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1948/12/22 第4回国会 参議院 参議院会議録情報 第004回国会 法務委員会 第11号
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1948/12/22 第4回国会 参議院

参議院会議録情報 第004回国会 法務委員会 第11号

#1
第004回国会 法務委員会 第11号
昭和二十三年十二月二十二日(水曜
日)
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○檢察及び裁判の運営等に関する調査
 の件(本庄事件に関し証人の証言あ
 り)
  ―――――――――――――
   午前十一時七分開会
#2
○委員長(伊藤修君) これより法務委員会を開会いたします。本日は昨日に引続きまして、本庄事件の証人を尋問することにいたします。証人の方に申上げますが、証言をお願いする前に、先ず宣誓をお願いいたします。宣誓は各自朗読して頂きます。
   〔総員起立、証人は次のように宣誓を行なつた〕
   宣誓書
 良心に從つて、眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。
        証人 大場甚之助
   宣誓書
 良心に從つて、眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。
        証人 境野 正弘
   宣誓書
 良心に從つて、眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。
        証人 飯塚 康治
   宣誓書
 書心に從つて、眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。
        証人 小此木一二
   宣誓書
 良心に從つて、眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。
        証人 渡邊 庫三
#3
○委員長(伊藤修君) では小此木さんから証言をお願いしますから、他の方は控室でお待ちを願います。
 小此木一二さんですか。
#4
○証人(小此木一二君) はい。
#5
○委員長(伊藤修君) 年齢はお幾つですか。
#6
○証人(小此木一二君) 三十三であります。
#7
○委員長(伊藤修君) 御商賣は。
#8
○証人(小此木一二君) 織物製造業であります。
#9
○委員長(伊藤修君) あなたが御主人でおやりになつているのですか。
#10
○証人(小此木一二君) そういうわけであります。
#11
○委員長(伊藤修君) あなたは本庄町の町会議員を勤めていらつしやつたのですね。
#12
○証人(小此木一二君) え。
#13
○委員長(伊藤修君) 現在も……。
#14
○証人(小此木一二君) 本庄事件が始まるのと一緒に公職を辞したのであります。
#15
○委員長(伊藤修君) 町会議員をどのくらいおやりになつたのですか。
#16
○証人(小此木一二君) 去年の四月から今年の本庄事件が始まるときまでであります。
#17
○委員長(伊藤修君) 町会議員に就任なさつたのはその一回きりですか。
#18
○証人(小此木一二君) 初めてであります。
#19
○委員長(伊藤修君) 町会はどうでございましたか、本庄町の町会は……。
#20
○証人(小此木一二君) 何でございましよう。
#21
○委員長(伊藤修君) 本庄町の町会におけるところの動き方というものは、何か特異な関係がありますですか。
#22
○証人(小此木一二君) 別に事件ができる前までは何のこともなく、すべてのことは円満に來たのだと思います。
#23
○委員長(伊藤修君) ある人がですね、何らかの勢力を持つて町会を率いているというようなことはないのですか。
#24
○証人(小此木一二君) 私の出る前の、その前のときの町会にはそんなような話もちよつと聞いたこともありますけれども、去年の四月からの、選挙から、私なんかが立つてからそんなようなことは全然ありませんでした。
#25
○委員長(伊藤修君) 町会議員は何人ですか。
#26
○証人(小此木一二君) 三十名ですけれども減りまして、二十七名。
#27
○委員長(伊藤修君) その中に大石さんという人がおりましたですね。
#28
○証人(小此木一二君) 大石さん、おりました。
#29
○委員長(伊藤修君) 大石さんはどうです。
#30
○証人(小此木一二君) 大石さんもやはり私のあとに辞めたのであります。
#31
○委員長(伊藤修君) 町会の就任中はどうでした。
#32
○証人(小此木一二君) 別に変な噂も聞かなかつたのです。
#33
○委員長(伊藤修君) 町会で相当強い発言でもなさつて……。
#34
○証人(小此木一二君) その前のときにはそんなことがあつたということは聞いておりますが、今申上げましたように、私なんかが立つてから殆んどそんなことは一度もなかつたのです。それは町の方が皆御存じだと思います。
#35
○委員長(伊藤修君) 前の町会ではどんな……。
#36
○証人(小此木一二君) 前のときには何か喧嘩口論なんか相当やつたというようなこともちよつと耳にしております。
#37
○委員長(伊藤修君) 町会の席上でね。
#38
○証人(小此木一二君) え、それは確かに耳にしました。
#39
○委員長(伊藤修君) 他の町会議員は、その人の圧力におされて言いたいことも言えなかつたということもあつたのですか。
#40
○証人(小此木一二君) それは私はタッチしていなかつたので知らないのですけれども、ちよつとそんな噂も聞いたこともあります。
#41
○委員長(伊藤修君) あなたたちが当選なさつてからはなかつたのですな。
#42
○証人(小此木一二君) 全然ありません。
#43
○委員長(伊藤修君) 非常におとなしくなつた。
#44
○証人(小此木一二君) まあおとなしくなつた。大石さんが何か言つても、曲つたことなんかは全然駄目だということで皆さんが強くなつていたからそんなことはなかつた。
#45
○委員長(伊藤修君) 他の町会議員の人が強くなつたのですか。
#46
○証人(小此木一二君) そうです。大石さんがとにかく曲つたことを言つたら絶対どういうことがあつても通させない方がいいというあれがあつたものですから。皆さんが大石さんに対しては多少まあ極端に言うと、色目で見ていたというあれですから、おとなしくなつて全然そういうことはなかつたのです。
#47
○委員長(伊藤修君) あなたが当選されてからの町会では、誰が、どういう人が一番勢力を持つておつたのですか。町会をリードして行つた人は……。
#48
○証人(小此木一二君) 私は高橋隆三という人が一番勢力があると思つていたのです。
#49
○委員長(伊藤修君) その人の発言には大抵從つて行くと……。
#50
○証人(小此木一二君) 併しその人は間違つたことは言わない……。
#51
○委員長(伊藤修君) 正しい意見だから。
#52
○証人(小此木一二君) そうです。
#53
○委員長(伊藤修君) 外にありますか。
#54
○証人(小此木一二君) 外には……高橋さんが一番勢力があると思います。
#55
○委員長(伊藤修君) 本庄町の町会は党派別があるのですか。
#56
○証人(小此木一二君) よく分らないのであります。
#57
○委員長(伊藤修君) 党派別に動いておるのですか。何々党というように……。
#58
○証人(小此木一二君) 動いてないと思います。
#59
○委員長(伊藤修君) 何か町会議員の中で、倶樂部とか、会とか組織しておりませんか。
#60
○証人(小此木一二君) 組織しておりません。
#61
○委員長(伊藤修君) あなた、御商賣の銘仙の闇事件で何か摘発されたことがありますね。
#62
○証人(小此木一二君) ございます。
#63
○委員長(伊藤修君) どういうことですか。
#64
○証人(小此木一二君) 銘仙を、私が関西に商用で行つてるときに、家から発送した、その荷物が駅で捕まつておる、本庄の駅で。それで以てそれが警察の方へ行つた事件がありました。
#65
○委員長(伊藤修君) それはどのくらいのものですか。
#66
○証人(小此木一二君) そのときに二百四十反。
#67
○委員長(伊藤修君) 二百四十反……。
#68
○証人(小此木一二君) そうです、反数にして……。
#69
○委員長(伊藤修君) 二百四十反というと梱かなんかにしたのですか。
#70
○証人(小此木一二君) そうです。
#71
○委員長(伊藤修君) それは駅で、鉄道の方で捕まつたのですか、持ち込もうとしたときに……。
#72
○証人(小此木一二君) 警察で捕まつたのであります、駅前に交通があります。そこでやられたのであります。
#73
○委員長(伊藤修君) 梱包してありますか。
#74
○証人(小此木一二君) 梱包してあつても、向うでちよつと変に思つたのでしよう。それでこれを開けろというわけでやられたわけであります。
#75
○委員長(伊藤修君) あの界隅の機業家の人は、そういつたいわゆる許可のないものをどんどん外へ流しておるのじやありませんか、
#76
○証人(小此木一二君) それは私には分りません。
#77
○委員長(伊藤修君) あなたのところも相当やつたのじやありませんか。
#78
○証人(小此木一二君) やつたのです。併しそれ以後全然やつてない。商賣の方も今中止にしております。事件の方も片付きませんし、本庄事件以後は全然仕事をしておりません。
#79
○委員長(伊藤修君) それきりですか。
#80
○証人(小此木一二君) それは前後五、六回に亘つてやられたのであります。その総計のあれが出たわけであります。総計の違反が……。
#81
○委員長(伊藤修君) 五、六回で二百四十反……。
#82
○証人(小此木一二君) いや、違反の全部で役八百反くらいになると思います。
#83
○委員長(伊藤修君) 全部で……。
#84
○証人(小此木一二君) え。
#85
○委員長(伊藤修君) 一番最後に挙つたのはいつですか。
#86
○証人(小此木一二君) それは去年の六月の下旬か、七月下旬の頃と思いますけれども、よく記憶がないのですが、いずれにしても五、六月だつたと思います。
#87
○委員長(伊藤修君) そうして事件が取調べられて、八月の二十九日頃に勾留されたのですか。
#88
○証人(小此木一二君) そういうわけです。
#89
○委員長(伊藤修君) 一番最初の事件というのは五月頃ですか。
#90
○証人(小此木一二君) 初めは去年の……、そのときに要するに以前にこういうことがあると警察で以てあれが分つたんです。私が檢束されたのはそのときが初めてなんです。その前やられたこともあるのですが、それで以て二百四十反が最後でして、そのときに前のが出たわけです。
#91
○委員長(伊藤修君) 前のやつはあなたが自白して出たわけですか。
#92
○証人(小此木一二君) そういうわけです。
#93
○委員長(伊藤修君) そのあなたの事件にかかつた人は小暮と米内という巡査ですか。
#94
○証人(小此木一二君) 私がかかつたのじやないので分りません。家で使つておる人間が捕まつたんで、私は要するにそのとき関新に行つていて、最後の二百四十反がやられたときは私はいないんです。それで、こういう事件が起きたから直ぐ帰れという電報が來て私は帰つて來て、警察の方であれしたもんですから、そのとき捕えた人は私は知らないんです。ただ駅前の交番だということは後で聞いたんです。
#95
○委員長(伊藤修君) その事件が起つてあなたはどうなさろうとしたのですか。闇事件が起つて……。
#96
○証人(小此木一二君) それで私は帰つて來て第一番に新聞社の方に、あすこのところは非常に織物の製造業者が多くて、私のあれが発端になつて、どうも事件が又他の家え飛火しては困ると思いまして、それで新聞社の増野さんという方に駅通りで行会つたときに、この事件を余り大々的に報道しないで呉れということを増野という人に頼みました。
#97
○委員長(伊藤修君) その人は何新聞ですか。
#98
○証人(小此木一二君) 毎日新聞です。
#99
○委員長(伊藤修君) 支局長ですか。
#100
○証人(小此木一二君) 本庄に來ておる人です。本庄の通信部におるんです。
#101
○委員長(伊藤修君) 主任の人ですね。
#102
○証人(小此木一二君) 主任とも何とも一人きりいないんです。
#103
○委員長(伊藤修君) それから……。
#104
○証人(小此木一二君) それで以てとにかく、ぢやまああれだ、外の人にも話して見ようといつて呉れたんです。俺ばえ書かなくてもなんだから、外の人にもよく事情を話して見るということになつたんです。
#105
○委員長(伊藤修君) それからあなたが取られた行動をお話し下さい。
#106
○証人(小此木一二君) それからそのときに私が警察え呼ばれて、第一回、第二回と、二、三回調べられたんです。その闇事件のことについて。それで反数が捕まつたのは二百四十反だけれども、何の彼ので、マル公の品物が入つていたもんだから合計すると約千反近くの数量が出たわけなんです。それで以て何としても数が多いもんだから、とにかく新聞の方はあれしないで呉れということを増野氏に行会つて、それで、じやとにかくあれだと、俺も外の新聞社の読賣やそれから埼玉新聞などともよく話してやるから、こういうことだつたんです。
#107
○委員長(伊藤修君) それで……。
#108
○証人(小此木一二君) それで朝日新聞の岸さんに、そのとき岸さんは本庄を來たばかりで、それで以て、そうか、外の連中はまああれだ、よいけれども、朝日新聞の記者は來たばかりだから話がどうなるか分らない。こういうふうに増野さんが私に言つたんです。それで私も何とかあれして呉れ。私が道火線になつて、ここで以て小此木のために業者が締められたということになると、他の人が闇をやつてなければよいが、マル公の物に便乘して、警察の方からあれされて、小此木のために事件が……何でも和でも、私はどういう立場になつてもいいから、一つ事件を余り大々的に報道しないで呉呉ということで増野さんも好意を持つて呉れたかどうか、岸さんに言つたかどうか私はよく知りませんが、増野さんに委したものですから……。そこにおいてそんなこんな言つておるうちに御存じだと思うのですけれども、豊受に招宴会というものがありまして、この招宴会が庁度私の事件の中途、私の事件が出てから大体一月ぐらい経つてからと思います。その事件がありまして、その事件の中途だつたものだから増野さんと要するに岸さんの折衝も恐らくは私は巧く行かなかつたのじやないかと思うのです。それで以て読賣新聞でも出したように思いました。私が事件で捕まつたということを、それで毎日は出ないような氣がしましたけれども、朝日にも出たように思います。庁度その事件が、豊受招宴会というものが私の事件から一月ぐらいのうちだと思いますが、そのときに新聞社の人も呼ばれて行つたという話を聞いたのです。それで以てその次の日かその次の日か私も事件中ですから、家におつたのですけれども、豊受招宴会が催された。あれはどうも小此木とは出ないけれども、繊維関係の闇事件の揉消しに関連があるらしい、こういう報道があつたのです。私ということは書いてなかつたのですが、繊維の闇の揉消し事件に関連しているのじやないかということがちよつと報道された。それはその事件から二、三日経つてから檢察廳の落成式があつたのです。落成式で以て大石さんが朝日新聞の岸さんにどういう事情か知りませんけれども、暴行事件を起したということを私も聞いたし、又新聞でも見たんです。
#109
○委員長(伊藤修君) そうすると、あなたが増野さんにお頼みになつたのはいつ頃のことです。
#110
○証人(小此木一二君) 事件が起きてから直きなんです。
#111
○委員長(伊藤修君) それはいつ頃のことなんです。
#112
○証人(小此木一二君) 私の事件が五月の末か六月の末だと思います。そこのところはちよつと記憶がありませんけれども、頼んだのは直ぐです。
#113
○委員長(伊藤修君) そうすると、その事件の最初の頃ですね。
#114
○証人(小此木一二君) ええ最初のときです。
#115
○委員長(伊藤修君) あなたがまだ勾留される前ですね。
#116
○証人(小此木一二君) ええ
#117
○委員長(伊藤修君) それで新聞には直ぐ出たのですか。
#118
○証人(小此木一二君) 直ぐ出たのです。
#119
○委員長(伊藤修君) 他の読賣も朝日も。
#120
○証人(小此木一二君) やはり出たんで、それが埼玉新聞にも出たのです。
#121
○委員長(伊藤修君) どのくらい経つて出たんですか。
#122
○証人(小此木一二君) 一週間ぐらい後に出たと思います。
#123
○委員長(伊藤修君) それでは増野さんに頼んでも何もならなかつたのですね。
#124
○証人(小此木一二君) 私はあれしたけれども、駄目だつたですねということを増野さんに言つたのです。どうも表沙汰になつたものはやはりしようがないということを増野さんは言つておつたのです。記者は警察に行つて記録を見るあれがあるのだからどうもしようがないということを増野さんが私に言つたのです。
#125
○委員長(伊藤修君) 増野さんにお頼みになるのにただ口頭だけですか……。
#126
○証人(小此木一二君) 駅道りで……。
#127
○委員長(伊藤修君) 言葉だけで頼んだのですか。
#128
○証人(小此木一二君) そうです。
#129
○委員長(伊藤修君) その他の方から手配をしなかつたのですか。
#130
○証人(小此木一二君) こういうことを私は言つたことがあるのです。とにかくどういう方法でもいいから増野さん是非一つ頼む。何でもかんでも大々的に報道しないで呉呉ということだけは頼んだのです。そこのところへ行つてちよつと話が喰違つたのですが、本庄事件ができまして、あの招宴会が私のだというわけで……。
#131
○委員長(伊藤修君) そのことはあとでお尋ねいたしますが、そういうことは……。増野さんにお頼みになつて、何でもかんでも、どういうふうにしてもとおつしやるのだから、ただ言葉だけで頼んだのか、その他どういう手段でも講ずるという意味だつたのですか。
#132
○証人(小此木一二君) 端的に言えばお金でも出すとか御馳走をするとか……。
#133
○証人(小此木一二君) 全然ないです。
#134
○委員長(伊藤修君) そういうつもりはなかつたですか。
#135
○証人(小此木一二君) それは私とすれば報道が全然出なければ何かの、頼んだ以上は何かお礼しなければ惡いと思つていました。だけれども出ちやつたから増野さん、話は駄目だつたねということをあれして、増野さんに行き会つて話しただけです。
#136
○委員長(伊藤修君) その当時調べられているのですね。
#137
○証人(小此木一二君) そのときは調べられました。
#138
○委員長(伊藤修君) 調べられていたのですね。
#139
○証人(小此木一二君) そうです。
#140
○委員長(伊藤修君) それからあなたが今おつしやつた招宴事件のことですね、これを催すことを考えたのじやないですか。
#141
○証人(小此木一二君) あれは全然どういう角度から見ても、私がやつたように思われるような招宴会だつたのです。私はそこの点において、非常に迷惑を蒙つておるのでありまして、あんなあれがなかつたら、今度なんかも判決があつたのですか、そんな重い判決がなくても済んだと思つております。
#142
○委員長(伊藤修君) けれどもあなたの方から招宴の場所を申込んだのじやないですか。
#143
○証人(小此木一二君) あれはそこのところに、記者クラブのどういうことになつておるか知りませんが、そのときは、一番、このことについてよく分ることは、朝日新聞社の齊藤という次長がお出でになつたのです。そのときに通信部に齊藤という次長さんがおりまして、それで私が行つて申上げたことがありますから、それは齊藤次長さんが言つて下されば一番よく分ります。
#144
○委員長(伊藤修君) 弁解は別として、あなたが招宴の場所を申込みをしたのじやないかということを聞いているんです。
#145
○証人(小此木一二君) 全然申込みはしません。
#146
○委員長(伊藤修君) あなたの奧さんが豊受鉱泉のおかみさんに電話で申込んだのじやないですか。
#147
○証人(小此木一二君) それは申込みました。それは要するに新聞紙上で言われた豊受招宴会とは違う記者クラブの会合です。
#148
○委員長(伊藤修君) それはいつですか。
#149
○証人(小此木一二君) それは招宴会の前です。それは一月くらい前だと思います。
#150
○委員長(伊藤修君) それはあなたは申込んでいつ、やつたのですか。
#151
○証人(小此木一二君) それは私のやはり事件後です。
#152
○委員長(伊藤修君) 勾留される前ですね。
#153
○証人(小此木一二君) 前です。
#154
○委員長(伊藤修君) 要するに事件進行中ですね。
#155
○証人(小此木一二君) ええ、進行中でそのときはすでにすつかり明細が出ちやつたのです、警察の方で……。それでやはり増野さんが、記者クラブの朝日新聞の岸さんも來たのですが、まだ顔合をやりたいからと言うので、豊受鉱泉というのは私の生れた隣りの家です。
#156
○委員長(伊藤修君) それはいつ開かれたのですか。
#157
○証人(小此木一二君) それは私の事件ができたやはり、一月でもないですが、二十日ぐらい経つてからだと思います。
#158
○委員長(伊藤修君) そこに集まつた人は。
#159
○証人(小此木一二君) だからその人は全然私は知らないです。
#160
○委員長(伊藤修君) あなたは行かなかつたのですか。
#161
○証人(小此木一二君) 私は行つておりません。
#162
○委員長(伊藤修君) 誰がやつたのですか。
#163
○証人(小此木一二君) それは増野さんがやつたと思います。増野さんが私に頼んだのですから。
#164
○委員長(伊藤修君) だけれどもどの社が來たということは報告はあつたのですか。
#165
○証人(小此木一二君) 私はそれは聞いておりません。
#166
○委員長(伊藤修君) それも聞かない……。
#167
○証人(小此木一二君) ええ。
#168
○委員長(伊藤修君) だからその記者クラブの招宴会というのは、最初増野さんに如何ようにしても、記事を止めて貰いたいということを頼んだことと関連性があるのではないですか。
#169
○証人(小此木一二君) そのときは、私は初め言つたときは、実際に新聞に出なかつたら、何かお礼しなければ惡いと思つておりましたが、新聞に出たから、すぐ増野さんのところへ行つて、私が言つたことと違うから、増野さんお話は駄目だつたねと言つたから、私はこれについて増野さんに何もする氣もなかつたです。
#170
○委員長(伊藤修君) なかつたから勝手にやつたというわけですね、
#171
○証人(小此木一二君) 私に取れば、そういうふうに思います。
#172
○委員長(伊藤修君) 思われるけれども、少くともあなたの奧さんが電話でその席を設けたのだから、勝手にやつたとは言えないでしよう。
#173
○証人(小此木一二君) 併し私の方とすれば、私が豊受鉱泉の株主でもあり、又豊受鉱泉が親戚関係になつておる関係上、私の所から十五分ですから、本庄の町から毎日行つておるものですから、懇意だということは恐らく本庄の人は知つておるのです。だから持込とか何というときは、皆私の家から殆んど話してやつておるんです。
#174
○委員長(伊藤修君) そうするとあなたが紹介したというわけですか。
#175
○証人(小此木一二君) そうです。
#176
○委員長(伊藤修君) その宴会の費用は、あなたの所で持つているのじやありませんか。
#177
○証人(小此木一二君) 持つてません。
#178
○委員長(伊藤修君) 拂つたのじやありませんか。
#179
○証人(小此木一二君) 拂つておりません。
#180
○委員長(伊藤修君) 誰が拂つたのですか。
#181
○証人(小此木一二君) それはあとになつて、記者の方は皆割かんで出したということを聞いております。
#182
○委員長(伊藤修君) そうすると、その第一回の会合の豊受鉱泉の招宴の、俗に言う招宴事件という前に、こういう会合が一つ催されておりますね。
#183
○証人(小此木一二君) あつたんです。
#184
○委員長(伊藤修君) だからこれは記者クラブのどういう会合だつたのですか。
#185
○証人(小此木一二君) それも私はその意味は知らないです。だから朝日新聞社の岸さんもこの催しがもみ消し……、その記者クラブの会合は、私のあれじやもみ消しにも何も関連していないということは、岸さんも御存じなんですよ、その席上では。私が増野さんに書かないで呉れと言つたことは、私も岸さんから聞いたのですが、これだけ事件が大きくなつてなんだけれども、何とか解決の方法を取つて貰いたいということを私は岸さんにもお願いしましたし、私が本庄事件の発端者のように町でも見られておるから、一日でも早く円満の解決の途を取つて貰いたいということを岸さんにも頼んであるし、齊藤次長さんにも頼んである。だけれどもそのときは決して増野さんも、闇の事件は一口も言つておらないし、私も聞いていないから大丈夫だ、そんなことは心配しないでもいいということを言われたように思います。
#186
○委員長(伊藤修君) あなたの事件が進行中であり、殊にあなたが新聞の記事を止めるために増野さんに頼んだという事情や、そうしてその増野さんが、ときが惡かつた、そのときが、少くとも継続した、近い日においてあなたの奥さんを通じてその場所を設けて、そうして宴会を開いたということには、何か関連性があるように考えられるですがね。
#187
○証人(小此木一二君) 誰から見られてもそういうように思われても仕方がないと私は思つております。
#188
○委員長(伊藤修君) いわゆるもう一つの招宴事件というのが、豊受の招宴事件というのがありますね、それはあなた御関係ないですか。
#189
○証人(小此木一二君) 全然それは関係ないのです。この点においても非常に私は方々中からやはり突込まれたのです。あれはお前やつたのじやないかというので、併し委員長さん、私は常識からあれしても、この席を私がもみ消し事件でやるならば、あんなに大きい三十人も四十人も人を呼んでやつたのでは、私はもみ消しなんかとてもできない。だからそこにおいて是非御判断願いたいと思います。私はそれを非常にあれしたのですけれども、本庄の町全体としても私がやつたように取つたのです。私が事件中だつたですから。だけれども私は本当のもみ消し事件でやるならば、あんなにとにかく四五十人行つたという話を聞いておるのですから、もみ消しするのならばそんなに人数がおつたら、却つて事件が大きくなるのじやないかと思うから、それは常識的に言つても全然関係がないのです。ただ家の親戚が確かに立会つておりますから、織物組合の殆んど幹部をしておりますから、そのために親戚の連中は確かに立会つたのです。その席上で以て、ここは伊勢崎銘仙の産地ですから、銘仙の織物についてはできるだけ寛大のことをして貰いたいという話をしたということは、確かにしたと言つておりますが、私は全然関係がないのです。今になつて関係がなかつたということは、あのとき新聞で以て、朝日新聞でも私が関係しておるのじやないかということを、ちよつと新聞でもちらつと書いたのですが、岸さんにしろ、齊藤次長さんにしろ、全然私がやつたのじやないということははつきり納得して貰つたのです。
#190
○委員長(伊藤修君) それからこの招宴第二のは……。
#191
○証人(小此木一二君) 第二回目なんです。
#192
○委員長(伊藤修君) 第二の豊受招宴というものはあなたがやつていないということはおつしやる通りかも分りませんが、少くともあなたが闇事件を摘発されたために、本庄町の機業及び豊受の機業というものは本当取引の円滑を欠くようになつた……。
#193
○証人(小此木一二君) 恐らくそうだつたと思います。
#194
○委員長(伊藤修君) これはまあ当然の結果でしよう。それからその事業の円滑な遂行のために或る了解を得る、少くとも認識を深めて貰うためにあの招宴を催されたということは考えられるのじやないでしようか。
#195
○証人(小此木一二君) 私はそう思うのです。
#196
○委員長(伊藤修君) それに対してあなたは指導的に動いていないけれども、あなたと同じような業に携わつていらつしやる人が心配の余りああいう宴会を開いた……。
#197
○証人(小此木一二君) 要するに私が事件で引張られたものですから、いよいよそんな騒ぎになつた。それでますます……、初め私もそんなに事件は大きいのじやないと思つたのです。そのうちにだんだん火が大きくなつて來て、めつたらに大きくなつて來るし、業者の方も心配しちやつたらしいのです。それで以て今日も警察、明日も警察というようなことで、なかなか話が落着かないので、その中途にやつたものですから、それで余計そう取られるし、業者としても勿論私を或る程度かばつて呉れるのであれしたのだかも知れないけれども、又業者自身にしてみれば、多少闇をやつている人もあるのじやないかと思いますし、その人が自分のあれを多少カヴアーするために、それで以てやつたというのじやなくも、そこの酒の席で確かに、ここは織物の産地であるから、織物のことに関してはできるだけ寛大にやつて貰いたいということを言つたというのだから、そこに関連性は多少あると思います。
#198
○委員長(伊藤修君) あなたの事件というものを主題にはしないけれども、結局皆利害関係が一致しているわけですから、あなたと同樣に強くやられると非常な打撃ですから、認識を深めて頂いて、相当寛大な処置に出て貰いたいという考え方からこの宴会が催された……。
#199
○証人(小此木一二君) そういうわけです。
#200
○委員長(伊藤修君) ……ということは考えられるわけですね。
#201
○証人(小此木一二君) 考えられるのです。
#202
○委員長(伊藤修君) この宴会に対するところの費用というものはあなたは負担していないのですね。
#203
○証人(小此木一二君) 全然私は関係していないのです。
#204
○委員長(伊藤修君) 勿論これの通氏も受けておりませんね。
#205
○証人(小此木一二君) 受けておりません。
#206
○委員長(伊藤修君) それからあれの発起をやつたのは本庄の人と豊受の人と両方でやつているのですね。業者の方は……。
#207
○証人(小此木一二君) それは繊維業に報織会というのができているので、それの靜米門という人がやつたのじやないかと思います。
#208
○委員長(伊藤修君) すると豊受の方が指導的に動いたわけですか。
#209
○証人(小此木一二君) 公安委員長の松波さんという人と、靜さんという人がその話を持出したというようなことを聞いておるのです。
#210
○委員長(伊藤修君) すると生産地の豊受の方が多かつたわけですね。
#211
○証人(小此木一二君) そうです。
#212
○委員長(伊藤修君) 実際そちらの方の方が指導的に催しをしたというわけですね。
#213
○証人(小此木一二君) そういうわけです。私共の方は本庄近辺よりも豊受近辺の方が織屋なんかが多いのです。それで私は、豊受の方があれですから余計あの招宴を催したのだと思うのです。
#214
○委員長(伊藤修君) あなたは飯塚事務官を知つていますね。
#215
○証人(小此木一二君) 知つております。
#216
○委員長(伊藤修君) その人に自轉車を贈つたそうですね。
#217
○証人(小此木一二君) これは又話が違うのですけれども、私が贈つたのじやないのです。去年の八月か、九月頃だと思うのです。飯塚という刑事さんが本庄の警察におるのです。その前に私が町で飯塚さんに行会つたことがあるのです。そしたら飯塚さんが歩いていたもので……、飯塚さんと私とは、飯塚さんの家は深谷というところで本庄の直ぐ隣りなんです。私の親と飯塚さんの親は昔からやはり繊維関係で懇意なものですから、飯塚さんが本庄に來たことは直ぐ分つたのです。それで飯塚さんが歩いておつたので、飯塚さん、自轉車どうしたの、こう言うと、自轉車をまだ買わないのだよと言うから、家の妹のところに余つている自轉車があるから乘りませんかと言つたのですが、するとそれから一ケ月くらい経つてから、黒沢さんという刑事さんと飯塚さんと二人で來たのです。じや妹の所にあるから乘つて下さいと言つてやつたわけです。併し自轉車に私の名前が書いてあつたので、それを乘り廻されてはうるさいから、どうも事件がこんなにこじれて來たので、返して呉れたので、それは引取りました。
#218
○委員長(伊藤修君) それはいつ頃ですか。
#219
○証人(小此木一二君) 去年の八、九月頃です。
#220
○委員長(伊藤修君) あなたの勾留される前から……。
#221
○証人(小此木一二君) ずつと前です。
#222
○委員長(伊藤修君) 八月二十……。
#223
○証人(小此木一二君) 勾留されたのは今年です。自轉車は去年です。
#224
○委員長(伊藤修君) 去年の八月……。
#225
○証人(小此木一二君) そうです。八、九月頃と思います。とにかく一ヶ月ぐらいでなして貰いました。私の名前の附いたものに乘つておつたので、これはいかんと思つたので、それに檢察廳に自轉車もあるということから返した呉れたのです。
#226
○委員長(伊藤修君) 飯塚さんとは心やすいのですね。
#227
○証人(小此木一二君) 飯塚さんとは私の親と心やすかつたから、私も町会などにおつた関係で警察に行きますし、又本庄の檢察廳が新築されていなかつたために、本庄警察署の屋上に檢察廳があつたのです。そのためにちよいちよい警察に行きました。
#228
○委員長(伊藤修君) あなたの家にも來ましたか。
#229
○証人(小此木一二君) 殆んど來ません。
#230
○委員長(伊藤修君) 飯塚さんは実家がそういう業者であれば、そういうことで業者の中に相当心やすい人があるのじやありませんか。
#231
○証人(小此木一二君) 今飯塚さんは……。私の父が亡くなつたし、飯塚さんのお父さんは繊維の方を止めて八百屋さんをやつております。
#232
○委員長(伊藤修君) 業者の人たちに相当の知己を持つておるのじやありませんか。
#233
○証人(小此木一二君) それは私には分りません。
#234
○委員長(伊藤修君) そういうことはお聞きになりませんか。
#235
○証人(小此木一二君) 別に聞いておりません。
#236
○委員長(伊藤修君) 飯塚さんはどこに住つておりますか。
#237
○証人(小此木一二君) 本庄町の簡易裁判所の直ぐ隣りにおります。
#238
○委員長(伊藤修君) 町会議員や業者の人に相当な近附きがあるのじやありませんか。
#239
○証人(小此木一二君) 私はそれは分りません。
#240
○委員長(伊藤修君) 自轉車以外であなたのところに訪ねたことはありませんか。
#241
○証人(小此木一二君) 自轉車以外に去年たしか一度來たことがあると思います。
#242
○委員長(伊藤修君) あなたは警務協会に関係がありますか。
#243
○証人(小此木一二君) 別に関係ありません。
#244
○委員長(伊藤修君) 警務協会に寄附なすつたですね。
#245
○証人(小此木一二君) はい。
#246
○委員長(伊藤修君) どれくらい。
#247
○証人(小此木一二君) あのときは一万円だと思います。
#248
○委員長(伊藤修君) 一万円は多い方ですか、少ない方ですか。
#249
○証人(小此木一二君) 個人としては多い方だと思います。大体五千円から一万円を割つておりました。法人関係になると二万円、三万円というのはあるかも知れません。個人としてはそんなに少ない方ではないと思つております。
#250
○委員長(伊藤修君) 警務協会の役員はやつておりませんか。
#251
○証人(小此木一二君) やつておりません。
#252
○委員長(伊藤修君) 署長などと近附きはありませんか。
#253
○証人(小此木一二君) 全然ありません。
#254
○委員長(伊藤修君) そういう業を営んでおるといろいろな問題が起りますが、警務協会にあなたは関係がなければ、警務協会の役員と近附きはありませんか。
#255
○証人(小此木一二君) 警務協会の役員は中島宗司という人と武井要一という人がおります。やつぱり町会関係で一緒になつたのです。それで私は恐らく町会の方とは、氣の合わないという方もあつたので、私は公職にあるうちはそんなにひどく会つたとかなんとかいう人はなかつたのです。
#256
○委員長(伊藤修君) 武井君や中島君とは心やすくしておりますか。
#257
○証人(小此木一二君) やはり心やすくしております。
#258
○委員長(伊藤修君) その人を通じていろいろのことを、お頼みになつたんですか。
#259
○証人(小此木一二君) 私はこの事件については、全然頼んでおりません。
#260
○委員長(伊藤修君) 先に新聞社に頼むくらいだから、そういう人にもつてを求めて拡大を防ぐということは考えられますが。
#261
○証人(小此木一二君) そういうことは頼んでおりません。或いは私あのときに私の事件があれしてるときに、取締りが、要するに調べが遅れているというので、詐欺がありました。詐欺されたときに川村という経済部長がおるが、もう新聞に出されたので話が一遍に盛り上つて來た。川村さんはこれじや経済審査の仕方がない、一日も早くあれして貰いたいというので、できた事件は仕方ないから、御自分で処置をとつて頂きたいということを私は言つております。
#262
○委員長(伊藤修君) 別の言葉で頼んだことはありませんか。
#263
○証人(小此木一二君) 全然頼んでありません。
#264
○委員長(伊藤修君) 公安委員の方にはお近附きがありますか。
#265
○証人(小此木一二君) 公安委員の方にも近附きはあますけれども、頼んでおりません。もみ消しは本当にいたしません。
#266
○委員長(伊藤修君) 相談したことはありませんか。
#267
○証人(小此木一二君) 松野氏に頼んだことはありますが、それが第一回に失敗しておるから駄目と思つて、すべてあきらめて、やつたことは惡いことと思つて仕事ないと思つておりました。
#268
○委員長(伊藤修君) 松野公安委員にどういうことを頼みましたか。
#269
○証人(小此木一二君) 松野さんは……他の公安委員に頼んだのです。
#270
○委員長(伊藤修君) 大石とあなたはお近付きがありましたか。
#271
○証人(小此木一二君) 大石と私は本庄町に青柳という製作所があります。その青柳製作所の購買係長を戰時中やつていた関係上、大石さんのところは油関係の仕事をやつていたので、油なんか戰時中非常に逼迫していたので、大石さんのところに譲つて貰いに行きました。それで以て知り合いになりました。
#272
○委員長(伊藤修君) それに対して大石君は相当に厚意をあなたに持つているのではありませんか。
#273
○証人(小此木一二君) 大石さんは本庄の皆さんに聞いて頂ければ分りますけれども、私と大石さんは一番氣が合わなかつたのです。
#274
○委員長(伊藤修君) 氣が合わないと思いましたか。
#275
○証人(小此木一二君) 氣が合わないのです。これは町長さんも、助役さんも御承知だと思います。私と一番合わない人は大石さんです。
#276
○委員長(伊藤修君) あなたの事件の発端として……。
#277
○証人(小此木一二君) それ以前から私は氣が合わなかつた。
#278
○委員長(伊藤修君) その結果大石君が殴るということにまで進展して來たんですね。
#279
○証人(小此木一二君) これは私と大石さんが仲が惡いということは本庄の人は殆んど知つていると思います。
#280
○委員長(伊藤修君) それじや大石君なり、大石君はそんなことはないと思いますけれども、河野君なんかにせびられたことはありませんか。
#281
○証人(小此木一二君) 私は河野組の連中が金を借して呉れと言つて來ても、一度も借してやつたことはありません。中におつかない者、上海の島とか人を殺すことを何とも思わない、ぐれん隊というものがおりました。如何にそんな奴が來てもお前たちに貸す金はないけれども、金は呉れてやるから貸して呉れなんて言つて呉れるな、貸して呉れと言えば取りたくなるから、呉れてやるというので五百円や千円ぐらい、何としてもうるさかつたのです。河野組の連中が本庄事件ができて、ボスが追放されて本庄町も非常に明るくなつてきたと思いますが、その前はとてもうるさかつた。それまでそういう連中が來るものだから、私は五百円や千円ぐらいずつ私の方から呉れてやりました。それで家へ入つて來れば何のことも言わずに、小遣銭を呉れてやつたのです。
#282
○委員長(伊藤修君) 子分が皆來るのですか。
#283
○証人(小此木一二君) みんなは來ません。上海の島というのが來たことがあります。
#284
○委員長(伊藤修君) 誰とです。
#285
○証人(小此木一二君) 島が一人で來たことがあります。
#286
○委員長(伊藤修君) あなたが呉れてやつた子分は、誰と誰ですか。
#287
○証人(小此木一二君) 河野氏にも三千円ぐらいやつたことがあります。私の方から河野さん煙草銭ぐらいにしかないかと言つてやつたのです。
#288
○委員長(伊藤修君) 上海の島には……。
#289
○証人(小此木一二君) 上海の島には千円ぐらいずつ二三回やつたと思います。
#290
○委員長(伊藤修君) 外の奴は。
#291
○証人(小此木一二君) 外の奴は、これは多く來ては仕方ないと思つて、島さんが來るんならやるが、外の奴は全然來させないようにして呉れと言つて断わりました。それで家へ貰いに來ましたのは島さんが專門になりました。それで小此木に行つてはいけないというので、島さんが專門にやつて來た。外に多く來られては仕方ないです。
#292
○委員長(伊藤修君) そういう状態から考えて河野組としては、あなたの立場はいわゆる旦那衆としてまあ御得意先ですね。そういう関係になつておるのではありませんか。あなたとしてはうるさいからというのですけれども、向うから見ればいい旦那衆ですね。
#293
○証人(小此木一二君) そうだと思います。
#294
○委員長(伊藤修君) そのお出入り先の旦那衆の困ることに対しては、一肌脱ごうというのは彼らの常習ですね。
#295
○証人(小此木一二君) この事件ができたとき、こういうことを言つたことがあります。しようがない。俺が背負つて立つから、俺が闇をやつたということを言つて呉れなんて島なんか飛んで來たことがあります。
#296
○委員長(伊藤修君) そういう柄ですね。それであなたの厚意を賣つて、又戴こうという考えを持つのですね。
#297
○証人(小此木一二君) そういうことは考えられます。
#298
○委員長(伊藤修君) そういうことから困縁して來て、いわゆる河野の伯父分の大石が、あなたに対するところの、一つの何というか、蔭ながらの鬱憤を感じたのではないですか。
#299
○証人(小此木一二君) 私は併し……
#300
○委員長(伊藤修君) それで岸を殴つたと、こういうことになつておりませんか。
#301
○証人(小此木一二君) 私と大石さんが仲の惡いことは本庄町全部知つておりますから、河野組との関連でなく、大石さんが幾らか極端に言えば河野組と仲がいいということを知つておりましたから、前から私は余り大石さんに対しては、自分としては心証をよくしておりません。
#302
○証人(小此木一二君) けれどもまあ河野組と大石とが親戚関係ですから、いわゆる仁義の上の親戚関係ですからね。
#303
○証人(小此木一二君) それは大石さんにすれば、私が少し煙たくていたらしいのです。初めからその氣持としては……私の氣持としては、大石さんが分らなかつたのです。実際煙たいか、それとも河野組の島をやると直ぐ私が金を呉れてやるので、小此木の氣持が分らないということも言つたのです。
#304
○委員長(伊藤修君) 他に何かお尋ねがありますか。
#305
○大野幸一君 この事件から闇がやれなくなつたので、本庄町の景氣が惡くなつたというのですが……。
#306
○証人(小此木一二君) それは全國的に惡いと思います。この事件後こうなつたとは思いませんが。
#307
○大野幸一君 この事件と本庄町が淋しくなつたということは関係がありませんね。
#308
○証人(小此木一二君) 本庄町が淋しくなつたということは、この事件が起きて、私が警察に摘発されて、そうして輸送ができなくなつたのです。本庄の駅は物凄く嚴重になりました。
#309
○大野幸一君 その輸送というのは闇でしよう。
#310
○証人(小此木一二君) 闇、まあそうです。
#311
○大野幸一君 それから新聞社の人、毎日新峰にも始終こういうことはやつておりましたか。
#312
○証人(小此木一二君) それはやつておりません。全然。
#313
○委員長(伊藤修君) 今、大野さんからお尋ねがありましたが、機業がこの事件が起きる前と起きた後とは、相当な相違がありますか。
#314
○証人(小此木一二君) 私は本庄事件が、極端に言いまして、本庄事件が起きた後はボスだけは確かに追放されて、全然跡を断つたような氣がしまして、本庄町はそういうボス的存在は認められなくなつた。その点においては明るくなつたと思いますけれども、私と同じくやつている纖維関係の業者に対しては、殆んど仕事の方が鳴りを潜めました。
#315
○委員長(伊藤修君) 仕事の方ということは、販賣の仕事ですか。生産の仕事ですか。
#316
○証人(小此木一二君) 生産の方も……要するに闇の方の輸送が迚もむずかしくなつて、本庄町の事業は駄目になりまして、業者としても私のように正規のことをやつておればともかく、中には又横の方もやつておるようにも思われるその人が殆んど鳴りを潜めちやつて、正規だけの仕事になつたんですから、本庄の業者としても約百二十軒ばかりありますが、四、五十軒ばかりが現在滯納のために差押えられております。
#317
○委員長(伊藤修君) すると、今のですね、正規ばかりやつていると出目がありますが、それはどうしたんですか。
#318
○証人(小此木一二君) 殆んど正規といつても指定になつて來る正規というものは、実に微々たるものなんです。重点的に会社組織じやありませんから、「きばた」というのは個人々々を相手にしてやつていることですから、一月の間に二十反、三十反くらいの配給しか來ないのです。
#319
○委員長(伊藤修君) それが主なんですね、正規のあれに便乘して生産しておるわけですね、それが主ですね、伊勢崎地方は。これはざつくばらんの話が……。
#320
○証人(小此木一二君) それが主だということはありませんけれども、殆んど正規というのはまあ少いのです。
#321
○委員長(伊藤修君) それができなくなつたために衰微して來たんですね。
#322
○証人(小此木一二君) そういうわけです。今のところ業者は殆んど鳴りを潜めちやつたんです。このくらいの小さい荷物でも駅で、あの以後というものは殆んど駄目なんです。殆んど話の分らない連中が交番に來ちやつて、それは非常にむずかしくなつちやつたんです。
#323
○委員長(伊藤修君) 率はどんなものです、正規のものと……。
#324
○証人(小此木一二君) 大体半々くらいにやつておつたんです。
#325
○委員長(伊藤修君) 便乘するものと……。
#326
○証人(小此木一二君) 私の所で闇に二百四十反やつておつたときに、四百八十反の中二百四十反が正規のもので、闇のものが二百四十反と……。
#327
○委員長(伊藤修君) そうすると、半々と押えて置けばいいわけですね。
#328
○証人(小此木一二君) よそは分りませんけれども、私は半々でやつておりました。
#329
○委員長(伊藤修君) 大体あなたは模範的にやつていらつしやるから、大体そんなところでしようね、いや有難うございました。
#330
○証人(小此木一二君) いろいろお世話になりました。
#331
○松井道夫君 差押え喰つているというのは、税金が重過ぎるんですな、闇の方が多いので、普通に税金は正しいのだけれども……。
#332
○証人(小此木一二君) 税務署が大体推察してやつて來たんです。大体本庄地区は横流しやつたというので、非常に多くかけて來たんです。そこに品物が迚もあるのだけれども、輸送が付かないために金になるないんで以て、皆滯納になつちやつたんです。品物はあるんです、品物はあるけれども輸送ができなくなつちやつたんです。
#333
○松井道夫君 いや、分りました。
   〔証人境野正弘君着席〕
#334
○委員長(伊藤修君) お掛けなさい。
 先だつてあなたにはお尋ねいたしましたですが、外の証人の関係上一点をお伺いしたいんですがね、町民大会がですね、済みましてからですね、あなたのグループから愛町同志会というものが分れましたですね、それで愛町同志会が結成されたから、準備会か知りませんが、いずれにしても一つの形ができ上つて二、三日経ちますというと、各團体が集りまして、そうしてその結果、町会議員クラブに白紙で一任するということになつたそうですね、それは事実ですか。
#335
○証人(境野正弘君) はあ、そうです。町会議員のクラブの方から申出でがございまして、我々が集まつたんでございます。
#336
○委員長(伊藤修君) その時に白紙一任になつたわけですね。
#337
○証人(境野正弘君) そうでございます。それは白紙一任と申しますけれども、公安委員が辞職いたしまして、それで町署長も辞職いたしまして、そういう前提の下に、その後の町の建設の方を一任したわけです。
#338
○委員長(伊藤修君) おかしいですね、白紙一任というのに條件がついておりますか。
#339
○証人(境野正弘君) いえ、その九月のあれは十いく日でゴザいましたか、その前に公安委員も辞職いたしまして、それから署長が辞職したということがはつきりした後なんでございます。我々集まつたのは、ですから町長、町会議員初め、そういう前提の下に、今度これから次の公安委員を選ぶということと、それから町署長を選ぶということを、それを一任したわけなんです。
#340
○委員長(伊藤修君) そうするとこの会合というものは本庄事件のあらゆる問題を一任するということではないですか。
#341
○証人(境野正弘君) ええ、まあ大体そういうことでございます。
#342
○委員長(伊藤修君) いわゆる本庄事件というものを解決するために集まつたんじやないですか。
#343
○証人(境野正弘君) そうでございます。
#344
○委員長(伊藤修君) そうすると、その中の公安委員を選ぶということと、町署長を選ぶことと、二つだけを一任したということはおかしいじやないですか。
#345
○証人(境野正弘君) そういうことばかりではないですか、それを含めた町の建設を一任したわけなんです。
#346
○委員長(伊藤修君) それは例示的に二つ取上げて、その他のことも白紙一任するということになるんですね。
#347
○証人(境野正弘君) そうでございます。
#348
○委員長(伊藤修君) その他のことというと、あなたの方の期成会としては、どういうことをお考えになつておつたのですか。
#349
○証人(境野正弘君) 警察の援護團体ですね、警民協会を解散して、新らしい援護團体を作るということも含まれております。それからこれらの町政における暴力團や何かの影響というものを、これを排除するように骨折つて頂くとか、そんなようなことも含まれております。
#350
○委員長(伊藤修君) いや一つ一つ挙げて下さい。その他に……。
#351
○証人(境野正弘君) その外まだ決まりがついておりません檢察廳関係の人事などにつきましては、我々にも権限がございませんので、その上の権限のある方に、それに正しく調べて頂いて、それで去就を決めて頂けば、それで我々は文句はない、そう思つておりました。
#352
○委員長(伊藤修君) 檢察廳関係の人ですね、警察や公安委員は、あなたたちの町会議員でできるとして、檢察廳関係に対してはどういうやうにしてやるということは決まつてなかつたのですか。
#353
○証人(境野正弘君) ええ、これは檢事正の方で正しく調べて頂いて、それを決めて頂くより仕方ないと思つておりました。
#354
○委員長(伊藤修君) それで町会議員クラブにそういう内容の下に白紙で一任したわけですね。
#355
○証人(境野正弘君) そうでございます。
#356
○委員長(伊藤修君) そういう事項を全部解決してしまう……。
#357
○証人(境野正弘君) はあ。
#358
○委員長(伊藤修君) そこで町会議員クラブというものがそれに対して全部解決したですか。
#359
○証人(境野正弘君) それが町会議員も、初め警察署長は辞職したという前提の下に始めたわけなんですけれども、その後に至りまして、急にその公安委員は手許に止めて置いた署長の辞表を署長に返してしまつたのです。そのために署長が又警察へ出て來るようなことになりましたものですから、町会議院や町長が考えていたような方法では解決できなくなつてしまいました。それでこういうふうに延び延びになつたわけなんです。
#360
○委員長(伊藤修君) そうすると、町警察の署長の問題については解決しないわけですね。
#361
○証人(境野正弘君) そうでございます。
#362
○委員長(伊藤修君) その他のことは……。
#363
○証人(境野正弘君) その他のことも全く解決したとは言えないと思います。例えばこの警民協会の問題などは、警民協会の方々には解散の意思はあるのですけれども、四十万円とかの赤字が出ているそうでございまして、その埋めるものを埋めなければ解散できんものですから、未だに長びいております。併しそれは警民協会の形骸を止めているというだけで、別に今日では警察関係にもいろいろ力を及ぼしてはおりません。それから問題の発端になつた大石前町議も、最近に至つて秩父の方へ移住されたということでありますので、そういうふうに片付いたと思われる面もありまするけれども、まだ何か氣分の上で片付いておらないと思います。
#364
○委員長(伊藤修君) そうするとボスとか暴力團の問題は……。
#365
○証人(境野正弘君) それは一掃されたと思います。
#366
○委員長(伊藤修君) 大体白紙で一任した事項は片付いたですか。
#367
○証人(境野正弘君) はあ、併し白紙で委任した中の最も大きな問題の中の署長の問題が片付いておりませんので、その一事でまだ片付かないと言つた方がいいのじやないかというような形になつております。
#368
○委員長(伊藤修君) だけど町会議員クラブに白紙で委任した以上は、各團体がそれに対してその実行を迫るということは当然あるべきことですが、それに対してあなたから何か要求しましたか。
#369
○証人(境野正弘君) 新らしい公安委員になりまして、私たちとしても白紙一任した以上、要求ということもできない立場におりまして、今まで町会議員と言うよりも、公安委員の善意を信頼いたしまして、今まで待つておつたわけです。それで公式な要求もいたしませんけれども、ちよいちよい公安委員にお目にかかりまして、その後どういうふうになつたかということを聞いておるのでございます。公安委員といたしましては、十分町民大会の決議の線に副うて、今の署長の問題を善処しようとしているらしいのですけれども、やはり具体的に申しますと、今の署長を引取つて呉れるところがないという問題で以て手こずつておるようであります。
#370
○委員長(伊藤修君) そうすると結局あなたたちが会を作られて目的というものは、署長の問題を除く以外は解決したわけですか。
#371
○証人(境野正弘君) 大体解決したと言つていいと思います。
#372
○委員長(伊藤修君) そうすると、本庄事件というものは、結果においてよかつたということになるわけですね。
#373
○証人(境野正弘君) はあ、それが私たちの意図しますのは、口はばつたいようですけれども、或程度にこれによつて地方の民主化というものを遂げたいという熱意からやつて参りましたので、ただ本庄事件の意義としいものが、これが一部の新聞によるように誤まられておりますると、どうも本庄ではそういうふうに大石さんも移住し、暴力團の影もひそまりましたけれども、何か我々としてはやはり割切れないものを持つております。
#374
○委員長(伊藤修君) どういう点が割切れないのですか。
#375
○証人(境野正弘君) まあ一部……一部と申しますより、我々同志というものが、朝日新聞に操つられたとか、或いは共産党の政治的な意図の下に操つられたものであるとか、そういうふうなことを盛んに言われておるのであります。
#376
○委員長(伊藤修君) 外の團体はどうですか。
#377
○証人(境野正弘君) 外の團体と申しますと……。
#378
○委員長(伊藤修君) 例えば愛町同志会とか、婦人会とか、その他いろいろな團体がそこで当日寄られたでしよう、白紙を委任した各團体がありますね。その團体の今々はどうなんですか。
#379
○証人(境野正弘君) 直接問題になるのは私たちと、それから愛町同志会……。
#380
○委員長(伊藤修君) まあそれらのことでしようけれども……。
#381
○証人(境野正弘君) 外の人たちの方でも白紙委任して町会の刷新に乘り出したということを喜んでおりました。
#382
○委員長(伊藤修君) 結果的に今日外から異議がないわけですか。
#383
○証人(境野正弘君) 何がですか。
#384
○委員長(伊藤修君) この本庄事件の今日の状態が、最初本庄事件が起きて來たことについていい結果をもたらしたということに対して考えておられるとか、惡い結果になつたとか、まだ解決していないとか……。
#385
○証人(境野正弘君) まだ解決していないという氣持は多分にあると思います。例えば署長の問題なんかが解決していないし、参議院の方でも問題にされておりますので、私の顏なんかを見ますと、一日も早く解決して貰いたいというようなことを申出られる方もございますから、まだ町民は片付いたという氣持にはなつておらんと思います。
#386
○委員長(伊藤修君) 町に起つた問題は片付いたんじやないですか。
#387
○証人(境野正弘君) 大分片付きました。併し感情的にまだ相当残つているものがありますから……。
#388
○委員長(伊藤修君) 先般もお尋ねしたのでありますが、あなたの先般のお答えでは共産党と関係がない。いわゆる大会の前日にはつきり手を切つて、共産党は共産党別個の活動を開始した、これは我々として阻止することはできないから、そのまま又町民大会に臨んだと、こういうふうにおつとやつたですね。
#389
○証人(境野正弘君) はあ。
#390
○委員長(伊藤修君) が、そうでないという人もありますから、ただそれは名目上であつて、実質上においてはやはり同じ氣持で運動して見えた。殊にその町民大会の結果は共産党の線が強く表現されておる、こういうような説をなす人もありますがね。
#391
○証人(境野正弘君) 確かに私たちの立場と共産党の立場というものをはつきり区別できない人が多いんじやないかと思います。それでまあ町民大会に共産党と切る前に、民自党の青年部、それから共産党の青共、ああいう人たちが來ておりましたときに、昨日質問をされました高宮君なども非常に強硬論を吐いた場合に、むしろ共産党の人がたしなめておつたというような場合もございました。警察の署長問題は、我々としては暴力團を追放いたしましたらやはり警察の方も粛正しない限り、又暴力團が舞い戻つて來やしないか、だからどうしても警察を粛正する必要があるということから、先ず署長の責任を追及しろという人たちがおつたわけですが、そのときに高宮君などは警察署員は全部辞めさした方がいいというようなことすらいつたのであります。そのときに共産党の本庄地区の長谷川という人は、むしろそれをたしなめたように形になつておりまして、我々はそこのところは非常に印象を強くしたのでありますが……。
#392
○委員長(伊藤修君) もう一点お尋ねして置きたいのでありますが、先般もお伺いしましたけれども、いわゆるあなたの町のボス、暴力團体、そういうものと警察官、檢事、檢察事務官、そういう人々との関係、そういうことについてあなたの承知しておられる事実があつたら述べて頂きたいんですが……。
#393
○証人(境野正弘君) 警察官とボスとの関係ですか。
#394
○委員長(伊藤修君) 若しくは檢察官でもよろしいし、檢察事務官でもよろしいんでずが……。
#395
○証人(境野正弘君) 檢察官自身は本庄に参りましてから非常に日が淺いのでございます。本庄の檢察廳の廳舎ができましたのは、これは警民協会の殆んど努力によつてできたものだと思います。從つて別に惡意からではありませんでしようけれども、そういう人たちに受けた恩願というものは檢察廳として非常に感じなければならん立場にあつたでしようし、大場副檢事と、それから大石さんなどの関係というものは、我々としてもそれ程聞き及んでおりません。飯塚事務官の場合は非常に大石さんと別懇であつて、私生活においても絶えず大石さんと関係しておられた。それで飯塚事務官が外地から引揚げた参りまして、日が浅いに拘わらず非常に家具が相当のものが殖えたということのために、近所などでも非常にそのことが問題になりまして、ときには街路に落書で「宝の山ここにあり」というようなことを書かれたということもある。これは私聞いた話でございますけれども、そんなようなこともありまして、非常に町民といたしまして疑惑を持つておつたわけであります。それに豊受宴会、朝日新聞の記者が殴られたときのその責任の問題、それから大場檢事が街路に醉つて寢ておつたというようなこともあつたなどというような話もありまして、非常に町の人たちから何か不審の声を放されておつたわけであります。
#396
○委員長(伊藤修君) 公安委員と警察に対しては……。
#397
○証人(境野正弘君) 公安委員を警察の問題はむしろ公案委員の勢力が警察を左右したというより、むしろ署長の行動に対して公安委員がそれ程の権限を持つ得なかつたというところにあつたと思うのであります。非常に公案委員の力が無力であつたと私共思つております。
#398
○委員長(伊藤修君) 署長に対しては……。
#399
○証人(境野正弘君) 署長に対してはこの前も申上げましたように、暴力團などの出入において一般町民が危害を被つたなどということもございますし、いろいろ脅迫や暴行事件などもあつて、どうもそういうものが町民が納得するような形に取締られておらないのです。而もこれは署長の直接の責任にはならないかもしれませんけれども、警官が賭博場に出入して饗應を受けたり、ときには見張りさへしておるというようなことも私見たわけではございませんが、実際に賭博場においてそういう警官の振舞を見という人の話を聞いておりますし、町民も亦それを常識のように言われておる。そういう警察が残つておる以上幾ら我々としても暴力團を追求しても元の木阿彌だから、警察を粛正するためには責任者である署長の責任を追求すべきであるというところからやつて参りました。それに署長の私行上にもいろいろ問題がありまして、酒が好きなものだから酒の上で不始末をしておるらしく、その噂は非常に町に高いのであります。
#400
○委員長(伊藤修君) 暴力團に養われておるわけですか。
#401
○証人(境野正弘君) 酒は暴力團から出ておるのでなく、これは一般の闇屋から出るものと思います。
#402
○委員長(伊藤修君) 経済的ないろいろ繋りがあるわけですね。
#403
○証人(境野正弘君) そうでございます。
#404
○松井道夫君 飯塚組はおりませんか。
#405
○証人(境野正弘君) 殆んどおりません。この町に居着いておる人よりも、何かあると越後の方からやつて來る人たちの方が兇暴性を持つております。今後は本庄町に來ることはないと思いますが、まだ併し越後にはそういう組織があるかも知れません。
#406
○委員長(伊藤修君) 田端と越後は関係ありますね。
#407
○証人(境野正弘君) 関係ありません。田端は別でございますから……。
#408
○委員長(伊藤修君) 越後の配下はまだおりますか。
#409
○証人(境野正弘君) 越後の配下でも居着いてものは皆露店商をやつておつて殆んど正業をしております。飯塚組のものも居着いておるものは皆露天商で大した危害は加えません。外から入つて來る人が惡いのです。
#410
○委員長(伊藤修君) 外から入つて來るのは越後の関係ですか。
#411
○証人(境野正弘君) 炭坑のごろつきなどが町に競馬などがありますと、体格の良い人たちが大勢参りまして大道闊歩しますので、町に人は非常に恐怖を感ずるわけであります。町に居着いておるものは兇暴性はない、その点ではむしろ河野組の方が惡い。
#412
○委員長(伊藤修君) 今は從順になつておるでしよう。
#413
○証人(境野正弘君) 從順になつております。指名手配されておるものもおると伺つております。
#414
○委員長(伊藤修君) 河野組の子分はおりますか。
#415
○証人(境野正弘君) そういう集まりはないようです。
#416
○委員長(伊藤修君) その点では町は清掃されたわけですね。
#417
○証人(境野正弘君) そう思います。
#418
○委員長(伊藤修君) 他にお尋ねありますか……それではこれで一旦休憩いたしまして、午後一時半から再会いたします。
   午後零時二十六分休憩
   ―――――・―――――
   午後二時開会
#419
○委員長(伊藤修君) では午前に引続きまして開会いたします。大場さんでいらつしやいますか。
#420
○証人(大場甚之助君) そうです。
#421
○委員長(伊藤修君) 大場さんの御経歴を簡單にお伺いいたします。
#422
○証人(大場甚之助君) 尋常小学校を卒業いたしまして、大正十一年の九月と思いますが、檢事局の給仕を拜命しました。その後引続き現在に至りまして、今年の二月二十七日に副檢事に命名されました。同事に本庄区檢察廳勤務となつて、その後十月の十八日付ですか、小川区檢察廳勤務になつて、現在に至つております。その間給仕から雇、雇から書記、書記から檢察事務官、それから副檢事になりました。
#423
○委員長(伊藤修君) どちらの裁判所に入られましたのですか。
#424
○証人(大場甚之助君) 熊谷です。
#425
○委員長(伊藤修君) それからずつと。
#426
○証人(大場甚之助君) 熊谷、浦和、秩父、それから本庄、小川、その間熊谷に三回、浦和へ二回、その他は一回ずつであります。
#427
○委員長(伊藤修君) そうすると、失礼ですが、出生地はどこですか。
#428
○証人(大場甚之助君) 出生地は熊谷市であります。
#429
○委員長(伊藤修君) 本庄というところは、
#430
○証人(大場甚之助君) 初めてであります。
#431
○委員長(伊藤修君) 初めてですか。
#432
○証人(大場甚之助君) そうです。
#433
○委員長(伊藤修君) その前の御職務のときにも、おいでにならなかつたのですか。
#434
○証人(大場甚之助君) あすこは今度初めてできた所であります。
#435
○委員長(伊藤修君) 熊谷には長くいらつしやいましたか。
#436
○証人(大場甚之助君) 熊谷は郷里でありますし、大半は熊谷で終つております。
#437
○委員長(伊藤修君) あなたの御生家の方は、何をやつていらつしやいますか。
#438
○証人(大場甚之助君) 父は魚屋をやつておりました。
#439
○委員長(伊藤修君) あなたは本庄へ御赴任になりましてから、大石和一郎、小此木一二とお知合になつたのですね。
#440
○証人(大場甚之助君) 小此木一二は今日初めて会いました。大石和一郎は、熊谷におりました当時から、司法保護委員として役所を幾度か見えました関係で知つております。
#441
○委員長(伊藤修君) 熊谷における司法保護委員としてに関係のみでなく、私の御交際は。
#442
○証人(大場甚之助君) それは殆んでないのです。
#443
○委員長(伊藤修君) 世間の風評によりますと、相当深い御交際があるように言うておりますが。
#444
○証人(大場甚之助君) それは、向うで何と言うておるか知りませんが、私としては記憶はありません。
#445
○委員長(伊藤修君) 大石の家へ訪ねて行かれたことはおありになりますか。
#446
○証人(大場甚之助君) 熊谷におりましたときですか。
#447
○委員長(伊藤修君) 本庄へおいでになつてから。
#448
○証人(大場甚之助君) 司法保護委員の外に、警民協会の理事をやつておりまして、私共の檢察廳の建設にも相当盡力しておりましたので、その関係で挨拶に行つたことはあります。後一回何の用か知れんが、行つたような記憶はあります。
#449
○委員長(伊藤修君) 何か同人と酒食を共になすつたようなことはありませんか。
#450
○証人(大場甚之助君) そういうことはありません。それは新任なつた私とそれから警察職員の警民協会並びに公安委員の主催の歓迎会は受けましたです。
#451
○委員長(伊藤修君) あなたが赴任されたときの歓迎会。
#452
○証人(大場甚之助君) そうでございます。
#453
○委員長(伊藤修君) そういう特別のもの以外では。
#454
○証人(大場甚之助君) 記憶はありません。
#455
○委員長(伊藤修君) ありませんですか。
#456
○証人(大場甚之助君) はあ。
#457
○委員長(伊藤修君) あなたは、大変失礼ですが、お酒をお飲みになるそうですね。
#458
○証人(大場甚之助君) やります。
#459
○委員長(伊藤修君) そのお酒の友達としてはありませんか。
#460
○証人(大場甚之助君) ありません。
#461
○委員長(伊藤修君) どこか偶然にお会ひになつて。
#462
○証人(大場甚之助君) そういう機会はなかつたです。
#463
○委員長(伊藤修君) 本庄の檢察廳を造つたのは、警民協会が殆んど造つたのですか。
#464
○証人(大場甚之助君) 私は一切その方は関係しておりませんです。そのことにつきましては。浦和の裁判所と檢察廳ですか、そちらの方が骨折つて折衝しておつたようであります。私が行きましたのは今年の三月の三十日で、向うへ赴任しまして、そのときはもうすでに恰好つけられておつたのではないかと思いますが、一切は私は飯塚事務官に任せまして、寄附面その他、そういうふうな建設につきましては、場所を見るとか、或いは間取りとか、そういう問題については一應相談に乘りましたが、その外のことは関係しておらなかつたのであります。
#465
○委員長(伊藤修君) それでは本庄の簡易裁判所、檢察廳を造ることについての最初の計画とか何とかいうことにはタッチしていないのですか。
#466
○証人(大場甚之助君) おりません。今日來ております飯塚事務官に一つ詳細伺つて頂きたいと思います。
#467
○委員長(伊藤修君) その後の竣工についてのいろいろな打合せとか、或いは檢察廳の希望とか、そういうことについて御交渉になつたことはないですか。
#468
○証人(大場甚之助君) それは多少ありましたですが、殆んど飯塚君の方でタッチしておりまして、私の方は事件処理の方に專念しておりましたですから、ありませんです。
#469
○委員長(伊藤修君) あれはあなたのお知りになる範囲においてはどうですか、警民協会の方から進んであれを寄附することになつておつたのですか、こちらからそういうことを奬励したわけですか。
#470
○証人(大場甚之助君) これは私の想像と思いますですが、あの建物につきましては、土地の町長に諮つたように記憶しておるのですが、それが町長の方でできないというので、それで從來警察の後援外廓團体であつた警民協会が、それではというので從來の消防小屋を改築しまして、それで、簡易裁判所並びに檢察廳に寄附したというふうに聞いております。
#471
○委員長(伊藤修君) 一般には町が簡易裁判所とか檢察廳の建物とかを寄附するとかいうことはあり得るのですが、いわゆる私的團体のような一つのグループが寄り合つて寄附するというような例は少いですがね。
#472
○証人(大場甚之助君) 警民協会だけでなく、警民協会が主体となつて、それで本庄区檢察廳並びに簡易裁判所管内の有志に諮つてあればでき上つたものだと、こう私は記憶しております。
#473
○委員長(伊藤修君) その主だつた寄附者というものが警察協会。
#474
○証人(大場甚之助君) それは私は誰が幾らと、又主だつた者であるということは存じません。
#475
○委員長(伊藤修君) たまたま警民協会を構成する人々らが、町のいろいろな有力者が、そういう人々が、いろいろな犯罪面に関係があるこういう人々によつて構成された團体から寄附を受けて、そうしてその建物を使用するということになるますと、何かの繋りができて來るように考えられますがね。
#476
○証人(大場甚之助君) はあ、まあ最初から寄附面に私少しもタッチしておりませんですから、でき上つたらば入るというだけで、併し日頃から私としましては、そういう方たちにはよく話はして置いたのですが、ということは、事件関係と結びつきをされては困ると、私たちは又いつ轉任になるか分らんし、それから綺麗な本当の純眞な氣持を持つて檢察廳を建設して行くならよろしいけれども、それでなかつたら私たちは警察の二階で借家暮しで結構だと、そういうことは申しておりました。併しこれは座興的に話をして、特にそれを強調したというわけではないのですが……。
#477
○委員長(伊藤修君) まあ御承知の通り、よく地方の警察が資金がないために、寄附を以て造るということは、警察関係において容易にできるわけですね。檢察廳がやはりその手を用いるということになりますと、延いては警察権の行使に禍いを來すという虞れもないものとは限りませんですね。
#478
○証人(大場甚之助君) そうです。まあ私とすれば、根本から申上げれば、國家の予算で以て建つて呉れれば一番そういう繋りのないということがはつきりできると思つております。
#479
○委員長(伊藤修君) 國家が仮にやる場合におきましては、町と公の自治團体が寄附をするということはままあることですけれども、この種の一つのグループから寄附を受けるということはちよつと少いですね。その最初の企画には携つてはおらないのですね。
#480
○証人(大場甚之助君) 最初ですか。
#481
○委員長(伊藤修君) ええ。
#482
○証人(大場甚之助君) でき上つたまではタッチしておりません。
#483
○委員長(伊藤修君) 何か調度品とかそういうものを寄附を受けたのですか。什器ですね。
#484
○証人(大場甚之助君) 什器も何かでき上つて入つております。
#485
○委員長(伊藤修君) 警民協会から運用するところのいろいろなものを相当寄附しておるわけですか。
#486
○証人(大場甚之助君) 寄附しております。
#487
○委員長(伊藤修君) それは主には器の程度ですか。
#488
○証人(大場甚之助君) そうと思つておりますが、勿論筆墨は私たちがいつも自弁ですから、まあ什器という程度だと思つております。什器といつても、机とか椅子とかそういうものだと思つております。
#489
○委員長(伊藤修君) 唆工式の問題が起つた日ですね。その費用をどこで持つておりますか。警民協会ですか。
#490
○証人(大場甚之助君) それは警民協会の出席者が出したということを、事件後いろいろ報道陣の方とか、或いは政治分子の方から糾明されたときに……ちよつと私はその方に余り関係がなかつたので、飯塚君に聞きましたところが、出席しておる警民協会の人たちが自分の懷ろから出し合つたということを聞いております。併しそれもはつきりと聞いたわけではありませんが、そういうふうに私は聞いております。
#491
○委員長(伊藤修君) 出し合つたということは変ですね。むしろそれは警民協会なら警民協会が負担すべき唆工式の費用ですから……。
#492
○証人(大場甚之助君) ところが又片方の政治分子の方から言いますと、それでは警民協会を利用して、その金を勝手に支出しておるというふうに非難するというような声もあります。
#493
○委員長(伊藤修君) 結局非難の声がやかましくなつて、いわゆる割かんということになつたのではないのですか。
#494
○証人(大場甚之助君) それは存じません。
#495
○委員長(伊藤修君) あなたたちにには出せとは言わないのですね。
#496
○証人(大場甚之助君) ええ、そうです。
#497
○委員長(伊藤修君) 小此木は全然御存じありませんか。
#498
○証人(大場甚之助君) ありません。今日実は初めて会いました。
#499
○委員長(伊藤修君) 巷間にはそういう噂がありますがね。
#500
○証人(大場甚之助君) 一つも知りません。
#501
○委員長(伊藤修君) あなたは記者クラブの発会式にどういう用事でいらつしやいましたか。
#502
○証人(大場甚之助君) 記者クラブの発会式に顧問として私御馳走になりましたが、同時に飯塚君も一緒に行きました。
#503
○委員長(伊藤修君) それはどういう経路ですか。
#504
○証人(大場甚之助君) それにつきましては私の信念としますれば、あそこは、本庄区檢察廳は初めて開設されたところで、私も今度初めてです。從來私たちはとにかく象牙の塔に閉じ籠つて封建的であるという非難を受けておるので、私たちは大衆のための檢察廳であり、大衆の信頼する檢察廳でなければならない、それには地方の実情をキャッチすることが一番だ、それには私が行つたのを契機としまして……毎日、朝日、読賣、埼玉、この四記者が毎日私の方に材料を取りに來ます。それで私の行つたのを契機にしまして、今度は從來の行きがかりを捨てて、記者クラブを結成して、大場檢事に顧問になつて欲しい、それはよろしいというわけでお引受けいたしました。それで月々当番幹事を設けまして、一番古い毎日の増野記者が最初の当番幹事をやりました。次には何新聞の誰々ということに決まつたわけです。ところがまたまた私に特にいつ幾日第一回の発会式をやりたいから出て貰いたいというので快く出ました。そうすると飯塚君も來て六人で参りました。
#505
○委員長(伊藤修君) その当時小此木の事件は進捗しておつたわけですね。
#506
○証人(大場甚之助君) それは本庄町警察でやつておりました。
#507
○委員長(伊藤修君) あなたの方では手をかけないのですか。
#508
○証人(大場甚之助君) 私が熊谷へ戻つて、まだ來なかつた。本庄町署が引続きやつておつたのであります。
#509
○委員長(伊藤修君) あなたの方では事件の情報は聞いておつたのですか。
#510
○証人(大場甚之助君) その情報はありました。
#511
○委員長(伊藤修君) 事件そのものは入つて來ないのですね。
#512
○証人(大場甚之助君) そうです。まだ入つて來ません。併し八月の二十五日ですか。一應引揚命令が参りまして熊谷に戻りましたが、まだそのときには、事件は私の方には送致になつておらなかつたのです。
#513
○委員長(伊藤修君) それに対して指揮や何かなさつておつたですか。
#514
○証人(大場甚之助君) 指揮は別にしておりません。ただ向うから相談に來ると、私の方で、ではこうしたらいいでろうということで指揮をした。併しあの事件につきましては、七月二十四日ですか、埼玉新聞と読賣新聞には掲載されておつたのですが、あの事件は五月の末か六月の初めあたりに起つた事件じやないかと思うのであります。新聞記者の方から大分私の方へ毎日來まして、どうも事件の審理が遅いとかいろいろ私の方へ言つて來たものですから、私の方からも経済主任に、事件をどしどし糾明して至急送るようにということは話して置きましたが、具体的な指示はしておりません。
#515
○委員長(伊藤修君) 非常に事件の進行が、最初摘発されてから遅かつたらしいですね。
#516
○証人(大場甚之助君) 遅かつたです。
#517
○委員長(伊藤修君) それに対しては御注意はなさらなかつたですか。
#518
○証人(大場甚之助君) しました。それは川村経済主任にお聞き下さればよく分ると思います。
#519
○委員長(伊藤修君) それと絡み合いまして只今お尋ねいたしましたいわゆる第一回の豊受の記者クラブの招宴ですね。
#520
○証人(大場甚之助君) 第一回ですか。
#521
○委員長(伊藤修君) その招宴が小此木の事実上の主催で、それで形式的には増野氏が開いたという形でやつて、一つの了解を……あなたの了解じやなくて記者クラブに対する了解をするという催しであつたのではないでしようか。
#522
○証人(大場甚之助君) そういうことは後日朝日新聞に出まして、始めて分つたのであります。私としますれば、純然たる記者クラブの発会式として、私は顧問として呼ばれたという信念を持つてやります。又その会員の仲間でそういうような噂は一回も出なかつたです。
#523
○委員長(伊藤修君) それはその席上でそれに似よつたような話はなかつたですか。
#524
○証人(大場甚之助君) ありませんでした。むしろにお互いに協力して地方の犯罪防遏に邁進しようじやないかというような趣旨で、和氣靄々として私達は時を過ごしました。
#525
○委員長(伊藤修君) すると銘仙の闇事件とか或いは纖維に関する闇事件とか、闇の事件の抽象的な話も出なかつたですか。
#526
○証人(大場甚之助君) 記憶がありません。
#527
○委員長(伊藤修君) あなたの御感想ではそういう……利用されたと思つていらつしやるでしようか。それとも純然たる発会式だと思つていらつしやつたですか。
#528
○証人(大場甚之助君) 私としますれば、事件処理のために、地方情勢のキャッチを一番中正に聞かれして呉れるのは新聞記者であるという観念が横溢しておりましたものですから、私としては実に、今度の朝日新聞によつてそのように書かれたのは意外だと思つております。
#529
○委員長(伊藤修君) 現在も尚そういう……。
#530
○証人(大場甚之助君) 勿論現在でも尚当時の心境と変りはありません。
#531
○委員長(伊藤修君) するとその当時を振返つて考えても、そういうような懸念のある会合であつたとは思われませんか。
#532
○証人(大場甚之助君) 思われません。
#533
○委員長(伊藤修君) 第二の豊受の招宴事件というのがありますね。
#534
○証人(大場甚之助君) はあ。
#535
○委員長(伊藤修君) それはおいでになつたですか。
#536
○証人(大場甚之助君) 参りました。
#537
○委員長(伊藤修君) その模樣を一つ簡單に話して下さい。
#538
○証人(大場甚之助君) これは七月の十日頃であつたですが、先程もお話の出た増野という毎日新聞の記者が私の所に参りまして、群馬縣佐渡郡の豊受村の松波公安委員長の主催で豊受鉱泉で近く公安委員と警察の者の顔合せをかねた懇親会をやりたいからという私の方に話があつたが、この懇親会には出席者は、埼玉縣側では、本庄地区自治警察、それから公安委員、新聞記者会であるという話でありましたが、併し私には別に話もありませんし、松波さん自身もどうしていらつしやるか、宴会に行つて初めて紹介されて、この人が松波さんであるということを知つたのですから、自分とすれば別に招待を受けておるわけじやありませんし、又そういう檢察官として軽々しく宴会の席へ臨めるものでもないというようなお話もございました。それでそこのところへ読賣の記者と埼王の記者が参りまして、どうも自分としては別に話がないから出席する意思はないというふうにして置きました。そうすると当日の午前中だつたのですが、当日は七月十四日でありますが、先程お話の警民協会の副会長をやつており、本庄町の町会議員をやつており、又縫製業をやつておる中島宗司という人がおりますが、その人が私の所へ参りました。それで松波公安委員の主催で、公安委員と檢察関係の懇親会をやるのだから出席して貰いたいと、こういうお話があつたのであります。私共やはりこの人の家の二階におつたものですから、これは儀礼的じやないかと私はこう思つたから、檢察側の方を呼ばないというのはおかしいというんで呼ばれたのじやないかとこう思つたのですが、それで側にいた、先程話していた読賣記者と埼王新聞記者とに中島さんの方から出て欲しいということを言つて参りました、それから私とすればそれについていいとも惡いとも言わなかつたのですが、側にいた読賣記者が、それじや中島さんが折角言うんだから行つたらいいじやないか、むしろ公安委員会と檢察懇親会ならば別に何のこともないんだから堂々と行つたらいいじやないか、こう勧めて、とにかく自分は行くからと言うんで、私もそれじや行きましよう。それから又埼王新聞の記者も私も行くというふうに話も決つたわけです。それで私の考えとすれば、あすこは利根川を境にして群馬、埼玉の境になつておりますから、この際そういうふうな催しならば、まあ檢察官として將來檢察取締面の運営等についてはむしろ檢察官としてそういう席へ出たということは有意義ではないかというような観点から、じやあ出席しようという氣持になつたわけです。その中に朝日新聞の記者も出席するために來たわけであります。それで丁度午後の四時半頃だつたのですが、本庄地区警察の自動車に乗りまして、それで出かれて行きました。それで向うへ行つて風呂へ入りまして、それで初めて松波公安委員長に合つたわけであります。それで又宴会の席へ出て行きましたら、私の方とすれば、私と、飯塚事務官、それから本庄町長、それから武井公安委員、それから栗原本庄地区大泉自治警察署長、その外署員、それから日本新聞記者、それから群馬縣側は松波公安委員長に豊受村の自治警察署長、それからこれは後で分つたですが、伊勢崎銘仙の幹部といいますか、報織会の幹部の人が三名とそれから豊受村長、佐波地区の署員というメンバーだつたのですから、大体人数は五、六十人であつたとそう記憶しております。それで宴会の進行としましては、松波公安委員長の開会の辞がありまして、それから自己紹介に移つたわけであります。それから又続いて松波さんと、今考えると板垣という報織会の会長でありましたが、この人の勧迎の辞がありましたが、続いて埼王側としては、私とそれから本庄町長の感謝の辞を述べたわけであります。それが始まりであります。
#539
○委員長(伊藤修君) その際繊維取締について、開会の辞か、或いはその他の言葉であつたのではないのでしようか。
#540
○証人(大場甚之助君) その勧迎の辞については実はまあ私としますれば、副檢事になりまして、副檢事になつたというよりも以前からそういう会合にはその代表者として喋つたことがないのです。とにかくこれだけのメンバーでありますし、まあ正直のところ、綺麗な感謝の言葉を述べようというので、まあ実は頭が一杯だつたのですから、後からいろいろその新聞その他によつてはそういうような面がありましたが、特にその中で疑わしいというような勧迎の辞はなかつたように私は記憶しております。
#541
○委員長(伊藤修君) そういうような趣旨の言葉が述べられたのじやないですか。
#542
○証人(大場甚之助君) 多少その中に入つておつたとは思います。
#543
○委員長(伊藤修君) まあ答辞を述べるときには勧迎の辞の内容というものはよく聽くものですがね……。
#544
○証人(大場甚之助君) 併し私としますれば、とにかく五六十人の中に町長おり、村長おり、又公安委員おり、警察署長もおりますし、まあ副檢事としてどういうことを一体喋べつたものか、とにかくお座なりの言葉にしても自分が埼王を代表して檢察官として喋ベるにはとにかく突然の催しだつたと思いますので、私としてはその方に実は頭が一ぱいだつたのです。
#545
○委員長(伊藤修君) そういうことは考えられますね。初めて答辞を述べる場合にその構想をいろいろ心配することは了承できますが、少くともその宴会というものが最初あなたに出席を交渉された当時の趣旨と多少異つておるということは考えられるのです。
#546
○証人(大場甚之助君) 現在ですか。
#547
○委員長(伊藤修君) いや歓迎の辞の含みを吟味いたしますると……。
#548
○証人(大場甚之助君) そうです。私としますれば、その席で今考えれば報織会ですか、これはいくらお座なりの向うの歓迎の言葉としてもその報織会員のいたということはちよつと今考えればおかしかつたと思つております。
#549
○委員長(伊藤修君) いやメンバーも最初の両公安委員、警察官関係の懇親会というのに拘らず、それ以外の業者のメンバーが加わつていて歓迎の席にそういう言葉が織込まれておるとしますれば、最初にあなたが招待を受けられたときの宴会の性質と現に臨まれるところの宴会の性質とは多少相違することもお氣付きにならなかつたのですか。
#550
○証人(大場甚之助君) 私としますれば、豊受というのは始めてですが、銘仙の業者といいますか、銘仙の村といいますか、そういうところも実は初めてだつたのです。ただこれだけのメンバーが行つておれば何の不思議なところもない、むしろ檢事官がその招待を受けて行かないということともなれば却つておかしい。いつになつても封建的だという非難を受けるのじやないかとこういうふうな氣持ちを持つているのであります。
#551
○委員長(伊藤修君) お出でになつたのがいい惡いと申上げるわけじやないのですが、要するに向うの主催者側の考というものと、あなたがそれに應じて行くという氣持ちとはそこに食違いがあるのじやないですか。
#552
○証人(大場甚之助君) それはあります。
#553
○委員長(伊藤修君) それから主催者側の意図されたところはそういう理由で招待したのは、内心的には会合意思は他にあつたのじやないかと、こう考えるのですが……。
#554
○証人(大場甚之助君) いろいろな角度から立たれて見ればそういうふうにもなると思います。
#555
○委員長(伊藤修君) じやその席ではお氣付きならないのですね。
#556
○証人(大場甚之助君) 私としますれば、最初から公安委員と自治警察署員の主催の懇親会と、それに加わつた新聞記者もとにかく日本三大新聞であり又地方新聞埼王新聞の方が加わつているから、そういうような点は更に最初から考えておらなかつたのです。
#557
○委員長(伊藤修君) 最初は考えていなかつたけれども、席へ臨まれてそういう言葉をお聞きになつて、違つたメンバーが入つておるという……あなたたちのグループから言えば異分子が入つておるという点から推して、そういう疑はお持ちにならなかつたかということをお尋ねしたのですが……。
#558
○証人(大場甚之助君) その点は今考えれば、疑いを持つてもいいのでやなかつたかと思つております。
#559
○委員長(伊藤修君) それから宴会がたけなわになつたその途中において、どなたですか、あなたですか、憤慨してお立ちになつたとか。
#560
○証人(大場甚之助君) いいえ、それはありません。その席では……。それは殴つた時のことですか。
#561
○委員長(伊藤修君) その席では、そういうことはなかつたのですね。
#562
○証人(大場甚之助君) ええ。ただその席では、これはまだ報道には出ておらなかつたのですが、その席に、私の両側には本庄の地区と、それから自治の両署長がおつたのです。その中に中島町長です。私はその時正面におりました。私の右側に本庄自治の署長がおりました。それがたまたま醉つての上のことと思うのですが、新聞記者に対して、本庄の新聞記者は骨なしだとか骨抜きだとか、ちよつと失言をしたのですが、そのときに四人の新聞記者がちらつと、何といいますか、敵意を含んだような目つきで私を見ました。それから、つまらないことを言うなあと、こう思つておりました。その中に私は又一風呂浴びようと思いまして、席を去りまして、お風呂に行つたのです。そうしまして、帰つて來る途中に、別の座敷に一緒に來た新聞記者の後姿らしいものが見えました。それで殊に帰つて見ると、自治署長の席と、四人の新聞記者の席が空いているので、これはおかしい、さつきの失言を糺明しているのじやないかと思いまして、その座敷に行つて見たら、盛んに何か言つているのですが、私が入ろうとしましたら、ちよつと待つて呉れというので止むなく私は自分の席に戻りました。ですから、それで困つたことだと思つている中に、新聞記者と署長とは、何でもなかつたように席に戻つて來たわけです。併しもうすでに帰える時間の都合もありますし、私熊谷から通勤しておりますが、白けきつた氣持で私たちは……読賣の記者は大宮から通つている。それから埼王新聞の記者は北埼王郡の忍町から通つております。それで三人で帰えろうということで引揚げて参りました。ただそれだけのことであります。
#563
○委員長(伊藤修君) あなたは何か氣持が惡いので、憤慨して御中座になつたというのじやないですか。
#564
○証人(大場甚之助君) それはありません。
#565
○委員長(伊藤修君) それは、招宴の終りまでおつたというわけになりますね。
#566
○証人(大場甚之助君) いや、終りは何時頃になりますか。とにかく私が一番早く、帰ろうと言つて帰えつたのです。それは汽車の時間の関係で、時間のなくなる関係で、私は立つたのです。
#567
○委員長(伊藤修君) 默つてお帰えりになつたのですね。
#568
○証人(大場甚之助君) ええ、そうです。
#569
○委員長(伊藤修君) 席で、全部に挨拶して帰つたわけではないのですね。
#570
○証人(大場甚之助君) そうですね、その記憶はちよつと今のところないのですが、誰かに御馳走さまと……。
#571
○委員長(伊藤修君) 何かあなたが憤慨されて中座したというふうにも考えられますね。
#572
○証人(大場甚之助君) それはないと思います。
#573
○委員長(伊藤修君) そんなことはありませんか。
#574
○証人(大場甚之助君) ええ。
#575
○委員長(伊藤修君) そのとき席は藝者や何かも招聘されておりましたね。
#576
○証人(大場甚之助君) 藝者という程の綺麗な人はいなかつたですが、とに角四人ばかりお酌をした女はおりました。
#577
○委員長(伊藤修君) 相当な饗應でありましたか。
#578
○証人(大場甚之助君) 田舎のことで、戰前の一円料理程度じやないかと思います。
#579
○委員長(伊藤修君) 今ならどのくらいですか。
#580
○証人(大場甚之助君) 最近経驗はありませんですが。
#581
○委員長(伊藤修君) あなた職掌柄よくお分りになるでしようが。
#582
○証人(大場甚之助君) まあ百五十円か、高くて二百円じやないかと思います。
#583
○委員長(伊藤修君) 相当酒は出たのですか。
#584
○証人(大場甚之助君) 酒ですか。
#585
○委員長(伊藤修君) ええ。
#586
○証人(大場甚之助君) 酒はちよつと出ました。
#587
○委員長(伊藤修君) その費用はどこで負担したのです。
#588
○証人(大場甚之助君) それは全然考えなかつたです。勿論松波公安委員長が主催ですから、主催者側の方で出したのじやないかと思います。
#589
○委員長(伊藤修君) 後でお聞きになりませんでしたか。
#590
○証人(大場甚之助君) 聞きません。
#591
○委員長(伊藤修君) いわゆる本庄事件の附随として起つた刑事事件がありますね。どんな事件とどんな事件とを御担当になりましたか。
#592
○証人(大場甚之助君) 私は一切関係しません。
#593
○委員長(伊藤修君) しなかつた。
#594
○証人(大場甚之助君) はい。檢事正の方から、一切構わないように、普通事件をやるようにと言われたので、私は一切関係しておりません。
#595
○委員長(伊藤修君) 先程の小此木事件も、勿論あなたの後ですね。
#596
○証人(大場甚之助君) そうでございます。
#597
○委員長(伊藤修君) あれも関係しなかつたのですか。
#598
○証人(大場甚之助君) そうです。これも記録は恐らく完成しない内に、熊谷の方で無理によこせというので、送致させたのではないかと思います。
#599
○委員長(伊藤修君) 小林源藏の傷害事件をそれじやおやりになりましたか。
#600
○証人(大場甚之助君) これは飯塚事務官です。起訴状は私が書きまして、求刑も勿論私やりました。
#601
○委員長(伊藤修君) そうすると、あの事件の指揮は、あなははなさつたか。
#602
○証人(大場甚之助君) 指揮というのではなく、身柄附きで事件の送致がありましたので、当時私は、外の方の事件をやつておつたから、飯塚事務官の取調べさせました。
#603
○委員長(伊藤修君) 内容は御檢討になりましたか。
#604
○証人(大場甚之助君) 一應その記録を通して見ました。
#605
○委員長(伊藤修君) 刑の範囲はあれでよかつたですか。
#606
○証人(大場甚之助君) 私としては、前科はありませんし、年は二十七か、それから被害者と加害者の示談はできておりますし、本人と改悛の情があるというので、罰金の刑がいいと考えました。
#607
○委員長(伊藤修君) あの集團して、集團的な暴力を加えた、その集團に対するところのお取調べはどうしてなかつたか。
#608
○証人(大場甚之助君) 私としては、意見書によつて、それと警察の作つた聽取書、それと医者の診断書が、全治二週間です。それから示談と年齢、前科がないという点で……。
#609
○委員長(伊藤修君) 事件の書類で現れた事実ですね。
#610
○証人(大場甚之助君) そうです。
#611
○委員長(伊藤修君) 根本の事実は、相当の大掛りのものですが、これらの集團に対するお取調べはちつともなされていませんね。
#612
○証人(大場甚之助君) しておりません。
#613
○委員長(伊藤修君) どういうわけですか。
#614
○証人(大場甚之助君) 私としては、記録の上面しか分りませんが、一應科刑の五百円が相当じやないかという点だけで調べました。
#615
○委員長(伊藤修君) いわゆる被害者をお調べになれば、如何なる状態において、どんなくらいの集團によつて、その傷害行爲をなされたかということが分り得るが、それを廣範囲にせずに、或い一人の人間だけを……
#616
○証人(大場甚之助君) 警察から送つて來た人間だけです。
#617
○委員長(伊藤修君) 何したということはどうも考えられない。よくああいう博徒の仲間では、暴力團の仲間では、一人だけを犠牲者に出して、あれ隠れとしまうというようなやり方をやつておりますね。
#618
○証人(大場甚之助君) それはあります。
#619
○委員長(伊藤修君) そのやり方に、引つ掛つているわけですね。
#620
○証人(大場甚之助君) 警察の方の記録を信頼したといいますか。
#621
○委員長(伊藤修君) そういう場合には、あなたの方で、尚被害者の取調べの指揮を十分なさる必要があるのではありませんか。
#622
○証人(大場甚之助君) 事務官の方から、捜査経過を言つて來れば、これだけのことをする必要があるということを言えば、私も考えますが、そういう報告もありませんし、ただ記録が廻つて來ただけで。
#623
○委員長(伊藤修君) いずれにしても、今日の警察、地方警察で、自治警察やなんかがいろいろな勢力に圧倒されて、ことさらに事件を集約して來て、そうして形を作つて來るが、それのみに信頼するということになると、本当の事案が適用されないということになる、この事件もそうと考えられる。眞の加害者、いわゆる首領というものは全然逃げてしまつて、下つ端の人間だけがほんの小さな罰金を受けるとかという形になつて來るですね。
 飯塚組が本庄へ來て、暴行した事件をお取調べになりましたか。
#624
○証人(大場甚之助君) それは聞いておりません。
#625
○委員長(伊藤修君) そうですか。これは御存じありませんか。
#626
○証人(大場甚之助君) 知りません。
#627
○委員長(伊藤修君) 事件として挙つて來なかつたですか。
#628
○証人(大場甚之助君) 飯塚組としては、私は聞いておりません。
#629
○委員長(伊藤修君) それじやどういうのがありますか。本庄駅で……
#630
○証人(大場甚之助君) 聞いておりません。名前を言えば或いは分るかも知れないと思いますが、
#631
○委員長(伊藤修君) 駅で何か暴行事件があつたということを御存じありませんか。
#632
○証人(大場甚之助君) 存じません。
#633
○委員長(伊藤修君) お調べになつた内で、そういう記憶はありませんか。
#634
○証人(大場甚之助君) 記憶ありません。
#635
○委員長(伊藤修君) 今小林源藏のあれで以てどうして被害者を調べなかつたのですか。
#636
○証人(大場甚之助君) 被害者は示談書が出ておりますから、調べる必要がないと思いました。
#637
○委員長(伊藤修君) けれども指令が行つておる筈ですが、こういう集團的暴力行爲というものに対しては……。
#638
○証人(大場甚之助君) それが私の方の集團的暴力行爲というのはただ……
#639
○委員長(伊藤修君) 被害者を調べれば集團的暴力行爲ということが直ぐ分るわけです。示談書があるということによつて、被害者を調べなかつたことにそういう結果を招來したのではないのですか。
#640
○証人(大場甚之助君) まあそうおつしやられれば、そういうことになつて來ますね。
#641
○委員長(伊藤修君) それが求刑がなされておつたということが……
#642
○証人(大場甚之助君) 私の方とすれば、円満示談になつたという観点で首犯者として罰金の最高を科そうというのは……
#643
○委員長(伊藤修君) 円満の示談書も或いは脅迫に基いてできたかも知れませんね。
#644
○証人(大場甚之助君) その点は今になつてもう少し深く追及すればよかつたと思つております。
#645
○委員長(伊藤修君) 一度あなたが会つて頂ければ或いは掴み得たかも分らないね。
#646
○証人(大場甚之助君) 私もその点は残念だと思つております。その内容についても一つ飯塚事務官に詳細に聞いて頂きたいと思います。
#647
○委員長(伊藤修君) 飯塚さんがお扱いになつたのですか。
#648
○証人(大場甚之助君) そうです。
#649
○委員長(伊藤修君) 河野組が駅で切符をいわゆる暴力を用いて、脅かして取つておるということはあつたですか。
#650
○証人(大場甚之助君) それは後日新聞で見ました。
#651
○委員長(伊藤修君) そういう事件にタッチしなかつたのですか。
#652
○証人(大場甚之助君) それはずつと前のことではないですか。そういうことを聞いておりませんです。新聞によつて初めて分つたのです。
#653
○委員長(伊藤修君) 本庄ではどうでしよう、いろいろな警察の何か後援会……
#654
○証人(大場甚之助君) 警民協会ですか。
#655
○委員長(伊藤修君) 警民協会、ああいう人々のリーダーといいますか、中心になる人が檢察廳の方へ繁々出入りして……
#656
○証人(大場甚之助君) 檢察廳ですか、私の方ですか。
#657
○委員長(伊藤修君) 出入りして、事件のことや何か頼みに來たことはありませんか。
#658
○証人(大場甚之助君) それはありません。
#659
○委員長(伊藤修君) 警察へ頼みに來るようなことはありませんか。
#660
○証人(大場甚之助君) 私の方に來るのは、建築のことだけで、事件関係についてはそういう話を受けたことはありません。私はまだそこへ行つて四ケ月ですが、在任僅か四ケ月で、それと、家も熊谷の関係で熊谷から通勤しておりました関係で土地の馴染みも薄かつた。今日呼ばれました証人で知つているのは飯塚事務官だけであります。今日初めて会いました。
#661
○委員長(伊藤修君) 他にお尋ねはありませんか。
#662
○大野幸一君 ちよつとお尋ねいたします。檢察廳の開廳式の費用は……開廳式というのは……
#663
○証人(大場甚之助君) 開廳式じやないのです。引継披露式です。あれは当時八月の七日だと思いますが、九月の下旬から十月の初旬頃でないといろいろ料理その他の関係もありますし、それから全部の寄附者も招待するというようなことでなしに、警察の二階では不便だし、單にでき上つてその引継の披露式です。ですから本当の極く内輪というか、町とすれば本庄町は警民協会だけ、深谷町から三人、兒玉町から一人というふうに來ました。
#664
○大野幸一君 そういうのは大きく言えば、國庫から、國からそういう費用が出ておるのですか。
#665
○証人(大場甚之助君) 出ません。
#666
○大野幸一君 先程記者クラブができた。そこであなたが從來と変つて世の中のことをよく知るためにという意味でちよつとおつしやつたことで、新聞記者たちが集まつて從來の行懸りという意味の中にどういう……
#667
○証人(大場甚之助君) 從來の行懸りというのは、現在おります筈の毎日記者、今三島へ行つた子安という朝日記者、この人は余り仲がよくない。そういう関係のところへ岸君が新らしくなりましたし、私も來たというので、競爭でなく、共同発表のあつた場合は、拔かないで共同発表にしようじやないかというような点から、今までのことは水に流したというので……
#668
○大野幸一君 從來新聞記者の中で余り円満に行つてなかつたのですか。
#669
○証人(大場甚之助君) そうなんです。
#670
○委員長(伊藤修君) 外の証人で、ちよつとこういうことを言うておりますけれども、事実かどうかお確めして置きたい、あなたがお酒を飲んで町でどこか寢ていたという……
#671
○証人(大場甚之助君) それは町民大会の罷免理由として挙げられたが、絶対そういうことはありません。二万二三千人のあのような田舍町で惡酒に染むようなことは絶対にいたしません。
#672
○委員長(伊藤修君) お酒の量はどのくらい……
#673
○証人(大場甚之助君) 場所によつてですが、普通四合、五合はやつております。併し別にそれは出て場合だけですね。なければやつていけないという意味じやないのです。
#674
○委員長(伊藤修君) 毎日晩酌をやりますか。
#675
○証人(大場甚之助君) とんでもない、配給も殆んど辞退しておりますような状態であります。
#676
○委員長(伊藤修君) 醉つて町をぶらぶら歩いておるようなことがありますか。
#677
○証人(大場甚之助君) それは熊谷で知つておりますから、熊谷から御檢査を願いたいと思います。
#678
○委員長(伊藤修君) そういうことを言うておる人もありますからお確めして置きます。お忙しいところを有難うございました。
   〔証人飯塚康治君著席〕
#679
○委員長(伊藤修君) 飯塚さんですか。
#680
○証人(飯塚康治君) さようであります。
#681
○委員長(伊藤修君) 御承知の通り宣誓をお願いしたのですが、僞証の制裁がありますから、御注意申上げます。あなたの御経歴を簡單に一つおつしやつて頂きたい。
#682
○証人(飯塚康治君) 私は深谷町に生まれまして、昭和十六年のときに東京に出まして二十一までおりました。徴兵檢査を受けまして合格しまして、それで渡満して昭和九年の十二月一日に現地満期除隊いたしましてそのまま在満いたしました。そうして満洲國の警務総局に就職いたしまして。昭和二十年の八月二十四日に、新京で終戰を迎えまして、一昨年昭和二十一年の八月二十四日に故郷に引揚げて参りました。そして昨年の五月三十一日附で浦和地方檢察廳熊谷支部に就職いたしましたのでありますが、辞令は本庄区檢察廳檢察事務官を命ずるという辞令を貰つておつたのであります。ですが本庄にまだ廳舎ができません関係で昨年の五月三十一日より本年の一月一杯熊谷の檢察廳で勤務いたしまして、二月一日に正式開廳ではありませんですが、開廳準備のために現地に参りまして、本年の九月の八日附で又熊谷檢察廳に戻つたのであります。
#683
○委員長(伊藤修君) あなたはあちらから引揚げて來るときの状態はどういうふうですか。
#684
○証人(飯塚康治君) 向うから引揚げましたときには……新京で終戰を迎えまして、約一年間そこで難民の生活をいたしまして、家族五名、妹母子二名都合一家族七名で帰つて参りました。
#685
○委員長(伊藤修君) その時持物は。
#686
○証人(飯塚康治君) 持物は持てるだけであります。
#687
○委員長(伊藤修君) お金は。
#688
○証人(飯塚康治君) お金は一人について千円であります。
#689
○委員長(伊藤修君) そうすると七千円持つて來たわけでありますね。
#690
○証人(飯塚康治君) そうであります。
#691
○委員長(伊藤修君) 後は衣類だけですね。
#692
○証人(飯塚康治君) そうであります。
#693
○委員長(伊藤修君) それでお帰りになつたときにどこにお住みになりましたか。
#694
○証人(飯塚康治君) 故郷の深谷、本庄から東京寄りに二里半ばかりであります深谷に私の父親がおります。ここに住んでおりました。
#695
○委員長(伊藤修君) お父さんは何しておりましたか。
#696
○証人(飯塚康治君) 親父は企業整備になるまでは四十七年間蚕糸業をやつておりましたが、企業整備になりましてぶらぶらしておりましたのですが、私の義理の弟が果実商をしておりました関係で、その店を讓り受けまして、現在果実商をやつております。
#697
○委員長(伊藤修君) 家ではどういう地位ですか。長男とか……
#698
○証人(飯塚康治君) 次男でありますが、長男が死亡いたしました関係で私が一番上であります。
#699
○委員長(伊藤修君) あなたが相続人ですか。
#700
○証人(飯塚康治君) そうであります。妹が六人おりまして三人嫁いて現在三人おります。
#701
○委員長(伊藤修君) お父さんが持つております資産はあなたのものですか。
#702
○証人(飯塚康治君) ええ、そういうことであります、將來は。
#703
○委員長(伊藤修君) 失礼ですがお家の方は相当おやりになつているのですか、商賣……。
#704
○証人(飯塚康治君) 相当という程ではありませんが、現在三人おります妹の中、三人働いております。一人は郵便局へ出て、一人は鉄道省の、大塚の駅の前にあります鉄道の事務所か何かに出ております。一番下の妹が現在女学校の三年であります。
#705
○委員長(伊藤修君) 不動産やなんかはお持ちですか。
#706
○証人(飯塚康治君) 父親ですか、少し持つております。
#707
○委員長(伊藤修君) 商賣の流動資本というのを相当お持ちですか。
#708
○証人(飯塚康治君) 果実商ですから、そう流動資本は要らないようであります。まあ、市場に入つて参りますものを買つたり、それから又仲買をやつたり、そういうことをやつております。そう要らないだろうと思つております。
#709
○委員長(伊藤修君) あなたは本庄を赴任なさつて、建築の方は本針の檢察廳の建築の方についていろいろ携つておられたのですね。
#710
○証人(飯塚康治君) はい。
#711
○委員長(伊藤修君) それでどういうことででき上つたのですか。最初向うから希望を申込んで來たのですか、それとも檢察廳の方で勤務しろということになつて來たのですか。その辺はどうですか。
#712
○証人(飯塚康治君) これは私もまだその最初の経緯というものは、私よくは知らないのであります。それはもうすでに二年くらい前に警民協会というものができたという話を聞きまして、それで昨年の八月だと思いました、援護團体である警民協会が本庄簡易裁判所、これは一番後であります……警察官舎、それから拡声機、それから本庄簡易裁判所と檢察廳の建築を寄附をいたしますというので、熊谷の檢察廳の方に話があつたのじやないかと、私はそう思うのでございます。私は直接聞いたわけではありませんが、その話を聞きまして、それで当時まだ建築寄附を仰ぐというだけであつて、何ら具体的には進んでおらなかつたのであります。それで新築であるか、改築であるか、一部には現在の廳舎であるあの元の本庄警察署の建て物に代る。……その建て物が消防團になつておつたのであります、本庄の……それで他に新築いたしまして、それでそこを改築して貸すか、又は新築して寄附をするかということでありましたのですが、私がその話を聞いたときにすでにもう現廳舎を改築するということになつておつたのであります。そうして私が昨年の八月二十六日に本庄に轉居いたしましてから、私がその方の警民協会との折衝をいたしまして、そうして逐一上司に報告をいたしたのであります。そうして九月末と記憶しておりますが、浦和地方裁判所の川本判事とそれから中條次席檢事が下檢分に参りまして、そうして恰好な建て物である、是非それでは一つここをして呉れということに決りまして決つたのでありますが、実際にこの建築に取掛りましたのが本年の六月一日なのであります。それまでは殆んどただ決つたというだけであつて、何ら具体的な話は我々の方にはなかつたのであります。たまたま私が本年の二月に、私とそれから雇と二名で開廳準備に本庄に参りまして、そうして警察署の二階の会議室を一時借りまして、簡易裁判所は登記所の一室を借りまして、それで警民協会から寄附して貰いましたこの椅子、机を使いまして、それで始めたのであります。そうして二ケ月、三月の下旬と思いますが、大体仕事ができ得るようになりまして、そうして本格的に檢察廳としての仕事を始めましたのが、大場副檢事が着任いたしましたのが四月一日でありますから、それからと思います。それでこれは主として武井要一、中島宗司、この両者が主として建築の方を心配して下さいまして、又私もこの両者と折衝して、六月一日からいよいよ改築に掛るという目安がつきまして、それで六月一日から予定通りかかりまして、そうして現在九分通りでき上つたのであります。
#713
○委員長(伊藤修君) 御承知でありましようが、警察が町のそういう有力者、その中にボスが入つておるでしようが、そういう者から寄附を受けて警察の建築、その他の費用を賄うということの弊害は処々に聞くことですね。況んや檢察廳が、そういう團体から寄附を受けて、椅子や机まで賄つて貰うということは、將來の檢察事務運行の上において、相当の障害になるということは、お考えにならなかつたのですか。
#714
○証人(飯塚康治君) 私はもう、直接建築という仕事をする我々といたしますと、こういう金で賄つて頂くということは、非常にやりにくいのじやないかということは、もうその寄附ということを聞いたときに、私はそういうことを感じました。
#715
○委員長(伊藤修君) 町の公共團体の寄附なら、これはまあ判然としておりますが、そういう警民協会とかいうような、私的な一つも実体がどういうものか分りもせんものから、金を受け取つて運行して行くということになると、お仕事をなさる上において、人情としていろいろな繋がりができて、公正なる檢察権の行使ということができないことになるのじやないでしようかと思われますが。
#716
○証人(飯塚康治君) 私も最初から、そういうことを懸念はいたしておりましたのですが、又今日になつて見ますと、痛切にそういうことも感じられるのですが、当時としては、本庄の簡易裁判所、檢察廳ばかりでなく、埼王縣下の、他の簡易裁判所も、檢察廳も同じように、この寄附によつて建つたということも、建てつつあるということも聞きました。それで埼王縣下では、本庄簡易裁判所と区檢察廳が一番最後に、かかつたのは一番最後であります。
#717
○委員長(伊藤修君) そのような扱い方をしたのは、檢事正の考えですか。
#718
○証人(飯塚康治君) 勿論私はそうだと思つております。
#719
○委員長(伊藤修君) 第一線にあるあなたたちとしては、非常にやりにくいでしようね。
#720
○証人(飯塚康治君) ええ、それは非常にやりにくいのです。
#721
○委員長(伊藤修君) いろいろな絆が起りますから。
#722
○証人(飯塚康治君) はい。
#723
○委員長(伊藤修君) 工事進行中にいろいろ打合せのために、会食なさつたことがありますか。
#724
○証人(飯塚康治君) そういうことは、会食というようなことは、この仕事に関係しましたときには、警民協会と申しましても、先程申上げた通り中島宗司、武井要一、両者とも密接な折衝はいたしましたが、他の警民協会の人たちとは、殆んど話合つたこともありません。
#725
○委員長(伊藤修君) 大石和一郎氏は、警民協会の関係者でしようか。
#726
○証人(飯塚康治君) 私は最初は、こういうことをやるというときには、関係しておつたように聞いておりました。併し私が工事の、改築に対して拂つてから、大石氏とは一回も折衝したことはありません。又折衝する場所は、当時熊谷に通勤中は、主として警察署、それから開廳してからは、檢事の着任までは、檢事室に予定されておりました應接室が空いておりましたから、そこで主として折衝いしたました。
#727
○委員長(伊藤修君) 大石の家に、あなたはしばしば訪ねて行かれたことがあるそうですが。
#728
○証人(飯塚康治君) しばしば……。大石は私の家の直ぐ近所に住んでおります。そうして丁度私の家は、官舎に轉居する前は、映画館と風呂屋の眞中に、狹まれておる非常に賑やかなところであります、私の家の前を通りまして、今日は、お早よう、という儀礼的な挨拶は交しておりました。又私も司法保護の面におきまして、何回か訪ねて行つたこともありますし、又向うからも一、二回來たことがあります。
#729
○委員長(伊藤修君) 司法保護のお話ならば、廳舎においてなさつたらいいじやないですか、大石さんの家でせんでも、廳舎へ呼び付けて話したらいいじやないですか。
#730
○証人(飯塚康治君) そういうことも言えるのでありますが、ただ近所であつたものですから、別に私もそれ程深くは考えないで参つたのであります。
#731
○委員長(伊藤修君) 大体ああいう人を、司法保護委員にするということも、ちよつと考えものですね。
#732
○証人(飯塚康治君) 大石は司法保護委員と申しても、本庄地区には司法保護委員の常務委員というものがあるので、この常務委員さんは勤め人なんであります。そういう関係で、その人の不在中や何かは、大石が代理をやつておつたこともあるのであります。
#733
○委員長(伊藤修君) 大石と一緒に、食事を共にされたことが惡いとか、いいとかいう意味でありませんが、そのくらい親しくしていらつしやつたのではないか、ということを聽いておるのです。
#734
○証人(飯塚康治君) そんなに親しくはしておりません。
#735
○委員長(伊藤修君) 一般には、大石の家へしばしば出入りして、酒食を共にしておるというふうに傳えておりますから……。
#736
○証人(飯塚康治君) それは近所でもございましたし、私の入つておつた家が、今申上げました司法保護の本庄地区の常務委員である荒井厚夫という人の家なんであります。大石の家は、私の家から一丁半くらいしか離れていない所にありまして、私の家の前を通りますから、挨拶を交しておつた。その程度の附合いでありました。
#737
○委員長(伊藤修君) 小此木一二、青柳高一、石川一衞、折茂英壽、吉田三喜哉、こういう人とお附合いしてしらつやるのですね。
#738
○証人(飯塚康治君) 青柳さんは、昨年の選挙違反のときに、本庄に参りまして……。直接私取調べたことはありません。それから本年の本庄事件中に、青柳代議士が任意出頭して、そうして檢事室に休んでおつたとき会つた。私は前後この二回だけであります。青柳代議士は……。
#739
○委員長(伊藤修君) 小此木は……。
#740
○証人(飯塚康治君) 小此木は、先程申上げた通り私の父親が絹絲業をやつておつて、小此木の死んだ父親がやはり機関係で知つておりました。ただ知つておるという程度であります。
#741
○委員長(伊藤修君) 石川一衞は……。
#742
○証人(飯塚康治君) 参議院議員の石川一衞さん、この方は警民協会の生みの親だということを私は聞きました。そうしていろいろお世話になりますと言つて、挨拶に一回行つただけであります。
#743
○委員長(伊藤修君) 折茂は……。
#744
○証人(飯塚康治君) 折茂英壽氏の所へは二回参りました。それは昨年私が本庄に轉居いたしまして、挨拶に行きましたのが一回、それから本年二月開廳いたしますときに、今度開廳準備のために來たという挨拶に参りました。
#745
○委員長(伊藤修君) 吉田二喜哉は……。
#746
○証人(飯塚康治君) 吉田二喜哉氏とは、別に私はただ職業は金物屋をやつておりますから、買いに行くくらいのもので、直接あの方とお会いしたというのは事件で檢事の立会をやつたり、それから又自分で調べたり……。
#747
○委員長(伊藤修君) これらの人と酒食を共にされたこともなのですか。
#748
○証人(飯塚康治君) 大石和一郎、それから折茂英壽氏とは警察官の轉退職の送別会を本庄署の道場で開きまして、そこに署長から私も招かれて二回ほど参つたことがあります。そのときにお会いしました。
#749
○委員長(伊藤修君) あなたは小此木一二氏から自轉車をお貰いになつたですね。
#750
○証人(飯塚康治君) いえ貰いません。それは昨年の九月に私が丁度外を歩いているときに、自轉車をないのか、自轉車を貸してやろうじやないかと言つたのですが、私はそのときは左程不便も感じておりませんでしたから、借りるつもりもなかつたのであります。ところが丁度私が本庄署に行きましたときに、どうも自轉車がなくて不便だということを感じたものですから、それで当時本庄署の刑事をやつておりました黒沢という人がおりますが、この人に一緒に小此木の家に行つて貰いました。ところが小此木の家にはなくて、小此木の妹の家に置いてありましたので、約一ケ月半ぐらい借りておりましたが、現在乘つておる自轉車が入りましたものですから返しました。
#751
○委員長(伊藤修君) 初めは呉れる意思があつて貰つて、それで後でうるさいから返すということになつたのじやないか。
#752
○証人(飯塚康治君) それは返しましたのは、昨年の年末だと記憶しております。
#753
○委員長(伊藤修君) 失礼ですが、あなたのお宅の家財道具は今どのくらいお持ちですか。
#754
○証人(飯塚康治君) 私の家はベビー・箪笥が一つにそれから戸棚が一つ、ちやぶ台が一つそれから机が一つ、家具としてはこれだけであります。
#755
○委員長(伊藤修君) 何だかあなたの所にいろいろな家具を沢山貰つて相当家財が殖えたという話ですが。
#756
○証人(飯塚康治君) これは先程申上げました警察署の二階で檢察廳が仮住いをしておりましたときに、会議室であります関係で、我々は隅の方で事務を執つておるのであります。そうして簡易法廷の公判が開廷される場合には衝立で我々の机を隠しまして、そうして会議室の教壇を判事席にしまして、そうしてここで簡易法廷を開廷しておりました。そういう関係でできてくる備品を格納して置く所がないために、先程申上げました通り私の所は引揚者でありますし、それから当時入つておりました家が八疊、四疊と四疊半で殆んどがら空きであります。ですから私の所にでき上つて來る家具、机、椅子のようなものを私の家に沢山入れたことがあります。多分私はそのことを言うたのじやないかと思つております。
#757
○委員長(伊藤修君) あなたは引揚者であるに拘わらず、いろいろ家財を後から後から買込むから、買込むと見えたのでしよう。それで何かしておるというふうに町民が考えたんでしよう。
#758
○証人(飯塚康治君) これにつきましては、本庄の曾て私の役所に納入いたしました清水という家具屋とそれから大谷という建具屋が私の家に持つて來たのでありますから、この方々に聞いて頂けばよく分りますし、又現在私が官舎に入つておりますから、いつ來て御覽になつて頂きましても……。
#759
○委員長(伊藤修君) いやそれで前提に、満洲からお帰りになるときに何を持つて來たかお聞きしたのです、あなたは七本木の小林源藏氏の事件をお聞きになりましたか。
#760
○証人(飯塚康治君) はあ。
#761
○委員長(伊藤修君) なぜあなたは被害者をお調べにならなかつたのですか。
#762
○証人(飯塚康治君) このことにつきまして、当時警察の司法主任から、私の所に直ぐそういう話があつたのであります。そうして私はそのときに、司法主任に非常に最近飯塚組の評判がよくない。本庄の銀座通りという賑やかな通りがありますが、ここで農村から出て來る若い者たちに喧嘩を吹つかけまして、そうして喧嘩などやつておるというようなことを私向うに着任いたしまして再三聞くのであります。それで丁度そのことを聞きましたから、私司法主任に、飯塚組を叩くのはこのときだ、このときでなければ飯塚組を叩けないから一つ徹底的にやつて貰いたい。それには警察の時間が四十八時間では短か過ぎるだろうから、檢察廳の要するに拘留の十日間の半分をやつてもよいから調べて貰いたいと言つて、月は忘れましたが、四月か、五月と記憶しておりますが、二十二日に拘留状を請求しまして、二十日の逮捕で二十、二十一、二十二日で警察の時間が切れるのであります。それで直ぐ拘留状を請求いたしまして、拘留状を出してそのまま丁度警察、檢察廳が上下にありましたものですから、身柄はそのままにして置きまして、それで記録の上において五日間私の方で受理いたしませんで、警察にそのまま記録を返しましたのです。そうして捜査を続行させておりました。そうして私の所で身柄を受理したのが二十六日であります。そうして二十六日に私が身柄を受理しまして、本人を、被疑者を調べましたところが、犯罪事実は全面的に認めたのであります。ところが小林源藏の被害者の代理であるという、私顏を見れば覚えておるのでありますが、名前はちよつと記憶にないのでありますが、この者が参りまして、被害者の代理であるけれども、是非山口彦衞は寛大な処置を取つて呉れ、こう言つて参りましたのです。そのときに私が、君たちは飯塚組の威圧に恐れてこういうことを言つて來たんじやないかと言つて、私はそれを相手にしないで帰しましたのです。ところが中一日置きまして二十九日頃かと思いますが、又参りましたのです。これは小林源藏が來られないから是非行つて呉れと言われたので來たと言つて又参りましたのです。ところが又井戸の、これは民事になりますが、反対側の七本木の村長以上役員が参りまして、井戸問題は段々好轉解決の方に向つておるからということを私ちよつと聞きましたのです。そうして身柄の拘束期間が切れる五月一日だつたと思います。この日にやはり小林源藏の代理人と、それから相手方と、それから第三者である七本木の村長以下が参りまして、井戸問題はこういう方法で円満に解決いたしました、それは道路から井戸に入る通路と井戸は今後は村有地にして、そうして一切両者では関與しない、それと、今後は絶対にこういう不祥事を村から出さない、それから被害者側から加害者に対しまして、是非寛大な処置を取つて呉れということを言つて参りましたのです。それで私はその都度大場副檢事に報告いたしましたのですが、これは話が前後いたしますが、その事件を受理いたしましたときに、大場副檢事と私が相談いたしまして、これはこの際叩くためにも、これは公判請求した方がいいということを私副檢事に言いましたのです。副檢事もそれに賛成いたしまして、そうしてこれは熊谷支部に移送いたしまして、公判を請求しよう、檢事の肚はそういう肚であつたのであります。そうして、先程申上げました身柄をかしまして、そういう條件と、これはこの三つは私が檢事に報告いたしました。そうして檢事は、然らば略式命令の許されている最高刑の罰金五百名を求刑しようということになりまして、これが確定したということになつております。
#763
○委員長(伊藤修君) 事件の概略はよろしいですけれども、私のお尋ねしたいことは、あなたも先程おつしやつたように、要するにこの際そういう暴力團を取締る、徹底的に叩くというお考えがあつたならば、尚更その事件がどういう方法によつて行われたとか、どういう範囲においてやられたかとか、例えば多数を以て擲り込みして行つたのですから、そういう事実を明らかにして、その連累者を全部一挙に挙げるという必要があるのじやないですか、而もそれを指揮した伊東某、その他の頭領株を逸してしまつて、身代りに出て來た山口某というものだけを捕えておつたのでは、檢察の方法としてはちよつと誤つてはいないですか。
#764
○証人(飯塚康治君) この点につきまして、私はまだこちらに参りまして、本庄に参りまして日も浅いのと、附近のあれが分らないということと、警察の記録をそのまま信用したということは、今に至りまして、あのときにこうであれば、私実際何十年といつて爭つて來たこの井戸問題がこれで解決した、私にいたしますと、当時の考えは、禍いを福と轉じたような……
#765
○委員長(伊藤修君) 問題は微々たる井戸の問題でなくして、それを繞るところの暴力團の跳梁、これを國家としては相当大きく取上げて、殊に今日の國際情勢下に置かれる日本としては、特に中央からも指令があつた筈でありますから、殊にあなたはその点をお氣付きになつておつたのでありますから、單なる司法警察官の報告を信用せず、更に進んで、もう一歩進んでこの被害者をお調べになれば直ぐその事実は明らかになるのでありますから、どうして被害者の代理と称するところの者の供述のみを御信用になつて事件を終了せられたか。先程あなたもおつしやつたように、代理と称する人が脅迫に基いて……
#766
○証人(飯塚康治君) だということも。
#767
○委員長(伊藤修君) ということも、普通常識ならば、それのみを信じて、民事事件が円満に解決したということに重きをおいて、本來の大きなものを逸してしまつたという形があるのじやありませんか。そういうことが本庄事件の禍いの禍根をなして來るのですが、それが日本の民主主義の再建に大きな障害をなすと思うのですが、警察官というものは絶対信用できないですから、殊に本庄においては、警察官とボスと暴力團が繋りがあるという定評があるのだから、これらの作つて來たところの意見書そのままをお取上げになつて、漫然事件を御始末になるということは、如何にも視野が狹過ぎると思うのですね。
#768
○証人(飯塚康治君) 大部今になりまして、今一歩突つ込んでやればよかつたなということを後悔いたしております。
#769
○委員長(伊藤修君) 一つ國家のために、そういう一事件のみにお捉われにならず、大きい視野に立つて國家のためにお働きを願いたいと存じます。
#770
○証人(飯塚康治君) 分りました。
#771
○委員長(伊藤修君) 外に……、それではお忙しいところを有難うございました。
   〔証人渡邊庫三君着席〕
#772
○委員長(伊藤修君) あなた渡邊庫三さんですか。
#773
○証人(渡邊庫三君) さようでございます。
#774
○委員長(伊藤修君) 昨日なぜおいでにならなかつたのですか。
#775
○証人(渡邊庫三君) つい氣軽に考えたものですから、申訳ありませんでした。
#776
○委員長(伊藤修君) 理由なくして出頭なさらんと、一年以下の懲役に処せられますよ。國会の呼び出しというものはそう軽々しいもんじやないですから、まじめに我々としてもいろいろな調査をしているし、國会の審議に必要と思えばこそ御出頭願つておるわけですから、一年以下の懲役、一万円以下の罰金に処せられるのですから……あなたは本庄町で塗料商をおやりになつておるんですか。
#777
○証人(渡邊庫三君) さようでございます。
#778
○委員長(伊藤修君) あなたは本庄事件、廣く本庄事件と称しておりますが、その中で署名運動というものをなさいましたか。
#779
○証人(渡邊庫三君) はい。
#780
○委員長(伊藤修君) どういう趣旨でなさつたのですか。趣旨と目的とをおつしやつて下さい。
#781
○証人(渡邊庫三君) 余り町が騒々しいので鎭めたいと思つてやりました。
#782
○委員長(伊藤修君) 鎭めたい……。どういうことですか。鎭めたいというのは……。
#783
○証人(渡邊庫三君) 事件が始まりまして、丁度一月くらい経つた頃でございました。いつまで経つても町が毎日のようにお祭のような騒ぎをしていますので、友達同志がこれじや仕方がないから中え入つて鎭めた方がよいだろうというのでやつたのでございます。
#784
○委員長(伊藤修君) 中え入つて……どういう中え入つたのですか。
#785
○証人(渡邊庫三君) 実際に警察とか檢察廳なんかの方が惡いことがあるのなら期成会の方で告訴したらどうかということを言つたのであります。そうしたら別に告訴する素振もないし、毎日二百人、三百人の人が旗を持つて町をねり歩いたり、演説して歩いたり、ひどい日には一日の中に七、八回くらい摘発をやつたのであります。そうしますと、御承知のようにあんな小さい町でございますから、何としてもどうしようもなくなつてしまいまして、そうしてまあでき得ることならば円満に解決の付くようにと思いまして、やつた以外に何も他の氣持はなかつたのであります。
#786
○委員長(伊藤修君) それであなたの同志は相当あつたのですか。
#787
○証人(渡邊庫三君) 四、五十人くらいおりました。
#788
○委員長(伊藤修君) その人たちが署名運動を……署名をさして歩いたのですか。
#789
○証人(渡邊庫三君) さようでございます。
#790
○委員長(伊藤修君) 求めて歩いたわけですね。
#791
○証人(渡邊庫三君) ええ。
#792
○委員長(伊藤修君) その結果は……
#793
○証人(渡邊庫三君) その結果は運動を始めました日に、話合つた日に四、五十人の発起人が集まりました。次日一日署名運動をしましたら、その晩に役場当局の方で一任して呉れというので、一任しましたから、正味一日の運動でございました。
#794
○委員長(伊藤修君) 若し翌日に町会議員クラブのそういう話がなかつたならばどうなつておるんですか。
#795
○証人(渡邊庫三君) そうしましたら取れるだけ署名を取つて、それで町当局の方へ嘆願書にするつもりでございました。
#796
○委員長(伊藤修君) 当局というと町会議員ですか。
#797
○証人(渡邊庫三君) 役場でございます。
#798
○委員長(伊藤修君) 町長えですか。
#799
○証人(渡邊庫三君) さようでございます。
#800
○委員長(伊藤修君) 町長へ嘆願するのですか。
#801
○証人(渡邊庫三君) はあ。
#802
○委員長(伊藤修君) 町長へ町民が嘆願したくらいでできるんですか。本庄事件というものの解決が付くのですか。町長はやらないといつておるわけじやない。
#803
○証人(渡邊庫三君) こんなに大きくなるとは思つていなかつたんです。
#804
○委員長(伊藤修君) その後で町民大会を開いたり、町は騒々しいし、相当新聞にも取上げられておる。こんなに大きくなつたということは、その当時署名運動をなさる当時大きかつたのじやないですか。
#805
○証人(渡邊庫三君) その状態までは自分でよく承知していますが、こうやつて國会の先生方の……
#806
○委員長(伊藤修君) 國会の問題は後のことです。あなたがいわゆる署名運動を起すときの理由を伺つておるんです。
#807
○証人(渡邊庫三君) 理由は町が余りにうるさいのを鎭めたいと思つてやつただけです。
#808
○委員長(伊藤修君) そのうるさいことは頂点に立つておるわけですが、その頂点に立つておるものが、町民大会を開き、いろいろな團体ができてやつても尚片付かんのにあなたが署名を取つて町長にその署名を提出するだけで片付くと思つたのですか。
#809
○証人(渡邊庫三君) それは若し駄目の場合はし方がないからそのまま諦めようというふうに皆さんが考えておりました。
#810
○委員長(伊藤修君) 非常な微温的な運動方法ですね。ただそれだけですか。
#811
○証人(渡邊庫三君) それだけでございます。
#812
○委員長(伊藤修君) 外に何か活動なさる御意思はなかつたのですか。
#813
○証人(渡邊庫三君) 何もございませんでした。
#814
○委員長(伊藤修君) 町長にそれを出すと鎭まると思つたのですか。
#815
○証人(渡邊庫三君) 絶対に鎭まるとは思いませんでした。
#816
○委員長(伊藤修君) そうするとあなたの名前を賣るためですか。
#817
○証人(渡邊庫三君) いや、そういう意味はございませんです。
#818
○委員長(伊藤修君) 達成されないとあなたが予想されるなら、余り方法としてはいい方法ではないじやないですか。
#819
○証人(渡邊庫三君) いいか惡いかという……、自分ではいいと思つてやつた仕事です。
#820
○委員長(伊藤修君) 折角署名運動をして数千人の人の署名を取つてなさるならば、本庄事件を解決するためにするというならば、それには実効のあることをおやりになつた方がいいのじやないですか。それ以外に何も方法はないのですか。
#821
○証人(渡邊庫三君) それ以外には何も考えておりません。
#822
○委員長(伊藤修君) そうすると、その一日経つて後は町会議員クラブに委したわけですか。
#823
○証人(渡邊庫三君) さようでございます。
#824
○委員長(伊藤修君) その席上であなたは発言されましたか。
#825
○証人(渡邊庫三君) 私は行きませんでした。
#826
○委員長(伊藤修君) どなたが行つたのですか。
#827
○証人(渡邊庫三君) 土屋さんという人と井筒屋さんという年を取つた方に行つて頂きました。
#828
○委員長(伊藤修君) あとで報告を聞いたのですか。
#829
○証人(渡邊庫三君) 報告を聞きました。
#830
○委員長(伊藤修君) どういうことにして委したのですか。
#831
○証人(渡邊庫三君) 万事白紙に戻して町当局へ委して頂きたいという話だそうでございます。
#832
○委員長(伊藤修君) 白紙に返して一任する、町当局において処理されることに対してはあなたは異議がないわけですか。
#833
○証人(渡邊庫三君) はあ。
#834
○委員長(伊藤修君) どう処理されてもいいのですか。
#835
○証人(渡邊庫三君) はあ。
#836
○委員長(伊藤修君) あなた方の希望する町というものが実現されないでもいいのですか。
#837
○証人(渡邊庫三君) 希望は申上げました。
#838
○委員長(伊藤修君) だから條件附きでしようが。
#839
○証人(渡邊庫三君) 條件は全部無條件で各團体がしました。
#840
○委員長(伊藤修君) あなた方の方は現に起つておる問題に対してはどうしようというのですか。あなたたちの方は無條件で委すというが、現に起つておる問題に対してはどうしようというのです。あなた方の團体の希望は……。例えば署長を罷めさせろとか、公安委員を罷めさせろとか、或いは警民協会を解散しろとか、まあいろいろ町の暴力團を一掃しろとか、いろいろ問題があつたでしよう。その他ありましようが、そういうものに対してどうしろというのです。あなたたちの團体の意見としては……。
#841
○証人(渡邊庫三君) 暴力團や何かいなくなつたことは期成会の力だと思つて感謝しております。
#842
○委員長(伊藤修君) 他所のことを聞いておるのじやないのです。あなたの方の團体としてそのときの希望はどうだつたのですか。條件はどうだつたのですか。
#843
○証人(渡邊庫三君) 條件は要するに署長さんも公安委員も別に告訴するあれも何もないのだから、そのまま留任して頂きたいという希望だつたのです。
#844
○委員長(伊藤修君) 希望をどこへ出したのですか、それは町会議員クラブの方に出しましたか。
#845
○証人(渡邊庫三君) 町当局の方に出しました。
#846
○委員長(伊藤修君) その席上……。
#847
○証人(渡邊庫三君) いや町長を訪問して出しました。
#848
○委員長(伊藤修君) その席上のことです。あなたたちが一任したときの條件というものがあつたかどうかということを聞いておるのです。
#849
○証人(渡邊庫三君) 條件というものは何もなかつたのです。
#850
○委員長(伊藤修君) それだからさつきの聞いておるのは、町会議員クラブがどういうふうに解決されてもいいのか。
#851
○証人(渡邊庫三君) そうです。
#852
○委員長(伊藤修君) それじやあなた方の運動というものも何もならないじやないですか。あなたたちの期待に反する解決をするかも知れないですね。本庄町の問題というものが一つも解決せん場合もあるでしよう。そう深い信念がなかつたのですか。
#853
○証人(渡邊庫三君) ただ鎭めたい一心でした。
#854
○委員長(伊藤修君) 鎭めるには問題を解決しなくては鎭められないのですよ。その問題を解決するに、これとこれとはどうしても解決しなければならんという條件が附いていたかどうかということを聞いておるのであります。それも白紙ですか……。
#855
○証人(渡邊庫三君) 條件は附けなかつたのであります。
#856
○委員長(伊藤修君) それも白紙に委せたのでありますね、そうするとどういうふうに解決されてもよいわけですね。
#857
○証人(渡邊庫三君) 白紙に委した以上は仕方がないと思います。
#858
○委員長(伊藤修君) その後町会議員クラブで解決された町の状態はどうですか、全部解決されたのですか、問題は何か残つておりませんか現在……。
#859
○証人(渡邊庫三君) 署長云々という問題がまだ残つておるらしいのでありますが、白紙に一任した以上は私共はその後運動していないのであります。
#860
○委員長(伊藤修君) その他のことは解決しましたか……。
#861
○証人(渡邊庫三君) その他のことは解決したらしいのであります。
#862
○委員長(伊藤修君) 町は明るくなりましたか。あなたたちの希望するような平和なよい町になりましたか。
#863
○証人(渡邊庫三君) 町はよくなつたと思います。
#864
○委員長(伊藤修君) 要するにあなたたちの希望するような町になつたのでありますね。どうですか、そこまでは行きませんか。
#865
○証人(渡邊庫三君) とにかく町をめちやくちやにしたということに対しては余り好感は持てませんけれども、若い方々のやつたことに対しては結構だと私は思つております。
#866
○委員長(伊藤修君) 原因じやないのであります。
#867
○証人(渡邊庫三君) 原因でなく……。
#868
○委員長(伊藤修君) 現在どうなつておるかということを……。
#869
○証人(渡邊庫三君) 現在も……。
#870
○委員長(伊藤修君) 済んだことを聞いておりません。現在町がどういう状態になつておるかということを聞いておるのです。
#871
○証人(渡邊庫三君) やくざが公に表に出ないだけでも効果が現われたのではないかと思います。
#872
○委員長(伊藤修君) やくざはまだおりますか………。
#873
○証人(渡邊庫三君) どういうのがやくざだか深いそういう方面のことは知りませんが、とにかく事件前は相当賑やかな通りなんかでは目に見えました。
#874
○委員長(伊藤修君) 他にお聞きになることはありませんか。
#875
○松井道夫君 要するにあなた方の運動の趣旨は刷新同盟なんかのやつておるやり方に反対なのでそれで運動されたのですか。
#876
○証人(渡邊庫三君) 刷新同盟といいますと、期成会でございますか、反対はしません。
#877
○松井道夫君 併しあなた騒がしいとおつしやつたのだから、そういう人は騒がしく運動しておつたのじやないかと思うのであります。そういう人たちが……。
#878
○証人(渡邊庫三君) 余り露骨に町を……お祭りのような騒ぎになつちやつたので、言つたのであります。
#879
○松井道夫君 ですからそういうお祭りのような騒ぎで運動することを反対されたのじやないのでありますか。
#880
○証人(渡邊庫三君) いや、反対という意味でなく、惡い人は惡いように、自分で引上げて進みたいと思つたのです。
#881
○松井道夫君 四十人程発起人が集まつたというのですが、どういつた人たちが集まつたのでありますか。
#882
○証人(渡邊庫三君) 月給取り、商人なんという方です。
#883
○松井道夫君 纏まつた團体の人たちですか。
#884
○証人(渡邊庫三君) 團体でありません。
#885
○松井道夫君 招集は誰がしたのであります。
#886
○証人(渡邊庫三君) 昭三会といつて昭和三年に本庄の小学校を卒業した同窓会がございますのですが、その何人かが母体となつて集めたのであります。それが二十歳時代の人がこういうふうに町を何というのですか、騒がしくしてしまつたから、三十代の者で何とか妥協させて靜めようじやないかというのが初めの考えだつたのであります。
#887
○松井道夫君 誰か第三者からそういうふうな方法で運動を起したらいいじやないかというような示唆を受けたようなことはないのでありますか。
#888
○証人(渡邊庫三君) そういうことはございません。
#889
○松井道夫君 ない……、結構です。
#890
○委員長(伊藤修君) 他に御質問ありませんか、それではお帰り下さいまし。
 では本日はこれを以て散会いたします。明日は午後一時から証人を喚問いたします。
   午後三時四十五分散会
 出席者は左の通り。
   委員長     伊藤  修君
   理事
           宮城タマヨ君
   委員
           大野 幸一君
           齋  武雄君
           鈴木 安孝君
           深川タマヱ君
           來馬 琢道君
           松井 道夫君
           松村眞一郎君
  証人
   前本庄町会議員 小此木一二君
   本庄町町政刷新
   期成会会長   境野 正弘君
   本庄区檢察廳副
   檢事      大場甚之助君
   本庄区檢察廳事
   務官      飯塚 康治君
   塗  料  商 渡邊 庫三君
ソース: 国立国会図書館
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