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1949/04/19 第5回国会 参議院 参議院会議録情報 第005回国会 厚生委員会 第11号
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1949/04/19 第5回国会 参議院

参議院会議録情報 第005回国会 厚生委員会 第11号

#1
第005回国会 厚生委員会 第11号
昭和二十四年四月十九日(火曜日)
   午前十時三十六分開会
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○兒童及び未亡人福祉に関する調査の
 件〔右件に関し証人の証言あり〕
  ―――――――――――――
#2
○委員長(塚本重藏君) これより委員会を開会いたします。本日は兒童及び未亡人福祉に関する調査会を開きます。先ず本日喚問いたしました証人徳永恕君、鯉淵鑛子君、牧野修二君、墨眞佐君、この四名を証人として尋問いたします。証人の方に申上げますが、本日は当委員会におきまして、未亡人生活の実情について調査する必要がありまするので、四人の方に御出頭を願つた次第であります。先ず証言をお願いいたします前に、嘘僞りは言わないという宣誓をお願いいたしたいのであります。証人の方に念のために申上げて置きますが、知つていることを言わなかつたり、嘘をおつしやつては勿論いけないのであります。又そういうことがありますと、僞証で処罰されることがありますから、御承知置きを願いたい。宣誓書は各自御朗読を願います。皆さん御起立を願います。
   〔総員起立、証人は次のように宣誓を行なつた〕
  宣誓書
 良心に從つて眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。
        証人  徳永  恕
  宣誓書
 良心に從つて眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。
        証人  鯉淵 鑛子
  宣誓書
 良心に從つて眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。
        証人  牧野 修二
  宣誓書
 良心に從つて眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。
        証人  墨  眞佐
#3
○委員長(塚本重藏君) 尚皆さんに申上げますが、本日はこの委員会をできるだけ早く終了いたしまして、その後で衆議院の厚生委員の方との合同委員会を開きたいと思います。これには四人の証人の方も御同席願いまして、親しく懇談をして頂きたいと考えます。從いまして、委員の方から尋問なさいます場合にでも、後の会議に讓つてよかろうと考えられる点は、その方にお廻し願うようにして、できるだけこの喚問を簡潔に終了するように御協力を願いたいと思います。
 先ず第一にお聞きいたしますが、この未亡人の福祉につきまして、特に必要を思わるる点がいろいろあろうと考えるのでありますが、四証人におかれましては、或いは未亡人人を結成し、或いは長い間母子寮経営などいたされておりまする方でありまするから、こういう問題については常々いろいろなことをお考えになつておると考えるのであります。私共が兒童及び未亡人の福祉対策を考えます場合に、これが一番重要な問題だと考えておるのでありまするから、その点について腹藏なく一つ御意見の御発表を願いたいと思います。先ず二葉保育園長であられます。徳永証人から。
#4
○証人(徳永恕君) 私は母子寮をいたしておりますが、その動機は必ずしも未亡人ではございませんけれども、子供を連れて生きなければならない母子家庭母子の立場にどうしても心の相談相手、生活の経済上の安定とを與えなければ大変なことだという断えず相談を受けます間に、そういうことを感じまして、どうかして心身の安住所を上げて、その本能的母心、子供を何とか育てて行きたいというその氣持を満足にさせたい、そうしてそれが良いお母さんになつて頂きたいという境遇を與えたいという氣持から、母の家、母子寮を創設いたしました。そういう意味で大正初め、その部屋として一室一家族にいたしました。お母さんの力で何とかこの子を育てて行く、その氣持を助長したい、助けたいというのが念願でございますから、先ず一室一家族を與えて、そのお母さんの力のある限りを善導して上げたいという氣持から経済的にもその仕事を與えて、そしてお母さんが安心して働けるように子供を見て上げる、どんなに働きましても、それが生活ができ得ない程度の方は見て上げるというような意味で、一室一家族制度によつて炊事は別にできるような方法でいたしております。それが大正十一年の六月に形として始めましたのが最初でございます。そして十の部屋を造りましていたしたのでございますが、そうして見ますと、まだその頃そういう施設は母の家、母子寮は勿論、保育所にいたしましても、そういう子供の施設が普及されておらない時代でございましたから、方々からそういうことのできたということを聞き伝えられまして、その地区でなく、随分遠くから要求されます何が無限だということに突当りまして、そのときの十家庭を入れましたその人達が、本当に入れて良かつたと思える幸を思うと同時に、後え後え要求されるそういう必要の家庭が余りに多いことをびつくりする程でございまして、そういうことにぶつかるたびに何とかその人達を満足にさせたいと思うことを切望いたしました。段々できる限り拡張いたしまして、戰災前までに三ケ所で六十世帶程入れました。一家族制度にしてそのまま入れます。人数にいたしますと、子供と母で三人半平均でございました。そのくらいの人数を入れる設備をしてずつと参りましたのですけれども……
#5
○委員長(塚本重藏君) 途中でございますけれども、先にもちよつとお話申上げたような事情がありますし、特に必要と思われます点をできるだけ簡單に一つお願いしたいと思います。
#6
○証人(徳永恕君) そんなようで、今民生委員をさして頂いておりますけれども、その立場から母子家庭を見ましても、経済的に随分困難がございますが、経済的面だけでなしに、どうしてもいろいろの意味で母子寮の必要を痛感するものでございます。その母子寮の使命といたしましては、経済的に部屋を與えてあげるというだけでなしに、先程申上げましたように、本当にお友達のない、心の相談相手がないために、違つた方面に落ちて行くような事実にも遭遇するものでありますから、そういう点からもどうしても守つてあげたい氣持で母子寮の必要を痛感するものでございます。そうしてその母子寮のあり方につき、しております間に段々と教えられまして、現在の内容に行き当つたのでございますけれども、とにかく母子寮の必要ということを痛感いたすものでございます。
#7
○委員長(塚本重藏君) 大体私共の方でも母子寮の必要その他は分つております。又理由なども分つております。ですから母子寮が必要だと思うとか、その他こういうことが必要だろうと思うという大体の項目を挙げて頂きたい。簡單に。
#8
○証人(徳永恕君) ただ部屋を與えてそこに住まわせるということではなしに、いいお母さんになつて貰わなければなりませんことと、現在の國民の一人としてよい……そこで教養の目的を籠めたものでありたいと思うのでございます。そういう意味で大勢しております間に、母といたしましてはどうも利己的な面のあることを本当に母の本能として、子供に対しては実に無私でありますけれども、一面自分の子供、自分の家庭ということにこだわり易いことに突き当りますので、どうぞそれをもう一歩進めて、自分の苦労をもつと社会性を持つたものに、そうして共同精神を涵養するためにという意味から、教養の場所でもありたいという意味で、私共理想を持つものでございます。附加えさして頂きますが、そうしてそれの実現といたしまして、私は共同炊事を主張したいのでございます。いろいろの意味で共同生活、共同精神というものを学び、お互いに子供が一緒に守られつつ行く間に仲良しの子供であると同時に、お母さん達が手を繋ぎあつて、同じ境遇の人達が助合つて行くということの一番実現化の早道と申しましようか、しやすいところはやはり毎日の生活の仕方にある。その中の一番必要なことの炊事のことを一緒にするということが一番よいと思いまして、そういうことも是非主張したい一つのことでございます。
#9
○委員長(塚本重藏君) 証人の方にちよつと申上げて置きますが、実はこの問題を取扱いますのに、今ありまする法律といたしましては、生活保護法が一番大きな問題だろうと思います。これも適当に改正しなければならんということを委員会では考えておるわけです。それから施設といたしましては、母子寮、或いは授産所、保育所、そういうものをもつと数を殖し、そうして内容を充実して行かなければならんというようなことが考えられております。それから將來の問題といたしましては、社会保障制度というようなものをできるだけ早く実施に移して、そうしてその中に未亡人年金であるとか、或いは孤兒年金であるとか、或いは育兒手当であるとかというものを実施に移して行かなければならんというような、大きな線を持つておるわけであります。そういうように國会の方で考えておりますことを一應お含みの上で、それも必要だ、更にこういうことがまだあるじやないか、こういうこともまだあるじやないかというような建設的な御意見を拜聽できれば幸いだと私は考えておるわけであります。
#10
○草葉隆圓君 私ちよつと証人の方に伺います前に、委員長にお尋ねしたいと存じますが、尋問するという言葉が一遍ほど出ておりますが、我々は本日の証言は尋問じやなしに本当に未亡人問題に関する証言を求めて、この問題の解決に資して行くということであるから、むしろかような言葉を使うことは妥当じやないと思う。この点について、どういう意味の尋問であるかということを一つ伺つて置きたいと思います。
#11
○委員長(塚本重藏君) お答えします。これは前回草葉委員がおられなかつたのでありますが、前回でもこういう言葉を使うことがどうか、実はお出になる場合においても別に適当な言葉がありはしないかということは我々は考えたわけであります。併し今日のこういう会合を持つには参議院規則というものがありまして、それに縛られております関係で、こういう形式を取りました。この点は御了承を願つて置きたいと思います。言葉はそういう言葉を使いますけれども、できるだけ和やかに懇談の意味においてそういう語音から來る堅苦しいことは一つ抜きにして、お話を願いたいと思うのであります。
#12
○草葉隆圓君 私はその意味ならば、証言を求めるという言葉が妥当でない。甚だ私は証人を前にして恐縮でございますが、そういうふうに大変響きが強く聞えますから、この点をちよつと申上げて置きます。それからその問題はいずれまだ外にもありますが、後で懇談のときに讓りまして、徳永さんに意見を一つ伺つて置きたいと思いますのは、長い間、大正六年以來母子寮を経営になつて、戰前の母子寮経営についての未亡人のいろいろな経済的と申しますか、それに対するやり方、戰後の昨今における経済的に、あなたのやり方というものの上に、これは随分変つて來たと存じます。それで両方の比較と、最近の未亡人に対してこういう点を主力を注いで、從來と変つてやることが、特に未亡人の問題について大事であるというような点をお氣付の点がありますれば、伺いたいと思います。
#13
○証人(徳永恕君) 先程申しましたように、私共の母子寮は未亡人ばかりではございませんが、その未亡人の割合はいつでも半分ぐらいでございます。あとは生別、それから監獄に行つた留守の者もございますので、随分間違つて母になつたというものでございます。いろいろの意味で混じつておりまして、殊に私の始めました当時は間違つて母になつた人に面接いたしましたことが一番初め大きな動機で、そういう出だちから参りましたのでございます。それにいたしましても、戰後にはやはり戰災に、つまり戰爭に應じての未亡人が多いわけでございます。現在も丁度半分が未亡人でございますが、そのうち殆んどが戰爭に関係した人達でございます。從つて前のは生活の程度が低い人が多いのでございます。教養の少い人が多うございましたが、戰爭後には引揚者にいたしましても、未亡人にいたしましても、或る程度の素養を持つた人で、尚境遇上入れて上げなければならんというのにぶつかつたのが多うございました。それでその考え方にいたしましても、今まで別の意味での低い人達は、行きあたりばつたりで参りましたが、多少教養のある人達になりますと、子供の將來ということについて考えることの心配さが眞劍でございますし、それから高い教育をして行きたいという人間が多いようでございます。從つてそのお母さんが現在安住しておればよいというだけでなしに、將來伸びて行かすようにすることが勿論、誰に対してでもでありますが、その一人々々のお母さんの願いを助長するためには、現在の力以上の力を與えて上げたい。何か生活力を與えるようなことも含まれて行かなければならないということが、個々の人々についてあるのでございます。全体としては戰前以上に或いは協力し、助け合う生活も必要だということにもつと重きを置くような氣持にさせなければならんと思います。それで経済的にもいろいろ配給制度、戰前にはそんなにございませんときでしたが、今は配給制度でございますから、尤も今申上げた共同炊事なんかにもすべき材料がそこに備わつておるような氣がいたします。そんなような点に違いがあるのでございますから、経営の面からも今はすべての意味で戰爭の余波の人が多いのでございますから、それに対して一部の人の特別なのでなしに、皆の協力、皆の仕事であつて欲しいというような氣持でさせられるようなことが戰前と違つております。
#14
○姫井伊介君 議事進行について……証人の方はそれぞれお仕事の分野も異りましようし、特徴も異つておりますから、それに應じまして、委員長から重要な二、三の点を御質問下さつて、そうして短時間に時間を節約してお話を願つて、一通り証人の方のそうしたお話が済みました後で、各個で又お尋ねを申上げる、そういうふうにお取計いを願いたいと思います。
#15
○委員長(塚本重藏君) できるだけ簡單にお願いいたします。
#16
○草葉隆圓君 併しその一つの問題について簡單にそのときに質問することも必要じやないかと思うんですがね。そうしないともうすうつと核心の点に触れずに氣の抜けたようなことになつてしまいます。
#17
○委員長(塚本重藏君) 從いまして、その点に関連して……
#18
○草葉隆圓君 その点は委員長が適当に……
#19
○委員長(塚本重藏君) 委員からあとで又深く堀下げて頂きますから……今の問題につきまして、鯉淵さん何か特に必要と思われるお考えはありませんですか。
#20
○証人(鯉淵鑛子君) 私の方は母子寮というものはまだできておりませんので、ただ未亡人会として、会が去年の六月、プリントをお上げして置きましたが、大体これでお分りですけれども、母子寮の設備がまだございませんので、参考に聞く程度なんでございまして、ただ未亡人の声としていろいろ異ることがございますけれども、母子寮のことに関しては國庫、この間婦人デーの日に各婦人会の團体で母子寮、託兒所、保育所の設置陳情書を提出しまして、今日参考に写眞などちよつと持つて参りましたけれども、この母子寮を建てるということに関して、町の婦人会の人達が一部分の人は賛成して下さいましたけれども、或る一部の人は未亡人がやるのに……と言つて反対されたようなことがございますから、ちよつと感情的にいろいろ考えただけで、別に母子寮に関してのことはまだ書いてありませんから……
#21
○委員長(塚本重藏君) 申上げますが、この母子寮とか、そういうものに関係したことも、関係しなくてもこの未亡人の福祉のためには特にこういうことが必要だという何かお氣付きの点がいいのが若しありましたら、お話願いたいと思います。
#22
○証人(鯉淵鑛子君) 大体未亡人の叫び声というものは、このプリントに私刷つて参りましたが、これを読んで頂きたいと思います。この外に附加えたいことは、この未亡人、水海道の人口は一万二千人くらいですけれども、その近隣の所は私ちよいちよい廻りますけれども、そのとき未亡人会を何故あんた達は作らないのだと言いますけれども、すると会を作りたいけれども指導者がいないと言つて、みんな泣いております。だから指導者を私は早く作つて頂きたい。もう作りたくてみんな本夏に眞劍なんですけれども、それを指導して呉れる人がいなくて困つております。私らは幸いに子供がいないし、家庭的にも惠まれて、兄が医者をしておる、兄弟達がどうにか生活をしておるものですから、そうして兄の所に居候のような生活をしておりますから、私が勤めたその俸給は全部未亡人の会に注ぎ込んで、そうしてやつておりますから、どうにか水海道の美葦会の未亡人会は救われておりますけれども、外の地方へ行つたら、もうそういうふうなことは全然できない。それらを作りたくても子供がいる、それからやりたいのはやりたいけれども経済的にもう行き詰つてしまうんです。ですから民生委員がやるようなお話はこの間お聞きしましたけれども、民生委員もとてもそれまで手が廻らないのです。國ではそういう指導者を作つて頂いて、そうして各町村じや多いから、大きなブロツクにして、郡に二つくらい作りまして、そうしてそこに指導者を派遣しておいて頂いて、その指導者は國庫負担にするとか、それからこの間とても有難かつたのですけれども、あなたは一々未亡人のことで歩くのに切符を拂つてるのですかと言つて、バスを下すつた。私の方の私鉄のバスですが、そのときは本当に有難かつた。こうして援助して呉れる人がおるのかと思うし、やはり指導者には自転車とか、自転車も昨日私がいろいろ働いておるものですから、あんたに自転車をあげようといつて自転車を呉れる約束ですが、約束をしました。ですから指導者には交通機関、私としては全國のバスでも頂きたい。そうすれば、いろいろの未亡人の所へお伺いして、こういうのも困つてる、ああいうのも困つてるというものを國会を通じてお願いしてやつて行けるのじやないかと思います。それから母子寮も今建てて頂きたいと思つて、この前縣の方へ町から書類を出して頂きましたけれども、やはり地元負担とかいうのが四分の一になりますと、地元の人が、私の方は四十万地元負担になるわけですけれども、四十万の金はどうせ町民から出るのだといつて相当に非難があるものですから、こういうのもやはり成るたけならば國家と縣の補助くらいでやつて頂けたら、どんなにいいのかと思つております。それから民生委員の方では、高等学校に行つてる子供達の家庭で、一番上の子が高等学校になど行つておりますと、民生委員の補助金を止めさせられてしもう。私の方の例ですが、高等学校、丁度來年卒業するというときに民生委員の補助金を止められた。役場の方で無理に止めさせちやつた。私なども随分骨を折つたが、子供が高等学校に行つてる、もつと困つてる人がおるからというので、その子供はあと一年で卒業して母親の手助けになるのに、断たれたものですから、泣いて泣いて、そうして本当にそのときに私なども共に泣きましたけれども、何んとかしてやりたいと思いましたけれども、つまり民生委員の保護法とか何とかいうのがありまして、そうして結局その妹がダンサーになつて今年やつと卒業させまして、どうにかやつておりますけれども、やはりこの未亡人に対しての補助金というものは、教育費の國庫負担、未亡人のこの國庫負担、そういうものはずつとどうしてもやつて頂きたいと思つておる。
#23
○委員長(塚本重藏君) 次に牧野さんに一つ御意見を伺いたいと思います。
#24
○証人(牧野修二君) お時間もないようですから、お手許に実は漸く終戰後足掛け四年目で未亡人問題を取上げられたということについて、聊か私としては淋しい氣持を持ちますと同時に、又一面非常に有難いとも思います。この機会に未亡人問題につきまして、厚生委員の先生方に十分お聽取りを願いたいと思つて参りましたが、時間がないというお話で、誠に残念ですが、極く大体お聽取り願いまして、先程のお話のように、細かい点は後で堀下げていろいろ御質問下されば幸いと思います。お手許にちよつとプリントを差上げましたが、それについて全く問題の所在といいますか、それを申上げる程度にいたしまして、でき得れば尚詳しく申上げる機会をお與え下さることを切にお願いいたします。十分か、十五分くらいで本当にはしよつてやります。結局現実に、本日私は先ず第一に問題の兒童及び未亡人というふうに問題が限られておることに先ず第一にちよつと失望した。兒童及び未亡人という二つに分けないで、母子の問題というふうに、母子の福祉ということに対してお考えにならなかつたのかという点、それから尚今日母子の保護の現状はどういうふうになつておるかという点につきましてはくどくど申上げません。ただ要するに私共として要望いたしますることは、飽くまでも母子保護の特殊性をはつきり認識して、母子の特殊性の上に立つた保護を、政府においても民間においてもやらなければならない、これにつきましては、如何に特性があるかと申しますと、今日未亡人問題にいたしましても、單身未亡人もいろいろな問題もございますが、決するところは、扶養しなければならない子女を抱えている未亡人の問題、即ち母子の問題でありまして、而もこの母子の問題が未亡人問題の大宗をなしていると思います。而も母子の問題の中においても、戰後において発生いたしました戰爭未亡人、或いは戰災未亡人、引揚未亡人、これらの人々は戰前のいわゆる寡婦と違いまして、國家的な強権の下に或いは戰地に引張られて行き、或いは又一つの國家政策といいますか、その破綻の上から外地を引揚げて來る。或いは戰災によつて爆死したということによつて、すべてがいわゆる國家的原因によつてこのようになつたのでありました、極端な例を申上げますれば、社会的犯罪、殺人強盗として死刑になつたという者の未亡人と全く同一に取扱うということに対しては、いわゆる戰歿者、引揚者、戰災者等によるそういう犠牲の未亡人の大きな不満がその胸中に祕められている、その現実をはつきりと認識して頂くときに、無差別平等的な取扱いという観念的なやり方は未亡人に対して満足を與えないものだということを是非お認め願いたい。もう一つの特殊性は、先程もちよつと申上げましたように、兒童及び未亡人、これが実際の場合には兒童は單独に取扱いますが、母と子というものは絶対に不可分の問題であります。從つて、母及び子でなく、母子としての一つの固まりとして、そうしてすべての施策がそこから発すべきであるという点です。それから尚戰後におきましていわゆる生活保護法が、無差別平等の取扱いをするというようなことにおいて出ました。これは又一つの観念から見ますれば、いわゆる戰爭における犠牲、それから或いは社会的犯罪を行なつた者も、これは結局基本的の社会制度の問題だというような考え方をすれば、或いは無差別平等もいいかも知れませんが、又例えば原因がどうであろうとも、現に困つておるというだけの問題を取上げるという場合においての無差別平等も是認されますけれども、現実においても果して無差別平等の保護が行われておるかということを考えまするときに、又私共引揚の方に対しては絶大な同情と申しますと失礼ですが……何をもつております。又私自身も兄弟にそれがありますが、併しそうした場合に未亡人に対する今日のいわゆる戰爭未亡人に対する今日の取扱いということと、引揚者の方に対する取扱いが果して無差別平等であるか、或いは終戰直後においての戰災者に対する物資配給、それが未亡人に対しての物資配給というふうな点において、果してそれが無差別平等であつたか、又最近の実例におきましては、私共の母子寮に引揚援護愛の運動が行われた。ところが、その愛の運動において、同じ母子寮で同じ生活に苦しんでおりながら、引揚者の母子にだけその贈物がある、こういうようなことが果して無差別平等であるかという点について、可なり疑念を持つております。私はそれをこの間取上げてラジオで愛の運動に対する批判を述べたのであります。ここにいわゆる基本的な意味においての今日の未亡人というか、いわゆる母子に対する行政及び民間協動の基本的な誤りがある。これを是非是正願いたい。それで尚指導行政の問題につきましては、いわゆる母子問題、未亡人問題に対しましての所管が実に曖昧模糊としている、昨年の春「週刊朝日」に未亡人問題が取上げられまして、その統計が発表せられた。それについて元の、今日ございませんが、福利課へその統計について伺つたところがはつきりしない、それから兒童局へ伺つたところがはつきりしない、これはたまたま伺つた係の人がはつきりしないのか分りませんけれども、いずれにしろ未亡人という場合においては社会局の取扱いであり、母子という場合においては兒童局の取扱いである、そういうふうにはつきりしないということは、その後のあらゆる問題についてもはつきりせず、從つていずれがそれに重点を入れて仕事をやつて行くかということもおのずから違つて來ます。地方においては厚生課が扱うとか、兒童課が扱うとかいうようなことによつて、未亡人は、全く今日の未亡人の有樣を示すがごとく、あつちにやらされこつちにやらされ、結局は何にもなつていないのだというようなな今日の所管の状態であると思います。又未亡人を如何に保護、指導するかという問題につきましても、実にこれがはつきりしていない、場合によりましては、例えば最近の児童福祉法におきまして、母子寮の問題は、最初原案を作る前には母子寮を入れるようになつておつておつたのが、原案として提出されたときには削られ、幸いにして國会の方のお力によりまして、そこが修正されて母子寮が入つたという、丁度年行かない未亡人が婚家先から突き出され、こつちは預からない、あつちも預からないというような実情を行政的にも示されておる、実に惨めなものです。又指導的におきましても例えば遺族村を作ることを一方に奬励しておりますが、私は遺族村を作るということには絶対に反対であります。遺族が一つの特殊集團を作る、而も村とすれば恐らく死んでしまうまでその村におるのであろうということが予測される。この遺族村を作るというようなことは絶対反対であります。或いは先程徳永先生がおつしやいました母子寮の共同炊事問題、これは徳永先生は私の先輩で実に敬愛しておりますが、これは母子保護の根本からいきましても、母子寮のあり方からいつても、亦現実的に今日の配給の状態からいつても、或いは母子全体の要求からいつても、あらゆる点からいつて、母子寮が共同炊事になるということには私は徹頭徹尾反対するわけです。この細かいことについては後程御質問があればお答えいたします。尚又母子寮のことにつきましても、例えば過般福井に震災がありまして、母子寮が燒け、その跡に母子寮を建てるというようなことがありましたときに、仄かに承わるところによれば、安定本部においては、福井には復興住宅が建設されるのだ、だから母子寮は要らないじやないかと言つておるとか仄聞いたしましたが、若し仮にその仄聞が眞実としたならば、実に政府部内におけるところの母子保護に対する指導理念がなくなつていないというように私は憤慨せざるを得ないのであります。住宅ができれば母子寮は要らないという、母子寮というものを單なる建物というように解釈する考え方が今尚要路にあるということはちよつと信じられないわけであります。
 尚生活保護法につきましては、これは昭和十二年に施行された母子保護法というものが廃止され、生活保護法一本となりました。ところがその生活保護の実際の状態はどうかと言いますと、先ず第一に母子の生活に対する生計扶助の限度というものが非常に実情に即さない、これにつきまして、実は私の方の寮におる村山千代というのが手記を書いております。これは「家庭朝日」に近く掲載されると思いますが、その手記の五、六行を読んでみますと、「生活扶助のベースでは子供の下駄、七、八円の下駄が年に二足ということです。今どき七、八円の下駄で終日男の子が遊んだりして一月も保つ実情にありましようか、こうした根本から誤つた計算で私達の生活が保護できましようか」、これは手記の一節ですが、この言葉からでも窺い知れます。尚又要保護者、現に生活扶助を受けておる者と受けていない者とには、そこにその線をすれすれのような昔のいわゆる第二種カードという意味の取扱がない。それで例えば物資を配給する、或いは食糧を呉れるときには、いわゆる生活保護を受けておる者のみに呉れて、それが官廳としては或いは基準を決めるのに非常に困難ですから、イージーゴーイングをなさるかも知れないけれども、結局そのすれすれになつておるというものに対してはそういうものがない。そこにおいて二面その母子達は生活保護費を貰わなくてもいいが、もう少しカバーが欲しい。生活保護費を貰つておるとカバーもされない。やはり生活補助費を貰いたいというような氣持を結果的に誘発するという状態がある。或いは医療保護の問題におきましても、例えばこれは誠に申訳ありませんが、私の事実の問題でありますから申上げますが、実は私の義理の弟が未だソ連から帰つて参りません。その留守にその嫁がとうとう疎開先で四人の子供を抱えて遂に、非常に丈夫だつたのですが、肺結核になつて、四人の子供を抱えて後のことを心配しながら死んで行つてしまつた。そうしてその肺結核が当時生れた子供にうつりまして、小兒結核、脊髄カリエスになりました。実はその子供を生むと間もなく亡くなりましたので、その子供を私が預かつております。私も実は社会事業家で六千三百円ベースもないわけですから、非常に大変ですけれども、併しどうにかこうにかその子供を食わして行くということはできるのです。併しその脊髄カリエスのギブスを作るときに、あの新円封鎖時代に八千円もかかる。この八千円はしがないサラリーマンでは出し得ない。眤懇の民生委員の方が非常に心配して呉れまして、区役所でも心配して呉れまして、医療補助を貰つたらどうかというので、そういう臨時補助だけは取らして貰おうかと行つたところが、これについては貧困証明をしなければならない。それで私が貧困者であるということを書いて出さなければならない。貧困については、その貧困者であるということは、毎日の生活についての貧困者の証明を出さなければならん。そんなことは私は出せませんから、それをお断りした。そうしたら民生委員の方が申訳ないが、これは規則だからと言つておりました。この一例を以ちましても、非常に医療補助というものが非常に実際上の手続きにおいて実状に即しない。他に沢山のそういうのがあります。又補助に対してもいわゆる民生委員の方が非常に分つておつても、民生事務所の取扱いが惡い。要するに哀訴難願しなければ補助が出ない。そういうときに未亡人や母子達は、夫が生きておつたらあんなに哀訴歎願しなくても済むのだ。何も好き好んでやつておるわけじやないということを訴えて來る。私もそれを聞いて憤慨するのです。その都度私は社会保障制度を実施して、そうして郵便局に行けば、哀訴難願しなくても國民の權利としてそれができるような時代に早くしなければならないのだということを、あなた方もその点を全國の母子のために闘いなさいということを言つております。又たとえそういう不十分な内容を持つところの生活保護法であつても、それがとにかく不十分ながらも行われておるかというと、これはやはり現実に濫救、漏数があるという点は非常に残念であります。而もその影響がやはり母子の方に引つ掛つて來た実例もあります。それから又第二にこちらからお話のありました兒童の育英について否定的である。小学校の義務教育だけは認めるが、それ以上のものは認めないということ、これに対する育英というものは、戰爭前の未亡人と戰爭後の未亡人との本質的な差違ということから、育英ということの希望は非常に沢山ある。私は各地に出張した序でに未亡人の方々のお集まりを願つて、努めて意見を聞いておりますが、むしろ生活の方は何かかんかやつて行く。併し子供の教育だけは何とかお國で見て呉れそうなものだという切実な訴えがいつも未亡人からあります。又いつまでも生活保護を受けることを未亡人達は潔しとは思いません。尤も生活保護費を貰つて遊んでおるというようなあれがありましよう。それは実態をよく知らないものの言うことで、そんなものがあつても一%か〇・何パーセントぐらいに過ぎないわけであつて、結局自分達も自立したいという希望を持つておる。そういうものは授産所に通うよりも、むしろ職業の補導を受けまして、職業技能を習得させるべきだと思う。併しそれを習得させるために補導所なり或いは職業学校に通うという健氣な決心をいたしておりましても、その期間中はやはり生活保護が受けられない。そんな贅沢なことをすることはいけない。これは或いは本省としてはそういうことでなく、結局これは末端におけるなにかも分りませんが、実際上そういうようなことに対する便宜な取扱がないということ、結局要するに段段生活が向上して行くという場合に、これは結果的の問題でありますが、これは生活保護法を制定する場合には予期されなかつた。結果的にはいわゆる未亡人や母子達が自力更生して行くというのを止めるような、牽制するような結果を生んでおるということを申上げたい。
 次に兒童福祉法の問題ですが、兒童福祉法で幸い母子寮を取扱つて下さいまして、これは全國の母子及び関係者は感謝しておりますが、併し実に残念なことは、兒童福祉法には主体性が確立していない。生活保護法によつて可なり縛られておるということをお認め願いたい。それから尚この児童福祉法においては主体性がないという一つの問題として、おのずから民生委員と兒童委員の問題になりますが、只今も兒童委員に対するいろいろな御批判がこちらから出ましたが、これはやはり私として思いますのに、民生委員の方にも兒童委員として適当な方もあり、兒童委員でも民生委員として適当な方がある。從つて民生委員は兒童委員であるということ、民生委員でないものは兒童委員でないというような生活保護法を基礎にして兒童福祉法が成立つというような、兒童福祉法の主体性が確立していないというようなことであつては、少くとも文化國家における非常な意義を持つ新らしい兒童福祉法というものが飽くまで生活困窮者を対象として、その上に立つ生活保護法に縛られておるかのごとき状態であるということは早くこれを改善すべきだと思います。兒童福祉法におきましても、母子に対しては第二十三條ですかに、要するに保護すべき母子がある場合には、市町村長はこれを母子寮に委託しなければならない、但し近隣に母子寮がなければ止むを得ないという條項があるのです。近隣に母子寮がなければ止むを得ない、後は放つて置けという條項があるのです。併し母子寮は現実にどのくらいあるかという問題、母子寮の施設又その予算がどのくらいあるかということを考えますと、母子寮というものは全く現状のままで、これに対する多少の何はあるでしようが、積極的に母子に対する保護策というものが、兒童福祉法に表れていないのを非常に残念に思います。兒童福祉法におきましては母子の保護というものは、母子寮を設置して入れる以外に、いろいろ母子の保護の方策はある筈である。それが兒童福祉法にはつきり盛られべきことを期待するわけであります。
 尚只今までは法制の面でありましたが、施設の面におきましても、この母子にはいわゆる地下道あたりの浮浪母子、それから定着性を持つておるところの要保護の母子、或いは経済的には職業的に或る程度安定しておるが、併し小さな子を抱えておるので、從つて母子寮を出されるというと要保護者に落る。母子寮に入つておれば生活保護法の扶助を受けないでもやつて行けるというもの、仮にこれを自回母子と私は名付けております。こういうように母子の生活状態は三段階ある。これらがごつちやに入れられておる。このことも大いに考うべき問題である。それから母子寮の少いということは皆さん方よく御存じですから喋々申上げませんが、ただ現在この母子寮というものは、完全なその母子保護の目的を達するに適当なる母子寮であるかというと、誠に自分達の恥を申して恐縮ですが、ノーと答える外はないのであります。全く住宅提供としか思われないような母子寮が大部分を占めている。然らばそれで母子寮経営者は満足しているかというと経して満足していない、併しそうすることができない、これは最近最低基準令ができましたが、最低基準令によつてその完璧を期するという。それだけの財政的な背景がある、この財政的な背景が、最低基準令による裏付けがございます。それで國費の補助とかそういうようなもので占められておる、或いは共同募金の不当なる配分がある、そういうような問題から行きまして、最低基準令を以て完全に折角このいい母子を讓つて呉れるが、母子寮の基準を上げることができない。又一方授産所がこの母子にとつては今後ますます必要であつて、この授産所の経営におきましても、資金、資材というふうな面からおきまして、現に例えば資材問題におきましても、現実に授産所では相当仕事をやつておるのです。勿論資材は不十分です。そうすると、それは一部は厚生省のお取計いによつて、その資材を配給されております。足らないものは何をやつているか、これは業者の下請をやつている、この業者の下請をやつている事実は資材があるということを示しているのです。即ち業者でミシンを持つていない者がうまく授産所と連絡をいたしまして、そしてそのミシンを業者が登録をして、いわゆる配給を商工省から貰つて、そして下請をさして中間搾取をする、從つて授産所における経営者も苦労をし、そして又作業員も低賃金に甘んずる、そのために折角今日の経済九原則下における日本において、絶対に必要な授産所がそういうような表だけの低賃金とか、そういうような問題を見まして、いわゆるその筋から授産所を貸すというような者がいわゆる上の方からも出るというわけで、この授産所についてはどうしてもこの際母子のためのみならず、今日の九原則下における厖大なる要保護者といいますか、庶民階級のために特別に御考慮を煩わしたい、そして完全にそういうような資材を厚生省から流して頂くということの外ない。又保育所につきましても同樣である、保育所は段々幼稚園に変化しつつあるのです。これは保育所の経営難というところから、幼稚園に変化する傾向がある、或いは足りない。それからもう一つは母子につきまして、常に幼兒の保育と共に母は何を考えますか。学童の問題をどうしても忘れ勝ちであります。ところがこの学童の問題につきましても、兒童保護法におきましては、單に兒童厚生施設という点があるだけでありまして、これも要するに何といいますか、兒童遊園程度のこと、映画程度のこと、これはそんなことでは足りないし、又今日そういうものは、なかなか経済上できません。現実に母親達が段々子供が大きくなつて、幼稚園を卒業する、併し母親は勤めなければならない、その留守に学童がとうなるかということが非常に心配です。これは輿論調査をすればはつきり分ると思う、然るに学童の問題は全く放擲の状態である。從つて学專はそのために、或いは今日のような社会情勢下におきましては不良化す、折角自分の淋しい生活を我慢して、そうして、苦しいインフレの中に闘つて、或いはデフレの中に闘つて行くというのは、結局子供の成長が唯一の樂しみである。その子供が不良化して行くという危險にさらされておるときに、これを誰が保護して呉れるだろう。こうしたいろいろな現実の問題から見まして、結局のところ誠に極言で恐れ入りますけれども、政府頼むに足らずというような氣持から、未亡人の自力更生活動が必然的に盛り上るわけであります。あの終戰直後の状態、虚脱状態は全般的でありますが、実に甚しかつたのであつて、例えば軍人援護会のごとき、私はそのとき軍人援護会に勧めておりましたが、会長自体においても軍人援護会の主体は戰犯になるだろうと言つてびくびくしておる。或いはお役所の人も遺族の「ヰ」の字も言わなくなつた。実に私は心外に堪えぬ。如何にこの戰爭が侵畧的戰爭であろうと、解放のための戰いであろうと、終戰が成り立つと共に現実の眼の前に繰拡げられた暗を辿り行く者、それを助けることはこれは正義の戰いなのであります。これをやつて行く分においては何ら恥ずるところはないと思う。であるに拘らずいわゆる右顧左眄しまして、遺族というものが一般から放り出され実に悲しき状態です。そういうことから行きまして、未亡人達は起ち上つて團体を作つた。ところがその團体は先き申上げましたように、二色の行き方でありまして……(「委員長、議事進行について」と呼ぶ者あり)名誉保持をする團体と、本当に生活のための團体と、まあそういうように分けられます。簡單にいたします。それから現実にこれからやつて頂きたいとお願いいたしますことは、どうか母子寮の対策を確立して頂きたい。そのためには行政の所管をはつきり一つにしたい。例えば今日の兒童局をいわゆる兒童母子局といいますか、名称はとにかく所管をはつきりして、そうして重点的に近寄らせる、又法令の点は社会保障制度を完備して頂きたい。そうして福祉法などを社会保障ができるまでは積極的に改正をして頂くか、できれば母子保護法のような單独法を制定して頂きたい。而もその法制に加えますには、いろいろな融通資金の制度をお立て願いたい。例えば生業資金の制度、それから育英資金のごとき、住宅資金のごとき、それから以前読賣新聞社がよく厚生資金の制度を……(「議事進行について」と呼ぶ者あり)簡單にいたします。それで施設の拡充の点これは先程申上げた通りであります。あれから結論が出ますから……職業指導の問題も省きます。それからもう一つ申上げたいことは先程申上げましたように、母子寮が現実に直ぐ増設ができませんから、それ以外に対する母子保護の対策を立てて頂きたい。
 最後に未亡人の性の問題であります。未亡人再婚の問題について御留意を願いたい。これは單に食うためとか性欲のためだけでない。いろいろな面から行きまして、やはり再婚ということの非常に必要性もあります。而もその再婚を最も誤まらない再婚をさせるためには母子寮が重要な役割を持つ。又寡婦で一生涯通す人も母子寮は必要であります。それから再婚をする人のためにも母子寮が非常な役割を果すということを申上げます。それから最後に未亡人が性的過失をした場合に、これをどう取扱うという問題がございます。それで未亡人が、母親が過失をしたために転落して行く、そのために罪のない遺兒が母親に喰つついて転落して行くという実情を私は見るのつけまして、やはり未亡人の性的過失に対する適当な措置ということがここに眞劍に考究されなければならないと思います。大変長らく失礼いたしました。
#25
○山下義信君 母子寮のことについてちよつと証人に尋ねたいのですが、簡單に伺いますから、二葉保育園は母子寮でございますか。
#26
○証人(徳永恕君) 兼ねております。
#27
○山下義信君 牧野さんですか、お二人どちらからでもお答えを願いたい。母子寮は非常に未亡人の保護施設として大切なことは、又うんと増設しなければならんことは只今証人の御指摘の通りです。どういう母子寮を作つたらいいかということも問題であろうと思う。兒童福祉法の法令については只今牧野証人の御意見もございました。我我兒童福祉法の施行のときに随分その点も実は研究したのであります。母子寮に先生を置いておいでになりますか。
#28
○証人(徳永恕君) 先生とおつしやいますと……
#29
○山下義信君 先生と言いますとですね。ただ單に母子寮の事務員でなしに、別に何か入寮しておりまする未亡人の人達を指導するというような人、つまり俗にいうそういう人達の何というか、指導をしております先生みたいな方はおいでになつておりますか。
#30
○証人(徳永恕君) それは名はいろいろございますけれども、是非必要と思いまして……或いは寮母がその役をしておりますのもございます。それから、母子全体についての指導は寮母がいたしますが、母子寮は子供が、学童がおりますから、学童についての指導者と……
#31
○山下義信君 武藏野母子寮にも寮母がおりますか。
#32
○証人(牧野修二君) 寮母、学童指導員、保姆、保健婦、書記などがおります。
#33
○山下義信君 未亡人の人達が、そこに入つておいでになるが、その人達の一部の御意見に、母子寮にそういう人は要らん。つまり子供のための保姆などは要りますが、俗にいう寮母などは要らん。入つておる未亡人の自治に、そうして運営をやらして呉れたらどうであろうか。配給の世話をして呉れるような人が一人か二人おればよい。みんな入つておる未亡人の人達に自治的に運営をやらして頂きたいという意見がありますが、こういう点はどう考えますか。
#34
○証人(牧野修二君) 配給の世話などをする事務員は絶対に必要であります。併し母子寮は、飽くまでも生涯そこにいるわけでありませんで、母子寮において、一つの社会人としての訓練をすると申しますか、社会人としての心構え、或いは生活上、例えば家政の上手なやり繰り、或いは育兒の仕方、いろいろな面における指導をいたしまして、そうして町の中へ一本立ちにさして出しても大丈夫、誘惑にも打勝ち、そうして生計も再び転落することなくやつて行けるような、精神的及び生活技術的ないろいろの面を指導する必要は絶対にあるわけだと考えます。
#35
○山下義信君 次は入寮者の人達の收入の調査はどういうふうになさいますか。その人達の本当の收入を御調査になりますようなことがありますか。あるとしますと、どういうふうに御調査になりますか。例えば他から收入を得て來られますと、その俸給袋なども御覽になりますか。そういう点をお調べになりますか。その点如何ですか。
#36
○証人(徳永恕君) それはそういたし得ますし、そのようにいたしております。分るような組織にしております。
#37
○山下義信君 そういうことまで調べられるということに対して非常に不愉快に感ずる未亡人も沢山あるようでありますが、大体のこと御調査ですけれども、どういうふうにして実際の收入程度をお調べになるか、武藏野母子寮ではどういうふうに……
#38
○証人(牧野修二君) 私の方では特に月給袋まで調べるということはいたしません。ただ家計簿の樣式を印刷いたしまして配付して、毎日記入さして、毎月の月計の提出を求めております。それにつきましては、私の方の考としましては、母子寮はあなたの生活を保護するだけでなく、寮に入らない全部の母子の生活のためだということがなければ、母子寮に入つて來るあなた自分だけのことを思つてはいけない。從つてあなたが生計を出すということは、これを集計して、これがいろいろ母子保護の材料になる。そのことによつて、あなたが毎日家計を書くことが全國の母子のために役に立つということによつて、せめても幸いに選ばれて母子寮に入つておるあなたの幸福を分け合うようにした方がよろしい。そう申上げております。
#39
○山下義信君 次は、入寮者が病氣に罹つたときは、治療を受けまする病院若しくは医院というものは決まつておりますか。或いは入寮者の自由に、どこの医者にも見せるようにしておいでになりますか。どういうふうにしておりますか。
#40
○証人(徳永恕君) 私の方は大体決まつております。嘱託のお医者さん、若しくは病院がございます。
#41
○証人(牧野修二君) 私の方は決めておりません。ただ実際上の問題としまして、特に母子寮に対して理解のある病院と、割合に夜中に應診するのをいやがる病院とがあります。
#42
○山下義信君 朝晩母子寮から出入りいたしますときには、事務室などへ挨拶して出入りするようにしておいでますか、それとも自由に、そういうことを一々言わなくても自由に出入りできるようにしておいでますか。
#43
○証人(牧野修二君) 私のところは戰時中は札を拵えて、これを出し入れしておりました。挨拶しなければならぬというようなことは、戰時中と雖も絶対にしません。今日は資材の関係で札はなくなりましたが、自然段々習慣がついておりまして、そうしてやはり出て行くときには挨拶します。帰つて來れば「只今」と言います。又そのときに事務所でお帰りなさいと言つて声をかけてやるのが、何でもないことだが、非常に母子にとつて慰安になる。そこで新米の職員などが默つている場合には淋しい感じがするという述懷をよく受けております。それから尚母子寮としては、面会や何かがあつた場合に、中に入つている母子がどこにいるんだかいないんだか分らんというようなことであつては、今度は田舍から來た面会人が不安を抱きます。そういう意味で私の方ではやはり出入りを断ることが、普通の生活上、又保護上必要であり、本人にも必要だと痛感しております。
#44
○山下義信君 その面会人の場合など、面会人簿というようなものをお作りになつておりますか。
#45
○証人(徳永恕君) 私の方は一つの大家族としてやりたいと思つておりますので、面会人簿という程のこともございません。
#46
○山下義信君 未亡人の入寮者などに、男子の面会人、男子の客が参りましたときなどはどういうふうにしておいでますか。
#47
○証人(牧野修二君) 男子の面会は自由であります。但し帰る時間は夏と冬によつて違いますが、大体九時頃には帰つて頂くということにしております。併し止むを得ない事情で十時になつているものはございます。男子の出入りは自由であり、誰人と雖も出入りは制限しておりません。
#48
○山下義信君 この母子寮からは出て行つて貰わなければならないといつて、多少強いて退寮を請求なさるというような場合がございますか。それはどういう場合ですか。
#49
○証人(牧野修二君) いろいろ出て行つて貰いたいなあと思うようなことはございます。子供が手癖が惡かつたというようなこと、或いは母親が社会的な問題を起したというようなときに、出て行つて貰いたいなあと思うことがありますが、從來においては強制退寮させた事実は一回もありません。
#50
○山下義信君 入寮者の就職、職業というような問題について、例えば水商賣、カフエーに出るとか、そういう方面に就いていることは自由にしておいでますか。好ましくないと考えておいでになりますか。
#51
○証人(徳永恕君) 好ましくないと思いまして、これから選ぶ場合には、それを強いて避けております。すでにしておりまして、そこに入る必要のございますものは、その環境をよく調べまして、できるだけ移るようにいたしたいと思います。
#52
○証人(牧野修二君) 私は本人がどういう仕事をしていようとも、その仕事によつて入れる、入れないということは絶対にしておりません。ただできる限り子供の……水商賣をやつておりますと、結果的にどうしても夜遅くなりまして、他の子供達が夕飯を食べているのに淋しい思いをさせる。そういう意味からして、成るべくよい職業に転換するように世話をしております。
#53
○山下義信君 ララの物資とか、その他各方面からいろいろ好意ある寄贈品など受けられることがあろうと思います。そういうものの配分などはどういう方法でしておいでですか。徳永さん。
#54
○証人(徳永恕君) ララの方は特に指定されて参りますから、若し数が足りないようなときには按分いたしてやつております。何の年齢のものにはこうしろと指定されておりますから……それからその外一般からされます場合には、ない者に多く與えるというような方法で、これもただ羨むとか不公平感を持つというようなことのないようにいたしております。
#55
○山下義信君 牧野さんに伺いますが、寄贈された物品などは寮の全員にでも公表されますか。これこれだけの分量の寄贈があつたからこういうふうに分ける……
#56
○証人(牧野修二君) 私の方は寄贈された場合には、例えばララが寄贈された場合には大廣間に並べまして、全員を集めて、むしろ我々の方が立会つてそうして自主的な配分ということを在寮者達にさしております。
#57
○山下義信君 配給品等は原價はどういうふうになさいますか、配給品は誰が世話をして受取りになりますか。寮の方で世話をしておいでになりますか。その原價などはどういうふうにして分るようにしておりますか。牧野さん。
#58
○証人(牧野修二君) 配給品は普通の帳簿がございまして、配給の方は公定によつて定つておりますので、それによつてやつております。私の方で世話をして上げます。勿論收容学童の大きい者はそれに手伝いをいたしまして、そうして今日就職先のない大きな女の子がありまして、それに多少の手当を上げまして、そうして配給関係を扱つて貰つておりますから、全く自治ではないのですけれども、内容が母子達にはつきり分ることになつております。
#59
○山下義信君 部屋代はお取りになつておりますか。おられませんか。徳永さん。
#60
○証人(徳永恕君) 私の方は部屋代としてはとつておりませんけれども、献金という名儀でその人達の相談によりまして、程度によつて幾分か出すことになつております。
#61
○山下義信君 武藏野母子寮の方は……
#62
○証人(牧野修二君) 貰つております。それは部屋代とは称しませんですけれども、寮費と称して……
#63
○山下義信君 最後に伺いますことは、生活保護法による保護費の渡し方はどういうふうにして渡しておいでなさいますか。本人に直接渡しますか。寮の方でなさいますか。或いは例えば本人に御立替などなさいましたときには寮の事務室で差引なさいますか。
#64
○証人(徳永恕君) 私共の方は二つの方法でしておりますが、一つの方は給食制度にいたしております。收容保護制度としてその方は頂いておりますものを食費といたしております。独立いたしております者についてはその頂いたものを渡しております。その中で教人が自炊しております者がありますから、それには直接渡しております。
#65
○証人(牧野修二君) 生活扶助は各母子達に直接の扶助でありますから、母子達が区役所に行きまして、区役所から直接頂いております。私の方を通しません。
#66
○山下義信君 徳永さんや牧野さんのところの母子寮は有名な優秀な母子寮でございますので、私共その点は安心しておるわけでございます。一般の母子寮におきましては、入寮しておる未亡人に対して余計な干渉をいろいろする。或いは、むずかしい言葉で申しますと、基本人権を侵害するがごときいろいろ出過ぎた干渉があつてうるさい。窮屈だというようなことをいろいろ母子寮に入つておる人達から聞く場合があるのでありますが、未亡人会のお世話をなすつておられまする鯉淵さん又は墨さん、そういう母子寮におられます未亡人の人達から、母子寮の経営等につきまして、住み心地などにおきまする何が不足をお聽きになつたようなことはございませんか。
#67
○証人(鯉淵鑛子君) 私の方はまだ母子寮ができておりません。私もどこか母子寮に視察に行こうと思つておりますが、直接そういうことはお伺いしておりません。ただ会員がいろいろ言つておることはあります。
#68
○山下義信君 あなたの方は母子寮に入つておる未亡人が会員の人にはお出でになりませんか。あなたの未亡人会には……
#69
○証人(鯉淵鑛子君) 小さな町ですから、まだ水戸と土浦にしかございませんから……
#70
○証人(墨眞佐君) 私共の方は中島郡で農村でございますから、そういうことはございませんのですから、全然分りませんでございます。
#71
○山下義信君 牧野さんの母子寮は、單なる未亡人に生活の便を與える、まあ住いの提供といつた程度でなしに、もつともつと精神的、いろいろな面において指導をするようなそういう施設、母子寮の性格をさように考えておいでになりますね。
#72
○証人(牧野修二君) さようでございます。
#73
○山下義信君 兒童福祉法の今の程度は單なる住宅の提供というとこが母子寮の建前になつておりますが、ただ單に住宅を提供して、その中の人達が民主的に自由に行動し得るような母子寮というものはお考えになりませんか。
#74
○証人(牧野修二君) 誠にお言葉を返して恐縮でございますけれども、最近兒童福祉法において認められました母子寮は單なる住宅提供としては扱つておりません。例えば学童の指導などもその最低基準においてその職員の必要を認めております。保健婦の必要も認めております。そうして尚自由に何でもできる母子寮というものの、自由の解釈でございますけれども、或る程度のそれがいわゆる本人達の何といいますか、その中からリーダーを選んで、そうして指導するという形を取るか、或いは役員が指導するという形を取るが、その形にはいろいろございましようが、そういつた一つの集團生活はございますけれども、そこに何らかのいわゆる社会性というものを昂揚して行くという自主性がなければならん。全くいわゆる自由の解釈はむつかしいのでございますが、放縦的な、放任的な意味における母子寮というものについては、それがよいとか、惡いとかいうことはちよつと私まだそこまで考えていないのでございます。余程少くとも研究の余地があると思います。
#75
○委員長(塚本重藏君) 次に墨さん、今の未亡人の福祉の問題について何か御意見がありましたら、お述べを願いたいと思います。
#76
○証人(墨眞佐君) 誠にお聽き苦しい点がございますかも知れませんが、暫くお願いいたします。國家、社会から捨てられて子供を抱えた農村の未亡人の窮状について訴えたいと思います。
 要保護者もさることでございますが、今少し紙一重の差にて救われん未亡人が誠にどん底生活をいたしております。引揚げせざりし夫、又復員しない夫を待つ妻子、両親には扶養家族手当を支給する制度があり、財源捻出ができる現状でございますのに、どうして、破れたとはいえ、國家、社会のために命を捨てた軍人遺族に公務員遺族としての扶助料ぐらい下付して頂けないものでございましようか。これが未亡人の叫びでざいます。大局的に申しますと、未亡人の心の安定、生活の安定、つまり物心両面の御温情が欲しいということでございます。私達は夫が無理やりに連れて行かれなかつたならば、こんな目にも遭うまいし、又帰えして貰つたならば、妻子や両親の扶養手当などを辞退して、國家再建の資にして貰つても、決して小言などを言わず、むしろ寄附してよいとさえ私は考えております。兒童福祉法が設けられております現在、不良兒の矯正よりもその予防を、そうして右不良兒の出やすい家庭、例えば父の愛なき家庭、母の愛なき家庭の特別指導を行なつて頂きたいと思います。先だつて警察制度一週年記念式典に參りました折に、二十五歳以下の犯罪者が約六十%、パーセンテージははつきり覚えておりませんけれども、その中の父なき者、母なき者が約半数以上のように承つております。私共子供の成人を唯一の希望としております。私共未亡人にそうした施設が最も欲しいと念願しておるものでございます。又異國の丘のあのラジオ放送などを、戰歿軍人、軍属の未亡人や遺兒は、どんな氣持で聞いておつたものでございましようか、それを察して頂いておられます方はございましたでしようか。未復員の家族手当が相当ありますのに、どうして遺族にはございませんでしようか。眞の文化國家、平和國家を望む者は、遺族が最も痛切に感じておると存じます。遺族が一番戰爭には懲りて、心から平和を望んでおることを切に思つておりますのに、何故遺族の厚生に政府は力を入れて頂けませんものでしようか。又引揚者、罹災者、復員者と、戰爭犠牲者として一律の扱いがして頂きたいと皆念願しております。戰死者の困窮者は、民生委員で世話されるだけでは到底救われておりません。婦人の世話は婦人同志が助け合つてして頂きたいと思いますけれども、普通の家庭の水準くらいに、最低生活ができます程度に、國家の援助が欲しいと思います。誠に夫ある家庭の夫の收入が、何十倍に引上げられております現在、國家社会のために命を捨てて捧げた遺族に対して、痛切に負けた國の割り切れなさを感じております。又未亡人の所得税にしましても、夫ある妻は扶養控除がありますのに、未亡人にはそれがございません。農業にしましても、商業にしましても、男子ある家庭と同率税を課せられておりますのは誠に堪えられない次第でございます。これを例を農業に取つて申しますならば、男ある家庭はいろいろ手廻りもよいし、力もありますから、余つた物を闇賣りなんかして、闇肥を沢山施して、又次の收穫はよく得られますけれども、細々と子供を抱えながらやつております未亡人につきましては、闇肥なんか買う余裕はございません。それで自分の着物を一枚、二枚と賣りながらそれで闇肥でも買つて、そうして少しでも余計取れるようにと、お互い同志話合つてはおりますものの、到底間に合わないのであります。家庭と外と両面でございまするので、夫ある家とどうしても同一の收入を上げることは、できませんのでございますから、只今申告納税が行われております現在におきまして、少しでも未亡人が備考欄にでも、減收の理由を書きましたならば、そこのところを適切な税率に更正して欲しいと思います。住民税なども同じでございます。國家の再建途上に、國家財政のことも想像できますけれども、最低生活ができれば結構でございます。戰死しましたのでございますから、その代り一般の人よりも樂をして食べようとは少しも考えておりません。殊に夜に日を次いで働いて、最低生活をしながらも、子供だけは十分に立派にお國のために役立つように育てたいと念願しておるのでございますから、この兒童福祉法をもつと徹底して頂きまして、教育年金とか、遺兒年金とかいう形式で、遺兒の中で少しでも才能ある者、又母親が子供の才能の優秀を認めて、上級学校へ入れてやりたいなどと、念願しておる家には、それ相当の教育資金といいますか、何かいい名目をつけまして、少しでも援助して欲しいと念願いたしております。それから又これは一般を通じてでございますけれども、農村におきまして、未亡人が畠へ出る、子供は学校へ行く、幼い子供を抱えながらも畠へ出なければ生活ができません。留守を狙われて広常に盗難が多いので、この点非常に苦しんでおります。これは未亡人だけに限られたことではございませんが、どうかその点も御考慮頂きたいと思います。要しまするに、未亡人の物心両面の御援助が欲しいと、切に切望して止まない次第でございます。
#77
○委員長(塚本重藏君) 尚委員の各位からお尋ねがあれば……
#78
○草葉隆圓君 牧野さんに一つ伺いたいと思いますが、この寮に入つておりますお母さん達、子供達が病氣になりました場合、先にいろいろお話があつたようでございますが、生活保護法による保護は、全部が全部受けておるのじやないと思いまするが、病氣いたしましたときに、病氣の治寮は生活保護法によつて全部取扱つておりますかどうか、これらの点を……
#79
○証人(牧野修二君) 今私の方の寮では、たとえ生活扶助にかかつていなくても、実は今年の春あたりまでは大分それが窮屈でした。ところが、いろいろ交渉して、本省の方ではとにかく医療扶助だけでも單独にできるということを指導しておられるのだから、だからできる筈だ、もつと交渉しなさいと言つて職員に交渉させまして、そうして今年の春あたりからは、順調にそれが行われて、或る意味において末端の民生委員の方では、法令を十分理解しないために、実際において不遇な目に遭つているのがあるのじやないか、その点民生委員の訓練ということを要望するわけであります。
#80
○草葉隆圓君 私は新らしく最近できた、京都の母子寮八十ケ所を、昨日と一昨日見て參りましたが、それは八十ケ所の中で十一世帶が生活保護を受けて、十一世帶の人が病氣で医療扶助を受けて、後は全然受けていない。從つて大変氣の毒な状態であつたのですが、二葉保育園の母子の方は生活保護法を受けておらないか、子供なり母親が病氣をしたときに、生活保護法の扶助料を單独でおやり願つておりますか。
#81
○証人(徳永恕君) 幸い医療の團体として御理解を得ておりますので、私の方は生活保護法に該当しない者も、医療保護は皆して頂いております。
#82
○草葉隆圓君 小さい資金が大変要る場合が多い、殊に最近の状態では、或いは事務員がおる場合に、事務員の月給の支給が遅れたり、或いは配給物がどつと來る場合に、その配給の金を拂うのに困つたりするというように場合の資金というものについて、どういう手をお持ちになつておられますか。
#83
○証人(徳永恕君) 私共は先程申上げた通り、大体において、できるだけ共同炊事にいたしておりますし、すべてが殆んど立替でございます。そうして月給を頂きましたときに、拂える方は拂つております。それで收入の点もはつきり分らして貰わないと、それができませんので、そういうことが通じておるつもりでございます。
#84
○証人(牧野修二君) 実際その点彼らは困つております。それで戰爭中御承知の読賣新聞社が資金を募集しまして、そうして厚生賃金と称して各地の母子療に配付して下さつた。そのお金によつて、とにかくあの当時の貨幣價値においては確か三百圓でした。それは臨時に子供が小学校を入るからちよつとランドセルを買いたい。或いは本人が就職するために定期券を買いたいというようなことなどの場合にも、ちよつと簡單に借りて、直ぐ又月なしに返すというような厚生資金制度というものが幸いあつたのです。その後そういうものは全然ありません。從つて先程ちよつと申上げましたように、そういう資金制度を、非常に簡易な保証人も何も要らない簡易な資金制度というもの、この際少額資金融通制度を作つて頂いたら非常にいい。現実はどうしておりますかというと、私共の方では幸いにして経営自体の方から或る一定の金をそういうことのために持つて來て置きまして、五千圓ぐらいですけれども、そうしてそれを融通しております。併しなかなか大体が生産を行なつて、そう收入を図つているわけではないものですから、足りないところはどこまで行つても、いつまで経つても足りないので、結局返すということが滯り勝ちになる。そうして五千圓の資金が段々減つて來て、結局貸せられないという窮状に陥つております。それですから誠にその点は皆の要望に應じられないで残念だと思つております。
#85
○草葉隆圓君 現在母子寮は兒童福祉法の中に取授われておる。これは止むを得ずに、何も法的根拠がなかつたので、兒童福祉法の中に入つておる。この行き方について現在母子寮を経営になつてその衝にお当りになつているお二人の方では何かどうもおかしいではないか。母子寮はもうちよつと母子という立場からもつと立法的な根拠を與えるべきものではないか。兒童福祉法という子供を中心にした立法的措置から母子寮を考えずに、もつと日本全体が母親というものを中心とした、子供のある母親というものを中心にしたものが必要ではないかというようなことをお考えになり、又現在の母子寮というものが兒童福祉法の中になかつたよりはあつた方がいいのでございますが、併しそのもう少し違つたようなものが、こういうふうなものが必要ではないかという点、言葉を換えて申しますると、もつと本質的なものでも必要でということをお考えになつておる点がありますか、現実の運営の面から考えて、兒童福祉法の金を操作するこの運営の面からも考えてそういう点を一つ伺いたい。
#86
○委員長(塚本重藏君) 徳永さん如何でしようか。
#87
○証人(徳永恕君) 兒童福祉法における母子寮としての実施はつい東京では最近行われましたことで、遡つて今事務費云々というような……つい今最近なのでございます。ですからその結果としてのことはまだ分りませんでございますけれども、併し子供を中心に私共は母子を考えますものですから、福祉法の中に入れられてあるということは大変有難いことと思つております。併し先程來お話のように、そこに盛られたいろいろ経済的の面では將來についての保証が誠に少のうございますから、子供を大きくこれから先本当に教育して行く教育資金というようなもの、いろいろな意味では先程来お話のように何とか別の制度、別の面から教育資金なり、臨時的生業資金なり、何と申しましようか、いろいろな意味で寡婦年金なり、何かで保障をさして頂く横のものがありたいと思つております。
#88
○証人(牧野修二君) 現在の兒童福祉法について先程申しましたように、母子保護は二十三條だけで、簡單に片づけられているということに対して大いなる不満があるが、併しながら兒童福祉法が單なる生活困窮者だけを扱うという狭い意味ではなくて、いわゆるすべての兒童は保護されなければならないというあの第一條にはつきり示してあるああいう積極的な、建設的な福祉法の精神に基いて行われる施策の中に母子寮が入れられているということに対しましては、私は非常な賛意を感ずるわけです。ただ場合によりますれば、先程申しましたように、母も子も区別しないで、團体としての母子福祉法といいますか、單独法が作られて下さるならば、尚一層母子の要請が積極的になるのじやないか、若しそれが不可能であるならば、從つて兒童福祉法にもつともつと母子法に対する施策を盛り上げて頂きたいという考えを持つております。
#89
○草葉隆圓君 さつきからいろいろ伺つておりますと、或いはこの寮に入つておる母親だけが自立的に進めて行く、或いはもつと有効に進めて行く、或いは協力態勢をもつと作つて行くということにおいての未亡人の欠陥の除去をして行く。そういう点からこの未亡人の將來の行き方の上にもつとこうお互いが協力した態勢を、未亡人自体が手を繋いで行く態勢がもつと取られなければならないのではないか。そういう点について、或いは武藏野母子寮なんかはすでにそういうことを御計画になつたことがあるのじやないかと存じますが、今の問題についてどういう考えであり、又どういう御体驗があるか、この点御両氏に伺いたい。
#90
○證人(牧野修二君) あの只今の未亡人の自主的な更生ということに対しては、もう絶対にこれが必要と認めております。そうして何と言いましても先ず未亡人の要望というものを結集する必要がある。私は実は引揚者團体が非常に強力な團体活動をしておるということに対しては、とにかく未亡人もあれくらい強くならなければならないのだ。とにかく、今日引揚援護に対する施策が非常に強力に行われておるということは、引揚者の人達が結束したあの力が何といつても輿論を形成し、その輿論が國会の方々に把握されて、そうしてそれが行政の上に反映されて行つておる。從つてどうしてもこの未亡人はともすれば心の中に悩みを持つだけであつて、それを発表する術を知らない。どうしてもこれに対しては結集する必要があると思う。それからもう一つ、今度やはり未亡人は互いに助け合うということが、例えば單にお互いの身の上の不幸を話し合う。話し合うということだけでもどれ程慰安になるか分らない。それは女性特有の心理がある、そういう意味合から言つても、仮りに要求するしないは別として、未亡人のグループを作るということはどれ程未亡人に取つて心の糧になることか分らない。それから尚未亡人の苦しみを知るのは未亡人自身である。從つて未亡人自身にでき得れば組織化いたしまして、そうしてそこに相当の資金を流しとやつて、そうして未亡人みずからの力によつて未亡人みずから好むところの厚生施設なり、或いは自力の方策を立てられるということが絶対に必要だと思います。ただ私はこの際にちよつと関連して申上げたいのは、いわゆる遺族團体がございます。先程も時間の都合がありまして十分申上げられませんでしたが……それからこの未亡人の團体を申し忘れましたが、非常に有意義であるということは、今日の日本の再建の上においてやはり非常に有意義だと思う。とにかく今は平和とか、戰爭放棄とかいうようなことが流行語のごとくなつております。そうしてときには日本の再武装を影では噂する者がなきやのごとくにも感じられるし、はつきり知りませんけれども、或いは警察力をうんと殖さなければならないとか、何とかいう問題もあります。それを批判する何は私共ありませんが、とにかくどうしても日本は平和國家にしなければならない。それに対して痛切に感じておるものは何かというと、未亡人だ。折角苦労して育て上げた男の子が漸く青年に達しますと、又再び彈丸の犠牲になり、漸く育て上げた娘が又再び未亡人になるというようなことはもうこりごりだということは、魂の底まで附いておるのは私は未亡人だと思います。從つて如何に世の中が変つて再び軍需景氣がよくなつて、或いは軍需産業が再び戻つて來る、或いはそんな意味合からそういう方向に行くかも知れない、いろいろな何があるかも分りませんが、どんなことがあつても最後まで平和を守り通すのは未亡人だと私は思います。そして未亡人の子供であると思う。そういう意味において日本再建の本当の平和を立てるためには未亡人の心持、要望、考え方というものをはつきりこの再建日本の中に植え込んで行く必要がある。併しこれを一つ誤りますと、今度は逆に行きまするというと、未亡人の不滿や不平がやがて娘、子に伝つて、そうしてそれが逆に國家に対する不信或いは社会に対する疑惑を生みまして、逆の結果を起して來るということが考えられる。從つていずれの点から行きましても、どうしてもこの未亡人の心持、平和を愛する心持というものを十分育て上げてやるということも非常に今日必要だと感ずるわけであります。そういう意味におきまして、私はただ一面遺族の方もそういう心持は十分あると思いますが、ただそこに心しなければならないことは、子供を亡くなしたお父さん、弟を亡くなしたお兄さんも遺族でありまして、この方々はどちらかというと、生活には苦しまない。從つて多く行こうとするところはどこかと言いますと、いわゆるプライドの問題なんです。いわゆる名誉心というものが或る程度、これは全部ということは申しませんが、一つの傾向として申すのですが、そういうことになり勝ちであります。未亡人は生活の問題で、つまり自分が正しく生活し、子供を立派に育て上げることが何よりも戰歿者に対する、或いは戰災死亡者に対する、夫に対する何よりもの手向けだということを彼女達は自覚しておる。從つて彼女達の動き方というものはいわゆる厚生行政の面に繋りのある動き方になつて行く。私共といたしましてはそういう意味から行きまして、どうしてもこの際未亡人の動き方ということに対してでき得る限り社会、政府は力を貸して、未亡人團体の結成とそれに対する育成ということにいろいろお力をお注ぎ下さることを希望いたすわけであります。
#91
○委員長(塚本重藏君) 最初開会のときに申上げましたように、これを終つた後で衆議院の厚生委員の方々と一緒に懇談することになつておりますし、すでに早くから衆議院の委員さんがお見えになつておることでありますから、衆議院の厚生委員会におきましても、參議院の厚生委員会におきましても、二時から他の委員会をやるので、それまでに終了したいので、委員も証人の方もそれをお含みの上でお願いいたします。
#92
○草葉隆圓君 衆議院との懇談会は今日は取り止めになつたと聞きましたが……
#93
○委員長(塚本重藏君) 委員長の方に通知がなかつたものですから……どうぞ。
#94
○草葉隆圓君 只今牧野さんのお話で、これは結局未亡人の問題の解決というものを考える場合に、今の生活というような問題も当然出るのでありますが、お話のプライドというものを忘れていちや未亡人の問題の解決というものはできんのであります。未亡人の持つておるプライド、これはなかなか未亡人でないと分らないプライドでありましようけれども、このプライドを生活の、たとえその人が食うに困つておる者であつても、一つのプライドを持つてですね。そこでそういう観点から考えると、私は大変一方におきましては、非協力的なところがありはしないか、独善的な、甚だ言葉は妥当でないかも知れませんが、独善的な、独断的な、非協力的な面がありはしないか。そこで二葉保育園あたりで共同炊事をおやりになつておるという場合において、私が親しく見ますと、幾つかの共同炊事が形式的に流れております。実際腹を膨らしていない実情にあります。從つて未亡人は何か摘み喰いをしなければならん。又子供は子供で摘み喰いをする。非常にこれが理論的共同炊事に終つておるという場合が殆んど多いという実情をどうしても……未亡人がやつて行く場合には共同炊事をやつて行かなければならないけれども、併し現在のような食糧事情になり、社会情勢では恐らくうまく行かない。やはり戸棚の中にはお腹を膨らす材料が分らずに隱されておるということをあちらこちらで実は見るわけでございますが、そういう点について二葉保育園あたりではそういうことはないのか。又そういう点の御指導なり、非協力的な点、つまりプライドを高めるというような点についてのお考えをもう少しちよつと承つて置きたいと思います。
#95
○証人(徳永恕君) 共同炊事が晝食程度でございますときにはいろいろ不平がございました。それを自治的な共同炊事にしたいということに随分苦心いたしました。余り多勢ございましたらば、それは不可能でございますかも知れませんけれども、一緒に自分達の台所で協力してしようじやないかという自発的な氣持にまで行きましたときに、一緒の炊事がやれるようになると滿足に近くなつて行くように思います。それで私共の所は十五世帶で六十人まででございますが、職員も皆一緒にいたしておりますが、実際問題といたしまして、その仕事の炊事係をいたします者が子供を、赤ちやんを連れて外に行けないお母さんの人、若しくは弱くて行けないというような二人の人が係りになつております。配給だの、全体の指導的な責任を持つ者は外にもう一人ございます。それもお母さんの中の一人でございます。そうして献立とか、それから経済の收支というようなことも当番制度にいたしております。結局初めのうちは実際にする方がよいと思いまして、夜から朝にかけてお当番一人ずつくらいが仕事を持ちながら、働きに行きながらそういうふうなことをしておる、それは大変に過重に思いますので、この頃は一週間のうち六日間はその炊事係がずつといたします。日曜だけお母さんが当番して二人くらい朝から晩までの献立なり、炊事なりをやるというような方法を取つて見ました、その日には不断は設備やいろいろの意味でお菜をたつぷりするということは、二つにするということはできない場合もございますのを、日曜には二つのお菜を作るとかいうふうなことを皆の相談で持ち寄りまして、そういうふうなことで満足にまあ行つておると思つてお回ます。でも事実それだけで本当に満腹するとか、質的な自分の嗜好とかで満足できるというわけにはなかなか行きませんし、又職場で特別配給がございましたり、親類なんかから物を貰つたりというなことですべてそこにおる五十人に分けるというようなことは不可能でございますから、事実上自分の家庭で以てするというようなことはいたします。
#96
○草葉隆圓君 実は例えば、私は母子寮というのを成るべく全國的に沢山作つて、この未亡人の協力態勢、すべて母子寮というものができたらこの上ないと思いますが、恐らく本年度の予算におきましては、母子寮の創設というようなことは予算的にできないのではないか、國庫の力で、府縣の場合は別でありますが、結局そういうふうに考えて見ると、神社なり寺院というようなものがこの五人、六人の小さい、少しばかりの母子のグループを世話して行くというような態勢が全國的にばつと取られると、この母子未亡人の問題も或も程度私は解決するのではないかとすら思う。そういう皆様方のお二人の御経驗から五、六世帶の未亡人のグループですね、それが農村の寺院というようなものに、或いは都会の寺院というもの、そういう寺院なり宗教團体なり、教会なりというものが世話して呉れるということについて、どういうふうに御経驗の上からお考えになるでしようか、牧野さんから……。
#97
○証人(牧野修二君) 非常に御尤なもお話で、是非先程の居宅の母子に対する保護策を充実して頂きたいという点は、その点を申上げたわけでありまして、せめて母子寮に入れない人達の、住宅に住んでおる母子達、そういう者に対しましては一つのグループを作つて、そうしてグループ、ワークとしての母子保護をやつて行くということが刻下の急務だと思います。そうしてそれについてそれでは何名ぐらいの者をそのグループに出すかという点につきましては、その土地の交通状態、或いは環境、それらによつていろいろ違います。まあ東京の例を申上げますれば、私はできれば一つの町、人口、戸数によつて違うが、まあせいぜい千から二千ぐらいのところですが、そのくらいの、一町ごとぐらいに作るということが適当ではないかと思います。そうして何をするかと言うてみましたら、そこにおいてその町内に教会、社寺などがありますれば、そういう所で保育所或いは学童の余暇補導をする。それから又いわゆる内職組合をつくりまして、そうしていわゆる不当な中間搾取を排除しての適正な内職の斡旋をする。その他又リクリエーシヨンをやつてあげるとか、尚そこに個々の家庭に対するケースワークも必要であります。そういうふうにして、そういう一つのグループをつくりまして、仮に母親クラブ、これは兒童局の方で兒童保護対策として取上げております。特に未亡人というわけではないのであります。その母親クラブども結構でありますが、とにかく母子グループを作つて、そうして、そこにグループワーク、ケース、ワークというものをあらゆる面から行なわれることが今の母子寮の不足というものを相当に補うということができると思います。その実例といたしましては、例えば高知縣においてはその母子を集めて青蘭会、家なき母子寮としての活動を現実にやつております。今その運動は各地において民間から湧き上つておるということが何よりもその必要であるということの必然性を示しておると思います。
#98
○草葉隆圓君 墨さんに一、二点を伺つて置きたいと思います。墨さんの現在のお仕事なり、農業としてどのくらいの耕地反別をどういうふうにしておやりになつておるか、それから未亡人のいろいろな会合としてやつておいでになつておるようなこと、そういう点を第一に伺いたいと思います。
#99
○証人(墨眞佐君) 私の現在の仕事と申します点を一つお話させて頂きます。私は昭和十九年主人の町葬を営んで頂きましたが、十八年十月十日に主人が戰死いたしましたのでございます。それでその当時は父から分けて頂きました財産と主人が残していつて呉れましたものがございましたので、子供の面倒を見て、生活するだけには安定した生活でございました、それでこの子供達を育てるにつきまして、何の苦労も感じておりませんでしたけれども、敗戰と共にインフレも高まり、又主人が残していつて呉れたものとても、粒々辛苦の賜であるからして、便々として子供を育てながら食べてしまえのは余りにも勿体ない、子供を育てながら、而も現在の耕地反別が供出が過重なので、農村では段々と余つております。あちらの田圃、こちらの田圃が空いたという声が非常に聞えておりますので、女中を雇つて安易な生活に慣れておりました私の身にとりましては、主人の戰死の内報を受取りました悲しみと、戰地において食糧が足りなかつたために、主人が南瓜の葉でも、甘藷の葉でも頂いておりますというその端書を受取りましたときの、私の激しい何と申しますか、自分は食べずにおつてでも主人に送つてやりたい、兵隊さんに送つてやりたいというような心の感銘から、この空きます田圃を何の経驗もないけれども、少しでも兵隊さんのおために作ろう、食糧増産のために作ろうと思つたのが百姓を始めました動機でございます。そうして当時二歳の子供を抱えましては、暑い日中に汗水垂らしながら耕地を耕作しましたときなどは、本当に今から思つてもぞつとするくらいの苦しみでございました。段々慣れて參りまして、現在におきましては、長男が十六歳、一番下の子供が小学二年生、四人の子供の母親としまして、子供と共に三段半ぐらいの耕作をいたしております。そうして又子供達の成長につれまして、このままでおりましては、子供を高等教育を受けさせるには到底できないということを確信いたしておりますものでございますから、幸い主人が経営しておつて呉れました工場に現在はそのゆかりがありましても、何の恩惠と申しますか、主人の仕事を何一つ知らなかつた私でございますから、一工員として入れて頂きまして、専ら主人の仕事を子供に受継がせる方便ともして、眞劍になつて覚えております。そうして現在八時間制度でございますので、帰るなり子供を連れ出しまして、お百姓に精を出しております。又未亡人会の方にしましては、このままで皆が愚痴を言つていてばかりいてもいけないというところから、同志相寄りまして、石鹸を賣らして頂きましたり、又名古屋の昭和莊の方が露店を経営なさつて、その費用で幾分か生活が潤つているというお話を聞きまして、私共の方は生活を潤おすだけのことはできませんけれども、何かの折につきまして、学芸会とか、又賑いごとなどがありまして、露店を出しましてそうして、その收入の幾分かを会の運営に充てるとか、又その中で一番困窮なお方々に皆さんの了解の下に差上げるとかして、そうして費用を生み出すことに努めました。又共同募金の叫ばれておりません前は興行もさせて頂いたこともございます。その折に町村の皆々様の非常な御同情によりまして、沢山の利益を挙げさして頂きまして、その利益が現在会の運営に残つておりますものでございますから、そのお金を肥料を買うのに、とても何か賣らなくては困るが、どうしてもこの物は賣りたくないというようなお方々に貸して上げましたり、そうして又お米が獲れて收入を得られた場合は返して頂くとか、又子供に何か買つておりたいといつたような場合にそのお金を使つて頂くとか、月末には確かにお金が入るけれども、少しでもお金が欲しいといつた場合にこういう安易な会費というものがありまして皆樣に樂に使つて頂けるといいと考えまして、小額の五百圓、千圓というお金を貸して上げましたりいたしております。そうして皆が協同一致いたしまして、少しでも精神の拠りどころを作るように努めまして、愛知縣の海部郡の婦人会長をしております後藤きみゑ先生とか、現にこちらにお出でになります草葉先生、野村文子先生などをお呼びして、講師としてお招きしまして、主人の供養を勤め、皆さんが心から相倚りまして、先生の熱心なる御教養あるお言葉を聞いて、皆の修養に努めましたりいたしております。以上自分の不束かな、私としまして何もできませんけれども、生活の安定というところは少しもそこまで手の及ぶ間がないのでございますからして、せめて精神修養なりとも、少しでも堕落する者のないように、子供を立派に育て上げる機関といたしまして、修養会だけはずつと続けて行きたいと思つております。又費用の余りました点で、町村の役場の方々にもお願いいたしまして、子供の激励会というようなものを催して頂きましたり、非常にその点町当局の方々も御温情ある態度をとつて頂きまして、私共に御温情ある処置をして頂いております。これは感謝いたしております。そうして又供出の点におきましても、非常に困つている方々には引いて頂きますようお願いいたしております。そうして中島郡の中でも御理解のあるところもございまして、六十歳以上のお父樣のお見えになるお家とか、又は傷病者の方々で農地を耕作してみえるお家などは供出米を温情的措置によつて代つて出して頂いて下さつているところもございまして、非常に感謝いたしております。以上のようなことで、甚だこれといつて申上げるようなこともございませんが、要はいつかは國家的にこの私共の叫びが取上げられまして、物心両面の御温情ある國家的な処置を取つて頂きたいということを切願しながらも、私共部落にありましては、さような精神修養会を催しておりましたような次第であります。
#100
○姫井伊介君 徳永さんにお尋ねいたしますが、この母子寮の中で大家族主義に生活樣式をやつているのは誠に結構だと思いますが、一方又考えますと、牧野さんのお話もありましたが、永久に母子寮に住んで行くわけじやないので、やはりその人達は子供でも大きくなつたりしますれば、社会生活をしなければならない、更生自立いたしまして、この社会生活をすれば各戸生活になるのですが、その場合の用意というものがやはり與えられているかということですね。例えばいろいろな調理方法にいたしましても、或いは台所の仕事にいたしましても、皆合理的に文化的にやつて行くように、又食糧の貧しい材料でも、それを栄養價値のあるものにして行くようなことに、各自独立して生活をして行くのに対する用意が行なわれておりますかどうか、一つお伺いいたしたいと思います。
#101
○証人(徳永恕君) 私はそれは大事なことだと存じますから、忘れないつもりでございます。それで協力炊事と申しますことについて小さな自分の家庭だけの生活でない大勢にいたしましても、自分の家庭の延長として考えるようにと思いまして、同じ與えられるものでもどう調理すればよいか、栄養のことも又皆で一緒に考えようという立場でいたしているつもりでございます。ただ一人々々各戸炊事にいたしますことは、皆過去にはそういうふうにしている方が多うございますから、炊事具を持つている人もございますが、持つてない人もございます。又そういうことをしたい者には何時でもしていいというようにもしております。そういう途も開いておりまして、是非という場合にはそういうようにいたしております。
#102
○姫井伊介君 鯉淵さんにお尋ねしますが、プリントの未亡人の叫びのうちにつきまして、未亡人團体の指導者が欲しいというようなことがある。ところが御承知の通りに婦人になりますと、欠陥といたしましてやはり妬み心がある。或いは勢力爭いというようなことができる。或いは感情がどうもうまく行かないという点がありまして、適当な指導者を得ることが困難である。そういう場合には外の男の方でも指導者を得ることにつきまして、未亡人團体としてはお好みになりますかどうか。
#103
○証人(鯉淵鑛子君) 私としましては、どちらかといえば男の方の方がよいと思うのです。何故かといいますと、未亡人の家庭はお父さんがありませんから、子供達がとてもお父さんを恋しがつている。そういうお父さんになれるような男の方に指導して頂いたらこれに越したことはないと思います。
#104
○姫井伊介君 慰安会のことでありますが、年二回くらいという御希望でありますが、これはやはり未亡人なるが故にという一つの前堤意識の下に行きますことは、或いは何だか淋しい心をその中に持つのではないか。むしろ慰安会等はその地方々々の廣く一般の人と交わり合つて人々と共に樂しんで行くという社会生活に馴染むということですね。そういうことがいいのではないか。或いは未亡人だけがいいかその点を一つお答え願いたい。
#105
○証人(鯉淵鑛子君) 私の方はこれということはございません。一月に一回懇談会をやつているのです。その懇談会をやつているときに、やはり何か慰安團でもいらつしやつて頂いて、親と子と樂しく一日笑つて暮したいという氣持があるものですから、あと母子寮等ございませんので個々の生活をしておりますから、社会性の方は別に今のところ……
#106
○姫井伊介君 お集りになつた機会に……
#107
○証人(鯉淵鑛子君) 機会にです。
#108
○姫井伊介君 牧野さんに伺いますが、遺族團体のことをお話になりましたが、これには未亡人も含むわけですが、これも存在期間と申しますか、遺族という観念がいつまで続いているかということ、これが今の苦しみを持つている人の次の代になつても尚遺族團体というものは存在理由があるかどうか。そういたしますと一方いわゆる封建的な氏族観念というものが残つて行くようなことになりはしないか。殊にプライドを持つというような点からそういうことが考えられますが、この点につきましてお伺いします。
#109
○証人(牧野修二君) このことで私も遺族團体というものは永久に置く必要はないと思います。從つて先程遺族團体の二つのあり方ということをその点で申上げたわけなんですが、いわゆる遺族のプライドを保持しよう、例えば戰時中非常に持ち上げられた、あの特殊扱いをされましたあの持ち上げられたプライドを、それを維持しようというような心持が多い遺族團体というものは、私は必要はないと思うのです。結局、從つて未亡人という特殊的な環境に置かれているために生ずるところの生活苦を解消する、そういうふうな意味合においての、その未亡人團体というものの存在を私は認めるのです。從いまして、少くとも、苦し國家におかれまして、その團体というものをお考えになられるならば、そういう者の生活苦を解消し、そうして自力更生を主眼とするところの遺族團体というものを育成されたい。実は終戰後いわゆる遺族同盟を全國で最初作つた。これは二十年八月に終戰になりまして、二十年の十二月頃だと思います。それでその頃は遺族の團体を作ることもどうか、遺族の「い」の字を言うことさへどうかといつたわけで、みんな靖國神社に参拜する連中もないというくらいで、私は先程申上げたような意味合から、遺族達の不満の声を聞きまして、それは尤もだというわけで、賛成をいたしました。それをやつても決して惡いことじやない、それで早速作つて、翌年には、連合軍の民間情報部のウイード婦人團体課長の所へ出掛けて行つて、そうして話したところが、その趣旨においては賛成して呉れて、そうして又その会合にウイード女史は來て呉れた。そういうふうな、いわゆる未亡人の特殊的環境における自力更生のための團体というものは、これは正しいものだ、併し問題はそのプライド自体の解釈になると思うのです。そういう意味から言いまして、私はプライドだけじやいけないと思うのです。
#110
○姫井伊介君 同じ意味におきまして、この未亡人ということが、敗戰の、若しくは戰爭犠牲のためにできた、これも亦年月と共にこの原因に基く未亡人関係はなくなつて行くわけであります。併しながら社会的関係とかいろいろな関係からいたしまして、未亡人という者のあとはなくならない、從つて今日の未亡人團体というものは、そういう意味において永続せしめるか、その内容の性格は変りましようが、永続すべきものか、現在の戰爭犠牲者による未亡人という者の或る解決が二、三十年後につくとするならば、後は社会一般的な処理に委ねるか、その時期には、遅くとも社会保障制度もできると思いますから、未亡人團体も要らないということにも考えられる、この点のお考えは如何ですか。
#111
○証人(牧野修二君) 一時的でございます。
#112
○姫井伊介君 その次に墨さんに伺いますが、農村におきましての再婚問題ですね、これはよく問題になることなんですが、封建的な道徳観念で、再婚される人が何か白眼視され、何だか身持が惡いというような妙な感じを持たれるのですが、そういうことのために再婚が圧迫されるような傾向はありませんか。
#113
○証人(墨眞佐君) 大変世が進んで参りましたと申しますか、開けて來たと申しますか、現在におきましては、私共の会におきましても、再婚されました方ができましたし、又その家庭によりましては、弟さんと再婚されるといつた方が二、三ございますし、その点非常に会といたしましても、未亡人会に入つているがために、どうしても何と申しますか、貞女二夫に見えず、という観念でおらなくてはならないといつたようなことはなく、幸福な再婚なら会としましても非常に勧めておりますし、一方又非常にお年寄つた方々では、再婚を嫌つて見えます方もありますが、お若い方々は忌避して見えるような方はございません。皆進まれて見えますのでございます。
#114
○草葉隆圓君 先に牧野さんのお話の中に、長男を失つたり兄弟を失つた者は、いわゆる戰死者の遺族では、生活には困つていないというような意味の御答弁があつたようでございますが、これは何かの思い違いの意味か、それから遺族の問題について、さつきからいろいろお話がありましたが、遺族、つまりもつと今日の問題に限定しますと、未亡人の問題について私が先申上げましたプライドという意味は、戰爭中のプライドという意味は全然なしに、又今の時代に戰爭中のプライドというものは、恐らく毛頭持つていない。そうでなしに、今悩んでおるのは、これは一般の男の遺族の場合は、大体兎一匹に換えられるような状態で自分の子供をやつて、そうして挨拶の一つもしないじやないかというような一つの考え方に対する強い不満、國家に対する不満、それから未亡人の場合プライドというのは、私はそういう問題でなしに、未亡人が、原因が戰爭であろうとも或いは病氣であろうとも、これは別として、女らしい、未亡人としての女らしさのプライドというものを持つておる、この女らしさというものを考えて來ないというと、未亡人問題というのは、いわゆる解決しないものだ。未亡人の人達も同樣に自分の夫を返して呉れという心持は、これは確にあると思うんです。又人間である以上、夫が死んで本当に通り一遍の何一つもないという状態においては、これは戰爭なるが故に、敗戰なるが故に默しておる状態はありましようけれども、割切れない不満が当然あるでしようが、併し未亡人としてプライドというものは、私は女らしい一つのプライド、本当に困つておるけれども、外に出るときに羽織の一つもかけて行くという一つのプライドはある、そのプライドが嵩じて來るというと、問題が起つて來るが、或る程度のプライドというものは常に持つていなければいけないんじやないか、そこの使い方が、母子寮なんかでは一番むづかしいところじやないかと実は思うのです。それで、そういうものの使い方というものが、集團グループになつて來ると、お互いに訓練され、洗練されて來るけれども、併し洗練されて來る以上に、母子寮ではその欠点が多く見えるのが多いので、その欠点の除去に随分御苦労になつておるのではないかと実は思うのですが、先のような点について極く簡單に…
#115
○証人(牧野修二君) 先程も申しました例えば息子や弟を失つて、遺族團体に関連して申しましたことが、そういう人達が苦労していないという意味に若し解釈されましたならば、それは私の言い足らないところでありまして、これは現実に例えば六十何歳の人が神経痛で寢ておつて、それで息子が死んで遺族扶助料も止つちやつて、涙の生活をしておるとか、その他そういう話をよく聞いております。それは草葉先生のおつしやる通りです。それから今のプライドの問題ですが、これは要するにプライドといいますか、エティケットといいますか、それは本当に必要だと思います。それで、私のところでは、例えば女は……女はと申しては失言ではあるんですけれども、何といいますか、三人寄れば姦しいといつたり、それから安外男よりも女の独り身なんてだらしがないということを、いわゆる世間ではまあ惡口言う者もありますが、それで、そういうふうなことがやはり母子寮などでは起きないようにというわけで、やはりエティケットというものは保持しなければならんというふうにしておるのです。從つて一度おいで下されば分りますが、それも通告なしにお出で下さることを希望いたしますが、ブリキ罐の空罐を廊下に何しまして、それに花屋へ行つて買えないので、野草を入れて廊下に出しておるとか、いろいろ多少女の住む寮だなという感じが現れておる。そのような場合に私は非常に喜んで、そういう氣持をますます延ばすようにと注意しますが、これは本当に飽くまでも女性は女性としてのエチケットを尊ぶ。それはさようなこともやはり我々として注意をしなければならないと思います。
#116
○井上なつゑ君 徳永さんと牧野さんにお尋ねしますが、先程も、未亡人の方は母子寮にいらつしやる間はどうにかやつておられるのです。それよりももつともつと生活力を持つていなければならないというお話があつたように聞いておりましたのですが、生活力を持つのには、母子寮にいらつしやる間から何か準備をして頂かなければならないと思いますが、それは職業補導に関することだと思いますが、未亡人の方達はどういう職業を持つて將來自分達は強くなろうと思つておられましようか、このことをちよつと伺いたいと思います。
#117
○証人(牧野修二君) 未亡人の職業の問題については非常に私共実は困つておるわけなんです。といいますのは、先程申しましたように、未亡人をただ差当つて授産所に行かせるということは、未亡人が年をとつておるとか、いろいろな関係がありまして、授産所のような所でないような所でなければならないという環境の方もあります。概してやはり身に一つの職業的技能を附けさせるということが大切だと思います。事務員というものは年を取つたらどうなるかという心配が目の前にあるわけです。そうした意味合においてどうしても職業技能を持たすということをやつて頂きたい。而も職業補導所なり、或いは職業学校に通うようにしても、通つておる間收入がないのですから、それに対してそういうところで勉強しておる間生活補助をして貰うという制度を作つて頂きたいと思います。私共母子寮といたしましては、只今お話のように飽くまでも母子寮で社会的、経済的に自立する足場とするという意味に私としては考えております。從つて共同炊事を絶対に反対するわけでありますけれども、そういうふうな観点から例えば各個炊事のやり方という問題、或いは家計のやりくりの問題、或いは子供の育て方の問題、大変恐れ入りますが、簡單に説明します。例えば朝子供が出て行くときこういうことがある。四つぐらいの子が靴を間違えておると、お母さんが間違つちや駄目と言つて直ぐはき変えさせて出て來るのです。そのとき私はちよつと待ちなさい。それは駄目だよ、やはり子供はそのときにあなたは教えて上げなければいけない。これはお箸を持つ方のお靴、これはお茶碗を持つ方のお靴、それはお靴が間違つているねと言つてちよつと教えて上げなさい。それを教えるのには三十秒か一分で済みます。一度か二度教えて上げれば、その子は手を取つてはき変えさせるということはいらなくなる。そういうことも毎日の生活を通してのみお母さんの手が省けるようにいろいろ教育するということを、やはりあなた方はやらなければ駄目だ、こう言つておるのでありますがそれはあらゆる方面において單に職業技能を得るだけでなく、いわゆる胆玉の太さといいますか、生活力というか、そういうような意味のあらゆる方面において、社会的な生活ができるように進んで行かなければならないそういうような意味合におきまして母子寮職員というものは或る意味においてインサイクロペチヤ的な深さはなくてもいいから相当いろいろな問題を考える職員が要るだろう。併しそれには人件費の問題が起ります。その点に対して兒童福祉に対するいろいろな事業費の問題を御考慮願いたいと思います。
#118
○證人(徳永恕君) 職業補導についての御質問でありますが、私の方でも洋裁に一年間通わせましたが、幸い近くに補導協会がございまして、そちらに通わせましたが、この人は一人の子供でお母さんと食べることには差支なくやつております。又仕事でも内職的にいたしましたものには賃貸を與えるとか、朝晩お手伝を責任を持つてして貰つて、そしてお小遣を上げるというようなことを実際やつて來たのもございます。その人に應じた仕事を見付るということはなかなか問題でございまして、一番初めに十人をお預りするとき、私は授産所を附設するということを考えましたが、十人十色で教育の程度も違い、素養の程度も違い、技術の程度も違うので、このような僅かなことのためにそんなことに費いやしてはならないと思い、受産所を作ることを止めまして、外の職業紹介所なり、知人なり、都の関係を頼つてその人に應じた仕事を見付けてやつた経験から申しまして、只今でも同じようにやつております。それと牧野先生がおつしやいましたことは本当に大事なことで、教養性を持つことが母子寮の大きな部分と思います。ただ職業を與えるだけでなく、何とか向上して欲しい、そこにお互いの努力が要るのでございます。それにはどうしても指導者ですが、その指導者を得るということはなかなかできませんので、お互の中からそういうことに適する人を見い出すのも一つだと思います。自治的に導いて行くのが大切と存じまして、例えば保育のことに経験あり、資格を持つておる未亡人が、洋裁で立ちたいと思い、いろいろな物を売つてミシンを買い、これから洋裁を習おうとするときに、その未亡人に將來のためには洋裁が必要かも知れませんが、現在人の足りないときに持つておる技能と経験を活用したらと申し、その方になつて頂いたことがあります。又長い間先生をやつた人が入つて参りました場合には、その方に学童の指導者としての立場を取つて貰いまして、そのうちに職員としての立場を與えるというような方法を取りました。何とかそのうちからそれに興味を持つ適当な人を見出して行きたいということが一つの狙いでございます。
#119
○小杉イ子君 私もいろいろ伺いたいことがございますけれども、時間がございませんので、ただ戰争未亡人のことについてお伺いいたします。戰争未亡人は今まを威張つておつたので、思い知つたかと言わんばかりに役場あたりでは至極冷淡であります。戰争未亡人は今は唾さえかける人がないという程、冷遇されておるということを聞いて、私はここでも二度程話をしております。引揚者に対するすべての條件は努力によつてするすると要望が議会を通つて割合に進んでおるのに、戰争に行つたものでもない軍人未亡人までが冷淡にされておることは、私に取つては非常に不幸でございます。私は傷痍軍人に対してもどういう補助をしておるかと申しましたところ、それは待遇によつて補助しておると申されましたが、それは怪我の程度によつて補助すべきではないかと主張しました。未亡人には家族の数等によつて補助すべきだと私は主張いたします。併し補助を受けて、何らかの方針が付きましたら、どしどし自活の途を立てることを私は要望いたします。それには女であるがため、一、二人の子供は養う技倆を持つております。それには職業でありますが、具体的に今申す時間は下さいますまい、それで大いに機転をきかせればいろいろの仕事ができて來るものでございますから大いに機転をきかせて仕事を求められることを私は希望します。そうして未亡人が自尊心を持つて頂かなければならんということを申上げて、私は質問はいたしません。
#120
○草葉隆圓君 一点だけ伺いたいと思いますが、母子寮関係で、母子寮を全國的にもつとずつと作らなければいけない。又そういうことが大変必要だということを考えておる。併し実際の母子寮の運営から考えると、結局母子寮を作りましても、先程來いろいろお話になつてあつたように、立派なお母さんとして、子供を荒波の中で立派にやつて行ける人間をその間にやつて行くという意味における母子寮ということを考えますと、どうも現在の多くの母子寮というものは、何だか未亡人をむしろ温室育ちにする傾向がありはしないか、從つてその入つておる間はいい成績を挙げると申しますか、安穏で生活が無事であるかも知れないが、結局社会に出てやつて行く場合には、最初の間は幼稚園を出た子供が暫くはいいけれども、最後になるというと、小学校の教育とマツチしていないために、却つて成績が十分でないというような傾向が本当にありはしないか、それで私は未亡人を収容する母子寮というものは、これから先はむしろ指導者というものは要らんのじやないかということを、一つは自分で当りながら眞劍に考えた。むしろ自分達だけの集國的なものにして行く方が却つていいのじやないかということを痛切に考えておりまして、又むしろ未亡人問題のこれは大きな問題だと思う。これはさつきの話と少し矛盾したようでありまするけれども、併し眞劍な問題として思いますが、これは御両所のお取扱いになつているすべての問題もそれには通じて來ると存じますけれども、母子寮というものは、むしろもつと大局的な立場に立つた一つの施設として、未亡人自身にそのすべてのものを殆んど任せてしまつてやるというような行き方の方が却つてよいのじやなかろうかと考えられる。その点についての二人の一つ御心境を伺いたいと思います。
#121
○証人(徳永恕君) 御尤もだと存じます。そうして目的は、そこにそういう人を作り出したいということを一生懸命念願しておりますので、私はできるだけ自主性、皆の自発的の意見を入れたものにして行きたいということを一生懸命しているつもりでございますが、そこまで行きますには、いきなりそうでき得るものとないものとございます。大体浮浪者程度の者を入れますと、給食制度で入れまして、それが大体独立性を持ち得る、収入的にも生活保護法から頂かないでもできるというような程度になりました者を福祉法により一室一家族制度での独立への階段と存じまして、十分に独立まで行くような理想を持つた方針ですることが大事だということは忘れないつもりでございますが、ただ任せ切つたところに、苦労したことを繰返すよりも、何かそこに纒める一つのヒントを與えるあれは必要じやないかと思うのでございます。すベての指導するとか束縛するという意味では決してないと存じます。そうして年齢的にも十八までと福祉法にもございますが、十八に限らず、子供が一緒にお母さんと働けるようになりましたときに、自然に母子寮を出て行く、経済的独立のときだと存じます。そのときまでは精神生活も、外に出て立派に行き得るようにしたいと存じます。その精神生活の方が先に行く者もございますし、そこまで行つても子供の能力がないような場合もございますし、あつても移るべき家がない場合もございますので、過去の経験から申して随分そこらのことが多くの問題を提供されましたが、現在といたしまして、沢山の出ましたお母さん達がそれぞれに独立いたしまして、この頃では園の経済難のことが捨てて置けないという氣持ちから出身した母子寮のお母さん達の後援会みたいなものを作ろうということを自発的にして參りまして、何人かが隔月に寄つて会費を百円とか五十円とかいうふうにみんな出し合いまして、私に自由に使つて呉れという……一つの帳面にしてあるので、貯金帳にして出して呉れるというような方法も現われて參りましたようなことでございますが、勿論母子寮の、小さい子供を連れているから、お仕事をしたくてもできない、独立ができないという初期の間の保護も必要と思います。その間に教養を十分忘れてはならないことが大きな要素でございます。至らないながら……
#122
○草葉隆圓君 鯉淵さんに一つお尋ねしたいと思ますが、全國的に結婚相談連絡紹介網を作れ、これはなかなか地域的だと割合できるかも知れませんが、全國的になかなか困難かと思いますが、何か御構想をお持ちになつておりますか、私はそれで結婚問題というのは未亡人には勿論大切な問題だけれども、大体結婚というのは自然と解決して行くのじやないか、どうしても解決できない問題だけ未亡人の問題として起つて來るのじやないか、結婚を無理に強いる必要はないのじやないのか、だから一方から考えると、結婚というのは未亡人の解決としては考えない方がいいのじやないか、自然と解決がなつて行くようにそれを阻害せんように助長する態度さえ取つて行つたらいいと思い、未亡人グループがあつちこつちに結婚相談所を拵えて行く、全國的にやつて行くというよりも、それは自然にどんどん押出して行つて、後でにつちもさつちも結婚のできない対象、これが未亡人の一つの問題として起つて來りのじやないかと考えているので、全國的な結婚網というものを一つ……
#123
○証人(鯉淵鑛子君) 只今の御説、私も大体そういうふうな考えはしておりましたけれども、厚生省とか東京には三越の相談所とか、いろいろああいうものがございますから、ああいう機関を通じて今度は未亡人会があすこにある、ここにあるという所へ連絡するようにして、私の一番の念願は全國的に未亡人の会を作つちやうことだ、そうしてその作つた中にやはり会ができまして、そこに結婚の申込みがございます。そうしてその作つたものによつてお互いに連絡したい、そういう考えでございます。
#124
○委員長(塚本重藏君) まだ沢山委員の方からお聞きしたいこともあろうと思いますが、十分ではないと思ます。又証人の方におかれましても、折角ここに呼ばれたのであるから、もう少し時間があればあれも言うて置きたい、これも言うて置きたい、ああ言うたけれども、若しあれをもう少し補足して行きたい思われるような点も多々あろうかと存じます。その意味でまだ十分な満足を得たとは思われませんけれども、他の方の委員会などの関係もございますので、一應この辺で打切りたいと思いますが、御異議ありませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#125
○委員長(塚本重藏君) 証人の方々は或いは茨城縣から、或いは愛知縣から、遠い所から自分の仕事を擲つて本院においで下ざいまして、又徳永さんにいたしましても、牧野さんにいたしましても、忙しい中を割いておいで下さいましたこを厚くお礼を申上げます。時間は短かくありましたけれども、晝拔きで、今一時半でありますが、ここまで熱心に委員との間にいろいろ取交わされましたところのお言葉というものは、私共かこの全國二百万に達する多数の未亡人、そうしてその未亡人の持つておられまする多くの子供さん達、そういう人達の幸福の途を発見し、そうしてそこに何らかの対策を立てて行こうとする私共の努力に対しまして、非常な大きなお教えを頂いたのであります。牧野さんが言われますように、今私共は児童と未亡人という問題で扱つておりますけれども、私共の考えは、夫を亡くして生活に因つていらつしやるすべての未亡人の問題を取上げておるのでありまして、草葉委員が言われましたように、未亡人と言えば何かしら戰災未亡人に限るかのように印象ずけられるような今日の世相になつておることは、非常に残念でありまするが、私共の取扱つておりまするのは、そうでなく、廣い意味の未亡人、從つて牧野さんの言われる母子の問題、こういう意味において取上げておる次第であります。この問題解決のために非常な大きなお教えを頂きましたことを厚くお礼を申上げる次第であります。本日はこれを以て散会いたします。
   午後一時二十三分散会
 出席者は左の通り。
   委員長     塚本 重藏君
   理事
           今泉 政喜君
           谷口弥三郎君
           姫井 伊介君
   委員
           中平常太郎君
           山下 義信君
           草葉 隆圓君
           中山 壽彦君
           井上なつゑ君
           小杉 イ子君
  證人
           徳永  恕君
           鯉淵 鑛子君
           牧野 修二君
           墨  眞佐君
ソース: 国立国会図書館
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