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1949/04/15 第5回国会 参議院 参議院会議録情報 第005回国会 文部委員会 第5号
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1949/04/15 第5回国会 参議院

参議院会議録情報 第005回国会 文部委員会 第5号

#1
第005回国会 文部委員会 第5号
昭和二十四年四月十五日(金曜日)
   午前十時三十二分開会
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○全國会提出見込の文部省関係の法律
 案に関する件
○新制國立大学の発足状況に関する件
○昭和二十四年度文部予算の件
  ―――――――――――――
#2
○委員長(田中耕太郎君) それでは今日の文部委員会を開会いたします。今日の議事日程は請願並びに陳情数件ございます。これは御異議ありませんければあと廻しにいたしまして、当面の問題について数件御報告なり、又文部当局の説明を聽取したい件がございます。かようにいたしまして御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#3
○委員長(田中耕太郎君) それではさように議事を進行いたします。
 先ず御報告といたしましては、教育予算の問題のその後の経過でございます。一週間前、八日の本委員会におきまして、申合せがございまして、衆議院の原委員長、並びに衆議院の各派の代表、それから参議院委員会の委員長及び各派の代表がE・S・Sに参りまして、文部予算の件について了解を求め、又希望を述べるということになつておりまして、早速その処置に出たわけでございます。その件につきまして一般的に申しますると、この前各方面に提出いたしました覚書の精神に從いまして、懇談をいたしたような次第でございます。一つ速記を止めて下さい。
   午前十時三十四分速記中止
   ―――――・―――――
   午前十時五十一分速記開始
#4
○委員長(田中耕太郎君) 速記を始めて。
 それでは本國会に提出されまする文部省関係の法案の提出の見込について政府委員の説明を伺いたいと思います。
#5
○政府委員(辻田力君) 今次國会に提出を予定しております法案として、教育委員会法の一部を改正する法律案がございます。目下この法律案は関係方面と折衝中でございまして、本日了解を得て御審議を煩わすことになると思うのでありまするが、本日はこの要綱につきまして御説明申上げたいと存じます。御手許に教育委員会法の一部を改正する法律案要綱というのがございますが、これにつきまして御説明いたしたいと思います。
#6
○鈴木憲一君 途中ですが、一々これをずつと皆説明されるのでございますか、そうしますと、これで大体向うは通る予定で御説明なさるのですか。
#7
○政府委員(辻田力君) 大体私の方では通る見込でおるわけでございます。
#8
○鈴木憲一君 それで差支ありませんか沢山あるが一々……。
#9
○委員長(田中耕太郎君) 法案の種類ですね、全体を先ず伺つて、それから時間があつたら細目御説明願うことにいたしたいと思います。
#10
○岩間正男君 今日の私達の委員会の重点は予算関係じやないかと思います。法案は、いずれ出されて忙がしくなるだろうから、そのときは委員会で一々について伺えばいいので、今日切迫している問題は、六・三予算並びに文部予算、この問題について我々は余りタッチしていないので、そこに重点を置いて、法案の説明は二、三分で願いたい、提出されるときに一々説明願つたらいいのじやないかと思います。
#11
○委員長(田中耕太郎君) 大体法案の数並びに種類を伺うことにしたいと思います。
#12
○政府委員(稻田清助君) 便宜その項目だけ私から御紹介いたします。これは閣議決定を経まして関係方面に現在承認を求めつつあるものでありまして、最も早い時期に國会に提出し得るだろうという予測のある法律でございますが、その一つは國立学校設置法であります。それから次が学校教育法の一部を改正する法律案であります。それから教育職員免許法案であります。更に只今辻田政府委員から申しました教育委員会法の一部を改正する法律案であります。それからいま一つは文部省著作教科書の出版権等に関する法律案であります。以上申上げましたものが最も早い機会に提出し得る法案だろうと思います。
#13
○松野喜内君 最近に提出して欲しいという要望の法案の名前をここに申上げて置きたいが御了承願いたい。私立学校法案なるものがすでに出さねばならん、出るべき運命にあつて、かれこれ躊躇すべき時期ではないと考えておるのでありますが、今お言葉を見るというと、五つ程挙げられた中にはそれがない、これに對して用意されてあるのか、出されるのかを伺つて置きたいと思います。
#14
○政府委員(左藤義詮君) 只今の私立学校法案のことでございますが、御承知のように私立学校の貸付金の予算は非常に窮境に陷つておりまして、何とか私立学校を活かすためには、私立学校への寄附金の免税を相当大幅に織込んで、そういう中味のある法律を作りたいと考えまして、大藏省或いは関係方面と折衝しておるのでありますが、いろいろ困難な事情がございます。ただそういうことを除けて、学校の方針とか、そういうだけの私立学校法案だけならもうすでに十分準備ができておりますが、私立学校が経済的に活きて非常にうまく行くようにという念願を以て尚愼重に折衝しておりますので、その点御了承を願いたいと思います。
#15
○松野喜内君 そういう趣旨における立法を急ぎたいと思いますから、急いで一つこれが提出を願います。
#16
○政府委員(左藤義詮君) 税制改革ということを米國から顧問などもお見えになつて、それと睨み合せて政府としては考えておりますので、そういう点からも寄附金の免除ということは或いは御希望のように急速には行かないことになるかも知れませんが、併しそういう困難を何とか突破して御趣旨に副うように全力を盡しておりますから、又御援助頂きたいと思います。
#17
○岩間正男君 法案の説明はそれくらいにして、二十四年度の教育予算についての御説明を願います。
  ―――――――――――――
#18
○委員長(田中耕太郎君) その前に新制大学の発足状況について文部当局から説明を聽取したいと思います。
   〔「異議なし」「簡單に」と呼ぶ者あり〕
#19
○政府委員(日高第四郎君) お手許に差上げた印刷物の要点だけを申上げまして、又御質疑がございましたら申上げることにいたします。
 初めの一は申上げるまでもありません。二は、新制大学の旧制大学と比較した特徴でありまして、申上げるまでもなく修業年限が平均して三年から四年に延長されることと、それから新制大学には一般教養と基礎学科を十分にやるという点が元のと違つております。その上に專門学科と職能教育というところに相当の重味を置いてあります。又学年制を採らず單位制を採りまして選択履修制というものを採つております。それから今度切替えました大学の中は教職教養というものを十分なる重味を以て考えてございます。これが前の大学と新制大学との主な特徴であります。それからその次の四番目でございますが、新制大学を作りますのには、御承知のように学校教育法の六十條、これは「大学の設置法認可に関しては、監督廳は、大学設置委員会に諮問しなければならない」こういう規定に基きまして、大学設置委員会というのが、文部大臣の諮問機関として設けられておるのであります。その次に書きました小さいあれは省略いたしまして、第五番目の大学設置委員会と文部省の立場との関係を御説明申上げます。大学設置委員会においては、私立学校の提出する審査の案は、設置者である理事会の決議を経なければ委員会でこれを受付けないという建前を取つておりますので、國立大学の案につきましては、文部省はいわば私立学校の理事者と同樣の立場に立ちまして、原案作成をする責任を取るわけであります。その次に(3)のところにございますように、文部省がどういう方式を以て原案を作成しましたかと申しますと、学校当局並びに学校関係者の意見を徴することと、地方地元の希望や意見というものもできるだけ尊重いたします。文部省は全体の立場から見て調整をするような意見を持つておりますので、これらの三つの要素をできるだけ纏めまして、そうしてどうしても意見の纏まらないものについては、二十四年度からでなく一年遅らせて出発させなければならない、こういう方式を取つて参りました。それから六にございます國立大学の原案作成上いろいろの問題がございますので、その問題の点だけをそこに七つ掲げてございます。
 第一のは日本における大学、高等專門学校の大都市集中偏在の事実が、これはちよつと御説明申上げますと、二十二年の四月三十日現在の調査によりますと、日本の全國の大学は五十九ございまして、大学生の数が六万六千ございます。そのうち東京に大学が二十八ございまして、東京にいる学生が四万九千、九万のうちの殆んど半分以上が東京におるわけであります。それからこれを大学高等專門学校全体について見ますと、全國で六百三十五、大学高等專門学校がございまして、学生の数が四十六万九千人、ほぼ四十七万人ございます。そのうち東京に大学高等專門学校が百七十三ございまして、大阪に四十四、京都に四十、合計二百五十七は東京と大阪と京都に偏在しております。学生の数が二十五万四千人で全体の五四%というものが東京と大阪と京都に集まつておる。こういう事実がありますので、これは健全なる配置ではないというので、できるだけこれを少しずつでも解消しなければならないという立場にあるわけであります。で、初め二にございますように配置計画に関する最初の意図は、例えば北海道とか、東北とか、関東とかいうようなふうに、大体全國を九つくらいの廣地域に分けまして、そこに総合大学でもできるだけ充実して周りの学校はそれに衞星的に結付けようというような、こういう計画を文部省としては初めに考えておつたのですが、その後三にございますように、客観的の情勢が大分変化して参りまして、行政区画等についてもいろいろ問題があります。内務省は解体いたしますし、警察制度も変ります。地方の自治制というものは確立されて行き、更に地方教育委員会というものが計画されるというようなそういう情勢に向いましたので、初めの広地域によつて分布するということは非常に困難な状況になつて参つたわけであります。それから現在の日本の実力を檢討いたしますと、財政的にも経済的にも人的にも制限がございますので、理想的なことはそう簡單にできないということは結論として出て参ります。五にございますように、從つて各学校を整理統合してできるだけ無駄を省いて経費を節約して行くのでなければ、大学に轉換させることがむずかしいというような事態になつております。六にありますようにそこで國土計画的の見地から、人口とか、産業とか、交通とか文化、例えば北海道等においては相当の入植計画というようなものもあるそうでありますので、そういつたようなことを考慮しつつ学校の学科の統合をいたしまして、相互に補足し融通し合つて協力して行くというような態勢で新らしい大学を作る以外には途がない。それから第七に考えましたのは学制改革をいわば枠だけいたしましても、実際義務教育の内容が貧弱であるというのが現実の事実でありますので、義務教育の教員養成のためには特に重点を置いて考えようというふうにして参つたのであります。國立大学の具体案の作成方針というのは別の紙に印刷してありますように十一原則を立てたわけであります。これは実施要領の抄としてございますが、多少説明の人つておりますものを抜きましたので抄といたしましたのですが、そこで初めの前文は長たらしくなりますから略しまして、一、二、三、四というのをちよつと読んで見ます。「國立新制大学の特別の地域を除き、同一地域にある官立学校はこれを合併して一大学とし、一府縣一大学の実現を図る。」、このうちの北海道から東京、愛知、大阪、京都、福岡と申しますのは大体人口が三百万人以上ございます。京都は約二百八十万人でございますが、学校が四十一ございますので、特別に多い地域として除外いたしたわけであります。二は「新制國力大学における学部又は分校は他の府縣に跨らぬものとする。」これは一のところのような條件でございます。三は「各都道府縣には、必ず教養及び教職に関する学部若しくは部を置く。」これは從來の專門学校が大学になるために欠くべからざる教養の部門とそれから義務教育の教員を養成するために必要欠くべからざる教職の部門とを必ず置くという建前であります。四は「新制國立大学の組織、施設等は、差当り、現在の学校の組織、施設を基本として編成し、逐年これが充実を図る。」、五は「女子教育振興のために、特に新制國立女子大学を東西二ケ所に設置する。」、六は「新制國立大学は、別科の外に、当分教員養成に関して、二年又は三年を修了して義務教育の教員が養成される課程をおくことができる。」、七は「各都道府縣及び市において公立の学校を新制國立大学の一部として合併したい希望がある場合には所要の経費等につき地方当局と協議して定める。」、八は「大学の名称は、原則として都道府縣名を用いるが、その大学及び地方の希望によつては他の名称を用いることができる。」、九は「新制國立大学の教員は、これを編成する学校が推薦した者の中から、大学設置委員会の審査を経て選定される。」、十は「新制國立大学は、原則として、第一年より発足する。」、十一は「新制國立大学への轉換の具体的計画については、文部省はできるだけ地方及び学校の意見を尊重してこれを定める。意見が一致しないか又は轉換の條件が整わない場合には、学校教育法第九十八條により、当分の間、旧制のまま存続することができる。」、この十一の原則につきましては、関係方面といろいろ意見の食違い等もございましたのですが、相当論議を盡した上で関係方面でもこの十一の原則は十分認める、文部省もこの十一の原則によつて、全國の二百七十ばかりの学校を統合することに努めるという約束を以て出発したわけであります。その約束の結果できましたのは、八にございますように実施計護案の具体化でございまして、二百六十七の学校を六十九に纏めまして、新制大学の案を作つたわけであります。それからそれの結果として、大学設置委員会の審査を受けまして、その判定がその表にございます。一番左の合計のところを御覧頂きますと分りますが、一番左の合計の計のところを見て頂きますと、二百十四審査を受けまして、可が百七十三、否が三十九、未了又は保留になつておりますのは二つ、こういう結果が出て参つたわけであります。國立につきましては、六十八の大学のうち六十七が通つているわけでありますが、これは大部分條件附で通つております。その合計を書いてございます。左側に書いてございます條件附の意味というのが書いてございます。これはいろいろの点で計画の変果を要求されましたり、或いは施設並びに教職員の充実を求められたり、いろいろ條件が附いているのでありますが、この條件が大体は一年若しくは二年先きの條件でありまして、それが十分満たされるまでは独立の教授会というものを実質的には認めにくいから、教職員等の補充の場合には大学設置委員会に協議して定めなければならない、大体は今まで申しましたように六十九の学校が審査を受けまして條件附きで通つているのでありますが、この條件の中には相当むずかしい條件もございまして、実質的には相当いわば批判を受けまして否定をされている部分もあるわけであります。形式的には六十八のうち六十七通つております。そのうち一番左のところにございますように國立学校中審査未了の分があります。これは非常に残念でございましたけれども、私共の力も及びませんでしたし、又地方には地方の特別の事情もございまして、文部省と地方及び学校の意見が十分一致しかねましたので懸案になつているのが秋田鉱山專門学校を中心にした秋田大学と上田の纖維專門学校について、二つの懸案が残つているわけであります。十のところで御説明申上げたいのは新制國立大学の予算と今後の見通しでございますが、世間ではいわゆる六・三制が出発するときには、將來は余り金がかからないというような見通しで出発したのに、今日のような非常な窮境に陷つているということは甚だ文部省が將來の見通しについて誤を來たしているのだという御批評があるのでありますが、私共は決してそういうふうに樂観して出発したわけではないのでありまして、出発の当初から六・三制の予算は相当今後と雖も重大であるということを申しながら参つたわけであります。今度の新制國立大学の出発のことにつきましては或いはそういう御懸念があるかと思いますので、ちよつと申上げて置きたいと思うのでありますが、大体は今の物價の標準にいたしますと、あと三年間六億くらいずつを組んで頂ければ、どうにか最小限年の予算を、それを通して頂ければできるという見通しであります。勿論これは最小限度であります。もう少し理想的なことかできるときには、私供も情勢如何によつてはもう少し理想的な要望をいたしたいと思うのでありますが、そういう際には又御協力を頂く、御批判も頂くと同時に御援助を頂きたいと思つております。それからもう一つはこの負けたものが六十七も大学を作るということはおかしいではないかという御批評もあるのでありますが、これは從來の高等專門学校が三百七十ばかりのもののうち大多数のものはなくなるということを前提して新制大学ができるということを御理解頂きたいと思うのであります。新らしく六十も七十も大学ができるということは、これは空想的に見えるかも知れないのですが、平均四つぐらいの高等專門学校等が結付きまして、新らしい大学に轉換するのであります。これは初めの二のところで申しましたような新らしい性格を持つて大学として出発するのであります。この新らしい性格として出発する新制の大学は元の、例えば東京の大学とか或いは京都の大学とかいうような七十年もかかり、五十年もかかつてでき上つた学校と比べて内容の貧弱なことは免れないのであります。私達は決して東京大学、京都大学を地方に一つずつ作るという、そういう空想的なことを考えておるわけでないのであります。同じく新制の大学でありますけれども、歴史もあり、傳統もあり又実際上の実力の差違というものは決して一律に平均化することはできないことを前提にいたしまして、考えておる次第であります。
 この次に問題になりますのは、恐らく大学院を持つておる大学とか、或いは研究所の立派なものを持つておる大学とか、或いは学位を與える資格の認められておる大学というものと、今度できます新らしい高等專門学校の結付いてできました大学との間には將來相当の長い間実力において差別があるということを文部省自身も認めて出発するわけであります。よく世間で沢山大学ができて、大学のレベルが下るという話でありますけれども、これは高等教育機関が全体としては数が殖えまして、大学教育を受け御る人間の数が殖えるということは間違いのない事実でありますが、大学がすべて東大や京大のようなレベルを維持することができるとは思つておらないのであります。併し地面から申しますと、平均は確かに上るということは深く信じております。ただ最高のレベルにつきましては、むしろ今後の大学院とか、或いは研究者の養成とかいう点に重点を置いて考えなければならんのじやないかというふうに思つております。
 それから十一に設けました「短期大学の主旨」と書いてございますが、これは六・三・三・四の制度が一擧に行われるのには、相当社会的にも無理があるのではないか、殊に女子の教育や私立の学校等において、專門学校からいきなり四年の大学になるということには、学校自身においても多少の無理がありますし、社会的にも必ずしも四年の教育を希望しないで、二年で済ませる教育の要望もあるのでございますので、二年若しくは三年でも短期の大学が成立し得るように法制的な処置をいたしまして、学校教育法の一部分を改正いたしまして、それに備えて行こうという用意でございます。國立学校の設置につきましては大体こういう経過を辿つて参りまして、それが先程稻田局長から御報告申上げました國立学校設置法の内容として御審議を受けることになつておる次第であります。
#20
○鈴木憲一君 只今お話を伺つたのでありますが、その中で三つ程お伺いしたいんですけれども、第一は、新制國学大学実施要領の一にあります特別の地域、この特別の地域から仙臺が拔けておるのはどういうわけか、人口の上から言われたのかも知れませんが、我我の常識とすると、やはり北海道、東京、愛知、大防、京都、福岡ということになれば、やはり東北の仙臺は無理しても入れるべきではないかというふうに常識的にも考えられるのであります。どういうわけでこういうふうになつておるのか、又それを特別地域として扱われる今後の望みを持つておられるかどうか。
 尚その次は、第八項の大学の名稱でありますが、これは実際についてですけれども、横浜大学というのが二つできておるのでございます。横浜には横浜私立の横浜大学と、公立の横浜大学、名前を二つあそこに置くということは、私のところであるのですけれども、非常に困るんじやないか、こちらを文部省は何か……土地の者は両方横浜を取りたいことは事実なんでありますけれども、何か方法はないのかということが一つ。
 いま一つは、これは私は非常に大きな関心を持つておるのですけれども、東京の文理科大学ですね。東京文理科大学、あそこは教育者を養成する我が國最高の学府で、中心になるのだろうと私は思つております。そこでそういう立場にあるところへ持つて來て、誰でもこれは東京教育大学になるのが当然じやないかと思つておつて、つい三月頃までは東京教育大学というようなことは言われておりましたにも拘わらず、最近は文教大学となるのだということを聞くのでありますが、文教という言葉と教育という言葉が日本人の頭の中に入つております概念ですね。そういうものから考えて見まして、又あそこが文京区であるのに文教大学というような変なことにもなりまするし、文教ということになると、やはり勿論ここでも学問を中心にして行われることは同じでありまするけれども、やはり教育者を養成するというようなことが大きな目的となりますので、若しそうでないならば、学問を中心とするならば東大へ一緒に合併してしまえばいい、あの近くに二つ置く必要はない。そういうところに教育者を養成する大いなる何があるだろうと思いまするから、もつとさつぱりと何故教育大学としないのかということなんであります。殊に從來教育大学で通つておつたものが、最近になつて文教に変えられたということについては非常に不思議に思うのでありますが、やはり教育大学にして置く、全國的にも教育委員会であり、教育法であり、教育者でありするのでありますから、やはりそこの中心学校がわざわざ文教という名前に変える必要は私は少しもないと思うのであります。それでこれは輿論調査をしたつて必ず教育大学の方がいいということになることは決まつておるにも拘わらず、文教と変えられたということは実に不思議なんであります。そういうようなことがどうしても文教でなければならんのかというふうに思うのであります。大学の実体が教育者養成機関の最高学府であるとするならば、何も文教にしないで教育としたらいいじやないかというふうにどうしても思える。そうしてあそこに今後夏休みとか或いは夜学とか通信とかというものを澤山あそこに將來計画されて、予算を取つて教育者のあらゆる部面に便宜を與えて下さるという考えでもあるでしようし、尚あそこにはそういうために非常に永年苦心されて來た教授達も沢山おられるだろうと思うのであります。そういう立場から言いましても、予算を取る上におきましても、或いは実体におきましても、文教より教育の方が私はいいと思うのであります。是非そういうふうに文部省は考えて頂けないものかどうか、この三点をお伺いしたいと思います。
#21
○政府委員(日高第四郎君) 第一の点でございますが、仙臺を特別地域にしてございません事実について申上げますが、初めは全國一律に一府縣に一大学というような、こういう申入れもあつたのでありますが、これは実行不可能である。そういう面から先ず三百万人以上の人口がございます府縣は、兵庫縣を除いては、もうここに掲げた以外はないのでございまして、外はずつと数が減つておりますので、そこで一線を画したわけでございます。それからもう一つの点は先程申上げましたように、大学、高等、專門学校の数が非常に偏在いたしておりまして、それを一つにするということが非常にむずかしい。そういう実際上の困難から、京都は先程申しましたように四十一ばかりございますような事情もありまして、これは特別地域にしたのであります。仙臺につきましては、はつきり只今覚えておりませんが、確か百八十万、そのくらいでありますのと、それから学校の数も十七だつたかになつておつたかと思います。そこで実は一線を画することができませんので、私共も初めには只今申上げましたように東北地區なら東北、関東なら関東というふうに大まかに分けて、できるだけ総合大学を充実して徐々に行きたいという考えも持つていたのでありますが、いろいろの関係からそれができませんので、仙臺をこの特別地域に入れることができませんでしたことは甚だ残念でございますが、これは相当論議した結果こういうふうになつたことを御承知置き頂きたいと思います。
 それから第二の、横浜のことでございますが、実は横浜には三つ横浜大学という案が出て來たのであります。いわゆる横專と申しますものと、市立のものと、それから國立のもの、それで横浜大学が三つ申請して参りましたので、実は学校同士で以てこの点をできるだけ円満に解決して欲しいということを申しまして協定をして貰いましたところが、いわゆる横專の方は神奈川大学という名前に変えて下さいました。それから市立の方は、横浜市立大学という名前を選んで下さつたので、國立のは横浜國立大学、これで區別をつけて出発するということになつたのであります。神奈川というのは國内においては相当知れておりますが、横浜というのは貿易港として相当世界的に名を知られている点もありまして、学校当局としても地方の人達も横浜には非常に執着を持つておられますので、横浜國立大学と横浜市立大学は区別しにくいのでありますが、両方とも執着を捨てて頂けないので、その國立と市立との区別によつてこれを満足するより仕方がないので、今のところそういうふうになつております。
 それから東京文教大学の名称についての御質問でございますが、これは打明けて申上げますと、私共も東京教育大学が一番適当な名であろうというふうに考えたのでございまして、初めの案はそういうつもりで立てたのでありますが、実は学校の内部で教育ということについての意見の相違から相当論議が討わされまして、危いところまで話が行きましたものですから、それで教育と内容において大差のない文教という名称を付けて、それで双方の意見の折合いを頼みまして、やつと東京文教大学で以てまとめたわけであります。私共は理論的には東京教育大学の方がいいと思つているのでありますが、多少教育という言葉にまつわる、又それを以ていろいろ主張をする間に感情的な問題も入つていると見えまして、私共が理論的に申したことは理解をして貰えない節がありますので、名称のことで喧嘩別れをするということは実にこの上ない遺憾なことでありますので、私が実は間へ入りまして、文教大学で折れ合つて貰つたわけであります。率直に申しますれば、私はやはり教育大学の方がよいのではないか、ただこういう事情がありまして、もう終戰直後のことでありますけれども、師範学校が昇格していわゆる教育大学になるのだ、そういうような運動があつたことがございます。で、私共は全國の師範学校が轉換する際に、理論的には教育大学でいいと思うのでありますが、教育刷新委員会等においても從來の師範学校の内容をできるだけ素直に立派に育てるためには、簡單に教育大学という名前を用いない方がいいのだという認識からこれを学藝大学どういような名前を付けたのでありまして、その精神から申しますと、一般的には、さらに教育大生を作るということには私自身も賛成はいたしかねるのであります。併し東京文理科大学とか或いは高等師範とかいうような、長い間教育の学問或いは教員の養成ということをやつて來て呉れました大学には、特に東京教育大学という名前を付けて、そうしてこれに非常な重い使命を托して出はして貰いたいというのが私共の願いであつたのでありますが、教育大学といふ言葉にまつはる過去のいろいろの運動やその他のものが禍いいたしまして、率直に申せば教育大学とい名前は嫌われたわけです。私は教育者が教育の名前を嫌うなんということは非常に残念なことだと思うのでありますが、併しこれには多少の時日を藉せば十分な了解を付けて貰えると思いますので時期も切迫いたしましたので、文教大学を折合つて貰つたわけであります。どうぞその点を御了承願いたいと思います。
#22
○鈴木憲一君 外のはそれとしまして、教育大学の名前の問題でありますが、そういうふうに文部省としても我我としても「教育」でスムースに行くのが当然だと思うのでありますが、こういう改革の際にあやふやの名前が折合つておつたというようなことを後世に残して行くときでないと思うのであります。多少血が出ても何でもこれららははつきりした名前で出發させた方がよくはないかと思います。殊に名は実を現わすということははつきりしておるのでありますから、この際文部省は勇断を振つて、そういうふうないい加減な名前を抹消してしまつて何とか日本人がよく認識するような名前を付けて置いてやるということはこれはもう非常に大事なことじやないかと思う。ですからこの際そういう爭いの折合いをしたためにそういうことをしたのだということならば、尚更私はそういうものを捨ててここにはつきりした理論の上に立つた立場を文部省としては表明すべきじやないか、佐藤政務次官の一つ御意見を伺いたいと思います。妥協しないで下さい。(笑聲)
#23
○政府委員(左藤義詮君) いろいろ学校教育局長が斡旋しました今までの経緯を詳細存じませんが、尚内部の事情を調べまして、できるだけ御趣旨に副うように善処いたしたいと思います。
#24
○木内キヤウ君 今のことに関連するのですが、教育大学のことについてもう一度考え直して頂きたいと思います。お願いします。
#25
○松野喜内君 大学の実施要領の中の八番「大学の名称は云々。」と出ておりますが、今鈴木委員が言われた通り、私の言わんとするところを鈴木委員から強くお述べであつたので、私も亦それを強く感情論でなく教育の本領から、教育の原則的に教育大学というふうにして欲しいということは、我々文部委員として強くこれを主張したいと考えるのであります。各府縣單位に教員養成ということも考える、これには名前を或いは学藝大学或いは縣單位の総合大学の中の教育学部、こんなふうにしてあるということでありますが、これとても必ずしも学藝大学という名前には私は賛成しておりません。教員養成ならやはりそこに学藝というような散漫な言葉じやなしに行つて欲しいという氣がしておる一人であります。仮に一歩讓りまして、この方は学藝にしましても、日本の教育の根幹としての研究の大学、いわゆる專門という意味で教育大学の設置が最も、必要と考えておるからに文教とか他の名前で以て行くことは、教育の本旨から言つても遺憾である、どうしてもこれは教育大学として欲しいと強い要望を私はお願いして置きます。
#26
○岩間正男君 さつきの鈴木君の質問に連関しますが、仙臺の問題ですが今説明があつたんですが、これについて現実的にどういうように全國的な一つの大きな立場から統制ということを考えられるのですか、統制によつて地元の要求といろいろ齟齬が來るというような実情、そういうことがあるのが先般來から問題になり、それから又請願も出ているようでありますが、そのとき詳しく申上げたいと思うのですが、そういうようないろいろなそれによつて起る問題を、文部省が現在どういうように處理されておるかという経過だけここで聞いて置きたいと思います。
#27
○政府委員(日高第四郎君) 五のところにございますように、五の(3)のところでございますが、学校当局並びに関係者の意見、地元の希望意見、それから文部省の全体的見地から見ての調整意見、この三つを総合いたしまして、そしてできる場合には地方の意見並びに学校の意見に讓つて、案を立てるつもりでありますが、その案を立てますにも一地方だけの案でありますれば、又別の角度から考えることができるのでありますが、先程申上げましたように全体の学校を短時日に殆んど一時に轉換する場合には、一定の標準を掲げませんですと、コンビネーシヨンを考えることがむずかしいので、十一原則というものを立てたのでありまして、この十一原則については先程もちよつと申上げましたように、いろいろの角度から動議がございまして、私共も十一原則を全く完全無欠な原則だというふうに考えているわけではございませんですけれども、いろいろ関係方面の意向もその中に織込まれております。私共もそれについては、今の日本の現状に適しないことについては、相當強く要望をいたしまして、それを緩和したのが十一原則でありまして、この十一原則についてはできたときに関係方面でも、これは認めて行くから、君らの方もこれについてこれ以上論議をするなというような話合いで認められたわけであります。こういう点でこの十一原則につきましては、各方面の意向が出て参りましたときに、できるだけ十一原則を説明いたしまして、了解を求めてモディフィケイシヨンをして貰うように頼んで参つたわけであります。それでも最後に残りました三つ四つの学校につきましては、この十一原則の適用が非常に不滿であるという御意見もありますので、こういう場合には致し方なしに十一原則の最後の十一のところにありますように、意見が一致しないか、轉換の條件が整わないというのは、大学設置委員會で不合格になつた場合ですが、こういうような場合には當分次年度廻しにする。こういう方針で話をして参つたわけであります。一々の非常に澤山の学校と折衝いたしましたので、一々の場合を御質問頂ければ具体的のことを申上げられますけれども、何しろ方々から蜂の巣をつついたように攻め立てられましたので、一般的にお答えできません。細かいことにつきましては折入つて御質問があればお答えいたします。
#28
○岩間正男君 折入つて質問したいと思います。仙臺の東北大学とそれから師範を中心とする学藝大学の統合の問題で、非常に地元で問題を起しておつて、文部省とも何回も折衝されたのでありますが、結局單獨で学藝大学で行きたいというような氣運が非常に濃厚であり、その理由としましては私の曾て聞きました範囲内におきましては、先ず現在の大学の受入態勢が十分でない。それでそれに統合されることによつて、どうも縣内の教員の養成が非常に不備になるのではないかということを心配されておるわけです。と言いますのは最初の二年で教員が養成され、その分は余り問題がないのでありますが、その上の二年の学部における教養、そういうようなことをやりますときに、一般から募集されて來て、そうしますと從來の東北大学の大体の慣例としては、東北と常磐の水戸高校あたりの高校の人達が非常に多く集まつて來たのでありますが、恐らく今後もそういうような傾向を辿るのではないか。從つてそういう人達が教養学部に入つて來ると、そこの卒業者は宮城縣内に留まらない。殆んど別な地方に行つてしまつて、從つて外の縣内においては、これら二、三統合してできたような場合には、殆んど縣内からそういう人を求めることができるが、東北大学の場合は縣内に留まる人が非常に少い。そのうちの何割かに過ぎない。從つて縣全体のこの教員のレベルが落ちるということを非常に心配しておる、だからして現在の實情においてはこれを單独にして欲しい、而も今まで東北大学は外の今までの官立の大学と同じように、一つの大きな存在を持つておる。そうしてそういうような東北の文化における地位を占めて來たわけでありますが、外の地方においては殆んどそういうことが認められる。而も京都なんかはその点三百万というところはやはり割つておつた、これには嚴密な意味では基準に合わない。仙台の場合は京都に比べて学校が少いということもあるけれども、併しやはり從來の官立大学所在地が全部別々にできておるときに、なぜ仙臺だけが除外されるのかという点からと、實際に教員養成の面からと二つの面から要求されておるのですが、その後文部省はどういうふうにこれにタッチされ、そうして現在どういうような見解を持つておるかということをお尋ねいたします。
#29
○政府委員(日高第四郎君) 先程申しましたように宮城縣を特別地域に外すことができませんでしたことは、私個人としては多少縣の方々に對して済まないという氣を持たないわけではないのでありますが、併し宮城縣を外しますとその他にも又澤山出て來る虞れがありますので、これは止むなく宮城縣は外してあるわけであります。そうしてその十一原則の第一に牴触する意味において、二つの大学を置くことがむずかしくなつておりまするし、私共としてはできるだけ一つになつて欲しいということをお話しして参つたのであります。そうして宮城師範の校長は東北大学と合一することについては、少くとも文部省に來ての話では、できるだけ努力をするということを申して参つておつたのでありますが、恐らく内心はやはり学校の立場に返つて見るとむずかしいので、相当怯んだのではないかというふうに考えられる節もあるのであります。これは校長の立場としては甚だ氣の毒でありますし、相當困難な仕事だつたろうと推察いたしますし、もう一つは今岩間委員のお話しになつたように東北大学の側で以て十分な受入態勢ができていないという点を御指摘になりましたけれども、私共もその点は或る程度あつたということを認めております。で東北大学のような古い旧制の総合大学と師範学校のように數年前までは中等学校程度の學校であつたものが、專門学校程度になつたばかりの学校とが合体することに相当な無理があることは私は承知しておりますし、大学側もその点は十分考えているのでありますが、東北大学の総長は教員養成のことについて、從來の帝國大学が積極的にこれに参加しなかつたことは日本の教育界における残念なことの一つであるから、今後はできるだけ協力してよい教員養成機関を作りたいということを総長自身は言明いたしておりまして、相当の困難を予想しながら宮城師範と合体するように指導をして下さつたのであります。こういう意味において私共は東北大学の総長の熱意と宮城師範の態度に期待して参つたのでありますが、殆んど最後の段階に近づきまして、尚話がまとまりませんので、文部省から關係者が三回程出ましていろいろ折衝をいたしまして、最近においては大学と師範学校との間の合同の條件等につきまして、これで行かなければ致し方がないから次年度廻しにするより仕方がないという決意を以て約一ケ月ばかり前に最後の話をしに参りましたところが、師範学校側でも十分協議をした結果、東北大学の教育学部と連繋して行きたい、東北大学の方でもこれをできるだけ緩やかな條件で包攝したいというような、そういう話がととのいまして、現在では東北大学と宮城師範とが一つになつて行くという方向に進みつつあると思つております。そして只今も文部省の関係者は宮城の方に出張いたしまして、話合いをできるだけ円滿に、無理を少くして出發させたい、そうして單にこれは十一原則に形式上副うだけでなくて、從來の帝國大学の学問と技術に対する力を借りまして、できるだけいい教員養成機関を仙臺に作りたいというのが我々の願いなんであります。御指摘のように二年制のところでは外のところと同じであるけれども、四年の課程においては宮城の学生だけでなくて東北その他の学生が入つて來るのであるからして、宮城縣に落ち著く者が少いというような、そういう一面の欠点はあるとは思いますけれども、併し東北大学の例えば文学部や理学部等の力を借りまして、よい学問的の雰囲氣と背景とを以てよい教員養成学校を作りたいという点においては、私は欠点ばかりではなく、尚大いに誇るべきものが將來生れるのではないかということを期待いたしておる次第であります。それから京都ができて宮城ができなかつたという御指摘の点でありますが、これは初めに申しましたように東京と大阪と京都とが非常に高等專門学校等の数が多いので、特に例外に指定して貰つたわけであります。この点の差別は御了承置き頂きたいと思います。
#30
○委員外議員(河崎ナツ君) 予算に入ります前に、新制國立大学の実施につきまして私ちよつと質問させて頂きます。
#31
○委員長(田中耕太郎君) 簡單にどうぞ。
#32
○委員外議員(河崎ナツ君) 簡單に伺います。新制國立大学実施要領抄第五の項でございますが、「女子教育振興の爲に、特に新制國立女子大学を東西二箇所に設置する。」こういうことでこれを御実施下さるとなりますと、特にその縣だけ当つているところは一縣二校になるわけでございますね。
#33
○政府委員(日高第四郎君) さようでございます。
#34
○委員外議員(河崎ナツ君) そういたしますと、そういう縣、奈良縣のことに関係して來ると思いますが、奈良の國立女子大学が、東西二校の際は奈良だと思いますが、そういう場合に奈良縣はああいう小さな八十万程の縣でございますけれども、特に奈良の女子大学とそうして青年師範学校の学藝大学と二つ、一つは女子大学であり、一つは教員養成の学校という二つの大学があそこだけに特に許されるということになるのでございましようか。先ずそのことを伺いたいと思います。
#35
○政府委員(日高第四郎君) 先ず結論を申しますと、奈良における女子大学は全く完全な意味において独立でもございませんし、それから学藝大学も完全な意味において独立であるというわけでもないのであります。形式上は一人の学長が両方の学校を兼ねるというふうになつておりまして、その意味で結び付いてゐる、そうしてただ日本における女子の教育というものが相当長い間ないがしろにされておる、それの償いの意味で特に國立の女子の大学を作ろうという意思表示をしまして、それについては非常な賛成を得ておるのであります。それで実質的には東京と奈良の女子高等師範学校を女子の大学として立派に育てたい。併し今のお話のように奈良縣は人口も少うございますし、それを完全な意味において二つにするということは十分な了解に到達し得ませんでしたので、いわば看板を二つにして、教育機関の教員養成の部門においてはそれを共通に持つて、そうして学長は一人で兼ねる、こういう形式で半分獨立したような、半分結び付いたようなそういう形で以て(笑聲)話がまとまつておるわけです。
#36
○委員外議員(河崎ナツ君) そういたしますと、教員養成機関の方は共通にするということは、師範学校の方は教員養成機関を主にしておりますが、その師範学校が相当女子大学に從属するということなのでございますか。その辺のところをもう一層はつきり伺いたい。
#37
○政府委員(日高第四郎君) 私共の考えでは師範学校や青年師範学校だけで集まつて新らしい大学ができるというふうには、原則としては了解してないのでございまして、できるだけ外の專門学校や高等学校を結び付けて、そうして人事の交流等も考えて、新らしい空氣をも入れて新らしい大学として出発させたい。奈良に限つてそういうことができるというふうに考えられませんので、女高師の持つております教育に関する学科、並びに教職員等は師範学校の方に讓つて、奈良の学藝大学の一部分にする。その意味においては、女高師にその部分を讓つて貰う。そういうことに話を決めました。併し女子教育であつても、社会に出る場合に、教員になるときにその教科課程を踏まなければなりませんので、そういう場合には、歴史的事情も考え、奈良の学藝大学の教育部というものを教養して出れば、女子大学の卒業生が女子の教員にもなれる。こういう了解で出発いたしております。
#38
○委員外議員(河崎ナツ君) そういたしますと、一校長が両大学の学長を兼ねるというのと、それから奈良女子大学の学長が、奈良学藝大學の学長を兼ねるというのと、その辺のところをはつきり伺いたいと思ひます。
#39
○政府委員(日高第四郎君) 今の場合、三つの場合が考えられておるのでありまして、二つの学校をいわば学部のように考えまして、一人の共通の、いわば外から持つて來た学長でまとめるという場合もありますし、奈良の女高師の轉換する女子大学の学長が他方を兼ねる場合、学藝大学の学長が女子大学の学長を兼ねる場合と、大体三つ考えられておるのであります。私共の考えでは、若し事情が許して適当な人がありますれば、一番初めの兩方の学長を結び付けるような有力な人を持つて行つたらどうかというふうに考えておるのであります。これは殆んど人の問題でありまして、制度的に何ものも約束はいたしておりません。
#40
○委員外議員(河崎ナツ君) もう一つ続けまして、今そういうことにつきまして、奈良の女子大学と奈良の学藝大学との学校そのものが、そのことにつきまして、大分おびえたりいたしておるようでございますので、はつきり一つ文部省からも、特に奈良縣が女子の学課の、女子教育振興のために、両女子大学をお置き下さいましたことにつきまして、女子教育としては非常に喜ばしいことで、私共はその方面からの代表といたしまして、御礼を申上げたいと思う次第でありますが、そのために奈良縣のその二つの学校がおびえておりますことにつきましては、これは他の縣の持たない一つの悩みでありまして、そのことにつきまして、文部省として、両学校へはつきりもう御指示をなすつて頂いたでございましようか。大分新聞でも、何かそういうことにつきまして、いやこれはもう師範は從属するんだ、師範の方は教員養成機関としまして、今度の学藝大学はもう大したことはないのだというふうに、ちよつと新聞でも匂わしましたり、又学藝大学の新らしく出発するに際しまして、丁度宮城縣の大學と別な意味におきましての出発した理由から、結果におきまして、師範の教育養成機関としての学藝大学の方が同じような悩みを持つておるというような形を持つておりますから、その辺につきまして、文部省の意思表示を学校へはつきりして頂きますことを希望いたして置きたいと思います。
#41
○高良とみ君 ちよつと……。
#42
○委員長(田中耕太郎君) 時間の問題で……。
#43
○高良とみ君 簡單に……。
#44
○委員長(田中耕太郎君) 予算の問題に、時間もありませんから、今この奈良の問題にかかるといたしますと……。
#45
○高良とみ君 私立の小学校の將來について……。
#46
○鈴木憲一君 まだ大学の問題についていろいろあろうと思いますが、どうでしよう。又いつかの機会に、今日の問題を連続してやつて行くことに御了承願えませんか。
#47
○委員長(田中耕太郎君) 今日は沢山問題がありますので、お急ぎでなければ、別の機会を作りたいと思いますが……。
#48
○高良とみ君 それではそういうことに願います。
#49
○委員長(田中耕太郎君) それで大学設置の問題につきましては、今日はこの程度に止めたいと思います。
#50
○委員長(田中耕太郎君) 次に昭和二十四年度文部予算につきまして、当局の方から説明を聽取したいと思います。
#51
○政府委員(小川潤一君) この前お手許に明細書を差上げまして、遅れ馳せながら重要事項に関しましての調べをお手許にお配りいたしました。
 小学校につきましては、大体この前お話しいたしまして、遺憾ながらこういう現状であるということを御説明申上げました。次に中学校でありますが、これに関しましても、最初意図しましたところと大分反しまして、五十人につき先生一・七という予算で國会に提出いたしている次第でございます。こつちの方は現状と比較しまして、まだ若干余裕があるんではないかと思われます。五十人に一・七と申しますと、教員數が十六万八千五百四名という数字になつておりますが、これは現実にこの二十三年の十一月に調査いたしました実数は、十六万四千三百四十一名という数字が出ておりますので、まあ辛うじて出血なしに行けるのではないかというふうに思われます。時間もあれですから、御質問に應じて細かい説明をいたすことにいたしましようか。
#52
○岩間正男君 その前に、この前私は質問をしたのでありますが、文部省はそのときは御返答がなかつたので、別に調べて是非報告して欲しいという問題を出したのであります。
 それは大体ですね。自然増が二十四年度において何万あるかという問題、それから現在二部、三部教授ということはどういうふうに行われているか。つまり二部という場合に、二人の教員が配置されているか。三部の場合、三人はつきり配置されているか。それとも二部の場合、二つの学級を一人で持つとか、三部の学級を二人で持つということにはつきりしているかこれは第二点でありますが、第三点は、更に去年は何人ぐらい、実際の教員数ですね、これが何人になつているか。それから実除のこの一学級に対する教員配置の比率はどれくらいになつているかというような、そういう点について、私前に伺つたのでありますが、その後できましたでしようか。
#53
○政府委員(小川潤一君) 大体分つておりますので、私乃至はその他の説明員から御説明申上げたいと思います。
 第一点の自然増に関しましては、本予算の基礎となりましては、以下のような観点から構成しております。御参考までに申上げますと、五月三十一日現在の兒童数の実数を調査いたしまして、二十三年五月三十一日と、二十二年五月三十一日と、この二ケ年の実数の差額を以ちまして、増加率といたしまして、これを二十三年の兒童数に増加率を掛けました数を以て、兒童推定数といたしておる次第でございます。で、この調査は私の方の調査局でいたしました調査でございますが、昭和二十二年五月三十一日には小学校の兒童数は、一千五十一万二千五百八十二名という人数でございまして、これに対しまして二十三年の同月同日は一千六十七万四千三百六名、こういう数字になつておりまして、その増加率は〇・〇一五三という数でございます。
#54
○岩間正男君 実数は幾らですか。増加率でなく実数は……。
#55
○政府委員(小川潤一君) 実数はこの差でございますから、差引き直ぐここで分りますが、要するにその比率を掛けましたのが……、この〇・〇一五三が増加率で、從いましてその増加率を二十三年五月三十一日の一〇、六七四、三〇六というのに掛けますと、一〇、八三八、四七七という兒童推定数が出ますから、それを以て本予算の兒童推定数となつているわけでございます。以下二点三点に関しましては担当の説明員がここにおりますから、中等課長乃至は内藤庶務課長から御説明を申上げたいと思います。
#56
○岩間正男君 教育の関係者でございますが、二部教授、三部教授というのは、教員数と学級の関係、つまり二部教授なら果してその教員を二人配置しているかどうか、私の伺いたいのはこの実状です。今のは推定に基いているのだが、私の聞きたいことは随分違つております。
#57
○説明員(内藤譽三郎君) 只今の御質問ですが、二部教授乃至三部教授をやつているところがあるわけでございますが、この場合に先生は別に組んでありますから、別の先生が担当しているわけで、同一の人が二部教授乃至三部教授を担当しているというわけではございません。それから昨年度の予算の人員が生徒の数で申上げますと、一千五十一万二千五百八十二人、本年度の予算に計上しました生徒の数が一千八十三万八千四百七十七人ですからその差約三十二万くらいの増になつておるわけであります。
#58
○岩間正男君 ちよつと違う。今二十二年度が一千五十一万だから、二十三年度は今の御説明が一千六十七万、これは二十二年度と間違つておるのじやないか。
#59
○説明員(内藤譽三郎君) 只今会計課長から申上げましたのは、予算の基礎として昨年の五月三十一日の調査と、一昨年の五月三十一日の調査の比較を申上げましたので、昨年二十三年度予算の生徒数といたしましては、只今私が申しました一千五十一万二千五百八十二人という数字になるわけであります。それで本年度は……。
#60
○岩間正男君 つまり二十三年度の数を使つて予算を出しているわけですね。
#61
○説明員(内藤譽三郎君) そうです。
#62
○藤田芳雄君 ちよつとおかしいですね。実数に二十一年に比較した率を掛けたものが予算のあれになるのではないですか。
#63
○説明員(内藤譽三郎君) ですから本年度は昨年度と一昨年度の増加率を出しまして、それから算出したのが本年度の予算の数にいたしまして、これが只今申しました一千八十三万八千四百七十七人……。
#64
○藤田芳雄君 それは二十四年度でしよう。二十三年度の予算をやるならばそうならよいでしよう。二十三年度ならば二十三年度の五月三十一日現在のものに、二十一年の五月三十一日現在の差額の比率を掛けたものなんでしよう。
#65
○説明員(内藤譽三郎君) それをやつてないのです。
#66
○藤田芳雄君 昨年はそれをやらないんですね。
#67
○説明員(内藤譽三郎君) こういうわけなんです。昨年度の全國の関係は、一應予算を人員で組みまして、生徒の数が一・五になるまでは全部政府の方で半額を見る、こういう考え方ですから、一昨年の五月の三十一日ですか、この数を基礎にいたしまして、取敢えずこれを基礎にいたしまして、今後生徒の総数が殖えますならば、それに伴う分といたしまして、五十人につきまして、一・五までは保証したいのであります。昨年度は取敢えずこの生徒の数によりまして、一・四の予算を計上したわけでございます。ですから本年度から、昨年特にこの定員がやかましいのでありますので、基礎数というものをしつかり掴みませんと、予算が後で、追加予算ができませんから本年度は嚴密にこの数を算出したわけでございます。
 それから中学校につきましては、昨年度の生徒総数が三百三十六万一千五百十四人、本年度はこれに対しまして四百九十五万五千九百九十五人で、これにつきまして五十人について一・七で、先程会計課長が御説明申しました十六万八千五百四人という数字が出たわけでございます。これも生徒の数が概数で申しまして、昨年度の数は、これは一年、二年が義務制でございますから、昨年の三年の分は除外されておるわけでございます。本年は三年が義務制になりますので、その分が殖えておりますので、こういう数字になつたわけでございます。この基礎は先程会計課長から御説明した通りであります。
#68
○委員長(田中耕太郎君) 如何でしようか。予算につきましては、尚いろいろ問題もございますが、午後から文化小委員会もございますから、本日は委員長懇談会……。簡單にお願いします。
#69
○岩間正男君 私の聞いておるのは、現実がどうなつておるかということなんです。ところが今聞いて見ますと、全部が推定というようなことでなされておるのでありますが、この調査方法がつかないとおつしやるのですが、この調査は、十月頃に來年の学令兒童というものができるわけであります、市町村あたりでは全部やつておるのですね。今聞いておりますと、例えば小学校の二十三年度の予算を取るときには、二十二年度の大体の兒童数を現在員とされておるということなんですが、二十四年度の場合の今の増加率というようなもので一應基礎を組まれておるということを聞きまして、実は我々非常に驚いておるわけなんであります。もつとこういう架空の、いわば架空と考えられるのですが、もつと現実に迫つておるところの調査方法というものはないものか。そういうものが立たないところに根本的に文部行政の混乱がある。そうして実際問題とかけ離れておるところに基礎があるのではないかと思うのでありますが、これは如何でありますか。
#70
○鈴木憲一君 只今の岩間さんのおつしやること御尤もですが、そういう点について直接当局のどなたかと詳しく打合せをされて、そうしてここに我々にも了解のできるような質問と答弁の形にして頂きたいというふうに私は考えるのです。そうして一應岩間さんが当局の方と質問の趣旨でよく納得できるような線をお拵えになつて、して頂きたい。それで時間も迫りましたので、次の何もあると思いますから、この辺で打切つて頂いたら如何かと思います。
#71
○藤田芳雄君 打切る前に、先程からずつと本日の委員会を進行して参りまして、そのうち最も重大な問題として、結論らしい形に現われましたのが、東京文教大学の問題であつたと思います。委員の皆さんがやはり文教大学というのはおかしい。この際東京教育大学という名前に變えた方がいいのではないかという御意向のようですが、若しできますならば、参議院の文部委員会として、当局の方にそうした意向が文部委員会の意向であるという建前から、もう一度この点をよく学校当局と話合つて、そういう形をとるというような形で、今日の話をまとめて頂きたいとこう思うのでありますが、文部省と是非そういうように話合つて頂きたいと思うのですが……。
   〔「賛成」と呼ぶ者あり〕
#72
○政府委員(左藤義詮君) 最高機関であります皆さん方の、非常な、そういう殆んど全会一致に近い御要望であるということは私もよく体しまして、善処いたしたいと思います。
#73
○委員長(田中耕太郎君) それでは……、予算のことですが……。
#74
○岩間正男君 議事進行です。……今非常に問題を沢山残して、それで実は当面しておる問題を殆んど檢討する暇がなくて、又來週の金曜日というのじやまずいと思うのです。最も早い機会に開かれることを切望したいと思います。而も予算の編成期で、こういうような意向がやはり予算委員会に反映しなければ何ら意味をなさないのですから……。そういうわけで最も早い機会に開かれるよう切望いたします。
#75
○委員長(田中耕太郎君) 來週又早い機会に委員会を開くことにいたしまして、今日はこの程度で閉会いたしたいと思います。
   午後零時二十五分散会
 出席者は左の通り。
   委員長     田中耕太郎君
   理事
           松野 喜内君
           高良 とみ君
           岩間 正男君
   委員
           梅津 錦一君
           大隈 信幸君
           木内キヤウ君
           梅原 眞隆君
           三島 通陽君
           山本 勇造君
           鈴木 憲一君
           西田 天香君
           藤田 芳雄君
  委員外議員
           河崎 ナツ君
  政府委員
   文部政務次官  左藤 義詮君
   文部事務官
   (学校教育局
   長)      日高第四郎君
   文部事務官
   (教科書局長) 稻田 清助君
   文部事務官
   (調査局長)  辻田  力君
   文部事務官
   (文部大臣官房
   会計課長)   小川 潤一君
  説明員
   文部事務官
   (学校教育局庶
   務課長)    内藤譽三郎君
ソース: 国立国会図書館
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