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#1
第061回国会 本会議 第3号
昭和四十四年一月三十日(木曜日)
   午前十時七分開議
    ━━━━━━━━━━━━━
#2
○議事日程 第三号
 昭和四十四年一月三十日
   午前十時開議
 第一 国務大臣の演説に関する件(第二日)
    ━━━━━━━━━━━━━
○本日の会議に付した案件
 一、裁判官弾劾裁判所裁判員予備員、裁判官訴
  追委員及び同予備員辞任の件
 一、裁判官弾劾裁判所裁判員予備員、裁判官訴
  追委員、同予備員、検察官適格審査会委員予備委
  員、国土総合開発審議会委員、九州地方開発
  審議会委員、四国地方開発審議会委員、中国
  地方開発審議会委員、北陸地方開発審議会委
  員、北海道開発審議会委員及び日本ユネスコ
  国内委員会委員の選挙
  以下議事日程のとおり
    ―――――――――――――
#3
○議長(重宗雄三君) 諸般の報告は、朗読を省略いたします。
     ―――――・―――――
#4
○議長(重宗雄三君) これより本日の会議を開きます。
 この際、おはかりいたします。
 平泉渉君から裁判官弾劾裁判所裁判員予備員を、植木光教君、八木一郎君、山本杉君から裁判官訴追委員を、岡本悟君から同予備員を、それぞれ辞任いたしたいとの申し出がございました。
 いずれも許可することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#5
○議長(重宗雄三君) 御異議ないと認めます。よって、いずれも許可することに決しました。
     ―――――・―――――
#6
○議長(重宗雄三君) つきましては、この際、
 裁判官弾劾裁判所裁判員予備員一名、裁判官訴追委員三名、同予備員一名、及び、
 欠員中の検察官適格審査会委員予備委員、国土総合開発審議会委員、九州地方開発審議会委員、四国地方開発審議会委員、中国地方開発審議会委員、北陸地方開発審議会委員各一名、北海道開発審議会委員二名、日本ユネスコ国内委員会委員一名の選挙を行ないます。
#7
○船田譲君 各種委員の選挙は、いずれもその手続を省略し、議長において指名せられんことの動機を提出いたします。
#8
○沢田実君 ただいまの船田君の動議に賛成いたします。
#9
○議長(重宗雄三君) 船田君の動議に御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#10
○議長(重宗雄三君) 御異議ないと認めます。
 よって、議長は、裁判官弾劾裁判所裁判員予備員に永野鎮雄君、
 裁判官訴追委員に伊藤五郎君、木島義夫君、宮崎正雄君、
 同予備員に渡辺一太郎君、
 検察官適格審査会委員予備委員に高田浩運君、
 国土総合開発審議会委員に二宮文造君、
 九州地方開発審議会委員に温水三郎君、
 四国地方開発審議会委員に三木與吉郎君、
 中国地方開発審議会委員に重政庸徳君、
 北陸地方開発審議会委員に高橋衛君、
 北海道開発審議会委員に井川伊平君、高橋雄之助君、
 日本ユネスコ国内委員会委員に楠正俊君を指名いたします。
     ―――――・―――――
#11
○議長(重宗雄三君) 日程第一、国務大臣の演説に関する件(第二日)。
 去る二十七日の国務大臣の演説に対し、これより順次質疑を許します。羽生三七君。
   〔羽生三七君登壇、拍手〕
#12
○羽生三七君 私は、日本社会党を代表して、佐藤内閣の施政方針に対し、私の意見をも交えながら質問をいたします。
 言うまでもないことでありますが、昨今の内外情勢は、あらゆる分野にわたって、文字どおり真の激動期であることを、直接はだに感じさせるほどのきびしい事態となっております。それだけに、これに対処する政府の施政方針は、従来にも増して重大な責任と、それに値する政策の提示がなければならないのに、先日の施政方針演説は、ただ問題点を事務的に羅列したにすぎず、多くの国民に政治的むなしさを感じさせたに違いございません。(拍手)したがって、総理及び関係大臣は、質問に答える中で、政府の方針と施策をより明確に、かつ具体的に示されることを期待して質問に入ります。
 さて、質問の第一は、財政経済についてでございますが、四十四年度一般会計予算及び財政投融資計画等につきましては、予算委員会の論議にゆだね、ここでは財政経済の基本政策と物価問題との関連に焦点をしぼってお尋ねをいたします。
 わが国の経済は、三十年代の高度成長時代は終わったといわれながら、四十一年度以来、毎年実質一二−三%の高度成長を続け、四十四年度も政府の実質九・八%という成長見通しとは違って、実質一〇ないし一二%程度の成長率となるであろうと言われております。
 このような経済の拡大につれて、四十一年度以降、主要な企業の業績は好調の一途をたどり、毎期増益、増収を続け、おそらく今年は八期連続――すなわち四年連続ですが、八期連続の高利潤を達成し、岩戸景気当時の七期連続の記録を更新する可能性が強くなっております。イザナギ景気といわれるのも、けだし当然であろうと思います。つまり、現在のわが国経済は、民間企業の高収益、高投資、高成長の循環を中心とする民間設備投資主導型の高度成長を再び現出しているのであります。政府がわが国経済運営の指針として策定した「経済社会発展計画」、これとは全く似ても似つかぬ方向をたどっているのが、いまの経済の実態でございます。(拍手)すなわち、三十年代の高度成長の過程で発生したひずみは、是正されるどころか、むしろ、かえって拡大し、激化しているのが実情であり、その代表的なものが消費者物価の上昇でございます。(拍手)
 銀行の定期預金の利率を上回る消費者物価の上昇が毎年繰り返されるような経済情勢は、きわめて異常な事態であって、このような事態が長く続けば、国民生活を過度に圧迫するばかりではなく、やがては経済の発展どころか、国民経済そのものの破壊となりかねないことを徹底的に認識すべきだと思います。
 消費者物価上昇の原因は、もとより単純ではございません。需要超過もあれば、コストプッシュもあり、あるいは需給関係もあれば、構造的要因もあるでございましょう。また、先進国とは異なり、わが国の特徴は、これらすべての要因が相互にからみ合って複雑な構成となっていることでございます。そういう複雑な要因はあるにしても、政府のこれまでの消費者物価対策は、低出産部門の生産性向上等、何がしかの構造政策、あるいは若干の地価対策等でお茶を濁していたにすぎず、肝心の財政金融政策と物価との関連をあまりにも軽視してきたことが、物価上昇を招いた根本的要因であることを強く指摘したいのでございます。(拍手)
 消費者物価上昇に構造的要因が大きく作用していることは事実なので、構造政策の必要性は当然としても、それと同時に需要超過基調のわが国経済の場合、これと物価騰貴との関連性を考慮して、景気変動の平準化につとめることが重要な課題であると思います。したがって、財政金融政策については、今日までのような民間設備投資主導型の高度成長、インフレ政策を一てきして、消費者物価抑制を第一義的目標とした安定成長路線に転換すべきであると考えるが、これに対する総理及び企画庁長官の基本的見解を求めたいと思います。
 次に、去る二十四日、経済企画庁は「経済社会発展計画」の計画と実勢との食い違いについて資料を発表しましたが、それは先ほど指摘したことを裏づけているもので、たとえば、民間設備投資は四十二−四十四年度平均で約二四%の伸びを見せ、計画の平均伸び率一〇・六%を倍以上上回る、驚くべき計画と実績との食い違いとなっております。さらに、消費者物価は三%程度に引き下げる計画となっているのに、実勢は五%程度となっていることは、言うまでもありません。また、四十四年度も政府見通しの五%程度におさまることは困難で、おそらく、その実勢は六%程度の上昇になるのではないかと思います。しかも、設備投資や消費者物価がこのように大幅に計画を上回っているのに、逆に横ばいを考えていた個人消費支出は低下している。――これが二十四日発表の経済企画庁の数字でございます。
 このような計画と実績との食い違いに対して、企画庁長官は演説の中で、「本計画について検討を加える段階に来たと考える」と述べておられます。だが、その検討とはどういうことなのか。たとえば、これを日本経済の成長力を過小評価した結果とか、見通しの誤りであったとして片づけ、計画を実勢に合わせるように考えているのか。それとも、計画目標はいまなお正しいとして、実勢のほうを計画に近づけようとするのか、そのどちらなのか、この際、運営の基本方針を明確にされたいのであります。この点は、総理大臣並びに企画庁長官、両方から御答弁を願います。
 日本経済が四十年代の今日、なお強い活力とエネルギーを持っていることは確実だと思います。それだけに成長のテンポだけをあせらず、バランスのとれた運営を行なうことが必要であり、それが経済社会発展計画が目標とした安定成長路線なのではございませんか。この際、この問題を明確にされたいのであります。
 なお、これと関連する問題なので大蔵大臣にお尋ねをいたします。蔵相は、先日の財政演説の中で、しかも、その第一に、経済の持続的成長を確保することをあげております。このことは、四十一年度以来、実質二一ないし二二%の成長率を続けているこの経済基調とこの程度の成長率、これを、なおかつ持続的に引き続き維持するという意味なのか、あるいはまた、いわゆる安定成長政策と、そこで計画に示された成長率、これとの関係は一体どうなるのか、これもこの機会に大蔵大臣から明確にしていただきたいのでございます。
 物価上昇の要因が財政経済政策と不可分であることは、先ほど来述べたとおりでありますが、同時に、政府の個別的政策の中にも多くの要因があることは言うまでもありません。今日までの各種の公共料金の値上げなどは、政府主導型の物価騰貴のよい例でありますが、四十四年度は、公共料金は国鉄運賃の値上げだけにとどめると言っておられます。この国鉄運賃の値上げだけでも重大であるのに、おそらくは、これをきっかけに私鉄等関連業種の値上げが相次いで起こることは必至でございましょう。最初は、私鉄運賃値上げは認めないと言っていた経済企画庁長官は、新聞報道によれば、物価値上げムードが鎮静すれば認可という意向を示されたようであります。問題は全くさかさまでありまして、そういう値上げを認めないことが物価値上げムードを鎮静させることになるのであって、全く本末転倒の理論と言わなければなりません。この際、明確にされることを求めます。
 なお、この機会にお尋ねしたいことは、日本最大の企業である八幡製鉄と富士製鉄との合併問題、その他大企業の合併問題が、国際競争力強化あるいは金融再編成の名のもとに進行していることは周知のとおりであります。無原則的な大企業の合併は、国際競争力強化の名において独占を強化し、あるいは独占価格を、あるいは寡占価格の形成を促進し、結局は消費者物価の値上がりにもつながることにならないかどうか。また独禁法との関係はどうなるのか。その意味で八幡、富士の合併を政府は認めるのかどうか。また、この種大企業の合併に対して、基本的にはどう対処されようとするのか、方針を伺いたいと思います。
 物価がこのような状況にある際の四十四年度予算は、財政硬直化を理由に、社会保障や生活環境整備等、国民生活に必要不可欠な予算が見るべき前進を示さないのに、防衛費や治安関係予算を増額させ、さらに一兆二千億円にのぼる税の自然増収があるというのに、給与所得者の減税は言うに足りません。しかも硬直化しているのは歳出だけではなく、歳入の硬直化にも重要な要因があるのに、このほうにはほとんど手を触れようとしないのであります。
 政府は、わが国の国民総生産が世界の二位とか三位とかを誇り、大企業は八期連続の増収、増益の記録をつくろうとしているときに、他方では、ますます開く生活の格差にあえぐ人々、公害に苦しむ人々等が存在しております。これが今日の政治・経済の実態でございます。
 定期預金の利息を上回る物価上昇は、貨幣価値をいよいよ低下させ、それが貯蓄の減少にもなっているのでございましょう。西ドイツでは、経済の安定という場合、安定とは通貨の安定を意味しているといわれます。なおまた、それはモラルにも関係を持つと理解されているようでございます。見かけだけの繁栄や人間疎外の生活環境のもとで、どうしてモラルが確立されましょうか。総理は施政方針の中で倫理を説かれておりますが、モラルや倫理の喪失は、こういう政治的、経済的、社会的諸条件の中にも重要な要因が存在することを認識すべきであると思います。(拍手)
 私の財政、経済に関する質問は、個別的内容には多く触れませんでしたが、個別的対策の重要なことは、もちろん言うまでもございません。実は七年前、昭和三十八年六月、本院予算委員会において、私は党を代表して、物価上昇をどうしたら抑制できるかという八項目の提案をし、当時の池田総理も全面的にこれを了承いたしております。これはそのときの速記録であります。いま政府のやっている個別的対策は、七年前にこちらが提起したような問題を少しずつやっているのに過ぎません。だが、その八項目の第一に提起した間度成長政策の転換はそのままでございます。
 ところで、今日国民の多数が求めているものは、総理大臣が、いや政府全体が、物価上昇阻止や格差の縮小、ひずみ是正等を通じて、人間疎外の社会的経済的諸条件を取り除くために真剣に全力をあげて取り組むという、強い政治姿勢そのものなのでございます。故人となりましたケネディ大統領すら、在職中、鉄鋼値上がり阻止のために大企業の前に立ちはだかって精力的な働きをしたことは御存じだと思います。
 わが国も、戦前には、経済政策が内閣の運命を左右する重大な要素となったことはしばしばございます。しかるに、戦後歴代の日本政府には、経済問題で責任を感ずるという姿勢が全く見られなくなりました。(拍手)言うまでもなく、佐藤内閣は、高度成長のひずみ是正、人間尊重、社会開発等、いわゆる安定成長路線を旗じるしとして、いわば池田内閣の高度成長政策のアンチテーゼとしての政策を掲げて登場したのでございます。しかるに、実際はどうでしょうか。交通、公害、過密、過疎等の問題から、児童、老人等の問題に至るまで、社会的ひずみは一そう激化し、人間疎外の社会的条件がじりじりと根を張り、一方、安定成長路線を旗じるしとした、池田内閣に取ってかわった佐藤内閣が、池田内閣を上回る高度成長政策をとって平然としている。これでよいのでございましょうか。
 いまわれわれが要求することは、高度成長から生じたひずみ、これを除去するために、公害対策等をはじめ、広範な国民生活環境を整備し、これに必要な予算に重点を置けということでございます。これに必要な予算上の経費は、その性質上、貿易上の輸入依存度は低いはずでございます。したがって、国際収支へのはね返りはほとんどないでございましょう。民間設備投資と型も性格も違いますけれども、しかし、国民経済は活発な活動をすることは間違いございません。日本は国民総生産で世界の二位とか三位とかを誇っておりますが、この高度成長下、十年たっても、個人の生活水準は世界の二十位程度を全然更新することのできないというこの現実をきびしく認識すべきでございましょう。(拍手)「山高きをもってとうとしとせず」ということわざがございます。成長率の高いだけが誇りなのではなく、要は、国民個人の生活条件と、その水準を高めることではございませんか。
 私が、あえて大局的な問題を中心に質問したゆえんは、今日の物価上昇の病根を断つためには、先ほど来述べてきたような政策の実現と、これを遂行する政府の責任感と熱意が、その根源であることを痛感したからでございます。(拍手)政府のそういう強い意志や姿勢が国民のはだにも感じられるようなものとなれば、それが、独占価格や管理価格などに関連する公取などの活動を、より活発にする原動力ともなりましょう。また、あれこれの物価値上げムードを押える無言の圧力ともなるのではございませんでしょうか。先ほども述べました安定成長路線で物価は三%程度の上昇に押えると公約した政策あるいは計画、そうしてその政治的良心は、一体どこへいったのでございしょうか。(拍手)また、卸売り物価が――これは池田総理が、卸売り物価が横ばいであるということを唯一のよりどころにしたその卸売り物価が、佐藤内閣になって上昇を始めましたが、それは四十年代からでございます。もし、見通しの誤りなどということでお茶を濁し、実勢のほうへ――政府はこれを実績と言っておりますけれども、実勢のほうへ計画を近づけるようなことで済ませるならば、第一次佐藤内閣誕生のときのスローガンは吹っ飛んだことになるし、それはまた明らかに政策の破綻を意味するものであって、その政治的責任は大きいと言わなければなりません。この際、総理の真摯な所信の開陳を求めたいのでございます。(拍手)
 四十四年度予算は、先ほど来指摘してまいりましたようないろいろな問題をそのまま延長、拡大しているという性格を持っております。われわれが求めるものはこのようなものではない、全く異質なものでございます。しかし、その詳細及びその他の問題、たとえば総合予算主義、あるいは国際通貨体制、農業、中小企業、社会保障等の諸問題、あるいはさらに当面する重要な大学問題、石炭問題等は時間の関係で同僚議員の質問に譲り、次に外交問題の質問に入ります。
 外交問題の質問に入る前に一言触れておきたいことがございます。総理は、施政演説の中で、日米安保体制のもと、「わが国の安全が保たれ、繁栄が達成された」と言っておられます。しかし、われわれはそうは思いません。それは、平和憲法の精神を堅持して、政府の危険な対外政策への発展を阻止してきた社会党を中心とする革新勢力の存在こそ、平和維持の最大の原動力であったことを、この際申し述べておきたいのでございます。(拍手)
 さて、質問に入りますが、日本外交の今後の方向を確かめる前に、まず今日の国際情勢そのものを十分認識しなければならぬと思います。それは、戦後、長期にわたって国際政局に重要な影響を与えてきた、いわゆる超大国による支配体制は、漸次終えんに近づきつつあるという事実であります。もちろん、米ソ両国は今日なお最も巨大な軍事力を持つ巨人であるということに変わりはございません。しかし、それにもかかわらず、世界の多くの国々が、自国の利益と安全のために、新しい秩序と進路をさがし求めようとしていることも、また疑いのない事実でございます。ことばをかえて言えば、世界が漸次多極化の段階に入っているということでございます。
 世界がこういう情勢にある際、アジアの情勢はどうでございましょうか。ベトナム戦争の終結については、今後、現地でも、パリでも、なお多くの困難と曲折が予想されるとしましても、おそかれ早かれ、平和の方向へ向かうことは確実と思います。このような情勢を前にして、ベトナム戦争の戦後のアジアという問題が、アジア諸国はもとより、世界の多くの国々の重要な関心事となっていることは言うまでもございません。日本にとっても、これがまた日米安保条約及び沖繩返還の問題等と関連して、重要な国家的、民族的課題となることは、あえて指摘するまでもなく明瞭でございます。ところが、ポスト・ベトナム――ベトナム以後という場合、ベトナム戦争は、アジアに、いや世界にどういうことを教えたかを考えてみたいと思います。まず、世界最強の軍事力と経済力を持つ巨大なアメリカをもってしても、小さな国家民族の政治的意思を変えさせることはできなかったという痛烈な教訓を全世界に示したことでございます。共産圏におけるチェコ問題も、長い目で見れば、また同じことが言えるかもしれません。さらにまた、ベトナム戦争は核兵器についても重要な問題提起をしております。すなわち、民族独立闘争や局地戦争に対して、核は何ら抑止力たり得なかったということを示した事実でございます。この二つは、ベトナム戦争が示した貴重にして、かつ高価な教訓であると思います。
 また、このベトナム戦争は、アジアはもとより、世界の諸国民の心に、そしてアメリカの民衆の心の中にさえノー・モア・ベトナム、再びこれを繰り返すことのない気持ちを植えつけたと思います。再びこのような戦争が起こらぬように――今後、アジアが平和であるためには、アジアにどういう秩序をつくり、どういう安全保障のあり方が考えられるか。これが、わが日本にとっても、またアジア諸国にとっても、今後の重大な選択課題になると思います。ところが、このような重大な問題に対する佐藤総理の選択は、依然として、古い東西冷戦概念の継続に基づく、軍事力中心の政策であり、日米安保体制という固定概念から、一歩も踏み出すことのできない、旧態依然たる武装平和、力の均衡による安全保障政策でございます。総理は、演説の中で、米ソ二大陣営を中心とする集団安全保障体制が、今日の世界平和を維持していると述べておられます。この二つの超大国が今日なお最大の軍事力を持つ巨人であることは、先ほど私もこれを認めているのでございます。しかし、それにもかかわらず、そういう東西冷戦体制が、今後の新しい世界の平和の基調たり得ず、かつ、そういう体制のあり方そのものが問われているのが、今日の世界なのでございます。また、力の均衡政策は、結局力の拡大均衡に発展することは、物理的必然であって、決して問題の解決にはなり得ないのみか、むしろ矛盾の際限のない拡大再生産となることは必至なのでございます。
 ベトナム以後のアジアに築かなければならぬ秩序、われわれが求める新しい道は、そのようなものではないし、また、そのようなものであってはならないと思います。ましてや、アメリカにかわって、アジアの警察官の役割りを果たすような任務は、断じて引き受けるべきではございません。今後日本は、最大のフリーハンドをもって、アジアの諸国とともに、英知を傾けて、平和への道を探求し、創造し、同時に、その障害となる安保から遠ざかることでございます。世界が多元化しつつあることとか、激動しているということの中には、超大国による東西冷戦体制の変化ということがあるのであって、その継続や代役引き受けではないのでございます。総理が言う、世界情勢の変化とか激動期というのは、一体何なのか。総理のそれは単なる形容詞であって、真実の意味を少しも理解していないのではございませんか。総理は、今日の世界情勢を、どのように認識し、また、アジアに築くべき平和、その望ましい姿はどのようなものと考えるのか、この際、十分な御説明を願いたいのでございます。
 さて、これから具体的な質問に入りますが、その第一点は、パリ会談が成功して、ベトナム戦争が解決した場合、総理はこれを、沖繩返還問題に関してしばしば総理が言われるところの「国際情勢の変化」とみなされるかどうかということでございます、もし、ベトナムが片づいても、安保の極東条項を、日本の安全と結びつける限り、ベトナムの次には朝鮮、その次には中国問題というように、新たな問題を緊張要因として持ち出すことも可能となるのではございませんか。事実、愛知外相は、その演説の中で、朝鮮半島には依然として緊張含みの情勢が続き、今後ともその動向に不断の注視を続けていく必要性を説かれております。これは先日の演説であります。また、ニクソン大統領は、就任後初の記者会見で、中国の国連加盟反対を表明されております。朝鮮問題、中国問題の根本的解決には、なおしばらく時間がかかるかもしれません。ましてや、日本のように、問題の解決を促進するのではなく、その解決を遠のかせるような外交政策をとり続ける限り、なおさらでございましょう。総理がさきにあげました三条件の一つである「国際情勢の変化」とは、具体的にどのような姿を描いておられるのか。したがって、また、それは、沖繩返還の時期、その時間的制約と、どういう関連性を持つのか、ひとつ詳しく説明をしていただきたいのございます。これはきわめて重要なことでございます。なぜならば、安保は「極東の平和と安全」ということを主要な柱としているからでございます。また、返還の時期をきめた場合、その時点における極東情勢に多少とも問題があれば、アメリカ側が安保の極東条項に籍口して返還の時期をずらすようなことは、絶対に起こらないという保証があるかどうか。また、この秋、総理が渡米して話し合いがかりに成立し、返還の時期をきめる際、それは単なる口約束となるのか、あるいはその際何らか協定等の形式をとるのか、これもこの機会に明らかにしていただきたいと思います。いよいよ現実に返るときは協定でやります、国会には。そうではない、私の言うのは、話し合いの時点において口約束か、協定か、それを伺うのであります。
 次に、沖繩は核つきか、核抜きかという問題でございます。沖繩返還に関連して、総理はまだ明確な回答を示しておりません。しかし、これはきわめておかしな話で、政府はすでに非核三原則を決定しております。かつ、返還後の沖繩は、もちろん本土と一体になる以上、非核三原則が沖繩に適用されることは当然であります。したがって、核に関する限りは、白紙とか検討中ということはあり得ざることなんです。核抜きは、沖繩返還の前提条件であって、断じて返還のための外交技術上の扱いにする性質のものであってはならないのであります。また、その核は、地上であろうと、海のポラリスであろうと、同じことであります。総理の明快な答弁を期待いたします。
 次は、沖繩基地の態様についてであります。返還問題との関連に触れる前に、当面の問題としてB52の撤去と新たな労働布令について一言いたします。われわれは、沖繩返還問題が具体的日程にのぼっている今日、これに逆行するような行為や法令は、断じてこれを容認することはできません。沖繩同胞の切実な要求にこたえて、この際政府は、問題の抜本的解決のために強い決意を持って対米交渉に臨まれることを要求いたします。
 さて、返還に関連する基地使用の態様でありますが、結論から先に申すと、絶対に基地の自由使用を認めるべきではないということであります。言うまでもなく、沖繩は今日までベトナム戦争の前進基地の役割りを果たし、ここからB52が飛び立ち、また原潜や空母もここを基地としていたし、また現に基地としております。単にベトナムだけではございません。アジア諸国の中の多くの国々が、この基地から――沖繩のアメリカ基地からにらみをきかされているのであります。これら諸国がそういう日本によい感情を持つはずはございません。しかし現在は、アメリカの占領下にある沖繩として、ある程度の理解は持っておるかもしれません。しかし、もし返還後の沖繩に米基地が存在し、しかもそれが占領下と全く同様の態様で自由使用されるならば、それはどういうことになるでございましょうか。そのときは、アメリカの占領下、施政権下という口実は通用いたしません。そのときは、日本自身の直接的な責任となるのであります。しかも、日本に対して攻撃や侵略の意思などいささかも持たない諸国に対して、「極東の平和と安全」の名のもとに、日本自身が直接責任を負う形で、アメリカの極東戦略の前進基地の役割りを果たす結果となるのであります。このような態様のものとして沖繩基地の使用を認めることは、アジア諸国との友好を妨げ、むしろ緊張緩和の障害になるのではございませんか。基地の自由使用は断じて認めるべきではございません。総理の見解を伺います。
 次の問題に移りますが、沖繩返還に関するアメリカの姿勢、これは日本が「極東の平和と安全」に寄与する度合いにおいて、その代償として返還の時期をきめるということのようでございます。この場合わが国は、それについてどういう役割りを果たそうとするのか、実はこれが問題の核心であろうかと思います。アメリカがこの問題を返還の時期とからませるその不当性は別としまして、重要なことは、日本自身がどういう構想を持ち、どう対処しようとするのか、そういう日本自身の選択の問題であろうかと存じます。
 そこで、これに関連して考えられる幾つかの問題に触れてみたいと思います。
 まず第一に、ASPACの軍事機構化、いわゆるアジア安保といわれる問題があります。これはニクソン新政権の希望でもあろうし、また、韓国などもその熱心な推進国で、同時に韓国は、日本もいずれは参加するものと見ているようであります。しかし、総理は一応これを否定されております。事実、日本国憲法の存在する限り、海外派兵につながるような、この種軍事機構への参加など、腹の中はどうあろうとも、また、いかな自民党政府といえども、今日踏み切ることはできますまい。そこで、これは当面、一応私は総理のおことばを信用したいと思います。さて、ASPACの軍事機構化には反対であるとすれば、次はどういう問題が考えられますか。そこにアジア諸国に対する経済援助という問題が出てまいります。この場合、この経済的負担が今日のアメリカの負担を全面的に、あるいは大部分肩がわりするほどのものであれば、アメリカはそれを日本の新たに果たすべき役割りと認定するかもしれません。しかし、そんな過大な肩がわりを日本がしょえるはずはありません。では、その次は何でございましょう。残るのは、日本の防衛力の増強と沖繩基地の態様という問題にしぼられるかと思います。四十四年度予算における防衛費の増額は、まずその布石でございましょう。さて、この二つの役割りを果たすことが「極東の平和と安全」に寄与する道であるのかどうか、私どもの選択はそれとは全く違うのでございます。
 ところで、それに触れる前に、今日まで歴代自民党政府がとってきた外交防衛政策を検討してみたいと思います。それは、まず台湾政権の承認に始まりまして、中国については、重要事項指定の共同提案国となってその承認を拒否し、また、朝鮮についても、韓国とのみ条約を結んで、北鮮との団交を妨げ、ベトナム戦争では事実上アメリカの北爆を支持し、南ベトナムについては、総理みずからこれを訪問するほどの極端な外交政策上の差別をしてきたのであります。こういう外交政策と安保が不可分の関係にあることは言うまでもありません。先日、愛知外相は外交演説の中で「平和への戦い」を説かれておりますが、しかし、いま私が述べたとおり、日本の今日までの外交は「平和への戦い」ではなく、実は平和を遠ざけるための戦いであったことを指摘しなければならないのであります。(拍手)
 ところで、ベトナム戦争の帰趨はどうでありましょうか。先ほども触れましたとおり、核も抑止力たり得ず、また、超大国アメリカの軍事力をもってしても、小さな国家民族の政治的意思を変えさせ得ないことを示したのであります。これらのことは、今日まで日本政府が歩いて来たような道を、さらに歩み続けることで、極東の平和は絶対に確保されないこと、そこに新しい平和への道の選択が必要であることを示しているのでございます。さて、ではどういう選択を行なうべきでございましょうか。
 まず第一に、安保を離脱して、日本はいかなる国の勢力圏にも入らないということであります。しかし、安保を持たない日本は、アメリカとの真の友好は一そう深めることができます。ソ連との友好親善強化はさらに前進させることが可能でございましょう。中国とはすみやかに国交を回復すべきことは言うまでもございません。そして、もしこの米中ソ三国の間にそれぞれの利害関係があるにしましても、安保は持たず、しかしフリーハンドを持つ日本は、これら三国に対して中立を守り、むしろ対立を緩和するよう、誠意をもって、かつ賢明な行動をとればよいと思います。国民総生産で世界の二位とか三位とかを誇る日本ならば、外交面でもそのくらいの見識を持ってしかるべきではございませんか。(拍手)
 次には、中立及び中立的諸国との提携を強化せよということでございます。アジアにはビルマをはじめ、中立または中立的な国が数多くあります。ベトナム戦争が終結すれば、この地域全域の中立化構想も現実の問題となるでしょう。日本は、これら諸国との提携を強化して、アジアにおける紛争には武力行使を拒否し、外交的手段を通じて平和的に問題を解決するよう、緩衝地帯的な国際連帯と、そのような空気をつくり出すために、最大の努力を傾注すべきであるということでございます。これは第二の選択であります。
 次には、先ほど触れた日中の問題であります。周知のとおり、イタリアがその承認に踏み切り、近くカナダも、これに続き、またベルギーも動いております。また、二月には米中会談も行なわれるでしょう。この際、私の言いたいことは、世界の大勢がそうなったら日本もという、いわゆる国際情勢待ちの姿勢ではなく、日本がみずから国際情勢に新しい局面を開くよう積極的に努力せよと要求しているのでございます。(拍手)特に総理に伺いたい。ここは大事なところであります。総理は、演説の中で、中国に門戸を開くと、こう言っております。これは、いつでも政府間レベルでの話し合いに応ずるものと理解してよいかどうか、この点を明確にしていただきます。ことばの上だけではなく、真実にそういう意思があるならば、どういう形式においてでも話し合いの道を開くべきであります。また、当面、吉田書簡、輸銀使用の問題等を解決し、さらに進んでは政府間貿易協定にまで関係を発展させるべきでございましょう。また、時代おくれのココムなどを撤廃するよう国際間の話し合いを進めてはどうでございますか。
 中国については、さらに国連における正当な地位の回復を支持するとともに、中国及びフランスも参加する世界軍縮首脳会議開催について、日本が積極的役割りを果たすことを求めたいのであります。なお、北鮮や北ベトナムとの関係改善の必要性は言うまでもありませんが、当面、北ベトナムとの間に通商代表部の設置を考慮してはどうか、これは総理のほうに提案としてお尋ねをいたします。
 次に、アジア諸国に対する経済援助の問題であります。もしこの援助が、純粋に平和目的に使用され、アジアの平和増進に役立つ保証があるならば、日本国内にも南北問題があるとしても、自衛隊の増強などを停止し三すみやかに国民総生産の一%援助を実現させ、技術協力も一そう前進させるべきであると思います。(拍手)これは、平和の代償ともいうべきものでございましょう。なお、この場合、その援助が適正であるかどうかを審査するために、革新系の学識者なども参加する委員会をつくる必要がございましょう。(拍手)そういう前提のもとで申し上げているのでございます。
 最後に、いま一つ、次の問題を提起します。
 よく日本はエコノミック・アニマルなどといわれますが、それは、日本がりっぱな平和憲法を持つにもかかわらず、外国に対して弁解がましいことばかし言っている、その腰のすわらない、自信のない姿勢のしからしむるところでございましょう。今後はこのような弁解をやめて、総理なり外務大臣がみずから国連総会に出席して、日本国憲法の精神を堂々と積極的に世界に訴え、しかも繰り返し繰り返しそれを述べることによって、弁解ではなく、逆に日本が平和攻勢を展開することでございます。(拍手)
 さて、私は、いまわれわれが当面考えている若干の問題に触れました。時間がないので詳しく述べることのできないのは残念ですが、要するに、ベトナム以後、日本がアジアで果たすべき役割りは、沖繩基地の自由使用や核持ち込みであってはならず、かつ多極化しつつある今日の世界情勢のもとで、古い東西冷戦概念の継続や軍事力中心の安全保障政策であってはならないということでございます。
 私は、先ほど来、ベトナム以後のアジア、その中での日本の役割り、そうしてそれと不可分に結びつく沖繩返還問題等について、まことに粗雑ではあるが一応の考えを述べてまいりました。それに対して総理は、どのような構想をもってどう対処されるのか。施政方針を一そう明確にし、かつ具体的にする意味で、実りある答弁を期待するものでございます。外交問題について、そういう点をはっきりさせることが今通常国会の重要な任務なのではないでしょうか。下田発言等にまかせまして、様子を見るというような不見識な態度は断じてとるべきではございません。(拍手)
 さて、結論に近づけますが、安保、沖繩返還、ベトナム以後のアジアにおける日本の進路、これら全般にわたる広般な政策上の選択を国民に求めるため、総理訪米前、しかるべき機会に国民に信を問うべきでございましょう。私は、ここで小手先の議論をしているのではありません。私の言いたいことは、日本国民はこの国家的、民族的な重大な課題に対して、その道を選択する十分な権利を持っているということでございます。これにはおそらく総理も異論はないでありましょう。成田委員長には解散は考えていないと答弁されたようでありますが、「それは、いまは」ということです、いいですか、「いまは」ということで、渡米前しかるべき時期には当然決断されると考えられますが、そう理解してよろしいかどうか、お尋ねいたします。
 なおまた、沖繩問題で、日本はアメリカに選択を迫られるのではなく、つまり沖繩復帰のためにアメリカの要求にどの程度応ずるかということではなく、日本がこちらから、真の極東の平和と安全はどのようにして築かれるかの道を示し、沖繩の即時無条件返還を求めるべきでありましょう。もしそのために交渉が難航し、二者択一を迫られても、安易に妥協してはなりません。日本国民の世論を背景に徹底的にねばり強い交渉を行なうべきであります。そのためにもし時間がかかるなら、国民はこれを了解するでございしょう。ここは非常に重要なところだと思います。ねばり強い交渉をやる、そのために時間がかかるのなら、国民はこれを了解するだろうということでございます。
 最後に、一言次の問題に触れて質問を終わりたいと思います。私事にわたって恐縮でございますが、私は、暮れのクリスマス当時、かぜで床の中におりました。そしてアポロ八号のテレビ中継や当時の新聞記事を見ておりましたが、クリスマスの翌日の朝日新聞にサイゴン特派員の記事がありましたが、それにはこうありました。「ホーリ・ナイトの歌を聞く兵士たちの目には涙が光っていた。サイゴンの民衆たちの顔には安らぎがあった。クリスマス休戦に入ったイブの二十四日夕、南ベトナムの民衆たち、米同盟軍の兵士たち、そしておそらくは解放戦線、北ベトナム軍の兵士たちも、いまようやく訪れようとしている平和が、いかに貴重なものであるかということを、ひしひしと感じたに違いない」というのであります。また、この記事を読んでいるころ、テレビはアポロ八号から地球の姿を映し出しましたが、これにつきましてニューヨークタイムスは、「アポロ八号から映し出される地球の姿を見て、だれもが地球上の人類の争いがいかにおろかなものであるかを感じたに違いない」、こういう社説を掲げておりました。私も床の中で同じことを感じました。
 私が先ほど来述べてきたような問題について、よくそれは理想論であり、非現実的だという方々がたくさんおられます。しかし、もし理想としてそれを正しいと認められるならば、その理想を現実のものとするために、真の平和を築くために、お互いの力を出し合おうではございませんか。
 私の質問を終わります。(拍手)
   〔国務大臣佐藤榮作君登壇、拍手〕
#13
○国務大臣(佐藤榮作君) お答えいたします。
 いつもながら羽生君の真摯な態度に対しましては、心から敬意を表します。また、私どもに対してのただ質問というだけでなしに、各般にわたってのいろいろの具体的な問題についての示唆を与えていただきまして、これまた心から感謝いたす次第であります。
 ところでお答えをいたしますが、まず、物価の問題からお答えをいたします。
 羽生君は、物価上昇の原因は、主として財政金融政策にあるのだ、かように御指摘でございますが、これは、私はもちろん、この関係がないとは申しません。また、政府自身もこの財政金融政策を軽視するものではありませんが、やっぱり物価は経済構造の根強いところに基本的な原因があるのではないかと、かように考えておりますので、政府はその点では所見を異にいたしております。即効的な物価対策がなかなか得られないのも、ただいま申し上げるような点にあるのであります。しかし、いまここでこの論議をしようとは、私は思いません。一つだけ申し上げておきたいと思います。むしろ、これは諸外国におきましては、日本の経済成長から見まして、物価の上昇が五%程度にとどまっているということは適切な財政金融政策の結果である、かように諸外国では評価をされておる動きが大きいのであります。だからといって、私は現状でいいと、かように申す者ではありません。きわめて困難な問題ではありますが、経済の持続的成長を維持しながら、できるだけ消費者物価を安定させ、国民の負担、実質所得を着実に増加させることが政治の要諦であると考えております。私は、物価の安定を当面の経済政策の焦点として、真剣に取り組んでまいる決意であることを、あらためて申し述べる次第であります。
 次に、経済社会発展計画の改定については、これは主として菅野君からお答えいたしますが、一言触れたいと思います。計画と実勢が著しく隔離しているとの御指摘でありますが、このような隔離が生じたのは、申すまでもなく計画策定の時期が四十年、不況の直後にあたりまして、日本経済の成長率をやや控え目に評価したものと考えられます。日本経済の成長力は予想以上にたくましいものがありまして、計画策定後のわが国経済は、計画の想定をかなり上回る成長を続けている状況であります。
 計画の三大重点政策である物価の安定、経済の効率化、社会開発の推進という政策課題は、今後とも堅持さるべきものであると考えておりますが、一方、経済計画が民間経済活動の指針としての役割りをも持っていることを考えるとき、実情を踏まえて、生じてきた新しい施策方を計画に取り入れてまいりたい、かように考えております。詳しいことは、後ほどお答えいたします。
 八幡、富士の合併は一体、どうなるのか、大企業の合併が独占価格を形成することにならないか、また、独禁法の関係とはどうなるのかという基本的な点についてのお尋ねでございます。
 御承知のように八幡、富士の合併問題につきましては現在、公正取引委員会において、独占禁止法上容認さるべきものかいなかについて審議中でありまして、この際、私からはさような意味で発言を差し控えたいと思いますので、御了承をいただきたいと思います。
 次に、経済の拡大、ここらに倫理あるいはモラル、そういうものも考えなければならない問題があるのだが、主としてそれは公害の形において出てきておる、生活環境の整備が必要だ、かような御意見でございます。私もさように思います。さきの施政方針演説で、公害等の、急速な経済発展と都市化の進行の過程で生じた人間疎外の要因につきまして、全力をあげて取り組む決意を明らかにいたしました。四十四年度予算におきましては、他の諸施策との均衡をはかりつつ、十分に配慮したところであります。全面的にその企業の責任等を云々されましたが、それなどはただいま公害基本法ができて、ようやくその実施段階に入っておるばかりであります。この実施を通じまして、さらにわれわれが考えなければならない点があれば、これも整備していく考えであります。
 次に、外交問題についていろいろ示唆に富んだ御意見を交えてのお尋ねであります。ベトナム戦争がしばしば出てまいりますが、ベトナム戦争は一体どうして起きたか、こういうことをやはり、羽生君のお話を聞くにつけましても、もう一度思い起こしていただきたいような気がいたします。米国のベトナムにおける軍事介入は、これは南越――南ベトナムの自由と独立を確保するために、南ベトナム政府の要請によりまして行なわれているということがその本質であります。これを見失ってはならないと私は思います。パリにおける和平会談の開催によりまして、米国の目的はすでに一部達成されているとも思います。ベトナム戦争が終息の段階に入って、アジアにおける緊張が緩和しつつあるとはいえ、国際政治の基調がこれによって変わったとは申せません。今日の世界には、依然として平和に対する脅威が存在しており、この脅威はいつ何どき顕在化するかもしれないという不安があります。国連による安全保障が確立されていない現在、日米安全保障体制から離脱するようなことはできません。政府は、一九七〇年以降も日米安全保障体制を堅持する考えでございます。もちろん、ベトナム問題が片づくことは、私の考えておるいわゆる国際情勢の変化のその一つでもあります。しかしそれが全部ではございません。いま国際情勢の一つだと、かように申しましたが、羽生君のお説によれば、米国が好んで国際緊張の新しい要因をつくっているように言われますが、私はさようには考えておりません。この点は遺憾ながら意見が一致いたしておりません。
 沖繩返還の交渉がまとまれば何らか協定の形をとるかと、こういう問題でありますが、沖繩問題につきましては、日米間の交渉が最終的にまとまれば、当然何らかの取りきめの形で確定することが必要でありますが、返還の時期等について基本的な合意に達するのが先決でありまして、最終的な取りきめが行なわれるのはそのあとになると思います。その話し合いの途中でも何か合意ができたら、そういう点を書面にするかというようなお話でありましたが、こういう点は外交技術上の問題でございますので、はっきりいたさない事柄は書面にするというわけにもいかないと思います。ただ、経過等につきまして、それらの経過の記録を残すことはこれまた当然であります。最も大事なのはいわゆる非核三原則であります。核抜きの交渉が前提であるべきだ、かようにきめてかかっておられます。しかし私は、沖繩返還にあたりまして、非核三原則を適用するかどうかという問題は、従来からしばしば御質問を受けておりますが、私はこれに対しまして、そのつど基地の態様は白紙である、かように答えております。しかし、政府が非核三原則を政策として打ち出したことは、これを可能にしている前提、つまり沖繩の基地を含めて、米国の戦争抑止力がアジアの平和と安定に有効に働くという保障があったからであります。もちろんこの政策は、核兵器の絶滅を願うという国民の悲願から出発したのは言うまでもありません。政府としては、沖繩の基地が、第一義的にわが国の安全と、わが国のみならず、極東の安全保障に果たしている役割りを認識しながら、早期返還の国民的願望をいかに実現するかについての方策を探究しているわけであります。沖繩県民を含めた日本国民全体にとりまして、最も正しい選択は何であるかという見地から判断する考えであります。今後の交渉の推移を見守っていただきたいと思います。
 B52並びに総合労働布令等についても言及されました。ただいま衆議院におきましてこれらの点は政府の態度を明らかにしたつもりであります。この地に住んでおります者はわれわれの同胞である、日本国民である、かように考えまして、その生活に不安を与えないように、これらについて本国政府である私どもはできるだけのことをしたいと、かように考えております。
 次に、羽生君の具体的な提案について順次お答えしてまいりたいと思います。
 基地の自由使用を認めるべきではないということにつきましては、先ほどの質問で一応お答えいたしましたので、省略させていただきます。いずれこれらのことは、この議場よりも、もっと他の場所において詳細にお話するほうが適当かと考えております。
 日本は中立を維持すべきだということにつきましては、前にも述べましたが、基本的に見解を異にしております。私どもは、どこまでも中立ではなく、自衛隊、この自衛隊を持ち、さらに自衛隊の足らない点を日米安全保障条約で補って、わが国の安全を確保するというのが私どもの考え方であります。非武装中立論は私のとらないところであります。
 また、ASPACについては、これは一応軍事的機構にしないというのだから了承できるがと言われまして、そして中立国との提携を強化せよ、こういうお話でございます。わが国は自由主義陣営の一員として世界の平和に独自の貢献をなすべきだと私は考えております。アジア地域における武力紛争の防止は、わが国の安全を守る上からも重要であることは申すまでもありません。
 また、中国大陸との国交回復を目ざして政府間の接触を開始せよとの御意見でありますが、政府は従来の基本的姿勢を変える考えは少しもありません。政経分離の原則のもと、各種の民間交渉を促進しつつ、中国をめぐる今後の国際情勢の動きを注視しているわけであります。政府間交渉について云々されましたが、私どもも、残念なことには、われわれの同胞が北京におきまして十名それぞれつかまっている、これらの釈放を日本政府としては強く要望しなければなりません。この点では、何としても政府間の交渉を持たざるを得ない。さような意味で、私どももすでにこれに接触を持つということで、いろいろそれぞれの点で、それぞれの国でさぐりを入れたことはございます。しかしながら、それらの点についていままでは成功しておりません。私は、こういうような点がまことに残念に思う一つであります。これらのことも皆さん方の御期待に沿えるように、やはり何らかの方法でこの釈放を――つかまっております諸君がその理由も明らかにされないというような状態については、これは中共政府におきましても考えていただきたいことだと思います。
 また、世界軍縮首脳会議について、中共のお話が出ました。第一回核実験前後におきましては、このような会議の開催を提案いたしたことはあります。しかし、その後、一貫して、国連による軍縮会議の開催に強く反対しておるのは中国であります。中共の国連参加につきましても、今後の国際情勢に基本的変化が生じない限り、従来の態度を変更する必要はないと、私はかように考えております。また、この点は、ただいま私自身率直に申して、在来の政策を変えないのだとその理由を説明したわけであります。
 次に、北ベトナムに通商代表部を設けよ、この御提案でありますが、政府は、いまのところ、その必要を認めておりません。
 次に、防衛費を削減して、開発途上国に対する援助に振り向けたらどうかという御提案がありました。防衛は、私どもが国力に応じまして漸増的に必要な整備をしていくと、この独自の独立国家として当然の方針をただいまやっておるのであります。したがいまして、防衛費を削って、そうして開発途上国のほうの援助に振り向けるという、こういうわけにはまいりません。いままでも、国民総生産の一%を開発途上国援助に振り向けるということにつきましては、その方向で努力したいと考えて、いろいろ援助を進めておる次第でありますが、まだその点までは達しておりません。
 また、米国にかわって、日本が米国の援助額相当のものを出すと、さようなものでないことも、御指摘になったとおりであります。
 対外援助の実績を調査する問題につきましては、従来も調査団を派遣するなど努力しております。もちろん、この調査団は、私は別に固定する考えはございません。広い範囲において人選してけっこうでございます。
 最後に、解散問題に触れられました。確かに、いろいろの重大な課題をただいま控えております。そういう意味で、国民の意見を聞くのは当然ではないか、ことに渡米前にひとつはっきりしたように国民の意思を聞けと、こういうお話でありますが、私は、さような考え方を持っておりません。これは衆議院において答えたとおりでありますし、また、解散のない参議院の皆さん方に対しましても、別に解散云々を申すわけではありません、これははっきりしておくのであります。
 また、後ほどに追加されました質問要綱も、大体以上でお答えしたかと思います。しかし、私、やや疲れておりますので、見落とし、また聞きのがし等があれば、それはもう一度立ってお答えをいたしたいと、かように思います。(拍手)
   〔国務大臣福田赳夫君登壇、拍手〕
#14
○国務大臣(福田赳夫君) 羽生さんから、経済、財政運営の基本的考え方についてお話があったのですが、私も大筋において羽生さんの見解と全く同じであります。つまり、羽生さんによりますれば、どうも経済成長が高過ぎるじゃないか、高過ぎるこの状態では物価問題なんかもなかなか解決困難じゃないかと。私も、過去三ヵ年間に一二、三%という経済成長、これは高過ぎると思います。何とかして昭和四十四年度、ことしは、一〇%を割るくらいな経済状態に持っていきたいものだなあと、かように考えておるのであります。この経済成長というのは、しかしながら、やめるわけにはいかない。これはもう、すべての社会福祉、われわれの生活を幸福にするための前提であり、基盤であると、そういうふうに考えております。ただ、これが、お説のように、高過ぎますると、どうしてもひずみを生ずる。そのひずみの最大のものは、一つは物価であり、一つは国際収支である。私は成長政策は進めまするけれども、常に、一方においては物価、一方においては国際収支、この二つにどういう影響が出るであろうか、これを注意しながらながめていきたい。そのためには、どうしても成長をお話のように平準化するという努力をしなければならぬと、かように考えるのであります。つまり財政、予算におきまして、私が、昭和四十四年度におきましては公債の発行を減額をすると、こういう考え方をとっておるのもそのためでありまするし、また、金融政策の面におきましても、いま日本銀行の金融調整能力が三割に減っておるという状態でございまするが、これを大いに拡大して、民間設備投資に対しましても、金融が調整能力を持つという手段を整備したいと考えておるのも、そのためであります。したがいまして、いろんな調整手段を用いまするけれども、一二%、一三%というようなこういう高い成長が続くことは、私は好ましいとは考えておりません。成長の持続と申しまするけれども、もう少し低目の成長の持続、これが好ましいと考えまして、さような努力をいたしたい、かように考えております。
 第二に、予算につきまして、どうも人間尊重という精神が阻害されているんじゃないかというようなお話でございまするけれども、人間尊重には特に私どもは力を注いでおるのであります。公害の問題あるいは交通の問題、さらには社会保障の問題――特に社会保障の問題、これは高度成長下におきましてはどうしても落後者が出てくる傾向もあります。そういうものに対しまするところのこの手当て、これはきめこまかくやっておるのでありまして、予算をごらん願えばすぐわかるのでありまするけれども、六兆七千億円の規模の予算の中で、実に一兆円近い予算というものが社会保障費に投ぜられておる、このことをよく御理解を願いたいと思うのであります。(拍手)
 また、海外経済協力、特にアジアの諸国に対して経済協力を積極化せいと、こういうお話でございまするが、これに対しまして、私は、羽生さんの御所見に深く敬意を表します。どうも、国内を見れば道が整備されておらないじゃないか、住宅が整っておらないじゃないか、それなのに海外経済援助とは何事だというのが、野党の皆さんの中に多いのです。しかしながら、いまや世界第三の経済強国とまでなってきたわが日本が、わが国の繁栄を維持せんとする場合におきまして、わが国ひとりで繁栄を維持することはできません。これはやっぱり近隣諸国、低開発国に援助の手を差し伸べる、そうしてそのはね返りも受けてわが国も一緒に繁栄する、この考え方をとるにあらざれば、わが国の成長というもの、発展というもの、国際的地位の向上というものはもう限界にきておると、かように思うのであります。(拍手)かような考え方を基本的に支持される羽生さんの御見解に敬意を表しましてお答えといたします。(拍手)
   〔国務大臣菅野和太郎君登壇、拍手〕
#15
○国務大臣(菅野和太郎君) 物価問題について詳細にいろいろ御質問がありましたが、総理から大体お答えになっておられますので、その補正をする意味で私からもお答えしたいと思います。
 いま大蔵大臣からも申されましたとおり、消費者物価の上昇と財政金融との関係は、これは少なからぬ関係を持っております。そこで、財政上については、いま大蔵大臣が言われたとおり、公債の募集を減らすというようなことも一つの財政政策である。金融上でいえば、これは消費者物価を減らそうと思えば、デフレ政策をとればすぐできます。しかし、これでは国民に対して失業者を出し、迷惑をかけますから、それではいけないのでありまして、いま大蔵大臣が言われたとおり、持続的な経済成長ということを一方で勘案しながら物価を安定したいというところが現内閣のねらいと、私はこう考えておるのでありまして、そういう意味で、一方では必要な経済成長を遂げるように、また同時に、消費者物価の安定をするようにということで、いろいろ苦心をいたしておるのであります。
 それから昭和四十二年に策定しました経済社会発展計画と実質は違っておるというお話がありましたが、これも総理からお話がありましたとおり、昭和四十年度の不景気な数字をもとといたしておりますからして、すべてが控え目な計画であります。がしかし、実勢は違っております。その実勢は違っておるけれども、私はその四十二年に策定された当時においては、私はりっぱな計画であると思うのでありますが、しかし今日では実勢が違っておりますから、したがって、新しい実勢に基づいてこの計画をやり直す、補正する必要があると、こう私は言っておるのであります。
 また実際、経済が非常に違っておるということは、たとえば、四十二年に策定しました経済社会発展計画のその当時のことを顧みまして、今日では、いま情報産業ということをやかましく言っておりますが、コンピューターの使用、その当時はコンピューターというものは使用されていない、今日ではコンピューターというものが使用されて、情報産業という新しい産業が生まれておりまして、これによって経済が非常に変わってまいります。でありますからして、そういう点も勘案して補正したいということで、いまこれから補正にとりかかろうといたしておるのであります。でありますからして、私はこの前の計画は、これはうれしい誤差であると、こう考えておるのでありまして、決してこれはしくじったものではありません。その点をはっきり申し上げておきたいと思います。
 それから高度成長について、池田内閣のときには高度成長で、それをやり直すために佐藤内閣が生まれたのではないかというお話がありましたが、なるほど池田内閣のときも高度成長でありました。しかし、今度四十一年からも相当高い成長でありますが、しかし、昭和三十五年、六年、七年の成長率と四十一、二、三年の成長率と比較いたしますと、今度のほうが低いのでありまして、この点はひとつよくお考えを願いたい。それから昭和三十五年、いまから十年ほど前の日本の経済状態と今日の経済状態が非常に違っておるということ、そのときに、一〇%成長した場合にその生ずるところのひずみと、今日一〇%成長したときに生ずるところのひずみは、これは違ってくるのであります。これはもう皆さん方がお子さんをお育てになっておっておわかりのとおり、子供のときにあまり成長し過ぎると、かえっていろいろの問題を起こすが、おとなになって相当均衡のとれた成長をとれば、決してこれはそれほどのひずみが起こらないのでありますからして、どうか池田内閣のときとは時代が違うということをひとつお考えを願いたい、こう思うのであります。がしかし、いま大蔵大臣が言われましたとおり、一二、三%の成長というものは、これは確かに私はやはり高度成長のときだと思いますからして、やはりこれはできれば一〇%以内の成長率にしたいと思います。外国では、アメリカにしても、西ドイツにしても三%ないし四%の成長であります。がしかし、アメリカや西独と日本との経済事情が非常に違っております。でありますからして、アメリカや西ドイツは、すでにすべての経済が均衡のとれた経済の発展を遂げておりますが、日本はまだこれからです。なるほど国民総生産は世界で三番と言っておりますけれども――数の上では三番目でありますが、質の上では私は決して三番でないと考えておる。でありますからして、これからやはり質の上において実質上やはり三番ということにしたいということを考えておるのでありまして、そういう意味において、私は日本の経済というものは、今後ますますまだ発展すべき余地を持っておる、こう考えておるのであります。
 それから公共料金のことについて御質問がありましたが、国鉄料金は上げることにいたしましたけれども、その他の交通関係の公共料金は極力抑制することにいたしております。そこで私鉄の値上げをするのじゃないかというお話がありましたが、いまの現在では私鉄の値上げはいたしません。しかし、これは今日国鉄の料金と私鉄の料金とは、これは非常に不均衡であります。これが平時であれば、もちろんこれは訂正すべきだと思いますけれども、今日のように物価上昇の時期にこういうような交通関係の公共料金を上げるということは、物価上昇の勢いをますます増大することになりますからして、こういう時期には、絶対に私は公共料金を上げるべきではない。上昇の熱がさめたときには、不均衡であれば訂正していく、こういう私は考え方をいたしておるのであります。
 それから卸売り物価についてお話がありましたが、私は、決して日本の卸売り物価は高いと考えておりません。来年度一%、こういう計算をいたしておりますが、去年あたりは〇・八%、ところが、アメリカや西ドイツが今日悩んでおるのは、卸売り物価が上がっておるということで悩んでおるんです。三%ないし四%上がっております。そこで、この卸売り物価をいかにするかということで、いろいろ先進国では対策を講じておりますが、幸い日本では、卸売り物価については、私は、そう心配する必要はないと思う。これは、すなわち日本の経済が成長しておるがために、卸売り物価がそれほど上がらないのでありまして、そういう意味合いにおいて、私は、卸売り物価の問題については心配せずして、ただ、消費者物価については極力これを押えることに努力しなければ、先ほどもお話があったとおり、日本の経済自体を破綻せしめるし、また、同時に国際競争場においても不利を来たしますので、いま、この問題については、佐藤総理はじめ全閣僚が、この問題については皆さん力をあわせて当たるということでやっておりますからして、どうぞひとつその点については、われわれを信任してもらいたいと思うのであります。(拍手)
   〔政府委員山田精一君登壇、拍手〕
#16
○政府委員(山田精一君) 大型合併に関する御質問でございました。
 大型合併は、わが国の経済にとりまして大きな影響を持つ問題でございます。私ども公正取引委員会といたしましては、独占禁止法第十五条の規定を厳正に、またかつ慎重な調査をいたしまして、これを適用いたしてまいりたいと、かように考えておる次第でございます。
 それから、この独占価格あるいは価格の硬直化というお話がございましたが、これにつきましては、やはり独占禁止法を厳正に運用いたしてまいりまして、たとえばカルテルでございますとか、あるいは不公正な取引方法によって価格が硬直化いたしますようなものは、厳正にこれを排除いたしてまいりたい、かように考えております。(拍手)
    ―――――――――――――
#17
○議長(重宗雄三君) 石原幹市郎君。
   〔議長退席、副議長着席〕
   〔石原幹市郎君登壇、拍手〕
#18
○石原幹市郎君 私は、自由民主党を代表いたしまして、総理並びに関係大臣に対して若干の質疑を試みたいと思います。
 まず第一に、核時代における防衛の問題、日米安全保障条約の問題、また、それとの関連において、沖繩施政権の返還問題につきまして、総理のお考えを承りたいと思います。
 われわれの時代は、核の時代であるといわれております。科学技術の進歩によりまして、人類が原子核の中にひそむ巨大なエネルギーを引き出すことに成功したということは、まさに画期的なできごとであります。
 ただ、核の時代というとき、人はまつ先に核兵器を連想するのであります。このことも、この新しい時代が核エネルギーの軍事的利用をもってその幕を開いたところから見まして、あるいは当然のことかもしれません。しかし、核エネルギーの利用は、言うまでもなく軍事目的に限られるものではなく、その平和的利用には将来きわめて大きな役割りが期待されるのであります。地球が内蔵している天然のエネルギー資源には限度があります。今日エネルギー源は石炭から石油に移ってまいりました。遠からぬ将来、人類はその使用するエネルギーの大部分を原子核に求めなければならないときがくるでありましょう。そうした展望に立つならば、核エネルギーに対してただ恐怖感のみを抱くことがいかに愚かなことであるかは言わずして明らかであります。(拍手)私は日本国民が核エネルギーについて正しい認識を持つことを強く要望いたしたいと思うものであります。核アレルギーのために原子力の研究開発におくれをとるときは、日本は将来世界の二流国、三流国に転落するであろうと心配するものであります。
 私がいま取り上げておるのは日本の防衛の問題でありまするから、核エネルギーの平和利用に深く立ち入ることは避けなければなりません。しかし、防衛の問題となりますと、核エネルギーの軍事的利用、すなわち核兵器に触れないわけにはまいりません。
 核兵器は確かにおそるべき兵器であります。水爆の一発は関東平野全域を壊滅させるだけの威力を備えているといわれます。それほど巨大な威力を持つ兵器ではありまするが、それは何かの拍子にひとりでに爆発するというようなものではありません。
 では、核兵器を爆発させることができるものは何か、申すまでもなく人であります。端的に言うならば、世界の二大核保有国である米ソの指導者であります。この人たちが押しボタンに手をかけない限り核戦争というものは起こりようがありません。一たび核戦争が起これば、アメリカにおいては一億二千万の人命が失われるであろうといわれ、また、ソ連もその半数の人口を失うであろうといわれております。私は核戦争がいかにおそるべき災厄をもたらすかを、知り過ぎるほど知っておる米ソの指導者が、やすやすとボタンに手を触れることはないことを確信し、両国指導者の冷静な理性的判断力を信頼するものであります。
 私は核兵器の全廃をこいねがうものでありまするが、国際政治の現状を見れば、この理想は容易に実現されそうにもありません。現実には、平和は核の戦争抑止力によって維持されております。われわれはこの現実を正面から受けとめ、戦争抑止力としての核の持つ意義を正しく理解しなければなりません。
 核時代というのは、以上のような意味合いのものであると思います。わが国の防衛の問題も、日米安全保障条約の問題も、また基地のあり方をかなめとする沖繩施政権返還の問題も、核時代についての正しい認識から出発されるのでなければならないと考えるのであります。総理の御所見はいかがでありましょうか。
 さて、わが国の防衛であります。
 そもそも国の安全は、第一次的には、その国の国民自身が守るべきものであります。みずから守る気概なくして自主独立を全うし得た国民はありません。(拍手)私は、わが国の防衛の非常に多くの部分をアメリカの軍事力に依存している現状を、はたしてこれでよいのかと感じているものの一人でありまして、自主防衛についての国民の自覚が高まることを切に希望するものであります。(拍手)ただ、軍事技術が進歩した今日では、一国だけで完全に国を守ることがむずかしくなっております。そこからして、国連憲章の範囲内において、それぞれしかるべき自衛力を持つ幾つかの国家が連携して集団安全保障体制を組むというのが世界の大勢となっております。日米安保体制もまたその一つであります。
 日米安保条約につきましては、この条約が、わが国の防衛力の増強と相まって、ここ二十数年間わが国の安全を牢固として守ってきたということ、わが国がその間に驚異的な経済的発展を遂げ、国民総生産において、いまや自由世界第二位の地位にまで進出することができたということ、これも、わが国の防衛費が国民所得のわずかに一%にとどまったがためであるということ、これらについては、いまさら多言を要しません。国民の間にも、これについての認識が逐次普及しつつあることは、各種の世論調査もこれを示しております。昭和四十五年には、この条約の一応の期限が到来いたします。新聞などは、昭和四十五年を安保検討期などと名づけておりまするが、安保条約について再検討を必要とするような事情の変化が生じておるのかどうか。私は、そのような事情の変化は何ら生じておらないと考えるものであります。(拍手)事情の変化がない限り、条約の必要性は依然として残るわけであります。総理も、施政方針演説の中で、日米安保体制を堅持する決意をお述べになりました。
 ところで、条約を存続せしめるについて、廃棄の通告を行なわないことによって自動的に条約を延長させる方法と、あらためて一定期限の延長をはかる方法と、二つがございます。政府は、これまで、日米安保体制を堅持するということは明らかにしておりまするが、いかなる方法によって条約を存続せしめるかについては、はっきりとした方針を示しておりません。いわゆる七〇年問題を間近に控えて、もうそろそろ態度を明らかにすべきときであると考えまするが、いかがでありましょうか。御所見を伺いたいと存じます。
 次は沖繩の問題でありまするが、沖繩の早期返還の要望は、本土並びに沖繩を通じ、日本国民の最大の悲願であります。総理も一昨年アメリカを訪問され、当時のジョンソン大統領との間に、両三年内に返還のめどをつけると約束されたことを国民に報告されました。本年十一月以降再びアメリカに渡り、ニクソン新大統領と返還交渉に当たられようとする決意でありまして、国民の総理に期待するところ、まことに大なるものがあるのであります。私は、沖繩問題はアメリカという相手のある問題でありまして、わがほうの一存で処理できない問題であることは何人も承知しておることと思います。で、問題は、その基地のあり方であろうと思います。私個人の意見を差しはさむとすれば、基地は終局的には本土並みということが望ましいと思います。しかし、本土並みということであれば、返還の時期はどうしてもおくれざるを得まいと思われます。それよりもわが国の国益並びに世界の情勢、ことにアジア、極東の安全と平和のため、高度の政治判断から、基地は終局的に本土並みとしても、この際、早期返還を優先させるべきではないかと考えるのであります。基地の存在に伴う公害の防止につきましても、その他基地に関する諸般の折衝についても、沖繩の施政権をわが国において持っているほうが有利であり、迫力が出てくるのではないかと思うのでありまするが、総理の御所見を伺いたいと存じます。
 沖繩の返還方式を論ずるにあたって、私は、わが国が戦後、平和条約を締結せんとした場合、全面講和か単独講和かということで大いに論ぜられたことを思い起こし、非常に類似した事情にあると感ずるのでありまして、総理の臨機応変の勇断を望むものであります。
 また、北方領土の問題につきましても、全国民の強い要望にこたえ、今後忍耐強く交渉を続け、あくまでその解決をはかるよう努力していただきたいと思います。
 質問の第二は、大学問題についてであります。東京大学における紛争は、入学試験の中止という東大九十年の歴史始まって以来の事態を引き起こしました。学園の正常化には今後なお解決を要する難問題が山積しております。しかも東京大学の問題は、単に東京大学だけの問題ではなく、広くわが国における大学のあり方、さらには教育の制度全般にも深い関係を持っております。われわれは東大紛争を徹底的に究明することによって、教育改革の道を探らなければならないと考えるのであります。
 そこで、まず最初に、今回、東京大学の入学試験を中止するに至りました経緯について坂田文部大臣から御説明をお願いしたいと思います。
 次に、東大の紛争を見ますと、東大の構内は、東大の学生だけでなく、他の大学の学生あるいは一部の労務者をも交えて暴力ざたが公然と行なわれる完全な無法地帯と化しております。暴力の横行は東大だけではありません。数多くの大学に見られるところであります。大学当局はこれを規制する何らの力も持ち合わせておらず、しかも、学園自治の名において警察力の導入に対してはきわめて消極的であります。今回、東京大学は、その管理能力の喪失をみずから認めて、遂に機動隊の導入に踏み切り、一応秩序の回復に向かったかのごとくであります。しかし、いつ何どき再び暴力学生に建物を占拠せられるかもしれない状態であります。私は、大学当局がこれまでのようななまぬるい姿勢を改めて、いかなる手段をもってしても暴力を排除するというき然たる態度をとることを強く要望すると同時に、政府としても、学園自治の範囲を越えた暴力の横行に対しては、独自の判断に基づく断固たる措置を講ずる必要があると考えるのであります。また、私は、これらの暴力を放任することは、日本国憲法に定められた暴力否定の精神を次第に麻痺させ、治安上、社会風教上ゆゆしき問題であると考えるのであります。文部大臣並びに国家公安委員長の御所見を承りたいと思います。
 次に、一部の暴力学生は、東大紛争を学生運動の天王山、決戦場であると呼号し、あるいは七〇年闘争の前哨戦であると称しております。これは単なる学校騒動ではなく、明らかな政治闘争、政治活動であります。教育基本法第八条第二項は、学校が、特定の政党を支持し、またはこれに反対するための政治教育その他の政治的活動を行なうことを禁止しておりまするが、大学当局が、大学構内におけるこの露骨な政治活動を黙過し、はなはだしきに至っては、大学教官の中に、暴力学生にイデオロギー的な支持を与え、彼らの暴力行動を鼓舞激励する者すらあることは、これは明らかに教育基本法第八条の違反であると考えまするが、政府は、これをどう見ておるのか、お伺いをいたします。
 次に、東京大学のいわゆる確認書に対する所見を伺います。
 第一に、確認書を見てみますると、医学部紛争に関する処分は誤りであったから、謝罪をして撤回すると言い、また、ストライキ、建物侵入、器物損壊、監禁、暴行傷害等の行為が行なわれたにかかわらず、これら一切の暴力行為を処分の対象にしないと言っております。これは暴力の行使を容認するものではないでしょうか。このようなことで、どうして学園自治を維持することができるでしょうか。
 第二に、確認書は、学園の自治という名目のもとに、大学を治外法権の場に変えようとしております。安田講堂には学長室、事務室などがあり、大学管理の心臓部でありまするが、昨年六月十七日に、そこを占拠した学生を排除するのに、警察力を用いたことは誤りであったと認め、警察力の導入は、人命の危険、人権の重大な侵害ないしは緊急の必要があった場合に限るとし、緊急の場合の警察力の導入の問題については、今後双方で検討することを約しております。また、正規の令状に基づく捜査も、大学当局が、その当否を判断し、その判断を尊重することを警察に求めるという慣行を堅持すると言っております。さらに、学生の自治活動――これには非常な行き過ぎがあることは、周知のとおりでありまするが、それについての警察の調査や捜査には協力しない、要請があっても、原則として拒否すると言っております。このような取りきめが実行されるなれば、それは、大学を治外法権の場にすることではないでしょうか。
 第三に、医学部処分で大学側に誤りがあったから、豊川医学部長と上田病院長を退官させるため、適切な措置をとると約束しております。学生との約束で人事をやろうとしております。教育公務員特例法上、保障された教官の身分については、学生はもとより、学長といえども、何らの権限を持たないはずであります。その権限のない者が、退官を約束するというのは、全くおかしなことであります。なおまた、豊川教授の自宅には、毎晩のように脅迫の電話がかかり、そのため教授夫人は狭心症の発作を起こして死亡されたと聞いております。このような人権じゅうりんさえも行なわれておるのであります。
 第四に、大学自治の原則に基づく大学の管理運営は、現在は教授会が中心になっておりまするが、確認書は、この教授会中心の運営方式は誤りであって、学生、院生、教職員もそれぞれ固有の権利を持つものとし、大学当局と自治組織との団交権、大衆団交を認めております。これではたして大学の正しい管理が行なわれ得るものでありましょうか。
 さらに重大なことは、この確認書は、東大側が教授会、評議会で承認すれば、双方の合意が成立し、団体協約のような性質を持ってくるのであります。ところが、この確認書は、表現が厳密でなく、解釈の余地があり過ぎるので、東大当局の解釈に対して学生側が同意しなければ、解釈をめぐって紛争は絶え間なく続けられるでありましょう。
 学生側は、団交権、大衆団交という強力な権利を確保したにもかかわらず、大学当局は、学生の処分は一方的には行なわない、自治活動への規制手段として学生を処分しないと約束しておりまするから、それが学園の秩序維持権または管理権の放棄につながるのではないかとおそれるのであります。
 確認書には、このほかにもいろいろと問題にしなければならない点がありまするが、以上の諸点から見ましても、絶対に容認しがたいものであると思います。
 さる十二月三十日、文部大臣と加藤学長代行とが入学試験問題について協議を行なったときには、入試は中止ときまりましたが、東大側は、一月十五日ごろまでに正常な形で授業再開の見通しがついたときには、入試復活についてあらためて協議する余地を残してほしいと要望し、文部大臣もこれを了承し、その際加藤学長代行に対して三項目の要望を行なっております。その中には、「事態の解決を急ぐあまり、大学当局が学生との間で、将来の大学運営に禍根を残すような措置をとらないこと」、また、「紛争解決に際し、大学制度の基本にかかわり、あるいは他の大学に影響するような事項には慎重を期せられたい」という二項目が含まれております。今回の確認書を見てみますと、この文部大臣の要望は全く無視されておると言わなければなりません。
 しかも、その後、入試復活について協議が行なわれ、それが不調に終わり、入試中止が確定いたしますると、大学側は政府が一方的に大学自治の原則をじゅうりんしたと抗議声明を発表しましたが、これなども東大側の正常化の努力に期待して再度協議の余地を残した政府の態度を全く無視した誹謗であり、真理探求の府として恥ずべきことであると思います。
 私は東大の確認書は将来に大きな禍根を残すおそれがあるから、絶対に容認できないと考えるのでありますが、総理、文部大臣並びに国家公安委員長の御所見を承りたいと存じます。
 東京大学の問題は、決して一東大だけの問題ではありません。問題はわが国における大学のあり方そのものに関係しております。とりわけ、大学がマンモス化した今日、大学の管理方式は、これまでのままではとうてい十分な管理はできませんが、これをどう改めていくか。大学を真に学問と研究の場として再建し、同時に社会の要求を満たすためには、大学の制度はいまのままでいいのかどうか。政府としても改革の必要を認めていると思いまするが、どういう方向に改革するか。さらに、大学教育は高校教育、中小学校の教育の延長線上にありまするが、六・三・三制にこの際根本的な検討を加える必要はないか。これらの諸点について政府の見解を承りたいと思います。(拍手)
 次に、農政の問題についてお伺いいたします。
 先年農業基本法が制定せられ、政府は各般にわたって施策の推進につとめてきました。しかしながら、最近における経済の高度成長、その他農業を取り巻く諸情勢の変化が著しく、農業がこれに十分対応できないため、米の需給など、農畜産物需給の不均衡、農業生産性の低いことなど、種々の問題を生ずるに至り、いまや農村、農民は農業の将来に対し非常な不安を抱くようになっているのであります。
 まず、さきの西村農林大臣の時代から総合農政ということが言われだしました。総合農政とは何か。いままでの基本法農政とはどこが異なるのか。まことにあいまいな表現ではありまするが、私は、端的にここで基本法農政の本来の姿に立ち返って、一段と力を入れて基本法農政を真に総合的に推し進めていくのだ、これが総合農政であると考えております。もしそうだとするならば、総合農政は、予算の面でも各種の施策においても基本法農政をさらに一段と強化したものでなければなりません。さしあたり昭和四十四年度の予算及び講じようとする施策において、どれだけの強化がはかられておるのか、具体的にお示しを願いたいと思います。
 私は、日本の農業を飛躍的に発展させて農民の所得を格段に引き上げるためには、水田、畑地を通じる土地改良、農業生産の基盤の整備に思い切って国費を投入することがぜひ必要であると考えます。近時、社会資本の立ちおくれということがいわれてきました。そうして道路、港湾、住宅、生活環境施設など社会資本を充実するために相当な資金が投入されました。一般企業や国民はその利益を享受しておりますが、その大部分は都市居住者のものであります。農業以外のいわゆる他産業従事者のものであります。私は、農村向けの社会資本の充実ということにもっともっと力を注ぐべきであると思います。
 四十四年度の基盤整備事業にいたしましても、政府は相当な力を入れておられますけれども、われわれの期待とはまだまだほど遠いものであります。こんなことでは、また数年にして総合農政の焼き直しをやらなければならぬこととなり、いよいよ農政の行き詰まりを来たすのではないかとおそれるものであります。
 次に、米の作付転換の問題でありますが、政府は当初五万ヘクタールを予定していたということであります。ところが、最終的にきまったのは一万ヘクタールであります。米作をやめようとする農地は反収の低いところでありましょうが、大目に見て四百キロといたしましても、ヘクタール当たり四トン、一万ヘクタールで四万トンにすぎません。米の総生産量千四百万トンに対してまさに九牛の一毛であります。
 したがって、今回の措置は、全く試験的なものというほかはありません。それにしましても、作付転換は、地域農業の特性を十分考慮して実施されるのでなければなりません。東北、北陸のように、いまのところ米以外にかわるべき適当な作物を見出し得ない地域にまで転換を求めることは、避けるべきでありまして、慎重な行政的配慮が望まれます。作付転換は、読んで字のとおり、他の作物に転換することでなければなりません。しかし、実際には、単に米づくりをやめることに対して、十アール二万円の給付が行なわれると伝えられております。そのとおりでございましょうか。また、他の作物に転換するとして、それでは何に転換したらいいのでしょうか。今日、農民の所得という点で、米にまさる作物はほとんどありません。転換を奨励するのであれば、政府としては、地域の特性を考慮して、それぞれの地域に最も適当な作物を選んで、その作付を指導するとともに、必要な助成の策を講じなければならないと思います。この点、政府においてはいかなる配慮がなされておるでありましょうか。作付転換は、農業基本法にいわゆる選択的拡大を裏から言いかえたものであると私は了解します。選択的拡大では、果樹、畜産は成長部門とされ、たとえばミカンが奨励されました。ミカンの収穫量はふえ、その結果生産者の出荷価格は異常に下落しております。しかるに、都会地における小売り価格は申しわけ的にほんの少し下がっただけであります。その差額は、すべて流通段階で吸収されてしまいました。これでいいのか。ここにも大きな問題があります。
 農政問題の最後に、米価についてお尋ねをいたします。
 政府は、生産者米価を据え置く方針であると言っております。その場合、生産費所得補償方式はどうなるのでございましょうか。何か新しい米価算定方式をお考えでありましょうか。もし従来どおりの算定方式を用いるならば、労働賃金は上昇しておりますから、米価も当然上がらざるを得ないことになりましょう。米価を据え置こうとするならば、政府としては、まず公務員給与の引き上げをストップして範を示す程度のことはしなければならないと考えますが、民間給与が上昇している中で、それもむずかしいとすれば、米作農民を納得させるに足るだけの理論的根拠をどこに求めたらよいのか、疑問なきを得ないのであります。食糧管理法との関係においても問題のあるところと思います。
 また、本年から自主流通米の制度が設けられようとしておりまするが、食管制度に対する基本的考え方に変更はないのか、以上、農林大臣の御所見を伺います。
 持ち時間も残り少なくなりましたので、以下、二、三点、かいつまんで要旨のみを申し上げます。
 一つは物価の問題であります。総理は、本年度の施策の重点を物価に置くと言っておられます。施政方針演説においてもいろいろ申し述べられましたが、国鉄運賃の引き上げは、もはや動かしがたいものとされておりますし、私鉄も地下鉄も値上げを申請しております。これを押えることができるかどうか、全体として消費者物価の上昇を、政府が予想するとおり五%の範囲にとどめるだけの自信があるのか、お伺いをいたします。
 次は、社会保障について伺います。総理府の社会保障制度審議会は、昭和三十七年に勧告を行ないまして、昭和四十五年におけるわが国の社会保障が、昭和三十六年の西欧諸国の水準に追いつくようにと要望しました。その後の実績を見てみますると、昭和四十年度までは若干の進展がありましたが、その後は停滞ぎみになっております。経済の成長が予想を上回り、物価が上昇しておりまするとき、減税の恩恵にも浴せず、生活保護も受けない、いわゆるボーダーライン層の低所得者については特別の配慮がなされてしかるべきであります。予算に占める社会保障費の比重も経済の成長率が高ければ高いほど、それをはるかに上回る高いテンポで伸ばし、陥没地帯を生じないようにしてゆかなければならないと思うのであります。また、社会保障のごとき多岐にわたるものにつきましては、単に予算額のパーセンテージだけで論ずることのできない面もあるのでありまして、今回の予算につきましては、政府は相当の配慮をされておることは認めるのでありまするが、あらゆる点にきめこまかい配慮が必要だと思いまするが、いかがでありましょうか。
 次に、地方財政につきまして伺います。地方財政は豊かになったといわれております。しかし、それは一見そう見えるだけでありまして、赤字をおそれて、しなければならない仕事もしないで手控えているというのが実情であります。過疎・過密の対策、すなわち僻地や都市の対策など、なすべき仕事は山積しております。外見だけを見て豊かであるというのは誤りであります。
 地方交付税交付金は本来地方のものであります。地方の行政水準を引き上げなければならないときに、その率を切り下げるなどということはもってのほかであります。昭和四十四年度は臨機の措置として、前年度に引き続き国が地方から六百九十億円の借金をすることになっておりまするが、これはあくまで臨時のものであります。もし将来このようなことがしばしば行なわれますると、地方交付税制度の本来の趣旨は没却されてしまうでありましょう。今後はこのようなことがないようにしたいものであります。政府の御所見を承わりたいと存じます。
 以上のほか、中小企業問題、公害問題その他お尋ねいたしたいことは多々ございまするが、時間の余裕がありませんので、いずれ同僚議員から委員会を通じて聞いていただくこととし、省略をいたします。
 最後に、総理は施政方針演説の中で、「物質的な豊かさが心の豊かさに結びつく新たな精神文明の確立」ということを申されました。まことに同感であります。経済の繁栄に裏打ちされて国民の物質生活は向上してまいりましたが、精神生活の貧困はおおうべくもありません。人間らしい思いやりや、自然への愛情は薄れ、功利主義に走って、社会人としての倫理感を喪失した行為が、さしたる社会的指弾も受けないままに見過ごされ、地域や国民全体の連帯感はほとんど失われたかの観があります。とりわけ憂慮にたえないのは、次代をになう青少年に若々しい夢がなく、広大な気宇に乏しいという点であります。このままではいけない、これは心ある人々のひとしく痛感するところでありましょう。この精神的退廃から脱却するため、国民の一人々々が胸に手を当てて深く考えてみなければなりません。私はこの際、総理が施政方針演説の中で言及されましたことを、さらにふえんして、国民の前にその抱負を披瀝せられんことを期待してやまないものであります。
 これをもちまして私の質問を終わります。(拍手)
   〔国務大臣佐藤榮作君登壇、拍手〕
#19
○国務大臣(佐藤榮作君) お答えいたします。
 まず最初に、核時代の認識についてるるお話がございました。戦争抑止力としての核兵器の持つ意義につきましていろいろ詳しくお話がありました。しかし、核時代についての正しい認識を持つことは、この際、最も大事なことであると、私もかように考えます。特に、われわれは冷厳な国際情勢を直視しつつ、適切に対処していかなければなりません。核の平和利用については積極的に取り組む一方、核兵器については絶滅を最終的な目標として、当面は核軍縮を推進するというのが政府の基本的態度であります。
 一九七〇年以降も日米安保体制を堅持するという基本方針は、すでに明らかにしたとおりであります。その際に、内容、形式等につきましては、今後さらに慎重に諸君とともに検討したいと考えております。
 沖繩問題について、国内の論議は、ただいま大別して二つに分けられるのではないかと私は考えております。
 一つには、沖繩の米軍基地については、将来本土並みになるという保障さえあれば、当面は何はともあれ施政権返還を実現することが先決だという意見。次は、返還の時期はおくれても、核兵器は認めてはならない、こういう意見の二つであろうと思います。したがって、政府としては、沖繩の基地が第一義的にわが国の安全と、わが国のみならず極東の安全保障に果たしている役割りを認識しながら、早期返還の国民的願望をいかに実現するかについての方策を探求しているわけであります。沖繩の返還について、問題点に対する国民の理解がここまで深まったことは、政府の対米交渉にも大きなプラスであると私は考えておるのであります。今後国民各位の御協力を得ながら、心を新たにして沖繩の祖国復帰を実現したいと思います。また、沖繩県民を含めた日本国民全体にとって、最も正しい選択は何であるかという見地から判断する考えでありますから、今後の交渉の推移を見守ってもらいたいと思います。
 北方領土につきましては、お説のとおり今後とも忍耐強く交渉を重ねていくつもりであります。
 次に、大学紛争における暴力の問題、学内における政治活動の問題、東大確認書の問題等について種々お尋ねがありましたが、私は将来の教育改革の方向についてお答えし、他の問題は所管大臣の答弁に譲りたいと思います。
 まず、最近の大学紛争を、戦後の教育の問題からだけとらえることは妥当でないと私は思います。しかし、戦前の大学と戦後の大学を比べて見た場合、そこには比べものにならないような相違があります。大学の数も、学生の数も、学生の生活環境も、どれ一つをとって見ましても、隔世の感があります。このために大学の管理や運営についても、当然新しい角度から改善が行なわれなければならなかったにかかわらず、主体的なくふうを欠いたため、これが紛争の一つの原因になっている面もあります。また、教育内容の問題につきましても、人間形成という面にはあまり重点が置かれなかったという傾向もあります。このたびの東大紛争を契機に、国民の各界各層の間から、教育制度全般について再検討すべきではないかという意見が起こったゆえでもあります。私は、すでに中央教育審議会に対し、教育制度の改善について諮問をいたしておりますが、その答申を得次第、改革に着手する決意であります。改革の方向は、答申の趣旨に沿う方針でありますが、国民のための大学として、真に国民の期待にこたえるものでなければならないと考えております。
 次に、物価上昇を五%にとどめる自信があるか、こういうお尋ねであります。これは、五%以内にとどめるということは、なかなか容易なことではございません。ただいま私どもは、長期にわたって経済成長を続けております。この三年以上四年目にかかるというような経済の長期成長、これはいまだかってないところであります。さような立場に立ちまして、物価が上昇しやすい、したがって、この物価問題と取り組む場合には、各方面の協力を得るような総合的な対策で、はじめてこれができることと思います。今日むずかしいことではあるが、ぜひこれをやらなければならない。物価の上昇が定期預金の利子率をこえるというようなことがあっては、これはたいへんだと思います。さような考え方から、経済運営の至上課題として、五%以内にとどめるということを目途として、全力をあげてまいる決意であります。これは、ただ単に、経済企画庁とかいう一省だけの問題ではありません。各省が総合的にこれに協力しない限り、この目的達成はできない、かように思いまして、佐藤内閣としては全力を注ぐ決意であります。
 次に、経済成長と社会保障の問題についてのお尋ねであります。
 経済の成長が高度であればあるほど、社会保障を充実してまいらなければならないことは、お説のとおりであります。経済発展の究極の目標は、申すまでもなく、国民のだれもがひとしく安定した豊かな生活を享受できるようにすることであります。したがって、経済成長のテンポが早ければ、老人や心身障害者等、一般国民の所得向上に取り残されがちの人々に対しまして、社会連帯の立場から、あたたかい手を差し伸べる必要があるのであります。このことは申すまでもありません。政府といたしましては、今後ともこのような見地から、必要な各種の施策を講じてまいりたい考えであります。
 次に、国の地方からの借り入れについてのお尋ねがありましたが、これは、自治大臣の説明によらせていただきます。
 最後に、精神文明、新しいものを育てるそれについて、政府、総理はいかに考えるか、その考え方をさらにもっと具体的にしろと、こういうお話であります。
 私は、政治家といたしまして、一応先ほど申しますような、物質的な豊かさを心の豊かさに結びつけたい、かように考えております。われわれ政治家がまず政治の姿勢を正すことが、何よりも大事なことだと思っております。これは、私どもが当然できることであります。その意味におきまして、政治の最高責任者である私自身、みずから範を示す、また、皆さん方の御協力も得たいと、かように考えております。(拍手)
   〔国務大臣坂田道太君登壇、拍手〕
#20
○国務大臣(坂田道太君) 石原先生にお答えをいたしたいと思います。
 まず、入試中止の問題でございますが、その経緯でございますが、昨年の十月、私が就任をいたします前に、入試中止をするかあるいは実施をするかというこの課題は、受験生に与える影響、社会的影響、それから、また、もし中止をした場合は、その志願者を一体どうするかというような、あるいは七十三の他の大学に振り向けなきゃならない、増員をお願いをしなきゃならない、こういうようなこともございまして、東大当局とわれわれ文部省の間におきまして、もう十月から、これは協議をしてきめるものである、こういう約束、合意があったわけでございます。それに従いまして十二月の二十九日に中止と決定いたしたわけであります。ただ、その際、東大当局から、万一復活と申しますか、入試実施という状況が生まれるとするならば、そのときにはひとつ考えてほしいという申し出があったわけでありますが、私といたしましては、それはわれわれも非常に困難である、したがって、中止ということにも同意したのであるし、同時に、文部大臣として、責任上、七十三の大学に増員等もお願いをするということもわかるので、それも了承する。しかし、われわれがあらゆる努力をして、そうして教育正常化をし、ストライキを解除し、封鎖を解除し、授業再開をして、そしてその後に入試というような見通しがつくならば、そのときはひとつ考えてくれないかということでありました。私は、やはり入学試験というものは受験生にとって非常にこれは影響の大きいものでございます。私も二回落第してその経験を持った者といたしまして、十分その気持ちもわかるわけでございます。そういうことは別といたしまして、とにかく入学志願者のことを考えまして、奇跡に近いことではあるかもしれないけれども、そういう場合については十五日の時点で考えましょうということを申しまして、これを東大当局も了承されたというのが十二月の段階であります。まあ一月の段階で七学部集会が行なわれ、そしてストライキが解除され、封鎖解除の決議がなされ、そしてまあ封鎖解除ということで、十八、十九日、あの機動隊八千名が入りまして、そうしてようやくきまった、こういうことでございますが、十七日の東大当局と協議の際も、二十日にきめるということについても、とにかく協議をして、意見はととのわなかったわけでございますが、自動的に事実上中止ときまったわけでございます。そういう経緯であるということ。そうして東大当局の言い分としましては、こういうふうにストライキも解除され、封鎖解除もされたわけだから、不十分ながら条件が満たされたものだと、こういう御主張でございます。私といたしましては、不十分ながら条件を満たしたものとはどうしても客観的には考えられない。主観的にはそういうふうにお考えになるのもある程度わからぬのではないが、客観的にそれは私としてはどうしても認めがたい、自信がない、行政責任者として。ということで協議がととのわなかったということで御了承いただきたいと思います。
 それから、学園の暴力の問題でございますが、これはもう大学の中に暴力が横行するということは、たとえそれが全共闘であれ、あるいは民青系であれ、一般学生であれ、いかなるものであれ、暴力は許しがたきものである。ことに良識の府であり、理性の府であるところに暴力が横行するがごときことは、断じて許すべからざるものであると私は思っております。しかしながら、警察官の導入につきましては、大学側の要請を待って警察官を入れるということがやはり好ましい、大学自治ということを考えるならばそういうやり方がいいということで、大学当局の要請を実は待っておったわけでございますが、その大学側の要請によって、十八日、十九日、あのような八千名の機動隊が二日間もかかって血みどろの戦いをして、ようやくこれが落ちたということを考えますならば、十二月までの間において、一般学生や普通の教授たちの力によって、力を持たない人たちによってこれを排除するということは、とうていできなかったことでございまして、いま少し早くこの要請をなさったならばよかったのではないだろうかなというふうに私は考えるのでございます。
 それから、大学構内で露骨な政治的活動が行なわれているのを黙過し、あるいは鼓舞をする教官もあるが、教育基本法第八条の違反ではないか。最近の学内外におきます学生の活動状況を見ますると、本来の学生運動の趣旨範囲を逸脱したものが多く、政治的な主義主張を掲げ、さらには現在の大学制度、社会体制を否定し破壊することを目的とし、しかも、みずからの主張を貫くために暴力に訴えるものも少なくなく、もはや学生運動というより政治的暴力活動と化していることは、御指摘のとおりだと思うのでございます。一方、大学当局は、これらの学生の活動を本来の姿に戻すように指導につとめているものでございますけれども、結果的にはこれを黙認しているかのごとく受け取れるような状況にあることは、まことに遺憾でございます。また、教官の一部に、これら学生の思想、行動に共感を示し、はなはだしきはこれを支持激励するかのごとき言動をとる者があると報ぜられております。これらのことは、学校の政治的活動を禁止しておりまするところの教育基本法の第八条の精神から考えて好ましくないと考え、きわめて遺憾に考えておる次第でございます。大学当局はもとより、教職員全員が、その社会的責任を自覚し、その言動に誤りなきよう、強く私といたしましては期待するものでございます。
 それから、確認書の問題でございますが、東大の確認書は絶対に容認しがたいと思うがどうか。確認書は、紛争処理に関する取りきめの部分と、将来の大学のあり方、たとえば、大学の自治、学生の地位、大学の管理運営の改革等についての方向づけに関する部分とが混在していることに問題があると私は思っております。石原さんの御指摘のとおりに、種々やはり解釈次第では容認しがたい点が多々あるかに見受けられるのでございますが、その記述におきまして随所に解釈の分かれるようなあいまいな表現がございます。双方の当事者がそれぞれ自己の有利な解釈をいたしました場合、これを決着させる方途を欠き、結局、力関係で事がきまるおそれがあると私は思います。将来の大学のあり方の方向づけに関する部分につきましては、大学制度ないし運営改善に関する一つの提言であり、他の大学や制度一般との関連においては流動的な余地があるとすればともかく、将来に向かってこれを固執するものとすれば、問題があるというふうに私は考えるのであります。また、このような問題は、全体的に衆知を尽くして、論議の末決すべきであり、たとえば、学生の地位であるとか、学生の参加であるとか、あるいは固有の権利であるとか、そういう問題については、全体的に衆知を尽くして、時間をかけて論議の上決すべきであり、紛争処理のまっただ中で、警察官が八千人も二日間にわたってあの攻防を繰り返す、そういうような過程で部分的に学生の要望にこたえる形で打ち出されることは、私は適切でないと考えております。
 なお、総じて、大学におきまする教育研究の自由を確保するために、何よりも大学における政治的中立及び暴力否定の姿勢を強調することが必要であると思うが、その態度が、何といたしましても、どうも一般的に希薄なように見られますのは、まことに遺憾だと考えておるわけでございます。
 最後に、大学の将来のあり方についてのお話でございます。これは、総理大臣からお答えがございましたけれども、やはり、その方向について、ただいま中教審で審議をいたしておる段階でございますが、大学の本質というものは、学問の研究ということ、そうしてまた、それによって生ずる大学の自治という、この本質というものは今後も変わらない本質であるというふうに思います。しかしながら、知識を獲得するという、いわゆる研究ということ、その獲得した知識というものを伝達するという教育の作用、それがいままでの大学の本質であったわけでございますが、さらに、その本質に根ざして、研究の成果を社会のために還元するという新たなる機能というものが大学に生じてきたということでございまして、このことに対して、国民のための、大衆のための大学といたしましては、やはり国民のために、大衆のために、象牙の塔ではなくて、大学自身が開放されなければならないというふうに私は考える次第でございます。これらの点については、中央教育審議会等の答申を得まして、慎重に検討をいたしてまいりたいと考えておる次第でございます。(拍手)
   〔国務大臣荒木萬壽夫君登壇、拍手〕
#21
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 石原さんにお答え申し上げます。
 元来、良識の府である大学あるいは学園と治安当局とは、本来的には無縁のものであると存じております。ただ残念ながら、現実には、天下の東京大学に機動隊を、第一日は八千五百人、第二日は六千人も動員して、学生にあるまじき、暴力団そこのけの不法行為に対処せねばならなかったことは、警察にとってはほんとうは迷惑しごく、もっと街頭の不法行為の取り締まり鎮圧に能率をあげたほうが本来じゃなかろうかと思うわけであります。しかし、事実はやむを得ませんから、暴力排除に立ち上がったのであります。御指摘のように、警察としましては、学園といえども、その自治を越えた学生の暴力行為等の不法行為があります限り、従来からその学園の内外を問わず、法に照らして厳正公平な態度で取り締まりを行なってまいったのであります。将来に向かってもこの態度を堅持して、法秩序の維持に万全を期してまいることも当然のことと存じております。
 先ほど文部大臣のお答えの中に、東大に東大からの警察力導入要請があったから出かけたという仰せですが、まさにそのとおりでありました。ですけれども、何も要請がなくても、不法行為があればすみやかにこれを排除する責任を負わされているのが警察であります。(拍手)ですけれども、残念ながら、東大に限りませんけれど、大学にはいわれなき警察アレルギーなどということがあるようであります。これは何ら理由はない。今日の警察というのは不偏不党、公正に法に基づき、法の範囲内において不法を排除することによって、大学といわず個人といわず、正常な姿に返すための御協力をする、その使命を持ったものでございますから、頼まれなくても行かなきゃならないのでありますが、東大はアレルギー症が特にひどうございますから、うっかりしてショック死をしてはいけないから、タイミングを見ておりました。大学当局とよく連絡して御承知のような不法排除をいたした次第であります。
 次に、東大の確認書の中で、警察の問題に関する部分だけについて所見を申し上げさしていただきます。大学当局も、大学が治外法権区域でないと説明しているようではございますけれども、警察力の導入、警察官の捜査、捜査の協力等に関連する部分の表現を見ますると、必ずしも明確ではありません。したがって、学園内の秩序の維持に一まつの懸念なしとしないのであります。もっとも、確認書にいかように表現されていましょうとも、警察がこれに拘束されるいわれはないのでありますから、憲法と法律の命ずるところに従い、独自の判断により、独自の公正な警察活動を行なうものであることは、申し上げるまでもございません。(拍手)
   〔国務大臣長谷川四郎君登壇、拍手〕
#22
○国務大臣(長谷川四郎君) お答え申し上げます。
 総合農政推進のために、昭和四十四年度の農林予算については、総額で七千六百八十八億円という、前年の比に対しまして一七・五%増の大型予算を計上いたしたのでございます。
 また、農業の金融につきましては、農業近代化資金のワクを大体三倍にする、また貸し付けワクの大幅な拡充をはかることといたしたのでございます。昭和四十四年度においては、これらの予算なり、融資なり、また、これの処置によって次のような重点を置いて所要の施策を講じたいと考えております。
 まず第一に、農業生産基盤の整備を計画的かつ強力に推進をいたします。
 さらにまた、第二といたしましては、需要に即応した農業生産を進めるために、米の生産の合理化、稲の作付の自主的な転換及び今後需要の増大が期待される畜産、園芸等の振興に重点を置いて生産対策を拡充いたしたいと考えております。
 第三といたしまして、農地法の改正等一連の構造政策の関連諸法案の成立を期すると同時に、さらに第二次構造改善事業を発足させると同時に、農業者年金制度について四十五年度実施を目途に調査検討を行なっておる次第でございます。
 第四といたしまして、流通消費対策の充実をはかろうとしておるのでございます。四十四年度の土地基盤の整備は、総合農政の推進の重要な柱でございまして、このために四十四年度の農業基盤整備事業につきましては、総額千六百二十三億円に拡充をいたしました。前年度に比しましてこれまた一六・四%の伸びで、これにより圃場や農道の整備、農用地の開発等を強力に進めていく考えでございます。特に畑地の基盤整備の強化と草地改良の充実に特段の配慮を加えてまいりたいと思うのでございまして、稲作の転換対策につきましては、作付転換が自主的に円滑に行なわれるように十アール当たり二万円の転換奨励金を交付することといたしておるのでございますけれども、本対策の目的は、稲から今後生産を伸ばすべき飼料作物、園芸作物等、の作付転換をはかるのであるので、この転換奨励金は、これらの作物の転作が、実際行なわれている場合のみに支払われることになる奨励金でございます。作付転換につきましては、稲からの作付転換が、作物としては地域によって異なりますけれども、今後の需要見通しから見て、生産を増強する必要がある飼料作物、野菜、果実、桑、ビート、サトウキビ等が適当と考えておるのでございます。これら転換先作物の選定については、稲作の条件、これらの作物の栽培条件等、地域の実情というのを十分に考慮いたしまして、適地適作主義をもって進めていく考えでございます。
 また、作付転換を円滑に進めていくためには、転換奨励金のほかに、集団的に転換を行なう場合には、転換先作物の生産に必要な施設、機械の導入と土地基盤整備について、特別の助成を行なってまいりたいと思うのでございます。
 ミカンは大幅な生産と、また本年は、特別豊作によった増加でございます。したがって。そのためか、品質の低下もございまして、卸売り価格は前年に比しまして、相当の低下を示しておるのでございますけれども、小売り価格についても、おおむね卸売り価格の動向に応じて、大勢としては、はっきり値下がりを示しておると思っておるのでございます。
 政府としても、生鮮食料品の流通の合理化をはかることは、生産者のためにも、消費者のためにも、最も重要な課題と考えておりますので、流通の拠点たる卸売り市場の整備、小売り経営の近代化を積極的に推進するために、関連するところの予算の増額、融資制度の拡充、指導事業の強化等の諸般の施策を講じてまいりたいと考えておるのでございます。
 政府としては、最近における米の需給の実情にかんがみて、生産者米価を据え置く方針をとることが適当と考えておりますし、米価の正式な決定は、今後食糧管理法に基づきまして、かつ米価審議会にはかった上に、これを行なうことはもとよりでございまして、現在の米価水準は平均的な農家についてみれは、都市労賃を相当上回る労働報酬を付与することとなっており、今後相当程度の物価、賃金の上昇があっても、米価算定の基準として、どのような農家を考えるか等によっては、なお調整を行なう余地が残されておると考えておるのでございます。
 また、米穀の管理につきましては、最近における米の需給事情、米穀管理の現状にかんがみまして、管理制度の根幹を維持しつつ、事態に即応して所要の改善を行なうことといたしまして、その一環として、一定の規制のもとに政府を通さない米の流通を認めようとすることを考えておるのでございまして、これは、従前どおり事前売り渡し申し込み制によりまして、政府の買い入れを継続するとともに、食糧管理の立場からする行政的な規制のもとに、生産者が農協等指定集荷業者を通じまして、直接卸し販売業者に売り渡しまして、さらに小売り販売業者を通じて消費者に配給する道を開くというものであります。したがって、米の需給が緩和した今日において、このような米の流通を認めることは、食管制度の基本的考え方を変更することにはならないと考えておるからでございます。
 以上でございます。(拍手)
   〔国務大臣野田武夫君登壇、拍手〕
#23
○国務大臣(野田武夫君) お答えいたします。
 石原議員の地方財政に対する御所見は、全く同感でございます。最近一部の方面で、地方財政がいかにも楽になったというような意見が出ておりますが、これは地方が慎重な財政運営によって、なすべきことを、つまり、なすべき仕事を手控えている、こういうことで、現在の地方財政というものは好転したという見方は当たっておりません。社会経済の進展に伴いまして、地方行政の水準はますます向上をはからなければなりません。それにおいて地方財政の充実、その確立というものはますます重要性を増しております。
 今回の予算編成にあたりまして、六百九十億を国に融通いたしましたが、これは四十三年度において予定されます地方交付税の自然増額を引き当てとして行ないましたものでありますから、明年度の地方財政の運営には支障を生ずることはないとの配慮で、これを講じた次第でございます。しかし、かかる措置は、石原さんの御指摘どおり、今後は避けることにいたしたいと存じております。
 なお、別途地方財政の計画的な運営の見地からいたしまして、今後は自主的に年度間の調整を行なうことにつきまして、ただいま検討中でございます。(拍手)
#24
○副議長(安井謙君) 質疑はなおございますが、これを次会に譲りたいと存じます。御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#25
○副議長(安井謙君) 御異議ないと認めます。
  本日はこれにて散会いたします。
   午後零時五十三分散会
ソース: 国立国会図書館
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