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1965/05/11 第51回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第051回国会 科学技術振興対策特別委員会 第20号
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1965/05/11 第51回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第051回国会 科学技術振興対策特別委員会 第20号

#1
第051回国会 科学技術振興対策特別委員会 第20号
昭和四十一年五月十一日(水曜日)
   午後一時四十三分開議
 出席委員
   委員長 原   茂君
   理事 菅野和太郎君 理事 中曽根康弘君
   理事 西村 英一君 理事 岡  良一君
   理事 田中 武夫君
      大泉 寛三君   小宮山重四郎君
      藤尾 正行君    河野  正君
      山内  広君   米内山義一郎君
      内海  清君
 出席政府委員
        科学技術政務次
        官       田川 誠一君
        総理府事務官
        (科学技術庁長
        官官房長)   小林 貞雄君
        総理府技官
        (科学技術庁計
        画局長)    梅澤 邦臣君
        総理府技官
        (科学技術庁研
        究調整局長)  高橋 正春君
        総理府技官
        (科学技術庁原
        子力局長)   村田  浩君
 委員外の出席者
        文部事務官
        (大学学術局審
        議官)     岡野  澄君
        参  考  人
        (第七次南極地
        域観測隊隊長) 村山 雅美君
        参  考  人
       (砕氷艦「ふじ」
        艦長)     本多 敏治君
        参  考  人
        (第七次南極地
        域観測隊隊員) 大瀬 正美君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 参考人出頭要求に関する件
 科学技術振興対策に関する件(南極地域におけ
 る科学調査に関する問題)
     ――――◇―――――
#2
○原委員長 これより会議を開きます。
 科学技術振興対策に関する件について調査を進めます。
 まず最初に、参考人出頭要求に関する件についておはかりいたします。
 南極地域における科学調査に関する問題調査のため、本日、第七次南極地域観測隊隊長村山雅美君、第七次南極地域観測隊隊員大瀬正美君及び砕氷艦「ふじ」艦長本多敏治君を参考人として意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#3
○原委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決定いたしました。
    ―――――――――――――
#4
○原委員長 この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多用のところ本委員会に御出席くださいまして、どうもありがとうございます。
 また、気象条件のきびしい極地の観測業務に長期間にわたり参加され、たいへん御苦労さまでございました。
 それでは最初に、参考人各位から、今回の経験及び観測概要、第六次以前の観測との比較、また、南極地域観測の将来のあり方などについて、それぞれの立場から忌憚のない御意見を伺いたいと存じます。
 それでは村山参考人よりお願いいたします。村山参考人。
#5
○村山参考人 ただいまから御指名によりまして第七次観測の御報告を申し上げたいと思います。
 御報告に先立ちまして、私思い出したのでございますが、昭和三十七年の二月の末、われわれが六年にわたりまして観測を続けました昭和基地を閉鎖して、ケープタウンに入港しようとしたそのときでございました。二月二十一日、本委員会におきまして南極観測再開を決議された、こういう電報がわれわれの船宗谷に入りました。まことに本委員会のこの御決議は、南極再開に当たりますいわば起爆薬とも申すべき非常な力になりまして、おかげさまで第七次の観測を再開いたしまして、本日ここに御報告できることを得まして、まことに光栄と同時に御礼を申し上げる次第でございます。
 南極観測の全般の様子あるいは今回の観測の経過を御報告するに先立ちまして、お手元にお配りいたしました資料の一枚目によりまして、南極観測はどういうものか、今度の第七次はこれから始めた、将来はこういうことをやるんだ、そういうことを大ざっぱに御説明さしていただきたいと存じます。
 南極と申しますと、御承知のように日本の三十六、七倍という非常に膨大な広さ、しかもその大部分、九十数%が氷に埋まっている。氷の厚みも厚いところは四千メートルにも達する。したがって、その氷の下の地形、地質、こういうことにはまだ調査が及んでおらない。しかも、南極と太陽との関係、地球と太陽との関係におきます南極の特性、こういうようなことに関連いたしまして南極観測が始まったわけでございますが、この南極をいわば縦割りにいたしました図面がこれでございます。
 時間もございませんから、大ざっぱに申しますが、南極の地表――いわゆる成層圏を越えたところ、地表から約四十キロ以上、あるいは八十キロとも申しましょうか、一応四十キロないし八十キロ以上の上の、電離層からさらに上の世界、ここには宇宙線の問題あるいは極光夜光の問題等々ございますが、これをひっくるめて超高層物理の研究と称しております。いわゆる成層圏より上の部面、これが超高層物理の研究、また、それから下、成層圏から地表に至る間のいわゆる気象圏の問題、これは気象学の調査をしております。さらに海に下がりまして海洋の問題、また海と地表との両方にまたがりますそこに存在する生物の問題、これが生物の観測、また先ほど申しましたような氷の問題を含めました氷並びに氷の下に埋もれる地殻の問題、あわせて地学と称しております。こういったような四つの部門及び南極という極地に生活するために必要な生活技術、これを総称しまして設営と申しております。これを加えました五つの部門に分かれまして、南極の観測を日本のみならず外国でもそういうような部門に応じてやっておるわけでございます。
 われわれ日本の南極観測が太陽活動の一番激しいとき、第三回の地球観測年に開始されましたのが昭和三十一年でございました。また、昨年はこれの反対と申しますか、裏目と申しますか、太陽活動の一番微弱なとき、これを太陽の静穏の年といっておりますが、この年に再開が行なわれたわけでございます。そういうような関係から申しまして、第七年次、ことしの第一回目の観測は、いわゆる超高層物理ということに第一の主点を置く、二番目にはただいままでわりあいに調査がおくれておりました、あるいは調査の手段も進んでおりませんでしたいわゆる生物学、また南極として当然必要でありますところの気象学、こういったものを三つの柱といたしまして、第七次の観測を始めたわけでございます。
 第七次の観測を申す前に、いままで六回にわたりました観測は、本委員会の決議にもございますように、従前は臨時体制によって行なわれた。しかしこの委員会の御決議のように、将来は恒久体制によって観測を続行すべしという趣旨に従いまして、第七次以降は昭和基地を恒久基地といたしまして、恒久体制のもとに観測を開始したわけでございます。したがって、観測にいたしましても、いわゆる年次的計画に基づきまして、その年次計画の第一年目としてただいま申しました超高層物理、気象、生物、これを三つの柱としまして観測を開始しております。
 さらに残りますものは、大陸という非常に広い調査範囲を持っております場所でありますので、それの地学調査というものを将来に打ち立てまして、この将来の地学調査はいわゆる極点までの調査旅行、こういったものが含まれるわけでございますが、これに応ずる研究観測は将来第八次、第九次と徐々にその基地の設営あるいは体制が整い次第行なう予定にしてございます。
 越冬の人員にいたしましても、ただいままでは最高十六名で越冬したわけでございますが、今年度よりは十八名の越冬にふやし、明年は二十四名、第九次には約三十名、こういうことで将来の地学調査、あるいはさらに現在行なわれております調査の充実ということをはかりつつ恒久基地の使命を果たしていきたい、こう考えている次第でございます。
 基地の様子につきましては、第二枚目、第三枚目に書いてございますが、図面ははなはだお粗末なもので申しわけございませんが、大ざっぱに申しまして、第三番目をごらんいただけばわかりますが、六次にわたって行なわれました旧基地、残存の基地の設備、これは完全に使えました。若干の修理あるいは補強はもちろん要したわけでございますが、これを基礎にいたしまして第七次の基地の拡充を行なったわけでございます。坪数にいたしましても、いままでの約二倍ほどの基地を建設いたしまして、基地全体の様子といたしましては約三倍くらいにふくれ上がり、観測の設備、アンテナとかその他の観測設備を含めますと、基地の面目は全く一新したと言っても過言でないのでございます。
 ただいまのこの基地の設備あるいは内容を外国に比較してみますれば、われわれ、このたびたまたまソ連の基地あるいはベルギーの基地等を見学する機会を得ました。またアメリカの基地、ニュージーランドの基地等に比較いたしましても、ソ連、アメリカの非常に膨大な基地とは規模においてはもちろん見劣りがいたしますが、内容におきましてはまあまあ非常にいいところへいった。日本のお家芸と申しますか、あるいは昭和基地の立地条件を利用した観測設備、居住の設備、これは恒久基地にふさわしいだけの設備はできたということを御報告申し上げることができるわけでございます。
 将来にわたりましては、この基地のみならず――この基地は一番大陸の沿岸にございます。大陸の沿岸にございますということは、南極の非常に過酷な自然ではありますけれども、その中では非常に温和な気候、温和な条件を享受できる場所でございます。したがって、ここにおきます観測は、それだけが南極のすべてというわけにはいきません。したがって、南極のほんとうの観測をするには、さらに内陸に入りまして、内陸に基地を設けて、相互にあるいは同時に観測することによって昭和基地のいままでの観測の成果を充実することもできるし、また今後の成果を期待することができる、こう思いまして、近い将来に内陸にも基地を設けて、そこで現在の昭和基地と内陸の基地と両方で観測を続けていくべきだということが打ち立てられているわけでございます。
 同時に、この内陸の基地は、将来南極点に向かう旅行あるいは地学調査、そういうものの根拠地ともなり、将来南極というものを研究し、調査し、開発するにはどうしても必要な基地であり、将来は飛行機を残置いたしまして、もっとマクロの目で見れる調査をすべきだということを痛感しているわけでございます。
 幸いに恒久基地としまして、恒久体制によって昭和基地の経営あるいは輸送というものができる段取りになったのでございますが、ただ一つだけ気がかりといいますか、これでいいのかというようなものが一つございます。と申しますのは、いまこの観測をやっておりますのも、形は恒久的になったのでございますが、その内容につきましては必ずしもそれに一致してございません。と申しますのは、南極観測を実施いたします中核の機関がまだないのでございます。具体的に申しますと、極地研究所というものを設立いたしまして、ここで南極の計画を将来計画に基づいて年次的にやっていかなければならない。また、具体的に申しますと、南極の観測隊員がことし四十名でございますが、うち二十一名は民間から来ているわけでございます。民間の各メーカーあるいは研究の場から来ておるのでございますが、その者は観測隊が解散いたしまするとみなもとの職場に帰ってしまう。そういう意味からいって、いわゆる南極を恒久的にやるにはいかにもその規模が弱い。そういう意味から申しまして、ぜひとも、南極といわず北極も含めた極地の研究所、これを設立していただきまして、ここで南極観測を中心としました実施あるいは計画、研究の総合研覈の場、こういうことはぜひとも必要と思います。これがなければいわば画竜点睛を欠くという憂いもなきにしもあらずとわれわれは痛感しているわけでございます。
 昭和基地の状況は、いま申しましたようなことでございますが、大体輸送物資等におきましても、このたびの「ふじ」の行動によっておわかりのとおり、この資料の一番うしろのページに書いてございますこれによってどういうものを運び込んだということがおわかりかと思います。約四百トンの荷物のうち三分の一足らずのものは燃料でございます。この燃料というものは基地の生活、観測に必要なもの、並びに将来大陸に足を伸ばすための燃料、さらに若干の予備貯蓄の燃料、こういったものを主といたしまして、ことしの基地建設ということに加味しまして建築あるいは新しい発電設備に要する機械類、また昭和基地という場所を利用いたしまして将来の南極の通信の一つの中心になるというような趣旨もございましょうか、通信設備の拡充、こういうことに主力を置きまして、四百トンの荷物は完全に昭和基地に搬入することができました。これに基づいて、越冬隊は十分な安全性と十分な機械をもちまして観測を続けている様子を御報告させていただきます。
 来年、再来年と第八次、第九次の観測につきましては、ほぼこれと同じような物資を運びながら、先ほど申しましたような観測の項目に従いまして、その観測計画を遂行していく所存でございます。
 たいへん簡単でございますが第七次の報告、将来の希望、また将来の計画ということを概観御説明させていただきました。ありがとうございました。
#6
○原委員長 ありがとうございました。
 次に大瀬参考人にお願いいたします。大瀬参考人。
#7
○大瀬参考人 いま村山隊長から話がありましたように、第七次の再開をもちまして昭和基地は一段と恒久的な科学観測の場として一応りっぱに再開されたわけでありまして、最初の計画どおり今後いろいろな科学観測というものを行なう上におきましていろいろな妨害が生じてくるという関係上、通信とか電離層というような電波を出す関係と、それから静かな雑音とか極光夜光というような受信をするほうに大別しまして、そういう妨害を与えるほうは基地の主建物から比較的離しまして、ことしは約四百メートル近く離しましてそういう建物をつくりました。それから東のほうにはそういう静かな受信を行なうようなフィールドの場をつくりまして、そこで現在地磁気とか極光夜光、それから宇宙線というようなものを行なっておるわけでございます。
 現在基地の建物は、今回新しくできました電離棟とか、それからいままで気象と通信というように同居しておりました建物が、通信棟ができまして、気象棟という単独の建物ができて、ことし搬入いたしました各観測機器その他が非常に充実されたわけでございます。これによりまして今後ますますこの昭和基地におけるいろいろな科学的な観測、たとえば昭和基地で申しますと、オーロラの頻度一〇〇%という真下にあります昭和基地の状態を加味いたしまして、太陽系からくる地球に及ぼすいろいろな影響、その他極地の特異性、こういうものを長い期間にわたりましていろいろ観測いたしまして、IGY以降、今回の太陽静穏時の観測年に引き続きまして、太陽周期は約十一年といわれておりますが、その一サイクルから十サイクルに及ぼすその間の長い期間のデータを積み重ねて、他のベースとももちろん交換をいたしまして、いろんな面で日本がこの基地の科学観測というものをできるだけ充実していきたいという考えをことしは特に痛感した次第でございます。
 それから船上観測でございますが、これにつきましては、今回新しい「ふじ」という砕氷船ができまして、かつての宗谷で私たち何回も東京から南極の間を往復して観測をやったわけでございますが、いかにせん、宗谷の場合は暫定的な観測船ということでございまして、船上の観測室も非常に狭くて、いろんな器械を置きますと、人一人が入るのがせいぜいだという程度でございました。しかし今回は幸いにいたしまして、各観測室、たとえば電離層観測室とか海洋観測室、そういうものを非常に完備された状態で新設していただきまして、往復にいたしましたいろんな観測で、今回非常に膨大なデータを持ち帰ることができたわけでございます。一つの例を申しますと、海洋観測にいたしましても、宗谷のときには約二千メートル近くくらいしかできなかった深海の採水とか採泥、こういうものは、今回は南極地域におきまして相当な点、約五千メートル近くの海水とか海泥を採集することができたわけです。また、電波関係におきましても、現在まで電離層観測その他各外国からくるところの電波の強度、それから各緯度における雑音の状態というものを観測してまいったわけでございますが、こういうものは、宗谷の時代には、一応IGYのとき以降考えておったわけでございますが、そういうものを積む空間、それから船室、そういうものがなかった関係上どうしてもできなかったわけでございます。これを今回初めて果たし得たので、今後毎回「ふじ」が東京から南極の間を往復するその間においていろんなそういう緯度的なデータを収集することができると同時に、やはり基地との関係、それから日本と南極までの非常に膨大な緯度的な地球の状態、こういうものを観測できるということがほぼ確実に今回の再開でなったわけでございます。
 ただ、さっき村山さんからもお話がありましたように、基地その他船におきましては、一応恒久的な観測の場というものができたわけでございますが、実際にこの膨大なデータを持ち帰って、それを整理して、解析その他いろんな手数を要して、国際的なデータとして出すわけでございますが、その資料の収集その他解析をやる場というものは、現在は個々に行なわれておるような状態でございまして、そういう面におきましても、やはり何か中心になる場所、南極観測隊としての骨子になるようなそういう場所をつくりたいということを特に痛感した次第でございます。
 簡単でございますが、以上で報告にかえさしていただきます。
#8
○原委員長 ありがとうございました。
 次に、本多参考人にお願いいたします。本多参考人。
#9
○本多参考人 私は、今度新しくつくっていただきまして行きました砕氷艦「ふじ」の今回の輸送を通じまして、大体どのような成果であったかということと、それから行動の経過の概要を説明しながら、前回の宗谷との比較等を御報告さしていただきたいと思います。
 御承知のように、「ふじ」は、大きさも宗谷の約一倍半程度で、馬力も大きくなるし、航空機に至っては、特に約二倍の能力を持つ飛行機を持ってまいりました。したがって、航続力も非常に増したという関係から、南極輸送をやります航路におきましても、別紙の表に記載してございますが、従来はアフリカのケープタウンを回って行きましたけれども、今度は、まっすぐにオーストラリアから南極へ行くというその区間において、約二週間近く日数を軽減することができました。かつ、南極地域に入りましてからは、今年度の状況でございますが、「ふじ」というものは新しい船でございましたが、氷海においても予想どおりの、計画どおりの能力を発揮して、流氷の中にあるいは定着氷等の砕氷をやることができました。
 最初、南極に到達いたしましたころは、約二百五十マイルぐらい沖までことしは流氷が特に張り出しておりまして、流氷の量そのものは、従来の宗谷の観測のときとほとんど変わりなく、相当沖まで流氷が出ておりました。しかしながら、今年度は非常に大きな、足の長いヘリコプターを持っていきましたために、偵察によってその流氷の中の船が最も航行しやすい場所を発見することが非常に楽であった。そのために、流氷の中は、範囲が広くても最も船が楽な氷の間を抜けて大陸まで接近することができたということがいえます。今年度特に接近方法として考えましたのは、最初から大陸に最も近く、早くとっつきまして、動かない定着氷と動いておる流氷との間にできました水路を見つけまして、そこへ早く、中へもぐり込んで、あとは大陸沿いをはいながら昭和基地に接近するというやり方をやりましたが、これが非常に成功しまして、比較的早く昭和基地の北まで到達することができました。
 昭和基地におきましては、約三十八マイルですから、約七十キロぐらいのところから飛行機の空輸をやったわけでございますが、飛行機は実にほとんど終日輸送をやりまして、大体一回に約二トンの荷物を運びました。一日二十四時間のうち、ほとんど二十時間ぐらいを毎日空輸をやりまして、ごらんの表にありますような量を運んだわけでございまして、今度の輸送におきまして飛行機の飛行しました飛行距離は、延べにいたしまして約二万マイルを飛んでおります。距離にいたしますと、飛行機は東京から南極を往復した距離に当たります。この間、特に航空関係におきましても、従来から非常に熱心に整備及び点検等を毎日不眠不休でやったために、一件の事故もなく、けが人もなく飛行を全部終了することができました。
 それから南極におきまして砕氷をやりました船の能力の関係でございますが、向こうにおきましては定着氷におきましても約三メートルぐらいまでは、そう長い距離ではございませんが砕氷をいたしまして、十分これを砕氷する経験を得ております。普通の間はほとんど二メートル以下を砕氷いたしましたが、ことに一メートルないし一メートル半の場合には、ほとんど船がとまらずに砕氷して進むことができるというような実績も出ました。
 これらの砕氷能力あるいは船の総合能力を考えまして、これを各国の船と比較してみますと、まず南極へ行っております世界の国々の砕氷船、砕氷艦というようなものに比べまして、ほとんど一流の船であるということは間違いございません。中でも特別に特色を持っておりますのは、「ふじ」はいろいろな任務ができる、輸送もできる、それから砕氷もできる、それから飛行機による輸送の力を持っておる。これは各国の船にはとてもないりっぱな性能を持っております。こういうような特色がありますので、これを十分に活用しますと、各国でできないようなことも可能である。この点は、各国に対して非常に高い、南極における砕氷艦というものの日本はりっぱな地位を持っておるということを立証したと思います。したがって、今後ともなおこの砕氷艦「ふじ」をもってしますれば、さらに広い範囲の観測等もできますし、さらに時間的にも、従来宗谷が苦しみましたような期間よりももう少しおそくまで南極にとどまって観測をするということも可能であります。ただ、船というものはなるほどよくなりましたけれども、南極の自然というものはけた違いに大きいものでございまして、船が新しくなったからといって安心しますとこれはたいへんでございまして、やはり南極というものは一年一年が大きく変わっておりますので、また来年は新しい観点によって準備をし、一生懸命やらないと事故が起こるということは当然あり得ることでございますので、私たちはこれから飛行機の訓練、あるいは塔乗員の訓練、あるいは乗員の訓練等も念には念を入れて、来年以降事故のないよう努力をいたしたいと思います。
 簡単でございますが、以上、砕氷艦「ふじ」というものの今次の輸送の経過にかんがみまして、概略感じましたこと等を申し上げました。
#10
○原委員長 どうもありがとうございました。
    ―――――――――――――
#11
○原委員長 質疑の通告がありますので、これを許します。中曽根康弘君。
#12
○中曽根委員 たいへん御苦労さまでした。非常に所期の成果をあげられまして、われわれ一同非常に喜んでおる次第であります。
 村山さんにお尋ねしたいと思いますが、今度南極基地を増強したりいろいろするという考えの中には、南極の極点まで日本の学術調査をやろうという考えもあったと思いますが、これは一体今度の経験から見て、どういう段取りで、いつごろやられるか、それをやるためにはどういう配慮が必要であるか、そういう点について、ひとつ御見解を漏らしていただきたいと思います。
#13
○村山参考人 お答えします。極点旅行ということは、中曽根先生ももちろんその中心になって、非常にやれということをおっしゃっておられることをわれわれよく承知しております。
 また、極点旅行の方法として、どういうルートをとるべきかということが一つございます。ただいま昭和基地から考えておりますルートとして、まっすぐ行くルートもございます。あるいは地磁気の子午線に沿って行くという方法、すなわち、地磁気の極点がソ連のボストーク基地のほうにございます。昭和基地から見ますれば、約百三十五度南東に当たりますが、このルートに行ってある点に寄って南下をするという方法もあるわけでございます。いわゆる極点旅行にいたしましても、その間どういうことをするか、どういう調査をするかという問題がまだ確定してございません。ルートとしては二つ考えられておりますが、一応いま考えらるべきものは、地学調査、あるいは地磁気の調査、あるいはVLFというような調査を加味しますと、いままでの段階におきましては、学術会議の南特委等で考えられました段階では、地磁気の極点に向かって進んで行く。そういたしますと、オーストラリアあるいはソ連のすでに調査した場所に入るわけでございます。そのあたりで南下に転じまして、現在昭和基地の南方のほうのいわゆる内陸大陸は、ソ連、アメリカが調査をしかけておりますが、その空白地帯を縫いながら、極点まで及ぼす。言いかえればいわば線の調査をしていって、そうしてあとから面の調査をすべきか、あるいは面の調査をやりながら面の一部を極点に伸ばすか、こういう二つのやり方があるわけでございます。
 私個人の意見といたしましては、先生の第二の質問でどういうような準備が必要かという御質問にも若干触れるのでありますが、われわれ、内陸調査の実力を確認し、また養うという意味から、むしろ線の調査を進めて、その上に立ちまして面の調査を精査すべしというような気持ちを私は持っておりますが、先ほど御説明いたしましたような調査の地域、これについてまだ具体的に決定してございません。
 したがって、その時期につきましては、すでに極点旅行ということは考えられておりますが、それの段階としまして、この第七次隊、第八次隊からも少しずつ内陸にデポをすべきことを考えてございます。本年の第七次越冬隊につきましては、昭和基地から直距離で申しますと約五百数十キロ、七十五度地域のところに約五トンくらいの燃料をデポしてくる。それは現地の状況によって越冬隊長の判断にまかす。そういうことで私は武藤越冬隊長にいわばオペレーションオーダーというものを置いてまいってきておるわけでございます。
 いずれにしましても、極地に行きますと緯度が狭まっておりますから、ちょっとボストークに回りましてもそれほど遠回りではない、そういうようなことがございますので、その辺は相当伸縮性があるようなルートのとり方ができると思います。またソ連におきましては、ボストークから極点、極点から不到達極点、そして昭和基地の一番近いところにありますモロジョージナヤ、こういうようなルートを非常に大がかりにやっております。アメリカにおきましては、極点から始まりまして昭和基地の南をかすめまして、ベルギーの基地に向かうコースを二年にわたって――五年次計画のうち二年をことし済ましたわけであります。そしてわれわれがすでに行って調査を済ましております昭和基地のちょうど南、東経四十度と申しますが、それの南緯八十度くらいに、ことしはステーションを設けまして、二年間越冬するという計画にも聞いております。
 いずれにしましても、ソ連、アメリカが非常に精力を注ぎまして、昭和基地の南にあります内陸地方の調査を進めておるわけでありまして、これに応ずるだけのわれわれの機動力というものは、まず雪上車の開発によりまして、ことしの第一号車、明年は同じ型をさらに改造しまして、二つの大きな車を持って、いわゆる地上の機動力の養成に当たりつつ必要なデポを設けていく。また内陸旅行を確実にする、また調査の目を広げるという意味で、どうしても飛行機がほしい、そういう意味から飛行機の残置ということも考えております。したがって、そういうようなものの準備ができ次第やる。できますれば第九次あたりに極点旅行ということも考えたい、こういうふうに私は考えております。
#14
○中曽根委員 いま飛行機の残置という話を聞きましたが、来年あたりは飛行機の残置をやって、そして天候の情勢を見て飛行機で調査を進める、あるいはルートの発見をやる、そういうことをもっとやったらどうですか。
#15
○村山参考人 中曽根先生の御意見のとおりでございまして、私はぜひそういうふうにしたいと思っております。ただ問題は、その飛行機の要員をどこから出すかという問題、また飛行機を買うという問題ももちろんございますが、むしろ要員の問題が非常に問題がございまして、いま研究中であります。
#16
○中曽根委員 要員はもう自衛隊があるのだから何ぼでもいるのじゃないですか。おそらく自衛隊以外には私はないと思うし、船でもあれだけ自衛隊のお世話になって、しかもヘリコプターでも自衛隊のヘリコプターをやったからあれだけうまく成功したと思うので、この点は疑問の余地はないように私は思っております。
 大瀬さんにお尋ねしたいと思います。南極でロケットを発射するということはどうですか。せっかく日本であれだけ東大のロケットが発達して、日本で打ち上げているのだけれども、南極に持っていってやったほうが効果が多い、学問的にも非常に効率の多いところがあるように思いますが、どうですか。
#17
○大瀬参考人 それは言われたとおりでございまして、私たちもそれを決して考えなかったわけでなくて、現在いろろいな準備段階においてそういうことを考えておるわけでありますが、南極でロケットを考えるという場合に、まず問題になりますのは、どういう方法で上げるかということと、やはりロケットということになりますと非常に人数が多く要りますし、それに要する機械というものをまず考えなければいけないわけでございまして、こういうものを各年次年次で計画いたしまして、それで何年か先にそういうことを考えるということが一番いい方法じゃないかと感じておるわけでございます。
 ロケットで観測をやるということは、やはり内地でやっておる方法と同じように上空のいろんな関係を、いままでは電波なんかをもちまして下から上空を探っていたわけでございます。ところがロケットを打ち上げることによりまして、今度は電離層とかその上の状態を、上からいろいろ探ることができるわけです。それともう一つは、実際に上空の電離層の密度、それから温度、そういうものを確実にはかることができるわけでございまして、それができますれば、現在の基地により以上にプラスした科学基地ができるということは言えると思います。ですから今後二、三年、またそれ以後になるかもわかりませんが、そういうものを現在も計画して、その準備段階をやっておるということだけを御報告しておきます。
#18
○中曽根委員 そうするとロケットを上げるということは計画の中に入っておるのですか。
#19
○大瀬参考人 一応南極の委員会におきましては、そういう話も将来計画の中には入っております。
#20
○中曽根委員 本多さんに伺いますが、「ふじ」はいまどういう状態にあるのですか。次に出港するまでの間はどういう役務に従事して、どういう管理がされているか、お話し願いたいと思います。
#21
○本多参考人 ただいま日本鋼管の鶴見造船所に回航いたしまして、いま修理のスタート、準備をやっておりまして、調査が終わり次第直ちに修理にかかりまして、大体八月中旬まで修理をやります。航空機のほうは、一応いま小牧の三菱に預けまして、そこでいま修理を開始いたしました。
 いずれも大かた八月の末ごろまでには修理が完成しますと、船、航空機ともに大体九月の初めからは動き出す態勢になります。したがって、それからは一応今度新しく編成されましたメンバー等で訓練を始めまして、九月、十月及び十一月の初めにかけまして基礎的な訓練をやりまして、この間に船自体といたしましてはやや遠距離、少しばかり日本の近海を走る。それから航空機との関係におきましては、飛行機と一緒になりまして、発着艦訓練、実際に「ふじ」の甲板に降りてみる。あるいは航空機につきましては、南極において予想されますいろんな重量物をつり下げる訓練であるとか、あるいはそういうような基礎的な搭乗員の訓練をやりまして、大かたそれが十一月の初めまでかかると思いますが、そこで最終のドッキングをやりまして、それからいよいよ最終の搭載、出港ということになりますので、以上大体主として整備後の訓練等にほとんどこれが充てられて出港するということになると思います。
#22
○中曽根委員 日本の地磁気とか電離層とか宇宙線とか、そういう研究は、南極あるいはロケットというものが始まる前は、世界でも非常に卓越しておったと思いますが、道具がおくれ、あるいは方法がおくれたために、世界の学界に伍して寒心にたえない状態にあるだろうと思うのです。そういう意味においても、日本の伝統を継いでいくために、南極へ行ってロケットを自分で発射してデータを得るということは非常に大事なことなんで、ぜひこれは早くやってもらいたい。東大であれだけ開発したものを、日本で上げておる以上に、もっとわれわれ考える以上の大きな効果が出てくるだろうと思うし、意味もあるだろうと私は思います。そういう意味において、そんな遠慮しておることはないので、もっと積極的に南極というものを活用して拡大していく、現在の一つのベースとして拡大していく。あれは一つの大学だと思ってもいいのじゃないか。そういうスケールでものを考えていかなければならないのではないか。単にあそこに昭和基地という見物するショーウインドーを開いたというのでは意味がないし、昔どおり開店しておればそれで済むのだというものではない。それではわれわれが開いた意味もないし、みんなの期待にも合わないことになるので、開いた以上は、日本の学問的成果にもっと貢献するような積極策を講じてやらなければ意味がない。あるいは南極の極点にまで踏査して日本の分担の使命を果たすとか、ともかく、そういうような現地の南極大学をあそこにつくったつもりで文部省はやるべきだと思う。そういう構想を来年度は、いままでの南極の計画というのはひとつ御破産にして、あそこに南極大学をつくったというつもりで、もう一回考え直してもらいたいと思うのですが、その点、岡野審議官どうですか。
#23
○岡野説明員 たいへんわれわれ感銘を受ける御発言をいただきまして力強く思っております。ぜひそういう方向で考えてまいりたいと思っております。ものごとは順序もございますけれども、ぜひ来年は極地研究所を確立する一方、航空機を備えつけて、いまの御指摘のような乗員の問題もございますが、それは全く中曽根先生の御意見のとおりだと私ども考えておりまして、そういう準備をして、まず来年は航空機をぜひ備えつけて発展させていきたいと考えております。
 ロケットの問題も、かねがね学者のほうからも強い要望があり、これは着実にどういう順序でやるかということを検討してまいりたいと思っております。
#24
○中曽根委員 村山さんに最後にお尋ねしますが、これはあなたの山に関係したことで、日本の山岳会のほうから南極の最高峰に登りたいという希望がございます。アメリカの協力を求めるのがいいとかいう話で、私はワシントンへ行ったときに、アメリカのほうの連中には間接にいろいろ接触してみましたが、しかし、どうもいままで計画がすでにきまっておるので、とても力をかすわけにはいかぬというような話ですが、これはほかの基地を使うというわけにはいかないものか、あるいはそれを国際的に何か解決する方法はないか。あなたは山男だから、その話は御存じだと思いますが、どういうふうにしたらいいと思いますか。
#25
○村山参考人 たいへんむずかしい御質問でございますが、ただいまの現状におきましては、やはり日本でそういうところに行きたいという者が寄り集まりまして、アメリカの輸送を得るためにアメリカのNSFに申し込んでおるそうであります。しかしながら、NSFにいたしましても、あそこはすでに四年も計画を先に持っておりまして、しかも具体案は二年先をやっております。しかも、ことしの状況を見ますと、輸送が非常に窮屈である。すなわち別にステーションを一つつくっているわけです。いわゆるプラトーステーション、これをやっている関係上その輸送力がない。とてもよそさまの、しかも山登りまで手がかせないというのが現状であるように聞いております。また、いわゆるスポーツとしての山登りにまで応援するには、それほどの余裕がない。すなわち研究にいたしましても、科学財団の一つの研究のワクの中で地学調査をし、たまたまそこに山があったという、そういうかっこうならば応援もできようがという話も聞いております。すでにアメリカといたしましても、日本からのみならずアメリカのエベレストに登ったディーレンフルトが主宰する山の仲間がヴィンソン・マシフという五千メートルをこえる山に希望を出しておるそうですが、日本が断わられたと同じような理由で断わられているそうであります。したがって、アメリカに対する輸送の要求というものは、以上申しましたような理由で、ここ二、三年は非常にむずかしいように聞いております。
 また、外国の基地と申しますと、やはりアルゼンチンの基地とかあるいはニュージーランドの基地ということでございますが、基地というようなものは利用できたにいたしましても、輸送の方法に非常に問題がある。ただニュージーランドは、アメリカが使っているようなC130という大きな飛行機をことし三機購入したそうであります。いわば自前で輸送ができるようになった。そうなれば、ニュージーランドは非常にそういう面において力が強い。また、そういうような伝統が多いお国柄でございます。そういう一つの方策もあろうかと思います。しかしながら、何ぶん非常に窮屈な輸送状況、また環境、しかも夏の間の二、三カ月にやらなければならないということでは非常に困難性が含まれていること、すなわち、また山に行きたいという気持ちはわれわれ自身も非常に持っているわけでございます。ただし、そういうような客観的情勢が非常にむずかしいために、いまこうすればいいというようなことはとうてい私の口からは御指示できない次第でございます。
#26
○原委員長 この際、私から少しお伺いをしたいと思うのですが、何か雪上車ですか、ブルですか知りませんが、越冬準備中に何か一台落っこちたという話をちょっと聞きましたが、それをちょっと伺わせていただけますか。
#27
○村山参考人 雪上車の水没についての御質問にお答えいたします。
 私たちことし一台大型雪上車を持ち込みました。これは九トン車でございます。それと別に、基地に残留しております三トン半ぐらいの小型の雪上車で稼働できるもの、いわゆる第一線で働けるものが四台ございます。そのうち二台を大陸旅行、いわゆる三千メートル以上の高度に耐えるために、エンジンをかえまして、大型雪上車に随伴できるだけの能力をつけたのが二台ございます。その二台を、われわれ昭和基地を引き揚げて、三月になりまして、基地付近の氷が固まりつつあるときに、氷上で試運転をしたわけでございます。前の日に試運転の場所をよく調査して氷の厚み等をはかって、昭和基地から約三キロ先のオングルカルベンというペンギンのルッカリーがございますが、そこを往復するというつもりで出たわけでございますが、その日はたまたま天候が悪くなりまして、ふぶきになって視界を失った。そのためにオングルカルベンに行くルートをやや間違えまして、いわば氷の調査が済んでない場所にまで迷い込んでしまった。それで氷が薄くなったためにバックした。走っている間は氷がしなっただけで事なきを得たのでございますが、とまってバックしたために、氷の厚みがたえませんで、そのままずるずると落っこちたわけでございます。また雪上車といたしましては、氷の上の行動でございますから、もちろんそういうような事故も予期して、キャビンのドアとかあるいは天井の脱出口、こういうものはいつでも脱出できる状況で夏の間は氷の上を行動してございます。そのためもございまして、乗員は直ちに脱出ができまして、雪上車は基地から二十メートルくらい、深さ四メートルくらいのところに瞬時に沈没してしまったわけでございます。大事な車をなくしてまことに申しわけないのでございますが、幸いに人員の被害は全くございません。
 車の引き揚げにつきましては、四メートルでございますから上からは見えますが、落ちた場所のまわりにはまだ厚い氷が残っております。現在の基地の機動力と申しますか、建設の力、ブルドーザーとかクレーン車、そういうものが足りませんために、ちょっといまの人数では引き揚げてまたこれを補修することは困難かと思います。
 以上でございます。
#28
○原委員長 その次に、南極というのは、昭和基地もありますし、米、ソも基地があるのですが、各国の基地は自由に行き来ができるのでしょうか。あるいはまた、ここを日本の基地だということをいつでも自由に場所取りといいますか、そういうことができるものなんですか。至るところ南極の大陸をかってに占有できるものかどうか、そういう点をちょっと……。
#29
○村山参考人 ただいまの御質問につきましては南極条約に規制がございまして、その条文等は私覚えておりませんが、趣旨といたしましては、南極は科学研究の場として公平に自由に開放されておる。したがって、昭和基地がございまして、すぐわきに外国が基地を設けても、これは拒むことができないと思います。しかしながら、南極観測が国際の協力という立場に立っておりますので、すぐそばに立ちますといろいろな干渉がございまして、お互いの妨害、少なくももとの基地の妨害があることは確実でございます。そういうようなことからいいますと、国際協力という立場からいって、他の国のじゃまになる、障害になるようなことはできない、障害になるような位置には基地は設けられないというふうに解釈すべきだと思います。
 したがって、一つの例でございますが、昭和基地の隣はオーストラリアの調査範囲でございます。東経四十五度線で境がある。そこにソ連が両方の国に何の通告もなく東経四十七度――東経四十七度と申しますとちょうど日本との境で、オーストラリアがいまから調べようという場所でございます。そこに非常に大きな基地を建設し始めましてすでに三年目になっております。しかしながら、それは直接オーストラリアの基地のモーソンに被害があるわけではございません。ただモーソンのオーストラリアが調査しようとする地域に、さらにソ連が大きな基地を設けたということだけでございまして、オーストラリアの人の感情は、あまり好ましくないというような気はわれわれにも言っておりますけれども、現状といたしましては、そういうじゃまさえしなければ基地を設けても差しつかえない、そういうような現状に解釈しております。
#30
○原委員長 次に、先ほどの飛行機の残置がぜひ必要になるのですが、人員の問題だけですか。飛行機そのものを残置することは、要員がありさえすれば飛行機はいつでも残置し、いつでも使用にたえられるというものがあるのでしょうか。
#31
○村山参考人 南極の基地におきまして、ただいままで各国は、国の別でいいますと、ほとんどの国が飛行機を置いております。国の内容、あるいは調査の内容からいいまして機種はさまざまでございますけれども、大は四発の飛行機から下はパイパーのような小さな飛行機まで幾つかの機種がございます。それに相応した設備等はもちろん必要でございますが、われわれとして問題になっておりますのは、先ほど中曽根先生からも御指摘がございました自衛隊の問題でございます。確かにそうとは思いますが、いわゆる自衛隊の政令の問題等もございまして、飛行機を買う予算の問題に加えまして、だれがこれを運用するかという点において、私は現場で心配しておるわけであります。もちろんいままでのように海上保安庁とかあるいは民間から要員が出れば問題ないのでありますが、少なくともそういうパイロットの層といいますか、ソースにおいて非常に難点もございますし、確かに海上保安庁から自衛隊に輸送が変わったという事実から見ましても、そういうような法律上の問題さえ解決していただければ、自衛隊の方に飛行機を運用していただくのが一番いいと私は思っております。
#32
○原委員長 次に、さっきのお話では、北極にもやがて基地を持つ必要があるということですが、南極と北極とは条件などは同じだと考えてよろしいのでしょうか。同じように北極にも基地を持たれるとしますと、南極の経験がそっくりそのまま生きる、こう解釈していいものでしょうか。
#33
○村山参考人 先ほどの私の説明が誤っておったかも知れませんが、北極に基地を設けるということではございませんで、北極にはすでに各国がいろいろの基地を持っており、あるいは観測の設備を持っております。そういうようなことを利用していわゆる南極、北極を含めた極地の研究、これをしたいということでございます。また特に昭和基地で問題になりますのは、昭和基地のいわゆるコンジュゲートした位置が北極のアイスランドにあるのであります。ですから、かりにオーロラの変化等も南極の昭和基地を調べると同時に、そのコンジュゲートポイントのアイスランドで調べますと非常におもしろいデータが出る。アイスランドはイギリスが観測をしておりますが、そのデータをあわせますと非常に相似したおもしろいデータが出てくる。そういうような事実を見ますと、基地とは申しませんが、何かそういう共同観測、あるいは日本から人が行って研究する、そういうようなことを特に強く、これが専門である永田先生が、地磁気、極光、そういうような部面において求められておるようであります。また、北極につきましては、すでに北大あるいは東北大学等から相似性を考えまして、北極の研究は独自の立場でやっております。そういうようなこともいわゆる総合的にやれる場がございませんので、これも一つ極地研究所の仕事になろうかと、こう考えております。
#34
○原委員長 それから、先ほど今回の第七次観測が、期間がもう少し長くなると、おそくなるというのですか、何か困難が起きるような印象を受けたのですが、長くなると困難が起きるその困難というのはどういうことなんですか。
#35
○本多参考人 期間が長くなりますと起こります問題は、南極は大体一番いい時期というのは一月、二月でございますので、期間が長くなりますと、三月ごろからは少し今度は気温も下がりますし、低気圧も増してくるというわけでございますので、期間が長くなりますと、今度は天候的の障害と気温の関係の障害が出てくるのであります。
#36
○原委員長 ついでに本多参考人にもう一つお伺いしたいのですが、砕氷艦に将来原子力を使うということを考えていますか。どこかの国で原子力を使った砕氷船があるそうですが……。
#37
○本多参考人 これはソ連が原子力砕氷船を持っておりますので、現在北極でもって使っておりますが、そういう計画は外国にはございますが、日本の将来の問題はまた別に考えられると思います。現実にソ連ではそういうものを使っております。
#38
○原委員長 日本ではいまのところ皆さんの中では、先ほどのロケットの観測の話ではありませんが、原子力を使うということは考えていないというふうに解釈してよろしいですか。
#39
○本多参考人 現在では観測船にもう一、二隻原子力のあれをつくっておりますが、もちろん原子力船でありましても南極におきましては効率の点では非常にいいわけでございますから、もちろん国家的に余裕等がありますれば当然そういうものも検討していただけば非常に有効なことは間違いないと思います。
#40
○原委員長 現在観測船に原子力を使うことを考慮したり、いま行なわれつつありますか。
#41
○本多参考人 これは運輸省で原子力船――船を別に現在計画してつくられておりますので、その船の意味でございます。こういう船でございますと、航続力がございますから、もちろん観測の途中には広く南極でもどこでも行けるだけの能力があるわけでございます。その意味でございます。
#42
○原委員長 最後に、これはどなたがいいのか知りませんが、しろうとですからこんな質問をするのですが、南極の氷を自由に溶かすようなことを考えたり研究はされないものでしょうか。もちろん全部というわけにはいかぬ、全部やったらアメリカ大陸がまた昔の氷河時代に返るといわれるくらいですから、全部じゃないのですが、必要に応じては、部分的にただ砕くだけではなくて、全体を溶かすというような、そういう研究なり科学的な何か考え方といいますか、そういうものを持っていないでしょうか、研究されていないものでしょうか。
#43
○村山参考人 たいへんSF的な御質問でお答えしにくいのでございますが、たとえばソ連のレーニンでございますか、あの原子力砕氷艦は出力の四〇%と私は記憶しておりますが、これで砕氷のために溶かしていくのだ、その方法は知りませんが、そういうことを何かで読んだ記憶がございます。また、アメリカの例を考えますと、原子力発電所、これは千五百キロでございますが、これをマクマードに設けております。御承知のように南極は氷でございますが、一年間の積雪量が非常に少ない。昭和基地は年間四百ミリぐらい水としてありますが、アメリカ基地のある中央部にいきますと四十ミリぐらいしかない。砂漠のようなものでございます。特に夏の間アメリカの基地のように何千人という人が来ますと、水の供給に非常に困る。すなわち水をどこから取るかということに立ち返りまして、原子力の熱をもちまして、海水を蒸留することを昨年から始めたそうでございます。ところがああいう場所につくった原子力発電所は、意外に機能が悪くて、出力が全部使えない。私、聞いた話で不確かでございますが、その運用が思うようにならなくて、若干はもとへ一歩退歩している。昔のディーゼルに切りかわったというような話さえ聞いております。それに照合すると思えるのですが、バードにアメリカの基地がございまして、ここに千キロワットの原子力発電所を設ける予定が昨年からございましたが、これがそういったような理由を加味しましたためか、いまだに持ち込んでないという事実がございます。でございますから、いまの御質問のようなことはすでに考えられておりますけれども、それの実現、運用上の効果はどの程度でございますか、つまびらかでございません。
#44
○原委員長 どうもありがとうございました。
 この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして、本問題調査のためたいへん参考になりました。委員会を代表いたしまして、厚くお礼を申し上げます。
 本日、午後三時及び三時十分に開会を予定しております動力炉開発に関する小委員会及び宇宙開発に関する小委員会は、両小委員長と協議の結果、都合により本委員会散会後開会することになりましたので、さよう御了承願います。
 本日は、この程度にとどめ、次会は明十二日木曜日午前九時三十分より理事会、九時五十分より委員会を開くこととし、これにて散会いたします。
   午後二時四十六分散会
ソース: 国立国会図書館
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