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1949/05/19 第5回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第005回国会 文部委員会 第22号
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1949/05/19 第5回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第005回国会 文部委員会 第22号

#1
第005回国会 文部委員会 第22号
昭和二十四年五月十九日(木曜日)
    午後二時三分開議
 出席委員
   委員長 原  彪君
   理事 伊藤 郷一君 理事 佐藤 重遠君
   理事 千賀 康治君 理事 圓谷 光衞君
   理事 水谷  昇君 理事 松本 七郎君
   理事 稻葉  修君 理事 今野 武雄君
   理事 長野 長廣君 理事 船田 享二君
      岡延右エ門君    甲木  保君
      高木  章君    平澤 長吉君
      若林 義孝君    受田 新吉君
      渡部 義通君
 出席國務大臣
        文 部 大 臣 高瀬荘太郎君
 出席政府委員
        文部政務次官  柏原 義則君
        文部事務官
        (社会教育局
        長)      柴沼  直君
        文部事務官
        (調査局長)  辻田  力君
 委員外の出席者
        文部事務官   篠原 義雄君
        專  門  員 武藤 智雄君
       專  門  員 横田重左衞門君
五月十九日
 委員小林運美君辞任につき、その補欠として芦
 田均君が議長の指名で委員に選任された。
    ―――――――――――――
五月十八日
 福岡女子專門学校昇格の請願(中島茂喜君紹
 介)(第一七五四号)
 教育予算確保に関する請願(福井勇君紹介)(
 第一七八六号)
 新制中学校建設費助成に関する請願(玉置信一
 君紹介)(第一七九五号)
 新制中学校建設費助成に関する請願(中村清君
 紹介)(第一八二七号)
の審査を本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した事件
 社会教育法案(内閣提出第一五八号)(予)
    ―――――――――――――
#2
○原委員長 これより会議を開きます。
 社会教育法案の審議を続行いたします。質疑は通告順にこれを許します。この際特にお願いしたいことは、法案全体に対する質疑を先にし、逐條審議はそのあとにお願いしたいと考えます。松本七郎君。
#3
○松本(七)委員 この前例の教育委員会法との関係で教育長の推薦によりということを條件にすることは、教育委員会法の趣旨に反するのではないかという質問を申し上げたときに、大体その矛盾を認めておられたようですが、それと同じようなことが方々に出て來ておるようであります。たとえば十七條にも「社会教育委員は、社会教育に関し教育長に助言するため、左の職務を行う。」としてありますが、これはやはり教育委員会に助言するというのが妥当ではなかろうかということと、それからもう一つ第十九條に報酬及び費用の弁償の規定がございますが、ここで、地方公共團体は、社会教育委員に対し、報酬及び給料を支給しないしと、両方支給しないことになつております。ところが教育委員会法によれば「地方公共團体は、当該教育委員会の委員に対し報酬を支給しなければならない。但し、給料は支給しない。」これは教育委員会法の審議のときにずいぶん問題になつた点ですが、報酬は支給すべきであるが、給料は支給しない、こうなつております。これを何ゆえ教育委員会の委員と社会教育委員に対してこういう区別をされたのかこの点を明らかにしていただきたい。
#4
○柴沼政府委員 十七條の「教育長に助言するため」ということについてのお話だと存じまするが、これはお話のように社会教育委員は、教育委員会の諮問に應じて結局教育委員会にその意見を出すことになるのであります。ただ教育委員会法によりまして、教育長が教育委員会の監督のもとにすべての事務をとり行うというようなことになつておりますので、教育長がいわば直接の助言機関としての性格をあそこで持つておるわけであります。それとの歩調を合せる意味でこういう形にいたしたのでありますが、この点は前述のお話のような意味におきまして、研究の余地がないわけではないのであります。それから十九條の報酬及び給料につきましては、これは実は現在行つております実情に基くものでございます。現在の社会教育事業は、いわば名誉職とでも申しますか、そういう形で特殊な熱心なお方にいろいろ御苦労を願つておるのでありまして、むしろその名誉職的な意味を今後も続けて参つた方が、かえつて十分にいろいろお力添えがいただけるのではないか、何か報酬または給料等を支給するような形にいたして縛りますよりは、こういう形の方がよろしいという考えから出発したのであります。もちろん社会教育委員の方が職務を行うために実費がかかりますならば、これはもちろん弁償しなければならぬと思うのでありまするが、その職務の性格から見てもやはり本條の規定の方がよろしいのではないか、かように考えておる次第であります。
#5
○松本(七)委員 公民館の設置を市町村と法人に限定した理由を伺いたい。
#6
○柴沼政府委員 公民館はその発足の当初から市町村程度の、いわばあまり大きくない一定の区域内に実施して参る施設でありますことと、それを市町村民ができ得れば漏れなく活用して参るということが、公民館のスタート以來の傳統的な一つの性格に相なつておるわけであります。從いまして、公民館は現在のところ公立で行くのが主たるねらいでございます。しかし御承知のように非常に区域が廣い村などでありまして、そういうところは部落で公民館を施設する方が実情に合う場合がございます。ところが部落は地方自治法によつてこういうものを設置する主体になるだけの資格がございませんので、そういう場合にはやむを得ず民法三十四條の規定による法人でもつて設置して行くという、その三つが実は今日までの実際の実情でございます。なおこの法人の規定につきましては、むろんそういう場合ばかりでなしに、そういう自治体と関係がなく、非常に特殊な方の意図する公民館というものも予想には入れておるのでありまして、そういう場合には、これがその区域住民のために一般的な利益をもたらすためにその基礎が確立されなければならないというふうに考えて、このような規定になつたのであります。そのかわり公民館に類似する施設は、法人あるいは市町村の名前でなしに、だれでも設置することができるようにいたしまして、公民館という正式のものはこの二つのものに種類を限つた次第でございます。
#7
○原委員長 ちよつとお諮りいたしますが、本会議の採決の瞬間が迫つておりますので、暫時休憩いたしたいと思いますが、御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#8
○原委員長 それではさようにいたしまして、松本君の質疑は本会議の採決が終つてから続行していただきます。暫時休憩いたします。
    午後二時十三分休憩
     ――――◇―――――
    午後二時二十八分開議
#9
○原委員長 休憩前に引続き会議を開きます。松本七郎君。
#10
○松本(七)委員 通信教育に関して伺います。社会教育における通信教育の重要性は、大いに強調しなければならぬところでありますけれども、これには文部大臣並びに文部官僚の嚴格な統制下に縛られるような規定が各所に見られるのであります。たとえば手数料の徴收にしても、あるいは通信教育の審議会というものが設けられることになつておりますが、この審議会の委員はやはり文部大臣が委嘱することになつており、また審議会の組織、その他の必要事項はこれを政令で定めることになつております。さらに重要な事項は五十七條と五十八條で、文部大臣は認定を受けた者に対して必要な報告を求めたり、あるいは必要な措置を命ずることができるし、これに違反した者の認定を取消すことも文部大臣の権限になつておる。こういうふうなことでは通信教育が非常に文部省の画一的な統制下に置かれる結果になることは明らかだと思うのですが、通信教育をもつと自由潤達なものにしなかつた理由を伺いたいと思います。
#11
○柴沼政府委員 通信教育につきましては、現在この法律実施の前にすでに実際に出発いたしておるのでありますが、終戰後に出発いたしておりまする通信教育は、戰爭前のいわゆる通信教育と称しておるところのものとは、まつたくその方法なりあるいはその性質なりがかわつておりまして、ただ一定の教材を通信によつて送つただけというような方法でなしに、むしろ通信による個人指導という点に非常に重点を置いておるのでございます。しかもこの通信を受ける者は、どの通信教育について調べてみても、ほとんど日本全國にわたつて相当に受講生がおるのであります。そのために、かりにその計画がずさんであつて、あるいは当初出発する時はよくても、途中で人がかわるとか、あるいは適当な講師がおらなくなつたというような理由のために、通信教育の名だけあつて、その実を失うような場合があるときには、離れたところに住んでおる受講生が非常な迷惑を受けることに相なります。そのために特に文部大臣が認定の時から、また通信が始まつたあとにつきましても、必要な報告を求める等のことについて内容を保証して参りたい、こういう考え方なのであります。しかしむろん一應ここで文部大臣として指定してございまするが、文部大臣が発動するためには、御指摘のように、通掛教育審議会の議を経て、それによつて文部省の発動すべき内容をきめてもらう。そうして、この審議会は非常に專門的な分野に属しますので、從つてこの構成メンバーもそういう方面からとつて参りまして、またこの審議会だけで内容を調査し切れないものは、さらにその道の專門家を委嘱して内容を調査してもらうような形にして、内容を審議するのであります。決していわゆる官僚独善とか官僚統制とかいうことにはならないように心がけておるつもりであります。
 また手数料をとること等につきましても、これは檢定教科書の場合にならつたのでありまするが、相当ページ数の多いものが原稿としてあらかじめこの委員会に提出されまして、それを委員会のうちの專門家並びにその助手になるべき委員会以外の專門家にして委嘱せられた者、そういう方々が集まつて調査してもらう、いわばその実費弁償のような性格を持つ手数料でございまして、こういうふうな規定によつて通信教育の内容があやまちなく進行して参るのではないか。なおこの規定によらざる自由な通信教育をおやりになることもできるのでありますが、われわれの方としては、そういう自由におやりになる分はこの法律としては全然触れないつもりであります。
#12
○松本(七)委員 以上質問申し上げました諸点は各條項にわたつておりますから、いずれ逐條審議のときに詳細に質問することにして、この程度にしておきます。
#13
○原委員長 今野武雄君。
#14
○今野委員 私もこまかい点につきましては逐條審議の際に讓りまして、一般的な点について御質問申し上げたいと思います。
 この法案は社会教育についての免税規定がないのはどういうわけか、その点をお尋ねしたい。初めからの案にそういうものがなかつたのか、あるいは途中でそれがとられるようになつたのか、あるいはそういうことがあつたのならどういう理由によるのか。また將來免税規定を設けることができる見込みがあるか、またいつごろそれができるか、こういうような点について詳細に御説明願いたい。
#15
○柴沼政府委員 社会教育関係のことで免税にした方がよろしいと考えられることは相当考えられるのであります。それでわれわれこの原案を研究いたします際にも、どういうことが免税の事項あるいは課税外の対象に取扱い得るものかという点について若干の研究を進めましたし、また文部省にできております社会教育関係の委員会等におきましても、免税について要望が出ておるのであります。いろいろ研究いたしたのでありますが、今日の実際の段階におきましては、租税に関する相当大きな影響を與えるような変革は、なお当分の間留保しなければならぬような事情があるように聞いておるのであります。おそらくは、ごく最近にアメリカの專門家によつて研究されておりますような、そういうことを土台にして日本の税制というものが檢討されて参る、それと歩調を合せて各方面の免税のことも研究しなければならぬというように考えられたのであります。從いまして文部省としましては、歓会教育関係だけでなしに、学校教育もその他文化関係一般のことにつきまして、租税との関連をどう処置することが聖主しいかという点について、現在相当詳細に檢討を加えつつあります。その檢討ができました土で、でき得れば関係各方面に文部省としての要望を持つて参るということに相なるかと思うのであります。社会教育に関する免税の問題も、その際にぜひ取上げたい、かように考えておる次第でございます。
#16
○今野委員 今の点はできるだけ早く措置がとられることを望みます。というのは、なぜかというと、こういうことは、税制の方は向うできまつてしまつてから、あとで入れてくれということは非常にむずかしいと思うので、先まわりして、こちらからやつてくれと言つておかないとまずいと思うので、できるだけ早くそれが出されることを望みます。
 次にこの法案を見て参りますと、最初何かはぐらかされたような感じがしたのであります。と申しますのは、社会教育という観念が、非常にはつきりしないのであります。最初の第二條に学校教育以外の教育活動、それで主として青少年及び成人に対して行われる組織的な教育活動の中に、体育及びレクリエーシヨンの活動も含む、これが社会教育ということになつておるわけでありますが、しかしこういうふうに瞬く規定いたしますと、あらゆるものが入つてしまうのじやないかと考えられるのであります。たとえば現在非常に公平に考えて、青年及び成人に対して一番影響を持つ教育的な、あるいは反教育的な影響力を持つものと思われるのは映画などであります、こういうものを、一應見ますと、映画を手段としては認めるということがありますが、たとえば映画館などの活動というのは、一体社会教育に入るのか入らないのか、これだけ見たのではわからないのです。それからまた政党あるいは労働組合の文化活動、これは非常に重大な意味を持つた活動であります。こういうものは一体どうなるのか、また非常にたくさんのいろいろな学会や音樂会、そういつたものの催しというものが、非常に社会教育的な意味を持つているわけでありまして、場合によつてはそういうところで社会教育的な意味を持ち、政治教育的とかという意味を持つて行われることがあるのであります。こういうものがここに含まれておるのかどうかはつきりしないのですが、いかがでしようか。
#17
○柴沼政府委員 この法律で社会教育と申しますのは、第二條で実は相当限定いたしたつもりであります。つまり個人的な活動でありますとか、あるいは組織的なというところに相当な制約の元がございます。
 それから映画館の活動にいたしましても、映画館が社会教育的な計画のもとに、一定のカリキユラムのようなものがあつて映画教育が実施されるという場合には、社会教育として当然取上げられて参ると思うのでありますが、普遍営業として実施しておりますところの映画というものは、ただちにはここでは社会教育として取上げるべきではないという考え方であります。むろんお話のように方法として、あるいは手段としての映画というものは、これは取上げるのでありますけれども、やはりそこに一つの計画ということが、この法律の適用の範囲としては前提に相なつておるような次第であります。なお、たとえば労働組合の文化部というようなものにつきまして、これは実際上は非常に社会教育的な活動をしてもおりまするし、われわれもまた実際の活動の場合には、ことごとにこれらの文化郡のごやつかいになつておるのであります。しかしもと川、労働組合そのものが別な目的によつて成立し、また別な法律によつて支配されるのがその本質でありまするので、ここではやはりそういうもりは法の適用の範囲としては取上げない。しかし実際の活動が社会教育的であるということは認めて、協力して行くことのできるようなことでやつてもらいたい、かような考え方で社会教育の範囲を規定して参つておる次第であります。
#18
○今野委員 そうしますとさつきの將來通用さるべき免税規定の関係になりますけれども、たとえば四國の新居濱などで映画館がある。そこを利用して住友糸の日新化学その他の会社がありますが、そういうところで文化活動をやつておるわけです。そうしていい映画を推薦してこういうものを見せるという計画を立ててやつている。こういうようなものに対しまして、やはりこの法律によると將來免税規定が設けられた場合に、そういうものに適用され得るかどうか、実際問題としてですが、あるいは労働組合などがそういうものを主催して、しかも労働組合の目的を達するためではあるが、同時に一般市民にもこうしたことをやろうというようなことで、そういう催しをする、こういうものに対しては一体どうなると思いますか。
#19
○柴沼政府委員 免税につきましては、目下研究中ではございまするけれども、大体社会教育関係では、團体そのものについて特定の免税をする、たとえば地租、家屋税というものを免税するという行き方と、そういう特定の團体でなしにその事業に着目いたしまして、事業そのものが社会教育的なものなるがゆえに各種の税が免税される。入場税でありますとかあるいは事業税でありますとか、そういうものを免税して参る。この二つの行き方があると思うのでありまして、そのいずれもが採用されますので、お示しの具体的な例の場合には、そういう社会教育的な事業として、これは免税の規定が適用されてしかるべきであるとわれわれは考えておる次第であります。
#20
○今野委員 なお社会教育の概念について、もうちよつとはつきりさせたいので質問させていただきます。それはここでは対象について年齢から規定しております。「青少年及び成人に対して」というように年齢から規定しておりますが、しかし考えてみますると、臓後の日本で、やはりわれわれもそうなんですが、非常に自己教育が必要で認めるというふうに考えておる次第でございます。官吏やあるいは政治家とかいうものも当然含まれると思うのですが、どんなふうにお考えですか。
#21
○柴沼政府委員 ここで「青少年及び成人」と申しておりますのは、これは露骨に申しますと、わかりやすくするために青少年、成人というような用語を用いたのでありまして、実はいわゆる家庭教育に属する部分も、それから成人になつた後、職場人になつた場合につきましても、この社会教育という概念のうちに含めた方がよろしい活動がいろいろ考えられると存じます。
#22
○今野委員 ただいまの御答弁がはつきりしないのですが、もうちよつとはつきりと、たとえば文部省では非常にお偉い方がいて、だれが國民を教育するというお考えがあるかもしれないような無がするのですが、そういう場合に、われわれも教育される側にあるのじやないかというふうに考えるのですが、一体だれがだれを教育するかというような点について、少しはつきりしたことを言つていただきたいと想います。
#23
○柴沼政府委員 社会教育は学校教育と違いますので、特定の資格を持つた一定の指導者ということは、初めから考えておらないのであります。一つのグループがありますれば、その間にできます自然に生れて参る指導者というものを予想しておるのであります。團体生活あるいは自治生活、すべてのものについてそういうことを考えておりまして、官僚あるいは教師というようなものとは、全然縁のないものとお考えくださつていいのではないかと存じまする、
#24
○今野委員 たいへんしつこいのですが、官僚、教師というものと緑がないとおつしやいましたが、そういう人たちは教育を受ける必要はないということですか。今の御説明によると青少年及び成人の間で樹立に行われるといつたような意味に解してよろしいのですか。だれがだれを教えるというふうにも考えられるのですが、そういう点について御答弁を願いたいと思います。
#25
○柴沼政府委員 官吏あるいは教員が社会教育を受ける資格がないというような意味で申したのではないのでございまして、それらはそれらとして、やはり一つの組織的な社会教育の計画的な教育が行われる場合に、自然にそういうものが社会教育にまで及ぶ場合はあるだろうと思います。ただ一定の資格を持つ者があらかじめ指導者として予定されておらないというだけであります。卑近な例で申し上げますれば、たとえば図書館を設けておきまして、そこに本のエキスパートである司書がおる場合には、その司書が自然に社会教育的な活動をするわけであります。しかしそれはいわば学校における教育とは少しやり力も違うのでございまして、そういう意味で成人に対して行う教育活動と申しましてもいろいろな場合が考えられるわけであります。組織の上であらかじめ特定の方面についての指導者というものが出て参るわけであります。それからグループとして自然に指導者が養成されて参る場合、いろいろな場合が予想されるのであります。その場合に教育という実際の活動を客観的に見ますれば、それはやはり指導者から一般の成人なら成人に対しての活動だと見てよろしいのだと思います。ただそういう特定の指導者を、この第二條では特に資格者としては認定しておらないというだけであります。
#26
○今野委員 次に社会教育の観念をはつきりさせるためにお伺いするのですが、組織的ということを申されましたようです。それはどういう意味かといえば、一定のプログラムなり、カリキユラムなりを立てて、それに從つてということだつたのですが、そういうカリキユラムといつたものは、学校の場合には何かそういうものが法律に從つた手段によつてはつきり立てられるわけですが、こういう場合は、これはまつたく自由であると解釈してよろしいですか、法の規定がないようですけれども……。
#27
○柴沼政府委員 まつたく自由であります。ただそういうものになれた者から、求めに應じて助言なり援助なりをすることはできるように相なつておるのでありますけれども、本質的にはまつたく自由につくられてしかるべきものと考えております。
#28
○今野委員 大体そのくらいにいたしまして、あとは予算の点についてちよつとお伺いいたしたいと思います。いただいた資料によりますと、社会教育課の予算全部が、かりにこれにつぎ込まれたとしても、非常に少いもののように見受けられるのです。全國の市町村が大体一万五百ばかりあるとすれば、あの予算では一市町村当り平均して五千円というようなことになつてしまうのですが、そういう予算でもつて、この法律に規定してあるような廣汎な仕事が一体どういうふうにできるかということに対して、非常に疑いを抱くものであります。なぜそういうことを申すかというと、六・三制の場合も、これは実は非常に妙なことでありますが、当初の計画が、教室を新しく七万二千九百かを建てなければいけない、そういうようなことから出発して、そのうち、いつの間にかそれが十三万幾らとかいうふうにかわつて來て、そのために非常に予算の上でも大きな齟齬を來しておると思うのであります。そういうような予算の齟齬は、それだけの理由はありませんけれども、しかしながらその点も非常に影響しておるのじやないかと思います。計画というものが、予算というものを初めから予定しないで、いい加減な計画を立てると、あとどうにもならなくなつてしまうことがしばしばあるわけです。これだけの仕事をするには、相当人も動くのだし、予算が相当いると思いますけれども、一市町村当り五千円といつたような國の支出では、何だかどうにも動きがとれないような氣がするので、その点お伺いしたいと思います。
#29
○柴沼政府委員 御指摘のように、社会教育関係のことは、從來あまり手のつけ方が少かつた関係もあるのでありましようが、予算的にも非常に不十分であることは御承知の通りであります。われわれ直接これに從事する者といたしましては、できるだけ予算をふやしてもらうことが非常に望ましいのでありますけれども、ただ遺憾ながら、その努力がいまだ及ばないというような事情なのであります。この法案を実施して参ります場合に考えておりますのは、大体この法案で根本の基調となつておりますのは、現在の実情か土台と相なつておるのであります。現在社会教育につきましては、國よりもむしろ地方公共團体として、中央からの補助も何もなしで、自発的な経費が相当含まれておるのであります。その経費が、この法律を扱うことによつて著しく増すかどうかという点は、われわれとしては、少くとも法律によつてそれを非常に増すようなことを強制する、あるいはそういうことを指導するというようなことはいたさないつもりでおるのであります。これは國から出します予算が少いので、そういうふうに退嬰的に逃げるのだとおつしやればそれまででありますが、実際問題といたしまして、たとえば地方教育委員会の礼金教育の任務というようなところに、たくさん箇條が羅列してあるのでありますけれども、これらのものは、しさいに地方の実情に当てはめて参りますと、おのずから着手の順序というものが出て参りますし、また必要性の順序というものも出て参るのであります。現在そういう意味で選択的にこれらが採用せられ、実施いたされておるわけであります。ただこの法律が出ますれば、この法律を見た地方の人たは、一つの輿論をつくつて、ある活動を教育委員会に要求して参るということにもなるかと思うのでありますけれども、とにかく國も將來補助をできるだけなすべきでありますし、また地方でも、本來の任務を考えて、適切な重点の選び方をしてもらうようにして進んでもらいたいと考えております。
#30
○原委員長 ちよつと申し上げますが、大臣は内閣委員会の方にも呼ばれておりますので、ちようどおいでになつておる機会に、大臣に対する御質問を先にしていただきたいと思います。
#31
○今野委員 それでは、これを保留しておいて、大臣に対する質問の力を先にしたいと思うのですが、いかがでしようか。
#32
○原委員長 さようにすることに御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#33
○原委員長 ではさようにいたします。
 ただいま大臣から発言を求められております。
#34
○高瀬國務大臣 先ごろ松本委員から御質問があつたかと考えておりますが、地方教員の地方公務員兼任の問題であります。それを文部省としては今研究しておる、こういうお答えをしてあつたと思います。それについて今日お答え申し上げたいと思います。
 質問の要旨は、地方教員が地方議会の議員を兼職し得る時期が六月三十日までということになつておる、しかし今度地方自治法が改正されまして、地方教員でない地方公務員については、その兼職し得る時期が現在の任期中ということに改正された、それと関連して地方教員についても、やはり在職し得る期限を任期中とする必要はないが、こういうことであつたかと思うのであります。文部省としては、いろいろ研究をいたしまして、当初は、公立学校の教員というものも國立学校の教員と区別すべきでないというような意味におきまして、教育公務員特例法施行令で、本年の六月三十日まで地方公共闘体の議会の議員を兼職することができるということにしたわけであります。しかし今度地方自治法の改正がありましたので、御質問のありましたような趣旨において、地方教員につきましても、その在職期限を緩和することが適当であろうというふうに考えて、今いろいろな手続を進めておる次第であります。さよう御承知を願いたいと思います。
#35
○今野委員 私は文部大臣に対して、二、三の点についてお伺いしたいことがあるのであります。その第二は、学校給食というものがございますが、この学校給食には、みんな父兄が金を出しておるわけです。しかし聞くところによると、また新聞などで見ると、ああいうものはララ物資であるといつて、向かただでもらつておるようなふうにも聞えるのでありますが、しかし一面、先日本会議でもつて取上げられました阿波丸の問題において、アメリカの言つておるところによれば……。
#36
○千賀委員 委員長、社会教育以外のことについても文部大臣に質問を許しておるのですか。
#37
○原委員長 質問は関連していただきます。文部大臣の御発言は、文部当局みずからこの前の松本君の質問に対して答弁されたのでありますから、そのことに関連して質問があればお願いいたします。――なければ、社会教育法案に対してまだ質疑者が三名残つておりますので、社会教育法案を中心に御質疑願いたいと思います。
#38
○今野委員 それでは先ほどの問題にもどつて質問をいたします。今柴沼政府委員から非常に手まわしのよいお話があつたわけです。つまりこれによつて地方の財政を圧迫する氣はないのだ、こういうような話であつたわけであります。しかし六・三制の問題でも、なお警察その他いろいろの問題で、地方の財政は非常に参つておるわけです。從つて、こういうものが來ても、多分受付けまいと思うのです。ですから、この法律がどれだけ効果を奏するかということについては、非常に大きな疑いがあるわけですが、その点についてはどんなふうにお考えでしようか。
#39
○柴沼政府委員 現在文部省の制度が、文部省設置法案によつて大きくかわろうといたしております。また地方でも、教育委員会ができたことによりまして、教育行政に関する方面が大きな変革を受けたのであります。從つてその両者の社会教育関係者は、どういうことをどういうふうにしたらいいのかという点について、現在相当な疑問を持つておる。そしていろいろな任務のうちの特定のものは災現しておるのでありますけれども、はたしてそれでいいのか惑いのかというような点について、何らか基本的な指示がほしいという氣持に相なつております。その意味におきまして、國と地方公共團体の任務をまず規定するという形にいたしましたので、少くともその点につきましては、今後経費のかかる、かからぬは別といたしまして、と申しますのは、実際には経費をかけない仕事もあります。また経費がかかりましても、收入が同時に考えられる仕事もありますので、その辺は別といたしまして、少くともこういう根拠ができることによつて、相当思い切つた働きをすることができるということは、これは申し上げるまでもないのじやないかと思うのです。なおこういう法律のできることによつて、たとえば社会教育團体が不当なる干渉を受けないというようなことの、はつきりした具体的な保障が受けられるということは、一面そういう團体が自由に活動のできる道を開くのでありまして、今まで相当いろいろな方面からの指導によりまして、たとえば縣廳の役人が青年團の職員になつてはいかぬということを言いましても、なかなか実際問題としてそのように行かないのでありますけれども、この法律が出ますれば、そういうことははつきりとなくなるわけであります。つまりそういうふうに、法律によつていろいろな面が救われて参り、それによつてまた社会教育が少くとも正道の上に立つて運営して行くことができると、かように考えておる次第であります。
#40
○今野委員 これはすでに松本委員からも御質問のあつた点と考えますが、そのときのお答えがどうもよくわからなかつたので、重ねてお伺いたすのですが、第七條の項目は、やつぱりこの社会教育全体に相当大きい影響を及ぼすように考えられるのであります。地方公共團体の長が、教育委員会に対していろいろな廣報宣伝に関することを依頼し、その実施の協力を求めることができるということでありますが、この点はごく卑俗な意味で、昨年たしかあつたのですが、昨年から今年にかけて、たとえば横濱あたりで――これは社会教育じやない、ひどいのですが、学校の生徒に、お前のお父さんは税金を納めたか納めないかということを先生を使つて生徒に聞かしておるのです。こういうふうになりますと、どうも少し度が過ぎているようにわれわれも考えたのでありますが、今度は社会教育という名でもつて、学校ではぐあいが悪いのだけれども、社会教育という名でもつて、そういうようなことがどんどん官廳などの、いわば通達ですか、あるいはもつと強い意味を持つた圧力が、社会教育という名前でもつて國民の上にかかつて來はしないかということが考えられるわけですが、その点についてどのようにお考えでしようか。
#41
○柴沼政府委員 第七條の規定によりまして、地方公共團体の長が視覚、聽覚等の教育の手段を利用して、一つの施策を宣博して行くようなことを考えますれば、実際の問題として、御説のように、たとえば租税を完納した方がよろしいというような映画なり幻燈等をつくり、あるいは供米を促進する趣旨で、それについて一般の理解を完全ならしむるような映画なり幻燈なりをつくるというようなことが相当考えられるのであります。しかしいやしくもこの七條によつて定められますことは、少くとも國会できめた法律の趣旨に反するようなことは取上げないはずであります。税金を納めるにいたしましても、國会のきめました税金を取るということだけなのであしまして、少くともその目的においては誤つたことは出るはずがないと考えております。ただ実際のやり方として、たとえば学校において兒童を使うというような場合においては、これは教育的に見ても、児童の教育という点から、もしやり方を誤りますると、相当悪い影響を及ぼす場合も当えられるのでありますけれども、それは具体的なその場合の手段の問題でありまして、第七條のような協力関係からただちにそういう結果になるというふうには結論は出て参らないのじやないかと考えております。
#42
○今野委員 ただいまのお話で、この法律できまつていることを宣伝するのは悪くないというのですが、それはその通りでございましよう。けれども今考査委員会その他で問題になつているように、税金の取り方やなんか、いろいろ税務署側で悪い点も出て來ておるのです。そのために苦しんでおるのに、それに対して税金を納めろというようにやつてくると、かえつて國民の反感を買うのです。われわれとしては、こういうことがかえつて社会の平和を乱すような、また乱すことを挑発するようなことにもなりはしないかとさえ考える場合が多々あるわけですが、そういうようなことに対して、どうもただいまの御説明では十分でないのであります。しかしこれは逐條審議の際に讓りまして、これで打切つておきます。
#43
○千賀委員 社会教育でございますが、昨日もここで発言をいたしましたが、最も社会教育を必要とするものは、成人よりも青少年であろうと思います。青少年に対しても、学校であるとか、おるいは市町村であるとかいうものは一切社会教育に干渉しては相ならぬという條項がここにございますが、しからばだれが社会教育の操縦をするのかと思つて議案を探しますと、社会教育委員会が大体やるようにわれわれは承知をいたしました。しかしながら社会教育委員会の実情というものは、大体町村におきまするおだいさまが選ばれまして、この少数の方の社会教育委員ができましても、実際それらの人は生活にかまけ、または再少年の生活とはたいへん年齢的にも縁遠い人で構成せられる場合が多いのでありまするから、青少年の生活と社会教育委員方とは、ほとんどまつたく日ならずして交渉のない無関係なものになつてしまうと思われるのであります。指導者の一つのグループと、指導を受ける者のグループが全然没交渉になつてしまう、さらに、学校も市町村も指導してくれないということになると、結局はそれでは青少年の自治でみすからの修養を高めようということになるのでございますが、この自治がすこぶるたいへんなものであります。若い者もほつておけば、十年たてば十才年をとり、五十年たてば五十才年をとるということで、結局は一生を通じて一人前の生活体験を初めて得て、完成した人間になるころには命が終るということでありまして、社会教育なるものが、こうしたのんきな傾向をたどつて完成されて行くというならば、それが目的だというならば、また何をか言わんやでありまするけれども、現在の社会を急速に引締め、日本の自立復興を加速度的に助長しようと考えますると、そんなことでは困ると思うのであります。われわれもさような緩慢な氣持で社会教育制度をながめたいとは考えておりません。もつと急速に効果があがるようでなければならぬと思つております。そこで昨日発言をいたしました火災予防の件だけでも、青少年の自治にまかせるのみでなく、もう少し指導という面も考えてもらいたい。なるほど火の用心は火事である。火の用心をおろそかにしたならば、たいへんなことになるが、最も注意を要する火の用心のポイントはどこであるかということを自得させるまでに至らしめなければいけない。われわれがこの資源の乏しいところで、虎の子のようにしている学校なり工場を片つぱしから燒き話してくれたのでは、いかに社会教育が徹底しようといえども、何をか言わんやということになつてしまうのであります。そうすると、もつと急速にこの青少年の修養の中に、生活体験のゆたかな、生活知識の十分きわめられたるところの、いわゆる先覚指導者の指導を十二分に取入れなければ、聾少年が一人前の人間になるまでには國家的のロスも多いし、また間の抜けた社会教育になるのでございます。何といつてみたつて、青少年の教育に壮年、老年の生活体験知識を取入れなければ――また見ようによつては、これが指導に過ぎるという形になりましても、これは相当に、場合によれば強硬にやらなければだめだということはあまりにもよくわかりすぎております。これに対してとうにもこの案ではいくじがなさすぎる。もつと必要なところはぐんぐんとやつてもいいと私は思つております。現在日本の全体の機構でさえもわれわれは民族自治を認められておる形ではありましても、必要な場合には大きな力からわれわれはどんどんあらゆる方面に強烈なる社会教育を集中せられつつあります。たとえば日本の漁業のごときでも、在來の日本の漁業は漁獲高の多いことをもつて世界に誇つておつたのでございますが、この漁業をもつてしては、世界のあらゆる民族から日本の漁業はボイコットを受ける。日本の漁業は取る技術を誇ることもけつこうだけれども、取る前に魚をもつとふやしてから、みずからの知識とみずからの努力においてふやした魚をみずから巧みに取つて、いやが上にも民族をにぎわせるという指導を今われわれは受けつつありまして、翻つて考えてみれば卒然として氣がついた次第であります。日本の漁業といえども、その観点に立たなければ、世界の各民族の間にとても日本人としての位置を認められることができないということから、今や日本の漁業は画期的に形を改めんとしつつあるのであります。これはたつた一つの事例で、私が本文部委員会に轉籍をして参ります前に属しておつた水産委員会において、眞劍に問題になつたところでありますが、たつた漁業一つにおいてさえもかくの通りでございます。社会教育、日本民族全体がいかにしてすこやかに生きて行こうか、民族の思想をいかにしてゆたかにして一行こうか、この教育のためには、もちろん相当に必要な方面には張力な指導がいる。これは理の当然であります。これを今のままでありましては、こわいものに氣がついておりながら、よろ手を触れずに、とうとう青年が一生かかつて満足な人間になるまでには、日本のあらゆる文化財というか、資財は烏有に帰してしまつて、再びほんとうに完成した人間になつて立ち上ろうとしたときには、すでに立ち上がるべき経済的の力が消失をしておるということになつてしまうのであります。私は火災の例に一つ引例をいたしましたけれども、これは決して火災だけではありません、全人生のあらゆる面に対しまして同じ事が言えるのであります。かような点に何もおつかなびつくりでおることはありませんが、もつと有効適切な指導を注入する法はないのか。また当局も氣がついておるならば、一体この法案でどこでそういういうことがあえてやり得るのか、所信を承りたいのであります。
 次は文部大臣に伺おうと思いましたが、大臣でなくてもけつこうであります。この法案の表現法であります。ここにレクリエーシヨンというかなが使つてございます。レクリエーシヨンというかなは英語でもなければ日本語でもない。こういうあいまいなものをなぜお使いになるか。このレクリエーシヨンというかなが使つてあるのは英語の何という字に相当しておるか、意味がわからなければちよつと辞書を引いて見ようという氣持が出るのは、六・三制をほとんどしまつた者くらいでなければだめでありましよう。あるいはレクリエーシヨンという字を、これは英語のあの字だなとわかる人は、上級の学校に中学が済んで入学試驗の準備をしておる者が、そこらに書いてある社会科試験に出たときにという用意で研究をして腹に入れておる者、かような者くらい以上に英語に堪能な者でなければ、おそらくレクリエーシヨンとかなで書いても、どういうことだかわかるまいと思います。また過去において英語にいかに堪能な方がありましても、あの町にべたべた張つてあるオフ・リミツトだとか、このレクリエーシヨンだとかいう字は米語でありまして、ほとんどアメリカ人の使うような意味では、いかに英語が堪能な人でもわかり得ないのであります。文部者は國語研究機関をみずから持つておられます。このレクリエーシヨンを一体この議案にお掲げになるならば、みずから持つておいでになる國語研究機関に付議をなさつて、あそこでも頭を下げたからこのままこんな妙な字をお書きになつたのか。この点がはつきり伺いたいのであります。あなた方は五十万円の予算を取りまして、まさに國語研究をして國家百年の大計を今やここに基礎づけんとしておる大事業をおもくろみになつておるのでありますが、レクリエーシヨンなるこの米語が、アメリカ人がどんな意味にこれを使おうとしておるか。それこそ國語研究所において研究なさつて、これを日本語で簡單に表現するならば、何という字を使つたらいいかということは、およそ國話研究所の最初の一つの仕事としてできるはずであります。それをなさつてもなおかつここにこんな字を使わなければならなかつたのかどうか、まことに私は遺憾に思います。本議案ではこの一字だけでありますけれども、今回衆議院に提案されている政府の全議案の中では、こうしたあいまいな字を使つてあるのは二つ三つでは数え切れない数であるように考えておりますが、これを統一することこそ、必ず文部省において確かにやり得ることであると思います。國語研究所の活用によつてやり得ることであると思いますが、文部省はそれだけの抱負を持つて、各省に難解な米語があつたらおれたちのところへ持つて來いということの通達をせられて、議案の單一化と申しましようか、正しい國語をもつて表現する方法をわれこそはやつてのけんというだけの意氣に燃える力が、どうしてたくさんのお役人の中に一人くらいはないのか、非常に私はこの点遺憾に思うのであります。この点に関しまして御見解はいかがであるか伺います。
#44
○柏原政府委員 第二問のレクリエーシヨンの話でありますが、相当深い廣い内容を持つておりまして、適切に日本語にどうしたらいいかということを今研究しているのであります。專門家も頭をひねつておりますが、へたに訳すれば元氣回復で、それではレクリエーシヨンの妙味は出ないのでありまして、ずいぶん長くしなければならぬ。そこに西洋の言葉数が多くて日本の言葉数が少いのでありまして、何か適当な漢字をつけなければならぬというので今研究しておりますが、日本語で適切に來るのがないのであります。陸軍でも、昔は英語でいえばスパナですが、砲兵の方ではこれを扛起機発條圧螺鑰といつておりまして、扛起機発條圧螺鑰を持つて來いと言われてわれわれ砲兵の將校は困つたのであります。これはスパナと言えばよくわかるのであります。そういうものが英語で簡潔にわかる例もあるのであります。レクリエーシヨンはまだ徹底しておりません。パンパンという意味もわからなかつた。けれども今日パンパンと言えばぴんと來るのであります。そこに一つの社会教育というような部面があると思うのでありまして、レクリエーシヨンといえばわれわれの頭にぴんと來るというような時代が來るだろうと思うのであります。これは單なる元氣回復でなくて、われわれの精神的にも肉体的にも、日に日に創造して、クリエートする、疲れを回復して新しいものを生み出す、という廣い深い意味を持つておりますので、適切な言葉を今研究中であります。へたに訳して、扛起機発條圧螺鑰のようなことになつては困りますので、今研究中であります。(「研究中ではいかぬ。法案の中に書いてあるのだから。」と呼ぶ者あり)いや、それは内容の意味は、精神的肉体的に疲労を回復し、絶えざる創造をするという意味を含めて書いてあるのであります。そういう意味になつておるのであります。
#45
○千賀委員 前段の御答弁を願います。
#46
○柴沼政府委員 前段の御質問について、われわれの考えており、また起案にあたりまして考えましたことを申し上げます。
 火災に例をお引きになつて、生産面の教育に先覚者の教訓を十分に取入れるような方法が必要ではないかという意味の御質問だつたように思うのであります。問題はその方法についての御意見にあるのでありまして、われわれ教育の方法としては、たとえば年齢別にいろいろな段階が考えられるかと思うのであります。家庭教育で幼児をしつけます場合の教育の態度、さらに各階級の学校においていたしますところの教育の態度、さらに成人に対する教育の態度というようなものが、それぞれ手法としては違つた手法によつて実施されて参るということが考えられるのでありまして、青少年の場合でありますれば、ちようどこの青少年としてわれわれが取扱いまする年齢層は、まさに一人前としての自覚が始まつた当初でありまして、非常な自信を持ち、革進的な意見を持つて進もうという時期の初まりになるわけであります。そういう場合に、どういう方法でこれら青少年に先覚者のいろいろな経験、いろいろな教訓を與えるかということは、問題により、あるいはその環境により、相当くふうをこらして研究しなければいかぬと思うのであります。
 それでこの法案として準備してありますところは、第一に図書館、博物館等、あるいは公民館等の施設をつくりまして、それを青少年が利用することによつて先覚者との接触をはかり、あるいは先輩の教訓を受ける機会をつくつてやる、あるいは書物によつて先人の業積を読むというような機会をつくるということが、まず第一に一つ考えられるわけであります。それからもう一つは、いろいろな團体生活を自由にさせることによりまして、その團体生活の中におのずから指導者としての立場をとる者が出て参り、そういう者を通じて貴重な経験が後世に傳わつて行くような方法をとる、かようなことが考えられておるのであります。そしてそういうことを実施して参るための補助手段として、たとえば映画でありますとか、あるいは幻燈でありますとか、そういう最も新しい視覚、聽覚等の方法をその間に織り込んで行くということによつて、お話のような青少年の教育の充実を期して参りたいと考えるのであります。ただ学校の場合と違いまして、その教育の計画なり内容なりというものを、國がただ一つの方法、ただ一つの手法というようなものを考え出して與えまして、これが誤用されますと、ヒトラー・ユーゲントのように相なるわけであります。われわれといたしましては、そういう方向には絶対に陷らないというつもりで、実はその辺の予防線を十分に張つて、もつばら自主的な活動を促して参るような方法を考えに入れて、この法案をつくつた次第でございます。
#47
○千賀委員 御説ごもつともでございまするが、今のあとの方の御答弁に対してもう二回質問いたします。あなたの今のお話を聞いておりますると、たとえば傳染病にかかるといけないから、図書館に行つて博染病の本を読んで來なさい、そうすると博染病の知識ができて、かからないことになるだろう。また火災はこわい、だから公民館で火災予防の活動写眞でも見て來なさい、それでわかるだろうということになるようでございます。そうしたことで自得させることもけつこうではありまするが、およそ人間の生活過程におきまして、ことごとに今おつしやるような自得ばかりで、人間が急にりこうになり、急に成長するということはあり得ないことで、いかにわれわれにこうした制度を教えてくれるアメリカといえども、スポーツにおきましても、あるいはその他におきましても、相当に嚴格な指導者が指導法をとつて指導しつつあつて、初めて青少年がみずからそのロスを省きまして、りごうになり、急に精神的に成長を泳げつつあるのでございまするから、日本といたしましても、決してその点ではそんなに遠慮しておる必要はないと思います。どんどん注入するものは注入し、つぎ込むものはつぎ込んでけつこうだと思うのです。そうしなければ私はなかなかこれはむずかしいと思う。さればこそ現在青年の寄つておる工場とか学校とかいうところに行つて、電氣の使用法たつた一つでもごらんなさい。計画され設計されたときの燭数でそのままおり、またそのときの電燈の数がそのままでおり、また設計されない所には決して電熱器とかそうしたものが使われておらないというような嚴格な例は、ほとんどどこに行つても見ることができないような現状であります。私はこの点で相当に注意をして方方の学校を見まするけれども、燭数などは設計の燭数より大きな燭数を使つておることがほとんど普通のようになつております。夫子みずから自得せよということは、非常に、人格的なけつこうな教育法ではありまするけれども、夫子みずから自得するのは、ほんとうに達人、聖人において全きを得るので、凡人である限りには、相当に指導者のよき指導、嚴格なる指導を得なければ、なかなか急速に人となりがたいのであります。こんなにうようよした社会において、希少年がなるべく急速に完熟した人間になつてくれなければ、その間に失われるところの國土なりあるいは文化財の消耗は実にはかり知れない損失があるのでございます。やがてその損失が重なり重なつて、民族が再び立つあたわざるところまで行かざればやまぬということになるので、どうも私は当局がこの点私の考えるよりもおつかなびつくりで、遠いところから物を探つておるような形で、あまりにもいくじがないと思います。もつと勇敢にこれをやられてもけつこうだと思うのでありまするが、私の申し上げるような趣旨においてほんとうにセクシヨンに強い意見で應対をなさつた、対立をして檢討を加えられたことが実際あるであろうかどうであろうか。私はこういうようなことは、ただ仰せごもつともだと承つて來られるだけだから、かような議案が出て來るのではないかと思いますが、その点あなた方の御決意のほどを伺つてみたいと思うのであります。
 そこで、先ほどレクリエーシヨンの問題は、次官がお答えくださいましたから、次官にひとつ御相談をするのですが、もしもこういうような難解な向うの意見を、適当な訳語がないからそのままあげるというような場合には、その次に括弧かなんかで、原語のスペルをつけておいていただけば、これは非常に便利ではないかと思います。レクリエーシヨンを見て、辞書を引いてみようというようなことは、少くとも六・三制の済んだ人くらいでなければ、これはできないのでありますけれども、およそ今の世の中ならば、二十六文字のアルフアベットを読むくらいのことはたいていできるし、またできない人でも、十日か二十日の労で、これはだれでも自由自在に覚え得るのであります。それができれば、英語を知らないでも、スペルを傳わつて辞書でその字を引いてみるくらいのことはできるはずでございますので、どれだけ便利を得るかしれないと思うのであります。どうしてもこうした字を使わなければならぬときには、將來今申し上げたスペルを次に横文字で入れておいてみようという、そのお試みはどうお考えになりますか、伺いたいと思います。
#48
○柏原政府委員 法律案にスペルを入れたことは今までないのでありますが、何もないからといつて、否定するわけじやありませんので、よく研究してみます。
#49
○柴沼政府委員 何かわれわれの方か非常に遠慮がちな法律をつくつたような印象をお持ちになるようでありますが、実はこれは、われわれとしては議しておるつもりも、あるいは遠くからながめておるという氣持でもないのでありますし、またこういう考え方について、特に社会教育法に関して向うから注文を受けたということも、実際問題としてないのであります。われわれといたしましては、ちようどお言葉の中に例としてお引きになつたのでありますが、スポーツの集團において相当嚴格な訓練が実施されるというお話が出て参つたのでありますが、そういうようなことをわれわれは意図いたしておるのでございます。ちようど青年期におきましては、非常に理想主義的な考えを持ち、またみずから活動をすることを希望する、その心理状態を、われわれはいわば善用するわけであります。みずから求めて、自分を訓練するためにそういうやかましい訓練を指導者から受けるという態度になるわけでありまして、このことはスポーツばかりでなく、一般に文化的な集團においては、特に青年の集團においては、常に見られるのであります。そういう意味におきまして、われわれとしては、何も公民館の映画を一つ実施して、それを利用するかしないかを手をつかねて待つておるというわけでもないのでありまして、そういう自発的な青年の特性を活用した、集團生活における自主的な自己訓練――自己訓練と申しまするのも、普通どの青少年の制度をごらんになつてもお氣づきと存じますが、常に青年層の指導者、あるいは顧問というものがついております。これは宗教的な意味は瀞いのでありますが、YMCAのようなものにつきましてもそうでありますし、またボーイ・スカウトについてもそうでありますし、また日本にたくさんございます地域青年團についてもそういうことになつて、自分で進んで訓練を受けるという氣持が出て参るわけであります。そういうことをぜひ伸ばして行くことが、教育基本法に基いた一つの新しい教育の方向であるというふうに考えておるのでございます。
#50
○千賀委員 いま一つ最後にお伺いします。あなたのお考えになるように各社会教育團体が進んで行けばけつこうでありまするが、寄れば麻雀をやる、集まればダンスをやる、芝居のけいこをやつておる。それくらいな團体が実在するときに、一切道学者――道学者ということは言葉が過ぎますが、とにかく人間として完成するためのいろいろな道を好んで聞かないというような社会教育團体の出たときに、それは一体どこから指導するのか、だれもこれに助言を與えてやることができないのか、それはいかがですか。
#51
○柴沼政府委員 現在相当世相を反映しまして、青少年の集まりの中に、お話のようなあまり好ましからざる行動をとるための集團というものも、必ずしもないわけではないと私どもも存じておるのであります。しかしこれを訓練いたしますのに、強制的に訓練するための方法としては、学校以外にはないわけであります。みずから志望して学校に入りますれば、少くともその学校の定めてある規律は、これに從わなければならぬ。それは承知して入つたのでありますから、当然そうなるのでありましようけれども、一般に世の中にあります場合には、これはわれわれとしては、よいところに向う機会をつくつてやる、よい方向に向うための興味のある積極的な事柄を奨励するというような形でその注意を引きつけて導く以外には方法はないと思うのでありまする非常に間接的な方法。ようでありますけれども、今後の教育の方向としては、それ以上に出ますことは行き過ぎではないかというふうに、文部省として考えておるような次第でございます。
#52
○千賀委員 不満足でありますけれども、私はもうこれでやめます。
#53
○水谷(昇)委員 議事進行について、ただいまここに配付せられました社会教育法案に対する修正案というものは、察するところ、参議院の文部委員会において修正可決せられたものだと考えるのでありますが、はたしてそうでありましたならば、この際議事進行上この修正案をひとつ御説明願いたいと思います。
#54
○渡部委員 関連してやはり一般的な問題をひとつやつて、逐條審議のときに説明してもらつたら、どうでしようか。
#55
○原委員長 それでよろしゆうございましようか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#56
○原委員長 それでは渡部君の御発言の通りにいたします。
#57
○松本(七)委員 前回文部大臣に御質問申し上げたときの御答弁で、少し足らない点がありましたので、補足して御質問申し上げます。
 この前予算的な裏づけが不十分なままにこういうものを実施した場合に、いろいろな弊害があるのではないかということを御質問いたしましたときに、大臣は、予算的な措置というものは不十分であるけれども、これはないよりはまたましだというような御答弁があつたのであります。しかしながら、六・三制にいたしましても、あるいは教育委員会にいたしましても、予算的な裏づけというものが不十分であるためにいろいろな弊害が起つておる。特にこういう社会教育に関する施設を十分な予算的な措置が伴わずして実施した場合に、いろいろな弊害が予想されるので、われいろもこれを憂慮するわけであります。どうしても地方の負担が多くなつて來る。今でも問題になつておりますような、強制的な寄付がますます過重されるのではないか。そういうところから、やはり地方のボスが、こういう社会教育面を相当牛耳るような弊害が起つて來るのではなかろうか。これを実施したときの効果よりは、弊害の方が多く出るのではないかということが憂慮されるわけであります。そういう予算的措置が不十分なために起ることが予想されるところの弊害について、政府は考慮されておるかどうか、もしそういうことを予想されておるとすれば、どのようにしてそれを防止されるのか、そういう点をお伺いしておきたいと思います。
#58
○柴沼政府委員 先ほど今野さんの御質問のときに触れたのでありまするが、われわれはこの法案を実施することによつて、地方の負担が現在の負担よりも著しく増すということをできるだけ避け得るような形で規定をして参りたい、こういうつもりで規定をしておるのであります。つまり社会教育だけの狭い見地から言いますれば、たとえば公民館というようなものは、設置を義務づけることが望ましいということが一應言えるのでございますが、しかしそういうことはいろいろな面で、財政ばかりでもありませんが、特に財政的に弊害を生ずるおそれがあるというので、そういう考えは捨てたのであります。また地方教育委員会の任務としてあげましたことも、一つの事例としてあげたのでありまして、これが実施はもつぱら地方の予算で計上し得る範囲にとどめてさしつかえないような規定にいたしたわけなんであります。ただこれを実施することによつて、よき傾向と悪い結果と、二色想像できるのでありまするが、できるだけ悪い結果の出ないような方策をめぐらしまして、まずこれを実施いたしましたために、地方が非常な迷惑を受けるというようなことにはならないのではないかというふうに考えておるのであります。
#59
○渡部委員 今日はまず一般的な質問をいたします。この法案を読んでみますと、指導とか、助言とかいうような文字が非常に出て來るようですが、この指導、助言をする機関は、先ほども言われたように、教育委員会とか教育長とか、そういうふうな人たちが指導し助言する。ボスが非常に重要な社会教育を指導し助言するという精神が、この法案の中には流れておる。ところがわれわれが考えると、社会教育は特にそうであるが、社会的な認識とか社会的な自覚とかいうものは、ボスの間から起きて來るのではなくて、これは一般にはつきり現に見るように、一般民衆の中から、ことに働いている人々の中から、こういう新しい日本をつくつて行くところの社会的な認識、社会的な自覚というものが起きておるわけです。こういう人の認識は、学問の高い人の認識よりも、さらに非常に確固とした認識があるのであつて、たとえば大学教授よりも、現在の指導的労働者たちは、もつとはつきりした社会的な認識と社会的な自覚とを持つております。しかもそれは新しい日本をつくる上において最も重要なものであると思うわけです。これは私が思うばかりではなくて、現実にそうである。そうだとすれば、社会教育というものは、いわゆる地方におけるボス的な人の集まりによる機構によつてなさるべきものではなくて、民衆の創意、ごとに新しい日本をつくろうとして活動しておるところの民衆の創意が盛られなければならぬ。それが一番重要視されなければならぬのに、この法案の中には、民衆の創意性というものを取入れるところの何ものも出ていないのは、一体どうしたわけであるか、この点についてまずお尋ねいたします。
#60
○柏原政府委員 ボスの話が出ましたが、古い型のボスとか、古い型の思想家とか、政治家とか、あるいは弾圧的な人を講師に頼んで講演をしたりする場合もありましようが、しかし現在の日本におきましては、もうそういう古いボスで青年層を指導しても、ついて行かぬくらい一般の思想は高まつておりますので、そういう古いボスを持つて來て講演でもやらせましたら、聽衆は來ぬ。しかし新しい型の人が行けば聽衆は來るだろう。そういう全体の動きを考慮して、時代に適当な講師がおのずから出て來るだろうと思うのでありまして、古い型の強圧的なボスを集めて講演を聞かすというような結果にはならないのではないかと思うのであります。地方の教育委員は選挙で出て來ておるのであります。ですから、相当一般の水準を知つておるのでありまして、かつての封建時代の古いボスではないと思うのであります。見方によればボスの中にも、古い型のボスもあしますが、やはりある意味で、支配的能力のある人がおのずからボスになつて來るのでありまして、そんな心配はなかろうと思います。また農村において、たとい身分は低くても、その人が努力すれば一反に六石もとれるという達人だつたら、各農村から農学博士よりもひつぱりだこになつて、そういう人の話を聞きたいという一般の要望もありますので、おそらく一方的な彈圧的な人ばかりが教育に從事することにはなるまいと思う。それほど一般に現段階の社会水準が進んでいないとは言えない、こういうふうに考えます。
#61
○柴沼政府委員 この法律中、若干の條文において指導、助言という用語が使われておるのでありますが、教育委員会の場合について申し上げますると、教育委員会はわずかの人で構成されておるのでありますから、社会教育の全般についてただちにその人だけで社会教育の指導及び助言ができるかどうかということは、私たちも疑問に思うのであります。それを救済するために、この社会教育について教育委員会から諮問をし、あるいはその計画を聞くことのできるような仕合教育委員という一つの会議体を置いて、それを救済して行く、公民軸の場合でありますが公民館運営審議会というようなものを置いて、それを通じて十分に輿論を反映して、社会教育上の援助をして参るという方法を採用しておるのであります。そのためにこの委員の選び方につきましても、これは参議院の修正案とも関連するのでありまするが、いろいろとくふうを凝らして、できるだけ輿論が、公正に反映するような方法を、あれこれとくふうしておるのでありま
 なお念のためつけ加えまするが、第五條の場合には「指導及び助言」ということよりは「援助」という言葉の方がいいだろうということに参議院でもされております。しかしかりにこれが指導助言と相なつておつても、いわゆるボス的な考え方で指導することには決してならないようにできているつもりでございます。
#62
○渡部委員 なるほど十五條にはこの教育委員というものは「社会教育関係團体の代表者及び学識経験者のうちから委嘱する」ということになつておりますが、これを委嘱するのは教育長の推薦によるものであつて、現在のところ、こういう形での社会教育委員というものが、民衆の創意性を発展させるような、十分に取入れるような性格になり得ないということはわれわれははつきりいろんな場合で経驗済みだと考える。この点は議論になりますから、三鷹討論の際に讓りまして、第二に社会教育関係團体というのはどういう範囲を指すのですか。
#63
○柴沼政府委員 社会教育の関係團体はここに規定してありますように社会教育ということを目的とするもので公の支配に属しない、つまり官の統制を受けない團体一切を言うのであります。但し先ほどちよつとこれも関連して申し上げたことでありますが、社会教育に関する事業を本來の目的とあわせて行う、あるいは本來の目的に並行して行うという場合には、それはその本來の目的の方に重点を置いて、ここでは社会教育團体の方に入れないのであります。そして現在ございますのは御承知のように社会教育関係團体として取扱うべきものは青少年團体と、あるいは社会教育協会と申しますか、その他相当数各地にできておるのでありまするが、その実質的な活動を判断して社会教育を主たる目的としておれば、それをとつて來てこの第十條にいう関係團体になる、さように考えております。
#64
○渡部委員 今の御出町による社会教育関係團体というのは、大体において官制的な性質に近い、少くともそういう性質を打ち得る素地を持つておるものであるというふうにわれわれとしては考えられるわけです。ところが現にこの社会教育的な活動をしておるところの團体というのは非常に多い。たとえば私なども所属している民主主義科学者協会でありますが、これは日本の科学の向上ということも、その他の科学の自由というようなことをも重要な目標にしておるのでありますが、しかしながらこの約五千名の大学高專の教授を中心に集まつておる科学者協会の科学活動、思想科学的な啓蒙活動というものは、全國には非常に大きい力を持つております。これは現に全國に六十何箇所の支部を持つておる。これが各地方において地方の科学的な人々、科学研究者の人たちと協力して、非常に廣汎な活動をしておします。こういう活動こそが社会教育の上に非常に重大な役割を持つておる。また他の新日本文学会でも、また新日本美術会でもいい。このような團体が全國にそれぞれの支部を持つてそれぞれの部門を通じての社会教育を非常に力強い形で展開しておる。こういう場合にどうしてそれらのものが社会教育の團体に入らないのか、その点をはつきりいたしてもらいたいと思います。
#65
○柴沼政府委員 この法律で取上げておりますものは、一定の範囲がきめられておるのでありまするが、むろんここで取上げてありまする團体以外に社会教育的活動をするもの、あるいは拠金教育的な効果の多いものというものはこれまた無数にあるとわれわれは存じております。しかしこれらは、ただいま学術を中心とします形であれば学術團体として育てて行つた方がいろいろな点に便宜が多いのであります。むりにそれを社会教育関係團体だとしてここで取上げる必要はないわじやないかとわれわれは考えておりまし、この條文でごらんのように、要するにこの種の團体には文部大臣もあるいは地方公共團体におきましても干渉しては相ならぬということを中心にして規定してあるのであります。從つて干渉もしないかわりに補助金も與えないということになつております。しかし、かりに科学を中心とする團体でございますならば、その学術研究の範囲においてに、これは当然に補助金をもらつてよいのでありますし、またもらわなければ十分な活動はできにくいだろうと思います。しいてこの中に入れて、そういう学術的色彩を裏にまわすよりは、むしろ学術を中心とした團体で進むべきである。そのかわり社会教育の活動の範囲においては、いろいろな團体等は地方教育委員会等にも密接に協力をしてもらう、そういう形を予想してこういう規定に相なつておるのであります。
#66
○渡部委員 柴沼政府委員の答弁は非常におかしいと思う。たとえば民主主義科学者協会のような場合には、とにかく政治経済、社会科学、自然科学のあらゆる部面にわたり全國的に啓蒙運動をやつておるのです。自然科学及び社会科学さらに技術のあらゆる面に向つての啓蒙活動が行われることをほかにして、どこに社会教育がありますか、その場合それがなぜ社会教育関係團体として入れられないのですか。それだから、私が問題とするのは、あなたの言われたところのさきに若干あげられた團体の青少年云々といつたようなものは、これはすごぶる官制的なものに近いような形である。社会教育にはさらに大きい廣汎な團体があるのだ、なぜこういうことを取上げないかということをお聞きした理由がそこにあるわけであります。
#67
○柴沼政府委員 民主主義科学者協会のことを取上げて話したのではないのであります。私その協会の内容を知りませんのでお答えできませんが、もしこれがそういう科学、社会教育を普及することを目的とする團体であるならば、これはこの中に入つてもさしつかえないだろうと思います。特定の團体につきましてのお話ではなくて――私間違いでしたか、科学という言葉に非常に重点を置いて耳に響いたものでありますから、学術の研究團体にしてなおかつ普及をする團体かと、かように解釈してお答えしたような次第であります。
#68
○渡部委員 それでは民主主義科学者協会とか、新日本文学会とか、新日本美術会とかいつたふうな民主主義的なあらゆる科学、技術、文化に関する廣汎な啓蒙的な活動、教育的な活動、こういうものをやつておるところの團体は、社会教育関係團体ということに入ることになるわけですか。
#69
○柴沼政府委員 特定の團体についてはお答えできません。私その内容を知りません。
#70
○渡部委員 たとえば一般的に言つたらどうですか。
#71
○柴沼政府委員 一般的、抽象的な意味でしたら、科学を普及する團体あるいは生活の科学化を意図する團体というようなものは、当然取上げられてしかるべきものたと思つております。
#72
○渡部委員 どうもその点はつきりしない。私はたとえばと言つたのであつて、これは今後の社会教育関係團体がどういうものであるかということを決定しておくことが、この運営の上にも、この社会教育委員の選挙の上にも非常に重大なる問題になつて來ておる。これは決定的な問題であると思うのです。この問題についてそんなあいまいな考えではいかぬと思います。こういうものは面会教育團体であるとして認め得る範囲に入るものだ、あるいは入らないものだということをはつきりする必要があると思います。そういうあいまいなものを残して法案をつくるというということはできないと思います。お答え願います。つまり判定の基準を明確にする必要があると思います。
#73
○柴沼政府委員 どの團体が具体的に社会教育関係團体となるかということにつきましては、いろいろ疑問の出る場合もあるかと存じます。しかしこれはその團体の直接関係する場所々々において決定されて行くべきであつて、一般常識でもつて判定する以外にちよつと方法はないだろうと考えておりま
#74
○渡部委員 その一般常識なるものがはなはだ非常識だから、ぼくは聞いておるのです。一般常識でと言うけれども、基準の判定のないところの法案を出すことが、第一おかしいじやないかと思います。どういうところで基準を判定するのか、それを明確にされないと、これは第十條だけにかかわるようであるが、実は全体の項目にかかわつて來る。だから私はその判定すべき基準を明確にする必要があると思います。
#75
○柴沼政府委員 一般的な基準としては十條にあります通り、「公の支配に属しない」ということと「社会教育に関する事業を行うことを主たる目的とするもの」という二つの條項があるのでありまして、これによつて十分判定ができるだろうと存じております。
#76
○渡部委員 これが重大なんです。これは全体にかかわるのです。そこで私は先ほど申し上げたように……(「共産党宣傳機関がそこに入るかどうかというだろう」と呼ぶ者あり)そうじやない。ちやちやを入れたらいかぬ。ともかくあらゆる社会教育、あらゆる自然科学、あらゆる技術、こういう問題について廣汎な活動をやつておる、またある文学会のような廣汎な文化運動をやつておる、こういうものはいろいろな面から見て、社会教育的な活動をやつておるのであります。こういうことをほかにしては社会教育的な活動というものはあり行ないのだということを、ひとつ柴沼政府委員ではなくて文部次官にお聞きします。
#77
○柏原政府委員 ぼくらも一つの社会教育的な活動をやつて参りましたが、それは宗教を背景にした実に黄河な仕事といたしまして教化もやれば教育もやる、そういうふうに実際的に効果をあげるものでありますけれども、一つの宗教色を持つておりますので、そういうものが政府でやる一つの社会教育のあの中に入つて行くことは困難かと思います。そこで入らなくても宗教色でもつて存分社会教育はできると私たちは確信しております。從つてあなた方のなさつておる科学者協会が――これは科学と思想との非常に深い問題になつて参りますが、一つの政党色を持つとか、あるいは一つの方町を塗りつぶしておるというかつこうであつた場合には、國家の費用でもつてそれをするということは、そこにこの法の精神から言えばぐあいが悪いと思うのでありまして、それがおれの方はそうじやない、純科学だ、そうなりますと、科学というものが、話はそれますが、共産主義は純科学の上に立つておる、それは主義でなくして一つの科学性な眞理だという問題に入りましたら、これは私は非常にむずかしい問題になると思います。それはむしろ國会の議論というよりか学界哲学の問題に入つて來ると思います。(拍手)從つてここで論ずべき問題ではなかろうと存ずるのであります。
#78
○渡部委員 それで私はこの問題についてはさらにあとで説明を求める機会を持ちたいと思います。とにかくはなはだ要領を得ない説明であつて、しかもそれが根本的な問題になつて來るので、あとで次々と質問しますから、その点はひとつ了解しておいてください。
 そこで私は無色透明といつたふうな思想は世の中にあるものではなくして、思想というものは必ず一定の色彩を持つておるものであるから、言われたことは全然ナンセンスだと思う。從つてこのナンセンスの問題は一應別といたしまして、さらにこういう民間の科学的な文化的な活動を通じて、社会教育を非常に強力に行つて行く團体に対して、政府が不当に統制支配を及ぼし、またはその事業に干渉を加えてはならないということには非常に賛成であります。しかしどうしてこういうものに援助を與えないのか、その点をお伺いします。
#79
○柏原政府委員 もちろん、思想というものは白色ではありません。しかしあなたの人生観からいえば、どんな思想でも階級性を持つとあなた方は申したいのだろうと思いますが、私たちはあらゆる階級性を越えた眞理もあるだろうと信じております。ここでは哲学の論戰をするつもりはないのでありますが、しかしひとつの政党色を持つたものに対してなせ援助をしないかということでありますが、それは憲法の建前から申しましてもむりだと私は思います。さらにそれが有力な團体であつて、幸い民主主義の道が開けておりますから、その團体が……(「ナンセンスだと言えば質問の必要はない」と呼ぶ者あり)しかもそれが強力に目的を達するためには、民主主義だから札をたくさんかせいで國会で多数をとつて、そうしてある程度の政策をやらしたらできぬことはないと思います。それは政党色のものになるとすればですね。
#80
○原委員長 ほかに質問者が二名ありますから、一人で時間を長くとらぬように願います。
#81
○渡部委員 要領を得ないからお尋ねしておるので、簡單にやつておるのです。(「ナンセンスと言えば質問とは別だ。」と呼ぶ者あり)そんなばかなことはない。何をナンセンスと言つたか、あなたはわからないでしよう。
#82
○原委員長 質疑を続行してください。
#83
○渡部委員 それでちやちやが入るので非常に長くなる。(「質問しろ」と呼ぶ者あり)だから質問しているのですよ。
#84
○原委員長 ちよつと渡部君に申し上げますが、ちやちやが入るという言葉は除いていただきます。
#85
○渡部委員 それではどういうふうに言つたらよろしいのですか。
#86
○原委員長 それだけ発言しないでください。
#87
○渡部委員 それでこういうふうに政党色とか云々ということを一應別にして、國または府縣等に属しない團体、こういう團体に対して助成をしないという意味はどこにありますか。その根本問題は……。
#88
○柴沼政府委員 社会教育関係團体に対しては十三條で補助金は與えてはならないとしてあるのです。しかしそのほかの点、たとえて申しますれば、ある程度統制物資の配給をあつせんするというようなことは、これは考えて考えられないことはないのでありまして、この條文では触れておらないのでありますが、実際問題としてやつてよろしいのだろうと思つております。これは憲法八十九條の問題ではないと考えております。
#89
○渡部委員 それでそういう点については議論になりますから、さらに次に進みます。この文部省の方から出ておる昭和二十四年度予算要求額というものがありますが、この中で特に注目されるのは、復員者教育に要する経費というものが二千五百九万円もあつて、あらゆる社会教育の施設及び内容上のトップを占めておる。なぜ復員者に対してこれだけの経費を用いて特別の社会教育を行わなければならぬのかという点をお聞きします。
#90
○柴沼政府委員 ここで題目が復員者教育というふうに相なつておりますが、これは文部省の予算であるために、こういう字句を使つておるのでありまして、実際にわれわれがやつておりますことは、復員して帰られた直後に、日本の新しき憲法のことも御存じない、土地制度のこともよくわからぬ、あるいは職業を探すためにどうしたらいいのかというような点も不明である、そういう事例が多いために、そういう日本の実情をそのまま知らせるという趣旨の経費でありまして、この経費は、たとえば新憲法のパンフレットを全部一冊ずつ配るというようなそういう趣旨の経費であります。
#91
○渡部委員 この復員者教育というものは、特別に教育をされる必要はないのであつて、復員者は復員者としてのりつぱな特別のそれぞれの見解を、むしろ日本におつて戰時中ああいう状態に置かれた人よりも、廣汎な知識を打ち、廣汎な自覚を持ち、廣汎な認識を持つておる人が相当多い場合に、特別のこういう経費が用いられるということにはわれわれとしては異見があるわけですが、しかしこれは意見になりますから、この点は申し上げません。後ほどわれわれは討論に際して、この点をはつきりさせなければならぬと思います。われわれとしては引揚者あるいは復員者というようなものの教育において一番重要なのは、何といつてもその人たちの生活を安定させてやることである。つまり教育のための物質的な條件をつくり出してやるための全國民の努力であるというふうに考えるわけですから、この点についてはあとでまた質問します。それから教育の物質的基礎と私は申し上げましたが、現在働いておる人たちは、生活の関係からも時間の関係からもなかなか社会教育を受けるような機会がないので、この点についてはわれわれは特別の考慮を拂う必要があるのではないかと考えるのであります。その場合に定時制学校の予算が全部削られておるというようなやり方のもとでは、とても働いて行く人たちの社会教育を有効に、十分にするということは困難になつて來るだろうと思うのですが、こういう点についての見解はいかがですか。
#92
○柴沼政府委員 定時制高等学校は、数が少いために、実際に通学する青年の数が多くなることはとうていできないのであります。そのために現在各府縣とも非常に苦心をいたしておりまして、二、三の府縣では小学校あるいは公民館を使いまして、諸種の青年講座を開設して、それを補うというような試みを現にやつております。その例は最近聞きましたところでは、たとえば山形縣あるいは鹿児島縣というようなところでは、すでに着手して、ある程度青年の要望にこたえることができておるようであります。われわれ國の方といたしましては、こういうこともむろんあり得ると考えますので、公民館において行いますところのいろいろな講座について、國が経費を負担いたしまして、できるだけそういう学校に通うことの困難な青年が各種の講座を利用できるようにしてもらうという意味で、公民館に関する経費も千九百万円計上しておるわけであります。
#93
○原委員長 渡部君、あと二人ありまして、今後発言者の時間を制限しなければやれなくなりますから、常識的にひとつお願いします。
#94
○渡部委員 私は今まで申し上げたことから文部省の結論をお聞きするわけでありますが、今労働階級は労働組合等の自由な、自主的な階級的な社会教育を自分から行つており、それからあらゆる民主主義的な團体が、やはり同様の社会教育を自主的に行つておる。そうしてすベてそういう活動を通じて急速に國民の社会的な認識、社会的な自覚が高まつておる。これは現在の社会が、当然そのように民衆の社会的な認識とか自覚とかいうものを高めるように動いているわけですが、こういう場合に文部省はどうして社会教育というようなものを急いで決定されなければならないのか。またこういう法案をもつて社会教育というもののいろいろの規正を行わなければならぬのかということを、さつきからの総括としてお尋ねします。
#95
○柴沼政府委員 文部省に新しい文部省設置法によりまして、いわばサービス機関としての性格にかわます。從つて今後從來のように地方廳を指揮するというようなことは一切ないわけでございます。そして教育は地方分権にせられまして、地方教育委員会が中心となつて、教育の実際をやつて行くということに進んで参つたわけであります。そういう際でありますので、ここに新たに発足しました教育委員会が、社会教育上どれだけの責任を持つてどれだけの任務を課せられなければならないかということについて、少くともひとつこの際それを明らかにしておかなければ、地方教育委員会としては、よるべき根拠がないことになるわけでございます。これは國会の意思でぜひおきめを願つておく必要があるとわれわれは考えるのであります。すなわち中央統制的なことを一切避けます。そのかわりには、この法律によりまして、たとえば社会教育関係團体に一切干渉しては相ならぬというようなこともこの際明確にして、いろいろな指導的な企画を立てるについても、社会教育委員あるいは公民館運営委員というような、はつきりした輿論を吸收する機関を持つて、それを土台にして、進むのがよいということを明らかにいたしまして、さらに公民館が設置せられます場合でも、その公民館がどういう方向に向つて進むのがよいかというようなことが明確になることが、今日として非常に要求せられておるのであります。われわれとしましても、ここに社会教育の諸活動に根拠ができまするならば、おそらく社会教育は、先ほど手ぬるいというお話もあつたのでありますけれども、少くとも大地に桜の生えたしつかりした振興の仕方ができるのであろうと大いに期待しておる次第でございます。
#96
○原委員長 よろしゆうございますか。
#97
○渡部委員 逐條審議のときに讓ります。
#98
○原委員長 それでは逐條審議に入ります。圓谷君。
#99
○圓谷委員 社会教育の定義、第二條についてお伺いいたします。これは非常に立案の方の御苦心のほどもわかるのですが、教育基本法の中にこの社会教育の大体の異議があるように私思うのです。ところでこれを見ますと、学校において行われる教育活動を除いて、主として青少年及び成人に対して行われる組織活動と、こう規定したのですが、そうしますと、学校教育以外となりますると、家庭教育もこの中に含まれておるかどうか。
 それからもう一つは、歓会教育の多くは組織的活動でなく、学校教育と家庭教育を除いた一例が、社会的教育なんでありまして、ここに一つ疑問がありますので、組織的の團体、組織的の活動ということ以外は、この社会教育のこの法案の目的外に行くのかどうか、これは最も重要な問題でありまして、この定義の問題がはつきりせぬとこの社会教育法が生きて來ないと思いますので、この二点についてお伺いいたします。
#100
○柴沼政府委員 この第二條で取上げました社会教育は、実は若干限定的に相なつております。御指摘のように、社会教育はむしろ組織的でない部分の方が私も多いと存じております。しかしそういう非組織的なものを取上げて、法的に規正するということは、むしろ社会教育の発展を阻害する場合の方が幼いのじやなかろうか。根本としては、國が援助をしたりなんかすることを考えますれば、組織的なものをまず取上げて規制をするという方向に参りたい、こう考えるのであります。そして家庭教育に対するお尋ねであります。ここでは主として青少年及び成人というふうに書いてあるのでございまするが、実は家庭において行われまする家庭教育につきましても、いろいろな部面で組織的な指導がなされておるわけであります。私どもは一應家庭教育も――家庭教育のすみずみまでという意味ではないのでありますが、家庭教育の行われます部面も、この法律に含まれる部面があるのではないかと考えております。
#101
○圓谷委員 了承いたしました。
 次に第三條の、國及び地方公共團体の任務でございますが、その中に「社会教育の奨励に必要な施設の設置及び運営、」こう書きまして、その下に「集会の開催、資料の作製、頒布」というこの三つの條項を入れたのはどういうわけであるか。というのは、第五條において、この社会教育の当該地方における事業は左のごとしとして、十四規定してあります。その中には詳しく書いてあるのに、ここに三つの條項を――施設の設置及び運営で大体わかつておるのだが、この三つを特段に取上げられたということはどういう意味であるか、これをお伺いします。
#102
○柴沼政府委員 お尋ねの通り、ここは第五條でさらに詳しく相なりますので、いろいろな書き方があると存じます。しかし社会教育の奨励に必要なものの代表的なものをもつてまず任務の大綱を示して参ろうというのでありまして、施設の設置、集会の開催、資料の作製、頒布というようなことが最も中心的な社会教育の奨励方法でありますので、特にここに取上げたのであります。その詳細なことが、この條文を受けて第五條以下に発展して参るわけでございます。
#103
○圓谷委員 次にちよつと第四條と第十三條の意味を説明していただきたい。第四條には、國は、この法律その他の法令の定めるところにより、地方公共團体に対し、財政的援助及び物資の提供あつせんを行うことができるとあります。それから十三條は、國及び地方公共團体は、法律に特別の定めある場合のほか、社会教育関係團体に対し、財政的援助を與えてはならない、となつております。これは違つておりますか、直しておるならよろしゆうございますが。
#104
○柴沼政府委員 第四條の方は、國と地方公共團体との関係を規定したのでありまして、國が地方公共闘体に財政的援助、物資の提供等は、かりにこの條文がなくても、やつてよろしいのでありますけれども、しかしそういうことが常例として行われるようにという意味で、第四條を規定いたしたのであります。十三條の方は、これは公の支配に属しない團体でございますので、これに援助をいたしますと、憲法八十九條にぶつかるわけでございます。その意味で四條と十三條は全然規定の方向を異にしておりますことを御了承願います。
#105
○圓谷委員 二十三條の二項ですが「市町村の設置する公民館は、特定の宗教を支持し、又は特定の教派、宗派若しくは教團を支援してはならない。」これは地方における社会事業というものは、先ほど柏原次官からもお話がありましたが、大体宗教関係によつてやつておつたのですが、この宗教と宗派とを特段にわけたということが一つ疑問になりました。
 それからもう一つ文部省の見解をこの際お伺いしておきたいことは、日本における神社宗教というものは十三ありますが金光教、出雲大社教、これは宗教となつておりますが、ただかんながらの道といいますか、昔の祖先をまつつた、正成をまつつた、あるいはその他の神社は宗教とお考えになつておるかどうか。というのは、過日の文部省からの次官通牒かで、地方の学生や生徒を先生が引率して御礼に参拜できない、こういうことになつておりますが、その見解をひとつ伺わしていただきたいと思います。
#106
○柏原政府委員 具体的ないろいろな問題がたくさんありまして、こういう場合はこうと一々関係方面と折衝して、詳しいものができておりますから、篠原課長からお答えいたします。
#107
○篠原説明員 ただいまの御質問ですが、大体根拠は神道から出ておるのでありまして、その解釈が非常にむずかしい解釈をしなければならぬ点が多いのであります。そういう点で具体的にもう少し内容をお伺いしないとわかりにくいのであります。
#108
○圓谷委員 私がこれを聞いているのは、この法律で行くと宗教と宗派に属するものの活動は公民館が利用できないということになりましよう。そこで地方によつては村にいろいろな特定な行事がございます。そこで神社とか村にある鎮守様とか、あるいはそうでない祖先をまつつた日本の神社は宗教と考えておるのか、否定しておるのかということをお伺いしたい。
#109
○篠原説明員 御社をここでは宗教と見ております。
#110
○圓谷委員 これは議論になりますし、いずれゆつくりお話するから簡潔に申し上げますが、宗教には大体宗則があつて教典がある。キリスト教にはバイブルがあるし、それからマホメツト教にはコーランがある。そこで日本の神社すなわち具体的の人をまつつたところの神社は、相先ではあるが宗祖もなければ教典もないので、これはよほど根本的に考えなければ――もし客観的にそういう解釈をどちらの方かでされるとするならば、これはよほど日本にとつて重大な問題で、何か宗教の問題が出たときには大いに論爭したいと考えておるのです。ほかの神社宗教はよいのですよ。けれども、佛教宗教、これは徹底した宗教でありますが、神社に対する文部当局の見解がはつきりしないと、今の学生が日光にお参りに言つて悪いとかいろいろな解釈が出て來ると思う。これをはつきりしていただきたい。ことに公民館運営にあたつて、ここに宗教宗派とみんな一からげにして、村の鎮守様も宗教だということになつて來ると大きな問題が起るのではないか。
 それからもう一つ、從前の公民館は、この法律が出て実施の日から六箇月以内にこの手続をしなければならぬということですが、地方の公民館は活動写眞と一緒にやつてみたり、あるいは図書館と一結にやるということで、すでにできておるのがある。これをこういう法律で縛つて行くと、非常に運営上困ることができるのではないか。もちろん利益を目的としてやつてはいけないのであるが、地方においては昔学校の講堂をつくる場合に、非常にきゆうくつな規定があつたために、村ではこれを公会堂としてつくれというので公会堂につくつて、利用値値を高めるということになるので、村では公民館とするより公会堂としてしまうということが起るではないか。
#111
○柴沼政府委員 公民館と宗教との関係でございますが、公民館の側からお答えいたしますと、特定の宗教と密着しなければ、公民館としてはよろしいと考えておるのであります。各宗各派が平等、公平な立場で利用することは公民館とししさしつかえないと考えるのであります。
 それから六箇月以内の手続はお説のような点もありますから、原案から削除してあります。御了承願いたいと思います。
#112
○圓谷委員 終りました。
#113
○若林委員 私は今日社会教育法に関連して宗教方面について質問したいと思つたのでありますが、これを留保して次会にやらせていただきます。
#114
○原委員長 散会する前に一言申し上げておきたいことがあります。閉会中の審査に関する件でありますが、國会法四十七條第二項の規定により閉会中も審査はできますが、議院の議決を必要とするため、常任委員会の中にはすでに閉会中の審査申請書を提出しておるところもございます。議院の許可を得れば國政に関する調査も、委員の派遣もできますので、閉会の期日が來るまでに、閉会中に何をするかということを、ひとつお考え置き願いたいと思います。
#115
○圓谷委員 議事進行について――。この勉会教育法案は大体明日あたりに上げなければならぬと思いますので、一般質問は本日で打切りまして、逐條省議をやつて修正案や何かをやりたいし思います。お諮り願います。
#116
○原委員長 それでは総括的な質疑はこれをもつて打切り、明日は逐條審議ていたしたいと思いますが、御異議ありませんか。
    〔「異議なししと呼ぶ者あり〕
#117
○原委員長 それではさよういたしましす。
 本日はこれをもつて散会いたします。
    午後四時五十一分散会
ソース: 国立国会図書館
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