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#1
第061回国会 予算委員会公聴会 第1号
昭和四十四年二月二十一日(金曜日)
    午前十時九分開議
 出席委員
   委員長 荒舩清十郎君
   理事 櫻内 義雄君 理事 田中 龍夫君
   理事 塚原 俊郎君 理事 中野 四郎君
   理事 八木 徹雄君 理事 大原  亨君
   理事 中澤 茂一君 理事 小平  忠君
   理事 広沢 直樹君
      赤澤 正道君    植木庚子郎君
      臼井 莊一君    仮谷 忠男君
      川崎 秀二君    倉成  正君
      小坂善太郎君    重政 誠之君
      田中伊三次君    竹内 黎一君
      野原 正勝君    福家 俊一君
      福田  一君    船田  中君
      松浦周太郎君    湊  徹郎君
      角屋堅次郎君    川崎 寛治君
      北山 愛郎君    阪上安太郎君
      田中 武夫君    高田 富之君
      楯 兼次郎君    楢崎弥之助君
      畑   和君    山内  広君
      山中 吾郎君    麻生 良方君
      竹本 孫一君    鈴切 康雄君
      樋上 新一君    林  百郎君
 出席政府委員
        総理府総務副長
        官       鯨岡 兵輔君
        行政管理政務次
        官       熊谷 義雄君
        北海道開発政務
        次官      近藤英一郎君
        防衛政務次官  坂村 吉正君
        経済企画政務次
        官       登坂重次郎君
        科学技術政務次
        官       平泉  渉君
        法務政務次官  小澤 太郎君
        外務政務次官  田中 六助君
        大蔵政務次官  上村千一郎君
        大蔵省主計局次
        長       相沢 英之君
        大蔵省主計局次
        長       船後 正道君
        大蔵省主計局次
        長       海堀 洋平君
        文部政務次官  久保田藤麿君
        厚生政務次官  粟山 ひで君
        農林政務次官  小沢 辰男君
        郵政政務次官  木村 睦男君
        労働政務次官  小山 省二君
        建設政務次官  渡辺 栄一君
        自治政務次官  砂田 重民君
 出席公述人
        公社債引受協会
        会長      湊  守篤君
        沖繩県祖国復帰
        協議会議長   喜屋武眞榮君
        東京工業大学教
        授       矢島 鈞次君
        東京外国語大学
        助教授     川崎 寅雄君
 委員外の出席者
        専  門  員 大沢  実君
    ―――――――――――――
二月二十一日
 委員鈴木一君及び中野明君辞任につき、その補
 欠として竹本孫一君及び鈴切康雄君が議長の指
 名で委員に選任された。
    ―――――――――――――
本日の公聴会で意見を聞いた案件
 昭和四十四年度一般会計予算
 昭和四十四年度特別会計予算
 昭和四十四年度政府関係機関予算
     ――――◇―――――
#2
○荒舩委員長 これより会議を開きます。
 昭和四十四年度一般会計予算、昭和四十四年度特別会計予算、昭和四十四年度政府関係機関予算、以上三案について公聴会に入ります。
 本日午前に御出席を願いました公述人は、公社債引受協会会長湊守篤君、沖繩県祖国復帰協議会議長喜屋武眞榮君のお二人であります。
 この際、御出席の公述人各位にごあいさつを申し上げます。
 本日は御多用のところ御出席いただきまして、まことにありがとうございます。御承知のとおり、予算は国政の根幹をなす最重要議案でありまして、当委員会といたしましても連日審議を続けておるわけでありますが、この機会に、各界の学識経験豊かな各位の有益な御意見を拝聴いたしまして、今後の予算審議の上において貴重な参考といたしたいと存ずる次第であります。何とぞ各位におかれましては、昭和四十四年度総予算に対しまして、それぞれ御専門の立場から忌憚のない御意見をお述べ願いたいと思う次第であります。
 次に、御意見を承る順序といたしましては、まず湊公述人、喜屋武公述人の順で、約三十分程度御意見をお述べいただき、その後、公述人各位に対し一括して委員から質疑を願うことにいたしたいと思います。
 なお、念のため申し上げますが、発言の際は委員長の許可を求めること、また、公述人は委員に対して質疑をすることができないことになっておりますので、この点あらかじめ御承知おき願います。
 なお、委員各位に申し上げますが、公述人各位に対し御質疑のある方は、あらかじめ委員長にお申し出くださるようお願いいたします。
 それでは湊公述人から御意見を承りたいと存じます。湊公述人。
#3
○湊公述人 まず、昭和四十四年度の予算原案が現在の景気に対して刺激的なのかどうか、新聞その他でいろいろ議論のある点につきまして私見を申し述べてみたいと思います。
  〔委員長退席、中野(四)委員長代理着席〕
 御高承のように、一般会計予算の伸び率は一五・八%になっております。これは、四十四年度に予想されております名目経済成長率一四・四%に比べますと、若干高目になっておるのでございます。この点をつきまして、今度の予算はかなり景気刺激的だという意見が一部にあることは御存じのとおりでございます。しかし、私は、財政が景気に対してどのような影響を持つかということを判断いたします場合に注目すべき指標は、いま申し上げた一般会計予算の伸び率よりも、むしろ全体としての財政の財貨サービス購入額の伸び率によって見ることが適当であろう、かねがねそう考えておるのでありますが、その伸び率は十二・三%になっております。したがいまして、いま申し上げました名目成長率一四・四%よりも若干低目でございます。その上に、政府見通しの四十四年度の名目成長率一四・四%というのは、私は若干控え目にごらんになっておられると感じております。昨今の経済情勢の動き、私ども経済界の中にあって直接はだで感じ取っているのでありますけれども、この動きが、あとでも申し上げますように、いろいろな事情から変化が起こることは当然予想されますけれども、まずまずこの調子でいけば、四十四年度は政府見通しよりも若干上回る成長になるんじゃないかという感じを非常に強く持っております。そういうふうに考えますと、この政府の財政の財貨サービス購入額の伸び率一二・三%というのは、かなり低い数字だというようにも思えるわけであります。したがいまして、結論として、今回の四十四年度の予算の原案は景気に対して刺激的だとはいえない、まあ中立あるいは若干警戒的な面もあるかと、そのような感じがいたしております。
 ただいまもちょっと申しましたように、四十四年度の経済の動向をいまの時点で的確に見通すことはとうていできません。四十三年度におきまして、私どもこういう問題に関係いたしております者は、非常な見通しのあやまちをおかしてしまいました。四十三年度はあんなすばらしい経済になるとは、去年のいまごろわれわれは感じておりませんでした。御存じのように、その前の年にポンド切り下げがありましたし、去年の一月一日、元日にジョンソンのああいうきびしいドル防衛声明が出ました。その辺の日本経済に及ぼす影響はかなり冷たいものがあろうかと、そう考えましたので、去年の経済はわれわれがまのあたりに見ましたように、あのようにすばらしく成長し、しかも国際収支があんなによくなるというふうには見なかったのであります。ところが、現実は御存じのとおりのようなことでございますから、年の初めにあたってその一年間の景気を的確に見通すなんということは、もうとうていできることではございません。
 特に本年は、去年に引き続きまして、海外要因にいろいろ不確定な面が多々ございます。経済外的要因といたしまして、ベトナムの問題であるとか中東情勢、あるいは東欧諸情勢、これら経済外的要因の動きがもし非常に大きいと、当然これは経済全体を大きくゆさぶる性格のものでございます。その辺が非常にわかりにくい。同時に、去年からことしに持ち越されました例の国際通貨不安という問題は一体どうなるのか。昨今の新聞も毎日この問題についていろいろ報道いたしておりますけれども、確かに各方面の方が御指摘になっておられますように、この国際通貨問題というのはなかなかむずかしい問題でございまして、去年は何とかうまく切り抜けた、切り抜けたというよりは、むしろそのことが、不安があったということが、日本経済には逆にプラスになるといったような面もあったかと思うのでありますけれども、しかし、そういったことがことしまた再びうまくいくというふうに考えるのはいささか問題があろう。とにかく、去年は国際間の協力が非常にうまくまいりましたので、いま申し上げたように、危機に直面するに至らなかったのでありますけれども、本来、こういう問題についての国際協力にはおのずから限界があろうかと思うのであります。昨今のヨーロッパの動きなどを見ましても、その点は明らかだと思うのでありますが、そういったようなことからいたしまして、ことしの経済動向、景気動向については若干の心配がございます。その上に、あとで少し詳しく申し上げたいと思いますけれども、物価動向がどうも気になってまいっております。昨年あたりからだんだん上昇率が高まってまいっておるのでありますが、こういった事情を考えますと、今度の政府がお考えになった予算原案は、結論的にいえば、きわめて適切なものである、こういうふうに私は考えるのでございます。
 しかし、そうは申しましても、この予算原案に問題がないわけではもちろんございません。
 まず第一に、総合予算主義ということを、昨年の初めにこの予算委員会で、政府は非常に強く主張されまして、昨年の予算は、そういう主義、そういう方針に基づいてつくられたのでございますが、これは言うまでもなく、問題の、例の財政硬直化打開のために打ち出された新しい方針だと理解いたしているのであります。ところが、ことしも補正予算を組まざるを得なくなっておるのでございます。したがって、こういった考え方、総合予算主義といった考え方は、形式的には守られなくなった、こう考えざるを得ないのであります。と申しましても、その原因は、もう皆さま御高承のように、何といっても、米の予想をはるかに上回る豊作、これに対する支払いがあったということ、それから、さっきも申しましたけれども、景気が予想外に好況でございましたために、税収が非常にふえた。それとの関連で例の地方交付税交付金が三二%はじき出されますので、これが当然支出されなければならない、こういった、年度初めにおいてはとうてい予想し得なかったような事情が起こって、それを予算面でアジャストするということから補正予算を組まざるを得なくなったので、その意味では、ある程度やむを得なかったんじゃないのかという感じがいたします。特に、補正予算の内容を見てみますと、税その他の自然増が、何と二千六百十億円にも及んでおります。そのうち三二%の地方交付税交付金が七百三十五億円ございます。差し引きまして千八百七十五億円の財源のうちから、公債の減額に千六百二十三億円を充てておられる。ほとんど大部分を公債減額に充てておられるわけでありますから、そういう点からいたしますと、補正予算を組むことにはなりましたけれども、こういう総合予算主義という考え方は何とか貫かれているというふうに見ることもできるのではないかと思うのであります。この総合予算主義という考え方は、昨年もずいぶん議論がなされましたけれども、財政硬直化打開のためにはぜひとも堅持していただかなければならないと私ども思うのでございます。したがいまして、今後は何とかこの方針を定着させるように、強くお願い申し上げたいと存じます。
 次に、食管会計について一言申し上げたいと思いますが、四十四年度の予算原案では、生産者米価、消費者米価ともに据え置きということが明らかにされております。ところが、一部新聞その他で、消費者米価はともかくとして、生産者米価の据え置きは非常にむずかしい。これから米審その他の機関で御検討があるわけでありますけれども、どうも生産者米価を若干上げざるを得ないんじゃないだろうかといったようなことが伝えられております。しかし、もしこの点で政府の考え方がくずれるようなことになりますと、いま申しました総合予算主義は後退を余儀なくされることは必至でございます。それのみならず、これはほかのもろもろの諸政策にも非常に悪い影響を及ぼすことになりますので、私といたしましては、そのようなことが絶対にないようにお願いを申し上げたいと思うのでございます。
 昨年の秋に、財政制度審議会がこの問題について報告を出しております。皆さま御存じだと思うのでございますが、財政制度審議会では食管制度の問題点を指摘いたしまして、改善策として、米については自由流通を原則とする間接統制方式に段階的に移行させるものとするが、その準備段階として、当面次のような改善措置を講ずる必要がある、こう言って、五つ六つの項目をあげておられますが、その中で最も大事なことは、米価水準を需給を反映した適正な価格とするため、生産者米価を、消費者米価から流通経費を控除した金額にまで引き下げる、こういう答申、報告をいたされておるのでございます。これはなかなかむずかしい問題でございまして、私も、国会の皆さま方がこの問題で非常に御苦心をなすっていらっしゃることはよく存じておりますけれども、国家百年の大計といったようなことから考えますと、この際、こういう財政制度審議会の答申はもっともっと重視していただく必要があるんじゃなかろうかと思うのであります。
 このようにいたしますためには、申し上げるまでもなく、農地法の改正など、総合的ないわゆる農業政策を強力に推進する必要があろうと思うのであります。政府の保有されております米は、去年十月末で五カ月分ぐらい余っているというふうに新聞で私読んだと思うのであります。ことしがかりに平年作といたしましても、この秋には、その上にさらにまた数カ月分が積み上げられるということになることは避けることができません。そのようになってまいりますと、財政の負担は重くなるばかりでございます。現在、食糧証券は一兆数千億円出ておると思うのでありますが、余分な政府保有米に見合う食糧証券は、これは長期国債と非常によく似たようなものでございまして、こういうものがだんだん累積されていくということになれば、当然その面からインフレを促進するということにもなるわけでございます。したがって、そういう余分な保有米は極力減らすような政策をぜひお考えいただきたいと思うのであります。
 次に、地方税、地方交付税交付金の問題について若干申し上げたいと思います。
 これも、昨年の秋に財政制度審議会から報告が出ております。この地方財政の問題点のところで、この報告は、今日、地方財政の公経済全体に占める比重は国の財政よりむしろ大きく、フィスカルポリシーの有効適切な運営を確保するためには、地方財政が国の財政と同一基調で運用されるような方策を確立する必要がある。また、最近の地方財政は、国の財政に比して相対的にゆとりのある状況になっており、国及び地方を通ずる公経済全体の健全かつ適切な運営を確保するためには、国と地方との財政上の適正な均衡をはかる必要がある、こういう指摘をいたしておられまして、改善策としては、交付税率の修正、いまの三二%の問題であります。それから年度間の財源調整、さらに地方に対する補助金制度の合理化などをあげておられます。
 今度の政府原案ではまだはっきりいたしておりませんけれども、地方財政の伸び率は一九%ぐらいになるかもしれないといったようなことがいわれております。これでは、この財政制度審議会の報告とはたいへん異なった大きさといいますか、伸び率になるのではないかと思うのでありまして、今回は、あるいはこれに近いところまでいくことを避けることができないのかもしれませんけれども、四十五年度以降の予算においては、ぜひいまの財政制度審議会の報告の線に沿うように改善するようお願いを申し上げたいと存じます。
 次に、国債政策についてでございますが、四十二年度、四十三年度、いずれも当初予算より減額をされておられます。さらに四十四年度につきましては、四十三年度当初予算の六千四百億円に対して四千九百億円というところまで押えておられます。この点は、私どもといたしましてもまことにけっこうだと存ずるのでございます。国債を四十年の暮れに本格的なものとして初めて戦後出しましたとき、新聞その他の論調は、一斉に、国債はいまの政治の諸条件の中ではとどまるところを知らなくなるだろう――当時、歯どめ論議といったようなこともございました。そのように国債が野方図に拡大していきますと、当然財政インフレが起こります。そういう点が非常にきびしくつかれていたのでありますが、現実はどうかというと、決してそのようにはなっておりません。四十年の暮れから四十一年にかけてかなり巨額な国債が出ましたことによりまして、あの四十年の、戦後としては最も深刻だったいわゆるデフレ不況をみごとに脱出いたしまして、それから今日に至るまで岩戸景気に匹敵する、あるいは岩戸景気をしのぐような好況が持続しておるのでありますから、あの当時国債を出したということはまさに正しかった。また、こういった高原景気を続けているその間、発行額は、さっき申しましたように、決して一部の心配のように野方図には出ませんで、毎年減額につとめてこられました。一般会計の国債依存度も一五、六%からだんだん下がってまいりまして、四十三年度当初予算で見ますと、これが一〇・九、これが今度千六百億円も減りましたから、この比率はうんと下がっておるのであります。四十四年度は四千九百億円、この依存率は七・二%であります。財政制度審議会が希望いたしております五%にだんだん近づきつつあるわけであります。これは先進諸国も大体似たようなものでございますから、いいところへ来ているわけであります。したがいまして、いままでのところ国債政策の運営はきわめて適切だったと申しても言い過ぎではないと私は存じます。
 しかし、四十四年、この年は好況四年目に当たるわけでございます。それだけに、かねてわれわれが心配しておりました消費者物価の上昇がだんだん強くなりそうな気配が見えだしております。四十一年、四十二年、この二年度は、いずれも消費者物価の上昇率は四%台と、比較的穏健であったのでありますけれども、景気好況三年目であります四十三年度は、どうやら年度を通じて五・四%くらいの上昇率になるだろうと思われるのでありますが、四十四年度政府原案では大体五%くらいにとどめるのだというふうになっておりますけれども、はたしてそのとおりになるであろうか。さっき私申し上げましたように、名目成長率が一四・四%よりも高まるという公算がかなり大きいのであります。そういうことだけが原因ではありませんけれども、いろいろな、私ども存じております事情を総合的に集めて判断いたしますと、どうも四十四年度は、政府が考えておられる程度の上昇率に消費者物価を押えることは非常にむずかしいんじゃないかという感じがいたしております。そのように、もし消費者物価の上昇が去年よりも一段と高まるようでございましたら、四十四年度も年度の途中で国債の発行をさらに減額するということをぜひ考えていただきたいと思うのであります。そうするためにも、先ほど申し上げました米価の据え置きは必ず実行をお願いしなければならないと思いますし、さきに申し上げました総合農政についてもぜひ推進をお願いいたしたいと存ずるのでございます。
 次に、経済社会発展計画との関係について申し上げます。
 私は、経済審議会に関係いたしておりまして、経済社会発展計画の作成の責任者の一人になっております。そういう立場がございますので、この計画と現実の経済との関係につきましていろいろ考えさせられる面を持っておるのでございます。
 最近、新聞その他、あるいは評論界におきまして、現実の経済が、経済社会発展計画で描いた路線から非常に大きく乖離している。たとえば、成長率一つとりましても、経済社会発展計画では五カ年間の平均成長率、実質成長率を八・二というふうに見ておりました。最初の三年間は九%ぐらい、あとだんだん落ちていくといったような見方をしていたのに対して、現実はどうなっているかと申しますと、四十一年度は十二・四%の実質成長をいたしました。四十二年度は一三・三%、四十三年度も一二%を若干こえることになるでありましょう。このように、計画の想定いたしました経済成長、GNPの伸び率と現実とは非常に大きく乖離いたしております。そこで一部の評論家と申しますか学者の方々は、われわれ計画をつくった連中は日本経済の成長力を非常に過小評価しておる、こういうふうにおっしゃっておられるのであります。しかし、私はこういう考え方は四十三年度、去年の経済動向が非常な好運に恵まれたという点、これは先ほどもちょっと触れましたけれども、特にアメリカがジョンソンの正月の声明のような運営にはなりませんで、経済規模の拡大の速度が落ちるどころか、逆に非常に高まって過熱状態にまで進んだ。輸入だけとりましても、その前の年はわずかに二、三%であったアメリカの輸入が二二%も伸びた、こういったような好運に恵まれたという点、それから、われわれがこの計画で考えましたのに比べて賃金と物価が非常に大きく乖離しているという点、それからさらに社会資本、公共投資、これが非常に立ちおくれているという点、これらの点を論者は軽視している、このように私は考えます。あの計画は、皆さまも御存じのように、均衡のとれた成長を目標といたしております。経済その他諸制度の効率化を推進することによって国民生活の質的向上を実現しようというのがあの計画のねらいであったのであります。ところが、現実には、いま私申しましたようなことから、住宅、鉄道、道路、公害等、生活環境整備はたいへんおくれていて国民の非常な不満を醸成しているのでございます。四十四年度の予算におきましては、この点についてだいぶ御配慮があるようにうかがえるのでございます。しかし、これが十分だとは言えないように思います。私ども計画に関与いたしました者といたしましては、財政の効率化をもっと強力に進めて、ほかの支出を切って、むしろこういった、いま問題になっていたような点をふやす余地がこの予算の中にまだかなり残っているという感じがいたすのでございます。この計画では産業、金融、土地、労働、行政、財政、これらのすべてをより効率的にすることによって高い成長を実現し、しかも、国際収支は黒字を維持し、物価の上昇率はわずかなものにし、国民生活は豊かにしよう、まあたいへん欲ばった考え方ではございますけれども、とにかくそういうビジョンを描いていたのでありまして、それに関連した幾つかの提言をいたしたのでございますが、遺憾ながら現実はわれわれの期待どおりに行っておるとは思いません。そこで数字上の補正はある程度やらざるを得ないと思います。すでに現実の経済がこれだけ乖離してきておりますから、ある程度数字補正は必要と思いますし、これからこの検討を進めることになっておりますが、この計画の考え方自身を修正する必要は全くないと思います。むしろ私どもといたしましては、政策当局に対してわれわれが提唱いたしました効率化努力をこそお願い申し上げたいと思うのであります。
 最後に、民間設備投資の問題について言い残しましたので触れたいと存じます。
 この計画から乖離いたしましたものを先ほどいろいろ並べましたが、民間設備投資も計画の想定路線からかなり大きく乖離いたしております。この計画では、民間設備投資は年々、平均でございますが、五カ年間の平均で一〇%強伸びるという想定をしたのでありますが、四十二年度にはこれが三二%も伸びております。それから四十三年度、これはこの三月まで待たなければわかりませんけれども、二〇%を若干こえると思われます。さらに四十四年度の政府見通しとしては、これが一六・三%になっております。これはいま申し上げた計画の想定した線から見ればはるかに高い水準に上がっているのであります。こういったことはすでに三十四年から六年にかけて一度起こっております。この当時はこの程度のものでありませんで、年々、前の年に比べて、三割、四割、三割というふうに伸びてしまった。そのことが結局三十七年から四十年にかけて途中ちょっといいときがありましたけれども、ほぼ一貫していわゆるデフレ不況、デフレギャップといったようなものを生み出した原因になっていたんだとわれわれは考えているのでありますが、その結果が四十年の前半には、未曽有といってもいい、戦後初めてといってもいいような不況が現出いたしております。そういうことを思い出すのでありますが、それにちょっと似たところがございます。しかし、三十四年から六年にかけてのころと現在とでは、日本の経済力に格段の違いがありますし、企業の力にもたいへんな違いがありますから、この伸び率が非常に大きく乖離したということについてそれほど神経質になる必要はない。あるいは計画が一〇%と見たことは、若干これは過小評価だという点があろうかとも思います。しかし、それにいたしましても、この三年間の伸び方はどうも伸び過ぎではないか、私はそのように考えます。そういったことが昨今いろいろ問題になっております景気のかげりといわれるような、業種によって若干需給のバランスがくずれてきて、在庫がふえてきた、こういった現象の原因になっているんじゃないかという感じがいたします。そこで、これは悪い場合の想定でありますけれども、ひょっとすると、三十七年から四十年にかけてのほどのことではないにしても、今後だんだん景気の上昇速度が鈍化していって、デフレ不況というところまではいかないにしても、業種によってはそういう面が出てくるおそれがないとはいえないと思います。
 私どもは、大蔵大臣福田さんがよくおっしゃられるように、富士のすそ野からずっと山へ登っていくような谷間のない高原景気を実現したいとかねがね念願しているのでありますが、それにはどうしてもこういった民間設備投資の行き過ぎは適当に調整していかなければならない。これはもうかねがね各方面で指摘されてきた問題でありますが、私ども自身もこの経済社会発展計画の中で強く主張したところでございます。ところで、こういう民間設備投資の調整は、これは財政よりも、どちらかといえば金融の役割りになろうかと思うのであります。そこで、実は去年すでに金融がこれをやろうといたしまして、一月早々に公定歩合の引き上げをやり、その後かなりな引き締め政策に転換したのは御承知のとおりであります。ところが、これが実はほとんどきかなかったという感じがいたすのでございます。なぜこういった一連の金融引き締め政策がきかなくなったのか、昔はずいぶんきいたのに、なぜ去年はきかなかったんだろうか。それはいろいろ原因がございます。まず、日銀のこういう引き締め政策の及ぶ金融機関の範囲が限られているという点でございます。都銀と地銀の一部、それ以外には手が届かないという問題。それから第二は、企業それ自身に非常な力が出てきて、いわゆる企業の手元流動性が非常に高くなっていたということ。したがって、引き締め政策をとったからといって、すぐ企業がそのビヘービアを変えるといったようなことは起こらなかった。それから、さっきもちょっと申しましたような豊作の結果として食管会計が非常に大きな散布超過をいたしました。去年の財政の対民間散超は四千億近くにもなっているのでありますが、そういうことが起こりました結果として金融は締まらなかった。また輸出が非常に伸びたということも金融をゆるめる原因の一つになっておりますし、株式投資などを中心といたします外資が非常に大きく流入してきた。したがって、長期資本収支がわれわれの予想を大きくくつがえして非常に後退した。こういったような幾つかの事情があって引き締め政策がきかなかったと思うのであります。
 これからさき引き締め政策が実行されることがまたあるでありましょうが、いま申し上げたような偶然といいますか、たまたま起こったといった事情がまた起こるというふうに考えることは考え過ぎでございますけれども、しかし、だんだん日本が先進国に近づいていくに従って、日本的な引き締め政策がきかなくなるのは当然でございます。そうなればどうしても先進国がやっているような引き締めのやり方を日本もせざるを得なくなる。それはどういうことかといえば、一口で言えば、金利機能にその役割りを果たさせるということであります。日本は戦後一貫して金利機能を殺してきている、こう申しても言い過ぎではないと思います。戦後日本は強力に低金利政策を堅持してまいりました。そのこと自身は非常に高く評価されていいと思います。今日、日本の企業がこれだけの国際競争力をつちかうことができた一つの大きな原因はここにあるといってもいいと思うのでありますが、しかし、こういう無理な低金利政策は、日本経済がここまで大きくなり、日本経済が全面的に国際化されていく、金融市場も、証券市場も、やがて国際的な市場の一環に組み込まれる、こういったような状況において、なおかつ戦後的な政策としての低金利政策をいつまでも続け、金利のメカニズム、金利機能を殺していく、そういうことではこれはなかなかじょうずな景気調整はできないという感じがいたします。この金利機能回復は金利自由化と普通呼ばれていることでありますが、こういう問題につきましては、すでに政府におかれましては、中期経済計画以来おりに触れて強く主張しておられるところでございます。しかし、現実はまことに遅々としてその方向へはあまり近づいておりません。確かに一挙に先進国のように金利を自由化するということは、これは問題でございます。もしやれば、かえって混乱が起こって国民経済全体にはマイナスが生ずると思います。
 そこで、私どもはまず公社債、特に事業債の条件の弾力化から入って徐々に金利の全面的自由化に進んでいこう、このように考えて問題提起をいたしているのであります。たまたま昨日の日銀総裁の記者会見で、日銀総裁からも同じような御意見が出たようにけさの新聞で拝見いたしました。しかし、こういう事業債の条件の弾力化といったことにつきましては、抵抗が非常に多いのであります。しかし、この抵抗の前にいつまでもわれわれが立ちどまっていたのでは、先ほども申し上げたように、じょうずな景気調整はできませんし、国際化に対応することはできないと思います。どうか国会の皆さま方におかれましても、この点を十分御理解の上に、いわゆるポリシーミックス、これが効果的に作用するような運用に御協力をお願い申し上げまして、私の意見の開陳を終わらしていただきます。(拍手)
#4
○中野(四)委員長代理 次に、喜屋武公述人にお願いをいたします。
#5
○喜屋武公述人 私、ただいま御指名を賜わりました喜屋武眞榮でございます。
 知るは愛するの初めともありますので、私が沖繩からの訴えを申し上げます前に、一言自己紹介をさせていただきたいと思います。
 私は、戦後沖繩県民が熾烈な要求の中でかちとりました主席公選の初の主席として当選しました屋良主席のあとを受けまして、沖繩教職員会の会長のバトンをタッチいたしております沖繩教職員会の会長が私の本務でございます。次に、私は、沖繩県民を含めて一億国民の至上の課題であります沖繩の祖国復帰を実現させるために、沖繩県では政党、労働団体、民主団体、五十余の団体で結成いたしております沖繩県祖国復帰協議会の会長もいたしております。さらに、沖繩県教育費獲得期成会を沖繩の教育関係十二団体で結成いたしておりましたが、それが今日の時点では、復帰も胎動し、間近に迫っておるいまの時点で、教育費というその分野に限定することはいけないから発展的解消をしようじゃないか、こういうことで、去る二月十四日に沖繩における教育関係団体二十五団体で再結成し、発展的解消のもとに結成いたしました沖繩県教育振興会、この振興会の会長もいたしておるわけでございます。
  〔中野(四)委員長代理退席、塚原委員長代理着席〕
 さらに、私は、去る一月二十八日から三十一日まで京都で開催されました日米京都会議にも沖繩代表として出席させていただきました。さらに、この二月十一日に東京で持たれました第二回日米議員懇談会にも出席して、率直に沖繩の実情と沖繩県民の心を訴えてまいりました。その中で一貫して痛感いたしましたことは、いかに沖繩というものの実情が本土の方々にも、そしてアメリカの代表の方々にも十分に知られておらないかということが浮き彫りにされたのであります。その中から、復帰は緊急の日米間の問題として実現を急がねばならない、それまでは沖繩県民の人権と人命の問題を最優先して対策を講じねばならないという声々が集約されたのでございます。そのあとを受けまして、本日予算委員会として直接現地沖繩から私を公述人として招いてくださいましたことはたいへん――まあ沖繩としては初めてのことでございますだけに、非常にその責任の重さを私は痛感いたしておる次第であります。その使命の重さを痛感しながらも、本日これから、これまでの経験を踏まえて、率直に、日本国民の一人として沖繩の証言をいたしたいと思いますので、どうか、その結果が大きく沖繩問題を前進させてくださいますよう心からお願いを申し上げる次第でございます。
 そこで、私は、まず訴える前に皆さまに明らかにしておきたいことは、私が皆さんに訴える姿勢についてであります。
 よく援助とかいうことが沖繩ではいままでいわれてきたのでありますが、私はすべて当然の権利として――沖繩県民の一人として、またその組織の代表者として、当然の権利として、援助ではなく、協力ではなく、お願いではなく、こういう立場ではなく、当然、日本政府は他県の県民同様に沖繩県にも平等に、差別なく、憲法に基づいて補助し、交付すべきである、こういう気持ちでこれから訴える次第でございます。
 それで、私は、この前京都会談あるいは東京の懇談でも話しましたが、アメリカと沖繩との関係は、アメリカは裁判でいえば被告の立場であり、沖繩は、われわれは原告の立場であります。また貸借関係で申しますならば、アメリカは借り主の立場であり、沖繩は貸し主の立場である。沖繩問題に関する限り私たちは主人公でありますと、こういうことをはっきり申し上げて訴えたのでございます。
 沖繩問題は、四分の一世紀近くも、全く沖繩県民にかかわりなく、われわれの意思に反して一方的に行なわれてきておることにがまんがならない。この差別を、私は憤りを込めてこれから訴えたいと思います。
 激動する国際情勢の中で、沖繩問題が大きくクローズアップしてきました。ことしは何としても沖繩の年たらしめ、沖繩返還に決着をつけさせねばならないと、現地沖繩県民は張り切っております。
 このたび、国会の予算委員会へ現地沖繩から公述人として初めて私が招請を受けましたことは、いままでにかつてなかったことであるだけに、感謝申し上げるとともに、責任の重さを感じております。願わくは、今回の私の訴えが大きな成果を生み、沖繩問題解決への前進となりますよう、心から期待するものであります。
 しかしながら、二十四年にわたる異民族支配の中での矛盾の数々を申し述べることは、限られたわずかの時間ではとうてい不可能でありますので、はしょって次の訴えを行ないます。
 まず初めに、沖繩の統治は世界にも類例のないたった一つの統治であるということであります。地球上には、民族自決の精神にのっとって独立国家を形成している国が百二十余もありますが、その中で、他国に軍事基地を提供している国が幾多あることも知っております。しかしながら、人民まで売っている国家があることを知りません。
 沖繩は、アメリカが軍事的植民地支配のもとに軍事優先政策を遂行するために、土地、人民を含めて排他的に自由に使用しているばかりでなく、そこに生存している人民の生命も、財産も、人権も無視して、統治をほしいままにしているところは、地球上でわが国の沖繩県民だけであることを思うとき、もうがまんなりません。アメリカ側がこのような異常な統治を四分の一世紀も続けてきていることは、もはやいかなる理由をもってしても断じて許されてはならないし、また、このような不当な支配を許している日本政府も当然同犯者として責めねばなりません。何となれば、沖繩県民が現在のような立場に置かれるまでの過程において、いささかも沖繩県民の意思は反映していないばかりか、われわれの意思は踏みにじられてきているからであります。住民福祉を第一義とする百万県民の願いが無視され、軍事優先政策を遂行するために県民不在の政治が行なわれてすでに四分の一世紀に及んでいます。その間、実質的には任命主席の名のもとに政治が行なわれた中で、二十三年目にして主席公選の実現を見、屋良主席を誕生させたことは、沖繩百万県民の心、すなわち即時無条件全面返還を心から望んでいる県民の心のあらわれであります。このことは自治への一歩前進ではありますが、しかし、いまだに大統領行政命令、布告、布令、指令、書簡による政治が行なわれ、軍人たる高等弁務官はオールマイティーであるゆえ、通常の意味における自治はまだ沖繩にはありません。およそ人民の自由の意思によらない政治のもとに真の民主主義政治はあり得ず、したがって、真の繁栄と県民の幸福をもたらす政治があり得るはずがありません。
 二番目に申し上げたいことは、一切の差別は人間の不幸につながるということであります。平和に生きたい、しあわせに暮らしたいとの願いは、人類が共通に希求してやまない至上の願いであります。しかし、人間の不幸の最たることは、人間として差別され、貧困によって差別され、法のもとに差別されることであります。沖繩百万県民は、戦後二十余年この三つの差別の中で生きてきた不幸と悲劇の主人公といわねばなりません。「私には夢がある、いつの日か、あのジョージア州の丘の上で、かつての奴隷のむすことかつての奴隷の所有者のむすこが同じテーブルにすわれる日の来ることを……。」このことばは、いまはなき米国の黒人指導者故キング牧師が一九六三年八月、公民権法成立を目ざして、かのリンカーン像の前に集結した二十余万人の黒人たちを前にして絶叫した有名な演説の一節であります。あの二十七度線を断ち切り、渡航の自由が保障され、そして沖繩百万県民が米国の軍事優先政策の桎梏から解放され、祖国に帰れる日はいつのことでありましょうか。祖国なきジプシーはあわれなる民であるというが、祖国の憲法にも守られず、自分の国の国家権力によっても保護されない人間の無力さとみじめさを味わい尽くしている沖繩同胞の心情を人ごとと思わず、どうか小指の痛みは全身の痛みと感じ取ってください。差別こそは人間最大の不幸であるといわねばなりません。沖繩の政治は県民福祉を第一義とする政治でなくてはなりません。県民は心からそれを望んで、今度屋良主席を誕生させました。そして県民福祉はあくまでも日本国民としての福祉であり、本土各県の人々と全く差別のない福祉でなければなりません。
 三番目に申し上げたいことは、不可能と困難を混同してはならないということであります。沖繩の現状は異常であり、正常ではありません。全く矛盾に満ち満ちた島であります。異常を前提とするなら不可能という考え方は当たらないでありましょう。だが、沖繩問題は何一つとらえても解決するのに安易なものでなく、困難であることは十分承知いたしております。しかし困難であるということは、理解を持ち関心を寄せ、解決してやろうという愛情と努力さえ傾注する親心さえあれば、必ず解決できるものと私は確信しております。そして人間として国民としての差別のない平等観、同胞愛、すなわち乏しきを憂えるのではなく、ひとしからぬことを憂えるという一蓮托生の運命共同体を誓い合う親心と兄弟心があれば必ず解決できるものと確信しておりますが、皆さまはいかがお考えでありましょうか。
 実はこの席に臨んでも感じましたことは、私はおととい晩、徹夜をさせて、本日の公述人としての場に間に合わせるために、戦後この方沖繩で行なわれた外人犯罪の統計資料、そして災害補償の統計資料を具体的に数字的に徹夜をさせて印刷させて携えて持ってきております。ところが、この席でいまだそういう前例がないので配るわけにはいかないからという係からのおことばを聞きましてまことに奇異に感じております。また旅費の問題、これは金の問題ではないと思います。私は率直に申し上げたい。沖繩現地ではナンセンスだと言っている、そんなばかなことがあるか。こういうことの中に沖繩に対する差別が含まれている。私は押えがたいふんまんをかみしめているわけでありますが、しかし、この場で明らかに沖繩の心を訴えるというわけでございますが、高度の政治的配慮、親心さえあれば、法がどうあろうが、事務的段階で沖繩問題を処理していこうとするところにその差別と矛盾がいつまでも果てないわけであります。
 あの沖繩に八汐荘というすばらしい建物ができていますが、政治家はあれを八汐荘方式と命名しています。法がどうあろうが、施政権がアメリカにあろうが、これはそれを越えるものである、こういうことで現屋良主席が訴えて訴えて、とうとう高度の政治的配慮であの八汐荘ができているこの事実では、何よりの真実ではありませんか。やろうという意思さえあれば、そういう事務段階でどうだこうだという前に、やる意思があるのかないのかということが私が追及したいそのことであります。
 次に申し上げたいことは、沖繩の現状についてであります。沖繩の現状は、一口で申せば異常という一語に尽きます。しかも二十四年も積み重ねられてきた矛盾のかたまりであります。その矛盾のかたまりは異常性と貧困性に分析できます。その異常性を分析すると、さらに三つの異常性を包含しています。すなわちその一つは、沖繩県民の意思に反して対日平和条約第三条によって沖繩が支配されているということであり、その二つは、沖繩県民の意思に反して巨大な基地が現存しているということであり、その三つは、基地の中の沖繩といわれている巨大な基地は、米国が排他的に自由に使用できるばかりでなく、ベトナムの戦場に直結しているということであります。その中から起こるもろもろの生命、財産、人権の問題は、はかり知れないものがあります。
 次に貧困性は、主権在民の民主政治でなく、軍事基地優先政策を遂行するための諸制度から来る政治の貧困と、祖国から分断され、国家的形態と府県的形態の両面から来る財政の貧困であります。そして、財政の貧困は政治の貧困に、さらに三つの異常にからみ、連鎖反応的に作用して、いつ、どこで何事が勃発するか予測を許さないという、精神的不安感と生命の危機感におおわれた二十四年の明け暮れであるということであります。
 しかるに、祖国日本は、いまや明治百年を謳歌し、経済的にも、文化的にも向上の一途をたどり、いまや世界三位を誇るまでに国力が復興してきたというが、それは沖繩の犠牲と差別の上に、今日の祖国日本の成長があることを私たちは見詰めております。
 そこで、このような不安と危機感から一日も早く脱却し、正常な人間として生きていくためには、何としても祖国復帰を実現し、生命、財産、人権を守る運動がなければならないとの民意が急速に高まってきたのであります。それが沖繩における復帰運動であります。
 沖繩における復帰運動とその目標について述べます。
 沖繩における復帰運動の目標は、基本目標と当面の目標に分けられます。当面の目標は、復帰路線の布石とも言っております。
 まず、基本目標は次の三つであります。一つ、民族の独立と主権回復の運動。二つ、反戦平和の運動。三つ、人権要求の運動であります。以上の三つを集約して、即時無条件全面返還として、その実現を期しています。この当然の要求に対し、おそらく否定し得る者はいないでありましょう。もし否定する者がいるとすれば、それは沖繩県民に対し醜い差別意識を持っている者であるといわねばなりません。
 次に、復帰路線の布石として、一つ、自治権の拡大。この中に、知事公選、小選挙区制の撤廃、布告、布令の撤廃、米軍人軍属に対する裁判権及び捜査権の民移管、立法権の制約撤廃と権限拡大、大統領行政命令の改廃。
 二番目に、基本的人権の保障と諸権利の要求であります。その中に、国政参加の実現、渡航制限の撤廃、船舶に対する国旗の掲揚、言論の自由を規制する布令の撤廃、思想、信条の自由確保、民主的国内法規の適用、憲法改悪の反対。
 三番目に、差別的植民地支配の撤廃であります。その中に、国県有地、琉銀、公社の民移管、ドル通貨の撤廃と日本円の使用、属地主義税法と社会保障制度の確立、県並み財政の措置、沖繩県産糖の保護。
 以上の目標を実現するために、沖繩県祖国復帰協議会は、今日まで政党はじめ労働団体、民主団体を結集し、五十余の団体で結成し、即時全面返還を掲げて運動を進めてきました。
 およそ歴史の必然は、正しい者は必ず勝利し、正しからざる者は必ず敗退するものであることを教えております。しかし、厳粛なる歴史の審判を手をこまねいて待つのではなく、その時間と距離を短縮していくのが大衆運動であり、それは統一と団結ある組織こそ、偉大なる運動を展開し得るものと確信いたしております。私たちたちは、二十四年にわたる不当と不法の異民族支配の中から、それを身をもって体得することができました。
 六番目に申し上げたいことは、祖国は三たび沖繩百万県民を犠牲にしておるということであります。
 過ぐる沖繩戦では、十九万二千の同胞を失ったばかりでなく、一切の財産を灰じんに帰し、命からがら生き延びた県民は、屈辱的差別と犠牲の中で不幸な生活を続けて今日に至っています。戦争による祖国防衛のたてはもうごめんだという心情が、県民の偽らざる心であります。
 しかしながら、昭和二十七年には再び祖国同胞の敗戦の十字架を背負わされることになりました。それは、沖繩県民の意思を全く無視して、一方的に米国統治にゆだねて、わが国は主権を回復したということであります。もう祖国の犠牲はこれ以上がまんならないとして、断食請願までして直訴したにもかかわらず、過ぐる日米会談の結果は、三たび沖繩県民が祖国の犠牲にさらされたということは、断じて許されないことであります。すなわち、沖繩の基地の重要性は強調され、アジアの平和と日本の安全に大きな役割りを果たしているということは口々に強調されながら、ここに百万の命ある日本国民がおり、その生命、財産、人権についてはどのように守り、保障するかということについては、一言も触れられていないということであります。すなわち、基地あることを知って人間がいることを忘れていることに対し、一体沖繩県民の生命、人権を何と思っているのかと開き直りたいのであります。アジアの平和も日本の安全も、当然沖繩県民を含めた平和であり、安全でなければならないはずであります。
 はたせるかな、日米会談後B52は駐留し、基地公害や外人犯罪は激増する状態であり、最近におけるB52爆発事件や原潜寄港によるコバルト六〇の海水汚染問題は、いまや県民に生命の不安感と危機感をさえ与え、さらに基地公害も大きく広がりつつあります。
 そこで、いまや島ぐるみの闘争に広がり、B52撤去、原潜寄港阻止、核基地撤去のスローガンを掲げ、生命を守る県民共闘会議が結成され、去る二月四日に向けて、命を守るという一点に結集して、島ぐるみ、全県民を含めたゼネスト態勢が組まれていたのであります。しかし、一応ゼネストは回避することになったとはいえ、まさに生存権さえ侵害されつつある沖繩の現状で、世界人権宣言の自由と平等の理念と、国際人権規約第一条の民族自決の原理に基づいて、沖繩百万県民が要求することは当然のことではないでしょうか。
 沖繩百万県民の人権問題の究極的な解決は、一日も早く母国の憲法のもとに帰り、みずからの法の支配を回復することにあり、それはすみやかな本土復帰をおいてはないと考えます。私は、沖繩百万県民の心を率直に訴えます。どうか一日もすみやかに沖繩県民を公平にして平等、名実ともに日本国民の権利と義務を負う国民にしていただき、わが国の真の独立と平和と世界の恒久平和の確立に協力できますよう、皆さんの御協力を心からお願い申し上げるとともに、百聞は一見にしかずで、現地沖繩にまだ一度もおいでにならない方方は、ぜひおいでいただいて沖繩の実態を調査していただき、また、県民と直接対話を深めてくださる中から沖繩県民の心を探り当ててくださいますよう希望を申し上げまして、一応の訴えを終わります。
 さらに、私がいまこの中で申し上げました一例を掛け図とグラフにして持ってきておりますので、ごく一部、事実は何よりの真実でございますので、それを表によって紹介をいたし、そして琉球政府といたしましても、先日参議院の沖繩調査団が見えましたときに、集約された、具体的な日本政府に対する要請事項がございますので、一冊のプリントにまとまっておりますが、これは全部読み上げるわけにまいりませんので、項目だけ読み上げたいと思います。そして私が訴えましたその内容と結び合わして受けとめていただいて、ぜひぜひ、ひとつ解決していただくようお願いを申し上げる次第でございます。
 まず、基本的事項として、第一が、「祖国復帰に関する即時無条件全面返還について」という、政府の基本事項の第一でございます。第二が、「本土並み国政参加の実現について」でございます。第三が、「B52戦略爆撃機の即時撤去について」であります。第四が、「原子力潜水艦寄港の即時取り止めならびに海水汚染解消について」でございます。第五が、「核基地の撤去について」であります。第六が、「総合労働布令の撤廃について」でございます。第七が、「基地公害の対策費国庫負担法の早期制定ならびに基地周辺の環境整備について」であります。
 次に、重要事項といたしまして、第一に、「沖繩開発庁の設置について」、第二に、「沖繩の財政の現状と要望」。非常に落ち込んでおります。一千四百万ドルの落ち込みがございます。それにはいろいろ要因がございますが、その解決をともにやっていただきたいということでございます。第三に、「沖繩の法曹資格者」――法曹界の弁護士でございます。「法曹資格者に本土の資格を与えることについて」の措置をとってもらいたいということ。第四に、「国家事務機関の充実強化について」であります。第五に、「本土・沖繩間における司法共助制度の確立について」であります。第六に、「刑事裁判権の拡大について」でございます。第七に、「出入管理行政について」であります。第八に、「土地調査について」であります。第九に、「国土基本図整備について」であります。十番に、「農林漁業金融の強化について」。十一番に、「農業基盤整備事業の援助増額について」。十二番、「本土産米の供与について」であります。十三番に、「産業公害対策について」であります。十四番に、「産業開発基盤施設の整備拡充に対する援助資金を増大してもらいたい」ということでございます。十五、「住宅対策に対する援助資金を配慮してもらいたい」でございます。十六に、「都市問題の抜本的解決について」であります。十七、「琉球水道公社を琉球政府への移管について」。十八、「水資源開発に対する援助について」であります。十九、「沖繩にある各種社会保険制度(特に長期給付)の本土の社会保険制度への加入について」であります。二十、「生活保護制度の改善について」。二十一、「公務員医師の派遣について」。二十二、「教育関係の要請について」は、「(1)学校施設の格差是正三カ年計画に沿った援助について」、「(2)公立学校職員共済組合の共済制度について」、「(3)沖繩の教職員の資質の向上と教育研修センターの拡充整備の強化について」、「(4(国費学生の継続採用について」、「(5)私立学校に対する財政および技術援助について」、「(6)水産高校の代替船建造について」、「(7)風しんによる難聴児の教育に対する技術援助について」であります。
 それから、警察関係要請事項といたしまして、「(1)警察庁舎の整備について」、「(2)警察官待機宿舎の設置について」、「(3)警察車両等の整備強化について」、「(4)警察通信施設の改善について」、「(5)警察職員の教養強化について」、「(6)捜査体制の改善強化について」。
 次に、戦後処理事項について。「(1)政府道潰地ならびに市町村道戦車壕等潰地に対する補償費を援助してもらいたい」ということ。「(2)国県有地移譲および移管について」、「(3)宮古飛行場用地の旧地主への返還について」。以上が、戦後処理事項であります。
 これが琉球政府として集約された、日本政府にぜひ全面的に御協力をお願いしたいということでございます。
 それでは最後に……。
  〔喜屋武公述人、図表を示す〕
 この表は、一九六九年度琉球政府予算総額に占める日米両政府援助と国家事務経費の割合を示しております。御承知のとおり、本土と沖繩と予算年度が違っておりまして、沖繩は七月から始まって六月に終わり、本土は四月から始まって三月に終わる。この食い違いの中からも、非常にいろいろの問題で複雑性を帯びておりますが、そのように御理解を願いたいと思います。この現年度予算が一億四千五百六十二万九千ドルに対して、日本政府の援助額は、パーセントで二一・九%、三千百九十七万四千ドルでございます。それから米国政府援助が、パーセントで八・三%で、一千二百二十二万三千ドル。合わせて約三〇%。七〇%近く、六九・八%が県民負担でございます。これが復帰すれば、逆転するどころか、逆転してプラスアルファになることは間違いないはずであります。しかも、その六九・八%の中に、二六・七%国家事務経費を含んでおるということに注目していただきたいと思います。当然国が負担すべき費用を、二六・七%も負担させられておるということでございます。
 次に、日米援助とその他の比較でございます。さきの図表を棒グラフにしますと、この黒が国家事務経費で三千八百九十万ドル、日本政府援助が三千一百九十七万ドル、現在の政府沖繩援助額よりも国家経費として沖繩県民が負担しておる額が多いということであります。それが、復帰すれば他県並みの国庫支出だという前提において九千四百万ドル、これになるわけであります。さらに、この黒がこれでありますから一億三千二百九十万ドル、こういうことに、いままではお願いします、陳情、協力、ギブミーでお願いしておることが、当然の権利としてこれに変わるわけでございます。アメリカ援助が千二百二十二万ドルでございます。
 次に、アメリカの収奪と援助と弁務官資金の比較でありますが、アメリカ援助が千二百二十二万ドルでありますが、この黒が二千七百五十四万ドル、ギブ・アンド・テーク、こういうわけでありますが、この黒い中に、項目的に申し上げますと、たとえば水道公社から吸い上げた利潤、電力公社から吸い上げた利潤、開発金融公社から吸い上げた利潤、それから国県有地賃貸料から吸い上げた利潤、あるいは油脂税、そういったものを含めたものでございます。この中からここに三十万ドルという弁務官資金、いわゆるポケットマネーともいわれておりますが、これがいろいろの形で利益誘導に――あるいは選挙前になりますると、これが非常に巧妙に利用されておる。去年までは二十万ドルでありましたが、ことしは重大な年であるということで三十万ドルになっておったわけでございます。
 次に、植民地的差別税制による税収入の比較、一九六九年度であります。外人所得税は布令一一四号によるわけでありますが、属地主義によって納めるならば六百八十八万ドル、これだけ納めるべきでありますが、属人主義をとっておりますために二百二十一万ドルしか納めておりません。また、外人自動車税に例をとりますならば、布令一二六号によって行なわれておりますが、これも属地主義によりますならば百十五万ドル納めるべきものでありますが、属人主義をとりまして十二万ドルしか納めておりません。このような状態であります。そして、属地主義によって納めてくれるならば沖繩の予算がもっとふくれて、もっと沖繩の復興に実ってくるわけであります。もし復興に使わないとするならば、沖繩県民の負担能力を減ずる、いわゆる減税が可能であるわけであります。
 次に、税負担額表。本土、沖繩、外人の比較であります。さきのつながりがございますので、属地主義と属人主義の最も具体的な例でありますが、同じ自動車を――私も日本製の自動車を持っておりますが、同じ自動車を外人が使用すると、年間六ドル六十七セントの税を納めます。沖繩人が持ちますと、年間七十ドルの税金を納めなければなりません。すなわち、十分の一以下しか外人は納めない。われわれは十倍以上の税金を納めております。こういう差別でございます。
 次に、給与所得税。これは五人家族の標準世帯の基準であります。いろいろ各自二百ドル二百五十ドル、三百ドル、三百五十ドル、四百ドル、それから六百ドルと、こういう額による差でありますが、二百ドル――七万二千円でございますね、給料を取る場合に、外人は一文も税金は納めません。沖繩が二ドル七十五セント、本土が五十一セントですから、まさに五倍以上の税負担であります。このように、この黒がすべて沖繩の負担でございます。そして、これが本土でございます。ようやく三百ドル収入になって、初めて外人は五ドル税金を納めるわけであります。沖繩が二十九・五三、約三十ドルですね。本土が十一・二四ドル、こういうことでございます。
 次に、国民所得の本土と沖繩の比較年度別推移でございます。これは一九六八年度と六九年度は推定になっておりますが、この低い黒が沖繩でございます。六六年度から七年、八年、九年と、こうなっておりますが、本土が六百九十四ドルに対して沖繩が四百二十四ドル、このように国民所得が比較にならないわけであります。だから、復帰すれば、沖繩の私たちはこれに近づくということは間違いがないはずであります。復帰して悪くなるということはあり得ないはずであります。
 次に、生活保護基準の本土と沖繩の比較、これは前年度との比較でございますが、いわゆる貧乏人、生活保護対象になる貧困者にとりましても、復帰することによってこの黒が、沖繩四十一ドル五十二セントに対して本土は五十ドル六十七セントと、年度別にだんだん上昇してまいってきております。六八年度が、沖繩の四十九ドル二十セントに対して本土は五十七ドル八十セント、こういうように統計は示しております。
 次に、先ほど申し上げました、水と光は文化の源泉だといわれておりますが、水道料金の本土と沖繩の比較でございます。八立方メートルを基本水量にしまして――これは東京と那覇、それから全国平均というふうに分類いたしておりますが、東京が三十三セントに対して那覇が一ドル、三倍以上でございます。湯水のようにということばもありますが、その人間の生きる限り、人類の続く限りなくてはならない水、それが日々、毎日飲む、使う水が三倍以上の水道料金を払っておるということであります。次の全国平均が六十八セントのようであります。これは十立方メートルが基本水量でございます。それに対して沖繩は、一ドル三十八セントでございます。このように違っております。水道料金が高くついておるわけでございます。
 次に、われわれが終戦以来最もがんばってまいりました――政治、経済もさることながら、まず、復帰するまで教育を筋金として守らなければ隷属化していく、こういうことを私たちは誓い合ってきたわけでありますが、この教育面における施設状況がどうなっておるか。校舎基準達成率、本土との比較でございます。小学校、中学校、高等学校でありますが、左が本土――本土の基準はここでありますが、実際はここまでできておる、いわゆる一一二・一%に本土はいっております。それに対して沖繩は、基準をここまで――この空白があります。六七・八%でございます。中学校が、本土が一〇〇・七%の基準突破に対して沖繩は五八・九%、高等学校が、本土が八八・一%に対して沖繩は五四・五%、高等学校は、まだ本土の基準には達していないようでございます。
 次に、最も注目すべき公教育費生徒一人当たり額、一人一人にどれだけ金がかけられておるかということに対する全国平均との比較でございます。幼稚園、小学校、中学校、全日制高校、定時制高校でございます。幼稚園の場合に、沖繩では三十五ドル一セント、本土では八十一ドル九十七セント、このように差がございます。小学校で、沖繩が六十九ドル九十三セント、本土が百三十七ドル一セント、中学校が、沖繩が八十一ドル十六セントに対して本土が百四十一ドル二十三セント、全日制が、沖繩が百三十五ドル五十五セントに対して本土が百八十一ドル五十九セント、定時制が、沖繩が七十八ドル九十一セントに対して本土は百六十七ドル八十四セント。どうも日円に換算すればよかったのですが、時間がありませんでしたので、ドルでがまんしていただきたいと思います。
 次に、公立学校の一学級当たり生徒数の類似県との比較、すし詰め学級、すし詰め学級と申しておりますが、沖繩の場合には、さらに詰め込んだすし詰め学級でございます。この白が沖繩でございます。沖繩が四一・六に対して本土は三五・二、六六年度は、沖繩が四〇・一に対して本土が三四・五、六七年度が沖繩が三八・五に対して本土が三三・九。このように中学校も、それから特殊学校も、すし詰めの詰め方がさらに沖繩の場合には深刻でございます。詰め込まれております。
 次に、備品の保有状況の本土との比較。小学校、中学校、高等学校で、小学校が、沖繩が二六%に対して本土は三四・二%でございます。中学校が一八・一に対して三〇・六、それから高校が二二・六に対して三五・六。この本土といいますのは、これは鹿児島県と沖繩との比較でございます。このように備品にも差があります。それからこっちの右のほうは、小学校、中学校、これが沖繩、こちらが本土平均でございます。このように差を持っております。だから、復帰すれば、これに近づくことは間違いありません。
 次に、児童、生徒の心身の健康をつちかっていく場所としての特別施設、水泳プール、屋内運動場の保有状況、小学校、中学校、高等学校。小学校が、沖繩が〇・四%、全くサンプル的に最近日政援助という名のもとに去年あたりからようやくでき上がった。この黒であります。本土は二〇・四%、中学校が、沖繩が〇・七%に対して本土が一三・七%。高等学校がゼロであります、本土が一五%、これはプールですね。次に体育館、小学校が、沖繩が〇・四%に対して本土は六四・六%、中学校が、沖繩が二%に対して本土が六四・九%。このように一目りょう然でございます。こういう差が、沖繩の教育状況から見ましてもあります。
 最後に、この地図をあえてあげましたのは、われわれは、二十余年も異民族支配のもとにしいたげられながらも、日本人ここにあり、日本国民ここにあり、この誇りを持ってがんばってきておるつもりでございます。にもかかわらず、沖繩は地図から色別されて、すでに日本ではない。そして地球上に百万人の沖繩県民、復帰すれば四十七都道府県の一県であるべき沖繩が、地図からも消されております。このことに沖繩の教育者をはじめ子供たちも非常なさびしさを、祖国に対する差別、不信、疑惑を持っております。地図の上でも、このように消されておる、色別されておるということですね。私たちは、このようなことに対して、もうがまんならないというわけであります。
 最後に申し上げたいことは、植民地支配は二十年で成功するといわれております。小学校の一年の子供が二十七歳になるまでには成功するといわれておりますが、その事例が、二十三年目にして祖国に帰った小笠原が、すでに子供たちは日本語を忘れ、国語を忘れ、そして祖国に帰ることにむしろ抵抗を感じて、アメリカを慕っておるというこの事実を思うときに、私たちは教育の重大さをますます現地沖繩において感ずると同時に、よくぞわれわれは――手の平大のあの小笠原と沖繩とは、質量ともに比較にならない。そういう中において、日本国民の教育ここにあり、こう堅持して、心身ともに健康な日本国民の育成に当たってきたその喜びと誇りを感じておる次第でございます。
 以上申し上げまして、どうかひとつ一日も早く私が訴えました抜本的には即時無条件全面返還の実現と、それに至るまでの政治的配慮からくるところのいろいろの具体的な問題が、やる意思さえあれば何の干渉なしにもできる、こういうことが過去の長い歳月の中でマンネリ化して、事務的に解決しよう、また潜在意識として何かしら沖繩に対する差別感、差別意識、こういうものを、「落ちぶれて袖に涙のかかるとき人の心の奥ぞ知らるる」という、その機微に触れるような気持ちで、私たちは、おぼれる者ワラをもつかむという、この心境も十分味わい尽くしておりますので、どうかひとつ同じ同胞として一蓮托生の運命共同体、生きるも死ぬも、餓死するならばともじゃないか、何で沖繩県民だけが取り残されて――復帰すればどうなる、経済的にどうなるという、そういう質問こそ、むしろ差別を前提にした発想である、私たちは、このように受けとめております。
 早く帰ってこい、喜びも苦しみも悲しみも犠牲もともにする、お互いじゃないか、こういう気持ちで叱吃激励してくださることこそ、ほんとうの日本人意識である。そうでない援助とか協力とか同情とかいうものは、もうへっちゃら要らない。私たちは、今時点においては、そこまで沖繩県民の怒りは燃え上がっておりますので、もうがまんならない、こういうことで私は激励をされまして、ぶちまけてこい、こう言われまして、実はたいへん失礼になったこともあったかと思いますが、私の真情を、真の日本人ならば、同胞ならば、私は、まともに受けとめてくださることを信じつつ終わりたいと思います。まことにありがとうございました。(拍手)
    ―――――――――――――
#6
○塚原委員長代理 これより公述人に対する質疑に入ります。
 質疑の通告がありますから、順次これを許します。臼井莊一君。
#7
○臼井委員 ただいま参考人の喜屋武さんから、るる沖繩の方の気持ちを代表されての、ことに復帰協の議長としてのお立場からの陳述であったと思うのですが、私どもも及ばずながら沖繩の方々の気持ちに立って、できるだけわれわれ国会、国政においても微力を尽くしておるつもりでありまするが、そこで実は時間が十分かそこらということでございますから、ございませんから、いまほとんど希望の洗いざらいを項目的にお述べになったようでございまして、これを一々いろいろこまかく御意見を伺う時間がございませんが、そこで、一番根本は、施政権がアメリカにあって日本に戻ってこない、要するに、祖国復帰といわれる施政権の返還が第一だと私は思うのです。施政権が戻ってまいりますれば、とにかくすべての問題が原則的には本土並みとなることもとよりであります。
 ただ一つの問題は基地の態様ということで、今国会においてもこれが一番野党と政府との間の質問の論争点になったわけです。
 そこでお伺いいたしますが、基本的な問題についてだけしか時間がございませんけれども、いま参考人のお話しの、即時無条件全面復帰ということが一番基本のスローガンになっておりますが、この無条件という中には、基地も取っ払って、さら地にしてということを意図されているんですかどうですか、その点をひとつお伺いしたいと思います。
#8
○喜屋武公述人 お答えいたします。
 即時無条件全面返還というものに対する基本的な考え方は、先ほども申し述べましたが、本土と差別のないいわゆる沖繩県民として、日本国憲法のもとにいますぐ直ちに返せ、返る、こういうことでございます。そこで、即時というものに対する考え方にはいろいろあるようでありますが、それには、具体的な例をもってすれば、たとえば奄美大島、小笠原の例をとってみてもはっきりいたしておりますとおり、夜が明けたら手のひらをひっくり返すがごとくに赤が白になり、黒が青になる、こういうことはナンセンスでありまして、小笠原や奄美が返るということをきめたその時点から、実際に返るまでにはもう七、八カ月の歳月を要しております。だから手のひら大の奄美大島や小笠原が返るまでにもそのような実情でありますので、実際に返るということをいまきめたとしても、その返る沖繩が質量ともに奄美大島や小笠原と違う立場でありますので、現状でありますので、そこにはどうしても幅がある、時をかさなければいけない、こういうことでございます。そういう意味に即時というものを御理解願いたいと思います。(臼井委員「それから無条件ということについて」と呼ぶ)
 無条件といいますのは、他県と差別のない、憲法のもとに一億の同胞と同じ立場に立つ、こういう立場に立っての私たちの要望でございます。
#9
○臼井委員 そうすると、日米安保条約がある以上は、少なくとも基地は――その他のいろいろ内政的な問題でも復帰の完成までには相当年月かかるということでありますから、基地についてもそれ以上のいろいろ問題はありますけれども、いずれにしても、日米安保条約に基づいて基地の存続ということについては当然了承されていると思うのですが、時間がありませんので、イエスかノーでけっこうです。
#10
○喜屋武公述人 その返る時期にもよりますと思いますが、われわれとして、沖繩の側として言い得ることは、そのどのような形で返るかという基地の態様の問題については、これは沖繩県民の責任ではなく、国の責任、国民の全体の意思によって決定すべきものだと、こう考えております。そこで、その時点になれば、その時点に立って国民がどうそれを判断するか、もちろん沖繩県民も含めてでございますが、そのように考えております。だからいま条件付帯で、核基地つきということはこれは論外でありますが、その他のことについていま条件をどうするこうする、あるいは基地の自由使用、核つき、核抜きとか、そういったことをいま条件をつけてわれわれ現地におる者の側から言うべき筋合いのものではない。われわれとしてはあるべき姿に一日も早く返してほしい、また返りたい、こういうことでございます。
#11
○臼井委員 そこで基地、いろいろ条件も、国民的な考え方に従うよりしようがないというお考えのようでありますが、なおいまいろいろ数字をたくさんあげられましたが、ここ四、五年間に本土の援助にいたしましても、わずか四年ほど前の私が総務長官になったときには、本土からはわずか二十億の援助しかない。その後現在、ことしはまあ百七十四億、財政投融資を入れると二百二十七億になるわけなんですが、したがいまして、非常にそこに福祉の面にしても、いまお話しの教育面にいたしましても、進んだものがあるということも、私はこれはお認めを願えると思うのですが、それと本土とのいろいろ差を、お話しのとおりですが、米軍の基地があるがために、失礼なことばまで――選挙中に、戦前はイモとはだしの生活だったというようなまことに失礼なことばさえ言われるような、そういう点からいって、とにかく今日では鹿児島をも抜いて非常に所得も上がってきた。もちろん戦争によって蓄積もなくなりましたし、まだまだ全体的な問題では、これは日本の本土も蓄積という点ではなかなか世界の先進国には及ばぬのでありますけれども、その点はやはりお認めになるのではないかと思うのですが、いかがでございましょうか。
#12
○喜屋武公述人 年次を追うて上昇しておることは間違いありません。しかしそれは当然なことだと思います。なお憲法に照らして、他県と比較した場合に、われわれは差があってしかるべきではない、当然憲法のもとに基本的な権利、保障は享受する権利があるんだ、こう思っております。
 さらに申し添えたいことは、そういった財政援助面からのみ沖繩の立場を理解させよう、あるいは判断されることに対しては、私は、それでは給料が二倍になったらあなたは異民族支配のもとにおってよろしいか、私は逆に質問をいたしたいと思うのであります。もしそういった経済面がどうだから、よくなったからいいんじゃないかというような、基地経済の問題等いろいろあるわけでありますが、私たちは人間としての本質的なものを、求めておるところに復帰の根本の問題があるのであります。それはよくなることは当然でありまして、なお他県と比較した場合に大きな落差があることは事実であります。だからよくなることは、これはあたりまえのことであって、なお足りないんだ、こういうわけで、たいへん失礼になったかもしれませんが……。
#13
○臼井委員 私は何も経済的でがまんしろと決して申しているのではないのです。これは自治権の拡大も、人権の回復、こういうことも、また総合布令についても不備な点は、政府もこれをひとつアメリカのほうでも考えてもらいたいという……。ただ、いまあなたが、大部分は経済的な問題についてのいろいろ表をお示しになっての不満を述べられたので、そこで経済的に考えると、基地があるがために、基地があってもさっぱり経済的にプラスにならぬ、こうは私はお思いになっておらぬと思うので、そこでかりにこの基地が全面無条件返還、こういうことになって、本土にも基地のない県がありますから、そういう県と比較して、基地もなくせというようなことになると、しかしアメリカは、これはなかなかそう簡単にいかぬでしょうけれども、そうなると何でも本土と同じにとおっしゃっても、私は経済的の面においては、これは沖繩に対してのあれが非常に少なくなるのではないか。残念ながらいわゆる基地経済といわれる現在の状況から、これが復帰後どうするかという基本的な問題。そこで私ども端的に考えると、大きな工業を、あすこへ石油コンビナートでもつくれば私はいいと思ったら、さっそくアメリカ側はガルフ、エッソあたりやるようですが、これに対しても、あなた方の立場では公害があるというので反対をされているようです。しかしそういう点になると、私は復帰されてから、経済的な面では沖繩にとっては非常にマイナスの面が出てくるのではないか。さっきちょっと触れられた、今度の予算について欠陥ができたというけれども、何も屋良さんが当選されることを見込んで、最初からそう予算を組んだわけではないので、これは自民党としては当然政権が自分のほうに来ると思って組んだ予算であります。ただ、やはりベトナム戦争が縮小するということになると、すぐこれが沖繩に響いてくる。そこでドル防衛の点もあるでしょうけれども、そこに歳入の欠陥が沖繩において響いてきたとも、これは全部ではないけれども、そう思うのです。
 そこで、私どもいつもよく聞くことばで、これは屋良さんも始終言うんですけれども、われわれに相談なくアメリカに沖繩を渡したというのであります。これはまあ形の上では実際そういうことでありますけれども、しかしこれはわれわれも何も好んで沖繩をアメリカの施政権下に渡そうと、喜んでやったわけではないんで、戦敗の結果、無条件降伏という、有無をいわせない、そういうことで、この点は北方においても、われわれが戦争をしかけたんじゃなくて、いまだに北方領土、いわゆる国後、択捉、歯舞、色丹はもう解決済みだとソ連はうそぶいておるというのが世界の現状でございます。しかし、さすがにアメリカはそんなことは言わぬ。いずれにしても返す。
 そこで一番基本的な問題について、総理がことし十一月にはアメリカに行かれてそのめどをつけるということで、皆さま方の一番御期待される復帰のそのめどがつけば、いろいろの御希望を述べられましたけれども、少なくとも本土と同じように、ただ基地の問題がそこに残ることは一番問題でありますけれども、まあしかし、いずれにしても長い間の、戦前、戦中、戦後を通じての沖繩の方々の苦労を私ども現地に何回も行って見るというと、本土に対しての実際恨みつらみといいますか、これは私どもほんとうにわかるような気持ちがするのでありまして、私どももできるだけ沖繩の方々の御意向をひとつ体して努力をするということを、いろいろとできること、できないこととございますが、そういうことを申し上げまして、時間がまいりましたから私の質問を終わります。
#14
○塚原委員長代理 中澤茂一君。
#15
○中澤委員 喜屋武さんが非常に御遠方からおいでになったもので、ほかにいろいろ専門的な、この予算委員会で論争しておる皆さんが、きょうは喜屋武さんにいろいろお伺いしたいというのですが、湊さんせっかくおいでになっているので、湊さんに一問だけ御質問申し上げます。
 四十年の例の大不況の公債発行の問題、この是非は別として、このときは当時大蔵大臣の田中君が、本腰を入れて証券買い上げによる暴落阻止を御承知のようにやったわけです。その後公債発行のとき、私は当委員会において、金融の、先ほど湊さんおっしゃったメカニズム、それには日本の公社債市場というものが全然なっていないじゃないか。これを政府は将来どう育成、誘導していくんだという論戦をここでやったことがあるのです。これからどんどんやっていくんだというだけで、その後依然として日本の公社債市場というものは育っていないわけです。これは一体どこに原因があるのか。経済の当然のメカニズムとして、公社債市場が育たないということは、非常にその中に経済全体の無理がある。その育たない理由、これは政府の誘導政策が足りないのか、あるいは皆さま業界の中に特別な御事情があって、公社債市場というものが育成されないのか。
 それと関連いたしまして、例の大蔵大臣が、あの大暴落のとき、皆さんのほうでも共同証券会社をおつくりになる。あるいは政府のてこ入れで証券保有組合、これをもちろん皆さんも半分力を入れておやりになる。その後の経過はどうなっておるか。大体新聞等で承知しておりますが、これから出る総利益金というものは、約五百億をこえることは大体確実です。これらの資金というものを公社債市場育成の何か財源的な基礎にお考えになっておるのかどうか。その二点についてお答えを願いたいと思います。
#16
○湊公述人 お答え申し上げます。
 お答えの関係から、あとのほうの問題を先きにお答えさしていただきたいと思います。まさに御指摘のように、保有組合はつい最近機能を果たしまして解散いたしました。新しく資本市場育成財団として発足をいたしました。利益は確かに、御指摘ほどではありませんけれども、保有組合だけでも相当な利益が出まして、これは当然課税の対象になりますから、税を引いた残りのものは基金として、その基金が生み出します利益といいますか、それをもって資本市場の育成を実現していこう。当然資本市場の中には公社債市場が含まれておりまして、公社債市場育成の方向に向かってこれからだんだん使われていくことになるだろう。具体的にどこにどういうふうにとはまだきめておりませんけれども、私もその財団の理事の一人といたしまして、いまいろいろその検討をしているところでございます。
  〔塚原委員長代理退席、櫻内委員長代理着席〕
 共同証券のほうは、御存じのように、まだ数百億手持ちが残っておりまして、その機能を終えるところまでまいっておりませんので、これが将来どうなりますかは、これから関係の方々に御検討いただくことになるわけでございます。
 ところで、いまの保有組合がその程度の資本市場育成のために資金を使ったといたしましても、いまの公社債市場の変則性は、多少はよくなるかもしれませんけれども、ほんの多少でございます。公社債市場が本来の市場として機能していないこの基本的な原因は、私がさっき申し上げた、日本経済に金利のメカニズムが働いていない、働かないような、そのような経済運営を戦後一貫してとり続けてきたというところにあると思うのであります。金利が完全に自由であれば、公社債の流通市場で自由な価格が形成されます。今日でも実はそういう価格が形成されているわけです。そこで形成された価格が公社債の発行条件にそのまま反映する、この両者は常に連動して動く、これが本来の公社債市場の姿なのでありますけれども、日本ではそうなっていないわけです。現に最近は、金融が非常にタイトになりました結果といたしまして、事業債について申しますと、大体年利にして一分前後市場金利のほうが発行金利よりも、応募者利回りとして高くなっているわけです。ですから、本来ならば、発行条件を思い切って悪くしていく、逆に言えば、金利を思い切って高くして、一分くらい高い金利で社債を発行しなければ、市場原理からすれば売れないはずなのであります。それを低金利政策を一貫してとり続けている関係から、主として証券会社がそのしわ寄せを受けて、それで非常に無理な消化をしている。これは金融機関も一部犠牲になっておられると思いますが、そういう形に現在はなっているわけです。ですから、公社債市場を、いま御指摘のようにほんとうに国民経済のために効率的に機能するようなものにしようとすれば、どうしても、さっき私が申し上げましたような金利の機能、メカニズムを復活させるような方向へ進まなければならない。それは一挙に飛べば非常に混乱が起こると思われますので、徐々に進みたい。そこで、事業債の発行条件の弾力化を去年から盛んに申し上げておるような次第でございます。日銀総裁もきのうはああいうことを言っておられますし、だんだん政府関係もいま御指摘のようなことを考えておられるようでございますので、私ども関係者大いにこれからがんばってやりたい、そのように考えております。
#17
○中澤委員 時間がないので、喜屋武さんの質問者が多いようですから、これでやめます。
#18
○櫻内委員長代理 川崎寛治君。
#19
○川崎(寛)委員 喜屋武公述人にお伺いしたいと思います。
 ベトナム戦争以後、外人犯罪というのがふえてまいったと思うのです。その外人犯罪が戦争を契機にさらにふえてきておるという実情について、伺わしていただきたいと思います。
#20
○喜屋武公述人 いま川崎さんの御質問にお答えするには、先ほど申し上げました資料をおあげしてごらんいただけば答える必要はない、こう思うわけでありますが、残念なことにそれが配られていないためにこの質問も出たかと、こう思うのであります。
 沖繩に基地があることは、最初は防衛基地だ、それからだんだん出撃基地、攻撃基地だ、さらに今日の時点ではベトナムと面を同じゅうする戦場だ、こういうふうにだんだん沖繩の様相が生命の不安、そうして危機感に追い込まれておりますが、それに比例して外人犯罪がふえつつございます。それを年次別にずっと十カ年の、これは警察局と、権威ある調査に尋ねまして向こうから手に入れた資料でございますが、これでもなお一部だ、こう申し添えておったのでありますが、たとえば最近の一例、二十世紀の今日、しかも文化国家をもって誇るわが国の一画にこのような痛ましい事件があるかと皆さんはショックを受けられるだろう、こう思うわけであります。
 その一つは、読谷村、嘉手納の近くの村でありますが、五十一歳になる婦人が、晩、自分の家に帰る道すがら何者かによって拉致されて行方不明になった。翌日、暴行を加えられた姿で――婦女暴行であります。そうして海岸に死体となって放置された事件があったわけであります。去年の六月ごろです。それが四カ月後にようやく犯人があがって、十九歳になるアメリカの一兵隊であることが明らかにされたわけでありますが、その結果がどうなったかということについては聞いておりません。また、それと相前後して、宜野湾市の大謝名というところがございますが、そこに外人の住宅がたくさんありまして、そこで働いておるハウスメード、十三年間もまじめに働いておるハウスメードが、夫もあるわけでありますが、ある日何者かによってこれまた殺されまして、裸体になったままふろ場に放置されておる事件があったわけであります。それをその主人が、その痛ましい姿を確認しようとしてそこに行ったけれども、入れなかった。そうして捜査権、逮捕権あるいは調べる権利が当然あるべき警察官の立ち入りも許さない。現在もそのままその正体が明らかにされておりません。こういった治外法権的な姿が、実情がいまだにあるということ、これが沖繩の実情であります。だから私は、生命の不安感とか危機感というのをただかりそめに申し上げておるのではございません。これはほんの一例でございます。まだまだ幾らでもケースがあります。
 それから死んだ場合の賠償にしましても幾多のケースがございますが、要求額に対して幾ら支払ったとか、こういうことも、きょう持ってきております表に一目りょう然のケースがありますので、どうかひとつ――もし公の立場でこれがお配りすることができないとするならば、これ自体も私は非常に不満であります。そんなばかなことがどうしてあるか。資料を見てなるべく正しく詳しく理解してくださることがその任務であられるはずであるのに、その資料は配ることを許さぬということ自体が非常におかしなことだ。たとえ過去においてそういうことがあったとしてもそれを改めるべきである、私はそのように考えておりますが、その表をどうぞ個人のお立場でも、そこにありますからごらんいただきたい。まだたくさん申し上げたい事実もありますけれども、時間の都合もあると思いますので……。
 とにかくこういう深刻な、戦後二十四年、戦争は終わったはずだのに、そうして戦後処理もなされないままに、またその戦争の危機感が外部的にはあると同時に、内部的には、このようにベトナム戦争の拡大につれて、外人犯罪が、殺人、強盗、強姦、それからタクシーの乗り捨て、いろいろなケースで激増しつつあるのが沖繩の現状でございます。
#21
○櫻内委員長代理 ちょっとお待ちください。委員長からお願い申し上げます。質疑をなさる方には、おおむね十分以内で要領よくお願いをしたい。また公述人のお二方にも、簡潔にお答えをいただきたい。たいへん予定時間がおくれておりますので、どうぞそのようにお願いをいたします。
#22
○川崎(寛)委員 ただいま基本的人権が依然として守られていない現地の実情をるるお述べいただいたわけでありますけれども、先ほど臼井委員のほうからは、経済援助が非常にふえてきた、こういう点の強調があったわけであります。ところが、現実には人権のほうの守られ方というのはさっぱり前進をしていないというのは、いまのお話でも明らかだと思います。そこで、いろいろと経済援助の面はふえながら、基本的人権の擁護については、たとえばよりどころとして大統領行政命令の十二節等で、基本的自由を守るということになっておりますが、援助の増額と比例をして基本的人権の擁護を守らしていく、そういう方向に向かって本土政府が具体的に努力をしておる、こういうふうに現地で感じられるかどうか。その点は、B52の問題等も、生命を守る県民共闘会議というのをつくったのはまさに自衛手段であると思いますけれども、そういう点、生きていく上の自由と人権という面についての本土政府の努力のあり方というものについて、率直に県民の皆さんのお気持ちを聞かしていただきたいと思います。
#23
○喜屋武公述人 簡潔にお答えいたします。
 経済援助がふえたということに対しても、いま沖繩現地で抵抗を感じておりますのは、対応比という形でくるものだから、ふえればふえるほど、今度は県民の負担が非常に苦しい立場に置かれて、これも一つの大きな問題だ。だから援助にしても、この対応比の率をできれば一〇〇%満額援助という形でないというと、ふえればふえるほど対応比がそれに応じてふえますので、ますます苦しんでくる、こういう不満を持って、いま問題になっております。
 それから人権の問題につきましては、たとえば佐世保や北九州にあのような飛行機の墜落事件やあるいは入港がある、こういう事件に対しては、国をあげて、国民をあげて、政府をあげて大きな政治問題、社会問題になりますけれども、沖繩の場合に、われわれ自体はそのたびごとに、もしこれが他県にあったら、日本政府は、あるいは日本国民は黙っておるであろうか、こういうことを常に感じてきておる状態でございます。あまりにも冷淡過ぎる、こう思っております。
#24
○川崎(寛)委員 先ほど図表で、校舎の建築状況あるいは公教育費の一人当たりの比較等を見せていただいたわけであります。本土政府は一体化三カ年計画で本土と一体化するのだ、こういうことをいっておりますが、いまのそういう教育の面だけをとってみましても、いまのような状態で三カ年の間に本土と同じ水準になり得るというふうに、特に教師の立場からお考えになられるかどうか、その点率直に伺わしていただきたいと思います。
#25
○喜屋武公述人 お答えいたします。
 何カ年計画、何カ年計画というものに対して、いままでの行き方からしますと、どうもそういうことに対して絶対の信頼が寄せられない、こういう不安を持っております。ということと、たとえば教育にもし例をとりますならば、いま沖繩の教育を本土並みに持ってくる、こういうことに、基本的な調査によりますと一億一千四百九十八万ドル、教育だけでも本土並みにいますぐ持ってくるには約一億二千万ドル要るわけであります、基本施設と備品合わせましてですね。こういうわけでありますので、三カ年計画ということは、ぜひひとつ空洞化してくださらぬように、流産さしてくださらぬように、間違いなく三カ年計画を期待するわけでありまするが、いまのような過去の実績からしますと、これもほんとうに手放しで期待していいかどうか、なってみなければわからない、手にとってみなければわからない、こういう不安と疑惑も持つわけであります。
#26
○川崎(寛)委員 最後に一問。それは、ちょうど二・四ゼネストというふうな、命を守るという立場で県民が立ち上がったわけでありますけれども、それと前後して総合労働布令が出されてまいりました。本土政府、外務省もこの改正について努力をしておるのだ、こういうことでございます。しかし、施政権の返還を継続的に協議をしよう、そしてことしの暮れには佐藤総理がアメリカに参りましてめどをはっきりするのだ、こういうことになっておりますが、そういう際に、あるいは一方、経済の面では一体化三カ年計画だ、そして本土と一体化するのだ、こういうふうなことがいわれておるときに、先ほど公述の中でも言われておりましたが、布令、布告、書簡、そういうものはなくしていくのが自治権の拡大であると思います。それに対して、いまのこういう時点に総合労働布令などという基本的人権を無視する布令を出されてきた、このことは、一に沖繩における軍事基地を保有していくということについてのアメリカ軍の強い強化の方向、そういうものにあるとわれわれは受けとめざるを得ないのでありますけれども、現地の皆さん方のこの受けとめ方を、どのように受けとめておられるか、伺わしていただきたいと思います。
#27
○喜屋武公述人 お答えいたします。
 実は二・四ゼネストのスローガンは、B52撤去、原潜寄港阻止、それから核基地撤去、この三つでございましたが、その直後に総合労働布令が出まして、これも一つの柱に加えまして、四つの柱を立てて二・四ゼネストの決行をする態勢を整えてきたわけであります。おっしゃるとおりに、これは基地労働者のみならず、ほんとうにこれは治安法に値するものである、これは全県民に対する大きな、重大な問題である、こうとらえまして、含めて立ち上がっておる次第でございますが、これは何としても撤廃しなければいけない。これは立法院でも満場一致決議いたしておりますし、行政主席はもちろんのこと、民主団体も全部撤廃に立ち上がっておるところでございますので、ぜひひとつこれも含めて、日本政府とされましても、また国会とされましても、そのような方向に持っていってくださるようお願いをいたします。
#28
○川崎(寛)委員 終わります。
#29
○櫻内委員長代理 次に、楢崎弥之助君。
#30
○楢崎委員 二問ほど喜屋武さんに御質問をいたしたいわけでありますが、まず、沖繩の核基地の実態について、私どももいろいろ情報を集めておりますが、なかなか全貌が正確にはつかめないわけであります。まずはっきりしておる点は、マクナマラ前アメリカの国防長官が六五年の国防予算ステートメントでメースBのことに触れておりますが、沖繩にはメースBが二個中隊ある、そういうことを言明をいたしておるわけであります。私どもの調査したところによると、メースBの基地は四基地、それで一基地について八基ある。合計三十二基のメースBが置かれておる。そしてメースBの核弾頭は一基当たり三発用意しておって、合計九十六発メースBの核弾頭がある。さらに核兵器と思われるものは、ナイキハーキュリーズ、これが八基地置かれておる。もちろん核弾頭が用意されております。さらにリトルジョンの大隊が一大隊ある。そして問題のB52、さらにF105等の核弾頭も当然予想されると思います。
 そこでメースBのいわれておる九十六発という核弾頭の数からするならば、推定約一千個ぐらいの核弾頭が沖繩に貯蔵されておると、われわれは推定をするわけであります。そういう点について皆さん方のほうで情報をいろいろとられておると思いますが、おわかりになっておる範囲で核基地の実態について御説明がいただけたらと思います。
#31
○喜屋武公述人 お答えいたします。
 この核基地が、あるいは核兵器があるということは、現地沖繩において米軍側は公表はいたしておりませんが、もうこれは公然の秘密だ、このように県民としては受け取って、マスコミもあるいは集会の席でも語っておりますが、最近における105あるいはB52の問題は、御承知のとおりであります。その他の数字的な詳しいことにつきましては、これは原水協が主としてその面は調査研究をいたしておりますので、復帰協の会長としていま確実なそういった数字的なことは存じておりませんので、御必要であれば、帰りましてからその資料を原水協と連絡をとりましてお送りいたしたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
#32
○楢崎委員 ぜひひとつその種の資料を御送付いただきますように、お願いをいたしておきます。
 二番目は、沖繩の土地がいかに米軍によって収奪をされておるか、これを時間がありませんから、私どもが把握しておる範囲で申し上げてみたいと思うのですが、琉球政府が三十九年度の農業センサスで明らかにしておるところによりますと、農家の一戸当たりの平均耕地面積は、約四十七アールであります。先ほども臼井さんが戦前のことを言われておりましたが、戦前は沖繩の場合は一戸当たりの耕地面積は七十五アールであったわけでありまして、現在は四十七アールということは、それだけ米軍基地として収奪をされておるということであります。しかも沖繩の農家の総数は七万七千五百戸、そしてその農家の五〇%が五十アール以下である。これを本土の農地に比べますと、日本本土の場合は、農林省の四十一年の農業調査結果概要によりますと、農家総数が五百三十一万戸、そして五十アール以下の農家は三十七%であります。いかに現在の沖繩の農家が非常に耕地面積も少なく、土地を収奪されておるかということを明らかに示しておるところであります。
 こういうところで、米軍の基地は、六六年二月十八日の米下院の外交委員会が公表したところでありますけれども、ザブロッキー委員会と申しておりますが、この公表によりますと、沖繩の米軍基地は陸軍が六十五カ所、空軍が二十四カ所、海軍が十三カ所、海兵隊が十五カ所、合計百十七基地ということになっております。そして軍用地の面積は、二百九平方キロメートルであります。沖繩の全面積が二千三百八十八平方キロメートル、約神奈川県に相当する面積であります。その神奈川県ぐらいの土地に基地が百十七あって、二百九平方キロが収奪されておる。日本本土の場合は百四十八カ所でありますが、昨年十二月二十三日に約五十カ所を返還するといっておりますから、約九十に基地の数はなるわけであります。日本本土は約九十基地あるのに、沖繩の場合は神奈川県に相当するぐらいの土地であるにもかかわらず、百十七という基地がある。この実態は何を物語るかというと、沖繩の中に基地があるのではなしに、基地の中に沖繩があるという実態を示しておると私は思うわけです。しかも、そのほとんどは沖繩の本島に基地が集中しておりまして、そして本島の中部地区でありますが、パーセンテージからいくと、三二・八%が基地に収奪をされておる。問題の嘉手納のごときは、八七・七%が米軍基地になっている。
 こういう基地の実態をそのままにして、いまたとえば与党の自民党のハト派の中で本土並みということがいわれておる。あるいは社会党以外の他の政党でも本土並みでいいではないかといわれるときのいわゆる本土並みというのは、核基地を抜ける。それから基地の使用状態は、本土の安保条約により事前協議条項を適用するとか、そういうレベルの本土並みということしかいわれていないと思うのです。この沖繩の米軍基地の実態というものは、触れられていない。そういう意味の本土並みということは、許せないことであろうと思うわけです。そして沖繩の返還問題が明確になった段階で、今後一番問題になるのは、たとえば電力とか、水道とか、あるいは開発金融公庫とか、そういう面が、一体安保条約が適用されて、地位協定が本土と同じようになるのかどうか、今後こういう点が非常に問題になると思うのですね。そういう意味の本土並みということは、けしからぬ話であると、まあ私どもは考えるわけでございますけれども、いわゆるこの国会等で言われておるような意味の本土並みという点についで、沖繩の方方はどういう受け取り方をされておるか、その辺の世論的な考え方を御説明していただげたらと思います。
#33
○喜屋武公述人 お答えいたします。
 基地の態様については、現地沖繩ではまとまった意思の統一はまだできてございません。先ほど申し上げますとおり、差別のない日本国民として、沖繩県として一日も早く返してほしい、こういうことがわれわれのいま主張しておることであると同時に、今度は本土並みということに対して、おっしゃるとおり、本土並みの内容というのは一体何なのか、その内容が明らかにされぬ本土並みというのは、われわれは額面どおり受け取るわけにはいかない、こういうことははっきり言っております。いわゆるあなたがおっしゃった濃度の問題ですね、密度の問題、そこから受けるところのいろいろな影響の問題がありますので、本土並みの内容というのは一体どういうものであるか、これが明らかにされなければ、また本土並みというものに対しても、われわれとしてはいまの段階では言えません。ただ言えることは、差別のない憲法のもとに、一日も早く日本国民としての立場を回復する、こういうことでございます。
#34
○楢崎委員 最後に一問だけ。まあ私どもも一生懸命に沖繩返還の本質をつきながら、問題を国会で明らかにするために努力をしておるところですが、沖繩の方々から見られて、この国会で沖繩問題をいろいろやっておるところですが、この国会における沖繩論戦をいろいろ聞かれまして、どのような感じを持っておられますか。最後にそれだけ承りたいと思います。
#35
○喜屋武公述人 お答えいたします。
 感じとおっしゃると、これは主観になるわけでありますが、現地沖繩におきましても、ことしは沖繩の年にしたい、また今国会がまさに沖繩国会でありたい、そして今年中に沖繩が返るというこのめどをぜひつけてほしいと、こういう大きな期待、希望と決意、そうしてさらに熾烈な要求、これを持って、二十七度線のかなたから国会論争をラジオに、テレビに、新聞に、耳を傾け、目を輝かしておる現状でございます。よろしくお願いいたします。
#36
○櫻内委員長代理 角屋堅次郎君。
#37
○角屋委員 湊さんにお伺いをいたしたいと思います。
 湊さん、財政、経済全般にお触れになったんですけれども、お話の中で、総合予算主義の立場から、食管会計問題あるいは生産者米価、消費者米価の据え置き問題等々にも触れられたわけでございます。私は、過般予算委員会の総括質問の中で、農政問題にしぼって総理以下いろいろ論議をやったわけでございますけれども、湊さんは経済審議会等々にも参画しておられるようでありますが、私はまあ湊さんのような経済界の人たちにもぜひひとつ考えてもらいたいというふうな立場から、若干お述べしたいと思うのです。
 私、昨年ヨーロッパを農業事情調査ということで回ってまいりました。湊さんも御承知のように、自由主義国でも、あるいは社会主義体制の国でも、農政問題というのは、なかなか苦労な問題なんですね。しかもその中で、たとえばヨーロッパでいえばイギリス、かつては貿易中心で、自給率というものを非常に簡単に考えておった。ところがこのごろは、自給率の向上のために非常に熱心にやっておる。あるいは御承知の先進諸国といわれるEECでは、共通農業政策――いろいろ議論もフランスやドイツの間でもありまするけれども、共通農業政策ということで、やはり農業問題には非常に真剣に取り組んでおる。また、デンマークその他の北欧三国、いろいろなところを見てまいりましても、鉱工業の発展というものになかなか追いつき得ない、しかもまた経済全体としては非常に重要な意味を持っておる農業問題を、それぞれの国が、湊さんもその点では御理解いただけると思いますが、それぞれの国の民族の健全性あるいは長期にわたっての安定性という面から見て、やはり鉱工業一本やりというわけにいかない。均衡のある、そういう調和の道を見出さなければならぬ。財界の見解の中には、国際分業論というようなことをよく言うのですね。しかし、国際分業論ということを言っておるが、現実に、アメリカは農業面では過剰生産をかかえて、米は世界第一の輸出国である、小麦もそうだ、あるいはえさなんかもそうだ、チキン戦争もヨーロッパにかける。デンマークへ行ってみると、アメリカのチキン戦争はけしからぬという非難の声を聞くということであって、いわゆる後進諸国は農業、先進諸国は工業と、そうきれいに分かれておるわけじゃないのですね。それは各国における経済全体の中の農政面というものを無視していく、あるいは軽視していくということは、経済全般から見ても、民族的安定性から見てもできないのだという認識は、やはりあるのだと私は思うのですね。
 何かいま米はゆとりがある――これは湊さんも御承知のように、数年前までは四十万トン、六十万トン、多いときは百万トンという大量の輸入をやっておった。そこで、農林省も増産奨励をする。各県も一俵増産運動をやる。農業団体もこれに呼応する。こういう形の中で、結果として昭和四十二年、四十三年、天候にも恵まれて史上第一、第二の豊作が出てきた。そこで過剰問題が出てきた。これは農民が独走的に突っ走ったのでなしに、政府の要請に応じ、あるいは行政官庁の要請に応じ、農民自身も、外貨節約のためにはやはり米はわれわれの手でまかなわなければいかぬ、出かせぎをやり、老齢化、婦女子化の傾向の中で悪条件を克服して国の要請にこたえた。そこで出てくる結果は、米が余った。生産者米価を押えるのだ。労働賃金が上がる、農業用資材が上がる、いろいろ家計のやりくりが困難な中で米を押えるということは、これは素朴な農民から見て、すなおにそうかというふうに私はならないと思うのですね。何か生産者米価の据え置き問題について政府は方針をいっておる、これが少し弾力的である、含みがありそうだということになると、それは政治的なプレッシャーだというのは、少しうがち過ぎた見方ではないのかという感じを私は持つのですよ。御承知の大学あたりの進学あるいは高校の進学あたりを見ても、これは都市と農村といわず、やはり相当な経費をかけて――昔であれば、いまから三、四十年前であれば、とてもじゃないが、いなかで大学といったら数えるほどしがなかったでしょう。昔の中学もそうでしょう。しかし、今日では高等学校の進学率も非常なものである。大学へも、やはり都市といわず農村といわず、相当行っておる。それはまかなっていかなければいかぬ、そういう問題もかかえておる。
 そういうふうにいろいろ見てくると、日本経済に農村、農業が果たしておる種々さまざまな面における役割りというものを総合的に判断せずして、食管会計に去年二千四百十五億円つぎ込んだ、あるいはことしは三千一億円つぎ込んだ、これは財政硬直化の一つの重要なポイントであるという、何か数字的なことで、そしてこれはもう生産者米価を押えなければいかぬのだとかどうだとかというふうな形に短見的に考えていいのかどうか。国際的に見ても、価格政策問題あるいは構造政策問題というのは、非常に苦悩の中で処理をしているのですね。アメリカの場合も、御承知かと思いますが、価格には一兆円近い国の予算を投じておる。CCCでは、輸出農産物に補助金まで出しておるわけですね。農業の問題は、短期的にすぐずばりといかない、非常に時間がかかる、こういうことだと思うのですけれども、そういう中で、あなたが、ことしは生産者米価をどうしても押えなければならぬ、あるいは食管は直接統制から間接統制に持っていかなければいかぬ、こういう財政制度審議会等の答申を引用しながら言われる根拠は何かという点について、御見解を承りたい。
#38
○湊公述人 だいぶ時間が経過しておりますので、簡単にお答えを申し上げます。
 いま御指摘の点は、一々私はごもっともだと思います。私どもも、経済社会発展計画をつくりますときにも、農業政策のむずかしさ、国際的な視野に立ってわれわれとしても十分検討をいたしたわけであります。ですから、いま御指摘のように、簡単に、この二年続いて豊作が起こり、食管会計に対する一般会計の繰り入れ額が大きくなったから、ここですぐ米価を引き下げろ、そういう単純な論理で申し上げておるわけではないのです。私どもの考えておりますことは、要するに農業の生産性をいかにして高めるか。これは結局この国の経済の全体の効率を高めて、先ほど経済社会発展計画のときに述べましたように、長期にわたって均衡のとれた高度成長を実現するためにそれが必要だという観点から、問題提起をしたわけであります。
 日本は、御存じのように、世界でGNPはソ連を入れまして三番目、ところが一人当たり国民所得は二十番目、この矛盾は一体どこにあるのか。その一つのあらわれが、全体人口の中に占める農業人口がまだ二〇%になっております。もっとこれを引き下げることが可能だと私は思う。そうすることができれば、いまの三番と二十番のギャップはだんだん埋まっていく。それだけで埋まりはいたしませんけれども、そういったようなことをいろいろ考えまして、さっきも申し上げたように、総合的な農業政策を推進する必要がある。そのほうにむしろ私は力点を置いて申し上げたわけであります。
 先ほど申し上げたのは、総合予算主義を貫くという考え方をおとりになるなら、ことしのようなこういう環境――これはことしから来年にかけてどうなるか、それはもう天候のことなどほとんど予測もできませんからわかりませんけれども、少なくも現時点においては、先ほど私が指摘したように、政府保有米に余裕があり過ぎる、こういうときにまた生産者米価を上げるというような考え方に立つのは、いまのその面からもおかしいし、また農業全体の生産性を高めたいというわれわれの考え方にも矛盾する、そういうような意味で先ほどのようなことを申し上げた次第であります。
 もっと申し上げたいことがたくさんございますが、時間ももうあまりありませんので、以上でお答えといたします。
#39
○角屋委員 基本的見解において異なる点が相当にあるんだということを、私も思います。ただ、たとえば貿易の自由化問題で、百二十一からの非自由化品目の中で七十三、農林水産物資が占めておる。しかもその中には、農林水産関係から見て戦略的なものを多く残しておる。われわれも封鎖経済でいけというわけじゃありませんから、国際競争力の付与と見合って、こういうものをやはり窓口をあけるというふうに考えていかなければならぬ。しかし、いずれにしても、そういうものを勤勉な日本の国民、特に農村の諸君が乗り越えていくためには、そういう競争条件の力というものを付与していかなければいかぬ。しかも農家所得といっても、御承知のように農業所得が半分を割っておる。農外所得が半分を越えておる。そういう中で、農業所得の中の約半分近いものは米価所得であるという特殊性も見なければならぬ。戦後、敗戦の廃墟の中で、いわゆる独占資本といわれる側は壊滅的な打撃を受けておったはずである。これが国際的に非常に大きく比肩をするだけに伸びてきた。そしてそれをささえてきた農村地帯というものは、今日非常に大きな不安と動揺の中にさらされておる。財界人は、そういう農村、農業というものを、今度は力のついた形から御恩返しをしていくという気持ちも、やはり持たなければならぬじゃないかというふうに率直に思うのです。開放経済体制の荒波を乗り切っていく日本農業の力の付与という面の視点に立って、財界人の諸君も、単に経済合理主義だけで割り切るわけにいかぬのじゃないかというふうに私は基本的に思うのですけれども、時間の関係もありますから、この点について再度簡単に御見解を承っておきたい。
#40
○湊公述人 御意見一々でもっともだと存じます。私どもも決して、産業界に身近なところにいるから、農業に対して冷たい考え方を持っているわけではございません。いま私が申し述べました三番と二十番のギャップを埋めるということは、決して産業を中心とした経済界だけにとって必要な問題ではない。一億国民全体のためにこれが必要だと思うからこそ申し上げておるわけでありまして、その中にあって農業が生産性を高めるということがどれほど大きな役割りになるかということは、これは幾ら強調してもし足りないくらいのことだと思うので、そのこと自身私は農業関係者の方々にとっても必要なことだと思って主張しておりますわけですが、この辺には多少の見解の違いもあろうかと思いますけれども、私はそう信じておりますことを申し上げまして、お答えといたします。
#41
○櫻内委員長代理 次に、林百郎君。
#42
○林委員 時間の関係で一問だけ、喜屋武さんに質問したいと思います。
 実は、共産党の国会議員は、沖繩の渡航申請をするのですが、いつでもアメリカの民政府のほうから好ましくないということで行けないわけなんです。われわれ実情がわかりませんので、きょうせっかくあなたが提出されました資料をちょっと御説明願いたい、こう思うわけです。最初にありますのは、これは日本でも書物に出版されて、われわれも見ております。ただ、二番目の表は、非常に参考になると思います。
 そこで、最初の表の「外人事件犯罪別、年度別発生及び検挙件数調べ」というのについてお尋ねしたいと思いますが、一九六六年の殺人犯は、発生が二件で検挙率がゼロになっておりますが、これはどういうわけなんでしょうか。それが一つ。
 それから、強盗という、これは非常に悪質な犯罪ですが、説明を見ますと、強盗強姦は強盗に計上してあるといいますから、これは強姦も含めた犯罪だと思います。この強盗強姦罪の検挙率が、他の犯罪に比べて非常に低いですね。三〇%台なんです。この二つはどういうことから原因しているのか、これを御説明願いたいと思います。
#43
○喜屋武公述人 いまごらんいただいておる資料は警察当局からもらったものでございますが、言えることは、これは氷山の一角であると言ってもいいくらいだということであります。すなわち、捜査権、逮捕権がないから起こってくることなんで、事件は確認されておっても、それを捜査する、逮捕することができませんので、そのままうやむやになって、まだ犯人があがらない、こういう実情もございます。そのようにひとつ御理解願いたいと思います。だから、そういうところにいいろろな点からちぐはぐが――みすみす見ておりながらあるいは取りのがすとか、あるいは主体的にこれを検挙することが困難であるわけで、そういうところからくるちぐはぐなところですね。
 次に、渡航の申請の件でございますが、これは拒否と、それからその目的によって時期をそらして出すというのと、また通常どおり出す、こういうケースがあるようであります。それから次には、関所が現地沖繩の民政府側にある場合と本土にある場合、両方のケースが、いろいろやりとりしておる中からわれわれは感じ取っております。必ずしも、現地の沖繩における民政府側だけではない、こういうことがパスポートの拒否の中にもあるようであります。最近は拒否というのは現地沖繩では少なくなっておりますが、本土はまだまだそれがだいぶあるようであります。特に、去る国民大会での沖繩への現地派遣、渡航につきましては、去年よりもむしろ拒否された率は多いようでありますが、そういう実情で、われわれも実は首をかしげておるところでありまして、何としてもこの渡航の自由をかちとらなければいけない、制限を撤廃しなければいけない、こう思っております。
#44
○林委員 渡航の問題については、これは高度の政治的な問題ですから、これはまたいずれ国会でも問題にしたいと思いますが、あなたのお持ちになりました資料について、若干なお質問したいと思います。
 この表の説明の2のところに、「標題の「外人事件」というのは、沖繩県民を被害者とする米軍人軍属による刑事事件のことである。」こう書いてあるわけですね。これについて、ひとつ簡潔に御返事願いたいのですが、裁判権はどうなるのですか。もちろん、裁判権は沖繩の司法裁判所にはないというように聞いていいのでしょうか。
#45
○喜屋武公述人 実は私、裁判権移送撤回要求共闘会議の議長でもございますが、結局、軍事優先政策を遂行していくために不利になる問題の判断にあたっては、最終的には民側に裁判権がありませんので、今日までもいろいろ問題をかもしたわけでありますが、例のサンマ事件とか友利裁判とか、そういうことで裁判権が民にない、それをぜひ琉球政府にその裁判権を移管せよということも、運動の一つになってございます。
 それから、その分類のしかたは、これはわれわれが設定したのじゃなく、警察で分類をした統計をそのままもらってまいっておりますので、そのようにひとつ御理解願いたいと思います。
#46
○林委員 警察で分類した警察の資料ですら、殺人の検挙率がゼロ、強盗、強姦はまあ三〇%台ということで、いかに基本的人権がじゅうりんされているかという立場で質問しているわけです。なおこの表の説明の中に「検挙は、布令第八十七号(琉球民警察官の逮捕権)に基づき民警察官が逮捕したもの及び軍捜査機関に協力して逮捕せしめ、それを現場で認知したものを計上した。」とありますが、この「布令第八十七号(琉球民警察官の逮捕権)に基づき民警察官が逮捕したもの」云々、これはどういう意味ですか。
#47
○喜屋武公述人 ちょっとその布令の内容を持ち合わせておりませんが、結局現行犯を見たらそれを一応は押えて、そしてMPに引き渡す、こういうかっこうになっておるわけであります。だから、現行犯がもし見つかった場合には、一応はそれを取り調べて、すぐアメリカのMPに引き渡す、その後は沖繩側のケースには何ら関知しない、こういうことでございます。
#48
○林委員 もう一問だけ。そうすると、強盗殺人だとか強盗強姦だとか、そういうことで検挙しても、裁判の結果がどうなり、その身柄がどうなっているかということは、沖繩県民の皆さんとしては全然関知できないことになるわけですか。
#49
○喜屋武公述人 いままでも基本的にはおっしゃるとおりに関知できないケースがだいぶございます。ところが、問題によっては県民で抗議集会を持ちまして、そして直接に上司に会いまして抗議文を出したりすることもいたします。ときにはその裁判の公判の傍聴を申し出て許されることもございます。しかしこれも常に許されるわけではございません。県民の世論というものが、もう傍聴をしなければがまんならぬ、こういう世論をくみ取って、それから人員を制限をしてその傍聴を許す場合もございます。ところが、それは軍裁判でございますので、また、その軍裁判の構成の組み立ても違っておりますので、傍聴してかえって非常に憤慨して帰るような実情でございます。その結果がどうなったかわからぬという、行くえがうやむやなこともございます。国場君という中学校の生徒が横断歩道で青信号のときに通ってひき殺された事件がございます。それに抗議集会をして軍裁判になって、そして傍聴もあったわけですが、結果はこれは無罪になりました。そうすると、法を守って正しく行動した者が殺された、法を守らぬ者が殺した、裁判の結果は逆にアメリカ軍人は無罪になったわけであります。こういったまことに文化国家では想像もできない、許されてはいけないこういう裁判の結果もケースとしてはあったわけでございまして、大かたはその結果がどうなったのであるか、はっきりこのようにこうしましたということを報告、あるいはわれわれが関知する、こういうことが少のうございます。
#50
○林委員 これで終わりますが、二番目の表の損害賠償について、大体請求額のまあ三分の一程度、日本の金額にして一人が七十万から百万前後が非常に多いんですけれども、これはどうしてこういう請求額の三分の一程度でおさまるのか、何かそこにやはり皆さんとしては要求されることがあるのか、その点をお聞きして私の質問を終わります。
#51
○喜屋武公述人 これは損害賠償を請求する場合の沖繩側のいろんな基準がございまして、その算定に基づいて一応要求するわけであります。それに基づいて相手はいろいろ査定をするわけでありますが、それはケースによってもいろいろ違います。ところが、異例なケースとして、沖繩側がアメリカの兵隊の酒気運転とかあるいはスピード運転でひき殺される事件がありますが、これに対しては、一例を申し上げますと、三千六百ドルの賠償金が出されたことがあります。ところが、アメリカの子供が、前の主席の松岡主席は配電会社の社長でございますが、その松岡配電の変電所に入り込んでけがをした事件がございます。その賠償額の要求が二十五万ドル要求されておるわけなんですね。そのように、一方は死んでも三千六百ドル、一方はけがしておる程度であるのに二十五万ドル、こういったところにも非常に大きな差別があって、いま実はその二十五万ドル要求は、松岡さんは裁判の被告になって、沖繩の弁護士団が束になっていま裁判中でございますが、そういう事件もございます。
#52
○櫻内委員長代理 以上をもちまして午前中の公述人に対する質疑は終了いたしました。
 公述人におかれましては、御多用中のところ長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表して厚く御礼申し上げます。
 午後は一時三十分より再開し、矢島鈞次君、川崎寅雄君の御公述を願うことといたします。
 この際、暫時休憩いたします。
   午後一時十二分休憩
     ――――◇―――――
   午後一時三十六分開議
#53
○田中(龍)委員長代理 休憩前に引き続き会議を開きます。
 昭和四十四年度総予算に対する公聴会を続行いたします。
 午後に御出席いただきました公述人は、東京工業大学教授矢島鈞次君、東京外国語大学助教授川崎寅雄君のお二人であります。
 この際、御出席の公述人各位にごあいさつを申し上げます。
 本日は御多用のところ御出席いただきましてまことにありがとうございます。御承知のとおり、予算は国政の根幹をなす最重要議案でありまして、当委員会といたしましても連日審議を続けておるわけでありますが、この機会に、各界の学識経験豊かな各位の有益な御意見を拝聴いたしまして、今後の予算審議の上において貴重な参考といたしたいと存ずる次第であります。何とぞ各位におかれましては、昭和四十四年度総予算に対しまして、それぞれ御専門の立場から忌憚のない御意見をお述べ願いたいと思う次第であります。
 次に、御意見を承る順序といたしまして、まず矢島公述人、川崎公述人の順序で約三十分程度御意見をお述べいただき、その後、公述人各位に対し一括して委員から質疑を願うことにいたしたいと思います。
 なお、念のために申し上げておきますが、発言の際は委員長の許可を求めること、また、公述人は委員に対して質疑をすることができないことに相なっておりますので、この点あらかじめ御承知願いたいと存じます。
 なお、委員各位に申し上げますが、公述人各位に対し御質疑のある方は、あらかじめ委員長にお申し出くださるようお願いをいたします。
 それでは矢島公述人から御意見を承りたいと存じます。矢島公述人。
#54
○矢島公述人 ただいま御紹介にあずかりました矢島でございます。
 まず一番最初に、本件に直接関係ございませんが、私の大学が、ごたぶんに漏れませんで現在封鎖されておりまして、皆さま方に非常に御迷惑をおかけいたしております。入学試験のほうの問題も来月の三日に差し迫っておりまして、非常に学校といたしましても苦慮いたしております。しかし、この解決のために万全を期していきたいということを私思っております。私、別に学長でございませんので、学長からの何らの依頼を受けたわけではございませんが、この席をかりまして、皆さま方におわびを申し上げたいと思います。そして、本件の問題に入ってまいりたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
 まず第一に、いままで日本の問題といたしまして、フジヤマ、ゲイシャ、ジンリキシャというようなことばが使われておりましたが、最近はそれにかわりまして、ソニー、ホンダ、キャノンというようなことばが外人の間で使われるようになりました。これは日本の世界的なトレードマークがこういうぐあいに高度産業国家の方向にかわっていったというぐあいに私は感ずるわけでございます。その意味におきましても、政治に携わられましたところの方々の御努力というものに、私はここでつつしんで敬意を表したいと思います。ただ問題は、私アメリカに留学をしておりましたときにも出たのでございますが、コントロバーシーイッシューということばがございます。これは日本語にちょっと訳せませんのですが、話の内容を聞いておりますと、道徳とセックスと宗教と政治と経済というものは、これは使い道を誤まればとんでもない方向に走ってしまうものだ。しかしながら、使い道さえよければ非常にいい方向に引きずっていくことができるんだということばとしてコントロバーシーイッシューということばを使っておったのを私は今日まざまざと記憶をいたしております。したがいまして、この中で問題になりますポリティックスの問題とエコノミックスの問題、こういうような問題の点からひとつ忌憚ない御批判をさしていただきたい、こういうぐあいに考えます。
 時間が限定をされておりますので、私の申し上げたいところの問題は全体で八つございます。
 まず第一は、政府原案に対するところの一般的な感想でございます。
 二番目は、財政の体質改善の問題についてでございます。この場合、特に公債依存度の問題を中心にいたしたいと思います。
 三番目は、財政制度とその慣行の合理化についての問題でございまして、食管の問題と国鉄経営の問題、それから所得税の問題、これは所得減税の問題にかかわる問題でございますが、その問題を第三番目の問題として申し上げたいと思います。
 第四番目に、財政政策と金融政策というものは本来補完的な性格を持っておるわけでございます。それが現在のところ金融政策が補完性を喪失しております。その問題についてこの予算の問題にからみまして少し申し上げたいと思います。
 第五番目には、地方財政の問題を申し上げたいと思います。
 第六番目は、物価問題について意見を述べさしていただきたいと思います。
 第七番目は、例の問題になっておりますところの大型合併の問題につきまして申し上げまして、最後の八番目に結びというぐあいにして、できるだけ限られた時間に私の申し上げたい趣旨を整理して申し上げたい、こういうぐあいに考えております。
 まず、政府原案に対するところの一般的な感想でございますが、これは現在の世界的な情勢というものが非常に対内及び対外的に流動的でございます。特に問題になってまいります問題は、国民経済に占めるところの財政の比重というものは、長期的には上昇傾向にございます。と同時に、GNPに対するところの政府財貨サービスの購入比率も増加をいたしております。しかしながら、国民経済に占めるところの公経済部門のシェアというものはいささか低下傾向、昭和四十年度の二〇・四%をピークにいたしましてむしろ低下傾向にある、こういうようなことが指摘できると思います。そこで、本来財政というものは資源配分機能という側面と、それから景気調整機能という側面と、この両面を持っているわけでございます。財政の資源配分機能の面と申しますのは、社会資本の充実などを通じまして公経済部門のシェアというものを高めていく必要がある、こういうことだと思います。それからまた、景気調整政策としての機能は、これは申し上げるまでもなく、財政政策におけるところの規模の問題であるとか資金散布の問題を通じまして調整をはかられていくわけでございます。そこで、当面考えられますところの問題として、私焦点をしぼってまいりたいと思います。
 まず、景気調整機能といたしまして、景気過熱をできるだけ阻止して、ゆるやかな適切なるところの成長度を保つためには、どうしても今回、昭和四十三年度の経済の動きを見ます場合においては、景気に対してできるだけ警戒的な財政政策、財政の規模を保っていかなければならない、こういうことは言えると思います。
 それから、もう一つの問題でございますが、これは財政、予算というものが景気に非常に刺激的でありますところの――福祉国家への道を歩むところの経済指標として、国及び地方とを合わせた政府財貨サービス購入額の伸び率と名目経済成長率の伸び率との関係でございます。これなんかもやはり十分にわれわれは考えていくところの指標として取り上げていかなければならない、こういうぐあいに考えております。そういたしますと問題になりますところのことは、四十四年度の予算というものは、実は昨年の秋に大蔵省の財政制度審議会が主張してまいりましたところの景気対策と、それから財政対策改善のためには何ものをも犠牲にするといった財政至上主義的な考え方というものが、すでにこの原案の段階においていささか破られてきたのではなかろうか、こういうことをまず第一点として考えるわけでございます。
 それからもう一つは、要するに予算規模というものが政府の名目成長率は比較的低い目に押えておられますが、少なくとも名目成長率を上回っておるということから、警戒中立型の予算というものから景気刺激型への方向にいささか傾斜しているのではなかろうかということが第二点としてあげられると思います。
 そうすると、第三点の問題といたしまして、当然問題になってまいりますのは、しからば財政政策でいろいろ行き届かないところは金融政策で補完をしてくれという問題になってくると思います。しかしながら、これから申し上げますように、金融政策というものが、現在金融構造の変革期に当たっておりますので、十分に金融政策の効果が出てこないということをひとつ予算編成の面において十分にお考えをいただきたい、こういうことでございます。これは昭和四十二年の秋から始まりましたところの景気調整策というものにおいて、いかに金融政策というものが無力であったかということをもう一度思い返していただけばおわかりいただけると思います。そういうようなことを考えまして、これが私の財政政策、特に今度の政府原案に対するところの一般的な感想でございます。
 しからば、二番目の問題でございますが、財政の体質改善というものをどう考えるかということでございます。特に財政の体質の改善というものが、私の見る限りにおいては、残念ながら十分であるというぐあいにはなされていないと考えられます。特に公債の問題、財政硬直化の問題との関連において公債の依存度を引き下げることが必要でございます。確かに今度の予算案においては公債減額というものを非常に勇気をもっておやりになりました。その点については私賛成でございます。しかしながら、それで問題は終わったわけではございませんで、まだあとに問題がございますので、長期的な観点からひとつ予算編成の場合にこの問題をお考えをいただきたいわけでございます。七・数%に公債依存度はなりましたが、諸外国は、特にヨーロッパ諸国においては、公債依存度というものは五%をオーバーをしているという例はまずないと思います。それから昨年の、ベトナム戦争のああいう戦争含みのアメリカ経済におきましても、公債依存度というものは大体において五%前後でございます。そういたしますと、常にヨーロッパあたりで経済関係の担当者の方々が申しておりますように、経済の上昇期には減税への誘惑に負けないで債務の返済に努力すべきことを繰り返し強調しているというところの事実は、これは真理だと思います。そう考えてまいりますと、今度は公債というもの、国債というものをどういうぐあいに返済をしていかれるかという問題を、いまから予算の問題としてお考えをいただきたいわけでございます。昭和四十年度に例の二千億の赤字補てん公債が発行されました。それの償還期が昭和四十七年にやってまいります。それからまた、大体五、六千億から七千億近くの公債の発行をいたしております。それの償還期が昭和四十八年からずっと引き続き参ります。そういたしますと、そのうちの七分の一ないしは六分の一を償還したあとは書きかえにしたとしても、少なくとも一千億の公債償還の費用というものをリザーブしておかなければならない、こういうような問題になってまいります。したがいまして、国債の問題についてぜひ依存度をできるだけ少なくしていただきたい、こういうことを考えます。
 それから三番目の財政制度と慣行の合理化の問題でございます。これは時間がございませんので、できるだけ簡単に申し上げたいと思います。
 一つは食管制度の問題でございます。食管制度の問題につきましては、昭和四十四年度産米が古米になるころ、つまり来年度には大体一年分の消費在庫というものができるようになってまいります。そういたしますと、問題はこういうことになってくると思います。特に財政面から問題を申し上げたいと思います。大体百俵以上供出するところの農家は、農家戸数三百五十万戸のうちの一二%でございます。その十二%の、これはいわゆるブルジョア農家でございます。少なくとも私よりも非常にブルジョアでございますし、ここにおられる先生方よりもブルジョア農家であるかもしれません。そういうような農家の方々の供出するところの供出米は、全体の供出数量の四四%を占めております。しかるに、そういうような富農に対しても一キロ当たり三十三円の補助金が出されている。富める者と貧しき者とにひとしく一キロ三十三円の補助金が出されているということは、何としてもこれは財政支出のむだでございます。そういう問題をひとつぜひ食管の問題においてはお考えをいただきたいということを、まず食管の問題として申し上げたいと思います。
 それから国鉄の問題でございます。国鉄の問題につきましては、これは年間売り上げ約九千億円の売り上げを持ちますところのマンモス企業でございます。マンモス企業の財政が赤字である。つまり、借り入れ債務二兆円というような形でございます。そしてベースアップ、賃金を一五%引き上げるという問題が出てまいります。これは後に物価問題とも関連をして申し上げたいと思いますが、少なくとも問題になりますのは、要するに国鉄の経営の合理化を徹底的にやっていただかなくてはならないということでございます。金だけを補助して、ないしは利子のたな上げだけをするということでなくして、国鉄の経営の徹底的な合理化ということ、そして赤字路線というものは撤廃をしていただきたいし、それからまた、いまは黒字であっても将来赤字になるであろうところの路線というものは撤廃をしなければならないと思います。これは一九五〇年代にヨーロッパで自動車輸送というものに大胆に切りかえまして、精力的にしかも勇敢に切りかえまして、それが成功をしているということもお考えあわせいただきたいのでございます。そしてローカル線、赤字線というもの、これが公共性を持っているところと比較的公共性を持たないところ、これを区別していただきます。そうすると過疎になる。過疎になった場合に――過疎になるのを私は待ちたいと思います。過疎になったところを工場用地として指定していただくことによって、公害の問題も労働力の定着化の問題もはかれるのではなかろうかというのが、私の国鉄に対する考え方でございます。
 それから、マンモス企業になりますと、これはまたマンモスのスケールデメリットというものが生じてまいりますので、電力会社と同じように多少分割するような――東北鉄道ないしは関東鉄道、中部鉄道、関西鉄道というようなことも、お考えいただく一つの参考資料にしていただければまことにけっこうだと思います。
 それから税金の問題でございます。特にこれは国税、所得税の問題でございます。所得税の問題につきましては免税点九十数万円というところの程度は私は妥当であろうかと思います。それから一番困っておりますのは、税込み百五十万から三百万ぐらいの中堅所得層でございます。私なんかも一番困っておるところでございます。身にしみて感じておりますので、そういうところをひとつ……。三十九年の税制調査会において、実質所得に対して累進課税をするという答申が出ておったように私は記憶いたしておりますが、名目所得はどんどん上がってまいりますので、名目所得に対して累進課税をかけられますと、重税、特に子供を持って、そして家内が権力を握ってくるような段階になりますと、そこに税金がさらにかかってくるということは、これはまことに望ましくないことでございますので、その限度において減税をお考えいただいて、高額所得者においては累進課税というものは当然適用していただきたいと思います。それから、飲食税につきましては、一五%、一〇%を一〇%に統一するというような問題でなくして、私は三〇%以上かけていただきたい、こういうぐあいに考えます。
 それからもう一つ、四番目の問題でございますが、財政政策と金融政策の補完性の問題でございます。実は金融政策は昭和四十二年九月からの景気調整期から四十三年の四月、五月、いわゆる国際収支が黒字基調をたどるに至ります間にほとんど実質的な効果というものをあらわしませんでした。その一つの大きな原因は、財政の規模が大型化いたしました。そして経済の再生産過程に外生的に、つまり外から金が投入をされまして、そしてそれが有効需要を促進をいたします。そして投資、これは設備投資及び在庫投資を含みますが、そういうものを促進をさしていくというような形で、財政規模の拡大と経済の上昇とが練り合わさりまして、そしてパラレルに上昇促進の過程をたどっていったわけでございます。
 そこで、本来金融引き締めをやることを目的といたしました公定歩合引き上げも、それから窓口規制も、ほとんど効果をあらわさなかったという問題でございます。それはどういうところに原因があるかと申しますと、実は規制対象外金融機関というものの比重が非常に大きくなってきたということでございます。そういたしますと、預金残高におきましても、貸し出し金額におきましても、この昭和四十二年九月の景気調整期から四十三年の景気回復の段階に至るまでに、特に一−三月の窓口規制の非常にきびしいときにおいて、預金も規制対象外金融機関においてふえておって、そうして貸し出しもふえておる。都市銀行よりもふえておる。そうしてそれが企業に流れていく。そして企業の手元流動性を高める。こういうことで、金融政策というものがほとんど実効をあらわさなかったということでございますので、ひとつ財政政策を金融政策が補完をするような性格を復活するためには、財政政策があまり突っ走りますと現在のところ金融政策はチェック要因、チェックのパワーというものをあまり持っておりませんので、非常に危険な状態になるということをひとつ御注意していただきたいというのが私の四番目の問題でございます。
 五番目の問題は地方財政の問題でございます。地方財政と申しますのは、これは特に景気に敏感でございますところの三税、酒税と法人税と所得税の一定比率にリンクをいたしまして、そして地方交付金というものはきまってまいります。したがいまして、たとえば景気が非常に悪いとき、昭和四十年のような段階においては、ほとんど絶対額において不足をするというような状態を来たします。しかるに、昨年及び本年度というようなものは非常に景気がよろしいものですから、地方におけるところの税収入というものも非常によろしゅうございます。そうすると、それを国家が吸い上げてしまうという形でなくして、悪いときのために、景気の悪いときの絶対額の不足をカバーするために、地方自治体においてひとつ資金、こういうものをプールしていただく、好況時において一定の割合をプールしていただく、そしてそのプールをしていただいたものを、不況の段階において地方自治体がそのプール基金から出して、そして運用するという方法をひとつお考えをいただきたいということでございます。
 第二番目に、日本列島メガロポリスのような段階において、貧しいところの県も、資金を必要といたします場合に、地方自治体同士において貸し借りができる、こういうようなシステムをお考えをいただきたいということでございます。
 第三点の問題は、住民税が非常に高過ぎます。私、現にここに私の住民税を持ってまいりました。国税は大体五千円でございます。住民税は一万五千円でございます。毎月二万円の税金が引かれておりますが、国税の約三倍の住民税を取られております。これは決して私のかせぎがいいということを意味しておりませんで、住民税のあり方が非常に――六十三万円という免税点であるということ、比例税法の方式であるということ、それからしかも、地方税の徴収基準というものがあまりにも非科学的であるということ、したがって、これを科学的、理論的に基準を制定いたしましたならば、決して地方財源を減らすことなく、むしろふやすことも可能ではなかろうか。したがって、ぜひ住民税というものの点において、いわゆる地方税の徴収の問題を第三点として申し上げたいと思います。
 第四番目の問題は物価問題でございます。物価問題につきましては、私は、五・五%以上にアップすることは、これは絶対に避けていただきたいと思います。定期預金は一年預けて五分五厘でございます。そして五分五厘以上に物価が上がりますと、受け取った段階において実質的な価値は下がっております。というような事態が生じるということは、まことに好ましくないことでございますので、これが一つの私のメルクマールでございます。しかしながら、国鉄運賃が値上げになりますと、〇・二%の消費者物価の上昇になりますが、これにつられて必ずムード的な値上げというものが出てまいります。ムードの問題はムードでございまして、論理でございませんので、押えようがございません。それが少なくとも〇・五%くらいの値上がりを引き起こすというような可能性を私は含んでいるというぐあいに見ております。当然、それと同時に私鉄の運賃というものが値上げになりますと、消費者物価におきまして約〇・一%の上昇になります。私鉄は、ただいまのところ、ほとんど経営において黒字ということではございませんで、当然、宅地造成というような問題及び沿線の開発という問題を、主としてもうけるところの黒字源泉といたしております。そういたしますと、地価の上昇という問題を当然呼び起こしてまいるところの論理がそこにひそんでおりますし、それからアパートが建ちますと、賃料の値上げという問題になってまいります。そういたしますと、私鉄運賃〇・一%の上昇が、地価上昇の問題を含みまして実は〇・四%から〇・六%くらいの物価上昇というものを来たす、こういう要因を含んでいるということを申し上げたいと思います。したがいまして、そういうようなところから、物価問題というものはことしの大きな問題でございまして、政府のこの原案におきましても、非常にきめのこまかい配慮が配られておりますが、実は五%、五・一%、五・二%というように順序よく、その消費者物価というものがあまりわれわれの皮膚に感じない程度に上昇するのではございませんで、実は急激に上昇するということも考えられるのでございます。九十九度までの水が一度加えると百度になって、液体が気体に化するような状態というものは、昭和二十年におけるところの十一月の段階から、経済政策が決して適切でなかったがゆえに、昭和二十一年の段階において消費者物価が急上昇いたしております。そういうような問題を決して含んでおらないとわれわれは申せないのでございます。そういうような点から、ひとつ物価問題についても私なりの注文をつけたいと思います。
 第七番目に、大型合併の問題でございます。私は、これは条件つきで賛成でございます。ただし、この条件と申しますのは、九月九日に始まりましたところの例のビール四社の値上げの問題、こういうような問題が、当時の宮澤企画庁長官のその意見の発表にもかかわらず、次々に値上げをしてまいりました。しかも、二%のシェアしか占めておらないところのサントリービールも値上げをいたしました。こういうようなことになりますと、合併大型化企業というものは、常に寡占価格、管理価格というものを形成するのだという印象をあそこで実証したような形になります。したがって、こういうようなことは絶対に避けるということを前提にいたしたいと思います。そうして、大型合併の本質というものは何かというと、対外的な資本の自由化と昨年の六月一日から始まりましたところの技術の自由化に対応すべく、技術合併という問題に実は重点がございます。自主技術の開発、それから収益力、それからそれが社会還元がどうできていくかというような、少なくとも四、五年の青写真というものが明確になった限度において、ひとつ合併というものの申請をおやりいただきたいのでございます。そういたしませんでただスケールメリットというような抽象的なことばでもって合併を要請いたしましても、スケールが常にメリットを生むところの保証は何もございません。したがって、大型合併には条件つきで賛成でございますが、もう少しきめのこまかいところの合併というものの指導をひとつしていただきたい、こういうぐあいに考えるわけでございます。
 時間が参りましたので、私最後に申し上げたいのでございますが、経済が高度成長をいたしてまいりました。GNPでソビエトを抜きましてついに世界第二位になりました。しかしながら、ここで人材の高度成長もパラレルに進めていきたい。これは、私も乏しいところの一人の教師として最善の努力を傾けるつもりでございますが、国会の諸先生方におかれましても、高度経済成長とパラレルに人材の高度成長というものをはかるための御努力もひとついただきたい。十分にお考えであろうと存じますが、蛇足になるかと思いますが、重ねてお願いを申し上げておいて、私の公述を終わらしていただきたいと思います。どうもありがとうございました。(拍手)
#55
○田中(龍)委員長代理 次に、川崎公述人にお願いいたします。
#56
○川崎公述人 ただいま御紹介いただきました川崎でございます。
 昭和四十四年度の政府の予算編成方針は、経済の持続的成長と物価の安定を目標といたしまして、まず第一に、財政面からの景気刺激を避けること、第二に、税負担の軽減をはかり、所得税、住民税の軽減を行なうこと、第三に、公債依存度を引き下げること、第四に、総合予算主義の原則を維持するということでございました。このことは、警戒型の予算編成を意図したことを示しておるものと思われます。しかしながら、現実に示されましたところの政府案は、右の目標とはまことにほど遠い、またある場合には逆の姿をあらわしているというようなことが感じられるのであります。
 第一の、財政面から景気刺激は避けるという点を見てみますと、一般会計六兆七千三百九十五億円、財政投融資三兆七百七十億円の規模は、どのような見方をしても、景気を刺激しないとは言い切れないものと思われます。一般会計の対前年度伸び率は一五・八%であり、政府の経済見通しによる名目成長率一四・四%を大幅に上回っております。四十四年度は、海外の経済、貿易の伸び率は四十三年度よりもかなり鈍化するものと予測される上に、国際通貨不安という背景が控えているので、海外情勢の動きには予断を許さないものがあると思われます。国内経済はすでに私たちの見るところ過熱ぎみであって、岩戸景気をも上回るような勢いにあるのじゃないかというように思われます。さらに、消費者物価は根強い上昇傾向を強めている現状でございます。このような状態において、予算は当然景気に対しては警戒型でなければならないのであって、予算規模は極力圧縮しなければならないと思われます。また財政投融資も、一般会計に計上できなかったものを織り込むという型で処理したために、この面からも景気を刺激するおそれなきにしもあらずという事情がございます。さらに、一兆二千億円という自然増収が見込まれながら、四千九百億円にものぼる国債を依然として発行している。また、国有財産特殊整理資金特別会計、退職給与引き当て金を削る等、財政規模を故意に縮小するという操作をしているというような、このような面も見られます。景気刺激型予算を証明するかのように、大蔵大臣は、景気動向を見て財政支出の留保、繰り延べなど予算執行を弾力的に運用すると述べておられます。日銀をはじめ金融筋からも、先行き警戒感を強めており、慎重の声も出ている模様であります。
 以上の観点から、四十四年度の予算は完全に景気刺激型予算となっていると思われるのであります。
 第二の減税について見ますと、一兆二千億円の自然増収は、現在の景気動向から見ても、少し低過ぎる見積もりであると思います。それはともあれ、この配分は、歳出の増九千億円、国債の減額千五百億円、そして減税千五百億円となっております。
 さて、予算編成にあたって、減税か国債減額か、二者択一の問題として激しく論争されてまいりましたが、これはその財源に対する見通しを過小評価し、一方を通せば一方は通らないという考えを前提として行なわれているものであります。大幅自然増収が見込まれる来年度にこそ、この二つを実現すべきではないかと思うのであります。
 さて、税制改正によりますと、所得税の課税最低限を、夫婦と子供三人の勤労所得者の標準家庭で八十三万三千二百二十五円から九十三万五千九十三円に引き上げる。次に、給与所得控除適用額を年収百十万円から三百十万円に引き上げる。第三に、累進税率を緩和するなどであります。
 さて、日本の現在の税制がはなはだ大衆課税となっていることは否定できない事実であります。物価高と高度成長に取り残されている私たち一般大衆のために、課税限度額を引き上げることの必要は、いまや論をまたないところであります。したがって、九十三万円ではまだまだ低いといわざるを得ません。さらに、長く不平等税率として批判を受けてきましたところの中堅サラリーマンの所得税における重い税率を大幅に緩和すべきであると思います。
 国家財政は国民のためのものであって、平等公正の原則のもとに立つのでなければ、少なくとも民主国家における強制徴収権の存在の意義は全く失われることになるのであります。まず、この限界ルールを確保、厳守することを財政立案者は大鉄則としていただきたいのであります。
 第三の、公債依存度を引き下げるという面を見てみますと、四十四年度こそ、財政による景気調整力を確保するために、大幅に減額を行なうチャンスであります。政府は、四千九百億円の国債依存率は七・二七%と説明しておりますが、四十三年度内の減額を考慮していきますと、実はほぼ同額となってしまうのであります。すなわち、四十三年十月の一千億円の減額、四十四年一月の五百億円、そして補正予算が通過して百二十三億円の減額となりまして、四十三年度国債の実質発行額は四千七百七十七億円となるからでございます。決して国債の依存率を引き下げたことには実質なっておらないのであります。政府は公共事業に国債を充てまして建設国債と称し、市中消化の原則を貫くことを強調しながらも、結局日銀買いオペの対象となりまして、日銀券の増発、景気の過熱を起こしていく情勢のもとに、インフレの方向に進んでいることは、まことに明らかであると存ずるのであります。四十四年度のように自然増収が大幅に見込まれるときには、国債は大幅に減額すべきことは当然であります。さらに、国債発行を停止し、すみやかに健全財政に戻すために削減の年次計画を作成すべきであると存じます。
 物価の安定に至りましては、これはまことに論外というほかはありません。物価安定を行なう第一の条件として、総需要の抑制をねらった財政政策をとらなければならないのでありますが、結局前述のごとく刺激型となりまして、物価を刺激することはまことに明らかになったのでございます。また、最近の消費者物価上昇の動向を見ますと、食料と雑費の上昇率が圧倒的に高くなっております。米が食料の中心なら、国鉄運賃を中心とする公共料金は雑費の中心的存在でございます。国鉄の旅客運賃の名目一五%の引き上げが、それだけですでに消費者物価を〇・二%引き上げる要因となりまして、さらに私鉄運賃も上がれば、合わせて〇・三%以上も影響するところがあります。さらに諸物価へ波及することを考えてみますと、物価高騰は必至であると見なければなりません。その上に、予算上は生産者米価とともに据え置きとなった消費者米価にしても、生産者米価の引き上げ、食糧管理特別会計の赤字増防止、そして消費者米価引き上げということも懸念されております。さらに電話の基本料金の値上げ等々と考えてまいりますと、政府の物価安定はただかけ声だけに終わることは、いまやまさに明らかなような気がして、まことに私たちは残念に思っているところであります。
 歳出の面で、最も景気と関係の深い公共事業予算を見てみますと、公共事業費は対前年度比一五・三%の伸びを示しておりますが、社会資本のおくれている現状からいえば、できる限りの充実をはかることが当然でございます。しかし、四十四年度予算を見ますと、総花主義でばらまいたという印象がきわめて強いのであります。公共投資の面で現在最も重点を置くべきものは、住宅、道路、港湾の三つであると見られておりますが、四十四年度の予算の中には、こうした判断が主張されるほど反映されてはいないと見るのであります。公共事業の配分はきわめてむずかしいものでありましょう。たとえば道路、治山、治水、港湾など各種長期計画を達成するには、毎年の予算を二〇%以上伸ばす必要があるといわれておりますが、いまの財政ではきわめてむずかしい。そこで、公共事業費の配分は、事業別の緊急度について、科学的な測定に基づく選択的投資が必要となってくるのであります。公共事業費の運営いかんによっては、景気は強力に刺激されるということを十分に考慮に入れておくべきだと思います。
 以上のように見てまいりますと、政府の標榜する持続的成長と物価の安定は、みなスローガンのみに終わるであろうということが容易に判明してくるのであります。
 また、歳出を見てみますと、一口で言うと、財政硬直化の是正を忘れた歳出膨張型となっております。そして四十四年度予算として、その結果は新しい硬直化の種をみずからまき散らしているのではないかということが感ぜられます。一例をあげてみますと、一般会計からはみ出した復活要求は財政投融資に回ったが、ここで便法が目につきます。すなわち、国鉄再建のための国鉄財政再建債の発行など、その典型的なものでありまして、その利子を一般会計で補助する仕組みにしております。また、この好況にありながら、地方財政から昨年の四百五十億円に引き続きまして六百九十億円を借金し、来年度への負担を残しております。また、防衛費の国庫債務負担行為など、問題を多く残しております。
 次に、歳出の中で注意しなければならない問題として、農業、防衛、治安等の面を検討してまいります。
 総合農政、農業政策につきましては、生産者米価を据え置きとする以上、農業を新しい方向に持っていくべきであると考えられます。しかし、そのときに、予算に計上された作付転換のための補助金を出しさえすればよいというものでは決してないはずであります。稲作を中止すれば、新しい作物、畜産を行なう者に低利融資を行なうなどの施策を講ずるのが適当であると思います。稲作中止の補助金を単に支給するだけでは、水田を放置して遊ばせておくこととなり、再生産とは決してならず、補助金は死に金になってしまうものであります。また、米が過剰であるにもかかわらず、新規開田を続行する予算まで含まれているのであります。こうしたものについては、米の供給を安定させるために、大型農耕機により大型営農を可能にするものに限るといった方法をとるべきではないかと思います。まして、米の倉庫新設の補助金六十億円などは、米の過剰に便乗した措置としか考えられないのであります。これは米の過剰が恒常的に続くという前提に立っているようでございますが、いずれ米の需給が正常化となったときには、農業倉庫の経営困難が続出するという種をまくようなもので、この点、最も慎重を期するべきものであると思います。
 次に、自衛力の増強政策、特に自衛隊の増員に対しても、大きな疑問を感ずるものであります。陸上自衛隊の定員六千人増は、第三次防衛力整備計画に基づくものでありますが、昨年十一月末現在一万五千八百十六人もの欠員があって、計画どおり募集できないという状態がありますが、この状態のもとで、定員だけを形式的に増加しようということは納得できないところであります。定員増加を認めるということであるならば、公共福祉的な方面、たとえば保育所関係とか公害関係などの増員をはかってもらいたいのがわれわれ一般国民の考えでございます。
 また、七〇年対策としての機動隊及び検事の増員が予算に計上されましたが、もちろん機動隊の必要性は否定するものではないとしても、増員を必要としているような事態になっているかというところの認識があいまいであって、明瞭を欠いております。特に公安係検事の増員については、判事の増員をはかって裁判に時間がかからないようにしていただきたい。このほうがむしろ一般国民の願うところでございます。
 最後に、わが国が先進国としての立場を固める意味からも、海外経済協力が必要となることから、経済協力関係を見てみたいのであります。
 わが国の経済力は、四十三年度の国民総生産が五十兆円の大台に乗り、四十四年度は五十七兆円と、先進国の中では西ドイツを抜いて、アメリカに次ぐ実力を備えてまいりました。こうした点から見て、世界の平和を希求するわが国において、進んで経済協力を行なうことは当然であると思われます。
 そうした国力の充実を背景に、政府もここ数年経済協力に力を入れてきております。四十年度五十五億円、四十一年度百七十六億円、四十二年度二百十四億円、四十三年度五百六十八億円、四十四年度七百二十八億円、右の数字が示すように、相当高い伸びを示しております。その他財政投融資の資金を使っての海外経済協力は、海外経済協力基金を中心にいたしまして、日本輸出入銀行等の機関も行なっております。そして、そのための運用資金の量も年々ふえてきております。
 ところで、わが国の従来の経済協力は、賠償と結びついたものが多かったことも特色の一つであります。これは第二次大戦によってアジア諸国を戦場にしたという意味からも、一面やむを得なかった。ただ、そのことは、他面、わが国の経済協力が効率の悪いものになったということもいなめない事実であります。すなわち、賠償は戦勝国が一方的に、敗戦国は何もいえないという立場に立たせられるからであります。その最も典型的なものが、インドネシア賠償を担保にした経済協力でありました。わが国がインドネシアに建設したホテルとか紡績工場等は、ほとんどが稼働せず、投資した資金がむだになっておるということを新聞等は伝えております。インドネシアで成功した唯一の経済協力は乾電池工場だということであります。とにかく効率の悪い捨て金的な金を使うという使われ方となったことは、まことに国民として残念でございます。
 次に、その東南アジア諸国をさらに西へ行きますと、西アジア地方がございます。この西アジア地方は、中東ないし中近東諸国と称される国々であります。一がいに西アジアと申しますと、パキスタンから西のほうとしますと、アフガニスタン、イラン、イラク、シリア、レバノン、ヨルダン、それからアラビア半島へ行きましてサウジアラビア、クウェート、イエメン、南イエメン、それからアラビア湾、一般にはペルシア湾と称されておりますが、アラビア首長国連邦、それからトルコ、ここまでは完全にアジアであります。アジア州の一角であります。なお、中近東と称される場合は、かのエジプト、すなわち現在のアラブ連合共和国、それからリビアまで中近東諸国に入る国国であります。この中東諸国は実は私の専門研究に属する地域でありますが、いまこの地域の政治経済について説明する時間がありませんので総括的に申し上げます。
 これら中東諸国は、あるいは西アジア諸国はと言ったほうがよろしゅうございましょうか、西アジア諸国はことごとく発展途上にある国々であります。そしてこれら中東諸国に対して日本がどのような開発援助を行なってきたかを顧みますと、それはまず援助というよりも協力というべき種類のものであります。まず石油事業について、昭和三十二年、サウジアラビアとクウェート両国間の中立地帯の沖合い、ペルシャ湾に海外油田の第一として、堂々たる海底油田開発事業が行なわれ、また最近においても日本の他の二つの新しい会社が、このアラビア湾中、湾岸に石油開発事業に進出しております。昭和三十三年、アラブ連合共和国に対する三千万ドルの延べ払いワク、いわゆる高碕借款と称されるもの、同じく昭和三十三年アラブ連合におけるスエズ運河改良工事、昭和三十六年、サウジアラビアにおける自動電話網プロジェクト及び石油化学工場プロジェクト、昭和三十八年、トルコにおける電話交換施設拡張計画、昭和四十一年、トルコにおけるレーヨン、パルプ工場プロジェクト、同じく昭和四十一年にイランにおけるスタジアム建設工事、その後サウジアラビアにおける製鉄所、製油所等々ありますが、実はこれらの中には日本側に落札せず失敗に終わったものも含まれております。
 さて、日本が世界の開発途上にある国々に対して経済協力した総額の中で、西アジアないし中東諸国に対する経済援助は、比率においても絶対額においてもきわめて小さいし、むしろ減少している状態であります。そこでその不振の原因をたずねてみますと、第一に、日本国政府自体が西アジア、中東地域に対して十分な力をさき得ない状態にあったことであります。第二に、西欧諸国の業者との競争において日本の業者がこれに対抗するのは容易でなかったことは考えられます。第三に、日本の民間業界の中東諸国に対する姿勢自体にも積極性を欠くうらみがありました。また第四には、中東諸国における政府当局の態度や考え方に無理な点も見られました。中東諸国の多くは、西欧諸国と同様の条件を初めから日本に要求する傾向があったのであります。
 しかしながら、いまや、日本としてアジアの平和と発展のために、ただインドネシア、ポスト・ベトナムというベトナム、そういうことももちろん必要でありますが、それ以外に、同じくアジアの一角に座を占めているところの西アジアの諸国、中東諸国を軽視することはできないと思います。
 私たちの期待するところは、日本政府の積極的なリーダーシップによって幾多の困難と障害を乗り越えて中東への進出をはかっていただくことであります。相手国が望むものをよく検討して、問題がある場合には外交ルートに乗せまして、積極的に相手国と交渉することが大事であります。いわんや西アジア、中東諸国においては現在膨大な経済開発計画が存在しているということ。しかも彼らは世界有数の石油産出国であって、この諸国の半分は相当に経済力にも余裕がありますので、さらに技術援助、経済援助、教育援助という点にまで日本政府が今後大きな力を差し伸べてくださることをここに強く要望いたしまして、本日の公述を終わることといたします。(拍手)
    ―――――――――――――
#57
○田中(龍)委員長代理 これより公述人に対する質疑に入ります。
 質疑の通告がありますから順次これを許します。竹本孫一君。
#58
○竹本委員 私は主として矢島先生に若干の質問を申し上げたいと思います。
 先ほど、先生から、日本の財政の今日的課題について数項目にわたって御指摘がございました。私はそうした問題に入る前に、財政の基本的な姿勢といいますかあり方について、特に先生の御意見を伺いたいと思うのであります。
 それは、財政において一番大切なことは、長期的な視野に立った一貫性と総合計画性であろうと思います。この長期的な計画性というものがなければおよそ日本の、先ほども御指摘がありました経済の安定的な成長とか、計画的な運営というものは不可能になってしまうわけであります。そうした中において一番残念なことは、日本の財政というものはそういう長期展望や長期の計画性を持っていないと思うのであります。
 その第一の特色を申しますと、たとえば大蔵大臣が財政の基本的な姿勢あるいは理念として述べておられることが毎年変わっておる。これはたいへん珍しいことでもあるし、また驚くべきことでもあろうと思うのであります。先生、公債の御指摘がございましたけれども、福田大蔵大臣が初めて四十年でございますか、公債、特に赤字公債を導入するときには、これは財政の主導型の経済成長をこれからはやるのだ、あるいは財政新時代が新しく開けてくるのだと、非常な宣伝をされたわけであります。財政新時代が到来するのだということでございましたので、われわれ財政を勉強する者から申しますと、この財政新時代にはさぞかし日本の経済、財政、金融の全体について、国の財政の主導力によって本格的な計画的な総合的な施策が行なわれるものであろうと期待をいたしました。ところが、この財政新時代とか財政主導型の経済成長といったものがいつの間にか、翌年でございましたか変わりまして、今度いわれたのは財政硬直化の打開、またそれとの関連における総合予算主義という――意味が私にはよくわかりませんけれども、そういう総合予算主義というものを打ち出してまいられた。かと思うと、今度は御承知のように昨日補正予算をまた出されておる。まあ言ってみれば、日本の財政の指導原理と申しますか政策理念というものが毎年変わる。一番長期的で計画的で一貫的でなければならない財政の姿が、こんなに毎年その指導理念において変わってくるということは、これは財政新時代ではなくて財政珍時代、奇現象であると私は思いますが、財政の基本的姿勢についての先生の率直なるお考えを承りたいと思うのであります。
#59
○矢島公述人 竹本先生の御質問にお答えいたします。
 私、財政の基本的な理念と申しますのは、やはり長期的な展望というものを理念的に明確化するということが第一点だと思います。第二点は、事情がいろいろ内生的及び外生的に変わってまいります。非常に偶然的な要因もございますが、少なくとも基本線においては、量の問題ではございませんで、質的な変遷ないしは変換をしないで済むような長期的な展望のもとに、財政というものは組まれるべきであるということを考えております。
 したがいまして、いま竹本先生から御指摘のございましたように、財政主導型の経済時代に入ったという福田大蔵大臣のお話から財政硬直化の問題が出てまいりまして、財政硬直化を打開するために総合予算主義というものがとられたわけでございます。そして、私はそれの二年目として実は受け取って、財政特に大蔵原案を私は私なりに検討しておりましたのですが、今回また補正予算が出るということになりますと、一体財政の基本的な理念というものは、その場その場によって変わってくるのかという疑問を、私もやはり竹本先生同様に持っておるところでございます。特に私、先ほど申し上げましたように、財政主導型の経済時代に入ってまいりますと、財政が大型化してまいります。そして、特に国債をかかえ込んだ財政という問題になってまいります。そういたしますと、景気の抑制型というよりもむしろ非常に景気刺激型になってこざるを得ない要因というものが非常に多くなってまいります。そのときに補完をすべき要因は金融政策でございます。ところが、先ほども申し上げましたように、金融政策が実際的な効果をストレートにあらわし得ないというような問題をも、ひとつここでぜひお考えをいただきたいとこういうぐあいに思います。基本的な線においては、確かに財政の基本的理念というものは、長期展望のもとに行なわるべきであるということにおいては、私、竹本先生のお考え方と同じでございます。
#60
○竹本委員 その観点から、学者としての矢島先生の率直な印象、感じを承りたいのですが、われわれは財政制度審議会というもののあり方も、財政の長期計画性といったものの上に立って日本の政府を、こういうふうな財政、予算の編成にというようなことで――まあ昔は、財政の五カ年計画あるいは十カ年計画がいわれたこともありますが、私の感じでは、財政制度審議会なんというものは、そういう長期の制度的なもの、あるいは長期の計画というものを立てて、それで政府をある意味において引きずっていくぐらいのリーダーシップがなければならぬと思うのです。ところがいま日本の財政制度審議会の現実のあり方は、何だか政府のちょうちん持ちをしてみたり、あるいは便宜体的な役割りを果たしたりして、基本的な指導性というものが欠けておるとまあわれわれは見ておるのですが、学界にあられて先生方はどういう印象を持って財政制度審議会を見ておられるか、印象を承れればありがたいと思います。
#61
○矢島公述人 いまの竹本先生の御質問にお答えをいたします。
 まことに表現は適切ではございませんが、もしそういう場合にはお許しをいただきたいと思います。
 私は財政制度審議会のあり方を、昭和三十九年の税制に関する答申の段階において、いかに政府が受け取るかということに非常に大きな関心を払っておりましたが、それが全く無視されました。ということは、むしろ政府と財政制度審議会との間には、引きずっていく、引っぱられていくというような関係がもう断ち切られておるというように、残念ながら考えざるを得ません。しかしながら、ここで長期の展望のいささかの点があらわれてきたと申しますのは、今度の予算案におきまして累進課税の問題についての税率の手直しというようなものが、もし適切に行なわれ得るならば、これは少なくとも財政制度審議会がかつて答申されましたことが、われわれが忘れちゃったころに政策の中に織り込まれ始めたという点で、クモの糸のような関係があるんではなかろうかというぐあいにだけ私は考えられます。
#62
○竹本委員 次は、ポリシーミックスの問題でございます。いろいろ先生から公債政策なり金融のあり方について御批判がございました。私は、しかしポリシーミックスという考え方も、ことばとしては非常にりっぱなことばでございますけれども、その運用の面から申しますと、日本のポリシーミックスは間違っておると思うのです。ポリシーミックスの正しいあり方から申しますと、先ほどの先生のことばをかりて言うならば、財政政策と金融政策とが相互補完、お互いに助け合って補い合っていくというところになければならぬ、こう思うのです。ところが現実には日本のは財政が、猪突猛進と私は言っておりますけれども、大きくなっていく。金融はそれに対してしりぬぐいをやるというような関係で、従属的立場に立っておる。対等な立場に立ってお互いが補完し合っていくということではなくて、たとえばアメリカがこの前やりましたように、一〇%増税をやる、財政は予算の削減もやる、増税もやる、そういうきびしい姿勢をとったときには、アメリカ経済全体的な視野からいって、公定歩合を引き下げて、金融は少し緩和する、これで初めて全体の経済の運営がスムーズにいくと思うんですね。こういうようなあり方が、初めてポリシーミックスのポリシーミックスたるところであって、日本のように財政は、いまお二人の先生から御指摘がございましたように、景気刺激型になる、あとは金融のほうで引き締めて適当にやってくれといったような形で預けられたのでは、日本銀行をはじめ金融界もいささかまいっておるのではないかと思いますが、要するに金融政策は、特にいま先生が御指摘のありましたように、その影響力というものが薄くなってきている、無力性が感ぜられるような時代において、なおさら困るでありましょうが、全体的な視野から申しましても財政のしりぬぐいといったような形であり、従属的立場に立たされておる。これではほんとうのポリシーミックスではない、こう思いますが、先生はいかがですか。
#63
○矢島公述人 竹本先生の御質問にお答えいたします。
 私、まさに同感でございまして、現在ポリシーミックスということばは使われておりますが、そのことばは本来当初このことばが使われましたときと、いささかその実際的な面において、日本ではポリシーミックスということばの効果が現実の経済政策の面にはあらわれていないというぐあいに私は断定をいたします。その一つの理由は、アメリカにおいても非常にいい例でございまして、ニューエコノミックス派がケネディの政権以来台頭をいたしまして、財政主導型の、要するに経済政策をとってまいりました。国際収支の赤字を犠牲にしてでも国内の経済成長を遂げようという政策を、大胆に表面から掲げました。その結果、金融政策はほとんど無効になりました。というよりも、むしろ無効になる前に金融政策は補完ではなくして、もうなくてもよろしいんだというぐらいな発言が盛んになされました。そこで問題になりますのが、フェデラル・リザーブ・バンクのマーチン議長がヒステリックに常に発言をしております。アメリカの経済は破産するというようなことを盛んに警告をいたしておりますマーチンのヒステリーの原因は、実はここにございます。つまり金融政策を軽視したりして、そうしてしかも財政主導型の経済で経済成長というものを遂げていくんだという姿勢は、決して経済政策としては健全ではないんだということを、盛んに彼はアメリカの連邦準備銀行の要するに理事長として発言をしているわけでございます。
 ところが皮肉にも、ジョンソン大統領が一月の十五日、彼が去ります場合の教書において、初めて黒字予算というものを明確に出してまいりました。いままでは黒字予算というものを出してまいりません。黒字予算を明確に出してきて、ということは、つまり金融政策の活躍し得るところの場を用意したことを意味いたします。そうして財政と金融と両政策が補完性を持たなければ経済は安定をしながら成長を続けていくことができないんだということを、実はジョンソンの引きぎわの教書の中において述べているということは、まことに皮肉な現象だと思います。したがいまして私は、金融政策が実効をあらわさない段階において、二つの問題をお考えいただきたいと思います。
 一つは、財政主導型だけで、あとの問題においていろんな問題が起こった場合には金融政策で何とかカバーをしてくれということは、現在のところ事実問題として困難であるということ。したがって、財政主導型のあり方において、金融政策が現在あまり働かないということをよく了承の上において、財政主導型を主張していただきたいということが第一点でございます。
 第二点の問題は、それと同時に、金融政策の政策的効果があらわれるようなあり方というものも、第二点としてお考えをいただきたいわけでございます。それはいままでは中央銀行、都市銀行というものを通じて資金散布が行なわれておったわけでございますが、今度は――これが規制対象の金融機関でございます。規制対象外金融機関というものもだんだんに、たとえば生命保険、損保及び信託銀行、相互銀行というようなものでございますが、そういうようなものもワクの中に次第に織り込んでいって、金融の中央銀行から金融政策として浸透し得るような姿勢というものも第二段の問題としてお考えをいただきたい、こういうぐあいに考えております。
#64
○竹本委員 時間がありませんので簡単に今度はお伺いをしたいのですけれども、結論だけでけっこうですが、インフレの問題であります。先生の専門的立場から、先ほど五・五%の定期預金の利子のお話が出ましたけれども、インフレとは何かという先生の定義を、ひとつ簡単にお聞きしたい。
 それから第二は、ことしの物価上昇は、いろいろ私鉄その他ムード的な値上がりの問題も御指摘がありましたけれども、私は、政府の五%論に対しておおむね六%の上昇を見るであろうと見ておりますが、先生は何%ぐらいまでことしは上がるであろうというお考えであるか、その点を伺いたい。
 関連しまして、第三に、物価が五・五%以上に上がっておるということは困りますが、しかし五・五%とか、五・七%というなら、それ自体破壊的混乱を起こすというほどの問題ではいまはないと思うのです。しかし私どもが、よくいわれるインフレとして一番おそれておりますのは、いま上がった五%のレベルを、そのうち七%に、一〇%にというカーブが急上昇を始めるというきっかけがありはしないか、そういう内在的矛盾を持っていはしないか。いま五%でもそれが大きな問題ですけれども、あるいは六%でもたいへん問題ですけれども、もっと深刻な問題は、爆発的にカーブが急上昇をするという内在的矛盾を日本の経済、財政の中にはらんではいないかという点を一番私は心配しておりますが、その三番目の点についても御見解を承りたいと思います。
#65
○矢島公述人 いまの御質問にお答え申し上げたいと思います。
 インフレの定義はいろいろございます。しかしながら、少なくとも理論的な問題と申しますよりも、私は日常生活の中においてインフレの定義をまず大衆、できるだけ最大多数の人が認識し得るところのインフレの定義をまず第一点に申し上げたいと思います。
 これは、先ほど定期預金のお話を申し上げました。一年預けまして五分五厘の利息をもらったところが、預けて銀行にさんざん使われたあげくに実質価値が下がっているというのでは、これはまことに困ります。銀行とは何ぞや、合法的な詐欺機関ではないかというような誤解を生むとまことにまずいわけでございます。
 またもう一つの問題は、働く者といたしまして、五・五%以上に賃金が上がりませんで、五%の賃金の上昇しかないということになりますと、実質所得が昨年よりもことしは減ります。また来年五・五%上がって、労働者の賃金が五%しか上がらないということになりますと、またことしよりも来年は実質所得が下がります。そうすると、われわれは何のために定年まで働いているかと申しますと、初任給に一歩でも近づこうと思って働いているというようなアクロバットな現象が生じます。これはまことに好ましくない現象でございます。したがって、働く者及び日々の金を預けるような方々、わずかな零細な資金を預けるような方々でも、実質の価値を減少しないような、日常生活において何人も納得のいくもの、これが大体五・五%がボーダーラインでございます。したがって、その大多数の方々が納得のし得るところの限界を――これは上限でございます。下限でございません。これを要するに私は生活の知恵として、インフレとして定義をいたしたいと思います。
 それから第二番目の、要するにインフレの上昇率は今年度の見通しで大体どのくらいになるだろうかという御質問にお答えいたします。
 私は、率直に申しまして五・五%を残念ながら上回るであろう、少なくとも六%に近いところまで、ことによっては。たとえば、水道料金の値上げであるとか――水道料金を値上げいたしますと、クリーニング料金からふろ屋さんまで値上げいたします。ふろ屋さんが値上げすると、水に関係したところのものは、水くさい話ではなくして、そこでは非常に緊密に上がってまいります。そういうふうな問題がございます。それから電話料金の値上げ、これも特に個人のでございます。そういうようなものが上がってまいりますと、少なくとも六%に近いところと六・五、六%のところとの間において実はきまる。
 ただし、もう一つわれわれが皮膚で感ずるところの物価上昇というのは、もっともう一つ別にございます。たとえば、日常生活をしているところの最も身近なもの、これにおいては一万分の四千幾らかのウエートがかかっておりますが、それにもかかわらず、非常に十何%というような値上がりを皮膚で感じます。数字で感ずるといかにも説得力を持つようでございますが、現実になま身の人間として生活している以上、皮膚で感ずるものもこれは大事にしなければなりません。そういうようなことを私は二番目の問題としてつけ加えさせていただきたいと思います。
 第三番目の問題でございますが、インフレの問題は徐々に上昇をしていくという保証は何もございません。たとえば、構造上における変革の問題それからまた、合理化の不徹底化の問題、それからまた、特に労働力の問題、そういうような問題から、先ほど申しましたように、液体である水が九十九度までいって、ある一度を加えますと、百度になって気化して気体化するというような奇態な現象が生じないとも限りません。その現象のデータがちょうど昭和二十年から二十一年のところにございまして、二十年の段階においては非常に――終戦直後でございまして、物が不足して、それからまた、あらゆるものが統制をされております。しかしながら、それのはずし方の段階が非常にタイミングが悪かった。つまり経済政策においてよくなかったというところから、二十一年から諸物価が、特に消費者物価が急上昇いたしております。これは決してなだらかな坂ではなくして、非常に鋭角的に上昇しておるというデータが出ております。こういうようなことが三番目に対するところのお答えになるかと思います。
#66
○竹本委員 われわれサラリーマンの努力は、初任給に近づくための働きであるというたいへん名言をお聞かせいただきまして、ありがとうございました。私の友人に大蔵次官をした人がおりますが、彼が私に率直に話したことがあります。税務署長になったときが――当時百五十円ぐらいだったでしょうが、一番生活が楽だった、局長になり次官になって、大蔵次官のときが一番生活が苦しかったということを告白した大蔵省の私の友人も現におりまして、ただいまのおことばは非常に印象的でございます。
 そこでもう一つ、地方住民税の問題でございます。これは御承知のように、課税最低限が中央の所得税に比べて三十万円も違っておる。先生みずから、一万五千円の住民税はたいへんだというお話もありましたけれども、この地方住民税、今後の減税のあり方としては、中央の所得税の減税に力を入れるのか、あるいは地方住民税のほうに力を入れるのか、あるいはその両方か、いろいろ考え方がありますが、財源の問題もありましていろいろむずかしい問題でございますが、何としてもこの地方住民税の減税ということにはいままで以上画期的な努力をしなければならぬと思いますけれども、その点についてのお考え、さらにできれば、その具体的なお考えもお聞かせいただければなおありがたいと思います。
#67
○矢島公述人 お答えいたします。
 私、自分のささやかな月給袋の中から引かれますこの住民税のいかに多いかというデータをここに持ってまいりました。これは一番最初のほうからずうっと住民税やいろいろ引かれてまいりまして、そうして最後に手取り額が出ております。私は決して初めのほうを絶対に見ません。最後の手取りの金額だけを見ておりました。ところが、あまりに少ないので、あるときふと見ましたところが、住民税が、正確に申しますと一万四千百三十円毎月――これは十カ月でございますが、取られております。こういうような問題を考えますと、国税の、要するに所得税減税というものにおいては非常に多くの議論がなされておりますが、地方の住民税減税についてはほとんど議論がなされておらない。これは私の不勉強のせいかもしれませんが、なされておらないということを私は痛切に感じまして、実はこの問題を提示したわけでございます。
 特に地方財政との問題においてお答えを申し上げたいわけでございますが、地方財政の問題というものは、先ほどの公述のところでも申し上げましたように、好況時には財源が地方財政へどんどん入ってまいります。資金が入ってまいります。ところが昭和四十年度の不況期のようなときには絶対額がまず第一に不足するということ、それと同時に、不況でございますから地方債を発行してもなかなかその効果があがらないということ、こういう事態がございます。
 それから第三番目に、しからば好況時にはどうかと申しますと、好況時には国家のほうが借金としてお吸い上げになるということになりますと、地方は要するに地方自治という名だけでもって、自分の思ったそれぞれの県の個性のある、それぞれの地方の個性のあるところの行政の妙味をなかなか発揮することができません。これは東京都における区の関係と同じような形で、資金配分を上からあてがわれて、そしてもう文字どおり一〇〇%に近い財政硬直化を来たしております。そういうようなことは決して望ましくございませんので、地方の場合においては、好況時には資金をプールしておく。プールしておく場合に、国が立法化しなければならないと思いますが、そして各県がその基金をプールするところの委員会なりをこしらえまして、そしてそれの運用の方法において、いずれ不況時なり、ないしはたとえば万博の行なわれる場合には、予算に組まれている以外に大阪府独自でもやりたいと思います。そういうような場合に、大阪府としてこの基金の運用について国に許可をお求めになるというようなことになりますと、各県各県で非常にきめのこまかい、そしてまた地方自治としてほんとうに実質的な地方自治が確立できるのではなかろうかということが第三番目の問題でございます。
 それから第四番目の問題は、住民税の問題がこのように非常にきびしいのでございますが、地方も財源が必要でございます。だから住民税を納めることにおいてはやぶさかではないと私は信じます。ただ、要するにその課税の基準及び課税のあり方が、所得税におけるところのあり方、基準、査定のあり方と違いまして非常に大ざっぱであるということ、もう少し科学的、論理的におやりいただいたならば、決して現在の財源を下回るようなことはあり得ないというぐあいに考えます。
 そういうような形で逆に地方財政の問題の確立ができるということ、それから地方自治というものが名前だけでなく実体が確立されるということをあわせて申し上げて、お答えにしたいと思います。
#68
○竹本委員 最後にもう一つ伺いたいのですが、それは企業の合併、集中、大型化の問題であります。
 私は先生の公述の中で特に注目をいたしましたのは、スケールメリットを中心にしてこの合併の問題がいわれておると思うのです。しかし規模が大きくなってもそれのマネージメントがうまくいかなければ、結局大きくなっただけに矛盾を拡大再生産するということだけにしか役立たない。その点について、いまの公取のやり方なんかにつきましても私は一つの意見があるのでございますが、先生も御指摘になりましたように、資本の自由化、技術の自由化の大きな波の中で企業が合併し集中するということは、私は一つの経済の必然の流れとしてこれは受け取らなければならぬと思っております。しかしその受け取り方の問題ですけれども、ただ規模が大きくなればいいのだ、資本の額が大きくなればいいのだといったような、スケールメリットだけを中心に考えた受けとめ方は間違いである。むしろへたをすれば、大きくなっただけマネージメントがうまくいかないと矛盾が大きくなるという心配も私は実はいたしておるわけでございます。そして公取のあり方からいっても、今度合併した後にその企業の運営、マネージメントはどうなるかということについてもう少し科学的に突っ込んだ調査をやるべきだ、検討をやるべきだということが一つ。
 さらにもう一つは、もし合併した結果、その所期の青写真のようにうまくいかない、あるいは逆に独占的あるいは寡占的な価格をつくり上げて社会公衆にも迷惑を及ぼすといったような場合には、いまは独禁法はほとんどアフターケアをやっておりませんけれども、独禁法自身を改正してでもアフターケアについて国家的あるいは社会公共の見地から指導監督ができるような仕組みにしなければいかぬ。つくるときにも、もう少しマネージメントの革新が行なわれるような、ほんとうの意味でスケールメリットが生かされるようなあり方に十分検討を加える。さらにできてしまってからもアフターケアを十分やって、国家経済にいささかもマイナスの面がないように指導監督することが必要ではないかと思いますけれども、そうした面について、独禁法の改正をも含めて御意見を承りたいと思います。
#69
○矢島公述人 ただいまの御質問にお答えをいたします。
 私は基本的に竹本先生の御意見に大賛成でございます。私、非常に新しいことばをここで竹本先生からお伺いできたことはうれしいと思います。実は合併のマネージメントということばはいままでどこでも使われておりません。そしてそれと同時に、合併のマネージメントということが非常に必要であるということを、実はことばとしては表現できませんでしたけれども、内容としては実は考えておりました。実は大型合併の問題がいろいろ議論になっておりますが、合併のマネージメントということについてまでの考慮が払われていないところに、今日の大型合併論におけるところの問題があると思います。
 そこでまず基本的な私の姿勢は、先ほども申し上げましたように大型合併につきましては、資本の自由化、それから技術の自由化の段階において、これは条件つきで私は賛成でございます。その条件と申しますのが、先ほど申しましたように技術合併ということにある一つのウエートを置いていただきたいということ、それから第二番目には長期的な青写真というものをはっきりと提示していただきたいということでございます。たとえば合併をすることにおいて自主技術がはたして開発がどのようにできるのか、それからまた収益が一体上がるのか、それからまたその収益のうちの一部が社会的に還元し得るのか、そういうような長期的な青写真が提示されて初めて合併についての論議が行なわれるべきだということにおいては、私は竹本先生のお考えと全く同じでございます。
 それから三番目の、社会的還元についての独禁法はアフターケアをやっておらない、したがってそういうようなものについてもひとつ独禁法改正を考えることもあり得るのではなかろうかというように私は御質問を受け取りましたが、まず第一の問題は、長期的に完全なそういう青写真をこしらえてやる場合に、社会的還元の度合いというようなものをはっきりと実質上の問題として提示できない場合には、これはやはり独禁法においてそこまでアフターケアとして十分に考えてみていいのではないかというぐあいに私も考えます。時間をとりますので、これでお答えにかえさせていただきたいと思います。
#70
○竹本委員 終わります。どうもありがとうございました。
#71
○田中(龍)委員長代理 広沢直樹君。
#72
○広沢(直)委員 予定の時間がだいぶオーバーしているようでありますので、二点だけ川崎公述人にお伺いしておきたいと思います。
 まず第一点は、昨年の七月に経済白書が発表されておりますが、それによりますと、発展途上国に対する昨年度いわゆる四十二年度の経済協力の実績は八億五千五百万ドル、前年比二七・八%の増になっているわけであります。国民総生産に対する比率というのは〇・七四%、このように日本の経済協力の総額というものは増加いたしてきております。ところで先ほど先生お述べになりました中東地域いわゆる西アジアのほうにおいては、比率においても絶対数においてもむしろ減少しているような状況にあるわけでありますが、その点に対して、御研究なさっている観点から、今後どのようにそのことを考えておられるのか、まず第一点お伺いしておきたいと思います。
#73
○川崎公述人 ただいまの御質問にお答えいたします。
 日本の開発途上にある、発展途上にある国々に対する援助の中で、西アジア、中東地域に対する援助が非常に軽いということの事実に対しまして、私たちは常日ごろ非常に遺憾の意を表明しているわけでありますが、この中東に対して日本が、あるいは軽視といってもいいぐらいの立場を従来とってきたという意味においての理由づけとしては、まず第一に、少なくとも日本から近い国国、すなわち東南アジア方面に対する賠償の問題があった。その賠償ということに日本政府がだいぶわずらわされていたということに第一の原因があったように思いますが、実は日本国そのものが西アジアのほうに、いわゆる中東地域に対して十分なる関心を持っていなかったということを、まず第一の要因としてあげなければならないと思います。もっともそこには、ある一部の日本人としては中東に対して目をつけ、開発に対して大いなる力を尽くそうと思いましたけれども、財政運営の上で許さなかったという点も、それは私たちとしても認めるのでありますが、まず第一に、日本が、この日本に近いアジアにのみ集中いたしまして、西アジア方面、中近東という面に対して十分なる研究と調査を遂げていなかったということが第一の原因であると思います。
 ここで私は、先ほど申しましたとおり、特に西アジア、中東地方に対して、あるいはアラブ民族の国々に対しての皆さまの今後の大きな関心を呼び起こしていただきたいと思うわけでありますが、その前に、その西アジア地方において経済開発を阻止していたという条件もここであわせて、きわめて簡単に述べさせていただきたいと思います。
 西アジア、特に中近東、そして特にアラブ諸国と称される国々においては、近年まで土地制度が十分じゃなかったのであります。少数の地主が膨大な土地を持っていたという事実、この土地制度でありますが、これは近年においてだいぶ改革されてまいりました。
 次に、これらの国々においては、石油は膨大なる埋蔵量はあったが石油以外の資源においてはきわめて乏しい。皆さま御存じのとおり、バグダッドの郊外へ行ってもそれは砂漠であります。アラビア半島も大部分は砂漠であるという事実において、石油資源以外には資源が乏しかった。
 第三には資本の問題でありますが、なるほど石油産出国となって膨大なる石油利権料収入が入ったとはいいながら、それはまたそのもので使い道もあり、あるいは一部王さまの世紀的な豪華けんらんたるぜいたくによってという面もありまして、石油から入ってくる金はそのまま一般国民を潤すような経済開発にまでは及ばなかったという事実があります。
 また、この西アジアの国々においてはきわめて文盲率が高かったということ、近年までは文盲率が非常に高くて、あのアラビア半島などは、アラビア語を読み書きするのが実に三%だったという、こういう事実、それから保健、サービス設備も十分じゃなかった。したがって技術者の訓練も実に劣っていた。それに加えて、イラクその他に見るところの人口の増加というようなものが中近東全体としての開発条件を阻害していたということを、ここで一応指摘することができるのであります。
 しかしながら、私たちはそういう国々に対して、日本があくまでもアジアの先進国であり、開発国であるがゆえに、そういう事情のもとのところへ日本がこれから進んでいかなければならないのだということについて、ここであらためて皆さまの御関心を喚起したいと思います。
#74
○広沢(直)委員 先ほどの公述の中で、いままでの海外援助の実績というものに対して、多少評価をなさっていらっしゃたわけでありますが、このたびアメリカのニクソン新政権になりましてから、経済的な保護政策というものを強く打ち出しております。したがってその観点から、今後は日本に海外の経済援助の拡大というものを求めてくる趨勢にある。あるいはまた、こういった発展途上にあるアジアの諸国も、それを大きく望んでいるわけでありますが、その声をそのまま無計画に取り入れたとするならば、いままでに見られたように、現地の後進性にそういった問題が埋没されてしまうおそれがある。これまでの実績、あるいはそれをどう評価されていらっしゃるか。また、今後はそういった面で海外援助に力を入れていかなければならないとすれば、どうあるべきなのか。時間の関係もありますので、簡単にお述べいただきたいと思います。
#75
○川崎公述人 ただいまの御質問にお答えします。
 ニクソンが発表された政策というようなことにも関連されているようでございますが、要するに日本が今後アジアの先進国として、アジアの平和と繁栄を願う国として経済援助、技術援助をしていく面につきましては、この辺で日本独自の自主性のあるところの経済援助、技術援助、そして進歩のおくれている国々に対する教育援助にまでその手を差し伸べていく必要があると思います。
 日本がとってきた海外援助の道をたどってみますと、まず、昭和三十年に対ビルマ賠償というものがありまして、これが最初だと思われますのですが、そのあとにフィリピンに対するもの、インドネシアに対するもの、そして昭和三十五年にはベトナムに対する賠償の形のものがありました。そうして日本が行なったもろもろの事業のあとを見てみますと、そこに感じられるものは、アメリカ政策の肩がわりといいましょうか、アメリカの開発援助の肩がわりを日本がやっているような形、あるいはアメリカの経済開発のそのあと始末を日本が東南アジアでやっているというような感を、たびたびそういう感を深くしたのであります。
 そこで、私は、時間もあまりありませんので、その賠償とはほとんど関係のない、すなわち、かの戦争時代に日本との戦いにおいて直接その戦場とならなかった西アジアの国々に対して、これからの日本独自の開発援助、技術援助、教育援助を推し進めていくべきである。いままで日本が昭和三十年から十四年間とってきた過去の状況を考えてみるときに、私はここに、私がちょうど長年研究していましたところの西アジア、中東諸国、アラブ民族に対する日本の朝野の関心が、この辺でまさに賠償なきところに伸びるものとして、日本独自の見解を進めていただきたい。それにはまさに、いまさらながらでもけっこうでございますが、皆さま方があのアジアの西のほうに横たわっている国々に対して、ここで大きな目を開いて研究調査をして、そうして向こうの国々の要求するものをぴたりとまとめて、そうして困難なものに対しては外交ルートにまで通して、そうして十分なる向こうの開発の希望をいれると同時に、日本からのすみやかなる援助政策を打ち立てることによって、単に、先ほど御質問ありましたアメリカのニクソン政策が述べるところ、云々するところというものを一歩踏み越えたところの日本としての立場で、アジアの繁栄と平和を願うことには最もふさわしい道として、そのような中近東への進出をここで訴えたいと思います。
#76
○広沢(直)委員 それでは最後に、矢島公述人に一点だけお伺いしておきたいと思います。
 というのは、現在経済が著しく成長している中で、財政の節度ある運用ということが強調されているわけであります。先ほども、今回の四十四年度の予算に対して、多少刺激ぎみである、こういうお話でございました。先ほどの、前の公述の方は、これは中立的あるいは警戒的である、こういうふうにおっしゃっておられます。まあ大体いまの世論は、エコノミストの考え方というのは二つに分かれていると思うのです。特に経済の成長に大きく影響しておりますこの財政の問題については、これがどういう形で組まれていくかということが、やはり経済的に大きな問題になってくると思うわけであります。したがって、われわれもそれは多少刺激的である、こういう判断を下しているわけでありますけれども、一般的にいいましても、経済成長率より上回ればこれはまあ刺激的だ、あるいはそれと似通ったものであれば中立的である、あるいは経済成長よりも予算規模というものが小さければ抑制ぎみだ、こういうふうにいわれております。ところで政府は、今回は経済成長率よりも今度の予算規模というのは非常に大きい、しかしながら政府の財貨サービス購入が経済成長率よりも低いから決して刺激的にならない、まあ中立的あるいは警戒ぎみを貫いているという、こういうふうな発表であります。それに対して刺激的であるという御意見でございましたですが、そういった面に関して、簡単に数点、具体的に指摘をお願いしたいと思います。
#77
○矢島公述人 いまの御質問に簡単にお答えをいたします。
 私は刺激、警戒、中立、このことばは、それぞれの使われる方によってニュアンスが多少違うと思います。
 ただ、数点申し上げますと、第一点は、いま先生からの御質問もございましたように、予算規模のほうが名目経済成長率よりも大きい場合にはこれは非常に警戒型だ、むしろ警戒というよりも刺激の方向に傾いているということが、まず一般的にいわれているわけですし、私もこれを先生と同じように認めたいと思います。と同時に、もう一つの指標といたしまして、私先ほどの公述でも申し上げましたように、福祉国家への道を歩む日本といたしましては、政府の財貨及びサービスの購入費比率の伸び率と、それから名目経済成長の伸び率、それとの関係がもう一つの問題としてございます。これは多少、政府も、組まれたところの成長率よりも低目になっております。そうすると、本来単純なる計算でいきますと刺激型が、ここの好況的なものの引き算によって中立型になるのだというような算式も成り立つかもしれませんが、私は、昨年度、一昨年度の動き方をずっと見ていて、本年度のその状態を推察をいたしますと、企業の設備投資意欲も非常に強力でございますので、逆に前者の面、つまり財政規模の伸び率のほうが名目経済成長率よりも大きいというところに一つのアクセルがかかりまして、そして企業界の設備投資意欲というようなものにドッキングをしていくという可能性が非常に多いので、私はむしろ刺激型ではなかろうかというぐあいに感じておるわけでございます。それが第一点でございます。
 しかしながら、ここで私はもう一つここの先生方にお願いをしておきたいことは、数字上においては確かに大きい小さいの問題がございますが、財政の運用の面において適切、効果的であるならば、刺激的であるのを適当に、ないしは適切に、ないしはタイミングよくチェックすることの可能性が今後の財政運用において残されているという一点も、ひとつ先生方にお考えをいただきたいということで、私のお答えにさせていただきます。
#78
○田中(龍)委員長代理 これにて公述人に対しまする質疑は終了いたしました。
 公述人各位には、御多用のところを長時間にわたりまして貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。
 明二十二日は、午前十時から引き続きまして公聴会を開会することといたします。
 本日は、これにて散会いたします。
    午後三時二十七分散会
ソース: 国立国会図書館
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