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1948/12/13 第4回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第004回国会 不当財産取引調査特別委員会 第5号
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1948/12/13 第4回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第004回国会 不当財産取引調査特別委員会 第5号

#1
第004回国会 不当財産取引調査特別委員会 第5号
昭和二十三年十二月十三日(月曜日)
    午後四時十二分開議
 出席委員
   委員長 武藤運十郎君
   理事 辻  寛一君 理事 高橋 英吉君
   理事 明禮輝三郎君 理事 梶川 靜雄君
   理事 前田 種男君 理事 荊木 一久君
   理事 石田 一松君
      大上  司君    尾崎 末吉君
      松野 頼三君    足立 梅市君
      成田 知巳君    山中日露史君
      橋本 金一君    田中 健吉君
      宇都宮則綱君    寺崎  覺君
      徳田 球一君
 委員外の出席者
        証     人
        (議員)    和田 博雄君
        証     人
        (議員)    林  大作君
        証     人
        (商工事務官) 鈴木 重郎君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した事件
 いわゆる纖維疑獄事件に関する問題
    ―――――――――――――
#2
○武藤委員長 これより会議を開きます。
 証人調べをいたします。本日御出頭の証人は鈴木重郎君、林大作君、和田博雄君です。纖維関係の問題について証人として証言を求めるために御出頭を願つたわけであります。証言を求める前に各証人に一言申し上げます。
 昨年十二月二十三日公布になりました昭和二十二年法律第二百二十五号、議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律によりまして、証人に証言を求める場合には、その前に宣誓をさせなければならぬことになつております。宣誓または証言を拒むことのできるのは、一般の人について、証言が証人または証人の配偶者四親等内の血族、もしくに三親等内の姻族及び証人の後見人、または証人の後見を受ける者の刑事上の訴追、または処罰を招くおそれのある事項に関するとき、あるいはこれらの者の恥辱に帰すべき事項に関するときに限られ、医師、歯科医師、藥剤師、藥種商、産婆、弁護士、弁理士、弁護人、公証人、宗教または祷祀の職にある者、またはこれらの職にあつた者については、その職務上知り得たる事実であつて、黙祕すべきものについて、尋問を受けたときに限られております。右以外には何人も宣誓または証言を拒むことができないことになつておるのであります。なお証人が正当の理由なくして宣誓または証言を拒んだときは、一年以下の禁錮または一万円以下の罰金に処せられ、かつ宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の懲役に処せられることになつておるのであります。一應このことを御承知になつていただきたいと思います。
 では法律の定めるところによりまして、証人に宣誓を求めます。お手もとに差上げてある宣誓書を朗読の上、署名捺印願います。
#3
○武藤委員長 それでは鈴木君、林君、和田君の順序でお話を伺います。從つて鈴木君以外の証人はしばらく別室でお待ちを願いたいと思います。大体において鈴木君の証言は一時間前後、和田君並びに林君の証言は三十分前後と思います。
 なお前々回の委員会におきまして、昨日または本日適当な日に喚問をすることになつておりました証人石橋湛山君より、かぜ及び神経痛のため出席できない旨の書面が診断書を添えて提出せられておりますが、これを了承するに御異議ありませんか。
#4
○武藤委員長 ではさよう決します。
 では鈴木さんに伺いますが、あなたの略歴を述べていただきたい。
#5
○鈴木証人 昭和三年に東京帝國大学の法学部を卒業いたしまして、同年の四月に商工省に入省いたしました。入省いたしましたときは、東京の鉱山監督局の属を拜命いたしまして、爾來商工部内の鉱山関係、燃料局関係あるいは轉業対策部、特許局、総務局といつたような各部局を歴任いたしまして、一時企画院に轉出をいたしまして、その後南方の軍の陸軍司政官になりまして、約一年半ばかり軍属をいたして参りまして、昭和十八年に帰國いたしまして、以來また商工部内の鉄鋼局あるいは大臣官房の会計課長等を経まして、終戰直前に当時大阪にございました近畿軍需監理局の方に轉出をいたしまして、終戰後名古屋にあります東海信越地方総監府の参事官になりまして、昭和二十一年の一月に商工省工務局長として着任いたし、同年の十一月に纖維局長を拜命いたしまして、本年の九月まで纖維局長を拜命しておりましたが、十月二日付をもつて休職を命ぜられて今日に至つております。
#6
○武藤委員長 商工省纖維局の機構及び主たる所管事務、並びに局長の決裁事項などについてお話を願いたい。
#7
○鈴木証人 私が着任いたしました昭和二十一年暮の現在におきましては、課がたしか四課になつておりまして、綿業課、衣料課、絹毛課、それに紙の行政を担当しておりました紙業課というこの四課の編成でございました。その後漸次業務の拡充に伴いまして分課いたしまして、紙業関係は翌年のたしか五月ごろであつたかと存じますが、紙の行政を生活物資局に移管をいたしまして、纖維局は本來の纖維行政だけを担当することになつたのでございますが、その際絹と絹毛課を二つにわけまして、絹業課、麻毛課に分割いたしました。さらに綿業課を二つに分割いたしまして、綿業課と纖政課という二つの課に分割をいたしました。さらにその後拡充をいたしまして、衣料課を二つに分割されまして、衣料製品をつくる製品課と衣料品の配給を主として担当いたしまする衣料課との二つになりました。さらに檢査課を創設いたしました。さらに麻毛課という一つの課でありましたものを、羊毛の関係を主として担当いたしまする羊毛工業課と、さらにその残余の麻その他の特殊纖維を扱いまする麻、特殊纖維課、こういう九課に編成されまして今日に至つておるのでございます。それぞれその分課に從いまして事務を担当しておりますが、纖維局の仕事といたしましては、纖維工業に関しまする設備、すなわち紡績設備、あるいは織物設備、染色加工等の纖維工業の設備に関しまする許可、あるいはその移動に伴いまする許可等の手続の事務を処理いたしております。
 第二点は纖維製品の製造に関する事務を処理いたしております、すなわち棉花を加工して糸にし、あるいは織物にするというような、纖維製品の原料から最終の生産品にいたしまするまでの纖維製品の生産加工に関する割当、生産指示といつたような製造に関する業務を担当いたしております。
 第三にはこれらのできました製品あるいはその原料の配給の問題、すなわち原綿であるとか、あるいは糸であるとか、それを加工するための原反であるとかいつたような原料の配給の処理、さらに最終製品としてできました衣料品の國内配給、こういつたような配給の問題を処理いたしております。
 第四には、これらの製造に関しまする製品の檢査の事務を担当いたしております。特に絹織物、毛織物等は國営檢査でございまして、國の檢査機関が直接製造業者の製造いたしましたものをことごとく檢査をいたしまして、その合格、不合格を決定いたしておりまするし、それ以外の織物、さらに衣料品につきましては、民間の檢査機関がその業務を担当いたしておりますが、その檢査機関を指導監督いたしまして、檢査業務を遂行いたしてまいつております。
 さらに第五はこれらの衣料纖維原料並びに纖維製品の配給に関しまする機構、すなわち販賣業者の指導監督の業務も担当いたしております。特に原料及び衣料製品の製造業者から小賣業者にわたつてまいりまする卸賣業者、販賣業者につきましては、特に政府の許可事項になつておりますので、それらのいわゆる登録を受ける事務があるわけでありますが、販賣業者、卸賣業者の登録の事務を所掌いたしておりまして、さらに末端の小賣店の業務等につきましては、それぞれ各府縣の業務でございますが、これの指導監督に当つているのでございます。大体纖維局といたしまして所掌いたしまする業務は、以上のような事項でございますが、これを現在の纖維局といたしましては、局長のもとに次長があり、先ほど申し上げました九課に分属いたしまして、それぞれ綿業課においては、綿工業に関する設備あるいは生産の業務を担当いたしまするし、羊毛工業課では羊毛関係の同じような業務を担当するというように、品種別、業種別にそれぞれの業務を分掌して参つております。製品課は衣料製品の製造すなわち原反を使用いたしまして、それぞれ最終の衣料製品の加工業務を担当いたしておりまするし、衣料課はできました衣料品の配給、すなわち國内における配給問題を担当しているのであります。原料の配給は生産と密接不可分でございまするので、それぞれこの各課が製造に伴う原料の配給を担当いたしております。檢査課は言うまでもなく國管檢査所の監督、指導並びに民間研究所の指導並びに監督に当つているわけでございます。大体そういう事情であります。
#8
○武藤委員長 梅村清という人を御存じですか。そうしてまたどういう御関係であるか述べてください。
#9
○鈴木証人 私が着任いたしましたのが昭和二十一年の十一月九日附でございますが、私が事務局長を拜命いたしまして、多分その年内であつたか、あるいは年を越したか時期はちよつとはつきりいたしておりませんが、この方が愛知縣の豊橋に在住せられて、豊橋市を中心にいろいろ纖維関係の事業をやつておられるということでありまして、たしか上京されたときに私の局長室でお目にかかつたのが初めてでございますが、お名前は実は私が着任いたしまして早々――多分これは二十一年の年末ごろであつたかと存じますが、私の就任に対しまして、お祝ということである軸物を一本届けられましたが、その際梅村清という方のお名前を承り、間もなく年内であつたか、年を越えてから上京せられまして、あいさつに來られてその方の名前を承つたのであります。その後一般的にいろいろ纖維事件をやつておられる関係から、上京せられたときにあいさつに來られておりまするし、また本年の一月ごろであつたと思いますが、私が豊橋市に纖維工業者の工場視察、あるいは業者の懇談会を催された際に豊橋市に参りまして、豊橋市の懇談会あるいは工場視察の際にお目にかかつておりまして、この方の事業の工場も拜見いたしておりまするし、御本人にも会いまして存じております。その程度のお附合いであります。
#10
○武藤委員長 先ほど軸物をもらつたと言われましたけれども、そのほかに何か金品を贈られたことはありませんか。
#11
○鈴木証人 軸物はその後もう一回いただいております。それは昨年の――私の記憶もきわめて不正確でございますが、多分八月か九月ごろであつたと存ずるのでありますが、私の留守のとき自宅の方に――これはあるいはいろいろ事業関係の工場等ができ上つたり、御承知の新紡績、いわゆる十大紡績会社以外に中小の紡績工場を許すことがきまりまして、約二十五ほど中小の紡績工場が許可されました中に、やはり梅村さんの関係しておられる工場が一つ許されているのでありますが、その関係であつたかと思う、やはり軸物を一本九月ごろであつたと存じますが、届けられております。それ以外には特に金品をいただいてはおりません。
#12
○武藤委員長 ときどき食事をともにするというようなこともあるのですか。
#13
○鈴木証人 食事は東京で、どこであつたか場所は存じませんが、一、二回会食をいたした記憶がございます。それから豊橋市に参りました際、これは業者の懇談会でありまして、多数の業者の方がおられましたが、その席にも列席しておられまして、それからその懇談会の翌日、これは豊橋市の商工会議所が主催で簡單な晝食の会がございましたが、そのときにもおいでになつておりまして、会食は四、五回一緒にした記憶がございます。
#14
○武藤委員長 梅村清氏について伺つたと同じようなことについて小久保儀三郎という人との関係並びに金品の授受関係を述べてもらいます。
#15
○鈴木証人 やはり私の纖維局長就任の直後だつたと思いますが、この方は東京に在住しておられますので、間もなく挨拶に來られたときにお会いしたのが最初であつたと記憶いたしております。その後やはり事業関係でいろいろ説明あるいは陳情というような機会に役所においでになりまして、お話を承つております。從いまして、やはり会食は数回、いろいろな團体の会合の場合もございましたし、それから小久保さんの主宰しておりまする現在の小久保産業としての、あまり多数でない小久保さんだけの御招待にも一、二度会食に出たように記憶いたしております。金品の授受関係につきましては、小久保さんとは特に何か手みやげ等で、あるいは盆暮のときにお菓子なり、果物であつたか、そういうものを届けられたことはあるように思います。どういうものをいつもらつたか存じませんが、それ以外には特に私が金品をいただいたことはございません。
#16
○武藤委員長 家を買うことについて二十三万円とか小久保氏から受取つたということはないのですか。
#17
○鈴木証人 私の住宅問題で小久保さんにお世話になつていることは事実でございます。これは私の宅がやはり戰災を受けまして、それから私が名古屋から轉任をいたしまして昭和二十一年一月にこちらに帰つて参りましたが、やはり住宅もなく親戚のところに同居をしておりまして、相当長くいろいろと借家のあつせんをいろいろな方に機会あるごとに、友だちなりあるいは役所の職員なり、その他の方にお願いを申しておりましたが、なかなか容易に借家もございませんので、たまたまいろいろな私の知りあいの人も、とうてい借家も困難であろうから、むしろ小さいながらも家を求めた方がよいであろうというので、結局そうするよりないものでありますから、そういうふうに進めていただきまして、やむを得ずこういうような措置をとることを決心いたしたのでございます。また私が同居しておりました親戚のところもいろいろな事情から引越さねばならない情勢に迫られまして、昨年の五月初めごろ、ある人の紹介で見ました、現在住んでおります私の宅でございますが、その家が賣り物に出ているということを聞いていたのでありますが、まアあまり往復もなくこの程度のところは非常に好ましてということでございまして、できればそういう賣り物に出ている家に何とか入りたいという心組みになりまして、從いましてむろん私としてもその家を自分自身で買い取つて入るというような資力もない関係から、たまたま小久保さんが私のある知人の家もお世話願つているという噂を聞いておりましたので、こういうふうな事情で引越さねばならないが、この程度の家があるが何かお願いできないだろうか、実はいろいろ急な事情で引越さねばならないので、ある程度その買收について話を進めているんだが、お願いできないか、こういうことをお願いいたしまして、それはお氣の毒であるし、それくらいのことはお世話してけつこうです、ただお金を差上げるとかお貸しするということになりますと、私もいつお返しすることができるかわかりませんし、担保力もございませんし、そういう関係もございまして、ぜひその家を買い取つていただいてひとつお貸しを願えないかということをお願いいたしましたことがございます。その家が二十三万円でございまして、それをどんどん話を進めて至急にお買い取りになつて手続を進めてけつこうですということで、それでは私の方でさつそくお金を拂つていただいてけつこうですということで、そのお金を私がお預かりいたしまして、小久保さんの買い取つていただく家のあつせんをいたしました建築あつせん業者に私が届けまして、あとの区役所の届けその他の手続をいたしたことはございますが、その二十三万円はそういう趣旨の二十三万円でございまして、私がその金額を頂戴した、あるいはお借りしてそのままになつたという家ではございませんが、そういう趣旨で二十三万円をお預かりしたことはございます。
#18
○武藤委員長 家の名前はだれになつているのですか。
#19
○鈴木証人 それはそのときのお話で、むろん自分の名前にしていただいてもかまわんですが、そのとき言われたことは実ははつきり記憶いたしておりませんが、自分の家内のおやじと言われたか、あるいは妹の兄貴と言われたかはつきり覚えませんが、こういう人で宮大工をしているそういう方面に慣れた男がいるから――松島重之助と言われたのでありますが、その人の名前に手続をしてくれ、こういうお話しでございまして、松島重之助氏宛ての讓渡契約、それから区役所の手続等をいたしておりまして、所有者は松島重之助氏の名前になつているのであります。
#20
○武藤委員長 それでは小久保さんが金を出して松島の名前で買つて、その家にあなたが入つている、そういうことになつているのですか。
#21
○鈴木証人 そうでございます。
#22
○武藤委員長 そうすると、家の所有権は松島にあるということになるのかな。
#23
○鈴木証人 そうだと存じます。
#24
○武藤委員長 あなたはそれを松島から借りているということになつたのですか。家賃などはどういうふうになつているか。
#25
○鈴木証人 そういう匆々の間に話ができまして、一切の手続が完了いたしましたので、おかげ樣で手続も終りました、私も引越させていただきました、從つてお家賃なり借家契約なり早くお話をおきめ願いたいということを小久保さんにお願いしたのでございますが、そのときは小久保さんはいやそう急ぐこともない、いつでもようございますというようなことで、二、三回そういうことをお話したこともありますが、実はそのままに相なりまして、今年のたしか五月ごろであつたかと存じますが、小久保さんとも取引関係なりあるいは融資関係もあるのか存じませんが、特に懇意な方であり、また私自身が非常に懇意にしております竹野産業株式会社の現在は社長をしておられる竹野進一君というのがおるのでありますが、その竹野進一君が、小久保さんから頼まれて実は來たが、何か家の関係がそのままになつているそうだが、こういう問題ははつきりしておかないといろいろ誤解なり疑惑も持たれるからはつきりした方がよいのじやないか、むろんそういうことは私も前から話はしているからということで、竹野進一君が小久保さんの代理として私のところにおいでがありまして、まアこういうようなことはいつでも同じことだが、ちやんと前からそういうようにしてやつたように、ひとつ契約もつくり、それから家賃の受取りもちやんとしておこうということで、本年の六月に至りまして、借款契約書と、それから敷金の三月分というような書類をつくつていただいたのでございます。その際私も早速お金を持つて行つていただきたいということを竹野君に申したのでありますが、自分は差配に頼まれているし、金は自分としてもいろいろ支拂いをせんければならぬものもあるし、またその都度いつでもいいからこういうようにしておこうということで、実はそのとき書類はちやんと提供していただきましたが、お金は竹野進一君に渡しておらないのであります。これは今年の六月まででございまして、さらに七、八、九の三箇月につきましても、やはり同樣にそういう受取書類をつくつて竹野君が私のところに届けてくれたのです。そういうふうなことで契約は一應きめて、またそういう形式的には受取書にして持つて來ていただいておりましたけれども、そういうような竹野君のお話でありましたので、私としては竹野君は差配として金をお渡ししないで今日に至つております。家賃は二百四十円でございまして、そのうち四十円は地主の地代にお拂いをしてくれということで、地代の方だけは昨年その家を買取つて、引越したときから地主さんはすぐ隣りにございますので、私が地主さんにお拂いをいたして参つております。從つて家賃の方といたしましては、そういうふうないきさつで、まだ現実に現金をお渡しておらないのであります。
#26
○武藤委員長 家賃は受取つたという、判を押した受取りは來ているのですか。
#27
○鈴木証人 それは差配として竹野進一君が作成して私のところに届けていただいておるわけでございます。
 それからちよつと言い落しましたが、家賃と同時に、今わずかなことではあるが、三箇月くらいの敷金は、やはり入れたことにしておいた方がよかろうということで、三箇月の敷金の契約はできているわけであります。
#28
○武藤委員長 受取もあるのですか。
#29
○鈴木証人 あります。
#30
○武藤委員長 地代の受取はだれの名前になつているのですか。
#31
○鈴木証人 これはその家主さんと地主さんとの間の関係で、地主さんの方は地代さえいただいておけば、それはほかにもあるらしいのでございますが、別にどういう契約をしてどうこうせねばならぬというわけでもないので、そのままになつておりまして、ちようど私の家を正式に借款契約をすると同時に、やはり竹野君がこれも地主さんのこともはつきりしておいた方がよかろうということで、そのときには正式に書類が作成されたと存じますが、それも契約では昨年に遡つた契約だと存じておりますが、そういう形になつておろうと思います。從つて地代の方は私が当初からお届けしたものでありますから、私の名前で地主さんは受取書を出しておられます。
#32
○武藤委員長 今度は別なことについて……。林大作という人との関係並びに金銭の授受について伺います。
#33
○鈴木証人 林君と知りましたのは、私が名古屋の第八高等学校の在学中でございまして、同時に高等学校に入学し、同じクラスでございましたので、知り合いになり、爾來今日まで同窓生といたしまして、大学も東京で同じ法学部の政治学科に籍を置いておりましたので、同じような学生生活をやり、從つてその後林大作君は――私も実は三井物産に、就職を志望したのでありますが、たまたま商工省の方に採用せられましたので、私は商工省に入り、林大作君は三井物産に入社したのであります。爾來ときどき同窓会、クラス会を開いたり、あるいは個人的に二人で会つたり、あるいは数人で会つたりして接触を続けて参つたのでございます。その後主として林君はインドあるいはアメリカ等、海外におつたのでありますが、ちようどこの戰爭前に公易営團が創設せられまして、主として三井物産の陣容、経驗を活用するというようなことから、総裁であつた石田禮助君が三井物産の社員であつた林君を連れて公易営團に入つた。それから以後特にまた商工省との関係もありましたので、私は直接交易営團の事務は担当しておりませんでしたが、商工省に参る機会も多いのでときどき会い、またその後交易営團の実際の業務でございましたが、中國との交易関係を処理するために、ちよつと名前を忘れましたが、交易営團の外廓機関の形で中國に一つの出店ができまして、中國に対する物資の輸出入、それに伴う價格調整金の処理等をやつておつたのでありますが、その業務を林君が上海に在住いたして取扱うことになつたのでありますが、その当時も私が商工省におつて、中國との物資の交流に多少関係しておりましたので、そういう関係から上京したときには会い、また私もいろいろ中國の流動物資の交易関係のお話をしておつたのであります。その後昨年私上海に行つたときも会つておりますが、昨年の多分三月末か四月ごろだつたと思うのでありますが、ときどきお互いに会いまして、殊にあの当時は封鎖支拂制度が実行せられ、五百円と家族の分より引出せないようなことで、私どもの生活の状態も、官吏として多少不便な生活困難な事情等も話したこともあつて、まあ財界と申しますか、民間人は割合待遇がよいなというようなことを、簡單に茶を飲みながら、あるいは食事をしなが話合つたらこともあります。そうして多分四月の中ごろだつたと思いますが、林君から非常に困ることもあるだろうというので、私の記憶ではたしか一回、二万円の現金を私に提供してくれたのでありまして、それは非常に恐縮だが、まあ今すぐ今日明日困ることもないので、必要なとき頼む。まあむずかしいこともなし、心配することもないから必要なとき使つたらよかろう。それで、友だちのことでもありますから、それじやとにかくお借りしておこうということで、お預りをいたして今日に至つております。
#34
○武藤委員長 ほかに織物配給業者等から金品を受取つたことはありませんか。
#35
○鈴木証人 配給業者からお金を受取つたことは全然ございません。ただ配給業者も多少あるかと思いますが、あるいは私の旅行した際、あるいは盆暮なり、上京したときの手土産等があるかと思いますが、あるいは昔の布地の残反といつたもの、布地の一着分といつたものを、どなたということは全然記憶ございませんが、そういうような品物をもらつたことはございますので、その間にはむろん配給業者もあり、あるいは生産業者もあるかと存じます。
#36
○武藤委員長 もう一つ、和田博雄君について同じようなことを伺います。その関係並びに金品の授受等について。
#37
○鈴木証人 和田さんのお名前は、実はお顏はたまに会議等で接しておりましたので、戰爭前にもちよつと、お顏は存じておりましたが、はつきりと和田さんのお話を聞いたのは、私がちようど企画院に轉任をいたした際に、企画院に事件ができまして、例の思想問題の檢挙がありました際に、和田さんの檢挙されたというお話を聞いたのであります。それだけでありまして、爾來和田さんとは直接事務的にも折衝したことは全然ございません。從つて初めて和田さんに面接をいたしましたのは和田さんが農政局長をしておられたときに、私が工務局長として肥料行政の所管問題について、商工省が所管すべきか、あるいは農林省において所管すべきかというような事務調整の問題がございまして、私は農政局長室に和田さんをお尋ねしたとき、直接個人的に面接をいたしまして、お話をしたことが最初でございまして、それから和田さんと直接事務的には一、二度、あるいは農政局長時分にお会いしたかと存じますが、間もなく農林大臣になられまして、爾來あるいはこういう廊下、会合の席等でちよつとお目にかかつてごあいさつしたことはありますが、事務的なり、あるいは個人的には一緒にお会いして、いろいろお話合いしたということはその後一回もありません。むろん金品の授受等は和田さんとの関係では一切ございません。
#38
○武藤委員長 今伺つたところでは、金品の授受のあるのは梅村、小久保、林、この三君との間であるようでありますけれども、何かあなたが職務に関して、その代償として便宜をはかつたというようなことがあるのですか。
#39
○鈴木証人 私の所管しておりました業務に関して、小久保産業なりあるいは東亞興業の業務に関しまして、金品をいただいたり、あるいは家のおせわを願つたりしたというような関係があつて、その方の業務に特別の便宜を供與した、あるいは特に何かの依頼を受けたというような事実は全然ございません。
#40
○武藤委員長 何かお尋ねのことがございますか。
#41
○山中委員 先ほどからの家屋の関係でございますが、家屋税はどなたがお拂いになりましたか。
#42
○鈴木証人 これは全然私は存じませんが、おそらく松島重之助さんのところへ区役所から、もし家屋税があるとすれば納税通知が行つて、向うでお拂いになつたのじやないか。むろん私の方で拂うわけはなし、私の所へ來るわけもありません。
#43
○山中委員 先ほどからお話を伺つておりますと、敷金、家賃は実際あなたがお拂いになつたのではないけれども、受取だけは向うから出ておる。地代はあなたの名前で受取が出ておる。実際にあなたがお拂いになつておる。こういう関係から見ますと、名義は先ほどの松島さんという人の名前になつておるけれども、実際は梅村君が自分でその家屋はあなたに與えて、ただ何かの都合で松島さんの名義にしてあるが、実際の所有権はあなたの方にあるという関係になるのではないですか。そうでないと実際に敷金も家賃も拂つていないのに、それから地代も実際に拂つていないにかかわらず、受取だけは出ておるということから見ますと、どうも何かの都合で松島の名義にしておつて、実際の所有権はあなたにあるのじやないかというふうに見えるのですけれども、その点いかがですか。
#44
○鈴木証人 私は先ほど申し上げましたように――梅村さんとたびたび言われましたが、これは小久保さんです。小久保さんにお願いしたときから、そういう趣旨でお願いしたのでありまして、その点で早くきめていただきたいということを、小久保さんにもお会いしたときに数回お願いしておりまして、当初お願いしたときから自分としては、そういう氣持でお願いしておる次第でありまして、從つてこの問題がずるずるになりまして、書類だけつくつて來られて、その差配である竹野君も私も迷惑するということで、誤解を受けるというので、早くちやんとしていただきたいということを申し上げておいたのでありまして、むろん竹野君も私といろいろ取引関係もあるし、金融を受けた点もあつて、小久保さんにお拂いしていただく金もあつて、金はそのときにまた一緒に清算するから、今でなくていいということで、たまたまそのとき私も相当たまつておりましたので、全部一括してお拂いする現金をそのとき持つておらなかつたために、そのままになつたわけでありまして、その点はそういう誤解を受ける事情は、私としては非常に困る。また迷惑もいたしておるのでありますが、私の眞意は初めからそういう趣旨でお願いしたことを、はつきり御了承願いたいと思います。
#45
○山中委員 ちよつと明確でない点は、地代、敷金、家賃は実際拂つておらないけれども、受取だけは出ておる。その点だけを明確にしておきたい。どういうわけで金は実際に拂つていないけれども、受取だけが出ておるか。その取引関係がちよつとわからないのですが、その点をはつきり……。
#46
○鈴木証人 これは今も申し上げました、多分五月の末か六月ごろかと存じますが、いろいろな事情から小久保さんにもそういうことを私が申し上げたことはあるのでありますが、そのまま一年も経過して、万一のことがあつては私にも迷惑を及ぼすことになり、小久保さん自身も非常に迷惑を感ぜられると思いましたので、小久保さんから竹野進一氏に実はいろいろこういうようないきさつで家を提供して貸してある。しかしその契約もできず、家賃もそのままになつておるが、やはりきめておいた方がいいというので、竹野氏に小久保氏からお話があつたらしいのであります。それで竹野氏が私の所へ來てくれまして、今のようなことでは、放つておいてはお互いに迷惑するから、ちやんとしておいた方がよかろう、私も前からお願いしておるのではつきりしたい。それで小久保さんとも相談し、こういうふうに書類をこしらえて來ますからといつて、竹野君が書類をちやんと作成して、私の所へ届けていただいたのであります。これで私もけつこうだし、さつそくお拂いしたい。こういうことであつたのでありますが、あるいは小久保さんに今すぐ持つて行かないでも、自分としては取引関係、融資関係もあるから、この際清算するから、とにかく書類だけ出して預かつておいてくれということで、預かつておいたわけであります。
#47
○徳田委員 終戰当時はあなたはどこに勤めておられましたか。
#48
○鈴木證人 終戰の当時は、大阪の軍需監理局に在任しておりました。
#49
○徳田委員 商工省に勤められましたのはいつごろですか。
#50
○鈴木證人 その後名古屋に参りまして、昭和二十年の一月に商工省の工務局長として帰つて参りました。それまで名古屋の東海信越地方総監府と申しましたが、名古屋におりました。
#51
○徳田委員 商工省の纖維局から繭短纖維の民需轉換と東亞興業の関係に関する説明というのを出したことがありますか。
#52
○鈴木證人 それは本年の七月ごろだつたと存じますが、やはり梅村さんの経営しておられる東亞興業の問題が京都の檢察廳か何かで問題になつたそうであります。京都の警察局で調査があつたそうでありまして、その当時いろいろ新聞方面が短纖維の問題で誤解されたのかどうか存じませんが、新聞に相当誤り傳えられる点が多かつた。こういうことがございまして、たまたま当時の商工大臣の水谷さんがそれに関係あるやに新聞も報じたということで、当時の商工大臣は、これは自分としては非常に迷惑なことである、短纖維の経緯というものはどういうふうにして発しておるかを、はつきり新聞記者諸君に話した方がいいのではないか。こういうお話がございまして、実は大臣もまだ十分御存じないから、大体東亞興業の短纖維の経緯はこういうようになつておるということを簡單につくりましたものがそれだと思いますが、それを大臣に差上げた。そうして京都でいろいろ新聞記者と会談するときに、こういう簡單なものでよくわかるから、こういうものを配つたらいいのではないかということで商工大臣と一緒に私はそのとき京都へ旅行したのでありますが、京都市の警察局で新聞記者團と会見されたときに配付したものではないかと想像いたします。
#53
○徳田委員 ところで終戰当時、短纖維が大体どれくらいあつたかということはおわかりになつておりますか。
#54
○鈴木證人 私は二十一年末に着任いたしましたので、どの程度あつたかということは、実は全然存じません。しかし京都で今の簡單な説明を書いたときに、どういう経緯で、どうなつているかということを私自身も知らないので、農林省蚕糸局所管の物資でありまして、農林省が製造配給の監督指導をやつている物資でありましたので、農林省の蚕糸局に実は説明を私は聞いたのであります。そのときの農林省の担当官の説明によりますと、その説明の内容の記憶があるいは不正確かもしれませんが、終戰直後までに繭短纖維は約五百万貫ぐらいはつくられたと思う。そのうち実際に陸海軍が消費したものはおそらく百五十万貫ぐらいであろう。從つて終戰の直後一應三百万貫ぐらいのものがあつたのではなかろうか。しかしむろん戰災あるいは疎開その他もやつておつたろうと思いますから、現実にはそれだけなかつたかもしれませんが、とにかく五百万貫ぐらい製造して、実際軍が使つたものは百五十万貫程度であろうという説明を聞いたと思うのであります。その説明の計数ははつきり記憶いたしておりませんが、今申し上げたようなことを農林当局から説明されたように記憶しております。
#55
○徳田委員 東亞工業に対して五万一千貫拂い下げたことがありますか。
#56
○鈴木證人 そのいきさつは、その短纖維の説明にもたしか書いておいたと存じますが、梅村さんが経営している東亞工業が終戰後、相当の短纖維を持つている、そうしてそれを民需に利用したい、約十万五千貫ほどのものがあるので、これを織物にして民需用に配給したい、こういう申出が纖維局にあつたのであります。そこでそれは非常にけつこうなことであり、國内の衣料の緩和にも役に立つので、そういう手続を進めていたのでありますが、その後進駐軍の方面からカーテン生地とか、あるいはいす、テーブルのクロースとかいつた意味で相当数量のいわゆるPDが発せられたのであります。ところがそれに引当てるべき原料がないために、その原料は農林省の所管しております繭短纖維を引当てたいということで、農林当局に対してそのPDに対する原料としてその五万一千貫を配給してもらいたいという依頼状を商工省から私の名前で農林省の蚕糸局長に出しまして、それに基きまして農林当局から配給したということがございます。それだろうと思います。
#57
○徳田委員 これはどれくらいの値段で配給したのでありますか。
#58
○鈴木證人 價格関係のことは全然私存じません。農林省の公定價格か、あるいは査定價格か存じませんが、実は價格関係は私は全然関係しておりませんので、値段がいくらであつたか私は全然存じません。
#59
○徳田委員 非常に安く拂い下げて、これでいろいろ織物をこしらえて納めたり、横流しをしたりしただけで大体十三億ぐらいもうかつておつたという計算ですがね。
#60
○鈴木證人 私ちよつとどういう計算か存じませんが、價格は全然私もタツチしておりませんし、その拂下げした後にやはりいろいろ價格改訂等もございましたので、むろん一般の價格が上つたろうと存じます。ただその点は物價廳の方の價格差益金の方で査定をして、納入すべき差益金は納入しているんじやないかと存じます。價格関係については私は全然関係いたしておりませんので、そういう計算になるかどうか、私も全然存じません。
#61
○徳田委員 知らないですか。もとは商工省から拂下げて、これでもつて莫大な富をなして、爾來これを操作して厖大なやみ操作をやつて、いわゆる新興紡績とか、あるいは織物というものをやつた。それがひつかかつたのが京都事件の一つである。それで今では六十億ともいい、八十億ともいう莫大なもうけをしたと言われておりますが、こういうことに関してあなたは少しも知りませんか。相当知つておるだろうと思いますがね。
#62
○鈴木證人 價格関係は全然私も存じませんし、そういつた六十億、八十億というのはどういうふうな計算から出たのか存じませんけれども、私はうわさも聞いたことはございません。ただ商工省が拂下げたとおつしやいましたが、この拂下げ関係は、終戰の直後、製造販賣をいたしておりました機関が閉鎖機関になつて、持物を処分しなければならないというので、これは農林省と商工省とに相談があつたそうですが、その短纖維が將來どういうふうに利用できるやら、あるいは今おつしやつたように、はたして十分利用できてもうかるものかわからないというので、その当時はむしろ引受け方を慫慂した絹紡工場などは、資金の関係もあつたろうと思いますし、また將來の見透しもつかなかつたためか、割当てたものをよう買わなかつた。こういうことで、農林当局としては非常に困られて、それでほしい者にはたれでも幾らでも拂下げようというので、農林省はむしろ買つてもらうのを喜んでおつたという話は聞いておりますが……。
#63
○徳田委員 そうするとはき捨てたようなものですね。
#64
○鈴木證人 その当時は完全な統制品でもありませんし、自由商品として処分したいということで農林当局は拂下げたというような説明を聞いた。先ほど申しました蚕糸局から來られたときの説明はそういうふうであつたと記憶しております。
#65
○徳田委員 どこどこに幾ら拂下げたというようなことは知りませんか。
#66
○鈴木證人 私は全然存じませんが、先ほど申した説明を蚕糸局から聞きましたときに、そういう打合せをして絹紡工場とか、梅村とか、その他のものに拂下げの割当をしたということは聞いております。しかしそれが割当てた通り全部引受けてもらえなかつたので、たれでも希望があればどんどん引受けてもらいたいということを慫慂した。その結果、あるいは東亞工業が相当数量引受けられたのか知りませんが、その当時蚕糸の拂下げは蚕糸統制会社というものでやつていたのですが、その蚕糸統制会社がどこの会社に幾らずつ拂下げたかという数字は全然私は聞いておりません。
#67
○徳田委員 小久保産業あたりには厖大なものを拂下げられたのではないですか。
#68
○鈴木證人 全然私は存じません。
#69
○徳田委員 これは無統制品であるというので、これらのものについては纖維局では統計をとつたりなんかしたことはありませんか。
#70
○鈴木證人 短纖維については商工省としてはそういうことをやつておりません。ただこれが紡績されて、糸となり、織物になつて來ますと、いわゆる統制品になるわけですから、そういう関係で、富士絹なり、その他の絹サージになつて参りますと、商工省の配給物資になるわけです。從いまして短纖維としては私の承知している限りでは、東亞工業に前の十万五千貫、あとに配給した五万一千貫、それだけしか私は記憶いたしておりません。私はその全部がPD関係に引当てられ、現在もまだ完納してないかと思いますが、それがPD関係の原料として使用されている、こういうふうに承知しております。
#71
○徳田委員 そうすると最初に十万五千貫、あとに五万一千貫ですから、全部で十五万六千貫というわけですね。
#72
○鈴木證人 そういうふうに私は記憶いたしております。
#73
○徳田委員 それらは全部進駐軍ですか。
#74
○鈴木證人 五万一千貫に対する生地がたしか五十八万ヤールでありましたかのPDが出ておりますし、その後引続き百三十万ヤールというPDが出ておりますし、そのときとあわせて短纖維の原料として二万貫の原料にバス・マツトのPDが出ておりまして、原料関係でそれが全部引当てられるということで、当時の五万一千貫は民需に使う予定であつたのですが、PDが続々次いで出ましたので、民需用に振り向けるべき予定であつたものを全部PDの原料に引当てたということで今日に至つております。
#75
○徳田委員 そうすると、これはやみには流れる余地はなかつたわけですね。
#76
○鈴木證人 計数的には、原單位計算をいたしてみますと、それからかりに出ましても、そう大量のものが出るということは、われわれとしては予想できないのであります。
#77
○徳田委員 價格のあがつたものに対しましては、すべて價格差で政府がとつておるわけですな。
#78
○鈴木證人 その通りでございます。ただその價格差益金は全額でございませんで、法規で定められておりますように、たしか五分の四を價格差益金でとり、五分の一は製造業者の手に残す。これはあとの金融問題なり、その間における金利などを負担しますから、そういうことを考えて、そのようになつております。商工省として関係しておりますのはそれだけでありますが、それ以外に実は短纖維を持つていなかつたかということになりますと、これは私どもとしてはわかりかねるのでありまして、それ以外にあるいはまだ短纖維を持つていたかもしれませんが、その点は私の方では全然わからないのでございます。
#79
○徳田委員 そうすると大体わからぬというところですね。
#80
○鈴木證人 短纖維の全体については私の方ではわかりかねるのでございます。
#81
○徳田委員 この纖維の統制機関が解散になりましたが、そのときに纖維物資はどういうふうな処置をなされたのですか。
#82
○鈴木證人 一般的に繭短纖維関係は全然私どもの方で関係しておりませんが、それ以外のものは一應閉鎖機関に指定されますと、一般の法規の定めるところによりまして、閉鎖機関処理委員会でございますか、その許可と申しますか、それから特に実質的には司令部の方にも連絡して、一般の入札のような形になつております。纖維品のような統制品でございますから、價格も配給先も入札して自由に処分できるわけでございませんので、やはり政府の配給計画に從つて、それぞれ現在の配給機関である問屋あるいは小賣店というようなルートを通じて配給されておると思います。原料は、たとえば日本織物等の会社が閉鎖機関でありますが、そこにあります原反は同樣にミシン工場に同じような方法で配給される、こういうことになつております。切符を持つて行つて閉鎖機関から引取る。こういうふうに処置をいたしております。
#83
○徳田委員 閉鎖機関はまだ継続しておりますか。
#84
○鈴木證人 その後私も存じませんが、まだ全部清算の済んでいないものもあるかと思いますが、大体閉鎖機関になりましたのが纖維につきましてはかなり遅れておりますが、本年の六月ごろであつたかと思いますが、そのころ大体統制機関も閉鎖機関に正式に整理されまして、今言つたような処理に移つていると思います。
#85
○徳田委員 この纖維くらい厖大なやみが行われておるものはないと思いますが、大体やみの計数や、やみがどのくらい行われておるか、それから價格はどのくらいであるかということを、商工省で算定したことがありますか。
#86
○鈴木證人 やみの市場に流れておる纖維の数量は、いろいろうわさもあり、また世評もあるのでありますが、私の方で特に調査してこのくらいあるだろうと推定いたしたことはございません。また價格につきましても、部分的には一ヤール二百五十円、あるいは三百円だというような話はございますが、それらを組織的に全般にわたつて調査したことは、商工省としてはございません。このやみ物資に流れて行く給源につきましては、どういうわけでやみ市場に物が出て來るか、これにつきましては、私どもとしてはいろいろ檢討を加え、またその防止策につきましてもいろいろ研究を進めておりましたが、これについても的確な監督方法、取締方法が実は見つからないので、でき得る限り無切符賣買あるいは價格違反の取締り、監督で取締つて行きたいということよりほかないというので、檢察当局なり警察当局と連絡して、纖維取締りの強化で進んでおりまして、ほんとうにこれはどうしたら給源からとめられるかということにつきましては、今日のところなおまだ檢討中だと存じます。
#87
○徳田委員 そうすると終戰時においてどのくらいの纖維品があつたか。また原料があつたか、これがどこに行つておるか、それから統制会社はどれだけ持つていたかというようなことに対して、商工省はほとんど調べていないのですな。
#88
○鈴木證人 いや終戰当時は御承知のように、一元的な配給統制になつておりまして、從つてその当時のいわゆる纖維製品を持つておる段階は、製造業者、それから中央におきましては中央の配給機関である、織物で言えば日本織物、衣料で言えば日本衣料、そういう中央の統制機関がありますし、それから末端におきましてはいわゆる府縣の纖維配給会社があります。それ以外には纖維製品は所有し得ない形になつておるのでありまして、それ以外のものは個人の所有で、配給機関としては、小賣店にしても各府縣の纖維配給会社の指定配給所に過ぎないのであります。これが町会、隣組の配給に從つて現物を引渡すに過ぎなかつたのであります。從つて私はその当時直接関係はございませんが、一般的に終戰時における在庫調査は無論やつているのであります。ただ在庫調査といいましても、今お話の通り、いかに少いとは言いながら、全國的にはかなり大きい数字でありまして、その統計の資料がはたして的確に把握し得たかどうかについては多少の疑問があると思いますが、しかし資料としてその当時の在庫量を正確につかんで、その資料を基礎にして、終戰以來の配給を続けて参つたのであります。原料は無論輸入がございませんので、その在庫品を中心にして、一昨年綿花輸入ができるまでの配給を続け、一昨年もこの在庫品をやはり相当引当てにしてかなり配給を続けて参つたのであります。また輸出品も相当なものがございます。しかしその資料も、実際は戰災や何かで、中央の会社に資料があるのに現物がなかつたり、中央の書類が燒けてないのに、地方の倉庫には現物があつてみたり、そういう関係から帳簿と現物が必ずしも合つていないことがありました。しかしその当時としてのでき得る限りの調査と手続を進めて、その在庫給源に配給せしめたということでありまして、決して全然何も手をつけなかつた、わからないからそのままにしておいたということではなかつたと思います。
#89
○徳田委員 纖維の特殊物件はどうですか。
#90
○鈴木證人 これは商工省が直接でなくて、それぞれ軍の関係、それから各府縣が軍の機関で持つておりましたものをリストをつくつて、司令部に提出し、日本政府に返還された。そういう形でございまして、それはその当時の内務省の調査部が整理をしました軍のリストと、現物の仲介によつて確認されたものを、商工省の配給ルートに移管されて來る。そこでその資料によりまして割当を進めた。こういうふうに考えております。
#91
○徳田委員 そうすると、大体商工省の纖維局にはあるわけですね。報告できますね。
#92
○鈴木證人 それは大体の資料はあると思います。これは從來でもあの当時の特殊物件の國内在庫等もいろいろ資料を報告したこともあると思いますが、それは特殊物件も一遍に移管しておりませんから、なお次から次へと整理して移管する都度ふえて参るわけであります。また摘発にしても、漸次またこういう所にもあつた、ああいう所にもあつたということで、その当時確認されたものが、あとからさらに追加確認をされるということで、私ども一体どこで締切るかということはなかなか問題でございますが、ある時期に達した一昨年でしたか、昨年でしたか、ときどき締切つては報告いたしている次第でございます。
#93
○徳田委員 失礼ですが、あなたの洋服は新しいようですが、やはり日本でできたのですか。
#94
○鈴木證人 これは私が戰前に佛印に旅行しておりましたときに、佛印でつくつたものでありまして、別にそう新しくもないのであります。
#95
○徳田委員 そうですか、失礼しました。――それでは大体商工省で調べればそういうものは出て來るわけでしようが、ところで纖維品のやみが非常に横行していることに対しては、あなたは御承知ですか。纖維品ぐらいやみの横行しているものはないと思います。
#96
○鈴木證人 やみのあることも十分承知いたしております。
#97
○徳田委員 それらに対して大体どれくらいのものが推定してあるかということに対して、商工省で檢討し得る可能性はありますか。
#98
○鈴木證人 これは先ほど申し上げましたように、その給源から想定いたしますと、原反その他から考えてみますと、そう大量の物があり得ないという判断をいたしておりますが、ただ世の中に言われるような大量の物があるとは実は私どもは全然考えておりません。ということは、今までいろいろ摘発の問題、あるいはいろいろなうわさ、情報はずいぶんありました。これはあらゆる方面から調査をいたしても、現実にこういうものがあそこに十万反、こつちに二十万反という現物の出て來た事例は一件もございません。ほんとうに話は大きいのでございますが、ほとんど出ていない。百反、大きいときでも千反、二千反程度でございまして、何万反というものが出て來たような事例は今までのところ私ども聞いておりませんが、そういうふうなところから考えましても、話ほどは現実にはないのじやないか。話は大きいけれども、ほんとうのものは少いのじやないかというような私どもは感じを持つておる次第でございます。
#99
○徳田委員 大体の推定はどれくらいあるという計算は、商工省から当委員会に出すことは可能性がありますか。
#100
○鈴木證人 やみ物資の推定は困難だと思います。
#101
○徳田委員 困難は困難でもできやしませんか。
#102
○鈴木證人 それはおそらく官廳としての推定で、このくらいはあるだろうという推定はちよつと困難だろうと思います。
#103
○徳田委員 大体この九月、十月、十一月にかけまして非常にたくさんな纖維局関係の不正事件が起つておりますが、こういうことに関しまして、あなたはどういう処置をとられましたか。最近あなたの部下に対して特別何か監督上の措置をとられたりしたようなことはありませんか。
#104
○鈴木證人 そういう事件の起きたことを、保釈になりましてから知つたのでありますが、これらの私の監督不十分の点はまことに遺憾に存ずるところでありますが、こういう割当の製造計画につきましては、私どもとしても極力注意を喚起し、また自粛自戒をするようにいたして來たのでございますが、なお多少部内にもそういう話を聞きましたような際には十分本人にも戒告を與え、場合によつては免官して、退官をしてもらつたような方も二、三あるのでありますが、そういうふうにして注意を喚起しておるのでありますけれども、やはり多数の中に間違いを犯した者があることにつきまして、まことに残念に存じております。それはいろいろな場合に、これは商工省全体の問題といたしましても、官吏の粛正についてはお話もありましたし、そのつど私どもとしては、また課長、事務官等を通じていろいろ話をしたのでありますけれども、たまたまいろいろな事件が起きておることを聞きまして、一に私の監督取締りの不十分なこととまことに申訳ないと存じております。
#105
○徳田委員 そのときに特に注意すべきことは、いわゆる新興紡績会社――これは人絹とかが特に多いのでありますが、これは一体どういうわけなのですか。
#106
○鈴木證人 新興業者と申しましてもいろいろあると思いますが、むろんその新興業者がなぜ新興になつたかということを考えれば、今お話のように、中には必ずしも正常な経営ばかりではなしに、あるいは中に不正なる今のようなことから資金を得て、大きくなられた方もないとは断言はできないと思いますが、ただ問題は旧來の業者はいろいろと制限会社の制約を受けたり、ことに海外との関係もありまして、いわゆる日本の纖維工業に対する海外の注意も非常にありますので、極端に言いますれば、終戰後アメリカの日本に対する纖維行政の基本方針がはつきりするまで動けないというふうなことが一つの理由ではないか。資金の面から行つても制限会社であり、あるいは解体とか、整理とかいうことを一方には言われておりますので、旧來の日本の世界的に活躍したような纖維業者はむしろ状況を見ておつたというふうなために、十分活躍できなかつたのではなかろうか。ただ新興人はそういう点から行きますと、もともと小さいので、司令部方面にも関係がなく、また取扱うべき原料が綿花とか、羊毛とか、海外よりの輸入原料によらないだけに、比較的扱いよかつた。短纖維とか、ボロとか、ガラ紡であるとかいうものが原料であるために、比較的海外との関係がないので扱いよかつた。しかもそういうものを扱うのには、主として終戰後のいわゆる新興纖維業者が手をつけた。從つてそういうふうなものが、原料がとにかく羊毛であつても、棉であつても、外國から來ないから、いかに活躍しようと思つても動けなかつた。たまたま國内にある原料に手をつけた。業者は比較的終戰後衣料事情の急迫した点でどんなつまらぬガラ紡でも賣れる、値段も相当に賣れるというようなことから、比較的活発に活動したように私は想像するのであります。
#107
○徳田委員 そういう意味じやないですよ。新興紡績とか、人絹とかに不正事件がなぜ多いかというのです。たとえば福井の人絹、福井事件といつて有名ですが、あれは最高檢察廳でいろいろ聞いてみたならば、割当の八〇%やみに流して、二〇%しかほんとうのルートに乘せておらぬようです。こういう纖維関係の人絹だとか、新興財閥だとか、新興紡績だとか、新興紡績だとかいうものに不正事件が多いでしよう。そういう不正事件が多いのはどういう原因かということをあんたにお聞きするのです。
#108
○鈴木證人 私どもとしてはどういう理由か、その点どうもはつきりしませんが、福井の人絹につきましては――これは私の推測が入りますので、はつきりと証言等も申し上げかねると思いますが、結局あの問題が起きたのは、正式に配給しなかつた軍の人絹糸がとにかくあつた。それがいろいろな形で製品化されて來たというふうに私は想象するのであります。また今お話のように、私どもの調査いたしているところによりますれば、終戰以來割当てられたものの八割までがやみ市場に出ていることは私どもは全然承知しておりません。こちらで割当てたものにつきましては、どれだけ納めて、どれだけ残つて、どれだけ供出したかということにつきましては、かなり詳細な調査を進めて参つたのでありますが、決して八割までがルートに乘らないというようなことは絶対にありません。從つてその事件になりましたものは、おそらく私の聞いているところでは、軍の持つていた人絹糸が業者の手に渡つた――むろん渡つたわけでありますが、それの数字が相当正確を欠いたために、これが市場に流れたということを私は聞いております。
 それから新興紡績というお話でありますが、これはどの例をさしたのか知りませんが……
#109
○徳田委員 新興と言うのは、あなた方がすでに許された二十五社というものがあります。こういうものは大概ぼろもうけをしている連中です。こういうものに不正が非常にたくさんある。新興紡績に不正がないことはほとんどないと言つていい。それが商工省の纖維局と非常に深い関連がある、この纖維局に事件が起つたのはそれがためじやないか。
#110
○鈴木證人 この点は、司令部が日本に許された旧來の紡績業者には一錘も増錘を許さない。これはメモランダムで制限を受けまして、なお日本の新しい業者に許すということになつているのであります。これを許すについては、やはり資力あるいは從來経驗のあつたようなものに許した方がいいという向うの指示もありまして、選考した結果、二十五社になつたのでありますが、その業者がしかく御指摘のように不正業者ばかりであるということには私は全然承知しておりません。
#111
○明禮委員 ちよつと証人にお伺いするのですが、日本織統から運輸省の方に洋服地十二万五千ヤールが、丸山とか、日比野とか、脇本とかいうような関係の人を通じて運輸省に拂下げがあつたことがありはしませんか。その点をお伺いします。
#112
○鈴木證人 きわめて具体的な御質問でありますが、運輸省に割当――これは運輸省は御承知のように割当は安定本部が決定いたしまして、全部きめるわけであるから、從つてその割当てられたわく内に対しまして運輸省の、これは主として官需でありますが、鉄道関係の職員が使います物については、運輸省の陸運総局の資材局に全部割当てることになつております。從いましてそのうちの一部としてこれは年間の計画がきまり、それを期別に現物の在庫状況、生産状況をにらみ合わせまして、その都度割当をきめて行くわけでありますので、そういうものを一部の中では運輸省に当然割当てられたわく内において処理したものがあるかとも存じますが、ただいま証言を求められました具体的事犯につきましては、私は全然記憶をいたしておりません。
#113
○明禮委員 今申し上げた通り中へ入つた連中が、丸山とか、日比野、脇本という人たちが斡旋し、なお証人も御関係になつて運輸省の陸運総局でありますか、とにかく洋服地を拂下げるようになつた関係を御承知のはずであると思いますが、よく考え直してください。そしてこの事実にあなたが関係しておられるようでありますから……。
#114
○鈴木證人 あるいは書類を御調査願えばそういう書類は決裁しておるかもしれませんが、そういうお名前をあげられた方は、実は全然記憶はございませんが、無論そういう多数の割当の現物の引取りなり、処置につきましては陸運総局からお話がありました際に割当てますと、その陸運総局の割当に從つて日本織物会社、現在であれば製造業者、問屋等から引取るわけでございますので、そういうふうな事犯があつたかも存じませんが、ただいまお話のような方々は、私は全然記憶に残つておりません。これは多数のうちの一つとして、あるいはそういう普通の処理をしたのがあるかもしれませんが、全然記憶に残つておりません。
#115
○明禮委員 脇本という人は、会社の名前でこういうことをやつておつて、あなたに再三お眼にかかりに行つておるわけですが、記憶はありませんか。
#116
○鈴木證人 これは全然記憶がございません。あるいはお会いすれば顏は思い出すかもしれませんが、どういう会社で、どういう要件でどんなお顏の方であつたか全然記憶がございません。そういう意味であるいはお会いした方ということであれば、かなりのお人にお会いしておりますから、あるいは來られて私とお話したことがあるかもしれませんが、全然記憶しておりません。
#117
○明禮委員 そこでこの洋服生地を大体納められるときに旧マル公時分に納めたのだそうですが、何かそのときの都合で新マル公で取引されて、相当差益金があつた関係は、あなた御承知じやないですか。
#118
○鈴木證人 全然私存じておりませんが、ただ一般的に價格改訂がどういう時期に行われるかというときには、先ほどお話のように現在でも製造業者から問屋へ行き、それから小賣になり、それからあるいは官廳に入るのがたくさんあるのですが、その間において價格改訂があれば價格差益金、かりに利益があれば税の所得の問題になるのでありますが、そういう價格改訂をどうこうということで割当の時期あるいは数量等を操作することは、これは商工省としては全然関係いたしておりません。
#119
○明禮委員 商工省としては関係がないかもしれないが、証人としてこの差益金五十万円をわけるということになつておつて、あなたもその中にタツチしておられるように聞いておるんですが、どうですか。
#120
○鈴木證人 絶対に私はタツチしておりません。
#121
○明禮委員 間違いないですか。
#122
○鈴木證人 これは間違いございません。
#123
○明禮委員 もう一つお尋ねしますが、裕誠商事の石光榮という人を御承知でありますか。
#124
○鈴木證人 存じております。
#125
○明禮委員 この人にあなた金をおもらいになつたことはございませんか。
#126
○鈴木證人 借用いたしております。
#127
○明禮委員 なんぼですか。
#128
○鈴木證人 十万円です。
#129
○明禮委員 どういうふうに借用されたんですか。これはいつですか。
#130
○鈴木證人 この時期は多分昨年の十二月か一月早々であつたと存じますが、石光君はやはり大学時代からの懇意なほんとうに刎頸の友と申しますか、兄弟以上の親友なんでありまして、学生時分からもお互いに一緒に飯を食い、あるいは多少の金銭も借りたりやつたりして來た仲でありますが、たまたま昨年の暮に石光君から私がいろいろと業界からうわさも立てられたり、あるいはそういう経済上困難なために、業者の誘惑にかかつては困るというような、ほんとうに私の身を思う友情から、必要なときは自分が援助したい、また最近自分もある程度事業をやつて、自分としてはどうやらこうやら行ける、君に傷がついては困るから、そういうときには絶対誘惑されないようにしてくれ、そういうことを言われまして、十万円を届けられたのでありますから、そういうときには頼みたいと思つていたので、それではお借りしておこうということでお借りしたのであります。なぜそういう現金を受取つたかといいますると、たまたまその当時私の方の職員組合の関係から、たしか〇・七箇月か八箇月の給與が年内に出ないというので職員組合からこれらの現実の支拂いについては局長個人の責任において何らかの金融策をとつてもらいたいということが、商工省の各局で問題になりまして、それぞれ担当局ではある程度のむりをして、そういう処置をとり、金融をした事例があるのであります。纖維局におきましては、あるいは纖維局にまだ言つて來ない問題としてか、私はその当時直接話は、職員組合からの要求はなかつたのでありますが、ほかの局にかなりそういう問題が起きまして、私も相当局員がおりますが、そういう要求があつた際には何とか融通をしたいという心構えもありましたので、それならばとにかくお預りして、お借りしておこうということで、昨年のたしか暮だと思いますが、十万円石光榮君からお借りをいたして預つておる次第であります。
#131
○明禮委員 お預りしてと言いましたが、お預りしていたのですか、借りたのですか。
#132
○鈴木證人 むろん借りたわけですが、現金を持つて來られたから、私がお預りしておきましようということで、私が預つた。
#133
○明禮委員 そうして借用証書でも入れたのですか。
#134
○鈴木證人 これは友だちで、私自身ももらうつもりはありませんし、そうかといつて向うもいつまでに返せとか、無償、無利子か、どうしようという心持ちはむろんありませんので、しかし私ができる時期があれば、むろん適当な時期にお返ししたいというので、時限も利子も何もないわけでありますが、石光君にお借りして借用証書を一札入れて現金を受取つたのです。
#135
○明禮委員 期限も何もない借用、貸しくれいというわけですね。それは一体あなたは登録か何かの便宜をはかつたのでありませんか。登録権か何かの便宜をはかつてもらつたのでありませんか。あなたの方の管轄じやないですか。登録は。
#136
○鈴木證人 この点は今回の調査について、檢察当局では十分お調べを受けておりますが、私はむろん個人的には石光君とは今申し上げたような親友でもありますし、むろん登録につきましては、これはどこの業者でもいろいろな方の紹介、あるいは個人的に私のところに來られます。もちろん石光君は昨年の九月の登録に際して申請書を出したことも了承しておりますので、いろいろな方からの紹介、上司からのお話と同じようにその当時登録を担当しておりました課長であつたか、ちよつとはつきり覚えておりませんが、課長であつたように思うのでありますが、それにこういう登録を申請しておるのは通せるものなら通してやつてもらえぬか、いずれにしても委員会が審議をして委員会で決定するわけでありますが、その委員会の方でも十分審査をして通せるものなら通してやつてもらいたというように依頼したように思つております。
#137
○明禮委員 便宜をはかつたわけですか。
#138
○鈴木證人 そういうことを依頼したことはあります。そういうことが数十件あるわけであります。そういう関係はございますが、それのお礼とか、代償としてこれをくれると言うようなことは、今申し上げましたように全然本人も言わないし、私自身もそう思つておらないのでございます。
#139
○明禮委員 十万円については担保もなく、利息もきめておりませんね。
#140
○鈴木證人 その通りであります。
#141
○明禮委員 もう一つ伺いますが、吉田敬直という人から五万円もらつておるという話ですが……。
#142
○鈴木證人 金額は私正確に覚えておりませんが、たしかそのくらいの金額を御援助願つております。この方は工務局長時代にお知合いになつた方でございます。むろんこの方は業者ではございませんが、いろいろと業界の方面にもお顏が廣いようでございまして、また一般的にこの纖維の事情等のお話合いをしたという程度でありまして、どこの会社に自分は関係があるというようなお話は一ぺんも聞いたことはございません。ただ財界にもお顏が廣いし、官界方面にもお顏が廣いようでございますので、一般的に私の行政上、そういつた業界の方々のお話、御相談等にも忌憚なく私は意見を申し上げ、また私の知つておる限りのことはお話申し上げておるという程度のおつき合いを願つておるのであります。この方はそういう程度のおつき合いでございまして、ただその金銭につきましては、私の家庭にもお出でを願い、お話もしておるのでありますが、非常に今困つておる、またほんとうに君の奧さんが困れば援助するのだということで、たしか二三回、昨年の暮ごろから本年の九月ごろにまでわたつてたしかその程度――五万円ぐらいだと思いますが……。
#143
○明禮委員 これはおもらいになつたのですか、借りたのですか。
#144
○鈴木證人 これは私としてはお返しすることができるときは、むろんお返しをしなければいけませんし、私としてもぜいたくな暮しで経費がかかるわけでもございませんので、実はできる限りお返ししたいということで、そのお金は私としては手をつけておりませんでした。またお会いしたときもすぐお返ししなければ困る。――ほんとうに困るときにはお願いをいたすということでございましたが、そういうふうな関係もございまして、そのときのお金は実はもらつたつもりもございませんし、置いて行かれましたのでお預りしておりまして、現品もそのまま残しておいたのでございます。今回私の事件に関係いたしまして、証拠資料として押收されておりますが、私としてはそういうふうな立場でお預りしております。
#145
○明禮委員 吉田敬直というのは味の素ですか、どういう事業をしておられるのですか。
#146
○鈴木證人 この人の職業は私の承知しておる範囲では味の素会社の常任監査役であると聞いております。
#147
○明禮委員 白木屋とか横浜ゴム、そういうところからはどうですか。
#148
○鈴木證人 白木屋の問題でありますが、これはたしか百株だつたと思いますが、会社の増資をされたときに、私が纖維局長という関係もございましたが、新株の割当を縁故者としてくれたらしいのであります。これは私もそのいきさつはよく存じませんが、そういうことだと思います。とにかく新株の割当が百株縁故者ということで來ましたので、ただそれを拂い込んだにすぎないのであります。
#149
○明禮委員 だれが拂い込んだ……。
#150
○鈴木證人 私が拂い込んだのであります。
#151
○明禮委員 向うで拂い込んだのをもらつたのではありませんか。
#152
○鈴木證人 そんなことはございません。ただ増資新株割当が來ましたので、私が拂い込んだのであります。
#153
○明禮委員 どのくらいですか。
#154
○鈴木證人 百株ですから五千円と思います。
#155
○明禮委員 横浜ゴムはどうですか。
#156
○鈴木證人 横浜ゴムとは全然関係がないのであります。私が昭南に在勤しておりまする際に、横浜ゴムは向うのやはり業務担当業者として参つておりました。その事業をやつておるときの代表者が私の高等学校の先輩で非常に懇意な男であります。それでつき合つておつたのでありますが、その人が――その当時向うに会社の者も相当多数行つておりましたし、また私の方の軍政監部におりました職員も多数いたわけですが、そういう関係から一ぺん昭南会をやろうじやないかということで、その当時の職員の一人が幹事役になりまして、あれはどこでしたか、大磯だか鎌倉だからよつと忘れましたが、横浜ゴムの工場があるので、工場を見がてらかたがたひとつ來てくれという案内がありましたので、私も同行いたしまして、そうして麻雀会をやつたわけであります。麻雀会の賞品にたしか二千円の商品券――三越のだつたと思いますが、何かちよつとした賞品の中に商品券が入つておつたことをあとで氣がついたのであります。千円の商品券が二枚入つておりました。あまり賞品がおそまつだつたから商品券をつけたのじやないかと思いますが、そういうものが賞品として出ておりました。私は何等でしたか、覚えておりませんけれども、それをいただいたことがあります。
#157
○明禮委員 賞品はやはり普通の賞品だとあなたはお考えになつたのですか。この二千円というのは……。
#158
○鈴木證人 これはそう思つております。
#159
○明禮委員 二千円というのは相当大きい金と思いますがね。
#160
○鈴木證人 私も二千円入つておると思いませんでしたが、とにかく商品券が一緒に包み紙の中に入つておりまして、それをもらつて帰つたのであります。
#161
○明禮委員 そんな賞品があるのはおかしいというので返すのがほんとうですね。
#162
○鈴木證人 その点は今申し上げたように麻雀の賞品としてもらつたのです。
#163
○明禮委員 まだほかに檢査協会、綿工業会という方面はいかがですか。
#164
○鈴木證人 檢査協会は先ほど申し上げました民間の檢査機関でありますが、その会長を私が昨年以來担当しておつたのであります。これは私に対する会長手当、私は直接理事長に会つておりませんでしたが、そういうことで私に届けられて参りましたので、いろいろ職務の関係で会長としての車代というような意味で届けられたと思つて、私は受取つております。
#165
○明禮委員 どのくらいです。
#166
○鈴木證人 昨年は一万円だつたと思いますが、今年の方はたしか二万円だつたと思います。
#167
○明禮委員 どこへ行く車代ですか。
#168
○鈴木證人 これはいろいろ手当というような意味じやないかと思いますが、会長としていただいたことがございます。それからもう一つの綿工業会の方は、これは昨年の暮だつたかと思います。お歳暮という意味で工業会から届けられた。
#169
○明禮委員 どのくらいですか。
#170
○鈴木證人 六千円だつたと思います。
#171
○明禮委員 これはどういう意味ですか。
#172
○鈴木證人 まあお歳暮として届けられたのだと思つていただいたのであります。
#173
○明禮委員 どうもあなたは纖維局長としてこういうような問題があつて、まことに遺憾だと思います。
#174
○田中(健)委員 私はちよつと今席をはずしておつたから、前の方と重複するかもしれません。お伺いいたしたい点は、あなたが纖維局長在任中に、政界の諸君がいろいろと陳情に行つたことがあると思います。私も一回ぐらい行つたことがあります。そこであなたの記憶にある限りの政界人で、業者を代表し、あるいは業者のために纖維の配給その他いろいろなものについて、あなたの所へ陳情に行かれた政界人――現役でも、追放になつた者でもいいから、それをお述べ願いたいと思います。全然記憶がないというわけじやないでしよう。いくらか記憶があるでしようから。
#175
○鈴木證人 これはちよつと、議員名簿か何かで、この方はたしか來られたろうということで当つてみればわかりますが、記憶として実は私、お顏と名前とは合わないものですから、かなりの人にお会いしておりますが、名前はちよつと思い出せないのです。
#176
○田中(健)委員 全部忘れたわけではないでしよう。いくらかわかるでしよう。
#177
○鈴木證人 一人や二人はわかりますけれども、とても全般についてはちよつとわかりません。またどういう内容でお会いしたかも、ちよつと思い出せません。
#178
○田中(健)委員 星島さんはどうですか。
#179
○鈴木證人 これは大臣として使われておりますから、十分承知しております。人を紹介されたこともあつたように思います。
#180
○田中(健)委員 だれを……。
#181
○鈴木證人 だれを紹介されたかということになりますと、これは全然――これは皆さんにも、あなたがおつしやるように、どういう話でお会いしたかということも記憶がありません。徳田先生にもお会いしたことがある。
#182
○田中(健)委員 星島さんは大臣だから使われておつたというのはその通りでしようが、大臣がやはり局長に人を紹介するものですか。
#183
○鈴木證人 あります。
#184
○田中(健)委員 そういう場合は何か名刺でも書いてよこしますか。
#185
○鈴木證人 名刺を書いて來られることもあります。あるいは祕書官が案内して來る場合もありますし、電話などの場合もあります。そのときの都合次第で……。
#186
○田中(健)委員 前労働大臣の加藤勘十氏が、あなたの所にお見えになつたことはないのですか。
#187
○鈴木證人 加藤さんは、私の記憶では、今申し上げたように、ことの内容は全然記憶ありませんが、二度ぐらいおいでになつたように私は思います。どういう事件、どういう内容のことであつたか、とにかくやはり業者を紹介される意味であつたことは確かであります。一回やはり二、三人の人をつれて來られたように私は思います。たしか二度ぐらいはお会いした。
#188
○田中(健)委員 それはいつですか。
#189
○鈴木證人 全然記憶ございません。
#190
○田中(健)委員 どんな用件であつたということも……。
#191
○鈴木證人 全然わかりません。ほとんど毎日、多いときに二、三十人もお会いするから、どういう用件で、どういう人の紹介であつたかということも全然覚えておりません。
#192
○田中(健)委員 加藤さんと、あなたの纖維局でなく、どこかで御会食なさつたことがありませんか。
#193
○鈴木證人 これは全然ありません。
#194
○田中(健)委員 一々政界人の名前を示さなければ、今記憶がないというわけですか。
#195
○鈴木證人 ちよつとわかりかねます。
#196
○田中(健)委員 しかし檢事局に行つて、あなたが取調べを受けた際に、名前はいくらか出ておりませんか。
#197
○鈴木證人 これはたまたま残つていた名刺の一部をお示しがあつた。この人がこの代議士、そういうお話は檢察廳でも全然ございません。またチエツクしていただいたことも全然ございませんので、どなたがどうしたということは、全然檢察廳でもお話がありませんでした。從つて國会議員の方のお名前と用件の内容、時期等については、全然私は覚えておりません。
#198
○田中(健)委員 加藤さんとさつき言いましたが、加藤さんでなくても、他の政界の方々と業者の方々と、一緒にどこかで会食なさつたことはありませんか。そうたくさんでなくても、二、三箇所でけつこうです。
#199
○鈴木證人 どなたとどこで、どういう業者と会食したか、全然記憶ございません。
#200
○田中(健)委員 檢事局で陳述なさつたときに、幾らかないのですか。
#201
○鈴木證人 私は全然それは記憶がありません。
#202
○田中(健)委員 なければ、しようがない。もう一ぺん念を押しますが、加藤さんが二回ぐらい新人の方を紹介して來られた。この点ははつきりしておりますか。
#203
○鈴木證人 はつきりしておりません。一度か二度かわかりませんが、二度ぐらい会つたように思うのです。一度は確かにあります。これははつきりとお顏を見たのですが、あと何回会つたか、たしか何度もありません。
#204
○田中(健)委員 だれをつれて來たかということは、わかりませんか。
#205
○鈴木證人 全然わかりません。そういうことは念頭に置きませんし、そういうことによつて調査する必要もありませんから。
#206
○田中(健)委員 全然念頭に置かぬということはないでしよう。念頭に置かなければ、こういう事件は起きないでしようから。
#207
○鈴木證人 ただ御紹介はあつたろうと思います。だれであつたかはわかりません。それはたくさんの方にお会いしておりますが、加藤さんの御紹介になつたのはどういう方であつたということは、はつきり覚えておりません。
#208
○田中(健)委員 しかしあなたは梅村事件に関係して、一應容疑を受けられておるとしますと、加藤さんが何の用件でだれをつれて來たかわからぬと言うことは、私は納得が行きません。
#209
○鈴木證人 それは私はほんとうに存じません。絶対に私はうそを申し上げておるわけではありません。
#210
○田中(健)委員 それはうそではありますまい。宣誓しておるのだから、しかし全然わからぬというのは、どういうものですかな。わからないものは、しようがないですから、今これだけお伺いしておきます。
#211
○石田(一)委員長代理 あと、ありませんか。
#212
○石田(一)委員長代理 それでは終りました。まことに恐縮でございますが、次の証人との関係もありますので、いましばらくそのうしろの方へ椅子をお寄せになりまして、お待ちを願いたいと思います。
    ―――――――――――――
#213
○石田(一)委員長代理 林大作さんですか。
#214
○林證人 そうです。
#215
○石田(一)委員長代理 証人と鈴木重郎さんとの友交関係を詳細に述べていただきたいと思います。
#216
○林證人 私と鈴木重郎君とは、名古屋の第八高等学校以來の親友でありまして、名古屋時代にもずいぶん親しくしておりました。その後東京大学におきましても同じ学科で常にずいぶん親しくしておりました。社会に出ましてからも常に連絡いたしまして、一緒に遊んだり、時には私が借金をしたりしたようなこともございました。
#217
○石田(一)委員長代理 鈴木重郎さんが商工省の纖維局長時代に、同氏に金とか、物とか贈與されたことがありますか。もしお金なり品物を鈴木さんに贈與なさつたことがあれば、その年月日、金額、場所、理由等を詳細に証言願います。
#218
○林證人 私は記憶があまりはつきりしておりませんが、去年の春の選挙の前でしたか後でしたか、そこが私にはつきり覚えがありませんが、その前後に一、二回にわたつて合計二万円か、二万五千円くらいのものをお渡ししたように記憶しております。
#219
○石田(一)委員長代理 それはどこでお渡しになつたのですか。
#220
○林證人 纖維局長室であります。
#221
○石田(一)委員長代理 商工省の纖維局長室で……。
#222
○林證人 そうです。
#223
○石田(一)委員長代理 そのお渡しになつた理由はどういう理由ですか。
#224
○林證人 鈴木君が終戰後家作など燒かれまして非常に困つておられるようでありまして、どうもこのごろ非常に氣の毒だという感じを私持つておりました。かつて鈴木君の奧さんの在所が非常に裕福な方で、結婚されると蒲田のあたりで相当な家作の差配みたような仕事をして裕福に暮しておられた。そのころ私は割合に貧乏をしておりまして、おそらく数百円の金を私借金になつておるような感じを実は持つておりました。そればかりでなく、長い二十六、七年來のつき合いの鈴木君ですから、困つておるときは多少でも小遣いを持たしてやりたいという氣持がありまして、まつたくの友情から鈴木君に渡したわけであります。
#225
○石田(一)委員長代理 そうするとこれは友人関係で、昔数百円借りていたこともあるので、いつか恩返しをしたいと思つていたので、纖維局長に渡したと、こういうわけですね。
#226
○林證人 その通りであります。もつともやつてしまつたという感じでなく、また私はいつか鈴木君によつて友情関係として救われる、返してもらうこともあり得ると思つております。
#227
○石田(一)委員長代理 この商工省の纖維局長というのは、自分の学友からそれほど同情されなければならないような落ち目にある地位とお考えになりますか。
#228
○林證人 型通りそうおつしやれば、落ち目のはずはないのでありますが、御承知のごとく最近役人の人々の生活は非常に苦しくて、役所の自動車へ乘つて帰れども、家では相当苦しいであろうということは私ども想像できるのです。
#229
○石田(一)委員長代理 ここで元にかえるようですが、あなたの経歴を最近の経歴を――簡單で結構ですから述べてください。
#230
○林證人 私は昭和三年に東京大学を出まして、それからすぐに三井物産株式会社に入りまして、それから世界を二、三箇所まわりました。その間もつとも日本勤務はありましたが……。ところが日本の財閥の制度というものが、非常に日本の國家並びに日本の経済を災いしておるという考え方から、財閥の中でこういうものは解体しなければいけないという議論を盛んにいたしました。そして首になりましたのが、大体昭和十六年に決定いたしまして、発令されましたのが昭和十七年でございます。それから重要物資管理営團という営團に入りました。それが公易営團に発展いたしまして、公易営團の職員になりました。それから昭和十八年に上海に公易営團の職員として派遣されまして、上海連絡部の次長をやつておりました。それが半年くらいで、私は軍に臨時召集を受けまして從軍をいたしました。漢口から桂林の近くの零陵というところまで、野戰小隊長として戰爭して参りました。それから途中で軍政の手傳いをやらされまして、そのころに漢口に帰りました。漢口でもつて終戰になりましたが、なるべく早く日本に帰りたいというので、とりあえず上海まで出ましてようやく船をつかまえて帰りましたのが昭和二十一年の二月の終りでございました。それから帰つたとたんにチフスになりまして半年ほど休養いたしまして、二十一年の秋か冬の初めと思いますが、同じく交易営團の総務部次長という仕事をさせられたのであります。それから間もなくその交易営團が閉鎖機関に指定されまして、進駐軍のCPCの管轄下にありまして、いろいろ進駐軍との折衝、それから内部的には庶務の問題とか、多少企画的な問題とかこういうものを処理いたしておりました。それから昨年の春、その現職のまま選挙に立候補して、当選して上京いたしまして、五月に辞意を表明いたしまして、辞表が許されましたのが六月か七月ころであつたかと思います。いろいろ職務がまだあるからというので、すぐには解職になりませんでした。以上であります。それから二十二年の秋から弁護士を開業いたしまして現在までやつています。
#231
○石田(一)委員長代理 この交易営團の総務部次長として主としてあなたはどういう職務をなさいましたか。
#232
○林證人 先ほどもちよつと申しましたように、進駐軍との交渉が一番大きな仕事で、それから営團内部の整理計画を立てる手傳いをしました。
#233
○石田(一)委員長代理 それは閉鎖機関にされてからですか。その以前においてですか。
#234
○林證人 それ以前におきましても、やはり大体それと同じような方向へ來ておりました。どうせこれは閉鎖をするのだということは政府から内命がございまして、整理の方向に進んでおりました。
#235
○石田(一)委員長代理 それでは話を元に帰しますが、先ほどお伺いいたしました、あの一、二回くらいにわたつて昨年の選挙の前後、計、三万円くらい局長室で手渡したそのときに、鈴木さんは何かおつしやいましたか。
#236
○林證人 記憶がはつきりいたしておりませんが多分そのときの私の今残つている感じでは、初めぼくも苦しいけれどもいいよという話でありまして、それでもまあまあというようなことを私が言いましてそれから結局、ではありがとうというようなことで済んだと私は記憶しております。しかしそれが一回目がそうであつたか、二回目がそうであつたかということははつきり今記憶に残つておりません。
#237
○石田(一)委員長代理 そのときに鈴木さんは、あなたとは親しい友人ではありますが、自分の奉職している局長室において、友達から一、二回にわたつて二三万円もらうというのか借りるというのか、その金銭の授受があるのですから、おそらくこの金銭の性質とか、あるいは何かを尋ねないで、苦しいけれどもいいよ、まあまあ、そうかいとポケツトへ入れるというのでは、いくら親しいお友達でも、纖維局長としては軽卒な金の受取り方だと思うのですが、その点局長とすれば、この金についてどういう理由かとか、何か一つ言うはずなんです。
#238
○林證人 このごろぼくも金が要るのでというようなことを聞いたように記憶しております。
#239
○石田(一)委員長代理 それは局長室であなたがいらつしやつたときにそうお聞きになつたのですか。それともその前に鈴木氏から、実はこのごろ金が要るのだが何とかならないかというお話があつたのですか。どつちですか。
#240
○林證人 私の今の記憶では、局長室で大分雜談の末に、そういうことを聞いたと記憶しております。
#241
○石田(一)委員長代理 そうすると、一二回にわけて二三万円ですから、あなたのいらつしやるたびに、局長からその次のときもまた困つておるという話が出たわけですか。
#242
○林證人 そう何べんも出なかつたと思いますが、要するに私がそのときに持つていたものを貸してやつた、こういうことでございます。
#243
○石田(一)委員長代理 この点についてはこれ以上強くはお聽きしないつもりですが、どうも纖維局長が親友から局長室で金を受けたときに、ちよつと困つているのだというので、あなたがお出しになつて、まあまあ、いいよいいというような、いわゆる友達つき合いでこれをお收めになるということはちよつと私は軽卒じやないかと思うのです。局長としたら、自分の職務が職務だけに、一應はこれは理由のない金だよ、友達同士の貸し借りだよとか何とか、はつきりしたことを言うはずだと思うのですが、まあ結構です。
 それで同氏が局長に在職時代、鈴木氏の職務に関係した事項で何かあなたは用事を依頼したことはございませんか。もしありましたら、少し詳細にどういうことを依頼してどうしてもらつたということを御証言願います。
#244
○林證人 依頼という言葉の意味でございますが、たとえば私が先ほど來申し上げますように、学生時代からの友達であるというような関係で、たとえば議員の中でも三、四人の方には鈴木君に名刺の紹介状など書いたことはあります。それから田舎から陳情に参りましたり、とにかくそうした私を頼つて來た人で、鈴木君に関する人に関しましては、そんなことはいけないということ以外は大体において名刺の紹介状、もしくはひまがありましたら、それじや一緒に行つて上げましようかというので一緒に行つて紹介いたしたことは相当の数ございます。
#245
○石田(一)委員長代理 先ほどのお金をお渡しになつた一、二回のうちに、これは一、二回ともあなたお一人いらしたときですか。それともどなたかを一緒に紹介かたがたお連れになつたときですか。
#246
○林證人 これは全部私一人のときであります。ことにこれは局長としての体面もありますから、それに純然たる私事でありますから、それは必ず一人のときに限つております。
#247
○石田(一)委員長代理 今御証言の中に、議員の中で紹介してくれという者があつたときには、名刺で紹介状なんか出したことがある、また鈴木氏を尋ねて來た人のためにも、これは惡い、そういうことは困るという程度以外のものは、なかには同道して紹介した人もあるとおつしやいますが、御記憶でしたら、その議員の紹介なさつた方のお名前をおつしやつて下さい。
#248
○林證人 ちよつと記憶が今はつきりしておりません。
#249
○石田(一)委員長代理 たくさんある中で、一人か二人ぐらい御記憶じやありませんか。
#250
○林證人 社会党の田中稔男君はたしか一遍紹介したと思います。しかしこれもあまりはつきりしておりません。
#251
○石田(一)委員長代理 そのお一人だけですか。
#252
○林證人 今ちよつとほかは記憶が残つておりません。多分三、四名あつたと記憶しております。
#253
○石田(一)委員長代理 これは名刺で全部おやりになつたというのですから、この名刺が鈴木さんのところにあるはずですが、先ほど鈴木さんの証言を聞いておりますと、檢察廳においても政界の方面の紹介などということはほとんどお調べがなかつた、名刺でお調べになつたのでという話でしたが、名刺で調べられたならば、この議員の名前などがわかつておるはずなのですが、あなたもおわかりにならないし、両方お忘れになつたのではどうにもこれはしかたがありませんが、ひとつもう少しあとまでに思い出したらおつしやつて下さい。
 あなたは貿易公團の役員をなさつたことはありませんか。
#254
○林證人 ありません。
#255
○石田(一)委員長代理 それでは、さつきおつしやつた交易公團とこの貿易公團は……。
#256
○林證人 交易営團の間違いじやないかと思います。
#257
○石田(一)委員長代理 あなたは何か鉄道関係の問題で、特に盡力したとか奔走したというようなことはございませんか。運輸省関係ですね。
#258
○林證人 もう少し何か詳しい事情はわかりませんか。
#259
○石田(一)委員長代理 たとえば運輸省の鉄道関係で、ある人に依頼をされたために、運輸省方面を駈けめぐつたり、あるいは関係のある官廳に奔走をして、その依頼者の依頼を何とか実現させてやろうといつて努力したことはないかというのです。
#260
○林證人 運輸省という役所は、私実はこの間愛知縣知事が東海道電化の陳情に参りましたときに、一度行つただけでございまして、運輸省の中を駈けめぐつた……。
#261
○石田(一)委員長代理 いや、運輸省の中は駈けめぐらなくても、議会の中を駈けめぐつても、やはりその方面の関係の奔走ならばおつしやつてください。運輸省関係と言うよりも鉄道関係ですね。
#262
○林證人 運輸省に資材局ですか、資材課ですか、そういうものがあると思います。そこの課長だつたかと思いますが、その人を閉鎖機関の物資処理局の人に紹介状を書いてやつたことはあります。
#263
○石田(一)委員長代理 ただその程度だけですか。
#264
○林證人 それから、京都の人で脇本という人が非常にいいラシヤでしたか洋服地でしたか、そういうものがあるから、ぜひそれを運輸省に納めたい、だからあなたの知つている鈴木局長に紹介をしてくれと依頼がありました。そしてこれも多分名刺を渡したと思います。
#265
○石田(一)委員長代理 非常にいい洋服地がある、運輸省に納めたいから鈴木局長に紹介してくれというのは、これは商工省の纖維局長ですか。
#266
○林證人 そうであります。
#267
○石田(一)委員長代理 商工省の鈴木局長に、京都の脇本さんという人を紹介をして、脇本さんが持つている洋服地を運輸省に納めるのに、鈴木局長に紹介するというのはちよつと筋がおかしいように思いますけれども、そうじやありませんか。
#268
○林證人 それは大体の官廳の納品のやり方というものが、たとえば隠退藏物資でも、適法で持つておる物資でもよろしうございますが、それを殊に隠退藏物資のごときはそうでありますが、どこかの官廳関係の需要があるという場合には、安本におきましても商工省纖維局におきましても、進駐軍の需要、それから官需、それから一般民需用というように順位をつけて配給のわくを決定しておるように伺つておりましたので、そういうものなら鈴木纖維局長に行つて聞いて、できることならやつてもらいなさいと言うので紹介をいたしました。
#269
○石田(一)委員長代理 そうすると脇本さんが持つている洋服地を運輸省に納めるのですか。それとも隠退藏物資としてどこかにあるその物を、商工省から運輸省に納めるものであるという証明をもらつて、それで脇本さんの手にそれがはいつて、それから運輸省の方に行くのですか、これはどういう筋なのですか、この洋服地というのは……。
#270
○林證人 私その内容についてはよく知りませんでしたが、おそらく脇本君自身が持つておるものではないと思います。
#271
○石田(一)委員長代理 その脇本さんという方はこれをあなたに御依頼なすつたときに、詳しくあなたにお話しませんでしたか。
#272
○林證人 詳しく聞いておりません。
#273
○石田(一)委員長代理 まつたく聞きませんでしたか。
#274
○林證人 内容については詳しく聞いておりませんでした。
#275
○石田(一)委員長代理 それで結局これは鈴木さんに紹介してあなたの名刺が紹介の役に立つたというような報告はありませんでしたか。
#276
○林證人 何かそういうときには行つて最初には会えなくて、それからその次に多分私が連れて鈴木君の纖維局長室で会つたと記憶しております。
#277
○石田(一)委員長代理 その連れていらしたときはいつごろです。
#278
○林證人 去年の夏ごろではなかつたかと思います。
#279
○石田(一)委員長代理 選挙の前後じやありませんか。
#280
○林證人 前後ではありません。
#281
○石田(一)委員長代理 前後と言うとおかしいですが、すぐ直後ではありませんか。
#282
○林證人 直後ではありません。
#283
○石田(一)委員長代理 夏ごろですね。それであなたはこの問題が成功したとか、おかげ樣でというような話を脇本氏からその後報告を受けませんか。
#284
○林證人 ずつと後になつて、去年の暮ごろになりまして――その前に途中でなかなかうまくいかないというような話を聞きました。それから暮ごろになつたと思いますが、まあ何とか順調に行つていますというような話を聞いたように記憶しております。
#285
○石田(一)委員長代理 それはどこでお聞きになりましたか、うまく行つて割合に順調に行つたという、その脇本君の話はどこでお会いになつたときにお聞きになつたのですか。
#286
○林證人 銀座でコーヒーを飲みながら聞いたと記憶しております。
#287
○石田(一)委員長代理 これは暮ごろですね。
#288
○林證人 暮ごろです。
#289
○石田(一)委員長代理 そのときにこの問題に関しては、うまく行つた、それに関連して、とは言つたか言わないか知らないが、何かこれに関連してあなたは金銭を受取つたことはありますか。
#290
○林證人 この問題に関連して金銭を受取つたことはありません。
#291
○石田(一)委員長代理 それではこの問題に関連しないで脇本君から金銭を受取つたことはありますか。
#292
○林證人 去年の春選挙に立ちますときに、見舞金をもらいました。
#293
○石田(一)委員長代理 それはいくらでございますか。
#294
○林證人 多分五万円であつたと思います。
#295
○石田(一)委員長代理 それは現金ですか、それとも小切手ですか。
#296
○林證人 現金です。
#297
○石田(一)委員長代理 場所はどこでおもらいになりましたか。
#298
○林證人 室町の三越前の地下鉄の停留所の近くにあります地下室の喫茶店であつたと記憶しております。
#299
○石田(一)委員長代理 そういたしますと、この事件が報告されてからは、まつたく脇本氏から金銭のあなたに対する贈與はありませんか。
#300
○林證人 金銭の贈與はありません。
#301
○石田(一)委員長代理 物もありませんか。
#302
○林證人 物につきましては、贈與と言えば解釈のしようでありますが、脇本君が自動車を買いました。そうして両方ともいるから乘ろうというので、脇本君が自動車を買いまして、多分それは十二万五千円だかの金だと思いますが、ダツトサンで、ガソリンの配給を受ける意味から私の名前にしまして、そして初めのうちはお互いに――おもに私と脇本君が乘つておりました。ところが今年になりまして、春ごろから脇本君がどんどん私から離れて行きまして、最近ではほとんど会わない状態にあるのであります。
#303
○石田(一)委員長代理 そうすると、あなたの名義になつているダツトサンは、あなたの所にあるのですか。それとも脇本君の所へ行つているのですか。
#304
○林證人 現在私が管理をしております。
#305
○石田(一)委員長代理 そうすると結果においては、この十二万五千円のダツトサンが今年の春ごろからあなたの乘用車になつている、こういうことですね。
#306
○林證人 その通りであります。
#307
○石田(一)委員長代理 この自動車は、脇本氏が要求すれば、あなたからすぐにでも返済してもらえる自動車ですか。
#308
○林證人 返すべきものであります。
#309
○石田(一)委員長代理 委員長として証言を求めることはこれで終りますが、ほかに御質問ありませんか。
#310
○徳田委員 脇本という人は辰男というのですか。
#311
○林證人 いや正男です。
#312
○徳田委員 京都で何をやつておりますか。
#313
○林證人 振農興業という会社の社長です。
#314
○徳田委員 振農興業といつて、どんな商賣ですか。
#315
○林證人 私、内容をよく知りません。
#316
○徳田委員 あまりこの人をよく知らぬのですか。
#317
○林證人 あまり知らぬのです。
#318
○徳田委員 あまり知らぬ人をこんな重大な事件に関して鈴木君に紹介したのですか。
#319
○林證人 あまり知らぬというのは、京都の内容などを知らないという意味であります。
#320
○徳田委員 事業の内容は知らぬが、おつきあいはしておるというわけですね。
#321
○林證人 そういう意味です。
#322
○徳田委員 何年くらい。
#323
○林證人 終戰後であります。
#324
○徳田委員 この人はブローカー的なことをやつているのじやないですか。
#325
○林證人 そうではないと思います。
#326
○徳田委員 今あなたと交通を絶つているばかりでなく、所在が不明じやないのですか。
#327
○林證人 所在は今東京にはおらない。いや……。
#328
○徳田委員 あなた御承知ですか。所在を聞いておきましよう。
#329
○林證人 いつも浅草の六一六三番という電話におります。
#330
○徳田委員 この電話番号だけで、住居はおわかりにならないのですか。
#331
○林證人 住所は記憶ありません。
#332
○徳田委員 かなり風來的ですね。ところでこの問題はあなたが御承知だろうと思いますけれども、十二万五千ヤールという立派な洋服地を運輸省鉄道総局の方に納入するという事件じやないですか。
#333
○林證人 数量のことは知りません。納め先は鉄道総局であつたと思います。
#334
○徳田委員 それは脇本という人が納めたのであつて、あなたは全然関係せられていないわけですか。
#335
○林證人 全然関係しておりません。
#336
○徳田委員 その際旧公定價格で衣料統制会からとつて、鉄道総局からは新公定價格でとつているのじやないですか。
#337
○林證人 そういうことは全然私知りません。
#338
○徳田委員 大体この旧と新との差で五十万円くらい差益金があると言われておりますが、そういうことも全然御存じないのですね。
#339
○林證人 全然知りません。
#340
○徳田委員 ついでに考えていることをずつと申しておきたいのですが、この五十万円がもうかつたらば、脇本とあなたと鈴木局長で、相当比率でわけるという特別の密約か何かあつたようなことはないですか。
#341
○林證人 断じてありません。
#342
○徳田委員 脇本が今所在不明になつていので、この事件が実際上途中迷つているというようなことに聞いておりますが、そんなことはありませんか。
#343
○林證人 何ら聞いておりません。
#344
○徳田委員 あなたはこのずいぶん大きい事件で何されているのですから、できればこの住所を明らかにしておきますと、この事件に対する疑いが完全に晴れると思いますが、どうでしようか。
#345
○林證人 お勧めによりまして、住所を調べるようにいたします。
#346
○徳田委員 そうしてください。ぜひともひとつ住所を探されまして、あなたの身の潔白を証明せられるように特にお願いしておきます。
#347
○林證人 かしこまりました。
#348
○明禮委員 ちよつと一言伺つておきたい。先ほど鈴木局長に二万円か二万五千円という金を貸されたのについては、貸したように言われたようですが、証書があるのでしようか。
#349
○林證人 そんなものはありません。鈴木と私の間はそんな水臭い関係ではありませんで、学生時代からずいぶん助けたり助けられたりしております。
#350
○明禮委員 鈴木さんは証書があると檢察廳で述べられているのじやないですか。
#351
○鈴木證人 そういうことを申し上げておりません。
#352
○明禮委員 今徳田君が聞かれた問題でちよつとお尋ねしたいのですが、脇本君がやりましたことについて、この問題で非常な被害者があつて、脇本氏はどうしても困つて、あちらこちらと逃げているような状態であると思いますが、この事実は御承知でしようか、どうでしようか。
#353
○林證人 そのお話はあなたから承つたお話でありまして、大体あなたが御承知の通りであります。
#354
○明禮委員 私も知つておりますが、ほかにも脇本氏をたずねて、相当大きい被害者が大分あるので、ほかの方からもそういう問題があつて、いろいろ事件が起つているということもあなたは御承知じやないですか。
#355
○林證人 それにつきましては、この委員会の前委員でありました中野四郎君から三、四日前に關戸參郎という人を紹介されました。中野君が私に紹介する場合に、この人は――ここで申し上げてはどうかと思いますが、いわゆる町の紳士だから氣をつけなさいというような紹介で、私この人に会いました。そうしていろいろなことを言いましたが、ほとんどが私の知らないことばかりで、これはやはり中野氏が言われるように、とるに足らない話であると感じました。しかしそのうちの幾部分かがもしも事実であつたと――これは向う側においてですよ。私との関連でなく、向う側において事実であつたといたしますと、明禮委員がおつしやるように、脇本氏のために迷惑がかかつておる人があり得るということを私は確認をいたします。
#356
○明禮委員 そこで私は一遍そういつたような人に会つたことがあるのですが、その人の言い分によると、あなたが骨を折られて鈴木纖維局長から――いろいろと骨折りの結果、日本織統から出た今のラシヤを鉄道総局に納めたのだ。あなた方が骨折られように脇本君も私に言つたのですが、その点はどうですか。
#357
○林證人 商賣の内容につきましては、私はほんとうに触れておりませんから、存じません。
#358
○明禮委員 私はもつと突つ込んだことを聞いておりますが、じやああまり何ですから遠慮しておきます。大分関係がお深いようには聞いておるのですが、鈴木纖維局長、あなたはどうですか。脇本正雄という人です。
#359
○鈴木證人 私は先ほど申し上げたように、全然記憶に残つておりません。
#360
○明禮委員 あなたの部屋へ一緒に行つて紹介されたということを言つてもわかりませんか。
#361
○鈴木證人 全然わかりません。記憶が全然ございません。
#362
○明禮委員 まあいいでしよう。
#363
○田中(健)委員 先ほど鈴木証人は、鈴木さんのところに政界人でだれか陳情にお伺いした者はないかと伺つたところが、どうも記憶がないということでした。ところで林さんがそこにおられるが、どうも何もかも知らないと証言を拒否しておられるように私は思つた。そこでここに議員の名簿を出しまして、――この名簿で記憶を呼び起してもらいたい、こういうつもりで書いたのですが、これを今あなたに対して、ここで読上げて、だれそれぞれと言わせることははばからなければなりません。そこでこのバッテンしたもの、この人方は、こういう陳情で來たというようなことを表のようなものにして、あなたのできる限り記憶を呼び起して、どういう関係で、どの会社のことで、どういうことで來たかということを出していただきたいと思う。
#364
○鈴木證人 それは先ほど申し上げたように、今もその名前を思い出しながら――、会つた記憶はありますが、事件の内容は全然私は記憶ございません。
#365
○田中(健)委員 しかし林大作氏はそこにおるのだが、林さん一人だけであとは全然わかりませんか。
#366
○鈴木證人 林君についても、今脇本さんの話は全然記憶に残つていないのです。
#367
○田中(健)委員 しかしできる限り記憶を呼び起して、これを書いて出されるように私は希望いたします。これは委員長に申し入れいたしますが、名簿を出しましたところが、大分記憶がよみがえつて來たようでございますから、これを書類にして出していただきたい。これをお願いいたします。
 それから前の鉄道次官をやつておつた伊能さんを御承知でございますか。
#368
○鈴木證人 存じております。
#369
○田中(健)委員 それは何か商工省と運輸省の関係の纖維の割当とか、そういうことで御承知ですか。そういうことがあつたのですか。
#370
○鈴木證人 私の職務に関することで伊能さんと打合せをしたり、伊能さんと交渉したことは一遍もございません。
#371
○田中(健)委員 築地新富町の松島産業という纖維加工業者を存じておりますか。
#372
○鈴木證人 全然私今記憶いたしません。
#373
○田中(健)委員 記憶いたさない。全然わかりませんか。
#374
○鈴木證人 全然記憶いたしません。
#375
○田中(健)委員 それから財界人についても、纖維業者についても、いろいろとこのように資料を提出願いたいと思うけれども、これは私の方にも名簿はありませんので、私の方からこれこれの人間が陳情に來たというようなことをあなたの方にも出しますし、この中からだれが陳情に行つておつたかということを、出しますから、これに対しても後日資料として御提出願いたい。これも委員長からおとりはからい願いたいと思います。私あとでつくつて出しますから、このうちだれだれが陳情に行つておつたか、こういうふうにお願いしたいと思います。それだけでございます。
#376
○鈴木證人 ちよつと私からお願いしたい点がございますが、ただいまのチエツクをいたしました議員名簿の名前を私に――私は思いつきながらずつと書きましたが、あとは覚えておりませんので、もう一遍委員名簿を私にも一冊いただいて……。
#377
○田中(健)委員 ですから、これはこのままあなたのところに行きます。
#378
○石田(一)委員長代理 それでは田中君にちよつと申し上げます。これはあなたの証言を求めたことによつて、証人がここで思い出してそこにチエツクしたものですから、新たな名簿を差上げて、それはこの委員会に速記に止めるとか、あるいはこの委員会で保管するとかという方法をとりたいと思いますが。
#379
○田中(健)委員 それは私だつて陳情に行つている一人だから、これの名前を全部、だれが陳情したかということは、新聞に出ても困ることだし、それは委員会として鈴木さんから提出を求めればそれでよろしい。それから財界纖維業界、これについても大体纖維業界の名簿は私のところにありますから、これを鈴木さんのところにやつて、この中のだれだれが、何月何日、どういう用件で陳情に來たかということを、後日出してもらえばそれでいいのです。
#380
○石田(一)委員長代理 ちよつと速記を止めてください。
#381
○石田(一)委員長代理 では速記を始めてください。
 ただいま田中委員の証言を求めたことに対して、鈴木重郎君が知つている議員、あるいは何かの陳情に來た議員の名前等が思い出せない。そこで田中委員から衆議院議員名簿を鈴木証人に提出して、この名簿の中を見て、記憶を呼び起すように委員長を通じて依頼してくれということでありました。そこで委員長はさようとりはからいましたが、鈴木証人は、チエツクした議員名の中には、陳情に行つた者であるか、あるいはただ單に知つているという程度のものであるか、判然としない点もありますので、田中君が提出されました衆議院名簿にチエツクされたことは当委員会の証拠物件として一應委員長が保管をいたします。そして新たなる名簿を鈴木証人に差上げますから、今一度ただいまあなたが名簿にチエツクされました中の特にあなたに何かの陳情に來たとか、あるいは業者を紹介に來たという議員を檢討して、御記憶を呼び起してくださいまして、これを文書によつて明日当委員会に提出してください。それからこれは委員会に諮りますが、田中君から新たに業者名簿を提出するから、これによつて鈴木証人の記憶を呼び起して知れる業者についての証言を文書によつて求めたい、こういうことでありますが、さようとりはからうことに御異議ありませんか。
#382
○石田(一)委員長代理 では御異議ないものと認めまして、さよう決定いたします。それでは鈴木証人には今お聞きのように田中君からあらためて業者の名簿を差上げますから、それにあなたの御存じの業者を記入して、前の文書と同じく明日本委員会にお届け願います。
#383
○鈴木證人 お尋ねしたいのでありますが、御尋問のありました議員の方の内容は、大体私が議会の方とお会いするのは、陳情なりあるいは政策問題の批判なり、そういうことで、先ほど徳田さんから合談だと言われましたそういう形でお会いしたことばかりであります。そこでただいまの御要求のありました事項は、その紹介者もしくは陳情の内容がわかつた方だけについてであろうと思いますがそうでございますか。
#384
○石田(一)委員長代理 それはもちろん記憶にないのはお書きにならなくてもいいのです。
#385
○鈴木證人 その記憶のはつきりいたしているものだけにつきまして提出いたします。
#386
○石田(一)委員長代理 それからあらためて林さんにちよつとお聞きします。先ほど私が保留しておきましたが、あなたが鈴木纖維局長に紹介をして名刺を書いてあげたとか、あるいは連れて行つたという議員の名前は、先ほどおつしやいました何とかいう一人の人、田中稔男君以外に二、三名ということですが、御記憶はまだ呼び起せませんか。
#387
○林證人 記憶はよみがえつて來ません。田中君もそう言われると怪しいように思われますが、多分田中君は入つておつたと思います。
#388
○石田(一)委員長代理 最後に私は委員長として申しますが、鈴木証人と林証人との証言を聞いておりますと、何か食い違いがあるのではないかと疑いを持たれるような点が一、二あるようであります。この際もう一度お考えくださいまして、もし先ほど來の証言を訂正しなければならぬというような箇所がありましたら訂正をしておいてください。――ではないようですが、ほかに御質問はありませんか。
#389
○石田(一)委員長代理 ではこれで終りました。どうも御苦労さまでした。
#390
○武藤委員長 それでは和田さんに伺います。あなたと梅村清という人との関係を述べて下さい。
#391
○和田證人 梅村君とは、私が農林大臣をやめまして、たしか昭和二十二年の三月だつたと記憶しておりますが、大阪へ稻葉君と一緒に行き、そのついでに京都に寄りまして、工場を見たり、あるいは大阪の同友会の連中と経済の話をしたりして、京都に寄つたときに、稻葉君の親類の、兄さんに当ります杉本君のお宅で、杉本君の紹介でお会いしたのが知り合いになつた初めであります。そういう関係になつております。
#392
○武藤委員長 それから以後の交友関係は。
#393
○和田證人 それ以後の交友関係は、別に取上げるものはございませんが、その後稻葉君に頼まれまして、ちようど梅村君の子供が慶應に入りましたので、ぜひめんどうを見てくれということで、その子供のめんどうを見ておるというようなつきあいをしております。
#394
○武藤委員長 ときどき往來して、食事をともにするとか、碁、將棋を打つとか、あるいは談話したり、談笑するというようなこともあるのですか。
#395
○和田證人 梅村君はあまり私の所に來ませんで、子供が世話になりましたときに、あいさつに参りまして、私の家で一、二度食事をともにしたことはございますが、將棋をさすのは――私は將棋はやりますが、あまりすきじやありません。碁の方はやりますが、將棋をさしたというようなことはありません。
#396
○武藤委員長 梅村氏から金とか物とか受取つたことがありますか。
#397
○和田證人 金はもらつたことはありません。物は子供のことを世話するようになりましたときに、今年の、たしか三月か四月だつたと思いますが、私が京都に行きましたときに、梅村君から、そのあいさつだと言つて、硯箱をもらいました。私は俳句をやるものですから、俳句会を開くときに書く硯箱をもらいました。
#398
○武藤委員長 お金を借りたこともないですか。
#399
○和田證人 借りたこともございません。
#400
○武藤委員長 要するに借りたにしてももらつたにしても、金銭の授受関係は、梅村氏との間にはないということでありますか。
#401
○和田證人 ございません。
#402
○武藤委員長 あなたの今住つておる家は、あなたのものですか。
#403
○和田證人 私のものではございません。梅村君のものであります。これは今年の三月でありますか、私実は家が狹くて困つておつたところに、ちようど國民経済で――稻葉君が梅村君と親類関係で、國民経済であの家を借りることになつておりまして、私が会長をやつておりますので、それを借りまして私が入りました。そうして稻葉君を通じて、家賃は私が拂うということで、年一万円の家賃で借りております。
#404
○武藤委員長 それでは家の名義は梅村清の名前になつておるのですか。
#405
○和田證人 そうでございます。
#406
○武藤委員長 これはあなたがお住いになる前に、梅村さんのものであつたのですか。梅村さんが買うと一緒に、あなたがお住いになつたのですか。
#407
○和田證人 そうではありません。買つて、あとから私が住つた関係になつております。
#408
○武藤委員長 梅村さんが買つて、あなたがそこに入つておる。
#409
○和田證人 それを國民経済が借りまして、それに私が入つた。こういう関係になつております。
#410
○武藤委員長 家賃は年に一万円で、そうするとあなたはだれに拂つておるわけですか。
#411
○和田證人 梅村君に國民経済が借りておるわけですけれども、あそこは一つの分室という形で借りておるわけです。私が会長になつておりますから、その会長としてあの家に入つております。家賃は私が拂うから、國民経済の世話にならぬということで、梅村君と話し合いまして、稻葉君を通じて梅村君に渡しております。こういうことになつております。
#412
○武藤委員長 実際にずつと拂つておりますか。
#413
○和田證人 ずつと拂つております。今年の三月か四月と思いますが、私は確かに一万円出しました。その関係は稻葉君にお聞きくださればはつきりいたします。
#414
○武藤委員長 一年拂いというわけでありますね。
#415
○和田證人 さようであります。その拂い方は、私は一年分拂つた方が都合がよいと思いましたので、年拂いということにいたしたわけであります。
#416
○武藤委員長 敷金は入つておりますか。
#417
○和田證人 そういう関係はありません。
#418
○武藤委員長 地代はだれが拂つておるか知りませんか。
#419
○和田證人 地代は、家、土地みな一緒ですから、結局梅村君が拂つておると思います。
#420
○武藤委員長 税金も同じですか。
#421
○和田證人 名義人の梅村君が拂つておると思います。
#422
○武藤委員長 あなたは拂いませんね。
#423
○和田證人 私は拂いません。家賃だけであります。
#424
○武藤委員長 この家は、あなたが梅村からもらつたというような風説があることを御存じですか。
#425
○和田證人 非常に私、それで迷惑いたしておるのでございます。私ははつきりと梅村君の所有のものを借りており、家賃も即座に拂つておる。その風説は、非常に迷惑しております。
#426
○武藤委員長 梅村氏の事業上のことで、官廳その他へあなたが紹介状を書いてやるとか、電話をかけてやるとか、そういう便宜をはかられたことがよほどあるのですか。
#427
○和田證人 その関係は私は全然ございません。
#428
○武藤委員長 何かお尋ねのことがありますか。
#429
○徳田委員 さつき國民経済々々々々という話がありましたが、あれはほんとうの名前は何と言うのですか。
#430
○和田證人 國民経済研究協会と言います。
#431
○徳田委員 梅村君はここの賛助員とか何とかいうんじやないですか。ここに援助しておられるんじやありませんか。
#432
○和田證人 それは最近私が安定本部長官をやめまして、稻葉君も樂になつたので、國民経済研究協会の基金の立て直しをやつているわけです。その意味で財界方面、あるいは一般の人たちの賛助を求めております。そうして賛助会員ということで今財政的な基礎を固めておりますから、あるいはその関係では梅村君も援助してくれておるかと思います。
#433
○徳田委員 その会員じやないのですか、はつきりしていないのですか。
#434
○和田證人 それが最近には賛助会員になつているんじやないかと思いますが、家際上の事務は理事長たる稻葉君が一切やつておりますから……。
#435
○徳田委員 梅村君が賛助会員というような名前があるかどうかは別としまして、國民経済研究協会をつくるに当つて資金を相当出しているんじやないですか。
#436
○和田證人 その関係は、私はよく存じません。歴史をお話いたしますと、國民経済研究協会というものは、私実は農政局長のとき、稻葉君が判決があつたあと、自分は町の経済学者としてやつて行きたいというので、私のところへ來て、どうしても民間人としてのしつかりした経済研究所をつくる必要がある。こういう話があつたのです。私もその考えを持つておりまして、非常に賛成で、稻葉君とは一緒にひつぱられた者でもありますし、同志でもあり、親友でもありますので、私も蔭ながら援助しまして、そうして稻葉君が結局理事長の資格になりまして、そのときに方々へ財政的な援助をお願いしたわけであります。その点は賛助会員とか、同会員とかいうことは、はつきりしておりません。そういう形で何しておつたので、そのときたとえば梅村君が援助したかどうかということについては、これは全然私は存じません。
#437
○徳田委員 これはこまかくは御存じないかもしれませんが、あなたが住んでおられる家もその援助の一つとして國民経済研究協会に提供したんじやないですか。
#438
○和田證人 さようではございません。
#439
○徳田委員 全然別ですか。
#440
○和田證人 ええ、それは全然別であります。
#441
○徳田委員 ほかに自動車をあなたが使用しておられるんじやありませんか。
#442
○和田證人 私自動車を使用しておりますが、それは大豆協会の会長をやつておりますので、大豆協会が自動車を買つておりますから、その会長として私が自動車を使つております。
#443
○徳田委員 そうすると國民経済の方に関係ありませんか。
#444
○和田證人 ありません。
#445
○徳田委員 大豆協会の方はどういう趣旨の……
#446
○和田證人 大豆協会は、日本の大豆の増産と輸入促進ですね、満州から今まで來ておつたのがなかなか來ないようになりましたから、その輸入促進と二つの仕事をやつております。
#447
○徳田委員 ここに梅村君が援助しておるわけですか。
#448
○和田證人 梅村君は全然関係ありません。
#449
○徳田委員 この自動車は大豆協会の金で買つたわけですか。
#450
○和田證人 さようであります。
#451
○徳田委員 そこでこれから稻葉君をここに呼ぶのは、御承知の通り解散も迫つておりますから、なかなかできませんが、あなたから稻葉君に話をして、梅村関係の寄附金やそういうものに関してこの委員会に報告を出すことができますか。
#452
○和田證人 それはどういう種類のものでありますか。
#453
○徳田委員 梅村君と協会との間の金銭上の援助関係等のことです。そうして幾ら援助されていつ援助されてどういうふうに……。
#454
○和田證人 金の性質はどういう性質か。
#455
○徳田委員 稻葉君にお聞きくださればすぐわかるわけでありますから。
#456
○和田證人 別段私としてはさしつかえがないように思います。
#457
○徳田委員 会長だからその辺のことは知つておると思うが、まあ知らないだろうから、稻葉君に聞いて、あなたの名でもよし、稻葉君の名でも、どつちでもよい。
#458
○和田證人 それは私やりましよう。その点稻葉君に聞いた上で私の名前で出すようにいたします。
#459
○徳田委員 委員長、その方頼みます。
#460
○武藤委員長 いつごろ出します。
#461
○和田證人 すぐですと困るですが、なるべく早く出します。
#462
○武藤委員長 三、四日中に出ますか。
#463
○和田證人 出します。
#464
○武藤委員長 ほかにございませんか。――では済みました。御苦労さんです。
 本日はこれにて散会いたします。
    午後七時二十七分散会
ソース: 国立国会図書館
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