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1967/08/24 第56回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第056回国会 大蔵委員会財政制度に関する小委員会 第1号
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1967/08/24 第56回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第056回国会 大蔵委員会財政制度に関する小委員会 第1号

#1
第056回国会 大蔵委員会財政制度に関する小委員会 第1号
本小委員会は昭和四十二年八月十八日(金曜日)
委員会において、設置することに決した。
八月十九日
 本小委員は委員長の指名で、次の通り選任され
 た。
      菅  太郎君    河野 洋平君
      永田 亮一君    西岡 武夫君
      原田  憲君    藤井 勝志君
      村上信二郎君    山下 元利君
      阿部 助哉君    広瀬 秀吉君
      堀  昌雄君    横山 利秋君
      竹本 孫一君    広沢 直樹君
八月十九日
 藤井勝志君が委員長の指名で、小委員長に選任
 された。
―――――――――――――――――――――
昭和四十二年八月二十四日(木曜日)
    午前十時四十五分開議
 出席小委員
   小委員長 藤井 勝志君
      菅  太郎君    小峯 柳多君
      河野 洋平君    砂田 重民君
      永田 亮一君    村上信二郎君
      堀  昌雄君
 小委員外の出席者
        大蔵省主計局次
        長       相沢 英之君
        大蔵省主計局法
        規課長     小田村四郎君
        大蔵省理財局長 鳩山威一郎君
        大蔵省理財局国
        債課長     大谷 邦夫君
        大蔵省銀行局長 澄田  智君
        専  門  員 抜井 光三君
    ―――――――――――――
八月二十四日
 小委員原田憲君及び山下元利君同日小委員辞任
 につき、その補欠として小峯柳多君及び砂田重
 民君が委員長の指名で小委員に選任された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 財政制度に関する件
     ――――◇―――――
#2
○藤井小委員長 これより会議を開きます。
 財政制度に関する件について調査を進めます。
 財政上の問題点について政府より説明を聴取いたします。相沢主計局次長。
#3
○相沢説明員 前回の小委員会において御要求のございました財政会計制度に対する臨時行政調査会等各界の代表的な意見について要約したものを、お手元に資料としてお配りしてございますが、これにつきまして簡単に御説明いたします。
 まず、一の「予算の事前議決の原則」につきましては、憲法調査会の報告書には「予算不成立の場合の措置」、これは旧憲法下におきましては、前年度予算の施行、いわゆる施行予算、それから責任支出というような制度がございましたが、そういうような措置を「設けるべきであるという意見と設ける必要はないという意見とがある。」(二)の「財政上の緊急措置」、これはたとえば内閣の責任支出でございますが、「この制度を設けるべきであるという意見と設ける必要はないという意見」とがあります。
 それから、「国会の予算修正権等」につきましては、憲法調査会の報告書に「国会の予算増額修正権及び予算を伴う議員立法については、制限規定を設けるべきであるという意見が多い。」ということが載せられております。
 それから三の「会計年度」につきましては、これは主として積雪寒冷地等における事業の円滑な施行をはかるため等によりまして、暦年制の採用ということがかなり主張されておりました。これにつきまして、臨時行政調査会の意見としまして「暦年制の採用については、問題があり困難である。積雪寒冷地における事業の執行は、事務手続の能率化、繰越手続の緩和、継続費制度の活用等により円滑に行ない得る。」ということで、これにつきましては消極的な見解が示されております。
 それから四にまいりまして、「特別会計設定の基準」につきましては、臨時行政調査会は「特別会計の設置については予算の一覧性等の見地から、厳格に制限すべきである。」、現在四十五特別会計がございますが、この特別会計が非常に多いということは予算の一覧性を阻害するということから、これを制限すべきであるという意見は各方面にございますが、臨時行政調査会も「厳格に制限すべきである。」という意見を述べております。それから、平和経済計画会議の提言では、同様に「特別会計の数があまりに多すぎるので、実態を調査し、整理方針を打ち出すべきである。」というふうに述べております。
 五にまいりまして、「予算の様式」でございますが、これにつきましては、臨時行政調査会からは、「各年度の予算が後年の財政負指に及ぼす影響を明らかにするため添付資料として後年度増加経費(または後年度の当然必要経費)とその財源を明らかにする比較表を加える。」ようにしたらどうかという意見が出ております。
 平和経済計画会議からは「(一)、国民にとってわかりやすい予算をつくるため予算の構成、様式、各予算間の連係、合計、純計その他必要な諸資料を検討する。(二)、現年度以降五年ないし七年度にわたる歳出所要額の長期見通しを作成し、参考資料として国会に提出する。(三)、予算の経済的効果判定のため、予算を資本予算と経常予算への組替えあるいは国民経済計算体系への組替えを可能にするよう予算体系を再編成し、一貫したコードシステムにする。四、財政投融資計画は、その重要性にかんがみ、予算に付属する公式資料として国会提出を義務づける。」という点が出されております。
 それから次にまいりまして「予算執行の弾力化」についてでありますが、臨時行政調査会は次のような意見を出しております。
 「(一)、継続費については、長期的視野に立って事業を遂行することを可能にする等の長所がある。制度の活用をはかるべきである。(二)、暦年制の問題と関連し、繰越手続の緩和を要する。」現在明許繰り越しと事故繰り越しという、繰り越しについては二様の制度がございますが、これについての手続を緩和したらどうかという意見もあります。
 それから「(三)、一般会計にも弾力条項を設ける。」これは法律、法令の問題ではございませんが、弾力条項は、特別会計と政府関係機関の予算につきまして、それぞれ予算総則でこの弾力条項を設けられております。これを一般会計にも設けるべきではないかという意見であります。
 「(四)、手数料、物品売払代等の特定の収入についてはその官庁限りで関連経費に充当することができるようにする。」これはイギリスにもこのような制度がございます。こういうことを考えたらどうかということであります。
 「(五)、予算執行の効率化のため、経費の性質等に応じ、使途別区分を緩和する。」現在、項を目に区分して使途別の区分を設けておりますが、経費の性質においては、現在あるような日別という使途別区分は、予算の円滑な執行上、あるいは事業の合理的、効率的な施行をはかるためには非常に障害になっているようなことがあるのではないかということからして、経費の性質によっては、これを緩和したらどうかという意見でございます。「(六)、委任経理制度は、科学技術、調査研究部門等その適用の範囲の拡大をはかるべきである。」、この委任経理制度は、戦前は陸軍の糧秣経理等において広くとられておりましたが、現在は、日本学士院及び国立学校の特別会計につきまして、学士院においては学術研究奨励費交付金、それから国立学校の特別会計におきましては奨学交付金につきまして委任経理にすることができることになっております。これはその経費の性質上、年度内に使用し尽くし得なかった場合には、後年度に繰り越して支払いに充てることができることになっており、またその保管上生じたところの利子等の果実は歳入に入れないで、元本たるこの資金に加えて、一体的にこれを使用し得るというような経費の弾力的な運営ができるようになっておりますが、こういう委任経理の制度をもう少し科学技術、調査研究部門等にさらに適用を推し広げたらどうかという意見でございます。
 それから憲法調査会の報告書には、「継続費制度については、憲法上規定すべきであるという意見と憲法上規定する必要はないという意見」がございます。
 それから七にまいります。「事業別予算制度」につきましては、臨時行政調査会からは、「予算は、予定された事務、事業を明確に示し、かつ成果について予定との対比を検討することができる仕組みとなっていることが必要であるが、わが国の予算はこの点十分でないので、事業別予算の導入をはかるべきである。」
 平和経済計画会議の提言では、「完全な事業別予算制度を直ちに適用することは、多くの困難と混乱を生ぜしめるおそれがあるので、さしあたり現業特別会計において実施する。」こういうことになっております。
 それから八の「決算制度」につきましては、臨時行政調査会の意見では、「事業別予算の導入をはかり、予算執行の成果を決算に表示するとともに決算の説明の充実をはかる。」というふうになっております。
 憲法調査会の報告書では、「決算については、現在のままの取扱いでよいという意見と国会の承認を要すべきであるという意見」とがございます。
 それから九の「会計機関」につきましては、臨時行政調査会の意見は、「個別的な会計機関を廃止し、一官署全体に権限と責任をもつ総合的会計機関を設置し、官署の長をあて、内部委任(代決)の制度を活用し、補助者の権限と責任の範囲を明確にするほか、支出負担行為制度の簡素化、伝票式会計制度の採用等事務の合理化をはかる。」という意見が出ております。
 それから十の「大蔵大臣の承認協議」につきましては、「予算会計事務処理の能率化をはかるため大蔵大臣の承認協議を簡素化する。」べきではないかという意見が臨時行政調査会から出されております。
 十一の「契約制度」につきましては、「一般競争契約の手続の簡素化等一般競争契約が広く行なわれる条件を整備するほか、支払方法については、銀行振込等の制度を採用する。」というのが臨時行政調査会の意見でございます。
 それから十二の「物品管理制度」につきましては、臨時行政調査会から、「物品管理については、小官署における簡素化と事業官署における弾力的運用をはかる。」という意見が出されております。
 十三の「複式簿記」の採用に関しましては、同じく臨時行政調査会の意見といたしまして、「(一)、企業、行政事業、資金、保険等の事業特別会計について、事業の実態に即した複式簿記を採用する。(二)、一般会計については、補給業務、刑務所業務、公共事業等について内部的に複式経理を基礎として費用を把握し、効果的な管理手段を整備する。」というような意見が出ております。
 これらの代表的なそれぞれの調査会等の意見、報告あるいは提言につきましては、大蔵省といたしましても、その後鋭意検討を進めておるところでございますが、すでにこのうちの一部につきましては、たとえば物品管理制度につきましては、物品管理法をすでに改正いたしまして、おおむねこの臨時行政調査会の意見のような改正を行なうことにいたしておりますし、また、契約制度につきましても、契約制度全般につきまして検討をして改正いたしましたほか、銀行振り込みの制度も昭和四十年度から採用いたしております。まだ十分な検討が行なわれているとはなかなか申せませんけれども、今後なお引き続き検討を進めて、できるだけこういったような意見に沿いまして実行できるところからやっていこうというふうに考えております。財政法あるいはさらには憲法の改正に関連するような重大な制度の改変につきましては、なかなかこれは意見が分かれる点も多く、まだまだ十分な検討が行なわれておるとは申せない段階でございますけれども、こういう御意見につきましては、できるだけいろいろな問題点を解明して、制度の改正に移せるものは移していこうという態度は今後も持ち続けていきたいというふうに考えております。
 簡単でございますけれども、この資料について御説明を申し上げました。
#4
○藤井小委員長 これにて説明は終わりました。
 引き続き質疑に入ります。通告がありますので、これを許します。堀昌雄君。
#5
○堀小委員 ただいま各界の意見等についての御報告がありましたけれども、いまの相沢次長の御説明では、すみっこの最も小さいことをちょっと取り上げたという感じがするわけです。物品の問題とか、銀行振り込みとか、もちろんいいことでありますが、これはどちらかというときわめて技術的な問題であって、予算会計上の問題というにしては少し小さ過ぎるような感じがいたします。
 そこで、きょうは少し国債の問題を論議させていただきたいのですが、この間から当委員会で議論をいたしております一つの重要な問題に国債の借りかえの問題があります。実は現在国債整理基金特別会計法の第五条でこれを定めているわけですけれども、財政法ができた当時は、そうどしどし国債を借りかえするなどというようなことが予想されていなかったのではないか。七年ものの国債を発行するなどというようなことは世界的に見て例がないことでありますから、そういうことを予想してない場合には現在の財政法でもいいのではないかと思うのですが、少なくとも七年ものの国債を発行して、今後七年目からは毎年毎年借りかえをやるなどというようなことが起こるということになるならば、今日この問題についての各種の規定を財政法に一項起こしておかなければならない新しい段階にきておる、こういうふうに私は思いますけれども、主計局としては、これに対してはどういうふうに考えられるか、答えていただきたいと思います。
#6
○相沢説明員 現在借りかえにつきましては国債整理基金特別会計法の第五条に規定がございまして、これによりまして政府は国債の借りかえをすることができることになっております。いま先生からお話がございましたように、七年という言うなれば短い償還期間を定めておきながら、実際は現在の建設国債の対象となっているところの事業の性格等からいたしますと、国債の償還は六十年とか相当長い期間にやればいいのじゃないかということで、それを借りかえによってつないでいくということについては、これは何かすっきりしない。何か制度的にもそういう借りかえについて規定を設ける、あるいは国債のいまの償還期限そのものについて検討を加える、いろいろな問題点があるという御意見だと思いますが、この点は、私どもといたしましては、とにかく七年以上の長期の償還期限を持つ国債を現在発行するということは非常に問題があるということと、同時に、財政的な面からいたしますと、やはり七年ごとに全額を償還するということは、これは現在の財政負担の観点からいたしますならばなかなか困難である。また、その対象となる事業の性質からいたしますと、相当長期にわたる償還ということで差しつかえないじゃないか。そのほうが実態に合うじゃないかということからしまして、結局七年の国債というものを借りかえによってころがしていくということをやっておるわけであります。
 そこで、これは償還制度の問題とも関連すると思いますが、減債制度につきましては、私どもは、この間の国会では通りませんでしたけれども、前年度期首における国債の現在高というものを基礎といたしまして、百分の一・六というものを毎年基金に繰り入れるということで、国債の償還財源を確保するという制度を考えておるわけでございます。そういうようなことで、とにかく国債の償還制度といたしまして、これは運用上特に支障がないのじゃないかということで、現在考えていますところの減債制度というのを今後設けるといたしまして、その他は現在の制度の活用でやっていけるということで、特にこの国債整理基金特別会計法あるいは財政法等の改正をわれわれとしては考えてないわけでございます。
#7
○堀小委員 いや、私がいま言っていることは、要するに、借りかえと言うけれども、この前理財局長が答弁しているように、これは新たなる発行なんです。一回償還して新たに発行するわけですから。政府の側から見ると継続性があるように見えますけれども、実質的には継続性がないわけです。そういう場合に、それが相当多額のものが普通の状態の、新規発行でない状態で新たに発行されるわけですから。これについては、ごく少額の場合の問題であれば、いまの国債整理基金特別会計で整理の問題というかっこうで出しておいてもいいけれども、そうではなくて、新規債を発行するんだという角度から見るならば、これは財政法の規定になるべきではないのか。要するに財政法としては、新たな発行について、こういう形の発行の場合はこういう規定によってやられるということになるのが私は筋ではないのか、こういう感じがしているわけです。だから、国債整理基金特別会計というものの趣旨は、国債を整理していく過程の問題についての法律であって、新たな国債を発行するために設けられておる法律ではないわけです。皆さんは、便宜上ここの中で処理をしたということでありましょう。問題は償還の側にあるのではなくて、発行の側にある。償還して、その次に発行して借りかえになる、こういう理論構成ですから、その限りでは、私は、一応財政法の中に規定を設けるということが、問題の性質からして筋ではないかと考えておるわけです。その点に対して主計局は一体どう考えるのか、こういうことです。
#8
○小田村説明員 確かに、借りかえのための起債ということは国債の償還財源を調達するための一つの手段でございます。形式的に見れば新しい公債の発行ということであることは事実先生のおっしゃるとおりでございます。しかしながら、これを実質的に見ますと、すでに存在しております公債の所有者に償還をいたしました金額をもって、新しい公債に応募するということでございまして、言ってみれば、いわゆる期限延長に実態的には近いということが言えるのではないか。現在公募債の償還期限は七年ということになっておりますけれども、これがたとえば七年であり、あるいは十年であり、十五年であり、外国では非常に長いものもございますが、そういう償還期限との関連ということも実体的にはあるわけでございます。これはただいま相沢次長から申し上げたとおりのことになるわけですけれども、そういうことで、いわゆる新規の公債を発行して、それによって新規の購買力を注入するという経済的な実体を持つものではないわけでございます。そういう意味で、新しい公債の発行ではございますけれども、これを実体的に見ますと、国債整理の一つの手段でございますから、現在の国債整理基金特別会計法に規定してございましても何ら差しつかえないのではないか、かように思うわけでございます。公債の発行に関しましては、国債に関する法律によりましてその条件等の規定がございますが、これをすべて財政法に規定しなければならないというものではございません。したがって、このような経済的な実体を持たない借りかえにつきましては、現行の特別会計法上の規定で、むしろ所を得ておるというふうに私どもは考えるわけでございます。
#9
○堀小委員 国債を持っておるものが、あるいは日銀のようなところであれば、要するに金の出し入れだけでいいけれども、私が国債の七年ものを買いましたら、七年目が来ましたらお金をもらうのです。次、買わないかもしれない。今度はBという人が買う場合、Bという人は今度新発債を買うんでしょう。要するにあなた方は全部国債を発行する側からしかものを見ていないから継続しておるのだというような表現が出ておるわけです。国から見たら継続でしょうが、国債を持っておる側から見れば全部七年で一ぺん返すのです。一ぺん国から金をもらうのじゃないですか、そうでしょう。そこのところをひとつ……。
#10
○小田村説明員 具体的な手続といたしましては、現金が動く場合と動かない場合とがございます。これはむしろ理財局からお答えすべきかもしれませんが、最近は現金は動いていないようでございます。つまり国債の償還を受ける人と、それから新規の際に応募する人とが同一の人間でございまして、そこで現金の授受は省略するというかっこうになっておるわけでございます。
#11
○堀小委員 それじゃ理財局に聞きますが、これまで毎年借りかえをした国債の幅というものは一年に金額としては一体幾らくらいですか。今後ともかく六千億ぽんと借りかえする、七千億ぽんと借りかえするということが七年先から毎年起こってくるわけですね。それで、いまと同じように国債を買った人がみんなずっと持つかというと、私はそんな甘いものじゃないと思うのです。第一新発債が現在どれだけ市場にどんどん逆流しておるかを見れば、この金額からごらんになったって簡単なものではない。これまでの概念と今後の概念というものは、これは私は画然として区別してかからなければならないと思う。一体これまで国債の借りかえが行なわれて――現金の授受がないそうですから、現金の授受があったものとないものと、ちょっとお答え願いたいと思います。
#12
○大谷説明員 ただいままでの旧国債の借りかえにつきましては、金融機関分につきまして借りかえをやっております。個人その他については現金償還をやっております。したがって、ただいまのところでは、金融機関の借りかえというのは、これは乗りかえというので現金の授受はございません。しかし、お話のように今後いわゆる建設国債を発行されまして、七年ものといたしましては、少なくとも個人その他のものにつきましては、一応現金償還するわけでございます。借りかえをする場合には、見返り財源を別途調達するという形になるかと思います。
#13
○堀小委員 現在の日本の国債の発行のあり方が、きわめてアブノーマルな状態で発行されておると思います。主計局もそのアブノーマルな状態について、それが何か正常であるかのような感覚でいまお話されておるような気がしますが、本来国債というものは国民に持ってもらって意味があるのでしょう。金融機関に持たせるため国債を発行しておるのではないと思う。国民経済的に見れば、国民が直接国債を持つというのが、これが正常な姿であると思う。ただ国民にいますぐ出しても、巨額の国債を出しておって、その消化能力がないから間接金融にたよっておるという非常にアブノーマルな状態であると思う。この間もいろいろ議論が出ておったと思いますが、国債保有の状態は、もちろん国民が全部買って持っておりませんけれども、日本のように金融機関にたくさん持たしておるところは世界じゅうどこもない。そういうアブノーマルな状態を前提として、要するに本来これは全部償還をする。いま国債課長の答弁のように、現在国民が直接持っておる国債というのは、証券会社を通じて売りさばかれておる程度ですから、約一〇%程度でしょうけれども、これがだんだん累積をしていけば、これは巨額なものになってるとわけです。いまは六千億、七千億ですけれども、将来について、これが減る見通しがはっきりしておるかというと、私はそうは考えません。そうするとかなりの部分というものは、国民が持ったとなれば、あなたのさっき言ったような、事実上期限の延長に近いようなことで、金の出し入れがなくて処理できるなんというのは、これは制度のたてまえの考え方じゃないですよ。制度のたてまえは国民が持つんだ、現金で償還するんだ、新たに新規債を発行するんだ、これが当然国債についての借りかえの原則なんですよ。いまあなたは例外をあたかも原則であるかのように考えて、国債整理基金の整理関係だ、とんでもない話ですよ、これは私は絶対に納得ができない。もう一ぺんその点について伺います。
#14
○小田村説明員 私が先ほど申し上げましたのは、経済的な実態から申し上げまして、新しい一つの経済効果を生み出すものではない。つまり、旧債を償還いたしますと同時に、そこで購買力が民間に出るわけでございますが、同時に同額を新規債の発行によりまして吸収するわけであります。したがって、経済的な効果としては、相手が同一の人であろうと、あるいは違った人であろうと、何ら国民経済的に変わった効果をもたらすものではない。新規債の発行の場合には、それによって新規の投資が行なわれる、あるいは消費が行なわれるわけでございますので、新しい公債の発行をする場合には一つの経済効果はそこで生み出されるわけでございますが、すでに経済的効果、国民経済的な効果が発生し終わったものについて、その借りかえが行なわれましても、何ら新しい効果をもたらすものではございませんので、したがって、現在財政法に規定されておりますいわゆる建設公債の発行とは性質的に全然違ったものではないか、かように思うのでございます。
#15
○堀小委員 私は何も建設公債と同じに議論しているんじゃないです。いいですか、要するにあなたはいま経済効果の問題として同じだとおっしゃるけれども、経済効果として違うと思っているのですよ。国債を七年で発行するということは一つの契約なんでしょう。相手方と、国債を持っている人たちと国との間に、七年の国債を発行いたします、七年目にはその金はお返しをいたしますという契約ではないのですか、七年の国債を発行するということは。ちょっとその点から……。
#16
○小田村説明員 おっしゃるとおり契約でございます。
#17
○堀小委員 そうすると、契約というものは、原則的にはいろんな契約の中に、当事者間に異議がなければそのまま引き継ぐというような契約についての申し合わせがありますが、国債についてはそういう条件はついていないのですね。七年したらお返しをいたしますという条件だけで、これは借りかえいたしますなんということは一つも書いてないでしょう。国債発行について書いてありますか。
#18
○小田村説明員 おっしゃるとおり借りかえの問題についてはその後の問題でございまして、発行のときに何ら問題になっておりません。
#19
○堀小委員 そうすると、契約の当事者である私と国とは、私はこの契約に基づいて七年国にお金を貸しましょう、七年目にはお金を返してもらいますというのが、これが制度のたてまえなんですよ。お金が戻ってくるという前提で金を出しているわけですからね。こっちの前を切っちゃって、あとからだけのことで継続するということにならないのですよ。この間私と岩尾君との間で、日本銀行の持っておるものの借りかえの問題で議論をしたのですが、あなた方の倉見と私の意見と根本的に違うというのはそこにあるわけです。日本銀行が国債を買うときにはお金を出しているわけですが、七年の国債を買い取っても、お金を出して、金融機関に出したかどこに出したか、ともかく金を日本銀行が出して七年の国債を買ったということは、日本銀行としては、契約終了時にはその金は逆流するんだという前提でなければこの話は始まらないのですよ。そこからものが始まっていかなければこの問題は始まってこないわけです。だから七年たった後には当然金が入ってくるということの前提でものが進んでおるときに、あなた方のほうで七年目にその金を返さないで引き続き延ばしたということは、相対的には当然入るということで計画されておるものが入らなくなったということで、要するに、あなたは経済効果としては同じだと言うけれども、実は同じではないのですよ。それも、そこで金が返るということにおいて経済的な仕組みを考えるというのが原則ですよ。私だって七年の国債を買うときには、要するに七年目にはその金を使って家を建てよう、こう考える場合だってあるわけですからね。ところが、あなたのほうは、家を建てようと思うものを、いや、ともかく借りかえにしてくれといって――要するに借りかえの現象は、自発的に起こる場合もあるでしょう、長いのでそのまま持っておっていい、また、売ってまた買ってもよろしいという人もありましょう。しかし、そうでない人間だってあるわけですよ。企業だってあるわけです。金融機関だって、いま喜んで国債を買っているわけではないから、七年目に全部償還してお金がほしいのだ、こういう可能性は将来的に十分あり得ると思うのです。あり得るにもかかわらず、あなた方国と民間との関係である程度の強制力が働いて、これは返せないということになって借りかえにさせられる。経済効果としてあなた方のほうは継続だと見ている。向こうは新たな負担だと考えるわけですよ。実はそこのところに私どもとあなた方の考えにちょっと相違がある。あなた方は国の側からだけ見ておる。国の側のそろばんから見ればなるほど金の出入りがない。こういうものは相対的に、国民の側から、国債を買う側の立場に立って見るということが私は当然あっていいのではないかと思う。その点はひとつ銀行局長どうですか。銀行が国債を買った場合ですが、ともかく銀行というものは六十年間の国債だと思って現在国債を買っているかといえば、私はそうじゃないと思いますね。やはり七年ものだとして買っているから、それで七年という期限ができたのでしょう。しかし、ともかく次長は七年以上の期限にするのは問題があると言っているのは一体どこからくるのですか。初めから六十年を覚悟しているのなら、七年であろうと六十年であろうと変わらないのに、次長がここではっきり七年以上に期限をするのは問題があると言っている。七年以上にするのに問題があるのに、期限は無期限と同じように借りかえにして経済的効果は同じだなんて、これは筋が通らないですよ。銀行局長どうですか。
#20
○澄田説明員 お話の点はいろいろな問題が含まっているのではないか、いろいろな研究中の問題だというような気がいたします。契約の点はあるいはいまお話しのようなことではないかと思いますが、先ほどから答弁で触れておりますように経済的効果ということになりますと、いろいろな面があるのではないかと思うのです。金融機関が国債を消化しているという場合、それは七年ものを前提として消化をしているということは、たとえば発行条件等の場合は、七年というようなことと、それから利率と結び合わされて発行条件になっているというようなことは確かにそうではないかと思います。それから七年来たときに、それが現金で償還されるか、あるいは借りかえという形で乗りかえられてまた継続するという場合、そのときの経済の通貨の点、あるいはすでに日本銀行で買って持っておるものが借りかえられる場合、それから市中銀行が買って持っているものが借りかえられる場合、それぞれ経済的影響は違うのではないかと思います。たとえば日本銀行の場合を考えますと、それが償還されるということになりますと、それだけ通貨の収縮が行なわれて、むしろ経済的には乗りかえられたほうが同じ状態が継続する。これが償還をされますと、通貨の収縮を生じましてデフレ要因になって変化が生ずる。乗りかえのほうが同じ状態の継続である、こういうことになるかと思います。市中金融機関の場合にも同様な意味合いの問題はあるかと思います。結局、そのときの成長通貨の供給でどれだけ日銀から通貨が供給されるか、オペがどれだけ行なわれるかというような関係の問題として、乗りかえられて、そのまま七年たっても前の旧債がそのまま市中金融機関の手元に残っているという状態においてそのときの信用調節が行なわれているということであるならば、経済的効果という意味においては、乗りかえられている状態が同じであるということがいえる面はあるかと思います。しかし、これは非常にマクロ的に見た場合で、個々の場合については、御指摘のような、当然償還を前提として経済効果が行なわれている。借りかえられると、それだけその資金をどこからか別に持ってこなければならぬ。こういうような問題が出てくるのじゃないか、かように思います。
#21
○堀小委員 私は、いまこの問題を特に触れておるのは、やはり一般的に見て、国は国中心でものを考える傾向があるわけですね。しかし私は、国の側面と同時に、やはり国民の側面がもう少しその点ではっきりしていないところに、いまの主計局のいろいろな議論がずっと出てきているのではないか。だから、いまのように七年というのは、確かに金利にも関係があるでしょうけれども、裏返して言うと、長期になるほど金利は高くなるわけですよ、いまの金利制度の仕組みであれば。銀行側にしてみれば、十年にして、もっと高いものにしてもらえば、十五年にして、もっと高い金利にしてもらったほうがペイするわけですよ。ところが、本来三十年のものを、初めから六十年のものを持たせるというつもりで、七年にして安い金利でやるというなら、これはまた私はおかしな話だと思うのです、国民の側から見れば。だから私は、この国債の問題というのは、確かにそのときの金利の問題なり経済的な諸条件の問題に関係があるけれども、しかし、少なくとも国民の側からやはりできるだけ有利な条件というものを――国だけが有利であっていいわけではないのであって、国民の側の問題というのがもうちょっと配慮されなければならない。そういう意味では、この問題は単に国債整理基金特別会計で、要するにこれまでのようなごくわずかな金額の借りかえということで、それも特定のものの部分がほとんどであったというようなことで、これまでのとおりでいいというふうには考えていないわけです。しかし、これは事務当局の意見というだけのものでなくて、問題は多少政治的な問題がありましょうから、この問題はここまでにしておきますが、これはひとつ各界の人に一ぺん来ていただいて――こういう問題の考え方、どこに書くかというと、考え方に基づいて出てくるわけですから。
 いまの主計局の考えというのは、どうも国の側から見た考えだけに終始している。しかし、いま銀行局長の答えられたように、マクロとして見ればそういうこともあり得るけれども、金融機関個々のケースの場合を考えてみれば、金融機関個々だって、たとえばちょうどいま償還時期が来たと考えましょうか。非常に資金繰りが詰まっておる。ともかく日銀はクレジットラインでどんどん押えてきた。そういうときに、やはり手持ち有価が大きいのだから、少しでも減らしたい。たまたま償還が来た、ここで少しでも金をもらいたいということは、私はそういう金融情勢なら当然だろうと思うのですね。だから、そういうことを考えてみるならば、私は、いまあなた方が言っておるように、しかく簡単に、経済効果が同一で、Aが買おうとBが買おうと同じだ、そうはいきませんよ。Aが買うのとBが買うのとでは、Aのほうには金が入って、Bのほうは金が出ていくんですよ。いいですか、個々に見たらそういうことですよ。マクロで見たらトータルは同じだ、こういうことになりましょう。しかし、こっちは償還が来て金が入る。今度は新たに、こっちの人が金を国に払って国債を新たに買う。経済行為の逆のことがここで起こるわけですから、国民の側は逆であっても、国にしてみればそれはそろばんが合っているということには私はならないと思いますが、この問題はこういうことで、次の問題に移ります。
#22
○小峯小委員 関連で……。たいへんおもしろい。私はおくれてきましたから、やりとりの中身はよくわかっていないかもしれません。しかし、実はたいへん大切な問題であると思います。これは少し堀委員と考え方が違う点があるかもしれませんけれども、私は国債というものは建設公債と赤字公債と性格が違うと思う。建設公債の場合は、その国債によって取得した金が実際の事業になって働く効果が継続する。効果の年数というもので、おそらく六十年というようなものを大蔵大臣が言っていたような気がするのです。それがたてまえで、しかしそのときの金融の情勢で、長いものはなかなか消化がし切れない。事実、六十年のものを買ってくださいますかといったら、正直なところ、個人でも機関でも、手を出すところはないと思う。そこで七年くらいのものが一番ふところぐあい、あるいは感覚、そのときの金利の情勢などから出てきているので、政府側から見ると、七年ものというのは借りかえということが前提になっているんだと思う。したがって、借りかえのあることがそれほど実は問題があるように思わぬのであります。ただ、いま堀委員の御指摘のように、個人の立場から見れば、これは明らかにマネーフローに変化を生ずるものだと思う。実際問題として、七年のものを承知で持った人に対する決済は、その個人の立場からは、そのつど決済されていくと思いますから、同じ人が借りかえを継続させられるわけではないと私は思います。そういうことで、その持った人は券面に書いてあるその条件だけは満たされていくと思うのです。ですから、いま堀さんのおっしゃったような意味のことと、私は少し違う感じでいま受け取っておったわけですけれども、ただし、同じだというわけにいかない。金の流れは確かに違ってくるのでありますから、それは国民的な角度からしっかり見てやれという堀さんの考え方に私は賛成であります。国全体から見れば、マクロで見れば、経済的効果はあまり違わない。そのときの金融状態なんか非常にむずかしくなります場合には、これはまた違った形でしりをふかなければならぬような場合もありましょう。言いかえますと、建設公債を、今度は消化の面で違った角度のものを出さなければならぬ場合もあり得ると思います。ただ、個人の場合は、券面に決済は七年と書けば、七年ごとで済んでいくということは間違いなかろうと思うのです。そういう意味で、国債の問題をどうつかまえるかという問題は、私も堀委員と同様、たいへん興味もありますし、勉強をしてまいりたいと思いますが、私はそういう見方をしておる。ただし、赤字公債は少し違うような感じがする。その辺の考え方、これはむしろ堀委員にも、皆さんにも御協議をいただきたいと思うのでありますが、どうですか、国債の関係の課長も局長もおられますが、それぞれのお立場で考え方を聞かせていただきたい。
#23
○鳩山説明員 四十年度から国債が発行されるようになりまして、四十年度におきましては、いわゆる歳入欠陥債を出さざるを得なかったわけです。そのときから、その赤字国債は、当時の福田大蔵大臣もたびたび申されたように、これはいわゆる短期の赤字を補うものでありますから、必ず償還するんだ。四十一年度からは建設公債が発行されまして、これは場合によっては借りかえということも当然予想されるような建設公債を発行するんだということでまいったわけであります。そういうような観点から、今後の財政運営も、それが可能になるような財政運営をしなければいけないと思いますし、あるいはまた、国債整理基金の問題にも当然それを可能ならしめるような運営をしなければいけないと思います。
 ただ、先ほどいろいろ御議論がありましたが、何ぶん国債は非常に最近になって発行されましたけれども、その前に政保債あるいは金融債、さらに事業債はずっと継続して出ておりましたので、そういったものとの関連が非常にありまして、一般に非常に長期な国債というものが、日本の現在の経済情勢、あるいは金利が非常に動くというような情勢のもとで、長期債というのがなかなか発行しにくいという事情にありましたので、七年ものというのはやむを得ない長さだったと思います。今後経済情勢がいろいろ安定化していく、あるいは毎年経済成長が順調に伸びていきました場合に、七年先のそのときの金融のあり方を予想することはなかなかむずかしいことかと思いますが、ごく総体的に申せば、現在よりもいろいろ規模が拡大してまいりますので、そういうような前提を置きながら、そういった七年後の国債発行がどの程度の規模になるかということはいまから計算することはできませんけれども、しかし、いろいろな想定からすれば、やはりなおそのころでも国債発行は続くのではなかろうか。そういった際に、やはり借りかえの問題と、新規の国債の継続的な発行という問題が、そのころとしては当然予想されると思います。そういったことも念頭に置きながら長期的な観点から国債の管理をこれからやらなければいけないというふうに考えております。
 非常に不十分でございますが……。
#24
○小峯小委員 その七年という年数ですね。いまのおことばの中に、七年たったら、やはりまだ国債も続くだろうというようなお話もありましたが、七年という年数をきめる理論的な根拠、あるいはそれを結論づけたいろいろの条件というふうなものをどういうふうに考えていますか。七年をきめたときの考え方の条件あるいは根拠、背景というもの……。
#25
○鳩山説明員 どういうふうに七年ときめたかということは、やはり当時政保債が七年、各種の事業債も七年ものまでは国民感情として受け付けやすいということから、消化を考えての七年ということかと思いますが、大量に、かつ四十年度は相当緊急に国債を発行いたしましたので、従来よりも長いものを発行するということは非常に心配があったからだと思います。
#26
○小峯小委員 私は、七年という年数は、おそらく定期預金だとか信託だとか貸付信託だとか、そういうものと振り合った関係もあるだろうし、それから、いままで出ておった政保債なんかの関係もあると思うのです。しかし、こういう考え方はどうでしょうか。長いものを出せば出すほど政府の国債費というものは固定するわけですね。短いものを出して、そしてそのときの金融情勢の中で条件を変えていけば、国債費というものはフラクチュエートすることになりはしませんか。ですから、財政として、長いものを出して国債費というものを固定していくほうがいいのか、それとも短く出して、その金融マーケットの状態に応ずるような弾力性のあるものにしていくほうがいいのか。これは短くしますと、ある意味では金融市場が非常に緩慢になると借りかえで負担を減らす方法もあり得る。逆に今度は、国債費が利息なんかの面もあると思うのですが、そういう点は財政の制度としては考慮しませんでしょうか、どうでございましょうか。
#27
○大谷説明員 お答えします。ただいまの先生の御意見、はなはだおもしろい御意見でございます。実は日本じゃございませんが、外国で、いろいろ発行会社、国なんかが出す場合に、そういう先行きの金融情勢を考えまして期間をきめる例はございます。ただ日本の場合、金利その他非常に流動的でございまして、いまから七年先に一体金利が上がっているのか下がっているのか、この辺がなかなか見通しがむずかしいわけでございます。外国でも同じようにむずかしいわけでございますが、外国はともすれば金利は低いほうでございますので、たとえば昨年のようにヨーロッパの金利が高いときには、発行者のほうは五年とか七年とか短いもので発行する。五年なり七年先は下がっているだろう。下がっているところで安く借りかえることをねらって発行しておるようでありまして、応募者は応募者で、これまた一体どうなるか、先行きの見通しがつきませんので、そうなると、ある程度短い期間で現金化できるほうが安心だということで、昨年あたりは五年ものが非常に多かったようでございます。
 いま日本に例を直しますと、実はいま局長から申し上げましたように、政保債、事業債七年、利付金融債が五年というような期間になっております。それに対しまして四十年度の歳入補てん債は、これは時借りということで、期間が短くてもよかろうという議論がありました。ところが、四十一年度以降は建設国債でございますので、なるべく長くしたいという希望はあったのでございますが、やはり消化側の立場といたしまして、日本の金融情勢は七年先の予測がつかないということで、ほかのものが七年でございますので、それと合わしたほうがいいのじゃないか、合わしてくれないかということで、結局七年に落ちついたわけでございます。発行者といたしましてはまさに両面の問題がございまして、七年の間に金利が下がっていくならば、安いもので借りかえができて、財政負担の軽減になるわけでございます。しかし、金利が上がっておりますと、高利の借りかえということになるわけでございまして、リスクは両側にあるわけでございます。逆に長いものを出した場合に、その長いものの満期になったときに金利がどうなっているかという問題は同じようにあるわけです。結局、政府としては短くても長くてもリスクはあるわけでございます。そうすると、消化側の意向がやはり七年ということである以上は、発行者としてもその立場を尊重したいということで、七年に落ちつきました。先生のおっしゃるようなことは、当時も内部的には議論された問題でございますが、結局そういうことになったわけでございます。
#28
○小峯小委員 だんだん話がわかってきたような気がするのですが、個人の会社が使う金を株式資本に依存するか、社債に依存するか、長期借り入れ金にするか、あるいは短期借り入れ金の借りかえでいくかというふうに、かなり会社というものは、そのときの金融市場等に応じて知恵を働かせるものでございます。政府は、国債を発行する場合に、大きな意味ではフィスカルポリシーという観点からいうと、そういう小細工ではなしに、もっとマクロ的な観点はもちろんあると思うのですが、しかし、国債を直接担当する部局においては、いま私の申し上げたような個人の会社が金の性質の使い分けをする、そういうこまかい配慮というかお考えというものはやるものですか、やらぬものですか、あるいはそんなこまかいことは国の財政とすれば必要はないのだというふうに考えるものですか、どうでございましょうか。
#29
○大谷説明員 例を外国にとりまして恐縮でございますが、たとえばアメリカを例にとりますと、アメリカは大体毎年度の予算規模の三倍程度の国債残高を持っております。こうなりますと、画一的な条件での発行はむずかしくなりますので、たとえば期間でも長短さまざまのものを出しております。日本でも将来国債がずっとふえていくようなことがあれば――そういうふうになるかどうかということは別の問題でございますが、あれば、やはり期間の長いもの、短いもの、いろいろ組み合わせを考えていくべきかと思いますけれども、何せまだ国債というものになれない段階で、初めからそういういろいろなものを考えますと、かえって混乱するということで、さしあたっての問題としてはいまのようなものでよろしいのではないかと私は考えております。将来の問題としてはいろいろあるのじゃないかと思いますが、同時に、そういうふうに国債がどんどんアメリカのようにふえていっていいのかどうかという問題は別の問題でございます。そういうものも考え合わせなければならないのじゃないかというふうに思っております。
#30
○小峯小委員 赤字の時借りの国債と建設国債という意味はわかったのですが、もう一つ私は、そういう意味で減債基金の繰り入れにも六十年ものというものを一つの基準にするということはわかったような気がするのですが、外国の例で、これは私は知識が少ないのですが、永久国債ということばをよく聞くのです。これはどういうふうな性質で、どういうふうな角度から行なわれているのでしょうか、ひとつ教えていただきたい。
#31
○大谷説明員 たいへん専門的な御質問があったわけでございますが、私の知っています限りでは、永久国債と申しますのはイギリスにございます。これは一八〇〇年代の後半、一八八〇年代かと記憶しておりますが、そのころに行なわれまして、現在では非常に少なくなっております。趣旨といたしましては、期間が付してないと申しますか、発行者が返したいときにはいつでも返せる。しかし、債券保有者からの期間の請求はできない。そして利子がきまっているわけでございます。したがってその債券保有者は毎年きまった利子は受け取ることができますが、元金を返してもらうことは自分のほうからは請求できない。国のほうからはいつでも必要とあれば返してもよろしい、こういう公債でございます。したがって、問題は、債券保有者が一生末代まで持つなら別でございますが、それを途中で売りたいと思えば、市場で売るしかないということになるわけでございます。ところが、利子がきまっておりますので、いかにイギリスでも、だんだん金利が高くなる。したがって、市場価格が非常に変動するわけでございます。市場金利を逆算して利回りが計算されますので、市場金利が上がってくれば非常に安くなるし、市場金利が下がってくれば非常に高くなる。要するに、期間の利益というものを債券保有者は計算できないものですから、もっぱら利回り計算で動くということになりまして、あまりに国債の値段の動きが激しくなるということで、最近は行なわれていない。残高はございますが、ふえていない。むしろイギリスでも、最近は普通の期間づきの国債を発行しているというふうに聞いております。
#32
○小峯小委員 少し角度は違うんですが、四十年度に出した国債は、文字どおりしりぬぐいの赤字国債だったと思うのです。四十一年度に出した国債は、これは国債自体に性質の変わり方があるはずはないんですが、経済的に見ますと、要するに景気を刺激するために、いわゆるフィスカルポリシーをその国債で組み込んだような感じがするのであります。しかし、四十二年度の国債はまた性格を変えているように私は思うのです。こういう質問は前にもどこかの委員会で銀行局長にしたことがあると思いますが、これはなかなか答えにくいと思いますが、堀さんどうですか。自分でうぬぼれているんですが、四十二年度になりますと、今度は社会資本が足りないから、やはり国債による財源で相当見ていかなければいかぬというふうなことを言い出したものです。そうしますと、三つの年度の国債に対する政府の意見というものの中に非常に微妙な変化があると私は思う。確かに国債自体は変わっているわけじゃないと思いますけれども、どうも四十年度はしりぬぐい、四十一年度はフィスカルポリシーで、国債によって鎮静した景気を盛り上げるという考え方のような気がするのです。四十二年度になりますと、むしろ国債がふえて、御承知のとおり、このごろは過熱なんだというようなことを言っておりますけれども、やはり国債は減らなかった。そしてその国債の理由づけとして、今度は社会資本が足りないから、国債による財源というものは相当続くだろうという意味合いのことを言っているように私は思う。そこで、国債自体の性格でなしに、経済的な、機能的に見た国債というものは、四十年度、四十一年度、四十二年度に違いがあるように思うのですが、皆さんのほうではどのように見ていますか。その点を、これは銀行局長に聞かなければいかぬかもしれませんが、どうぞ大ぜいで議論しているわけじゃないんですから、聞かせてください。
#33
○澄田説明員 非常にむずかしい御質問でございますが、機能的に見たというような前提で、そして発行のときの財政政策、そのときの財政の考え方というようなものとの関連と、それから、その国債がそのときの経済情勢でどういう作用をしたか、これは必ずしも結果的に見ると一致しない場合もあろうかと思います。その辺が、国債がどういう経済的な働きをしたかという点を重点に見るか、財政政策として、その年度の予算編成方針なり、どういう点に重点を置いて、その財源の一部として国債が充てられた、こういうような点との両面の問題、かようにいまの御質問では私は考えられるような気がいたします。
 国債の性格としては、基本的には、先ほどから申しておりますように、四十年度の国債と、それから市中消化による公共事業その他の建設的な投資の財源として充てられる国債という点は、これは非常にはっきりしていると思います。それが発行される年度の経済情勢によって、どのような経済的作用を営んでくるかということになりますと、御指摘のように、年度によってかなり違った色合い、ニュアンスを持って経済効果が出てくると考えるようなことではないかと存じております。
#34
○小峯小委員 国債課長、どうですか。
#35
○大谷説明員 私の理解している限りは、いま銀行局長が申し上げましたように、四十年度と四十一年度以降とは違うと思います。四十一年度の場合は両面があったかと思います。いわゆる不況対策と申しますか、需要喚起という面のいわゆるフィスカルポリシーという面のニュアンス、それから公共投資――過去の例を見ましても、昭和三十、三十一年度の好況のあと、公共部門にいろいろな隘路ができたということを考え合せて、今後そういった基礎部門を充実しなければならぬ。これが民間投資が大きいときでありますと、過熱を導くということでいろいろやれないという条件があったのでございます。たまたま四十一年度以降需要喚起のためと社会資本充実のための国債発行、この両面の色合いがあった。ただ四十一年度につきましては、四十年度の不況のあとを受けて、その需要喚起的な色彩が強く出たと思いますが、それが四十二年度になりますと、逆に社会資本充実の面が強く印象づけられたことがあると思います。したがって銀行局長が言われましたように、ニュアンスの差はあったかと思いますが、基本的にはその二つの面があったのではないかと思います。いわゆる国の投資といえども国民経済全体の一部でございますが、国民経済の各種投資の大きさなどを判断して国債発行を弾力的に動かす。それによって両方の要請にこたえていくべきではないか、私はこう理解しておるわけであります。
#36
○小峯小委員 私は、国債というものがフィスカルポリシーの一つの働きとしてたいへん意味があるように考えてきたんですが、二つの意味があり、それがむしろ四十二年度になりますと、社会資本のほうに重点が移ってきたということになると、国債というものが景気対策としての国債でなしに、非常に固定したいわゆる構造的な経済の変化をになうような感じがしてくるので、国債をフィスカルポリシーの中の主要なアイテムだと考えることが意味が薄くなる、そういうふうに実は考えるんですが、それはいかがでしょうか。理財局長、どうですか。
#37
○鳩山説明員 そのいわゆるフィスカルポリシーの一番の問題といたしましては、現在のような状態を考えますと、総需要と申しますか、要するに、鉱工業生産などが年率二〇%近い率で非常に上がるということから、いろいろ国際収支の問題が出ておるわけでありますが、こういった場合のフィスカルポリシーの問題としては、やはり総需要が問題だと思います。四十年度の不況克服の際でも、公共事業費等の相当思い切った伸び率、一八%以上の伸び率になっておりますが、このような政府需要を相当拡大をしたということが直接的なフィスカルポリシーだったと思います。それをいかに財源調達をするかという場合に、国債発行ということにつながるわけでありますが、特に相当大幅な国債発行が必要になったというのは、それとともに減税が相当大規模に行なわれたということと関連があるかと思います。それで、今後国債をフィスカルポリシーとしてやる場合には、やはり総需要を押えるということが、こういった状態ではまず必要になるのではないかと思うのですが、そういった場合の財源調達をどうするかということが必ずうらはらにあるわけでありますから、今後の財政の側としては、総需要を極力押えるということを主たる目的といたしまして、国債発行につきましては、逆にいえば、国債というものは市中から資金を吸い上げてしまいますので、国債発行を減らして、市中に資金需要に応じさす、そのためにまた民間のほうの設備資金が非常に出やすくなるという形は、逆にいえば、直接的には逆な作用すら――ただ問題が、相当基本的な金利体系をなすものでございますから、国のほうが国債の金利を、たとえば発行条件等を変えて一市中から非常に金を吸い上げるというようなことをいたしますと、直接そういうことになるかと思いますが、現在ではそういった金利体系を長期的にはやはり低い金利水準に持っていきたいということがございますので、そういったことはできないかと思います。ただ現状では、この国債発行というものが、建設国債であるから、国債が減れば建設事業が非常に押えられるというふうに、直接的にこう関連させて考えられておりますけれども、自然増収が非常に多額に出て、これがフルに使われるということになりますと、非常に総体の需要が伸びてしまう。これを何とか押えなければいけないということで、国債の発行を減額するということが非常に必要な段階になる。むしろその総需要をいかにして押えていくかということが、直接的なフィスカルポリシーの中心的な課題じゃないかというふうに私は解釈いたしております。
#38
○小峯小委員 もう一つだけ。
 私の伺いましたのは、社会資本の充実というものを始めると、そうこれは行ったり来たりできないものだろうと思うのです。やや長期的な観点に立って日本の社会資本というものの充実をはからなければいかぬとすると、国債を弾力的に扱うことができなくなるという意味で、実はそういうような質問をしたわけなのでございますが、その点はどうでしょうか。
#39
○鳩山説明員 非常に長期的な、先の、たとえば経済社会発展計画というようなものの考え方をとりますと、やはり社会資本投資というものを相当伸ばしていかなければならない、そういった必要度が一方にあり、一方にやはり設備投資も毎年着実に伸ばしていかなければいけないという状態にありまして、いかにその収支を見通すかということになりますと、やはり総体の財政サイドにおける資金不足というものは経常的に残るのじゃないか。これを減らしていくためには、やはり国民の税負担をふやしていくよりないわけでありますが、これは全体の所得が伸びますので、国民の税負担が比例的に若干ふえるような計算になっておりますが、しかし、それといっても、やはり毎年適度の減税をやっていかなければならない現在の税の水準だろうと思いますので、そういったこともそう大規模には見込めないわけでありますから、やはり五カ年後におきましても国債発行の必要性といったものは、そういった意味で社会資本の充実上からは必要がある。ただこれを、毎年いかなる速度で社会資本を伸ばし、あるいは設備投資を伸ばしていくかということになりますと、やはり景気の波動を最小限度にしていくことが、国民の福祉上非常に大切なことであるということで、それを適度な速度に調節をしていく必要がある。そういう面からいろいろな各政策、手段がいま考えられているわけでございますが、これを短期的に――長期的にはおっしゃるように、やはり今後数年にわたって国債発行は続くであろう、それは社会資本の整備のためである、しかしこの速度は、国民経済全体が適度な速度で行くような短期的な時期的調整をやる必要があろう、そういうふうに考えております。
#40
○堀小委員 いまの国債の論議、非常に新たな角度からの論議で、私も興味深く伺ったわけです。
 理財局長にちょっとお伺いいたしますが、地方債の取り扱いですね。これは自治省がやっているのでしょうけれども、その根元は大蔵省でコントロールされていると思います。地方債については、公共的なものに対する地方債、たとえば水道事業であるとか、あるいは交通事業、特に地下鉄のようなものですね、こういうものに対しては、やはり地方債もいま私は七年だと思うのですが、さっきの主計局の言うように、公共事業は六十年くらいかかるのだから、六十年の借りかえはずっと認めるという方針で大蔵省はこれまで来ていますか。ちょっとその点をお伺いいたします。
#41
○鳩山説明員 地方債につきましては、一般の公募の地方債と、それから、これは広い観念では資金運用部からお貸ししてあるものも地方債的のものであります。公募ものにつきましては、やはり先ほどおっしゃいましたような、公募できる地方団体が公募債を出しておりまして、その他は公営企業金融公庫が金を出しておるというような形になりますから、その公募ものにつきましては、やはり七年ものしか出せないという観点でやっておる。その他資金運用部におきましては二十年とか、そういう長期の貸し付けをいたしておるわけでございます。いま資料を持っておりませんが、おそらく実行的には十四、五年というのが平均した期限じゃないかと思うのであります。公共事業、水道その他におきましては、財政再建などを行なっておるところが多いのでありますけれども、そういったところは、やはり長期的な観点から、七年で必ず返せるというようなことにはなっていないので、やはり長期的な観点から収支が合うような運営をいたしております。
#42
○堀小委員 私もこまかく調べたわけじゃないのですけれども、地方債の扱いは、いまの国債とはやや趣を異にしておりまして、投資をしたら、完全に償却できるのは五十年か六十年かかる。地下鉄の穴を堀ったら三百年くらい、まあ五百年くらいかもしれませんね。日本のようなところは、地震があったり、地盤沈下があったりするから、何年かわかりませんけれども、まあずいぶんいくわけですね。政府の公共投資は六十年だから、いまの七年というのは、六十年の借りかえが前提だというような議論がいまここで行なわれるとすると、地方だって同じことじゃないか。そういう公共投資にいっているものは、これも六十年の借りかえで全部やるということに指導するのなら私は一つの筋の問題としてあると思うのです。どうも地方はそうなっていないように思うのです。その点は、いまのあなたのおっしゃるように、十四年くらいということですがね。六十年ということになれば、地方財政は実に楽になるわけです。
 実は私は、水道の問題はいつも思いますけれども、水道は、設備投資も非常に金がかかるわけですね。都市部は全くそれで困っておるわけです。いま私は阪神間にいるわけですけれども、あそこでは、阪神上水道という制度がありまして、ともかく神戸まで琵琶湖の水を引いているわけですね。それを尼崎、西宮、芦屋、神戸というようなところはみな使っているわけですけれども、これの供給量をふやすためには、設備投資しなければならない。借り入れをする。公営企業金融公庫も、少し借り入れ期間が長くなるけれども、一ぺんやると水道は大体五十年から六十年ももつのですね。五十年、六十年で均等償還にこの水道の借り入れの起債がなっていれば、どんどん水道の値上げをする必要は実はないのですよ。ああいう都市は限界がありますから、ある段階まできたら満ぱいになってしまうのです。人口はもうふえなくなるのです。いまふえるのはあき地があって、社会増があるからふえるので、これも陸地面積へ全部人間が住んじゃいますと、畑やたんぼがなくなってしまうと、あとは自然増ですからこれはたいしたことないですね。いまの日本のように、子供が平均二人くらいになりますと自然増が減るくらいになっちゃうんじゃないか。安定をしてしまうと、そこから先は新規の投資は要らないということですね。だから、そこから先になると――おまけにいまのように大体水道というのは十五、六年から二十年以内で償還させられているように私は聞いているわけです。そんなふうに償還されると、あとは四十年先へいったらただの水道みたいになっちゃうわけですね、実は。こういうことも私はやはりおかしいんじゃないかと思う。地下鉄の問題だって全くおかしいし、国がやはりそういうことである一つの側面としては、六十年借りかえするんだ、――まあ借りかえの問題はいろいろ別問題としても、借りかえするんだという前提でものを考えているとするなら、私は地方だってそうすることが、やはり地方財政の非常な窮乏を助ける大きな問題になってくるのじゃないかと思う。いま地方で一番問題なのは、一般会計もさることながら、こういう事業会計の赤字という問題にいま非常に悩まされていることは御承知のとおりですけれども、ここらの問題は、やはりそういう形で指導されるように政府は考えるべきじゃないか。国がそうなら地方もそうで、同じでなくちゃならぬと思うのですが、その点ひとつ理財局長どうでしょうか。
#43
○鳩山説明員 非常に根本的な問題でございますけれども、まあ耐用年数と、それぞれ金融手段と申しますか、そういったものの年限がみんな食い違っており、耐用年数のほうがはるかに長いわけですね。これは一般の事業におきましてもみなそういうようなことになって、まあ勘定合って銭足らずということが起こるわけでございます。これは金融制度と、あるいは税で考えている耐用年数というものが密着をしておらないものですから、そういう意味ではある程度の資金上の無理があるかと思います。制度的に非常に長期なものにするという点につきましては、現在までのいろいろなやり方を、そう急激に変えるわけにはなかなかまいらぬと思いますが、まあ耐用年数になるべく近づいたように期限を長くすることができれば、そうしたほうがいいかと思います。急激にはむずかしいと思いますが……。
#44
○堀小委員 私は七年の地方債を延長しろと古うんじゃないのですよ。要するに、だから指導の態度ですね。私はちょっとその点まだよく調べておりませんが、たしか何分の一かずつは必ず償還させられているんだと思うのです、地方債の場合は。そういうことを指導しているんなら、国債も、国だってやるべきだと思うのですよ。何分の一かずつ必ず償還するほうが健全財政になるわけですから。いまの六十年方式なんというのは、積み立てるほうだけを規定しているんで、償還のほうはちっとも規定していないのですよ。だから本来言うなら、積み立てる問題もあろうけれども、償還もある程度するんだという一つの原則あたりが当然あっていい。それは私がさっき言っているように、要するに借りかえの問題にあわせて、やはりそういう形の短期の債券を発行した場合には、それの一部は償還をするというような問題もあわせて、それは政府も銘記されていくのが正しい方向ではないかという感じが私はしておるわけであります。これらはまたいろんな参考人の御意見も聞き、また大臣との間で論争をしたいと思います。
 次に、ちょっと具体的な問題に入るわけですが、非常に国債が著しく値下がりをしてまいりましたね。この国債の値下がりは、大体すでに九十八円というような市場価格になって、もうこれじゃ新発債との関係では、新発債は本来なら売れないはずなんですが、日本のマーケットはまだ小さくて、金融機関にほとんど無理に押し込んじゃうものだから、きのうも参考人から適切な表現でお答えがあったわけですけれども、私はそういう点で、日本の一つの経済制度の仕組みの中の非常に大きな問題点は、統制経済が依然として今日もそういうかっこうで持続しておるということですね。いま国債を金融機関にああやってはめ込んでいるのは、私はあれは自由経済だと思ってないのですよ。完全な統制経済だと思うのです。国が買えといわれるから、しかたがないから市中金融機関は買っているわけですね。だから、それが買っているからどういうことが起こるかというと、ともかくいまの場合は、国債を減額してくれという。おかしな話ですね。私は買わなければいいと思うのです。資本主義の世の中で、買いたくないものならば買わない自由があるはずだと思うのですよ。ところが、買わない自由がないから、発行のほうを減らしてくれというんですね。まことにパラドキシカルな議論が横行しているのです。この間、堀田さんがここに来て、社会的資本主義といったかな、そういう言い方をしている。私はちっとも社会的じゃないから、あまり社会的資本主義だと思わないのですけれども。そうじゃなくて、これは統制的資本主義なんですね。国家統制的資本主義、まあわれわれはよく国家独占資本主義ということばを使うけれども、国家独占資本主義というようなむずかしいことより、私は国家統制資本主義というほうが非常にぴったりするのじやないかというような感じがするくらいに、特に金融サイド面というのは全くがんじがらめに統制を加えて、フリーなところはほとんどない。そのフリーなところの値段が九十八円になっておるのなら、フリーならば発行条件が変わるというのが私は資本主義の原則だろうと思うのですが、鳩山さん、どうでしょうか、自由なる資本主義社会においては……。お答えいただきます。
#45
○鳩山説明員 私が理財局に参りましてから、国債の価格が非常に連続して下がったわけでございます。まことに不徳のいたすところでございますが、ただいまお説のように九十八円というところにきているわけでございます。しからば、国債の発行状況をいますぐどうかしろ、しなければいけないじゃないかというお話でございますか……(堀小委員「いまの日本の状態じゃないですよ、自由なる資本主義社会での、要するに想定で答えてください」と呼ぶ)この国債の消化のやり方につきまして、御承知のように九割方は金融機関が引き受けておるわけでございます。現在、この国債の市価が非常に下がっておりますけれども、これはなぜそういったことになっているかということは、いろいろ考え方があろうかと思います。しかし一方、長期的には日本の金利というものはやはりまだ高いんじゃないか、今後もう少し下げる方向に努力をしていくべきじゃないかということが一般に考えられておるかと思います。現在の値下がりにつきましては、何といっても新聞紙上で、いろいろ金融引き締め等の記事が非常にたくさん毎日紙面をにぎわしておるのでございます。現在の経済情勢からいけば、当然そういったこともいろいろ議論されるのがあたりまえかと思いますが、ごく短期的にいえば、おっしゃるようなことがあろうかと思います。やはり七年ものの国債でございますし、国債の金利水準というものは、いろいろなものの金利水準と関連をつけられたような金利体系が現在まででき上がってきたわけでございますから、今後の成り行きを注意深く見守る必要がございますけれども、そう長期的な面を度外視してこの数日間のことだけで、全部がかりに全く自由経済ということを考えましてもそう短期的なものと長期的なものと――やはりその保有者筋の動向によりましても、大半の人は安定して国債を保持されておりますし、今後の売れ行きについても適当な金額は消化していくのじゃないかと考えます。一時いろいろな、現在は株から何から全部非常に値が下がっておりますか、これも非常に短期的な変動要因が大きいと思いますので、もう少しやはり長期的に先のこともいろいろ考えるべきだと思います。
#46
○堀小委員 ちょっと国債課長に聞きますけれども、さっきもアメリカの国債発行のいろいろなことで、少しバラエティがあるという話、私はアメリカの情勢は知らないのですが、アメリカはマーケットがあって価格がちゃんとできていると思うのです。そのマーケットの価格が非常に下がっているときに、依然として高い価格でアメリカでも出していますか。アメリカというのはかなりフリーだから、それは価格にストレートにきっちりということじゃないでしょうけれども、上がるか下がるかおかまいなしに、そう出すというようなことにはアメリカはなっていないのじゃないかと私は思うのですが、あなたはアメリカのほうの事情がおわかりでしたらお答え願います。
#47
○大谷説明員 私もいま資料を持っておりませんが、まず、外国ですと、長期金利と短期金利の差が非常に小さいということがございます。それからアメリカですと、アメリカは前から国債をたくさん出しておりまして、いろいろな残高がございますので、まず新しいものを出す場合に、条件を考える、クーポンレートなんかを考える前に、期間を短縮する。たとえば、非常に詰まっていれば非常に短いものを出して、したがって、期間が短ければ金利は安くなります。出して、しばらく様子を見て、落ちついたところで長いものを出す。そういったような操作をあわせてやっております。
#48
○堀小委員 いまの期間の問題は、確かに金利に関係がありますから、期間と金利は一体で見るべきでしょうけれども、おそらく――私は何も、いま九十八円になったから、すぐ条件を改定しろということを言っているわけじゃないのです。しかし、要するにオープンマーケットというものがある以上、そこには趨勢的なものができてくると思うのですね。大体オープンマーケットというのはそういうことで、目先的な問題もありますけれども、ただ目先的なことだけだったら持っている人もあるわけですね。それを売るということは、将来的に金融がタイトになるだろうということで売ってきているものが多いんじゃないかと思います。いま国債を持っておる個々の問題の中に、私もいろいろ話を聞いて、この間、なるほど金のある人はいろいろなことを考えるものだと思ったのは、国債をかなりまとめて買う人たちが個人であるのですね。何千万という国債を買う。なぜ買うか。これは国債にして金庫の中にぽんと入れちゃうわけです。金庫の中に入っている国債は、名前も何もないわけですから、その人が死んじゃって、むすこたちがその金庫の中から国債を出しちゃいますと、要するにたんす預金の変形ですね。金利のつくたんす預金ということで、財産隠匿及び相続税回避というものに国債が利用されている。これはなるほど、われわれは金がないから知恵が働かないけれども、金のある人はずいぶん知恵が働くものだなと思ったのですが、そういうのは売らないわけですね、目的が違うんだから。財産隠匿、むすこに相続税なしに譲ろうということになれば、これは売らないと思うのですが、私は、そんなのばかりじゃなくて、もっと広い層が持つべきだと思うし、そうなってくると、私はやはり長期的に見ると問題が一つあろうかと思います。
 もう一つは、これは銀行局長にひとつお伺いしたいのですが、日本の金融機関も長年の統制経済にならされちゃって、ちっとも自由な意思が発表されにくいように飼いならされていると私は思うのです。それでどういうことが起きているかというと、ともかく国債はどうしても無理に買わされるんだからということになりますと、その他の債券をあらかじめ売って手元資金をつくっているわけですね。ところが、債券を売ってきたけれども、おそらく金融債が主でしょうけれども、そういうものをどんどん売ってきたけれども、五年ものは、普通あと残存期間が二年とかいうようなものは市場でも売れると思うのです、あとの期間が短いから。ところが、いまのマーケットなり中小金融機関にも売ったり、いろいろなところに売るのでしょうけれども、そうやって売ってきたところで、まだ四年もあるやつを売ろうといったって、よほど金利を高くしてディスカウントしなければ売れっこない。こういうものをどんどんディスカウントして売って国債を買うということになりますと、これは金融機関から見たら、明らかに逆ざや現象になってくると思うんですね。条件から見ても逆ざやになってきますね、明らかに九十八円くらいの逆ざやに。公定歩合が上がってくれば、この面からも私は問題が起きてくると思うわけです。いろいろと見ると、都銀の資金ポジション、いろいろな問題がある。だから、私は都銀の諸君が勇気がないと思うのは、自分のポジションで無理があるなら、きちんと国債を断わるのが資本主義の筋だと思うのです。まず、企業責任ということから見たら、それは幾ら出てもうちのほうは預金がふえておりませんからこれだけしかとても買えませんと言ってしかるべきだと思う。
 私、それに関連して、きのうちょっと預証率の問題で、ひとつどこかに預証率をきめて、それは各金融機関別々になるでしょうけれども、各金融機関別々の預証率の平均値で見て、少なくともこれ以上預証率の上がるようなものについてはお断わりしたいというようなルールが私はできてきていいのではないかと思う。それが私は、国債発行に対しての一つの歯どめになるのではないかと思う。
 今度のマネーフローの状態は、結局のところ、個人のほうの資金はあるけれども、国と民間とがフィフティー・フィフティーみたいなかっこうで債務を負うかっこうになってきているわけですから、そこらのところを見ると、やはり正常な経済運営をさせるためには、資本主義の中では、私はかねてから言うのですけれども、プライスメカニズムが働かないで資本主義がうまく働くはずがないので、それを働かせないから成長が過度に行き過ぎたりして、いまの国債だって過度に行き過ぎるのだから、どういう形かでプライスメカニズムを働かせること、それがどうにも働かないなら、その次の段階として、そういう限界預証率のようなもので一つの歯どめをかけていく、こういうことを当然この際金融機関側として考えるべきではないか。
 どうも社会党の私がきわめて資本主義的の発言をしておかしいようでありますが、結果としては、資本主義は資本主義らしくやらないと、一番弱いところにしわが寄るというのが原則ですからね。だから、われわれの計画経済になったらきっちり計画的にやらしてもらうけれども、資本主義である限りは、自由にプライスメカニズムが働くところに制約が適度にできてくる、自律性が起きる、こう見ているのに、その自律性をすべての点で遮断しておるために成長過度になる。
 この問題は、私は佐藤さんに、あなた安定成長と言ったって、金融を自由化しないで安定成長なんかできるか、と言ったら、たいへんいい御意見をありがたいと喜んでおられたが、喜んでいたって、ちっとも――佐藤さん安定成長論者だけれども、こんなことになって、今日あの人はどんな気持ちで日本経済を見ているのかな、総理大臣になったらもういいのかなと思うのです。
 そこらに私はまことに疑問があるのですが、ひとつ澄田さん、銀行局長というよりも、日本の銀行のあり方としてはあれでいいのかという点をひとつ伺います。
#49
○澄田説明員 ただいまお話の金融機関の手持ちの証券、それのプライスメカニズムがどういうふうに働いているか、また働かすべきであるか、それに関連しての国債の引き受けというような問題の点でございます。いまのお話のような面は、確かに否定できないものがあるのですが、いまのお話は、そういういまの面をやや誇張してお話しになっておられる、こういうところじゃないかと思います。御指摘のように、金融債その他手持ちの有価証券を市場で売って、そうしてポジションを改善する、また国債の引き受けその他に備えてポジションを改善したり維持したりというようなことが行なわれて、それが金融債の値下がりになってあらわれるというような面がありまして、そして証券市場、債券市場としては、金融債あるいは事業債等が値下がりをする、国債も、つれて値下がりをするというような形で、直接国債の引き受け以外の要因によって国債の値も下がってきている、こういうようなことがありまして、やはりこれはプライスメカニズムが働いているという面だろうと思います。そして金融機関も、あまり手持ち有価証券を安く値をたたいて売って損が出るというようなことはできませんので、これにはやはりある程度のところになれば、売り控えるというようなことをせざるを得ない、こういうことになりますので、そういう意味でもプライスメカニズムが働くわけでございます。そうして、先ほど国債を買うのをやめればいいので、国債の減額を要望するとかいうようなのはそもそもおかしい、こういうようなお話でございますが、いまさら申し上げるまでもございませんが、シンジケートというのは、一応引き受ける義務と申しますか、約束ででき上がっているシンジケートでございます。したがって、発行したものはシンジケ−トで引き受けるということになるわけでございまして、引き受けて買わないというわけにはいかないということになりますので、そこはその発行のほうを減らせという交渉になってあらわれる。シンジケートというものの性格上、発行されてしまうと、シンジケートの間でもってそれを引き受けるということになりますから、発行を減らせという形になります。発行を減らせというのも、そういう意味でがんじがらめの強制というわけではない。シンジケートのそのときの手元の資金の状況、金融情勢、資金ポジションというようなものから、いろいろ発行の減額の要求なり発行額の交渉も行なわれる。こういう交渉が、やはりかなり強い意見もいろいろ出まして、手ごわい交渉というような形にもなるわけで、それがプライスメカニズムの働きである。やはり市中消化というものは、こういうふうないろいろな交渉を通じて――交渉はときには抵抗みたいな形になるが、それを通じて市中消化というものが行なわれる、プライスメカニズムが働く、かようなことではないかと思います。
 先ほどお話しの預貸証率のようなもの、ことに預金の伸びに応じてその一定額の証券を引き受けるというような形をルール化することはどうかというようなお話でございますが、ある意味ではこのほうがかえって強制で、ある額預金が伸びたときは、それの一定額は必ず国債を引き受ける、こういうことになりますと、これは非常にがんじがらめの強制ということになるわけで、手持ち債券を売れれば売れるというようなこともあろうし、あるいはそのときの借り出しの状況等も見て、そうしてシンジケートを通じて交渉するというような形で行なわれるのが資本主義のプライスメカニズムが働くところではなかろうか、かように考えております。
#50
○堀小委員 いまの日本のシンジケートのあり方ですね、よそはどうか知りませんが。シンジケートは、入っているものは契約で入っているのだから、国債を発行したら、ともかくいまあなたのおっしゃるようにどうしても全部受けるのだというのが、いまのシンジケートと国の間の話がきわめて民主的にフリーに行なわれるならいいのだけれども、私は、やはり国というものが強制力を持っているから、ある程度押えられて、シンジケ−トがフリーに言えないような条件になっているだろうと思います。本来ならばシンジケ−トとしては、下のものに手をあげさして、要するにフリーに、現在のポジションとしては最高に買えるのは一体幾らですか、全部集約をしてみて、それからトータルが出てくる。そのトータルが出てきたもので、要するにこのくらいでひとつしてくれと、こうなって、そのトータルが四百五十億円だ、しかし国はこの際六百億円どうしても出すのだということになったときに、その六百億円がそれじゃ五百億円に下がったりするのかとうか、いま現実にですよ。そこらは毎月の発行の問題でしょうから、個々の金融のあれに非常に関係があるけれども、そういう仕組みにいまなっているが、それがシンジケートが全部集めてきて、それを積み上げたもので話をするようになっているのか。私はどうもそうじゃないように、出てきたものをいかに割り当てるかということに――ワクかきまつちゃっていますからね。大体都銀が五〇%ですから幾らか、どこが幾らというようなワクがきまっていて、そこにぽんぽんと当てはめて、あとはまたその中の部分が何かきまっていて、とんとん行っちゃっているのじゃないかと思いますが、そこのところはどうなんですか。
#51
○大谷説明員 これは年度初めに国債等発行懇談会を開きまして、政府の国債、政保債の発行規模をきめる前に民間有識者にも御相談するわけでございますが、そこで一応協議いたしまして、さらにシ団の代表を集めました会議に入りまして、国としてはこのくらいを発行したい、ついてはこのくらいをシ団として引き受けてほしいがどうだろうかという話をいたします。シ団はシ団側の立場で討議をいたします。それでよろしかろうということもございますし、一年間の金融情勢見通しがつかない、いまはいいけれどもあとになってどう変わるかわからないから、そのときはそのときで相談さしてくださいということもございます。それは金融情勢によっていろいろございます。したがって、予算上組んだ発行というのはまさに発行の限度額でございまして、あれだけを市中消化できるのだという保証は必ずしもないわけでございます。以下は堀先生お話しのように、毎月の金融情勢等見ましてお互いに話をして発行額をきめていくという仕組みになっております。したがって、割り当てでそれを配るだけではないということだと思います。
#52
○堀小委員 今後の国債の問題というのは結局、ここで水田さんも、民間と公共とがせり合ったらどっちが優先するのですかと言ったら、それは公共のほうが引っ込むべきだ、こういう話でしたね。しかしこの際は、さっきの鳩山さんの話ではないけれども、あまり公共が引っ込んでしまうと、要するに刺激要因になりかねないから、それは逆のフィスカルポリシーの面があると思うのですけれども、私はちょっとそれに関連して、実はいつの委員会だったか、ことしの年度の初めだったかに、ことしの対民間収支はかなり大きな揚げ超になるのだろうと私が言ったら、とんとんだろうというように理財局は答弁したと思うのです。幾らも揚げ超にならないような答弁を私はたしか聞いたので、おかしなこともあるもんだな、ことしいろいろな情勢から見ると、かなり大きな揚げ超になるのが常識だと思ったけれども、あまり大きな揚げ超にならないような話だったと思うのです。その点は、政府の見通しは狂ってきているのじゃないかと思いますが、どうでしょうか。速記をひつくり返してみればわかるけれども、当委員会でたしか中尾さんが、あまり揚げ超になるような答弁をしなかった。
#53
○大谷説明員 担当課長がおりませんので、私かわってお答えいたしますが、確かに年度初めの見通しは三百数十億の払い超ということであったかと思います。これは実は堀先生御存じのように、いろいろ約束事がございまして、その約束事に基づいた見通しでございますので、実績と必ずしも合うとは限りません。現在の見通しでは――私、担当でないので、詳しくは存じませんが、年度初めに見通したような三百五十億の払いという数字にはなるまいという感じは持っております。若干の揚げになるのではないかという感じでございます。
#54
○堀小委員 私はいまのよくわからないのですよ。いろいろなルールによって払い超になる。だれが見たって揚げ超になると思えるのに払い超になるというのは、そのルールは一体どういうルールか、詳しく伺いたいと思うのだけれども、もしそれが変更になったら、政府のそういう見解というもはやはり適時変更する必要があるのじゃないか。対民間収支が政府は三百幾らの払い超のままで今日来ているということだったら、一体何のために対民間収支を出しているのか、意味がなくなる、そういうふうに考えている。幸いにしてここへ企画庁の官房長をした人が二人もそろっているわけだから、もう少し大蔵省のいろいろなやり方も日本経済に密着をしたやり方、私はきょうは時間がありませんでしたから触れておりませんけれども、平和経済計画会議からの提言もありますように、いまわれわれのマクロで見ている政府の財貨サービス購入とか、それから国の予算の関係とか、こういうようなものは実は必ずしも一致して理解しやすいようにはできていないですね。ここらの問題。
 それからもう一つ予算上の問題として、私は予算を見ながら非常に感じますのは、あの中で人件費は一体幾らあるのかということがよくわからないのです。国の予算の中の人件費というのは、給与費として出ているのはわかりますよ。ところが、物件費の中に人件費が一ばい入っているわけですね。だから国全体として一体ほんとうに人件費というのは幾ら払っているのかというようなのが資料としてどうもないのじゃないかという気がするのです。要するにそういう意味での人件費、物件費。物件費の中での消耗的な物件費といまのそうでない物件費ですね、いろいろな分析をするに必要な分け方というようなものが、何か予算の解説か何かにできないのだろうか、こう思うのです。だからいまの予算書というのを見て、予算委員会で予算についての質問はほとんどないわけですね。なぜかというと、予算書を読んだってみんな予算委員がわからないのですよ。私もかなり問題別に詰めて調べてみるけれども、私にもわからない。それはあそこに書いてあるだけでは、大福帳式に中身がわからないように書いてあるのです。だからこれをもう少し中身がわかるような予算書に皆さんのほうでしてもらいたい。あとでいろいろな資料が、たしか半年くらいしてから出てきますよね。それを見るとなるほどと思うのだけれども、そちらは半年先になっているからちょっとむずかしいのですよ。だから、何か私どもがやはり予算論議をしやすいような予算の添付書類ですね、ここにもいろいろ要望が出ていますが、これはもう少し主計局、考えてみる必要があるのじゃないか。そうでなければ、せっかく国の予算を予算委員会でやる、予算委員会で何をやっているかといったら、総括質問ばかりやっている。あれは予算委員会ではない、実は総務委員会ですよ。だから予算のほうはどっちかといったら、かえってわれわれのほうが予算をやっている場合のほうが多いくらいになっちゃっている。私はもう少し予算書を見てわかる予算書というものにする努力をしてほしい。しかし、予算書そのものはなかなかさわれないとするならば、それを再集計したいろいろな分析、各省庁の分析、そういうものの動きというようなものが、いまの形だけでは私どもはわからないのですが、ここらについてはどう考えておるのですか。それだけを伺って、きょうの質問を終わります。
#55
○相沢説明員 確かに現在の予算書いうのはなかなかわかりにくいのでございまして、私ども主計局に長くおります者も、自分が見たいと思うところをばっとあけて出すということはなかなか容易じゃございません。確かに予算書につきましてはもう少し見やすいように、かつまた予算の内容がわかるようにこれを改むべきではないかということは、国会等におきましても御意見がございますし、私ども内部におります者もそういう気持を強く持っております。しかし、なかなか長いことこれできておりますものですから、ちょっと変えるにいたしましても、いろいろな響き等を考えますと、簡単に手が出ないというようなことで経過してきているわけであります。しかし、特に私もこのことについては関心を持っておりまして、数年前から検討を始めております。また現在も予算書の形式、それからその内容の記載方法、それから経費の性質別の分類をもう少し簡単にわかるように、たとえば諸外国でほとんどやっておりますけれども、コードナンバーをつける、また予算の内容を事業別予算ということになりますと、いろいろな点で問題がございますから、そういうところまで至らなくとも、事業の内容なり進度なりというものをもう少し示す方法がないだろうか、かりに予算書で示されなければ、予算の参照書類等で示せないかという点について研究いたしております。たとえば、経費の使途別区分にいたしましても、おっしゃいますとおり大体のところは、人件費の問題にいたしましても公務員の給与、あるいは補助金等の中においてどの程度給与費が含まれているかということは、集計してみるとわかりますけれども、しかし、たとえば賃金とかそういうような形で払われているところのものは、これは予算の弾力的な運用というような考え方もございまして庁費で払えるようになっておる。従来は賃金ということで立てたこともございますけれども、現在ございません。自由に払えるようになっておるということもありまして、正確に把握することは困難であります。何かこれをもう少し、大きく言えばそういう資本的支出、消費的支出、消費的支出についてはさらに性質別にこれを把握する方法はないだろうか。単に統計的な書類だけじゃなくて、実際の予算の編成にもそういうものは考えていかなければならぬというような観点から、せっかくそういった点については検討いたしております。ただなかなか、そう申してはあれですけれども、長い伝統がございますだけに、保守的な意見も相当強いわけでございます。なかなか一朝一夕にはいかぬと思いますけれども、そういう気持ちをもって現在検討中であるということは申し上げておきたいと思います。
#56
○堀小委員 たいへんその点は皆さんが努力しておられることはけっこうだと私も思うのですが、ただ役所の仕事は、何か全体がまとまらないとやれない。こういう一つのいいことなら、ことしはひとつこれだけやろうということをきめて、何か一歩一歩積み上げていってもらわないと、なかなか私も全部こうしろと言ってもできっこないと思うのです。しかし、私がさっきちょっと言ったように、解説書というのですか参考書類ですね、議員の諸君がちょっと読んでみて、いま薄っぺらなのがくっついていますけれども、あれは新しい年度の事業についてはたいへんPR式に書いていいのですが、予算全体についてのそういう解説書というものが、私非常に不十分だと思うのですね。だから、予算委員だから本来勉強してもらわなければならないのだけれども、予算委員会というのは一年に一、二回やったらあと一年じゅう休んでいるのですが、なかなかそうはいかないのは、難解な問題が一つあると思いますから、どうか手がつくところからつけてもらって、一つの解説書を書いていくとか、あるいはいろいろな参考書類をつけるとか、何かひとつ考えてもらいたい。
 それからあわせて、財政小委員会の委員の皆さんには、大蔵省で出していらっしゃる財政関係の、私も前にちょっと気がついて一ついただきましたよ。あとでいろいろな集計をして分析をした資料をいただいたことがあるのですが、ああいうものは大蔵省の皆さんの内部用のためにあるのかどうかわかりませんが、勉強するにはできるだけそういう資料も送って、委員のレベルを高めるために主計局側も少し協力してもらいたい。それだけ要望いたしまして終わります。
#57
○藤井小委員長 次会は公報をもってお知らせすることといたしまして、本日はこれにて散会いたします。
   午後零時四十八分散会
ソース: 国立国会図書館
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