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1947/11/13 第1回国会 参議院 参議院会議録情報 第001回国会 本会議 第51号
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1947/11/13 第1回国会 参議院

参議院会議録情報 第001回国会 本会議 第51号

#1
第001回国会 本会議 第51号
昭和二十二年十一月十三日(木曜日)
   午前十時十八分開議
    ━━━━━━━━━━━━━
 議事日程 第五十号
  昭和二十二年十一月十三日
   午前十時開議
 第一 自由討議
    ━━━━━━━━━━━━━
  一、所見開陳の範囲
    道義の高揚
  二、発言者の数及び発言時間
   1 各派の発言割当時間 緑風会五十分、社会党、民主党、自由党各二十分、無所属懇談会、共産党各十分
   2 各派は、右割当時間の範囲内において、発言者の数を決定すること。
    ━━━━━━━━━━━━━
#2
○議長(松平恒雄君) 諸般の報告は御異議がなければ朗読を省略いたします。
     ―――――・―――――
#3
○議長(松平恒雄君) これより会議を開きます。日程第一、自由討議、本日の自由討議は本院規則第百四十七條によるものとし、所見開陳の範囲を「道義の高揚」といたします。会議時間は二時間三十分でございます。各発言者はそれぞれ発言時間を遵守せられんことを望みます。これより発言を許します。
   〔小林英三君発言者指名の許可を求む〕
#4
○議長(松平恒雄君) 小林英三君。
#5
○小林英三君 自由党は発言者として左藤義詮君を指名いたします。
#6
○議長(松平恒雄君) 左藤義詮君に発言を許します。
   〔左藤義詮君登壇、拍手〕
#7
○左藤義詮君 本日の議題となりました道義の高揚が、政治、経済、産業等一切の再建の基盤であることは申すまでもありません。東海君上國と称し、武士道精神と誇つた我が國民が、なぜかくのごとき惨澹たる道義の頽廃に陷つたか。その原因は勿論一二にして盡すものではありませんが、特に直接且つ深刻なるものとして、私はここに指導者、爲政者に対する國民大衆の失望と不信とを挙げたいと思うのであります。軍閥や官僚に欺かれて、勝つために、勝つためと空しき勝利の夢に引摺られた挙句がこのみじめな廃墟と窮乏であつた。十月には物價が安定するぞ。十一月には家計が黒字になると、ただ耐乏忍苦を説教せられたその結果が、若し米、煙草の値上や、電気、燃料の欠配だけでありましたら、果して國民は政府を、いな政治そのものを信頼し得るでありましようか。働く者の暮しよい政治とか、三合配給とかいう選挙民への公約は、今どうなつておるのでありましようか。敗戰窮乏の今日、特殊重要物資の統制は止むを得ぬといたしまして、それは飽くまで最小限度に止めらるべきであり、又一日も早く統制を撤廃して自由経済の方向に向うという明るい窓を明けなければなりません。然るに政府並びに一部の官僚は、逆にますます統制を強化し、國有國営の方向に進もうとしておる。凡そ一國の政策、法令、手続等は、その國の政治の実行力、権力の浸透力と相伴わなければなりません。(拍手)戰敗直後最も政治力の少い今日においては、政策を実施し、法令を発布し、手続を設定するに際しましては、この実行力と十分見合わなければ百害あつて一利かないのであります。(拍手)善かれ惡しかれ、あれ程権力の浸透が徹底したかのごとき戰争の当時でさえも、彼ら軍閥官僚が、日に月に強化頻発いたしましたあの行き過ぎた統制と煩瑣な手続とは、國民を呪詛と虚脱との底なしの沼に陥れて、あのみじめな敗戰の大きな一因をなしたことは、皆さん御承知の通りであります。而も政治力の貧弱な今日において、当時の統制病、手続万能主義の官僚が、ますますこれを強化化しようとする、その弊たるや、実に虎よりも恐るべきものと思うのであります。歴史上、正安石の新法が宋の社会に及ぼした影響、並びに当時の弊風が、以後六百年中國官僚の陋習となつたことを私は思い起すのであります。口さがなき京童が、安本は安石なり、この統制は正安石の二の舞だ、安本は安石なり、こういう声を聞くことを片山総理は十分に一つお考えを願いたいと思うのであります。戰争中流行しました言葉の一つに、「親方日の丸どうでもいい」と、無理に徴用された連中に、こういう言葉がはやつたのでありますが、人よりも早く起きて遅く寝て、創意工夫に勤労の汗を打込む。それはその努力に報いられる繁栄と幸福があるからであります。(拍手)働けば働いただけのことがある。自分の造つた製品に誇りと喜びを持ち得てこそ、向上進歩もあり得るのであります。ただ数量のみを基にしました統制供出によつて、いかに品質が落ち、能率が低下したことか。國民の一番待望しておる貿易再開で、折角の、バイヤーズが高價で粗惡な日本の産業に失望せられておる原因の一つは、礎かにここに存すると思うのであります。もう一つ戰争中流行しました言葉に、「星、錨、顔、闇」こういう言葉が國民にささやかれておりました。戰災で失つた電話を一つ復旧するにも、軍閥、官僚に奪われた中小工業を復元するにも、十幾つの判を頂くために何十遍か役所の門を潜らねばならぬ。書類を出して半年も十ヶ月も物ができない。起訴せられた公務員の演職だけでも随分夥しい数でありますが、私は、贈賄する者の罪よりも、鼻薬がなければ仕事ができないような、そういう錯覚を國民に與えた役人の方が邊かに罪が深いと思うのであります。一体、運輸大臣の御賢息ですらも守られぬような食糧管理法だとか、農林大臣でも、ついうつかりされるような臨時建築物取締法、こういうようなむずかしい法律を一体國民の誰に守らせようとなさるのであるか。(拍手)上は総理大臣から下は橋の下の乞食に至るまで、全部公定と配給だけで生きておる者が何人ございましようか。たつた一人、澆季末法の世に珍らしく、みずから人を裁く裁判官の身でどうして闇ができようかと、飽くまで配給生活を守り続けて、遂に極度の栄養失調で倒れたあの山口判事に対しては、あれ程説教の好きな片山首相も、理論の鋭い和田長官も、口をつぐんで一言の所見も述べておられない。これに対して國民の行くべき道を教えておられない。みずから惡法と知りつつも、その遵法の徳のために潔く刑に服したソクラテスの精神に倣つて、敢然闇と戰つて餓死しようという、あの悲痛なる信念を無視して、どこに道義の建設がございましようか。(拍手)私は、人間の本性に反した統制や罰則が経済の再興を阻止することを恐れる以上に、國民をして凡そ法そのものを憎惡若しくは軽蔑せしめ、正直者が馬鹿を見る。要領よく裏表を使い分けるのが当世だと、こういうような道徳的懐疑というか虚脱というか、國民をかくのごとき深淵に陷らしむることを最も深憂痛歎いたすものであります。
 凡そ政治は最高の道徳でなければならない。虚偽は過失よりも惡い。偽善は罪惡よりも遥かに強く憎まるべきであります。無理に均衡の辻褄を合せた狗肉に健全予算という羊頭を掲げるよりも、この通り敗戦國の財政は苦しいのだと率直にぶちまけた方が、遥かに國民の胸に響くのであります。(拍手)持ち廻り閣議で内閣全体の承認を得たとおつしやるよりも、実は何とか早くこの問題を片づけたいと焦つたけれども、つい手落ちしたと、どうか知りませんが、そう言われた方が却つてさばさばするような氣がするのであります。(拍手)
 文部大臣はまだ見えませんが、六・三制の問題にしましても、勿論これは内示ではありましたでしようが、すでに六月から全國に大体の方針を示された。何も知らない学童たちは、今にいい学校ができる。父兄も随分無理な寄附をやつておる、十四億は文部省として讓り得る最小限度だと、こうおつしやつたが、予算が半分の七億になつても文部大臣は政治的責任を敢えて取ろうとなさらない。こういうことが國民、特に純眞な学生たちにどういう影響を與えるが、甚だ立ち入つた言い分でありますが、今度の平野農相の罷免の問題につきましても、國民道義の師表たるべき政府の措置として、何かしら割り切れない氣持を感ずるのは私一人でございましようか。三十年の刎頚の同志であり、共に闘つて來た同志であり、半年前には農政しよう理の最適任者として任命せられたその閣僚を、單に閣内不一致という理由によつて、水もたまらぬ程鮮かに罷免権を発動せられた。而もその最初は追放該当云々の新聞記事が出て、それが再轉して不協力という理由に変つた。それは新聞の誤報であつたとこう言いながら、内閣記者團の抗議に会いますと忽ち遺憾の意を表せられておる。片山総理が善良にして正直なクリスチヤンということで賣り出しておられるだけに、何かしら割り切れない印象を國民多数は抱かざるを得ないのであります。(拍手)若し閣内不統一というだけでありましたら、必ずその対立の相手がある筈であります。十一月政変説を奈良かどこかで説いたと言われた。これは閣外での問題である。然るに林國務相が追放発表のことについて西尾、鈴木両閣僚の責任を問われたのは閣内の問題である。明らかにこれは閣内の不統一、前の場合には実に鮮かに罷免権を発動して、後の場合は未だにこれに対する処置を示していない。こういうことに対しましても私共はどうしても割り切れない何か政治に暗いものがあるんじやないか、こういう印象を受けておることは残念ながら否定できないと思うのであります。彼のフランス革命の当時に政敵が互にギロチンに掛け合つた。その当時は一番モラル、道義の頽廃した時と言われております。道義高揚の問題が甚だ横道に外れたようでございますが、教育の刷新とか、宗教の振興とか、その他の匡救策につきましては、他の同僚諸賢にお譲りいたしまして、私はただ明るき正しき民主政治の確立こそ……片山総理は道義の高揚を根本とし、高度の民主主義を確立するのだ、こう言つておられる。先ずみずから範を示して明るき正しき民主政治の確立ということが、國民をして心から奮起せしめ、協力せしめ、耐乏せしめ、そこに始めて眞の日本再建ができるのだ。こういうことを申上げまして私の発言を終わたいと思います。(拍手)
   〔木下辰雄君発言者指名の許可を求む〕
#8
○議長(松平恒雄君) 木下辰雄君。
#9
○木下辰雄君 緑風会は梅原眞隆君を指名いたします。
#10
○議長(松平恒雄君) 権原眞隆君に発言を許します。
   〔梅原眞隆君登壇、拍手〕
#11
○梅原眞隆君 戰いに敗れた日本は誠にみじめでありますが、この際このみじめな現実をはつきり把握して、嚴粛な再建の工作を営まなければならないと思うのでありますが、戰いに敗れた日本が物資の欠乏に悩んでおることは國民の周知しておるところでありますが、これと同時に、若しくはもつと深刻に道義の頽廃に苦しんでおることも事実である。先に経済白書が公布せられて、國民は日本の貧しさに驚いたことでありましたが、若しここに道義白書なるものを纏めてこれを暴露したら國民はもつと驚き悲しむことだと思うのであります。この際道義の高揚が議場の主題として取上げられたことに興味を持つものでありますが、この問題に関して私は四つの立場から簡明に私見を申上げたいと思うのであります。若し各位の厳粛な批判を受け、教を頂くことができれば誠に有難いと思うておるのであります。
 第一には、どういう場合にも道義は大事だということはすべての人が口にしておるけれども、道義が必要であるということは、私は絶対的に必要であるんだということを國民が極めて銘記しなくてはならないという点を一遍取上げて見たいと思うのであります。新らしい日本の建設は、これは新憲法が明示しておる。それは民主國家であり、平和國家である。この民主國家という問題は、これは世界に類例は沢山あります。又我々が典範としてもいいと思われる先進國の例も我々の眼前にある。但し平和國家ということは人類の歴史に未だ曾て実現されなかつた新らしき構想であります。これを取上げた憲法が非常な世界的の新記録であるということは言うまでもない。ところが人類の歴史を見ると、皮相な見解からすれば、平和と戰爭はあざなえる繩のごとく交錯しておると見ていいけれども、一歩踏込んで見ると、これは休戰の時代、若しくは戰備の時代を仮に平和と偽装し、若しくは戰争を前提とした平和、戰争を背景として漸く保たれておる平和に過ぎないのであつて、裏返えして見れば、人類の歴史は永久に闘争の連続であつたと断定しても過言でないと私は思うのであります。そういう点においてマルクスが此共産党宣言に、從來の歴史は階級闘争の歴史であつたと断定したことは、私は一個の識見であると肯ずくのであります。併しながらそういう歴史的必然があつたにしても、これに関して第一次の世界戰争、第二次の世界戰争を契機として、世界の人類はこの歴史的必然の大胆なる変更を求めようとして、戰争を防止して平和を確保しようという思潮を持つて來たことは、諸君の知つておられる通りであります。第一次の世界戰争を通して國際連盟が創案せられ、第二次の戦争を通して單一民族の民主國家の共存が唱道されておる。更に最近にはリーヴス氏が世界連邦の新構想を提唱しておるということは注意すべき状態であります。こういうふうに歴史的必然が戰争を否定して、平和を産み出そうとしておるということは、我々が注目して見なくちやならん事実である。こういう只中に立つて、
 一敗地にまみれた大和民族が決然と立つて永久に戰争を放擲して、恆久の平和を確立するという世界史上の頂点に立つて捨身の宣言をしたことは、我我は心から世界の壯観であると信ずるものである。(拍手)我々は國家の名誉にかけて、民族の名誉にかけて、万事を打ち込んでもこれを文字通りにこの誓願を実現するということが、我々の死活の決定する所であると私は深く信じておるのであります。新らしく憲法を作つた國会が、この問題にどれだけの討議を費やして見たかということを見ても、私は淋しく感じておる者の一人である。そこでこの戰争を否定するということは容易な問題ではない。何となれば人間は物質に依存せなければ生きられない生活体である。人間の本能には自己を尊重する欲望を持つておるのである。自我保存の欲望と、物質依存の生活が戰爭を招來するという止むを得ない必然を染んでおることも、我我ははつきり見届けて置かなければならない。この厳粛なる人生の事実を見届けながら、尚且つ戰争を否定するということには、ここに余程高度な精神力が必要である。もう一遍はつきり言えば、世界の平和を確保するがためには、國内における政治の革命、経済の革命は言うまでもなく、外に向つて國際的な秩序と組織を新たにすることは言うまでもないが、人間それ自身の生きて行く氣持、精神内容の画期的な精神革命を断行しなくては、断じて平和國家は実現しないのであるということを我々は銘記しなければならないと思うのであります。そういう点におきまして精神革命の具として我々に與えられたものは宗教である。物心一如の生活、最大絶対の武器である新生命を把握することなしには、人間の精神革命は断じて展開しないということを私は確信するのである。こういう宗教を基盤として、ここに優れたる哲學、科學、藥術、法政、経済、これらを持つた新文化の綜合体によつて初めて平和は確保される。これが我々の言う一つの新道義でなければならない。今日本の道義国家ということの内容が、ただありふれた昔のことを教えているということでなしに、その本質においては人類の歴史に未だ曾てなかつた新らしき内容を持つておるということを、私は日本の國民が自覚しなければならないと思うのであります。こういう点におきまして道義を高揚するということは、日本が生きるたつた一つの生命線である。眞の平和國家を確保するということの、たつた一つの生命線であるということを認識して我我はパンを掴むことに努力すると同時に、魂を掴むことにもつと重大な自信と覚悟を持たなければならないと私は深く信じておるのであります。こういう点において道義國家なくしては平和國家なし、平和國家なくして日本の再建なしというこの命題を国民の全体が胸に刻みつけることが極めて必要なことであると思うのであります。
 第二におきましては、新らしく道義が創作されなければならないと思う。ただ道義高揚ということが、今までありふれた道義をそのまま受継いだだけでは決して成り立たない。何となれば、今の平和國家は人類の歴史に未だ曾てなかつた画期的な飛躍的な念願である、これを達成するには少くとも新らしき道義が建設されなくちやならん。更に在來認められた正しきものでも、この際再檢討しなくちやならないと思う。こういう点におきまして時間がないから私は具体的な実例をここに五六列挙しまして、皆さん方の一つ御批判を願いたい。
 第一においては、私はここに同郷の細川君がおられるので、今日は出ておられませんが、細川君初め革新陣営の思想家を中心として國会の全体の諸君に尋ねたいことは、平和國家を建設するに当つて、階級闘争、労働争議が果してそのまま受けていいのかどうかという問題である。現内閣が組閣の初めに当つて、新日本建設の國民運動の要綱を出しております。それの最後に、平和運動の推進ということで、その中にこういう意味のことを言つてる。個人若しくは集團が自己の利害のみに囚われて相争うことはいけない。道理に従つて納得ずくに平和に解決をしなくてはいけない。これによつて國際の平和を確保し、世界の進運に貢献するようにしなくてはならないと現内閣は要望しておる。これは現内閣としては可なり大胆な発言であつたと私は快く感じたものの一つである。これを露骨に言えば、労働争議、階級闘争というものに対して、平和國家を建設するに当つて厳粛なる反省を求めたものであると見なくちやならない。(拍手)階級闘争や労働争議はマルクスの経済原理、ヘーゲルの哲学を基礎として在來一應是認せられたことは、私と雖も認める。但し戰争してもよい世界で行われた経済原則と哲学が、戰争を否定した御浄土のような平和國家に、果して同様の價値を持ち得るかどうかということは深く考えなくちやならん。(「そうだ」と呼ぶ者あり)(拍手)こういう点におきまして、私は同郷の学者としての細川君を持つておることを喜び感じておる。どうか革新陣営の諸君を初め、各派の思想家が寄りまして、何とかして……、日本の労働ということは重大である、殊に現内閣は労働内閣を作つた内閣である。ただ労働内閣を作つて終つたのではなく、正しき労働運動、道義的な労働運動を設定することが、現内閣の私は責任でなくちやならないと思うものである。(拍手)
 それから第二番目において、これは岩間君が帰られましたからちよつと困つたが、私は岩間君初め河野君なりの教育者に向つて一つ提議したい。苛しくも人の生命を育てるという教育、これは重大なものである。この教育者が、物質的な経済的な在來の古い形の労働組織の運動を、そのまま受け入れてよいかどうかということに関して、私は岩間君であるとか、梅津さんであるとか、こういう革新陣営の教育者の巖粛なる反省を求めたいと思う。
 第三におきましては、これは御婦人方が今一人しかおられない……私はこの中に赤松常子女史とか、宮城タマヨ女史とかおるから出したいと思うが、女性解放の運動である。吉原の遊廓がなくなつたということは、私は心から感謝をして喜んだものである。併し吉原の遊女のなくなつた東京に、宮城のお膝元である有楽町の夕暮れの舗道の女が、世界的な賣的光景を展開しておることを見て、諸君は何と感ずるかということである。こういう点におきまして、婦人解放の運動は単純なる作文的な問題でなくて、少くも議場に立たれたような新婦人が、ただ議場において論ずるだけでなく、舗道の女の手を取つて涙ながらにその自覚を促すだけの実践かなくしては、本当の道義は成立しないではないかということを私は考えておる。
 その次におきましては、これは佐佐弘雄君あたりかおられるが、新聞人を初めとして一つお願いしたいと思うのだが、新聞が日本において展開しておる敏活さということは、心から尊敬を持つておる。殊に報道班の諸君、映画の諸君が敏活に働かれることに向つては、私は神のごとき尊敬を持ちたいと思つておる。併し敏活を競うがために、人間の大切な礼容を見失うことがあつては甚だ以て遺憾である。私は曾つて初めてこの國会に出て來まして、國会の第一回の開会式に出てける写眞班の行動を見、先般來私の國に陛下が御巡幸あらせられたときにお供いて歩いて、そうしてしみじみ感じたことでありますが、その職務に対する敬活な活動と同時に、私は文化国家としての新聞人が世界から非難を受けないだけの礼容と床しさを持つて下さるということが、新らしき道義の一つでないかということを提案したいものである。最後にこれは山本勇造君初めおられたら言おうと思つたのだが、一体日本の文化という問題に、どうか私は……アメリカでは映画に倫理規定を出しておる。こういう点におきまして、私は日本の文化の上にも尊敬すべきものは尊敬し、敬虔なるものは敬うだけの力がなくてはならん。
 それから第三におきましては、道義の扱い方である。時間がないから簡單に言うが、道義が経済と離れてはいかん。経済と離れた道義というような作文的な宣傳やお説教は役に立たない。(拍手)社会において衣食足つて礼節を知るということを一般が知つておる。これは経済と道義というものは不可分であるということを言つておる。(「その通り」と呼ぶ者あり)但し衣食足つて礼節を知るということをよく呑み込まずに、まあ衣食さへやつたら礼儀は独りで來るのだと、道義を後廻しにするような俗見やら、又ひどいのになると、衣食が足らんときは泥棒したつて仕方がないのじやないかと、いかにも道義の否定を肯定するようなことは間違いである。道義があつても礼節かなくてはならず、道義がなくても礼節はなくてはならない。現代の内閣が耐乏の道義を説いたことは私は意義があると思う。こういう点において私は政治の要諦は國民にパンを與えるだけでなくて、國民に魂を與えるということを忘れてはならない。経済生活を中心にしたる政治でなくて、経済生活の重大性と同時に道義生活を與えるだけの政治の哲学が必要である。(拍手)そういう点におきまして、動物的な生活を確保するだけでなくて、人間としての生活を確保するという新らしき政治が哲学されなくてはならないのである。こういう点において私は新らしい政治哲学の興起を願うものである。ここにおいて私は先程左藤君も言われましたが、統制法を厳守して餓死された山口判事に私はここで深甚の弔意を表する者である。私は哲人のごとく貧しく、あのように闇を拒んで死んだ若い裁判官の死を決して無駄にしてはならないと思う。これに対して首相若しくは和田君が、堂々と天下に立つて説明をせられることを憎んでおられることに私は遺憾の意を表しておる者である。果して食糧統制法が惡法なりや否やには検討の余地がある。食糧統制法が、食糧の統制が布かれたために沢山の餓死者が救われたという事実も我々は見失つてはならない。併し食糧統制法を守つたがために倒れた判事のあることも私は見失つてならない。こういう点におきまして、これを設定した國会が責任を持つべきである。こういう点におきまして、私は簡單にいえば闇をやらないでも行ける、そういう統制法を作らなくてはならない。作つた以上はそれを守るだけの内面的な精神生活を高揚して置かなくてはならない。それには闇をやらせないだけの刑政礼樂の刑罰を持たなくてはならないのである。そういう点において正しき政治、正しき道義、正しき刑罰が一貫した組織的な政治でなくては、でたらめな政治になるのに決まつておるということを私は断言する。(拍手)こういう点において、これの扱い方は極めて明瞭でなくてはならん。
 時間がないが、最後にもう一つ言わして貰う。私はこれが対策は沢山ありますが、何といつても道義の高揚は、國民の教養を高めるより途はない。國民の教養を高めるには國民の教育が必要だ。今教育刷新法が行われつつあることには私は満腔の喜びを感じておる。ところが今度の予算です、七億の予算。これは先達てからあらゆる機会に於て皆が云われたし、又森戸文部大臣がこれに関しその苦心のありたけ、これを云われたことを私は素直に認める。何といつたつて健全財政を保つためには貧乏は仕方がない。併し七億にしろ取つたというところに現内閣の性格が出ておるのである。これは森戸君が云われましたが、私はこれを素直に認める。但しここに追究はしないが、併し新らしき年度のために私は一言発言して置きたい。現内閣が教育を尊重せられ、道義を尊重せられる事項は素直に認める。併し大切だといいましても、ネクタイが大事だというのと、帽子が大事だというのと、首が大事だというのとは違います。結局大切だと思うておるということは首相初め言うのだが、どの程度に大切だと思つておるか。殊に今の日本が貧乏なことは皆知り抜いておる。そうして実は誰が出たつて立派な予算が組まれないことは分つておる。そういう点において今の諸公が曲りなりにもあれだけの予算を組まれたということに実は感心した一人であります。けれども、貧乏な財政であつても、貧乏な財政の中にいかに割振りをするかということが問題である。價値判断である。だから教育が必要であるという以上は、それは生命線のように大事なのであるから、それを十分に認識して少なき予算を重点的に活用せられるということが、これが政治の要諦でなくてはならん。聞き違いか知れませんが、煙草の値上げで一日二億儲かると大蔵大臣が云つた。重大な人間の教育刷新の予算に三日ばかりの煙りで解決するというようなことは、余程これは考えなくてはならん問題であると思うのであります。(拍手、「その通り」と呼ぶ者あり)
   〔木檜三四郎君発言者指名の許可を求む〕
#12
○議長(松平恒雄君) 木檜三四郎君。
#13
○木檜三匹郎君 民主党は仲子隆君を指名いたします。
#14
○議長(松平恒雄君) 仲子隆君の発言を許します。
   〔仲子隆君登壇、拍手〕
#15
○仲子隆君 道義は、今日の姿において私たちは一時の黒雲に蔽われておるものと見たいのでありますが、実際においては各方面から破壊の道中を進みつつあり、遂に消え去るものであるかと疑わせるのであります。二ヶ年間のこの敗戰後の流れの中において、あらゆる不正と不道徳が生れて来たその経過については皆さんも御存じの通りであります。その結果となつて現われておるものが、今日の我々國民全体の生活である。曾て日本人はアメリカ人等によつて正直であり、忠実であり、又纏まりのよい國民であると賞讃されていたのでありまするが、今や私たちは、曾て憫笑し侮蔑した國の人たちの同列か、或いはそれ以下の状態に生活しておるのであります。祖先に対しても、子孫に対しても誠に申訳ない現状であります。二ケ年の破壊結果は、自由の名の下に極端なる放縦生活が行われ、下剋上となり、信義、礼讓は影を失い、秩序は紊乱し、詐欺、横領、脅迫、強盗、殺人が日常茶飯事となりました。全く動物的な国民となつてしまつたのであります。すべての政治は力を失つて、他の力を借らねばならない。財力は日を逐うて第三國人の手に移りつつある。思想は共走破壊の指導に腐蝕されつつある。国民は平和な、民主的なる文化國家を目標としながら、国民生活は崩壊の一途を辿り、國家は存立の基礎を失う現状であります。憲法に議事の放棄を宣言し、人権の尊重を明示し、世界最高の文化國家建設を理想したのでありますが、現実は腐敗と堕落と闘争と破壊の末世的症状を現わしておるのであります。かかる状態をただ各方面から批評、吟味いたしたところで、我々の狙うところの理想の國は現われて來ない。一應私は何が考えられるかということを吟味して見たいと思うのであります。
 第一には民生安定の方策を立てなければならんことであります。梅原先生も物の裏附け、衣食住一般に関するものを與えること、更に政治の必要を唱えられましたが、私は昨年九十一議会の衆議院の予算委員会において、二時間に亘つて生活安定を中心とした質疑をなし、地獄の出現をいかにして阻止すべきかということを問うたのであります。憂えはただ憂えとして今日残つておるのであります。裏附けたきインフレが防止されなければ、衣食を間接に脅かし、従つて衣食住の物を與えると共に、新円に関する即刻封鎖が行われねば、インフレは物との関係から更に我々の生活を脅かし、これが延いてただ國民を堕落に導くものであります。新円を大量に所有する者と玉葱生活をなす者との間に、闘争と不法とが繰返えし行われるのであります。政府は今暫くの耐乏生活を言うのでありますが、動物的人間世界にとつて、この自制かどれだけできるのであるか、即ちどの程度に道義の芽が吹き返して來るのか疑わしいのであります。
 第二に秩序維持に強行手段を考えられます。自警的な集結力と、或いは警察力を強化することによつてこれをなさなければならないと思います。英國人は長い歴史の間、紳士的社会道徳、祖國愛の訓練を持つておりますが、例えば、話によりますと、食糧困難なるイギリスにおいて、町の食堂の賣つておるパンを加えて三品以下、一人前五シリングに制限されておる。そこに尚若干の要求をするものがあつても、ボーイそのものが「制限でありますからいたし方ございません。あなたに特別に差上げれば、私の食うものがなくなります。」、こう答えて絶対に客の要求を達成させない。こういう話を最近聞きましたが、これらのことが今年の七月五日の飲食業禁止ということの原因になつたのであろうかを考えます。日本人、東洋人は強力なる制圧の力によつて、利益と保身の社会道徳を守つておるところが大部分であります。圧力を失えば直ちに不正を働くのであります。最近の飲食店等で再び繁昌することも、これでよく分ると思います。日本の警察力が増強できねば占領軍の力を借りることもできましよう。すでに交通について「占領軍の命により」というような札を用いて、これによつて、我我が事大主義によるかどうか、とにかく大部分の道徳的な行動、公衆道徳の指導を受けておるわけであります。できればこんな力を借りず、日本の警察力を十倍又は百倍に増して、この間に徐々に道義を高めるようにして、やがて理想する制圧なき世界に導かねばならないものであろうと思います。
 第三に考えることは、立法、司法、行政各部面において、様々の法典を作り、これを処理し、指導する中において、一時的な過渡的な面目的な取扱い方や考え方をせず、道義高揚の永遠の理想を元にして、この任務を遂行することが必要であると思います。
 第四に官聽、政党、会社、労組等が、利己的、破壊的、闘争的な惡弊を捨てて、道義高揚の範を示すことであります。現内閣等の不統一についても、それぞれの事情と理由があることと思いまするが、國民の疑惑と不信とは免れんものであります。官吏の贈收賄等も根絶されなければならない。
 第五に、新聞、雑誌、ラジオ等、本当の木鐸である。今日風紀を紊乱する各種の雑誌が賣られておることや、脅迫撹乱を事とする記事等は抹消して、人道主義の立場において國民を誘導して貰いたいのであります。
 第六に、補足的に考えますことは、日本の秩序が整うまで、在留の第三國人の諸君は一時帰國を懇請することも、我々の道義を正す一つのよすがになると思います。
 第七番に、道義の研究調査であります。梅原先生も言われたごとく、今日の道義と大分様子が変つておる。國民はその拠り所を失つておる。道徳の法則は普遍的なもので、正しきもの、美しきもの、良きもの、尊きもの、聖なるもの等美しい姿を、人間の人間たる以上、心の奥底に持つているのでありまするが、これは革命の前後において変るところもないと思う。世界戰後における、或いは新憲法の成立後における民主主義國家において、友愛、協力、自由自律、責任完遂、公共の福祉、社会正義、勤労尊重、平和に貢献するというがごときものが新らたに考えられる。これが従來存在したところの徳目と合せ考えられて、これら國民が拠るべき道義体系というものを明らかにしなければ、本当の将来に世界一等の文化國家、道義國家としての道義によるところがないのであります。この際ただ民主主義になるからといつて、アメリカやソ連その他の民主國のもののみをそのまま直輸入したのでは、日本的或いは東洋的なよきものがあります。これを忘却してただ入れるならば、いわゆる飾り物や文章的なものとなつて、日本人の情意には響かんものであります。
 以上第七は、調査機関を整えて、徳目を系統的に明らかにして、國民の拠り所を示すという問題であります。かく定まつたる道義を國民の生活に現わすという問題は、今日のごとくただ放任して置いて、誰も彼もが世を憂えるだけでは駄目なのであります。中華民國における新生活運動が國民政府下を統治し、指導したという例もあります。又本年各府縣各地に新生活運動というようなものも芽を出したのでありまするが、今は枯れておる。六月二十日の閣議決定の新日本建設國民運動もまだ芽を出しておりません。日本國民全体が祖國滅亡を憂えるならば、今直ちに政府、議会、政党、官職、会社、労働組合、学校、宗教團体、各業者、國民全員を挙げて道義立國の一大運動を展開し、人道主義を宣言し、非を懲らし、正を伸ばし、大和清濁の世界を建設することであります。
 若し以上考えました八つの項目が、日本政府、日本國民の手に負えず、一個の空念佛に終つて、道義の高揚は不能に終り、凶悪なる地獄が現出するのを待つばかりであるということになるならば、日本管理の諸国家に懇願し、我が國の混乱が諸國家の永久の負担となることを述べ、占領軍に各方面各方策の援助を懇請する。更に極端に考えますれば、日本国民の力、政治の力が何ともし得なかつたならば、数ヶ年間占領軍に日本の政治を委託して、纏まつた頃に受取るという冗談的なことも考えられるのであります。これは性急であるところの日本人は、早速今日道義の高揚を述べれば、明日にも実現するがごとく考えるが故に、私はその性格を以て以上の言い方をしたのでありまするが、静かに長い目で遠い未來を考え、平和なる文化樂土が自然に生るるのであるということも、それとなく期待されるのであります。私の生きておる間にできることかどうかは存じませんが、そういうことも考えられる。更に又戰災の当時、荒れ果てた所に花賣りが出ていたときに、私たちは泣く程嬉しかつたことがあります。或いは今日全國各都市の荒れ地を廻つて見ると、例えば名古屋のごときに行きますと、あの瓦の壊れの中に沢山の花を作つております。東京、大阪その他ではこれは見ることができません。或いは山陽線の徳山駅に汽車が著くと、直ぐ窓を綺麗にしてくれる、プラツトホームは清浄な水が打つてあつて、各所に花が飾つてあり、鉢植えが置いてある。疲れた頭で外を見るときに、この荒れた心を和やかにして我々は何かの嬉しさを思わせること、これらを思い合せまして、私たちは現在の荒れた國土中を清帰し、災害の跡を整えて、先ず美しき花等をも咲かして目を楽しましめ、又よい音樂を聞き、藝術を樂しみ、静寂の中に高雅純情なる道徳のおのずから生れ來るのを待つのも一つであると思います。
 様々な方策が考えられることと思いまするが、私の貧弱なる頭を以て以上の思い付きを申し、皆様方の御批判を得て早速に運動が起らんことを希望するものであります。(拍手)
   〔木下辰雄君発言者指名の許可を求む〕
#16
○議長(松平恒雄君) 木下辰雄君。
#17
○木下辰雄君 緑風会は姫井伊介君を指名いたします。
#18
○議長(松平恒雄君) 姫井伊介君に発言を許します。
   〔姫井伊介君登壇、拍手〕
#19
○姫井伊介君 道義の低下による社会の様相、道義低下の原因は明らかであります。道義高揚の必要は、道義のための道義高揚ではなくして、国民の誰しもが健康にして文化的な生活を永久平和のうちに営み得るためのものであると存じます。人はパンのみによつて生きることはできないと同時に、パンなしには生きられない。食うために働くこと、生きることが間違いだといたしましても、働くため生きるためには食わなければならない。そこで道義高揚はどういう方法手段によつて行うべきかということであります。誰にでも、いつどんな場合でも、どこでも、何をしていても、特別の施策や経費を用いないで、日常生活に即して、自然のうちに最も効果的に道義を守り、道義を高揚することでなければならないと存ずるのであります。
 然らば、その具体的の構想はどうか。私は政治せられる部面、即ち市町村民の日常の生活の境地から狭い範囲においてこの問題を考えて見たいと思います。仮に百戸乃至三百戸くらいの地域を標準といたします。そこに生活の中心が得られなければならない。仮に私は社会事業の部面からいたしまして、隣保事業を捉えて参ります。御承知の通りに隣保事業におきましては、保育、援護、保健衛生教育、慰樂、生活助成といつたようなことが行われるのでありまして、隣保事業自体といたしまして行うべきいろいろの施設、例えば保育所或いは母子寮、その他文庫、或いは少年婦人などの集り、いろいろの方涙事業がありまするが、更にそれのみでなくして、生活の全般に亘るところの、いろいろの國や公共の施設並びに機関と連絡を保つて行かなければならない。新らしく児童福祉法案が出ますればそこに又多くの施設が出て参りまするし、職業安定法案からもいろいろの機関が生れて参ります。一々挙げる煩に堪えません。それらの多くの施設並びに機関が、従来のようにただ上から下への雨の降るような関係では何にもならないと思うのであります。で、これを一つ受入れて平面的に並べたり、いろいろな資材を栄養に満ちた食糧にして、我々の食物に供せられるように、そこに一つの処理が行われなければならない。即ち受入態勢、これを私は新らしく出るであらうと予想されておりますところの生活協同組合、これには反対があるようでありまするけれども、今私が申しまする点から申しますれば、決して反対すべき理由はなくなるのであります。社会事業的について申しまするならば、グループは更にそれがコンミュニテイ・オーガニゼーシヨン、このような一つのプロセスに進みまして、これが集積されて、それを一切受入れて、いろいろな組合、團体その他のものを統合いたしまして、この一つの機関が動いて行つて、又そこに住む多くの各方面の人がその職能に應じまして、互いに協力一致して行きまするならば、それが新らしい我々の生活の基本体系であつて、そうすることが新らしく平和日本を建設するところの一つの基盤であると考えるのであります。これを私は文化的綜合生活の自主的協同建設と申すのであります。もう一度繰返します。文化的綜合生活の自主的協同建設、これによりまして初めて國民大衆自身としての政府の施策を受入れ、地方におけるいろいろな機関、いろいろな人と結び合つた新らしき生活体系が打立てられるということを私は信じ、又そうしなければならないと考えるのであります。政府におきましては、この点につきまして眞面目なる検討と御考慮を煩わしたいと思います。尚議員各位におかれましてもこの卑近なる実際的の生活問題、それから興そうとするところの我々の生活の向上と道義の高揚について、御批評とお教えをお願いいたしたいと思うのでございます。(拍手)
   〔鈴木清一君発言者の指名の許可を求む〕
#20
○議長(松平恒雄君) 鈴木清一君。
#21
○鈴木清一君 社会党は羽生三七君を指名いたします。
#22
○議長(松平恒雄君) 羽生三七君の発言を許します。
   〔羽生三七君登壇、拍手〕
#23
○羽生三七君 私は國会が取扱う自由討議の議題として本日のような議題が適当であるかどうかに多大の疑問を持つておる一人であります。この理由は道義が頽廃したということは、頽廃すべき原因かどこかに存在しておつた筈であります。この原因は特に言う必要もないことでありますが、今次戰争の結果によつて齎らされたものであるということは最早や明白なる事実であります。併し私はかく言えばとて、道義そのものを否定するものでもないし、又場モラルが人間生活の上に持つ意義の重要性をいささかも過小評値するものではありません。それどころか、モラルが我々人間生活の中に占めるその地位に極めて高い評價を與えております。それにも拘わらず、私がかように申すのは、苛くも國会が取扱う議題といたしましては、このモラルが頽廃するようになつた原因そのものを追及し、この國会を通じてこれに適切なる対策を與えることこそ、我々の職責であると考えておるからであります。
 こういう立場からこの道義の頽廃した原因を追及しまするならば、先程申上げましたように、今次戰争がその最大の原因をなしておる。先日私は警視廰へ参りまして最近の犯罪に関する調査をいたしましたが、この犯罪者の年齢は殆んど二十歳から二十五歳が最高の率を占めております。これはやはり戰争によつて招來された問題であるということは、すぐにお分りになると思うのであります。或いは今日の配給生活を我々が見た際に、そこに世間からよく指弾される買出しの問題或いは闇の問題が取上げられる。或いは又汽車や電車に乗る場合、交通の混雑の場合にもよく道義の頽廃の問題が取上げられておる。私などのような氣の弱い人間は、いつも汽車や電車に取残されてしまつて憂欝な顔をしておる一人でありますが、併しそれは飽くまでプライベートな感情であります。若しこれに適切な対策を施そうとするならば、石炭をどうして掘出したならば汽車が十分動くか。或いは車輌台数をどうやつて殖やしたならば汽車をもつと動かせるだろうか。これが我々の研究しなければならん任務であります。少くとも私たちが過去を振返つて見た場合に、汽車の十分あつた時代には、今日のように乗車の際の混雑も、或いはああいういろいろな混乱も生じておらなかつた筈であります。或いは昔闇買いをしなくてもよかつた生活をしておつた時代におきましては、今日のような闇屋も存在しておらなかつた筈であります。即ち戰争の結果による今日の社会的な混乱が、心ならずも多くの人間の無秩序な混乱を起させるような原因をなしておるわけであります。併し私はそうかといつて、そういう状態であるということが、或いは又そういうことを平気で行う人間をいささかも弁護する意思はない。又それによつて私は犯罪を正当化しようとする者じやないのであります。犯罪の原因は飽くまで追及し、又それが惡質である場合には無論処断しなければならない。併しその起つて來る原因そのものを考えて見まする際に、今申上げましたように本來然らば日本人は惡人であるのか、私はそうは思わないのであります。特に道義の頽廃が強く取上げられましたのは戰争後のことでありまして、曾ての戰争以前の日本人を考えて見ますならば、確かにその封建的な支配によりまして、極めて諸外囲から問題にされるような点を持つておりたことは事実であります。併し一人々々の人間性として惡人であつたかと言えば決してそうではない。それを今日少くとも惡人と見えるような状態に置いた今日の客観的、社会的、政治的諸條件というものを我々は先ず改革しなければならない。そのためには、私共は例えば闇を根絶するような條件を一面に作り上げなければならんと同様に、又同時に惡質な闇屋とか惡質な情報屋に対しては、断乎たる巖罰を以て臨むべきだと思つております。恐らく終戰当時のあの物資の処理方針が、世界で最も奇怪なる惡質なる闇というものを日本に招來しておるのである。世界各国にも闇は存在しておりましよう。併し日本のごとく配給物資が足らないからというだけではなしに、終戰当時の物資の処理方針に絡みまして、特別なる情報が提供されたり、或いは特別なる闇師というものが横行する原因というものを我々が考えた場合に、これに対しても十分なる処断を行いましてそうして正しい人間がこれに対して何らの不公平の感じの起らないような状態というものを作り出さなければならんと思うのであります。こういう立場から私たちが考えまするならば、できないことを説教するという場合には、往々にしてただ單にプラスにならないのみならず、偽善者を生む場合すらあります。先程どなたかも配給生活だけを正しく守つて死なれた判事の例を言われましたけれども、この人は正しく人に説教する資格があつたでありましよう。併しみずから実践することの不可能なる問題を取上げて、これを人に強いる場合におきましては、そこに必ず偽善者を生む。このような事例は、今日の社会において取上げられたならば枚挙に遑のないものであけます。又誰かも先程取上げられましたように、現内閣が取上げられました國民運動すらが、あの大規模に出発をしようとした國民運動そのものすらが、すでに今日泡沫のごとく消え去つておる。実践を可能ならしむるような條件を我々は作らなければならない。それができなかつた場合におきましては、今申上げました通り、偽善者を生むだけの結果となるのであります。こういうように考えて見まするならば、私は結局この道義の高揚ということは、人にお説教したり、或いは命令を下したり、そういう方法ではなしに、ただ教育とこの教育を裏附ける客観的な條件、即ち政治的、社会的、経済的な諸條件の上に、我々人民が安心して生活のできるような條件を作り上げることこそ、道義高揚の最後の手段であると私は信じております。併し私は先程も申しましたように、然らば問題を客観的にのみ見るのか。政治や経済や或いは社会的條件のみを見て、人間生活におけるモラルというものを軽く見るのかと言えば決してそうでない。これは繰返して申上げますけれども、その人間生活に占める地位というものは極めて高いものであると思つております。併しものを客観的、社会的或いは経済的に見る人間が、みずから実践するに極めて峻厳な場合があります。逆に道を説く人間が、客観的に見まして果して正当であるかどうかという場合すらあるのであります。(拍手)我々はこういう立場におきまして、少くとも我々が少年時代を思い起した際に、学校では博愛衆に及ぼすという教育を與えられた。併し一度私たちが校門を出まして実社会の激浪の中に投げ込まれましたときは、そこに存在したものは社会的な惡であります。ここにいろいろの社会運動或いは改革運動が誕生した理由があるわけでありますが、こういう意味から考えましても、私共は少くとも正しい教育を裏附けるような客観的、面会的、政治的諸條件を確立することこそ、道義高揚の最高の方法であり、又それが本國会の議員としてお互いがなすべき最高の職務であるというように考えております。以上申上げまして私の意見といたします。(拍手)
   〔細川嘉六君発言者指名の許可を求む〕
#24
○議長(松平恒雄君) 細川嘉六君。
#25
○細川嘉六君 日本共産党は中野重治君を指名します。
#26
○議長(松平恒雄君) 中野重治君に発言を許します。
   〔中野重治君登壇、拍手)
#27
○中野重治君 日本共産党はこの問題について道義的に語ります。これは党の性質からおのずからそういうことになる。第一に問題になるのは、我々は日本の道徳を問題とするということであります。様々の外國の道徳をも顧みつつ、併しながら直接には日本の道徳を問題としなければならん。これは分り切つたことのようでありますけれども、案外そうでない。例えば近年非常に犯罪が殖えております。その中に街で娘が殺されるという場合がしばしばある。見知らぬ男に道を聞かれて、これを親切に教えてやつたために災難に遭つたということがある。ところが東京の或る新聞がこういうことを書きました。「東京の若い女は街の道徳を知らない。ヨーロツパでは見知らぬ男に言葉をかけられて返事をするのは賣笑婦に限られておる。」こういうことを書いておる。これは明らかに反道徳的である。日本の娘さんは善いことをしたのであつて、惡いのはこれを殺した男であります。ヨーロッパでは云々というようなことが若し事実だとすれば、それはその方が惡い。若い女の親切が災難を招かないで仕合せを招くように、社会的な保障をこの日本に作り上げること、これが日本道徳の問題であります。そこで問題はおのずから政治の問題となる。問題は政治道徳に集中する。そこに政府の責任ということが出て来るわけであります。併し注意して置かねばならんのは、眼前の事実になつて見ると、政府の政策が微動だもしないということは、政府の道徳感覚が鋭いということを示さないで、却つて鈍いということ、鈍磨しておるということ、全く頽廃しておるということを示しておるという事実であります。昨日一松さんが引揚者問題について断乎たる信念をここで吐露されました。けれども、信念の主観的強さというものは、政策の客観的頽廃を塗り潰すことはできない。蓋を閉じた「はまぐり」の安全の信念が、魚屋の笊の中まで來て微塵も搖がなかつたということはあり得たし、あり得るわけであります。これが揺ぐというのであればまだ見込がある。経済白書なんというものを押し附げて見たけれども、さすがに一切れの良心が残つておつて、現実の事態に面して不安動揺を覚えるというのであれば、救われるかも知れない。併しながら新物價体系は堅持する。中労委の裁定でも千八百円は割らぬというのでありますから、政府並びに安本長官の政治道徳感覚の腐敗は骨髄に及んでおると言わなければならない。(拍手)國会における政府の答弁のすべてを貫くものは、実地にも合わねば道理にもかなわぬが、口だけはよう廻るわいの一言に盡きる。(拍手)このことは文部大臣の答弁に分けてもよく現われておると私は考える。文部大臣の答弁を國会始まつて以來私は繰返して聽きましたが、心に浮んで來たことがある。それは文部省の作つた教科書を通して我々が数え込まれたところの孔子の論語の中の言葉である。「巧言令色鮮矣仁」という言葉である。ここに文部省の作つた教科書があります。これは「私たちの科学」四というので、中学校第一学年用「何をどれだけ食べたらいいか」という本であります。これは今年の三月十一日に印刷され、十五日に発行されて、その日に文部省の檢査済であつて、著作権、発行者は文部省であります。ここに問題三として、どれだけ食べたらいいかという項がありますが、これによると、「人が絶食してじつと横になつておる場合一二〇〇――一四〇〇カロリーいります。」とある。そこで計算をして、成人の男子が一日に必要とする熱量の標準を二千四百カロリーと出しております。つまり文部省はこの点では、日本のすべての健全な労働組合、又日本共産党と全く一致しておるということになる。問題はその次にあります。「前の計算にならつて、あなたの一日の生活に必要な熱量を出してごらんなさい。」と書いてある。そうして「それをあなたの一日に取る食べ物の熱量と比べてつりあいが取れているかどうか調べてごらんなさい。」とこう書いてある。更に進んで、「取り入れた熱量が使う量より多い場合はどうなるか。少い場合はどうなるか。」という項目があります。不幸にして、取り入れた量が使う量よりも多い場合はどうなるかということを我々は考える必要は差当りない。少い場合はどうなるか。これは山口判事がその死を以て示しておる。それから七十一ページを読みますと興味あることが書いてあります。「人は動物、植物のまねをするべきものではありません。人間らしい生活をすべきものです。しかしまず生きていなければ人間らしい生活は始まりません。生きるためには食べることが第一です。食べることをいやしいことのように軽く見てはなりません。男も女も力を合せて人間らしい生活を打建てる。この土台をしつかりさせることが今の私達に取つて最も大切なことです。明るく樂しい家庭もここから生れて来るでしよう。」こう書いてあります。それならば日本共産党及びすべての健全な労働組合は、働らく全人民と共に人間らしい生活の土台を作ろうとしておるということにならざるを得ない。又これこそ日本の民主的道徳樹立の基本線だということを、文部省の教科書が裏書しておるということになる。併しそれならば、経済白書の二千百五十カロリ一を更に六百カロリー下廻る千五百五十カロリーを強制する政府の中に、どういう道徳的感覚で文部大臣が坐つておられるかという問題が出て來ます。更に平野君を追出して内閣の方針が強化された。言い換えれば千五百五十カロリーの強制、千八百円釘附けの方針が一層強められた。その政府の中で文部大臣がにこやかな顔をしておられるということは、その居心地のよさを示すものでなかろうかと私は考える。(笑声)更にここに司法省行刑局行田第一三〇〇号、昭和二十二年九月二十六日、司法省行刑局長岡田善一氏より、受刑者の勤労状態等について私に出した回答書があります。いろいろ問題がここにありますが、食物の問題について言うと、こういうことなんです。主食の問題、主食、副食を通じ、カロリーに計算すれば、最低二千六百カロリー以上は原則として確保するように努めておる。外において千五百五十カロリーが強制的に押付けられておる。刑務所の中で最低二千六百カロリー確保されるように原則として努められておる。私は刑務所の中の人々のカロリーを下げろというのではありません。併し文部省の教科書に書いてあるように釣合を調べて御覧なさい。そこの釣合を引上げなければならん。そこで若しこれを考えて見るならば、僞りかどこにあるか一目瞭然だろうと思います。文部省の教科書と、行刑局長の答えと、日本共産党の説明と、人民の日々の生活現実とから、日本におけるすべての腐敗の源が片山内閣の政治道徳的破産にあることを見出さぬ日本人があろうとは私には考えられない。更に進んで、この千五百五十カロリーという数字を万一現政府が連合諸國に対しても通用させようというようなところまで進む場合を考えて見るならば、これは二重の欺瞞であつて、事は極めて重大である。こういうあり得べき欺瞞を日本人民の名において防ぎつつ、餅と低賃金と闇、インフレと悪税に悩む人民が結束して必要なカロリーを食つて働くところに、そこに進むところに、日本の道徳の具体的打ち建てということがあるのであります。日本の道徳のこういう生き樹立のために我が党は二十五年來闘つて来ておる。諸君の党はすべて若い党でありますけれども、こういう日本道徳の具体的な樹立のために闘うという点においては、日本共産党と共に必ず進まれるであろうと私は信ずる。そうしてこのほかに日本の道徳を具体的に作り上げる途はない。百万陀羅つべこべ言う必要はない。この途を進まなければならん。これが日本共産党のこの問題に関する意見であります。
   〔木下辰雄君発言者指名の許可を求む〕
#28
○議長(松平恒雄君) 木下辰雄君。
#29
○木下辰雄君 緑風会は堀越儀郎君を指名いたします。
#30
○議長(松平恒雄君) 堀越儀郎君に発言を許します。
   〔堀越儀郎君登壇、拍手〕
#31
○堀越儀郎君 先日來、追加予算の問題について討議があつたのでありますが、当初予算及び追加予算を累計いたしました中に、収入の点を眺めますと、二千六十六億円という数字を見積つておられるが、この中、租税が一千三百二十二億円、專賣益金が四百八十六億円という数字を計上しておられるのであります。この專賣益金の問題については、すでに石川議員から質問をされましたので、私はこれを省きまして、租税の問題について考えて見たいのであります。
 これが大藏大臣の説明によりますと、國民所得の二三%だと言つておられる。ところが大藏大臣は九千億という國民所得を基準にしておられるのであります。
   〔議長退席、副議長着席〕
 この算定がどういう標準によつて出されたか。板谷君は國民所得が五千億だという。更に又以前に木村君が大蔵省の主税局と理財局の算定に二三千億円の開きがあつたという。こういう不確定な國民所得を基準にして國民の担税能力を見ることは、収入の上において非常な齟齬を來すのであります。大藏大臣はこれに対して一大納税運動を起すと言つておられますが、この根抵には道義というものがなければ、この税収入の見積りが完納されない。すでに大藏大臣は百億の滞納があり、四月から七ヶ月の間に僅かに三百億円の税の収入しかない。あと五ヶ月で一千億円の収入があるかどうかということは、國民の担税能力をよく考えなければならないと同時に、大蔵大臣の言う単なる納税運動のみでは、これはともすると苛斂誅求の誹りを免かれないのであります。道義というものの根拠によつて、この健全財政が維持されるかどうかという一点に属して來るのであります。若しこの税収入が大藏省の見当のように行かないというときには、いかに形ばかりの健全財政が整えられても必ず日銀券の増発となる。日銀券の増発を勢いインフレの昂進に拍車を掛けるのであります。この意味において、この健全財政を維持してインフレを克服する根抵は、道義に中心を置かなければならないと信ずるのであります。
 然るに政府の採つているところの対策、我々は五月二十日に招集されたのでありまするが、その以前に首相、文相、笹森國務相らが提唱されて新日本建設國民運動というものが各界に呼び掛けられた。それから半年経つ今日、何らの動きが見せられないということは、これはどうしたことか。先日私は森戸文部大臣にお目にかかつて、半年経つ今日、この運動の展開されないのは政府に対する信頼が薄いのかどうか、政府に熱意がないのかどうか、これを質したところが、政府は指導はしない、盛り上る國民の力を待つのだというお話であつた。勿論それは結構であります。これは戦時中の翼賛会運動の失敗に懲りた結果であろうと思うが、指導したりしないということは、指導ということは、上から命令をしたり指揮することのみが指導ではない。これでなければ日本の再建はならないのだ、これは根本であると考えたならば、各界、各層、各團体に膝を屈して頼んで決して政府の面子は壊れはしない。私はかく考えるのであります。片山氏が総理大臣になられた当時においても、社会党が第一党に立つて、憲政の常道からいうならば、社会党が内閣を組織すべきものだと言われたのでありまするが、いろいろの経緯で、片山首相の、指名に難点があつた時、マツカーサー元帥が、日本は初めてキリスト教信者によつて指導される、今後の日本は明朗になるだろうという声明を出されたために、片山氏に対するマツカーサ元帥の信頼があるということが箔がついた。間もなく片山首相の指名に一致したような事態を見る。片山さんが内閣総理大臣になつたのは、熱心な宗教家であり、眞実な精神家であるということが土台になつておるように思う。その片山さんの最近の言動、精神家は政治力がないということを思われるのを避けられたのか、とかく精神家であるということを避けられる傾きがある。これは非常に私は間違いだと思う。もつと熱心な、眞実な、正直な、誠一方の指導者が日本にあつていい筈であります。そのために片山内閣に対する信頼が私は繋がると思う。私は曾てこの議場で、平野前農相の地方信おける言動が閣内意見の不一致を暴露して、このような閣内が一致しない政府に対して國民が信頼するか、國民に信頼を繋がれない政府かいかなる政策を実行せんとするのであるか、ということをこの議場で指摘したのでありまするが、この平野氏に対する罷免問題、この罷免権を発動したことに対する是非を言うのではない。宗教家であり、眞実家であり、友誼を重んずる片山さんとつたあの態度、國民の納得の行かない数々の点があるのであります。(拍手)信頼を失つた政府が何を政策するのか。どんな強力な政策を実行せんとするのか。以前によく言われた農民の供出の惡いこの問題は、勿論農家にその責任の一半はあろう。けれどもいろいろの約束をして実行しない政府に信頼感がなくなつた。このこと自体が供出を拒む大きな理由であろうと思う。つまり政府の責任感、政府の國民から繋がれる信望、これ自体が道義の私は根抵であり、この点は先程自由党の左藤君も指摘した。
 最近の事例を見ましても、大阪、奈良初め関西の二府六縣の陳情團が多数國会に押し寄せて來られて、夏の早害に対する補助の増額の申請に來られた。それは何か。責任ある閣僚なり、責任ある政務次官が旱害の実際を視察し、余りに被害が大きいから、できるだけ一つの補助をしよう。而も数字まで列べ、これだけの補助をするからしつかりやつてくれ給えと言明され、その声に信頼して営々と働いた農民が、ない袖は振れないから十分なる補助がでない。この政府の言動に対して実に失望しているのであります。日本の政府に裕りの袖があろうとは誰も思わない。ない袖なら眞実の声を出すのが政府の情念であろうと思う。こういうふうに眞実の正義を出すということが道義の高揚の私は第一歩だろうと思う。(拍手)
 更に私は考えたいことは、生産が減つておる。復興は僅かに三割乃至四割である。日本の再建は生産の増強でなければならないということは、先日のこの議場で指摘された、日本の現在の労働力が十分に生産化されておらないという点を指摘されたと思う。これは私は共産党のみに挑んで行くわけでないが、この労働の生産化、これは日本の産業復興に重要なるポイントでありますが、この根本に私は考えなければならない大事な点があると思う。一つの点を指摘しましよう。本年の上半期において石炭の生産の計画量に対して三十一万トンという不足を告げているのであります。その不足を告げている三十一万トンの中二十七万トンというものガ北海道炭坑における不足であります。石炭生産の不足の大部分は北海道の炭坑がこれを持つているという。北海道における石炭増産会議において、連合軍の石炭顧問が言つたように、北海道の炭坑においては拘束時間八時間に対して僅か五時間か七時間くらいで職場を離れろ炭鉱夫が沢山にある。労働意欲の減退が生産減退の大きなる原因であると指摘している。私は先日衆議院での説明を聽いたのでありますが、北海道におけるところの労働時間は拘束藤間八時間であるにも拘わらず、平均驚くなかれ五時間と十三分しか働いていないという。然らば待遇が惡いか。我々は二合五勺の配給を受けている。炭鉱夫は六合、間食に一合、家に三合という配給を受けている。現高の日本の食糧事情、或いはその他の日用施設の点から考え、相当多量の、十分なる待遇を受けておられるにも拘わらず、日本産業の根抵になるべき石炭の減産が、連合軍の石炭顧問が指摘したように、労働意欲の減退の結果であるということはこれはどうしたことか。労働意欲の減退とは何か。單なる待遇問題ではない。先程待遇が先ず根本だと言われたが、現在の日本において許される範囲の最大の待遇を受ける者が労働力生産化ということに事欠くには、道義というものを関連させないで考え得るだろうか。私はこの点諸君初め梅原君が最初言つたように、新らしき道徳を樹てよという現在の労働運動に対して切なる勧告をいたしたいのであります。(「感謝決議はどうした」と呼ぶ者あり)更に申上げたいのでありますが、結局は政府の眞実なる政策というものが道義の高揚の根本であるということを申上げて私の談を終りたいと思います。(拍手)
   〔岩間正男君発言者指名の許可を求む〕
#32
○副議長(松本治一郎君) 岩間正男君。
#33
○岩間正男君 無所属懇談会は藤田芳雄君を指名いたします。
#34
○副議長(松本治一郎君) 藤田芳雄君の発言を許します。
   〔藤田芳雄君登壇、拍手〕
#35
○藤田芳雄君 道義の高揚につきまして、私は懸念の対策と恒久の対策との両面から、時間の関係上その一端を述べてみたいと存じます。
 現在の道義の頽廃は先程來のお話のごとく、全く目も当てられぬもので、すべては國民生活の不安から來ているものであることは誰しも否めない事実であります。この不安の原因は種々の面から考えられるのでありますが、政府の施策から來るものが相当にあると考えられるのであります。この度の追加予算にいたしましても、バランスのとれた健全財政と自讃しておられますが、先日來の本院における質問を通じて得られますものは誠に不安財政であります。つまりこれらは何ら國民生活に安心感を與える財政ではないのであります。例えば赤字を出さなかつたと言つているかと思えば、その半面未徴収税額がすでに百億、これに脱税は不明でありますが相当多額に上つておるものと思われます。これらは裏附のない日銀券の増発によつて賄なわれ、これは赤字公債と同性質のものと思われます。又莫大な大衆課税並びに増税を、負担能力からみるとき、これは皆國民に不安を抱かせるもののみであります。尚具体的にその代表的なものを挙げてみますと、いわゆる千八百円水準があります。これは大蔵当局の説明により、この追加予算の一つの根幹をなすものと承知しております。この千八百円では到底食えないのであります。最近新聞に報ぜられた判事の死はこのよい実例であり、新聞に報ぜられない幾多の栄養失調による死のあることが想像せられるのであります。三千年來言い古された言葉ではありますが、「衣食足つて礼節を知る」は眞理であります。政府当局はこれで食えると言つておるのでありますが、澁柿を指していかに甘い甘いと言つても、食べて見ない者ならいざ知らず、一度味わつた者なら子供でも欺くことはできないのであります。先日寺尾議員の質問にもありましたように、官公吏の給料は七、八、九、十、十一月か通じ、平均二千円を遥かに超えておるのであります。これでも非常に苦しい生活を体験しておる者に、千八百円で食えるのだと百万遍繰返しても決して納得はできない。而も十二月以降は千八百円以外何にも予定されていないのであります。從つて不安はますます助長し、この不安は闇を生み、官紀は紊乱し、労働能力は低下して生産は落ち、インフレをますます助長するばかりであります。政府は物の面で惡循環を断ち切るために六十五倍の公を設定したけれども、千八百円ベースのお題目を唱えることによりまして、精神の惡循環を煽り、この面よりインフレを助長しておるといえると思うのであります。ここにおいて私は政府が口にする実質賃金の増加を具体的に大胆に應急施策として行うことを提唱するものであります。「衣食足りて礼節を知る」で、生活の安定は或る程度道義の頽廃を食い止めることができると信ずるのでありまも最近山猫争議なる飛んでもない名前を附けられたものが起つたが、これは食えないために自然発生的に起つたものと思います。これはすでに七月から八月に掛けて遅欠配の激しいときに関西方面に起り徐々に拡がつて來たのであります。当局は特配米等を出して防止に努めたのでありますが、なかなかうまく行かなかつたのであります。然るに九月に入り連合國の御厚意により主食が満配さるるや忽ち収まつたのであります。各位も御承知の通り争議が改まつただけでなく、闇買いの値段を初め各種の物價が下り、何となく國民は先に光明を認めるようになつたのであります。不幸関東の大風水害によつてこの光明も流されたのですが、この一事例は生活不安より来る道義頽廃の應急施策としてよいヒントを與えるものではないでしようか。
 次に恒久策について申述べます。道義の高揚は先程梅原議員の言われたごとく、結局國民の高い教養によるより外はありません。高い教養は教育によつて培われます。我らは先に新憲法により平和國家、文化國家たらんことを世界に公約いたしました。この公約を守らなかつたならば、再び世界の不信を招き、國家は滅亡するより外はありません。この平和國家、文化國家とは道義の行わるる國家のことであります。從つて國家施策の最も重要なるものとして教育の完備をいたさねばならんことは自明の理であります。(拍手)然るに翻つて現状を見ますに、うたた寒心に堪えざるものがあります。平和國家、文化別家を築き上げる第一歩たる六、三制の実情、すでに御承知のごとく、当局が初め七十六億必要としたるも三十一億に削り、その中國家負担十四億を又々七億に減らし、これでどうして國民の教養を高めることができましよう。(拍手)一部軽薄な人々は一そ一時六・三制の実施を中止してはなどと誠に暴言を吐く者さえ出て來たのであります。これで世界の公約を果すつもりでありましようか。誠に心もとないことでありまして、私は國家を滅亡に導く意見に賛成するわけに行きません。これでは道義の高揚など到底期し得られないのであります。平和國家、文化國家たらんとするには、教育費を國家財政のいかに少くとも一〇%は欲しい。(「その通り」と呼ぶ者あり)(拍手)いずれ講和会議でも済みましたならば、二〇%を下らん予算を必要とすると思うのであります。(「その通り」と呼ぶ者あり。)(拍手)予算のことを言いますと、よく財源をどうするかと言う者がありますが、予算は國家の重要施策の配分の問題でありまして、その重要度によつて決定さるべきものと信ずるのであります。(「そうだそうだ」と呼ぶ者あり)道義の高揚は一に教育を重視するにあることを強調いたしまして、私の話を終ります。(拍手)
#36
○副議長(松本治一郎君) これにて本日の自由討議は終了いたしました。次会の議事日程は決定次第公報を以て御通知いたします。本日はこれにて散会いたします。
   午後零時十三分散会
ソース: 国立国会図書館
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