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1965/04/12 第51回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第051回国会 産業公害対策特別委員会 第10号
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1965/04/12 第51回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第051回国会 産業公害対策特別委員会 第10号

#1
第051回国会 産業公害対策特別委員会 第10号
昭和四十一年四月十二日(火曜日)
   午前十時十七分開議
 出席委員
   委員長 井手 以誠君
   理事 小山 省二君 理事 丹羽 兵助君
   理事 保科善四郎君 理事 南  好雄君
   理事 中井徳次郎君
      川野 芳滿君    熊谷 義雄君
      野原 正勝君    堀川 恭平君
      山本 幸雄君    和爾俊二郎君
      肥田 次郎君    吉川 兼光君
 出席政府委員
        通商産業政務次
        官       進藤 一馬君
        運輸政務次官  福井  勇君
 委員外の出席者
        厚 生 技 官
        (環境衛生局公
        害課長)    橋本 道夫君
        通商産業事務官
        (企業局産業立
        地部長)    中川理一郎君
        運 輸 技 官
        (自動車局整備
        部長)     宮田 康久君
        参  考  人
        (朝日新聞論説
        委員)     八木  淳君
        参  考  人
        (毎日新聞論説
        委員)     厚川 正夫君
        参  考  人
        (読売新聞論説
        委員)     村尾 清一君
        参  考  人
        (日本放送協会
        解説委員)   村野 賢哉君
        参  考  人
        (東京大学法学
        部教授)    加藤 一郎君
        参  考  人
        (三重県立大学
        医学部教授)  吉田 克巳君
    ―――――――――――――
四月八日
 公害対策樹立に関する陳情書(関東一都九県議
 会議長会常任幹事東京都議会議長大日向蔦次外
 九名)(第二五九号)
 同(十都道府県議会議長会代表東京都議会議長
 大日向蔦次外八名)(第二九八号)
は本委員会に参考送付された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 産業公害対策に関する件(ばい煙、自動車排気
 ガス及び水質汚濁対策等)
     ――――◇―――――
#2
○井手委員長 これより会議を開きます。
 産業公害対策に関する件について調査を進めます。
 先般来、本委員会で審議を進めておりました自動車排気ガスの規制に関して関係各省の方針が若干明確を欠いでおりましたので、この際、改造エンジンの実施時期並びに排気ガスの一定基準などについて、運輸省並びに通産省からその方針を承りたいと存じます。
 福井運輸政務次官。
#3
○福井政府委員 ただいま委員長の御指示の件につきまして、慎重協議いたしました結果を、自動車の排気ガスの対策についての方針を申し述べたいと存じます。
 運輸省といたしましては、このたび自動車の排気ガス対策としまして、道路運送車両法に基づいて次の規制措置を実施する所存でございます。
 一、本年九月以降の新型自動車は一定の基準に適合しないものについては型式承認を行なわない。
 二、現在すでに生産されている自動車については、四十二年秋までに再審査を行なって同様な基準に適合させる。
 三、基準としては、特殊のものを除いて一般の自動車について一酸化炭素濃度三%以下とし、以後段階的に強化する。
 なお、今後はさらに試験研究体制を急速に増強するとともに行政能力を充実しまして、自動車排気ガス対策が徹底して行なわれるよう積極的に推進する所存でございます。
#4
○井手委員長 進藤通商産業政務次官。
#5
○進藤政府委員 通産省といたしましては、公害防止のための自動車の排気ガス規制に関しまして、昭和四十一年の秋以降発売される新型車及び昭和四十二年秋以降に発売される新造車に対しまして一酸化炭素の排出量を一定の数値以下に規制することは、技術開発の現状及び生産準備の状況等から見まして、自動車生産業者及び関連部品業者が最大の努力を払うことを前提として可能であると考えておるのでございます。
 ただ、この際言及しておきたいことは、技術開発及び生産準備については、各型式ごとにそれぞれ固有の問題があるので、規制値につきましては排気量ごとに段階を設けること、及び産業の混乱を招かないよう少数の特例を設けること等の特別の配慮が必要であると思うのであります。
 当省といたしましては、今後国の試験研究機関における基礎的研究をさらに充実するとともに、民間業界の試験研究に関しましては積極的にこれを推進して、総合対策に万全を期したいという方針で進んでいくことにいたしております。
    ―――――――――――――
#6
○井手委員長 この際、参考人各位に一言あいさつを申し上げたいと存じます。
 本日は御多用のところ本委員会に御出席をいただきましてまことにありがとうございました。
 御承知のように、近時わが国において都市への過度の人口集中、鉱工業の著しい発展、交通の激化などにより、水質汚濁、大気汚染、騒音、震動等の産業公害がますます増大いたしまして、国民の健康や生活を害し、さらには産業にも少なからぬ障害を与えており、大きな社会問題、都市問題となっておりますことは御承知のところであります。本委員会におきましては、先般特に油による海水汚濁防止に関し決議をいたしておりますが、目下自動車排気ガス対策、脱硫対策等、産業公害対策樹立のために調査を進めておるわけであります。本日は、産業公害対策一般について、参考人各位にはそれぞれの立場から忌憚のない御意見を述べていただくようお願い申し上げます。
 なお、参考人の御意見の開陳はおおむねお一人約十五分程度といたしまして、あとはまた委員の質疑の際お答えくださるようお願い申し上げます。
 それでは、最初に朝日新聞論説委員八木参考人からお願いいたします。
#7
○八木参考人 ただいま委員長からお話のございましたように、公害問題はすでに社会問題化しておりまして、非常に深刻であることはいまさら指摘するまでもないのであります。ですから、公害問題につきましては、もう議論の段階ではなくて実行の段階であるというようにいわれてもおるようであります。確かに私も、議論というよりはむしろ実行の段階に入っているように思うのでありますが、ただこの問題を具体的に対策を立てていくにつきましては、やはりいろいろむずかしい問題があるように思うのであります。そういう点に関しまして私の個人的な感想といいますか、意見を簡単に述べたいと思います。
 最近の公害につきましていろいろ住民から苦情が出ておりますが、その苦情の内容を聞きますと、騒音に関するものが一番多いようにいわれているのでありますが、しかし、われわれが現在問題にしているのは、騒音よりもむしろ大気汚染とか水質汚濁の問題であろうと思います。ところが、大気汚染とか水質の問題以上に、騒音が住民の苦情として役所に持ち込まれる件数が多いということはなぜかということを考えてみるのですが、それはやはり騒音というものは具体的に発生源をつかみやすい。ところが、一方大気汚染、空気のよごれのような問題になりますと、その発生源というものが不特定の多数であるために、なかなか被害者個人の力ではつかみにくいという事情があるのではないかと思います。ですから、実際は住民は大気のよごれに非常にうんざりしているのでありますけれども、その苦情を持っていく場がない。場はあるにしましても、なかなかその発生源をつかみにくい、こういう問題があるのだと思います。ですから、公害問題というものに対処するにつきましては、まずそういう個人では手に負えないのだという事情がこのことからもわかるのでありまして、やはり国なり地方団体なりが公害問題に介入――と言うとおかしいのですが、責任を持って対処しなくては、この問題はなかなか解決しにくいということがわかるように思います。その点につきまして、国なり地方団体なりの姿勢といいますか、従来までの対策がやはりおくれていたということはいなめないように思うのであります。
 それから、第二点としまして、最近公害問題につきまして企業の社会的責任ということが一般にいわれておりますし、確かにそのとおりだと思うのでありますが、この問題も、ただ抽象的に企業の社会的責任を追及するということだけではなかなかむずかしい面もあるように思うのであります。たとえは中小企業などにおきましては、公害を除去する施設をつくるにつきましてのいろいろ経費の点、お金の面でむずかしい点もあろうかと思うのであります。ですから、企業の社会的責任を追及することは正論でありますし、やさしいのでありますけれども、一方それを負担する企業の立場にも一応は立ってその対策を考えなければいけない。よくいわれておりますように、そういう企業に対する融資の問題とか、税制の問題なんかについて、これから具体的にどうすればいいかということを考える必要があるのではないかと思います。
 それから最近の公害問題に関し気づきます第三点としましては、たとえば四日市なんかの公害問題につきまして現地を調査した方のお話を聞きますと、現地の個々の工場におきましてはそれぞれ基準を守っているのだ。確かに規定の基準以下の煙を出している、そういう点では法規には違反していないのである。ところが、全体としましては、工場全体からはき出される煙の量は許容量と考えられる基準を非常にこえている、そういう問題があるかと思います。これはやはり従来の公害規制の盲点といいますか、そういう抜け穴的な点があったと思われるのであります。ですからこれからの公害対策というものは、そういう個々の工場に対する規制と同時に、地域全体に対する規制の方法を考えなければいけないのじゃないか、そういう気かいたします。
 それから、公害問題につきましてはいろいろ問題点がございますけれども、いろいろ規制されていない公害というものが最近指摘されています。たとえば自動車の排気ガスのような問題は、ただいま政府委員のほうからお話がございましたけれども、最近注目されておりますけれども、そういう排気ガス以外にも、まだいろいろ問題があるのじゃないかと思います。たとえば新幹線による騒音によって学校が疎開というのですか、移転をしているような問題もありますけれども、そういう場合に、学校であれば移転もできますけれども、普通の民家の場合は、移転をどうするのか、それから移転するにしてもその費用をどうするのか、そういう問題があると思います。また、移転しないまでも、そういう民家がそこに残っていた場合に、新幹線が通る前、あるいは高速道路が通る前に比べまして、いろいろ生活上の不便とか不快感を与えるのですが、そういう場合の補償というのですか、その付近の住民にとっては非常に切実な問題だと思うのです。そういう問題を法律的にどう考えたらいいのか、こういう点をそれぞれの専門家の方々にいろいろ御検討をいただきたいと思うのであります。
 公害問題についてはいろいろ問題がございますけれども、確かに議論よりも実行の段階であると思うのでありますが、その実行にあたって、やはりきめのこまかい問題点の検討を、その対策を考えていく必要があるのじゃないか、そういう気がするのであります。
#8
○井手委員長 ありがとうございました。
 次に、毎日新聞論説委員厚川参考人。
#9
○厚川参考人 三重県四日市市と千葉県市原市の産業公害の実情は、先生方のほうがよく御存じと思いますので、省略させていただきます。
 私は、八木さんが先ほどもおっしゃったように、産業公害の原因はもうすでにはっきりしているのですから、一刻も早くその防止対策に着手することが先決ではないかと思います。公害対策には応急対策と恒久対策があると思います。しかし、亜硫酸ガスの脱硫装置が満足に開発されてない現状では、応急対策から取りかかるのが本筋ではないかと思います。その第一は、もちろん工場や発電所の煙突を高くすることも必要でしょうが、煙突を高くしただけでは十分ではありません。それは四日市市の場合で試験済みです。ですから、公害の発生している地区では、硫黄分を多く含んでいる原油の処理は極力避けるようにして、硫黄分の少ない原油を処理させるようにする。また、重油専焼の発電所には良質の重油をたかせるように指導していただきたいと思います。しかし、それを実施しても大工業地帯では公害を完全になくすることはまず困難でしょう。そこで、汚染のはなはだしい地区では住民の疎開も必要ではないかと思います。最近四日市市の川尻地区の住民が、もうしんぼうできないといって市長に集団移転の要望書を提出したようですが、その要望をかなえてやるようにすべきだと思います。要望書提出のねらいがどこにあるかわかりませんが、長年住みなれた土地を捨てようというのですから、相当の決意だったと思います。その場合に、四日市に進出した企業はもちろん、工場を誘致した地方自治体にも責任があるのですから、両者が協力して補償に当たるのが当然ではないでしょうか。
 各地の公害を見ますと、どうも日本の役所は業者に甘いように思う。亜硫酸ガスの発生は、石油コンビナートを建設する当初から技術者にはわかっていたと思います。しかし、対策らしい対策は、問題が起こるまで何一つ講ぜられていません。最近三木通産大臣は、有毒物を発生する特殊な工場については、この際認可制を検討する必要があり、工場規制法も再検討しなければならないと言っていますが、いまさら検討の必要はないと思うのです。と申しますのは、すでに工場立地の調査等に関する法律や工場排水等の規制に関する法律、あるいはばい煙規制法などいろいろあって、政府や自治体がそれを厳格に実施すれば公害は相当防げるはずなんです。あるいは三木通産大臣はそのような法律のあることを御存じなかったのかもしれませんが、要は政府の態度いかんということではないでしょうか。もちろん産業の振興発展は国民経済的に見まして大切なことですが、住民の福祉を無視したやり方ではいけないと思います。
 地方自治体の態度を見てみますと、住民の生活環境がどうなっても、固定資産税の入ってくるほうを望んでおるように見受けられます。やたらに工場を設置したがっています。私は千葉市の町はずれに住んでいますが、海岸地帯は、御存じのとおり亜硫酸ガスのばい煙で悩まされ、最近は魚介類はほとんどとれません。また、内陸地帯は、ろくに道路の拡張、舗装もされずに、続々工場が建てられています。その道路に面した住民は、騒音とほこりで非常に迷惑しています。また、最近大阪府の高槻市で、一中学生が宅地造成のためのブルドーザーの音がやかましくて勉強のじゃまになるというのでビニール袋をかぶって勉強していたところ、窒息死したという事件がありました。このような事故の起こる危険性は全国至るところにあるのではないかと思います。現に私の家の近くでも、つい最近まで宅地造成のために十数台のブルドーザーが昼夜兼行で工事をしていまして、付近の住民は寝られず非常に困っていました。千葉にも騒音防止条例があると思うのですが、宅地を造成しておる会社も、それを取り締まる当局も全く知らぬ顔です。このような状態では、住民の生活環境はなかなかよくなるはずはありません。政府御当局は公害防止基本法の制定を考えておるようですが、幾らりっぱな法律ができても、それを守らせるようにしなければ産業公害を防ぐことはできません。企業はなるべくよけいな金をかけないようにしていますから、政府や自治体はそれを守らせるように指導するのが当然ではないかと思います。要するに、無計画に工場立地を進めたのが公害の原因ですから、今後は四日市市や市原地区のにがい教訓を生かすようにして、地域開発を進めていただきたいと思います。
 私が強調したいのは、公害防止をかけ声だけに終わらさずに、思い切って実施してもらいたいことです。
 以上で私の意見を終わります。
#10
○井手委員長 ありがとうございました。
 次に、読売新聞論説委員村尾参考人。
#11
○村尾参考人 村尾です。先ほどお二人が述べられたように、公害対策というものは、もう議論の段階はすでに過ぎて、やらなければならないときにきているということは言えると思います。専門家の方に聞いてみますと、大体欧米先進国に比べてわが国の公害対策は二十年おくれているという人もいますし、五十年おくれているという人もいます。
 それで、最近この委員会でも、国会のほうで海水汚染のことを取り上げられた。それから、この秋から排気ガスの防除装置を義務づけるとか、少しずつ動いてきていることは、時代の動きといいますか、そういうものを反映したのだと思います。公害という、パブリック・ニューサンスというようなばく然としたことばでこれをどうするというのではなくて、結局は大気汚染と水の汚染と騒音と地盤沈下と、その四つが一番大きいもので、公害というのは、その個々についてどうすればよいか、いま具体的にどこから手をつけたらいいのかという段階になっていると思います。代議士の諸先生方は、いろいろなところを見学されて、ずいぶん詳しく熱心に調べていらっしゃるようですから、具体的なことはもう御存じだろうと思いますから、私も省かせていただきます。
 それで、大気汚染に関する法律のことは、あとで東大の加藤先生が詳しく申し述べられますけれども、いまこの法律関係だけでも、ばい煙規制法とか、水質保全法とか、工場排水規制法とか、こまかないろいろなものを入れると百幾つあるそうですが、一応法律というものはあるにはあるのですけれども、世間では、これは非常にざる法だといわれているわけです。どういう点がざる法なのかということを調べてみますと、やはりそれを運用する上において非常にいろいろ手心を甘くしているような部分も見受けられると思います。たとえば大気汚染の四日市の場合ですが、各十三の工場は、それぞれみんな基準を守っているのに、なおかつよごれて、病人が百人以上も出ているというふうなことは、その基準自体が甘過ぎるのだと思うわけです。先ほど申されたように、個々の工場の濃度規制をするだけじゃなくて、その地域全体といいますか、そういうふうなものを考えなければならない時代になっていると思います。それから、そのばい煙規制法そのものが、ある県や市の条例より非常にゆるい基準になっていること、この点に本問題があるのじゃないかと思います。これはやはり国の基本的な姿勢の問題だと思うのでございます。せっかく法律をつくっても非常にゆるいものにして、しかもその運用をもっと甘いものにするという態度を続ける限り、この公害問題というものは解決できない。
 これは水の汚染についてもいえることで、昭和三十三年に水質保全法とか、工場排水規制法ができても、これらの法律によってきれいになった川が一つでもあるかというと、おそらく一つもないと思います。ということは、これもざる法だからで、ざるのどこが抜け穴かということはわかっている。特に関係官庁ではわかっているはずであります。その際に、たとえば水質保全法の場合には、汚水が相当ひどくならなくては取り上げられない。しかも河川ごとに一つ一つ水質調査をして、その結果を解析して、さらに水質審議会の議を経るというようなややこしい手続をしてやっと基準がきめられる。二年から三年、あるいは六、七年もかかっているということがざる法の抜け穴になっているということなんです。だからこうい場合には、たとえば有毒な排水を出す工場の業種というものはきまっていると思います。メッキ工場とか、皮革工場とか、化学工場とか、そういう業種で、初めからきまっているのだから、そういう工場には初めから川に流させない、そうすべきであるにもかかわらず、それをある程度流さしておいて、こんなによごれたからもうこれ以上流しちゃいけないというのでは、企業のほうでも困ると思うのです。初めからそういう業種のものは下水をつくらなければならないのだということがわかれば、初めからそのつもりでやると思います。
 地盤沈下についても同じことがいえると思うので、最初はやらしておいて、それがひどくなったら待ったというようなやり方ではなくて、初めから全国一律に網を張って、基準をわりときびしくして、こういうことをやっちゃいかぬといって、ただ立地条件でここはそんなにしなくてもいいというようなところは特例を設けて解除していけばいい。北海道なんかはそれほど必要がないからここはゆるめる、そういうふうにやるべきじゃないかと思います。
 そういっても何ぶん経費がかかることですから、特に中小企業の場合には防除装置が非常に負担になってくる。それに低利の融資をするというようなことは当然考えられるべきで、去年公害防止事業団が発足しましたけれども、まだいろいろな難点があって十分な働きをしていないやに聞いております。
 それからいつもいわれるのですが、企業の社会的責任というようなこと、これはおそらく企業側にもわかり切っていることだと思います。厚生省の試算によると、全産業の防除装置の設備投資に対する割合は平均〇・三%です。ただ、電力会社とか大きな製鉄会社などになると、一三%から一六、七%くらいやっているといいます。アメリカの全企業平均が五%だそうですから、こういう大企業は、むろんまだこれで完全だというのではありませんけれども、かなり防除装置は進んでいると思います。しかし、中小企業に融資をしてやることがどうしても必要であると思います。
 ただ、企業者の側、たとえば都民が水道として飲んでいる多摩川などは、まわりに千百ほど小さな工場があって、そのうちの八割までが大体一割五分から二割の配当をしていると思います。その人たちは、あるメッキ工場なんかは、たとえば三十万投資すればその施設ができるのに、それを怠って、しかも海外旅行とか香港旅行、そういうところにはたくさん出かけて行っているという現状がありますから、この点、やはり中小企業者自身の自省自覚が必要じゃないかと思います。
 最後に一つ申し上げたいのは、営業の自由とか、それから財産権の自由というのはありますけれども、しかし、どんなにそれはあっても、大量の人間の経済的損失や肉体的な危害を与える権利は企業にもないということです。だから、そのことは、きたない水や有毒ガスをまき散らしている工場というのは、まるでトイレのない住宅をつくっているようなものだと思うのです。やはり家を建てる以上はトイレは設けてもらいたい、そういうことです。
 時間も尽きましたが、大体アメリカで去年あたりから公害産業といいますか、公害に関する産業が花形となって登場してきております。それから日本でも公害関係の特許がもう千も出ているし、それから公害防除の設備をするというのは決して。ペイしないことじゃない。防除設備をしたからもうまるきり損するというような時代でなくなってきていると思います。
 最後に、国は、経済性とか産業保護ということも大切ですけれども、無力な住民の健康とか、そういうふうなものとのバランスにおいて、いままではどうしても産業保護に片寄りがちだった。もう少し住民の健康とかその他生活の快適さというものを考えるほうに基本的態度をここで転換していただきたいと思います。
#12
○井手委員長 ありがとうございました。
 次に、日本放送協会解説委員村野参考人。
#13
○村野参考人 私は、少し観点を変えまして、自分のやっております科学技術史的な立場から、この公害問題を少し考えてみたいと思うのでございます。
 最近日本の行政官庁に対して、この公害問題でかなり風当たりが強い面として、企業助成ということで姿勢がどうも業界のほうを向いて、国民大衆のほうを向いていないではないかという声がかなり強いことは、先生方もよく御存じだと思うのですが、しかし、これはこうなるべき当然な背景があるというふうに考えたいのでございます。それは今日技術革新時代ということがしきりに言われますけれども、これも御存じのように、科学と技術というものは今日非常に混同して考えられておりますが、ルネッサンス以前は、本来は科学と技術というのは全く別のものであったわけであります。御存じのように、科学はギリシア、アテネ文化時代には思弁的な、理論的な自然の探求といいますか、真理の追求という面で封建社会の上流階級の手によって進められてきた。一方、これがローマ時代に移り、大体十四世紀ごろから始まっているわけでございますが、それまでございました技術というのは、どちらかというと技能的な個人の勘と経験によって受け継がれてきて、普遍的なものではなかったわけでございます。それがルネッサンスという例の人間復興運動、これは十四世紀ころからぼつぼつ始まっているかと思いますけれども、それまでの封建社会、王侯、貴族あるいは僧侶というものが強大な実力をふるっておりましたのが、一般大衆が貨幣によりまして物を貨幣と交換する、そういう貨幣経済というものを覚えまして、一般大衆が富を増してくる。そして王侯、貴族、僧侶というものがだんだん堕落していく、そういう過程の中にだんだん一般大衆の力が強くなってくる。都市経済、これは商業経済を中心にして発展してきたわけです。そうなって、ヨーロッパの各国が盛んに交易が行なわれるようになってまいりますと、どうしても新しい品物を次々につくり出していく。そうなりますと、いままでのような個人的な勘と経験にたよっていた技能というものは、もはや通用しなくなってきた。これをもう少し普遍的な、だれでもがつくれる技術に変えていかなければならなくなってまいりました。そうしたときに科学のほうも、最初から技術開発を目的とした、応用を目的とした科学研究という立場をとるようになってまいりまして、技術はそうした科学研究を基礎にして普遍的な技術として発展するようになってまいりました。その結果、今日の科学技術の進歩というものは商業主義というものによってささえられ、発展させられてきたということは間違いないことでございます。
 一方、この商業的な一般の民間からスタートした技術開発と同時に、国家目的、国家権力を増大するための軍事研究、金に糸目をつけない軍事科学研究というものが非常に科学技術を発達、進歩させました。そうしてこれが戦争が終わりますと、それだけ発展した軍事研究あるいは軍事産業によって発展してきた民間産業というものは、何らか平和転換をせざるを得なくなってくるということで、再びこれが商業主義的な生産体制に移っていったということでございまして、そうした形から、今日の技術革新時代において私どものまわりに見ますすばらしい産物というものは、ほとんど軍事科学技術研究から発展してきたものでございます。
 そうした背景を考えてみますと、今日の科学技術研究というものが、一方には商業主義によって非常にささえられ、発展させられてきた。一方には軍事研究、これは実は国家研究でございます。そうした金に糸目をつけない研究によって発展させられてきた。こういう二つの面を持っているのでございます。これは今日においては大体一本になりつつありますけれども、そうしたことを考えますと、今日の日本の行政官庁が、その一般の民間企業の技術開発に依存せざるを得ないこともよくわかります。
 ところが、しかしそれならばこの軍事研究にかわる日本の国家研究はどうなったかというと、このほうは研究が行なわれていない。日本は軍事研究がなくなってきたし、国家研究というものも今日一つもないわけでございます。そうしたアンバランスというのが、今日の産業公害につながっている面がかなりあるというふうに私は見たいのでございます。つまり、今日の技術革新時代といってわれわれがもてはやしている技術というものは、本来は軍事研究によってささえられてきたものである。それは人間を殺戮するためにつくられたものである。これを平和転換したといっても、そこに十分なる安全性というものを高めていかなかったならば、やがてこれはひっくり返せば人間を殺戮する道具になり得るのだということを前提として、私どもは今日の技術革新時代の一つの思想として持たなければいけないと思います。
 そうした立場から物事を追及してまいりますと、たとえば軍事研究によって非常に大きな災害をもたらした原子力という面の平和転換の方法を考えてみますと、それは原子力というものが非常に危険だということから安全性ということをまず第一にいたしまして、安全性を高めるための技術開発が進まないうちは、これはできるだけ安全に安全にという形でこの原子力開発が行なわれてきております。そして技術開発が進んで、技術の力によって安全性が高められるという形をとって、今日その安全設備を取り払って建設費を下げていくという形をとっています。ところが、今日の一般の産業はそういう形ではございませんで、技術の進歩に見合ってむしろだんだん危険でなくしていくというのは、いま危険でなくするための安全設備がないから、たいへん危険なんだけれども、これで開発してものをつくっていくんだという考え方、これは原子力開発と全く反対の方向をたどっているわけでございます。
 この辺が今日公害という問題が非常にクローズアップされた原因になっているんではないかということを考えてまいりますと、国が何らかの規制をしようという場合に、はたしてそれでは国自体が民間業界を説得し得る一つの技術開発、技術知識あるいは専門知識を持っているかどうかということが、非常に重要な問題になってくるんじゃないかと思います。その意味で、最近問題になっている自動車の排気ガスにいたしましても、国自体が何らかの規制をする、たとえば先ほど御説明があったように段階的に規制をしていく。一酸化炭素を来年の秋ごろから三%、その次は二%というふうにだんだん規制をきつくしていこうというその前提には、今日日本にはまだそういう技術がないのだ、これから開発していかなきゃならないから、その技術開発の段階に合わせてだんだんきつくしていくのだという方向をとっておるわけでございますけれども、これはむしろ、その技術開発というのは民間の技術開発に依存している、民間に教えてもらいながらやっている。これは言い過ぎであったらお許しをいただきたいのですけれども、そういう感じがいたします。したがって、むしろこの際、こうした安全問題を高めるためには、民間企業の安全意識を高めるということももちろん必要でありますけれども、これをはっきり規制するための裏づけとして、国自体が十分なる技術知識を持つという必要があろうかと思います。
 そういった体制から考えてまいりますと、今日各官庁が持っている研究所というものははなはだお粗末である。しかも各行政官庁によってこれがばらばらに持たれておって、ばらばらに行なわれている。たとえば自動車の排気ガスの規制については運輸省の船舶技術研究所、これは変な名前ですけれども、もとは運輸技術研究所であった。これが、国鉄は鉄道を持ち、飛行機は科学技術庁が持った、残ったのは船しかないということで、船舶技術研究所というような名前がついたそうでございまして、この船舶技術研究所の交通技術部でこの問題をやっている。一方通産省のほうは、工業技術院の機械試験所がやっている。しかも立場は違うにいたしましても、同じような研究が別々に行なわれているという面もございます。また関係官庁の中には、もうすでに役に立たなくなった――というとあれでありますけれども、多少設立の目的からはずれてきている研究所もある。そういったようなことから、この公害問題ということは、衆議院に特別委員会ができましたように、この公害対策に対しては、国家研究機関というものをさらに一本化する。これは小さく一本化するのではなくて、大きく一本化する。そうしてそのための研究施設あるいは研究員、それから研究費、そういったものの増大をここではかっていく。そうして民間企業の知識をここに吸収するということを考えていく必要があるのじゃないか、こういうふうに私は考えます。
 以上でございます。
#14
○井手委員長 ありがとうございました。
 次に、東京大学法部教授加藤参考人。
#15
○加藤参考人 私は、まず公害の概念といいますか、意味ということから始めたいと考えます。
 公害ということばは新しいことばでありまして、これはわれわれが使いいいように定義をしていくということでいいと思うのですが、まず広い意味の公害といたしましては、人の身体、健康あるいは財産に対する間接的な被害、つまり直接に侵害をするのではなくして、大気であるとか、水あるいは大地というような、そういうものを通じての間接的な被害というものが総称されているように思われます。これは、たとえば英米法でニューサンスと呼ばれたり、あるいはドイツ系の法律でインミシオンと呼ばれるものと大体一致するわけであります。これが第一の意味であります。
 第二の意味といたしましては、公害の公という字から参りますわけで、公衆に与える損害――公衆というのは企業外の一般市民ということでありまして、先ほど申し上げました広い意味の公害の中でも、当事者間で解決できる問題は私害といってもいいかと思いますが、それと対比する意味で公害ということばを使うことができます。この私害と公害とは相排斥する概念ではないのでありまして、私害で、当事者間で片づき得る問題でありましても、これを公の見地から公的な規制を加えていくということは、必要に応じてやって差しつかえないし、またやるべきであるというふうに考えます。この狭い意味の公害のうちでも、主として問題になりますのは産業公害、つまり企業が外部の市民に与える間接的な被害でありまして、これに対しては強い法的規制を加えていくということが今日の課題になるわけであります。
 次に、第二の問題といたしまして、企業責任ということが前からいわれてきております。これは法律的な意味ばかりでなくて、社会的あるいは道徳的な意味においてもいわれていると思うのですが、法律的な意味においても、公害の最終的な責任というものはやはり企業にあるということを認めるべきでありますし、今日、おそらく法律学者の中でそれに疑いを差しはさむ者はないであろうと考えます。これは一応私法上の損害賠償であるとか、そういう面から考えてみますと、以前には、たとえば過失責任の原則ということで、企業が最大の努力を払えば、そこに過失はないから責任はないというような考え方、あるいは最大の努力を払い、経済的に可能な範囲で努力をすれば、そこには違法性がないから賠償責任はない、そういう考え方があったわけであります。
 たとえば、大正五年に大阪アルカリ会社の事件というものがございまして、大阪アルカリが出しました亜硫酸ガスなどによりまして稲作が被害を受けて、農民から損害賠償を請求した。これが大審院まで参りまして、結局大審院は、損害予防のために事業の性質に従い相当な設備を施した以上は責任がないと申しまして、大阪控訴院で、原因を与えた以上責任ありとした判決を破棄、差し戻しをしたのであります。これが一つの指導的な判例ということになりまして、産業としては、一応努力をすればそれで責任はないのだというようにいわれてきたわけであります。しかし、この事件は、破棄、差し戻しをされましたあとで、大阪控訴院におきましては、やはり努力が足りないということで企業に賠償責任を認めたのでありまして、私としては、その結果のほう、結論のほうを重要視したいわけであります。
 その後、学説といいますか、不法行為理論も変わってまいりまして、過失の点については、市民に被害を与えるということを知りながら被害を与えているということは、過失もあるし、場合によっては故意もあるのではないか。さらに違法性の点につきましては、従来は、産業がそこで産業活動をするのは、所有権の自由、企業の自由であるという、そちらのほうを重要視しておりまして、それが権利乱用にでもならなければ責任はないというように言っていたのでありますが、今日ではむしろ企業の外、つまり、ほかの土地にいる人たちに被害を与える以上は、原則としてこれは違法性があるのだ。そうして社会生活上当然受忍しなければならない範囲というものも考えられるわけですが、その受忍すべき範囲内では違法性が阻却されて責任がない、つまり原則と例外が逆になるというような考え方がとられてきております。
 そうして、戦後の判例、これは最高裁はまだはっきりした判例がないのですが、下級審の判例におきましては、そうい見地から企業に賠償責任を認めている判例がかなり出てきているわけであります。そのおもなものは、損害賠償に親しみやすい騒音、振動の例でございますが、そのほかにも水汚染について企業の責任を認めたものもございます。大気汚染になりますと、これは相手の工場がなかなか特定しにくいというようなこともございまして、はっきりした判例はあまりないわけであります。
 そこで、この企業責任ということは、こういうように法律的にも十分認められるわけでありますが、従来企業の側にそれだけの自覚が少なかった。企業としては十分な防止の努力をしない、費用を十分投じないということがあったと思われます。これは一方では、住民の権利意識と申しますか、権利の主張が弱かったということ、それから他方においては、わが国における産業の保護育成というような見地が強かったということ、そこに原因があると思われます。しかし、今日では産業の保護育成ということも、かつてよりはその必要性が少なくなってきたわけでありますし、住民の権利主張ということも強くなってきているわけで、住民の保護という見地から、もう一度ここでこの問題を考え直してみなければならないわけであります。
 企業の責任といたしましては、そういう除外設備を設けるということのほかに、やはり住民との間のコミュニケーションを十分はかり、住民に対しても、企業がどれだけ努力をしているか、それからどういう点をこれからやっていくかということを納得させる必要があるのではないか。公害というのは、必ずしも物理的な被害だけの問題ではなくて、住民との間の紛争という形であらわれてまいりますが、紛争は必ずしも被害の程度と一致してあらわれるわけではなくて、むしろ企業との気持ちの上での対立というようなことが相当大きな役割りを果たしている。これは決して住民をごまかしたほうがいいということではなくて、企業としては、不必要な摩擦はやはり避けるように十分誠意を持って住民と接触する必要があるのではないか、その点の努力が従来欠けていたというように考えます。
 次に、現在の公害法の問題点というのを三つばかりあげてみたいと思います。
 第一には、従来の規制の基準あるいは規制のしかたというものが甘かったということであります。これはいろいろな形であらわれておりますが、たとえば先ほど四日市についてお話がありましたように、企業としての排出基準は守っていても公害が起こるというのは、その排出基準がゆるやかであるためであります。これに対しては排出基準ではなくて、環境基準を持ってくるべきだというような意見があるわけでありますが、環境基準と申しましても、規制をするためにはやはり排出基準に置きかえてみなければならない。要は、その地域全体の環境ということを考えて排出基準をきびしくきめていくということだろうと思います。
 それからまた、最近になって規制が始められましたために、まだ規制が十分全体の分野に及んでいない。先ほどの排気ガスの規制あるいは騒音、振動につきましては、地方公共団体の条例でかなり取り締まりがなされておりますが、国としてもやはり何か統一的な法律をつくる必要があるのではないか。騒音、振動などはかなり地域性が問題になりますから、都道府県、市町村にまかせるべき部分もかなり多いかと思いますが、そういう意味での騒音防止法というようなものも近い将来に問題になるかと思われます。
 さらに基準がそういうように不徹底であることのほかに、取り締まりのやり方が不徹底である。これは取り締まりのための人員や予算が非常に不定しているということが一つ、それから取り締まりの権限が各官庁に分散しているということであります。この権限の対立ということは、たとえば通産省が企業の立場を主張する、厚生省が公衆の立場を主張するということは、それ自体としてはけっこうなことでありますが、そして立法までの段階では十分双方の利害を調整した上で立法すべきであるというように思うのですけれども、さらにそれを実施、規制する段階になりましたならば、これは権限を一本にして取り締まっていかなければ実効はあげられないのではないかというように考えます。これが第一点であります。
 第二点といたしましては、公害の規制の基本的な考え方といたしましては、公衆の利益を守る、公衆の健康を守るということが基本にならなければならない。このこともおそらく異論がないのではないかと思うのですが、その場合に、やはり産業、企業の立場も十分考慮する必要があるというように思われます。この点は、これから新しく規制をする場合と、いままで存立する企業に対して規制をする場合とで、問題が基本的に異なります。これから新しく企業をつくっていく場合に事前の規制を加えるということであるならば、これは幾らでもきつい基準をきめることができる、この点は思い切ってやるべきである。これに対して、従来からある企業に対して規制を加えるということは、別に企業にこの点についての既得権があるという問題ではなく、企業としてはどういう規制をされても文句を言う筋合いはないと思うのですけれども、ただ、その企業の経済性、存立ということを、われわれとしてはやはり社会経済的な見地から考慮しなければならない。企業といいますのは、別に企業だけでなくて、そこに労働者もたくさんいるわけでありますし、企業をつぶすということはやはり社会的影響が非常に大きい。できるだけ企業はつぶさないようにしながら、漸進的にこれを規制していくというほかはないのではないか。ただその場合にも、公衆の被害がある程度大きい場合には、場合によっては企業をつぶしてもしかたがないという態度をやはり基本的にはとるべきであります。これが第二点であります。
 第三点といたしまして、公害防除の費用をどこが持つかということ、これは法律問題というよりも経済問題でありますけれども、これが基本的に非常に大きな問題であります。たとえば四日市のある地区の住民を疎開させるという場合に、その費用を企業と国と県と市、そういうところでどういう割合で持つかということは非常に大きな問題でありまして、これは別に理論的にどういう割合で持てということは必ずしもないので、むしろ政策問題だと思いますが、そういう点について必ずしも従来十分に議論が尽くされてはいない。かりに公害基本法というようなものをつくります場合にも、この費用負担の配分をどうするかということが一番中心的な問題で、基本法をつくるよりも先にそういう政策決定をまずしていかなければならないのではないかというように考える次第でございます。
 どうも長くなりましたが、以上で終わります。
#16
○井手委員長 ありがとうございました。
 最後に、三重県立大学医学部教授吉田参考人。
#17
○吉田参考人 いままで前の方がいろいろ重要なことはお述べになりましたので、私はここではおもに大気汚染につきまして、なるべく具体的な問題を中心にして述べてみたいと思います。
 御承知のように、今日産業公害の中心問題になっております亜硫酸ガスの問題は、すでに数年前われわれが石炭から石油へのいわゆるエネルギー転換を行なうときにある意味では予期されておった問題でございます。さらにもう一つは、このような石油の大量使用ということは、効率の高い近代的な大容量施設で行なわれる場合が多いので、したがってそういうような施設では結局一つの施設から十数トンに及ぶ亜硫酸ガスを排出する、こういうことになります。現実に四日市市で昨年の一日の亜硫酸ガスの総排出量が約四百三十トン、年間にいたしますと実に十四万トンに及んでおります。これは卑近な例をとりますと、浅間山の亜硫酸ガスの排出量は年間約百トン程度でございますから、結局約千四百個程度の浅間山を集めたものにほぼひとしい、こういうことになります。しかも、そのうちの約半分の排出源がわずか一キロ四方の非常に狭いところに集中しておる。そうしてその周辺約二キロの間に三万人近い人が住んでおる。こういうことが今日の産業都市の現実の形になっておるわけでございます。こういうような亜硫酸ガスの排気ガスの排出といいますのは、ほとんど全部が大容量の施設を持った大企業が原因でございまして、そこにございますように、中小企業でありますところの窯業、その他は一%にも満たないというのが実際でございます。この年間約十四万トンという亜硫酸ガスの排出量は、古い産業都市であります大阪市内の全亜硫酸ガスの排出量とほぼ同量でございますが、大阪のような広い地域に比べて、わずか十キロ四方に満たない都市の中でこういうことが起こるということが一つの問題点だと思います。
 それから、お配りいたしました図の左の上のほうに、昭和三十九年度の、四日市の全市域を十三の地域に分けまして、その地域内での気管支ぜんそくの医師受診率をプロットしたものがございます。この中で右側の二つに高い地域がございますが、これがいわゆる塩浜及び港といわれておるところでございまして、この二つが約三万の人口を持っております。こういうように亜硫酸ガス汚染の高くなっていくのに対して、このように非常に高い、予想外に高い規則性でこういうぜんそく疾患がふえるということが大きな問題点になっているわけでございます。右側に出しておりますのは、このほかに慢性気管支炎あるいは呼吸機能障害のあるいわゆる閉塞性障害者、こういうようなところに観点を合わせて住民を検診して分類しますと、そういうように、そこにあります六つの地域のうち、左側の三つが工場の周辺部でございますが、こういうように現実に機能障害者及び気管支炎患者が高い率で出てくる、こういうことがございます。
 それからその下に、昭和四十年、昨年の五月からことしの三月までの間に、四日市市が対策の一助としてとりましたいわゆる公害患者に対して医療費を給付するということがございますが、その認定を受けた二百八名の患者が一カ年間にございますが、その中身がその下にございます。この中で最もわれわれが問題にしなければならないと思いますのは、その中に三十四名の肺気腫の患者を含んでいることでございます。この肺気腫患者は、ほとんどすべてが結局気管支ぜんそく及び慢性気管支炎の続発症として出てきたものでございまして、最も大きな問題は、それらの患者が今後将来において全く治癒の見込みがないという点でございます。この点につきましては、実際にこれに当面しておる者が今後一体これをどういうように処置するかということについて非常に苦慮しておるというのが実際でございます。近い将来おそらくこういうような転化していくものがふえると思うのでございますが、こういうものについて一体社会的にどのような責任体制がとられるのであるかということが一つの大きな問題点だと思います。
 それで、今日四日市の大気汚染につきましては、すでにその重要性が社会的によく認識されておるわけでございますが、しかし、これに対しまして、また四日市市当局も、たとえばなくなりました前の平田市長が常に住民に対して先手先手でいきたい、そういうことで、たとえば公害医療給付というような非常に思い切ったことも、法律上あるいは責任上の問題点を一応たな上げにして、こういうようなことをするということによって市民の苦情を緩和することに非常に成功しておるわけでございますが、しかし、将来永久にこのままこういう方法をとっていってよいものかどうか、どこかでやはり段階を越えなければいかぬのじゃないか、こういうことが考えられるわけでございます。
 それから先年、厚生、通産のいわゆる黒川調査団が、先ほどほかの参考人の先生方からも繰り返し述べられましたが、四日市市で排出規制をきめたわけでございます。この排出規制は、ほかの工業都市に比べますと、実は四日市は特に高い、きびしい規制になっております。平均しまして、硫黄酸化物、亜硫酸ガスにつきましては約二割方きびしくなっているわけでございます。しかし、現在四日市市でこのきびしい規制に対して違反者があるかと申しますと、全くないのでございます。昨年、県当局が十数回の試験的な測定をやっておりますが、これの違反者は例外的なものでございまして、大部分、特に大口の火力及び石油精製工場につきましては違反が事実上ないというのが現実でございます。皮肉な言い方をしますならば、この法律はすでにもう四日市で目的を達しておる。こういうことになるわけでございますが、しかし、実際には四日市の問題は少しも解決されていない。規制がしかれる前とあとと何の変化もないというのが実際でございます。こういう点からいきますと、やはり現在のばい煙等規制法の中身自体に大きな問題がある、そう考えざるを得ないわけでございます。
 それから、現在四日市で都市改造によってこの問題を解決したい、こういうことが出ておるわけでございますが、実際にたとえば先ほどのお配りしました図面に出ております最も患者の多い地域、たとえは塩浜、港、人口約三、四万の地域でありますが、この地域を除去するためには、おそらく一千億近いものがかかるわけでございます。ほんとうにこういうことができるのかどうか、あるいはしてもらえるのかどうか。やはり何といいましても、あまりにも規模が大き過ぎる。やはり大気汚染というものは、この住民の疎開も必要であるが、根本的にはやはり排出源において除去するのが至当ではないか。工場にあまりにも接近しておる住民については、爆発その他の災害がございますから、やはり住民疎開は必要でございますが、ここからかなり離れたところで起こっておる被害に対しては、やはり企業側においてSO2の除去策を急速に講ずるべきではないか、こういうように思います。
 それから最後に、都市改造あるいは企業のSO2除去、こういうようなことがもし可能になったとしましても、おそらくそれには相当の期間が必要だと思います。問題は、そういうような間において住民保健対策がどういうように行なわれるかということがあると思います。現在四日市市は人口わずか二十万の小さな都市でございます。現在市当局には保健行政に関与し得るような医師一人を確保する能力もないというのが実際でございます。しかし、現在この小さな都市に保健行政に関する全責任がかぶせられておるというところに問題があるのではないか。現在県も政府も、住民保健に対する現実的な策というものは全く行なわれていないというのが実際ではないかと思います。このばい煙等規制法では、御承知のように住民保健のことについては何も規定もありませんし、また、こういうような事態に対する法律上の責任というものについては何の決定もないわけでございますので、したがって、たとえば県当局が、こういうような責任に関する法体制が決定されていな以上、こういうものは非常に取り扱いにくいのだ、こういうように言いますのは私は理由があることだとは思いますが、そういうような法的な取り扱いがきまらない、したがってこの責任が企業にあるのかあるいは地方団体にあるのか、こういうようなことが明確にされるということが必要なんじゃないか。実際問題としまして、ここ二、三年来、こういう保健上の問題に関しまして医療給付費以外何の支出も行なわれていないわけなんですが、こういうような法的な基礎がないがためにほうり出されるというのは、やはり問題があるのではないか、こういうように考えます。
 以上です。
#18
○井手委員長 ありがとうございました。
 以上で参考意見の聴取は終わりました。
#19
○井手委員長 質疑の通告がありますので、これを許します。中井徳次郎君。
#20
○中井委員 たいへん私ども、審議の上で参考になる御意見を伺いましてほんとうにありがとうございました。承りながら新しく知識を得たこと等もございまして、そういうものとも関連をいたし、さらにまた、私どもがこれまで審議の過程で疑問にし、さらにはもうわかっておることではありまするけれども、何かはっきりとしておらぬというふうな点等もございまするので、お越しをいただきました皆さんに四、五点でございますが、お尋ねをいたしたいと存じます。
 まず第一に、朝日の八木さんに、御意見ごもっともでございまして、そのとおりでありますが、こういう点につきまして、たとえば公害というものは、一般的には不特定多数の者が不特定多数の者に害を及ぼす、こういうふうな概念のようにこれまではいわれております。ところが、私ども調べてみますと、公害というものは不特定多数の者に害を及ぼすことはもう決定的なんですけれども、原因が決して不特定じゃない。もう特定あるいは特定多数である。こういうことでございまして、それは実は隅田川の汚水、これを何とかしろというて議論をしておりますときに、初めは東京都あたりは、もうたくさん群小の工場があってわかりません、こう言う。そんなばかなことがあるか、調べてみろということで、すぐ何千何百何十あります、こういうことになった。四日市等も、先ほどもしばしばお話がありましたけれども、たとえば〇・一の規制のものに煙突が十本あれば一になるからだめだというふうなことでありますけれども、それはもう七つ、八つあるいは十三というふうにきまっておりますので、この点の概念をもう少しはっきりさすことがと思いまして、その点につきまして新聞の観点からと申しますか、ひとつ御意見を率直に承りたいと思います。
#21
○八木参考人 ただいまの御質問でございますが、私が先ほど不特定多数と申しましたのは、住民の一人として、たとえば川のよごれとかあるいは空気のよごれにつきまして、どこから来るんだろうといった場合に、個々の住民としては全部の工場を当たるわけにはいきません。ですから、住民としては非常に不特定的な要素を持っているのじゃないかという感じを受けるんじゃないか、そういう意味で、住民の感じとしては不特定多数という感じを持つということを述べたのでありますが、ただ、たとえば川のよごれの問題なんかを考えましても、そういう工場から流す汚水の問題のほかに、これはそれぞれの川によって違うと思いますけれども、家庭からの排水というものもあると思うのです。そうすると、そういう家庭からの排水というものも、もちろんその流域の家庭から出てくるんだから、これは特定できるともいえますけれども、まあ一般の住民の感じとしましては、やはり不特定的な感じを受けるんじゃないか、こういう意味であります。もちろん四日市のような場合に、御説明がありましたように、ほとんどが大企業から出る煙であって、中小企業からのものはごく少数であるということでありますから、そういう場合は確かに特定化されるというふうにいえると思います。
#22
○中井委員 ありがとうございました。そういう御指示のあること、よくわかりました。実は私も審議の過程で、当初は、これは政府の議会用答弁かもしれぬが、とにかく不特定、不特定と半年か一年引っぱられました記憶がありますので、それが頭にひっかかったのでお尋ねした次第であります。
 次は、先ほど皆さんからも御意見の御開陳があったのですが、公害を排除をいたします政府としての組織がどうもはっきりいたしません。厚生省のほうは被害者の側でありましょうが、あと通産省あるいは運輸省、農林省その他関係がございまして、科学技術庁その他も関係があります。それで、私は社会党でありますが、社会党といたしましては、そういうものを公害対策として何かひとつはっきりした行政組織のようなものを持たなければいかぬというので、いま出しております公害対策基本法の中の組織といたしましては、思い切って行政委員会にしたらどうか、その内容は、人権擁護委員会とか、あるいは国家公安委員会とかあるいは海難審判、そういうものを頭の中に描いてしかも実施機関ということでありますが、そういうことを考えて、具体的な機構その他については別に法律をもって定める、こういうことで逃げないことにはどうも非常にむずかしい。その場合にも、やはり最高責任者は国務大臣でなければいかぬということだけは考えておるのでございますが、組織につきましていろいろとお話がありました。私ども法律をやっておりますところは、公害の科学的なことはわかりませんし、先ほども黒川調査団の御報告の話がありましたが、黒川調査団その他におきましては、法的な関係についての非常にお詳しい人が必ずしも入っておらなかったというようなことで、なかなかその辺のところがむずかしいのでございますが、毎日の厚川さん、どういうふうにすれば――これは私どもが一応そんなことで出発しようということになっておるのですが、御意見がありましたら伺いたいと思います。
#23
○厚川参考人 私は、そういう組織の問題について研究はしていないのですけれども、やはり通産省、運輸省、厚生省、これがいろいろ産業の分類によって所管が違っておる。その所管があることはやむを得ぬと思うのですね。しかし、村野さんが先ほどおっしゃったように、研究所とかそういうものは一本化する。それからもう一つ、法律は先ほど検討の必要はないと言ったけれども、法律をやはりもう少し整備する必要があるのではないか。いろいろ百ぐらいあるという法律、施行令、条例とか、そういうものをまず整理したほうがいいのではないか。どうも質問の趣旨に沿ってないような発言ですけれども、私は組織について研究していませんものですから……。
#24
○中井委員 ありがとうございました。非常に複雑で、むずかしくて、そしていま公害問題は、悪口を言わしてもらえば、各省がフットボールのボールをあっちへ投げたりこっちへ投げたりしておるようなことであって、それで時間をとっちゃうことが非常にあります。一つの例ですが、この間から、油による海水汚濁防止に関する条約というのは、実は山本五十六さんが生きておるころ、英国の大使館の海軍武官が何かでいらっしゃるころからの問題なんで、初めの会合にはそういう人たちも御出席になっているようでありますが、サインまで済ませまして、批准が十一年ほど東京で握りつぶされておったんだ。それはちょっとしたことなんでありますけれども、何か各省に分散しておる間にいつの間にか冷えちゃったというようなことで、ことし私どもがこの委員会で掘り起こしまして、これこそ超党派的に皆さん、それはなんとぼんやりしておったことかということなんで、それなどもやはり組織が分散しておった一つの罪だと判断しておりますので、この点は自民党におかれても、何か基本法を出すというお考えのようでありますから、私どもも一緒に大いにその点は進めていきたいと考えておりますので、お尋ねいたしたようなわけでございます。
 それから読売の村尾さんの御説明の中で、アメリカあたりでは大企業は公害防除的な経費として大体五%ぐらい経費をかけておる、こういうお話。日本にも特許が千も出ておる。ぼつぼつそういう公害産業的なものも出始めている。けっこうなことだと思うのですが、残念ながら現実には――これはあした皆さんに来てもらって聞くのですけれども、たとえばいま東京電力は日立製作所と一緒になって亜硫酸ガスの問題を研究しよう、中部電力と三菱重工業がやろう、これは煙から出ますものを排除する。もう一つは重油の精製、原油から重油をつくったり、また火力発電の原料でありまする重油そのものから亜硫酸ガスを取っていく研究、この二つありますが、いまやっております内訳を見ますと、これは通産省の工業技術院、政府の予算でこういう大企業はやっているので、東京電力は一銭も金を出していない。私もこれは驚いたのです。政府が予算を出して、東京電力の施設を使ってやっておる。東京電力は別に研究機関も持っているだろうと思うのですが、経費は全部国が出せ。私に言わすと、まことにひきょう千万な前時代的な経営者の感覚だと思うのです。日本で二番目か三番目の大企業が、公害の施設のために五億や十億の金を出せないはずはない。一銭も出していない。私は実は非常に憤慨しているのです。あした参考人が見えまして、そこまで聞くのもどうかと思います。まあまあというのですが、実際そういうことであります。その点についてアメリカの実情等、もう少し詳しく御承知でございましたら承っておきたいと思います。
#25
○村尾参考人 実は先ほど五%と言ったのは、アメリカの全企業の平均だということを聞いているだけであって、おのおのの企業が公害防除施設に設備投資としてどのくらいやっているかという詳しいあれはいま手元にないのであります。その点ではお答えできないのでありますが、ただ日本の場合には、公害に対する防除施設が企業外のこととして考えられていることは確かであります。企業内のコストとして始めから計上するという習慣がまだ全体には行きわたっていないと思います。その点で確かに日本ではまだまだ非常にこれから企業も当然やらなければならぬのだ、いわゆる社会的費用ということばをいま盛んにいわれていますけれども、企業の社会的費用として当然コストの中に入れなければならぬのだとということはいえると思います。御返事になりませんけれども……。
#26
○中井委員 ありがとうございました。
 あと二間ばかりでございますが、加藤先生が先ほど、この防除の費用をだれが持つかという問題で、これは政策問題であるという、そのとおりでございます。たとえば具体的に申しますと、四日市でこの間から住居移転の問題が起こっておる。その問題は金額にして幾らだというと二十四億円、そして三分の二を国が持つのです。十六億を国が持つ。あとの八億が地元負担、こういうことになります。その点で企業負担という字がないわけです。地元負担となっている。そこで現実の問題はどうかといいますと、その地元負担の八億をだれが持つかということで紛争が起こる。それはたとえば県が二億、市が二億、あと四億を企業が持つのか、あるいは企業が八億とも持つのか、あるいは住民にも一億や二億――自分が被害を受けておいて金を取られるのです。地元負担という観念だと、たとえば道を直すときなどは間口一間で何千円、こういうことになりますね。これがまだはっきりしておらぬ。はっきりしておらぬことを、うかつにも私などは気づかずに、なるべく国の負担が多ければいいだろうと言っておりましたところが、地元負担は先生困ると言う。何で困るのか、どうもわからないのですね。地元負担はあり得べきものだと私は思う。それは企業負担であっていいわけです。ところが、それを何とかかんとか言って逃げるのでしょうかね。逆に言いますとこういうことなんです。こういう公害は企業に負担さすべきものであるとやかましく言ったら、地元が色よい返事をしないのです。そういうものは企業が負担するのはあたりまえじゃないかと言ったところが、どうせ地元負担がある、そのときはおれたちは企業にかぶせるのだ。それを先生のように、初めから企業負担で、国が三分の一、企業が三分の一というと、あとの三分の一はおれたちが持たなければいけないじゃないかというような考え方で、企業負担をはっきりさせよということについて、実際問題として私は理解が不十分でありました。
 先ほどたしか厚川さんでしたが、どういう趣旨でかわるという陳情書が出たか、その裏のことがよくわからなかった、そのことなんですね。日本の複雑な社会環境といいますか、社会情勢からそういうことを私は感じます。これは自民党の皆さんも去年あたりから本委員会で、大蔵大臣以下、企業に責任がありますという正式な意思表示はされましたが、しかし、まだ法制化には至っておりません。地元負担といっても、それが県とか市とかいうのはいいと思います。ところが、一方企業のほうはどういう宣伝をしておるかといいますと、たとえば四日市市において国税を三百億納めておる。県税は四十億か、市民税は五億かである。その三百億を返してくれ、大企業の諸君がそう言うわけだ。そうすると、市長も議会も右へならえで、それはそうだ、返してもろうたらいい、地方自治体がこういう商人みたいになってしまうのです。だから、国税、地方税の相関関係、それの還付の関係、そういう問題についてお互いに意識が不十分なんです。それが中央との折衝あるいはここでの議論等においてもしばしば混乱を巻き起こしておりますので、企業負担ということを、私どもやはり法の中ではっきりとうたっていく。
 それからもう一つお尋ね申し上げたいのは、その場合に、公害が起こりましたときの論争でございますが、これは裁判に持っていくといったって非常に長時間かかりまするし、金額も不確定でございますので、これはやはり先ほどちょっと申し上げましたように海難審判といいますか一こういうものの損害賠償はいまのところは話し合いでやったり、袖の下でやったり、ひどいものになりますと、こういうことなんですよ。住民は叫んでおる、しかし、代表が叫ばしておいて、裏で交渉をするというふうな形もないとはいえないと私は思うのです。それでは何のためにやっておるかわかりませんので、私どもは、こういう公害の問題に対する賠償関係はいまの裁判じゃなくても、非常に簡易なことで、あるいは自動車の違反に対する即決裁判みたいな形のものが何かあれば、これは非常に全国的に方々で事件がたくさん出ていると思いまするし、明朗に解決をする。去年私は岡山の水島地区というところに参りました。ここでは岡山の藺、例の畳表がひどいことになり大騒ぎをいたしましたが、これもやはり知事が中に立ちまして、簡単な話し合いで済んでいる。そういうことについて、何かいまの裁判制度との関係があるのでございますが、そういう簡易的なものができるかどうか。それに不服であればさらに正式に許えて出る、こういう法の組織が、できないものであろうか、こう考えておりますのですが、いかがでございますか。以上二点について……。
#27
○加藤参考人 まず第一点の費用負担の問題でございますが、私もあまりそういうことは専門でございませんのでお答えになるかどうかわかりませんが、まず基準として考えられる一つの点は、一体企業が損害賠償として住民に払う場合に幾ら払うのか、それが一つのめどになりはしないか。ただ現在損害賠償の訴訟があまり起こっておりませんので、詳しい算定基準というものもはっきりしないわけですが、考え方としましては、ほっておいた場合に企業が、まあ四日市の塩浜なら塩浜の住民に幾ら賠償しなければならないか。その賠償の内容としては、健康に被害を与えるという人体の損害と、それから地価がかりに低下するといたします、そこにも住む人が少なくなって低下をする場合には低下の損害、そういうものを合わせたものが損害賠償の金額になると思うのですが、そういうものをかりに計算してみて、そのいわば資本還元分的なもの、地価のほうは地価ですが、人体に対する被害は月々かりに一万円ずつ払うとすれば、それを資本還元すれば幾らになるかというようなことが一つのめどになって、つまり企業としてはそれだけは払わなければなりません。逆にまた、それだけ払えば企業としての一応の私法上の責任は果たせるということで、それが企業の出す一つのめどになる。ただ、これは私法上の問題として考えた場合の一つのめどでありまして、公法的に、それではいまの移転するような場合の費用をどこまで負担させるかということは、さらにもう一つその上に政策問題がかぶると思いますので、必ずしもこれだけとはいえないし、また、それ以上場合によっては出してもいいということもあると思いますが、一つの基準として考えたわけであります。
 それからもう一つの、国と地元負担との関係でありますが、これは私はこういう考え方ができないかとしろうと考えで思うのです。たとえば疎開をする場合に、あとをグリーンベルトならグリーンベルトとして残すという場合の防災ベルト、防災帯みたいなものの費用については、一般の負担の場合とは何か違って、企業が一定の基準で出す、それに見合ったものは別に国がプラスして同額を出すというような、これはアメリカなどでよくやっている制度、アメリカで同じ額を出すというのをよく戦後やっておるのがあるように聞いておりますが、日本で、そういうような形で一般の国費の負担よりもさらに多い部分を何か出す方法はないだろうか。それはまた逆に、企業にも金を出すことを奨励するといいますか、企業がこれだけ出してくれればこれだけよくなるのだという形で出しやすくさせるということも、これは税制などの点でも必要ですが、それ以外の点でもやはり考えていったらどうだろうか。地元負担といいましても、なかなか地元で三分の一負担することはむずかしいような感じがするわけで、何かそういう形で国の費用をもう少しよけい投ずる方法はないだろうかと思いますが、これはほんのしろうと考えでございます。
 それから第二点の裁判制度でございますが、これは確かに裁判制度にいろいろ欠陥があるわけですけれども、やはり本筋としては、権利の主張は裁判でやる、訴訟がやりにくければ、それを本筋の訴訟をやりよくするというのがどうも本道であって、それを簡単な手続で片づけるというのはどうであろうかという感じが率直にするわけであります。たとえば現在ばい煙規制法にしましても、和解の仲介というような制度がございますが、これは産業相手の場合に、両当事者が納得すれば、そこで仲に入って一種の示談のようなことをするというわけですけれども、どうも和解の仲介の例を見ておりましても、必ずしも責任の所在を明確にするというよりは、やはり足して二で割る式の安易な解決になりがちなような気がするわけでありまして、そういうルートをつけることも必要でしょうが、やはり本筋のほうをもう少し何とか考えていくほうが適当ではないかというのが私の感じでございます。
#28
○中井委員 いまのあとのほうの裁判のことはそのとおりだと思いますけれども、非常に問題がたくさん出てまいりますので、国民の立場からいうと、日本のいまの裁判制度が少し煩瑣過ぎるといえばそれまででございますが、何かそんなことを感じまして、何とかしたいと思うのですけれども……。それから地元負担については、やはりうたっておきませんことには、現実の面として困るように思います。
 最後に吉田先生にお尋ねしますが、私も大体の事情を存じておりますが、一番最後に、県や市が保健行政等につきまして非常に経費がないとかなんとかいって、二十万の市であまりたいしたことはできないというのですが、これはどうも私は少しいただけないのです。まあ四日市は商人の町でありますけれども、行政としては何をおいてもやらなければいかぬ。二十万あれば、専門のお医者さんも三人や五人は置いてもむしろいいし、別にそういう組織を考える、それくらいの余裕は十分あると思います。それから県がまだ条例をつくってない。ひどいことだと思います。国がつくらぬからつくらねという逃げ口上は、東京における各省間のなわ張り争いや、その逆の場合とよく似ておるので、これはやはり条例をつくってびしびしやるべきことであると思います。あなたは県立大学でお差しつかえがあるかもしれませんが、率直にいって、その辺どうですか。
#29
○吉田参考人 先ほど御質問がございました点ですが、現在私、県のもちろん当局者でございませんし、それから県から月給をもらっておる人間でございましてはなはだあれなんですが、私、四日市市当局がこの点に関して十分な専門家を確保するというのは、やはり現在の状況からいえばかなりむずかしいと思います。しかし、県は当然それはできるはずだと私は思います。県がやはり第一次的には積極的になるべきものを持っているのじゃないだろうか。市自体は、やはり相当な限界、これは金だけでは解決しない面が多いわけですから、技術的な限界は確かにあると思います。私として一番感じますのは、この問題が住民保健上の問題の法律上の責任がどこにもきめられていない。あるいはもう一つは、保健上の加害行為に対する責任についてもどこにもきめられていない。これがいわば地方団体の一つの口実になっているんじゃないか。予算措置をとれないという場合に、しばしばそういうことを聞かされるわけなんですが、やはりそこが一つの問題になっているんじゃないか。そこらの法的な関係がもう一つはっきりするということも必要じゃないか、こういうように感じます。
#30
○中井委員 それから肺気腫の三十四人、これはもうなおる見込はないのですか。
#31
○吉田参考人 お答えいたします。そこにございます一番問題になりますのは、肺気腫の三十四人でございまして、これは端的に申しまして、今後治癒の見込みがございません。いかにしてこれを延命させるかということが今後の最大の課題になるわけでして、現在無じん室その他の施設で、少なくともスモッグ時には確実に退避させるというようなことを講じているというのが実際でございます。
#32
○中井委員 どうもありがとうございました。
#33
○井手委員長 小山省二君。
#34
○小山(省)委員 たいへん御多忙の中を、参考人には貴重な御意見をお聞かせをいただきまして、ありがとうございました。
 私、拝聴さしていただきまして、共通の御意見として感じましたことは、公害に対する防止基準が甘いということ、それからいま一つは、もう議論の段階ではない、実行の段階である、こういうような御意見でございました。
 御存じのとおり、公害に対する防止基準が十分でないという点については、われわれもよく承知しておるわけでございますが、何と申しましても、公害という問題が日本の産業構造上の急激な変化から発生した、言うならば新しい大きな問題であります。したがって、公害に対する原因の究明であるとか、あるいはこの防止的な技術の開発というものが十分でなかった。したがって、その基準を引き上げることが諸般の事情で非常に困難であるというような点で、いろいろと今日こうした問題について国民の皆さんから御批判をいただいておるわけであります。公害に対する基準を引き上げる過程において、いろいろと困難な問題が起こっておるわけです。たとえば隅田川の汚濁防止の問題につきましても、あすこにたくさんの中小のメッキ工場があるわけです。これらの汚水を防止するための施設をいたしますためには、これは単に資金を供給するというだけで解決のできる面と、資金を供給するだけでは実際に解決ができない面とあるわでけす。たとえば工場をどうしても移転しなければならない、それらの施設をつくるために相当の用地が必要だ。現在のような居住地では、そういう施設にいかほど資金を注ぎ込んでも困難だ、現在の場合においての話ですが、困難だ。こうなりますと、これはどうしても工場を他に移転をさせなければ根本的な解決はできないわけです。しかも、この公害を防止することによって企業者側の負担というものは非常に重くなってくるわけです。それがいろいろ高度化とか、近代化というような施設に資金を注ぎ込む場合においては、当然これはある程度コストを引き下げるというようなことが可能でありますが、公害を防止するための施設というものは、要するに企業者側に過重な負担となる。そのような負担に耐えられる企業においては可能でありますが、下請企業のような場合においては、言うべくして実情はなかなか困難ではなかろうか。しかもこれが許可、認可の過程においてそういう基準が設けられてあった場合にはそれほどでもないのですが、もうすでに許可、認可が行なわれて操業しているその過程において、そうした一連の規制が強化されていくということになると、やはり生活上の問題というものを全然考慮の中に置かずして、単に公害防止というだけでは実情に合わないような感じがするわけです。もちろん、政府においても特別な資金を出しておりますが、そういう意味において、現在の段階においては、この基準を一がいに引き上げるということについては、相当問題が起こる可能性があるように私どもは考えておるのであります。それらに対して、さらにもう少し突っ込んだ参考人からの御意見を伺わせていただけば、たいへんけっこうだと思います。
 それから、もう議論の段階ではないというような御意見については、われわれも非常に共鳴を感じ、同感を感じているわけであります。したがって、国においでもすでに実行の段階に移っておりますが、なお今日までいろいろ排気ガスその他実行に移せない面については、いま申しましたとおり、気持ちにおいては直ちにでも実行に移したいのですが、それらの防止をはかるための技術的な開発というものが今日まで十分でなかった。こういうような点で、いまなおこの公害に対する論議を相当重ねているという段階にあるわけでありますが、私どもは、できるだけそういう面を一つ一つ早急に片づけて、公害防止のために万全の措置をとりたいというふうに考えておりますが、なおこれらの点について何か参考人のほうから特別な御意見でもありましたら、この機会にお聞かせをいただきたい。どなたからでもけっこうです。
#35
○厚川参考人 私は、いま先生がおっしゃったことは、中小企業の場合負担能力がないから、それは引き上げるべきではないという感じに受け取ったのですが、しかし、その負担ができないかどうか、そういうことをまず工場別に調査する必要があるのではないか。実際にもうかっていながらもうかっていないというような、中小企業でも相当もうかっているところがあると思います。だから、全然負担できないからという言いのがれはできないと思うのです。そうして隅田川みたいな公衆の利益のためにある川に自分のところの廃水を流す、これは当然ろ過装置をつけるべきだと思います。ですから、なるべく企業者が負担するのが当然ではないかというふうに思っております。
#36
○村野参考人 お答えいたします。私、いまの小山委員、それから先ほどの中井委員の御意見、すべて正鵠を得ている御意見だと思うのでございますけれども、私が先ほどあまり十分に話せなかった問題点を捕捉しながらお答えしいたと思うのであります。
 今日技術開発の面で大きな困難に逢着しておるのは、いままでの技術開発で出てまいりました発明品あるいは機械装置というものは、こういういい面がある、こういういい面がある、実に安くできるのだ、そういういい面だけが喧伝されまして、そういう面で特許をとっておる。ところが、ひっくり返して、どういうあぶないところがあるか、不安全な面があるかということは、いままで一つも公にされていない。つまり特許をとる場合には、これは危険なんだけれども、こういう点を解決したら安全に使えるのだという点で特許をとったものは非常に少ないわけです。そのために非常に優秀な発明でありながら葬り去られなければならないものが現実に出てきているし、今後これが多くなるということでございます。その一つの例として、例のサリドマイド催眠剤がございます。これはあの問題が起こる前は、いままでにない催眠剤として非常に優秀な催眠薬であったわけです。いままでの催眠薬のように副作用というのがなくて非常に優秀な催眠剤であったわけであります。ところがこれが一たびサリドマイド系の奇形児の問題が起こった途端に、あの優秀なサリドマイドという催眠剤がすべて葬り去られました。これは妊娠初期のころの婦人が用いたということでああいうおそろしい副作用が出てきたのですが、一般の手術をする場合、あるいは男性の場合、あれほど優秀な催眠剤は最近ないわけであります。ところが、あの件以来全く葬り去られた。これは技術開発をする人たちの大きな反省がなければならない。これがなぜ葬り去られたのだろうということ。
 もう一つの問題点としては、これを食いとめたアメリカの例を一つ申し上げてみたいと思うのですが、御存じのように公衆衛生局のケルシーという婦人ドクターがこのサリドマイド系の製造販売を許可するに当たって検討いたしましたことは、副作用がないと書いてある。しかし、よく調べてみると、動物実験をやった結果、この催眠剤が動物に効果があるということを認められなかったということが詳しい報告書に出ているわけです。つまり、動物実験で催眠剤としての効果がなかったにもかかわらず、一方動物実験の結果副作用がなかっということは、これは矛盾ではないかということでついたわけであります。そしてこの薬をアメリカでは製造販売許可をしませんでした。その後ああいう大問題が起こってまいりまして、ケルシーさんはケネディ大統領から特別勲章を与えられた。そういうふうな、行政を担当する人は、一つの問題点を解決する場合に、常にそういう国民の立場に立って、いかに安全かということを追及するだけの専門知識がほしいということ、そういう意味で先ほど技術開発の問題を申し上げたのであります。
 それから製造する側が、この技術開発の段階において、必ず副作用というものがあるのだ、危険性があるのだ、それをどう克服していくのだということを追及していきませんと、いまわれわれのために非常に役立っているものが抹殺されてしまうことになる。現に御存じのように自動車の排気ガスの問題でソ連あたりでは、また最近では日本でも専門家の中に意見がありますけれども、ガソリンエンジンというものはだめになる。また電気自動車の時代が来るのではないかという声さえ出てきているわけです。そういったことになってまいりますと、早く業界自体も現在普及しているものの安全性というものを高めてまいりませんと、こういう公害が重なってまいりますと、そういう優秀な技術開発されてきたいいものまでも抹殺されてしまうという面で、私は業界の技術開発の努力というものは、単なる商業ベースだけではなく、しかし、やがてはそれが企業の利益にもつながることだということでやっていただきたい。
 それから、月に軟着陸できる時代なのになぜ飛行機が落ちるのだという御意見がよくありますが、これは国家研究で、商業ベースではないわけです。つまり絶対安全でなければ飛ばせないわけです。そういう安全面への投資が非常に高いということでございまして、それなるがゆえにああいうことが行なわれておる。こういった安全のための研究開発、話が飛びますけれども、技術開発の面で最も問題になるのは、研究開発に非常にお金がかかるということです。この研究開発に対しては、少なくとも民間の負担ということでは私は無理だと思うのです。これは商業ベースに乗らないものでございます。この研究開発、こういった面の技術開発というものは国家研究として国がやるべきである。それがないために今日業界に押しまくられて、排出基準にしてもだんだん弱くなってきておるということになるのではないかと思っております。
#37
○小山(省)委員 たいへん貴重な御意見ありがとうございました。確かに考え方としては、いま参考人からお漏らしいただいたような考えが私も正しいと思うのです。ただ、現実の場合において、確かに一企業にとっては、多少採算上ゆとりのある企業もないではないと思うのですが、日本の中小企業の立場というものを見ました場合に、その排出基準を高めるための施設が、現在の中小企業の負担において可能のような状態にあるものかどうか。それから、かりに可能であっても、いま直ちにその施設を設置することが許される状態にあるかどうか。そうなりますと、集団的に移転をさせる、そこに共同でその施設を利用するような抜本的な対策を立てない限りは、なかなか言うべくしてこれを実行させるということは非常に困難な状態にあると思うのです。特に日本の中小企業は主として下請産業であります。したがって、企業の立場からいって、親企業との連絡、指導という面から、そう公害関係だけを重点に他に移転をするということが事実問題として不可能な場合も多いわけです。ことに最近のような交通状態を考えると、なかなか私は、これを一挙にその規制の基準を高めるだけで公害防止に実際に役立つかどうかという面になると、実効の面になるとたいへん問題が出てくるような感じを持つわけです。言うならば、ほんとうに日本が従来の軽工業国から急激に重化学工業の国家に変化したという、その過程に起こる一つの大きな問題、したがって、もう少し公害を防止する技術開発というものを国家が主力をあげ、また、これに対しては当然相当国の補助を出すというような基本的な国の方針というものがもっと確立しない場合においては、なかなか規制の基準を高める法的措置だけでは実効があがってこないというような感じを持つわけであります。しかし、そういう実情ばかり考えていては、いつまでたっても公害防止の実効を期するわけにはもちろんまいりませんので、両々相まって、できるだけ急速にひとつ公害防止の実効をあげなければならないというふうにわれわれ考えております。いまお話のありましたように、政府において最も力を入れなければならないというお考え、たいへん私ども同感を覚えるものでございます。将来ひとつそういう方向で万全を期してもらいたいと思います。たいへんどうもありがとうございました。
#38
○加藤参考人 ただいまお話のございました中小企業の問題について、具体的に申しますと、一番大きな問題といいますか、きりぎりの問題だと思うのでありまして、その点について若干申し述べたいと思います。
 この規制の場合の基準といいますのは、私はある程度個別的基準というのが理想的なように思うのです。と申しますのは、工場によってかなり事情が違いますし、これは企業の種類によっても違いますし、規模によつても違いがある。極端なことを申しますと、川の汚染を防ぐためには、大きいところだけ押えて済む場合もあり、小さいところは除外してもいいという場合もあり得るわけでありまして、ほんとうならば一つ一つの事業、企業の性質を見ながら規制をしていくということが望ましい状態だと思うのです。ただ、それをいたしまするには、取り締まりの基準をきめる段階において不公正が起きはしないか、取り締まりの側で手かげんを加えるとか、そういうことが一つおそれられますし、もう一つは、同じような企業をやっておりながら、企業努力して利益をあげておる。利益をあげておるところは設備をしろ、利益をあげていないところはそのままでいいのだということになると、企業間の不公平という問題も起こりますので、その点は十分考えなければなりませんが、やはり個別基準というのが理想というか望ましい形ではないかと思っておるわけです。これはたとえばイギリスとかアメリカあたりの、かなり取り締まり側を信頼できるといいますか、そういうような場合には行なわれているようなものもあるわけです。
 いまの中小企業の場合で申しますと、非常に小さいものは適用除外にするということも考えられますし、それから実情を見てある程度適用を延期する、二、三年なり、可能な時期まで延期するという立法のやり方もあると思います。しかし、これは結局被害の程度とのにらみ合いでありまして、被害のほうからいって、どうしてもそれは押えなければならないということになれば、場合によってはその企業はつぶれる、あるいは他に転業する、移転するというようなことになっても取り締まらなければならない場合もある。これは結局、被害の程度と加害の側の事情とのにらみ合いできめていくほかはないのではないか。その場合の考え方としては、一つは、たとえは先ほどお話のありました生産額の五%なら五%は公害費用に出せ、それ以上は企業として無理だから、その分は、もしどうしても必要であれば国がやって、企業から五%だけは、税金か負担かわかりませんが、そういう形で取り上げるというようなやり方もあると思います。結局問題は、そういう企業をそれまでして残す必要があるのかどうか、それとも被害のほうから見て、その企業は、場合によってはほかに転業してもらって、その生産をやめてもらうようにするかという、最後は政策決定の問題ということになるかと思います。
#39
○小山(省)委員 いまお話がありましたから、ちょっともう一点お尋ねしたいと思いますが、私は公害に対する企業側の責任というものももちろん皆無とは言わないのですが、企業側の責任の前に、やはり政府の責任というか、それをたださなければならぬ。いま言ったように、それは確かに河川へそのまま汚水を流す場合もありますが、少なくとも都市において公害が発生する場合においては、やはり公共下水道のような施設が整備をされておれば、当然それによってその汚水などという問題はある程度解決がつくわけです。そういう公共施設というものが立ちおくれをしておるところに公害が発生するまた一つの大きな原因があるわけです。その発生原因は、もちろんそういう原因を突き詰めていけば企業側にあるわけです。要するにそれを防止するのは、単なる私企業の責任だけでなくして、やはり国なり公の機関というものが共同の責任を負う程度にまで公害防止に対する考えを広めていきませんと、問題の解決にはなりにくいというような感じを私は持っておるわけですが、そういう面でもう少し突っ込んだお考えがあったらひとつお願いしておきます。
#40
○厚川参考人 私は、先ほど企業側の責任を重点に置きましたけれども、ただいま小山さんの言われることも十分考慮しなければなりませんが、あくまで企業が責任を持つ、そういうふうに考えたいのです。それは公害防止の装置をつけるとか、何か非常に金がかかるという場合には、公害防止事業団もできたことだし、そういう装置の問題は、年賦とか何かそういう方法で講ずるのがいいのじゃないか、そういうふうに考えます。
#41
○加藤参考人 先ほどの御意見は、おっしゃるとおりだと思います。企業側に究極的な責任があるということは、その基本原則は動かないと思うのですが、それとの関連において、国とか地方公共団体がやはりそれぞれの責務を果たすべき心要があることは、私も全く同感であります。
#42
○井手委員長 この際、一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は御多用のところを本委員会に御出席をいただきまして、貴重な御意見をお述べいただき、たいへん参考になりました。委員会を代表いたしまして厚くお礼を申し上げます。
 本日は、この程度にとどめ、次会は明十三日水曜日午前十時から委員会を開会することとし、これにて散会いたします。
   午後零時二十五分散会
ソース: 国立国会図書館
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