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1949/05/20 第5回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第005回国会 文部委員会 第23号
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1949/05/20 第5回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第005回国会 文部委員会 第23号

#1
第005回国会 文部委員会 第23号
昭和二十四年五月二十日(金曜日)
    午後五時四十一分開議
 出席委員
   委員長 原   彪君
   理事 佐藤 重遠君 理事 千賀 康治君
   理事 圓谷 光衞君 理事 水谷  昇君
   理事 松本 七郎君 理事 稻葉  修君
   理事 今野 武雄君 理事 船田 享二君
      岡延右エ門君    甲木  保君
      高木  章君    田中 啓一君
      中田 マサ君    若林 義孝君
      受田 新吉君    森戸 辰男君
      渡部 義通君
 出席政府委員
        文部事務官
        (官房文書課
        長)      森田  孝君
        文部事務官
        (社会教育局
        長)      柴沼  直君
        文部事務官
        (体育局長)  東  俊郎君
 委員外の出席者
        参議院議員   若木 勝藏君
        專  門  員 武藤 智雄君
       專  門  員 横田重左衞門君
    ―――――――――――――
五月二十日
 社会教育法案(内閣提出第一五八号)(参議院
 送付)
の審査を本委員会に付託された。
同月十九日
 六・三制校舎建築予算に関する陳情書外十二件
 (山梨縣韮崎中学校P、T、A会長小林徳市外
 千三百五十名)(第四九三号)
 新制中学校施設整備に関する陳情書外五件(北
 海道立釧路高等学校P、T、A会長星四郎外五
 名)(第五三七号)
 六・三制予算並びに教員定数に関する陳情書(
 山梨縣甲府市朝日小学校P、T、A会長原定治
 外九百五十名)(第五三九号)
を本委員会に送付された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した事件
 社会教育法案(内閣提出第一五八号)(参議院
 送付)
    ―――――――――――――
#2
○原委員長 これより会議を開きます。
 予備審査中の社会教育法案は本日参議院で修正議決されて院に送付され、本委員会に付託されました。
#3
○原委員長 それでは本日付託されました社会教育法案を議題とし、質疑を続行いたします。
#4
○若林委員 昨日宗教に関して圓谷委員よ院り御質問があつたようであります。私も宗教に関する質問をいたしたいと思うのでありますが、今日はこの社会教育法案の第二十三條に関係がある箇所だけにとどめておいて、明日にでも時間をいただきまして、重要なる宗教関係の質問をいたしたいと思います。
 社会教育の必要なことは、各委員よりるる述べられ、また政府当局からお述べになつた通りでありまして、この法案が提出されましたのも、そのゆえんがあるからと存ずるのでありますが、わが國の現存までの状況を考えますときに、ほとんど学校教育だけに依存しておつたのであつて、教育のことといえば、学校まかせというきらいがあつたのであります。最近になつて、この社会教育という部面が非常にクローズアツプせられて來たわけであつて、ここに社会教育法の必要なるゆえんが出て來るのでありますが、アメリカなどのことを考えてみると――アメリカだけではありませんが、私たち外からながめた者としては、いわゆる学校教育と教会の教育、家庭の教育、それからこの社会教育の三本建であるように思うのであります。わが國においては、特別の家はありますけれども、普通の家庭は、わからぬことは学校の先生に聞けということを言うのが、よく日本の家庭教育の貧困を現わしておるのであつて、文化國家を目ざすわれわれ日本としては、根本的に思いをかえて行かなければならぬと考えるのであります。そういう意味において、この社会教育法案の二十三條に規定せられておるこの第二項が非常に関係があると思うのであります。それで私が特にここに質問を申し上げたいと思うことは、憲法二十條において、信教の自由を認めるという意味で、あの條文ができておるのでありますが、何々してはならぬという否定の言葉が多いために、さわらぬ神にたたりなしということになつておりまして、むしろ信教の自由を認めたのは從來の自由な、りつぱな、美しい、うるわしい、正しい宗教が興り得るために、またその興ることを助長するために、あの憲法の條章が設けられておるのに、現実の状態ではいわゆる宗教的の教育というものは必要ないのである。わかりやすい言葉でいえば、神も佛もないのだ、宗教というものは、もう國家からはいらぬものだという感じを與えておるのであります。特に今度のこの二十三條では、これを非常に考慮せられまして「市町村の設置する公民館は、特定の宗教を支持し」という、憲法にはないところの、憲法はただ單なる宗教教育というような、あるいは宗教行事ということを文字だけで表わしておりますが、ここで「特定」という文字を表わされましたことは、私はまことに適切なる文字を入れていただいたと思うのであります。あの憲法を審議いたしましたときも、誤解を招くおそれがあるから、特定という、いわゆる特別の、特殊の宗教、へんぱ的な宗教の教育という文字を入れておいたならばいいではないかということがあつたのでありますけれども、速記録においてこれを明らかにしたらよろしいというので、あえて修正はしなかつたのでありますが、今から考えてみますと、あのときに「特定の」という文字を入れておくことが非常に必要だつたと思うのであります。そういう意味において、ここによほど明確にいたしておきませんと、してはならぬ、やはり「教團を支援してはならない」ということが書いてありますから、ここも非常に疑義をさしはさんで、公民館の活動体から宗教を除外してしまうというきらいがあると考えるのでありますが、宗教的情操教育の必要なることは、去る二十一年八月十五日、宗敏的構操教育の必要なことの決議案が國会に上程せられて満場一致で可決されておるのでありますから――もつとも、このときには共産党の人たちは離席をせられたかもしれぬと思うのでありますが、とにかく宗教の必要なことを認めておるのでありまして、ここで私、疑念をはつきりするために、大体三つのことについて質疑を試みたいと思うのであります。
 公民館というものは、一体建物を指さすのか、あるいは活動そのものを公民館というのかということであります。この建物がないと、公民館はないように思うのであります。建物がないから公民館の活動の出発が遅れるきらいがあると思うのでありまして、私たちから考えますと特殊な建物よりも一つの活動に、いわゆる社会教育活動をするものが公民館というように解釈した方がいいと考えるのであります。そこで建物について実際のありさまを考えてみますと、お寺その他教会などが各部落の中にあつて、在來は公民館的の性質で集会に利用せられておつたのでありますが、その特定の、そこに存在する寺院あるいは神社の社務所あるいは教会などが公民館の活動の場所として常に使われた場合、いわゆる特定の宗教を支持するというような意味にとられるかどうか。もしとられるといたしますと、公民館の活動に非常な支障を來して來る。学校は大体村の中央にありますが、また寺院も部落々々の中央にあるのが多いのでありまして、学校を使う場合はほとんど集まる人がないが、寺院を使う場合には、部落の中央にございますから、非常に人の集まりがいい。公民館の活動といたしましては、非常に効果があがると思うのでありますが、このときに寺院もしくは神社あるいは教会などの建物を公民館の活動の場合利用するということは、特定の宗教を支持するという意味になるかどうかこれを伺いたいのであります。
 それからここで、「特定の宗教を支持し、又は特定の教派、宗派若しくは教團を支援してはならない。」と書いてありますが、この宗教を支持するという宗教の意味と、それから教派、宗派もしくは教團というこの意味か、憲法で使われております言葉と、今度は大分説明的になつておるのでありますが、この寺院あるいは教会等、いわゆる單独のもの、宗派というものは、いろいろな寺院が寄つて宗派といわれるのでありましようし、教団といえば、教会が集まつて教團といわれるのだと思うのでありますが、そのときの一教会を支持するという意味と、教團を支持するという意味とはまた違つて来ると思うのであります。この点も宗教活動の團体であるもの、いわゆる宗教法人令で規定されておるところのもの全部を包含するものであるか。あるいはまた宗教法人としての登録をしておらぬ宗教もあると私は考えるのであります。だから宗教的の行事をする場所も教團や宗派という意味の中に加えられるのか、ここをもひとつ伺いたいと思うのであります。
 それから最後にひつくるめて申し上げるのでありますが、住職あるいは教会の主管者などが、その部落、市川村におけるいわゆる学識経驗者の中に入る人が多いと思うのでありますが、そういう人たちの活動を除外しては、その場所においてはほとんど社会教育がなり立たぬという場所があると思うのであります。そういう場合に公民館の館長――あるいは委員会の委員としては、別だと思うのでありますが、館長やあるいは職員などにその家数の主管者がなり、あるいは関係者が任命を受けるということが、効果をあげるという点においては非常にいいと思うのでありますが、これは第二十三條の第二項に該当していけないものかどうか、この点をひとつ御説明を伺つておきたいと思います。
#5
○柴沼政府委員 ただいま宗教の教育的價値から出発しで、いろいろのお尋ねがあつたのでありますが、現在教育基本法第九條におきましても、宗教の社会的地位というものは、教育上学校と社会とを問わずともに重んぜなければならないという規定がありまして、教育の上において決してこれを軽んじてよいということにはなつておらないのでございます。ただ公民館の場合につきまして、このような規定がございますのは、市町村の設置する公民館に限つての問題でありまして、これがお示しのように、憲法二十條等の関係から、宗教との関係を特に明らかにする必要があると考えて規定した次第なのであります。それでこの場合には、市町村のする営造物としての公民館は、まずその建物だけに局限したものでなしに、その公民館としての活動に非常な重点が置いてあることはお話の通りであります。しかし市町村の、地方自治体の営造物という点から、特定の宗教あるいは特別の教派、教團というものに、ある特殊な宗教との結びつきがつきますと、一般の市町村の住民全部に対して公平な取扱いができにくい場合が想像されるわけであります。そういう意味でこの規定を入れたのでありまして、これが実際の利用の面において、たとえば寺の建物を市町村が借り上げて使いまするとか、あるいは寺の建物の一部を、特に民法による法人としてつくつた公民館にして、公民館の活動をして行くというようなことは、この條項には触れて來ないものと考えております。從つて宗教の関係者が公民館の館長あるいはその他の職員に就任することも、ここでは特にこの條項には関係なしに、自由に任用できるわけでありまして、その場合はむしろ公民館の館長あるいはその職員の信仰の自由を当然に認められるという立場から判定して参るべきであると考えております。
 なお特定の宗教ということと、その他教派、宗派、教団というふうにわけて書いてありますが、これはいわば念を入れて、わかりよくすることを、この條項においては主として規定したのでありまして、要するに、いわゆる一宗、一派と称せられるものに偏した宗教の支持、支援ということは、市町村の設置する公民館にはその活動の上において許されないというだけの趣旨なのであリまして、今お示しのような場合には、実際の公民館活動を支障なしに、この條項と関係なしに実施できる場合の方がおそらく多いのではないか、かように考える次第でございます。
#6
○若林委員 大体ただいまの局長の御説明でわかつたと思うのでありますが、いま一つ宗教法人でないものでも、宗教的行事をするものは全部包含せられるということがよくわかつたのでありまして、この御説明で各地方における宗教家が公民館の事業に積極的に参画をして、社会教育に思う存分盡力し、関係ができることが明確になつたと考えるのであります。特に社会教育部面において、教育家も必要でありますが、宗教家の活動に負うところも多いと思いますので、十分この点を留意せられまして、公民館の活動が活発になりますよう念願をして、本日の宗教に関しての質疑を打切りますが、また明日かいつか時期を見まして、宗教全般に関しての質問をお許し願うことをお願いしておきます。
#7
○原委員長 これより逐條審議に入ります。第一條総則につきまして、御質疑はございませんか。
#8
○佐藤(重)委員 この第二條の点でありまするが、「学校の教育課程として行われる教育活動を除き、主として青少年及び成人に対して行われる」云々、さらに括弧して「(体育及びレクリエーシヨンの活動を含む。)」とあるのであります。そこでお尋ねしたい点が二、三あるのであります。主として青少年及び成人と申しますれば、ほとんどみな学校に関係しておるものが多かろうと思うのであります。そこで体育という点でありまするが、私の知つておるところでは、現在学校では、いわゆる從來やつておりました武道というものを禁止しておると見ておるのでありますが、今も禁止しておるのでありますか。それとも何とかかつこうをかえて、むしろこれを奨励するという方向に向つて行く用意が政府にないか。連合軍のいろいろな誤解からそういうことが行われておるのじやないかと思いますが、ひとつ何とかこの際根本的に考え方をかえてもらうような努力を政府はしておるかどうか。それを伺いたい。
#9
○東(俊)政府委員 ただいまの武道の問題でございますが、現在のところ学校教育の正課としての武道は禁じられております。一般に自由にやる武道は禁じられておらない。從つて講道館あるいはその他の道場で自由に個人の資格でやるということは認められております。われわれといたしましては、これが学校体育の正課として取入れられることを念願いたしております。学校体育として取入れられるために、これをほかの運動競技と同じようなスポーツの形で取入れるということをいろいろ考えておりまして、柔道、剣道、弓道に対しまして、そういうふうな形で体育的に、スポーツ的にこれを実施するためには、どういうふうな方法をとつたらいいか。また少年、青年あるいは成人におきまして、どういうやり方をとつたらいいかということについて、具体的な研究を各柔道、劍道、弓道の連盟に話しまして、その專門的意見を徴して、ただいま柔道の方だけはできましたので、司令部の方へ学校体育として取入れたいということを提出しております。
#10
○佐藤(重)委員 ことに経済九原則という鉄のわくのもとにわれわれ日本人は祖國再建の大業をなさなければならないのでありますが、体育と精神訓練と両方あわせ目的とした從來の武道も、この際有意義ではないかと思うのであります。一体こういうことは國の政治の方針できまるべきものであつて、何も武道家に聞かなくてもそこは何か案がありそうに思うのです。從來の柔道、劍道は一体どこが悪かつたのでしようか。体育と精神訓練とに一体どういうふうな背馳する点があつたのでしようか、御見解を伺いたいと思います。
#11
○東(俊)政府委員 武道が学校体育から禁ぜられましたその動機と申しますのは、あちらの解釈といたしまして、これは一つの精神問題でございまして、神道に通ずるというような考え方で、少くとも学校教育の内容から除外すべきものであるということで一應除外されたものと思います。現在の機構におきましては、われわれといたしまして――もちろん專門家だけの意見ではございませんが、柔道におきましては、講道館柔道科学研究会というものをつくつております。それにはもちろん柔道家も入つておりますし、また一般民間からも入りまして、柔道の基本的研究をいたしまして、それを資料にしてただいま出しておるわけであります。禁ぜられました根本の理由は、劍道は本來の劍道であれば、あるいはよいかもしれませんが、それが戰時中にいろいろな方式によつてゆがめられておつたということが、向うの方の解釈に入つて來たのではないか、そういうふうに考えておるのでありまして、本來のあるべき姿はスポーツに通ずるという考え方をもつてただいま組み直しております。
#12
○佐藤(重)委員 最近の青年の風潮というものは、敗戰の結果必然的に起きたいろいろな出來事で、まことにやむを得ざる点もあるかもしれませんが、一般の武道が衰えたということは、一つの大きなつつかえ棒が失われたというふうに考えるのであります。私自身は自分の数十年の経験と、現に私立高等学校、中学校を経営しております関係上、たくさんの青少年を知つております。もとより若き生活力の最も旺盛な発育最中の連中でありますから、じつとしておられない、何かしなければおれないのです。それをただきゆうくつなわくをはめるのはいけないかもしれませんが、さればといつて奔放に自由に放つておけば動物的な発展を遂げることはきまつていると思うのであります。最近の日本のスポーツ界では、申すまでもなく野球などが非常に盛んであります。私の見るところでは、われわれおとなも野球を観賞し、またおもしろがつて見ているのであります。また所によつてはむしろ奨励しているような傾向でありますが、一体野球によらず、スポーツに耽溺することは非常に危險な反面があることを私は自分の経驗上認めるのであります。ことにいわゆる三S亡國政策、スポーツに耽溺する、スクリーン・ステージにすつかり打込んでしまう、もう一つはセツクス、この三つに対してはよほど現在の國情においてわれわれは警戒をしなければならないと思いまするそれにはやはり武道精神と申しますか、あの体練と精神訓練とをあわせた行き方が一等いいように考えるのでございます。ことに劍道は向うさんがおきらいのようでありますが、どうも私はそれがわからないのであります。それは政府当局の紹介説明の仕切が下手な結果であるのではないかと思います。大体話が卑近になるようでありますが、たとえばバツトと竹刀のいずれが危險であるか、竹刀をもつて殺人した例はほとんどないのでありますが、バツトの一撃ではやつつけ得るのです。私どもが若いころに鈴弁事件というのがありまして、ある高利貸がやつつけられた。その凶器がバツトであつた。今おまわりさんがバツトの小さいかつこうのようなものをぶら下げております。こんなものも見ようによつては凶器として見られるのですが、これを自由に振りまわして闊歩している。ところが一方においてはきわめて上品に、しかも何といいますか、実際的にしかも経済的にできておりまする竹刀を振りまわすことがどこが危險なのか、こういうことは何とかひとつ向う様にもつとよく紹介して理解をしてもらうことが望ましいと思うのであります。聞くところによると氣合をかけるのがたいへんお氣に入らぬ、やつと、こういうことをやると非常にぐあいが悪いという話ですが、ほんとうでしようか。もしそうでございますると、はなはだこつけいなことと思います。もう少しその辺を何とか政府の努力をお願いして解放してもらつたらどうかと思うのでありますが、いかがでしようか、ひとつ御所見をお願いいたします。
#13
○原委員長 せつかくの御質問に対して答弁の前に申し上げるのははなはだ失礼でございますが、時間的に急ぎますので、ちよつとお諮りいたします。参議院のこの法案に対する修正案について参議院からだれか來ていただきまして説明していただく必要があるかどうかをお諮りいたします。
#14
○千賀委員 それは説明を開いた方が早いでしよう。
#15
○原委員長 一應お呼びして説明を聽取するようにいたしまして御異議ございませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#16
○原委員長 それではさようとりはからいます。
 もう一つはただいま皆様方にお諮りいたしました文化財保護法につきましては、皆様方の審議結論を急ぐ関係上、私みずからすぐ向うの委員長にお目にかかりまして、お傳えしたいと思いますが、いかがでございますか、御異議ございませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#17
○原委員長 それでは圓谷理事にちよつとかわつていただきます。
    〔委員長退席、圏谷委員長代理着席〕
#18
○東(俊)政府委員 ただいま最初のスポーツ、三S亡國論から申し上げます。これにつきましては、われわれはまつたく同じように関心を持つております。奨励いたします一方、それがほんとうにスポーツの効果をあげますために耽溺に陥らないように、また運営の仕方が正しく行われますように、われわれは始終注意をいたしております。各競技團体に対しても、この点はやかましくわれわれの方から学校の対抗試合についても、その回数をきめる、あるいはシーズン制をやるということに対してできるだけそういう弊害のないように、そうして正しく発達するようにいたしております。
 それから二番目の武道につきまして当局の説明の仕方が悪いのではないか。これは終戰直後こういうことになりましたが、そのときの感情とただいまとは、大分かわつて來ているように思います。そこでわれわれといたしましては、昨年来再三CIE当局と折衝をいたしまして、遂に彼らをも試合に連れて参りましたし、五月四日の柔道大会、五月五日の劍道大会の試合にも数名の方を招きまして、実際に見てもらつております。それと同時にどういうようなスポーツが実際スポーツとしていいかということを、あらゆる人から説明をしてもらつていますし、われわれとしても及ばずながら再三にわたつて説明をいたしております。そういうような経過でありまして、ただいまでは武道については司令部の方でちやんとした書類として出して來いというところまで來ているのであります。なお一層われわれといたしましてはこれに対しまして努力いたすつもりであります。
 氣合い去々のことでありますが、私の聞いておりますところでは、実際CIEに参りましたところではそういう批評はまだ聞いておりません。
#19
○佐藤(重)委員 御説明をいただきましてわが意を得たと思うのであります。どうかこれ以上今後とも一日も早く、自由に学校でそういう方面の活動のできますように御盡力をお願いいたします。
#20
○甲木委員 スポーツに関してちよつと私お尋ねしますが、教育基本法第一條にも心身ともに健康な國民を育成するということがございますし、近来各地の思想的混乱、悪化等に対しましては、スポーツの善導並びに奨励こそ大きな力があると私は思うのでございます。青少年としてもどこかに情熱の吐け口がなければならない。幸いに終戰以来非常にスポTツが盛んになつて來ておりますので、いまさら私ここで申し上げるのは遅れておりまするが、体育局を廃して各局にわけるということで、実際この教育基本法第一條にのつとるような教育ができるか、教育基本法にいう完全な教育ができるかという感じが私するのであります。私どもといたしましては、少くともこれは官房に置くべきではなかつたか、將來文部省が各局に課として置いて実際の運用ができるかどうかという確信を私お尋ねしておきたいと思うのでございます。
#21
○東(俊)政府委員 今度の文部省設置法におきまして体育局が廃せられまして、そうして初等中等教育局、大学学術局、社会教育局に分散いたすことになりました。つきましては私としても非常にこれについては注意をしなければならぬと思つております。こういうふうにわかれました根本の理由と申しますのは、体育というものを正課の体育といたしまして、学校教育の他の課程と同じように取扱うためには、別の局であつて、そうして学校教育局の方と連絡して、いろいろな教育課程をつくつたりするよりも、その局の中にあつて絶えず連絡をとりながらやつて行く、教育の主流に入れてやる方が効果が多い、こういうふうな考え方で初等体育については初等中等教育局に、大学の体育については大学学術局でやつた方がよい、一般のスポーツというものにつきましては、これは社会教育局でやる、そういうふうになりますと、どうしてもその間の連絡が非常にむずかしくなる。ことにスポーツのようなものは、あるいは学生も社会人も一緒になつてやる場合もたくさんあるのであります。そういうような場合につきましては、局と局との間の連絡不都合なことが起りはしないか、そういうふうなことからこの三つの局の体育に対する連絡をとる特別な機関を入れまして、連絡事務官を置きましてその調整をして行く。そうして大きな問題についてはこの設置法に出ております保健体育審議会というものをもちまして、全部それを審議する、こういうふうな形で行けばとにかく一つの新しい行き方として運営して行けるのじやないか、こういうもので運営して行ければ――スポーツそれ自体は元來民主的に発達して行くものでありまして、体育競技会というものなり、あるいは競技團体が十分にそこでやつて行くという形で両建をもつてこれをうまく運営して行くならば、私はあるいは現在までとつて参りましたものよりも成果があがるのではないかというような考えを持つております。なおそれにつきましてはいろいろ懸念される点もございますので、民間の大きな声としてスポーツ振興会議というようなものをつくりまして、それがいろいろな問題を自由な立場において批判し、それを実践に移して行くというような形をとりたいと思います。そういうふうにただいま考えております。
#22
○今野委員 私は先日社会教育そのものの意義につきまして、いろいろと予備的な質問をしたわけでありますが、本日は主としてその内容について積極的な点をお伺いしたいと存ずるのであります。
 元來社会教育というものは何であるかということ、これは第二條によつてはどうもはつきりしないのであります。しかしこれはずつと歴史的な事実の中に社会教育というものの実態を考えてみますると、たとえばこれは現在ではいろいろ批判されておりまして、われわれも賛意を表するものではありませんけれども、戰爭前から戰爭中にかけて日本の國体を発揚するというようなことで、非常に大きな國の運動がなされております。また中華民國では抗日運動、文盲退治運動といつたようなものがなされております。
    〔圓谷委員長代理退席、委員長着席〕
その他たとえばロシヤにおいて五箇年計画が実行されるということになれば、それのために大きな教育運動がなされる、こういうようなことが一番大きな意味における社会教育であるというふうに考えるわけであります。そこには國がやる以上はやはり國の大きな方針というものがその中に貫かれなければならない。何が現在の課題であるか、それに対應してあらゆる教育活動というものがなされて來る、それが一般の状況じやないかと思うのです。これはアメリカのような民主的な國でも、やはりその点においては私はかわらないと思うのです。例をあげることは今省きますけれども――。そこでそういうような点から考えますと、私は社会教育というものは現在いかなる意味で行われようとしておるかという点、これなどは非常に大きな問題じやないかと思うのです。現在社会教育というものが行われる、これは必ず國というものがあり、そこに権力というものがあれば、その権力の意思を十分に國民に徹底させるということは、おのずからそれが主体になる。これはたとえば民主的な権力自体といたしますと、それは当然なことであろうと思うのです。そこでわが國における現在の政治権力というものは、実体が一体どこにあるかということを考えてみましたときに、何か社会教育というものが、かつての日本のいわゆる宣撫工作とは、同じではないかもしれないけれども、何かそれに類するものが主流あるいは一番の中心になりはしないか。それがどういう形で行われるか、非常にさしさわりのない民主的な形で行われるかどうかは別として、とにかくほんとうの自主性というものを現在われわれが持つておるかどうか、こういうことについても、われわれは非常に大きな疑いを感ぜざるを得ないわけであります。そういうような点についてわれわれはほんとうに戰後の日本というものを考えてみまするときに、あの敗戰のときにわれわれの受けておりましたポツダム宣言、こういうようなものの線に沿つて日本を民生化して行く、こういうことが大きな課題であり、なお新憲法に盛られたあの平和の精神、こういうものをあらゆる意味で徹底させて行くということもまた大きな必要事でありますが、そういうようなものを社会人のすみずみまで行きわたらせ、そうしてほんとうに生活の上でもすべてにおいて民主化して行く、こういうような活動、もし社会教育というものがありとすれば、そういうものが中心でなければならないのじやないか。しかもそれがわれわれの自主的な創意によつて行われる、こういうことが主ではないか、こんなふうに考えるのでありますが、文部省では社会教育というものを非常に抽象的に規定しておりますけれども、その中身については一体どういうふうにお考えになりましようか、ちよつと伺います。
#23
○柴沼政府委員 この法律では、お話のように社会教育の方針あるいは社会教育のいわば内容の面については全然触れておらないのであります。社会教育の方針あるいはその実施というものは、これもお話にありましたように、現在のわが國としてはポツダム宣言、日本國憲法、この基本方針として示されたものを具体的な國民生活の上に実現して行くということをはずれてはあるはずがないと思うのであります。その点はお示しの通りどなたにも問題のないことだと思うのであります。ただ実際には、ポツダム宣言あるいは新憲法の趣旨に基いて、具体的な國民生活直接のいろいろな施設がなされます。またいろいろな施設が実現して参りますと、その場合には、実現される一つ一つの具体的な事柄について全國的に、あるいは地方的、一局部的に問題が自然に取上げられて行くと思うのでありまして、この法律では、そういうものが自主的に取上げられ、論議され、自主的に結論を導き出して行くということのために一つの方法を考え、そのためのいろいろなわきからの援助を考える、そういう建前でこの法律をつくつておる次第であります。
#24
○今野委員 そうすると、たとえばここのところに第七條のような規定がございます。私どもとしてはこの間もこまかい点を、質問したわけでありますが、官廳のこう報宣傳をするというようなことは、これは官廳の事務を円滑に実行するという非常に実用的な意味がありましようけれども、もつと根本的な教育、もつと大きな点から言うと、かえつて國民の心を委縮させるようなところが出て来るんじやないか、こんなふうにも考えられるのでありますが、こういうような点よりも、実際に現在の日本における社会教育の一番基本的な点はどこかというようなこと、これは相当長きにわたつて私たち規定し得るんじやないかと思うのです。そういう規定は一体どこでもつて考え、またどういうふうにそれを表現しようとしているのか、ちよつとお伺いしたいと思います。
#25
○柴沼政府委員 第七條からのお話でございますので、その辺からお答え申し上げますが、第七條の場合に一番おそれられますのは、教育的ならざる事項がこの第七條によつて教育委員会に課せられるのではないか、いわば特殊な政治的意図のものがこれによつて実現せられるのではないかという点が御心配になる点ではないかと存ずるのでありまするが、もとより教育委員会は教育に関する事務をするところでございますので、教育的見地から見て不適当なものは、たといどのような場合がありましてもそれを受取る義務もなければ、またそれに從わなければならぬ義務もないと考えております。また社会教育のみならず、一般教育の根本方針につきましては、実はわれわれ教育基本法によりまして一應その精神とするところが成文化されておると考えておるのでありまして、その精神に基いてこの社会教育法というようなものが教育基本法を母体として生れて來る、かような関係になつておるものと解しております。
#26
○今野委員 次に第五條の第八号を見ますると、そこに、生活の科学化の指導のための集会の開催及びその奨励に関することしということがうたつてあります。ところがこの生活の科学化が必要であることはたれも認めるところでありますが、同時にこの言葉が使われ出したのは実に古い歴史を持つておるのです、十年以上もこういう言葉が使われて來た。しかしながらその実があがつているかというと、これはもちろんあがつておりません。それは簡單にいえば物資が不足するというようなことからでありますが、ともかく実があがつていないわけであります。こういうようなことの実をあげるためには、われわれはこのいろいろな品物の製造とか、そういうような製造する品物やなんかにこまかい配慮を用いるとか、その品物の廣告とか、そういうようなものにもこまかい配慮を用いる、こういうようなことが一番の近道でもあり、必要なことになるのであります。たとえば子供のおもちやにせよ、その他家庭の日用品というようなものを考えてみましても、こういうものは別に文部省で手を触れられないことに現在なつております。しかしこれを社会教育という見地から見れば、そういうもの、たとえば子供のおもちやにせよ、この寸法といつたようなもの、ごく小さなことで申しますと、そういうようなものをきちんとすれば、非常に教育上適することが多いということもありますし、その他普通に品物の廣告やなんかでもつていろいろな事実を知ることが多いわけであります。そういう点について文部省ではどういうようにお考えになるか。一体生活の科学化は実現できることと考えておられるかどうかということであります。
 それから第二には、その方法についてこういうような集会や何かでやることが有効であると考えておられるか、それとも今のように製品の生産や廣告とか販賣とかいうような面と関連してやつた方が有効であると考えておられるか、その点をお伺いいたします。
#27
○柴沼政府委員 生活の科学化の問題は、お話の通り相当古くから取上げられておりながら、なかなか容易に結果のあがつて参らない事項でありまするが、終戰後もいろいろな方面からのお力添えによりまして、これは少しずつ実現して参つておるものと考えております。現に五千ほどできております公民館等におきまして、この方面の生活の科学化の全部にわたつてはむろん問題にならないのでありまするけれども、そのうちの一部分から逐次実現するという意味におきまして、相当な方法をとつておるところが着々出て参つております。たとえば傳染病予防の施設をつくつておるところもありまするし、また肺結核の事前の手段を生活上取入れておるというような公民館もできておるのであります。しかし生活の科学化を理想的に実現するまでには前途ほど遠いであろうということも私は同感であります。なおその方法につきましては社会教育的な方法としては、ここにありますような集会の開催、あるいはその奨励、結局簡單に申せばこういうことに盡きるのでありますが、お示しのようなその他の製品製造という問題、その廣告等の問題、そういういわば教育上、直接でない方面は、指導層になる者が、特に青少年のグループを動かしておる場合には、その指導者として立事つ者がそういうものの利用の仕方というものについて相当に研究をし活用をして行くというようなことに、社会教育としては方向を向けて行くということが一番実現性が多いのじやないかというふうに考えておるのであります。
#28
○原委員長 この際申し上げますが、参議院の修正部分につきまして、参議院より若木議員が見えておりまするから、説明していただきたいと思います。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#29
○原委員長 では若木さんどうぞ。
#30
○若木参議院議員 私はただいま御紹介にあずかりました若木であります。御希望によりまして、参議院で修正された点につきまして、御説明いたしたいと存じます。まずこの法案を修正したところの基本態度について、條文を参照しながらおもな点を申し上げたらはつきりすると思いますので、そういうふうにお話を申し上げたいと思います。
 それでは基本態度について申し上げます。この法律は、教育基本法の精神にのつとり、社会教育に関する國及び地方公共團体の任務を明らかにするところに目的があるのであります。そこで國及び地方公共團体の任務を遂行するためには、次の諸点が考えられなければならぬと思うのであります。それに対しまして、政府から提案された原案は、その点がきわめて不明確であり不備でありますので、これを修正の要点といたしたのであります。
 まず第一といたしましては、任務遂行に必要な物的並びに人的條件を整備するために、國費、地方費の負担を明らかにして、これを継続的に支出する予算的措置を講じなければならないことであります。ところが原案では立法の裏づけとなるところの予算措置を軽視しておる。すなわち國と地方公共團体が同一の任務を持つように規定しておりながら、経費の面につきましては、ほとんど地方にのみ負担させるようになつているのであります。これでは特に地方財政の逼迫しておる現状ではもちろんのこと、將來といえども社会教育の実績をあげることは不可能と考えられるのであります。從いまして、これは國においても経費負担の責任を明らかにするように当然訂正されなければならない、こう考えたのであります。
 第二点といたしましては、國及び地方公共團体は、民間の社会教育関係團体が自主的にかつ積極的に十分な活動ができるようにするために、助成、奬励の体制を持つていなければならない。ところが原案ではこれに対する用意がきわめて不十分であるばかりでなく、かえつてこれを統制するがごとき施設、手続等が規定されているのであります。この点を是正して、その自主的な活発な活動の道が開かれるようにしたいというのであります。
 第三点といたしましては、國及び地方公共團体は、社会教育に対する任務の基本が、國民みずからの実際生活に即する文化的教養を高め得るような環境を醸成するところにあることを考えなければならぬ。その行政がその立場に立つて、特に民主的になされなければならないのであります。ところが原案を見渡しますと、市町村の教育委員会の事務、あるいは都道府縣の教育委員会の事務、それから社会教育委員会の構成あるいはその職務、方針、公民館に対するところの取扱い等各項にわたりまして、いたずらに社会教育の体系を確立することにとらわれて、國及び地方公共團体の任務の基本を逸脱している感がある。その結果といたしましては、社会教育を画一的に行つたり、あるいは統制したりするということを招來することが明白に考えられるのであります。この点を是正いたしまして、社会教育に対する行政が民主的に行われて、基本法に示された教育の一般方針をそれることのないようにしよう、こういうところに修正の要点を置いたのであります。
 そこでこの三つの場合から考えまして、まず第一の國費及び地方費の負担、これに関しましては、第四條を原案では「前條の任務を達成するために必要があると認めるときは、國は」云々とありますが、これの「必要があると認めるときは」を全部削つてしまいまして「あつ旋を行うことができる」というのを「あつ旋を行う」、つまり國は当然ここに財政的な援助をしなければならないというふうに、その任務、責任を明らかにしたのであります。同様に、第三十五條につきましても「援助をすることができる」を「援助を行う」に改めたのであります。これが第一点に照合されるところの修正になります。
 次に民間の社会教育関係の團体の自主的な積極的な活動、この第二点に照合する部面は、第十一條になつて來るのであります。第十一條に次の一項を加える。「文部大臣及び教育委員会は、社会教育関係團体の求めに應じ、これに対し、社会教育に関する事業に必要な物資の確保につき援助を行う。」、こういうふうに助成の立場を明瞭にしたのであります。
 第三番目の、社会教育に対する行政は、民主的に行われなければならない。この点に照合されるものは、まず第十五條であります。原案では、社会教育委員の選定にあたりまして、まず教育委員会におけるところの教育長の推薦によりということがあるのでありますが、これは教育委員会の性格に矛盾して來る。御承知の通り、教育委員会は決議機関であると同時に、執行機関でありまして、教育長はその命によつて事務を執行するだけの事務的な立場の人であります。その推薦によつて社会教育委員を選出するということは、これは明らかにそこに矛盾を生じて來るので、これを第十五條において、お手もとにあるように修正したのでありまする「都道府縣及び市町村に社会教育委員を置くことができる。」二項といたしまして「社会教育委員は、左の各号に掲げる者のうちから、教育委員会が委嘱する。」として、「教育長の推薦により、」ということをまつたく削除してしまつたのであります。そこでその手続といたしまして一、二、三号とあります。三項は、「前項に規定する委員の委嘱は、同項各号に掲げる者につき教育長が作成して提出する候補者名簿により行うものとする。」四項は「教育委員会は、前項の規定により提出された候補者名簿が不適当であると認めるときは、教育長に対し、その再提出を命ずることができる、」こういうふうに直したのであります。これで実際の選出の仕方が民主的に行われると同時に、教育委員会の性格に矛盾しないというようなことを考えておる次第であります。
 次に第十七條について修正したのであります。これは御承知の通り、原案では「教育長に助言する」というようなぐあいになつております。ところがこの点も教育委員会というものの性格に抵触して來る。そこで教育委員会に助言しなければならない、こういう立場をとりまして、十七條中「教育長に助言するため」を「教育長を経て教育委員会に助言するため」に改め、同條第一号を次のように改めて、こういうふうに民主的に行われるように修正したのであります。そこで、ここの「教育長を経て」ということは、これはまつたく教育委員あたりの集まるのがなかなか困難なようなときに、教育長を通じてというふうな意味でこれは事務上の手続のことになりますので、この点はわれわれは教育委員会の権限を侵すようなおそれはないと考えたのであります。要点だけを御説明いたしました。
 それから同様に民主的な経営というような方面に照合されるものは、第二十六條に出ておるのであります。「法人公民館の認可」という見出しで、「認可」という言葉が設けてあるのでありますが、これは先ほど申し上げたように、手続上から民間におけるところの社会教育関係團体の活発な自主的な活動を統制するがごとき結果になる。そういうことで、これは届出に全部改めたのであります。
 それから簡略にするために一項目脱かしましたが、民主的な経営が行われるというような面からいたしまして、第十七條中の第二項に「社会教育委員は、教育委員会の会議に出席して社会教育に関し意見を述べることができる」この一項目を加えたのであります。
 簡單でありますが、大体以上をもつて御説明にかえる次第であります。
#31
○松本(七)委員 ただいまの御説明に対して、ちよつとお伺いしておきたいのですが、第六條の第一項第二号の「社会教育を指導する者の養成及び研修」、このところの修正が「指導する者の養成及び」を全部とつて「行う者の」とこういうふうに改めようとされるようですが「指導する者の養成」というところにポツがないところを見ると、養成に必要な施設と、原文の意味はそういうふうだろうと思うのです。そうすると養成ということは全然いらないという御意見でしようか。
#32
○若木参議院議員 お答えいたします。これはその通りでありまして、いわゆる指導する者の養成というふうなことになりますると、いかにもこれは國及び地方公共團体において社会教育を統制するがごとき形を招來するおそれがある。そこで研修の機関だけを設置して、希望の者はそこへ行つて研修することができる。そういうふうに訂正したのであります。
#33
○松本(七)委員 しかしこれは地方公共團体でなしに、都道府縣の教育委員会の事務ではないのでしようか。
#34
○若木参議院議員 國及び地方公共團体でやることの中で、だれがやるかということになると、当然教育委員会がやることになりますので、ここに教育委員会の事務ということになる、こういうふうになつておるのではないかと思います。
#35
○松本(七)委員 それから十五條の問題ですが、「教育長の推薦により」というこの原案を修正されておりますが、これは三項において、「前項に規定する委員の依嘱は、同項各号に掲げる者につき教育長が作成して提出する候補者名簿により行うものとする。」こういう規定があると、結局実質は教育長の推薦によつてやつたとかわりないような氣がするのです。むしろ、やはりこの教育委員会法と同じように、各号に、掲げる者について教育長に対して推薦を求めることができる。こういうふうにすべきではなかろうかと思いますが、そこのところをお伺いします。
#36
○若木参議院議員 これに関しまして、われわれといたしましては、社会教育委員を委嘱するものは、まつたく教育委員会に本体があるのでありまして、名簿を作成するというふうなことは、單なる前三号に関する事項の事務的な仕事である、こういうふうに考えたのであります。
#37
○松本(七)委員 これは事務的と言われますけれども、結局こういうことになると、教育長の方から推薦するということとかわりないのじやないかという疑いを生ずるのです。
 もう一つ同じ問題は、十七條中の「教育長に助言するため」を「教育長を経て」と、こう直そうと言われるのですが、これもやはり事務的なものと言われるのですか。結局教育長を経てやるということは、教育長に助言するという形になるような氣がするのです事が、この点全然御考慮なさらなかつたのでしようか。
#38
○若木参議院議員 これはいろいろ論議されたのでありましたけれども、結局は教育長を経てというだけの話で、何ら教育委員会というふうなものの権限を侵すことにならない、こういうふうに考えまして、さように改あたのであります。
#39
○松本(七)委員 ただいまの参議院側の修正意見に対して原案を作成した政府側の意見を聞いておく必要があると思います。
#40
○原委員長 その必要がございましようか、どうでしようか。
#41
○松本(七)委員 原案を作成した者の意見というもの、それを聞いておかなければ、こつちもやはり一方において修正案だけをあれするわけにはいかぬでしよう。
#42
○柴沼政府委員 参議院で原案を御修正相なりますときに、われわれもいろいろ意見を徴されましたし、またわれわれの原案作成の際にねらつたほんとうの趣旨がどこにあるかという点もよくおくみとり願つて修正が実現したわけでございまして、われわれとしては、この修正によりまして、全体の條文のバランスもよくとれて参りましたし、また社会教育を振興して行く上にたいへんけつこうな形にかえていただいた、かように考えておる次第であります。
#43
○松本(七)委員 私の申しましたのは、逐條審議の場合に、一々参議院の意見についての政府のお考えを聞いてもいいのですけれども、それだと時間をとりますから、全体についての政府の意見を聞いてみたのです。今の答弁でけつこうです。
#44
○原委員長 ほかに御質問がありますか。――それではお急ぎのようですから簡單に願います。渡部君。
#45
○渡部委員 参議院の方にお尋ねいたしますが、第十條に社会教育関係團体という文句がありますので、その点につきまして、昨日末文部当局の方にいろいろお尋ねしておつたわけですが、文部当局としては的確な御返事がなかつたわけです。つまり申し上げますれば、民間にいろいろな文化活動團体がある。これらの文化團体は、たとえば民主主義科学者協会のような、あらゆる科学部門にわたり、自然科学及び社会科学の全般にわたつて、非常に廣汎な社会教育的な活動をやつており、その他の團体も同機な形で非常に廣汎な社会教育的な活動をやつておる。こういうふうな場合に、これらのものが社会教育團体に入るのかどうかという問題についても、具体的なことについては何らはつきり答弁がされてない。これは参議院の基本的態度を決定された問題に関連しても、非常に重要な問題でありますので、われわれはここでやはり参議院がどういうふうな考えから社会教育関係團体というものを見ておるかという点をお聞きしたいわけであります。われわれの考えでは、当局の方で言われるところの、具体な……。
#46
○原委員長 修正に関連しておるところだけお願いします。
#47
○渡部委員 具体的な團体については、その際に考慮する、その際にきめなければならぬというようなお話でありましたが、具体的な團体を念頭に置かないで法案を決定するということはできない。つまり判定の基準となるようなものがなければならぬはずだと考えるわけでありますが、こういう点について、はたして十分に政府の見解を聞かれた上で、あるいはまた参議院として独自の見解を持たれた上で修正等をなされたのかどうかという点についてお聞きしたい。
#48
○原委員長 修正の箇所に直接触れていないように見受けられますが……。
#49
○渡部委員 それに連関して問題があると思うのです。
#50
○原委員長 政府委員でございませんから……。
#51
○渡部委員 政府委員でないからこそ――政府委員の方はもう聞いたのですから……。
#52
○原委員長 それでは若木君。
#53
○若木参議院議員 今の問題につきましては、修正に関する具体的なことではありませんから、責任ある答弁は私一議員としては不適当だと思いますが、第二條の社会教育の定義に合致するというふうな立場から、社会教育関係團体というものが考えられるのではないかとこう思うのであります。以上であります。
#54
○原委員長 それではお急ぎのようでありますから、これで参議院の方からの御説明は終りといたします。
 第一章につきまして、ほかに御質疑はございませんか。
#55
○松本(七)委員 ちよつと小さい点で一点だけ伺つておきますが、第六條の一項一号にあります公民館の設置及び廃止を認可事項とされた理由をお尋ねいたしたいと思います。
#56
○柴沼政府委員 これは参議院の修正のときに「認可」を「届出」と改められてあるのでございます。この別紙の第六條第一項中というところにございます。
#57
○原委員長 この際五分間休憩したいと思いますが、御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#58
○原委員長 それでは休憩いたします。
    午後七時十分休憩
     ――――◇―――――
    午後七時二十三分開議
#59
○原委員長 休憩前に引続き会議を開きます。若林君。
#60
○若林委員 先ほどちよつと聞き漏らしたのですが、社会教育関係團体というのは、一体具体的に現在ありますものの代表的なものはどういうものかをひとつ。ちよつと疑問に思いますのは、社会学級というのがあつたりするのですが、あるいはPTAというのは学校の後援團体であるか、社会教育関係團体であるかというような疑問がありますので、現在あるものでひとつ簡單に御説明を願いたい。
#61
○柴沼政府委員 社会教育関係團体の具体的な例といたしましては、ただいまのPTAは現存社会教育関係團体として取扱つておるのでありますが、しかしこれがもう少し発展して参りますと、お話のような学校の教育との結びつきが大きくなる。社会教育的色彩よりも学校教育的色彩の方が大きくなるかとも思います。とにかく現在は社会教育関係團体として取扱つております。それから社会学級、これは学校で行います一つの講座でございますので、社会教育関係團体としては扱わないのであります。
#62
○若林委員 青年團、婦人会その他は純然たる社会教育関係團体と見てよろしゆうございますか。
#63
○柴沼政府委員 その通りでございま
#64
○松本(七)委員 参議院の修正意見では、社会教育関係團体の求めに應じて、必要な物資の確保につき援助をしなければならぬというような規定があるが、ただいま若林さんの指摘されましたいろいろな團体がはたして社会教育團体かどうかということに疑問が起ると思います。一体だれがこれを社会教育関係團体として認めるのか、指定するのか、その点をひとつ……。
#65
○柴沼政府委員 これは認定する、あるいは指定するというようなことは起つて來ないと思うのであります。当該團体の目的とするところ、また実際にやつております事業を見ますならば、社会教育関係團体であるかどうかは、前からの規定によりましてその物資のあつせんをすべき任務を持つたところ、そういうところが自然にわかるものと考えております。認定、指定という言葉に語弊があるので、そういう言葉を嘆いたくないのであります。しかし現実に、たとえば文部大臣あるいは社会教育委員会に、物資のあつせんをしてくれといつて來た團体が、どんな内容かということは当然に調査いたします。それによつて判定が出て來ると思うのであります。
#66
○松本(七)委員 そうすると文部大臣あるいは教育委員会が判定するということになりますね。
#67
○柴沼政府委員 その通りだと思います。
#68
○原委員長 第三章について御質疑がなければ第三章に入ります。――御質疑がなければ第四章に入ります。
#69
○松本(七)委員 二十三條の公民館の行為の点ですが、「特定の政党の利害に関する事業を行い」云々ということがありますが、これにある政党の機関紙だけを備えつけるというような行為はどうなりますか。
#70
○柴沼政府委員 これは公民館の事業としてそういう機関紙がどういう意義を持ちますのか、ただ置くというだけでこれにぶつかるのかどうか、ちよつと判断しかねます。
#71
○佐藤(重)委員 公民館の二十二條に「左の事業を行う」云々とありまして、その四に「体育、レクリエーシヨン」というのがあります。これは先ほどお尋ねしました学校体育に関連した問題になるのでありますが、やはりこれに学校生徒たちが出入りすることになると思います。そこで武道を正式にやらせると解釈していいのですか。
#72
○柴沼政府委員 社会教育関係の施設において武道を行うことは自由であります。
#73
○佐藤(重)委員 劍道もよろしいのですか。
#74
○柴沼政府委員 さしつかえありません。
#75
○渡部委員 二十三條の公民館の運営方針ですが、これは社会教育團体と認められないものであつても、どのような團体でも自由に用いることができるというようなことは、どうなんですか。
#76
○柴沼政府委員 それはもう自由に使えると思います。
#77
○今野委員 二十三條の二項ですが、それにさつき問題になつた宗教と政党のことが書いてありますが、前の教育基本法の表現だと支持または排撃というようなことになつておりますけれども、ここでは支持だけ書いてあります。教育基本法と同じようにしないで、こういうふうに支持だけをいけないというようにしたのは、どういうわけでありますか。
#78
○柴沼政府委員 今のお尋ねは教育基本法第八條の問題ですか。政治教育の問題ですか。
#79
○今野委員 二項に支持も排撃もいけないということになつておりますね。
#80
○柴沼政府委員 これは特定の候補者の支持をしてはいけないということだけでございます。
#81
○今野委員 排撃はかまわないのですか。
#82
○柴沼政府委員 特定の候補者の支持または排撃と、念を入れて言うか言わぬかというだけの問題だと思うのでありますが……。
#83
○今野委員 教育基本法の八條のときには、ちやんと念を入れて言つているのですが……。
#84
○柴沼政府委員 排撃することは他の候補者を支持することになるのじやないかと思いますが……。
#85
○稻葉委員 「特定の政党の利害に関する事業を行い、又は公私の選挙に関し、特定の候補者を支持すること」を禁ずるというのですが、政治の座談会だとか、そういうことを行うことはいかぬですか。
#86
○柴沼政府委員 その座談会等の機会が各政党に均等に與えられるものでしたら、小しもさしつかえないと思います。
#87
○稻葉委員 そうすると私なら私があまり公民館で座談会を開くということはいけないのですね。
#88
○柴沼政府委員 先生以外の人に一切使わせないということでやるのでしたらいけないのでありますが、そうでなくして、たまたまそのときは先生の座談会であつたというのなら、さしつかえないのであります。
#89
○松本委員 第三十條の第三項に、学識経験者の委員について、「第一項第三号に掲げる委員会には、市町村の長若しくはその補助機関たる職員」云々としてありますが、特に市町村の長をここに規定した理由は、どういうところにありますか。
#90
○柴沼政府委員 公民館はその実際の設置運営が、いわゆる純粋の教育というばかりでなく人民生活の全般に関連するところが多いのでありますから、特に自治体の長もしくはその補助機関をして関與してもらうように準備したわけであります。
#91
○松本(七)委員 それから次の三十一條の法人の設置する公民館についての規定ですが、その役員をもつてこれに充てるということをわざわざ規定している理由。当該法人の自由にまかせるべきではないかという意見があるのですが、それについて……。
#92
○柴沼政府委員 これは実際問題に着眼した規定でございまして、数人の人が寄つて法人を設置して、その法人の理事者になるというような場合には、特によそから人を頼んで來なくても、初めからその公民館の運営ということには特別な理解もあり、また特に熱心な方でありますから、これらの人々の合議体でもつて公民館運営の実をあげることができる、そういうふうに規定しているわけであります。
#93
○佐藤(重)委員 三十七條「公民館に館長を置き、その他必要な職員を置くことができる」という、この館長とか職員というのは、やはり資格審査がいるのですか。
#94
○柴沼政府委員 これは地方公務員法が出て來ると、小しかわるかもしれませんが、教職適格審査だけが適用されるのであります。
#95
○原委員長 第四章について御質疑がなければ、第五章に入ります。
#96
○松本(七)委員 さつき若林さんの御質問に対する答弁がはつきりしなかつたのですが、四十九條の社会学級講座というのはどういうものですか。
#97
○柴沼政府委員 社会学級講座と申しますのは、從來は公民教育、母親講座、母親学級というような名前でやつておつたものであります。それをこういう名前にしたものであります。
#98
○渡部委員 四十九條の「学校の管理機関」云々とありますが、この学校の管理機関というのは、学校当局のことであるのか、または何か学校内に置かれた、たとえば大学校の試案要綱の中に出るような新しい管理機関なのであるか、こういう点はどうなんです。
#99
○柴沼政府委員 これは学校教育法の用語に從つたのでありまして、この四十五條二項にございますように、特に國立学校にあつては文部大臣、公立の大学にあつては地方公共團体の長、それから大学以外の公立学校にあつては教育委員会というように特定されております。
#100
○今野委員 社会教育の目的のために学校を貸すことができるということでありますが、しかし社会教育以外には貸さない方針ですか。たとえば政治的の集会とか、あるいは宗教的の集会とか、そういうものには貸さない方針ですか。
#101
○柴沼政府委員 お尋ねの点は学校教育法の八十五條に規定がございまして、使い得る場合と使い得ない場合と、いろいろあると思いますが、公共のためにはこれを使つてよろしいという規定がございます。
#102
○稻葉委員 四十九條の第一項に文化講座、專門講座、夏期講座、社会学級講座とありますけれども、文化講座と社会学級講座では、第二項、第三項で明らかなように、場所だけが違うようで、内容は全然違つてないようでありますが……。
#103
○柴沼政府委員 違つてない場合も相当あるのでありますが、場所が違いますれば、自然に内容も違うのがやはり相当ございます。
#104
○稻葉委員 やはり二項にも「成人の一般的教養」に関しとありますし、三項にも「成人の一般的事教養に関し」とあります。
#105
○柴沼政府委員 「成人の一般的教養に関し」という、そういう点はまつたく同様でございます。
#106
○原委員長 第五章御質疑がなければ第六章に入ります。
#107
○今野委員 通信教育というのは文部省だけでやるんですか。これによるとそうなつておりますが、地方教育委員会というのは、まつたくこれには関與しないのですか。
#108
○柴沼政府委員 あるいはお答えがちよつと食い違いますかもしれませんが、認定は文部大臣だけなのです。しかし文部大臣が自分でやるというわけではないのであります。認定だけなのです。
#109
○稻葉委員 青年團主催だとか、婦人会主催だとかで、夏期講座とかそういうものをやります場合に、市町村でよく補助してくれておりましたのですが、そういうことは今後この法律によりますと、そのまま認められるのですか、禁ぜられるのですか。
#110
○柴沼政府委員 実際問題としては、そのやり方に相当御注意を願いませんと、社会教育諸團体に補助を出すということになれば、規定に違反するのでございます。しかし実際には青年團等を使つて、市町村自体がそういう講座を実施すればよいのでありまして……。
#111
○稻葉委員 ところが青年團主催でやりたいのです。また婦人会主催でやりたいのです。
#112
○柴沼政府委員 たとえば協同主催の形をとりますれば、そういう道はいろいろありますが、直接青年團のために補助したという形をとりますと、これは禁止されることになります。
#113
○稻葉委員 市町村では、場合によつてはそういうものも継続的に認めてある事ところもありますね。毎年青年團主催でやるのだからと、もうすでに町村議会の議決を経て予算をとつてあるところがあるのですが、そういうものはみなこれに触れて來るわけですね。
#114
○柴沼政府委員 結局予算の使い方の問題でありますが、そういう場合には、おそらく教育委員会の社会部担当のものがいすれ相談を受けると思うのであります。そういう際に予算技術的な使い方という点について、御相談を申し上げることになると思います。
#115
○原委員長 第六章について御質疑がなければ、附則に入ります。御質疑はございませんか。――それでは質疑はこの程度で終了したいと思うのでございますが、御異議ございませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#116
○原委員長 それでは質疑はこれにて終了いたしました。
 この程度で散会するに御異議ございませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#117
○原委員長 ではこれにて散会いたします。
    午後七時四十四分散会
ソース: 国立国会図書館
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