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1947/08/04 第1回国会 参議院 参議院会議録情報 第001回国会 本会議 第19号
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1947/08/04 第1回国会 参議院

参議院会議録情報 第001回国会 本会議 第19号

#1
第001回国会 本会議 第19号
昭和二十二年八月四日(月曜日)
   午前十時二十六分開議
    ━━━━━━━━━━━━━
 議事日程 第十八号
  昭和二十二年八月四日
   午前十時開議
 第一 自由討議
    ━━━━━━━━━━━━━
  一、所見開陳の範囲生鮮食料品集荷配給制度の改善策如何
  二、発言者の数 十二人
   緑風会五人、社会党、自由党、民主党各二人、無所属懇談会一人
  三、発言の時間
   発言の総時間  三時間
   一人の発言時間 十五分間
    ━━━━━━━━━━━━━
#2
○議長(松平恒雄君) 諸般の報告は御異議がなければ、朗読を省略いたします。
#3
○議長(松平恒雄君) これより本日の会議を開きます。お諮りして決定したいことがございます。過般水産委員会より水産物集出荷及び配給制度に関する調査のため、國土計画委員会より東北、北陸地方水害状況調査のため、又農林委員会より東北地方の農地等の水害状況調査のために、おのおの調査承認の要求がございましたので、議長は調査することに承認を與えましたが、それに伴いまして委員長より、それぞれ実地調査のため委員を派遣したいとの申出がございました。議員を派遣する場合は議員の議決を要することになつております。水産物集出荷及び配給制度調査のため、東北、北海道方面に大畠農夫雄君、松下松治郎君、加藤常太郎君、岩男仁藏君、江熊哲翁君、小川久義君、千田正君、十日間。関西方面に遠山丙市君、尾形六郎兵衞君、小畑哲夫君、田中信義君、青山正一君、三好始君、矢野酉雄君、十日間。東北、北陸地方水害状況調査のため、宮城、岩手方面に島津忠彦君、岩崎正三郎君、大山安君、七日間。山形、秋田、新潟方面に石川一衞君、兼岩傳一君、七日間及び東北地方の農地等の水害状況調査のため、宮城、岩手方面に高橋啓君、六日間。山形、秋田方面に田中利勝君、小杉繁安君、石川準吉君、六日間の各日程を以て、以上二十三名の議員を派遣することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#4
○議長(松平恒雄君) 御異議ないと認めます。よつて議員派遣の件は決定いたしました。
     ―――――・―――――
#5
○議長(松平恒雄君) 日程第一、自由討議、本日の自由討議は本院規則第百四十七條によるものとし、所見開陳の範囲を「生鮮食料品集荷配給制度の改善策如何」といたします。会議の時間は三時間とし、各発言者の発言時間は十五分間でございます。発言者は制限時間を遵守せられんことを望みます。これより発言を許します。――駒井藤平君。
#6
○駒井藤平君 緑風会は青山正一君を指名いたします。
#7
○議長(松平恒雄君) 青山正一君に発言を許します。
   〔青山正一君登壇、拍手〕
#8
○青山正一君 生鮮食料品とは生鮮魚介藻類野菜或いは生果等、範囲は広うございますが、私は専らこの中の水産物につきまして一言申述べたいと存ずるのでございます。皆様御承知のごとく、この魚の面程計画性と安定性を欠いておるものはございません。同じ原始産業でも、農業生産と比較いたしますと、全く異なつた特殊な存在であります。私をして忌憚なく言わしむれば、こうした特殊な存在たるものを対象として統制の枠内に収め、豊凶常なき、而も貯蔵にも堪えないものに公定価格を設定すること自体に、非常な無理と矛盾があるのでございます。(拍手)併しながら乏しい物を等しく分け與えるためには、こうした強行手段も避け得られなかつたと申さなければなりませんが、幾多の困難性を内蔵してあるだけに、為政者、國民共々に今日も尚苦しんでおるのであります。昭和十六年四月、鮮魚介の統制規則が発布されましてから今日まで、すでに六ヵ年余りを経過しておりますが、未だに今日のような改善方策が論議されなければならないこの事実から考えましても、いかにこの問題解決が困難であるかを雄弁に物語つておるのであります。この規則の公布当時に比べましてこの状況が一層深刻悪化しておりますから、今日改善したくてもその余地が非常に狭められておるのであります。然らば今後の在り方をいかにするか、統制方式をいかに扱つて行くか、官治統制も自治的統制も、すでにテストは終りまして、その、成績は國民が一番よく承知いたしておるのであります。私は敢えて新奇を衒うものではありませんが、ここに官僚統制に代る國民統制という方式を提唱したいと思うのであります。(拍手)國民統制とは何ぞや。具体的に表現するならば、從來の行政府一本槍の方式を改めまして、國民の代表たる立法府の意見に聴き、この意見を基盤といたしまして或る方式を定め、行政府がその方式に従いまして運営することが、これ即ち國民統制の姿であります。(拍手)行政権云々は古い考え方、少くとも國民に直接生死の関係を持つ重大な問題が、一省令で以て簡単に片附けられることは、政治の民主化に逆行するものと言わざるを得ないのであります。(拍手)この席上にお見えになつておりませんが、私の信頼と尊敬を以て迎えております平野現農相、社会政策の推進力であるところの平野農林大臣は、この主張に対しまして、必ずや満腔の賛意を以て御共鳴下さるものと確く信じて疑わない次第でございます。生産、集荷は配給の根本基盤であります。この点について私の意見を申上げたいと存じます。生産の増強は何を措きましてもこれが先決問題であり、いかにしてこれが実現を図るかは、おのおのの要素と條件を充たさなければなりません。この要素なり條件を充たすためには、資本、労働、漁船、海況その他複雑多岐に亘りますが、この中でも今緊喫に要求されるものは、資材であり、就中油、綿糸網、マニラ製品等は一刻を争うものであり、而も全需要量から見まして、油を除いては実際の供給量は、誠に寂寥々たるものでございまして、現下の状態におきまして増産を求めることは、むしろ不可能なりとさえ私は悲観しておるのであります。ちよつと横道にそれて恐縮でございますが、外国にまで宣伝されておりまするところの、あの隠退蔵物資の問題、或いは旧軍需物資の払下げについて、漁業者なり、農業者はどんな気持ちで眺めておるか、一千億円、或いは五百億円と称されております厖大な物資、勿論全部が漁業なり農業用として転用されるわけでありませんが、一滴の油にも、一寸のロープにも血眼になつてこれが獲得に奔走する生産者のために、一日も早く生産資材として載せられんことを、私は衷心より念願する次第であります。(拍手)一部の闇屋など或いはブローカーに、この貴重な物資が独占されたり、営利追求に使われることは、即ち流通秩序の維持、回復の点より考えましても、誠に忍び得ない痛恨事と申さなければなりません。悪の制裁もさることながら、むしろ我々の期待することは、直接生産に寄與するがごとく、それぞれの関係当局におきまして一日も早く措置されんことを切望して止みません。集荷の面につきましては、ただ供出を強要することのみでは、法の力を以てしましても不十分であります。安心して供出し得るところの受入態勢を整えなければなりません。現行のリンク制もこの一つの現れでありまして、数量的に更に考慮を煩わしたいと思うのであります。大部分の資材をマル公の何十倍で仕入れ、而も魚価は他の物資に比し遙かに低いマル公で引取られておる現状では、生産意欲乃至出荷意欲の減退するのも、或る程度止むを得ないとさえ考えられるのであります。これに応えるべく我が立法府におきまして、先般來魚価の是正と、資材の全面的なるマル公価格での供給の点につきまして、折角検討中であり、近く成案を得る運びになつておりますが、更に取締の強化、闇撲滅の徹底と相俟ちまして、漸次好転するのではないかと期待しておるのであります。
 更に今一つ、大藏当局に申上げたいことは、正直者が馬鹿を見る事実がこの集荷の上にも非常な障害となつておるのであります。即ち正式ルートを通じ、正式機関に集荷されたものは、一銭のごまかしもなく課税の対象となりまして、申告いたしておるのであります。これに反しまして、闇売り、横流しの不届者は課税は免かれ、價格はマル公の五倍、七倍もの價格で売却して、二重にも三重にも暴利を貪つておる状態であります。こうした不正が正直者の供出意欲を阻害することは申上げるまでもありません。この障害を除去するためには、報奨的に、正当なる出荷者に対しましては課税の減免を図り、不届者には相当の重税を懲罰的に課するが如く処置されたいと希望するものであります。この外に末端配給の問題或いは荷受機関の複数制問題、それから生活協同組合法案と鮮魚配給規則との関係につきましても申述べたいと思いますが、時間がございませんので割愛いたしまして、結論を申上げることにいたします。
 元来統制そのものは、法的に相手の自由を拘束するものであります。従いまして、統制される者は窮屈感或いは圧迫感を絶えず感じておるのでございまして、現在の統制方式は、煉瓦を四角に積み上げた如く、一分の隙もなければ、潤いというものは少しもない。無味乾燥なものであります。これを仮に円い石で積み上げる場合には、おのおのそこに間隙が生れ、この間隙が即ち一種の空気抜きともなり、安全弁ともなり、これは固苦しいこの統制に一つの潤いを与えることができるのでありまして、こういうことが統制の妙味とも言えるのであります。固苦しい行政府にその潤いを与えるのには、どうしても立法府の政治力が絶対に必要なのであります。新憲法第四十一條には、国会は国権の最高機関であると明示しておるのであります。立法府と行政府も共にこの精神を了解いたしまして、民主政治の完成に最善の努力を払わなければなりません。かかる意味より、統制の問題につきましても官僚独善の弊に陥ることなく、立法府の意見に聞き、民主的なる政治の実現を強く要望いたしまして、私の結論といたします。(拍手)
#9
○議長(松平恒雄君) 駒井藤平君。
#10
○駒井藤平君 緑風会は服部教一君を指名いたします。
#11
○議長(松平恒雄君) 服部教一君の発言を許します。
   〔服部教一君登壇、拍手〕
#12
○服部教一君 この生鮮食料品のことにつきましては、これまで度々いろいろの議論が出ました。又新聞雑誌等においてもいろいろの説が出ております。これは誠にむずかしいことでありまして、これを地方廳によつて決めなければならんと私は思うております。物価廳が設けられてまして、日本全国これえを一定するということは、腐敗しない金属類とか、ものによつてはできましようが、野菜とか魚類とか、果物とかいうような、腐敗しやすい、生鮮なるものを尊ぶ、その産額もまちまちであり、全国一定することのできないようなものを、東京の物価廳がこれを決めようというところに無理があると思うのであります。こういうことは、恐らくは世界においてどこの國もないと思います。アメリカのごとき広い國は勿論のこと、日本によく似た、イギリスでも、ドイツでも、フランスでも、物価廳があつて全国一定の値段を決めるというようなことは、他には例がない。日本がとかく民主政治になりつつはありますけれども、やはり昔からやつておる官僚政治、何でも一定したいというような傾向は、すべての所においてまだ残つておるのであります。これを改めなければならん。私は物価廳というような厖大な機関は止めてしまつた方がいいと思つておるのであります。もつと機関を小さく、そうして必要なものだけに止めまして、一々何千、何万といわれるものの値を机上で以てこれを考えてやろうというようなことは、これは到底できないことでありまして、できても無理が行く。それでどうしてもこれは府県の自由に任せるがいいと思うておるのであります。無論今日と雖も、関東地方とか東北地方とか四国、九州、東海道、北陸というように、多少のブロツクによつて決められるような制度にはなつております。けれども、それは極く微々たるものでありまして、殆んど今日はその用をなしておらんような状態であります。余り公定価格が低いために、自由裁量を許してもその用をなしておらんのであります。野菜のごとき、魚類のごとき、果物のごとき、全国その價格がまちまちであります。又魚類ごとき、漁業地と山梨県とか長野県とか奈良県とかいうような海のない奥地と、公定価格を大した差のないようにして置くということであれば、魚類はそういう奥地へ向けて入つて来ません。現にその実例は幾らもあるのであります。取締を嚴重にすれば入つて來ません。実に困つて取締を寛大にいたしまして漸く入つて来ておるというような実情であります。野菜にいたしましても、まあ近い例でいうてもそうだろうと思います。東京の真中と、或いはこの附近の世田谷だとか、ずつと縁の方の所と公定価格を同じようにしたならば、今日運搬費用の高い、人件費の高い時に、車に載せ、トラツクに載せ、どうして一里、二里、三里先からこの中央へ持つて来ますか。こう細かいことを一々物価廳で決めるということは、これは実にむずかしいのであります。誰がやつてもむずかしいのであります。その土地々々によつて運搬費も違うし、いろいろの事情があるのですから、大綱は決めても、地方の任意にして置けばいいと思うのです。何でも一箇所でやろうとするから無理が行きます。私は奈良県でありますが、今から三四年前に、戦時中でありましたが、冬「すいか」とか「ぶどう」とかいうようなものは奈良県にありません。大阪にはあります。方々から来ますから……。それを奈良県へ向けて持つて來ることは出來ない。運搬費が見てないから折角運搬費を拂つても持つて來つても、公定價格は大阪も奈良県も同じようになつておるために、持つて來る者がないのです。そうすれば病人が、死にかかつた者が、飯を食えない者が、ちよいと「ぶどう」を食べたいとか「すいか」を食いたいと言うても食うことができない。そういうように、人為的に一定しようと思うから無理が行くのであります。これを適当にさえして置けば、高過ぎたら人は買わないし、自然に都合よく價格というものは決まつて來るのであります。それを人為的にやろうとするから、そこに無理が行きます。皆さん十分に御承知だと思います。東京都内に於ける野菜の配給はどうです。取締を嚴重にやれば町の中は出て來ません。ずつと皆引込みます。放つて置けば仕方なしに出て來るだろうと思いますけれども、それは幾らかは出て來ますけれども無理です。今日主食の米とか、麦とか、豆とかというような、この主食の配給が不十分でありまして、遅配がある時に、食わずに辛抱できんから、まあ今であれば「かぼちや」でも買うて來て食え。「なす」でも買うて來て食え。こうなるのが当り前です。なかつたらある所に買いに行きます。それを取締るというようなことは、これは無理です。それだから取締が十分に行き渡らないのであります。今日の警察力では到底できません。又そういうことをする必要はないと信じておるのであります。それで余り細かい所まで決めて行こうとするから何年経つても行われない。取締を嚴重にやればずつと引込んでしまう。又寛大になれば出て來る。又嚴重にやれば又引込む。何回もやつております。これは現状に反した無理なことをやるからこういうことになると思つております。それで自由販賣にせよという説も随分方々から出ておるのであります。ところが自由販賣にしたならばめちやくちやに値段が上がるという説に囚われて、思い切つたことをせずにおるような状態でありますが、それは一時は上がることがありますけれども、いつまでも続くものではないです。ちよつと上つたからといつてびつくりして、そうして直ぐにそれをやめるというようなことでは、これを実験的にやることもできない。私は各府縣でやらせることにして、必要なる場合にはその近府縣の幾縣かのブロツクを作るなり、又一つの縣内でも何箇所というやり方によつて、やり方を変えてそうしてやればよかろうと思うのであります。何としたかて、安ければ今のような公定價格の安いことでは品物が出て來ません。それで闇値との間に非常な差があるのであります。それを無理に取締を強化してやろうとすれば品物が出て來んのみならず、尚強くやるとしたならば、もう來年からは引合わない品物は作らなくなります。野菜がなかつたらどうします。我々は米麦だけでは行きません。ビタミンも必要である。その他いろいろの無機塩類とか、栄養失調を來さないためにはいろいろなものが必要で、殊に野菜などは必要であります。そういうものを段々作らなくなつたらどうします。何としたかて、無理なことをしたならば、これは押え切れるのもではないのです。結局いけなくなりますから、私はこういうものを自由販賣にし、若しこれを取締をしようという必要のある府縣においては公定價格を作つてやつて見ればよい。一切全國どこでもやつてはいかんという制度が悪いのです。やつて見て悪かつたらやめるがいい。やらして見るがいい。どこでもやらさんということを繰返しておつては、結局いつまでたつても、この状態が止まらんものだと信じております。それからこれらのものの價格というものはいろいろの條件によつて変化するものでありまして、第一、インフレが進むと共に、やはりこういうものも高くなつて参ります。今日の日本はインフレが進みつつあるのでありまして、まだまだ來年、再來年、これが今のようなやり方をしておつては止まないものと思うております。こんなことがドイツあたりも第一次大戦後……、戦争中はまだよかつた。戦争が済んでから段々インフレが進みまして、四年目位には最高潮に達しまして、仕方なしにレンテンマルクを造つて、そうしてこれを押えて、財政の赤字化を止め、紙幣の発効の増加を止めて、徹底的にやつたために、それが止まつたのであります。ロシアのごときももそうであります。今度の戦争においても、ハンガリーのごときはやはり同じ手段でやつております。日本もこれから何回内閣がかわるかも知れませんが、今のままでは行きません。結局同じことになると思います。そうするというと、インフレが進みつつあるのでありますから……(「交替交替」、「タイムアツプ」と呼ぶ者あり)もう時間が來たのですか。十五分が早過ぎて……。もう簡単に申します。皆さん、簡単にちようと一分か二分で……(「もういいよ」、「分つた」と呼ぶ者あり)そういうわけでありますから、いろいろの條件によつて変つて行くものであるから、これはどうしても地方の自由にしたいと思います。これで終つておきます。(拍手)
#13
○議長(松平恒雄君) 佐々木良作君。
#14
○佐々木良作君 無所属懇談会池田恒雄を指名します。
#15
○議長(松平恒雄君) 池田恒雄君に発言を許します。
   〔池田恒雄君登壇、拍手〕
#16
○池田恒雄君 私は農業における生鮮食料品の問題につきまして、若干の所見を申述べて見たいと思うのであります。
 まず第一に生鮮食料品を取扱う政策の根本的な考え方について申上げたいのであります。政府はこの国会に農業生産調整法案を提出するというのでありますが、その農業生産調整法案を政府発表の要綱によつて見ますと、それは戦時中の国家総動員法に基ずく農業生産統制令を中心として、その他の農業諸法令を改廃統合し、時局的な按配を加えたものであると見られるのであります。まず政府は、單に生鮮食料品というだけでなく、すべての農業生産物の生産や販賣の制度について、戦時中より持つていたこのような統制方式に関する考え方を改めなければならないと思うのであります。政府がこのような法律により、而も官廳機構によつて農業生産を調整しようとするならば、その統制は必然的に形式的、大量観察的、統計的、機械的、命令的なものとなるのであります。而も三百的机上プランによつて、農業経営に対し不自然なる無理を強要するいわゆる官僚統制となるのであります。その結果は農業生産の機動性が著しく阻害され、農業経営は激動するインフレーションに対する適應性を拘束され、そうして農業生産は消極的逃避的となるのであります。統制に対する形式は又三百的となるのであります。而も経営は後退し、統制は内容において乱れまして、闇取引発生の病的根源を作るということになるのであります。今日における農業生産復興の途というものは、農業に対してかくのごとき統制や干渉を加えることではなく、農業生産を前進せしめるところの方法は、農業経営に対して臨床的なる保護を與えることである。私はこのように信じておるのであります。(拍手)
 第二に生鮮食料品の集荷配給に対して、今日問題を提起しておるところの生鮮食料品の減退は何に原因しているものであるか、先ず肥料の不足であると農民は叫ぶのであります。更に米麦芋類等の作付の割当の拡張、不合理的強権の供出制度に基ずく農家飯米の不足、種子類の不足と悪質化及びその配給の混乱、輸送力の欠如、價格統制の不合理、そのために起る生産物の不時賣買、更に政府の政策の貧困、指導、助成施策の弛緩等が挙げられておるのであります。
 生鮮食料品は作物として不定期収穫、又収穫されて尚生きているところの生理的條件、瞬間処理、瞬間取引等を特徴としておるのであります。その青果物に対して今日求められるところの対策は、その生産の増大という裏附がなくては考えられないのであります。
 第三に生鮮食料品の生産量を拡充する方法について、その第一はすべての農作物に対する作付割当を廃止することであります。主要食物の平面的な、或いは機械的な割当の拡大は、蔬菜の作付面積を縮小するというだけではない。裏作及び畑作の機動性、或いは立体性を障害するのであります。そうして全体として生産活動を不活溌にします。小麦二〇%を増反するそのために、「ほうれん草」一〇〇%を減産するというような例が方々に起つております。又冬作の麦に続いて、馬鈴薯、甘藷というような連作方式が取られております。更にこのことは野菜の夏枯れ期間というものを延長する結果なつております。而もこのような主食お増反は直ちに主食が増産するものであるかどうか、これは疑問なんであります。又夏作の馬鈴薯、甘藷、これを一面的に政府が主食であると規定しておるのであります。これは誤りであります。芋類は主食にもなり得るものであるが、同時にこれは不定期収穫を可能とするものである。それはやはり生鮮食料品であります。その栽培の方法、取引の方法もやはり二面混合であるということに注意をしなかつたならば、食糧の需給に重大なる誤算を生ずるということにならなければならないのであります。
 その二は、農業に対する、殊に生鮮食料品に対するところの輸送対策の樹立であります。青果物の農家庭先價格は、都会より停車場を一つ行くごとに一段と低くなつておるというのであります。或る地点に至つては公定價格を割つておる。或る地点では青果物の過剰に因つておる。或る地方と東京では、闇價格において十倍の差を示しておる場合があるのであります。生鮮食料品の供給を近郊沿線に期待しても、それはおのずから限界があるのであります。徒らに闇値を吊上げるというふうな結果を來たすのであります。或る地点から奥地に入つては、食糧危機も知らないような工合に、耕地は極めて緩慢に利用されておる。又利用されないものというような場合があるのであります。それは一体何を物語るかというならば、それは輸送力の欠如を物語つておるものであります。生鮮食料品になる作物の栽培は、私はこのような地帯に開発して行くべきものである。こう考えております。そうしてその供給力を地理的に拡大する必要がある。而もこのような地帯に大量生産、商品的生産を刺戟する。或いは促進する方策を取るべきものである。その絶対的條件となるものは輸送力の配置にかかつておると、私はこう考えております。いろいろな作物について又機械的に、或いは平均割当ということが行われておりますが、その生産数字そのものが自給生産に埋沒しまして、効果を現わさないということが見られるのであります。それでその経営と無関係な作物を割込ませて、命令的にこれは慣行を破壊し、又経営の自律性が運動に障碍を與えまして、全く反対の効果を生ずるというようなことが見られておるのであります。政府はこの度岩手縣、長野縣、その他数府縣を指定生産地にすると発表しておるのであります。私はその着想は極めて賢明である、こういうふうに考えております。併しながら尚且つ臨床的なる技術的施策を忘れておるというのが遺憾であります。政府が今日の対策として少数の特定府縣を指定するというこの考え方、私はこの中に、戦時対策的な危険が、内藏しておる、こういうふうに見るのであります。
 その第三は、種子類の生産と配給対策であります。種子類は勿論定期収穫物でありますが、その生産は近郊沿線に局限されなければならないものではありません。近郊農業において種子栽培は或る場合は圧迫されております。或る場合は発展しておるということを見ます。併しながら近郊農業にのみこれが集中的に求められるというような結果は、種子類の配給というものを今日の状態に混乱させるのであります。種子類の栽培は特別の管理を必要とする。その集荷配給についての特別の指導統制を必要とするものであります。從つて私はこれにつきましては、他の作物の影響の少い開拓地や、その他山間地の農村に特別の施策を與えて、その栽培の発達を促進させる等の方法によつて今日の種子類の不足を補充し、併せて質の改善と云うものを図らなければならないのではないか、こういうふうに考えておるのであります。
 第四に、生鮮食料品の集荷については、生産者たる農家の販賣組合、出荷組合、共同販賣市場等の健全なる発達によつて、新しい集荷配給の秩序を確立するということに期待しなければならない、こういうふうに考えます。そして政府はこの生産者團体の秩序ある活動を奨励し、輸送、交通その他販賣方法等についてまで特別の保護を與え、生産と出荷が局限された地域に固定しないような施策を取るということにしなければならないと思うのであります。政府は昭和二十年の暮れに野菜が最も不足した時期において、生産の枠を外すことなく、配給の枠を外したのであります。そうして國民経済に甚だしい悪影響を與えました。又今回は政府は消費市場を操作するところの案らの物的施策を用意しないで統制を強化変更しておるのであります。私はこういうやり方は赤ん坊が泣くからとつて牛の乳房を掻きむしるようなやり方であると思うのであります。このような政府の作物の動態或いは季節というものを無視したところの施策の下で、消費者大衆は買出しと闇市場によつて、その飢餓を緩和しておるのであります。闇排除を叫ぶところの政府は、このことに重大なる反省を必要とするのであります。併しながら生産者組合の活動は、この買出しと闇市場の排除と征服をその指標として進めるものであります。政府は又これに対して保護助成を與えるべきものであります。今日買出し部隊或いは闇ブローカーは数えきれない程農村へ侵入しております。農家の庭先に殺到しておるのであります。このことは青果物の生産や集荷に悪作用を與えておること勿論でありますが、更に農村に対して投機的な心理を挑発しておるのであります。甚だしく治安を害しておる。農村の平和を撹乱しておる。そうして農業生産の正常なる復興というものを迷わしめておるのであります。青果物は生きている商品であります。枯死又は休眠している禾穀作物と同一の取扱は困難であります。その供出も、その集荷も命令的にこれを決定するということは、全く不可能であります。これを低く落着けて行きたいと思うならば、生産増加の方向において、新しい秩序の中にそれを導いて行かなければならないということになるのであります。青果物は概して不定期栽培と、不定期収穫が可能なものであります。從つて必ずしも又定量配給を必要としておらないものでありまするから、地域的にも、或いは季節的にも、この生産増加によるところの市場操作というものは困難ではないのであります。
 第五に、配給方法は生産と集荷の方法の解決によつて、おのずから解決の途が見出されるものである。私はこう考えております。從來政府は消費者の火急の叫びに血迷つて、そうして本末顛倒の対策を繰り返して來ているのであります。その結果が更に消費者大衆を苦しめるというような工合になつております。私はこの際特に配給問題について強調して置きたいということは、これは生産者の直賣市場、公設市場、或いは消費者の組織する團体の活動及びその消費者團体が作つておるところの市場というようなものの活動に保護助成を與えて、その発達に期待すべきものではないか、私はこう思います。而も戦時中から今日まで、業者、或いは業者の組合というものが、何か特権を持つているように私は見ているのであります。(拍手)この業者及び業者の組合の特権というものは、この際完全に捨てさせなければならないと思うのであります。(拍手)消費者團体と業者團体とが対等の資格において消費者市場において競争するというような配給方法を講じなければならんと、私はこう信じております。又それと共に飲食業者の問題は、これは七月統制以來いろいろ騒がしくなつておるのであります。九月統制によつて飲食業者を取締るというのでありますならば、これは徹底的にやらなければならないと思うのであります。且つ私は配給を撹乱する、或いは事情を非常に悪くするというような者が、街頭において極めて挑発的の行為をやつておるということを見るのであります。私は街頭においていろいろな贅沢品を飾つたり、贅沢な食物を飾つたりしておるところの、ああいう挑発行為は、これは徹底的に絶滅しなければならないと思うのであります。それでなければ、私は闇は次第に挑発されて、又出て來るということに相成つて來ると思うのであります。
 第六に、私は政策全体として言いたいのでありますが、平野農林大臣はいつか新聞紙上に三合配給の基礎があるというような発表をなされたのであります。私は算術計算の上におきましてはこれと同感であります。ところがそれが今日実現されておらないということは、一体何であるかと申しますならば、これこそ政策の貧困或いは農業に対する技術的施策の弛緩を暴露しておるものである、こういうふうに私は考えるのであります。このことは生鮮食料品の問題についても同様に言えるのであります。又政府は、今日でも農民に対しては戦時中の軍國主義的なる態度を拗棄しておらない。片山首相の言うところの高度民主主義、これを私は農業政策について徹底するというのでありますならば、從來農民をいじめておつたところの政治を、農民をいじめない政治に、可愛がる政治に直すことであると、私はこういうふうに考えておるのであります。私は生鮮食料品の問題を解決するという途も亦このような方向にあると思う。我々日本人は多くの場合牛や馬を殴る習慣があるのでありますが、牛の泌乳量が少いからといつてこれを殴つても、それで泌乳量が多くなるという法則は全然ない。我々が若し多くのものを欲するならば、牛に対してもつと忠実なるところの管理方法を施し、そうして静かに我我は泌乳量の増大というものを待たなければならないのであります。一切の施策はこの泌乳量の増大の方向に副わなければ立つものではありません。私はこの点を最後に強調しておきます。(拍手)
#17
○議長(松平恒雄君) 駒井藤平君。
#18
○駒井藤平君 緑風会は來馬琢道君を指名します。
#19
○議長(松平恒雄君) 來馬琢道君に発言を許します。
   〔來馬琢道君登壇〕
#20
○來馬琢道君 この問題の実行方法については議員諸君の多数の御発言があると思う。私はその実行方法の源泉について私見を述べたいのであります。私は東京浅草に住んでいて、上野、日暮里、東武浅草等の各駅から、生鮮食糧品の運び込まれる様子を実見し、又それらが販賣せられる実情を知る便利を持つております。これ程多量の品物が窃かに集散されておるのに、何故に公に出入りしないのかと考えると、國民相互の間に同一國民なりという観念が欠けておるからだと思う。「古文眞宝」に「豆を煮るに豆のまめがらを燃す、豆は釜の中に在つて泣く、本是れ同じ根より生ず、相烹ること何ぞ甚だ急なる」という名文句がある。(笑声、拍手)今や都会生活者が豆か、農漁村の生産者がまめがらか分らないが、元同根より生じたる日本國民が互いに怨嗟の声を放つておる。農村及び漁村は共に必要の物資を約束通りくれないから市場に生産物を送らないと言い、然らば品物がないかというと、公定價格を破つて高く買う者があればその方に賣る。それで生産者は満足してるのかといえば、必需品をくれないからそればかりでは困ると言う。然らば、どのくらいに賣ればよいかというと、大体現在の公定價格の倍に買つてくれれば市場に出してもよいといつている。一方では三倍にしなければ足りないといつて要求している中に、まじめな農村人がいわゆる横流しをしたのでその方に大分走つた物が多かつたが、今日においてはその道が塞がつたから大分市場に出すようになつた。併し毎日家庭の窮乏を狙うブローカーの團体と申しましようか、都市と農村との間を往復して相当の利益を収め、農家はこれを待つて賣ろうとしている、私の地方観察は、極めて狭い範囲に過ぎないが、更に各方面い調査隊を出したら時々刻々に変化する状態を知ることができよう。政府は時々統制したり、又はこれを撤廃したりして、ブローカーはこれらの間に、政府の信用すべからざるを説き、生産者を惑わしている。畢竟これは一面精神的欠陥の結晶なりと断じていいと思う。即ち國民の間に政府を信用しない声が高いのであります。約束したものをよこさなかつたと言い、今後もいつどう変るか分らないと疑つている。一方、政府の方にも根拠はあるのであろうが、福澤翁が「新聞記者は社会より一歩先んぜよ」と言つたことく、政府はかかる問題に対しては五日も十日も三十日も遅れてはならない。又五日も十日も三十日も先きに進んではならない。この緩急が政治の妙味である。「巧悪は拙速に如かず」という一句もよく味うべきである。特に私が言わんとするところは、食糧問題を政争の具に供したことが最も悪いということである。曽て三浦梧樓氏は外交問題を政争の具に供することを憂い、原、加藤、犬養の三党首会談を二三回行い、爾来外交に関する不利益は大分救われたと記憶しております。すでに我が國の絶対量の不足が明らかであるのに、我が党が多数党になれば白米の三合を配給するといつて時の政府を攻撃したり、生鮮食料品の統制を撤廃して自由にするといつて、当時の為政者を非難するがごとき、過去においても亦将來においても國民を惑わすもので、かくのごとき言論は、さなきだに主食運搬を制限する警察官を怨み、都市轉入を阻止する吏員を憎んでいる國民の政府非難の声に拍車をかけるもので、どこにか抜け道があるだろうという疑いを抱かしめる。それで政治家に実行方法を尋ねると、食糧輸入を総司令部に懇請するのだと言う。これでは喜んだ國民は失望する外はないのである。枯れの隠退藏物資の問題にしても、何か割前でも來るかと待つている者もあろうが、これを全國民が相疑い、相争い、賣るものも賣らず、買えるものも買えずという現状になつたのは、確かに國民愛の欠乏に起因するものと思う。而して半分はこれ政治家の政争の罪である。
 私は政治家諸君に先ず懺悔を要求する。「さんげ」、これは印度のサーマという言葉を漢字に音訳したために懺悔という字ができて、英語のコンフエツシヨンを訳するときに、何か宗教的権威を付けようと思つてこの字を探して当嵌めたものであるが、皆が「ざんげ」と読んでしまつたので、今では正しく「ざんげ」といつては分らなくて、「ざんげ」いつた方が分るであろうが、本当は「さんげ」である。私は政治家諸君に先ず懺悔を要求する。先きに経済白書を見て藪医者のレセルトなりと批評されたるときに、当局者は何も示さないよりはよかろうと言つたが経済白書が発表せられる前に、選挙投じに大言壮語を弄したる政治家諸君は、その罪を懺悔し、実はこれだけしかないのだから何分頼むと言うべきであろう。(拍手)この誠意あつて更に國民が救國運動を自発的に行う熱意を沸かすようにして、例えば誰がやつても無い袖は振れないとあからさまに告白し、國民の愛國心に訴える外はないのである。
 私は明治の末年にシヤム國に赴いて、親しく皇帝陛下に拜謁したが、シヤム國の婦人は皇族でも全部といつてもよいくらいざん切り頭である。何一つ飾りを附けていない。その理由を尋ねたら、ビルマと戦争をしたときに、シヤムの婦人は全部髪の毛を切つて男子に扮し、頑強に戦つてビルマ人を撃退した。それから愛國のシムボルとして断髪を励行しておるのだと聞いた。今日日本は自給自足すらできない國である。貿易の再開があつても何を輸出するかに苦しんでおる國情である。その中で都市にいる國民がアメリカの生活の眞似をしているということは間違いである。第一次世界大戦後のフランスは、勝つには勝つたが、婦人は皆黒い着物を着ていた。私はアメリカを見た目でこれを眺めて、その儉素ぶりに敬服した。「古文眞宝」に「昨日城市に往き、帰り來つて涙巾に満つ。遍身綺羅の人は是れ養蚕の人にあらず。」蚕を飼つている人が綺羅の着物を着ているんじやないといつて、昔から都市の華美の生活を農村人は羨んだものである。その中國の婦人は、材料は緞子類を用いても、衣服の色は、少女は別として、墨を貴び、農村の婦人もいわゆる盲縞の木綿を着ている。今我が國においても、全國民が愛國運動の象徴とおして華美の服装を戒め、都市の人々も食物はできるだけは自分で作るという誠意を示すならば、生鮮食糧品も農漁村人の同情によつて集荷されるべきであろう。そんな精神運動をしたところで、窮迫せる今日の時代に何の役に立つかという方があるかも知れない。本院の議員諸君、特に全國区から選挙せられて優秀の成績を収められたる議員諸君、地方区でも松平議長の如きは特例であるが、数十万票という投票を、昔ながらのいわゆる一票何円というような運動方法で得られると思われるか。これは皆諸君の精神運動の結果であります。全國民の精神的援助の大なるに驚かれた方が相当あると思う。即ち農漁村における一人の精神運動は、この問題の鍵である。それには政府も國民も異体同心の協力を要する。この源泉運動と、法律、政令と警察官の努力と相俟つて、初めてこの問題は解決せらるべきである。私は特に國家が宗教家の活動に期待をかけられることを望むものである。(拍手)
#21
○議長(松平恒雄君) 大島定吉君。
#22
○大島定吉君 民主党は油井賢太郎君を指名いたします。
#23
○議長(松平恒雄君) 油井賢太郎君に発言を許します。
   〔油井賢太郎君登壇、拍手〕
#24
○油井賢太郎君 新憲法によりまして國民の代表として選出されました我々國会議員に、國民は一何を要求いたしておるかということを考えて見たいと思います。即ち國民といたしましては、敗戦後の今日生活をどうしてくれるか、我々の生きて行く途をどう解決してくれるかという点に集中されておるのであると思います。かかる見地よりいたしまして、本日のフリー・トーキングにおいて生鮮食糧品の問題を取上げましたことは、最も当を得ましたことと存じまして、議院運営委員会の方々に敬意を表するものであります。
 先ず第一に、私は生鮮食糧品の中、蔬菜に関して所見を述べて見たいと思います。今日都会におきますところの蔬菜の配給の状況を見ますと極めて少量でありまして、一週間に僅か三四十匁程度の配給よりないのであります。それも古くなつた化物みたいな大きな「きゆうり」の半かけらであつたり、或いは眞つ赤になつた菜つ葉であつたりすつかり精分のなくなつたいわゆる床藷というようなものが配給されておるのであります。そうしていわゆる青物として使の命であるところの新鮮さ、或いはビタミンの補給ということは、殆んどこれが実現されていないという状況になつておるのであります。(拍手)東京都民は、配給の青物はもう懲り懲りだ、敬遠したいと言いながら、一方においては闇の青物をあの手この手で以て家庭に取入れまして、漸く例の九條武子夫人が罹つたところの敗血症から免れておるという現状にあるのであります。又去る七月十一日社会党の岡田宗司君がこの席より、東京都におきましてマル公を破ることによつて野菜が出廻つたが、併しながら値段が暴騰して都民が非常に困つておるということを指摘されておつたのであります。併してその後マル公の嚴守に復しましても尚暴騰は止まず、現在の法が実際都民の手にももつともつと高い値段で闇の品物が入つておるという現状になつておるのであります。又平野農林大臣が一人一日三十匁の配給の線を確保すると約束せられておつたのでありますが、今までのところは全くデスク・プランに終始いたしまして、今後もこのままの制度では、恐らく大臣のこの席より演じましたるところの大見栄を実行、実現いたしますことは、砂上の楼閣にように消え去つてしまうことと誠に心から懸念される点であります。大臣も勿論立派な奥さんをお持ちになつておることでありますから、やはりこういう点はよく奥さんにも相談をせられまして、本当に國民の声を聞いて戴きたいと思うのであります。然らば何故農林大臣のこのようなデスク・プランがそうしたことを予期しなかつたかと申しますと、私は率直に言いますならば、價格の統制がもたらした欠陥であり、マル公の悲劇であると皆さんに訴えたいのであります。マル公に合せるため、できるだけ少い労力を以て作られるのでありまして、これは農家に対しましては、一向利き目のない肥料となり、又直ぐ壊れてしまうような農耕具となり、又役にも立たないような日用品となつて流れて行き、まじめに働く農村民の精神を損い、その反射作用といたしまして、マル公に合せるために、農産品は泥だらけの大根となりまして、又化物のような「きゆうり」となつて、薹の立つたような「ほうれん草」となつて還元されておるのであります。しかのみならず、更に進んで闇値の賣捌きも平然として行うような状態に陥つておるのであります。即ち我々國民は價格の統制によつて、貴重な資材の濫費と、道義心の頽廃と、官吏の増員による所の負担の加重と、統制機関の役職員への莫大なる費用の支出と、経済違反者の続出を得たのであります。一方において闇商人とこれを取巻く所の悪徳指導者たちに幸福と富を與えたという結果を招いておるのであります。(拍手)
 さて蔬菜の配給制度も、價格の面から見まして再三再四に亘り、或いは強化したり、或いはこれを緩めたりいたしまして、片山内閣になつてからも、去る六月には殆んど自由に近い程緩和し、一般消費者に喜ばれたのでありましたが、七月の中旬に至りまして、又その筋の指示と称しまして、急に嚴重なる取締になつたのであります。その結果、配給品は有難迷惑だとさえ言われるような鮮度の古い不良品ばかりが時折配給され、これが補給として闇取引の助長を來しておるのであります。而も闇で買う分量の方が配給の分量の何倍かになつておりまして、取締に対する保險料も含めて相当高い値段でお互いびくびくしながら取引をしておるということになりましては、人心に極めて面白からん影響を及ぼしておるものとして、一刻も速やかにこれが是正を図らねばならないと存ずるのであります。
 以上のような観点から、この際私は蔬菜のマル公をできるだけ早く撤廃を図るならば、新鮮な野菜を國民に豊富に且つ速やかに低廉に供給し得ることと主張いたす次第であります。蔬菜の丸公の撤廃について関係官廳方面で、ある有力筋が承知しないので撤廃することができないのだと言つてるという取沙汰をされておりますが、若しこの有力筋と申しますものが連合軍司令部を指したものであつたとしたならば、極めて常識的で、我が國民が一国も早く立上らんことを心配して下さつておる方々に対して、とんでもない誤りとでも申さねばならないと思います。常に連合國側と折衝の深い官吏の方々が、ポツダム宣言を忠実に実行することに違背なく、日本自体の民主化に役立つような事項は誠心誠意十分意を盡して説明して下さるならば、必ずこれを容れるに吝かでないと信ずる次第であります。(拍手)
 さて蔬菜のマル公を撤廃すると、一部の者のみ買占めを行なつたり、或いは國民の一部の野菜の食べられない者ができないかと心配する向もありますが、生鮮食料に関する限り、この懸念は絶対にないと思われるのであります。何故ならば、生鮮食料を買い占めたところで長期に亘つて保存することはできませんから、例の世耕事件のように隠退藏物資となるわけではありません。又取扱業者は一定のマージンさえ得られれば、できるだけこれを早く消費者に廻したいということは人情でありまして、蔬菜はマル公の決まつておるときと比べて新鮮度において値段が違うことが、消費者に早く渡されることができると思います。更に傷んだ品物であるとか或いは育ち過ぎた品物は非常に格安に処分される結果、生活の困窮者にも蔬菜の入手の不自由を來さないと私は考えられるのであります。
 以上申上げましたように、蔬菜に対する價格の統制はこれを即時或いはできるだけ早く撤廃すべきでありますが、供出と配給のルートの統制は今暫く存続せしめてもいいのみならず、又あつた方がいいと思います。若し自由党の方々の言われるように、これまで統制の枠から外しますと、生産と需要のバランスが少しでもマツチしない時期には、生産者たる農家に対して直接需要者が買出しに殺到し、不要な價格の吊上げとなり、又交通の混乱を來し、各家庭への蔬菜の入荷も非常に凹凸を來し、一方において無駄に消費される家庭と、反面蔬菜が手に入らない家庭とが現れる虞れがあります。私の案といたしましては、生産者たる農家には自主的、民主的に出荷機関を作らせることと、消費地には市場式の荷受機関と、免許証によつて営業する成るべく多くの小賣商を置くこと、又小賣商から消費者には何らかの制限を設けないこと、この制度が現今最も簡単で、又最も適当であると信じます。出荷機関の組織は、農業協同組合、或いは農業合作社、又生産地の仲買人等、少くとも一村に二箇所以上を許可いたして、警察署管轄單位に一取引ブロツクとして、ブロツク以外の地域に生産者の搬出を認めないことにいたします。出荷機関に対しましては、農林省、或いは各府縣、全國農業会、業者等の代表の、いわゆるエキスパートによりまして作られた配給計画に從つて、予め出荷先の府縣を指定いたしまして、これによつて指定地の荷受機関以外に出荷することは禁ぜられる制度を取ります。出荷に際しましては、必ず農業会に出荷登録と出荷証の発効を求めて、出荷証なしの荷物の移動を絶対に認めないということにいたしたいと思います。出荷証は荷受機関の入荷認証印を押しまして返し、農業会はこれによつて肥料の配給或いはその他の資材配給の基礎材料といたすことにいたします。勿論荷受機関も府縣單位程度の大きな範囲内におきまして数箇所或いは数十箇所設置され、荷引きの競争をなし得るようにし、適当期間を限つて入荷数量の割当をなして、一地区に蔬菜の入荷が片寄らないような方法をとるようにいたします。かくのごとくして荷受機関に入りましたものはせり賣りの形を取りまして、指定されました小賣商或いは消費組合等に販賣し、末端配給は飽くまで自由とすべきであります。
 以上が蔬菜の面についての改善策でありますが、主食の代用となるところのじやが芋、甘藷というものにつきましては、作付反別の強制割当、價格の統制等、主食同様嚴重なる統制を行なうべきは言うまでもありません。果実に対しましては、病人或いは妊産婦用、小児用等の「りんご」若しくは輸出向の「みかん」等につきましては、只今申上げました蔬菜と同様の方法でルートの制限を設けますが、それ以外のものは一切自由にこれを販賣させていいと思います。
 次に鮮食介についても、マル公が決められておつては出漁の意欲が百パーセント発揮できないという現状から見まして、これを撤廃した方がよろしいと思います。どうせ國内で獲れます魚は國民の食用に供するのでありますから、できるだけ多く獲つて國民の栄養補給の資源とすべきであります。その点蔬菜のごとく畠という限られた地域の生産品でなく、茫々たる大海原相手の事業である以上、漁師諸君の身命を賭した努力によりまして、一尾でも多く魚を獲つて貰うより外は途はないのであります。窮屈な規則づくめでは漁獲高の増大を期すことは恐らく困難と思います。若しマル公撤廃の実現が見られました暁は、人生意氣に感ずべしの意気組みを以て、國民食生活打開のために、血の氣の多い漁師諸君が必ずや立ち上がることを信じて疑わないのであります。その配給へのルートにつきましては、先程蔬菜のとき申述べましたとやや構想を同じくいたしますが、時間の関係上これを割愛いたしまして、すべて生鮮食料の集出荷配給に関しまして私の所信は、マル公を撤廃いたしまして、一刻も早く生産者から消費者へ新鮮な食料を配給して貰いたいというこの一点にあるのであります。(拍手)これを以ちまして私の所信といたします。
#25
○議長(松平恒雄君) 大島定吉君。
#26
○大島定吉君 民主党佐々木鹿藏君を指名いたします。
#27
○議長(松平恒雄君) 佐々木鹿藏君に発言を許します。
   〔佐々木鹿藏君登壇、拍手〕
#28
○佐々木鹿藏君 私は生鮮食料品の中、青果物と魚類について申述べたいのであります。都道府縣の枠、即ち割当は、現在の通り農林省に委せて、外のことは一切挙げて業者に委ねて運営することが一番いいと考えております。私の意見を申述べまする前において、一二の事例を申述べますれば、あの料理屋飲食店の休業は何時まで続くのか、又食糧が良くなれば再び許すかによつて多少考え方が違うのでありますが、そのことを当局に確かめる時間がありませんので、私の意見を申述べますれば、あの料理屋飲食店の休業は何時まで続くのか、又食糧が良くなれば再び許すかによつて多少考え方が違うのでありますが、そのことを当局に確かめる時間がありませんので、大局的に申述べますから御了承を願いたいのであります。
 次に、以前のことでありますが、生の魚より肥料の方が高く賣れるというので、生の魚にしないで肥料にして賣つたということは皆様御承知の通りであります。松村農林大臣の時でありますが、魚と青果物の自由販賣が許され、実施いたしましたところ、ちよつと價格が高くなつたために慌ててこれを取止めたことがあります。そのような大革命的の仕事をいたしますときは、何でも思うようになるものではありません。これをじつと堪えておる間に、買う者と賣る者と共鳴点が見出されまして、うまく行くのであります。このときから自由販賣を続けておりましたら、今頃は定めし魚も青果物も生き生きとした新鮮なものが消費者の口に入つたと思うのであります。魚も青果物も、こうした自由販賣を開始いたします時期が最も肝要なことであります。魚も青果物も、こうした自由販賣を開始いたします時期は五月が一番よいと考えます。なぜならば、五月は魚も青果物も一番多く出ますので、貯藏をいたしまするところの機関がありませんから貯藏できない。そこで市場に多く出ますれば、必然的に價格が下がるのは当然であります。然るに現今の実情を見ますると、生き生きした新鮮のものは配給品には殆んどない。配給品といえば腐敗に近いもののみが配給されておるので、消費者はいたし方なく、高い高い闇の品を買わざるを得ぬ現況であります。
 然らばどうすればよいかというとこになりますが、私は生産地と都市にせり賣り市場を設置して、都市の市場に入荷する半分を正規ルート即ち配給機関を以てマル公で配給すること。残る半分を自由販賣にいたしたいのであります。その半分の配給方法は、現在の配給機関をもつと改めて方法を講じて配給したいと思います。なぜ半分を自由に販売するかと申しますると、一般大衆が自由の價格のもののみを買うということは困難な点がありますので、マル公の品を半分買える。例えば魚につきましても東京都に一日百トン入つておりますが、この百トンを四百五十五万人に割りますると一日一人四匁しかありません。併し政府の約束は十五匁とされておりますが、三分の一に足りないから、どうしてもこの約束を守るというでも現在のような入荷量ではできません。そこで私共少くとも魚については五匁を責任配給をする。若し生まの魚が足らない場合には干魚を以て補給するという方法を以て堪え忍ぶ。最低の五匁を渡すという方法をしたいのであります。あと半分はこの方法によつてせばせり賣の興味を以て半分が自由に賣れるということで、どしどし品物が集荷される結果になりますから、諸生産者においてはマル公と自由のせり賣と中間相場になつて、やや生産價格に近い、生産價格に適應する價格に相成つて参りますから、農村は農具や或いは肥料、漁業者は魚類その他を仕入れるに困難がなくなるのでありますから、どうしても入荷せなければならんという感じを強うするのであります。生産者にしても闇をしたいのではありませんが、以上のような必要物資を買わねばならんということから止むなくやつておるのであります。そこで現在の機構と私の考えておるような中庸のような規則ができれば、喜んで出荷するという生産者が相当多いのであります。この機会にせり賣の特徴を簡單に申述べますると、せり賣は公開的でありまして、賣買の價格が生産者も消費者も知ることができ、その上に生産者の、否、消費者の嗜好するものと、せざるものがわかるので、青果物なれば作り方を変える。漁業者なれば魚の扱い方、又漁場を変える。それがために同じ品物でも高く賣れるということに相成りますので、せり賣市場の……、その他この外にせり賣市場の特徴は沢山あるのでありますが、ここでは言い盡くせません。かく申上げただけでは全部について御納得のいかない点がありますので、具体的に次の七点に分けてご説明を申上げます。
 第一点は農家並びに漁業者は、市町村單位に協同組合の一部事業としてせり賣市場を設置する。生産者はその市場の外では賣らない。但し都市に出荷を希望する者は、協同組合が代位して出荷者の名札を附けて都市公認市場に出荷することができる。
 第二点は都市公認市場は、生産者又は産地より買付けたる仲買人等が出荷するものをせり賣する、その賣り高より別に定めたる手数料を差引き現金を支拂うこと。
 第三点、都市公認市場において賣買する仲買人をおき、小賣人の仲継ぎをさせる。
 第四点、都市公認市場に出荷する目的を以て生産地に出張買付をする仲買人には知事の免許証を交付すること。この免許証を有する者は青果物なれば協同組合市場、及び畠買い、魚類についても仲買並びに陸揚地において買付することを許す。
 第五点、市場の経営費の必要上左の手数料を認める。一、生産者協同組合は三部。一、都市公認市場は八分。一、都市公認市場内仲買人は二分。
 第六点、公認市場は集荷を円滑ならしめると共に、輸送隘路を打開する目的を以て次の権限をする。一、輸送券を発行し、これにより船車等輸送機関を優先的に取扱うこと。一、入荷量により燃料及び資材をリンク配給すること。
 第七点、小賣人は店舗を有する者に免許し、原則として店頭に目方賣り又は一個賣り價格を表示し、自由販賣を許すこと。
 それでこれが説明の内容といたしまして、第一点の説明、生産者が自分の市場で自分のものを賣り、そうしてその手数料は自分の手に入る。この外に、土地で畠賣りをしようと、又都市の公認市場で賣ろうと自由な特典があるので、生産者は喜んで賣ることになります。
 第二点の説明、都市公認市場は市長や知事が市場の内容を手に取るような仕組にいたしまして、生産者及び消費者の実態を知つて、これに即應する処置が取れるような方法にしたいのであります。そういたしますると消費者には不安がなくなるのであります。
 第三点の説明、市場内仲買人が何故に必要かと言えば、小賣人は人数が多過ぎるので市場内の整理ができませんから、それで仲買人に当らせ、仲買人は小賣人の販売高やその他を睨み合せ、按分して配給をいたす方法を考えまするから、必要なのであります。
 第四点の説明、生産地に出張買付する仲買人が何故必要かというと、生産者は畠賣り、又は沖賣り並びに陸揚地に行つて賣買することを希望する向きが多いのであります。生産者のためであり、今一つは消費地における品切れのないように調節するためにこの仲買人が必要なのであります。
 第五点の説明、市場の手数料につきましては協同組合は無税でありますから三分、都市公認市場は経費が多くかかりますので八分、市場内仲買人は小賣人の世話をするのみでありますから経費が要らないので二分といたします。
 第六点の説明、都市公認市場に何故輸送券を持たすかといえば、青果物及び魚類を迅速に運びますには船車が要る。その燃料が要る。次に魚類については、燃料はもとよりのこと、漁網を必要といたしますので、この量に按分して輸送券を発行し、リンク制によつていたしますれば、品物はどしどし市場に入つて來ることに相成るのであります。
 第七点の説明、小賣人に自由販賣を許せば、消費者の弱点を掴んで高く賣る虞れはないかという質問があると思いますが、専門家に委ねて置けば、仕入價格より三割以上高く賣つた者には仲買人はその小賣人にあとの販賣をしないという申合せをいたしますれば、何より、法律より恐いところのあとの仕入が恐ろしいので、小賣人は自粛いたしまして、これを嚴守すると思うのであります。かようにいたすため店頭に價格を表示する必要があると考えます。
 以上申述べましたことを速やかに実施いたしますれば、新鮮なものが比較的安く入り、安心して生活ができ、生産者も喜んで生産に努力すると共に、生産はますます増すと確信をいたします。速やかに実施されたいのであります。各位の御協賛を得られれば幸甚と存じます。結論であります。(拍手)
#29
○議長(松平恒雄君) 休憩いたします。午後は一時より開会いたします。
   午後零時二分休憩
     ―――――・―――――
   午後一時十九分開議
#30
○議長(松平恒雄君) 休憩前に引続き開議を開きます。――左藤義詮君。
#31
○左藤義詮君 日本自由党の松野喜内君を指名いたします。
#32
○議長(松平恒雄君) 松野喜内君に発言を許します。
   〔松野喜内君登壇、拍手〕
#33
○松野喜内君 私はここに生鮮食料品集荷配給の改善対策につきましては、統制撤廃の必要を提言いたします者であります。説明の内容といたしましては、統制の困難統制下の実情及び統制撤廃後に処する具体案の三項目に分けて申述べます。第一統制の困難なる理由、統制下にある大消費地の生鮮食料の集荷配給の不円滑は、主食欠配に続く大問題であるのであります。今日東京における家計費の支出中、食料品費の占める割合は七割三分以上で、その中三割七分五厘、即ち約半分が副食物である点を見ましても、國民の保健栄養上、これが円滑なる配給の必要なることは言うまでもありません。さればこそ政府におきましても、生鮮食料品は主食に次いでの重要統制品として取上げられてあるのは一應尤ものことと思われるのであります。併しながらこれが統制の実施は、極めて難物と言わざるを得ないのであります。試みに統制の困難なる理由を列挙いたして見ますれば、一、生鮮食料は言うまでもなく、工業生産品のごとく規格の統一せられたる製品でなく、千差万別、個々の品質が全く違うこと、二、時間の制約により、新鮮度が極めて変化し易きこと、三、天候、氣象、潮流等による自然的条件の影響が極めて大なること、四、輸送取扱などを重ねるに従い品質低下、目減り等のあること、五、無数の小漁船の漁獲高は全く不明であるし、又蔬菜類は更にその生産数量に関する正確なる科学的計算が不可能なること、六、魚も蔬菜も季節によりて、味も質も量も違つて來ること、七、生産品の集荷並びに配給に関するすべての立地條件が複雑にて錯綜しあること、以上申述べましたことよりいたしまして、正確なる科学的統計の基準に基ずく理想的統制実施は、困難中の困難なる事柄であり、むしろ不可能なることに属するものと言えるのであります。
 第二、統制下における実情、遠き過去における統制下における実情は別にいたしまして、最近二ヶ月間における政府の統制実施、特に東京を中心として現われたる蔬菜類の出廻り状況につきまして、日順を追つて概略批評いたしますならば、六月七日前後の状況、從來一日の生産集荷量は平均二十五万貫でありましたのに、六月七日マル公取締強化に基ずきまして、翌八日から三万貫に激減したことがあるのであります。
 六月二十六日前後の状況。集荷の不振に伴う緊急対策として、農林次官のいわゆる「含みある統制」として、せり賣的の復活が傳えられたため、一躍十二万七千貫という約四倍増加の入荷を見たのであります。併しながらその價格は数倍にはね上がつたのであります。而して当時の業者側の一般の観測といたしましては、このまま経過すれば、或る時期を経て價格は下落安定すると共に、集荷も順調に行われるものと見られておつたのであります。ところが都民の物価高に対する非難の声と共に、警視廳、内務省、都廳等の反対的意向により再び統制強化を行わるるに至つた次第であります。時に七月十五日でありました。
 七月十五日以後の状況。幾度もの蹉跌の後、更に行つたこの再統制強化の眼目は出荷と肥料、及びガソリンなどのリンク制により出荷督励の強化を狙つたものでありました。然るにその結果は一日漸く十万貫の入荷を見たのみであります。「かぼちや」五十貫、又はトマト三十貫の供出により硫安一貫とリンクするごとく決められたのでありますけれども、リンクの時間的遅延並びに事務的煩雑等によりまして、生産者には余り歓迎せられなかつたのみか、闇でトマトを賣り、闇で肥料を買つた方が有利であるとの話まで飛び出す騒ぎでありました。更に又生産品原價の値上がり、輸送費、輸送賃金、その他の騰貴と相俟つて、いつまでも旧來のままのマル公では困るという強き反対の声が生産者側の各方面から生じて來たのであります。
 八月一日前後の状況。政府は八月一日からのマル公一・九倍引上げに関する内意を一般に洩らしたにも拘わらず、現在に至るも尚明示がありません。これによつて生産者側におきましては、價格の値上げを待期するの氣配と相俟つて、現在は僅かに十万貫前後の集荷を占めるに過ぎない状況であります。更に困つたことは、東京附近一部六縣の統制に関する足並み不調なることであります。即ち主要なる大消費地たる東京都を除く他の生産地たる六縣は、すべて自由地区であるため、一層集荷の不円滑を助長いたしたのであります。例えば千葉からは東京を素通りして埼玉に送られ、自由販賣が行われておるという実情であります。
 第三、統制撤廃後に処する具体案。以上述べましたようなことによつて、現下の逼迫した食生活打開の一助として、生鮮食料の統制を更に強化するという政府の策は、ますます國民栄養補給上不利を招くこととなりまして、闇横行の助長となるのは明白なることとなるのであります。統制と闇とは影と形ごとき関係にあるは、現状が示す事実であります。而して統制撤廃後の方法といたしましては、次の四つの形式に分類して考えられるのでありましよう。第一、マル公は撤廃するが配給面は旧機構をそのままとする方式。第二、マル公も配給機構も止めて、戦前と同様にいたしまする方式、第三、マル公を撤廃して、後に示すごとく價格調整委員会を制定いたし、制限附のせり賣型といたしまして、配給面は旧機構のままにする方式、第四、集荷に関しましては第三と同様でありまするが、配給面については旧機構を止めて、全くの自由とする方式、右のごとく分類して考えるのでありまするが、私は最後の第四の方式、又は状況によつては第三の方式を適当だと考える者であります。第四の方式、即ちマル公を撤廃して、新たに制限附せり賣型制度ともいうべき制度でありまするが、中央市場においてせり賣を行うのであります。但しせりによつて生ずる價格暴騰は、別に設ける民主的價格調整委員会におきまして適当なる限界点を定め、これを抑制するのでありまして、本委員会の構成には、生産者、消費者、集荷者、学識経験者及び政府の代表者などによつて成るものでありまして、最高限界点の決定基準は、その地方々々におけるすべての産業地理学的條件によりまして決定されるものといたすのであります。尚本委員会は、右のごときブレーキ役の外、市場における手数料制度をも律するものといたすのであります。さて仮に今申した方式を採用いたして実施に移つたとすれば、果たしてどんな結果が出るものでありましようか、今その利点と欠点とを想像檢討いたして見ることにいたします。
 まず一、水は低きに流れ、物は高きに流れるというのは原則でありまするから、生産者の出荷意欲の昂揚により、出廻りは必ず増加すること、二、消費者側への絶対量が増加すること、三、闇がなくなつて個人的の闇輸送がなくなり、トラツクや列車などによつて大量輸送が増加いたしまして、人力の浪費が軽減せられ、コストが著しく下がると共に、時間的には新鮮度を増すことになるのであります。從つてその一般消費者は闇買いに出かける必要がなく、いながらにして闇より安い物が入手できることになるでありましよう。
 次に欠点一、一時的現象として現在のマル公より高値になるのは必定であります。経済学の原則が示すごとくに、自由経済下の価格の変動は需要供給の法則によつて必ず一定の限界点に達すれば、次に漸次に下降を示すものでありますが、一時的の高物價は永続するものではないと思われます。これが今日の場合においては、平均價格を見れば恐らく落着く先は政府内示のマル公の一・九倍の程度でありましよう。故に一時的の高物價の現象のみを以て判断するのは誤りであると言えましよう。從つてマル公制度下における闇買いすることのできない大衆にとつては、むしろ漸次良好の状態に向うものということができましよう。
 以上を総括いたしまして結論的に申しますならば、この巷における國民大衆の声、新聞に現れたる論調、さては輿論の大勢から見ましても、消費者の多数が異口同音に統制の撤廃を希望しておるのであります。現に東京都区民の食糧配給に責任を持つておられる二十二区の全区長各位が、揃いも揃つて青果の統制撤廃を陳情要求しておる現状ではありませんか。(拍手)政治は理論のみではありません。國民の心を以て心とすべきであります。私は生鮮食料に限つては断乎價格の統制を撤廃すべきであると信ずる者であります。よつて私は制限附せり賣型市場ともいうべき案を提案し、集荷配給の改善策といたす次第であります。(拍手)
#34
○議長(松平恒雄君) 駒井藤平君。
#35
○駒井藤平君 緑風会は奥むめお君を指名いたします。
#36
○議長(松平恒雄君) 奥むめお君に発言を許します。
   〔奥むめお君登壇、拍手〕
#37
○奥むめお君 新しい憲法によりまして、國民の基本的人権は保障されたのでございますが、基本的人権と申しましても、私共が毎日食べますこと以上に根本なる、又権利として最大なるものはないと私信ずるのでございます。(「その通り」と呼ぶ者あり)而も今日この最も基本的なる人間の権利が、國の施策の誤れるために脅かされてゐる。統制はこの七月十五日に一層強化されまして、やや出廻るかと思われたお魚も姿を隠してしまつたし、お野菜に至つては全然出ていない。今日のようにこの野菜が澤山できる時期に、野菜が少しも台所に廻らないということは、何を意味するのであろうかということを、考えざるを得ないのでございます。而もそれでは絶対量として、どうしても國民に野菜や魚を廻すだけのものがないのかといいますと、ないのではない証據には、闇に手を入れましたならば、闇に骨を折りましたならば、物さえあれば、交換する物さえあれば、買いに行く金の力さえあれば、或いは役得さえ持つておれば、幾らでも自分の必要な物を買い得ておるのでございますから、いよいよいこの面におきまして、私共は政府に対して、当路者に対して重大なる反省を促さなければならぬと思うのでございます。(拍手)理論的に考えますと、統制経済というものは一應正しい。いいように考えられます。又今日の國情におきまして、統制の止むを得ない物も非常に多いということは、これは事実でございますけれども、特に毎日々々なくてかなわない生鮮食料品というふうな物が統制の枠に押し込められて、悪統制の結果國民をますます窮乏に陥れておるということは、先程から皆さんおおつしやいます通りに、全くこの問題は問う絵師の枠を外す以外には、國民生活を保障する途は絶対ないと思う者でございます。(「そうだ」と呼ぶ者あり、拍手)で、世俗にも役人が指を差せば物が消えてなくなると言われております。役人が物を指して問う絵師に手を着けましたら、つい今まで店に沢山あつた物もすぐに姿を隠してしまう。で、我々は悪統制、役人の下手な統制のためにどれだけ損害を被つておるか知れない。又統制をする度に、統制の手を変える度に、その局に当つておる業者は儲けるのだということも傳えられておるのでございます。これも多くの事実、実例が私達にそれを教えておるのでございます。勿論國民といたしましては、役人のこの統制の下手さ加減と、それから又業者の悪徳なやり方と、今一つには消費者の無自覚な買い方、買物生活、この三本建ての非常な困つた問題を、一緒になつて一つ解決しなければならないのでございますけれども、私共は一面におきましては消費者大衆としての婦人の自覚を促しまして、婦人が本当に賢い買物者となりまして、物の流通をよくするように、お互いに闇買いをして、ますますぶつの値段の吊上げを行つたり、或いは買える者が一層買え、買えない者が買えなくて、喰べられなくても構わないというふうな、この社会協同性を失つた利己的な考え方を直しますと共に、一面におきましては消費者大衆としまして、家庭婦人がこの消費者意識に目醒めて、強い決意を持つように、大急ぎでここで骨折らなければならんということを考えておるのでございます。(拍手)
 消費者の組織と申しますのは、言うまでもなく消費者としての責任をはつきり意識いたしまして、出資金をわざわざ出しまして、そうして協同組合という組織を作るところの、この國民の生活母体でございます。日本に今日五千四百七十五の協同組合があると傳えられておるのでございますが、これに組織されております人の数は推して量りましても、非常に多いわけでございますけれども、而もこの消費者として手を挙げて意思表示をしましたところのこの消費者階級に対して、政府は何んら保護助長の途を講じないばかりか、却つてこの協同組合に対しましてその運営を邪魔するようなことが多いのでございます。(拍手)この協同組合には配給権或いは集荷権、こういうようなものが大変制限されております。第一、米を扱わせてくれません。その外、扱わせてくれないものが沢山ございます。又この集荷権にいたしましても、五千幾つとございます組合の中で、この集荷権を持つておりますもの、野菜の集荷権或いは魚の集荷権を持つております組合は非常に少いのでございます。勢いこれは業者の手を借りるより外にその組合の事業を運んで行くことができないような事情になつております。その結果、まあ組合に税金が掛らないという一つの保護の途は開かれておりますけれども、その組合を助けようとしないということは、國民の生活を消費者として、……我我の生活は一面は生産者としての生活である。一面は消費者としての生活である。人間はこの消費と生産の両面によりまして我々の生活を行なつているわけでございますが、政治はこの生産者としての生活を伸ばして行くと共に、消費者としての生活を保護するということより外には、何らそれ以上のものを求めることができないと私考えるのでございます。而もこの消費者としての團結いたしましたこの組合に対して、組員合に対しまして、…この頃お魚の登録制が行われております。これは三百世帯以上、千五百人を集めたならば魚を扱わせることができる。又お野菜ならば何百人以上の人間を集めたならばお野菜を扱わせることができる。或いは加工水産食品ならば、その人口やら又はその町の繁華な所とか淋しい所というように、いろいろな地理的又はいろいろな意味の様子を按配しまして、そうして加工水産品を扱う店は何軒というふうに、政府は許可制を採ることにしたのでございますけれども、これはいかにも爾後の筍のように、少数の物を扱つて、そうして沢山の小賣商人が多過ぎたときよりはよかつたと一面には考えられ易いのでございますけれども、私共の立場から考えますと、そんな細かいところまで統制の手を伸ばそうとする役人が、むしろこういうふうな、全然消費者と少しも繋がりのない、これを賣つて営利の対象にする、つまり物を賣つて儲けて、それを生活の料にしております業者、ただ消費者と結び附かない業者に対しまして物を配給する権利を許可するということは、消費者を少しも保護しない結果になつているのでございます。その証拠は、先程のお魚の登録を集めました時分の経験に徴しましても、皆さん御存じのようにお魚屋さんは沢山の登録を取りますために、ちようど悪質な選挙の買収行為のように、お客さんの所へいろいろな物を持つて行つて頼む。或いは無理に仕入れて來た魚を只で持つて行つたり、或いは安く賣つたり、いろいろな便宜や利益を與えまして、自分の家に沢山の登録票が集まりますように、悪辣なやり方をして登録を集めたのでございます。野菜が登録替えになつておりして、今各八百屋は登録票を集めておりますけれども、同様でありまして、そうして而も生活必需品を全部協同組合から買いますという意思表示をして加わつております。目覚めた消費者に対しましてさえ、ただ協同組合に入つておる者に対しましても、組合に入らない者と同様に、改めて魚屋に登録をしろ。八百屋に登録しろ。加工水産品の登録をしろというふうに、無自覚な消費者と同様に扱いをして、何ら特別な待遇を與えておらないのでございます。その結果、悪徳な商人のために協同組合当事者は自分達の組合員をその方へどんどん奪われております。こういうふうなことは、今日の役人の統制のやり方は、消費者を保護するために統制をしておるのではないということを、はつきり示すことができると思うのでございます。私共は築地の市場に参りまして、築地の魚市場でリンク制で魚を持つて來た所え渡すべき帆布、つまり船の帆になる布が、そこにお働いておる人々の洋服になつて着られておるのを沢山見ておるのでございます。(拍手)これは魚に代わるべき品物が業者の着物に代つております。それだけ私共の魚は減らされておるに違いない。油も恐らくそうなつておるに違いない。(拍手)又鮮度を争いますお魚もわざわざ鮮度を失なわさせられて、そして配給して消費者に渡すよりも、それを肥料になるように押えて置いて、横流しをして沢山金を儲けるおちうふうなことを往々にして聞くのでございます。こういう悪徳なる業者が蔓つておりますことは、ただ統制を強化して闇撲滅に一生懸命骨を折るという政府の声明だけでは決して行えない、改正のできない問題であると思うのでございます。政府の発表していらつしやいます流通秩序確立要綱によりますと、物價と家計の安定を図るために一層統制を強化して、闇撲滅は三十日以内にその効果を挙げると謳つていらつしやいますけれども、生鮮食料品のごとく、一日もこれなしには暮らして行けない私共は、三十日を待つ余裕を持たないのでございます。(拍手)今日今直ぐに我々の食膳に運ばれる栄養品なしには私共はその寿命をたもつことができない。私共むしろ聞きたいと思いますことは、こういう立案をして消費者に押附け、又こういうことを立案をして消費者の生活を検察すると言われる人々自身が、果して闇行為なしに、今日の配給制度で完全に暮らしを立てていらつしやるかどうかということを聞きたいのであります。(拍手)多くの消費者としての婦人大衆は、まだ自分たちの当然に守るべき、又当然に主張すべき生活権の擁護のために立上る力を持つておりませんけれども、併しながら全國的に沢山の生活協同組合が、この悪統制の嵐の中から生活権擁護の組合組織を固めつつあるということは、これは大きな希望でございます。社会党を中心にいたしまして生活協同組合法案が今度提出されるというのでございますけれども、私個人の立場から申しますと、この生活協同組合法案の草案も、まだ個人的な人間の消費生活の一番下の單位であるところの、個人的な消費者の権利を守る点におきまして、まだ足りないものがある。又これはむしろ法人としての組合のための協同組合法案であるけれども、あくまでも協同組合法案というものは、個人的な消費者の消費生活を守るという立脚点から練り直して戴かなければならないと考えておるのでございます。(拍手)私は幾つも理由を挙げたいと思いますけれども、その時間もございませんが、例えて申しますと、煙草の配給などを考えて見ますと、煙草や酒というものを欲しい人もあるけれども、要らない人もある。これを統制の結果みんなに配給する。配給されるから買う。配給されたからこれを呑むということになりまして、要らない人が、呑まないでも済む人がどれだけ呑むことになつて需要が殖えているかということは、これは非常な問題だと思います。(拍手)然るに物がないから配給が乏しいのだ。こういうふうに言うておりますが、政府の事業であるところの煙草さえも、配給は非常に少いのでございますけれども、街へ出ますと、四十五円、五十円金を出しましたら幾らも煙草を買うことができるのでございます。又十本一束で十円ぐらいで賣つておる煙草も幾らでも買うことができておるのでございます。こういうふうになつております。この悪統制の社会で、民間の人がそれ以上のことをして、統制されるからいよいよい物が出せないということになれば、これは極めて当然のことであろうと思うのであります。そういう意味におきまして、私は消費者としての協同組合の仕事を助けるように、これにあらゆる助成を與え、或いは保護を與え、これに又一切の配給権又は荷受権を與えまして、これを強化することに政府の手は加えられなければならないということを主張いたします者でございます。(拍手)
#38
○議長(松平恒雄君) 鈴木清一君。
#39
○鈴木清一君 社会党は木下源吾君を指名いたします。
#40
○議長(松平恒雄君) 木下源吾君の発言を許します。
   〔木下源吾君登壇、拍手〕
#41
○木下源吾君 皆さんの非常に有益な御意見を承りまして、私はもはや申上げることがないように考えられますが、併しながらこの生鮮食料品は、主食と繋がつている今日では対等の地位にある最も重要なものであるために、どうしてもこの問題をこの國会において解決しなければならないと、かように考えまするので、私たちの立場から一言だけ申上げたいと思うのであります。
 勿論私は統制撤廃、自由販賣などというものには絶対反対であります。自由販賣は、物が豊富な時において、良い物を何らの顧慮することなく安く買える時代には適したものでありましよう。現在野菜のみの面を取つて見れば、その時期々々において成る程豊富に見えましようけれども、主食と繋がつている以上、誰がこれが豊富にあるということが考えられましようか。ただ問題はです。官治統制お方式はいけないということであるが、これは私も賛成であります。併しながら官治統制はいけないということを責める他面において、民主統制を如何にせば達成することができるか。このことに思いをいたさなければならんと思うのであります。(拍手)諸君の多数の御意見を拝聴いたしておりまするというと、正に我我は今、日本再建のために渾身の努力を以て撃滅せねばらんところの敵である闇に屈服しているという、この出発点から立つていることを私は甚だ遺憾に思う。成る程巷の人々は、我々も努力によつて克服する以外に途はない。私たちのこの苦しみが、今闇に屈服して敗北したならば、どういう結果になるか。御案内の通り連合國総司令部の経済科学局の発表によりましても夙に御承知でありましよう。我が國の再建が今日の闇によつていかに阻まれておるかを指摘せられており、且、今日の市民生活の費用の六七%が食糧にかかつておつて、その中、主食と副食の割合が三八%と六二%になつておるというのであります。而も三八%の闇買入れの金額は、全体にして九一%になつておるということは、我々千円の生活費の中の食糧の支出が凡そ六百円を越えておるということであります。其の他の日常必需品物資を入れたならば、我々は今殆んど闇生活によつてのみ生きておると言わなければならない。私たちの日常生活においても、野菜は勿論、衣類においても大部分我々の収入がなくなつておる、毎日トマトを二十円、「きうり」に十円、(「闇はいけないよ」と呼ぶ者あり)たまに魚が入つて、この金額を加えたならば、一ヶ月のこの金額は想像せられるでありましよう。我々この点を見ましても、どうしてもこの闇はなくさなければいかん。然らば官治統制がいけなければ、民主統制はいかにするか。自主統制はいかにするか。只今奥君が言われたように、我々消費者自身の組織を持たなければならない。隣組という、曽て官治統制の一つの形態であつたものがなくなつてから、我々は今何らの消費者としての組織を持つておりません。我我はこの組織を持つて、労働者が資本家に対する労働組合法を持つたことく、我々消費者を保護するところの、而も荒れ狂う暴力を揮つておるところのいわゆる業者、この大闇業者と対抗する我々に、保護を與え、権利を與えなければならん。これこそが、先ず消費者のものとすることができなければならんのであります。今日の中央市場を御覧になるとわかるように、あれは消費者の中央市場ではない。正に業者、而も一連の業者が、彼等の搾取の暴力を営むところの殿堂である。(「そうだ」と呼ぶ者あり、拍手)私は國会において、民主國会においてこのことを申述べるのは忍びないけれどもが、(「遠慮するな」と呼ぶ者あり)併しながら我々今、日本民族が亡びるところの契機がこの辺にさ迷うておることを考えるときに、私は断乎として言い放たなければならないと考えるのであります。(「同感」と呼ぶ者あり)又生産者においても、今日農産物の集荷は農業会が一手を引受けておりますけれどもが、この農業会はもはや無力であります。なぜならば、曽て農業会は有らゆるものを農民に便利を與えたけれどもが、例えば地下足袋のごとき、或いはその他のものがそれぞれの業者の手に握られてしまつておつて、僅かに特殊配給品のみを取扱つておるような現状になつえおるのでありまして、これもとより農業会の機構の上において必然的に亡びなければならないという運命を担つておりますためではありますけれども、同時に速やかに農業或いは漁業に対する生産者の協同組合法というものを設定して、眞の生産者みずからの力によつて、生産する者は同時に配給者であるという自覚の下に立ち上らなければならないと、私は強く確信しておるのであります。往々に聞くいろいろの自由主義経済の話は、眞の働く生産者、働く勤労大衆の声を代表しておるものでは断じてない。(「業者の代表だ」「そうだそうだ」と呼ぶ者あり)試みに諸君、あの野菜を買出しに農村に行つて御覧なさい。働き盛りの男女が三々五々として農家に、もはや請願ではない。強要し、強奪の挙に出ているではないか。我々はかくのごとき社会不安を眼前に眺めつつ、どうして坐視することができましようか。本國会は速やかにこれいに対するところの対策を樹立し、政府を鞭撻し、互いに日本建設のために努力しなければならんと確信するものであります。(「社会党しつかりしろ」と呼ぶ者あり)皆さん、私は具体的に、公定價格の即時眞公売を決定すべし。それは外の物價のように昭和九年――十一年の平均價格の六十五倍などということにこだわりなく、現在のように二割程度の値上がりでは刺身のつまでしかない。これは少くとも現行價格の二倍程度まで引上ぐべし。その理由は、曽つて統制を撤廃いたしましたために急激に上つたあの値段が、いろいろ政府の施策にも拘わらず終にこれを下げることはできないで残つておるのが今日の公売であります。かくのごとき政治的失敗の上に現在の公売が設定せられておるのでありまするがために、この生鮮食料品に限り、政策的に他の物價よりも違つた立前から二倍程度の引上げをなすべしと私は主張するものでございます。(拍手)
 更に統制の強化でありまするが、これは全国的に仔細にやらなければならなん。そのためには鮮魚介の配給規則のような現在の制度は廃さなければなりません。なぜならば、今のやり方は東京都にばかり吸収するという立前であつて、地方の方では折角取つたものも自分たちは食えないというような行き方に実際になつておる。(「何をいう、東京も食えないじやないか」と呼ぶ者あり)これはこのような全國一律のやり方でなければ、結局においては東京も食えないということを考えなければならない。(拍手)今のようであるために、地方廳においては、東京に吸収されて自分たちが食えないから、地方長官はこの闇取締に対して手を打つことを躊躇する。躊躇するばかりでなく、これに対して公然とせり市を許しておるような状態であります。これは大いに政治的の問題も絡んでありませうけれども、とにかくにも、全國一律に実際に取締を強化しなければならん。勿論取締はこれは好むところではありませんけれども、勤労大衆の生活防衛のために、我々國会が正にその代表であるならば、この防衛のために戦うことに我々は断乎として力を注がなければならんと考えるのであります。
 更に具体的には輸送の問題でありますが、これは生鮮食料品に限つて輸送も生産である。強く輸送も生産である。生鮮食料は言うまでもなく鮮度を賣り買いするものである。鮮度に価値があるものである。「きうり」のこんなになつたのを賣買するような、そういうものではない。腐つた魚をやはり食料品として販売するのではない。鮮度を賣買するものであるために、時間的にも、距離的にも、最も迅速にこれを消費者の手許に配らなければならない。(拍手)この点において、輸送ということが直ちに生産と結び付いておるものであるというこの観点から、資産を奨励するならば同時に輸送面も強化しなければならない。かように私は主張いたします。勿論農薬品或いは生産資材においては重点的にこれを配給しなければなりません。
 最後に私は現在の日本の実情から見まして、あらゆる面から考えて見まして、産業が正に非常な変貌を來しておる。独占資本の解体、独占企業の禁止、或いは農地制度の改革、これらの一連が既に日本の産業の全貌を根本的に変革すべきところの外形が備わつておるのであつて、今や我々國民は、この外形にみずからの力を以て民主主義生活の内容を注ぎ込まなければならん。異常な努力をしなければならないときであると私は考えておるのであります。たまたま現下ぶつかつておるところのこの実状は、危機と呼ばれて、我々は正にこのみずからの力で民主主義の内容を育成しなければならない。その道程において、倒れるか起きるかという瀬戸際であります。このときに当つて、私たちは一部旧来の傳統であるところの業者、いわゆる営利を目的とするために我々は敗北を喫してはならない。勿論これを私はなくしてしまえと言うのではありません。我々の力と官僚の力と対等の地位に置いて闘かわしめて、そうして次の統一あるところの日本を作り上げなければならん。かように主張するものであります。実際の具体的問題について論及したいことが多々ありまするが、この機会において、どうか皆様のお考えによつて、この食糧問題危機打開のために國会に特別な委員会を設置し、少くも赤誠を吐露して國民の食糧危機打開のために行きたい。かように考えております。わたしの主張は誠に最後がなくて非常に纏まつておりませんけれども、賢明なる諸君の御批判を仰ぎたいのでございます。
#42
○議長(松平恒雄君) 駒井藤平君。
#43
○駒井藤平君 緑風会は小川久義君を指名いたします。
#44
○議長(松平恒雄君) 小川久義君の発言を許します。
   〔小川久義君登壇、拍手〕
#45
○小川久義君 先程来先輩各位の貴重なる御意見を拜聴しまして、又具体的の案をお示しを願ましたので、私の愚案を具体的に申上げることを差控えたいと思います。私は一耕作農民でありまして、生産者の立場からいまの政府の現状を見、生鮮食料の配給状態、集荷の状態の現状を簡單に一言述べまして、この官僚統制のいかに惡いか……現在のあらゆる法律は、我々國民を惡人に仕立てて、それを縛るための法律を作ることに汲々しておると考えます。(拍手)過去において、惡人である國民は極く少数でありまして、國民大衆は善人である。從つて官僚統制を速かに施すべき方策であると考えます。一例を申上げますと、この東京都の配給状態は至つて不円滑であり、私の宿舎である三人家族の家で五日に一遍か、七日に一遍、而もその配給所で受けて来る蔬菜の價格においては驚くべき高價なものである。「なす」一つとトマト二つで十二円、五百六十匁の「かぼちや」四半分貰つて二十四円、先程東京都は食えんという話でありましたが、私は一昨日富山に帰りまして、富山の実態を調査して来たのであります。尤も政府の所在地であり、國家の中央である東京において、「なす」の價格は四十円から六十円、富山では二十円で東京ほど統制はされておりません。店に大ぴらに賣られ、生産者も喜んでその價格で賣る。又「きうり」にしましても、一貫目十円で喜んで賣り、喜んで買われておる。トマトにおきましても一貫目七十円で同じく喜ばれて取引されておる。ここに官僚の考えを根本的に直さなければいかん。ここにある通り、「愛なき社会は暗黒なり。汗なき社会は堕落なり。」その姿を如実に現わしておるのが今の政策であり、今の官僚であると考えます。かかるときに、過去の域から脱出して、先程から諸君のお述べになりました美点、最も善きとする政策を取入れまして、本議会において速やかにこれを國民の実生活に即するよう、強力に推進する機関をお作り願いたい。(拍手)この点を強く強く要望いたしまして、まだ余裕がありますが止めさせて戴きたいと思います。(拍手)(「満点」と呼ぶ者あり)
#46
○議長(松平恒雄君) 左藤義詮君。
#47
○左藤義詮君 日本自由党の小林英三君を指名いたします。
#48
○議長(松平恒雄君) 小林君に発言を許します。
   〔小林英三君登壇、拍手〕
#49
○小林英三君 本日國民の最も関心を持つておりまする食料の問題、特に生鮮食料の集荷配給改善につきまして討議が行われますることは、誠に意義のあろことでありまして、この國会法に定めてありまするところの自由討議は、この眞の目的は議員をして國政の重要案件のつき自由なる討議をなさしめ、國政の改善に資するがためであります。決して我々議員同士の討論会でないと私は考えております。從いまして、議員の討論及び全体の討議の推移というものにつきましては、常に國政の上にこれが十分に反映して行くのでなければなりませんと考えております。私は本日大臣席を見ましても、誰一人出席しておりません。私は今日こおの変轉極まりない時代におきましてこの國内情勢を察知いたしますには、大臣があとで我々が討議した速記録を読んで初めて國政にその我々の意見を容れるようなことでは、すでに遅いと思う。(拍手)私は今後いずれの場合におきましても、いずれの我々の自由討議の機会におきましても、総理大臣以下関係大臣は出席の義務ありと考える。又國会は議長を通じまして努めて出席方を要求する権利があると私は信じております。(拍手)
 さて私は本問題即ち生鮮食料の集荷配給の改善に対しましては、速やかに統制を廃しまして、而して自由販賣に移し、玄人の集荷機関並びに小賣業者に当らしむべきものと確信いたすのであります。勿論物資の極めて欠乏しております現在におきましては、一部重要物資の統制は、ときに又止むを得ないのでありますが、生鮮食料のごとき特異性あるものにつきましては、統制はむしろ有害無益でありまして、決して効果が挙がらざるものなりと断ずる次第でございます。(拍手)只今からその理由につきまして説明をいたしたいと存じます。
 第一に生鮮食料の統制は、私がこれから述べんといたしまする左の特異性によりまして、実行不可能に近いことを述べて見たいと存じます。魚について申しまするならば、これを統制するには、その生産高の算定が必要でありまするが、これは何によつて決定するか。全國の海岸に無数にございますところのトロール船であるとか、或いは「かつお」船とか、或いは建網定置漁業等の魚獲高は、これはやや算定できるといたしましても、全國無数の小舟の魚獲高はわからない。而も天候や季節の制限を受けて、獲つて見ないければわからない。あの海の中に泳いでいる魚、この魚の数字によりまして統制の計画や機構を作ることは、私はそこに非常に無理があると思う。次に千差万別の形や、又いろいろの大きさを有する数千の魚につきまして、一定の價格を附けることは又無理があるのでありまして、即ち石鹸でありますとか、蝋燭でありますとかいうふうな、一定の形を持つたものでありますならば、何千万ございましても、一箇何十銭、或いは一人何箇というように、簡單に配給ができるのでありまするが、一つの魚でありましても、厚みについて言つても、三分のものもある。或いは一寸の厚みのものもある。長さにつきまして申しましても、三寸の小さいものもあるし、或いは二尺、一間という大きな魚があつて、それぞれ味が皆違うわけである。從いまして例えば「かれい」というような魚一種類を考えて見ましても、一つの價格では無理がある。況んや何千の魚においておやであります。次に統制というものは品質や味というものを度外視しておるのであります。野菜でありましても、魚でありましても、季節によりまして品質や味に非常な差異があり、又同じ「まぐる」で申上げましても、六月末の「こんにやくまぐろ」でありますとか、或いは二月頃の「寒まぐろ」は、同じ形、同じ種類の魚でありましても、品種や味に非常な相違がある。すべての魚もこれと同様でありまするが、これを二三の値段の格差によりましてマル公を決定するということは、私はそこに非常な統制の無理があると存ずるのであります。
 次に生鮮食料は保存が困難でありまして、そうして傷みや腐敗ができまするから、季節によりましてその取扱い方にも差があるのであります。統制はこれを同じに取り扱おうとしておる。ここに私は統制の大きな無理がある。例えて申上げますならば、魚は寒中は四五日経ちましても保つのであります。夏場は寸刻も爭うてこれを処理しなければ鮮度が落ちる。野菜でも大根や「ごぼう」や「にんじん」のような保つものはよいが、菜つ葉のごときものにつきましては夏場は一日で腐つてしまう。私は統制が極めて滑稽だと思いますことは、遠方から氷で十分に手当てをして送つて来た鮮度の極めて高い魚も、又そんなことをちつともかまわずに送つて来て腐りかけているような魚でも、これは統制の上におきましては同じ値段でこれを律しようとしている。こういうことに大きな無理があると思う。尚この外に統制の困難なことは、生鮮食料の目切れであります。即ち目方の減ることであります。机の上で計算をいたしまして、一貫目十円の元値のものを、二割儲けて販賣しろ。こう言いましても、一貫目のものが二百目の目切れができましては、二割儲けましても結局計算すると九円六十銭で、四十銭の損になる。この目切れや腐敗で損をせぬためには、闇をやるか或いは腐つたものを消費者に賣るか、二通りしかない。夏は氷を使わなければ腐敗が来るし、鮮度が落ちる。併し今の高い氷を使用してどうして公定價格が守れるか。ここに私は非常に統制の無理があると考えるのであります。次に統制には取締というものが附きものである。マル公を作りましたのは農林省の役人でありましよう。机の上ででつち上げたものでありましようが、取締を励行しておりますところの末端の役人或いは経済防犯の官吏が、かような無理な統制法規を以つて善良なる國民大衆にいかような取締をやつているかということを考えますと、私は内心非常に恐ろしく感ずるのであります。
 第二に、生鮮食料の統制は生産や入荷を阻害いたしまして、そうして闇屋を製造することに相成るから、私はこの統制には絶対に反対する。今日はできるだけ物資をたくさん出廻らすということが酸欠問題である。然るに統制は必らずこれを妨害することに相成つておる、漁師の仕事は諸君も御承知のごとく、板子一枚下は地獄の諺の通り誠に荒仕事である。自由経済のときにおきましては、時代が続いて漁のないときには魚は高い、これは当然だ。晴天が続きまして大漁のときには魚は安くなる。安くなつても生産者は尚儲かつている。これは自然の定法であると思う。統制は大漁でありましても不漁でありましても同じ値段でこれを律するが、さりとて不漁の時の相場でマル公が決められていない。ただ奨励法といたしまして私共聞くところによりますると、漁獲高に看貫によつて米や油の配給があるぐらいのものであります。昔から漁師は働くときは一升飯を食うということを言つております。或いは、網元の氣持で申上げますならば、うつかり出漁しても不漁のときはどうなるか。高い油やカーバイトや網を買い、或いは高い食料を使つて、そうして船頭多く連れて行つても、若し不漁のときは網元は損をする。政治は私はそういうところも考えなければならんと思う。今日の漁業家は馬鹿々々しいから、よほどの自信の持てるときでなければ出漁もしない。即ち常に消極的態度でありますから、生産の挙がる道理がないのであります。又生産地は大漁で魚がだぶついておりましたときでも、統制が強化せられたり或いは値段が不均衡の場合におきましては、横の方に消えてしまうとか或いは魚が農家の肥料として買われたりする結果になる。これが関の山である。二三日前の新聞に、どこかの水上警察署が重機関銃を備えまして、産地の船が東京に入つて来るのを警戒しておるというような記事が出ておりました。が、こういうようなことではなかなか品物は東京に入つて来ないと私は思う。だから生鮮食料の統制には私は絶対に反対であります。
 第三に私がその理由として申上げたいと思いますことは、生鮮食料として最も肝要なる新鮮度いわゆる鮮度につきましても、統制に私は絶対反対したいと思う。鮮度は生鮮食料の命でありまして、私はこの鮮度を離れては生鮮食料を論ずる資格はないと思う。一体野菜にいたしましても或いは魚にいたしましても、生きた物、生ま物であります。日柄が経つたり又ころの取扱いが惡いときには、どんどん鮮度が下つて来る。特に夏場は一刻を争うものでありますから、統制にために詰まらん手続をやつたり或いは間隙をそこに置いていたのでは鮮度はどんどん下ります。殊に敗戰日本の今日の現状におきましては、各地方とも冷蔵装置も完備しておらず、又氷も不十分でありまするから、配給品の鮮度も低いし、又腐敗も早いと思います。最近の都会の事情を見ましても、野菜でも魚でも極めて鮮度の低い配給品ばかりが家庭の主婦を悩ましている状態であります。最近の新聞紙上に、魚の中毒で人命云々の記事を私はしばしば散見いたしておりますが、殆んどこれは配給品ばかりであります。これらは皆今の無理な統制による大きな犠牲であると言わなくちやならぬと考えます。私は鮮度の問題について、ここに平野農林大臣があられませんようではありますが、片山内閣の大臣各位に聞いて貰いたいと思います。片山内閣の経済緊急対策第一号の中には、はつきりこういうことが述べてあります。主食の中心が当分米意外のものになることは避け難い。從つて食生活の改善に主力を注ぎ、特に蛋白資源の確保に重点を置き、そうして鮮魚介の統制を確実にする。こういうことが書いてありますあ。この確実にするということは私はどういう意味だかわかりませんけれども、とにかく昔から日本人の栄養は多く魚類による蛋白資源であることは事実であります。併しそれには生きのよい、鮮度の高い魚を迅速に処理して、生産者から時を移さず消費者の食膳に載せるのでなければ栄養にはなりません。私の或る知人は、配給の魚は買わないことに主婦は厳命しておりと言つておる。これは贅沢から来ているのじやない。万一の場合の医者や藥というものがありましても、中毒による犠牲の大きさを考えて見なければならん。こういうことを言つております。片山内閣の発表いたしました経済白書によりますと、國民の体位の低下につきまして、國内の学童の体位が昭和十二年と二十一年の九年間におきまして、六年生の体位が九年前の五年生の体位まで下つておるということが報告されております。ところが今主食が不足いたしておりまして、遅配だ欠配だと國民が栄養素に極端に欠乏しておるときに、無理な統制をこの上に続けている。只今も社会党の議員の方がおつしやつたが、統制を極力強化する、この上に続けていくということは、私はその結果として鮮度の低いものや又腐敗したものを國民に強うることである。経済白書におきましては体位の減退を憂えるということを謳つておる片山内閣が、結果において國民の体位向上に少しも協力していないということを言えはしないかと思います。甚だ遺憾に思う。(拍手)
 私は第四番目におきまして、自由販賣にすれば何故によいかということをはつきり申上げて見たいと思います。その一つは、やさいでも魚でも生産が増加致しますから値段が安くなります。即ち統制の枠を外すならば、漁業家は必ず有らゆる困難を克服いたしまして、雨の日も槍の日も積極的に漁業に乗出しまして、全國の農家も野菜の生産に朗らかに乗り出して参ると考えます。生産が上れば早晩に値段も安定することは確実である。その二は鮮度の高い品物が八百屋や魚屋の努力によりまして、勢いよく集荷されまして家庭に入ることであります。その三は、自由販賣になれば品物は貨車によつて運ばれる。闇でなく堂々と運ばれる。ただ闇屋の品物のごとく、二貫や三貫の品物が汽車賃や宿賃や危險率や手間を加算したああいう高いものには絶対にならんと思います。その四は、自由販賣になりますれば、消費者の選択制になりますから、品物の調節を図れる利益がある。業者は品物と値段の競争になるし、又需要家は先程奥議員がおつしやつたように、生産者みずからが大いに自粛いたします。そうして高ければ買わない。買つても良い鮮度の物を少量に買うことになりますから、品物の調節がここにできて来る。こういう利益がある。その五は、詰まらん罪人の製造がなくなる。今は罪人の製造をいたしております。でありますが、罪人の製造がなくなる。又國民は極めて明朗になります。そうしてその取締に使つておる役人を他の方面に活用することができりと私は考えます。
 最後に、一部の統制論者は、生鮮食料が自由販賣になればその價格は昂騰する。急に上るだろう。べらぼうに上るだろうということを心配しております。又一部の富裕階級のみによつて買占められる心配があるということを言つておると思います。(「そうだそうだ」と呼ぶ者あり)これに対しまして私は、從来よりもせいさんが上つて、需要者は選択の自由を有することであるから、價格は必ず安定すると考えますと同時に、生鮮食料の貯蔵不可能なりという特異性を通じて、特定階級による買占めは絶対に不可能なりということを申上げたいのであります。
 私は結論といたしまして、生鮮食料の集荷配給の改善策としては、速やかにこれを自由販賣に移すべきである。而も私は、かくすることが今日の。國民大衆の声なりと確信いたしまするが故に、若し政府がこれを断行することを躊躇するならば、私はここに片山内閣に対しまして、生鮮食料の自由販賣の是非を國民投票によつて決せられんことを希望いたしまして、私の討議を終ります。(拍手)
#50
○議長(松平恒雄君) この際一言申上げます。議長は一昨日及び今朝、政府に対し農林大臣の出席をもとめたのであります。午前中は経済閣僚懇談会終了次第出席する地の回答でありましたが、午後に至り重ねて出席を求めましたところ、止むを得ざる公務のため出席いたしかねるとのことで、政務次官が出席いたしておりました。今後、尚できるだけ関係大臣に出席の督促をいたすつもりでおります。これにて自由討議を終りました。次会の議事日程は決定次第公報を以て御通知いたします。本日はこれにて散会いたします。
   午後二時三十三分散会
ソース: 国立国会図書館
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