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1949/05/12 第5回国会 参議院 参議院会議録情報 第005回国会 労働委員会 第12号
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1949/05/12 第5回国会 参議院

参議院会議録情報 第005回国会 労働委員会 第12号

#1
第005回国会 労働委員会 第12号
   公 聽 会
  ―――――――――――――
昭和二十四年五月十二日(木曜日)
   午前十時三十三分開会
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○労働組合法案(内閣送付)
○労働関係調整法の一部を改正する法
 律案(内閣送付)
  ―――――――――――――
#2
○委員長(山田節男君) これより労働委員会を開会いたします。本日は労働組合法案並びに労働関係調整法改正法案に対します公聽会を開会いたします。公述人は十二名の方にお願いしておりますので、午前中四名、午後八名ということになつておりまして、公述人一人に二十分間割当てまして、午前の部と午後の部の公述が一應済みました後、午前は午前の部の公述が済みました後に、質問をいたすことになつておりますから、さよう御承了願います。尚、公述人の方々には御多忙中に拘わらずおいで下さいまして、誠に感謝いたす次第でございます。平素の御研究並びに御経驗の御蘊蓄を傾けられまして、我々委員会のためによき御参考を賜わらんことをお願いいたす次第でございます。
 それではこれから公述人の公述を開始いたします。第一番に日本労働組合総同盟の全繊維同盟総主事上條愛一君にお願いいたします。
#3
○公述人(上條愛一君) それでは私から……。最初に具体的條項に対して私共の意見を申上げまして、後に総括的の意見を述べたいと考えております。
   〔委員長退席、理事早川愼一君委員長席に着く〕
 先ず第一に、第一章の総則の第一條でありまするが、これは改正案は極めて説明的でありまして、意味がぼけておるのでありますから、私共といたしましては、現行法の第一條に改めて頂きたいという意見を持つております。殊に改正案の第一條の一項の終いの方に、團体交渉の手続きに相当する規定は法文中に存置しておらない。これは全文の関連性から申しましても統一を欠いておるのでありますから、第一章の第一條の一項は、現行法の第一條に改めて頂きたいという考であります。それから尚第一條の但書の「いかなる場合においても、暴力の行使は、労働組合の正当な行爲と解釈されてはならない」この一項は削除して頂きたいという考を持つておるのであります。勿論労働組合運動といたしまして、暴力行爲を如何なる場合にも是認するという考え方は毛頭ないのであります。併しながら労働組合運動は相手のあることでありまして、みずから進んで暴力行爲をいたそうという考がないに拘わらず、ときと場合によりまして暴力行爲が生ずる危險性が存在いたしておるのであります。一例を申上げますならば、先般四月二日に大阪において行われました労働組合法改惡反対の示威運動におきまして、警察官の挑戰或いは消防のホースの使用等によりまして、相当な暴力行爲が行われたのでありまするが、工場内におきましても御用組合との対立、或いはときによりましては暴力團との対立の結果といたしまして、止むを得ず自然に暴力行爲が生まれるような場合なしといたさないのであります。こういう場合におきまして、この暴力行爲「いかなる場合においても、暴力の行使」云々のことがありますると、これを惡用せられるという危險が存在いたしておるのでありまするから、この意味から申しまして、暴力行爲につきましては、これは刑法その他によりまして処罰を受ける途が存在いたしておるのでありまするから、強いて「いかなる場合においても、暴力の行使」云々のこの條項を存置する必要がないと私共は考えるのであります。
 第二には、第二條の所でありまするが、先ず最初に第二條の中の「使用者の労働関係についての計画と方針とに関する機密の事項に接し、」という所があります。この「機密の事項に接し」というこの字を「機密の事項の決定に参画し」とこう改めて頂きたいという考であります。と申しますのは、「機密の事項に接し」というこの言葉だけでは、労働次官通牒及びこの前の労働省試案を見ますると、これらに関しましては、機密の事項に接するという人々の範囲を、タイピスト、或いは電話交換手、運轉手というような人々をこの機密の事項に接するという範囲に入れようという考え方が強いのでありまして、今度のこの條項におきましても、この字句によりますると、それらの範囲も入る危險性が十分に存在いたしておるのでありまするから、これは「機密の事項の決定に参画し」として、機密事項の決定に参画するところの人々に止めるべきが当然ではないかという考であるのであります。尚もう一つは一番しまいに、「その他使用者の利益を代表する者の参加を許すもの」、こう書いてあります。経営者の利益を代表する者と認められるものの具体的の條項がありまして、しまいへ持つて行つて更に附加えて、「その他使用者の利益を代表する者の参加を許すもの」、こう書いてありますので、これは主要なる取扱いの上において疑問を存するのであります、と申しまするのは、利益を代表すると認められる者の範囲というものを具体的に決めておいて、尚その上に代表する者と認められるものを除くということになりますれば、このことのために相当経営者との間に、この利益を代表すると認められる者の範囲の議論が相当強くなると考えるのでありまするから、私共の考えは先ず第一に使用者の利益を代表すると認められる者の参加を許すものと、こうして、その次に、その利益を代表すると認められる者は次のごとしと、そういたしまして、ここにありまするところの箇條を入れるのが当然ではないか、こういう考え方をいたしておるのであります。
 それからその次には、主たる経費を使用者の補助に仰ぐもの、この條項につきましては、根本的に私共は異議はないのでありまするが、併しこの労働組合法が通りましてから、実行に移るまでには、若干の猶予期間を置くのが当然ではないか。例えば專從者の給料のごとき、これは今日の労働組合の実情から申しますれば、相当な猶予期間、準備期間が必要であるのでありまするから、この点につきましては、少くともこの條項に限つて六ケ月の猶予期間を置くのが正しいと考えるのであります。併し労働次官の通牒によりますれば、これらは六月九日を以て大体において実施するという指示が示されておるのでありまするが、この点の考慮を拂わなければならないと考えておるのであります。
 それから次に第二章の労働組合の項であります。これにつきましては、第五條を現行法通りにいたしたい、こういう考え方であります。と申しまするのは、現行法は御承知の届出をいたしまして、その組合の資格審査につきましては労働委員会において審議決定するということになつておりまするが、今回の改正案によりまするというと、これは労働委員会に証拠を提出して第二條及び第二項の規定に適合することを立証しなければ、労働組合法、労働関係調整法の保護を受けられないという規定でありまして、これは明らかに認可主義に立つておるのであります。これは労働組合の立場から申しまするならば、この認可主義を取るべきものではないと私共は考えておるのでありまして、從つて第五條は現行法通りにいたしまして、第六條と第八條は從つて存置するという方策を取りたいと考えておるのであります。
 それから次にはこの第五條の第二項の第七号でありまして、会計監査の問題であります。会計監査のことにつきましては、そこに示されてある通り、「組合員によつて委嘱された職業的に資格がある会計監査人による正確であることの証明書とともに、少くとも毎年一回組合員に公表されること。」、こういう條項があるのであります。これは前の労働省試案につきましても大分議論の存したところでありまして、私共の考えから申しますならば、この組合の財政という問題は組合員にとつて最も重要なる條項であるのであります。みずから汗を流して働いた資金のうちから組合費を掛けまして、その組合費がどう使用せられるかという問題は、これは組合員にとつて重要なる問題でありまして、組合の会計につきましては組合員全員の関心が強いのであります。從つて今日労働組合におきましては、みずから会計監査人を二名以上選びまして、公正なる会計の監査をやりまして、年一回以上組合員に会計状態を公表いたしておるのであります。從つて今後と雖も大体の原則といたしましては、これらの会計問題は組合の自主的の機関によつて会計が公正に使われるというこの立場を存置いたして行くべきであると考えるのであります。然るに労働省試案によりましては、外部の公正なる会計監査人とこうありましては、外部の公正なるというのでありましたが、今回は更に職業的に資格あると、こういうことになつて参つたのであります。それでありまするから、私共は第一として、理論といたしまして又主張といたしまして、これは労働組合運動の最も重要なる会計方面に対する干渉の糸口を作るものであると考えるのでありまするし、今一つは実際問題といたしまして、二百、三百というがごとき一々の單位組合が職業的に資格ある人々に依頼いたしまして、常に年一回会計監査をやらなきやならんということになりまするならば、組合といたしましても経費その他の手続についても極めて煩瑣なる問題を提出することになるのでありまして、こういう立場から申しまして、私共はこれを單なる公正なる会計監査人と改むべきであるという主張を持つております。而もそういたしまして、組合の会計に組合員みずからが不審あるということになりますならば、組合員の十分の一以上の請求のあつた場合においては裁判所が外部の公正なる会計監査人によつてこれを監査するという方策を講じまするならば、この点の欠点は十分に補い得ると考えるのであります。
 次には不当労働行爲のところでありまするが、第七條の第二号であります。これは恐らく私は活字の誤りではないかと考えるのでありまするが、第六條におきまして團体交渉の場合においては組合の代表者又は労働組合の委任を受けたる者と経営者は團体交渉をすべきであるという規定があるに拘わらず、この第二号におきましては單に労働者の代表と團体交渉することを正当な理由がなくと拒むことができないということになつておりまして、労働組合の委任を受けたる者という項がここに脱落いたしておるのでありまするが、これは当然前の第六條において團体交渉に二つを認めておる以上は、この第二号におきましてこれを認めるのが当然であると考えるのであります。もう一つは不当労働行爲の項におきまして、不当労働行爲が労働委員会によつて制定されまして、その命令が発せられました場合におきましても、今日の実情から申しまするならば、これを経営者側が忠実に履行いたさず、又労働組合もこれを知らず、労働者もこれを関知しておらないということのために折角の労働委員会の権威ある決定命令というものが行われないという危險性が十分に存在しておるのでありまするから、一番しまいに、第八條の前に、こういう一項目を入れて頂きたいという考であります。「労働委員会により不当労働行爲の判定を受けた使用者又はその團体は労働委員会がなしたる公表の文書とその命令を守る旨を文書により相当期間当該工場及び事業場内に掲示しなければならない、」こういう一項を挿入して頂いて、労働委員会の命令というものはこれは全從業員に徹底的に知らせると共に、これを実行するという旨を相当期間掲示して頂いて、労働委員会の決定というものを徹底して頂きたいという考えであります。それから次の労働協約の問題でありまするが、第三章の労働協約の項におきましては、このしまいの附則中に、こういう意味のことを附加して頂きたいという考えであります。それは第十五條に抵触する條項を含むもののあるときは、その部分は、執行された残余の期間は、有効期間中効力を持続する旨を挿入するという事柄であります。これは何故かと申しますれば、今日経営者側は労働協約のまだ有効期限が、現在締結しております労働協約の有効期間が存しておるには拘わらず、これを改訂したいという考え方が強いのであります。殊に労働組合法が決定いたされますならば、この労働組合法の決定の機会に、まだ有効期間が存在しておりますところの労働協約を、経営者側が進んでこれを廃棄して新たなる締結をしたいという考え方を強めておるのであります。と申しますのは、現在の労働協約が労働者側にとつて、比較的有効であるのでありますから、経営者側はこの機会にこれを廃棄したいという運動を強められると考えるのでありますが、これは現在締結しておりますところの労働協約の有効期間中は、この立法に抵触しない部分は、期限の切れるまでこれを存置し、有効にせしめるということが当然ではないかという考え方であります。
 次に第四章の労働委員会の條項でありまして、第十九條の二項でありまするが、これは現在の労働委員会の規定によりまするというと、労働委員会の中には特別の労働委員会というものを設けることができるということになつておりますけれども、改正案につきましては、これが除外されておるのでありますが、これは現在存しております特別労働委員会というごときのは、今後も存置する必要があるではないかという考えであります。それからもう一つは、改正案の第二十四條でありますが、これは準司法的事項につきましては、公益委員のみによつて、これを判定するという規定であります。これにつきましては、労働省試案のときにも大分議論があつたのでありますが、今回の改正案は、それを多少緩和いたしまして、「決定に先立つて行われる審問に使用者委員及び労働者委員が参與することを妨げない。」ということでありまして、意見だけは労働者、使用者の労働委員がこれを述べる途を開いておるのでありまするが、併し尚これは不徹底でありまして、準司法的事項につきましても、経営者並びに労働者側の委員もこの判定の権限を與えるということが、最も望ましいことではないかと考えるのであります。と申しますのは、やはりこれらの問題について、経営者、労働者それぞれの立場において十分なる意見を開陳し、その立場において決定をするということが正しいと考えるのでありますが、事実におきましては、三者構成によりましても、経営者、労働者側の意見がそれぞれ分れましても、結局においては、公益委員の意見によつて、大体決定を見る仕組になつておりますから、事実上これは現在通り三者構成によつて取扱うべきものではないかという考え方であります。
 それから次に労調法の問題でありまするが、労調法の中の第三十七條に新らしく二つの項目が加えられておるのでありまするが、その前の一項を削除して頂きたいという考え方であります。これは公益事業において、冷却期間が過ぎましてから、六十日後において爭議する場合においては、新らしくやはり又冷却期間を獲得しなければならないという規定であるのでありますが、これにつきまして、私共の考えは、労働組合の立場から申しますならば、労働爭議は成るべく早くこれを開始いたさなければ効果が薄いのでありますから、労働組合の立場から申しますれば、六十日間の間にこれは実行するのが当然であります。併し六十日過ぎてから、若し労働者がストライキを起すというような場合がありますならば、これはこの労働委員会において、決定されましたところの審議事項、協定事項というものは、経営者側によつて行われなかつた場合において起る場合が多いのであります。從つて六十日間の間に労働者側といたしましては、やるべきストライキはこれは当然行うのでありますから、問題はありませんけれども、六十日過ぎて若しストライキをやるというような場合は、これは少くとも協定事項が実施せられなかつたということのために、ストライキが起るのではないかと考えるのでありまして、これは労働者側、組合側の責任ではないと考えるのでありますから、強いて六十日間経てば、ストライキはできないという事項を挿入するということは不当ではないかという考え方であります。以上が私の大体この條項を中心といたしました改正案に対する私共の意見でありまするが、これを総括いたしまして、私が考えますときに、今回の改正案においても、尚この労働組合に対する政府の考え方というものが、取締り的考えが濃厚ではないかという考えであるのであります。我々は労働組合運動というものは、労働者みずからの手によつて、労働者みずからの力によつてこれを現実に、公正に、民主的に、自主的に運営すべきものであると考えておるのであります。政府も表面上は今回の労働組合法の改正に際しましては、労働組合をして、民主性、自主性、責任性を確立すべきものであるという見地に立つて、この改正をいたすということを声明いたしておるのであります。併し実際これを見まするならば、第二條において、或いは第五條において、それぞれこれは労働組合運動を取締ろうとする意見が濃厚に現われて参つておるのであります。例えば第二條におきまして、非組合員の範囲を拡大するという点につきましては、非組合員の多くが、尚労働組合に包含されておるが、御用組合的色彩が濃厚であるが故に、非組合員の範囲を拡大するという方針のようでありますが、併しながら労働次官の通牒によりましても、或いはこの前の労働省試案によりましても、この範囲というものを極めて廣汎なる範囲に拡大をいたしまして、非組合員の数を多からしめんとしておるのであります。これは決して御用組合を拂拭しようという考え方ではないのでありまして、明かに経営者側の陣容を強化しようという傾向を強めておるということは、申すまでもないところだと考えるのであります。從つて第一條におきまして、経営者と労働者が対等の立場に立つて、労働條件を向上するために組合法が設けられたということを言うておるのでありますが、この第二條の改正案を見まするというと、これは明らかに御用組合的の色彩を拂拭するという名目の下に、経営者側の陣営を強化いたしまして、労働組合側の陣営の弱体化を図るという傾向が強いということで明瞭であるのでありまして、勿論私共は今日の労働組合が、三ケ年にいたしまして六百七十万という組合員を組織することになつたのでありまするが、この急激なる量的な発展というものは、一面において労働組合が温室育ちでありまして、今日尚御用組合的な色彩も濃厚である点は、私共これを認めるのでありまして、又一面現在極左的の労働組合運動が存在いたしておりまして、これが爭議激発、その他労働組合の自主性を侵害しておる点を私共はこれを承認いたすのでありますが、併しながらこれらの点につきましては、現在労働組合みずからの手によりまして民化主運動が行われ、御用組合化を排除いたしておるのでありまして、今日労働組合自体の力によつてこれらの点を排除し、健全なる労働組合に仕上げるということが大切でありまして、徒らに政府の干渉によりまして、取締によりましてこれを助長することは不可能でもありまするし、これは労働組合運動を民主的に発展せしめるところのゆえんではないと私共は考えられるのであります。この前の労働試案につきましては、私共は幾多不安の点を有しておりまして、あの労働試案のごとき労働組合法が制定せられますならば、これは日本の労働組合運動にとつて由々しき問題であるという私共は考の下に、これに反対運動を続けて参りました。然るに幸いにいたしまして、この労働省試案というものが、私共労働組合の実際経驗の意見を公聽会その他によりましてこれを認めて、労働試案というものを一擲いたしまして、新しき見地に立つて現行法を中心とする修正を加えるという立場で今回の改正が行われたのでありまして、これは一大進歩であると私共は考えておるのであります。併しながら改正案におきまして、私が以上申上げました諸点におきまして、尚今日の労働組合運動の健全なる発達を阻害するがごとき條項が存在いたしておるのでありまして、この点は皆さんのお力によりまして、國会におきまして、公正なる檢討によりましてこれを修正いたしまして、完全なる労働組合法として実施せられんことをお願いしたいと考えるのであります。御用組会や極左組合の行過ぎを是正しようという考えは我々賛成でありますが、併しこのことのために角を矯めて牛を殺すがごときことが存在いたしますならば、折角私共が永年に亘りまして、労働者みずからの手によつて労働組合の民主性、自主制を獲得しようといたしておるに拘わらず、そのために日本の労働組合運動全体の運動を窮屈にせしめ、健全なる発達を取締らんとするようなことになりまするならば、これは日本の労働組合運動の將來にとつて由由しき問題であると考えるのでありまして、どうかこの点につきまして、参議院議員の方々におきましては、公正に御檢討を願いまして、改むべきは改めて、本國会におきましては、完全なるものとして実施せられるような御配慮をお願いいたしまして、私の意見を終りたいと考えるのであります。
#4
○理事(早川愼一君) 次に中央労働学園の桂さんにお願いいたします。それから実は午前中にあと三人ありますので、二十分間にお纏めを願いたいと思います。
#5
○公述人(桂泉君) 只今問題になつております二つの法案に対する私の見解を次の順序で申上げたいと思います。第一はこの二つの法律を改正する必要があるのであろうか。現在のままではいけないであろうかという点が第一点。第二の点は改正手続が妥当であつて、法の円満なる施行が期待し得られるであろうかどうかということ。第三には改正法案の内容。こういうふうに三つに分けまして、私の見解を申上げたいと思います。
 第一の問題は両法改正の必要があるかどうか。これは言い換えますれば、現在のこの二つの法律は何ら満備な点はないのか、若しくは多少不備な点があるといたしましても、それは暫く辛抱ができないか、もう少し経驗を積んだ後に改正した方がいいのではないか、こういうふうなことが一應考えられると思うのであります。私は現行法は決して百パーセント完全なものじやない、否百パーセントどころではなく、この上無修正で置くことは到底できないような結果になる。從つて現在この二つの法律を改正する必要があるということを感じておるものの一人であります。凡て只今のようなあらゆるものが異樣に單期間に変つて行く、今日の一月或いは一年は平常の十年、百年に該当いたします。從いまして法律その他の制度もおのずから平常とは違つた速さにおいて変つて行きませんと、社会の実情に副わなくなることはこれは当然でありまして、何も朝令暮改を私は好むものではございませんが、一旦法律になつたから容易に変えない方がいいだろうというふうな考えはこの際一擲いたしまして、勇敢に変えて行く、殊に國会制度も完備されまして、立派なお方々が衆参両院におられるのでありますから、そういう方々を信用しまして、勇敢に法律を改正する機会をたびたび持つた方がよろしいというふうに私は根本的に考えております。殊にこの両法は、その二つの法律の制定当時の事情を顧みますと、私は当時労務法制審議会におきまして、その起草の小委員として起草の任に当りました者の一人でありますから、特にその感が深いのだと存じますが、当時はこの二つの法律の対象となるべき事象そのものが創生期にありまして混沌たるものでございました。從いまして、一應將來如何になつて行くかということを想定してこの成案を得る外はなかつたのであります。そうして両法案が議会において審議をされました当時も亦同樣の状態でございました。ところがその後の労働組合の組合運動の発達はその活動形態も必ずしも当初想定されたようなものではなかつた。又我が國の経済の再建の過程も可なり予想外の曲折を辿つて参つたのであります。こうして見ますと、三年前の立法が現在においてそぐわなくなつたということは当然でございまして、むしろ私は今日まで無修正で來たのは不思議である。何故衆参両院の労働委員会あたりでもつと早くこの改正をなさらなかつたか、もつと御勉強になつて御改正になるべきではなかつたというふうに考えておるのであります。今日この両法が改正せられる必要があるということは大体輿論であろうと思います。労働者側の諸君は大会等におきまして、殊にメーデーの大会等におきましては、組合法改惡絶対反対というふうなことを掲げておられますが、あれは初めの間は如何なる修正も反対だという運動でございましたが、只今上條さんから、今回の法案の中の或る部分はいけないけれども、或る程度の修正は必ずしも否認するものではないというようなお言葉を伺いまして、私は非常に安心をいたしました。改正ということは輿論だなという感を一層深くするものでございます。尤もこのことは今回の法案に賛成だ、無條件に賛成だという意味ではないのでありますが、修正そのものがすでになさるべき時機に立つておるということは輿論の認めるところだろうと思うのであります。例えば末弘先生にいたしましても、私が非常に尊敬する方々の一人として末弘先生を思つておりますが、ローヤル・コンミツションというようなものによつてやろうという末弘先生の理論の根本をなすものはやはり現行法に欠陥があるという認識であります。これらは私が改正をするということは輿論だということの有力なる一つの根拠であろうと思います。
 第二に改正の手続でございますが、法の施行の円満を期します上には、その改正のための立法過程が適当でなければなりません。突然抜打的に、独善的にやられましては、殊にこの両法のごとき労働大衆を対象とするものは無用の粉爭を來します。この点につきまして、今回政府のとられました態度は、必ずしも全然欠陥がないとは申しませんが、大体いろいろ関係方面との折衝もあられることでありまして、公聽会等もしばしば開かれました点から考えましても、まあ過程としてはあのようなコースを取る以外になかつたろうという点をお察しすることができます。殊に最終案の内容が去る二月の労働省試案よりも遥かに労働者にとつて不利でないものになつたということを考えますと、國会におきまして、十分に御審議の上法案が通りますならば、恐らく実施上におきましても、それ程ひどい支障もないであろうし、又久しからずして労働大衆の納得も得られるだろうというふうに考えております。從いまして、私は手続上の欠陥から生じるところの実施上の困難を理由として改正を延期する必要はないというふうに考えております。
   〔理事早川愼一君退席、委員長着席〕
 さて、両法案の内容についてこれから申上げますが、以上述べましたところで、すでに私が本案の内容につきましても大体賛成であるということはお察しがついたろうと思います。私は本案の内容を以ちまして、必ずしも十分とは思つておりません。併しそれは確かに改惡ではなくて改善であります。而も政府は声明を発表しまして、更に逐次これを改正するという意見を持つております以上、政府殊には両院における労働委員会の方々等の御努力によりまして、近き將來において更に適切なる改正が行なわれるということが期待されます。從いましてここでこと細かに條文に亘りまして、各條の批評等を私は試みようとは思いません。ただ私が過去三ケ年間中労委の委員といたしまして、並びに一ケ年半地労委の会長としての経驗から鑑みまして、どうしても申上げて置きたいという点を一つ、二つ申上げることに止めたいと思います。
 私は只今今回のは確かに改惡ではなくて改善だと申しましたが、その中に例外として一つどうしても改惡だと思う点があります。それを眞つ先に申します。それは労調法改正案の第十一條に第二項として、斡旋員候補者の資格を限定する、つまり労働委員会の委員は斡旋員候補者になれない、こういう規定がございます。これは私は観念論から出た規定であつて実情を御存しないのだ、こういうふうに考えております。調停と斡旋とは区別があるべきものであつて、一遍斡旋にかかりまして、然る後に又同じような人が調停してはおかしいではないか、だから調停に当るべき任務を持つておる労働委員会の委員は初めから斡旋員候補者になれない方がいいという御議論であろうと思うのでありますが、日本における斡旋と調停というものはその区別は紙一枚であります。これを法律的に申しまするならば、調停案というものが形式的に出ますのが、これが調停であります。斡旋はそういうものは出ません。但し実情におきましては、斡旋よりも斡旋員の申入れとか斡旋員の意見書とか、そういうものを両当事者から要求されて出すことがしばしばある、むしろ出す方が常例であります。若し法の言うがごとくんば、斡旋員は法の期待するがごとくんば、斡旋員は單なる傳声管であり、單なるレコードであります。両方の意見をただ傳えるだけで、併し実際の斡旋というものはそういうものではございません。やはり両方の意見を聞き、同時に自分の見解も申し、或いは相手方の見解もこの辺に近づいて來るだろうかと、いろいろなことをいたしまして初めて斡旋ができる。その必要がなくてただ両方の言うことを傳えるならば、一つのレコードで沢山です。それから調停にいたしましても、委員が相談して両当事者の意向を付度することなくして独善的に調停案を作るものではありません。調停案を出す以上は、調停案が受諾されることを期待して出します。從つてそれまでにいろいろ当時者の意見も聞き、説得もしてやつておるのであります。從いまして斡旋と調停というものは、法律上形式的には違いますが、内容においては殆んど一つであります。それならばなぜ斡旋に從う場合には斡旋になり、或る場合には調停になるかと申しますと、これは両者の間に結ばれている労働協約にいろいろ書いてあることが違うとか、或いは場合によると非常に経理の綿密な調停をされては困るというふうな事業者側の都合で斡旋を望まれることもあります。或いは斡旋では権威がつかないから調停にして出して呉れれば呑めるが、斡旋では呑めないのだというふうな労働組合側の事情もあつて、誠に微妙なものであります。決してこれを一律に律することができない。從いまして私は斡旋と調停とはものが違うから人を違えたらいいというこの改正はこれは、観念論だ、之に還すがよろしい。尤もこの点組合の例外規定として斡旋候補者でない者が斡旋員になることができますが、そうすると例外が原則になつてしまいます。例外を原則としなければならないような法律の改正は、法律自体を侮辱するものとして廃めた方がいい、これが第一点であります。
 次に今回の改正におきまして判定的職能が中立委員だけに任されることになりまして、これは私は一進歩と思うのでありますが、何故この二つの判定的と調停的の職能を別の機関にお任せになるだけの決心がつかないか、これは非常に弊害があります。第一の点は、判定的、司法的な職能に適する人と調停的な職能に適する人とはおのずから別であります。稀にはこの二つの才能を兼ねておる人もありますが、なかなかそういう人が沢山得られないというのが第一点、それから第二の点はこれでやりますと、不当労働行爲に対する委員会と調停委員会との職能がしばしば混淆されまして、俺の方の調停案を呑むならば、不当労働行爲の方は勘弁してやろうというのが、これは從來からしばしば行なわれましたが、これはやはり人間がその場合に当つている以上はどうしても免れない。それから両当事者も亦これを利用するのであります。労働爭議があつて非常に不利だとそれを持つて行く。被使用者側も持つて來るし、経営者側も持つて來る。これでつい委員会が捲込まれて、その二つがあやふやになるというふうな実例は、全國でもうざらであります。從いまして私はどうしてもこの二誠の職能は別な機関でやれということを主張したい。そこで判定的の職能は、中立代表だけ、公益代表だけで沢山であります。それから調停的な職能は或る仕事によつて少し仕組を変えたらどうかというふうに考えております。且つは調停的な機関は斡旋と調停と仲裁をいたすべきものであると思いますが、これを原則として三者構成としまして、斡旋は誰でもよろしい、当事者で相談して当事者の希望する人であつたらよろしい、当事者が希望し、又その機関の会長が適当する人であつたらよろしい、調停は非公益事業でございましては、私は公益代表は入る必要はないと思います。ただ議長として公益代表が入りまして、議事の進行を掌る、但しこれは議決権を持たない。何故私はこういうことを申しますかというと、先程の上條さんのお話にありましたように、結局中立委員の言うことが通る。併し問題が最後に中立委員の手に決められるとする場合に、労使の代表はどういう態度をお取りになるか。中立委員があるのだから俺達で成るべくというので相当離れたことをし、若しこれを当事者だけにお任せしたらもつと実際的なことをおつしやるだろう、私はもう率直に申上げます。これは私共の過去三年の間の経驗で痛切にそう考えます。両方の当事者も勿論公の機関の参加者として公の立場を取られたでございませうが、それにしても中立というものがあるのでありますから、俺達は相当進歩的な立場でものを言つていいのだということになりやすいのであります。從いまして非公益事業においては私は公益委員は入る必要なし、議長だけでよろしい、こう考えております。
 次に公益事業の調停につきましては、これは区別なく三者が出るがよろしい、但しその場合に労使両代表の意見が一致したら中立はもはや何も議決に加わる必要がない、議決に加つてはいけない。労使代表で話が纏まらないときに初めて公益代表が表決に加わるべきだということになりますと、やはり從來よりも労使代表が解決への御努力が増して來るのではないかと考えております。更に仲裁はこれは勿論全員というふうに考えております。それからもう一つの点は、今度は公益事業におきまして、六十日の期間を以て調停が繰返されるようなことになつておりますが、これだけでいいのであろうか、いろゆる國家緊急状態というようなものがなくて、いいのであろうか、タフト・ハートレー法におけるナショナル・エマージエンシーのようなものがなくていいのだろうか、ということを考えますと、私はあつた方がいいと思う。日本は今大体が國家緊急状態である。その中でも緊急状態なる場合にあつては、爭議にその意味の制限があつても仕方がないではないか、公益のためには或る点まで権利が拘束されても仕方がないではないかという意味を持つております。具体的に申上げますと、公益爭議で以つて、労働委員会の調停が不成功に終り、而も両当持者が労働委員会の仲裁に移すことを承諾しない場合、そうして公益爭議の中でも、國民生活の崩壞を招來するような事件に対しては、私は内閣と國会が、総出でこの解決に当るべきであり、又それだけの権限を與えてもよろしいと考えるのであります。結局その緊急状態の認定を國会がする、総理大臣が要求してその認定を國会がする。そうしましたならば、総理大臣が議長になつて、若干の閣僚と、それから國会で選ばれた同数若しくは二倍くらいの方が委員となりまして、仲裁機関を作り、その仲裁機関の決定に服する。その仲裁の進行中は、爭議はやらない。ここまで覚悟をしてよかろうと思います。勿論それ程の國民的な危機に際しましては、場合によると、関係筋から占領目的違反ということでお差止めが出るかも知れませんが、いつでもお墨付を頂いてものを片付けようというような態度は、私は耻かしいと思う。日本人ならな日本人として、それをはつきり自分達の手で片付けたらよかろうと思いますから、私はナショナル・エマージェンシーの一項を設けられることを主張いたします。
 それから最後に法の施行でございますが、ただ一点先程上條さんから主張されましたように、事從者の給料は、それが労働協約に正式によつておるものは六ケ月間くらいの猶予期間がないと、これは無理であろう、これは私共今までの経驗からそう考えます。
 以上が大体私の意見でありますが、要するに法律を変えて非常な効果を期待することは間違いであろう、法律が本当に民主的に運用できるか、日本が民主的な國家になれるかということは、最後は教育であります。一般に民主主義の教育が普及しないで、ひとり労働組合だけに労働組合の運用、活動を民主的にやれと言つてもそれは無理であります。從いまして、私は根本問題としてもつと一般教育、殊に民主主義の教育の充実に御努力が願いたい、こういうふうに考えておる次第であります。
 以上を以て私の陳述を終ります。
#6
○委員長(山田節男君) 続きまして東京大学の有泉教授にお願いいたします。
#7
○公述人(有泉享君) 私の手許に來ました法案の中には、文学或いは論理の運び方や何かに誤りがあります。併しそれは國会の審議のうちに指摘され、或いは政府の側から訂正が多分あつて、直つて行くことと思いますから、ここでは文学論は避けます。
 限られた時間でありますから、思いつくままを時間のある範囲で述べて見たいと思うのであります。
 労働立法というものは、労働者の基本的な人権を保護するものでなければならない、その保護の仕方は幾つかあると思います。すでに現行の労働立法の中にもそれが現れているわけですが、今回の改正を中心にして、その一つ々々を檢討して見たいと思います。大本普通の人がやつたらば牢屋に入れられるかも知れないことを労働運動としてやつた場合には、それが正当な範囲であれば罪にならないというのが、古い……古いといいますか、現行の労働組合法の一條の一項なわけですが、それが今度は少し形を変えて現れた。先程上條さんから指摘があつたように、暴力云々というふうな言葉が入つたわけです。私もどうもこの言葉は取つた方がいいんじやないかというふうに思います。というのは、無論刑法一般の原則をここで言い直しただけのことだと、提案では説明されると思いますが、併しその刑法一般の原則を成るべくこの労働運動には濫用されないように、官憲が直ぐ労働運動を圧迫しないようにというところに、労働法が生れて來るわけで、官憲の圧迫から守るという意味で、むしろここへ置かない方が氣分の上からいつてもいいんじやないか、これは裁判所が適当に判断を下して行く問題ではないかというふうに思います。それから同じく労働者が爭議行爲として、そうして債務不履行或いは不法行爲に亘ることがあつても、労働運動としてやれば責任がないというのが現行の労働法の十二條で、それが今度の改正案でも八條に現れているわけですが、八條に現れたところでは、前にもそうですが、使用者はその損害賠償の請求をすることができないというふうに、使用者に対する民事上の免責だけを規定していますが、爭議は第三者にも当然迷惑が及ぶわけで、第三者から労働組合の責任を追及するというふうなことが行われれば、組合の財産は忽ち危殆に瀕するわけで、その第三者に対する免責をも含める意味で、技術的にいいますと、第八條の「使用者は、」というふうな言葉は除いたらどうか、「何人も」というふうに書き変えたらどうかというふうに思います。ところでこの民事上、刑事上の免責というこの特別な法律上の待遇、労働者の待遇は、憲法でも保障されている労働権であるわけで、從つてこれは労働組合或いは組合員に限らない労働者一般に認められた権利である筈です。ところが今度法律が改正される場合にもうそのことがどこにも明言されていない、「労働組合は」、或は「組合員は」というふうに言つていまして、労働者が労働運動をやつた場合に、こういう免責が行われるかどうかは、余り明確でないわけです。これまでの組合法でも同じでありましたが、そこでは解釈で……これは可なり公の解釈として一般的な免責があるんだ、組合に限らない、こういうふうに言われていますが、法律を折角作り変えるのですから、そういうことがはつきり分るように書かれたらどうだろうかというふうに思います。
 第二に労働者の地位を法律が保護して行く場合に出て來るのは、使用者の圧迫から労働者を保護する、こういうことになるわけです。その一つは言うまでもなく不当労働行爲で、これは現行法の十一條に規定されている。ところがこの不当労働行爲は十一條だけではなくて労調法の四十條にも規定がある。十一條より四十條の方が可なり嚴格に書いてある。爭議行爲をやつたことを理由にして首を切つてはいかん、こういうふうにはつきり書かれていたわけです。ところがどういうわけか今度の改正ではその條項が落ちてしまつている。それで説明では無論今度の改正法の七條の中で、「労働組合の正当な行爲」、こういう中へ当然爭議行爲も入るのだから、從つてそれを理由に首を切つたという場合には不当労働行爲になるんだと説明されるに違いありません。併し現行法のような書き方と改正案のようになつた場合との差は大きく二つありまして、その一つは爭議行爲とこう言つておる。そこには正当な爭議行爲とも何とも書いてありません。從つて使用者は首を切る場合に必ず労働委員会の同意を得なければならない筈です。ところがそれがなくなりますと、今度は使用者はどう言うかというと、それは正当でない爭議行爲をやつたから首を切るのだ、こう言つて首を切るに違いありません。そうすると、労働者側がそれに対抗して委員会に提訴して、そして原状回復をやつて貰う、そうすると、そこに大きな違いが生ずるのは、使用者側として爭議行爲をやつたことを理由に不当な爭議行爲と称して首を切るという戰術、爭議に当つての一つの大きな戰術を獲得するわけで、どうも妥当でないというふうに思われる。それからもう一つは「労働組合の正当の行爲」というふうにやはり七條で書きますと、先程免責のところで申しましたように、労働組合でないものが爭議をやつた、爭議團を組織していない未組織の労働者が爭議をやつた、これを首を切つた場合に不当労働行爲になるだろうかという疑問が忽ち起きます。そうしてその場合御用組合がやつたら、これはあとで技術的の問題になりますが、御用組合の場合は首を切つてもいいのかという問題さえも起きて、その辺がややこしくなる。そうして労働者の基本的な爭議行爲ができるというような点を曖昧にしてしまう。そういう危險があると思う。
 そこで更に話を進めますと、今度の改正案の七條、元の十一條、或いは労調法の四十條ですが、それの違反は從來は直接に処罰の対象になつた。ところが今度は労働者は何と言つて行くかというと、労働委員会に不当労働行爲で首を切られましたと訴えるわけです。そうすると労働委員会でこれを迅速に審議するようになつております。審議をしてそうして或る決定をする。それに対して又使用者は不満があつたら中央労働委員会まで問題を持込むことができる。そこでも負けた場合に裁判所まで持込むことができる。そこでも負けた場合に初めて原状回復をやればいい、無論仮処分的の行爲を地労委の処分に求めることはやつてありますが、とにかく一應やつておいて、そうして負けた場合には元に戻せばそれで責任なしということになるので、この点は非常に大きな問題を含んでいると考えます。それはどういうことかと言いますと、憲法は労働権と所在権というものを何の区別もなく保障しているのじやないか、私はそう理解するのです。ところが使用者の方の持つている所有権を誰かが侵害しますと、使用者は忽ち普通の裁判所へ訴えて、侵害しないようにという仮処分もできるし、それから損害賠償も取れるし、更に官憲が出て來て、窃盜或いは器物毀棄などと言つて捉まえる、それで直ぐ訴訟関係になる。ところが労働権の方は、労働者の團結権なり團体交渉権なりの方は、これを使用者が侵害しますとどういうことになるかというと、労働委員会に訴えて労働委員会で原状回復命令を貰う。そこで一方が廃棄されて元に戻せば手続も何も要りませんが、とにかくそういう手続を経なくてはならん。この改正案の二十七條ではその審議の仕方を割合に詳しく規定しています。不当労働行爲の原状回復に対する労働者の訴えを迅速に解決するように規定しています。やはり相手方を呼び出して証人の反対尋問をする機会を與えたりしておる。二十七條の一項にそういう規定があつて、審議は片一方では行かない。ところが現在裁判所に使用者側が訴えている仮処分というのは、これはこの決定でやつているので、むしろ原則として口頭弁論を開かない、そうして一方の言うことだけ聞いてぱつとやれる、ぱつとやらなければ利きませんと裁判所は言うわけです。そこで救済の方法或いはそれに対する処罰というような点から見て、労働権と所有権というものの扱いがどうも少しバランスを失していないか、從來十一條違反は忽ち処分したいというのは、使用者にとつては非常にやりにくかつたでしようが、これは労働権というものを十分に保護しようと思えばそう行かざるを得ないのではないかと思うのです。ところが今度の仕組ではそうでない、この点はどうも賛成できないと考えます。
 それから労働者が使用者から独立でなくてはならない、自由でなくてはならないというもう一つの点は、言うまでもなく御用組合の排除ということです。今度の二條はその点は非常に具体的に書いているわけです。ところがどうもこの点も少し賛成できかねる。例えば今度の二條一項の規定を見て行くと、先程タイピスト、運轉手などと出て來ましたが、一番重要な問題になるのは守衞だと思うのですが、守衞は労働組合に入れるか、今度私の貰つた提案理由では守衞も労働組合に入れない。その考え方の基礎には、守衞というのは工場の所有権、工場というものを守つているのだ、從つて労働組合が爭議に際して工場の中へ入るというようなときに、使用者に忠ならんとすれば労働組合を排除しなければならないという考え方があつて、そこで、組合に対する忠誠、忠誠という言葉もいやな言葉ですが、とにかく使用者に対する忠誠と労働組合に対する忠誠とが矛盾する、そういうふうなものは組合に入れない方がいいというような考えだと思うのです。併し企業というのは私の考えるところでは、そういうものと労働者とが一緒になつて動いているものじやないか、その中に入つている労働者が正に爭議をしよう、或いは組合を作つて待遇の改善をしよう、こういう場合に守衞をのけ者にしなければならんというのはどうも少し所有権尊重に偏していないかというふうに考えます。それから同じ二條の二項でやはり会社の財政的な援助というものを排斥していますが、併しこれは現実の段階を考えると、組合の御用化を防ぐというよりも、逆に言うと、こういうことをされれば組合は弱くなる、そういう心配の方が多い現段階から考えて、この点も若干どうかというふうに思うのです。それから先程ちよつと出て來ましたように、七條で出て來るこの労働組合という言葉、この言葉がどういう意味を持つか、これは若干技術的な議論になりますが、それが本法に「「労働組合」とは、」と言つておる二條の労働組合、それに該当しないようなのは、この七條の労働組合にも該当しないようなのは、七條の労働組合に入らないもの、御用組合は七條の労働組合には入らないかという疑問が起きるわけですが、その辺ははつきりと規定された方がいいのではないか、これは先程一條の二項を問題にした、或いはその改正法の八條を問題にしたのと同じような意味で、この不当労働行爲の禁止というのは、労働者の活動自体を保護することに向けられていると考えます。從つて不当な労働行爲の関係でも、相手は労働組合を保護するためじやなくて、労働活動、労働運動そのものをも保護しなくてはならないのではないかというふうに見るわけです。それから労働者を保護するといいますか、この労働組合を健全に発達させる意味で、組合の民主性を擁護しようという趣旨から、改正法の第五條が詳細になつて來た。で規定の考え方そのものには全く賛成で、この労働組合も少数のもので支配してはならない。みんなの意向がそこに反映するようにしなくてはならないということは、異論はないわけです。ただそういうことを一体法律に規定すべきかどうかということになると、又ここに問題があつて、これはこの組合をむしろ教育することによつて、先程桂さんが言われたように、この教育で自分達が御主的に規約を作つて行けばいいではないか、一々こういうことまで干渉しなくてもいいのではないか、そういう疑問を持つものです。併し具体的なこの規定の中を見ますと、中に必ずしも賛成できない規定があるわけです。それは例えば五條の四号では、人種、宗教、性別、門地又は身分というもとを挙げていますが、どういうわけか憲法十四條で保障している信條の自由というものが落ちている。これはどういうわけか了解に苦しむ。それから八号の書き方ですが、八号は、同盟罷業は無記名投票で過半数の投票を得なければ開始しない、こう書いておるのですが、開始しないという言葉に、どうも少し引つかかると思う。いよいよ交渉が行詰つて同盟罷業をやるかどうかということ自体は、これはみんなの相談で決めればいいんですが、開始の時期まで、どうもそれに引つかからされそうな書き方であつて、その点が若干技術的に疑問を持つものです。そしてこういう規定を置いて見ても、実際に労働委員会はこういう規定がありますといつて持つて來られれば承認せざるを得ないわけで、実際の運営でこれが少しも保障されていない。ですから余計おせつかいだというふうに感じを持たされて來る。少し時間も迫つて來ましたから急ぎますが、そういうふうにして労働者の自主的な、民主的な活動を保障しておつて、そしてそれで團体交渉をして団体協約ができるわけですが、労働協約ができた場合に、この協約は現状では非常にルーズにできていて、当事者の金方の意思に反しても向うへどんどん伸びて行くような規定が現在の労働規約の中に沢山ある。それをどこかで打切らなければならないということは、これはその線そのものは賛成ですが、ところがこれを唐突としてここへ出したのは若干問題がある。先程上條さんが指摘されたように、そういう條項を含んでいるならば、協約全体が無効というふうに解釈されそうだ。そういう疑問もあります。併しその点は、あそこの條文を読むと「解釈されてはならない。」というふうに十五條の二項の終りの方では言つていますから、まあ無効だというふうには裁判所も言わないと思います。併し問題は現にそういう一方の意見に反して協約の文面から有効だとされておる協約が沢山あるわけです。現にまだ問題はいろいろ起きておる。そういうのはこの法律ができると途端に実行して、そうして無協約状態になるかということですね。その経過規定なんかを一本入れて頂きたい。そうでないと、この際無用な混乱を起すのじやないか。現にこの十五條の二項で無効になるような條項が働いて、そうして協約が生きておる。そういうものがあるわけですね。それがこの法律が公布されて実施されると、忽ち無協約状態になつては混乱を來しはしないかということです。
 それから問題の最後の点ですが、労働委員会が判定的機能を公益委員だけでやるという線は、私もこれまでそういう主張をして來ました。現在の不当労働行爲を直接処罰するというふうな規定がなくなつた現在では、その必要が割合と薄らいだと思いますが、やはりこれは公益委員だけでやつていかんだろう。ただ問題はその公益委員として果して本当に中立の委員を選ぶことができるかという問題、現実にはこの各地の労働委員会の中立委員というものを調べて見ますと、非常に偏つて、決して本当の意味の中立が選ばれておるとは言えないと思います。でその辺で非常に工夫を要するというふうに思います。これはまあ運営上の問題になるのかも知れませんが、とにかく特に嚴正にこの中立委員を選ぶようにということを要望せざるを得ない。そこでそういうふうに司法的機能を中立委員でやるということになつた以上は、今度はあとに残るのは、その調停的な機能をやる委員というものを労働大臣が任命しなければならないということが分らない。どうももう司法的な機能は取上げられたのですから、そのあとは調停的な機能なんですから、これはもう選挙か何かでぱつと一律に決めたらどうですかということです、一々この推薦を貰つて、そうしてそれを任命するというふうな行き方は賛成できない。選挙にしてしまえば却つて問題がいざこざがなくて、縣の労政課あたり大いに助かるのじやないかというふうに思います。
 それからこの労調法で公益事業の爭議について制限を置いたというのは、全体の趣旨から見て、或るべく制限を置かないで欲しいというふうにということだけ申上げて置きます。
 大体今まで日本の企業、産業そのものが甘やかされている。その甘やかされた中に労働者も入つておつたわけですが、今度はこの九原則というふうなもので、もう、一本立ちしなければならない。そういう時代になつて、こういう不況が來る時代に、この不況の負担というものをとかく労働者に負わせるというのが、これが今までの歴史の教えるところで、アメリカの不況の時代に、労働者が如何に慘怛たる状態にあつたか。そうしてそれを救うために、ニユーディール以下ワグナー法というような立法がどうして現われて來たかということは我々の鑑とするに足るものだと思います。で不況の時代に、むしろ労働者を保護しなければならない時期じやないか。この際若し今度のこの立法が労働者を圧迫するとか、或いはその運営が労働者を圧迫するように運営されるとするならば、それは踏んだり蹴つたりだというふうな感じを持たせます。全体として、もう少し引き下つた線で決めて制定されたら喜ばしいというふうに私は思います。これだけであります。
#8
○委員長(山田節男君) 引続きまして、月島機械株式会社社長黒坂駿作君にお願いいたします。
#9
○公述人(黒板駿作君) 私は今回の労組法の改正案につきまして、若干意見を述べさして頂きたいと思います。
 すべての法律がそうであるように、どんな立派な法律でも現実を無視した法律というものは我々の社会生活にとつて意味のないことである。これは言うまでもないことだと思います。現在我々の置かれている社会状態というものがどういうものであるか、先程も桂さんからもお話がありましたように、これは結局ノーマルな状態ではない。まあアメリカ人が言う砥石に鼻でもこすりつけなければならないような時代である。そういう現実の状態の中において、まあ大体日本の今やつておるいろいろな考え方、或いは法律の立て方というものは少し贅沢過ぎるのではないかというような見方がアメリカ辺りにもあるようですが、まあこういう考え方が当つているか当つていないかということを私は論じたいのじやないのですが、とに角我々がこういう問題、殊に法律を作るという問題を考えるときには、それが單に紙の上で理想的であるということ、そのものが問題であるのじやなくて、これは現実の社会生活の上において、殊に現実に我々が今なさんとしているところの経済の再建、日本の再建というような問題に対して、どういう意味を持つかという立場においてこれを考えて行かなければならないのでありまして、單に所有権がどうだとか、労働権がどうだとかいうような、抽象的な理想論でこれを考えて行くべきものではないと私は思うのであります。そういう意味におきまして、今回の改正案というものが、まあ私個人の考えからしますというと、一歩前進した、いわゆる現実の基盤に足をつけようとしているのだという感じを持つわけでございまして、この意味において私は今回の改正の企てに対して賛成の意を表するものであります。昔イエーリングという学者が、大体オーストリアの人間というものは、権利の主張に怯懦である。臆病である。もつとこの民主主義の社会においては、権利を主張しなければならんというような議論をしたことがあるのでありますが、今日ではむしろ世間で聞くところでは、権利ばかり主張して義務の履行を忘れているのじやないかというような議論が可なり多いのであります。まあこういうことも当然我々として考えなければならん問題ですが、そういうことよりも今一番問題になると思うことは、或る法律ができました場合に、その法律の解釈というものが、非常に初めから單にその法律の中にある権利を主張するとか何とかいう意味でなくて、殊更にその法律の内容を妙に解釈をしようとする。或いはこれは非常に惡意のある言い方でありまして、殊更にそういう解釈をすることじやないかも知れないけれども、非常に間違つた解釈をするというようなことがどうも多ゐのじやないか。こういう点が立法の局にお当りになるお方においては、十分お考えにならなければならない点じやないかと思います。大体こういうことを言うのは妙なことなんですが、從來日本の法律というものは、どちらかというと裁判官のための法律であつて、民衆のための法律ではなかつた。裁判官がその内容を知つておつて解釈すればいいのであつて、裁判官とか弁護士とかいう特殊な職業の人達だけが理解できる、それでよかつた。一般の民衆は分らんでも、いよいよというときにはそこへ持つて行けば解釈がつくということであつた。併し今日の民主化された日本においては、法律というものはすべてのものが理解するものであつて、而もそれが間違いなく解釈されるものでなければならないと私は思うのでございます。そういう点において、或る法律についての妙な、曲解といいますか、歪曲が行われるということを私は非常に遺憾に思う。例えばこの労働組合法につきましても、労働権というようなものが憲法第二十八條に保障されておる。そうするというと、労働権というものは先程有泉さんが財産権と対等の地位にあるということをおつしやつたのですが、同樣に財産権と対等の地位にあるならば、財産権が公益的制限に服するように、労働権も亦憲法二十九條の公益制限に服する、こういうことは当然の結論になると思うのですが、それすらもそういう制限には服しないのだ、労働権というものは絶対的なものであるというような不可侵論的な議論ややる、或いは又組合活動というものがどんな場合でも正当なんである、或いは逆にこれは非常に巧妙な議論であると思うのですが、組合活動と名を付けられるものはすべて正当なんだというような議論をする。組合活動と名付けられるものはすべて正当なんだという議論は、要するに正当なものは正当なんだということを言つておるに過ぎないのであつて、組合活動は如何なる場合においても正当だということを意味しないと私は思うのですが、とに角ちよつと聞くと組合活動として行われることは、組合が正当なんだからその組合活動は当然正当なんだ、こういうような考え方が横行する。それによつて法律を解釈して、極端に言いますと人は人殺しをしてもいいのだ、或いは人の名譽を毀損するくらい何でもないのだというような解釈が行われる。それが分つていてわざとそういう解釈をする人もあるかも知れないし、或いは又本当に分らないでこれを信じ切つておる者もあるのではないか。現に私共の会社で組合の人といろいろ話をして見るというと、現に私共の会社の爭議の場合に、第二組合の者に対して第一組合の者が暴行を加えたという事件があつたのですが、そういう場合に、その暴行が一体組合の指令に基いて行われたのかどうかということを私は申した。組合の活動である、指令とは言わないのですが、組合の活動である。そうすると組合としては暴行を加えろということを命令したのかと言うと、そこまでははつきり命令とは言わないのですが、要するにこれは組合活動で暴行を加えたのである。そうして組合活動である限りにおいては、そのくらいの行動というものは、何ら不当な行動ではないのだということを信じておるように思われる。これは本当に信じておるかどうか分らんけれども、そういうふうに考えておる。私はこれは非常に恐ろしいことではないかと思うのです。先程來新らしい改正法の第一條の第二項に但書がついておるということについて、こういうふうな但書を附けるというようなことはおかしいじやないか。こんなことを書かなくたつて、当り前のことじやないかという議論が行なわれておる、正にその通りなんですが、現実というものは私が今申上げたようなもので、組合活動でやれば、何をやつたつていいんだという観念が非常に横行しておるときであつて、而もそういうことの解釈が、この法律を誰が読むか、これは裁判官とか或いは大学教授とかよく法律の分る人が読まれるなら、そういう間違いは私はないと思う。併しそういう素養のない労働組合の人たちがそれを読んで、そうして或る指導者が故意、なあにここに書いてあるのだからこれでいいんだというように、それを信じてしまうというようなことが行なわれるならば、せつかくこれに労働者の権利を保護し、健全な労働組合を作つて行こうというような考え方を、根本的に破壊してしまうような虞れがあるのじやないかということを私は考えるわけでありまして、その意味において、甚だ余計なことであるかも知れんけれども、こういう但書は、やはり今の日本の段階としては必要なんだ。のみならずここに單に暴力行使と書いてありますが、これは何故もつと詳しいことが書けなかつたか。もつと具体的な列挙ができなかつたか。例えば暴力行使と紙一重の威迫行爲、或いは家庭生活を脅威するとか、名誉を毀損するとかというようないろいろな行爲があると思うのですが、そういつたような行爲、そういうものが一体改正法の第一條によつて、違法性を阻却されるのであるかどうかということを、余程はつきり書いて置いて頂く必要があるのじやないかと思います。と申しますのは、こういう場合においても「但し、如何なる場合においても、暴力の行使は、労働組合の正当な行爲と解釈されてはならない」と書いてありますが、ただここで読みますというと、暴力行使にならなければ何をしてもいいんだ、刑法三十五條で違法性を阻却されるのじやないかというような感じを持つ人がないとは私は言えないと思う。暴力はいけないのだけれども、そうではなければいいんだ。それが私は非常な問題を起す原因だと思います。この点については、四月十二日に法務廳の檢務局長からの通牒が、現行法の解釈として出ておりますが、少くともあそこに出たくらいのことは、この法律にも書いて頂いていいんじやないか、できるだけそういう点を明らかにして頂くことが、せつかく改正をなさる場合においては必要なことじやないかと思うのでございます。
 又この問題に関連いたしまして、第五條、先程有泉さんからこの第五條の八の同盟罷業は、選挙された代議員の直接無記名投票によらなければならんというこの改正案は、少し行き過ぎじやないかというような御意見がありましたが、私から言わせますと、大体有泉さんのように爭議の当事者になつたり、相手方になつたりしたことのない方が御覽になる場合と、我々のように当事者になる者との考え方は、少し違うのじやないか。我々から言うと、罷業行爲というものは相当重大なものである。そんな簡單なものじやない。これはやる方でも、やられる方でも大変なことです。組合の人にしても、一体爭議をやるかやらんかということは、そんなに單純な問題じやないと私は思う。殊に同盟罷業のように、或る上部組織から一貨の通牒が來て、同盟罷業に入れというようなことで、直ぐ同盟罷業に入つてしまうというようなことは、これは同盟罷業をやる当事者にとつては大きな問題である。私から言わせると、これは同盟罷業でなくても、普通の爭議であつても、やはりこれは無記名投票のような手続をとり、相当愼重な手続の上罷業に入るようにすべきものじやないかと私は考えるのであります。少くともこの同盟罷業のごときは、当然こういう規定は置いて然るべきものだと思うのであります。私はそういう点、ちよつと脱線いたしましたが、私が申上げたいのは、例えば同盟罷業のこの規定が成文化された場合に、若しもこういう手続を経ないで行われた場合には、一体その爭議行爲というものは第一條との関係において、やはり刑法第三十五條によつて、違法性が阻却されることになるのかどうかというような点、これがまあ一つの問題になりやしないかというふうに思うのであります。こういう点も今度の法律では余りはつきりしておりません。こういう点を是非はつきりして頂きたい。それ以外にも、ゼネストとか、政治ストとか山猫爭議とか、生産管理とかというような問題がありますが、そういう点についても、若しでき得ればもう少し明確な規定をして頂くことが必要じやないかと思うのであります。ただ私といたしましては、とに角そういう点がございますけれども、今回の改正ということについては賛成でございますし、特に私として今回の改正について喜ばしく思いますことは、第一條の書き直しでありまして、「この法律は、労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労働者の地位を効上させること」、という文句を入れられた点であります。從來この点については非常に誤解が多く行なわれておつたと思うのでありまして、労働組合法が労働者の保護法であることは、現段階においてはこれを認めなければなりませんが、その保護するという意味は、労使対等の立場において兩者の交渉を持たせるという意味における保護であるということが根本観念である。その点を明らかにされた点において、私はこの書き現わし方に対して賛成するものでありますが、私は更にこういう観点から進んで、單なる労働者保護法という域を脱して、將來労働組合法が労使関係法という、本当の労使対等の立場の法律関係に進化することを私は希望するわけであります。まあ一般論といたしましては、そういう点を申上げるに止めますが、尚細目の点について二三申上げたいと存じます。
 先ず第一條の最初の労使対等の原則を書かれたことについては賛成するものでありますが、何故か現行法において書かれておつた、経済の興隆に寄與するとこという文句が今度はなくなつております。これはどういうわけでお取りになつたのか。外の労調法や、職業安定法には書いてある言葉を、どうしてこれだけは取られたのか。大してこんなことは意義がないことで取られたのかどうか分りませんが、この文句は殘されて置いてもよいのではないか。のみならず、この文句を残さずに置くというと、苟しくも労働運動であれば、経済の興隆を害するような、そういうことでも労働運動としてならやつてよいのだというような誤解をする向もあるかも知れん。そういうことがあつちやいかんという一つの老婆心に過ぎないかも知れませんが、老婆心に終れば結構だと思いますが、そういう意味においても、強いてこういう文句をなくする必要もないのじやないかということであります。それから尚第一條で使用者と労働者と力関係を規制する労働協約という文句が書いてありますが、この使用者と労働者との関係を規制するという形容句はどういう意味でお使いになつたのか、大体労働協約とか團体交渉とかいうようなことの範囲は、第六條あたりではつきりしておりますから、強いてこういう文句をお入れになる必要はないじやないかと思うのであります。それから第二條についてでありますが、第二條において或る場合には原則としては、使用者は経理上援助をしてはならんということになつておりますが、例外的に若干のことをやつてよいということが、第二條の第二号において書いてございますが、この場合にその使用者の出したものが若し外の目的に使われる、例えば厚生資金として出したものが、忽ち爭議資金に化けてしまうというようなことがあつた場合には一体どういうことになるか、この点についての規定が明らかでございません。そういう点も一つ今後御審議下さいます場合において十分愼重にお考を願いたい。かように希望する次第でございます。時間が参りましたので、これをもちまして私の意見は終ります。
#10
○委員長(山田節男君) これをもちまして午前中の公述を終るわけでございますが、今まで公述を願つた四方の御意見に対して御質問がございましたらば御質問頂きたい。
#11
○村尾重雄君 有泉さんに一点お伺いしたいのでありますが、先程のお話の中で労働委員会に関して御承知の、由來労働委員会というのは三者鼎立で、即ち使用者側と労働者側と中立者側とによつて運営されて参つておるのであります。只今のお話を伺つておりますると、このたび労働委員会の公益代表者、いわゆる從來の中立の立場が非常に強化されまして、御承知のように第五條、第七條、第十一條、第二十七條及び労調法の四十二條等の條文については、公益代表のみにおいて処分するという工合に、非常に強化されたのであります。その点であなたのお話を伺つておりますと、中立委員に強化されることには非常に賛成だ。前からそういう持論を持つておつたというようなお話でありまして、公益委員の代表を選ぶについての、純正中立を期するための選挙のしかたについての御意見は只今承わつたのでありまするが、公益代表を強化することについて、爾來の自分の持論であつたとか、又非常にこれは是認された御意見のように伺つたのでありますが、非常に今日これが重要な問題として論議されておるようでありますが、恐れ入りますが簡單で結構ですから公益委員を強化することに大体支持をせられたように伺つたのでありますが、御意見がありましたらお伺いしたい。
#12
○有泉公述人 それは私は、若干労働委員会の実体調査というふうなことをやつておりますし、実際労働委員会を運営されておる人達からも意見を伺つて、先程桂さんがちよつと言われましたが、調停的機能と、それから純司法的な機能を同じものでやりますと、とかく一方で起訴しないから、こつちで讓歩しろというような取扱をする、或いは原状回復すれば起訴しない、処罰請求をしないというふうな扱いをされがちだということが主たる理由であります。でそれからもう一つは、仕事が実際は地方の労働委員会あたりの事務局というのは、おいおい整備されて來たようですが、事務局自身が司法的な仕事に余り馴れていない。それへ持つて來て素人の委員が入つて、それぞれ決議に加わるとなりますと、これは労働者側の委員は例えば不当労働行爲の処罰の請求ですと、処罰請求に賛成するに違いありません。使用者側は当然反対に決つておる。殆んど原則として反対する。そうして多くは中立委員で決められる、実際そういうことならばむしろ本当に中立委員に委せて、そうしてその中立委員の下に、事務局としても司法的機能に長けておる、そういう者をつけて獨立の委員、桂さんは独立の機関にした方がよかつたと言われましたが、今度の案でもよいからそういうふうに独立のものにする。その妥協がなろうとなるまいと処罰すべきものはする。こういうふうに扱つた方がよいのじやないか、こういうふうに考えております。
#13
○水橋藤作君 桂さんにちよつとお伺いしますが、先程末弘会長の、この二法案に対しての見解をちよつとお話されたようですが、はつきり結論を得られなかつたのですが、もう一回お話をお願いいたします。
#14
○桂公述人 お答えいたします。或いは私が始終末弘先生のお側におりますので、それが個人的に亘るようにお思いになるかも知れませんが、末弘先生の持論は、労働組合法は、改正しなければならない点がある。これは私共に向つて話をされたばかりではなく、これはいろいろな物に書かれておりますので、皆樣も御承知と思います。ただ併し改正のやり方としては、どうしてもイギリスにおけるロイヤル・コミッショナーなるものを使つてやるべきだ。從つて今度のようなやり方の改正は反対なんだ、だが大体において反対だけれども、現在の組合法を以て満足しないことは人後に落ちるものではない。こういうような末弘先生の御意見ではないかと私は承つております。
#15
○水橋藤作君 衆議院の公聽会では末弘博士は、この問題は國会の力によつて撤回しろということを言つております。末弘さんの発言、或いはやはり委員会には相当、委員会のみならず、國家的に相当、或いは大きな反響があると思う。で先程の桂さんの発言と、末弘さんの、私は聽いて來たが、そのときのあれとは大分違つたので、私は再質問しましたが、了解を得たので結構です。
 もう一つお伺いしますが、この二法案が現行法よりも、組合法案の保護法であるべきが、取締法に轉回しつつあるように私は思いますが、桂さんの御見解をお伺いしたいと思います。
#16
○桂公述人 お答えをいたします。或る点で取締法案に近くなつた点もあると思います。併し、或る点は本当の組合の自主性の獲得に向つて改善をされておると思つております。例えば組合の内部問題、これは干渉ということが言えれば、干渉いうと点からは取締法であると見れるかも知れないが、併し組合員が全部平等の権利を持つて、組合の行動が本当に大衆の氣持によつて決定されるというような点は、これは現実に私共が多くの組合の運用を見ております者から見ると、これは改善である、かように考えております。從つてこの法案を、取締法案に近づいたとか、或いはその逆とかいうことを、一概に言えない。いろいろな点によつて違うと思います。
#17
○水橋藤作君 重ねてお伺いしますが、そうすると或る法案によつて取締法であり、又保護法に近いものである、こういう御意見のようであるが、然らば取締法に近いものがあつたとすれば、その條文に対しては桂さんは反対するか、如何ですか。
#18
○桂公述人 私は取締法であつても、必要なものについては敢て反対しない。例えば極端なことを申上げますと、この法案に基く國家緊急状態というふうなものの認定、並びにその場合における國会の参加を得た強制仲裁制度というようなことまで、私は主張した。從つて、取締法案になつたからそれに反対だということを一概には申しません。取締の点並びにそれによつて労働組合の蒙る損害、逆にそれによつて公益に対する保持ということを考慮しなければ一概には言えないと思います。
#19
○原虎一君 黒板さんに一つお伺いしたいと思います。第一條の暴力という問題であります。暴力行爲云々。それから延いてはあなたは威嚇であるとか脅迫までも具体的に表示すべきだ、そういう法律を必要とする状態であるということを認識なさつておられます。私共組合運動の実際から言いますと、そういう暴力を行使さすような、いわゆる暴力行使を誘発するような資本家の行爲、或いは資本家が使嗾をして暴力團を使う、こういう場合がある。そういうことになりますと、あなたの説から行けば、そういう條項も入れなければ、第一條の目的が達しないのであります。併し殊に法体系ということを考えて行きますと、これはあなたのお説では法律を條文化すということは非常に困難ではないか、こういうふうに考えるのであります。この点御見解を……
 それから労働組合全体の趨勢から考えて行きますれば、労働組合法がこれは桂さんの言われるように、終戰直後一定の想定の下に作られたものであつたから、不備な点があつたということが三年間で分つたというのです。併し、と同時にその前に法律が全然なかつた時代を考えますと、陰惨なストライキというものは御承知のように少くなつていると言つております。法律がない時代には、硫酸を投げるとか、或いは蛇を投げるとか、こういう問題が爭議には伴つて來たのであります。或いは社長の娘の通つておられる学校にビラを撒かなければならん、それは何かと言えば社長が逃げて会えない、会社を代表する社長が会わない。これが法律ができたために成る程人民裁判であるとか、團体精神に威嚇的なものが加わつたということもありましようけれども、総体的に全然この法律がなかつた当初から比べますと、非常に私は罷業というものは暫定的に見ますと明朗化した。でありますから法律は大まかな点で決めて行かなければならんと思う。一方にそういう行爲があるからといつて、今度は誘発するやつは、これは嚴重に取締りの條項に入れなければいかんということにいたしましたならば、これは私は法体系を作るのに非常に困難であると思う。こういう点の一つお考えをお聞かせ願えれば幸いと思うのであります。
#20
○黒板公述人 お答えいたします。第一点につきましてですが、暴力行爲を……、お答えの順序が或いは狂つておるかも知れませんが、暴力行爲を経営者側が誘発した場合はどうなるかという御質問のように伺いますが、この場合は例えば暴力團を使つて殴り込みをかけるという場合において、それに組合が対抗して腕力を振うということは、これは正当防衞と言いましてこれによつてこれは処置できることではないかと思う。特にそういうことがあるから、暴力團を使つてやるから暴力行爲についての規定をする必要がないのだという御議論では、私は少し当つてないのではないかと思う。要するにこの改正法で言つておる暴力というのはそういう意味ではなく、不法なる暴力だという意味であると思うのであります。つまり正当防衞というようなことによつて阻却される暴力じやなくて、違法性の阻却されない暴力という意味だと思います。あらゆる場合に含まれるという御解釈は、私はこれは当つてないのじやないかと思います。それから今原さんのおつしやつたように、組合法のなかつた当時に比べて、今の方がいろいろな、そういう爭議が明朗化しておるというようなお話もあるのですが、その中の一例としてお上げになつた、社長の子供の学校にビラを撒くとかというような話です。これなんかは現在でもこれは実際行なわれてたのじやないけれども、私なんか別に交渉の時に逃げた場合はたないんだけれども、そういうことをきつとやるということを私は明言されたのです。そうしてビラを撒いて、P・T・Aの問題にするということまで言われております。ですからそういうことは余り大きな問題でもないように思いますけれども、とにかくまあおつしやるように、爭議行爲が過去に比べて、段々明朗化されて來ておるということは、非常に結構だと思いますが、併しやはり中には非常に妙なことが相変らず行なわれておるという現実も、やはりお考え願わなければならんのじやないか。そういう意味においてやはりさつき申しましたように、法律というものを單に專門家だけで見るのじやなくて、全然法律上の知識のない人が見ても分るように、法律技術的に重複があり、甚だ拙い点があるかも知れんけれども、やはりアメリカの法律式に念を入れて重ねて書くというようなやり方をお取りになる必要があるのじやないかと思う。而もそこに折角暴力云々という但書までつけられるところなんだから、折角そこまでつけるなら中途半端なことをしないで、少なくとも檢察長官の通牒の程度のことはお書きになつたらどうでしようか、こういうことを私は申上げておるわけなんです。それだけでございましたでしようか、外に何か……
#21
○原虎一君 議論をいたします時間もありませんししますから、一方にそういう虞れがある、その條項を入れるということであれば、又一方にそういう虞れがあるからその條項を入れないというのは、法体系をなさないという虞れを私は申上げたいと思います。それ以上議論する私は余地はありませんから申上げません。
 それから桂さんに一つお伺いしたい点は、この公益の委員が判定権の行使、任務を果すということは、理論上又実際上の体驗を通して御判断になつておる。可とされる御判断であります。これは有泉さんもそういう御意見のようであります。私はやはり労働委員会というようなものは、法的に冷たく考えてはならんのじやないかと思います。成る程労働者側の委員も、資本家側の委員も、從來現行法の十一條違反に対しては、意見が対立してしまうわけです。これを決するのは、いわゆる第三者委員が決めるのであります。これを決める場合に、両者の委員がそこに立つて決めた場合と、いないで決めた場合ということは非常に心理的影響がある。こういう私は微妙なことは非常にむずかしい微妙な感を持つておる、そう思いますれば第三者委員というものを置きたいと、こういうことを言われますれば、そうじやありませんが説明のできない、こういう問題については微妙な心理的影響があるということは見逃せないのであります。そういうときに、決定だけは第三者委員でされるということになりますと、第三者委員を選ぶときに我々は非常に考えなければならん。要するに殊に地方に行きますれば、有泉さんの言われますように、嚴正にして公平なる第三者を選び得るかどうか非常に疑問があります。併しながらそういう問題、いわゆる判定の決定を行使するような問題にしても、資本家も、労働者も加わつて一應決めるのだということでありますれば、第三者委員の承諾を、労働側委員、或いは資本家側委員から求められた場合において、精神的余裕ができるのでありますが、これで行きますと、もう私は七人なら七人の方で、数的にも労働者側委員がはつきりした味方を取つておかねば危ないぞという、こういう私は心理的な影響は見逃がせないと思う。こういう点について中立委員としての御体驗からあなたの御意見を伺えれば幸いと思います。
 もう一点は公益事業の爭議は三十日間の冷却期間を置いて、六十日間の爭議期間を認めて、又再び調停にかけなければ爭議行爲ができないという、私はこれは善惡という問題よりも、どうも滑稽なのでありますね。先日も本会議で鈴木労働大臣に質問しましたのですが、公益事業の六十日間の据置期間を認めて、是認して、それを法律で決めるということ自体が滑稽ではないか。それがあるためにどういういい影響があるのか。又それがないためにどういう惡影響があるのか。私の考えからいたしますれば、公益事業なんかの爭議は一日でも早く終結しなければならん。これは第三者は勿論、労使共にそう願うのであります。それが逆に六十日間はやつてもいいのだというふうな印象を與えるような法律を作つて、而も非常に日数を少くしよういうと目的を持つておるといたしますれば、どうも理解できない。そういう意味の質問を鈴木労働大臣にしたのですが、抽象的な答弁で満足するものを得なかつた。これは私全く形式的なものであつて、心理的な弊害が多いのではないかという感じを持つておる一人であります。中立委員とされて、大きな公益事業の爭議の調停をされました経驗を持たれるあなたの御意見を伺えれば幸いだと思います。
#22
○桂公述人 第一の点は、判定的職能を公益委員だけに委すということになると、公益委員に対する労使双方の承諾というようなものが非常に含みのないものになつてしまうというふうな御意見でありますが、私は先程も申上げましたように、判定的職能と、調停的職能とは別個の機関にすべきであるという意見であります。それは、判定的職能というのは質の判定をいたすので、量の判定ではございません。判定的職能でいたすことは、イエースかノーであります。調停として或る場合に五にするか、三にするか、四にするかという問題、そのイエースかノーの問題を、労働者側の委員の方から、資本家側の方に有利なようにイエスというお答えを頂くことは極めて困難であつて、逆の場合も亦然りです。これは原さんも中央労働委員会の委員として長くおられましたから十分御承知かと思いますが、恐らく殆んど百中の九十九までは両方がはつきりと対立しておる。先程有泉先生のおつしやつたように、帰着するところは中立委員が決めるということになるのであります。同時に先程有泉先生が、調停と判定との職能の混沌ということについていろいろとおつしやいましたけれども、私はそれに然るべき人を得る点から言つても、調停に適する人、必ずしも判定的な仕事には適しない。いろいろな見地から判定的職能は、それに適する中立委員だけでやるべし、從つて、この場合その独特の中立機関、中立委員の選定方法まで私にお尋ねになるならば、それは労使両方の代表の同意は要らない。例えば中央労働委員会ならば國会の承認を得、地方労働委員会ならば都道府縣の承認を得る、かように私は考える。
 第二の点でございますが、公益事業の爭議で六十日は爭議をしてもいいということ自体が滑稽ではないか。逆に読みますと、とにかく六十日したら又止めなければいけませんぞという規定だろうと思います。從來私共の経驗から参りますと、調停案が出まして、それが受諾されない場合に、公益事業の性質によりまして、長く続くのと、続かないのとあると思います。例えば鉄道のようなもの、こういうふうにその大衆公益への損害が極めて明瞭であるものは、そう長く続く虞れはないと私は思います。まさか鉄道が六十日、止まろうとは私共考えてはおりません。六十日続けて尚解決しないとは考えておりません。ただこれは今度は公務員になりましたが、全逓の爭議も随分事実上長く続いておるようであります。いろいろ戰術が変りまして、スコール戰術とか、いろいろ変つております。そういうふうになりますと、直接大衆の眼にその損害が具体的に現れないような、仮に公益事業があるとするならば、そういうものについては、爭議は長いことがあり得るという問題、そうすれば一應水を入れて、又やり直す、お互いに頭を鎭めて、やり直すということも亦必要ではないかという意味で私は決められたじやないか、私はこういうふうに考えております。ただあれが六十日でいいか、もう少し間を長くした方がいいかということであります。若干まだ私もはつきりした意見は申上げられない。六十日でいいのか、九十日でいいのか、或いは逆に三十日でいいのかというとこはまだはつきりは申上げられませんが、一遍調停をすると、調停しつ放しで、あと幾日続いてもいいのだということで、片附けきれないものがあるということを私は申上げて置きます。
#23
○原虎一君 有泉さんにお伺いしたいのでありますが、先程黒板さんに伺いました第一條の終いの方にあります暴力行使は許さない。許すものじやないという但書です。法の形態から申して非常におかしなものじやないか、私共素人であるから思うのであります。こういう書き方もあるかも知れませんが、これを解釈しますと、暴力行爲をかくまでも許さないということを明らかにしてあるにも拘わらず、置いたということは、檢察当局にしても、或いは裁判官にしても、相当又それぞれ心理的に労働者の暴力行爲というものが、爭議に伴う暴力行爲というような問題が、非常に重く見られるということも我々懸念するのであります。そういう点についての專門家のあなたの御意見を伺いたいと思うのであります。今一つは正当なる爭議行爲というものを、鈴木労働大臣は生産管理は正当なるものでないというふうに言つておるのであります。併し私共今後九原則、爲替レートの関係等で、すでに起きております首切り問題、これは経済面から成立たない、独立採算制がとれないという点から來ておるものが多いのであります。併し又中にはこれを機会に組合を破壞しようというような考えでやる人もあります。いずれにいたしましても、そういうことになりまして、採算がとれないからやめる。組合側は採算がとれる方法があるじやないかということになつて、これが爭議になつて來ました場合に、大企業にはないかも知れませんが、中小企業にはやりつ放しで逃げてしまうような事業主が出て來るのであります。これは私共過去三十年間、昭和五六年の不景氣の時には多々経驗しております。そうして労働組合の管理に移りまして、経営を続けた工場が多数あるのであります。善意のいわゆる保管の意味における生産管理というものは、戰後において行われたばかりでなしに、私共の経驗は戰前に多くあつたわけであります。私はこういうものが生産管理という定義から外れるのかも知れませんが、一種の生産管理でもある。そうするとすべての生産管理というものが、正当なる爭議行爲でないということを、私は認めるべきでないという解釈を取つているのであります。ここに現れたその生産管理の手段方法が、現行のいろいろの他の法律に違反する場合、判断を下して然かるべきである。労働権の主張という、あなたの言われますところの労働権と、所有権との法的権衡の立場といいますか、そういう点から考えて私はあり得ると思う。ところが鈴木労働大臣は、これは正当なものでないという。正当なる爭議行爲じやないという解釈を持つている。こういう点について、あなたの御意見を伺わさして頂ければ幸いだと思います。
#24
○有泉公述人 第一の、一條の二項の但書の点ですが、こういうものを書いては法律体系上おかしくないかという点は、別に幾ら法律が丁寧に規定してもいいわけで、おかしいということはないと思います。私が先程申上げたのも、今、原さんが言われたように、こういう條文があるために、官憲の労働運動圧迫ということがありはしないか。そういうことがないためには、むしろない方がさつぱりしてよいだろう。こういうものがなくても、官憲の労働運動の圧迫というものが、ずつと行われて來たことは歴史が教えているわけであります。そこで労働者が段々と自分達の高度の自由を獲得して行つたわけですから、この際こういうものは逆に入つて來るのは望ましくない、こういうふうに考えます。
 それから第二の点で生産管理は適法であり得るか、違法なものも無論ありましよう。併し適法な生産管理というふうなものは、あり得るということを私は前から主張しております。今指摘された使用者が逃げてしまつたというふうな場合は、最も適切な生産管理をやることの必要な、最も適切な例ですが、その外でも尚生産管理というものは適法であり得るというふうに考えます。
#25
○原虎一君 私の質問はもうこれで終ります。
#26
○門屋盛一君 委員長、ちよつと簡單に……
#27
○委員長(山田節男君) 門屋君。
#28
○門屋盛一君 黒板さんにちよつと伺つて置きたいのですが、あなたは現実を無視した法律は不可であるということを言われたので、それは私は非常によいことをおつしやつたと思うのです。大体今回の労働組合法の改正は、法律をちよつと見ただけでも、今までの労働組合の行き過ぎのあつた点を是正した点が多いようであります。そこで経営者という点から考えられて、終戰後の労働組合の行過ぎが仮にあつたとしましても、経営者側はこの三年間にどの程度経営の民主化に努力して來たか。それから現在においてこの法律が実施された場合に、経営者の経営の方で民主化の精神をどれだけ体得しておつて、この法律を逆に惡用するようなことがないかということが氣ずかわれるわけです。率直に言いますと、九原則の実践に当つては非常な苦境に陥る。失業者も出る。労働者にとつては非常に苦しいときになるのであるが、これで爭議ができにくくなる、いろいろ労働者を縛つている点があるのであります。そういう際にこの法律を利用して経営者がどんどんやられると、そういう大きな國家目的から申しますと、産業の基礎が固まらないことになる。我々も経営をやつているのですが、果して今日の場合、日本の経営者がこの法律を行う上において、適切な程度に民主化した考をお持ちになつておるかどうか、これはあなたの御意見だけ伺つておけばいいのです。
#29
○黒板公述人 お答えいたします。現在までの状態を申上げますと、私は過去における労働組合法そのものが行き過ぎだつたというふうに單純に考えないのですけれども、併し大体その実際に行う状態或いはそれを解釈して、いわゆる極端に言えば権利を濫用したというような状態、そういうことによつて惹起されたいろいろな事態のために、却つて経営者側としての経営の民主化の意図が阻害されたのじやないかということを私は逆に考えております。という意味は我々の側として相当経営を民主化しよう、労働者にも相当の権利を認めて、発言権を認めてやろう。こういう趣旨で行く場合に、あまりに労働者側が朝に一城を取れば、又夕に他の一城を狙うという式に、その止まるところを知らずというような勢いでやつて來る。その勢いというものに非常に恐怖心を感ずる、本能的な恐怖心を感ずる。そのために却つて自らの殼を堅くしてしまつて、折角経営を民主化して行こうという意思がやはり萎縮してしまう。これが今度のような改正法によつて組合の在り方もはつきりする。労働者としてもこの線で行くのだということがはつきりして参りますと、却つて今後においては経営者としてもこれだけのものは與えていいのだ、これだけのものは讓つていいのだという点がはつきりすると思うのであります。そういう意味において徒らに從來のものが、或いはこれは我々の方が不当に恐怖心を抱き過ぎておつたかも知れませんけれども、要するに経営者が弱過ぎたのかも知れませんが、まあいらざる恐怖心のためにみずから殼を縮めて行つた。今度はそういう必要がなくなる。却つて民主化はよくなるのじやないか。勿論我々としてもこういうふな改正法に便乗して、徒らに労働者を彈圧するという行き方に対しては、経営者自身としても十分反省して行く、こう考えておるわけなのであります。決して今後の日本再建が経営者の力だけで行くということは毛頭思つていない。労働階級の本当の協力があつて初めてできるということは、明らかなのであります。そういう意味で我々は考えておるのでありまして、むしろ今後改正法によつて労働組合の行き方が秩序のある、はつきりしたものになつて來れば、それだけ経営者の方はいわゆる経営の民主化というものに対して積極性を示し得るのじやないか。さように私は考えております。
#30
○中野重治君 黒板さんにお尋ねしたいのですが、沢山あるのですが、時間があんなふうですから簡單なことをお尋ねいたしますから、簡單にお答え下さつて結構です。一つは話の前提になつた形で、或る種のアメリカ人が、日本の有樣ではもう日本人が砥石に鼻をすりつけなければならんと、こう言つたが、それがお話の論理的基礎と受取つたわけでありませんが、労働者自身大分鼻をすりつけて來ておると思うのですが、砥石に鼻をすりつけることによつても、労働者と大資本家と対等にしなければならんという考えであるかどうか。対等の問題は第一の問題で、黒坂さんは御賛成のようでしたが、話を聞いておりますと、これは私の聞き違いかも知りませんが、戰爭後労働組合ができて、又労働組合運動がずつと上つて來た。それで今までの、現行の労働組合法は労働者の或いは労働組合の保護という面が出ておつた。併し労働者と資本家を対等の位置に持つて行かなければならないのだから、今まで労働組合保護の面に力のあつた現行労働組合法を労働階級の保護の面を少し下げて、そうして資本家余と対等にする。今までは資本家側の方が労働組合側の方に押されていた、この押す力を少し下げて、それで対等にするという意味で賛成だというふうに受取れたのは私の誤解であるかどうか、そうでないとすればあの暴力の規定のこと、これは原君なんかも言われましたが、とにかく戰爭後いろいろなストライキや何かがあつて、或る種の人々が労働組合側が不当な暴力を行使するのだとこういつたような、私はそうは思わないけれども、そういつたような事件があつたわけです。それでそういう事件が沢山あつたために、この暴力規定をもつと嚴重に規定しなければならんとか何とかいうことになつて、あなたはそれに御賛成ですね。それで一体そういう事件が重なつて、そうして暴力規定をもつと嚴重にしなければならないような、この根拠となつた暴力関係の事件は、戰爭後ずつと調べて見ると、それは労働組合側の素朴な行き過とか何とかいうことから起つた暴力の方が多かつたか、それとも会社側……、月島機械という意味ではありませんよ。一般に会社側が非常に陰險ないろいろな行動をして、第二組合を作るとかそういうことの結果こう來たもの、それをも……、その両方を比べて見るとどつちが多いか、という意味は、ただ刑法の外の点を組合の紛議の場合は訴却するというようなことだけだと、労働組合側はそれを誤解して組合と会社側との紛爭では多少のことをやつても構わん、こういう誤解がありはせんかとこう言われる訳です。これはあなた方にだけでなくて、沢山の人が言つておるわけでありますが、この誤解の点に関しても資本家側と労働組合側と対等に扱われようとするかどうか、私共の実際に調べて來たところでは、例えば愛光堂の事件なんかで、社長が先頭に立つて暴力團を指導して乘り込んで來た、東洋時計の場合には人殺しをしておる。こういうことがある。それから東宝の場合は、義士の討入りようにしてやつて來ておるのですね。時計の場合には人殺しをしておる、こういうことが沢山ある、それから東宝の場合は義士の討入りのようにしてやつて來ておるのですね。それでこういう点で、つまりあなたは暴力に関する規定が今まで通りであるならば、組合側に誤解がありはしないかと、こういうことであつてそれは分りますが、併しああいう規定の、いわゆる改正法によつて会社側が、今まででさえも労働組合に対する襲撃であるならばどんな暴力を振つてもいいというふうにしてやつて來た。こういうような誤解が更に一層その同じ方向において激成されはしないか、というのは、現に今度労働省がこの問題を出すのについて、大審院の、ちよつと忘れましたが、何か第一課というようなところで作つた労働関係の判決集から、暴力行爲は何件あつたとか、それから傷害は何件あつたとか、殺人が一件あつたとかいうものの一覽表を出して我々に配つています。そういうものを配ることは、あの判決はまだ途中で控訴しておるのなんかもありますし、こういうものから勝手に抽出して來て、確定していないものを並べて來るという集計のし方が、私は算術的であつて、代数的でない、これはからくりがあるわけですね。それから殊にその結果においては、暴行であるけれども、この暴行の使嗾者は誰であるかということについては全然触れない集計、こういうものはそれ自身價値がないのであつて、それをこの暴力行爲の規定を裏付ける資料として、委員に配つておるという、この労働大臣の意図には或る汚なさが感じられるわけです。こういうことの関係においてどうであろうか、質問を簡單にすると言つてごたごたになりましたけれども、つまり資本家側の方の誤解の方が、私は遥かに多い、そうしてこれは誤解であるかどうかも甚だ疑わしい、労働者の方は誤解してがらがらやつたかも知れんけれども、資本家の方はいろいろ工作の上に立つてやつておることが、或る程度明らかなんですから、この点において暴力行爲に関する規定においても、その誤解を解く、正すという意味においても、その砥石に鼻をすり付ける方式で、労働者だけすり付けようという御意向であるかないか、そのあるかないかだけでいいです。時間がありませんから……
#31
○黒板公述人 お答えいたします。砥石に鼻をすりつける問題は、これは我我経営者側も等しくやらなければいかん、そういう点について労働者のみの犠牲を強いるということは、少くとも私個人としては間違つておると、かように考えております。それから今の暴力についての誤解の問題で、経営者側が暴力團を使つたとか、或いは殺人行爲を教唆したとかいうようなことがあるそうでありますが、若しもそういうことが現実にあり、それで立証できるものであれば、その場合にはそれに対するいわゆる暴力というものは成立たない、私はかように考えております。丁度強盗に対して正当防衞をした人間の行爲は暴力行爲じやないわけであります。ですからその意味を改正法のここに書かれた暴力という意味は、そういうものは当然含まないものと私は思います。有泉先生もおいでになりますから、その点の法律解釈で私が間違つておりましたら直して頂きたいと思いますが、私はそういうふうに解釈します。それで今仰せられたいろいろの事実が、実際に立証可能のものであれば、どんどん立証なさつて、そうしてそれの教唆関係なり、何なりを御立証になればいいのであります。そういうことについてのことを私は言つておるんじやなくて、むしろそういう意味でなしに、單に組合活動であれば、どんなことをやつてもいいんだ、殺人行爲をやつてもいいんだ、お腹の大きな課長夫人の枕許へ行つて怒鳴つてもいいんだというような考え方、それは法律をよく分つている者は、そんなことをしちやいかんということは当然分つておるけれども、これは大衆的な法律であるから、念には念を入れて細かい規定をなさるべきじやないかということを私は申しておるわけであります。決してその場合に労働者だけにそういう誤解をするなといつて、経営者はどんな誤解をしてもいいんだというようなことを私は考えておりません。外にまだございましたでしようか。
#32
○中野重治君 対等の立場……。
#33
○黒板公述人 それから対象の立場の問題でございますが、私が対等の立場と申しましたのは、この労働組合法が労働者保護法であるという意味ば、この改正法の第一條に書かれましたように、この書き方には多少不満がありますけれども、労資対等の立場を実現するように労働者を保護して行く、言い換えれば労働者というものは、個人個人としては非常に力が弱い、そこで團結を認めて、その團結の力によつて経営者、即ち使用者と対等の立場に立たして、その上において自由競爭的な自由契約をさせようというのが、労働組合法の本質でなければならんということを私は申しておるだけなんであります。その現実に労資対等が実現されるかどうかということは、これは私は実力の問題じやないかと思います。法律がこれを決めて、これは労使対等だといつて見ても、必ずしもその通りにはならんのであります。これは現実に労働者側に團結する機会を法律は與える。併しその機会によつて労働者が團結して労使対等の立場に立ち得るかどうかということは、これは実際の問題じやないか、かように考えております。
#34
○中野重治君 丁度今から一年前の参議院では軽犯罪法か何かの問題で訴却される暴力行爲のことが問題になりました。その後最近になつて先に檢務局長の通達が出ました。この期間の間に、ああいう通達が出なければならないようなことが資本家側でなく、專ら労働組合側にあつたというふうな集計は、あなたの方でできておりますか。
#35
○黒板公述人 若干のものはそういうものを集めております。併しこれは我我の方から申しますと、必ずしも直接の材料によつたものでないから、それを一つの証拠として私は出すことは控えたい、かように考えております。
#36
○委員長(山田節男君) 他に御質問もないようでございますから、暫時休憩いたします。
   午後一時一分休憩
   ―――――・―――――
   午後二時二十五分開会
#37
○委員長(山田節男君) これより午前に引続いて公聽会を再開いたします。最初に弁護士の森長英三郎君にお願いいたします。
#38
○公述人(森長英三郎君) 私は終戰後の各地における労働爭議に伴う民事、刑事の裁判事件に弁護士として関與しておるものでありまして、その経驗に基いて、今度の労働法規改正案が果して適当なものであるか、或いは改惡であるかという点について、簡單に、率直に、又公正に私の意見を申上げたいと思います。
 我々法律の実務家としては、先ず第一番に目に付くのは第一條第二項であります。この第一條第二項は改正案においては、現行法よりも遥かに狹められておるということは明白なことであろうと思います。その第一の点は、第一條第二項を適用される範囲において狹くなつており、現行法においては、あらゆる労働組合の活動は條一條第二項を適用されたのであります。然るに改正法を見ますと、第一條第一項とも絡んでおるために、労働者と使用者の関係上、團体交渉その他のことについてだけ第一條第二項で適用されるのであつて、労働者が政治的、経済的地位の向上のためにするいろいろな廣汎な活動については、第一條第二項の適用はないのではないかと誤解せしめるような文章になつております。若しそうだとすると、終戰後日本の労働組合に対して、民主主義の推進力として與えられた使命を無視するものであつて、労働者諸君が改惡であると言つて反対するのも無理はないと思うのであります。
 第二に、改正案においては現行法にない但書が付いております。「いかなる場合においても、暴力の行使は、労働組合の正当な行爲と解釈されてはならない。」という文句が付いております。私も労働爭議に暴力行爲をなすということは否定したいのであります。暴力行爲を憎むことにおいて人後に落ちないのであります。併し我々裁判所に現われた事件を見ますと、労働者が暴力行爲違反として起訴されておる者の殆んどすべては、資本家側、使用者側の挑発によつておるということであります。例えば高萩炭坑事件というのがありましたが、その使用者は東北あたりからまで入墨をした暴力團を狩り集めて來て、トラック二台に分乘せしめて、爭議團を襲撃せしめたのであります。爭議團はそれを途中で待ち込せて乱鬪になつたのでありますが、これに対して水戸裁判所は、労働者の行爲は正当防衞である。但し少し度を過ぎていたということで、過剩防衞として刑の免除の判決をしております。又最近の例で見ますと、昨年の十月の朝日新聞のストライキにおいて、東京本社においては、発送部員が会社と意を通て、印刷局の爭議團が守つておる職場を襲つたのでごたごたが起つたことがあります。そういうふうに会社側の挑発によつて暴力行爲が起つておる。労働者は積極的に暴力行爲をした例は甚だ稀である。労働者の暴力行爲というものは防衞行爲であり、受け身であつたのであります。こういう場合にこれを処罰するように持つて行く。如何なる場合においても暴力の行使は許されないとして処罰するということは、どうも酷であるように思うのであります。又團体交渉においてよく罐詰なんかにして問題を起しておりますが、こういう場合も使用者が労働者を馬鹿にして鼻先であしらつて、或いは無言の戰術をとるというようにして、労働者の切実な要求に答えない、團体交渉に應ずる義務を果さない、そのために労働者も早くそれを一氣に解決したいという焦りから、深夜に及んだり罐詰にしたりした事件が幾つかあります。こういうのを見るとどうも労働者を処罰するのは氣の毒のように思うのであります。こういう点から私はこの但書は是非とも削除すべきものであると考える次第であります。それからこの但書では「いかなる場合においても」という表現を使つております。これは我々法律家から見ると実に変なおかしな文句であります。この但書、いや但書でなくして、第一條第二項は刑法第三十五條に使つておるのであります。刑法においてはこの外に三十七條では緊急避難の規定があります。三十六條では正当防衞の規定があります。ところがこういうように「いかなる場合においても」という表現を使うと、緊急避難や正当防衞については何も言つていないのであるけれども、緊急避難や正当防衞にもならない、そういう刑法の條項は適用されない、或いは適用されても非常に狹く不利益に適用されるのではないかという虞れが十分にあるのであります。個人としては緊急避難なり、或いは正当防衞なるものが、労働組合の仕事としてやつたために正当防衞にならない、緊急避難にならないということは全くおかしいことでありまして、そういう点からもこの但書は法律上意味をなさない、先程有泉さんからこういう具体的なことを條文に書いていいというお話がありましたけれども、私はこの「いかなる場合においても」という表現を使つた但書は、我々法律家として全く常識から言つてもおかしいものであると思うのであります。それから時間がございませんので取急ぎまして第五條の第一項について申上げますが、ここでは労働組合法によつてその届出をしない労働組合に対しては、労働組合法並びに労調法が保護しておるところの保護を與えないということを言つております。これもいろいろ申上げますならば、長くなりますから結論だけを申上げますが、このような規定は労働者に対して憲法が與えたところの権利を剥奪するものであるということを申上げたいのであります。殊にこの点について特に申上げたいことは、労働組合法によつて届出をしない労働組合に対しては、第七條の第一項の適用はあるけれども、第二項、第三項の適用はないということになつております。このことからどういうことになるかと申上げますと、労働組合法によつて届出をしない労働組合に対しては、使用者は如何なる支配干渉をしてもいいという結論になるのであります、そうすると、使用者が支配干渉し、且つ労働組合法によつて届出をしない労働組合というものがここに公然と認められることになるのであります。そうすると全く日本の労働運動というものは混乱し、正常な発展を望むことはできなくなるのではないかということを考えるのであります。他方労働者の方では労働組合法はうるさいからということで届出をしない労働組合を作る、そうなつて來ると労働組合なんというものは、どつか天井へ祭り上げられてしまつて、労働組合法に関係のない労働組合が使用者と及び労働者の双方によつて作られて、実力的な鬪爭を捲き起す危險があると思うのであります。全くこういう点をこの法案の立案者は考えているかどうかということを私は反問したいのであります。それから規約の点でありますが、規約の第四号に「何人も、いかなる場合においても、人種、宗教、性別、門地又は身分によつて組合員たる資格を奪われないこと。」という文句があります。「人種、宗教」と出ております。ところが憲法の第十四條では「人権、信條、性別」というように言つております。又労働基準法第三條では「國籍、信條又は社会的身分」というように言つております。更に職業安定法第三條は「人種、國籍、信條」というように言つております。ひとり組合法においてのみ「人種、宗教」という表現をなぜ取つたのであるか、宗教という言葉と信條という言葉は違つております。信條の中には宗教的に信條もあれば、思想的信條もあるようになつております。そうすると、このような規約が定められた場合にどうなるかというと、例えば労働者の中に民自党の支持者があります。そうすると労働組合から労働者の癖に民自党を支持すると言つて除名された場合に、その労働者はどうなるか。憲法によつて保障された團結権を奪われることになるのであります。そういう点からこの規約の第四号は憲法違反であるというように考えるのであります。
 次に、第七條の不当労働行爲に移ります。第一号は現在の労働組合法第十一條を持つて來たのでよろしいと思います。第二号がちよつと問題があります。第二号については使用者の團体交渉に應ずる義務を、團体交渉に併じない場合は、不当労働行爲であるといたしております。ところが労働組合から委任を受けた者が、使用者に團体交渉をした場合においては、使用者はこれを拒んでも不当労働行爲にならんという解釈が出ておるのであります。併し現実の日本の労働組合の実情を見ますと、ここに労働界の代表の諸君もおりまして、そういう諸君の前では言いにくいことではありますけれども、まだまだ意識が非常に低いのであります。殊に小さい組合においては全く労働組合員としての意識を持つておらないのであります。切実なる要求は自然発生的に持ち出すけれども、要求を持ち出しましても、どういうようにそれを交渉して獲得するかという衞を知らないのであります。そういう場合に上級の組合とか、友誼團体の人達を代理人として團体交渉をする必要は、日本の労働組合の現状においては十分にあると思うのであります。ところがその委任を受けた者の團体交渉に対して、使用者が應ずる義務がないということになると、これらの弱い組合は労働者としての地位を向上できない。ここに不当なることが起ると考えるのであります。
 それから第三号の本文は結構だと思います。但し但書についてはこういう但書を定めるべきものではないと私は思うのであります。労働組合が使用者の支配又は干渉を受けておるかどうかということは、労働組合の実体を見て判断すべきであります。こういう細かい規定をするときは却つて御用組合を自主的な組合と認定したり、自主的な組合を御用組合と認定する虞れが十分にあるのであります。最近問題になつておる專從者の給料のごときも、現在の日本の労働運動の実情を見ますと、專從者の給料を闘い取つておるところは非常に自主的な組合である、使用者と対等の立場を取つておる。專從者の給料をよう取つていないところは却つて御用組合が多いというのが日本の実情であります。こういう実情から見ても、こういう細かい規定をすることは間違つておるというように考えてよかろうと思います。そういう点からこの但書は削除して頂きたいと私は考えるのであります。それからこの不当労働行爲について最も問題となるのは、直接の不当行爲を処罰する罰則がないということであります。從來十一條違反に対して、或いは労調法四十條違反に対しては罰則があつたのでありますが、この不当労働行爲については、第二十七條によつて労働委員会の仲裁命令が出た場合、その命令に服しないとき初めて罰則の適用があるということになつております。これは從來でさえも資本家或いは使用者、資本家側の人々は、十一條違反の罰則を覚悟で首を切つておるという実情であることを考えるときは、今度の改正案のようなものになると、ますます安心して首を切れるということになる。そして結局労働爭議、或いは労働運動全体が、又労資関係が混乱することは間違いないと私は思うのであります。決して改正案のようにすることが、日本の正常な労働運動を発展さすゆえんではないということを特に申上げたいと思います。それから不当労働行爲に関連してもう一つ申上げたいことは、労調法の四十條の労働爭議を理由として馘首したり、不利益な取扱をしてはならないということが削除除されておるということであります。從來の終戰後の日本の労働運動を見ますと、爭議行爲をして馘首された者はぽつぽつあります。併し非常に少いのであります。少ないのはなぜかというと、労調法四十條があつたからであります。ところがそはがなくなり、ただ第七條第一号の一般的な規定の中に没入するということになると、どうも爭議行爲を守るところの防波堤というものがなくなる。使用者の方は労議を理由にして首を切るのがこれから沢山出て來るのではないかと思うのであります。結局そういうことは爭議をすると大量な首切りが出て、それに対して労働者も又激烈な闘爭を繰返すということになつて、労働運動全体を混乱せしめる因を作ることと思うのであります。やはり労働者の爭議権、正当な爭議権は十分に守つてやり、そうしてその上で労使交渉し、或いはまあ闘いをしてもいいが、そういうことをすることによつて初めて日本の労働組合運動は正常に発展するのであると私は思います。そういう点から見まして、労調法四十條の爭議行爲を理由とする馘首又は不利益な取扱の削除は、日本の労働運動の発展の妨害であるということを強調したいのであります。
 それから第十五條の労働協約の期間の点に移りたいと思います。第十五條の第二項では、從來よくありましたところの労働協約の自働延長の規定がある場合に、自働延長中使用者の中で一方的に、或いは労働者の方でも一方的に破棄できるという新らしい規定を挿入したのが第十五條第二項であります。この点は私労働運動又は労働運動に伴う裁判の関與していて特に痛切に感じていたのでありますが、あの自働延長の規定、労働協約の期間は経過しても双方異議なければ從來と同樣協約が続く、一方に異議があつても新らしい協約ができるまでは從來の協約によるという規定は、非常にこれまでの日本の産業平和には役立つて來た規定だと思うのであります。ああいう自働延長の規定がこれまでの労働協約に挿入されなかつたならば、労働協約の期間の終るごとに、労資互いに協約ができない、或いは新らしい協約を作る作らんで揉め事が続いて、労働爭議というものは今までの統計よりも倍以上はあつたと思うのであります。然るにあの自働延長の規定があつたがために労働爭議が非常に少くして済んでおる。それを今このような第二項を差入れて一方的に破棄できるということにするのは、法律が、折角当事者が自働延長結構だと言つておるのを煽つて、唆かして協約を破棄させようとしておる。こういうことが産業平和を撹乱しておるものであるというような感じを受けるのであります。そういう点から自働延長というものは、当事者の意思の合致によつて作られたものでありますからして有効なものである。何もこれを法律がわざわざ無効にさせて撹乱する必要はない。産業平和のためには遺憾な改正案であるということを私は考えるのであります。殊に我々裁判上いろいろ仮処分事件なんかに関與しておる者から見ますと、労働者の首を繋ぐ仮処分におきまして、例えば十一條違反、四十條違反で仮処分を申請してもなかなか裁判所は受入れないのであります。労働委員会で違反という裁定があれば大低は許して呉れると思うのでありますが、そうでない限り、なかなか裁判所は仮処分をいたしません。ただ團体協約があり、そうして團体協約の中で労働組合の同意なしに首を切つてはいけないという規定があつて、その規定に違反しておるということで從來多くの仮処分は許されていたように思うのであります。そういう点からも我我はこの第十五條第二項が作られるとするならば、今後の労働爭議に伴う労働者の仮処分申請というものは混乱になつて來ると思うのであります。労働者の仮処分申請は労働者が実力的闘爭を避けて、法廷闘爭によつて、法律によつて平和に解決しようという意図の下に行われるのでありますが、結局第十五條第二項は、そういう労働者の実力によつて平和に、実力ではなく、平和に法律的にやろうという手段を奪うことになる。やはり労働運動を混乱せしめ、実力闘爭を挑発することになると私は考えるのであります。
 それから最後に労働委員会の点でありますが、私は労働委員会の章に是非とも労働者を代表する労働委員の選挙法の規定を挿入して頂きたいのであります。選挙法の規定がないために從來職権委嘱というのが行われておりました。その結果はどうなるかというと、労働者代表でありながら、労働者代表としての実力を持たない人達が労働委員になつておる。そのために労働委員会は労働者に親切な場所でなくなつておるわけであります。更にそういう労働委員が入り込むときは、同時に中立委員も無能力者が中立委員になる。裁判官はよく化石した裁判官と言われましたが、そういう化石した裁判官の古手なんかも労働委員会の中立委員になり、或いは会長になる。中立委員も労働委員も無能力者だとすれば労働者は労働委員会を信用しないのであります。労働委員会に対するボイコットが行われることは申すまでもないのであります。労働委員会は労働者の信頼を得てこそ初めてその機能を発揮するのであります。それを信頼できないようにしてしまうということを、現在現行の労働組合法においてやつておるのであります。そういう点から是非とも労働者委員は選挙法によつて選挙し、必らず当選した者を委員にする。中立委員も現在よりも更に質のよい労働関係に理解のある人を持つて行くような規定を作つて頂きたいと希望するのであります。
 時間が参りましたので、ただ総括的に申しますと、とにかくこの改正案を通じて考えられることは、労働委員会とか、裁判所とか、或いは法律によつて労働爭議を解決しよう、平和的に労働爭議を解決しようという精神はどこにも見られないのであります。この点起草者の意見とは或いは違うかも知れませんが、起草者は或いは正常な労働運動を発展さすために作つたのかも知れませんが、実際は正常な労働運動を発展さすためになつておらない。却つて実力的闘爭を誘致し、労働運動を混乱させる、社会を混乱させるような結果になることは、我々実務家から見るときは間違いないと思うのであります。そういう労働組合法の改正案は是非とも握り潰しと言いますか、とにかくこういうものは撤廃するように議員諸君の御助力を願いたいと思います。そうして我々も協力いたしますから、立派な案を一つ練り直して、これから新らしい改正案を考えたいと思うのであります。
#39
○委員長(山田節男君) 続いて産別の中原淳吉君。
#40
○公述人(中原淳吉君) 産別会議の中原であります。起草者やその他の方々はどう思つておられるかも知れませんけれども、今度の労働組合法の改正によつて打撃を受けるのは産別会議であろうという噂が專らあります。それがどんなに間違つたものであるかということを私は申上げたいのであります。それからもう一つ三年有余の間に労働組合法が実施されてその欠陥が沢山あつた。だからその欠陥を直すのだというふうに起草者の方は言つておるようでありますけれども、具体的に見て見ますと、欠陥は少しも直らずに、今までやらなければならなかつたことをやらなかつた。却つて惡いことをやつていた。その惡いことを條文に記載したというのが今度この案になつておるということがはつきりするのであります。このことを私は單に理窟の上げたでなく、事実の上から申上げて見たいと思うのであります。つい先だつてでございますが、山口縣におきまして労働委員会に縣下の労働組合が呼び出されて組合の資格審査を受けるという事件が起りました。それは主として、主としてでなくただ一点組合專從者の給與を拂つておるかどうかということで組合の資格の審査をする。で專從者の給料を拂つておるところはこれは労働組合と認めないということであります。併しこのことが現在の條項においてできるといつておるけれども、そういうことを強弁しておるけれども、今度の改正の案によりますと、そのことは先刻森長さんが言われましたが書いてない。專從者の給料というのは書いてないが、資本家側から金を貰うということをそれに書いてある。そのことは適用するんだと言つておる。その趣旨は御用組合をなくするのだと言つてある。ところが奇妙なこてにはその組合において一番御用組合らしからぬ最も労働組合らしい労働組合が資格がないという判定を受けておるという、逆な判定を受けておるという現象が起きておる。だから資本家の干渉することはいかないということがポツダム宣言や極東十六原則にある。我々の権利を主張する、やることはやらなければならんということをやらないような傾向のある組合の方が却つて資格がある、こういう結果になつておる。こういう間違つた結果が出て來ておる。この一つをとりましても、專從者の給料問題というものを資本家が労働組合に資金を提供するのは御用組合だからいけないという、そういう決め方をしようというのが却つて逆な結果を來し、つまり唯々諾々として資本家の言うことを聞く組合を作るために、この條項は設けられたということが言えると思うのであります。更に響くべきことは、衆議院の質問に対する労働大臣であつたと思いますが、その答えの中に組合は金を貰つちやいかない。但し爭議の解決の條件として金一封を貰うのは、これはアメリカにも例があるからよろしい。こういう響くべきことを言つておる。つまり爭議が起きた場合に呑め、それならば、金をやろうと言つておる、このことはアメリカにも例があつてよろしい。こういう響くべきことを言つております。このことを見ましても、この資本家から援助を受けてはいかんということを、実はどういうことにやろうとしておるのかということがはつきりすると思うのであります。
 そこでこの專從者の給料問題というものについて、そういうふうに内容に立入ることは絶対にいけない。これは労働組合の中に干渉するものであつて、極東十六原則の中にある條項に違反するものであります。これは後から纏めて申上げたいと思いますが、而も御用組合かどうかを判定することを具体的にやられたのは、今までに專従者の給料問題だけがあるのであります。これが実際上例えば豊和工業等、実に馬鹿げた資料というものを労働省から皆さんのお手許に配つておるそうであります。つまり今までどんな、労働組合運動に附随して発生した刑事犯等事件の概要というこのプリントでありますが、この中に豊和工業の第二組合と言われてあるのですが、その第二組合の幹部が会社側から金を貰つたという現場を見たという労働者もやはりいる。或いは信州上田の鐘ケ淵通信というところにやはり爭議が起きたのであります。で第二組合ができた、これは法廷において会社の幹部が会社から金を貰つておるということをはつきり言つておる。或いは東宝の問題の場合は写眞入りでいろいろな金を貰つて主食に使つた、その領收書さえも写眞にとられて現在では公衆の面前に出されておる。そういう組合に対しては御用組合かどうかということを一つもやろうとしておらないということであります。このことを見ても御用組合かどうかを判定する一つの例として專從者の給料等を出しておる。これは如何に間違つた逆の方向に行つておるかということが分るのであります。從つて御用組合かどうかということを判定するには、そういうことではできない。今そういうことを立入つて政府その他がやるということはこれは大きな間違いを仕出かすことになる。例えば一つの爭議が起る。で爭議の起らない前は普通にやつておるが、爭議が起つたので一生懸命やつて、それで組合の專從者だから給料は拂えないということができる。やらないでおるから御用組合ということもできる。つまり爭議に介入することになる。爭議のスパイをやらなければそういうことはできない。こういうことをやらないという保証はどこにもない。むしろやるということの保証が今までの例からもはつきりするのであります。ただ御用組合かどうかということを、そういう形式の上だけでやるというと、先刻言つたように御用組合でないところが御用組合という判定をされるという馬鹿げた結果になるということであります。そして御用組合だけを援助することになる。それから今実質上内容に立入つてやろうとすればストライキ、その他政府機関はスパイをするということであります。これは極東の十六原則に戒められておる。占領軍の管理下にあつて極東十六原則に違反するようなことを敢えて定めるということは誠に以て穏かならんことだと思います。
 又最近山口縣の岩國におきまして、婦人労働者の局部を檢査するという問題が起りました。これに対して、かかる問題は人権蹂躙であるから、これは絶対反対しなければならんというので署名運動を始めた。そうしてこれを拒否したのであります。ところがこれは事件を煽動するものであるというので首になりました。こういうことが果して許されていいかどうかというわけであります。さすればその首を切られたその労働者には、明らかにこれは憲法の二十八條によりましても亦極東十六原則、その他の趣旨によりましても、明らかにこの労働者に対しては保護が與えられなければならん。その活動に対しては、國爭に対しては保護が與えられて然るべきである。そういうことが一体この改正の條文の中で何をやることができるでありましようか。更に尚もう一つ組合がいろいろな圧力があつて、交渉ができないという場合には、その労働者の委任を受けて、上部團体或いはその他の役員がそれを交渉するということは当然行われて然るべきこそであります。ところが團体交渉を拒むことはできないということでありますけれども、それが雇用する労働者の代表との團体交渉を拒むことはできないというのである。上部機関の人或いはその他の委任を受けた人達が、こういう局部檢査に反対をする、当然のことを言つた人の委任を受けてその團体交渉するということは拒否することができるのであります。そういうことになつておる。又こういう問題が起りましたときに、この周囲の労働者がそれは基本的な人権を侵害するものであるから、これはどうしても應援しなければならないと言つて爭議を起すということは、これ亦当然のことであろうと思うのであります。然るにそのことを許す條文があるかないかということであります。これも衆議院の本会議であつたと思いますけれども、大臣の説明によりますと、同情スト、その他はこれは穏かでない、正当な爭議行爲とは認められないという解釈をすべきである、こういうことを言つておられます。明らかに起案者自身がそういうこの弱い、而も正しいことをする人達を、我々労働者が皆で團結して、皆が團結してやるということはいけないのが、こういう驚くべき観点を以てこの案が起草されておるということが分るのであります。又先程から政治的信條という点が欠けておる。この第五條の第二項第四号におきまして、人種、宗教と書いてあるけれども、政治的信條というのが欠けておる。これも單にそういうことは欠けておつてはいけないということじやない。現実に或る横須賀の進駐軍の労組におきましては宣誓書を書かせる、それは共産党或いは共産党の團体というものに関係がないということを書かなければならない。そういうことは憲法の上から言つておかしいと言つてこれを保留した。ところがこの人達が團体交渉をする、いろいろな問題について團体交渉をするということは拒否されたのであります。明らかに若しもこの信條という問題が落ちておるならば、そういうことについて何らこの労働組合法によつては我々の正しい運動をすることができない、こういうことがはつきりと出て來るのであります。これは非常に重要でありまして、例えば総同盟から引上げました人達の就職が、復職が非常に拒否されておるという事実もございます。又私のすぐ側に住んでおります満十八になる若い人でありますけれども、すぐ側の工場で組合幹部としておりましたが、辞めまして、日本鋼管の工場に紹介を受けて行つた。ところが外の点では資格は満点であるけれども、前の工場で組合活動を活發にやつておつたということで以て明瞭に拒否されております。こういうことについて、我々はどうしてもその本人に代つて組合全体が動いて行かなければならない。然るに雇用する労働者の團体交渉ならば拒否することができないということだけでは足りない。その他の政治的信條、その他をはつきりしなければならん。それをわざわざぽかされておるというところに、今度の案が、改正でなく、反動的な改惡ということを我々は具体的に言うことができるのであります。先程申し上げました信州上田に起きました鐘ケ淵通信の爭議のときは、私自身が暴行脅迫の故を以て告訴を受けることが起つた。そのとき、私は東京の工業倶樂部の中で、石川一郎さんと丁度その時間に話をしておつた。そのとき現地において私が暴行脅迫をしたということが起つておる。これはどういうことかというか、暴行脅迫ということで引つかけてやろうといつて計画されてまる。当時私は現地に行くことになつておつたから、必ずあいつ來るに違いない。來たらというので、計画的らこういうことだ行われておつたということが分るのであります。從いまして如何なる場合においても、こういうことが書かれるならば、これは明らかに可なり善良な氣持を持つておられる資本家の人々にも、引つかけてやろうということを挑発する。誠に反動的文章である、文句であるということを言わざるを得ないのであります。又午前中黒板さんが、如何なる場合においても、実はストライキと言つたところで、正当な暴力行爲は勿論いいのだということを言つておられましたが、現場から代表者が連れ去られて行つたのであります。暴行脅迫の理由を以て連れ去られたのであります。そこで交渉は一頓挫いたしました。このために爭議が実に二ケ月の長きに亘つて終熄することができなかつた。若しもそういうことがなければ、直ちに手が打てた。そうして現在では生産に邁進しておりますけれども、そのときにできた、それが二ケ月以上遅れたという結果が出て來ておるのであります。ですからこういう條文を置いて置いても、現象として暴力行爲があつた、だからこれを直ぐ連れて行く、暴力行爲が正しい暴力行爲であるか、不当なる暴力行爲であるかということは、ゆつくり裁判所で決めて貰えばいいということでは問題が解決しないのであります。又外の例では、愛光堂やメトロの事件のときに、暴行ということで代表者が檢束されたのであります。このとき私は東京地檢の勝田檢事に面会いたしまして、法律の解釈はどうされるか分らん。とにもかくにも代表者が連れ去られるということは、現在の爭議がますますこじれることになるのみならず、労働者の主張が通らない。一方的に資本家の方を援助することになる。百歩讓つて黒白を付けるとしても、檢束するのは止して呉れ、何も逃げも隠れもしやしないと言つても、我々は労働組合法によつてやつてるのじやない、刑法によつてやつてるのだ、こういうことであります。こういう馬鹿なことを檢事は言うのであります。そういうことを言う。そういうことを條文に上げて、はつきり実行することができるように、この第一條第二項というものに、わざわざこういう但書を付けておるということをはつきり申上げることができるのであります。
 労働組合の資格の点につきましては、内容に立ち入つて細かく規定をし、そうしてこれに当嵌るかどうかを檢査し、そうして合わなければ保護を與えないというようなことを言つてる。その具体的な例の一つといたしまして、例えば三越の從業員組合の解散問題というものが労働省から具体的例として挙げられておる。これは最も御用的なものであります。ですからこれは当然直さなければならない、直さなければならないけれども、それは労働者自身がやるのであります。我々ははつきりやるし、やらなければならない。そしてそれは労働組合の責任においてやる、それは極東委員会の労働組合の十六原則の第十一項にもはつきりと書いてある。組合の役員の選出の問題、その他は労働組合が自分の責任においてちやんとやる。それは書いてある。何を政府はこういうことを言う。こうでなければならんということを決めなければならんということは必要はないのである。何故こういうことをわざわざ決めるかということころに、非常に反動的な意図を察知せざるを得ないのであります。又会計の問題にいたしましても、会計の不正がいろいろあるという例が出ておる。出ておるけれども、皆さんよく読んで頂きたいと思うのであります。よしんば不正があつたところで、それは組合自身の手によつてはつきりされ、綺麗にされておるのであります。会社の運営、その他においてはどうでありましよう。昭和電工のあの事件にしても、昭和電工の経営者自身が摘発したという例を聞かないのであります。又外の経営者自身が摘発したという例を聞かないのであります。それはすべて外の人達によつて摘発されておるのであります。併し労働組合のこういう問題は我々自身がやるのであります。若しもこういうことがあるから労働組合にも問題を解決して云々というのでありまして、檢査のことまでもやるとするならば、よろしく現在の会社の経理、その他を國民全体が自分の手で摘発するという法律を先に作るべきであるというように思うのであります。つまりすべての重要な会社の経理というものは國民の手によつて管理せよということができなければ、こういうことは問題にならない。全然事柄が逆であります。これは我々自身の手によつてやり得ることであります。又やつておることなんであります。そのことを手を付けよというのは実におかしい。一方では今言つたように会社の経理その他の問題はそのままにされておるということが沢山あるのであります。併し第七条に資本家の不当労働行爲のことをいろいろ書いてある。若しも不当労働行爲をした場合に、どうなるのであるか、こういうことになりますと、これは誠に以て悠長な次第であります。ところが労働者の場合には直ちにいろいろな手が打たれる。或いは檢束される或いは給與を支拂われない。このことは現在の我々の給與の状態、生活の状態から行きますと、死に見舞われるということを全く同じであります。而して資本家の不当労働行蝸は誠に以て悠長な次第であります。こんなことがどんなに惡い結果を及ぼすかということを具体的な例を以て申上げたいと思います。現在東芝が爭議状態にあります。実に長い。その中の一つの事件といたしまして或いは川岸の問題、加茂の問題が挙げられております。併し事実は全く述である。書いてあることを事実は違います。こういうことは一体何故起つたかということは、資本家の不当労働行爲というものが敏速に処罰されないところから起つておる。例えば東芝の川岸工場の暴行事件が書いてある。大衆の前に重役を引張り出して、交渉することを脅迫した。そうして交渉中煙草の火を頭の上ですり消して、熱いと言つたら水を掛けた、こう書いてあるが、これは嘘であります。全然そういう事実はない。この大衆交渉にいたしましても、実は東芝の川岸においてはいろいろ問題がございました。工場を閉めてしまつて、労働者の方ではそれでは困るというわけで、毎日いろいろ相談をしたところが、会社の方は、赤字だから潰すすと言うけれども、実は黒字で、そのために交渉の基礎がなくなつてしまつた。工場長も逃げ出してどこかへ行つてしまつた。そこでそのときに総務部長がいたので、お前さん代りだから相談しましようと言つたら、この人も一日いて又いなくなつてしまつた。部長もいなくなり、課長もいなくなり。どうしたらいいか分らない、それで仕事は続けられなくなつてしまつた。何のことはない宣言なき生産管理ということで行われた。一方では交渉することができない。併し煙草の火でどうこうということはこれは絶対になかつたのであります。そのときの暴行脅迫の事件というのは、常に交渉しておる代表者の一人でありますが、私ではありません。私は手が惡くはありませんから……。その人は右手が惡かつたので、あつたかくするために、右手を始終懐ろに入れて交渉しておつた。そうしたらあいつは匕首を呑んでおる。だから暴行、脅迫だ。そこでこの交渉による結果には從わなくてもよろしいのだということで、賃金も途中から支拂われない。これは明らかに労働者に対する資本家の不当労働行爲である。これが処罰されずにそのまま済んで行く。裁判も何もやらない。このために工場がどんどんやつて行けなくなる。そうして労働爭議がますます長引くという結果が出て來ておるのであります。不当労働行爲というものは、こんなのん氣なことではなくて、嚴密に、峻嚴に敏速にぴしやつと処罰しなければ何にもならないということをはつきりと申上げたいと思うのであります。更に又現在会社側から横浜裁判所に労働協約の無効の仮処分ということが出ておる。組合側の方は東京地裁に有効な仮処分が出ている。どうにもならない。ところがこの労働協約の中には、一方が嫌だと言えば延長しない、どんな規定があつても延長しないということが書いてある。そういうことになりますと、現に問題が起きておるのでありまして、東芝ではあの問題がにつちもさつちも解決付かない。これはもう方々で出て來ておるのであります。でありますから爭議の状態を一日も早く解決して、本当に経済の復興を促進して行くということをやるためには、こういう労働協約の問題についても一方的に打ち切つてよろしいというようなことが書かれておつたのでは、実はますます爭議が長引いて、いろいろな経済の運行の状態が破壞される結果に陷るということを申上げたいのであります。
 最後に、時間がないので簡單に取纒めて申上げますけれども、この労働関係の法規というものは、外の労働者に関するいろいろな法規と関連して考えなければなりません。現に極東委員会の労働組合の十六原則の第一項の中にも、労働組合の目的がはつきり三つ挙げてある。それはその権利を擁護する法律を作らなければならないということが書いてある。そうして政治行動をやはり團体としてやらなければならないということが書いてある。そのことを保護しなければならんということが書いてあるが、この改正案には一字も入つていない。却つて政治的な問題はやつてはいかんということが書いてある。極東委員会の労働組合の十六原則というものも、もう少しはつきりと御認識下さつて審議を進めて頂きたいというふうに思うのであります。外に言いたいことは沢山ありますが、時間も少いそうでありますから……。
 何しろ現在我々は連合軍の管理下にあるという嚴然たる事実と同時に、一日も早くそれから解放されたいという氣持を誰でも持つておるのであります。そのためにはこのような時代に逆行するものを作つて行つたのでは、いつまで経つても我々は自分達の獨立して運行というものをやつて行けない。そういう重大な問題であります。で民主化されたかどうかという点についても、婦人の地位の向上、労働者の地位の向上ということが一番のバロメーターになるのであります。そのためには無論労働者が本当に自分のために、國のために、民族のためにやつて行くということのためには、このような反動的な改惡というものは速かに却下されまして、白紙に戻されんことを期待して止まない次第であります。
#41
○委員長(山田節男君) 次は、日新化学の常務取締役大谷一雄君にお願いいたします。
#42
○公述人(大谷一雄君) 先ず、本改正案に対する態度を申上げます。我が國の組合法は敗戰後虚脱、混沌の際にできたのでありまして、客観的情勢を反映し、急速にでき上つたのであります。それだけにその後の経驗に微しまして、これが改善の必要を認めることは今日この法案が出されたゆえんであり、誠に感をひとしくするものであります。もとより必ずしも十全だとは思いませんけれども、これに若干の修正を加える方が國家公益のために、又産業のために、又労働者自身のためにもよろしい、かように確信するものであります。時間の関係上、抽象的な議論は止めますが、先ず第一にこの労資関係の均衡ということが大切であります。次に從來とも労働者と経営者、使用者の範囲が極めて不明確でありまして、ただ單に使用者の利益を代表するものということになつておつたのであります。今回それが総則におきまして例示的に挙げられ、最後にそのような文句が附加されておりますけれども、よ檢討いたしますというと、殆んど人事関係者だけになつておるのであります。さようでありますので、我々の体驗からいたしましても、いよいよ問題が起きた場合には、経営者側のものは役員と部長と、僅かの人であります。これでは角力にならないのであります。一体計算しようにも原價はどうだ、原價計算上どうなるんだということを言われても、それを担当する人は皆組合員側であります。人的なバランスが全くとれておりません。然るに組合の方は沢山の人がおられまして、まあ自由に活動できる。現に一月私に二日間の爭議に際会したのでありますが、自動車の運轉手もおらない、守衞は勿論向うである。門を出るときは工場長一々誰何されるのです、てくてく歩く、これでは会社側にとりまして去りながら、組合にとつても不利であります。やはり自由に働き、自由に交渉するところにフェアープレイの精神が発揮せられる。かように思うのであります。この意味におきまして、私はこの第二條の一と書いてありますところの一行目に「直接の権限を持つ監督的地位にある労働者」、この「直接」になりますというと、結局人事担当者ということになる虞れがあります。それから後の次にありますところの使用者の労働関係について、もう労働関係だけに限つておりますので、これはいけない思います。公務員の法律を見ましても、労働関係法を見ましても、管理運営についてはこの限りでないということをはつきり謳つております。從いまして、ここに監督的使用者の労働関係その他事業の管理運営又は経理についてのこと、これだけのことくらいを入れて頂きませんというと、一体交渉しようにも交渉しようがない、大きな組織になりますというと、一人の者が全部を知つているわけでありません、組織が動いておるのであります。この組織の人が或る程度集まらないというと十分なる回答と御納得をして頂くわけにはいかんのであります。これが双方の利益である、又双方が十分なる活動をし得るゆえんであると、かように感ずるのであります。從いまして、私の修正意見としては「直接の」という文句をとるということと。それから「使用者の労働関係」と、四行目に書いてありますその後に、「その他事業の管理運営又は経理」と、これを入れて頂く、それからもう一つは、最後に「忠誠」という言葉が使つてありますが、これは非常に封建的な言葉であります。組合に忠誠ということは文句として面白くないので、これは適当に変えて頂きたい、まあこのようなことを考えておるのであります。第一章につきましては、さつき黒板さんから申されたのでありまして、暴力のことが問題になつておるのであります。從前の法律は、正当なる組合運動は刑法第三十五條の適用を受けるということになつておりますということ、結局三十五條は監獄の首斬り人が人の首を斬つても、医者が人の手を切つても一向差支えないということであります。これは業務に基くものでありますが、これは非常に誤解を生ずる。そうして正当なる活動が何であるかということは言つておらんわけでありますから、組合は平和、自由だ、併し経営権には幾らでもタツチして行けるということでありますので、今日の労働協約を皆さん御覽になると分りますが、経営は殆んど組合と相談しなければできない、人の雇入、解雇も組合と相談しなければできないようなことになつておりまして、結局今日先程から労働協約の現状維持が叫ばれるゆえんもそこにあるだろうと思いますが、そこでは他人の権利を尊重し、相互にその権利利益を尊重するということにはならないだろうと、かように考えるのであります。このような規定は、この際は並べて置かないというと、從來のような誤解に陷る虞れが多分にある、かように存ずるのであります。第一章総則は、先程黒板さんから申されましたので、私は第二章について簡單に卑見を申上げます。
 それは第二章の第五條第八号です。ここに、同盟罷業をやるときには組合員の二分の一以上の無記名投票を要すると書いてあります。併し労働爭議は生産管理もあります、サボタージュもあります。事の善し惡しは別といたしまして、こういうようないろいろなことがあります。又そういうことに入るというときには、或る一定の宣言をした方がいいと思いますので、これは外の條文でも、労働爭議は同盟罷業その他の爭議行爲と、かように書いてあるのが法の体裁であります。從つてここにその他の爭議行爲を加えて頂きたいと思います。それから第六條でありますが、「労働組合の代表者又は労働組合の委任を受けた者」、この委任を受けた者が交渉権を持つということであります。これは末尾に、「使用者についても亦同じ」と入れて頂きたいのであります。と申しますのは、大きな企業になりますというと、それぞれ交渉し得る人もおりますが、中小工業になりますというと、却つて組合の方が労働運動ばかりやつておりまして、組合法その他に詳しいのであります。中小企業者は案外知らない、それでありますから、こういう人も亦適当な人に委任することができるという公平な原則を確立して頂きたい。次は第七條でありますが、この七條の一項の但書に、労働組合が特定の工場、事業場に雇用せられる労働者の過半数を代表する場合において、半分以上の人が労働組合を作つておつた場合には、その労働者が会社と、これから入る者は、又そこにおる者は、その組合員でなければならんといういわゆるユニオン・ショップの契約をすることができるということ、これはユニオン・ショップの契約は、今日はいろいろ問題もありますけれども、行われておるわけであります。併しここにこうして書く方がいいかどうかということになりますというと、私は多大な疑問を持つております。仮にこれを実例から申しますというと、三百人の組合と二百人の組合があつた場合に、三百人の組合が会社と協約が済んだ場合に、二百人の組合はどうなるか、或は主義、主張を異にする二つの組合があつた場合に、一つは非常に力が強くて、会社を押してそういう協約を結ばした場合に、他の組合の運命はどうなるか、又信條を異にする者は、いつもこの規則によつて縛られなければならないということがあるのであります。憲法を見ますというと、何人も公共の福祉に反しない限りは職業選択の自由を持てるということが第二十二條に書いてあります。又「すべて國民は、個人として尊重される。」という第十三條の規定がありますが、この個人の自由、第十三條並びに職業選択の自由、又思想及び良心の自由という第十九條の規定がありますが、この三つの憲法の條項から照して、こういうふうに書くことはどうか、もとより実際問題といたしましてユニオン・ショップの必要性を認むる場合が沢山あります。從いましてこういうものはこういうふうに書かないで、実際問題は放任して置く方が実際の効果を挙げるのではないか、かように感ずるのであります。第七條の第一項の但書を取つて頂きたいという理由はその通りでありますが、その一項は、いわゆる使用者の不当行爲を罰し得る規定であります。不当行爲というのは、組合運動をやつたから、不利益な取扱をしたとかいうと直ぐ罰せられる規定であります。ところが実際問題となりますと、これは非常に惡用されております。先程いろいろ議論もありますが、私もここ二年ばかり大阪地労委の委員をしておりますが、ややもすると、正当なる解雇をしても、俺は今まで組合運動をしておつたのだから、それでやつたのだから、最後には二万円出せ、三万円出せというふうになり勝ちな場合も、必ずそういうふうに推定し得る場合も少からずあると思うのであります。從いましてできるならば、本号に当然の規定として「本号の規定は、職務上の命令に從わないこと、職務規律を紊すこと、勤務成績不良なこと、就業規則に從わないこと、その他正当な事由により使用者が解雇、懲戒その他の措置をとることを放げない」ということにして置きませんて、何でもかんでもこれで引つかかつて來る。こういうことが却つて事態をしげくするのではないかと、かように存ずるのであります。次は、第二項でありますが、第二項は、團体交渉を拒んではいかん、こういうのであります。然らば使用者側から申出るところの團体交渉、又これを拒んではならんということを規定しなければ、これはどうも変なものではないか、お前は拒んではいかん、俺は拒み得るのだということでは、どうかと思います。この点は、沢山説明をすることを要しないと思うのであります。この場合に、委任を受けた者は入つていないがどうかという議論がありましたが、これは実際問題として委任の人が來れば却つて問題がこんがらかりますので、恐らくそういうことを願慮して、ここにのけてあるのだと私は感じて賛成している次第であります。それからその次は第三でありますが、三は要するに組合に財政的な援助をしてはいかん、併し労働時間に團体交渉をした場合には、賃金をやつてもいいし、厚生資金その他の災害の場合にやつてよろしいという規定があります。ところがこれは私としても必ずしも不賛成でありませんが、それは本來の筋道から言えば、労働組合の自主性から言えば、こんなものは要らんのだ、取つて頂きたいのであります。こんなものの補助を仰ぐような結果になるのはいかんのだということになるのでありますが、併しそこに又そうとも行かず、二重な制度になつてもいけませんのですが、この中に「厚生資金」と書いてあります。これは非常な問題を起し得る余地があると思います。厚生資金獲得鬪爭とか、これは何とでも「厚生」という名が使われる、こういうようなことはやはり組合の民主的な考え方からいたしましても、災害その他はひとしく人間として何するわけですが、厚生は会社としても厚生施設があるわけですから、「厚生資金」ということは取るべきであると考えております。
 時間の関係も五分程でありますが、次は通覽いたしますというと、結局第七條というのが、使用者はこうしたらいかん、使用者はこうしたらいかんという規定であります。一体労働組合はこうしたらいかんという規定はどこにあるのでありますか。やはり平等に法は待遇しなければいかんと思うのであります。法はちつとも我々の立場から言えば平等に扱つていない、今日日本に農業労働者を入れますと一千万人の労働者がおります。そのうち六百七十万人が組織労働者であります。如何にその勢力が強く、使用者側が弱いかということは分るのであります。そういう次第でありまして、法は両方インパーシヤルに規定をすべきであると、こうというふうに考えますので、私はこれからは第七條に中にそれに相應するものといたしまして、労働者の不当行爲を規定すべきである、こう思うのでありますが、これは通らんかも知れんと思つたおります。というのは試案にあつたのが省かれたのであります。併しながら通れば私の希望でありますので、一應読み上げます。例えば「一、使用者が業務組織に基いて行う経営の執行並びに人事の決定について不当にこれを干渉し、妨害し、抑圧し、強制すること、二、労働者が労働組合より脱退若しくは除外されたこと又は非組合員たることの故を以てこれに対し不利益な取扱をすることを使用者に強要すること、三、組合規約の定めに違反すること、四、組合の指令によらずして爭議行爲をなすこと、五、使用者と團体交渉をすることを正当の理由なくして拒むこと、」これは前の方ですでに訂正されるならば、この法文は要りませんが、「六、如何なる名目をもつてすることを問わず爭議中の賃金給料等一切の経費を要求し、又はその支拂を受けること、七、組合活動の目的を達成する手段として、労働者が使用者若しくは労働者又はこれらの家族の個人的生活と自由をおびやかす行爲をすること、八、雇用契約にかかわらず使用者の行う権利行爲を妨害すること」、こういうようなことが考えられるのであります。爭議そのものの不当なるものについては、いずれ後からどなたかお述べになる筈であります。要するにこれはまあ必ずしも十分な規定でないかも知れませんが、一方だけ取締られておつて、一方が取締られておらないということについては御同感を願えると思うのであります。そこでもう二つばかり、條文でありますが、九條に、共済事業その他福利事業のために特設したる基金は、総会の決議でこの費途を変更することができると書いてある。これはこれでもよろしいのでありますが、但し使用者が目的を明示して寄附したものについては、この限りでない、いわゆる使用者が贈與する、在いは團体交渉の結果或る金を頂いた、これは福利厚生費としまして、その場合に総会の決議があれば爭議資金にどんどん変つて行くわけであります。これはいわゆる何と申しますか、指定贈與の規定にも反するようにも思いますし、これに特に但し書を付ける必要が私はあると、こういうように考えるのであります。後は簡單であります。第十四條、労働協約であります、労働協約につきまして、先程自働延長がいいとか惡いとかありましたが、これは双方が承諾してあれば自働延長をする、一方が不承諾であれば止めなければならんと思うのであります。それを都合のいい協約だと何ぼでも引張るということになりますと、永久に引張られることになりまして、これで結構でありますが、ただ残念なことにはここに平和義務規定がありません。我々は爭議に訴えるとか、團体交渉とかいろいろありますが、我々だけの考えが必ずしも公平でありません。数字は二足す二は四であります。化学も亦HとOを加えまして水となる。併し社会現象は答が三つになつたり四になつたりいろいろします。なかなかそう科学的には参りません。ここにおいて組合の言うことが正しいのか、又使用者が言うことが正しいのか、その身分の立場においては正しいが第三者から見ればまだもつといい方法があるかも知れないということが考えられます。そこで私は「使用者、労働組合又はその團体は、第三者の斡旋、調停又は仲裁によらずして爭議行爲を行なつてはならない。」ということを書くべきであると思うのであります。丁度二十分になりましたので、私はこの第二章、第三章だけを申上げまして終りたいと存じます。
#43
○委員長(山田節男君) 次には産別民同萩澤清彦君。
#44
○公述人(萩澤清彦君) 具体的な個々の條文につきましては、今朝程から総同盟の上條さん或いは先程の森長さんからいろいろお話がありましたので、又個々の條文につきましては衆議院におきましても、参議院におきましても十分御檢討されることと思いますので、一應基本的なことを概括的に申上げまして、その説明に必要な限りにおいて個々の條文を引用して行きたいと思います。
 で大体私が申上げますことは二つの点に盡きるわけであります。その第一点と申しますのは、この労働組合法並びに労働関係調整法の改正案ができるまでの経過でありますが、一言にして申しますならば、具体的な事実に対する檢討が甚だ不十分なのではないかという感じが非常に強いのであります。でこの労働組合法並びに労調法の改正法案が檢討を始められましたのは可なり前のことだと私は聞いております。第一次試案ができます前に、第一次原案から第三次原案までございまして、第四次原案というのが第一次試案であります。第一次試案の後に更に第二次試案、第三次試案まで行きまして漸くここまで辿り着いたということを聞いておりますが、その間の名案を檢討いたしますと、何と申しますか、基本的な線と申しますか、そういつたものが非常に明瞭を欠いておる。つまりあちらの意見をちよつと入れ、こちらの意見をちよつと入れ、そうしてごちやごちや混ぜてどつか安定点を見付けたというような感じが非常に強いわけであります。勿論現在の立法の事情から、まあそういつたような苦衷を嘗めたのであろうという立法者の事情は了解できるのでありますが、併しながら現実の日本の労働運動がどうなつておるか。そうして労働組合法の実施の現状がどうであるか。そうしてその事実の上にどういう工合に改正しなければいけないかという点について、確乎たる資料、研究の上に立つものでなければ、如何に美辞麗句を並べて見たところで、私達としてはこれに信頼を置くことができないわけであります。その点につきましてとにかく更に更に具体的な事実、資料の上に立つて、そうして研究を積んで安全なものにして頂くということが第一点であります。この間の閣議の後に鈴木労働大臣が中立的な立場ということを言つておられますが、若し中立的な立場というものがあるとしても、それはあちらの意見と、こちらの意見を集めて妥協したというのではなくて、具体的事実の上に立つて正しい方向を見付けるということでなければいけないと思うのであります。それではこのような経過を辿りましてできました改正案、それはどのような性格を持つておるかということでありますが、この最初の第一次試案ができました当時から、この改正の目的としていろいろと言われましておる中に、労働組合の自主性、民主性の確立ということがしばしば謳われておるのであります。労働組合の自主性の確立、民主性の確立大いに結構であります。併しながらそれでは労働組合の自主性、民主性というものは、どのように解釈されておるかということになりますと、私は我々の考えておる自主性民主性というものと、この案を作られました方々の自主性、民主性という言葉と甚だしい食違いを感ずるのであります。それはどこかと申しますと、つまり労働組合というものを、それを或る頭の中で型を作り上げて、そうしてその型に当嵌める。そうして或る軌道を作つてその軌道の上を眞直ぐに歩かせるといつたような、いわば躾のいいおとなしい組合、一つの枠に嵌つた労働組合というものを指して自主性のある、民主性のある労働組合と考えておるのではないかというような氣がするのであります。具体的に申上げますならば、例えば労働組合法のこの案によりますと、第一條、第二項の但書でございますが、この点につきましては外の方々からすでにもういろいろと述べられておりますから避けますが、その他第二條にいたしましても、この第二條というものがアメリカのワグナー法から流れを引いておるということは明らかでありますが、併しながら全然目的が違つて來ておる、つまりワグナー法において、例えば使用者からの援助を受けてはいけないというような規定を置きました理由ということは、いわば切崩し御用化という現象が丁度アメリカにおきまして一九三〇年代にかけて非常に行われた。即ちカンパニー・ユニオンとレーバー・ユニオンとの苛烈な鬪爭が行われたということを背景にいたしまして、あの規定が生れて來ておるのであります。ところが日本においてはそういつた事実が果してあつたのか、又あつたとしたならば、一体日本の労働組合が今まで経営者から援助を受けて來たと言いますが、組合專從者の給料を使用者側から取つていたということは、如何なる事情によつてそういう状態が生れて來たか、そうしてそれは果して現在の労働運動に如何なる弊害を生んでおるのか、若し生んでおるとしたならば、それをどういうふうに改ためるか。改ためるためにはどのような準備とどのような時間を要するかということを果して十分檢討されたか。ただアメリカの労働組合はこうだ、ただイギリスの労働組合はこうだ、だから労働組合というものはこういうものでなければならんというような、頭の中ででつち上げた労働組合のモデルというものに日本の労働組合を遮二無二当嵌めて、こういつたような躾けのいい労働組合を作るというような考えが、或る人に言わせれば取締的色彩を濃くして行くのだというふうに考えられるのであります。更に第五條であります。第五條の規約の必要的記載事項、確かにこの労働組合員はすべての場合において権利と義務は平等である。非常に結構なことである。結構なことでありますが、併しながらこの第五條の第二項に並べましたこの八つ、九つの項目でありますが、これは一体何のためにこういうところまで法律を規定する必要があるか、私の手許に資料として渡されました逐條説明によりますと、法律の要求しておる最小限の要件を備えない組合には保護を與える必要はないのだということを言つておりますが、併しながらこのようなこまごまとした規定が果して法律の要求する最小限の要件だということはどうしても考えられないのであります。このような何と申しますか、はつきりした筋途を付けて、その上に乘つけて行く労調法の第三十七條の第二項の問題にしてもそうでありますが、このような躾けのいい労働組合を作つて行こうというようなことをするならば、單にこの枠の中にすつぽり入つてしまつて組合が萎縮してしまうばかりでなく、他面において必ずその枠から非常に不自然な形ではみ出す面が出て來るのであります。労働組合というものは、今更労働組合の講義をするわけではありませんが、とにかく労働組合というものが経済の再建にどれだけの意義を持つておるか、日本の民主化にどれだけの意義を持つておるかということについては、もはや私から申上げるまでもないと存ずるのであります。だとするならば、労働組合法、労働関係調整法の立案に当りましては、労働組合が十分にその意義と役割を果し得るような方向に立案さるべきだと思うのであります。今朝から月島機械の経営者の方、或いは日新化学の経営者の方も、盛んに労使関係の権衡ということを強調されておるわけであります。併しながらこのように、この労働組合法乃至労働関係調整法というものに一定の枠を嵌めようとする傾向が見られるという点を見ますと、私にはどうも労使関係の権衡ということを考えて作られたとは思えないわけであります。即ち労働組合、或いは労働者というものは、放つて置けば何をするか分らない、だから枠を決めてしまうのだ、それから外れるやつは駄目だというような、頭から労働者を馬鹿にしてかかつたような考えがどこかに潛んでおるのではないかと考えるのであります。この色彩は第一試案においては非常に露骨に現われておる。その後労働組合側のいろいろな意見の発表によりまして、多分に修正を受けて、この法案においては相当修正されておるわけであります。その点におきましては甚だ心強いものを感じてはおりますが、併しながら尚その色彩が随所に現われておる。これは單に前の色彩が薄くなつたというだけの問題でなくて、こういう傾向は尚残つておるということ自体が問題なんであります。即ちこの傾向は時を経れば更に更に拡大されて行く、強化されて行くということが問題なのであります。そのような労働組合というもの、労働者というものを信頼しない態度、これは曾てイギリスにおいて普通選挙法が実施されようとしたときに政治学者のバジョツトが、普通選挙の実施によつて、これからの政治は今までの優秀な人間による政治から愚衆政治に変つて行くというようなことを申しておりますが、一体普通選挙によつて、あらゆる人民が選挙権を持つ、そうして政治を関與するということは、愚衆政治に轉落するという考え方は、すでに二十世紀の現在においては完全に笑殺されて然るべきものでありますが、ひとり労働組合法にいてのみこういうふうな、つまり労働者、労働組合というものを落しめて、自分だけひとりよしとするような考え方が政府にありとするならば、これは由々しい問題だと思うのであります。この点につきましてこれ以上は申上げる言葉を持たないのでありますが、この点に十分考えられまして、労働組合の現在の日本における、或いは將來の日本における意義と役割とを十分果し得るような方向に、眞にのびのびした労働組合ができるような方向にこれを十分檢討の上立案されて頂きたいと思います。簡單でありますがこれで終ります。
#45
○委員長(山田節男君) 続きまして、日経連の常務理事の佐藤正義君。
#46
○公述人(佐藤正義君) 私はこの議会ではございませんが、衆議院の公聽会或いは労働省主催の公聽会に出た少い経驗も持つておりますが、この参議院の労働常任委員会の公聽会を催すに当りまして、よく資料を整えて下さいまして御送付下さいまして、我々に資料による勉強時間をお與え下さつたことを感謝するのであります。衆議院における公聽会或いは労働省の公聽会におきましても、公述人は資料なしに全体の前に引つ張り出されて、いろいろと練達堪能の議員諸公の質問を受けたというようなことを私は経驗しておりますが、この主催の仕方について先ずお礼を言う次第であります。
 私は時間の関係上、主として労働委員会、罰則、附則に関することを申上げたいと思います。労働委員会は、終戰以來労組法施行後、激化するインフレ、上昇する物價、原料資材の欠乏し、設備の荒廃しているこの経済界の実情から起つて來るところの労使間の烈しい隔たりの中に、日本経済の悩みを一人で背負つていたものということができるのであります。二十一年の三月に、上から與えられたところの労組法は、日本の政府にも日本の國会にも労働爭議解決の権限を聊かも與えておりません。三度マツカーサー、そのラインから來ましたところの爭議に関する指令、或いは覚書がありました。その際常に言われたところは、日本人自身の手によつてなぜ解決ができんか。併し遺憾ながら現在の労組法、労調法においては、國会が如何にじたばたしましても、又政府がやりましても、何ら手を打つことができない。主としてこの問題の解決に当つたのが労働委員会、その労働委員会の果して來ましたところの使命に対しましては、私はその功績を高く評價するものであります。併しながらこの委員会と雖も幾多の批判を受けなければならないものがあつたのであります。去る二月の二十三日、全國の労働委員会の連絡協議会がありましたが、その際に司令部のヘプラー氏は、労働委員会が今日労働運動、或いは團体交渉、或いは労使間の関係が大なる轉換期に立つているこの重大なるときに当つて、労働委員会の決定とその行動とは、日本の國の経済の行き方について非常なる影響を及ぼす。労働委員会の行き方がよければ日本國家に益するところがあろう。若し誤つてその方向が間違つたならば非常なる國家に対する災害を與える。結論として労働委員会は非常なる重大な立場に立つている。よつて警告する。日本の民主的に選ばれたところの、民主的に運営さるべきところの日本國としては、いつでもその代表者によつて委員会がその使命を果すことができなければ廃止することができる。又これを改めることができる。そうしてその理由として、なぜかかる警告を與えるかというのを、ヘプラー氏の言を引用しまするならば、仮に或る労働委員会は問題を政治的に処理している。労働委員会は経済革命や社会革命を起すための機関ではない。法律行政の一部として担当すべきものである。又労働委員会は少数意見の代表者に妨害されている。労委は爭議中の行爲をすべて正当だと判定しているのでございます。團結権、團体交渉権を擁護する背後にあるところの法理は、労働組合に対して、労働爭議の口実の下に國法を無視してもよいという権利を與えるものではない。この権利を労働委員会が誤解しておる。労組法は如何なる行爲も合理化するものではない。かかる理由をこの警告の根拠として述べられたことは、当時あの会に出ましたところの労働者委員、或いは中立委員、使用者側委員が満場においてよくその言を聞いたところであります。私はこういう危機にあつたところの労働委員会が、今回の改正においてどうなついかということを見まする場合においては、現段階、現下の労働委員会の実情から見まして大体この改正は可である。かように考えるのであります。でありますが、特に尚不十分とするところを私一、二点述べたいと思います。
 その第一点は、只今ヘプラー課長の言を引用しましたが、この労働委員会の性格というものは如何なるものであるか。これは國家の機関であります。國家の公器であります。而もこれは行政機関であり、そうしてこの行政機関は特殊の労働問題に関する行政機関である。而も、これは労使、今回の改正によれば公益代表、この三者構成によるところの民主的に構成された特殊機関でありますが、苟くもこの特殊の行政機関という以上は、これは飽くまでも公器でなければならない。公の利益を代表するものでなければならん。すべての行政機関は皆そうであります。從つてこの委員会の性格たるや、飽くまでも公正、中立という性格を堅持しなければならないので、今回の改正によりまして、若干そういう線は出ておりますが、尚その点におきまして不十分のものがあると思います。特にこの委員会の運営に寄與し、最も委員会の方向に重要な影響を與えるものは委員会の下にあつて默々として働くところの事務局であります。この事務局も亦今回これは公務員とみなされておりますが、事務局自身も飽くまでやはり公器でなければならならん。委員会の補助機関として公器でなければならん。その中立性の保持ということが委員会の権威を高からしめ、委員会のその負うところの使命を十分に果さしめ得るところのものである。私は労働委員会のこの十九條のうちの適当なるところに、この中立性を明らかにすることを要望して止まないものであります。例えば表現といたしまては、委員その他の関係職員はその職務を遂行するについて公正な態度を維持しなくてはならない。こういうことを是非入れて頂きたいと思います。
 第二としましては、公益委員に関することであります。今日労働委員会の困難なる仕事は世間多くの理解を持つておりますが、特に公益委員程非常に御苦労な仕事はないと思います。これは公正にやれば、或いは或るときは使用者側から惡く言われ、或るときは労働者側から言われて、而もこの今回の公益委員の権限強化から見まして、その職務は非常に多忙になつて來ます。そうして公益委員に與えられているところの報酬というものを聞きますと、実にお氣の毒のような状況であります。非常な困難な仕事をし、又國家経済に関する諸般の決定に多くの影響力を持つている公益委員に対する取扱い方というものは非常に低いのであります。私は労使委員はともかくとしまして、公益委員の待遇を向上して欲しいと思います。少なくとも、私はこの公益委員の持つ影響力からしまして、國務大臣の待遇を與えよということを叫びたいのであります。尚、公益委員は労使双方の協議同意を得なければならない。而も任期は一年である。これは公益委員に限らず、我々日本人の弱点としまして勇氣を持たない。勇氣を持たないからあの誤まつた戰爭もやらされておる。民主主義が盛んになれば民主主義に対する批判というものは殆んどでき得ない。尾崎行雄先生が戰前に、日本の國民の弱点は事大主義である。忠君愛國の精神のごときはない。足利尊氏が盛んになれば足利尊氏へ、源頼朝が盛んになれば頼朝に同ずるということを言われまして、朝憲紊乱の疑いを以て起訴されましたが、断々乎として時流に毅然としてその信念を吐露するということは……我々國民の非常な弱点とするところであります。公益委員がその所信を忠実にやるということは、そういう人を得なければなりませんが、現在の環境では非常に困難であります。私はよつてこの同意を要するというところから、努めて色目を使うというところの公益委員が出得る余地があると思います。これはできるならば労使両委員に区別しまして、その任期を二年なり三年にして、而も好遇を以てこれを遇する。こういうふうにしまして、周囲の情勢に色目を使わないところの公益委員を、今回のごとく権限が増加すればやつて欲しい。併し公益委員と雖も神ならん身であります。そこでこれに対しまして、民主的に推薦すると共に、場合によりましては、その任務の中で公益委員としての職務を害するという者があれば、リコール制式も亦可なり、かように考えるのであります。特に今回の改正案によれば、地労委の公益委員を得るということは実情としては非常に困難であろうと思います。私は判定的職能に関する公益委員の任務につきましても、地労委は、場合によつては公益委員の人を得るに困難な実情から、或いはブロツクごとにこういう判定的職能を持つ機関を設置するというのも実情に適合するものじやないかと思うのであります。
 それから第三は、地労委の委員の人数であります。これは五人に一律になりましたが、これは実情から見まして、或いは政令等によりまして、非常に問題の多い大阪であるとか、産業縣のごとき、東京都のごときは勿論そうでありますが、これを七人にする、或いは縣によりましては初めの試案にありましたように三人でもよい、三人、五人、七人、こういうように事態に適合するようにして欲しいのであります。労働側委員の方もそうかも知れませんが、使用者側委員におきましては、東京都あたりは実はなり手がないのであります。拜み倒して是非やつて呉れと言わなければなり手がないというくらいに、委員になりますというと、非常に案件があつて、殆んど会社の仕事、自分の本務というものはやることができない。簡單に申します。次に、この労働委員会に関する條項の中に、先程大谷さんからお話がありましたように、少くとも現下における対等の原則を保持する上におきまして、労働側の不当労働行爲を入れよ、この関連からやはりこの委員会の承認、それを求めることに対するところの委員会の権限であります。公益委員のみの権限と或いは労働委員会のいろいろの命令ということにつきましても、これに対應する規定を入れることが必要であろうと思います。
 次に、私は罰則の関係を申します。罰則の事項としましては、非常に新規な規定が三十二條の括弧の中に出ております。これは労働者の團結権保護或いはこの救済を速かならしめんために作つた規定で、立法理由は分りますが、その括弧の中に「一日につき十万円」というようなことになつておりますが、これはこういうことがあつたならば、恐らく中小工業は不当労働行爲を、中小工業の経営者はしてはならないが、誤つてこれを犯す、或いは故意に犯すというようなことがありましたときに、その過料によつて企業自体も倒れるのではないか、それで労働者が幸福になるか、私はこの罰則関係におきまして、労働側は不当労働行爲を止めることによつて、やはり対等的に労働側の條項の適用を必要とする規定を置かねばならん、そうしてこの規定を置きます場合に、経営者だろうが労働者だろうが一日につき十万円というような、こういうような規定を除いて、実際に過料を科せられた場合に、体刑を以て換價するというようなことが起らんような適当な金額に緩和して、例えば二万円とか、或いは一万円とか、これは社会的妥当性を以て御研究を仰ぎたいと思います。又括弧の中に單に十万円とありますが、本文には十万円以下となつていて、括弧の中は十万円、遅滯によるものは必ず十万円となつて、本文と釣合わない問題が起るのであります。これも十万円以下とか、その限度により何万円以下ということを規定する必要があると思うのであります。
 次に、附則の関係でありますが、これは恐らく議院の專門員等によりまして、指摘されることと思いますが、老婆心から申しますというと、使用者は團体交渉應諾の義務を持つております。團体交渉しなければなりません。ところが経営の民主化のために布かれておりますところの、例の独占禁止法関係の思想に一連する事業者團体法というのがあります。この團体法の中で、使用者が團体交渉するとか、使用者團体が團体交渉することを禁止する規定があるのであります。労働組合法と事業者團体法とはいずれもひとしく一つ團体法でありまして、そこに優劣の関係がないのであります。この関係で使用者は團体交渉することができないかのような疑があるのであります。私は、この附則の中で事業者團体法の改正を、丁度國鉄関係について公共企業体労働関係法の改正をこの附則でやつておりますが、これと同じ方法で、事業者團体法の改正をやつて欲しい。その事項はどういうことかというと、事業者團体法の第四條の中に、許容活動することができるその第一項第六号の團体交渉に関する規定があります。それを読みますと、「構成事業者の全部又は一部から委任を受けた場合に、委任された権限の範囲内において、労働組合と團体交渉を行うこと。」こういうことがありますが、これでは弱いので、それで労働組合法第十四條の規定により構成事業者のために労働組合と團体交渉を行い、労働協約を締結すること、これができるという旨を書いて、この事業者團体法の中にあります弱い点を訂正する必要があると思う。更に同じく團体法の五條一項の二号にカルテル競爭の禁止があります。それは対價を協定することができない。労働賃金も対價になつておるので、賃金協定ができないということになれば、これは團体協約或いは團体交渉の生命は労働條件であります。特に賃金であります。この賃金協定ができないのであります。それで事業者團体が労働組合と労働協約を締結する場合には本号は適用されない。賃金協定等ができるという旨を明かにして欲しい。これが私が附則の、労働委員会に関する事項の中で申述べたいと思つておつた主要な事項でありますが、更にもう少し細かい点を申しますと、それは十九條の七項に、使用者委員の推薦に関する團体が書いてございますが、これは使用者團体と書いてございますが、これは労働問題で主とする團体、御承知のように、使用者の團体には資材のことをやる團体もあれば、資金のことをやる團体もあります。その外親睦團体もあります。それでこの問題の性質上、この点を明かにして、労働問題を主とする使用者團体とせられたい。次は、会長の問題でございますが、事故のある場合の規定が十九條の十八項にございますが、現在は会長代理を置いておる。この規定を見ますと、非常に長期に亘る会長の故障でないと設けられないようであるが、事実は末弘さんあたりを見ても、非常に御多忙で、始終会を主宰することができないので、現行法のごとく会長代理が置けるということにならないと、委員会の運営ができないのであります。次は、二十二條の臨檢檢査に関することでありまして、これはいろいろ臨檢檢査をする必要を否定しませんが、臨檢檢査をする場合は、臨檢檢査をするところの身分証を持つて行くようなことが、只今では勅令に書いてあります。これと共に委員会が臨檢檢査を必要とするときに証明書、これを持つて行くということが、職権濫用を防ぐところのことになるのであります。自分は労働委員である、自分は事務局の職員であるという称号だけで以つて、いろいろ工場へ入つたり、或いは組合へ行くことができ得るようになつております。こういうことができることになつておるので、人権尊重の意味で刑事訴訟法においても令状がある、逮補状がある。それに具体的な事項が書いてある。それと同じように、委員会において臨檢檢査を必要とすることを決議したことを証明するものを持つて行かす必要がある。それから純司法的事項につきまして公益委員のみでやるということになつておりますが、私は少くとも決定だけに労使が参與し得ない、即ち審問のみに立会うことができるようになつておりますが、その前駆をなす調査或いは審問これには立会うことができる、更に意見を述べることができるというようなことにしましたならば、総同盟の上條さんの言われたところの決定の点だけであります……。私は仕事の性質上、從來の労働委員会の決定振りから見て、眞に労働者の團結権、爭議権を保護する建前から言えば、労使は決定のときだけは遠慮する方が法の目的を達するものである。かように考えます。
 それから最後の労働委員会の事務局でございますが、事務局の存在は今非常に氣の毒な状況でありますが、いろいろ行政組織法等の関係があるように聞いておりますが、私はその点を明らかにすることはできませんが、事務局をやはり強化する。今度の改正というものは労働委員会の権限を非常に強化しておる。この強化の裏打ちをするためには、事務局を強化しなければならん。それには人材を迎えなければならん、又行政整理の関係から非常に立ち遅れた労働委員会でありますから、曽ての既成の役所と違うので、人員等も十分でない状況である。それで天引き一割とか、二割とかいう、そういう行政整理のやり方をやつたならば委員会の事務局の弱体は、いつまでも弱体のままに放置されるのではないか、この点を強化するように、これは予算その他の関係において御配慮願いたい。時間が参りましたからこれで……
#47
○委員長(山田節男君) 次には電産の副委員長の山本安一君。
#48
○公述人(山本安一君) 電産の山本であります。先ず最初に一言申上げたいことは、只今日経連の佐藏さんから本公聽会を開催するに当りまして、特に資料を事前にお渡し願つて、有難いというお言葉がございましたけれども、甚だ遺憾でありますが、私には何ら資料が頂けなかつたということを、特に遺憾でありますけれども、申上げて置きたいと思います。
 これから本論に入るのでありますが、今まで特に私と同じ意見と申しますか、各條項につきましては森長さんから具体的に申されました。全く私は森長さんと同意見であり、更にこれを裏書きするかのごとく、産別の中原さんから各條項につきまして具体的事例を挙げましてそのことを説明なさいました。それで私は各條項につきまして具体的なことは申しません。本日も相当公述人も出ており、議員さんも相当お疲れのようでありますし、簡單に申上げたいと思います。
 先ず申上げたいことは、結論から申しますならば、この法案を白紙に撤回して頂きたい、このことを先ず主張したいと思います。その理由につきましては若干これから申上げたいと思いますが、先ず第一番目に指摘したいことは、この立案に当りまして、論拠として、労働省から参議院の方にも來ておると思いますが、衆議院の方に六日の公聽会に提示されておりますところの「労働運動に附随して発生した刑法犯等事件等の内容」というものが出されております。これによりますれば、非常に沢山の事件が並べられてあります。ところがこの事件は、まだあとにも但書として書いておりますけれども、まだ徹底していないものが多い、現に裁判が進行中のものであるというのが相当入つておる、それを恰も決定されたかのごとくに、このように業々しく書き出しておる。更に、これも先程來いろいろ指摘されましたけれども、これらの暴力行爲、或いは傷害であるとか、或いは強要であるとか、住居侵入であるとか、これらの事件が一方的に労働者の責任に轉嫁されて、労働者が惡いからこういうことが起きたのだというようなことを言つておる、これは以ての外であります。先程から質問のときに原さんあたりからも指摘されたと思いますが、私達の調査によれば、これらの事件の殆んどは経営者側の挑発によるとか、或いは経営者側の暴力團使用によるところの労働者側の正当なる防衞である、そのためにこういう事件なんであります。にも拘わらずこれらの事件を一方的に労働者の、又労働組合の責任かのごとくに並べ立てて、そうしてこの法規の改惡の口実としている、このことを私は先ず指摘しなければならない。更にそのあとに、最近の事例といたしまして若干挙げてあります。ところが豊和工業にしても、或いは旭化成にしても、加茂の問題にしても、今私が申上げました通り殆んどが経営者側の挑発であり、更にそれらの使用した暴力團によるところのものであり、組合は正当なる防衞者に過ぎない。更に組合の非民主的組合支配の一例ということで以て、今私達の電産の問題も二つばかり挙つております。電産中央本部会計不正問題、電産福岡支部会計不正問題ということで業々しく載つております。これはこの点について若干釈明したいのですが、中央本部の会計不正問題と言いますのは、電産が單一組合を結成いたしました当時、その前のいわゆる電産の十月鬪爭というときから引続いての事業部の一部の問題でありますが、この問題がありましたので電産といたしましては直ちに、会計処理規程というものを作りまして、そうしてこれによつて全部を処理して行く、この問題は、まだ電産が発足しない当時、又しました最初に、会計処理規程ができない前に起きました問題であつて、このように業々しく書き立てる程のものではないということであります。それから第二項の電産福岡支部会計不正問題、この問題はもう新聞紙上にも大きく報道されました通り、福岡支部の赤塚正臣という委員長が、今まで約三年間に亘つて、個人ではありませんけれども、数名で百四十万円ばかり金を費消したという問題であります。ところがこの問題は、ここに具体的に赤塚が十四万八千円とか、川上が十五万九千円とか書いてあります。更に生活協同組合に三十万円贈與したということが書いてあります。この問題につきましても、今組合の機関、会計監査、それから警察、三者でいろいろ具体的に調査中でありまして、まだ何ら結論は出ておらない、この問題も電産としては、組合の会計処理規程を完全に履行していれば、この問題は起きなかつたということははつきりしております。この問題につきましては繰返して申上げますが、まだ調査中のものであつて何ら結論は出ておらない、而も最後に生活協同組合に三十万円贈與したというようなことを書いておりますけれども、このような事実はない、生活協同組合に十万円貸與した事実はありますが、このように実にでたらめ極まるものを、権威ある國会に対して、而も労働組合法案を審議する資料として出しておる、如何に現在の日本政府がでたらめであるかということを私はこの資料によつて先ず指摘したい。労働省ばかりではないかも知れませんが、このような問題が一つ、二つあつたからと言つて法律を改正しなければならないということになつたならば、毎日あらゆる法律を改正そなければならない。今朝の新聞か、昨日の新聞が知らないけれども、池袋で三人の子供が電車に轢かれた、だから鉄道軌道法を改正しろ、この間板橋で若い奥さんが麦畑で殺されたから刑事訴訟法を改正しろというようなことになると思うのであります。今の政府の考え方がそうならば……脇道に外れましたけれども、第一に指摘したいことは、このようなつまらない資料を以て、直ちに労働法規を改惡しようとする口実にしておる。この点を第一に指摘しなければならないと思います。改正する必要があるならば、先ず十分に科学的な資料を整えて科学的な調査を十分にやるべきである、而もそれは割合に長い月日を掛けて事実に基いて科学的な調査をなすべきである、ところが今申しましたように、それが何らなされておらないということであります。それからこの原案の作成に当りまして、非常に官僚の秘密主義に基いて行われている、当然これは、今まで歴代の内閣が、法制審議会を設置して、そうして諮問するのだということを約束していたにも拘わらず、何らそれがなされておらない。今度の吉田内閣はそういうことを約束したかどうか知りませんけれども、それまでの歴代内閣は必ず、特に労働関係法を改正する場合には労務法制審議会を設けて、そうして労働界の代表、組合の代表も十分に入れて民主的に審議するのだということを組合に対して約束していた。にも拘わらず、今度のこの案を立案するときになつたら、それがなされていないということも指摘したいと思います。それから尚これは労働関係法律を改正する必要があるならば、当然立案に際し、又立案したならば労働委員会に諮問すべきであると思う。にも拘らず何らこれがなされていない。更にこの前の労働省試案の際に、全國数ケ所で若干公聽会が持たれました。ところがその公聽会たるや本当にこれだけ廣い……大して廣くもないが、全國において、僅かに四、五ケ所の公聽会を持つた。ところがその公聽会は実に一方的であつて、公述人の指名と言いますか、公述人の選定も一方的に都合のいいように指名しておるし、又時間等も非常に短かい、更に地域等も殆んど数ケ所しか持たれておらない、結論としては申訳的に公聽会を開いたに過ぎない、而もその公聽会において圧倒的に反対の意見が述べられたにも拘わらず、今提案されておりますところのこの案のうちには、そのときの公聽会の意見というものは何にも入つておらない。次に指摘いたしたいことは、この案が、第一次労働省の案が出されましてから、今申しましたように公聽会におきまして非常に大きな反対の意見が述べられた、そうして一應これは影を潜めた形である。ところがその間政府は何をやつたかと申しますと、その第一次試案の時日を稼ぐ意味において、労働次官通牒というようなものを三回に亘つて出した來ております。そうして実質的に彼らで出して來たところの第一次試案を事前に実施するようなことをやつて來ておる。これは組合專從者の問題にしても然り、又組合の資格の問題にしても同樣である。このことは明らかに違憲行爲である。違憲行爲まで犯しても彼らは次官通牒というようなものを出して、そうして公聽会で一大反撃を喰つた労働省の試案を一應引つ込めた形にして置きながら、次官通牒というような非常に違憲的な行爲を以て実施しようとしておる、これはもう実際問題として実施しておる。更にこれと呼應するかのごとく今の日本の経営者連中は、まあ今日もここに公述人として來ておられる加藤さんあたりが先頭に立つて、この労働法規の改惡の内容をそのまま労働協約として、そうして出して來ておる。東芝においても然り、又電産においても然り、そり他日電においても或いは住友にしても、どこでも全く同一内容の労働協約を、而もこの労働省の第一次試案の内容に出ておるそのままのものをそつくり出して來ておるので、これが今の日本の政府。又日本の経営者のやり方なんである。このようにして彼らは非常に非民主的なやり方で立案し、そうしてその國会に上程するにいたしても、非常に内緒で、いわゆる内緒々々で出して來て、今度の第二次試案のごときは何ら公聽会も開かれておらない。こういう状態にある。このような、私に言わせれば出たらめの、而も上程手続についても何ら正常なコースを踏んでおらないこのような案は、直ちに撤回すべきであるということを主張するものであります。詳細につきましては申上げませんけれども、若干重要な点のみ一、二申上げまするならば、第一番目に指摘いたしたいことは、これは、時間が來たようでありますので簡問に申上げます。第二章の労働組合の規約のうちに盛らなければならないところの條件の問題でありますが、ここで特に指摘いたしたいことは、第四項の問題であります。これは今までも数人の人が指摘されましたけれども、第四号の「何人も、いかなる場合においても、人種、宗教、性別、門地又は身分によつて組合員たる資格を奪われないこと。」というこの條項は、明らかに憲法十四條違反であるということであります。これは先程申上げましたように、憲法十四條においては、信教の自由が保障されており、その他の法律におきましてもはつきり信数の自由は保障されているにも拘わらず、この條項によれば、これは信教の自由は否定されるということであります。これは明らかに憲法違反であるということを指摘したいと思います。
 それからちよつち前に帰りますが、第一條の第二項の但書、いかなる場合においても、身体又は財産に対する暴力の行使云々ということ、これもいろいろ論議されましたけれども、我々は暴力を肯定するものではありません。が併しながら、このような條項を入れることによつて日本の官憲は、又日本の今の経営者は、必ずこの條項を惡用するということだけを指摘して置きたいと思います。
 更に、時間がありませんので簡單に申上げますが、特に私は公益事業の立場として労調法のストライキ権の制限の問題を指摘して置きたいと思います。この問題はこれはもう私達は電産のいわゆる十月鬪爭のときに政府は慌てて労調法を施行いたしました。電産を中心にいたしまして全労働階級の反対を押し切つてあの労調法を急遽施行した。そのときに私達はこの労調法の公益事業に対する爭議の制限、これは明らかに憲法違反である。ということは立案当時から、そのときにも改めて指摘したのでありますけれども、ところが今度は現在のこの憲法違反であると私達が言つておるところの労調法をもつて改惡しようとしておる。即ち三十日の冷却期間の後において爭議権を取得して、六十日経つたならば再び冷却権を繰返すんだということを言つておる。これはもう飛んでもない憲法違反なんです。このことを特に私は公益事業の立場から指摘して置きたいと思います。
 以上非常に纏まつておりませんが、時間がないということでありまするので、以上で終りたいと思いますけれども、特にこの法案を上程するまでの手続等におきまして非常に不備があつたという点それから調査が非常に不十分であり、でたらめを言つておるという点で白紙撤回を主張するものであります。特に繰返して申上げたいことは、各條項につきましては森長さんの主張されました通り、この意見を私は繰返して申上げませんけれども、これと併せて今の意見を申述べまして、白紙撤回を主張いたしまして、議員各位の御考慮をお願いしたいと思います。以上であります。
#49
○委員長(山田節男君) 次には日本発送電理事の櫻井督三君にお願いいたします。
#50
○公述人(櫻井督三君) 私は日発の櫻井督三でございます。私は主として労調法の改正案について意見を申述べたいのであります。
 労調法の改正案は、現行法規の四十四ケ條の中で、改正されるものは十四ケ條でありまして、而もその中の十一ケ條は大体において條文の変更の整備でございますとか、或いは罰金の値上げでございますとか、或いは從來「行政官廳」というような表示をいたしておりましたものを、例えば「都道府縣」であるとか、「主務大臣」と表現したものを「内閣総理大臣」、「中央労働委員会」と表現したものを「國会」というような変更の改正でありまして、本質的な改正でないとは申されませんでしようけれども、大体その度合というものは比較的重要でないのであります。そうして方向としましては取扱方の愼重を期しておるというような点から、大した問題にはならないのじやないか、こう考えるのであります。自然改正そのものについて問題になりますのは第十一條なり、第二十六條、第三十七條等についてでありますが、実はこの外に現行法規のままではよろしくない、そういうふうに考えられるものがありまして、改正するならこの際して欲しいと思われる点がありますので、そういう点に立つて私は意見を申上げたいと思います。
 先ず十一條の改正案によりますと、労働委員会の委員が斡旋員を兼ねられないということになつておりますが、これは斡旋というものが極めて簡單な当事者間の取持をするとか、或いは話のきつかけを作るというような程度の單純な場合であれば何ですけれども、必ずしも現在では斡旋、調停、仲裁というような段階を踏まずに、いきなり斡旋が、非常に調停と同樣な價値なり重要性を持つ斡旋がなされることもありますし、又調停が受諾されなくなつた後で、第二の斡旋、第三の斡旋というようなふうに続けられるのが日本の現状だと思うのでございますが、こういうような場合にありましては、今の改正は現行法規の通りがよろしいのではないか、このように考える次第であります。事情を知らない方が出て來て、調停不成立の後で斡旋をしましても、実は効果が少ないというようなことになるのではないかと考える次第であります。そうして又そういう斡旋というようなやり方が、公式的な調停よりも現在の日本の労使双方にとつては納得され勝ちであるというようなこともあるのではないかと私は考えるものであります。こういうふうの場合には、労働問題に精通していられる労働委員が調停もし、又斡旋もするという方が効果的であるかと考えます。尤もこの双方兼ねますということが、あの労働関係の調整について終局的なあり方かどうかという点につきましては、必ずしもそうばかりは言えないと思いますが、併しながら現状で、地方に行きますと、労働委員の外に適当な斡旋員を得るというようなことがなかなか困難である場合もありましようし、勿論そう言いましても、私は労働委員以外に廣く斡旋員を求めるということそれ自体には、今後の労働問題の理解者を作るために必要かと思いますけれども、今の状態において、労働委員が絶対に斡旋者になり得ないというようなことは不適当だと先ず思います。
 次に、二十六條の改正でありますが、改正法案は現行法に三項を附加えておるものでありますが、その附加える事柄は、概ね現行法規を補助したり、或いは完全なものにしたりするのでありまして、私としてはこれに賛成をするものであります。
 第三番目は三十七條でありますが、改正案として附加します二つの項があるわけでありまして、一つは、当事者が受諾した調停案の中で交渉を要する項目が協定された、そういつた場合に、その交渉事項について爭議をする場合には、新らしい爭議として冷却期間を置くということでありますが、これは労働関係の安定を必要とする今の日本の状態におきましては、適当な改正と考えられます。ただその場合に置かれる爭議の期間の繰返しの項目でありますが、爭議期間の繰返しというのは、私はむしろ前回発表されました労働省試案のように、或いは冷却期間を長くするとか、若しくは予告期間を置くとか、その期間の長短については議論があると思いますけれども、そういう方式の方がよくはないかと考えるのであります。爭議の期間そのものを限るということは、決して惡いことではないと思いますけれども、爭議期間を限られるために、そうして又それを繰返するような形をとるために、却つて爭議に入り易いというような弊害が或いは伴いはしなかいというようなことも考えられるのであります。又仮に爭議期間を限るにしましても、五十日というようなものは、少し長過ぎはしないかと思います。尤もこういつたような公益事業で非常に長く爭議期間がかかるような場合には、実際は後に述べますように、緊急停止というようなことが考えられるべきものではなかろうかということが考えられます。
 以上が案として出て來ましたものについての意見でありますが、この外に改正案に出て來ないもので改正を希望したい点があるのであります。
 第一番目は、八條に関連するのでありますが、公益事業の指定を議会の閉会中にできないという形になつておるようでありますが、これは國民経済にとつて是非とも必要な措置というようなものでありましたならば、國会が開催中だからそれができて、閉会中だからできないというようなことは、國民全般にとつて不幸ではないかと、こういうふうに考えるのであります。從つて、総理大臣が緊急の必要を認むるときには適当な爭議制限の措置がなされる、尤もそれには或る制約が必要であると思いますが、そういう適当な制約に立ちまして、國会閉会中の公益事業の指定のできるような規定が望ましいのであります。次に現行法規の三十六條についてでありますが、安全保持業務に対する爭議行爲の制限であります。これは今のところ非常に狹い行政解釈が行われておるようでありまして、これにつきましては、單に安全保持業務だけでなくて、保健衞生というような施設に関しましても、安全保持と同樣に規定がなされるべきであると思います。又單にそれが正常な運轉を維持するという現行法規だけに止まらず、そういうような運営上欠くことのできない施設の使用に重大な支障を與えるというような爭議行爲も又制限があつてよいと存ずるのであります。その次は、やはり三十六條に関連した事柄でございますが、爭議行爲につきまして、関係当局者に斡旋なり、調停なり、仲裁なりの進行しておる間は、例えば或る程度の爭議状態になつておりましたならば、その爭議状態の現状維持をする、爭議状態を更に深刻に推し進めないと、こういうのが望ましいのでございます。それから公共の福祉なり公庁良俗の破壞というようなことに関連いたしまして、例えば極端なストライキ、ゼネラル・ストであるとか、或いは政治スト、同情ストというようなことに関しましては、何らかの制限を明確に規定する必要があると思います。第四は、先程申しましたいわゆるインジヤンクシヨンの問題でありまするが、世界に恐らく類のない程経済の安定しておる國においてすら、このインジヤンクシヨンの規定の必要が再確認されておるというようなふうに聞くわけでございますが、このような規定は、日本の現段階のように、再建を是非必要として、それを急がなければならないような國においてこそ必要であると考えるのであります。それからもう一つ四十條についてでございますが、今度は爭議行爲云々というのを組合法に讓りまして、後残つたのは調整に関する発言という言葉で、これについては確か不利益なる取扱いができないというようなふうになつておると思いますが、その発言というのにつきまして、何でも言つてよろしいということではよろしくないと思います。從いまして、正当なる発言というようなふうに修正のあることを希望する次第であります。
 以上要約しまして、私は改正案そのものにつきましては概ね賛成である。但し、先程申し上げましたような、例えば十一條の斡旋員の問題でありますとか、公益事業の爭議期間というような問題については、御修正が願いたい。その外に改正案以外にも改正すべき点がありますということは、先程申上げました通りでありますが、そのように議会において御修正をして頂きたいと存ずるのであります。労調法につきましてはそれだけでございますが、これは極く些細の点でございますけれども、組合法について申して置きたいと思います。それは公益事業の爭議の終期というものが甚だ不明確なんでありまして、私共のような電氣産業等におきましては、実に公益事業の爭議の終期がはつきりしないために厄介な問題が多々起ります。そうしてそれが産業上に非常に惡い影響を及ぼすと私共は信じておりますから、義益事業につきましては爭議の終期をはつきりすることを希望いたします。それから更にこれは細かい点でありますが、今度の改正案には、交渉とか、團体交渉とか、こんなふうに文字の使い分なんかをしておられますが、実際は甚だ不明確でありますが、そういう点につきましては、はつきりしたものにして頂きたい。こういうふうに考える次第であります。それから電氣事業のような業態におきましては、いわゆる同盟罷業というようなことは、截然たる形で以てゼネストというようなものは出て來ないのでありまして、何となしに種々の形で、そうして部分的な爭議が起るのであります。從いましてあの「規約」の中で規定します投票によつて決めるということは、いわゆる「同盟罷業」というような言葉でなくて「爭議の開始」というような言葉に置き換えて頂きたいと考えます。以上。
#51
○委員長(山田節男君) 最後に東京都の労働委員をしておられる木村清司君にお願いいたします。
#52
○公述人(木村清司君) 私は最近まで東京都の中立委員をやつておりました木村であります。時間が経過いたしましたので、簡單に私の意見を申述べます。本法の改正手続につきまして、いろいろ特に労働者側からの意見があるように存じます。それで私がこの程度の改正試案ならば、急速にこの現在の九原則の実行に当つて、必ずしも直ぐに実行することが必要であるとは思われないのであります。又この程度の改正案ならば、労働委員会の実績なり、或いは労働委員会の実権を持つておる中立委員を中核といたしまして、労使双方の委員を交えた委員会を設けてもですね。この程度の結論ならば、或る程度出て來るのではなかろうかと思うのであります。そういう意味において、急遽この改正案をこの議会に提出されて制定されることは、こういう社会運動、労働運動と申しますか、労働基準法のごとくに個々の権義関係を決めたのではなくして、一つの社会運動とか、一つの運動に関する基準を定めるものでありますから、労働者側の納得、時間をかけて納得を得るという点において欠くるところがあると思われるのでありまして、これはやはり少なくとも協力を得るように手当を盡すことが必要でなかろうかと思うのでございます。又この程度の改正案ならば、相当説得する途を開き、時間をかけるならば、相当納得せしめ得るのではなかろうかと、こういうふうに考えるのであります。そういう意味において、この特別國会において、今回直ちに決定せられるということについて、手続上遺憾があるように私は思うのであります。殊にこの労働運動が、この労働組合法を離れて組合運動が行われる。先程森長さんから御指摘になつたようなことになりますと、いよいよ以て組合法自身が棚上げになつたような結果になつて甚だ面白くない結果になるのでありますから、そういう意味からいたしましても、時間をかけても結構でありますから、できる限り手当を盡すということがあつて欲しかつたと思うのであります。これは併しそういう意味におきまして、若しできるならば、そういう手当を、継続委員会でもお設けになつて、次の臨時國会でお決めになるということが望ましいと思いますが、若しそうでないといたしました場合においての極く事務的な点について、過去の一年間の経驗から見まして、極く事務的な点についてこの改正案の不備の点を多少指摘したいと思うのであります。
 それは第一に、不当労働行爲の第七條第一号であります。これは労調法の四十條の労働爭議をなしたる故を以て馘首等不利益を與えてはいかんということが規定される代りに、労働組合の正当な行爲ということ一本で片付けられておるのであります。それでこれはやはりその下に、「労働組合の正当な行爲をしたこと」という外に、次に「又は正当な労働爭議をなしたこと」という字句を是非入れる必要があるのではなかろうかと思うのでありますが、その理由を一、二点申上げますと、労働行爲は、労働組合を結成するという前提をなしに労働爭議ができるのでありまして、未組織労働者に対しても、賃金などで圧迫されるならばサボタージユを生むということが自然発生的に起るから、そういう意味においても、この労働爭議というもの自体が不当労働行爲の範囲を、正当な組合活動というような、組合活動ということでなしに、労働爭議をしてはいけないというのでありますけれども、若し方一労働組合資格というものをこういうように限定いたしました曉において、この資格の限定に合致しない労働組合ですね。それが爭議をなすなといつた場合においても、その爭議自体が正当であれば、及びやり方、目的等が正当であれば、これを保護すべきものであると思います。これは本來労働組合法というものは、組合法自体というものは、余り全体的には必要はないでありまして、欧州、アメリカを除きまして、イギリス並びにドイツ等の立法を見ましても、労働協約法とか、或いは不当労働行爲を禁止する規定だけあれば結構であつて、労働組合法とか何とかいう規定を設けている國は、アメリカ以外には余りないのであります。そういう意味におきまして、我が國におきましても、労働組合自体の法律行爲については、私は多少疑問を持つておりますけれども、この不当労働行爲こそ大切でありますから、そういう意味において、正当な労働組合の行動ということ以外に、正当な労働爭議をなしたことということは、これくは是非入れて頂たいと思います。これは現行法に保護されたことを或る程度縮減されたというような恰好になつております。だから例えば正当でない労働爭議を保護しようということにつきましては、無論本質論としては格別に意味がないと思いますが、そういう場合については、論議することは避けましても、少くとも正当な労働爭議というものは、現行法があるから正当な組合活動ということを形成しなくても、保護されるということが是非必要だと思います。次に、これは疑問がないと思いますが、第七條第二号の労働者の代表者というものは、労働組合の委任を受けた者を含むというように、若し疑いがあるならば、是非これは書いて頂きたい。これは前條、第六條におきまして、労働組合の代表者又は労働組合の委任を受けた場合に交渉の権限を有するということを書いてあるが故に、委任を受けた者に対して、團体交渉を拒否するといけないから、法律にこういうことを認めて頂きたい。若し労働者において懸念があつて、使用者側においても、それは代表者じやないじやないかという疑問がありましたら、恐らく法律上そういうことはあり得べからざることと思いますが、万一そういうことがあるとすればいかんから、「労働者(労働組合の委任を受けた者を含む)」というように、括弧を附して頂いて、疑問をなくすることは、法律上当然のことであると思います。
 それから次には、これは佐藤さんからもお話がありましたが、地方労働委員会の委員の数のことであります。これは東京都の経驗によりますというと、七人でも少いくらいに感じたのであります。これは五人になりますならば非常にお困りになる、殊に使用者側委員、及び労働者側委員におかれましてもそれぞれ本務をお持ちになり、又中立の方も本務をお持の方が非常に多いのであります。そういう方々に若し人数を減らしますると非常な負担になつて、結局事件を迅速に処理することができないということになるのであります。これは労働者側にとつても事件を迅速に処理できないということが、やはり非常に不利益であろうと思うのであります。そういう意味におきまして、これを増員し得る途をお聞きになる方がいいと思うのであります。鳥取、島根、鹿兒島とか、或いは熊本等の殊んど事件がないような縣におきましては、原案、第一次案の三人で結構ではないかと私は思うのであります。船員の地方労働委員会におきましても、事件のないところは三人で結構だと思うのであります。私は東海地方の船員の労働委員会に関係しておりますが、その状況から見ますと、三人で十分だと思つております。その意味におきまして、第十九條の第二十号の次に、こういう一号を加えるということにして頂いたらどうかと思います。つまり「労働大臣、都道府縣知事の申請ありたるときは中央労働委員会の同意を得て前号の五人を二人以内の限度において各側委員同数ずつ増減することができる」というようにして、二人以内の限度において三人までにしてもよろしいし、七人までにしてもよろしいのだというようにして、むやみにやつてもいけませんから、中央労働委員会の議決を経て労働大臣がこれを、而も都道府縣知事の申請というようなことによつてやるならば、民主的に実際に適合するように行うことができると思うのであります。そうして又小さい縣におきましては、委員の数を多くいたしましても、委員の手当等を十分に出せんということであれば、結局いい人を得られない、少数ならば少数で十分なる手当を出せるということならば、いい人も得られるということになりますし、東京都のように、非常に繁劇なところにおいては、増員し得るような途を開く、ということは労働問題の迅速な処理、その事件を迅速に処理するということが大切なのでありまして、のんべんだらりになることは、労働者側の権利保護から言つて、極めていい決定であつても、半年延びたらしようがない。眞に早く決定することが要件だと思うのです。そういう意味においてはやはり委員の待遇の点も大切でありますが、委員の数等もやはり相当考えて頂きたい、殊に東京都にように帝都であつて事件の多い所、特に中央でありまするから理論闘爭も激しいという所におきましては、是非これは増して頂かにやならんと、こういうように思うのであります。この点については格別にこの委員の皆樣の御配慮を、この点は事務相でありますから、何も本質的な問題じやないから皆さんの御配慮によつて行くのじやないかと思うのであります。それから不当労働行爲の最後の決定を中立委員だけでやるということになつております。これについて尚審問に参與すること以外に、意見の陳述をなすことを認めたらどうかという御説がありました。誠に同説であります。私共東京都の労働委員会の経驗によりますというと、不当労働行爲の審問については、眞に労使双方、三者の一致したところによつております。例えばぎりぎり結着、とにかく労働者側委員と雖も労使双方の委員にも中立的な一致化を考えて頂きまして、三者の意見の一致という点を見出して決定しておるのでありますが、或いはそこまで行くことは困難な場合におきましては、とにかく意見を聞くということは非常にいいことであろうと思うのであります。意見を聞きますというと、その意見の申し方によりまして、本当に不賛成なのか、まあまあその程度ならばよかろうという意味か、その間のニュアンスというものが分つて、この不当労働行爲のような、複雜な機微に触れた問題の決定については、中立委員としては非常に参考になると思うのでありまして、そういう意味において最後の決定権だけのボートを取るというだけの点について、東京都の例を見ますと、労使双方入つてちつとも差支となかつたでありますけれども、原案そのものを引つ繰り返すということは困難でありますから、むしろ私は最後のボートをとるという段階だけを除外して、後は全部労使双方の意見が入るというようにする方が、私はより理想的であろう、又実際の経驗に鑑みてその方がよいと考える次第であります。
 それから労調法の第十一條、これはさつき御意見がありました通りに、労働委員会の委員は斡旋員候補者であつてはできないということになつておるようで、何か調停なり、或いは不当労働行爲を相当いたしますと調停の斡旋をすることがいかんというように考えられますが、一体労働委員会というものは裁判官じやないのでありまして、爭議の解決ということが目的なんです。これはただ非常にコンベンシヨナルな爭議の解決はいいかどうかということはありますが、逆に見て爭議を解決するということが目標であるのでありまして、從つて例えば不当労働行爲の場合におきましても、万一不当労働行爲が成立いたしまして、或る程度帰すことが必要であろうと思つた人間でありましても、多数の人が誠首された場合においては、その組合指導者というものは、帰る意思がないのであります。ない事例が多いのであります。そういう意味において強いて帰る、帰せということは意味をなさないのであつて、多数の人との均衡を考えて適当にその間を裁いて妥当な斡旋をするということは結局全体の爭議の解決になる場合もある。そういう場合もありまして、結局法規の通りには必ずしも動かない。要するに労働委員というものは早く労使間の関係を調停し解決するということが主たる目標であります。單なる法規の運用だけじやないのでありますから、法規の運用と申しますか、一片の法律解釈というだけに止まらない。そういう意味において労働委員会の委員は斡旋候補者であつてはならないということで、第十二條但書によつて委員会の同意を得て委嘱できるというように例外的にしか斡旋できないということになりますと、労働委員会そのものは労働委員の重要なる職務である労働爭議の斡旋をしていいとか惡いとかいう問題も出て來るわけであつて、本質的にこういう規定をわざわざ設けた理由は奈辺にあるか、私は了解に苦しむのでありまして、総会の決議を経ずに小委員会が勝手に動くというような点が若しありますとしますならば、中央労働委員会は規則制定権を持つておるわけです。だからそういう規則を制定する際に斡旋してよろしいとか、斡旋してどうとかいうことについて、おのおの総会において討論して決定するという手続を踏むことについては勿論異論がないのでありまするから、そういう手続を中央労働委員会の規則を定めることによりまして弊害を除くことはできるのでありますから、十一條に左の一項を加えるというような、こういう改正案は止めと欲しいというように考えるのであります。
 それから最後に、第四十條は労働者が爭議行爲をなしたことを削つております。都の労働委員会で問題になつたのは、不当労働行爲となりますと、いろいろな証言を持つて來なければならない。例えば組長とか係長とかというような人の証言を持つて來て初めて不当労働行爲の証明ができるのであります。ところが不当労働行爲の際における証言が労働爭議の調整という文句には入らないのです。その際における証言は……労働爭議調停ということになりますと、労働爭議の斡旋ということには入らないのであります。都の労働委員会で事件を檢事局へ送つたのです。そうしたところが、これは労働爭議の調整という文句に入らんから、結局労働組合の正当なる活動の違反ということになつて、結局現行法十一條違反で送つたのであります。そうすると今度は十一條違反ではおかしい。原状回復を主とするものについて、こういう証言をなしたからというのは、やはりこれは無論それでもあれですが、それともう一つは、若し十一條違反ということにいたしましても、組合でない場合が多数あるのです。例えば課長、係長の証言を持つておる、非組合員の場合も相当あるというように場合もありまして、これは若し不当労働行爲の中に、組合の正当活動の中に入れること自体も、法律上疑問がある。必ずしも組合にならん、そういう意味において、これは第四十條中に、又は労働者が爭議行爲をなしたということを以て、又は労働委員会が労働組合法第二十七條の規定による調査若しくは審問をなす場合において、労働者がなした発言というように改めるというようにして、不当労働行爲の審議における労働者の発言も、労働爭議調停の場合と同樣に合わして頂きたいということは、これは純事務的でありますが、お願いしたいと思うのであります。基本的な問題については各位いろいろ御意見がありましたが、差し向き審議になつておるこの際、改正について御檢討頂ける純事務的な点について、私の過去一年間の経驗に從つて申上げた次第であります。それから尚最後に落したのは、これは改正案に直接は関係はありませんが、先程森長さんのおつしやつた労働委員の委嘱の問題であります。私はこの労働委員会というものが動くのは、労働者が利用するかどうかというのにある。信頼するかどうか、労働者の信頼する委員がおらんというと、実に事件の解決に困るのであります。粉爭斡旋にしましても、いろいろのことに事情がよく分らんと、労働事件の事情がよく分らんと、労働委員会の機能が……、重要な部門の労働者の代表者が、労働委員会に入らんということは、労働委員会の機能を非常に喪失せしめるものであろうと思う。そういう意味においてこれは極めて妥当を欠くのではないか、やはり労働者側の委員は労働者の自主性、殊に爭議の実施から爭議状態を起し易い方面の代表者を遷んで置くことが必要であると思う、だからといつて労働委員会そのものの性格については、いろいろ異論もあろうから、それに対しては中立委員の選出方法についてお考えになることは、或いは妥当であるものと思いますが、労働者側委員の選出方法については、飽くまでも労働運動の実態に鑑みて、選出されるということが労働委員会の実際の運用上是非必要である。私は過法において労働委員会におりましても、実際その爭議の起きた組織と関連性のある委員がおられて初めて爭議の解決はうまく行く。その爭議に直接関連性のない委員の方だと、非常にその事件の進展上、事件の斡旋には困る。よくないという実績を持つておるのであります。その意味におきまして、私は労働者側委員の選出方法に関する森長さんの意見に賛成するものであります。
#53
○委員長(山田節男君) 速記を止めて。
   〔速記中止〕
#54
○委員長(山田節男君) 速記を始めて。これで公述人全部の公述が終つたわけでございますが、本日の午後公述をお願いした八人の方々の只今までの公述に対します御質問がございましたならば、御質問をして頂きます。
#55
○村尾重雄君 簡單に私公述人の佐藤さん、櫻井さん、大谷さんにお伺いたしたいと思いますが、公聽会の性質から、又時間的関係から御議論、御意見があつたことに対しては、私の意見を述べて質問して見たいと思わないのであります。ただ先程本案についての多数の修正意見を開陳されました。特に櫻井さんの労調法に対しての修正意見が多数出されたのでありますが、御承知のように衆議院においては昨日この両法規の審議が終結しておるのであります。今日、明日のうちに関係当局との修正案の交渉があつて、その結果どうなるか知りませんが、御承知のように衆議院は與党大多数の状態で、恐らく原案が可決するであろう、こう思つております。参議院においてどう取扱うかは、これは残された問題でありますが、修正案については、又関係当局との種々なる微妙なる関係があるのと、ただ問題はこれを流すか、流さないかというようなことまで関係するのであります。そこで三氏にお伺いしたのは、非常に修正意見を多数出されましたが、実は私の聽き損いであつたか知れませんが、政府の改正原案に対して、是か非かの御意見を私聽き漏した。それで若しその修正案が得られない場合、これ又手間ぬるい案だということで、政府の案にも反対の意見を持つておられるのかどうか。それとも若し修正案が通らなくても、修正案が加味されなくても、現行法より改正案がこうだという御意見が、政府の提案した法律案に対して是となさるか、否となさるか、ちよつとお伺いして見たい。
#56
○佐藤公述人 本案に対しましての私態度といたしましては、本案は不十分でありますが、先程申しましたようにいろいろ我々としては皆様から御批判を仰いで、よつて以て取るべきものは修正して頂きたい。併し現状におきましてはこの程度のものを通過さして頂き必要がある、原案につきましては不十分であるが賛成であります。こういう態度であります。
#57
○大谷公述人 私は佐藤さんと同感でありますが、でき得べくんば衆議院において、或いはいろいろ日時の関係で深く吟味なされることが時間的にできないとしても、字句の修正程度のところを、例えば企業の管理、運営に関係するのと、厚生資金とか、或いは但書を抹消するというような程度のものは考えて頂きたいと思つておりますが、これ又止むを得なければ同し砂糖水でも甘いのも甘くないのもある。からいもの、からくないのもあるが、やはり無きに勝るのであります。この際是非これを通して頂きたいと、かように考えております。
#58
○原虎一君 時間がありませんから簡單にお伺いしたいと思いますが、佐藤公述人にお伺いしたいのですが、ちよつと私他の委員会の関係で席を外しましたのですが、罰則が非常に重いという御意見を強調されておつたのでありますが、その点は二十八條の罰則が重いというお考えでありましようか。その二十八條が罰則が使用者側に取つて重過ぎるという御意見はどういう点でありますか。もう一度お伺いできれば幸いだと思います。
#59
○佐藤公述人 私の申しましたのは第三十二條の括孤の中が重過ぎる。つまり命令に対する遅滯一日につき十万円、これであります。これはその文句によりますと、本文による場合も十万円以下であります。今度一律に決めればそういう表現から行きますと、必らず十万円になる。これが括弧外の額との釣合が取れん。これはまあ規定の均衡からいつてもそうでありますが、実質的に言いますと、十九万五千円くらいの有限会社の経営者が過つて不法の行爲というものをなした場合に、それ程の負担力があるか、過料と言いますけれども、恐らく体刑を以て換價するとか、労役に服さねばできない。そういうことになつた場合に実際の過料負担力がないという点が、如何にインフレで円價の安くなつた今日と雖も、非常にその点は行き過ぎである。それから尚そういうことになれば小企業者のごときは殆んど企業を閉鎖する。それを以て企業が倒れるということになる。尚私は大谷さんの主張された労働者の不当労働行爲も設くべしということから來るこの不当労働行爲に関する規定というものは、これは二十八條におきましては均衡上経営者が受けるやつと同じだ、又三十二條の関係において受けるやつは又労働者も同じ、こういうような考えを持つておる。この点につきましても括弧内のものは労使いずれの場合におきましても時代に適合せん過当なる規定であります。むしろ若しそういう必要があるならば、適当の限度において何万円以下と特に「以下」ということを入れなければ、括弧内の文章と括弧外の文章との均衡を害したおかしなものになる、私が重過ぎると申上げましたのは三十二條の括弧内を力説した次第であります。
#60
○原虎一君 討論をいたすわけではありませんが、これは非常に重要な問題でありますので、申上げて置きたい氣がいたします。と申しますのはこの三十二條は、御承知のように二十七條第五項の規定、即ち労働委員会の決定に対して裁判所が命令を発したときに資本家が聞かないときであります。そういう点で御承知のように十九万円くらいの会社が十万円の、而もその行爲は過ちであつて全く他意がなかつたものに対して、裁判所が十万円科するとは思わないのであります。私共から考えますと実は十万円は安過ぎるのであります。最もひどく被害を受けましたのは、あの山口縣の大浜炭鉱で、七十五人の幹部がずらつて一遍に首を切られて、地方労働委員会はこれは十一條違反と決定した。ところがこれが結局当然全部が上告審までやりまして、大審院まで出しまして、一年半掛かつて原審通り労働側の勝訴になりましたが、七十五人が一年半失業状態で、現在の労働組合の力を以て如何に相互扶助を研究しまして、七十五人の生活が維持できなかつたのであります。こういうことが起ることは、労使が対等な立場にあるということにはならない。ですから私共は刑は幾らでも軽くできる、本当にそれは過ちだということになれば刑は軽くできるのでありまして、そういう大浜炭鉱のごとき七十五人の殺人行爲であります。これが今までの現行法では如何ともなし難い。而もそれは裁判所継続でありますから、第一審におきまするところの地方裁判所の決定を履行して行くがために一年半も上告審をやらなければならない、こういう事実であります。從つて御意見も、そういうふうな小工場におきます罰則の重いということも考えますが、これは私はその情状酌量によつて刑は幾らでも軽くできることになつておりますから、私共としてはこれは又軽過ぎやしないかというふうな考えを持つている一人であるということをお傳えいたしまして、今同僚村尾君が申しましたように、この重要な法案を衆議院の方では会期延長しないでやつてしまおうということになりますと、十六日までに決めなければならないので、少くとも今日くらいに参議院の方へ廻つて來なければ、参議院は本日公聽会を開いておりますが、誠に不満足であります。まだもう一日やりたいのでありますが、会期がありません。そういう関係で、この参議院の方では本日の運営委員会で会期を延長しろという決定を運営委員会はいたしました。そういう関係等もありましてちよつと席を外したり何かしたのでありますが、会期を延長いたすということを、御承知のように参議院側が決めましても、衆議院が絶対多数を占めておりますから、決めなければ、これはもう十六日までに決めるということで、字句の修正も……、我々又労働者側からは労働者側としての修正意見が沢山出て参つております。できればこれは葬つて貰いたいという意見が來て、我々は公僕として働くには余りに時日がないということだけ、折角一日を潰されて御意見を発表頂いたのでありますが、そういう時日がないということを……、我々は努力いたします。できるだけ努力を拂いますが、そういう状態であるということを、折角お出で下さつたのですから、これは委員長が言うのが本当かも知れませんが、そういう氣持がいたしますので申上げたいと思います。
#61
○早川愼一君 木村さんにちよつとお伺いしたいのですが、先程の御意見ではこの程度の改正ならば何も強いてやらんでもよろしい、こういう御意見のように承わつておりますが、然らば本日午前桂さんの御意見のうちに、やはり現在の労働法規については改正すべき点がある、併し先程のお話では、もつと愼重に事実を集めてよく檢討した上で改正をしたい、こういう態度を持つておられるというお話がありましたが、木村さんの御態度はどういうことですか。
#62
○木村公述人 私もその点全然改正する必要がないという意味は、急速に今直ぐこの数日間のうちに決定する程のことはないじやないか。ところが第一次試案の程度ならば、或いはこれはそういう期間を設けましても、あの程度の結論を出すということは非常に困難であろうと思いますが、この程度の案ならばもう少し事実調査をばいたしまして、時間を藉すならば、それで次の臨時國会までというようなことを私は申上げたのでありますが、必要ないとは私は申上げないつもりです。この程度ならばそういう結論が出るのじやないか、ということは、冒頭にそういう委員会を設けてやれば、そういう結論が出るのではないかということを私は申上げたのでありまして、つまり結論の出し方を一一方的、天下り的、急激的でなくて、もう少し民主的な方法でおやりになつても、この程度なら結論は出せるのじやないかという私の意見であります。必要がないということを私は申上げた意味じやない。つまり急激にすぐやられる、時間的にこんなに切迫してやられる必要はないのじやないか、こういう意味であります。
#63
○門屋盛一君 私は今日委員会を兼ねておつた関係上、私自身もずつと初めから終りまで承わつたのは四人程の公述であります。それからこの委員会の委員でも、私同樣に他の委員会に出ておりまして、見えておらん方があります。まして一般議員にはこの公聽会の趣旨等の分らない人が多い。それでこれは申すまでもありませんが、今速記が不十分な折でありますから、全部の委員会の速記を翌日に纏めろということは我々は言わずにいたのでありますが、この労働法等の重要法案の、而も公聽会を開いたという重要な速記録は明日中に纏めてプリントにして、できれば全議員、できなければ速記録の要録を全委員にお配り願いたい。それでないと困ることはいろいろ公述人のお話で議論の大要は分りましても、修正点が出ている、これは一々筆期し兼ねているところもある。そういうところを速記録によつて、できれば私は各公述人の意見を取入れて修正の資料にしたい。大体この労働組合法は衆議院においても相当の修正意見が出ておるのでありますが、衆議院においては絶対多数を持つている民自党の出方が非常に乱暴なために、恐らく完全な審議をされたような状態ではこちらに廻つて來ないと思う。我々は先程原委員が言われましたように、参議院は自主的に会期の延長をして計画的な審議をしたい、こういうように考えておりますので、良心的に審議を進めるという上においては、どうしても速記録によつて調べないといけないのでありますから、この今日の公聽会の速記録だけは特に早く廻して貰うこと、そうしないとこの法案の審議が遅れる結果になるということを申上げて、是非一つ明日くらいに速記録をこつちに廻して貰いたい。この要求をして置きます。(「異議なし」と呼ぶ者あり)
#64
○原虎一君 今日は公聽会ですから、公聽会を閉じて頂いて、委員会を開いて決した方がいいと思います。
#65
○委員長(山田節男君) 今の門屋委員の御希望ですね。これは今記録部長を呼んで参りますが、他に別に御発言ございませんか……。本日は非常に公述人の方々は御多忙中のところ、我が委員会のために御出席下さいまして、非常に平素の御蘊蓄を忌憚なくお述べ下さいまして、我々労働委員のこの法の審査に当りまして、有益なる御示唆を賜つたことにつきまして、有難く難くお礼を申上げます。只今原委員或いは門屋委員からもお話がございましたが、國会の会期も延長に決定したやに聞いておりますが、果して何日間延期するのか存じませんが、いずれにしましても、会期がそう豊かでございません。併しながら本日の皆さんからお伺いしたこの有益な御意見は我々委員が十分考慮に入れまして、この最も重要法案の審査によき参考といたしたいと存ずる次第であります。この点は委員会を代表しまして心から厚くお礼を申上げる次第でございます。それでは労働委員会の労働組合法改正法並びに労働関係調整法の一部改正法案に関する公聽会はこれを以て閉会といたします。
   午後五時三十五分散会
 出席者は左の通り。
   委員長     山田 節男君
   理事
           一松 政二君
           平野善治郎君
           早川 愼一君
   委員
           原  虎一君
           村尾 重雄君
           岡田喜久治君
           門屋 盛一君
           竹下 豐次君
           田村 文吉君
           中野 重治君
           水橋 藤作君
  公述人
   日本労働組合総
   同盟全繊維同盟
   総主事     上條 愛一君
   産別会議幹事  中原 淳吉君
   日新化学常務取
   締役      大谷 一雄君
   中央労働学園理
   事長      桂   泉君
   東京大学教授  有泉  享君
   月島機械株式会
   社社長     黒板 駿作君
   弁  護  士 森長英三郎君
   産別民主化同盟
   常任実行委員  萩澤 清彦君
   日経連常務理事 佐藤 正義君
   電産副委員長  山本 安一君
   日 発 理 事 櫻井 督三君
   東京都労働委員 木村 清司君
ソース: 国立国会図書館
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