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1949/04/20 第5回国会 参議院 参議院会議録情報 第005回国会 懲罰委員会 第2号
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1949/04/20 第5回国会 参議院

参議院会議録情報 第005回国会 懲罰委員会 第2号

#1
第005回国会 懲罰委員会 第2号
昭和二十四年四月二十日(水曜日)
   午前十時二十八分開会
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○懲罰権の適用範囲に関する調査の件
  ―――――――――――――
#2
○委員長(太田敏兄君) これから開会いたします。
 当参院院におきましての懲罰委員会といたしましては、議院における懲罰権の運用の適正を期しまするために、先の第四國会の当時から懲罰権の適用範囲に関する調査をいたしておつたのでありましたが、時恰も解散必至の情勢になりましたので、先般お手許にお届けしましたような中間報告書を決定いたしまして、一應御報告したのであります。ところで本調査の結論がどのように決まるかということは、今後議院の懲罰権運用に至大の関係があるのでありまするが、問題の解明には尚幾多吟味を要する点もありますので、中間報告は單に問題の所在を指摘した程度に止まつておりまして、例えばこの点についてはこうも考える、ああも考えるといつたような表現態度を取つたわけであります。よつて本第五回國会におきまして、更に調査を継続いたしておるのでありまするが、本日はこの問題に関しまして権威者であられる皆樣方においでを願いまして、中間報告書の線に沿いまして、懲罰権の適用範囲の問題につきまして、御高見を伺うことになつておるのでありまするが、本日はお忙がしいところをわざわざ御出席下さいまして誠に有難うございます。
 本日の委員会の取扱いといたしましては、先ず皆樣の全部の方から概括的に御意見をお述べ頂きまして、それにつきまして各委員から御質問を願つてお答えを願う段取にいたしたいと思います。尚時間の関係がありまするので、最初に皆樣お述べを頂くのはお一人約十五分ぐらいの平均にして頂きたいと思います。それでは先ず金森さん。
#3
○國会図書館長(金森徳次郎君) この問題は、私共平素から興味を持つている問題でありましたので、いろいろ考えてはおりますけれども、なかなかそう簡單に解決できません。併し横に沢山入つて行く細かい研究はしておりませんが、要するに問題は二つ、三つの点を解決すれば、全体の学問的には別といたしましても、実際的には答えが出て來るのではないかと思います。併し自分として、まだはつきりした結論を得ておりません。先ずこの懲罰権の客体となる事柄がどこで起ることを要件とするか、こういう問題を具体的に言いますると、憲法の第五十八條の「院内の秩序をみだした議員」とありまするその院内の秩序というのは、どういう場合に紊し得るかという点であります。これが私共かすかに聞いておりますところでは、從來のものの進行では、院、これをこの建物、或いは建物同樣の場所ということに限定をいたしまして、普通の場合には議院内の議論の行われる場所、委員会の席上ということになり、又特別なものが、よそで臨時に会議が開かれました場合にも、それ相應の変化をする。そんなふうに考えられておつたのではないかと察しております。併し國会というものの元來の目的が、世の中に尊敬せられつつ円満に仕事を行なつて行くことを確かにしようという趣旨でありまするので、何も懲罰事犯が院内で、この建物の意味の院内で起らなければならんということは考えられんと思います。又この文字のでき工合から見ましても、院内の秩序を紊すということであつて、院内での秩序を紊す行爲をしたというふうには書いてございませんので、私はその立法の精神、それから立法に現われている文字との両方を考えますると、ここに院内とありまするのは、必ずしも場所を指すという意味ではなくて、各院、衆議院及び参議院のその運営そのものを、形の方を示す文字によつて指差したものである、言換えますと、院の活動の秩序を紊る行爲ということに解釈することが、正当であろうと思つております。從つて院内の内という字を仮に頭の中で削りまして、院の秩序を紊したというふうに言つてもいいのではないかと私は考えます。そういたしますると、現実に行いました場所がどこにあるかということには関係はなくなつてしまうのであります。そこで場所が部屋の中であろうと、廊下であろうと、或いは建物を全然離れまして、別個の場所で起りましても、何かの因果関係によつて院の秩序を紊したという解釈が生れて來る場合には、この懲罰問題が当嵌つて來る。そんなように一應考えます。
 第二の論点といたしまして、この懲罰に値することが行われたとき、懲罰をするときとの時間的関係ということが問題になろうかと思います。つまり前会期、或いは又前々会期の行いにつきましても、この会期で懲罰し得るのであるか、或いは懲罰事犯がこの会期に議論が行われて、それが引続き議論を進行して次の会期において実際に懲罰を行うということができるのか、こういう時間的の問題が起つて來るわけであります。これも規定だけからはつきりした何ものをも掴み出だすことはできないのでありまして、要するに懲罰権全体の精神を考えて、それに適しておる正法を当嵌めて見て考えるというより外にしようがないと思います。そこでこの懲罰というものは多分院の働きが円満に行われるということ、それからそれを邪魔するような人間の働きがあること、この二つの問題から懲罰問題が起りまするので、結局問題としては本人がこの院に関係を持つておる間でなければ懲罰ということは起らない。つまり議員でなくなつてしまいますれば、もう懲罰問題の普通の意味の実効は発生しない。まあこういうふうにここは考えられます。ところで、その会期の事件でなければならないのか、それとも前々会期、或いは前会期のこと或いはその中間の時期の行爲であつてもよろしいかということになりますると、実はまだ相当の結論を得ておりません。大体この國会というものの意味が昔と今とは相当変化があろうと思います。会議体はありまするが、何となく一つの生命を持つておるというふうにも考えられますので、ただその一会期々々々だけを切離して考えるのではなくて、一つの統一性を保たれ得る会議体というものがあり得るのではなかろうかと思います。つまり衆議院におきましても総選挙が行われましてから任期が終了するまでという、いわば一立法体の存続期間、小さい会期ではなくて同じ性質のものの存続期間、こういうことが一單位として考えらるるようになつて行くのが自然の勢いではなかろうかと思つております。日本も從來の國会の方の考え方は必ずしもそうではなくて、短期に、三ケ月の会期というものを一單位にして何事も考え得る傾向がありましたが、段々こういうことは壞れて行きつつあるのであつて、やはりもう少し長い実体を考えてよいのではなかろうか、こういうふうに考えております。ところが参議院の場合におきましては、解散ということも任期の一方的終了ということもありませんで、ちよつと衆議院のように考えるわけに行きません。ここのところは非常に変化して考えなければならんと思います。そういうことをまあ併せ考えまして、若し憲法及びこれに基く國法の中にはつきりした制限がついていないならば、やはり大凡そその一会議体に継続をしておりましたものは一つのもののように感じております。前の会期に行われた事態についても、やはり懲罰事犯というものは成立し得るという考えの方がいいのではなかろうかという、まあ一應の結論を作りました。これが非常に私としては紛らわしいものでありまして、考え方が種々動搖しておりまするけれども、一應はそういうふうに考えたいと思うのであります。こう考えて行きますると、これに対して又欠点が起つて來るのでありますが、一般に言われておりまする会期不継続の原則ということは、恐らくこの場合には関係がないでありまして、これは議案として存続しているものがどうなるかということであります。実体を抑えるということにつきましては、殆んど関係はないと思います。現に決算等のような問題は、過ぎ去つた問題をこの議会において論じ、過去の責任を問うということはやつておりますが、懲罰事犯とはちよつと異なるにしても、その考え方に一脈の連繋があるような氣がいたしております。もう一つの問題は、古傷をほじり出すということ、それ自身は正しいことであつても、いろいろ現実の世界においては弊害の元になりますから、それを一般には時効の制度というようなものができて、古傷をほじり出さない。或る一定の期間の経過によつて、それはそのまま安定さしてしまうというような、立法秩序ができておりますけれども、懲罰につきましては、そういうものができておりません。そこで原理的に一会期中は、継続しておる一議会中は、つまり数会期を含めまして、その間はすべて懲罰事犯が一つとして考えられるということになりますと、いろいろな弊害も起るのではなかろうかと思います。政治上の情勢が変化しておるのに、過去のものを持出して、爭いの種にするという心配もあるわけであります。そういう利弊双方を考えて見ますると、甚だ迷う点ではございますけれども、理窟の上から言つて、議会の品位を害することが行われており、そうして現にそのことにつき傷のある人が、そこの中に平然としておるということは、恐らく正義の観念が許さないものであつて、或る條件の下に、前々会期等にも及び得るというようにするのが結局いいのである。若しそれが惡かつたならば時効の制度のようなものを、新たに成文法で作り出して、秩序を整えるというのが正しいのじやないか。これは非常に動搖いたしましたけれども、そういうような結論を只今のところでは持つております。
 この二点が、二点と申しますのは、場所はどこでもよろしい、時期は何かの関係によつて責任が一体と考えられるような範囲のところまでは遡つてもよろしい。こういうことに考えますると、大体その他の問題は細かい問題になりまして、從來より論議されました場所の限定、建物の中かどうか、廊下はどうかというような問題も、当然消えてしまうということになるのではなかろうかと思つております。こんなふうに申しますと、從來の考え方より非常に懲罰責任の範囲が廣くなつたというような疑いも一面において起りますけれども、併しこれは外國の事例等を、詳しいことは調べておりませんが、大掴みに見てみますと、相当廣い範囲に及んでおるのではなかろうかと思うのであります。例えばイギリス、アメリカのごときは、少くともどこの場所で行われたものでも、可なり手廣く責任の基礎にするというふうになつておるらしいと思います。フランスの方は何だか狹く取扱うのだというふうに聞いておりますが、実はまだ余り詳しくは研究しておりません。大体只今考え付きましたのは、この程度であります。この辺で止めて置きます。
#4
○委員長(太田敏兄君) それでは次に大池さん。
#5
○衆議院事務総長(大池眞君) 私衆議院事務総長の大池でございますが、実は本日お呼びを受けたのでございますが、どういう資格でお呼びを受けたのか、私は自分個人の意見を或る程度持つておるのでありますが、発表しにくい関係にあるのであります。正式の委員会をお聞きになりましたその参考人としてお呼びになつておるのか、如何かによりまして、実は懲罰の問題は衆議院の方におきましても、現に懲罰委員会に付されておる問題等もありまして、これが今ここにお示し願つておる懲罰権の意義とか、人的の対象物とか、その他現実に懲罰の問題が起りますときに、衆議院の事務総長としての意見を申上げるということも、地位の関係上極めて穏当を欠く場合があろうかと思いますので、どういう観点に立ちましてお呼びになりましたか、その点を承わつた上で、お話を申上げたいと思つております。
#6
○委員長(太田敏兄君) 今日お願いいたしましたのは、皆樣はこうしたような問題に対しての学識経驗者という意味でお呼びいたしたので、從つて衆議院の事務総長としてでなく、学識経驗者として、大池さん個人としてお話し願いたいと思います。
#7
○衆議院事務総長(大池眞君) それならば、学識経驗者という言葉には、当然当嵌らないのでありまして、学識も何もありませんが、長い間衆議院におりました関係で、懲罰権というものが、どういうものであると個人が考えておるかという意味の個人的な意見を聽きたいという意味でと了承いたしまして……衆議院でも何らこういう根本的の問題に結論を得ておらないのでありますから、勿論衆議院としての意見でもなければ、衆議院事務局の意見でもございません。全く大池個人の意見としてお聽き願いたい。
 議院の懲罰権というものを考えますときに、只今ここにあります本質論になるわけでありますが、これは旧憲法下におきましては、議院の懲罰権というものは、憲法附属の法律とも言われておりました議院法で認められておつたのであります。それは議院法の第九十四條にありまして、「各議院ハ其ノ議員ニ対シ懲罰ノ権ヲ有ス」ということになつて、ハウスがメンバーに対する懲罰権を持つておることを明記しております。然るに新憲法になりましたところが、その第五十八條で、議院の役員の選任権と規則制定権と共に自律権の一つとしてこれを加えております。その五十八條を見ますと、「院内の秩序をみだした議員を懲罰することができる。」ということに相成つております。従いまして、院内の秩序を紊したと称する懲罰の事犯は如何なるものであるかということにつきましては、旧議院法におきましてもこれを示すことはございません。ただ規則におきまして例示したものの外は、議長が認定するか、又はメンバーの認定によります動議に基きまして、委員会の審査を受けた後にハウスが決定するということに相成つておりました。衆議院の從來の事例等を見ますと、議院の騒擾を釀し、秩序を紊したためということが一つ、それから議院の命令に抵抗したためというのが二つ、暴行のあつたためというのが三つ、議院の体面を汚したためというのが四つ、無礼の言語を用いたためというのが五つ、請暇期限経過後無届欠席のためというのが六つ、これらの六項目に当るべき観点からメンバーのいろいろの言動が事犯、一つのケースと認定をされて來ておりました。ところが新憲法では、懲罰事犯というものは議員が院内の秩序を紊した事件であることを規定しております。併しながら如何なる言動が院内秩序を紊したことになるかということは、ハウスの認定によるの外はないだろうと考えておるのであります。從いましてそのケースの認定をいたします場合に、國会法又は規則の上で、如何なるものを事例と認めておるかということを見ますれば、これは当委員会でも御研究になつておられる中間報告によつて知つた通りでありまして、先ず、一、未應召、又は不当欠席の場合、これは國会法の百二十四條に規定しておる。議長の制止又は発言取消命令に從わなかつた場合、これは衆議院規則の二百三十八條、参議院規則の二百三十五條に明記しております。第三の委員長の制止又は発言取消の命に從わなかつた場合、これは参議院規則の二百三十五條、それから未公表決定のものを発表した場合、これは参議院規則の二百三十六條、それから登院退去命令に従わない場合、これは衆議院規則の方と参議院規則の方にありまして二百四十四條にあります。議院の秩序を紊し又は議院の品位を傷つけた場合、これは衆議院規則の二百四十五條にあります。七として、ハウスを騒がし又は体面を汚した場合、これは参議院規則の二百四十五條に書いてあるようなわけでありまして、こういうような懲罰事犯たることを明らかにしておりますけれども、これはいずれも院内の秩序を紊すというものに含まれていることを例示したものでありまして、これに限定されたものとは解されないと考えます。そうでなければ、そういうふうに解しませんければ、衆議院規則二百四十五條の前段の中に、ハウスの秩序を紊したというような事件を挙げている意味がないことになりまして、すべて秩序に関する問題は、議長がこれを決する建前を取つておりますし、議長において疑わしいと認めた場合におきましては、ハウスの認定によるということに衆議院規則の第二百二十條、参議院規則の二百十六條に規定してありますが、それが意味がないということになつて來ます。憲法では院内の秩序を紊したということであるのに、その院内ということを議院と解しまして、ハウスの秩序を紊しということを一つの事例として挙げている点を見ましても、それ以外のものも事例と見なければならないと考えております。言換えますれば、國会法及び両院規則が規定いたしました事犯のケースというものは、憲法第五十八條の例示に過ぎません。これに限定したものではないと、こう私共は考えて、又事実上その実例もその通りになつております。例えば外崎事件、これは一遍取消した言辞が事犯となつておるのであります。そこで懲罰事犯というのはどういうものであるか、ここにいう懲罰事犯の要件になるわけでありますが、これはその本質を究めなければ明らかになつて來ないと考えております。そこで懲罰事犯の本質ということを結論的に私は申上げます。時間の関係もありますので……懲罰はハウスが会期中の秩序を維持するために議院の自律権に基いて、院内の秩序を紊した議員に対して科するハウスとしての処罰である。こう私は定義付けたいと考えております。この中にもありますから、その他のものとの差異を申上げますれば、そこでハウスを組織する議員という一定の身分の者に限られておりますのと、從つて院内秩序維持の目的である点で、すべての國民に対して國家社会の秩序維持を目的とする國の刑罰権とは性質を異にしております。又懲戒のように、使用者としての権力に基いて國が被使用人たる公務員の義務違反に対して科するものとは、議院の自律権に基く組織分子たる議員に対して行う処罰である点に特質上の差異があるわけであります。議長の警察権との異議を申上げますれば、議長の内部警察権というものは会期中に限つており、國の警察権が國会法により議院内部に限りその執行を議長に委任されたものと見ておりますから、この紀律保持のために警察権ということは、場所的な範囲はあつても一般警察権であつて懲罰権とは違つております。従つてここに書いてあります議長、委員長の秩序保持権との差を申上げて見ますれば、これは議長、委員長の有しております会議の主催者としての秩序保持権というものは、会議の議事の円満な運営のために與えられた権能でありまして、本会議又は委員会の外に及ぶものではありません。議員以外の者にも当然及ぶものであります。例えば証人とか公述人、傍聽人等に及んで來るわけであります。そこで議員の不逮捕特権及び院外免責特権等の関係を見ますれば、憲法の第五十條及び五十一條に保障されました議員の不逮捕特権及び院外免責特権というものは、國政審議に当る議員の職務の重大性に鑑みまして、会期中特にその身分及び言論を保障したものでありますから、この両特権と懲罰とはその間に別段法律上の関係はないと思つております。そうでなければ、仮に院外の犯罪につきまして逮捕要求を受けた議院がこれを拒否したようなときには、これに対して院内で懲罰が適用されなければならないわけであります。又院外において一般人としての犯罪が、院内の発言が院外であつたならば一應責を免れないであろうというような場合でも、それ自体は何ら関わりがないと言わなければならんと思います。懲罰の本質がこういうものであるという点から、ハウスで科すべき懲罰も院内における議員たる身分に附随する権利行使の剥奪或いは停止を主とするものである。今懲罰の要件を拾つて申上げますれば、先ず、一に議員の行爲でなければならない。これは議員という特殊な身分関係に基くものであるからであります。從つて証人、公述人、傍聽人或いは職員等には全然そういうことがない。そこで院内における行動でなければならない。これが第二の要件と私は見ております。院内秩序を維持して議院活動に支障なからしめるためのものであるから、議院活動と何ら関係のない院外行動は対象とならんと考えております。この点につきまして議員はハウスの品位を重んじなければならないという衆議院規則又は参議院規則の品位保持の義務について、それは院の内外を問わないではないかという御議論があるようでありますが、院外行動でも懲罰の対象となると考えられるというようなお考えもあろうかと思いますが、すべて両院規則は内部紀律でありまして、院外又は職務外のことについて規定するものではなく、從つて本規定は、院内において議員として行動する場合に國会の地位に鑑みまして議員の品位を重んずべきことを規定したに過ぎないと、こう私共は見ております。それから、從いまして、それならば派遣議員の職権行使中の行爲は、それでは院外行爲であるかどうか、こういう問題が起ろうと思いますが、これは議員が議院活動として調査のために院外に派遣されているものでありますから、院内における議院活動の延長というべきものであつて、院内を單に物理的な観念と見るよりも、議院活動の場所としての院内を指すものと解釈すべきものであると思いますから、こういう場合には懲罰の対象となり得るであろうと考えております。それから参議院規則二百三十六條の公表しないものを他に漏らした場合、これは何だ、こう言われますと、これは公表しないと議決した本会議又は委員会に参加した者、又はその議決のあつたことを知つておつた者に限るべきでありまして、たまたま同一の事実を一般的に又は特殊な関係から知つておつて漏らして場合にはこれには該当しない、こう私は考えております。この場合に懲罰事犯としたのは、その議決を無視した行爲を以て院内の秩序を紊した者と見ておるものであろうと思います。他に漏らすということは仮に院外で行なわれましても、そのこと自体が本会議又は委員会から外に漏らすことを意味するものでありますから、それは場所が院外であつても、法律上の解釈としては本会議又は委員会の事柄として院内の事件としなければならない、こう私は認めております。恰も本会議又は委員会に故なく出席しないことが院外で起つておりましても、それは院内において起つた未應召又は欠席という事実が懲罰の対象となる、こういうように私共は見ております。それから従いまして院内の範囲というものはどういうものであるか、こう言いますなら、議事堂の建物とか、議院管理区域とか、物理的に意味ずけるものではなくて、懲罰の目的本質から考えまして、議員か議院活動としてその職務を行うべき場合と、こう考えております。從つて両院協議会、両院法規委員会、又は合同審議会等が甲院で開かれた場合に、乙院の議員のなした行爲も乙院の院内行爲というべきものである、こう考えております。この見方からいたしますれば、常任委員会の廳舎或いは議員分担等は院内に入るでありましよう。併しながら議員の福利施設と見られると思われる会館とか、宿舎とか、官舎等は除外されることが至当であろうと考えております。以上によりまして院外行動は除外されるが、院外行動について議院から処決を促されまして、院外の行動があつたために、そのことがハウスから或る一種の処決を促されまして、決議案等によりましてそれに服さない議員がありますれば、院議無視の行爲という懲罰事犯になることはあります。併しながらこれはその前の行動自体が懲罰になつたのではなく、当然院議無視というその事実が院内行爲として事犯となるものと私共は考えております。從つて第三の要件は、議員として職権行使中の行動でなければならない、こういうように私は考えます。メンバーが國務大臣又は政務官というもの、國務大臣又は政務官としての院内行爲というものは、議員の行爲ではありまするけれども、議員としての職権行使中の行爲ではないのでありまして、当然これは懲罰事犯を構成しないものと私共は考えております。院内閣議室においてこれらの方々が相互に事件を起したり、場合によつては殴つたということは懲罰とは考えておりません。従つて彈劾裁判員及び訴追委員というものは独立してその職務を行うものでありますから、たとえ院内で行われましても懲罰事犯とはなり得ないとこう考えております。四といたしまして議院の秩序を紊す行爲でなければならない。それならば議院の秩序を紊すものであるというのは、その都度ハウスが決すべきものである。これが懲罰事犯は次に申しますその会期中に決せられるべきものであろうというゆえんになろうと思つております。從いまして第五の要件として会期中の行動でなければならない。院内の秩序というのはハウスとしての活動のための秩序である以上、懲罰も会期不継続の原則が適用されるものであろうと思います。從つて会期に関連のない院内秩序の擾乱ということもあり得ないし、会期に関連なく成立する懲罰事犯というものも考えられない。懲罰についてだけが國会法六十八條の適用なしとする根拠はどこにもないと思うからであります。ただ六十八條第二項との関係について見ますれば、これは継続審査のためであります。この場合後会に継続する案件とは理論的にいつて代表的には、議案のように將來の秩序に関するものであり、新らしい秩序の確立に関するものでなければなりませんが、懲罰というものは本質上過去の秩序に関するものでありまするし、紊された秩序の回復であつて、後会において前会期の秩序を紊した行為を懲罰事犯とすることは、新らしい会期と共に出発した議院の静隠なる新秩序を紊すものであります。法における時効の精神に反するものと考えます。懲罰においては國会法の四十七條第二項の継続審査の適用ないものと解したいのであります。懲罰というものは秩序を紊した議員に対する懲戒的処罰である以上、一旦犯した罪であるにおいてはこれが処刑を課すべきもので、これによつて初めて將來に亘る院内秩序保持の目的を達し得べきものであるから、議員の身分が継続する限り、処刑判定についても継続して差支えなしとの議論もあり得るでありましよう。併しこの目的は前説のように解しても達し得られないかというと、前会期における当該議員の行動を後会において調査して、一定の処決を促すことによつて何ら支障なき道があるのでありまするから、懲罰の本質上前説の方が妥当性があると考えておるわけであります。議院の秩序というものは議長が保持しますので、すべて秩序の問題は議長がこれを決しますが、懲罰は議長以外に議員の動議提案権がありまして、何が懲罰事犯であるかということは、最終的にはハウスがこれを決定するものであるといたしますれば、ハウスの意思は來会期に継続しないのでありまして、その会期中に決定しないものを來会期において決したり、その会期中に提起されなかつた動議を來会期に提起するということは会期不継続の根本原則に反するものであると思うのであります。從つてそういう観点から懲罰の処罰條件というものが、前述のような懲罰の本質であるとしますれば、当然に議院内の懲罰、即ちその効果が院外に及ばんものであり、且つ懲罰の期間もその会期中に限られる、こういうように認められるのであります。從つて先ず第一点として、議員たる身分に基ずく特権の剥奪又は停止或いは陳謝等に限られ、院外に及ばないものでありますから、院外で陳謝をさせるとか、新聞紙等による謝罪又は罰金等のごときは課せられない性格を持つと思います。但し歳費の支給停止というようなことは立法論としては可能であろうと思います。会期中に限られるというのが第二の條件でありまして、会期中の秩序維持のためのものでありますから、会期を越えて処罰ができないために、登院停止期間中に会期が終了いたしますれば、前会期の停止の効果というものは、それ以上には及ばないと私は考えておるわけであります。大体一通り考えております点だけを申述べました。
#8
○委員長(太田敏兄君) それでは佐藤さんにお願いします。
#9
○政府委員(佐藤達夫君) 忙がしい仕事をやつておりますために甚だ不勉強でございまして、格別精密なる調査をして参つたわけではございません。從いまして今まで私個人として漠然と考えておりました懲罰問題についての方向を簡單に申上げて、勿論幾多の迷いを含みつつのことでございますから、又お教えを受けました後で或いは改説、異論するかも知れないという條件付きでありますけれども、私の考えておりましたところの大筋だけを申上げさして頂きたいと存じます。
 この関係で一番やはり根本の問題になりますのは、何と申しましても憲法の條文であろうと思います。憲法五十八條の「院内の秩序」云々という言葉の解釈で場所の問題にも関連して参るでありませうし、或いは懲罰の内容の問題にもやはり触れて來る問題だろうと思うのであります。この「院内の秩序」という言葉は、官吏と議員とは先程大池さんがお話になりましたように、全然その性格は違うのでありますが、その秩序を紊したという事柄自体を捕えて見ますと、まあ官吏について言えば例えば官紀を紊した、或いは官界で秩序を紊した、官場の秩序を紊したというような、事柄自体としては、そういうものに相当近い性格のものではないかという氣持がいたします。從いましてこの「院内の」という言葉は、それ程の深い又は強い限定的な意味はないのじやないか、御承知のように英文の方にはこの「院内の」という言葉に当る英語はございませんので、デイスオーダリー・コンダクトとあつて、それが新憲法草案要綱として、政府で発表いたしましたその要綱にやはりこれに当る文字があるのでありますが、その要綱には「院内の」という言葉は実はございませんので、ただ「議員にして紀律を紊す者あるときは」と政府発表の要綱にはそういうふうにございます。それが例の平仮名書口語体の草案になりましたときに、「院内の」という言葉が入つたのであります。英文の方は要綱時代から今日までディスオーダリー・コンダクトということで一貫しているわけなんであります。その「院内の」という言葉が入りました理由は余り正確に私は覚えておりません。殊に当時の関係の先輩の方がおりますから、あとでお教えを願いたいと思いますけれども、私自身としてはそう強い意味でないと考えております。要するにこの憲法については大体そういう頭を持つているわけでありますが、この内容の問題について、そういう観点から見て行きますというと、國権の最高機関である國会、或いは両院の機能を適正にして、且つその権威と申しますか、デイグニテイと申しますか、そのことを保持するというためには嚴粛な秩序というものが保たれなければならん。而もその秩序は自主的に保たれなければならんということは当然のことでありますからして、從いましてこの懲罰の問題につきましても、その目的のためにという性格のものと考えざるを得ないわけであります。從いまして只今までの、私共の拜見しております現行法、法律なり或いは議院規則なりを拜見いたしましても、特にこれを限定するというような明確な條文、そういう懲罰権を限定する趣旨の明瞭に窺われるという條文もないように考えますので、從いましてこの法律なり規則に列挙されているところは例示的であるか、或いは制限的であるかというような問題につきましては、私はやはりこれは例示的なものであるというふうに考えてよろしいものだと思つております。先程大池さんのおつしやいました衆議院規則については、「議院の秩序をみだし」というような漠然たる言葉使いが、確か除名のところでありますか、使つてあるというような点からも、そういうことは推測できるのではないかというふうに思います。場所の問題につきましても、先程のような考え方の前提を取りますれば、もとより建物というような場所的制限を伴つているものではないかというふうに考えます。從つて場合におきましては、場所的には院外で行われました行爲についても懲罰の問題はあり得る。その場合に刑罰権と懲罰権との競合というような問題がありましようけれども、刑罰権が及ぶからと言つて、議員の自主権の方が引つ込まなければならんという理窟もございませんから、競合すれば競合しつ放して一向差支えないのじやないかというふうに思います。
 それからむずかしいのは時間の問題でございますが、これは私としてはこの種類の案件というものについては、懲罰というような問題につきましては、会期不継続の原則が被つて來るというふうには考えておりません。金森さんのおつしやつたような、いわゆる立法期單位というようなものとして考うべき事柄であろうと思います。で会期が最近のようにずつと長くなつて参りまして、年中議会というふうになつて参りますと言うと、会期不継続というようなことも実は議案を整理するための一つの手段に、言葉は惡うございますが、成下つてしまつたというようなことになるのじやないかという氣もいたします。從いまして、特に國会法なり何なりに明文を置いて、この不継続的の趣旨をはつきり現わしたという場面においては、勿論不継続になるでありましようが、そういう明文のない場面については、こういう原則は直ちに働くとは考えられないというふうに考えております。ものは違いますけれども、例えば一時不再理の原則というようなものも、他面金科玉條として考えられておつたのでありますが、会期が今日のように長くなりますと、会期の初めの情勢と会期の終りの情勢が違つて來まして、当然この原則を貫くことが不合理を生ずるということもあります。こういういろいろの今までの金科玉條とされておつた原則というものは余程考え直さなければならん立場になつておるのではないかというふうな氣持があるわけであります。以上のように段々申上げて参りますと言うと、時間的の懲罰権の言葉は非常に廣くて、今度は議員の地位そのものの方が不安定になりはしないかという心配が出て來るわけでございます。このことは現行法の下におきましては、懲罰権運用の適正ということに俟つ外はないものと考えます。例えば除名について申しますれば、規則を定めてその情状が特に重いものというような條件がございますが、こういう條件を極めて嚴格に解釈するということによつて運用されて然るべきものではないかというふうに考えるのであります。
 それで今回の御調査は現行法の解釈問題として現行法の枠内で行われますのか、或いは立法論的にも行われますのか、私は承知いたしませんが、恐らくこれだけの本格的な御調査をなされるのでありますから、結末は立法論的にも段々発展して行かれるのではないかというふうに考えるわけであります。そうなつて來ますと言うと、現行法で或いは法律規則において明らかでないところは、この際立法的にはつきり解決されて然るべきものではないかというふうな氣持もいたします。從いましてその不再理の問題といたしましては、私の考えから申しますと言うと、やはりこの中間報告にもございましたが、問題の二つのポイント、即ち秩序の嚴粛な維持は図らなければなんというポイントと、それから而も一方においては議員の地位の安定というものは考えなければならんという、ちよつと調和のむずかしい問題を巧妙に組合せて解決されなければならんということになるのじやないかと思うわけであります。今の秩序の嚴粛に維持されなければならんという立場から申しますと言うと、懲罰の範囲というものは内容的にも、或いは場所的にも時間的にも廣く考えられていいのじやないかということになるわけであります。又他面秩序維持という事柄は、本來ハウス、議院の自主権でありますから、ハウスの自主権というものは狹く解すべきものではないという建前から申しましても、結論はそういう方向に向つて行くのだろうと思います。ところが第二の議員の地位の安定という方の要請から申しますと言うと、議員は一人一人皆樣全國民の代表として國民によつて選ばれて來られたわけであります。國民の信託を負つて來られたその方々の職務の執行を止めたり、或いは又極端な場合には地位を失われてしまうというようなことは、これは余程愼重に考うべきことであろうと思うわけであります。從いまして立法論的に考えますならば、むしろこの地位に直接の関係のある処分については、もう少し愼重に、或いは國会法あたりで取上げて、長期間の登院停止であるとか或いは殊に除名の方につきましては、これは技術的に非常にむずかしいことだと思いますけれども、法律そのものにおいて場合を限定、列挙するとか、或いは又方法そのものを何らかの形で普通の懲戒の場合よりも愼重な形にする、これは憲法の「三分の二以上」という條件に更に加重した條件を加えるのでありますから、そういうことは法律でできるかどうかという憲法論が、旧憲法時代にあつたと同じような憲法論があると思いますけれども、そういう問題は別として、せめて手続だけでも何らか少し愼重な手続を考えるというような方法はないものであろうかというふうに考えております。これはまあ立法論の問題でありますから、思い付きだけを簡單に附加えた程度でございますが、今まで私の漠然と考えておりましたところを申上げまして、どうぞお教えを受けたいと思う次第であります。
#10
○衆議院法制局長(入江俊郎君) 私衆議院の法制局長の入江でございます。先程衆議院の事務総長の大池さんがおつしやつたと同じ意味におきまして、私は本日ここで個人入江として自分の考えを申上げたいと存じます。この懲罰の問題につきましては、すでに前にお述べになつた方々が問題にしたごとく、懲罰そのものの本質をどう解釈するかという点に問題の第一歩があると思うのであります。これは私は各院がその院において、その院の正当なる活動及びその本來の性格を正しく維持するために、若しこれを侵害するものがあつたときに、而もその侵害をするものというのは、その院の構成者である議員が、そういう行爲をした場合に自律権によりまして、自主的にみずからを守るという作用だと思うのです。それですから、結局その院における秩序を自主的にみずから守るということでありまして、その意味においては、廣い意味で秩序を維持するための罰であると思います。從つて刑罰とは勿論違う。併し秩序を維持するという意味の罰という意味においては公務員の懲戒に極めて類似している点があると思います。ただ懲戒につきましては、或る一つの組織体がみずから自主的にその構成者に対して処罰するというよりも、むしろ公務員を選任する、或いは選任した側における統轄権というようなものの働きから、公務員社会全体の秩序を保護しようという働きで懲戒が出て参りますので、その点においては、この院の懲罰と聊か趣を異にする点はあると考えております。そういうふうなものとして懲罰を考えましたときに、この懲罰の根拠はやはり憲法五十八條にあると考えております。前の方がお述べになつたように國会法、若しくは両院の規則で掲げた懲罰の事由等は例示であるという点は私も同樣の見解でありまして、憲法五十八條自身が懲罰の根拠を示したものであり、いわば懲罰に一つの法的の根拠をはつきり與えておるという、これは刑罰ではありませんけれども、罪刑法定的な根拠は憲法五十八條を以つて足るものと考えております。ただ何がそれに当るかということは、先程申しました院の自主権という点から見て、院そのもので決めるというようなことになつて來ようかと考えるのであります。それから尚それに関連いたしまして、その院の秩序を害した人間は、院の構成者である議員であることを要する。これも言うまでもないと思います。而も私の考えでは、議員が院の構成者として働く面における行動に関連して起つた場合に限るのであつて、院の構成者であつても、その者が全く個人の立場においてやつた行爲というものは、この場合問題にならないと思うのであります。そのことはやはり懲戒の本質から自然そうなるということと、それから国会法、若しくは院の規則の書き方等を考えましても、そういう趣旨で以て建前ができているように思うのであります。尚、参議院規則二百七條、衆議院規則二百十一條の議院の品位を保つ義務があるということを規定しております。でこの規定は議員の個人の行動の面まで規律しているのかどうかという点でありますが、私はやはりこれはそこまで行かないのであろうかと考えております。個人の面において正しい行爲をするということは、これは道徳的な問題で、衆議院規則、参議院規則に取上げる問題ではない。やはり両院の規則は、内部の紀律に関する規則であるという点から見ましても、言葉は廣く書いてありますけれども、それは職務の外のことまで触れているものではないように思うのであります。ただこの懲罰を行うときに職務の外の行爲を問題にすることができないか、できるかにつきましては、或いは立法の方法を用いればできるかも知れないという氣がするのです。それは先程申しました懲戒の本質から見て職務に関する行爲であるといつたことと聊か矛盾するかも知れませんけれども、これは矛盾とまで行かないように考えられるというのは、本來的に職務に関する行爲でありますけれども、職務に関しない行爲をやつたとしても、それが結局その人の職務を行う面における行動に大きな影響を及ぼすというからこそ、それを捉えるのでありますから、そういうふうな場合においては、立法論的には職務の内外を問わず懲罰の客体にするということも不可能ではないように思うのです。併しこれは立法を要するのであつて、或いは國会法の規定等においてそこまで書けばいいけれども、現在はつきり書いてない以上は、そこまでは行かないであろう。例えば官吏の懲戒につきましても、文官懲戒令というものが曾てあつて、それに職務の内外を問わずという文句もあつたけれども、やはりこれはそういう言葉があつて初めてそこまで責任を負わせることができるのだろうと、こう思うのであります。故に現行法の制度の下においては、やはり職務の完全なること以上には及び得ないというように私は考えておるのであります。
 第二の問題としては、場所に関する問題でありますが、「院内の秩序」と申します「院内の」というのは、私は場所的の物理的の範囲に限るべきではなくして、その院が院としての活動をなし得る場面という意味であると考えるのであります。先程佐藤法制長官も憲法のときのお話がございましたが、成る程憲法にはデイスオーダリー・コンダクトと英語には書いてあるようであります。尚それを受けた規定でありましよう。衆議院規則の二百四十五條には「議院の秩序をみだし又は議院の品位を傷つけ、」という言葉があります。そのときのこれは英訳ですから参考になるだけでありますけれども、衆議院規則を英訳しておる場合には、このデイスタービング・ザ・オーダー・オブ・ザ・ハウスというような言葉を使つて、オーダー・オブ・ザ・ハウスと書いてある。そのハウスというのは勿論これは建物を言うのではなくして、議院という活動を行う有機的なものを考えておるのだろうと思いますから、院内の秩序という場合に、その場所的範囲は建物に限らない。併しやはりそれは、公の行動をする限度においてでありますから、派遣議員が派遣地においてやる行爲、その場合は勿論その院内の秩序ということに入りますけれども、議員宿舎或いは官舍等において行う行爲というのは、この場合、場所的の面から見ましてもそこは入らない。併したまたまその議員宿舍において、議員が何らの意味において議員としての公の作業を行なつておるというような場合があれば、これは先程申しました面から見て、結局そこは院の延長になりますから、場所的範囲に入りますけれども、通常の場合における宿舍或いは官舍等は入らないというふうに考えております。
 第三番目に時期の問題でありますが、この時期につきましては、私は現行法の解釈論としては、会期中の事件についてその会期中に処分をするという建前でできておると思うのであります。その意味は会期不継続の原則というのが國会法第六十八條にございますが、この会期不継続の原則という問題は、そもそも國会法六十八條で生れて來るにつきましては、その根本に國会活動というものについての一つの原則が潜在しておるものであるとして、その原則と申しますのは、やはり國会というものは一定の会期中活動能力を持つておる、会期が終ればそれによつて活動能力を喪失するという建前でできておるのでありますから、その原則としてすべてのことは会期中に片附ける、そういうものとしては、いわば國会として観念的には形而上的に言えば、具体的に存在をするのは会期中であるという特別の意味を持つた又特別の機構を持つた國会機構である点から申しまして、國会の会期というものを非常に重く見る、そういう一つの原理があると思うのであります。その原理を基として國会法六十八條の会期不継続の原則が出て來たと思うのでありますが、同樣にその原則から、やはり懲罰につきましても、会期中の問題は会期中に片附けるということになつて來ると思うのです。だから國会法六十八條の適用があるというのは、そういうのじやなくて、國会法六十八條と懲罰問題とは別でありますけれども、その両者にやはり一つの原理が流れて來て、そういう結論になるというふうに、現在の國会法と衆議院、参議院両院の規則から見るとそうなると私は考えておるのであります。そのことは、そういうようなやや観念論的な考え方と、今一つは文字論になるかも知れませんけれども、國会法或いは院の規則を見ますと、各院において懲罰事犯があるときは、院長は懲罰委員会に付するというような言葉があるのです。懲罰事犯というのはどういう意味がと申しますと、これは私の勝手な解釈ですけれども、懲罰に当るような不法行爲、不当行爲という意味だろうと思います。事犯というものは一つのケースであると考えますと、懲罰問題として考えますと、そういう問題になる余地もあるかも知れませんが、どうも院の規則を見ますと、懲罰事犯というものはそういう惡い行爲そのものを考えておるように思われる。例えば衆議院規則の第二百三十三條というのに「事犯者」というような言葉がありまして、これはその行爲者という意味だろうと思うのでありますが、懲罰事犯というものは、懲罰に当るような惡い行爲という行爲を押えておるというふうに思うのですが、会期中において懲罰事犯があるときは、言葉の解釈ですから少し牽強附会の感があるかも知れませんが、先程申しましたような考えからして、こういう規則ができておると私は思います。やはり会期中において一つの事犯があつたときに、これをすぐ懲罰に付するというような、こういうふうなことになつて來るだろうと思うのであります。尚もう一つ、議員が懲罰を問題にするときには行爲があつてから三日以内という制限があります。これにつきましてもやはりその文字からは直ちに結論は出しにくいかも知れませんけれども、先程申しましたような原則的考え方を元にしてこの三日ということも出て來たのだろうと思います。懲罰が起つて來たときに、そういつまでだらだらしておつたのでは困るというので、恐らく三日ということが出て來たのだろうと思います。ただ議長が職権を以つて懲罰に付する場合には期日の制限はない。これは大正十五年に問題になつたのでありますが、この中間報告にもございますが、大正十四年に懲罰に付する事件の範囲が拡張された、ところが議員が懲罰動議を出すには三日という期日があるので、議長がやはり懲罰委員会に付するにも同じような制限があるように解釈しておるらしい。私詳しくは知りませんけれども、速記録を見ますと、大正十五年の衆議院の本会議におきまして、粕谷議長がその解釈を一つ決めましようという発言をされて、議長が懲罰に対する場合には三日の制限を受けないのだというように解釈を決めようということを発言されて、各議員がこれに賛成して確定したという経過があるようであります。ですから、この点について議長はいつになつても懲罰できるというふうに拡げたのであるかどうか。この会期中ということはやはり当然のことと考えて、ただ三日ということのみに制限されるということは非常に窮屈になるので、議員においては三日以内だが、議長の方は然るべき期間にこれを委員会に付すればいいというふうに拡張されたのであろうと、私は想像でありますけれども、考えております。そういうふうなことから考えても、会期中というような建前で現在の制度ができておるというふうに考えております。これは現行法の解釈論でありますが、実は私は立法論としてはそう狹く解釈しなくてもいいということを考えております。即ち同一会期中ということじやなくして、いわば立法期、即ちその院の同一性というものを……同一性ということはどこまでであるかということでありますけれども、その構成者というものが同一性を保つておる間、即ち言換えれば総選挙から総選挙までの間、衆議院について申しますと……その立法期という間はこれを同一の期間と考えまして、その間においては懲罰の問題もできるというような立法論の方が私は正しいのじやないかと考えております。現にこの國会法におきましても、常任委員会の委員というものは、これは会期の初めにおいて委員を選任し、議員の任期中ということになつておりまして、これらの点は会期々々で以て切替えるという建前を取つて現在の國会法ができておる。それらを考えても、いろいろな点において昔程嚴格に会期不継続の原則は守られていないという節もあるので、懲罰等についてはその院そのものの保護という点から考えて見ても、構成員として同一性を持つておる限度においては問題にできるという立法論が私は望ましいと思います。併しこれは立法論でありまして、若しそうなるというと、議員がその行爲から三日以内に懲罰事犯を提起するという事柄についても更に反省をし、研究をすべき問題もあろうかと思うので、現行法の解釈としてはそこまでは行き得ないのではないかというふうに考えます。尚この参議院においては、立法期と申しましても半数交換でどんどん行きますから、立法期の決定方法が少しむつかしくなるのです、それらは立法論に属するので、ここではその以上は申上げません。大体私の考えておるところは以上の通りであります。
#11
○説明員(田中二郎君) 私は東大の田中でございます。この問題につきましては不勉強で、余りこれまで勉強したことがありませんでした。今度御通知を頂きましてから一通り調べて見ましたが、ここで意見として申上げます程はつきりした結論が出ませんので、ただ一應私の考えましたところをお話申上げ、却つて皆さんからお教え頂きたいと思つております。
 先ず、最初に憲法の規定の意味が問題になると思いますが、旧憲法には懲罰に関する根拠の規定がなかつたのです。併しその時分でも勿論議員の懲罰権というのは認められておりました。今度五十八條の第二項に懲罰に関する規定を設けて、ここで初めてその懲罰権というものが生れて來たわけではないと思うのであります。むしろこの憲法五十八條第二項の規定の中に、議院の自律権の一つとして懲罰というものを取上げてその表現の中に懲罰権の本質とも言うべきものを表現しておる、その意味においてこの規定のうちに懲罰権というものの限界というものも出て來る。即ち自律権という名において、例えば議員個人の私的行爲を取上げるというようなことができないという意味も、この規定の中に表現されている。言換れば院内の秩序を紊した議員を懲罰するということの中に懲罰そのものの意義或いはその趣意というものが示されておるのではないか、こう考えるのであります。懲罰の問題は今まで皆さんがすでに指摘されましたように、議院の本來の機能を発揮させ、その権威と申しますか品位と申しますか、それを自主的に維持して行くということを目的としておりますが、併し他面その自律権を行使する結果として、議員の地位が無用に奪われる、或いは侵害されるということのないことを考えなければならないわけであります。そこにおのずから懲罰の意義なり、或いは限界なりの問題が出て参りますが、ここではやはり院内の秩序を紊したと、それは議院の本來の機能を発揮することを妨げるという点に一應の限界を置いて、この制度を考える。まあそういうふうに考えて行くべきではないかと思うのであります。そこで懲罰事犯として取上げられるべきものの内容というものもおのずから決まつて参ります。その目的と言いますか、その内容と申しますか、それもおのずから決まつて來ると思います。國会法なり、議院規則は一應そこで問題になるものを上げておるわけでありますが、院内の秩序を保持するという見地から、一切のものがそこに制限的に列挙されているとは言い切れないだろうと思います。院内の秩序を保持するという見地からは、議院としてはその自律権の発動として懲罰権を持つていると見るのが一應妥当でありますので、その意味から申しますと、この國会法なり、議院規則の定めておりますものは、先程來皆さんの御指摘になりましたように、やはり一種の例示的なものだと考えていいと思います。ただそこで例示的と申しましても、制限的列記だと申しましても、規定の仕方が非常に漠然としておりますので、議論としては大して意味がないだろうと思います。併し私は現行法の建前としては院内の秩序を保持するという見地からは、必要である限りその自律権に基いて懲罰権を行使することができる。ここには一應の主な具体的な例を上げておるに過ぎない、こう考えて行きたいと思います。ところで懲罰の場合として上げられております外に、例えば参議院規則の二百七條で、「すべて議員は、議院の品位を重じなければならない。」という一般的な紀律に関する規定があります。この二百七條以下に上げております、つまり紀律の規定は勿論議員の守るべき紀律でありますが、その紀律に違反したということが、即ち参議院規則に違反した、或いは法律に違反したということが、それ自体懲罰事犯になるかと言えば、そこにはやはり段階を置いて考えなければならないのではないか。法律に違反し、或いは紀律に違反する、規則に違反する、一般的には二百七條のような抽象的な表現のありますその規定に反するということがありましても、それだけで直ちに懲罰事犯になるというのではなくて、そこには懲罰事犯というものの性質から、当然一定の限界があるので、それは紀律に違反し、それが院内の秩序を保持するという見地からしてその目的に反する、即ち院内の秩序を紊るということ、そこにやはり客観的な情勢判断、或いは主観的な條件の判断というものが加わつて懲罰事犯ということになるべきではないか、こう考えるのです。「院内の」という言葉は勿論場所的な議院のうちでの行為という意味でないことは大体皆さんも御指摘になつた点で、私の考えますところも大体その通りであります。「院内の」と申しますのは、結局議院としての、國権の最高機関としての國会としての機能を適正に発揮することを紊すという面を持つております。議院内で行われると、或いはそれが國会の活動として院外において行われる場合とを問わず、それがやがて國会としての機能の発揮を妨げる、或いは院内の秩序を紊すというところに関連を持つて來ます限りにおいては、懲罰事犯として取上げられることができると考えます。又その時期につきましては、先程入江さんからのお話がありましたが、私は会期ということの本來の意味は、議案を整理するという技術的な見地から出ておるものと考えたいのであります。それと懲罰問題とはおのずから性質を異にしますので、その事犯の性質から見まして、行爲自体は普通は院内において行われる、又会期中に行われるのではありますが、その懲罰事犯としてこれを取上げる時間というものについては、必ずしもそういう嚴重なる会期不継続の原則の適用を受けない、むしろ院内の秩序を紊したということを理由として懲罰問題として取上げるということができるだろうと思います。從つて全体としまして、議院の自律権の発動という意味で懲罰権の範囲が可なり廣汎に、又長期に亘つて行われるという可能性が生じて参ります。これが一面懲罰権が濫用される危險を生じないとは言えないのであります。併しそれは一般に議院の合理的な行動というものを前提として、その自律権というものが保持されなければならないので、決して濫用されるべきものではなく、又議員の地位の保障という重大な要求から照しましても、おのずからその運用の上において制限されるべきものであろうと思います。政党的な立場でこの問題を取上げるといことは、そもそもこういう懲罰権、自律的な権能として認められた懲罰権の或る意味での濫用になる危險性があるのではないか、こう考えます。ただ立法論といたしましては、そういう意味での自律権の一つとしての懲罰権というものを認める必要はありますけれども、同時に議員の地位の保障、或いはその発言についての自由を保障するという意味からいたしまして、これが濫用される危險があるという場合には、むしろその危險を未然に防ぐというための方策を考えるということが必要であろうと思います。この中間報告の中にも示されておりますように、結局自律権を與える意味、それから議員の地位を保障するという意味とのかね合いでその間を調整して行かなければならないわけでありますが、將來の問題としては、これが濫用される危險がある場合には、或る程度それを制限するというような立法的な措置も考えなければならないのではないか、大体こういうふうに考えております。
#12
○委員長(太田敏兄君) 参議院の奥野法制局長は、たびたび御意見を伺つておりますが、この際……それじやもう時間も十二時に近くなつておりますから、この辺で休憩いたしまして更に午後一時から再開したいと思います。休憩いたします。
   午前十一時五十三分休憩
   ―――――・―――――
   午後一時十八分開会
#13
○委員長(太田敏兄君) それでは休憩前に引続き再開いたします。午前中の御意見に対しまして御質疑をお伺いいたしたいと思います。ただ田中教授が今日大学の方の都合で大分早く帰りたいという御意向ですから、成るべく先ず田中教授に対する質問を先にして頂きたいと思います。
#14
○大山安君 私は緑風会の大山であります。お出でになりました皆さん御苦労さんでございます。それで前提條件といたしまして、先ず人事行政については最も日本の國家として再建上関心事でなければならんというような御意見もフーバーから聞いております。私はその場合に議員の懲罰ということについてはやはりそれに並行したところの懲罰の運営を図らなければならんというような点から、第一に時間の関係もあると思いますので、田中先生に伺いたいと思いますが、先程御意見の中に、議院の権威を尊重する、勿論議院の権威を尊重するということは、これは私議員として最も関心するところであります。併しその御意見の中に、以前のつまり懲罰法規を大体の方針としてまあ行使せられておるというような御意見がありましたが、今日の場合この以前のつまり天皇制時代の法規に重点を置く。それから今日の場合民主國家としての國会の懲罰関係に対する法規ということについては、何ら新らしい発見をここで得られないということは、率直に申しまするが、私共としては実に残念だと思うのであります。と言いますのは、天皇制時代と今日の民主國家時代とでは議院の品位として異なるところがなくてはならん。何故異なるところがなくてはならんかという場合には、衆議院はいずれにしても、この参議院の懲罰関係といたしましては、以前は上院といたしまして貴族院は永久性を持つていた。併し今回民主國家としての國民から選び出されたところの我々議員は多角的で一つのグループ的なものではないのであります。御存じの通り我々は三年議員であります。によつて又我々のような貧弱な議員も出ております。と同時に全くの個人的に宣傳的に走つている、個人宣伝に走つている者もおります。天皇制時代には人格を以て功労者とか何とかいうて貴族院議員にしたというような條件の下に、作られたところの懲罰法規であると私は思うのであります。その場合にこの懲罰法規に対してもやはり民主的に國民に接近したところの議員の懲罰の法規にしなくてはならん。そういう場合に議員というものはこういうものである、高いところばかり掴んだところの法規を主張する場合には、やはり実際の國家再建についての法律が当てはまらない。國民的懲罰権が立法できないということになるだろうと私は思います。故にそういう点から見まするに、相当今日それに伴つて修正された懲罰法規でなければならんという場合には、これを今少し拡げなければならん、という点において今日までの趣旨でなく、それをまあ只今申されたところを民主國家の議員の集合、つまり参議院又は衆議院なりの現段階に当てはまるところの法規を作られるようにというような意見があるかどうか。それをちよつと承りたいのでありますが、これで正しいものであるか、今後もこれでよろしいかというところですね、一つお伺いいたします。
#15
○説明員(田中二郎君) 私に対します御質問の御趣旨がもう少しちよつとはつきり掴めませんが、その前に旧憲法下の懲罰に関する法規と、それから現在のものとが全然異なるものでなければならないという御意見で、私がそれが全く同じでなければならないと申上げたように前提して今のお話を伺つたのですが、私はそういう問題は余り一般的に考えたこともございませんで、明治憲法の下のそのままでいいとか、或いは又それが変らなければならないとかということは申上げなかつたつもりで、現在の懲罰に関する規定でいいかどうかという最後の御質疑の点でありますが、私は現在の懲罰に関する規定が各議院において合理的に常識的に運営される限りにおいては、別にそれで特に直さなければならないという点はないのだろうと考えております。ただときにはこれが或る政党の立場からむしろ党利党畧に濫用されるという危險がないでもない。むしろそういう危險があるとしますならば、先程ちよつと申上げましたが、その濫用を防ぐ、これは不幸なる必要でありますが、そういう問題も起きて來る。と申しますのは先程も申上げましたように、適用の場所とか、或いは適用の時間とかいう問題につきまして、私は比較的廣く考えるのが憲法の趣意であり、又懲罰の制度の趣意だろうと考えるのでありますが、例えば議員の個人的な、プライヴエトの面における問題を採り上げて、懲罰の対象にするというような形において濫用されるとか、或いはかなり古い時期における問題をその政党の勢力が変つたあとになつて、その古傷を探して問題にするというような意味において濫用されるような危險が仮にあるとしますならば、それに対する方法として立法的な措置を講ずる、例えば会期不継続の原則というのはこの場合に当てはまらないと私は思うのであります。場合によつてはその問題を採り上げる時間的な制約をつけるというようなことも必要になりますし、又個人を個人として問題にするわけではないというような意味において、対象の制限をするということも問題になりますし、又この行爲の場所という問題についてもそれを或る程度限定的に規定をするということも一つの方法であろうと思います。現在若し現在の規定が合理的に運用されるということでありますならば、この規定を今直ぐ改めなければならないという必要はない。併し若しそれが濫用される危險があるという場合であれば、今申したような意味において懲罰権というものの或る程度の限界を明らかにするということが適当ではないか、そういうふうに考えております。お答えになるかどうか分りませんが、私の趣意はそれだけであります。
#16
○大山安君 そうしますると、現在の懲罰法規によつてやや解決し得るものである。併しながら現実においてこれを濫用するという場合には、改める必要もあるのではないか、こういう御意見であるらしい。先程申した通り、とにかく民主國民が選び出したところの我我議員であつて、やはり國民全体の中にいろいろな、つまり主義主張があるわけです。その主義主張のものが立場が議員であるというものについては、これは勿論つまりやはり或るいろいろの角度の働きを起すというのが、これは道理なわけでありまして、その場合に今日までの懲罰法規が正しくないという場合に、新らしい御意見としてどういう御意見を持つていますか。新らしいつまり民主國家として各議員の氣持が違うという場合に、どういう法律を作られたらいいかという何が私案がありますならばそれをお伺いしたい。
#17
○説明員(田中二郎君) 別にこの問題について具体的にこういう立法をしたらいいという案を持ち合せてはおりません。併し今お話の中から伺いますと、私の疑問と申しますか、それは確かに意見の違つた方が議員として出ております。衆議院においては特にそれが政党的に動いて行くというのが政治の現実だろうと思います。併しおよそ懲罰という問題は、或る政党に属するが故に懲罰問題として採り上げるというべき性質のものではないのです。これはやはり議員としての行動が議院の機能を発揮することを妨げるという事態が起きた場合、それが当然その客観的な標準によつて判断されるべき一種の裁判的な行爲ともいうべきものに当るのだろうと思います。ですから或る政党の者が自分の政党に属する者についても、懲罰という問題も起らなければならない場合がありますし、又反対党なるが故に懲罰問題として採り上げるというのは、実際はそういうことになる場合が多いと思いますが、本來の懲罰の制度はそういう性質のものではないだろうと考えております。ですからよるべき客観的規準というものがあり得る筈だと思います。そういう意味からしますと、客観的規準をより明確にする必要が生ずるならば、と言いますのは議員が常識的な行動をする限りにおいては、そういうものがなくても現在の法規で運用ができる。併しそれが常識的に行動されないという場合には、そのよるべき客観的規準を明らかにするという意味においての立法論といいますか、現在の法規の改正の問題の余地は出て來るのではないかと思います。具体的なこういう案というのは別に持合せておりませんけれども……
#18
○委員長(太田敏兄君) 只今の大山さんの質問の中には、前の天皇制議会当時における議員の地位と、民主國家になつてのあとの議員の地位ですね。前は天皇制でも天皇お一人に主権があつて、そうして結局議院は一種の諮問機関的なものであつた。けれども今度は國民を代表した、今度新憲法における國会議員は、主権在民の國民の主権を代表した地位にある。ということをさつきおつしやいましたね。そういう國会を構成しておるメンバーの地位が、旧憲法と新憲法下においては違つて來ておる。そういうことから例えば議員が不品行をするとか或る事柄に関して、前の制度における懲罰の対象と、現在の議員としての懲罰の対象とが違つて來ておる。そういうことで民主國家になつて以後の懲罰権の適用が違つて來るのではないか、こういうような意味もその中に含んでおるのではないかと思いますが、その点に対して何か御意見がありませんか。地位を重んずるということに対する変化はありはしないかと思います。
#19
○大山安君 私は以前は貴族院は永久性のあるものであつたし、今日の議員を対象とするもと……
#20
○説明員(田中二郎君) 國会としての地位が根本的に変つた。又議員も今までは或る議員は終身となり、或る議員は勅任で七年という任期が限られておつたが、とにかく現在の國会の構成とは本質的に違うという点は、それは確かにおつしやる通りだと思います。併しそのことが直ちに懲罰権そのものの問題に根本的な変化をもたらすというふうに考えられないのではないか。今までとしても帝國議会というものの権限は限られておつた。限られておつたとしてもやはり國民の代表として憲法の上にはなくても、当然自律権というもので懲罰権を持つている。その場合でも議院の議員としての身分の保障、地位、その発言権の保障という点は考慮し、その両者のかね合いで制度ができ、且つ運営されていた。その根本的の考え方においては國会としての地位が高くなつた、又議員の使命も重要になつたということは認めながら、根本においては議院の自律権が一方において認められ、又反面において議員の身分の保障とか、地位、或いは発言権の保障というものを考えて行かなければならない。その両者のかね合いでそれが決まるという点においては根本的には変らないのではないかと私は考えております。
#21
○委員長(太田敏兄君) 大池さんの方から午前中に述べられました意見の中で、漏らした点があるから、この際補足したいという申出がありましたので発言を願います。
#22
○衆議院事務総長(大池眞君) 午前中において懲罰の要件として、懲罰の事犯は会期中のことに限るという点に関連いたしまして、懲罰の処罰の内容についても、会期中に限つてそれ以上に及ばないということを附加して申上げておつたのでありますが、その論拠の一つとしてちよつと申上げて置くことを忘れたのであります。從いましてこの際それを附言さして頂きたいと思います。
 それは國会法の百二十三條でありましたか、除名された議員の再選を妨げないということ、拒むことができないという規定があるのであります。從いましてこれが立法論の方と関連するので申上げたいと思つているのでありまして、將來の立法上の問題として、仮に会期という観念を現在のような一定の期間を限つて、その都度の國会の会期でなしに、議院の立法期というものを一つの会期というように見得るのではないかという立法的な面のお考えもあつたように拜承しておりますので、從いましてこの國会法の今の百二十三條で、一度除名された議員が再選をされて参りましても、拒むことができないというこの規定の本旨を考えますと、やはりその懲罰として除名された議員がその立法期だけ全部出て來れないという意味には解釈ができないと思うのでありまして、やはり一つの立法期の中に、更に補欠選挙などが行われまして、選挙されれば、当然この規定が適用されるという関係から見ますると、やはり懲罰の効果というものはその会期で終つてしまうということに考えなければならないのではないか。そこで仮に三十日間の登院停止を受けたときに、二日間でその会期は終つてしまつた、その中間に二日か三日の期間があつて次の議会が開かれる場合に、そのときから通算すれば、ずつと三十日の登院停止になつておつても、前の処罰は一旦その会期で終了いたしましてなくなつてしまう。次の臨時國会に出て來ることは何ら差支えないということに解さなければならない。そういう点でこの身分上の処罰がやはり会期ごとに打切られて行くのだということを申述べるつもりでおつたのでありますが、その点を落しておりましたので附加さして頂きたいと思います。
 尚又私の申上げた点について御質問なりいろいろ御意見もあろうかと思いますが、私申上げましたのは全く立法論という立場を拔きにいたしまして、憲法五十八條によつて認められた自律権としての懲罰権が、これに基いた國会法並びに両院の規則によつて行使をする面を、諸種懲罰の章において規定したすべての章の條章を亘つて見ますれば、その他の処罰内容に亘るべき諸種の議会における権能と比較いたして見まして、前段に申上げましたような一應の論拠が、現行法の解釈としてはそうする外仕方がないじやないかという意味のことを申上げたつもりでありまして、立法論的な面といたしましては、單に懲罰の内容として歳費の支給停止というようなことも考えられるのではないかということを立法論的にちよつと申上げただけで、あとは何もないのでありますから、その意味で後日速記録等を御覧頂く上におきましてもお考えを願いたいのでありまして、その只今でき上つておる懲罰の解釈的にしかならないということで、果していいか惡いかということは、これは自律的の面で各國会として拡張をして見る必要もあるだろうというような点は、別個にお考えを願いたいのであります。
 御質問に私も質疑應答で十分お答えを申上げたいと思つておつたのでありますが、実は二時から運営委員会が開かれまして、又新らしい昨日の懲罰事犯に関連して又懲罰事犯の動議も出ておりますので、今日出なければならないので、ここで失礼さして頂きますが、大体先程から承つておりますと、入江法制局長も大体のところ私とほぼ同意見のように拜聽をしておりました。ただ六十八條から会期不継続の原則なんかのところで、当然にはあの適用がないのではないかという御議論の点がやや違つておるということを拜聽したのみでありまして、大体同じような御議論でありましたから、その点につきましては又局長の方に御質問願つて御答弁願えば、大体御了承を得られるのではないか。若し私に対して別個な御質疑をされるようなときがありましたら、機会を改めて伺つて見たいと思います。
#23
○大山安君 会期の問題でありますが、前段といたしまして、懲罰事犯が起きた場合三日間に、その告発といいますかをしなければならないということになつておりますが、現在もこの三日間の告発期間が極めて不合理であるというような考えを持つておるということは、例えば議長がこれを委員会に付託する場合にはこの限りでなく、議員が付託する場合には十五名以上の同意者がなければ(「二十名」と呼ぶ者あり)二十名の同意がなければ告発することができないということに現行法はなつております。この場合に二十名の同意、同意は即ち信任、おのおのの意見の総合したものが同意ですね。これが三日間というものは極めて民主的でない。これは封建的である。例えば一、二の者がああ判を捺せということになつて……でなければこの三日間には思案する期間がない。而も懲罰、その人格にかかわるものを三日間に二十人の同意を得てということは到底これは合理的でない。その場合にこの現行法の三日間というものは正しいか正しくないかというところの御意見を伺いたい。それをお願いいたします。どういう御意見を持つておりますか。
#24
○衆議院事務総長(大池眞君) 只今の御質問は、議院のメンバーとして懲罰の動議を出す期間の制限があるためで、三日という制限があるために当然懲罰事犯になるべき内容を備えている議員の行動があつても、そのチヤンス失つてしまつて不合理ではないか、こういう点の御意見と思つております。從いましてそれは果して三日がいいか、一週間がいいか、十日がいいか、それは立法的には十分考えられることと思つておりますが、只今の三日という動議の提出時期に一定の制限を設けたというのは、旧憲法下における規則以來のずつと今日までの國会の先例的にでき上つておりました規定をそのまま受け継いで來ておつて、何らそれに対する操作という問題が起つて來ておらなかつたために、そういうことで進んでおつたと思つておりました。それがこれで正しいか正しくないか、更にどういう程度がいいか、或いは議員に対しても無期限に動議の提出権を認めてもいいじやないか、こういうことはもういたさなかつた。各院の議員によつて十分に確定し得ることでありますから、その院で適当とお認めになつて御決定になれば結構だとこう思つております。
#25
○大山安君 これに附帶しまして、いま二点といたしましてこの三日間が不合理であるということは、つまり動議を提出する期間が切迫しておるために、故意にその行動を取る者が三日間に過ぎないからやつてしまえ、ここで例えば違反行爲でもつまり自覚してやる者もあるというような弊害が起きる。そういう点において、今後これを改める必要があるかないか、又今日まで研究されておるかどうか。結論といたしまして、今日までそれを研究されておるのかないのかというのが一点。それから今日までの三日間というのは何ら研究がなかつたかあつたかという二点をお伺いします。
#26
○衆議院事務総長(大池眞君) 三日間で十分であるかどうかという点と、今日まで三日間ということについて研究したことがあるかという点であります。その点で今日まで三日間という規定はやや短きに失するという点は確かにあるのでありまして、それは日曜などを間に挾みましたために、動議の提出が明日で切れてしまうというような場合に、日曜の日にもわざわざ動議だけを提出に來たというような事例もあるのであります。三日ということに制限がやや短きに過ぎるという点があろうと思いますが、これは必ずしも三日という制限があるために懲罰事犯としての効果を收めることができないかといえば、それは必ずしもそうでないのでありますために、今日までこれが改正というようなことにまで及んだ事実がなかつたのであろうと想像されます。それは何としましても私共考えておりました考えからいたしますれば、懲罰事犯は議員の職務行爲として院内の秩序を紊した議員としては、議院活動の上でそれを紊したという事実に基いて、その事実が果して懲罰に値するか否かは別として、起き得る問題でありますので、從つて議員が職務行動を取るということは本会議の議院活動のその言動においてすぐ現われて來る。あとは委員会の状態において現われて來るというのが、これが一番大きな二つの問題であります。從つて本会議において現われて來るということになれば、そのときの議事の如何であの行動は默過できない、あれは確かに議院の秩序をそれによつて紊されておるということになりますから、その日のうちにも問題は起つて來るわけであります、ただ速記録その他を調べてみないと、果してどういう事実を曲げて言つておるか分らないというようなことがあれば、それは一日ぐらいは遅れましても、その日のうちに、その行動は默過できないということが起つて來るわけであります。委員会におきましてその問題が起りますれば、委員会の問題としては委員長から議長に処分を求めるように権能が與えられておる。いつ、何日にこういうことがあるからというので、委員長として仔細な報告を出せば、議長が認めて默過できないとする場合には、議長の職権によつて懲罰委員会に付託することに相成つておりますために問題がないのであります。たまたま知らずのうちに素通りをしてしまつたような議員の行動で、懲罰に値するということが後日になつて発見されたというような場合は、これはその事実を調査して、改めて議長に報告して、議長がこれ亦默過できないということになれば、議長は又懲罰権の行動を取るということに相成りますので、ただ議員としては、動議を出し得る期間が三日間に限られおるということは、確かに議員さんとしては、出したい方から見れば非常に短いと思われるでありましようが、今日まで三日というものが足りないというので特別な研究もしたこともございませんし、そういう点につきまして別個の議論としてはなされたことはありません。
#27
○大山安君 そうしますと、三日間については何も研究されたことがない、今後においても研究されることがないという、こういう御意見ですね。
#28
○衆議院事務総長(大池眞君) さようでございます。
#29
○参事(河野義克君) それでは委員長の命によつて便宜私からお尋ねいたします。私からお尋ねいたしますが、田中先生がお急ぎだそうでございますから、田中先生に聞きたいと思います。懲罰権の適用範圍に関する調査につきまして、懲罰権の本質がどういうものかということを一應知らなければならんと思いますが、懲罰権の本質とはどういうものかということを学者としての田中先生にお伺いしたいと思うのであります。
 これは申上げましても抽象的になりますから、やや具体性を帶びた質問だけ申上げますれば、例えば懲罰権について各國における沿革とか、立法例はどういうふうになつておるか。或いは懲罰権が認められた理由はどういうものであるか。これは憲法上與えられた機能を円滿に行う、議会の会議としての秩序を保持するのが主目的でありましようが、それを認められた理由、目的は何であるか。議員の院内秩序違反に対する應報的な意味を持つものか、秩序違反を一般的に防衞するものか、こういつた問題についてはいろいろ異つて考えられると思いますが、そういつたことはどうか。或いは議員の不逮捕の問題とか、院内免責特権とか、議長警察権とか、そういつた刑罰と懲罰との関係をどういうふうに考えておるか。それは本質的な関係を持つておるか。こういうことがあるから懲罰が一方において認められておるという関係であるか、或いはそういつたものとは一應別個のものであつて、何がしたの関係が実際上あるに過ぎないものか。そういつた問題を含んで、議員懲罰権の本質というものについて、田中先生にちよつと伺いたいと思います。
#30
○説明員(田中二郎君) 実は最初にお断りしましたように、この問題について、本当に学問的に研究したことはありませんので、今御質問のような点についてお答えする資格がないのですが、第一の各國における沿革立法例などは私は殆んど実は今まで調べていないのです。今後、そういう点も調べてみたいと思います。調べておりませんのでその点はお答えできません。懲罰権の認められる理由なり、懲罰権の與えられておる目的というのは、今大体御指摘になりましたような点、私もただそういうふうに考えておりますので、勿論官吏の懲戒というようなものと或る面では共通しておりますが、まあ一種の、いわゆる特別権力関係にある者についての懲戒という意味を持つた懲戒と、ここでむしろ議員の構成する議院が自主的に懲罰するという場合との考え方の違いというものはあるにいたしましても、そこに共通した考え方があるだろうと考えます。併し一面から申しますと、今申上げたような國民から選ばれた者がそれ自体議院を構成し、その議院の自律権として、その議院の本來の機能を発揮し、その意味から品位を保ち権威を保持するという意味において與えられておる自律権、懲罰権というものの特色を考えて行かなければならないだろうと思います。その主たる目的はやはりその議院としての機能を発揮させる、それを妨げるような行爲を抑制するという意味において、それがむしろ一般予防的と申しますか、予防的な意味において重点がおかれる。先程お話になりました違反者と申しますか、秩序を紊した者に対する應報的な制裁という面は全然無視することはできないと思いますが、むしろ第二次的に議院としての本來の機能を発揮せしめるというところにその重点をおいて、その自律権が認めらるべきものであろうというふうに考えております。
 それから第三点の議員の不逮捕特権とか院内免責特権というものは先程大池さんからもお話がありましたが、私は直接の関係はない、逮捕されない、代りに院内で懲罰をするという意味で設けられたものではない。その議員の不逮捕特権とか、院内免責特権というのは議員としてのむしろ特権を認めることの必要から出てきたものであり、又院内の秩序を維持するものと全然関係がないわけでありませんが、こういう特権が認められる反面として、懲罰権が必要になつて來るという性質のものではない。目的は一應別個に切離して考えられる問題ではないかというふうに考えております。
 それから議長の警察権或いは紀律に関する規定と、それから懲罰の問題とは一應やはり別個の問題として考えて行くべきではないか。紀律を保つということはやはり一種の自律権ではありますが、紀律に違反するということが直ちに懲罰の事犯になるというふうには私は考えないので、法規なり或いは規則なりに反するというだけでなくて、更に主観的或いは客観的な條件というものが備つて、初めて懲罰という問題が起きて來る。議長その警察権そのものとはやはり別個の構成要件を持つた、自律権の一つの内容をなす、こういうふうに考えて行くべきではないかと思つております。それから刑罰と懲罰の問題でありますが、これも全然目的を異にしたものとして考えらるべきで、刑罰の対象になつた行爲が懲罰問題としては取上げられない。或いは懲罰の対象にはなりましても刑罰の対象にはならないということもありましようし、両者が同時に競合して生ずるという場合もあるだろうと思います。それぞれの目的を異にしたものとして、それぞれの角度から別個に考えられていい問題ではないかとこういうふうに考えております。
#31
○大山安君 只今の質問に対します答弁も、前提として深く考えていないという御意見もありました。それにつきましては、後日プリントにでもして、資料にして御意見をお願いしたいと思います。
 尚重ねて田中先生にお願いします。今よく学説といいますか、理想の高い理論ばかりをよく資料に出されるが、簡單に申しますれば、男女同権といいますが併しながら現実には男女同権がどうであるか、理論から申しますれば男女同権という理論は立派に成立する。学説としてはいいが、併しながら現実が納まらない。日本の男と女は納まらないというところを勘案して、その意味も入れて資料として頂きたい。そうでなければ國家の再建は成立たないのです。例えば國家公務員法は実際の上では基本的人権を無視するところがあるが、止むを得ない。そういうようなところから、國家を立てるためには理想論ばかりに走つても何もならん國がなければ何もならん。ですから理論上もよろしい、学理上も現実は相合致せしめるにはどの程度勘案して立法させる必要があるかというところをよく勘案して、ただ高いところばかり立派な人間ばかり相手にしておるのではなく、いろいろなものを、民主國家をあれすることになるから、それに対して法律を拵えなければならん。そういう私共は立法の方針を持つておる。だから現実を総合して行くところのその資料として御意見を一つお願いしたい。
#32
○委員長(太田敏兄君) 田中教授は大学の都合でお出でになるそうですから、田中教授の方の関係はこれで一應打切りまして、尚大山さんの御質問に対しましてはあとで金森さんも入江さんもおられますから、その方から御意見を願うようにしまして田中さんはこれで……それでは先程委員部長から田中教授にお尋ねになりました事項に関しまして、金森さんから一つ御意見を承りたいと思います。
#33
○國会図書舘長(金森徳次郎君) 今田中さんにお尋ねになりましたことは私共もこれは特別な問題として考えるのでなくて、一般の学問の中で決まつた範囲で普通行われて來る問題でありますから、田中さんの言われたところと大して意見の差は持つておりません。やはり第一に懲罰の意義というのですが、これは國会というものが、殊に國会の議員が自主性を持つておられるために、自分の行動を最も適正に行なつて行く、そのためにはみずからその中の人々を場合によつては、矯正つまり正して行かなければならんし、場合によつては矯正の手段が盡きたときには排除もしなければならん。要するに適法に選ばれた議員ではあるけれども、それが合議体自身がうまく運営して行く上に大義明分に鑑みて、そのままではいけないので矯正又は排除の手段を講じなければならんという場合に、その人の不当な行爲を不当として、これに然るべき処置を講ずることが懲罰の内容であろうと思つております。從つて先にお話になりました議長の処置をする権能であるとか、或いは警察権であるとか院内免責の規定というものと、社会的には連繋して相補うという意味を、いろいろ含んでおるには相違ないと思うのですけれども、職責には関係がないので、懲罰は懲罰として独自の存在價値を持つて行くものだというふうに思つております。
 外國の実情、沿革等は詳しいことは存じません。要するにこういう制度は素朴なところから発達をしてきて、段段と合理化されて各種の時代に即應した説明が生れてきたことと思いますから、各國の沿革はさ程深くこの問題に関係はないのではないかと思つております。その当時には或る程度罰則類似のような行き道もあつたかも知れないと思つておりますけれども、今日の制度の本意ではなかろうとこう考えるのです。
 それから序でを以て先程昔の時代の懲罰の制度と、新しく憲法の下における懲罰の制度とについては、変らなければならんのではないかというような御趣旨の前提の下にお話がありましたが、もとより時代の意識が変りました限り懲罰の実態も変らなければならんと思つております。併しながら懲罰ということは、要するにその委員が正しく働くことのできない場合の手段でありますから、一つ一つこういうことをしたらこういう懲罰を加えるというように、細かく規定することは困難でありまして、極く大掴みに秩序を破つた者とかいうような形で行くのが通常でありましよう。従つて時代に應じてどうすれば秩序を壞したことになるかという中味は、そこに違うに相違ないと思つておりますが、併し文字に現わしますときには大体同じような文字で間に合うのではなかろうか。その文字の意味を時代々々の新らしい感覚で以て判断をされて、処置して行かれることが妥当ではなかろうかと思つております。もとより一つ一つのはつきりした問題について格別な規定をつくるということは、それは差支なかろうと思いますけれども、まあ差当つて詳しく規定が出ておるわけではございませんので、過去と現在とを比較して、その補正手段をはつきり考えなければならんという程の事態もなかろうかと一應は思つております。
#34
○遠山丙市君 大体よく分つたんですけれども、先生方どなたからでもよろしうございますから、お尋ね申上げます。懲罰に関しまするこういう規定というものは、いずれの國でもいろいろ書いてあることと思うのでありますが、先程來先生方で御心配になつております政党の力の強い者によつて、濫用されるというようなことがよく言われるのでありますが、いわゆる立法例と並びに外國辺りの実際の実情等において、大政党がかなり無理をして懲罰権を濫用したというようないろんなことが例としてありましようかどうか。まあ日本の議会並びに今度の國会辺りでは多少我々は考えておりますが、そういうことのために若しあるとしてみると、そういうことを抑えまする何か規定というものが外國ではあるものでしようかどうでしようか、そういう点。
 それから次は全然違うことでありますが、会期不継続の原則ということがよく言われるのでありますが、これは懲罰事犯でもよく出てくることでありますけれども、どうも憲法の実際の上から國会の動き、会期の点いろんな点から考えまして、どうもこの会期不継続の原則というものをきちんと適用して行く上においては、どうかということを我々もまあ考えておるのでありますが、ただこれは懲罰事犯ばかりではありませんけれども、やはりこれは嚴格に書いて行つてよろしいものでしようかどうか。少し詳しく承りたいと思います。以上二点だけ……
#35
○國会図書館長(金森徳次郎君) では私から僅かの知識を以てお答申上げますが、外國で多数党が懲罰の権能を利用して、政治的な目的を達しようと濫用をするというようなことがあるかとこういうことでございまして、まあいろいろ書物には断片的なもので出ておりまして、要するにいろいろな経驗を通して今日の懲罰制度が発達して來ておりますから、やはりどうかすると行き過ぎということがあり得るのではなかろうかというような氣がいたします。殊にそのうちの行き過ぎで除名の権利というものを活用いたしますと、折角國民の希望に應じて或る程度の比例を保ちつつ選ばれてきたところの議員が、懲罰の形を通して除名という形で資格を奪われてしまうということになると、政治力の分野をこの形で動かすという余地もあります。そういうことは弊害は從來も経驗されて、それについてなかなか軽々しく除名してはならん。三分の二の多数決というものはよくよくの場合でなければ除名は行われないというふうに発達してきたものだと思うのであります。外國のことは文書等でありますから一々記憶しておりません。
 日本の実例だけを考えみましても曾て戰爭の中におきまして聰明な議員諸君でありながら、一時の勢いのために懲罰の手段を通して、あとからみれば可成り誰が見ても行き過ぎであつたというような結果が起つたことを私共門外漢として、すでに見てきておつたことでありますが、それは余程制度を立てます上におきましては注意しなければならんと思います。立法面の理論を貫徹するために、懲罰制度ということについての学術上の理論を貫徹するために、その結果において勢力の爭いを懲罰手段で解決するというような結果になりましたら、これは議会制度の由由しき一大事ではなかろうかというふうに考えております。午前中の議論におきまして、会期の或る時期を隔てたものを懲罰の客体にするかどうかということについて、いろいろ議論がありまして、賛成するような形の議論もあり、反対するような形の議論もありましたが、要するに押詰めて行けば、その問題でありまして、出た数字から行けば懲罰権は廣い者には及び得るという論が成り立つにしても、実際、結果を極力調節するためには、そこに十分なる注意が要るということを示すものである。そうじやないかと私は伺いながらみずから解釈しておりました。
 それから次にこの会期不継続の原則でありますが、これは日本の憲法の原則の中におきまして、日本の憲法には会期不継続の原則があります。これこそ國会の制度の根本をなす原則であるというように、一般に教えられ一般に傳えられておつたと思うのであります。併しながら、私今日準備しておりませんので詳しいことは存じませんけれども、外國の相当大きいところの國の憲法の中におきまして、はつきり会期不継続の原則が出ます場合はむしろ少いのではないかという氣がしております。
 イギリスなどの例を、古い時代の私の読んだ知識によつて判断して見ますると、そういうことは結論としては存在いたしていない。或る場合には古い事案を活かして扱つていいという議論はあると思うのでありますが、ただ事実話し合う、そういう話合の関係から、事実会期不継続に近いように一般に取扱われておりますけれども、一般にそういうはつきりした関係があるとは私承知しておりません。フランスにつきましても会期不継続につきましては、その点は非常に曖昧であつて、むしろ会期不継続ということの原則が認められていない場合が多かつたと思つております。ドイツその他の國におきましては会期不継続の原則が可なり強く叫ばれたと思つております。日本は当初憲法を定めるときには、必ずしも直接に会期不継続の原則は決めていなかつたのでありまして、むしろそれは憲法以外の、実際國会を運営するときの原則というふうに扱われておつたのではなかろうかと思います。つまりこの國会の働きは水の流れと同じようでありまして、時と場合の情勢に應じて変化して行く筈のものであります。一度こういう議論があつたからというて、文字の学問上の議論のようにいつまでもこれにこだわつて議論しておりましては、動いて行く人間とぴつたり適合する政治はできませんので、そこで國会というものは変化して行く世の中の姿に應じまするために、國会の議論を或る程度に打切つて又新らしい発生をさせる。議会の開かるる度ごとに運命を新らしくするという政治情勢として非常に好ましい面がある故に、会期不継続の原則というものが次第に次第に発達して來た。こういうふうに一つの理窟付けができると思います。
 それからいま一つの理窟付けは、これは本には書いてございませんが、私の想像しておりまするところでは、官僚的な政府が國会を多少こう自由に操縱しよう、今妙な言葉ではありまするが、國会の地位を比較的低く見て、政府の活動の面が多いというようなやり方で、議会の制度を作ろうというふうないろいろの手段がそこに考えられて來るわけであります。元の憲法時代にありましたように、例えば政府案は必ず先に上程をしなければならない、政府案は必ず委員会に附してからでなければ議了ができない。その外いくつもの規定でもつてそういうことがありましたけれども、会期不継続の原則というようなものも当時にそういうことの関係でできたものでありまして、例えば議会みずからの法律でも、これが政治的に巧みに操縱することによつて正面衝突することなくして議案を消滅させてしまう。こんなようなふうの効果も確かに持つておつたのではなかろうかと思われるわけであります。それは私は余り詳しい研究をしたわけでも何でもございません。そこでこの会期不継続の原則が近頃になつてどういうふうに扱われて來ておるかということは、可なり重要な問題ではなかろうかと思つております。日本の旧憲法時代におきまして今期不継続の原則を憲法では認めない。併しながら議院法の中でそれを一つ認めます。ただそれに例外に一つ拵えて、いわゆる継続委員会ということの制度ができておつたわけであります。併し議会が開かれました当初から議員の方ではそれに対する異論があつた。もつと狹い継続委員会でなくして、常説委員会を設くべしという主張が出、そこで議員から從來法律案を何回も出たように思うのでございますけれども、それはいつも潰されてしまつております。というのは、やはり政府に取つて余り政策上有利でなかつたという力の閃きではないが、いつもこの問題を中心にして議会と内閣と論議になつておつたというところに非常に合畜があつたと思つておりますけれども、その後そういう思想は段々影を潜めて、今日ありまするように、会議というものにも実際余り重きを置かないようなふうになり、一年中議会を開くというようなふうで各種の常任委員会もできたということになりますと、これは多分議会政治というものが現に民主主義を進行しつつある。昔の会期不継続の原則というものが今後どういう意味において、どの限度において保たれて行くであろうかということは、学問的にも実際的にも相当研究して見なければならないもんだと思つております。私個人の立場を申上げてはこういう所に不向きでありますけれども、私はやはりすべての國会制度というものは、國民の大体の総合した意見、時代要望というものが窃かに一歩ずつ滲み込んでいろいろな制度を動かして行くものであります。経驗的な発達で以て、経驗的に思い付きでこうしたらよかろう、ああしたらよかろうという一つの理窟を拵えて止めるということは、これは惡いのであつて、およそ常識の示すところこういう形に絞ればいい。理窟というものは初めからあるものじやないと思つております。いろいろな説明し易い解決程度が生れて來る。初めから神樣のなすように会期不継続という原則があるのじやないのですから……そんな場合に世の中の状態に應じてなだらかに動いて行く。これは平素から私の思つておる考え方なんでありまして、それ以上に申上げることもありませんです。
#36
○大山安君 金森先生に伺います。先程懲罰法規の明文といいますか、内容については細かくなく、つまり大きいところを立法して置いたらいいのではないかというような御意見ですか、これは今日の場合、明朗を図るためには細かいところまで明文化して置く必要がありはしないか、こういうような考えを持つておるのであります。というのはこれは旧立法時代には成る程大きい輪郭を以て、後は判断、自由裁量の範囲を廣くしておつた。併しながら今日の場合、これを明朗化するために、つまり細かく立法化して行くのがいいんだと思いますが、先程言うように懲罰法に対する大きいところを決めて置けば、後は細かいところは一つ判断に任かすというようなことでなく、それを明文化して行けばよかろう、こういうな考えを持つておりますが、如何でしよう。
#37
○國会図書舘長(金森徳次郎君) それは議論になりまして、私共そう深く研究しているわけじやございませんが、外國の実例などを見ましても余り細かく書いてあることはなかろうと思います。それは大体議員であらるる方は皆國民の中よりすぐられた方であるから、常識的に物事を判断をして大きな狂いはない。一般の教養のないような人達であれば、こういうことをしてはならん、ああいうことはしてはならんと一々指図しなければなりませんが、併し國民の中から選ばれた人達については、その常識はあるものと思つていいでしよう。これが根本の大きい考え方であります。
 それからもう一つは、これは議会に現れて來る懲罰事犯というものは千変万化でありまして、初めからこの形、この形というふうに決めて置いてもなかなか決め切れないような事情があると思います。そこで今まではこうずつと見ておりますと、結局官吏とか裁判官の懲戒などもそうでありますけれども、やはり細かく規定ができないのであります。やはり議会も規定できないのであります。これは今申した通り規定しなくても差支はないし、又規定しようとすればし切れないから、却つてそこに弱点が出て來るのじやないか、こういうふうな氣持がいたします。併しこれは実質の上から來る場合です。ところがもう一つ考えなければなりませんのは、本質とか形という中味に関係なく、今先にありました三日以内に懲罰事犯を提示しなければならない、或いはそんな制限を設けないでよろしいとかというような、或いは除名の決議は三分の二の同意が要るとか、各種の手続とか、形とかいう面で制限をしますのは、これは割合にやりいいのであるし、案外こういう方法によつてよく妥当な懲罰の制度を立てることができるわけです。ですから若しお考えになりますならば、手続の方を合理化さして、それによつて先程入江君なんか言われておつた、遡つて罰すべきかどうかというような問題も恐らく議論になつて來ようと思いますが、そういう形になつて弊害のないところで何か考えて行く途があろうかと思つております。
#38
○大山安君 それからいま一点、これは解釈論として御意見を伺いたいと思いますが、この議院又は個人の議員の資格を利用して、個人的な利益を図るためにいろいろな工作をするというようなことがあり得るわけです。その場合に実際にそれが何人が見ても明らかであるというような場合には、これはやはり懲罰として問題になるもんですか、ならんもんですか。それはどういうもんでありますか。個人的のために議院を利用し、或いは個人の國会議員の資格を利用して、つまり賣名といいますか、直接に言えばそういうものを図ることがあつたとした場合に……
#39
○國会図書舘長(金森徳次郎君) これは非常にむづかしい問題でもありますし、現在いろいろ皆樣方の議論が出ておりまして、私も軽々しい意見は述べられないと思いますが、大体個人としては、もとより今日は私はもう純粹の個人です。ですから政府関係の方なんかは、そういつたところは非常に用心してものを言つておられますけれども、私はもうそういう用心も何もしないで、個人として勝手なことを言つておるのでありまして、勝手と言うても良心には背いておりませんが、その点は一つお含みを願いたいと思うのであります。これもやはり世の中のものはすべて中庸ということが必要なものでありますから、同じ個人の行動でありましても一から十までこれは氣に食わんということで、議会が懲罰の問題に持つて行くということは、民主政治の行き途と少しく違う危險もあるわけです。と申しますのは、私の考えておりますところでは、民主政治というものは各自お互いの行動を極めて緩かな目で見ておる。人々の考えは皆違つているし、人々の行うところも無くて七癖で何か癖があつて、おのおのそれは尊重しなければなりません。なぜかと言えば人間一人々々が一番値打の中心であるから、それを甲の人の思うように乙の人を動かして行くということは、どうも民主政治の精神に反するのじやないかと、こう考えております。と申しますのは、民主寺治という言葉を使いますと、なんだか権力ということをこう直ぐ考えますけれども、民主政治という言葉は今日一つの通用語になつておるだけであつて、本当の意味は、人間一人々々が自分の心に從つて生きて行くという、いわゆる人間政治というようなふうでなければならんと思つております。でありますから、できるだけ寛容にして行かなければならない。これは当然のことです。併し國があり議会があつて、その働きの上に調子が壞れてうまく運用ができないということでは困りますから、そこに初めて全体としては行動する上に支障があるという面がはつきり起つて來ますれば、ここに懲罰問題も起つて來るのではなかろうかと、こう考えます。そこでいろいろこう場合を分けて考えなければならんと思います。第一は、公の事務を遂行する、例えば議員として本当に議会で演説をしておられる、その中において懲罰事犯が起る。議会としてとんでもない議論をしたというようなことから懲罰事犯が起る。これは止むを得ないと思います。議会の秩序を若し破るというところまで行きますれば……
 それからもう一つは公務を遂行する途上に、その個人の行爲をやる。時間の点でぴつたりくつついて何か自分の行爲をやる。公衆がこの人は今公務をやつておると思つておるときに、そこでよくない私行をする、こういう場面があろうと思います。こういう点は捕捉しにくいと思いますが、演説をして……
#40
○大山安君 これは解釈を聽くのですから……
#41
○國会図書舘長(金森徳次郎君) そういうような場面がありますが、これは懲戒事犯になつても仕方がない。或いは議場において風俗上面白くない行動をした、これは当然常識ですけれども、なんといいますか議会の働きそのものに非常に接近しておりますものですから、議会の働きとも見られやすい。ところが純粹に初めから公務を遂行するということと直接関係がなくて、それと非常に違いところで議員たる人間として非常に、理窟を附けるというと議員の信用を害するという行爲の場面が出て來るわけであります。例えば議員さんが表で納豆を賣つて歩いた。それがいいか惡いかということは、非常な問題になる。常識から言えば議員の品位を害するということになるのでありますけれども、併しもつと大きい目で見れば、旋毛曲りの目で見れば褒められることになりましようけれども、そういう公務の遂行と離れたところの純粹に近いような個人の行爲であつて、而もそれが一般の目で見て議員の品位を害するというような場面、これが問題でありまして、私共よくそこが読み切れんのです。憲法は特に議院の秩序という言葉を使つておりますが、個人が世間で余り感心しないような個人行爲をやつている。それが刑罰に触れるわけでもなんでもないようなことをやつておりましたときに、これはどうするかということが一つの問題になつて來るわけです、けれどもこれは両樣の解釈ができます。というのは、それは純粹の個人的の行爲だから懲罰に触れるものではない、これも一つの解釈です。併しながらそういうことがあればおのずから議会の品位が害される。國民の信用も得られなくなつて、それがために國会の働きが害され、やはり議院の秩序も害されることになるのではなかろうか、こういうような議論も出て來るわけであります。これにはいろいろの中間のことがありまして、分りにくいのであります。これを決めるには、やはり結局議員方の理解と判断によつて、神樣が裁くように裁くのが正しいと思つております。
#42
○大山安君 公務と同時にという場合に、非常に遠いというのは、これは実行が伴わないという現実の場合には遠いと見ていいわけですな。現実が伴わない行爲をする場合には……
#43
○國会図書館長(金森徳次郎君) 公務の遂行と現実的に関係のないですね。
#44
○大山安君 関係はあつても、つまり現実性のない、言葉だけの、いわゆる実際上形式だけであつて、言葉と形式と同じものとしまして、実行が伴わない場合には、これは只今先生の申された遠いものであると……
#45
○國会図書館長(金森徳次郎君) さようになりますと、実際においては違うもんですから……
#46
○大山安君 この問題を解決するには、そこまで行かねばならん。つまり実行の伴わない、例えば質問趣意書を出した。あれはこういうふうに意見を吐露しているということが衆人が見て、何人が見てもこれは現実性がない。賣名的であるというような場合はこれはどういうもんですか。
#47
○國会図書館長(金森徳次郎君) 一人一人意見が違う問題ですね。具体的のことは詳細に知らんと……こういうことになりますと、事柄を一つから十まで全部精密に理解して、そうして自分の人生観と組み合して、これは議会の秩序を害すると、こういう答えが出るんですが、詳細を知らないとなかなかものさしが出て來ないのです。
#48
○大山安君 そういう場合、例えばこれは現実の伴わない形だけである。公務を名義にした形だけである。併しそのために非常に個人が利益を得ておる。それが衆人が見て何人もこれは個人的であるということを神樣、即ち多数がこれはいけない仕事であるという場合には、やはりいけないということになりますか。
#49
○國会図書館長(金森徳次郎君) よく分りませんですが、例えば國会の方が御覧になつて、形は國の仕事のような形になつておるけれども、併し國会の方々の良識で判断しまして、國の政治の形を裝つておるけれども、事実はそうではない。そういう見込がつけば、それは議院の秩序を害するということに入るのじやないですかね。
#50
○遠山丙市君 今のに関連して、結局今大山君が言われるようなことになると思うのでありますけれども、さつきもちよつと問題が出て來たのでありますが、今はもうありませんけれども、議員の言論は自由だ、それで演説をしておられる。それは結構でありますが、その中に実際職務遂行のための演説じやなくして、内容は自己の宣傳的の演説だ、俺は非常に金を持つておる、俺は非常に演説が上手だ、俺は何人よりも地位が高いんだとかいうことばかり努めてやつておる。それ人の地位が高いとか演説の上手下手ということは別問題として、全くその職務遂行ということに名を借りて自己の宣傳に汲々としておるという言動があつた場合において、これはいわゆる懲罰にかかつて來る有資格者であるかどうか。大体大山さんの聞かれるのもそこじやないかと私は思つておるのですが…
#51
○大山安君 ちよつと違うのです。言論だけは明らかになつて來たと思うのです。言論にひとしいものであるが、そこはちよつと違うのです。議論の分れるところです。
#52
○遠山丙市君 そうしますと、その点はもうよろしうございます。最後に一点だけ、先程お尋ねしようと思つておつたのですが、議長の警察権、これが可なり行き渡りさえすれば、或いはその懲罰の問題まで出て來んで済むという場合がいくらもある。ところがいろいろな行動を取つておられる。発言をしておられる。議員がやつておるという場合において、議長さんがうつかりするか故意か分りませんが、警察権を余り利用せられない。議場内の指揮を余りやられないということが、一つの混乱になつておる。やつて見ても力が及ばないということもあり得るのでありますが、こういう場合に議長さんに対しまして、その議長さんの警察権の指揮を促す議員の行動というものは、大きな声で彌次になつて飛んだりすることによつて行われておる。併し実際それは誠に拙いので、何かこう將來立法問題として考える場合において、議長さんに警察権を十分にやつて頂いてそれを抑えて貰う。それに対して服さなかつた場合に、こういう制裁をするという一歩進んだ、いわゆる議長さんの警察権というものの確立ということに対する何かお考えというものは、これは学者の人は持つておられないもんですか。それが或る程度確立して置きますというと、懲罰というようなことは、お互い同士の同僚間を倒すというような懲罰後の発動ということはしなくて済むのじやないかと思われる。いろいろ混乱して來ますると、議長さんというものの力がもう殆んど見られない。ここにおいて、いわゆる後で考えて見れば詰らないようなことが懲罰権の発動というようにもなると思うのでありますが、こういう点について何か立法的に考える途はないかどうかと思われるのであります。その点が一つ。
 それから調査報告書の中にどつか書いてあつたのでありますが、私行とそれから非行には違いないのですが、私行的な非行といいますか、どうも私この区別はよく分りませんけれども、これはどういう工合にお考えになつておりますか。これに対する使い分けを併せてお尋ねして置きたいと思います。
#53
○國会図書館長(金森徳次郎君) 初めのお話の議長が議場整理の力を強めるということ、それから又力を強めるために正式な手続として議長の議場整理の発動権を促すような何か議事手続を設けるということ、それから議長の議場整理権に対して服從しなかつた場合には、相当重い何か懲罰又は懲罰類似の措置を講ずるということですね。それは若し必要があれば、何か議事規則としてお設けになつていいことではないかしらんと思います。ちよつと今確かに覚えておりませんけれども、イギリスの議長なんというのは相当強い権能と威信とを以て議場を整理しておつたのではないかと思つておりますが、民主政治ということは、決してだらしなくやるということではなく、発言に自由は認めるけれども、紀律の嚴正を期するということは、もとよりそれに当るわけです。そういう方向にお考になることは正しいじやないかと私は今伺つただけでは考えております。
#54
○遠山丙市君 非行と私行たる非行、これは限界といいますか、どうも私行という中には両方入つてしまうであらうと思いますが、併しこういうような場合、ここできちんとして置かんというと、工合が惡いと思つております。
#55
○國会図書館長(金森徳次郎君) 制限はむずかしいと思いますが、確かアメリカの事例ではどこでやつても、その人が社会上許すべからざる行爲、例えば刑罰によつて不名誉な取扱を受けたという人は、当然懲罰できるということになつておつたと思います。イギリスでも確かそのようになつておつたと思いますが、そのときに丁度外で罰せられた、自動車を早く走らせたということで罰せられたからといつて、議院の懲戒ということになるとおかしいのですから、何かそこにそういう考え方を持つていくならば、どこかに境界線があるでございましようね。これは私の私見ですけれども、日本の刑罰制度というものは混乱状態になつておる。いろいろ政府でも考えられ、國会でも考えておるのに相違ございませんけれども、刑罰制度というものを地道に人間と組合せ、尊重して、制限を設けないために、昔は免れて恥なしということは惡いことに言われておりますけれども、今ではそういうふうには言えないように刑罰制度が組まれている。何故かと言えば、道徳上の惡を犯した者を罰する方法、それから取締上の紀律を犯したものを罰する場合とについて、法律の上では区別がなくて、目方から言うと、逆であるような場合もある。道徳上の罰に触れても大した重い罰には触れない。併し世間でお互いに普通の人の間では、まだ新らしい規則ができて取締られて、誤りと知らないというようなときでも罰すれば相当大事になるというのは、これは適用の加減が加つて來ますから、非常に罰せられたからとて、社会的にはそんなに非難されないというような状況が生れて來るわけであります。そのために今のところでは誠に処置しにくいですけれども、若しそれが罰せられるとか、世間でそういう刑罰的措置を受けても、名誉、品位に拘わるものかどうか区別ができれば、ここでうまくできるのですがね。ただ万事そうは理想的に世の中の秩序ができていないものですからうまくできない。これは議会の良識によつて判断されるより途がないように考えます。
#56
○参事(河野義克君) 時間が迫つておりますし、まだ吟味すべき点が大分ありますので、簡單に御質問を申上げたいのでありますが、懲罰の人的対象でありますが、これは人的の対象としては議員だけが対象になるということははつきりしておりますが、問題となりますのは、例えば國務大臣とか、政務官とか、そういつた、議員が國務大臣、政務官になつた場合に、その外の議員としての行爲ではなくて、國務大臣又は政務官としての行爲、例えば答弁に立つときに立たない、或いは答弁に立つときに甚だ不謹愼であつたということなどが懲罰に当るかどうか、これは午前中はそういうことになるまいという御意見が多かつたようであります。
 それからもう一つはひらの議員ではなくて、議長、副議長又は委員長くらいの行爲が懲罰の対象になるか、これは議員のいろいろの役職のことであるから、やはり懲罰を以て論ぜられるという見解と、こういう方の然るべからざる行爲に対しては、不信任案その他を以て議すべきで、懲罰ということは平等なる議員相互間の問題だという見解があるかも知れません、そういうことに関しまして入江さんから御意見を伺いたいと思います。
#57
○衆議院法制局長(入江俊郎君) 私は只今の問題は、前の方の國務大臣、又は政務官としての行爲につきましては、この場合懲罰の対象にならないと考えております。やはりこれは國務大臣なり政務官なりに議員としてなつたので、政務官は議員から出るというのが本当でありましようけれども、それにしても政務官、國務大臣としての行爲は議員とは別個の問題であります。その点では懲罰の客体にはならないと思います。あとの方の議長、副議長、委員長としての行爲は、これは懲罰の対象になると考える。これは要するに議員であるから、その中のある者が特別の職務を更に附加されるのでありまして、やはりこれは議員としての行動の範囲である。それ故議長若しくは副議長、委員長としての行爲がひら議員と違つた意味において、何か妙なことがあつて、それが議院の秩序を紊すということになれば、これは客体として懲罰ができると考えております。
#58
○政府委員(佐藤達夫君) 私は全く入江さんと同じ意見です。
#59
○参事(河野義克君) その点は皆さん大体そういうことかと存じております。それから次に懲罰権の適用範囲の内容の問題でございますが、これは午前皆樣がお述べになつたのは、中間報告書の言葉を使つて言いますれば、いわゆる制限列挙説ではなくて、例示説をとつておられたと思うのでありますが、それで一應結論的には皆さんの御意見はそういうこととして、私から確めて置きたいことは、制限列挙説側から來る反対論に対してどういう御用意を持つておられるかということでありますが、これは規則の末を私共始終いじくつておる上でそういうことから論じますので、大局的に論ずる場合には、ちよつとおかしいと思いますが、議論になつて恐縮ですが、例示説をとる場合は、ここにも書いてありますように、法規と規則との関係が多少おかしくなる。と言いますのは、例えば法規に違反した行爲をしてもそれだけでは懲罰の対象にはならない。法規に違反した行爲をして、議長から制止されたりなんかして、その命令に服しないときに初めて懲罰の対象になると解される規定が両院の規則にあるわけでありますが、この場合において法規に違反しても直ちに懲罰の対象にはならないというふうに解されることは、例示説の立場とやや違う制限列挙説の立場に立つておるかのように思いますが、例示説に立ちながらこの法規をどういうふうに解されますか、これは字句のことでもありますし、議院規則のことでもありますし、奥野さんからお伺いいたします。
#60
○法制局長(奧野健一君) 今度の憲法の五十八條におきまして、國会の自律権というものを認めて、内部の規律に関する規則を自から制定する権限を與えられて、そうしてその秩序を紊した議員を懲罰することができるということが憲法で新らしく基礎を與えられるということになつたので、從來のように議院法等で決めたのではなくて、憲法に基礎を持つているという強力なものになつておるのであります。從いましてこの憲法の趣旨から言いますと、要するに院内の秩序、院内というのは、これは場所的なものとは考えていないので、組織的な院としての秩序を紊したというふうに解しておりますが、要するに院内の秩序を紊した議員を懲罰することができるということがある以上は、懲罰というものはどういう種類のものかというふうなことがはつきりして來れば、それだけからでも懲罰ができるじやないかということも一應考えられます。ただそういうふうに余り漠然と考えますと、秩序というようなことが一体どういうものかということがやや不明になつて参るので、少くとも院内のいろいろなやり方はこういう秩序を踏んでやるんだということをやはり内部規則等ではつきり決めて置いて、初めてそれに違反した場合に秩序を紊したということになるわけでありますから、やはり全然手放しではいけないので、何が秩序であるかということを決める必要がある。規則でなくても法律でも結構と思いますが、憲法では規則で決め得るということになつております。即ち憲法で内部規律に関する規則を決めるということと、その裏腹でその決めた紀律を破るという者に対して、処罰し得るというように考えられるので、ここで内部の規律ということと秩序というものとは本來同じものではなかろうか、それはちよつとこの参議院規則及び衆議院規則を照し合せて見ますと、参議院規則第二百七條、衆議院規則では二百十一條から始まつておりますが、同じく例えば二百七條では、「すべて議員は、議院の品位を重んじなければならない」という同じ規定が、参議院では紀律というふうな面で規定してあり、衆議院では秩序ということにして規定しております。そういう意味で紀律も秩序も同じ、結局内部紀律、内部秩序を決めて、これを紊した議員は懲罰できるというふうに読んでいいと思うのでありますが、そこで只今御質問のように、成る程この規則の中にはこういう場合が懲罰に付し得るというような列挙主義的なものもありますが、苟くも憲法の趣旨から言いますと、内部規律で、即ち秩序を決めておる場合に、秩序を紊したような場合は懲罰できるのだと見ていいのではないか。而してそのことは今の條文と関連いたしまして、参議院規則の二百四十五條、衆議院規則のやはり二百四十五條で、衆議院の規則では「議院の秩序をみだし又は議院の品位を傷つけ、その情状が特に重い者に対しては、議院は、これを除名することができる。」参議院でも同じような規定が二百四十五條にありますが、要するに除名するのには情状が重くなければならないが、品位を傷つけるとか、秩序を紊すということはやはり今言つた紀律とか、秩序の節にある事柄を指しておるものと見ていいじやないか、即ち二百七條、二百十一條以下の規定、こういう場合に情状が重ければ除名することができるということであつて、この規定がちよつとやや非常に一般的に解釈し得るのではないか。除名には非常に情状が重くなければならないが、要するに品位を傷けるとか、或いは議院の体面を汚すといつたような事柄が紀律違反、秩序紊乱ということで懲罰の対象になり得る一般的な大きな規定と解し得るので、これを直ちに議院の本議場とか、或いは委員会或いはその他の建物の中で行われるとか、或いはその他いろいろ列挙しておる場合に限らなければならないというふうに解釈判断する必要がないのではないか。そういうふうに解釈すれば現行法の規則のままでも相当廣く裕りのある、解釈がなし得ると思うのでありますが、改正憲法の精神から言いますと、要するに院内の秩序を紊した議員を懲罰に付することができて、懲罰の内容がどういうものであるかということをはつきり規則で決めて置けば、もうそれだけでもいいのではないか。ただ勿論これを除名というようなところまで行くには十分の二以上の多数によらなければならんということは憲法に書いてありますが、それ以上の懲罰についてはいろいろ規定することも結構だと思いますが、必ずしも規定しておる以外のことは懲罰の客体にならないというのではむしろない。いろいろ内部規律において秩序が定められておる場合に、秩序を紊したという場合には、直接働くのではないかというふうに考えております。ただ先程も言いましたように、現行の文字の上からでも相当廣く解釈し得る余地のあることは解釈論から言つても成立つのではないかというふうに考えております。
#61
○衆議院法制局長(入江俊郎君) 私も大体奥野さんの同じ考でありまして、憲法の五十八條が懲罰権の実体規定の本拠で、それを受けて國会法の百二十一條に、「各議院において懲罰事犯があるときは、議長は、先ずこれを懲罰委員会に付し」云々、そうして尚懲罰動議を出す議員がここにございます。それで一應いいわけですけれども、更に両院の規則で懲罰の場合について、或いは手続或いはその場合等を詳細に決めたということだけなのであつて、院の規則で決められたものだけが懲罰事犯の範囲であるというふうに考えないのです。但し懲罰というのは前に申上げましたように、結局その院において自主的に決めることですから、いよいよそれを本当に懲罰するかどうかというときには、勿論その院においてそれを決定する、それでいいのであつて、規則そのものはやはり例示的であるというふうに私は考えております。
#62
○参事(河野義克君) 大体午前の皆樣の御意見からも例示的なものと考えることが正しいであろうということは言われておるのでありますが、今ここで私のお尋ねしたいと思いましたことは、例示説の立場に立つた場合に、参議院規則に妙な規則があるわけでありますが、その所だけ申上げますと、要するに例えば議長の制止の命令に從がわないものに対しては、議長は云々の外、尚懲罰事犯としてこれを懲罰委員会に付託することができると規定してあるわけで、ところでそれが引用されておる國会法第百十六條は、議員がこの議事規則に違つたときは、制止し、又は発言を取消させる。命に從わないときは云々、となつておる点から言いますと、議院において議事規則に違つただけでは懲罰事犯を構成することはなくて、議事規則に違つたがために議長から警戒され、制止され、発言を取消させる。命に從わないときに初めて参議院規則第二百三十五條によつて懲罰事犯として採上げられるというふうに一應解せられるのであります。それが例示説をとると、苟くも規則に違反した者はそれを実際懲罰するかどうかは別として、一應は懲罰され得る事項ということになるというふうに、例示説の立場で考えるのでありますが、この二百三十五は、議事規則に違つただけでは懲罰の対象にはならない。議事規則に違つたことによつて議長から警戒され制上され、発言を取消され、その命令に從わないときに初めて懲罰され得るというような意味の規定であると思われるのでありますが、これが制限列挙説の出て來る一つの論拠になるわけでありますが、例示説をとる場合にここの矛盾をどう解決するか、この矛盾に対してどういうふうに用意を持つか、これだけのことを伺いたいと思うわけであります。
#63
○法制局長(奧野健一君) 私の個人的に考えますことは、要するに秩序と國会、院内の秩序はどういうものであるかということは、結局おのおのの院の規則で決め得ることなんでありますから、その規則で以てこの院はこういう段階を経て初めてこの秩序違反として懲罰に付するのだ、特にそういうふうに規定した場合は、やはりそういう段階を破るということが秩序を紊るんだというふうに自分で規則で決めたのでありますから、その場合はやはりその段階を経て初めて秩序を幅したということで懲罰になると自ら規定したのだというふうに解釈し得るじやないかと思います。
#64
○衆議院法制局長(入江俊郎君) 私は今の河野さんのお話の通り、はつきりは分らないですけれども、私の考で申しますと、参議院規則二百三十五條、衆議院規則二百三十八條にある規定と思いますが、これは議長がこういう場合に懲罰事犯として懲罰委員会に付することができるということを書いてありますが、國会法の百十五條というものがあつて、議長の議場整理権というふうなことを國会法第百十六條が規定しておつて、そうして而も百十六條には或る程度それに從わない者に対する措置まで定めてありますから、それでもうこの場合に懲罰ができなくなつてしまうといけないというふうな、むしろ注意的規定としてこの規定があるのじやないかと思うのです。だからそう思うのですけれどもよく分りません。
#65
○國会図書館長(金森徳次郎君) これは懲罰できないという個々の規則に掲げてある場合を外れては懲罰できないという意見も一應成立するような氣がするのです。私はその結論をとるわけではありませんけれども、そこのところはどなたかからもう少し明瞭に教えて頂きたいと思います。憲法の今の罰則規定、懲罰する規定というのは、懲罰し得る規定であつて、懲罰しなければならない規定ではないのですから、憲法では両議院は懲罰をなし得るという権能は持つておりまするが、この権能は如何なる形で行使されるかということは、國会法自体にも必ずしも明瞭に規定されていない。國会法はあらかたの大掴みな規定をしているだけであつて、今度現実に如何なる條件の下に憲法の懲罰権が働くであろうかという実質及び形式の両面に亘つては参議院規則というものがあつて、これは何も單純なる手続を書いたというものではなくて、一つの施行法として憲法の持つている規定を肉附をする規定として決めてあるというふうにも思うわけです。そういう意味では憲法で権能を認め、そうしてこの憲法の権能を執行するためには他の法規を要するという解釈ができ、國会法が包括的にその権能の実施を予想し、議院規則においてその権能の行使の場合を具体化さしておるという三つの段階を置いていくというと、そこでこれは例示とか、制限とか、そういう意味ではなくて、憲法の規定を実行に付する具体的の道行というものがいわば施行規則として議院規則ができておる。こういう説明が一應形式的に成立する可能性がありますが、この点について私自身は答は一つもございませんが、もう少し何かはつきり教わりたいような氣がするのです。
#66
○法制局長(奧野健一君) 規則でいろいろな秩序を定めると分り易くはなると思いますけれども、規則で必ずしもいろいろなことを決めなければならんということじやないのですから、憲法五十八條というのは、そのままにして、何ら規定がなかつたら懲罰ができませんかという問題になるのです。だから院内の秩序を幅るということが、大体の概念としてあれば、懲罰というのはどういう種類のものだとうようなことがみずから分れば、少くとも除名というようなことは、憲法から現れて來るのですが、秩序を幅した者に対して三分の二以上の議決は、除名が若し何ら規則に決めてなければできないかということまで行くんですね。
#67
○國会図書館長(金森徳次郎君) こういう規定をどういうふうに解するかということは、これは大きな問題であつて、今結論を得る趣旨は毛頭含んでおりません。併し憲法というものは、これは普通の法律と違いまして、それ自身が内容までも規定するのではない、いわば法の法とでも言うべきであつて、大凡の方向を太く指示するだけで、それだけで行くものではないかと思う。例えば憲法二十四條に「婚姻は、両性の合意のみの基して成立し、」これが憲法の規定であるので、他の法律で以てこれに附加することはできないのであつて、区役所に届出でなければ婚姻は成立しないとか、そんなことはない。如何なる人間でも両性の合意ということをはつきり論証すれば婚姻は成立するということにならなければならないという公式論はできて來ますけれども、これは憲法の持つているいわば一般的な性質から來ておるのであつて、それ自身じやない。それに対して肉附けするのには他の規定に待つんだというように一應の了解はできると思つております。それと同じように、今の規定の懲罰権は如何なる性質のものかはちよつと分りにくい。これは肉附けされてこれが完成されておるように見えますけれども、そこに非常に明白ということは言い切れない。義務ではない。権能そのものを言つておるから、権能があるかとい言つてすべての人にこうしろというのではない。それは丁度何才になれば結婚し得るというのであつて、一生経つても結婚する時期が迫つて來なければ結婚しないというように、どうしても懲罰すべしという結論は出て來るかどうか。尚論理の飛躍があるように氣がする。これは決して私の意見ではありません。疑だけは持つている。
#68
○大山安君 君は参議院の法制局長だろう。現在の立法の趣旨としては、これは明瞭化すというのが趣旨ではないですか。それを不明瞭にして置くということは立法の趣旨に反するではないか。
#69
○法制局長(奧野健一君) できるだけ明瞭にすることです。
#70
○大山安君 判断に苦しませるよりも、明らかにして置いて、その結果の自由裁量は一歩遅れてもいいじやないか。明瞭化さずに置いてそれを判断する……それをするかしないかは判断で分るだろう。法律が自由裁量を與えて置いた結果において自由裁量で軽くするとも重くするともそれはよろしい。法制局はそういうことをもう少しはつきりしなければ駄目だよ。
#71
○参事(河野義克君) それではその次にお伺いしたいのでありますが、参議院規則の二百七條、衆議院規則の二百十一條でありますが、これの解釈と同條に対する違反が懲罰になるかという点について、中間報告で述べて置きましたが、要するに二百七條というものが一般的な表現をとつておるから、院の内外、職務の内外に亘つて議院の品位をおかした、それに違反したものは、規則に違反したというかどで、すべては懲罰の対象になるという考え方と、それからこの事項は内部の紀律に関する規則であるからして、小さいところを規定したのだ、それで当然これに違反したものは懲罰の対象になるということ、言い換えると、その中間の、参議院規則二百七條、或いは衆議院規則の二百十一條の趣旨は廣く使つてあるけれども、それに違反することが懲罰になる得るという観点においては、懲罰というときは狭いところだけを取扱うのだから、院内行爲だけを扱うのだという三つの考え方が述べられておるのでありますが、その三つの考え方のいずれが取らるべきかというようなことに対して佐藤さんにお伺いして置きたいと思います。
#72
○政府委員(佐藤達夫君) この参議院規則の二百七條は、結局役人の場合で言えば、服務紀律のような意味を持つておるものだと思います。從つて懲戒との問題とこれを結びつけた場合に、凡そ議員の品位を重んじなければということに違反した場合が全部懲戒の場合にかかるかどうかということは、これは具体的の問題によつて判断せらるべきものであると思います。それが懲戒にかかり得るということは間違いないのであります。只今の場合についても、言葉は違いますけれども、議院の体面を汚して情状が特に重い者に対しては、條文が二百四十五條に出ておるようであります。少くとも懲戒の対象になり得るというふうに考えられます。それだけであります。要するにこの一節が職務の内外、院の内外、一般的に規定したものである。それに違反すれば直ちに懲戒となり得るということですね。
#73
○政府委員(佐藤達夫君) そういうことです。
#74
○委員長(太田敏兄君) 法制局長、特に御意見ありますか。
#75
○法制局長(奧野健一君) そうですね、そう思いますね。
#76
○委員長(太田敏兄君) 入江さん大体そういうことですね。
#77
○衆議院法制局長(入江俊郎君) 私は先程申上げましたように第三説なんです。それでこの二百七條の規定は、これは内部規則と、こういうのですから、これはやはり職務の外のことは言うべき筈がない、だからして二百七條で院の品位ですか、秩序を保持するといつたような場合は、これはやはり職務の内部、職務内と言いましても職務に関連することと思いますけれども、その範囲において、職務内外を問わずというような廣い意味ではない。從つてそれに違反するならば、これは原則として懲罰の客体になるというふうに思うのです。
#78
○参事(河野義克君) よろしければ次に行きますが、よろしうございますか。
#79
○國会図書館長(金森徳次郎君) 私ちよつと全然別個の観点から來ておるのじやないか。尤も全然別個というのは考え過ぎかも知れませんが、或る程度別個の観点から來ておるものであつて、只今のところは、議場において或る程度整つた姿が存在するということを要求しておる。それから憲法の方では院内の秩序ということは、同じ字が使つてあつても、それは文字を使う人にかかつておるから、それに拘泥するのはいかんのであつて、前後の関係から考えなければならんとすると、どうもやはりこう交叉しておるものではなかろうか、例えば規則の方の二百七條の見当、或いは二百八條の見当のところに違反しておる。それは規則違反ということにはなるかも知れませんけれども、憲法五十八條の懲罰に及ぶかどうかということは、もう一つ別の標準を置いて考えなければならんとひそかに思うのですが……
#80
○政府委員(佐藤達夫君) ちよつと私が第一説を取るということを申上げましたが、念のために申上げますが、この院の内外、職務の内外に亘つてという文字がありますが、内外を問わずという意味ではないという趣旨に了解して、内外に亘つては、亘つてという意味で、内外を問わずという意味では了解しないという趣旨において第一説だということを申上げて置きます。
#81
○委員長(太田敏兄君) 片一方では品位を重んじない。それから衆議院の方では品位を傷つける、又体面を汚すというような文字を使つております。これは重んじないとか、傷つける、汚すというような字句は使つておりますけれども、大体同じような意味を指しておるのだと思いますが、この中の品化若しくは体面ということですな、まあ常識的には大体分るのですが、大体議院の品位を、常識では分るが、懲罰権適用の対象としての品位若しくは体面ということになると、一定の限界があると思うのですが、大体どの程度のことが懲罰権の対象としての品位になり、体面にかかるという問題ですが…
#82
○大山安君 前提條件として皆樣に一言お願いして置きたい。この國会議員は懲罰委員として專門家であるものもあるでしよう。併し專門家でない僕らみたいな者もある。実際に判断に苦しむ場合には、その空氣、勢力、多数決、つまり煽動者によつてその犯罪あるべきものも畧する場合もある。ないものもあらしめる場合もあるという欠点が生ずる。ですからその点はよく学者、專門家の方が國会議員の実情も多少勘案してやつて頂きたい。その点から考えまする場合には、判断するということを明朗化して欲しいというのが現在の國会の審議上適当ではないかというような考えを持つております。
#83
○委員長(太田敏兄君) それは運営上の問題ですね。
#84
○大山安君 この規定の判断、審議をするのは議員がするのです。專門家はどうであるかというと、それはまあ少しは、少いけれどもある。それ程権威者じやないけれども、あるにはある。又僕らみたいなものもある。むしろそれは明朗化するのが民主的だと私は考えるのです。
#85
○委員長(太田敏兄君) これはここでは一應本質的なものを採り上げて基準を決めたいと大体考えておるわけです。
#86
○政府委員(佐藤達夫君) さつきの品位を重んじない云々の私の氣持を一つ申上げますと、この文字を三つ並べました場合においては、品位を重んじないというのがまあ一番廣い。その次が品位を傷つけるものであろうと思います。品位を重んじない、品位を傷つける、体面を汚すというのがありますが、併しその順序を付けますと、やはり品位を重んじない、品位を傷つける、体面を汚す、こういう順序になるだろうと思います。從つて先程参議院規則の二百七條との関係におきましても、懲罰の対象にはやはり品位を重んじないということ自身が懲罰の対象にはなり得ますけれども、その中で筋を引いて見れば、結局品位を傷つける、それから体面を汚す、そこから先の境目のところで懲罰問題が起り得るのじやないかというふうに考えております。
#87
○衆議院法制局長(入江俊郎君) 一言申上げて置きたいのは、今の二百七條の問題について品位を汚したというようなことがあつたときには、この一説、二説、三説というところの懲罰の対象となり得ると書いておりますけれども、その意味は、懲罰事犯は、これを懲戒委員会に対するようなことができる事柄であるという意味に解して申上げます。從つて若しこの懲罰の対象というのは、必ずこれは懲罰になつてしまうのだということになると、これは可なり考えが変つて來ますが、これは懲罰ができ得るという意味ですね。
#88
○法制局長(奧野健一君) 結局相当情状が重くなつた場合現実に懲罰がなし得る。
#89
○委員長(太田敏兄君) ところがどういう事柄が品位を傷つけることになるか。体面を汚すかというと、実際問題になると、なかなか簡單な、抽象的な表現になつておるのです。常識的に考えますと、大体分つて來ますけれども、実際問題になつて來ると、一定の指標、或いは限界というものがあるのだろうと思うのですが、ちよつとそこのところでも人の持つておると言えば言えるけれども、懲罰の対象となるために相当或る一定の言葉でなくちやならんと思うのですが、実際問題としてはその点が非常にむずかしい。
#90
○法制局長(奧野健一君) 懲罰の内容も三つあると思いますからね。
#91
○参事(河野義克君) それでは次に場所の問題についてお伺いしたいのであります。憲法五十八條第二項の院内の秩序の意義ということでありますが、院内とは、一應場所的な意義を持つており、併し國会法その他でこの院内というものを院内活動と密接に関連しておるから延長と考えて、一應場所的なものと考えるけれども、解釈で一つ院外のことも法律上院内と考えなければならんというふうに考えるべきか。或いは初めからそういう場所的意義というものは持たない、組織体としての議院の秩序というものとして観念すべきかということについて午前段々お述べになつたようですが、重ねてちよつとお伺いしたいと思います。
#92
○衆議院法制局長(入江俊郎君) 私はこの言葉は議院法が一番初めできたときは恐らく建物の中というふうな心持でなかつたかと私は想像するのです。実際上建物の中で皆起つておつたろうと思うのですけれども、特殊な場合には、或いは祕密を漏らすというようなことはそうでないかも知れませんが、結局祕密にした事項というのは、大体その院で議決したその事柄が、院の中の決議が守れなかつたというようなところになつて來るから、純粹な物理的な場所じやないかも知らんけれども、先ず建物というものを中心にして考えて問題なかつたと思うのですけれども、その後やはり懲罰権の範囲が大正十五年頃に廣がつたということから、その後段々やはりいろいろ場合ができたときに、特に新憲法になつて來てから外へ行つていろいろな仕事をするということが附け加つて來たことから考えると、これはそう狹いものではないと考えられるのです。これは非常に理論的じやないですけれども、初めから果してこれが院の機能を発揮する場所というような、そういう明確な判断を持つて作つた法文ではないと思うのです。沿革的にそう考えるだけで、今日としてはやはりこれは院内と言つても場所的の観念と全く離れて、院の機能を発揮する場所と解すればいいのだというふうに思つておるのです。
#93
○委員長(太田敏兄君) この院内というのは、共同体としての議院の本拠が院内、議事堂にあるわけですから、そういう意味で院内という語は、議院という特別の共同体に関した内側という意味で、一般的社会と、それから特殊な議院という一つの社会と、そういう違いがあるという、それに関したという意味で必ずしも建物という物理的なものじやないと思うのですが、ただそういう一つの共同体の本拠という、本拠があの議事堂になつておるから院内という言葉を使つておるが、從つてこれは本質的な意味であつて、形式的、物理的な意味ではないのじやないかと思うのですがね。英文の方にインターナルという字を使つてあるのですが、要するに本質的な意味じやないですかな。
#94
○参事(河野義克君) それからそうしますと、その場合に、場合といいますか、関係があるかどうか、参議院規則二百三十二條や、二百三十三條はいずれも会議又は委員会というふうに一應非常に具体的にまあ規定してありますが、そういう本会議委員会というのは本会議場、委員室というのとは若干違つて、本会議或いは委員会として現に機能をしているそういう会議体においてということでありましようか。それともやはり本会議場、或いは委員室というふうな場所的な氣持が強いものでしようか。規則の面としてそういつた規定の会議又は委員会というふうな意味は佐藤さん如何でしようか。
#95
○政府委員(佐藤達夫君) この問題の事例、例えば二百三十二條ですか、「会議において懲罰事犯があるときは、」とありますが、これはどうもいわゆる会議ですな、それ以外のことに似たような問題はこの條文以外の問題として解決できることではないかと思います。
#96
○参事(河野義克君) 会議をしているときつと、会議をしていないとき本会議場で何か問題があつた場合の点の問題と、二百三十四條に「会議又は委員会においての外、議院内部」とこのようにありますね。
#97
○政府委員(佐藤達夫君) そうありますね。
#98
○参事(河野義克君) それからいろいろ問題がありますけれども、時間の関係上飛ばしまして、時間の問題に移りたいのであります。会期不継続の原則ということの関係になるわけでありますが、金森さんに伺いたいのでありますが、会期不継続の原則というのは、これを國会法六十八條が表現しているものは、会期不継続の原則と言われるものと同じものなのか、或いは國会法六十八條のものも含むより廣般な会期不継続の原則というものが議会制度の中に存在しておるのか。若しそういつた会期不継続の原則というものが六十八條よりも廣い範囲で存在しているならば、その法的な覊絆性はどういうものであるかということを一つ……
#99
○國会図書館長(金森徳次郎君) 私は、六十八條によつて会期不継続ということが現われておるのであつて、或いはこれに類似的な特別規定があれば則ですが、潜在的には会期不継続の原則というものはないものではないかとひそかに思う。そういう会期不継続の原則があると今まで主張されていたけれども、学問的には根柢がないもので、ただ或る人が答え、或る人が和してここに出て來たものではなかろうかという考えを持つております。ただ自分一人としてそれを基本的な資料について調査もいたしておりませんが、これについては上杉博士が可なり詳細な研究をされたものがあつて、日本で言つていることが嘘つぽいということを論評されていました。
#100
○参事(河野義克君) そのことに関連して、六十八條は会期中の案件は後会に継続しないということを言つているわけでありまして、次の会期に発議提出することは六十八條と、関係なく、又無論次の会期に問題になるわけでございますが、その法律案を新たに発議し、或いは提出しさえすれば次の会期で問題になると同じ考え方を採りますならば、或る会期で問題にしなかつた懲罰事犯を次の会期において新たに問題として提起することは何ら六十八條には禁じていないということになると思いますが、それは六十八條の関係ではそうでありますけれども、懲罰の関係ではどうなるか、或いは懲罰の事犯も法律と同じように新たに提起しさえすれば、次の会期において問題にするのは、六十八條が禁じていない以上当然なふうにやられますか、その点如何でしようか。
#101
○國会図書館長(金森徳次郎君) 私は理論を徹底すれば、懲罰事犯を新たに起すことは六十八條に関係しない。從つて懲罰の問題を議員の中には発生せしめ得るという理窟になります。これに対して何らか外にこれを制限する原理があるかどうかということが問題であつて、それが懲罰権というものの本質に顧みまして、議員が一遍選挙で新らしく出て來るときに、尚懲罰権を行使するということはそれは意味をなさんというふうな何か幾つもの原理がこれを制限するのではなかろうかということと、又そういう制限をすることによつて幾多の政治上の弊害も予想し得る。これは現行法規が不出來のためだろうと思いますが、その点も併せて考えなければならないから、その曖昧な……ただ理論で言えば懲罰ができるという、こういうふうに行きたいと思つております。
#102
○委員長(太田敏兄君) 金森さんの御意見に対して他に御意見はありませんか。
#103
○政府委員(佐藤達夫君) 私は金森さんと同じであります。
#104
○衆議院法制局長(入江俊郎君) 私は少し違うのですが、会期不継続の原則というものがアプリオリにあるものとは思はない。けれども國会というものは会期制度があつて、会期中のみ殊けるということについて、そういうものとして昔から発達して來ておる。併しそういうところから見るというと、大体同じですけれども、会期の中で起つたことはその会期中に片をつけてしまうのだという会期不継続の原則に当る観念が先ず原則的にあるのではなかろうか。併しこれは絶対的のものではないから立法的に変えることができるが、默つていた場合に國会の特色に対應するような原則があるのではなかろうか。これが今の六十八條にも現われて來ておるし、それから又懲罰についても解釈上現われて來るのではなかろうか。ただ併し懲罰について法律でそうでないと言つて置けば差支えないと思います。併し現在においてやはり会期中のことは会期中に片付けるという原理が默つておれば動いて來るのではなかろうかと思います。
 もう一つ附け加えますと、懲罰というのは先程も意見がありましたように、國会の中の機能を十分発揮し、或いは議院の品位を害したという場合にそれを是正するという意味で処罰をするわけでありますから、その事件の起つたときの人達が寄り合つてお互いに自主的にそれが果して懲罰に該当するかどうかということを考えて本当の懲罰の実体が分るので、それがあとになつて、前のことを考えて、それが果して懲罰に値いするかどうかということを考えること自身が可なり無理がある。いわんやすつかり改選されて昔の構成員と全く違つた人が構成員になつているときに、昔の人達のの構成した議院の品位を害したとか、機能を侵害するとかいうことを構成分子の全く変つたもので判断するのは事実上いいかどうか。そこで私は默つておれば現行法の解釈としてはやはり会期ごとに懲罰は考えるという原則はどうしても嚴重に出て來る。但しこれは六十八條が適用されるということよりももう少しその上にある原則が適用される。
 それから立法論としては今も言う通り立法期というものを考えて、すつかり構成が変つたあとまで懲罰ができるなんということは私は性質としてはおかしいものではなかろうか、立法論としてもそこまで行くのはおかしいのではないかと考えるのであります。
#105
○委員長(太田敏兄君) 今期につきまして、帝國議会時分の会期というものは冬の三ケ月、四ケ月ですね。一年に……臨時議会は滅多になかつた。ところが今國会では通常國会も五ケ月になつて長いし、その間に特別國会、臨時國会と開かれるような現状でありまして、そうすると会期に対する見方も帝國議会時代から新國会とは違うように考えられるし、無論これは一会期ごとに召集、閉会がありまして、英國やその他の欧洲の一部にあるような常設的なものではありませんが、その常設的なものと帝國議会のようなものとの中間というものが今の制度ではないか。そうすると会期の考え方も帝國議会とは多少違うということと、それから入江さんのおつしやつたように選挙によつて構成メンバーが変つた場合は別問題ですが、同じ構成員で國会が組織されて成立する場合はこの議員の任期中は一つの同一性を継続しておると見ていいと思うですが、そういう場合は必ずしも後会不継続ということで会期ごとに議会の本質が変るのではないから、会期中は同一性のある議員として会期が変つても諮り得るという解釈にはなりませんでしようか。
#106
○衆議院法制局長(入江俊郎君) 私もその御意見よく分ります。ただ現行の規則の解釈としてはさつきもちよつと言つたように、議員が懲罰動議を出すときには二日以内とか制限があります。さつき大池さんも言つていたように、除名された者が直ぐ出て來てもいいということを考えて、現行の規則においてはどうもそこまで認めていないのではなかろうか。そこで私は理窟としてはお話のようなものがあつていいのではないかと思うのです。私は立法論として今の立法期というものを考えて、その間は懲罰ができるというふうにしたらいいと思いますけれども、現行法の解釈としてはいいのじやないかというふうに午前も申上げたのでございますけれども、今もそう思うのです。
#107
○委員長(太田敏兄君) 三日以内の動議の提出期間ですね。私は從來のように懲罰権の適用、時間的の問題を、場所的に本会議若しくは委員会というように制約されて考えずに、直接に酒氣を帶びて入場したとか、殴つたりするのは議員若しくは委員の名誉に触れるところですから、これは大体三日以内というものでも一應何かの問題に直面しまして、無理ではないかと思うのですが、ところが品位を重んじないとか体面を汚したという問題になると、直ぐ三日以内に議員の眼に触れるとか、発覚する場合がないだろうと思います。そういうことになると多少事情が変つて來る。そこで直接行動的なものは、三日以内に動議が出なければそれで一應問題にしないというふうにしたというような時効的な考え方ができると思いますが、ところが直接行動的でない、一般的な品位の問題に関する問題はそういうふうに、短い期間で時効にかかるというのでなく、いわゆる民法或いは刑法等でも時効に一ケ年の時効もあれば、三年の時効もあり、十年の時効もあり、長いのは二十年の時効もあるというふうに、やはり事犯の内容によつて一会期の間に問題になるのでなければ、それはもう問題にしないものとするというような解釈して、懲罰事犯の内容によつては、必ずしもその会期に問題にしなくても、後々会においても問題にし得るというふうに一つの時効的な考え方から短く扱う場合も、長く扱う場合もあり得る。これは一つの成文としてこういう事犯がその会期でなかつたら後会では問題にしないというふうに成文化する必要がある場合もあるし、成文化しなくてもその解釈上一種の常識解釈から、そういうおのずから基準ができれば、慣行法的に取扱うということもできると思いますが、成文をはつきり決めた方がいいが、併しまぎらわしく面倒くさいもので厄介なものですから、その範囲がはつきり規定し得ない場合があり、これは成文化してもいいが、無理に成文化しなくても慣行的にこういう事犯は大体その会期中に始末すべきものは始末する。会期中に始末しなかつたら時効にかかつたものとして、それ以後は取上げないようにするというふうにして解決する。併し成る特殊の事犯についてはその会期で取上げなくても後会においても問題にし得るものであるというふうに一つの慣行的に標準を立てることもできると思います。そうすると必ずしも会期不継続ということを嚴密に言わなくてもいいのじやないかと思います。だから会期不継続もあるし、会期不継続でないのもある、要するに懲罰事犯の内容によつて分れて來るのじやないかと思います。そういうふうな考え方もできると思います。
#108
○國会図書館長(金森徳次郎君) 要するにむずかしい問題ですね。入江君の意見には反対でもなんでもないが、賛成したくてしようがないが、さて自分で理窟づけしようとすると、うまい理窟が立たない、前のやつはやれないというのは正式に理窟を立てて見ろというと、なかなか論拠が立たなくて、從來漫然とそういうふうに考えておつた。從つてそれに基いて小さい各個の規則が出來ておつたという以外には、どうもはつきりした論正が立たんのですから、腹の中では入江君の意見には賛成なんだが、口では遺憾ながら裏腹のことを言わざるを得なくなつてしまう。
#109
○委員長(太田敏兄君) 自分自身として基準が立ちにくいものですから、皆さんの口を借りて標準を作ろうとしているわけです。
#110
○國会図書館長(金森徳次郎君) 自信が少い。むずかしいところでありまして……
#111
○参事(河野義克君) 委員長のおつしやつたことなんですが、懲罰事犯の性質又は種類によつて、或るものは或る会期の專属的なものである。從つて法規の関係がどうであろうとも後会においては問題にすることはおかしいものである。或るものは当然後会において問題にし得るものである。そういつた性質又は種類によつて区分が立てられるというようなことはないですか。例えば召集に應じないということは或る会期に專属的なことで、あとの会期でこれを取上げることはおかしくないか。その他のことは取上げられる、そういつた考え方ができないかということを委員長がおつしやつたと思いますが……
#112
○委員長(太田敏兄君) これを一々成文化して規定するのもどうかと思うのです。そこで、むしろ私は解釈上一つの基準が決まりまして、その慣行としてそれらによつて規律が立つて行くというようなことになりはしないか。
#113
○法制局長(奧野健一君) その点私もはつきりした明確なあれはつけられないと思うのですけれども、事の性質によりまして、或る委員会の席上を騒がしたというような、或いはいつ何日に議場を騒がしたという一つの行爲を二月も三月もあとの國会召集のときに取上げる。過去に騒がしたということを取上げるということは事の性質上どうかとむしろ思うので、それと違つて國会の品位を、議院の品位を傷つけたというような場合には、傷つけた行爲が過去にあつても、現在のとにかく國会の品位は現に傷つけられておるというような場合は、行爲が過去であつても、やはり取上げ得るのではないか、その点会期不継続の原則とはどういうふうな関係があるか、会期不継続の原則というのは何だか本を読みますと、英國では、英國は元來が王の諮問のための召集であつて、諮問に答えればそれで召集は切れる、一々又別個に召集されるというようなことから來て、それから段々会期不継続の原則をうまく利用すると、若しこれがなければ、どんどん議員から提出された議案を最後まで引つぱつて、何回でもこれを繰返えさなければならんというような煩瑣なことを除く意味でも、あすこで切れたというふうにして置くのが便利だということで起つたらしいので、むしろ英國でも年中議会が開かれておるのだから会期不継続の原則というものはないのではないかというふうなことを言われておるようであります。衆議院のように全然新らしく全員が改選されるといつたような場合は、前の構成とあとの構成が全然違いますから、これは人格が別個になつたというふうに見て、そういう意味で更改といいますか、新らしくなつてしまうということがありますけれども、参議院のように半数ずつしか変らないということになると、いわば人格は永久的に続くというふうに考えられますので、少くとも衆議院の場合は全員が改選される前とあとは違うと思いますが、参議院の場合はずつと続くというように考えておられるのじやないか、そこで例えば議院の品位を傷つけるという場合、丁度人から言えば名誉毀損ということにもなる場合がありましようし、そういうずつと人格が続いておる場合には、現に今毀損されておる場合、たとえ具体的な的爲が前にあつた場合、或いは前にあつたのをあとから発覚するような場合もありましようが、その行爲の時期に拘わらず現在の状態でそういう問題を取上げていいのじやないか、ただ單に議場を騒がしたという過去のことを数回あとで持ち出すというのは、何だかそれとは違うのじやないかというふうな感じがして、理論的にはつきり割切ることはちよつとできないと思いますが、今言つたように問題によつてはバラエテイがあるのではないかというふうに考えます。
#114
○委員長(太田敏兄君) 別に変つた御意見はありませんか。
#115
○國会図書館長(金森徳次郎君) ございませんな。そういうふうな区分はできそうでもあるが、非常に困難だから、規定にはちよつと書きにくいと思います。無用に懲罰する必要はないから、成るべく懲罰はしないようにする方がいいので、その辺でうまく收めるようにしたら……
#116
○参事(河野義克君) それから会期不継続との関係でございますが、どなたか午前中にちよつと言つておられたと思いますが、國会法は会期中に議決に至らなかつた案件は後会に継続しない、但し継続審査の場合はその例外だということを言つておるわけでありますが、第四十七條の二項による継続審査ということは、それが案件である限り懲罰事犯にもやはり行われるのでありましようか、或いは懲罰事犯は後会で提起できないようなものは勿論継続調査、継続審査などもできないのだというふうにお考えの方がありましようか。
#117
○衆議院法制局長(入江俊郎君) 私はさつき六十八條が懲罰の適用がありということを申上げたので、誤解を生ずるといけないから申上げますが、今あなたがおつしやつた問題は、その限度においては六十八條は懲罰問題に適用があるのであつて、私の考えることは事件の起つた会期において議案として、懲罰委員会にかかつたという事件であれば、これは但書で継続審査をすることは議院の意思でそうしたのであるから、それが差支えないと私は思つております。
#118
○國会図書館長(金森徳次郎君) 大池さんの論議では、そういうことは懲罰自体に反するわけですね。
#119
○参事(河野義克君) 大池さんは継続審査自体ができないという……
#120
○委員長(太田敏兄君) そうすると、入江さんのお考えでは懲罰事犯が問題となつた場合は会期が経過しても継続審査はなし得る。そうすると、閉会中のことですから、懲罰委員会で継続審査をして何らかの懲罰に付すべしという決定をしましたならば、その決定は閉会中ですから、本会議はございませんから、閉会中にはどうこうできない、そうすると次の会期即ち委員会の決定を次の会期に報告して、そうして議院の決定を待つということになりますね。
#121
○衆議院法制局長(入江俊郎君) そうなります。
#122
○参事(河野義克君) それからもう一つ、会期不継続の原則の適用があるという方、ないという方、そこをもう少し外の面から端的に事体を明らかにしたいと思うのでありますが、例えば、閉会中の議院の機能は、まあ議院は会期中のみ機能し存在するもので、閉会中はその機能を停止し、或いは存在しないだろうかという考え方があるわけですが、そんな考え方に立つた場合は、会期不継続の原則の適用があるという方は勿論閉会中の行爲が懲罰の対象になるというようなことはないというふうにお考えになるわけだろうと思いますが、そういうことでありましようか、だから会期不継続の原則の適用はない。後会でできるとお考えになる方は單に前会の懲罰事犯を提起し得るのみならず、閉会中の行爲でも、提起し得るものとお考えになつておられるわけでしようか、その点ちよつと…
#123
○法制局長(奧野健一君) 例えば閉会中でも犯し得る事犯が若しあるとすれば、例えば議員の品位を傷つけるということが若し閉会中でもそういうことが犯し得るもので、それが懲罰事犯になり得るというものでもあれば、閉会中の行爲だつて対象となり得るというふうに私は考えます。ただ議場を騒がすとか、或いは発言を何とかということは、閉会中には考えられないで、そういうことならば、開会中の行爲のみ事か事犯の対象になり得ないということになればなり得ないことにはなりますが、閉会中と雖も事犯があり得るという前提を取れば、閉会中でもやはり対象になり得る。
#124
○参事(河野義克君) 入江さんの立場では閉会中の行爲は問題にならないというのですか。
#125
○衆議院法制局長(入江俊郎君) 閉会中の行爲と言いましても、閉会中には本來行爲はできる筈はない。例えば継続審査をやつておればそれは継続審査として後会に継続するわけですから、そういう場合においては閉会中の行爲だつてそれはできるわけですが、それはいう提起するかと言えば、それは後会に継続すべきものですから、その次の会期でそれを問題にすることができ、又その会期中でなければ問題にしてはいけないと思います。
#126
○参事(河野義克君) そうすると、品位の問題に帰つて來ますが、閉会中に議員として社会から誹謗されるような行爲として、議院の品位を傷つけたというようなことがあり得るわけです。それらも問題にするかしないかということですが、例えばあれでも國会議員かということになると、それがすべて議院の信用を傷つけることになる。そういうことが議院の品位を傷けることであれば、閉会中でもそういうことがあり得るわけであります。そういうことが懲罰の対象としては取上げるべきか、取上げざるべきか。
#127
○衆議院法制局長(入江俊郎君) それは閉会中であつても、開会中であつても議員としての行動じやなくて、その人の私人としての行動だと思うのです、それがたまたま議員であるから、議員でありながらあんなことをすると言われることは、開会中でも閉会中でもそういうことがあり得ると思いますが、それは閉会中は客体にならないという考え方を持つておりますから、これは取上げられないじやないかと思うのであります。
#128
○委員長(太田敏兄君) ところで参議院規則の第二百七條ですな。「すべて議員は、議院の品位を重んじなければならない」という一箇條は、これは開会中にそうでなければならんのであつて、閉会中は、議員は議院の品位を重んじなくてもいいというような解釈ができるわけですがね。これは議員である以上は、國会議員としての地位がある以上は、開会中、閉会中に拘わらず議院の品位を重んずることには心がけねばならんということにならんのですか。
#129
○衆議院法制局長(入江俊郎君) さつき二百七條のことが問題になつて、河野さんからお尋ねがあつたときに、私は第三説ということを申上げたのですが、私の説が一番狹いだろうと思いますが、ですから二百七條はやはり議院の品位を重んじなければならないとありますけれども、これは議員が議員としての行動をとる場合における規定で、職務と全く関係のないことまで触れていないというのが私の考えです。と申しますのは、参議院規則というのは内部の規則を決めたもので、その範囲を超えることはできないのだから、そういうことについても取締りたいと思つても、参議院規則としては及び得ない範囲です。從つて公のことをやりながら議院の品位を傷ければそれは懲罰の客体になるけれども、個人的の行爲だつたならば、どうも懲罰にならんというのが私の考えです。
#130
○委員長(太田敏兄君) ところが議員に対しては開会中たると閉会中たるとに拘わらず一定の國家は歳費を出している。それから國会議員は國有鉄道に無料で乘車することができるということでパスを貰つておるのですが、これも議員としての職能は開会中のみに発揮すべきものであるというならば、例えば鉄道バスのごときも開会中だけに貰えばいい。或いは召集に應じ、或いは帰郷するときだけ使えばいいので、閉会中も開会中も同じようにそういう特権を持ち、又持たせておるということは議員という身分と関連しておるもので、身分というものを持つている限りは、開会閉会に拘わらず公人としての地位を持つているのであるから、從つて公人としての地位を持つている者は、閉会中でも又議院の品位ということを重んずるべきである。從つてその重んじなかつた場合には、重んせずに品位を傷けたり、体面を汚した場合には、懲罰の対象になり得るじやないかというようなことが考えられるのですが、この点は如何ですか。
#131
○國会図書館長(金森徳次郎君) これはちよつと仮説を出して見ますけれども、委員会の行われている中で賭博をやるということを考えます。これは委員会の開かれておるときに、丁度横の方で聽きながら賭博をするということだつたらこれは懲罰事犯で、つまり院の秩序を紊したということになりましようね。これは仮説だからはつきりしたことは言えません。今度その人が中ではやらないで、毎日外で賭博場を開いてそこでやつている。それから今度委員会に來れば、そこではきちんと公務に熱心に仕事をしている。もう一歩進んで、会期が始まるときちんと賭博をやめる会期が済むというと直ぐ又賭博をやる。次の会期になるとぴたと又やめる。この三つを仮定すると、最初の場合は懲罰されそうです。第二の、会期中に外で賭博をやる。それから議場に乘り込むということになると、これはどつちかよく分りませんけれども、私共の見地から言うと、どうもやはり議院の秩序を紊すので、そういう人達が院に入つて來て会議をするということは國民の信用を繋ぐゆえんでもない。こういうことになるじやないかな。そうすると第三の会期中はぴしつとやめるというのは普通の常識から言うと、それも同じような運命にいかなければならんような氣がするのですが、そういうのは区別できるのですか。
#132
○委員長(太田敏兄君) それは逆の例ですけれども、アメリカ、或いはイギリスの場合では、院外で、議員としてではなしに、個人として、或いは詐欺行爲をやつて処罰を受けた。或いは文書を偽造したとか、そういうようないろいろ國家的な刑罰を科せられた場合に、そのものが公務員、若しくは紳士としてふさわしからざる行爲をしたということで品位を汚したとか、体面を汚したというような意味で除名処分を行うというようなことになつておるようでありますが、これは必ずしも開会中に限らないし、ハウスに限らない。
#133
○國会図書館長(金森徳次郎君) 問題は日本の制度がどうなつているかということですね。日本の制度がどうも立法上そういうのは反しないようなふうにも読めるようにできておる。これが問題の中心点であります。立法の精神から言つて……
#134
○政府委員(佐藤達夫君) 閉会中に議院の秘密を漏らすという場合は閉会中の行爲と考えるのですかね。閉会中になつてから秘密を盛んに漏したという場合には懲罰事犯にならないかという問題ですが。
#135
○國会図書館長(金森徳次郎君) 併し閉会中には議院というものがないのだから、その秩序をこわすということがあり得ないのですがね。
#136
○政府委員(佐藤達夫君) それは組織体としてはあつて、活動しないというふうに考えるのではないですか。
#137
○國会図書館長(金森徳次郎君) そういう人が開会になつて議院に出て來れば、そこで初めて秩序をこわしたという観念が成立するというようなふうに考えられるのです。
#138
○委員長(太田敏兄君) 閉会中は組織体としての議院は成立しない。構成員は存在する。そういうところは議いん、ハウスの議院とメムバーの議員は、同じ議いんは議いんだが、そこは密接不可分な関係があつて、ハウスとメムバーというものとそこに区別できるのですけれども、そこに不可分な條件が存在しないですか。
#139
○政府委員(佐藤達夫君) 閉会中全然ないかというと、それは或る意味においてはあるのです。例えば議長さんが閉会中の仕事をやつているのですから。何かのものはあるのです。閉会中と雖も活動はしておりませんけれども、そういう意味で何らかの形の議院というものはあるじやないか。
#140
○委員長(太田敏兄君) 活動といつても組織的な活動はしていない。
#141
○政府委員(佐藤達夫君) 靜的な形においてはあるでしよう。
#142
○委員長(太田敏兄君) それでは御多忙の中を御出席下さいまして、いろいろ有益な御意見を承りまして有難うございました。懲罰委員会といたしましては、今後皆樣の御意見を有力な参考といたしまして、懲罰権適用の適正を期するために万全の考慮を拂うようにいたしたいと思います。長い時間どうも有難うございました。これで散会いたします。
   午後四時十八分散会
 出席者は左の通り
   委員長     太田 敏兄君
   委員
           大野 幸一君
           大山  安君
           野田 俊作君
           遠山 丙市君
  政府委員
   法 制 長 官 佐藤 達夫君
  事務局側
   事 務 総 長 小林 次郎君
   参     事
   (委員部長)  河野 義克君
  法制局側
   法 制 局 長 奧野 健一君
   参     事
   (第一部長)  今枝 常男君
  衆議院側
   事 務 総 長 大池  眞君
   法 制 局 長 入江 俊郎君
  國会図書館側
   國会図書館長  金森徳次郎君
  説明員
   東京大学教授  田中 二郎君
ソース: 国立国会図書館
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