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1968/07/15 第61回国会 参議院 参議院会議録情報 第061回国会 地方行政委員会 第25号
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1968/07/15 第61回国会 参議院

参議院会議録情報 第061回国会 地方行政委員会 第25号

#1
第061回国会 地方行政委員会 第25号
昭和四十四年七月十五日(火曜日)
   午前十時五十分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 七月十一日
    辞任         補欠選任
     小林 国司君     園田 清充君
     鈴木 省吾君     温水 三郎君
 七月十四日
    辞任         補欠選任
     園田 清充君     小林 国司君
     温水 三郎君     鈴木 省吾君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         内藤誉三郎君
    理 事
                熊谷太三郎君
                吉武 恵市君
                山本伊三郎君
                原田  立君
    委 員
                小林 国司君
                小林 武治君
                鈴木 省吾君
                増田  盛君
                柳田桃太郎君
                山崎 竜男君
                若林 正武君
                竹田 四郎君
                千葉千代世君
                松澤 兼人君
                和田 静夫君
                阿部 憲一君
                山田  勇君
   国務大臣
       自 治 大 臣  野田 武夫君
   政府委員
       人事院事務総局
       任用局長     岡田 勝二君
       厚生省社会局長  今村  譲君
       自治省行政局長  長野 士郎君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        鈴木  武君
   説明員
       自治省行政局公
       務員部長     鎌田 要人君
    ―――――――――――――
 本日の会議に付した案件
○地方公務員法の一部を改正する法律案(内閣提
 出、衆議院送付)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(内藤誉三郎君) ただいまから地方行政委員会を開会いたします。
 地方公務員法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 前回に引き続き質疑を行ないます。質疑のおありの方は順次御発言を願います。
#3
○山本伊三郎君 この間行政局長に言っておきましたね、知事、市長の陳情に来た人の氏名と、その旅費はどうなっているか調べてみてくれと言ったけれども、それはどうなっているか。
#4
○政府委員(長野士郎君) この間の日に陳情に来ておりました者につきまして調べましたが、陳情に来ておりました者は、私が調べましたところでは、奈良県知事、青森県の議会の議長、それから市長会の会長になりました川崎の市長、その他の地方団体の関係者のようであります。詳細にはちょっとわかりねますが、そういう関係者も含めて数十人の人がおったようであります。その関係費というお話であります。旅費につきましても、調べましたところでは、おおむねそういういま申し上げましたような人たちは、公務ということで、公費をもって来ておりますが、その理由は、他の用務も兼ねておりますのと、多年の要望ということで、そういう公務の一つとして陳情に来たというようなことを理由としておるようでございます。
#5
○山本伊三郎君 そのけじめをはっきりしておいてほしいと思う。来るのは私はいいと思う。市長といえども国民の一人ですから、国会に対する陳情、請願という権利はあるんですからね。しかし、来るのはほかの用務と兼ねて来たといいながら、公費で陳情する。こういうことが認められるとするならば、やはり私は府県政なり市政が乱れてくるもとだと思う。地方公務員定年制の問題については、望む人もあれば、反対する人もあるんですね、国民の中では。その反対する人の納めた税金も、その何百万分の一か知らないが入っておる。そういうものを使って、法律案の反対の陳情ということを正々堂々とやれるならば、一体どうなるんですか。私は問題があると思う。自分の費用で来るというその犠牲的精神があって来るなら、ほんとうにどうしてもこの法律は通したいという気持ちはあります。生産者米価の引き上げも、農民は何万と来ますが、全部自分の費用で来ているんですよ。また、定年制反対で地方公務員の人々が何百人、何千人来ておると思うんですが、みな自分の金で来ておる。公費は一切もらっておりませんよ。そういうものを自治省が認めておること自体について問題があると思うんです。鎌田さん、きのう何かのテレビで公務員に非常に説教するような、きめつけるような、何のテレビだったか、言っておられましたけれども、そういうことを言うこと自体、市長なり知事なりが自分で自粛すべきでしょう。そういうことを私はこの法律案審議の過程において、私はこの問題を明らかにしてもらわなければ承知できないと思うんです。政治の乱れるのはそこですよ。いかにもっともらしく言っておっても、そういうことをやるから私は政治が乱れてくると思う。その点はひとつ明らかに大臣からしてもらいたいと思うんですね。
#6
○政府委員(長野士郎君) 法案の問題、予算上の問題、財政上の問題、あるいは補助金等の問題等につきまして、地方公共団体側として、それについての立場、いろいろお話のようにあると思いますが、それを実現することが地方団体の運営上必要だという考え方で、それを国なり政府なりに働きかけることのよしあしの問題は私はあると思います。けれども、そういうことが全然、そういう意味で地方団体の側から考えました場合に、公務の範囲に入らないかということになりますと、やはりそれは公の自治の運営のために必要だという認識に立っております場合には、これはそういうものも入ると考えるのがやむを得ないことではないだろうかというふうに思うわけでございまして、この問題について限定をいたしますと、これも歴史的な多年にわたる地方団体側の希望というものは現実にあるわけでございますが、そういうことを含めまして、ほかの用務も兼ねてやって来たということについては、私はやむを得ないのではなかろうかというふうに思っております。
#7
○山本伊三郎君 そういう態度がぼくはどこまでいくかわからない。地方団体としては、これは望ましいものであるから公費でやってもいい、そうすると一つの政治活動ですよ。法律はもうとにかくこれは通してもらいたいということは、一つの政治運動です。国民としての権利の行使でしょう。市長だから特別にそうやっているわけではない、少なくとも国会に対してですよ。そうでしょう。地方団体が望ましいからといって、公費を使ってもいい。会社なんかの陳情の場合にそれじゃ公費でやるか、やらぬでしょう。国会というものは法律を審議する、国民のための法律をつくるんですよ。何も市長のために定年制つくらぬですよ。国家の方針として、政府は定年制が必要だとして出したんでしょう。市長が要求したから出したんじゃないでしょう。そうじゃないから、その法律に対して通してもらいたいし、運動しておるんですよ。だから、市長として必要だからやるということはいいとおっしゃるかもしれないが、府県や市の金を使ってやるということはどうかということですよ。そういうものが許されるなら、私根本的に考え直したい。市に必要だから市の金を使って国会に陳情してもいい、これは公費を、税金を使っているんでしょう。農民の場合、あるいはその他の法案に対して反対する会社もあります。それらは決して公費を使っておりませんよ。たまたま市長という立場におるから公費を使っておるんじゃないですか。この法律は一体だれが出したのですか。政府が出したんでしょう。国政上必要であるということで立法府に出してきたんですよ。それを公費を使って運動するというのは何事ですか。あれは運動ですよ。陳情という一つの政治運動です。それ自体を認めるんですか。市のためになるか、会社のためになるか、これは地方公共団体のためになるということで運動するんですが、その運動に対して公費を使ってやる、運動するということは認めますか。どうです、大臣。
#8
○国務大臣(野田武夫君) まあ山本さんの御意見ですが、この陳情、請願、これは自由です。どの団体にしろ、いろいろな問題についてやっておりますが、この間私は会っていませんから、だれだれが来たということはわかりませんが、まあいまのお話ですが、公務のそういうことで、他にまた用事があって、同様にこの問題で陳情する。それが公費で来ている。これは市の一つの行政の運営上、県の行政の運営上そういうことが望ましいと、市長、知事が認定している。自分の個人のことでなくて、やはり自分の担当している市の行政、県の行政上、そういういま出ている、国から出している法律の成立を希望するという場合の陳情といいますか、そういうときに、なかなかむずかしいと思います。常識的に考えましても、端的に申しますと、それは山本さんがおっしゃるのは間違っているとか、そういうまっこうからの話じゃないんですが、他に用務もあったのか、またこのやる行為が個人の行為であるか、市長としてまた知事としてやっている行為であるかということに、また分析する必要もありますから、一がいにその行為が、公費で来たことは全然いけないと断定することは、やはりその間のつまり市長の立場、知事の立場、自分の行政の運営という関連からいたしますと、私はやむを得ないのじゃないかという気がいたしますが、ことに、いまほかの用事も兼ねてやっていることといたしますというと、必ずしもそれが間違っているというところまでは私も考えをいたしません。しかしそれらのことも内容の分析ですから、これはお互いの分析をする何といいますか、基本的な考え方でありますが、いま局長の申し上げましたとおり、まあそれはやむを得ないのじゃないかということで答弁をいたしておりましたが、大体私も同様の感じがいたします。
#9
○山本伊三郎君 よく政治家として考えていかなくちゃいかぬと思いますね。市長は個人じゃなくて公人として来ておると言うが、あれはやはり反対する人もあるでしょう、反対する人もある。したがって、そういう反対する人には旅費は出さない。賛成する人は公費でみる。また一方から言うと、市長は権限があるからそういうものに陳情にいくのだという、おそらく県議会なり市議会の同意も得てきていない。自分個人で来ているのでしょう。じゃ、そういう人だけ出して、反対する人は出さない。政治の面からいったら非常に不公平じゃないですか、不公平でしょう。そういうものをいままでも黙って皆認めておるんですよ。私は、数をあげれば幾らでもありますよ。しかし、個人的なことをあばくことは私は非常に好かないから言わないだけです。そういう自治省が、公務員は非常に何千人という汚職といいますか、そういうものはたくさんおるのだ。国民に対して済まぬということは、鎌田さんたちは知っているのですよ。しかもその上に立つ者は気づいていない。いいことしていると思っておりますけれども、国民生活、納税者から見ると非常に問題があります。それは何も汚職とかそういうところに金は使っておらない。用務を兼ねて来て、たまたま国会に陳情したということにしているけれども、ずっと調べて見なさい。はたしてどういうものの用事で来たか。陳情がおもな用事ですよ。陳情するために来いということに、知事会ですか市長会ですか、何か知りませんけれども、出しておるでしょう。それは陳情を兼ねてほかの用務をしたか知りませんよ。陳情をするということが重要な用務で、あれ全国で集めておるのですね。それはいいですよ、集めるのはいい。しかし、それはすべて市民の税金でやっていることに疑義がある。この法案に反対している人もある。この法案に反対する者の税金を使っておるのですよ。そういうものを使って、この定年制を早く通してもらいたいという陳情をわざわざこの委員会まで入ってきてやっている。あつかましいにもほどがある。良識を疑いますよ、そういう頭の。しかし良識を疑うけれども、これが普通になっているのですね。気づかないのですよ。気づかないのでしょう。あの人たちはいいことをしていると思っているでしょう。自治省はそれを認めるというのでしょう。一体どうなるのですか。反対の人も旅費を出しますか。この法律案反対だといって旅費を請求したら、出しますか。それはどうですか。
#10
○政府委員(長野士郎君) 先ほどから申し上げておりますように……。
#11
○山本伊三郎君 先ほどの答弁じゃ気に入らぬから言っている。
#12
○政府委員(長野士郎君) やはりその制定を望むという考え方、立場に立つ人が制定の促進方にやってくる、そうしてこれは、市としての全体の立場としてそれが適当だという考え方でやってくるわけであります。それは市長あるいは知事としてまかされた予算の経理なり旅費の使用という分というものの範囲の中でやっておるということでございまして、反対のためにやってくる者にも同じかと、ある市で反対だということでありまして、そうしてその市の場合に、こういうものを制定してもらっちゃ困るということで出てこられる場合もこれはあり得るだろうと思いますが、賛成している市のところに反対の人がおって、その反対の分も当然出せということが、市としての立場で考えた場合にどうなるか、これはそれぞれの市の置かれた条件、あるいは市長の考え方というふうなものによってこれは問題が違ってくるのじゃなかろうかというふうに思うわけでありまして、一がいにはなかなか申し上げられないと思います。
#13
○山本伊三郎君 あなたらなれてしまって、あなたら地方財政がどうこうといっていろいろ言われるけれども、そういうけじめをはっきりつけておかなければいけませんよ。だからそういう、しかもたくさん来るのですね。代表が一人、二人来るのだったらいいけれども、相当たくさんな人が集まって――私は全部調べましたけれども、全部公費ですよ。そういうものは市民も知らない、分析もしておらない。そういうところに使うロスをどうするかという問題ですね。陳情は国民の個人の権利として憲法では認めておりますから、それはいいですが、それを税金を使って公費でやること自体どうかということを私は言っているのです。反対でも賛成でもですよ。賛成の人に出したから反対の人に出すかと私は聞いたけれども、私は応対でも賛成でも、国会に対する陳情とか請願に来る場合には公費というものを使うべきじゃない。私はもう前からそれを言っておるのですよ。それが政治の乱れるもとですよ。それから市民から見れば、またそういうことを大きくクローズアップしてないけれども、それが大きい。陳情政治とか何とかいわれるそれの費用を一体どれほど見積っていますか。たとえばこの定年制だけじゃなしに、あらゆる陳情とか何かの費用、全国的に市長なり関係者が来る費用は一体どのくらいありますか。そんなことを調べましたか。私、そういうもののけじめをつけなさい――いま地方公共団体に対していろいろ問題がありますよ。公害とかたくさんあります。それは全部財源につながっていますよ、お金につながっていますよ。そういう市民大衆に納得さすために、そういう冗費というもの、必要でないものを自治省がやはり押えるべきだと思うんです。それはやむを得ないとして認めるところに、私はますます紊乱するということを言っておるんですよ。一体それは幾らぐらい使っているんですか。わからぬでしょう。
#14
○政府委員(長野士郎君) そういう陳情等でどれだけ使い、どれだけ人間が来ていますかということになりますと、これはわかりませんが、一番多いのは、毎年予算期になりまして、年末近くになりまして、地方財政問題、あるいは各省所管の補助金の増額要求、いろんな問題で、地方団体からといいますか、それは各いろいろな団体もございますが、地方団体におきましては、いろいろある意味では総力をあげて上京してまいるという状況は、これはもう御指摘のとおりだと思いますが、この点について、それが必ずしも適当だというふうには私どもは思っているわけではございません。これは国、地方の行政、財政、政治的ないろんな運営のあり方、いろんな問題が関連して、今日そういう姿を来たしておる、各県が東京に事務所を設けておるというのも、ある意味ではそういうものの根拠地のような面もあるわけなんです。これが非常に、全然むだだとも思いませんが、またそういう面での何と申しますか、やむを得ない一つの自治体としての対応工作といいますか、対応手段として用いられておるということは、実情においてもこれは自治体だけの反省ということだけではなかなかうまくいかないという面もあるわけであります。その点については、これは全体の問題として私は考えていっていただくべきじゃないかというふうに思うのでございます。
#15
○山本伊三郎君 何かわけがわからぬですね。納得させない。あなたも実際そういうことになれ切っちゃって、普通のように思っておる、そういうことに。一体いまの政治でいいかどうか、これは一応問題は発展してきたが、一応これは別にしますが、この定年制について、来た人について、何十人来たか私は数えようがなかった。これはこの前も来ましたが、そういう政治運動、これはひとつの運動ですよ。この法律に対してやってもらいたいとか、やってもらいたくないというのは政治運動ですね。そういう純粋な政治運動に対して旅費を使うということについて、私は絶対に認めない。そういうものを認めることによって非常に私は市政なり県政が乱れてくる。そういうことについてはもう少し明らかにしてもらいたいし、これは自治省でつかめるかどうか知りませんが、そういう運動が自発的に起こっておるものか、そういうものを越えてどこかから指令出したのか、よく聞いておいてくださいよ、どこから来てもらいたいという指令出した人がおるのか。それと、来た人について、この問題で私二回来た人を知っております。これは知事会なり市長会を調べたらわかっておるのですから、その人の氏名、それから、他の用件で来たというなら他の用件で行った先、これを調べてもらいたい。あとでつくってもだめですよ、ちゃんとこちらが先に手を回しておるから。だから、あなたいま、他の用件で来たら他の用件、主たる用件は何であったか、自治省にこれだけの陳情をしたあと集まって、国会に集合してきたというならばその主たる用件、それを出してもらいたい。きょうは十五日ですから、十七日と言えば無理があるかわからぬから、二十二日までに調べて出してもらいたいということでお預けにしておきますから、いいですね。
#16
○委員長(内藤誉三郎君) いいですね。
#17
○政府委員(長野士郎君) できるだけ調べてお答えいたします。
#18
○和田静夫君 前の委員会で、日本国憲法に基づく若干の論議を行ないました。特に基本的人権としての社会権と、それに基づいて、政府が、権力者側が職を奪うところのそういう権利を持っていないという観点に立って質問いたしましたが、その答弁のいずれもが私を納得させることができませんでした。したがって、論議は論議として残っていますが、きょうは若干細部の問題に入って、後刻もう一ぺん憲法に立ち返った論議というものをやってみたい、そういうふうに考えます。
 そこで、最初に広義の分限と狭義の分限という問題で長野行政局長の見解を承ったのでありますが、もう一ぺんちょっとあなたの答弁を思い起こしながら次のように理解を、私の理解に誤りがありましたらあとの論議が進みませんので、理解をする意味で整理をさせていただきます。したがって、自治省の側の論理の組み立て方からいってこういう理解になるがという形で質問をいたしますので、その理解でよいのかどうかというそういう答え方をしていただきたいと思うのです。
 地方公務員法の第二十七条、これは御存じのとおり「分限及び懲戒の基準」という条項でありますが、その第二項は、「職員は、この法律で定める事由による場合でなければ、その意に反して、降任され、若しくは免職されず、」云々となっています。そして、定年制が本人の意に反してやめさせるという意味においては分限免職である、これが、定年制は広義の意味における分限免職であるということの意味である、そういうふうに理解をいたしました。しかし、地公法は第二十八条、これは「分限」という条項ですが、第一項の第一号から第四号までで分限の具体的内容をあげています。この中のどの号にも定年制は該当しませんし、そこで意味させようとしている分限の意味とも若干異なる内容を持っています。これが、定年制が狭義の意味における分限免職ではないということの意味である。したがって、定年制を第二十八条「分限」という条項の中には規定することをやめて、離職の態様ということで別に一条を起こす。しかし広義の意味での分限であることは間違いないので、第五節「分限及び懲戒」の中には入れておく、こういうふうに受け取ったのですが、そういう理解でよろしいわけですね。
#19
○政府委員(長野士郎君) いまお話がございました、定年制が広義の分限免職だというお話でございますが、私どもはそういうふうには考えておりません。つまりここで、現在の地方公務員法でいっておりますところの分限免職といいますものが、第二十八条にあるところの分限免職でございます。したがいましてこの二十七条に書いておりますところは、法律に定める、法律の場合でいいますというと、法律の定める事由による場合でないと、その意に反して解任され、免職されないということでございますから、そういう意味での解任なり免職なりということは、現在の地方公務員法では、その関係の法律に基づく事由といたしましては、二十八条なり二十九条なりというものがその法律に基づく事由を列挙しておるわけでありまして、法律に基づく事由の中には、これはいかなる意味におきましても定年退職というものは入っておりません。したがいまして、そういう意味で現在の地方公務員法の二十八条なり二十九条なりというものは、狭義の分限、特に分限免職におきましては狭義の分限免職を考えておるに過ぎない、こういうことになると思います。ただ、従来の考え方を御紹介いたしますならば、そういう狭義の分限免職しか書いておりませんときに、一体定年制の問題はどうなるんだということを考えました場合に、つまり地方公務員法の中には全く定年制についての根拠規定がないということに、少なくともこの狭義の分限の中では定年制についての根拠規定はもちろんないというふうに考えられておるわけであります。私はこれは当然であろうと思います。しかしながら、同時にこの公務員法の分限なり懲戒なりという全体の原則から考えまして、やはり定年制というのは分限免職ではないけれども、一定の年齢に達しました場合には当然に退職するというわけでございまして、免職ではございません、退職ということでございます。このことは国家公務員法の中にも、特殊なものだということになるかもしれませんが、定年制をしいておる職種もございます。それについても、やはりそれは分限免職という考え方ではございませんで、退職、退官という考え方であります。
  〔委員長退席、理事熊谷太三郎君着席〕
そういうことでございますけれども、全体としてこの公務員法のたてまえからいいますというと、やはりそういう定年退職というような離職については、何らの規定はないけれども、法の体系全体からみた場合に、やはり法律に根拠がなしにそういうものが制定し得る、地方団体が自主的に制定し得る、こういう考えはやはり無理ではないかということから、地方公務員法が実施になりました以後におきましては、地方公共団体で従来つくっておりました定年制条例というものはこの法律に違反する疑いがあるというので、地方団体として自主的に定年制をとるという措置を停止したといいますか、廃止するということにいたしたわけでございます。そういう考え方の基礎になりますのは、やはり職員の身分の得喪でございますとか、あるいは職員の身分の保障というのは、狭義の分限免職というものとは別に、やはりそういう身分の得喪なり身分の保障等に関するものは、事柄の実質的意味においてやはり分限に関するものだということが当然に考えられてしかるべきではないか、これが従来からの考え方でございます。したがいまして、そういう意味で、それは狭義の分限免職には入らないけれども、広い意味でのいわゆる広義の分限というものに該当するということで考えていくべきではないかということでございまして、定年退職が分限免職――分限免職に二通りあって、狭義の分限免職と広義の分限免職で、広義の分限免職に定年退職が入るというような考え方はとっておらないのでございます。
#20
○和田静夫君 少し進みますが、少し何かおかしい。私のほうではなくて長野さんのほうに混乱があるような気がするんですが、これはあなたではなく、自治省の書かれたものをちょっと指摘してみたいと思いますが、自治省から出されておる現行自治六法四六二ページ、地公法二十七条の規定のあとに、定年制に関する行政実例が一つ載っております。この地公法制定当時のといいますか、これからいきますと、この地公法制定当時の自治省の考え方には、広義の分限、狭義の分限などという区別はもちろんない。定年退職というのは分限退職なのかそうでないかという形でしかこの問題は立てられていなかったと思うんですね。で、地方公務員月報の四十三年四月号で公務員課の第一課の吉本幹彦さんという人がこういうふうに言っておられるわけです。「現行地方公務員法上、地方公共団体が条例で定年制を定められるか否かについては、二つの考え方がある。定年退職も分限免職の一であり、これを採用するためには法律上の根拠を必要とする(法第二七条第二項)という考え方と定年退職は分限の問題ではないから現行法の下でも条例で定め得るという考え方である。従来自治省においては、前者の考え方がとられて来た。」、ここで私が指摘するとおり、定年退職も分限免職の一つであると、明確にこう書かれておる。ですからこういう限りでは、私は広義の分限も狭義の分限もなかったと思うんですが、広義、狭義というのはどうですか。
#21
○政府委員(長野士郎君) 私、いまのお尋ねを多少取り違えておるかもしれませんが、一応お答えさせていただきます。分限免職という現在の地方公務員法二十八条の規定、この中からは、私は先ほども申し上げておりますとおり、いかなる意味におきましても定年制という問題はこの中には入っていないというふうに私どもは考えるべきだと思うのであります。しかしながら、地方公務員法二十七条なり、あるいはそれ以外を考えてもいいわけですが、地方公務員法全体の体系から言いまして、つまり定年退職というようなものは、やはり分限免職ではないにしても職員の身分の得喪なり変更に関する問題だから、自主的にこれは広い意味では分限の一つだと、広い意味といいますか分限の重要な一つの事項だと、こう考えるべきではないかと思うわけです。したがいましてそういう点では、現在の地方公務員法では、やはりそういうものにつきましては規定がないからやれるというのじゃなくて、やはり全体の体系なり地方公務員法の考え方というものからいきますと、これも法律の根拠なしには定年退職というものも考えるわけにはいかぬ、そういうことを法律の根拠なしに認めるという精神ではないというふうに考えるべきではないかと思うわけでありまして、そういう意味で、結局法体系の全体からして、法律の根拠なしに定年制を認めない趣旨であるというふうな考え方、その考え方は、分限免職に入っているという考え方ではもちろんございません。したがいましてそういう意味では、広義の分限というもので考えました場合でも、法体系全体としては、法律の根拠なしには定年制を認めない考え方だと解するのが相当だという考え方をとっておるわけであります。もちろん学説と申しますか、考え方といたしましては別個の考え方もございます。およそ定年退職というものは、ちょうど任期のある特別職についてから任期が満了すれば当然にその職を退くのと同じで、一定の年齢に達した場合に職を退くという考え方は、単にその意に反して免職されるとか解職されるとかいう考え方ではないんじゃないかというような考え方もあるわけでございますが、自治省としてはそういう考え方はとっておりません。やはり法体系全体からして、法律の根拠なしにはそういうものの制度をとることは許されない、こう考えるべきであるという考え方でございます。その考え方の基礎になっているのは何かといえば、それは狭義の分限免職ではない。狭義の分限免職ではなくて、職員の身分の得喪なり身分の保障等に関する意味での非常に重要な分限の問題だというふうに考えるのが至当である。そういう意味で、これは広義の分限というものの重大な問題だというふうに考えておるわけでございます。
#22
○和田静夫君 五月十六日の衆議院の地方行政委員会で社会党の細谷委員の質問に答えて、長野行政局長は次のように言っておられますね。「三十一年等の改正案におきましては、どうも事柄が分限免職とは全く違うカテゴリーに属するものでありますと私ども考えるのでありますが、それを二十八条の中の改正案に入れますことは、そういう狭義の分限の例外を開くというふうな誤解を与えるおそれがあるというふうに私どもは考えたわけでございます。そういう意味で、いままでの改正案が全く間違いであるとは私ども申しませんけれども、より適切な改正案として今回の改正案に直したほうがよろしいというふうに考えたわけでございます。」そこで私は、その定年制が「分限免職とは全く違うカテゴリーに属する」と言われるあなたの論拠というものをいろいろ考え、探ってみたわけです。あなたは確かにいま読み上げましたことばの少し前で、それらしいことを言っていらっしゃるのですね。つまりこうです。「分限でありますと分限免職という考え方になりますが、国家公務員の場合でもやはり退官という考え方で別個の概念規定をとっております。一般論ではない」――いまもそう言われておりますが、「一般論ではない特殊な問題だから、そんなものは問題にならないという御議論もこれはございましょうけれども、やはり定年というものを考えます場合に、狭義の分限かどうかということを考えます場合の法律的性格は同じだろうと思います。そこで、いろいろ検討いたしました結果、やはり分限免職というのとは違う、国家公務員でいえば免官でありましょう。免官というのと違って退官であるというのは、これはごく一部の国家公務員についての定年制のありますものについての関係でございますけれども、そのことは非常に明らかに国家公務員の関係において規律しておるようであります。」それじゃ、ここで言われている免官と退官とは、その意味においてどのような違いがありますか。
#23
○説明員(鎌田要人君) そこで申しておりますところの免官は、ほかならぬここで申しております分限免職でございます。で、若干補足して申し上げますというと、地方公務員法第二十七条第二項のその意に反する免職というものの中に定年退職が入るかどうかということにつきましては、御案内のように、地方公務員法制定当時の自治省の有権解釈といたしましては、第二十七条第二項のその意に反する免職の中に定年退職が含まれるという解釈をとっておりまして、その後たとえば国におきます立法例――裁判所法でございますとかあるいは検察庁法でございますとかあるいは自衛隊法でございますとか、国家公務員につきまして定年制をとっております職種につきましての立法例を調べてみますというと、免官というものと退官というもの、すなわち分限免職によりますものとそれから定年制によって官を退くというものとは、明らかに立法的に規定を使い分けをいたしております。
  〔理事熊谷太三郎君退席、委員長着席〕
分限免職と申しますのは、あくまでも一定の分限事由があります場合に、その意に反して免職される。定年退職の場合におきましては、一定の年齢に達することによりまして、たとえば裁判所あたりでは、あなたは何月何日付で定年に到達せられましたので通知します。こういうことをもって手続としては了しているようでございます。退職免官手続というものをあらためてとっておられない、そういう立法例に徴してみましても、やはり分限免職というものと定年退職というものとは立法上明らかに区別をされておる、またその考え方はとってもって地方公務員法の場合においても当然そういう考え方が成り立ち得るのではないか、こういう考え方が基本にあるわけでございます。
#24
○和田静夫君 もっとざっくばらんに言いますと、免官というのは本人の意思に反してやめさせるのでしょう。退官というのは、少なくとも、主観的にか客観的にか本人の意思によってやめるということになるわけですね。
#25
○説明員(鎌田要人君) いまの定年退職の場合におきます退官は、本人の意思というものは一切入らない、いわば自動的に一定の年齢に到達したことによってその身分を離れる、こういうことだろうと思います。
#26
○和田静夫君 いや、私は退官のことを言っているんですが、退官の場合は、たとえば主観的にか客観的にか考えてみますと、主観的にはまだ仕事を続けたいと思っていても、それは少なくとも生活のためではない、いわゆるいま言われた裁判所か何かの例ですよ、裁判官とか大学教授などが老後の心配がない、後進に道を譲る、そういった程度でやめていく場合ということでしょう。
#27
○説明員(鎌田要人君) その場合でございますと、むしろ辞表を出して辞職という――今度離職の規定を入れておりますけれども、その場合に当たるのではないかと思います。
#28
○和田静夫君 幾つか知りませんよ、たとえば裁判官七十歳なら七十歳としますね、本人は能力あるし、やっていきたい、主観的にはそう思っている。しかしながら、そこに一つの区切りがつけられておる。そうすると、その区切りというのは、客観的には後進に道を譲るためにつくられたものである。したがって、そこで後進に道を譲るためにいたしかたなくやめていくのだという形のものが退官でしょう。しかし本人は、ある意味では、やめたいというのは弁護士になったほうがよほどもうかる、と言ったらおこられるかもしれませんが、生活上ではある意味では楽になるかもしれない、そのことを選ばずにその仕事をしていきたいというのは、その仕事に対する使命感を持っている。そういう意味では主観的にはまだまだいたい。しかし大学教授が六十なら六十、あるいは裁判官が七十なら七十ということで一定のものを設けられているから、そこには後進に道を譲るという意味で、こういうことが、裁判官と大学教授とが持っている退官の制度ではないですか。
#29
○説明員(鎌田要人君) 退官ということばを一応免官という観念、すなわち分限免職と定年退職というものを国の立法例において使い分けをしているという意味で退官ということばを持ち出したために若干議論が混乱しておるように私は思うのでございますが、退官――いま申しております意味のいわゆる定年退職に相当します退官という場合に、それは主観的には私はいろいろおっしゃいますように事情あると思いますけれども、形としましては、やはり一定の年齢に到達したことによって、その人の主観的事情にかかわらず、いわば自動的に離職する、こういうことだろうと思います。
#30
○和田静夫君 それは離職をするわけですね。さっき言われた自動的に辞職するわけではないのですね。離職するわけですね。言ってみればそこに意思が働かないということですか。
#31
○説明員(鎌田要人君) 定年退職の場合には、おっしゃいますようにそこには意思は働かないということだろうと思います。
#32
○和田静夫君 それではなぜいま言われたように裁判官だとか大学教授だとかいうものについてだけそういうものがつくられていますか。
#33
○説明員(鎌田要人君) 国家公務員の場合、いまございますのは御案内のとおり裁判官なり、あるいは検察官なり、あるいは自衛官なり、そういった特定の職種について定年制が設けられておるわけでございます。それぞれの職種によりまして定年制が必要とせられる理由というものはおのずから異なってまいる。たとえば自衛隊の場合でございますというと、何といいますか、比較的肉体的な若さといったようなものが要求される陸曹というようなところでございますと、たしか三十五歳が定年でございましたか、あるいはまた裁判官等の場合でございますと、七十歳あるいは六十五歳、こういう定年があるようでございます。それはそれぞれの職種に対応いたしまして、やはり私、どもが申しております職場におきまする新陳代謝の促進あるいは計画的人事配置、こういうねらいが立てられて行なわれておるのではないかというふうに理解をいたしておるのでございます。
#34
○和田静夫君 私それじゃもう一つ進みますが、問題にしてみたいのは、いま出されているところのこの定年制は、一般の地方公務員にとっては実態的には免官ではないか。これはぜひ大臣からお答えをいただきたいのですがね。大臣、この本は、そこにおられる長野行政局長の「逐条地方自治法」に匹敵する実は権威があるのだそうであります。これは、元自治省の公務員課長であり、自治大学校の校長をやられたりした、いま万博のあそこに行っていらっしゃる今枝信雄さんの「逐条地方公務員法」ですがね。この四〇四ページを見ますと、定年制に触れてこういうふうに書かれているのです。「国家公務員の場合には、次にかかげるように、大学の教員、会計検査院検査官、公正取引委員会の委員、裁判官、検察官および自衛官などその職務の遂行に当たって独立性が要求され、従ってその身分が強く保障されている官職そのほか特殊の職務と責任を有する官職について定年制が設けられている。」、こうなっていますね。
 そこで、つまり私がここで言いたいことは、先ほどから退官と免官という概念の区別を行なおうとしたのですが、前の長野行政局長の答弁の中にもありましたように、「これはごく一部の国家公務員についての定年制のありますものについての関係でございますけれども、」――さっき読み上げましたと断わったように、退官と免官といった概念の区別ができるのはごく一部の国家公務員だけではないか。つまり定年制において退官という概念が成り立つのは、大学の教授とか、裁判官とか、いま今枝さんの本で読んだ「その身分が強く保障されている官職」ではないか、あるいは軍人のような、自衛官のような特殊な公務員ではないかということなんです。多くの一般公務員にとって定年制をしかれるということは免官なのではないか。大臣、常識的にいかがお考えになりますか。
#35
○国務大臣(野田武夫君) 行政局長から。
#36
○政府委員(長野士郎君) 私、そういう職種であるから免官以外に退官ということが言われるのであって、一般の職種であれば免官ということしかないのじゃないかというようなお話のように承ったわけでございますけれども、この分限免職というのは、これは年齢のいかんにかかわりませず、たとえば年齢が若かろうが、多かろうが、とにかく個人的な理由によりまして、そういう事項に該当いたしました場合には免職させられるということでございます。そういう意味で、本人の意思にかかわらず、そういう認定があれば、そういう任命権者の免職というアクションが必要になりますけれども、そういう処分によって職を退けられる――退けられるというか、免ぜられるわけです。定年退職の場合には、そういう任命権者によるアクションはもちろん必要でございませんし、また個人的な理由ではなくて一定の年齢に達するということ、これはその関係の人にはすべて適用になる理由によりまして、その時点で退職をしていくということでございますから、免職処分というような意味のアクションというものは全然ないわけでございます。したがいまして、そういう意味で、一定の年齢に達した場合には、その時期に当然退職するということでございますから、先ほどもちょっと申し上げましたが、ちょうど特別職に任期がある、任期満了ということがあれば、これは何らのアクションを必要とせずして当然に任期満了による退職というものが行なわれる。同じような関係が一定の年齢というもので行なわれる。法律的な関係は必ずしも全く同じだとは申しませんけれども、そういうことでございます。その点では、国家公務員の場合における免官なり、退官なりという考え方も同じだというふうに私どもは考えております。
#37
○和田静夫君 大臣に常識的な考え方を求めたのだけれども、あまり常識的でないような答えが出てきてしまいましたが、期限つきと一緒ですか、特別職なんかのいま言われたようなのと。そんなことになりますか。
#38
○政府委員(長野士郎君) 期限つきと申しますか、一定の年齢に達すれば当然に退職するということでございます。で、そういう意味では、ちょうど特別職の任期が満了して退職するというのとやや似たものだということを申し上げたのでございまして、ですから、その場合には、その意に反するとか反しないとかいうことじゃなくて、当然にその年齢に達することによって退職というかっこうになってしまう。そういうかっこうでございますから、その点では免職という概念と違うというふうに考えておるわけでございます。
#39
○和田静夫君 その一定の年齢をしくこと自身が私は憲法違反だと言っているのだから、そこに論議のあれがあるのですがね。
 それでは契約論との関係ではどういうことになりますか。たとえば雇用契約がある。雇用契約を結んだときには一定年齢というものはなかったという形で、いまの場合は突然一定年齢がしかれる。そうすると、契約論との関係はどういうことになりますか。
#40
○政府委員(長野士郎君) その点では、昨年の暮に最高裁判所のその辺に関する民間企業に関する判決が出ておりますが、それはたしか、労働契約の中に定年に関する条項が入ってなかったということがあっても、それはただ雇用期間の定めがないというだけであって、何もそのことによって直ちに終身雇用を保障しておるとか、永久に定年制をしかないということを考えておるものではないという判決があるようでございますが、公務員の場合には、これは学説上はいろいろな公務員の雇用関係についての説がありますが、私どもは公務員の雇用関係というものは、一つの行政行為による任免行為だというふうに考えておるわけでございます。そして公務員の労働条件は、地方公務員については、その勤務条件は条例によってきめられるということでございますから、その条例の変更によりまして定年制がしかれるということになります場合には、やはりそういう定年制というものが、職員についての、一定の年齢に達した場合の退職というものを義務づけることにこれは相なるというふうに思っております。
#41
○和田静夫君 そこの質問はちょっとまたあとでもう少し論議をいたします。
#42
○山本伊三郎君 関連。裁判官なり特殊な国家公務員に対する定年制の問題がいま論議されましたが、私の質問のときにやろうと思っておったのですが、国会もなかなか台風ぎみですから、この機会にひとつ追及しておきたい。和田委員が言われました裁判官その他特殊な公務員、裁判官、検察庁の職員でもいわゆる検察官ですね、自衛隊、公正取引委員会の委員長及び委員、会計検査官というものがあるのですが、これは先ほど和田委員が言われましたように、身分を保障するという観点に立っての定年制ですね。憲法第七十九条第五項、憲法第八十条第一項ただし書きの条文からいって、いわゆる行政府は司法権に介入してはならないという憲法の精神から、裁判官なり検察官、司法事務に携わる者は解職できない。行政府は、総理大臣といえどもそれはできないぞという規定なんですね。したがって、むしろ身分を保障しているという憲法の趣旨なんですね。地方公務員の今度つくろうというやつはそうではない。免官とか退官と同じように概念を一緒にされておりますが、全然違う。したがってもしそれかといって、どんな場合でも裁判官はその職務にとどまるかというとそうでない。裁判所法第四十八条で、いわゆる大きい事故があった場合だとか、身体が非常に職務にたえないとか、そういう場合でも、弾劾裁判所の決定を得なければ、裁判にかけなければやめさせられないぞ。国会に弾劾裁判所を設けておりますけれども、その決定がなければやめさせないぞ、こういう規定があるのですね。したがってそれを地方公務員と同じような退官の概念で考えることは根本的に間違いですよ、憲法の精神から。それに準じて、検察庁は行政官と同じように扱っておるじゃないかということをまたあなたは言うと思うのですよ。検察官といえども、いわゆる裁判官の判事と同じような関係で身分を保障しておる。公正取引委員もそうなんです。公正取引というあの独占禁止をやるには、行政がこれにタッチをしてはいけないということで、委員長と委員だけは、これはひとつ六十五歳までは身分を保障しよう、こういう精神ですからね。地方公務員法のように第二十八条なり第二十七条もありながら、定年制をきめるけれども行政処分でいつでもやめさせるというのとおのずから趣旨が違う。その点を十分あなたのほうは――そうでしょう、かりに条例で六十歳、六十五歳までといっても、それまでに絶対にやめさせないという保証はない。地方公務員法から見ましても、ない。それがあるならまた別ですよ。地方公務員やめさせるときには、国会にまた公務員弾劾裁判所をつくって、一人の公務員をやめさせるときには国会にはからなければならないということになる。行政府がタッチできないということを保障しているのが、いま和田委員が言われた特殊な公務員。特殊な公務員だけれども、これは身分を保障する。行政府がそれに対して人事権をみだりにやってはいかぬ、こういう規定ですから、その退官の概念と今度の地方公務員に対する定年制と同じ概念だということについては、案外私は、長野さんも非常に勉強家だが、ここでそう言わなければいかぬのかもしれないけれども、あなたの著書を見てもそういう意味のものを含んでおると考えておったのですが、その点どうですか。
#43
○政府委員(長野士郎君) 私どもが申しておりますのは、退官とか免官という法律の概念規定と申しますか、そういうものについての私どもが理解しております考え方というものについて御説明を申し上げておるようなわけでありまして、その裁判官の定年制が設けられた趣旨、あるいは会計検査官に設けられた趣旨ということで申し上げておるわけではございません。ただ、この定年制と分限なり懲戒に関する関係の規定でございますが、裁判官につきましては、お示しのような弾劾裁判所とかそういうものの手続というものが必要であるということも、私どもも承知しておりますが、分限とか懲戒というものは個人的な事由による、一つの身分保障は強く保障しておりますけれども、個人的な事由について、法律の定める事由があるという場合には、これは個人の意思にかかわらず免職させるというようなことが考えられておるわけであります。定年退職というものは、そういう個人的な事由というよりは、むしろ人が一定の年齢以上に達しますと、やはり公務の執行上において能率が下がっていくということが一般的な考え方として承認されておる。そういうことに基づくところの制度でございますから、その点では検察官等につきましても、私は分限の規定あるいは懲戒の規定というものは、やはり手続としてのいろいろな意味は違うかもしれませんが、これはやはり個々のものについては当然適用があるだろうと思っております。そういうことと定年という意味での退職というものとは、やはり事柄のたてまえというものが違って考えられるというふうに言っていいのじゃないかというふうに思っておるわけであります。
#44
○山本伊三郎君 あなた大きい立場から、もっと字句の解釈とかそういうことでなくして、裁判官とか特殊な公務員というものは、そういう身分を保障しなければ国家統治権の一員として完全にしかも正当に行なえないという趣旨において、三権分立ということから身分も保障しているのですね。これはあなたも同感だろうと思うのです。したがって、むしろ最高裁の所長は七十歳という高年齢まで認めておるというのは、事情があるかもしれませんが、それまでは、いわゆるどういうことがあっても行政府はこれを解雇できない。一定の弾劾裁判所なりあるいはその他のそういう機関を経た結果でないとやれないという趣旨が身分保障のための意味ですから、むしろ退官ということは、本人がもう就職するときにそれだけ保障されているのですね。地方公務員の場合にはそうではない。今度あなたがつくろうというのはそうではないですね。ないのです。公務員の場合は、それ以外でもかってにやめさすことはでき得る道はあるのですよ。条項は二十七条だと思いますけれども、ずっと条項並べておりますけれども、やめさす事項はあるのです。ただ最高そこまで行けば自動的にやめる。しかし、それは本人の、あなた、意思でない自然の結果だと言うけれども、立法者としてはここでやめなさいということ、雇用者の意見、趣旨で、五十七歳なら五十七歳というふうに引くのでしょう、雇う者の意思として。本人の意思はそこに入っていない、法律と条例できめてしまうのですから。したがって、それが自然に本人が納得した退官だと、同じ概念でくくることは、あなたは法律の文言だけを何とかひねくり回して説明するけれども、基本的なものは違う。身分保障というものの趣旨が入っていない。もしあなたが六十歳なら六十歳、地方公務員の身分保障するのだ、絶対そういうものはやめさせないのだ、やめさすときには条例をつくる、市会にでもかけて、こういう項があるからやめさすのだという趣旨であるならば、また別に考えが出ますけれども、そうじゃない。一応そこまでどんなに不適当であっても雇用者の主観によってやめさすことはできぬけれども、しかし、どういうことがあっても五十七歳になったらみなやめなさい、こういう条例をつくろうというのでしょうけれども、それを自然な退官だと、本人の意思が入ってない自然の退官だと、こういう同じカテゴリーでつくろうというところに私は無理があると思う。その点を私は追及しているのです。
#45
○政府委員(長野士郎君) 裁判官のお話よく出ますが、裁判官のお話の定年制につきましてはおっしゃるとおりだと思いますが、しかし自衛隊の自衛官というものについては――これは職務の特性だといいますけれども、やはりそういうものにも停年制というものはあるわけでございまして、警察官にももちろんございますが、そういうものにも、私は手続についていろいろな違いがあるということも、裁判官等にはございますが、自衛官等につきまして考えました場合には、やはり同じような個人の原因なり行動なり能力なりの判定に基づく分限とか懲戒というものは当然ございます。これは国家公務員としての問題でございますけれども、当然にあります。同時に定年という一定の年齢に達した場合の退職というものはございます。もちろんおっしゃいますように、この定年制というものは、何も本人が承知して引くわけじゃございませんから、本人としては、それは主観的にはもっと勤務したい、もっとそこの場所で働きたいという強い希望というものはたくさんあるにもかかわらず、やめさせるということで、自発的にやめるような説明のしかた、おかしいじゃないかというふうにおっしゃる。私どもは自発的にやめるというようなことは決して申しません。自発的にやめるのじゃなくて、以上といいますか条例上、当然ある一定の年齢に達したらやめるということでございます。しかしそれは何らのアクションを要しない。自発的にやめる場合には、本人のほうからのやめたいという意思が出てくるわけでございます。それから懲戒免職とか分限免職の場合には、任免権者のほうから処分という一つの行為が出てくるわけでございますが、定年退職というものは、一定の年齢というものに結びつけておりますので、双方の側における何らのアクションを要しないということを申し上げておるだけでございまして、その点でその該当者本人については、非常に不本意な時期が来たということになるのではないかというお話は、これはそれぞれの方にとって当然そういうことは起こる。私はそういうことは絶対起こらないというようなことを申し上げようという趣旨はさらさらございませんが、ただ分限免職なりそういうものと定年退職というものの法律上の性質というようなものは、それはやはり違うのではなかろうかということを申し上げておるだけでございます。
#46
○山本伊三郎君 もう一つだけ。関連ですから、またぼくのときに掘り下げてやりますが、アクションがない――アクションをなくするためにこれは法律つくろう、この法律にはそのアクションをもう封じてしまう、これがねらいなんです。それはあなたの口からそう言っているけれども、これをつくったら、アクションしようとしても本人、意思表示できない。それがためにこの悪法をつくろうとしているのが、いわく定年制だということを私は言いたいのだ。これは答弁せぬならせぬでもよろしい、あとでまた言いますから。それを言いたい。
#47
○政府委員(長野士郎君) おっしゃるとおりそれはアクションのない結果になるような定年制をしくということは、定年制をしく意味の一つの――一つというより最も重要な効果があるということは、これは正直に申し上げてそのとおりでございます。ただ、でき上がった事態を考えました場合の両者の差というものは、分限免職と定年退職というものは性質が違う、こういうことを申し上げておるのでございます。
#48
○委員長(内藤誉三郎君) 暫時休憩いたします。
   午後零時七分休憩
     ―――――・―――――
   午後一時三十分開会
#49
○委員長(内藤誉三郎君) ただいまから地方行政委員会を再開いたします。
 地方公務員法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 休憩前に引き続き、質疑のある方は順次御発言を願います。
#50
○和田静夫君 どうもやっぱりなかなかめし食いながら考えてもわからぬのですがね、午前中、広義の分限、狭義の分限という問題で議論をしてきましたが、それを総括してもう一回聞いておきたいと思うんです。鎌田さんも言われましたように、当然自治省にはこのような区別はなかった。しかるに、その後の立法過程の中で、国家公務員について免官、退官という概念区別が可能となってきた。その概念区別を、私はむしろあなた方にきわめて同情的に、免官というのは本人の意に反する離職であり、退官というのは、主観的には本人の意に反するけれども、その区別の基礎には本人が進んでやめるという客観的条件がある。そういう意味で、単に本人の意に反すると言い切るにはニュアンスが違うのではないかという、そういう趣旨の質問をしたのでありますが、しかるにあなた方は、免官と退官との違いは、前者が年齢のいかんを問わず個人的な事由により任命権者のアクションによる離職であるのに、後者は、ある一定の年齢に達すれば仕事の能率が下がるという、これは一般的な事由による離職である、そういう違いであって、本人の意思に反するという点は変わりがないという答弁をされたわけであります。それならばなぜ地公法第二十七条第二項のその意に反する退職からはずしたわけですか。私が冒頭聞いたのは、二十八条の分限の項の事由の中には定年は入らないけれども、その意に反する退職という意味では明らかに分限退職ではないかということであります。あなた方が二十七条のその意に反する退職から定年をはずして広義の分限という概念をつくり出したことの合理性は免官、退官の区別の中にあったのだろうと私は思うのですが、そこには何もない、さっきからの答弁では。そうすると、定年というものを地公法二十七条のその意に反する退職の概念からはずした合理性を、どうしてもやっぱりもう少しわかるように質問をしておかなければならぬと思いますが。
#51
○説明員(鎌田要人君) 非常に簡単に申し上げまして、今度の立法の趣旨、考え方と申しますのは、分限免職と定年退職というものとは別個の観念だということをはっきりさせようということがねらいでございます。その議論の経過で、分限免職というものと定年退職というものとは別個の観念だということを立法例で明らかにしている例といたしまして、国の法律――定年制を定めておりますところの法律を例にとって申し上げたわけであります。国の法律におきまして、用語例といたしまして、分限による免官、いわゆる分限免官と定年退官というものとをはっきり使い分けをしておる。その例にならいまして、分限免職と定年退職というものとは別個の法律上の観念であるということを明らかにしようというのが今度の考え方の基本にあるわけでございます。
 それから広義の分限、狭義の分限ということについてでございますが、分限免職というものに広義と狭義があるわけでございませんで、分限というものに広義と狭義があるということを言っているわけであります。と申しますのは、結局分限ということばは、これ、ものの本によりますというと、大宝律令までさかのぼるんだそうでありますけれども、分限という場合に、狭義の分限という場合には、いまの二十八条にございますようなああいう事由による場合でなければその意に反して職員が身分を失うことがない、免職されることがないという意味でのものがあそこにいう狭義の分限。広義の分限と申します場合には、この職員の身分の基本的なあり方、そういう意味合いにおきましては、地方公務員法全体がこの分限に関する規定である、こういう説もあるくらいでございまして、そういう職員の基本的な身分のあり方ということに関連をするならば、いわゆるそれが広義の分限と申しているわけでありますが、それには離職の態様としての定年制というものが入る、こういうことを申し上げているわけであります。
#52
○和田静夫君 この前長野さんもそう言われて、言ってみれば、地公法全体が、いま鎌田さんが言われたように分けずに、分限と定年とは違うというような形のことをことさら強調されなければならないというのは、どういうことですか。
#53
○説明員(鎌田要人君) それが、この前も申し上げた記憶ございますが、現行の地方公務員法の通りました直後の行政実例におきまして、いわゆる分限免職の中に定年退職は含まれる、こういう行政実例を出したわけであります。自治省といたしましては自後一貫してそういう立場をとっておるわけでございますけれども、それに対しましては、一つは理屈の問題といたしまして、地方公務員の定年制というものは、この地方公務員法第二十七条第二項にいうその意に反する免職というものとは別個の観念じゃないか。その根拠になっておりますのが先ほども申しましたような国公法における若干の立法例、こういったものからいいましても、定年制というのはその意に反する免職というものではないのじゃないか。一定の年齢に達したことによっていわばその地位を離れる、これは免職というものとは別個の観念じゃないか。したがって、現行法の地方公務員法においても、地方公務員の定年制については現行の地方公務員法はいわば沈黙を守っているのだ、だから地方団体が条例をもって定年制をつくることは法律的に可能だという意見もございます。これはそういう意見があることは事実でございますが、地方におきましてそういう国公法の立法例もあるということから、疑義を立法的に解決する、こういうことで離職の規定を新たに一条設けまして、その中で定年退職というものと分限免職というものとは別個の範疇に属するものであるということを明確にして、地方団体が条例をもって定年制を実施する道を開くことができるようにする、こういうことでございます。
#54
○和田静夫君 そうすると、地公法の精神というのは一体どういうものですか。
#55
○説明員(鎌田要人君) 地公法の精神ということになりますと、これは立法の精神は、御案内のとおり、近代的な人事制度というものを導入することによりまして、公務の能率的な遂行、それから職員の身分の保障あるいは待遇の改善、こういったものをはかってまいろう、こういうことであろうと思うわけであります。
#56
○和田静夫君 そこで、職員の身分の保障、待遇の改善をはかっていくというのが基本的な精神である。この地公法は当然日本国憲法を受け継いでいる。そうなってきますと、やはり、私は先日も何べんも言って、ついに理解できる答弁をいただけないのだけれども、政府側が、働こうという意思を持っておるのに、そしてその意思に基づいて上限のない状態の雇用の関係が成立して入っている職員について、ある日突然上限をつくるというような形というものは許されないのじゃないか、そういうことになりませんか。
#57
○説明員(鎌田要人君) この点につきましても、前から申し上げておることでございますけれども、定年制それ自身が憲法でいう勤労の権利というものを否定すのものであるかどうか、この点につきましては、再々大臣、局長お答え申し上げておりますように、この規定が公務員に対しましていわゆる終身雇用というものを保障した規定ではないだろうと思うわけでございます。やはり広く、公務の場ではなくて、一般に勤労の権利というものを否定するということであれば別でございますけれども、他に就業の機会というものは当然保障してあるわけでございますし、これは定年制が直ちに憲法にいう勤労の権利を否定するということでない。この点につきましては、これまた毎度引用いたしておるわけでございますけれども、昨年十二月におきます秋北交通に対する最高裁の判例も明確にいたしておるところでございます。労働契的に期限の定めがないからということで、その後定年制をつくるということに相なりましても、それは何も当該労働者を生涯雇用しなければならない、こういうことを定めたものとは解されない、こういうことを明確に判示をしておるところでございます。
#58
○和田静夫君 いまのやつは、あきほくというのですか、しゅうほくというのですか、どっちですか。その論議はあとでやりますが、ずんぶん理解のしかたが違ってきます。ただ私は、終身制ではないという御論議がありましたが、たとえばワイマール憲法下におけるドイツ公務員制度というものを考えてみて、日本の公務員制度の淵源というものを考えてみた場合に、ドイツ公務員制度の名声をつちかってきたあの歴史的な過程というものをずっと考えると、まさに官吏の任命というものは法律で別段の定めをする以外は終身とするということは基本があったと思うのであります。日本の公務員制度というものも、戦後の立法過程というものを考えた場合、定年制を設けなかったということについて先日も論議をしましたから、あまり時間をとりますから何べんも言いませんけれども、日本国憲法の精神に基づいて発展的に地方公務員法ができるときに、定年制というものは除去をされていったんだ。それは失念をされておったというような形で済まされるものではないのだ。いわゆる二十世紀憲法が持つところの理念に基づいて定年制というものは除去をされていった。そういう意味では、一般の公務員というものは終身とするということがやはりある意味では理想的な姿なんだ、そこに追い着いていこうという状態であった、こういうふうに理解をいたしますがね、いかがですか。
#59
○説明員(鎌田要人君) 現在の地方公務員法あるいはその基礎にございます憲法が、公務員あるいは地方公務員について終身雇用を保障しておるということは、これは私はとうてい言えないだろうと思います。やはり公務の場におきましても、職場のいわゆる新陳代謝によりますところの公務能率の増進、あるいは長期的な計画的な人事配置、こういうことを通じまして、この公務能率の増進をはかっていくということに定年制の合理的な根拠というものが認められます以上、この終身雇用というものを保障しておるというふうには、これは私どもとうてい考えておらないわけでございます。
 なお、地方公務員法が二十五年に制定されたわけでございますが、そのときに意識的に公務員の定年制の規定というものを除去し排除したということにつきましても、これはこの前もここで議論がございまして、当時の経過というものをつまびらかにいたしませんけれども、少なくとも当時は定年制に関する規定が、地方公務員法前におきまして定年制に関する規定がございませんでしたので、それを除去するということはなかったろう。あるいは、定年制というものを頭から否定していまの地方公務員法はできておる、こういうふうにはとうてい私ども当時の経過を伺いましても理解をしておらないところでございます。
#60
○和田静夫君 前段の点について誤解があるといけませんがね、定年制というものでいわゆる終身の状態というものを打ち切ることはいけないという意味で私は申し上げておる。後段の部分については、やっぱりそう言われますよ。言われますけれども、それじゃ具体的にどういう資料がありますかと、資料を提示してくださいと言って、この間も加瀬さんも話をしていっているのですけれども、その資料は出ないわけでしょう。出るのなら話は別ですよ。出してください。
#61
○説明員(鎌田要人君) これは資料がありますというと非常にぐあいがいいのでありますけれども、ないものでありますから、結局当時立法に携わった人々のいわば伝聞ということになるわけでございますが、私どもが当時の立法に携わった人々に経過を聞きましても、定年制というものを意識的にもこんなものはだめなんだということで排除すると、そういうことであの定年制についての規定が設けられなかったというふうには聞いておらないということを申し上げたわけでございます。
#62
○和田静夫君 そこは、この間も言ったように、重要なところです。いまの伝聞ですね。そうすると、参考人は呼ばれるときめてもらったわけですから、ここの部分に関する。そうすると、いまお聞きになった人はどなたですか。
#63
○説明員(鎌田要人君) 藤井当時の公務員課長、それから角田、当時の公務員課で事務官をいたしておった人であります。
#64
○和田静夫君 私は、両方ともかつて交渉の相手方でありましたからよく知っている方々ばかりですし、ある意味ではたいへん親しくしてもらいましたからあれですけれども、そうすると、この人たちを呼んでからの話になればなるのですがね、私がいままで昭和二十九年から定年制の問題に携わってきて、そうしてその過程で、三十年代、藤井さん、角田さんそれぞれ――藤井さんなんか新潟へ行かれるまでの過程でよく接触して定年制の論議をしました。一方、当時東京都知事の安井誠一郎さん、自民党の川島副総裁、こういった形でやった限りにおいて、いま鎌田さん言われた伝聞というのはいま初めて聞いたんですが、不幸にしてそういう話はそのときだって出ませんでしたよ。これはうそを言っていらっしゃるわけじゃないでしょうから、参考人を呼んであれしますがね、これはちょっとこの二人から伝え聞いて、そのときの立法過程がこうだったということは、どうも私釈然としません。そのことは申し上げておきます。これはたいへん疑義があります。
 そこで、ここであまりひっかかっておってもあれですから少し進みますけれども、どうもいろいろ午前中あれしてみたが、結局広義、狭義の区別は、離職の態様の法制的な整備というこの定年制法案の理屈づけのためにかなり意図的につくり上げられた概念操作であると私は思わざるを得ません。ある意味じゃ理解度が足りないのかもしれませんが、そう考えます。
 そこで、自治大臣は、四月の二十四日の衆議院の地方行政委員会において、与党の塩川さんの御質問に答えられてこう述べているんですね。「国家公務員につきましては、いつでも法律を改正することによって定年制を採用することが可能である。これは御承知のとおりすでに国家公務員におきましても、大学教授とかあるいは検事とか、自衛隊とか、その他幾つかの定年制が現存いたしております。そこで、いつでも、国家公務員の定年制をしこうという場合は法律を改正すれば――すでにこれらの定年制が設けられておるのでございますが、地方公共団体におきましては、全然その道が開かれてない。そこで今回は、いま申しましたとおり、条例を定めて定年制をしくことができるという道を開くものでございまして、これで初めて定年制に関しまして、現行の国家公務員制度と地方公務員制度が同列に並んでくる、」こういうふうに言われている。そうして、こういう同様の趣旨のことが何べんも大臣から答弁をされておるんです。私は、この議論こそ、なぜ国家公務員がやらないうちに地方公務員に先に定年制をしくのだという疑問ですね、そういう当然の疑問を封ずるための、まあ言っちゃ悪いが、官僚的詭弁の典型だと実は思うんです。常識人を自称される野田自治大臣らしからぬ答弁だと思ってこれをずっと読んでいるのですけれども、こんな議論を幾らしたってさっきの議論は残るわけです。先日の本委員会において、きょうお見えになっておりませんが、与党の質問者である小林委員が、国家公務員についてはどうするんだということを質問されて、そして行政局長が答えられた。これは一行政局長が答える問題じゃないんだと、あえて大臣いつかの機会に答えなさいと、こう小林さんも言っていましたが、あえて大臣にと言って質問をされておったということは、私が依然として午前中からの疑問が残るということをもまたさしておるのだろうと実は思うんです。ともあれ、この詭弁たるゆえんを明らかにすることをも含んで、幾つかの論点に整理して質問を私いたします。
 まず第一に、確かに国家公務員法では分限という章の中に離職という項があります。それは七十七条です。「職員の離職に関する規定は、この法律及び人事院規則でこれを定める。」とあるわけです。この国家公務法の中の離職に関する規定は、八十二条の懲戒免職です。それから七十六条の欠格による失職です。それから七十八条の分限免職です。そして人事院規則の中の離職に関する規定は、七十三条辞職であり、七十四条の免職及び辞職以外の退職である。つまり、国家公務員法においては離職の態様がこのように整備をされています。それを今度の地方公務員法の改正案の新設条文第二十七条の二のように整理してみるとどうなるか。つまり、国公法の第七十七条を地公法の新設しようとしている条文二十七条の二のように書き直してみましたところが、新設条文の第二十七条の二の一項、二項、三項、五項、六項に相当する部分は、いま私が言ったように国公法にあるわけですね。ところが、第四項「定年に達したとき。」という規定に相当するものは、これはないわけです。国家公務員法より先に地方公務員法において定年制の規定を入れたということは、いま申し上げてきたような議論の手続を踏んで考えてみますと、こういうことになりはしませんか。つまり、あなた方が言われるように、この法案を離職の態様の法制的整備という観点から見ますと、離職の態様の項目の中で、地公法は定年制を先に入れたという意味で国公法よりも一歩先んじている、こういうことになりませんか。
#65
○政府委員(長野士郎君) 離職関係の規定を整備しておりますことは御指摘のとおりでございますが、定年退職という関係の規定を整備するということについて、形式的にはもちろん国家公務員法よりもそういう意味では地方公務員法のほうが先に規定の中に定年退職という規定を入れるということに一般的にはもちろんなります。ただ、地方団体の場合におきましては、法律的にはまさにそのとおりでございますが、地方公共団体の場合におきましては、これはこの改正法によりまして、従来でございますというと、みずから定年制をしくことの必要が認められましても、自分に立法的な能力というか、定年制をしき得るという権限が与えられていないということで、その道が閉されておるという考え方で一貫をしておるわけであります。公務員の勤務条件とか離職の態様につきましては、国家公務員の場合は法律で定め、地方公務員の場合は条例で定める、こういうことにはなっておりますけれども、定年に関しましては、地方公務員の場合は、そういうことでございますから、現行法のままでは、条例をもってそういうものを定めようとしても、定め得る能力がないということに相なるわけでございます。国家公務員の場合に、しからば定年制をしくときにはどうするかということに相なりますと、これは立法論でございますけれども、立法論としては、一義的に法律をもって定年制をしく、こういうことに相なるだろうと思います。そういう意味では、ごくそれはあたりまえじゃないか、立法すれば何でもできるじゃないかという御議論は、御議論としてあると思いますが、しかし国家公務員の場合は、その必要性があればいつでも立法し得るということはあるわけでございますが、地方公務員の場合には、その必要性が個々の地方団体で認められましても、立法し得る能力がないということでございますから、現行法のままでありますというと、現行法のもとにおいては、地方公務員についての定年制は、地方公共団体が幾らその必要を認めましても、その能力が与えられない。つまり、立法能力がない、制定できない、こういうことに相なるわけで、国家公務員の場合には、必要性が認められれば、もちろんそれは国会の御審議を経なければいけませんけれども、立法能力があるということでございますから、現実に国家公務員に定年制をしく、現実に具体の地方団体において定年制をしくという場合で考えますと、現行法の場合においては、片一方は可能である、片一方は不可能であるという意味の差があるわけでございますが、この改正が行なわれますならば、国家公務員の定年制をしくことが可能であると同じように、地方公務員の定年制をしくことが可能である、それが道を開くということでございます。しかし、地方公務員法という法律の上におきましては、離職関係の規定なりそういう必要がありますから、定年退職という規定を入れますから、その面では少なくとも国家公務員法よりも先に定年退職という離職の態様の概念というものが変わっておるということは、これは御指摘のとおりであります。
#66
○和田静夫君 その最後のくだりで、結局やっぱり地公法が先行するということは認められたわけです。そうなれば、やっぱりこれはもう、大臣、国公法がきめるまでは地公法で定めることに無理がある。いま行政局長自身で結論的にそれを認められたと思うんです。この法律というのはむちゃくちゃですよ、そういう意味じゃ――国公と地公を考えてみると。大臣どうですか。
#67
○政府委員(長野士郎君) いま申し上げたようなことでございますが、先に行く、あとに行くということが、まあいろいろ御議論あると思います。これは国のほうは立法しなければそのままずっと残っているわけでございますから、山とになるということはこれは起こり得ることでございます。しかし、そういう意味で、定年制をしく、しかないということを個々の地方団体ごとに考えてみますと、これも先に行くものもあるかもしれませんが、あとに行くものもあるわけでございます。いずれにしても、その可能性の道、立法能力を与えるということでは、私は同じだろうと思います。その点はいろいろ御議論はあると思いますけれども、地方団体に立法能力を与える。国家はそういう立法能力はほとんどオールマイティーに持っておるということになるかもしれませんが、国家公務員に対してもしたがって常に立法能力はあるわけでございます。地方団体は立法能力はない、それに立法能力を与える。その関係においては、それによって初めて同じラインに並んだと言うとおしかりを受けるかもしれませんが、そういう言い方もあえて不適切だとは言い切れないんじゃないか、こういうことでございます。
#68
○山本伊三郎君 これはぼくは、現に大阪で、もう御存じだと思いますが、私は国会議員になる前に、一応諸種の事情を考えて、やはり労働権を確保すべきであるということで、優遇条例ということで、組合との話し合いの結果、一応五十五歳できわめてスムーズに、いわゆるやめる人も、あなたの言うアクションもなく、話し合いの上でスムーズにやっておることは、すでに十数年現実にあるんです。しからば、これは違法として、あなたのほうはだめだと言ってつぶしますか。これはその当時中井光次市長で、これは自民党でも相当に有力な、参議院議員になった人ですがね、いまの中馬市長となれ合ってつくったものではない。そういう厳然としたものを労働権を侵さずにきわめてスムーズにやっている実態というものは、そういう立法能力がないと言えないと思うんですよ。ただ市長とか町村長にそういう能力がないんですね。それだから無理にこういうものをつくって強制的に押えていこうと。さっきぼくは言ったけれども、そういう無理なことをしなくてもやれる方法もあるんですよ、いまの地方公務員法においても。あれは違法だといってつぶしますか、ほかにもありますよ。そういう現実なものを見詰めてやはり指導すべきですよ。労働権ですからね、働いている人の。そういう人との間の話し合いでできたものは、これはりっぱなものですよ。だれ一人文句言うものはない。かりにこれをつくった場合でも、これはおのおのの地方団体にどれだけの騒動を起こすかということは、これは想像にかたくないと思いますが、これは自民党の小林武治氏はそれ以上に憂えて質問されたと思うんですね。そういうことが、自治省という、しかも公務員部というのは公務員のためになるということでつくったんでしょう。私が内閣委員会におったときです。自治省の設置法であれをつくるときに、どう言って陳情に来られたんですか。公務員のためにこれをつくれば非常にいいんだと、だからぜひお願いすると。私は反対したことを覚えていますよ。その反対したことを事実やっておる、悪いことばっかりやっている、公務員部できてから。そういう事実を認めないで、いまの和田委員に答えるということは、あまりに自画自賛、自分の主張だけを正しく国会で弁明するというようなことは、ぼくは問題があると思う。法律論は法律論で別にあるか知らぬが、事実を認識して立法するというのが立法府の役目ですよ。事実に先行して無理にやろうとするところに問題が起きる、こういうことだけ言っておきますが、何か反駁があれば反駁してください。
#69
○政府委員(長野士郎君) もちろん、定年制という問題につきまして、個々の地方団体の実際の運用におきましては、ただいまお話のございましたように、職員団体との間で円満な話し合いの上で円滑に新陳代謝が行なわれておる、こういう例はございます。私どもは、そういうものにつきましては、これはやはりお互いの理解と納得のもとに行なわれておるという意味では、確かにある面ではりっぱな慣行であると思います。しかしこれは、そういう慣行が非常にあるから、それはできないことをやっているんじゃないかということまで申し上げようとは思っておりません。要するに、定年制というものを法制的な制度として考えるかどうかという問題としていま取り上げておるわけで、また御議論をいただいておるわけでございまして、事実上職員団体あるいは個々の職員との間でもそういう理解と納得のもとに円滑な新陳代謝が行なわれておる、そのことはそれ自体としてりっぱなことでございましょうし、そういうところは定年制というものを別個に設ける必要があるかということになれば、これは全然設ける必要はない、これは当然なわけでございます。そのことと、現在法律改正による制度的な定年制の道を開くという問題とは、これは制度論ということで申し上げておることでございまして、多少世界が違うわけでございます。これはひとつ、こんなことを私が申し上げるのは釈迦に説法でございますが、ぜひ御了解を願いたいと思います。
#70
○山本伊三郎君 了解できたら、こんな騒動起こさないんですがね。ぼくは、藤井貞夫さんが行政局長のときだと記憶していますが、この問題を話したことがある。その当時も定年制が問題になったとき、そのときに、第二回目でしたか、それは山本さんの言うとおりだと、実績があるんだから、そうなるように自治省が指導することがたてまえですということを言って、それから十年もたっているんですからね。だから、私がいま言っておるのは、道を開くというこの法律ができなければ、そういう慣行で組合がやっているんではそれはできないという答弁なんでしょう、私はでき得ると言うんです。現実にあるんだから、あるということはあるべきよりも事実なんですからね。その上にこれをなぜつくるかということに問題があると私は思う。あなたはそういうことができないんだと言うなら、現在あるやつをつぶしなさいよ、こんなもの違法だからやめなさいと言いなさいよ。言ったらどうなるかという問題ですよ。やはり地方自治というたてまえなら、法律でつくらなくても、道を踏んだらそういうものがやれるというのが地方自治ですよ。立法府で、政府が地方公務員法の一部改正で定年制をつくって、それをやれというのは、間違いなんです。そういう方向に私は自治省は指導すべきだと思う。それもやらずに、初めからあまりにアクションといいますか、いやがるものを定年制で無理にやめさせようというのが大願だというような先ほどの一連の御答弁に、私は全く承服できない。長野さんも、そのとおりだと、山本さんの言うとおりだと思うけれども、出した以上はお願いするよりしようがないという態度でしょう。こういう無理なことを言うべきじゃない。これは悪知恵をつけちゃだめですよ、あなたはもう札つきなんですからね。あなたまともなことを言いなさいよ。私の言ったことを立証するようにしなさいよ。私が言ったことを聞かないという理由はそこにある。定年制については、定年制なら民間にもありますよ、九十何%というのがありますよ。ありますけれども、労働協約なり労働者の権利を行使して、労使の間できめてやろうじゃないかと、これが正常な姿ですよ。それを無理を押してやるというところに、私は、絶対に悪法ということで、これは廃案にしなければならぬという決意はそこにあると思うのですよ。定年制自体については、これは絶対に――定年制という意味はありますけれども、そういうものについて、現在あるものを、これはどうかということの吟味なら別ですよ。それを上から法律で押えていくということは、これは私は労働権の侵害である、こういうことで反対しているのだから、法律論という解釈を幾ら言われたって、私らの頭にはもう入らないよ、もともと基本的にあなたの考え方とは違うのだから。公務員は全体の奉仕者だから何とか法律でくくって新陳代謝を早めよう、そのほうがいいんじゃないかという、こういう考え方で私はこの法律は通されないと思うのですけれども、大臣はどう思っておるか。大臣に言うては気の毒だから、行政局長から、私の考え方については、それはいけないのだ、山本の考え方はいけないのだと言うのなら、いけないということをはっきりここで言ってください。
#71
○理事(熊谷太三郎君) ちょっと速記をとめて。
#72
○理事(熊谷太三郎君) 速記を起こして。
#73
○政府委員(長野士郎君) これはまあ法律論になって恐縮でございますが、職員の勤務条件というものにつきましては、これは国家公務員の場合なら法律で定める、地方公務員の場合なら条例で定めるというのが基本の原則でございますが、同時に、そういう勤務条件につきまして、そういう条例というようなものを待たないでも、職員団体との間で十分話し合いができて、そしてそういうものが何も強制を伴わないでも円滑に行なえる、特にいまのような新陳代謝というようなものについては、そういうことで実質上定年制をしいたと同じ効果があるような話し合いが行なわれる、こういうことが非常に望ましいことではないかという点については、私も全く同感でございます。ただ、そういうことが、全体として、人事管理というものの面で、いろんな条件もございますが、各地方団体に十分望み得る状態であるかといえば、それは必ずしもそうでないという場合もございますし、現在の地方団体全体の状況からいいますというと、新陳代謝というものが個々の団体によりましては必ずしも円滑にいっていないということが、私は総体としては言えると思います。また、極端なところにおきましては、やはり非常にそういう意味で人事も停滞し、士気も沈滞をしておりまして、公務能率というものが上がっていないという場合もありますが、その理由の大きなものの中に、職員構成の高齢化といいますか、職員の高齢化などに伴うところのそういう沈滞現象というものも少なからずあるわけであります。そういう場合にも、やはり話し合いが十分行なわれておると思いますけれども、その話し合いの結果行なわれますところの新陳代謝というものも、全体平均いたしますと半分ぐらいしか成功しておりません。そういうことの中で、やはり定年制という問題で考えていくという必要のある団体というものは、これはあるわけでございます。そのほうがかえって人事管理も公正に行なわれるし、同時にまた職員間におけるところの扱いの公正さということも考えられるというところもあるわけでございまして、そういうところが条例をつくろうと思ってもつくれない。条例というのは、これはたてまえ上は職員の勤務条件を定めるための一つの原則でございますから、その条例によりましてそういう勤務内容というものをはっきりさせる、定年制というものもそういうもので行なうということがどうしても必要だということは出てくるわけであります。これがやろうと思ってもできないところについてやれる道を開く、これはひとつお認めを願わなければならないところではないだろうか。もちろん、この問題につきまして、勤務条件に関する問題でございますから、職員団体との間での交渉事項でございます。あるいは企業職員なり単労職員についてはいわゆる団体交渉事項でもあるわけでございます。そういう意味で、条例をつくる場合に職員の意向とか気持ちというものも十分反映できる、私どもはこう思っておるわけであります。そういうことで、両々相まって、定年制というものの制度化というものをはかることが全部の団体について必要だと私ども思っておりません。しかし、そういう必要性を訴えておる団体、そういう実態にある団体が少なくないということも、これは現実の問題としては、そういう理解をしなければならないものだろうと思うわけでありまして、したがいまして、条例で定年制をしき得るという道を開くということは、私は、公務員法のたてまえというものをゆるがすとか、あるいは職員の身分保障に重大な支障を及ぼすとかという問題、これはいろいろ大きな問題であるということは十分考えられるわけでございますが、両方の調節を具体の定年制が具体の条件の中で十分理解し得るという形で整えられるというようなところは、これは認めていってしかるべきではないか、こう考えるわけでございます。
#74
○山本伊三郎君 あなたはそらしてはだめです。私の言うのは、立法論で言っておるのです。あなたはこの法律をつくらなければそういうものはできないのでその道を開くのだという答弁でしょう。しかし私は、この法律がなくても現実にやった、現実に存在する。しかるならば、いまの法律でできないものは、いまのやつはこれは無効だと言ってつぶさなければならない、認められないという結果になる。慣行であろうが、条例の名前が別であろうとも、現実にそういうものがあるということは認めておるでしょう。やったでしょう。やっておるでしょう。現実にやったのが、ぼくが張本人なんだ。だれよりもよく知っておる。それが、あなたが言われるのは、そういうことをやられてないところが多いから、これをつくって無理にやらすのだというふうにしか聞こえない。やられないというのは、やはり市長なり知事なんかの、首長の能力の問題でしょう。地方自治ですから、任免権は市長なり知事が持っておるのだ。違うですか。国じゃないでしょう。任免権は知事なり市長が持っておるのでしょう。それが雇うときには、こうして雇うとやるのでしょう。やめるときにはじゃどうしてやろうかということは、いま職員団体があるから、そこで話し合いをやったことは違法ではないでしょう。これは違法と言えますか。任免についての一つのやめさすときの規定をつくれということを法律で奨励しようというのですが、現在でもやれますよ。やれないということになれば、地方自治法そのものに問題があるのだ。雇うときには自由に雇うけれども、やめさせるときには定年制を法律をつくらなければできないということは、私はないと思う、立法論からいって。あなたの言うことは、何とかのがれようというのだが、私はのがすことはできない。もう現実にあるのですからね。なぜつくるかわかっておりますよ。市長なんか陳情に来るでしょう、そんなうるさいことできない、職員団体が交渉したらうるさいものだから、法律の力で押えてやってしまうという腹なんです。そういう腹しかないじゃないですか。そこで市長は公費を使って陳情に来るのだが、先ほど言ったように、そういうものをいろいろ見せて言ってくるので、国が必要だというのでなしに、市長会とかそういうところがものすごく運動してやっておる。そういう事実がどこにあるかというと、そこに発している。私も市長にずいぶん会っておりますが、私を口説いた市長は一人もありません。そういうものは、ぼくらの立法府で、与党であろうと、野党であろうと、それを越えて考えても、無理ですよ。自治権の侵害だと言いたいが、これはあとでやります。
 そこで、もう一ぺんくどくど言うなら、もう一ぺん答弁してもよろしいが、人事院に聞きますが、国家公務員には定年制はつくらない――これをつくっておったら同じ条件になるが、これはまたちょっと形が変わってきます。条例をつくったならば国家公務員と同じことになるというのです。国家公務員ではストレートに法律で規制するということになる。ぼくはいつも内閣委員会で論議したのですが、すべて地方公務員は国家公務員に準ずるのだということで、給与もみんなそうやっておるのですね。なぜ定年制の場合だけが国家公務員をやらずに――閣議でやれなんて言っていましたが、そういう問題はできなかったのですね、だめだということで。地方公務員についてやれと言って、同じ公務員――全体の奉仕者である国家公務員に対してなぜやらないのですか。やれと言って奨励して、私はけしかけているわけじゃないのですよ、ないのだけれども、地方公務員だけやって国家公務員は何もやらぬということは、どういう理由があるのですか、その理由をちょっと聞かしてください。
#75
○政府委員(岡田勝二君) 現在、国家公務員につきましては、特殊なものはあることは御存じのとおりでございますが、一般の公務員には定年制がございません。現在公務員法上それが書いてないということは、非常に沿革的な話になると思いますけれども、戦前の官吏制度を引き継いで現在の国家公務員法ができているという面がかなりあると思います。御承知のように、多くのところはアメリカの公務員制度を受けた面がある。その面が非常に強いということも御承知のとおりでございますが、一面、従来ございました官吏懲戒令なり官吏分限令なりというものを取り入れている面もございます。で、戦前の官吏、いまで言います国家公務員につきまして定年制がなかったということも一つの事実でございます。したがいまして、国家公務員法のでき上がります時点に、そういうものを取り入れるということにまで至っていないということが、沿革的に申しますれば、現在国家公務員――一般職の公務員に定年制がないという理由だと思います。
 それから、それじゃ今日時点でどうするのかというお話、第二の問題でございましょうが、現在のところ、公務員法が施行されました後も、従前からの一つの人事慣行といいますか、適当な年齢がきたら自分で身を引くというようなことで今日までやってきて、これもある程度円滑に進んできているというふうな実態がありますところから、国家公務員につきましていま定年制を設けようということが具体化していないと、こういうふうに私ども考えております。
#76
○山本伊三郎君 法制上、実態がそういうことで、やる必要はないということからつくらないということは、そのとおりだと思います。国家公務員に定年制をつくれば、私はたいへんなことになると思いますよ。裁判官のやつは朝だいぶ論議しましたからそれは別として、身分保障になりますわね。こう言っては失礼だけれども、局長、次官は五十七歳になってもおってもらったら、人事やれませんね。できないですよ。あなたのほうが喜ぶですよ。五十七歳まで次官、局長でおったら、あなたらもう大喜びだ、その前にみんな首だから。これはえらい失礼なこと言いましたけれども。だから、そういうことがあるから、自分の御都合でつくらないのですよ。都合ですよ。あなたの言われたように、新陳代謝がうまくいくといって――新陳代謝というけれども、局長やめるときにあいさつに来られるが、どうも進んで喜んで来る人は少ないですよ。やはり、それはおりたいという気持ちもありますが、それは別として、つくらないというのは自分でやめなければならぬという慣行があるからですが、しかし現業関係はそうじゃないでしょう。だから、現業関係と比較すると地方公務員と一緒になってくる、結局。自治大臣、答弁せぬでもいいから聞いていてください。御都合なんですよ。だから、国家公務員の使用主は総理大臣といいますか、国ですから、これは国の御都合でいい。地方公務員の場合は各首長、自治体ですから、自治体の都合でやろうと思えばやれるし、やらないと思えばやらないのだから、これが地方自治体の自然の姿です。それを理事者が無理して定年制の道を開く開くといって開こうとするが、現在開かれているのですよ、大臣。それをなぜこの法律をつくるかという、その魂胆を私は問題にしているわけです。行政局長は法律論をずっと言われますけれども、その魂胆はどこにあるのですか。市長なら市長、知事なら知事が、自分らの思いどおりにいかないから、何とか思うとおりにしてもらおうという、他力本願ですよ。少なくとも、県の職員でも、市の職員でも、町村の職員でも、自分が使っているのですから、やはりそこは話し合いでもって新陳代謝を考えていくのが地方自治ではないですか。それをなぜやれないのか。やれないならば、やれない理由を聞きたい。現実にあるのじゃないか。しからば、あるのは、いまの法律ができなければ、現実にある制度は、それは違法としてみなつぶしてしまうのかどうか。立法から論じても、一つも理屈が通らぬじゃないですか。和田委員の質問中ですから、これはまた私の受け持ちのときにやりますが、あまりにもふに落ちぬですね。ふに落ちぬどころではない、腹の立つような答弁をするから、一応関連質問をやったのですが、そういうことを考えて今後各委員の質問に答えてもらいたい。これは答弁は要りませんが、そういうことです。
#77
○和田静夫君 人事院は何か三時からあれがあるそうですから、人事院関係だけちょっと続けて聞いておきますが、四月二十四日の衆議院の地方行政委員会で、野田自治大臣はこういうふうに答えているわけです。「ただいまお尋ねの国家公務員と地方公務員の年齢構成でございますが、一般行政職員について、たとえば五十七歳以上の全職員に占める割合を検討してみますと、国家公務員の場合はお示しのありましたように、つまり三・七%に対して地方公務員の場合は全国団体の単純な平均では二・六%というように国家公務員のほうが高いのでございます。しかしながら、地方公務員につきましては、地方公共団体全体としての構成割合を見ても意味がないのでございまして、個々の地方公共団体について見る必要があります。ところで、個々の地方公共団体について見てみますると、職員構成比は、都道府県におきましては五十七歳以上の者が四%をこえているものが五団体、また市におきましては百二十一団体ありまして、さらに町村につきましても類似の傾向が見られるところでございます。このように個々の地方公共団体をとってみると、国に比べまして職員の高齢化した団体が相当多数存在するわけでありまして、今回の改正法案におきましては、このような地方公共団体においての実態にかんがみて、新たに条例でもって定年制を採用する道を開こうとするのであります。」、そこで、大臣のこのことばによりますと、五十七歳以上の職員の全職員の中に占める比率は地方公務員よりも国家公務員のほうが高いけれども、地方公務員の場合には全国平均を見ても意味がない、地方公共団体によっては国家公務員の場合よりも相当高いものがあるという、そういうことですよね、一口で言えば。この国家公務員の場合、各省庁ごとに年齢構成に差はありませんか。各省庁の一般行政職について、五十七歳以上の職員の全職員の中で占める比率を教えていただきたいと思います。
#78
○政府委員(岡田勝二君) 各省庁別の高齢職員の在職状況でございますが、これは一応一般職といいますと、五現業も含むわけでございますが、いまちょっとあけましたのが給与表適用職員でございますので、一応これで申し上げます。この内容は、省庁によって、いまお話のございましたように、かなり高齢者の、五十五歳以上の者の占める全在職者数に対する比率の高いところと、そうでないところとございます。個々に申し上げてみますと、非常に在職者全体の少ないところはかりにおくといたしまして、見てまいりますと、たとえば宮内庁でございますが、五十五歳以上の人間が占める割合は二五%になっております。それから行政管理庁が一一%ばかりになっております。それから外務省がやはり一〇%をこえまして一一%、文部省が一一%、それから文部省の外局であります文化庁がやはり一三%、それから農林省の外局であります食糧庁が一〇%を少しこえております。それから同じく林野庁も、これは給与表適用職員だけでございますが、林野庁の場合はやはり一〇%をこえております。それから運輸省がやはり一〇%をこえております。建設省が約一一%、一〇%をこえるものがいま申し上げたようなところでございます。
#79
○和田静夫君 もう一つ伺っておきますが、国の場合、各省庁で勧奨退職年齢が慣行上あると聞いているわけです。その年齢はいま明らかになりますか。
#80
○政府委員(岡田勝二君) いま申し上げましたような現実にかかえております職員の年齢構成がかなり幅がありますところから、各省庁の勧奨退職の基準とするところの年齢も省庁ごとに程度の幅を持っておりますが、大ざっぱに見ますと五十七、八の辺が多いようでございます。むろんこれは行(一)で申し上げた場合でございます。行(二)になりますと、少しそれより高うございます。そういうような状況であります。
#81
○和田静夫君 自治省の場合、いま聞かれたような、たとえば私の調査では農林省が六十歳というようなことを含んで、都道府県の一般職の場合に、一般にもっと低い状態でもって御承知のとおり新陳代謝は行なわれているわけです。先ほど来、山本さんが大阪の事例を述べられたとおりです。したがって、そういう面からいっても、またさっきの山本委員とのやりとりからいっても、定年制の法律でもって、いわゆる制度でもってふっ切っていくというのはたいへんな無理がある。そういうことをやはり考えてもらわなければならぬと思うのです。さらにそれらの論議は詰めていきますが、そこで人事院に最後にお尋ねをしますが、若干のさっきからの論議をお聞きになっておることも含んで、国より先にいわゆる地方公務員に定年制をしくこと、こういうことについて人事院としてはどういう意見をお持ちですか。
#82
○政府委員(岡田勝二君) 一般的に申しまして、国家公務員も地方公務員も公務員という基本性格においては同じでございます。国家公務員はいわゆる全体の奉仕者として国民にサービスする、地方公務員はそれぞれの地域団体における住民にサービスする、サービスの対象相手は違いますが、奉仕者としての性格は同じだろうと思います。そういう意味におきまして、国家公務員と地方公務員がおおむね共通の公務員制度のもとにあるということは、これは合理的なことであり、現に国家公務員と地方公務員、それぞれの国家公務員法、地方公務員法が大体似たような姿をとっておるということも御承知のとおりでございます。ただ、実際にこれを見てまいりますと、国家公務員法と地方公務員法との間にいろいろな制度上の扱いが違うというものも、二つの法律を比べて見ればあるわけで、たとえば政治的行為の制限の範囲が違うとか、それの罰則があるとかないとか、あるいは単純労務者と地方公務員法では言っておられますが、そういった職種の人の扱いが違うとか、いろいろ扱いの違うものもございます。それで、国家公務員なり地方公務員なりそれぞれの中におきまして、それぞれ特有の特殊の合理的な理由があれば、それに基づいて別個な制度ができましても、これはその両方の公務員制度の間に全く同じようにしなければならぬということからははずれまして、その違いがあるということは合理的なものとして許されよう、こう思うわけでございます。
#83
○和田静夫君 一応やめておこうと思ったけれども、いまの答弁ではとてもがまんできないですね。常日ごろ、いわゆる地方公務員というのは、給与の面を見ても、あるいは労働条件の上でも、国家公務員に準ずる、こういうことなんです。そのことがずっと何事によらず続いておる。
  〔理事熊谷太三郎君退席、委員長着席〕
ここでいわゆる法制上、国家公務員に定年制がなく、地方公務員だけが先行して法制上定年制を設ける――もちろん法制上、定年制を設けることに憲法上疑義がありますが、そのことは前にも申し上げましたが、そういうことを抜きにして、そういうことはやはり好ましいことであるというふうに考えますか。
#84
○政府委員(岡田勝二君) 先ほどは概論を申し上げたようなかっこうでございまして、それを詰めて定年制という各論のお話が出たわけでございますが、先ほどのお読みになりました資料の中でも、一般的にいうと地方公務員よりも国家公務員のほうが高齢者があって、パーセントが高いじゃないかというお話もありましたが、また、同じ団体によりましては、国よりもさらに高い高齢者のパーセントをかかえておるところもあるというふうなことで、やはり国と地方を比較する場合には、国はやはり全体として姿を見なければなりませんけれども、地方の場合はやはり個々の地方団体ごとにばらして、ある市、ある村と国とを対比するということでなければほんとうの対比にならない。全体をひっくるめた平均値ではあまり意味がないように思われます。これは先ほどそういうお話が出ておりましたが、そこで、これも先ほどのお話にいささか逆戻りするようになりますが、国の場合は定年制をつくるというふうにいたしますれば、これは法律でつくるということにならざるを得ないだろうと思います。いま地方公務員法上定年制がしけるような法律改正という問題で、この法律ができたら各地方公共団体が個々に条例をもって具体的な年齢をきめて定年制をつくるということができる、まあ、そういう基盤を与える、あるいはことばが適当かどうか存じませんが、地方公共団体にそういう一つの立法能力を与えるとでも申しましょうか、そうなりました場合に、国と地方公共団体が同じ基盤になるということになるだろうと思います。それでも地方のほうで条例をおつくにならなければ、現在の国家公務員法のもとにおける公務員と同じで、もう一回言いますれば、国家公務員の場合、国家公務員法を改正して具体的な年齢をきめて定年制をつくった次元と、ある地方公共団体が条例をつくって、そして具体的年齢をきめてつくった次元とが合うのだろう、このように了解しております。
#85
○和田静夫君 これは国会で法律をきめるということと地方議会で条例をきめることが同じであるという、そういう論理は一体どこから出てきますか。
#86
○政府委員(岡田勝二君) 御質問の趣旨を必ずしも正確に把握してのお答えになるかどうかわかりませんが、抽象的に言いますれば、たとえばまことに仮定的な話をいたしますが、いま国家公務員法を改正いたしまして、一般職の国家公務員の定年は別に法律をもって定める。あるいはあまりこれも考えられませんが、人事院規則で定めるということにでもしたと仮定いたしますと、それと地方公務員法で定年制は条例で定めるという書き方をしたのと同じだろうと、こういうふうに思っております。確かに、国家公務員の場合は法律でやらなきゃいかぬ、具体化は法律でなければならぬ。地方公務員の場合は個々の団体の条例でなければならぬという意味で、条例ということと法律ということと一つの立法形式において違うということはまぎれもない事実だろうと思います。
#87
○和田静夫君 それでは全然話にならぬでしょう。そういうごまかしはだめですよ。いまの答弁というのは、全く人事院がよって立つところの精神というものを失っている答弁です。だれが考えたって、国が法律をつくることと地方議会が条例をつくることと全く同一視をされるというような答弁がまかり通るはずがありませんよ。あなたがそれ以上の答弁をできないなら、あさって人事院総裁に――何か、勧告作業で非常に忙しいようだから、私どものほうで良心的に遠慮してあなたにしたのだけれども、だめですから、人事院総裁にあさって来てもらいましょう。三時からあれだそうですから、お帰りになってください。
#88
○政府委員(岡田勝二君) 冒頭に、御質問の趣旨をあるいは十分理解しないでお答えするかもしれませんがと申し上げたわけでございますが……(「自治省と相談したのだろう」と呼ぶ者あり)いえ、そういうことは決してございません。自治省が何をなさろうと、私どもが関知するものではございません。私どもは人事院は人事院としての立場で国家公務員の人事行政についてその仕事をすればいいので、地方公務員について自治省が何をなさろうと、私どもがとやかく詮議立てする筋合いではございません。ただ、念のために確認いたしておきたいのですが、いまの御質問の趣旨が十分私に理解しかねるのでございますけれども。
#89
○和田静夫君 それだから、次のことに答えてもらえればいいんですが、あなたはいま仮定の問題と言われたのですけれども、たとえば昭和二十四年十二月二十四日と二十五年の七月十八日に、国の場合には人事院規則によるべきではないという人事院は行政事例を出されていますが、したがって、そういうものが出ているのに、仮定だからといって人事院規則にゆだねますなんという仮定は成り立たないのですよ。事実、その人事院規則と条例という対比においてというような論理は定年制に関する限り成り立たない。そういうむちゃな答弁をしてもらっちゃ困ると言っているので、私のほうは全く知らずに質問をしているわけだけれども、そういうごまかしは困るわけで、一番聞きたいことは、さっきも言ったとおり、国に定年制がないのに地方公務員に対して定年制の法制化を先行してさせる、そういうことがよいとお思いになるかどうかということを、人事院総裁からあさって明確にお聞きしたい、そういうことです。
 そこで、続けますが、いま言いましたように、人事院は昭和二十四年の十二月二十四日と二十五年の七月十八日に、国の場合は定年制は法律できめるべきだ、人事院規則によるべきでないという人事院行政事例を出しているわけですね。したがって、国の場合、定年制をしくとしたら、まず法律に定年制を書いて、具体的には人事院規則で年齢などをきめる、こういうような形になることが考えられますが、そういうようなことは法律で定年制を書いて、具体的には条例できめるという地公法の体系と、さっきからいろいろ議論があるのですが、何ら変わりないと言う論理でしょう。したがって、定年制という観点から見ても、地公法に定年制の規定が入ったということは、国公法よりも一歩先んじたということになるわけです。さっき行政局長が認められたとおり、私は間違いないだろうと思います。この点について五月十六日の衆議院の地方行政委員会において、こういう論議があるわけです。社会党の細谷委員ですが、「国では条例を制定できるわけはないでしょう。法律ができたら政令なり省令でそれを具体的にしていくでしょう。地方団体というのは法律を受けて条例をつくるわけです。その法律に違反した条例は無効ですよ。その条例に基づいて、あるいは地方団体の長がきめる例もありますけれども、そうでしょう。ですから、こんなことで子供だましの等距離論なんというのをはくのは、私は長野さんらしからぬ、大臣らしからぬ理屈だろうと思うのです。」、こういうふうに衆議院で論議されておるのですよ。これに対して大臣は何もお答えになっていないのです。よく読んでみましたが、答えられていません。私はこの質問に対してはぜひかみ合った答弁をしていただかなければならぬと思うのですが、どうですか。
#90
○政府委員(長野士郎君) 先ほどから申し上げておりますように、地方公共団体につきましては定年制を設けるということが、現行法のもとでは条例をもって定めるということの道がふさがれておるということがございますので、その点について能力を与えるといいますか、そういうことのためには道を開くということにもなりますが、公務員法の一部改正をしてその根拠を定めることが必要である、こういうことに相なるわけでございます。国家公務員の場合にはどうかということになりますというと、これはまあ立法能力としては、政府、国会は十分その点における立法能力を持っておるわけでございます。何ら制約がなされていないということで考えました場合には、今度の公務員法の改正でその立法能力を地方団体に与えるということがありまして、初めて立法能力という点では国家公務員の場合と地方公務員の場合とが同じことに、地方団体にも能力が認められたと、こういうことは私は言えるであろうと思うのであります。ただ定年退職ということばをどっちが先に書いたかということになりますと、これは離職ということでもいいと思うのでございますけれども、それでは事柄の中身がはっきりしない。先ほどからございましたように、分限免職と定年退職とがどうだとか、いろいろな関係がございますし、また同時に、公務員法の中ではいろいろな離職に関する取り扱いというものについて、必ずしもはっきりしていないところがございます。国家公務員法の場合は離職に関して多少の手続規定のようなものが整備しておりますが、そういうことで扱い上の意義もその他の離職の態様についてもございますので、あわせて概念規定としての区分も明らかにするし、離職全体の態様も明らかにするほうが適当であろうということなんでございます。そのために定年退職ということばをこの中に書き込むということに相なるわけでございます。その意味でこの法律の上で、字づらの上で書き込んでおくということは、地方団体の場合にはもう一つの意味といたしましては、従来は当然には定年制は条例をもって設けることはできないという考え方がございましたから、その意味でも必要なわけでございます。そこで、そういうことで、地方公務員法という法律と国家公務員法という法律を比べました場合に、定年退職ということばがどっちが先に出てきたかということになりますれば、この改正法によって地方公務員法のほうに先に出てくる、それはそのとおりだと思います。ただ、その結果としての立法能力という点では地方団体もやっとそれで立法が可能になったという意味では、まあ国家公務員において法律で立法が常に可能でありますのと同じ条件になったということは、その点では言えると思っております。
#91
○和田静夫君 やはりあなた方の議論が成り立つためには国会で法律をきめるということと、地方議会で条例をきめるということと同じであるというような論理の無理をおかさなければならない。これはたとえば地方公務員制度論の中で田中二郎氏が座談会の中でこう言っています。「地方公務員法としては、これをこの通りに実施するという意味における法律というよりは、一つの標準を定め、あとは各地方公共団体がその実情に即した条例で具体的な定めができるようにしていく必要があるわけです。そうとしますと、どこまでを法律で規定し、どこからを条例の定めにゆだねるべきかということが問題になり、具体的には非常に困難な問題ともなったわけであります。」、まあこういうふうに言っているんですが、つまり、いわば地方自治法の体系の中に位置づけられた地方公務員法というものの性格が各地方公共団体の実情に即して機能しなければならない。そういうことから条例というクッションが媒介されることとなった。そういう意味では地方議会における条例制定という行為は、地方公務員法がその地方公共団体で法律効果を持とうとする一過程のできごとであって、国会で法律がきまるという行為と本質的には異なるものでありましょう。大臣そのようにお考えになりませんか。
#92
○国務大臣(野田武夫君) 国会で法律をきめる、いわゆるこれが法律であります。それから地方議会で条例をきめる。じゃ、法律と条例はどうか、法律論は私はなかなかむずかしいことでありますが、しかし同じ、何と言いますか、法律の持つ制約と力と言いますか、地方議会の条例の持つ制約と力というものは同じ基盤に立つと申しますか、そういう同じような立場に立てると、こういうことが言えると思っております。ただ、法律論でどっちがどうだということはまあこれは局長からひとつ。
#93
○和田静夫君 たとえば、国家公務員法に対する人事院規則の関係というものがありますね、地方公務員法に対する条例あるいは規則等との関係に相対するものではないかということを言っているつもりですが、お聞きをしますが、それでは改正地方制度資料というのは、これは自治省の出したものですよね、そうでしょう、これは。これはおそらく自治大臣、国務大臣の答弁資料ですから、この中に、大臣が何を答えられるか全部書いてあるわけで、入っていますね。言ってみれば大臣答弁のとらの巻でしょう。これは第七部ですが、地公法制定当時のものをようやく少し探し出してきたんです。それで鎌田さんがさっきうまいことを言われたけれども、あれもどうもうそだということがこれでわかるんですが、地公法を制定した当時の自治省の考え方が示されておりますから、たいへん参考になりました。一一〇六ページで、この場合の国公法、人事院規則の関係をいわゆる地公法、条例との関係についての問題に関係する部分がこの中にある。ここではきわめて常識的にこう言っているにすぎないんです。「一見煩瑣とも考えられる規定も、なきにしもあらずであるが、それはいずれも公務員制度の理念に直接に関係のあるものに限られているのである。即ち、国家公務員法においては、その具体的な肉づけは人事院規則によって与えられることとされているのに対して、地方公務員法の具体的な実施運用は、地方公共団体の条例、規則等の定めるところによらしめることによって地方公共団体の自主的処理に委ねているのである。」、こういうふうになっているわけですね。たいへん常識的です。国公法で定年制が持ち込まれるということと、地公法の規定に従って地方公共団体が条例で具体的実施運用をきめることと同一視するという、あなた方が今日行なってきている無理はここでは行なわれていません。ここからはどうしてもそんな理屈は私は出てこないような気がするのです。あなた方ほんとうに国会で法律をきめることと、もう一ぺんくどいようですが、聞きますが、地方議会で条例をきめることと同じだと考えていらっしゃるのですか、大臣いかがですか。
#94
○政府委員(長野士郎君) まあ個々の具体の問題になりますといろいろ違いが出てくるかもしれませんが、一般的に申しまして、国家公務員のたとえば給与その他の勤務条件につきましては、法律できめますものと、それからいまお話がございました人事院規則等できめますものと二通りあるわけでございます。そういうことで、今日までの原則としてはやはり勤務条件についての法律による規制というのは法律による保障だという考え方があるわけでございます。そういう意味で給与その他の勤務条件をまず原則として法律できめていくというのが、国家公務員におけるところのたてまえだと思います。それは人事行政の民主化という観点、あるいは公務員の雇用の責任なり権限というものは、やはり国家公務員の場合なら国家全体が使用人だということでございましょうか、そういう考え方もありまして、そういうことに相なっておるというふうにも思われるわけでございます。地方公務員の場合は、地方公務員法はもちろん先ほど引用されましたように、どこまでを法律できめて、どこまでの具体化を条例で定めるか、これは立法論としてはいろいろあるわけでございます。たてまえとしましては、同じように給与その他の勤務条件については一般的には当該団体の条例によってこれを具体化していく、こういうのが原則になっておると思うのでございます。そこでは、だから公務員制度につきましても、国家公務員については法律で保障する、地方公務員については当該地方団体の条例によって保障する、こういう考え方がとられているわけであります。これはそもそもどうしてかということになりますと、やはりそれは先ほども国家公務員について申し上げましたと同じように、地方公務員につきましては公務員の雇用の権限とか責任とかいうものはやはり住民全体にあるという考え方、その住民全体の意思を代表しておりますところの議会というものによってそれをきめていくということが民主的な政治、制度として一番適切であるという考え方と同時に、やはり一方で法律による保障ということと同じ考え方が地方公務員法及び地方団体の条例によって保障されるという考え方になってきておると思うのであります。その基礎はどこにあるかと言えば、やはり法律と条例というものの考え方であろう。法律につきましてはもちろんこの地方公務員法そのものも法律を一応踏むわけでございますから、その点での多少の重複があると思いますけれども、やはり国家の意思というものをきめるために法律があり、地域社会を基礎として成立しておりますところの地方公共団体というものの意思をきめますところのために条例がある、こういうことでございまして、その限りにおきましてはやはり法律に対比されるものは地方団体の場合は条例、議会できめるという形式をとっておるかっこうからいたしましても、条例というものが対比されるということで考えていくことは、これは一般論でございますが、自治制度の上での条例という問題についての私は一般的な考え方であるし、それが公務員制度についても、法律と条例という関係で対比されていくということは、これはもう一般原則に沿った考え方でもあるというふうに思っております。
#95
○和田静夫君 少し進みます。
 大臣は、この定年制法案の審議に入ってから、何かにつけて、いや、ここばかりじゃありません、衆議院の議事録を読んでみても、この法律は定年制をしく道を地方公共団体のために開いたのであって、それをしくかしかないかは、これは全く地方公共団体の自由意思にまかされているのだという意味のことを言われ続けています。何十ぺんとなくこの答弁を繰り返されるところを見ますと、野田自治大臣その人はほんとうにそうお考えになっているのだろうと私も善意に思います。しかし、どうも大臣、そうなると、大臣自身がだまされているというふうな感じを私はするのですが、新設条文の二十九条の二は、「職員の離職の事由、手続及び効果については、法律に特別の定めがある場合を除くほか、条例で定めるものとする。」となっているわけですよね、大臣。これは大臣が言われるほど地方自治体の自由裁量を認めた条文ではありませんよ。この自治省の指導機関誌である地方公務員月報で、これも同じく四十三年四月号、けさほど言った同じ公務員第一課の人が、この条文を説明して次のように実は言っているのです。大臣よく聞いていただきたいと思うのですが、どうも大臣の善意が歪曲されているという感じを抱かざるを得ません。「「離職の事由、手続及び効果については、条例で定めるものとする。」とは、どのような意味であろうか。「定めなければならない」といえば、定めることが義務づけられることであるが、「定めるものとする」はそれ程明瞭ではなく、若干の含みが持たされている。即ち、定めることを一般的の原則方針とするという意味である。」、ここからです。「しかし、法律上定めなければならないことでは結局のところ同一である。」と書いてあるのです。「「……については、条例で定めるものとする」とは、「……について定める場合には、条例で定めなければならない」の意味であり、すべての離職の態様について、定める必要があるものについて定める場合には条例でなければならないというのが法律上の意味である。したがって、各離職の態様について「定めない場合」とは、その前提としての事態がない場合なのであり、そのような事態がある限り、或いはそのような事態をあらしめるためには、条例を定めなければならないものである。」、こういうふうに明確に、これから定年制法案ができ上がれば、指導する担当課である公務員課では解説しているのですよ。それが大臣がどんなに善意に何十ぺん答弁されましても、これは指導機関誌ですからね、明確に大臣の答弁は食い違っている。これは一個人の解釈なりと、私に言わせれば、したがって、ここまで言われていて、まだ大臣は地方公共団体の全くの自由裁量だと言い続けられますか。
#96
○政府委員(長野士郎君) 私いまお読み上げになりましたものを拝聴いたしまして、私はいまの御指摘とは違うように聞いております。と申しますのは、これは離職の事由、手続及び効果につきましては「条例で定めるものとする」と書いてある。「条例で定めるものとする」と申しますのは、離職の手続や効果をどうしても定める必要がある――定める必要があるかないかは地方団体が考えることでございますが、定める必要がある場合には、条例という法形式をとる、これが義務づけられておる。法形式は条例でありますよということでございまして、定める必要があるかないか、この点につきましては、これは地方団体がそれを認定をするということが残されておるのでございます。結局、定める必要があるという結論に達して、そうしてその場合に定める法形式としては条例で定めるのですよということの約束をここで明らかにしておる。この点につきましては、これは法案をつくりました責任者といたしまして、これは関係方面とも十分その点についての協議打ち合わせを済ませたところでございまして、したがいまして、大臣がおっしゃいましたのは、定める必要があるかないか、この点については、これは地方団体が自主的に御判断になる、こうお答えになっておることでありまして、少しもこの間に矛盾はないと、こういうことを申し上げたいわけです。
#97
○和田静夫君 私が期待したとおりの御答弁です。そういう御答弁をされることは予想しておりました。離職条例をつくることはかなり義務的だけれども、そこに定年制を入れるかどうかは地方公共団体の自由意思なんだ、そういうふうに答弁されることはちゃんと期待しておりました。しかし、そうはならぬ。あと続いて書いている。そこに実は今回の離職条例方式の、いまいたけだかになって答弁されました中に魔術があると思うのですよ。私は大臣はその魔術に同様にひっかかっていらっしゃるかもしれぬと思うのですよ。この公務員第一課の人もまたこういうふうに続けているのです。「例えば、「定年退職」についていうならば、この規定は、定年退職の制度を採用するための根拠を与えたに過ぎないものであり、定年制を必要としない地方公共団体は定年制を採用する必要はないし、したがって条例を設ける必要がないことは当然である。次に、「任期満了退職」については、地方公務員法の中には予め「任期が定められている場合」、「任期を限って採用された場合」については何らの規定もないが、地方公務員についても、法第一七条を根拠として、法律上このような採用は可能であると考えている。したがって、「任期が定められている」職員の存在する地方公共団体や、職員を「任期を限って採用」することがある地方公共団体においては、条例によってこれについて定めなければならないものである。以上に述べた「定年退職」、「任期満了退職」以外の離職の態様については、現在法律上及び事実上その制度が存在するものであり、したがって、すべての地方公共団体がこれらに関する条例を制定しなければならないものである。」、こうなっているのですよ。そこで、かなり事態は明確になってきていると思うのですね。新設条文の第二十七条の二の第一項を見てください、第一号。手続、効果について、二十八条三項に、「条例で定めなければならない。」という規定があるのですから、第二十九条の二に基づいて条例で定める必要はありませんね。
#98
○説明員(鎌田要人君) この離職に関する条例、ただいまお述べになりましたように公限免職とか、懲戒免職については現行の規定でもあるわけでありますから、形の上ではダブって適用するような形になっているわけです。
#99
○和田静夫君 第一号、それから第二号もこれも、第三号、これも二十九条二項がありますから同様だということになりますね。
#100
○説明員(鎌田要人君) そういうことであります。
#101
○和田静夫君 そうすると、四号、五号については先ほど読み上げた文章のとおりですから、四号については、一応、地方公共団体の自由意思、五号については任期が定められている職員の存在する地方公共団体や、職員を任期を限って採用することがある地方公共団体においては、この二十九条の二に基づく条例でその手続、効果が定められなければならないわけですが、そのような団体はどれくらいありますか。
#102
○説明員(鎌田要人君) 団体の数は、ここに資料を持ち合わせておりませんのでお答えできません。
#103
○和田静夫君 この団体の数は、あさってまでにはできますね。
#104
○説明員(鎌田要人君) 任期の定めのある場合と申しますのは、大体考えられますのは、先ほどお読み上げになりました期限つき任用、この場合が圧倒的に多かろうと思うわけであります。そのほかに大学の学長で任期の定がある、こういった場合の程度でございますので御了承いただきたいと思うわけであります。
#105
○和田静夫君 何を了承するのかさっぱりわからぬ。
#106
○説明員(鎌田要人君) 団体の数が幾らあるかということについて、これは結局期限つきの任用をやっているところについてその適用があるということでございますから、そういう期限つき職員につきましては、六カ月とか、あるいは三カ月とか、そういう任期を定めておるもの、こういう職員を雇用しておるところ、こういうことでございます。――私ちょっとうっかりいたしておりまして、ほとんど任期の定めをおいておる職員というものはないそうでございます。
#107
○和田静夫君 全然ありませんか。
#108
○政府委員(長野士郎君) 法令によって任期の定めのある場合というのはございます。それはたとえば教育公務員特例法によりまして、学長とか部局長――公立大学のような場合でございますが、部局長の任期について大学の管理機関が定める場合がございますから全然ないというわけではございませんので、公立大学におきまして部局長なり学長について任期を定めておりますところについては、その任期の定めのある職員についての手続等について条例で定めるという場合というものはございますが、一般的に任期の定めのある任用をしておるかということになりますと、先ほど公務員部長申し上げましたように、ほとんどその該当例はないだろうということでございます。
#109
○和田静夫君 この二十七条の二の第五号、「任期が満了したとき。」という条項ですが、この期限つき任用職員というのは地公法の何条ですか。
#110
○説明員(鎌田要人君) 地方公務員法第十七条を根拠といたしまして、期限を設けて職員を任用する根拠がある、こういうことでございます。
#111
○和田静夫君 十七条ですよね。
 そこで、新設しようとしている第二十九条の三によりますと、「条件附採用期間中の職員」でしょう。それから「臨時的に任用された職員」とこの期限つき任用職員とはどのように違うのですか。
#112
○説明員(鎌田要人君) 臨時的に任用あるいは条件つき採用の者と申しますのは、御案内のとおり、臨時的任用でございますと、三月内の期間を限って、たとえば集計をやる、あるいは筆耕をやる、こういった場合の任用でございまして、ここで申しておりますところの任期の定めをもって職員を雇用する場合とは違う。先ほど申しました、たとえば教育公務員特例法による大学の学長、こういったような場合がこの場合に該当するということでございます。
#113
○和田静夫君 定数条例上はうちですか外ですか。
#114
○説明員(鎌田要人君) 定数条例の中でございます。
#115
○和田静夫君 そうすると、そのことをはっきりさせて条例できめるのでなかったならば、当然に乱用が予想されますね。どんな職種についてもそれが認められることになってしまう。そういうことになりませんか。
#116
○説明員(鎌田要人君) すべての職員と申しますか、いま例として申し上げました学長の任期といったような、そういう任期の一応一般的に考えられるもの、そういうもの以外に広がるということはまず考えられないと思うのですが。
#117
○和田静夫君 職種を明確にずっときめなくて、考えられませんか。
#118
○説明員(鎌田要人君) 一般の行政機関のスタッフとしての公務員の任用ということになりますと、期限を定めて任用するということはまず考えられないと思います。
#119
○和田静夫君 この期限つき任用職員に関連して離職条例方式による定年制が、定年制の促進ということのほかにきわめて現行制度を改悪するものであると私は思うのです。さきに公務員部長は、この期限つき任用というのは地公法第十七条に基づいて可能であると言われたわけですけれども、この地公法第十七条の解説の中で、自治省公認の今枝さんの「逐条地方公務員法」は、それに疑義があると言っているのです。「期限附任用」ですが、「本条第一項の規定に基づく正式任用としての採用について、期限を付することができるかどうかについては疑問がある。任用行為は行政行為であるから、法律に特別の定めがない限り、期限という附款は認められないとする説と任用行為は行政行為ではあっても相手方の同意を要件とするものであるから、本人の同意があれば期限を付することは可能であるとする説がある。行政実例によれば、労働基準法第十四条の規定に違反しない限り、任期を限って採用できる場合があるものと解されているが、また、恒久的な職員の職と認められる職については、特別の事情のあるものを除き、雇用期間を限定して職員を任用することは適当でないと解されている。」と、こういうふうに述べて、そうしてさらに続けて、「期限附採用の問題は、地方公共団体の人事行政が国庫補助制度、地方財政事情などによって歪められたために生じたものである。国庫補助金または負担金を伴う公共事業費をもって職員の給与が賄なわれる場合、事業費が単年度ごとに決定されるため、実質的には恒久的な職でありながら、形式的には一年以内の期限付きの職として取り扱わなければならないような事情があったり、地方公共団体の事務事業が増加するにもかかわらず、地方財政の窮迫に伴い、定数条例上の定数を増加する措置を取ることなく、定数外の職員として期限付きの採用を行なうことによって当面を糊塗せざるを得ないような事情があった。しかし、最近にいたって、国庫補助制度の改善、地方財政事情の好転によって、人事行政を歪める要因は除去されるに至っている。従って、特定の事業を実施するために、あらかじめその存続期間が明確である職について、本人の同意がある場合に限って期限付きの任用が認められるべきであって、もともと恒久的な職に正式任用をする場合に、期限付任用を行なうべきでないという人事行政の常道に、速かに立ちもどる必要がある。」、今度の第二十七条の二の新設が、ここで言われている国庫補助制度や地方財政事情などによって生じたこのひずみを固定化するものであるということについてどのようにお考えになりますか。
#120
○説明員(鎌田要人君) 結論的には、ただいまお読み上げになりましたところと私ども全く同趣旨、同感でございます。したがいまして、先ほど一般的な行政機関のスタッフとしての職員の任用について権限をつけて任用するということはまず考えられないのではないかというふうに申し上げたのは、まさにそういう趣旨でございます。したがいまして、まあ現実の例といたしましては、たとえば先ほど行政局長が申しました教育公務員特例法による場合というほかにはあまり考えられないのではないかというふうに考えるのでございます。
#121
○和田静夫君 実際問題として何のためにこの法律が必要なんですか。
#122
○説明員(鎌田要人君) これは離職という、この職員の身分上の最も重要な態様につきまして統一的な規定を設ける、網羅的な規定を設けるということに相なりますというと、死亡以外の事由によって職を離れる場合というものをここに列挙する、こういうことでございます。かたがた、この国家公務員の場合の、先ほどお読み上げになりました離職に関する人事院規則の規定におきまして任期の定めのあるものについての任期の満了、こういう場合を掲げているのでございますから、それとの権衡ということを考えて規定いたしたわけであります。
#123
○和田静夫君 全然立法の趣旨がわからなくなってきてしまいましたね。大臣、いまのやりとり、いかがとられますか。
#124
○国務大臣(野田武夫君) さきに和田さんから私の考え方を御指摘になりました。まあ役所の者の書いたものを、公務員の逐条をお取り上げになりまして、私のお答えしている点と役所の言っている考え方が違うのだ。あなた、人がいいからだまされたのじゃないかというふうに、ごく近い意味だと私は解しておりますが、私は、役所の課長その他がどう考えているか、この前もちょっと申しましたが、これはおのおの仕事熱心で一生懸命やっておりますから、いろいろ意見も出てくる、私必ずしも意見が出てきたことをとがめる意味というよりも、まあそれが結論だと御解釈になることは私としては困るということなんです。そこで率直に申しますが、私は法律論、憲法論、また地方公務員法その他のことは政府委員からお答えいたしておりますので、私の基本的な考えを申しますと、先ほど山本さんも御指摘になりました大阪の実例を、現在、勧奨退職でうまくやっておるのだと……。
#125
○山本伊三郎君 勧奨じゃない、定年制優遇条例ということで、制度でやっておる。
#126
○国務大臣(野田武夫君) その制度でやっておる、あるいはまた勧奨退職をやっているところもたくさんあるということで、大阪なんかでは制度としてやっておって非常にうまくいっておる、こういうことも聞いております。しかし、私はまあ人事の管理上必要だという公共団体の声も、皆さんも、きょうは山本さんからいろいろ御指摘もあった、陳情その他もいろいろ聞いております。そういうことで現在制度でうまくいっておる。これは勧奨退職の問題でやはりうまくいっておるところもあるだろうし、なかなかまたそれがうまくいってないところもあるということは、私が御説明申しませんでも御存じのとおりだと思います。そこで、この条例をつくって定年退職の問題の道を開くという場合に、私自身の率直な考えは、しばしば申しますとおり、大体この地方公共団体というものはやはりその自治という気持ちからして、これはもう自分の自主的な判断を持つということが第一と、また指導においてもそういう指導を、この定年制の問題だけじゃありません。ただ、しみじみ私、自治大臣になりまして痛感しておりますことは、やはり第一には地方公共団体に自由な、何といいますか、判断と、自主的なところをやはり尊重して、しかし、それはどうしても地域住民に対してどうもよくないのじゃないかという点がありますれば、これは私は注意を促してもいいと思います。しかし、基本的には私はやはり地方公共団体の自主的な考え方というものを尊重すべきであるということは私自身がしみじみそう感じております。そこで、この定年制につきましても、私が言っていることは、何か大阪に言っているように御理解になると非常に心配がございまして、たとえばいま現在うまくいって、何もつくらなくても私のほうはうまくいっていますというところに、何をもって私はやらしていくか、それは逆に言うとじゃまになります。地方公共団体うまくいっているのをまた違った形でやれということになりますと、うまく運営がいっておるのが、またその点でかえって支障等が起こるおそれもあります。だから、その点に対してはもうほんとうに自主的な判断でおやり願いたい。といいますのは、これも最初、衆議院の地行委でだいぶお話がありましたが、年齢なんかもどうするかというお話よくありました。私もこれも、たとえば五十五歳がいま多くの民間の定年制、ところがこの五十五歳もだんだん年齢が上がってきておることも事実であります。これは当然のことでありますし、もう事実であります。したがって、一説には、これは私は率直にものを申しますが、自治省は、五十七とか八とかいって指導するのじゃないかと――ここのお尋ねになかったのですが、私の気持ちを申し上げます。そんなことはほとんどない。五十七でやりたいときはやるし、五十九歳とか、いろいろな問題が出てくるのですよ。そこまで自治省が指導することはない、大体常識の線が出てくる、これはやはり地方公共団体につきましては地域によって多少年齢の程度は出てきやしないかと思います。それから特殊な仕事、どうしてもその人がいなければうまく地方行政が推進しないと、こういうところにはそういう特殊な仕事の方の年齢まで、何もこちらから幾つぐらいとか、何でもかんでも十ぱ一からげでやらなければならぬというようなしゃくし定木なことを言う必要はない。これも実情に即して考える。こういう考えでございまして、たとえば、もしこの法案が皆さんの御審議の結果、これは仮定でございますが、成立する。その際に、自治省の方針というのを私はむしろ明確にしたい、私はそのくらいに思っております。いま和田さんのお話しのように、役所の中でいろんな考えがありましょうから、これはその一つの考えを聞くのは何ですが、私は私なりにやはりこの問題についての考え方をきめて、そしてはっきりさしたいと、こういうぐあいに考えております。したがって、私のお答えしたことは、絶えず同じことを言っておるが、あなたはそう思っているかもしれぬけれども、そうはいかぬぞという御懸念がございますが、幸いに、私が自治大臣をいたしておる間にこの法案がかりに、仮定でありますが、成立しますと、その際には、私はほんとうに自分の考えでもって全体の指導、助言ですか、そういう面について、各地方公共団体に私の意思を浸透するようにしたい、そのくらいに思っております。したがって、私はいいかげんな御答弁はしてないということを、これはくどいようですが、重ねてそれを申し上げます。
#127
○山本伊三郎君 大臣がそう言われるから、私もあんまり言いたくないんですが、地方公務員法できるときに私国会におらなかったんですが、先ほど申しました藤井貞夫さんが、公務員課長のときだったと思います。だいぶ論議したんですよ。国会じゃない。私は、地方公務員法は地方自治の立場から反対だ、人事権まで国の法律で規制する必要はない、むしろ、地方自治法の中に入れるなら、やはり法律である程度の基準をつくらなくちゃいかぬだろう、したがって、そこに含むか、そういうものを入れて、懲戒の事項はこういうときにやるべきではないかというような、ある程度の訓告的なそういう指示的な条文で、地方公務員法は要らないんだ。これは大臣も言われた自治ということから言ったら、それがたてまえですよ。いわゆる地方自治法から言った任免権も、ほかに首長の権限があるけれども、地方自治として人事権というのは一番大きい地方自治体の責任でやるべきものと思います。それを身分とかそういうものを地方公務員法をつくってやること自体が、地方自治の侵害であるという論議を相当したことがある。おそらく国会でもやられたと思うんですがね。これできるときには、非常に政府の干渉が出てくるので、これはだめだと言って反対したが、われわれの反対を押し切ってできちゃったわけですね。今度は定年制。要するに、いままでは雇うほうの条件だけが載っておったんですね。やめるときには、懲戒というのはありますけれども、今度の場合には定年制というものをつくるにおいては、私は全く行き過ぎだと思います。やめるときぐらいは、あなたの言うように、いわば地方の議会なり自治体が、自分のほうの自治体としては、お医者さんとしてはどのくらいおってもらいたいんだ、いろいろ雇うほうの使う者からの考えがあると思うんですね。それをこの法律は全く自主的にきめたらいいのだ、その道を開くだけという答弁ですが、だから私はあなたにその道はできているということを言ったのですが、その回答がないのです。そういうことでありますから、私は、何ぼ弁解されても、この法律をつくるということは全国的に一定の線を引くということがあると思うのです。年齢においても若干の幅はあるでしょう、職種があるから。これは自治省おられますけれども、おそらく局長いつまで局長をしておられるかわかりませんが、やがて五年、十年たてば全部条例でやられるということになってしまうのですよ。地方公務員法できるときに反対したけれども、そのとおりに持ってきて、運用されてきて、いま何も関心を持たれないで、あたりまえだということになっている。われわれの論議はそういうことから出発している。地方公務員法自体にも、つくるときに問題があった。今度は大きな定年制を入れようとする。だから私は、大臣が言われても、地方に自主的にやらせるのだという考え方が大臣にあるならば、地方公務員法なんというのは要りませんよ。それだけに、責任を持たせて初めて雇った人の思うような行政が行なえるのだ。それを法律で、あれはいかぬ、これはいかぬというふうにすることは、地方自治の侵害だ。これは定年制だけの問題ではないですよ。ほかの委員から定年制の問題が出てきたから任期満了の問題も出ましたが、いろいろ要らぬものが出てきているのですよ。それは私は官僚の考え方だと思う。何か支配したいと思う。地方自治法でも何か支配したいと思う。これは当然来る。こんな日本だけではない。何か各国でも地方自治に干渉するという傾向が常にある。それに反対する自治権の拡張という運動が起こる。これは自然の現象ですが、大臣の言われることは、あなたの言われることでやればそういう危険なものをつくる必要はない、ほんとうの地方自治ということになれば。だから、定年制に反対ということもありますが、地方公務員法ができるときに基本的に大きな問題があるのです。そういう点を私は考えて、あなたが大臣のときにこれはできたらと言うのですが、これはできっこないですよ。これは私が生きている間はつくれっこない。命をかけている。ほんとうですよ。信念の問題ですから。これは私は言っておきますが、こういうものをつくるということはどうなるかというと、信念の問題ですから、あなたがそう言われるなら、私は答弁してもらいたくないが、私は聞いておられぬから一言言うのですが、あなたもその点大臣だから、政治家だから、政府が出したものを廃案にするということはできないと思いますが、その点はわかりますが、私の言っていることを一ぺん忠実に考えていただきたいと思います。
#128
○和田静夫君 ちょっともとに戻りますが、第二十七条の二の一項の六号、この六号は二十九条の二の規定に基づく取り扱いというのはどうなりますか。
#129
○説明員(鎌田要人君) ちょっと先ほどからの関連の問題もございますので統一的にお答え申し上げたほうが御理解に資するのじゃないかと思いますが、要するに、二十九条の二に基づく条例で規定し得る事項というのはどの範囲になるかということを先に申し上げたほうがいいと思います。
 分限免職、懲戒免職については事由、手続、効果、これは先ほど申しましたように、現行の規定と重複するような規定の形式になっておりますので、これはそれぞれの条項に基づいて規定をする。それから失職でございますが、失職の場合でございますというと、事由については法律に規定がございますが、手続及び効果については、これは現行法上規定がございませんので、二十九条の二の規定に基づいてこれは定められるということに相なります。それから、定年制をしくということになりますと、定年退職の事由、手続、効果。それから先ほどお話がございました任期満了による退職の事由、手続、効果。それから辞職――辞職といいますのは辞表を出してやめる、いまおっしゃいました場合でございますが、この事由、手続、効果、こういったものが二十九条の二の規定に基づく条例で定められる対象になるということであります。
#130
○和田静夫君 それから、大臣のいわゆる善意の答弁ありましたし、私はそのことを、大臣の答弁に関する限りにおいてはお伺いしょうとは思っておりません。しかし、往々にして、でき上がった法律というものの運用は大臣の善意を乗り越えていくものですから、そういう危惧される面についてるる申し上げてきているのですが、いまも確認いたしましたように、この法律の改正によって離職条例というものが各地方公共団体に義務づけられる、こういうことはおわかりになると思うのですよ。現に、最終的な決定的な意見ではないと、大臣、何べんも論文については言われます。そのことは最終的には大臣の見解でありますから、そのことは私は否定もしませんが、だからといって、行政上の指導はこれらの人々によってなされていきますから、どうしても見のがすわけにはいかない。したがって、自治省の公務員第一課の人も、実は「地方公務員月報」の中で明確に次のように述べている。「職員の離職の事由、手続及び効果について定める条例は、職員の身分の得喪、広義の分限に関するものであって、この条例の存否は重要な法律問題に係るものであるので、その不存在は許されない。」、これは十八ページ、締めくくりのところでそういうことが書いてあります。
 そこで、現状をこういう形でずっと考えてきて、常識的に考えてみますと、たとえば議会の圧力もある、議員立法も可能である。そういう中で離職条例はつくらなければならない。しかし、定年制は大臣が言われるとおり、特に必要がないからその中に含めないなどということが常識的に考えられるかどうか。長いこと大牟田市長をやられ、自治体の実情については詳しい細谷さんが、五月十六日の衆議院の地方行政委員会でこう述べています。「二十七条の二といいますと、これは一から六号まであるわけですけれども、四だけ残して条例なんというのは、これはできっこありませんよ。法律では一から六まであるのに、四だけ残して、そうして条例をつくれったって、これはできっこありません。あなた方、非常に高等戦術を使っておる。そうして法律的な根拠というのをごまかして、地方自治体がしゃにむにこの条例をつくらざるを得ないようにやっているじゃないですか。」、この質問に対しても、実は大臣は意識されたかされないか知りませんけれども、全く的はずれの答弁にこのときは終わっています。そこで三十一年法案、四十一年法案の場合には、まだ定年制を設けるか設けないかということは地方自治体の自由意思であるという、そういう大臣の言われ方が私は可能であったと思うのですよ。しかし、今度の離職条例方式では、大臣の主観的な意図は別として、そしてまた、その善意の考え方というものは、私は野田大臣の答弁に関する限りにおいて、了とせざるを得ないわけですが、この自治省の他の人々のことばにあらわれた表現ですね、それらも一応は別においても、客観的にはすべての地方団体に定年制の採用を促す法律になっているということは、いま私が申し上げたような考え方でやっぱり否定ができない、こう思います。くどいようですが、いかがでしょう。
#131
○政府委員(長野士郎君) 離職に関する条例につきましては、ただいま公務員部長の申し上げましたように、この中ですでにもう法律に特別な定めがありますから、たとえば一号、二号なんというところにつきましては、あらためて条例をつくるという必要がないわけであります。したがいまして、そういう意味でも、一号から六号まで並んでおるから、当然に全部そろえてつくらなければならないという考え方から言いますと、初めの一号、二号は頭から、はずれてしまうということもあるわけでございます。また、現在辞職を申し出て承認されるとか、あるいはまた法律の規定によって職を失ったときとかについては、それじゃ手続はどうしているのだという問題もあるわけでございますが、これらにつきましては、それぞれの地方団体でそれぞれの取り扱いをいまいろいろな形できめて扱っておる、あるいは、きめませんで、事実上の扱いとして扱っておる、こういういろいろなやり方があるわけでございます。しかし、何らかの扱いをしていることもこれは間違いございません。そういうことがございまして、でございますので、そういう何らかの扱いをもう少しはっきりすることにしたいというようなところでは、それぞれの項目について離職に関する条例の一部をこしらえていくということが出てくるわけでございます。そういう意味でございますから、全体の条例を必ず制定を促すということではございませんので、初めからいま申し上げますように、法律で当然制定されている場合もございますから、離職の規定というものを総体的に整理をして、ここに新しい条文として二十七条の二というものであらわしました。そうして、その二十七条の二の中で、条例で定めることが必要だという場合に、事由、手続、効果を定めて、その定めるのは条例によるのでございますが、定めるか定めぬかにつきましては、これは地方団体が考えていくということに相なるわけでございます。そういう意味もございまして、この改正法の附則の二項におきましては、直ちに定めるという必要もない、そういうことになっては困るという場合もございますから、そういう条例ができますまでの間はなお従前の扱いでやっていくのだということで、経過措置というものもつくっておるようなことでございまして、もちろんそれは全部統一的につくるというつくり方もございますし、個々に必要なものについて整備をしていくというしかたもあるということでございまして、全体の条例を必ず統一的につくることを促しておるのだという趣旨では全くございませんので、その点は御了解をいたただきたいと思います。
#132
○和田静夫君 それは法律できまっている一、二というのは、これはもういまのいわゆる論理のらち外のものです。その法律に重復をしない限りのところのものを、どうも一つだけ抜いてというようなことには実態的にはなっていかないと思うのですが、そこで、それらを少し深めてみると、二、三具体的な問題でお尋ねをしますが、この中で離職条例方式というのはいかに悪賢い性格のものかということを、大臣はお思いになるかどうか知りませんが、一ぺんくみ取っていただきたいと実は思うのです。たとえばこの法律の改正で自治体が定年制を設けることが合法化されるわけですから、そうすると、規則で制定しても違法ではない、こういうことになりませんか。
#133
○説明員(鎌田要人君) この二十九条の二の規定によりまして、必ず条例で定めなければならない、こういうことになります。
#134
○和田静夫君 いや、それはわかっています。そうすると、規則で定めては違法ですか。
#135
○説明員(鎌田要人君) 違法と考えます。
#136
○和田静夫君 それじゃ、自治法の百七十九条でしたか、専決条例、専決処分でいわゆる定年制を設け解雇する、そういうことはできますか。
#137
○説明員(鎌田要人君) 法律形式的には可能であると思います。ただ、やはり職員の身分の喪失に関する重要な制度でございますから、専決処分によるということは事柄として適当でないのではないか、こういうふうに考えます。
#138
○和田静夫君 それでは、形式的にはやはり可能だということになりますね、いま言われたとおり。そこで、それが次の議会で承認されなかった場合、どうなりますか。
#139
○説明員(鎌田要人君) そういう事例も考えられるわけでございますので、私が、専決処分による条例に基づいて行なうということは適当でないのではないかと申し上げたのは、そういう趣旨も含めてでございます。
#140
○和田静夫君 その辺のことを行政指導のことも頭に置きながら御答弁をされているその立場はわかりますが、実際問題としては可能だと。そして否決をされたという場合はどうなりますか。
#141
○政府委員(長野士郎君) この条例等につきましてどういう場合に専決処分というものが妥当するかということになりますと、これはいろんな事態というものを考えなきゃいけません。そこで、議会が議決すべき事件を議決せずということで、当然に専決処分に値するというようなそういうものであるかどうかということは、私どももこれはまあ事柄によって慎重に考えなきゃならないと思いますが、先ほど公務員部長が申し上げましたように、形式としては成り立ち得るということは言い得ると思いますが、しかし、そういうことが議会で承認されなかったというようなことになりますと、私どもといたしましては、法律的には政治責任が残るだけだという議論もできると思いますが、この問題についての扱いは、そういう事態というものが予想されるような条件の中で専決処分ということは、これはまああり得ないというふうに考えております。
#142
○和田静夫君 あり得ないとお考えになっている。私のほうは、あってもらいたくないと考えておりますが、あった場合にはどうなりますか。
#143
○政府委員(長野士郎君) 先ほども申し上げましたように、純法律的、身もふたもない話をいたしますと、法律的には有効だと思います。
#144
○和田静夫君 そこで、純法律的に有効だと。そいつが議会にかかってきて、だめだとなって否決された。そうすると、五十七歳でやめさせられた人はどうなりますか。
#145
○政府委員(長野士郎君) 条例自身は法律的には有効でございますから、定年退職ということは有効に成立するだろうと思います。ただし、そういうことをいたした地方団体の長と申しますか、そういう者の政治責任というものはこれは残ると思います。
#146
○和田静夫君 いわゆる議会で承認されなかったその場合、どうなりますか。
#147
○政府委員(長野士郎君) いま申し上げましたように、専決処分をいたしました場合には次の議会で承認を得なければならぬ。
  〔委員長退席、理事熊谷太三郎君着席〕
これは、自治法の解釈といたしましては、承認を得られないでも専決処分自体は有効だという考え方をとっておりますから、そういう点ではこの問題もその中に入ってくるということに相なります。
#148
○山本伊三郎君 歯がゆいからどうしても立たなければなりませんが、ずっとあなたらが言われてきたことは、自主的にやらすんだと。しかし、これは重要な定年制をきめるんだ、だから、いわゆる地方の議会――住民を代表した議会で条例をつくることが民主的であろうという意見があったわけです。専決でもそれでも有効だと。もちろん、市長も、いま公選ですから、住民の意思を代表している。いますけれども、それなら総理大臣は、これは政党政治ですから国会を形成して、自民党が多ければその自民党の総裁が行政府の大将になるということ、それでも立法府というものは厳然として一応その価値を認めているのですね、国民の代表として。だから、私はそこまでは考えておらなかったのです。実際は専決でもやれるというような形のものではないと私思ったのですが、いま聞いておると、専決も有効である、次の議会でそれを否決されたらそれは問題であると思いますけれども。こういうことでは理路整然としないのですが、私の質問は的をはずれておるか、どうしても議会にかけて条例をつくらなくちゃいけない、そういう理解だったのですが、そうでなくても、専決でも有効であるという説明であったと思うのですが、その点はひとつ確認してから私は意見を言いたいと思います。
#149
○政府委員(長野士郎君) まあ、この地方自治制度におきまして、長と議会という問題は、それぞれが直接に住民から選挙されてくるということがございますので、その点で多少違ったたてまえをとっております。そこで、議会と長との関係というものは国の場合と多少違った方式になっておる。そういう関係の調節をどうするかという場合の一つとして不信任議決とか解散という問題もございますし、あるいはまた、議会が議決すべき事件を議決しないというようなときにどうするかという問題も、まあ事態として手続が定められておるわけでございます。これは御案内のとおりでございますが、したがいまして、そういう議決すべき事件を議決しないとかそういうような事態と、この定年制に関する条例というものが何か時期が切迫したものとして考え得る対象になるかどうか問題は別にございます。したがって、地方団体としてそれぞれの状況の中でそういう専決問題という問題がかりにあるといたします。これは仮定の話であります。そういう場合に、絶対に法律的にいかなる場合でも専決になじまないものであるかどうかということになりますと、私ども、そういう具体の事例というものを想定したことがございませんから、そういう場合というものが法律的に全くないとも言い切れないというふうに考えました場合には、法律的には可能であると言わざるを得ないという意味で申し上げたにすぎないのでございまして、私どもも、そういう専決ということが当然認められ、いつでも専決でやってよろしいのだという意味で申しておるわけではもちろんございません。が、地方自治制度の全体のたてまえの中にこれがどういうふうにかみ合っていくかという問題は、個々の具体の事例に徴して考えていなければならない問題ですが、法律的にそういうものはあるかないかということになれば、そういう場合というものは全然ないとは言い切れないので、先ほどのような意見を申し上げたわけでございます。
#150
○山本伊三郎君 もう言う元気なくなった。
#151
○和田静夫君 自治大臣、たいへんなことですよね。やっぱり自治大臣の善意を乗り越える条件を持っているのですよ。私は何も思想があってこれを考えているのじゃなくて、自治法ずっと読んでいけば頭の中にさっと出てきますよ。そんなこと予想しなかったと言われるけれども、そんなことはないですよ。こういう状態というのを大臣どういうふうにお考えになりますか。
#152
○国務大臣(野田武夫君) いまの専決処分が議会で認められなかった場合に有効だと、法律上有効だと、私も実はそこまでのことは――率直に申し上げます。いまの質疑でわかったのですが、私も非常に重大だと思いますが、これは行政局長が申しましたとおり、法律論としては、そういうふうなことがかりに起こった場合に有効、無効ということを言っている。いまの局長、公務員部長も、事実そういうことはほとんどあり得ないという前提でお答えしておったと思います。私もそのとおりと思います。専決処分問題についていま質疑がございましたので、やはり法律論とすれば局長の解釈どおりでございます。和田さんもそういう御解釈があるようでございますが、これはひとり、いま聞いておりますと、定年制に限ったことでなくて、自治行政を運営する上にそういう場合があると、そのあるという前提で定年制も範疇に入るという法律論のように聞いております。もう少し私もこれは解釈を聞いてみたいと思っておりますが、法律上そうだと言えば、私は法律を曲げるというわけには、どんなにここで申し上げてもなにですから、こういうことは万一の場合のことでしょうが、やはり好ましいことではないということは、政治的な意味において私は感じておるわけであります。局長としての法律論でございます。認めるとか認めぬでなくて、法律的解釈として私はかれこれ批判もできない状態でございます。
#153
○和田静夫君 所管の大臣が批判もできない状態だと、こういうふうに言われると、これはもうこの法律、委員長、審議する条件は欠くんですよね。
#154
○国務大臣(野田武夫君) ちょっと補足しておきましょう。批判もできないというのは、政治的にどうかということでございますと、私も実は注意せなければならぬと思います。法律上は行政局長がはっきり申し上げております、これはそのとおりの解釈だと。私に政治的にどう感じるかと言うから、ちょっと簡単に私も意見を言えないということであります。これは誤解のないように。法律論は局長の言うとおりでございます。
#155
○山本伊三郎君 大臣ね、よくわかるのですがね。和田さんの言われておる本質論は、地方自治法の専決条例ですね、これは必要であるということは、地方自治法で認めると思うのですね、議会にかけるまでの問題がいろいろありますから。しかし、こういう身分に関する重要なものは専決ではいかないぞという規定はないんです。そこに欠陥があるのじゃないかというのが質問の要旨ですね。それはないんだと、そういうことはさせないんだと、法律自体は、これは問題はありましょう、われわれ賛否はありますけれども、内容についてはそういうものはさせないんだと、法律上はそういうことはできないんだという答弁さえあれば、進むんですよ。
#156
○国務大臣(野田武夫君) 私はいま批判もできないというあいまいなことを申しましたけれども、全く山本さんのおっしゃるような気持ちであります。ただ、法律論になりますと、法律解釈でかれこれ言うことはできませんからということを申し上げたわけです。私は政治的といいますか、私の立場と申しますか、私は自治大臣として、これは専決処分をしてあとで問題を起こすというようなことは、私は断じてわれわれの指導として、これは私は容認できない。全く身分に関することですから、こういうことがあったからやむを得ぬというようなことは、私どもも絶対これはいれられない、こう思っております。
#157
○松澤兼人君 和田君の質問によって、そういうこともあり得ると、しかし、やったからといって、この専決処分が不当ではないと、不法ではないということになると、やはり可能性の問題ですから、やはりこの法律をきめる場合には、こちらに新たに条例でもって定年制をしくことにしたんだと、専決処分によってはやることができないという明文をこちらの法律の改正でうたっておかなければやられる可能性がある。そういう可能性をなくすためには、
  〔理事熊谷太三郎君退席、委員長着席〕
法律改正の法律の中でそういう専決処分等によって、何歳になったからやめさせろというようなことをやっちゃいけないというような規定をうたっておかなければぐあいが悪いのじゃないか。大臣がどんな約束をされたって、そこで法律ができてしまったら、それだけでいくわけですから。そういう必要はないのですか。
#158
○国務大臣(野田武夫君) この点についていろいろと御懸念もあります。私自身もそういう問題はやはりいいかげんにしておいてはいけないと思います。この法文に明記せよということもございますが、実は先ほど申し上げましたとおり、これはこの法律を公布する場合に、これはもう自治省のこの問題に関する指導方針と申しますか、これはもうこの点は厳重にやはり明らかにして強力な指導をするということは、これは私はいたすべきだと。私自身も実はそこまで気がつかなかったものですから、きょう聞きまして当然だと思います。これはできるだけ強力な指導と明らかな自治省の態度というものを見せる必要があるのじゃないかと、こう考えております。
#159
○山本伊三郎君 それは指導じゃだめですよ。それは大臣はいつまでおるわけではなし、法律上有効となれば、いまの自治省の局長が全部永久にいるわけではないですから、かわっていくでしょう。指導というものはその人間がやるのですよ。立法府で法律でかちっときめておかなければ、指導というのは変わりますから、それと、かりにこれに、松澤さんが言われましたがね、これだけは条例で必ず議会を経て条例をつくるということになれば、地方自治法に対する一つの大きな問題が出てくる。それ以外にも条例でやらなくちゃならぬ、議会を経てやらなければならぬような、これと同じような、もっとウエートの高いものがある。そういうものを考えてくると、きわめてこの法律というのはどちらから言っても矛盾だらけです。
 尋ねますけれども、しからば、これだけを修正して、定年制の離職条項についての問題については、特に定年制でもいいですわね、これは議会の議決を経て条例でつくらなければならないという修正ができるかどうか。
#160
○政府委員(長野士郎君) 立法論といたしましては、先ほどお話がございましたように、地方自治制度として地方と議会とのいろいろのケースがあるわけでございまして、むしろ専決処分といいますものは、やはり地方団体の任務からいたしまして、どうしても期限が迫られているとか、目前の事態に措置しなければならないとか、言ってみれば、行政をほんとうに執行いたしますための措置としての必要性が刻々迫っているような問題は、議会のいろいろの御意見によりまして統一的なものにならない。そこで問題がきまらないというような場合に、本来議会の議決を経てやりますものを専決処分でやっていくということの一つの救済法と申しますか、現実の事態の解決のための方式が認められておるわけでございますから、本来こういう制度というものを打ち立てますときに、そういう専決処分というものがなじむものかということになりますと、これはなじまないものということが私ども言えると思います。しかし、そういうことであるからといって、じゃ、ここのところだけにそういうものを入れることが立法として妥当なものかどうか、ほかにもたくさんあるじゃないかという御議論がございます。私どもも、ほかにたくさんあると思います。したがって、そういうものを全部含めて考えるということになりますと、これは公務員法の問題じゃなくてむしろ地方自治法の問題。地方自治法の問題としてその専決処分に一定のくつわをはめると申しますか、ブレーキをかけるということが可能かどうか。立法としては必ず可能だということになってくると思いますが、そういう問題として考えるということでありますれば、それは一つの自治制度の運用と制度制定の原則に対する一つの新しい問題を加えていくという観点から総合的に考えていくべき性質のものだというふうに思います。
#161
○山本伊三郎君 そうすると、この審議、二日ほどにしかなりませんが、審議の過程でずっと大臣が言われてきた、いわゆるこの定年制というものはそういう専決でやるものじゃない。いまもそういうことをやらないという思想はありますね。それを大臣は強力な指導でやると言われた。だがしかし、やり得たならば法律上有効であるということもここで明らかになった。そうすると、あなたのずっと答弁してきたことから見ると、一つの欠陥がここに出てきた。法律上の立法論として欠陥がある。これだけは専決条例でやれないということを書くことについては、地方自治の問題は、先ほど和田さんが言ったとおり、ありますよ。しかし、これだけはかけられない、これだけは除外するということは立法論としては成り立たない。ほかにもある。そうすると、この定年制は、とにかく議会へかけて住民の代表の人がやるんだから、労働者の意向が入るよりも住民全体の意向でこれをつくるんだからいいじゃないか。ぼくが労働権の侵害と言っても、全体の奉仕者だから、労働者との協約も重要だけれども、住民の全体の意向を表現する議会を通じて条例でつくるんだからいいじゃないかという趣旨がいままでずっと説明されたと私は思うんですよ。ところが、あにはからんや、こういう一つの欠陥がある。欠陥があったけれども、おそらくそういうことはやらないだろう、あの地方自治法の専決条例からいうと、そういうことはあり得ないと言うけれども、あり得る道が一つここに発見された。それをどうチェックするかということについては、自治大臣は絶対にやらせないような指導をすると。指導してやるんだから、指導というものは、これはあなた、法律的効果何もない。指導したけれども聞かなかったじゃおしまいですから、そういう点をひとつ自治省も考えて、この法律案はここで修正してもいいけれども、修正するとまた衆議院に返らなければいけませんから、ですから、大臣、どうです、その欠陥をどう補うかということをひとつ相談してくださいよ。欠陥をどう埋めるかということだけですよ。
#162
○国務大臣(野田武夫君) いま山本さんの御注意がございまして、この法案全体から見て、いろいろ御論議があったし、特にいま専決処分の問題が出てきたし、また、先ほどもお答えいたしましたように、そういう事態が出ないように私どもは強く希望してまいります。しかし、いませっかくの御注意でございますからして、また役所のなにと相談いたします。
#163
○委員長(内藤誉三郎君) ちょっと速記とめて。
#164
○委員長(内藤誉三郎君) それじゃ速記を起こして。
 本日の審査はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。
   午後四時二十八分散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
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