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1949/10/24 第5回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第005回国会 法務委員会 第40号
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1949/10/24 第5回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第005回国会 法務委員会 第40号

#1
第005回国会 法務委員会 第40号
昭和二十四年十月二十四日(月曜日)
    午後二時五十九分開議
 出席委員
   委員長代理 理事 角田 幸吉君
   理事 田嶋 好文君 理事 高木 松吉君
   理事 石川金次郎君 理事 梨木作次郎君
   理事 三木 武夫君
      押谷 富三君    鍛冶 良作君
      佐瀬 昌三君    高橋 英吉君
      古島 義英君    眞鍋  勝君
      猪俣 浩三君
 委員外の出席者
        專  門  員 村  教三君
        專  門  員 小木 貞一君
十月十三日
 委員林百郎君辞任につき、その補欠として上村
 進君が議長の指名で委員に選任された。
同月十五日
 委員牧野寛索君辞任につき、その補欠として高
 橋英吉君が議長の指名で委員に選任された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した事件
 派遣委員の調査報告に関する件
 閉会中審査事件の処理に関する件
    ―――――――――――――
#2
○角田委員長代理 これより会議を開きます。
 本日は委員長が所用のため出席いたしませんので、理事の私が委員長の職務を行います。
 本日は閉開中の最終日でありますので、委員会といたしましては一応締めくくりをつけておきたいと存じます。まず第一に徳島市における人権蹂躙問題につきまして、委員派遣の調査報告を委員会として聽取いたしておりませんので、この際聽取いたしたいと存じますが、派遣委員の委員が見えておりませんので、その経過の概要を小木專門員より報告していただきたいと思います。小木專門員。
#3
○小木專門員 徳島市における人権蹂躙問題の報告と同時に、徳島県国府町における同樣の問題について調査の経過、事案の概要を御報告いたします。
 第一の徳島市における事案の方から申し上げますと、本年の二月中徳島県勝名地区警察署――これは国家警察であります――では、当時拳銃を持つておるという情報の入つておる強盗殺人犯人鎌田武則――二十七歳で身長が五尺五寸、これを指名手配によりまして緊急逮捕をする、同時にその一味である窃盗犯人三国一二ほか三名を逮捕状によつて逮捕するために、警察官十七名をもつて三班を編成いたしまして、二月の二十二日午前五時過ぎごろに本署を出発しました。この班の編成を申し上げますと、第一班は人員が五名で、目的地は藤崎開一方。第二班は人員が六名で目的地は渡邊方。第三班は人員がこれも六名で目的地が正木という家になつております。こういうふうにいたしまして、同市の鮎喰町の渡邊方に出向きましたところ、宮本という窃盗犯人等は昨夕から北島田町の小西方にばくちを打ちに行つておるという情報を得たので、班の編成がえをやりまして、捜査主任の生原、原田、大橋、早見、山田、米田、篠原、椎野巡査が小西方に向うことにいたしたのでありますが、雨が降つている中を午前六時ごろに北島田町に到着しまして、初めに同町の三丁目の八十三番地にあります小西一という家についてたずねてみましたところ、不審の者は発見できなかつたので、ほかに同町四丁目、これは狩猟業、いたちとりの小西孝之という家があるということを聞きまして、同家に犯人がおるものと期待いたしまして、生原捜査主任は、午前六時五分過ぎごろに、先ほど申しました巡査とこの小西孝之方の表口にまわりまして、篠原巡査が横窓を警戒し、米田、大橋両巡査は裏手にまわりまして、原田、椎野という巡査は遠張りをすることにそれぞれ配置を決定いたしました上で、まず生原捜査主任と山田巡査が午前六時十分過ぎごろに小西孝之方の表戸をたたいて案内を請い、板戸を五、六寸あけましたところ、同家の裏座敷において、そのころ数日来寄寓しておりました樋口進、十八で身長が五尺一寸くらい、この樋口進はちようどそのころ叔母の小西美代子と一緒に目ざめておりましたが、自分がかつて窃盗罪によつて檢挙されて、少年審判所へ送致されたことがあり、その後も軽微な窃盗の事犯等が証明せられていましたところから、警察官の来訪したものだと感じまして、驚いて裏口へ飛び出して、裏手の鮎喰川の右岸の堤防へかけ上りまして、東の方へ逃走したのであります。ところが裏手に張り込んでおりました篠原、大橋の両巡査は直ちにこれを追跡しまして、堤防上を走つている樋口に対して、待て、待たぬと撃つぞと言つて停止させようと試みましたが、樋口がなおも逃走しますので、大橋巡査は堤防の上において、威嚇のために上方に向けて拳銃一発を発射したのであります。篠原巡査も同様に上方に向けて発射しましたが、この発射は不発に終つたのであります。ちようどそのとき逮捕に加わつておりました早見巡査が、一同から少し遅れて、小西方の道路の付近まで来ますと、今申し上げたピストルの音が聞えたので、急いで小西の家の前まではせつけますと、同僚があつちだ、こつちだと立騒いでいるありさまを見まして、早見巡査は指名手配中の目指す強盗犯人鎌田武則か、あるいは窃盗犯人の三国一二らかの仲間のだれかが逃走しつつあるものと即断しまして、逮捕のために一旦堤防の上へ上ろうとしましたが、そのとき先着しておりました山田巡査が、堤防の上から小西方前の道路上へかけおりて来まして、あつちだあつちだと東方をさしましたので、その方向へ走つて、山田巡査を追い越して、数十メートル前方の道路を逃走しつつある者の――これはあとで樋口ということがわかりますが、うしろ姿を確認しまして、てつきり鎌田という強盗犯人だと思い、待て、撃つぞと叫びましたが、停止しませんので、威嚇のためにまず拳銃を一発上空へ向けて発射しましたが、それでもとまらなかつたので、さらに二発目を発射したのであります。この第二発目の発射の直後に、樋口は胸を抱くようにして道路上に倒れ、貫通銃創重傷のために多量出血して、ほとんど即死の状態であつたのでありまして、すなわち早見巡査の第二発目の拳銃彈が樋口進に命中しまして、同人が死亡するに至つたということは、われわれの調査の結果はつきりしたのであります。大体第一の事案はそういう事件でありまして、この強盗犯人の鎌田というのは、先ほども申しましたように、身長が五尺五、六寸もある、どちらかというと大男であり、年齢も二十七歳ですし、実際に勘違いをして打ち殺された樋口というのは、小男で五尺五分くらいの男だつた。しかもこの二月二十二日は測候所の報告によりますと、当日の日出時がたしか六時三十分、それから当日は小雨が降つておつた。こういうことになつておりまして、この事案についての人権蹂躙の問題は、これらの事情を考えまして、派遣委員の意見をまとめて御報告を出すことになつております。
 それから第二の事案は、これは徳島の隣接町村であります国府町に起つた問題であります。昭和二十三年の十月十八日、十九日、この両日に今申しました国府町の大御和神社というお宮の秋祭りにおきまして、川野町長出身の中部落という部落の青年が、同町の反町長派と称せられる原田量之出身の府中部落の屋台に衝突させるという風評が立つておりましたので、同町の自治体の警察署長の四宮署長は両部落の屋台の責任者に事前に参集を求めて、自粛をうながした結果、両者の了解を得たのでありますが、さて例祭の当日となりますと、第二日目の十九日の午後三時ごろに同町田淵道路におきまして、中部落の青年らがその屋台を待避の形で停止中の府中部落の屋台、これに激突させまして、屋台をこわしまして、約十万円の損害をこうむらした。これがために府中部落の方からその警察署に対して取調べ方を請求しましたので、同署はただちにこれが捜査に着手して、関係人等を取調べておつたのであります。ところが同公安委員会は、同年の十二月中にこの警察署長に対しまして、右屋台事件の捜査中止命令を発したのであります。これは非常に問題になるのでありますが、警察署は検察庁法務府等のうかがいを得まして、結局捜査を打切りまして、その段階において事件を徳島の地方検察庁に提出いたしました。私どもが参りました当時は、徳島の地方検察庁におきまして、なお捜査を継続しておつたときでございます。この事件は形の上では秋祭りの屋台の衝突ということになつておるのでありますが、実はこの町長が社会党出身の者でございまして、反町長派は、民自党系統の五十数年間この国府の町政をあずかつておつたと言われる人でありまして、結局この両派の政治的ないろいろな争いがございまして、これが両方から検察庁にいろいろな刑事事件の告訴ざた等でどろ試合が行われまして、その一つの現われとしてこういう事件が起つておつたのであります。事案は大体そういうものでありますが、この結論については、委員と御相談の上でこの結論を出すということになつておるのであります。簡單でございますが、以上をもつて報告を終ります。
#4
○角田委員長代理 以上の報告に基きまして、調査報告書を議長に提出したいと存じますが、その案文につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#5
○角田委員長代理 それではさよう決定いたします。
 次に鹿兒島市における人権蹂躙問題に関する委員派遣の調査報告書が委員長の手元に提出されておりますので、一応村專門員より簡單に御説明を願いたいと思います。
#6
○村專門員 鹿兒島市におきまして人権蹂躙問題がありまして、調査に出かけた次第でございまするが、北川委員が主となつてお調べなさつたものでございます。
 要点は鹿兒島県の第一区選出の滿尾代議士夫人並びにその選挙事務長につきまして選挙違反事件の取調べ中、人権蹂躙の疑いのある行爲が檢察庁並びに警察においてあつた次第でありまして、そこを調査に参つた次第でございます。
 委員会の調査の結果、まず人権蹂躙に該当するような事実があつたと認められた次第でございまして、その内容といたしましては、たとえば滿尾夫人が広島の原子爆彈のあとで健康がまだ十分でなかつたのに、檢察庁がもつて夜八時から十一時ごろまで、約一週間にわたつて連日取調べを受けまして、疲労困憊しておられるような事実がございます。また同夫人が家庭の私事につきまして――子供の病気のことでありまするが、どうしても新聞とか、公の記録にはとつていただきたくないと、泣いて嘆願しておる事柄につきましても、檢察庁の方でもつて調書の記録をとつた。夫人といたしましては、供述拒否権ということをはつきり意識しておられなかつたのであります。供述拒否権なんかあつても、とてもここではそういう供述拒否権は行使できない、絶望である。このように思わしめていた次第であります。
 それからまた選挙事務に携わつた相良長広氏は鹿兒島警察署の末吉という警部補に取調べられておりまするが、緊急逮捕の場合におきましても、必ずしも條件が伴つておりませんし、たとえば一月の二十八日の午前十時に緊急逮捕いたしましてから、取調べはずつと深夜に及びまして、翌朝午前四時まで調べております。
 また三枝晃というのを取調べておりますが、この場合もやはり緊急逮捕でありまして、午前の九時半に逮捕されまして、翌朝午前二時まで取調べ、その間晝飯も夕飯もとることができず、午前四時に至つて、ようやく自宅から運んだ弁当を食べておるというような状態でございます。またその警部補は相良氏に対しまして、どうしても今夜中に言わぬと、つまり白状しないと、檢察庁は特別捜査隊を編成して一齊檢挙する。このように言つておりますが、これにおびえまして、一切を自白した形になつておりますが、この種の特別捜査隊というものは檢察庁にもなかつたし、また鹿兒島市の警察署にもなかつたのでありまして、虚僞の言葉をもつて自白に導いたという事実がありまして、こうした点から人権蹂躙の事実があるものと調査員の方においては調べた次第でございます。ただその責任の関係につきましては、いろいろと委員の間においても調査し、委員長とも相談して、適当な文案をつくりたいと考えておる次第でございます。以上で報告を終ります。
#7
○角田委員長代理 報告書の内容は大体以上のごときものでありますが、これを議長の方に提出したいと存じますが、御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#8
○角田委員長代理 御異議なければさようとりはからいます。
 次に日立市における人権蹂躙問題及び檢察官の行爲に関する調査のため、高木委員及び猪俣委員が二十日日立市に参られたのでありますが、その結果につきましては、まだまとまつておらないかもしれませんが、今日は閉会中の最終日でありますので、一応簡單にその結果の概要をお聞きしたいと存じます。
#9
○猪俣委員 去る二十日高木委員と私とが正式に派遣をされ、日立市に参りました。事案は日立市在住の県会議員でありますところの大部市郎を、日立市のお祭りの日、午後七時前後みこしをかついでおりました若い者の一団が、大部氏が休んでおりました鈴木という家に押しかけて参りまして、ちよつと顔をかしてくれということで、顔を出しますと、ほとんど問答無用のような態度で、これを毆打いたしまして、意識を失い昏倒さしてしまい、全治二週間の重傷を負わしたというのであります。この加害者の一味は、やはりその日立市におりますところの神山孝三の身内の者であつて、神山孝三の第一の子分でありますところの煙山清次郎という者が首謀者であつたということになつているのであります。そこで一体日立市においてかような暴力団の存在があるかどうか、及びありとするならば市民にいかなる被害を與え、いかなる恐怖心を持たしているか、なおまたその市の自治体なり警察なりに対していかなる働きかけをしているかということを調査すべく出発いたしたのでありまして、この関係者およそ十四人を日立市の市役所を調査室にあてまして喚問し、調査いたしました。被害のある者も数人立証されました。また市民に相当の恐怖心を抱いている者のあることも想像されたのであります。ただ、たとえば東京の尾津組とか関根組とかいうような大がかりな、政治的な背景を持つているような団体というほどまでは、まだ認定ができがたい状態でありました。神山孝三なる神山組の棟梁は、その前に鈴木安三郎という大親分がありまして、この親分の死亡後いわゆる跡目相続と称しまして、跡目を相続してこのひろうをやつた。彼はわれわれの調査に対しましては、七、八人の部下があるということを言つたのでありますが、ある新聞記者の調査によりますれば、百十五人くらいいつでも招来できるということを言つたというのでありますが、その真僞のほどはまだ未決定であります。なお高木委員ともよく相談の上、詳細なる結論を出さなければならぬとは思うのでありますが、何しろ昨今帰つたばかりでありまして、まだ整理をいたしておりません。そこでこの大体の経過というものを御報告申し上げまして、その結論、報告書その他のことは後日また発表したいと思いますが、さようなことはやはり今までの事件と同じように、委員長一任の形で取扱つていただきますならば幸いと存じます。
#10
○角田委員長代理 ただいまの御報告に基きまして、報告書が委員長に提出されましたときには、委員長においてしかるべく取扱いたいと存じますが、御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#11
○角田委員長代理 御異議なければさようにとりはからいます。
    ―――――――――――――
#12
○角田委員長代理 他に御発言はありませんか――他に御発言がなければ、閉会中の審査事件といたしまして、法務行政に関する件、檢察行政に関する件、裁判所の司法行政に関する件が本委員会に付託されておりましたが、いまだその審査を全部終了しておりませんので、その旨衆議院規則第九十一條に基き、次の会期の初めに議長に報告書を提出いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#13
○角田委員長代理 御異議なければさようとりはからいます。
 本日はこれにて散会いたします。
    午後三時二十八分散会
ソース: 国立国会図書館
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