くにさくロゴ
1949/07/22 第5回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第005回国会 選挙法改正に関する特別委員会 第10号
姉妹サイト
 
1949/07/22 第5回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第005回国会 選挙法改正に関する特別委員会 第10号

#1
第005回国会 選挙法改正に関する特別委員会 第10号
昭和二十四年七月二十二日(金曜日)
    午前十時五十五分開議
 出席委員
   委員長 生田 和平君
   理事 栗山長次郎君 理事 小玉 治行君
   理事 野村專太郎君 理事 前田 種男君
   理事 福田 繁芳君 理事 川上 貫一君
   理事 逢澤  寛君
      北澤 直吉君    齋藤 隆夫君
      千賀 康治君    田中 重彌君
      藤枝 泉介君    淺沼稻次郎君
      鈴木 幹雄君    佐竹 晴記君
      中野 四郎君
 委員外の出席者
        全國選挙管理委
        員会事務局長  吉岡 惠一君
        法制局参事   三浦 義男君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した事件
 選挙法改正に関する件
    ―――――――――――――
#2
○生田委員長 これより選挙法改正に関する特別委員会を開きます。
 まず第一に、第十四、当選人を議題といたします。三浦君の説明を求めます。
#3
○三浦參事 当選人の決定の問題は、投票後だれが正式の当選人になるかどうかという問題でありまして、ここで考え得ます問題の要点を申し上げます。第一は当選人の決定については、どういう基準によることとするかにつきまして、これを分析して考えますれば、比較多数主義、それから最低得票数限定主義と申しますか、あるいは法定得票主義と申しますか、そういう方式によるものと、それから同点の者を抽箋主義による、こういう方法とが考えられるのであります。原則といたしましては、現在の選挙法におきましては、比較多数主義で最低得票数を限定した法定得票数を得た者を当選人とすることになつておるのでありまして、なおまた同点の人があつた場合には、抽箋によることになつておるわけであります。かつての選挙法におきましては、同点になりました場合においては、年長主義を採用いたしまして、その場合は年長の人が当選人になるという方式をとつておりますが、これらの点を少し考えまして、どういう基準によるがいいかという問題であります。
 次に当選人の法定得票数の限度は、どの程度が適当かという問題でありまして、ここに上げておりますように、衆議院議員の選挙におきましては、有効投票総数をその選挙区内の定数で除したものの四分の一以上というふうになつております。参議院議員の地方選出の場合は四分の一以上、全國選出区の場合は八分の一以上、地方公共團体の議会の議員の選挙の場合におきましては、四分の一以上、地方公共團体の長の選擧の場合は八分の三以上、こういうふうに多少相違があるわけであります。これらの点については、統一法として考えました場合には、どういう程度の法定得票数とするがいいかという問題があり得るかと思うのであります。
 それから次には当選人の繰上補充の制度は現行通りでよいかという問題でありまして、これに昨日も再選挙の問題、補欠選挙の問題と関連して申し上げたのでありますが、ここに書いてございますように、繰上補充を行うべき事由を上げておりますが、こういう場合には繰上補充が行われることになつておるわけであります。九十二ページの(2)のところをごらんになつていただくとわかりやすいのでありますが、結局繰上補充を行いまする場合には、昨日も申し上げました通り、当選の承諾期間、いわゆる原則としまして十日間という期限前のときにおきましては、承諾期間の十日間の範囲内におきましては、一般原則によつて繰上補充を行うことになつておりますが、その十日を過ぎますと、当選人と得票数が同じで、抽箋によつて落選した者がある場合にのみ繰上補充を行う、こういう制度になつておるわけであります。從つて繰上補充を行い得る場合は、きわめて限定された場合のみに限られることになるわけでありまして、この繰上補充の制度を補欠選挙あるいは再選挙の問題と関連して考えた場合においては、なお活用し得る余地がありはしないかと考えておるわけであります。その点については、九十三ページに書いてございますように、まず第一には、繰上補充を行い得る期間、これは当選の辞退または承諾の期間でありまして、それは原則として十日間でありますが、これを相当期間延長する必要があるかどうか。これは昭和九年の衆議院選挙法の改正が行われますまでは、一年間ということになつておつたわけであります。それから繰上補充と再選挙との関係でありまするが、再選挙の手続をなるべく避けるために、繰上補充の機会を多くする道を開くことの可否でありまして、再選挙を行うべき事由につきましては四十ページのところに書いてございまするが、衆議院について申しますると、当選人が全然ないときとか、当選人がその選挙における議員定数に達しないというようなときでありまして、選挙を行つて当選人が全然ないとか、当選人が議員定数に達しないというようなことはきわめてまれな場合にしか起り得ないだろうと思うのでありますが、そういう場合に再選挙が行われるのでありまするけれども、それを繰上補充という制度を活用することによりまして、再選挙の手続をなるべく避けまして、それをできるだけ少くするような方法は考えられないかどうか。あるいはまたそれが適当であるかどうか、かような問題であります。
 次に補欠選挙と繰上補充との関係でありますが、これにつきましてもやはり同樣な趣旨から一つの研究いたすべき問題があろうかと思つておるわけであります。
 次には無投票当選でありますが、無投票当選の制度に適当であるかどうか、これは前に六十七ページにおきましてこの問題につきまして憲法との関係で申し上げました通りであります。
 その次には当選告示後の一定期間を当選の辞退期間とするか、当選の承諾期間とするか、これも前に触れた問題でありまするが、ここにあげておきましたように、当選の辞退期間としておりますものは、衆議院議員の選挙の場合と、地方公共團体の議会の議員及び長の選挙の場合でありまして、当選の承諾期間としておりますものは参議院議員の選挙の場合であります。かように選挙によつて異なる必要はないかと考えられるのでありまして、先般の衆議院の選挙法改正におきましては、当選の承諾期間となつておりましたのを、当選の辞退期間ということに改めた次第であります。
 次には当選の辞退期間または承諾期間はいずれも当選告示後十日間としておるが、これを延長するがよいか、あるいは短縮するがよいか、これは先ほど申しました繰上補充との関係とか総選挙後の國会召集との関係、さらに補欠選挙との関係と関連を持つ問題であります。
 次に当選証書の付與と各議院における当選の報告の問題でありまするが、衆議院議員または参議院議員の当選人に対しましては、都道府縣の選挙管理委員会が当選証書を付與するわけでありまするが、それが付與された場合に、その旨をそれぞれ衆議院議長、または参議院議長に報告すべきように規定を改めてはどうか、これは事務局あたりの手続上の問題としてこういう希望もありますので、ここにあげておいたのでありますが、これはもつともなことであろうと考えておるわけであります。かりに総選挙がありまして、最初に召集されて國会に集まられた場合におきまして、当選証書が実際にまだわたつていないとか、あるいはそれを持つて來られなかつたという場合に、その人がはたして議員として登院して來られて、これを正式に受付けていいかどうかという問題が起りました場合に、選挙管理委員会からの正式の通知がありませんと、手続上支障がありますので、かかる問題を一應掲げておいたようなわけであります。、
 次には当選者の任期の問題でありますが、任期に関連して考慮を加えるべき点はないか。任期の問題につきましては、憲法に規定があるのは、衆議院議員と参議院議員でありまして、地方公共團体の議会の議員及び長については憲法の問題ではありませんけれども、この任期自体を憲法に規定しておりますものについては、いかんともしがたいと思いまするが、これに関連して何か考慮を加える点はないかという問題であります。
 次に任期の起算について現行規定を改むべきところはないかというのでありまして、これもいろいろ選挙によりまして任期の起算日が多少の相違があるのでありまして、それは九十五ページのところに掲げておきましたから、それを御参考にしていただきたいと思います。あとは特に申し上げるような事柄もないと思つております。
#4
○栗山委員 繰上補充の点については二樣の御見解があるようでありますが、できることならばこの点だけでも一應意向をとりまとめておかれたらどうかと思うのです。つまり現行の方がよろしいというのと、一年は、時代がかわつておりますから少し長過ぎるとすれば、半年ぐらいはどうだろうというのと、二通りあるように伺つておりますが、いかがでございましようか。実際においてこの点だけでも、せめて……。
#5
○佐竹委員 その繰上当選のことについては、前の改正のときに私が、せめて一箇月というのを強調し、猛烈に論じたけれども、法律上それはどうも穏当でないというてけられたのであります。それには相当の理由があると私どもも存じまして、十日説に服從したわけであります。今それを変更する理由はないと私は考えております。それから参議院議員と衆議院議員との間に規定の相違のあります点、承諾の点など、これに統一した方がよかろう。それから事務当局のお考えになつております当選証書付與と各議員に対する当選の報告の点は、これにお取入れになる方がよかろうと私どもは思います。
#6
○逢澤委員 ただいま栗山氏の方からお話がありましたように、繰上当選の――これは妥協のようでありまするが、十日にしたという理由は明確な理由があるというようなお話と、いま一つは、これを一箇年にするということは次点者がいろいろの係爭を起すというような常識的なことから出発しておるように聞いておる。でありまするが、もし法的にいろいろな支障がないとすれば、せつかく次点になつておるものが十日間などというようなほとんど不可能なようなことのために、議席を占めることができない、そしてまた國会も空席のまま置くということは、これは非常に非常識なことになると思います。できれば六箇月ぐらいのところにやりたいと思うのですが、さようなことに対しては法的に非常な支障があるというようなお話なんですか。それをごく簡單に話していたたきたい。
#7
○生田委員長 ちよつと速記をとめて……。
    〔速記中止〕
#8
○生田委員長 他に御意見がなければ、この問題は小委員会に付託することにいたします。
 次は第十五、訴訟。
#9
○三浦參事 訴訟の問題につきまして申し上げます。これは大きく分けますと、選挙訴訟、選挙の効力に関する訴訟、当選の効力に関する訴訟、それから選挙運動費用の法定額超過に基く当選無効の訴訟、それから選挙運動の総括主宰者の選挙犯罪に伴う当選無効の訴訟、こういうように分けられるわけでありまして、その要領を九十六ページから百ページにわたりまして掲げておきましたわけであります。ここで問題になります点は、百三ページに掲げてございまするが、「訴訟に関する現行制度に改正を加えるべきところはないか。」ということの中で、「選挙訴訟及び当選訴訟の制度は維持することとするか。」次には、「選挙運動の総括主宰者の選挙犯罪に伴う当選無効の訴訟については新刑事訴訟法により公訴附帶の私訴を認めぬこととなつたのでこの場合における措置をどうするか。」という問題であります。この公訴附帶の私訴というのが選挙法の中には規定してあるわけでありますが、刑事訴訟法の改正によりまして、公訴附帶の私訴ということを刑事訴訟法の方から省きまして、刑事訴訟法の施行法というものを別個に出しまして、その十四條で別個に衆議院議員選挙等におきまするところの公訴附帶の私訴は從來通り認めるという例外を置いておるわけであります。これにどういうことでそういうことになつたか、はつきりわからないのでありますが、將來の制度の問題といたしまして、そういう公訴附帶の私訴を認めることにするのか、認めないことにするのか、もし認めることにした場合に訴訟法からも省かれておりますので、独立立法をやりまして、そういうものを選挙法の中に取入れるかどうか。なお公訴附帶の私訴は選挙だけに限らない、ほかの方の犯罪の場合におきましても同樣のことも考えられますけれども、選挙訴訟につきまして、特にその訴訟の簡便を期するという意味において、特別立法を選挙法の中でするかどうか、かような問題があると思つております。
 次には「当選無効の訴訟と所謂連座制との関係」であります。これは罰則の方のあれとは別問題といたしまして、一應ここで考えらえますことは、「選挙運動の費用超過の場合に連座制を適用することの可否。」次には「選挙運動の費用超過に基く当選無効の訴訟において出納責任者に対する選任、監督に関する規定を削除(強化)することの可否。」これは削除するということになりますと、選任、監督について、当選人が何も注意がなかつたというような場合においては、連座に問われないわけでありますが、その規定を削除することになりますと、非常に罰則が強化されることになりますが、そういうことが適当かどうか。
 次には「選挙運動の総括主宰者の選挙犯罪に伴う当選無効の訴訟において総括主宰者に対する選任、監督に関する規定を削除(強化)することの可否。」次には訴訟におきましては、二審制、高等裁判所に第一審として提起いたしまして、それから最高裁判所にさらに出訴し得ることになつておりますが、最高裁判所へやります場合には特別の場合に限るとありますが、こういう二審制が適当かどうか。
 次には、訴訟の判決を下す期間について、一定期間の制限を設けることはどうか、これは制限と申しましても、努力期間と申しますか、百四ページのところに書いておきましたが、地方公共團体の長の訴願の採決の場合、地方公共團体の長の敗訴の判決の場合におきましては、受理した日から何日以内にそれを決定しなければならぬというような規定があるわけであります。もちろんこれに違反したからすぐ違法だとか、あるいは無効だとかいう問題が起るとは思いませんが、つまり選挙における訴訟を早く片づけるという意味において、この規定が必要であるかどうか、かような問題であります。
 次は訴訟の提起に際し保証金を供託させる制度は必要かどうか、もし必要とすれば現行の金額は三百円となつておりますが、そういう程度でよいかどうかという問題であります。これは各訴訟につきまして、九十六ページから百ページのところに掲げておきました。非常に少い額でありますが、こういうことが必要かどうか、かような問題であります。
#10
○栗山委員 これは事務的に御処理を願える問題であろうと思うのでありますが、最近起つておる事柄について、そういうことをどういうふうに処理するように成文化したらいいかという点を提議しておきたい。選挙の運営は選挙管理委員会においてなされておるのでありますが、当選無効の訴訟を提起します場合の訴訟の相手方はやはり当選した人であるように扱われておりますが、当選者には何らのかかわりのないことでも当選者を相手どつて、当選無効の訴訟が提起されておるわけであります。なぜその場合当選者に関係がないかと申しますと、選挙管理委員会で開票に際して有効であるか、無効であるか、他事記入であるかというようなことが選挙管理委員会において判定してやつた事柄に基く問題であるにもかかわらず、その当選者が訴訟を提起されておるわけでありますが、こういうことはもう少し合理的に改め得るのではないかと思う。ひとつ考えてみていただきたいと思います。
#11
○三浦參事 その点につきましては九十八ページの(4)の(b)というところに、例外といたしまして、原則といたしましては当選人を被告といたしますが、例外としまして都道府縣の選挙管理委員会の委員長を被告とする。ただいま栗山さんの御指摘になりましたような事項は衆議院議員選挙法について申し上げますれば、八十三條の但書に、選挙管理委員会がいろいろ違法の決定をいたしました場合にはその委員長を被告とする、かようなことになつておりますから、現行法においても御指摘の点は処理できる、かように考えております。
#12
○栗山委員 仙台にその例はあるのですよ。
#13
○三浦參事 なおよく調べておきます。
#14
○生田委員長 別に御意見がありませんから、十五も小委員会に付託することにいたします。
 次は第十六、選挙運動を議題に供します
#15
○三浦參事 第十六の選挙運動、これと第十七の選挙公営の問題等は衆議院議員の選挙法、参議院議員の選挙法、地方自治法による選挙法のほかに、選挙運動等の臨時特例に関する法律、選挙運動の文書図画等の特例に関する法律、政治資金規正法、こういう関係法規の問題が併せ考えられなければならないことになるわけでありまして、選挙運動に関しましては、いろいろの法規にまたがつておりますので、それらの法規の中で選挙運動に関しまする部分がどういうふうに規定してあるかということを百四ページから百六ページにわたりまして要領を掲げておきましたわけであります。これをかい摘んで申し上げますと、大体衆議院議員の選挙法におきまするところの選挙運動なり、選挙運動の費用の規定は参議院議員の選挙法の場合にも準用になる。さらに選挙運動等の臨時特例に関する法律は、衆議院議員の選挙だけに適用があつて、ほかの選挙には適用がない。それから選挙運動の文書図画等の特例に関する法律につきましては、衆議院議員の選挙運動には適用がない。これは衆議院議員の選挙運動につきましては、選挙運動等の臨時特例に関する法律を別個に規定いたしましたので、その意味合において廃除いたしたわけです。從いまして選挙運動の文書図画等の特例に関する法律の適用を受けますのは参議院議員の選挙運動と、それから地方公共團体の議会の議員及び長の選挙運動、こういうことになるわけであります。なおまた各種の選挙に適用ある法律といたしましては政治資金規正があるわけであります。それから教育委員会法におきまして地方自治法の準用の規定を置いてあるわけであります。百六ページのところをごらんいただきます。かように選挙運動の関係法規がばらばらになつておりまするが、この選挙運動に関する各種法規は、選挙法に関する基本立法の体系中に取入れられて恒久化するか、それとも臨時特例として残しておくこととするかという問題であります。これはたとえば選挙運動の文書図画等の特例に関する法律、あるいは選挙運動の臨時特例に関する法律は臨時立法といたしまして整理しておるのでありまして、これらを恒久化しまして取上げられるかどうかというかような問題であります。
 次には恒久立法として処置する場合または臨時立法として処置する場合、いずれにいたしましてもその関係法規の範囲をどう定めるかという具体的な内容をどう取上げるかという問題であります。こういう大前提のもとに置きまして選挙運動の各個の事項につきまして問題となり得る点を以下列記をいたしておいたのでありまするが、その第一といたしましては選挙運動自体の定義と申しまするか、異議自体の問題であります。これに関連いたしまして選挙運動の定義を明文化するということの是非及び能、不能の問題でありまして、選挙運動ということの意味は学問的に、あるいは判決等によつて一般的には通説としてきまつておるわけでありまするが、法律上はつきり選挙運動とはいかなるものであるかということを定義し、はつきり規律したものはないのであります。こういう点をどう考えるか。それから選挙運動の始期をどう定めるかという問題であります。これはこの前も申し上げたのでありますが、選挙期日の告示または公示と関連をいたす問題でありまして、現在におきましては立候補の届出のあつた日から選挙運動が始まることになつておりますが、こういうように始期を限定するかどうか。そういう選挙運動は自由に認めまして、そういうことの限定を必要としないかどうかという問題であります。
 次には選挙運動の終期をどう定めるかという問題でありまして、これは衆議院議員の場合におきましては選挙期日の前日までであつて、当日は選挙運動をすることはできないことになつております。ところが参議院議員の場合とか、地方公共團体の場合におきましては、選挙当日までやられることになつております。これは性質上当然であつて、その制限規定がないからであります。
 次には選挙運動の始期及び終期と立候補準備のためにする行爲及び選挙期日後の挨拶行爲との関係をどう考えるかという問題であります。
 次には選挙運動につきまして、かつての選挙法においてそういう規定があつたのでありますが、選挙運動員の制度を設けることが適当かどうか、かような問題であります。これは選挙運動の一般的な問題としての研究事項として考える事柄でありまするが、あと各個の事項について申し上げますと、第一には選挙事務所の問題であります。選挙事務所の設置に関する制限はこれを維持することとするか、それとも廃止するかどうかということでありまして、制限を設けておるもの、それから設けない者とそこに掲げておいたわけであります。
 それから百八ページに参りまするが、選挙事務所の設置者は、これを候補者または推薦届出者に限定することとするかどうか。次には選挙事務所の設置または変更について届出を要件することとするかどうか。次には選挙事務所の設置の数を限定するかどうかという問題であります。選挙事務所の数は参議院の場合、におきましては原則として一箇所でありまして、例外として五箇所まで交通困難等の状況にある選挙区の場合においては認められることになつておりまして、全國選挙管理委員会の規則によつて制定いたしておりますが、現在の衆議院の選挙においてはすべて二箇所までのものは認めておるわけであります。次には地方公共團体の議会の議員及び長の場合におきましては、原則として五箇所まで認めまするが、これは現在は最低二箇所から最高五箇所まで認めておるというような現状であります。選挙事務所についての制限規定がございません。次には選挙当日投票所から一定区域内の選挙事務所の設置禁止をしておるが、これは必要かどうか。また禁止区域内の距離は適当かどうか。選挙法では投票所設置場所の入口から三町(三百二十七米)以内の区域における選挙事務所の設置を禁止しておる規定になつております。
 次には違法な選挙事務所の設置、また設置者でない者が設置した場合とか、定数超過で設置した場合、こういうような場合に対して選挙管理委員会が閉鎖命令を出すことができることになつておりますが、こういう処分はこれを將來も認めることとするかどうかというその問題が、選挙事務所に関する問題であります。
 次には休憩所の問題であります。休憩所その他これに類する設備の設置は一切禁止されておりまするが、この禁止は現行通りでよいかどうか。それから参議院の選挙の場合においてはそういう禁止規定がございませんが、これを衆議院議員の選挙の場合にも及ぼすかどうかという問題であります。
 次には事前運動の問題……。
#16
○栗山委員 議事進行について、この十六章は内容も廣汎であり、重要事項が含まれておりますので、一ぺんにやりませんで何節かにわけてやられることを提議したいのであります。
#17
○生田委員長 大体私は休憩所までを予定しておつたのでありますが、それでは第一から第四までを一括して議題に供します。
#18
○栗山委員 十六に入る前にひとつ希望しておきたい。それは当然なさることとは存じますけれども、事務的に、もしくは法律技術的に処理なさるべき事柄は、今まで審議されたうちにたくさんあつたのでありますが、そういう場合には委員長におかれては、全國選挙管理委員会の事務局の方々等も加えて御整理くださると思うのでございますが、それを希望しておきます。
#19
○生田委員長 むろんそうする考えであります。
#20
○栗山委員 それから今御説明のあつたところで特に取上げたく思いまするのは、政治資金規正法についての改正であります。今の政治資金規正法に非常に細かい、そして不必要に圧迫を感じさせるような規定になつておりますが、選挙法の改正と同時にこの政治資金法の改正をも本委員会で取上げてさしつかえないものではないかと思いまするので、取上げ得るものか取上げられないものか御研究の上、相なるべくはこの委員会で取上げてもらいたいという要望をいたしておきます。
#21
○生田委員長 この政治資金法の改正のことはこの委員会ができました劈頭において資金法を取入れて改正をするということの申合せになつておりますから、選挙法の改正とは違いますけれども、できればこの問題にも触れたい、こういうふうに考えております。
#22
○齋藤委員 この第一の選挙運動等の臨時特例に関する法律の内容に関することはどこにありますか。
#23
○生田委員長 選挙公営のところでやると思います。十七にあると思います。
#24
○佐竹委員 まず選挙運動関係法規統一に関する問題でありますが、この括弧一の選挙運動に関する各種法規は選挙法に関する基本立法の体系中にこれを取入れて考究するか、それとも臨時特例として残しておきたいとう問題であります。これはなかなか廣い問題であり、むずかしい問題であると思いますが、特に一例を一つ申し上げまして、事務当局がもしこれを整理せられることがあれば、特に御留意を願いたいと思う点があるのであります。たとえば前回三浦さんのお手元で整理をなさつたのにこういう点があります。選挙後のあいさつ行爲の違反行爲、これを本法へ取入れました。そこで百三十三條に「百條ノ二ノ規定ニ違反シタル者ハ一万円以下ノ罰金ニ処ス」ということになつております。次いで百三十六條で「当選人其ノ理事ニ関シ本章ニ掲クル罪ヲ犯シ刑ニ処セラレタルトキハ其ノ当選ヲ無効トス」とこうあります。ところが旧來このあいさつ行爲に関する法規は、別個の法規になつており、そうして罰金程度のものだつた。しかもそれは選挙が済んでそののち、はがきを出したというような軽い違反行爲であつた。それを今度は三浦さんの方で整理なさつて、本法へ取入れた。取入れたから本章の規定によつて処罰せられた者は当選無効ということになる。前にありましたのは、選挙が済んであいさつを出した。ところが間違いがあつても、それは別個の法規であつたから当選無効ににならなかつた。選挙が済んで後のあいさつ行爲として、それは罰金を受けるだけで済んだのであります。ところがこれを本法へ繰入れたものだから、本章に関する罪ということになつた。だからはがき一本出しても、自筆でなく、祕書に書かせて出した。そうするとはがき一枚でも違反だ。五十円の罰金だ、当選無効だ。こういうふうに整理をなさつておる。あいさつ行爲に関する問題では私ども友人のうちでもずいぶんやられた者があります。從つてこういうものを本法で取入れて、何か欠点があれば、すぐ当選無効へ持つて行くような整理というものは、よほどお考えになりませんと、條文を整理なさるお氣持はいいかわかりませんけれども、議員の身分を土台からひつくり返すような整理については、よほど御注意を願いたいと思います。私はこの改正については、あいさつ行爲などは、前の別個の取締り法規としてそのまま残したらよろしいと思う。特に本法以外に特例法として出しておりますものについては、その時期とか政治情勢とか、経済状態とか、こういつたような事情によりまして、特に特例を出しておる場合が多いのでありますから、これを一般法規へ取入れて恒久化しますることについては、特にこれは委員会においても論ぜられたことでありましようから、愼重にお扱いを願いたいものと考えます。
 その次、運動員に関する問題でありますが、これは別途戸別訪問なんかの問題とからまつて、あとで私は申し上げますが、相当制限をする必要があると思います。運動員の制限については、その運動の自由を阻害しない程度に相当数を認めることはけつこうできる。しかし野放しにしておきますことについては、よほど考えなければならぬ。運動員の数についてはこれを相当数制限すべきものであると考えます。しかし参議院においておこなわれております事務所以外に、選挙場の附近に接待所のようなものを設けてやつている、これはまことにみつともないきわみであります。衆議院においてこれを廃止いたしましたのは、当然のことである。何かしらお寺参りの接待をするような、あるいは一票をもの乞いするようで、堂々たる國会議員の選挙にはまことに見苦しい。あんなことは私は一切撤廃すべきであると考えます。
#25
○栗山委員 ただいまの佐竹さんの御説中、休憩所を設けない。これには私どもも賛成するものであります。
 それから事務所の数については、多くはずいぶん廣汎にわたる選挙区があるのでありますが、そういうところで一箇所でやることは実際にやつてみて非常に不便を感ずるのであります。それにかわつてしかるべき方法があれば考究課題に取り上げてもらいたいと思います。
 選挙運動の提議ですが、これについて通念的なものがあり、また法律的にくふうもできるかのごとき御説明があつたと思いますが、ちよつとそれを内容的に御説明くださいませんか。
#26
○三浦參事 ただいまの選挙運動の通説と申しまするか定義に関しましてはどこかに書いておいたのでありますが、ちよつと私見当たりません。要するに特定人の当選を目的としまして、その人に得票を得せしめないような行爲を一切ひつくるめまして、選挙運動ということに、学問的にも慣例的にも定義してあつたようであります。ちよつと正確なものを今研究して申し上げます。
#27
○中野(四)委員 そこで意見の出なかつた点で、私の方の意見を述べれば、選挙運動の時期をどう定めるか。これはやはり從前通り告示のあつた当日よりということが正しいと私は思つておりますが、このことは二、三日前の選挙法改正委員会で論議せられたけども、やはり前と同樣の見地で決められておると思うのです。
 その次は時期を限定するかどうかということ、これはあくまでも限定して置かなければいかぬと思います。それから選挙運動の時期をどう定めるか、これをもし論議すれば、選挙期日の当日まで選挙運動を認めるということになると、これは選挙運動に容易ならぬ混乱を來すおそれがある。從つて從前通り選挙期日の前日までということに決定することがよいではないかという意見を私は持つているのであります。他は先ほど佐竹君の言われた選挙期日後のあいさつ行爲との関係は、相当考慮しなければならない。本法にこれを繰入れて多く罰則を設けることは、いかにも選挙運動に対する非常な圧迫を感じ、彈圧をするものであると思いますから、この点は十二分に考慮して緩和する必要があると思う。選挙事務所の点は今の佐竹君の意見に同感であります。ただ今の始期と終期の問題については、あくまでもこれを限定しておかなければならない。こういう観点から私は意見を述べておきます。
#28
○栗山委員 具体的には、選挙運動の始期及び終期について意見の交換が始まつておりますが、終期の方を先に申しますならば、前回の委員会でもずいぶん研究された問題でありまして、終期は選挙期日の前日までとすることにはいろいろな根拠がありますので、現行法通りがよかろうと考えます。始期については、選挙期日の告示の日からとするか、それとも立候補の届出のあつた日からとするかという二つがあるわけでありますが、これはやはり立候補の届出のあつた日からであるべきであろうと私は考えます。
#29
○千賀委員 選挙の期日でございますが、告示のあつたそのときから立候補が可能でございます。立候補せずして、告示があつたからといつて選挙に立候補する意思のある人が、選挙法で規定せざるいろいろな運動、むしろ立候補しないで法律の裏を潜る方が便利であるという意味から、いろいろな運動をやつた例もある、一月の選挙でも相当にあつたのであります。またそういうことはますますやり得る可能性もあるので、もちろんこれは告示があつて、立候補可能で、立候補した日から選挙運動を始める、これが当然であると思います。終期でありますが、終期は最終の一票が投ぜられる時期いつぱいまでが、投票時期一ぱいまでが選挙運動の終期であらねばならぬことはもちろんでございますし、これをそのままにしておいてはいろいろ疑わしいことがあるというので、今までは特に施行細則のような取扱いで、終期を一日前とか十二時間前とか何とかということで制限をいたしてきたのが從來の慣例であります。これは慣例通りでも差支えないのでございますが、あらためて全國の選挙を統一するために適当なところで終期をきめるということがあつても、必ずしも私は反対はいたしません。しからば最終の投票の何時間前に終期を制すべきかということは相当に問題でありましようが、これはやつてできないこともなければ差支えないとも思いますが、しかしその適当な時期を見つけるのは、もちろんこれは小委員会でおやりになると思うので、ここでその点についての意見を差控えておきます。
#30
○栗山委員 選挙運動の始期及び終期については、大体まとまりがつくように見受けられますので、ここで一應おきめになられたらどうですか。
#31
○生田委員長 ちよつと御参考にお聞きしたいのです。選挙は自由公正にやれという輿論が強い。從つて事前運動を許したらどうかという輿論を一般に開き込んでいるのでありますが、事前運動をやらすかやらさぬか、やはり始期と終期の問題になるのですが、ただいまのお話のように、立候補届出をしなければできないということになると、事前運動は許可しないという方針のように思われるのですが、その点いかがですか。
#32
○栗山委員 私の意見をもつてすれば、事前運動というものは法的に取締ることはむずかしいと思います。從つてこれは少しずるい立法の行き方であるかも知れませんが、事前運動には触れずして、立法して行くことがいいと思います。
#33
○生田委員長 そうしますと、この問題は大体御意見がまとまりそうでありますが、從來初めからきめたものはあまりないのですが、きめた方がよろしければきめてもよろしいのですが、その点どうですか。
#34
○栗山委員 一應きめておいたらどうですか。
#35
○生田委員長 大体御意見を取入れるという方針で委員長もやりましが、しかしここで決議してしまうということはどうです。
#36
○栗山委員 決議でなくて、一應まとまりをつける。
#37
○生田委員長 まとまりをつけることにみなさん御意見が一致すれば、その通りきめたいと思います。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#38
○生田委員長 御異議なければ、さよう決定いたします。
#39
○三浦參事 選挙運動の定義に関して御説明申し上げます。先ほど私が申し上げた点をさらに正確に申し上げますと、選挙運動に関しましては判例等もいろいろ違つている場合もあるようでありますが、一般的に申し上げますれば、選挙運動とは特定の選挙につき特定人の当選を目的としてなされる一切の行爲をいうというように定義できるかと思うのであります。なおまた大審院の特例におきましては、選挙運動とは一定の議員選挙につき、一定の議員候補者を当選せしめるため投票を得または得しむるにつき、直接または間接に有利な諸般の行爲をいうというような判例もあるのであります。これに関しましては美濃部達吉氏は、ただいま申し上げました大審院の判例の間接に有利な諸般の行爲をなすというようなことまでも、選挙運動の定義の中にひつくるめることは、それは廣汎に失するというような批判をしておられます。なお選挙運動の定義に関しまして、二、三の例を申し上げて御参考に供しますれば、判例におきましては、選挙運動と称すべき行動は、議員候補者のために当選をあつせんする一切の行動をいうという判例もあります。なおまた、選挙運動とは、当選をあつせんする一切の行動を指摘するものなること、文字自体によつて明白であるというような判例もあります。なおまた、選挙運動の方法、順序等につき協議する行爲もまた選挙運動の実行行爲の端緒なるをもつて、これを選挙運動というを妨げないという判例もあります。なお應援演説で一定の議員候補者を推薦することをもつて目的とし、弁士がこれに関し報酬を受け、または報酬供與の申込を承諾した以上は、これをもつて同法にいういわゆる選挙運動者なりといわざるを得ないという判例もあります。なおいわゆる選挙運動者なりといわざるを得ないという判例もあります。なおいわゆる應援演説なるものは、あるいは一定の候補者を目的とせず、一定の政党政治のためにその政見を発表し、同志の選挙人を鼓舞奬励し多数の政友を当選をせしめんとするものなるをもつて、必ずしもこれを選挙運動ということはできないけれども、應援演説で一定の職員候補者を目的としてその人を推薦するものなる以上は、これを選挙運動と称するを妨げないという定義もあります。もう一つ例を申し上げますが、公衆に対してあまねく特定の候補者の政見を発表し、その識見技倆を賞揚し、もつて議員たるの適格者とし推薦する者も選挙運動者というように、判例はいろいろあるわけですが、これを要するに総括して申しますれば、私が最初に申し上げましたようなことに要約されるのじやないかと考えます。
#40
○前田(種)委員 選挙事務所の問題は選挙区がどうきまるかということによつてきまつて來ると思いますので、選挙区の問題があとに残されておりますから確定はできませんが、現行の中選挙区が一應決定するという仮定におきますと、大体全縣あるいは交通不便の廣範囲の地区等は二箇所ないし三箇所程度認めたらどうかと私は考えます。それから休憩所の問題は認めないことにして、選挙事務所を三箇所ぐらいまで認めるというように考慮したらどうかと考えます。
    〔「賛成」と呼ぶ者あり〕
#41
○生田委員長 午前はこの程度で休憩いたします。
    午前十一時五十二分休憩
     ――――◇―――――
    午前一時二十一分開議
#42
○生田委員長 午前に引き続き会議を開きます。
#43
○栗山委員 午前中議題になつておりました選挙運動の定義をつくるかつくらないかという点でありますが、皆樣の御意見を拜聽しておりますと、この定義を立てることが一得一失、一利一害でありますので、これは政治理念と申しますか、今までの概念によることとして、定義として取立ててここに明記することを避けてはいかがかと思います。
#44
○生田委員長 栗山君の御意見に御異議ございませんか。――御異議がなければさような方針をとります。第一から第四までに対してほかに御意見はありませんか。――御意見がなければ次に移ります。次は五、六、七、八を一括して三浦君より御説明申し上げます。
#45
○三浦參事 まず第一に事前運動について御説明を申し上げます。事前運動は選挙運動の合法的な開始がいつから始まるかということによつて自然に事前運動の限界がきまつて來るわけでありますが、現行法によりますれば、立候補届出後に初めて合法的な選挙運動ができるというふうに、たとえば衆議院議員の選挙法について申し上げますれば、その九十五條に規定してございますので、それ以前の運動が事前運動ということになるわけであります。從いまして事前運動の問題につきましてこれを全面的に禁止するか、まつたくの自由とするか、あるいはまた一定の範囲でこれを認めることとするかということが一つの研究事項であろうと思つておりますが、これは同時に選挙運動の時期とも関連する問題であります。
 次に事前運動とよく似ております行爲でありまして、立候補準備のためにする運動というのがあるわけでありますが、この事前運動と立候補準備のためにする運動との限界をどう考えるかという問題であります。両者の限界を明瞭にする必要はないかどうか。あるいはまた立候補準備のために要しました費用の選挙運動費用への加算の問題は事前運動の禁止規定と関連を有するのでありまするが、もし事前運動の禁止を撤廃いたしました場合におきましては、この関係をどうするかという問題であります。この選挙運動の費用への加算の問題につきましては百十九ページの選挙運動の費用のところに掲げておいたのであります。
 次には第三者及び演説による事前運動を認めることの可否の問題であります。第三者の推薦によりまするところの選挙運動を事前においてこれを認めることとするかどうか。あるいは演説による選挙運動はその主宰者のいかんを問わず事前においても自由とするかどうかという問題であります。大正十四年の衆議院議員選挙法、昭和九年の衆議院議員選挙法等におきましては、第三者の推薦状による選挙運動、演説による選挙運動等につきまして特別の規定をいたしておつたのでありまするが、これらの関係についてどう將來の制度として考えるかという問題であります。そこに一例として大正九年の衆議院議員選挙法の特例を掲げておいたのでありますが、これによりますと立候補の届出制を採用はいたしておりましたが、届出前の選挙運動の禁止規定を設けていない場合があつたのであります。なおこの場合におきましては、選挙運動者を一定の範囲に限定する規定もあつたわけであります。
 次には教育者の特殊地位利用の選挙運動でありまして、教育者が特殊な地位を利用して選挙運動をすることは將來の制度として禁止するかどうかという問題であります。この点は現行法にその禁止規定があるわけでありまして、そこに百十ページのところに掲げておいた次第であります。なおこの問題は教育基本法との関係等も考慮しまして、学校における教育が特定政党の支持または反対のための政治教育その他の政治活動にわたる場合におきましては、これを禁止する規定があるわけでありまして、先般もこの点がいろいろ教育上問題になつておつたのでありますが、この問題を檢討いたします場合に、それらの点についてもあわせて研究いたしましたならばどうか、かように考えておるのであります。
 次には戸別訪問の問題でありますが、戸別訪問についてはどういう措置をするか、全面的に禁止するかあるいはまつたくの自由にするか、あるいは一定範囲で認めることとするかということでありますが、戸別訪問を全面的に禁止いたしましたのは大正十四年の選挙法以来であります。まつたく自由にいたしておりました時代は、明治二十二年の衆議院選挙法、三十三年の衆議院選挙法、大正八年の選挙法時代であります。
 次に戸別訪問を自由に認めました場合に、実際問題としては買收等犯罪の防止はどういう処置を講ずるがよいか、この場合罰則の強化等は必要ないかという問題も、あわせて考慮すべき問題であると考えるのであります。
 次に戸別訪問を認める場合におきまして二、三の問題となる点を掲げておいたのでありますが、まず第一は候補者その他選挙運動に従事する一定範囲の者に限つて戸別訪問を許すことにするかどうか、次には戸別訪問をなし得る相手方の範囲を、候補者の親属とか知己等の範囲に限ることとするかどうか、次には選挙期日後の戸別訪問は自由とするかどうかというような問題が考えられるかと思うのであります。
 次に、戸別訪問とはどういうことを戸別訪問と言うかという点がはつきりしない点もありますので、戸別訪問の定義を明文化する必要があるかどうかという点であります。戸別訪問の問題に関しましては、戸別訪問とは何人たるを問わず票を得る目的または票を得せしめる目的をもつてする場合が戸別訪問ということに、現行規定がなつておるのでありますが、この場合におきまして連続的訪問の場合にそれが限られるのか、間断的訪問の場合をも含むのか、あるいは通勤先の事務所、事務室等の訪問も含むのかというようないろいろの問題があると思うのであります。
 次には個々面接行爲及び電話による選挙運動でありまして、個々面接行爲は現行におきましては自由に認められておるのでありますが、これも將來自由とするかどうか、個々面接と申しますれば、單に社交的儀礼に属するあいさつ行為というように通常定義されておるのでありますが、こういう範疇における個々面接行爲を許すかどうかという問題であります。
 それから次には電話による選挙運動は現行通り自由とするかどうか。電話によりまする費用は選挙運動の費用から除外することとするのか、それとも現行通り加算するかという問題であります。電話による選挙運動と申しましても、これに第三者の選挙運動のところでなお触れる問題でありますが、候補者自身があるいはその選挙運動員が電話によつてやる運動の場合にここでは限つておるわけでありまして、第三者の電話による選挙運動は、第三者運動のところで規定しているわけであります。
#46
○千賀委員 ただいま上程になりました問題は大分議論の多いところでございます。しまいの方から取上げて参りますると、戸別訪問でございますが、戸別訪問に現行法で禁止してありまするが、私はやはり禁止する方がよいと思います。最も切実な私の体驗を御参考に申し上げまするならば、私は小さいときから非常に政党運動に関係しまして、政友会、民政党で火花を散らした当時から、自分に選挙権がない時分からこれに参加をして、盛んにやつておつたのですが、その当時選挙運動の許されておつたころでございますと、選挙の始めのうちは、冷靜なうちは相手が戸別訪問に行つたのを見かけて出て行くとすぐそのあとに行つてその所論をくつがえして、また自分の方になびかせようというようなことをやつておりますが、だんだんクライマツクスに達して参りますると、相手側が入ればそこに入つて行つてけんかをふつかけるというようなことを連日繰返すようになりまして、やつておるものは夢中でありますからおもしろいに違いないのでありますが、さようなことをやられる一般市民にいたしますると、これはずいぶん選挙中うつとうしくてたまるまいと思います。ほとんど住居の安寧もあり得ないし、いつだれが入つて來て自分のうちでけんかを始めるかそれもわからない。どちらにも追從を言わなければならぬというようなことで、非常に民衆に苦しみを與えることになりまするので、これは現行法がいいと思います。選挙が済んでからも戸別訪問をなお禁止するかの点は、告示前だとか、選挙が済んでからだと、相当に運動員も冷靜に返つておりますから、これらの戸別訪問などはもう選挙運動として取締りのうちに考えなくてもいいと思います。これは問題外にしていいのじやないか。
 それから個々面接等はやはり現在許されておりますが、これは許されてあることはよいことであつて、非常に明朗であると思います。道で会つた人々がおれの考えに聽從しないかと言つて話のできるぐらいなことは、せめても残された明朗な面でありまして、これはあくまで守つて行きたい、育てて行きたいと考えております。大体ただいまの上程になつておる点では、かような点を私は強く感じております。他の事項はほかの方に御意見がございましようから、電話のごときでも大体私は現行法がいいと考えております。
 また第三者の運動等もこれはできるだけ自由であつていいと考えております。これも現行法が大体よろしいのではないか、かように思います。
#47
○前田(種)委員 私も大体五から八までの問題は今の千賀君の御意見通り賛成したいと思います。もしこまかく小委員会で議論になる場合にはあらためて私も意見を申し上げたいと思いますが、大体の原則として現行法で押えている、あるいは許しているという範囲が常識的であつて、大体その程度で不都合はないのではないかという意見を持つております。
#48
○齋藤委員 選挙運動に関する項目でありますが、実は今度の選挙法の改正は選挙運動に関する点に最も重点を置いている。私は率直に申しますと選挙運動に関するこれまでの制限をことごとく撤廃する、白紙の状態に戻つて選挙運動を無制限に許すことで行かなくてはいけないと思います。選挙運動といつたところで何をやるかというと、つまり演説会と文書である。言論出版の自由――つまり基本的人権はことごとく憲法にきまつていることでありますから、これを制限することは法律上から見れば憲法違反、政治上からみれば立憲政治に害がある。立憲政治といつたところで結局議員を選挙して、その議員が國会議事堂に集つて政治の根本を議する、政治はそれに基いて政治を行う、これに帰してしまう。ゆえに立憲政治の大半は選挙なのであります。國民が政治に参與するというけれども、國民は選挙のときをほかにして政治に参與する機会はない。いつかフランスのルソーがイギリスの立憲政治を笑つて、イギリス國民は政治の自由を持たない。彼らの持つのはほんとうの政治の自由でなくて瞬間の自由である。ただ投票をするときだけの自由であつて、投票が終わつたならば、國会議員の勝手である。だからこれは瞬間の自由であるといつて笑つたことがありますが、ルソーは立憲政治には反対であつた。
 とにかく國民の参政の唯一の場合は選挙であります。その選挙にあたつて運動の自由を制限して、演説はできない、文書も発行することはできないとすればほんとうの選挙はできないのであります。これまで日本に行われているところの運動の方法によると、これは官僚のわなにかかつているのです。よく事情を知らずに取締まつて、選挙運動の自由を制限してしまう。日本の立憲政治の発達が遅々として進まない、日本國民の政治思想が低いというような非難がありましたら、そう原因は確かに選挙運動を制限しているところにある。選挙運動の自由を解放して何のじやまになるか、何も演説会の回数を制限する必要はない。演説会は公営で、役場でしてくれるのでありますから、役場が膳立てをする。候補者は膳立てをしてもらつて感謝をしておればよろしいのです。何も制限をする必要はない。文書戰も國民が文書を出して選挙を助けていいじやありませんか。何も候補者が文書を出してはいかぬという必要もなければ何もない。運動を解放して候補者の何の邪魔になる。私は邪魔にならぬと思う。邪魔にならぬことをこれと制限して選挙運動を彈圧しても、何もならないのです。だから私はこんな制限はことごとく撤廃するがよい。戸別訪問もそうである。戸別訪問も有権者選挙人が公開演説をやつたり、あるいは演説をやることができなくて、戸別訪問をして自分の推す候補者を助けて何が悪惡い。何も惡いことはない。戸別訪問をすると、投票を買收するとか何とか言うけれども、そんなことは何も眼中に置く必要はない。いつたい選挙法は議員がつくるのであつて、実は議員の権利でも何でもない。もう少しわれわれは限界を廣くして、ことに今度古い君主政体の憲法が廃止になつて、文民の民主主義の憲法である。何でもかんでも民主主義、民主主義といつても、事実は民主主義でもなんでもない。民主主義を蹂躙しておる。何の必要があつて、こんな制限をつくつたかわからぬ。それから立会演説ということがありますが、これも何も法律をもつて立会演説なんか規定する必要はない。やりたければかつてにやるがいい。立会演説を規定して、いろいろしやくし定規のことをやつておる。そんな必要はわれわれは全然認めぬ。ことに立会演説といつたところで、候補者の選挙運動は、候補者それ自身によつてやり方が違いますから、立会演説に出る候補者もあれば、出ない候補者もある。政党の幹部など出られるはずはない。みなそれぞれ同志をするのであつて、自分の選挙に携わつて、政党の幹部は立会演説ができるはずはない。そうして立会演説を聞いて二十分か二十五分の時間の制限を受ける、そんなことで政治上の意見をはけるものではない。人を集めるのはよろしいのでありますが、何のために來るかというと、見物に來るのです。田舎の人がみんなのあとについて見物に来る。まじめな演説というものは行われるものではない。だから、やりたければやるがいい。法律をもつて立会演説を規定するということはいけない。こういうぐあいでありますから、われわれは民主政治、選挙運動ということをよく考えて、こんな不合理な制限をことごとく撤廃してよかろうと思う。それから演説会の準備をするについて、無制限にやると役場が困るというならば、それも制限するがよい。それ以上候補者が演説会を開きたいというならば、候補者自身でやるがいい。それからこういうことがあります。今度兵庫懸の参議院議員の選挙において、私は初めて聞いたのでありますが、何でも演説会場ではポスターを張つてもいいという規定がある。演説会場は屋内と屋外を問わず、そこで街頭演説をするというポスターをむやみに張るのです。街頭演説というものはポスター戰である。こういうような拔け道もありますから、そういう点をどうするか。相当に考えておく必要があると思います。要するにわれわれは民主政治の本質にかんがみて、そんなきゆうくつな小刀細工のような選挙法を撤廃して、選挙運動をにぎやかにして、そうして國民はこぞつて選挙運動に熱中する。自分らが骨を折つて出した代議士ならば、そのやつたことについてはしかたがないと言つてあきらめるのです。それを選挙運動の自由を拘束して選挙運動をさせずに、そうして代議士がやつたことに頭を下げるということは、少しむりである。どこの國でも日本のようなばかげた制限をやつている國はありません、戸別訪問ということを日本で初めてやつたのです。いつかも私は話をしました。まつたく小選挙区の制限選挙区の弊害にかんがみてこんなことをやつたのがもとであります。今もその残骸が残つておるのでありますけれども、今日選挙区が廣くなるし、ほんとうの普通選挙になつて、少くとも三万五万の投票を獲得しなければ当選しない場合において、戸別訪問などで選挙が爭えるものではない。のみならずこれは非常な不公平であつて、あるものは戸別訪問をやつたからといつてつかまえる、あるものは解放されておる。私自身のことを言うのはおかしいが、この春の選挙で、私は演説会をある村の役場で開くことになつているので、そこに行く途中の役場に一晩とまつた。そうしてそこの役場の吏員に投票してくれと頼んだのでも何もないのに、反対党から戸別訪問だといつて訴えられた。訴えられれば警察官もだまつておれぬから、役場の吏員をことごとくひつぱつてしまつて、村民は非常な迷惑をしておる。こんな戸別訪問の取締りを濫用するものがある。一方においてはある候補者の細君は、自分の女学校の友だちをかたつぱしから戸別訪問をやつて、自分の友だちに頼んだ。そんなものはまつたく手をつけぬ、それで放任しておる。一体戸別訪問に対する取締りはなつておらぬ。こんな不合理なものを存在させる必要はない。いろいろ候補者側にとつては異議もあるかもしれないけれども、こんなものは断然やめてしまう方がいい。大分戸別訪問をやめろという意見も現われているようで、たしか選挙管理委員からそんな意見が出ておつたように思います。思い切つてこれはやめてもらいたい。それからさいぜん申しましたが、立会演説もやめてもらいたい。それからむろん今度の選挙法改正として昨年の暮にこしらえた選挙運動臨時立法とかいうものです。これは全然廃止するがよい。ちよつとしたはがきを出す。暑中見舞を出す、寒中見舞を出す、こういうものもみな選挙違反になる。そんなものを出したものはすぐ選挙違反で当選を失格してしまう。そんなばかなことはない。こんなものはやめてしまつて、選挙運動に関する臨時特例は全部やめてしまうがいい。それから政治資金特別法というものがある。これも内容を見ると、つまらぬことであつて、そんなに行われておりはしません。たとえば選挙にあたつて寄付でも受けたものはことごとく届出をしろということになつておるが、おそらく届出したものはないと思う。選挙があると應援者から陣中見舞とか何とかいつて金が集まつて來るらしい。そういうものは届出制ということになつておりますが、届出をしているものはおそらくあるまいと思う。あるかもしれないけれども、ないのがたくさんある。それはすなわち不公平である。こんなものは何も届出をする必要がない。私有財に関することを何で法律で干渉するか。政治資金特別法というものも相当に檢討する必要があると思います。要するに私の考えは、原則的には選挙運動を全然解放してしまう。これに民政上基準となる、こういう考えを持つております。この見地に基いて案を立てていただきたい。これを要求します。
#49
○前田(種)委員 今齋藤委員の御発言の中で演説会、文書、図書等は先に論議されますので、そのときに私は演説会等に対して意見を申し述べたいと思います。特にただいま議題になつております問題は、事前運動と、それから教育者の特殊的地位を利用する選挙運動、戸別訪問と個々面接、この四つの問題が議題になつておるわけです。そこで齋藤委員から戸別訪問を中心にして御意見がございましたが、私に理想から行けば、あるいは憲法の條章から行けば野放しにするということも一應考えられると思います。しかしわれわれは実際の社会生活、あるいは國家の現状とにらみ合して、一切の法規を運用されると思います。今のような國民の政治教育の程度、あるいは日本の民主化されておりますところの現段階における選挙運動、あるいは政治教育、あるいは今日の日本の社会秩序の回復の現状、政治経済の再建の過程等々をにらみ合して、今日なお独立國家にすらなれないような日本の各般の情勢から考えてみましたときに、選挙運動を野放しにするということになりますと、そこから來るところの弊害がまたいろいろなものが出てくると私は考えます。この弊害を無視して選挙運動というものはあり得ないと私は考えます。結局総括的に申し上げますならば、日本の再建の度合と経済秩序、あるいは社会秩序、あるいは政治教育、あるいは民意の度合、あるいは日本の政治的民主化等々とにらみ合して選挙法、あるいは政治運動、そうしたものも一歩々々前進する姿でなくてはならぬと私は考えます。そういう今日の現状、特に物情騷然たるところの現段階において、選挙運動が野放しにされるということから來る弊害等々を考えますと、いろいろな点で憲法上から制約されるという議論もございましようが、ある程度制約された中で選挙運動をやらなければならぬことも常識的に判断ができると私は考えます。そうした常識的な判断が現行法のいろいろな点に盛られておると思います。しかしその中で部分的に取上げて、この点はこの程度に修正したがいい、こういうふうにしたらよかろうという意見がこまかく出て來ると思います。しかしそうした問題等は小委員会で十分論議するといたしまして、今問題になつておりますところの四項の項目は、大体原則としてはむしろ現行法の行き方の方がいいのじやないかというのが私の意見でございます。
#50
○佐竹委員 選挙は自由であつてほしいというのはもちろん理想であります。しかし自由だけでは私どもの望みは達せられません。必ず公正でなければなりません。自由公正なることを要します。一人の人が自由氣ままにやつたが、金がたくさんあつて自由氣ままにやれる人はやれるでしよう。しかし勤労階級を代表する人々の中に金のない人があつて、やろうにもやれぬ。こういつたときにこういうところの人にやはりその程度の機会均等を與えることは公正です。公正に選挙をやる意味合いにおいて、ある程度の制約を受けることはけだしやむを得ないことであります。從いまして私どもは自由はけつこうだが、無制限の自由というものはあり得ない。あらゆる法治國におけるお互いの生活について見ても、これは選挙に限りません。いかなる面においてもそんな野放しの自由などというものはございません。そんな無制限の自由を許すことになれば、それは金のある者はどんどん買收したらいいでしよう。けれどもこれは何人も――例えば今実施困難なる規定に関する調べとして全國選挙管理委員会事務局から出しておりますが、これの中にも買收の條項は上げておりません。しかし買收した者のうち、千人のうちで、上げられる者は一人か二人でしよう。だから実際その面から言えば、これはむしろ実施困難の部類に入るでしよう。こんなぐあいに全國選挙管理委員会の事務局が戸別訪問もあり、あるいは事前運動なるものも上げ、選挙期日後における当選及び落選に関するあいさつ行爲の禁止、こういつたことを上げておられるけれども、これは困難だとおつしやる。しかしこの規定がありまするために事前運動もある程度ちやんと遠慮しておる。戸別訪問もおおまかにはやりません。選挙期日後における当選落選に関するあいさつのごときは、完全に行われております。むしろ選挙に際して買收などは蔭に隠れてもつとよけいに行われておる。十人のうち檢挙される者は一人か二人でしよう、これでは実施困難と管理委員会としても書かれない。なぜなら買收などを自由に許すということになつたら、選挙法の基礎がくずれます。選挙法はないにしかず、やりつ放しにどうでも自由かつてにやつたらいいです。そんなことでございましたならば、これに選挙法を廃止するにしかずということになります。立候補の制度もいらなければ供託制度もいりません。私どもはある程度選挙はお互いに機会均等を得て、そうしてお互いに自由に、お互いに公正に、特定の人に野放し的な自由を認める理由を私どもは持ちません。そこで実際選挙運動をやるに際しましても、自動車の上から何々候補者に入れてくれと言つておるのはみつともない。三十人や四十人近くの者がトラツクに乘つて、氣違いのように叫びまわるのはみつともないです。それからまた休憩所の問題なども、もの乞いするようなみつともない話です。こんな選挙の体面を汚すようなことはどんどん取締る必要があります。自由にやらせるなどということは考えられません。やはり一つの制約を設けて、選挙は選挙なりに、國会議員の選挙なら國会議員の選挙なりに、選挙をするにふさわしいところの体面を保つように規制することが必要である。そうして一部の人の自由だけを許さず、全面的に公正な、みんなが自由にやれるようにしなければなりません。事前運動も國会が開かれておるときに、どうも解散の空氣が盛んである。そこで解散だというので、みんなが職場を放棄して選挙区へ帰つて、演説をやつたり戸別訪問したりなどいたしましたことが、事実の上に現われております。議会において議席を持つておるものは、それはけしからぬ。議会の開かれておる最中に選挙運動などに行くべきじやない、こう言うけれども、これをとめてしまえばどうなりましよう。議席を持つておらぬ人は自由かつてにやります。議席を持つておる人は、自然に禁止される。持つていない人は自由にやれる。これが何で公正でありましよう。一部の人が自由かつてにやり、一部の人が押し込められておる。そんなことになるから、議席を持つておる者も、持つていない人が自由にやつているのだから、こそこそと拔け出してやるようになる。從つてやはりスポーツをやりましても、一定の時刻に、一定の場所から出発して、同じように爭うわけです。同じようなチヤンスにおいて、チヤンスをイコールにして、互いに爭わせる。そうして勝つた者に勝ちを與える。これは当然のことであります。從つて用のないやみ成金であつて、金は幾らでもあるといつたような人は、年中いろいろ選挙運動をやつておる。それが堂々許されるということになつたならば、次の選挙のときに立候補しなければならぬからと言つて、堂々と演説をやつてまわるでしよう。そうするとわれわれといたしましても、これにできるだけ対抗しなければなりません。そんなばかげたことはありません。從いまして一定の期日を定め、立候補の制度を認め、供託制度を認め、いよいよこれから一緒に出発をいたしましようぞと言つて、そこで一定の日限を切つて互いに爭わせる。そうして國民の信頼を得た者に勝利を得せしめる。これはまことに私は勝負を決する上において当然の制約であると思う。從いまして事前運動のごときを野放し的に許すがごときは断じて許すべきではない。しかし選挙管理委員会のごときは事前運動に関する規定なんかは施行困難だとおつしやつておるけれども、これは買收よりももつと嚴格に行われております。実際供託をして立候補の届をしない前に看板をかけることにできません。立候補をいたしましたというあいさつ状を出すことはできません。立候補いたしましたと言つて選挙運動に加わることはできません。立会演説に立つことは行われておりません。少くともあの規定によつて保護せられておるところの利益を享受することはできない。これはびしびしと行われております。何にも御利益はないというのではございません。われわれがこういう規定を設けて一定の場所から一定の日時に、互いに爭わせる制度が必要であつて、事前運動を禁止いたしますと同時に、互いに一定の立候補制度と供託制度のもとに届出をいたしまして、その後許された範囲内において自由にやる。これでこそ私は正しい公正なる選挙ができると思います。もしそういつたような制限もなしに、自由氣ままにやらしてしましまするならば、これはもう選挙の秩序やなんかというものもあつたものではありません。しこうしてそういつたことはなかなか施行困難だと言いますけれども、それだつたら窃盗にしても横領にしても、刑法上の犯罪のごときは今日絶えません。しかし檢挙されるものはその一部分にすぎないでしよう。浜の眞砂は盡きるとも盗人は盡きないという。しかし刑法を廃止するわけには参りません。こういう規定がちやんとあればこそ、これに対して相当の効果を收めておることは間違いない。もちろん役人に対する規定でも、きよう一日限り役人をやつてよろしいと野放しにしてごらんなさい。いかなる殺人事件が起るかもしれません。その規定がちやんとあつて無言の支配をしておる。それは統計に出るような、数字に現われるようなものはなくても無言の制約というものがある。それでいいのです。それでこそこそやつておるものは檢挙もするし、檢挙を全部しなくても法の効果なしとは断じて言えません。從つて私はそういう規定は、公正にやらせる意味合いにおいてあつてよろしいと思います。チヤンスをイコールにする上において必要であると思う。
 次に教育者の特殊地位利用運動の問題も、かような意味合いにおいて。特殊の地位を利用いたしまする運動のごときは制約を加えることが必要であると私は思います。次いで戸別訪問の問題でありますが、戸別訪問につき物は買收であります。古來から戸別訪問には必ず買收がつきまとつておる。從いまして買收を禁止しようとする方面に御賛成の方でありましたならば、その機会を與えるところの戸別訪問は禁止してよろしいと思います。これは單なる小選挙区時代の弊害ではありません。もしこれを今日、中選挙区におきましても、あるいは大選挙区になりましても、戸別訪問を自由に許すということになつたならば、これが絶えるかと言つたら絶えません。おそらく第一に手を着けるものは戸別訪問團を組織することでありましよう。それが勝敗の決定点になりましよう。たとえば私でありましたならば、あの村のどういう人をかり込む。そこで五人なり十人なりの團体をつくる。これが先ほど申し上げました選挙運動員をある程度制限せいと言うたのと関連いたします。選挙運動員はどれだけ置いてよろしい、戸別訪問も野放し、やり放題だということになりますならば、この村で五人、この村で十人、この市で百人と、戸別訪問團をつくります。もうそれが朝から晩まで戸別訪問をやつて参ります。これは戸別訪問の恐るべき激戰になりましよう。今度の規定ではトラツクの上から何の某に入れてくださいと言うことを禁止いたしましたからみつともない状態が絶えましたけれども、あれを許しておるときにどういう有樣でありましたか。実に物狂わしいばかりなプロパカンダでございました、ギヤンギヤン夜の一時二時過ぎまでやつておる。朝はまだ起きない前からガンガンやつておる、安んじて寢ることもできなかつた。もし戸別訪問を許すことになつたならば、これが法制の上において公然許されることになつたならば、夜の夜中も戸をたたいてやるでしよう。そうなれば戸別訪問をしてまわる人を押えた者が勝利です。これは恐るべき方面に向くと同時に、その関係は必ずや買收に行く。これは決して小選挙区制の弊じやありません。今日のように選挙がせちがらくなつて参りますと、大選手区制になりましても、中選挙区制になりましても、これはその方面に驚くべき精力を集中しまして、しかも運動員が無制限に許されるものですから、各市、各町村、渦を巻いて戸別訪問になる。そこで戸別訪問をかつてこれを禁止するようになつたのは、選挙をする側にとつてもとうていたえきれぬという、負担の重いという点からでもあつたと同時に、一面は選挙民が迷惑する。店を開いていると、店に來て坐り込まれる。甲が帰ると乙が來る。甲に会つて乙に合わぬというわけには参りません。玄関でもいかぬから奧に通す。台所から來る。それで台所のごときは奧さん連がもうほとんど家事ができないようになる。國民一切が生活に耐えられない。だからこんなばかばかしいことはない。みんながこれをやめる。機会均等でお互いにせぬで行けばいいじやないかというのでやめることにになつたのであります。私どもが最も禁止をしなければならぬ面は、むしろ選挙をしなければならぬ側これらの人々に迷惑をかけてまでも選挙というものはあるわけはない。選挙の自由はいいけれども、選挙権者の自由を侵害してその自由にあり得ないと思う。私どもはこういう見地に立つて、とにかく立候補いたしました者が、いかなる政策のもとに、どのような人物であつて、どういう方に向つて進む人物であるかということさえ徹底せしめればいいのです。それ以上國民に迷惑をかける必要はちつともない。從いまして私どもといたしましては、その持つておるところの政見なり、その人の身分なり性格なり、これを徹底せしめるに必要な限度において自由なる運動を與えればいい。これを徹底いたしますために適当なものは演説会であり、文書である。こういう面においてある程度の制限はやむをえないでしようが、これをできるだけ自由にいたしまして、もつて互いに機会均等で、金のある人だけが勝手氣ままなことをやらないように、互いに人物と政見を中心とした平等の爭いが公正にできるような建前の選挙法こそ望ましいと考えます。こういう意味合において戸別訪問のごときはもつてのほかであると私は考えます。
#51
○齋藤(隆)委員 私が選挙運動を開放して選挙運動の自由を許せと言うことは、買收を勝手にしていいとか、戸別訪問を勝手にしていいとかいうことではない。ただ憲法の範囲内において、立憲政治第一の中で言論と文章は無制限に許せ、これだけのことであります。私の自由と言うのはやはり法律上及び政治上において限定された自由である。それは誤解のないように願います。戸別訪問を許すか許さぬかについてはおのおの見解が違いますから私はここで論をいたしません。
#52
○北澤委員 この選挙運動の取締りにつきましてはいろいろ御議論があるのでありますが、現行法の制度が窮屈すぎるということは皆樣御同感と思うのであります。ただいまも齋藤委員からお話がありましたように、民主政治の本義はほんとうに國民を代表する人が、選挙によつて出て來る。この人が國政を議するということが民主政治の根本であります。ところが現行のような選挙でやりますと選挙民がほんとうに候補者の政策なり人格なりを認識するのに不便である。もう少し選挙運動取締りを緩和しまして、選挙民諸君が候補をはつきり認識する、その人の識見なり人格なり経驗をはつきり認識し得るようにするのが私は民主政治の本義に一致するものと思うのであります。ただ問題はあまりに自由にしますと結局金のある者が勝利を占めることになりますので、そこに不公平ができるのでありますが、これはどうも現在の日本の状態では選挙に関する費用はほとんど全部候補者の負担でありますから、こういう点はひとつアメリカなどのように政党が負担する。アメリカなんかの選挙を見てみますと、上は大統領の選挙から下は州、市町村の選挙に至るまで、全部政党の負担においてやる。候補者は自分の身分相應の寄付だけをその政党にする。あとの選挙運動、選挙費用というものは全部政党が負担する。こういうことになりますと候補者の負担において選挙することになりませんので、金がなくても立派な人が出てくる。結局そういう費用などは政党が負担するということにしますれば、ある程度選挙運動を自由にして、そうして選挙運動に金がかかりましても、金のない者が選挙に敗けて、金のある者のみが選挙に勝ち得るということがなくなるのであります。私はどうしてもそういう意味合いから申しまして現在の選挙運動に関する取締りというものをもう少し緩和しまして、そうして選挙民がほんとうに候補者を見分け得るようにすることが必要だろうと思うのであります。前回の衆議院選挙を見ましてもほとんどお通夜のような選挙であります。これではとうてい選挙民が候補者を認識する機会すらないと思うのであります。アメリカの例をすぐ日本に持つて來るわけにも参らないのでありますが、たとえば去年の大統領選挙を見ましても、トルーマン大統領候補者は特別列車を仕立ててアメリカ全土を乘りわたした。そういうふうにして國民の選挙に関する熱意というものを最高度に上げて、ほんとうに國民の信頼する候補者を選ぶというようにすることが私は民主政治の本業に合致するゆえんと思うのであります。それでありますので私は現行法による選挙の取締りというものはもつと大幅に緩和する必要があると思います。そういう意味におきまして、戸別訪問も、全面的に禁止することをやめまして、一定の範囲でこれを認めるというふうにした方がいいじやないかと思うのであります。
#53
○栗山委員 事前運動と教育者の特殊地位利用、戸別訪問がただいまの議題であります。事務的に申し上げます。事前運動については午前中に意見を述べましたが、これは取締ろうにもなかなか取締り得ない対象であります。從つて選挙法を立案いたします場合には、選挙運動をしてもよろしい地区及び期間、この二つを定めておくことがせいぜいのことであろうと思いますので、事前運動には触れない方が賢明であると考えます。いわゆる教育者の特殊的地位利用、これはあつてはならぬことであると確信をいたします。自由にして公正なるべき選挙、それに特殊の地位を利用して、師弟関係を利用して影響力を及ぼすということはない方がよろしい。戸別訪問の点でありますが、御意見はいろいろありますけれども実際だれも経驗をしていることであるし、また自分の経驗の範囲外のことでも、場合により文献によつて知り得ることでありますので、これも私一個の見解としては現行法程度がよろしいと考えます。
#54
○野村委員 大体議論は盡きたようですから蛇足の必要はないのですが、ただ戸別訪問について最近の戸別訪問の形態、実際の状況が非常に巧妙になつておるようであります。証言なり捜査に当つて法文に照すような具体的な生生しいものでなくして、結果として特定の候補者に結論が行くという方法が行われております。こういう点は、かりに齋藤元老のおつしやつたように民主的に行けば、これは非常に理想的なんですが、現実を離れて考えるわけにはいかぬと思うのです。しからば現行の法規は先ほどもどなたかお話があつたように選挙法そのものが非常に冷いものであり、相当有識な者がつとめてその選挙からそれで行くというのが実際であろうと思う。こういうことであつてはならないと私は思うのであります。戸別訪問に対してはある制限を設けてできるだけ緩和し、將來は政治教育を普及徹底してこれをオープンにすることができれば非常に結構ですが、現在の場合ただちにこれができないならば、かりに当初申し上げたような合法的に脱法して行く。これらの事犯に対しても十分工夫をしていわゆる正直な人がばかを見ないような工夫をこらしながらやらなければいけない、かように考えます。
#55
○前田(種)委員 今の野村委員の意見はもつともだと思います。そこで戸別訪問と個々面接との線をどこで引くかということに技術的の問題になつて來ると思います。私はここで個々面接の行爲と戸別訪問の線を実際問題としてどう扱うかということによつて、今野村委員の意見は、大体解決すると認識しております。個々面接の問題も全面的に許せという意見と、もつと強固にこれすら取締らなければいかぬという意見とあろうと思いますが、大体それで問題にある程度解消できるのじやないかと考えます。私は今申しましたような意見を付しましてほかに御意見がなければ御進行願いたいと思います。
#56
○生田委員長 それでは申し上げます。事前運動については前の議題のときに、これには触れない方がよいという御意見が大体確定的であつたと思います。なお第六の教育者の特殊的地位の選挙運動は、これは現行法のごとく認めないというふうな御意見が強いと思います。戸別訪問についてはいろいろの御意見があり、多少緩和してもよいというのと、あるいはむしろ強化した方がよいというふうな御意見もありまするが、大体現行法に近いようなものをこしらえたいという御意向に受取つたのであります。もとより齋藤委員のごとく全面的に解放して一切干渉しない方がよいという強い御意見もありまするが、これらについては諸君の御意見をしんしやくいたしまして、小委員会で十分に審議することにいたしたいと思うのであります。さよう御承知を願います。
 次は第九、第十、第十一について説明をいたします。
#57
○三浦參事 第九、第十、第十一の説明に入るに先だちましてちよつと御訂正を申し上げておきたいと思います。百十ページの事前運動、四のところに大正九年衆法の特例と書いてございましたが、それは大正十四年衆法の特例と御訂正を願いまして、その下のカツコ書きのところで「同法九十六」の下にポツをつけていただきまして、「参照」の下のポツを削つていただきたいと思います。まず第一に選挙運動関係者のその関係区域内における選挙運動でありますが、選挙事務関係者の範囲は前前からすでにどの範囲の者がそれにあたるかを御説明申し上げておいたのでありますが、ここにも特にそれを現わしておきましたが、この選挙運動の禁止を現行通り維持するかどうかという問題が一つあると思つております。次は選挙事務関係者の範囲は現行の範囲通りでいいかどうかという問題、それからその次には関係区域内におきまする選挙運動とはその区域外において当該選挙に影響を與える場合も含むものとの慣例があるが、この点を明確化する必要がないかどうか。あるいは明確化しないでもそういう原則によつて、解釈によつて行つた方がいいかどうかという問題。その次には選挙事務関係者と、その関係区域内における被選挙権の停止との関係でありますが、これはすでに被選挙権のところで申し上げましたので省略いたします。次に新しい問題といたしまして、國会議員の選挙運動のために地方公共團体の吏員がその選挙区において、選挙運動をすることを禁止することの可否の問題でありまして、こういうような意見もありますのでここに掲示をいたしておいたのであります。次は覚書該当者、公務員その他の者の選挙運動の問題でありますが、覚書該当者の選挙運動の禁止は現行通りとするかどうか。次には一定の公務員の選挙運動の禁止に関してはどうするか。これも被選挙権のところでも多少触れた問題でありまするが、特に存在中の裁判官、一般職に属する公務員等につきましては、特別の規定があるわけでありまして、裁判官は明らかに裁判所五十二條の規定によりまして、選挙運動の禁止の規定を設けております。それから一般職に属しまする國家公務員につきましては、國家公務員法の十二條一項でそういう制限をなし得るという根拠規定がありますが、これは人事院規則によつて定めることになつております。いまだその禁止の人事院の規則が公布されていないのが現状であります。次に在職の公務員についてはどうするか。それから請負業務等についてはどうするかという問題等であります。ことに請負業務等の当該選挙の関係区域内における選挙に関する寄附は現行通り禁止することとするかどうか、これに政治資金規正法にその規定があるわけでありますが、この問題とこの規定と関連を持つわけであります。次に文書図画の制限に関する内閣総理大臣の命令制定権でありますが、これは衆議院選挙法、参議院選挙法等によりまして、内閣総理大臣が命令をもつて特別の取締り規定を出すことができる根拠規定があるわけでありまして、それに基きまして現在出ておりますところの規則は衆議院議員の選挙運動の取締り規則と、それから参議院議員の選挙運動取締り規則であります。なおここに掲げてございませんでしたが、三といたしまして、地方公共團体の選挙の選挙運動取締り規則というのが法務廳令で出ておりますので、つけ加えて申し上げておきます。現在におきましては、かような取締り規則の制限内容は文書図画等の特例に関する法律及び選挙運動等の臨時特例に関する法律中に大部分包含されておりまして、かつ罰則の適用もないのでありますから、別個にこういう取締り規則を存置させる必要もないようにも考えられますし、その他その規定内容を見ましても、特別異議あるものも認められないようでありますので、必要部分についてはこれを恒久法の中にとり入れるべき必要があるかどうか、かような問題があると思います。
#58
○千賀委員 選挙管理委員の方がおいでになりますが、参考に伺いたい。今年の衆議院議員の選挙におきまして、文書図画の特例に関する違反が告発の件数も非常にたくさんであつたと思います。また一時は起訴になつたものも相当にあると思いますが、現在それが罰則に從つて処理をされつつあるのか。全部もうあれは白紙に戻してしまつて、あんなものはやめようとあなた方は考えているのか。現行を伺いたいのでありますが、いかがでしよう。
#59
○吉岡説明員 取締りの関係は法務廳あるいは警察当局からお答えを願いたいと思います。
#60
○千賀委員 きようはそちらの方面は來ておられませんね。
#61
○生田委員長 來てないです。
#62
○千賀委員 それなら明日どうかお呼びを願いたい。実に取扱いの方でこつけいなことがありまして、先ほど佐竹君のお話では自動車でガイガイ言うのはなくなつたというお話ですが、私どもの見るところでは断じてなつなつておらない。たとえば自動車に人を乘せて、某候補者あるいは某政党の名を連呼すべからずということがはつきり規定にあるにかかわらず、私の選挙区の方では盛んにこれを連呼して歩いた候補の陣営がある。そこで、これをとつかまえまして、非難をして、お前たちはこの條文に違反をしているんだ、まだ続けるならば告発をするがどうだということをだめを押しますと、いや滅相もない、私どもはそういう違反をやつておりません、連呼が行けないというものですから、われわれは一分間に一度ずつ候補者の名前を呼びます、そこで、このトラツクの中に三十人の青年がおつて、これが一分間に一ぺんずつ交代でやりますと、外から聞くとあたかも一人の人が連呼するよう聞えますけれども、これは一人は一分間に一ぺんで決して連呼ではない、こういうような牽強附会なことを言つております、われわれは断じてこれを許すべからずというわけで、警察その他に口頭で告発をいたしたのでありますが、そのままになつてしまつたようであります。それは全國の傾向がこういうものは取り上げまいという傾向らしいので、熱がなくなつたのじやないかと思うのでございますが、はつきりこんなふうに抵触をしている者がありましてもやらないならば、やめてしまつた方がいい。またその他自動車でも、大きな候補者の名を書いたものを事務所からその自動車の駐車場まで運ぶんだと言いながら、これを人がちよつともおらぬのに町の中をガラガラ引張りまわして宣傳の効果をあげているというような例もそのままになつてしまつたり、めちやめちやになつております。ところが私はこの中でぜひ今度は実行したい実現させたいと思いますことは、齋藤先生も先ほど言われましたが、一台の自動車に乘つた候補者のみが街頭演説をなし得るということはその成文でありますけれども、なるほど政党の幹部などはその一台の自動車に乘つて、みずからがそこで街頭演説をやつて廻るということはほとんど不可能であります。そうすると、そういう方々は常に街頭演説を自分の選挙区でやる機会はなしに終つて、そうでない事前の方だけが盛んに横行濶歩をしている。こういうことになりますので、この文書図画に関する特例も運用によつては非常に不公平であつた。だから私は改めるならばこの点だけは一人の候補に対して自動車一台充てがう。これは二台になつてもけつこうです、一台ないし二台充てがう。但しこの自動車に乘つておる者に限つて候補者がおるおらぬにかかわらず、自由に乘つておる者はどこでも街頭演説がなし得る、こういうことにかえましたならば、おそらくあの選挙で不便であつたという多くの人の感じはその一事でほとんど解消ができると考えております。かような点の條文化はぜひともここでやりたいものであると考えますので、御参考に意見を開陳いたしました。
#63
○前田(種)委員 私はこの九の中の選挙事務関係者の範囲を現行法でよいか、もつと廣めるかという点については、むしろ管理委員会の方で何か現行法では困る、もつと廣げてもらいたい、あるいはもつと縮小してもらいたいという御意見があるかどうか、あれば参考になりますから、お示し願いたいと思います。
 それから公務員の選挙運動の問題と四の請負業者の問題ですが、請負業者の問題は政治資金改正法に関連いたしまして制約を受けておりますので、政治資金規正法が本委員会で問題になりますならば、そのときに取上げて連絡をしたいと思います。文書図画はあとで文書図画の條項が出て來ますから、そのときに相当意見を出すほうが適当と思いますから、ここでは触れぬ方がよいと思います。但し公務員の選挙運動の点は、公務員法の決定で一般職の範囲に対していろいろ意見があつたのであります。今日百二條に基く政令が今なお出ていないという三浦部長の説明でございますが、この内容が相当問題だろうと思いますので、何百万という公務員に選挙運動は全部禁止するということがはたして妥当であるかどうかという問題には私は意見がありますから、意見は留保しておきます。但し選挙関係、事務関係者の範囲等については一應御説明を管理委員会の方から願つておいたら仕合せだと思います。
#64
○吉岡説明員 選挙事務関係者が関係区域内で選挙運動ができないということは相当前からある規定でありまして、別に特に変える必要はわれわれの方では認めておりません。
#65
○栗山委員 文書図画の制限に関する内閣総理大臣の命令制定権、これでありますが、われわれがつくろうとしておる、また既存の選挙運動に関する取締規則、それでさえ窮屈に過ぎるという御意見が大分あるのであります。選挙運動等に関するしかも文書は選挙運動中の主要なるものの一つでありますが、こういうことについて行政府にある者が小範囲の特定的な設定に基いて規則を出すということの可否については大いに考えなければならぬことであると思いますが、どういう根拠に基きいかなる必要があつて從前はかくのごときことがなされておつたのか、簡潔に理由の御説明をなさる便宜の方がおりましたならば、ちよつとあげてみてもらいたいと思います。
#66
○千賀委員 これを委員側に言わせるより私が実は地方制度委員会の関係で主としてこの点を取扱つたのでございますから、私が申し上げた方がよいと思います。何も隠し立てしたり歯に衣着せる必要はないと思いますが、決してこれは内閣だけでやつた陰謀ではありません。あの選挙を前にいたしましてただいま佐竹君が言われましたが、家におる者は幾らでも選挙運動ができるけれども、衆議院議員あるいはその他にいたしましても、責任の位置にある議員たちは選挙運動ができぬじやないか。これを放任しておいたらかわることばかりあり得ても、安定して今までの優秀なる議員がその職に專念することができない、こういう声が満ちまして、なんとかしてこれを適当な方法をやつて、むりな運動をやるものを制限し、また議員として東京で專念する者に対して安全な位置を與えよう、そのためにこれは考えたことでありまして、決して衆議院が無関心できめられたのではありません。地方制度委員会でまずこれを採択いたしまして、さらに議員全体がこの決議に御参加になつてきまつた特例でございます。
#67
○野村委員 國会議員の選挙にあたつて地方公共團体の議員がこの運動に参加することを禁止するということが出ておりますが、これらの議員が公務員の一員であるという見解はできておるのか、この研究事項にあげられたゆえんのものを御説明願いたい。
#68
○三浦參事 その点は公務員の一員であるということだけでありませんで、実際の國会議員の選挙にあたつては地方公共團体の議員、特に都道府県の議会の議員の方々が声援支持せられまして、選挙運動について相当推進的な役割を演ずるというような例が多々あるわけであります。これはいい惡いは別問題といたしましてそういう人たちは少くとも現職の地方議会の議員であるわけでありますので、公務員という見地から考えますればそれはもちろんでございますが、それ以外の見地から考えましても、そういう人の影響力というものを考慮いたしました場合に、選挙の公正の見地からはたしてそういうことが適当であろうかというような問題として提起したわけであります
#69
○野村委員 今の御説明によつて一つの見方はあるかもしれませんが、今日地方自治に対しては國家と違つた政党的な別の性格を多分に持つております。しかし國政とは一應相関連しておるのです。しかも各種の選挙管理委員あるいは各種の委員等に、政党に基礎を置いて委員を出して、いわゆる政党政治を高く認めてこれを育成していく、こういう見地から見て他の公務員とは違うと思う。問題にならぬことを念のためにうたつたと思いますが、私はこれは絶対に反対します。
#70
○栗山委員 今の点はここでは問題にする必要はないと思います。
#71
○佐竹委員 三浦さんにもう一つ確かめますが、縣会議員とか村会議員とか國会議員に運動をすることを避けるように規定したらどうか、こういう意味でありますか。
#72
○三浦参事 都道府縣議会の議員についてはその人の選挙区において、市町村の議員については市町村の区域、そういう範囲に限定して、その範囲外において、國会議員に立候補した人のために選挙運動をやることはそれはいいと思う。
#73
○佐竹委員 國政と自治を紛淆せしめるおそれがあるとでもおつしやるのでございますか。
#74
○三浦參事 國政と自治との紛淆の問題と申しますよりも、これは一般の公務員について非常に嚴格な選挙運動等の規定を置いておりますし、もちろん議員も地方公務員法ができればその他方公務員法の範疇においていろいろ制限を受けることになると思いますが、そういう意味合いからだけでなく、そういう人たちがその地方において占める地位の影響力の度合い、こういうものを考慮いたしまして選挙の構成という見地から適当かどうか、かようなことでありまして、これを禁止するがいいとここに書いたわけではありません。一應の問題として提出いたしました。
#75
○佐竹委員 私もそれは一應いらぬと思います。政党政治の今日でございますから、おのおの地方におきましても、その勢力の大きいところもあれば少いところもありますし、それが一つの政党政治なのでございます。大きな政党には又多数の地方公共團体の議員もいるでしよう。應援者も多いでしよう。それが一つの努力なんです。從つてやはりそういつたものを全体を見て國政を論ぜしめ、あるいは運動せしめるということを得に禁止すべき理由はないと思います。
#76
○千賀委員 その点に関しまして、私も佐竹君その他の方と同じ考えを持つておりまして、議員は公務員ということになりましても、選挙によつて出現したものでありまして、その根本が一般公務員とは全く違つております。いま一つ議員がたくさんついた方が、たとえば氣勢を張る行爲というような効果が上つて、その候補が必ず当選するかというと、一月の選挙には逆な現象を現しております。同じ政党の中であれば、市町村会議員、縣会議員等がたくさん群つた候補は、必ず落選をして、そういう議員のついておらぬ人人が当選し、また政党がかわつておりましても、この傾向は顯著に働きつつあります。これは永久に現われるものか、あるいは一月選挙の特色であつたか存じませんけれども、少くも地方議員が衆議院の選挙に手傳つたからといつて、影響力が非常に大きいものではないということを雄弁に証明するものであることだけはこれは多弁を要しないことであります。かるがゆえにあまりこの問題に神経をとがらせる必要はなし。これはありきたりのままでけつこうだと私も思つております。
#77
○生田委員長 この問題は、この程度で御意見を止めたいと思うのです。
 次は十二、選挙運動の費用以下を御説明申し上げます。
#78
○三浦參事 十二に入る前にあたりまして、先ほど栗山委員からお話がありました点に関しまして、千賀委員から御説明があつたのでありますが、それは私から申し上げますると、ちよつと問題が違つておるように理解いたしたのでありまして、栗山委員の問題にされましたのは、文書、図画等の制限に関しまして、内閣総理大臣の命令をもつて特別の規定を設けることができるという規定が現行の衆議院について申しますれば、百條にあるわけでありまして、一般の文書図画等の特例に関する法律の問題でなくして、そういう命令、規定は、一般に法律とか、何かで制限を文書、図画等について設けておるのに、さらまたこういう命令によつて制限を設けるのはどうかという御意見だろうと思つております。問題はちよつと全然別々の問題であるとこう思つております。その点だけ申し上げます。
 次に選挙運動の費用について、選挙運動の費用を制限するかどうかということを一應の大前提におきまして、この問題をどう取扱うかが重要な問題であろうと思うのであります。かりに選挙運動の費用を制限するといたしますれば、その最高額をどの程度にすることが、最も実情に合うかということが第二の問題であると思います。
 次に第三の問題といたしましては、選挙運動費用を制限するといたしました場合に、その法定制限額の算定方法は、現行法のままでよいかどうかという問題であります。その算定方式につきましては、各選挙の場合におきまして、百十五ベージから百十六ページに掲げておきましたので、それによつて御承知を願いたいと思つております。なおまたその基準額と法定制限額を定めます場合におきましては、基準額ということが問題になるのでありまして、その基準額の決定を命令によつてきめる場合と、それから地方公共團体の選挙の場合におきましては、全國選挙管理委員会がこれをきめることになつておりますが、こういうことはこのままで適当であるかどうか、あるいは法律上特にそういうことを明文化する必要がないかという問題であります。なお御参考のために百十七ページから百十八ページにわたりまして選挙費用の基準額となるものの変革をそこに掲げておきましたので、大体基準額が各選挙によつてどういうことになつておるかを御承知願いたいと思つております。
 次は選挙運動の費用の法定制限額の超過違反に対しまする措置は、現行通りでよいかどうか。いわゆる訴訟の提起による当選無効の制度でありますが、これだけでいいかどうか。あるいはこういう場合におきましては、さらに処罰規定を加えることを考慮すべきかどうかという問題であります。
 次の問題といたしましては、選挙運動の費用とみなされない費用の範囲について改正を要すべき点はないかというのでありまして、百十八ページから百十九ページにかかりまして(1)から(5)まで選挙運動の費用とみなされない費用の範囲についてそこに掲げておいたのでありますが、これによつて御承知を願いたいと思つております。ただこの場合に特に例外といたしまして一、二の問題があるので、つけ加えて申し上げたいと思いますが、それは衆議院議員選挙法百四條の規定の適用に関する件でありまして、これはポツダム勅令で出ておりまして、その正式の名前は衆議院議員選挙法百一條の三及び四條の適用に関する件でありますが、百一條の三が削除になつておりますので、実質的な條文だけをあげまして、百四條の適用に関する規定ということで、ここに掲げておいたのでありますが、その内容には「候補者又は出納責任者と意思を通じないで支出した費用であつても自筆の推薦状又は電話による選挙運動のために要した費用以外のものは法定制限額のわく内の費用とみなされることに」ポツダム勅令でなつておるのでありまして、これは非常に実際の取扱いの上の問題といたしましても、なかなか実行不可能にも思われるような規定でありますが、そういう政令が出ておりますので、一應これによつて選挙運動の費用に関しまする算定において重要なる制限を受けることになるのでありますが、その可否はどうかということであります。
 次は選挙運動等の臨時特例に関する法律との関係、これは衆議院議員の選挙運動のために使用される自動車一台に限つては、これは選挙運動の費用から除外するというような特例を先般の改正によりまして設けたのでありますが、これはこのままでいいかどうか。もしこれがいいとすれば他の選挙の場合にもこれを及ぼすかどうかという問題であります。
 次に事前運動を禁止しないこととした場合におけるその運動費用を選挙費用に加算する問題は、これは解決がつきましたので、説明を省きます。
 次の問題は事前運動を禁止することとした場合におけるその立候補準備のために要した費用と選挙運動の費用との限界を明確化する必要はないか、またそれは可能であるかどうかの問題もすでに解決いたしましたので、省略をいたします。
 次は政治資金規正法に規定する選挙運動の費用の收入、支出、寄附に関する制限等に関する事項を基本法の体系中に取入れるとした場合におきまして、その程度範囲をどうするかという問題であります。これは御承知の通り從來衆議院の選挙法にありました支出責任者の規定等を出納責任者と改めまして、すべて正式に規正法の中に規定することになりましたし、参議院議員選挙の場合におきましても、同樣の規定によつて律せられることになつたのでありまして、これに関する規定が政治資金規正法の公職の候補者以外におきましても、選挙運動の費用に関連する事項があるのでありますが、これらが選挙法の改正の機会において、どういうふうにこの改正中に取入れるか。その範囲、程度をどうするかという問題であります。
#79
○栗山委員 選挙運動の費用を制限するかどうかという点でありますが、制限しなければならぬと思います。今の額が適当であるかどうかということは多くの疑問がありますので、それをどの程度に定むべきかということが、小委員会もしくは事務局において研究さるべきことではないかと存じます。それから、なるべく選挙管理委員会やその他行政的な任務に当るところで、命令をもつて定めるというようなことを省きたいものであると存じます。
 その次は、ここで根本問題としてわれわれに課せられる点は、政治資金規正法というものを改正しなければならぬことでありますが、その政治資金規正法の中に、選挙運動の費用の事柄をとりまとめて、政治運動に関する資金のことは一本にまとめるか、それとも政治資金規正法の中にあるものを再び引離して、この選挙方の中に持つて來るかという点でありますが、私にもにわかに結論が下し得ないのでありますけれども、ただいまの感じとしては、政治資金規正法というものをどうしても改正しなければならぬ。改正するとしても、一應政治資金規正法らしき形態を保たせる必要が客観的にもあろうと思います。そこでその方面に入つている選挙関係の資金のことを拔いてしまうと、政治資金規正法の改正に非常に支障を來しはしないかという懸念が、取越し苦労でありましようがあるので、今の感じでは、金銭問題に関することはせつかくあそこに一本にまとめて、そしてあれを、よいことのためには進んで寄附をするような氣風を持たせる仕組にし、弊害の現われるところに向つて取締りをするという精神に基いて簡素化し、わかり易いものにするということで行つた方がよいではないかとただいまのところでは考えております。
#80
○前田(種)委員 私も栗山委員の意見に大賛成であります。特に選挙費用の総額の点は、現在の現行法で行けばだれが見ても守れない選挙費用を押えている、それだから各自が守らぬのだということになつて、おそらく議員の中で何名かの人は選挙費用の範囲内で選挙運動をやつて、それ以外の人はおそらく超過しているというようなことが常識のようになつております。私はこれははなはだ遺憾と思いますから、ある程度きゆうくつであることはやむを得ません、制限はしなければなりませんけれども、大体守れるという程度に押えて、そして超過したものは、やはり今日の罰則規定等を嚴格に施行するという建前の方がいいじやないかと私は考えます。
 それから政治資金規正法の取扱い方をどうするかという点は、昨年あれをつくつたときには、いろいろ関係方面との事柄も非常にありましたが、今日その関係がどうなつておるかわかりませんが、何とかあれをもつと檢討を加えてやつて行きたいという点では、まつたく栗山委員の意見に同意いたします。
#81
○逢澤委員 私も大体今お話のような意見に賛成するものでありますが、選挙費用は、ここに例が五つ上げてあるのですが、この費用を上げるということの基礎は、一体何か根拠があつたのですか。七年には三十銭、二十二年は六十銭、二十三年には八十銭、二十四年は一円ということになつております。一体これは何か根拠があつてやられておるか、あるいは常識的でできているのかということについて一應聞きたいと思います。
#82
○三浦參事 その詳細については、全國選挙管理委員会の方が当選者でありますので、御説明願いたいと思つておりますが、大体物價等の値上がりを基準にして、そしてこの基準額を決定しているようでございます。
#83
○逢澤委員 これはもし物價等を基準にしてやつたとすれば、非常な矛盾があると思うのです。昭和七年の三十銭が二十四年の一円で、これが物價と均衡がとれているかどうかということは、非常な矛盾があると思いますが、それは今委員の方々が仰せになりましたように、大体常識的に考えても、およそそこに均整のとれたところまで行かぬと、これを書くこと自体おかしいと思います。これはいずれ小委員会ができると思いますが、今度は大体そういうような基準でおやりになつておるならば、物價とにらみ合せて、大体の人が得心のいくくらいのところへやつていただきたいということを要望しておきます。
#84
○三浦参事 なおつけ加えておきますけれども、それは同時に選挙公営の面が拡充されて参りますと、それらの点も合せて考えて決定されているだろうと私は推測いたします。
#85
○吉岡説明員 選挙費用の点ですが、この基礎は、やはり認められている選挙運動をいろいろ考えて、それに要する費用を大体計算してやつておると思いますが、そのままとつておるかどうかは疑問であります。大体それを参考にして、物價その他いろいろなことを考えてきめていると思います。また最近の決定の際は、大概國会の委員会に御相談してきめております。
#86
○逢澤委員 それは一体マル公を標準にして、やみというようなことは拔きになつていると思うのですから、マル公とやみとは非常な差ができてきておるのだから、これは常識的に、実際物を買えるとか、実際動くとかいうようなことを基礎に今度はやつていただきたいということを要望しておきます。
#87
○佐竹委員 選挙運動費用の総額を適当に制限しなければならぬというのは私も同感であります。ただ現在の状態では、これは非常に金額が低い、もつとふやしてやらなければならぬことも私同感であります。先ほどお話の昭和三年、七年当時の四十銭、三十銭に比例して昭和二十四年の一円というのも、やはり一般物價等もにらみ合せてのお考えでございましよう。選挙運動をいたします上においてあらゆる物資を要するのでありますが、その物價の値上がり等が基準にならないわけはありません。しかし一般に正確な統計とされているものは、われわれは基準年度を昭和六年と申しておりまして、昭和五年から九年、これを指数を一として、現在はそのときよりは二百三十倍になつております。從いまして昭和三年、七年当時はもつと低かつたと見ます。昭和六年当時の状態を四十銭ないし三十銭とこう見て、それの二百三十倍といたしますと、四十銭の二百三十倍は九十二円にならなければならない。それを一円を計上している、かりに昭和七年の三十銭に対しまして、二百三十倍となりますると六十九円になります。これは一円を計上いたしております。こういうような状態でありますので自然行われない。そして取締り官憲もわれわれから見ればむしろ怠慢です。取締りをいたしません。そうして今度表に出して参りますると、そういうような費用を制限する規定を設けても容易に行われぬから撤廃したらよろしい、これはとんでもないことだと思います。私どもはもつと誠実に物事が行われるように規定を設ける、そうしてそれをきちんと行わしめるように当局も努力する。その二つの前提なしにこういつたものはなるべく撤廃したらよかろうなどとは、これはまつたく本末轉倒の議論であると考えます。從いまして選挙費用のごときはある程度制限しなければなりません。もし許されることになりましたならば、これは何千万、何億も使う人もありましよう。許されて堂々それが当然やれるということになつたならば收まりがつきません。これは規定がありますためにこそ印刷にいたしましても、あるいは演説会場を借りるにいたしましても制限を受けます。從つてはつきりいたしましたものはすぐとつつかまるから、用紙はある程度以上は買わないし、印刷もある程度以上は印刷をすることはできぬし、会場もある程度にとどめる。これはやはりこの規定があるために自粛いたしております。これをくぐろうといたすものがあれば、それはくぐることもできましよう。しかしわれわれのように正直に、本当に法律どおりにやるのもおるのです。だから法律で出て参ればこれに本当に忠実に順應いたしまして、これを実践するものがあるのであつて、こういつた制限を設けることは善良な人々に対してりつぱな一つの指針となります、從いまして効果のないものとは全然言われません。ことに惡い者があるといつてもこれを撤廃したらなお惡いことをいたします。だからどうしてもこの規定は置いておきませんと、公正を期するところの選挙は不可能であると存じますので、ぜひともこれは置いてもらいたい。しかし適当にその金額を決定することについては、私どももちろん賛成であります。あまりむりのない、そうして実際にやれるように金額を御設定願いたいものと考えます。
#88
○千賀委員 私はこの問題は皆さんとちよつと傾向を別にいたしておりますが、選挙運動のうちで言論と文書が一番主要なものでございます。そのためにかつてはビラに何十万使つたとか、または手紙をどれだけ出したとか、そのために非常に選挙の費用がかさんで行くのでありますが、選挙公営の実施のために非常に不満足ではありましても、あの経歴公報でもつて文書を全部代表してしまい、または公営の演説会で個人々々がやるその演説会も、形だけは濁してしまうということでありまして、残るところのあの決定の一円というものは大体選挙事務所の雜費に相当するものでございます。かるがゆえにパリテイー計算で昔は何千円ときめておつたものが、今は何百万円にならなければならぬじやないかというような根拠はここに大いに考えなければなりません。私個人の事実で行くならば、あれより高くされることは自分の使う金がふえて苦しくなるだけでありますから、あれでけつこうだと思います。但し皆さんが足らぬと言われるところは私も苦んだところでございます。選挙を進めて行くうちに弁士や労務者の食費に苦しまれるだろうと思います。なぜといえば夜十二時ごろいなかから帰つて來る、自分も腹が減つているからごはんを食べるのに、ついて行つた弁士や労務者や自動車の運転手に、お前たちは家に帰つて食えということもできず、食わしてやらなければならぬ。これが非常な悩みである。これの度が過ぎればいわゆる饗應、買收という形になる。また自分が腹が減つて一日のうち三度では済まなくて、四回食べなければならないときに、選挙に携わつている青年たちに食べさせないということはできない。食わした以上はこれだけは別だからお前たちの給料から差引くということは実行不可能になり勝ちである。こうした人間の健康を維持するための食糧の供給は決して饗應というようなものではない。こういうものを最小限度見積つて選挙費に加算されていくならば選挙権の改正につきましても、そんなに驚くべき数字の改正は必要ないと考えております。かような点で私は若干傾向を異にした所論でありますが、現在でも苦しいことは確かで私も体驗しておりますから、増額はけつこうですが、しかしながら全選挙費用がパリテイ計算でずつと増加しなければならないというその根拠に対しては若干考えるべきであろうと思います。
#89
○前田(種)委員 今の千賀君の意見とそう違わぬと考えます。いろいろな点を勘案して適当にしたらどうかという意見も、問題は公営の範囲をどうきめるか、演説会、その他文書等の公営、あるいは郵便物の公営をどうするかということによつてきまりますし、自動車等も候補者の自動車をもし二台とも選挙費内にそれを置くことになりますと、おのずから制限されますし、自動車等も候補者の自動車をもし二台とも選挙費内にそれを置くことになりますと、おのずから制限されますし、実際食費等の問題にしても今日のような食糧事情の問題にしても、今日のような食糧事情のもとにおいては、現実と法律上の問題とは差異があります。從つて実際上弁当代としてとの程度の金をやることを認めるかという点が議論になつて來ると思います。そういう点等をいろいろ勘案して行きますと、大体ある程度一致した結論が見出せるのではないかと私は考えます。
#90
○佐竹委員 小委員会において自動車は二台程度に御決定になつてしかるべきものだと思います。
#91
○生田委員 この問題はこの程度にいたしまして暫時休憩をいたします。
    午後三時九分休憩
     ――――◇―――――
    午後三時三十六分開議
#92
○生田委員長 休憩前に引続き会議を開きます。
 第十三、第三者の選挙運動より、最終の十八番まで一括して説明をいたさせます。
#93
○三浦參事 第三者の選挙運動に関しましては、四つの項目に分けて考えられるかと思うのでありますが、その第一は第三者の選挙運動の範囲はどの程度に認めるか、一般的な問題であります。これはまつたくの自由とするか、あるいは一定の限定において認めることとするかどうかという問題であります。この場合におきまして、第三者の電話による選挙運動の問題、第三者の主催の演説会または第三者の應援演説の問題、第三者の支出する選挙運動の費用の問題、第三者の個々面接行爲等が考えられるかと思うのであります。
 次には選挙に関する寄附の問題といたしまして、選挙に関する寄附は自由とするか、制限するか。制限するとした場合その限界をどこにおくかというような問題とも関連があるかと思うのであります。
 第三は政党その他の政治團体の選挙運動の問題でありますが、政党その他の政治團体の選挙運動はどの程度に認めるか。これはまつたくの自由とするか、あるいはまた制限された範囲で認めることといたしますれば、その範囲及び程度をどうするかというような問題、次には自由とする範囲を政党にのみ限るのか、それともその他の政治團体にも及ぼすかというような問題があり得ると思います。なおまた政党その他の政治團体というようにいたしますければ、政党の範囲はどういう範囲に限定するか、その他の政治團体の範囲をどういう範囲に限定するかという具体的な問題を決定しなければならないことになりまするが、これに関しましては、百二十四ページに掲げておきましたように、一應政治資金規正法にその定義はあるわけです。
 次には新聞社、雜誌社及び放送局の選挙運動の問題でありますが、新聞社の選挙に関する報道については全くの自由とするか。その場合におきまして機関紙の場合をどうするか、機関紙でない場合をどうするかという問題、次には報道の内容の問題といたしまして、ニユースの程度に限り自由とするのか。候補者を推薦し、支持しまたはこれに反対する場合をも自由とするのかという問題であります。なおこれに関連いたしまして、選挙運動の禁止を免れる行爲として、主として議員候補者の氏名とか、政党その他の團体の名称または候補者を推薦し、支持し若しくは反対するものの名を表示する場合におきましては、禁止することになつております、これらの問題をどう取扱うかということが研究事項であろうかと思つております、同樣の事柄については雜誌社の場合、放送社の場合等も同樣になり得ると思うのであります。この場合におきまして、選挙公営の面における問題は、選挙公営の点で述べることにいたしまして、この場合に特に掲げておきましたのは、第三者の選挙運動に関連する部面としての新聞社、雜誌社、放送局の活動の問題であります。
 次には、選挙運動のために使用する文書図画の問題であります。これは極めて廣汎にわたつております、百二十五ページから百三十ページに掲げてございます。これは皆さんのほうが詳しく御承知のことと思いますが、一應分類的に、大掴みに申し上げますれば、文書図画の頒布の問題、文書図画の提示の問題、それから文書図画の頒布につきましては、それをまつたくの自由とする範囲、それから禁止する範囲こういうようにわかれると思うのでありまして、その具体的な現行規定の事例をそこに掲げておいたのであります。同樣の事柄は、参議院議員の選挙の場合、地方公共團体の選挙の場合も同樣であります。文書図画の提示につきましても、やはりただいま申し上げましたような意味におきましても、自由とするものと、禁止するものの範囲を各種の選挙によつて区別して、そこに掲げておきましたので、それによつて御承知を願いたいと思います。それから文書図画の頒布または提示についての制限は、具体的にこういう程度とするか、まつたく自由とするものと制限するものとの限界をどう定めるかという問題であります。これは選挙公営の面における文書図画の問題とは別個に、まつたく候補者自身の自由な活動の部面における文書図画の頒布または提示の問題でありますので、さように御承知を願いたいと思います。それから衆議院議員、参議院議員、地方公共團体の議会の議員及び長の選挙について、おのおのの文書図画の頒布、または提示につきまして、区別して取扱うこととするかどうか、これは大体原則を立てまして、あとは選挙の態樣によりまして枚数あるいは種類その他いろいろ相談が起つて來るだろうと思うのでありまして、それらの相違をどうするかというような問題が具体的に考えなければならないと思うのでありまして、その点に関しましては、文書図画の種類に関しまして例示をいたしておきましたし、なお文書図画の枚数、文書図画の大きさ、文書図画の色刷の程度、文書図画の提示場所、文書図画の頒布の地区等に関しまして、文書図画の臨時特例に関する法律選挙運動等の臨時特例に関する法律等に規定してあります事項を掲げておいたわけであります。
 次には、文書図画に関連をいたしまして、その用紙のあつせんを行うかどうか。さらに制限に違反した文書図画の撤去についての処置をどうするかという問題でありまして撤去の問題につきましては、一應臨時特例の中にそれぞれの規定があるわけでありますが、これが実際その選挙の直前になりますと、方々にそういう文書が張られて、実際問題として撤去することがなかなか行われにくいとような実情があると思うのであります。そういうものに関して、これを公正な選挙の立場から、どういう処置を講じたらいいかというような問題が考えられると思うのであります。
 次には、選挙運動のために使用する船車馬等の問題でありまして、自動車の制限をするかどうか、船舶の制限をするかどうか、そりの制限をするかどうか、拡声機の制限をするかどうか、前記事項の制限に関しまして、全國選出参議院議員の選挙については、特に考慮を加える必要はないかどうかというような問題があると思うのであります。現在これらの問題に関しましては、臨時特例に規定してあるのでありまして、これは公営の部面でなくして、まつたく立候補者の自由の範囲に任されておるのでありまして、その船車馬等の費用等につきましては、その一部分を選挙運動の費用から除外するというようなことに現行規定はなつておるわけでありますが、自動車用燃料のあつせんを行うかどうか、次には選挙運動に從事する一定の者に対し、特殊乘車券を交付するかどうか、交付するといたしますれば、その枚数は十五枚でよいかということであります。それから特殊乘車券の種類は、現行通りでよいかどうかというような具体的な問題があり得ると思うのであります。
 次には、飮食物の提供の問題でありまして、これは選挙運動等の臨時特例に関する法律の二十三條に規定してあるのでありまして、飮食物の提供は現行通り禁止するかどうか、この場合湯茶の提供に限つては自由とする現行規定は、これでよいかどうかというような問題があろうと思うのであります。
 次には、選挙運動の方法の問題といたしまして、ある程度の制限をいたしておるのであります。百三十二ページにそれを掲げておいたのであります。その要領を申し上げますと、特定の候補者の氏名又は政党その他の名称の連呼の禁止、その禁止の場合には特別の例外がありますが、それは別問題といたしまして、そういう名称の連呼の禁止ということが一つあります。次には自動車を連ね、または隊伍を組んで從事する等氣勢を張る行爲の禁止、選挙当日の選挙運動の禁止、次に立会演説、個人演説会及び街頭演説会以外の演説会の開催の禁止、次には、候補者の現存しない場合における街頭演説会の禁止、こういうような條項が選挙運動の方法の制限として規定しておるのでありますが、これらをどうするかというような問題が研究事項であろうかと思つております。
 最後に選挙期日のあいさつ行爲の問題でありまして、これは先ほど佐竹委員からもお話が出ておつたのでありますが、選挙期日において、当選又は落選に関し、選挙人にあいさつする目的で一定の行爲をすることを禁止している現行規定につきましては、これを改正する必要があるかどうか。さらにそれらの制限に関しまして、参議院議員の選挙については、この規定は既在では何ら適用がないのでありますが、この場合におきまして、それにも及ぼすかどうかというような問題があり得るかと思うのであります。
#94
○前田(種)委員 私の意見を申し上げますが、第一の、第三者の選挙運動の範囲は、この中で文書あるいは推薦状というようなものは、やはり禁止した方がいいと私は考えます。ただし演説解等の問題は、公営の演説会その他の演説会と関係がございますので、それと関連してあとで意見を申し述べたいと考えます。推薦状を禁止した方がいいということは、第三者の推薦を無制限に許しますと、これまた莫大な費用になつて参りますので、結局今日の経済状態をにらみ合せて考慮しなければならぬ点が相当あろうと私は考えます。それから寄附行爲の点は、ある程度自然にまかしておつてもいいのではないかと私は考えております。それから政党の政治活動の点も野放しでいいかどうかという点については、相当議論があろうかと思いますが、しからば現行法の状態でいいかというと、これにもまた相当議論があろうと思いますので、この点はなんとかこだわらずに、打開される案を檢討したいと思います。それから新聞、雜誌等の問題は、現行法ではかなりきゆうくつでございますが、そうかと言つて、特定の候補者をむやみに援助するようなやり方は避けなければなりませんので、やはりニユース程度のものがいいのではないかと私は考えます。それから文書図画の問題は、これまた公営の場合に関連いたしますが、私は一月選挙のような、ポスターを全部廃止したというようなやり方を考えてみますと、ある程度の制限をしてやらしたらどうか、もちろんこれには限界があると思います。それから前のように立看板を許したらどうかという問題についても意見があると思います。意見があると思います。ポスターを許し立看板を許すというように行つた方がいいか、立看板は禁止してポスターだけにするかと言う点も各自議論があろうかと思います。それから選挙運動のためにする自動車あるいは拡声機、自動車の燃料等のあつせん等も、大体先ほどから意見がございましたように、一月選挙のように一台に限定するのはやはり制限した方がいいと思う。これを二台にするか三台にするかという点は答える必要はありませんが、無制限にするのはやはり弊害が伴うので、一候補者に限つた範囲内ということがよかろうと思います。飮食物の点で茶菓子の点は問題ありませんが、食事の問題が一番はつきりしない。これは日本の今日の食糧事情から來ておりますからやむを得ませんが、もしこれが許されますならば、一候補者に対して米一俵とか二俵とか、もし関係方面の許しを得てそういう制限のもとにおいて特配を許される、そうして限られた費用の範囲での食事が許されるという余地がありますならば、非常に選挙が明朗になると思います。もちろん酒などは絶対許してはなりませんが、先ほどから話があつたように、運転手その他の人々に食べさす食事等が最小限度米の特配が許されることになれば、これはさほど弊害がなくてむしろ明朗になると考えます。要は今日の食糧事情からそういうことが許されるかどうかという点が問題だと思います。選挙期日後のいろいろな行爲は、いろいろあいさつをしなければならぬという問題がありますが、むしろこれは現行法でいいのじやないかという私の大ざつぱの意見であります。
#95
○千賀委員 私も大体荒筋においてはよく似た主張を持つものでございます。文書図画の特例は先ほど私は発言をしたほうの意味を取り違えまして、この特例がなぜできたのだということだと思つて、これは先ほど申し上げたような次第であるということを申しましたが、まさにこれはその通りでありまして、成金の活躍跳梁を封じ、またひま人が足にまかせて陰謀的運動をやる、これを封殺しよう、こういう根本からこれは決議されたものでありまして、いかにも取締りの面だけ見ますときゆうくつなようではありますが、ずいぶん前議会におきましても愼重に考えてかようなものを選定したわけであります。やはりこのくらいのものはあつてもしかるべきであろうと考えます。自動車の数でありますが、先ほど私語として出ておりましたが、一台の自動車では故障ができたりいろいろな不便があります。自動車の種類は候補者の選定にまかすといたしましても、どうしても二台はなければと思います。また二台ある自動車は、その自動車である限りは何をやつてもよろしい。この自動車が至る所で、候補者がおらなくとも二台の自動車がのべつに運轉し随時街頭演説ができるということになりますと、今度は演説集会という方が個人演説会、第三者の演説会に非常に大きな影響を与えて來ます。第三者の演説活動として演説会を許さなければならないかどうかということでも、演説会でもつて應援がしたいというとき、第三者はこの自動車の歩くときに待つておつて飛び乘つて自分の顔のある範囲内はその人々か辻々で演説をやつてくれれば一挙にして運動の目的も達するのでありまして、自動車二台を自由に、候補者がおらずとも演説ができるということをさせたならば、非常に大きな自由の面が獲得できると思います。また自動車の連呼の点でありますが、先ほど申した通り、連呼はほとんど取締りがたい。私どもの選挙区の方では、選挙の初めのうちは靜粛にやつておりましたが、だれか東京方面で連呼をやつておるぞということを聞いて來た者が片つ端から連呼を始めてしまつた。その連呼も先ほど申したように一人の連呼でなしに、二十人、三十人の青年を乘せておいて、それが一分間に一ぺんぐらいずつやれば結果においては一秒か二秒の間に一人か二人ずつ発言することになつてまつたく連呼以上の騷々しさになる。そういうことが取締りができないとなると、むしろ大ぴらに放しておいてその二台の自動車におる限りは演説であろうが連呼であろうが自由自在にやつてよろしいという方が難が少ないのではないか、こんなことも考えます。大体私はこのただいまの御提案になつておるところも現行法を大体可とするということを主張したいのでございます。
#96
○佐竹(晴)委員 まず第三者運動でありますが、私は第三者の推薦状に一定の限度において許したがいいと思う。しかしむちやくちやに多数の第三者が無数の推薦状を出すことについては相当弊害があると存じますので、まず自筆程度のものを許すことにしてはどうかと思います。これから電話、個々面接のごときに自由に許せ、なお費用の支出についてはそれら第三者が許されたる範囲内における運動において自由に支出することを認める。この程度がいいのではないかと思います。それから新聞、雜誌、放送に関しましては、今日新聞でも雜誌でもある程度紙面の制限を受けておりますし、その記事等についてに常にその筋よりある程度の指示は受けておるし、ことに選挙のとき等におきましてはおのおのその良識をもつて公平にこのごろ扱つておると見えますので、私はそれらの良識によつて適当に記事を掲載することを認めて、そのままにいたしておいていいではないかと思います。
 それから選挙運動に使用する文書図画の点でありますが、今回の選挙におきます特例はまつたく今回きりの特例でありましたので、これは撤廃すべきものであると思います。今回の選挙を不明朗に、そうしてきゆうくつにいたしました最大。原因が演説と文書に対する極度の制限でありましたので、まずこの文書の制限を解くこと、これは絶対に必要であると存じます。そこで私は昭和十一年、十二年、十七年当時に行われた選挙並びに敗戰後に行われた選挙のうち、文書をある程度許されたもの、これらを総合いたしまして、適当にあんばいして、今日の物資需給の関係とにらみ合せて、適当に決定してしかるべきであると考えます。たとえば個人演説会等におきましては、三十枚くらいのポスターにこれを許す。全体としてたとえば三百枚許すとか五百枚許す、こういつたような全体としての制限を加える。これで私は十分であると考えます。あつものにこりてなますを吹くの類は非常に愼まなければならぬのでありまして、今度の制限によつて非常に暗い選挙が行われたといつて、では野放し的に何でもどんどんやつてよろしいといつたようなぐあいになつて、文書なんかを野放し的に無制限にやりますと、物資の面においても相当重大な問題が起つて参りますのみならず、とうてい候補者としてもそれにたえられません。そこで告知をするに十分な程度ということを中心として考えればいいのであつて、それ以上余分に不当のものをせしむる必要はございません。あるいは町の橋や、軒並に家へべたべた、しかも一箇所へ五枚も十枚もポスターをはるなど、まつたくみつともない状況を呈しておつたことがありました。こんなことは避けなければなりません。
 それから選挙運動のために使用いたします船車馬等でありますが、自動車については先ほど申し上げました二台程度、船舶の制限を今日以上別にどうこう考える必要はないと考えます。拡声器については、一台では折々故障ができまして、特に拡声器は故障が多く、トラツクなんかへ積んで行つておりますと、一日数回とまつて実は困るのであります。二台くらいを許すか、さもなくば補充的なものを許す。現在これを使用するものに一台なら一台としてもよろしゆうございますが、予備のものを許すとか何とか、適当に緩和の方法をお願いしなければならぬと考えます。
 飮食物については、前田君も論じておりました通り、主要食糧との関係がございますので、これを全面的に自由に許すことは困ります。かりに副食物だけをといいましても、副食物だけで済むものではありません。ことにわれわれの一番明朗を欠きますもの、また一番困りますのは、結局米をやみで買つて來て何かやらなければならぬことでありまして、これは堂々と眞正面から取締つていただきました方が、明朗な選挙が行われていいのであります。從いまして食糧事情か好轉いたしません限り、特に外國から輸入食糧を仰がなければならぬような今日の情勢においては、日本の國民といたしまして当然飮食物の提供なとは禁止する責任がある、義務があると私どもは考えております。
 それから選挙運動の方法について、先ほど名称連呼の禁止の点について御説がありましたが、私の方におきましては、幸いにしてこれが完全に行われました。ことに共産党の監視が非常に激しゆうございまして、そういうことをやつて行くことについてに一々反撃して参りましたので、だれもやる者がなかつた。これはそうやつてお互いに牽制し合うことによりましても、こういう制限を設けておきますことによつて、かなり目的を達します。またお互い紳士同士協定をいたしまして、かりに先ほど千賀さんがおつしやつていたように脱法的にこういうことをやる者があつても、これは禁止規定じやないか、お互いにそういう脱法的なことにやらぬようにしようじやないかということで納まらぬわけはないと思います。もし連呼というものが、二十人おつて一人が別々に唱えて行くならば、連呼にならないといつたような解釈が成り立つて、これが責任がないということでありますならば、それを含む規定をこしらえればいいのであります。奇声を張る行爲とか名称を連呼する行爲とか、あるいは夜半遅くに至るまでがやがや騷ぐなどといつたようなことはまことにみつともないので、これらのことを全部取締ることのできますような規定を、もし脱法行爲をこうやつてやる者があるといたしますならば、これを適当に取締ることのできるような文句に改めまして、これはぜひとも規定をそのままに存置願わなければならぬ事項であると考えます。しかして選挙当日の選挙運動の禁止は現行法通りやるべきであると思います。
 街頭演説において候補者の現存することを要件とするかという問題については、おらないでも自由にやれることにするか、第三者が自由にやれるというこの事項でおのずから解決されるとは存じますが、街頭演説会に第三者も自由にできること、從つて候補者がいないでも自由にやれる、私はこうすれば今回非常に不明朗であつたとか陰鬱であつたとかいつたような面はほとんど解消されるのてはないかと考えます。
 しかして選挙期日後のあいさつ行爲でございますが、これは現行法通りでけつこうであると思います。これをもし撤廃することになりますと、祝賀会に次ぐに祝賀会が開かれまして、選挙費用よりは数倍の費用が当選後にかかります。またはがきのあいさつを出すにいたしましても、何十万枚というものを出さなければなりません。選挙の際にさえもある程度制限を加えなければならぬほどの物資需給関係であるのにかかわらず、選挙が済んだ後にそんな莫大な物資を消費することを許すというがごときは、今日の日本再建の途上においては許さるべき事項ではないと考えます。從いまして選準期日後のあいさつ行爲につきましては、現行法通りでよろしい。但しこの規定の仕方でありますが、先ほど申し上げます通り、これを單行法で規定いたしておりました当時は、わずかに罰金百円以下でありました。そしてこれは單行法でございましたから、本章の規定、つまり選挙法の規定ではなかつたのです。從いましてこの規定に違反をいたしましても当然無効になることはなかつたのです。ところが御苦心の結果これを選挙法中に取入れて、本章の百三十六條の規定に該当することになつたのです。そこでこのあいさつに関しまする文書なんかは、共産党あたりがぴしやつとつかまえたら、はがき一枚でもりつぱな証拠でありまして、これは告発でもなれば確かに問題です。事実また問題が起つております。從いましてはがき一枚ばかりといつたつて非常識じやないか、おそらく檢事局も起訴すまい、こういう議論をすればそれはその通りでありますが、しかしここに十枚なり二十枚なりのものが出て参りますと、これは放つておけぬ。そこで選挙が済んだ後にあいさつ状を出した。そのはがきに祕書が書いて十名なり二十名に書いた。ところがこれがひつかかつて罰金になつた。つまり本章の百三十六條のかかる罪を犯した者は当選無効とするという規定がすぐ働いて参つたのであります。私は当選を得るために違反を犯した者が当選無効になるという規定ならいたし方はないと思います。たとえはがき一枚であろうとも、そのことによつて一票でも不当に獲得することによつてその人が当選したとしますならば、それが当選無効になつたとしてもしかたはない。しかし堂々と鬪つて当選をして、その後安心をしてちよつとお礼状を出したところ、それがひつかかつて、選挙行爲が一切無効になるということに、これはあまり酷であると思います。從いましてこういう本章のうち、引つぱり込んで当選無効になる規定とならぬ規定とをかみわけて、もつてこれこれの事項の何條に該当する行爲は当選無効にするといつたようなことにすべきものであるとりえます。從いまして形式犯あるいは選挙後の行爲については、これが全部選挙無効になるようなことにならないようにお考え願いたいと思います。
#97
○逢澤委員 ただいま議題になつております点は、皆さんの意見が大体において一致しており、私も同感であります。ただ第三者の推薦状のことと電話などによる運動のことと演説会の應援に関することなのでありますが、まず推薦状によることもこれに若干許した方がよいと思います。しかし若干ということはきわめて抽象的で困ると思います。かりに百枚、千枚許すということになると相手方が多くなると思いますから、これを防止するために費用において制限をしたらどうかと思います。しかしこういうようなことに今度の小委員会までにお互いに研究して、合理的に何か考えてみたいと思います。
 それからもう一つ新聞社、雜誌社及び放送局と選挙法との関連の問題であります。ちようど一月の選挙の折におきましても、法律では制限をしておるけれども新聞は報道の自由がある、GHQもその点相当確認しているというようなことが傳えられて、選挙法とだいぶ相反したようなことが行われた事実がある。ですから今度の選挙につきましては、それらのことも参酌し合つて、適正にやりたいと思います。新聞社の方で選挙法を乘り越えてしまうということでに非常に矛盾が起きて、おかしなことになつて來ると思います。これは次の委員会までにひとつ熱心に研究してみたいと思つております。関係筋の方でも御研究を願いたいと思います。特殊乘車券の交付の件でありますが、これは大体今の通りでいいと思います。願くば現在もそうなつておりますが、官と私鉄とのバスの自動車バスにもそういうことについて一定の定めをいたしたいと思います。それから選挙期日後の挨拶行爲のことでありますが、これも今佐竹さんのお話のように同感であります。ただ自筆の挨拶状を若干程度認めることになつているそうで、これに私はつきり承知しないのですが、若干程度くらいにぜひ出さなければならぬ所もあると思いますので、まだ法制化されてないとすれば、自筆の礼状の若干程度ということは法制化した方がいいと思います。ありますればけつこうですが、なければそういうようにしていただきたいと思います。
#98
○千賀委員 私は最後にまことにとつぴだと思うような意見でありますが、体驗から出た苦しさで、これにぜひ何とかしたいと思うことが一つありますので、この際主張したいと思います。一月の選挙で私が一番苦しみましたことは、反対党が公営の演説会で私に意見の発表をさすまいという努力で――これはもちろん統制のとれた努力でありますが、数十人あるいは百数十人の壯漢が繰り込んで來て、私が演壇に立つやいなやわいわい騷ぎ始めて、とうとう発言の機会がなかつたのであります。管理委員なるものはおります。頭のはげたじいさんが管理委員の席におつて、お靜かにお靜かにと幾ら言いましてもそうした連中は一向聞きません。結局それから先は選挙妨害として告発するよりほかないのであります。数名の警察官も來ていたようでありますが、私どもがこいつが騷いでおると言つたところでけんかすれば負けるから私の言葉は耳に入らないように警官はうそぶいております。かようなことで三十分くらいはやじり通して遂に発言の機会がなかつた。こういうことは自分の選挙区の主要な町だけで十回近く私にやられて、とうとう演説はやれなかつたのであります。結果は、私は当選してここへ來ておりますから、そのときに精神的に大きな打撃を受けたほどの結果ではなかつたかもしれませんけれども、選挙中にかようなことをやられるその苦痛はおよそはかり知れざるものがあります。かような計画的妨害を受けた者は、おそらく私だけではないと思います。結局どこに欠陷があるかというと日本の民度が低い。しかも警察力がきわめて不完全である、微弱である、こういうことに起因しておるのでありまして、これに事実といたしまして現実は何ともすることができないのであります。この現実の中に立ちまして再び同じ選挙をやるということに考えるだけでも不愉快であります。公営選挙さへやらなければかような不愉快な目にあわずに済むということを考えますと、私はむしろ演説会の公営は廃止した方がよろしい。演説会に限つて私設の演説会でそれぞれ候補者が好む所、好む会場によつてやりさえすれば、大体これにその候補者を好む者が集まつて行くと思う。かような不合理な目にあわずに済むのであろうと思います。また齋藤長老も演説会に自由がいい。またこちらの方でも個人演説会を高揚するためにビラをもつと自由にするがよいという意見が出たりいろいろしますが、個人演説会ばかりにいたしまして、この費用を国家が公営と同じく援助をするということになれば、こうした過渡的な現実がとにかく救済できる。私に今回当選しまして以來、公営演説会の廃止論者になつておるのであります。はたして大多数の方が私の議論に賛成をせられるかどうかは、私はこの点自信はありませんが、少くも私の体驗した苦しさを発表いたしまして、再びわれわれの同志が、または議員に立とうとする人々が、こうした不合理なデイレクト・アクシヨン的な圧迫からのがれることができるように、ぜひかようにいたしたいと思つて意見を申し上げる次第であります。
#99
○小玉委員 私遅れて参りまして、皆樣の意見を全部拜聽しなかつたのですが、この第三者の選挙運動あるいは戸別訪問をどうするか、自動車の点をどうするか、また物資の面を緩和するかというようないろいろの御議論を承りました。私は戸別訪問の点につきましては、無制限に戸別訪問を許すということに反対であります。もし戸別訪問を許すといたしましたならば、候補者だけに戸別訪問を許して、あとは認めないということに考えておるのでありまして、選挙の実際から申しますと、私が申し上げるまでもなく、演説会等で声は聞いた、ラジオ等で声は聞いたけれども、しかし候補者というものは全人格を見なければ、安んじて投票できないという空氣が、実際は非常に多いわけであります。もし戸別訪問をどうしても許すというような方針だといたしまするならば、私は候補者だけにとどめるべきであつて、その以外には絶対に廣ぐべからざるものだ、かような意見を持つておるのであります。
 次に自動車を二台にするという問題でありますが、私は自動車もマイクも、やはり一台という考えを持つておるのであります。但し故障が起つた際には、補助的に使うことはさしつかえないと思うが、自動車を二台使うということに、現在の経済情勢においては、非常に莫大な金がかかる。かりに一日雇いが五千円として、二十日間に十万円かかる。二台なら自動車の借上げ代だけでも二万円かかる。そのほかに候補者自身が一隊を組織して演説会をやる。各地へとまつて歩く宿泊料も莫大になるのであります。それにまた別働隊ができて、それが二日間まわることになりますと、自動車を持つてマイクを備えて二隊にわかれて選挙演説をして歩く。その費用は数十万円という多額にあるいは上るのではないかというのが実情ではなかろうかと思うのであります。実際においては非常に下位でありますけれども、この費用という点から考えますと、今の実情、このガソリン不足であつて、自動車の雇い料が莫大に高い、所によつては一万円も日にとるというこの実情のときに、二台の自動車を持つて、何人かの者が集まつて、そうして演説をして歩くというその費用というものは実に莫大だと思う。私はにわかに制限を緩和するということは考えなければならぬ。自動車の雇い料が非常に安くなつて、経済情勢がそういことになりますれば、私はよろしいと思うのですけれども、やはり今にわかに二台雇うことに選挙が金力の戰いになる、かように思いまするので、故障が起きたときに補助的にこれを使うという程度に緩和すべきであつて、それ以上には緩和すべきじやない、かように私は考えております。
 それから物資の点でありますが、これはやはり嚴重にやるがいいと思う。さなきだに選挙といえば何か物資が出るのじやないかというのが、大体今までの選挙の風潮でありました。今度の選挙で、選挙事務所はお茶だけしか出せない、お菓子もタバコも出せないということになつて、そういう状態がだんだん選挙民にも浸透しつつあるのが現状だと思います。選挙はどこまでも建前は清潔にやる、清く正しくやるということが選挙の理想でありまして、これは一歩讓れば十歩、百歩讓るという結果に相なり、そこに選挙の不明朗な、暗い面が出て來るという根源を開くことになるのでありまして、やはり選挙事務所等においてはほんとうにお茶だけ、タバコもお菓子も一つもいらぬという清潔な選挙を私は強く望んでおるわけであります。
 次に第三者の推薦状の点でありますが、今佐竹さんから自筆のものくらいは、というお話がありましたが、私はこの点も非常にかたく考えるのでありまして、これも一歩讓れば百歩讓ることになるのでありまして、自筆ということにつきましても、その人の自筆を一々鑑定して、これが本人の自筆かどうかということは、実際なかなかむずかしい。人を雇うて書いて、自筆といえば、やはり一人が何万枚からやる、晝夜兼行でやりましたというようなことで、何万というものが配られることになる。それは結果においては、またある手を通じて候補者自身に帰つて來るというのが選挙の実情ではないか。それはなかなかできませんけれども、実際そういう結果に相なつて、めぐりめぐつて候補者の負担に相なるわけでありますから、これもやはり選挙が金力の戰いになるおそれが多分にあるのでありますから、私は第三者の推薦状ということも、だんだん選挙が言論に主力を置くというふうに馴致しつつあるときに、また元へもどして、そうして金がかかり、一面不明朗となりやすい状態にすることは賛成しがたいのであります。選挙後における物資の饗應、もちろんこれも許すべきではなく、またいろいろの御礼状を出すことも、私は嚴格にこれは履行すべきだと考えてる次第であります。
 要するに現行法をゆるめるということに、また選挙を不明朗に引もどす原因になりはしないかと思いまして、私にやはり現行通り嚴格に強く正しく選挙をやるという建前で進めたい、かようにんえております。
#100
○野村委員 大体御意見が盡きたようですが、ただ現在の状態では、第三者による運動はほとんど嫌惡された形になつております。これは第三者であるといなとを問わず、いわゆる言論を通しての運動、こういうものに対してはわくをとるべきであろう、かように考えておるわけであります。しかしこの第三者による演説会あるいは推薦会、これらを開催する方途に対しても、この手段を通して、たとえばこれはこの間の選挙にあつた例ですが、戸ごとに演説会の時日を知らせるために全部訪問して行つた。これは形をかえた戸別訪問になると思います。こういう手段については十分研究しなければならぬと思いますが、ともあれ言論を通じての第三者運動は大幅に緩和して行かなくちやならぬ、かように考えておるのであります。
 それから明日の公営のときに意見を申し上げたいと思うのですが、特に新人の立場――今もお話がありましたが、現在の公営のあのポスターの張り方におきましては、候補者の判断をつかむことがとうていむずかしい。こういう点選挙費用の点もありますが、もう少し公正に秩序的な配置においてポスター等の文書、図画は拡大して行つたらどうか、かように考えております。
#101
○生田委員長 ふやしてもいいというのですね。
#102
○野村委員 そうです。
 それから皆さんと意見が違うかもしれませんが、憲法が保障している証言の自由、こういう点から言つて、新聞雜誌、放送、そういう点からいろいろ議論はあると思うのですが、ある程度まで実際を把握する。新人といなとを問わず、情勢をニユース程度にやはり一般有権者にありのままの形を報道する程度の――これはむずかしいことではあるかもしれませんが、ある程度の制限をつけて緩和することを私個人としては希望いたしておるわけです。
 それから選挙運動中に自動車から連呼して行くとか、何とかいうことは嚴にやむべきことである、かように考えております。以上のところを要望いたします。
#103
○小玉委員 一点補足いたしたいと思います。私は第三者の選挙運動の点でちよつと言いましましたが、候補者が病氣あるいはその他のために、たとえば品の惡い話ですが、刑務所に入つておつて行かれぬというようなやむを得ざる故障の際には、これにかわる代理者が候補者と同じ立場において、演説回数においても、他の候補者と同樣な立場において運動ができるというふうに私はいたしたいと思つております。事実病氣で出られなくて選挙に敗れたという例もありますし、今度の選挙で刑務所に入つておつて、そのために実際選挙で運動ができなかつたという例がありますから、そういうふうな万やむを得ざる故障の際には、ある種の証明方法をとつて候補者と同じ立場において代人を出し得るようにいたしたい、かように考えております。
#104
○佐竹(晴)委員 私も一言、これに出ておりませんが、例の放送についての録音の問題であります。これは最近地方におきましても、録音装置がかなり行き届いております。從いまして、いなかにおける放送には録音を使用することができることに願わなければなりません。そういたしませんと、向うさんが日を限つて何月何日ここへ出て來いと言うて來ますけれども、ちようどその時分に私どもは何十里も山奧で演説をやつております。だから、この間與えられた三回の放送のうち、私はただ一回しか出られなかつた。まつたく機会均等ではありません。從つてこれは録音なり、その他機会均等にみなが使用することができるようにやつてもらわなければならぬと思います。これをお願いいたしておきます。
#105
○吉岡説明員 今日お話の点に関連することで一言申し上げておきたいのですが、これは本年の一月の選挙の途中で起りましたことで、逢澤さんも御指摘になつたのですか、新聞の報道の自由ということを制限すれば、憲法上疑問がある、こういう有力な意見がありまして、これは選挙運動の方法を考える上において無視できないことだと考えますので、その点に十分小委員会等で御説明申し上げますが、御含み願いたいと思います。
 それからただいまのお話の点で、鉄骨使用の点でありますが、放送等について義務づけることはいけない、こういう有力な意見があります。この点もあわせてお考え願いたいと思います。詳細は小委員会でお話いたしたいと思います。
#106
○千賀委員 選挙管理委員会にちよつとお伺いしてみたいと思います。選挙公報が今年は四十行でしたが、あればかりもらつたつて仕方がない。少くとも四、五百行くらいにすれば文章の少い欠点が相当にカバーできる。これに次回の選挙はどうしてもその程度にしてもらいたいと思います。今第三者の運動という声が大分あるのですが、これもいいことですけれども、限度がわからぬ。しかし前の前の選挙でははがきを一万枚だか二万枚はもらえたのですから、あれをわれわれは第三者にやつたり、また事務所に置いて後援してくれる熱意のある方は、適当な数だけ持つて行つて、書いて発送してください、それが相当有効に皆さん使つたんだろうと思つております。これを復活したらいいじやないか。これを復活するのに、ただ費用だけでいかぬのか、何かほかにも相当理由があつていかぬのか。管理委員会はどういうお考えですか。

#107
○吉岡説明員 今のお話、費用の点ばかりじやありませんで、物資の点が非常に影響しております。前に選挙公報が三千字ぐらいでしたか認めておつた、それを制限して來ましたのは、やはり物資が不足したためにああいう制限したのも一つの理由になつております。この点は通産省と私の方と話をしております。從つてその紙も大分潤沢になつて來たようであります。それとにらみ合せてやはり公営の点も考えて行かなければならぬ。
#108
○千賀委員 はがきの復活はできぬかということです。
#109
○吉岡説明員 はがきは、紙の点に大丈夫だと思いますが、ほかの選挙運動、公営等いろいろな点を考えてやりたいと思つております。
#110
○生田委員長 この程度で選挙運動の御意見を承ることを打切ります。つきましては、この問題は非常に重要性があるのですが、先刻來多数有益なる御意見を拜聽いたしたのであります。小委員会に御付託になりました以上は、せいぜい注意しまして、皆さんの意見を参考にしてよく研究して、小委員会をまとめたいと思つております。
 本日はこれをもつて散会いたします。
    午後四時三十八分散会
ソース: 国立国会図書館
姉妹サイト