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1967/12/07 第57回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第057回国会 沖縄問題等に関する特別委員会 第2号
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1967/12/07 第57回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第057回国会 沖縄問題等に関する特別委員会 第2号

#1
第057回国会 沖縄問題等に関する特別委員会 第2号
昭和四十二年十二月七日(木曜日)
   午前十時四十二分開議
 出席委員
   委員長 臼井 莊一君
   理事 上村千一郎君 理事 小渕 恵三君
   理事 鯨岡 兵輔君 理事 竹下  登君
   理事 丹羽 兵助君 理事 川崎 寛治君
   理事 帆足  計君 理事 永末 英一君
      伊東 隆治君    田中 榮一君
      古屋  享君    毛利 松平君
      山田 久就君    西風  勲君
      穗積 七郎君    横山 利秋君
      門司  亮君    渡部 一郎君
 出席国務大臣
        国 務 大 臣
        (総理府総務長
        官)      田中 龍夫君
 出席政府委員
        総理府特別地域
        連絡局長    山野 幸吉君
    ―――――――――――――
十二月四日
 沖繩県における公職選挙法の適用の暫定措置に
 関する法律案(川崎寛治君外九名提出、第五十
 五回国会衆法第三一号)
 沖繩に対する財政措置その他の援助に関する臨
 時措置法案(多賀谷真稔君外七名提出、第五十
 五回国会衆法第三三号)
は本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 沖繩その他の固有領土に関する件
     ――――◇―――――
#2
○臼井委員長 これより会議を開きます。
 沖縄その他の固有領土に関する件について調査を進めます。
#3
○川崎(寛)委員 議事進行について。
 臨時国会の第一回の委員会が開かれるわけでありますが、本特別委員会は第五十五特別国会で設置をされてまいったわけでありますけれども、この本特別委員会の運営について、政府側の姿勢というものは、本来設置をしたこの目的あるいは現地沖縄の県民諸君の要望というものからいたしますと、われわれ委員が運営をしていこうという熱意に対して、政府側の態度というものはきわめて遺憾だと思います。
 特別国会、引き続く臨時国会が終わって、長い閉会の期間があったわけであります。本特別委員会から現地に国政調査に参りました。現地の調査を行なって、それぞれ非常にシビアーな現地の情勢も見てまいりました。また十一月の日米首脳会談に向けての検討もなされてまいったわけであります。本委員会において佐藤総理が出てきて最高責任者としての発言をいたすべきでありますし、所信も表明すべきである。ところが本委員会に出てまいりましたのは、五月の初めに形式的に出てきて、一方的な所信を述べただけであって、何らの質疑が行なわれていないわけであります。このことは本委員会を軽視をしていると言わざるを得ません。
 また閉会中の審査については、何べんか理事懇談会等をやってまいりました。委員長もたいへん努力をされた。また自民党の理事諸君も努力した経緯は認めますけれども、しかし、委員長の努力で、せめて外務大臣は必ず出る、こういう確約であったはずです。ところが吉田氏の国葬その他のことにとりまぎれ、外務大臣も出ない、総理の出席は努力目標だ、こういうことでまいったわけでありますけれども、とうとう、首脳会談に臨む前に総理なりあるいは外務大臣なりの本特別委員会に出席をして、国民に向かって物を言うということを一ぺんもなさらなかったわけであります。野党四党は臨時国会の開会を要求いたしました。その臨時国会の開会に応じない。そこで正式の手続によってわれわれはまた野党で正式の特別委員会の開会要求をいたしてまいったわけであります。それらの一切を踏みにじって今日に至ったということについて、委員長の所見を伺いたいと思います。
#4
○臼井委員長 ただいまの川崎君の御意見、いきさつについては、大体そのとおりであります。ただ、当時ちょうど予定された日が国葬になりまして、それがために当日行なえないで後日にということであったのですが、ちょうど総理の訪米直前でありまして、当委員会が開かれると、一つは他の委員会が続々開かれるというようなことで、参議院はじめ外務、予算も要求していた、こういうようなことのために、国会対策のいろいろな見地や何かから、そういう点も考慮いたしまして、ついにそれが実現できなかったことは、理事会において私が皆さま方にその点は釈明を申し上げ、また非常に微力でそれが実現できなかったことにつきましては、私からおわびも申し上げたわけであります。
 そこで、本国会につきましての期日も短いものでございますから、これに対しましてどうするかということについては、ひとつ本日委員会が終わりましてからあとで、理事会において御相談を申し上げたい、こう考えております。御了承を願います。
    ―――――――――――――
#5
○臼井委員長 この際、田中総理府総務長官より発言を求められておりますので、これを許します。田中総理府総務長官。
#6
○田中国務大臣 このたび総務長官に就任いたしました田中でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
 今回の佐藤総理とジョンソン大統領との共同声明によりまして、小笠原諸島の返還が決定いたし、沖縄の施政権返還問題につきましては、その解決への方向づけがなされましたのでございまして、このような重要な時期に私、総務長官に就任いたしましたことの責任の重大さを痛感いたしておる次第でございます。
 私といたしましては、沖縄問題につきましては、同声明の方針に沿いまして施政権返還の早期実現のために、こん身の努力をいたしまするとともに、当面沖縄と本土との一体化施策を一段と進めてまいる所存でございます。小笠原につきましては、さしあたりまして復帰準備体制の整備に力を注ぎたいと存じております。
 なお、北方領土につきましても、わが国の固有の領土であるとの立場から、その返還につきまして引き続き努力を重ねてまいりたいと存ずるのでございますが、ただいまお話がございましたような御意思に沿いまして鋭意努力をいたしますので、今後ともどうぞ何とぞよろしく御協力のほどを切にお願いをいたします。
#7
○横山委員 これは率直に申し上げておいたほうがいいと思うのですが、川崎理事の冒頭質問は、私どもの部会におきまして、臨時国会中に一回も開かれなかった、総理のこの委員会に対する出席が十分でないということについて、もう満場激しい口調で各委員の意見が開陳されたのです。これはおそらくはかの党も皆さん同じであろうと思うのです。委員長はじめ理事の諸君の御努力は多とするけれども、結果としてはどうにもならない。ですから、これは政府側が十分考え直してもらわなければいかぬ。何ぼ都合が悪いといったって、ほかの委員会ではもう閉会中といえどもみなやっておるのですから、この委員会の設立ということが議会史上特筆大書すべきことであればあるほど、万障繰り合わせて出席しなければいかぬ政府の立場です。ですから、総理大臣の出席、外務大臣の出席を政府部内において極力あなたが責任を持ってやっていただきたい。そういう点について、もう少し責任のある御返事をいただきたい。
#8
○田中国務大臣 私、新任でございまして、従来の経緯はあまりよく存じておりませんが、なおまた委員会の運営につきましては、委員長にお願いを申し上げておる次第でございますが、政府側といたしましても、ただいまの御趣旨をよく拝聴いたしまして、全力を尽くしたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
#9
○臼井委員長 なお私からも申し添えますが、さっきのお答えに一言足りなかったことは、単に政府与党の都合ということではなくて、これは解釈はいろいろつくでしょうけれども、総理渡米を前にいたしまして、外交上のいろいろの問題について論議することについての意見がそこにありまして、そこでそういう意味も含んで開かれなかったわけでございます。ただ、これは意見の相違の点がありますが、それだけでありますから、ひとつ御了承いただきます。
 それから今国会における審議につきましては、後ほどの理事会でひとつ御相談を申し上げたいと思います。
    ―――――――――――――
#10
○臼井委員長 次に、鯨岡君より発言を求められておりますので、これを許します。鯨岡君。
#11
○鯨岡委員 前国会閉会中、北海道に委員会から視察に参りました。この際、委員長のお許しを得まして、北方の固有領土問題等について、ごく概要について申し上げます。
 まず、北方の固有領土問題について申し上げます。
 過ぐる二十二年前、敗戦によって日本の固有領土である国後、択捉、色丹及び歯舞諸島がソ連に占有され、このため父祖先代からこの島に常住して、きわめて裕福な生活を送っておりました島民の諸君は、居住地や生業を失い、根室市に脱出し、あるいは数年間にわたり労役に服して本土に引き揚げてまいりました。これらの諸島からの引き揚げ者は約一万六千人と推定されております。島民の八割は根室市内に居住しているということであります。北海道庁当局の説明によりますれば、これら四島の領土返還の範囲については、現地におきましては、今日までいろいろの意見もありましたが、現在ではこの四島という線で統一されているということであります。
 以下、これら返還運動について申し上げます。
 昭和二十年の秋ごろから返還が叫ばれ、郷土復帰への悲願から北海道付属島嶼復帰懇請委員会の誕生、北海道には領土対策本部の設置、根室市には領土対策係の設置等がなされ、これら具体的運動として、あるいはパンフレットの配付、「広報ねむろ」の利用、ポスターの掲示、塔、アーチの設置、しおり、広告マッチ、茶わんの作製、北方領土復帰旗の掲載等々がなされてまいったのであります。また北方地域元居者みずから千島歯舞諸島居住者連盟を設立し、元島民相互の福祉の増進と北方地域に関する領土の復帰など、北方地域に関する諸問題の解決を促進するため一丸となって強力な運動を進めてまいったのであります。
 去る七月の三木外務大臣の訪ソの際、平和条約に関しコスイギン首相から何か中間的なものはないかと話し合われたのでありますが、道民は、このことについて非常な関心があり、それに期待するところきわめて大なるものがあるのであります。
 歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島をわが国固有の領土として返還のため日ソ平和条約締結の交渉を開始するとともに、これに伴う諸対策を早急に促進せられたいとの要望が強くなされたのであります。
 次に、拿捕漁船問題及び安全操業問題について申し上げます。
 この拿捕問題は、北海道近海における安全操業問題が解決されない結果、戦後北方周辺海域でソ連側によって拿捕されるのでありますが、これによって連行されました漁船員は、全部越境及び密漁の容疑で取り調べられて、船長、漁労長、乗船している船主は残され、最低三カ月、最高四年の実刑を言い渡されるそうであります。もっとも最高四年といいましても、たいていは二年で帰されるとのことであります。その他の乗り組み員は、一カ月から二カ月の抑留生活の後に随時帰還させられますが、船体、漁具、漁獲物は、ほとんど余すところなく没収されるとのことであります。帰還までの食糧等は支給され、あまり悩みはないそうであります。ソ連側によって拿捕された日本漁船は、昭和二十一年以降本年九月五日までの総計は、船員一万三百七人、漁船一千二百隻余に及び、うち帰された船員一万百四十九人、漁船七百七十隻余りであります。したがいまして、いまだ帰されない船員は、実に百四十人ほどであり、漁船は四百三十隻余りの多くにのぼっているのであります。これら北方海域に出漁中拿捕された漁船員の留守家族の生活は、一家の主柱ともいうべき働き手を失ったことにより生活保護を受ける留守家族も数多く、その生活も悲惨をきわめ、その状況は察するに余りあるのであります。したがって、これらの実情にかんがみ、人道上の問題としてわが国固有の領土が返還されるまでのその生業を確保するため、戦前と同じように北方周辺海域において漁業操業が行ない得るよう、かつソ連官憲による漁船拿捕、乗り組み員の抑留が行なわれないよう、平和条約締結までの間、日ソ両国政府の措置として漁業協定を締結してもらいたいとともに、二丈岩周辺における無害航行問題及び沿海州沖合いにおける安全操業問題についても同様対策を促進せられたい、また抑留者の早期釈放と未帰還の拿捕漁船の返還についても、すみやかに実現するようにせられたいとの要望が強くなされたのであります。
 次に、地方交付税の問題について申し上げす。
 北方のわが国固有領土がソ連に占有されていることに関連しての根室地方におけるこれらに対する諸対策、措置は、行政上、関係市町村が中心となって関係機関に対し解決のため要請を行なっているのであります。そもそも北方の固有領土復帰対策の推進等については、本来国が行なうべき問題であります。しかし、根室地方に置かれている地域的特殊事情にかんがみ、国の諸対策推進に対し共同して推進してきたところであって、関係市町村が負担する経費は相当多額にのぼっている実情であります。昭和三十三年以前は、交付税上の面積算入は本土分のみであったが、昭和三十四年以降から歯舞諸島分のみについては算入されることとなったのでありますが、他の固有領土である国後、択捉、色丹の各島は算入されていないのであります。これら諸島の返還のため多額の経費を要し、たとえば昭和三十八年から昭和四十一年度までの貝殻島水域コンブ採取漁業実施に伴う経費として四千七百五十九万円余りであり、また根室市のみでは一千九百万円余りであります。この負担とともに、さらに根室市においては、北方領土復帰運動、安全操業実現運動、拿捕対策、北方墓参、日ソ友好親善等、これらに要する経費は、昭和四十一年度において二千五百六十万円余りでああります。毎年この程度の経費を市財政の乏しい中から支出いたしておるのであります。このような実情にかんがみ、今後、国後、択捉、色丹諸島全面積分として普通交付税需要額に算入交付されるよう制度の改正方を配慮せられることは、これら領土が本来わが国固有のものであることから、論理的にも当然と首肯し得るものであると考えるのであります。
 次に、墓参問題について申し上げます。
 この墓参については、日ソ両国の友好善隣関係を改善する上において大きな役割りを果たしてまいりました。地域住民は心から感謝いたしているのであります。本年も九月四日から八日まで、水晶島、色丹島、国後島の墓参を行なったのでありますが、明年は墓参地域を拡大し、墓参地点の変更、人数の増加、またこの墓参を通じて、これら四島が父祖伝来のわが国固有の領土であるということを若い世代に知ってもらうとともに、返還された場合の諸施策を考慮するよう、強い要望がなされたのであります。
 次に北方協会について申し上げます。
 この北方協会の本来の目的を達するために、資金の不足を痛感するとともに、いまことしその業務の拡大をはからなければならない時期に至っているものと考えられます。したがって、国債の一部繰り上げ償還、一般管理費等についての国庫負担、また北方協会が利子補給制度を行なえるよう要望がなされたのであります。
 以上が北方のわが国固有領土問題等についての概要であります。これら要望に対し、地元住民のみならず、全国民の要望でもあると思いますので、北方のわが国固有領土が一日も早く返還されることを念願し、それまでの間における諸問題の解決に一そうの努力を払うことをわれわれは決意するものであります。
 なお、前国会の派遣委員による報告書は、すでに委員長のお手元に提出してありますので、詳細についてはそれをごらんいただきたいと存じます。
 終わります。
#12
○臼井委員長 ただいまの鯨岡君の発言のとおり、報告書は委員長の手元に提出されております。
 なお、前国会の会議録の附録に掲載することといたしておりますので、御了承を願います。その詳細につきましては、会議録によって御承知を願いたいと存じます。
#13
○渡部委員 ただいまの北方領土の問題に関する視察に関しましての鯨岡委員の御説明につきましては、まことにその労を多とするものでありますが、肝心かなめの固有領土の範囲内の問題については、いささかいまのお話とは違う趣があったということを、私は追加して申し上げなければ、当委員会の視察が、一体何を視察してきたかわからないような実情なんじゃないか、そういう問題から私は一言つけ加えたいと思うのであります。
 それは、北方の固有領土の問題は、ただいまのお話の中では、現地においては歯舞、色丹、国後、択捉と、この四諸島の中に統一されている、こういうようなお話でございました。確かにこれは、根室におきましてわれわれのほうに陳情に来られました四団体の幹部からは、そのような意見がございました。ところが北海道におきまして、北海道道庁における四団体の私どもの質問に対する説明は、そういう説明ではなくて、千島全島を含むところの返還要求が出されておったのでございまして、これはこれで統一された意見でございました。しかもこの北海道の四団体の中には、根室関係の四団体の上部団体に当たるわけでありまして、したがいまして、歯舞、色丹、国後、択捉四島だけを固有領土と限ってしまうという行き方は、政府のいままでの方針の中にちらほら散見したところであって、それを根室地域――そのほんの一部の根室地域だけを取り上げて、その地域の意見をあたかも現地全体、北海道全体、漁民全体の意見のごとくに報告されるということはどうかと思うのであります。したがいまして、私はこの重大な問題に関しましては、少なくとも当委員会を代表して説明が行なわれる以上は、その辺を明らかにしていただきたい。少なくとも根室においてはそういう陳情があったことは事実ではありますけれども、百歩譲ってそうではありますけれども、全体の意見としては決してそうではない、こういうことは明瞭にされなければいけない。特に北海道庁におけるところの陳情にあたっては、北方領土に関しましては、全千島の返還が明瞭に要求されたということを付記されなければ、不公平である、私はこう思うのであります。
 以上であります。
#14
○臼井委員長 ただいまのわが国固有の北方領土ということについては、その解釈上一応千島、中千島、北千島のほうはやはり放棄をいたしておりますので、そこで(「それはあなたの意見じゃないですか」と呼ぶ者あり)それはサンフランシスコ条約で放棄をいたしておりますので、したがって、固有の領土ではあっても、そこにいろいろの解釈上の相違がございますが、会議録に報告書の掲載につきましては、いずれ委員長において皆さんの御意見を伺って、場合によってはそれを補足記載することにいたしたいと思います。
#15
○門司委員 私も現地に参った一人でありまして、いまの鯨岡君の報告書は、事前に私読んでおりませんので、ここで初めて聞いたような始末です。したがって、この委員会全体の了解が十分に得られていなかったところにいまのような問題があろうかと思います。
 問題の焦点は、御承知のように、固有の領土という話の中に、単に固有の領土と、こう解してもらいたい、こういう意見がかなりあるわけです。固有の領土とは一体何かという議論がその次に発展してくる。しかし国後と択捉は安政五年の日本といまのソ連との間に取りかわされた条約によって一応日本の領土ということがはっきりしておる。それから得撫以北の占守島に至るまでの北千島は、明治八年、これもソ連との間に樺太をソ連領にする、そのかわり得撫以外の占守島は日本領土にする、こういう取りかわしがあるわけであります。したがってわれわれが概念として考えるのは、当然得撫以北の占守島に至るまでの千島全体ということが一応これは常識的に言えるし、また現地の諸君もこの固有の領土ということばの中には、それが含まれておったと解釈するのが私は正しいと思う。したがって、この固有の領土という問題について、それを国後、択捉だけに限るということは、私はいかがかと考える。ただ条約の締結の条件その他がいろいろ内容的にはあって、問題も多少あろうかと思うが、しかし概念的には、これはもう占守島に至るまで得撫以北も千島という概念の中で当然処置されるべきであって、地元の諸君のことばの、いわゆる固有の領土を返してもらいたいということは、北千島まで当然含んでいると解釈するのが私は正しいと思う。そういう意味において、それをひとつぜひ直しておいてもらいたい。
#16
○横山委員 これは問題を限定して、理地の人たちがどういうことを要望しておったかというのが報告の焦点ですから、その点について関係の出張された人の間で、恐縮でありますが、もう一度打ち合わせされることを望みます。
 それから、委員長、いま重要な御発言がありましたが、門司さんもおっしゃるように、固有の領土に対する概念が少し違うものですから、サンフランシスコ条約をたてにとられれば、沖縄でも同じことが言えるのじゃないか。だから、それは一応たな上げにしておいて、事実に即して報告書を若干考慮したらどうか、こう思います。
#17
○鯨岡委員 それは、一体どこまで固有の領土であるかということは、いろいろ意見のあるところであります。それで渡部委員の言うようなことについても、私は全面的に反対というわけではありません。ただ、この際は私どもが見てきたときに現地でどういう話を聞いたかということで、種々の意見があった。それから現在では根室におきましては四島という線で統一されているということでありますというのですから、何もそれをわれわれが守らなければならぬということはない。そういうことなんです。
#18
○帆足委員 鯨岡団長は私どもの最も尊敬する同僚の一人でございます。よくおまとめになる御苦心に対しては敬意を払うことは同僚諸君と同じですが、いらした方々の間に、それは意見の相違ではなくて、視察した客観的事情を議院に報告することでございますから、多少連絡の不十分がございますから、もう一ぺん審議していただいて、そして完ぺきなものにして御報告を願いたい。これは鯨岡さんの御努力に対して敬意を失するものではございませんから、そのようにひとつお計らい願いたい。人生は短く、時間は貴重でございますから、その辺をよろしく……。
#19
○川崎(寛)委員 これは、派遣団に一ぺん全部集まってもらって確認してください。とにかく手続が悪いのですよ。いいかげんな、いままでの形式的な、出しさえすればいいんだということではなくて、政治問題になる非常に大きな問題ですから、派遣団で、一ぺんぜひ団員に集まっていただいて確認をして処理をしてください。
#20
○臼井委員長 大体意見は伺いましたので、報告書につきましては、いまの御意見を加味して、ひとつ適当に委員長において善処するということで御了承いただきたいと思います。
 まだ御意見がありますか。
#21
○渡部委員 私は、この問題について申し上げておきたいのですけれども、かねてからこういう問題について一つずつそごが起きること自体に、話し合いを避けて問題を突破しようというやり方が裏にちらちらするわけであります。こういう問題だけに限らないで、この問題についても、事実認識の問題も基本的原則の問題なんですから、よく話し合いをする、野党の意見も十分に聞く、そして、いかなる意見も協議の上で決定していく、そういう根本的な議会民主主義の基礎にもう一回戻っていただきたい。これの善処を特につけ加えてお願いしたいと思います。
#22
○臼井委員長 その点はよく了承いたしましたが、大体、いまのような御意見をひとつあれいたしまして、報告書のほうは、委員長において適当にその点は付加いたしまして報告いたしますから、どうぞ御了承願います。
 それでは、本日はこの程度といたしまして、次回は公報をもってお知らせすることといたします。
   午前十一時十二分散会
ソース: 国立国会図書館
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