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1949/03/30 第5回国会 参議院 参議院会議録情報 第005回国会 両院法規委員委員会 第3号
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1949/03/30 第5回国会 参議院

参議院会議録情報 第005回国会 両院法規委員委員会 第3号

#1
第005回国会 両院法規委員委員会 第3号
昭和二十四年三月三十日(水曜日)
   午前十時三十四分開会
  ―――――――――――――
  委員の異動
三月二十六日(土曜日)委員高瀬莊太
郎君及び黒田英雄君辞任につき、その
補欠として田中耕太郎君及び大野幸一
君を議長において選定した。
三月三十日(水曜日)委員前之園喜一
郎君辞任につき、その補欠として伊東
隆治君を議長において選定した。
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○委員の異動の件
○参議院議員選挙法に関する件
○理事の補欠選任の件
  ―――――――――――――
#2
○委員長(藤井新一君) 定員数に達しましたから只今より参議院両院法規委員委員会を開きます。両院法規委員高瀬荘太郎君及び黒田英雄君の各辞任によりまして、その補欠といたしまして田中耕太郎君及び大野幸一君を選定して、去る二十六日本会議において議長より指名がございましたので、本委員会に右報告いたします。
 本日は参議院議員選挙法に関して各位より腹藏のない御意見を承りたいのでございます。御多忙中大変に恐縮でございます。衆議院議員の選挙は去る一月施行されましたが、その選挙法に関していろいろ改正すべき点もあるようでありますところへ、参議院議員の定時選挙が明年の四月或いは五月頃に施行せられることになつておりますので、衆議院議員選挙法を如何に参議院議員選挙に適用すべきや、例えば衆議院議員選挙特例法とか或いは政治資金規正法のごときものを、どの範囲まで援用すべきか、これらは一朝一夕に解決すべき問題ではありませんので、本委員会においても苦慮いたしておる次第でございます。そこで両院法規委員会規程中の第十七條の「両院法規委員会が、國政に関し問題となるべき事案を指摘し又は新立法の提案若しくは現行の法律及び政令に関して両議院に勧告するときは、勧告の要旨及びその理由を文書で両議院の委員長から、各議院の議長に提出しなければならない。」という規程のうちの「新立法の提案若しくは現行の法律及び政令に関して両議院に勧告する」とある條文によりまして、本委員会においては問題となるべき事案即ち選挙法に関して改正すべき点があればこれを指摘いたしまして、衆議院及び参議院の議長に勧告をせんとするものでございます。本日お集りをお願いした理由はこの趣旨によつておるものでございます。本日御足労を煩わした方々は、東大の宮澤俊義教授、早大教授の吉村正君、内閣官房次長郡祐一君、全國選挙管理委員会事務局長鈴木俊一君、全國選挙管理委員会事務局選挙課長金丸三郎君、國立國会図書館長金森徳次郎君の六名でございましたが、宮澤君、吉村君は病氣その他急用な事故で本日は見えませんので、先ず本日は、当時の憲法の立案者であられました國立國会図書館長金森徳次郎さんから、憲法を作つた当時の模樣を承つて、そうして選挙の御参考に供したいと思うのございます。では金森さんから御発言をお願いいたします。
#3
○國立國会図書館長(金森徳次郎君) 当時の記憶を大分失いましたので、その当時の資料も亦持ち合せておりませんので、非常に正確なことは申上げにくいと思いますが、記憶を元にいたしまして、一應当時のものことの動き工合をお話したいと思います。
 御承知のようにこの日本國憲法は衆議院と参議院との二つを設けましたけれども、その二院の根本の特色を憲法自身の中では直接にははつきのさせておりません。ただいろいろの権能の強さの問題とか、議員の任期の長さの問題とか、或いは衆議院には解散があつて参議院には解散がないとかいういろいろの結果に現われておるところのものから総合いたしまして、いわば鱗とか鰭とかいうものははつきりしておりまするけれども、その本体は解釈によつてこの憲法の持つておる理想を発見しなければならん、まあこういうようになつておると存じております。そこでこの憲法に現われておりまするいろいろな結果から総合して、参議院はどういう特色を持つであろうかと申しますると、大体解散がない任期が長い、こういう点を元にいたしますと、國民の中の比較的落着いておる、容易に動搖しないような要素を掴み出して、ここに主として代表せしむる、こういう意味合が含まれておるように思われます。これを元にして段々思想を深めて行きますると、結局愼重練熟というような点に重点が置かれ得ると思うのです。併しながら何もそういうように固定して考えなければならんという根拠もございませんので、その他に例えば職能代表とかいうようなことをも加味し得る余地は残つておると思つております。併し技術的に考えまして、参議院は普通の議会と同じようにやはり多数決によつて行動するという原理をとつておりますから、職能代表の精神を的確に現わさせるということは、少しく疑いが起つて参ります。何故かと言えば、職能代表というのは、各方面の人々の氣持がそこに現われておるのでありまするから、諮問機関、参考機関としては非常に適当であろうと思いますけれども、どうも多数決で処置する委員会におきましては、各々職能を根拠にしつつ、職能と職能との間の勢力の消長を決するというような嫌いがあつて、面白くない、こういう氣持もしております。こういつた参議院の在り方については、憲法はかくのごときことを要求していると思われます。他面参議院と衆議院につきまして、この憲法は選挙の資格などにつきましては、根本は平等でなければならんという前提をとつております。つまりいずれも國民を代表するものである、而も成年者、普通選挙の原理を基礎として、選挙年齢においては余り区別する途を残しておりません。これだけのことを念頭に置きながら、この二つの衆議院と参議院との二院制度の目的をうまく達成し得るようにいたしまするためには、どうしてもこの選挙の制度の中に必要なる考え方を織近んで行かなければならない、こういうことになるわけです。そこで参議院の選挙方法につきましては、当時この憲法ができまするときに、衆議院でも参議院でも相当やかましい御論議がありまして、いろいろな御意見もあり、又腹案も政府から当初はこれを聽取せられたのであります。併し当時の議論を両院の大体のお氣持の中から探して見ますと、いろいろな議論がございましたけれども、或る部分では、本來二院制度というものは無意味であり、一院制度であるべきであつて、一つの國民が二つの相成なる院によつて代表せられる理窟はない、これは可なり長い間論議せられた問題でありまして、併しこれは選挙法とは別でありまして、やはり二院制度がいいということに一應結論ができました。今一つの見解は、やはり二院制度を不可なりとする議論でありますが、併し全然不可なりとするのではなく、一方は議決機関にし、そうして参議院に当るべきものは一種の有力な諮問機関にする、こういう主張でありまして、國会の本体は衆議院だけ、参議院に当るべきものは國会のいわば外郭体にする、こういふうの考えであります。これも確かに一つの考え方でありますけれども、当時の空氣はこれを外郭体にすれば、参議院が非常に微力になつてしまう、微力になれば狙つておる二院制度の利益というものは得られない、こういうような議論もございました。尚外の論も考えて行きますと、職能代表の制度をどうしても参議院に織込めたい、こういう議論は衆議院でもございましたし、参議院でもあつたわけであります。その職能代表制度がこの与えられたる憲法の規定を元にして、日本で現実に認められ得るものかどうか、ということは可なりこれも論議せられました。併し何といたしましても、職能代表というものは、多数決で決める機関としては如何にも不自然な嫌いがあり、且つ又人民を比較的公正に代表するという趣旨から申しまして、何かこの階級闘爭のような氣持もいたしまして、私共は余り乘り氣になつておりません。議会の方の議論もいろいろ御希望がございましたけれども、最後にそれを採用するという氣持はなくて、いわば多少の問題を残しつつ、差当りは止して置こう、こういうような気持であつたと思つております。それから間接選挙を採つたらどうか、こういう議論が一面において起つておりました。これは何しろ憲法が選挙権は大体平等にしておりまするが、その平等である選挙権を元にして衆議院と参議院とが色彩が違うということを図りまするためには、やはり選挙の方法も衆議院は直接選挙、参議院は間接選挙という形で行く方が望ましく、愼重練熟の要素を参議院に代表せしむることができるのではなかろうかと、こういうふうな議論も或る程度主張せられました。併しこれに対しましてはどうも間接選挙というものは、選挙する人と選挙せられる人との連関性が甚だにぶいし、民主政治の順当な行き方を離れるのではないか、從つてこういう制度はよろしくないという議論が衆議を支配をしたもののように撲つております。こんなふうにいろいろの考えが出て來まして、なかなか参議院の制度を産み出すことは困難でありました。殊に以たような材料、つまり同じ選挙権を基礎として、同じような被選挙権の中において目的の違つた二つの國家機関を選び出すということは、可なり奇蹟に類するような意味もありまして、なかなか議論は解決しなかつたのであります。そのときにもう一つ起りました特殊な考え方は、参議院というものは主として衆議院の力で作つたらいいじやないか、要するに参議院は愼重練熟の人を選び出すのである、して見れば一般國民から直接に選び出さないで、先ず衆議院におきまして、或る程度候補者を選定して、その衆議院で入選をした比較的少数の候補者の中から所定の数の参議院議員を一般選挙により、或いはその他の選挙によるかによつて作り出すことがいいのではなかろうかという考え方がありました。これは確かアイルランドの何か上院の組み立てと歩調を一にするような考え方でありましたが、結局これも頗る民主的でない、殊に憲法が國民代表と、こう言つておる、衆議院代表のような疑義を持つて來るから面白くないということでその途がなくなつてしまつたわけであります。こんなふうに選挙の制度をいろいろ外の理由から制限して参りまして、結局もう参議院の選挙方法について考え得ますることは僅かになつて來るわけであります。一つは被選挙年齢をどうするか、これがまあ一つの要点になつて來ます。一つは選挙区をどうするか、これが一つの問題であります。一つは議員の定数を如何に決めるかということの問題であります。これは選挙と直接関係がないように見えますけれども、議員の定数が非常に多い場合と少い場合とは自然選ばれて來る人の特色に差が起り易いのでありまして、練達堪能の士はむしろ人員が少いときに本当に選ばれ得るのではないかということの着想になつております。この三つの点に着想いたしまして、あちらこちらの御議論を飼つていろいろの案を練つております中に、自然に落着くところが見えて來たのでありまするが、それが結局被選挙年齢は衆議院より五つだけ高くする、結果から見れば大したことはないかも知れません、むしろ理論的の問題であります。実際まあそれくらいに自然に落着くものと思われますが、併しとにかく旗幟をそこへ持つて來ました。それから次に議員の定数というものは、これは衆議院より少くてよかろう、練達堪能の士がそんなに沢山選ばれるということは不自然ではなかろうかと、こういう氣持がありまして、初めは何でも衆議院の先ず半分近いところがいいのじやないかというところから考えましたけりども、それじや落着が悪いというので、まあ三百人くらい、二百五十人か三百人くらいで收めればよかろう、こんなような着想が今記憶に強く残つております。そのくらいで行つたらどうだろう、こういうふうになりました。それから選挙区を考えるときここで必要な議論が起りまして、とにかく衆議院とは変えた方がいい、こういう氣持でありまして、ところが衆議院の選挙区というものがどうであるかというと、これは時代と共に変るわけでありまして、変り動くところの衆議院の選挙法を念頭に置きまして、とにかく衆議院と違うような方法によつて参議院の選挙区制というものを考えたらよろかう、こう思つおりてまして、ところがその当時は衆議院の方は中選挙区ではありますが、やや大選挙区に近い大きい中選挙区というものが実際に行われておりましたので、そこを眼目におてい考えて行きまするとき、結局参議院は議員数も少いものですから余り細かい選挙区を作るわけには行かない、そこで府縣單位くらいが少くとも一つの考え方としていい選挙区になるであろう、これは地方的な事情をよく知つており、地方的な意味において國民との間に連絡が深い人、だからこれはよかろう、こう考えたわけであります。ところがそれだけでありますと殆んど衆議院と違わないようなことになるのじやなかろうかという懸念を持つておりました。何とかもう少しいい制度があるのではなかろうかと思つておりましたが、そのときにどこから入つた思想であるか、私達いろいろなことに関係しておりましたのでしつかりした出所は覚えておりませんが、一体國会の議員というものは國民全体から出て來るものである、從つて選挙区を狹くするとかいうようなことはむしろこれは方便的であつて、若しできるならば全國の國民が素直に鏡においてこれを縮写したるごとく國会に現われて來ることが理相である。理論としては全國を一選挙区とする大選挙区とすることが一番正しい、それ故に参議院の選挙について全國一選挙区の方法を採るべし、これは議論としては確かに聞くべきところがあるのであります。そうしていろいろな考慮を置きますると、参議院というのは何か知識的に、又は経驗的に声望的に非常に背景の大きい人が望ましいといたしますると、成るべく全國の人が押立てるというような人が参議院には適するというようなことが言われますので、全國選挙区というのがこれはいいのじやないか、こういう考えを持ておおりました。そこで結論といたしまして二本立てで行つたらどうか、半分は全國一選挙区で選ばれる人、半分は府県單位で選ばれる人、これを組合せて凡そ三百人の議員を以て、参議院を生み出す、被選挙権は三十歳、こんなふうにして行つたらどうかといつたところに一應の狙いどころを置きまして、これをすべて予め御相談をしなければならんような意味の深いところにも当つて見たりなんかして行きますると、まあこれに対する賛成者も相当ありまして、ところが全國選挙区というものについては激しい反対の流れがありまして、その流れは樂屋を今申しますれば閣僚の中において可なり有客であつたのであります。これまでは選挙の実際の経驗を持つた方、つまり選挙のエキスパートというような方々が、選挙というものは小さい選挙区においてのみ初めて意味があるのであつて、大掴みな選挙区で選挙をするというのは意味をなさない、これが一つの議論でありまして、これは、つまり実際家の言わんとするのは選挙人と被選挙人が顔もよく知らない、名もよく知らないといつたようなときに全國から投票して集めるなどということはとてもありうべからざる結果を生み出すのであつて、若しそんなことをやつたとしても、これは名目だけのことで、実は狹い地盤だけの投票で以てその人の運命が決るのであつて、中選挙区は止めて、すべて府県單位の小選挙区でやつたらよろしい、こういうふうの議論が相当強く響いて参りました。
 それから今一つの考え方のこの全國選挙区というものは或組織を持つた団体に非常に有利であつて、全國的に何らかの組織を持つておる團体、例えば農業に関する團体であるとか、交通に関する團体であるとかいうような人たちが結束すれば十分多くの議員を選び出すことができる、そして政党などはむしろ却つてその場合に不適当な場合もあるのじやないか、こんなようなふうの議論も出ておりました。この考え方は可なり有力でありまして、当時相当の大きな数を持つておらるる政党の方でも大選挙区にはなかなか大事をとられたというような嫌いがございました。又いろいろ考えますと外に行き途がない、職能代表は二百人か、百五十人しか取れない選挙区ではこの場合に不適当である、府縣單位であれば衆議院と理論的に、少し違うにしても殆んど衆議院に似ておる、そうすれば衆議院と区別する選挙の方法というものは結局全國一選挙区にするか、たとえ讓歩するにしても日本全國を七つか八つのブロツクに分けて、選挙区をこういう二つの考え方から行きますと大事をとるという関係からいろいろの考慮をしておるのでありまして、人数を同じようにする必要はないので、府縣別の人は百五十人くらいがよかろう、そうすれば全國別のは、これは多少特殊な意味も含んでおりまして二百人もあればほぼ人を充たすのではなかろうか、これは腰溜めのようなものであります。きちんと理窟詰めに百人になるわけではありません。そういうような方法で考えて行きますと、それが段々各方面の了解を得まして、こう具体的に固まつて行きますと、そこに又一つの反対論が起つて來たのは、全國の選挙区というものは、投票を取扱う時日の上において非常に困難である、投票を計算する時には恐らく一月も掛かるのじやないか、投票の結果が出るまでに一月も掛かる、若し間違いの要素が入つた時にはすつかり出しかけにしてやり直すということになると、とても選挙の効果を能率的に挙げることはできない、こういうような反対もありました。これは私共選挙技術を知らんもんですから理窟詰に何とも批評はできないものでありますから実は心配しておりましたけれども、いろいろ考えて、やれんということの理窟はなかろう。少しは遅れるにしても何とかやれる見込を持つておりました。というような道順を経まして各方面の御賛成があつて、現在の選挙法が生れて参りまして、府縣單位を百五十人、全國單位は百人、そして三年毎に半分更新する、こういうことで生れて來たわけであります。ところで、そうすれば、これからしてどんな予想に違つた結果が生れて來たであろうか、こういうことになります。これはどこも意見の問題でありまして、私は今研究も深くはしておりませんから断乎たることはできませんですが、当時初めから言われておりましたのは大選挙区にするというと全國的に連絡の深い人たちが特に選ばれて、却つてバランスを壞す、こういう議論になりまして、これは事によりますと、少しはそういう意味が結果において現われておるかも知れんのでありますけれども、私自身の考えから言えば、國民全体の中においていわば勢力の問題が五と三と二というような分配があるといたしますならば、國会に現われて來る議員の数にもやはり五と三と二というふうに現われて來るのが当然であつて、そこに選挙技術を用いて或る党派のみが強く現われて來る、或る党派は現われにくいというような技術的な方策をとることは、理論の上に正しくあるまい、こういうことに眼を触れて何か便宜な方法を考えるということは、結局選挙制度に暗い影を残すのではなかろうか、こういうふうに思つておりまする、こういう見地から申しますると、全國大選挙区というものは理論的には欠点のないものと今も信じておるのであります。若しそれによつて不合理なバランスが出て來るとすれば、これは選挙を実際行う人の、いわば選挙戰術の弱い人が敗けるということになるのでありまして、どうもそこから欠点は出て來ない、これは私の独断かも知れません。それから当時議論がありましたこうやつたからと言つて、選挙はどこか小選挙区で選挙しておるのであつて、形だけが大選挙区である、或人の運命は自分の一つの地盤で決まつてしまうという議論があるが、これはそうなつても構わないので、そうでなくても構わん、実際に見ておりますとその二つの場合があるのじやないか、何れにいたしましても局部的に人材というものがなくて、比較的廣い視野からの人材が選ばれたいとうことについては、今日尚この制度と間違つていないという自信を抱いております。それから第三に、技術的の見地から見てこれは煩雑であり種々禍の種になり易い、こういう論でありましたが、これについては各種の欠陷等がありましたが、詳しいことは存じません、けれども表面に現われましたところでさしたる障害も今日現われてはいないということになりますと、まだこの制度が悪いという結論を作る種は生れていない、こういうふうに考えております。まういろいろ記憶に從つて述べましたが、結局私自身としてもこの発案に関係をして、初めから大選挙区を全國一選挙区と主張した関係があつて、精神が偏重になつておるせいか知れませんが、今日までこれを撤回すべき十分な理由を発見しない状況にあります。
#4
○委員長(藤井新一君) 有難うございました。次に憲法学者として衆議院法制局長をしておられる入江さんに一つ御発言を願いたいと思います。
#5
○衆議院法制局長(入江俊郎君) 御指名にあずかりまして恐縮でございますが……、只今金森先生がお話になりしまたところで大体全國選挙区に関する問題は委曲を盡しておるし思います。あの当時も私も内閣におりまして金森先生の許でいろいろ研究をいたしたのでありますが、全國選挙区につきましては今のようなお話の経過を辿つて結局あの案に落ち着いたように考えております。ただ私が個人的にその当時も考え、今でも依然として或心持が残つておりますのは、要するに両院制度の建前で、参議院と衆議院に特異性を認める、どういうところに特異性を認めるかと言いましても、憲法に公選という原則が決まり、又全國民を代表するというところも決まつておりますから、その範囲内において特異性を認めるとすれば、任期の点とか或は選挙区の問題、権限の点については、憲法においても或る程度の差違がありますけれども、その範囲内で考えますと、任期、選挙区、年齢というふうなことに帰著すると思うのですけれども、全國選挙区についてはあの当時もいろいろな議論があつて、結局被選挙人と選挙人との連絡が觀念的にはつくけれども、実際上はなかなかつきやしないのだ、それであの後結果を数字的に見たことがありますけれども、計数的に申しますと、どの候補者も全國の府縣に若干の票を得ておるようですけれども、これはむしろ偶然的な結果なのであつて、地方に行つていろいろ聞いてみますと、全國選挙区の候補者の名前を書いた紙を見ましても、何が何だか分らんというふうな氣持を持つた人の方がどうも多いのであります。都会地に住んでおる人のようにいろいろの方面のことがやや知識的に分つておりますと、判定力もよくなりますけれども、多数の國民は何が何だか分らんというのが実際ではなかつたかと思いますので、さればと言つて衆議院の方が府縣の区域になつておりますから、それと同じにしてしまうということも、又参議院としての特異性が認められない、結局特異性を如何にして認めるかという窮余の策としてああいうふうなことも考えられたという面もあつたと思うのであります。私はやはり全國選挙区というのは、理論的には又観念的には十分肯けますけれども、果してあの制度が是非なければならぬものかどうかについては、若干の疑いを持つておりまして、むしろ全國を八つぐらいのブロツクに分けた範囲の大選挙区という程度でいいのじやなかろうか、尤もそう考えますと、それは一面において全國を一選挙区に入れた場合の弊害とそれから又いわゆる大選挙区に伴う弊害、その両方を盛つてしまう案になつて結局何もならないという議論があるかも知れませんけれども、併しやはり全國を八つぐらいのブロツクに分けて、そうしてむしろ廣い範囲から人材を選ぶ、そういう場合でも田舎の方に行きますというと誰がどうやらどうも分らんという結果になるかと思いますけれども、全國区というふうなことは如何にもどうも手数が掛かるのだ、それから又余り廣すぎて実際の効果もないことになりはしないかという感じが忌憚なく申上げますとあるのです。一方において府縣の方が府縣の單位の選挙区は衆議院において認められておりますから、尤も府縣は更に三つ四つに分けて選挙区を作つておる、中選挙区ですから……、それと照合すれば参議院の特異性を認めるためには全國を幾つかのブロツクに分けた大選挙区ということでいいのじやないか、それから尚もう一つ、私の疑問は、今は府縣の選挙区の候補者と全國の候補者を一人ずつ投票することになつておりますけれども、これもどうも考えてみると、我々が参議院の代表を送ろうというときに、これは一人に一票とか二票とかいうふうな観念とは別でしようけれども、全國の人を一人府縣の人を一人をどういうふうにして選ぶという制度も代表を我々が送るという制度から見るというと、どうも割り切れないところがありまするので、むしろ私は全國選挙区というのを八大ブロツクの大選挙区にして一本で以てやる、府縣の方の関係はむしろ衆議院の方でやつて貰うというふうなことにするのがいいじやないかという感じを持つています。けれどもこれは先程の金森先生の議論があつたように一つの感じであり、又いろいろ意見もありまして、とにかくあれだけの制度を作つて一回しかやつてないのでありまして、それに伴ういろいろな弊害については、果して十分檢討されておるかどうか、今のところまだもう一回ぐらい実際やつて見た上で以て愼重に考える、というべき時期じやないかと思うのでありまして、來年ちようどその改選時期でありますけれども、私は結論としては、來年はとにかく從來の制度で以てやつて見る、併しそれについてはいろいろな問題が惹き起されておりますからして、これを過去の第一回の例と檢討しつつ十分考える、併し來年のところは從來の制度を一應やつてみる、そうしてその上で以て更に研究を進めたらどうかというふうな感じを私は持つておるのであります。大体私として今感じておることを率直に申上げますと、そういうところでございますので、一つ御参考に供した次第であります。
#6
○委員長(藤井新一君) 次に選挙区に関して選挙管理委員会事務局長の鈴木俊一君にお願いいたします。
#7
○政府委員(鈴木俊一君) 一應お話申上げます。全國選挙管理委員会におきましては、この問題につきましてはまで正式な何らの結論に到達いたしておりません。先般のこちらの参議院の両院法規委員会の協議会の際にお集りの方々の御意向も、全國選挙管理委員会の正式の会合の際に伝達をいたしまして、いろいろ論議は交わしましたのでございますが、目下のところ全國選挙区を如何ように改めたらいいか、或いは全國選挙区をそのまま現状通り維持した方がいいかという点については、何ら結論に到達しておらんのでございます。從いまして全國選挙管理委員会の正式の意見といたしましては、特にこの際申上げることはないのであります。過般新聞紙上に、政府から特に全國選挙管理委員会が命ぜられまして、全國選挙区制度の改正につきまして、立案、研究中であるというような新聞記事が出ておりましたが、これはどの方面から出たものか存じませんが、まだ全國選挙管理委員会に対しては、そのような何らの正式な指令にも接しておらないのであります。全國選挙管理委員会といたしましては、選挙区制の問題よりも、むしろ過般の衆議院の総選挙において行われました選挙運動方法の特例に関しまするああいうような法規を今後如何ように取扱うべきかということの檢討に目下全力を注いでおりまして、近くこれも結論に到達する予定でございますが、まだ正式に全國選挙管理委員会の意見といたしまして申上げるべき結論には到達しておらないのであります。大体以上の状態であります。
#8
○委員長(藤井新一君) 次に全國選挙管理委員会事務局選挙課長金丸三郎君にお願いいたしますが、選挙区と共産党進出に関する所見を承りたいと思います。この前のあなたから御説明があつたように、統計的に一つお願いしたいと思います。
#9
○説明員(金丸三郎君) そのような見地から特に統計をとつたわけではございませんが、何らかの御参考になるかと思いまして若干の調査をいたしたのでございます。ただこれも第一回、ただ一回だけの経驗でございまして、選挙運動のやり方が変つて参りますというと、得票数にもいろいろな変化が予想されますので、ただ一回だけの選挙について現われた結果であるということを念頭において頂きましてお聽き取りを頂きたいと思うのであります。
 第一に、参議院の全國選出議員につきまして、最も少ない得票で当選をされた方を調べて見ますというと、最下位が六万八千百二十八票でありまして、最下位から十番目の方が七万六千百七十七票になつております。即ち六万八千乃至七万六千で当選をした方が約十名あるのであります。現在有権者が一月の二十三日の総選挙の際は約四千二百万人になつております。多少の棄権もございますから、これを投票した人が三千万、大体それが有効投票になつたといたしますというと、三千万という数字が出て参ります。法定得票数は三千万を通常選挙における議員定数で割りましたものの五分の一になつておりますから、三千万を全國は百人の半分の五十で割りまして、更にその五分の一という数になつて参るわけであります。從いまして大雜把な見当で十二、三万の得票がございますというと当選をするというような結果になつて参るのではないか、從いましてこの前の参議院の選挙は全國百名の選挙でございましたから、最低六万八千で当選をいた方がございますが、來年の四月の選挙の際には、まあ大体十二、三万の得票がございますというと当選が得られるのではないか、かように一應推定されるのであります。尚昨年の選挙につきまして候補者の総得票数と、それから立候補されました方の数と、一人当りの得票数、それを当選人と両方について調査いたして見ますというと、候補者の総数が二百四十六人であります。これは全國議員でありますが、その総得票数が二千百二十七万千百八十二票になつておりまして、一人当りの平均得票は八万六千四百六十八となつております。平均得票の方が最下位で当選された方の数よりも約二万票多くなつております。当選人が百名で総得票数が千六百四十六万三百三十五票になつております。一人当りの平均得票数は十六万四千六百三十六票、かようになつております。これを更に六年議員の方と三年議員の方に分けて見ますというと、六年議員の方の平均得票数は二十三万四千六十一票、三年議員の方は九万五千百四十五票、かようになつておるのであります。
 以上が大体得票に関する一般的な概況でございますが、尚各候補者につきまして全國から平均して票票を取つておいでになる状況、それから特に或る縣に重点を置いて、或る縣だけで殆んど選挙運動を行なつて全國議員に当選された方の状況とを調べて見ますというと、殆んど或る府縣だけに選挙運動を集中して当選をされたというふうに見られます方が、六年議員に二名、三年議員に一名程あるのであります。ややブロツク的に見まして、七つ、八つの縣に亘りまして五千票或いは一万票、二万票以上を平均して取つておられるという方が五、六名あるかと存じます。まだこの点の調査が十分に参つておりませんので、或いはこの次にはもう少し正確に調査いたしましてお手許にお届けできるかと存じますが、その外の方は相当の数の府縣に亘つて投票を得ておられるというふうに考えられるのであります。ただ先程も入江局長からお話がございましたように、全國選北議員の選挙が從來の選挙から考えまして、非常に欠点といたしておりますのは、何と申しましても、候補者の人柄が選挙人に分らないということであります。大体インテリでありますというと、全國選出議員の方がよく分る、むしろ府縣選出の地方参議院の候補者の方よりも、全國議員の候補者の方がよく分るということがいわれますけれども、一般の大衆にとりましては、その点は逆でございまして、例えば知事の候補者よりも、区会議員の候補者、町村会議員の候補者の方がよく分る、誰が知事に適しておるかということについてはよく分らないけれども、町村会議員とか、区会議員になるというとよく分る、よく分るという意味がいろいろございまして、まあ、いろいろの縁故で知つておる方が立候補しておるから、誰に入れるかということを、決め易いというような意味で申上げますと、いわゆるインテリがよく分るというのと、一般の人がよく分るというのが逆になつております。そういう点がら申しまして、全國選出議員の候補者は、國民の側から申しますというと、甚だ分りにくいということがいえるかと思います。もう一つは、選挙運動の方法としてはなかなかむつかしい、全國共通にできますのは、ラジオ放送が先ず一つ、その他、費用が掛かりますけれども、新聞廣告等があろうかと思います。新聞やラジオが相当積極的に紹介いたしませんというと、國民に十分な判断の資料を提供するということが考えられるのであります。それから只今申し上げましたように、全國選出議員といたしましても、僅か十二、三万の得票がありますというと、当選できるという事実が第一回、一回だけの選挙ではつきりいたして参りました。そういたしますというと、全國的な選挙運動を止めまして、或一つの府縣だけに選挙運動を集中する、そういたしますならば、悠々と一つの府縣を地盤にして、全國選出議員に当選ができるということがはつきりいたして参つております。從つてこの次の選挙には、地方選出議員の候補者と、全國選出議員の候補者とが相提択して、一つの府縣を地盤にして選挙運動を行うというような傾向が相当に出て参るのではないかというふうに私共は見ておるのであります。仮にそういうような傾向が出て参るといたしますというと、全國選出議員の選挙区というものが設けられました根本の趣旨というものを、沒却してしまう結課になるのではないか、かような点を憂えておると申しましようか、現実の選挙運動のやり方から考えますというと、さような傾向が出て來るのではないか、かように考えられます。尚全國選出議員の制度は、先程もお話がありましたように、相当年配の方で、識見も可なり豊かに、いわゆる練熟堪能の士を選挙されるという制度として考えられたのでありますけれども、今後の選挙運動というものは、実体的に、又社会の趨勢から申しまして、政党本位に行われる、又組合その他の組織というものによつて行われるということは必然であり、又むしろそれが、世の中の実際というものに合致しておるのではないかと考えられます。そういたしまするというと、全國の選挙区というものは、政党的に行われるか、或いは組織というものを基礎に持つた人が相当数出て來るということが考えられようかと思います。尚特定の組織について、ブロツクに分けたり、或いは府縣に分けました方が、出にくくなるという考え方は、先程來申上げましたように、割合に少い得票で当選が得られるという実情にございますから、全國を小さく分割いたして見ましても、そういうことは困難ではなかろうということは言い得るのではないかと考えます。
 以上非常に抽象的でございましたが、全國区の制度につきまして、私共の立場から見ました場合の考えを申上げた次第であります。
#10
○委員長(藤井新一君) 有難うございました。どなたかお尋ねがありませんか、政府委員がおいでる内に御発言をお願いします。
#11
○羽仁五郎君 金森博士にお尋ねいたしたいのですが、この新憲法施行に伴つて、なぜ一院制をお採りにならなかつたかという点について、もう少し御説最を伺いたいと思います。と申します意味は、つまり戰爭放棄とか、或いは國民主権とかいう純進歩的な制度をお採りになりましたのに、二院制度という点において、非常に、もう少し進歩的な一院制ということをお採りになるという考えがあの当時、おありになつたに相違ないと思いますが、どうしてそれが実現できなかつたか、その辺を一つ伺いたいと思います。
#12
○國立國会図書館長(金森徳次郎君) 当時実は、私自身がその問題を自分に深く考えて決めたというわけではなくて、一つの思想の流れを受継いで支えて行つたということですから、非常に詳しい氣持というものは、私の体驗の中には入つておりませんです。ただ内輪の話できございますけれども、どうもこの政治というものは、或程度まで、理論的な変化を求めて行くよりも、実際の経驗の跡を追つ駈けて行く方が比較的安全ではなかろうか、こういう氣持が強かつたように思われます、そこで世界の……、勿論古い國になりますけれども、世界の主な國々を全部併せて行きますと、まあ相当の大きさを持つている國では、一院制を採つてはいない、二院制度を相当採つているということであります。これは歴史的な事情に支配されてもいるのでございましようけれども、併し実際の経過が、たしかフランス革命当時でも、一院制から二院制に引戻したというような事実がありまして、責任をとつて議論をする人は、どうしても安全な方を選ぶということになりますと、テストの比較的できている二院制を選ぶという考えに落ち付くということは、一つの理由があると思います。それでは、二院制が積極的な欠点を持つているかということになると、これはいろいろな議論がありますけれども、私共第一次大戰爭以後のいろいろな世界の動きから判断をいたしますと、この二院制というものが、全く独立のものであれば、申の院の乙の院とが全然平等なものであれば、これはどうも、一つの國民を二つの力に分けて代表せしむるということになりますから、纒りがつかなくなつて、大局からいつて、間違いであろうと、こういうふうに考えます。併し二院というものを一應守り立てて置きながらも、主たる力は一院に帰属せしめる、他の院は、これを抑制するとか、批判をするとかいうふうに、内輪において牽制をして行く、もつと言い換えれば、物の進行を時間的に少し抑制するという程度に止めておけば、まあ決定的に困ることはないのではないか、そういうように考えて行きますと、経驗に徴して安全なる二院制を採る、而も又実際の面で纒りのつかなくなるようなことを恐れるために、二院不平等の二院制、換言いたしますと、第二の院はひとり第二の院であるに止まらずに、第二次の院、勢力において第二流まあ第二段であるというような考え、セカンド・ハウスはセカンダリー・ハウスであるべしという考えを採ることは先ず堅実な行き方であろうと、こういうふうに了解せられて、ここに辿りついたと思つております。実際憲法の案文ができ上りましたときに、相当一院制論が何かの意味で可なり主張せられたことはあるのでありますけれども、総合的判断の結晶でこういうことになつたと考えおります。
#13
○委員長(藤井新一君) 只今内閣官房次長郡祐一君がお見えになつております。郡君に全國区に関することについて政府部内において何か話題が今日あるかないか一つ、あればお伺いする方がいいのではないかと思います。
#14
○政府委員(郡祐一君) 政府部内では、過般の衆議院議員選挙が終りまして、特に臨時特例法の問題でありまするが、その結果から見て、必ずしもフリーでオープンな選挙を行うのに好ましい法則であつたとは考えられないというような考え方を以ちまして、選挙制度それ自身に適当な改正を加えることが望ましいというような考えは持つておるのでありますが、現在特に只今委員長のお話になりましたような、参議院議員の選挙の選挙区について現在具体的な考えを持つ、或いはこれが改正の案等について著手をいたしておるというような段階にはまだ至つておりません。
#15
○委員長(藤井新一君) 田中委員は当時憲法の署名をした方々の内のお一人であると思います。当時の模様について何か印象を持つておられれば一つ御発言を願います。
#16
○田中耕太郎君 御指名があつたのですが、先つき金森さんの言わけたこと以外に、特に諸君に御報告申上げるようなインフォメーシヨンを持つておりません。ただ閣僚で選挙に実際に関係しておる人が全國区を設けても意味をなさないだろうというのは、府縣單位で大低票を取つてしまうから、だから全國選挙区を設けても單に府縣選挙区と変りはないことになるのじやないかという強い主張が、某有力な閣僚から出されたという事実が強く印象に残つておるだけなんです。それが果してそういう結果になつたかどうかということは、これは統計的に十分判断しなければならないことだろうと思うのです。
#17
○委員長(藤井新一君) 金森さんにちよつとおききいたしますが、共産党の進出に関して全國を八つか九つのブロックにしても、縣單位にしても、やはり共産党議員の選出はあるものでございましようか、ちよつとそこのところを承わります。
#18
○國立國会図書館長(金森徳次郎君) 適確に申上げかねますけれども、やはりそういうのは廣い区域の方が有利だと思いますけれども、小さくしましてもそう変らないのではないか、先程申上げましたような事情から考えまして、そう分けてみましても全体としては影響するところは少いのではないか、さように考えます。
#19
○委員長(藤井新一君) どなたか御発言がございませんが、……御発言がなければ御案内を申上げた方の御退席を願いまして、我々委員だけで一つ御協議をいたしたいと思います……
 前之園喜一郎君が御辞任されましたので、民主党から伊東隆治君が本日の本会議において御指名されました、ここに御紹介申上げます。
 次に御相談申上げたいのは明後日、四月一日ですが、正式な両院法規委員会を開きたいというのでございます、衆議院の委員長と昨日大体の了解を得たのですが、皆様方の御都合如何でしようか、ちよつと速記を止めて下さい。
   午前十一時三十九分速記中止
   ―――――・―――――
   午後零時七分速記開始
#20
○委員長(藤井新一君) それでは速記を始めて下さい。前之園喜一郎君理事辞任につき、伊東隆治君を補欠といたしまして互選いたします。
 本日はこの程度において散会いたしたいと思います。如何ですか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#21
○委員長(藤井新一君) それでは散会いたします。
   午後零時八分散会
 出席者は左の通り。
   委員長     藤井 新一君
   理事
           伊東 隆治君
           新谷寅三郎君
   委員
           大野 幸一君
           鈴木 安孝君
           田中耕太郎君
           松村眞一郎君
           羽仁 五郎君
  政府委員
   内閣官房次長  郡  祐一君
   総理廳事務官
   (全國選挙管理
   委員会事務局
   長)      鈴木 俊一君
  衆議院側
   法 制 局 長 入江 俊郎君
  國立國会図書館側
   國立國会図書館
   長       金森徳次郎君
  説明員
   総理廳事務官
   (全國選挙管理
   委員会事務局選
   挙課長)    金丸 三郎君
ソース: 国立国会図書館
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