのではないか、私はそう思えてしかたがありません。昭和三十七年以降をみて見ますと、事務局長は大体八カ月、十カ月、九カ月、十一カ月の異動です。私は本部長にお尋ねをしたいのですが、八カ月しかいない、十カ月しかいない、九カ月しかいない、十一カ月しかいない、こういう、官僚のいわゆる義経の八そう飛び的なそのポスト、足をつけたとたんにかわってしまう。したがって法がいかに義務づけておっても、その仕事ができない、こういう状態が実は原因として機能しているのではないだろうか、そう考えます。
#31
○国務大臣(坪川信三君) いま御指摘になりました点、私も初めてといいますか、事実御指摘の内容についてはつまびらかにしなかったことを不明といたしておりますが、御説のとおり、やはりその事業遂行、行政遂行をいたす場合においては、やはりかなりの期間を通じて、そしてその人の持つ才能及びその人の持つ経綸、知能というふうなものを生かすということが行政能率の最も大事な問題点であろうと考えておりますので、ここ一、二年の内容を見ますと、鮎川氏の以前にかなり短期間における異動等が行なわれましたことは、私は認めたいと思っております。したがって、御指摘になりましたとおり、また私がいま申し上げました見地から、今後かかることのなきよう配慮をいたしてまいりたい、御期待に沿いたいと、こう考えております。
#32
○和田静夫君 いま本部長そのようにお答えになりますがね。事務局長の段階では、確かに鮎川さんから二年三カ月、そして鶴海さん、かなり腰を入れてお仕事になるといういま態勢だろうと思います。ところが、これも建設関係ですが、計画第一部長を見てみます。この計画第一部長、たとえば三十七年から三十八年まで竹内藤男さん十四カ月、三十八年から三十九年にかけて川島さん十三カ月、次の古田さん十九カ月、次の岩田さん十四カ月、その次の佐治さんに至っては八カ月、計画第一部長のポストにある、建設省から出て来られる役人の方がこういう状態ですね。以下ずっと読み上げてもいいのですが、時間の関係もありますから省略いたします。建設関係をずっとながめると、そういうこと。運輸省関係でも、計画第二部第二調整官をながめてみますと、十一カ月、あるいは一カ年、こういう状態なんです。私はこのことが結果的には仕事を停滞さしている原因になっていると思うのです。天下り的な人事異動の弊害というのは、私は明確にこういうところにあらわれる、そういうふうに思うのであります。特定役人の立身出世のための便法として、特定の役所機構、ポストが、まさに先ほども述べましたが、源義経の八そう飛び的に利用される弊害はいかに私は大きいものであるか、この一事が明確に物語っている、そう言っても過言ではないと思う。実はほんとうに心配になるのは、中部圏では自治省の関係が入る状態になりますから、それらを含んで心配になりますので、ここで明確に一ぺん答弁をしておいてもらいたい。
#33
○国務大臣(坪川信三君) 具体的に計画第一部長、あるいは第二部長等のその異動あるいは就任の非常に短期間である、在職期間の短期間であるということは御指摘のとおりであります。私もこれらの御指摘になりました点について、事務のいかに能率が低下いたすか、あるいは相互間の意思統一なり、あるいは意思の統合というものにいかに悪影響を及ぼすかということは、非常に憂慮にたえない気持ちであります。したがいまして、私は建設省所管の立場から、あるいは三整備圏の長官という立場からはもちろんでございますが、国務大臣という立場から、これらの行政のこうしたまことに遺憾な点などについては、それぞれの機会をとらえまして、政府の統一した立場でこれらの欠点のなきよう配慮もし、また十分なる忠告と申しますか、それらの実行に移すよう全力を尽くしてまいりたいと、こう考えております。
#34
○和田静夫君 自治大臣お急ぎのようですから、自治大臣に一問だけ質問しておきたいと思いますか、野田自治大臣は、過ぐる三月十八日の本委員会で、府県への天下り人事についての私の指摘について、特に顕著なものに対しては今後改める旨の見解を示されましたが、いま申し上げた、おおよそ建設省、運輸省に関する問題ですが、この場合の弊害は顕著であります。中部圏に関しては自治省からの異動がありますから、将来にわたってこのような弊害をぬぐうべく努力をされる約束をされてしかるべきだと私は考えますが、いかがですか。
#35
○国務大臣(野田武夫君) 御指摘のとおり、中部圏開発的整備計画というのは相当長期計画を必要とするものであります。すでに人事の異動を見て、それが理由で計画の立案ができないというようなことは、これはまことにひとり中部圏開発整備委員会の悩みでなくて、国全体から考えてもまことに避くべきことです。御指摘のように、その点は十分配慮いたしまして、これらの計画にあたります場合には、やはり相当の期間これに関連して初めて計画の立案ができる、こう考えております。
#36
○和田静夫君 ところで、首都圏の委員会の開催状況について教えていただきたいと思います。月何回ですか。とにかくどのような審議が過去において行なわれてきたか。
#37
○政府委員(鶴海良一郎君) 首都圏の委員会の開催状況でございますが、これは定例日といたしまして、毎週水曜日午前十時ごろから開いております。定例日どおりに開かれないときもございますけれども、原則はそういうことで、毎週やるということで進めております。
#38
○和田静夫君 審議内容を。
#39
○政府委員(鶴海良一郎君) 審議内容につきましては、これは各種の計画等をつくります場合に、この計画の作成段階から中間報告をいたしまして、いろいろと委員のお考えも伺うということでやっておりまして、もちろん最終的に計画を決定いたします場合は正式に委員会を開きますけれども、中間の段階におきましても、委員の発言をいただいて進めておるというふうな運営をいたしております。
#40
○和田静夫君 いわゆる常勤委員の方々がいらっしゃるわけですから、その常勤委員の方々を含んで、事務局運営の中ではそのいわゆる定例以外に会議が起こされる、そういうような形のシステムになっているわけですか。
#41
○政府委員(鶴海良一郎君) 毎週一回の定例の委員会は常勤、非常勤両方の方にお集まり願っております。ただ、常勤の委員とそれから事務局との打ち合わせ会といいますか、懇談会といいますか、それは第一金曜と第三金曜でございましたか、金曜日に定例的にやろうということで、最近そういうことを始めております。
#42
○和田静夫君 それだけの委員会を起こされながら事業計画ができないという理由は、一体どこにあるんですか。
#43
○政府委員(鶴海良一郎君) 私が就任いたしましたときは一年半ほど前でございますけれども、基本計画自体が全然古い旧法に基づくものしかなくて、しかもいろんな点で軌道に乗ってない面があったわけでございます。この委員会が相当軌道に乗っていきますためには、どうしても根本になる基本計画を改定しなければ、古い基本計画に従ってやっていくということはとうてい不可能になっておったわけであります。そういうことで、最初の一年は全員を督励して基本計画の改定ということに全力投球をしてきたわけであります。その間には、もちろん六十年までの展望も行なってきたわけであります。それが昨年の十月にできましたので、引き続いて、これもまだブランクになっております整備計画等の整備もやっていかなければならないということで、いま全力をあげておるわけでありまして、整備計画が整いますれば、次の段階は事業計画ということに相なろうと思いますけれども、まだ十分に軌道に乗っていないと申しますか、乗りかかっておるという状況であるというふうに御理解いただきたいと思います。
#44
○和田静夫君 内容的には、のちほどもう少し続けてやりますが、首都圏の委員長は、整備法第六条第二項によって、「会務を総理し、委員会を代表する」ことになっておりますから、事業計画が作成されておらない、しかも長年にわたってこれが怠られてきたということに対しては、これはもう責任を感ぜざるを得ない立場にあろうと思うのです。事業計画が作成されていないことは、まさにそういう意味では委員長の責任であります。先ほどから何べんも質問しておるのですが、いかに対処をされるか、明確に御返答を願いたいと思います。
#45
○国務大臣(坪川信三君) 冒頭に申し上げましたごとく、いかに事情があるにいたしましても、それらの結論を策定でき得なかったということに対しましては、まことに遺憾でもあり、また申しわけなく存じておるような次第でございますので、今後かかることのなきよう、いま局長も申しましたような内容をもちまして、これらの策定を早急にいたしますとともに、その実施も、その軌道の方向によって移してまいりたいという強い決意でこれらの償いをいたしたい、こう考えておる次第であります。
#46
○和田静夫君 どうもちょっとわからぬのですがね、大臣、そう言われてもできないのですよ。それだから、その辺をはっきりしてもらわぬと、首都圏ばかり問題になっておって気の毒だけれども、横におかれておる近畿圏でも同じこと、中部圏だって同じことなんです。だからそこをどうするのかということも実はお聞きをしておるのですよ。私も中部地方の出身ですから、この法律案はたいへん関係がありましてね。
#47
○国務大臣(坪川信三君) いわゆる三整備圏の長官といたしまして、私は先ほど申し上げましたようなそれぞれの具体的な整備基本計画等をいたしながら、実施計画を早急に移してまいりたいという最善の努力をいたす所存でございます。
#48
○和田静夫君 そういう答弁であると、こういうふうになるのですよね。近畿圏整備法第九条第二項、中部圏開発整備法第十一条第三項は、それぞれの整備計画は内閣総理大臣が所要の手続を経て決定するものと実は明記をしているのです。事業計画の作成が怠られてきておることについて今後の明確な指針がないということになりますと、私は内閣総理大臣そのものの責任になると、こう思うのでありますが、総理は一体いかに考えるかといういわゆる質問をせざるを得ないわけであります。委員長取り計らいをひとつお願いしたい。
#49
○国務大臣(坪川信三君) 私といたしましては、責任をもって四十五年度から必ずこれを実施するという計画と強い決意のもとでこれを立案いたして、いま急いでおるというふうなことで御理解を願いたいと、こう思います。
#50
○委員長(内藤誉三郎君) ちょっと速記をとめて。
  〔速記中止〕
#51
○委員長(内藤誉三郎君) それじゃ、速記をつけて。
 本案に対する本日の審査はこの程度にとどめます。
 本日はこれにて散会いたします。
  午後一時六分散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
【PR】姉妹サイト