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1947/08/20 第1回国会 参議院 参議院会議録情報 第001回国会 文教委員会 第5号
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1947/08/20 第1回国会 参議院

参議院会議録情報 第001回国会 文教委員会 第5号

#1
第001回国会 文教委員会 第5号
  付託事件
○教育養成の諸學校に宗教講座を設置
 することに關する請願(第一號)
○新制中學校の經費を全額國庫負擔に
 するこに關する陳情(第十一號)
○日本國起上會設立に關する陳情(第
 十六號)
○岐阜農林專門學校を農林大學に昇格
 することに關する陳情(第二十號)
○新制中學校の經費を全額國庫負擔に
 することに關する陳情(第二十五
 號)
○六・三教育制度の費用を全額國庫負
 擔にすることに關する陳情(第四十
 一號)
○勤勞青年教育の定時制高等學校設置
 に關する請願(第十二號)
○六・三教育制度の費用を全額國庫負
 擔とすることに關する陳情(第四十
 二號)
○教科書竝びに學校施設に關する陳情
 (第四十三號)
○六・三教育制度の費用を全額國庫負
 擔にすることに關する陳情(第五十
 五號)
○教科書竝びに學校施設に關する陳情
 (第五十六號)
○公立學校人件費を全額國庫負擔にす
 ることに關する陳情(第六十五號)
○岐阜農林專門學校を農林大學に昇格
 することに關する請願(第十四號)
○六・三教育制度の經費を全額國庫負
 擔とすることに關する請願(第二十
 號)
○六・三教育制度の費用を全額國庫負
 擔とすることに關する陳情(第七十
 八號)
○六・三教育制度の費用を全額國庫負
 擔とすることに關する陳情(第八十
 二號)
○學用品に關する陳情(第八十七號)
○六・三教育制度完全實施に關する陳
 情(第九十號)
○新制中學學舎建築費國庫補助に關す
 る陳情(第九十二號)
○六・三教育制度の費用を全額國庫負
 擔とすることに關する陳情(第九十
 四號)
○教科書竝びに學校施設に關する陳情
 (第九十五號)
○私立中學校に對し國庫補助金下附に
 關する陳情(第百號)
○六・三教育制度の經費を全額國庫負
 擔とすることに關する請願(第二十
 一號)
○六・三教育制度の經費を全額國庫負
 擔とすることに關する請願(第二十
 二號)
○六・三教育制度の經費を全額國庫負
 擔とすることに關する請願(第二十
 三號)
○六・三教育制度の經費を全額國庫負
 擔とすることに關する請願(第二十
 四號)
○六・三教育制度の經費を全額國庫負
 擔とすることに關する請願(第二十
 五號)
○六・三教育制度の經費を全額國庫負
 擔とすることに關する請願(第二十
 六號)
○六・三教育制度の經費を全額國庫負
 擔とすることに關する請願(第二十
 七號)
○六・三教育制度の經費を全額國庫負
 擔とすることに關する請願(第二十
 八號)
○六・三教育制度の經費を全額國庫負
 擔とすることに關する請願(第二十
 九號)
○金澤市に官立北陸總合大學を設置す
 ることに關する請願(第三十三號)
○六・三教育制度の經費を全額國庫負
 擔とすることに關する請願(第三十
 七號)
○六・三教育制度の經費を全額國庫負
 擔とすることに關する請願(第三十
 八號)
○教科書竝びに學校施設に關する陳情
 (第百六號)
○教科書竝びに學校施設に關する陳情
 (第百八號)
○六・三教育制度の費用を全額國庫負
 擔とすることに關する陳情(第百十
 二號)
○六・三教育制度の費用を全額國庫負
 擔とすることに關する陳情(第百十
 七號)
○教科書竝びに學校施設に關する陳情
 (第百二十號)
○六・三教育制度の經費を全額國庫負
 擔とすることに關する請願(第四十
 七號)
○六・三教育制度の經費を全額國庫負
 擔とすることに關する請願(第五十
 九號)
○六・三教育制度の經費を全額國庫負
 擔とすることに關する請願(第七十
 二號)
○六・三教育制度の經費を全額國庫負
 擔とすることに關する請願(第七十
 九號)
○六・三教育制度の費用を全額國庫負
 擔とすることに關する陳情(第百二
 十五號)
○教科書竝びに學校施設に關する陳情
 (第百二十六號)
○教科書竝びに學校施設に關する陳情
 (第百二十九號)
○教科書竝びに學校施設に關する陳情
 (第百三十四號)
○六・三教育制度の費用を全額國庫負
 擔とすることに關する陳情(第百四
 十一號)
○金澤市に總合大學設置に關する陳情
 (第百四十六號)
○六・三教育制度の費用を全額國庫負
 擔とすることに關する陳情(第百五
 十八號)
○六・三教育制度の費用を全額國庫負
 擔とすることに關する陳情(第百六
 十號)
  ―――――――――――――
昭和二十二年八月二十日(水曜日)
   午後一時五十九分開會
  ―――――――――――――
  本日の會議に付した事件
○金澤市に官立北陸總合大學を設置す
 ることに關する請願(第三十三號)
○六・三教育制度の經費を全額國庫負
 擔とすることに關する請願(第四十
 七號)、(第四十九號)、(第七十
 二號)、(第七十九號)
○小委員長の報告
  ―――――――――――――
#2
○委員長(田中耕太郎君) それでは第五囘文教委員會を開會いたします。
 議事日程によりますると、請願第三十三號金澤市に官立北陸總合大學を設置することに關する請願を最初に上程いたします。紹介議員林屋亀次郎君から御説明を願います。
#3
○委員外議員(林屋亀次郎君) 只今御紹介を頂きました林屋でございます。實は金澤市ま御承知のごとく文化都市として今日まで知られて參つたのでありまして、戰爭以前より總合大學設置に對しましては、相當に内面に運動をして參つておつたのであります。たまたま終戰後、非戰災地でありまするので、厖大なる兵舎が今そのまま殘されておるのでありまして、ために今春一月、石川縣を中心に冨山、福井の兩縣の有力なる各位を一月十七日に縣廳にお集りを願いまして、總合大學に關していろいろ御協議をいたしました結果、三縣とも擧つて御贊成を得たのでありまして、不肖私も準備副委員長を務めておるのでありまするが、今囘いよいよ成案もできましたので、三縣を代表いたしまして、金澤市高岡町三五番地、西川外吉氏が代表で金澤市に官立北陸總合大學を設置することに關する請願をいたして參つたのであります。その要旨竝びに理由はここに成文化されておりまするので、甚だ簡單でありまするが、私が朗讀をいたしますからお聽き取りを願いまいて、御了承を願いたいと存ずるのであります。
 要旨。政府は金澤醫科大學を根幹として、これに配するに第四高等學校を昇格し法文學部、高等師範學校を理學部、金澤工業專門學校を工學部にそれぞれ昇格し、縣立松任農學校を基盤として、水産學科を含む農學部を附設し、官立の北陸總合大學を設置せられんことを要望する。ということの要旨であるのであります。
 その理由といたしましては、我が國が戰爭を放棄して、眞の民主國家建設を世界に公約した新憲法もすでに實施され、講和條約の締結も日を逐うてその軌道に乘らんとして、新日本の理想が新たなる構想の下に著々建設されんとしてることは慶賀に堪えないのでありまして、文化國家、平和國家の基盤は教育の振興なくして得ないことは今更申し上げる要もないのでありまするが、既住これらの施設が概して大都市中心だつたが故に、戰災を蒙つてその過半が燒失し、その機能を失つて、復興は到底短期日になし得ない、ここにおいて政府は文化施設、教育施設の再建に際し、非戰災地の施設利用と大都市集中を避けて、地方分散を根幹とした國内再配置を考慮すべきである。即ちこの場合において我が金澤市を見るとき、幸にして戰災を免れ、その施設において金澤醫科大學、第四高等學校、金澤工業專門學校のごとき、歴史と傳統を誇る諸學校、新設ではあるが金澤高等師範學校があつて、從來學都として面目を堅持して來た外、利用可能の設備として、元金澤師團の諸兵舎竝びに敷地等實に廣大なる規模があるのであります、近く六・三學制實施に伴い、これら既設の諸學校はそれぞれ擴充又は昇格を切望し積極的に内容の充實に努めつつあるが、この努力を單に個々の學校の擴充又は昇格に終らしめず、更に一歩を進めて、六・三學制改革を機とした新設總合大學の創設にまで發展せしめ、これを新生日本の教育振興設畫の具軆的現れとして頂きたいと考えるのであります。由來金澤の地は民情風俗において温健であり、中庸を貴ぶ風がみずから育成されておることと、氣候風土の特殊性からみずから習慣ずけられた思策の力と、募默の中に感ずる熱情とは、青年學徒が研鑽するに得がたい好環境を呈しておるので、大学設置の曉は、必ずや國家の信頼と御期待にそむかんことを確信するものである。更に最近新生日本復興期待の聲高きに拘わらず、現實において食糧難、通學難、宿舎難等の惡條件は、熱心なる青年學徒の好學心を阻み、父兄の經濟的負擔を重からしめ、ために幾多優秀な學徒にして、その學業を中途にして廃止せざるを得ない程度の窮迫にまで追い込まれる者少なしとせず、誠に憂慮すべき事態が發生しておる。政府はここに考えるところがあり、全國二ケ所の學生會館の中、一ケ所を我が金澤市に設置され、轉落一歩手前の學徒をして一意勉學に專念せしむべき施設の助成の方法を講ぜられることは、誠に感謝に堪えない。今後この種の施設を一層擴充することは、中央及び地方を通じて爲政者の留意と關心を要するものと考えられるが、特に非戰災地として、かような要求を實現すべき好箇の條件と環境とを具備した當地方として、その惠まれたる資格に對し、一面においてみずから恃むところあると同時に、他面更により一層重大なる責務を感ずる者である。政府におかれては宜しく思いをここにいたされ、北陸地方が文化日本の再建に寄與する天惠をこの機會において發揮せしめる方策の一助のとして、我が金澤市に官立總合大學の設置されんことをここに請願する次第である。
 以上申し述べた次第でありますが、何卒御審議賜わりますれば、幸甚な次第で、どうぞ宜しく。
#4
○松野喜内君 只今御紹介になりました金澤總合大學の設置問題には全面的に贊意を表する者であります。文化國家を建設しようとする途上にある我が國、殊に文教の各全國のそれぞれの地域的な立地條件に照らしましても、北陸に必要なことも讃めます。文教の進運と共に、これら六・三・三・四の問題解決に當りまして、是非とも北陸にそうした總合大學の設置を希望して止まない者であります。併しながらこういつた今日必要とその希望は、全國各地に起りつつある次第でありますので、國家の豫算を伴うことも大きなものであると考えます故に、これはそれぞれの熱心な、熱意に燃えての御運動も讃めまするがです。本委員會といたしましては、これらを公正に、眞劍に考える意味におきましては、これを是非小委員會に附託になりまして、先ずもつて大學設立基準というようなものを設けることが公正妥當なりと考えます。故にこういうことに對しては前囘にも岐阜高等農林の昇格問題があり、現に今日の金澤總合大學の御希望があり、他に又起りつすある情勢を耳にいたしております。よつてこの種の問題はすベて相似寄つた性質のものといたしまして、この前の第三小委員會に附託されましたと同様併託されたらどうかと考えます。
#5
○委員長(田中耕太郎君) 外に御意見はございませんか。若し御異議ありませんければ、今松野委員から提案されました動議に決しまして宜しうございますか。
#6
○委員長(田中耕太郎君) さよういたしますと、本件は第三小委員會に附託審議することにいたしま。
 次の案件でございます。請願第四十七號、請願第四十八號、請願第五十九號、請願第七十二號、請願第七十九號、六・三教育制度の經費を全額國庫負擔とするこに關する請願でございます。
 これは先に提出されましたところの同じ問題に關しまするかずかずの請願と一括して取扱うことにいたしたいと思います。御異議ございませんか。
#7
○委員長(田中耕太郎君) さよう取り扱うことにいたします。これでもつて議事日程となつておりまする新らしい請願に關する處理は終えました。
 次にこの前の三つの小委員會に附託されましたところの請願につきまして小委員會の經過報告を願います。先ず第一小委員長の松野君にお願いいたします。
#8
○松野喜内君 本委員會の第一小委員會に附託されましたる請願書の第一號、即ち「教員養成の諸學校に宗教講座を設置することに關する請願」、請願者は東京都中央區築地三丁目一番地、日本宗教連盟理事長、安藤正純外四名提出、梅原議員紹介に關する請願につきまして、八月十八日第一囘の小委員會を開催いたしました。委員一同は愼重審議をもちましてこの請願が、國民道義の昂揚を圖り、平和國家を建設するには宗教の使命と設割が極めて重大となつたのであるが、特に重要なことは學校教育に宗教的情操を滲透せしめることであり、そのためには、教員に宗教一般に對する正しい認識と豊かな情操をもたらすことが必要であるから、師範學校、高等師範学校文理科大學その他の教員養成機關に宗教に關する學課目又は講座を設けられたい」との趣旨でありまして、委員一同はこれに贊成をいたし、これは議院の會議に付するものであつて、内閣に送付することを要するものと認めた次第であります。以上をもつて御報告いたします。
#9
○梅津錦一君 宗教講座ですが、その内容とするところのものがまだ少しも分つておりませんので、請願者の内容とするところのその狙いをお話願えれば幸いだと思います。尚その講座をおくに際して宗教の講座をどう取り扱つていくか、結局は内容の問題でありますが、あらゆる宗教を通しての宗教觀ですが、宗教觀というものにもなれば、或いは人生觀にもなるかも知れません。少くも事宗教に關するあらゆる宗教が世界にありますので、どうした宗教をどのように講座の中に織り込んでいくか、或いはそれを思想的に眺めていくか、或いは歴史的に眺めていくか、どういうふうにその講座を織り込んでいくか、その内容が分つておりませんわけで、その御説明を頂きたいと思います。
#10
○梅原眞隆君 請願書の中には今言われたような具體的なものは示してありません。且つ請願書にも文章として示してもありませず、又そういう問題に關しては請願者それ自身と協議したわけでもないのでありますが、これは大體私は、宗教科をおくとすればどういう宗教科をおくべきか、又學校の高さ、若しくは種類なりによつて一様にもいかんであろうと思うのでありまして、これは相當に研究を文教委員會あたりでなさるのが穩當であろうかと考えておるのであります。
#11
○梅津錦一君 私はその宗教講座というものに對して非常に疑問を持つておる一人でありまして、講座をおく場合に日本における或いは世界における宗教の歴史を調べるとか、宗教における各派の批判を歴史的に檢討していくということなら宗教講座というものは成立すると思うのですが、佛教にしろ、キリスト教にしろ、天理教にしろ、マホメツト教にしろ、あらゆる世界にある宗教に對するところの教育をする講座をおくというなら、その講座は非常に多種多様に分れておつて、恐らく講師も非常に迷うと思う。こういう意味合において、この宗教を歴史的に解剖していく、歴史上から眺めた宗教ということなら理解できますが、恐らく文部當局においても單に宗教講座ということだけであつては、その請願者の意圖するところが狙われないのではないか、そこで日高局長もおられるので、局長としての御意見もお伺いしたいと思うのです。
#12
○政府委員(日高第四郎君) 學校教育の中で宗教を取扱うことは、憲法竝びに教育基本法に照らしまして非常に微妙な關係にあると思うのであります。今のお話のように歴史の中で宗教を重んじて取り扱うとか、或いは社會科の中で宗教の社會的生活における位置と意味とを考える、或いは宗教に對して寛容の態度を養成しなければならないというようなことは、比較的弊害なしにできるかと思うのであります。お話のように同じ宗教の講座を作りましても、それが純粹に學問的な研究としてならば宗教學、或は宗教講座というものの中に含めることができると思います。併しそれが直接に教員に影響を與え、教員を通して生徒に對して宗教的情操を養うというような直接目的に餘り重きをおきますと、それは一宗一派の立場に陥る虞れがあります。それは教育基本法等の精神にも背馳するような結果が起りはしないか、それを心配いたしております。若し宗教講座というものを文理科大學とか、或いは高等師範學校とかいうものにおくといたしますと、それの教職的教養というようなものとの連關、或いは一般的、人間的な教養というものとの連關を相當綿密に考えて、弊害のないように用心をしておかないと、憲法竝びに教育基本法の精神に背馳するようなことになりはしないか、その邊を檢討する必要があると考えております。
#13
○梅原眞隆君 先程はその請願者がどういう意圖を持つておるかというお話でありましたが、それは請願者からは私承つておりませんから、それは一つ皆さん方の御研究を願いたいという返事を申し上げたいと思います。今私が發言しようと思うのは、私は文教委員の一人として、そういうことが成り立ち得るかどうか、こういうことを一つ私の私見を申し上げたいと思います。私は成り立ち得ると信じております。今お話が出ましたが、今の日本の大學においても宗教科の講座を持つておるのであります。大體におきまして宗教を一つの人間の、人文史上の動き方としまして、やはり宗教史というようなものが十分に取り上げらるべきであります。それから人間の生活の上における宗教の立場を示すというような點になりますれば、宗教哲學というような立場も見なくちやならん、それからそういう宗教の現れ方の科學的な考察としましては、宗教學というものをやらなくちやならん。それが人間の生活に流れて來るという立場から言えば宗教心理學という立場を見なければならない。それから社會的現象として現に存在しておりますものとしましては、澤山の宗教的な、文化的な要素が出ておるのであるから、それを十分に取り調べなければならん。そういうことによつて全人生の上における宗教の正しき地位、それから宗教の人間の生活に與えなくちやならない役目、そういうものを正しくするということが宗教教育の重大な基盤になる。今、日高局長の言われた點は、私最初にも注意しておきましたが、殊に今日の憲法において國及びその機關は、宗教教育をしてならないというこの鐵則の下に、十分に宗教的な教養を施すということに苦心のあるところは、今日高局長の言われたことと同様であります。これは決して宗教を阻害したものではなくて、ただ特別の宗教が國教的な地位を占めて、人の信教の自由を阻害しないということが要點であつて、ああいう言葉によつて、つまり國民の生活から宗教が遮斷をせられたり、今までのように輕んぜられたりする餘地があるのだから、そういうことが起らないように、今後の國民を育てる教師の上に、宗教の正しき取扱方を教えることが、この際非常に重要なことであるというようなことも、日本として、一般の國でなしに、特に日本として教育者に宗教教育の必要であるということが一要件になるわけであります。これは竝列的に二三を竝べたに過ぎませんが、私は今日の教育者に宗教的な知識を與える、これはビース博士も言つておるように、つまり教育において宗教的客観的知識を與えるということが極めて必要なことであります。貴體的に示しておりますが、學校において地獄極樂という問題が出たというような場合に、自分の小さな獨斷から、そんなことは神話だというようなことはできない。あの尊い宗教的なものだから、そういう獨斷で取り扱わずに、そういうものを正しく、つまり生徒が味合うことができるように、寛容の態度と宗教に對する正しき理解を以てやらなくちやならん。エール大學のビースという博士がGHQの宗教顧問で來ておる、この人が言つておられるのであります。日本の公立の學校でこれをやらねばならんし、又なし遂げるところの限度、方法を示しておることは一參考でありまして、私はこれは宗教が成立する可能性があり、又成立しなくちやならん理由もあるということを窃かに信じておるのでありますが、これを一々どういう形に、何を入れるかということの具體的なことに至りましては、これは文部當局にも御考慮を願わねばならず、又我々の方も氣のついたことを御參考に申し上げたいという氣持はあるのであります。
#14
○岩本月洲君 この問題は、ちよつと自分の携つて參りました教育の實際の面から意見を述べさして貰いたいと思うのであります。それは高等師範或いは文理大における私の教育して參りました經驗の上からでありますが、勿論教育機關、そういう高等師範や文理大におります關係から、師範學校にも自然關係を持つておるわけでありますが、そういう師範學校乃至高等師範、文理大の學生たちが、宗教的知識というものを把握したいという非常な熱望を持つておるということは事實でございまして、それに對して答えてやるべき問題として、私はこれを取り上げて行きたいと思うのであります。今御發言がありましたいわゆる講座の在り方でございますが、これは今まで日本の教育の中に宗教が取り入れられなかつたという一つの經緯の中に、至難な問題があるということの事象でありましようが、併しこれは何とか一つ我々が文教委員會で考究をして、そうして教育者として立とうとする學生が宗教的知識を非常に求めておるという事實の上からも考えなければならない。で、それは實例を申しますというと、私廣島の文理大乃至高等師範に講座を持つておりまする中に、倫理の講座に純粋の宗教的の講義乃至講讀を申し出る學生が多いのであります。で、同時にそれはただ佛教とか神道とかキリスト教とかいうような限つたものでなしに、まあ今言えば神道、キリスト教或は佛教というものに對する、とにかく眞理、一應の教義をはつきりと正しく認識したいという一つの希望でございます。それは講座の在り方の上に歴史的批判を持つとか、或いは一宗一派の教理、教義で固まつた講座であつては弊害があるとかいうようなことは、これは講座の設置の技術方面であつて、結局私はとにかく三年、まあ高等師範で三年あるとすれば、一年二年三年と分けて、初めに神道、次にキリスト教、次に佛教、まあこれは順序は取り敢ずそういうことに申すのでありますが、そういうふうにして私は正しい佛教、正しいキリスト教、正しい神道のいわゆる教理教義をはつきり認識さす。もつと廣い意味で世界のマホメツトやその他のいろいろの宗教の、常識でもいいから一つ教理教義をはつきり認識さすというだけは一應必要ではなかろうか。先生達が子供達の家庭と連絡をとつて、子供達の教育を見て行くについても、家庭には宗教がある。その家庭の宗教というものに先生が全く認識がないというようなことでは、これは私は非常な問題だろうと思うのであります。で、それのみならずであります。私がいつも心外に思うのでありますが、教育者乃至政治家でもありますが、相當の指導者であるベき人達が、日本の人は平氣で宗教の言葉などというものを侮蔑した言葉に濫用する。こういうようなことは甚だ遺憾な私は點だと思うのであります。或點から言いましたら、私は一つの恥だと思うのであります。例えば他力本願というような言葉を不用意に、いわゆる侮蔑的に濫用して使う。これなどは、少くとも日本の生んだ一つの純粹な日本産の宗教の、而も最も尊嚴にして侵すべからざる意味を持つているところのいわゆる淨土眞宗の問題、宗教の第一義諦を示す言葉である。それを、大事な他力本願というような言葉を侮蔑的に使うような輕薄な使い方をしているという點が甚だ多い。で、これなどは民族、國民が宗教に對するところの敬虔な、いわゆる教養を持たないという一つの私は遺憾な點だと思うのであります。こういうようなことは非常に、この頃新聞でも他力本願というような言葉が濫用されている。これは私は甚だ遺憾であるばかりでなくして、一つの、何といいますか、恥を晒しているような感じがするのでございます。こういうこともやはり教養の足りなさから來るのだというようなことから、まあ他力本願という言葉の意味がどんなものかというくらいの正しい認識は持たなければならぬ。これは極く具體的な話でございますけれども、私共は日頃非常に考えておるのであります。で、他力本願の説教をする必要はないのですけれども、これは全く世間で使われている言葉は、眞理に背いた解釋をしているのでありまして、不敬虔な態度であるのみならず、非常に意味が眞反對に用いられている。尊重さるベき宗教思想が、信仰思想が非常に誤まられておるというような點も、而もそれが指揮者によつて誤まられておるということは、甚だこれは遺憾なことだと思うのでございます。で、先程も申し上げましたように、教育は學校のみならず家庭と連絡をして、人間としての、いわゆる人間を育てるという教育なんでありますから、その人間、而も家庭を中心とするところの宗教が必ずあるわけですから、先生がその宗教に對する認議を一應深めるといいますか、養うといいますか、とにかく持つている常識としての宗教、佛教とは何ぞや、キリスト教とは何ぞや、ということを一應心得て置く必要があると思うのでございます。これは中等學校の先生になつた高等師範を卒業した者、或いは師範學校を卒業して小學校の先生になつた人達が家庭との連絡によつて、宗教を侮蔑したようなことを言うたために一村が非常に大きな問題を起こしたというようなことが再三あるのでございまして、殊に私の關係いたしておりました廣島縣で、非常に數多くこの經驗をいたしておるわけなんであります。これは私はこの文教委員會で、この講座の設置についての技術的の方面といいましようか、在り方についての研究は大いに練ることにして、全面的に私はこの宗教講座設置に對して、特に贊意を表するものであります。意見を述べて……。
#15
○松野喜内君 先程取り敢ず小委員會の經過を申し上げたに過ぎませんでしたが、更に内容についても、愼重審議する必要ありとしての梅津委員の仰せ、誠に御尤もと思います。又それぞれ梅原委員、岩本委員等から、御專門の方のお考からの御意見によつて大いに参考になつた次第ですが、私はそうした宗教的の方の專門知識を持つておりませんから、さような意味のことを申す柄ではありませんが、教育全般のために貢獻するところあらしめたいという意圖の下に、全面的の御贊成については私もそれに熱意を持つものでありますが、これが實施に關しましての内容を具體的に詮議すること固より必要でありますが、本委員會においても、これを更に研究討議調査を重ねること固より必要であります、と同時に一體從來で申せば、文部省においてその方針を或いは方法を、在り方をというように決定されまして、劃一的に決められたのでありますけれども、新憲法、新國會におきましては、むしろ中央よりも地方教育行政とか、又劃一的の教育を打破して、それぞれの總長なり、學長なり、校長なりの創意工夫とかいうふうなものに委ねることを主張する意味から言つて、私はこういう、今詮議される内容、取扱方如何等によりましては、今の憲法の筋から、教育基本法の本旨に違はないようにするのみか、更に活用する、貢獻あらしめる意味において、委員會竝びにそれぞれそれを受け容れる學校側においての研究調査にも俟つべきであるかとも考えておる次第であります。
#16
○堀越儀郎君 私もこの請願を取り扱いました第一小委員會の委員として審議に當りました關係上、一言意見を申し述べて置きたいと思うのであります。この請願は昨年の第九十議會において決議案として採用されました宗教請操を徹底させるというこの案に當然伴うて起る措置であると思うのでありまするが、そのときも現在の委員長、當時文部大臣であられた田中さんから、文部省としてはこの決議案を尊重して、單に憲法において戰爭抛棄を宣言したことが正當だというのみならず、十分學校教育方面において考慮して、平和文化國家として日本が立つて行くことを開明したいという意思を表明しておられるのであります。元来我我の考えからいたしますると、日本の從來の憲法でもそうでありまするが、信教の自由ということを許されていたのでありますが、その半面において非常に遺憾なことは、無信教の自由ということが、甚だ不當であるかも分りませんが、青少年、殊に若い人達……幼少の時代からなんら宗教的の雰圍氣にも染まらなかつた、又信仰に芽生えなくても、殆どそれを放任する親達も多ければ學校も多いし、或いはその他の社會が幼少年の宗教情操教育ということについては、殆ど關心を持たなかつた。これを外國の先進國のいろいろの例から比較して見ますと、現在の日本の道義の頽廢ということも、根本はこの宗教情操というものが足りなかつたことが非常に大きな原因をなしているのじやないかという點を考えまして、幼少年の時代から宗教的の雰圍氣に染まらせるということ、少くともこの情操を持たせるということは、今後の日本が文化國家、平和な國として立つて行く上において非常に大事だろうと思うのであります。然るに憲法において國及びその機關は宗教教育を施すことができないと規定されておることは非常な誤解を生んで宗教というものを憲法において輕んぜられているというような結果を生んでいるように思うのであります。こういういろいろの點から考えまして、幼少年の頃から宗教情操教育を與えるということは、非常に將來の上から考え、又過去の例から見まして是非必要であると思うのでありますが、その教育に當る人が宗教というものを解しないようなことがありますると、一宗一派に偏するようなことがあり、又先程岩本議員、梅原議員から言われましたように非常に誤解された觀念を與える虞れがあるのであります。そういう意味から教師を養成する學校にその宗教講座というものを設け、是非適正なる觀念を教師みずからが持つというように文部當局においてもお考を頂き、又幸い文教に理解のある委員の方からも御指示を仰いで、具體的な案をお勸め頂けるならば非常に仕合せだと思うのであります。
#17
○柏木庫治君 この問題に對する意見は大抵言い盡されたように思いますし、要はどういうことを科目に盛るかということが一切の問題のようでありますが、これは今ここでいつまで論じても決まらないことだと思います。又一方から言えば、科目によつては贊成するが、科目の在り方によつては贊成せないというような傾きも見えますので、これは一應委員會なり文部省なりにおいて、その在り方を入れるということに決めまして、そうしてどういう科目をやるかということは、原案を作られてそれからの議に掛けられたいと思うのであります。そうして御贊成頂けますならば、第二委員會が取り扱つた問題について御報告を申し上げたいと思います。
#18
○羽仁五郎君 この問題は實に重大な問題でありまして、新憲法が何故に國家が宗教教育を行なつてはならないということを規定しておるかという點については、單なる誤解というふうなものは問題にならないと思うのでありまして、我々が新憲法のその精神を積極的に支持するか、それとも新憲法のこの規定をなんとなく邪魔なものに扱うかという非常に重大な問題を含んでおると思うのであります。新憲法が國家が宗教教育を行つてはならないというふうに規定したその精神は、實に深いものがあるであります。御承知のようにこれは單に我が國のみに限らず、世界人類の歴史の上でこの教育と宗教というものをはつきり分けなければならないということは、實に慘憺たる人類の體驗を經て到達した結論でありまして、決して我々の一朝の態度の燮更によつて左右されるべきものでないと私は確信する者であります。これは實に人類の長い間の涙と血とを以つて到達した結論であつて、教育と宗教とははつきり分けるということが、教育のためにも宗教のためにも非常に重要なことである。只今お話がございました、例えば他力本願というような言葉は、なぜ世間において濫用せられるか、或いは日本においてなぜ非常に低級な機械的な無神論、つまり哲學的な意味を持つた、或いは思想的な意味を持つた無神論ではない、全然宗教に理解のない機械的な無神論が非常に横行している、或いは全然敬虔の精神というものが缺如している、この原困は何にあるかということを、我々は深く反省しなければならないと思います。これは全く日本の宗教に對する非常に低級な理解というものは、日本においてはこの國家權力と宗教とが非常に密接に結び付いていたということの原因に外ならないということは、我々の歴史的な研究が示すところであるのであります。どうしても宗教の問題は、良心の自由の問題である。これに對してはいかなる權力も、いかなる金力もこれをここへ交えるべきものではない、全く良心の自由に從つて、信仰の自由というものをはつきりするのでなければ、國民が宗教の眞に高い性質というものを理解することはできないのであります。でありますから、一見國民の宗教情操を養うためには、國家權力を以てこれを命ずるのは近道のように見えるのであります。そのために過去の政治家はしばしばそういう誤りを犯したのであります。現に徳川時代の場合のごときは、全く佛教が徳川政治權力というものと密接に結び付いて、御承知のように宗門改め制度というものをやつた。その結果國民は宗教というものの深い内容を全く否定して、宗教というものは一種の警察政治に外ならない。その結果宗教を侮蔑し、宗教を批判し、他力本願というような言葉を濫用するようなことになつた。この原因はどこにあるかといえば、つまり宗教を政治の下に置いたために、國民が宗教を政治よりもずつと低級なものと理解するに至つたので、これは我々としては特に國民を責めることはできないのであつて、こういう宗教政策が間違つていたということを反省しなければならないのではないかと思います。今日においてもやはり我々は國民が宗教的な情操を高めるということを非常に熱望します。殊に宗教に對する無理解が國民の間に非常に慘憺たる弊害を生んでおるということは、今まで各委員諸士の仰しやつた通り、私も實に青少年の間に宗教に對する完全なる無理解というものは、多くの悲しむべき現象を生んでおることを實に歎く者でありまして、その意味においてはさつきもお話がございましたように、諸外國、クリスト教國と違つて日本が特に宗教的な點について理解が非常に低い。それを私は歎けば歎く程この宗教の教育を國家權力と結び付けるということは、やはりこれこそ反對しなければならないのではないかということを眞率に考えるものであります。我々は國民の宗教情操を高めようというふうに考えるならば、完全に良心の問題として、信仰の自由の問題として、教育にこれを結び付けることなく、宗教家自體の自主的な活動により、そして國民が公立學校において好むと好まざるとに拘わらず宗教の講義を聽かされる。そういう強制を伴うことなく、國民が宗教を希望するときに、自主的に宗教について國民が研究する。國民が宗教を希望しないときに公立學校において強制的に宗教の講義をするその結果は、必ず國民が宗教に對して形式的な理解を持つ。實に國家によつて宗教教育を奬勵するという方法程、宗教に對する國民の理解を低級ならしめるものはない。こういう意味において新憲法は宗教的情操を尊重すればする程國家による教育と宗教というものをはつきり分けなければならないというふうに規定しておると私は確信しております。そういう意味において、私は新憲法のこの精神を積極的に我々は守る全責任がある。それは我が國民の宗教情操を高めるためにその全責任がある。從つて私立學校において、宗教教育が自由に行われるということは非常に結構であり、又公立學校においても公立學校の生徒、或いは學生、或いはその教授會、或いはそこにおいて宗教研究會というものが自主的に持たれることは實に贊成する者でありますけれども、これは國家の法律或いは制度によつて宗教教育が行われることは、徳川時代における宗門改制度なり、或いは最近の戰爭の期間中における神道の強制、その他宗教的儀式の強制ということが、却て國民の宗教的情操を非常に低くし、そうして國民の宗教に對する謂われのない侮辱というものを増大したという、そういう實に危險な例に顧みて、私としてはもう少し慎重にこの問題を御協議あらんことを切望する次第であります。これは繰り返して申し上げますが、國民の宗教的情操を高めるためには、全く宗教の自主的な活動、又宗教に對する我々の良心の自由という點において原則を求めるべきであつて、國家或いは權力或いは制度というものによつてこれを奬勵しようとする場合には、その結果が逆になり、そういう悲慘な問題が歴史上に實證されておりますので、どうかこの點を十分お考え願いたいというふうに切願する次第であります。
#19
○梅原眞隆君 今羽仁さんの非常に眞面目な御議論を聽かせて頂いて非常に感謝をいたします。これを第三者がひよつと聽かれると、私が先達つて説明したことと圖らず喰い違つたことのように聞えるかも知れないという點も憂慮しまして、私が先達てから、今の憲法の下において學校の教育に宗教講座が入れられる可能性があるだけでなしに、入れなければならないのだということと、今の羽仁さんの説明を迂闊に聽くと、憲法があるために入れない方が宜いだろうという、こういう議論と、憲法を護るために入れた方が宜いだろうという議論と、喰い違つた感じを一般に與えるかも知れない。この點において私は今の羽仁さんの御議論には全面的に贊成です。
 羽仁さんは宗教という言葉を使われましたが、もつと嚴密に言うと、特定宗教ということが書いてある。これは教育基本法第九條に示しておりまして、特定の宗教教育はしてはならない。こういうことは憲法治下に嚴守しなければならない問題であります。從つて事變時代における神道國家主義的な、國教的地位を占めた失敗、徳川時代における宗門改が行われたような歴史の失敗を我々は今日の新憲法下において再び繰り返すことのないように、これは嚴肅な反省をしなければならない。そういう意味におきまして、先程の羽仁さんの説明は特定の宗教的教育を國家が行つてならないということは、私はこれは全面的に贊成であり、又今の憲法の治下において、これを十分に國會としては護るべきものであるということを信じて、今私は羽仁さんの意見に全面的に贊成するものであります。ただ今ここに起つて來た問題はそれを明白にするが故に、教育の上に宗教というものの、教育における宗教の客観的な知識を受取るようにしなくちやならない。これは第一にはこういう紛糾した世界にちよつと稀な憲法治下において、そうして又あらゆる宗教が混然雑然としておるこの日本の現状において、今の憲法が示しておるように、これは決して宗教を阻害し、遮斷をしたものでない。宗教をして信教の自由を最後まで護らせたいためであるというようなことをよく分るように、今後の國民を育てる教育者にこれを示さなくてはならない。だから宗教が宜いとか惡いとか、若しくは大切にせよとか警戒せよとかいうことをしても、宗教それ自身が分らないような教師を造つておいてはとんでもないことになる。だからして教育上における宗教知識の正しき理解と、正しき處理をさせるということが、今の憲法を正しく護る言葉を換えて言えば、信教の自由を確保した民主的な高度文化國家の建設の上に非常な必要なことなんであるから、今の教育の中に宗教を入れなくちやならない。そこで我々は日本の教育が國家的權力に結ひ付いておるということは、決して我々の生命の自由を束縛するために國家がやつておるのでなくて、これは特定の宗教を結び付けたならば、それは壓迫になるのだが、今日の一般の教育が國家の機關であるがために、それは人間の自由を束縛するものであるというふうには俄かには解釋されない。と同じように教育としては全面的に人間の成育を内容とするには間違いないのであるから、それで我々は科學であるとか、それから道徳であるとか、それから文化であるとかというだけでなくて、我々が生命に關する宗教の敬虔さとか、宗教それ自身というものを與えなくては教育の完成ができないのではないか。こういう點において私は完全なる教育を正しく行うということが、今の憲法に宗教教育を除外したという意味でなくて、これの説明であると考えられる。教育基本法におきましては、宗教を尊重すべきこと、「特定の」という字を入れまして、特定の宗教教育は避けなくてはならない、こういう字を入れた理由で、そういう立場におきまして、私は今日の學校に宗教教育が採り入れられなくてはならない。こういうことを先達て立論した次第であります。ただ私は今羽仁さんの言われる所に全面的に贊成する。羽仁さんの言われるのは、特定の宗教を捉えられたのであつて、我々はそれを警戒しながら、人間としての生命線である一つの宗教信念というもの、宗教というものを如實に國民の育て方の上に採り入れるという完全な教育の方針を立てたい。こういう意味において立論しておるので、これは決して衝突をしたものでない。こういうことを明らかにしておきたいと思うのであります。
#20
○森下政一君 私は教育の專門家でもなく、又宗教の專門的な知識を持つている者でもありませんが、只今問題になつておることについて、先般來何囘となく專門のお立場にある權威のあられる委員各位から御高見を拜聽しているのでありますが、拜聽いたしていればいる程この問題の處理ということは極めて愼重を期さなければならない程非常に重大な問題だということを痛切に感ぜざるを得ないのであります。ここで私共として一度省察して見る必要があると思いますのは、請願の取扱方についてであると思うのであります。第二小委員會ではこの問題を議院の會議に付するものというふうに御決定になつたようでありまするが、この文教委員會においてさへこれだけいろいろと論議が鬪わされるという程の重要性を持つた問題であるのみならず、又先刻文部當局の御所見も伺いましたが、憲法の解釋の仕方によりましては甚だ微妙な問題を孕んでおるということも考えられる。更に又請願者の狙つておりますいわゆる宗教についての理解のある先生を通じて生徒學徒に宗教的な情操を涵養せしむるということがこの問題の請願の趣旨のようでありまするが、そういつた假に目的達成のために宗教講座を教員養成機關に置くといたしましても、果して適當にそせらの講座を擔任する人が今日の日本において十分に得られるものであるかということについても私は甚だ疑義を持たざるを得ないのであります。この國會におきましては從來の議會とは面目を一新いたしまして、苟くも請願を採擇いたしまして議院の會議に付して可なりとしたものは政府に送付し、或いは政府に送付しない。政府、内閣に送るということは行政を擔當しております内閣みずからを大いに參議院が鞭撻いたしまして、採擇した請願の趣旨を飽くまで貫徹せしめるという意圖の下に送るものでなければならない。送らないものは即ち例えば或種の法律を作つて貰いたいというような請願であれば、これは國會みずからがみずからの權能においてその請願の趣旨を採擇した限りにおいては國家の立法府としてその責任を感じてみずから立案しなければならん、こういうことに相成つておると思うのでありまして、採擇と決まりました限りにおいては内閣に送るものも送らないものも、共にその請願の趣旨を飽くまでも具現するという責任を以ての態度でなければならんと私は思うのであります。請願は凡そどのような請願でありましても、大體その趣旨において惡かろうはずはないと思う。併しながら採擇ということになりますと、苟くも議院の會議に付して内閣に送るというようなものを決定するというときには相當の見透しを以つていかなければならない。又それだけにこの委員會としては責任を感じてやることでなければならんということを思うのであります。そういう點から考へて見ますと、私は簡單にこれをただ第一小委員會の御決定通りに今日決めてしまうということは尚時期が早いのではないか、もう少しお互いがこの問題について眞劍に研究もし、或いは更に皆さん方の御議論を拜聽さして貰い、然るべき後に態度を決定しても決して遲くないと、かように思うのであります。若しこれが參議院の會議に付されまして、それが非常に波紋を喚び起し、而もその結果において文教委員會の採りました態度と反對の決定が與えられるというようなことになりましては、委員會としての面目にも關することであると考えますので、私は簡單にこれを處理することなく、請願の取扱方というようなこともこの際お互いが愼重に省察を加えて、更に一層愼重を加えて貰いたいということを希望いたします。
#21
○梅原眞隆君 今の御發言も誠に御尤もであると御贊成申し上げます。これを採擇するということには今のお話のように非常な責任のある態度を以つて臨むべきてある、そこで先程からも問題になつておることは、つまり請願の現われ方というか、内容は抽象的だと思う。そこで私はどういうことかと問われても具體的な説明はしなかつた。方向だけは分るが、甚だ抽象的である。だからこれを採り上げる以上は、こちらの方でこれの具體的な形を示して考察することが必要だと思う。換言すれば會計の上から見ても果して豫算があるか、學校の在り方としてもできるかどうか、人物、金は固より憲法の下においても正しくいくかどうか、故に一つ具體的に考察をして、そうして更に皆樣方の御研究を願うとにうことにならないと私はどうかと思う點がある。そこでこれをやはり今の委員會においてもう少し具體的にそうしてこれを實施されるだけの見透しをつけたものを作る。それがためには私は第一委員會だけでなしに、一面から言えばこういう問題については一般の公聽會を開くということも必要であるとさへ考える。又これを假に文理科大學に受け容れさせようという案が立ち得るとすれば、當然文理科大學の責任者からこれに對する意見を十分示して貰い、文部當局及び學校當局、更に社會における廣い意見も徴する必要があると思う。そういう點において今の意見に心から賛成であります。ただこれを十分に慎重に取扱つて頂きたいという、私も今の御發言の方に劣らん願いをもつております。そういうことにしてこの問題をもつと具體的に、又全面的に檢討して、どこから突つついてみてもこのやり方で問違いないという堂々たるものを……文教府として最初に採り上げた問題であるから、どうか後に遺憾の意を表されないように、どこから眺めてみてもこれは正しいと言われるような力強い組織をやつて貰いたい。でき得ることならこれは大きな公聽會でも開いて貰つて、我々だけでなく、廣くすべての人の意見も聽かして貰うということも我々が最後の決定を與えることに必要ではないかと思う。こういう點においてこの問題を一つ十分に、もつと慎重にと申しますか、具體的に一遍御研究を願うというように委員會の方でやつて頂き、それを示して貰つて、いろいろな角度から手落のないようにこれを採り上げて頂きたいということを私も希望申し上げたいのであります。
#22
○松野喜内君 先達て本委員會に採り上げられ、相當に論ぜられ、尚小委員會を作つてその方へ廻して審議してはということで廻つた次第でありまして、小委員會においても論議研究はいたしましたものの、今日ここに出てみれば、又その道の專門の方、或いは新たにここで論旨をお進め下すつた方、羽仁さんの仰しやること、誠に御尤もなことだということを感じた次第でありますし、又最後に梅原委員よりこれは本委員會のみならず、むしろ公聽會に掛けべきものと仰しやること、或いはそういつた方の當面の責任者になる教育關係の當事者等の意見も徴する必要がある。愼重審議、大事を取りたいというお言葉、これは誠に御尤もと思います。私は小委員會の一人としてお願い申し上げたいのは、かくのごとく次々と大きな問題をこの小委員會のみではいけませんから、これは一つこの全員委員會において更に討議を願う。小委員會と申してもなかなか全員揃い兼ねますし、小数で以てやつたのでは意見の纏まる點においても完全とは申し難いのでありますから、成るべく衆知衆能を集めるという意味からいつても、小委員會よりも更に全員委員會にかけて頂く程の大事な問題である。全員委員會のみならず、他の公聽會やら第一線教育者の方からの意見も徴するということを痛感するが故に、私は小委員會のみで扱い兼ねるということを申し上げて置きたい。
#23
○委員長(田中耕太郎君) この問題につきましては大分實質的の御議論も出盡しましたし、又この請願を取扱います取扱方なり、一般の請願を取扱う態度につきましても、森下君から御意見が出まして、梅原君の御贊成がありました。特に非常に論議のある問題でございますからして、愼重に取り扱わなければならないことは當然でございまして、急いで今日第一小委員會が決定されましたところをここで採擇するというようなことは、時期尚早ではないかと思う次第でございます。それで他の一般請願についても極めて簡單なものは別でございますが、多少問題が實現性につきまして、殊に政府に送付するというようなものにつきましては實現の可能性も大いに考慮いたさなければ、國會の權威にもかかわることでありますからして、これはまだ今後の機會もございますし、他の委員會で請願一般についてどういう態度を取るかというようなことも睨み合せまして決定いたすことにいたしたいと思います。
#24
○梅原眞隆君 今松野さんからお話がありました小委員會の問題としては大き過ぎるから皆でやつたらどうかという御意見が出ました。これは私かように考えるがどうでしようか。矢張り小委員會で話の種になると申しましては餘り俗つぽいが、つまり相談をする案件は委員會で作つて貰う。そうして全體にその案件に基いて皆が相談をして、そうして一遍や二遍であわただしく採決を急がずに、十分に意のあるところを盡す。そういう意味におきまして、私は小委員會を解消する必要がない。どうか引き續いて今やつて貰つて、小委員會の先程からの意圖を汲んで貰つて、政府にこれを具體的に採り上げ、可能性を示し、又それに必要な方法も作つて貰う原案を作成して貰う。そうして皆の方に御相談を願うということが、私穩當な進み方ではないかと思うが、松野さんどうでしようか。
#25
○松野喜内君 この前小委員會にも宗教の方面の專門の方も生憎御出席がなかつたので、先程申し上げました通り、そういう意見についても完全でなかつたかも知れんということを恐れた次第であります。併し仰しやる通り小委員會は小委員會として何かの方法を、或いは小委員會の委員でない方にもそれぞれ御出席を求めて意見を頂いて、それらを綜合して何かそういう原案とか、或いは案件の内容等について皆さんから御批判を受け、資料を作る。そういつた世話をするということはできるかも知れません。併しながら事極めて重大なのに、私のごどき宗教に對し無識な者が委員長になるということは誠に出過きた話であつて、及ばんことであります。自信のないことを自分でやるということは、一應遠慮申したのですが、そういう事務的のことはできないことはありません。願わくば一つそれぞれの專門のお力を拜借して、さようなることを愼重審議いたす態度を誤つてはならんと考えましたから申し上げた次第であります。
#26
○岩本月洲君 第一小委員會に第二小委員會の我々が出席いたしました場合、發言權があるのでございますか。
#27
○委員長(田中耕太郎君) 發言權はございますが、表決權はない。
#28
○梅津錦一君 このあと懇談に移して貰いたい。
#29
○委員長(田中耕太郎君) 御異議でございませんか。
#30
○委員長(田中耕太郎君) 速記を止めて。
#31
○委員長(田中耕太郎君) 速記を始めて。
#32
○梅津錦一君 本日岩間君が見えておりませんので、報告を次會に讓つて頂きたい。こういう第三小委員會の總意であらうと思ひます。右申し上げます。
#33
○委員長(田中耕太郎君) 第二小委員會。
#34
○柏木庫治君 第二小委員會の御報告を申し上げます。池田惣一郎君外三十七名提出の「勤勞青年教育の定時制高等學校設置に關する請願」の件につきましていろいろ審議いたしたのでありますが、鈴木委員はこれを義務制にして頂きたいという意見で、この意見に木内委員は贊成でありまして、藤井委員は六・三が義務制になつておるのであるから、この上のこの種の學校は義務制で學校を作ることは贊成であるが、義務制でなく本人の任意というても、ただ任せるということでなくて、成るべく皆學校に行くように極力力は盡すけれども、義務制でない方が宜しいという説でありまして、柏木委員は藤井説でありました。そこで結論を得ませんのでそこまで審議いたしまして次囘にこれを讓るということで散會いたしたのであります。御報告を終ります。
#35
○委員長(田中耕太郎君) 再び宗教教育の問題につきまして、結末をつけなければならんと思いますので、先程からの皆さんの御意見、又お氣持を參考にいたしまして、この問題を愼重審議する、從つて今日これを決定しないということについて御異議ございませんか。
#36
○梅原眞隆君 こういうふうにお願いしたいのですが、愼重審議するということは極めて贊成です。愼重審議を休まれれば困りますから、委員會の方にこれの具體的な案を一つお考えを願うということが全般の意見のように思うから、今の第一委員會にこれが具體的の方策を一つ出して貰う、こういうようなことをして貰うというふうに、今日の話の結末をつけて貰つたらどうでしようか。
#37
○委員長(田中耕太郎君) その點は請願を實施するにつきましての具體的の案を委員會で以て作成するという一般的の方針に關係しますが、例えば請願を非常に大々的に訂正を加えて可決するとかいうようなこととか、或いは又こういう條件の下であれば請願を採擇するというその條件を細かくこちらで規定して、そうして可決するということが果して可能なりや否やという一般的方針に關係して參ります。
#38
○梅原眞隆君 是は今の問題の性質として、ただこれを今採擇するということだけでは議論にならんのです。從つて今實施する具體的な細項目に亙る立案をする必要はないけれども、これを採擇するというのには、どういう形において採擇するというまで至らないと、皆の方々がイエス、ノーを言いにくい状態にあるから、實施する細目までをする必要はないけれども、皆が贊否を表されるに適當な具體的な案までは出す必要がある。こういうふうに私は考えておるのです。そういう點におきまして、委員會の方に續いてそういう具體的な、こういう形であれば受け取れるだろうかというようにやつて貰つたらどうでしようか。その方が話が進むでしよう。そうしないとこれきり延びてしまう……。
#39
○委員長(田中耕太郎君) 梅原委員の言われましたような趣旨を含めて、引續いて審議をして頂くということにいたしていかがでしようか。
#40
○委員長(田中耕太郎君) それではさようにお願いいたします。他に何も御發言ございませんければ、委員會はこれで散會いたします。
   午後三時二十四分散會
 出席者は左の通り。
   委員長     田中耕太郎君
   理事
           松野 喜内君
           柏木 庫治君
   委員
           梅津 錦一君
           河崎 ナツ君
           小泉 秀吉君
           藤井 新一君
           森下 政一君
           左藤 義詮君
           中山 壽彦君
           木内キヤウ君
           高良 とみ君
           岩本 月洲君
           梅原 眞隆君
           堀越 儀郎君
           羽仁 五郎君
  政府委員
   文部事務官
   (學校教育局
   長)      日高第四郎君
ソース: 国立国会図書館
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