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1949/05/10 第5回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第005回国会 内閣委員会公聴会 第1号
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1949/05/10 第5回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第005回国会 内閣委員会公聴会 第1号

#1
第005回国会 内閣委員会公聴会 第1号
昭和二十四年五月十日(火曜日)
    午前十時四十六分開議
 出席委員
   委員長 齋藤 隆夫君
   理事 青木  正君 理事 池田正之輔君
   理事 小川原政信君 理事 吉田吉太郎君
   理事 坂本 泰良君 理事 有田 喜一君
   理事 木村  榮君 理事 鈴木 幹雄君
      江花  靜君    尾関 義一君
      丹羽 彪吉君    柳澤 義男君
      山口六郎次君    北村徳太郎君
      小林 信一君    山口 武秀君
 出席公述人
        國鉄労働組合副
        委員長     鈴木 市藏君
        東京都職員労働
        組合委員長   占部 秀男君
        東京都知事   安井誠一郎君
        日本化藥株式会
        社社長     原 安三郎君
        運 輸 技 官
        (氣象台関係) 堀内 剛二君
        農 林 技 官
        (農事試驗場) 美園  茂君
 委員外の出席者
        專  門  員 龜卦川 浩君
        專  門  員 小關 紹夫君
    ―――――――――――――
本日の公聽会で意見を聞いた事件
 総理府設置法外各省設置に関する法律案につい
 て。
    ―――――――――――――
#2
○齋藤委員長 これより内閣委員会の公聽会を開会いたします。を申し上げます。本日は御多用中のところ、当委員会公聽会に御出席くださりましたことをば、委員長として厚くお礼を申し上げます。
 御承知の通り、ただいま本委員会におきまして審査中の総理府設置法案外各省設置に関する法律案は、行政機構の改革に伴いまして行政の簡素化、行政の整理を行うきわめて重要な法案であるのであります。公述人各位におかれましては、おのおのその立場より腹藏なき御意見をお述べいただきたいと存じます。公述人の時間は三十分以内といたしまして、公述の後は委員諸君から質疑があることと思いますが、これに対しましても忌憚なくお答えを願いたいと思います。念のために申しておきますが、意見を聞きまする問題は、第一に行政は事際にどう運行されておるか、第二にこれが國民生活に及ぼす影響はどうであるか、第三に地方自治体並びに地方民に及ぼす影響はどうであるか、第四に拡充、新設せられる機関の妥当性はどういうものであるか、こういうことについて御意見を述べていただきたいと思います。
 なお申し述べておきますが、衆議院規則に定むるところによりまして、公述人が発言しようとするときには、委員長の許可を得ることになつております。次に公述人の発言はこの意見を聞こうとを越えてはならないのでありますから、これも御承知を願つておきます。また委員は公述人に対して質疑をすることができますが、公述人は委員に質疑することはできないことになつております。次に公述人諸君にお願いをいたしておきますが、発言劈頭に職業または処属團体並びに御氏名を言つていただきたいと思います。
 なおこの際一言申しておきますが、本日公述人として見えられることになつておりました鈴木文史君がやむを得ない事情ができまして、出席ができないということでありますからして、これも御了承願つておきます。また公述人の原安三郎君は午後には所用があるとのことでありますからして、原安三郎君から御意見の開陳をお願いいたします。原安三郎君。
#3
○木村(榮)委員 公述人が最初の予定より大分減つております。三十分という予定は、十人で三十分で三百分という計画でやつたのですから、少々くらい延長してもさしつかえないことを認めておいてください。
#4
○齋藤委員長 そのおつもりで御開陳願います。
#5
○原公述人 原でございます。皆樣のお手元に事務局から配付して差上げておきました書類は、日本化藥の化の字が火になつておりますが、火ではございません。現在では化けるということになつております。火が化けておりますから、御注意しておきましたが、事務局はそのまま火でお残しになつておりますから御訂正願います。
 さつそくお話を申し上げます。実は書類をいただきましたのと、それから新聞で拜見しただけですから、常識的なことだけを申し上げておきます。本日のお話の趣旨は四つの項目にわかれておりますが、第一の行政は政を行うとありますが、これはおそらく行政整理の略語の行整のプリントの間違いであろうと思います。それが運用できるかどうかという点でありますが、これは私当事者でございませんが、現在すでに原案として現われておりますところによりますと、もちろん実行できるであろう。運用は当然実行可能と考えております。私が当事者でありましてもそうです。ただ他の点で、私たちの期待しておりましたよりも行政整理の実際が、数字の上においても、機構の上においても、整理されていなかつたということに失望を感じておりますことを申し上げたいと思います。なぜそういうかと申しますと、私たちやはり郵便、電信、及び今度鉄道は鉄道公社に入りますが、この人たち全部を集めまして、この現業はまず三十%くらいが適当ではないかと常識的に考えております。その他の官廳では半分くらいが適当であるというふうに考えておりましたのが、聞くところによりますと、十七万人ほどの減少ということに相なつておりますので、その点は実行可能はもつともなことであり、またいくらか失望を感じておりますということを申し上げたいのであります。
 それからこのプリントを拜見いたしますと、十九冊にわたつておりまして、短時間にこれをまとめることができませんが、とりあえず大きな顔または行政機関の減つたものはございません。ふえておるようで、総理府は、それから法務廳、その他十一省、安定本部、これだけの機関になつております。十四大機関の区別になつておるそうであります。これをちよつと横に見ましたが、局が童体で九十一になつております。部がその下に三十八今度できております。局が変形して部という名前になつておるところがある。総務局が各省になくなりまして、官房の部になつておりますが、これで人間がどの程度減つておりますかわかりませんが、私は人間を減らすだけではなくて、仕事の上において少くてもできるということを考えてもらいたいと思います。
 それから外局として六十九、全体にございます。六十九という数字も相当多い。しかしこういうものを見て驚きましたのは、外局所属、内閣所閣、省所属の審議会が百八十九あります。これにはどうも驚きました。もつとも民主政治の精神からいえば、審議会とか協議会が必要だと考えますが、私もそういう会の委員に任命されたこともあるのですが、この会議の進み方、開き方などについてよほど整理をすれば、この人たちの時間をむだにしないのではないかというふうに考えます。どうも会議が遅れましたり、そしていつも事務局まかせの仕方になつておりますのは非常に残念に思つております。かくのごときことで根本的に解決すれば大分仕事は進むのではないかと考えます。今日も十時からというので私は九時半に伺つておりましたが、相当開会が遅れました。いろいろな事情があると思いますけれども、そういう点でいつも委員がそろいがおそいということは、これは個々の自粛にまたなけければなりませんが、出席を早くすることによつて仕事が早くできるということになるのであります。こんなことで能率本位の会議をやつていただきたいというふうに考えております。
 それから人の問題ですが、この表によりますと、大藏省八局が五局ほどに減つておるわけでありまして、ここに新しく財務官というものが置かれることになつておりますが、この財務官が官房長の上になつております。見ると渉外のことをやつておりますが、渉外は昔から一課でやつておつたようです。今後ますます渉外の仕事が忙しくなるというお見込みか知りませんが、ここに財務官を置かれたのは、人によつて職を設けられたようなことがあつては相ならぬというように考えております。
 それから通産省に通商監というものを置かれておりますが、これも新制度でして、通産省というものが新しく必要になりましたから、ここに新しい形のものをお置きになつたのかもしれません。運用してみなければ、私たちここで即断できませんが、技術的の省、電通省、あるいは郵政省などに特殊な技術的な方がいらつしやることはわかりますが、次官を補佐する仕事をやるものとして通産省に通商監というものがありまして、次官と局長との間に仕事をやるということに相なります。これなども新しくできる省の形をとつておる通産省は、貿易振興というような大きな仕事もございますが、なるべく從來の人員でやつていただくことが、行政整理の要望されておるところではなかろうか、こういうふうに考えております。
 もう一つ私意外に考えましたことは、中央官廳がいかにもたくさん地方の派出所または仕事場を持つていらつしやることです。私はこれなどは地方の自治を強く動かさしめ、そして自主的に仕事をさせるという意味からいつて、あまりに中央に頼り過ぎる。責任性を欠くのではないか。ひいてそのために國費がむだに使われる。あるいはむだでなくとも有効の度が少く使われるということに感ぜられるのではないかというふうに思います。
 またもう一つ人間の問題に入りまして、私は次長とか副長という制度をやめたいと常に考えておりますが、今度の案の中に各局にこの次長が二十五、六名ございます。これは仕事の分量が多いから、局長のもとに次長を置いたという制度かもしれませんが、これがなかなかわれわれ仕事をしておるものが折衝してみて、非常に不便な場合が多いのです。次長が有力であれば局長が仕事の量が減るという術係か、責任がわかれたという関係か、そこに熱心さが足りないということをときどき見ます。また次長にこの力を持たしますと、自然若い方ですから、どこかに分別がつかない、しかも次長の置き方が人繰りの関係、ポストの関係などで置かれることがありますので、これらについては嚴格にやつていただく必要があるのではないかと考えます。
 それからもう一つさつき申し上げました局のうちで、今まであつたものが今度は廃止される、総務局のごときはちよいちよい廃止されておりますが、これが官廳の中に部で入つているそうです。そして人繰りは同じような人繰りにして、そして部というのはそこに部長を置いておられるのではないかと思いますが、これは局が部と変名しただけで、実際は人繰りが減つたということにならぬ。また人繰りを減してもよいというものが残つているとすれば、これは考えなければならないと思います。
 もう一つ横の形で拜見いたしますと、人口問題のごときは総理廳で一部人口問題を総計的に取上げ、そのほかに厚生省の人口問題研究所というものがある。これはちよつと角度が違いますから置いたのだというお説があるかもしれませんが、これは総理大臣のもとにある行政組織でありますから、こんなものをなるべく一まとめにやつていただくことが必要がはないかと思います。
 また各省所属の審議会の模樣なども組織、人を拜見しますと、中にはほとんど似たものを各省別に置いていらつしやる、あるいは審議し合つていることの半分以上が共通であるということもあるが、横の整理をもつとやつていただく方法をお考え願うことが必要ではないか。安定本部の仕事のうちに各省の調整という問題がありますが、こういう方面のことについてはやつていらつしやるようです。どれだけ審議会、諮問機関ができても――安定本部はある程度の相談を受けているか知りませんが、各省の省令でできるのではないかという考え方を持つております。委員会をたくさんつくるといつても、日本の現在でありますから、別段に手当は出るわけではございませんし、場所をふさぎ、時間をふさぎ、民主主義の実行の上から言えば――実はまだ民主主義の訓練をやつているのだということならばけつこうですが、もう四年もたつておりまして、訓練の時代も過ぎておりますから、実質的な効果のあがる審議会なり協議会なりをやつていただくことをお願いいたします。そういたしまして從來あるもののうちでもそれを整理していただかなければ、委員になつている方々は時間の上において相当使われているわけなんで、その点においては相当こぼしているというよりは、むしろ大きな眼で見て國家が損をしている場合もなきにしもあらずだと思います。しかしまつたく委員会をなくするというのではありません。適当な委員会の設置は望ましいと考えております。
 私は一般的なことを申し上げましたが、ここで委員長から出された試驗問題について申し上げたいと思います。
 今度の行政整理は完全に施行されると思います。私が申し上げましたように十七万人幾らというのが出ておりますが、運輸省並びに通信、郵政関係で現在百万人のうち、現業で三十万人ほどを減していただけば仕合せだと思います。その他の官廳から約三割といたしますと、五十五万ないし六十万、これだけの行政整理を一体実行できるかどうか、かりに実行にかかるといたしますと、なかなかむずかしい問題で、総理大臣がひつ生の努力をして、ことによると総理大臣が不幸にして殺されることがあつても、二代三代と時代はかわつても、相当の努力を要するものではないかと思います。はつきりそういうことができて、國民全体並びに整理された方々にも喜んで協力していただけることではなかろうかと考えております。もう一つこまかく申し上げますと、今度整理される方々は、おそらく退職手当の都合で短期の人が整理されると思います。約一割前後の数でございますから、十人のうちに一人くらいは短期の人で、退職手当のいかんによつては退職した方がいいという人があるかもしれません。また婦人の官吏または家庭にいらつしやる方は短期の方が多いものですから望んで御退職になることもありましよう。私は実行の面から考えますと、おそらく十七万人はさほどむずかしいことではなかろうと思つております。行政整理即人間整理ということの可能性いかんだろうということだと思います。
 第二の國民生活に及ぼす影響は、たいへんよい影響を與えます。第一お示しの数字でそう平均にはなつておらないとしても、かりに一人の人を置くために國費が給與その他を入れまして、月一万円も出るということでございましたら、二百余億円からの節約に直接相なります。それだけの税負担をこの惨しい時代に軽減するという利益があるばかりでなく、日本人は政府のやつていらつしやることをよく注視して、その成行きに從う、何となく成行きに引きずられるという傾向がまだございます。そういう点からこの行政整理が日本全体の企業体に及びまして、その結果整理をしなければならない状態でありながら、何となく、経営者または使用者が弱氣で、その仕事の前途が、この状態では不安であるにかかわらず、実行ができないというようなことが、政府のやられたことによつて、追從というか、やらなければならぬという決心と実行力を與えるということになるでありましよう。すなわち國民全体の税の軽減のほかに、今申しましたような、ほんとうの合理化経営、あるいは経済経営というものの実行を、人間整理、機構整理を集中的にやらなければならぬということが、ちようどこれから示唆を得て実行に入ることだろうと考えます。この点非常に簡單で明瞭な結論が今のようなことで得られるのではないかということを考えます。
 第三の問題はやはりまだ何となく中央集権がさつきも申し上げたように残つておりまして、どの省にも数箇所に各地区をわけて、至るところに本省以下の意思の通達、または地方からの意見の本省への傳達機関が残つております。この点を思い切つて中央集権をよして、地方自治を助長するような形をとつていただくと、これでまた相当人が減せるのではないかと考えます。これは各省驚くべき多数のそれぞれ官廳を持つております。極端なことを言えば、十一省あれば十一の機関が各府縣にあるという状態です。これはわれわれ氣がつきませんが、地方自治関係の方々の御意見を伺えれば、相当この点について私の考えていることが裏書きされるのではないかと考えております。ある場合にはこれが地方自治を妨げている場合がなきにしもあらずと考えます。これは実に相済まぬことで、國費をそういう面で非能率的に使つておる。こういうことに考えられる。申訳ないことであるというふうに考えます。これは具体的なことを申し上げては相済まぬのですけれども、一應そういう実例を申し上げますと、安定本部の中に東京区に中央安定局があります。これなどは安定本部が手近にありますのに、別に東京だけに安定局をつくつておる。私は安定局はほとんど用がないのじやないかと思う。東京の安定局に行つて話をしたことは一度もない。私どもの会社の者もないようでございまして、今私が氣のついたことだけを申し上げましたが、これを一々調べますと、各省にもかくのごときことがあるのかもしれません。氣のついたことだけ申し上げますとそういうことであります。
 それからこれにございます地方民に及ぼす影響、これはさつき申し上げました第二項の國民生活に及ぼす影響と、大して負担力の軽減においてはかわりませんけれども、つまり今申し上げましたように、直接に本省とのつながりの機関を地方に置かぬで、地方の縣廳またはその自治体に万事をまかすということになりますと、地方自治体自身がはつきり責任を持つて事を処理されまして、その上にまた地方自治体だけに行つて解決できるものが、各本省との連絡をとらなければ事が進まないという時のむだ、あるいは労力のむだなどが起つて來ますから、その点から地方の國民生活には、相当地方分権の実行を早め、またわくを廣げた方がよい結果が得られるのじやないかと考えます。
 第四の拡充新設された機関の妥当性、これも大急ぎで拜見しましたのですが、拡充されたというのはおそらく通産省の関係ではなかろうかと思います。通産省は貿易を振興するために局の数もふえております。一、二減らしておりますが、大体においてふえております。その上に有力な外郭として四廳すでに持つておつたものの中で、資源廳が鉱山まで含めて大きな組織でできまして、この意味から人を減らしておることは、はなはだ苦労であつたろうと思いますほど大きくなつております。それから拡充されるといえば、從來でも貿易廳はございましたが、ただ通産省という形において貿易廳を特に各局にわけて、通商貿易を盛んにするということで、各局分担で今後の仕事をやろうということになつた。そうして貿易に重きを置くということに機構のつくり方がなつた。これはどの程度これでいいのか惡いのかということは問題ですが、私は一本為替の問題について相当やらなければならぬことがたくさんあろうと思います。これは一商工省だけの問題じやございません。ことに労働省などもこの点について相当協力してもらわなければ、一本為替に合うように日本の製造工業を樹立し、同時に輸出輸入に関するものについて終戰後に希望しておつた目的を達成するためには、一通産省だけではいけないのじやないか、こういうふうに考えます。いわゆるこの点だけは挙國一致で進めなければいかぬのじやないかというふうに考えます。各省にわたつてこれは努力して行かなければならぬのじやないか。すなわち昭和十一、二年ごろの貿易の盛んなりし時代は為替は一本です。戰爭後に為替が複数為替になつた。何となく複数為替が日本の現状ではやむを得ざる状態のように考えられる。そうして各種、各品ごとの為替で力の弱い状態でありました。一本為替になることがほんとうです。そこでこの為替レートを使うのでも、自然の状態でその自分たちのやつておりまする各企業体の製造品種が、輸出の為替に合うように、産業を合理化して持つて行く。これはだれが獎励するとも、だれが考えるとも、だれが指導したともなく各人の自由意思でやれるわけであります。今度は戰爭が終つて昭和十二、三年の前の状態にもどれたのでありますから、昔の状態に返つたので、少しもむずかしいことではありませんけれども、ただ相当長い間何となく規制され、統制された貿易をやつておりましたから、ここで一つの線に沿うて一つの輸出目標まで、または輸入品を輸入してそれを輸出品にかえ、または國内消費する物を單一為替レートによる考えを各局でそれぞれ考える。それぞれ考えるのは企業体を組織する全員が考える、経営者しいわずこの場合労務関係の者も一緒になつて、すなわち從業員全部、また投資家である株主も全部、株式組織である場合には一緒になつて自然にこの為替レートに合うように自分の製品を持つて行くには相当の覚悟を要するわけである。戰爭前に存在したおつた一本為替レートの状態に持つて行くまでには、この四年間の状態になれておつた以上は、それぞれこの面に進むように持つて行かなければならぬのじやないかと思います。これはしかし國民各自の盛り上つた力がなければいけませんが、この場合にもし官廳の力を借りるとすれば、側面からの援助を願うとすれば通産省並びに大藏省である。経済安定本部は全体の計画としてですから問題はない。労働省ももちろん、事業によりましては農林省も、産業省全部に対してその覚悟で進み得られるように持つて行つていただくような組織をつくつていただく、問題は國民各自の決心、覚悟ではありますけれども、今言つたようなことの側面援助が願えれば非常に好ましいことであり、通産省といわず、日本全体が世界経済へカムバツクをして発展するということの目的が完全に達成されるのではなかろうか、そういう方面に向けての行政は、整理でなく行政拡張であつてもよろしいと思うのです。一に國民の努力にまつのが大切でありますが、そこに何らかあらゆる面から力を注いでいただく。これは分析して考えますと、資金、資材面、人間的の心理状態をよくその方面に引きつけて行く、ごく常識的な解釈としてそんな方法で進めていただくことがよろしいのでないか、そういうふうな考え方で通産省の仕事は重大であるということを考えていただきたい。
 それからこれは非常に小さな問題がちよつと目につきましたから申し上げたいと思いますが、新しい仕事の一つとして文部省の仕事の中にユネスコの活動を援助するということがちよつと入つておりました。このユネスコの活動を援助するという問題については、元來國際連合に入つて後である。國際連合が十一の活動範囲を持つておりまして、そのうちに教育と文化とに対して特に大きな示唆を持つて日本に呼びかけられ、近ごろは問題になつておりますが、これは文部省の仕事でなくして、文部省並びに外務省の仕事でなかろうかというふうに考えております。外務省はまた非常に機構を小さくされましたから、そのことのために新しい省をおつくりになることもたいへんですが、そうして國際連合にどうせ参加される時期が來ますときまでに、この國際連合下部組織の十一團体、これはいろいろな運動にどれも参加し得られるような、どれもこれを参考とせしめ得られような形をとるためには、單にユネスコだけでなく、全面的にどの省もたえずこれを注視していただく必要があるのではないかと思います。文部省だけでなくて、外務省その他全面的に取合げてやつていただくことのように私は思います。國際連合に入ることはまだ許されておりませんし、そのうちユネスコだけがとりあえず敗戰國であつても許されておる一つの團体行動の連絡機関ではありますけれども、その他もあわせてたえず準備をしておかなければならないと思います。この意味から私どもはあらかじめ活躍していただくことが必要ではないか。すなわち今日の問題にとらわれず、將來の問題について、そう金を使わず、人を使わずやつていただくことが必要ではないかと思います。
 私は今皆さんの御審議が進行しつつある各省設置に関する法律案について、ごく常識的の考え方を申し上げて、私の公述を終ります。
#6
○齋藤委員長 御質問があればこの際お願いいたしたいと思いますが、いかがですか。――なければ次に鈴木市藏君にお願いいたします。
#7
○鈴木公述人 私は國鉄労働組合の副委員長をしておる鈴木市藏であります。運輸省設置法案ならびにそれに伴う諸問題について、國鉄労働組合を代表して意見を述べさせていただきます。
 まず最初にこの二つの注文を出しておきたいと思います。第一は各省設置法案の審議にあたりまして、密接不可分的な関連法である定員が切り離されておるということ、從つてこの法案の審議が実質を伴わないものになるということについて、議員各位の御注意を喚起しておきたいと思う次第であります。おそらく政府は今議会に提出を予想しておりますが、閉会間際の火事どろ式にこの定員法を可決して行くといつたようなことをやるおそれがありますので、これを十分注意したいただきたいと思います。
 次の注文は、各省設置法案に対しまして、各省の労働組合の代表の意見が述べられる機会が與えられなかつたということを非常に遺憾に思うものであります。從つて定員法の審議の際は十分この点が取上げられるように、前もつて議員各位のこの点に対する御協力を願いたいと注文をいたすわけであります。
 さて運輸省設置法案についてでありますが、この法案に対しましては、基本的な性格、次の四つの問題について私どもの考えを述べてみたいと思います。
 一つはこの法案は直訳的な固さと官僚のなわ張り根性の混合体であると思われます。その結果は官僚が官僚のためにする行政いじりとなつてしまつて、実際にはむしろ民主化に逆行しております。何となれば、これは実際の仕事面に携わる労働者並びにそれらの組織の意見を全然盛られておらないし、下部の実情とは著しくかけ離れて浮き上つておるということになつておるのであります。
 その二つの性格は、國会の審議権を拘束しておるか、あるいは拘束しようとしておる。廣汎な権限を國会を通さずに、行政の府に委任するということがやられておるのであります。これは形式的には民主的な方法をもつて行われておるのかのごとくよそおつてはおりますが、実はここにこの法案の裏にひそむフアツシヨ的な芽があるといわなければならないと思います。これはかつてのイタリアあるいは日本の軍閥時代におけるがごとく、歴史的な過程を振りかえつてみるとうなずけると思うのであります。
 第三は、二十四年度のあの首切り予算をさらに形式化し、法制化するためにとられた処置であるということであります。從つて國民生活に及ぼす影響は、この法案の背後にある定員法とにらみ合したときに、まことに深刻かつ破壞的なものがあるといわなければなりません。
 第四は、かくてこれは國鉄のこま切れ政策すなわち買收私鉄の拂下げ、賣却、外資導入に門戸を開く基礎的な一連の政策の現われであるということであります。これに官僚を関與せしめて、官吏全体をして独占資本に奉仕せしめるための地ならし工作であるところにねらいがあるといわなければなりません。
 以下これらの性格を具体的な條文によつて申し上げるならば、御質問に出されておる四つの点は明確に答えが出るものと信ずるのであります。
 さてこの法案の骨子とも見られる第二章、本省、第一節、運輸審議会の條項について申し上げます。これは新設されたものでありますが、この審議会の存置及び構成、権限といつたものが、前に述べました四つの基本的な性格を最も代表しているという点にかかつているからであります。
 第五條には、公共の利益を確保するために、公平かつ合理的な決定をさせるため、運輸審議会を常置するとあります。しかしながら私どもは次に述べるような理由によつて、この審議会の設置には反対であり、この第一節全文削除を主張いたします。
 理由、第一にこの審議会は、審議会として責任を負うべき機関が明示されておらぬ。任免は第九條、第十一條によつて総理大臣が両院の同意を得て行うこととなつておりますが、審議会が決定もしくは行使した権限についての責任の所在は必ずしも明確ではありません。このように審議会は立法と行政の間に第三の壁をつくつて、責任の所在を不明ならしめているのであります。最近これらの審議会と似通つた何々委員会といつたようなものが忽然として現われて來るのでありますが、きわめて奇怪しごくであるといわなければなりません。まことに直訳的な臭味紛々たるものがあつて、決して日本的ではないと申さなければならないと思つております。
 第二に、この審議会は大臣の諮問機関であるのか、あるいは独自の決議機関であるのか、明瞭でない。第六條には運輸大臣は左の事項について必要な措置をする場合には、運輸審議会に諮り、その決定を尊重し云々とありますが、その決定を尊重するという字句が不明確であります。これは審議会がもしきわめて有力意見の代表者によつて構成されている場合には、この決定の尊重はある場合は無限に押し廣げられ、同條十二項目にわたる重大なる事項、この事項は鉄道、船舶、自動車、小運送にわたる運輸事業の運賃拂下げ、賣却等を規定しているのでありまして、実に國民生活に至大なる影響を及ぼす事項でありますが、これらが立法の府に諮られることなく大臣を拘束するでありましよう。またこれに反して弱体もしくは著しく見解を異にするがごとき場合には、この決定の尊重という言葉は單なる解釈上の問題となつてしまうのでありましよう。かくのごとき不明確な機関の常置は避けるべきが正しいと思うのであります。
 第三にはこの審議会委員の選考についても國会、地方議会、政党の役員は禁止されていますが、しからばいかなる範囲からかくかくの適格者を選定すべきであるという具体的な條文はどこにもないのであります。その運営において行えばいいではないかというようなお説もあろうかと存じますが、実際的には民主化の現状からして、最も民主的な代表、すなわち國鉄利用者代表であるところの市民もしくは労働組合、農民組合といつたような代表等が民主的な方法によつて任命されるということはあり得ないといわなければなりません。もしかりにそれが行われ得たといたしましても、形式的なものにしかすぎず、むしろ審議会の性格に照してロボツト的な存在になり下るであろうと考えるのであります。
 第四には独裁と祕密性があるということであります。運輸審議会委員は七人であります。委員三人以上をもつて小委員会を設け、この小委員会の決定は審議会の決定と同一の効力を持つと第十四條に規定しておるのでありますが、これでは結局三人委員会となつて七人の審議会も数的な根拠を失い、しかも常置機関としての理由が抹消されてしまうのであります。第十五條における祕密の保持、第十六條における公聽会の制限事項等、きわめて不明朗なものを感ずるのであります。
 第五に、これは國会の審議権といかなる関連にあるかが明白でない。行政府と立法府との間に、このような第三の機関が常置されることによつて、行政の責任が常に國民の前に明らかでなければならぬのに、ぼやけて來ると思うのであります。すなわちある場合には行政府の権限を無限に拡大することに利用し、責任の所在についてはこの第三の機関を持つということによつて、緩衝地帶をつくり、これによつてくらますというようなあいまいさが生じて來るに相違ないと思うのであります。よろしく両院の権威のために、かかるぬえ的な機関は断固反対せられ、むしろ進んでこの際両院の運輸交通委員会のごときものを十分に強化されて、政治的視野の上に立つた行政監督の任を積極的な活動とあわせて行うならば、かかる機関は必要としないであろうと思うわけであります。また私ども労働組合側といたしましても、この運輸審議会にはいかなる働きかけも、雲の上の機関であつて手が届きかねる始末でありますし、またそのような道も開かれてはいないのであります。しかしながら両院の委員諸公には、はるかに氣安く、また意見を答申できるのであつて、私どもの立場としては國会の審議権を尊重し、憲法に規定された運営をはかつて行くのが正しいのであると思うのであります。以上の理由によつて、かかる審の設置には反対であります。
 また第四條に権限行使の條文があります。「但し、その権限の行使は、法律に從つてなされなければならない。」とありますが、その範囲がきわめて不明確であります。むしろこれははつきりと何々は法律によれと明示した方がよろしいと思うのであります。何となれば同條五十三項目にわたる権限は必ずしも法律によらなくても十分なものもあるし、必ず法律できめなければならず、またきめてもらわなければならない大切な項目もあつて、すべてこれが混合しておるところに逃道があると考えるのであります。特にこの設置法附則の六項におきまして、「この法律の規定は、物價統制令の規定になんらの影響を及ぼすものではない。」というのがあるのでありますが、この項目は漠然と見ると本質がつかまれないのであります。御承知のように、ただいま鉄道運賃は國会の審議を必要とするのでありますが、この物價統制令がなくなつて参りますと、財政法第三條におけるところの國会における鉄道運賃の審議という権限が、自然に消滅することを意味するのでありまして、こういう重大な事項が何ということなしに挿入されておるという事実につきましても、十分に議員諸公の注意を喚起したいと思うわけであります。
 次に内部部局のところに移つて参ります。第二十一條第三項「運輸省に、運輸省参與二十人以内を置き、省務に参與させる。」ということが書いてありますが、これは削除することが正しいと思います。今ごろ何のためにこのような参與が必要なのか、全然その理由の発見に苦しむものであります。考えられるところは一つ、この参與の職制というのは明らかに古手官吏のうば捨山を意味しておるといわなければなりません。
 次に第二十七條第五号に鉄道司法警察に関することを規定してありまして、鉄道監督局はこれらをつかさどることになつておるのでありますが、これは今日鉄道公安官と呼ばれておるものでありまして、大約人員は三千五百名内外でありますが、これについての予算化の問題であります。この鉄道司法警察予算というのは明らかに一般会計の負担すべきものであるにもかかわらず、これを公共企業体の大削減された人件費の中から生み出すといつた今度の予算の建前は、まつたく了解しかねるのであります。從つて單に事務をつかさどるのみでなしに、その予算上の責任も鉄道監督局が持つべきであると思うのであります。また同條八号には、地方鉄道に対する係員の職制、服務、資格、懲戒に干渉するがごとき條文があるのでありますが、この際これを削除して、地方鉄道における自主的な運営にまかせるというのが正しいと考えるのであります。
 次に第二十九條の附属機関の項に入るのでありますが、中央氣象台以下海員養成所に至る八つの附属機関があるのでありますが、特に中央氣象台につきましては、これが運営について今重大な危機に逢着しております。予算の大削減と予算される大量首切りによつて、実際の機能が眞に中央氣象台としての役割を果し得るかどうかということであります。高等商船学校にいたしましても、名目的な法制だけにとどめず、進んでその実際的な活用、それに伴う予算化の処置が大切であると考えられるのであります。特に氣象観測の費用の大縮減がもたらした危險を、逆に今度は海上保安廳の方に、警備救難部というものを新設することによつて償おうというようなことは、何という愚かな行政整理案であるかといわなければならないと思うのであります。まつたく木に竹を継いででつち上げた天くだり的な設置法の面目が、はつきりとこういうところにも現われていると思うのであります。形の上ではどうであれ、結論的にはそのように仕組まれているということが、偶然ではなくここに現われているのであります。また三十條の四、五項には中央氣象台の内部組織は政令できめるということになつておりますが、この法案には法律できめる、政令できめる、省令できめるといつたぐあいに、そのきめる法的根拠が一貫しておりません。これは統一的な観念に立つ立法精神に矛盾している。從つて一時的な便法のごまかしとしか考えられません。よろしく統一的な観点に立つべきでありまして、政令はやめて省令もしくは法律とはつきり規定すべきでありましよう。
 次に第四節、地方支分部局に入りますが、第四十八條の港湾建設部のところに「それぞれ次長二人を置く。」とあります。しかしながら二人の任務が分明でない、いたずらにポストのみ増設の観があります。この港湾建設部の実際の工事計画及びその予算上の処置というものは、はたしてどのようなものであろう、われわれは、國有鉄道における地方施設部が半数近く今廃止の運命にさらされているのでありまして、これには私ども大反対でありますが、同樣に港湾建設部も形の上にとどまるおそれがあるのでありまして、次長二人を置くにふさわしいほどの仕事と予算を盛られているかどうかということについて、嚴重にこの際注意を喚起しておきたいと思うのであります。また第四十九條には、この部の内部組織は今度は省令できめるとありまして、先ほど申し上げた中央氣象台の内部組織は政令できめるとの関連が、かくのごとく統一を欠いているのであります。
 次は第五十一條陸運局であります。これは各地方鉄道局の管下にある陸運部が今度の案によつて局に昇格するのですが、一体これは何のために局に昇格するのか、またそのための行政改革であるならば、むしろ人員の増加が必要であるが、一体そういう用意があるのかどうか、おそらくは單に局長を九人もポストをふやす、それから部課長級のポストをつくるだけの役割に終るに相違ないと考えられるのであります。第五十二條を見ますと、そのように規定されているのでありますが、今まで部であつたものを局に昇格して上級官吏の拔け穴をつくつて、これと引きかえに定員法で下部が首切られては、まつたくたまつたものではないと思うのであります。官僚のつくる官僚式行政整理のお手本というものはこういうものです。われわれは今まで通り地方事務所でよろしいと考えます。
 第五十三條によるところの四部の設置、すなわち総務、鉄道、自動車、整備等々、まつたくこれはどうにもならないのでありまして、上級官吏のポストのみちやんときめて、あとは省令でといつて逃げてありますが、まことにもつて役人根性の代表的なものだといわなければなりません。從つて改正でも何でもない。現機構よりも一層の拡大と煩瑣のみであります。
 次に第三章、外局の項に移りますが、第五十六條について見ますと、海上保安廳の機構の拡大がなされておるのであります。しかしながら最近における警官の増大などとにらみ合せまして、これはやはり日本武裝化とフアシズム的な一連の意図と相通ずるものがあることを看取できるのであります。そうして今日の國際的批判にかんがみまして、よろしく世界の民主的陣営の輿論に忠実であるべきであると思うのであります。さらにこれらの新設のために、地の切実なる部門が廃止または縮小されるということは、許さるべくもないと思うのであります。
 次に第六十條に移るのでありますが、六十條には「運輸省に置かれる職員の定員は、別に法律で定める。」とあります。実はこの設置法をいかに運営するか、すべてこれは人にかかつて來る問題であります。この定員のいかんこそが、その実際的な運営を左右するのであります。しかも聞くところによりますと、本國会に政府は定員法なるものを提出するように言つておりますが、その内容こそがまことに重大であつて、かかる設置法のごときは、この定員法との重要性の比較においては問題にならないとさえ言い得るのであります。かつて定員法との結びつきのない設置法は、私は机上プランにすぎないと思うのであります。よろしく両者を一括審議するか、しからざれば定員法には十分の民主的な討議の機会が與えられ、各省の労組の代表の発言、公述がなされなければならないと思うのであります。
 私は從つて後段において、今考えられているところの定員法の問題、その内容をなす國有鉄道の首切り問題について申し上げたいと思うのでありますが、第一段の結論としてこの設置法について申し上げます。この法案は撤回し出直す必要があると思うのであります。そうして首切りをやらず、もつと民主的な運営がなし得られるような設置法を、あらためて民主的な方法によつて討議され、再度上程されんことを期待するものであります。これによつて第一段の結論を終らしていただきます。
 次に今回の設置法の裏にひそむところの首切りの問題について、國有鉄道の立場から申し上げます。問題になる点は、定員法の基本的な問題と、第二には定員法そのものについてであります。
 まず第一に定員法の基本的問題としての精神であります。從來各省の定員は官制をもつて定めてありましたが、今回は、運輸省の場合で見ますと、ただいま申し上げた第六十條に書かれておるように「職員の定員は、別に法律で定める。」とあります。しかしながら日本國有鉄道の職員の定員については、これは公共企業体になるのでありますから、どこにもうたつてないのであります。もちろんうたわなかつたのは、一般行政官廳と違つたそういつた公共企業体に、定員をきめるということはナンセンスにすぎないからだと思うのであります。元來國鉄が公共企業体となりましたのは、日本國有鉄道法の提案理由にも明示されているように、マ畫簡に基きまして、國有鉄道事業を公共企業体の事業とするためであつたのであります。そこで國鉄の公共企業体になりましたのは、日本國有鉄道法第一條で明示しております通り、能率的な運営によりこれを発展せしめ、もつて公共の福祉を増進することが目的であつたのであります。言いかえますと、國鉄の経営を直接の政治的支配と官僚主義から解放して、経営管理の科学的技術を取入れて、能率の向上、公共の福祉の増進をはかつて、國民経済の水準を高めようというわけであつたと思うのであります。ところが業務、財務、人事管理の自主性を與えないでおいて企業的な運営が一体できるであろうか。これらのことは明白な事実であります。私たちは從來かような見解のもとに、日本國有鉄道法では人員の定員化をしていなかつたものであると理解しておつたのであります。
 次に國鉄の現在員は、あとで述べますように、業務量そのものによつて経営上の必要から雇用されたものである点を理解していただきたいと思います。從つて日本國有鉄道法第二十九條に降職及び免職の規定がありますが、定員法の人員制限によつて人員が整理されることは不当であります。また公共企業体労働関係法では第八條で明らかこれらの問題は労働組合との團体交渉によつてきめると明示されておるのであります。以上のように企業の本質から申しましても、また諸法令から見ましても、一方的に何ら納得し得るような理由もなく、定員法で企業の労働雇用量を縛るということは了解に苦しむものであります。
 次に第二には定員の数についてであります。先ほど前の公述人が申し上げましたが、実際問題といたしまして、官吏の数が今國民の負担に耐えられないほど増大しておるとは絶対に考えられない。なぜかならば特にこの問題についてはよくアメリカが引合いに出されるのでありますが、御承知のようにアメリカにおきましては、人口二十八人について一人の官吏であり、日本は人口七人について一人の官吏であるというようなことが言われておりますが、アメリカの官吏と日本の官吏とは構成が違うのでありまして、國有鉄道であるとか專賣、通信といつたようなものは、アメリカでは官吏ではないのでありまして、そういうような連中を引きますと、実に日本におきましては人口四十五人に一人の割合の官吏となるのでありまして、これらの点は決してアメリカの官吏より多いというがごときことはまつたくのでたらめと言わねばならないのであります。まして國鉄におきましては、いわゆる業務量の増大ということを考えたこの定員をきめて行かなければ、どうにも実際の仕事は成立つて行かないのであります。現に昭和十一年、つまり日支事変の始まる前の年でありますが、この年を百といたしますと、現在の事務量は貨物において百四十倍を輸送しておるのであります。また乘客においては実に三百五十六倍に上る量を輸送しておるのでありまして、これだけの大きな輸送量をまかなうための人員は、運輸当局においてさえも基礎定員五十八万ということを二十三年度において言つておるのであります。それでも不足をしておりまして、現に八万人に上る超過勤務手当を支給しておる。つまり五十八万プラス八万、六十六万の人員がなければ、國鉄の輸送は完遂できないということを二十三年度には言つていたのであります。それにもかかわらず二十四年度においてかくのごとく多くの首切りをするということは、まつたく業務の実態を無視したものといわなければならないと思うのであります。
 また現在の鉄道における施設の荒廃の実情につきまして、逐一具体的な例をもつて申し上げると非常に長くなりますので省略いたしますが、実は慄然たるものがあるのであります。これは北海道から南九州に至るまで一貫して、鉄道の施設は今やほんとうに危機の寸前に立至つておるのであります。特にこの付近において考えられる点は、有樂町のガード下におけるものすごい亀裂の状態が、つい最近の交通新聞にはつきり書かれておるのでありますが、もはや握りこぶしが入るような大きな亀裂があるにもかかわらず、これが放置されて何ら直されていない。それからたとえば上野と田端の区間における自働信号が非常に危險な状態にあるにもかかわらず、これが放置されておる。こういう実例が付近にもたくさんあるのでありまして、全國におけるこれらの施設の荒廃の実情を見た場合におきましては、人員の整理どころかますます人員を拡大して、もつと老朽しておる施設を一日も早く回復しなければならないということが考えられるのであります。
 かような状態からいたしまして、國鉄におきましては業務量から、あるいはまた施設の現状からいたしましても、人員整理の余地はまつたくないのであります。むしろわれわれは現場から積み上げて來たところの定員によりますと、かえつて現在の実働人員よりも一〇%以上増大しなければならないという下部の報告が上つて來ておるのであります。しかしながらもし首切りによつて幾ばくかの赤字を埋めようというような考え方に立つておるならば、これはきわめてナンセンスであります。すなわちこの人員整理によつて償われる赤字は、わずか五・七%にすぎず、金額にいたしましても六十億に滿たないのであります。もしこのような金額を生み出そうとするならば、何ら人員整理をやることなく、國鉄における一切の財政の面を根本的に檢討し建直すことによつて、これくらいの金額は立ちどころに浮いて來るものと考えられるのであります。かような問題を少しも論議されず、また徹底的にえぐることもなくして、單に首切りによつてわずかばかりの赤字を補填しようということも、まつたく実情を無視した行き方であるといわなければならないと思うのであります。
 私たちはかような意味におきまして、過般琴平で開会いたしました全國大会で決議した運動方針に從いまして、國鉄復興を主軸とする日本産業の復興をするために、必要な國鉄防衞の運動を展開する準備を進めております。まるで企業や労働者を無視した説明のできない今回の予算や定員法の意図を強行されるならば、一体どういう結果になるか。御忠告を再三繰返しておく次第であります。私たち國鉄労働者は、決して客観的な條件を無視した要求や意見を出しておるとは考えておりません。今後ぜひ納得の行く政治をやつていただくことを希望するために、以上反対意見を申し上げて、私の公述を終りたいと思います。
#8
○齋藤委員長 質疑がありますればこの際にお願いいたします。なければ午前中はこの程度にして午後一時まで休憩いたします。
    午前十一時五十八分休憩
    ―――――――――――――
    午後一時四十四分開議
#9
○小川原委員長代理 午前に引続いて、これより公聽会を開会いたします。
 委員長が所用のため、理事の私が委員長の職務を行います。それでは安井誠一郎君が所用のため急がれておりますので、安井誠一郎君より御意見の開陳を願います。
#10
○安井公述人 ただいま御紹介をいただきました安井でございますが、少し役所の方の時間を急いでおりますので、私簡單に一言だけ申し上げてみたいと存じます。一体私を呼び出されるのは、多分組織法案の中の出先機関の問題についての意見ということだろうと存じますので、そういうことを中心にお話を申し上げてみたいと存じます。
 この出先機関の問題は、何も今に始まつたことではなく、二年前から論議しておることなので、皆さんその事情及び主張等十分よく御存じであろうと存じます。これは今いろいろの見方があると思います。またりくつを言えばいろいろのりくつの言い方があると思いますが、こういう問題の一番の焦点になるのは、何といつても統制経済をやつておるということが問題の焦点になるのです。しかし統制経済は、御承知の通りに、戰爭中もしくは日支事変後ずつと続いてやつておるもので、何も終戰後始まつたことではない。むしろ終戰後はだんだんと統制経済の範囲を縮減して行こうというような方向になつておるのです。そこでそれでは戰爭中に、統制経済をやるために、各省が今日のごとく出先機関をつくつておつたかというと、これはちつともつくつておつたのではない。御承知の通り戰爭中は、各省の統制経済をやるための多くのものが、例の公團の制度によつてやられておつたのです。中央に公團を持ち、地方に公團の支局といいますか、出先を持つて、中央は中央の各省がそれぞれ自分の所管の公團を監督、指導しておる。地方ではどうやつたかというと、地方は地方の知事がその範囲の公團の監督、指導を大体やつておつた。これはまたそうしなければ、実際動かぬので、いくら統制経済だからといつても、その出先の公團なら公團がそのことだけで動けるものではない。最前線の府縣のような所へ行くと、これはやはり他の府縣のいろいろな行政、いわゆる縣廳との結びつきでないと、簡單に実際の問題として縣内で動かぬので、これはみな縣の知事が大体その縣内の公團の監督指導をやつておつた。今の食糧公團のようなものを見ても、あれは公團制度になつて新しい一本の公團として残つてやつておつても、その府縣の知事が、その公團の縣内における配給の問題とか、あるいは役員にしても、一應推薦するというか、相談をするというか、そういう形でそとに現われた形式はともかくとして、実際はそういう形で動いて、初めて地方の府縣における総合的な行政とマツチして、都合よく縣民が便宜を得ている。何といいましても、地方の府縣の縣民は何か問題があれば縣廳にということが、長い間の実際なんであつて、またそれが一番いい。そこで総合的に縣の全体の利害、あるいは縣の利害ということは、同時に國家の共通の利害に関する指導を中心から受けながらやつている。これは何も統制経済をやつておつたから知事から分離しておつたのではない。ところがこれが終戰になりまして、公團法は全部廃止してしまう。一方もしこの機会に知事の公選という問題が起らなかつたとする。かりに從來の行政機構、知事が依然として國の官吏であつて、同時に自治体の代表機関だ、ああいう形で行つたら、おそらくこういう出先機関はできなかつたろう。やはり知事のもとにそれぞれの機関をつくり、知事が監督して、その機関を立ててやつて行つたろうと思う。それがあのときに一方知事公選というえらい地方自治体の自治権とかいう、新しい、地方が何か國家と対立した一つの團体で、地方だけのことでもやるようなことに非常に強く考えられた。そこでまた一方私どもも実は長く役人をやつておつて、役人の氣持もよくわかるのですが、ことに若い役人の諸君の氣持もよくわかるので、なるべく自分の手先で動かして、その仕事をやつて行こう。一面には仕事欲の強いいい面なので、その熱意のあることは買つてやらなければならぬので、その氣持を都合よく生かして行くことによつて、いい行政もできて行くので、これは何でもかんでもけしからぬという氣持でなくて、やはり自然にわいて來る、役人の惡く言えば官僚のセクシヨナリズムとでもいいましようか、官僚の独善の行政しでもいいましようか、それもありますが、とにかくそういう氣分と、一方ちようどそこへ持つて來て、知事が公選になつた。今度は公選知事だというので、政府の言うことを聞かぬぞ、各省の役人の言うことは聞かぬぞ、かつてなことをやつておられては、何をやられるのかわからぬというようなことが、一つは感情的に対立をして、それではひとつこの機会に出先をというので、その後非常にたくさんあの前後において出先機関ができてしまつた。率直に申しますと、あの公選知事の選挙の直後なんかは、少し知事も鼻息が荒くなつて、どうも非常に威勢がよすぎるというような感じも、われわれ古いもので、長く両方をやつている人間には、そういう感じがしないことはなかつたのですが、そういうようなことは非常に神経的に各省に響くので、これはこのままではいかぬ、われわれ直接にやる方がいいのだという感じを一面に持つておるのもむりはないという氣が自分の経驗からいたします。そうなるとその地方の総合的な縣民の福祉と縣民の安全という公共的な利害をはかつて行くということは、やはり地方團体の機関が一番責任を負うべきものだ、それに何か知事というものをのけものにして、自分の方で何もかもやつてしまう、いかにも対立した二本の行政の線が出て摩擦を起すようなことになる。こういうこしは非常にいかぬということで、逆に反撥して二年ほど前から非常に反対の氣勢が強くて今日までやつて來た、こういうのが実情でございます。ところがその後一年たち、二年たつて地方團体の知事、あるいは市長その他地方團体の機関の諸君もだんだんと落ちついて來て、やはり一種の自治團体だからといつて、自分のことだけやろうと思つても、事実國家の政策とマツチしなければ何一つやれないし、またやるべきものでない、そういうことがだんだん落ちついて來ますと、そう無鉄砲なことを考えもしないし、考えてはいけないような空氣になつて來ておる。こういうような実情で、実際はその最前線の少くとも府縣單位のこういつた出先だからといつても府縣單位の機関というものは、これはやすり知事を預けて、何も委讓するからといつて、知事が持つてしまうのではないので、仕事自身は國の仕事なんですから、これは國の仕事を知事に委任して、その場所でやらせる、この知事の指導、監督については、十分本省から法律をもつて指導、監督する方法はいくらもあるので、また他にもいくらもある。何か知事に委讓するとか、委任するとかいうと、知事がわがままかつてに何でもやれるから、何をやるかわからぬ、こういう簡單な考えがとかくわいて來るのですが、現在の地方の府縣の行政をごらんになつてもわかりますように、六十パーセントから七十パーセント程度のものは、國の事務の委任を受けてやつておる仕事なんです。何も統制経済だけをはずさなければならぬということはないので、今までも國の事務の委任を受けておるのがおそらく七十パーセント近くのものがある。こういうものはそれぞれの法律によつて知事がその府縣によつて運営しておる。何もかわつたことはない。しかし今言うように当時公團でやつておつた。これを廃したから、この機会に一本で行こうというような氣持、一方は公選の知事で、どうも少しわがままに過ぎるというようなことが――これはりくつにはならぬので、またそんなばかなことはないといえばそれだけで、感じの問題なんですが、われわれは実際当つておつてそういう感じがします。おのずから納まるところに納まつたろう、少くとも大部分のものはおのずから納まつたろうという感じがいたしますが、こういう制度が変革したものですから、たまたま制度に対する感覚が対立した、その結果がこういうように発展した、一應こう考えて行くのがまず常識的な考え方ではないかと思つております。從つてわれわれも二年以來この問題を主張しておりますが、おのずから落ちつくところにいずれ落ちついて來るのではないかというので、常時絶えずそのときどきの内閣に要望しておるのですが、すでに昨年の春でしたが、衆議院におきましても、参議院におきましても、この問題は非常に重要に取上げられて、地方行政委員会ではどちらも小委員会までも設けて、特別委員会を設けて研究をされております。多分衆議院の方は昨年の三月の末ごろだつたと思いますが、三月に小委員会でこの出先機関の整理案というものを行政委員会で決定をされております。そうして、園案を政府に実施するようにという要請をされておるのであります。これは國会においても長く出先の問題はこれを簡素化して、地方の縣民の総合的な便宜をはかつて行くようにならなければいかぬということは、これはもう一年半以來叫ばれておることなんです。衆議院だけでなく、参議院においても同樣に六月に決議されております。六月に小委員会を開いて、大体大同小異の案を政府に出しております。当時内閣は芦田内閣の時代だつたと思いますが、有田次長もここにおりますが、有田君にはずいぶん御迷惑をかけたんですが、芦田さんも知事会議ではつきり出先機関というものは大幅に整理すべきものだ、さしあたつてこれこれのものは整理したい、今後引続いて研究の歩を進めて行くということをはつきり言明しておる。当時の政府及び政府與党の諸君も、むろんそういう考えであるし、当時の在野党におかれても非常に熱心に廃止しなければならぬというような意味の声援を得て今日までやつて來ておる。引続いて現内閣になつた。現内閣になると、初めに例の行政整理とからんで岩本試案というものを発表されております。この岩本試案が大体当時衆議院及び参議院の小委員会で研究された案とマツチしております。それから知事会議なり――これは知事会議だけでないので市長、知事、町村長、同時に各團体の府縣会議長、市の議長等の合同の会議を開いて、いろいろ審議して出ておる案が政府の方にも出ておりますが、專門委員の方にも差し上げておりましたが、こういうような何回かの決議を経て、それぞれ理由をつけて出しております。こういうものについて大体この辺で適当だろうということで、現内閣におきましても岩本試案というものが一番初めに出た。続いて岩本さんがやめられて本多君が大臣になられた。本多君もこれを引継いでやつておる。こういうことになつておる。これは單に行政整理という問題と結びつけて考うべきものでなくして、一体國の行政及び地方行政を総合連絡して円滿に行う。あるいは地方民の福祉と便宜のために総合運営して行くという意味において、どうしてもこれは変改しなければならぬ問題なんです。たまたま行政整理と結びつけると、何か人間を切るためにということになりますが、これは決してそうではないのであつて、今私手元に数字を持つておりませんが、各省がこういつた出先機関をつくつたために、各縣ともに何百人という人間が新たに置かれております。あるいは千何百人というところもあるかと思いますが、こういうようなのをほんとうに府縣の下へ持つて來て、府縣知事に委任してやらせられるならば、少くとも相当数を減じてやれる。なぜやれるかと申しますと、たとえば農林省の関係のものは経済局の農林部とか、食糧部というようなところと仕事が相当ダブつて競合しておりますから、そういう仕事を統合することによつて、おのずから人の整理というものができる。整理を目的とするのでなくて、結果的にも必然的に不要な人を使わぬで済む。同時に縣民としては何だかんだといつてもやはり縣廳へ行かなければものが片づかない。その役所だけでものが片づくように見えて、実はなかなかその役所だけで用事は済まない。会社でも工場でも必ずあつちの事務所にも、こつちの事務所にも行くというようになつて、縣民全体としては二重の手間がかかる。だから昔公團がやつておる時分に、ある大きな会社とか工場とか特殊なものは、中央から直接に指導監督をされておつたことがありますが、中小の工場、会社というものは、やはり縣の知事が総合的に見ておつた。今度の場合でもそういうことはずつと一本でやる場合に、非常に大きなものは、出先機関があろうがなかろうが、中央に本店を持つておるからしよつちゆう中央から連絡があつて、中央で大体問題を片づけてしまう。大体みんな自分のところにどんなものが配給になるということを知つてしまいますから、これはあつてもなくても実際はそう問題はない。昔から大きな工場には特殊の監督を直接しておつたのですが、中小のものは実際不便するのであります。そういう意味で、えらいりくつばつてああだのこうだの、仕事の配分がどうだとか、重要物資がああだとかこうだとかりくつを言つて、作文を書けば幾通りも書けますが、現実の問題として中小工場というものは、これは何といつたつてそれだけで立つて行かぬので、縣の行政あたりとの関連において立つておる。そこにやはり一つに集めれば、縣民全体として何といつたつて便利だと思います。地方にやらせれば、ボスがどうだとか知事がどうするとか、こういうことをよく聞くのでありますが、これは私はむしろ逆だと思います。地方の知事は、府縣会の議会を初めとして、周辺に監督、監視しておる批判機関を持つております。出先機関は完全に批判機関はないので、一々國から役人が出て來て、自分の考えを述べたり、その他政府から言われたことによつて、どんなことをやつておつてもこれはほかからの批判はない。從つてこの行政を中正にやつて行くとか、円滿にやつて行くということについては、知事は議会の批判を常に受けておる。縣民の批判を常に受けておる。國の官吏だと、まわりのものからの批判はありましようが、何といつたつてその批判の反映する、批判の影響する影響度というものは非常に違う。いろいろのものの見方はありますが、地方にやらせると、どうもボスが入つて來てどうだとかこうだとか議論が出ますが、これはむしろ感情論、水かけ論で、そういうことになれば、これはやつぱり國の方がいい。地方の官吏だけで、批判するもののないところだと、とかく一方的に狭い視野でものを見やすくなるということはときにあることです、いわゆる官僚的にやるということですから、そういうことのないようにするのには、やはりこれは一般的に見て、あるいはいろいろの陳情があつたようですが、ある一委員は四千何百通とか、千何百人の陳情を受けたぞと言つて話されておりましたが、これなどもほんとうにそうなのかどうなのか。私は少くとも中小以下の業者において、今言うように知事に委任して、この知事に対する指導なり監督なりを十分連絡あるようにやつて行く上においては、少くとも中小の会社、工場等においては、確かにこれは便利する。ひいて縣全体のものとしてはそういうものが大部分ですから、どう考えても私は便利すると考えます。そういう連中が連名で陳情したとかどうしたとかいうことで、いろいろ聞かされますと、また議会の政党の諸君の中から、あるいはその他からもよくいろいろな話を聞かされますが、これはいろいろ出してしまうとおかしなことになるのですが、われわれにはわれわれでまたその裏の情報もないことはない。あまりそんなことを言うのも場所柄おもしろくないと思いますから、きようはむずかしいことは申しませんが、これはまあ一應そういうことにこだわらずに、さらつと考えて、この案ならばこういうものが起きて來るはずのものでない。本省の諸君が自治法をどの程度勉強されてやられておるのか、事務当局が言われておるのかわかりませんが、なるほど知事が公選になりまして、地方が完全に独立体になつたのだから、自分のことだけ考えて國家のことは考えないのだ。この縣とこの縣には同じような、全國一律な統制をやらなければアンバランスが起るのだ、こういうことをちよつと言うと、そうかと考えやすくなるのですが、そういうばかなことはない。それならば今現に國の事務の委任を受けてやつておる六〇%、七〇%の事務が各縣でめちやくちやになつておるかというと、ちつともめちやくちやになつておりません。これは一面國の方で委任した関係から、これを監督指導することは十分できますし、また知事といえどもそうばかな者ばかりおらないので、自分の縣がどうだというので、あまりによその縣のこと、あるいは國のことも考えずにやるというこしは考えられませんし、またそういうことがあるとすれば、國民の批判を受け、議会の批判を受け、縣民の批判を受ける。そう何もむずかしく、あるいは感情的にものを考えずに、すらつと考えて、知事を信任して一つやらしてみる。そうすることによつて、行政も簡素化され、また調和もとれ、地方も二本の線で、國の行政とか知事の行政とか、本來ははつきり二本で対立して行けるようなものならともかく、それが出て來はせぬ。仕事の六〇%、七〇%というものが、國から委任を受けて、知事が地方の便宜、ひいては國の便宜のために國の指導を受けながらやつてもらつておるという現状から考えれば、これはそうこだわらずに、さらつとやつてみるということが、私は一番必要なことだと思います。実はこの問題は初めに非常に進めように見えて、途中で逆に各省からの説明が非常に透徹したのでありますか、陳情が通つたのでありますか、中途で御承知の通り大分ぐらついて來た。三月の末ごろでしたか、本多國務大臣に会つたところが、大臣は初め岩本試案によつてやられること、また最初に政府の各位にお目にかかつたり、本多國務大臣に会つて話をした時分には、大いにやるということで安心しておつたところが、どうも途中で大分ぐらぐらする。各省の閣僚はみな自分の省の出先機関についてはお互いになかなか離そうとせぬのだ、出先機関を持つておる閣僚が多いので、スクラム組んでなかなかうまく行かぬのだというようなことさえ聞いたのですが、私は三月末に本多君に会つて、大分先生くたびれておるので、私は直接吉田総理に会つて、吉田総理にこれはどうされるつもりかと聞いたら、これは自分はどうしてもやらなければならぬと信じておる。府縣にお渡しするように閣議において極力やつてもらうように話をしますという話をされた。それではどうぞひとつそうしてくださいという話をして、あとで聞くと、総理はあとで閣議ではつきり言われておるということを他の閣僚から聞いております。この問題が大分盛り上つて來て、本多君も大いにやつてくれるし、各政党の政調会の幹部諸君も大いにお骨折願つて、私は非常に安心しておつたのでありますが、最近閣議の決定が新聞に出たところでは、非常によくできておるが、どうもおしまいの結論になつて行くと、だんだんぼやけて來るのではないかという話も聞くのであります。どうかひとつそういうようなことでなくして、いろいろとらわれずにしばらくすらつとこれをやつて、そうしてほんとうに惡いならその惡いところをあげて、そうして知事のやり方が惡いなら、責任事務についても政府が監督する制度があるのですから、その制度によつてこれを執行して行く、そうしてどう考えてもどうしてもいけないというならば、そこにおのずからさらにまた新しいその次に來るくふうとして考えられる制度が当然生れて來ると思います。世の中もだんだんかわつて行きますし、社会事情もかわつて行くのですから、いつも一つの法律が固定するわけではない。これは國会において不適当と思うならば、いつでもこれを改正せられればよいのでありますから、そういうような変革と今日までのそういう進み方についても、一應やはり今私が申し上げましたような、少くとも各府縣單位にあるところの分室だとかなんだとか、出張所の名称をかえて分室という名義にするというまあ何かこうはつきりせぬようなことでなくして、やはりその人を信任してやらしてごらんになることにはつきり一本おきめになることが、私は絶対に必要なことだと思いますし、そういうことによつて今日何もむりして非常にたくさんの必要な人間の首を切ることなく、今の制度そのものを置いておけば、実際相当な人が必要だと思いますが、制度を今のように異動することによつて、相当の人が自然に救われ、制度の簡素化ということから原因して、國の財政もそれによつて相当に救われて行く、また仕事も簡素化して行く、こういうことになつて來ると思います。時間の都合もありますので、ほんのとりとめもない話でありましたが、大体そういうふうな経過を御報告申し上げまして御参考にいたしたいと思います。
 ここに何か今各出先機関の関係で、地方にある職員の数を調べたものを持つて來て今届けてくれましたが、何かえらいたくさんの数で、これを今ここで申し上げますのもお手数だと思いますからこれはひとつ專門員の方にお渡して御参考にしてもらいたいと思います。はなはだとりとめもない話をいたしましたが、これで事務がどうだの、いやこういう事務は統制物資の配給だから一元にしなければならぬとか、各縣ばらばらにならなければいけないのだとかいうようなこまかいりくつは、一應やらしてみた上のことだなければわからぬことで、ちつとも心配はないと思います。もしもこれが官吏の時代であつたならば、こういう問題がこんなにやかましくは言われないと思います。これは知事の公選であるということについての錯覚が一つあると思います。この点については必ずしもわれわれの方に全部が全部よいのだと申すこともないので、まあ当時でありますから、公選された知事であるからうまくやるのだとか、あるいは市長においてもこれと同樣なことがあつたろうと思いますが、ちつと会合その他の場合に勇ましい話も出たりして、そういうことがひどく刺激しておるのかもしれませんが、実際これを責任を持つて預けられるならば、それほど無責任なことをやられるものでなし、また從來こういう仕事をやつた人が引継いでやつて行けばよい。これで國の諸機関がなくなつたから、地方出段機関の職員は全部やめさせてしまうのだ、こういう宣傳があつたと聞いておりますが、私はそういうことを一つも言つておらない。これを地方にお引継ぎになるにしても、現在の人が全部いなくなつたらやれぬことはきまつておるのでありますから、必要な数は政府によつておきめになつて、その現在おる人をわれわれが引継いでやつて行く、これをみんな首を切つてしまつて縣廳の職員によつて埋めるのだというような、非常識なばらげたことをやるといつたつてやれるはずのものではないと私は思います。ただこうなりますれば、縣廳においてもこれに類似の仕事をしておる部面もありますから、それと一緒にしてやることによつて人員の整理も大分できる、こういうことを申し上げるので、そういうような御縣念はない、この程度のものはどうしても必要なのだということで、國の方から地方にお渡しになればそれでけつこうだと思います。どうかその辺非公式の氣軽なお氣持だお考えになつて、同時に二年も二年半ももみ拔いて來ておる問題でありまして、大体がゴールに入つて來ておると思うのでありますが、この際ひとつこの点をお努め願いたいと思います。
#11
○小川原委員長代理 安井誠一郎君に御質疑はございませんか。
#12
○柳澤委員 二、三お尋ねいたしたいと思います。御説私どももごもつともと思いますが、ただ最近全國的にこの存置運動といいますか、猛烈な陳情が参つております。これは各議員の手もとにもゲリラ的に大分來ております。その陳情の署名者を見ると、出先機関に奉職する者が裏に介在するかどうかは別として、大体その府縣内にあるところの各事務所の仕事に直接関係のある民間人、あるいは会社事業團体といつたようなものが有力な署名者になつておると思います。その理由の多くは現在統制をしいておる以上は、それがなくなると非常に不便を來す、直接國民に不便を來すから廃止してもらつては困るというのが大体詰めたところの結論であります。この点は実際あなた方の方から見たら、その便否というのはどういうふうなことになるのですか。またかように解決さるべきであるかひとつ承りたいと思います。
 それからもう一点それに関連しまして、知事に委讓する、地方に委讓いたしまして、その上で知事の監督を中央官廳が嚴重にすればよろしい、これは御説まことにごもつともであります。ただ一面憲法の保障するいわゆる地方自治の本旨による自主性ということ、この自主性というものを害さないということが今日非常に強く叫ばれております。憲法の團体自治の精神であると思います。そうするとそういう事務が委任されたがゆえに、中央官廳からの監督が嚴重になる結果として、相当この自主性を脅かされるようなおそれはないのでありましようか。
 もう一点、これはそれに直接の問題ではありませんが、地方自治團体に最も大きく影響する問題ですからお尋ねいたしたいと思います。今度地方自治廳設置法案が出ております。それによりますと地方自治委員会議というものを設けられておる。これは私どもの考えでは、地方自治廳の中心をなす運営機関であつてよろしいとまで思つておるのですが、この構成は廣く民間代表を入れるという意味になつておりますが、その人数も非常に少い。ところが原案は御承知のようにこの会議は諮問機関にすぎないことになつておる。中央官廳から見ればあるいはそれでよいかもしれませんけれども、ちようどあなたのようなお立場にある自治團体の方から見たならば、これは私どもがどこまでもこの地方自治廳そのものが、國家公益と地方の自主性との摩擦を調和するための一種の昭和機関として設置せられるものと思うから、從つて中央官廳がこれを独裁するような諮問機関の性格ではまずいと考えておる。ただわれわれはそう思いますけれども、原案もそうでありませんし、そこであなたのようり立場におつてこれを見たならば、この自治委員会議というものの性格を、議決機関にした方が仕事の上に実際上運営がよろしく行きましようか。また自主性が害されないで運営できましようか。この性格の問題についてひとつ御意見を承りたいと思います。
 以上三点について御質問いたします。
#13
○安井公述人 第一の点は、陳情のことが中心のようですが、どうもその裏のことを申し上げると、実はこういう席では、はなはだ妙なことになつて、ぐあいが惡いのでございますが、出先機関の廃合問題というものは、この二年間非常にやかましく唱えられて來た。そして芦田内閣のときにも、芦田総理がはつきりわれわれのところでも声明されて、これはどうしても行過ぎておると思うということをはつきり言うておられる。両院でも委員会をつくつて政府に意見を出され、しかも芦田内閣のとき軽微なものではあつたが、四つか五つか現に廃止されております。そういうとこにはまだ民間の方からも、出先機関の諸君からも、そんなに、先日來皆さんが御苦労になつておるような陳情をお受けになつてはおらぬ。これが行政整理というものと結びついた結果が、私は非常に手傳つておるのだろうと思とのですが、今度は各出先機関の諸君から猛運動があるのです。そこで、はなはだ惡い邪推をするので、これは非常に失礼な言い分ですが、どうかこの場限りでお許しを願いたいと思います。もし邪推に終れば非常に仕合せなんで、そうであつてもらいたいと思いますが、今までと違つて、今度のことに限つて非常に猛烈になつたということと、しかも各縣にある出先機関の職員が非常に活発に動いておるのです。われわれ聞きました範囲では――間違つたならばお断りしなければなりませんが、これは今中央でこの出先機関を廃止するということによつて、こういう職員が整理されるということが、非常に敏感に働いておるということが一つ。同時にその関係に立つておられる大小の業者が、非常に署名をして陳情をされておるということに関しましては、これはその配給を受け、統制を受けておる人が、判こをついてくれと言われると、皆さんもよくそのお心持ちはおわかりだろうと思いますが、ずいぶん判こを余儀なくつくよいなことがあるだろうと考えられます。そういうような心理が非常にたくさん働いておると考えます。しかし縣民の全体が冷靜に考えて判断しますと、これは私はそういう問題ではなく、むしろ一緒にして行くべきである。ことに中小の業者というような、始終縣廳の商工課とか、農林部というものに関係しておる人々は、一つ役所の門をくぐればよいことになれば、三つも四つも異なつた手間をかけて書類を整備せぬでも便利になるということは、常に言われておることで、こういう人たちが、われわれのところに來て言われることと、今度の陳情書に書き出されておることとは、かなりの相違がある。統制をやつておるからには、やはり一つの統制の出先機関によつてやるのが一番簡單で早く行くのだということは、作文としては成立つ。しかし最前線の現実の生活なり、現実の行政というものは、そういう作文ではないので、それ以外に実際の便宜とか、実際の福祉とか、いろいろなものがあるのです。そういうものを一体にしたとこに、ほんとうに府縣の円滿な共同生活というものができ、府縣の共同福祉というものがあるので、これは批判の範囲に入ますから申し上げませんが、われわれはそういう見方をしております。それ以上臆測いたしますことは、たいへん失礼になると思いますし、今申しましたことで失礼なことがあつたら、おわびしなければなりませんが、そういうような感じがあることだけを申し上げておきます。
 それから自主性の問題ですが、これはよく言われるのです。この点は府縣の知事、その他府縣の役人も、私は反省しなければならぬのだと思うのです。國家公益と対立して、地方自治團体の公益とか、國民の福祉というものがあり得るはずがないのです。今日たびたび申しますように、七〇%の國の委任事務を受けて、國家公益と地方福祉とを調整して現にやつておること自身を見れば、これがマツチしておるということは当然なんで、ただ、今まではあまりに中央集権的で、地方の自主性というものが極度に破壊されておつたので、これをかえなければならぬというのが地方自治法で、地方自治團体の自主性、國家公益と地方の福祉の限界調整ということが非常にやかましく言われておりますが、これはいずれが反逆してもいかぬことなので、そこにはおのずから守るべき限度というものが実際としてあり得るので、これが対立して解決できないというようなことがあり得るものではないので、またあつてはいけない。それは國会において解決するなり、その他適当なる手続によつて解決ができるものだと思うのです。なるほど知事は公選で出ておるのだから、知事を監督するといつても、むちやくちやに昔のような監督はできぬということは、今度は知事がほんとうに國家公益をわきまえないで、地方の利益ばかりをはかることによつて、それがほんとうに結局において地方の利益になるかどうかということが、おのずからわかつて來れば、これは國家の監督がかりに行き届かぬでも、地方民の批判が許さぬことになつて來る。これは考え方だと思いますが、私はちつともその点に矛盾を感じておらぬのであります。
 それから第三番目の委員会の決議機関の問題であります。これは私はお説の通り、決議機関であることが正しいのだという主張をかねてしておるものなのですが、今の財政委員会が御承知の通り決議機関であります。あれは昨年つくりますときに、これも自治法に並行して、地方財政の自主性というものを地方の自治権とマツチした考え方、自治権を正しく認識しながら、これにマツチするような地方財政を研究し、地方財政を考えて、そして今までのような隸属的な財政でないような形に、政府との財政に調和をとつて行くためには、やはりこの財政委員会というものは、相当強力な意思決定をしなければいかぬということで、そしてこの意思決定機関にしなければいかぬということは、この自治法を出し、地方財政法を出すときに、司令部の方の意見もそうでありましたし、日本政府の意見もそうであつた。そこでその意見は調和されて、今の地方財政委員会というものが議決機関になつておる。当時すでに今の自治課と財政委員会というものを一体として、地方自治委員会というものをつくろうという声が非常に強かつたのです。地方自治の方は、自治法というものが一應でき上つてしまいまして、自治権というものも一應調整されたから、残つているものはこれとマツチする財政の面が残つておるのだから、一應財政面で行こう、こういうことであの財政委員会にし、自治課は地方自治行政の連絡調整をはかるというので、自治課というのが成文化されて、二本建で行つた。これが、今後ますます地方行政の相互の複雜なる連絡ということ、政府といわゆる國家公益との調整ということを、もつと深く考えて行かなければならぬという場合に、どうしても行政と財政というものを遊離した形に置くことはよくないというので、地方自治廳というものをつくられることになつたのは、まことにけつこうだと思います。從まして、ここにつくられております機関は、少くとも地方の自治法なり地方財政ということについて、國家公益と調整をするということについての強い決定をなし得る機関をつくるという意味におきましても、これは決議機関でなければいかぬと思つております。同時に決議機関にするというと、何か政府を拘束するのだ、國会を拘束するのだというような説明や宣傳があると聞いておるのですけれども、それはたいへんな間違いで、どこから見ましても、そういうものはありません。ただ主管者が内閣の閣僚であり、同時に委員長である場合に、この自治委員会の決定通りが閣議で通らぬ場合に、閣僚のつらい立場というものはある。しかしこれは諮問機関であつても、午前中には運輸省の諮問機関の意見が出ておりましたが、重要なものをみんな諮問機関にかけて、國務大臣が委員長になるのですが、こういうことになりますれば、それを尊重してやるという政治上、あるいは道徳上の考え方、責任においては、決議機関であろうと、有力なる諮問機関であろうと、実体的に、政治的に考えて参りまして、それは判断の限界を法律的に考えれば別としました、もう少し幅のある考え方として行きますれば、そうこだわることはありませんし、また委員会の決議といえども、内閣として取入れられぬ場合は、これはあり得ることであります。これはやむを得ませんが、ただそのあり得ることをできるだけ少くするためには、やつぱり決議機関として、そうして委員長たる國務大臣が常時内閣なり、國の財政方面と折衝を密にして、平素から國家、公益というもの、あるいはまた國家財政と地方財政との調整配分ということについて、非常に努力しなければならぬという現実が生れて來まして、そのことは両方の財政をあんばい調整する上において、少くとも今のような時代においては非常に大きな貢献をする、こういうふうな見方をしております。
#14
○小川原委員長代理 木村君は安井さんにではないのですね。
#15
○木村(榮)委員 大体國鉄に関連した事項です。
#16
○小川原委員長代理 それでは安井さん、御苦労樣でございました。
 鈴木さん、前にお話しくださいましたことについて、木村君から御質疑がありますので、簡單にその要旨を御答弁願いたいと思います。
#17
○木村(榮)委員 鈴木さんにお尋ねしたい点が、大体二、三点ございます。
 最初にお尋ねしたい点は、國鉄は御承知のように現業と非現業の関係がきわめてはつきりとわかれていますが、今後政府は、行政整理にあたつて、大体現業は二割、非現業は三割といつたふうなことを、本多國務大臣も発表いたしておりますが、國鉄の現状といたしまして、かりにそういつた整理をやつた場合は、どのようなことになるか、また整理をやる可能性があるかどうかということと、現業、非現業ということは、私たちの考えでは、仕事の分野は違つても、完全に分離された、関係のないものじやないので、何かの形においてこれが関連しなかつたならば仕事ができないはずなんであります。それが今度の政府の案のように、現業は二割、非現業は三割ということになれば、それでは今までの行政の中において、戰爭後そのように二割とか三割とかふえたか、もし國鉄なんかで、ちようど現業が二割ふえたし、非現業は三割ふえたんだから、機械的にそれでよいという、具体的な根拠でもあれば御説明願いたい、こう思います。
#18
○鈴木公述人 御質問にお答えいたします。御質問の内容は、現業、非現業との関連と、それから現業二割、非現業三割という整理の可能性があるか、あるいはまたこれが戰爭中との関連においてどうかということでございましたが、この國鉄に対して現業二割、すなわち政府で考えておるところの定員法の内容といたしまして、予算定員に対して約十二万の首切りの可能性いかんという問題でありますが、これは結論的に言つて、そのようなことはむちやな話であると言えると思うのです。ただししかしながら、それが今割合に一般の國民には、單に鉄道は戰時中及び戰前には三十万そこそこの人員でやつていたではないか、それが今は六十万と、倍に人間がふえ、多いんじやないかというようなことが、きわめて漠然とそういう言葉で言われておるので、皆さんの中でも、そうお思いになつておる方があると思うのですが、実際ふえた人員の内容をよく調べてみますと、決してそのようなぐあいのものじやないわけです。
 具体的にちよつと申し上げますと、つまり約二割に及ぶところの十二万人の首切りを行つて、一体國鉄はどうなるのか、それから首切りを行う余地があるのかというようなことでありますが、それにつきまして、次の三点が非常に重要になつて來ると思うわけなんです。つまり、昭和十二年の当時約二十五万、それから昭和十八年のときに約四十万おつた國鉄の要員が、現在大体六十万程度おるのでありますが、その中に必要やむを得ずしてふえた人員があるわけなんであります。第一は渉外関係でありまして、つまり進駐軍の列車を運行するために、これはやむを得ないためにふえたのでありますが、これが一昨年の議会においても、大臣の答弁の中でも全國で約三万九千百十五人と報告されているわけでありまして、おそらくこれは過小に見積つているのでありまして、ともかくここに約四万近いものは、どうしてもこれはやむを得ない人員の増加であります。それから第二の問題といたしましては、労働基準法施行、あるいはまた労働協約に基く從業員の待遇改善としての人員増加が行われたのでありまして、これが約二割て推定されておりまして、その人員も大体九万近いのであります。それから現在の輸送機関の現状から見まして、やむを得ずとつておるところの処置があります。たとえば、今まではなかつたのでありますが、乘客整理係であるとか、あるいは警備係であるとかいつたようなものが、大体約三千人程度、二十三年度の予算定員でも見ておるのであります。それからまた保守、復原と申しまして、非常に保守が惡いというので、特別それに持つて行く要員が必要であります。あるいは鉄道の公安官というようなものが必要である。あるいはまた九州の方へ行くと、炭鉱を鉄道が経営しておりまして、炭鉱夫が鉄道職員として、六十万の定員の中に入つているのでありまして、こういつたような、戰時中あるいは戰前においては考えられなかつたところの、必要やむを得ない人員が、大体政府の発表しておる数字で見ましても、これは二十三年度の予算定員でありますが、約十七万六千九百七十人というものが余計になるわけなんであります。ですから、これをかりに三十万の中から差引きましても、残りは十二、三万、約十二万ちよつとでありますが、その程度の人員増加が現在あるわけなのであります。ところが、さてこの十二、三万の人員増加において、一体よく比較されるところの、人員が約三十万人程度であつた戰前の昭和十二年の時の業務量と比較したら、どういうことになるであろうか。当時の業務量は、貨物において一年間九千六百万トンの輸送量を持つておりました。ところが昨年度は御承知のように一億三千万トンでありまして、ちようど百四十パーセントの貨物においての業務量の増加になつております。昭和十二年の時に、乘客の輸送人員は十億六千万人であつたのでありますが、二十三年度は実に三十五億六千万人と、約三百五十パーセントの業務量の増大を來しておる。從いまして、大体十二万そこそこの人員の増加によつて、貨物と乘客と合せますと約二・五倍、すなわち二百五十パーセントに上るところの業務量をこなして行つておるのでありますから、これは見方によつては、鉄道業務ぐらい実は日本において最高能率を発揮しておる仕事はないと言つても過言ではないわけであります。このような現状において、一体整理をしなければならないということは、実にわれわれにとつては、これは不可解でしかたがない。まず人員の問題から言つても、かような状態であります。
 さてそれにもかかわらず、政府があえて人員整理を強行しようとした場合に、一体どういう事実が起るであろうか。これは御承知のように、非常に今鉄道の施設あるいは輸送の状況が危機に追いやられておるということは、私も午前中申し述べたのでありますが、皆さんもよく御存じだと思います。こういうような場合に人員の整理をしておつて、施設の荒廃や何かが一体どうなつて行くのだろうかという問題であります。その点については、簡單にというお話でありますが、その施設を担当しておる全國の國鉄の労働者が「國鉄復興のために」という施設白書というのを出しておるのでありますが、ここには北海道から九州、四國にわたるところのすべての鉄道の危機の実相がはつきりと書き出されております。これの具体的な内容を一々申し上げているいとまは與えられていないと思うのでありますが、非常な劣惡な状態であります。これを放置しておくということになりますと、とてもこれは今十万やそこらの人員の首を切つてどうのこうのということには、つり合いがとれないほどの損害を、目の前に引起すのであろうということを警告せざるを得ない。從つてたとえば大阪の駅へ行つて見てもわかる通り、大阪の駅はもう八十七センチも沈下している。大阪港、あるいはまたあすこらの港湾関係の駅などというものは沈下いたしまして、そこに海水が入つて來て、貨車やレールがいつも水浸しになつているというようなところまで放置してある。あるいは上淀川の鉄橋のごときは、すでにもう亀裂を生じておつて、旅客線は通れないというような状態になつておる。いろいろな実例があります。さつきも申しましたが、有樂町のガードへ行つて見てもすぐわかる。有樂町のガードは非常に大きな亀裂ができておりまして、いつ何時有樂町のガードが落ちるかわからないというような状態にまで今さらされているわけであります。さらになお一層輸送の復興をはかるというふうな段になりますと、これはとても首切りどころの騒ぎではないということも言えると思うのであります。從つてこの二割の首切りを行つて、――大体定員法で申しますと、五十万六千というようなことを言つておりますが、これはとてつもない無謀な話であります。できません。これはできるはずがない。ここに問題があるのです。一例をあげますと、今臨時人夫や直傭人夫を盛んに首切つておりますが、それでは現実にやつて行けないという事実があるにもかかわらず、その臨時人夫や直傭人夫を首切つて、その上になおまた職員を十万も首切るというばかげた話は許されるわけはない。一例を申し上げますと、千葉の電修場などにおきましては、約一千名近くいると言われるところでもつて約百二十名の臨時人夫を使つておりますが、この臨時人夫の首を切つたために、すでに千葉の電修場においては仕事ができないとうことになつている。しかたがないから首切られた臨時人夫が毎日毎日弁当を持つて現場に來て働いているという事実が雄弁にこれを証明している。あるいはまた地方施設部がこのような形において腐朽荒廃をしているにもかかわらず、どんどんつぶして行つている。岐阜の施設部のごときは、実働員千人いるにもかかわらず、これを百七十名にしようとしている。今月の十五日が最後期日だと言つて來ておる。千名でさえも現状のような状態において、これを百七十名にしてしまう。実に八七%に上る首切りを行つて、施設部をつぶしてしまうということが今言われている。一体これはどういうことか、何のためにだめの利益のためにやるのかさつぱりわけがわからぬ。こういうような状況で首切りが行われて行くというようなことになつたのでは、鉄道がたいへんなものになつてしまう。このことはたとえば事故を見てもすぐわかる。昭和十一年のときには事故の件数は五千五百二十五件、これをかりに七〇%と仮定いたします。そういたしまして昭和二十三年にはどうかというと、実に三万九千件であつて四九〇%というふうに事故の件数が増大しておる。現状をもつてしてもこれだけの事故の件数がふえている。施設が荒廃し、人員が首切られたときに、この事故を一本だれが防ぐかということについて、何人も責任をもつて確言する人はないであろうと考える。これでもつてはたして國民の足が完全に輸送できるかどうかということは、きわめて明白な事実であるといわなければならぬと思うのであります。また四十八時間が施行されましたあと、非常に鉄道職員のからだのぐあいが惡くなつて参りました。ここにも一つの例が載つておりますが、たとえば本省でありますが、ここはさつき関連質問として出されました非現業部門でありますが、この非現業部門の本省におきまして、四十八時間制度というものでできてからと、できる前と比較してみますと、病人が非常にふえている。本省医務局の統計によりますと、大体昭和二十一年のときには一日平均の患者は三十七人にすぎなかつた。ところが二十四年の一月、つまり四十八時間制が実施されました第一週には、それが六十人にふえまして、二月の第三週には五四十五人というようにふえている。このような事実は、國鉄労働者の体力の使用というものに、一つの重大な示唆を與えているものであるといわなければならないわけであります。
    〔小川原委員長代理退席、委員長着席〕
 こういうふうに考えて参りますと、とてもこれは首切りどころの騒ぎではなくて、もつとほんとうに現場の仕事が実際にやりやすいような方向において定員をきめて行くという、そういう眞に仕事本位の立場で考えた方法によつてやらなければだめであるということが言えると思うのであります。そこで現在首切りをしようと思つて、いろいろ定員法に対する裏づけを――既成事実というものをつくろうと思つて当局は一生懸命でありますが、既成事実をつくることができない。当局は運輸省の出先機関に命じて、人が余つていないかという報告をどんどん下部からあげて参つたのであります。人が余つているどころか足りない足りないという報告で、首を切る口実がなくなつてしまつた。それで、仕事のむだのところはないか、仕事でつぶせというような方向に今動いているわけであります。それでも現業はぎりぎり一つぱいでそれでもどうにもならないということで、今首切るためには実に卑屈な無慈悲な方法を講じているわけです。これは東京鉄道局の壁に張られておつた事実でありますが、大体首切るためには、こういうふうな十二にわたる條件を持つて來ている。その一つは何か、老齢者は首切る。長期欠勤といつて三箇月以上にわたる欠勤者は首を切る。女子職員は首を切る。勤務不良なる者は首を切る。強制配置轉換に應じない者は首を切る。遠距離通勤者は首を切る。自宅で百姓をやつたり、商業を営んでいる者は首を切る。臨時人夫も首を切る。理髪であるとかある技術を持つている者も首を切る。五年未滿の者も首を切る。組合專從者も首を切る。こういうふうなことを言つております。四國の方にこの間大会があつて行つたときには、四國の鉄道局長はもつとはつきりしたところの首切りのことを言つておる。それは実にお話にも何にもならない。どういうことを言つているかというと、今言つたほかに、性病患者二期以上の者は首を切る。職場に不滿を持つている者は首を切る。こういうふうにして何とかして首を切る材料を探しているのであります。そうして実際問題として考えられないことを言つておる。たとえば今旅費は――私たちの旅費は十分の一に削られてしまつた。ほとんど旅費が出ないような状態であります。ところが実際は向うへ行つて一晩仕事をしても、うちへ帰つて來る場合に汽車がないときには旅館にとまらなければならない。しかし旅費がなければそういうことはできない。しかしその旅費をくれないから行かれないと言えば、業務命令を聞かないかといつて首でおどかして來るというような実情であります。たとえば田端の自動信号機が非常に危險である。直さなくちやならぬということはみんな言つておる。管理当局も言つておる。ところが晝間はそれができないから夜間おそく直さなければならぬ。ところがあぶないあぶない、どうするんだ、どうするんだと皆が言いながら、夜間手当を出さないから、夜の夜中仕事をする者がない。こういうふうな状況で、あぶないあぶないというところをそのまま放置しておるような実情であります。こういうふうな状態で、非常に惡辣な首切りをやられておる。それから実にささいな問題ですが、今までは國鉄は大家族主義でやつておつたのであります。少しぐらいのことをやつても皆がお互いにかばつておつた。ところがたとえばほんのささいなちり一つどうとかしたというようなことを口実にして首を切る。司法当局に行つても問題にならないようなことでも取上げれば、得たりかしこしとばかり首を切つて行くというような無慈悲なことまでやつておる。これというのも実は合理的な首切りの口実が、どこをどう探しても現場においては見当らないということから出て來ておるのであります。こういう、どこで押しつけられたかしらないが、天くだり的な、とにかくこういうふうなばかばかしい首切りをもし國鉄で強行しようとするならば、これはただごとでは済まない。國鉄がやつて行けない。ここに一番大きな問題がある。こういうふうなことをお考えになつていただいたならば、國鉄の首切りなどということはとてつもないでたらめな、日本を破壞するところの政策であるということがおわかりになると思うわけです。どうかこの点において議員の皆さんのお力をぜひ私たちは懇請いたしまして、首切り法案であるところの皇員法に対しては、ぜひ一致して御反対あらんことをお願いするわけであります。
#19
○木村(榮)委員 もう一点、簡單なことですが、これはあなたの方でおわかりにならなければしようがないのですが、どうも私たち考えますのに、今度國鉄関係の現業の者を首切つて、今あなたのおつしやつたように作業の方にさしつかえが起るという場合には、日通を巧みに利用して、貨車のいろんな切りかえ作業とか、その他今まで國鉄の從業員のやつておつた作業を日通の方にやらして、そしてここでは人間がだんだん余つて來ますから、低賃金で人を雇うようなことを考えさせる、そして請負は特別会計で予算をとつておりますから日通の方にまわして行くというふうなことが、あるいは発生するのではないかと考えられるのですが、そういう懸念はございませんか。
#20
○齋藤委員長 なるべく簡明にお答えを願います。
#21
○鈴木公述人 この問題はわれわれの死活に関する問題でありますから、ぜひお聞き取りを願いたいと思います。日通との関連のみでなく、関連産業との問題は大きいのです。特に日通の問題については、小口運送に大体五十二億程度支拂つておつたものが、今度の予算では日通の五十二億というものがむしりとられておるのであります。從つてもし國鉄の從業員で日通の小口輸送の五十二億の仕事をやろうとすれば、日通では大体三万人の首切りが予想せられるのであります。ところが五十二億をむしりとつて、國鉄の職員に首切りをしないで、今の六十万人の人間でやれと言つてできるかという問題です。これは実は上野でやつておるのです。上野で配置轉換をやろうというわけで、たとえば人夫の首切るかわりに日通の小口のようなことはできないかと思つてやつてみたところが、よけいに人間がかかりそうでだめになつた。また金沢まで今どうやつているかというと、逆に日通の人間が貨車に乘つたり客車に乘つて、鉄道職員の荷扱いと同じことをやらしておる。つまり日通の方にやらしたのが得か、それとも國鉄の職員がやつた方が得か、両方をてんびんにかけて今試験中なんです。そういうわけで日通が小口輸送をやつておつた五十二億の予算がなくなつたことによつて、日通と國鉄との関係は非常に卵妙になつて來た。しかしながら日通がつぶれたり、國鉄がつぶれて行くということになると、かんじんかなめの荷物を集める人間がいなくなつて來るのです。だから日通が惡くなると同時に國鉄自体も運ぶ貨物がなくなつて來る。ですからこれは五十二億という單なる予算の問題だけではなくて、日通も國鉄もともに関連産業として一体としての交通行政の立場に立つて問題を考えないと、日通だけを守ろうとかいうようなセクト的なことではこの問題は解決しないと思うのです。
 また日通だけではなく、関連産業として一番重大な問題は、私たちにとつては車両です。これは日通との関連はありますが、國鉄は毎年毎年貨車の雨漏りのために損害賠償を一億円程度拂つておるのです。損害賠償には一億円程度拂つておりながら、貨車を修理する金がない、そんなばかげた話はない。修理をすれば荷物がぬれることもなくなるということも考えられるのですが、今度の予算を見ると、こういう修理の金などは非常に大幅に削られておる。それから新しく車両をつくるということがほとんど行われない状態にまで陥れられております。ちようど與えられた非常にいい機会でありますから、この点についてもちよつと触れておきたいと思うのですが、大体新車をつくるため、当初予算は百億であつたのですが、それが今度四十二億に削られてしまつた。ところが四十二億に削られておるが、実は七〇%が昭和二十三年度において見込み注文を発しておつて、これは七〇%完成しておる。だから今年の六月になれば、四十二億にのぼる車両生産費はすべて使い盡してしまつて、今年の六月以降は、國鉄から車両会社への注文は何もないというような現状になつておる。こういうような形において実際はどうなつておるかというと、本年度の予算を見ると、一等は十二両、二等は二両、三等百三十二両。これは皆六月に完成するのであります。電車八十二両、これも六月までには完成してしまう。ところが蒸氣機関車、電氣機関車は本年度はゼロです。何もつくらない。それから修繕の場合もそうです。今の雨漏りなんかの関係をお考えになればわかると思いますが、百三十億あつたものが一十億に削られた。実に十分の一に削られてしまつた。実際は修繕について民間の車両会社に出すものは一台もないという状態であります。改良にしてもそうです。四十五億のものがずいぶん削られてしまつた。結局こういうようなことでほとんど行われない。こういつたような状態であるわけです。これが先ほど申し上げました施設の老朽と相まつて、車両自体がどんどん惡くなつておる。大体昨年の六月までは、戰後上昇線をたどつておつた車両が、また次第に下り坂になつて参りました。もしあなた方が湘南区間の列車にお乘りになりましたらわかると思いますが、東京駅を発する三等はだんだん惡くなつた。今は現場ではガラスが割れてもガラス一枚入れる余地さへもない。ガラスの配給はほとんどない。もう一ぺん豚箱みたように板で張らなければならない。その板を張る人間さへ首を切ろうとしておる。ですからいろいろもつて大問題なのであります。こういうような状況に追い込まれて行つておるわけであります。從つて今度の問題は單に國鉄のみならず、車両の関係、あるいは日通の関係、あるいは施設その他の関係ともよくにらみ合せてみまして、これはたいへんな問題だと思う。なまやさしい問題じやない。実際日本の産業が破壞されてしまうというような危機にまで追い込まれておるということを深く御認識いただいて、この問題に対して十分御努力をお願いしたい。この首切りをぜひ御反対していただくようにくれぐれもお願いする次第であります。
#22
○齋藤委員長 次は占部秀男君。
#23
○占部公述人 私は占部秀男であります。職場は東京都に勤めておりまして都の主事をしております。所属の團体は東京都職員労働組合の委員長であります。この問題についてお話する前に、さつき國鉄の鈴木君から申しましたように、この法案とうらはらの関係にある定員法が、同時に審議されなかつたのはまことに遺憾でありますが、この点につきましては、鈴木君から申し述べましたので私は申し上げません。なおこれからお話を申し上げることは、ここに出されております意見を聞く問題、一、二、三、四、この順序に從いまして、前に言われた方と重複しないような形でお話を申し上げたいと思います。
 第一番の行政は実際に運行し得るかどうか、これは結局縮小された人員と機構のもとで、行政の運行が從來通り行われるかどうか、あるいはそれ以上にうまく行われるかどうか、こういうところにポイントがあるのであろうと思います。これを考えます前に、もともと行政の運行というものは、どういうふうにできておるのかということも考えなければならぬと思います。單にこれは機構を整理したからというようなことだけでなくて、その機構整理の内容の中には、人と金と仕事の質、量の面が十分に充実していなければ、機構整理は無意味になつてしまうということは、私が申し上げるまでもないことであると思います。そこで今度の法案の全文を一應通覽して感じたのでありますが、一應各省とも局部の機構を縮小しております。たとえば経本では十局を六局一部にするとか、大藏省では七局九部を五局三部にする。他の省におきましても縮小しております。問題はこの縮小された機構がうまく行くかどうかということは、結局さつき申しました三つの点が備わつているかどうかということと関連して來ると思うのであります。御存じのようにわれわれ官公廳職員の仕事は決して少くなつておりません。今日の特に資本主義的な復興形式といいますか、そうしたものが多かり少かれとられております現在の経済事情、そうしたものから演繹しまして、行政の事務が減るどころか、ますますふえておる。しかも行政事務の内容はどうかといいますと、昔ながらの判こ行政というような、煩瑣な手続が依然として残つております。また行政事務をする設備も非常に荒れたままに放置されておつて、きわめて非能率的な形にあるわけであります。しかもそれをこの職員である人の面におきましては、今後定員法が出るそうでありますが、それによつて一般会計の方は一割四分七厘、すなわち七万三百の整理が行われる。特別会計の方は十九万七千という整理が行われるし、結局百六十九万二千という予算定員に対しまして、二十六万七千三百、一割五分七厘という人が減ると思います。ところが官公廳の中におきましては、昨年からすでに人員の自然減をはかつておりまして、相当各職場では労働強化になつておるわけであります。ここへ持つて來てまた人が減るということは非常にわれわれの側からしますと、ほんとうに仕事をして行きたいという観点から問題が大きいのであります。さらに第三の金の面では、われわれの方としましては、なおまた相当粋節約もはかつておるのであります。たとえば事務の紙にしましても、ペンの一つにしましても、三、四割の節約をはかつておりますが、特に金の重要な給與の問題につきましても、御存じのように六千三百七円ベースが今日もやられておりますが、職員層はこれが設定されましたときと比較して、すでに生計算が二〇%も上つており、非常に金の面でもきゆうくつないやな形のままに置かれておるのであります。結論的にいいますと、たとえば機構を縮小して云々という形ででこの法案が出まして、これによつて各省が設置され、整備されたとしましても、人と金と物の面で非常に不合理な形が出て來る。從つてよりよい運行ができるどころではなくて、むしろ後退的な形になるという危險性の方が大きいと私は思うのであります。特にこの法案が出されました時期がわれわれにとつては非常に問題であると思う。すでに二十四年度の予算が通りましたあとにこの問題が出たのでありますが、結局は通過した本予算を均衡予算であるから破つてはならないという一つの既成事実をつくつて、そして首切り行政整理を行うための前提條件としてこの法案を出した。こういうふうに考える以外に手はないのでありまして、われわれとしましては、非常にこの法案そのものは、國民生活に対する檢討、あるいは行政廳の苦しい現実を深く檢討する、こういうようなことをしないで、單に首切りのための便宜的な形が多く現われておるという意味で、職場の人たちは非常に勤労意欲をそがれておるのであります。こういうようなことを感じますと、第一の問題である実際にうまく運行し得るかどうかという点については、私は悲観的に考えざるを得ない。うまく運行はできないという観点に立たざるを得ないのであります。第二に、これが國民の生活に及ぼす影響はどうであるか、こういうことでありますが、これは簡單には申し上げられませんけれども、ともかく第一の点で申し上げましたような実情から演繹しますならば、よい影響が生れるが、惡い影響が生れるかは、これはもうはつきりしていると私は思います。特に今度の機構の縮小と人員の整理によりまして、直接的には安い行政機構をつくつて國民の負担を軽減するというのでありますけれども、今回のこの措置によつていろいろと浮いた金は、そのまま國民大衆の税負担の軽減にはならないことははつきりとしておるのであります。しかもこの非常に澁滯した形にならざるを得ないような行政の運営の被害はだれが受けるかというと、これは大衆が受けることになるのであります。これをやりました後に皆さんが実驗されればわかりますけれども、どこの官公廳へ行きましても、おそらく電話一本で用を足そうと思つた場合でも、あるいは許可書を取るとかいろいろな場合でも、そうした苦い経驗をなめて來ると訴は思う。結局は大衆的にはこれでもつて実際は負担は軽減しない。しかも被害はこうむるというようなぐあいになつて、この國民生活に及ぼす影響は非常に惡いと私は思います。この点につきましては、第三の自治体並びに地方民に及ぼす影響、そのところで具体的に申し上げたいと思います。
 そこで第三の問題でありますが、私は特に自治体の職員をしておりますので、この立場から実は皆樣にもよくお願いをいたしたいと思うのであります。この問題に対しましては総括的に言いますと、結局は第一の問題に関連しまして、自治体にもいい影響を及ぼさないし、地方民にも非常に迷惑になる点があるのではなかろうか、こういうふうに考えるのであります。現在地方の自治体は、さつき安井都知事からも申し上げましたように、仕事の約六割から七割が國家の委任事務制ありまして、その委任事務に付随した仕事を計算に入れますと、約八割は國家関係の事務でもつて持ち切りになつておる現況であります。たとえば戸籍にしましても、あるいは國勢関係、あるいは生活必需品の問題であるとか、民生関係、教育関係、選挙、統計、衞生、土木、全部がほとんど國家の委任事務であるか、さもなくばそれに関連したところの付随した事務であります。ところが特にこの場合にお断りを申し上げておかなければならないことは、中央官廳の行政事務と地方のわれわれの自治体の行政事務では、その性質が非常に異なつたところがあるということであります。端的に申しますと、行政事務といいましても、われわれの地方自治体におきましては、半現場的な、準現場的な現場の事務、これが非常に多いのであります。たとえば東京都の例をとりますならば、具体的に申しますと、電車であるとか、バスであるとか、あるいは水道、こうした問題はもちろん現場の仕事です。さらに土木であるとか、おわいやさんのいわゆるくみとりの問題、道路の清掃、それから衞生の事務であるとか港湾関係、東京都の場合でも、職員の約四割以上はこれにかかつておるのであります。ほとんどこれは現場の事務です。しかも委任事務になつております。各区役所で行うたとえば戸籍の事務であるとか、そうした問題に対しましても、純粹のお役所のいわゆる計画を立てるような仕事ではなくて、直接窓口に都民と接触しまして、物事をきめたり、いろいろな許可書を與えたりというような接触の準現場的な仕事でありまして、これが約五割近くを占めておるのであります。全体として純粹行政事務は一割から一割五、六分程度しかないのであります。從いまして自治体の運行がよくなるか惡くなるかということは、地方の市民に直接関係を持つわけなのでありますが、從來の自治体に対する金の面での裏づけが非常に惡いのであります。今度もそうでありますが、國家事務が増大すると同時に、自治体の事務も増大して來ておつて、経費が相当かさんでおりますが、今度政府ではいわゆる均衡予算の犠性に供するために、配付税、配付金を非常に惡くしております。法定の額でいいますと、一千四十九億はもらえることになつておるのでありますが、これを五百七十七億に切つてしまつておる。しかも人の面ではどうかというと、これは地方自治体にもこの政府と同じような割合で画一的に首切りを断行したりしている。こういうようなことを予算措逐の上からそのままにやつて來ておるのが現状でありまか。從つて今日の自治体は非常に仕事の量は多いが、その仕事の量は、都民、市民に直接するような仕事の量が非常に多くなつておるところへ持つて來て、人の関係と金の関係で非常に困つていることが事実であります。こういう條件のもとにおきまして、今度のこの法案にも直接関連があるわけでありますが、出先機関の問題が出ております。これは安井都知事が先ほど知事としての立場から申し上げましたけれども、われわれは職員の立場として一應申し上げなければならないのであります。この出先機関をこの際もらうことには、われわれは何も画一的に反対するわけではありません。これはいいか惡いかということを観念的に反対はいたしませんけれども、現在の地方自治体がやつている仕事の実情から考えまして、ただ仕事だけを押しつけられるような形では、とうていうまく行かないのであります。やはり人も金も、そして物の面でも、ある程度までの裏づけをしてもらわなければ、とうてい自治体としてはやつて行けないと私は思うのであります。特にこの問題は地方の住民には直接関連のある問題になつて來ております。たとえば資材調整事務所の運行にいたしましても、結局全部が全部地方自治体にまかされるというのではなくして、國家的なものは食糧事務所その他へやる、ある範囲は地方自治体にまかせるというように、分割的にこれがとられるという形になつてしまうのでありまして、今までの地方民の声を聞きますと、今まで一本で行けたものが二つにわかれてしまうために、物事をやるのにも二つの役所に行つてやらなければならぬという不便が起つて來る。こういう点は非常に反対があるという声を聞いておるのでありますが、われわれ職員の立場といたしましても、直接関連を持つたものが二つにわけられるという形になりますと、他の役所との振合いの面から見ても、都民あるいは地方民に不親切であり、しかも惡い影響を與えるのではなかろうか、こういう点をわれわれは非常におそれているわけであります。
 第四点でありますが、拡充される機関の妥当性いかんという問題であります。これは端的に申し上げまして、この中のある省の機構その他を見ますと、機構のつくり方については相当いいような形のものもありますが、しかしその内容をよく割つて見ますと、結局は昔の官僚主義をこの中に押しつけて、新しい形の中で古い官僚制度を温存しようという傾向が、最も多く現われておると思うのであります。と申しますのは、総括的に申しますと、たとえば局にまで次長を置いたり、上層部の機構は相当整備されておりますけれども、実際の仕事をするわれわれ下級職員についてのいろいろな問題は、今言つたように放置されております。從つて、この法案の中で上層部の人は非常にいい形で現われておりますが、結局は実際に仕事をする面は置き去りにされておるということが、如実に現われておるわけであります。たとえば局に次長を設けるとか、あるいは副長官を設けるという点、非常に多く現われておりますが、結局昔の上層官僚がいわゆる出世主義あるいは仕事のセクト主義という形で持つておつたのものを、また如実に出して來たものであると私は思つております。またこの中に審議会というものが相当ありますけれども、これは結局は名前だけの審議会になつてしまつて、一部の官僚が小手先だけでそうした部面を左右いるという結果が生まれてくると考えるわけであります。
 私は特にこの際地方の職員として自治廳の問題についてお願いがあるのであります。地方自治廳の設置法案を見ますと、先ほども安井知事との應答に明らかになつておりますように、性格の問題があります。この性格は何か政府と地方自治体との間にはさまつた諮問機関であるという形をとりまして、緩衝地帶になつておるというのが現われておる性格なのでありますが、こういう行き方は、地方の住民あるいは地方の行政に惡い影響を與えると私は思います。この点につきましては、さつきも安井知事がはつきりと申し上げましたので、私はあえて敷衍いたしませんけれども、これを諮問機関ではなくして、中央政府の補助的な行政機関としないで、自治体の意思をそのまま率直に中央に反映できるような、決議機関にしてもらうのが至当であつたと私は思います。特にこの中の第十一條では、この会議には意見を出すことができるということになつておりますが、意見を出すことができるだけでは何もならないのでありまして、その出した意見が、どこでだれがどういう形でどういうふうにするかということについての、実際の責任体制を明確にしてもらわなければ、結局は何もならない。その責任体制を明確にする面がこの法案の中には一つもないのであつて、こういう点ははつきりとしていただきたいと思うわけであります。特にこの委員会は五人の人によつて構成されるということになつておりますが、われわれはその五人のほかに、たとえば町村長の代表、都道府縣会議長の代表、あるいは審議会議長の代表、町村議会の代表、最後に地方の公務員の代表、そうしたものを含めて少くとも十四、五名の委員構成にすることが妥当であると思います。同時にこうした形は、單に中央の地方自治廳というところに直属されるだけではなくして、各都道府縣にも同じような形のものが現われなければならぬ。都道府縣にそれが下部的に現われて、そしてそれが決議機関としての役割をすることによつて、中央における地方自治委員会議がほんとうのりつぱな決議機関として、地方民の要望をいれたものを実現し得る機関になると私は思います。
 簡單でありますが、大分重複する部内がいりますので、あまり重複しない一、二を申し上げました。あと御質問がありましたならば、御質問を受けたいと思います。
#24
○齋藤委員長 御質疑はありませんか。――それでは堀内剛二君にお願いいたします。
#25
○堀内公述人 私は中央氣象台に勤めております一科学技術者でございまして、大体一般的な方面から、このたびの行政機構改革の法案について私見を若干述べたいと思います。
 一國の行政機構と申すものは、非常に厖大なものがございまして、われわれいわば第三者には非常にわかりにくいものであります。從いまして、外から見た意見というものになり、若干常識的な見方しかできないようなことになるかもしれません。またこまかい技術的な方面については、あまり触れることができないかもしれませんが、その点は御了承類いたいと存じます。大体問題四つがございますから、その順でお話したいと存じます。
 まず一番最初に行政は実際に運行し得るかということであります。問題がちよつとはつきりしなかつたのでございますが、今回の改革案が実際にスムーズに運営できるであろうか。そういう意味だろうと存じます。行政機構というものは、いわば非常に大きな有機的な組織でありまして、これを改革するには相当愼重に考えて、現実にマツチするようにつくつて行くべきだというように考えます。言うまでもなく、改革する目的は、やはり國の行政をうまく運用できるように、國民を幸福にできるように改革するのがほんとうであろうと考えます。聞くところによりますれば、アメリカなんかでも、やはり行政整理ということは考えられている模樣でありまして、すでに十何年か前からフーヴアーが大統領であつたころから取上げられて、最近はいわゆる、フーヴアー委員会というようなものができまして、相当強力な調査陣を持つて、いろいろな案、あるいは意見を出している模樣であります。そういうように行政機構の改革は、できるだけ関係の資料を收集し、業務の分析を行つて、そして現実にマツチし、合理的なものをつくるのがほんとうであるというように考える次第であります。
 それからもう一つ、もしその行政機構の改革が、何らかの人員の整理、そういうものを伴う場合におきましては、当然にその対策をやはり十分考えて万全を期さなければ、いたずらに混乱を起し、摩擦を生ずると考えます。そんなような、いわば常識的な考えから、このたびの行政機構改革は非常に厖大なもので、細部に目を通すいとまはございませんでしたが、それを見ました場合に、新聞などで読みます今までの経緯、そういつたようなものから判断します場合に、どうも少し行政機構改革とはいうものの、少し筋が違つておるような感じがする次第でありまして、前に公述された方も少し触れられた点でございますが、今度の機構改革案は、均衡予算であるとか、あるいは定員法であるとか、そういうものと密接不可分のものでございまして、機構を縮小するということが非常にはつきり現われております。そういうことは、たとえば行政整理を二割やるとか、三割やるとか、あるいは機構の点では何局を減すとか、何部くらいにするとか、そういつた形式的な考え方が、新聞なんかによりますれば、むしろはつきり表に出ているように見えまして、実際に行政機構を改革して、うまく運営して行きたい、そういう意図がはつきり出ていないと考えます。そういうようなこのたびの行政機構改革案の、何といいますか、いわば性格といつたようなものが、やはり他の面にも現われておるように思うわけですが、それは行政機構を改革し、簡素化し、そして國民の負担を軽減するというような趣旨のようにわれわれ了解しているわけでありますが、行政機構を簡素化するということも、やはりいろいろな手続を簡單にして、國民に迷惑をかけないということであつて、國民にいろいろ寄與している面、民生に寄與している面をいたずらに縮小することは、これは実はやはり行政機構改革の本旨に少し合わないような感じがあるわけでありまして、そういう機構を簡素化するということと、民主寄與を十分にやるということが、少し混同されておるような感じを受けます。その点は、特に鉄道なんかの方でも少しお話がございましたようですが、一般的に言つてもそうですが、現業の部面などで画一的な整理を行うということで現われていると考えます。現業の面といいますと、やる仕事の内容、業務の内容がある程度はつきりしておりまして、それに対して現在は――私氣象台の方におりますが、大体手一ぱいの人員でやつておるようなわけでございまして、そういう面を画一的に整理するということは、当然業務を規制し、あるいは業務を削減するということになるわけでありまして、そういう点で失業の問題も当然起つて参りますが、むしろ重要なことは、やはり民主寄與ということが非常にマイナスになつて現われて來る。非常に一般的な感じかもしれませんが、そういうように、今回の行政機構改革案というものは、本來行政機構を改革するに際して、当然まずその目的とすべきものを若干とり違えて、そしてただいたずらに縮小する、そういう面にのみ形式的な重点が置かれているように考えます。
 それからもう一点は、今申し上げました行政機構を改革し、簡素化するということと、民生寄與を十分にやつて、國民のためにわれわれ官吏が働いて行くということが、若干混同されておるのじやないか。そういう二つの面で、第一の問題に対しましては、これを実際に運行し、しかも何らかの効果を上げようというためには、かなり困難な事態があるのじやないかというように考える次第であります。
 次に、第二問に移りまして、これが國民生活に及ぼす影響はどうかという問題でございますが、これは第一問のおしまいにちよつと触れましたように、つまり行政機構を簡素化するということと、民生寄與が少し混同されておるというようなけはいが見られます点から、かなりいろいろな面で、國民生活にあまりいい影響は與えないのじやないだろうか、そういうふうに私考えております。少しこまかい点について、その辺を考えてみますと、各省の改革案をざつと見ますと、非常にはつきりしていることは、各省、各局におきまして、調査を担当する機関が全般的に縮小されております。これはほとんど各省に共通しているように伝えます。これは何といいますか、單に臆測にすぎませんが、少し不急の業務だというように考えられているんじやないかと思います。調査ということは、少しロング・スケールの業務を考えます場合に、ぜひ必要でありまして、また先ほどもちよつと述べましたが、民生に寄與するという点でも非常に重要であります。こういうような調査面が全般的に縮小されている。それからもう一つそれと似ていることは、研究部面がやはり同樣に縮小されて來ている。これは、たとえば河川であるとか、土木であるとか、あるいは鉄道の復原であるとか、あるいは私がおります氣象台であるとか、そういつた若干研究面にタツチしているような部面が、やはり縮小されているような傾向が見えております。こういうふうに、調査とかあるいは研究とかいう面が、先ほどもちよつと言いましたように、何か不急の業務だというように考えて縮小されたのでございますれば、これは非常に機械主義的な考え方でございまして、長い目で見ますれば、こういうものをただ一時的な事情などによつて縮小する、あるいはまたふやせばいいじやないかというふうに考えられるかもしれませんが、そういうふうに機構を頻繁にかえると、私はまずいと考えております。そういう調査あるいは研究の面が相当縮小されて來ておる。それがまた民生に対する寄與に相当影響をして來るだろうというように考えます。特に私関係しております氣象台、あるいは河川、土木などでも同じですが、これは防災に関連しておりまして、実際にこの日本は世界でも有数な災害、天災の多い國でございまして、それらを防ぐために、じみな仕事をこつこつとやつているわけであります。そういうものは、不急であるからということで縮小されるとしますれば、それらの結果は、不急のように見えていて、すぐに非常にはつきりと現われて來ることでありまして、台風とか、あるいは津波とか、あるいは地震とか、あるいは洪水とか、そういつた災害を若干でも防ぐために、調査研究というような部面は不急だというような考え方ではなくて、むしろ拡充して行くべきがやはり國民のためになる、そういうように考えております。それに関連するわけですが、今度の改革案では、中央災害救助対策審議会というものが廃止になつているようなのですが、この審議会が今までどれだけ活動して、どういう業績を上げたかということは、ちよつと私ははつきりは知らないのですが、やはりそういう災害救助対策審議会というものを廃止するというような面にも、形式的に災害救助という面にウエートを置いていないのじやないかという感が私はいたす次第であります。まあ私氣象台におります関係上、そういう災害の対策、あるいは災害の救助については、むしろもつと充実した、もつと統一的な大きい何か機関を設けて、積極的にそういう面を通じて民生に寄與すべきであるというように考えます。
 調査研究の面でそういうように國民の生活に影響をするわけでありますが、さらにほかの点で、たとえば文部省で体育局というのが廃止ないし統合になつていたり、あるいは厚生省で傳染病の予防の方の予防局、そういうものが廃止統合になつていたりしているわけでありますが、そういう、いわば厚生の面で、やはり若干ウエートを置かれてないようなふうに考えるわけですが、これは当然國民生活に影響を與えるであろうというように考えております。それからそのほかは、さらに文部の関係ですが、教育施設局というものが縮小されております。これもやはり教科書の問題なんかもあつたり、学校の問題なんかもいろいろありますが、そういう面の縮小がやはり國民の生活に影響を與えなければ幸いであると考えます。
 それから通商産業省ですか、前の商工省の関係において、これは重要資源、動力なんかの点で、電力、石炭関係が当然重要になつて來るわけですが、石炭関係がやはり縮小されているのが、少し了解できない点があると考えます。
 それから、すでにお話も出ましたのですが、鉄道の方でいろいろ國民にサービスする点がずつとマイナスになる、あるいはむしろ業務が遂行できないかもしれない、そういつたようなお話がございました。また逓信省などの方でも、郵便、電報などが遅れて、困る事態ができるかもしれない、そういつたようなお話も聞きますが、そういつたようないろいろな面でもつて、このたびの行政機構改革案が実施される場合には、國民生活にいろんな面でむしろマイナスの影響があるのじやないだろうか、そういうように考えます。これはやはり先ほども申しましたように、行政機構をとにかく簡素化する、あるいは縮小する、そういうことがやはり実際に合理的な行政機構の改革を行うということと、少し食い違つているような点があるからではないだろうか、そういうふうに考えております。
 また、先ほどの第一問で少し触れましたが、これらが定員法と関連して、人員の整理あるいはそういうものを万一伴う場合は、当然労働不安というものが起つて來るわけでありまして、そういう点においても國民生活に相当大きい廣汎な影響を及ぼすであろう、そういうふうに考えております。
 次に第三番目の地方自治体並びに地方民に及ぼす影響はどうかという問題でございますが、これは他の公述人の方がお触れになつておりまして、われわれ第三者にはちよつとわかりにくい現実の面もあるかと思います。先ほど安井都知事のお話にございました点で、ちよつとふに落ちない点がありますのは、戰爭中あるいは戰爭前府縣でもつてやつていたのだから、それでもどすのがいいではないかというような御意見があつたと思いますが、やはり地方自治体というものは戰後はかわつて來ておりますし、またこれが当然かわるべき方向に向うのが妥当であると私は考えております。そういう地方自治体を健全に発達させるため、あるいは地方民の便宜をよく考えて――三番目の問題はおもに出先機関というものに関連すると思いますので、出先機関のことを申し上げているわけですが、出先機関の廃止とかあるいは委讓とか、あるいは存続とか、そういうことを考えて行くのが本筋であると考えます。この問題はむろん統制ということに関連するわけでありまして、戰後統制はやはり存在しているわけでありますし、また將來も当分続くであろう。それはいろいろな観点から想像されますが、そういう意味においてこの問題が統制というようなことをめぐつておりますからして、いよいよ愼重に、実際の自治体の健全な発達とよく考え合して委讓するとかいうことを考えなければなりません。また自治体の方の財政の状態であるとか、先ほど自治体の方から自治体の労働事情などの御意見も出ましたが、そういう点をよく勘案して配慮されるべきが至当であると考えます。そういう統制が今後なおしばらく存続するだろうということでありますれば、やはり全般的な統制に対しましては、中央集権というものでもつてまとめて行くのがいいではないかと考えます。それがまた地方自治体の健全な発達をもたらすだろうと思います。委讓するとか廃止するとかいうような場合は、やはり現在の社会の状態をよく考えて、それが地方民にもいいし、あるいは地方自治体にもいいという時に、廃止、委讓ということを考えればいいのではないかと考えております。ちよつと知人から聞いたのですが、廃止あるいは委讓ということでもつて地方民が相当迷惑するという事態もあるかもしれないということでございましたからして、もう少し愼重にやるべきだと考えます。
 次に四番目の拡充新設された機関の妥当性いかん、という問題でございますが、拡充新設された機関がどうかという点につきましては、実際に運用してみてどうなるだろうという若干の経驗をもつて見通しをつけないと、はつきりした意見が出て來ないわけでありますが、先ほど委員の方から鉄道の方への御質問にもありましたように、たとえば逓信でもつて現業と非現業にわけるとか、國鉄でわけるとかそういつたある程度機械的なわけ方は、どうも有機的な機構としてどうかと考えます。あるいは通産省におきましては、各局などに通商という文字が大分冠してあるわけでありますが、貿易の面を強調して、そういう振興という意味で冠してあるかもしれませんが、そういう文字を冠したということで、貿易を振興するというような形をとろうというのは、やはり若干形式的なような感じがいたします。そういう意味で実際に運営してみてどうなるだろうかというような点の見通しは、ちよつと第三者としてわかりかねますが、ただ何か若干形式的なような感じがする、そういう感じだけを述べさしていただきたいと思います。
 以上大体四つの問題につきまして簡單に意見を述べた次第でありますが、初めにも申しましたように常識の域を出でないものでございますが、全般的に申しまして、このたびの行政機構改革案は非常に目的が漠然としてはつきりしてない、できますならば委員の皆さんにおきまして、こういう重大な問題はもつと愼重にかつ合理的な現実にマツチするようなものをつくつて、実施していただくような方向に努力していただくことをお願いして公述を終りたいと思います。
#26
○齋藤委員長 柳澤委員。
#27
○柳澤委員 簡單に一つ專門的な立場からお答え願いたいと思います。氣象台が運輸省の設置法の中に入るのでありますが、しかもたつた一箇條第三十條に規定されるわけでありますが、氣象台というものは理論的に見て、また仕事の便宜から見て、一体どこに置くのが本筋だとお考えになりますか。氣象台におられる專門のあなたのお立場でお尋ねいたします。つまり運輸省の附属機関で滿足せらるべきものでありましようか、これを理論的な面と便宜上の面とからお尋ねいたします。説明を補充しておきますと、漁業と氣象ということは非常に重要であると思います。農業と氣象ということも非常に重要に思われます。ことに積極的な面では漁業、農業の増産にただちに影響する。消極的な面ではいろいろな災害に影響する。特にこの運輸省の附属機関という点に、この機構の上にはなはだ奇異な感じをわれわれは抱くのであります。この点をひとつお答え願いたいと思います。
 それからもう一つお尋ねしたいのですが、その次には今度の機構改革の案には運輸省設置法の第三十一條一箇條で、わが國の氣象台に関する一切の根本的規定が仕上げられておるわけであります。こういうふうな機構改革の根本問題にあたつて、このほとんど大部分が政令に讓られておる。しかしながらたとえばその長をどういうふうにするとかなんとか、相当多くの重要な問題が機構の上であるじやなかろうかと思われるのですが、この法律で規定するような重要な問題を全部政令に讓つておる。氣象台関係のお方としてお考えの場合に、これで滿足でありましようか、さしつかえがないでありましようか、つまり実際上の支障がないか、それから純理的に見て滿足せられるとこめであるかどうかということ、つまり法律の上にもう少し具体的に盛り込まないでさしつかえないか。たとえば一つ説明をいたしておきます。試驗所と学校、養成所といつたものと氣象台というものを同列に置いておるのであります。ところがわれわれの考えは、たとえば試驗所、学校、養成所というものとはもつと違う面がある。たとえば全國各地にまたがつて、ある制度上の分布を必要とするのじやないか、連絡機関も必要とするであろう、こういうようなことを考えると、非常にじみな仕事ではあるけれども、なかなか廣範囲にわたつて大きな問題である。かようなことを考えると、この一箇條で一切の機構の内容については政令に讓るといつたような式でさしつかえないかどうか、実際の衝に当つているあなたのお考えをお聞きしたいのです。この二点についてお伺いいたしたい。
#28
○堀内公述人 初めの問題は、中央氣象台がどこにつくのが一番いい事柄であるか、こういう御質問だと思うのでありますが、実は中央氣象台と申します所は、非常にいろいろな仕事をやつておる所でございまして、氣象台は普通天氣予報だけというように簡單にお考えになつている方が多いかもしれませんが、地震もやつておりますし、それから海況もやつておりますし、海況では水産などにかなり直接にタツチしてやつておる部面もございます。それからもう少し專門的なことになりますと、地球の磁氣であるとか、あるいは宇宙線であるとか、あるいは日食などの時によく御存じのようにやはり氣象台なども相当これにタツチしております。そういう意味で一番最初、いつごろということははつきり知らないのですが、文部省に属しておつたのであります。それから戰爭になりまして、実は氣象台の業務がかなり違つて來たわけであります。それは戰爭というものに関連して、航空あるいは船舶、そういうものに関係して非常にいわば現業の面がふえて参つた。現業の面と申しますと、有線、無線などで氣象のデーーをとる、それを中央でもつてまとめて天氣予報を作製する、そういつたようなことでありますが、そういう関係で運輸通信省というのが当時ございましたのですが、通信にすこぶる関連するというので運輸通信省に入つて、それから今度運輸通信省がわかれたときに運輸省に残つた、そういう形になつております。それで今申し上げましたように非常にいろいろな仕事をやつて行く。それからもう一つは戰爭を通じて若干業務の内容がかわつて來た、そういうことです。では現在どこにつけば一番いいかということは、実は私個人としてもちよつとすぐには言えない状態でございます。ただそういう現業の面がかなり戰爭によつて出て來ているという意味で、正規の現業という官廳に属しているわけではございませんが、氣象台は現業だというように大体考えられているわけでございます。そうかといつて調査研究的な文部省に所属しておりました時分の性格も、やはり相当重大であるというように考えられるわけであります。具体的に現在どこにつくのが一番いいかというようなことは、ちよつと申し上げかねると思うのでありますが、ただわれわれとしては、主として民生寄與というような面でもつて、災害防止という非常に大きなある目的のために、関連のあるいろいろな機関をもう少しシステマテイツクにまとめて、そうして業務の運営をスムーズにし、また能率を上げて行く、そういう方面に進みたいというような希望を技術者として持つております。ちよつとお答えにならなかつたかもしれませんが、もう一つ思い出したのでつけ足しておきます。氣象台は戰時中に非常に大きくなつたから、戰後縮小すべきが当然であるというお考えの方が多いのでありますが、実は戰時中は相当多人数で氣象の業務をやつておりまして、陸軍と海軍とそれから氣象台というそう三つのもので、大体現地の氣象関係の業務をやつていたわけでありますが、そういう意味からいいますと、今陸海軍の氣象がなくなつた現在は、何といいますか、はつきりした数字はわかりかねますが、三分の一かあるいはそれ以下ぐらいの数で、しかも長期予報などという非常に資料をたくさん收集して手数のかかる業務をやつておりますから、そういう点は少しぐあいが惡いように思います。
 第二番目の問題としまして、設置法の中でただ一條で、政令でやるというように規定してあるが、それでいいかどうかという御質問でございます。これもやはりむろんそれがいいとわれわれは考えておるわけではないのでございまして、別に我田引水するわけではございませんが、氣象台でやつております業務は、やはり今質問された方も言われましたように、農民にも相当関係するし、あるいは漁民にも関係するし、あるいは一般市民にも関係する、あるいは海運にも関係いたしますし、さらに天災、災害の防止という点で十分にまでは行きませんでも、できるだけ努力をやつて來ておるわけであります。しかも全國に百六十ないし百七十という観測のネツトを持つておりまして、そういうものを一つのやはりシステムとして全般的に運営しているわけでございますから、政令でもつてやるということは――ただ一條でもつて済ましてしまわれるよりは、もつとこういう非常に國民生活に影響のある、しかもある程度全國的な組織を持つて運営されて行く方の業務に対しては、法律の面でももう少し規定して、いわば重要性を認めていただけばけつこうだと思つておりますが、何分科学者あるいは技術者、ほとんどそういう人ばかりの集まりでございますから、どちらかといいますとそういう主張をはつきり今までして來なかつたのであります。そういうようなことがこういう結果になつているのではないかと存じます。
#29
○齋藤委員長 次は美園茂君にお願いいたします。
#30
○美園公述人 私は農事試驗場の一技術者としての立場から、問題を農林省の設置法案に限りまして、農林省の設置法案に流れているようなものが各省設置法案に通ずるものであるというような勧点から、技術者の見た意見を述べさしていただきたいと思うのであります。
 先ほどから國鉄の方とかあるいは東京都の職員組合の方が申されましたように、こういうような農林省の設置法案が、あるいは各省の設置法案が、予算が出てから出されて、しかもその実体となるような定員法と切り離されているのだというところに、すでにこの出し方の本質が現われていると思うのでありますが、農林省の設置法案を見ましても、それがまた明瞭になるのであります。すなわち予算で一ぺんわくをきめて、それからその次にこういうような法案の骨組みをつくつてまたわくをつける。また皇員法を出す。そのねらいがどこにあるかということをわれわれが冷靜に考えた場合には、どうしてもよく言われているような天くだり的な、あるいは一方的な、頭からの首切りをねらつている、こういうふうにわれわれは感じざるを得ない。しかも農林省設置法案の目的にあるような、農林行政の本來の目的を遂行するために、この機構調整というものがなされているというのであれば、そういう調整をやる上に何か積極的なよさがそこに現われて來ていなければならないわけであります。しかもその法案を流れているものは、実に合理的なあるいは科学性というもので貫かれていなければならない。こういうふうに私は考えるのでありますが、農林省の設置法案を見ましても、相当の天引と、あるいは頭から、一方的なという性格と同時に、不合理な調整であるというふうな面が現われているのではないかと思うのであります。農林省の部内でも、こういうふうな問題は、機構改革だけに限りましても、この案がまとまるまでには相当異論がありまして、結論は出ていなかつたというようなことを聞いております。たとえばこの案では総務局がなくなつて官房へ解消して、開拓局が農地局へ縮小され、統計調査局がつぶされて農業改良局に入る。それから畜産局、蚕糸局はそのまま温存されて、それから食品局だとか水産廳とかいうのは廳になつているというふうなかつこうになつておりますが、たとえば農林省部内の意見として現われたところでは、私の聞く範囲では、どうせ廃止しなければならないのであつたら、畜産局を廃止して統計調査局を生かしておけ、あるいは農地局の中に開拓局を入れて來るのであつたら、開拓とかあるいは土地改良とか、終戰以來ずつととられて來たところの農林行政の根本的な流れ、それがまた重要な政策であると思いますが、そういうようなものをやるために三部制にしろとかいう意見が出ておつたと私は聞いているのであります。そういう意見の結論が出ないままに、ここに一方的にやられようとしている。どうしてそういう結論が出ないかというと、結局この設置法案は合理性がない、納得する力がないということだと思う。まだそのほかにも理由はいろいろあげられるかもしれませんが、最も本質的な基本的な点はそういうところにあるのではないか。しかもそういうものが一方的に強行されようとしているところに、私は重大な問題を感ずるのであります。問題になつている廃止あるいは存置、縮小、そういうふうな各局の問題について見て行つても、たとえば総務局を解体して官房へ入れる。そういうときに、こういうやり方が農林行政を円滑にやるためによいかどうかという点は明瞭じやないかと思う。片方に各廳の長官が專決事項とかあるいは特別会計、こういうふうなもので権限を握つて、ある程度独立性を持つている。そういう方法で官房の中へ総務局を解消して、今までやつていたたとえば資材調整事務――先ほどから地方委讓の問題などで大分問題になつておりますが、こういうふうな資材調整事務が実際調整的な方向に行くかどうか。むしろこういうふうなやり方は、この機構に現われただけでも、実際は実体の定員法が現われて來ないので、私はもつと具体的に論じられない点は遺憾でありますが、この機構の骨組みだけを見ましても、そういうふうなやり方が非調整的な方向に動いているということが言えるのではないかと思う。さらに資材調整事務の仕事は、総務局がそういうふうに縮小されますと、一部は地方に持つて行くということになると思うのですが、農林省の地方出先機関が全部そういうふうな合理的な、統一的な方法でなされているかといいますと、木炭事務所だとかあるいは作物報告事務所とかいうものがそのまま温存されている。統一性がない。こういうところにもまたその非合理性が現われている。一貫した考え方によつてなされていないというふうな点が指摘されるのではないかと私は考えるのであります。むしろ資材調整事務所でやつておつたような仕事を地方に移すということよりも、生産と流通というような方面から、その現状あるいはまた資材調整事務所の二年間にわたる業績を実際に檢討してみますれば、こつちの方こそ残して置いて、木炭事務所や作物報告事務所というふうなものが何らかの形でまず移管されるという方が、現在の地方の財政から見てもより妥当である。そういうふうなことさえも言えるのではないかと私は考えます。こういう点がよく言われておりますような民自党の不当な政策をあらわに遂行するために、抵抗のある官吏の陣営を分割して解消しようとしているというようなことを言われているのを聞くのですが、こういうふうなところにもそういうことを言われる一つの論拠があるのではないか。もちろん私は技術者として官僚群の分割に対してはあえて反対するものではないが、こういう不当な、不合理なことをしかも一方的に強行されるという点に、重大な危惧の念を抱かざるを得ない。このようなやり方は、さつきから言つておりますような水産廳とか、あるいは林野廳、食糧廳というような各廳の独立、そういうようなものの保障、それから片方では総務局を弱めて統計をつぶして、蚕糸、畜産、そういうようなものは温存して行く。こういうかつこうをとつておりますから、蚕糸、畜産局、あるいは各廳というようなところに思うままに権力を振わせる道が開かれていると判断せざるを得ない。農地局に関しては、先ほども申しましたように、吉田内閣によつて取上げられた総合的な土地利用あるいは食糧の増産確保、そういう目的からよく言われました開拓政策、あるいはまた極東委員会の指令にもありますような農地改革、こういう政策をやるためにどうしても三部設置にしろというふうな意見があつて、これもまとまらなかつたというふうなことも聞いております。こういうふうな重要な、しかも歴史的に、終戰以來農林行政として十分ではなかつたけれども、正しい、第一に土地開放、それからまたあとからも出て來ますが、農業協同組合の育成とか、試驗所研究機関の充実とか、そういうふうなものの行政もやり切れないような機構上の縮小ということを考えておるというふうに結論されるのじやないかと私は思うのです。それから畜産局、蚕糸局の温存の問題ですが、これは私は協同組合という問題から考えてみたいと思うのです。農政局の中に今まで協同組合部というものがあつたわけです。それが今度のこの案によりますと、一つの單なる課になつて、格下げになつて縮小されておる。ところが農村ではどうなつておるかといいますと、畜産部門だけに限つてみましても、單一組合というものがあるわけです。その單一組合というものをよく実体をつかんでみますと、いつでもそこにはボスに握られておる。そしてそういうふうにボスに握られた酪農組合が、しかも官廳機構とあるいは資本、明治とか森永、そういうふうなものと結託して、そういうふうなものをむしろ育成しておるような方法をとつておる。こういうふうなことをよく聞く。また実際に地方に行きますと、そういうことが見られる。こういうふうな点と、さつきの農政局の協同組合部を單なる一課に縮小したという点と考え合せてみますと、畜産局を一つの局として、そこにさわらずにほおつておいたというところに、畜産農家を、資本に隷属させたような形でいつまでも確保しておこうというような意図がある。こういうふうに考えるよりほかないということが言えるのではないかと思うのです。それからまた乳製品の統制の問題にしましても、乳幼兒にかこつけて、配給に円滑をはかるのだというふうなことが言われておりますが、現在の機構であのようなやり方が行われておる限り、どこが利益するかということはもう自明なことだと思う。このような統制が実は資本に畜産農家を收奪させるものであるということが言えるのじやないか、私はこう考える。乳製品の統制とか、そういうふうなことは、何も畜産局の仕事ではなくて、それは食品局に属する部門の仕事だ、こういうふうに考えられるかもしれませんが、こうした農家の資本隷属の形が認められて、そしてまた同じ政府によつてそういうふうな畜産局が温存さけるというような意図の中に、畜産独自の立場においても、資本に農家を收奪さしておるということが考えられるのじやないかと私は考える。
 それから蚕糸局の場合でもありますが、蚕糸局の場合でも、やはり畜産局と同じようにそのままになつておるわけでありますが、ここではもつとはつきりしておるわけです。蚕糸局の今までの業務内容を取上げて考えてみましても、製糸資本とかあるいはその他の大資本のために奉仕する一つの官廳の局である。働く農民のためになるような役割というよりも、むしろ企業のための役割をなしておる。これを皮肉な言葉で言えば、そしてまたこの設置法案がほんとうに合理的になされるとすれば、これは皮肉な言い方ですが、むしろ商工省の一局として案を立てられた方が、より合理性がある、こういうふうなことも言われるのじやないかと思う。歴代の蚕糸局というやつが、生糸恐慌のたびに、生糸業者が泣きついて來て、互利をむさぼつたという事実があつたわけですが、その本質は今でもかわつていないということが言える。養蚕農家を食いものにするためのこういうふうな行政局、それは畜産の場合にもあつたように、その証拠に、まつたく同じような形で單一組合がやはりできておる。そして畜産あるいは養蚕のそういうふうな單一組合が温存され強化されて行く方法がとられておるということが、さつき農政局のところで言いましたような一般的な農業協同組合というふうな芽ばえを、これが民主的な芽ばえであるということは確認されておると思うのですが、そういうふうなものを骨拔きにしつつあるという実情が、実際農村には現われておる。こういうふうな單一組合の形成とか温存、拡大、増強、そういうふうなことを実は蚕糸局自身が製糸資本の手先となつて、技術者をおどらしてやつたというわけです。そしてそういうふうふうな結果が、心ある農民の顰蹙の的になつたというふうな実例も数多くあげることができるわけです。蚕糸局や畜産局を温存する。手を触れないで、この案の中に置いておつたというような意図の中には、以上のような事実によつてはつきりすると思いますが、やはりさつきの天くだり的なやつと、もう一つは不合理なそういうふうな案、そういうふうな本質的な性格がはつきり出ておると、私はこういうふうに考える。
 その次は統計調査局の廃止の問題ですが、案の内容から見ますと、そこではその仕事は農林行政全体に対する統計調査の仕事をやるようになつております。ところがその実際の所属を見ますと、農業改良局の一つの部にとじ込められようとしているわけです。ここに現われたその不合理は、表から形の上から見ますと、仕事とそういうふうな仕事をやるための機構とか、完全に分離しておるということがはつきりと現われておるわけです。こういうふうに統計調査局という問題が、実はさつきの畜産局や蚕糸局というふうなものの温存と同じような本質ををもつておるということが感ぜられる。食糧行政が実際に重要であるということは、これはもうどなたも御異存ないところだと思いますが、そのためにこの案の中にも、食糧廳というものは独立しているわけです。統計調査局が食糧政策の上で今まで果して來た役割は、相当重要な役割であつたし、今後また果さなければならない役割は重要なものがあると思うのです。そういうふうなものが一つの部に、しかも農業改良局の中に、仕事と機構とを分離された形で押し込められて行く、そういうふうなことの中には、こういうふうな案がどうも科学的でないということが端的に現われておる。しかもそういうふうなやり方では、私はおそらく行政あるいは政治というものはうまく行かないのじやないか、というふうに考えるのです。こういうふうなことは、極論しますと、今の政府によつて、官廳行政というものはそれほど合理性を持つておるとは言えないわけですが、それでも、統計調査局のやつておるような、そういう合理性をねらつたような仕事、そういうものさえもくつがえして行こうというふうにさえ考えられるのじやないか、私はそういうふうに思うのです。このような動きは、その根拠がどこにあるかということは、今までのこの法案の出され方、あるいはまたこの法案の性格を分析して行けば、また今までの分析でも、あるいはこれからも明らかになつて來ると思うのですが、食糧行政という面から考えたときには、供出制度にからんで、村のボス勢力といいますか、不平等な負担を、そういうふうな勢力が、まじめに患く農民に不公平に負わせようとしておる。そういうふうな意図を実現しようとしておるように解釈することができる、こういうふうに私は考えるのです。このほかに農林行政の部局から考えてみると、今までの官僚の力を削つて、それらによつて行われるかもしれないところの各部局間の均衡をくつがえして行こう、そういうふうな傾向が見られる。資料の不当な割当などによつて、官廳機構を通じて現在の民自党政府が民自党独自の利益を拡大し、その勢力を拡張しようとしつつあるというふうに理解される。今までのところでこういうふうな案が非常に不合理であるということは論証されたのじやないかと思うのですが、こういうふうな案が実施された場合に一体どうなるかという点であリます。農林行政が今後一層非農民的になつて、一部の勢力のために運用されるというような危險が出て來るということは明瞭だろうと思います。一方では國民生活は非常に苦しいはめに陥つておる。從つて資本のために奉仕する政府が、この非合理的な機構を通じて、國民生活にどういうふうな影響を及ぼすかということは、一々例をあげて予測しなくてもはつきりするのじやないかということを私は考えるのであります。それがまた質問の中にある地方民に及ぼす影響とか、あるいはまた行政を実際に運行されるかということの答えになるのじやないか、こう私は考えるのです。
 拡充新設の機関でありますが、農林省設置法案の中には、それに当るような的確な例を私は見出し得ませんでした。しかし私自身の職場の関係で一番身近な問題は農業改良局の問題でありますが、この新編成の農業改良局について見ましても、民自党内閣の時代になつてから、この改良局が開店休業というような形になつておるという点は、重要視しなければならないと思うのです。機構の改変ということを私は何も本質的に罪惡視しておるというのではありません。改変するというからには、そこに何か積極的なよさというものがにじみ出て來ておらなければならない、あるいはそれを出すために政府は努力をしなければならない、私はそういうふうに考えるのです。ところが今の農業改良局を例にとつても、この案のような機構改革が今の政府によつて、しかもその支配下にあつてどのようになつて行くかということについて、きわめて大きな不安と危惧、そういうふうなものを感じてながめられるのであります。農林行政を終戰以來ずつと歴史的にとつて來たことを考えてみますと、私のような技術者にとつてさえもまず土地開放、農地開放、それから農業協同組合の育成、あるいはまた試驗研究機関というふうなものの整備充実、それの行政の充実というふうなことが浮び上つて來るわけですが、この案にはそういうような歴史的な流れを促進し、それを伸ばして行こうとするものよりも、そういうふうなものをどこかでとめようとめようとしておる。そういうような意図が感じられる。
 非常に抽象的なことばかりになりましたが、結論を申し上げますと、農林省設置法案に限つた結論だけでありますが、この案は統計調査局、総務局あるいはまた開拓局、こういう三つの局を機械的に削つてしまつて、そうして天引の整理をやる、そういうふうな目的がある。こういうようなことがまた人員整理に直接続くものだということ、それから公務員の人員整理は民間企業の整理の模範になる、また獎励にもなるだろう、そういうことがまた労働法規の改惡に直接通ずるものである。こういう点から考えて來るとき、農林省設置法案は、案の目的にあるような農民の福利を増進するというのではなくて、あるいは國の農業生産力を増大し、発展させるための一つの機構改変であるということではなくて、むしろわが國の産業を、あるいは農業を荒廃されるような政策ではないか、こういうふうに考える。從つてこの委員会の各委員におかれましては、私のような若輩の技術者でさえこういう感じを持つておるということをぜひ御考慮くださいまして、愼重に御審議を進められていただきたい。これを私は希望して終ります。
#31
○齋藤委員長 別に質疑はございませんか。――なければ最後に一言いたしておきますが、各法案についてそれぞれの立場から貴重な御意見を活発かつ御熱心にお述べくだされまして、まことにありがとうございました。今後の各法案の審議に多大の参考となるかと思います。御多用中のところ長時間にわたつて御苦労さまでございました。委員会を代表いたしまして厚くお礼を申し上げます。
 公聽会はこれで散会いたします。
    午後四時三十分散会
ソース: 国立国会図書館
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