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1949/04/19 第5回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第005回国会 図書館運営委員会 第3号
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1949/04/19 第5回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第005回国会 図書館運営委員会 第3号

#1
第005回国会 図書館運営委員会 第3号
昭和二十四年四月十九日(火曜日)
    午後三時三十七分開議
 出席委員
   委員長 早稻田柳右エ門君
   理事 水谷  昇君
      關内 正一君    圓谷 光衞君
      森戸 辰男君    中野 四郎君
 委員外の出席者
       國立國会図書館長 金森徳次郎君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した事件
 國立國会図書館法の一部改正に関する件
    ―――――――――――――
#2
○早稻田委員長 これより会議を開きます。
 過般國立國会図書館法が制定せられまして以來、すでに一箇年、同法によつて國立國会図書館の運営が今日までなされたのでありますが、あらゆる面において、社会情勢の変化に伴つて、いろいろかわつた点もできて参り、同法の規定がそのまま図書館運営に妥当であるかどうかということについて相当議論され、批判されるように相なりましたので、この場合同法改正について御協議をいただきたいと存じます。
 まず実際に当つておられる金森館長から運営の状況、図書館法の可否等につきまして、一應御説明をいただくことにいたします。
#3
○金森國會圖書館長 これができましてからちようど一年ばかりの経験を経まして、いろいろ実行に上せてみますると、解釈の疑いが起るものもありまするし、またなかなか結果が思うように行かないというところもございます。一番大きな点は、近ごろの世の中の勢いの結果として、十分の予算を得ることができませんので、この法律の各個の規定が、規定としてはできておりますけれども、その規定を実行することができないというような面がございまして、たとえば総合目録のようなものを義務としてやらなければならぬはずでありますけれども、なかなか思うように行かないという事情にあります。その中で、さしあたり私どもとして最も心配しておりまするのは、新しい出版物をこの図書館に樂に受取る道が不十分だという点であります。この法律ができましたときに、その点はアメリカの専門家の意見を聞いて、相当考慮せられたに相違ございませんけれども、実際やつてみますると、新しい出版物が手に入りかねるという状況であります。外國の図書館では、法律によりまして新しい本を無料で納付せしむるという道が、かなり手廣に開かれております。また日本の古い図書館に関しまするやり方によりましても、政府に対する納本が、上野の図書館には一部ずつちやんと配置せらるるという実行状態でありまして、また新本はすべて図書館に網羅されて、貴重な文献がいつまでも散逸することなく残るようになつております。ところがこの図書館法ができまするときに、二十四條と二十五條とにその規定がありまして、第二十四條では、國の出版物をおよそ五十部ずつ納入させるという規定がございます。二十五條にはそれ以外の出版物につきまして、発行者から一部ずつ図書館に納本させて、その代償として関係の目録を納本者に送付するというふうになつておりますが、これにつきましては、強制的に本を取立てるという道もございませんし、また罰則を加えるというような道もございません。そこでこの規定の運用をやつて行きますると、國の諸機関によるという方面は、これは話合いで私ども納入をしてもらつておりますけれども、しかし普通の発行物については、同じものを五十部ずつ納入させるということは、かなりむりな場合がございまして、近ごろのように物の高い時代に、五十冊をただで國会図書館に納付するというところに、幾分行き過ぎがあるとも考えられます。また図書館の方におきましても、五十部納入してもらわなくても、もう少し倹約をいたしまして、三十部ぐらい納入してもらいますと、今の実情では外國に送つたり、國内の必要なところに送つたりするという余地もあるのでありまして、どうもきゆうくつに一本建で五十部にしてあるということはあまりよくない、こういう氣がしております。これは何とかしてもう少し彈力性を持たせまして、たとえば三十部ぐらいを納入させて、必要な場合は五十部まで話合いといいますか、事情に應じまして増してもらう、こういうような話をすればよいのでないかという氣持で、これにも何らかの修正をしたいと考えております。
 それから次に考えまするのは、日本には各都道府縣がございまするし、そのほか一万何千という市町村がございまして、そういうところでは、官報に類似しまするような、その土地々々の出版物も持つておりまするし、それ以外にも特有の出版物をつくつておるのであります。そういうものはやはりこの國立國会図書館の中に納入してもらいませんと、現在條例がどんなふうにできておるかということもわかりにくいのであります。それゆえ公共團体で出しまする出版物は、この法律の中では格別何も予想しておりませんので、解釈をいたしますれば、一般の出版物と同じように扱わなければならぬということになろう思います。けれども、それもずいぶんおかしいものでありまして、ただ一冊ずつ普通の人が納めるような扱いをするのでなくして、やはり何かこれは國ほどにごむりを願つて、たくさん出してもらうという必要もありませんけれども、特に東京都とか、國会等というところにおきましては、相当納本の分量をふやしてもらいたいという氣持もあります。そこでこういうことについて、何か実際上都合のよい規定がほしいという気がいたします。
 その次に一番大切な点といたしまして、出版社から一部ずつ納本させるという現在の規定は、紙の上では納本させると書いてございますけれども実際はなかなか納本して参りません。この図書館ができまするときに、二度ばかり各出版社に手紙を送りまして、その意味を宣傳いたしますし、またおもだつた出版社にはいろいろな手を盡しまして話をつけるという方法をとりましたけれども、現在のところ思うように納本されておりません。どのくらい納本されておるかということをはつきり言うことは困難であります。と申しますのは、出版されておるものが何であるかということを、今日ではあまり取調べる便法がございません。警察の取締りも何も直接にはないために正確なことは言い切れませんけれども、いろいろな材料によつて考えてみますると、実際出版されておりまするものの中で、書物等については四〇%ぐらい入つておるのでないかと考えます。雜誌では六一%ぐらいではなかろうか、新聞では、これは九四%くらいではなかろうか。四〇%、六一%、九四%、こういうような数字も出て参ります。しかしながらまたこの出版物等の数を別の方法で推測いたしまして、たとえばすでに世間の文書で、新聞とか、出版年鑑、用紙割当の方の計算とかいうようなものから、一應仮設的に実際上どのくらい出ておるだろうかという数字をこしらえて当てはめてみますと、図書及び出版雜誌についてはおよそ四分の一しか納入されておりません。雜誌の面では三五%しか納入されておりません。新聞の面では多分三一%くらいになります。たいへん割合が違つておりまして、何がほんとうであるか言いかねますけれども、両方の計算をとりますれば、その中間ぐらいのところに眞実があるかもしれないと思います。いずれにいたしましてもこういうふうに納本が十分でございません。
 その結果はどういうことになるかと申しますと、まず第一の欠点は、必要な出版物を図書館に並べることができない、これはわかり切つたことであります。ところでもう一つ大きい問題といたしましては、一体一國でどんなものが出たのであろうか、実際の出版物をはつきりだれにでもわかるようにするということが必要でありまして、私の方の図書館でも出版物の目録を年々わかりやすくこしらえたいという希望を持つておりますが、今のような実情では出版物目録をつくることも非常に困難であります。第三に考えまする点といたしましては、書物というものは妙なものでありまして、出版されたときは容易に手に入れることができます。しかし一年たち、二年たち、だんだん出版の時が離れるに從いまして、ほとんどこれを手に入れることが困難になつてしまいます。どうしても適当な時に集めておきませんと、將來五十年、百年の後になりまして、昭和二十四、五年ごろの日本の出版状況はどんなふうなものを送り出しておつたかというようなときに、何とも道がなくなつてしまうわけです。こういうようなことを考えまするときに、今のような一部分しか納本させないような実情では、とうてい図書館の任務を果すことができません。もう一つの考え方は、金を出して手つとり早く買つたらよいじやないか、こういう話も出て参ります。それも一つの案ではあろうと思います。けれども、出版物はすべて賣るものとは限りません。賣らないで特別の関係の人の間で、いわば会員組織等でわけるようなものもございまするし、また公の團体とか、公がかつた團体のところではこれも非賣品として出しております。そういうものは買うことはできません。何としても法律か何かの方法によつて義務づけなければならぬということになるのであります。
 この点につきましては、かつてアメリカから來た人がいろいろな助言をしてくだすつたりまたその人々以外にも関係方面においていろいろな助言をしてださるのですけれども、その考え方はアメリカの法律秩序をもとにしておるのであります。と申しますのは、アメリカでは一部を國会図書館に納付いたしますると、納付した人にある特権ができるのであります。それは著作権を公に主張し得る権利が生れて來るのであります。つまりコツピー・ライトという権利がありましても、一ぺん納本をしてそれを登録してもらいませんと、実際は世の中に向つて主張することができない、こういう結果になります。でありまするから、そういうところでは別に強制しませんでも、著作権を確保したいという希望のために、比較的容易に無償で納本をするのであります。これを日本でまねたらいいじやないかということになりますると、日本の著作権法は、アメリカとは全然違いまして、そんな納本などによつて権利ができるのではなくて著作物をつくつたということによつて、つまり原稿のままでき上つたということで、もう著作権が出て参ります。つまり大陸風の法律関係でありまして、急にこれを直すことは困難でありまして、納本をさせるために著作権法の根本までひつくり返すということは、なかなか一朝一夕にはできないと思うのであります。
 そうなりますと、だんだん方法は限定されて行くわけであります。新しい憲法では、國民のものをただ取りするということは禁止しております。たとい公用に使うために書籍を納付せしめまする場合でも、報酬を拂わないで取り上げるということは、許してもおりませんし、また筋からいつて正しくないことと思うわけであります。現在の図書館法では、そこのところは、かわりに出版目録を納本者に與えるということでつり合いをとれるもの、バランスがとれるものという考え方をとつておりますけれども、実際はさつきも申しましたように、納本者は多分憲法をよく知つておつて納本をしてくれません。といいますると、何か一つここに考えなければならぬことになつて來たのであります。今まで申し上げました地方自治体の印刷物が思うように入つて來ない。この方の書物を手に入れることができないとか、納本が非常にぐあいが悪いとか、日本の出版目録をこの法律の予想するように手ぎわよくつくる道があいていないために、何か外國側からいろいろな助言があつても、なかなかそれは日本として從うわけには行かない。こういうような輪郭を考えて行きまして、そこの中で日本としてはどういう法律をとつたならば一番いいかということをだんだん考えてみたわけであります。外國立法例等はいろいろございますけれども、やはり時代が違い、また國の憲法等の考え方も違つているために、そのまま適用することはむずかしいようです。
 そこで私どもこうしたならばいいのではないかという考え方は、官聽出版物と公共團体の出版物を大体同じように考えまして、公共團体でも府縣あるいは東京都というようなところからは、少しくよけい納本してもらいたい。これはただであります。しかしながら今までのように五十部出させるというのではなくて、実際の必要を考えまして三十部を標準にして、必要に應じてふやしたり、減らしたりする、こういうふうな考え方をとつております。ことに中には非常な特殊の出版物がありまして、たとえば宮内府の図書寮などでいろいろ昔の貴重な書物を複製しておりますような場合を考えまして、百冊ぐらいしか複製しない、それから非常に金がかかるというものでありまして、写眞版で日本紙刷りにするというようなことのために一冊つくるのにも数千円を要するというようなものがございますが、そういうものを無慈悲に一割出してくれと言いましても、実際なかなか行われません。でありますから、そういう場合にはなるべく故障の起らないように、むりには取上げない、ごく必要な少数だけにとどめておく、こういうような道を設けたい。それから市町村のいろいろな公の出版物は、これも全國に一万五千もありまして、もとより貴重なものを出すには相違ございませんけれども、それをほかの官廳に何十部を納めてもらう、そういう必要もございませんので、これもごくわずかな、國会あるいは行政官廳等のさしあたり必要なくらいにとどめておこう、こういうような考えを持つております。
 それから一般の出版物でありますが、これは各出版者の意見等を聞いてみますと、どうもはつきりいたしません。当初考えておりましたのは、憲法等の精神から、この法律が本をただ取りしようとしている、それに対しての一つの不平の声であろという解釈もいたしてみましたけれども、当つてみますと、必ずしもそうは言つておりません。またある人々は、いかにも手続がめんどうで、わざわざ一冊すづ納本に行くということはめんどうである。またある人々は、納本をしたつて、何の実益が出版者に起るわけもないと自然納本に熱情も減るんだ。いろいろ言つております。これを合理的に考えますと、私どもはどうしても一部は納本してもらわなければならない。それでなければ、せつかく國立図書館という中心図書館をつくつた趣旨が没却されてしまう。だから絶対に一部は納本してもらう原理をとつております。しかしながら、國民のものをただで取るというりくつはございません。実際納本に必要な経費は國家から支弁するのが正しいのではないか。つまり出版に要しました実費、あるいは納入のために必要な郵送費というようなものも含めまして、通常生ずる費用だけは國から拂う、こういうふうにすれば筋は通るのではないか。しかし、もしもそれでも納本しないという人がありますれば、これに対しまして、何らかの処罰規定をつくらなければならないというように考えております。しかしこういう文化的な仕事でありますから、あまりに罰をもつて臨むということはいい気持はいたしません。ただ現在の実情によりますと、やはり人間というものは、強制する道がないと思うように動きません。できるだけ軽い罰――もしできますならば刑罰とはいわないで、ほかの強制に必要な程度の不利益を與えるというような方法でこれをやつたらどんなものだろうか。こんな氣持に考えて、ひそかにはいろいろな文章を練つてみたこともあるのであります。これが大体の本筋であります。
 ところがこれと関連いたしまして、もう少し問題が残つておりますのは、図書館に入ります図書館の資料というものの範囲は、昔とは大分違つておるに相違ございません。地図とかいうようなもの、音樂の樂譜、こういうものか入ることはもとよりわかつております。しかしさらに一歩進めまして、蓄音機のレコードでありますとか、レコードでなくても同じような音を写したものとか、あるいは映画のような方法によりましてつまり記録映画のようなふうにつくりましたところのもの、あるいは文藝的な作品を映画にすることもありましようし、また想像を加えますならば、そういう方法で音樂ばかりをフイルムをうつす、こういうこともあろうと思います。こういうものはどうしたものであろうかということになりますが、アメリカのやり方を見ておりますと、こういうものは全部納本させるという方針をとつております。しかし今の日本の実情におきましてこういうものを特に國会図書館に納本させましても、経費を増加することでありますし、また実際わずかしかつくらないフイルムについて、一本ぜひ納めよということもむりであろうと思つております。その点にかなりめんどうな問題も起つて参りますが、しかし考えてみますると、ニユース映画のようなものは書物を係存すると同じような意味において、ある程度保存しなければならぬはずのものであります。ですから全部これを放任するというわけにも行かないと思います。そこでそういうところを念頭に置きまして、レコードはともかく原則として集めるという方針で行く。しかしフイルムに至りましては、必要なものに限つて集めますけれども、原則としては、実際家に不安の念を起さしめないようにと考えまして、当分のうちはこれを集めないで行つたらばいいではないか、こういう考えも持つております。
 要するに現在の納本制度の持つておりますいろいろな欠点を是正いたしまして、ことに納本を十分にさせて、そしてりつぱな日本の文化の殿堂をつくる、かつ出版目録のようなものを完成したいと思つております。この法律の中にすでに出版目録をつくることを予想しておりますけれども、今の実情では、ほとんど外國に向つて、日本にはこういう出版物があるということを正確に答える資料が集まつて來ないのであります。警察権も何もございません。検閲制度も事後監察の制度もございませんので、どうしてもそれには今申し上げましたような方法をとるよりほかに道はないと思つております。ただこういたしますと、少し経費がかさんで來るのでありまして、今もし日本で買うとすれば、どのくらい出版物の経費が必要であるのかということははつきりは存じません。しかしフイルムを除きまして数百万円に上るものと思つております。また本屋さんは、ただで納めたいという気持は相当に持つておる人が多かろうと思つております。これは別の考えをはめまして、そういう出版物について本屋さんも喜ぶような取扱いをしますれば、喜んで寄付してくれるということも考えられますが、公の図書館としてそう甘い齒を見せるようなことも直接にはできませんけれども、今までのようにぶつきらぼうで行くのではなくて、できるだけの道をとりたいと思います。もし本屋さんが自分の自由意思でこの出版物を寄付してくれるということになりまして、一冊本屋さんから本が図書館に入つて來ますれば、もうあらためて納入の義務を課する必要もございません、從つてまた罰則をもつて臨む必要もございませんので、寄贈したものに対してはこれの納本義務を免除するという一つの規定を置きまして、これによつて本屋さんをだまして本を寄付してもらうという考えは毛頭もつておりませんけれども、社会の実情を予想して考えて行きますと、これも一つの効果があるであろうというふうに思います。私どもはそういう方向において改正ができたらば、非常に幸福であろうと考えております。
#4
○早稻田委員長 ただいま館長からいろいろ説明がありましたが、それについて何か御意見はありませんか。
#5
○水谷(昇)委員 ただいま館長から御説明を伺つたのですが、著作権法と納本との関係は、外國の例をお示しになつたのですが、日本の現在はどういうことになつておりますか。
#6
○金森國會圖書館長 今日本では、著作権というものは、人間にくつついておる権利というように思つております。つまり頭の働きの権利であるというふうに考えておりますから、出版をしてもしなくても、その人にくつついているのであります。でありますから、小説をつくつて自分の手箱の中にまだ隠しておきましても、それをほかの人が複製して賣り出すことは全然できぬというふうになつております。ところがアメリカの方は、どうも私どもアメリカの規則ははつきりわかりませんが、アメリカでも出版をすれば著作権はあるということになつておりますけれども、國会図書館に納付して登録をしませんと、訴えて出ることができない。人が偽りの版をつくりましても、それに対して権利を主張して賠償をとるとか、なんとかいうことができないようになつております。その点がよほど違つております。日本では本をつくつて政府に納本しようと、あるいはしなかろうと、その人の著作権に一つも関係がないわけであます。でありますから、本屋さんが納本しても、何の実益もないということになつております。これに関連いたしまして、著作権ばかりでなく、出版権というような問題もあわせて考えられますけれども、いずれにいたしましても、考え方がそういうふうに人間の権利と心得ておりますから、ちつとも納本と関係がなくなつてしまいます。
#7
○水谷(昇)委員 実は最近、日本蓄音機レコード協会の方から、レコードや何かの著作権――著作権法にはそれが認められてないのだそうですが、それを一部改正してもらいたいという請願も出ておるのであります。それに対して館長の御見解を伺いたいと思います。
#8
○金森國會圖書館長 そちらの方は私はあまり詳しく存じませんが、私どもの記憶するところでは、レコードなどというものの発達は非常に遅れまして、今から二十年くらい前までは、歌をつくれば、それの著作権があるということは当然でありますし、樂譜をつくりましても、それに著作権があることは当然であります。しかしその歌と樂譜とを合せまして、声のいい人が歌を歌つてレコードに入れる。そういうことには何らの権利が発生しないのでありますから、そのレコードをもとにして、ほかの人が何十枚でもにせの盤と言いますか、複製盤をつくりましても、それで罰も何も受けなかつたのであります。それではおもしろくないということで、その当時やつと吹き込まれたレコードそれ自身が権利として保護せられるようになつて、それの偽りのものをつくることができない、こういうことにまでなつていたと思いますけれども、しかし今問題になつておりますのは、どこの権利を保護するということであるか私どもわかりません。ことによると一つの歌うたいのレコードを甲のところで歌わせたとしますと、また乙のところで同じ歌手を呼んで來て、同じ歌のレコードをつくるということを禁じようというのではございませんでしようか。その趣旨がよくわかりませんが……。
#9
○水谷(昇)委員 それは、そのレコードを、たとえば放送局でかつてに放送に使う、あるいは興行用にそのレコードを使う。それは著作権が著作権法の第二十二條の六と七とに認められておるにもかかわらず、その特例法があつて、現在ではそういうものを使つておつてもかまわぬようになつておる。それを著作権法で二十二條の六とか七に認めてあるのだから、三十條の特例を廃止してもらいたい、著作権を尊重してもらいたいという請願です。そうすると、結局趣旨はその著作権を尊重するということによつて、レコード会社はもちろん、それを吹き込んだ人、そういう著作者にも潤つて、結局いいものをつくることになる、こういうような趣旨で來ておる。
#10
○金森國會圖書館長 その点は私は前から聞いたこともございますけれども、やはりそういう方向にどんどん発達して行くのがほんとうじやないか。今おつしやつたのは、多分それは放送局でやつても、あれはレコード会社に何らか報酬を拂うと思つておりましたが、原著作者に対しては、何べん繰返してレコードやつても恩典が行かない。たしかそういうようなところがあると思いますが……。
#11
○水谷(昇)委員 現在はレコードの方にはあいさつがなさそうですね。――ありがとうございました。
#12
○早稻田委員長 ほかに御意見はありませんか。
 それではお諮りをいたしますが、お手元へ配付してあります國立國会図書館法の一部を改正する法律案の草案がございます。この草案に基いて、委員会の成案という形式で國会へ提案をしたい、かように実は考えておるわけでございますが、いかがでございますか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#13
○早稻田委員長 別に御異議もないようでございますので、法制局、あるいは参議院方面とも連繋をいたしまして、所定の手続をいたしたいと思います。
    ―――――――――――――
#14
○中野(四)委員 ちよつと図書館運営の面なんですが、特に私が氣づいた赤坂離宮の使用の件なんです。これは最初議院運営委員会に提案された当時、衆議院から私と工藤鐵男君と参議院から特に河井彌八さんが來られまして、大分議論の結果、連合軍の方で社交場に使いたいというのを、あの建物の本來の性質から考えて、ぜひともこれを温存せしめたい、また一般官廳等によつて汚損をされたくないという趣旨で、國会図書館として関係方面と折衝して、すいぶん難儀な面もありましたが、幸いにあの建物を使う段階に來たのでありますが、ここ二、三回赤坂離宮へ行つて見まして、非常に驚いたことは、当時私らが運営委員会でかなりの激論を闘わせて、今日のあり方を求めたにもかかわらず、國会図書館として議員の図書室がきわめて少い。そうして利用者も少いでありましようが、当時はあまり利用せずに図書館という形において、なるべく一般の人の利用をはばみたいという氣持が多くあつた。ところが法務廳関係があまり多くを使わないという考えであつたのにかかわらず、今日では赤坂離宮の大部分を法務廳が使つてしまつている。國会図書館としての本質から見れば、ずいふん私は背反しておりはせぬかと思う。こういう面において館長はどう考えておられるか、この機会に伺いたい。
 いま一つは一般参観者が非常に多いということです。たいへんこれはよいことであると思いますが、一面においては、貴重な備品は全部宮内省方面で片づけられたものと思うのでありますが、必需品としてイタリア方面から來た、あの再度入手することはなかなか難儀ではないかと思われるような絨緞なんかを見ておりますと、このままで行くと、あと数箇月を出ずして私はすり切れてしまうのではないかと思います。そうしますと、私らが最初考えたこととはこれまた背反して來る。でき得るならば、これにシートをかけて一般参観者の希望もかなえ、一方においてはわれわれの目的もそこに達成せられるという段階になればけつこうだと思うが、そういう費用もなかなか難儀だろうと思いますので、もしそれができなければ、一切くつなんかで入るのはやめて、ぞうりを用意をして入つてもらうようにしなければ、――見ておりますと、國会の廊下の絨緞が、私らこの國会ができた当時からおりますが、ここ二、三年來、戰争の半ばごろから今日までの間に、この絨緞の切れたことはものすごいものです。いわんや赤坂離宮のものはイタリアから來た非常に貴重なものと私は聞いております。こういうものをば、できるだけ保存する意味においても、何らか処置をなさる御意思があるのかどうか。もちろん金がないでしようが、これに対して應急の策を考えておかなければならぬと思います。
 それからそれに附随して、自分の目に見た点、耳に入つた点から言うのですが、あの建物をいなかから來た人が盛んになでまわしています。そのうちに目もあてられぬほどになりはせぬかと非常に心配しておる。金森博士にそんな小さいことまで申し上げては恐縮ですが、どう考えておられるか、またどういうふうにすべきかという点をひとつ伺つておきたいと思います。
#15
○金森國會圖書館長 まず場所の方できゆうくつしておる。これは実際よくお氣をつけくださいましたが、当初は國会の運営委員会等によつて半分にわける、西側は法務廳、東側は國会側、從つて図書館側というふうに考えておりましたが、しかしなかなか半分に割ると申しましても、まん中のところをはつきりきめなかつたことが物言いがついて、いろいろ議論をしましたが、結局國会図書館側は柔順でありまして、なるべく法務廳に使つていただく。しかしそうばかりも言つておれませんので、それと入れかわりKBSの図書室はこちらにもらう、こういうようにわけて参りました。ところが弾劾裁判所その他それに関する部局のために、今度は図書館の方の側が削減せられまして、今日ごらんのごとき姿になりまして、実は仕事をする上に非常に困つておるわけであります。けれども、困つておつてもお互いに争うべき筋のことではありませんから、図書館としてはあくまで今の約束に從つて廊下でも何でもどんなにでもがまんをして使つて、やれるだけはやつてみて、やりきれなくなつたら何とか融通をつけてもらうように努力しようと考えております
 それから参観人その他のために宮殿がよごれる、この御心配は私どもまつたく御同感でありまして、当時あそこでは初め二階は事務室には使わない、事務室は下だけ使う、こういうふうに國会でおきめ願つて、私どもその言を金科玉條として守つておりました。それに反することはしておりません。ただしかし書物は三階に上げてもよろしい、二階に上げませんと図書館がやれません。これだけはお許し願つてやつておる状況です。まわりの部局は必ずしもそういう歩調ではありません。事務室に使つておりますが、私どもは事務室に使わない、こういう態度をとつております。ところが事務室に使わないでも、参観人とか、図書の一般閲覧者がたくさん來られるに從いまして、絨緞でも家具でも自然よごれることになりまして、一面においては喜び――と申しますのは、たくさんの人が來てこれを使つてくださる、参観は使うことにはなりませんけれども、それでもせつかくのこういうりつぱな建物でありますから、國民がこれに触れるということによつて、軽い言葉でいえば江戸みやげというような意味もありますけれども、実際はその中に日本の文化の高い意味を自然に理解してくださるというので、これも調和問題でありますけれども、あまりきゆうくつなことはやりたくない、こういう方針で進んで参りました。ところが初めのうちはそれでよかつたのですけれども、近ごろむやみに参観人がふえまして、百五十人、二百人という團体が一日に何回もやつて來るということで、御心配の絨緞の点はもう思案にあまつておるわけであります。ある意味において、使えば悪くなるということはやむを得ません。やむを得ないことはしかたがないとして、その中におきましてこの宮殿をできるだけ丁重に保存したいというふうに考えまして、たとえば玄関を入つたところの辺は絨緞をとるとか、あるいは絨緞の上にカバーをかけるとかいう方法をとつております。それから横の廊下に渡ります絨緞は当初の絨緞とは別のものを使いまして、見たところはたいへんきれいなように見えますけれども、宮殿がきれいだから、ついつられて、これは非常によい絨緞だろうと錯覚を起すだけのことでありまして、実はそんなによい絨緞は使つておりません。大階段の絨緞は初めの絨緞でありまして、これは一番貴重なものであつて、仰せのように階段の折曲りのところが少しずつ芯が出て來ております。これは何らかの方法をもちましてカバーをしなければならぬということで努力しておりますけれども、今のところカバーを手に入れることが事実不可能でありまして、横の方のこまかい所のはいろいろな方法で代用カバーを見つけてやつております。それから事務室風に使つております室は、絨緞をみな取拂いまして、別の方法をもつて、リノリウムその他にとりかえる。でありますから、一番問題は、大階段と、それから上へ上つた二階の少し平らな所の絨緞が問題になります。これは何とかしたいのでありますけれども、今のところ、研究中でありまして、何とか名案を考えたいと思つております。
 それから手でなでてよごす方は、私は専門家でないからわかりませんが、大理石の柱、それから、ドアのハンドルに近いところが大分よごれて参りました。これは掃除をすればとれるのであります。カーテンの方は、これは三十何年前にできたもので、実はさわるとくずれて來る。あれはどんなにしてもこわれるものですから、しばらく見通しているわけです。絨毯だけは何とかしたいと思つておりますが、今のところ金と物がないものですから苦労しているという程度です。
#16
○中野(四)委員 こんなことはあらたまつてお話するほどのことではないのですけれども、たまたま委員会があつたものですから申し上げたのです。ただお話を申し上げた最初の、議員の読書室をもう少し考えていただいたらいいんじやないかと思う。あれではあまりに居候の感があるのです。たとえば近ごろ私らは國会の中の部室の割振りに大きな不満を持つておる。ふしぎに思つているのです。戰争中とやや似て來た。それは議員の控室を見ますと、大きい政党はあれで満足しておられるかしらぬが、大きい政党も初めは小さかつたのだから、少し反省するといいと思う。今の小さい会派を見ますと、割部屋に入つている。こういう部屋を三つぐらいに仕切つて入つておる。実にあさましい。部屋がいいならしかたがないが、新聞記者は部屋を十分持つております。これはずいぶん開放的な人の集まりだと思つていると、表のドアーに、関係のない人は入つてはいかぬと書いてある。民自党なんか特に大きな新聞記者の部屋を持つているように見える。私は近ごろ議院運営委員会にでませんから、あまりぐずぐず言わないのですが、たとえて言うとそういう例で、國会図書館へ行つて議員の読書室に入つてみると、どうも感服しない。金森先生のおいでになる図書館にしては、少し冷遇ではないかと思われる。そこででき得るものなれば議員があそこで十分読書のできるような部屋を、部屋も十分あるのですし、喫煙室の、エジプトの間というのですか、りつぱなものですが、喫煙室としてあそこをあけておくことは、どうかと思う。むしろああいうところは読書室、あるいは談話室といつてよいかしらぬが、お考え願う方がいいんじやないかという気持もします。これはぜひ御一考願いたい。
 もう一つ参考のために伺つておくのですが、私らが昔赤坂離宮へ入れました当時のことを考えますと、裏の庭が非常にりつぱな庭園です。あれがたしか今は荒れ放題に荒れておると私は聞いております。どうなつておるか知りませんが、あれは國会図書館の方の関係になりますか。法務廳の関係になりますか、どうなつておりますか。
#17
○金森國會圖書館長 先ほど議員の読書室のことを脱かしてしまいまして恐縮でありましたが、議員の読書室は、初めは二階の南側の比較的よい部屋を選びました。ところが家具がなかつたものですから、こちらの四階にある議員図書室のテーブルを持つて來て置きました。そうしたら非常に陰気になりまして、まわりとちつとも合わないものですから、おもしろくなかつた。そのせいでもありますまいけれども、議員の方がほとんど來てくださらない。私どもはあそこに議員の方がおいでになるに從つて、御趣旨に從つて、まわりになるべくきれいな本箱でも置きまして、そこに本を詰めると、そうするとおちついた読書室ができると思つておりましたが、どなたもおいでにならぬものですから、まわりに本箱を備えつけるのを怠つておりました。最近こちらから持つて行つた陰氣な机はまたこちらに持つて來まして、あそこを明るい近代的な部屋にしようと思つて、部屋はかわりませんけれども、漸次そこに本箱を置き、備えつけの書物を置いて、もし議員の方が常時おいでくだされば、そこに特別な職員を所属せしめまして、何の御不自由もなく使つていただく。それがあふれて参りましたら、何とかほかの部屋をくふうして使つていただく。こちらの四階に本來の図書室がございますが、これは私どもが引受けてから少し荒れはてさせまして悪いのですけれども、今度魂を入れて、初めは理屈通りに衆議院と参議院と一つの図書室になつたのだから、部屋も半分にしてよかろう、こういう考えを起したのですが、これはいけません。これはもとの形態を尊重しつつ、もつと合理化させるつもりでおりますから、もう少し御猶予願います。
 庭園については、一体あそこの裏庭はほんとは御所です。あれが全体で十八万坪ぐらいあると思つておりますが、そのうち三万坪だけが図書館及び法務廳の方にまわつております。庭園そのものは今日完全に宮内府のものです。でありますから、あの建物のすぐ後に噴水がありまして、その噴水のへりに近いところで見切りがついておりまして、あそこからがけが下るようになつておる。そのがけの下つておるところに、外から見るとちよつと氣がつきませんが、竹でもつてすつかり全部かきねをこしらえまして、それを境界線としております。そこであとの手入れは、私どもが扱つておりますところでは、小さな丘が二つになつておつて、あとは芝ふと噴水ですが、これはいろいろ努力して、いつも清潔な芝なんかきれいに刈り込んでおります。それから宮内府の方に属する庭は、これは私ども公平に見まして実は私どもの方よりは手入れが悪いんです。しかしこれも、いろいろ勤労奉仕なんかで手入れが行われまして、最近では非常によくなりました。もう三年ほど前には、ぺんぺん草が身のたけほどにはえ茂つておりました。
#18
○中野(四)委員 読書のあいまに、散歩などを許しておりますか。宮内府の方は禁ぜられているのですか、あるいは図書館の方は入つたりなんかできるんですか。
#19
○金森國會圖書館長 一般の人はもちろん宮内府の庭には入れません。それはかきねがありますからおどり越すのでなければ行けませんし、また越えてはならないという制札を立てております。それでどうも、そちらだけではなく、図書館に属する庭園の部分はどうするかということは一つの問題でありますけれども、今のところは一般の閲覧者には公開しておりません。ただ特殊の縁故のある方が、あの辺を暗黙の承認のもとに散歩しておるということは認めております。 
#20
○早稻田委員長 ほかに御意見はございませんか。
#21
○水谷(昇)委員 第二十四條ですが、五百部以下のところを三十部納入させた。これに対しては相当の代償金というものを拂うのですか。それからなお一部とか三部とかいうのは、これは寄贈なのですか、どういう関係になつておりますか。
#22
○金森國會圖書館長 二十四條の部分は、これは大きく言えば國と公共團体だけであります。國はもちろん右の手から左の手に渡すだけですから、ただでもらうということになります。ところが公共團体の方に行きますと、これは少し趣旨が違うのでありまして、どうも國と同じにも考えられない。しかしあかの他人の一般國民のようにも考えられないということになりまして、いわば折衷的のものになるわけであります。これはただです。実際はこの制度はただで納付をしてもらうということになりますが、三十部未満の部数ということは、これ実は三十部ということではなく、二、三部ということです。つまり普通のところでは、二、三部というつもりでおります。ただ同じ町村でも、特殊の事情もあり得ますから、大きく三十部未満、こういうふうに法律の上では押えておりますけれども、実際には三部ももらえばいい、こういうふうに考えております。 
#23
○水谷(昇)委員 一割というと大分入りますね。
#24
○金森國會圖書館長 國の方が一割ということになつておりますが、これは実は國の方も一割はくれません。ですから、これは話合いでほどよいようにやつて行けばよいと思います。
#25
○早稻田委員長 ほかにありませんか。
 それでは一つお願いしておきますが、すでにお手元へ御案内が行つていると思いますが、來る二十三日、土曜日でございますが、支部図書館を御高覧願いたいと思います。午前十時に出発をいたしますので、ぜひお繰り合せの上おいでを願いたいと思います。
 本日はこれをもつて散会いたします。
    午後四時三十五分散会
ソース: 国立国会図書館
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