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#1
第061回国会 予算委員会公聴会 第2号
昭和四十四年二月二十二日(土曜日)
    午前十時四分開議
 出席委員
   委員長 荒舩清十郎君
   理事 櫻内 義雄君 理事 塚原 俊郎君
   理事 中野 四郎君 理事 八木 徹雄君
   理事 大原  亨君 理事 中澤 茂一君
   理事 広沢 直樹君
      足立 篤郎君    赤澤 正道君
      植木庚子郎君    臼井 莊一君
      仮谷 忠男君    川崎 秀二君
      倉成  正君    小坂善太郎君
      重政 誠之君    田中伊三次君
      竹内 黎一君    野原 正勝君
      橋本龍太郎君    福田  一君
      船田  中君    湊  徹郎君
      角屋堅次郎君    川崎 寛治君
      北山 愛郎君    久保 三郎君
      田中 武夫君    高田 富之君
      楯 兼次郎君    楢崎弥之助君
      畑   和君    山内  広君
      山中 吾郎君    麻生 良方君
      竹本 孫一君    松本 忠助君
      林  百郎君
 出席政府委員
        北海道開発政務
        次官      近藤英一郎君
        防衛政務次官  坂村 吉正君
        経済企画政務次
        官       登坂重次郎君
        科学技術政務次
        官       平泉  渉君
        外務政務次官  田中 六助君
        大蔵政務次官  上村千一郎君
        大蔵省主計局次
        長       船後 正道君
        文部政務次官  久保田藤麿君
        厚生政務次官  粟山 ひで君
        農林政務次官  小沢 辰男君
        郵政政務次官  木村 睦男君
        労働政務次官  小山 省二君
        建設政務次官  渡辺 栄一君
 出席公述人
        慶応義塾大学教
        授       大熊 一郎君
        武蔵大学教授  佐藤  進君
 委員外の出席者
        専  門  員 大沢  実君
    ―――――――――――――
二月二十二日
 委員竹本孫一君、鈴切康雄君及び樋上新一君辞
 任につき、その補欠として塚本三郎君、小新濱
 次君及び松本忠助君が議長の指名で委員に選任
 された。
同日
 委員小濱新次君及び松本忠助君辞任につき、そ
 の補欠として石田幸四郎君及び伏木和雄君が議
 長の指名で委員に選任された。
    ―――――――――――――
本日の公聴会で意見を聞いた案件
 昭和四十四年度一般会計予算
 昭和四十四年度特別会計予算
 昭和四十四年度政府関係機関予算
     ――――◇―――――
#2
○荒舩委員長 これより会議を開きます。
 昭和四十四年度一般会計予算、昭和四十四年度特別会計予算、昭和四十四年度政府関係機関予算、以上三案について、昨日に引き続き公聴会を開きます。
 本日御出席を願いました公述人は、慶応義塾大学教授大熊一郎君、武蔵大学教授佐藤進君のお二人であります。
 この際、御出席の公述人各位にごあいさつを申し上げます。
 本日は御多用中のところ御出席いただきまして、まことにありがとうございます。御承知のとおり、予算は国政の根幹をなす最重要議案でありまして、当委員会といたしましても連日審議を続けておるわけでありますが、この機会に各界の学識経験豊かな各位の有益な御意見を拝聴いたしまして、今後の予算審議の上におきまして貴重な参考といたしたいと存ずる次第であります。何とぞ各位におかれましては、昭和四十四年度総予算に対しまして、それぞれ専門の立場から忌憚のない御意見をお述べ願いたいと思うものでございます。
 次に、御意見を承る順序といたしましては、まず大熊公述人、佐藤公述人の順で約三十分程度御意見をお述べいただき、その後公述人各位に対し一括して委員から質疑を願うことといたしたいと思います。
 なお念のため申し上げますが、発言の際は委員長の許可を求めることと、また公述人は委員に対して質疑をすることができないことになっておりますので、この点あらかじめ御承知をお願いいたします。
 なお委員各位に申し上げますが、公述人各位に対し御質疑のある方は、あらかじめ委員長にお申し出くださるようお願いいたします。
 それでは大熊公述人から御意見を承りたいと存じます。大熊公述人。
#3
○大熊公述人 私は、明年度予算全体の姿についていろいろ意見を申し述べさせていただきますが、
  〔委員長退席、塚原委員長代理着席〕
特に予算のプリンシプルにつきまして基本的な問題を提起をして、御参考にさせていただきたいと考えております。
 ここできょうお話をいたします予算の基本的なプリンシプルをこの明年度予算の中からとらえますときに、第一は、自然増収を歳出の増加と減税と、それから国債の減額に割り当てるという予算編成の方式であり、第二は、しばしば言われております総合予算主義という問題であり、第三は、財政の硬直化というところから発するところの受益者負担というプリンシプル、この三つのプリンシプルを中心にして私の考え方を述べさせていただきたいというふうに考えております。
 まず、第一の自然増収に基づくところの予算編成の問題でありますが、現在行なわれております予算の編成が、もちろんどういうふうに実際に行なわれているかはわかりませんが、しかし、一般に新聞紙上でわれわれが見る限りにおきましては、明年度の自然増収が、歳出の増加と、それから減税と、国債の減額の、この三つの予算に分割をきれる、こういう形をとっているわけであります。これはかつて昭和三十年代における健全均衡財政といわれたものと全く同じでありまして、ただ国債の減額というものが含まれていなかったというだけで、結局今日における予算の振り合いというものは、当時とほとんど変わっていないような状況であります。こうした分け方が、まず第一に、景気の調整という観点から見まして決して好ましいものではないということが言えるわけであります。つまり自然増収を大幅に見込めるようなときには、これは景気がある意味で過熱の状態でありますが、そういうときに往々にして歳出の増加や減税が大幅になる。自然増収が少ししか見込まれない、あるいは全く見込まれないようなときには、かえって歳出の増加や減税が縮小をきれるという意味で、景気の補整という解点から見ますと、自然増収を中心に行なう予算の歳出増加、国債減額、減税の分割というものは、必ずしも好ましいものではない。またそれが予算編成の歯どめにならないことは、すでに昭和四十一年度における国債発行の段階において証明済みのことであります。
 問題は、歳出というものは一国経済の資源を公共部門で使うのでありますから、これはやはり長期の経済の成長とかあるいは国民生活の安定という見地から歳出の増加をはからねばならないということになりますと、この歳出の増加幅をもって景気に対して調整を行なうということは、好ましくはない。したがいまして、歳出の増加というものが大幅であるかまた小幅であるかが景気に対する財政のあり方というものをきめるというふうに考えることもできないのであります。むしろそうではなくて、そうした歳出の増加というものは着実に長期の計画に見合って行ない、そうして短期の景気の補整は税と国債との組み合わせで行なうというのが望ましい形であります。その観点からいたしまして、明年度予算の一般会計における規模が、しばしば新聞紙上でいわれますように、はたしてこれが景気警戒型なのか、中立型なのか、刺激型なのかという議論は、それだけ取り出してはあまり意味がない。しかしながら、よく一般会計の規模あるいは政府の財貨サービス購入の規模というものを考えてみますと、たとえば国民総生産に占める割合というような観点から見てまいりますと、その規模の大きさ、国民総生産に占める比重というものは、必ずしも近年において大きいとはいえないし、また、実は特に政府の財貨サービス購入の規模というものは、若干ずつ近年では低下をしている状態であります。でありますから、問題は、歳出がGNPに占める規模がもしいまのままで望ましいとするならば、このGNPの伸び率にほぼ一致した歳出の増加というものが、一応中立型であるというふうにも考えられるわけであります。で、私はそういう意味では、明年度予算は必ずしも景気を刺激する予算とはいえないというふうに考えております。問題は、むしろそうした歳出の増加が景気刺激的かどうかという観点から判断されるのは好ましくはないということを申し上げたいのでありますが、かりにその好ましくない観点をとりましても、景気刺激的ではないということを申し上げたいと思うわけであります。
 さて、このような歳出の増加と減税と国債減額を一まとめにして、それで自然増収の大きさを分割をするという形をとりますと、特に減税という問題が必ずしも十分には行ない得ないという問題が生じてくるわけであります。何か国債の減額と減税とを半々に割ったような形で明年度の予算が組まれておりますが、明年度予算における減税というのは、サラリーマン減税ということがしばしばいわれておりますように、これは一般に税負担が高いという問題ではなくて、むしろ税の負担が不公平であるということを意味しているわけであります。でありますから、この不公平な税負担を正すという意味でサラリーマンの減税を大幅にするならば、他のいずれかにおいて増税をすることはやむを得ないわけであります。したがいまして、国債の減額と減税とが、景気補整という観点から、これだけしか予算がないというような意味で組み合わされるということは、これもまた好ましいことではないわけでありまして、もしある特定の職業、産業において税の公平という立場から減税を行なうべきであるならば、やはりそれは何らかの増税をもってその予算を捻出をするというのが筋であり、これを国債減額とからませて景気補整の役割りをになわせるということは、必ずしも好ましいことではない。
 以上のように考えますと、私は、自然増収というある意味で税の増加分を配分するという、こうした限界均衡予算主義というようなものについては、かなり疑問があるわけでありまして、この歳出の増加は、資源の配分機能という面から、長期の成長と生活の安定という見地から着実に実行をしていく、そうして歳出の増加とそれから税の幅とを見合わせて適時適切に国債を増加をする、あるいは縮小して景気調整を行なうというのが望ましいのでありまして、必ずしも限界均衡予算にこだわる必要はないというふうに考えます。
 第二に、予算のプリンシプルとして、昨年度あたりから総合予算主義ということがいわれているわけであります。総合予算主義というものが、みだりに補正予算を組むべきではないという意味ではきわめてもっともな主義でありますが、ただ総合予算主義というものを組む場合の非常に重要な問題は、当初予算というものの比重がきわめて重くなるということは当然のことでありますが、もしかりに補正予算を組まないといたしますと、当初予算の比重というものが、単に景気とかいう観点のみならず、先ほどの資源配分機能の上から、いかなる目的、どういう目的を選んでそれに優先順位をつけたかをはっきりさせて組むという意味では、きわめて当初予算の重要性が増すわけであります。
 さらに、もし補正を組まないといたしますと、当初予算の大きさが財政規模をあらわすわけでありますが、それが今後のGNPの規模の増大に伴って、必ずしも財政規模が望ましい形で増加することにならないという問題で含まれているわけであります。したがって、総合予算主義を貫きます場合には、財政の中身と同時に、財政の規模というものが国民経済の中に占める大きさというものを十分慎重に検討をする必要があるわけであります。ただし、問題は、総合予算主義というものを単純に予算の面でのみ考えたときには、これが一体それならどういう場合に補正を組むべきかということのはっきりしたプリンシプルを立てておくべきではないかと考えられる。しかしながら、それとは別に、総合予算主義を組まざるを得ないというような事情というものを考慮いたしますなら、これはひとり財政当局の問題ではなくて、予算に組み込まれる背後にあるところの制度なり政策のあり方というものを十分に考える必要があるというわけであります。したがいまして、総合予算主義というものを十分検討するためには、その背後にある食管特別会計の問題とか、公務員のベースアップの問題というような、従来の大きな補正要因になるようなものを一体どのように扱うかということでありまして、問題はむしろひとり予算編成だけの問題ではないということを申し上げたいと思います。
 それから第三の予算のプリンシプルとして、財政の硬直化の打開という観点から、受益者負担主義という問題が出てきております。特に今日消費者物価の上昇が著しいという観点から、特に公企業の料金の面から消費者物価の値上げは好ましくないという意見と、それから公企業の料金は、これは受益者負担主義の観点から引き上げるべきだという意見とがあると考えられます。
 問題は、この受益者負担主義をいかに解釈するかという問題でありますが、受益者負担主義の解釈には二通りある。一つは、経済合理性に基づいて、公共料金というものは、これは消費者の購入する公共サービスの価格である、価格でありますから、これは受益者、つまり買った人が払うのは当然であるという見解であります。ところが、この見解は必ずしも妥当ではない。なぜならば、公企業の価格というものが経済合理的にはたしてつけられるかどうかというと、必ずしもそうはいかないし、むしろ民間企業における製品の価格とは違った意味合いが公共料金というものには持たされているわけであります。でありますから、そういう意味から考えますと、むしろ公共料金に関する受益者負担という原則は、そうした経済の合理性からの価格というみなし方ではなくて、公共投資を含めたさまざまな公共企業の費用というものをどのような形で税と料金との間で配分をすれば公平であるかという見地から考える必要があるわけであります。したがって、公共料金の問題というものは、いま申しましたように、負担の公平という見地から判断すべきであり、ある場合には公共料金を引き上げないで、税で大幅に負担をしたほうが公平である場合もあるし、逆にむしろ税の負担は少なくして、つまり公共料金の値段を上げて受益者負担を引き上げたほうが公平である場合もあり得るわけでありまして、そういう見地から十分に検討をする必要があると考えます。
 なぜならば、公企業といいますものは、民間の私企業とはその運営原則というものが必ずしも同じではない。たとえば民間の企業であるならば、与えられた市価、市場の価格情勢を見て、そうして利潤が得られるように適当な大きさで投資をし、適当な大きさで企業規模を拡大していく。ところが、公企業の場合には、まずそうした与えられた価格のもとで利潤をあげていくというのではなくて、一国経済全体で公共サービスの需要と供給を見合わすような形で投資をしていこうというわけでありますから、その場合には当然コストは価格の引き上げ、つまり料金の引き上げということにつながらざるを得ないという意味では、実は公企業のビヘービアというものは民間私企業のビヘービアとは全く違う、むしろ逆のビヘービアをとるものだ、こういうように考えられます。もし公企業の中で民間私企業と同じ運営原則でやっていけるものがある、やってよろしいというようなものがあるならば、そういうものは、たとえばたばこの製造のように、民営に移すのが当然でありまして、それをいたずらに公企業にしておくことはない。もし公企業に残すなら、そうした民間企業とのビヘービアの違いということを十分に考慮に入れる必要がある。
 そういたしますと、受益者負担というものは、むしろ公企業の費用を税と料金とでどのように負担をさせるのが受益者に公平であるかという見地に当然帰着するわけであります。そういう意味では、私は必ずしも受益者負担という原則をもってすべての公共企業の費用を公共料金の値上げに押しつけるということには反対でありますが、しかし、そのことは、公共料金を引き上げることがかえって公平になる面もあるということも忘れてはならないと考えるわけであります。
 いずれにいたしましても、こうした受益者負担主義というものは、ある意味で財政の硬直化を打開し、財政をできるだけ合理化しようという発想に基づいているのだというように私は考えますが、しかしながら、国民経済全体の合理性、経済の合理性というものは、これは一企業の合理性とか一政府予算の合理性というものとは必ずしも同じではないのであります。一企業あるいは政府あるいは政府の一部局が合理性を貫くということは、他の企業、他の部局に不合理な面を押しつけるという形にもなりかねない。たとえば自分のうちの玄関の掃除をしてきれいにするということは、隣のうちの玄関にごみをためることにもなりかねないのであります。そういうように考えますと、われわれは必ずしも予算の姿のみが合理的になることが好ましいのではなくて、むしろ国民経済の合理性ということをまず最初に考えるのが妥当かというふうに考えられます。
 そういう見地からいたしまして、今日私は最も重要なことは、一般会計あるいは特別会計を含めまして、歳出面と歳入面との有機的な結びつきをもっと重要な問題として考えることだというふうに思うわけでありまして、このことは最初の第一の問題に立ち返るわけでありますが、歳出というものは、これは資源の配分機能の面から重要な目的順位に沿って行なわれるもので、そのときどきの景気補整に必ずしも使うべきものではないということを申し上げましたが、むしろ、そのときに、税というものは、単純に税の負担、予算というだけの面から考えずに、むしろ税制そのものを景気調整機能としてもっと大幅に生かすということが必要であります。それには、今日さまざまな税制上の特別措置というものがありますが、特別措置というものが、だらだら慢性的にいつまでも続くということでは、実は景気補整機能はおろか、産業政策的な機能も果たせないのでありまして、随時、適時適切に税制上の特別措置を発動し、また必要がないときにはそれを直ちに取り消すというような機動性を持たせるならば、かなり景気の調整に役立つ。これは特別措置のみならず、所得税、法人税等々、あるいは間接税についてもいえるわけでありまして、要するに税制にもっと景気調整機能をつけるべきであるということが考えられるわけであります。
 さらに、歳入面と歳出面の有機的な組み合わせという面では、もう一つ、税制が社会保障ともう少し有機的な一体的な機能を果たすべきであるというふうに考えるわけでありますが、今日特に所得税制におきましては、いろいろな減税、免税措置が講じられているわけであります。しかし、その多くはこの社会保障的施策と密接な関連があるものでありまして、この社会保障面の歳出と税制とを切り離すということは、これは社会保障というものの本来のあり方にも反するわけであります。なぜなら、社会保障といいますのは、税との組み合わせで所得の再分配を行なうわけでありますから、一方的に社会保障費の中身だけを問題にすることはできない。むしろ、この税におけるさまざまな減税、免税措置というものを社会保障の支出と組み合わせることによって、老人あるいは児童、その他さまざまな面の福祉対策というものをより充実することができるというように考える次第であります。
 要するに、この第三の受益者負担主義で申し上げたいことは、ただ、一企業一政府の、あるいは一政府部局の合理主義ではなくて、経済全体の合理主義からものごとを判断すべきであるということであり、そこで重要なことは、むしろ今日、予算面における歳出と歳入側との有機的な関連をもっと重視すべきであるということであります。
 以上のような三つの、最近の、あるいは明年度の予算において背景となっておりますプリンシプルについて、若干私の考え方を申し上げたわけでありますが、今日、経済が政府を中心といたしました公共部門と、それから私企業を中心といたしました民間部門とから成っており、しかも公共部門のウエートがきわめて高くなりつつある、またなるのが当然であるような経済であるということは十分考えられるわけでありますが、そうした場合の公共部門のビヘービアと申しますか、運営のあり方は一体何であろうかということをわれわれは反省をする必要があると考えられます。民間部門は、今日自由競争の原理に基づいて行なわれておりますが、自由競争は同時にきわめて不確実な要因というものをたくさん持っているわけであります。技術進歩に基づいた膨大な情報というものも不確実要因でありますが、また自由競争がもたらす優勝劣敗からさまざまな企業の倒産も起こるでありましょうし、産業の隆替も起こると考えられ、その結果、個人生活自身にもさまざまな意味で不確実性が増大をするということになるわけであります。また、公害の問題にいたしましても、交通事故の問題におきましても、これは不確実性の増大、個人生活における不確実性の増大というふうな面から考えられる。そのときに公共部門のあり方というものは、そうした民間部門における不確実性を最大限縮小するところにありということに尽きるのではないかと、私は考えるわけであります。したがって、その観点からするならば、たとえば社会保障なら社会保障におきましても、そうした個人生活における不確実性を最もそこなっているものは、最も増大させているものは何かという観点から、やはり社会保障制度というものを考え直すということが必要であります。そういたしませんと、今日の住宅政策をも含めて見られますように、社会保障、住宅政策は真の貧困対策にはなり得ていないという状態になってしまう。そうした個人生活の不確実性にいかに対処するかという観点から、社会保障制度の硬直化を改めていくことが必要である。また、民間の企業が技術進歩においてさまざまな不確実性を生じていることも事実でありますが、そのときにやはり政府は、公共投資を長期計画的に行ない、そうして政府の財貨サービス購入面から民間企業に不確実な影響を与えないということが重要ではないかと考えられます。それについては、今後、公共投資というものは、一そう情報の問題、あるいは教育研究の問題、それから先ほどの社会保障と、両方にまたがりますが、公害の対策の問題というものになお一そう長期確実な見通しと計画を持って推し進めていくことが必要であるというふうに考えるわけであります。公共部門がこの民間部門と違って確実性を増していくということは、これは公共部門が財政面で硬直化するということとはまた全然違うわけであります。公共部門が民間部門の不確実性を取り除いて、長期計画的な体制で社会保障、公共投資を進めていくということは、これはそうした公共投資や社会保障における現在の制度における硬直性というものをむしろ打破していかなくてはならないわけであります。私は、そうした民間部門のビヘービアに対する公共部門のビヘービアあるいは運営のプリンシプルを確立するということが、今日きわめて重要であり、それがこの予算の面にあらわれた制度の硬直化を打開する重要な方向であるというふうに考えるわけであります。
 いずれにいたしましても、そのような以上予算に関する私の考え方、それから公共部門に関する考え方の一半を申し述べたわけであります。具体的な支出の費目についてはそれぞれ考えがありますが、ここでは時間の関係で申し上げません。
 私の公述は、これで終わりにいたします。(拍手)
#4
○塚原委員長代理 次に、佐藤公述人。
#5
○佐藤公述人 私は、昭和四十四年度予算の歳入面に限って意見を申し上げたいと思います。幾つかの問題に分けて申し上げたいと思いますが、第一は、昭和四十四年度予算における公債の発行額と減税の額は、それぞれ適正なものであるかどうかということであります。
 第二は、これが公述の主題となるとも思いますが、減税の内容ははたして好ましいものかどうか。昭和四十四年度の減税につきましては、税制改正の要綱というようなものにもありますように、中小所得者、あるいは中堅給与所得者層、あるいは中堅以下の所得者層の負担軽減のために所得税減税を中心に減税を行なうものと説明されておりますが、はたして事実はそのようになっているかどうかを取り上げたいと思います。
 第三に、もし今回の減税と税制改正案が不十分なものであるならば、今後どのような角度から減税問題を取り上げたらよいかについて述べたいと思います。
 そして、第四に、今回の税制改正案で特別な取り扱いを受けております土地税制の改正問題について述べて、私の公述を終わりたいと思います。
 第一の公債発行額と減税規模という問題は、予算編成過程の当初、すなわち昭和四十三年秋ごろから、減債か減税かという形で争われた問題であります。すなわち、来年度も続くであろう大型景気を背景として生まれる巨額の税の自然増収を、減税と公債発行額の削減、そうして歳出の増加の三者にどのように割り振るかという形で問題が出されました。そして、まず減税と減債がどちらが景気に対して抑制的の姿勢を打ち出すものかが論議され、減税は消費刺激的であるのに対し、減債、すなわち公債発行減額は政府支出減、特に公共投資抑制につながるから景気抑制的であり、そこから公債発行減額優先という主張が、景気警戒型予算というスローガンとともに、特に金融機関側からの支持を得て打ち出されるようになりました。しかし、公債発行減額はそのまま景気抑制につながるという保証もないし、減債された分がそのまま民間企業向けの貸し出し資金として金融機関に利用されればより景気刺激的でさえあります。そこで減債の場合には削減分に見合う日銀手持ち公債の売りオペがなされたり、さらに進んで日銀手持ち公債の償還がなされたりする必要があります。景気抑制的な性格を打ち出すためにはそうした措置が必要なのでありますが、今回の予算案ではそのような配慮はさしあたりほとんどなされていないといわざるを得ません。
 公債発行減額を優先せよというもう一つの根拠は、景気政策やフィスカルポリシーとの関連といったことではなくて、借金はできるだけ少なくする必要がある、そしてこれを通して日本財政の体質をより健全なものに改善する必要があるということで、この根拠のほうが重要であります。公債発行を漫然と続けるならば財政硬直化を推し進め、それが結局国民の租税負担の増大をもたらすものとなります。日本財政のインフレ的な体質を改善するためにも、巨額な自然増収の見込まれる時期にできるだけ国債発行依存度を下げ、結局はこれをゼロにしていくという配慮が必要であります。この点から見ても、今回の予算案における配慮は十分ではありません。政府は、結局四十四年度予算では、公債収入を前年度当初の六千四百億円から千五百億円減じて四千九百億円と定めましたが、これは景気抑制という観点からいっても、財政体質改善という観点からいっても、不十分なものといわざるを得ません。さらにこの四千九百億円の発行規模は、四十三年度公債の実際の発行額よりも大きいものであります。すなわち、四十三年度公債は、先ごろ衆議院を通過いたしました補正予算で、当初発行予定額を千六百二十億円減らすことにきまっております。
 次に、減税が消費刺激的であるという意見について言いますと、一般論としてもそういうことが言えるかどうか疑問でありますが、わが国のいわゆる所得税減税の場合は、税金の取り過ぎ分の一部を返すにとどまるものでしかありません。ほうっておけば増税になるものを部分的に調整するのが所得税減税の実際でありまして、この所得税減税は、物価騰貴による名目所得増加に伴う実質的な所得税増税の影響を緩和するため、また給与所得者の不公平な負担の軽減をはかるため、どうしても必要なものであります。百歩譲って、この所得税減税がもし消費刺激的であるとすれば、この刺激効果を相殺するための措置がとられればよいわけでありまして、給与所得税の減税を中心とする減税は、わが国税制の体質改善という角度から、もっともっと真剣に考えねばならぬものであります。減税規模は当初二千五百億円の所得税減税というようなふれ込みでありましたが、結局は課税最低限の十万円引き上げをおもな内容とする千五百億円減税にとどまりました。給与所得者の減税のための給与所得控除の拡大と、サラリーマン、部課長減税の有力な手段と見られた税率緩和の方針が大きく後退しております。こうして四十四年度予算における公債発行額減額の措置と減税の措置は、いずれの面でも不十分、不徹底、無原則なものにとどまっております。
 第二に、減税案の内容がはたして適正なものかどうかであります。これについては減税の規模、それから減税額の配分、それから所得税課税最低限の引き上げ、給与所得控除の拡大、税率の緩和など、それぞれについて申し上げますが、いずれも大きな疑問を感じざるを得ないものであります。
 まず、減税規模千五百三億円は自然増収一兆二千億円の十二・五%にしか当たりませんが、これは昭和三十三年度から四十二年度の十年間平均の減税率の二二・二%に比べてきわめて低いものであります。昨年秋の予算査定段階では、所得税減税初年度二千八百億円といった声が聞かれ、少なくとも二千五百億円の減税を課税最低限の引き上げ、給与所得控除の拡大、そして中堅所得層の税率緩和を三本の柱として、それぞれに十分なウエートを置いて実行するという方針が水田前蔵相によって示されました。当初の自然増収見込みは一兆円ということでありましたが、その後、自然増収見込みは一兆二千億円と二千億円も拡大されたのに、減税のほうはかえって値切られております。より以上に重要なのは、乏しい減税財源の配分のしかたであります。千五百億円の所得税減税の内訳は基礎控除、配偶者控除、扶養控除など三控除の引き上げによるものが約八百五十億円、給与所得控除の適用範囲拡大によるものが三百三十億円、そして税率の緩和によるものが三百億円となっております。給与所得者が他の所得者に比べ著しく重課されているという認識に立つならば、給与所得控除は何よりも優先さるべきでありますが、そういう観点は残念ながら軽視されております。また、中堅所得層減税という方針からの税率の緩和は、昨年七月の税制調査会の長期税制答申が特に力点を置いて勧告したものでありますが、この税率緩和による減税は、減税規模総額の五分の一にとどまっております。中堅サラリーマンの期待は大きく裏切られた形となっております。
 課税最低限の引き上げが最も有力な減税の手段とされておりますが、これがどういう意味を持つか、疑問なしとはしません。給与所得者で夫婦子供三人の標準世帯の場合の課税最低限を、昭和四十五年度には百万円に上げるというのが政府の公約でありまして、四十四年度にはいままでより十万円高め、九十三万五千円にするということであります。しかし、この種の課税最低限の計算は、夫婦と子供三人というのは実態にそぐわない、いわばまぼろしの標準世帯にすぎないこと、それから給与所得者の課税最低限には必要経費の概算控除とされている給与所得控除分も含まれておりまして、つまり経費を含めた課税最低限という形になっております。ところが、事業所得者の場合は必要経費を控除した課税最低限ないし純所得が計算されていることとのつり合いがとれていないのではないかという疑問があります。給与所得者にとっての課税最低限とは何なのか、この課税最低限の計算には、他の所得者とのつり合いがとれているかどうか、また、この課税最低限の水準あるいは高さは他の所得者、たとえば配当所得の受領者などとつり合いがとれているかどうかを見ますと、百万円という課税最低限自体がおかしいということになるのであります。
 所得税減税の第二の方法は、給与所得控除の引き上げで、これは繰り返して申し上げますように、給与所得者が他の所得者に比して不当に重課されているという認識に立てば、何よりも優先しなければならぬものであります。今回の改正案では、控除適用の最高限度を従来の百十万円から三百十万円に引き上げ、控除の最高額を二十八万円から三十六万五千円に引き上げることになっておりますが、この程度の引き上げでは控除月額の最高が二万三千円から三万円に引き上げられたにすぎないので、はたして中堅給与所得者層の減税として実効があるものかどうか、疑問であります。ともかくこの減税の恩恵は、新しく控除適用に組み入れられる百十万円から三百十万円の所得層に主として及ぶにすぎないので、多数の給与所得者にはほとんど減税効果の及ばないものであります。
 税率の緩和も、従来五%刻みで構成されていた税率表を、最低税率一〇%から四%ずつの刻みに改めるという、いわば小手先の改正にとどまっております。すなわち、改正案では課税所得三十万円以下一〇%から始まって、六十万円以下一四%、百万円以下一八%、百五十万円以下二二%というような形になっておりますが、税率の刻み方ばかりでなく、課税所得の刻み方も恣意的であり、無原則であります。少なくとも、中堅所得層以下の負担軽減をはかるという方針を実のあるものにするためには、この所得段階の税率の刻みを四%ずつとせず、たとえば二%ないし三%にするといったやり方が必要だったと思われます。
 ここで公述の第三点としまして、減税と税制改正の問題をどういう角度から取り上げるべきであったかについて述べたいと思います。
 問題は、給与所得者の減税はどういう方法で行なうのが最も有効であるかということでありまして、昨年の暮れに発足しました日本サラリーマンユニオンや、去る一月末に税金酷書を発表した総評、そして近く正式に発足する予定の全国サラリーマン同盟などは、こうした現行税制の最も重要な問題を正面から取り上げております。勤労者の生活上の問題で、税金問題あるいは重税問題が次第に重要性を増してきており、彼らの重税感あるいは重税意識をやわらげることは、好むと好まざるとを問わず、今日の政治の大問題となっております。現代の税制の問題の中心が所得税減税にあることはだれもが認めるところと思いますが、わが国の所得税の基本的構造に関していえば、所得税の納税者数は四十四年度の見込みでは二千五百万人をこえ、その八五%、二千百六十万人が給与所得者であり、ここでは源泉徴収による所得税のきびしい徴収が行なわれております。そしてこの所得税納税者の七〇%が年収百万円以下の所得層であります。ここから現行の日本の所得税の問題は、所得税の源泉徴収制度に基礎を置いた給与所得税、特に小所得者に対するそれの改善の問題を中心としなければならないということが言えます。
 そして現行制度のワクの中でこの問題を最も有効に解決する手段としては、給与所得控除の引き上げがあげられます。この給与所得控除は戦後のインフレーションの過程で大きく切り下げられ、それが十分回復されないまま現在に至っております。勤労所得は他の事業所得などに比べればより軽く課税さるべきであるという理由で、昭和十五年に設けられた分類所得税のもとでは、三〇%の給与所得控除に相当する軽課税率が採用されておりました。現行の給与所得控除は昭和三十六年度以降、定額控除と定率控除の二本立てでありまして、この両者によって控除最高限度がきまります。給与所得控除は必要経費の概算控除である以上、この概算控除のあり方はできるだけ簡明なものにすることが原則でありますが、小所得者減税には小所得適用分の定率控除の引き上げと並んで定額控除の引き上げが最も有効だと思われます。
 給与所得控除の根拠につきましては、いろいろな説明がありまして、給与所得は源泉徴収によって他の所得に比べて平均五カ月程度の早期納税を行なうことに伴って早期納税の金利分の不利を調整するというのもその根拠となっておりますが、こうした根拠が確認されるならば、たとえば西ドイツで採用しているような特別被用者控除といったものを設けるのが合理的だと思われます。
 次に考えられるのは、税制調査会などでもようやく研究に値すると認められるようになった合算均分課税制度でありまして、これはアメリカや西ドイツで採用されているような形では、所得分割法ないし二分二乗法といわれているものであります。これは累進課税による負担の増大を緩和する方法として有力なものと認められているものであります。夫婦の一方の所得は両者の協力によって生じたものとみなし、たとえば夫の所得の二分の一を妻の所得として、二分の一の所得に応じた税率で税額を算出し、これを二倍にして納税するものであります。この方法は無業の内助の功を高く評価するもので、所得税減税の方法としては有力なものでありますが、この制度の欠点は、それが高額所得者の負担軽減により多く利用されるということであります。もしそうであるならば、この所得分割法の採用には、所得額による適用制限がどうしても必要となります。所得制限のない所得分割法は、むしろ好ましくないと考えられます。
 給与所得者の減税の問題は、結局は源泉徴収方式と切り離して考えることはできません。この源泉徴収方式の問題点としては、他の所得者に比し給与所得者が不当に重課されているという公平上の問題のほか、租税の徴収を事業主にゆだねるというのが正当性を持つかどうか、源泉徴収を怠った事業主に対する罰則が不当にきびしくはないかといったいろいろな問題がありまして、これは給与所得の源泉徴収の合憲性の問題として争われ得るものであります。要点は、給与所得者が他の所得者に比して著しく不利な取り扱いを受けているということでありまして、この点を改めなければ、給与所得者の重税感をやわらげることはできないのであります。
 最後に、今回初めて政府が打ち出しました宅地地価抑制の具体案といわれる土地課税改正問題に触れたいと思います。
 今回の改正案の考え方は、昨年七月の税制調査会の答申によっておりますが、これは土地の供給の促進を譲渡所得課税の軽減によって誘導する一方、土地の需要の抑制を短期譲渡所得課税の強化によって実効あらしめようとする点にあります。土地の価格の値上がりは、市街地の場合、この数年、毎年二〇%近いテンポで上昇を続けておりますが、これによって宅地を供給する地主の利益はばく大なものとなっております。この際、こうした地主の利益、それは譲渡所得の増大という形をとってあらわれますが、これに対して課税を強化するのが、公正な課税というたてまえからいっても、またいわゆる開発利得の吸収という点からいっても筋ではないかと思われます。ところが、今回の提案は、土地を売り出す地主には当初二年間は一〇%の分離比例課税、続いて二年ごとに五%ずつ高めた税率での分離比例課税を導入して、従来以上に優遇を与えようとするものであります。つまり土地成り金をもっともっと多くしようという案であります。
 改正案は五年以上と五年以下を長期と短期に分け、長期土地保有にかかわる譲渡所得には、いま述べました分離比例課税を適用する一方では、短期譲渡所得には譲渡益の四〇%以上といった高い税率を適用して、投機的土地需要の抑制をはかるという考え方を出しております。この税法の具体的な規定は必ずしも明らかでありませんが、五年が短期土地保有のメルクマールであるならば、五年以上土地を持っていれば今後は長期扱いになるというので、むしろ売り惜しみを奨励することになりはしないかという問題もあります。
  〔塚原委員長代理退席、中野(四)委員長代理
  着席〕
 宅地地価の騰貴がサラリーマン層のマイホームの夢を実現する障害になっていることは確かでありまして、今回の措置がこの障害を除くのに役立つとはほとんど期待できません。国民負担の観点での問題は、わが国では譲渡所得課税あるいはキャピタルゲイン課税の基本が確立されていないことでありまして、個人の場合、株式譲渡所得は免税、土地譲渡所得の場合は、三年以上の長期保有の場合の譲渡所得は二分の一課税といった優遇が行なわれてきましたが、今度はさらに長期保有土地の譲渡所得の分離比例課税といった措置で、いわゆる不労所得の受領者に対する課税がますます骨抜きにされる一方、給与所得者には、一兆二千億円も自然増収があり、そのうち六千億円が所得税の自然増収であるというのに、千億円ほどの減税しか与えられておりません。こうした措置が社会のひずみを是正するのに役立つ適切な措置であるかどうか、大いに疑問といわねばなりません。
 以上で終わります。(拍手)
#6
○中野(四)委員長代理 これより公述人に対する質疑に入ります。
 質疑の通告がありますから、順次これを許します。臼井莊一君。
#7
○臼井委員 先ほど公述人の大熊教授から、公企業と私企業の問題についていろいろ貴重な御意見を伺いましたが、まあ確かにお伺いしてみると、公企業は公企業としての使命、立場から、私企業と違う国民的な立場でよけい努力する面があると私も考えます。たとえばたばこなどでも、私企業にまかせてよろしそうなものですが、どうもあまりたばこを吸うことを国民に大いに奨励するような結果になれば、これまた健康上問題があります。かつて、何年前でしたか、専売局から、婦人がたばこを吸っているかっこうのいいポスターが出たことがあったのです。これは私よそから注意されて、日本の婦人はあまりたばこを吸わぬところにいいところがあるのに、専売局がああいう婦人にまでたばこを吸わせるような奨励をやることはどうかということを私聞かれまして、私もその点まことにもっともだと思った。ですから、アメリカあたりでは、たばこに対しては健康に害があるというような注意書きまで書いてやっているという。私は、公企業であればそれくらいの、国民健康という立場からは専売局あたりがむしろ進んでそういうふうにして、税金は少し少なくなっても国民健康が増進すればよろしいというような立場でやるのがやはり公企業の立場だと考えます。
 まあ、しかし、それは別の問題といたしまして、実はいま日本で一番問題になっておりますのは何といっても住宅問題です。これに関連して、やはりいまお話が佐藤教授からもございましたが、宅地、また交通、またこれに対する金融、いろいろ問題がありますが、どうも私は、たとえば国鉄の例でいえば、公企業の立場からの問題としては、私企業のように有利なところばかりはやれない。いま赤字路線廃止の問題がありますが、赤字だからといって、やはり地方の開発上必要な問題であれば路線をやらなければならぬわけです。かといって、独立採算では、国鉄としてはますます赤字になっては困る。そこで私は、国鉄にもっと企業努力をできるようなふうに、この際改革すべではないかということを考えるわけなんです。これは、私なにもいま考えたことではないので、かつて十河総裁の際にも、お会いしたときに、国鉄は何で私鉄のように宅地造成事業をやらぬのだ、私鉄は、鉄道で損をした、電車で損をした、それをやはり企業努力で、ほかの事業で埋め合わせている。しかし、国鉄だからあまりいろんなことはできないけれども、いま一番問題の宅地を供給するという仕事とともに、路線を新しく敷くならばそこの土地の非常な価格高騰を来たすので、あらかじめ相当大量に国鉄なりあるいはその傍系の公団なりをつくって買って、そうして宅地にも売るし、それから公共事業、学校の敷地にも安く提供できる、利益は国鉄の損のほうに埋めれば、一挙両得ではないかと言ったのです。十河さんも、そうだ、しかしそれは法律上できないんだ。法律上できなくとも国会で法律をつくればできるんじゃないかと言ったのですが、なかなかそれがそう簡単にはいかぬわけですが、私は、そうすることによって国鉄の赤字を埋め、そして料金のほうもカバーできるではないかと思うのですが、そういうふうにすることの可否について。まあしかし、もちろん国鉄でも敷かれて地価が上がれば、それはそれだけその方面の価値が上がるわけですから、これはこれでいいとしても、上がることによって、またせっかく鉄道はできたけれども、宅地が高くて買えなくなっちゃったという、ことに公共事業もできなくなっちゃった、こういった点もある。
 それからもう一つ、これは逆に公企業が独占しているが、私企業に許していいのではないかという問題がある。その一例が私は道路公団だと思います。道路公団は一生懸命やっておられますが、社会投資がおくれている日本としては、公団だけではなかなかそうはかがいかないので、非常におくれている点がある。そこでこれを、私企業として採算上合うような路線がまだ日本では幾らもあるはずなんですから、これを、私的な大きな会社であれば、少なくとも公団がつくる条件以上にきびしく、少なくとも公団の条件くらいで料金の面とか償却の面とか、あるいは建設の強度の面とか、そういうことは十分監督しても、有利な路線に早くつくるということになれば、私は私企業でどんどん有料道路というものができると思うのです。ところが、道路公団は独占的にこれをやっていて、産業道路については許さぬと言うらしい。ところが一方、観光道路ですとこの有料道路は許す。私はむしろ逆じゃないかと思うのですが、観光道路のほうはあとにしてでも産業道路のほうを民間に許すべきではないか。どうも一番問題な、なわ張り的な問題があって、そういう国民経済上大いに進めるべき点がおくれているように思いますが、この点について、先ほど御意見を伺いましたが、重ねて先生の御意見を伺いたいと思うのです。
#8
○大熊公述人 お答えいたします。
 私も専門家でございませんので、鉄道の問題、道路の問題、的確にお答えできないと思いますので、感想だけ申し上げます。
 公企業と私企業の分け方というものは、これはやはり技術の進歩、経済の発展に応じて、固定的なものではなく、絶えず変わってくるものだと思うのです。ですから、ある場合には公企業でよかったものが、もう私企業にしてもいいという場合もあるし、また逆に、私企業であったものを国営に移すことの必要なものもある。これはあくまで経済の合理化主義的な見地からなさるべきだと私は思います。その際に、したがって、もし国鉄もむしろ民営に移したほうがいいというのであれば、これは私鉄も国鉄も変わりがないということは言えると思います。それから、道路にいたしましても、先ほどのお話ですと、民間でも観光用の道路はつくれるというのなら、むしろ有料道路をどちらがつくっても私は差しつかえないと思う。ただ問題は、そうしたときに往々にして起こることは、先ほどのたばこの話でありますが、道路あるいは鉄道の持つ公共性あるいは安全性という見地からの基準をきびしく定めると同時に、それをきびしく励行させなくてはならないということだと思うのです。
 先ほどちょっと話の冒頭に、専売公社が、女の人がたばこを吸っておる広告を出してけしからぬというお話がございましたが、それは専売公社だからけしからぬ、民営にしたらますますそういうことが激しくなるだろうということではないのであって、むしろそれは広告に対する公共的な見地からの規制がなさ過ぎる、今日薬であるとか、たばこであるとかに公共的な見地からの広告に対する規制がなさ過ぎるのであって、専売公社そのものが、たばこは有害だから公営にしろというようなことは成り立たないのではないか。そういう意味で、私は今日国鉄がはたして公企業であるかどうかということは非常に疑問であります。
 が、しかし、それと同時に道路や鉄道の持つ公共性、安全性というものの基準をはたして実際に守れるかどうか。その公共性というのは、たとえば山の中の鉄道は赤字だから取ってしまう、そのかわりにバスを走らせるということはやはり公共性の上から必要である。そういうような配慮を怠ってしまわないならば私は無差別だと思うのですが、はたしてそうしたきびしい基準が守れるかどうか、これは実際上の問題で私ははなはだ疑問だと思っております。
 お答えになったかどうかわかりませんが……。
#9
○臼井委員 確かに道路公団でやっておるような有料道路を民間にやらせる以上は、私も申しましたが、厳重に監督し、いろいろのきびしい条件をつくることは必要ですが、しかし鉄道については、国鉄ばかりではなく、私鉄が現に広くやっておりますから、ですから、そういう条件をつければ、道路を私企業として許すことも十分できると思います。現に私鉄でやっておるのですね。実は、この間も運輸大臣にもそのことを話しましたところが、それは困っておるのだ、私鉄のほうは、おれたちは一生懸命に企業努力をして、土地や何かで一生懸命にもうけたものをぶっ込んでどうやら会社を維持しておるのに、国鉄は、横着しておるわけではないだろうけれども、赤字が出れば、それを税金で補充するばかりでなく、値上げを許す、おれのほうはなぜ許さぬのだと言われるので、その点が困ると言うから、私は、国鉄が赤字が出ないように、逆に土地の企業をやるように許したらいいじゃないか。そういう点でございまして、いずれにしても、たとえば団地をつくるにしても、非常に鉄道と連絡が悪いんですね。住宅公団のほうでは、安いところがあればそこを広く買ってつくってしまう、交通のほうは鉄道だと、こう言う。ところが、実際それはなかなかできない、道路も細くなる、こういうところに総合的な、なわ張りを越えた考慮が必要だと思う。
 ありがとうございました。
#10
○中野(四)委員長代理 次に、田中武夫君。
#11
○田中(武)委員 まず、佐藤公述人に二点お伺いいたします。
 第一点は、法人税や配当金の課税に対する特別措置について、大蔵省は法人擬制説の上に立ってこれを説明いたしております。そこで、世界の主要国はこういう点についてどのような態度をとっておるのか。また民法学説上では、現在法人擬制説はもう後退いたしまして、実在説が通説であろうと思っておるわけでございますが、大蔵省の法人擬制説について、どのように先生はお考えになっておりますか。これが一点です。
 さらにもう一点は、租税特別措置法は特殊なもので、税負担の平等の原則から言えば、私は少しおかしいのじゃないか、したがって、租税特別措置法はないほうがいいんだ、こういうふうに考えておりますが、かりにもしやむを得ずして認めるとしても、これは一種の補助金的な役割りを果たしておると思うのです。そういたしますと、補助金については、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律、こういうのがありまして、その七条に「(補助金等の交付の条件)」ということで、相当きびしい条件をつけております。そこで、かりに租税特別措置法を認めるとしても、今日までのような態度でなくて、もっときびしい条件、これをすべきではないか、このように考えますが、この二点について佐藤先生の御意見を伺います。
#12
○佐藤公述人 ただいま法人税の問題と、それから特別措置の問題についての質問をいただいたわけでございますが、法人税について、法人を、単なる個人の集まりであって、実際は株主からなっている擬制的な人格にすぎないというのが擬制説でありまして、この考え方が、日本では昭和二十四年、シャウプ勧告以来一応法人擬制説という立場に立って、配当については法人がすでに支払いをしているのだから、個人の場合には法人が支払った分を控除するということで、配当控除というような制度をしいておるわけです。これは一応擬制説の考え方だと思いますが、それ以後、さらに日本の法人税の場合、昭和三十六年以後、企業の法人税率において内部留保分と、それから配当分に対する軽課税率、差別税率というものを指向した。これも、一応配当をできるだけ優遇するという形から、一応擬制説を発展させたものというふうに考えられます。それで、一つの大きな問題というものは、配当控除もやるし、それから配当に対して内部留保より安い軽課税率を課するというようなことで、非常に複雑な仕組みをとるようになっておる。こういうような仕組みをとっておるのは世界じゅうではあまりないですね。それで、配当の二重課税を排除する擬制説を徹底するという考えは、イギリスの所得税の伝統的な考え方で、それから配当と内部留保を法人税の場合に差別するというのは、ドイツで一九五三年以来とっておる考え方でありますが、これらが組み合わさって、非常に複雑な制度になっておる。実際の法人の税負担はやはり配当性向によって大きく左右される。配当が多ければそれだけ税が安いというようなたてまえになっているわけですが、実際の個々の負担は、非常に複雑な計算によってやっと算出されるということです。
 こういう考え方に対して外国の例はどういうふうであるかというと、アメリカ、ドイツ等においては、これはかなりはっきりした実在説の考え方であって、配当に対しては法人の段階でも課するし、それから個人の段階でも課する、これは当然である。法人も一つの実在であり、個人も、株主もまた納税者として一個の実在であるから、当然二重課税はかまわない。非常にわずかの額の配当控除、場合によってはあるいは配当免税をアメリカの場合は採用する。ドイツの場合は法人税の段階での税率の差別で、一応そういう配当の二重課税をある程度調整するという措置をとっておりますが、考え方は実在説の考え方ではないか。それからイギリスの一九六五年の労働党内閣の税制改正等で、従来の擬制説的な考え方が大きく変わって、やはりドイツとかアメリカのような方向に動いてきた。そういうような形で、私は実在説というのは一応世界の税制の支配的な動きであって、それによって税制の公平を確保しようとしている意味で、こういうのが一つの支配的な流れであるというふうに考えるわけであります。
 これに対してはいろいろ異論ももちろんあります。日本の場合、そういう擬制説が非常に複雑な形でしか実現されないというところから、これは一昨年でありますか、税制調査会などで、こういう状態を改正して法人利潤税を設けるというような、そういう長期的な形での展望としての提案を行なっているわけです。法人利潤税というのは、どちらかといえば実在説的な考え方のものです。しかし、これはいろいろ検討したけれども、結局日本では採用しないということで、法人税の問題は、もう何が何だかわからないような形で混乱した状態にあるというのが現状であります。
 それからもう一つ、世界の潮流と日本の現状との大きな違いというのは法人税率の面で、世界では、法人税は大体企業利潤の五〇%を課税するというのが一応常識的な線で、ドイツでもフランスでもアメリカでも大体五〇%取る。日本の場合は三五%、それを三〇%ぐらいにしたいというような形で、いろいろな軽減の提案がある。これはやはりちょっと異常な状態ではないかと考えます。
 第二点の、租税特別措置に関しては、これはもちろん租税負担の平等という観点から構成された税法の例外をつくるものでありますから、当然これは不平等を前提とした措置であります。ただ、そういう形で不平等であるからいけないというふうにだけは言えないわけで、その不平等を上回るような、たとえば経済政策的な効果があるかどうかということが証明されれば、そういうものは置いても差しつかえないのではないかというふうに考えるわけであります。一般的に特別措置をどういうふうにとらえるかという点で、これは補助金と同じであるということはまさにそのとおりでありまして、これに対しては一つの提案として、私などは、毎年租税特別措置による減収見込み額というようなものが、税制調査会の調査資料のような形で出るわけですね。おそらくことし、特別措置は三千億円国税で減収をもたらすだろうというような、そういう数字が出るわけでありますが、これはやはり補助金であるという観点から見れば、当然歳出予算と同じような取り扱いをなさるべきであって、それらの特別措置というのはすべて補助金なので、補助金はみな歳出予算の中で、議会で議決を経るという形で予算書に出てくるわけです。そういう形で、租税特別措置の状態、これは各部門にとっての、どれくらいの補助金に当たっているかという資料は、はっきりした形で出す、むしろ歳出予算と同じ扱いをしたほうが、今後の補助金の増大傾向をチェックする、一つのささやかであるが役割りを演ずるではないか、このように一応考えております
#13
○田中(武)委員 次に、大熊公述人に一点だけお伺いいたします。
 先生の御意見として、社会保障と税金の有機的な結びつき、これが必要だ、こういうように伺ったわけなんです。そこで、そういうことはいわゆる社会保障でというようなものを新たに考えていく、というようなことをお考えの上でこういう意見をおっしゃっておるのかどうか、お伺いいたします。
#14
○大熊公述人 お答えいたします。
 私は社会保障というのは、今日行政的にも一本化すべきだというふうに考えておりまして、むしろ目的税としての社会保障税を、この労使あるいは国庫負担が入るという形で取った上で、より円滑な運営を将来していくべきだということであります。
 それからもう一点は、社会保障の給付というのは、これはマイナスの税であります。所得税というのはプラスの税でありまして、そこでプラスの税とマイナスの税をうまく組み合わせるというのは、これは最近ではアメリカでネガチブタックスという議論が行なわれている。そのほうがむしろ所得の再分配の真の実効をあげることができるという観点から、そうした発言がなされております。そして私は、社会保障を目的税で一本化するということと、それから所得再分配のネガチブタックスという理想をもっと盛り込もうという、二つの観点から申し上げております。
#15
○田中(武)委員 どうもありがとうございました。
#16
○中野(四)委員長代理 これにて公述人に対する質疑は終了いたしました。
 公述人各位には御多用のところ長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表して、厚くお礼を申し上げます。以上をもちまして公聴会は終了いたしました。
     ――――◇―――――
#17
○中野(四)委員長代理 この際、御報告申し上げます。
 先般、分科員の配置及び主査の選任につきましては、委員長に御一任を願っておりましたが、各分科会の主査を次のとおり指名いたしましたので、この際御報告いたします。以上でございます。
 なお、分科員の配置につきましては公報をもって御承知願います。
 なお、この機会におはかりいたします。
 分科会審査の際、最高裁判所当局から出席発言の要求がありました場合は、これを承認することとし、その取り扱いは委員長に御一任願いたいと思いますが、これに御異議ありませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#18
○中野(四)委員長代理 御異議なしと認め、さよう決定いたします。
 明後二十四日月曜日から、昭和四十四年度総予算について分科会の審査に入ることにいたします。
 本日は、これにて散会いたします。
    午前十一時三十四分散会
ソース: 国立国会図書館
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