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1949/04/21 第5回国会 参議院 参議院会議録情報 第005回国会 厚生委員会 第12号
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1949/04/21 第5回国会 参議院

参議院会議録情報 第005回国会 厚生委員会 第12号

#1
第005回国会 厚生委員会 第12号
昭和二十四年四月二十一日(木曜日)
   午前十時二十七分開会
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○議員派遣要求の件
○人口対策並びに産兒調節に関する調
 査の件
  ―――――――――――――
#2
○委員長(塚本重藏君) これより委員会を開会一たします。本日は人口対策虚びに産兒調節に関する調査を進めることにいたします。谷口委員のお骨折によりまして、本日はこの問題について説明員として慶應大学医学部の産婦人科教授安藤晝一氏を煩わすことに相成りました。これより安藤教授からお話を伺うことにいたします。その以前にお諮りしたいことがありますが委員長に一任下さいました議員派遣要求の件でありますがこれをお諮りしたいと存じます。一應要求書の内容を申上げます。派遣の目的、社会事業團体及び施設の人口整理に関する調査、兒童及び未亡人福祉に関する調査及び人口対策及び妊娠調節に関する調査のため、第一班として塚本重藏、竹中七郎、草葉隆圓の三委員、第二班として、姫井伊介、中平常太郎、谷口弥三郎の三委員を四月二十七日より五月三日まで七日間、第一班は愛知縣、大阪府、第二班は岡山縣、廣島縣、並びに大阪府にそれぞれ派遣したいと存じまして、議長にこれを要求したいと存じます、御異議ありませんか。
#3
○小杉イ子君 そういうふうの施設に対しまして、一向婦人が入りにくいということはこういうわけでございますか、私は自分も入れとおつしやつても入りませんけれども、婦人をお入れにならないということはどういう理由ですか、それをお伺いいたします。
#4
○委員長(塚本重藏君) お答えいたします。別に理由と言つてはないわけですが、先日、この問題で打合わせいたしましたときに、大体こういうふうな人選でよかろうという皆様の御意見に基きまして……
#5
○山下義信君 只今の小杉君の御意見御尤もと存じますがい今回の視察に御足労を願やたい委員の方々は、大体今回の調査の三問題について、主としてやつて頂こうと申合せた方々が御人選になつておると思いますので、至極結構だと思います。賛成いたします。原案に賛成いたします。
#6
○小杉イ子君 私はそういう婦人に対して、性問題に対しては、特に女が男よりか知る所が多いと思います。どうしてもこれは私は反対でございます。
#7
○委員長(塚本重藏君) 皆さん如何でございましよう。
#8
○山下義信君 この次には小杉委員なり、御婦人を加えることにして……。
#9
○小杉イ子君 私は全然そういうものには入らんことにしております。外に委員がいらつしやるようでありますが婦人の、そのために私は申すのであります。
#10
○委員長(塚本重藏君) 尚小杉さんに御了解を得たいと思いますが、これを相談いたしますときに婦人委員の井上なつゑ氏もおいでになり、その席上で御了解を得たのであります。
#11
○小杉イ子君 それなら結構です。
#12
○委員長(塚本重藏君) 御異議ありませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#13
○委員長(塚本重藏君) 御異議なければさよう決定いたします。それではこれより安藤先生のお話を伺うことにい
#14
○説明員(安藤晝一君) それではいわゆる産兒制限という問題の極く大要だけを主として実施方法に関する、まあ大まかな御参考になりそうなことを申上げたいと思います。そこに私のお話しようとする順序を書き出してあります。それについてとお聽きを願いたい。
 先ず余計なことでありますが、第一の人口制限法の問題でありますが、人口の制限法に二つの種類を分けております。受胎ということを境界としまして、受胎前に手を着ける方法と、受胎後、……受胎ということは妊娠という言葉でも構いませんが、妊娠する前に手を着ける方法と、妊娠した後に手を着ける方法と二通りあります。即ち妊娠する前に手を着ける方法は受胎調節法、或いは受胎防止法と言つております。これはいわゆる産兒制限法であります。それから受胎後に、即ち妊娠後に手を着ける方法に二通りありまして、人口妊娠調節であります、或いは法律の方では堕胎と申します。もう一つは生れて子供を直ぐその場所で窒息死する方法、即ちこれは日本でも相当徳川期及び明治の初め頃に行われておりました、間引きと称するこれは嬰兒殺であります、この方法が二つあります。この二つの方法を比較して見ますと相当違つた点があるのであります。そこに書いてあります比較の対象となりますのは、法規上の問題と、それから母性保護の面からいつた二つでありまして、この受胎前に手を着けるか、後に手を着けるかということに非常に差ができるわけであります。
 第一法規上の問題は御存じの通り受胎後に手を着けますと妊娠中絶、堕胎という法規に触れます、故なくしてやると……、それから間引きと称する嬰兒殺は殺人行爲になります。要するに法律上に嚴として禁止されております。罰が設けられております。ところが受胎前にはまだ何もできていないのであります。意義が全然変つて参ります。大体法律では主として生れて呱々の声を挙げた瞬間から人となるのでありますが、私共医学の方面、殊に産婦人科の方面では、もうすでに受胎後から入と看做すのであります。この見方は諸外國においても同じであります。特に宗教、キリスト教、その中でもカトリツクは、もう受胎後のまだ生れない前の胎兒を人間としてみなしておる。医学でも大体そういうふうにみなしております。でありますから受胎した後の取扱いと、受胎前の取扱は余程本質的に変つた点があるのであります。でありますから、今度の優生法案では受胎後の問題が取扱われて、受胎前の問題は全然取扱われていなかつたのを、私共はどういう理由か、これは了解に苦しんでおつたのであります。今度新たにその方面のことは審議され、立案されると聞いて大変期待しておる次第であります。その問題が今日の問題であります。
 それで第一の問題は終りまして、その次にそれでは現代において、受胎調節法を称しておるものは即ち受胎前に処置する方法はどういう方法があるか、現代と申しましたのはこの調節法は非常に沢山種類があるのであります。実際に現在に、今、今といつて日本だけじやありませんが、世界で実際行われておる方法にそんなに沢山はないのであります無論國によつて幾らか事情が違いますが、これを日本だけに限りまして現代日本において行われている受胎調節法は、あそこに書いてあります通り二種類に大きく分けられるのであります。第一に予防的性交
 第二は受胎的禁慾法というのであります。第一の予防的性交法というのは普通に狭義に狭い意味に避妊と称しておる方法であります。それは言葉が現わしております通りに、性交をしながら受胎することを予防するのであります。そういう意味で予防的性交法、これが一番正しい言い現わし方であります。無論これを産兒制限と今まで言つておつたのであります。或いは新マルサス主義的方法、ドイツではそういう方法が相当長く、日本でもいいと言つて使われまして、新マルサス主義的方法はサンガーが申しました、バース・コントロールを日本語に訳しまして産兒制限と称しておるのでありますが、実際この言葉の意味は御存じだろうと思いますが、まあ私共元、関係しておりました。人口政策委員会で一昨年の正月結論をつけましたときにどうもバース・コントロール、産兒制限ということは嬰兒殺までも加わる、言葉の意味においては、それから少くとも人口妊娠中絶も産兒制限の方に加わるというように誤解を招く虞れがあるから、この言葉は止そう、そしてそれに代えるに受胎調節という言葉を以てしようというのはその意味であります。無論これも日本だけにそういうことが議論になつておるのではありませんで、すでにアメリカにおきましてもバース・コントロールという言葉は近頃使われないのでありまして、これは受胎調節ということであります。受胎防止に当りコントラー・セプシヨン、ということが主として使われるコントラー・コンセプシヨンというのは、コンセプシヨンが受胎、コントラーが反抗するというのでコントラー・コンセプシヨンは受胎の防止と言うのでありまして、ドイツ語でも近頃コンセプシヨン・フエールフユツング。コンセプシヨンは受胎フエールフユツングが防止ということであります。それが正しいということになりまして、即ち人口妊娠中絶とすつかり分けてあります。無論間引きなどは現在行われるわけはありませんが、妊娠中絶とはつきり産兒制限は分けてあります。一方で受胎調節、調節と名前をつけましたのは、余り防止では強すぎるというので調節、コントロールという言葉を訳して取上げたのであります。大体は防止法なんであります。それが、一つとその中に二通りあります。大体この予防的性交法は私自身では対精子法と名づけておる、即ち受精をやりますには、受精ということは性細胞が二つ集まつて融合することが受精、これがまあ生殖の始まりであります。即ち男性の精細胞、生殖細胞と言いますか、精細胞である精子、或いは精虫と言つた、それから女性の精細胞であります。卵子、卵、この二つが一つに融合することを受精というのであります。受精した卵が母親のからだの中にくつ附いて、いよいよ母親と結び附いた瞬間から受胎と称するのです。その受精と受胎という場合は違う、即ち受精をしましても、受胎をしなければ妊娠になりません。即ち妊娠の始まりが受胎なんであります。ですから、受胎を防止するためには、精子に手をつけても、卵子に手をつけてもいいのであります。ところが、予防的性交法は、精子に手をつけるのです。即ち対精子法であります。対精子法と言つております。人間の受精、或いは受胎は母性のからだの中で行われます。即ち卵管の端つこのところで受精が行われるのであります。ところが卵子の方は、母体の卵巣からお腹の中に排泄される。即ち受精し得る部位に近いところで排泄されますが、精子の方は、いわゆる精虫の方は、男性が持つておる、異体、変つたからだの、即ち男性の、精巣と近頃言つておりますが、つまり睾丸と昔言つておつた、その精巣の中で作られてから、それを受精部に持つて行かなければならん。その持つて行く行爲が性的交渉であります。性交によつて母体の中に、精管を通つて持つて行かなければならん、持つて行く場所が膣であります。膣の中に射精される、その射精された精子は膣の一番奥のところに溜ります。溜つた部位かち子宮外口を通り子宮腔を上る、卵管腔に入つて参ります。受精部に行くのであります。即ち対精子法は、その膣の中に注がれた精子を子宮腔の方に上らないように堰をする、これが機械的方法であります。即ち上昇して行く道を遮る、ここにバリケードを置く、即ち機械的の一つの柵を設ける、或いは防柵を設ける、或いは堰をしてしまうのを機械的方法と言つております。それからもう一つ方法がありますのは、堰をしないでも、洗い出してもやはり機械的の方法であります。直ぐ注がれた精子を膣の中から外に洗い出すのも一つの機械的方法であります。それからもう一つ、化学的方法というのは、注がれた精子を、膣の中で直ぐ精液の中の精子をその場所で殺してしまう。即ち殺精子をやる、スペルム・サイダル、だからその科学的な方法は精子を殺してしまい、機械的な方法は精子を殺さないで、精子の上昇を妨げる、堰を作る、現在ではこの二つの方法しかない、無論これは受精に行うところの方法でありますが、もう一つ、対精子方法だけは男性にも行われる、即ち男性の陰茎の上にサツクをかぶせて射精しない、膣内に射精しない、それからもう一つ、男性にやる方法としては、中絶性交というのがあかます。いよいよ射精をする瞬間に陰茎を引抜いてしまう。今中絶性交という言葉を使いませんで、アメリカではウイズ・ドローワル。これは引抜くこと、引抜法と言つておりますが、これらも一部の方法であつて、一つの男性に行うところの機械的方法てあります。まあそれだけは予防的性交法の主な種類ですが、まだ細かく申せば沢山あります。ただその機械的方法の中に、又いろいろな種類があるのであります。機械的方法の中の種類は沢山にあるのですが、今日現実に行われておるのは一つしかありません。御参考までに申上げますと、先つき申上げましたように、精子が膣の中に射精されて、それが子宮膣部というところの下に子宮外口があるのですが、その外子宮腔から頸管を上つて子宮内に入つて行くのであります。ですからどこで止めてもいいのであります。止める部位が三ところある、即ち第一は膣の中に堰をしてしまう、即ち膣の中に、奥の方に精液が入らんように膣部の上部、膣の大体上三分の一、中三分一ぐらいの間で堰をしてしまう。その第二は外子宮腔を塞いでしまう。即ち子宮膣部というのはこれは子宮の一番下部にある、その下部に帽子をかぶせたように、キヤツプをかぶせたように、ベレー帽をかぶせたように、即ちしつかり帽子をかぶせて外子宮腔を塞いでしまう、その第三には、ちよつとその奧に入りまして、外子宮腔かち頸管というところに入ります。その頸管の中に栓を入れる、この三つが機械的方法の代表的なものであります。一番初めの膣の上部に堰をする、こういうことを大体ペツサリ一というのであります。或いはペツサール、即ち遮断する栓であります。專門的には私共は、創意者の名前を附けまして、最初の膣の上部に堰をする方法をメン・シンガーと称しております。これはドイツ人の、考えた人の名前であります。それから子宮膣部に帽子をかぶせるのを子宮膣部帽とも、或いはポルチオ・キヤツプとも、申します。これは発見者がカフカーという人であります。カフカーと我々は言つております。それからその次の子宮頸管に栓をするのは、これは発見者の名前が附いておりませんで、これは子宮頸管栓と称しております。実際日本で一時賣出されたので、殊に以前に衆議院にあられました太田典禮君が考えた、プレセア・リングというのがある、これは子宮腔の中に入れるものでありますが、これは実は対精子、受精を妨げるものではなく、受胎を妨げる、受胎というのは受精した卵が子宮腔に入つて來て、そこにくつ附くことが受胎であります。この子宮腔の中にそういう器械を入れておいて、受胎を妨げる、これは少し意味が違うので、無論これは非常に有害なものでありますために、発賣を禁止されております。それから皆さん御存じであると思いますが、いわゆるバース・コントロールを非常に主唱された世界的に有名な人は英國と米國にあります。英國人の方は少し先輩でありますが、マリー・ストップスという女医であります。それからもう一人は保健婦でありますが、ニユーヨークのミセス・サンガー、その当時はミス・サンガー、この二人が代表的の婦人として、人口制限の運動をやつた人であります。このストップスはボルチオ・キヤツプを非常に推奨した人であります。それからサンガーは今申しました、メン・シンガーを膣の中に入れます。これはオツクルジーブ・ペツサール、オツクルジーブとは閉鎖というのであります。もう一つはダイヤ・フラグマス、これは横隔膜、人間の体の胸腔と、腹腔の間にある横隔膜という意味である、あんなようなところに、しつかり堰をしてしまう、そのことをもダイヤ・フラグマス、これはアメリカで一番使う、ぺツサリーは一番ダツチで使われる、オランダで使います。オランダは非常に受胎調節の盛んな所であります。それでダツチ・ぺツサリーと申しております。日本では大体ダツチ・ぺツサールという名前であります。これはサンガーの推奨した方法、それからマリ一・ストツプスはポルチオ・キヤツプ、それから奥の方に入れる子宮頸管栓はもう今日では全然使われておりません。今機械的方法として、器具、即ち避妊器具として残つておるのはダッチ・ぺツサリー、即ちメン・シンガー、それからマリー・ストツプスの申しましたポルチオ・キヤツプ、この二つが残つていると言われております。それが一体今日どうなつているかは後で存します。
 それからその次の第二の方法でありますが、受胎期禁慾法という方法であります。これは日本人が考えまして世界的になりました。その日本人の発見者の名前を採りまして荻野法と申しております。これは今新潟の竹山病院長をしております荻野久作君が考えたのであります。無論荻野久作君がこういうことを考えて実行に移したわけではありませんが、オランダ人が移したのでありますが、理論は荻野君の理論を取つて実行に移したのであります。これは全然本質的には違つているのであります。これを一々申上げると長くなりますから申上げませんが、機械も藥品も使わない全然使わないで人間の性週期のうちに、まあ性週間という言葉は動物で使いますが、人間では月経週期と言つております。動物では月経がありませんために交尾期と言つている時期を、交尾から交尾の間を性週期と言つて一週期にしております。人間ははつきり性週期に関係しまして月経というものが婦人にありますために、月経と月経との間の、月経の第一日からその次の月経の前日までの間を月経一週期としております。動物は性週期に待つて受精する時期と受精しない時期がはつきりあるのであります。いわゆる妊娠する時期と妊娠しない時期があるのであります。受胎時期、動物は即ち交尾期以外は交尾いたしませんから、從つで妊娠はいたしません。これはいわゆる交尾期と言つて、今日では交尾期と申しておりませんで発情期と言つております。その発情期のときに雌性動物は雄性動物を近づけます。これは人間よりも遥かに嚴重で、この発情期のときは雌性動物は雄性動物を近づけます。いわゆる交尾を許しますが、それ以外は全然許しません。從つて受精いたしません。その発情期は排卵期であります。動物でありますと卵がそのときに出る、從つて動物は性週期のうちに妊娠する時期と妊娠しない時期とはつきり分れている、ところが人間はどうかという問題が、これは産婦人科の領域では非常に年來の懸案であつたのであります。まあ世界の産婦人科学者がいろいろと研究したのでありますが、なかなか解決がつかずに、結局はこうなつたのであります。人間は除外例だ、哺乳動物の中でも人間だけは除外例で、いつでも妊娠する、即ち月経週期中に妊娠するということは、性交のことであるが、どういう時期に性交しても妊娠する、例えば月経週期中に性交しても妊娠するということになつたのであります。これは第一次欧州戰争のときにこれが裏附けられたのであります。即ち第一次欧州戰争はドイツでは、大体ドイツ國内には戰線がありませんので、他の隣国に行つて戰争したのでありますが、人口を殖やすため戰線から勇士を一週間ぐらいを限りまして帰郷さしておつた。帰國さしておつた。それを利用したのであります。そうすると一週間だげの開きはありますが、これを月経週期と照らしますと、どういう時期に妊娠するかということの統計がとれるわけであります。折角の機会だというので、これを利用しまして、でき上つたのはそういう成績になつたのであります。いつでも妊娠する、月経週期中の性交でも妊娠するという関係があつて、今までの臆説が証明された形になつて來ておつたところに荻野君が出たのでありまして、それに荻野君の学説は全然これを覆してしまつた。即ち人間も動物と同じように、いわゆる受胎、荻野君の言う受胎、性交によつて、即ち受精を招來するところの性交期が決まつておる、それ以外の時期には全然受精はしない、從つて全然妊娠しない、これは詳しく申しますと長くなりますが、この説が勝を制した、即ち日本の荻野説が今までの世界の学者が信じておつた説を覆えしてしまつた、即ち人間にも受精する時期としない時期とがはつきり決まつておる、その時期はいつだ、こういうことに決まつた、その時期が決まつてしまつた、その時期の決め方に対しても荻野君は全く新らしい学説を出したのであります。そういうふうにしまして決まりますと、その受精期だけに禁慾をすればよいことになります。受精期には禁慾する、このいわゆる受精期、そういう時期にだけ、一定の時期だけに禁慾することによつて受胎を妨げるという方法は荻野君に始まつた。そのアイデイアはそのときに始まつたのではありませんで、もうすでに十八世紀にあるのであります。申すまでもなくこのでマルサスの人口論から新マルサス主義を出しまして、それから新マルサス主義に変りまして、暫くすると、これはちよつと余談になりますが、御参考に申上げますのは、荻野説と似たものが出ておるのであります。これは非常に予防的性交法が新マルサス主義として出たために困まつた社会の人ができた。それはカトリツク、カトリツク信者は外國には非常に多いのであります。カトリツク信者は性交しながら自然に反して妊娠をしないような機械、器具、薬品を使つてするということは絶対に許さないそうであります。これは非常に嚴重でおりまして、現在でもそうであります。今日でもカトリツクの方は非常に嚴重で、妊娠しまして妊娠を中絶しない、幾ら母胎に危險がありましてもマルサス主義を適用せずして今妊娠を続ければ母胎は死亡するというような状態でありましても、妊娠中絶をしません。これは私よく知つております。そのように嚴重でありまして、カトリツク信者は予防的性交法は全然許さないのです。ここにカペルマンというドイツ人の、これはカトリツクの坊さんで、そうして医者なんですが、この人が考えたことは、これは定期的禁慾法というのであります。即ちこれは大体マルサスは絶対禁慾を主張したのでありますが、絶対禁慾ということは実際言うべくして行われないものでありますがために、定期的禁慾というものをカペルマン学説によつてやつた、カペルマンはやはりそのときには先つき申上げたように妊娠というものはいつでもする、月経週期中でもいつでもするが、高率に妊娠する時期がある。割合によく妊娠する時期と、割合に妊娠しない時期がある、高率に妊娠するときにだけ禁慾をする、即ち性交を止めて置く、これはどういうわけかというと、丁度ドイツの第一次欧州戰争によつて出た結論と同じような、月経後一週間か十日までの間は一番妊娠しやすいという説を採りまして、その頃までに禁慾をする、これは即ちカペルマンの定期的禁慾法であります。これは無論誤まつておつたために失敗が沢山出たのでありまして、三、四年くらいは行われておつたらしいのでありますが、間もなく廃たれてしまつて、定期的禁慾又即ち新マルサス主義、予防的性交法が擡頭して世界を風靡して來たのであります。そのところに荻野君の新らしい学説、定期的禁慾法、從來のカペルマンの学説の誤つた傳統を持つた定義を切替えたのでありますが、今度は荻野君がしつかりした学術的根拠を立てて定期的禁慾法を採つたために、非常に欧州には、少くともオランダに始まりましてアメリカに渡つて、欧州とアメリカでは荻野法は相当に有名になつた。それがお膝元の日本では余り採用されなかつた。これはまあ日本人の悪い癖、殊に医学者の悪い癖で、医学者と言いますか産婦人科学者と言いますが悪い癖があるのでありますが、それがために余り行われないでおつたのであります。でありますから結局現代品の受胎調節法としましては、予防的性交法とそれから荻野法との二種類が行われておるということだけを申上げて置きます。
 その次は第三番目で、今度比較に移つて参ります。即ち予防的性交法、いわゆる避妊法と荻野法とを比べて見るとどうであるかという問題でありますが、その第一には、本質的に差があります。本質的の差は、今申しましたように一方は機械、予防的機械、予防的性交法は、機械、器具及び薬品を以て受胎を防止しておる、荻野君の方法は、全然器具も薬品も使わないで、ただ受精性交期という自然現象、その時に性交をしない、即ち禁慾をするということだけで、何らの器具をやらないでやつておる方法でありますから、これは自然法だと言つておるのであります。そこに非常に差があるので、この差の非常にそれがはつきり現われたことを申上げますと、荻野法をカトリツクで認めておる、予防的性交法はカトリツクでは今でも認めておりませんが、荻野法は差支ないということになつておる、私もドイツの神父さんをよく知つておる人を知つておりますが、発表した論文がありましたが、ただそれだけ一、二の人だけの発表ではいけないので、一般にカトリツクはどうかということを言つたら、荻野法は差支ない、何もカトリツクの教義には触れたい、これは自然法だという点でいいのであります、少し牽強附会のところがあるのでありますが、本質的に違つておる、一方は非自然的方法であり、荻野法は自然的方法であるということをとつておるのであります。それが本質的の差であります。
 その次に 今度は本質以外の比較をして見ると、これは今までこの比較を論ずる上において、理論的と実際的の問題とを別にしておるのであります。結論的に申しますると、荻野法を批判する場合に、実際問題だけを論じて理論的の比較をしていないのであります。そこに荻野君のために非常にお氣毒なことがあるので、私はそれを前から強調しておるのでありますが、荻野法は、即ち荻野法と在來の法とを比較する上においては、理論と実際を別々にしてやるということを主張しておるのであります。極く簡單に申上げますと“理論的に申しますと、荻野法は決しで誤りがない、一部初めには、当初においては異論がありました。殊に日本においてありました。日本の学者は、ともすると非常に狭量でありまして、日本人の出した学説はけなして黙殺する、外國人の名前の附いた研究であれば、小さなものでも、それを直ぐ宣傳するとふうような風がよく現われて、荻野君の方にもそれが見られたのであります。相当に反対説もありましたが、現在はもうどこにもない、即ち理論的にはない、幾らかその間にまだ研究の余地のあるところが残されておりますが、大局的には荻野説は全然揺ぎは起らないと思つております。理論的には荻野法と、それから無論予防的性交法の細かいこととを後で比較しますが’実際問題としましてどうなるなというと、これは実際問題といたしますと、荻野法には相当の欠点がある、その弱点は二つあるのであります。即ちネツクと称する、隘路があります。隘路がこつあるのであります。第一の隘路は、この方は今申上げませんでしたが、月経というものを基準として計算をして行く方法であります。即ちちよつと申し上げますと、自制即ち禁慾をする時期は、次回月経の前日から逆算をいたしまして第十二日及び十九日の八日間といつておる、即ち次回月経の、予定月経の前日から逆算します、逆算しまして、順算でありません、逆算して來て第十一日及び十九日の八日間が禁慾期である、こういうことは、これはもう間違いないのであります。ところが予定というのはまだ未発の現象であります。起つた月経から順算するのは確実に行きますが、予定の月経から逆算するのは、その予定が確実でない以上は、その計算は不確実になるのは当然であります。ところがその予定が即ち月経を予定することができないへ若し月経が一般の人のお考えになつておるように、絶対に狂いなく來るものであつたならば、例えば何月何日の今月は何の日、これから何日目に月経が來る、確実に來る、正しく來るものならば予定できますが、これは全然反対なんであります。この予定通りきちつと來るという人は、百人の中に二人ぐらいしかない、私の方でも日本人の統計をとつております。一万五千人ほど一昨年から一年間以上の統計をとらなくちやならんというのでとつております。アメリカでも統計はできておる、そういうふうに、即ち月経というものは、常に正しく現われるということを言つておるが、これは記憶によると同じだということになるので、記録によると正しく現われて來ない、変動がある、変動の範囲が人によつて違う、或いは三日、或いは四日の変動、或いは一週間、十日、甚しいのは二週間も、或いはもつと長い変動があります。要するに規則正しく現われるという人は非常に少い、待つて予定ができない、だから未発の予定月経から逆算するということに非常に困難なことがあると思われる、それに対して、荻野君は対策を講じて、今荻野君の言う即ち既発の月経から順算して行く方法に、まあ何といいますか、対策を講じておるのですが、その対策が確かに行かない、凡そ大体行きます、きちつとは行かない、それを計算をして行くその詳しい説明は申しません、それが第一のネツクであります。
 第二のネツクは、この現象が、荻野君の学説は生物学的現象を論拠としておるものであります。生物即ち生きてるものに現われる現象、どういうことかというと月経という現象、それから排卵即ち卵子の排卵期という現象、それから卵子及び精子の生殖の受精能力保有期間というこの四つのものから下き上つた学説なんであります。もう一度申上げますと一月経という現象と、それから排卵期という問題と一それから卵子及び精子の受精能力保有期間という、この四つの現象からできた学説であります一生きてるものが行う損象であります。生きてるものの大体生物学的現象というものは、決してきちきちといつでも予定通りには行われないものである、これは物理的現象と全然違つて來る、或いは天文学の現象、例えば彗星が何月何日の何時何分に現われる、月食が何月何日の何時何分どの辺から欠けて行くということは、はつきり計算的に行きます。電氣現象でもそうでありますが、生物が営んでおる現象は、原則は分つております。原則の通りには行かない、これが医学のむつかしい点でありまして、私共が学校で学生に医学を教えておりますのは、教えておることは原則だけその原則の通りに、即ち診断でも、治療でも、予防でもその通りに行くと思つたならば間違いであります。狂いが非常に起る、それを我々が調整して経驗で行くところに、経驗が入つて來るのであります。決していつでも学校で習つたように症状が現われ、いつでも学校で習つたような藥を使つて治療したならばなおると思うのは間違い、これは生物学酌現象である、月経の日から排卵期という問題、それに対して排卵期に対して荻野君が世界的の即ち学齢を現わしておる、これは原則であります。人間の、生物の排卵というものは生物的現象である限り、決してきちきちと物理的現象のようなものでない、必ず何らかの狂いがある、何らかの外的因子で、環境で、或いはその人の性生活状態、氣候の状態、或いは精神状態によつても幾らかの変動の起ることは止むを得ない、從つてこれによつてでき上つたものが実際用いた場合に狂いが起ることは当然であります。で、普通の人が批判するのに、荻野学説によつてやつたが、何人の中失敗が何人であつて、從つて荻野学説は駄目だというふうにこれは普通の人が申しますが、これは先つき申しましたように学説と実際とを混同しておる、即ち理論的に言えば間違いないが、その理論がそういうふうなネツクを持つておる限り無論正確を期し得ない場合があることは当然であります。即ちそれがために荻野説を云々することはできない、そういう意味でありますために、荻野説は少くとも現在の状態では全く絶対確実を期することはできない、だからこれのみにまつて受胎調節はできないものと認めます。これを少し変えれば、荻野の学説を根拠として、その当人に現われる排卵期というものを見る方法が近頃進んでおります。私共も今盛んにやつておりますが、排卵期というものは計算でやらないで、その人の身体について徴候が現われますから、今排卵をしておる、今日から排卵をしたのだというようなことが分る方法が若しあつたとしましたら、それは最も確実になる、それを今私共がやつておつて、大体成功しておるのでありまして、今度の学会にもそれを持つて参ります。だから、これは変えれば何ですが、現在の荻野学説の方では、そのネツクがあるために正確を期し得ない、結論を申しますと、両者を比較すると、荻野説は理論的にはいいが、実際的には絶対の確実性は持つておらないということになります。
 それで第四の器械的方法と予防的性交法の二種類、即ち器械的方法と化学的方法の優劣になります。多分今日はそれが主題だつたと思います。これもやはりいつでも私が申しておりますのは、理論上の方面とそれから実際上の方面と二つに分けなければ本当の批判はできない、こういう考えであります。第一の理論的に批判してみる、即ち精子を殺す藥品を用いてやるか、或いはベツサリー、或いはポルチオカツプを用いるか、器械器具を用いるか、藥品を用いるかという問題、それを理論的に比較してみます。理論的に比較してみますと、その比較の対象となるものは確実性と無害性である、即ち確実であるか、或いは無害であるかという二つの問題であります。これを比較してみますと、理論的に申しますると、即ちその理論が実現されておれば、その理論というのは、精子を止めてしまう、或いは精子をすつかり膣の中で殺してしまう、精液は大体日本人は外國入よりちよつと少いんですが、私共の分つておるところでは、大体日本人で射精能力を持つた若い男では三CC、三グラムあるが、多い人は五グラムであります。外國入は大体五グラムであります。日本人は大体三グラムであれば我々当り前であるとします。五グラムある人もあります。そうして一CC、ークビツクセンチメーターの中に精子の数は、不妊性でない人は一万、一万以上あります。先ず八千万を限度としておる、大体に一回の射精の中に少くとも三億の精子が射精される、多ければ五億、その精子を全部殺してしまわなければならない、受精するのはその中の一個であります。いわゆる一匹であります効全部を殺してしまわなければならない、即ち射精された全部、五億ならば五億の精子を全部瞬間的に殺さなければならない、瞬間的にやらなければ相当に早く進みます。もう頸管の中に入りますのは相当に早いのであります。これは今少し調べているのでありますが、まあ十分内外、十分以上も経つてはいけない。まあ少くとも我々は数分の後に殺さなければならないということを言つておつたのであります。余り長くあとからそろそろ殺されたんでは上つてしまいます。無論そのときの子宮膣部の方向とか、大きさとか、精液の量だとかというもので、個人的に幾らかの差はありますが、まあ瞬時に殺してしまわなければならない、即ち瞬時に射精されたものが殺される、それから一匹も精子を通さないということが実現されれば、理論的にはどちらも過ちがありません。即ち確実性にお、ては過ちはありません。併し実際上は別になります。理論上はどちらも同じであります。第二の問題は相当違つて来る、即ち無害性であるかという問題は、科学的方法とは大分建つて来る、これも無論無害の方法を考えればいいわけであります。この点においては即ち藥品及び器具、器械の中では膣の上部に堰をする、いわゆるダツチ・ベツサリー以外のものは有害を伴つております。その中で一番有害なのは、頸管の中に栓をする頸管栓であります。殊にプレセアリングの子宮膣の中に入れますのは、第一日本でも禁止されたのはその意味であります。頸管の中に入れますと、無論これは自分で入れられない、医者に入れて貰うのでありますが、粘液分泌は全然止めてしまう、月経も無論止めてしまう、月経時には取らなければならん、それから子宮腔部の、即ちマリーストープスが言つた、カフカも同じであむますが、きちつと入れてしまいます、きちつと帽子をかぶせる、これは自分ではできない、婦人科医に持つて行つてかぶす、無論分泌物は止まり、月経の時は取らなければならんということで、これはもうすでにマリーストープスも見切りをつけたそうであります。今余り宣傳しないそうでありますが、結局器械的方法としましてはダツチ・ペツサリーが残つているだけで、これは無害性で害は大体ありません。藥品の方はどうかと申しますと、藥品の種類によりまして見ますと、藥品は主剤と賦形剤の二つに分れますが、主剤の中に非常に殺精子力に強いものをやると、膣粘膜というものは非常に吸收力の強いものであります。直腸、腸の中とか胃の中から吸収され、膣の内膜からも相当に吸収が早く行われます。でありますから吸収によつて中毒するようなものではいけない、ところが強い殺精子力を持つたものは吸收によつて中毒を起すものが多いのです。その点においてこれは注意すればいいのですが、器械的方法と比べると、やや危険が伴つて来るのであります。これは注意をしなければならない、理論的にそれが比較であります。結局理論的に申しますると、むしろべツサリーの方がいいということになるのであります。藥品を使うよりも無難だ、過ちが起りにくい、こういうことになります。即ち実際問題となりますというかと申しますとこれは主要條件は一つあります。手技の難易であります。即ち器械或いは藥品をその目的の場所に理論に合うように、合理的に挿入することの手技です。テクニツクです。テクニツクがやさしいかむつかといか、これが実際問題で、理論的には堰をすればいい、殺してしまえばいいということになりますが、それならばそれを実現させる手技です、これの比較が実際問題というと起るわけです。第一にこの点において結論を申しますと、この点においては器械的方法は全然劣るのであります。何故かと言いますと、カフカとメンシンガーとありますと、カフカの方法は自分で全然できない、医者に持つて行つて、子宮膣部というものは御存じでありますまいが、子供を生んだ人と生まない人、生まない人でも大きさが違う、形が違う、生んだ人は生んだ数により、それからその時の状態によつて形が皆違う、それにぴつたり合つたものを嵌めるということは自分では無論できないことであります。非常に沢山アメリカ、ドイツで賣つておりますが、つまわ二十四、五個の物が皿を重ねたような大小のものがあります一それを合うものを嵌めて貰う、そういうふうな、即ちこれはテクニツクにおいて全然劣るのであります。ただダツチ・ベツサールは自分で入れられる、即ち日本でも今盛んに賣つておりますが、自分で入れることができる医者に頼まなくてもできる、ところが自分でこれを入れまして婦人自身で入れる、確実な正しい位置に、正しいというのは少しも精液が漏れないなうに、奥の方に進まないように堰をする技術ができるかどうかという問題、ここにありますのがダツチ・ベツサールであります。こういうようなスプリングがあつて、相当にこれは強いスプリングであります。それにこういうようなゴムの膜が張つてある、これで以て膣にすつかり堰をしてしまう、そうして精液を射精しましてもここで堰をして奥の方へ進めないまうにこの膣壁とリングの間に隙があれば何んの意味もなさない、それにはその隙のないように入れる方法があるのです。こういうふうにして入れるということがあるのです。それがうまく実行されれば無論いいのであります。人の膣というものは、子宮膣部の形、及び大きさなど、同じ人でも人によつて全部違う、廣い人もあれば狭い人もある、子供を生んだ人と住まない人、余計生んだ人と少く生んだ人、それによつて緊張度も余程違つて来るのであります。從つてぴつたり合うものでなければならんので、こんなものは一つだけ賣つておつたのでは困る、いろいろサイズがあるのであります。ただ自分で買つて來てこれを入れただけでぴつたり合うとは限らない、それからいろいろ合うものを得たとしましても、これを毎回正しく入れることができるでしようか、相当の訓練が要るのであります。訓練によつてはでき得るのであります。これを一番慫慂しておるのはサンガーであります。私はサンガーのところに行つてよく見ております。三回ともサンガーのところに行つた。初めは小さい事務所だけのものから現在では、五階建の大きなビルデイングでサンガー・バースコントロール・ビルと申しております。その頃は上海事件の勃発当時であります。その頃はインテリ婦人で大体五人ぐらいのグループをつくりまして、先ず医者が模型を持つて來て実際に、こういう理論の下にペツサールはこう使うのだということを説明いたします。それから今度はそういうふうな模型で説明したあとで、今度は当人に医者が入れます。そうして自分で探つてみます。そうしてこういうふうに入るのだ、それから今度自分で入れてみますこれは誤つておる、こうだこうだそういうことを相当に繰返しております。一回にはできません。何日でありましたか、とにかくそういう訓練を繰返してそれならよろしいというので一番下にドラツグがありましてそこでこれを賣るのであります。無論これだけでは不安心だというので、サンガーはゼリーをつけた、即ち化学的方法等をコンビにやつておる、この裏表に相当沢山のゼリーをつけて行かなければならんというふうにしておる即ち機械的方法だけでは足りないという考えがあるのであります。そういうふうにして使つて行くのであります。即ちアメリカの婦人、殊にインテリ婦人というのは、日本の婦人とは違いまして、相当に小さい時から性的の訓練を受けております。日本の婦人はどうでありましようか、今までは性教育というものを全然否定しております。從つて性的には殆んど訓練されていない、これからは違いましようが、訓練されていません。今まで多くの人が、ただこういうものを用いてもそれは正しく入れるということはできません。これから優生相談所ができまして、そこで丁度サンガーのやるような仕組にしまして、訓練をさせることにしましたならば、よろしうございますが、併しただこういうものがこういう理論で以てやらせる、それを入れなさいと言つても、正しく入れることは相当困難だと思います。そうして正しく入れたものが、性交行爲の間にそれが何時でも動かないようにするということは相当の無理です。これは恥骨結合に尖の方が支えられまして動かないようにするのが理論です。ところが機械的方法がそういうふうな弱点を持つております。即ち理論はいいが実際的にはこれを正しく入れるということが相当困難であります。一定の訓練を経なければならん、これはアメリカでは随分古くから行われておる方法でありますが、最近一月のアメリカン、ジヤーナル、メデイカル、アソシエーシヨン、医師会の雜誌の批判が出ております。相当詳しい批判が出ておりますのを見ますと、すでに機械的方法を見限つておるのであります。向うの医師会の委員の話であります。即ち今まで受胎調節法というものが、ブラグマー・ペツサールにゼリーを併用した方法であるとのみ考えるのは大間違いであるという見出しで書かれておる、ゼリー、オンリー、或いは坐藥オンリーでどういう成果を來たしておるかという報告がされておるのでありますが、その中でペツサ―ルの統計報告が出ております。それを見ますると、非常に面白いのでありますが、今まで使つたのは、それがニユーヨークとか、フイラデルフイア、シンシナテイとか、それから都会でない方と分けてみますと、ニユーヨークにおける成績は一番いいのであります。段々と田舎に行く程ペツサールの成績が悪いのである、それは何故かというと、即ちインテリ人が多く、インテリの人は即ち訓練された婦人が用いるということを示しておるのであります。その点から申しましても、これは理論的には無論間違つておりませんが、まあ大体無害である、でありますが、実際問題としては、これを正しく使うことは相当困難があるということは申上げられます。少くとも日本の現在の状態は、これから訓練すれば別でありますが、そういうふうになつております。
 それから今度は藥品の方でありますが、藥品の方はそういうことは全然ない、即ち正しい部位に藥品を入れるということだけが問題なんであります。即ち入れさえすればあとは技術は要らない、何らの訓練も要しないで、即ち正しい部位に入れられる方法を講じて呉れればそれでいい、何らそれに技術の誤りは起らない、即ち正しい部位に藥品を入れなければ駄目であります。正しい部位に容易に誰でも訓練なしに入れられる方法が考えられておれば、ぺツサールよりも遥かに勝さる、それで而も殺精子力が強い、こういうことになります。その点においてみると、理論的には先ず機械的方法がいい、併し実際問題として少くとも現在の日本の婦人、女性に対してはむしろ化学的方法の方が勝つていやしないかというのが私共の結論であります。
 それからその次の化学的製剤のことであります。それならば化学的避妊法の方が幾らか勝つておるが、今度はそれにいろいろな方法がある、いろいろなものがあるが、即ち形とそれから主剤との問題であります。これは現在藥事法で盛んに議論されておるところで、明後日から結論がつくわけであります。沢山に現在日本では出されております。第一に形でありますが、形はあすこに書いてある四通りあります。即ち粉末状のもの、粉のものと、それから錠剤の形にしたものと、それから坐藥の形のもの、坐藥といいますのは、体躯の中の、例えばどこでもいいのですが、口の中でも膣の中でも肛門の中でも尿道の中でも、とにかく押込めるような形にしたものを坐藥、サポジツトリーと申しております。それからクリームと、ゼリーと申しておりますもの、クリームとゼリーは、名前は変つておりますが、大体ゼリーの方が少し硬度が強い、クリームの方が少し柔かいというくらいの程度で余り区別はしておりません、クリーム、或いはゼリーこの四つの形しかないのであります。主藥はもう大体今日決まつておるのであります。主藥は、これも新聞にもたびたび出ておりますが、水銀剤、即ちフエニール、キヤリール、アセテート、フエニール醋酸水銀というのが一番有効だとされているのであります。無論これは毒力の強いものでありますから、吸収によつて中毒を起させる量は用いられない、だからこれは、幾ら殺精子力が強くても、一程度以上には用いられない、これが実行されてないのが相当にありまして、ただ効果の点を狙つて相当に大量に入れているのが見られるのであります。これは愼しまなければなりません。それからもう一つは、原虫類……精子は虫でありませんけれども、まあちよつとアミーバとかいう原虫によく似ておりますが、原虫類に使うトリバノゾーラーというのを使います。マラリヤの時にはキニーネを用いますが、キニーネ剤がその次に使われます。主藥としてはオキシキノリンと申しているのを入れてあります。主剤によつて中毒を起さないように入れてやればよい、この問題はあまりありません。昔はまだいろいろなものが入つておりました。主藥だけでは、駄目であります少量でありますから、そこに副藥が要ります。即ち、形を整えるために、即ち形は粉にするか或いは錠剤にするか、ゼリーにするか或いは坐藥にするかそれによつて入る副藥が違います。大体、ゼリ一だとか錠剤だとかというものの中には油が入ります。それから錠剤の中には油は入りません、坐藥及びゼリーの中には油が入ります。それから錠剤の中には一時ドイツで以て盛んに……サンガーもそれを言つておつた、後で言います拡散性を強化するためにフオーミングしまする泡を出しまする藥を入れることが必要だとされた時代があります。ドイツでもそうであります。サンガーも盛んにそれを言つておりました、即ち酒石酸と重曹とを入れてそれが液体に会いますと、丁度ラムネのように泡が立ちます。この泡が出ることは藥品の拡散性を強化するに是非必要だとされておつた時代があります。今日でもその考えで泡を出すものを入れておるものが相当沢山であります。サンガーのところで、申し忘れましたが、サンガーのところで、インテリの夫人でなければベツサリーを渡さない、言葉は悪いですが、余り頭のよくない、インテリでない下層のおかみさんに渡すのは別にある。それはスポンジです。スポンジにフオーミング・パウダーというのをつける、即ち粉を振り掛けまして、そうして事前に、スポンジに糸がついております。天然スポンジであります。糸をつけまして、それにフオーミング・パウダーを即ち発泡剤をつけます。そうして事前に入れますと、中で泡を吹くというのであります。それだけに簡便法としております。これは訓練も何も要らないというので、インテリでない人には、それを賣つておりません。サンガーのところには二種類あります。それに対してぺツサリーはどうしても訓練をしてやるということが必要だということが、それでも分るのであります。それでありますが、これをどう批判するか、私共は約一昨年からこれを比較研究をずつと進めて來たのであります。そうしてこの研究というものは、今までの化学的藥剤の、避妊藥の研究が、多くは試驗管でやられるのであります。即ち実際に即しない試驗のやり方をやるのであります。ところがそれでは何も役に立たないのであります。動物では駄目なんでありまして、どうしても実際に即した即ち実際と同じ方法で試驗しなければ何もならないのです。それには即ち対象としては、いつでも人間の精液を用いなければならん、それから場所としては人間の膣の中を利用しなければならん、即ち婦人を使つて……使つてというのは実驗じやありませんが、いろいろ相談に來た人に我々はやる、そうして外で試驗するときには必ず精液を使つてやらなければならん、そうしなければ比較はできないのでありましてこれを食塩水や葡萄糖液を使つて比較して見るとか、溶解性を見るとか、或は拡散性を見るといつても駄目なのであります。だからいつてもこういうふうな比較は、これだけの七つのものを比較をしておるのでありますが、これを対象としてちよつと申上げます。殺精子力が第一、即ち精子を何分で殺してしまうかということ、第二は拡散性、藥剤を入れて、それが精液の中にどのくらいの時間の中に拡散するか、溶けるか、油であれば溶解する紛であれば拡がる、ずつと全体によく混じる拡散性、それから第三には滞留性、滞留性というのは、入れておつて、即ち直ぐ流れてしまうのはいけません、入れておつて一定時間は一定な場所、即ち後膣、上向にやすんでおるときに、膣の一番行当りのところに、そこに精液が溜つて、ゼミナール・プール、精液の池ができるのであります。その池の中に藥品が早く全部拡散する、即ちゆつくり拡散したのでは駄目で、少くとも数分の間に混つてしまつて、全体の精子にコンタクトしなければいけません、それまで留つてなければいけません、直ぐ流れ出てしまうんではいけません、それが滞留性、その次の刺戟性というのは、膣粘膜を刺戟するのはいけません。後で膣粘膜を刺戟したり、痛いとか痒いことがあつてはいけません。第五には装置法、その所定の場所に正しく太れる方法を比較しなければいかん。第六には性感の影響であります。即ちこれはよくいわれるので、性感、快感を減殺するような方法では、或は反対に不愉快になるような方法は、調節剤としてはまあその資格は欠けることになるわけであります。重要なものじやありませんが、或は重要なものであるかも知りません。それから最後の七番目は後で処置する必要があるかないか、これも後でいよいよ始末をしないでいいというものと、後でどうしても洗わなければならんというものと、或は拭かなければならんというものと、比較になるわけであります。こういう七つの対象、目標を置きまして、私達は科学的製剤を比較したのであります。詳しいことを申上げませんが、第一殺精子力においては、主藥の殺精子力は決まつておる、大体ここに現在出ておる有名なものを持つて來ておりますが、大体殺精子力は決まつております。又藥事委員会でも先つき申しましたオキシフエノール醋酸水銀を取上げておりますから、これから出るものは、それを使うことは当然でありますが、殺精子力は問題ありませんが、今度いよいよ藥品が、精液というものに混つてからの殺精子力を調べる、この場合にはこれはいろいろな関係がある、即ち拡散性とかいろいろなものが関係いたしますが、ちよつとこれは私自分で考えて藥を作つておりまして、そうしていろいろなものを非難するのは非常に心苦しいのであります。私は良心的に科学的に比較をした点を申上げるのですから、誤解を懐かないように、いろいろな検査をやりましたうちで殺精子力の差が出て來る、同じ坐藥を入れましても殺精子力、これは後の拡散性どか滞溜性に関係があるのでありますが一これを全体を引つくるめまして一々報告を申上げませんが、紛末錠剤坐藥、ゼリーというものがある、七つの対象によつて比較したらどれが一番よいか、どれが一番合わないかと言いますと、一番條件に不合格の点が多いのは錠剤です。錠剤であります。無論拡散性が非常に悪いし滞溜性があり、刺戟性があります。ものによりまして現在市販のものも相当よく溶けますと、割合によく溶けたと……これは人によりますが膣というものは膣の中に殆んど液体はないのであります。液体は頸管カタルというものになりまして粘液を出す人もありますが、通常の人の膣内にはワジナルコンテントといつて極く少量の液体があります。流動性ではない、牛乳の凝固したようなものしかないのでおりまして、大体膣の中には液体はないのであります。だから粉とか錠剤というものを事前に入れまして、それが溶けるということは考えられない、即ち実際見ましても長く残つておる。だから粉及び錠剤というものはその点においても、拡散牲においても非常に悪い、即ち精液の拡散が非常に悪い、先ずせいぜい三時間ぐらいしないと全部拡散いたしません。私の方で精液を使つてやつたのであります。それでは何もならん、まあ少くとも大体形がふやけたなと思う頃が三十分ぐらいでありますから、これは根本問題です。非常にこれを使つておる人には申上げるといけないのでありますが、実驗の結果はそうです。それから装置法が問題であります。装置法、即ち坐藥とそれから錠剤、これは何ら器械を用いないで入れられる、そこに特徴がある、即ち坐藥はここにあります通りに、大体このくらいのもので、これを手で押込む、それから坐藥はこれは形が悪いので私も注意してあげておるのです。大体はこういう形を備えておるものです。これを手で押込むのであります。押込むのに器械は要らない、ところが粉はどうしても、開いて器械で吹き込まなければいけない、それで粉は殆んど使われておらん、錠剤はこれは器械を使わないので相当使われると思います。今じや粉はなくなつておる、坐藥はあります。錠剤と坐藥と比較しますと錠剤はこんな小さいもりで辷らないので、無論医学的知識のある人、それから業者は相当、中をいじりつけておりますから割合奥に入れる二とは簡單でありますが、本当に性的知識を受けていない普通の婦人は、どうやつてみても入口で止つておる、せいぜい眞中辺で止つておつて、一番大事な奥に入らない。坐藥の方は入る、つるつるしておりまして今でもつるつるしておりますので、ただ押込めば一番奥まで入る、でありますからその点においても錠剤が非常に不利なんですが、器械を使わないという点において錠剤も坐藥も遥かに勝つております。ゼリーでありますと、これはゼリーでありますが特別の挿入器を必要とする、これがゼリーの欠点であります。で挿入器はいろいろあります。こういうような挿入器はチユーブに入つておりまして、これから押出す方法と、それからこういう器具がありましてここに螺旋があります。この螺旋を捻じ込む、そしてこれを押込みますと、これで一グラム半ぐらい入ることになつております。そうしてこれをただ押込んでピストンを押せばよい、これはこれを入れましてきゆうと一回だけ……、特殊な器械であります。これはちよつと短いのです。これも変えなくてはいけないと注意してあげておるのです。膣の長さが後膣円蓋に達するには、十糎、十二、三糎、そういうような特殊な器械を入れる、結局そういたしますとこういうふうなものを比較してみますと、一々申しませんが、一番理論的に優つているのがゼリー法であります。ゼリーはただ今言いましたように、装置法が特殊な器械を必要とする点だけに、不利な点、即ち欠点がありますが、後は全部優つております。それに次ぐのはサポジツトリー坐藥の形であります。坐藥の形は特別に器械を使わないという点に特長があります。そしてただその外の殺精子力とか、拡散力とか、その後で洗わなければならん、後処置を必要とする、ゼリー法は非常に量が少ないから一グラムか一グラム半までで、全然後で洗う必要もありませんので、その点ゼリーが一番優つておるのでありますが、坐藥法はどうしても洗い出さなくてはならない、まあ氣持の悪いのはよせばよい、我慢すればよいけれども、私共の結論はゼリーの形が一番合理的だ、実際的には合理的である、次いで坐藥である、ゼリーの欠点に特殊な器械を必要とするが、器械は何も一本持つておれば一生涯あるわけです。その点で大したことはないと思いますが、器械を使わなければならないという点において劣つておる、後は全然優つておる、坐藥としては私共……、これは非常にいいカカオ脂であります。賦形藥のカカオ脂によるのですが、こういう純良なカカオ脂が得られるならば、坐藥は非常に冬になるといいが、夏になると溶ける、純良なやつは体温では溶けるが、外氣では溶けない、直射月光に当てなければ溶げないというようなものができるのであります。そういう点があります。それからこういう形は駄目です入らないから、そしてどうしても量が少ないのでありますがこれもいけないのであります。大体表面が一番多い形になつてなけりやいかん、円錘状にしまして表面の多い形は数学的に出るのであります。表面が一番多い形は、そうしますと拡散が早く、溶解も早く、まあこれでもう四、五分でも溶けてしまう、これはもつと早く三分ぐらいで溶けます。ゼリーは直ぐ拡散します。
 大変長くなりましたが、結局私共は結論としましてゼリー法がよかろうということになつておる、併し何もゼリーでなければならんことはないが次いで科学的製剤としては坐藥がよかろう、坐藥を勧める、残念ながら錠剤はいかんといふうに考えておるのであります。この発泡ということも、錠剤を作つておる方のところに行きますと、こんなに発泡しますと言つて、時計グラスの上に水を入れて、そうしてやりますと瞬間的に泡がふうツと出ます。その泡がなかなか消えないというのですが、膣の中に水と一緒に発泡剤を入れればいい、錠剤を使うのならば、膣の中に入れてそうして水を入れるということにすればいいのです。
 大体これで申上げたいことは済みましたが、何か御質問がありましたらお答え申上げます。
 もう一つ申上げたいのは、私自身も作つておりますから、それを何か宣傳するように誤解されても非常に恐縮なのでありますが、私共は何も利益のためにやつたのでありませんで、先に申上げました人口政策委員会の委員でありまして、人口問題、即ち子供を制限するか、或いは殖やすかという問題は夫婦の意見に任して置いて、ただいわゆる受胎調節をやるならば器械及び器具でコントロールする、正しく確実で無害なものを使うようにする、それから有害なものは取締つてこれを賣らないようにしようということを、執行機関でありません、建議機関でありますから、政府に建議したのであります。そのときから私は始めたのです。それならばどういうものが一番受胎調節剤としては優秀であろうかという研究を始めまして、今日まで來たものであります。私共がその研究をやりました結果から申上げただけでございます。どうぞ誤解のないように……、大変長くなりましたが御静聽有難うございました。
#15
○委員長(塚本重藏君) 有難うございました。お尋ねになることがありましたら……。
#16
○谷口弥三郎君 只今の関係でお話にならなかつたと思いますが、最近婦人團体の会合などにに行つてよく聞かれるのでございますが、どうも産兒調節とかいうものには男子の理解が最も必要であるが、どうもやつておることは殆んど女子ばかりを目的にして、或いはいろいろの処置を女子に專門にやるような嫌いがあるから、男子にやる方法を今少し徹底させて貰いたい。(小杉イ子君「同感」と述ぶ)折角ですからそこを少しお話頂きたい。
#17
○説明員(安藤晝一君) これは優生手術になりましてそういう理論が成り立つのでありますが、いわゆる予防的性交法になりますとその議論は誤つておる、そういう行爲が誤つておるのであります。我々は反対に思つているのです。これは女性を保護するという立場で考えておるのであります。大体御存じの通りに生殖現象というものは殆んど九九%まで女性が営むのです。男子はただ精子を供給するだけであります。受精も受胎もそれから妊娠も全部母性の体の中で行われる、生れた子を育てる、乳幼児の間は少くとも母性の負担……これは大体自然が間違つておるのです。即ち人間に男性と女性があるのに、女性だけに負担を掛けておるというのが間違つておる、私は私共婦人科の立場からいつでもそれを言つて、それだから女性は大いに大事にして上げなければならんというのが議論でありますが、そういうふうに自然はどういうわけか知りませんが、女性にのみ生殖責任を負わしておるのです。そうしてこの女性の生殖の現象によつて、いろいろな苦痛が現われるのです。即ち妊娠した者、分娩した者は健康を障害し、生命を脅やかされる、即ち大事な生殖現象を一手に引受けながら、そういう生命、健康の脅威に曝されておるというのは、非常に不合理な自然の配剤であります。でありますからして母性を保護する、即ち妊娠を避けたい……生みたいということも女性に強いのでありますが、即ち受胎を避けたいという念も男性より女性の方がうんと強いのであります。それだから女性が一番眞劍にやる、男性はやらんでも済む場合がある、そこなのです。そこを誤解なさらないように……、何も女性を苦しめるために女性にやつておるのではない、優生手術の卵管結紮をやる場合でもそうです。女性ばかりではなく、男子の精管を切ればいいのですが、これは予防的性交とは言えない。それともう一つ具体的に言いますと、男性に使うのはコンドーム一つしかありません。このコンドームというものは非常に不確実なものである、理論的には確実だが、実際的には不確実、理論的には即ち被せてしまつて精液を膣の中に漏らさなければ妊娠しないことは無論であります。ところがこれは破れるのであります。それで間違いが非常に多いのであります。破れないようにするにはどうするかと言うと、破れないようにすることはできるが、非常に良質な、例えばフランスでやつているところの魚の膀胱、浮嚢を使う、或いは良質のゴムを使えば破れない、性感を損わないように、そうして而も破れないようにするには、相当の高價なものを拂わなければならない、若し不良質で、良質でなくて、そうして確実に破れないようにするには、非常に厚いものを使わなければならない、洗濯の手袋見たいなものを使わなければならないので、非常に性感を障害するわけであります。こういうデイレンマに陷るのです。そういうことが両方集りまして、やはりこれは妊娠をしたくない、或いは母体を保護するという念が婦人に強いから、婦人に非常に無害な方法で、それで一時にやる方法ということになる、男子にやつたのでは確実性がない、確実性を得られるためには、そういうふうないろいろなデイレンマに陷る、結局そういう二方面から、主として受胎調節が母性に行われているということになつて、私共の考えは女性を苛めるという考えじやない、むしろ女性を愛護している立場であることを御了承願いたいと思います。
#18
○小杉イ子君 先生にお伺いいたします。射精の際膣内に一遍精虫が溜つて、それから頸管を通つて子宮口に行くとこうおつしやいましたが、即座に子宮口に行かないものでございましようか。
#19
○説明員(安藤晝一君) それは状態によつて行きます。私共が失敗例を檢討いたしますと、子宮口がお産によつて非常に破れて廣く開いている、ちようど射精のときにその中に入る、子宮口に入るような状態にいつもあるというような特殊の事情の下には、相当早く子宮頸管の中に射精されてしまうという形になります。そういうときにあります。それ以外のときにはありません。
#20
○小杉イ子君 この間も申しましたが、三年で五回程人工流産をした人がありますが、これは性病であろうと思つておりますけれども、かように流産手術をしますということは掻爬手術と同じで、子供のない人は掻爬手術をすれば子供ができますが、只今のように三年間で五回流産をしたというようなことになりますと、普通は子供がなければならんのですが、それは病気であつたということになりますが、その流産手術をするということはやはり掻爬手術と同じではないでしようか、こう思いますけれども……。
#21
○説明員(安藤晝一君) 流産ですか。
#22
○小杉イ子君 人工流産でございます。
#23
○説明員(安藤晝一君) 人口流産はありますね。
#24
○小杉イ子君 掻爬手術に相当するのでございますか。そうするとたびたびできることになります。その際男子の方にも私は器具を持たすとかいうようなことが必要であろうと思うのですけれども、今先生がおつしやつたように、女には余りに憂鬱なことが多うございます。避妊方法といたしまして、男子がそれをやればいいと思つております。
 それから次は私のおります方にパンパンが沢山おります。そのパンパンが捨てたゴムでございますが、あれが下水から溝を通つて、私共その水を畠に掛けますので、それが乾いてよく落ちております。それを子供が拾つて風船だ風船だと言つて風船のように吹いております。そういうように、常に男はあれを使つておりますけれども、普通の性交の場合は、男子の方が強制的でありまして、婦人は避けたくても避けられないという、こういうことになります。これは道徳的のことでありますけれども、そういうこともあります。
#25
○説明員(安藤晝一君) それだから女性が使つた方が、避妊の目的は達する。
#26
○小杉イ子君 ですけれども、それは大変費用が掛かるということと、面倒ということと、プレセアリングの時には、自分にはできないというにとが起つて來る。
#27
○説明員(安藤晝一君) それは、どういう場合でもできるような方法を講じてやらなければならん。
#28
○小杉イ子君 業態者は避妊をやらなくても、性病予防をしているのでしようが、比較的子供ができないのはどういうわけでしようか、これは性病予防をすればできないというが、そうでございますか。
#29
○説明員(安藤晝一君) 業態者は性病を予防するために洗滌しております。それが主であります。それと、業態者は、多くは事後には直ぐ立つ、決してじつと休んでいない。これも一つの避妊法であります。
#30
○小杉イ子君 洗滌は役立ちますか。
#31
○説明員(安藤晝一君) 洗滌法は、外國では非常に行われている、洗滌は確に役立ちます。だから化学的の方法にもなります。
#32
○小杉イ子君 品行の好い男は沢山子供を持つているということは……。
#33
○説明員(安藤晝一君) そんなことはありません、それは統計で明かです。そういうことはありません。
#34
○小杉イ子君 それで私は、性の問題は沢山ありますけれども、皆様に相済みませんから伺いませんが、先つきおつしやつた妊娠の日にちですが、その日にちを、月経が済んだあとから何日、その以前の何日ということは、研究して頂ければ……。
#35
○説明員(安藤晝一君) それはできております。
#36
○小杉イ子君 これは安全で、費用が掛からないで得るところがあると思います。それを確実に発表して頂きたい。
#37
○説明員(安藤晝一君) それは大いに発表しております。
#38
○小杉イ子君 直後からでありますか、月経の終了後。
#39
○説明員(安藤晝一君) 月経の第一日からできております。それは先つき申上げた通り、できておりますけれども、確実でありません。直ぐ何日でできないということは、これはなかなか困難であると思つております。
#40
○委員外議員(藤森眞治君) 先つき男子の避妊法の話が出ましたが、その時コンドームのことを言われましたが、私共最近これを調べたことがあります。姻草の姻を入れて試驗しておりますが、姻が出ないのが二〇%、その他はどこかに穴があいているらしい。
#41
○委員長(塚本重藏君) ここでもやりました。
#42
○山下義信君 ちよつときいて見たいんですが、産兒調節こういう避妊藥とか、避妊法、こういうものの訓練、普及方法、これは大体結婚によつてやるんですが、未婚婦人にはどうでしようか、未婚婦人の或程度の性教育というか、産兒調節、受胎調節といつたような避妊方法の普及というようなもの、これは外國あたりでは可なりに盛んにやつておりますが、これはどうでありますか、まだ日本では、未婚女性にはそこまでやらせる必要がないとお認めになりますか、結婚前から或一種のこういう方法を教えて置く必要があると思いますか。
#43
○説明員(安藤晝一君) 私共は、受胎調節の指導は、結婚前の婦人に教えない方がいいと思います。それは逆効果があることを恐れるのであります。これを余り詳しく教えますと、逆効果を來す恐れがあると……。
#44
○山下義信君 性道徳に関係すると……
#45
○説明員(安藤晝一君) というので、既婚者だけに、こういう考えであります。
#46
○小杉イ子君 私はこの間申上げようと思いましたけれども、申上げませんでした。避妊法の一つとして、男子が高調時に射精をせんということが一つの避妊法であると思つておりますが、それを私は申上げませんでした、併しこれは非常に男子の精神的な、神経衰弱とかの原因になるということですが、そういうことはありませんか。
#47
○説明員(安藤晝一君) 中絶交接というのは、外で射精するわけであります。非常にそういう危険が男性にも女性にもある、それで近頃は全然やらせません。
#48
○小杉イ子君 それから輸卵管とかをくくるのは如何でございますか。
#49
○説明員(安藤晝一君) それは不妊法です。避妊法と不妊法は全然分けます。不妊法は一生涯できない。
#50
○小杉イ子君 紐を解くということはありませんか。
#51
○説明員(安藤晝一君) ありません。併し一時的にやる方法、卵巣を腹膜へ隠して置いて、いよいよという時に出すという特別の方法がありますが、先ず行われていない、大体不妊法で、全然妊娠しないのであります。
#52
○委員長(塚本重藏君) どうも有難うございました。速記を止めて下さい。
   午後零時六分速記中止
   ―――――・―――――
   午後四時四分速記開始
#53
○委員長(塚本重藏君) 速記開始。それでは本日はこれで散会いたします。
   午後四時五分散会
 出席者は左の通り。
   委員長     塚本 重藏君
   理事
           谷口弥三郎君
           姫井 伊介君
   委員
           中平常太郎君
           山下 義信君
           黒川 武雄君
           中山 壽彦君
           井上なつゑ君
           小杉 イ子君
           穗積眞六郎君
  説明員
   慶應義塾大学教
   授       安藤 晝一君
ソース: 国立国会図書館
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